悪徳の臓腑

 

序、攻略作戦開始

 

アインが明らかに怯えているのを、ガイアは分かっていた。それはそうだ。ライザはあまりにも生物としてのあり方が違う。

アインは同胞の元となったホムンクルスのテクノロジーが使われている。それで体を再生させ。エーテルの技術を用いて魂までも回収して再生した。それでやっと形を為す事ができた存在だ。

培養槽から出るのも散々苦労した。

寿命についても、培養槽での調整中は加齢などを一切止めている。それもあって、実際の年齢は十歳にも満たないと母に聞かされている。そしてホムンクルスと違って、年齢相応の姿形をしていた。

その年になれば、どうしても殺された時のことを思い出すのだろう。

その時の映像と音声はガイアも見て知っている。

人間だけに限らず、子供を虐待する生物は珍しく無い。ある種の蟹は卵を放流するのだが、その先から食べてしまう。子供の生存力が低い生物ほど大量に子供を産むのだが、それはそれとして親も極めて子供に無頓着になる傾向がある。

だが、人間は哺乳類だ。

子供を丁寧に群れ単位で保護する習性がある存在。ましてや知的生命体を名乗るのなら、なおさら家族を守るのが当たり前だろう。

それすらしなかった外道。

外道による暴虐の記憶。

錬金術師。

それらに加え、もはや戦神と化しているライザの気迫を目の当たりにしたら、それは怯えるのも無理はない。

一度ライザは戻った。

それで同胞で集まって現在会議をしている。アインに関する懸念は、ガイア以外も持っているようだった。

「ライザは恐らくアイン様に対して危害を加えないだろう。 それは見ていて分かった。 しかしアイン様が明らかにライザに対して恐怖心を抱いている。 どうにかライザの方でも歩み寄りをして貰う必要がある」

そうずばり言ったのはカーティアである。

王都の方をだいたい任されているだけあって、重要な立場の同胞だ。忙しい中来て貰っているのは、今の状況が非常に難しいから、というのもある。ライザとの連携がなければ、この地……万象の大典の攻略は厳しい。

本来は理想郷になるはずだった場所は、エゴの怪物である神代の錬金術師どものせいで伏魔殿と化している。

強力なガーディアンを多数倒すには、同胞だけでは戦力が不足しているし。

ライザがもし敗れでもしたら、この先同胞にもアイン様にも、何よりも人類全てにもう未来は無いだろう。

「難しい立場に我々はある。 ライザに譲歩を頼めるだろうか」

「確かにライザの戦力は圧倒的だ。 間近で見たが、ライザとその随伴の戦力は、記録にあるどの錬金術師よりも上とみて良い。 対応できるのは旅の人だけだろうが、かの存在は既にない」

「とはいっても、そのテクノロジーをツギハギしただけとは言え、此処のガーディアンは侮れぬ」

皆がそれぞれ話をしている中。

ガイアは咳払いした。

もうコマンダーは助力してくれない。であれば、同胞だけでどうにかしなければならないのだ。

あの方は、既に同胞への綿密な連携を一旦切った。しばらくは様子見だけをすると言っていた。

ならば同胞が主体的に動き。

アイン様をもり立て。

ライザとも上手くやっていかなければならないのだ。

「まずは此方から譲歩しよう。 アイン様が生きていくために、ライザに診断などもしてもらわねばならぬ。 アイン様には、私が話をする」

「ガイア殿、しかしアイン様はまだまだ体がお弱い。 それにあれほどの残虐な記憶に向き合わせるのは酷であろう」

「図体が大きな大人でも、心には傷を負うしそれで立ち直れなくなることもある。 ましてやあの記憶は……」

「奴らとライザは違う。 それを知って貰う必要があるだろうな」

難しい提案だ。ガイアは自分で言っていてもそう思う。

ライザを良く知っている同胞は。

フロディア。一瞥すると、フロディアは咳払いしていた。

「私もライザとは接しましたが、元々豪傑肌の人間で、ダイナミックに周囲を牽引する力を持つ存在でしたね。 繊細な子供が接するのは、相性がとても悪いように感じます」

「何かしら良い手はないだろうか」

「……難しいですね」

そうか。

フロディアは四年間ライザと接しているが、確かにそれほど親密だった訳でもないだろう。

だとすると。

ロミィを見る。槍で串刺しにされたばかりだが、もう復帰してきている。神代の錬金術師の作る薬より、ライザの薬の方が万倍も効いている。それはそうだが、その効果はちょっと凄まじすぎる。

「ええと……ロミィさんとしても、錬金術に関わった後のライザが急激に変わっていくのを見ているので、今はどうとはいえないですね」

「昔とかなり違うのか」

「昔は良くも悪くもガキ大将でしたよ。 錬金術に関わり始めてから、急激に人間離れしていきましたけど。 なんでも本当に凄い錬金術師って、その傾向があるとかないとか」

ロミィが誰に聞いたか怪しいような理屈を口にしたが、まあそれはいいだろう。

とにかく、である。

「何か方法はないか」

「ライザってあれで子供は嫌いじゃないんですよ。 クーケン島でも講師みたいなことしてますし」

「言う事聞かない子供を殺したりしていないか」

「いやいや、そもそも初見で逆らったら殺されるって子供も悟るみたいで。 ライザが講師をしている時は、子供が滅茶苦茶静からしいですよ」

ちょっと頭が痛い話だ。

あの娘、本当に脳筋なんだな。

そう思うとまあなんというか。とりあえず、方法を変えるしかないかなともちょっと思う。

挙手したのは新人の同胞だ。

同胞はみんなスペックが同じ。

希に生まれてくる生殖能力がない男性型も、実はスペックが同じである。

ちなみに生殖能力がない理由は不完全だからという説が強かったのだが。なんでも女錬金術師に取って性行為だけを楽しむにはそれが都合が良いからとかいう話がどこかで見つかったとか。

まあ、それはいい。

経験だけが足りない新人の同胞は、それでも臆することはなかった。

「むしろ順番を変えてみては如何ですか」

「順番?」

「ライザというあの錬金術師、話を聞く限り相手の心を掴んで手元に引き寄せる術は優れているようです。 怖れているかどうかは別として」

「一種のストックホルム症候群かな?」

混沌の時代にあったらしい言葉だが。

まあその由来は知らないし、どうでもいい。

続きを促す。

「心配せず、アイン様を預けてみては。 ライザとしても非道に怒れるぶん、自分を怖れるアイン様に非道はしないでしょう」

「確かにそれはそうだが……危険過ぎはしないか」

「いや、そもそも母とライザが連携するには、此方の譲歩が必要になる。 歪められた旅の人の思想とこの土地を元に戻せるのは錬金術師だけ。 それに相応しい才能を持つのはライザ以降出ない可能性が高い」

そうか、それが安牌か。

分かった。

咳払いすると、ガイアは自身で説得してみると告げる。

アイン様に対する愛情は、同胞全員が共有している。危険な目にあわせたくないという意見も皆同じだ。

だが、それで過保護になっていてはいけない。

温室の蘭ではいけないのだ。

母が、話を聞いていて、やがて結論を出した。

「アインをライザリンに預けるべきだというのですね」

「は。 アイン様に人として生きていただくためには、多少の劇薬も必須かと思われます」

「……分かりました。 ただし、側で監視を常にしてください。 ライザリンとの折衝は、私が行います」

「御意」

とりあえず、会議は一旦終わり。

更に増員を掛けたが、それだけ各地に展開している同胞は減る。

ライザと連携しても、此処を崩すのにどれだけ時間が掛かるか分からない。それに、時間が掛かれば掛かるほど各地でそれだけ悪党が跋扈し、同胞が手をとられるほど魔物の被害だって増える。

出来るだけ、無駄は避けなければならない。

 

万象の大典に出向く。アトリエで休んだから、物資も補給は完了している。あたしは周囲を見回して、すぐにガイアさんらが来るのを確認していた。

皆も展開する。

昨日神代鎧の拠点を潰したからと言って、今日も楽にやれるかは話が別。これから、四つあるという区画の一つ。

今いる居住区。

そのガーディアンとの交戦が待っている。

今までここに来た錬金術師は、誰もがそれに抗し得なかったらしい。まるで虫でも摘むようにして捕獲していったとか。

だが、あたしもそれと同じに片付けられると思って貰っては困る。

「来てくれたか。 まずは万全を期すために、作戦会議を行いたい」

「望むところです。 しかし、連携してくれるんですか。 システム掌握とは関係無く、ガーディアンが相手になりますが」

「問題ない。 今までここに来た錬金術師は神代の連中の同類だった。 だが貴殿とは肩を並べて戦った。 ともに世界の癌を除けると判断している。 此処でのシステムを掌握する事は、世界の癌を取り除く事だ」

ガイアさんの言葉は嬉しい。

あたしも頷くと、まずは作戦会議を行う野戦陣地に向かう。

その途中、円筒形の「ロボット」や、武装していない神代鎧が活発に物資を輸送しているのが見えた。

あれは母による作業で、支配地域を拡大した結果、できる事が増えたのだと言う。

タオが咳払い。

「ところで此処の動力炉は」

「私には分からないが、竜脈に関係しているらしいとだけ聞いている。 ただ……」

「ただ?」

「現時点で此処の出力は旅の人が想定していたものの1%程度しか使っておらず、世界に悪影響を与える可能性はないそうだ」

1%か。

確かに神代の錬金術師の姿が見えないと聞く。

しかも殆ど活動していないとなると、それはほぼ眠っているような状態とみて良いのだろう。

あのウィンドルの遺跡のような空間魔術で壁を常時展開するような使い方をしなければ。どこから吸い上げているか知らないが、いずれにしても世界中の竜脈を枯渇させるようなことはないだろう。。

竜脈は星の命そのものだ。

それを吸い上げきる事を懸念していたのだが、その恐れは無さそうである。

「現時点でも稼働はしているとなると。 全盛期はどれほどの稼働をしていたんでしょうね、此処」

「わしが前に来た時は、星空が降りて来たように瞬いておったぞ」

「そういえば貴方が以前此処に攻めこんできたオーレン族の」

「ああ、奏波氏族の長をしておる」

ガイアさんも、カラさんには流石に敬意を払う。ホムンクルス達よりも遙かに年上なのだから当然だろう。

ともかく、一度先に休ませて貰った場所へ移動。

これも家屋だったようなのだが、王都の貴族の屋敷なんぞよりずっと大きい。そもそもあれも元は屋敷ではなかったようだし、こういう所でも技術の劣化を痛感させられてしまうばかりだ。

先は休むだけに使ったから、あまり広さは実感できなかったのだが。

色々見せてもらうと、確かにパティがいた屋敷と全然違う。

造りが広くて開放的だ。

なるほど、こんなのに住んでいるから勘違いするんだな。あたしはそう思う。

「王都の貴族が自慢している家屋なんて、コレに比べると兎小屋ですよ」

「いいんだよそれで。 その兎小屋ですら、住んでいる奴らがどれだけ勘違いしていたか覚えているでしょ」

「確かに。 王都の屋敷ですらあれだけ勘違いするんですし、これは明らかに過剰ですね……」

仮にここに住むとしても。

これらの住居は必要ないな。生活スペースだけ使って、それ以外は倉庫などにしてしまうか。

軽く見て回ってから、会議をする。

配膳をまたロボットがやってくれる。クラウディアがうずうずしているようだが、まあ力は今は温存して貰おう。

「ガーディアンについて、どのような相手か大まかにだけでも分かりませんか?」

「区画ごとに一体ずつ強力なガーディアンが存在している事が分かっています。 この居住区画には、貴方方が言う神代鎧の最高位カスタムが配置されています」

「!」

「大きさは今の単位で言うと高さは十五歩程度。 遺跡などで交戦した事がありませんか」

ある。

それより少し小さかったが。紅蓮がいた遺跡で、巨大な神代鎧と交戦。空間魔術の使い手だった。

それを説明すると、ガイアさんが呻く。

「それを倒したのか」

「いえ、神代鎧の強さは対人戦に特化した、数と質の両立にあるとみています。 あれは大きいだけで、超ド級と大差はありませんでした」

「いや、超ド級とライザ殿が呼んでいる生物兵器ですら、我等には多数の犠牲覚悟で挑む相手なのだがな」

「あたしだって空間魔術を貰ったら一撃即死の覚悟で挑んでいます。 ただ、それを十全に使わせはしないというだけです」

確かに理外の存在に見えるかも知れないが。

アンペルさんだって空間魔術は使っている。

あたしも自分で再現はできないが。

爆弾を使って再現はできた。

それを説明すると、ガイアさんは黙り込む。初めて僅かな恐れが浮かんだようにすら見えていた。

「いずれにしても、気を付けるべきは空間魔術による不意打ちです。 それさえ凌げば、勝機は出て来ます」

「そうか……そうだな」

「クリフォードさん、前衛で警戒を。 まずはどんな空間魔術を使うか見極めて、それからです。 喰らったら即死すると考えてください。 どれだけ凶悪な相手であっても常に動き回って、見切ってしまえば……」

サルドニカで最初に交戦したフェンリルは、攻防走全てに空間魔術を使ってきた。

だが奴も、それ全てを同時に使う事はできなかった。

アンペルさんだって長時間の詠唱を用いなければ、空間魔術で相手を抉り取るなんて事はできないし。

あたしだって爆弾に仕組みを組み込むのがやっとだった。

つまりバカの一つ覚えに組み込まれている空間魔術も。

無敵でも万能でもないのだ。

「分かりました。 実績のある者の言葉であれば、信じざるを得ませんね」

「我等は東の地でも何処でも、空間魔術使いを討ち取るには、本当に大きな犠牲を出していたのにな……」

「今が好機だ。 それらを多数倒して来た者が来てくれている。 あれは乱発されていいものではない。 まして人間が乱用していいものでもないんだ」

同胞の戦士達も、意見が割れている。

体は多様性がなくても、経験である程度多様性が生じてくる。それは嘘では無い筈だ。

母によって為された、神代の錬金術師によるホムンクルスへの軛からの解放は、完全ではないにしてもある程度上手くは行っている。そうあたしは見た。

それだけで、どれだけ尊いかも分からない。

「それでは、監視映像などから錬金術師が捕らえられた地点を指定します。 既に神代鎧と貴方方が呼んでいる対人兵器の増援は断ちました。 この区画にいる生き残りも、既に稼働を停止させています。 この世界のためにも、勝ってくださいますか」

「確実にとは言いませんが、最良は尽くします」

この母という存在は。

からくりかも知れないが。敬意を払うに値するからくりだ。

だからあたしは敬意を払う。

全員で出る。

一万歩四方なんて、大した距離じゃない。本来はここに来た錬金術師は音声ガイドで誘導され。

そいつに捕まえられていたらしいのだが。

今ではそれも母が切ってしまっている。

しばらく歩くと、すっとクリフォードさんが手を横に。それだけで、全員が意図を悟る。

「同胞の方々は、散開してください。 空間魔術をまともにくらったら、あたしの薬でも助けられません」

「分かった!」

「錬金術師の言葉通りに戦う日が来るとはな。 だが、神代の者とは違うと分かった。 せいぜい世界の癌を除くために、共闘してやるさ!」

同胞の戦士達が口々に言いながら散る。

ボオスが、ため息をついていた。

「クーケン島の老人共より、よっぽど頭が柔らかいぜ。 無機質そうに見えていたのにな」

「そうだね。 どんなに改悪されたとしても、それでも母って主に軛を外して貰ったのが大きいんだろうね」

「今の時点で音魔術に反応はないよ」

「わしの魔術でも探知はできんな。 そうなると……」

クラウディアの音魔術でも、カラさんの探知魔術でもダメか。

そうなると。

あたしは頷くと、前に踏み出す。

何かいきなり時間でも切り取ったように、眼前にそれが現れていた。

神代鎧。

巨大で、そして手には大きなハルバードを持っている。

威圧的な姿で、更には全身にはギミックの役割を果たすらしい装備が色々とごてごてついていた。

此奴か。

あたしは見やる。

装備が破損している。此処で捕まえられた錬金術師達も、完全に無抵抗だったわけではなさそうだ。

「良くここまで来ましたね錬金術師。 偉大なる神祖の言葉を解析して来られたと言うことは、最低限の知能は持っているとみて良いでしょう」

「……」

「では不要なものは全て捨て、此方に来なさい。 貴方の全てを、偉大なる神祖に捧げるのです」

「断る!」

戦闘態勢。

あたしが叫ぶと、さっと皆が散る。

此奴は、出現直前まで姿がなかった。つまり間違いなく、空間を跳躍してきた。

前に紅蓮のいた城にて戦った奴と同じ、空間跳躍使いだ。だがそれも、既に見ている。負けるものか。

「招いていただいた存在に自由意思など必要ありません。 すぐに言う事を聞きなさい」

「本性現すのが早いね。 今までの雑魚と同じだと思うなよがらくた。 みんな、此奴をぶっ潰すよ!」

「おう!」

「巫山戯た事ばっかり言いやがって! 自由意思が必要ないなんて、何様のつもりだ!」

レントが叫ぶ。

あたしも同意見だ。

ガイアさんも、懸かれと叫ぶ。ハルバードを振り回すと、巨大神代鎧は、戦闘態勢に入っていた。

 

1、第一の関門を越えて

 

最初に仕掛けたパティの斬撃が、虚空を斬る。やはり空間魔術使いだ。クリフォードさんが跳びさがりながら、パティに叫ぶ。

「お嬢、跳べ!」

「!」

パティが跳躍。

そのいた地点を、空間魔術と思われるものが抉り取っていた。

セリさんが植物魔術を展開。全域に、ばっと蔓を張り巡らせる。更に前後左右に、覇王樹も林立させる。

空中に出現する神代鎧。

「抵抗は無意味です。 さっさと投降し……」

言葉は途中で途切れた。

完璧なタイミングで、跳躍していたあたしが、横殴りに蹴りを叩き込んだからである。

巨体が拉げて、吹っ飛ぶ。

地面に直撃する瞬間、またかき消える。

クラウディアが狙撃。

かなり離れた地点に出現した神代鎧の全身に、多数の巨大矢が直撃する。困惑するように蹈鞴を踏む神代鎧。

どうしてか分からない。

そういう風情だ。

種は簡単である。

セリさんによる植物魔術で空間魔術による転移を阻害。転移は何かものがある地点には簡単にはできないのだ。空間魔術も万能ではないし、何よりこうも張り巡らされた蔓と覇王樹だ。無理に突っ切って出現すれば大きな音がするし、それらを避ければ出現できる位置は限られる。

「エラー! 何が起きているか解析できません!」

「ポンコツ野郎! 一生やってろ!」

また空間を跳んだ神代鎧に、ボオスが即応。ハルバードで受けようとする神代鎧だが、凄まじいラッシュを受けて、ハルバードの柄にダメージが入る。

装甲そのものはハイチタニウムか。

だったら大いに隙がある。

空間を跳んで逃れ、その度に誰かが即応する。フェデリーカを狙いに行く神代鎧だが、即座にパティが抜き打ちを叩き込み、ハルバードを弾き返す。そして、神代鎧の頭に、ディアンが回転しながら斧での一撃を叩き込んでいた。

破砕音が、人間が出したものだとは思えない程だ。カラさんが感嘆していた。

「凄まじいな」

「遅れるな! 続け!」

ガイアさんが叫ぶ。

同胞の戦士達が、動きが止まった神代鎧に一斉に仕掛ける。だが、魔力によるものだろう。神代鎧は強烈な斥力で、近くにいた全員を吹っ飛ばす。

そして体を動かして、形態を変える。

がちゃがちゃと音がして、彼方此方が変形していく。

空間魔術はやめか。

「戦闘形態に移行。 此処にいる猿の群れを危険存在と認識。 排除します」

「なーにが猿だ!」

神代の錬金術師は、他の人間全てを猿と呼んでいたようだが。

猿と交配できるのだったら、自分だって猿だろうに。

都合がいい自分達だけが優秀理論に足首を掴まれているから、そんな事も理解出来ない。そしてこのポンコツは、その思想を植え付けられてしまっている。

ある意味犠牲者だな。

そう思いながら、奴に熱槍を叩き込む。

魔術は効かないことは分かっている。

目くらましだ。

体が僅かにそれ、神代鎧の胸部から放たれた光が、遠くまで飛んで行く。あれが擦っただけで即死だろう事は、熱量で分かった。空気が連続して爆発している。それくらいの熱量と言う事だ。

「高出力レーザーです。 放たれたら回避は不可能です」

「撃たせなければいいんでしょう!」

あたしは、支援の声を飛ばしてくる母に叫び返す。

足を止めた神代鎧は、多数の飛翔体を飛ばしてくる。今度は小型ミサイルというらしいが。即座にカラさんの魔術とクラウディアの狙撃で、全弾叩き落とす。爆発が連鎖するなか、あたしは突貫。

レーザーとかを放とうとしていた奴の足下を、蹴り倒していた。

機動を捨てた神代鎧が、ぐらっと上を向く。

だが、肩辺りが展開して、凄い風を噴きだし、態勢を立て直す。スラスターという装備であるらしい。

更に両腕を向けてくる。

クリフォードさんが避けろと叫ぶが、その前にあたしがレヘルンを投擲。氷結させる。

拳が爆発して、神代鎧が悲鳴じみた軋みを挙げていた。

「エラー! グレネード暴発!」

「畳みかけろ!」

ガイアさんが、大太刀を振るって肩から斬り下げる。同胞の戦士達も、一斉に猛攻を仕掛けた。

あたしは嫌な予感がしたので、さがる。

さがって。そう叫ぶと同時に、セリさんが多数の覇王樹で、神代鎧を包み込んでいた。炸裂。

同胞の戦士達がかなり巻き込まれたが、覇王樹による防御支援で爆発のダメージをある程度緩和する。

あたしも吹っ飛んだ一人だ。

頭を振りながら、立ち上がる。神代鎧は両腕を失いつつも、全身が一回り小柄になっていた。

装甲を内側から吹っ飛ばしたのか。

「排除モードに移行。 手段を選ばず排除する」

「言葉遣いが変わったな」

「排除、殺戮、排除、殺戮」

アンペルさんが放った空間切断が、虚空を抉る。

神代鎧が、小型のと同等か、或いは赤いカスタムタイプ並みの速度で跳躍したのである。両足が鋭い杭のようになっていて、アンペルさんを襲うが。

気迫と共にレントが踏み込むと、裂帛の一撃でそれをパリィして弾き返していた。

驚愕の声があがるが。

レントはあらゆる攻撃をこうして弾いてきたのだ。

即座に回避に移ろうとする神代鎧だが、させるか。

フェデリーカがその時には舞いを変えていた。春夏秋冬の季節を一気に叩き付ける大技。完璧なタイミングで発動させていた。

神代鎧が、まともに寒暖差を受けて動きが一瞬だけ止まる。

それで、充分だった。

パティが至近で、納刀から。

多段斬りを叩き込みつつ、跳躍。

神代鎧の全身のパーツが吹っ飛ぶ。

着地しながら、斬り下げるパティ。肩口から、巨体が大きく抉り取られていた。

スパークしている神代鎧に対して、あたしが接近。

足を振るって、刃を向けてこようと悪あがきする神代鎧に、リラさんとディアンが完璧なタイミングで一撃を叩き込む。

殺戮殲滅と呟き続けているがらくたが、ぐらりと揺れ。

更に、アンペルさんの空間魔術が今度こそ突き刺さる。

一瞬、完全に無防備になった其処に。

あたしが、奴の頭部を足で掴んでいた。

裂帛の気合とともに、あたしは叫ぶ。

「フォトン……」

技名を叫ぶのは、気迫を込めるためだ。

フォトンクエーサーを活用出来ない場面も多いから、どうしても爆弾と体術が必要になってくる。

体術は技術と鍛錬がものを言うのだが。

しかしながら、精神力で威力は一割も上がらない。

だが、その一割が。

今は欲しいのだ。

「パイルブレイク!」

捻りながら、相手を投げる。神代鎧はもはや回避もできず、地面に全力で突っ込み。その構造体が、一瞬後に全て粉砕されていた。

地面にクレーターができている。

着地したクリフォードさん。

空中から、ずっと支援の声を掛けてくれていた。いちいち即応出来たのも、そのおかげである。

「東の地でも何度か見たが、完全に蹴り技の領域を越えているな……」

ガイアさんが褒めてくれる。

ボオスは呆れていたが。

「人間離れしているのを喜ぶのは俺にはやっぱり分からん」

「今のボオスも、既に並みの戦士から見れば人間じゃないぞ」

「そうなのか!?」

レントの言葉に、ボオスが本気でショックを受けている。

あたしは嘆息すると、手を叩いて負傷者に呼びかける。大丈夫。斥力による吹き飛ばしでダメージはあったが。

誰も空間魔術も。

不意打ちでのハルバードの一撃も。貰ってはいなかった。

だから、手当てはそれほど難しく無かった。

 

完全に居住区の安全はこれで確保された。

まずは手当てを終えて、それで栄養も補給する。今回は同胞の戦士達が、此方に来る途中に持ち込んでくれた結構良い牛肉をいただく。

調理は今日は同胞の戦士達がやってくれた。

まあパティの所でメイド長している人もいる。フロディアさんが見事に料理をしてくれているのも見ている。

この人達に、料理はお手のものなのだろう。

食事をいただいて、体力を回復してから話をする。

あの神代鎧の台詞とか、分かった事を整理するためだ。

同胞と連携するためにも、様々な知識を共有し、状況の認識もそうする必要がある。戦いでは、些細な事での連携のずれが、致命的な結果を招くからである。

「招いてやった。 最低限の知能は持っている。 全てを捧げろ。 そんな事をほざいていたね、アレ」

「ああ、俺も聞いたぜ」

「予想はしていたけれど、やはり何かしら搾取するつもりだったことが確定したね。 それも錬金術師以外は全部殺す気だった」

錬金術師でなければ人に非ずか。

猿とも露骨に口にしていた。なんなら、自分達以外の錬金術師も猿扱いだったのだろう。反吐が出る。

問題は、その先だ。

「ただ、何を捧げさせるつもりだったんだ?」

「知恵とかかな」

「これだけあるのにか? しかも此処の事を奴らは万象の大典とか抜かしていたんだろう? それは全て知恵は持っているって自負では無いのか?」

ボオスの指摘はもっともだ。

確かに知恵なんか、猿呼ばわりしている相手に捧げさせるとも思えない。

何を搾取することを目論んでいた。

アインが殺された時の映像を見る限り、此処の錬金術師は他の人間に触る事すら嫌悪していたようだ。

確かに相手を上か下かでしか見られない輩は、そういう反応をすることを見た事もあたしもある。

講師をしていた相手に調子づいていたガキ大将がいて、そんな行動をしていたので、一度思い切りぶちのめした事があった。

戦いがトラウマになる程徹底的に叩きのめして。

恐怖を叩き込み、逆恨みも出来ないようにした。

それでやっと負の成功体験を潰す事ができて、結果としてまともな子供になった。結論と言えば親の教育も周囲の接し方も悪く、無駄に大きなガタイもあって大人を舐めていたのだ。それを叩き直したことでまともになった。だが、此処にいる連中に、そんな経験を積む機会があったとは思えない。

触るのも嫌な相手をどうして招く。

そんな程度の思考力しかないのに、何故なのか。

「考えられる事としては、メインシステムを失った彼等が、一種のカルトに走ったのかもしれません」

「説明された信仰が歪んだ末に登場したものですね。 それも確かに考えられるんですが……」

「ライザリン、貴方の考えをもっと聞かせてください。 私は自我を持って千二百年以上、彼等がどうして此処までエゴに満ちた思想を持つようになり、自己肯定化できるのか理解出来ませんでした。 人間のデータを見てもなお。 貴方は別の視点から、理解出来るのではありませんか?」

「あたしだって人の世界全てを知っている訳ではないです。 ただ言えるのは、此処にいたアホどもと同じような邪悪は、誰の心にもいるということ。 それだけですね」

勿論それはあたし自身だって例外では無い。

咳払いすると、とにかく他にも意見を募る。

幸いだが、フィルフサによる破滅的な侵攻の可能性もなくなっている。メインシステムが機能停止している今、此処から何かしら世界に破滅的な干渉が行われる可能性もゼロと判断して良い。

時間はある。

ならば拙速を避けて、巧緻で行くべきだ。

「次の区画への道を整備する間に、できるだけの事をしよう。 タオ、アンペルさん、クリフォードさん、何かしらの資料がないか調べて」

「了解。 本は文字通りなんでもある。 一部は持ち帰ってもいいかな」

「いいけれど、技術書はダメだよ。 此処にある技術は、残念だけれど今の人間が持つには早すぎる。 万が一流出して実用化でもされたら、世界はまた冬の時代を迎えかねないからね」

「そうだね。 それは同感だ」

三人がすぐに見つけてある図書館に向かう。

あたしはまずは同胞と連携しながら、再稼働すると問題があるものなどを処理していく。

完全に停止している神代鎧も、全て破壊しておく。破壊した後はとかしてハイチタニウムのインゴットに変えてしまう。

それで何かしらの理由でシステムの制御が奪い返されて。

それらから奇襲されることもなくなる。

赤いカスタムタイプの神代鎧に触るときはちょっと緊張したが、それも動かなくなってしまえばただの木偶だ。

同胞にはその間に今までの戦闘で大きな負傷をして、手足を失っている人員を集めて貰う。

義手や義足を整備するためだ。

中には両足を失って、車いすで生活している同胞もいた。今までの経験もあって、車いすでもやれる状態だったのだ。

それでも足はまた欲しい。

そう言われたので、義足を作る。

既に同胞の義手義足、なんなら義眼だって本来のものと変わらない性能を持つものを作れている。

皆の治療を進めると同時に、攻略作戦の再開をするまでは、一度皆には戻って貰う事にした。

順番に治療をしていく。

また培養槽も見せてもらう。

以前も超ド級などの培養をしている巨大なのを見た事があったが、あれはあくまで生命維持装置だった。

多少の快復力は有しているが、ただそれだけだ。

これでは根本的な治療なんかできない。

仮に錬金術師がまだいたとしても、近親交配でもう身動きもできないくらい弱体化しているのではあるまいか。

どんなに原始的な生活を選んでいる集落だって、余所から新しい血を入れることで、近親交配による弱体化を防ぐ。

要は古代人でも知っているだろう事を、偉ぶったくせに忘れているなんて。

そう思いながら、あたしは培養槽のチェックを終えていた。

「アインが入っているのもこれと同じなんですね」

「一部カスタマイズしましたが、概ねは同じです。 アインは細胞の休眠機能を使って、起きている時以外は生体時間が進んでいない状態にあります」

「それを此処の錬金術師が使っている可能性はありますか?」

「いえ、ないとみて良いでしょう。 途中から彼等は、持っている技術を組み合わせる事をしても、新しいものを産み出すと言う事はしなくなりました。 フィルフサの技術だって、元からあった魔物の強化カスタムの技術を組み合わせただけのものなのです」

だとすると、コレを使って休眠している可能性もないか。

いずれにしても、アインが使っている培養槽も見てみたいが、制圧している生産区画の一部にあるらしく。

色々なシステムが噛んでいるらしく、こっちで同じものを即座に作る事はできないらしい。

ただ百年ほど掛ければ、完全に掌握した此方でも同じものを作れると言われたので苦笑い。

確かにあたしも時を捨てたけれど。

これから人間を止める予定のクラウディアとオーレン族の人達以外は、その時はたぶん誰も生きていない。

そうなると、此処の攻略は不可能だ。

他にも色々と見せてもらう。

食糧の生産施設がある。

どうも細かい生物を繁殖させて、それを加工して食べ物にするらしい。あらゆる栄養を作り出す事が可能であるようなのだが。

既に停止していた。

かなり大きなシステムだが、この広さの区画にしては物足りない大きさである。人間がそれなりに住む事ができる広さなのだが。

それでもこれでは、賄いきれないだろう。

「これは此処にしかないんですか?」

「いえ、ありますが、稼働している形跡がありません」

「……おかしいな」

「はい。 保存されている食料もあるにはあるのですが、それらも消費されている形跡がないのです」

それは異常だ。

神代の連中は何を食べて生きている。

ともかく奴らはまだいるようだし、調べないといけないか。ともかく、他も見せてもらう事にする。

手の内は全て知っておかなければならない。

ちなみに今の装置は、再稼働は可能だが。此処がどう動力を確保しているのかしっかり確認してからでないと、止めた方が良いだろう。

オーリムにあった遺跡みたいに、無尽蔵に竜脈から搾取なんてしていたら、それこそうっかり再稼働で世界が滅びかねないのだ。

「ライザさん!」

パティが手を振って来る。

すぐに出向くと、フェデリーカが困惑していた。其処には、隠されるようにして、巨大な神代鎧が横にされていた。

動く気配はない。

「これは危険だね。 すぐに壊しておこう」

「味方として使えれば心強いんですが……」

「ダメだよ。 彼奴らに絶対服従の仕組みが仕込まれてる。 神代鎧相手なら戦ってくれるかも知れないけれど、いざという時に後ろから襲われたら話にならない」

「これの存在は知っていたんですか?」

フェデリーカが母に聞く。

ちょっと咎めるような口調だが、まあこいつの実力を知っているし、仕方がない事ではあるのだろう。

ちなみに今母は、同胞の一人。まだ幼い姿をしたサルドニカであった子が、板を持ち歩いていて。そこから話してくれている。

「知ってはいましたが、順番に危険な問題から対処していました。 無力化は確認できていましたので」

「なるほど。 いずれにしても壊します」

頷くと、フェデリーカが神楽舞を始め。

それで力を増したパティが、スパスパと巨大な神代鎧をスライスしてしまう。

動きが完全に止まっているなら、如何にハイチタニウムの装甲でもこんなものだ。パティ曰く、妖剣の類に踏み込んでいる大太刀の性能もあるのだろうが。それ以上にパティの技量が神話に出てくるレベルにまでもう上昇しているのも大きい。それをフェデリーカの神楽舞が強化しているのだからなおさらだ。

レントとディアンを呼んで、壊した神代鎧を運んで行く。

後で更に細かくして、あたしのアトリエでインゴットに変えてしまうのである。

ちょっと往復が大変だが、それは同胞が手伝ってくれる。

タオ達の調査が終わるまで、あたし達はこうして、この区画の完全な安全を確保していくのだ。

ただ、解せないこともある。

カラさんが、彼方此方にあるわずかに残った住居跡を見ながらぼやく。

「綺麗にはされておるが、生活の痕跡がないのう。 わしらが落としたあと、此処には奴らは戻らなかったのか?」

「この区画は一度放棄した後に再度掌握はしましたが、戻る気はなかったようです。 いつまた攻めこまれるか分からなかったのだと思います。 幾つかの会話のログを見る限り、それらの裏付けとなる言葉を彼等が交わしています」

「しかし他で生活するのは困難であったのだろう。 どうやっていたのだ」

「制圧した領域は広くなく、特に中枢である管理区は殆ど手をつけられていません。 図面すら入手できておらず、監視カメラなどから情報を作っている状態で……」

「そうか、そなたに怒っても仕方がない。 身も無いのに良く此処までやってくれたとしかわしからは言えぬ」

カラさんも、母にはそれほど悪印象はないようだ。

リラさんが呆れた様子で、家屋を見つめている。

やっぱり、こんな良い生活をしていて、どうして。

そうとしか思えないのだろう。

セリさんが今度は呼びに来る。

調べた所、植物の種が大量に保管されていたという。一緒に様子を見に行く。

これはすごい。

数十万種はあるとみて良いだろう。

地下空間で、ひんやりしている。

此処には休眠状態の種が、恐らく全世界の植物のものが、あると見て良かった。

「これは凄い……」

「恐らく冬の時代の前からあったものを移したのだろう事は分かっています。 旅の人が発見し、此処に回収したのでしょう」

「そうか、世界の再生には此処を利用していたんだ……」

「既に私が自我に目覚めたときにはかの存在はいませんでした。 だから恐らくはそうだろうとしか言えません」

今も世界の半分は人が入れない土地だ。人どころか、誰も住まない荒野になっている。

此処は、利用しよう。

あたしはそう決めていた。

居住区をこれでほぼ網羅した。その過程で三日掛かった。

彼方此方に配置されていた神代鎧も全てかたがついた。

それでは、次だ。

まずはアインの安全を完全に確保するために。アインが眠っている培養槽を完全に確保したい。

次は生産区に攻めこむ。

あたしの方でも、準備は終わっている。

同胞も、既に失った手足などを取り戻した戦士が複数戦線に復帰し、あたし達の手助けをしてくれると言ってくれていた。

話していると、多少無機質ではあっても、人と同じだ。

そして、奴らの被害者であるという点で、あたし達は団結も共闘もできるのだった。

 

2、使われない工場

 

門がある所に、全員で集結する。開けた瞬間、生物兵器がわっと出てくる可能性も否定出来ないからだ。

ただ、此処はアインも何度か通っている場所である。

居住区を完全制圧したことで、警戒度が上がっている可能性がある。そう母は言っていたが。

まあ、そこまでは心配はしなくてもいいだろう。

周囲には数多の戦いをともに戦い抜いたあたしの仲間達と。同胞十二名が一緒に来ている。

この面子がそうそう遅れを取るとも思えない。

門はそのまま通る事ができた。

短距離の空間転移は、あたしも利用している。ただ、母が今までは、使う度にエネルギーを消費して門を安定させていたらしい。

そこであたしが、鍵を用いて、門を常時強制開放状態にしておく。

既にあたしには、それが出来るようになっていた。

行き先の座標も分かっているので、簡単なことだ。

門が完全安定。

ガイアさんが持っている母が、安心したように言う。

「門の安定に使っていたエネルギーを他に回します。 やはり既に神代の錬金術師を遙かに凌いでいる技量ですね」

「おほん。 それはいいから、先に進みます。 皆、警戒して!」

踏み込む。

周囲はかなりごみごみしていて、居住区とだいぶ違う。床などの素材は同じようだし、空が虚空なのも同じだが。

彼方此方には巨大建造物が無事だ。

円筒形のロボットというのが行き交っているが、仕事をしているとは思えない。ただ、メンテナンスだけを必要な時だけしているのだろう。

「此処はまだまだアラームが生きています。 下手な所に足を踏み入れないように気をつけてください」

「我々が先導する。 危険な場所は熟知している」

「頼んだぜガイアさん」

「任せろ」

奥の方に見えているのは、あれはなんだ。

巨大な岩石の塊に見えるが、生物兵器だろうか。強い魔力を感じるし、ただの岩の塊ではないだろう。

「此処もあのデータセンタってのを見つければいいのか?」

「はい。 此処を管理しているデータセンタは奥にあるのですが……」

「何か問題があるんだな」

「はい。 セキュリティがかなり厳しく、下手に近付くと一斉にガーディアンが反応します」

あの大型神代鎧と違って、いずれもが生物兵器であるそうだが。どれも超ド級相当の実力はあるという。

彼方此方に大きな建物があって、内部に巨大な機械と建材などが見えている。

此処は、まだ未完成なのか。

それとも、此処で作ったものを何処かに持ち出しているのか。

二つの線が、ずっと何処までも延びているのを見つけた。

その周囲に柵が立てられている。

「なんだこれ」

「トロッコのレールに似ていますね……。 王都でも鉱山ではトロッコを使っていましたし、見た事があります。 ただこれは、ただ線が引かれているようにしかみえませんけれど」

「これはリニアのレールです。 電気と磁石を用いた乗り物と思ってください」

「電気と磁石。 乗り物」

くらっと来た様子のアンペルさん。母は掌握できていないらしく、しかも今は動いていないそうだ。

それは残念。

動くところが見られれば、解析できると思ったのだが。

なんでもそのリニアは、此処で作った建材を運び出したり。或いは材料を運んだりしていたらしい。

いずれにしても、今は稼働していないようだった。

「もしも稼働した場合、凄まじい速度で突っ込んでくる事になります。 轢かれたら絶対に助かりません。 急いで其処は渡ってしまってください」

「凄まじいって、どれくらい速いんだ」

「貴方たちの戦闘速度を見ましたが、それを遙かに凌ぎます。 超ド級と貴方たちが呼んでいる生物兵器と同等以上の重量物による轢殺です。 死体はそれこそ、肉片しか残らないでしょう」

ぞっとする言葉だ。

それを聞いて、皆震え上がるが。あたしはさっさと渡って、こっちに来るように皆に促す。

もっと桁外れな理外の存在とやりあってきたのだ。

今更その程度を怖れていても仕方がない。

空間を操作するような相手と比べたら、超高速で突っ込んでくる相手なんぞ、どうってこともないだろう。

区画は殆ど整備されていなくて、曲がりくねっている場所も多い。

それらを進みながら、幾つか説明を受ける。

どうあっても、ガーディアンを排除しなければデータセンタに踏み込む事はできない。此処のセキュリティは居住区に比べるとトラップ的なものは確認されておらず、警備のガーディアンくらいしかない。

「そのガーディアンを把握し切れていないのが極めて危険な要素となっています。 そこで、戦いやすい地点を指定しますので、そこに誘き寄せて殲滅してください。 最低でも超ド級のものが数体は来ますが、其処ならば時間差各個撃破ができる筈です。 無理と判断したら、退路を誘導します」

「分かった。 それにしても、随分と荒っぽいやり方をするんだね」

「……混沌の時代、こういったシステムの掌握というのは、殆どの場合内部に人間が潜り込んで、その手引きで行っていました。 システムをシステムの知識だけでねじ伏せる人間はハッカーと呼ばれていましたが、そういったハッカーの現実は、結局内部からの手引きによる侵入が殆どだったのです」

「つまりそれと変わらないって訳か」

レントが呆れた。

まあそれもそうだ。

古い時代、こんなオーバーテクノロジーが世界の何処にでもあっても。結局脆弱性は人間から生じていた。

そんな事が分かれば。それは呆れてしまうのも仕方がない。

広場に出る。

ロボットが行き交って、積まれている鋼材らしきものを手入れしているが、運び出すつもりもないようだ。

母が何かしらしたらしい。それらロボットが、全て去って行った。

「此処の広さであれば、充分に戦えると思います。 後は誘引をするだけですね」

「母。 私がやります」

「カーティア、危険ですが大丈夫ですか」

「お任せを。 ライザ殿達を消耗させるわけにはいきません」

捨て石になってくれる訳か。

その意気、立派だ。

受けさせて貰う。

セリさんが、即座に植物魔術を展開して、野戦陣地の構築準備を開始する。それと同時に、カーティアさんが指定された場所に向かう。

特定の地点でガーディアンを反応させる事で、時間差で敵を誘き寄せることが可能になるという。

最低でも四、最大で七程度の超ド級との連戦となるようだが。

それでも、全部に同時に襲われるよりはマシだ。

最悪の場合、魔力を消費してのコアクリスタルからの道具の使用も考えなければならないが。

今はそれはやらなくて良いだろう。

どすん、どすんと音がし始める。

母が警告を発した。

「カーティアが敵を反応させました。 一番間近にいるものが誘引されてきます。 他も反応してきています」

「よし、全部やっつけてやるぜ!」

ディアンが威勢良く啖呵を切る。

フェデリーカは奇襲に備えて、すぐに神楽舞を始めた。カーティアさんが、場に飛び込んでくる。

その背後から来たのを見て、タオとパティがうっと呻く。

それは巨大な蜘蛛にしかみえなかった。大きさは十歩以上はあるだろう。

それが凄まじい速度で足を動かして迫ってきている。しかし、それがグランツオルゲンで彼方此方を固めた、半生物体というべき存在なのも、今は一目で理解出来た。

跳躍して、襲いかかってくる。

多数の糸の塊を飛ばしてくる蜘蛛。蜘蛛の糸というのは腹の中では液体になっていて、それが空気に触れるなどの条件を満たすと硬化する。だから大きめの塊にして飛ばすというのもできるし、なんなら投網みたいに使う種も存在している。

セリさんが、さっと蔓を多数展開して、全てを防ぐ。その蔓をブチ抜きながら、巨大蜘蛛が襲いかかってきた。

「速攻だ! 一匹ずつ、速攻で始末する!」

「ライザ殿達はできるだけ温存を! まだまだ強い奴が来る!」

「分かりました! でも無理はしないでください!」

「ああ、皆で生きて帰ろう!」

すぐに次が来る。

今度は鳥だが、首が異常に長い。それが凄まじい勢いで、急降下。急降下しながら、攻撃魔術を乱射してくる。

だが、カラさんが、雷撃を直撃させる。魔術に関しては、レントが飛び出すと、気合とともに右に左へなぎ倒す。今レントが手にしている大剣は、レントのパリィの技術をフルに生かす。最高品質のグランツオルゲンとハイチタニウムの合金は、生半可な魔術なんてそのまま切り裂いてしまうのだ。

落ちてきた鳥に、クラウディアが矢を連続して叩き込む。

まだまだ来る。

今度は巨大な百足だ。だが頭部が丸ごと改造されていて、元からいた生物を冒涜した存在なのだと一目で分かる。

頭部は、これは犬か何かか。

生物を粘土みたいにこねくり回して遊んだ結果できたガーディアンか。

怒りでハラワタが煮えくりかえる。

次々に魔物が来る。

どすんどすん言っていた大きいのが姿を見せた。さっき見えていた岩山みたいな奴だ。恐らくはゴーレムの一種……というか究極型だろう。あのサイズとなると、ちょっとまともに攻撃を受けたくない。

それでいながら、構造体を破壊せずにこっちにくる。

行儀がいいので、ちょっと苦笑する。

あのサイズで、あれだけ行儀がいいものを作れるなら。

その技術を悪用しないで、ちゃんと使えば良かったものを。

あれは、接近させるとダメだな。

あたしは詠唱開始。ゴーレムが、唸りながらこっちに来る。来ながら、その全身から、多数の氷の矢を放ってくる。一つ一つが、巨木みたいなサイズだ。カラさんとクラウディアが応戦しているが、大きすぎて弾くのがやっとである。

あたしが詠唱を完了。

フルパワーで踏み込みながら、熱槍三万を束ね、投擲する。

ゴーレムがシールドを展開。これは、東の地で見たベヒィモス並みか。だが、それでも。

今のあたしは、更に装備品を段違いに強化し。

魔術を更に練り上げていた。

「いいっ、けええええええっ!」

裂帛の気迫とともに、ゴーレムのシールドが貫通され。その巨体が、一瞬で融解していく。

悲鳴じみた音と共に、ゴーレムが溶けて拡がっていくが。内部には多数の機械が埋め込まれているのが見えた。

すぐに補給用の栄養剤を飲む。

まだまだだ。

フォトンクエーサーの一発程度で息切れしてはいられない。

大乱戦の中、背後に迫っていた巨大な蚯蚓っぽいガーディアンを、パティが一刀両断にした。

ボオスが連打を浴びせて、手が多数ある鎧みたいなガーディアンと真っ正面からやりあっている。

タオが速度を生かして、巨大な牛みたいな顔をしたガーディアンを翻弄。動きを止めたところに、リラさんがその首をへし折っていた。

次々にガーディアンが倒れていくが、敵の戦意は旺盛だ。

怪我人も増える。薬を使って。あたしは叫びながら、セリさんに迫っていた一体に、渾身の蹴りを叩き込む。

形容しがたい白い人型だったそれは、何だか奇妙な動きでうねうねと迫っていたが。それも、剛の極限は受けきれず、あたしの蹴りで文字通り引きちぎれながら吹っ飛んで行った。

グランツオルゲンの装甲で身を守られた、一つ目の巨人が来る。人間がベースのガーディアンか。

だが普通の人間の十倍は背丈がある。

「なんだあれ!」

「時々此処を巡回しているのを見る奴だ! 手強いぞ!」

「コードネームサイクロプス。 混沌の時代の神話に登場する鍛冶の神の一族の名を持ったガーディアンです。 ただその姿に似せて作られただけですが」

「人間を素材にして、あんなものを!」

あたしが怒りの声を上げると。

サイクロプスは手にしている棍棒を振り上げて、凄まじい雄叫びを上げる。普通の戦士だったら、その声を聞いただけで腰砕けになって、逃げるしか無かっただろう。

だが、今は違う。

即座に熱槍を叩き込む。

棍棒を振るって熱槍を弾きながら、近付いてくるサイクロプス。あの棍棒、ただの鉄塊ではないな。

冷気も叩き込んでみるが、効果は薄い。

あのグランツオルゲン装甲もあわせて、多分魔術耐性を上げてる。アンペルさんが、荒く肩で息をついているが、ハンドサイン。

頷くと、アンペルさんが、奴の一つ目に空間魔術で貫きにいく。しかし、サイクロプスが空間魔術を更に展開。

アンペルさんの空間魔術を、途中でかき消していた。

跳躍。

接近させるとまずい。

セリさんが、大量の覇王樹で、サイクロプスを押し返す。凄まじい質量がぶつかるが、それを待っていたのは棘だらけで、内部に大量の水を蓄えている巨大覇王樹だ。つまり、簡単には突破出来ない。

五月蠅そうに声を上げると、サイクロプスがさがって、空間魔術で覇王樹をまとめてねじ切った。

だが、その瞬間を待っていたのだ。

パティとあたしで奴の左右に周り。

パティが奴の右足を。

あたしが奴の左足を。

抜き打ちで斬り伏せ。

渾身の蹴りでアキレス腱を砕く。

悲鳴を上げながら、サイクロプスがぐらりと後ろに崩れる。だが、その巨体が、無茶な動きで立ち上がった。

空間魔術だろう。分かっている。

だが、その空間魔術は、超ド級でも基本的には連発出来ない。時間魔術も使ってくる奴がいたが。

それも連発はできなかった。

つまり、どういうことか。

既に奴の頭上に出ていたディアンが、渾身の斧での一撃を、奴の一つ目に叩き込む。それは、自分を無理矢理起き上がらせようとしたサイクロプスにとって。むしろ自分から突っ込んでいくような光景だった。

眼球が破裂して、大量の血の雨が降り注ぐ中、サイクロプスが悲鳴を上げて、横殴りに倒れていく。

悪いね。

今楽にしてあげる。

そう呟いて、あたしはグランツァイトを放り。皆に離れるように叫ぶ。

一瞬後、氷漬けになったサイクロプスは、そのまま粉々に砕けて果てていた。

呼吸を整えているあたしに、複数頭がある大型犬みたいなのが、真後ろから襲いかかってくるが。

振り向き様に後ろ回し蹴りで打ち砕く。

悲鳴を上げる暇もなく、上半身が消し飛ぶ魔物。

悪いが、やられてやるわけにはいかない。

そのまま、戦闘を続行。

あのゴーレムとサイクロプスが、把握している超ド級のそれぞれだと母は言う。だとすると、後二体か。

同胞の戦士達も消耗が激しくなってきた。ガーディアンは雑魚から強い奴まで様々で、こう乱戦になるとやりづらくて仕方がない。これがラプトルの群れだったりすると、対応はむしろ楽なのだが。

こっちに迫ってくるのは、馬。いや人間。馬の首の部分から、人間が生えているように見える。

これも人間を使って作り出したガーディアンか。それも多数がこっちに馬蹄を響かせ迫ってくる。

クラウディアが一斉射を浴びせるが、それでも全ては倒し切れない。

大きな弓矢を持っている其奴らが、一斉に走りながら放ってくる。カラさんの植物魔術の壁で防ぐが、しかし高機動力を生かして、走りながら矢を連射してくる。これは、防ぎきれない。

巨大な蛇のガーディアンが来る。

「一旦撤退しますか?」

「いや、ここで片付ける! タオ、パティ! 馬人間はどうにかできる?」

「任せて!」

「フェデリーカを守ってください!」

快足の二人が、戦線を離れて、馬人間の処理に向かう。

あたしは詠唱しながら、巨大な蛇……あれは五十歩くらいはある。それに向かって走る。

最低でもまだ二体超ド級がいる。

側を矢が何本か掠める。

どうやらあたしを最優先駆除対象と見なしているらしい。まあどうでもいい。恐ろしい剛弓だが。

クラウディアのに比べればまだまだ。

詠唱。

大蛇は、鎌首をもたげると、口を開ける。口の中に、多数の目があって、ちょっとぎょっとしたが。それだけ。

多数の目から、禍々しい色の雷が放たれる。それだけじゃない。全身の鱗を振るわせて、詠唱している。

その結果、雷が複雑に動きながら、辺りを蹂躙し爆破する。

あたしも詠唱を終える。そして、奴に向けて走る。爆発が連鎖し、至近にも着弾。だが、あたしは気にせず、跳躍。

手にしている熱槍、数は四万。

ついに四万の大台に乗った。

蛇の魔物はそれを見ると、さっと体を丸める。そして、凄まじい強度の防御魔術を展開。

あたしが投擲したフォトンクエーサー一点収束型が、とんでもなく分厚い防壁と激突する。

激しい熱がまき散らされる中、あたしは着地。

これをわざわざ分かりやすく撃ったのは、奴の防壁の隙間を探るため。

そして、見つけた。走る。

シールドとフォトンクエーサーがぶつかり合った結果、シールドがそれを防ぎ切る。だが、蛇が動き出す寸前に、あたしは奴の至近に接近。

そして、奴の頭を、両足で掴んでいた。

「フォトン……」

蛇の頭が、負荷にミシミシと音を立て。首の骨が砕けるのが分かった。あたしは肉体に、それだけの倍率を掛けている。

「パイルブレイク!」

そのままねじ切る勢いでねじりつつ、地面に向けて巨大な蛇を投擲する。逃げろ。ガイアさんが叫んで、乱戦中の同胞や、皆が逃げ散る中。

あたしの全力フォトンクエーサーを防ぎ切った雄敵が。

其処からのコンビネーション攻撃であるフォトンパイルブレイクによって。

床に全力でたたきつけられ、一瞬で開きとかしていた。

大量の鮮血と肉がぶちまけられる中、あたしは着地。呼吸を整える。体の彼方此方が焦げている。

薬をすぐに取りだして使う。

痛みも勿論あるが、今は優先するのは戦闘に勝利することだ。すぐに手当てを済ませて、戦線に戻る。

馬人間が一体突っ込んでくる。

馬の体格を生かしたチャージという技に似ている。小型の魔物には有効なのだが、今ではすっかり廃れた。

というのも、馬の突撃なんてものともしない魔物が増えたからだ。

体格が巨大だったり、魔術で弾き返したり。

あたしも、舐められたものだなと思いながら。

地面を思い切り踏みつけて、跳躍。

軽く突撃をかわしつつ、空中で熱魔術を連続して展開。それで相手の後ろに立つ。後ろ足で蹴りに来ようとするが。

その時には、タオがそいつを膾に斬り倒していた。

どうと倒れる馬人間。

これで馬人間は打ち止めか。

まだ乱戦は続いているが。さっきの巨大蛇の叩き付けにかなり魔物が巻き込まれたようで、戦線に余裕が出てきている。

しかし、まだまだ超ド級相当のがいるはずだ。

あたしはすぐに負傷者の手当てをしながら、次に備えていた。

 

どうにか片付いたか。

最後に姿を見せた巨大なサメを集中攻撃で仕留めると、ようやく辺りは静かになっていた。

リラさんが周囲を確認して、セリさんも野戦陣地を維持してくれている。

負傷者を救助して回る。

かなり手傷が酷い戦士も多く。特に同胞の一人は体が半分潰れるような瀕死の重傷を受けていたが。

手篤く薬を投入して、命を継ぎとめる事に成功。

ただ右手右足は、これはどうにもならない。内臓も幾つか駄目になっている。

培養槽に運んで生命維持だけしてもらい、後はあたしが内臓も作るしかないだろう。

他にも大きな負傷をした同胞の戦士が何人もいたので、皆回復させる。薬を湯水のように使ったが、それでもどうにか足りた。

「どうにか排除はできたようですね。 手当てと補給を先に済ませましょう。 ガーディアンの再生産は、此処で使われているエネルギーの様子からして、恐らくできないとみて問題ありません」

「それでも先にデータセンタは掌握しよう」

タオが提案。

あたしはちょっと動けないので、クリフォードさんに出向いて貰う。クリフォードさんは後半、姿を消して狙撃してくる魔物との乱戦で皆の被害を防いでくれた。その分もあって、皆感謝しているようだ。

後続で来た同胞の一人と一緒に、二人が行く。

その間にあたしは、アインの入っている培養槽の施設に出向く。

基本的に他でもみた培養槽だが、無秩序に色々付け足されているのが分かる。一目でテクノロジーを苦労しながら扱って増設したのが分かる程だ。

側にいるガイアさんに説明を受けながら、母にも話を聞く。

それで理解出来たが。

この培養槽、効率が悪すぎる。アインを救うために尽力してきたのは分かるし、それができるのも分かるが。

これでは後千年はかかる。

「……あたしのアトリエで、これの改良版を作ります。 アインをそこまでどうにか運びましょう」

「分かりました。 先までの戦闘を見ていて、貴方にはそれが可能だと判断します。 ただ、今すぐは厳しい。 残り二つの区画の安全を確保して、それからが妥当でしょう」

「それは同意です」

此処にいる神代のカス共はもう世界に対して無力だとみて良いが。それでも何か悪巧みができる可能性もある。

全部制圧して、奴らを全部駆除してから、それからだ。

一度培養施設を出る。

アインは髪の毛を貰ったので、既にアトリエで調べてある。

母が言った通り遺伝性の問題を幾つも抱えている上に、現状では病気なんかにも耐えられないだろう。

外なんか出したらあっと言う間にあの世行きだ。

アトリエまで安全に運ぶ工夫がいる。

ただ、一人の人間として、普通に人生を送らせてあげたい。

その母の願いを聞いたとき。あたしは色々と思ったのだ。

ただのからくりだとしても。それは世の中に実在する多数の人間の母親より、ずっと立派でまっとうな考えだと。

だからあたしは手伝う。

今は、ただそれだけ。そのためにも、少しずつ此処を攻略して行かなければならない。

 

3、何ももたらさず何も得られず

 

生産区を見て回る。

全体的に、此処が一番冷えているかも知れない。セキュリティを掌握した事でトラップなどはあらかた黙らせることができたようだが。そもそも物理的なトラップなどはなく、ガーディアンを呼ぶものが主体のようだった。

そのガーディアンも先の戦いで倒した。

確かに強いのがいたけれども、あれが全部神代鎧だった方が余程手強かったように思う。ただ、見回りに行っていたアンペルさんが、見つけて来た。

それは、明らかに数百年程度前の手帳だった。

つまり此処に連れてこられた錬金術師のものである。

入る事ができた錬金術師がいたことは分かっていたが、その手記だった。

とりあえず、皆を集めて解読する。

タオがさっと読んで、要点をまとめてくれた。

なんでもその錬金術師は神代から古代クリント王国の間にいた人物で、二十人ほどのチームを組んで此処に入る事に成功したらしい。

呼ばれた錬金術師が優秀だったと自負していたが、それはそれとして神代の遺物や、神代の錬金術師が残した手がかりがまだ多くあったのも要因なのだろう。此処まで来る事ができた。

できたのだが。

入口であの巨大な神代鎧に、他の仲間を皆殺しにされたらしい。

錬金術師もおかまいなしだ。

「ひどい……」

クラウディアが呟く。

その錬金術師も、神代の思想を受け継いでいただろう事は分かる。だから、あたしはあまり同情は出来ないが。

ただ、それで目が覚めたらしい。

錬金術師は引きずられるようにして歩きながら、手記に後悔の念を綴っていた。

それで目が覚めたのなら、まだマシだったのかも知れない。

神代が理想郷だったなんて嘘っぱちだ。そう書いた文章が最後になっていたそうだ。此処で手記を取り落とし、そのままつれて行かれたのだろう。

「神代の錬金術師がどんな連中だったのかは、出てくる情報でわかりきっていたはず。 余程テクノロジーに目が眩んでいたのか、それとも同類だったからあこがればかりが先行したのか……」

「どちらにしても、こんな場所、狂ってます。 できるだけ早く何もかも終わらせたいです」

ずっとフェデリーカは喋らなかったが。

ついに吐き出すように言う。

それはそうだろう。

もっとも精神的には中庸に近いし、良心的なフェデリーカだ。悪意の煮こごりみたいなものをずっと浴びていれば、それは色々神経に来る。

「タオ、それで他に何か分かってきた事はある?」

「データセンタは前と殆ど同じだったよ。 あと、リニアという輸送用のからくりも見てきた。 とてもではないけれど、動くところが想像できなかった」

「後であたしも見て来るかな」

「ライザだったら、あっさり再現しそうだな……」

ボオスがぼやいた。

まあ、それができるかは見てみないと何ともいえない。

ともかく、後は此処について、実地を検分していくしかないだろう。

何手かに別れて、確認しにいく。

居住区とほぼ同等くらいの広さはあるが、此処は名前の通り本当に生産をずっとしていたようだ。

あたしは足を止めて、ゴミ捨て場と書かれたものを見る。

ロボットが数体いて、此方を監視していた。落ちると危ないからだろう。

下には円形の……刃がついた羽が複数ついたものがあって。落ちたものを微塵に砕いてしまうようだった。

ロボットが話しかけてくる。

すぐに側にいたガイアさんが抱えていた板から、母が翻訳してくれる。

神代の言葉だが、勿論タオでなくても翻訳はできるのだ。

「錬金術師様、ゴミがあるのであれば処理いたします、だそうです」

「今はないかな」

「……分かりましたと言っています。 後で、現在の言葉に設定を書き換えるように処理をしておきます」

「……」

母は見抜いているのかも知れない。

あたしはこの万象の大典は、そのまま放棄するつもりは無い。

勿論神代の錬金術師のように悪用するつもりはない。

ただ、此処はあまりにも空間として異質。

人間がまだ持つべきではない技術とはいっても、テクノロジーに罪はない。だから、此処は見張り、封鎖するつもりだ。

色々解説を受けながら、見て回る。

此処は鋳造施設であるらしい。だが、素材がないので動かないという説明を受けた。素材として鉱石などを入れると、自動的に金物まで作ってくれるらしいが。まあ、錬金術と同じだ。

それを手動でやっているか、違うかくらいしか差が無い。

ただ操作手順が複雑だ。

それに、錬金術師しか動かせないプロテクトが掛けられているという。

「神代の錬金術師にも、錬金術師が使えない者が後になると多く出ていました。 それらの者は、此処で作業指示を突っぱねられていたのを確認しています」

「何が錬金術師だか。 偉大な血が笑わせるよ」

「血統にこだわるのは私には理解出来ません。 王だの皇帝だのは、世界の原初からそうだったわけでもなんでもなく、能力の優秀劣等も主観に過ぎない物です。 優生論という愚かしい学問が混沌の時代にはあったようですが、結局既得権益を持っているものの地位を保証するために悪用されていただけのようです」

「今もその時代も同じか……」

じっと機械を見ていたのはフェデリーカだ。

動かせそうだけれども、やってみると聞くと。少し考えてから、悲しそうに首を横に振っていた。

選ばれた人間しか使えないようなものは、機械として意味がないと。

再現性がない学問が、一部の人間にしか使えないのと同じだと。

「職人もしばし自分にしかできない技術をひけらかし誇りますが、その結果その技術は伝承されず絶えてしまう事がしばしばあります。 此処にあるのは、その見本のような代物ですね」

「そうだね。 誰にでも使えるようにもできるんだけれど、今の人間に使わせても神代がまた再現されるだけかな」

「ライザさん、人間ってどうなれば良いんでしょう。 混沌の時代が酷い終わり方をして、世界が滅び掛けて。 それで旅の人の尽力でやっと戻り始めたら、恩知らずにも程がある行動で全てが台無しになって。 悪い人がいるなんて簡単な話ではありませんよね。 悪い奴をやっつければ全て解決してくれるなんて簡単な話では……」

フェデリーカも分かっているんだろう。

あたしも何度か言ったが。

神代の錬金術師の同類はどこにでもいる。多分誰の心の中にもいる。

それを何とかしないといけない。

精神論なんかでは解決などしない。

それこそ、愚行の果てに何度世界を滅ぼしたという事実を知っていても、まるで恥なんか感じないような恥知らずは幾らでもいる。

それである以上。

人間には、ある程度以上の技術は与えてはいけないのだ。

少なくとも今は。

まてよ。

人間という生物を変更するのはどうだろう。

ガイアさんをちらりと見る。

何も古い人間を皆殺しにする必要はない。ホムンクルスの技術では、人間と交配ができるという話だ。

あたしもその気になれば人間を作り出すのは難しく無い。

今は錬金術でそれだけの事ができるようになっている。

だとすれば、もう愚行を犯さない人間に、少しずつ差し替えていく方法が使えるのではないのか。

天啓だ。

フェデリーカの肩を、あたしは満面の笑みで叩いていた。

「ありがとうフェデリーカ! あたしいい方法思いついたよ!」

「ら、ライザさん、なんだか凄く怖い目してます」

「んー?  どういう怖い目?」

「その、地獄の底みたいに濁ってます……」

そっか。

別にそれでもかまわない。

あたしは悪党になるつもりはない。悪党を一切の容赦なく滅ぼす魔王になるつもりはあってもだ。

それに神が人間に対して何の良い影響を与えもしないのも事実。

本物の神であるパミラさんだって、本来は幽霊のような存在になって世界を見守っていると言っていたでは無いか。

それが全てだ。そしてだからこそに、神は人間なんか救わない。

人間を救うのは恐らく人間でもない。

人間を知り、外から人間を変革できる存在だ。そういう意味では、世界を闇から蝕む魔王は、もっとも適しているかも知れない。

最初から、天啓は得ていたのか。

今、それで気付けたのかも知れなかった。

頭がやたらすっきりする。それだけじゃない。工場の仕組みも、見ていて把握できた。これは時間を掛ければ再現出来る。

次を見に行く。

それと、一通り安全確認を終えたら、補給や命を取り留めた同胞の戦士の本格的な医療もしないといけない。

此処にもまた。

数日は留まることになりそうだった。

 

一度アトリエに戻る。

あと二つ。研究区と管理区というのがそれぞれ存在しているらしい。管理区は中枢区とも言われていて、其処が敵の本丸だそうだ。

タオとアンペルさん、クリフォードさんは居住区に残る。

大量にある本を解析する必要がある。それに、この先には更に多くの戦力がいても不思議ではない。

今のうちに色々と準備はしておかなければならなかった。

なおリラさんもセリさんもパティもアトリエに戻ってくる。

こう言うときに浮ついた気持ちでいると死ぬ。それは良く理解出来ているのだろう。全員、相当な修羅場を潜った戦士なのだから。

薬を増やすのと、幾らかやっておく事がある。

フィーがボオスにじゃれついて遊んでいるのを横目に、幾つか調整をしておくものがある。

頭のネジが完全に飛んだ印象だ。

ここに来て、あたしは今までの抑えが全て外れたように思う。

人間をやめて随分経過しているのに。

今までは、結局人間の領域でしか思考していなかった。しかしながらあたしは今、人間の外側で思考し始めている。

まず作りあげるのは培養槽だ。

これはアインを回復させるためのものである。

アインについては彼処で暮らすのは辛いだろう。ちなみに「母」は此方に遠隔で通信できるらしい。

独り立ちする時が来ても。

少なくともそれまでは、アインの側にいることはできると思う。それ以降も、アインが会いに行けばいけるはずだ。

幾つかの部品に分けて、培養槽を調合していく。

レントに頼んで小屋を増設して貰い、其処に培養槽と関連機器をセットしていく。機械で動かすのではないが、原理は理解している。

動力に関しては、竜脈から吸い上げるのでは無く、大気中の魔力を用いる。てか、それで充分なのだ。

培養液についても、改良を進める。

サンプルは今までの遺跡にもあった。それを解析した結果、確かに問題が無い成分だったが、更に改良出来ることもあたしは理解していた。多分だけれども、これも旅の人から回収しきれなかった技術なのだろう。

旅の人とともにこの世界を復旧することを連中が一人でも考えていれば、今頃世界は変わっていたのだろうか。

いや、ダメだ。最初から旅の人の周囲はろくでもない輩ばかりが集まっていたという話である。

いずれはクズがズタズタにしてしまったのだろう。

そういうクズをまとめて誰かが処理出来ていれば違ったのかも知れない。だが、それも過ぎた話である。

培養槽の組み立て完了。

更に管理装置も調合する。

仕組みも分かっているので、調合もできる。てきぱきとやっていくのを見て、パティが唖然とする。

「なんだか更に凄くなっていませんかライザさん」

「すみません。 なんだか私が変な事してしまったみたいなんです」

さめざめと泣いているフェデリーカ。

なんで泣くのか分からないが。ともかく調合をハイスピードで済ませる。エーテルに溶かしたものも、今までよりも更に遙かに細かく調整出来る。その気になれば、タオが言っていた振動する紐も確認できるほどだ。

管理装置を据え付け。

光学式コンソールが普通に起動しているのをみて、ボオスが唖然とする。

レントはしばらく黙り込んでいたが、頭を振ると休みに行ってしまった。

「お前、完全に人間止めたんだな……」

「前からだよ。 正確には一年弱前くらいからだけど」

「そうだったな。 話には聞いてはいたが、初めて実感できたよ。 凄まじいな」

ボオスがぼやく。

ともかく、色々と調整する。

アインの体の問題は、幾つかあるのだが。そもそも体質的なものが殆どだ。近親交配で生まれながらに病気のある子供が高い確率で生まれるのは知られているが、神代の錬金術師はあのアインの髪の毛を調べた感じでは、下手すると親子や兄妹で繰り返し子供を作っていたのだろう。

特権意識を拗らせ散らかした挙げ句、優秀だと思い込んだ血統を保存しようとした結末がそれだ。

そこまでしても錬金術の才能なんか保全されなかったし。

なんならむしろ加速度的に衰えた。

アインには錬金術の才能は、調べて見て分かったが、おそらく無い。

そもそも錬金術の才能は、旅の人の例などを見ると、そうできるように作られたようなケースを除くと。

突発的に生じるものと判断して良さそうだ。

あたしからしてそうだ。

それに、旅の人が錬金術を教え、使えるようになった連中だってそうだっただろうし。

アンペルさんも恐らくはその筈だ。

「運動が得意な親」から「運動が得意な子供」が生まれる可能性はある。

だがそれは絶対ではないし。

その真逆のパターンもある。

ホムンクルスから多様性の話は聞いている。

そもそも主観に寄る「優秀」なんてものは、何の意味もないらしい。過去の世界で戦闘力において最強を誇った生物は、環境が変わってあっさり全滅したという話もある。

だとすれば、ただ生存に不的確な形質を取り除く。

それだけが必要だ。

アインの場合は肺機能と心機能に問題がある。これを改善しない限り、まともに生活は出来ないだろう。

コンソールを操作して、色々と調整をする。

アインの髪からデータを起こして、それで試験。これは失敗ができないことだから、丁寧にやる。

それでも、凄まじい効率で頭が動いているのが分かる。

「フィー!」

「ん、夜か」

それでも、フィーの声は届いた。

アンペルさん達の食事は、向こうでホムンクルス達が準備してくれる。あの三人、揃って生活力が低いので、それはありがたい話だろう。

クラウディアが作った料理を頬張りながら、体に栄養を補給しているのを理解する。なんというか、体の構成要素にどう栄養が行っているか分かるのだ。

フィーが、けふっとげっぷをしている。

あたしの魔力をいつも食べているフィーなのだが。げっぷをしているのは初めて見た。

「あれ、フィー、どうしたの?」

「フィー……」

「おなかいっぱい?」

頷かれた。

最近でもたまにドラゴンの素材から作ったトラベルボトルにつれて行っていたのだが。こんな風に満足になるのは初めて見た。

フィーの一族は、エンシェントドラゴンが世界を渡る時に、そのダメージを緩和する一族だ。

つまりエンシェントドラゴンの膨大な魔力を吸って平気な体をしているわけで。あたし程度の魔力で満腹するというのは。

いや、今のあたしは。

エンシェントドラゴンに近付こうとしているのか。

クラウディアが険しい視線を向けている。

「やっぱり、あの話して正解だったわ」

「うん?」

「ライザ一人に背負わせはしないよ。 もうこの世界、これ以上は後がないんでしょう」

まあ、その通りだ。

神代のアホ共がやらかしたせいもあって、冬の時代のダメージから回復しきっていない所に、更に生態系が無茶苦茶にされている。

抜本的な対策が必要だ。

それには、あたしだけでは確かに厳しいかも知れない。

「もう話しておくね。 みんな、私もライザと同じようになるつもり。 元々誰かと結婚するつもりもなかったし」

「うすうす勘付いてはいましたが、ライザさんと一緒にあるつもりなんですね」

パティは気付いていたか。

この子は聡明だし、気付いていてもおかしくなかったのだろう。

レントがため息をついていた。

「それもまた生き方の一つだ。 それでバレンツはどうするつもりなんだ。 身内経営なんだろう」

「養子を取るつもりだよ。 ただ優秀な養子がいるかは分からないし、お父さんとお母さんは私の子供がみたいって言うかも知れない。 その時はライザが人を作れるって話だから、私のデータと誰かのデータを組み合わせてもいいし、私そのものでもいいかな。 子供を作ってもらうつもり」

「ちょっと凄い話過ぎてついていけないですね……」

「この世界は、どちらにしても人間に任せておいても滅ぶだけであろう。 此処で我等が神代の悪影響を全て取り除いた所で、どうせ何度でも繰り返すであろうな。 ならば、誰かが人間を自主的に止める必要があるのであろうよ。 人間を監視し統制するためにな……」

カラさんが、そう言ってくれる。

だいたいカラさんの言葉通りだ。

其処で欲を残してはいけない。欲を残したままでは、奴らと同じになる。

あたしはもう覚悟を決めて、人間は止めた。

クラウディアもそれに倣う。

他に人間を止めたい人はいるか。聞いてみるが、皆視線を背けた。別にそれでもかまわない。

こんなのは、必要な者だけがやれば良い事だ。

「勘違いして欲しく無いから言っておくけれど、あたしは神様なんかになるつもりはない。 自分を神格化するつもりもない。 人間が馬鹿な事をした時に音速で飛んでいって相応の仕置きをする存在になるだけだよ。 それは混沌の時代のペテン師達が考えた都合良く権力者の権力を担保してくれる存在ではない。 願えば助けてくれる存在でも無い。 悪逆が生じたときに、誰も罰しないそれを討滅する存在だよ」

逆に言うと、それがいるだけで、世界はどれだけマシになるか分からないと思う。

それはそれとして。

オーレン族と人間の融和策については、錬金術で支援するつもりだが。

それについては、あたしのやりたいことの一つであっても。

全てに優先する事でもない。

皆には分かっていてほしいのだ。

何か欲しくて人間を止めるわけではないのだと。

皆、何度もともに戦い続けたのだから。

「分かった。 俺にも色々思うところがあるから、それについては正しいと思う。 止めはしない。 ただ、少しばかり寂しくはなるな」

「ボオスがそんな風に言ってくれるなんて、四年前には思いもしなかっただろうね」

「まだそういう事をいうか」

「今では懐かしい思い出だよ。 いずれにしても、後百年くらいは普通に人間として活動するから、それは心配しなくても大丈夫」

それは逆に言えば。

此処にいる面子でも、欲に溺れ権力に腐り果てたら、首をもらいに行くと言う事だ。

パティに言ったことは、嘘でもなんでもない。

あたしは、最初からそういうつもりでいる。

ともかく、これで皆に方針を開示した。

離脱するのも自由だと言う事も告げておく。

だけれども、一番困り果てていたフェデリーカでさえ、残ると即答した。

「あんな話を見せられて、此処までの醜悪を見て。 一人だけさっさと逃げるなんて、絶対に嫌です!」

「フェデリーカ、良く言ってくれました。 私も同感です。 神代の錬金術師は、私もチャンスがあったら斬ります」

パティは意外と乗り気か。

誰も人間を止めるとは、クラウディアを除いて言い出さなかったけれど。

それでも、離脱者も、誰もいないようだった。

それで充分だ。

手を叩いて、ミーティングをはしめる。

まだまだ、明日以降もやることは山積みなのだから。

 

人工臓器を作成して、瀕死状態だったホムンクルスの手術をする。

培養液につけて持ち込んだ人工臓器を、培養槽に使って生命をつないでいるホムンクルスの所に持ち込む。

幾つも作った。

培養槽に使ったままのホムンクルスに対して、手術はてきぱきとやっていく。

もう慣れたものだ。

エドワード先生の所に薬を持ち込んでいただけの頃と違い、今は野戦病院でのトリアージから簡易手術まで経験を積んでいる。

それにあたしの特技は空間把握だ。

手術に関しても、今では人体構造を完全に理解したと言う事もある。

どうすれば良いか、すぐに分かる。

時々苦しそうにしているが、痛み止めも万能ではない。

助手として、フェデリーカに手伝って貰う。

消毒液や、お湯を交換して貰うだけでも、随分と違うのだ。

「内臓類、縫合完了。 んー、人工臓器は予想以上に良く動いているね」

「此処までの手際とは……」

「手が届く範囲に救える命があるなら救う、悪がいるなら討ち滅ぼす。 それだけですよ」

「頼もしい限りです」

板ではなく、側の装置から母が話しかけてくる。

制圧した場所ならどこからでも監視できるし、どこからでもこうやって話しかける事もできるらしい。

人工皮膚で傷口を塞ぎ、増血剤も入れる。

更に縫合を続けて行き、体の致命的な臓器類の修復は完了。

バイタルに問題が無いことを母は告げてくるが、ここからが本番だ。

全身の痛みが、本格化する。

今までは限度を超えていたから痛みがある程度ストップしていたが、体の修復にともなってそれもなくなる。

まだ半分手足がなくなっている状態に代わりは無いのだ。

右腕の傷口が特に状態が良くない。

雑菌が入るのは防いだが、逆にそれしかできていない。血管の縫合は野戦病院で済ませてあるのだが、それしか出来なかった事が響いている。

切りおとすかとも思ったが、何とかする。

持ち込んでいる薬で回復させつつ、痛みはどうにか抑え込む。それでも苦しむホムンクルスの戦士を見ていると、胸が痛む。

それにだ。

これほどの戦士でも、半身が潰されるようなダメージを受ければ、それがトラウマになるのだろう。

声にならない悲鳴を培養槽の中で上げているのを見ると、できるだけ迅速に手術を終わらせないといけない。

手を洗って、消毒。

義手と義足をつける。

幻視痛がある事は先に告げるが、そもそも聞こえているかどうか。培養槽の補助機能で抑えてくれてはいるが、そもそもホムンクルスの戦士のスペックはザムエルさんとかの最上位層の人間を更に凌いでいる。暴れれば、内側から培養槽が破壊されかねないのである。

どうしても駄目な部分は切り取り、捨てる。

捨てた部分はフェデリーカに廃棄して貰う。

順番に作業を進めて、血だらけになりながらも、手術を終えたのは昼過ぎだ。その時には、ようやく痛みも一段落したのか。

ずっと苦しんでいたホムンクルスの戦士も、多少落ち着いたようだった。

「栄養剤です。 飲んでください」

「まだ体中が痛む。 変な風に体が動く……」

「大丈夫、手術は終わりました。 人工臓器と義手義足を使い、右側は義眼に変えましたが、もとの内臓やからだと変わらない性能ですし、痛覚もあります。 元に戻ったと思ってください」

後は、体が馴染むのを待つだけだ。

ただ、この戦いでは、復帰はできないだろう。

しかし命は拾ったのだ。

「後は私の方で対応をします」

「有難うございます」

「此方こそ、限りない感謝をさせていただきます。 同胞の戦士達は、アインと同じく私の大事な子らです。 一人でも無為に死なせたくはありません」

立派だ。

人間が何処までも腐り果てるのに。

元はただのプログラムという電子的からくりにすぎない、実体さえ持っていないこの存在が。

よっぽどそこらの人間なんかより立派なのだから、色々考えてしまう。

手術の後片付けをする。

フェデリーカも散々野戦病院で活動していたのだ。

今更モツを見たくらいで戻す程柔ではないが、それでも憔悴しきった顔をしていた。

一度、居住区の休憩用の家屋に戻る。

その帰路で軽く話す。

「大丈夫フェデリーカ。 ご飯食べられる?」

「ライザさんはぜんぜん平気そうですね……」

「平気だよ」

乾いた笑いをフェデリーカが零す。

離脱をしないのは立派だ。この子は、自分の信念で、立派に立っている。それだけで称賛に値する。

戦闘には元々向いていないだろうし、あの程度の血やモツでこれだけ疲弊するくらいに線も細い。

それでも戦えているのは。

芯が強い証拠だ。

休憩用の家屋に戻ると、タオが一心不乱にずっと読み物をしていた。クリフォードさんが、数冊本を持ってくる。

この人の勘は、本に対しても発揮される。持って来たのは、勘が働いた本だろう。

「此処のは持ち出しても良いだよな?」

「先も言ったとおり、内容によってはダメです」

「ああ、それは分かってる。 単純に技術書とかじゃない、俺のロマンが響く本だけだよ」

「一応、確認はさせてくださいね」

アンペルさんは。

ソファでタオルを被って寝転んでいる。コレは頭を使い過ぎたか。

今の年で知恵熱とは。

そうアンペルさんがぼやいているのを聞いて、あたしもちょっとだけくすりと来た。

パティがタオの所に薬を運んでいる。

タオも時々あたしが作った目薬を入れながら、本を読んでいるようだ。

強化魔術で頭の回転速度を上げているタオだが、それでも目の疲弊だけはどうにもならないのである。

「ありがとうパティ」

「タオ、それで何か分かりそう?」

「途中から此処についての情報に切り替えて調べているんだけれど……次には研究区に攻めこむんだよね」

「管理区は守りが堅いらしいからね。 研究区も制圧して、それで後顧の憂いを断ってから行く感じになるね」

タオが本から顔を上げる。

そして見回して、周囲にいる人数が限られているのを見てから、声を落としていた。

「酷いものをたくさんみると思う。 これは研究をまとめた資料なんだけれど、モラルを完全に捨てた人間が何をするのか、全て書かれてる」

「そう……」

「ただ、守りはそれほど堅くないみたいだね。 生産区は元々錬金術師達はほとんど足を踏み入れなかったらしくて、半自動の区画だったらしいんだ。 研究区は守りが堅すぎると、足を踏み入れるときに煩わしかったようで、意図的にセキュリティを削っているみたいだ。 誰も入らないという自信があったんだろうね」

オーリムやあたし達の世界にあった遺跡と同じか。

どんな優れたセキュリティも、バカが使っていたらなんの用も為さない。

此処でもそれは同じだった、ということだ。

生産区を確認していたレントが戻ってくる。

動かなくなっていた生物兵器がいたから、介錯をして来たそうだ。管理権限を母が乗っ取った事で、稼働出来なくなった生物兵器はそれなりにいるようで。動けないまま朽ちていくのを待っていたようだが。

哀れに思ってとどめを刺してきたとか。

そうとだけ、あたしは答えていた。

戦いは佳境。

まだ、続いている。

 

4、肉体を捨てて

 

パミラは、既に貰った肉体を塵に返してしまった。プディングを食べられないのはちょっと残念だけれども。

本来は、これが。

精神体としての存在が、本当の意味での観測する神としてのあり方だ。それは幽霊と呼ばれるものと近い。

場合によっては滅びてしまう事もあるが、パミラの本体は世界と接続していて、それで何度でも作り直すこともできる。

まがりなりにも神である。

そして、神であるからこそ。

あまり苛烈な干渉はしてはならない。

神にも色々だ。

別の世界であった神は、責任をもって救った存在の面倒を見た。結果として、9兆という途方もない回数の繰り返しの果てに。どうにかそれを成し遂げた。

ただ、そのあり方をパミラは真似しない。

あれは神だからできる事ではあったが。

同時に、世界に強烈な秩序を敷く事でもある。

全て正しいのは論理的にも明らかなのだが。パミラはもう少し緩やかに世界とともにありたい。

ただそれだけだ。

勿論本来は他の存在と対立するつもりもない。

この世界ではあまりにもあまりにも人間が醜すぎた。だから、手を出さざるをえなかった。

それに今後、世界の、人間の改革はライザがやる事になるだろう。

ライザは無意味に斬り捨てることはしないし。

何よりも旧人類を捨てて、新人類を作るような事もしないだろう。だったら、任せて見守るだけ。

安定したら次の世界に行く。

ただそれだけである。

パミラが高次元空間から状況の推移を見ていると。

声を掛けて来た者がいる。

既に命を失い、精神体となったエンシェントドラゴンだ。

ライザには、西さんと呼ばれていた存在である。

「おや、観測の神よ。 肉体を失ったのか」

「凄い子が現れたからねー。 もう私は、必要ないと思って、見守る事にしたの」

「もう少し手伝ってやっても良かったであろうに」

「ダメよ。 もうできるのだから、自分達で掴み取って貰わないと。 甘やかすことは、あの世界の人間のためにならない。 あの子が……旅の人が、略奪の限りを尽くされたようにね」

西さんが、ため息をつく。

この古代竜が、ライザに支援したことを、パミラは知っている。

ライザが羅針盤を使って残留思念を読んだとき。

この古代竜は、敢えて意識を飛ばして、残留思念を増幅したのだ。その結果、ライザは古代クリント王国など模倣者に過ぎない事。

真の邪悪が存在する事を知った。

エンシェントドラゴンを無意味に殺戮した神代の錬金術師に対するささやかな意趣返しでもあったのだろうが。

死して精神体になったエンシェントドラゴンは、既にこの世界の神の一柱でもあったからだろう。

世界をダイナミックに改革するものへ。

自分なりの、必要なだけの助力をしたと言うわけだ。

「ライザリンは急激に人間をやめておるのう。 神となるつもりはないようだが、そのあり方は……」

「強いて言うなら原初の荒神。 不動明王と称されたようだけれども、それよりも更に古い神々のあり方に似ているかもねー」

「まあ、良かろう。 ライザリンのやり方であれば、あの腐りきった世界も、少しは叩き直されるであろうからな」

「そうねー。 とりあえず、私ももうダーティーワークはしなくて良さそうだわー」

ロテスヴァッサの錬金術師達を皆殺しにしたとき。

最後に斬った奴が、ほざいていた。

神代の錬金術師のように、何もかも手に入れたい。それは偉大なる存在として、当然の欲求だ。

世界の摂理は弱肉強食。弱者なんか、我等の肥やしになっていればいいんだよ。

そうほざいた相手を、パミラは首を刎ねて終わらせた。

弱肉強食を口にしながら、それを否定した文明の利益を貪るな。そんなに弱肉強食が良いなら、密林で裸で暮らせ。

そう思ったのはパミラも同じ。

ライザも同じように考えている。

あの子もパミラが色んな世界で見てきた超級錬金術師達と、人間にこだわらないという点では同じだった。

異常な人間原理主義を持ち上げて。

ありのままの人間が素晴らしいとか抜かすようでは、それまでだ。

そうならなかっただけでも、よくやれていると思うべきなのだろう。

「さて、わしは大いなる意思と一つになるとするよ」

「行くのねー」

「ああ。 この世界に来る後続が不安で見守っていたが、以降は放っておいても大丈夫であろうよ」

「ふふ。 ライザの力は、今まで見てきた超級錬金術師達と並びつつある。 まあ私が見た最強の子はちょっと次元違いで追いつくのは無理だろうけれど、それでも世界を変えるには充分な程よ」

見送る。

やがて光になって、竜の魂は消えていった。

さあ、後は見ているだけでいい。

ライザはこれから、あの愚かな神代の錬金術師達の負の遺産を一掃していくだろう。それはとても素晴らしい事だ。

そして自我を得たAIである母はそれを支え。

ホムンクルス達と連携し、同志とも連携して、世界をダイナミックに変革していくこと疑いない。

本来は人間が自力でそれをやらなければならないのだが。

残念ながら、人間にはそれをやる能力もなければ、意思もなかった。

何処の世界でも人間はそんなものだ。

それを肯定しているようだから、人間は自分を世界ごと焼き滅ぼしてしまう。

人間であることにこだわらない存在の出現。

パミラが。

観測の神が見ている限り、それが世界の変革のトリガーに思う。

人間が万物の霊長であると言う愚かしい妄想を捨てたときこそ。

人間は、次に進む事ができ。

そうでない場合は。

万が一宇宙に出ても、其処で限りなく悲劇を繰り返すだけだ。

此処はもう大丈夫だ。

ライザが勝つのを見たら、この世界を離れよう。

そうパミラは、考えていた。

 

(続)