空爆ナグルファル

 

序、にらみ合い

 

ロキの封印の周囲は、異変がますます進んでいた。隆起する地面は、ますます濃厚な毒におかされていく。近づくだけで異臭がする。触れてしまったら、どうなるか分からない。

禍々しい光を放つ球に突き刺さった剣には、罅がどんどん増えている。時々剥落した欠片が落ちてきて、地面に落ちる度に大きな音がした。

五千の精鋭は、急いで防御陣地を構築している。それでも、巨神が来るまでに、間に合うかどうか。

味方本隊は、まだかなり遠い。

その味方本隊が到着しても、守りきれるかは分からない状況だ。

フレイは、北を見つめる。

昨日から、敵の斥候が姿を見せるようになり始めていた。トールの剛弓を構えても、すぐに逃げてしまう。

敵の騎兵も、フレイの持つ弓が、相当な射程距離を持つ事は知っているらしい。そして、斥候が来ていると言うことは、敵の本隊が近づいている、という事だ。

敵本隊の数は、どう楽観的に考えても、最低でも十万を超えているだろう。少しでも事前に兵力を削ることが出来れば良いのだが、この状況で、それは難しい。

「フレイ! 来てくれ!」

シグムンドの声だ。

呼ばれたので、隆起した丘の内側に滑り降りる。

封印から発せられる禍々しい力で歪みに歪んだ土地だが、何カ所か、陣営を張るのに適した場所がある。

そういった何カ所かには、陣屋を組み、兵士達が交代で監視に当たっていた。

その一角には、少し前にアスガルドから送られてきた、ささやかな援軍。百名だけのエインヘリアルと、最後に生き残った小人族の男もいた。

シグムンドは、封印を貫いている剣を解析しているフレイヤの隣に立っていた。手招きされるので、近づく。

「シグムンド、どうした」

「ああ。 どうもおかしいらしいんだ。 フレイヤ、説明してくれるか」

「はい。 兄様、封印を解析したのですが、どうも外側から破壊されているようなのです」

「外側から?」

そうなると、外部からの攻撃があって、ロキが逃亡したという事なのか。

しかし、テュールからもらった書状によると、ロキが封じられていたのは、厳重に厳重を極める結界の深奥。

しかも警備は隙がなく、とても外部の者が入れるような状況にはなかったと書かれてもいた。

封印そのものも極めて頑強で、トールが自慢のミョルニルを全力で叩き付けても、容易に壊れるようなものではない、とも。

それをあっさり破壊し、ロキを逃亡させたというのは、何者なのか。オーディンでも、無論フリムでも無理なはずの事なのだが。

おかしな事はそれだけではない。まだ、他にも色々あると、フレイヤは言う。

「封印を解析したところ、明らかに攻撃は内部にまで届いています。 それに、突き刺さっている剣も、同じでしょう。 何かが封じられていたとしたら、そのものはたとえ神であっても、確実に命を落としているかと」

「何……? では、この禍々しい気配は一体何だ」

「分かりません。 本当にこれに封じられているのは、ロキなのでしょうか。 そもそもロキとは、何者なのです。 ヴァン神族やアース神族の共通の始祖は、確か違う名であったような気がします。 ヴァン神族の長だとするには、ロキには不可解な点が多すぎます」

困惑するフレイヤ。

フレイも、どう声を掛けて良いのか、分からなかった。

いずれにしても、此処で出来る事は限られている。

中に封じられているのが何者であるかは分からないにしても、出てきたら可能な限り短時間で仕留めなければならない。

「フレイ! フレイヤ!」

ヘルギの声だ。

緊迫した様子から、何が起きたのかは、大体見当がつく。

盛り上がった封印外縁部に出ると、嫌と言うほどはっきりと、その事態を目撃することが出来た。

巨神の軍勢だ。

大巨神もいる。しかも、少なからず。

「敵の前衛部隊と思われます!」

「くそっ! もう来やがったか!」

フレイがざっと大巨神を数えたところ、十体以上いる。つまり、一万を越える部隊だと言うことだ。

しかも最初に此処に辿り着いたという事は、明らかに精鋭部隊。単純なぶつかり合いでは、かなり分が悪いだろう。

一定距離を保ち、巨神の軍勢はとまる。

後続を、次々に呼び集めるつもりだろう。

「どうする、戦うか」

追いついてきたシグムンドが聞いてくる。

フレイは、首を横に振った。

「本隊と合流してから戦うべきだろう。 味方の戦力が整う前に戦端を開くのは、得策ではない」

「そうだな、サラマンデルが揃ってから戦うべきか」

それが一番安定するはずだ。

ただし、巨神も同じ事を考えている可能性が高い。

「此方の本隊が到着するまで、後どれくらいかかる」

「二日という所です!」

「敵も同じ程度、と見るべきか」

フレイは、フレイヤに振り向く。

おそらく、幾つかの手を打った方が良いはずだ。

「フレイヤ。 私の幻影を作り出す事が出来るか」

「はい。 兄様、何処かに出られるのですか」

「本隊の様子を見に行く。 敵が一支隊を派遣してこないとは限らない」

フレイヤの力は、どちらかと言えば守りに適している。

此処に残るのは、フレイヤの方が適任だ。ただ、可能な限り早く本隊の到着を促さなければならない。

封印されているのが何者であれ、出てくるのが避けられない以上、一刻も早く総力戦の態勢を整えなければならないからだ。

一方、フルングニルはそれを邪魔するだろう。

あらゆる手で攪乱に出てくる事は間違いない。使える手札は、あらゆるものを駆使してくるはず。

この高原は、広く見晴らしよく、騎兵が暴れるにはもってこいだ。

敵は、騎兵を使ってくることがほぼ疑いない。味方にもサラマンデルとエインヘリアルがいるとはいえ、騎兵混合の敵主力に襲われれば、分が悪いだろう。

小人が此方に来る。

アウテンとかいう男だ。最後の生き残りという話だが、赤ら顔の中年男性で、酒が何より好きという、仕方が無い男である。

「おう、フレイ様。 此処にある物資を好き勝手にしていいのか」

「何をするつもりか」

「ある程度戦えそうな奴の武器を、わしの技で鍛え直してやるよ。 あと、砦のつもりだろうが、全体的にしょぼいな。 わしが少しはマシにしておいてやる」

「……頼むぞ」

小人族の技については、強い信頼感がある。

フレイが使ってきた剣のうち何振りかも、小人族の手によるものだ。酒好きで好色な男だが、腕が確かなのは、今までに確認済みだ。

「戦いは、もう始まるのかい?」

「広義の意味では、既に始まっている。 実際の刃を交えるのには、もう少し時間が掛かるだろう」

「そうかそうか。 どこでもそこでも、ドンパチドンパチ、飽きずにやるもんだな」

けたけたと笑いながら、小人が戻っていく。

封印の近くに鍛冶小屋を造り、そこで鉄をずっと叩いているのだ。皆気味悪がっていたが、武器などの整備に貢献すれば、少しは関係も改善されるかも知れない。

ただ、テュールの手紙に、気になることが書かれていた。

あの小人、スクルズーという新しい名前を得たと、自称しているとか。確かスクルズとは、運命の三女神の一柱の筈。

何だかよく分からないが、今は本隊の様子を見に行った方が良いだろう。

「面白い奴だ」

シグムンドは、小人を見るのが初めてらしく、他の戦士達とは違って最初から積極的に話していた。

酒の話などで意気投合し、今ではアウテンと喋る数少ない存在である。

ただ、べらべら喋るのではなく、必要なことを少しずつだけ喋っているようだ。その辺りのさじ加減は、フレイにはよく分からない。

「ところで、もう行くんだろう? 誰か、ついていくか」

「いや、鷹になって行く。 シグムンド、ここの指揮は頼む。 戦いの時にはフレイヤが心置きなく暴れられるように、気を配ってくれ」

「分かった。 任せておけ」

シグムンドなら、後を安心して任せられる。

フレイは鷹に変じると、地面を蹴って、空に舞い上がる。

空中で二度旋回して、周囲に布陣している巨神を見た。魔術師はいない。全体的に非常に統率が取れていて、随分と練度が高そうな部隊だ。フルングニルの直属精鋭かも知れない。

精鋭同士のにらみ合いだ。実力は敵味方ともにも折り紙付き。戦いになれば、どちらも無事では済まないだろう。

無言でフレイは、その場を飛び離れる。

フルングニルは、信念のある戦士とみた。

奴は、ヴァン神族の土地を取り戻すために、人間を皆殺しにするというような非道を、是としているのだろうか。

だとすれば、その信念は狂った思想を土台にしているとしか言いようが無い。

巨神族が、極めて貧しい土地に追いやられ、復讐心を蓄えてきたことには同情する。フレイ自身、オーディンに対する疑念はふくれあがるばかりだ。だが、その結論が殺戮と殲滅では、自分たちを追いやった存在と同じではないか。何度か戦ったフルングニルが、そのような低レベルな相手なのだろうか。

分からない。

一つはっきりしているのは、戦いは避けられないという事だ。

フレイは、翼を狭め、加速して飛ぶ。

先発した精鋭部隊と、本隊の連携が何よりも今回は重要になる。

既に、戦略的な駆け引きは、始まっているのだ。

 

1、アスガルドの闇

 

普段快活なトールさえも、黙り込んでいた。

運命の三女神がいる泉に踏み込んで、その正体を見た。

テュールは知った。どうして、オーディンがイズンだけを伴って、泉に入っていたのか。何故、巨神族との戦いを許さなかったのか。あまりにも鈍すぎる対応。不可解すぎる秘密主義。

他の疑念も、全てが氷解した。

そう言うことだったのだ。何もかもに、理由があった。不愉快極まりない理由が。この世界は、とうに腐りきっていたのだ。オーディンが、世界そのものが敵になろうとしているというようなことを言っていたが、それも納得できた。これならば、世界そのものがアース神族を滅ぼそうと考えても、おかしくはないだろう。

オーディンだけを責める気にはならなかった。この状態であれば。そして、アース神族の長という立場であれば。勿論、オーディンにも責任の一端はある。だが、それはもはや、どうしようもないことだ。

テュールも、オーディンと同じ行動を取ったかも知れないのだから。今は、その行動に、同情するばかりである。

崖を降りて、自分の屋敷に戻って。

自席に着いたのが、明け方の少し前。

オーディンもイズンも、おそらくは知らないだろう。テュールとトールが、真相を知ってしまったことは。痕跡など、残してはいない。これからも、おそらくは気付かれさえしないだろう。

真相を知る者が増えるだけで、世界にとっては危険だったのだ。その危険を、テュールは増やしてしまった。

たとえ相手がフレイであっても、話すわけにはいかない。これからは、援軍を出すわけにもいかないだろう。

テュールもオーディンに同意だ。

これ以上、ミズガルドに兵を出すわけにはいかない。それがミズガルドに住み、無邪気な信仰を強制された人間達を見殺しにすることであっても、だ。おそらく、考えなしに援軍を出していたら、世界は本当の意味で滅んでしまうことだろう。そうさせてはならないのだ。

わずかな可能性は、あるにはある。

オーディンは、それに賭けた。

テュールも、これからは、それに賭けなければならない。自分がどれだけ卑劣な存在か、分かっている。

フレイ達を裏切ることにさえなる。

分かっていても、真実を知った今。もはや、考えを変えることは出来なかった。あまりにも衝撃的な真実が、泉にはあったのだ。

テュールはいつの間にか、酒を手にしていた。

剣を持つ気にさえならない。そのまま、浴びるように酒を飲んだ。このまま、何もかも知らないうちに、全てが終わってしまえば良いのに。

そう、本気で考えさえした。

寝台に転がって、しばらく腐る。

こんな世の中を守るために、尽力してきた自分が滑稽でならない。トールも、それは同じだろう。

あんな存在が、運命の三女神であったなんて。

あの小人が、急にスクルズーと名乗りはじめた理由も分かった。次に会ったら、問答無用で斬り殺していることだろう。

手紙が来る。

フレイからだ。武器の催促についてではない。援軍についても、要求はしていなかった。戦況を、ただ知らせているものである。

巨神族と、ロキの封印を巡る争いが、佳境に入ったとある。

それぞれの精鋭が、封印を巡ってにらみ合いを続けている状態だという。そして、本隊が、進軍し、合流するべく動いているのだとか。

巨神共は、あの真実を知っているのだろうか。おそらく、知っている者はいるはずだ。フリムは、ほぼ間違いなく知っているだろう。

フルングニルは知らされているのか。可能性は低いだろうと、テュールは見ている。奴は無邪気に用兵家としての本領を発揮して、知恵比べ力比べを嬉々として行っているように見える。

勿論、何かがおかしい事には気付いているのだろう。

あまりにも都合良く頻発する様々な事や、アスガルドの対応の鈍さ。それに、スヴァルトヘイムの不可解な行動。

しばらく、ぼんやりしていた。

手紙も、いつのまにか握りつぶしていた。

確かにオーディンが言うように、ミズガルドでの攻防など、もはやテュールにはどうでもよくなりつつあった。

弟子であるフレイと、その妹であるフレイヤには、せめて無事で帰って欲しいとは思う。

だが、人間はもう、無理かもしれない。少なくとも、テュールには、救うための手段が存在しなかった。

昼間から、酒を呷る。

使用人達が、遠巻きに噂をしているのが分かった。女に振られたのか、なにか大事なものをなくしたのか。そんな可愛らしい憶測で話をしている使用人共が、滑稽でならなかった。

そんなことであれば、とうに立ち直っているだろう。

鈴を鳴らして、使用人の一柱を呼ぶ。

一番信頼している、下級の神だ。もうかなり年老いているが、野心が少なく、安心して物事を託せる。

「テュール様、如何なさったのです」

「この世でもっとも恐ろしいものを見た」

「武神である貴方が、そうまでいうほどのものがあるのですか」

「そうだ。 お前には、一つ頼みたいことがある」

フレイとフレイヤは、可能性がある。

もとの、先代のフレイとフレイヤだったら、無理だろう。今、テュールは、彼らの真相についても知識を得ている。

今のフレイとフレイヤは、違う。ひょっとしたら。この後来るだろう、真の地獄も、生き残ることが出来るかも知れない。

オーディンやフリッグ、それにトールは生き残れる可能性がない。

殆どの神々も、それは同じだ。

「お前には、私の剣を託す」

「武神テュールの剣を、ですか」

「そうだ。 私の剣だ」

テュールが愛用している剣は、二本ある。

小人の鍛冶士が作り上げた、双子の剣だ。一本は常に腰に帯び、もう一本は厳重に封印して、倉庫にしまっている。その一つを、出させる。

不安そうにしている使用人に、一つずつ、言葉を選んで掛けていく。

「これから、戦いが激化する事は分かっているな」

「はい。 ミズガルドは、既に巨神族に滅ぼされようとしていると聞いております」

「私も、命を落とす可能性がある」

使用人が、息を呑む。

これに関してはほぼ規定の未来だ。もはや逃れることは、ほぼ不可能だろう。テュールはアスガルドの最上位層に属してしまった。世界そのものがアース神族を滅ぼそうとするのなら、テュールを見逃すはずがない。

テュール自身も、もはやその運命を、甘んじて受け入れるつもりでいる。勿論、武神の誇りに賭けて、最後まで戦い抜く覚悟も決めているが。何が攻めてくるかは、真相を見た今でも、よく分からない。

ただし、たとえ何が攻めてくるとしても、片腕くらいは奪ってやるつもりだが。ただで殺されてなどやるものか。

「もしも私が命を落とした場合は、この剣をフレイに届けよ」

「その時既に、フレイ様が亡くなられていたら……」

「その場合は是非も無い」

テュールも、武を司る神だ。戦場の理不尽については、よく分かっている。

だが、今のフレイとフレイヤは、少なくともテュール達とは違って、世界にとって目の敵にされる存在では無いはずである。

使用人を下がらせると、テュールは庭に出た。

エインヘリアル達は、どうするべきか。

アスガルドの歪みの象徴の一つであるエインヘリアル達は、おそらく世界そのものとの戦いが始まった後、助かる見込みなどないだろう。

まだ若い神については、このおぞましい運命から逃れ得る可能性がある。

トールの息子二名については、フレイとフレイヤと、いずれ行動を共にさせるべきだろう。二名とも、父の名を辱めない勇者だ。きっと、運命を切り開くための、道しるべになってくれる。

他にも、何名か、若いが有望な神はいる。

いずれ、彼らはどうにかして、アスガルドを脱出させたい。

この世界と心中するには、彼らは若いし、何より気の毒だ。いずれ、何かしらの手段を講じる必要があるだろう。

剣を振るう気にさえならなかったが。

庭に出ると、本能からだろう。無心のまま、腰の剣に触れていた。

やはり、困ったとき。自分の側にいてくれるのは、剣であるらしい。苦笑すると、テュールは無心のまま、剣を振るいはじめていた。

どのような理不尽が攻め寄せようとも、せめて一太刀は浴びせる。

無為に死ぬ事だけは、絶対にしない。

テュールが諦めてしまったら、弟子達が生き延びる確率も、それだけ減るのだ。

 

夕刻。

トールが来た。すっかり憔悴しきっていた。

アスガルド最強の雷神らしくもない有様である。だが、無理もない。単純なトールには、あまりにもあれは刺激が強すぎただろう。

自室に案内して、話をする。

これからのことについてだ。

「テュールよ。 貴様は、落ち着いているな……」

「トール殿は、まだ立ち直れぬか」

「ああ。 まさかあのような存在の言葉を、有り難く未来の出来事などと勘違いして、承っていたかと思うと、反吐が出る」

「同意だ」

酒を出すと、トールはがぶ飲みした。風情も何も無い。

だが、今は酔うことも必要だ。

トールには、今のうちに話しておいた方が良いだろう。だから、いきなり核心から切り込んだ。

「我々も、死ぬとみて良いでしょうな」

「貴様は達観しているな。 俺様は、死にたくない。 どうして、このような理不尽で、先代と同じように死ななければならないんだ」

トールも、代替わりしている存在である事は、うすうす分かっていた。

だが、実際真相を見せられてしまうと、吐き気さえ覚える。オーディンはあのような闇と、ずっと向き合ってきたのだ。

それは、性格も歪む。

イズンが、いつも悲しそうにしている訳である。イズンは闇にむしばまれ、歪んでいくオーディンを、ずっと見てきたのだ。

「私も、易々と殺される気はありません」

「いっそ、逃げてしまおうか」

「どこへです。 ミズガルドの外に出ても、ヨトゥンヘイムにつくだけ。 世界の壁の外に出ても、其処はおそらく、ムスペルへイムでしょう」

「万が一にも、逃れる場所など、ないか。 いっそ酒だけかっ喰らって、何にも分からんうちに、死んじまいたいもんだ」

豪放なトールが、こうも情けないことを口にしているのである。

あの光景が、どれだけ衝撃的なものであったのか。この事だけでも、明らかだ。テュール自身だって、記憶から消して忘れてしまいたいほどなのである。

「なあ、テュール。 貴様は、どうしたい」

「武神として、最後まであり続けるつもりです」

「全て無意味になるとしてもか」

「無意味にはさせません。 悔しい話ではありますが、巨神達も、おそらく根源的な意図は同じでありましょう」

しかし、巨神と協力することは出来ない。

手を結ぶには、アース神族とヴァン神族は、あまりにも根深い憎悪を積み重ね過ぎたのだ。

ひょっとしたら、手を結ぶことを、考えられるものもいるかも知れない。

だが、大多数のヴァン神族は、それを拒否するはずだ。

そもそも今のヴァン神族は、あの泉で見た事を考えると、おそらくいにしえの種族と半融合しているとみていい。

もはや其処に、世界の覇者たる存在になり得る資格は無い。

「誰にも話せねえってのは、こうもつらいことなんだな。 知ることで事態の打開どころか、より深みにはまっちまうとは」

「今は、全てを少しでも遅らせるほかありますまい」

「遅らせてどうなる。 何もかも、どうせほろぼされるだけだろ」

トールは酒杯を使わず、酒瓶を口に付けて、直接飲み始めている。

文字通りの蟒蛇だ。

確かに、今回の破滅は、解決策がない。

ヴァン神族との勢力争いや、それ以前にあったという、巨人との戦いとは根本的に意味が違っているのだ。

世界が、滅ぶ。

否、終わる。それを、テュールは目撃してしまった。

しかも、それは避けることが出来ない。時間を巻き戻して遙か昔に戻ったとしても、回避できるかどうか。

「神々の中でも、若い者達は。 世界が敵になっても、目の敵にはされない可能性があります」

「フレイにフレイヤ、俺の息子共や、ワルキューレの若い奴ら、思いつきそうなのは他にもいるな」

「それに、種としての人間も、上手くすれば破滅を逃れられるかも知れません」

トールが、手を虚空にさまよわせる。

別の酒瓶を探しているのだと気付いて、手渡してやる。

もしも、これからテュールに出来る事があるとすれば。たとえ、アース神族は滅びても、世界そのものの終わりを避けること。

「若い連中のために、お前は死ねるってのか?」

「すぐには心の整理がつかないでしょう。 ましてや、あの光景を見てしまうと、なおさらです」

「分かってる! あんなものを見て、平静で……いろっていうのか! 畜生、いくらなんでも、ありえないんだよ!」

トールが吐き捨て、瓶を再び口に付けて、酒を飲み始めた。

かなり強い酒なのだが、トールは底なしだ。がぶがぶと豪快に音を立てて、飲み干してしまう。

「だが、貴様の言うことも一理あるな。 ……すまなかった。 俺様は屋敷に戻って、今日は寝ることにする。 目が覚めれば、少しは気分も変わるだろ」

「それがよろしいでしょう。 私も正気を取り戻すまで、随分時間が掛かりましたから」

「……フン」

トールは酔っ払ったまま席を立つと、大股で屋敷に向けて戻っていった。

トールの息子達はまだ若々しいだけではなく、アスガルドでもミョルニルを使える数少ない神だ。実力は父にはとうてい及ばないが、それでもフレイやフレイヤと共闘させれば、相当な戦力になる可能性が高い。

いずれ、直接話をする必要があるだろう。

捨て石にしてしまってはならない。世界と戦うために捨て石になるのは、今アスガルドを支配している神々の仕事なのだ。

テュールは剣の修行をした後、自室で書き物をはじめる。

遺書だ。

泉で見た事を、記すわけにはいかない。記すだけで、あれは危険だ。

あのおぞましき記憶は、冥界まで持っていく。

フレイには、なんとしても生き延びて欲しい。可能であれば、人間達も守り抜いて欲しい。

出来る事が決まってしまったテュールには。この手紙を書くことが、最後の抵抗となっていた。

酒の強い臭いが残っている。

トールの怒りと悲しみのようだと、テュールは思った。

手紙を書き終えると、金庫にしまう。そして使用人を呼び出すと、いざというときには出して、フレイに届けるように指示をした。

後はもう、テュールに出来る事はない。

剣を振るうことだけ。

それだけが、武神に残されたことだった。

 

2、強襲する戦艦

 

フレイが到着すると、ブルグント、ゴート連合の本隊は、着実に進撃を続けていた。途中、巨神の斥候を何度か見かけたようだが、本格的な衝突には至っていないという。ただ、負傷者も多く、どうしても進軍速度はこれ以上は上げられないとも言っていた。

馬に跨がったまま、指揮を執るグンター王。

跨がっている馬は、おそらく乗り慣れたものなのだろう。決して駿馬とは言えず、むしろ年老いた馬だが。グンター王の事を信頼した、よい軍馬である事が一目で分かる。ただ、基本的に、グンターは軍の中心にいて、大まかな指示だけを出している。

徒歩で進みながら、サラマンデルの動きを確認し、細かい指示を出しているアルヴィルダ姫は、指揮官としては真逆だ。

フレイが見たところ、グンターは総司令官としては適しているが、前線での指揮はそろそろ無理が出始めている。

これに対してアルヴィルダは、前線の指揮官としては優秀だが、総司令官としては若干視野が狭い。

若さと老練というのは、勿論あるだろう。

だが、この二人は、根本的に指揮官としてのタイプが違うのだ。

全軍を一通りみて回る。

不満そうに行軍していたブリュンヒルデは、中軍から後衛に、エインヘリアルを散らしていた。

遙か後方での山岳地帯は、ブルグントの騎士団長ハーゲンが、堅陣を敷いて敵の別働隊を防いでくれている。五万の巨神を一万の兵で防ぐのは、苦労が大きいだろう。可能な限り急いで、封印の中に潜む何者かを斃さなければならない。

ブリュンヒルデは、フレイが来ると、不満をぶちまける。

彼女は優れた戦士だが、不平不満が多いのが欠点か。ただし、自分に甘いことはなく、誰にでも公平に厳しい。

「巨神共を蹴散らせず、このような護衛任務をしているのは苦痛です。 むしろフルングニルが此方に主力を向けてこないものか」

「戦略的にあり得る事ではない」

「それは分かっています。 ただ、このままでは、フルングニルの思うままに戦況が推移しましょう」

「その事なのだが、どうもおかしいのだ」

封印のことについても、丁度良い機会だ。話しておく。

ブリュンヒルデは話を聞くと、少し考え込んだ。

何か、思い当たる節があるのかも知れない。

「封じられているのは、ロキではない……」

「少なくとも、何か違和感を生じているのは確かだ。 ロキとは、其処まで超絶的な猛者であったのだろうか」

「何とも言えませんが……」

今更アスガルドに戻れないので、資料はあされない。

かといって、テュールに書状を書くのも失礼に当たるだろう。

「しかし、巨神がフルングニルを含む精鋭を向かわせてきているのも事実です。 巨神にとって、極めて利益になる存在が、封印されている。 それは確かでありましょう」

「その通りだ」

「ならば、敵を全て蹴散らし、再封印がならないというのなら、封じられていた者も叩き潰すだけ。 簡単な理屈です」

それもまた、事実だ。

しばらく進軍していると、伝令が来た。

偵察に彼方此方に派遣されている騎馬隊の兵士だ。血相を変えて、グンターのいる中軍に向かっていた。

何か起きたとみて良いだろう。

「警戒度を上げろ!」

ブリュンヒルデが、エインヘリアル達に苛立ち紛れの指示を出す。

よほどに不快感が溜まっているらしい。申し訳のないことだが、もう少し我慢してもらう他ない。

「グンターの指揮は見事だ。 ブリュンヒルデも、不満はないだろう」

「確かに、人間としては見事な域に入ります。 しかし私はこれでも神たる身。 軍を率いて、指揮下に入るなど、不快極まりません」

「今は、そのようなことを言っている場合では無い。 巨神の勢力は強大だ。 神も人も、協力して当たらなければならぬ。 アスガルドが及び腰である以上、せめて我々だけでも、だ。 我慢して貰えるか」

「フレイ様にそう言われてしまえば、仕方ありませんな」

素直に頷くブリュンヒルデ。もっとも、フレイヤが同じ事を言ったら、話を聞いたかどうか。妹とブリュンヒルデの間にある歴然たる壁は、フレイにとっても悩みの種であった。

程なく、伝令が来た。移動しながら、軍議を行うらしい。

すぐに、前衛へ。丁度良い機会なので、中軍と後衛はそのまま前進して伸びた陣列を立て直し、前衛でその間に軍議を行うのだとか。

確かに、封印までは、これだとまだかなり掛かる。

サラマンデルを牽引しながらなのだから、当然だとも言えるが。

軍議の席では、青ざめた指揮官達が雁首を並べていた。この様子だと、よほどの事が起きたと見える。

フレイが来ると、早速グンターが咳払いした。

「神よ。 非常にまずい事となった」

「何が起きた」

「敵の空飛ぶ船、ナグルファルが単独で南下を開始した。 おそらく、ブルグント首都を攻略するつもりだろう」

ブリュンヒルデが、冷たい目でグンターを見る。

放置しろ、とでもいうつもりだろう。

しかもこれは、戦略的にはかなり見え透いている。

ナグルファルを撃墜することは、人間の軍勢には不可能だ。士気を保つためにも、フレイとフレイヤが出ざるを得ない。

オーディンが協力してくれれば、おそらく単独で飛行しているナグルファルを撃墜することは難しくない。オーディンの伝説的な神の武具、必殺必中の槍グングニルの力があれば、ナグルファルとてひとたまりもないだろうからだ。

逆に言えば、巨神族は見切りを付けた可能性が高い。

この時点では、オーディンは介入を絶対にしてこないと。

「ブリュンヒルデ」

「何か」

「私は今から、ナグルファルを迎え撃つべく、南に向かう」

「正気ですか」

ブリュンヒルデは極めて不快そうだ。

敵にして見れば、当然の一手。神の視点から見れば、人間の街など、それこそどうなろうと構わない。

だが、ブリュンヒルデも、現状の戦力では巨神の相手をするのが厳しいことは理解しているはずだ。説得すると、渋々ながら、納得してくれた。

グンター王に、フレイヤへの伝令を頼む。

勿論これは、フレイとフレイヤを引き離すための罠だ。フルングニルはこれを好機にと、総攻撃を仕掛けてくるだろう。ナグルファルほどの重要な兵器を使い捨てにするのだ。必勝の態勢で来るのは間違いない。

問題は攻撃を仕掛けてくるのが、封印の地点か、それともこの主力部隊か、という事だ。

どちらにも対応できるようにしなければならない。

「サラマンデルを急がせよ。 可能な限りの速度で、封印に向かうのだ」

「分かりました」

アルヴィルダ姫が、すぐに指示を出してくれる。

ブリュンヒルデは、忌々しそうに、それに続いた。

「エインヘリアルは先行。 封印に敵が来るか、此方の本隊に敵が押し寄せるか、見極めた上で苦戦している方に加勢する」

「いずれにしても、主力部隊は封印に急ぐ。 神よ、巨神の恐ろしい兵器の撃退を頼む」

「分かっている」

「全員、可能な限りの速度で進軍せよ! 巨神共が、必ず仕掛けてくる! 先手を打つのだ!」

にわかに、全軍が忙しく動き出す。

フレイは装備を点検すると、一端鷹に姿を変え、空に舞い上がる。

ナグルファルの戦闘力は、かなり高い。

だが、フレイとフレイヤの力が合わされば、必ずや撃墜できるはずだ。本来なら、もう少し、力添えが欲しい。

しかしフルングニルが総力戦を挑んでくるのが、ほぼ確実の状況である。

無いものねだりは、してはいられなかった。

小高い丘で、鷹から人の姿に変わる。

ナグルファルを視認したのは、まもなくだ。この辺りにも人間は街を作っていた。小さな街だが、既に住民は避難して無人である。

これから、この街は焦土と化す。

この街を帰るべき場所としていた民には、申し訳のないことだが。他に方法もない。フレイはオーディンの神殿を見つけると、その屋根に上がる。石造りの頑強な建物だ。隠れるのにも、足がかりにも、丁度良い。

トールの剛弓を引き絞る。

まずは挨拶代わりだ。

ナグルファルには、相当数の巨神も搭載されているはず。そればかりか、遠隔地から援軍を転送する事も出来るはずだ。ナグルファル単独とは言え、油断できる相手ではない。

だが、それは逆に言えば、引きつけて叩くことが出来ると言うことを意味もしている。

いずれどのみち、ナグルファルは落とさなければならなかったのである。

これは、好機だ。

極限まで引き絞ったトールの剛弓。

ナグルファルが、此方には気付いているのかいないのか、無音のまま近づいてきている。フレイは、矢を掴んでいた指を、離した。

轟音と共に、矢がぶっ放される。

ナグルファルの先頭部分に、矢が直撃。砲台が消し飛び、巨大なナグルファルの船体が、激しく揺動した。

「イズン!」

アスガルドに呼びかける。

オーディンの助力は得られないだろう。だから、イズンに知識だけでも借りる。

何度かの交戦で、イズンはナグルファルの解析を進めてくれていた筈である。そろそろ、結果は出ているだろう。

「あの巨大な船を落とすには、どうすればいい。 知恵を貸して欲しい」

ナグルファルの船体についている無数の棘状の砲台から、一斉に光線が発射された。魔術による破壊の光だ。

家々が消し飛ぶ。

必ずしも、光線はフレイを狙っていない。まずは隠れる場所を、全て消し飛ばすつもりなのだろう。

二本目の矢をつがえる。

イズンが、声を掛けてきた。

「フレイよ」

「あの船を、落とすには、どうすればいい」

矢を放つ。

巨大な砲台がまた一つ、消し飛ぶ。ナグルファルの船体にも大きなダメージが入るが、それで見える。

船体の傷が、修復しはじめていた。

以前、生物を元に作り上げた船だと聞いていたが、なるほど。生体兵器だから、修復も出来ると言うことか。しかもかなりの速度だ。

以前、フレイが何度か交戦したとき、ナグルファルは相当な損害を受けていたはず。その時の教訓を元に、船体を強化もしているのだろう。

「ナグルファルの弱点は、腹部の球体です」

「む……あちらか」

「しかし、現在では、貴方の武力であっても、攻撃は届かないでしょう」

「どういうことだ」

弓を、拡散式の矢を放つものに切り替える。

爆発が、町中で起こっていた。住民を巻き込まないで済むのだけが幸いだ。連続して、矢を放つ。小さな砲台を、それで次々に破壊しながら、フレイは更に次の矢を引き絞る。イズンの言葉を待つ。

「ナグルファルの心臓とも言えるあの球体は、強力な魔術結界で守られています。 その発生源となっているのが、装甲によって守られている動力源、死者の爪です」

「死者の爪……」

「元々ナグルファルは、冥界の技術を持って作られた船であったようです。 死者の爪は、邪悪な儀式によって作られた、禍々しい魔力の結晶。 気配は、七つ感じます」

矢を連射しながら、船体の周囲を回る。

家々を確実に破壊しながら、ナグルファルは旋回していた。砲台を片っ端から破壊するが、何しろ数が多い上に、再生もしているようだ。フレイ一人では、埒があかない。

ナグルファルの左右後方には、翼のような分厚い装甲がある。

おそらく、死者の爪があるとすれば、其処だろう。

また、最後尾には、青い筒状の結晶がついていた。あれか。

「排熱があるためか、最後尾の結晶は露出している様子です」

「ならば、まずは一つ!」

動き回っているから、トールの剛弓を使う事は出来ないだろう。

そのまま、拡散式の弓を引き絞る。

ナグルファルの腹部にある球体が光ったのは、その時だった。

球体から、無数のリンドブルムが射出される。内部に格納されていたのか、別の場所にいたのかは分からない。

分かっているのは、フレイが結晶を狙っていることに気付いて、止めに掛かったという事だ。

イズンの言うとおり、あの結晶はナグルファルの弱点とみて、間違いなかった。

走りながら、弓を引き絞り、矢を放つ。

結晶に、矢が突き刺さり、ひびが入っていくのが見えた。どうやら死者の爪とやらにも強力な防御術式がかかっているらしい。だが、突破できないほどではない。鋭い威嚇の声を上げながら、リンドブルムが迫ってくる。

フレイは弓をしまうと、剣を引き抜いた。

一刀で、至近に迫る数体を、まとめて薙ぎ払う。

だが、次から次へと、リンドブルムは召還されているようだ。斬っても斬ってもきりが無い。

そればかりか、リンドブルムの相手をしているうちに、ナグルファルは旋回を終え、結晶は死角に入ってしまった。

砲台から、無数の光線が放たれる。

フレイの至近に、着弾。

周囲が煙に包まれた。好機とばかりに、リンドブルムが大量の火球を浴びせかけてくる。爆炎が、フレイを翻弄した。

「む……!」

後方に逃れながら、フレイは剣を振るい、爆炎の中に飛び込んできたリンドブルムを切り捨てる。

フレイヤが来るまで、これは手出しが出来そうにない。

しかし、ただ待っているというのも、癪だ。

左から右へ回り込みながら、矢をナグルファルに浴びせかける。横殴りに浴びせかける矢が突き刺さる装甲に、傷が増えていく。傷がある程度増えたら、其処に集中して、装甲をたたき割りたい所だが。

追いすがってくるリンドブルムを切り捨て、矢を放つ。

後ろに回り込んだ。恐るべき魔船ナグルファルも、旋回速度は、決して速くない。青く輝くおぞましい結晶に向けて、矢を連射。

結晶の罅が、増えていく。

ナグルファルの腹部に抱えている球体から、また増援が沸いてくる。今度は、スヴァルトヘイムの魔物だ。しかも十や二十ではない。数百という単位で、である。

砲台から放たれる光は、その間も町を破壊し続けている。

このままだと、じり貧になるのは確実だろう。

フレイは一度弓をしまうと、剣を抜き放ち、襲い来るスヴァルトヘイムの魔物に躍りかかった。

そのまま、敵の群れの中に飛び込み、右へ左へ斬って捨てながら、前に進む。

フレイヤが近づいているのが分かる。

「イズン。 フレイヤにも、ナグルファルの説明をして欲しい」

「分かりました。 貴方はどうするつもりなのです」

「もう少し接近し、近距離からあの結晶を狙う」

「無茶をしてはいけませんよ」

元々、フレイの火力では、この巨大な船を落とすには無理がある。だが、フレイヤの負担を少しでも減らすためにも、少しでも敵の戦力を削り取らなければならないのも、また事実なのだ。

斬り、切り捨て、斬り伏せる。

スヴァルトヘイムの魔物が、ひっくり返って動かなくなる。すぐに敵は増援を呼び出してくるだろうが、わずかに出来る隙。

至近に迫ったフレイは、敵の懐に飛び込むことに成功していた。

取り出したのは、槍。

ただの槍ではない。一度に数方向に突きを放ち、圧縮された破壊力の大きい衝撃波を同時に放つことも可能な神の槍だ。

気迫と共に、槍を繰り出す。

旋回して逃れようとするが、フレイの方が対応が早い。

繰り出された槍の一撃が、ついに結晶を打ち砕く。

ナグルファルの悲鳴が聞こえた気がした。だが、ナグルファルも、それ以上は黙っていなかった。

腹部の球体から、無数の影を繰り出してくる。

スヴァルトヘイムの魔物に、リンドブルム。今までの全てをあわせたよりも、数が多いほどだ。

フレイは下がりながら、剣を振るう。

そして、気付く。

既に街は焦土と化しており、逃れる場所など全く無いと。

リンドブルムが火球を吐く。狙うのはフレイだけだから、怒濤と言って良いほどの勢いと数である。

吹き飛ばされ、転がりながら、フレイはまだかと呟いた。

立ち上がると、もう至近に、スヴァルトヘイムの魔物が迫っている。剣を振るって、はさみを振り上げた魔物を切り伏せる。

しかし、もはや周囲は更地も同然。

地形を生かして逃げ回ることは不可能に近い。迫る魔物を切り伏せるフレイが、再び吹き飛ばされる。

死角に回り込んでいたリンドブルムに、火球を浴びせられたのだ。

地面に叩き付けられたフレイに、はさみが振り下ろされる。よってたかって、スヴァルトヘイムの魔物が、襲いかかってきていた。

 

鷹になって飛びながら、フレイヤは嫌な予感を抑えることが出来なかった。

雑兵など、兄がものともするはずがない。

しかし、相手は空を舞う巨大戦艦だ。一筋縄でいく相手ではないだろう。不安は、徐々に大きくなっていく。

爆音が、聞こえてきた。

イズンの声も。

「フレイヤよ、急ぎなさい。 フレイが苦戦しています」

「兄様が」

「とにかく敵の数が多いのです。 一筋縄ではいかない相手です」

「分かりました」

心が燃え上がる。

ナグルファルは、まだ見えない。少し高度を落として、その分加速する。高高度で飛んでいると、敵に見つかる可能性も高くなる。できる限り効果的に、敵を奇襲したいのである。

戦いはきれい事ではない。

戦いに至るまでの過程で、卑怯なことをする気は無い。しかし、実際に戦いになったら、どのような手を用いてでも、敵を倒す。

兄の気配は、まだある。

だが、苦戦しているのは、何となく分かった。

爆発が見えた。

そして、ナグルファルの巨体も。兄との戦いでかなり傷つき、途中イズンに説明された死者の爪を一つ失ってはいるようだが。船体後方にある装甲はまだ健在で、其処に守られている死者の爪は、破られていないと見ていい。

膨大な数の命の気配。

リンドブルムが軽く数百、飛んでいる。

地面には、あのおぞましいスヴァルトヘイムの魔物の姿がある。それも、何百、何千という数だ。

だが逆に言えば、此処でそれだけ敵を引きつければ、戦っている人間達の負担も減るとみて良いだろう。

魔物共が、爆発したように、噴き上げられる。

兄だ。

まだ、健在なのを示してくれた。

フレイヤは地面近くで人型に戻ると、走りながら、精霊の魔弓を引き絞る。

そして、魔弾を、撃ち放った。

ナグルファルには届かない。

しかし、至近で運悪く飛んできたリンドブルムに直撃。一気に周囲のリンドブルムごと、まとめて焼き払った。

ナグルファルそのものも、爆発に煽られて、わずかに態勢を崩す。

好機だ。

もう一矢、つがえる。

精霊の魔弾は、魔力の消耗が大きい。だがナグルファルも、必ずしも無限の戦力を蓄えている訳ではないはずだ。

今の爆発を逃れたリンドブルムが、此方に気付いて、大挙して躍りかかってくる。

だが、横殴りに叩き付けられた矢が、彼らの命を無造作に摘み取った。兄が放った矢による掃射だ。

ナグルファルの健在な砲台から、無数の魔力の光が放たれる。

迫り来る光が、至近に何度も爆発を巻き起こす。

だが、フレイヤは、兄の無事を確認したのだ。

怖いとは、思わない。

矢を放つ。

魔弾が、ナグルファルそのものに着弾し、巨体を激しく揺動させた。

兄の側に辿り着く。兄は剣を杖にして、立ち上がる所だった。

「兄様っ! 無事ですか」

「ああ。 良いタイミングで来てくれた」

既に街は更地と化していた。

ブルグント首都に飛ばれていたら、一体どうなっていたのだろう。ブルグントという国家は、崩壊してしまったこと疑いない。

兄はかなり鎧にダメージを受けていたが、それでもまだ立っている。

此処から、反撃の時間だ。

「まずは、あの両翼を落とす。 其処から、死者の爪を剥がすのだ」

「分かりました」

「私が、お前に近づく魔物を蹴散らす。 フレイヤよ、大威力の攻撃で、敵の装甲をまずたたき割ってくれ」

兄が直接に護衛してくれるという。これほど心強いことはない。

まず、手始めに、辺りに点々としている魔物の死骸に剣を突き立てる。魔力を補充しなければならないからだ。

精霊の魔弾が直撃したナグルファルは、全身から炎を上げているが、落ちてくるほどではない。

ここからが、本番だ。

ナグルファルの腹部球体が光る。

無数の増援が、周囲にわき出した。スヴァルトヘイムの魔物も、リンドブルムも、相当な数がいる。

だが、それも、此処で造り出された存在では無い。何処かにいた戦力が、此処に呼び出されているものだ。

ならば、戦いには大きな意義がある。

狙うは、装甲だ。

ナグルファルの巨体は、フレイヤの火力をフルに展開しても、破壊し尽くすのは難しいだろう。オーディンのグングニルでもあれば話は別だろうが、それでもひょっとすると落とせないかも知れない。

ならば、弱点を突く。

風刃の杖を取り出すと、詠唱して、少しでも魔力の消耗を抑える。

すぐ側で、兄が剣を振るい、弓から矢を放ち、敵を蹴散らしているのが分かる。ならば、大丈夫だ。

此処まで、攻撃は届かない。

詠唱完了。

目を開くと、ナグルファルが、無事な砲の群れを、此方に向けているところだった。

やらせはしない。

風刃の杖から、魔力による圧搾空気の塊を、全力でぶっ放す。

炸裂した破壊の光が、ナグルファルの巨体を揺動させた。装甲が激しく軋むのが見えたが、まだ落ちてこない。

しかし、明らかに分厚い装甲には大きなひびが入り、煙が上がっている。

「兄様!」

「うむ、効いているぞ! もう一撃だ!」

「はい!」

側に兄がいるのだ。これほど頼もしいことはない。

フレイヤは剣を抜くと、飛びかかってきたリンドブルムの頭に突き刺し、地面に押し倒す。

体が軽い気がする。

スヴァルトヘイムの魔物のはさみを紙一重で避けつつ、頭に剣を突き立てる。

魔力を補充すると、再び風刃の杖を構える。緩慢に船体を旋回させているナグルファルだが、やらせない。

第二射を、ぶっ放した。

装甲が、吹っ飛ぶ。ついに、中央の巨大な罅から、左右に引きちぎられ、消し飛ぶ。

そして、破壊の余波で、青い結晶も一つ、打ち砕いていた。

どうやら三つの青い結晶が、装甲の内側に隠されていたらしい。今一つを砕いたから、残りは五つ。

それにしても、あの死者の爪という動力源、どうして露出しているのだろう。

もしや、よほど発熱が酷いのか。あり得る話だ。そうでなければ、内部で厳重に守れば良いのだから。

第三射を浴びせる前に、ナグルファルは旋回を終え、更に増援を多数射出してきている。さっきと殆ど同じほどの数で、しかも気力充分である。リンドブルムは何か興奮剤でも投入されているのか、いつもより遙かに攻撃性が高い。

一カ所にとまっていては、的になるだけだ。

兄が走りながら剣を振るい、迫るスヴァルトヘイムの魔物を切り伏せる。至近、次々リンドブルムの火球が着弾するが、好き勝手にはさせない。氷の杖に切り替えると、制圧射撃を行いながら、隙を見てナグルファルにも魔弾を浴びせる。

装甲は、流石に魔弾では荷が重いか。

「きりがありませんね」

「それだけ、味方が有利になっている」

「兄様、私もそう思います。 しかし、時間を掛けると危険です」

ナグルファルの先頭部分に、巨大な魔力が集中しはじめる。

主砲を放つつもりか。

兄が、無言で前進し、ナグルファルの真下に潜りこむ。

待ち構えていた大量のリンドブルム達が膨大な火球を浴びせてくるが、それがまだマシだった。

後方で、世界の色が消えた。

爆風が吹き付けてくる。これは、これほどの破壊力を、実現できるのか。

流石に吹き飛ばされたフレイヤが、立ち上がる。

辺りには、リンドブルムの死骸が点々としていた。魔力の消耗も、少しずつ酷くなってきている。

兄が、トールの剛弓を構えて、仁王立ちしていた。

銀色の鎧が、彼方此方削り取られている。今の衝撃から、フレイヤを庇ったからだろう。

トールの剛弓が、放たれる。

露出していた死者の爪が、二つともまとめて、消し飛んでいた。

これで残るは三つ。

爆発と同時に、複数のナグルファルの砲台が、沈黙するのが分かった。確実に巨大戦艦は、傷ついてきている。

此処からは、根比べだ。

 

3、滅びの巨船

 

ナグルファルの司令部で、ドラゴンの姿をしたままのファフナーは、頭を抱えていた。

内部は生体兵器らしく有機的で、全ての操作装置が肉で出来ている。しかも異臭を放つものだから、誰も乗りたがらない。

操作は魔術師が行うのだが、ファフナーの配下の魔術師達の間では、ナグルファルは「腐肉船」と呼ばれて、著しく嫌われていた。

前面にある複数の画像投影装置には、大暴れする二柱の神が映し出されている。

死者の爪は、後三つ。

破壊されてしまえば、心臓部を守る防御結界が、消し飛ぶ。

「援軍を呼び出せ!」

「これ以上の援軍を出すと、戦闘中の中央部隊の作戦行動に、支障が出るのでは」

「このままだと、ナグルファルが撃沈される! ひっ!?」

強烈な揺動。

フレイヤが放った魔弾が複数、船を直撃したのだ。再生能力があるから、多分落ちないだろう。

しかし心臓に悪い。

もしも装甲も肉も砕き尽くされれば、此処に破滅的な殺意の炎が乗り込んでくる。

そうなれば、逃げる暇も無く、一巻の終わりだ。

転送装置を用いて、戦闘中の部隊から、援軍を回してもらう。しかし、その時。画面正面に、フルングニルが大写しで現れた。

「ファフナー!」

「ひいっ! フルングニルしゃま!」

恐怖のあまり、語尾をかんでしまった。周囲の魔術師達が、ぷっと噴き出すが、怒鳴りつける暇も無い。

こっちは涙目だ。

たった二柱の神だというのに、どれだけリンドブルムを繰り出しても、スヴァルトヘイムの魔物を呼び出しても、埒があかない。そればかりか、ついに死者の爪は残り三つまで追い込まれてしまった。

「援軍要請だけではなく、戦況の報告をせよ!」

「現在、死者の爪を四つ喪失。 残りにフレイとフレイヤが猛攻を仕掛けてきています」

「何……!」

「よ、余計な事をいうな!」

真実を喋る部下に、涙目のまま叫ぶが、フルングニルの表情を見てファフナーはとまった。殺される。

小便を漏らしそうなファフナーに、フルングニルは言う。

「不利なら不利と、何故言わぬ!」

「す、すみません!」

「もとよりこの作戦は陽動であると分かっておろう! お前のするべき事を、もう一度復唱せよ!」

「フレイとフレイヤを可能な限り引きつけ、フルングニル様のいる所へ、近づけないことですっ!」

必死に叫ぶと、やっと少しだけフルングニルは表情を和らげてくれた。

今、フルングニルは大規模な攻勢を掛けている。

エインヘリアルと人間の主力部隊、それに封印に先行した部隊。その全てに対する一斉攻撃だ。

戦況は、現状で有利とは言いがたい様子。敵はかなり善戦しており、味方は勝ちきれずにいる。

しかし、それでもフルングニルは勝ちつつある。

それもこれも、ファフナーの時間稼ぎがあるからだ。しかし、もしもファフナーが、安易に敗れたりしたら。

確実に、今度こそ。

ころされる。

「ならば、責務を果たせ」

氷より冷たい声で言われて、ファフナーはもう震えることしか出来なかった。尻尾をぱたぱた振って愛想を振りまこうとか考えていたのだが、あのフルングニルの表情では、更にもう一度殴られるのがオチだ。

フルングニルが、一方的に通信を切る。

顔を上げたファフナーは、余計な事を言った部下共をどうしてくれようと思ったが。

映像装置から、フレイとフレイヤの姿が消えているので、それどころではなくなった。元々、部下達はフルングニルの息が掛かっている。どうしようもない相手なのだが。

「い、いったいどうした!? 逃げられたのか?」

それはまずい。

だが、正直な話、逃げてくれた方が嬉しい。彼奴らはとってもおっかないからだ。

しかしながら、フルングニルの甘い幻想は、文字通り真下からも脳天からも打ち砕かれることとなった。

激しく突き上げられる衝撃に、文字通り飛び上がって、しかも頭を天井で打つ。

ねばねばした天井の有機材質に思い切りぶつけて、ファフナーは悶絶した。

「真下からの攻撃です。 装甲を、剥がしにきていると見て良いでしょう」

「し、舌かんだ……」

「すぐに反撃しましょう。 高度を上げつつ、リンドブルムを召還いたします」

「早くし……ろ!?」

がくんとナグルファルの巨体が傾く。

また突き上げだ。しかも、無事だった方の装甲を、本気で剥がしに来ている。船体が傾いたことで、フレイとフレイヤが見えた。今の一撃は、フレイの方であったらしい。巨大な弓を引き絞っている。フレイヤの方は、氷の杖を使って、追いすがるスヴァルトヘイムの魔物とリンドブルムに、制圧射撃を浴びせているようだ。

悲鳴を上げてコンソールにしがみつくファフナー。

船内に、警告音が轟く。

「装甲負荷、九十%を越えます。 ダメージコントロールのため、廃棄せざるを得ません」

「え、援軍は!」

「まだ準備が整っていないようです」

「くそっ! なんだよもうっ!」

裏返った声で叫びながら、ファフナーは見た。

フレイが、矢から指を離す。同時に、装甲を廃棄するどころか、文字通りへし折られ、剥落した。

衝撃も凄まじい。

「死者の爪、露出します」

「ファフナー様」

部下の一柱が、ファフナーに向き直る。

魔術師の中でも、古参の者だ。ファフナーとも年齢はさほど変わらず、古参としてフルングニルからも信頼されている。

要はお目付役のボスである。

「この様子では、死者の爪はもう保ちますまい。 高度を上げては、ますます的になるだけかと思います」

「ど、どうすればいい」

「敵も無傷ではありません。 しかし、逃げ腰のファフナー様と違い、最後まで殴り合う覚悟を決めています。 腹をおくくりください。 負けるにしても、あの二柱の神にそれなりの手傷を負わせれば、充分な時間稼ぎとなりましょう」

そわそわしながら、周囲を見る。

他の魔術師達も、全員賛成のようだ。これは、もしも否とかいえば、その場でフルングニルに報告されて、今度こそ本当に殺されるだろう。

涙が出そうだ。

「わ、わかった」

「船体を降下。 全掃射砲、射撃! 神を生かして、この地から出すな!」

ファフナーの代わりに、老魔術師が指揮を執り始める。

同時に、衝撃と船体へのダメージも、倍加した。

 

轟音と共に、ナグルファルの砲台が、一斉に辺りを薙ぎ払いはじめる。

フレイはフレイヤに死者の爪への攻撃を任せつつも、下がるように言う。一発一発の掃射はさほどの破壊力ではない。

だが、数が多い。

破壊しても破壊しても、きりがない。

迫り来るスヴァルトヘイムの魔物やリンドブルムまで、砲台からの光線が薙ぎ払っている。発狂したかのような、凄まじい火力だ。

「フレイ、フレイヤよ」

イズンだ。

旋回しつつあるナグルファルを追うように走りながら、フレイは話を聞く。

「イズン、何か新しい情報か」

「人間達と巨神族が、北の平原で本格的な会戦を行っています。 戦況は今まではほぼ互角でしたが、フルングニルが前線に出てきたことで、一気に形勢が傾きました」

「フルングニルが前線に……」

「人間の主力部隊は、ロキの封印に向けて、緩慢に後退しつつ反撃していますが、あまり長く時間を掛けると継戦能力を喪失するでしょう。 急ぐのです」

簡単に言ってくれる。

ナグルファルは、まだ三つの死者の爪が健在だ。フレイヤが風刃の杖に魔力をため込みはじめる。

無防備になる妹を庇う。

盾をかざして光線を弾き、迫り来るスヴァルトヘイムの魔物を斬る。

だが、リンドブルム数体が同時に火球を放ち、はじき飛ばされる。其処へ、無数の光線が集中してくる。

とにかく、フレイヤにだけは、手出しをさせるわけにはいかない。

鎧の負荷が、加速度的に増してきている。

しかも、この後はフルングニルとの戦いが控えている可能性がある。フレイヤは、まだか。焦りが、少しずつせり上がってくる。

フレイヤが、風刃の杖から、圧搾された空気を撃ち放った。

死者の爪が、消し飛ぶ。三つとも、薙ぎ払うようにして、フレイヤが打ち砕いたのだ。

ついに、ナグルファルの守りが消える。

腹部に抱えていた巨大な球体の色が、赤から青へと変動した。

だが、敵の火力そのものは健在。

それだけではない。

球体から、大巨神を含む巨神の戦力が、次々とわき出してくる。どうやら、敵も徹底的に殴り合う覚悟を決めたらしい。

膨大な火線が降り注ぐ。

此処からは、全力での殴り合いだ。

何度も吹き飛ばされながらも、フレイは進む。剣を振るい、棍棒を振り上げた巨神を、唐竹に斬り倒す。フレイヤも、魔力の消耗は度外視して、氷の杖から制圧射撃を続け、リンドブルムも、スヴァルトヘイムの魔物も、蹴散らす。

砲台からの斉射が、ますます激しくなる。

「ナグルファルは苦しんでいます。 ため込んだ力を、全て失いつつあります」

「良いだろう、根比べだ」

唸り声を上げながら、巨大な棍棒を、至近で大巨神が振るい上げる。

飛び退こうとするが、一瞬遅れた。

盾をかざして防ぐが、それでも地面にクレーターが出来る。腕に凄まじい衝撃と負荷が来た。腕だけではなく、足腰にも、痛烈な打撃が響く。

フレイヤが、残り少ない魔力を振り絞って、風刃の杖から一撃を放つ。

巨神十体以上が、その砲撃で、吹き飛んだようだ。

顔を上げたフレイは、息が乱れているのを感じた。だが、ナグルファルまでは、もう少しだ。

飛びかかってくる巨神を、斬り伏せ、撃墜する。

落ちた巨神に、フレイヤが剣を突き刺し、魔力を補充したが。その最中に、ナグルファルからの砲撃で、吹き飛ばされる。

もう、フレイもフレイヤも、鎧はぼろぼろだ。

斬る。

吹き飛ばされる。

薙ぎ払う。

光線が直撃し、吹っ飛ぶ。

血みどろの殺し合いの末に、ついに援軍の巨神を、全て片付ける。フレイヤが、満を持して、風刃の杖から、光の一撃をナグルファルの光球に叩き込んだ。

青い光球が、凄まじい軋みと共に、歪む。

元になった生き物の、悲鳴が聞こえるようだ。

「あと少しです」

「分かっている!」

敵も、残存兵力を結集し、全方位から迫ってくる。

フレイヤは息を整えながら、剣を死骸に突き刺し、魔力を少しでも集める。フレイは敵を斬り伏せ、周囲に死骸の山を築き上げながら、それに加勢する。

まだ、風刃の杖の一撃を放つには、少し魔力が足りない。

その分、フレイが頑張らなければならない、という事だ。

フレイヤの真後ろに、リンドブルム。

火球を放とうとする。

フレイが躍りかかり、一瞬早く切り捨てるが、飛び上がったところを、砲台から放たれた無数の光線が直撃した。

地面に叩き付けられる。

立ち上がるが、既に鎧は傷だらけ。神としての力も、限界が近づいている。だが、苦しんでいるのは、ナグルファルも同じだ。

血だらけの手で、フレイヤが風刃の杖を構える。

充分な魔力が溜まったのだ。

させじと、押し寄せてくる魔物共を、右に左にフレイが斬り倒す。たとえ倒れるとしても、フレイヤより後と言うことはあり得ない。

フレイヤが、ついに極太の光の柱を撃ち放つ。

ナグルファルの光球が、消し飛んだ。

それが、とどめとなった。

巨大な船体が傾き、煙を上げながら落下していく。

かって街があった焦土に、ナグルファルは落ちた。そして、フレイが見ている目の前で、大爆発を起こした。

街の残骸に、これでとどめが刺された。残っているのは、クレーターだけである。

敵の残存勢力も、これで消滅したと見ていい。呼吸を整えるフレイ。回復術など、使っている余裕は無い。

「兄様……」

「フレイヤ、行くぞ」

見ていると、笑いがこみ上げてくるほどに、フレイもフレイヤもボロボロだ。

ナグルファルの最後を見届けると、フレイは鷹に変じる。

まっすぐ飛ぶだけで、多大な苦労を要した。これから、フルングニルと戦わなければならないかと思うと、気が重い。

だが、それでも。

やらなければならない。重要な戦力を、敵は失った。敵がまだ攻勢を続けてくれているのなら、此方に勝機が生じる。

 

墜落寸前に脱出したファフナーは、部下達と共に、呆然と炎上する巨船の残骸を見ていた。

信じられない。

あれをたった二柱で撃墜するなんて。

戦略上の目的は、果たすことが出来た。

しかし、フルングニルに殺されずに済むという安堵より先に、どうしても恐怖の方がわき上がってきてしまう。

あんな事を出来る奴と、戦わなければならないのか。

フルングニルから通信が来た。部下が魔術で、映像を造り出す。

不愉快そうに、フルングニルは此方を見ていた。

「ナグルファルが、撃墜されたようだな」

「す、すみません。 その……」

「戦略上の目的は果たした。 一度戻ってこい。 此方は後一押ししてから、一度敵と距離を取る」

フルングニルの目的は、補給線の遮断。敵主力への、打撃の拡大。

既に敵の主力は、潰走を防ぐのがやっとの状態だという。ナグルファルは失ったが、戦は此方の勝ちだ。フルングニルはそう断言した。しかし、一安心とはいかない。

「あの神共は、削りましたが、無事です」

「それでいい」

「え……?」

「神の傷は、人間のものとは違う。 回復が出来る魔術の使い手もいるにはいるが、すぐにはなおらん。 次の大攻勢で、人間共の軍勢もろとも、けりを付ける」

負傷した神を戻したことは、フルングニルの計算のうちだそうだ。

人間共の前で、希望となっている二柱の神を斃せば、その敗勢は決定的になる。もはや、敵に抵抗の意思はなくなるだろう。

今まで、人間の抵抗に、散々手を焼かされたフルングニルは、こういった所でも完全を帰したいのだと言う。

何だか不安だ。

確かにフルングニルは強い。神共は傷ついている。

しかし、もしもフルングニルが負けたら。

むしろ、此方の敗勢が、決定的になってしまうのではないのだろうか。

だが、怖くて、そのようなことはとても口には出せなかった。

通信がきれたので、一度戻る。

人間の軍勢は、かろうじて秩序を保ったまま、合流を果たした。つまり、遊撃の敵部隊に襲われる畏れはない。

それでも、フレイとフレイヤに捕捉されたら、どのようなことになるか。

あの恐ろしい光を放つ杖に狙われたら、生きて逃げられる自信など、とてもない。しばらく無心を装い、だがその実必死に飛び続けて、ようやくフルングニルの元に辿り着いたのは、夕刻のことだった。

驚いたのは、味方にもかなりの損害が生じていたことだ。

サラマンデルとか言う新兵器に、相当に手を焼かされたらしい。フルングニル自身も、火傷を負っていた。既に回復しつつあったが。

陣はかなり前進を果たしていた。

封印までは、もうすぐ側である。敵は必死に防衛線を構築しようとしているようだが、蹴散らすことは不可能ではないだろうと、ファフナーも思う。

「もう少し、削っておきたいところだ」

フルングニルが、胡座を掻いて座ったまま、ファフナーを見る。

とてつもなく嫌な予感がした。

 

傷だらけのフレイが帰還すると、ブルグント、ゴートの連合軍は、手酷く痛めつけられていた。

どうにか潰走は防いだようだが、ロキの封印の側で再集結を果たすので精一杯だった様子である。

サラマンデルも、相当に傷が増えている。完全破壊された機体はなかったようだが、鈍足が禍して、撤退時に余計な苦労が増えたようだ。

何とか、三万程度の戦力が、封印の周囲に展開を終えた。

だが補給路は切断され、負傷者も相当に増えている。アネットが回復術を使って、今けが人を直して廻っているようだが、次の侵攻までにはとても間に合わないだろう。

エインヘリアルは、四千を割り込んでいた。

フレイが出向くと、最初に出迎えてくれたのは、シグムンドだった。

「無事で戻ったか。 何よりだ」

「苦しい戦いであったようだな」

「お前もな。 あのでかい船は?」

「落として来た」

指を鳴らして、一端鎧を、戦闘用のものから儀礼用のものに切り替える。

見かけは同じだが、此方は防御力が存在しない。儀礼用はそもそも、オーディンの暗殺を防ぐために、見かけだけは立派な鎧を周囲がつける、という目的で作られたのだ。オーディンを殺せる可能性があるのは、上位の神。いい加減な防御力でオーディンに挑むのは自殺行為であり、充分に暗殺の抑止力になる。同じような理由で、正式な儀式の時には、トールやテュールも儀礼的な武具を身につけているという。

フレイヤも、一度休むといって席を外した。

魔力の消耗が凄まじく、しばらくは歩けないほどのダメージを受けていたのだ。フレイは何も言わず、妹が行くのを見送った。

「流石だな」

「いや、もう少し早く船を落としていれば、此方に加勢も出来たのだが」

「それなんだがな……」

途中で、敵が不意に追撃を止めたのだという。

おそらく、船が落ちたことは、敵の方が早く気付いたのだと、シグムンドは言った。ならば、思ったよりは、味方の撤退に貢献できたのかも知れない。

ブリュンヒルデが来た。

彼女もかなりの激戦の中にいたらしく、鎧に大きな傷が幾つもついていた。

戦況について、確認する。

「最初、攻撃を受けたのは、エインヘリアルの精鋭でした」

「何……?」

「おそらく、遊軍として動く事を、フルングニルに読まれていたのだと思います。 圧倒的な数の軍勢による猛攻で、ブルグント軍とゴート軍が駆けつけなければ、全滅していた可能性が高いと思います」

ブリュンヒルデは、少し人間を見直したと言った。

だが、急に駆けつけた事で、陣営が横に長く伸びた。エインヘリアルの精鋭は全滅を免れたが、そこからが地獄だったという。

全面攻撃が、全戦線で開始されたというのだ。

数にものをいわせた全面攻撃で、しかも側面を突かれた形になった。急を聞いて駆けつけたシグムンド達が奮戦したが、それでも支えきれず、主力は後退。シグムンド達は包囲された味方を救うために彼方此方を奔走し、夕方近くまで戦い続けたのだとか。

ヘルギが寝かされている。

あの頑丈な男が、である。巨神の棍棒に吹き飛ばされたのだとか。どうにか命は取り留めたが、アネットが回復術を掛けた今も、まだ目を覚ましていない。

急あしらえの櫓の上には、アルヴィルダ姫がいる。

無事だった近衛の兵士達と共に、最前線で体を張るつもりだ。サラマンデルは、後方で補修が続けられていた。この様子では、半分も稼働するかどうか。サラマンデルを直している者の中には、まだ少年と言って良い子供もいるようだ。アルヴィルダは技術のみを見て、当人の経歴などは重視しないらしいと、シグムンドが教えてくれた。

将としては立派だが、それでは貴族や国の上層にいる者達と、軋轢があるかも知れない。

グンター王は、兵の再編成に大わらわだ。

シグムンドとブリュンヒルデと共にフレイが行くと、安心したように肩を落とした。

「神よ、敵の巨大船を落としたと聞いた」

「ああ。 王都が急襲を受ける可能性は、これで消えた」

「そうか。 兵士達は、多少は安心できるだろう」

ただし、輸送路が切れてしまったと、グンターは嘆く。

今、輸送経路を再構築中だが、勢力圏を通るにはぐっと南を迂回するしかないという。ハーゲンの部隊とは、連絡が取れている。まだ敵の別働隊五万と、にらみ合っている最中だそうだ。

「このままだと、長期戦は厳しいだろう。 戦塔で物資はそれなりに運んできてはいるが、それにも限界がある」

「どれくらいは保つ」

「二週間という所だ。 この高地にも物資が補給できる街はあったのだが」

それは、先ほどの戦いで、文字通り灰燼と帰してしまった。

最悪の場合は、撤退するしか無い。

封印を解いて怪物が出てきたとして、それを斃せるとする。最悪は、その後も巨神族が戦意を失わず、戦いを止めない場合だ。

ハーゲンの部隊と合流して、どうにか其処から逃げるしか無い。

潰走状態になったら、この高地から逃れる術など無いだろう。文字通り蟻を潰すようにして、巨神共に叩き潰されてしまう。

「いざというときの撤退路についても、今調べさせておる」

「南へ抜ける方法は」

「不安定な火山地帯が広がっていて、足を踏み入れた者は、一人も生きて帰っておらん」

シグムンドは南の脅威を知らないらしい。そして、グンターが言うそれはおそらく違う。

実は、此処の南はアスガルドへ徒歩で行ける数少ないルートだ。

そのため、アスガルドが配置したガーディアンが多数存在していて、しかも魔術で光景を誤魔化している。

足を踏み入れた者達の末路は明らかだった。

そういったガーディアンを戦力化することは難しい。単純な命令しか聞かないし、その上命令の上書きが出来ないのだ。

「南はやめておいた方が良いだろう」

「そうなると、高原の南端を通って、西に抜けるほかあるまい。 今からの補給路構築は、とても間に合うまいな」

状況は極めて悪い。

フレイは話を一通り聞き終えると、天幕の中に入って休む。

鎧が回復するまで、丸一日は掛かるとみて良いだろう。

幸い、この封印周囲は、守りやすい地形だ。同時に脱出しづらい地形でもある。もしもフルングニルだったら、どうするか。

フレイがフルングニルだったら、持久戦を選ぶ。

斥候を順番にけしかけて、敵の疲弊を誘いながら、最終的に全面攻撃を仕掛ける。ただしその場合、フレイとフレイヤが、既に回復している。

つまり次の手は。

フレイとフレイヤを、必殺の態勢で仕留めに来るはずだ。

方法はどうするだろう。しばらく横になっていると、ふと視線を感じた。

ウルズだ。

氷のように冷たい目で、此方を見下ろしている。ヘルギはどうしたと言おうと思ったのだが。

そういえば、今ヘルギは、まだ目を覚ましていない。

「どうした。 何かあったのか」

「封印が、まもなく破れる」

「何……」

「中から現れるのは、巨神と巨人、共通の始祖だ」

何だそれは。

ロキでは、ないのか。

「ロキでもある」

「ロキでもある、だと? お前は……一体」

「私は、既に命尽きたこの体を借りているに過ぎない。 お前達アース神族とヴァン神族、自分たちを世界の主役と思い込んでいる者達のせいだ。 この世界はまもなく滅びるだろう。 だが、私はそれを由としなかった。 滅びを回避するために、わずかながら介入を続けてきた」

アース神族とヴァン神族は世界の主役ではない。

それは、一体どういうことだ。神々は、必ずしも世界の絶対者では無いと言うことか。

分からない事が多すぎる。分かっているのは、この何者か。ウルズと名乗る存在が、今までぴたりぴたりと、予言を的中させてきた、という事だ。

心が壊れてしまった子供の戯れ言と言うには、あまりにも笑い飛ばせない条件が、整いすぎていた。

「一体何が起きる」

「それは教えられない。 だが、一つはっきりしている事を告げてやろう。 お前達の戦いは、実を結ばない」

気付くと、もう其処にウルズはいなかった。

神の視界から、どうやって逃れた。ウルズはどこに行ったと、天幕を出て聞いて廻ると、寝ていると返事があった。

確かに、寝ている。

ならば、一体今の化け物は、何者だ。

まだ、鎧の回復は充分ではない。

フレイは空を見上げると、もう一度思った。

今の化け物は、神々であるはずのフレイにさえ、理解に及ばない存在だった。だとすれば、一体何者なのだろう。

そういえば、少し前から、テュールの様子がおかしいのに、フレイは気付いていた。

手紙でのやりとりはしているのだが、若干よそよそしくなったのだ。以前はオーディンの弱腰を嘆いていたし、兵をどうにかして工面するとも言っていた。

だが、此処最近、兵の事を、ぱたりと口にしなくなったのだ。

何かが起きたのではないかと思っていた。

しかし、この大事な時期に代替わりはないだろう。つまり、テュールは、何かを知ってしまったのだ。

ウルズを起こして話を聞くわけにも行かない。

フレイがフルングニルの立場なら、明日にはもう攻撃を仕掛けてくるはずだ。

頭を振って雑念を払うと、天幕に戻って、休憩する。

鎧の回復に全力を注ぐ方が良いだろう。明日はおそらく、フルングニルがピンポイントで、フレイを狙ってくるだろうから。

 

早朝。

フレイは既に起き出して、鎧の状態を確認していた。

体の方は、さほど悪くは無い。

鎧は、通常時の半分という所だ。フレイヤも起き出している。魔力の消耗が、まだ回復しきっていない。

防衛線の、一番外側に出る。

アルヴィルダは起き出していて、既に柵の外をにらみつけていた。無事なサラマンデルも並べられているが、数は半減していた。

敵の軍勢が来ている。

前衛にスヴァルトヘイムの魔物を配置し、その上空にリンドブルムの群れ。そして後ろに、数え切れないほどの巨神族。

昨日聞いたが、敵が此方前面に展開している戦力だけでも、十万を超えているという。それも、巨神族だけで、だ。

「フレイ、フレイヤよ。 起きたか。 昨日は奮戦であったと聞いている」

「まだ回復し切れてはいない。 敵の様子は」

「手加減をする気も、油断も、ないようだな」

アルヴィルダはそれでこそ我が敵手に相応しいと、不敵な笑みを浮かべる。

敵は兵種を分けることがなく、スヴァルトヘイムの魔物を最前衛に、空からリンドブルムが、露払いを終えた後に巨神が、怒濤のように攻めこんでくると言う。

そして、騎兵だ。

「昨日の戦いでは、長く伸びきった陣列を、何度もあの忌々しい騎兵に蹂躙され、大きな被害を出した。 対策が分かっていても、対応しきれなかったわ」

いまいましげに、アルヴィルダが吐き捨てた。

実際、彼女の周囲にいる、黄金作りの鎧を着た近衛も、数が減っている。ほぼ徹夜で回復術を掛けて廻っていたアネットだったが、とても手は足りないだろう。

「兄様、私は後方で、アネットを手伝ってきます」

「いや、フレイヤ。 そなたは此処に残り、敵に睨みを利かせて欲しい」

「アルヴィルダ、どういうことです」

「妾がフルングニルであれば、今日中にそなたら兄妹と決着を付けようと考えるだろうからだ」

爆発音。

前線の一部、馬防柵が吹っ飛ぶ。

すぐ側にいたサラマンデルが全力での火焔を叩き付けたが、空間を渡って現れた巨影は面倒くさそうに巨大な斧で、炎ごとサラマンデルを切り払っていた。

冗談のように、巨大なサラマンデルが吹き飛ばされ、横転する。

大巨神でも、此処までの事は出来ない。

巨神族でも最強の猛者、フルングニルは、ゆっくりと首を回す。そして、慌てふためく人間どもを、睥睨する。

さっさと来い。

来なければ、前線を蹂躙し尽くすぞ。

そう、言っているかのようだった。

「きよったか。 サラマンデルをオモチャのように壊しおって! 昨日もあやつだけのために、どれだけの被害を出したことか!」

「私とフレイヤが、あの化け物を引き受ける。 後方に伝令を飛ばし、ブリュンヒルデを呼び出して貰えるか」

「分かった。 全軍戦闘態勢! 敵を押し戻す!」

アルヴィルダが、全軍に呼びかけ、迎撃の態勢を取り始める。

敵軍が、フルングニルに呼応し、動き始めていたからだ。

フレイはフレイヤと共に、走る。

フルングニルが、此方を見た。

奴には、聞きたいことが山のようにある。だが、それも全ては、奴を打ち倒してから考えればいい。

フルングニルが跳ぶ。

そして至近距離に降り立ち、手にしている巨大な斧を振り下ろしてきた。

 

4、決闘フルングニル

 

前線は、既に阿鼻叫喚の巷にある。

フレイが剣を振るうが、フルングニルは既にそこにはいない。残像を抉って飛んだ剣撃は、その後ろにいたスヴァルトヘイムの魔物数体を、遠慮も仮借も無く真っ二つにしていた。

飛び退きつつ、剣を振るう。

斧を、一瞬前までフレイがいた場所に叩き付けてきたフルングニルは、その剣撃を、巨体とは思えない軽やかな動きで飛び退いて見せる。

しかし、空中に出たところで、フレイヤがぶっ放した風刃の杖からの光の柱を、もろに浴びる。

直撃だ。

かなりの距離を吹っ飛び、その途中にいるリンドブルムとスヴァルトヘイムの魔物を多数巻き込みながら、フルングニルは地面に叩き付けられ、何度か横転して、とまった。

フルングニルの左腕は消し飛んでいたが。

とんでも無い速度で再生を開始する。

立ち上がったフルングニルは、再生したばかりの腕を回しながら、ゆうゆうと此方に歩いて来る。

「フルングニルの動きは、私が止める」

「はい。 兄様」

その後のことは、言うまでも無い。

体を張ってでも、フルングニルの動きは、フレイがどうにかして止める。

其処に、フレイヤが、大威力の魔術を叩き込む。

そうすることで、ようやくフルングニルとは互角に渡り合えるだろう。それほどの相手だ。

いきなり、フルングニルが斧を投げつけてきた。

二人とも、左右に分かれて跳ぶ。だが、フルングニルは、瞬時に魔術か何かで斧を手元に引き戻すと、フレイヤの方に躍りかかる。

振り上げた斧。

フレイヤが、氷の杖で斉射を浴びせるが、フルングニルは全身を魔弾に貫かれても、まるで平然としたまま、斧をフレイヤに振り下ろそうとする。

フレイが剣を振るうよりも、早い。

スローモーションに見える、振り下ろされる巨大な斧。

間に合わない。

フレイヤが、逃げようとして、しかし逃げ切れず。斧に潰されそうになる、その瞬間。

横殴りに飛来した紫色の光が、フルングニルの左側の頭に、突き刺さっていた。

フルングニルが思わずのけぞり、飛び退く。

好機と、フレイヤが風刃の杖を撃とうとするが、その時には既に、フルングニルは遠くへ飛び退いていた。

「お待たせしました」

「丁度良いところに来てくれたな」

着地したのは、ブリュンヒルデ。彼女の手には、遠く離れた敵を貫く、神の槍がある。ブリュンヒルデも相当な使い手だ。フルングニルとの戦いでは、必ず力になってくれる。だが、それでも。

顔についた傷をなで回すと、フルングニルは悠然と来る。たかが神が一柱増えた程度では、まるで恐るるにたりないと、その歩調は告げていた。

まだ、この怪物を仕留めるビジョンが、浮かんでこない。

再び、フルングニルが斧を投げつけてくる。

斧は容赦なくリンドブルムやスヴァルトヘイムの魔物を蹴散らしながら飛んできて、地面を激しくえぐり取った。

しかも、フルングニルの手元には、もう新しい斧がある。

跳躍したフルングニルが、凄まじい斬撃を叩き付けてくる。何しろ動きが速すぎて、フレイヤの射撃も間に合わない。

どうにか、盾で防ぐが、めくり挙げるように振り上げられた斧の一撃で、完全に吹き飛ばされ、地面に叩き付けられた。

回復しきっていない鎧が、見る間に消耗していく。

ブリュンヒルデが横殴りに走りながら紫の光を射込むが、フルングニルは気にもしていない。

足や腕についた傷は、即座に修復されている。

あの回復力ならば、確かにブリュンヒルデの槍の光など、気にする必要もないのかも知れない。

巨神の弱点は足だ。

足を潰した後、頭を落とせば死ぬ。

だが、流石に巨神族の勇者。凄まじい機動力でそもそも攻撃を受けない。当たったところで、通用しない。

前回交戦したときは、本当に様子見のつもりだったのだろう。

気がつくと、フルングニルが、上空高々跳躍していた。フレイヤが風刃の杖を向けるが、フルングニルの巨体がかき消える。

空間転送を使ったか。

フレイヤの真後ろ。

ブリュンヒルデも間に合わない。勿論、フレイヤが振り返るより、フルングニルが斧を振り下ろす方が早い。

完全にとまるフレイヤ。

だが、その時。

フレイが、渾身の気迫と共に振るった剣の一撃が、フルングニルを横殴りに抉っていた。

「む……?」

一瞬の、停止。

フルングニルの隙を、フレイヤが見逃さない。風刃の杖の光を、至近からぶっ放す。逃げる暇など、あるわけもない。直撃だ。

吹っ飛ぶフルングニルの巨体。何度か横転して、転がる。

立ち上がったとき。フルングニルの三つある頭のうち、左側のものが無くなっていた。これで、まずは一つだ。フルングニルの全身にある傷は見る間に回復していくが、顔のものだけは消えていない。

更に言うと、さきにブリュンヒルデが付けた傷も、残っていた。

フルングニルは頭を三つ持つ、正確には持っていた巨神だが。それで頭の回転を並列稼働で上げる反面、弱点としてはより大きくなった。そう言うことなのだろう。

「やはり、やりおるな……」

フルングニルは、頭の一つを失ったことなど、まるで意に介する様子が無い。

むしろ、まともに戦える敵が現れたことが、嬉しくて仕方が無い様子だった。何となく、分かるかも知れない。

ヨトゥンヘイムに封じられて、10000年である。

その間、アース神族とヴァン神族は完全に戦闘も交流も途絶していたのだ。フルングニルほどの強者、その腕を振るえる相手がいたとは考えにくい。

強くなりすぎたが故に、その腕は向かう場所もなかったのだろう。

空間転移したフルングニルが、至近に現れる。踏みつぶしに掛かってくる。

フレイが横っ飛びに逃れ、フレイヤが氷の杖からの魔弾を乱射するが、抉ったのは残像だ。空間転移だけでも厄介なのに、それに元からの機動力を混ぜてきている。上空。即応したブリュンヒルデが槍からの光で迎撃するが、事もあろうにそれを斧を振るって軽々弾くと、また空間転移。空中を何度も空間転移で渡ると、落ちる速度はそのままに、フレイとフレイヤの間に着地。

そして、着地と同時に、横殴りに斧を振るってきた。フレイとフレイヤ、同時に向けてである。

フレイはどうにか避けるが、フレイヤは思い切り吹き飛ばされる。直撃は避けたのに、掠っただけで。

フレイヤの鎧が、もう保たない。フレイも、限界が近い。

他の戦況を気にしている余裕が無い。どうにか猛攻をこらえてもらう他ない。騎兵も凄まじい勢いで走り回っている様子だ。早くフルングニルをどうにかしなければ、前線が崩壊する。

高笑いしながら、フルングニルが、斧を連続で振り下ろしてくる。

スヴァルトヘイムの魔物がそれに巻き込まれて、瞬時にミンチになるが、気にしていない様子だ。

アレに巻き込まれたら、終わりだ。

ブリュンヒルデがいない。

気付くと。ブリュンヒルデは、フルングニルの至近に跳躍していた。そして、槍から、最大出力で、光を打ち込む。

フルングニルの右側の顔に、大きな傷がつく。

即応したフルングニルが、腕を払って、避けようがないブリュンヒルデを吹き飛ばすが、その瞬間。

フレイも、剣を振り下ろしていた。

一刀両断。

フルングニルの右側の顔が唐竹割になり、次の瞬間、膨大な魔力の塊になって蒸発するように消えていった。

これで、残り一つ。

地面に叩き付けられたブリュンヒルデは、動けずにいる。

一度飛び退いたフルングニルは、じっと此方を見つめていたが、不意に斧を投げつけてきた。

しかも、二つ同時。一つは、ブリュンヒルデを明らかに狙っている。

斧に、斬撃を叩き付ける。

一度では、無理だ。二度、三度。回転しながら迫る斧の刃が、妙にゆっくり迫ってくるように感じた。

飛び込んできたヘルギが、ブリュンヒルデを抱えて、走り抜ける。

よし。呟くと、もう一撃。斧を上空に打ち上げる。

至近。フルングニルが、空間転移を利用して、すぐ側に来ていた。まずい。今の一撃で、力の大半を使ってしまっている。

無言のまま、フルングニルが、斧を振り下ろしてきた。

フレイヤも、支援で動ける状態ではない。フレイが見たところ、今飛んできた斧を避けるので、精一杯だったからだ。どうにか、真横に飛び退く。

だが、地面に着弾した斧が、獰猛な衝撃波を生み出し、吹き飛ばされる。

鎧に、致命打が入ったのを感じる。

地面に叩き付けられたフレイは、見上げる。

迫り来るフルングニルを。

斧が、振り上げられる。

永劫に思える一瞬が過ぎ去る。完全に詰みだ。

フルングニルが、斧を振り下ろそうとして、態勢を崩すのが見えた。

足下。

剣を振り抜いているのは、アネットだった。

アネットはまだ未熟だが、手にしている剣は、ブリュンヒルデが愛用して来た神の武具である。

完全に左足首を切り飛ばされたフルングニルは、反射的に斧を振るって、アネットにたたきつけた。

まだ幼いワルキューレが吹っ飛ぶのが見える。

アネットがミンチにならず原形をとどめているのは、おそらく斧が、至近の地面を直撃したからだろう。アネットは、意識が無い様子だが。良くやってくれた。

フレイヤが、杖を向ける。

フレイも、剣を、最後の力で振るう。

二柱の神の力が、巨神族最強の勇者の、残った顔に、叩き付けられる。

鮮血が、ぶちまけられた。

 

渾身の一撃だったが。

フルングニルの顔は、健在。失った足を再生しているフルングニルは。同じく、今の一撃を防ぐために失った右腕から大量の血をばらまきながら、にやりと笑った。

「やりおる……」

フルングニルの、おそらく中枢となっている、真ん中の首は無事だ。

だが、再生が追いついていない。

それだけ、深刻な傷だった、という事だろう。

フルングニルが、まず足を再生してから、大きく飛び退く。それまでも、かなりの時間が掛かっていた。

「見事だ。 次に、決着を付けよう」

何故引いた。

だが、その疑念は、すぐに氷解した。

周囲が、全面的に攻勢を受け、支えきれずに後退を開始している。防衛線は、完全に突破された。

最終防衛線を、事前に作っていた封印周囲の崖に限定するほか無い。

必死に立ち上がろうとするフレイの前に、リンドブルムが来る。その口の中に、炎が集まっているのが、見えた。

もう、動く力もない。

リンドブルムの口の中に、矢が突き刺さる。

墜落する飛龍。

そして、走り来たのは、ラーンとシグムンドだった。

「無事か!」

「生きてはいる。 アネットを」

「任せろ」

他にも兵士達が、ぱらぱらと来る。

フレイヤが、鎧に触るように気をつけてと兵士達に告げていた。不可解そうに眉をひそめたが、兵士は従う。

あれは、潔癖だからではない。

フレイヤに直に触ったら、普通の人間は耐えられないのだ。先代はある程度力をコントロール出来ていたようだが、フレイヤにはまだ其処までの事は出来ない。

アネットを担いで、ラーンが来る。

「今の矢、彼奴が放ったんだ」

「見事な手前だ」

「いずれ、本人に聞かせてやるといい」

シグムンドに肩を借りる。

一番外側の防衛線は、既に放棄。アルヴィルダが指揮を執りながら、必死に防衛線の再構築をしているようだ。

むしろ持ちこたえただけでもたいしたものだろう。

押し戻されている敵の姿が見える。無事なサラマンデルも、奮戦を続けている様子だ。巨神族も、大きな被害をだしながら、暴れ狂っているが。

だが、防衛線は突破できずにいた。

「フルングニルの野郎、自分を勝つための布石として利用しやがったんだな」

「だが、好機でもある」

「ん?」

「フルングニルは、私とフレイヤをそれだけ警戒している、という事だ。 今後はそれで、逆に罠に掛けることが出来るはず」

勿論、フルングニルほどの名将だ。そう簡単に罠に掛けることは出来ないだろう。

それに、フルングニルは頭のうち二つを失った。おそらく、今後はその頭脳にも、制限が掛かってくるはずだ。

スヴァルトヘイムの魔物どもが、地面を埋め尽くして、黒い絨毯になって迫ってくる。

「一端防衛線の中に逃げるぞ」

「ああ。 もう戦う余力は無いんだろう?」

「ブリュンヒルデは」

「無事とは言いがたいが、大丈夫だ」

そういえば、ヘルギがさっき助け出していた。ヘルギは意識を戦いの間に取り戻したのだろう。消耗は手酷いが、これでどうにか逃げ切れる。

柵があり、そちらから必死に手を振っている。

早く来てくれと言っているのだろう。柵際では、サラマンデルが炎をいつでもはけるように、準備を終えている様子だ。

肩を借りながら、必死に歩く。

流石にあのスヴァルトヘイムの魔物の軍勢に追いつかれてしまったら、ひとたまりもなく数の暴力に飲み込まれてしまうだろう。

背後から、凄まじい勢いで迫る魔物の海。

ブリュンヒルデを、柵の内側にヘルギと兵士達が担ぎ入れているのが分かった。抵抗していない様子からして、気絶しているのだろう。

アネットも、フレイヤも、柵の中に。

柵の中が絶対安全というわけではないが、一安心だ。

フレイヤが、柵を越えるのと、サラマンデルが炎を噴き出すのは同時。

荒野が燃え上がる。

兵士達も、一斉に矢を放ちはじめた。

サラマンデルの炎で足を止められたスヴァルトヘイムの魔物達に、容赦なく火矢が降り注ぐ。

「リンドブルム、来ます!」

「ふん、何匹来ようと撃ち落としてやるぜ!」

北の民の戦士達が、奮戦しているのが見えた。

フレイは安心して、防衛線の首尾を皆に任せて、その場を離れることが出来た。

この様子なら、フレイとフレイヤが回復するまで、どうにか時間を稼いでくれるだろう。サラマンデルがある今であれば、大巨神、中巨神に対しても、戦う事が出来るはず。

色々と、気になることはある。

だが、今は。後にも備え、休まなければならなかった。

 

フルングニルは傷ついた体を引きずって、本陣に戻る。

戦況は優位だが、どうしても敵の最終防衛線を突破できずにいた。人間の抵抗が、思った以上に激しいのだ。

これで一気に敵の本陣まで蹂躙できるかと思ったのだが。

フレイとフレイヤ、それにワルキューレは無力化した。少なくとも数日は、前線には出てこないだろう。

フルングニルに関しては、いい。

そもそもフルングニルは総司令官なのであって、自身が戦う立場にはない。前線に出たのも、今回は最強の戦士である自身を切り札として使用する必要があったからだ。体のダメージに関しては、気にする必要は無い。今後大物の神が現れたとしても、物量作戦でつぶせる。

「第二波攻撃、敵の防衛線を突破できず!」

「思ったよりも頑強だな」

「攻撃を続けますか」

「被害を増やしすぎて、敵の攻勢を誘うのも面白くないな。 前衛を入れ替えながら、散発的に攻撃を続けろ。 敵の疲弊を誘う。 攻撃には、主にリンドブルムとスヴァルトヘイムの魔物を用いろ」

人間の士気は高いが、残念ながら彼らの肉体は脆弱だ。

波状攻撃を続けて、疲弊を誘えば良い。スヴァルトヘイムの魔物とリンドブルムであれば、湯水のように投入できる。

そして、最終防衛線を一カ所でも突破できれば。

味方の勝利が確定だ。

丸一日攻撃を続ければ、大丈夫だろう。

一端下がって、治療を受ける。本陣ではファフナーが申し訳なさそうに首を垂れていたが、別に怒る気は無い。別に今回、ファフナーは失敗していないからだ。

魔術師が何名か来て、回復術をかけ始める。フルングニルは、体力だけを回復するようにと指示して、自身は思索にふける。

手足は自力で再生可能だが、落とされた首は、復活しない。これはかなり特殊な魔術を使って無理矢理増やしたもので、生まれついてのものではないのだ。

それに、フルングニルは、戦闘時における切り札を、まだ使っていない。

「フルングニル様」

「どうした」

顔を上げると、解析班の魔術師だった。

何か、嫌な予感がする。

「今、我々が奪取を試みている封印なのですが、妙なことが幾つか分かりました」

「妙なこと、だと?」

「はい。 封印から漏れている魔力を計測したのですが……。 どうやら、アース神族でも、ヴァン神族でもないようなのです」

「何……!?」

あそこにいるのはロキだとすると、今は特性的には、ヴァン神族に近い存在になっているはずだ。

そんな計測結果が、どうして出る。

「それだけではありません。 封印の状態を遠くから観測しましたが、あの様子だと、降り注いだ謎の剣によって、ダメージは内部まで確実に達しています。 本来中にいた存在は、ほぼ確実にそれで死んでいるはずです」

「ならば、漏れ出ている魔力は何だ。 専門家ではない俺にも感じるぞ」

「分かりません。 敢えて近いものを上げるとすれば……」

部下は、巨人と言った。

それも、遙か古い時代の。

フルングニルは、それを聞いて身震いする。

何となくだが。彼処に封印されている存在が、何者か。うっすらと、見当がついたからだ。

確かにそいつは、もし味方するなら、ヴァン神族に荷担するだろう。

だがそれは、おそらくトリックスターであったロキよりもタチが悪い目的で、だ。いや、確かフルングニルが知る限り、ロキはある一線を境に、急に様子がおかしくなった。もしかすると、彼処に「ロキ」が封じられているのは、事実なのかも知れない。

「今の件は、他言無用だ」

「分かりました。 フリム陛下には」

「それだけは伝えておけ。 ひょっとすると……」

俺はこの場で、命を落とすことになるかも知れない。

其処までは、部下に話す必要は無かった。

回復の術を掛けさせながら、フルングニルは、幾つか手を打っておくことにした。何もせずに待つには、今回の件は色々と問題が多すぎる。

ヴァン神族は、本当にラグナロクを勝ち抜けるのか。

そもそも、ラグナロクとは、本当は何なのだろうか。

フルングニルは、ヴァン神族全体のことを考えなければならない立場にある。だからこそに、判明しつつある巨大な闇は、ただ恐ろしい。

可能な限り、それによる被害を軽減しなければならない。

やがて、フルングニルは、思考をまとめた。

やるべき事が、ある。

「回復はもうよい」

「は。 下がります」

「俺の配下の将軍達を呼べ」

一晩攻撃を続けさせたあと、そこで勝負を付ける。

明日が、本当の意味での最終決戦となる。

戦いの終末点は、もはや指呼の距離にまで迫っていた。

 

(続)