邪神と言われる者が所以
序、対応ならず
その報告を聞いたのは、基地に「悪役令嬢」が戻った直後だった。今、丁度第二弾のコンボイが来て、物資の運び出しをしている。自衛官達も知っているようで、皆寡黙になっていた。
絶対正義同盟の新NO6が突如出現。
誰も対応に向かえない状況だった。それは仕方が無いとしても。一瞬にして数千人がフォロワーにされ。
そのまま奴は去って行ったという。
これが基本的な絶対正義同盟の戦術。
人間が集まっている場所に突如出現し。
問答無用で大量の人間をフォロワーにし。
そして去って行くのだ。
「悪役令嬢」も勿論指示があったら出向くが、今回の案件は北海道だった。とてもではないが出向ける状況では無い。
現地の自衛隊すら間に合わなかったということだ。
現地の自衛隊は遠距離攻撃でフォロワーを殲滅することしかできず、集落は文字通り消滅することになった。
近場にいたフォロワーは殲滅し。生き残りを救出できたが。
それも自衛隊で保護することができる訳でもない。
どうしても何処かの集落に移動して貰う事になる。
集落の規模がある程度になると、ある日突然邪神が現れて皆殺しにされる可能性が出てくる。
こうやって、どの国も壊滅していったのだ。
今回は数千人。
人間だから、空間転移とかの技は使えない。
どうしようもなかった。
それが分かっていても。
何度聞いても、許しがたい報告だった。
現地の地獄絵図の有様は、わずかな時間抵抗しようとした現地の駐在が、フォロワーに惨殺される様子で終わっていた。
監視カメラで遠隔で一部始終が残された。
まだ六体。
こういう好き勝手できる奴が残っている。
だが、此方は反攻できる戦力がない。
それが口惜しくてならない。
コンボイが出ていく。敬礼に応じる。相手の自衛官も寡黙だった。それはそうだろう。ここしばらく勝利の報告が続いていたのに。それに冷や水を浴びせられも同然だったのだから。
「悪役令嬢」は自衛隊が行くと。
目を閉じて、黙祷した。
SNSクライシスが起きてから三十年。
今でもこう言う悲劇は起きる。
実態が分かっていないだけで、欧州や中華では更に悲惨な状態だろう。人間が生きているかも怪しいという者さえいるほどだ。
無言で戻って来た「陰キャ」。
彼女は元々口数が少ないが。それでも、一礼だけして、そのまま宿舎に戻っていった。
眼鏡で隠れていたから分からなかったが。
多分泣いていたな。
それは恥でも何でも無い。
今、この国でエース級とみなされている「悪役令嬢」ですらどうにもできなかったのである。
更に言えば、恐らく今後絶対正義同盟は、「悪役令嬢」を殺すために戦略的な手段を採ってくるはずである。
勿論邪神は精神生命体だから、己のルールには逆らえない。
其処を狙い撃ちにするしかない。
その一方で、奴らは戦略的な行動も採ることが出来る事は分かっている。
米国でも、この間の決戦で「ナード」率いる米国の狩り手達に、邪神が複数で同時に襲いかかったと言う事だし。
つまりはそういうことだ。
だが、今まで交戦した邪神に、頭脳活動ができそうな奴はいなかったと思う。
そうなると、やはり。
未だ存在が分かっていないNO1か。
インカムを通じて話をする。
「悪役令嬢」も、「陰キャ」と必要以上に話すつもりはない。
ただ、経験を積んでほしいと思ってはいる。
「状況の確認をしておきましょう。 今、この基地に残っている資料などの運び出し作業は70パーセント。 後二回のコンボイで全てを運び終え、狩り手の育成を再開できる状況になりますわ」
「……は、い」
「我々はそれを少しでも助けるために。 更には周辺でできる限りの事をしておく必要があります。 分かっていますわね」
「……はぃ」
二度目の言葉は更に小さかった。
分かっている。
「陰キャ」だって、何を今するべきかは。
力が足りていない。
はっきりいってルーキーとしては破格の実力だが、それでもまだまだ。弱点である基礎体力のなさは克服できないだろうし。それなら短期決戦に特化すべく力をつけていくしかない。
「二手に分かれてフォロワー狩りを行いますわ。 地点を指定するので、其方をお願いいたします。 発見した救助者については、訓練したとおりに対処を」
「……わ、かり、ま、した」
昔だったら、煮え切らない態度だとか。声が小さいだとか、怒鳴りつけていた輩がいたかも知れない。
だがそういうやり方は逆効果だったことが現在は分かっている。
米軍などでも昔は採用していたらしいのだが。
様々な問題が発生して、SNSクライシスの前くらいにはそういった訓練方法や、上下関係については排除されていたらしい。
いずれにしても、二手に分かれて動く。
「陰キャ」に必要なのは、恐らくだが少ない体力を最大限利用しての短期決戦能力だ。これについては、正直な話見ているとできると思う。この間の「知事」戦でも、決定的な隙を作ったのは「陰キャ」だ。正直「知事」は単独攻略不可能だったと判断している。
更に「陰キャ」に足りないのは経験だ。
はっきりいってルーキーとしては破格。判断力も優れているし、計算能力も高い。多分アスリート向きではないのだ本来は。
だけれども、それをどうにかしてもらう。ならば、場数を踏むしかないだろう。
いずれにしても、この破格の性能。
育ちきれば、恐らく「悪役令嬢」を越えるだろう。
無線で通信を入れて、山革陸将と連絡を取る。
コンボイの途上にいるフォロワーの群れの処理に、「陰キャ」を派遣する。今まで二回のコンボイも、かなりのフォロワーに襲撃されたということで。かなり駆除を進めているのにもかかわらず、路上は全く安全では無い。
自衛官と組むことで狩り手は更に力を発揮できる。
更に言うと、狩り手は別に超人でも何でも無い。
狙撃用ライフルで頭を撃ち抜かれれば普通に死ぬし。
相当に強力な防刃用の衣服を着込んでいるとは言え、アサルトライフルの掃射を浴びたら助からない。
良くも悪くも相互補完するような力関係だから。
狩り手と普通の兵隊は、フォロワー戦では相性が良いのである。
邪神戦ではそうも行かないのだが。
やがてロボットが来る。
いつもの自動運転式の車だ。
SNSクライシスの前にもこれを実用化する話はあったらしいが。
AI等の出来がお粗末すぎて、とてもではないが危険すぎて公道を走らせられなかったし。
事故なども頻繁に起こしていたという。
今はそうではない。
流石に三十年。
地下に潜って様々な研究をしてきただけはあって。
きちんとしたAIが仕上がっているし。
遠隔操作の能力も申し分ない。
移動を開始した「陰キャ」を見送ると。
「悪役令嬢」自身は、近場の街に出かけて来る。
恐らくだが、邪神どもは違う手を打ってくるはずだ。
拙いながらも戦略的な行動を取ってきていると言う事は、連中が如何に此方を危険視しているか、という事になる。
同じ失敗をしないためにも。
もう同じ手は使わないだろう。
危険視していても、ミームに対する思想などは固定されているから、近付いてもフォロワー化はされないし。
次に何をしてくるか。
それだけに注視し。
今は腕がさび付かないようにしていかなければならなかった。
無言で周囲の街を巡って、フォロワーを狩る。
それなりの数が出てくる。
完全に閉鎖された小さなマンションが見えた。
中で息をひそめている気配がある。
何人か生き残りがいるとみて良いだろう。
無言でフォロワーの群れに突貫。
手近にいた数匹は一瞬で赤い霧と化し。
残りは襲いかかってくる所を、順番に斬り伏せ、吹き飛ばした。
十分ほど戦いを続け。
やがて周辺にいるフォロワーがいなくなると、ロボットを呼ぶ。
そして呼びかける。
フォロワーはいなくなった、と。
三階の窓から顔を神経質そうに覗かせたのは、極めて酷い汚れに包まれた子供だった。
此処まで臭いが届くほどだが。
この状況だ。
仕方が無い話である。
「あんたが狩り手って奴なのか」
「ええ。 その様子ですと、水も食糧も充分ではありませんわね。 救助に来ましたわ」
「……街に行くと邪神が襲ってくるんだろう」
「それもリスクではありますが、それでも最低限の水と食糧はありますわよ。 此処にいるといずれ容赦なく全滅ですわ」
静かに諭す。
そもそも、井戸から水をくみ上げるとか。その辺の小さな動物を捕まえて食べるとか。そういう事を出来る程、今の時代の人間は知識の蓄積が出来ていない。
今生き延びているのは、邪神によって都市を追われたり。
集落を追われたりした生き残り達。
だからこそと言うべきなのだろうか。
手をさしのべなければならないのだ。
「分かった、確かに籠城も無理があると思ってたんだ。 二十人くらい生きてる。 なんとかなるか?」
「ええ、なんとでも」
最初から当たりを引いたものだ。
すぐにロボットが来たので、入り口のバリケードを壊し、順番に連れて行かせる。
衰弱が酷い者から順番に、である。
当たり前の話だ。
中にいる人間は皆弱り切っていて。
俺を先にしろとがなり立てるような輩はいなかったし。
逆に、もう現実を正確に理解出来ていないような者だって目立っていた。
悲惨な話だが。
これが今、世界中で起こっている。
ユーラシアでは状況すら分からない。
前は時々救援要請の無線が来ていたらしいが、今はそれもないのだという。それはもはや、抵抗ができる状態ではなく。組織的な邪神対策とかもできていないとみて良い。
四台のロボットを呼んで、全ての救助者を助ける。
最後に、呼びかけに応じた子供がロボットに乗った。
発育が悪いので、年齢はぱっと見何ともいえない。
栄養状態が良かったSNSクライシスの前には、10歳児で150pくらいある子も珍しく無かったという話だが。
この子は120pくらいしかない。
それこそ、本当に貧しい国の子供並みの背丈だ。
当然と言えば当然だ。
こんな状況。
満足に食事だってできないのだから。
そのまま、街の中を歩く。
いきなりフォロワーと正面から出くわすこともあり。
更にはフォロワーに追われている人間を助けることもあった。
邪神が来たら、対策に出たい所だが。
九州での一大フォロワー駆除作戦にベテラン二人はかかりっきりだし。
何よりも万が一にでも、狩り手育成のための設備や物資が破壊される事があってはならない。
遠くで邪神が暴れられたら、もうどうにもできない。
悔しいが、これが現実というものだ。
未来をつなぐために出来る事は。
あまりにも少ないのである。
「悪役令嬢」は一度基地に戻る。
恐らくだが、近辺の街は一通り回りきったと思う。救助できた生存者は数百人くらいだっただろうか。
全員近場の自衛隊基地に搬送され。そこで健康診断などを受けてから、それぞれ少人数ずつ小分けになって生活している集落に移動して貰う事になる。
集落が大きくなればなるほど生活の利便性は上がるが。
当然邪神による襲撃の可能性は高くなる。
箱根などはそのケースで。
比叡山もそれは同じだろう。
同じ場所でも邪神は人さえ集まれば、何度でも襲撃する。
これはSNSクライシス後の三十年で、様々なデータによって立証されている事である。
だから何とか千人程度にまで集落の人数は抑えたいのだが。
それには各地で蔓延っているフォロワーが邪魔だ。
また、石油備蓄基地などを護衛代わりに守って貰う手もある。
自衛隊に入りたいという人間も、希望に応じて訓練をするそうだ。
SNSクライシスの前には、世界の人間が半分になれば……等という話がまことしやかに流れていたそうだが。
百分の一になった結果。
誰もが塗炭の苦しみの中にいる。
SNSクライシスが発生した理由は今でもよく分かっていないのだけれども。
それでも、恐らく原因は人為的なものだろうとは言われている事を知っていた。
シャワーを浴びて風呂に入って。
まずい紅茶を飲んだ後。新しいドレスに着替える。
髪の手入れが特に大変だ。
ウィッグを使う事も考えていたのだが。
この縦ロールまみれの髪型がこの上なく悪役令嬢っぽい事もあり。
手間は掛かっても、基本的にこれを崩さないようにしている。
とにかく派手な格好で、一目で悪役令嬢と分かるようにする必要がある。
ミームの権化になるのは、大変なのである。
無線を入れて、定時連絡をする。
山革陸将は何かの作戦の指揮を執っているらしく。
一佐である清水という人物が出た。
「お疲れ様です、「悪役令嬢」」
「お疲れ様ですわ」
そういえばこのお疲れ様とかいう言葉。
20世紀後半に、どっかのマナー講師が勝手に定義を決めて。
以降は好き勝手に悪用されたのだっけ。
昔はご苦労様とお疲れ様で殆ど変わらない言葉だったのだけれども。
そういう事実はSNSクライシスの後に研究が散々行われて、現在では周知となっている。
「悪役令嬢」も馬鹿馬鹿しい話だとは思うが。
ともかく、今は状況確認である。
「「陰キャ」はきちんとやれていますの?」
「はい。 コンボイの移動路にまたフォロワーが集まって来ていて、駆除作戦を実施しているのですが、凄まじい暴れぶりで殆ど誰も寄せ付けません。 弾薬などは備蓄を消耗するのも仕方が無いとしても。 人員に今のところ死者を出していません」
「それは重畳ですわね。 ただ、あの子には基礎体力が欠けていますわ。 長時間過ぎる戦闘はさせないように注意してくださいまし」
「分かりました。 専門家の言う事であればそうなのでしょう。 前線に通達はしておきます」
うむ、これでいい。
その後は、また近場を見に行く。
ドローンは日本中に放たれていて、フォロワーが何処にいるかの大まかなグラフはできている。
この基地の周辺部分はほぼ反応がなくなったが。
残念ながら、まだデジタルの地図を見ると、日本中が存在の反応を示す赤で埋め尽くされている状態だ。
邪神を全滅させない限り、この惨状に終止符を打つことは出来ないだろう。
それに、である。
ユーラシアにある二つの巨大邪神組織がほぼ無傷というのも気になる。
日本にいる「絶対正義同盟」を叩き潰しても。
そいつらが今度は攻めてくるかも知れない。
いずれにしても、今やるべき事は、邪神との戦闘データを少しでも蓄積し。
一人でも多く救うことだ。
心を救う事は多分出来ない。
それは、専門家にも難しいと聞いている。
だが、物理的な危難から救う事ならできる。
それは、専門職として腕を磨いているからである。
ヘリが来た。
無線も、である。
山革陸将からという事は、それなりに緊急の事態と言う事だ。
「「悪役令嬢」。 近くにある街に、数百人規模の生存者が確認された。 少し離れているが、フォロワーに存在を嗅ぎつけられた様子だ。 すぐに救援に向かってほしい」
「分かりました。 くれぐれも、この基地周辺の監視を怠らないようにお願いいたしますわ」
緊急の事態だった。
すぐに現場に向かう。
現場は古くは「スーパー」とか「ショッピングモール」だとか言われた場所で。
立てこもっている住民を、群れになったフォロワーがバリケードを破り食い殺そうとしている所だった。
フォロワーどもの真ん中にヘリから飛び降りて降り立つと、片っ端から斬り伏せ始める。
此処で救助した人間が、自衛官になったり。未来には狩り手になったりするのかも知れない。
一つでも可能性の火を消さないために。
「悪役令嬢」は敵を斬る。
1、韋駄天と魔王
邪神の集団、「絶対正義同盟」。
六体にまで減った面子が、既にその場に集まっていた。
絶対正義同盟の主である「神」が最上座に着く。
それまで、誰も何も発しない。
余程の事がない限り、上位の個体が喋るのが先。
それがこの組織の基本である。
地位も絶対。
邪神については、「神」も知識がある。
人間時代からの知識が残っているくらいである。
だから、この組織も。
編成してからは、人間時代の知識を参考にして、色々と調整したのだ。
だから、組織規模が三分の一になってしまったのは残念ではあった。
まあ優位は微塵も揺らいではいないが。
「今回は定時報告とする。 まずはNO3「フェミ議員」」
「はい」
立ち上がった、目つきの鋭い女の姿をした肉塊。
こいつは元になった国会議員が、とにかく得体が知れない存在だった。
国籍すらもよく分からず。
それでいながら、どういうコネを使ったのか堂々と国会議員にいつの間にか収まり。野党の党首にまで収まっていた。
能力は無能そのもの。
政治屋と呼ばれる存在の権化のような有様で。その点で言えば、既に倒された旧NO6「知事」とにているかも知れない。
此奴が違うのは、元々テレビなどでも古くから露出が多く。
いわゆる選挙で必要な三バンの一つ、「看板」に絶対的な優位をもっていたこと。
そして「神」は知っているが。
海外にスポンサーがいて。
膨大な資金を持っていたという事である。
「神」も此奴のコアになった人間については、国会中継などを見ていて知っている。
当時の与党もはっきりいって無能極まりなかったが。
それでも此奴は、あらゆる全てに難癖をつけて。文字通り邪魔の限りを尽くしていた。
恐らく、スポンサーからの指示だったのだろう。
民主主義とはかくも愚かしいものを議員にしてしまうのだな。
そう、失笑しながら人間時代の「神」はそれを見ていたものだ。
さて、「フェミ議員」には命じておいた仕事がある。
それを報告して貰う。
「時間をいただき、欧州、中華を見て回ってきた。 現時点では、欧州、中華ともに邪神の組織は完全に無傷。 狩り手の類も存在はしていない様子だ」
「ほう。 では米国やこの国のような、狩り手の育成には失敗したのですか」
「それは此方としては良い事だがな」
NO4である通称「王」の質問に「フェミ議員」も応える。
NO4もかなり強大な邪神だが、元々の影響力が段違いである。
実力差は数倍に達しているだろう。
「組織とも接触を取って来た。 欧州の「人権保全連合」は、三十二体のαユーザーを有している様子だ。 また中華の「解放」は二十四体のαユーザーを有していると言う事がわかった」
「中華のαユーザーが少なめですね」
「本人達に話を聞いてきたが、SNSクライシス前の強烈なキャンセルカルチャーが要因としてあるらしい」
まあ、そうだろうなと「神」も思う。
SNSクライシスの前は、第三次世界大戦がいつ起きてもおかしくない程に、国際情勢が荒れていた。
そんな中で中華はネットからして海外の情報を遮断するという暴挙に出。
単独でほぼ鎖国状態になると言う、信じがたい行動に出た。
21世紀に、である。
更にキャンセルカルチャーにて、文化そのものを否定して回った。
流石に文革の時のように、あらゆる全てを破壊し、殺戮すると言う程の規模ではなかったようだが。
それでも文化に関わる人間を多数惨殺し。
刑務所に理不尽に放り込んでいた。
確かにそのような状況では、SNSクライシスの影響が若干薄かったのかも知れない。
だが、逆にそれが故に。
「絶対正義同盟」と大して規模が変わらないのにもかかわらず。短期間で中華を蹂躙できたのかも知れない。
ひょっとすると、中華はフォロワーや或いは邪神すらも生物兵器か何かとして利用しようともくろみ。
それで失敗したのかも知れないが。
「「フェミ議員」、それでそれらの組織のαユーザーの質は」
「「解放」の方はαユーザー神の質もそれほど高くはないようでしたね。 恐らく今生き延びている絶対正義同盟の精鋭ならば、どうにでもなるでしょう」
「ふむ、そうなると……」
「「人権保全連合」の戦力は、恐らく米国に存在した「自由」に匹敵するかと思われます」
「自由」。
北米を蹂躙し、特に本拠であるカナダを一月で文字通り滅ぼした、絶対正義同盟ですら最強と認める邪神集団だ。
今、米国本土からは邪神が追い払われ。
フォロワーの駆除作戦が急ピッチで進められているらしい。
そう考えてみると、カナダの本拠が落ちた後。次に米国の狩り手達が来るのは或いは日本かと思っていたのだが。
この様子だと恐らくは、欧州だろう。
しばらくは時間を稼げるとみて良い。
NO2に意見を聞く。
「どう思う」
「「フェミ議員」さんの人脈を利用して、何名かαユーザーを此方に引っ張ってくるべきでは? なんというか、それが良いと思いますねえ」
「それもそうだな。 頼めるか「フェミ議員」」
「お任せを」
すっと、NO3が消える。
というか、彼奴のスポンサーは確か中華やその衛星国家だった筈。
そもそも彼奴自体が国籍からしてよく分からない得体が知れない存在なのである。
それこそ、こう言う仕事は得意中の得意だろう。
続けて、NO6に声を掛ける。
新NO6だが、旧NO6「知事」とは比較にならない程度の力しかない。
ならば、使う方法は一つである。
「時間を稼ぐべく動け。 既に確認済みだが、旧東京の一角に八千人ほどがくらしている集落がある。 地下街を利用してフォロワーの目からも逃れていて、抵抗を続けている人間共も気付いていない様子だ」
「分かりました」
すっと立ち上がるNO6。
狩り手を新しく育てられても、別にNO3以上が無事ならなんとでもなる。
現在稼働している狩り手四人の実力は調査済だが。
ルーキーは問題外として、他の三人でも。全員掛かりでも。NO3以上には勝つ事が出来ないだろう。
ましてや更に此処から新人を育成したところで、此方の優位は動かない。
更にエサを捕食できなくて苛立っているだろう中華の邪神を此方に連れてくる事が出来れば。
戦況は良くなること確定である。
そして人間共のリソースを割くために、また敢えて邪神を動かす。
そもそも八千となると、今の日本では相当な規模の集落である。
恐らく独自の秩序を構築していること疑いなく。
日本政府()が一度に受け入れようとしても、相当に困り果てるのは確定だろう。
さて、新NO6を時間稼ぎに使う間に。
色々とやっておくべき事がある。
「では、もう一つ手を打っておくことにしようか」
優しい笑みを作って周囲に向ける。
それを見て、配下達はみな震え上がる。
それでいい。
組織は恐怖で支配するものだ。
それは人間時代に、散々学んだ事だ。
「悪役令嬢」の元に緊急通信が入る。
ショッピングモールの救援作戦を成功させた直後だった。
今、数百人を、自衛隊の部隊が救助している。
衰弱が酷いものや、疫病も発生していて。防疫部隊はフル活動している状況だった。そんな状況下である。
「すまない。 緊急事態だ」
「基地に邪神の襲撃ですの?」
「いや、邪神そのものは現れたが、東京に向かっている」
「?」
東京、か。
古くは日本の首都だった場所。
世界最大のメトロポリスであり。
その凄まじい規模は、江戸時代から健在だったという場所。
徳川家康が整備したこの都市は。
以降もずっと、大きな存在感を示し続けた場所だった。
少なくとも、SNSクライシスが起きる前は。
SNSクライシスが起きた後は、勿論当然のように、邪神は東京に一斉に押し寄せた。人間が多い場所を襲う習性があるからだ。
瞬く間に東京は滅びた。
大阪などの大都市も、続いて滅びていく運命を辿った。
今では東京は横浜、大阪などと並ぶ文字通り死の都市。
大量のフォロワーが彷徨く、文字通りウォーキングデッドの地だ。
米国でも、ロサンゼルスやニューヨークなどが真っ先に邪神に潰されたという話があるのだが。
既に三十年も前の話。
今はただ、悲劇としてその話を聞くしかないのである。
「推定される進路を確認した。 ドローンなどで急いで調べた所、集落が存在している可能性がある。 東京の地下鉄は複雑極まりなく、彼方此方が崩落している状態だ。 自衛隊も政府も把握していない区画があり、そこに大勢の生存者がいる可能性が出て来た」
「陽動の可能性は」
「ある。 いや恐らく九割方そうだろう」
山革陸将の言葉は苦々しげだった。
分かりきっている。
当然の話だ。不愉快なのはよくよく分かる。何しろ、相手に主導権がある状態なのである。
しかも相手の方が圧倒的に強い。
この間綺麗にカウンターを決めて二体の邪神を屠ったとしても。
まだ六体の邪神が絶対正義同盟には存在している。
幸い、絶対正義同盟は、序列を徹底している節がある。
今のNO6は、この間の「知事」ほどの戦力を有してはいないだろう。
「まだ基地にある物資を運び終えていませんわ。 そちらはどうするつもりで?」
「今、九州での作戦が一段落した二人の狩り手を向かわせている。 それまでは、「陰キャ」くんに守りを固めて貰う。 九州から二人が辿りつくまで五時間。 邪神が東京に到着するまで三時間。 余裕を持って迎え撃つとして、二時間半ほどで接敵と考えてほしいところだ。 もしもベテラン二人が基地に到着したら、「陰キャ」君を其方の支援に廻させる」
「はあ……人手不足極まれりですわね」
「すまない。 「悪役令嬢」、君だけが頼りだ」
すぐにヘリが来た。
礼を言う避難民の群れ。
まるで幽鬼だ。
周囲にいるフォロワーを全部片付けた後とは言え。周囲に展開している自衛隊と戦闘車両は油断していない。
ドローンを周囲に展開しているから、不意打ちは受けないとは思うが。
それにも限度というものがあるのだ。
輸送用のヘリに乗り込む。
ともかく休む暇も無いな。そう思いながら、栄養ドリンクを口に含む。そのまま飲み下す。
ヘリは比較的早く敵の予想進路の先に回り込む。
輸送ヘリというのは案外速度が出るものなのである。
ただし燃料が貴重なので、重要な作戦でしか用いる事ができない。
いつもヘリが出てくれれば楽なのだが。
いずれにしても、近場の駐屯地で降りる。
自衛官達は即座に撤退を開始。駐屯地なので衛生施設もある。トイレを利用させて貰うが。
それが終わった頃には、既に自衛官達は撤収を済ませていた。
さてと、では迎え撃つとするか。
単独で一桁ナンバーの邪神を倒すのは、この間の「兄」で経験済みだが。
今回もかなり手強い相手になるだろう。
ただ、実力的には「兄」と大して変わらないはず。
後はどういう能力を持っているか、だ。
タブレットがあるので、確認する。
ドローンが接近しつつある敵の映像を映し出してくる。
こいつは。
確か覚えがある。
最初に狩り手達が挑んだ一桁NO邪神。勿論その作戦は失敗に終わり、多くの犠牲者を出す事になった。
NO11以降の邪神達は討伐実績があったから、一桁NOの邪神の実力を威力偵察するという意味もあったが。
それでもそれによって出してしまった被害はとても無視出来るものではなかったのである。
以降、狩り手と自衛隊は、まずはNO11以降の邪神を中心に狙っていくこととなる。
「悪役令嬢」が活躍したのも、そんな時期からである。
いずれにしても、先輩や後輩、同期の仇はとらせて貰う。
装備の点検を終えると、邪神の進路を防ぐべく出向く。
一応、増援の手配はしてあるが。
はっきりいって、増援は必要ないだろう。
人類が研ぎ澄ませてきた牙の力。
今こそみせてやる。
ほどなくして、肉眼でもそれが見えてきた。
人間型ではあるが。
頭が異常に肥大化しており。
大量の目が頭に着いていて。
それがせわしなく周囲を見つめている。
前傾姿勢で、四つ足で走ってくるそれは、通称「反ワクチン」。
21世紀になってから出現した邪悪であり。
21世紀に世界レベルで流行した第二のスペイン風邪とも呼ばれる病気に対して、陰謀論を展開した者達の成れの果てである。
此奴が比較的ランクの低い一桁ナンバーに収まっているのは、あくまで本場ではないから。
反ワクチン運動の本場は米国や欧州であり。
それらの場所での反ワクチン運動は、とんでもない凄まじい暴虐とともにあった。
此奴はあくまで陰謀論に染まった上で。
あくまで反ワクチンの要素を主体に固まったに過ぎず。
強いていうなら、当時に流行っていたエセ科学を広めていた人権屋。ある医師だが。その医師を中心にして出来上がった邪神に過ぎない。
口をかあと開ける「反ワクチン」。
大量の目が、一斉に「悪役令嬢」を見た。
「きっしょく悪い格好だなあ……ワクチン打って脳にチップ入ってるんじゃないのかあ……!」
「オーッホッホッホッホ! 小学生の理科からやりなおしていらっしゃい」
「黙れ!」
わめき散らすと、「反ワクチン」は腕を振るい上げる。
それが見る間に四本、六本、八本と増える。
この異常な可変性こそが、「反ワクチン」の特性。
此奴は多数の陰謀論を内包した存在だから、当然のようにその可変性は凄まじく。変幻自在の権化そのものなのだ。
討伐に失敗したのもそれが理由。
此奴は絶対正義同盟の一桁ナンバーとしては弱い方に当たるのだが。
それでも恐ろしい強さを持っている事に代わりは無いのである。
叩き付けられる、枝状に拡がった大量の腕。
今回の件は、こいつが陽動で出て来ていると言う事は。恐らく何かしら時間稼ぎをする意図があるのだろう。
それがどういう意図なのかは分からないが。
いずれにしても、できるだけ早く倒した方が良い。
多少休憩して体力は戻っているが。
狩り手の育成をしようがない、という状況は一刻でも早く打破したいし。
新人が出てこなければ、これ以上の攻勢に訴えるのは無理だ。
地面にめり込んだ敵の手を粉みじんに切り裂くと、跳躍して下がる。
続けて降ってきたのは、大量の肉塊。
それらが爆発し。
膨大な有毒ガスをまき散らし始める。
陰謀論の一つ。
毒ガス攻撃、である。
頭が完全に陰謀論漬けにされてしまった人が時々唱える、自分は毒ガスで攻撃されているというもので。
カルトなどが信者をコントロールするために用いる事がある。
いずれにしても、客観を失った者にとっては。
どれだけ滑稽な話でも、真実になってしまう。
これもまた、そんな滑稽な作り話が。邪悪な現実となってしまった例である。
邪神の力だ。
今では、毒ガスも本当となっている。
勿論対策はしてある。
即座にマスクをつける。
この毒ガスは、分析の結果肌などに触れても害は無い。吸い込むと危険なタイプだ。マスクを即座につけるのを見て、怒りに喚き散らす邪神。
次はマスク陰謀論か。
一瞬で破壊された腕を元に戻ると、全身から大量の突起を生やす「反ワクチン」。
それを一瞬で放ってくる。
ホーミング性能つきのこの槍は極めて避けづらく、回避特化の狩り手でないと直撃は免れない。
回避特化でも厳しい。
事実戦闘が長引いて、これにやられた狩り手もいる。
だから、「悪役令嬢」は。
正面から叩き伏せる。
此奴は五人の狩り手を殺し。その中には「悪役令嬢」と一番仲が良かった友人もいた。相手がどう思っていたかは分からない。少なくとも「悪役令嬢」は好ましい相手だと思っていた。今、可能な限り冷静であろうと思っているが。
しかし、「悪役令嬢」も人間だ。
古い時代では、周囲と違う奴は人間と見なさなくていいという風潮があった。
それがこのような怪物を産んだ。
間違っている事をやったから、世界は此処までおかしくなった。
その権化が邪神だ。
気合いの声と共に、飛来するホーミング槍を悉く叩き落とす。全てを叩き落とされて、流石に鼻白んだのだろう。
「反ワクチン」は跳躍すると、距離を取り。口を開く。
今度は音波攻撃か。
音波攻撃は、以前「マリオネット」などもやってきた事がある。
もともと音波は出力が上がってくると非常に危険な攻撃になる。これについては、狩り手としての訓練をしたときに学んだ事だ。
ましてや、邪神達のベースになっているのは、声ばかり大きかった外道どもである。
それは当然、音波攻撃を使う者が多いのも当然だろう。
しかも此奴は一種の収束砲として音波をぶっ放してくる。
当然の事ながら、音速で飛んでくる。
基本的に人間と見なしていない相手に舐めぷをするというのは邪神の性質から来る基本であるのだけれども。
流石にこれを撃たせるとまずい。
無言で突貫。
体勢を整えようとする「反ワクチン」の頭上に出る。
頭上に音波砲をぶっ放そうと首を曲げる「反ワクチン」だが、とっくの昔に背中に降り立っている。
そのまま、「悪役令嬢」は。
「反ワクチン」の首を吹き飛ばしていた。
更に全身を滅茶苦茶に切り裂いていく。
上に乗られて、全身を一瞬で破壊されていく「反ワクチン」は絶叫しつつ、なんとか「悪役令嬢」を振り払おうとするが。
させるか。
次々生えてくる手を、片っ端から粉砕し続ける。
ついに背中に巨大な口を作り出し、かみ砕きに掛かってくる「反ワクチン」だが。
その時には、既に飛び退き。
距離を取っていた。
パンと音を立てて、鉄扇を閉じる。
威圧のためだ。
びくりと邪神「反ワクチン」が震えるのが分かった。
どうやら既に。
いつか必ず殺してやると決めていた「反ワクチン」との実力差は、逆転していたようである。
そのまま、威圧的に歩いて行く。
「おのれ……医者であるこの私に向かって!」
無言。
邪神が喋り始めるのは、追い詰められた証拠だ。
最初に此方を認識した時に馬鹿にする。
それ以外では、基本邪神は追い詰められない限り喋る事はない。
そんな事は分かっている。
だが、はっきりいって。
此奴には、応えてやるのも嫌だった。
医師という立場を利用し、エセ科学を広め。その本を書いて儲け。多くの人々を不幸にした。
SNSクライシスの前からそうだったのだ。
此奴一人でこれだ。
反ワクチン、エセ科学の本場である米国ではどれだけ被害が酷かったのか、想像もできない。
更に米国では医療保険制度の崩壊により、貧乏人は治療を受けることもできないという事態も続いていた。
この手の輩が。
SNSクライシスの前から、世界を無茶苦茶にしていたのだ。
だから、話す事すらない。
以前潰した「兄」は、邪悪の権化ではあった。だが、それでも邪悪の範疇ではあって。人間ではあった。
カスだったが。
此奴はそれですらない。
もはやこのような輩は、存在すらしていてはいけないのだ。
喚きながら、「反ワクチン」が全身から大量の武器を展開する。形も複雑に変えている。
可変性が此奴の最大の武器。
冷静になれ。
コアを潰さなければ殺せないのは、此奴だろうが他の邪神だろうが同じだ。
此奴に関しては、以前の討伐での戦闘データがさんさんたるものだったこともあって。はっきりいってあまりコアの場所については想像もできないし。どんな切り札を使ってくるかも分からない。
全身に展開した触手の先には注射器。
「あらゆる毒が詰まったワクチンをぶち込んでやる!」
「反ワクチン」が喚きながら、触手を一斉に伸ばしてくる。
芸がない飽和攻撃だな。
前進しながら一斉に全てを切り払い、吹き飛ばす。此奴自身の機動力は正直どうという事もない。
そろそろ、切り札を出してくる頃か。
それを凌ぎきったら、勝機が見える。
無言のまま、芸がない陰謀論ルーツの飽和攻撃を片っ端から弾く。たまに背後にも廻してくるが、見え見えだ。
こちとら背中にも目がついている程に感覚を研いでいる。
そんなとろい攻撃を受けるものか。
更に前進すると。
邪神「反ワクチン」は、周囲全体に足を生やして。そして身を撓ませた。
飽和攻撃の次は質量攻撃か。
これは初めて見せるが。
まあ、人間の弱点は頭上だし。
予想できていなかった訳ではない。
上空で巨大な肉塊に変化すると、降り注いでくる。
形状はなんというか。
古式ゆかしきアダムスキー型UFOに似ていた。
SNSクライシスの頃にはすっかり廃れていた用語だ。
一般的に未確認飛行物体のことをUFOと称し。これは正体が分からない空を飛ぶ物体全般の事を指すのだが。
一時期はそれを無責任に宇宙人の乗り物として考える風潮があり。
実際には何だったのか今も良く分からない写真やら映像やらも宇宙人の乗り物扱いされていたのだという話である。
いずれにしても、宇宙人由来の陰謀説はそれこそいくらでもある。
「反ワクチン」は陰謀論のデパートのような邪神だし。
こいつが人間だった頃に最も影響を受けた陰謀論と言えば、やっぱり宇宙人関係なのだろう。
叩き潰さんと、全質量で降りかかってくるUFO。
「悪役令嬢」は無言のまま、体勢を低くして構える。
周囲を一応確認したのは、全力での大技に出るので。
此処で横やりを入れられるわけにはいかないと判断したからである。
無言で降り注いでくるUFOと化した「反ワクチン」。
其処へ向け。
全力で、こっちから跳躍、突貫した。
動きはよく見ておいた。
あれは地面に直撃するタイミングで、大質量を最大加速させる。
だったら途中で迎え撃つに限る。
接触。
鉄扇で激しく斬り裂き、爆裂させながらUFOを抜ける。
だが、気にしていない様子だ。
そうなると。
着弾と同時に、地面に落ちた「反ワクチン」は、凄まじい量の毒液をばらまいていた。
目を細める。
広域に拡がる毒液。
悪役令嬢は無言で傘を広げると、それを開く。
勿論飛ぶ事は出来ないが。
これは超強力な撥水効果がつけられている最新鋭の傘で。化学物質などにも強い。
勿論そのままの傘だったらそれでもとかされていただろうが。
相手は邪神。
ミームの権化たる「悪役令嬢」に対しては、あらゆる全てが緩和されるのだ。限度はあるとしても。
傘を盾に毒液の海に着地。
怒りの声を「反ワクチン」が上げる。
さて、ここからが本番だ。
もはや容赦など微塵もしてやらん。
徹底的に叩きのめしてやる。
此奴がSNSクライシスの前も後も不幸にした人々の分。何よりも数少ない友の命を奪った分。
まとめて返済して貰う。
2、鬼神の怒り
ドローンの望遠経由で戦況を見ていた自衛官が呆然としている。
「悪役令嬢」の実力は、自衛隊でも周知だった。
単独で六体の邪神を屠り。
アシストつきで更に四体。
現在撃破されている十四体の内、実に十体に関与しているというエース級の人員である。
だがそれにしても。
ちょっと今回の悪役令嬢の暴れぶりは凄まじいにも程があった。
司令室に山革が急ぎ足で来る。
第三次の、狩り手育成のための物資などを運ぶためのコンボイを編成するべく自衛隊の幹部などと会議をリモートでしていたのだ。
「悪役令嬢」が接敵するまでの時間を生かしての会議だったが。
予想より早く接敵したこともあって。
あわてて戻って来たのである。
それくらい、現在自衛隊幹部は多忙なのだ。
「戦況はどうなっている」
「それが、まるで鬼神のような暴れぶりでして……」
「確かNO6に繰り上がってきた邪神の筈だが。 以前の「フェミ医師」や「知事」と比べると劣るのではないのか」
「いえ逆です。 「悪役令嬢」が圧倒的というか……」
確かに一桁ナンバーの邪神と交戦するようになっても、とにかく圧倒的な戦いぶりを見せていた。
米国にいる伝説の狩り手「ナード」でさえ、「悪役令嬢」の戦いぶりを見てうちの国にほしいとまで言ったそうである。
流石に引き抜かれたら日本が一瞬で終わるので、断ったが。
いずれにしてもエースである事は間違いない。
さっと戦闘の経過に目を通す。
確かに圧倒的だ。
それよりも、いつも以上に凄みを感じる。
何かあったのだろうか。
手を上げる自衛官の一人。
そこそこの年齢の三佐だ。
「よろしいですか」
「ああ、何かね」
「恐らくはあの邪神ですが、「反ワクチン」。 私は討伐作戦に参加した事がありましてね」
「……そうか」
「悪役令嬢」がNO7だった「フェミ医師」を討伐するまで、一桁ナンバーの邪神に対する討伐報告はなかった。
つまりそれは。
今までの討伐作戦が、悉く失敗していると言う事だ。
「支援攻撃も、戦闘に参加した狩り手もみんな完璧だった。 だけれども、あのあまりにも多彩な攻撃にその場で誰もが対応出来る訳ではなかった。 奴は陰謀論のデパートみたいな存在だった。 他の邪神とかなり陰謀論の要素がかぶってはいるものの、元々邪悪で金儲けにしか興味が無い上、嘘ばかり書いたエセ医療本を出していた医師が元になっていたらしいから当然とも言えた。 ……私は知っています。 あいつに、「悪役令嬢」の数少ない友人が殺された事を」
「仇討ちと言う訳か……」
「ひょうひょうとしている「悪役令嬢」も、人間と言う事なのでしょう」
「……」
黙り込む山革陸将。
どうも兵士達の間では、狩り手は超人だという話が流布されているが。
ミームによる補正が入っているだけで。
別に超人では無い。
傷だって受けるし。
邪神相手には攻撃をモロに食らえば死ぬ。
それどころか、初陣でフォロワーに殺される狩り手だっている。
そういう厳しい世界だ。
兵士達にとっては希望の光に包まれている様に見えるかも知れないが。
それは本人達にとっては迷惑なのかも知れない。
「余計な指示は控えて、「悪役令嬢」が何か要求してきたときだけに支援をするように」
「分かりました」
兵士達も、皆戦慄しているようだ。
文字通り激情に駆られて、徹底的に敵を粉砕している「悪役令嬢」を見るのは初めてだったのだろうから。
傘で毒の沼に降り立った直後。
悪役令嬢は、即座にピンを引き抜き、周囲全部に投擲。
爆裂させた。
以前、「マリオネット」との戦闘でも用いたものである。
爆裂すると同時に燃え上がり、毒液の沼が一瞬にして炎の海と化す。悲鳴を上げながら、自身を毒沼にした「反ワクチン」が、失策だと気付いて自分を集め始めるが。
集まる先から、切り刻んで木っ端みじんにしていく。
悲鳴が響く。
「ろ、老人に暴力を振るうのか!」
「老人……?」
一際手荒い一撃を入れる。
とはいっても、自分で思っている以上に「悪役令嬢」は冷静だった。
此奴は絶対に許さない。
私情からそう思っている。
更に言えば、この間息を吸うように数千人を鏖殺したのも此奴である事は分かっている。そんな事は分かっているし、邪神ならどいつもこいつもやっていることだ。
しかしながら、である。
そういった理屈は、全て片付けられるものではない。
勿論理性で抑えなければならない部分もある。
だがもはや法が存在せず。
法など好き勝手に踏みにじるこのような輩が好き勝手をする状況で。
誰がこの怒りを受け止めるというのか。
愛。
滑稽極まりない。
そんなものが世界をよくしたことなど一度もない。
その程度の事。
「悪役令嬢」でも知っている。
毒沼はいつの間にか消え、かなり小さくなった肉塊が、再生しつつも必死に体勢を立て直そうとしている。
「反ワクチン」もそうだが。
「人間と見なしていない」、ミームの権化から逃げるというのは、その時点で邪神としての。
精神生命体としての死を意味している。
精神生命体が相手だから、ミームの権化となっている事に大きな意味があるし。
邪神としても「人間以下」に対して本気を出すことだってできない。
奴らに何重もの枷を掛けて。
それでやっと勝負になるのである。
そういう世界なのだ。
だが、今回は。
どうやら枷を加味すると。
「悪役令嬢」の方が、上のようである。
苛烈すぎる攻撃を浴びて、明らかに「反ワクチン」が怯え始めている。
此奴が今まで殺戮した人数、不幸にした人数。
更には此奴がばらまいたエセ医療本で、人生を不幸にした人数を考えると。
怯えた相手を殴らなくても良いと言う理由にはならないが。
無言で踏み込むと、大きめの一撃を入れる。
ざっくり左右に吹き飛ばす。
だが、切り裂いた切れ目にコアらしきものはない。
今までも散々粉砕してやったのに、それらしいものもない。
マリオネットのように地下とかに本体がいる可能性も考慮に入れなければならないかも知れないが。
恐らく、それは気にしなくても良いだろう。
というのも、陰謀論として、古い古い時代には地底人説もあったらしいが。
それは此奴の世代には、とっくに古いものとして認識されていたらしいからである。
ならば、何処に弱点が隠されている。
インカムに通信が入る。
「戦闘を分析しました」
「よろしくってよ」
「恐らく「反ワクチン」のコアは、簡単には露出しません。 本来なら、複数人数掛かりでの攻撃が必要なものかと思われます」
「……なる程、納得いきますわ」
こいつが陰謀論のデパートである事を考えると。
様々な技を繰り出す以上に。
様々な陰謀論で身を固めていてもおかしくは無い。
詐欺師は理論武装をしている人間ほど簡単に崩せるという話がある。
此奴は典型的な詐欺師だ。だからあらゆる理論で多重に身を守っている。
まさにそれなのだろう。
激しい攻撃で、体勢を立て直せずにいる「反ワクチン」。
だったら、もう余力など必要ない。
総力を挙げて、叩き伏せてくれる。
無言のまま、ギアを上げる。
連戦を警戒して、ヘリを用意するように指示をしておく。すぐにその指示通り、ヘリを近くにまで呼んでくれるそうだ。
邪神に近付くと言う事が何を意味するかは自衛官なら誰でも知っている。
それでも、ギリギリの範囲までヘリを飛ばしてくれると言う事は。
彼らがそれだけ邪神との戦いに対してモチベが高く。
それ以上に、エースを失う訳にはいかないと考えている事も意味している。
鉄扇での攻撃を更に加速させる。
「反ワクチン」の全身が一気に削られていく。
再生も追いつかない。
悲鳴を上げた「反ワクチン」。
「ろ、老人虐待だ! 私はただ、定説などと言う嘘に隠された真実を世界に広めるために活動をしていただけなんだあ!」
「黙りなさい。 貴方のばらまいたエセ科学本で、どれだけの人がまっとうな医療を受けられずに手遅れになっていったか。 貴方は許されざる罪人であって、多くの人を間接的に死に追いやった詐欺師ですわ」
「その詐欺というのが陰謀な……」
顔を吹き飛ばす。
泣き言をほざき始める邪神は「知事」もそうだったか。
いずれにしても此奴らの元になった人間はろくでもないカス揃いだったのだ。
恐らくいまだ姿も確認できていないNO1もそれは同じだろう。
加速。
更に切り裂いていく。
徹底的に斬り刻みながら、ああなるほどと理解。
確かに自衛隊の分析通り、何だか皮むきをしているかのようだ。それもタマネギの。
自分の体を、陰謀論で構築した複数の階層にしていて。それを破られる度に、再生しているというわけだ。
だが再生速度を上回れば、どんどんその防御は薄くなっていく。
悲鳴を上げながら、反撃に出てくる「反ワクチン」。
まだ反撃に出てくる余力があったことだけは褒めてやるが。
至近距離から大量に伸びてきた手は、その場で全て弾き飛ばした。
手には何か握っていたようだが、それこそどうでもいい。
まとめて消し飛ばし。
そしてついに何か見えた。
何重にも何重にも作っていた防御の壁が、ついに砕かれたという事である。
それは、本。
古い時代の図鑑。
ずっと古い時代には、金星に生物がいるなどと信じられていた時代があった。そういう夢がある時代の本。
金星は400℃90気圧で酸が降るという地獄の星だ。
それも様々な観測衛星を突入させて、ようやく実態が分かったのである。
それすらもが分かっていなかった時代の図鑑。
道さえ間違えなければ。
こういう夢のある本を元に、医者として大成できたのかも知れないが。
しかし此奴は。
陰謀論にどっぷりつまり。
とうとう脳まで腐ってしまった。
「や、やめてくれ、私のルーツだ、ルーツなんだ!」
「貴方のような邪悪な存在にルーツにされては、この本が可哀想ですわね」
「……」
「消えなさい」
本を消し飛ばす。
同時に、甲高い絶叫が拡がり。
そして、邪神「反ワクチン」は、消失していった。
溜息が零れる。
周囲から気配が消失。
後は自衛隊の仕事だ。
勿論これから更に邪神が来る可能性があるが。
ついに一桁NOも残り半数である。
この状況で、更に増員してくるとは思えない。
「悪役令嬢」は栄養ドリンクを口に含んで、それでも一応対策はしておく。
「陰キャ」を呼ぶまでも無かったな。
そう判断して、山革陸将に連絡を入れた。
「片付きましたわ」
「あまりに苛烈な攻撃に、畏怖の声が漏れていたよ」
「わたくしも激情に駆られる一人の人間だった、ということですわよ。 友人を理不尽に殺されて黙っているほど聖人ではありませんわ」
「そうだな。 こんな修羅の時代だからこそ、そうなのかも知れないな」
ヘリが来る。
予想以上に早い。
すぐにヘリに乗せて貰い、近場の自衛隊駐屯地に急ぐ。
これからが大変である。
邪神が向かった先に、八千人ほどのコロニーが存在している事が正式に確認されたが。ドローンを飛ばして避難勧告をしようとしたところ、石を投げられたという。
これから自衛隊が出向いて話をするらしいが。
どうやら独立国家を気取っているらしく。
相当に交渉は難航することが予想されるという。
「今、人同士で争っている場合ですの?」
「地下を利用して独自のコミュニティを作っていた関係上、今までの社会的地位が崩されるのが怖いと考える輩がいるのかも知れない。 いずれにしても、君には外で邪神やフォロワーに備えてほしい。 そのためにも、今の疲労を回復して、休憩を入れてほしいのだ」
「ふう。 分かりましたわ。 九州からの二人組は」
「もうすぐ基地に着く」
頷く。
それならば、もう大丈夫だろう。
「「陰キャ」さんを廻してくださいまし」
「うん? 彼女はあくまで予備要員としての配置だった筈だが……」
「恐らくですが、戦略的な行動を敵が取るようになった今。 東京近郊に生き残りがたくさんいるのなら、フォロワーにしようとするでしょうし。 そうでなければ殺すつもりでしょうね」
「それは分かっている。 実際、彼らを人質にして君を引きずり出そうと邪神も出て来ていたのだ」
それがおかしいと思うのだ。
NO7が敗れた時点で、「悪役令嬢」の実力は邪神どもにも伝わっているはず。
その後も立て続けにNO6以降だった者達全てが倒された。
これは短時間での出来事で。
この間「兄」と「知事」が倒されて一気に余裕が無くなったとは言え。
それでも動きがおかしいと感じるのである。
それならば、少しでも「陰キャ」に経験は積んでほしい。
これで敵が動きを止めるとは思えないからだ。
「自衛隊も連携して、大量のフォロワー襲来に備えてくださいまし」
「分かった。 此方でも、できるだけの部隊を廻すようにしておく」
「……」
頷くと、ヘリを降りる。
簡素な施設だが、トイレくらいはある。
トイレで少しぼんやりした。
アドレナリンが収まってきたからか。
かなり苛烈に体を動かしたのだと分かってくる。
勿論筋肉痛になるような柔な鍛え方はしていないが。
これは元々、「悪役令嬢」が高等教育こそ受けられなかったとはいえ。
本当に幼い頃から、狩り手になる事を自分で選んだから、とも言える。
そもそも基礎体力は幼い頃から運動しないと身につかず。
一度基礎体力が身につかなかった子供は。
最終的にはどうにもならなくなる。
「陰キャ」なんかもそのパターンだ。
「陰キャ」は殆ど自分の事を話すことはないが。
目の前でフォロワーに両親を食い殺され。
その後、狩り手の鍛錬を受け始めたと聞いている。
まだ幼いのだったら良かったのだが。
狩り手としての訓練を受け始めたのが、もう二次性徴が来る手前だったと言う事もあり。それまでの栄養状態が最悪だったという状況もある。
故に今も基礎体力が無いし。
背も低いと言う事だ。
幼い頃にしっかり栄養を取らないと、どうしてもこの辺りで差が出てきてしまう。
ただ、「陰キャ」はその差を考えても、充分過ぎる程に有能であり。
仮に後継者を任せるとしたら、現時点では彼女しかいないが。
茶を自分で淹れる。
自衛官が慌てたが、敢えて言っておく。
「まずいのは承知の上ですわ。 メイドが淹れる以外の茶は、自分が淹れたものいがいは飲まないようにしておりますのよ」
「は、はあ……」
「わたくしにかまっている暇があったら、交渉ごとの準備を始めなさいまし。 わたくしは次の戦いに備えて疲れを取っている最中ですの」
「すみません。 どうぞごゆっくり……」
今、邪神「反ワクチン」を屠ったばかりなのに。まるで余裕だな。
そんな声が聞こえてくるが。
此方としては、感慨にふける余韻くらい欲しいと言うのが本音である。
情報がなかった。
だから、「反ワクチン」相手の何度かの討伐作戦は失敗した。
それはとても悲しい事ではあったが。
しかしながら同時に。
人類にとっては、大きな福音となったのだ。
本当にまずい茶だな。
自分でそう思いながら茶を淹れる。
茶を淹れた後は、装備の点検。また補給。
火炎瓶は幾ら合っても足りない。
ドレスは問題なし。
鉄扇は今回の戦闘で、いつも以上に痛んでいた。自衛官に渡して、研ぎに出して貰う。予備は複数常にストックしているので、別に問題ない。
普段はこんなに痛むものじゃない。
この間の邪神との二連戦だって、此処まで派手に痛む事はなかった。
それは早い話が。
単純に、それだけ無茶な使い方をしたという事である。
茶を淹れている間に、自衛隊の戦車部隊が移動していく。
結局SNSクライシスが起きたこともあって、10式以降の戦車を作る事が出来なかった自衛隊。
米軍が引き上げるときにおいていったM1エイブラムスも一部で使っているらしいのだが。
日本本土で防衛戦主体で用いる事を想定して作りあげた10式戦車の性能は、国内限定であれば非常に優秀で。
フォロワーとの戦いであれば活躍出来る。
ただしそれも油断は禁物。
フォロワーが群れになると、装甲車くらいはひっくり返されるし。ハンヴィーなどはもう無力なのだ。
それと戦車は膨大な燃料を食うという欠点もある。
短時間で五体の邪神がこの世から消え。
それで安全圏が増えた。
それでも、いつでも邪神は好き勝手に姿を見せることを考えると。燃料補給所は基本的に最少人数で廻す以外になく。
大規模な基地なども作る事は出来ない。
このため各地に少人数が駐屯する基地を小分けに作っていくしかなく。
作戦行動時も大部隊を編成せず。
少数の部隊で連携をしながら、フォロワーの大軍とぶつかっていくのが基本となる。
流石に自衛隊など相手にもしていない邪神だが。
それでも大人数が集まると、邪神が狙って出てくる。
それでは本末転倒である。
もう一度トイレを済ませる。
トイレに出向くと言う事は、体内にある毒素を出してしまうと言う事も意味している。
このドレスだとトイレが色々面倒である。
かのベルサイユ宮殿では、その辺りで排便排尿を普通にしていたらしいが。
まあそれもそうなのだろうなと。ドレスを使うようになってから思った。
かといって、邪神に狙われている身だ。
普段はできればジャージとかで過ごしたいものだが。
そうも言ってはいられないだろう。
トイレを済ませると、自衛隊の戦車が来たので、それに乗って前線に出向く。内部に乗るのでは無く、上に載せて貰う。
戦車の中は狭いので、その方が個人的に気分が良いからである。
装甲車も走っているが。装甲車は戦車に比べて装甲も薄く。また兵員輸送に特化している事もある。
何だか運ばれているようで、乗っていて気分がいいものではない。
そういう問題では本来はないのだが。
「悪役令嬢」というキャラ漬けのためには、こういう行動が。
戦車の上で仁王立ちし、扇子を構えてふんぞり返るような行動が重要なのである。
今回、悪役令嬢は八千人からいるらしいコロニーの人間を保護し、退路として確保している場所から小分けに逃がすための、退路を守る仕事につく。
その間。「陰キャ」が東京方面から来るフォロワーを自衛隊と共に排除。
更に、自衛隊がコロニーの者達の説得に当たる。
面倒くさそうな仕事だなと思うが。
こればかりは、狩り手がやる事じゃない。
ネゴシエイトは元々専門職が存在するほどで。
個人個人がやるような内容ではないのである。
予定地点に到着。戦車から降りながら、部隊の展開状態について確認をする。
自衛隊は即座に展開しているが。やはりこの辺りは東京に近い事もある。フォロワーがすぐに姿を見せた。
「弾丸を大事に。 数が増えるまではわたくしが対処しますわ」
突貫すると。
かなり古くなって、動きが鈍くなっている様子のフォロワーを、次々に斬り伏せる。
もはや救う手段もない。
ならばこうやって、ひと思いに斬ってやるしかない。
片っ端から斬り伏せながら、周囲を警戒して貰う。
やはりフォロワーが姿を見せ始めると。
どこから湧いてくるのか。どんどん現れ始める。
自衛隊の無線とは別にしてある。
作戦行動を全部突っ込まれても、此方では対応出来ないからだ。
「苦戦している場所があったら指示を。 すぐに向かいますわ」
「さっき邪神を倒したばかりなのに余裕ですね……」
「何、情報がたくさんあったから、ですわよ」
人類は古くから愚かな歴史ばかり積み重ねてきた。
だが一つだけ確かだったものがある。
それは技術だ。
技術だけは善も悪もない。
使う人間が善悪あるだけだ。
未確認の存在に対する戦術だってそう。
最初こんな生物にどうすれば対抗できるんだ、などと思った人間もいただろう。だが、それもすぐに過去のものとなった。
それだけは、事実として存在したのだ。
五十体ほどフォロワーを片付けると、その辺りからフォロワーの気配は消える。
インカムに通信が入った。
「北に2ブロック進んでください。 火力が足りていません」
「了解しましたわ」
突貫。
二ブロックくらいならどうでもいい。
見ると、自衛隊が交戦している。少しずつ下がりながら、重機関銃で火力投射をして足を止めつつ対物ライフルで一体ずつ仕留めているようだ。
だが数が多すぎる。
「「悪役令嬢」が来てくれたぞ!」
「火力投射一旦停止!」
無言のまま、フォロワーの群れに突っ込む。
ざっと見る限り百五十ほどか。
片っ端から斬り伏せつつ、接敵しかけていた自衛官が後退する時間を作る。そのまま右に左に斬り伏せ。
フォロワーの攻勢を自身に引きつけさせる。
その間も群れから外れている個体を、対物ライフルで自衛官が仕留めてくれる。
まとめて襲いかかってきた者達を、小回りがきく鉄扇で片っ端から赤い霧に変えていくが。
其処でインカムに通信が入った。
「コロニーの奧からフォロワーが出現したもよう! コロニーが大混乱に陥っています!」
「外は!」
「今、「陰キャ」どのが交戦中! やはり相当数のフォロワーが、東京から出て来ているようです!」
舌打ち。
思った以上に状況が悪い。
山革陸将に連絡を入れる。
「コロニーのフォロワーはわたくしが対処しますわ」
「分かった、其方に向かうまでに、どうにか入り口を開けさせる!」
「頼みますわよ」
これは大勢の犠牲が出ることは避けられないな。
一体のフォロワーが出るだけで、人間なんて簡単に数人が引き裂かれてしまうのである。
噂だが。中華などは、フォロワーの性能を見て、これを生物兵器として活用出来ないかなどと考えたようで。
それが対応の遅れにつながったらしい。あくまで確証がない話だが。
とはいっても、今はそのような事を言っていても仕方が無い。
ドレスではバイクにも乗れない。
こういう場合の高速移動は、自衛隊に何か提供してもらうしかない。
まず、眼前の敵を処理する。
全てはそれからだ。
3、顕現する地獄
基地を引き継ぎに来たおじさんの狩り手二人「デブオタ」さん「ガリオタ」さんに任せて、「陰キャ」は指定された地点に来ていた。
確かに、凄い数のフォロワーだ。
東京にはまだ凄い数のフォロワーがいるという話は聞いていたけれど。それが出て来ているとなると。
納得出来る数である。
自衛隊はバリケードを作ってもらい、そこの専守防衛に務めて貰う。
体力がない事。
それはもう分かっている。
「陰キャ」はだから。
それを補って余りある行動をするべく。
ここ数日、色々考えて来た。
「悪役令嬢」に相談するのは怖かった。というよりも、誰と相談するのも苦手だった。
だから、戦術について色々見て勉強した。
結果としては。
限界のある体力を計画的に使って、動けなくなる前に一度引き。
そして体力を回復させてまた前に出る。
この作戦しかないと言う判断だった。
今も、敢えて敵の真ん中で足を止めている。
感覚を研ぎ澄ますのは、頭は使うけれど体力は使わない。
これが、自分の戦闘スタイルととても相性が良いことを。ここしばらくの苛烈な戦いで理解出来たのは大きいと思う。
そのまま右左と、敵を斬り伏せていく。無尽蔵に湧いてくるフォロワーだが。関係無い。
邪神の攻撃に比べれば、範囲、威力、速度、いずれも児戯に等しい。
殆どその場から動かないのは、それで充分だから。
体力の消耗は極限まで避ける。
それが、「陰キャ」に一番相応しい戦い方だ。
雄叫びも上げない。
咆哮もいらない。
無言で淡々と、刃を研ぎ澄ませ斬る。
そのまま群がってくるフォロワーは、基本的に学習と言う事をしないし。邪神と違って最低限の感情も残っていない。
昔のSNSにいた害悪ユーザーがこんな感じだったらしいのだが。
しかしながらSNSの裏にいたのは人間だ。
つまり人間だって。
大半は学習なんてしないし。
感情の制御なんてするつもりもないし。
何よりも他人と会話するつもりなんか最初からなく。
自分の意思を押しつけるつもりしかなかった、と言う事なのだろう。
それが人間なのだと思うと。
人間の悪を圧縮したのが邪神。
薄っぺらい人間の面が出て来たのがフォロワー。
そう考えると、分かりやすいのかもしれなかった。
いずれにしても、無言で淡々と斬る。
自衛隊はバリケードで銃座を多数構えてくれているが。
何しろ突出した「陰キャ」が接近して来るフォロワーを殆ど片付けているので、弾を撃つ音がしない。
次から次へ。
撃破カウント数はいちいち数えない。
数える意味もないと判断した。
そろそろ、限界かな。
一斉に飛びかかってきたフォロワーを。納刀してからの一閃でまとめて消し飛ばすと。
飛び下がって、自衛官に後は任せる。
重機関銃と対物ライフル、更に榴弾がフォロワーに浴びせかけられ、敵の群れを足止めするなか。
栄養ドリンクを口にして、物陰で休む。
目を閉じて、じっとする。
自分に出来る事はとても少ない。
それは何度も何度も思い知らされてきた。
だからできる範囲内で最高の活躍をするしかない。
体力だって限られている。
今の戦いでも、自衛官の人達がどれだけ弾を節約し、命を失わなくて済んだかだけを思えばいい。
悩んでいても始まらない。
どいつもこいつも全部斬り捨てて、それでおしまいだ。
数分、休憩。
お菓子も食べておく。
砂糖の質が良くないから、とにかく美味しくないけれど。
さっきまで、感覚を研ぎ澄ますのに脳をフル活用していたから、どうしてもお砂糖は必要だ。
もぐもぐと食べているうちに。
やがて、ある程度動けるようになった。
無言で立ち上がると、前に出る。
「狩り手が出るぞ!」
「撃ち方止め! 支援攻撃に転じろ!」
自衛隊が一斉に攻撃を停止。攻撃で相当数のフォロワーを削ったようだが。それでもまだまだいる。
ゆっくり単騎突出してくる「陰キャ」をみて。
また突撃してくるフォロワー。
今の掃射で相当にダメージを受けている個体も多く、動きは鈍い。
文字通り一閃だ。
ゆっくり歩きなら、ある程度前に出て。
そして新しく出て来たフォロワーの群れと対峙する。
相当な数がいるが。
それでもはっきりいって、全然大丈夫だ。
それよりも、今回保護しなければならない人達にトラブルが起きているとか聞いている。そっちは大丈夫なのだろうか。
いや、大丈夫。
「悪役令嬢」が来てくれている。
それなら、絶対に大丈夫な筈だ。
無言で右左、前、右、順番に斬る。
一斉に襲いかかってくる場合は、薙ぎ払う。
刀が軽く振れるだけでフォロワーは消し飛ぶ。
これが狩り手として、ミームの権化となっている故の強みだ。ともかく、少しでも、少しでも自分の強みを生かす。
誰かのために。
不思議な話で。
悩みが晴れれば晴れるほど、被弾も減ってきた。
勿論技術が上がったこともあるのだろう。
だが、それ以上に。
やはり、刃が研ぎ澄まされてきている事もあるのだ。確実に。
無言で更に戦い続ける。
フォロワーになってしまった人間にも、本来は罪はない人だってたくさんいたことだろう。
だが、邪神がいるかぎり、フォロワーは産まれ続けるし。
元に戻す手段だってない。
だから、斬るしか無い。
「陰キャ」の両親のような犠牲者を増やさないためにも。
フォロワーは、普通の人間では、まるで歯が立たない相手なのだから。
ひたすらに斬り続ける。
まだ、敵の攻勢は止まらないが。
支援攻撃も散発的に行われている。いずれにしても、此方の前線は、何があっても絶対にフォロワーは通さない。
不屈の盾となって。
この道を、誰も通しはしない。
インカムで「陰キャ」の善戦が聞こえてくる。
特に指導をしたつもりは無いが、やはりルーキーとは思えない別格の実力だ。
本人に自覚は無いだろうが。規格外の素質を持っていて。
そして今、それを十全に生かしているという事だ。
喜ばしい。
まずかったのは、基礎体力を培う時間がなかった事だけれども。
それについても、きちんと自分で対策を出来ているようである。
それよりも、此方だ。
無言のまま、バリケードを剥がされた地下鉄の入り口に突貫。
壁を蹴って縦横無尽に、人が将棋倒しになり。更に凄まじい腐臭が漂う中を飛び進んでいく。
マスクは念のためとおもってつけていたのだが。
腐臭はそれでも分かる程酷い。
どうやら本当に、地下街の一部に籠城して生活していたらしい。
将棋倒しになって圧死した人も多数。
そればかりか、先の方では悲惨な悲鳴が響き続けていた。
銃撃音もする。
アサルトライフルか、この音。
そんなもので、フォロワーを倒すのは不可能だ。
見る。
フォロワーだ。
バリケードを瓦礫などを使って作っていたようだが。人間が多数いることを、気付いたフォロワーがいたのか。
或いはあの邪神「反ワクチン」の接近で活性化したのか。
無理矢理に突破したのだろう。
周囲には引きちぎられ食い千切られた人間の残骸が多数。
見えているだけで数百はフォロワーはいて、今も現在進行形で殺戮が行われている状況だ。
こう言うときこそ冷静に。
嫌と言うほど、見てきた光景だ。
着地すると、突貫。
アサルトライフルを撃っていた民間人らしいのが唖然とする中、顔を血肉で真っ赤にしたフォロワーを瞬く間に数十、斬り伏せていく。
そして叫んだ。
「フォロワーにそんなものは通じませんわ! 負傷者を抱えて逃げなさい!」
「あ、あんた狩り手か!? けったいな格好をして……!」
「フォロワーに対抗できる時点で察しなさい!」
叫んでいる間も仕掛けてくる。
それを右に左になぎ倒す。
もはや命がない人はどうしようもない。
犠牲になった死体を見ると、滅茶苦茶に砕かれたアサルトライフルなどを手にしている様子から。
恐らくは、最初に襲われた人達を除くと。
此処を守ろうと、必死に命を張った人々だったのだろう。
自衛隊で再訓練を受けていれば、大きな戦力になっただろうに。
「将棋倒しになって大勢死者が出ていますわ! 此方は任せて急ぎなさい!」
「わ、分かった!」
やっと交戦を諦めて引き始める。
腐臭と血の臭いが漂う中。
パンと、高い音を立てて鉄扇を閉じる。少しでもフォロワーの気を引くためだ。
「オーッホッホッホッホ! 既に倒した邪神十一体! 貴方方の天敵、狩り手「悪役令嬢」参上ですわ!」
わっと襲いかかってくるフォロワー。
抹殺優先度が高いと判断したのだろう。
この様子だと、隠れて潜んでいる者が多いはずだ。そういう者を助けるためにも、まずは敵のヘイトを集めなければならない。
そしてあいにくだが。
こちとら仇を討ったばかりで、乗りに乗っている。
更に後輩が頑張りまくっているのを突入前にインカムで聞いて、更に相乗効果で乗りに乗っていまくっている。
この数。
今後のために、徹底的に駆除してやる。
暴風となって、フォロワーを片っ端から消し飛ばしながら前進。
対物ライフルでも打ち砕くのがやっとのフォロワーが、鉄扇が擦っただけで消し飛ぶのだから。
これが如何に不可解な現象なのかは見ているとよく分かる。
いずれにしても、此奴らは一匹も残さない。
オールデリートだ。
進みながら、出会い頭に両手に持った鉄扇を振るい、次から次へと順番に敵を葬って行く。
やはり生き残りがいたのか、フォロワーがいなくなったのを見て、何処かに駆け出す人影もあった。
すっと下がると、延髄に打ち込んで気絶させておく。
どこにまだフォロワーがいるか分からないのだ。安全圏を確保するまでは、動かれると困る。
敵の更に大集団が現れる。
文字通り、地下街の道を埋め尽くすように。
古い時代の映像で見た朝の大出勤のように。
突貫してくる。
それを真正面から迎え撃つ。
アレが出て来た方向は、もう人がいるとは思えない。
二千、いや三千は軽くいるとみて良いだろう。
SNSクライシス前のこの国は、人口が減少に転じていたらしいのだが。
それでもこんなに人間がいた、ということだ。
それが丸ごとフォロワーにされてしまった。
勿論、怖れる事などなく一切突貫する。
自衛隊は何をしている。
まだ難民救助で揉めたりなんだりしているのか。
まあいずれにしても、自分でやる事は分かっている。
あれを全て叩き潰し。
消し飛ばすだけだ。
突貫。
そして、押し包もうとしてくるフォロワーを、根こそぎ薙ぎ払っていく。フォロワーの中には口を血だらけにしているものも多い。中には手足を咥えているものも少なくはなかった。
その手足も幼子のものだったりする。
怒りはもう沸かない。
此奴らに対する怒りは。
武技として。
此奴らを抹殺する事だけで、晴らす。
此奴らにもはや自意識はないし。
邪神のようにいるだけで周囲数qの人間をフォロワー化するような破壊力だってないのである。
自分の技を高めるための実験台。
それくらいに考えておくのが精神衛生上にも悪くないだろう。
無言で斬り伏せ続け。
ひたすらに倒す。
周囲にフォロワーだった残骸をブチ撒け続けながら、むしろ前進さえ続ける。
当然四方八方、場合には上からも襲いかかってくるが。
そんなものは全て返り討ちだ。
片っ端から叩き潰しつつ、大規模攻勢を乗り切る。
漸く、自衛隊が来た。
こう言う場所では取り回しが良くないので大型武器は好まれないのだが、それでも重機関銃の銃座を持ち込んでいる。
「戦況は?」
「今、避難民を外に出して此処まで前線を押し上げてきました! これより調査し生存者を……」
「この後方はもう大丈夫と言う事ですの?」
「いえ……」
まあそうだろうな。
うめき声を上げながら、更にフォロワーが来る。
流石に疲れてきたが。
まだまだ。
邪神戦の、全戦力を絞り出すような戦いに比べれば、児戯に等しい。
ポッケに入れていたクッキーをかじる。
本当にまずい。
まともな調理機材も計量器もないからだ。
だが、砂糖が雑に入れられているのは事実で。
少なくともこれで頭は回るようになる。
「この前線はわたくしが支えます。 他に前線ができたら、それを知らせるように。 貴方たちは、わたくしの支援はいいので、逃げていない要救助者を連れて一人でも助けるのですわ。 そこにも一人います」
「分かりました! ご武運を「悪役令嬢!」」
「お任せなさいませ」
地下の、酷い臭いが立ちこめる中。
ど派手な格好をしている悪役令嬢が鮮血の雨を降らせる。
第二波のフォロワーも、さっきと大して数に代わりは無いようである。
恐らく地下鉄の入り組んだ東京の地下には、こんな感じで大量のフォロワーが潜り込んでいるのだろう。
総理大臣とかがいるのも地下鉄の駅らしいのだが。
其処は大丈夫なのか、少し心配になった。
いずれにしてもトップシークレットだろうし。
わざわざ自分から足を運ぼうとも思わないが。
ひたすらにフォロワーを切り裂く。
後方で散発的に対物ライフルをぶっ放している音が聞こえてくる。少数のフォロワーが、彼方此方に潜んでいたと言う事だろう。
もう自衛隊のある程度の部隊が入っている様子だし。
何より電波中継器も置いているはず。
なにかあったらインカムに通信を入れてくるはずだ。
つまり、対応出来ているという事である。
無言でフォロワーの群れを捌き続ける。
返り血を浴びるような失態はしない。
だが、床は赤い。
もはや、これ以上もないほどに。
ここだけで、数千のフォロワーを屠ったのだ。
地面と違って血だって吸わない。
それは、辺りが血の海になるのも当然と言えば当然なのだろう。
無言で更に前に出ると。
徹底的に、更にだめ押しとばかりに敵を斬り、前線を上げていく。
脇道から、数十のフォロワーが突然飛びかかってくるが。
殆どその場から動かず、全てを駆除しきる。
今の連中。
口が血に濡れていたな。
何か其処に隠れていて。
その守りを破って、食い殺した直後と言う事か。
どうにもできなかった。
「悪役令嬢」も狩り手ではあるが人間だ。
移動の際にはヘリを使う方が早いし。車を使って移動する方が体力だって抑えられる。生理的現象だってある。
休まなければ死ぬ。
そういう弱点はてんこ盛りにあるし。
何よりフォロワーに噛みつかれたら一撃即死だ。
それを考えると、仕方が無い。
救えない命はたくさんある。
だから、手の届く範囲でだけでも救うのだ。ルーキーを脱したときには、そう考えるようになっていた。
二時間ほども、戦い続けただろうか。
更に進んで、大穴に出る。
なるほど、どうやら色々積み上げて、雑多に固めてバリケードにしていた場所が破られたらしい。
この辺りが、一番たくさん悲惨な状態の死体が散らばっていた。
子供のものも多い。
どうしようもない状態だ。
無言で、インカムから通信を入れる。
「山革陸将。 恐らくは破られたバリケードを発見しましたわ」
「工作班を向かわせる」
「……急いだ方が良いでしょうね。 当然護衛も必要ですわよ」
「了解した」
バリケードの向こうには、まだまだフォロワーがいるのが見て取れる。
それが、此方に気付いた。
今まで倒したのと同レベルくらいの数はいるだろう。
まあいい。
全部片付けてやる。
此方に迫ってくるフォロワーだが。平然としている「悪役令嬢」に怯むこともない。この辺りは、邪神に対する唯一の強みかも知れない。
まあ邪神と比べると、力は象とミジンコくらいも違うのだが。
更に一時間戦闘を続けているうちに、地下でも動ける小型の軽戦闘車両が来る。敵の群れが一段落したところで、敵に榴弾を叩き込んでまとめて処理する。地下だから敵は逃げようもない。
一発の榴弾で、数百のフォロワーが消し飛ぶのは見ていて小気味よくさえもあった。
更に接近するのは、「悪役令嬢」が始末する。
それで、ようやく一段落はした。
すぐに工作班が、コンクリを打設し始める。速乾性のコンクリだが、強度は鉄条網の比ではない。
これだって決して安いものではないし。物資として余っているものでもないだろうに。
数千人の生存者を救出するのは、それだけ大変だと言う事だ。
生き残りの中には、戦闘経験があるものだっているだろう。
自衛官を補充できるかも知れない、というもくろみもあるだろうが。
それ以上に、やはり。
こういうわかり安い程の邪悪な存在を目にすれば、どうしても意気が上がるのはあるのだろう。
「進入路、塞ぎました!」
「後は残敵の掃討ですわね」
「現時点で、三箇所で少数の残敵が確認されています」
「すぐに片付けますわ」
すっ飛んで、指定地点に向かう。
もう供給が絶たれたのだ。
後は自衛隊でも押さえ込めていた程度の数である。
悉くを叩きのめして、全ての処理は完了。
邪神「反ワクチン」との連戦。
更に地下での戦闘は、時計を見ると四時間にも達していた。
それでも、これは意義があったと信じたい。
後は自衛官に任せて、この場を去る。
途中、将棋倒しになって圧死した遺骸や。
文字通りフォロワーに噛み裂かれて、赤い骨だけになって散らばっている遺体をたくさんみた。
地上に出る。
そこで軽く話を聞かされた。
此処のボスは、独立王国を気取ってふんぞり返っていたアホらしいのだが。
どうやら部屋に立てこもったところを、フォロワーに食われて八つ裂きにされてしまったらしい。
それもあって、交渉どころではなくなり。
「悪役令嬢」が突貫する事が出来たらしかった。
こんな時代にも、バカはいるものだな。
いや、本来だったらそういうのだらけになっていたのが普通で。今のように、必死に秩序を食い止めている方がおかしいくらいなのだろう。
「少し休みますわ」
「此方に陣地を仮設してあります。 トイレや寝具もあります」
「使わせて貰いますわ。 それで、最終的な被害は」
「この内部にいた人々の中で、救出に成功したのは五千五百ほどです」
「……」
八千人程度いたというのが本当だとして。
フォロワーに殺されたり。
将棋倒しに巻き込まれて潰されたりして死んだりした人数が、二千を超えたという事か。
皆、ひどい格好をしている。
あの地下空間で、密集した中外からのフォロワーに怯え。
声だけ大きい暴力を振るう輩に無理矢理統制され。
それで暮らしていたのだろう。
見ると、栄養失調の人間も多いようで。
自衛官が頭を抱えている様子も目だった。
ろくでもない話しか聞こえてこないだろう。
まずは、仮説陣地の中にあるトイレを使う。
こればっかりは仕方が無い。
その後は、今後の戦闘に備えて、まずい菓子と紅茶を食べ。更にもっとまずいレーションと栄養ドリンクを口に入れておく。
もう少し美味しいものを用意できるという話もあるのだが、それは断っている。
自衛官と同じで良い、と。
別に欲しがりません勝つまでは、などというつもりは無い。
「悪役令嬢」のキャラを作る為に色々してはいるが。
それでも元は、地獄のような世界に産まれ育って、現実を見ているのである。
こんな場所で特別扱いなんて受けるつもりはない。
今でも充分過ぎる程に、特別扱いを受けている程である。
避難民はどんどん分散されて、彼方此方に移動している様子だ。
衰弱している者も多く。近くの自衛隊基地に運んでいる様子である。
ただし、あまり大人数を運ぶと邪神が来る。
小分けに運ぶ事に、自衛隊は相当にリソースを使っている様子だった。
しばらくベッドで横になって過ごす。
今回の戦いは色々な意味でハードな連戦だった。
当面はこういう戦いが続く。
それは分かっているから。どうにも勝利を喜べなかった。
4、わずかに差す希望
「悪役令嬢」が起きた頃には、既に夜明けになっていた。
「陰キャ」は大丈夫か不安になったが。
ヘリでもう基地に戻ったそうである。
地上でのフォロワーの攻勢は、「悪役令嬢」が暴れている頃にはもう収まっていたそうで。
「陰キャ」が担当していた戦線では誰一人死なせなかったらしい。
大したものだ。
「悪役令嬢」は今回、たくさん守れなかったのに。
やはり次代は「陰キャ」に任せるべきだな。
そう、「悪役令嬢」は思った。
まだ周囲では、難民に対する処置が続いている。
詳しい話は後で聞かせて貰うとして。
仮設陣地のベッドでもう少し休ませて貰うとする。
朝になるまでしっかり寝て、疲れを取ると。
ヘリが来ていたので、それで基地まで戻る事にする。
その帰路で、話を順番に聞かされていくことになった。
まず、あの地下のコロニーだが。
元々地下に避難していた人間を、ヤクザの親分だった人間が無理矢理暴力で脅しつけて、閉鎖空間にしたらしい。
そしてそいつは王を名乗って。
文字通りのやりたい放題を始めたそうだ。
地下空間には保存食もある程度あったが、それを全て独占すると。
入り口も、混乱状態にある地下の他の道も全てバリケードで塞いだ。
SNSクライシス直後の事であったが。
その当時から、既にフォロワーの恐ろしさは知っていたそうである。
やがて無理矢理人数を繰り出して、近くの自衛隊駐屯地跡地(邪神に潰された)などに手下を派遣し。多くを失いながらも、アサルトライフルなどの遺棄された武器を入手することに成功。
それらで威圧して、独裁政権を更に完璧にしたそうだ。
小さな独裁王国を作った初代は10年ほど前に死んだ。
二代目は、更に悪辣で。
若い女は全部自分で独占し。
子供だけで百人以上作り。
作った子供は皆放置して、世話を周囲に押しつけるという有様だったらしい。
保存食も枯渇し始めていて、不満の声も上がり始めていたが。
何しろアサルトライフルを持った親衛隊がいたので誰も逆らう事は出来ず。
それでも不満が高まってくると。
時々「周囲と違う」とか、「気に入らない」とか理由をつけて誰かをリンチして。それで秩序を保っていたそうである。
聞いているだけで胸くそが悪くなる話だが。
SNSクライシス前の学校や会社では、当たり前のように行われていた事だそうである。アサルトライフルの代わりに社会的地位や単純な肉体的暴力を用いて、だが。
要するに過去の悪しき亡霊が、ずっと八千からなる人間を縛り付けていた、というわけだ。
交渉がこじれるのも納得である。
「それはまた、大変でしたわね」
「フォロワーが地下に出たときすらも、「二代目」は此方で対処するから関わるなとか吠えていたからね。 流石の私も呆れた。 だが、直後にフォロワーに食い殺されてしまったようだが……」
「其奴だけ殺されれば良かったものを」
「……」
そうもいかない、というのだろう。
いずれにしても、基地にいたベテラン二人は九州にとんぼ返り。
もう少しで、基地にある物資などを別の場所に移設完了する。
これで絶対正義同盟の邪神は残り五体。
だが、どうにも嫌な予感がする。
どうしてまた見せびらかしながら邪神が姿を見せた。
それももう、残りが少ないというのにだ。
何か近々起きるとみて良いだろう。
それだけは、山革陸将に伝えておく。
わかった、と相手も応えてくれた。
さて、基地が見えてくる。
「陰キャ」は喋るのが苦手なようなので、距離は今後も取っておくこととする。
喋るのは必要な内容だけでいい。
何もベタベタするのだけが友情でも無いし、友好関係でもないだろう。
さて、基地に戻ったら軽く鍛錬して。
それから、ここしばらくの疲れを、風呂にでも入ってとるとしよう。
それくらいは、許される筈だった。
(続)
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