比叡山炎上

 

序、業火の山

 

比叡山延暦寺。

織田信長が焼き討ちしたことで知られる山だが。「あの」日本史上もっとも有名な仏僧である空海と共に中華に渡り、より発祥地インドに近い場所で仏教を学んできた最澄の建立した場所である。

それが腐敗に腐敗し、早い段階から武装勢力と化し。

実の所、織田信長以前にも、何度も焼き討ちは受けている。

それだけ比叡山の仏僧達は腐敗を重ね。

更には狼藉を続けていたと言うことである。

古くから宗教はどれだけ高邁な思想を掲げていても腐敗する。

それには代わりは無い。

インドでは分かりやすいというだけでカースト制度を取り入れたヒンドゥー教がずっと隆盛を誇ったが。

早い話。

成功した宗教団体というのは、既得権益層を如何に正当化するかの集団であって。

更には信者の思考力を奪い。

金を如何にむしり取るかの集団であった。

仏教でもそれは同じ。

生臭坊主という言葉は古くからあったし。

実際問題、救いようが無い愚かしい仏僧は無数に歴史上に登場してきた。

そしてメジャーな宗教が廃れてからは。

カルトがそれに取って代わった。

カルトは様々な形を取った。

或いは科学のフリをしたり。

或いは陰謀を立ち上げてみたり。

いずれにしても、行き場所がない人間を取り込み。全てをむしり取る邪悪な集団として。より生々しいおぞましい存在として。

近代のカルトは降臨していた。

社会そのものに大きな欠陥が。

更に言うと、人間という生物そのものに大きな欠陥があったことが、それに拍車を掛けていたと言える。

それらについては、良く知っていた。

「「デブオタ」氏。 どうなされたのでござるか?」

「いやいや、デュフフ。 ちょっと考え事じゃよ」

「そうでござるか」

狩り手。

邪神を狩るもの。

今、バディで戦場に来ている狩り手の一人。柳田。それがこの男の本当の名前だ。

柳田はSNSクライシスが起きる前、最後に大学院に通っていた元学生で。現在では、高度教育を受けた最後の世代となっている。

狩り手としてのノウハウが確立した後は、狩り手としてのミームに則って姿や言動を変えたが。

正直な話、狩り手になる前からカルチャーは大好きだったし。

SNSの凄まじい荒れ具合には、頭を痛めていた一人だった。

今はすっかり太った。

元々実はあまり太りやすい体質では無かったのだが、無理に太ったのである。

縞々のシャツ。背中にはリュック。

リュックに刺さっているのは丸めた紙の棒に見えるもの。複数。それぞれ用途が違う。

SNSクライシス前に、「キモオタ」と呼ばれる人間がいた。

趣味を持つ人間は、SNSクライシス前にはオタクという差別用語で呼ばれていた。

一時期は、「オタク」と思われるだけで社会的に抹殺された。社会的に抹殺する事を、誰も何とも思わなかった。

マスコミが部数目当ての偏向報道で嬉々として垂れ流した報道で、社会的にどれだけの人間が自殺に追い込まれたか分からない。

当時のマスコミは自分を特権階級だと勘違いしていた。それ故に、自分達を絶対正義と勘違いもしていたし。どんな嘘を垂れ流しても良いと本気で考えていた。発行部数を稼ぐためにはどれだけ人を殺しても良い。そんな思想から、無茶苦茶な偏向報道が平然と行われ。

多くの人間が社会的に、或いは物理的に。死に追いやられたのである。

またこの蛮行によってカーストが新たに作り出され。下位のカースト。要するに自分から見て下の存在ができた事に喜んだ人間は決して少なくなかった。そういう者達は「キモイ」という言葉を免罪符に、あらゆる暴虐を新しく作り出された最下位社会カースト「オタク」へと振るい。

それをむしろ嬉々として周囲は見ていた。

更に「キモイ」と「オタク」を組み合わせ、「キモオタ」という言葉が作られ、差別に拍車が掛かった。

「キモオタ」には何をしても良い。そう考える者が非常に多かったのだ。

SNSクライシスが起きる前から、社会は病んでいた。

その証左とも言える出来事である。

もっともオタクとされた者達も黙っていたわけでは無い。時間を掛けてオタク呼ばわりされた人間達は徐々に数を増やし。SNSクライシスの頃には、そもそも求心力をなくしていたマスコミと力の差を逆転させ。マスコミを徹底的に叩き潰していわゆるパブリックエネミーにまで追い込んだが。

一方でオタクと呼ばれた人間も一枚岩だった訳ではなく。

内部での争いは普通にあったし。

先鋭化して無法者と化した集団も相応にいた。

人間は敵がいても決してまとまれるわけではないのだ。

いずれにしてもミーム化すれば、邪神と戦う狩り手となれる。

そう判断した柳田は、「キモオタ」の中でも「デブオタ」と呼ばれる。太ったオタクの姿を偽装した。

いずれにしても、昔からカルチャーは好きだったし。容姿で人間を差別する輩は大嫌いだった。

だから柳田はこれで良かった。

何よりも、容姿で相手を判断する輩は。基本的にどれだけの事をして見せても相手を絶対に認めない。

そんな人間の同類になるくらいだったら。「デブオタ」で充分。

それが柳田の思想だった。

隣にいる相方は「キモオタ」のネットミームに沿って、「ガリオタ」と呼ばれる。とにかくひょろっと痩せた「オタク」の姿を取っている。本名については聞いた事がない。どうでもいいからだ。

此方はキャラもののシャツを着て、よれよれのジーンズで猫背。ぐるぐる眼鏡で、敢えて口を半開きにしている。

柳田のバディであり。

この間、「絶対正義同盟」NO11との戦闘で勝利するも二人揃って負傷し。

入院していたのである。

今回は、どうも比叡山近辺でおかしな動きがあるという事で、住民の避難を進めている自衛隊に呼ばれて現地にきた。

この比叡山も、今はすっかり仏教の聖地ではなくなり。

大阪や京都から逃げてきた避難民が身を寄せ合って暮らしている場所になっている。

それも、邪神が来ると聞けば逃げ出すのは当然だろう。

ただ、どうして邪神がわざわざ存在を明かしながら進んでいるのかはよく分からない。何か目的があるのかも知れなかった。

「「デブオタ」氏。 この件、どう思われますかな?」

「デュフフ。 ……何かの罠でしょうな」

「十中八九そうでしょうなあ。 それでどうします?」

「……邪神を迎え撃つのは我々でいいでしょうな。 問題は今までに例がない、邪神がわざわざ姿を見せて行動しているということですお」

頷く「ガリオタ」。

この男も、実の所相当な達人である。また、容姿で相手を全部決めつける風潮にはうんざりしていたようで。嬉々としてこの姿を受け入れた。

SNSクライシス前と今では社会の価値観が違う。

邪神という絶対的脅威が出現して。物理的に大量虐殺をしている時代。

狩り手に対して見かけで判断するような人間は、皆殺された。

或いはフォロワーとなって、各地を彷徨っている。

それもまた、病んだ社会で好き勝手で無責任な言動をしていた人間の、自業自得な末路なのかも知れない。

少し柳田は考え込む。

そして、頷いていた。

「作戦にスパイスを一つ加えましょうかな。 デュフフ。 「悪役令嬢」殿に出陣を願いましょうか」

「それがようござろう」

「我々は我々で、迎撃の準備をしはじめしょうぞ」

「おけまる」

頷きあうと、すぐに比叡山に登る。

比叡山では自衛隊が必死の避難活動を続けている。ドローンにより邪神の動きは観察しているが、予想より侵攻が早いらしい。

この比叡山は古くからカルト化し武装勢力化していたように、そのものが天険の要害だが。

それが故に、逆に脱出は容易ではなかったりする。

自衛隊に避難活動は任せる。

たまに不審そうに此方を見る自衛官もいたが、狩り手だというだけで納得して行動に戻った。

これでも鍛えている。

病み上がりだから全力は出せないかも知れないが、それでも相応に健脚である。

比叡山の頂上まで上がる。

周囲は鬱蒼とした緑、というようなことはない。

膨大な避難民が暮らしていたのだ。

はっきりいってはげ山に近い。

食えるものはみんな食ってしまった。

そんな様子である。

参堂なども荒らされ放題だが。

もはや、そういった事にさえかまっている余裕が無い最果ての時代が今なのである。だから、此処を荒らした人間を責めることは出来なかった。

軍用の無線を使って、「ガリオタ」が自衛官と話をしている。

何だかみょうちきりんなしゃべり方を何とか四苦八苦しながら、日常会話に盛り込んでいる。

同年代である彼は、名前こそ知らないが。

たまに話を聞くことがある。

同じように大学を出て、就職しようとしたら。

圧迫面接などを散々浴びせられ。

大学で受けてきた専門知識なんて全く生かせず。

呆然としている所に、ろくでもないブラック企業に押し込まれ。

そこで人権をおよそ無視した最悪の労働をさせられ続けたという。

後一年務めていたら死んでいたかも知れない、と何度か乾いた笑いを浮かべていた。

いずれにしても、そうこうしているうちにSNSクライシスが発生。

当時から生き延びているだけあって、一時期は普通に銃を使って戦ってもいたそうである。

彼とは同士だ。

哀しみを共有もしている。

後発の狩り手は殆ど殺されてしまった。

「悪役令嬢」よりも一世代年上の二人だが。

だからといって、「悪役令嬢」を尊敬していない筈が無い。

NO11相手に二人がかりで大苦戦した自分達に対して。

単独で今まで実に六体の邪神を討伐。この間も、前人未踏だった一桁台ナンバーの邪神を、ルーキーと一緒に倒した。しかもルーキーを死なせなかった。

出来る奴は尊敬するべきである。

そう、二人で何度か話をしたっけかなあ。

「「デブオタ」どの。 「悪役令嬢」は現在大阪のフォロワー掃討作戦に参加中でそうでござるぞ」

「デュフフフ。 そうなると、此処である程度は時間を稼がなければなりませぬなあ」

「そういうことでござそうろう」

大阪での大規模フォロワー掃討作戦。

要するに、後方に安全地帯を作って、少しでも避難民の安全を確保するための作戦行動である。

頷きあう。

どうせ五十を過ぎた身だ。

今も実の所は、指を始めに体の各所をかなり欠損している。

数少ない生き延びてきた狩り手のバディだ。

戦闘ではいつも酷いめにあってきた。

再生医療なども駆使しているのだが、それでも限界がある。

左手なんかは、一度掌を全部吹っ飛ばされた。

何とか再生はしたが、若干の違和感がある。

手をぐっと握りこんで開く。

病み上がりの体。

違和感もある。

それで、どこまで一桁ナンバーの邪神と対抗できるか。

それに邪神には、遠距離狙撃の類は通用しない。

相手が此方を見ていることが、大前提。

近接戦闘を挑むしかないのだ。

核でさえ、足止めにもならない相手に。全く、滅茶苦茶な話である。

軍用の高性能スコープを使って、邪神が来る方向を見る。

今度来る邪神は姿が特徴的なので、既に正体は判明している。だが、そもそも一桁ナンバーに属する「絶対正義同盟」の構成邪神は、これまで無敗を誇った。この間のNO7討伐が初の事例であり。今まで多くの狩り手を返り討ちにして来た。

今接近しているのは新NO8。

通称「マリオネット」だが。

NO8。旧NO9であっても。二度の討伐作戦で多くの被害者を出し。狩り手数名と千人以上の自衛官。

万を超える非武装の人々が、その度に犠牲になっている。

その悲劇を、今回で終わらせなければならなかった。

「狩り手の方々!」

「……」

自衛官が、敬礼をしてくる。

かなりの重機も利用し。貴重な燃料も惜しまず使い。人員もフル動員して避難活動をしていた彼らだ。

しかも、これから邪神に対する支援攻撃などもする。

邪神そのものには対抗できないが。

邪神が引き連れているフォロワーは、目視するだけで数千を超えていると言う。

無碍にはできない。

とくに「ガリオタ」の方は、長い間自衛官として頑張って来た経歴の持ち主だ。元仲間である。

「避難活動はほぼ完了しました。 ご武運を!」

「デュフフ。 任せておきなさい」

「キミタチも早くにげるのですぞ」

「……!」

敬礼すると、すぐに自衛官はその場を去る。

まだ若い自衛官だった。

今はフォロワーへの脅威もあって、自衛官になる人間はかなり多いと聞いている。

人間が百分の一になってしまった世界だ。この国でも、もはや新しい文化を創り出すことは絶望に近い。

余裕が無い世界。

そんなものは、一刻も早く終わらせなければならない。

「見えた……」

邪神、マリオネット。

巨大化した子供の様な姿をしている。全身に糸が巻き付いていて、不自然なうごきで歩くようにしながら、空中を驀進している。

時速は百五十キロを超えているだろう。

それに続いてフォロワーの群れ。数千はいる。

邪神との戦闘が開始され次第、自衛隊の自走砲部隊と、MLRSによって一斉射撃を行い、削り取る。

だが見えているだけであれだ。その後続の群れがどれほどの規模なのかも分からない。

「悪役令嬢」が来るまでは、フォロワー込みでの邪神を、どうにか食い止めなければならないし。

そもそも「悪役令嬢」がくる保証だってない。

分が悪い戦いだが。

それでもやるしかないのが実情だ。

「「デブオタ」どの。 一つ拙者、気になることがござってな」

「ほうほう、なんでしょうかな」

「NO7が倒された直後、NO8が即座に出てくる。 何故に、そのような事を邪神がするのか。 意味があるのではないかと思いましてなあ」

「……邪神どもがどちらかと言えば……好き勝手に各自行動しているのは既に分析済なのですがねえ。 分からない事は結構多い。 例えば以前は、明らかに計画的な行動を複数の邪神が同時に取った事がある。 今回もその例かも知れんですねえデュフフ」

接敵まで十五分という所か。

それを伝えると。

頷いて、「ガリオタ」は即座に自衛隊に無線で連絡。

この間倒されたNO7「フェミ医師」と、旧NO9だった現NO8「マリオネット」。連中の実力はそれほど差が無い。

近付くとフォロワーにされる範囲も、出現して暴れた邪神によっては測定されているが。

どちらも危険範囲はあまり変わらない。

いずれにしても、自衛隊は撤退を開始。

さて、此処からだ。

背負っている鞄は外せない。

これは、見た目もあるが。様々な装備を搭載もしている。

「デブオタ」という「狩り手」は一種の要塞型。

逆に「ガリオタ」は自衛隊で鍛え抜いた戦闘技術を用いた、インファイターである。

とはいっても、エースである「悪役令嬢」には及ばない。

ともかく状況を見ながら、邪神と戦闘し。

勝てるようなら勝ちに行く。

勝てそうになかったら、情報を収集しながらあらゆる手段で撤退を行わなければならないだろう。

程なくして、邪神が山を登り始めた。

無茶苦茶に体を揺らしながら登ってくる様子は、本当にマリオネットのようだ。

子供の様な姿をしているが、全長は数十メートルはあるし。

手足は全て肉塊。

それらがぶらんぶらんと揺れる度に、枯れ果てた木々や朽ちた家屋などが、吹っ飛んで破壊される。

彼奴はかなり特殊な邪神で、あの分かりやすいマリオネット部分に攻撃するだけでは倒せない。

それは、過去の二回の敗戦ではっきりしていた。

二回の敗戦では、狩り手も戦死している。

狩り手の死を無駄にするわけにはいかない。

あらゆるデータを確認しながら、既に打ち合わせ済の戦術を練り上げていく。

どっと、凄まじい音と共に瓦礫や枯れ木が吹っ飛ばされ。

邪神、絶対正義同盟現NO8、「マリオネット」が躍り出てくる。

奴のマリオネット部分の目が、じっと此方を見て。

見下していた。

「キッショ……その年でオタク? きもちわりい。 生きてる価値ないだろ。 さっさと消え去れヨォオオオオオオオ!」

突然絶叫した邪神。

同時に二人、跳び離れる。

自衛隊が支援砲撃を開始。

こんなに短期間に、邪神が攻勢を掛けてきた例は。SNSクライシス後三十年では、初期の数年以来ない。

轟音。

榴弾砲などで、フォロワーを自衛隊が処理に掛かっているのだ。

邪神が喚き散らしながら、両腕を振り回す。

まるでだだっ子だな。

そう思いながら、柳田は手にしている丸めたポスターに偽装した、アンカーから杭をマリオネットに叩き込んでいた。

 

1、耐久ミッション

 

パン、と鋭い音を立て。

狩り手「悪役令嬢」は、自身のメインウェポン。

血に塗れた鉄扇を閉じていた。

鉄扇。

この間一緒に戦った狩り手のルーキー「陰キャ」は見抜いていたようだが。

敢えて実用性がない武器を用いる事で、却って「悪役令嬢」は精神生命体である邪神への殺傷力を上げている。

周囲には、まだまだフォロワーが多数いる。

大阪も京都も、SNSクライシスの直後に邪神の襲撃を受けた。

その際にフォロワーにされた人間の数は、合計して八百万とも言われており。かなりの数が駆除された今でもおぞましい数がこの近辺には彷徨いている。

高速輸送ヘリで此処まで急いで飛んできて、殆ど休む暇も無く討伐作戦に参加。

今回、出て来た邪神は通称「マリオネット」。

現在病み上がりとは言え、ベテランの狩り手二人が同時に相手にしているが。

そもそも二度の敗戦を喫している相手だ。

できる限り、急いで支援に行きたい所だ。

「オーッホッホッホッホ! 何十年もフォロワーを続けていて、もはや何も分からないようですわね! まとめて掛かって来なさい!」

叫び声を上げながら、もはや元が人間とは思えないフォロワー達が襲ってくる。

邪神の眷属である彼らは、形こそ人間だが。牙は鋭く尖り、身体能力は素手で余裕を持って人間をバラバラにする。

フォロワーになってから何十年も経過している者になると、今「悪役令嬢」が鉄扇で切り裂いている連中のように。殺意だけが濃縮され。人間だった頃の面影はどんどんなくなっていく。

米国では最初「ゾンビ」という呼称が検討されたそうだが。

それも納得出来る姿だ。

舞うように立ち位置を変えながら、近付くフォロワーを次々に仕留める。

派手なドレスも派手な化粧も。

返り血なんて一滴も浴びない。

腰まである縦ロールの髪も同じく。

狩り手になって六年。

そろそろこの格好をするのも色々な意味できつくはなって来ているが。それでも邪神を全て滅ぼすか、最低でも同レベルの実力を持つ後発が現れるまでは。現役引退とはいかない。

自分の親のような年齢のベテラン二人が、今も比叡山で頑張っているのである。

まだ二十代の「悪役令嬢」が、音を上げるわけにはいかない。

瞬く間に数百のフォロワーを屠る。

ドレスに多数仕込んでいるポケットから栄養ドリンクを取りだして、口にする。

流石に息が上がってきた。

フォロワーも邪神と同じ性質を持つから、ミームの産物であり、「負ける存在」として認識される「悪役令嬢」の攻撃は通常以上のダメージになる。

この鉄扇も、人間を殴り殺すくらいはできるが、流石に本当だったら対物ライフルで仕留めるのがやっとというフォロワーを殺す物理的な殺傷力は存在しない。

ましてやこの特性を生かして戦っている「悪役令嬢」は、攻撃の際に殆ど力を入れていない。

そうでなければ、こんな数を倒す事は不可能だ。

また呻きながら、相当数のフォロワーが現れる。

無線を取りだすと、連絡を入れた。

「状況はどうなっていますの?」

「現在、前線を構築して大阪方面より現れるフォロワーを迎撃中! 其方に支援する余裕は……!」

「仕方がありませんわね……」

フォロワーの半分は「悪役令嬢」が引き受けているのである。

文句を言う資格はあるが。

そもそも弾薬なども、少ない備蓄で必死に自衛隊は戦ってくれている。

フォロワーが群れて襲いかかると、軽戦闘車両は普通にひっくり返される。

防御面でも、アサルトライフル程度では殺す事が出来ず。対物ライフルでやっと勝負ができる相手だ。

更に言えば、自衛隊だって人数も物資も限られている。活動できる地域も、である。

その中で戦ってくれているのだ。

文句は言えない。

しかしながら、今邪神「マリオネット」と戦っている二人は、数少ない狩り手であり。

失う事は戦略的に極めて甚大である。

急いで支援に行かないといけないが。

焦るとそれだけ被弾する可能性が増える。

フォロワーの顎の力は四トンに達し、ホホジロザメに匹敵するかそれ以上。

人間を素手で引きちぎる腕力も、接触されるだけで危険だ。

いつも馬鹿な高笑いを上げている「悪役令嬢」だが。

それほど余裕を持って戦えている訳ではないのだ。

幸いと言うべきか。

ゾンビ映画やらゾンビ映画やらのと違い。フォロワーは進歩することがない。

仕組みはまだ解析中らしいのだが。

SNSクライシス発生の要因となったSNSが現在地球規模で停止していることにより、邪神は一切自己強化することができないらしい。

フォロワーもそれは同じ。

フォロワーを放置しておくと邪神になる、とかの仕様だったら。

とっくに人類は全滅していただろう。

大量に現れるフォロワーを、次々赤い霧へと変えて行く。

少しずつ、息が上がってきている。

既に五千は倒したか。

後方で激しい音がしている。比叡山の方でも、相当に粘ってくれている。倒せてくれればそれでいいのだが。

そもそも此処で「悪役令嬢」が踏ん張らないと、細い避難路から何とか退避している、比叡山で暮らしていた者達がフォロワーに蹂躙され皆殺しにされる。

あらゆる意味で、この襲撃が。

被害を増やす事だけを前提に、行われているのは確実だった。

「マリオネット」そのものは阿呆だが。

決して名前の通りの操作者は、阿呆ではないということだ。

かなり重量級のフォロワーが現れる。

多数の痩せこけたフォロワーを引き連れている事から見て、かなり強い個体とみていいだろう。

SNSでかなりの力を持った害悪ユーザーだったのかも知れない。

まあ、関係無いが。

「さっさとおいでなさいな。 同調圧力で逆らえなかったり、思考能力の欠片も無い愚かな者達を引き連れて、猿山のボスを気取っているおばかさん」

フォロワーになって思考能力がなくなっていても。

ミームによって馬鹿にされる存在となっている「悪役令嬢」に罵詈雑言を浴びせられたことだけは理解したらしい。

喚きながら、凄まじい勢いで襲ってくるフォロワーだが。

ひゅうと息を吐いた後。

「悪役令嬢」は突貫。

すれ違い様に、全てのフォロワーを、鉄扇で切り裂いていた。

全部が赤い霧になって消し飛ぶ。

周囲の気配は、もうないか。

呼吸を整えながら、無線を入れる。

周囲はフォロワーの残骸が、文字通り山となっている。これから処理するのは大変だろうが。

ともかく、残存勢力がいることも考慮しなければならない。

「此方片付きましたわ」

「流石……」

「すぐに比叡山に向かいますけれど、ロボットはありまして?」

「ただちに用意します」

前回のNO7「フェミ医師」との戦いで用いた自衛隊の装備。

遠隔操作で動く、無限軌道の車両である。

ロボットというと、人型のものを想像する事が多いが。

実際の所はこういうものが大半だ。

今回これを用いるのは、「マリオネット」との戦闘が長引いている事が理由である。

流石にベテランの狩り手である「デブオタ」「ガリオタ」はそう簡単には負けないだろうが。

それでも自分より一世代年上なのだ。

SNSクライシスが起きる前に、最後に高等教育を受けた世代の人間だと聞いている。

体力にだって限界があるだろう。

そして、体力を消耗しているのは「悪役令嬢」だって同じ。

数千からなるフォロワーを片付けた直後である。ここから邪神との戦闘を行うことを想定した場合。

歩いて現地に行くのは論外だった。

それでも、走りながら合流地点に向かう。

合流地点には、予定より十五秒ほど遅れて、ロボットが来ていた。

すぐに乗り込むと。

戦況の確認を無線に向けて話しつつ。自身は装備の点検をする。

用いている鉄扇は基本的に幾つもあるのだが。一つは連戦で摩耗が酷い。今回は、新しい鉄扇を使う方が良いだろう。

鉄扇をロボットの後部座席にあるトランクに入れている間に。

戦況についての報告が来る。

「大阪方面から来るフォロワーについては、後方の安全が確保出来たこともあって、現在空爆も含めた攻撃で押さえ込む事に成功しています」

「犠牲をできるだけ出さないようにするのですわよ」

「ありがとうございます。 要救助者に関しては、全員を安全圏に脱出完了。 また、比叡山に向かっているフォロワーについては、クラスター弾を用いて殲滅を行っています」

クラスター弾か。

非人道的兵器の一つで、SNSクライシスの前は禁じ手とされていた代物だ。

だがフォロワーが相手になってくると、人間が相手としては有効だった武器も。大半が役に立たない。

自衛隊の装備には元々なかったものだが、在日米軍が引き上げる際に。保管していた装備を譲渡してくれたという。

この極東と米国が、邪神に対するほとんど唯一と言って良い防戦をできている国だというのも大きいだろう。

その最初に残してくれたクラスター弾を元に、各地で生き残った軍需工場でコピーを作り。

今投入しているらしいが。

ただそんなにたくさん作れる訳でもないし。

なにより航空機だってそれほどの数が動かせるわけがない。

燃料がかつかつなのだ。

故に、今回の作戦では。自衛隊は相当に力を入れているという事が分かる。

「比叡山で戦っているお二人は?」

「かなりの力戦をしていますが、少しずつ押し込まれているように見えます」

「オーッホッホッホッホ! ……少し急いでくださいまし」

「それが全速です」

舌打ちしそうになるが、我慢する。

まずは栄養ドリンクを入れ。更に配備されていたレーションも急いで口にする。

現地到着まで十五分というところか。

あの二人だったら、一瞬でやられるようなことは無い。

だが、「悪役令嬢」が大量のフォロワーとの戦闘でかなり消耗している事や。更には戦闘開始から二時間以上が経過している、という事もある。

戦況はあまり楽観視できないだろう。

更にろくでもない情報が入ってくる。

「緊急速報が入りました」

「なんですの?」

「各地の自衛隊駐屯地に、フォロワーが多数出現! 現在応戦中との事です!」

そうなると、この突然の襲撃。

まさか自衛隊の継戦能力を削ぐ目的があるのだろうか。

いや、考えにくい。

フォロワーは基本的に、邪神の指示が無い場合は縄張りを彷徨いて、目に着いた人間を殺傷するだけ。

逆に言うと、群れを成して自衛隊の駐屯地を襲っていると言う事は、今回の「マリオネット」による攻撃が偶発的なものではない事を意味する。

何が狙いだ。

「悪役令嬢」は元々自衛隊にいたわけではない。

ある理由でそれなりの学問をしているが、戦略などは専門家ではない。

邪神が戦略的な行動を見せている今。

何かがあるのは確かだとは思うが。

いずれにしても、「悪役令嬢」にできるのは。

一刻も早く、「マリオネット」を、ベテラン二人と一緒に仕留め。

損害を可能な限り減らす事だけだった。

この様子だと、仮に「マリオネット」を倒す事が出来ても。その後は各地駐屯地に出向いての支援任務だろう。

あのルーキー「陰キャ」も、今頃は恐らく駐屯地の防衛にかり出されているとみて良い。

日本だけでも推定でフォロワーは一千万近くが現存していると言われており。

数の暴力で押されると、非常に厳しい状況にあるのは、今も変わらない事実である。

まずいレーションを食べ終えて、更に栄養ドリンクを口にする。

現地近くで、ロボットが停止。

物陰で用を足す。

これはかなり重要だ。

戦闘時に尿意だの便意だので、集中力が削がれることがあってはならないからだ。

衛生面での処理をしてからコンディションチェック。

問題なし。

既にマリオネットの気配はびりびり感じるし。二人の狩り手が戦っている音も聞こえてきている。

逆に言うと、まだ二人が戦えている事も意味する。

最悪二人が既に敗れて、「悪役令嬢」一人で敵を相手にしなければならなかったのだ。

エースなどと言われているが。

今まであぶない場面など何度でもあった。

さて、行くとしますかね。

そうキャラにない感じで呟くと。

悪役令嬢は、どんと音を立てて。戦場に向け加速し走り出した。

 

「キッショ! キッショイんだよ! とっとと死ね!」

わめき散らしながら、「マリオネット」が猛攻を仕掛けてくる。

子供の姿をした肉塊が、猛烈に手足を振り回しているだけだが。正直な話、戦況は良くないと柳田は思っていた。

まずそもそも、今喋っているのは文字通りの操り人形にすぎない。

あれは壊してもいくらでも再生するし。

完全に消滅させても再生する。

代わりがいるのだ。

以前、狩り手があれを完全破壊したことがあったが。直後に完全再生した。記録映像が残っている。

子供型の肉塊を倒した所で、無意味であり。

それを操作している、目に見えない者が本体なのである。

それが今までの戦闘で分かった奴の実態だ。

だから、紙を丸めた束のように見える、実際は二キロ半もある合金製の棒で振るわれる肉塊の猛攻を受け止めつつ。

柳田は、じりじり下がりながら、時々相手に隙を見て投擲をする。

それは古い時代。SNSクライシスが起きる前。飽和状態にあったアニメのキャラがプリントされた絵。

SNSで暴れていた害悪ユーザーは、何故か生身の人間がどれだけ虐待されても無視したのに。

絵などの文化には異常な嫌悪感を示し。

絵そのものへの迫害だけではなく。

絵を描く人間への迫害も行った。

此奴も、SNSクライシスで発生した邪神だ。

古いアニメについては知っている。幼い頃に見た事がある。

「陰陽師」だとかの、妖怪と戦う人が、お札攻撃をする事があったが。

SNSクライシスで発生した邪神には、そのままアニメキャラの絵が、お札と同じかそれ以上の効果を発揮するのである。

爆裂。

肉塊が消し飛んで、文字通り凄まじいわめき声を上げた。

「キッショ! キショイ! 児童虐待!」

「デュフフ。 君はもう年齢的には児童ではないだろう。 だいたい君の後ろにいるのは……」

「デブオタ氏!」

「!」

後ろにいるのに揺さぶりを掛けようと思ったが、その瞬間だった。

飛んできた無数の何か。

だんと踏み込んで、壁を作る。

一種のポスターだ。

当時フェミだの何だの、SNSで暴れていた害悪ユーザーが嫌悪していた「萌え絵」とやらが書かれた紙のポスターだが。

連中はこの存在を嫌悪するが故に、防壁になる。

勿論ただの紙では貫かれるだけだが。

これは内部に高硬度の繊維を組み込むことによって、一瞬だけなら壁にすることが可能である。

壁を時間稼ぎに使いながら飛び退く。

今飛んできたのは何だ。

地面でぴちぴちともがいているのは。

あれは、現金か。

「クラウドファンディングしろよ! ぼくは少年革命家なんだぞ! クラウドファンディングしないやつはみんな死ねばいいんだよ!」

今の瞬間に、敵の懐に潜り込んだ「ガリオタ」が、一瞬で子供型肉塊の腹を切り裂いていた。

切り裂くのに使ったのはカメラ。

最も古く、最も迫害されたオタク。

いわゆるカメラオタク。カメコという言葉もあり。古い漫画などではこのタイプのオタクがもっとも陰気で軽蔑して良い存在として侮蔑的に描写される事が多かったのだという。

故に、もっとも古いミームとも言え。

クラシックカメラはそれ自体が、強力な鈍器にもなるし。三脚部分は剣にもなる。

なお実際にカメラとして使えないと意味がないので、内部構造は頑強そのものである。

真っ二つにされた「マリオネット」だが、案の定速攻で再生を開始する。

とって返した「ガリオタ」が更に数発をいれるが、同時に柳田も攻勢をかける。

投擲する絵。

投げたのは、マリオネットの両手両足。

直後に爆破。

わずかに見えている糸と、体を切り離すのが目的だが。

だめか。本体からも、千切れた両手両足からも即座に肉塊が伸びてつながる。

ともかく後ろにいる奴の場所を特定して。

痛打を入れない限りは倒せない。

「僕は革命を起こすんだ! それには金がいるんだ! お前達みたいなのを皆殺しにして、この世界を綺麗にするんだ!」

「……」

ぎゃんぎゃん喚いている子供の肉体だが。

喋らされている感が強い。

そういえば、こいつの元になった存在については、色々と情報がある。

SNSクライシス前のデータを見る限り。

やはり喋らされていたのだろう。

そういう意味では、此奴は二体で一体の邪神。

一体を凌ぎつつ。もう一体をどうにかしないといけないだろう。

今度は上空から、無数の何かが飛んでくる。

札束だ。

「ガリオタ」は機動力を生かしながら避け。柳田は壁をまた展開しつつ、飛び下がる。

だが同時に、連携して肉塊の方が凄まじいわめき声を上げた。

多分百キロ先まで届くような叫び声だ。

思わず、頭がくらっとする。

この強烈な音波攻撃。

たまにぶっ放してくるこれが、こいつの攻略を更に困難にしている要因なのである。

「金! クラウドファンディング! よこせ! ぼ……」

爆裂。

五月蠅いので、子供型の肉塊の口に絵を投擲して爆破。

呼吸を整えながら、さっきの爆撃の着弾点などを解析。

どうやらこの攻撃からして、恐らくだが。

本当の敵は、常時移動しているとみて良いだろう。

今まで二回、大きな被害を出して敗戦を喫しただけの事はある。

流石に手強い相手だ。

「ガリオタ」に目配せ。

このままだと、少しばかりまずい。

ともかく主体であろう見えない邪神を叩かない限りどうにもならないし。

恐らく其奴が、そもそも今までの狩り手よりも手強いと判断して、連係攻撃に出て来始めている。

さっきの生きた札束みたいな攻撃。

今までのデータにはなかったものだ。

切り札を切ってきたということは。

それなりに相手が此方を危険視していると言う事。

とはいっても、邪神はミーム化された存在を舐めて掛かることしかできない。

舐めて掛かっている範囲内で。

それでも仕留めようと、それなりに意思を動かしていると言う事だろう。

顔面を丸ごと吹き飛ばされた子供型の肉塊が、またわめき散らそうとする。対策しようとした瞬間、今度は背後から気配。

まずい、避けられる状態ではない。

「ガリオタ」も間に合わない。

舌打ち。此処までかと思った瞬間。声が届いた。

「あのクソガキの口を塞ぐのですわ!」

即応。

前方に絵札を投擲。口を爆破。更に、ガリオタが一瞬の躊躇から立ち直り、地力で多数飛んできた札束を避ける。

後方で凄まじい金属音。

札束が、悉く叩き落とされたのが分かった。

「なんだよ! まだ湧いてくるのかよ! そんなに弱い者いじめして楽しいか!」

「貴方がこれまで殺戮した人数は八十万人以上。 それで何が弱い者だと? はっきりいって笑わせてくれますわね」

そう言いながら、やっと来た援軍。

「悪役令嬢」は、周囲に視線を送っていた。

「ダメージは」

「継戦は可能ですぞ」

「……見えない本体の方はわたくしが引き受けますわ。 其方達はあのクソガキの対処を」

「了解ですお」

頷きあうと、ひゅんと残像を残して「悪役令嬢」が消える。

今、此処には。

この時点で、日本における最高の狩り手が揃った事になる。

だったら、絶対に勝たなければならない。

圧倒的勝利を持ってこの戦いを終わらせ、邪神ども「絶対正義同盟」に対する宣言とする。

貴様らは終わりだと。

「行きますぞ「ガリオタ」氏!」

「おう! これより本番でござるな「デブオタ」どの!」

さっと、大量の絵札を展開する。

わめき散らしているあの子供型の肉塊は、あれはあれで殺傷力を持っている。

常時まったく身動きできないように徹底的に叩き潰す。

そうすれば、現在のトップエースである「悪役令嬢」が絶対に何とかしてくれる。

逆に、もし此処で負ければ。

日本は今の中華や欧州のような、邪神に対して防戦一方で希望のかけらも無い地獄と化すだろう。

負ける訳にはいかない。

この国は、いや世界は。SNSクライシスの前から、とっくに病んでいたのかも知れない。

だが、これ以上悪化させるわけには。絶対にいかないのだ。

故に、死力を振り絞る。

SNSクライシス前に、最後の高等教育を受けたものの義務として。

奴を倒す。

 

2、悪い大人

 

古くからそうだった。

子供は大人が思っているほど頭が悪くは無い。

だが一方で。子供が思っているほど頭が良くもないのである。

本当の意味で邪悪な大人は存在している。

邪悪な大人が本気で利用しようとした場合。

どんなものでも平気で利用する。

自分の子供に客を取らせる親など昔から幾らでもいる。

勿論、自分の子供に性暴力を加える親も。

親子の絆等というのは幻想だ。

勿論それがある家庭もある。

だが、貧すれば鈍する。

この貧するには、何も経済的な話だけでは無い。

精神的な話も大きく関係してくるのだ。

これらの事は、「悪役令嬢」も。狩り手として初陣を迎えた頃には知っていたし。

邪神の醜悪極まりない言動を見て、それはよく理解していた。

自身も疲弊がかなり溜まっている。

補給はしたものの、万全とは言い難い状況だ。

前線でずっと戦っていた狩り手二人も、流石。

持ち堪えてくれていたし。大きなダメージも受けていない。

だが一方で。

邪神「マリオネット」の解析もできているようには見えなかった。

奴が二体一組の邪神であるという解析は、以前の戦闘で既に行われていた。しかしながら、あの子供の肉体を操作している親がどうしても発見できない。

超高速で動いている説、或いは光学迷彩を使っている説。

色々なものが浮上はしてきていたのだが。

いずれもが、決定打に欠けると結論されていたし。

間近で見て、確かにその通りだと「悪役令嬢」も感じていた。

何かからくりがある。

だが、二人が手強いと判断してから。遠隔で操作手が攻撃をして来ているのも確認できている。

邪神は近付けば、フォロワーになる危険範囲があり。

それは「悪役令嬢」くらいのベテランになると、察知することも可能である。

その危険範囲は、「フェミ医師」よりも狭いし。

何より二つが殆ど重なりあっている。

つまり、ほぼ間違いなく、近くにいると言う事だ。

見つけ出すことさえできれば脆い。

そう判断しても良いだろう。

至近。背後。

札束が、大量に飛んでくる。

全てを弾き返しながら、周囲を伺う。

インカムに今まで得た情報を言いながら、自衛隊の解析を待つ。

解析を待つが。

あまり良い結果は帰って来ない。

「熱源反応無し!」

「望遠レンズでの観察で、何かが動いている痕跡は?」

「発見できません」

「厄介ですわね……」

自衛隊は今も有能だ。

古い時代も、来るべき侵略に備えて厳しい訓練を厳しい予算と相談しながら行っていた組織であるらしいのだが。

SNSクライシスの後は更に士気が上がり。

今では生き残ったスペシャリストが悉く集まっているとも聞く。

海外から逃れてきて、自衛隊に協力している学者などもいるそうだ。

それもそうだろう。

今は世界で、共通の危機として邪神が存在しているのだ。

狩り手になれないのなら、軍に協力するのは選択肢として最も現実的な一つだ。

逆に言うと、そういう人材を軍以外に廻せない状況は極めてまずい。

一刻も早くどうにかしなければならない。

無言で、大量の生きている札束を弾く。

弾かれた札束は、ぴちぴち跳ねながらうめき声を上げていた。当たれば切り裂かれるどころか、噛み裂かれるかも知れない。

札束の形をした小型の殺戮生物だこれは。

さぞや人間だった頃は、金に対して貪欲な存在だったのだろう。

「僕にクラウドファンディングしろおおおおお! 盆暗がアアアア!」

子供型の方が喚き散らしながら、音波攻撃に入ろうとするが。

「デブオタ」の方が、即座に口を爆破。

更に「ガリオタ」が、手足に対して執拗な攻撃を加えて、動きを封じている。

それを横目に、苛烈に四方八方から飛んでくる札束を弾く。

此奴のルーツについては分かっている。

自身の子供を使って稼いでいた悪徳人権屋。

必要になれば、自身の子供でも平気で使い捨てにしただろう邪悪の権化。

ただ使い捨てる前にSNSクライシスが来てしまい。

子供もろとも邪神になってしまったカス。

金、金、金。

さっきからの攻撃を見る限り、金さえあればなんでもできると思っていた人生だったのだろう。

外道に相応しい人生だ。

いずれにしても、このまま無制限に投擲される生きた札束を、いつまでもかわしきることは難しい。

切り裂かれた腕なども、即座に再生しているし、決め手がない。

糸か何かは見えないか。

マリオネットだったら、そもそも。

いや待て。

マリオネットというのは、此方がつけた呼称だ。

確かにその言葉通りの挙動はしている。

だが、本当にそうなのか。

何か、大きな見落としをしていないだろうか。

何故、天体観測に用いるレベルの高性能レンズで確認しているのに、痕跡を一切発見できない。

ひょっとしてだが。

実体など、存在していないのではあるまいか。

とはいっても、あの「子供型」の肉体。

喋りかけてくる。

他の邪神と違う。明確に此方を意識している。

そうなると、何かやはりからくりがあるとみて良い。

ふと気付く。

あの金を求める言動。

自分で使うわけでも無い。親に吸い上げられるための金なのに。あれを求めていると言う事は。

それに、である。

さっきから周囲にばらまかれている金に対して、まるで執着を子供型は見せていない。

そうなると、だ。

少しずつ分かってきた。

「悪役令嬢」は瓶を取りだす。

支給されている装備の一つで、一種の火炎瓶だ。とはいっても軍用のもの。片手でピンを開ける事が出来る。焼夷手榴弾が近い。

叩き落としまくっている生きた札束に投擲。

ぼんと、凄まじい勢いで札束が燃え上がった。

同時に、子供型が露骨に反応を変えた。

「僕のお金が!」

滅茶苦茶に暴れ出すが。

一瞬で、後ろに回った「ガリオタ」が子供型の首を刎ね飛ばす。

即座に新しい首が生えてくるが、それでも反応はやはり今までと明確に違っている。

そのまま、周囲でぴちぴち跳ねている生きた札束に、次々瓶を放り、焼却していく。

どの道これはSNSクライシス前に使われていた金を模した存在で。

しかも明確な偽札である。

燃やしてしまっても何の問題も無いはずだが。

それでも凄まじいわめき声を何度も上げようとする子供型。

「燃やすな! 僕のお金だぞ! それがないと殴られ……」

「ほう? 殴られると?」

「なぐ……な……ぐ……」

子供型の体が、不自然に蠢き始める。

同時に、ぴたりと全方位から飛んできていた札束攻撃が止まった。

なるほど、ひょっとしてだが。

どうやら正解を引いたのかも知れない。

インカムに説明。同時に、自衛隊が総力を挙げて解析を始める。

「悪役令嬢」は、瓶をありったけ取りだすと、周囲に散らばっている生きた札束を全て焼き払い始める。

完全にバグを起こしたらしい子供型の、動きが露骨に鈍くなる。

それを、一気に二人が畳みかけ、肉体をどんどん抉り取っていく。

二人とも流石の手練れだ。

それよりも、問題なのは。

どっと、凄まじい音を立てて、何かが浮き上がってくる。

「発見しました! 微弱な揺れと共に、此方にずっと近付いていたものがありました!」

「規模は」

「およそ六トン!」

「なるほどねえ」

そういうことか。

理解出来た。

要するに、邪神「マリオネット」の本体は。

地面から大量に噴き出してくる札束。

それが、一瞬にして人型を取っていた。

膨大な生きた札束で構成されたそれこそが、邪神「マリオネット」の本体。

ある意味親とも。

操り手とも言える存在。

なんというか、悪趣味極まりないが。

そもそも自分の金のために、他人のあらゆる権利を踏みにじっていた人権屋だ。

連中は他人の命に関わるものまで買い占めて、それで金を得て満悦だった。

要するに、これこそが。

人権屋らしい末路とも言えるのかも知れなかった。

膨大な札束が、わめき声を上げる。

子供型の肉体がしおれていく。二人の狩り手が跳び離れると同時に。札束が一斉に子供型の肉塊に降り注ぎ。肉を喰らいながら取り込んでいくのが分かった。

「どういうことですかな「悪役令嬢」」

「理解出来てしまえば簡単でしたのよ。 邪神「マリオネット」の本体は、あの札束もどきの集合体。 それが遠隔で、戦闘用の肉体を操作していたのですわ」

「……悪趣味極まりないですぉ」

「まったくですわね」

見る間にそれがヒトの形に置き換わった。

仮にも自分の子供を模していた存在だっただろうに。

正体がばれるやいなや、あっと言う間に食い尽くして己の一部に変えてしまった。

いや、生前からそうだったのだろう。

元々自分が作った金づるなのだから、どうしようと勝手。

バカ共から金をむしり取るための道具。

そう、操り手は考えていたのは疑いようがない。

そもそも古くから、幼い子供の傀儡君主が成長してくると親に暗殺されることはいくらでもあったという話は「悪役令嬢」も聞いた事がある。

早い話が、自我を持ってくると邪魔になるからだ。

あの「マリオネット」の元になった子供の方も。

SNSクライシスが来なければ、その内何処かの海底に沈められていたのかも知れない。そういう親を持ってしまったのだ。不幸な話ではあるが。いや、もうそういう風に同情はできないか。

邪神と化して、考えられない数の人間を殺した事には代わりは無いのだから。

「ふうう……!」

膨大な札束が、肉に変わっていく。

肉だが、彼方此方から生きた札束が見えていて。それが蠢いている様子は実にグロテスクだ。

そして恐らくだが。

先までの攻撃を合わせたような戦い方をしてくるはず。

ベテラン二人はそれを理解しているだろうから、わざわざ口にしなくてもいいだろう。

そして明確な弱点も分かっている。

ちょっと末端を燃やしただけで出て来たのだ。

ならば、勝機はある。

邪神、絶対正義同盟NO8「マリオネット」。

その首級、いただく。

唸り声を上げながら、札束まみれの肉塊が拳を降り下ろしてくる。二人がそれぞれ左右に飛び退く中、「悪役令嬢」はその場に残り。

むしろ、拳を鉄扇で跳ね上げていた。

ばんとはじける音がして。

腕が肘の辺りから消し飛ぶ。

悲鳴を上げながら、それでも腕を再生していく「マリオネット」。

左右に飛び分かれた二人が、それぞれタイミングを合わせて両足を抉る。

だが、吹っ飛んだ足にもかかわらず。

邪神「マリオネット」は体勢を崩さない。

爆裂はするのだが。

その度に、体が即座に集まっていくのだ。

札束は損傷はしているようだが。

インカムで自衛隊に指示を出す。

恐らくだが、この邪神「マリオネット」のフォロワー化範囲外から、やれるはずだ。

指示を出すと、やると言ってくれた。

二人にも、時間だけ告げる。

頷いた二人。

ベテラン同士だと、やりやすくていい。

そのまま悪役令嬢は、鞭のようにしなる札束で作られた触手を、弾き返す。

弾いて粉砕しても、即座に元に戻るが。

分かる。

やはり、少しずつ確実に減っている。ただ元が六トンだ。ちょっとやそっと減ったくらいでは、動きは鈍らない。

さっきと違って「マリオネット」はたまに悲鳴を上げるくらいで、恐ろしい程静かである。

戦術を根本的に切り替えたから、というのもあるのだが。

邪神としての本性を現した、というのが大きいだろう。

要するに此奴も他と同じ。

「ミーム」に対する決定的な弱点である、「相手を人間と見なさない」という習性があるのだ。

まあ元が悪辣人権屋だ。

当然の話だとも言えるが。

大量の札束が舞い上げられ。

カミソリのように、周囲に降り注ぐ。

全てを叩き落としながら、時間を待つ。

自衛隊だって必死にやってくれている。ましてや今は、此奴が引き連れてきたフォロワーの処理にも必死の筈。

戦力を割いて支援攻撃してくれるだけで充分だ。

全ての札束を弾ききって、にやりと笑う。

「無様ですわね。 もはや貴方の命より大事なお金は、紙屑以下ですわ」

反応無しか。

どうでもいいらしい。

精神的には、「フェミ医師」よりも強靭なのかも知れない。

ただ、やはり戦闘力はあいつには劣ると感じる。

その証拠に、だ。

5、4、3。

数えながら。

三人一斉に、タイミングを合わせて下がる。

飛んできたのは、大型の榴弾である。邪神は即座に反応して、それを切り裂いていた。

同時にぶちまけられるのは、可燃性の強い液体である。

何だこれはという様子で、全身にそれを浴びた邪神「マリオネット」。

邪神に近代兵器は効かない。

榴弾なんかそのまま投擲してきて、どういう意味があるのか。

分からないだろう。

だから、分からせてやる。

両手に鉄扇を持つと、「悪役令嬢」は突貫。

それを見て、急速に可燃性液体を全身から排除しようとしていた「マリオネット」は、やっと気付いたようだった。

慌てて両腕を振り回しに掛かるが。

それを二人が、同時に吹き飛ばす。

がら空きになった懐に飛び込むと。

鉄扇二つを弾いて、火花を散らし。

更に、邪神そのものを蹴って跳び下がっていた。

直後。

いにしえの生け贄の人型。実際に存在したかは分からないが。内部に人間を詰め込んで焼いていたという邪悪な儀式。

ウィッカーマンのように。

偽札で作りあげられた邪神の体が。

ものの見事に炎上していた。

六トンだろうが、八トンだろうが、関係無い。

ただの火炎放射器や、或いは遠隔でのナパーム弾では全く効果がなかっただろう。

あくまで提供された可燃性の液体に対して。

それを「悪役令嬢」というミームが着火した。

それだからこそ、意味がある。

「ミーム」に裏を掻かれたからこそ、邪神に痛打が入る。

これについては、他と同じである。

「お、おれの、おれの金があああああっ!」

初めて「マリオネット」が叫ぶ。

同時に、「デブオタ」が吠えていた。

「奴の性質上、分散して逃げると厄介ですぞ!」

「おう、まかせよ「デブオタ」どの! 拙者が全て叩き落とす!」

跳躍した「ガリオタ」。

分散して飛び散ろうとする邪神の体。偽札を、片っ端から叩き落とし、全てを粉々にしていく。

悪役令嬢も同じ。

燃えていない札束が、邪神の体内から大量に飛び出してくるのを、悉く鉄扇で弾き、叩き落とし続ける。

「デブオタ」本人も、投擲する大量の絵札。

それによって、札束を悉く爆散させていく。

次々に、燃え上がって消えていく偽札。

派手に燃え上がる「マリオネット」が。繰り言をほざき続ける。

「金は命より大事なんだぞ! お前達カスの時価なんて0なんだ! おれたちみたいな世界の支配者が活用してやってるんだ! ものの価値も理解出来ない輩が、なにをしでかしたか理解出来ているのかぁ!」

「馬鹿馬鹿しい。 貴方の体を構成しているそれ。 もはや靴を拭く紙にすらなりませんわ」

「……っ」

「何度でもいってやりますわ。 紙屑だと言っているのですわ。 己の子供を食い物にして、文字通り人生も何もかも削り取って金に換えている詐欺師。 外道。 恥知らずの銭ゲバ。 そのまま燃え尽きて消えてしまいなさいな」

意味不明の絶叫を上げるが。

情けない事に。

子供型の時の絶叫よりも、だいぶ破壊力は小さかった。

それに、紙屑だと直接指摘してやった事が大きかったのだろう。

必死に燃える体から逃そうとしている動きが、露骨に鈍くなってきている。

とどめだ。

燃え上がりながら。

それでも何かを探すように、蠢く巨大な人型。

もはや、体から飛び出してくる札束はない。

だが、この程度で殺せるなら苦労はない。

飛び下がって来た二人。

二人とも、改めて見るとボロボロだ。

此奴相手に、よく凌いでくれた。

「悪役令嬢」だって、ただでは勝てなかっただろう。二人が此処まで削って解析してくれたから、戦いが優位に運べているのだ。

「最大火力をお願いしますわ」

「分かりましたお!」

「拙者の一撃、見せてさしあげよう!」

カメラを変形させると、大上段に構えを取る「ガリオタ」。

いわゆる示現流の構えだ。

自身も体勢を低くすると。見せびらかすようにして、敢えて敵に大きな「萌え絵」のポスターを拡げ。それを丸める「デブオタ」。

二人とも、酷いミーム名だが。

それでも今は、それが人類を息を吸うように万単位で殺戮する邪神を殺すための牙になる。

まず仕掛けたのが、「ガリオタ」。

チェストと、鋭い叫びと共に、カメラの三脚による兜割りを叩き込む。

流石に熟練の狩り手。

一撃の火力は、この間一緒に戦ったルーキー「陰キャ」の一撃を越える、遙かに重いものだった。

燃え上がっていた邪神が、真っ二つ左右に割れる。

内部の札束まで黒く燃え尽きていて、哀れな話だ。

更に、横薙ぎに「デブオタ」が仕掛ける。

要塞として敵の攻撃を受け止め続けたのだ。かなり疲労困憊の様子だが。此処まで温存していた一撃である。

文字通り、今度は上下二つに。邪神「マリオネット」は切り裂かれていた。

これだけの面積を切り裂けば。

見えた。

中に、光るものがある。

必死にまだ動く札束で隠そうとする。

奴は邪神。

放置すれば再生する。

だから、此処で終わりにする。

「止めて! 僕はまだ子供なんだぞ! 未成年を殺すつもりなのか!?」

不意に子供の声を出してくる「マリオネット」。

どこまでも卑劣な奴だが。

勿論、「悪役令嬢」は動きなど止めなかった。

輝いていたそれを、一瞬にして切り裂く。

断末魔の叫びが上がる。

切り裂いたのは、一瞬しか見えなかったが。どうやらダイヤか何かの宝石をもしたモノらしかった。

恐らくだが。

邪神「マリオネット」の元になった下衆野郎の保持資産の中で。最大の価値を持ったものだったのだろう。

それを模した存在。

それが奴の核だった、ということだ。

「都合の良いときだけ子供を前面に出すんじゃあないこのド外道が。 さっき躊躇なく子供を殺し、生前だって子供の人生を滅茶苦茶にしておいて、なーにが今更未成年だの子供だの。 恥を知りなさいなこの銭ゲバの鬼畜が」

絶叫しながら、消えていく邪神「マリオネット」

札束も、全て消滅していく。

燃え尽きるのでは無い。

全てが溶け消えていくのだ。

邪神、絶対正義同盟NO8、邪神「マリオネット」。

陥落の瞬間だった。

 

邪神の気配が消えた。

だが、恐らくここからが本番だ。

すぐに回収用のロボットを廻して貰う。流石に年齢も年齢だ。大きく息をついて座り込んでいる二人に、声は掛けておく。

「大丈夫、立てまして?」

「ああ、なんとかなりますお」

「優しいですな「悪役令嬢」。 昔ミームであった「オタクに優しいギャル」のようですな」

「……本来誰であろうと優しく振る舞うのが淑女というものでしょうに。 相手を勝手にカースト化して蔑み、優しくする相手とそうしない相手を分けるなんて事が正当化されていた時代がどれだけ醜かったか。 わたくしは「悪役令嬢」というミームであろうと、そのような輩とは一線を画するつもりなのですわ」

二人を助け起こすと。

高笑いを一つ。

勝利の雄叫びという奴だが。

実の所、本題は此処からである。

咳払いをして、真面目な話に移る。

「インカムで聞いていたかも知れませんけれども、各地の自衛隊駐屯地がフォロワーによる襲撃を一斉に受けていますわ」

「ああ、少しだけ聞こえたお。 それで……」

「十中八九何かの作戦行動ですわね。 嫌な予感がしますわ」

「とはいっても、救援しないわけにもいかないでござるな」

その通り。

消耗した狩り手を数の暴力で潰すつもりなのか。

どうも違うように思える。

或いは狩り手が優先的に向かった駐屯地を重要施設と見なし、次に邪神で襲撃するつもりなのか。

もしくは。

いずれにしても、此処からは自衛隊と歩調を合わせて動かなければならない。

山革陸将から連絡が来る。

「立て続けの邪神討伐、見事だった。 米国でも昨日「ナード」氏がまた一体邪神を仕留めたそうだ。 明るいニュースが殆ど無いご時世だが、本当に嬉しい話だな」

「ありがとうございます。 それよりも、駐屯地の方は」

「現在総力で応戦中だ。 重要施設から順番に対応をお願いしたい。 「悪役令嬢」、君は厚木の旧米軍駐屯地を守って欲しいのだが」

「……分かりましたわ」

何だろう。凄く嫌な予感がする。

回収用ロボットが来た。物資が積まれていたので、即座に補給。

ヘリも程なくしてきた。二機来たので、それぞれ別方向に。「デブオタ」「ガリオタ」の二人は。九州に向かうそうである。

九州は戦況がただでさえ良くないと言う事で、今回は反撃がてらにベテラン二人に可能な限りフォロワーを削って貰う予定だそうだ。

途中、ヘリで移動しながら話をする。

「山革陸将。 この間のルーキーは」

「「陰キャ」くんか。 彼女は狩り手候補生達がいる……」

「!」

そういう、ことか。

邪神どもは恐らくだが、自衛隊など危険視はしていない。

ロジックエラーを引き起こす事が出来、それによって自分達を殺せる狩り手を徹底的に潰すつもりだ。

今までも狩り手は殉職率が高かった。

だが、「悪役令嬢」やあの二人の活躍によって、大きな被害を出しながらもついに日本にいる邪神の過半数を撃つ事に成功した。

だがその結果、既に戦える狩り手はルーキー含めて四人のみ。

ここで候補生が全て殺されたら。

それこそ何もかもが終わりだ。

「邪神共の狙いが読めましたわ」

「本当かね」

「狩り手の候補生達を、即座に移動させてくださいまし。 「陰キャ」にも、最大限の警戒をするように指示を」

「わ、分かった。 専門家である君の言う事だ。 すぐに対応しよう」

教育施設には相当な資源をつぎ込んでいると聞いているが、今の時代一番大事なのは人的資源だ。

古い時代は、ちょうどさっき共に戦った二人のような人的資源をゴミのように使い捨てる愚策を実行していたらしいが。

今の時代は、そんな事をすればあっと言う間に人類が滅びるのである。

幸い、今まで戦っていた分だと。

邪神の動きはそれほど早くは無い。

組織としてそれほど統制が取れていないのだろう。

まあそれもそうだ。

邪神はどいつもこいつも邪悪なネットユーザーの成れの果てである。

そう考えてみれば、人間ほど高度な戦闘は出来ないのは確かなのだろう。

だが、恐らく。

今避難中の候補生か。或いは「陰キャ」がいる基地は、恐らく近いうちに襲撃を受ける可能性が高い。

急いで欲しいが。当然ヘリは最高速度で飛んでいるはずだ。これ以上は急かすこともできない。

燃料だって不足気味なのだから。

人間に出来る事は限界がある。

それを思い知らされながら。「悪役令嬢」は、ぎゅっと鉄扇を握りしめていた。

 

3、波状攻撃

 

既に「悪役令嬢」から報告は受けている。

激しいフォロワーの波状攻撃をずっと捌き続けながら、「陰キャ」は無言で戦いを続けていた。

基地に備えられている重火砲は火を噴きっぱなしである。

万に達するフォロワーが間断なく迫ってきているのだ。

近づけさせるな。

そう怒号が飛び交う中。四度目の休憩を終えて、出撃に入る。

敵の戦意は旺盛で。トイレと食事くらいしか、休憩は取れていない。

もともと体力はそんなにない方なのだ。

できれば止めてほしいと思うけれども。フォロワーに理屈なんて通用しない。

SNSクライシスの前から、そもそも会話なんてするつもりがない悪辣なネットユーザーはかなりの数がいたということだ。

そういう連中は血眼になって自分より劣る存在を探し。

一度見つけると、自分より相手が劣っていると決めつけて、叩く事に夢中になった。

そういう人間が社会でクズとみなされていたかというとそうでもなく。

むしろそんな人間の方が当たり前だったらしい。

だから今の時代は、生きている人間よりもフォロワーが多い。

それも納得出来てしまう話ではあった。

「もう、いち、ど、でます」

「すまない、無理をさせる。 西門周辺にフォロワーが殺到している。 撃破してほしい」

「はい」

やっぱり、上手に人間と話せない。

怖いと言うよりも、何というかあまり関わり合いになりたくない。

ともかく、ジープに乗って西門に移動。

確かに、鉄条網のすぐ近くまでフォロワーが迫っており。自衛官達が必死に対物ライフルで対応しているが、倒し切れていない。

「いつまで湧いてくるんだ此奴ら!」

「近くにあった街から動いていたフォロワーが全部出てきてるんだろ! むしろ後で街に物資回収が楽に行けるぜ!」

「でます……」

「おっ! 狩り手の出陣だ! イヤッホウ! 頼むぜ勝利の女神!」

自衛官達が歓声を上げるので、凄く恥ずかしい。

ともかく、前に出る。

フォロワー達が一斉に「陰キャ」を見て躍りかかってくるが。

前より更に体が軽くなっているのが分かった。

そのまま、立て続けに敵を斬り伏せる。

どんどんフォロワーを殺すのが上手くなっているのが分かる。

一体殺せば、それだけ弾薬を使わなくても済む。

それだけ殺される人だって減る。

だけれども、その後人は立ち直れるのだろうか。

インカムに通信が入る。

山革陸将からだった。

「「陰キャ」くん。 重要な知らせがある」

「はい……」

「すまないが、その基地はかなりの攻勢にしばらくさらされる。 援軍を送ることもできない。 他の基地も似たような状況だ。 持ち堪えてほしい」

「あ、その……はい」

そんな事を言われても。

こっちは目の前に迫るフォロワーを斬り捨てるので精一杯だ。

立て続けに数体のフォロワーを斬り捨てる。鉄条網を守っていた自衛官数名が、他の場所の支援に向かったようだった。

数百体はいるフォロワーを、次々斬り捨てる。

爆発四散するフォロワーを踏みしだき、次を切る。

殺して殺して。

返り血をどうしてもパーカーに浴びる。

浴びながらも、必死に戦い続けて。

ひたすらに斬り続ける。

山革陸将の話はまだ続く。

「そして良い知らせと良くない知らせだ。 良い知らせから行こう。 絶対正義同盟NO8、邪神「マリオネット」が撃ち倒された」

そうか、比叡山の戦いは此方の勝利に終わったんだ。

それだけで、多少気分はかるくなる。

でも、悪い知らせ。

それを帳消しにするくらいの悪い知らせがあるという事か。

「悪い知らせだが、気を強く持って聞いてほしい。 最悪の場合、君のいる基地に邪神が来る可能性がある。 これを考慮して、狩り手候補生達を逃がす。 退路については、我々でどうにかする。 だけれども、君を支援することは出来そうに無い」

そうか、それは仕方が無いだろう。

そもそも、退路としても恐らく空路だろうけれども。

邪神が来るとなると。

その時点で、フォロワーの海の中で。自衛官達もみんな撤収した所で、孤立して戦わなければならなくなるかも知れない。

当然もし邪神が現れたら、その時は先の戦いに勝利した狩り手が来てくれるだろうが。

倒されたとは言っても、NO8である。

この間戦った「フェミ医師」ほどの危険な相手ではないだろうとは思うが。

それでも一桁ナンバーの邪神だ。

弱い訳がない。

あの「悪役令嬢」だって、楽勝とはいかないだろう。

相当に疲弊している状態の筈だ。

ましてや「陰キャ」単独で相手に出来る邪神なんて、いないだろう。

狩り手の育成が上手く行っていないらしい欧州や中華には、或いは今の「陰キャ」でも倒せるくらい弱い邪神がいるかも知れないが。

此処は日本だ。

そんなあり得ない前提を元にしても意味がない。

此処にいる邪神は、狩り手を多数返り討ちにしてきた邪悪の権化どもなのだ。

「現在、七箇所の基地でフォロワーの撃退が完了し、戦闘が継続している基地への支援が行われているが、フォロワーの攻撃は何処も凄まじく、支援はしばらくはそういう意味でも行えない。 頼む、耐えてくれ」

「了解……です」

「ああ。 すまない。 本当に、すまない」

通信が切れる。

同時に、拝み討ちにフォロワーを斬り捨てた。

呼吸を整えながら、振り返りつつ後ろから飛びかかってきたフォロワーを斬り捨てる。まだ子供だったが。フォロワーになってしまうと殺戮兵器だ。

鉄条網近くまで下がる。

まだ少数残ってくれている自衛官が対物ライフルで支援はしてくれているが、「陰キャ」に近いフォロワーはフレンドリファイヤを警戒して撃ってはくれない。

狩り手は自衛官には超人と思われている節がある。

とてもではないけれど。

超人などではないのだが。

そのまま、次々斬り伏せる。襲いかかってくる殺意剥き出しのフォロワーも。此方に「陰キャ」がいる事に気付いたか。他の戦線を放棄してまで集まって来ているようだ。

「邪神が来る」。さっきの通信を聞く限り、余力は残さないとあぶないのかも知れないが。

しかし、ルーキーが余力を考慮しながら戦うなんて無理だ。

歯を食いしばって、必死に一体一体倒す。しばしして、基地の他戦線のフォロワーを排除した部隊が来てくれて、榴弾砲で数体まとめてフォロワーを吹っ飛ばしてくれる。下がるなら、今が好機だ。

だが、それを見越したように大量のフォロワーが姿を見せる。

増援に来てくれた自衛官達の血の気が引くのが、「陰キャ」からも分かった。

それはそうだろう。

深呼吸。

襲いかかってくるフォロワー達は、いずれも動きが速い。一体にでも噛まれたらその時点でアウトだ。

「くそ、効果的にグレネードを!」

「化け物ども、俺たちのことはガン無視してやがる!」

「舐めやがって! 思い知らせてやる!」

対物ライフルやグレネードで、必死に足止めはしてくれているが。それでも数が違いすぎる。

古い時代にあった、圧倒的な物量の宇宙人と戦うゲームのようだ。

凄まじい銃撃音の中、最後の力まで絞り出すようにして戦う。

もう余力なんてかまっていられない。

そのまま、斬り伏せ、切り倒し。そして薙ぎ払う。

飛び下がった。

一斉に、飛びかかってきたフォロワーが積み重なる。飽和攻撃という訳だが。更に下がった所に、自衛官達がグレネードで集中射撃を浴びせ。

一気に十数体を屠ってくれた。

だが、それでもまだまだいる。

もう歓声もない。

他の所にいた人や。もう武器を持てる人は全員出せという指示でも出たのか。

更に人が来る。

これが陽動の可能性もある。

基地司令官も相当に頭に血が上っている可能性が高い。

インカムに言う。

「ちょ、ちょっと、人を集めすぎ、と思、いますけ、ど」

「……」

インカムの向こうは雑音で聞こえない。

まさか、首脳部がやられた。

いや、違う。

人の声に悲鳴とかは混じっていない。

多分大パニックになっていて、それどころではないのだ。

フォロワーが一体、鉄条網に組み付いた。そのまま、凄まじい力で鉄条網を引き裂きに掛かる。

手が千切れようが関係無い。

更にパワーはゴリラ並みなのだ。

ああやって一箇所が喰い破られると、吸い寄せられるようにしてフォロワーが集まり。一気に其処から基地が陥落する。

初期の戦いでは、何度もあったらしい。

故に、対策も施されている。

さっと自衛官達が退避し、高圧電流が通される。

文字通り燃え上がったフォロワーは、体から炎を噴き上げながら下がる。

何度も使えない手だ。

燃料も不足しているのである。

だから、すぐに電流を止め。

迎撃戦を再開しなければならない。

「陰キャ」はそろそろ限界。

だが、それを見越したように。

執拗にフォロワーは来る。さながら、昔SNSで彼らが炎上騒ぎを起こしていたときのように。

呼吸を整えようとして、上手く行かない。

飛びかかってきた数匹をどうにか赤い霧にして。

それが限界だった。

自衛官が、多分それを見て取ってくれたのだろう。

集中射撃で、何とか時間を稼いでくれる。

ふらつきながらも、飛び出して来ようとする自衛官を制止。そのまま基地に、なんとか戻る。

基地の戸が閉じると同時に、へたり込む。

呼吸を整えるのが難しい。

こんな総力戦の後で、艶っぽいあえぎ声なんて出るわけが無い。

ひどく情けない、死にそうですというような声が喉から漏れていた。

刀を振るえる手で自衛官に渡し、メンテを頼む。

ごてごて色々装飾が着いているから、ただでさえ重い刀だ。

その上、それぞれが必要なのだ。

何でも「魔法少女のステッキ」をイメージして作っているらしく。

非実用的な突起なども多いので。

メンテは他の刀よりも更に手間暇が掛かってしまう。

それが余計に敵への殺傷力を倍増させるとは言え。

メンテナンスをする人には、苦労ばかり掛ける。

担架が来た。

甘えて、乗せて貰う事にする。

点滴を打たれた。

相当に無茶な運動をしていたらしい。

ヘリが飛び立つ音がした。

どうにか、役割は果たせただろうか。

だが、そもそも確かだが。この基地にしか育成用の装備はないはず。恐らく邪神達も、それは分かっている筈だ。

訓練候補生は逃がせるとしても。

いずれ此処に戻ってこないと訓練を進められない。

中途半端に訓練を受けて戦場デビューした狩り手の末路は悲惨だ。

前線に出ることを急いでいた、前に訓練場を出て行った子は。

それこそバラバラに噛み裂かれて戻って来た。

あの子は訓練を鬼気迫る表情でやっていた。

「陰キャ」より絶対に訓練量そのものはこなしていたと思う。才能だって体力だって劣っていなかった筈だ。

あったのは焦り。

それが故に、あんな事に。

ぼんやりとしていると。戦況も聞こえてくる。

「西門、後最低でも六人廻してくれ! 突破される!」

「休憩中の人員を廻す!」

「他の基地からの増援は!」

「一部の基地では此処より戦況が悪い! 今他の狩り手も総動員で、劣勢の基地から救援してくれている状況だ!」

怒号が飛び交っている。

あたしが、情けないばっかりに。

点滴を打たれながら、ぼんやりそう思って。

情けなくて、涙が零れそうになった。

出ますと言おうと思ったけれど。

体がそもそも起こせない。

無理をして動いていたツケが出たのだ。

「陰キャ」はそもそも食べるべき時に食べる事もあまり出来なかったから、発育だって良くない。

体力だってあんまりない。

それら全ての要因も重なって。今は、点滴を受けて休む他無いのだ。

「訓練生を出せないのか!? 邪神はともかくフォロワー程度なら」

「馬鹿野郎! ルーキーとは言え本職があれだけ苦戦する群れだぞ!」

「……」

「最悪「陰キャ」も逃がして、俺たちは盾になる! 最終的に勝つためだ! 覚悟を決めろ!」

悲壮な話だ。

だけれども、そんな悲壮な話をさせてしまっているのも。

自分が非力なせいだ。

基地に避難してきていた人は。動けない人以外は、みんな。子供でさえも、必死に働いてくれている。

そんな中、力を使い果たして点滴を受けている自分が情けなかった。

 

点滴を受けた後、数時間休憩して、戦線に復帰。

既に戦死者がかなり出ていた。ただし、フォロワーの数も、かなり減っていた。

残敵の掃討を。

そう頼まれたので、「陰キャ」は出る。

辺りに彷徨いているフォロワーを次々斬り捨てる。命を落とした自衛官の残骸らしいのをみてしまって、慄然とした。

数の暴力で、基地の一角が突破されかけた。

そこで虎の子の戦車を出して、一気にフォロワーを踏みにじったのだ。

SNSクライシスが起きる前に、この国にあった最新鋭の10式という奴で。

流石にこれくらいになるとフォロワーでもひっくり返す事が出来ない。数十トンはあるのだから。

それでも、群れに囲まれると動けなくなる。

無理矢理敵を突破しつつ、基地の一角を噛み破ろうとしていたフォロワー達を随伴歩兵と共に薙ぎ払ったようだけれども。

その過程で、何人も亡くなったのだ。

高度な戦闘訓練を受けた自衛官は、皆一人として失ってはいけない。

米国で今も戦っている兵士達も。

絶望的な戦況の中、欧州や中華で戦っている人達だってそうだ。

自分が弱かったから死なせたんだ。

そう思うと。

言葉も出なかった。

ともかく、もうフォロワーは一体だって許さない。

陣地の周囲から、徹底的に排除する。

血が沸騰するようだった。

冷静になれ。

自分に何度も言い聞かせたけれど。自分への怒りで、どうしようもないのが現実だった。

ずっと集中してフォロワー狩りをする。

周囲から、フォロワーは排除。

その後スカウトが、軽戦闘車両に乗って出ていった。

「敵影無し。 探索範囲を拡げます」

「ラージャ。 此方も基地周辺に異常なし。 すぐに狩り手を戻らせて休ませる」

「最悪此方でフォロワーのヘイトを引きつけて、少しでも到着時間を遅らせます」

「無理だけはするな」

インカムから聞こえる通信内容にも、疲弊の色が濃い。

促されたので、戻る。

敗北感で一杯だった。それでも、この基地にいる狩り手候補生は守る事が出来たし。大半の人は守れた。

大半、か。

SNSクライシスの前には、「大半がそうしている」という理屈で、無茶苦茶が許されたし。

逆に人権屋は、「少数派の権利」を盾にして、暴虐の限りを尽くしていたのだったっけ。

フェミだのポリコレだの色々な理屈を使ってはいたが。

人権屋の根本的な本質は同じであったというレポートを読んだことがある。

狩り手はカルチャーへの知識が必須だ。

だから、SNSクライシス前の資料を必死に集めた此処で、勉強をして。

それで大きな犠牲を出しながらも、邪神を狩ってきた。

「陰キャ」だってその一人。

暇があるなら、一冊でも多く過去のカルチャーについて勉強して。邪神と戦った時の生存率を上げろ。

そう言っていた教官は。

邪神との戦いで右手左足を失い。再生医療でも再生しきれなかった、もと狩り手。

最初期の狩り手の一人で、一番最初に倒された絶対正義同盟の当時NO18だった邪神との戦闘にも参加したという人だった。

基地にとぼとぼと戻る。

声を掛けてこようとする自衛官もいたが。

「陰キャ」の雰囲気を見て、それを止めたようだった。

助かる。

正直、騒がしいのは苦手だし。

人と視線を合わせるのはもっと苦手なのだ。

個室に入ると、横になって布団を被り、ぼんやりする。

ともかく、邪神が来るかも知れないのである。

少しでも休まなければならない。

通信が入る。

軍用無線だ。

流石にこれには出なければならない。

「はぃ」

「オーッホッホッホッホ! ご無事ですの?」

「なんと、か」

「悪役令嬢」か。確か劣勢だという幾つかの基地の支援に廻っていたという事だが。

一息ついたのだろうか。

とにかくまくし立てる相手の言葉を聞く。

現在自衛隊に押し寄せていた敵の大攻勢は排除。自衛隊も被害を出し、何より榴弾や燃料の備蓄を相当に失ったそうだが。それでも撃退は完了したという。

ただし、ここからが本番だそうである。

「その基地に邪神が来る可能性がありますわ」

「は、い。 確か、に、執拗、で攻撃、でした」

ちょっと言葉が変だったかなと思ったけれど。

言い直すほどでもないかと思って、そのままにする。

相手も幸い、それを汲んでくれた。

「これから、わたくしもその基地に向かいますわ。 今のうちに、しっかり休んでおきます事よ」

「分か、りまし、た」

「それと……最悪の場合は地下シェルターに避難なさい。 わたくしが行くくらいまでは、耐えきれますわ」

通信が切れた。

会話をしているだけでも疲れる。

それにしても、地下シェルターか。

此処は防音室。

「陰キャ」にとっては一番過ごしやすい場所。

古くはなんか別の用途に使われていたりもしたらしいのだけれども。「陰キャ」にはあまり関係無い。

ともかく、今は何も考えずに休む。

いつの間にか眠っていた。

目が覚めると、全身が筋肉痛。

鍛え方が足りないからだ。

それは情けない事だけれども、自分自身でも分かっていた。

防音室を出て、基地の様子を見て回る。

既に倒れた同僚の葬儀は済ませたようだった。敬礼をして、死者を送っている。申し訳ないと思って帽子を更に下げたけれど。

兵士の仲間だったらしい一人が「陰キャ」に気付いた。

「お願いします。 死んだ奴らは、誰一人貴方を恨んでいません。 むしろ手を合わせてくれたら、きっと喜びます」

「で、でも」

「お願いします」

二度も頼まれると、断れない。

簡素な墓の前に。

たくさん、焼かれた死体が下にはある。だけれども、名前だけは墓碑に刻まれていた。

感傷ではあるかも知れないが。

それでも、生きている人間が、未来をみるために必要な事だ。

だから、これを軟弱だとは思わない。

昔はお坊さんがお経を上げていたかも知れないが。

今は、仏教の知識があるベテラン兵士の一人が、聞きかじりのお経を上げていた。

「陰キャ」は帽子を目深に下げたまま、手を合わせる。

眼鏡で目は隠しているけれど。涙は流れていた。

ごめんなさい。

あたしがもう少し強かったら、誰も死なせずにすんだのに。

此処から訓練生を撤退させるために人を割いたりとか。そう言ったことで火力が足りなくなって、防げなくなったりしなくなったのに。

そう思うと、手が震えた。

周囲の自衛官達も、皆歯を食いしばっている。

この攻撃に、どういう意味があったのかはまだよく分からない。だが、邪神が来る可能性を「悪役令嬢」が口にしていたし。大量のフォロワーを使い捨てたと言うことは、何かたちが悪いもくろみがあったのだろう。

だったら、そんなものは。

絶対に粉砕してやる。

手を合わせた後。周りに礼をして、そのまま墓を離れる。

基地司令官の所に顔を出して、指示を仰ぐと。

疲れ果てた様子の基地司令官は、今は待機と言うのだった。

「聞いているかも知れないが、此処に邪神が来る可能性がある。 そして君も知っている通り、ここの設備は簡単には移せない。 今、移すための物資や人員、車両、航空機の準備をしているが、それでも一月は此処を守り抜かなければならないだろう」

「……」

「今の君の仕事は、まずは休む事だ。 後はスカウトなどから連絡があった場合、出撃してほしい。 君の代わりはいない。 それを自覚した上で、もしも体力に余裕があるなら更に技を磨いてくれ」

頭を下げる。

基礎体力からしてないから、もしも強さを磨くのだとすれば。

今後はどんどん技の鋭さを上げ、戦闘の効率を上げていかなければならないだろう。

いずれにしても、筋肉痛で歩くのもつらい今の状態では。

むしろ足手まといになる。

幸い、邪神は動きが鈍いと聞いている。今は諭されたとおり、休むしかなかった。

情けないけれど、他に方法が無い。

一足飛びに進む事が出来る人もいるかも知れないが。

「悪役令嬢」のような例外は兎も角。

「陰キャ」のような。

いや、止めよう。少しでも今は、建設的にものを考えるべきだった。

 

4、動き出す者達

 

邪神の集団、絶対正義同盟の会合が行われる。

こんな短時間に続けて行われるのは滅多にない事である。

日本における邪神の頭目である「神」は、人間時代からそのままである例外だが。

それゆえに、面白いなあと思っていた。

五百万人を息をするように殺戮した「神」である。

何もかもが、娯楽に過ぎない。

今回の件も、である。

まず、NO8が倒されたことを説明。同時に、現NO9がNO8の席に移動した。

同時に、NO2が促されて立ち上がる。

周囲の、自分より下位の邪神達に対して説明をした。

相変わらず何もかもを馬鹿にした目だ。

そういう文化を創り出した奴なのだから、まあこの今の姿も納得出来るというものではあるが。

「みなさんのフォロワーを借りて各地の自衛隊駐屯地を攻撃した結果、真っ先に動ける唯一の狩り手が出て来た場所は特定出来ました。 ここです」

地図が拡げられ。

そこに、何か肉でできたよく分からない人型がとことこと歩いて行き。

ブーンと言いながら、クルクルその辺りを回った。

へらへらとしているNO2。

奴の使い魔のようなものである。

奴が作り出した場所で産まれた文化を、好き勝手に使うことが出来るのだ。

「ここに狩り手の訓練施設があると思って間違いないでしょうね。 というわけで、此処を攻撃すべきだと思いますけど?」

「NO2、ご苦労だった」

「……」

格が上の邪神に意見したり、話をしたりすることは許されていない。

絶対正義同盟のルールである。

NO2もそれは同じ。

「神」がもう良いと言えば。黙らなければならないのである。

「自衛隊など敵ではないが、「狩り手」が新たに産まれる事態は阻止したい。 狩り手を育成するには専門の設備などが必要なはずで、それを各地に作る余裕が無いことは、現在までのあらゆる状況証拠が示している。 NO6」

「はい」

立ち上がるNO6。

通称「知事」である。

SNSクライシスの前に、ある県の知事を務めた人物だが。

悪辣極まりない暴虐の限りを働き、様々な悪影響を自身の県にもたらした。文化否定そのものが形を為したような、生ける災厄のような男だ。

典型的な文化差別思想の持ち主で、歪んだ教育を県全域に押しつけ。

その結果、様々な弊害をもたらすことになった。

NO6に此奴が収まっているのは、実際の社会的地位よりも。SNSクライシス前に発生させた実害が小さかったのが理由である。

NO5以上は、更に甚大なモラルハザードを引き起こした者ばかりなのだ。

「NO8に昇格した「兄」を連れて、先ほどNO2が特定した基地を襲撃せよ。 狩り手を殲滅する必要は必ずしもない。 その代わり狩り手の育成施設は徹底的に破壊せよ」

「分かりました」

顎をしゃくると。

いかにも傲慢そうな「知事」が。

これまたへらへらと笑っている中年男性の「兄」を連れて出ていく。

二体の邪神が場からいなくなり。

その場には六体だけが残った。

「皆には告げておこう。 米国の方での戦線がかなりよろしくない様子だ。 少し前に「マリオネット」も言っていた通りにな。 向こうで伝説となっている狩り手「ナード」が米国本土に展開していた最後のαユーザーを撃破。 αユーザーの根拠地となっているカナダに攻めこむ動きを見せている様子だ」

「……」

「勿論現在米国には、まだ二千万とも言われるフォロワーが彷徨いていて、それらの撃滅が先になるだろうから、数ヶ月は先となる。 しかしながら、奴らが来る前には、此方も「狩り手」などという不埒なゴミを片付けて置く必要があるだろうな」

勿論、返事など求めていない。

縦型組織では、トップの言う事は絶対。

当たり前の話である。

そういう組織を、生前も廻してきたのだ「神」は。

SNSクライシスがどうして起きたのかは、実の所大まかにしかわからないのだが。

それでもそれによって再構築されたルールについては熟知している。

恐らくだが。

カナダにいる、米国の邪神組織のボスも同じだろう。

いずれにしても、進歩出来ないと言う事は大きなディスアドバンテージになる。

もしも米国なり極東なりで完全な安全地帯が構築された場合。

いずれ時間を掛けて、中華や欧州の戦況もひっくり返される可能性が高い。

まったく、ゴキブリよりもしぶといのだから。

せせら笑いながら、「神」は更につげた。

「NO6とNO8の支援を行うために、NO5。 九州で動くように。 フォロワーを使って攪乱せよ」

「は……」

立ち上がったのは。いかにもお堅い格好の姿をした女だ。

以前撃ち倒された旧NO7「フェミ医師」の同類で。仕事は弁護士だったが。階級が示すようにSNSを通じて与えたモラルハザードはより甚大である。

医者だろうが、弁護士だろうが、大学教授だろうが、博士号持ちだろうが。

簡単に闇落ちするし、カルトにだって取り込まれる。

それを「神」は見て来ている。

人間は数千年、技術以外はまるで進歩しなかった生物だ。

だから、カルトはバカの集まりだと思っている。

それは正解である。

ただしカルトのトップ層だけは違う。

人権屋もしかり。

人間の邪悪さの究極を煮詰めたものがカルトのトップであり、人権屋のトップ達だ。

皆詐欺のプロフェッショナルであり。

どれだけ対抗しようとしている者のIQが高かろうが。いざ此奴らが騙そうとなるとひとたまりもないのだ。

詭弁と人間心理操作について、カルトのトップの右に出る者などいない。IQが高くても、どうにもならないのである。

会議の終了を告げると。

皆さっとその場からいなくなる。

さて、次の手についても考えておこう。

常に最悪に備えるのが信条だ。

「神」はくつくつと笑う。

まあ最悪の場合でも。

自分だけ生き残れば、それでいいのだ。

 

(続)