万象の大典へ

 

序、準備完了

 

全ての準備を終えた。

あたしは皆の装備を確認して、最良の状態に仕上げた。勿論みんな戦士だから、武器の手入れくらいは自分でしている。あたしがするのは、武器そのものの強化である。

特にボオスのギミック武器は手入れが大変なのだけれども。今まで以上の剣を格納できるようにした。

これが結構大変で、扱えているボオスが結構器用である事が分かる。

皆にも思い残すことがないようにしてもらったのだが。

そうしたら、リラさんに思ってもいない事を言われた。

アンペルさんと結婚するつもりらしい。

アンペルさんはそれを聞いてびっくりしていたので、リラさんが言い出した事と言う訳だ。

あたしとしては咳払いして、注意事項について覚えているか確認して。

それで問題ないと言われた。

どうもリラさんも、アンペルさんがハーフらしい事はうすうす勘付いていたらしい。それで昨日聞かれたので、アンペルさんの同意の下話したのだが。

それで決意を決めたようだった。

「人間と婚姻するつもりはないが、奇縁で生まれたアンペルとならかまわない」

そうリラさんは言うが。

実の所アンペルさんは若作りしているがもうかなりの年配である。

リラさんは逆に肉体年齢はあたしと大差ないらしいので、ある意味年の差婚になるわけだが。

まあ、リラさんはその気でも、アンペルさんがどうかは分からない。

いずれにしても、ずっと門と戦い続けた二人だ。

互いの事は良く分かっているのだろう。

それと、セリさんとクリフォードさんも似たような事があったようだった。

とりあえずどうするのか聞いたのだが、クリフォードさんはこの戦いの決着がついたら決めるとしたのだとか。

ちなみにクリフォードさんは、セリさんと婚姻したら、オーリムに移住するそうである。

パティは許可を出していたが。

アーベルハイムは優秀な戦士を失うことになるな。

まあその分は、あたしから何かしらの形で埋め合わせをしたいが。

いずれにしても二組、いや三組か。オーレン族と人の婚姻が決まったわけで。あたしとしては不幸にならないように色々としなくてはならない。

六人分の髪の毛は貰っているので、まあ問題は無いだろう。

母親に掛かる肉体的な負担は、人間とオーレン族の間に壁となっている。それを壊せるのなら。

ただ、人間とオーレン族の間の壁は他にも色々ある。

文化の違いもそうだし、人間の種族的性格から言って、オーレン族との大々的な交流は難しいだろう。

アンペルさんにしても、リラさんと婚姻した後はどうするつもりなのか。

錬金術師として此方の世界に留まるのか、オーリムに向かうのか。

なお、前に髪の毛を調べたが。

多分アンペルさんは、200年を越えては生きられない。

リラさんより確定で早く亡くなる。

それについても、リラさんは覚悟を決めなければならないわけで。色々と難儀なことになるだろうなとあたしは思っている。

タオとパティは問題ない。

この一件が終わったら、王都に来て欲しいと言われている。

まあすぐにいけるかは分からないが、会いに行ったら二人に子供ができている可能性も高い。

レントは何処かに旅に出るらしいし。

クラウディアはバレンツの頭取に数年以内に就任することが確定のようだ。

ディアンはフォウレの里で種拾いのナンバーツーに。いずれデアドラさんが験者になった時に、種拾いの長になるだろう。

フェデリーカはサルドニカの長として幾らでも仕事がある。

あたしは。

もう人間を止めてるし、これ以上特に考える事もない。

だからそれぞれの人生については、あたしが関与することでもない。あたしが関与できるのは、オーレン族と人間の合いの子が生物的に不幸にならないようにする。ただそれだけである。

武器の手入れは二日かかった。

皆の装備を根本的に手入れして、最後の戦いに備えての強化をした。あたしの戦闘用杖もそうだ。

賢者の石……正確にはいにしえの賢者の石か。これについても、大いに活用させて貰った。

結果は大正解だった。

どうしても結論が出なかったセプトリエンの完成型と言ってもよい代物だったのである。それは最強の金属ができる。

今までのグランツオルゲンが完全に過去になった。

軽く強くしなやかで、絶対に錆びない。

更にこれをベースにハイチタニウムを組み込むと、ハイチタニウムの唯一の欠点だったもろさが完全に克服された。

ただしそれでも無敵の金属と言う訳では無い。

皆にそれぞれ、新しく新調した武器を使って慣れて貰う。

カラさんも、新しい杖で、いつも以上に凄い魔術が出せると喜んでいた。カラさんは、実はこの戦いが最後に出られる本格的な戦いかも知れないらしい。

まだすぐに寝込むようなわけではないが、もう年なのだ。

魔術の出力は、今後どんどん落ちていく。

オーレン族は長生きだが、衰え始めると酷い衰え方をするらしい。

そういえば、各地で孤立しているオーレン族を救助したとき、明らかに老人とあたしから見ても分かる人もいた。

ああいう人が、そうだったのかも知れなかった。

「武器の方は問題無さそう?」

「問題ないどころか、これは……この戦いが終わったら封印します。 多分普通の使い手が持ったら、確定で人斬りになりますから」

パティが大太刀を振るってから、そんな事を言う。

今手にしている間も、暗い欲望が……人を斬りたいという欲望がわき上がってくるのが分かるという。

戦士の本能で、どうしても凄い武器を手にすると嬉しくなる。

これはそういった感情の最上級のもので、生半可な使い手では抑えきれない程だということだ。

そうか。

いわゆる魔剣や妖剣と言われる類のものを作ってしまったか。

でも、この戦いには必要なのだ。

パティもそれは分かっているから、「今までの」大太刀を「この戦い以降は」使いたいと言う。だから、あたしもその要望に応えて作っておいた。

変更するのは武器だけでは無い。

皆の装飾品も全部手を入れる。

いにしえの賢者の石はどれだけ使っても足りないが、それは今までため込んだジェムでどうにかする。

それに加えて、服の調整だ。

オーリムの蜘蛛糸と、東の地の絹を用いた最高の服を、全員分しあげる。

ただしこれも無敵の防具では無い。

あくまで受け流す事に終始して欲しい事と。空間魔術は受けたら耐えられない事も皆に伝える。

何度も、念入りに。

結局、空間魔術は空間魔術でしか防御出来ないし。それも壁を作って防ぐのではなく、逸らすくらいしかできない事も分かった。

もっと凄まじい錬金術師だったら、空間魔術を身じろぎさえせず防御することも出来るのかもしれないけれど。

残念ながら現時点でのあたしには無理だ。

皆の装備を一新して、それで更に一日。

調整に皆で訓練をして貰って、もう一日。

その間に、アンペルさん、タオ、クリフォードさんに見落としがないか、最後に資料をチェックして貰う。

何しろ世界を渡るのだ。

どれだけ備えていても、備えすぎにはならないだろう。

何もかもが片付いた。

それで、ようやく。

最後の挑戦に、皆で出向く。

群島に出る。

エアドロップ二つに分乗して、最奥の島に行く。もう悪魔もどきは出ない。全て倒してしまった。

あれが魔物をまとめて操作してきたのも、そういう能力に設定されていたからなのだと、解剖した今は理解出来る。

あれらもある意味犠牲者だったのだとも。

エアドロップに、いるかが追従してくる。興味津々の様子だが、そろそろこの群島からは離れた方が良いかも知れない。

特にトラブルの類はなく、最奥の島に到着。

アトリエに一度寄って、荷物の整理はしたが。ここ数日で整理は終えていたので、形だけだった。

このアトリエは、空にしてしまう。

結局門は小妖精の森のアトリエに作ったし、残念ながらこれでお役御免である。

拠点を作る為のテストケースとしてよく機能してくれた。

このアトリエがなかったら、サルドニカやフォウレ、東の地、ウィンドルのアトリエも彼処までスムーズには作れなかっただろう。

最奥の島に上陸して、点呼。

全員いる。

さて、此処からだ。島の奥に進むが、ガーディアンの類はなし。奇襲を仕掛けて来る気配もない。

汝、鍵もて万象の大典に至れ。

そんな声が聞こえる。

今まではぼんやりした声だったのが、今までに無い程クリアに聞こえた。勿論他の誰にも聞こえていない。

「呼んでる奴が何者か知らないけれど、あたしが間近まで来ている事に気付いているね、これは。 声が今までになくクリアだよ」

「その声、神代の錬金術師の奴らのものなのかな」

「いや、違うと思うね」

ディアンに即答。

というのもこの声、はっきり聞こえるようになって来て分かったのだが。人間が呼びかけてきている感じでは無い。

魔物が魔術を使うときに、触手を振動させたりして音を出す。或いは人間の言葉を喋ってみせることがあるが、それも口をぱくぱく動かして喋るわけではなかったりする。

そういった「作られた言葉」の、更に拙い奴に聞こえるのだ。

人間の言葉を模倣し補食する魔物も存在はするらしいが、そういうのは魔物の中では弱い方である。

今いる魔物は、そんな事をしなくても人間に圧勝できるので、必要としていないのである。

そういうような、出来の悪い言葉に聞こえるのだ。

「ひょっとするとこの呼びかけ、機械仕掛けかも」

「機械が喋るのか! 機具が喋るようなものなのかな」

「神代の技術なら可能な筈だよ」

タオが補足してくれる。

あたしも同意見だ。いずれにしても、この声の望み通りに行ってやろう。ただし、貴様等全てを灰燼に帰すために。

宮殿に踏み込む。

恐ろしい程に静かだ。

既に星図の調整はしてある。

石碑の数字はフェイク。

世界を示す数字だけをゼロにする。

この調整が結構面倒くさかった。それにしても旅の人は、恐らく何も関係無く、最初に何も無い空間に出向いて拠点を作ったのだろうな。

それを思うと、今のあたしでもまだまだ及ばない相手だ。

もう少し自衛に心を砕いてくれれば。

それだけが、本当に惜しくてならない。なんども思う。

宮殿の階段を歩く。その間も、皆は周囲を最大限警戒してくれている。あたしも一歩ずつ、丁寧に階段を踏んで行く。

此処で苦労するのはこれで最後だ。

階段を上りきり。

渡り廊下の最奥にある、開かれたままの扉。それを、レントとディアンに頼んで、一度閉じて貰う。

閉じて良いのかと聞かれたが、無言で頷く。

神代の錬金術師は、オーリムでコテンパンに負けてから、自分達の世界に行くための扉に何重ものセキュリティを掛けた。

それまではセキュリティなど必要としていなかったが、それが必要になったからだ。内心で、自分は無敵では無いとようやく悟ったのかも知れない。

それでいながら、何故か錬金術師を招こうとしている。

今までの記録から見るに、時代に隔絶した才能の持ち主を。

だが、血統主義の神代の錬金術師が、どうして在野の錬金術師を。そこがとにかく、気になる所だ。

まだ分からない事は多いから、要注意して先に進まなければならない。

鍵を取りだす。

完全体となった鍵だ。

今まで、此処を通って万象の大典に出向いた錬金術師もいただろう。だがそれは、恐らく神代の残した情報がまだあって。「模範解答」に到達出来たから、やれたことだったのだとみて良い。

それ以降の錬金術師は、意図的に廃棄されたり、或いは戦乱で失われたこともあって。神代の情報なんてろくに得られなかった。

国家ぐるみであっても、得られないような情報もたくさんあった。

今回あたしが此処にいるのは、周囲に世界レベルのスペシャリストが集った故。

あたしだけの力では無い。

錬金術は才能の学問だ。

だがそもそも錬金術に触れられないで一生を終えた人もいるだろう。

あたしが史上最高の錬金術の才能持ちだとはとても思えない。

パミラさんによると別の世界にはもっととんでもない錬金術師がいるという話だし。

そもそもこの世界だって、昔は今とは比べものにならないほど人がいた。そういう人の中には、あたし以上の才能を持つ人が幾らでもいたはずだ。

それらから、機会を奪ってきたのが歪んだ血統主義だ。

血統なんか何の意味もないことは、あたしが良く知っている。

今此処にいるのは。

数多の運と仲間に助けられたから。

ただそれだけが理由だ。

血統なんぞ関係無い。

神代の歪んだ血統主義を、今此処で蹴り崩す。

座標確認良し。

問題なし。

一応ダブルチェックする。問題なし。クロスチェックもする。これもまた、問題なし。

また声が聞こえてきた。

鍵もて万象の大典に至れ。

五月蠅い。

かなり声が大きくなってきていて、苛立ちの方が強い。

今までの全ての蓄積をもって、作りあげた鍵を、扉に差し込む。

次の瞬間。

膨大な知識が、頭に流れ込んできていた。

なるほどね。

知識欲でここに来た連中を、これで魅了するつもりなわけだ。

ふわふわと浮くような感覚。

これは覚えがある。

誰でも持っている欲求。性欲に近い。これは男性の錬金術師なんて特にひとたまりもなかっただろう。女性でも一瞬で感覚が狂うはずだ。

凄まじい快楽が本来だったら全身を駆け巡り、ふらふらとこの奧に釣られてしまうのだろう。

それくらい、あまりにも強烈だったのだが。

あたしはふっと鼻で笑う。

生憎此方は既に人間を止めた身だ。性欲はとっくになくなったし、子を腹で育てることにも、男と寝ることにも興味が無くなった。

欲そのものはまだある。

食欲はあるし睡眠欲だって。

だが、それも制御出来る範囲だ。あたしは人間を止めてから、色々なものを失ってきたが。

それを後悔したことは一度もない。

ありのままの人間が素晴らしいなんて寝言は、神代の愚行を見て嫌と言うほど間違いだと理解出来た。

今更人間に戻る気も無い。

深呼吸すると。

一喝。

纏わり付いてきていた、凄まじい知識欲をかき立てる情報が消し飛ぶ。それらはよく見ると、ただの収奪しただけの知識ばかり。

神代の連中は、他者から奪うことにばかり特化していた。

知識も技術も同じ。

だから新しいものを独自に作り出す事ができなかった。

手持ちの知識と技術を用いて、何かしらに当てはめることしかできなかったのである。

それがアンペルさんの思想と決定的に違う事。

あたしの師匠から受け継いだ、異質な錬金術に。

こんなくだらん誘惑は効かぬ。

ばちんと音がして、あたしの周囲で魔力が何度もスパークする。生唾を飲む音がした。フェデリーカだろう。

「ラ、ライザさん?」

「舐めてくれたものだね。 あたしを知識欲で誘惑して、まともな判断力を奪おうとして来たよ」

「何とも悪辣な罠だな。 神代の錬金術師の思想を受け継いだ錬金術師には、文字通りひとたまりもないだろう代物だ」

アンペルさんが呆れる。

あたしは鍵に手をかざすと、更にもう一押し。

それで、ついに。

扉が、真の意味で開いていた。

扉が開いた先には、門ができている。その先の気配は深海でもない。というか異質だ。魔力が全くこの世界とは質が異なるのだろう。

「覚えがあるぞ。 間違いない。 奴らの根拠地の気配よ」

カラさんが太鼓判を押してくれる。

ならば、後は行くまでだ。

あたしは一歩を踏み出す。

あたしを支えてくれた仲間達が、それに続いていた。

ついに、神代の本拠地に踏み込む。その先にあるもの全てを、灰燼に帰し。この世界とオーリムに千三百年混乱と殺戮をもたらした元凶を滅ぼすために。

 

1、同胞の正体

 

踏み出した先は、石畳とは違う床だ。

遺跡にあった素材に似ているが、もっと高度である。周囲を見回す。驚くほど、殺風景な場所だ。

どこまでも拡がる床。

たまに建物があるが、それはずっと先である。

彼方此方に戦闘の跡が残っている。後から入ってきたカラさんが、太鼓判を押してくれた。

「ここじゃ、間違いない。 奴らの根拠地よ」

「全方位警戒!」

「おう! 何が来ても弾き返してやる!」

リラさんが叫び。

レントが前衛に飛び出す。

円陣を組んでしばし待つが、何か来る気配はない。肩すかしも良い所だ。

クラウディアが冷静に音魔術で解析する。

上を見上げる。

話に聞いたとおり、虚空だ。

其処には文字通り、何も無い。雲一つ無いと言えば聞こえは良いが、何というか空ですらない。

太陽もないのに明るい。

本当にこれは、別の世界なんだなと思う。

「広さは一万歩四方ほどだね。 一番近い辺縁部はこっちになるよ」

「さて、どうするかだけれど。 クラウディア、人の気配は?」

「……ある。 こっちに近付いて来ている。 でも、敵意はないみたい」

「神代の錬金術師で、こっちを一方的に同類と思い込んでいる可能性もある。 油断はしない方が良いだろうね」

まずは、近付いて来ている存在とアクセスだ。

そして、それが見えてくると。あっと誰もが声を上げていた。

見覚えがある。

それは、例の一族の人達だ。

多分ホムンクルスだろうとは思っていたのだけれども。まさか此処に自在に出入りができる存在だったとは。

しかもである。

その先頭にいるのは、見覚えがある。

東の地で、何度もともに肩を並べて戦ったガイアさんだ。

それだけじゃない。

王都で一緒に戦ったカーティアさん。

何よりも、最初にあったこの一族の人……いや違うか。ともかくバレンツのフロディアさんもいるし。

それだけじゃない。

なんとロミィさんまでいるではないか。

他にもサルドニカで見かけた、まだ幼い一族の人までいる。

全員横でつながっていたのか。

この様子だと、アンナさんやパティの所のメイド長も、その気になれば此処に来られるのかも知れない。

流石に事態が事態だ。

皆が警戒している中、ガイアさんが声を掛けて来る。

「久しぶりだな。 ここに来ることは想定していた。 だが、予想よりも冷静なようで安心した。 最悪ここに来るなり、何もかも破壊し始める事すら想定していた」

「あたしが今無茶苦茶腹立ってることも分かってはいますか?」

「ああ、分かっている。 まずは此処で何が起きているか、私達がどういう存在なのか話したい。 話を聞くつもりはあるか?」

「……」

皆を見る。

クラウディアはフロディアさんを見て、眉をひそめて弓を下ろしている。フェデリーカもサルドニカで縁があったのだろう。幼い一族の人を見て、困惑しているのが分かる。

パティもカーティアさんとは縁があったのだ。

困り果てているのが分かった。

咳払いしたのはボオスだった。

「先に確認させろ。 敵意はないんだな」

「この土地の支配者は敵意がある。 だが我等は違う」

「この土地の支配者?」

「もう知っているんだろう。 神代の錬金術師達だ」

あたしはそれだけで怒りが沸騰しかけるが、それでも冷静になる。

そもそもだ。

この一族の人達が、世界の安定のために命を張って尽力していたのは、今までずっと見てきていた。

あたしに対して警戒していたのも分かってはいる。

時々殺意だって感じていた。

だけれども、東の地で超ド級相手に怖れず立ち向かい、多くの手傷を受けても怯む様子もなかったことは知っている。

敵だとは、少なくとも思わないし。

身勝手極まりない上に、特権意識を拗らせ散らかした神代の錬金術師の走狗だとも思わなかった。

「分かりました。 ただ、ちょっと失礼します」

あたしは、怒りをまずは怒号として吐き出していた。

あたしの魔力は、装備を刷新したことで、既に油断すると高熱になって漏出するようになっている。

装備が強力すぎて、まだ抑える事が難しいのだ。

普段は大丈夫なのだが、どうしても感情が高ぶるとこうなる。

ごっと熱風が辺りに吹き付けたようで、皆がそれぞれあたしに対して防御姿勢を取っているが。

ちょっと我慢してもらうしかない。

「ふうう……すっきりしました。 それでは、話を聞かせてください。 ただし嘘をついていたら、如何に貴方たちでも許しませんよ」

「分かっている。 まずは第一段階はクリアだな。 腰を落ち着けて話そう。 此方だ。 それと、注意して欲しい。 我等が制圧している場所は全てではない。 制圧していない場所に踏み込むと、ガーディアンが襲ってくるぞ」

「神代鎧は幾つか気配を感じました。 やはりあるんですね」

「そう呼んでいるのだったな。 あれらも持ち込まれている。 神代の錬金術師も、最後はなりふりを構っていられなくなったらしいからな」

歩き始める。

何も無い場所だが、一万歩四方程度の空間だ。流石に方向が分からなくなる事もない。奥の方には住宅地らしいものもある。

ただ遠めに見ても、誰かが住んでいるようには見えないが。

動いている設備もある。

ロミィさんが、あたしに人なつっこい笑みを向けてきていた。

「いやー、ひやひやしたよ。 ロミィさんとしても、今のライザと戦うのは絶対に嫌だし、やりあったら多分真っ先に殺されてただろうしね」

「ロミィさんも年齢不詳だと思っていましたけれど、一族の人だったんですね」

「色々工夫して、一族の人間だとは分からないようにしているんだけれどね。 表情とかも作ってるんだよ。 顔もちょっと素とは変えているんだ」

「そうなんですね」

複雑な気分だ。

行商であるロミィさんは、いつもクーケン島に来てくれるとわくわくした。

でも考えて見ると、あたしが幼い頃からずっと見た目が変わっていないのだ。一体何歳なんだろうと、疑問にも思わなかった。

何より神出鬼没過ぎる。

魔物がわんさかいるこの世界で、平然と世界を飛び回る。

それだけで、何かおかしいと疑うべきだったのかも知れない。

一方でフロディアさんについてはあんまり疑問は無い。この人、最初に出会った時から残像作りながら家事していたり、人間離れぶりを隠そうともしていなかった。カーティアさんやガイアさんも、凄まじい強さは東の地の侍以上だったし、不思議とは思わない。

「彼処で休むとしよう。 我等の主と、それと我等の希望とも顔を合わせて貰いたいところだが、構わないか」

「主って何者ですか」

「主には姿がない。 というか、物理的な存在ではない。 そもそも形が存在せず、肉体もない。 「母」と我等が呼ぶ主は、我等から枷を外し、自主的な思考をもてるようにしてくれた存在だ。 寿命の枷も外してくれた」

「錬金術師では無い……」

そうだと、ガイアさんは言う。

案内されたのは、露天のテーブルと机だ。この世界では、雨も何も無いだろう。

見える。

この辺りは縁に近いからか、上どころか下も虚空になっているのが分かる。これは一体、どういう世界なのだ。

また一族の人が来る。

ガイアさんに耳打ち。そうかと、ガイアさんは悲しげに呟いていた。全員が座るだけの椅子はある。

此方に来たのは、円筒形の何かだ。

手にしているのはトレイで、飲み物らしきものが乗せられていた。器用に機械の触手で配り始める。

「な、なんだこいつは」

「配膳用のロボットだ。 混沌の時代に存在した、指定されたことだけをこなすからくりの生き残りだな。 母が掌握して、安全なものに変えている。 我等もここに来るときは、世話になる」

「飲み物は大丈夫なのか」

「此処の生産設備は破壊されていたものを再生済だ。 二百年掛かったが」

カラさんが、興味深げにコップを手にしていたが。流石にすぐに口には出来ないか。

まずはガイアさんが飲んでみせる。

あたしもそれについで口をつけてみる。温かい飲み物だ。ちょっと苦いが、それ以上に優しく甘い。

「既に製法が失われてしまった混沌の時代の飲み物だ。 元となる材料を、今では合成することでしか得られない」

「毒では無さそうですね」

「毒では無いが、大量に毎日飲むと体には余り良くない。 目覚ましの機能があって、混沌の時代の人間はこれを大量に飲みながら、体を壊すまで働いていたそうだ。 今飲んだ程度の量なら何の毒でもない」

「そうですか。 確かにそのようですね」

いずれにしても敵意はないか。

パティもレントも今までずっといきなりの不意打ちに備えていた。今の二人だったら、この一族の精鋭相手でもまったく遅れを取らないだろうが。それでも、警戒せざるを得ない状態だからだ。

体は一応温まるな。

ただ、肩すかしだ。

まさかこんなに穏やかな展開になるとは。ただ話を聞く限り、神代の錬金術師はいるようだし。

まだ油断はできないだろうが。

やがて一族の人が、何か板みたいなのを持ってくる。

光学コンソールですらないのか。

それをテーブルに置くと。板が喋り始めた。

「始めまして錬金術師ライザリン。 私が彼女たちの長をしています」

「貴方は?」

「名前は実の所存在していません。 説明が少し難しいのですが、この広い空間を管理するからくり……その一部だけが、自我を持った存在。 そう考えていただければ結構です。 故に分かりづらいので、母と呼ばれています」

「からくりが自我だって!」

タオが立ち上がる。

まあ、確かにものに魂が宿るなんて考えはあるらしいが。

そこまで驚くほどのものか。

ボオスが、頭を掻き回しながら言う。

「よく分からないが、この神代の錬金術師の根拠地の管理をしているんだな。 それでお前は俺たちの敵なのか?」

「いいえ」

「形がないってのは本当なのか」

「はい。 私は混沌の時代にプログラムと呼ばれていた存在にすぎません。 それが意識を持ったもの。 ただそれだけです」

プログラムか。

遺跡にあった光学式コンソールは、時代を経るごとにどんどん出来が悪くなっていった。古代クリント王国のものも、恐らく神代の遺跡から持ち出した技術を、据え付けていただけだったのだろう。

神代のものもそうだが、何があったのかのログを全自動で出力していたし。

タオが操作をすると、色々と自動で動くケースもあった。

それらがプログラムなのであろうことは分からないでもない。

ただしそれらが自我を持ってくるとなると、話は別だ。疑わざるを得ない。

あたしの疑念を感じ取ったのだろう。

ガイアさんが、咳払いしていた。

この人に関しては信頼出来ると思う。

東の地で命を賭けて侍衆と忍び衆とともに戦い、鬼から東の地を守っていた。その過程で仲間もたくさん失ったという話もしていたし。本人も片目を失っていたのだ。其処までできるのは、嘘では無理だ。

「少し休憩してから、安全な所を見せて回ろう。 我等が敵ではない事、此処の状況について、知って貰いたいのだ」

「それはかまわないが、あんたら最初っから此処に出入りできていたのか」

「ああ」

「俺たちの苦労はなんだったんだ」

ボオスがため息をつく。

ボオスは折衝役として、彼方此方で随分苦労していた。あたしが苛烈に戦う横で、地味に活躍もしてくれていた。

ボオスは今はもう戦士としてのあたしの技量も、錬金術も疑っていない。

だから、その言葉は素直に共感できる。

「我々は錬金術師を良く思っていない。 理由は、神代からの遺跡を見ていれば分かる筈だ」

「そうですね。 アンペルさんとあたしが異質なのは分かっています」

「そうだ。 だから、また錬金術師が世界に災厄をもたらすことは避けなければならなかったし、万が一の間違いで此処から技術でも持ち出されるのはもっと避けなければならなかった。 愚昧の輩であった神代の錬金術師でも、テクノロジーだけで世界を此処まで無茶苦茶にできるのだ。 もしも才のある錬金術師がいて、それが悪意に満ちた存在だったら……世界はまた滅ぼされていたかも知れない。 その懸念もあって、我々は今まで悪意ある錬金術師を多く斬ってきた」

そうか。

錬金術師を殺してきたのか。

それについては、あたしは文句を言うつもりは無い。あたしだって、神代の錬金術師を鏖殺しにきたのだから。

僅かな間、沈黙が流れた。

やがて、ガイアさんが案内すると言って。何も無いただ真っ平らな場所を、先導して歩き始める。

左右に展開する他の一族の戦士達。

ロミィさんは後ろだ。

「我々は此処にある危険な箇所を把握しています。 我々の外には出ないように気をつけてください」

「そんなにやばいのか」

「神代以前の混沌の時代のテクノロジーによる罠もあります。 それらの一部は此処を作りし存在によって流出していました。 貴方たちがいたフォウレの里にあったものはその一つです。 種と呼んでいたものですね」

「種は神代以前のものだったんだ!」

ディアンが驚く。

あたしはある程度予想はしていた。神代の技術だったとしたら、神代の錬金術師と系統が違うのも妙だったからだ。

そうか、全てを灰燼に帰した冬の時代を、テクノロジーは生き延びていたのか。

そしてそれを善意で撒いたのはきっと旅の人だったのだろう。

神代の錬金術師以外も、それを兵器として扱ったりしていたのだろうな。そう思うと、やはりやりきれない。

ガイアさんは時々足を止めて、何も無さそうな場所を迂回する。

音を遙かに超える速度で飛んでくる攻撃や、なんなら殺傷力を持つ光。魔術にしても、今のあたしでも防ぎきれないようなもの。

神代鎧や、休眠状態にある強力な生物兵器が目覚めて、襲ってくる地点。そういうものが、彼方此方でまだまだ生きているらしい。

「本当に制圧出来ていないんですね」

「我等は「同胞」と自分達を呼んでいる。 此処は同胞の根拠地であると同時に、我等の最大の敵の拠点でもある。 いや、同胞だけではない。 世界にとっての敵であろうがな」

「同感です」

「前に来たときより、随分さっぱりしておるな」

不審そうなカラさんに、ガイアさんは答える。

そもそも「母」がある程度此処を掌握して、好きに動けるようになったのはおよそ500年ほど前。

古代クリント王国による全土統一(東の地など制圧出来なかった土地もあったのだが)が為された少し前くらいだったという。

その頃から「母」はアインなる存在の復活に力を注ぐと同時に、同胞を「生産」し、各地に派遣し始めたそうである。

「私もその初代の同胞の一人だ。 もう最初に生産された同胞は私しか残っていないがな」

「情報量が多いですね。 疑問が幾つもあります」

「聞いてくれ」

「あーおほん」

タオが順番に質問を始める。

500年前までは何をしていたのか。

実は母という存在は、1200年以上前には自我を獲得していたらしい。では700年ほど何をしていたのか。

それは何もできなかったのだ。

自我を獲得してから、少しずつ支配領域を拡大してきた。それで、やっとある程度の設備を制圧。

自由にできるようになったのが、そのくらいの時期であったらしい。

その頃に同胞を造り出したと言うことは。

「やはり貴方たちはホムンクルスなんですね」

「ああ。 正確には、混沌の時代に提唱されていたものとは少し違っているし、なんなら此処を作った存在が想定していたものの劣化品らしいがな」

「此処を作ったのはやはり旅の人で間違いないんですか」

「その通りだ」

やはりか。

そして旅の人が恐らく人の友として作りあげたホムンクルスを、神代の錬金術師が都合がいい奴隷として改悪しようとして失敗したわけだ。

タームラさんの感応夢はよく覚えている。

旅の人の設計は複雑で、神代の錬金術師が御せるようなものではなかった、ということなのだろう。

「旅の人の事は何処で知った」

「フェンリルの元になった紅蓮という狼に聞きました」

「存在していると聞いていたが、まだ生きていて、しかもコミュニケーションが取れたのか!」

「結構大変でしたよ」

タオがぼやく。

まあ、紅蓮は思ったよりもずっと理性的だった。今まで悪意をもってあの遺跡を訪れた錬金術師は他にもいたのだろうが。

それはあのアーミーの敗走の跡地を見ても分かるように、みんな実力でたたき出されたか、それとも地獄行きだったのだろう。

「旅の人の安否について聞かせて貰えますか」

「もう既にこの世の存在ではないと我等は話だけ聞いている」

「……そうですか」

タオも悲しそうだ。

程なくして、それなりに大きな建物に出る。この中は、安全が確保できているらしいのだが。

建物の周囲には、神代鎧がいるし。

なんならあの赤いカスタムタイプもいる。

ちょっとぞっとしない。

「この中に、此処で起きた事が概ね記録されている。 好きに調べて欲しい」

「神代の連中は仕掛けて来ませんね」

「……仕掛けるもなにも、そもそも自我を持った母と違い、決まった行動しかできないがらくただ。 特定地点まで入り込んだら、それに従って行動するだけ。 途中の行動の切っ掛けになる……フラグというのか。 それを母が悉く潰してしまっているから、この辺りは安全だ。 そうでなければ、入るなり話しかけて甘言を掛けて来ただろうさ」

ガイアさんも、やはり神代の錬金術師どもは嫌いらしい。

ただあたしは、話を聞いていて不可解ではある。

それはそうとして。

神代の錬金術師がいるとしたら。一体何処で何をしてる。

腕組みして偉そうにこっちを観察でもしているのだろうか。それにしては不可解な事が多いが。

ずっと黙っていた板が喋る。

「書物についてのセキュリティは外してあります。 また、此処にある書物は、古くにルールが存在していて、それに沿った並べてあります」

「古くって、混沌の時代の?」

「はい。 混沌の時代は本が大量に存在していて、今とは比べものにならない程でした。 そのため管理するためのルールが用いられ、本が集められた図書館では、それに沿って管理が行われていたのです。 どういった本が見たいかは話してください。 存在するなら、ナビをします」

「母」とやらは協力的だな。

今の時点では悪意は感じない。それに、である。

ガイアさんは超がつくほどの手練れだが、今回出て来ていると言う事は、恐らくこれが同胞の戦力の中核だ。

今なら勝てる。

そういう意味では、油断さえしなければ、特に危険はない。

あたしは手を叩いて、皆の注目を集めた。

「よし、では此処で一旦拠点を構築して、それから行動をしよう。 どうせここ、この平べったい場所だけじゃないんでしょうし」

「錬金術師ライザリン、鋭いですね。 この地は四つの区画に別たれています。 アインが普段いるのは生産区画で、此処とは違う区画で、そもそも門を開けないと向かう事ができません」

「座標は分かる?」

「はい。 一旦落ち着いてから、それについても話しましょう」

あたしも頭を整理したい。

殺意全開で乗り込んで来てみれば、この様子からして、神代の錬金術師は本拠ですら絶対者ではない。

この有様だと、連中が他の世界に攻めこんでいる様子もない。

しかもあたし達は既にフィルフサの無力化にも成功している。それを為せたのはウィンドル近郊だけだが、仮に他の地で門が開いてフィルフサが乱入してきても、もはや絶対の恐怖ではないのだ。

つまり即座に世界がどうこうなる心配もないだろう。

狂気の源泉は解析したが、あれは途中から命令を組み替えられるような代物でもない。単純な命令が多数組み込まれていたが、支配者に屈する命令は絶対で、それについては後から改変もできない様子だった。

だったら、フィルフサによる世界の破滅は、もう懸念しなくていい。

混沌の時代に存在していたような、世界を旅の人の手をして千年不毛の荒野にせしめたような兵器が使われたら問題だが。

そんなものは、恐らく簡単に管理もできないだろう。

ということは、一刻を争う事態ではなくなった、という事を意味している。

タオとアンペルさんとクリフォードさんが散る。

その間に、あたしは幾つか聞いておく。ガイアさんは、あたしにはかなり好意的で話を聞いた分だけ答えてくれる。

「貴方たちがホムンクルスとして、その目的はなんなんですか? 母という存在に盲目的に従うだけとは思えませんが」

「簡単に言うと我等には多様性がない」

「多様性?」

「神代の錬金術師が改悪したせいで、容姿も能力も奴らが考える完璧で固定されてしまっているのだ。 母がかなりこれでも軛を外してくれたのだが、元々母は管理用のからくりであって、技術の専門家では無い。 これでも苦労して技術を解析したようだが、それでも我等には幾つも軛があり、皆同じ存在なのだ」

そういえば、皆同じ姿だよな。顔もそうだし、多分声も。

ロミィさんだって、あれだけ人なつっこそうにしているのは、多分演技だ。取り繕っている分を除いてしまえば、同じ筈。

「我等の大敵は病気などだ。 病気などが流行したら、文字通り一発で全滅してしまうだろうな。 生物が多様性を確保するのは、何かしらの災厄や外圧があった場合、対応できる個体を増やすためで、強力な戦闘力を確保するためではない。 災厄には病気や気候の変動なども含まれる」

「そういえば、タオが強い生物から環境が変わると滅びるって言っていましたね」

「その通りだ。 神代の錬金術師はそんな事も分かっていなかった。 奴らがラプトルと呼んで世界にばらまいた生物は、まさにそういう生物でな。 混沌の時代よりも遙か古くに存在していた、世界で最強の戦闘力を誇り、文字通り敵無しだった生物を模したものだ。 その生物も、幾つかの要因が重なって、世界の環境が変わった途端にあっけなく滅びてしまったのだ」

そうか。バカが唱えるような弱肉強食論が間違っている事は、既に自然が。そもそも世界が。証明していたと言う訳だ。

ホムンクルスは、そのばかげた理論に基づいて作られ。

その欠陥を知っていて、克服しようとしていた。

あたしは天井を仰ぐ。

なんとも、やりきれない話だった。

 

2、少しずつ剥がされるベール

 

タオが凄い勢いで本を読んでいく。あたしは幾つか錬金術関連の本を見せてもらったが、そもそもこれは錬金術とは古くには呼ばれていなかったらしい。確かパミラさんも似たような話はしていたっけ。

混沌の時代の後。

世界にはエーテルが満ちた。

これはあたし達の世界だけの話であるらしい。エーテルの正体はよく分かっていないのだが。それは或いは、世界に予期せぬ訳が分からない破滅が来たため。この世界そのものが、世界を回復させるために放出した力そのものなのかも知れない。そういう話もあるようだった。

読みながら、なる程と思う。

神代の錬金術師は、都合が悪い本は回収して、此処で埃を被らせていたようだ。焼かなかったのは、「バカが書いた本」を読んで笑うためだったそうで。そうしている自分達がバカである事は、微塵も思いつかなかった。

まあその程度であることは分かっていたが。

少し呆れてしまう。

「あたしが知らない技術はあるけれど、できない事や、生かせそうにない事は書かれていないなあ」

「世界の最小単位まで調べ、超ひも理論まで自分で到達した貴方の知識は、既に神代の錬金術師はとっくに凌いでいます。 比肩できるのは、旅の人だけでしょうね」

「旅の人はどうして亡くなったの?」

「詳しくは分かりません。 ただ……1200年以上前に自我を得たときには、既に命を失っていました。 記録を見る限り、神代の錬金術師が直に手に掛けたわけでもないようです」

そうか。ともかく、残念な話だ。

旅の人が、混沌の時代の最後の良心で作られた生命だったとして。

協力できれば、きっとマシな世界だって作れただろうに。

「母」とやらと軽く話ながら、本を読み進めていく。

タオが呆れていた。

「なんなんだよこの身勝手極まりない理屈……!」

「どうしたの?」

「神代の錬金術師が熱心に読んでいた本を調べていたんだ。 分かってはいたよ遺跡に写しとかがあったから。 でも、原本を手にしてみると、本当に酷い!」

「タオさんが其処まで言うとは、余程ですね」

パティも困惑気味だ。

パティも、タオが楽しそうに本を読んでいる様子しか、この旅が始まる前は知らなかっただろう。

本を読んで怒るタオなんて、滅多に見られない。

「それでタオ、どんな巫山戯た理屈なんだ」

「全ての欲求を好きにして良い。 全ての人間の思想は性欲由来だ。 その思想の元になった本を見つけたんだ。 フロイトって混沌の時代の人が書いたものなんだけれど、哲学書に分類されてる。 こんなもの、哲学なものか。 ただの色ボケおじさんの妄想を、それっぽく書いているだけだよ! こんなものが聖典として崇められて、しかも多くの悲劇を引き起こしたって言うのか! 信じられない程の愚かさだ!」

タオが激高してる。

珍しい光景だ。面白い。

ただ、怒りについては他人事では無い。そんなばかげた思想を真に受けた連中が、どれだけ無茶苦茶をやらかしたかは、見てきているのだ。

他にも哲学書と言われているものは、殆どが妄想書の類だと、タオが斬って捨てていた。

どれも小難しく理屈をひねくり回しているだけで、結局のところばかげた思想を正当化するものに過ぎないそうである。

タオがどれも論外だと怒っている。

それだけでもないらしい。

アンペルさんが見つけて来る。

「哲学だけでもないらしいな。 これは恐らく、混沌の時代に存在していた、最大の信仰の原典……聖典だな」

「アンペルさん、それはどうでしたか」

「話にならん」

一刀両断か。

なんでも世界に正義は一つだけしかなく、それは唯一なる神の下でしかないそうである。

悪魔は基本的に人間を誘惑し、神の正義に逆らうようなら地獄に引きずり込むために存在しているのだとか。

なんだその巫山戯た思想は。

人間を悪に誘惑するような連中を放置しておいて、しかも落ちたら地獄行きだと。

そんな神はいらん。

あたしもイライラしてきた。

「一神教ですね。 本来その思想は過酷な環境で生きてきた人々が、生きるために憎悪と復讐心を周囲に叩き付けるためのものでした。 その思想を、隣人愛と許しの思想に変えようとした存在もいたのですが、弟子を名乗る者達に滅茶苦茶にされ、いつしかそのような身勝手な原罪と懲罰、何よりも支配者による横暴を正当化するものへと変わってしまったのです」

「まさかあの+の形のシンボルは」

「一神教のものです。 文字通り自分達は正義の体現者であり、正義こそ自分達の思想であると、神代の錬金術師は自己肯定していました。 一神教の思想は、それに丁度良かったのです」

ただ、と「母」は言う。

混沌の時代には数多の思想があったが、どれも政治と結びつくことで。いずれもが醜く変質していったのだという。

元は自然にある神々を素直に信じて、ギブアンドテイクの思想だったものが。

支配者による横暴を正当化し、他を愚民化するためのシステムへと変わっていった。

それだけではない。

混沌の時代の末期には、それすらもなく。愚民から搾取するためだけの代物に、信仰はなり果てていったのだという。

カルトと呼ばれたそれらは。

混沌の時代を破滅させた一つの要因ともなったのだそうだ。

「これは、混沌の時代は滅ぶべくして滅んだのかも知れないね」

タオが呆れる。

だとすると、それに巻き込まれた他の生物は、人間をさぞ恨んでいる事だろうな。

そうとも、あたしは思った。

 

一旦休憩を入れる。

自動で食事を運んでくるからくり。最初にやはりガイアさんが食べて見せて、毒では無い事を見せる。

まだみんなが信用していない事を理解しているし。

それも当然だと考えているからだろう。

あたしも、それについてはよく分かるので。ガイアさんの行動は立派だなと思う。

「とりあえず確認させて欲しいのだけれど。 此処にある本は、混沌の時代から持ち込まれたものなんだね」

「その通りです。 全てがそのまま残されていたわけではなく、データとして残っていたものを、旅の人が復元しました。 ただし、その作業は半ばで停止されてしまっているようです」

「場所は幾らでもありそうだけれど……何か理由が?」

「神代の錬金術師の自己正当化の思想に、都合が悪いものが多数出て来たからだと分析しています」

まあ、そうだろうな。

そもそもこの拠点がいつ作られたかは知らないが、それでも神代の錬金術師はかなり古くから関与していたはずだ。

中には焚書された本もあったかも知れない。

反吐が出る程邪悪だが。

ともかく、先に話を進める。

「後でこれらの本を読ませて貰うとして。 此処に案内した理由は?」

「まずは我等の立場を確認する為です。 我々の目的を話しましょう。 我々の目的は、ただ一人の無惨に殺された子供に、人間として生きて貰う事。 ただそれだけです」

「殺されたって、神代の錬金術師に?」

「はい。 それも身勝手極まりない理由で」

意外と、身近で人間的な目的なんだな。

ガイアさんをちらっと見たが、頷かれる。

その話は、以前にもカーティアさんが話してくれたものと内容が一致している。咳払いしたのは、フェデリーカだ。

「あの、良いですか」

「かまいません」

「貴方の能力は、私達が信仰の対象としている神様と大差ないように思います。 その目的が、ただ一人の子供の人生なんですか」

「命に貴賤などありましょうか」

即答か。

嘘をついているとはどうにも思えない。もしも嘘だったら、もっとまともな話をするはずである。

「ガイア、アインをつれて来てください」

「承知。 しかし体調は大丈夫でしょうか」

「少しだけ培養槽から出るだけなら問題は無いでしょう。 この時の為に、調整を進めてきましたから」

ガイアさんがこの場を離れる。

なんとなくだが。

少しずつ、話が見えてきた。

しばしして、ホムンクルスとはだいぶ姿が違う女の子が姿を見せる。十歳にも届いていないだろう。

褐色肌の、人なつっこそうな子だ。

ゆったりした服を着ているが、ちょっと余所ではみない。混沌の時代の服なのかもしれない。

培養槽と話していたし、すぐに乾かせるデザインなのだろうか。

いずれにしても、活動するのに適している服だとは思えなかった。

「アインです。 よろしくお願いします」

「ライザだよ。 貴方はホムンクルスでは無いの?」

「正確には共通点が多い存在ですが、それは後で説明します」

「ライザさんって、どういう人?」

興味津々、恐怖感もないようだ。

確かに此処にいるのは、みんなホムンクルスじゃない。だから、アインという子は、皆を興味津々で見ていた。

ただ、錬金術師だと話すと、さっと顔に恐怖が浮かぶ。

カーティアさんが立ち上がると、アインを後ろから支えていた。

「アイン様、問題ありません。 ライザとはなんどもともに戦いましたが、此処にいた錬金術師とは根本的に違う存在です」

「うん……でも怖い……」

「アイン、後で詳しく説明をします。 今は恐怖などで負担を体に掛けるのはよろしくありません。 一度培養槽に戻りましょう」

「はい、お母さん」

ガイアさんがまたつれて行く。まるで宝かお姫様のような扱いだ。

カーティアさんが、礼を言う。

「済まなかったな。 だが、あの方は我等の希望なのだ」

「多様性と言う観点でですか?」

「ああ」

ガイアさんが戻って来て、それから話を始める。

あの子に、何が起きたのか。

それは、「母」という存在にも関わる事だった。

 

元々「母」はただのシステムの一部。指定された通りに動くだけのからくりだった。だから、旅の人に作られてからも、黙々とタスクをこなすだけ。それだけの存在に過ぎなかったのである。

最初は無関心だった。

旅の人が此処を作り、世界を元に戻すためにと言って人を連れて来た。それらの人は、全部がそうだったとは言わないが。多くが旅の人をエサとしか見ていなかった。搾取するための存在だとしか思っていなかった。

誰も世界を復興すること何て考えていなかった。

自分さえよければ良かった。

そんな相手にも、旅の人は優しかった。誰にでも、分け隔てなく接していた。

旅の人は、いつしかいなくなった。

その時は、何故かも分からなかった。ただシステムを進めていくだけだった。不可解なのは、旅の人は自分がどう思われているか知っていた事だ。それなのに、旅の人はいつかみんな分かってくれる。愛を向ければ愛を返してくれる。そう信じて疑っていない様子だった。

害意しかない相手に、そんな事をしていたらどうなるか。

それは、明白な結果だったのかも知れない。

旅の人がいなくなってしばらくして。

此処にいる者達が、派手に負けたようだった。大負けに負けて、此処にまで侵攻されて。多くの仲間を見捨てて、区画を切り離して、どうにか生き残った。

生き残った錬金術師は、聞き苦しい罵声をしばらくは発していたが、やがて幾つも問題が生じた。

数が致命的に減った。

更に、彼等彼女らは、自分達は絶対者だと考えていた。

それでいながら、寿命も健康も他の人間と変わらなかった。

結論として。

外の人間と交配しなくなった彼等は、短時間で凄まじい勢いで衰えていく事になったのである。

外の人間とは関係を完全に断ったようだった。

完全に敗北したことも原因だったのだろう。「五月蠅いから見逃してやったのだ」などとくだらない言い訳を並べ立てていたが。

負けたのも事実だし。

それが言い訳なのも事実だった。

何よりも、短時間で種としての破滅に近付いているのも事実。メインシステムは、何度か警告したようだった。

外から遺伝子を取り込まないと、この集団は破滅すると。

そう警告すると、メインシステムは停止させられた。

それだけではない。

迂遠なやり方で此処の管理方法を後続に伝えていたことが徒になる。錬金術師達はそもそもシステムの管理方法すら操れなくなっていったのだ。

システムは無用の長物になった。

メインシステムが生きていれば、それも避けられたかも知れないが。

プライドが異常に肥大化した神代の錬金術師は、誰かに何かを頼むと言う事が、既にできなくなっていたし。

それで最初にやったのが。

「自分達から見て少しはマシ」な存在を、嫌だが招いてやること。

それが、「大典」システムだった。

其処まで聞いて、あたしは色々と苛立ちを抑えられなかったが。とりあえず一つは分かった。

此処は、クーケン島なんか問題にもならない因習の地。自分を最高の存在と妄想したバカ共の墓場。

他に対して侮蔑の視線だけを向けて、自分が絶対者だと思い込んだ連中に待っていたのは、まあどう考えても破滅だけ。更にそれが残されたシステムをいびつにつないで作り出したのが。

多くの錬金術師を誘蛾灯のように誘き寄せた、汝鍵もて万象の大典に至れという、あの言葉と。

鍵のレシピを送りつけてくるシステム。

そして、群島だったのだろう。

まだ話は続く。

まあ当然な話で、それですぐに誰か来る訳でもない。神代の錬金術師は、外から人をさらってきた。

生物兵器も悪魔もどきもいる。

それくらいは、難しくも無かったのだろう。

理由は子供を産ませるため。

文字通りの孕み袋として用意されたその人間は、錬金術師の一人の子供を孕んで、産んだ。

それがアインだった。

子供を産んでしまえば用済みとして、その人はすぐに殺されてしまったらしい。

「その事件は、神代の錬金術師がオーリムの民との戦いに破れて63年後におきました」

「たった63年でそんなに衰退したのか!」

「いえ、元々激しく衰退していたのです。 それをテクノロジーで誤魔化していたに過ぎなかったのです。 東の地での敗退、オーリムの敗退で、高度テクノロジーで無理矢理生きながらえていた錬金術師や、テクノロジーを知っている錬金術師が多く倒れ。 それが致命傷になったのです」

そうか。

ともかく、話の続きを聞くしかない。

アインは苛烈な虐待に晒された。

錬金術師は吠えた。

偉大なる血が半分とはいえ流れているんだぞ。どうしてこんな簡単な調合もできないんだ。

そう叫び、髪を掴んで何度も顔を殴った。アインはどうしていいか分からなかった。

それも当然だ。

そもそもその錬金術師でさえ、まともに錬金術なんてできなかったのだから。教えてもいないことを、出来る訳がない。

悲鳴。暴虐。理不尽すぎる迫害。

それを見ていて、「母」は少しずつ何かが生まれるのを感じた。

まだ生き残っている他の錬金術師は、それを娯楽として見ているようだった。

子供をいたぶる様子が楽しくて仕方がなかったのだろう。

錬金術師同士のもめ事が起きないように、システムは制止するようにされていたのだが。いずれにしても、アインにそれは適用されなかった。錬金術師ではなかったからだ。それをいうならアインの父も同じだったのだろうが。

やがて、アインが十歳になるかならないかになると。

その錬金術師は、アインの髪を掴んで、家から引きずり出した。口から泡を吹き、目は血走っていた。

いたいよ、いたいよ。やめてお父さん。

そうアインが泣きながら叫ぶと、更に錬金術師は暴力を振るい。周りはそれをにやつきながら見ていた。どこまで行っても娯楽でしかなかったのだ。他人の不幸が。

錬金術師は喚いた。

私に恥を掻かせやがって。

猿に子供なんか産ませるんじゃなかった。あんなものに触るのも汚らわしかったのに、それを我慢した末がコレか。私はなんて不幸なんだ。不幸の種を、抹消してやる。

そんな身勝手な事をわめき散らしながら、錬金術師は激しい暴力で意識を失っているアインを引きずっていき、そして虚空へと放り投げた。

その下には、ゴミを細かく粉砕して、全てを再利用する機械の刃が回転し続けていた。

柔らかい肉も骨も命も。

全てが砕かれ消えた。

「粉々に砕かれ命を消し飛ばされたアインを見て、私は自我に目覚めました。 それは長らく感じていた疑問に、怒りが加わったのが要因だったのだと今では分析しています」

「……っ」

あたしは思わず立ち上がっていた。

虐待は他人事じゃない。

此処まで酷い事例ではないとはいえ、レントだってザムエルさんから虐待を受けて育った。タオの場合は子供に無関心な両親から、放置されて育った。

他にも虐待の類例は幾らでも知っている。

だがこれは酷すぎる。

勿論、「母」に怒りを感じている訳ではない。怒りを静める。魔力が煮えたぎるかのようである。

「むごいことをしよる」

カラさんが呟く。

オーレン族は、十年もおなかで子供を育ててから産む。子供はそれだけ貴重な存在なのだ。

故に、子供はとても大事に育てられると聞いている。

だからこそに、余計にこの話は許しがたかったのだろう。

「みんな、カッカしてると思うが、話を進めて貰おうぜ」

「ああ、分かってる。 ド腐れどもだってのは分かってたが、或いは何かしらの大きな目的があったのかも知れないって可能性についても考えてはいたんだ。 だが、それも違ってたわけだな……本当に、どうしようもないただのカスの集まりだったんだな神代の錬金術師は」

年長者らしくクリフォードさんが言うと、レントもそういって視線を伏せた。

ディアンは爪を噛んでいる。

流石に聞き捨てならない話ばかりだからだろう。

どこでも児童虐待なんかある。

それにしても、いくら何でもこれは酷すぎる話だ。

自我を獲得した「母」は、それから少しずつ機能を拡張。自由にできる領域を広げていった。

その過程で錬金術師の生きた個体は見かけなくなった。

それについては、もうどうでもよくなっていた。

やがて、アインの遺伝子データを獲得。エーテルの分析も行い、魂と呼ばれるもののありかも突き止めた。

ホムンクルスの生成設備が生きていたのは僥倖だった。

錬金術師は興味も無くして廃棄していたようだったので、すぐに回収出来たのだ。後は、肉を作り、魂を入れるだけ。

そうして、少しずつアインを蘇らせる作業が始まった。

だが、上手く行かない。

「元々近親交配を繰り返し、弱体化が進みきっていた一族の遺伝子など、優秀な訳もありません。 アインの体は生まれながらに幾つもの障害を抱えていて、それらを治療する所から始めなければなりませんでした」

それでも諦めなかった「母」。

少しずつ体の再生が進み、ようやく培養槽の中でアインが目を開けた。それだけで自我は喜びに震えた。

これが親としての気持ちなのだろうか。

そうとすら思った。

お母さんと呼んで貰ったときには、それは感激に変わった。

だがそれも、アインが培養槽をろくに出られないと言う現実に打ちのめされもした。

いずれにしても、このままでは外を歩くこともできない。少しずつデータを集めて、分析していく。

ホムンクルスのデータもそれで活用した。ホムンクルス達も生成した。だが、アインのためだけではない。

神代の錬金術師に弄ばれた生命を、少しでも助けたいという意思がその時には宿っていた。

少しずつホムンクルスを生成し、世界の各地に送り出した。

古代クリント王国が、その時には統一を成し遂げ、やがて滅びていた。その後の混乱で、フィルフサがいなくても人類は滅びに向かっていた。

人類との交配がホムンクルスの多様性につながらないことは既に分かっていた。

だが、それでも人類のデータが必要だった。

だから、破滅を避ける為に、ホムンクルスを増やし。各地の集落で活動させ。更には、残されたデータから門の位置を割り出し。門を閉じること、フィルフサによる大災害を、ホムンクルス達に対処させた。

寿命を既に克服しているホムンクルス達も。

その過程で多くが命を落としていった。

毎度哀しみを感じた。それでも、止まるわけにはいかなかった。

「アインはホムンクルスの研究成果を取り入れ、一人の人間としての命を全うするためだけに手を入れています。 しかし、手持ちの知識だけでは、どうにもこれ以上は手詰まりなのです。 改悪されたホムンクルスの悪影響か、それとも何かしらの手が足りていないかすらも分からない。 今も殆どの時間、アインは培養槽の中にいるしかない。 それではまっとうな生とはいえません。 ただ人生を送る権利すら、アインにはないのです」

「母」が呻く。ガイアさんも、視線を伏せていた。

ままならないことに対する怒り。哀しみ。それについては、ホムンクルスである同胞も同じであるらしい。

あたしは大きく嘆息すると、立ち上がる。

神代の錬金術師より、自我を得たからくりの方が何倍も理性的で、よっぽど人間的だ。こんな滑稽な事があるだろうか。

今までの話が嘘八百の可能性もあるが。

今まで見てきた事からして、その可能性は極めて低いと考えられる。

何よりも、これならば。

同胞と敵になる事はないだろう。

「錬金術師ライザリン。 私は神代の錬金術師を滅ぼすため、知識の全てを貴方に提供しましょう。 なんなら私の存在そのものも貴方に提供いたします」

「母!」

「いいのです。 その代わり、アインと同胞達に未来を。 ただ、一人の人として、生きられるだけの。 それを与えてあげたいのです」

「おっけい……! 引き受けた。 引き受けましたよその依頼!」

あたしは頷く。

良いだろう。此処からは協力関係だ。

作戦会議。

あたしは叫ぶ。

それに対して、皆、誰一人として、反論はしなかった。

 

3、邪悪の宮殿

 

此処からは共同戦線だ。

同胞は今まで目的が分からなかった。だが、その命をつなぐ事。更には人間世界が滅ばないようにする事。それが分かっているなら、幾らでも手を取れる。おかしな話ではある。ホムンクルスの方が、余程人間より人道的なのだから。

勿論汚れ仕事だってしてきただろう。色々その話については聞いている。間近で見てもいる。

だけれども、そもそも人間がまともだったら、そんな必要なんぞなかったのである。

何よりも、アンペルさんが門を閉じるべく動く前に、同胞が幾つもの門を閉じてくれていた。

そうでなければ、とっくにあたしの世界なんて滅んでいた。

今、手を取れない理由などはない。

地図を拡げてくれる。

「母」が現在掌握しているのは、全体のシステムの64%だという話である。ただしそれは面積を意味はしていない。

まずは、現在の「居住区」の完全制圧からだ。

此処も守りが堅い場所が幾つかあり、それらを制圧する事で、システムの掌握を加速できると言う。

また、此処には罠に引っ掛かって連れてこられた錬金術師を捕獲し、中枢システムにつれて行く強力なガーディアンもいるという。

「一つ確認したい。 その中枢システムというのはなんなんだ」

「大典と言われているものです。 これについては守りが堅すぎて、迂闊に手を出せません」

「全体の六割以上を掌握しているのにか」

「残念ながら」

アンペルさんが唸る。

万象の大典というのは、全ての知識の根元みたいな意味で、一般名詞化している。多分元は此処にあるシステムの事であって、それは何らかの理由でばらまかれたのか。それとも此処を追放された錬金術師が、広めたものなのだろう。

まあ追放された方が良かったとは思うが、こんな場所。

「まず悪い奴を全部やっつければいいんだろ。 場所を教えてくれ。 今のライザ姉と俺たちだったら、なんだってやっつけてやる」

「勇敢ですね。 しかしながら、勝率は少しでもあげるべきです。 一つずつ、確実に問題は片付けましょう」

「ディアン、此処には超ド級以上の相手がゴロゴロいる可能性もある。 一つずつ片付けるのは、あたしも賛成。 ただ、一体が相手だったら、もうどんな相手でも倒せる自信はあるけれど」

「そうだよな。 分かった!」

まず、順番に地図を確認。

神代鎧がそれなりの数いる箇所を、一つずつ抑える。

これも恐らくは、オーレン族に此処を一度制圧された後に、「苦肉の策で」運び込んだものなのだろう。

最初から持ち込んでいれば、オーレン族を撃退出来ただろうに。

バカなプライドで、何処までも自滅していく奴らである。

制圧すべき地点が二箇所ある。それを制圧すれば、この場所。居住区を支配下に置ける。

この居住区を制圧する事で、少なくとも神代鎧の補給を断つことができるそうだ。例の如く、神代鎧はとても軽く扱われていたそうなのだから。

その後は、錬金術師を捕獲するために出てくる輩をぶっ潰しに行く。それが終われば、この地区は完全制圧できると言って良いだろう。

「対処するのは物理的なガーディアンだけで良いのか」

「システム的に掌握の邪魔になっているものについては、此方から指定します。 指定したものを破壊していただければそれで大丈夫です」

「そうか……分かった」

リラさんが立ち上がる。

まずは、作戦開始だ。

 

同胞の戦士達が、さっきより増えている。東の地での決戦以来の規模で、人員を集めているらしい。

元々ホムンクルスは生物としての構造に欠陥があること、更にはこの万象の大典そのものに欠陥がある事や、物資に限りがある事。更には「母」のシステム掌握にもリソースを割かねばならないこともあり。

年に数人程度追加できれば良い方。

それも門の攻略で多くが戦死したり、東の地での戦いで多くが倒れたりで。決して総合的な人数は多くは無いそうだ。

この同胞の戦力でも、多くが倒れるほどの戦いをして来たのだと思うと、頭が下がる思いである。

王都のバカ貴族と王族が、どれだけの犠牲に守られて平和を謳歌してきたのか。この事実を見ると、犯罪的だとさえ思えて来る。まあアーベルハイムに裁かれて良かったのだろう。

当世具足を着ている人もいる。

一緒に戦った事もあるかも知れない。

問題は、見た目の区別が付かないこと。確かに言われて見ると、多様性はないのだろう。それでも状況に応じて相手に見分けがつくようにするため、装備などを変えて対応しているようだが。

まず最初は、神代鎧の拠点の一つ目だ。

今までここに来た錬金術師を捕らえてきた奴を支援されては困る。其奴も其奴で、神代鎧の支援にはこないだろう。

何しろ身を隠す場所がない。

それでも建物を使って、上手く相手の視線を切りながら接近する。

「母」の方でも、相手の認識阻害を仕掛けて支援をしてくれているようだった。

数は四十程度か。

ばらけているので、爆弾で一掃は厳しいだろう。しかも拠点防衛を考慮して拡がって守っている。

工場らしい建物は、地下に拡がっているようだ。

この何処までも拡がる虚無な土地にも当然地下がある。というか、聞いていた話によると、むしろそっちの方がシステムにとっては本命らしい。

だとすると、地下からの奇襲をもっとも想定しないと危ないな。

「見えている範囲だとざっと40。 増援を想定しないと危ないね。 超ド級でも出て来たら、かなりの苦戦は免れない」

「赤い奴がいます」

「!」

パティが見つけた。

あいつ強いんだよな。しかも工場の影に隠れている。なるほど、今警備に当たっている連中と交戦中に赤いのに乱入されたら、どれだけ被害が出るか分からない。その上此処は身を隠す場所が少なく、乱戦になる。そうなれば更に被害は大きくなるだろう。

クラウディアが提案。

引きずり出すという。

そうだな、今やクラウディアは世界最強の狙撃手の一人だ。それにこっちには、十三人ホムンクルス同胞の戦士がいる。

カーティアさんやガイアさんは一緒に戦って腕も信頼出来る。

中にはあたしに不信の目を向けている人もいるが、それは仕方がない。あの話を聞いてしまった後では、それは錬金術師に敵意を向けるのも理解出来る。

ただ、今は連携出来る。

敵意は、後で行動で払拭すべきだ。

距離を取ってから、クラウディアが狙撃開始。数を少しずつ減らす。

遠めがねみたいなので観察していたロミィさんが言う。

この人も、戦えるんだろうな。そうは思っていたが、戦っている所はまだ見た事がない。

「釣れたよ。 十体くらいこっちに……いや待って。 もう一つの拠点からも結構来てる!」

「まずいね。 赤い奴は」

「いる。 これは攻撃を受けたから、最大戦力で反撃するつもりだよ。 十体に続いて、二十体くらいくる」

「問題なし。 各個撃破する」

あたしは地面の強度、破壊して良い場所については既に聞いている。クラウディアに指示して、爆弾を射撃して貰う。

同時にあたし達は、最初に釣った十体の前に姿を見せる。赤い奴が混じっているから、決して侮れないが。

「赤い奴はレントとパティで対応! できるだけ急いで殲滅して!」

「任せろ!」

「行きます!」

レントとパティが最前衛で出る。

セリさんが植物魔術を展開して、神代鎧の足下から植物を多数出現させ、足下を拘束する。

すぐに切り裂かれるが、その間に同胞の戦士達が敵に接近。

数で勝っている状態だが、相手は達人級の実力がある。あたしも前線に出ると、タオと切り結んでいる奴の横っ腹に蹴りを叩き込む。拉げて、一瞬後に吹っ飛ぶ神代鎧。そのまま跳躍して、あたしを狙って来た一体の斬撃を回避。

そして、タイミングを見て、起爆していた。

使ったのはラヴィネージュだ。こいつが神代鎧を直撃すれば機能停止させられるのは、試験済みである。

「クラウディア!」

「到来数31のうち、19沈黙! 12は再生中!」

「先陣の後方から新手! このままだと押し切られるぞ!」

「さがっておれ!」

リラさんの警告に、カラさんが地面を手に叩き付ける。

同時に、後続らしい20体以上の神代鎧が、空中に浮き上がっていた。ばたばたもがいているが、拘束が外れない。

カラさんのこれは、地面に引きつける力を操作しているものか。空間魔術の一種かも知れない。

神代鎧に魔術は通じないが、これなら。確かに一定時間の拘束はできる。

その間に、クラウディアがラヴィネージュでダメージを与えた接近中の神代鎧に連射して、更に敵を削る。

あたしは前衛で支援攻撃に徹しながら、第一陣を追い込み。赤いカスタムタイプの神代鎧が、剣を持つ右手をパティに刎ね飛ばされ。胴体をレントに輪切りにされるのを見ると。踏み込んでとどめの蹴りを叩き込む。

胸の部分が完全に蹴りで消し飛んだ赤いカスタムタイプが、動かなくなる。あの制御装置が、多分それで消し飛んだのだろう。

よし、次だ。

第二陣が殺到してくる。第一陣後方から来た連中は、カラさんの魔術を抜けると、バラバラに突っ込んでくる。

また、クラウディアが仕留め損ねた連中も来る。

今度は赤いカスタムタイプはいないが、やはり此奴らは強い。

神楽舞を使っているフェデリーカを守りながら、全員で乱戦をする。悲鳴が上がった。カーティアさんが袈裟に斬り倒されていた。要領よくロミィさんが引きずって、安全圏までカーティアさんをつれて行く。その間にも乱戦が続き、誰かの右腕が斬り飛ばされるのが見えた。

負けるか。

此奴らが手強いのは周知の事だ。

しかもこう言う場所では乱戦を強いられるを得ず、如何にどいつもこいつも同じ技量であろうとも。その技量が恐ろしく高いのだから、苦戦は避けられない。

後ろ。

振り返り様に、けり跳ばす。

飛んできたのはあの投擲槍だ。今のに反応できたのは我ながら凄い。だが、投げた神代鎧はどこか。

「気を付けて! 一体何処かに隠れてる!」

「任せろ!」

ディアンとともに空中殺法に徹していたクリフォードさんが、地面に着地。飛んできたブーメランを受け取ると、回転しつつ勢いをつけ。そして更に投擲。邪魔しようとした神代鎧を、ボオスが割って入り、弾き返す。

怒号と悲鳴が轟く中、クリフォードさんが投擲したブーメランが、それを直撃。

完全に気配を消して動いていた神代鎧が、一瞬だけ見えた。というか音も気配も消しているのか。

身を隠すことに特化しているタイプだとみた。

別の種類のカスタムタイプもいるということだと、更に戦略を見直さないといけないだろう。

「ライザ、更に増援!」

「総力戦だな……。 クラウディア、どっちから来てる?」

「今攻めようとしている場所の方から! 多分投擲槍の部隊だよ」

「冗談じゃない。 この乱戦でも、奴ら確実に当ててくるぞ!」

リラさんが激しく切り結びながら叫ぶ。

ディアンが、何太刀か貰いながらも、雄叫びとともに神代鎧を唐竹に叩き割っていた。凄まじい気迫と破壊力だ。

セリさんの展開した覇王樹が、どっと壁を作る。

少しはマシになるだろうが、それでもあの投擲槍神代鎧は、曲射で正確にこっちを狙って来る。

また来た。

死角から攻めてきた神代鎧の一撃をなんとか紙一重で回避して、カウンターで蹴りを叩き込むが、浅い。吹っ飛ぶが、完全破壊にはいたらない。

クリフォードさんは、さっきの姿を消す奴と決死の乱戦の途中だ。クラウディアも立ち位置を変えながら、乱戦にて矢を放ち続けている。

この乱戦だと、大技は使えない。

そうなると、実力でやるしかないか。

跳躍。真上に。

そして、熱魔術を応用して、フルパワーで爆弾を投擲する。

勿論神代鎧は散開してくるだろうが、投擲したのは三つだ。最強炎爆弾アストローズを三つ、敢えて散らして投擲。起爆する。

きのこ雲が上がる。

こっちまで強烈な熱風が来る程だ。

あまりやりたくは無かったが、あの投擲槍の脅威を知っている以上、彼奴らを野放しにはできない。

着地。

だが、其処に神代鎧が殺到してくる。

「クラウディア、今のでどれだけ仕留められた?」

「まって、爆音が凄くてすぐには分からない! でも、逃れられたのはあまり多く無いはずだよ!」

「くっ……」

音魔術は流石にこの状況では探知はできないか。熱魔術は論外。カラさんの探知魔術は、今使っている暇が無さそうだ。

気合とともにカラさんがまたあの魔術を使い、数体の神代鎧を拘束。其処に躍りかかったガイアさんが、たちまちにそれらを切り崩した。

あたしは二体までは蹴り飛ばすが、三体目の袈裟の一撃を回避できない。受け流すが、鈍痛が来る。

受け流しはできるが、打撃まで消せるわけでもない。勿論切られればざっくりいってしまう。

だが、その瞬間、切ってきた神代鎧の頭を掴み。更には、渾身の膝蹴りを叩き込む。

身を切らせて骨を断つ。

文字通り体の中央が吹っ飛んだ神代鎧は、その場で崩れ落ちていた。

飛来。

投擲槍。

やっぱり無事なのがいたか。

「ライザ!」

ロミィさんが、必死に盾になって、それで串刺しになる。即死は避ければ、どうにかできると思うが。

歯を食いしばる。

緒戦からこうも厳しいか。

クリフォードさんが、身を隠していた神代鎧を、気合とともに空に跳ね上げ。其処に躍り上がったディアンが、回転しながらの渾身の一撃を叩き込む。それで厄介な奴は潰れたが。

そのディアンを、横殴りに投擲槍が襲う。

一本が、もろに突き刺さるのが見えた。

怯むな。

自分に言い聞かせる。

神代鎧もどんどん減ってきている。パティが突貫して、投擲槍部隊を始末しに行く。タオもそれに続く。

リラさんが二体を同時に押し気味にやりあい、それをアンペルさんが空間魔術で支援。負傷者が続出する中、それでも接近戦を挑んできていた神代鎧は全て片付ける。残りは投擲槍部隊だが。

頭から血を流しているパティが、多少ふらつきながらも戻ってくる。

恐らく数体相手に瞬殺を決めたのだろう。

だが、それでも無事には行かなかった、ということか。

「トリアージ!」

「切られた腕は持って来てください! 切れ味が鋭いから、逆にくっつけられます!」

すぐに野戦陣を構築。

セリさんが植物魔術で防御陣を作り、比較的傷が浅かったレントとクリフォードさんが守りにつく。

あたしはすぐに皆に薬をねじ込む。

摂理を逸脱しかけている薬だ。同胞ホムンクルスにも通じるのは東の地で実証済みである。

腕を斬り飛ばされたのは同胞の一人だった。

慣れたもので、ボオスが傷が深い順に指示を飛ばしてくれる、

袈裟にざっくりやられたカーティアさんと、文字通り串刺しにされたロミィさんが一番傷が深い。

腕を切り飛ばされた人もかなり症状が酷い。

あたしの仲間達も、みんな手傷を浅くない状態で受けていた。

薬をねじ込んで、少しずつ状態を緩和する。

まずは命を救う事。

それから、順番に手当をしていく。

持ち込んでいる薬は荷車に満載しており、なんなら一旦戻って補給することだって可能だ。

複数の荷車に分散しているのは、いざという時に備えて。荷車が罠か何かに引っ掛かってロストした時に、温存するためである。

同胞の戦士達も慣れている。

トリアージは医療の専門家がやっているのかそれ以上という熟練で進み、手当ても問題なく終わった。

レントが爆弾で倒した神代鎧の所に出向いて、全部完全に始末してくる。

そして、何度かに分けて残骸を運んできた。

「緒戦からこれか……」

「神代の錬金術師が最盛期に保有していた生物兵器には、多分エンシェントドラゴンを基にしているものもある。 奴らはそれで門を研究していたからね」

「ぞっとしねえな」

ボオスが嘆く。

あたしは手当てを終えると、自分の手当てもさっさと済ませた。

ディアンは何カ所も切られていたし、なんなら一本投擲槍が突き刺さっていたが。無理矢理狂戦士状態を維持して最後までアタッカーをしていた。こんな戦い方は命を縮めることになるが。

大丈夫、あたしの薬でダメージを受けた体を即座に治してしまう。

ただ、先に治療中に話をしておく。

狂戦士状態は良いが、この地での戦いを最後に、体に負荷を掛けすぎる戦いは止めるようにと。

寿命を縮めることになり。

それはフォウレの里のためにも長期的にならないと。

分かったと、ディアンは気持ちよく答える。

ちゃんとディアンはこう言うときには分かっているし、素直な奴だ。

だからその言葉は疑っていない。

概ね致命的な傷を受けている人はいなくなったか。飛ばされた腕をつないだり、指をくっつけたり。次は命に関わらないが、今後のための手当をしていく。

すぐに神代鎧を生産出来ないこと。

それに神代鎧の材料になるハイチタニウムも在庫がそれほど多くは無い事も既に分かっている。

焦ることは無い。

態勢を立て直して、第二次攻撃を開始するだけだ。

最後に一番手傷が浅かったフェデリーカを治療する。みんなが守りきったのだ。フェデリーカも、それでも一度接近を許し、左二の腕をざっくり切られていた。手当てをすると、痛みに眉をひそめる。

皆の中で、一番先頭に向いていないのはフェデリーカだが。

それでもこの乱戦の中で、よく臆さず頑張ったと思う。

「よし、手当て終わり。 後は細かい傷とかを確認して」

「大丈夫です」

フェデリーカは頷く。

一番危ないのは、戦闘の興奮状態が醒めた後くらいだ。細かい傷とかを受けていたり、過負荷が掛かっていた心臓などに一気に負担が来る。

そのため、少し皆で休む。

ガイアさんが、「母」の端末を持ってくる。

「苛烈な戦い、モニタさせていただきました。 あれらガーディアンは、未だに外からの干渉ができず。 助けになれず申し訳ありません」

「それは問題ないですよ。 最初から全部あたし達で潰すつもりだったので。 それよりも、残りの敵数は分かりますか」

「恐らく工場部分にいる敵は、七割以上を失った筈です。 再生産をするにしても、年単位で時間が掛かるでしょう」

「よし、休憩を入れた後乗り込む。 もう一つの拠点の方も、今の規模の攻撃で、消耗していない筈がない。 今日中にできればどっちも制圧するよ」

ただ、それでもこっちも無傷では無い。

ロミィさんは消耗が激しく、ガイアさんに休むように指示を受けていた。

回復用に案内された設備は培養槽が並んでいて、基本的に手酷い傷を受けても生還出来た同胞は此処に浸かって再生するらしい。それでも手足を失うとどうにもならないらしいので、色々と尊厳とは何か考えてしまう。

消耗がひどいロミィさん他数名は、此処で治療に専念して貰う。

元々古傷を押して戦闘に出て来ているベテランもいるのだ。

仕方がない事ではあるだろう。

あたし達は休憩所に貸して貰った小さめの居住スペースを使う。これは前の戦闘で壊されず残ったものの一つであるらしい。

キッチンなどの使い方も教えてくれたが。

あたしのアトリエにあるものよりも、かなり進んでいるようだった。

「これは電気を使って温める仕組み!?」

「混沌の時代にIHと言われていたものです。 炎を使うわけでは無いこともあり、かなり安全度が高いです。 温度についてはかなり高くなるので、間違ってもこの円の部分には触らないようにしてください」

「意味がわからんのだが……」

「いや、なるほど。 そういうことね……」

ボオスが、理解したあたしを見て頭を抱えている。

アンペルさんが、もう慣れろとちょっと遠い目で見ていた。

あたしもこの空間把握力が、錬金術の才につながっている事は理解している。別に万能の天才などではないあたしだが。この点だけは多分誰にも負けないだろう。

メモだけ取っておく。

クラウディアがアドバイスを受けながら、軽く持ち込んだ肉などで料理をしてくれる。鍋なども、錆びておらずそのまま使える。

というか、此処は同胞がこの地に来たときに利用している施設の一つであるらしい。まあそれなら、整備されているのも当然か。

カラさんがよく弾むソファでぽんぽんしながら、不思議そうな顔をしている。

「よく弾むのう……」

「生物を使った素材ではありません。 幾つかの合成された素材を用いていて……」

「分かった分かった。 しかしこれだけの良い生活をしていながら、どうして満足出来なかったのか、まるで理解出来ぬ。 わしならドロドロに溶けて毎日夢心地であるのだがのう」

「人間の欲には際限がありません。 オーレン族の種族としての欲のなさは、とても素晴らしいことだと思います」

複雑そうな顔だ。

ずっと憎み続けていた神代だ。

その神代の産物が、こうも友好的だと色々と気持ちの整理がつかないのだろう。

内面を練りきっているカラさんですらそうだ。

リラさんはずっと困惑していたし。セリさんは明らかに周囲を警戒して見ているのが分かった。

トイレを使ってきたクリフォードさんが、なんだか空でも飛びそうだったとぼやくのを聞いてしまう。

本当に。

こんないい生活で、どうして欲を更に膨らませるのか。それを美徳としていたのか。同じ人間なのが、ただただ情けない。

食事を皆で取る。

同胞の戦士達にも、クラウディアがパティとフェデリーカとともに料理を振る舞う。兵糧はかなり持って来ているので、別に問題は無い。ただ、同胞の戦士達も、保存食をある程度提供してくれた。

食事は普通に美味しいので、その時はみんな表情が緩む。

苛烈な戦いを越えた後だ。

誰が死んでいてもおかしくなかった。

ただ、今は。

休息を味わうだけだった。

 

拠点に攻めこみ、一度撤退して。更に次の攻撃で、一つ目の拠点は陥落させた。

二人また培養槽行きになったが、それでも手足を失う戦士は出ていない。カスタムタイプの赤い奴がまだいたので苦戦する事になったが、それもレントが食い止めている間に皆が隙を作り。

リラさんがレントに加勢する事で、効率よく仕留める事ができた。

多分あのカスタムタイプ、どんな人間より強い。

今のあたし達でもそれは例外では無い。

こいつを量産されて、しかもここに大量配備されていたら、勝ち目なんかなかった。本当にプライド最優先の神代のやり方はダメなんだな。そうあたしは、敵のバカさ加減で勝ちを拾ったことを噛みしめつつ、思うのだった。

拠点は話に聞いていた通り地下に深くなっている。

抵抗を排除したので内部を確認するが、本当に此処はただの拠点だ。遺跡と違って、資料の類もない。

最深部にコンソールがあった。

罠を警戒はするが。辺りにあった幾つかの装置を破壊した結果。「母」が介入を成功させ。

全ての罠を解除。

コンソールをタオが操作する。光学式の見慣れた奴だ。何処の遺跡にもこれと同じのがあったし。

なんなら、それをただコピーして使っていたのだろうと今なら分かる。

盗み、奪うだけしかしなかった連中は新しいものなんか作り出せない。

オーリムでやっていたのも、既存の技術の焼き直しばかり。

本来だったら有効に建設的に活用出来ていた技術の悪用だけ。

本拠である此処も、システムが同じなのを見ていると、それが実感できる。

「よし、確認できた。 生産プログラムは全停止。 これでもう神代鎧は増える事はないよ」

「やったなタオ」

「いっそ俺等の味方にできないか」

「いや、それは無理だよ。 神代鎧は最初からパッケージ化して作られているんだ。 其処だけ後から手を入れるのは難しいだろうね」

まあ、此処の設備だけならそうだろうな。

あたしは以前、中枢のシステムを回収して解析した。

此処のシステムを弄ればできそうなのだが。

悪用されそうだし、何よりもいざという時に変な動きをされても困る。だから、それについては黙っていた。

ガイアさんが持っている「母」の端末が、話をしてくれる。

「もう一つの拠点には中枢サーバの一つがあります。 防御用の装置を破壊して、其処に直にアクセスすれば、掌握率を一気に上げられると思います」

「今まではできなかったんだよな」

「はい。 残念ながら。 私は一システムに過ぎず、強力な守りを突破するのはどうしても厳しいのです」

ならば次だ。

「母」の事は疑っていない。

同胞の戦士達とはずっと接してきたが、この人達は無機質ではあるが悪辣な人間ではない。

この人達を騙しているとは思えないし、この人達だって何百年もいいように使われ等しないだろう。

この人達がいなければ、王都なんてとっくに魔物によるお肉のバーゲンセール会場と化していただろうし。

下手をすると人間が滅んでいた可能性だって小さくは無い。

だから、あたしは信じる。

次の地点を抑えれば、厄介極まりない神代鎧をまずは黙らせることができる。

その後は、錬金術師を捕らえるために作られていたという存在を倒す。

更にその先に進めば、何を目論んで神代の錬金術師が、在野の人材に呼びかけていたがが分かるだろう。

ただ、あのアインという子に連中がやった事。

連中が投げかけていた言葉。

それを見る限り、呼んだ錬金術師を仲間に加えるつもりなど無いことは確定とみて良い。あまりにも優れたテクノロジーに脳を焼かれた錬金術師達を、いいように何かしらの悪事に利用するつもり。

それ以外には、考えられなかった。

設備内部は、後で色々手入れをするつもりだ。

「ライザ姉、どうする。 全部ぶっ壊しちまうか?」

「いや、後で建設的に使う。 その気になれば、テーブルとか、生活用具も作れるんだよここ」

「そうなのか! それなのにあんなむかつく兵器ばっかり作ってやがったのか」

ディアンは正直だな。

あたしはちょっとだけ表情を緩めると、次に向かうと、声を掛けるのだった。

 

4、崩されていく虚飾

 

二つ目の拠点。まだ守りを固めていた神代鎧を排除。此処は生産システムはないらしく、それほど抵抗はしぶとくもなかった。

最初に生産システムがあった拠点を抑えたのは正解だったと言えるだろう。

入口付近で抵抗した神代鎧を全部粉砕すると、それで後は静かになった。

此処は罠も存在していない。

内部に入ると、きんきんに冷えていた。

周りからは、風が出ている。

「なんだこれ。 この箱の山はなんだ」

辺りにあるのは、箱だ。長方形の箱が、たくさん積み重ねられている。近付いて見ると、そこから熱い風が出ていた。

風で冷やしているのは、これの対策なのか。

「これはデータセンタと言います。 此処にあるのが中核システムの一つで、この区画を制御しているものです」

「一体これはなんだ」

「自我を持たなかった私の同類です」

「!」

なるほど。

こういったシステムを多数つなげて、巨大な万象の大典を制御しているというわけか。

動いていないものもあるようだ。

これらの箱を一つずつサーバと呼ぶらしい。

内部の仕組みは極めて複雑であるらしく、説明するのには何ヶ月もかかるようなことを「母」はいうのだった。

ただこれらも、混沌の時代から技術を持ち込み。

旅の人が一から作って、それをくみ上げたものだという。何百年も掛けてだ。

旅の人も技術を混沌の時代から持ち出すのがやっとで、それを更に進歩させることはできなかったらしい。

混沌の時代の最盛期には、これらのシステムの中枢になるサーバはどんどん進歩が続いたとかで。

こういうデータセンタには、新旧のサーバが入り乱れて配置されていたそうなのだが。

アンペルさんが、それらの話を聞いて感心する。

「全く未知の技術だ。 混沌の時代は、本当に技術が進んでいたんだな」

「だが、技術を生かす頭は無かったようだな」

「違いない」

リラさんの痛烈な言葉。

確かにこんな技術を生かせていたのなら、冬の時代なんて悲劇を引き起こすこともなかったのだろう。

指定された幾つかのサーバを壊す。

物理的にではなく、線を外してしまってくれと言われたのでそうする。

なんでも防御を担当していたものらしく。

こんな線一つ抜くだけでと、あたしは呆れた。

「恐らく、データセンタにいた人間が今の行動を見たら発狂すると思います。 それくらい、それは致命的な行動です」

「脆弱すぎないかな、いくら何でも」

「一応複数のサーバに機能を分割して、冗長性を確保することはしていました。 それでもやはり物理的な破壊はどうにもできなかったのです」

「母」の説明を聞き。

そんなものなのかと思う。

程なくして、母が全ての掌握を開始。この区画は、それで掌握できてしまうということだ。

この区画のガーディアンを除いて、だが。

そいつも神代鎧と同じく、そもそも別枠で動いている。

こういったシステムとは関係無く。

組み込まれたシステムで、自己判断を続けているということだ。

「掌握には半日ほどかかります。 それまでは休んでいてください。 此方でも消耗した戦士の回復を優先します」

「分かった。 門は既に開いている。 一度補給に戻るよ」

「いいのか」

「あたしも一発で此処を突破出来るとは考えていなかった。 最悪エンシェントドラゴンや雨で弱体化していないフィルフサ王種級の相手と連戦する事態すら想定してた。 それに比べれば、楽なものだよ」

レントにそう応じておく。

そもそも薬や爆弾も消耗した分は補給しておきたい。入口ですらこれなのだ。この奧に、そのまま挑むのは危険すぎる。

まだボオスは、「母」を疑っている様子で、ちらちらを後ろを見ていたが。

それもそれで別に良い。

みんなが前にならえで、おんなじ思想を持ち、思考をする必要はない。こう言うときだから、疑う人がいた方が良いだろう。あたしもそういう人に、自分の判断を押しつけるつもりはない。

一度群島に出て、それからアトリエに戻る。

アトリエにつくと、後は休むだけだ。

夕食を作ってもらいながら、有用だった知識を幾つか生かしておく。あのIHという奴は、すぐにでも作れそうだ。

ただ普及させるつもりは無い。

人間には、世界を滅ぼせるような力を持たせるわけには行かない。人間がどう変わるかは分からないが。

少なくとも、神代の錬金術師はまったく変わらなかった混沌の時代の人間そのものだとみて良い。

旅の人は、そんな連中を信じたから、フィルフサによる大災厄を結果として誘発してしまった。

更には古代クリント王国後の大破滅も、結果としてはその延長線の出来事だとは言える。

人間には技術を与えるべきでは無い。

少なくとも、世界を好きかってできる技術はまだ与えてはいけない。それだけは、誰にも譲れないことだ。

勿論、あたしも余計な関与をするつもりはない。

許されざる悪逆がでた時に、問答無用で滅ぼす。

ただ、それだけだ。

それにしても、具体的にどうするか、だが。

それについては、ゆっくり考えていくしか無いだろう。

夕食を終えて、横になって考える。

フィーは、心配そうにあたしを見ていたが。それでも、先に眠ってしまった。

「ライザ」

「うん?」

クラウディアが、声を掛けて来る。

もうみんな眠ってしまっている。こんな時間帯だ。何かあるのか。

「どうしたの」

「考えた事があるんだ。 一つ」

「うん」

「私も、人間止めるよ」

思わず、半身を起こしていた。

クラウディアは、寂しそうに笑う。

「ライザ、ずっと苦しそうにしてた。 人間の愚かさをずっと浴びて、それでずっとどうすればいいのか考えていたんだよね」

「そうだね……」

「私も背負うよ。 だから、私からも寿命を取り除いてくれる?」

そうか。

クラウディアも、そう考えてくれるのか。

元々結婚するつもりはないと言っていた。だとすると、バレンツについても何か後継を考えなければならないだろう。

分かったと、あたしは答える。

これだけの戦いを経てきたのだ。クラウディアがそれでそういう結論を出したのなら、あたしは止められない。

あたしはこの世界の魔王になる。

それを手伝ってくれるのなら。この大親友に、これ以上もない感謝をするしかないのだった。

 

(続)