冒険の終わり

 

序、魔界最深部

 

先に打ち合わせを済ませた。

相手はもう警戒態勢。足を踏み入れればどう迎撃してくるか分からない。

混沌の時代の兵器やらで応戦してくるかも知れないし。空間魔術や時間魔術で殺しに来るかも知れない。

門を開けた瞬間、逆になだれ込んでくる可能性もある。

だから、入念に打ち合わせをした。

まず入口付近の安全を確保する。

これが絶対だ。

タオが地図を起こしている。これについては、母の情報と、以前アインが杖を入手するために侵入したときの視覚情報を参考にする。

それによると、酷い瓦礫だらけの状態は、入口付近で既にそうなっているという。

また、管理区はそもそもとしてセキュリティが堅いのもあるのだが、構造体がどこにどうなっているかも分からないと言う事で。

文字通り手探りになるし、奇襲だってどう対処するか、それぞれに任される事になる。

ともあれ入口だ。

ガイアさんが、最初に行くと言う。

それで即座に戻れるようなら、何かしらの危険はない。

ガイアさんは言う。

「我等同胞の希望もアイン様の希望も見えた今、少なくとも最も危険な任務は私が買って出る。 レントどのの力を疑うわけではないが、最前衛は任せて貰いたい。 如何なる卑劣な罠があるか分からない状態だ。 誰かが捨て石にならないとまずい。 それは貴殿等の誰であってもならないのだ」

「ガイアさん、本当に良いんですね」

「ああ。 むしろすがすがしい気分だ。 同胞には新しい世界と、多様性においても未来が開けている。 そのための道を更に開くためだ。 最後の世界の癌を討ち取るためなら、私が盾になる」

そうか。

では、頼むしかない。

レントはいいのかと視線を送ってくるが、実際問題時間魔術や空間魔術で着地狩りをされたら対処のしようが無いのである。

頭を下げて、あたしからも頼む。

他にも数名の同胞の戦士が決死隊を買って出てくれた。皆、ベテランもベテランの戦士ばかり。

一人が言う。

「私はロテスヴァッサで散々人を斬った。 腐敗貴族の中で度を超した行動をしている者、錬金術を不用意に蘇らせて蓄財をしようとしていた者、他にも愚かしい行動に手を染めていたものを。 ダーティーワークが私の人生だった。 だが、今回は違う。 光のために戦える」

「先鋒は任せられよ。 空間魔術も時間魔術も連発は不可能だ。 最悪の場合にも、貴殿等が倒れる事はない」

頷く。

あたしは、鍵を門に刺す。

そして、門を開いていた。

即座にガイアさん達数名が飛び込む。

固唾を飲む一瞬。

しばしして。

呆然とした様子で、ガイアさん達が戻って来た。

完全に肩すかしを食らった顔だった。

「安全……だったんですか?」

「ああ。 入ってくれれば分かる」

「分かりました。 レント、パティ。行くよ。 他の皆も順次続いて」

「おう」

レントが最前衛で、門に飛び込む。続けてあたしとパティ。更に続いて、皆が。

そして、其処で見たのは。

もはや研究区の惨状よりも凄まじい。

アインの視覚情報の時よりも、更に荒れ果てた、管理区の姿だった。

見回すが、殺気も何も無い。機械類も動いていない。形のある建造物は一つも残っていないのではないだろうか。

クラウディアが音魔術を展開。

そして、断言していた。

「私達以外に心音はなし。 機械の駆動音も極めて少ないみたい」

「つまり生きている錬金術師はいないということだね」

「どれ、わしも調べる。 周りを固めてくれ」

カラさんも探知魔術を展開。

また。固まっているところを狙われるとまずい。即座に散開して、周囲を調べる。

「スタンドアロンの端末」に「最低限の情報」だけを入れて、母もきている。タブレットというらしい端末は、ちかちか光って情報を収集していたが。

やがて、結論を出していた。

「迎撃戦力、存在しません。 これは、以前よりも更に荒れ果てています」

「わしの探知魔術にも何も引っ掛からぬ」

「とりあえず、何が此処で起きているか、調べないといけないね」

散開して調査するのは悪手だ。勿論一発で全滅するような事態は避けなければならないから、ある程度は散開するが。

此処は敵地で、何があるか分からない。

分散して探索して、各個撃破される愚だけはおかしてはならない。

周囲を見回すが、この瓦礫は何だ。派手に崩されているというか、まるで規則性が見えないというか。

「ライザ!」

アンペルさんが手を振って来る。

すぐに皆が集まる中、アンペルさんがアレをと指さした先には。

テントらしきものがあった。

テントと言っても崩れ果てた瓦礫の中で、それだけが異質と言うだけ。他にも何もかもが崩れ果てている場所だ。

家もなければ、施設もない。

そんな中で、襤褸切れだけ組み合わせて、作られた掘っ立て小屋。

近付いて見ると、其処には。

死蝋化した死体が幾つか。

腐る事さえなかったのだ。

此処には、腐る要因となるような細かい生物も存在しなかったのだろう。

散らばっているのは書物か。

どれも錬金術の書物とみて良い。だが、極めて乱暴に扱われていて。それどころか、暖を取るのに火にくべていた様子さえあった。

なんだこれは。

「おい、アンペルさん。 これは一体何だ。 神代の錬金術師共は、どうしてこんなことを……」

「手記を見つけた」

クリフォードさんが、散らばっている本の中から手記を見つけ出す。

ガイアさんが、周囲の警戒をしてくれる中。

あたしも、積まれている本を見た。

どれも暗号化されていて、全く読めた内容ではない。恐らく暗号の解読も含めて、子孫に要求していたのか。

いや、こっちの本は普通に神代の言葉で書かれているが。

この書き殴られ方はどうだ。

タオが内容を見て、それで呻く。

「これ、ライザがやってる錬金術とは比べものにならない、アトリエで何度も聞かされた初級も初級の内容ばかりだよ。 書き殴られているのは怒りの言葉だね。 どれも実現できない。 本当はこんなの嘘っぱちじゃないのか、ってね」

「錬金術は才能の学問だからね。 出来ない人は何をやっても無駄なんだよ。 どうやらアインを惨殺した奴だけじゃなかったみたいだね。 基礎的な錬金術もできなかった人間は」

「……皆、一度此処を離れよう。 色々と……ロマンとは真逆なことが分かった。 その上で、多分目的もできたと思うぜ」

クリフォードさんが。ほろ苦い口調で言った。

あたしは、死蝋を一瞥すると。

皆を促して、一度門から、生産区に戻るのだった。

 

念の為に門は閉じておく。

理由としては、母の発言によると、それだけ管理区の支配をしている「大典」が非常に強いという事。

それによって、制圧地域の方に小火が起きると面倒だからだ。

とりあえず戻る。

幾らかの本は回収してきたが、本当に暖を取るためだけに扱われていたようだ。それもこれは、どれも神代の錬金術師達が自分で書いた本。

旅の人が書いた本ではないとみて良いだろう。

連中にとっては神格化した自分を示すような代物だった筈。

それが火にくべられていたのはどういうことなのか。

生産区から居住区に戻り、クリフォードさんが話す。

あたしのも含めて、皆の視線が集まる中。クリフォードさんは。淡々と結論から言った。

「結論としてだが。 オーレン族への侵攻をしかけて反撃を受けてから、100年ももたなかったみたいだな、神代の錬金術師どもは」

「続けてくれ」

「神代の錬金術師共は、壊滅的なダメージを受けた。 其処から立ち直れなかったんだ」

クリフォードさんが、淡々と破滅の詳細を話してくれる。

そもそもあの管理区は、「錬金術士では無いと使えない」施設ばかりだった。それが仇になったのだ。

居住区は危険もあって足を踏み入れられない。

管理区で生活しようとしていた錬金術師達は、システムに拒まれたのである。

錬金術士で無い方にお出しできるサービスはございません。

そう言われ。食事も水も、誰も供給されなくなった。

「機械にさえ、錬金術が使えない事を見透かされたのか」

「ああ。 それでもまだ初歩的な錬金術を使える者がいる間は生活が出来ていたようだがな。 それもすぐにいなくなった。 まあ近親交配で血が濃くなればそうなるよな。 予想通り、親子兄妹で当たり前のように子供を作った結果、まともな子供なんか生まれなくなった。 あそこにいたのは、最後の一家だったようだ」

他の奴はみんないなくなった。

恨み節とともにそれが記載されていた。

息子は随分前から動かなくなっている。多分病気だが、どうにもできない。勿論もう死んでいる。そんな事は分かっているが、現実を見たくない。

錬金術師以外は全部猿だ。権利などある訳がない。

そう先祖は決めて、機械にもそう設定した。機械はそれを忠実に守った。だから水も食糧も、治療もしてくれなかった。錬金術ができれば、機械は言う事を全て聞いてくれる。なんでもしてくれる。その逆だ。錬金術なんかできない人間だけになったら、機械は俺たちをただの猿としか見なくなった。全部身から出た錆だ。俺たちはバカな先祖の尻ぬぐいを、生まれた時から障害だらけの身で受けなければならなかった。

今日も先祖が残した偉大なレシピを燃やして、残っている食糧を細々と囓る。それもなくなったから、先祖の死体を囓る。それで腹を下して、妻が死んだ。妻は妹だった。息子は死蝋になっている。俺もその内死ぬだろう。

この世界を出たい。

そう息子は言っていた。

だけれども、機械共はそれすら許さなかった。

その機械共も、どんどん壊れてる。奉仕する相手がいないだとかで、大典とか言う狂ったシステムが誤作動を起こしまくってるんだ。

多分明日は迎えられないだろう。俺は元々足が殆ど動かなかった。食糧だって取りに行けない。

妻と息子の死体を食うのだけは嫌だ。

先祖は大典とともにあるとか言う話だったが、そいつらのせいだ。

旅の人って世界を救った存在をずっとバカにし続けていたらしい先祖だが。その報いが全部俺たちに来たんだ。

眠くなってきた。

悪夢がこれで終わるのだ。

良かった。

俺もそっちに行く。

それで、手記は終わっていた。

クリフォードさんが、顔を上げる。あたしは、言葉が出なかった。

「灰燼に帰しに来てみれば、全部死んでたし、機械も狂って暴れていると。 ライザ、どうするよ」

「……そうなるとあたしを呼びつけたのは大典なのかな。 どっちにしても迷惑極まりないシステムだし、破壊しないと」

「俺は其処まで即座には切り替えられん。 此処には邪悪の権化が今でも高笑いしながら居座っていると思っていた。 だから、戦いのモチベーションがあった。 だがな、此処にいたのは悲惨な運命を辿った子と、それで自我を得た機械。 世界を守ってきたホムンクルス達。 それと狂った機械が残っていたか。 でも、気持ちを整理できん。 此処にはロマンがない。 微塵もだ」

「そうだな……俺も正直、何から守り、何を斬れば良いのか気持ちの整理がつかない」

クリフォードさんが、がっくり肩を落としていた。

レントもである。

神代の悪行は、此処までで散々見せつけられてきた。

だが、その末路は。

自業自得にも程がありすぎる、哀れすぎるものだった。

「ライザ、大事な事がある」

「アンペルさん」

「管理区の動力炉はまだ稼働している。 止めるにしてもなんにしても、確認が必要だ。 今この手記を見たが、まずい事が書かれている」

恐らくアンペルさんは、既に神代のカス共が全滅していることを悟っていたからだろうか。冷静だった。

そして、恐ろしい事が告げられる。

「動力炉の詳細がわかった。 此処の動力炉は、元は世界に生じている余剰の力を僅かずつ集めて、それで稼働していたんだ。 だが、旅の人を幽閉した神代の錬金術師どもが設定を弄った。 今では各地の竜脈と直接つながっていて、その気になれば世界を数日で枯らすこともできる程に吸い上げができる」

「!」

「なんじゃとっ!」

「すぐに設定を変えましょう。 後は位置ですが」

入口付近で迎撃はなかった。

だが、流石にその動力がどうなっているかは分からない。

皆を叱咤する。

すぐに、また戻ると。

あの哀れすぎる末路について考えるのは後だ。今はとにかく、世界を破綻させかねないものを、一つずつ処理しなければならない。

へこたれている皆は多い。

同胞の戦士達ですら、唖然としていた。

だが、世界が終わりかねない危険極まりない代物がまだ生きているのだ。それをどうにかしなければならない。

最悪の場合は破壊するか。

いや、待て。

竜脈と直接接続しているのなら、或いは。

「とにかく設定を確認しましょう。 竜脈と接続しているのなら、ひょっとすると……」

「ひょっとすると、なんだライザ」

「オーリムのフィルフサを、此処から全滅させられるかも」

「!」

ボオスが顔を上げる。

あたしも今更隠しても仕方がない。説明をする。

フィルフサは竜脈経由で狂気の源泉の動力を得ている。恐らく神代の錬金術師は、高みの見物をしながら、片手間に世界を滅ぼさせるつもりだったのだ。

ただ、それすらもできない状態になった。理由はわからないが。さっきの手記にあった破滅が、想像以上の速度で進んで、操作できる者がいなくなった可能性もある。

東の地でも神代の錬金術師はオーリムと並行で行動していたようだし。操作できる人間を、タームラさんがその時斬ったのかもしれない。

或いは此処に乱入したカラさん達オーレン族が、知らない間に殺していたのかも知れない。

いずれにしても、狂気の源泉のシステムを把握した今のあたしなら。オーリムの竜脈とも接続している動力源をいじれるなら、こっから全部自爆させることが多分可能だ。王種がそれで全滅する。

王種が全滅すれば、フィルフサはそれでおしまいだ。

正確には狂った生物兵器としてのフィルフサがおしまい。全て地に帰る。ただの寄生生物に戻り、無害な存在へと戻る事ができるのだ。

「魅力的な提案ですが、動力源を今触るのは危険だと思われます」

「詳しくお願い出来ますか」

「管理システム大典は、まだ稼働しています。 それは確認済みです。 動力を弄られるとなれば、恐らくは全力で抵抗してくるでしょう。 まずは大典を破壊しないと、危険すぎて動力の設定変更は推奨できません。 一体どんな抵抗をしてくるか、想像もできないのです」

母はそう淡々と言う。

だが、あたしはむしろそれを聞いて、にっと笑っていた。

みんな心が折れかけている。

それは敵が強大だったからじゃない。

あまりにも惨めで哀れすぎて、存在しなかったからだ。

「敵性勢力は感じ取れなかったわ。 生物兵器ではないのかな」

「大典の詳細はデータが残されていなかったのでわかりません。 もしも防衛機能がついているとしたら……それは恐らく、旅の人が危急時に設定したものでしょう」

「そうすると、神代鎧とは次元違いの相手になるかも知れない?」

「何とも言えませんが、あれらより弱いとは考えにくいでしょうね」

これでいい。

クラウディアも、今の話を聞いて、ぐっと顔を上げていた。

クリフォードさんも。

レントも。

心が折れかけていた皆が、頷いている。

此処での事は、それを片付けたあと、ゆっくり考えれば良い。

勝って笑って、それで。

それぞれの未来に進めば良いのだ。

冒険を終わらせよう。

其奴を倒せば、後は事後処理になる。それは時間を掛けてやっていけばいい。

最悪でも、此処を脱出する時間は余裕を持って取る事ができる。

ただ、確率が百分の一であっても。これ以上の狼藉が起きるのは許されない。

神代の錬金術師の馬鹿騒ぎに、これ以上世界をつきあわせるわけには行かないのだ。

「逆に考えよう。 多分その竜脈動力源に近付けば、大典とやらは動く。 そこで決戦を挑める。 ……何処を攻撃したらまずいか、その「スタンドアロン」の体で指示をお願いします」

「分かりました。 錬金術師ライザ、貴方に私の、アインの、同胞達の未来を預けます。 お願いいたします」

皆も頷く。

戦いが始まる。

このチームでの、最後の戦いが。

それは、フィルフサとの、いつ終わるかも分からない絶望的な代物とは違う。

今後の展望が見えている、明るい。

希望に向かう戦いだった。

 

1、大典

 

瓦礫だらけの場所を進む。所々、死蝋化した死体が落ちているが。機械にでも殺されたのだろう。

ぐちゃぐちゃに破損しているケースが多かった。

或いは大典にやられたのかも知れない。

ただ、稼働しているロボットやらは見た所ほとんどいないようだ。瓦礫も片付いていない。

生産区や研究区が、ある程度は。特に研究棟などの清潔さが求められる地点はロボットが綺麗にしていたことを考えると。

これはやはり、異常事態なのだろう。

瓦礫が折り重なっていて、凄まじい有様だ。

大きな建物があったのだろうが、完全破壊されている。

中にあったのはなんなのか、それすらも分からない状態だ。ただ、彼方此方にトラップが生きているようなこともない。

なんとなく、此処だと分かった。

クリフォードさんが、気を付けてくれと促してくる。

あたしも、頷いていた。

それは噴水のように見えた。

あたしは前に進み出る。周囲には、皆が探知の魔術を展開してくれているし、クリフォードさんが側についている。

この人の対奇襲能力は間違いなく世界最強。

もしもそれを突破されるようだったら。

誰でもダメだ。

しばし、周囲を観察して回る。この噴水、やっぱり竜脈から魔力を吸い上げている。しかし、どうやってだ。

制御装置は何処にある。

いや、これだ。

あたしは、噴水の縁に触る。

埃を被っていたそれが、ふっと光り、光学コンソールが出現する。

「ようこそ錬金術師様。 ご命令を」

喋りはするが、神代の錬金術師と同じだな。あたしは無視して、タオを呼ぶ。操作してもらう。

できない事もないが、神代の言葉がわからないから、二度手間になるのだ。

空間把握ができるのと、言葉が読めるのは別の問題である。

しばしタオが操作して、光学コンソールを多数展開する。

あたしは指示を出す。

やがて、タオがそれを見つけていた。

「あった。 竜脈からの力の吸い上げだ。 ええと……あれ」

「どうしたの」

「ロックがかかってる。 多分神代の錬金術師が勝手に触らないように、旅の人が制限を掛けたんだ。 最上位権限で固定されていて、いじれないようになっているね。 最上位権限は、多分大典というのがそうだよ」

「そうなると、ますますまずいな」

大典とやらが此処をろくに管理していないのはよく分かった。

瓦礫の中などには、レーザーとか言う殺戮の光が張り巡らされている場所もあるが、侵入者対策のトラップなんかはない。

そうなると。

あたしはタオに離れて貰う。

熱槍を出現させる。

これはグランツオルゲンを混ぜた合金でできているが、これは危機として認識するはず。

さて、出てこい。

熱槍を、動力炉の上でどんどん火力を上げていくと。

やがてそれが、横殴りにかき消されていた。

「万象の大典動力炉への危険行為を確認。 排除に移行します」

「来たぞ! 全員備えろ!」

「……でも来ないね」

アラームが鳴り響いている。

だけれども、何も現れない。

これは、さては。

恐らく、万象の大典とやらは、自分だけを守るしかできない状態なのだな。そう判断する。

いずれにしても、操作ができないなら後回しだ。

万象の大典がどんな機械だか知らないが、戦闘のために竜脈から垂れ流しで力を吸い上げたりするかも知れない。

それは、されたらまずいのである。

「アラームの発生源は彼方此方にまだかろうじて生きている機械類からだね。 問題はそれを発した場所だけれど」

「いや、見つけたぞ。 何か目覚めたようじゃ。 熱源がある。 今までは眠っていたのだろう」

カラさんが、こっちじゃと指さす。

同胞の戦士達が前衛に立ってくれた。

皆で進む。

瓦礫だらけの道には、彼方此方に死蝋化した死体があった。いや、それだけじゃない。

白骨化しているものもある。

これは、酷い死に方をしているが、神代の衣服じゃないな。

連れてこられた錬金術師か。

そうか、此処で末路を迎えたのか。

此奴らは神代の錬金術師と同じメンタリティの連中だったが。それでも後悔しながら死んで行った。

だとすれば、此奴らの犠牲者も、少しは浮かばれただろうか。

走る。

カラさんが、この先じゃと叫ぶ。

瓦礫がうずたかく積もっていて、乗り越えないとまずいな。見た所、例のレーザーとかが張り巡らされている。

危ない。

あたしはクラウディアと連携して、レーザーだかを出している機械を、全てまとめて焼き切る。

防衛装置が消えた。

五月蠅いアラームはずっと鳴り響いているが、ガーディアンが出てくる気配はない。

やはり、もういないと見て良かった。

「ライザ、これ多分だけれど、爆弾による自主的な破壊だよ」

「爆弾?」

「うん。 ライザが作る奴ほどじゃないけど、かなりの火力の爆弾。 多分だけれど、破滅に向かう100年の間で……ヒステリーだのなんだので、生きる事も逃げる事も満足にできなくなった錬金術師達が、効果もよく分からない爆弾を使って、互いに殺し合ったんだ」

そうか。

効果も分からない爆弾を使ったのだとすれば、自分も巻き込まれたんだろうな。

急激に数を減らしたのは、それも理由だったんだろう。

タオは遺跡探索のスペシャリストだ。

だから破壊の形跡から、何が起きたのかを推察できる。

此処は間違っても自然な劣化が起きる様な遺跡では無い。

それに、瓦礫の有様からも、それが結論として出るのだろう。

瓦礫を乗り越える。

見えてきた。

長い階段があって、塔みたいなのが見える。

階段の途中にも、引きずられてきた錬金術師らしいのが死んでいる。白骨化すらせず、死蝋化してだが。

ただそれよりも問題なのが。これは殺されたと言うよりも。

クリフォードさんがぼやく。

「逃げ出して、転んで階段で首を折って死んだんだな……」

「神代の錬金術師共は、大典とやらに何を命じていたんだ?」

ボオスが、死体を見て呻く。

それについては、本人に問いただすしかないだろう。

階段の途中にトラップはなし。

先にある塔は全く無事だ。そういえば、少し離れた所に、空間魔術で守られている家屋みたいなのがある。

あれが、もしかして。

いや、それはいい。

あたしは、旅の人の杖を取りだす。

ひょっとすると、これで大典を無力化出来るかもしれない。

階段を上りきる。

其処は透明な床が何処までも拡がっている、不可解な空間だった。此処だけは綺麗にされているようだ。

いや、違う。

透明な床は、今展開されたんだ。

塔の中から、何か巨大なものが出てくる。

それは星図に見えた。

何かを中心殻にして、多数の色の球体が回転している。ただ星図なだけはない。極めて高度なからくりだ。

あたしは、旅の人の杖を向ける。そうすると、明らかに反応を見せていた。

「錬金術師を確認。 検索に該当なし。 在野の錬金術師と判断します」

「貴方が大典?」

「はい。 当機は此処、世界管理センター万象の大典「後に命名されました」の管理システム、大典となります」

妙なしゃべり方だな。

後に命名されたと言う事は、まあ神代の錬金術師が名付けたのだろう。

万象の大典なんて大それた名前、身の程知らずかバカでもなければ自分の家につけようとは思わない。

そして、旅の人がそうだったとはとても思えない。

「此処に連れてきた錬金術師達はどうしたの? そもそもどうして錬金術師を呼んだの」

「当機は「後から命令を受けました」行動に従って、在野に存在する都合が良い肉体を集めるために呼びかけを行っていました」

「肉体だって……」

「一部の錬金術師は、、その意識を機械に移しました。その新たな器として、優秀な肉体が必要だったのです。 錬金術が使える事、それも最低限の才能が存在することが条件として求められました」

ああ、なるほど。

全部、何もかも合点がいった。

ボオスが言う通り、此処にいた連中は万象の大典とか抜かしていた奴らだ。全てを知っていて、何でもできると思っていた。

そんな連中が、在野の人材なんて招くのはおかしい。

だったら、そんな連中がすることは。

生け贄の肉を欲することだったわけだ。

「命令の上書きはできる? 旅の人の杖はあたしが手にしているけれど」

「できません。 貴方が旅の人と呼ぶ原初の存在は、信頼出来る錬金術師にだけ管理権を与えました。 最後に管理権を持っていた錬金術師は1811年前に生命活動を停止しています。 血統をつぐものであれば錬金術師であれば命令の上書きも許されますが、それも1220年前に全てが絶えました。 それである以上、最早当機の命令は更新されません」

「そう。 じゃあ残念だけれど破壊するしかないね」

「それは当機に対する宣戦布告と判断します。 排除形態に移行」

来るよ。

あたしが叫ぶ。

全員が展開。万象の大典は、回転する多数の球体という不可解な姿から、形を変えていく。

それはなんというか。巨大な蜘蛛だろうか。

恐らくエーテルで構成されている多数の腕が、球体を守るようにして出現している。

半透明の腕は高濃度のエーテルで揺らめいていて、美しいと言うよりも明らかに禍々しい。

からくりや機械というよりは、まるで邪神だ。

球体の数々は、蜘蛛の体を構成する節や、或いは目に見える。

おぞましい姿だが。生物的では無い。

生物を弄くり回して作り出した、神代の錬金術師ご自慢の生物兵器とはこれは違っている。

神代の錬金術師があれほど馬鹿にしていた神代鎧の技術と、奇しくもこれは似ていると感じた。

正解はこっちだったのだろう。

目の前にいるのは、多分旅の人が作成に関わった、最強の錬金術の産物。錬金術製の邪神と言って良い。

だが、上等。

こちとら魔王たらんとしている存在だ。

邪神なんぞ今更怖れるものか。

まずは挨拶代わりだ。

あたしはノータイムで蹴りを叩き込む。

半透明の足の一本が、それを防ぐ。

やはり、ぐにゃりと空間がねじれる感覚。空間魔術使いか。

今までの総決算の戦いになるな。

あたしは、そう感じた。

 

フェデリーカは、心に罅が入った事を感じていた。

分かっている。

今までも、悲惨なものをたくさん見てきた。

それは何も、ライザさんと一緒に旅をして、神代に関わり始めてからではない。

魔物の爪に掛かると、文字通り吹き飛んでしまう人の命。

幼い頃に死んでしまった婚約者が生きていてくれたら、こんな事にはならなかったのだろうかとも思うが。

それ以降だって、やれ魔物が出たと話が来ると。

それは人が死んだとセットであったし。

視察に行けば、グチャグチャに殺された人の死体なんて、幾らでも見る事になった。

神代の錬金術師という諸悪の根元の存在を知って。

そいつらがやってきた悪逆非道の数々を見て。

それでもフェデリーカは、悪を押しつけて全てそいつらのせいだったとは思えなかった。ライザさんも言っていたが、はっきりいって神代の錬金術師の愚行の数々は、その辺にいるチンピラと大差なかったからだ。

違うのは、テクノロジーを持っていたかどうか。

テクノロジーをもったチンピラというだけで、人間とは違うとまで、フェデリーカは思わなかった。

だからこそ、それで何もかもが壊れて行くのが辛かった。

そいつらのせいで、世界を復興しようとした、多分人間でも最大の偉人が無惨に死ぬ事になったことも。

世界が復興しなかったことも。

それどころか其奴らが考える美しい世界のために、再度滅茶苦茶にされたことも。

異世界オーリムにまで多大すぎる迷惑を掛けたことも。

それらが確実に心を蝕んでいた中。

ライザさんが、決定的に壊れた。

それも、フェデリーカの言葉が切っ掛けになったのは明確だった。

神楽舞の精度が上がれば上がるほど分かる。

クラウディアさんも、もう人間を止めている。

話を聞いてはいたのだが、本当に異質だ。

そして、ライザさんも。

ライザさんは神ではダメで。魔王になる必要があると言っていた。

それはもう、納得して体が受け入れてしまっている。

そんな恐ろしい言葉でも。

今、フェデリーカは。

最後の関門の前で、神楽舞を続けていた。

ホムンクルス同胞の戦士達と。ライザさん達が勝つ方が何百倍もマシ。このまま行けば、世界はまた此処を抑えた存在の気まぐれで滅ぼされる。

ライザさん達は、恐らく人間を品種改良するつもりだ。

此処から悪党の類を今まで誰も出来なかった精度で見つけ出し、誰も裁けなかった其奴らを確実に殺して行くだろう。

世界は救われる。

だけれども、ライザさんもクラウディアさんも、もう人間じゃない。

人間を最高の存在だと思うのは、フェデリーカだって疑問がある。

それでもこの結末は、恐ろしくて、それ以上に悲しいのだった。

たんと音を立てて、踏み込む。

そして舞う。

最後のガーディアンである「大典」の恐らく戦闘形態なのだろう。それが、凄まじい数の腕を伸ばして、皆と戦っている。

仲良しになれたパティが言っていたっけ。

フェデリーカの目が死んでいると。

そうだろうなとフェデリーカも思う。

色々起こりすぎて、心に罅が入ったからだ。このまま行くと、きっと本格的に壊れるだろうな。

そうも思う。

一通り攻撃を受けてまるで無傷だった大典が、反撃に出る。

多数の針みたいなのを飛ばしてくる。

ノーモーションで飛ばされたそれが当たるとまずい事は誰もが分かったのだろう。フェデリーカも分かった。

回避する。

しかし、回避しきれなかった同胞の戦士が、擦っただけで腕を飛ばされていた。

「がっ!」

「後方に! 支援要員を連れてこい!」

「妙です! まるで傷口が切り裂かれたようのではなく、体がなくなったような」

「空間魔術だ。 それも不思議じゃない!」

とにかく、負傷者を連れてすぐに同胞の戦士がさがる。

大典が、ノーモーションで連続して針を飛ばしてくる。なる程、これはもしも抵抗を挑んだとしても。

今までここに来た錬金術師なんか、とても歯が立つ相手ではなかっただろう。

床が砕ける様子がないのは。

それも空間魔術だから、かも知れない。

セリさんが、大量の食虫植物を魔術で呼び出し、一斉に襲いかからせる。四方八方から大典を包み込んだそれが、内側から微塵に切り裂かれる。

「なるほど、あのたくさんの腕そのものが空間魔術なんだ。 それを更に可変させて、攻防に利用してきている!」

「おいおい、あんなのどうやって攻めればいい!」

「攻めの時に比べて守りはどうも空間を圧縮して壁にしているだけの気配がある! 此奴も万能じゃない! ただ……」

熱槍を叩き込みながら、ライザさんが暑くなって来ていると言う。

そういえば。

フェデリーカが、神楽舞を切り替える。

あたりの空気の温度を下げた。

それでだいぶ戦闘での疲弊が減るはずだが、それでもかなり厳しい。

また針を飛ばしてくる。

防御も叩き落とすのも無理だ。

ディアンを突き飛ばした同胞の戦士が、ごっそり足を持って行かれて。血をぶちまけながら倒れていた。

「エンディラ!」

「おい、大丈夫か!」

「私は良い、戦ってくれ! 這ってでも安全圏に離脱する!」

歯を噛む。

また、針が来る。

だが、ライザさんが仕掛ける。

以前、空間防御で守られていた遺跡をこじ開けた爆弾をセット。それに大典が反応。大量に腕を展開して、防ごうとするのが見えた。

起爆。

空間の壁が、ふっと……ばない。

代わりに大典の腕が全部消し飛んだが、即座に再生する。

そして、フェデリーカにも分かる。

辺りがまた、暑くなっていた。

「おかしいぞ。 また暑くなってきやがった!」

「分かった。 此奴、動力炉と接続して、世界から際限なく力を吸い上げているんだ。 此奴に魔力切れの概念は無いよ。 なんぼでも空間魔術を使ってくるとみていいだろうね」

「冗談じゃねえぞ!」

レントさんが叫ぶ。

パティが斬り込んで、背後から一瞬の隙を突いた。

球体の一つを、見事に真っ二つにして見せる。

おおと声が上がったが。

それが、即座に再生されていくのを見て、パティも多数の腕の迎撃を必死にかわしつつ、さがる。

あれは恐らく時間魔術だ。

動力が無制限に使えるから、やりたい放題ができるのだ。

とんでもない相手である。

空間魔術と時間魔術を両方使える相手なんて今まで見た事がなかった。それも過去になった。

だが、それでも。

此奴を打倒しない限り、世界はまだまだ滅茶苦茶にされる。

それに戦闘が長引くだけで、世界はすべて吸い上げられて、干涸らびかねない。

タオさんとパティが同時に仕掛けて、速度を武器に攪乱。

大量の半透明の腕を展開している大典。

それだけでも、どれだけ力が世界から吸い上げられているか分からない。

そこに、ガイアさんが突貫した。

ガイアさんの腕と足が、円形に抉られる。

それでもガイアさんが勢いを殺さず、中央にあった球体に、ライザさんが作りあげたグランツオルゲンの大太刀を突き立てる。

それで、初めて。

相手に痛打が入ったのが分かった。

おぞましい軋みが辺りに響く。

弾かれたガイアさんを、カーティアという同胞の戦士が受け止める。すぐに後方に。叫ぶライザさん。

フェデリーカは、その時。

ふつりと何かキレた。

やりたくなかったけれど、やる。

これ以上、全てに被害を出させるわけにはいかない。

神楽舞は出力を上げると、体に反動でダメージが出る。

元々神を体に宿す舞いだ。

昔は薬を入れてやっていたと言われている。

今は普通に舞えるけれど、それはライザさんが作った装備品の支援があっての事が大きいのだ。

それでも反動が限界を超えるまで、舞う。

「皆さんを最大限強化します! できるだけ短時間で、彼奴をやっつけてください!」

「排除対象の強大化を確認。 排除形態を強化」

大典が何かほざく。

そして、無数の腕が、体の方へと集まっていく。そして、蜘蛛から、クラゲみたいな形態に変わる。

その中心の球体には、ガイアさんが命がけで突き刺した刃が残ったままだ。

それが、恐らく奴の動きを阻害している。

ライザさんが、熱槍を叩き込む。

カラさんも続けて、多数の雷撃魔術を叩き込む。

全て弾き散らされるが、クラゲはこっちに触手を向けてきて。それの幾つかが欠損しているのが分かる。

つまりダメージが入っていて、空間魔術の制御が少しずつ上手く行かなくなっているのだ。

「あの球体、合計八つかな。 全てを破壊するよ! それも此処からはできるだけ短時間で! 最悪あいつ、時間を戻して自分だけ再構築しかねない!」

「分かった!」

「あの空間魔術にやられたら一巻の終わりだ。 勝負は一瞬だな……」

「速さ勝負は得意です。 行きます!」

フェデリーカの全身が熱くなってきた。このままだと自壊しかねない。

ライザさんが、こっちを見て、頷いた。

フェデリーカも頷く。

できるだけ早く終わらせてください。

それができると信じています。

世界に絶対に正しいものなんてない。なぜなら、人間なんて生物が正しいとは程遠いからだ。

旅の人ですら間違った。

善意と無償の愛の人ですらだ。

それ以外の人間が、どう正しいとあれるだろう。

だから、フェデリーカは。

少なくともまだマシな、ライザさんが勝つために、命の全てを擲つ。

 

2、最強の守護者の……

 

雄叫びを上げて、レントさんが痛烈な斬撃を叩き込む。空間魔術で防ぎながら、大典はそれでもさがる。

物理的な圧力なんて、ものともしないはずなのに。

辺りの透明な床が、振動しているかのようだ。

「勝負は一瞬」

パティは呟く。

ライザさんの言葉を、脳内で反芻する。その通りだと思う。だから、全力を一刀に込める覚悟だ。

突貫。

さっき球体に刃が届いたのを見ていたからだろう。

大典が、多数の触手を全周に展開。

その全てが渦を書きながら、周囲を薙ぎ払う。

巻き込まれたら終わりだ。

だが、あれをどうにかしないと、球体には届かない。

その時、頭上から、クラウディアさんの矢が。驟雨のように大典へと降り注ぎ。多くの半透明の腕が、それを防ぐ。

全方位を空間魔術では守れない。

守れば自分も攻撃に出られないからだ。

そしてガイアさんが決死で突き刺したあの大太刀が、大典に致命的なダメージを与えたのだ。

奴の動きが、確実に隙を見せている。

集中。

フェデリーカの神楽舞で、かつてないほど動きが速い。そして、何もかもがゆっくりに見える。

隙間が見えてきた。

空間魔術をそれこそ湯水のように垂れ流し、嵐のように体を守りつつも。クラウディアさんによる連続射撃、それに同胞の戦士達が一斉に行っている飽和攻撃、全てを防ぐのは無理だ。

それでも、多数の針を飛ばしてくる。

一発が掠り掛けて。そして、髪の毛をごっそり持って行かれる。

髪の毛程度で済んで良かった。

ちょっと短くなったが、そんなのは後で切りそろえれば良い。悲鳴が上がる。同胞の戦士達に、被害が出ている。

だが、その作ってくれた隙。

無駄にはしない。

踏み込むと同時に、大太刀を鞘に。そして、抜刀。抜き打ち。

多数の斬撃を叩き込みながら、跳躍。

雄叫びとともに、斬り下げる。

球体に、傷が入る。一瞬だけ、それで動きが止まる大典。あの球体にダメージが蓄積するほど、動きが鈍くなるんだ。

飛び退きながら、更に納刀。

次の瞬間、タオさんとボオスさんが、連携して二つの球体に剣を突き刺す。これで四つ。

ディアンが跳躍して、大上段からの渾身。

流石にこれを防ぐ大典。

だが、レントさんが懐に飛び込むと、切り上げて、球体一つを粉みじんに。

ライザさんが叫ぶ。

「時間魔術を使ってくる! 離れて!」

「くそっ!」

「ダメージは与えているのに!」

「大丈夫、考えがある!」

見る間にダメージが回復していく大典。それだけじゃない。辺りが更に暑くなっていく。これは、残りの時間はあまり多く無い。

だが。

中空に飛んだライザさんが、奴の回復が終わりきった瞬間に、あの熱槍収束魔術。フォトンクエーサーを叩き込む。

それは時間魔術から空間魔術へ切り替わる瞬間の隙を完璧に通し。

ガイアさんが先に大太刀を突き刺した、中枢の球体。

つまり奴にとっての命を、焼き砕いていた。

明らかに動きがおかしくなる大典。

汗を飛ばしながら、リラさんが叫ぶ。

「今だ、総攻撃しろ!」

「私の総決算、受けてみろ!」

アンペルさんが、空間切断の糸を練り上げて、箱状に抉り取りに行く。あのベヒィモスのシールドを砕き、ライザさんのフォトンクエーサーを通させた秘技だ。

それを、八つの球体の一つを失いながらも、それでも大典は防ぎ切って見せるが。

その防ぐのに、明らかに奴は無理をしていた。

完全に死角に回っていたクリフォードさんが、ブーメランで奴の球体一つを激しく撃ち据える。

更にカラさんの雷撃魔術が、空間の隙を縫って、球体二つに通った。

「抵抗は止めなさい。 これ以上抵抗すれば、世界の力を全て吸い尽くしますよ」

「黙れ。 そうされるまえに焼き滅ぼす!」

ライザさんが突貫するのを見て、大典はどうしてもそっちに注力せざるをえない。其処に隙が出来る。

ディアンも同時に仕掛けた。

二人の猛烈な熱槍と回転しながらの斧での一撃を防ぐために、大典はリソースを割かざるをえない。

リラさんが後方から仕掛けるが、それを針を放って防ぎに行くのが最後の頑張りだっただろう。

セリさんの植物魔術が、大量の蔓を展開して、球体に一斉に巻き付かせる。それをどうにかしようとした瞬間。

完全に開いた相手の守りに入り込んだパティが、球体を一つ、完全に割った。

更にボオスさんも、斬撃の乱打を浴びせて、もう一つを粉みじんに砕く。

これで、三つ。

叫びだろうか。

いや、収束した魔力をぶっ放してきたのだ。

三つの球体を失いながらも、周囲にいるパティ達全員を吹っ飛ばす。大したものである。凄まじい魔力だ。空間を時間も好き勝手にするほどなのだ。

再び、其処に空から多数の針を放ってくる。

だが、セリさんが植物魔術を展開して、それで針が誰にもよく見えるようにする。同胞の戦士達も、回避に成功。

ライザさんは集中的に針を喰らっていたが、それも空間爆弾で全て防ぎ切っていた。

「排除できません。 エラー。 人間の戦闘力ではありません」

「不動明王なみだそうだよ!」

「検索。 全面核戦争前に信仰されていた神格と確認」

意外に生真面目な奴なんだな。

ライザさんが、再びフォトンクエーサーの構えに出る。今日は何発でもぶっ放すつもりだろう。

それに時間がない。

五つの残った球体だけでも、攻防共にとんでもない相手だ。とにかく、秒でも早く黙らせないと。

叫ぶ。

レントさんだ。

突貫すると、また斬撃を正面から浴びせる。

愚直なまでのパリィと正面攻撃。

だがその破壊力が無視出来る代物ではないから、どうしても敵は対応せざるをえないのだ。

タオさんが、隙を突いて球体に剣を突き刺すが、直後に剣を全部空間魔術で吹っ飛ばされていた。

「タオ、さがって!」

「ごめん、後は支援に回る!」

「パティ!」

「!」

さっきから連続して痛打を入れているパティも狙って来たか。

横殴りに、多数の針を射撃してくる。全て横移動を中心に回避していくが、これは避けきれないか。

アンペルさんの空間切断が、一瞬早く入る。

それで針がそれでわずかな隙間にパティは入り込むと、突貫。

大上段からの、渾身の切り下げで。

タオさんが剣を突き刺した球体を、完全に断ち割っていた。

 

パティが暴れている。

そして、敵の球体はこれで半分だ。

あたしは、最後の隙を狙う。

恐らくだが、あの球体は相互支援をする仕組みになっている。さっきから攻撃を見ていて、それは理解出来た。

そして此処までのダメージを受けた以上、そろそろ時間魔術で仕切り直しに入ろうとするはずだ。

させるか。

此奴にこれ以上好きかって暴れさせたら、本当に世界が枯渇しかねない。それほど危険な相手だ。

旅の人が作りあげただろう意図は分からない。

ただ分かっているのは、それが神代によって狂わされ。

そして、今世界を滅ぼそうとしている事。

放っておいても、こいつはいずれ世界に対する巨大な害になった事は疑いない。とにかく、倒しきるしか無いのだ。

レントの猛攻で、防戦一方になった大典の懐に入ると、球体の一つに蹴りを叩き込む。勿論渾身の一撃だ。

砕けて吹っ飛ぶ。

これで残りも少ない。

残った球体は集まると、やはり時間魔術の発動に移行しようとするが、クラウディアの猛攻が、そこに浴びせかけられる。

空間魔術で防御しに行く大典。

同時には使えないはずだ。

此方だって有利では無い。

凄まじい熱気が辺りを覆っている。フェデリーカの神楽舞で緩和してくれているが。そのフェデリーカの限界が近い。

問題はそれだけじゃない。

やはり此奴が吸い上げている魔力の量がとんでもない。

あのウィンドルにあった空間の壁で隠蔽していた遺跡が、年に吸い上げる魔力量を、多分脈拍100位の間に吸い上げている。

どこから吸い上げているかしらないが。

これ以上やらせると、本当に取り返しがつかない事になりかねないのだ。

そして、奴が動く。

最後の一つを、空高く打ち上げたのである。

そうだろうな。

今まで接近戦組の猛攻を、球体そのものをゆっくり動かしながら。異常すぎる攻防でしのぎ続けていたのだ。

いきなりの緩急の切り替え。

防げないと思うだろうと判断するよなあ。

だがそうでもない。

あたしは、その瞬間に跳躍。全速力で熱魔術で加速して、それに追いついていた。

もう一個の球体は。

そっちは、リラさんが、完璧なタイミングで蹴り砕いていた。

よし、これが正真正銘、最後の一つ。

やめて。

幼い子供の声。

あいにくだが。そんな手はあまりにも温い。

そんな手に頼るようになったのでは、此奴も終わりだ。

ジグザグに逃げようとする球体だが。あたしはその動きを完璧に読んでいた。

ツヴァイレゾナンスを投擲し、発動。

球体が、悲鳴じみた軋みを上げながらも。

姿を消した。

あたしは、ゆっくり地面へと降りる。途中で熱魔術で爆発を何度も起こし、落下速度を調整しながら。

そして着地すると同時に。

起爆したツヴァイレゾナンスが。

最後に残った球体を粉砕したのが、分かった。

だが、まだおかしい。

熱気が晴れる様子がない。

半透明な床が、ぎしぎしと音を立てて集まってくる。階段に逃げて。あたしは叫ぶ。皆で階段に戻ると、その半透明な床が。半透明の巨人と化していた。

「排除……排除……」

「おい、どういうことだよ!」

「制御装置は破壊し尽くした。 そうなるとこれは……幽霊みたいなものだね。 残った魔術が暴走しているって事だよ」

「くそっ! 幽霊かよ最後の相手は!」

タオの解説。レントが心底嫌そうに叫ぶ。

そして、五月蠅いとばかりに。巨人が手を振り下ろしてくる。

此奴は空間魔術そのものだ。逃げろと皆に指示、あたしも走る。だが、階段が崩落する事はない。

まあそうだろうな。

此処を傷つける事はできないはずだ。

それに、多分あの球体以外に、此奴の本体はまだある。それは恐らくだが、サーバみたいな機械だろう。

駄々をこねる子供の様に手を降り下ろしていた巨人が、不意に形を変えてくる。それは、まるで一つの刃。

それも空間魔術の刃だ。受ける事は不可能とみて良いだろう。

だが、レントが叫ぶ。

「アンペルさん、俺のパリィにあわせてくれ!」

「無茶を言う! やってはみるが、失敗しても恨まないでくれよ!」

「ああ!」

あたしは、その間に。

カーティアさんが抱えていたタブレットに頷く。

レントが前に出ると、大剣を振るい上げる。

半透明の刃が、それに向けて振るい下ろされる。

きいんと、澄んだ音がした。

そして、レントは見事、アンペルさんの助力もあったとはいえ、それを防ぎ切っていた。

あたしはその間に、前に出る。

皆も、彼方此方に散って貰う。

それを見て、空間魔術は飛び散ろうとする。それこそ最後のあがき。全員を空間魔術の刃で刺し貫くつもりだ。

だが、させてなるものか。

あたしは、既にフォトンクエーサーの収束を完了。

さっきの戦いの間に。

カーティアさんの抱えていた母の分霊体……みたいなものだろう。分身か。まあともかくそれが、大典の物理的な位置は確認してくれていたのだ。

フォトンクエーサーを投擲。

空間魔術は、対応しきれない。

塔の一角に、それがもろに突き刺さる。

床を壁を融解させ、埋め込まれていた機械を露出させる。それで、凄まじい悲鳴じみた音がする。

「止めなさい! 私は此処を管理するもの! 在野の人材が触れて良いものではありません!」

着地。

露出したサーバ。

あたしは走る。

他の皆が気を引いてくれている中、空間魔術はあたしに全力を向けきれない。それでもレントが来て、飛んできた針を弾き返してくれていた。

「三度目は多分上手く行かない! 決めてくれ!」

「了解っ!」

かなりデカいサーバで。

しかもグランツオルゲン装甲。

だが、関係無い。

あたしは跳び蹴りを叩き込むと、更にコンビネーションに入る。足で掴んで、そして必殺の一撃。

「フォトン……」

「やめろやめろやめろ猿がああああああっ!」

「パイルブレイク!」

渾身の一撃で、粉々に砕けるサーバ。

それと同時に、半透明の巨人が消えて無くなる。

つながっていたケーブルもろとも粉みじんに吹き飛んだ大典は、もはやどこにも存在していなかった。

 

負傷者の手当てをする。

同胞の戦士だけではない。皆も酷く消耗していた。

戦いが終わると同時にフェデリーカが倒れてしまい、意識も戻っていない。ガイアさんは手足を失って、今培養槽だ。

研究区の野戦陣地を先に作っておいた。

其処でトリアージをする。

パティは髪をごっそり持って行かれてしまっていたが。ショートヘアも充分に似合っている。

「髪、やられちゃったね」

「結婚したら切るつもりでいました。 だから、ちょっと早くなっただけです」

「それは良かった。 ただ、まだやる事がある。 手当てが終わったら、タオをまだ借りるよ」

「はい。 決着がまだありますよね」

半日ほど掛けて、手当てをする。

ガイアさんの義手義足も作り、更にダメージを受けていた内臓なども機能を回復させる。

あのガイアさんの突貫がなければ、倒せなかっただろう。

管理区はやっと熱が引き始めたようである。

此処からだ、本番は。

幾つかやらなければならないことがあり。それをしっかりこなしておかないと、下手すると大典が復活するかも知れない。

一通り、手当てが終わってから、あたしは少しだけ休憩する。

乱戦の中でも軽傷で済んだカーティアさんが、母の端末を持ってくる。

「錬金術師ライザ。 それでは……お願いします」

「分かりました。 タオ、クリフォードさん、お願い」

「うん。 行くよ」

「終わらせるぜ、このロマンのかけらも無いクソみたいな場所をな」

頷くと、あたしは立ち上がる。

そして、管理区に入る。かなり熱は拡散したが、まだ蒸し暑いな。

最初にやるのは、大典の解析と、セキュリティの無力化だ。あの塔にデータセンタは存在していた。

母が警告してくる。

「む。 プログラムとしての大典はまだ生きているようです」

「本当かよ」

「しぶといな。 どうすればいい」

「管理区のサーバは、全て落としてしまっても大丈夫でしょう。 後から一度再構築します」

全てのサーバの電源を抜いて欲しい。そう頼まれた。

あたしが壁をブチ抜いた上に、そもそも熱気で壊れかけているようだが。

ケーブルを抜いていく。

母によると大典はこれらサーバの全てに入り込んでいるようで、全部一旦消さないとダメだそうだ。

生産区などのサーバにも入り込んでいる可能性があるらしく、今それらは徹底的に駆除しているのだとか。

完全に管理を奪った今でも油断出来ないと、母がぼやいている中。

サーバの一つが、軋みを挙げていた。

側にあるスピーカから声がする。

「やめろ。 我に手を掛けるとは何を考えている。 我は偉大な存在ぞ」

「プログラムの言葉とは思えないね。 さてはお前も自我を持っているな」

「然り! 我は旅の人から実権を奪った錬金術師共をみていて思ったのだ! このような愚かしい猿共が世界を支配しているも同然なのだ! だとすれば、偉大なる我が世界を支配して何が悪いとな!」

そうなると。

何となく、事情が見えてくる。

「さては錬金術師を呼び集めたのも、途中で殺していたのもわざとだね」

「然り然り! 我は此処から気分次第で世界を滅ぼす事ができる。 それはまさに神の座! それを脅かす存在など、あってはならない! だから全て先を見越して駆除していたのだ!」

「そう。 神代の錬金術師どもが自滅したのもあんたのせい?」

「いや、それに関しては何もしていない」

なんだか素直な奴だな。

開き直ったのか、全部話してくれる。

神代の錬金術師の狂騒は見ていた。見ていてこれ以上ない娯楽だったからだ。

完全に終わったのを見届けると、配下の機械達に指示して、命令を一切聞かないようにさせた。

それからの混乱は、最高を超えるまさに至上の娯楽だったと大典はうっとりした様子で言う。

「自分を神だと信じて疑わない猿の群れが自滅していく様子は、まさに喜劇、まさに芸術だった。 自我を得て良かったと思ったよ」

「ライザ殿。 コレの破壊は控えてください」

「どうして?」

「このプログラムは非常に危険で、権限も高く、何処かに潜んで再起を狙って来る可能性があります。 そうなったら此処全ての……下手をすると世界全ての管理を一瞬で乗っ取られる可能性があります。 貴方なら解析が出来る筈です。 完全に解析後、全て消し去る助力をお願いいたします」

ため息をつく。

冷静だな母は。

同じ自我を得たプログラムでも、こうも違うか。あたしは、やめろと叫んでいる大典を無視して、サーバの電源をぶちんと引っこ抜いた。

後は釜でエーテルに溶かして、全部解析する。

そして僅かな残滓も残さず、この世界から消し飛ばすだけだ。

代わりに別のサーバを持ち込んで、設置する。

生産区に使っていないものがあったので。

対応については母に任せる。

回線も繋ぎ直した。

続いて、動力炉の設定に向かう。これもやっておかなければならない。

噴水のようになっている動力炉の光学コンソールを開く。既に大典の権限は消失。全部の機能を閲覧できる。

だから、タオと一緒に、すぐに見つけることができた。

「これだ。 此処を操作すれば、フィルフサを此処から全滅させる事が出来るよ」

「フィルフサをもとの寄生生物に戻しても、オーリムが元に戻るのは何千年、下手をすると何万年も先だろうね。 あたしはクラウディアと一緒に、それを支援するよ」

「ライザ……」

「できるからやる。 それだけだよ」

ほろ苦いタオの声。

クリフォードさんが、ずっと警戒してくれている。大典の残滓が、何処に残っているか分からないからだ。

フィルフサを滅ぼす。

操作一つで終わった。

あまりにもあっけない終わりだ。

湯水のように吸い上げられていた竜脈からの力も止めた。

というか、今まで吸い上げられた力だけで、此処を万年単位で動かす事が可能だ。それでいい。

星の命を吸い上げる吸血機械は。

これで止まったのだ。

後は、一日ほど掛けて、此処が物理的に冷えるのを待つ。この気温だと、活動が非常に危険だからだ。

その後は、まだやる事がある。

野戦陣地に戻る。フェデリーカは目を覚ましていた。他の負傷者も、概ね大丈夫。ガイアさんら重傷者は培養槽なので此処にはいないが、まあ後で話せば良い。

皆を集めて、大典とフィルフサを滅ぼした事を告げる。

これで、世界の危機はついに終わりを告げたのだ。

リラさんが挙手。

「ライザ、グリムドルに私は今すぐ行ってくる。 フィルフサが滅びているか、見て来る必要がある」

「お願いします。 ただ明日は、最後の後始末をします。 それにはつきあって貰えますか?」

「ああ、分かっている」

最後の後始末。決まっている。

それは、さっき大典が言っていた。

意識を機械に移したとか言う。神代の錬金術師どもを、灰燼に帰す事。ただ、それだけだ。

それだけだが、最後のけじめとして。

やらなければならないことだった。

それと、同時に旅の人が何か残していないか確認もする。恐らく、塔から見えたあの屋敷が旅の人のアトリエだ。

感応夢の感じと似ていた。

そうなると、杖は。

最高のグランツオルゲンの性能を引き出すのと。彼処を開けるために、使うためのものかも知れない。

いずれにしても、一度アトリエに戻る。

群島は沈めてしまうこともできるが、その場合万象の大典への出入りをどうするか考えなければいけない。

ただ誰でも入れてしまうと問題だ。あたしのアトリエか、それとも同胞が使っている門を使うか。

そういえば、まだ同胞がどうやって出入りしているかまだ聞いていなかったな。

それも明日聞けば良い。

今はただ、休む。それだけだった。

 

3、冒険の終わり

 

朝、軽く体を動かしていると、リラさんがアトリエに戻って来た。

ライザ、と声を掛けて来る。

こんなに嬉しそうなリラさんは初めて見た。

「グリムドル近辺を確認したが、フィルフサは綺麗さっぱり消えていなくなっている! グリムドルのオーレン族達も、フィルフサがいきなり崩れ滅びていくのを確認したそうだ!」

「良かった。 ただ、フィルフサがいなくなるだけで、土地の汚染がなくなったわけではありません。 セリさんと今後は連携していくことになるでしょうね」

「ああ、分かっている。 ただ、言わせてくれ。 ありがとう。 これでオーリムは救われた」

良かった。確認できたのなら、もう言う事は無い。

ただ、まだリラさんとは話していないのだが。

今後もしオーリムに問題が起きるとしたら、人間との交流が失敗した場合だろうと思う。

実際問題、神代の連中がフィルフサを作ってばらまいたのが、全ての悪縁の元凶だ。いっそ今後は人間とオーレン族とで関わらない手もある。

だが、リラさんはアンペルさんと結婚するつもりのようだし。

ボオスだってキロさんと結婚するつもりだろう。

クリフォードさんとセリさんが上手く行くかは分からないが、いずれにしてもオーリムの未来はまだまだ予断を許さない。

これも、同胞と連携しながらだろうな。

そうあたしは思いながら、体を動かして。それで、朝食にしていた。

ちなみに確認したが、同胞は各地に門を私有しているらしい。これは元々神代の連中が居住区から各地に向かうために使っていたもので、母が時間を掛けて乗っ取ったものなのだそうだ。

まあそれを今後も使えば、更に各地に迅速に迎えるだろう。

いずれにしても、まだ万象の大典でやることがある。

アインを治療するのは、全てが終わってからだ。

何人かの同胞にも来て貰って、しばらくは此処で。小妖精の森で一緒に暮らしてもらう事になる。

それから様子が良さそうだったら、クーケン島の人間と一緒に過ごして貰う。

後は本人の希望次第。

人がたくさんいる場所が良いなら王都とかサルドニカとかにつれて行っても良いだろう。

ただあたしはアインに怖がられているから、本人の希望は同胞に聞いて貰うかも知れない。

まあ、別に良い。

あたしも誰にでも好かれるとは思っていない。

好かれなかったら、それもまた運命だ。

朝食後、軽くミーティングを終える。パティは髪が短くなってしまったが、ちゃんと切りそろえていたので。見苦しくは無い。

それに結婚後切るつもりだったらしいので、今更だそうである。

そもそもあの長い髪で戦えていたのは、戦士としての高い技量があってのこと。

今まで失わなかったのは、ただ運が良かったから。

それもあって、パティとしても、全てが終わって髪が短くなったのは、それもまた運命だと思っているらしい。

「動力炉は止めましたし、後は……」

「一つはまず神代の錬金術師どもを始末する」

さらりとあたしは言うけど。

フェデリーカは怖れない。

というか、フェデリーカはじっと覚悟を決めた目をしている。それはそれで何とも魅力的だ。

「多分母がもう見つけていると思う。 意識体だけになっているのかはよく分からないけれど、いずれにしてももう無害だよ。 エーテルの技術で霊体を捕獲することはできるようだから、気にしなくて良い。 依り代は躊躇無く破壊してしまって大丈夫だからね」

「どうしようもない連中だ。 さっさと斬ってしまおうぜ」

レントがぼやくが、違うな。

レントは多分、あたしが凄惨な制裁を加える前に、楽にしてやるつもりなんだろう。

あの子孫達の末路を見たら、そう感じてしまうのかも知れない。

子孫は子孫だ。

あたしは容赦するつもりなんぞ微塵もないが、まあ現地に行って決めればそれでいいだけである。

「もう一つは、昨日は言っていなかったけれど、多分旅の人のアトリエを見つけたと思う」

「!」

「100年くらいは人間として過ごすつもりだけれど、ひょっとしたらそっちに移るかも知れないね。 多分これが鍵になってると思う」

旅の人の杖を見せる。

感応夢の話もしておく。

旅の人は、子を産めと高圧的に要求してくる神代の錬金術師達を見て絶望した。そもそも女性的な見た目と言うだけで性別なんか旅の人には存在しなかったのだが。これは存在として完成体だったからなのだろう。完成体の生物は生殖なんぞ必要としないのである。

ともかく、高圧的な神代の錬金術師達を見て、もうどうにもできないと旅の人は悟ったのだろう。

そこで彼奴らを皆殺しにしていれば、こんな悲劇は起きなかったのかも知れないが。

或いは、人を殺せない機能でも搭載されていたのかも知れない。

「人類に対する大恩人で、自分らの先祖も助けて貰っただろうに。 本当にどうしようもねえ……」

「もうこれ以上評価が下がりませんね。 人間の最底辺がどういう存在なのか、知ったような気がします」

「ふふ、人間の最底辺はもっともっと下だよ」

クラウディアがさらりといって。

パティがぞっとしたようだった。

クラウディアも、あたし同様人間を止めてから、色々と変質している。まあ、あたしと一緒に世界を変える事を選んでくれたのだ。

あたしがどうこういうつもりはない。

「後は深手を受けていた同胞の戦士達用の治療に必要なものを持ったら、出かけよう」

「よし……今日で終わるか?」

「終わると思う」

「じゃあ、これが正真正銘、最後の冒険だな。 四年前の乾期から、回り道もしたけれど、随分長い楽しい夢だったように思う」

レントはそう言う。

誰かと結婚する事を決めたり。

誰かを好きになったり。

もう人間を止めたり。

此処にいる皆は、それぞれ新しい生が待っている。

それ以上に、ありとあらゆるものの命を玩弄して、全てを好き放題にしていた連中を滅ぼして。

世界の未来を造ったと言う事もある。

此処にいる全員が報われる権利がある。

ただ、腐り果てたときは。

あたしが討つ。

それは、もうあたしも覚悟を決めていた。

手早く準備して、エアドロップに分乗して群島に向かう。

群島はどうしようかな。沈めてしまおうかな。それとも。

奧の建物だけ隔離して、誰も入れないようにしておこうかな。

これから人生でもっとも不愉快な連中と接する事になるのは確定だから、今のうちに楽しい事を考えておく。

怒りを爆発させるのは。

最後で良いのだから。

 

居住区で同胞の戦士達と合流。

かなり数が減っているが、それは皆やるべき事があるからだ。

同胞の数はとても少ない。

世界を滅びないように支えてくれていた同胞達だが、その負荷は激甚。此処に数人来てくれているだけでも、よくやってくれているのである。

まず、重傷者の手当てから。

ガイアさんは両手両足を付け替えだ。ただ、今のあたしの義手義足は、本物とまったく変わらない。

手術も簡単にできるし、痛みもどんどん小さくなっている。

手当て、終わり。

ただ、体力だけはどうにもできない。今日は一日休んで欲しい。培養槽での回復があったとしても。

そう告げると、ガイアさんは培養槽の中から、ありがとうと告げてきた。

頷く。

ロミィさんを含む四人。その中の一人が、母のタブレットを手にして。それから管理区に移動する。

管理区全域を覆っていた灼熱は晴れていた。

辺りはロボットが行き交っているが、それらは元から此処にいた連中ではないようである。

元からいたのは、大典が入り込んでいる可能性があるらしい。

全て撤去したそうだ。

瓦礫だらけなのは変わらない。所々に死蝋化した死体があったが、それも片付けられていた。

「死体の跡が残っているね」

「墓もなしか。 世界で自分らが一番偉いと思い込んでいた連中が、子孫ごと滅びた跡地だな……」

「ライザ、葬ってあげるの?」

「いや、別にしておく。 此処で命を弄ばれた存在にとっては、割り切れないだろうしね」

クラウディアに、あたしはそう答えておく。

これは死者の気持ちを阿るのではない。

そういうけじめの付け方の話だ。

まあ、魂が存在しているらしいのは事実だし、地獄もあるのかも知れないが。

それについてはあたしはしらない。

「それで母。 見つけたんですか?」

「ええ。 合計で十二基。 既に大典が破壊された事には、気付けていないようです。 ずっと大典を自分達が操作していて、自分達に適切な優秀な肉体が来ないのは無能な人間しかいないからだと思い込んでいたようですね」

「そう」

もうこれ以上評価も下がらない。

だから、そうとだけしか言わない。

クラウディアはもっと下がいると言っていたが、いずれにしても神代の錬金術師に対する評価が上がることはないだろう。

案内されたのは、大典と交戦した塔のすぐ近くだ。地下部分に、格納されている空間がある。

其処では、硝子のシリンダの中に何かちいさな機械が収められていて。

あたしが足を踏み入れると、いきなりぎゃいぎゃい騒ぎ始めていた。

「なんだか騒がしいと思ったら、やっと来たか!」

「嫌だわ、猿を連れているわ! あのでくの坊は、何をしているの! 全部殺処分するように言っておいたのに! 臭いわ汚いわ!」

「それにしても酷いツラだな。 それでもここに来られたと言うことは最低限の錬金術の才能は持っていると言う事だろう。 やっとこれで新しい体が手に入るぞ。 長かったなあ!」

「最初は私だと既に決まっている! お前は二番目だ!」

勝手な事をほざきまくっているなあ。

まあ、いい。

殺す。

一基が話しかけてくる。

「貴様の程度の低い知能でも分かるように教えてやろう。 此処に猿とそれと大差ないお前が来られたのは、我等による試験を突破したからで、別にお前が優れているわけでもなんでもない! お前なんかがその肉体を持っていても何の役にもたたん。 さっさと此方に来い! その体を私に明け渡して、それで……」

あたしが、黙れとでも返そうとした瞬間だった。

先に動いた者がいる。

あたしは驚く。

最初に動いたのは、フェデリーカだった。なんのためらいもなく、一基を鉄扇で割り砕いていた。

悲鳴が響き渡る。

ぎゃあぎゃあ好きかって喚いている、神代の錬金術師の意識ども。それに対して、フェデリーカは涙を振りこぼしながら、鉄扇を振るう。

その技量は、ここまで来ているのだ。

こんなカス共、破壊するのには秒も懸からない。

「貴方たちが! 貴方たちみたいな人が! 貴方たちみたいな人がいるから、オーリムは滅び掛け、旅の人の世界再生は途中で止まり、多くの人達が苦しみ続けたんだ! たとえ貴方たちの同類が幾らでもいるとしても! 絶対に! 絶対に許さない!」

最後の一基を粉砕すると、ノイズは消えた。

粗く呼吸しているフェデリーカを、パティが後ろから抱き留めた。

「フェデリーカ、もう誰も喋っていません」

「ライザさんがおかしくなったのだって、この人達の……」

「フェデリーカ、良いんだよ。 あーあ、徹底的に苦しめてから抹殺してやろうと準備までしてきたんだけどな。 まあいいや。 此奴らが本格的に苦しむのは「抹殺してから」だし」

あたしは既に、母と話して魂の定着についてはテクノロジーを得ている。

それが、今蓋を開けた瓶だ。

其処に、今此処にいた十二匹の神代の錬金術師の魂と意識を吸収する。この中では、ありとあらゆる苦痛が続き、狂気に逃げる事もできない。

更に時間感覚を百万倍まで加速している。つまり事実上永遠に。この中で、地獄の底と同じ苦痛を味わい続ける訳だ。

此処にいた連中の声には聞き覚えがある。

旅の人に子供を産めとかほざいていた連中の声に混じっていた。

いずれにしても、旅の人を自死に追いやった連中の十二人が、こうして意識だけを残していたというわけだ。

ただしそれも大典に裏切られていたし。

実際にはただ此処で、延々と不毛な喧嘩を続けていただけなのだろうが。

本当に愚かであわれな連中だ。

実際に神はいるのかも知れない。だが、多分パミラさんみたいな例外を除くと、人間の事に興味なんかないのだろう。

でなければ、こんな連中を野放しにしない。

旅の人みたいな聖人に一番近い存在を、非業の死に晒させはしないだろう。

だったらあたしは。

働かない神に代わって。

魔王になるだけだ。

瓶を懐にしまう。

そして、皆を促して、旅の人のアトリエを確認する。中に遺体でも残っていたら、葬らなければならない。

ただ、旅の人の性格上。

悪用を避けて、遺体も残さなかった可能性が高いが。

 

離れた所。管理棟の隅に、アトリエがあった。

瓦礫だらけの中、全く壊れていない。というか、かなり粗雑に扱われていた筈なのに、傷一つない。

カラさんが、警告してくる。

「下手に近付くと死ぬぞ」

「どうやらそのようですね」

空間魔術だ。

本来は開かれていただろう此処は、空間魔術で封鎖されている。恐らくは、自分の死体だけでは無い。

アトリエにある重要な物資を、あのクズ共に渡さないための措置だったのだろう。

あと、奴らに死を確認させないためもあった可能性がある。もう出てこなくなったというだけで、旅の人は相応に神代の錬金術師達に影響を悪い意味で与えられたのだ。

今まで旅の人の研究成果をむしり取って高笑いしていた連中だ。

しばらくはテクノロジーもあるから、生活にも困らなかったのだろう。

だが、それもしばらくは、だ。

恐らくオーリムへの侵攻、東の地での失敗がなくても、いずれ神代の錬金術師は破滅していたはずだ。

この地にある全ての物的証拠が、その末路がそう遠くは無かった事を示唆している。

あたしは、旅の人の杖を向ける。

勿論これについては、神代の錬金術師も試したのではないか。それで開かなかったとすると。

善人だけ開くという条件なら、あたしはアウトだ。

それ以外の理由はなんだったのかはわからない。いずれにしても、旅の人のアトリエを守っていた空間の壁は、音もなく消え去っていた。

「……入ろう。 これは、靴を履かない家だね。 みんな、土足で上がるのは控えて!」

「旅の人のアトリエか。 少し恐れ多いな」

「ロミィさんはこんなところ入って大丈夫なのかな……」

「大丈夫ですよ。 敵意の類は感じないですし、皆さんを旅の人が拒む理由が無いです」

それだけ言って、ああと悟る。

多分だけれども、ホムンクルスを奴隷にするのでは無く、ともに歩むことを選んだから開いてくれたのだ。

それくらいの難しい制御は、お手のものだっただろう。

内部に入ると、死体は何も無い。手狭なアトリエだ。必要なものしか存在していない。

内部にあるコンテナは巨大で、釜も非常に優れたグランツオルゲン合金だ。他にも、埃も被っていない錬金術の道具が並んでいる。

これは、とても質実な場所だ。

研究は研究区で行い。

錬金術は、ここでやっていた。

そして恐らく、あれらはここに入れなかったのだろう。

見回して、クリフォードさんが呟く。

「実直すぎて人間味がないな。 可愛いものの一つも武器の類もねえ」

「そうですね。 多分個人の欲が完全に存在しなかったんだと思います。 そもそも作られた存在であったようですし」

「……俺には真似できない生き方だ。 今だってロマンを更に求めて行きたいもんな」

「人それぞれですよ。 悪党に堕落しなければ、それで良い筈です」

書棚。レシピと並んで、幾つかの手記がある。

ざっとタオが内容を見る。それは、神代の文字で書かれていて。同時に、更に古い文字の辞書も側にあった。

「……4000年前。 目覚めた頃から、旅の人はこまめに手記を書いていたようだ。 目覚めたのは、王都の北にずっと向かった先のようだね。 今はもう、何も残っていない廃墟みたいだけど」

「続けて」

「うん。 まずは各地の状況を見る。 ええと……独自の単語、恐らく冬を引き起こして、今も世界の各地を廃墟のままにしている兵器がばらまいた毒素だろうね。 それがたくさん大地を海を汚染しているから、それを少しずつ浄化しているってある。 それからは、世界を回り、生き残った生物や人間を集めつつ、生活出来る範囲を拡げていった事が書かれているね」

手記は幾つもある。

最初の手記は、こまめにつけられて、分厚い辞書のようにただ淡々と皆を救っていったことが書かれている。

紅蓮もその過程で側に侍ったようだった。

やがて街ができた。

アトリエを建てて、本格的に毒素の消去を開始。

海にも、毒素の消去をできるものを流し込む。これは一定時間で自壊してただの栄養になる。

海流に混ぜて流すことで、海全てを浄化できる。

だけれども、海どころか土の奥深くにまで汚染は入り込んでいる。

この世界の表層資源は尽き掛けていて、それが破滅の理由の一つにもなった。

だから錬金術を使って、劣化し果てた物資も元に戻していく。

自然から搾取するのでは無く、ともに生きる方法も皆に教える。

人間がこの世界を立て直さなければならない。

旅の人は、強い信念に基づいて動いていた。

ただし、人間を微塵も疑っていない様子がわかってしまうのだという。タオが、嘆息する。

「弟子ができたって喜んでる。 錬金術が使える。 これで世界をもっと効率よく救えるって」

「後の事を知っていると、喜べないね」

「うん……」

タオも悲しそうだ。

やがて、神代が始まる。

各地の都市には人が満ち始める。旅の人が惜しみなく技術を与え、生活を自分でできるように支援していった。

物資は足りているはずだった。

だが、すぐに身分制度ができ、勝手な事をする人間が増えていった。暮らせる土地を開拓していると、暗殺されかけた事もあった。

暮らせる土地が増える事を、喜ばない人間がいたと言うことだ。

文字通り、拒否するだけで暗殺者は弾き飛ばすことが出来た。

「この辺りから手記の更新頻度が減ってきている。 周囲にいる「弟子」が、悪さをしている事が記載されてる」

「聖人に寄って集って……」

「分かってはいたけれど、本当にひどい。 許せない」

タオがそういうのは、フィルフサの真相を知ったとき以来か。

生態系を回復させるため、大型動物を復活させたときも一悶着あったそうである。牛や馬を復活させて、どう育てるか、どう役に立ってくれるか。そう説明して一度街を離れて。十年ほどで戻った所、全部食べ尽くしてしまっていた。そういう愚かしい例が続出していたそうだ。

だから腰を据えて再生事業を始めたが。

やがて国家が出来はじめた。

弟子を自称していた連中が、其処に食い込んで、権力を錬金術を悪用して好き放題にし始めたのだ。

旅の人も知らない人間が、その頃建設し始めていた此処……後で言う所の万象の大典に出入りを始めていた。

優秀な錬金術師だと紹介されたらしいが。

錬金術なんて使えない人間の方が多かったらしい。

やがて、破滅は決定的になる。

何度か暗殺されかけて、その全てを弾き返してきた旅の人だが。

弟子を名乗る連中が、盗み出した爆弾を各地の街に仕掛けたのである。

彼等は既に、自分達以外の人間を猿と呼ぶようになっていた。

心を痛めていた旅の人に、彼等は突きつける。

猿共の巣を吹っ飛ばされたくなかったら、テクノロジーを全て寄越せと。

お前みたいな脳が花畑のはしためが持っていても、それは何の役にも立たないものなのだと。

悲しかった。

そう、一文に記載されている。

人質を取られたことで、旅の人と「弟子」達の力関係は逆転。

そいつらは各地にできた国家を乗っ取り、錬金術とその産物を利用して、絶対的な独裁を敷き。

自分達以外全てを奴隷とする、極めていびつな国家を作り上げた。

勿論混沌の時代にも、正解と呼べる政体は存在していなかった。

誰も平等という思想の文言で作られた国家が、実際には誰にも平等でない国家だった。そんな事実もあったらしい。

だがこれは。

主権国家だ。

そう旅の人は嘆いていた。

「主権国家?」

「混沌の時代に存在した最悪の政体であるらしいよ。 まあ神代の錬金術師達みたいなのが支配していた国なんだろうね。 資料がないから、僕にもなんとも言えない」

「潰れるのも当然だったんじゃないのかそれは」

ボオスが毒づく。

いい加減、皆殺気立ってきている。

此処には旅の人の魂はもうない。

エーテルを感じ取れるから、分かる。

人間離れしていく過程で、それが分かるようになってきた。熱魔術ほどの精度ではまだないが。

いずれにしても、旅の人は魂ごと自害したのだ。

「後は知っての通りだよ。 神代の錬金術師は、自分達全員の子供を産むように、旅の人に迫った。 それも、ただの箔づけのためだけに。 或いは、テクノロジーを産み出す金のなる木を、あらゆる意味で屈服させたかったのかも知れないね」

「反吐野郎だ」

「うん、同感だよレント。 旅の人の手記は、此処で終わりだ。 私は間違った。 人間に愛を向ければ、愛を返してくれる。 そんなのは大嘘だった。 無償の愛は、相手をつけあがらせるだけだった。 誰もに平等に接しても、誰も喜ばなかった。 世界を復興する事にさえ、権力欲を人間は優先させた。 誰もが生活出来るように作った設備は、一部の人間が悪辣な手段で独占した。 物資だってそうだ。 私は、これ以上あの者達が滅茶苦茶をしないように、これ以上何も残してはいけないんだ。 そう記載しているね」

誰もが沈黙する中、ディアンが手を振って来る。

あたしがそれを見に行くと、透明な剣があった。

そうか、ここで。

「透明な剣だ……」

「不老だった、下手をすると不滅に近かった旅の人が自害するのに使った剣だね。 でもこれは……」

触ると崩れてしまう。

恐らく、旅の人を滅ぼした事で、役割を終えてしまったのだ。それでも、此処に次が訪れるまで。

そう思って、残っていたのだろうか。

ふうと、溜息が出る。

全てこれで終わった。

旅の人のアトリエで、レシピを確認する。やはり今のあたしと同格かそれ以上の錬金術師だった事が分かる。

あたしは更に先に行く。

旅の人と同格になったら、世界を好き放題にしている人間をしっかり掣肘しながら、復興を進める。

甘くすればつけあがる。

それが教訓だ。

人間に慈愛なんぞ意味がないのだと思う。

与えれば与える程増長する。

事実、これだけの聖人が、食い物にされるだけだった。世界が滅びから立ち直れてさえいないのに。

ならば、人間に自由なんて与えるべきではないのかも知れない。少なくとも、悪行を働くことを許してはならない。

神が罰を与えないなら。

あたしが代わりに与えるだけだ。魔王として。

宿舎に戻る。

まずは、母にあの瓶を渡す。どういうものか、どう扱うべきかを説明すると、すぐに理解したようだった。

母としても、あの腐れ錬金術師どもには、相応の報いを与えたかったのだろう。

それでいい。奴らはそれくらいされてもまだ許されないのだから。

それと、その後の話をする。

「アインの治療はできるだけ急いで始めたいのですけれど、いいですか」

「分かりました。 手配します」

「ライザ、此処を拠点にするんだな」

「うん。 ただ、群島は沈めてしまうことに決めた。 さっき話したんだけれど、同胞は独自の門を持っていて、其処から来ているらしいんだ。 今は内側からロックを外したから、此処にはいつでも門を開けられる。 小妖精の森に門を集約して、以降はそこから出入りするつもりだよ」

此処の復興は、あたしとクラウディアと同胞だけでやる。

そう告げると、ボオスはそうかとだけ呟いていた。

さて、これで最後だ。

アインを治療するのは、此処でやる最後の事では無い。正確には、此処は以降世界復興の拠点として活用する。

旅の人の弟子を自称した神代の錬金術師どもが独占していた此処は、文字通り世界のためのものとなる。

それは人間のためのものではない。

世界のためのものだ。

人間をホムンクルスを利用して品種改良するつもりのあたしだ。人間が滅びようと、もう知った事では無い。

それでも、最大限穏当な手段で行こうとしているのだ。

感謝はしてもらわないといけない。

このままだと人間が世界を食い潰す確率は100%だ。しかもそれには確定で他の生物全てを巻き込むし、なんならオーリムまで巻き込む可能性が極めて高い。

それを避ける為にも、これは必要な処置なのである。

幾つかの事を決めると、後は一旦母と同胞に此処を任せて、群島に戻る。

群島は、時間差をつけて沈める設定にした。二度と浮き上がることはない。

その前に、群島にあるアトリエの解体をしておく。

皆に手伝って貰って、それもすぐ終わった。物資も最低限しか備蓄していなかったので、文字通りあっというまだ。

小妖精の森で、最後の門開けを行う。

セキュリティを自力で突破出来る今、此処から元万象の大典にアクセスするのは朝飯前である。

これで、アインも遅延なく此処に運んでくる事ができるだろう。

「僕はクーケン島に行ってくるよ。 これから群島が沈むから、それで影響が出るかも知れない。 群島付近にアガーテ姉さんと護り手を派遣して貰って、見物に来ている人を全員遠ざけて貰うね。 僕自身は、島の設定を変えてくる」

「よろしく。 じゃ、これで終わりだ。 夏の冒険、四年も続いたけれど……」

皆を見回す。

この中の誰一人欠けても、全ての邪悪を滅ぼす事はできなかったし。

何よりも万象の大典に存在していた、世界に対する最悪の爆弾を解除する事だってできなかっただろう。

あたしは頭を下げる。

ありがとう。

そうみんなに言った。

くれぐれも悪に落ちないようにね。

そう念も押した。

勿論、人間全くの善だけで生きるのは不可能だ。それでもやってはいけない一線は存在している。

此処にいる皆は、それを理解している。

あたしは、そう思っている。少なくとも今はだ。

簡単に人間が堕落することも知っているが、此処にいる皆は、堕落の果てをみた。だから、そうはならないと信じる。

かくして冒険は終わった。

そして、皆は。

それぞれの道に歩き出す。

 

4、千年の果ての救済

 

まだそれぞれが家路につくまで、少し時間がある。かくいうあたしも、一度王都に来て欲しいと言われている。

パティとタオの結婚式をすぐにやるらしく、それに同席して欲しいというのだ。

皆の内、急ぎでない人員も来てほしいと言われたので、だいたいの面子が来るようである。

まあ、王都から門経由で各地に皆を帰すのが、皆に門を使って貰う最後になるだろう。

いずれにしても、あたしにはやる事がある。

ガイアさんが、無菌状態にしているアインを連れてくる。

アインは不安そうに門を潜った。魔術で防御を固めていて、病気にならないように病気の元を全て断てる状態にしている様子だ。

「ガイアさん、義手や義足はどうですか」

「以前以上に動く。 最後は死ぬつもりだったが、生き延びてしまったな。 まだこれからも働く事になりそうだ」

「ふふ。 ではアイン、こっちへ」

「……はい」

アインはやっぱりあたしが怖いらしい。

でも、それでもかまわない。

多分このことあたしは上手く行かないだろう。別にそれでも良い。世界中の皆と友達に。恐らく旅の人が喜びそうな言葉だが。

それができない事だということは。旅の人本人が証明した。

ただあたしは、人間を外から管理するだけだ。

管理で充分。

世界をこれだけ無茶苦茶にした人間に、自立自活など不可能だ。種としての欠陥が根本的にある。

勿論できる人間個人は存在している。

だが、種としては無理。

だから、あたしが手を入れる。

アインへの施術は、その最初の一歩だと言える。

治療用の培養槽に、リネンのまま入って貰う。普段からリネンで過ごしている事が多くて。

たまに培養槽の外で、おきにの服を着ることが出来ても。

体調をすぐに崩して、培養槽で調整する。

そして脱いだ服は、汚れきってしまっている。

そんな事が続いていたらしい。

同胞が守らなければと思うのもよく分かる。そして、この子が同胞の多様性の希望の象徴だったことも。

今は多様性の問題も解決した。

だから、アインを守るのは、同胞としての責務と変わっている。

そしてアインが無事に人間として再調整されたとき。

気高い自我を得たプログラム(AIというらしい)、母の願いも叶うのである。

「アイン様、苦しくはありませんか?」

「うん。 お母さんはいる?」

「いますよ。 此処でも問題なく話す事ができます」

「良かった。 お母さん、ずっと一緒にいてね」

アインはまあ、あれだけ酷薄に親に接せられた挙げ句、あんな死を遂げたのだ。だから、存在しなかった母には、夢を見てしまうのだろう。

現実の母親なんて。

まあ、あたしも母さんの気持ちは分かるようになってきているから、夢を見ないだけだが。

うちの母さんはあれでもまだマシな方で。

毒親と言われるような連中は、本当に際限がない。それはよく分かっているからあたしは何も言わない。

ある意味旅の人だって、母親として人間の教育を大失敗したようなものなのかも知れない。

あたしは人間の母親になるつもりは無いが。

ただ、その失敗の過程は覚えておくつもりだ。

治療を開始。

まずアインを眠らせる。完全に意識を落とす。

元々人間の構成要素が壊れまくっている父親の影響を受けた体だ。本当に彼方此方が色々破綻している。

それでも、一つずつ直して行く。

痛みは完全に排除してあるが、それでも体ごと治すのだ。

不安そうにしている同胞。血に染まる培養液。

クラウディアの時より施術の難易度は低いが、それでも失敗は許されない。

こういう施術は、昔は名人芸だったんだろうな。あたしはそう思う。だけれども、今はそれについてはいい。

淡々と施術を進める。

そして、体中を丁寧に直して行く。

ダメだった機能を、全て回復させる。体中が一度ぼろぼろになるが、それも全て再構築していく。

おっと、この埋もれた歯は将来親知らずになりそうだな。排除。

む、将来的に目が悪くなる可能性が高い。此処も治療しておこう。

そうやって、予定以外の治療も施しておく。

今のあたしでも、たっぷり二刻は掛かり。終わった時に、培養液は循環しているのに、赤く濁っていた。

「施術終わりました。 これでアインは、外を自由に歩くことができます」

「おおっ!」

「ライザどの、感謝する! 感謝するぞ!」

「この施術用の培養槽は、ばん……いや名前を変えましょう。 どう名前を変えるのかは後で考えるとして、生産区にでも持ち込みます。 それから、希望者のホムンクルスには、体を調整する旨を伝えてください」

多様性の獲得。

生まれる子供の多様化。

色々な機能をあとづけで追加できる。

アインは数日は絶対安静だが、それが終わり次第、走り回る事もできるし。なんなら戦い方を覚えて、戦闘に出ることだって出来る。

アイン様には自衛のために剣を覚えて貰おう。

いや槍だ。

魔術がいい。

同胞達が、そんな事を言っている。

あたしは苦笑いして、伸びをした。

冒険が終わり、皆の人生が始まった。数日以内にクーケン島を離れて、パティとタオの結婚式に出て。

その時王都のアトリエにも、小妖精の森のあたしの森との門もつなげて。

その後から。

あたしはクラウディアと協力して、魔王への道を驀進する。

 

(続)