狂宴の跡地

 

序、研究区

 

生産区をあらかた回って、此処がどう動いていたのかはあたしも理解した。その結果は、あまり喜ばしいものではなかった。

此処は本来、此処を基軸にして世界で貧困に苦しんでいる人に、物資を提供するためのものだった。

そのため都市基盤になるような大型戦略物資を建造したり、或いは大規模な人員を支えるための食糧を生産したり。そういうシステムが作られていた。

旅の人が活動していたのは4000年前くらいの「冬」の終わりから、1800年くらい前の何らかの事でいなくなるまで。2200年ほどはみて良いだろう。その内周囲に寄って来た神代のカス共のせいでまともに動けなくなった時期を除いても、最低でも1000年くらいは此処をちくちくと作り、世界の再生に役立てていたとみて良い。

だからこそ分かるのだ。

後から、此処を乗っ取った連中が。

それらを全部自分のためだけに使った事が。

欲というものそのものは否定しない。

歴史を動かしてきたのは欲求である事も一理であるだろう。

だが、此処を乗っ取った神代の錬金術師は、際限のない欲を抱え。それを正当化する理屈を混沌の時代のタオ曰くの妄想本から引っ張り出し。あらゆる全てを自分達だけで独占した。

結果世界の復興は中途で止まり。

挙げ句に更なる破滅に襲われた。

此処はその歴史の生き証人だ。

母と連携して、システムを書き換える。

幸いにして、後付けされたシステムは稚拙極まりなく。今のあたしなら、簡単に壊す事ができた。

それを本来のものへ変える。

人間が今の状態では、ここは活用出来ない。

勿論ある程度の支援はあたしもするけれど。技術を考え無しに漏出させればまた神代が始まる。

あたし達の世界は。

もう一度破滅が起きたら、もう復興の目はないのだ。

それはさせてはならない。

だから、使えるようにだけ切り替える。これは、今やっておくべき事だった。

その過程でガーディアンの残骸も、全て処理しておく。

殆どが生物兵器だ。

どれももとはただの動物だった。中には人間が弄くられた末に、生物兵器に変えられてしまったものもあった。

だから廃棄はしないで、全て荼毘に付す。

これらも、犠牲者なのだから。

一通りが片付いて、それで一旦タオ達と合流する。三人の知恵者が、ある程度まとめてくれていた。

その話を聞かせて貰う。

居住区の図書館は、ずっとほったらかしであったらしい。

やはり致命的な事があって、神代の錬金術師達はオーレン族に負けた後、居住区に来ることはなかったようだ。

その存在すら、忘れてしまったのかも知れない。

だから、本は残っていた。

どれほど愚かな事が書かれている本であっても、焚書はするべきでは無いだろう。

タオが代表して、管理区と研究区。

残りの二つの制圧していない区について、分かった事を話してくれる。

「研究区は、「冬」で荒廃した世界を立て直すためのテラフォーミングを行うための区画であったようなんだ。 本来はね」

「その言葉に良い印象はないな」

ボオスがぼやく。

あたしも同意だ。

だが、これは本来、破滅的な状態になった世界に対して、旅の人が施した再生。どんな生物も住めなくなった土地を、豊かな緑の地に変えるための全てのためになることだったらしい。

事実旅の人が動けている間は、それらが彼方此方で行われ。

何も住めない土地だった場所に、命が戻った。

というか、そもそも調べた所。今存在している生物の多くは、保存されていたデータから旅の人が再生したものであるらしい。

それくらい「冬」は破滅的で、あたし達の世界を蹂躙し尽くした、ということだ。

利害の調整だのなんだのが上手く行かなかっただけで、とんでもない兵器を使って世界を壊した。

混沌の時代は、そういう時代だったという事である。

レントが呻く。

「そんな状態だった世界を、旅の人が直してくれていたんだな」

「面白い記述があって、ぷにぷには本来そういう世界の回復を行うために作られた生物だったんだって」

「あれ、結構危険な魔物だよな」

「うん。 元々はきちんと制御していればそこまで危ない生物ではなかったらしいんだよ。 でも神代の錬金術師が此処を乗っ取ってから、後は放置して、野生化してしまったらしいね」

何て事だ。

頭が痛くなるような事実が次々に明らかになる。

また、生産区には、混沌の時代以前に存在していた生物のデータが多数保管されていたのも確認。

牛や馬もそう。

これらは冬の時代に一度滅んでしまったらしい。

それを世界に再度定着させたのは、旅の人だったというわけだ。

「確かタオが言っていた、大きくて強い生物ほど、破滅的な異変には為す術がないって奴だよな」

「うん。 牛や馬もそうだし、大きな生物はほとんどが「冬」を乗り切れなかったんだ。 旅の人は世界を元に戻す過程で、猛獣なども含めて、敢えてそれらを復活させた。 それは生態系の再生そのものを意図していた、長期的な戦略によるものだったようだね」

「確かに捕食者がいないと自然は動かない」

ディアンが呟く。

パティも、多くの虫もそのようにして再生されたと聞いて。嫌だなと顔に書いたけれども。

仕方がないと受け入れていた。

「虫が嫌い」は仕方がない。

だが、「だから全て滅ぼす」ではダメだ。

神代の錬金術師みたいに、全てに対して有害だったら、滅ぼす事は必須になるだろうが。

人間から見て気持ち悪いだの嫌いだので滅ぼすようでは、それは人間こそが世界にとっての有害な存在になる。勿論その逆もしかり。人間にとって美しかったり可愛かったりするから世界に蔓延らせるなんて思考は、世界にどれだけ害を及ぼすか。

人間こそが侵略性外来生物の王と言えるだろう。

その思考の具現化が改悪されたフィルフサ。そして頂点が神代の錬金術師と言える。

「研究区は、とにかくそういう再生の研究を最初はしていたんだ。 だけれども、のっとられた後は……ラプトルや走鳥、今陸上で見かけられるサメなんかもそう。 超ド級もそうだし、悪魔もどき……観測者もそうだね。 ああいった魔物が、作られていく場になったんだ」

「言葉も出ません」

フェデリーカが俯く。

蘭などの研究も優先的に行われ、神代の錬金術師が身内で品評会を行った記録まであるという。

それは、今やる事では無い。

そういう正論も、彼等は笑って無視したのだろう。

どうしようもない連中であるのは既に周知。

話を進めて貰う。

「ただ幸いなことに、神代の錬金術師に取って大事な粘土……こね回して遊ぶための生物のデータは、手つかずに残っているようだね。 少なくともオーレン族による此処への反撃作戦直前の記録でそれがある。 だから、その後の弱体化ぶりを考えるに、状態は変わっていないと思う」

「まだ世界の半分は、人が入れない土地です」

パティが、敢えて言う。

分かっている。

そういった世界を再生するには、絶対に必要なデータだ。

そもそもあたしもまだ、どうして人が入れないのかは理解し切れていない。此処から、調査して理解しないといけないことだ。

「分かっている。 確実に回収しないといけないデータだな」

「はい。 お願いします。 世界を少しずつ変革するとしても……世界の半分が不毛の荒野という事態は、どう考えてもいいものではありません。 未来の為にも、復旧のためのデータは回収しないと」

パティの訴えは全うだ。

勿論アーベルハイムの次期頭領としての言葉なのだろうが、それを差し引いても。人類どころか、世界の未来の為にも大事だ。

セリさんが挙手する。

オーリムの生物のデータはありそうか、と。

残念ながらとタオが首を横に振る。

そう、と悲しそうにセリさんが視線を伏せていた。

生物というのは、一見良さそうなものでも、持ち込むととんでもない被害をもたらすことがある。

オーリムは神代の錬金術師と古代クリント王国と何よりフィルフサによって文字通り蹂躙され尽くした世界だ。恐らく、一からの再建になるのだろう。だからそれを少しでも楽にできるのならとカラさんは思ったのだろうが。

カラさんが言う。

「ウィンドルにまだいる生物から、世界に伝播させていくしかあるまいな」

「オーリムの全ての生物が、ウィンドルのものと適応するわけではありません。 管理は大変でしょうね」

「ああ、そのためにも生き残りのオーレン族を招集し、一箇所に集わせなければならん。 今後は多産を奨励して、人口を増やすことも考えねばな」

カラさんの言葉には含みもあるが。

まあ、それについては今はいい。

タオは頷くと、地図を拡げた。

研究区の地図は、既にかなりできていると言うのだ。

それは凄い。

ありがたい話だと思って、詳しい内容を聞かせて貰う。

「元々四つの区画は、本来は全てが同じ形状なんだ。 これは土台となる部分を、何らかの形で量産化する仕組みがあったんだと思う。 旅の人が生きていて、主導権を奪われなければ、もっと区画は増えていたのかも知れないね」

「なるほどな。 それで」

「研究区は全体的な戦力は多く無いはずだけれども、しかし調べる限り入口付近の守りが堅そうだ。 足を踏み入れると、いきなり激戦になると思う。 問題はそのままやりあうと、恐らくは周囲に被害が出る。 データがある研究棟への被害は、できるだけ避けたい」

「我等が盾になろうか」

ガイアさんが提案してくる。

だが、それはダメだ。

今後のためにも、ガイアさん達同胞ホムンクルスは、人間の未来に必要になる。というか、アインを希望だと同胞は言っているが、あたしに言わせればホムンクルスのテクノロジーこそ人間の希望だと考えている。

無駄な犠牲を出すわけにはいかないのだ。

「門を開けた後、こちら側に引きずり出せそう?」

「いや無理だろうね。 研究区だけを守るように設定されている筈。 生産区での戦いでも、生物兵器達は構造物を一切破壊しないように戦っていた。 神代の錬金術師も、それくらいの対策程度はしているとみて良いよ」

「だとすると、何とか戦いやすい場所に誘引するしかないだろうね」

「分かった、俺が殿軍になる」

レントが言う。

覚悟を決めた声だ。

恐らく最早、世界最高の防御戦の名手であるレント。それが盾になってくれるというのだから心強い。

あたしはしばし考えた後、タオに確認。

「戦いやすい場所の検討はついてる?」

「うん。 地図で言うと、この辺りだ」

「此処ですか。 物資集積場ですね。 今確認していますが、監視カメラなどからも、余計なものは置かれていないようです。 また此処は地下も重要施設がありません。 ただ……」

母の懸念を聞く。

此処の事に一番詳しいのは、かの存在だ。

だから、丁寧に打ち合わせはしなければならない。

「途中の経路に、うち捨てられた資材を多数確認しています。 排除しながら撤退戦をしなければならないでしょう」

「資材ねえ……」

「あまり見るのは止めた方が良いやも知れません」

だいたい見当はつく。

おぞましいものを散々見る事になるだろうとまでタオが言っているのだ。捨てられている「資材」が何かは、言われるまでもない事なのだ。

だが、それでもいかなければならない。

あたしが配置を決める。

「レント、最後衛で敵の攻撃を防ぎながらさがる。 その後ろでセリさん、クリフォードさん。 セリさんは植物魔術で壁を作って。 クリフォードさんは、奇襲を防いでレントの負担を減らして」

「分かったわ」

「任せておけ」

よし、次だ。

リラさんにも頼む。

「リラさんは、ガイアさん達と連携して、レントが防ぐ以外の敵をどうにか処理して欲しい。 最重要地点はレントが抑えてくれるから、他をとにかく防いで、本隊へのダメージを減らしてほしいんですが」

「任せておけ」

「お願いします。 カラさんは、大威力の魔術で、追撃してくる敵を牽制。 フェデリーカはひたすら神楽舞で支援と言いたいけれど……撤退戦で舞いながら逃げるのは無理だろうし、ひたすら身を守ることだけ考えて」

「うむ」

カラさんはそのまま答えてくれるが。

フェデリーカはしばし黙り込んだ後、絞り出すように答えていた。

「分かりました。 なんとかやってみます」

ちょっと辛そうだが、それでも頑張ってもらうしかない。

あたしが数日前から様子がおかしいと泣いているのを見ているから、ちょっと罪悪感がある。

あたしはただ吹っ切れただけなんだが。

まあ、それも慣れてもらうしかない。

「パティが前衛。 タオとともに、前に出てくる敵を最高速で斬り伏せて。 あたしはその直後くらいで、前後に火力支援をする」

「お任せください。 皆の剣となって道を切り開いて見せます」

「僕は速度だけしかこの中では役立てないけど、頑張るよ」

「タオは道案内も兼ねる。 母にだけやらせるわけにもいかないでしょ」

こういう勘違いもあるから、しっかり先に打ち合わせをするのが大事だ。

アンペルさんは空間魔術で、敵を牽制して貰う。特に空間魔術使いが出て来た場合は、アンペルさんの術に依って防御させると、かなり効果的なはずだ。恐らく出てくる筈だから、これは必須。

ボオスは前後どっちにも加勢できるようにしてもらう。

ディアンは重量級の相手が出て来たときに、前衛に加勢して貰い、一撃の重さを生かして貰う。

それを聞いて、ディアンはやるぞと叫んでいた。

クラウディアはフェデリーカの側で、音魔術での警戒と早期支援、それと狙撃だ。

同胞の戦士は、守りに自信がある面子を後衛に。攻撃に自信がある面子は前衛に出て貰う。

今回は、十四人が参加してくれる。

ただこの十四人は、普段破綻しそうになっている各地の集落やらを監視したり、守ったり。集落のガンになっている存在を排除したり。

場合によっては門を監視している人員だ。

それが来ていると言う事は、サルドニカで鉱山が襲われた時のような悲劇がいつ起きてもおかしくないと言うこと。

作戦はできるだけ速やかに、確実に行わなければならない。

このため、掃討作戦以外の時は、人員を最小に絞って貰っている。

この人達が、世界を今まで、魔物のエサにしなかった本当の意味での盾。こんな状態でも井戸の中のカエルになっていた王都の貴族だの王族だのなんかよりも、何百倍も人間を守ってきた本当の槍。

だから、今回の一件が終わった後は、報われないといけない。

同時に過度な負担も掛けられなかった。

「だいたいは分かったが、逃げる距離はどれくらいになる」

「三千歩くらい」

「きっついな……」

ボオスが嘆く。

だが、敢えてそういう役を買って出てくれている事は、あたしも分かっている。だから、それについては何も言わない。

フィーは懐で落ち着いた様子だ。

あたし達なら勝てる相手。

そう判断していると見て良かった。

恐らく、フィーの同族の亡骸も、またたくさんあるのではないか。そう思うと、悲しくなってくるが。

それでも、だからこそ。

弔いもしなければならない。

何よりも邪悪が粘土遊びをする場所に変えられてしまった研究区を。

旅の人が世界を救うための場所に戻さなければならないのだ。

「よし、作戦は決まった。 何か質問は」

質問はなし。

あたしが行くぞと声を掛けると。

おうと、強い返事があった。

心強い。

この面子であれば、今まで此処にエサに釣られて来た錬金術師なんて問題にもならない戦力がある。

かならずや。

全てを突破出来るはずだ。

 

1、誘引撤退そして撃破

 

指定された場所で門を操作し、鍵を刺す。そして、固定。座標についても問題はなし。

ガイアさんは考えた後、首から母の端末をぶら下げた。

別にこれを壊されても問題は無いらしい。

母は自身の中核となるプログラムを各地に分散しているだけはなく、特に重要な部分は既に制圧したデータセンタに移行しているそうである。

それだったら確かに声を出して指示をして来るだけの端末の一つや二つ、壊されても問題はないだろう。

門は固定されている。

頷くと、あたしは声を掛けていた。

行くぞ。

同時に、全員が一丸となって飛び込む。

既に分かっていたが、かなりの数の魔物が集結している。恐らくは、生産区を落とされたことで。

警戒度が上がっているのだ。

それでも、パティが出会い頭に複頭を持った奇怪な人間のような大柄な魔物を斬り倒していた。

人間を二人つなげたようなおぞましい姿だ。

いや、実際そういう生物兵器なのだろう。

あたしも熱槍を叩き込んで、構造体を破壊しないように、魔物を排除。わっと殺到してくる魔物。雑多なのも多い。大きいのもいる。だが、構造体の破壊を警戒しているのか、それほど派手な攻撃はしてこない。

血路を開く。

「遅れたら死ぬよ!」

「突破だ突破ぁ!」

ガイアさんが叫び、また一体斬り倒す。

押し包んでこようとする魔物を、カラさんの雷撃が横殴りに薙ぎ払い。あたしが前に立ちふさがろうとした巨大な牛っぽい魔物を蹴り砕いていた。牛に人間の素での蹴りなんか通用しないが。

あたしの場合は、かかっている倍率が違う。

牛の首も、一撃でへし折れるだけだ。

血路から抜けて、予定通りレントが最後衛で防御しつつ、皆が走る。追いすがって来る魔物は凄まじい数だ。併走しようとしてくる頭が良いのもいるが、それらはパティが加速して、背後を取って貫いたり。

一息で首を刎ね飛ばしたり。

獅子奮迅の活躍で、追い払い倒し続ける。

あたしも前に塞がろうと高速で進んでくる魔物を、熱槍で焼き払い、追い払いながら舌を巻く。

流石だ。

クラウディアが狙撃を続けながら、叫ぶ。

左2、右5。

魔物が先回りして襲ってくる数だ。

タオがその先を右にと叫ぶ。

ナビは完璧。

地図を頭に入れてくれている。

まだ半ば。

ボオスが重量級の奴に連撃を叩き込み、リラさんが竜巻みたいな蹴りを叩き込んで、吹っ飛ばす。

同胞の戦士達も見事な連携で戦っていて、負傷者は内側に庇い。負傷者も即座に薬を使って復帰して、再び前衛に戻る。

此処までは順調か。

だが、彼方此方の研究棟から、どんどんガーディアンとなっている生物兵器、まあ魔物が出てくる。

魔物の定義に全てが合致しているから、それでかまわない。

予想以上に、敵の数が多い。

レントはほぼ完璧に追撃の敵をしのぎながら下がって来ているが。これは或いはだが。戦いやすい場所に追い込まれているのはこっちか。

だが、それでも。

全力を出せるのも事実。

其処で戦えるなら、如何に罠に誘いこまれたとしても、より高い勝機が生じるとみていい。

懐でフィーが身じろぎする。

「フィー!」

「強敵?」

「フィッ!」

フィーが認識する強敵となると、恐らくはドラゴンを改造した生物兵器か。熱槍を連射して相手を追い払いながら走る。

一番走って体力を使っているパティを支援して、タオもガイドをしながらよくやってくれている。

転がってくる巨大なダンゴムシを、気合一閃ディアンが打ち砕いていた。

なに、フィルフサの群れに比べれば全然戦いやすい相手だ。今の時点では、だが。此処にいるガーディアンが、全て弱いとは限らない。

生産区はそもそも錬金術師が足を踏み入れなかったし、二線級のガーディアンを配置していた可能性も高い。

管理区は、もっと手強いのが多くて不思議ではないのだ。研究区も、総合的な戦力は生産区より低くても、単騎の強さでは上のがいても不思議では無い。

見えてきた。

あれか。

廃棄された資材と言われているものの正体が、此処からも見える。

大量の屍だ。

骨が山のように積まれている。人間のものもたくさんあるとみて良い。怒りは、まだとっておけ。

跳躍すると、追いすがってきている魔物の大軍に、フォトンクエーサーを叩き込む。

構造体を破壊しないように拡散型だが、それでも多数の魔物が瞬時に燃え尽きた。着地。そして、すぐにきびすを返して走る。

遅れている同胞の戦士を、クラウディアが支援。すぐにとって返したボオスが時間を稼ぎ、包囲下にあったその戦士を救出。手傷を酷く受けているが、自力で走れる。セリさんも連続して覇王樹や蔓で敵の浸透を防いでいるが、どんどん敵の攻撃が粗っぽくなり、防ぎきれなくなってきている。

広場に到達。

よし、此処でなら全力でやり合える。

セリさんが走り込むと、周囲に今までの比では無いサイズの覇王樹を林立させ、また蔓で上空もガードする。

野戦陣地を作る間。

今までレントが防いでいた魔物どもに、痛烈な逆撃を入れる。

だが、これまではあくまで小手調べだ。

多分本命がこれから来る。

「パティ、レント、栄養剤! 手傷も回復しておいて!」

「分かりました!」

「これからが本番だな!」

多数迫ってくる雑魚は、いずれもが滅茶苦茶に生物を継ぎ足したような奴ばかり。本当に命を粘土細工にしていたんだと分かる。

それらを倒し、楽にしてやる。

ずっと培養槽で生かされていたのだろう。

人間の頭部がたくさんつなぎ合わされた、多数の蜘蛛足が生えた魔物が突撃してくるのを見て、フェデリーカが口を押さえる。

舞ってフェデリーカ。

叫ぶ。

頷くと、フェデリーカが全力で神楽舞を始める。あたしは。突撃してくる魔物を作るのに、どれだけ神代の錬金術師が人を殺したのか。そう思いながら、ぎりと奥歯を噛みしめていた。

とにかく敵をひたすらなぎ倒す。

此処でならフルパワーが出せる。

こっちに迫ってくる小山のような大百足に対して、あたしは前を開けてと叫んで。

床を踏み砕きながら、フルパワーでのフォトンクエーサーを叩き込む。

多数の魔物を蒸発させながら、それは大百足を直撃。防御魔術を喰い破って、瞬時にトーチに変え。爆散させていた。

まだまだ来る。

消耗させるつもりだ。

だが、こっちは薬をなんぼでも持って来ている。まあ尽きないわけではないが、それでも荷車三つ分。

ちょっとやそっとで負けるものか。

トーチカが構築されたので、負傷者と荷車を内部に庇って貰う。あたしは栄養剤を飲み干すと、なんぼでも懸かってこいと、魔物の群れに叫ぶ。

挑発に応じたか、今まで以上の勢いで迫ってくる。

本当に何世代にもわたって、粘土細工で命を弄んでいたんだな。それが、迫ってくる魔物の異形ぶりで分かる。

まだ神代の錬金術師の数が揃っていた頃は、人間を多数さらっては、此処で材料にしていたのだろう。

罪悪感なんてなかった。

ある者は不適格者として追放された。

だから此処には、本物の極悪人しか残らなかった。

だが、それは混沌の時代も同じだったのではないのか。それが分かっているから、あたしはただ戦うだけだ。

一刻ほど戦い続け。

そして見る。

消耗を充分とみたのだろう。

敵が本命を繰り出して来たのだ。

フィーが感じていたのは此奴か。まあ、そうだろうな。

降り立ったそれを見て、一目で理由がわかる。

それは、明らかにエンシェントドラゴンだ。やはり改造されたエンシェントドラゴンがいたのか。

他にも超ド級が来る。

超ド級のプロトタイプはやはり此処で作られたのだろう。東の地で子鬼と呼ばれていたその幼体も姿が見える。

大丈夫、総力戦には慣れているし。

まだまだ余裕はある。

雑魚も、さっきまでと遜色ない数が来る。

「総力戦用意! 此奴らを倒せば、この区画は安全になる! 此奴らが万が一解き放たれでもしたら、世界が終わる!」

相手も、受けて立つといわんばかりに。

全身にグランツオルゲン装甲を施されたエンシェントドラゴンが吠え猛る。

彼奴の相手はあたしだ。

だが、もう一人くらい支援が欲しい。

パティが進み出る。

「ライザさん、私も支援します」

「よし……頼んだよ!」

二人同時に、地を蹴る。

それと同時に、体をプロテクターで守られた青い巨大なドラゴンが。跳びさがりながら、ブレスを吐いていた。

 

連続して着弾するブレス。凄まじい火力だ。あたしはサイドステップを繰り返して、少しずつ距離を詰める。

完全に中空を保ちながら、エンシェントドラゴンはブレスを乱射して、まずは此方の体力を削るつもりだ。当たるとは相手も思っていないようである。適切な戦術だ。やられると一番困る。

横。

突っ込んできたのは、全身が槍みたいな魔物だ。だがそれは、更に横から飛来したクラウディアの矢に串刺しにされ、地面に墜ち果てていた。

クラウディアが周囲全方位を支援し続けている。あたしだけ支援してくれたわけではない。

でも感謝だ。

あたしとパティは、示し合わせるでも無く左右に跳び別れる。勿論改造エンシェントドラゴンも、それは想定済だろう。

すっと、上空に移動すると。

詠唱を開始していた。

仕掛けないと、全域を空間魔術で吹き飛ばすぞ。そういう意図が感じ取れる。それだけじゃない。

勿論仕掛けたら、空間魔術で防御なりカウンターを入れてくるだろう。

手強い相手だが。

あたしも、そこまで読んでいるのは同じである。

加速。

中空に出ると、フォトンクエーサーの態勢に入る。それに対して、パティは相手の真下に向けて疾走。

二手に分かれたな。

エンシェントドラゴンはそれを即座に見て取ると、何か発動した。

あたしはぐるんと世界が上下したのを理解する。

即座に状況を把握。

空間魔術を展開したエンシェントドラゴンが、辺りを「ねじった」のだ。

それで何もかもがあべこべになった。

あたしは熱魔術で爆発を引き起こしながら態勢を立て直す。だがその数秒の間に、エンシェントドラゴンは、今までとはレベル違いのブレスを叩き込んでくる。

下から上に薙ぎ払うように、あたしとパティに向けて。

それも構造体を破壊しないように。

器用な事をやってくれる。

パティは、回避してくれているとみるしかない。

あたしは即時で対応。

最大火力の熱魔術で、それを相殺しつつ同時に回避。

ただそれで高度はゼロになり、着地しつつずり下がる。舌打ちしながら、即座に走りつつまだ飛んでいるエンシェントドラゴンを見やる。

辺りの光景が歪んでいる。

空間魔術によって、万華鏡みたいに世界がねじれている。

もともとエンシェントドラゴンは世界間に穴を開けるほどの存在だ。あの程度の空間魔術、むしろ手加減つきなのだろう。

走る。

ブレスが次々着弾。

接近してもグランツオルゲン装甲で身を守っている。

今あたしの作るグランツオルゲンよりも性能は落ちるとしても、簡単に突破はさせてくれないだろう。

それにあのねじれた空間。

そもそもまっすぐ飛ぶかも怪しい。

虚空に向けて吠え猛るエンシェントドラゴン。

立て続けの大魔術。

今度は火球が隕石群のように降り注ぐ。更に、また空間をねじってくる。跳びさがりつつ、面倒なものは撃墜。

近づけないし、何より攻撃が苛烈すぎる。

飛来する攻撃を裁いているだけで、余波で体力と魔力がどんどん削られていく。直撃なんかしたら、腕くらい吹っ飛ぶだろう。

それに対して相手は余裕綽々。

超ド級ですらあれほどの魔力は。

いや、まて。

エンシェントドラゴンで、あの程度か。

しかもあれは色々弄くられているはず。本来以上の力を引きずり出されていないのか。どうも妙だ。

そうか、分かってきた。

踏み込むと、走る。

どう空間をねじったのかは。今の攻撃を捌きながら理解した。

空間把握力はあたしの強み。

そのまま無視して疾走する。

エンシェントドラゴンは冷静に迎撃。あの様子だと、パティもまだ無事だ。二人して、別方向からエンシェントドラゴンに迫るが、中空を維持しつつ、ブレスの雨、それに火力の滝で的確に牽制してくる。

今度は雷撃を展開して来る。

続いて烈風か。

いずれも直撃を避け、受け流し、必死に距離を詰める。手傷を幾つも受けるが、それらは回復魔術で即座に治す。走る。

よし、此処だ。

あたしは地面を爆破すると、中空に躍り出る。

エンシェントドラゴンはねじりまくった空間を、あたしが難なく突破したのを見て、流石に焦ったようだが。

それでも冷静にさがろうとして。

背中に刃を突き立てられていた。

パティだ。

頭から血を流しているが、猛攻を耐え抜いて。今の隙に、距離をゼロにしたのだ。

そしてパティの手にしている現在世界最強の大太刀は、エンシェントドラゴンの装甲と鱗の隙間を、確実に通していた。

凄まじい雄叫びを上げて、暴れるエンシェントドラゴンに。

あたしは避けろと叫ぶ。

勿論パティに対しての言葉だ。

今、パティは奴の背中に貼り付いているし。警告は必要だ。

詠唱を終えたフォトンクエーサーを、全力でぶっ放す。

一転収束型の熱魔術の究極。

それを見て取ったエンシェントドラゴンは、冷静に空間魔術を展開し、その全てを弾き散らす。

虚空に消える、破壊の烈光。

だが、その次の瞬間、エンシェントドラゴンが、世界から消えていた。

最初の犠牲者には相応しい相手だ。

空間を隔離して、その中で、熱、冷気、雷撃、烈風。それぞれの究極爆弾の火力を最大限に叩き込む。

ツヴァイレゾナンスを、あたしは起爆したのだ。

直後、空間の歪みが全て消えた。

ずるりと落ちてきたエンシェントドラゴンは、既に完全に動かなくなっていた。

呼吸を整える。

パティは、へたり込んでしまっていた。

これほどの戦士が。

即座に駆け寄り、薬で手当てを開始。彼方此方酷く手傷を受けている。あたしを見て、悔しそうに苦笑いしていた。

「嫁入り前なのに……我ながらまだまだですね」

「タオはそんなこと気にしないよ」

「分かっています。 私が悔しいんです自分に」

手指を失っているようなことはないが、火傷が酷い。火傷のダメージは、皮膚の何割かを超えると死に到るほどのものだ。

嘆息して、やっと楽になれた改造エンシェントドラゴンを見やる。

こいつ、恐らく相当に弱体化されていたんだ。

恐らくは、操りやすいようにするために。

超ド級などの魔物を多数けしかけて捕らえた後は、空間魔術を研究するために弄くり倒して。

弱り切った体を生体兵器として改造するも。

そのままだと操りきれないから弱体化させた、か。

乱戦はまだ続いている。

出現したのは、フロディアさんだ。ざっくり肩口から斬られているが、まだまだ動けるようである。

パティに肩を貸すと、門を通って戦線離脱。

門から数名の同胞の増援が来る。

あたしは顔を叩くと、戦線に復帰。

大乱戦で、被害も大きい。

最強の爆弾の実地試験ができた。それだけ今は可とするべきだろう。弱体化しているとはいえ、エンシェントドラゴンですらまともに受ければひとたまりもなかった。それが分かれば充分過ぎる。

ボオスと、多腕の魔物が、凄まじい勢いでやりあっている。

その横っ腹から、蹴りを叩き込み。

均衡が崩れた多腕の魔物が、即座に首を飛ばされていた。

呼吸を整えるボオスの礼もそこそこに聞きながら、一番乱戦が酷い場所を探す。セリさんを守りながらクリフォードさんが奮戦しているが、多数の鳥の魔物に集られて、苦労しているようだ。

熱槍を炸裂させて、まとめて叩き落とす。

次。

振り向き様に、襲いかかってきた巨大な犬型を蹴り砕く。多分紅蓮から作り出したフェンリル型のプロトタイプだったのだろう。手応えがなさすぎる。首が折れた犬型を弾き飛ばすと、そのまま熱槍を乱射しながら乱戦に加わる。

そして、戦いが終わるまで、ひたすら暴れ狂った。

 

負傷者を下げる。

研究区での抵抗は排除成功。

へたり込んでずっと黙り込んでいるタオに肩を貸して、ガイアさんがさがっていく。野戦陣地では、レントがトリアージを開始していた。

あたしも薬を使って、即座に手当てを始める。

リラさんが、太ももをざっくりやられていた。骨まで行っているが、それでも戦い続けたようだ。

状況が少しよろしくない。

即座に手当てに入る。

動脈が切れかかっている。

太ももには結構大きな動脈が走っていて、これが損傷すると命に関わるのである。それでも戦いを続けたのは、皆を守るためだった。それを分かっているから、あたしは何も言わない。

あたしの薬を重点的に使って、ダメージを受けている筋組織や血管などを修復、傷も埋める。

火傷しているパティは鎧などを脱いで貰って、全てを治療する。

野戦病院は地獄だ。

何度も経験しているから分かっている。

同胞の戦士の一人は危うく首を飛ばされかけたようで、首に酷い傷を受けていた。

深い傷から順番に治療していく。

頭をざっくり切られていた人もいる。

もう少し深く入っていたら、頭蓋骨を割られて即死だっただろう。当世具足を着た戦士だったが、兜は破壊されてしまっていた。

その兜のおかげで助かったのだと今は好意的に考える。

手当てをして、血の臭いで鼻がおかしくなりそうには……ならない。

そういうのも、どんどん平気になって来ている。

少し前に精神的に一線を越えたからだろう。

今は冷静極まりなく、全てに対処できるようになっていた。それでいい。あたしは自分に言い聞かせながら動く。

「フィー!」

「分かってる。 この人は後はこの薬で手当てを。 お願いします」

「承知した」

同胞の戦士の手傷はかなり酷い人もいたが。

それで理解する。

どうやら、同胞にも戦士としてではなく、医療班専門で動いていた人がいるらしい。

これは恐らく、同胞としてフィルフサや東の地の大物とやりあううちに、専門がそれぞれできていったからなのだろう。

勿論戦士としての力量もあるのだが。

同胞の違いは経験しか存在していない。

ホムンクルスで、スペックが全て同じだからだ。

故に、自分でできる事を考えて、それぞれに特化すると言う事を自主的にしていったらしい。

立派だと思う。

多様性と言う観点では、体に問題は抱えていると思うが。

この人達は、心に関してはとても立派でしっかりしていると思う。少なくとも、神代の錬金術師なんぞよりよっぽど。

フィーに呼ばれて、手当てをする。

順番に手当てを終えて、毎回血を新しく組んできてもらった桶で洗い流して。それでやっと終わった。

研究区はこれであらかた抵抗が片付いた筈で、そういう意味では生産区よりらくだったかも知れない。

あのエンシェントドラゴンが最強のガーディアンだったのだろう。

後から聞くと、生産区の方はあのサイクロプスという奴がそうであったらしい。

皆に、先に一休みしてもらうが。

あたしはタオとクリフォードさん。

それにしぶとく乱戦の中で老獪に立ち回り、まだ余力を残していたガイアさんとともに、研究区に戻る。

安全確保と、データセンタの制圧のためだ。

「研究区と管理区の掌握は他に比べて進んでおらず、安全地帯に関しては非常に限定的にしかわかりません。 データセンタについても、場所しか分からないので、常に警戒してください」

「分かったぜ、任せておきな」

「クリフォードどののその勘はどこで養ったのだ」

「伊達と酔狂で生きてきたからな。 それで培ったんだよ」

ガイアさんに、そんな風に返すクリフォードさん。

それで呆れられていたが、クリフォードさんはそれで本望なのだろう。

セリさんと結婚するつもりらしいが、当のセリさんはまだ何も返してくれていないらしい。

それについては、あたしの知る事では無い。色恋はそれぞれで好きにやれば良い。

クリフォードさんが、稼働している罠について幾つか即座に見つけてくれる。ガイアさんが抱えている板越しに、母が記録し、ガイドをしてくれる。

此処を確認して調査するのは後だ。まずは、防御を無力化しなければならない。

 

2、また一人人を離れる

 

データセンタの周囲には、朽ち果てた何かの残骸が散らばっていた。どうも生物だった存在のようだが。

これは。一種の死蝋か。

「此処のガーディアンは、朽ちてしまったのか」

「恐らくですが、錬金術師達が自己満足のために、常に此処で配置されるようにしていて、培養槽にて回復する動作を組み込まなかったのでしょう。 皆千年の年を耐えられなかったのです」

「そっか……」

哀れなものだな。

あたしは一瞥だけして、クリフォードさんと連携しながら罠を外す。

前に入口付近で巨大神代鎧が放ってきたレーザーとやらが何カ所かにあるらしいので、精密に調整した熱魔術で粉砕しておく。

文字通り、装置だけを焼き切る。

今のあたしには、それくらいの精度で熱魔術が使える。

入口付近だけ問題を排除。

その間も、彼方此方でロボットが働いている。

此処で働いているのは、殆どが円筒形のものだ。

「神代鎧みたいな二足歩行のものはいないね」

「実の所、こういった二足歩行は、それだけで膨大なリソースを消耗します。 多足型やベルト式で動くロボットの方が、同じコストでも高性能にできるのです」

「なるほどな……」

「中に入ることが出来る筈です。 データセンタを掌握すれば、研究区も一気に制圧できるでしょう」

あたしはタオとクリフォードさんと頷く。

そして内部に入る。

相変わらずきんきんに冷えていて、たくさん箱が積まれていた。

ガイアさんが母の板を彼方此方に向けている。ずっと解析しているようだ。

下手に触らないように。

そうも言われているので、あたしは見ているだけ。

だが、見ながら、少しずつ解析していく。

いずれ仕組みを完全に把握して、このサーバとやらも。なんならデータセンタも、調合できるようにしてしまいたかった。

「少し解析に時間が掛かります。 データセンタ内にトラップは恐らくありませんが、解析に協力してください」

「分かった。 どうすればいい」

「タオさん。 操作についてお願い出来ますか」

「いいよ。 任せておいて」

タオはサーバの操作を教わったらしく、既にお手のもののようだ。光学式コンソールと大して変わらないらしく、しかもやはりというかなんというか、此処もパスワードはどれにもかかっていないらしい。

何とも情けない話だが。

ともかく、タオは覚えた事は忘れないし、即座にすらすらとやる事ができる。

サーバを凄まじい勢いで操作して、何かしていると。

次に此方をと言われ、そう行動する。

「凄いなタオどのは。 混沌の時代でも、トップ層の学者と全く遜色なかっただろう頭脳だ」

「混沌の時代では、最高ではないレベルなんですね」

「混沌の時代は、今とは比較にならぬほどの人間がいた。 それらの人間の中で、トップ層なのだから、それは凄い事なのだと思う」

「そうですね……」

クリフォードさんが油断なく周囲を警戒してくれているので、こっちとしても動きやすい。

あたしも、サーバやデータセンタの動きを見て、更に魔力を張り巡らせて解析を進めていく。

懐でフィーが身じろぎ。

「どうしたの、フィー」

「フィッ……」

「ああ、さっきのエンシェントドラゴンだね」

「フィー……」

悲しそうだ。

あれは脳から弄られていたし、高い実力もあった。瞬殺しなければ、大きな被害も出ていただろう。

瞬殺出来たのは、この世のあらゆる生物をあのツヴァイレゾナンスで倒せる証明にもなった。

生物だけではない、機械もだ。

それだけで、どれだけ有用だったか分からない。あたしは、ただ感謝するだけである。

「後で葬ってあげようね」

「フィー!」

「ライザリン殿。 恐らく解析が終わりました。 またケーブルを抜いていただけますか」

「分かりました。 しかし本当にケーブル一つで終わるのは、ちょっと面白いというか脆弱と言うか……」

実はケーブルなしでも動く仕組みもあるらしいのだが。

重要なセキュリティが入っているサーバは、確実性を担保するために敢えてケーブルを用いているらしい。

そういうものなんだな。

あたしはそう思いながら、指定されたケーブルを外す。

何百本もサーバに刺さっているケーブルの内、今回は二つを外した。それだけで、母が制圧のために一斉攻勢に出る。

「処理開始。 恐らく、一日前後はかかります。 研究区のセキュリティを全解除しておきます」

「了解。 ではその後に此処を調査して、後顧の憂いを断ちましょう」

「はい。 管理区は一番守りが堅く、重要地点はほぼ掌握できていません。 ただし、此処までの三つの区画を制圧したことで、もう増援はないでしょう。 それだけで、どれだけ優位に戦えるか分かりません」

特に生産区と研究区が外れたことで、敵は完全に兵糧攻めの状態になったという。

管理区には生産区から物資が細々と運び込まれていたようだが、それもなくなった。

ただ、今までのログを見る限り、やはり食糧や生活物資などは生産区では作られていた形跡がないようなのだ。

だとすると、一体どこでどうやって生活していたのか。これが分からない。

神代の錬金術師は存在しているようだが、本当に生きた人間として存在しているのか。どうも怪しいのでは無いか。あたしはそう思っている。

一度戻る。

手当てを的確に皆がやってくれたおかげで、死者も出なかった。

ただ疲弊が酷い同胞の何人かが、培養槽で回復に入った。

あたしは研究区の制圧に一日かかる旨を話して、アトリエに戻る事にする。タオ達は、また解析だ。

この万象の大典を落としても、しばらくは解析させて欲しい。

タオはそう言っていたほどだ。

それは知識を回収するためでは無い。

此処で起きた事を完全把握することで。

二度と繰り返させないためだ。

どれだけ言葉を繕っても、人間が変わらない以上、テクノロジーがあれば神代はなんどでも繰り返される。

神代の錬金術師は外道揃いだったが。

条件が揃えば人間は簡単に外道になるし、彼奴らが特別に狂っていたわけでもなんでもない。

人間を平気で食うような匪賊とかは世界に実在しているように、誰だってああなるというだけだ。

タオはそれを理解しているから、繰り返させないための工夫について考えてくれている。

あたしは後で、それを活用させて貰う事にする。

それと、一日空くとなると、ちょっと試しておくべき事がある。

クラウディアについてだ。

あたしが人間を止めた時は。色々と時間を掛けて処置した。

今、アインのために培養槽を作ったが、これで想定通りに調整出来るかどうか、クラウディアに試して貰う。

失敗はできない。

だからこそ、まずはクラウディアに頼むのだ。

あたしでの実験は既に成功している。

問題は他人で上手くいくかどうかで。

あたしにとって最高の親友であるクラウディアであるからこそ、絶対に失敗できない実験につきあい願うのである。

万象の大典を出て、アトリエに戻る。

タオ達三人だけを残して、アトリエに。

そしてクラウディアに話をする。

クラウディアも、人間を止めると決意してあたしに話をしてくれたのだ。培養槽に入ることは、頷いてくれた。

リネンに着替えて貰って、培養槽に。

横倒しになっている筒の中に、培養液が入っていて。更に外からの操作で、調整をする事ができる。

調整は基本的に体についての色々。

アインの場合は体の最小構成要素が色々壊れていたり、それで内臓が駄目になっているのをどうにかする。

クラウディアの場合は、体の最小構成要素が人間だったのを、人間ではなくす。

液体に浸かることになるが、息は問題なく出来る。これは培養液にそういう要素があるからだ。

魔術で空気を取り込めるようになっている。

最初は不安そうだったクラウディアだが。培養液に入った後は、問題無さそうに微笑んでくれた。

さて、此処からは失敗できない。

ちなみにアインにする施術より、クラウディアにする施術の方が難易度が高い。だが、だからなんだ。

それで失敗していては、この先なんかない。

これからあたしが相手にするのは、人間の邪悪、それもこれからの未来の世界の全部の人間。

一人の親友さえどうにかできないで。

それが成し遂げられるか。

しばし集中して操作をする。

クラウディアの体が置き換わっていくのが分かるが。意外な事に、クラウディアの体は、もうだいぶ一般的な人間から乖離していた。

これは恐らくだけれども、あたしの薬で、手傷を毎度回復していたのが大きいのだろう。

それだけ理外の薬を用いていたから、体にも影響が出ていたと言う事だ。

セリさんが回収して培養してくれたドンケルハイトには、それだけの圧倒的な薬効があったのだが。

それをあたしが錬金術で、究極を超えた究極まで性能を引き出した。

結果、それは医薬品の枠組みを超え。

人間を超越するための薬になってきていた、ということだ。

これは他の皆には言わないでおこう。

それに、今あたしが処置している「だめ押し」をしなければ、其処までの状態にはならないと言って良い。

だから、気にはしなくていい。

誰も普通に生きて普通に死ぬ。

それだけだ。

処置、完了。

丁度夜になっていた。

培養槽から出て貰ったクラウディアは、手を握ったり開いたりしていたけれど、やがてくすりと笑っていた。

「ライザ、今まで以上に多分音魔術と射撃、高精度でできるよ」

「あたしも人間止めてから、上限に達してたっぽい魔力がまた伸び始めたんだよね。 多分クラウディアもそれと同じ現象だと思う」

「いずれにしても、永遠に一緒だね。 よろしく、ライザ」

「此方こそ。 クラウディアの子供も後で調合しないといけないね。 分かってると思うけど、生理なんかももう来ないし、子供も産めないからね」

頷くクラウディア。

ただ、クラウディアには結婚願望は前から無かったようだ。

それも、あたしが男だったら話は違ったのかも知れないが。あたしが女で。クラウディアもあたしも性的嗜好が異性愛であった時点で色々終わりだったのかも知れない。まあ、それも過去の話になるが。

夕食にする。

クラウディアが料理をして、パティとフェデリーカが手伝う。

フェデリーカの目がますます死んでいる。

乱戦の中でも、手傷は比較的軽く治まった。それどころか、接近戦を挑んできた敵の首を一息に鉄扇で刎ねたらしい。

戦闘力がメンタルコンディションで落ちていると言う事はなさそうだ。

だとすると、なんだろう。

夕食を皆で食べる。まあ、味はする。

ただ、栄養を取り込んでいるという感触で、今まで見たいに美味しくて幸せとは感じなくなりつつある。

これも人間をやめつつあるからだ。

それは、分かっていた。

 

翌日は、午前中は消耗した薬を補充。その間に、レント達は先に万象の大典に向かった。何かトラブルがあってもおかしくないからだ。トラブルに備えるために、先に行動してくれたのだ。

あたしはクラウディアが同意の上で試すことがで来た培養槽をチェック。

もっと難しいクラウディアの調整ができた位なので、恐らくアインの治療は一発でやれるだろう。

クラウディアは今までは若々しい女性らしい美しさと気品みたいなのがあったが、それが人間を止めてから強烈なオーラみたいなのに変わっている。

今までクラウディアはやらせろと顔に書いて接してくる男に辟易していたようだが。

それもなくなるだろう。

更にクラウディアが子孫を残す、という点についても、錬金術であたしが子供を作るだけなので、別に問題は無し。しかも人間としての子供を作れるから、更に問題なし。

なんならあたしとクラウディアの要素を足した子供も作れるが、それについてはクラウディアには言わない。

クラウディアも相応にドロドロを心に抱えているし。

何もかも全部話す必要はない。

それに、その話をすると色々面倒だとあたしも思う。クラウディアの精神にただでさえ色々影があたし同様落ちているのに。

もっと拗らせるかも知れなかった。

補給した薬を荷車に積んで、万象の大典に。

既に研究区を皆で調べているようだった。

研究棟周辺のセキュリティは母が完全解除。まだ少数残っていたガーディアンはそれで動きを停止。

皆が介錯を済ませたらしい。

あたしも後で研究棟を見て回ることにするが。

それはそれで、先に色々とやるべき事がある。

「母。 そこにいますか」

「はい。 何ですかライザリン殿」

「ライザで良いですよ」

「分かりましたライザ殿。 それで何用でしょう」

咳払いすると、この先の戦略について話す。

パティとクラウディア、それにカラさんも呼ぶ。これは、それぞれがもっとも戦闘面で重要な存在だから、聞いておく必要があるからだ。

勿論作戦前には、皆に展開もするが。

「まず管理区への侵入だけれども、問題なくいけそうですか?」

「管理区そのものへ侵入することはできます。 先に何度か持ち込んでいるのを見ましたが、貴方の手に渡っている旅の人の使っていた杖は、アインが管理区より回収したものです」

「!」

「管理区にはホムンクルスは入れないのです。 アインは人間の要素が入っており、しかも一度管理区で生活していたログがあります。 それで行動する事ができたのです」

そうか、それは辛かっただろうな。

あたしは目をつぶって、しばしその思いを噛みしめる。あの杖は。戦闘ではあまり使わないが。

調合時は時々用いている。

それくらい、強烈な魔力増幅が出来るからである。

今度此処の拠点に持ち込んでおくか。

現時点で、あたしの魔力は更に増幅されている。熱槍四万をこの間たたき出したし、多分もう少し鍛錬すれば五万もいけるだろう。しかも熱槍一つずつの火力は、今までより更に増している。

クーケン島でガキ大将をしていた頃は、熱槍一つで石造家屋一つを粉砕するくらいの破壊力だったが。

今では石造家屋数軒を全部融解しきるくらいの火力になっている。

それを四万、収束して叩き込むのである。

まあ、それでも耐えてくる魔物がいて。それを相手にしているわけだが。

いずれにしても、もうあたしはあの杖は解析させて貰った。

元々素手で相手とやり合う方が得意なのだ。戦闘用の杖はあまりいらない。

パミラさんは、あれが鍵だと言っていた。

だから、その時の為に持ち込むくらいで良いだろう。

「管理区で、確認できている範囲については、タオに話しておいてください」

「ええ、分かっています。 今までの資料に加えて、研究区に残されていたデータを加え、管理区のデータを更に解析できました。 現在、倒壊している地区なども存在しているために、理論上進める場所ばかりではありませんが……」

「倒壊!?」

「はい。 何が起きたのかはわかりませんが、ロボットなどがメンテナンスをしていないのです。 生産区や研究区は、ガーディアンが不具合を起こしたりはしていましたが、管理区では一部が瓦礫とかしています。 旅の人の杖に関しても、そういった瓦礫の中にあり、しかもセキュリティが張り巡らされていたため、極めて回収が困難でした」

それは。

ますます生きた人間がいるとは思えない。

謎の自信で自分を世界で一番優れていると妄想していた神代の錬金術師達である。それこそ王侯貴族を鼻で笑うような生活を望むはずで、往事は居住区にある巨大住宅を見る限り実際にそうしていたはずだ。

古代クリント王国の錬金術師もその傾向があり、王族を傀儡化した後は、あらゆる富と快楽を独占してやりたい放題していたことが分かっている。

それが、瓦礫の中で生活しているというのか。

「管理区の制圧は、やっぱりデータセンタを抑えればいけそうなんですか?」

「いえ、管理区は厄介なものがあります」

「厄介? どれくらいですか」

「今まで此処に連れてこられた錬金術師は、其処へ運ばれて行ったことが分かっています。 通称大典。 万象の大典の中核防衛システムです。 これがあるため、管理区には危険すぎて今まで殆ど足を踏み入れられませんでした。 私もまずは生産区に足がかりを作り、其処から居住区へと拠点を移し、少しずつ支配領域を広げていったのです」

この大典とやらは、此処まで管理領域を広げた母でも、下手に触れると一瞬で全て奪回されかねない程のものだという。

データセンタを抑える事で、ある程度性能を抑える事はできそうだと言う話だが。

大典はどうしてか今は静かにしているものの。

もしも本格的に動き出した場合、手に負えないのだとか。

それは厄介だな。

「分かりました。 それを真っ先に潰しにいくことを考えないといけないですね」

「錬金術師ライザ。 貴方の行動は、今まで見てきた愚かしい錬金術師と違い過ぎています。 自分すらも平気で捨てて世界のためにするその姿勢に私は希望を見ます。 最大限の支援をするために、まずは管理区のデータセンタを抑え、私も支援する中、最大の戦力で大典と戦ってください。 貴方が失われたら、この世界はもはや次はないでしょう」

「うん……分かっています。 大丈夫、任せておいてください」

大典か。

神代の錬金術師の最大の切り札とみて良い。

しかし分からない事も多い。

そんなものがあるのに、管理区が瓦礫の山というのはどういうことだ。とにかく、少しでも準備をする必要はある。

瓦礫の詳細を、タオにも説明して地図に起こして貰うように母には頼んでおく。

その後は、歩きながら四人で話す。

「どう思う?」

「私が思うに、既に神代の錬金術師は全滅していると思います。 存在しているとしても、幽霊のような存在として、ではないでしょうか」

パティがずばり指摘。

実はあたしも同意見だ。

だが、幽霊なんてものは、所詮この世に影響を与えることはできない。影響を何かしらまだこの万象の大典に与えられると言う事は。

母のような「プログラム」なのかどうか分からないが。

何かしらの実体があるのではないかとあたしは判断している。

それについては言わない。

意見を順番に聞く。

「散々命を粘土細工のように弄び、自分が好きなものだけで世界を満たそうとし、気にくわない存在をひたすらに殺し続けた存在が瓦礫の山に今は住んでいるというのは滑稽よな。 もはや下げる溜飲もないが。 いずれにしても、今何が起きているのかを正確に把握しなければ、手痛いしっぺ返しを喰らおうぞ。 ライザよ。 そなたに限ってそんな手落ちをするとは思えんが」

カラさんはそんな風に言う。

油断するな。

そういう意味だ。頷いて、同意しておく。

クラウディアは、音魔術を今までにない範囲で展開出来るようである。

だから、違う意味で警告してきていた。

「門が展開している先は、今全部聞こえて把握できているんだ。 クーケン島でも、大きな声を出している人の会話なら拾えるくらい」

「ちょっ……凄いですね」

「ふふ。 それで分かったんだけれど、同胞の中にはまだライザを信用しきっていない戦士もいるよ。 いざという時は気を付けて」

「ありがとうクラウディア。 大丈夫。 何をしても何の恩義も感じないような神代の錬金術師と同胞の素朴で真面目な戦士は違うよ。 それは接していてよく分かった。 例外もいるかも知れないけれど、今更背中を刺されたりしない」

居住区の拠点に戻る。

タオが地図を凄まじい勢いで書き起こしている。

ゼッテルが火を噴きそうだ。

パティが水をあわてて差し入れして、それでやっと少し休憩する。これはこっちも大変そうだな。

いずれにしても、皆が集まってから、研究区を見て周り、後顧の憂いを断つ。

そして、その後に。

最後の邪悪の居城。

管理区に乗り込む。

既に、やる事は決まっている。これが最後の決戦になる。

そしてあたしにとっても。皆にとっても。これで「冒険」が終わる。

世界は悪逆を極めた人間から解放され。

だがそれで全ては終わらない。新しい世界を作る為に、あたしが。クラウディアが。それに母と同胞にも協力して貰う。

それで、新しい世界に向かう。

そのために、提示された最後の関門。大典の撃破に向けて、全ての調査を済ませておかなければならなかった。

 

3、肉粘土細工

 

研究棟に入る。

其処には多数の研究結果があった。分かりきっていた。それがどれだけ邪悪なものであるのかは。

セキュリティは既に完全に外されている。

ボオスは黙り込み。

フェデリーカは何度も涙を拭っていた。

外に出ているか。

そうフェデリーカに声をかけるが、首を横に振られる。

これからサルドニカで、色々と人間の深淵と関わらなければならない。今のギルド長二人は職人としてのプライドで動いてくれた。

今後はそういう人間がギルド長になるとは限らない。

世の中には、こう言う事をする。平気で出来る。そういう人間が幾らでもいる。

だから、見ておかなければならない。

そう、涙を流しながら、フェデリーカは言うのだった。

其処には培養槽があり。

浮かんでいるのは、多数の人間の幼児の頭が生えた肉塊だった。プレートがあり、神代の言葉が書かれている。

タオによると、「猿の花束」だそうだ。

つまり神代の錬金術師が作った芸術作品と言うわけである。

説明も書かれている。

実際にさらってきた「猿」。いうまでもなく人間の幼児だが。それを贅沢に材料に使い、その愚かしさを存分に表現した芸術作品なのだとか。

レントが前に出ると、培養槽ごとぶった切る。

そして、あたしが即座に荼毘に付していた。

ついてきていたホムンクルス数名が頷くと、焼き尽くされた灰を回収して、外に持っていく。

小妖精のあたしのアトリエの側に、既に墓地を作ってある。

生物兵器などの亡骸は荼毘に付し。其処に葬っている。其処へ、運んで行くのだ。

「神代の錬金術師の身内の品評会ではこういうものが喜ばれていたようだね」

「これをやった奴らと同じ生物であることが恥ずかしくなる」

タオの言葉に、ボオスが吐き捨てていた。

あたしも同じ気分だ。

別の培養槽には、巨大な何かが浮かんでいた。タオが苦労しながら説明を翻訳してくれる。

肉塊みたいに見えるが、どうも違うらしい。

「これは本来とてもちいさな生物であったものを、どれだけ巨大化できるか試験した結果のようだ」

「それも遊びか?」

「いや、違う。 旅の人による試験だったようだ」

「!」

旅の人の試験結果か。

どうやら簡単には壊せないような仕組みになっているらしい。周囲の「芸術作品」と比べると明らかに浮いている。

旅の人から神代の錬金術師が搾取の限りを尽くしたことは分かっているが。それでもその技術を無碍に出来なかったのか、技術を搾取するために残していたのか。

苦労しながら、タオが翻訳してくれた。

「ええと……かいつまむと、生物というのは「進化」なんて事はしなくて、実際には「適応」しているらしいんだ」

「どういう事だ?」

「そうだね。 例えばとても戦闘力が強い生物がいたとして、それが生き残るとは限らないってことさ。 混沌の時代のずっと前に、ラプトルと似た姿をした生物が、世界の覇者だった時代があったらしい。 でも、環境が変わったら瞬く間に滅びてしまったという話があっただろ」

「そういえば、そうだったな」

タオは苦労しながらも説明してくれる。

ちいさな島に住んでいる鳥は、飛翔能力を失うことがあるらしい。

これは飛翔すると言う行動は、とてもリスクが高く、鳥にとっては力をとても使う事であるらしいのだ。

飛翔しなくても良い環境であるのなら、飛翔という能力がなくてもいいし、ない方がむしろ有利。

飛べない鳥が不利というのはあくまで人間の主観である。実際にはその環境では、その方が生物として有利に立てたりするのだ。

そういう生物が他の相性が悪い生物と遭遇して、狩られてしまうケースも当然あるが、それは別に強い弱いという問題ではなく、単に環境の良し悪しの話であるらしい。

「生物は環境に沿って姿を変えていくんだ。 これが適応だね」

「そういえば……必ずしも戦士として強いだけの人間が出世するわけではないですね人間の世界でも」

「うん。 美人でも性格が悪いと嫌われて相手にされなくなったりするね」

「主観に寄る「強さ」なんてのは、実際にはあんまり役に立たないって事だね」

パティとクラウディアに、タオは頷く。

その上で、説明してくれた。

旅の人は、様々な「冬」で汚染された土地で生きてくための研究をしていたという。

これはその成果の一つで、本来はとても小さい生物が、大きい方が有利な環境ではどこまで大きくなれるか。

その実地試験だという。

この生物単体だけを使って、大きくなるように調整したらしい。

そしてその過程で、様々な事が分かったのだそうだ。

ただ、その結果を見ていて、タオの表情がしぶくなる。あたしが、すぐに思い当たった可能性を指摘してみた。

「これ、フィルフサの技術に悪用されたんじゃないのかな」

「ずばりその通りだよ。 旅の人は生きていくために、最悪土地を元に戻せなかった場合、其処で生きるための方法を模索したんだ。 その副産物が色々出た。 それらの多くは技術だけが抽出され、フィルフサの開発に使用されたんだ」

「そんな。 旅の人って、みんなが幸せに生きていくための技術でそれを作ったんだろ。 そうだよな、タオさん! それをどうしてそんな悪用できるんだ!」

「そうだよ。 でも、人間は悪用するときに、一番頭を使うことが多いんだ」

ディアンの言葉に、タオがそう告げる。

ディアンはぐっと拳を固めると、俯いてしまった。

それもそうだろう。

ディアンは単純な話で世界が回っていないことは理解しているだろう。それでも旅の人が、世界のために身を粉にして、しかも善意で動いていたことは肌で感じているはずだ。

善意の研究からあのフィルフサが作り出された。

それは、憤りを通り越して、最早力も抜けてしまう。

他にも見る。

人間を如何に弄くるか、面白おかしくやっている研究成果が展示されていた。苦悶の顔が浮かんだ亡骸が培養槽に浮かんでいる。脳内を操作して、如何に苦しみを与えるか、操作するか。

その研究成果だ。

そう楽しげに書かれている。

レントが一刀両断。

あたしが亡骸を荼毘に付していた。

クリフォードさんが、大きくため息をつく。

「普通だったら頭がおかしくなる。 空気を変えてきた方が良いぞ」

「いえ、見ます」

パティは気丈だ。

フェデリーカも涙ぐみながらも、口を押さえつつ頷いていた。クラウディアは悲しそうだけれども。

やっぱりあたしと同じで。

確実に欠落し始めている。

今度は何だ。

複数の生物を融合する実験についてだ。これはまた神代の連中の遊びかと思ったが、違う。

融合実験は内臓に限定されている。

「旅の人による実験だ。 ええと……錬金術で内臓を生成する実験は上手く行ったものの、このテクノロジーは実現性があまり高いとは言い難く、特に民間にまで流用するのは非常に難しいといえる。 混沌の時代にも実用化は部分的にしかされておらず、錬金術を用いても限られた人間しか救う事ができない。 しかし例えば畜産動物の体内で、人間の内臓などを培養する事に関してはどうか。 豚などは例としてあげられる。 豚の体内に人間の内臓を作り出す事は、それほど実力がない錬金術師でもできる」

「なるほど、ライザがやった奴だよな。 あれって旅の人クラスでないとできないって事か」

「そうなる。 私にもできる気がしない」

レントが呟くと、アンペルさんがそれを肯定した。

ただ、豚を使って人間の内臓を作ると言うのはどうか。

どうせ悪用しかされないだろう。

勿論豚を肉を捕るために飼育している身としては、豚が可哀想などと言う事は言えない。そもそも豚の方も、人間とある程度ギブアンドテイクの関係であるからだ。ただそれにしても、これは。

難しい。

人間という身からは判断が出来ないかも知れない。

あたしは適当な素材があれば、今はもうできてしまう。だけれども、旅の人は誰をも救いたかったのだろう。

だからこういう代替案を出したというわけだ。

「案の場この技術は、色々な意味で問題があったようだね。 近くにログが残されているけれども、別の動物の体内を利用して内臓などを生成する試験は、旅の人が見いだした世代の錬金術師には少数できる者がいたものの……それも少数。 それ以降の錬金術師は、とても手が届かなかったみたいだ」

「そもそも錬金術が出来ない奴までいたんだろ? 当然じゃねえか」

「……そうだね。 ただし、その過程で神代の錬金術師達は、生物同士を融合させる技術にそれを改悪したんだ」

その結果、超ド級をはじめとするあり得ない生物兵器が多数作り出された。

特にあたし達が幾度となく交戦してきた超ド級は、神代の錬金術師曰くの傑作兵器であったらしい。

これで猿共の集落と、虫だの草だのは全て焼き払って、美しいものだけの世界が作れる。

そんな寝言が、自慢げにログに記載されていた。

次。

とりあえず、もう超ド級は新たに生まれない。

この技術も漏出させない。

人間は過ちから学べるというのは、誰が口にした寝言であったのだろう。過ちから学べなどしない。

世界を焼き滅ぼし、「冬」を到来させてなお。まだ過ちを繰り返すのだから。

幾つかの展示を確認していくが、パティが斬ったり、レントが斬ったり。それぞれ処分もしてしまう。

此処には世界を救うための実用的な技術の研究所があって、旅の人はそれを精力的に進めていたのに。

その全てが、エゴの怪物達の砂場にされて。

挙げ句フィルフサが作られて、オーリムにまき散らされたなんて。

旅の人は、これははっきり言って化けて出て良い。

あたしだったら、末代まで呪っていると思う。

旅の人がどうやって死んだのか、どうして命を絶ったのかの直接経緯はまだわからない。神代の連中に体を開くように要求されて耐えきれなくなったのか、それとももっと卑劣な事をされそうになったのか。

いずれにしても、恨んで良いと思う。

助けを求めていい。

それをしていないなら、あたしが救うしか無い。

此処にある旅の人の研究は、どれも立派だ。どれも世界のためを考えて作られたものばかりだ。

だからその大半は、悪いけれど今の人類に開示できない。

それもまた、事実だった。

 

研究棟を順番に周り、その中の「成果」の大半を処分しなければならなかった。

研究棟を出て、フェデリーカが耐えきれなくなって、ついに失神した。パティが即座に受け止めると、背負って戻る。誰もそれを止めなかった。

よく頑張った方だと思う。

カラさんが、今までになく、怒りの籠もった口調で言う。

「ライザよ。 頼むからこれらの尊い技術を、二度と悪用させてくれるなよ」

「分かっています。 何が現れようと、絶対にさせません」

「一つ懸念がある」

ボオスが挙手。

あたしも頷く。

ボオスは咳払いすると、パティとフェデリーカが行った方を見やりながら言う。

「錬金術は才能の学問なんだよな。 ライザ以上の才能の錬金術師が、世界の復興をライザがやっている最中に現れて。 それで神代と似たような事を始めたらどうするつもりだ」

「成長する前に斬る」

あたしは即答する。

今まで、錬金術に触れてきて分かった事がある。

錬金術の最大の問題点は、才能だけが大事と言う事だ。全てが才能に依存する。それが問題なのだ。

やり方を教えれば、才能さえあれば際限なく成長が始まる。あたしがそうだし、アンペルさんだってそうだ。

あたし以上の才能の持ち主は、今までの歴史上でもいた可能性が高い。それはたまたま錬金術に触れずに命を落としたり、無縁な人生を送ったり。或いは神代の連中に消されたのかも知れない。

今後だって生まれる可能性が高い。

ただあたしのデータから子供を作っても、錬金術の才能が引き継がれる可能性は低いだろうなとあたしは見ている。

これに関しては、アンペルさんにしてもあたしにしても、錬金術師の親がいたわけでもないのに才能がある事。

親どころか先祖まで辿っても恐らくそれは同じであろう事。

それが根拠としてある。

旅の人に至っては人造人間だったようだし。混沌の時代が作りあげた一種のホムンクルスだったのだろう。

そう考えると、この才能は遺伝なんかしないのだ。

「錬金術師に関しては、相手を見極めて教えるつもり。 安易に力をひけらかす者、欲が優先する者、悪用を考える者、これらには絶対に教えない。 これは錬金術の問題ではなく、世界のため。 もしも自力で錬金術を発見するような規格外の人間が出る場合は、それは困る。 だから、監視網を敷く」

「監視網か。 当てはあるのか」

「ある」

此処にあるテクノロジー。今までの神代の遺跡で見つけたテクノロジー。それらを見て、あたしは学習した。

漠然とテクノロジーを見て来た訳ではない。

しかも、此処で更にその原理も具体的に理解した。

今では、此処のテクノロジーは、手が届く範囲にあるのだ。

錬金術を使用している人間を即座に割り出す、世界レベルの監視システム。それくらい、今なら余裕。

そしてどんな天才だろうが、育つ前だったら絶対に殺せる。

人間なんか、どんだけ強かろうが頭を砕けば死ぬのだ。

あたしの答えを聞いて、ボオスはそうか、とだけ答えた。もう止める意味もない。それを理解したらしかった。

タオが戻ってくる。

途中で気になる場所があると行って、離れていたのだ。

「ライザ、こっちに来て欲しい」

「何かみつけた?」

「うん。 非常に大事な事が分かったのと……僕やクリフォードさんだけでは開けられそうになくてね」

「封じられてるのか」

タオは頷く。

つれて行かれたのは、研究棟の一つだが。完全にがらんどうである。内部はロボットが綺麗にしているが、それだけ。

何も触られた気配がない。あまりに空っぽなので、あたしはえっと声を上げていた。

「これ、大事なもの?」

「見て、書棚とか。 歯っ欠けになってる。 資料を此処から持ちだしたんだ。 デスクなんかが幾つかあるけれど、使われた形跡も無い。 これ自体が、此処で何が起きていたかの証明だよ」

「……まさか、此処が旅の人の研究所?」

「そうだと思う。 旅の人が研究するために、此処を使っていた。 神代の錬金術師は、その研究物だけを搾取した。 少なくとも、今まで出て来た情報を総合すると、多くの人を人質にしてからはそうだよ。 此処は、その証拠そのものだ。 旅の人は熱心に研究を続けていたけれど、神代の錬金術師は何もしなかった。 基礎研究を一切しない……歪んだあり方が、此処なんだ」

気付いて、その空虚さにぞっとする。

確かにそういう話だったが、研究施設が一切使われず、成果物にしても既存の研究結果の組み合わせだけ。

さっきまで見て来たものは、旅の人が作りあげたもの以外は、いずれもが芸術を気取るだけのゴミだったり。或いは悪用されたテクノロジーの具現化だった。つまり、自分達で何か産み出そうとしなかった証拠が、この空虚な研究所なのだ。

流石に無言になる。

千年以上にわたる搾取の記録が、この虚無か。

更にだ。

ゴミ捨て場と思われていた場所に、タオが案内してくれる。何だかうずたかく色々物資が積み上げられている。

なんだこれは。

そう思ったが、すぐに考えを改めた。これ、空間魔術が使われている。封じ込められている。

爆弾で吹っ飛ばしても良いが、母に確認する。

確かにこの地点で、現在研究区が消耗している力の大半が使用されているらしい。ただ、管理区の権限だったので分からなかったとか。

「こじ開けてもかまわないですか?」

「……その前に、研究区、居住区、生産区のネットワークを物理的に管理区から外したく思います」

「どういうこと?」

「管理区の最高権限で此処が封じられています。 そうなると、此処を何らかの形でこじ開ければ、大典が目覚めます。 大典は最高権限を全域にわたって有していて、今までは此方の行動に興味を示していなかったから黙っていたに過ぎません。 もしも此方を敵と判断した場合、制圧した地域を一瞬で奪回される可能性があります」

そうなると、想像できない形で攻撃をしてくる可能性があるという。

だが、此処は明らかにおかしい。見過ごすことはできないだろう。

「管理区からエネルギーの供給はされているんじゃないんですか? それが遮断されて大丈夫でしょうか」

「はい。 しかし蓄積がありますので、10年程度はそれでどうにかできます」

「……分かりました。 具体的にどうすればいいか教えてください」

「同時にネットワークを物理的に外す必要があります。 また、これをやると、以降管理区でナビゲーションができなくなるでしょう」

上等である。

元々こんなに強力な内通者がいるだけでツキがありすぎなのだ。それが今更マイナスに触れても、問題など無い。

即座にデータセンターに移動。

指定されたケーブルを、物理的に外す。三区画で同時にやらなければならないので、母にタイミングをしていしてもらった。

ネットワークというのがケーブル一本で外れる事は、既に分かっている。ただ今回は、何カ所かを順番に外さなければならない。事前に外すケーブルを指定され。そして、息を合わせてそれぞれ残像を作る勢いでケーブルを外した。

瞬きの間にケーブルを排除し、これでどうか。

しばしして、いきなりバツンと音がして、データセンタが暗くなる。それもすぐに明るくなったが。

「成功です。 電源を切り替えました。 管理区からの干渉を物理的に遮断する事に成功。 空間魔術の制御喪失を確認。 いつでも開ける事が可能です。 ただし……管理区では最大警戒状態に移行したと判断してください。 今までとは比にならない抵抗が予想されます」

「問題ないですよ。 いずれにしても、全部ぶっ潰すつもりで来ましたから」

「……頼りになりますね」

此方こそ、である。

すぐに研究区に戻る。母の方も、完全に三区画を掌握した事もあり、色々な情報などを整理しているようだ。

同時に管理区からの今まで引き上げたデータの分析もしているらしい。管理区内に確保していた情報は、以降は使えないそうだが。

研究区に戻ると、空間の歪みが消えている。

レントが瓦礫をどかす。ディアンもそれを手伝う。皆で、瓦礫をどかす。

フェデリーカを寝かせてきたパティが戻って来て、そしてあたし達を手伝いに懸かった。

一度なんだかバツンってなりましたけれどと聞かれたので、苦笑い。

まあ動力は10年はもつらしいので、気にしなくていい。

その間にこの先を落とせなければ、いずれにしてもこの世界にガンが残る。そうなれば、この先が厳しいのに代わりは無い。

瓦礫をどけると、其処は他と大差ない研究棟だった。

これは瓦礫をガーディアンなどを使って運ばせて、しかも空間魔術で隔離したとみて良いだろう。

何が此処には眠っている。

だけれども、その疑問は即座に氷解する。表札が存在していたからだ。タオが読むと、其処にはホムンクルス研究棟と記載されていた。

「……タームラさんの裏切りが、余程腹に据えかねたんだろうね。 こんな事までして、封じ込めたんだ」

「まるで子供の癇癪だな」

リラさんが呆れる。

だが、癇癪を起こす大人なんて幾らでもいる。子供のまま心が成長しない人間なんて珍しくもない。

ましてや特権意識を拗らせ散らかした連中だ。

だからあたしは、どうとも思わない。

というか、これ以上神代の錬金術師に対する評価なんか、下がりようがない。

扉を開けて、中に入ってみる。

からの培養槽だ。

一緒に中に入ったガイアさんがぼやく。

「てっきり我等の先祖が入っているかと思ったのだが」

「……資料も厳重に封印されていますね」

「私が開けます」

資料庫にがんじがらめに掛けられている鎖を、パティが一刀両断、バラバラに切り裂く。この鎖だってグランツオルゲンだろうが、まあ使い手も武器の質も違う。切り裂くくらいは難しく無い。

タオとアンペルさんクリフォードさんが資料を持ちだし調べ始める。

あたしは培養槽を調べて、そしてコンソールを操作。

自分でも作れるくらいだ。

もうタオに頼る事もない……と言いたいが。神代の言葉はまだまだ理解出来ないので、それは母に支援して貰いながら作業をする。

ログを抽出。

それを元に培養槽に触れてみて、ああそうだったのかと概ね理解していた。

タオの方も、マニュアルを見て、それでため息をついていた。

「だいたい分かったよライザ。 細かい部分については調査がまだいると思うけれど」

「こっちもだいたい理解出来たかな。 これでホムンクルスに掛けられた「多様性がない」って軛、外せると思う」

「なっ! 本当か!」

「本当です。 まず戻って、皆で腰を据えて話しましょう」

流石に研究棟だ。

如何に神代の錬金術師が封じていても、資料を焼き捨てることはできなかったのだろう。システムが許さなかったというべきなのか。だからああやって、ヤケクソみたいに閉じ込めることしかできなかったのだ。

旅の人も悪意を知らない訳ではなかったのかも知れない。

ただそれ以上に、人間を信じていて、それが仇になったのだとすれば。報われない話である。

居住区に戻る。

ロボットの動きが、今までより更に効率的になっている。

運ばれて来ている亡骸を整理して、それを同胞の手が開いている戦士が運び出してくれている。

効率化された様子を一瞥だけして、拠点に。

同胞の主な戦士と、目を覚ましたばかりのフェデリーカと、みんなと一緒に卓を囲む。

まず説明をタオにしてもらう。

「やはりホムンクルスの技術は、旅の人が作りあげたものだったんだ。 正確には違うものだったらしい 本来はデザイナーズチルドレンプロジェクトというものだったそうなのだけれども、それを旅の人が世界に噴出したエーテルを利用して、つまり錬金術で改変した。 それがホムンクルスなのだそうだよ」

「旅の人に作られたとすると、やはりホムンクルスも神代の錬金術師に改悪を?」

そう聞いてきたのはガイアさんだが。

タオは違うみたいだと答える。

ホムンクルスは元々、人間とは違う方向から、世界に奉仕する高潔な存在を求めた旅の人が、倫理観と相談しながら作っていった存在であるらしい。

元になったのは旅の人そのもの。

つまりホムンクルス達は、旅の人と容姿が似ているし、生物的には血がつながっているのだとも言える。

そうなのかと、ガイアさんが声を上げていた。

他の同胞も、驚いたようである。

「問題は此処からだよ。 旅の人について、作られた存在だって事しか知らなかったよね僕達。 実は旅の人についても分かった。 旅の人は容姿は女性的だったけれど、実は女性どころか性別もなかったようなんだ」

「えっ……」

「冬が到来する混沌の時代の終わりに、世界を再生させるための希望として。 人工的な神として作りあげられたのが旅の人だったのさ」

クリフォードさんが、皮肉な話だとぼやいた。

つまりだ。

人が最後の良心をかき集めて作りあげた、人の手による神が旅の人であった。

そして旅の人は愚直に良心に従って、人を信じて世界を再生させようとしたというわけだ。

無償の愛で。

それはきっと、混沌の時代では鼻で笑われる程度の思想だったのだろう。

だけれども、鼻で笑っていた連中が文字通り世界を冬に閉ざして滅ぼしてしまった時に。誰かが気付いたのかも知れない。

自分達の価値観では、また滅びを招くだけだと。

だからきれい事の権化が作り出されたのだ。

問題は人間がわずかとはいえ生き残ったと言う事で。それがきれい事の権化とは決定的に相容れなかったと言うだけである。

「悲しい話だ」

アンペルさんが言うと、誰もが黙る。

それもそうだろう。

優しい人は、それだけで舐められる要因になるのが人間社会だ。旅の人は、用済みになったらどの道殺されたのかも知れない。

「ええと、此処からはあたしが説明するかな。 それで旅の人は、自分の手足となって世界を復興する中核として、分身を作るつもりだった。 それがホムンクルス。 でも、旅の人はきっとこんな世界でも助け合わない人々を見て、自分が特別ではないと思っていたんだろうね。 ホムンクルスについて、機能を調整出来るように設定したんだ」

「機能を調整って、どういう事ですか」

「作る際に、幾つかの設定をできるように柔軟性を持たせたんだよ。 寿命、身体能力、その他色々。 その設定変更機能を、神代の錬金術師は弄ったんだ」

フェデリーカの問い。答えがそれだ。

結局旅の人がホムンクルスを作ろうとする前に、プロジェクトどころではなくなってしまった。

神代の錬金術師による専横が酷くなり、まともに動けなくなったのだろう。

下手に動けば、各地の街を焼き払う。

そんな風に脅したのであれば、旅の人は動けなかったと思う。そういう存在だったのだ。

ホムンクルスは色々と試験的に神代の錬金術師が設定した。

寿命は最低限。

生殖は女性型のみ可能。

女性型は女性型しか産まない。

生まれてくるのは、全て同じホムンクルスになる。

そういう設定が行われた。

フェデリーカがまた吐きそうな顔をしている。

今までの情報が、全部線と線でつながっていく。つまり、世界を救うための助けとなるホムンクルスも、神代の錬金術師は人型の愛玩生物兼性欲発散用の道具兼、使い捨ての戦闘用の兵士として改悪したのだ。

このデータが後に母の手に渡って。

それをどうにかしようとして幾つかの設定を強引に弄った結果。男性型もたまに生まれるようになり。寿命についてはメンテをすれば半永久的な状態になった。

「待て。 聞かせてほしい」

「カーティアさん」

「我々は、軛から外れる事ができるのか!?」

「落ち着いて。 順番に話します」

それはホムンクルス達にとって、誕生以来の悲願なのだ。

それについては、がっつきたくなる気持ちだって良く分かる。

あたしは、丁寧に説明をする。

今後、ホムンクルスの生産設備に手を入れる。設定の変更方法は分かった。設定を変更することで、ホムンクルスに手を入れる事が可能だ。

拡張性と言う形で、病気環境などに対する免疫を新たに獲得できるように設定を変更する。

更にその獲得した免疫などを横に共有できるようにもする。

男性型の生殖能力獲得。

性格などにも変化が生じるようにも設定ができる。

それを聞いて、カーティアさんが、両手で顔を覆った。他のホムンクルス達も、涙を拭っている。

「世界のために動く基本的な性格。 それとエゴに関する希薄さ。 不正を絶対にしない。 これらは取り除かない方が良いでしょう。 しかし、以降ホムンクルスは、一つの何かしらの要因で全滅する恐怖から逃れられますし、多様性だって獲得できます」

「ああ! それだけでどれだけの幸せか!」

「いま生きている我々はいい! 後続の者達には、是非その設定を頼む!」

頷く。

そして、アインについてもこれで完璧にどうにかできる。

実はアインもホムンクルスの技術を利用して体を再構築した経緯がある。それで分かったのだが。

今のアインは、子供は作れるが、子供は恐らく確定で死産する。これは単に、そういう体の仕組みなのだ。

ホムンクルスの要素が半端に混じっていて、強引にそれを融合させた結果だ。

だからアインの体を、その点でも弄らなければならない。

まあアインが普通に結婚して、それで子供が作りたいというのであれば必要な要素であるが。

あの子はどちらかというと、ごく普通の子供だ。

此処に拉致され連れてこられた不幸な女性の子供。

だから、普通に生きたいなら、そうすればいい。その結果、誰か好きな人ができて、子供を産みたくなるのであれば。そうすればいいのだ。あたしは事前に、それができるようにしておくだけ。

「ええと。 順番は逆になったけれど……アインは大事にしてくれるんですか?」

「もちろんだ。 我等の希望であることに代わりは無い。 それに我等は奴らと同じにならないためにも、アイン様の生が終わるまでを見届けるつもりだ。 その子孫までは特別視するつもりはないがな」

ガイアさんが、涙を拭いながらそう言う。

頷く。やっぱりこの人達は、本人に自覚は無いだろうが。旅の人の高潔さを受け継いだ存在だったのだ。

あたしもだからこそ、背中を預ける事ができる。

データは母に教えておく。

これでもしも、あたしが敗れた場合でも。ホムンクルスを以降は調整した状態で作り出す事ができるはずだ。

それで事態を打開できるとは思わないが。それでもホムンクルスの悲願はかなう。

なんなら今のあたしなら、今生きているホムンクルスを再調整もできるのだが。彼女らは、この世界を守って生きていた自負がある。その人生までは否定したくなかった。だから後にそれは説明して、希望者にだけ措置する。

身近な問題は、これで全て解決したと思う。

後は、諸悪の根元を、焼き滅ぼすだけだ。

 

4、最後の準備へ

 

アトリエに戻ると、文字通りの必殺だと分かったツヴァイレゾナンスを増やしておく。弱体化していたとはいえ、エンシェントドラゴンを打ち破ったほどのものだ。恐らく、母が怖れていた「大典」も打ち破る事ができるだろう。

だがそれが、どんなガーディアンを繰り出してくるか分からない。

だから、最後の最後まで、油断は出来ないし。

何よりも、薬も出来るだけ作った方が良いのだった。

「フィー!」

「分かってる。 適当な所で切り上げるよ」

フィーが警告してくるので、ちゃんと忠告を聞く。

この子は立派だ。

あたしがもう取り返しがつかない事を理解していても、最後まで一緒にいるつもりでいる。

だが、あたしはもう万象の大典で、フィーの同族の卵とかが見つかるかは微妙だと判断している。

最悪、あたしがフィーの一族を調合するしかない。

同じように、オーリムの生物を再生していくしか無いだろう。

オーリムに飛来するエンシェントドラゴンは、更に別の世界から来るのだと聞いている。それらエンシェントドラゴンが、此方の世界に来る時に災害が起きないように。

フィーの一族は必要だ。

勿論、「現状の」フィルフサが全て滅びたあとのためにも。オーリムには動植物の再生がどうしても必要なのだ。

或いはフィルフサが取り込んだ生物の要素を解析するのもありか。

フィルフサの残骸や母胎を調査して、其処から生物を再生する。

今のあたしなら、出来る筈だ。

ただ、一人では無理だな。

調合を止めて、夕食にする。

淡々と食べながら、それで思考を進めていく。

あたしがやろうとしているのは、作られし神であっても、どんな混沌の時代の神よりも慈悲深く、世界に対して真摯であった本物の神。旅の人の後継だ。

同胞にも協力を願うつもりだ。

母にも。

クラウディアも手伝ってくれる。

同時に、あたしは。

人間を置き換えていくつもりだ。

冬の時代を経ても、人間は醜悪な性根を変える事がなかった。今後もまず変わる事はないだろう。

だから変える。

あたしが力尽くでだ。

ホムンクルスをあたしが新しく作って、其処に設定を仕込む。

エゴを最優先する性質の抑制。

悪事にばかり頭を使う性質の抑制。

ホムンクルスはあたしも解析した。みため普通の人間とまったく変わらないように出来る。

そうして、混血を進めさせ。

それら抑制要素は絶対に遺伝するように調整して、世界にいる人間を根本的に置き換えるのだ。

幸い今、此方の世界の人間は、今までの歴史で類を見ない程数が少ない。いや、冬の時代直後よりはましか。いずれにしても、置き換えができる現実的な数字だ。

勿論魔物も順次駆除して行く。

神代の錬金術師がばらまいたような魔物は、存在するだけ生態系を破壊するだけだ。

そういった魔物そのものは犠牲者だが。それでも残念ながら、世の中には駆除しなければならないものもある。

あたしがやる。

それと、同胞やクラウディアにも手伝って貰う。

とにかく、順番にやるしかないだろう。

後は。

ボオスを一瞥。

流石に疲れきった様子で、寝床に消える。

キロさんと一緒になれるのは最低でも十年後か。だが、今から準備はしないといけないだろう。

アンペルさんとリラさんはどうなんだろう。

リラさんはその気のようだが、アンペルさんは明らかに乗り気ではないようにも思うが。それでも準備はいる。

クリフォードさんとセリさんについても同じ。

一応先に確認したのだが、セリさんは別にかまわないそうである。まあセリさんもアーベルハイムに傭兵として雇われていたわけだし。ずっと一緒にいたクリフォードさんは別に嫌ではなかったのだろう。

リラさんとセリさん。二人が、二人の子が。

不幸にならないように、今から準備がいる。

その後くらいに、ボオスとキロさんについても。その子についても。同じ処置が必要だ。

錬金術は、的確に使えば、世界を改革もできる。不幸を取り除く事もできる。

旅の人はそれをやっていた。

神代はそれを悪意でねじ曲げた。

あたしは旅の人とは違う方向から、世界を変える。

この世界に最早これ以上の破綻は許されないからだ。

寝床に潜り込むと、ぱちんと意識が落ちた。体の制御が、更に上手くなって来ている。

ただ、感応夢はこの状態でも見る。

何処かに閉じこもっている、ホムンクルスの面影がある女性。

外で何かが喚いている。

開けろはしため。

早く開けないと、……の街を焼け野原にするぞ。

さっさと我々の子を産め。

全員分の子を順番に産め。

貴様のようなはしためにそれを拒む権利があると思っているのか。我等の偉大な血統を保存するための肥やしになっていろ。

その声だけで分かった。

これは旅の人の記憶だ。

彼女は頭を振ると、何かを手にとる。

それは硝子のように透明な剣だった。

思考が入ってくる。

このままだと、全ての知識を悪用される。

あらゆる悪用と暴虐を見た。もう自分にはどう止めていいか分からない。だから、こうするしかない。

世界を救えなかった。

多くの助けた人々には、感謝してくれる人もいた。だけれど、全員がそうでもなかった。

考えが甘いと気付いたのはいつだったのだろう。

でも、自分にはこれしかできなかった。

普通には死ねない。

だから、こうするしかない。

今、これを見ている人。

できれば、私と違う方法で世界を救って欲しい。

そこで、感応夢は途切れた。

目が覚める。

半身を起こして、なるほどなと呟いた。

旅の人はやはり自害したのか。それもあの透明な剣、きっと自身の存在を抹消するためのものだ。

恐らく限りなく不死に近い体だから、ああでもしないといけなかったし。

体の一部でも残したら、それでどれだけの災厄が起きるか分からなかったという理由もあったのだろう。

その願い、引き継いだ。

やり方が間違っていた。だからやり方を変えて欲しい。

それが旅の人の意思だという事も理解出来た。

だったらあたしが。

それを成し遂げるだけだ。

 

(続)