太陽は世界を照らす

 

序、それぞれの冒険の終わり

 

王都という呼び名も、もう長くは続かないかも知れない。とにかくアスラアムバートで、あたしは見届ける。

一応晴れ姿のタオとパティ。パティは髪を少し整えただけで、騎士姿で結婚式に出ていた。

非武装のタオとは対照的な姿だ。

パティが学生時代から巫山戯た貴族を叩きのめしてきている事は周知なのだろう。一応結婚式は誰でも入れるようにはなっていたが、同胞の戦士達が目を光らせていた。

結婚式そのものはそれほど長くは続かない。

指輪を交換して、誓いの言葉を述べて、それで終わり。

ヴォルカーさんがタオを家に迎え入れる宣言をして、解散となった。

食事をして、それであたし達も切り上げる事とする。

タオもパティとも此処でお別れだ。

王都まで一緒に戻る最中も、二人は指一本触れなかったようである。本当に生真面目である。

タオはそれこそ結婚なんかどうでもいいだろう。そういう奴だ。だから、パティがその気なら押し倒せば良かったのだけれども。

パティが鋼鉄の意思を持っているのは昔からだ。

まあその分、結婚してからたくさん子供ができそうだなと、あたしは下世話なことを考えたが。

性欲は綺麗になくなった今も、こういう思考は普通にできる。

それはそれとして、人間との接点を持つのには重要だからだ。

立食で軽く二人と話す。

今後の連絡先についてだ。

バレンツを中心に、緊急招集などの合図は決めておく。まあ全員が出られるかは分からないけれども。

フィルフサが滅び、神代の錬金術師も滅び。万象の大典も滅んだ今、世界を即座に脅かす存在はいない。

門が開きっぱなしになっていても、むしろ人間が勝手に侵入して好きかってする事を警戒しなければならない。

そして門の位置も、既に管理区で把握した。

あの動力炉で全て把握できたのだ。

後は一部を除いて全て閉じて。

来るべき時が来るまで、人間には触らせない。

それでいいと、皆が同意した。

今の段階では、人間がオーレン族と仲良くやっていくのは不可能だ。それについては。オーレン族の方ではなく、人間に問題がある。

それをわざわざ言わなくても分かるから、言わない。

それだけだ。

「じゃあ、俺は一人旅と行くよ。 しばらくしたらクーケン島に戻るかもな」

レントが結婚式を抜けると、そう最初に言う。

あたしも頷くと、行ってらっしゃいと手を振って送り出す。

レントは去年はあたし以上のスランプだったが、今ではもはや世界最強の猛者の一人である。

剣術使いとして、パティと死合ったらどっちが勝つのだろうか。

あまり見たくないなと思う。

まあ、その辺の魔物に遅れを取る事もないだろう。

何しろ、空間魔術すら弾いたのだ。

あたしは王都のアトリエに門を作ると、入口を封鎖して、自分以外には入れないようにする。

この中で、それぞれ解散となる。

まずディアンを送っていく。

ディアンはこれから種拾いのナンバーツー。この若さでナンバーツーだ。いずれデアドラさんが験者になって。そしてデアドラさんも隠居したら、円熟したディアンが験者になることになるだろう。

ただ、此処からは組織を回す練習だ。

組織というのは、少人数でも動かせない人間は動かせない。

ディアンはできるのか分からないが。

いずれにしても、これから戦闘よりも色々学ばなければならない可能性が高い。

既にフォウレの里は移転がほぼ終わっている。

今後はウィンドルからの災厄竜風が村をなぎ倒さないように、竜脈からそれた地点に村を構え。

竜脈近くは、危険区域として警戒する方針でフォウレの里は動くと決まったようである。

験者とデアドラさんと話すと、そういう話をされた。

いずれにしても、具体的なプランがあるのは良い事だ。

「そうだ、ディアン。 告げておくことがある」

「なんだデアドラ姉」

デアドラさんは、さらりと言う。

結婚するそうだ。

相手は港町にいる戦士だが、入り婿になって貰う。新しい血を入れるために必要な事らしい。

戦士としての手腕よりも経営の技術を買っているそうで、完全な政略結婚だが。

ただしっかり人物を見て、悪い相手では無いと判断したそうである。

験者が蕩々と告げる。

「験者には数年後にはなってもらう。 子供を孕んだ場合は即座にかな」

「おお、おめでとうデアドラ姉!」

「ああ。 ありがとう」

デアドラさんは必要な事しか喋らず、殆ど笑う事もなかったが。その時だけは、ちょっとだけ笑っていた。

後は、フォウレの里は歩いて行けるはずだ。

問題は侵略性外来種が悪さをすること。

つまり余所から悪い連中がちょっかいを出しに来ることだが。

フォウレの里に、同胞の戦士が一人入る。

それにネメドでも元々数人活動していたらしい。

同胞は各地で犯罪組織とかが大きくなる前に駆除するような仕事もしていたらしく。今までその手の輩が大きな力を持たなかったのも、同胞の助力が大きかったらしい。ならば、安心だ。

ディアンと別れる。

ディアンの背は、結局余り伸びなかったな。

だが、それでも戦士としてはチンピラ同然だった最初から、別人のように成長した。パワーだけならレント以上かも知れない。

「ライザ姉、あんたの強さ、俺はずっとフォウレに語り継ぐよ。 太陽の神の加護を受けた、炎の戦士ってな」

「大げさだな。 でも、ありがとう。 ああ、悪さをしたらその炎の戦士が仕置きに行くって話も追加しておいてね」

「分かってる。 じゃあ、ライザ姉に悪い意味で世話にならないように、俺も努力するよ」

握手して、フォウレを離れる。

次は、ウィンドルだ。

此処でカラさんが離れた。カラさんは、人間の結婚式に興味津々だったが。ウィンドルに戻ると、一気に力が抜けるのが分かった。

あわてて隣でセリさんが支える。

「大丈夫ですか、総長老」

「大典との戦闘付近では寿命の前借りをしておったからな。 皆に不甲斐ない姿は見せたくなかったのだが」

「摂理の範囲でなら治療しますよ」

「ああ、そうしてくれ。 ただわしは、恐らくもう百年と生きぬだろう。 急激に老けていくだろうな」

リラさんとセリさん、それにアンペルさんとクリフォードさんは一旦此処に残る。

なんでもセリさんかリラさん、或いはキロさんのどちらかを次の長老にするかカラさんが悩んでいるらしい。

氏族なんて作った者勝ちだと言う話だ。だからもとの氏族などどうでもいいのだろう。

あたしは咳払いすると、幾つか話はしておく。

「それでは、二人とも、分かってますね」

「ああ、分かっている。 ただアンペルが、結婚を受ける気があまりなさそうでな」

「私はどうしようかしらね。 クリフォードと婚姻するのはそんなに悪い気はしないのだけれども。 気乗りはしないわ」

お互い逆方向で上手く行かないものだな。

苦笑させられる。

カラさんは先に戻る。オーレン族の戦士達に、土産話をするらしい。

さて、フィーだが。

あたしは此処で告げる。

「フィー。 あんたの同族はどうしようも無いから、あたしが一から調合するよ」

結局。

万象の大典にも、フィーの同族の卵はなかった。神代の錬金術師どもが最後の一体まで殺し尽くし、調べ尽くした結果だ。

卵すらも、たまたま残ったものが各地に散った。その一つが、王都近郊の遺跡で感応夢や羅針盤で姿を見た同族だったのだろう。

フィーが恐らく最後の一人だ。

だとすると、もう繁殖はできない。

幸い、フィーの同族の生物的情報は手に入れた。ホムンクルスの技術と同じで、文字通り調合して再生する事ができる。

同じようにして、色々なオーリムの生物を調合していく事になるだろう。

ただ一辺にたくさんを調合するのはなしだ。

少しずつ元に戻る自然に合わせて、調合していく事になる。

フィーは説明を聞いて、頷いていた。

此処で仲間と暮らすことはない。

あたしと一緒にいる。

そういう意思は強いようだった。

「リラさん、セリさん。 長い間、お世話になりました」

「此方こそ、もはや全てで私を越えたお前を見るのは誇りだ」

リラさんがそう言ってくれる。

リラさんに叩き込まれた基礎の基礎は、応用発展となって、あたしの血肉となっている。リラさんがいなければ、もっと早くに死んでいただろう。

「おかげで復興がはかどるわ。 勿論、時々来るのよね」

「ええ。 ウィンドルは特に」

「そう……」

セリさんが、ちょっと含みのある笑みを浮かべる。

この人は物静かだったなずっと。

でも、時々鋭い殺意が篭もっていたし。戦闘でのやり口も容赦が無かった。植物魔術の応用性は高く、戦略的にとても皆の助けになっていた。

アンペルさんが少し疲れ気味だ。

リラさんの事は悪く思っていない。それはあたしだって知っている。恋愛対象であるかは微妙と言うだけだ。

門をもう探し廻る必要もない。

ただ、燃え尽き症候群という奴だろう。それに、アンペルさんは若く見せているが、もう結構な年なのである。

「ライザ、私はしばらく考える事にする。 もう若作りをする必要もない。 それに、ずっと門と戦い続けて来た人生だった。 それも終わってしまった今、何をしたいのか、自分で考えたいんだ」

「良い事だと思います。 ロテスヴァッサの錬金術師達に人生を滅茶苦茶にされて、それからずっと苦しみ続けて来たんです。 十年やそこら、ゆっくりしても誰も文句は言わないでしょう」

「そうだな……。 それでもしも気力ができたら、リラの思いに答えようと思う」

「その時は声を掛けてください。 不幸にならないように、処置をします」

アンペルさん。リラさんと並ぶ、もう一人のあたしの師匠。

すぐにアンペルさんを越えたとあたしを評してくれたが。

錬金術の才能はともかく、人間としてどうだったかは分からない。

クリフォードさんは、これから風羽の戦士達と一緒に各地を巡って、オーレン族の生き残りを探して回るそうである。

それもいいだろう。

この人の勘は、オーレン族すらしのぐのだから。

「神代のカス共の真実を知った今では、遺跡に興味は薄れ始めていてな。 少なくとも各地で潜伏して生きているオーレン族は、みんな助け出しておきたいんだ。 一旦ウィンドルに集まって貰って、其処から再起って形になるんだろうな」

「血を濃くしすぎないためにも、それが必要でしょうね」

「ただそうなるとグリムドルでボオスとキロが上手くやれないかも知れないな」

「どうせキロさんもクリフォードさんと同じで、当面戻れないですよ。 それにボオスだって」

オーレン族の存在自体。

人間が受け入れる訳がない。

そもそも古代クリント王国時代の連中は猿なんて呼んでいたし。

神代の連中に至っては、自分ら以外を全て猿だと思い込んでいた。

今後も、人間はあたしが手を入れなければ代わらない。

何度だって神代の愚行を繰り返す。

ボオスは皆の中で一番苦労するかも知れない。

ただそれは、ボオスの選んだ道。

そしてクリフォードさんも、その次くらいに大変かもしれなかった。

「セリは結局俺の求婚を受けてくれていない。 だが、いずれ了承させてみせるさ」

「情熱的ですね」

「俺はロマンに生きる男だぜ」

「そうでしたね」

少しだけくすりとした。

これでウィンドルを離れる。

壮健なカラさんの記憶は、これで最後になるかも知れない。多分今後は加速度的に老けていくだろう。

あたしのことも忘れてしまうかも知れない。

老いとはそういうものだ。

だが、それが本来の生物の形。

そして、老い切る前に、カラさんはやりきったのである。

続いて、サルドニカに出向く。

此処でフェデリーカとはお別れだ。

フェデリーカは頑張ってくれた。精神的に戦士向きではなかったのに、最後の最後までよくやってくれたと思う。

サルドニカのギルド長二人が出迎えてくれたので、二人にフェデリーカがどれだけ活躍したのか、話を軽くする。

二人とも、喜んでくれていた。

フェデリーカはもう操り人形では無い。

これからは立派に活躍出来る。

多分サルドニカを大いに発展させるだろう。それだけの実績を積んできた。

ただ、どうしても心に影が落ちた。

あれだけの人間の真実を見続けたのだ。それは仕方が無い事なのだろうと、あたしは思う。

ぴかぴかになったサルドニカ。

あたしが工場とか機械とか、全部直したのだから当然だ。

経営も健全化している。

今後はロテスヴァッサ王国が、アーベルハイム国になるのかはよく分からないが。そのパートナーかもっとも有力な経済都市として、活躍していくだろう。それが新たな腐敗を産むだろうが。

金に寄ってくるカスは、全部駆除する。

「ライザさんは、もう完全に外から世界を見ていますね」

「これは仕方がないよ。 人に混じって生きていくのは、もう無理だと判断して良いからね」

「……はい」

悲しそうだが、まあそういうものだ。

フェデリーカは、婚約者でも迎えるつもりらしいが。ただ、自分の子孫を次のギルド長にするかは考えていないらしい。

血統主義の邪悪さを散々見てきた後だ。

全てをエゴの下で独占する思想が血統主義だと分かっただろう。

だから、それでいいのだと思う。

フェデリーカとも別れる。

そして、クーケン島に戻り。そこでボオスとも別れる事になった。

ボオスは冒険に本格参加したのは今回が初めてだが、それまでも後ろで支援を続けてくれていた。

今回の冒険でも調整役をずっと続けてくれていた。

それだけで充分過ぎる程だ。

「しばらくはクーケン島の側に住むんだな」

「うん、そのつもり」

「クラウディアはどうするんだ」

「私は一旦バレンツに戻るよ。 あと、お父さんとお母さんとは数年距離をおいて、アリバイを作るつもり」

そうかと、ボオスがちょっと寂しそうに言う。

理由は簡単。

クラウディアの子供をあたしが調合するからだ。

クラウディア自身はもう子供を産める状態じゃあない。だからそうする。

ただバレンツをずっと支配するつもりかどうかというと、どちらかというと大御所政治をするつもりのようだが。

今後はバレンツを裏側から支配し。

世界の経済を監視しながら、場合によっては同胞と連携して悪を射貫いていく事になるだろう。

皆の中で、唯一あたしと同じ道を選んでくれた。

ただそれだけでも、充分だ。

「ボオスこそ、まずはどうにかキロさんと結婚出来る状態にならないとね」

「父さんにはすぐに婚約者が出来た事は伝えるつもりだ。 ただ、結婚は早くても十年後と告げたら、泡をふいて倒れるかも知れないが」

「周りはどんどん結婚していきそうだけれど、耐えられる?」

「俺は自制心には自信がある。 というか、色々あったからな。 何があっても自制するし、何よりキロさん以外の女には、もう興味も無いよ」

そうか。

それは立派なことだ。

我欲を神聖視する人間は、そういう言葉を聞くと鼻で笑うかも知れない。だが、あたしは。

こういう生き方こそが、いずれ人間を進歩させると思うのだ。

後は、アトリエでクラウディアと軽く相談してから、別れる。

クラウディアとはこれから緊密に連携しながら、世界を変えていくことになる。

あたしは培養槽に行くと、まだ調整が終わったばかりで体力を使い果たして眠っているアインを見やって。

パラメータを確認して、問題ない事を調べておく。

母が常に側で監視しているから問題は無いだろうが。

それでも、やることをやったからには、あたしに全責任がある。

体を治したら、まずは同胞の戦士同伴で、少しずつ他の人間に慣れていく必要があるだろう。

まだ自分で何をしたいかという強い自意識は、アインには宿らないと思う。

武芸を同胞は教え込みたいようだが、それだけが人生じゃない。

アインがどう生きるかを、あたしはこれから、後押ししないといけない。

例え嫌われていてもだ。

それと。

「フィー?」

「ん、分かってる」

コンテナから、フィーの同族の情報を集めた資料を取りだす。

まずはフィーの一族を調合するところからだ。

元々宥めの精と言われるフィーの一族はドラゴンの亜種である。寿命については、それこそ下手するとオーレン族より長いだろう。

情報を精査した限り、卵生ではあるのだが。どう性成熟して卵を産むのかは、実際にみないと分からない。

数を揃えて、それで様子を見るしかないだろう。

それと、これからはウィンドルにたびたび足を運んで、セリさんと相談しながら生態系を復興していく事になる。

各地で生きていたオーレン族の生き残りとも話をして、少しずつ生物を戻していく事になるだろう。

それだけじゃない。

まだまだ世界にある、人が入れない土地。それらの復旧もしなければいけないが。人間はある程度数を抑えておいて、少しずつ品種改良し。それが充分になったら居住地域を増やすか。

考えている事は多い。

パティには悪いが、タオの知恵もかりないといけないだろうな。

ふっとあたしは笑った。

冒険は終わった。

だが、あたしには。

まだまだやる事が、たくさんあるのだと、こう言うときに思い知らされるばかりだった。

 

1、数年後

 

王都に出向く。

既に王都ではないのだったか。

去年、ロテスヴァッサ王国が、正式にロテスヴァッサ国に代わった。それもいずれ、更に名前を変えていくつもりのようだ。

既得権益層を大掃除して、それで今元々あった学園を利用し、政治を行える人間の育成を進めている。

その間ヴォルカーさんが非常に精力的に働いていて、政治を殆ど見ているようだが。

これは三人目を身ごもっているパティの負担を減らすためかも知れない。

タオは彼方此方精力的に調べて周り。

政治のための情報を集め。

ウィンドルでも生態系復活のための調査などもしてくれている。パティもそれに同行することも多い。

それでいながら三人目か。

まあ、二人とも生真面目だし、こうなることは分かりきっていた。

パティも三人目がおなかにいても、体型は殆ど崩れていない。おなかは多少大きくなり始めているが、それだけだ。

ちなみに先の二人はどっちも出来が微妙だという。

血縁で次の世代には権力を渡さない。

パティはそう明言しているらしく。ヴォルカーさんと話に行くと、それを愚痴られる事が時々ある。

今日は、同胞を交えて、アーベルハイム家の面々と話すためにきた。

あたしだけじゃない。

アインもつれて来ている。

アインは培養槽から出られるようになってから、あたしが調整したこともある。みるみる元気になって、今では剣も魔術もある程度使える。

残念ながら錬金術の才能はゼロだが。

それが何の問題になろうか。

あたしにも、少しずつ心を開いてくれているようだが。

内心では反発しているのも分かるのだった。

旧アーベルハイム邸で話す。

メイド長が子供二人を連れて行く。居間で話をするが。すっかり厳しい雰囲気が板についたパティが、衰えが目立ちはじめているヴォルカーさんの仕事を、どんどん肩代わりしているそうだ。

なお子供を産むのは結構現状の医療だと命がけなので。

あたしが薬を渡して、母子共に負担が小さいようにはしている。

軽く世間話をした後。

パティが切り出していた。

「ライザさんは全く姿が代わりませんね」

「寿命がなくなって、成長が止まったからね。 今後はフードとか被って、この姿をクーケン島の住民にはみせないようにするつもりだよ」

「私は、どうやらこのまま国に身を捧げることになりそうです」

「それも生き方だ。 それも誇れるね」

実際、あたしは真似しようとは思わないが、パティの生き方は立派だ。誰にも後ろ指を指す資格は無いだろう。

それどころか、パティがいなければ。いや、これは他の誰もが同じだが。万象の大典で勝つ事はできなかった。

だから、あたしは心底から感謝している。

「ライザくん。 それはそれとして、幾つか問題があってな。 クリフォードとセリが外れたから、手が足りていない。 少しだけ手伝ってくれるか」

「話を聞かせてください」

「うむ……」

とくに目尻の皺が増えているヴォルカーさんに、説明を受ける。

元王都近郊の魔物に随分と苦労しているらしい。

なんでも生活区域を確実に拡大して、今まで都の外に追い出されていた人達も囲い込んで。アスラアムバートそのものの規模を大きくするつもりのようなのだ。

その過程で、今までアンタッチャブルであった地域にも討伐隊を出している。

おなかに子供がいる上に、政務に忙しいパティ。

色々調べごとが多く、彼方此方を飛び回っているタオ。

この二人にはどうしても手が回らず。

レントは既に此処を離れて久しいので。どうしても戦士が足りないらしいのだ。

同胞の戦士は元騎士だのなんか問題にもならないくらい強いそうだが、とにかく手が足りていない。

あたしは頷くと、立ち上がっていた。

すぐに出向いて、処理に行く。

アインは子供達と話したいというので、此処に残していく。パティもアインに対しては好意的で、自ら子供達の所に案内していた。

出来が悪くて国政が任せられないのと、子供として可愛いのは別の問題であるらしい。

それはそれで、しっかり切り替えが出来ていて立派だ。

問題は子供が不相応な野心を抱いた場合だが。

まあその時は、あたしが最悪手を下す。

魔物の駆逐は、難しくも無い。

あれから数年。

更に腕を上げたあたしは、超ド級にも今なら単独で勝てる自信がある。ましてやこの辺りの戦士が苦戦する程度の相手なら、問題にもならない。

出がけの駄賃に全部始末して、現場の戦士達に引き渡す。

腐敗しきっていた騎士制度も根本的に改革したらしく、少しずつ有能な騎士が育ち始めているそうだが。

それでもまだ魔物の相手を最前線でするには厳しいのも現実。

あたしや同胞が。

少しずつ頑張らなければならなかった。

 

アスラアムバートの仕事が終わってから、サルドニカに出向く。

数日は彼方此方を行脚することになる。サルドニカでは、クラウディアと合流する。クラウディアと此処で合流するのには意味がある。

掃除のためである。

第四都市から流れてきた犯罪組織が、近くに来ている。同胞が第四都市で連中を駆除したのだけれども。

生き残りが彼方此方に散って。その中で特に危険な連中が、近くに潜伏したことが分かっているのだ。

サルドニカ担当の同胞も動いているが、それでも駆除が追いついていない。

サルドニカに根を張られる前に、全部片付けなければならない。

だからクラウディアが来ている。

まずはギルド長の邸宅で合流。

フェデリーカは綺麗になったが、硬質の美貌だ。男につけいられないための、処世術として身に付けているようだ。

前は可愛いしなんならとにかく美味しそうなくらい嗜虐心を刺激される容姿だったんだが。

まあそれはいい。

フェデリーカも当事者だ。

軽く話す。

「第四都市の犯罪組織が壊滅した話は既に聞いています。 危険な薬物を売りさばいていた、論外の者達だったとか」

「アンナさん達ももう対策で動いているんだっけ」

「はい。 ただサルドニカ周辺はとにかく未整備な地帯が多く、幾つかの入植地までは手が回っていません。 そういった場所は以前から山師の類が入り込む事が多く、それらによる犯罪が後を絶ちませんでした」

フェデリーカが現実を話してくれる。

勿論同胞も活躍してくれているが、それだけではダメだ。

以前パティが来てくれて、指導してくれたらしいのだが。それでも戦士の質はあまりたかくない。

レントを雇いたいくらいだと、フェデリーカがぼやく。

心に鋼鉄の鎧を作ったみたいだけれど、こう言うときには隙が出来る。

まあ、それをつこうとは思わないが。

「それでクラウディア、どう?」

「うん、もう見つけたよ」

「えっ!?」

フェデリーカが思わず立ち上がる。

クラウディアはにこりと笑うと、音魔術で全て聞き取ったと言質をくれた。

なんでも入り込んだ人数は十人ほど。

やはり新規の入植地の一つに入り込んで、其処の人間を暴力と恐怖で支配しているという。何人か私刑で殺したらしく、住民は怖くて逆らえないのだとか。まあそんな法が及ばない土地で、逆らったら殺される状態では、誰も逆らえなくなる。

ボスらしい人物は狂犬そのものの男で、その上頭もある程度キレる最悪のタイプだ。全てをクラウディアは音魔術から得られる情報で分析し終えていた。

ま、これは生かしておいても無駄か。

「消すよ。 いい? どうせ反省なんかしないし、捕まえておくだけ無駄だよ」

「分かりました。 仕方がないです」

「じゃ、やっちゃおうか」

クラウディアが外にでると、ひょいひょいと路地裏に。身軽に跳んでいく様子を見て、ぎょっとした職人が一瞬だけ見送ったが、フェデリーカとあたしが出ると、すぐに礼をしていた。

あたしに感謝している人間はサルドニカにもまだまだ多い。あれから数年。各地で集めた錆びだらけの機械を騙し騙しつかっていたのを、あたしが全部直した。勿論それを既に忘れているのもいるが、人間はそんな程度だから、別に何も思わない。最初から期待していない。感謝する人間にしても、表向きだけの事もある。

クラウディアのいる路地裏に出向くと、クラウディアは難しい顔をしていた。

「知り合いが揉めてる」

「うん、どういうこと?」

「アスラアムバートにいた義賊の三人組だよ。 極悪人がいるってことで、旅をしている途中に聞きつけて退治に来たんだろうね。 例の狂犬が殺すように指示を出して、三人に一斉に襲いかかった。 反撃してるけど、ちょっと分が悪い。 このままだと殺されるだろうね」

「じゃ、早速」

「うん」

クラウディアが速射。

二秒もしないうちに、カス十匹が即座に串刺しになった。

今のクラウディアは、音魔術と遠距離からの狙撃を極めている。音が遅すぎると時々ぼやいているほどだ。

適当に撃ってもホーミングして獲物を射貫くその矢は。

各地で悪徳や商人、犯罪組織の者を、同胞からも逃げ延びていたような奴も。容赦なく刈り取ってきた。

クラウディアがやっているとは知られていない様子だが。

破落戸の間では、既に死の矢として怖れられているようだ。

「終わったよ」

「すぐに捕り手を出します」

「うん。 あとはそっちで処理してね」

クラウディアに聞かれる。

義賊の三人組の様子を見に行くかと。

あたしは、肩をすくめて首を横に振る。

あの義賊の三人組は立派な人間だ。

いい年をした大人なのに、義賊なんて本気でやっている。それはクリフォードさんの生き方に似ている。

クリフォードさんほどの戦闘力は無いが。人間の本性を散々見ている筈なのに、それでも生き方を変えていないのは凄い事だ。

よく悪も人間の側面だの言って、邪悪が蔓延るのを肯定する輩がいるが。

その結果が神代であり。

その前の混沌の時代の結末だったことを考えると。

そうやってくだらない妥協をする生物である時点で、人間はダメなのだ。

フェデリーカが手配した同胞の戦士と、街の若手の戦士が現場に向かう。まあ首謀者は全部ブッ殺した後だし、その後は任せてしまっていい。

フェデリーカと、もう少しだけ話す。

「サルドニカの発展は上手く行きそう?」

「……もう少し規模が大きくなった所で、一旦引き締めを行おうと思います。 各地で大物の魔物がいなくなってきていますが、だからこそ無闇な拡大政策は避けるつもりです」

「それが正解だろうね」

実際、さっきクラウディアが撃ち抜いたような連中が、入り込んでくる。

ああいう連中は改心だってしないし、どれだけ殺してもなんとも思わない。

それの駆除が追いつかなくなると。

ましてや国家や組織の中枢に入り込んでくると。

全ては終わりだ。

「フェデリーカはとてもしっかりしてきているね。 もうあたしが手伝わなくてもサルドニカは大丈夫そうだ」

「いえ、同胞の戦士達とライザさん、それにバレンツの支援がないと、まだまだとてもダメです。 サルドニカは、これからやっと……という所ですね」

それでいい。

謙虚さを忘れたら人間は終わりだ。

後は少し話して、サルドニカを離れる。

まだまだ、あたしは各地でやる事がある。

 

フォウレの里に出向く。

一緒についてきているのは、同胞の戦士だが。戦闘力よりも、浸透を目的とした戦士である。

つまり、計画は既に始めている。

人間の品種改良計画だ。

ホムンクルスの中に仕込まれている良性。悪逆を行わず、エゴを優先せず、世界のために生きる。

それを他の人間に絶対的要素として浸透させる。

混沌の時代には、これを優性遺伝とか顕性遺伝とか言っていたらしい。例えば金髪と黒髪で混血すると、黒髪の人間の方が生まれやすくなるとかそういうレベルのものは実際にあるそうだ。絶対では無いらしいが。

別に優れている形質が遺伝する訳でもないらしく、それで顕著に出現する遺伝と言う事で、顕性遺伝という言われ方が採用されるようになったそうだが。

実際親と子供の性格が真逆になるのはよく見ている。

悪い方が顕著に出やすいのが人間の特徴だ。

もしも混沌の時代に言われていたような、淘汰の末に優れた存在だけが生き残るなんて言葉が真実だったら。

人間のスペックは際限なく跳ね上がり続けていただろう。

だが実際は、混沌の時代には、万の時を越えて文明を構築しながら、利害の調整が上手く行かなくて世界を焼き滅ぼす程度の存在でしかなかったのだ。

だから、現れる性質として。

人間に無理矢理それを刻み込んでいく。

今の人間を全部置き換えるまでに千から千五百年程度はかかるだろうと母が既に試算を出している。

上等である。

ありのままの人間が素晴らしいとか。

本能のまま殺戮と暴力を繰り返す人間が美しいとか。

そういう寝言を繰り返していたから、混沌の時代に人間は世界全部焼き尽くしたし、その後は神代にオーリムまで巻き込んで世界を滅ぼしかけ。古代クリント王国時代にも同じ事をやった。

だから品種改良する。

その計画のためだ。

フォウレの里に出向くと、既に験者になったデアドラさんと、種拾いの一番槍になったディアンが出迎えてくれた。

前の験者は引退。

既に楽隠居をしているそうだ。

デアドラさんはまだ子供がいないらしい。

これは忙しいというのもあるが、或いは子供ができにくい体質なのかも知れない。夫婦仲は悪くないそうだ。

ディアンも交えて軽く状況の確認をした後、連れてきたホムンクルスの戦士を紹介する。新しい血が入るのはとても良い事だ。

男女それぞれ二人ずつつれて来ている。

既に各地に種まきを始めており。

顕性で人間の悪性を押さえ込める性質を強引に遺伝させるホムンクルスは、百人以上がいる。

更に彼等彼女らの子孫は既に百五十人を越えており、今後もっと増えるだろう。

そして、試験的に彼等彼女らだけの集落も作って、運用が上手く行くか、外圧に対応できるかも試している。

嘘を見抜く方法。

人間の悪性に対応する方法。

それも全て仕込んでいる。

だから、今の時点では問題が無いだろうが。いずれにしても、少しずつ試して行くしかない。

「新しい血が入るのは此方としても歓迎だ。 ライザ殿が此処に帰化してくれれば一番いいのだがな」

「そうもいきません。 ディアンにも話しましたが」

「ライザ姉は、もっとでかいことをずっと続けているんだ。 デアドラ姉も、それは理解してやって欲しい」

「そうだったな」

今は験者屋敷で話しているから、こんなだが。

最近はディアンもすっかり貫禄がついて、髭を生やすことを検討し始めているらしい。外ではしゃべり方も落ち着いて来ていて、戦士としても完全に円熟したようだ。

この間ちらっと魔物退治する様子を見たが、全く危なげもなかった。

あたしがわざわざ出るまでも無い。

フォウレで活動している間に、危険なのは全部片付けた。

例の大人しい超ド級も、基本的に何もせず大人しくしているようだ。あれは、この地でいずれ人々と上手くやれるかも知れない。

神代の生物兵器としては失敗作だったかも知れないが。

それがむしろ、世界と一緒にいきられるのだから、不思議な話である。皮肉とも言えるだろうか。

「去年は竜風が来たそうですね。 大丈夫でしたか」

「警告を無視して様子を見に行った観光の連中が数人吹っ飛んだが、それくらいだ」

「ああ、やっぱりバカは出ましたか」

「ライザ殿が警告した通りのタイミングで来たからな。 里の人間は、むしろ言う事を良く聞いて、しっかり大人しくしていたよ」

それは良かった。

バカが吹っ飛んだことに関してはどうでもいい。自業自得だ。

いずれにしても、竜風の被害も、かなり抑えたし。以降は問題なくやっていけるだろう。

ディアンも近々結婚するらしい。

そう聞くと、多少は嬉しくなる。

「結婚だなんてな。 俺なんてまだガキも良い所なのによ」

「それが分かっているのなら大丈夫。 世の中には性欲にまかせて後先考えずに子供を作った挙げ句、虐待して死なせるような親がなんぼでもいる。 ディアンはまだ自分が未熟だって分かっていて、性欲に任せて行動するようなことはしていないんだね」

「ああ。 たまにきれいな女は見るけど、それでも我慢はできる」

「だったら大丈夫。 混沌の時代には、人間を際限なく美化して万物の霊長だとか抜かして。 その悪逆も全肯定する風潮まであったようだけれど。 そんなものは歴史のゴミ箱に捨てて、さっさと終わらせる。 今度連れてきた四人といずれ生まれるその子供を大事にしてあげて」

後は、軽く外に様子を見に行く。

種の扱いと、機具の扱いについては、全員が熟達しているようだ。

これならば大丈夫だろう。

あたしはどうしても駄目そうなのを、まだ残っているアトリエに持ち込むと、そこでぱぱっと修理してしまう。

種に使っている動力は、数百年でももつ代物だ。

これでまだまだ使って行けるだろう。

機具の種類も増えている。

引退した先代験者が考案したものらしく。簡単な作業を行うものだけではなく、洗濯を自動でするものや、掃除を自動でするものまであるそうだ。

フォウレの里は、いずれ産業の新しい中心地になるかも知れない。

見回った後、ディアンに験者屋敷で頼まれる。

「そうだ、ライザ姉」

「うん?」

「今有望な子供がいるんだ。 孤児なんだけど、多分あれは凄い伸びる。 ライザ姉の所で、鍛えてやってくれないか」

「可愛い子には旅をさせよ、だね」

頷くディアン。

ディアン自身が、あたし達と旅をして、色々な事を知ったという事がある。実際に様子を見に行く。

ディアンは昔のデアドラさんがそうだったように、孤児達の面倒を見て暮らしているようなのだが。

その中に一人、黙々と素振りをしている子がいた。

なるほど、戦士としての適性は高い。

ただしやっているのが内向きの武芸だ。

パティが最初やっていたのに近い。

これは外からの情報をがっつり取り入れて、世界を知る事で、伸びるだろう。

ディアンがその子をあたしに紹介する。

この子、多分だけれど。

あまり出自が良くないな。

何となく分かるが、親の血が近すぎる。孤立集落がおおい今の時代では、こういう子はどうしても出る。

血を入れ替える作業はパティがアーベルハイム主導で進めているが、まだまだ手が足りていない。

こういう子はどうしても出てくる。

「旅をしている間に親がこの里で死んでな。 うちで引き取ったんだ」

「分かった、面倒を見るよ。 それと……」

「内臓とかに問題があるんだろ。 何となく分かる」

激しい運動をした後とかに、不調を訴えることがあるらしい。

それは自己努力でどうにかできる問題でもない。

分かった、一肌脱ごう。

ただ、あたしが連れて歩く訳にもいかない。同胞の戦士達と混じって暮らしてもらい、各地で一緒に働いてもらう事になる。

別に同胞もダーティーワークばかりやっているわけではない。

各地での開拓や、汚染地域の復興なども仕事になる。その過程で、まともな人間がたまにみつかりもする。

この子には、そういう広い世界を見る事が大事だろう。

この様子だと、孤立集落がやっていけなくなって、各地で物乞い同然にして彷徨っていたのだろう。

人間の悪徳しか見ていないのだろうから。

つれて来ていた同胞の戦士の一人。この地に根付く予定がない戦士に紹介する。

後は、つれて行って貰って、時々様子を聞くだけだ。

他の人間がいる時は口調まで変えているディアンだが、あたしの別れ際には、昔のような子供っぽい所作で手を振ってくれた。

あたしもそれを受けながらフォウレの里を去る。

この里は、多分ディアンがいる間は、大丈夫だろうな。

そう思った。

 

2、更地からの再生

 

ウィンドルに出向く。

カラさんが、すっかり弱っていた。寝床から起きだす事もできずに、柔らかい食べ物を口にしている。

あたしが来た事を聞くと。半身を起こそうとして、咳き込む。

延命措置ができると何回か話をしたが、拒否された。

やるべきことはやった。

摂理のまま生きるのが望みだと。

「久しぶりだのうライザよ」

「二年ぶりですね。 人々の様子は」

「もう出歩くことも出来ぬからな。 魔力もすっかり衰えたから、ひなたぼっこしながら様子を見るくらいしかできぬよ」

「……」

そんな不便な体でも。

本望だというのだろう。

カラさんは、また咳き込む。咳には血が混じっている。

もって数年だな。

あたしも一応、摂理に反しない程度の薬は持って来ている。だが、カラさんはもう老人として死ぬつもりなのかも知れない。

カラさんはやりきったのだと、何度か口にしていた。

千三百年前の神代の錬金術師との大戦を勝利して、生き延びて。

その後は、ずっとフィルフサと戦い続けて来た。

フィルフサがオーリムからいなくなった今は、復興の時代である。戦いの時代の長であった、カラさんは邪魔になってはいけない。

本当だったら、あたしが持ち込む薬もいらないそうだ。

本当にストイックな人だなと思う。

「新しい長老は、また飛び回っているんですか」

「ああ。 やっと結婚したばかりなのにな」

「そうですね」

新しい総長老。

キロさんのことだ。

グリムドルで数百年、単独でフィルフサと戦い続けた最強のオーレンの戦士は、今やウィンドルでの顔役となっている。

あたしと顔が利くこと。

更にセリさん、リラさんが両翼になっている事もあって。

すっかりオーリムの主軸だ。

ボオスと結婚したのは、去年のこと。

ボオスが予言していた十年を超えて、十五年がかかった。その間、モリッツさんは完全に心労で禿げてしまった。

なお、ボオスが養子を連れて来て、その子がブルネン家の跡取りになっている。

その子は、あたしが調合した。

人間の調合は、既に色々な所でやっている。

禁忌と言うべきなのだろうか。

だが、腹を痛めた子だろうが、愛情を注がない親なんてなんぼでもいる。その逆もしかり。

あたしはしっかり親を選んでそういう調合した子を預けるし。

なんなら同胞の間で育てて貰う。

ボオスはしっかり子育てをして。今ではすくすく育っている血がつながらない孫を、モリッツさんは相応に可愛がっていた。

それはそれとして、やっとキロさんと結婚出来たボオスは。

グリムドルで、単身オーレン族との交易をやっている。

まだ他の人間をグリムドルに入れるのは早い。

そう判断しているようだが、その考えは正しい。どうせ悪巧みしかしないのだから。

車いすに乗って、カラさんと外に出る。

リラさんもセリさんも忙しくて姿はない。

なおセリさんは四年前に、リラさんは三年前に結婚した。それだけ時間が掛かった。

アンペルさんもクリフォードさんもよく我慢できたなと思うが。

リラさんはもう子供がいる。

幸いあたしの調合した薬もあって、母子ともに寿命を縮めることは無さそうだ。

カラさんの家の外に出ると、美しい空と、更に拡がり続ける緑が見える。

緑羽氏族が中心になって、どんどん生態系を復活させているのだ。動物も、あたしが調合して、少しずつ多くなってきている。

完全に滅んだ動物も再生させることができる。

だが、いきなり大量に入れると生態系は壊れる。

状況次第では間引きもいる。

その辺りは、専門家に任せていくしかない。

「また緑が拡がったのう……」

「あたし達が先に潰していたフィルフサのテリトリからも、順調に緑が拡がっているようです」

「良かった良かった。 まさかわしが生きている間に、この光景が見られるとは思わなかった」

カラさんは、多分もうよく辺りが見えていない。

それでも、魔力を感じたり。魔術の支援で、世界に緑と命が満ちているのを感じているのだろう。

オーレン族の戦士も、心配そうに見守っている。

ずっと最前線で皆の指揮を続けたカラさんの衰弱。

世界を好き放題にしてきた邪悪の撃滅で、命を削りきった。名誉のことだとわかっていても、悲しいのもまた分かる。

車いすを押して、高台に出る。

オーレン族の戦士も護衛に来ているが、多分いらないだろう。

無害な動物しかいない。

無造作に増えすぎないように、緑羽氏族が丁寧に植物の管理をしている。嫌な臭いを放つものもあるし、不気味で奇怪なものもある。

だがそれらも、必要な植物なのだ。

頼まれて調合した生物はそれだけではない。

フィーの同族が飛んでいるのが見える。

まだ十数匹だが、あたしが調合した。フィー自身もあの中に混じっている。基本はあたしの所にいるのだが。

ああして仲間に混じって暮らす事も増えていた。

一つ前の竜風の時は、あの子らの数が足りなかった。そして分かったのだが、宥めの精、つまりフィーの同族は。

エンシェントドラゴンが世界を渡る時に放出する力を得て、卵を孕むのだ。

つまり完璧な単為生殖をする生物だった事になる。

雄雌の区別がある事は一応分かってはいるのだが。

しかしながら、それも魔力で周囲と交流したり、エサが魔力だけの生物だ。恐らく魔力を交換する事で、互いの要素を交換。それで子を産むのだと思う。

新しく産まれた子も含めて、あの数だ。

更に今後追加する予定である。世界が復興するに従って、ちょくちょくドラゴンも姿を見せているらしい。

ドラゴンの相手は奏波氏族の役割だ。

今後はそれに集中できると、カラさんが笑う。

だが、力無くひゅっと声が漏れるだけだった。

「そなたと一緒に戦ったのはわずか十数年前であったな。 それがもう夢幻に思えて来るよ」

「あたしも、たった十数年でみんな代わっていくから、色々と思うところもあります」

「結局そなたは人間を捨ててしまったからな」

「ええ。 ありのままの人間ではできないこと。 それをやるためだけです」

カラさんを連れて、家に戻る。

延命のものはいらないということだが、苦しみや痛みを緩和する薬は調合している。それでももう長くはもたない。

奏波氏族の戦士達は、カラさんを延命したいと時々頼んでくるのだが。

本人がいらないという。

キロさんという新しい総長老が出現し。

更にはボオスとの婚姻で、新しい時代が出来るかもしれないこの状況だ。

今更老人が出張る訳にはいかない、というのだ。

本当にストイックな話である。

そう話していると、ボオスが来た。

すっかり口ひげが似合うナイスミドルになっている。クーケン島には今や破落戸なんか近よりもしない。

流通の中継点としてクーケン島は繁栄しているが。

近付いた破落戸が一人も生きて帰ってこないという話もあって。こういう所に入り込む山師も破落戸も、もういない。

「ライザ、久しぶりだな」

「久しぶり。 どう、クーケン島の状態は」

「おかげさまでな。 クーケンフルーツだけに頼っていた時代も終わって、今ではすっかり重要都市の一つだ。 お前が作ってくれた産業のおかげもあって、更に豊かな時代が来そうだ」

「豊かは結構だけれども、分かっているね」

ああと、ボオスがにっと笑う。

ボオスは私財をほとんど蓄財していないし、部下達の不正も一切許さない。

お堅い人だ。

そういう声もあるが、それくらいでないと組織はあっさり腐る。

旅の人が、甘やかした結果カスどもをつけあがらせた事例を見ているからなのだろう。ボオスはあくまで島全域に利潤が行くように常に考えているし。それでいながら努力が無駄にならないように工夫もしている。

富の格差が大きくなりすぎないように工夫をするのが大変だ。

時々そう苦笑しているのを見る。

「キロさんとの結婚式は見にいったけれど、オーレン族式にしたんだね」

「郷には入れば郷に従えだ。 キロさんのこっちの立場から言うと、俺よりもずっと社会的地位が上だって理由もあるがな」

「どっちにしても、上手く行っている?」

「ああ。 お前が色々手配してくれているおかげで、不幸になる事もないだろう」

クーケン島にも、あたしが手配した同胞の戦士が根付き始めている。

世界で確実に顕性遺伝としての人間の悪性の排除が拡がっているが。これが予想以上に効果がある。

悪党はあたし達がどんどん駆除しているのが大きいのかも知れない。

人間にとって必要だったのは、高い知能だの筋力だのよりも。

悪性を憎みエゴを抑える事ができる自制。

そうだったのだと、実績を見ていて大いに理解出来る。

勿論それでありながら、新しい価値観とかが入ってきたときに、柔軟に対応できなくても困る。

それについても、色々と順番に工夫している。

あたし自身は、今は「拠点」とだけ名付けた、もと万象の大典で殆どの時間研究をしていて。

支援用に調合した同胞の研究者と一緒に、旅の人が残した研究成果をどんどん形にしている。

神代の連中が歪めた成果物が、本当に劣化コピーだったのだと、作業をしていて思い知らされるばかりで。

必要と判断した成果物は、クーケン島やサルドニカ、王都などにどんどん卸していた。

それでいながら、進歩しすぎないように監視する事も大事だ。

ボオスも、それは手伝って貰っている。

カラさんはもう休んだので、ウィンドルのあたしのアトリエで軽く話す。

「レントは最近会った?」

「今はウィンドルにいるらしいな。 残念ながらあっていない」

「そっか」

ザムエルさんとレントのお母さんはよりを戻した。

それについては、ボオスは知らないかも知れない。

その後レントは、もう完全に独り立ちして、各地で強力な魔物の生き残りや、悪党を斬り続けた。

同胞との連携すら拒否して、何かを忘れようとするように。

そしてこの間、大きな手傷を受けてあたし達の所に来た。

治療を終えた後、ぼやいたのだ。

いい関係になった女に不意を突かれた。

俺が全滅させた盗賊団の生き残りだったらしくてな。俺ともあろうものが痺れ薬を入れられて、ざっくりだ。

治療を終えると、レントはウィンドルに行くと言って姿を消した。

この様子だと、ウィンドルでも孤独に旅をしているのかも知れない。

分かっている。

レントはもう覚悟の上でそういう生き方を選んでいる。

子供が欲しいとも思わないようだ。

なんなら同胞の戦士でもと話をしたのだが、苦笑いされるだけだった。

この様子だと、あたし達の誰とも、もう会うつもりはないのかも知れなかった。

「じゃあ俺は行く。 キロさんとは結婚しても中々会えないが、それでも今は大きな心の支えだ。 それにやりがいもあるしな」

「頑張りな」

「ああ」

ふっと、ボオスは笑った。

すっかり傲慢だった頃の顔はなくなり。

今では、貫禄と威厳がそれに置き換わっていた。

 

荒野に出向く。

普通だったら、いるだけで命が危ない場所。混沌の時代には、多くの破壊兵器が使われたのだが。

それらは大量の毒を世界にまき散らした。

人間が世界を滅ぼすのに使ったのは、水爆といわれるものだったらしいのだが。更に凶悪な中性子爆弾というものや、試験的に反物質爆弾といわれるようなものまで使われたらしい。

特に反物質爆弾は、その気になれば世界そのものが滅ぶほどの代物だったらしく。

それを平然と使うくらい、混沌の時代の連中はアホだったという事である。

この荒野は、水爆とやらの汚染で、今でも人が直に入るのは避けた方が良い場所……だったのだが。

あたしが先に、その毒素をだすもの。放射性物質だったか。

その崩壊を加速させるものを撒いて。

復興ができる状態になった場所だ。

神代の抗争でも水爆に近い火力の爆弾が用いられたことは分かっているが。それは旅の人の技術を最大限悪用したもの。

幸いにも、世界を汚染する代物ではなかった。

あたしは、つれて来ている同胞の戦士達とともに、土を耕す。完全に土は死んでいる。

土というのは、途方もない月日を掛けて作りあげるものだ。それを混沌の時代に恐ろしい勢いで搾取した。

混沌の時代が破綻する前にも。

その搾取は、既に取り返しがつかない状態にまで落ちていたらしい。

それを思うと、あたしは溜息が出る。

ともかく、手を動かす。

生真面目な同胞の戦士達は、誰も文句も言わずに仕事をしてくれる。しばし仕事をしていると、聞き覚えがある声がした。

「ライザ」

「!」

顔を上げると、タオだ。

すっかり中年になったタオは、既にアーベルハイム国の王夫である。子供をパティとの間に八人も作ったが。

その全員があまり見込みがないらしい。

結局去年、あたしが頼まれた。

今後血統による相続は、特に王を血統で決める事は止めるらしいが。

そのハシリとなる行動で、あたしに子供の調合を頼んで来た。

まああたしも、それで文句は無い。徹底的に設定をした子供を調合した。

親の良い所なんて子供は似ない。似る事もあるが、むしろ悪い所の方が似る。

実際、もう成人しているタオの最初の子なんて、知性のかけらもない。パティの武芸なんて微塵も受け継がなかった。

ただし国王としてではなく、芸術家としては才能があるようである。

芸術家として支援はするが、国王の座は与えない。

そうパティは明言しているようである。

他の子らもほぼ同じである。

「手伝いに来たよ」

「ありがとう。 ああ、その人達が」

「うん。 例の、ね」

アーベルハイム国では、戦士の育成を進めている。完全に腐敗しきった騎士団は一度解体。

新しく新規のシステムで、実力のある戦士を抜擢するようになった。

その中には荒々しいものもいるが、戦士の手綱を取るのはカーティアさんで。それで荒くれ達もまったく逆らえない。

今ではしっかりアーベルハイム国は、アスラアムバート近辺の治安を確保する事に成功している。

「王都の警備は優秀」なんて揶揄されていた時代が嘘のようである。

パティの辣腕と、現実的な案を出したタオの尽力の結果だ。

そして連れてこられた戦士達は、いずれも工兵としてここに来ている。戦士の中には、工兵としての経験を積む必要があるケースもある。

タオが手を叩いて、即座に戦士達が動き出す。

指定した位置にテントを作り、あたしが支給した道具で地面を掘り返し始める。

其処に、荒れ地でも逞しく根付く草を順番に植えていく事になる。

わずかに土地に残った栄養を、この草が吸収し。

土に変えていくのだ。

土が出来はじめると、細かい生物から順番に土地に入れていく。そうすることで、既にかなりの土地の緑化を済ませてきた。

タオは手にしたトレイに何かを忙しく書き込みながら、指示をしている。

「それ、新しい論文?」

「うん。 僕も現実に使える論文を書きたくてね。 建築様式の中で現実的なものをピックアップして、現在に蘇らせるべきものを選別しているんだ」

「そっか。 上手く行きそう?」

「やってみないとなんともね。 完成形は既に目にしているから、いずれあれらが普及するようにはしたいけれど、僕が生きている間には無理だろうね」

まあ、それもそうだ。

皆と会うと、クラウディア以外とはどんどん年が離れていく。

タオも既に老境に足を突っ込み始めた。

クーケン島のアガーテ姉さんは、少し前に亡くなった。最後は子供達に囲まれての往生だった。

騎士をやめてクーケン島に戻ってきてくれて良かった。あの人がいなければ、とてもクーケン島はやっていけなかっただろう。

今ではアガーテ姉さんの手ほどきを受けた戦士達が、たくさんクーケン島にいる。

それがボオスの指揮で同胞の戦士達と連携して、悪党を一人も生かして帰していないのだ。

「この辺りは川があったみたいだね」

「まずは土を作って、地盤の安定が先だよ。 ちょっと上流の方で、今の時点では川をせき止めてる。 土地の汚染の浄化は、世界規模で同時並行でやっているけれど、自然の回復力だけではとてもね」

「ライザももう戦闘以外でもすっかり世界の第一人者だ」

「そう言ってくれると嬉しいけれど、この作業を殆ど孤独なままやりつづけた旅の人は、大変だっただろうなと思うばかりだよ」

あたしは孤独は全然平気な方だ。

王都での戦い出向く少し前、あたしは明確なスランプになっていたが。あれも今は知っている。あたしのことを危険視した母に、リミッターを掛けられていたらしい。

ただし、あたしは自力でそれをブチ抜いた。

あたしを殺すかどうかで、同胞は相当に揉めたらしいが。

それも神代の錬金術師の所業を知っていれば、それは納得も出来る話である。

工兵候補の戦士達が働いてくれることもあって、作業はどんどん進む。やがて今日予定していた作業は終わった。

あたしは最優先で働いていたから、誰よりも耕した。

雨が降り始めるが、この現状の土地では、とても保水することはできない。雑草なんて馬鹿にした言葉があるが。

それがない土地は、ただ無惨に土が押し流されていくだけなのだ。

「此方で休憩を」

「ありがとう、助かる!」

「それにしても、こんな荒野が緑の土地に代わるのか?」

「王都の北なんか、前は砂漠だったんだろ。 それが今ではすっかり花畑だぜ」

戦士達が話しているのが聞こえる。

そうだったな。

砂漠の緑化のために、王都のゴミを使って、土を肥沃にした。その結果、砂漠は今や緑の野だ。

ただ、北の里に人を入れるのは好ましくない。

緑化の前に、同胞の助けも借りて、遺跡は完全に解体して拠点に持ち帰っている。

無作為にばらまかれたテクノロジーは、危険なだけだ。

今の人間には、まだ渡せないのである。

土地がこんなだから、気候も安定しない。

もう雨は去った。

タオが指示をして、戦士達がまた働き始める。その間に、手伝いに来たバレンツの給仕達が、食事を作っていく。

酒も出る。

あたしはいらないけど。

酒を出すと、戦士達の仕事に対するモチベが露骨に上がる。まあ、そういうエサで釣るやり方も、害がないならいいだろう。

それに問題を起こすとカーティアさんに殺される。

それが分かっているから、戦士達も問題はできるだけ起こさないようにきちんと躾けられている。

なかなかの鬼軍曹である。

「この様子だと、この辺りは一年くらいでどうにか開拓できそうだね」

「そうだね。 ただ入植はまだずっと先だよ。 それについては、パティにも伝達しておいて」

「うん、分かってる。 ……確認しているけれど、人の入れ替わりは確実に進んでいるから、安心して。 この様子だと、千年かからずに、人間全員に血が行き渡るかも知れない」

「そっか。 突然変異が出るかも知れないから、時々更にお代わりを入れるとしても、千年後が本番かな」

千年後。

その時には、もうクラウディアしか仲間はいないだろうな。

人間をあたしと一緒に止めたクラウディアは、既にバレンツの頭取……ではなく、頭取を「息子」に任せて大御所に移行している。

昔は無邪気で優しかったクラウディアだが、今では毒竜とか渾名されるもの凄く恐ろしい存在として認識されていて。

まあああいう界隈では、それでいいのだと思う。

予定をだいぶ前倒しして、開拓が進む。タオが戦士達を集めて、明日の作業について説明。

それが終わると、酒を配っていた。

食事もしっかり美味しいのが出る。

混沌の時代の記録によると、アーミーの食事はまずいことで有名で、それが負担になっていたらしい。まあ全部がそうではないのだろうが、そういう場所も確かにあったのだろう。

今はしっかりしたものを、戦士達に出すようにしている。

少しだけでも、昔よりましな状態にしたい。

あたしは、ギリギリの時間まで開拓を進める。

自分で実際に手を動かさないで、世界なんて変えられるものか。

誰かを顎で使って偉いと思い込むのはチンピラの思考だ。

あたしはそうはならない。

次の日も、朝一番に起きて土を耕す。

世界を少しでも、元に戻すために。

自分だけが良ければいい。そんな風に考える愚劣な輩を、少しでも減らしていくためにもだ。

 

3、新しい人

 

植生を確認しながら、あたしは歩く。

概ね上手く行っている。

神代にばらまかれた侵略性外来生物。ラプトルや走鳥。それにサメは、殆ど駆除が終わっている。

これらの生物に罪は無いが。

明らかに既存の環境に悪影響を与える生物については、駆除するしかない。

ただ完全に滅ぼしてはおらず、一部は拠点で飼育している。もしも必要とされる場所が出たら投入するつもりだが。

ただそれも、生物としての設定を色々変更してから、になるだろう。

荒野の全てをこれで緑化できたと思う。

世界の半分が荒野だった。

だが、それも終わったのだ。

やっと、一段落出来たな。そう思って、あたしは伸びをする。

色々あった。

パミラさん以外の神に接触も受けた。どうやらあたしは、相応に着目されていたらしい。

あたしに着目する前に、旅の人をどうして助けてやらなかったと面罵したが。それも頭を下げられた。

神も全てを見ているわけでは無いし、万能でも全能でもないのだと。

それで彼方此方に助っ人に出向いた。

よくしたもので、あたしと同じように人間止めた錬金術師は、彼方此方で同じように呼ばれて世界の危機やらに対処したりもしているらしい。アンペルさんも巻き込まれたりしていたが。

まあはっきり言って、迷惑な話だ。

神が万能でも全能でもないのは、全能のパラドックスを越えられない時点で分かってはいたが。

どうやら思った以上に、自分の世界を管理できていないらしい。

もしもちゃんとした神がしっかり管理している世界なら、こんなに不幸な人は出無いのかも知れないな。

そう思ったあたしだが。

とある地獄で出会った……今のあたしでは及びもつかないとんでもない錬金術師は、そういった神も万能では無いし楽園を作れる訳では無いと言っていたっけ。

だとすると、人間がまず努力しなければいけないが。

残念ながら、人間は努力を嫌がる生き物だ。

尻の叩き方は色々あるのだろうが。

あたしは少なくとも、人間そのものには期待していない。

だから、品種改良した。

人が来る。

顕性の性質として、エゴを抑止し悪徳を喜ばず。そう改良したホムンクルス達を世界中にばらまいて、世界中の人間と交配させた。

今や世界の人間の全てが顕性としてエゴの抑止を受けている。

それは人間に対する冒涜だと、昔だったら口にする人もいるかも知れないが。

世界を焼き滅ぼし、更に他の世界にまで迷惑を掛けておいて何をいうかとあたしは返す。

今此方に来るのは、そういう調整を受けた人間達だ。

「ライザどの。 この土地の改良は終わったのですね」

「うん。 それでは、入植の準備を始めて。 くれぐれも互いに争わないようにね」

「承知しました」

顔役が声を掛けると、さっと手慣れた様子で、人々が散って行く。

人に個人差はある。

何が得意何が苦手。

だが、新しい人とも言えるこの種族は、エゴを優先しない。

まだたまに犯罪は起きるが、過去のように何をやっても自分を正当化したり。あらゆる犯罪を何とも思わないような人間は一人もいなくなった。

生き残っているのは、あたしとクラウディアで狩りつくした。

錬金術師も、少しずつ出て来ている。

だが、いずれもエゴを最優先しない。

それに才能も今の所、世界に問題を引き起こすような者は出ていない。

だからあたしは、基本は放置するようにしていた。

同胞の戦士が来る。

まだガイアさんたちは生きているし、未だに当時から現役の同胞戦士はそれなりの数がいる。

あれから。

万象の大典を潰してから八百七十五年。

今、人間は完全に入れ替わり、それで世界も変わろうとしているが。

それでも非力な人の盾になるため。

働いている同胞は存在している。

「ライザ殿。 お耳に入れたく」

「どうしたの?」

「かなり強力な魔物が発見されました。 現地の戦士達が大きな被害を出しています。 助力願いたく」

「分かった」

此処は任せて、即座に向かう。

今は多くの人の命が危険にさらされている。

だから、それを助けにいかなければならない。

 

門を潜った先は、地獄絵図だった。

街の中は破壊され尽くされ、散らばっている死体。それを囓っているのは、多数の首が生えている巨大な魔物だ。ヒドラに似ているが、もっと大きい。

此処はそれなりに大きな都市で、昔は第四都市と言われていた場所だ。

色々あって此処も調整して、今ではすっかり平和な都市に代わったのだが。この魔物は、どこから湧いた。

あたしを見る多数の目。四つ足だが、ドラゴンともヒドラともだいぶ違う。これはなんだ。

それは二本足で立ち上がると、凄まじい雄叫びを、多数の首から上げた。人間を食うために殺した訳では無く、殺すために殺した。そういう印象だ。

「クラウディアの助力はいらないかな。 負傷者をできるだけ救出して後退して」

「承知」

あたしは前に出る。

凄まじい魔力だが、だから何だ。

同時に多数の雷撃魔術を多頭蛇もどきが放ってくる。あたしはすっと息を吸い込む。それが詠唱だ。

雷撃が消し飛ぶ。

魔物が、それで今目の前にいる存在がなんだか初めて理解したらしい。おののき、明らかにさがろうとするが。

その時には、空間の壁を越えて、あたしは至近に。

そして、そのまま、抉り蹴っていた。

全身が真っ二つに砕けた得体が知れない魔物が、吹き飛びさえせず、その場で破裂して砕け散る。

異世界に呼ばれて力が制限されているときならともかく、最近はすっかり全力を出さなくなってしまったな。

自分用に調整したトラベルボトルの中で時々鍛錬をするのだが、それくらいだ。

地面でぐしゃぐしゃに潰れた魔物。

おおと、声が上がっていた。

「即座にサンプルを回収。 こいつ、ちょっと様子がおかしい」

「分かりました」

「負傷者には惜しみなく物資を出して。 あたしも治療に入るよ」

即座に負傷者の救助と、野戦病院の設置、トリアージを始める。

同時に聴取も実施。

あの魔物は、いきなり街の中に現れたという。手当たり次第に人間を殺し、制圧に来た戦士達を返り討ちにしたようだ。

確かに超ド級並みの強さはあったようだが、今の時点で人間に害がある超ド級は全部処理が終わっている。

だとすると、なんだろうなこれは。

死体を回収して貰って、あたしは助かる範囲の人間は全て助ける。今では義手義足をわざわざ作るまでもない。

そのままその場で再構築できる。

それくらい、エーテルの扱いには慣れた。

よくしたもので、クラウディアも大陸全土の音を拾えるくらいまで力を上げている。犯罪者を何処まで逃げても即時抹殺出来るクラウディアの技量があったから、ゴミ掃除は早く終わったとも言えるだろう。

血の臭いも。

死んで行くものも。

もう慣れた。

あたしは人間を止めて、人間性を捨てたが。

かといって、手の届く範囲の人間を救うのを止めたわけではない。

痛い痛いと嘆いている人を、痛み止めをし。失った手足を修復する。あたしにできる救助はする。

それが終わったら次だ。

全てが終わった時には、日が暮れていた。

休む暇はない。

回収したヒドラもどきを調べに拠点に戻る。

今では既に、門すら必要なくなっていた。そのまま空間を跳んで拠点に戻る。

研究施設では、ヒドラもどきの解剖と調査が進んでいた。

「どう、状態は」

「これは信じがたい事ですが、神代の生物兵器ですね」

「……!」

拠点にいるのは同胞のメンバーだけだ。

まだ人間は入れられない、と判断しているためである。

クラウディア以外の仲間がみんないなくなってからも、あたしは活動を続けてきているが。

だが、やっと人間の品種改良が終わった段階である。

油断はしない方が良いだろう。

そう思っていたのが、適中したようだった。

「どこから現れたのか分かる?」

「今調査中ですが、拠点で捕らえているのが、擬似的な門の形成が起きたという事です」

「門の形成となると、トラベルボトルか何かかな」

「或いはそれを使った錬金術師によるテロかもしれません」

可能性はあるか。

錬金術師は確認しているが、今の時点でそういう事をする危険人物は確認されてはいないとみていい。

しかし神代の関係者は全て葬った。

大典も完全に解析した後、この世界から文字通りコードの一行も残さずに屠った。

だとすると、なんだ。

解析をそのまま進めて貰う。

翌日。

また、大きめの都市ででテロが起きた。

どうやらまだまだ、世界は安全ではないらしい。それで使われたのも、同じような魔物で。あたしが駆けつけるまでに、大きな被害を出す事になっていた。

 

テロが起きても、人々はある程度冷静だ。

混沌の時代は末期にはテロが横行し、それで人心が荒れ果てに荒れ果てたという話をあたしは既に聞いている。

これをやっているのは、その時代の事を知っている奴の可能性が高い。

あたしが駆けつけて、即座に魔物を屠りさる。

現地の戦士達が勝てない相手を、風のように現れて屠る同胞の事は既に知られているが。

あまり同胞に頼り切られても困る。

だから余程ヤバイ場合くらいしか出ないようにはしている。

如何に堕落しないように人間を品種改良したとはいえ、それでも堕落の種は撒きたくないのである。

数度のテロを鎮圧して、それで分析が出た。

拠点に戻ると、母が話しかけてくる。

アインが人間として生きるのを最後まで手伝い。大往生まで遂げるのを見届けたあたしに、母は既に全幅の信頼を寄せてくれていた。

「錬金術師ライザ。 結論が出ました」

「聞かせてくれますか?」

「貴方の予想通り、敵は何処かしらの隔離空間からあの魔物を繰り出しています。 魔物のデータは以前廃棄された試験中のもので、いずれもが殺傷力だけで操作性に乏しいプロトタイプと同型でした」

「なら神代関係者は確定ですね」

こっちも母にはまだ敬意を抱いている。

互いに必要な戦略的パートナーである。だから、情報収集についても、腹芸なしでいける。

その点では、今や人間世界を裏から牛耳っているクラウディアと同じだ。

「問題は居場所ですが……」

「恐らくですが、時間魔術を使って送り込んでいると思われます」

「!」

「時間魔術は旅の人がいた頃であれば、魔物に持たせる技術すらありました。 それを考えると、当時の技術を持つ錬金術師が、そもそも自身に時間魔術を用いた可能性があります」

なるほどな。

目端が利く奴がいたら、混乱を見て未来に逃げる事を考えたのかも知れない。

神代の錬金術師の中で多少は頭が回る奴が混じっていたら、万象の大典なんか長くは続けられないことくらいは分かっていただろう。

だから、自分だけさっさと未来に逃げた。

可能性は否定出来ない。

ただ、時間魔術はかなりのエネルギーを使う。もし移動するなら、自分だけ、それもそう長い時間を移動するのは不可能だ。未来はまだいけるが。過去は特に巨大なエネルギーを使用することが分かっている。

そうなると。

「恐らくは、自身の時間を極端に遅らせることで、未来へと自身を送り込んだ」

「同じ結論です。 もしもそうだとすると、現在の世界に対して対応力を見ている段階なのかも知れません」

「まあいいや。 神代の生き残りが相手なら、駆除を今度こそしっかりしないといけないし」

最後は独り言だ。

神代の錬金術師は根絶やしにする。

あたしの座右の銘である。

今回も同じだ。

今までのデータを洗い直して貰う。異界に身を隠していると言っても、この拠点ほどの設備を用意できる訳もない。

そんな事ができる奴だったら、もっと色々と悪辣な事をして、周到に立ち回れているとみて良い。

何かしらの此方の監視の穴でもついているとみて良い。

悪知恵だけは働く連中だったのだ。

得意分野とみて良いだろう。

そうして調査を続ける。

あたしが目をつけたのは星図だ。

これを使って、タオと一緒に座標を集めたっけ。今ではパティとともにアーベルハイム国の始祖として知られ。

アーベルハイム国の憲法を整備し、議会制度を開くための準備を整えた名宰相としても知られている。

晩年は戻って来たレントと一緒に、各地を視察して、それでアーベルハイム国の問題を洗い出し、今の安定の基礎を築いた。

あたしには、もう遠い昔の話だが、今でもこうして力をくれる。

気になったのは、星図に変化が出ていないと言う事。

そうなると、やはり。

そして、テロが起きた地点をもう一度確認して見ると、結論は出ていた。

翌朝、手練れとともに、現地に乗り込む。

現地は、古くには神代の国の首都だった土地。神代が終わる過程で滅び、その時に廃墟になった場所。

手練れの戦士と同胞の戦士とともに、其処を取り囲む。

やはりあった。

トラベルボトルだ。

躊躇なく破壊にいくあたしに、それは即座に尻尾を出していた。

周囲に出現する、形も定まっていないような魔物。一斉に襲いかかってくる。周囲の痕跡を直に見て理解する。

やはり時間魔術で、トラベルボトルそのものを未来に飛ばしたのだ。

最悪、人間がいなくなった土地を抑えて、神になるつもりだったのだろう。

神代の人間の考えそうなことである。

周りの魔物は、今までテロに使われた魔物ほどの強さはない。

というかこのトラベルボトルを携帯して、時間差で魔物が出現するように、各地で細工をしていたのだ此奴は。

ずっと眠っていた魔物が暴れるように設定だけして、それで自身は離れていた。

それで足が着かなかったのである。

歴戦の同胞の戦士達は、あたしが一緒に戦った皆ほどの強さはない。だが、あたしが作った装備で身を固めている。

戦況は圧倒的優勢だ。

あたしが手を出すまでもない。

まだまだ追加が出てくるが、平然としているあたしに、敵の方が業を煮やしていた。

「なんだ貴様は! 錬金術師のくせに、なんでそんな高価な装備を猿と人形に渡している!」

「そのものいい、やっぱり神代の錬金術師だね。 顔を見せたら?」

「猿に見せる顔など……くそっ!」

あたしがトラベルボトルに躊躇なく熱槍を叩き込んだので、ついに姿を見せる。

姿を見せたのは、皺だらけの老人だった。

トラベルボトルの閉鎖空間に隠れて未来に逃げたとは言え、時間魔術でトラベルボトルごと移動したのだ。

無理が出ない筈がない。

皺だらけの陰険そうな光を目に湛えた中肉中背の老人錬金術師。それがテロリストの正体だった。

そいつが出現して、あたしの熱槍を防ぎ切るが。

勿論加減した一撃だ。

防ぐだけで、奴は青息吐息である。

「殺す前に聞いてあげる。 動機は?」

「わ、私は錬金術師だぞ! 世界を好き勝手にする自由がある! 私は錬金術師である時点で、生態系の頂点にある! 生態系の頂点にある存在は、全てを好き勝手にする権利を有しているし、世界を好き勝手に変えて良い! 生物学的にも、それは証明されているんだ!」

「バカか貴方」

「なんだと猿が!」

勘違いも甚だしい。

生態系の頂点というか頂点捕食者というのは、生物の補食関係の頂点に確かに存在はしている。

だがそれは、食べるものがいなくなればあっと言う間に滅びるし。

なんなら環境が変わってもあっと言う間に滅び去る。

世界をもっともダイナミックに変えたのは、この星に登場した酸素を産み出すラン藻と呼ばれる存在で。

それはとてもちいさな、生態系の頂点などではなかった。

しかもラン藻がその後世界を支配したなどと言う事もない。

万物の霊長を気取った人間だって、自分を偉いと勘違いした挙げ句に、世界を焼き滅ぼし。旅の人に助けて貰わなければ確定で全滅していた。

その程度の生物だ。

「錬金術師が最強? 笑わせるね。 あたしは他の世界で実際に神やらもっと凄まじい存在を見てきたよ。 最強なものか。 だいたい錬金術師の中でも、神代の錬金術師なんて下も下。 あたしだって、他の世界の錬金術師の凄まじさには、瞠目していたくらいだ。 最強なんて抜かしている時点で、貴方は自分の進歩を止めている。 だいたい旅の人がくれた技術を搾取していただけの癖に、何が頂点だか」

「お、おのれ! 猿の分際で!」

猿猿と五月蠅い輩だな。

放り投げてくる爆弾を、対処する必要もない。

指を鳴らす。

それだけで爆弾を消滅させた。

空間魔術で圧搾したのだ。

あたしが地獄みたいな所であった錬金術師は、相手の存在次元を下げるというもっととんでもない事を思考するだけで実行していた。

つまりあたしの技なんて、まだまだということだが。

神代の錬金術師は、それを見て硬直する。

だが、喚きながら、最強だろう雷撃魔術を放ってくる。こんなもの、避ける必要もない。文字通り全てを焼き焦がすような火力だが。それも旅の人が作った装備による強化がかかってのこと。

此奴が強い訳でもなんでもない。

真正面から直撃を受けて立つ。

防御もしない。

それで、あたしが小揺るぎもしないのを見て。

錬金術師は、蒼白になっていた。

「ば、ば、ばかな! 化け物……!」

「知らないようだけれど、旅の人は今のあたしと互角かそれ以上だったんだよ」

「あ、あり得るはずがない! あんな愚かなはしためが、そんな強さだった訳がない! 私の魔術は、錬金術で強化した、世界を支配するに足るもののはずだ!」

「あの腐った万象の大典から、さっさと離れる判断をしたことだけは褒めてあげるよ。 だけれども、脳みそが腐り果てた優生学にそまった神代の錬金術師の枠を越えることはできなかったね貴方は」

一歩を踏み出す。

あわててトラベルボトルに逃げ込もうとする錬金術師だが。

あたしが既に、それは機能停止させた。

トラベルボトルが動かないのを見て、神代の錬金術師は散々馬鹿にしていた猿のような金切り声を上げていた。

「猿は貴方……いや貴方たちだね。 神代の錬金術師」

「おのれえええっ!」

掴み掛かってくる。

どうでもいい。

いずれにしても此奴は死刑だ。

此奴は恐らく、各地に魔物をばらまいて、テロで恐怖を誘発し。それを利用して、世界の王者になるつもりだったのだろう。

最初こそ初動が遅れたが、あたしがいなくても対応はできた筈だ。

あまりにも人間を舐めすぎている。

特権意識と身内での評価だけで生きてきた人間なんて。

こんなものである。

錬金術師の首を掴む。そのままつり上げる。身体能力が違い過ぎる。こんな枯れ木みたいな脆い体、それこそ砕くのになんの苦労もない。

あたしの体術は衰えていない。

そのまま、熱魔術で燃やす。

生きたまま松明になった神代の錬金術師は、凄まじい絶叫を挙げていた。

「わ、私は高貴な存在なんだぞ! 触る事など、ゆるさ……」

「死ね」

そのまま炭クズになった神代の錬金術師を、あたしは握り砕いていた。

周囲での戦闘も終わっている。

あたしに明らかに恐れを抱いている戦士もいるが、咳払いをしたのは、同胞の戦士だった。

「邪悪は討ち取られた。 此処で討たなければ、もっと被害が拡大していただろう。 それはお前達の家族や恋人だった可能性が高い!」

「そ、そうでした。 失礼いたしました」

「負傷者を確認し次第、撤収に入る!」

あたしが頷くと、同胞の戦士は戦士達をまとめて引き揚げて行った。

一部の同胞の戦士は魔物の死骸を集めて、拠点に持ち帰る準備をしていた。手際が良くて助かる。

あたしはトラベルボトルを拾い上げると、それだけで内部を確認できる。

内部は時間の流れを遅らせる時間魔術で満たされている、ちいさな世界だった。

これに入って、未来に飛んだのか。

バカみたいな事をやったものだな。

他の神代の錬金術師がいなければ、自分が一番になれる。

そう錯覚していたのだろう。

だが、老人になって外に出て見れば。

世界は奴にとって気にくわないものとなっていた。

だから壊そうとした。

それだけの、なんとも浅い奴だった。

直接、生身の神代の錬金術師と相対したのは実は初めてだった。だが、予想の範疇をまるで超えていない愚物だった。

こんな連中に世界は滅茶苦茶にされたんだな。

そう思うと、失った筈の人間性が哀しみを訴えてくる。

本当に人間を品種改良していて良かった。

ありのままの人間が素晴らしいと、無根拠な人間賛歌を垂れ流していた愚劣な生物は、もうこの世界にはいない。

神代は、これでやっと最後の一人が死んだ。

やっとこの世界は。

明日に向けて、歩き出すことができるのだ。

 

本拠に戻ると、クラウディアが来ていた。

一連の出来事は把握して、既に復興作業などの予算を出してくれている。

すっかり世界の裏方が似合っている。

悪辣な裏方だったら対立することになったかも知れないが。

クラウディアは極めてクレバーで合理的で、そして公平だ。

そして今も会いに来ると、お菓子を出してくれるし、お茶も淹れてくれる。

今ではすっかり流通するようになった砂糖を豪華に使ってくれるお菓子は。今でも、甘いと感じた。

「お疲れ様、ライザ」

「クラウディアもね。 後始末、それなりに大変だったでしょ」

「人間が無計画に増えなくなった頃から、管理はあんまり大変ではなくなったよ。 悪さをする輩も、露骨に減ったしね」

そういえば、最後に犯罪組織を潰した報告を受けたのは、三十七年前だったか。それもごくちいさなものだった。

茶菓子を食べながら、軽く話す。

「宇宙計画の打診が来てる。 そろそろ、ライザが世界に関与しなくてもいい時代が来ようとしているかもしれないんだ」

「もうそんな時代なんだね。 今の人類だったら、無作為に他の種族を襲ったり、屈服させようともせずに、融和を図れそうだね」

「うん。 タオくんが苦労して色々法律を整備してくれたからね。 悪さなんてできようもない」

「あいつは凄かったな。 多分人間史上最高の知恵者の一人だったんだと思う」

他の皆のことも思い出す。

レントは晩年まで各地を旅して、一人で世界を見てまわった。

結局結婚はしなかったらしい。

それでも、今でも各地にレントの伝説は、最強の剣士として残っている。

途中からは、義賊三人組と一緒に各地を回ったらしい。時にレント達の逸話は、喜劇として残っているそうだ。

パティはアーベルハイム国の女王として辣腕を振るったが、血縁での権力世襲をしないことを名言。

それを法制化して、以降もアーベルハイム国は優れた為政者を出し続けることになった。まあ、あたしもクラウディアと同胞と一緒に悪さをする連中を後ろから駆除してはいたのだが。

いずれにしても、今の世界の安定を作ったの表の立役者はパティで。最強の剣士の一人と言う点でも、レントとどちらが上かで今でも議論があるそうだ。

あたしから見ると、攻めのパティに守りのレントで、甲乙つけがたいが。

ボオスはクーケン島の名長老として過ごしたが、晩年は養子に後を託してクーケン島を去った。

以降はオーリムでくらして。

キロさんと最後まで仲睦まじく過ごしたそうだ。今も数人の子孫がいて、時々会いに行く。

リラさんはウィンドルの復興の過程で、キロさんの次に奏波氏族の長になった。

白牙氏族はもうリラさんしかいなかったし、それで良かったのだろう。

アンペルさんは許される範囲でウィンドルに技術を整備して、生活をある程度楽にした。まだウィンドルは復興の途上だが、それでもアンペルさんが残した技術は大切に使われていて。

オーレン族に対しては、時々あたしも技術的なアドバイザーをしている。

そろそろ、交配しても母胎に害が出ない特効薬ができると思う。

そうなったら、全面的な交流を解禁しても良さそうだ。

セリさんはオーリムの植生回復に一生を注いだ。クリフォードさんは生き残りを探しながら、最後までコンビを組んでいたらしい。

二人は結婚はしたが、子供は一人だけだった。

その辺りの理由はあたしにはよく分からない。仲睦まじい夫婦には見えていたが。

ディアンは立派な験者になってから、何度か会いに行った。

フォウレの里は、今では森とともに生きながら、それでいて立派な集落にもなっている。

都会でありながら、森と共存出来ている素晴らしい場所だ。

それを実現したのは、大人になってすっかり落ち着いたディアンが、あたし達と各地で見たものを生かしたから。

以降も、フォウレの里では、有望な人間に留学をする支援制度を組んでいるようである。

サルドニカは今は技術都市である。

フェデリーカがしっかり整備した技術基盤が今でも生きていて、職人の街が、そのまま技術の街になった。

フェデリーカが亡くなってから二百年後くらいには、自力で工場などの整備もできるようになり。

今ではあたしが出向かなくても、自力で自活できている。

その分与太者の類が一番しぶとく活動していた地域でもあったが。

あたしとクラウディアが念入りに駆除したから、今はもう平穏だ。

人間の品種改良が済んだ今となっては、今更湧くこともないとは思うが、それでもいざという時に備えてはある。

あたしは、油断するつもりはないし。

堕落もするつもりもない。

それは仮に人間が宇宙に出たとしても同じだ。

もしも人間がまた悪さを初めて、堕落する場合は。

全部まとめて叩きのめして、再教育する。

それが今のあたしの責任。あたしには、それができる力もある。

外の世界であった錬金術師によると、銀河規模文明くらいまでなら、単騎で制圧が可能だそうだ。

というわけで、人間には今後もしっかり今のままで過ごして貰うとする。

「さて、私はそろそろ行くね」

「お墓参り?」

「うん。 定期的に行っているんだ」

「みんな喜ぶよ」

頷くと、クラウディアは席を立つ。

あたしは見送る。

以前とは逆の構図だが。人間社会に関わっている濃度で言うと、今はクラウディアの方が上だ。

あたしは伸びをすると、幾つか進めている研究を、完成させる事にする。

技術は人間にさえ無作為にばらまかなければ。

どれだけ極めても問題ない。

何かとんでもない問題が起きたときのためにも。

あたしは錬金術を極めておく必要があるのだった。

 

エピローグ、星を見上げて

 

宇宙開発センターにて、エントはロケットの打ち上げを見守っていた。

エントは知っている。

自分の先祖は、アインと呼ばれていた。

アインの素性も知っている。

どういう運命を辿ったかも。

アインの一族は、ずっと同胞と呼ばれる世界の管理組織の者に見守られてきた。悪行を犯す者もいたが、そういう輩は容赦なく駆除された。それは他の犯罪者も同じ。

ただアインの一族はそれほど多くは無くて、エントの他にどれくらいいるのかはよく分からないが。

それでも十数人程度、ということだった。

カウントダウンが行われ。

そしてロケットが打ち上げられる。

轟音とともにロケットが空に伸びていくのを見て、喚声を挙げる人々。

既にこの世界の資源は尽き掛けている。

まずは火星と金星を目指し、更にはアステロイドベルトを目指す。

混沌の時代には、その辺りまでは探査衛星を飛ばせていたらしいが。人間そのものは月にまでしかいけていなかったらしい。

だが、今後は違う。

科学と錬金術が高度に融合した今なら。

きっと、星々の海にまで、人間は出られるだろう。

エントはここの一職員。

アインの遺言は、一族に伝わっている。

私は、偉大な人に助けられた。偉大だけどとても怖い人だった。でも、自分の感情で相手を決めてはいけない。だから怖くて苦手だったけれど、最後まで敬意を払った。

優しいお母さんとその一族の人がずっと助けてくれた。

だけれども、ずっと幸せに生きていたわけじゃない。

愚かな人に全てを一度滅茶苦茶にもされた。そこから助けて貰ったのだ。

今いるのは、周囲の偉大な人達のおかげ。

でも、周囲に愚かな人達も常にいることは忘れてはいけない。

だから、せめて自分だけは善であろうと心がけなさい。

周りがどれだけ邪悪であって、それが普通であっても、迎合してはいけません。

私を助けた人達は、みんなそんなおろかな「普通」を憎んでいたし、迎合もしていなかった。

だから、誇り高くありなさい。

同時に、何を為したとしても、自分が一番偉いなどとは、絶対に思わないように。

そんな言葉だ。

アインという人は大往生を遂げて。

そして今も血が継がれている

エントにだ。

ロケットの試験は成功。次は月にコロニーを作り、植民を開始する。その後は火星、金星。

そしてアステロイドベルト。

順に進んでいく事になるだろう。

打ち上げの宴を終えて、自宅に戻る。

そうすると、招集があった。

バレンツ財団から、科学者が集められているという。エントにも、一応声が掛かっているそうだ。

すぐに出向く。

世界的な科学者ばかりだ。

なんの招集だろうと待っていると、現れたのはライザさん。此処にいる人間なら誰もが知っている、この世界の黒幕の一人。

でも、この人が救ってくれなければ、世界に今はなかった。

若々しい姿だが、既に千年以上も生きているという話である。

今ではホムンクルスの存在は公然の秘密だから、別に誰も驚かない。

「宇宙進出、おめでとうございます。 今日直に姿を見せたのは、そろそろオーリムとの交流プロジェクトを本格的に行うべきだと判断したからです」

「ついにですか」

学者のリーダー格である人物が立ち上がる。

タオの生まれ変わりとまで言われる程の俊英だが、果たしてそれはどうか。あっちはあらゆる学問に精通し、この世界の統一政府の法の元になった「アーベルハイム法」を整備までした偉人の中の偉人だ。

学者の中では、オーリムの存在は公然の秘密。

今までも物資のやりとりくらいはしていたという噂があるのだが、本格的に始めるとなると話が違う。

いわゆる神代に、多大な迷惑を人間がオーリムにかけたと言う話である。

色々と軋轢が予想される。

だが、資源枯渇が目前である今。

オーリムと協調するのは必須だろうとも、エントは思う。

「プロジェクトの支援はあたしとクラウディアから行います。 此処にいる学者陣は、バレンツが準備する経済チームと連携して、オーリムとの交流プロジェクトの具体的な立案をお願いいたします」

「分かりました。 ただちに取りかかります」

「人類の近縁種であり、あらゆる点で優れているオーレン族か。 直に交流を持てるのは光栄であり、なおかつ興味深い!」

「技術的には此方が優れているようだが、彼方の方が優れている点も多い。 交流には慎重にならないとな」

みながわいわいしている中。

紹介されるのは、ちいさな生物だ。

フィーというらしい。

首に掛けているちいさな道具は翻訳装置らしく、言葉を翻訳してくれる。

「オーリムの大使として選ばれたフィーです。 ライザ母さんとともに、皆を支援させていただきます」

「ライザ殿の知り合いなのですか」

「神代の手によって滅ぼされた僕の一族を復活させ、世界に起こる竜風を最大限軽減してくれたのが母さんです。 以降、交流プロジェクトに参加させていただきます」

そうか。

滅ぼされた存在が、こうして手をさしのべてくれる。

それはとても嬉しい事だと思う。

エントは早速、積極的な意見交換に参加させて貰う。フィーさんはとても賢くて、学者達もたじたじだ。

話によるともう千年近く生きていると言う事で、博識なのも当然かも知れない。

別に人間は世界で一番優れて等いないのだ。

それを理解しただけで、人間はずっと上手に世界とやっていけるようになっている。

幾つもの案が出る中。

ライザさんは嬉しそうに場を見やると、いつの間にか姿を消していた。

後は任せて大丈夫だと思ったのだろう。

悪には文字通り一切容赦しない人だが。

それでも、あの人は自身で悪を為す事はしない。

任されたのだ。

少しでも、世界のためになることを自分でもしよう。

エントはそう決めると。

フィーさんと意見交換をしながら。

具体的なオーリムとの交流プロジェクトについて、案を出していくのだった。

 

(暗黒錬金術師伝説、暗黒!ライザのアトリエ3・完)