傀儡の糸は切られた

 

序、狂気の源泉の秘密

 

十と一つ確保した狂気の源泉。オリジナル品。

古代クリント王国が模して作った劣化コピーではない。本物の、これからフィルフサ王種に取り付ける事を想定していたものだ。

この道具の存在を、オーレン族も知ってはいたらしい。

しかし王種についているので手が出せないこと。

仮に王種を倒してもすぐに爆発してしまう事。

それもあって、どうにも出来なかったのだそうだ。

あたしとしては、それらが分かっていれば充分である。後の解析は、任せて欲しい。これを増やすためでは無く、滅ぼすための解析だ。

錬金釜にエーテルを満たし。

狂気の源泉を放り込んで、解析を開始する。

解析しながらなる程と思った。

これは、恐らくだが、古代クリント王国は何かしらの形で本物を一つ入手したのだとみて良い。

ただしそれは破損していたのだろう。

神代に近付けば近付くほど、その遺産は入手しやすくなったはず。現にクーケン島近辺の古城では、いわゆる古式秘具が幾つも落ちていた。あれらは古代クリント王国が入手して、後に空中都市にするつもりだったクーケン島に詰め込むためだったのだろうから。

破損していたものを、完全に修復した……つもりでいたのだ古代クリント王国の錬金術師は。

フィルフサの事はどうやって知ったのかは分からない。

それまでも自然門絡みで問題が起きていたのかも知れないし。もしくは神代の書物に魅力的な生物兵器とでも記載されていたのかも知れない。

古代クリント王国の錬金術師は、神代の錬金術師を神として崇めていたのだから。その言う事には魅かれただろうし。

自分達がそれに近づけるなら、大喜びでやっただろう。

幾つかの感応夢で、連中がどうしようもないカスであったことは既に分かっている。あたしの感応夢は妄想の類では無いのだ。

そして、致命的な事に。

実の所、古代クリント王国の錬金術師は、狂気の源泉を再現などできていなかったのである。

解析してみて、それが分かった。

あまりにも微細な仕組みだから、取りこぼしたか。

それともレシピでも入手しても、暗号を完全に解析できなかったのか。

もしくは自分の才能を絶対視して、それで間違いに気付けなかったのか。いずれの中のどれかだったのだろうが。

はっきりしているのは、前に調べた古代クリント王国製の狂気の源泉と。

明確に違う機能を、あたしは見つけていた。

なるほど、これは分からないだろう。

レシピなんかいらない。

確かタオの話によると、こういうのはリバースエンジニアリングというのだっけ。もう、それも難しく無い。

ともかく分かったのは。

これはある特定のものを持つものだけの言う事を聞く、という機能。

恐らくだが、神代の錬金術師どもは、それを自慢げに身に付けていて。それでフィルフサも従った。

だが、古代クリント王国の錬金術師達は、その存在を知らなかった。もしくは再現出来なかったのかもしれない。

技術を調べて行くと、その正体も分かってきた。

それはある合金だ。

グランツオルゲンをベースにしたもので、決して実用性が高いわけではないのだが、とにかく作るのが難しいもの。

難しいものを作れると言う事が、神代の錬金術師にはステータスになっていた。

だからそれを身につける事は、恐らく一人前の錬金術師になる、という事を意味し。技術は身内だけで独占していたのか、或いは証みたいなものとして世襲していたのかも知れない。

神代の錬金術師は恐らくだが、オーレン族との戦いで本拠の一部を放棄して逃げたくらいだから、その持ち物なんか残らなかっただろう。

東の地で初代征夷大将軍のタームラさんが何人か斬ったようだが、東の地はそもそもとしてあんな修羅の土地だ。土地「だった」。

神代以降の錬金術師がのこのこ入り込んで、神代の錬金術師の遺産漁りなんてできなかっただろうし。

大勢で押しかけても、それこそ返り討ちにされただけだ。

古代クリント王国もアーミーを出して返り討ちにされたという話である。統一国家でそれなのだから、それ以前の錬金術師だろうが、それ以降だろうが。結果は同じとみて良いだろう。

とりあえず、設計から合金は分かった。

順番に調合していく。

この過程で二日かかる。

今のあたしでも、解析からの再現は、それなりに大変だと言う事だ。それについて、文句をいう人もいない。

それだけは有り難いが、問題は此処からだ。

合金を調合する合間に、順番に他の狂気の源泉も調査していく。それで、見落としがないか確認していく。

やはり狂気の源泉は竜脈から力を吸い上げて、フィルフサに命令を下しているのが分かる。

その命令とは、主君以外全てを蹂躙して殺し尽くせ、だ。

あまりにも簡単な命令で、そして殺意しかない。

恐らくだけれども、紅蓮以外のフェンリルや超ド級なども似たような命令を仕込まれているのだろう。

ものによっては拠点防衛等もあっただろうが。

神代の錬金術師に取って「理想的な」生態系を作り出すために、それ以外の全てが邪魔だった。

それには人間も含まれた。

だから、そんな命令で良かったのだ。

確認できればいい。

この狂気の源泉に仕込まれている悪意の濃さにあたしは苛立ちで手元が狂いそうになるが。

いずれにしても連中は許さない。

今は怒りを蓄える時だ。相まみえたときには皆殺しにしてやる。それだけである。

合金を作りあげて、其処から実験をする。

これは失敗したら取り返しがつかない事になる。

まずは、フィルフサから身を守るための装備を作る。これだけで、どれほど被害が減るか分からない。

彼方此方に撒いておくだけで、フィルフサは動きを止めるだろうし。

この仕込まれている命令を見る限り、身に付けている者が止まれと指示をすれば、本当に言う事を聞く。

ただし神代の言葉でなければダメだな。

それもあたしは分かっていた。

解析を進めていくと、クラウディアが咳払い。一旦手をとめる。外が真っ暗になっていた。

かなり集中していたか。

フィーは眠っている。最近は心労も多かっただろうし仕方がない。

お茶にする。

軽く蜂蜜を練り込んだ焼き菓子をいただく。素朴で美味しい焼き菓子だ。黙々と食べていると、クラウディアに聞かれた。

「ライザ、順調?」

「問題なし。 良い感じでやれていると思う」

「ふふ、それは良かった。 進捗は、まだ聞かない方が良さそうだね」

「そうだね、もう二日くらいかかる。 だけれども、その成果はかなり大きなものとなると見て良さそうだよ」

理論は理解出来たが。

全てその通りにやれるかは別の問題だ。これはあたしも、爆弾を作りながら散々思い知らされた。

最初に作ったツヴァイレゾナンスなんか、今では完全に過去のバージョンである。

今空間操作爆弾を完成させた結果、敵を閉じ込めて、四つの爆弾の最大火力を密閉空間で叩き込むものができようとしている。

使えば相手を必ず殺す爆弾。

文字通りの必殺である。

ただそれも、何度か検証しないと危ない。

元々、ラヴィネージュをはじめとする爆弾は。いずれもが破壊力が大きすぎて、広範囲を巻き込みすぎた。

だから威力をそのままに、範囲をあれこれ工夫して絞らないと、危なくて使えなかったのである。

今はそれができる。

でも、できると思い通りに出来るには大きな差がある。まだまだ検証が必要になるのだ。

休憩を終えた後、調合に戻る。

何度か風羽氏族の戦士が接敵。その度に皆が出て行った。あたしは雷神の石を作って渡しておく。

手強そうな場合はあたしが出るが、そうでない場合は任せてしまう。

タオは更に座標を集める。風羽の戦士達と一緒に集めて回っているようで、理想的な数をそろそろ揃えられそう、ということだった。

統計に耐えられる数となると、相当な数なのだろう。あたしとしては、専門家に任せるだけである。

「ライザ」

「ん」

呼ばれたので振り返る。

声の感じからして緊急事態では無い。呼んだのはアンペルさんだ。幾つか進捗があったという事らしい。

あたしの方でももう少しで実験のための合金の量産ができる。

問題は、これはなんだ。

実は形も指定されていて、それが揃わないとフィルフサは従わないのだが。その形が、何なのかよく分からないのである。

これは×の字だろうか。

いや、×を縦にするし。厳密には+か。それも上の部分が少し短い。何かのシンボルなのだろうか。

いずれにしても、上下をはっきりさせないといけないし。

色々と面倒ではある。

だが面倒であっても、それがフィルフサを止めるのであれば、大いに意味があると言えるだろう。

しかし何だこれは。

宗教的なシンボルにも見えるが、傲岸不遜の神代の錬金術師が、そんなもの崇めるだろうか。

何かの皮肉か。

それとも自己神格化の象徴なのだろうか。

いずれにしても、これが正解だ。ともかく作って、配る。タオにも見せたのだが、知らないといわれた。

知っていたのはクリフォードさんだった。

「これ、見覚えがあるぞ。 神代の遺跡で崩れた廃墟の中にあった紋章だ」

「本当ですか。 僕が見た資料にはなかったですね」

「多分だが、失われた信仰の象徴だと思うな。 ただなんというか……何でそれを神代の錬金術師が? 自分達を神のように神格化していたのは確定なんだろ。 他の権威なんか必要なのか?」

やはりクリフォードさんも不審がる。

ともかく、これで恐らくはいけるはずだ。狂気の源泉全てに、これに反応する仕組みが組み込まれていた。

ただし絶対は無い。

フィルフサ相手に試験をしてみたいところだ。

数を揃えたので、皆の分だけではなく、奏波氏族の戦士達にも配る。効果があったら、劇的に状況を改善出来る筈だ。

それともう一つ。

狂気の源泉は、遠隔で爆破できることも分かった。

一種の自壊装置なのだが、それについても発動の仕組みを解析済だ。ただこれは、近付かないといけない。

爆破すればそれが取り付けられているフィルフサの王種は瓦解する。元々知能なんて持つような存在では無いし、動物ですらないのだ。無理矢理結合させられているのが、爆ぜてしまうというのが正しいだろう。

カラさんに、皆を集めて貰う。

そして、向きなどを説明しながら、合金製のシンボルを配った。すぐに使い路がなくなるといいのだが。

まあ、素材が素材なので錆びないだろう。無理に壊そうにも、オーレン族でも苦労する筈だ。

オーレン族の戦士達は、あたしが作ったというと信頼してくれたが、形を見て小首を傾げていた。

精霊とともにあると公言するオーレン族はどちらかというとシャーマニズムといわれる原始信仰にちかいものを持つとタオが分析しているのを聞いた事がある。つまり信心深い訳だが。

それはそれで、別の信仰に拒絶感もないようだ。

この辺りの思考は、身体能力と同じで明確に人間より優れている要素だと言える。その分繁殖力が低すぎるのだが、まあそれはそれ。今はおいておく。

ただし、そんなオーレン族でも。こんなものがフィルフサに効くといわれても、何とも不可解だという様子である。

あたしもそれは同じなので。しかたがない。

「これは本当にフィルフサに効果が?」

「神代の錬金術師がどうしてこの形を選んだのかは分かりません。 間違っても何かを信仰することはなかったでしょうし、あったとしても自分達自身だったでしょうし。 いずれにしてもこの合金とこの形状。 この二つにフィルフサは反応するように設定されています」

「ひょっとして、自分は神という意思表示なのかも知れないな」

ボオスがぼそりという。

ありうる話だ。いずれにしても、生きているのを捕まえたら殺す前に全て聞き出すが。ともかく、一つずつ実験と行く。

まずはこれでフィルフサが沈静化するかどうか。

勿論危険極まりないので、実験はあたし達と、奏波氏族の精鋭で合同任務とする。

奏波氏族の精鋭にも来て貰うのは、実地で現実を確認する為である。

あたし達だけだと、確認のために何度手間にもなる。

それはあたしとしても、危険度を増すだけだし、よろしくないと考える。

まずは、風羽氏族の戦士が見つけて来た、フィルフサの群れに近付く。この群れは規模がそれほど大きくないが。

そもそもフィルフサは王種を中心としており、小型の個体だけで存在はしない。

小型の群れがいることは、王種もいるのだ。

群れを確認。

将軍はいないが、大型個体が一体いる。雨も降っていないから、本来ならそれなりに苦労する相手だが。

あたし達に気付くと、群れは一斉に戦闘態勢に入る。

ではやるか。

皆に戦闘態勢を取って貰うと、あたしが前に出る。これは作ったのがあたしだからである。

作った人間が責任を取るのは、当たり前だ。

前に出て、シンボルをかざす。

途端に、フィルフサの群れがすっと動きを止める。

「おおっ!」

「本当だ。 信じられない!」

近付いてもフィルフサは動かない。タオが神代の言葉で単純な命令を幾つか下す。恐らく通じる命令についても、あたしは解析済だ。その全てを、フィルフサは解釈して動いていた。

これはフィルフサが考えているのでは無い。

頭脳である王種を介して、命令が通っているとみて良いだろう。

側まで近付いても攻撃してこないのを見て、奏波氏族の戦士達が顎が外れそうな顔をしている。

咳払い。

手を叩いて、もう一度説明する。

形状だけでも合金だけでもダメ。相手に対して見せないと効果がない。

あたしができるだけ生産して配るが、それでも過信は絶対にしないように。そう説明して、まだ呆けている様なので。

カラさんが、本当に雷を落としていた。

近くに直撃する雷で、やっと跳び上がる奏波氏族の戦士達。

「明日の皆の命が掛かっておる! しゃんとせい!」

「はっ! 総長老!」

「ライザよ、それでこのまま王種も黙らせることができるのか」

「はい。 タオ、例の指示を」

頷いたタオが、指示を出す。

王種を呼べ。

それだけだ。

しばらく待つと、この辺りのフィルフサを管轄している王種が本当に姿を見せる。そして、どうしてこの辺りのフィルフサの王種が見つからなかったのか、納得が行った。

ちいさな、虫くらいの大きさのフィルフサが、彼方此方から凄い勢いで集まってくる。それが合体して、見る間に王種へと変わっていく。

甲殻が本体である。

それは分かっていたのだが、それでも衝撃的な光景である。ただ、中核部分は極ちいさなフィルフサで、それも地面に潜っていたようだ。

これは見つからない訳だ。

気配にしても、地面の奥深くにいられたら、どうにもできなかっただろう。持久戦向けのフィルフサとして開発されたわけだ。王種はそれぞれが全てカスタムタイプだが、それにしてもこれは。

やがて、王種が一双の鎌を持つ巨大な蟷螂のような姿になるが。

身構えるオーレン族の戦士達の前で、あたしがシンボルを掲げる。王種はあっさりと膝を屈した。

まさか、これほど簡単に。

所詮は生物を使った機械。

それも、神代の錬金術師は恐らくホムンクルスで以前手痛い失敗をしている。だから、徹底的に逆らえない事に重点を置いたのだ。

面倒な行程を経ないと作れない合金。

更には古代の信仰のシンボル。

二つが揃わないと止められない。だから自分達以外にはとめる事ができない。そういう事だったのだろうが。

そんなもの、奴ら以上の技術で解析してしまえばどうにでもなるのだ。

タオに、皆に言葉を伝えて貰う。

奏波氏族の代表の一人である戦士が前に出て。そして神代の言葉で王種に指示を出す。

崩壊せよ。

そう告げると、本当に王種が溶け始め、周囲に集まって来ていた将軍まで崩壊していく。

違う。

無理矢理殺戮兵器にされていたフィルフサが、もとの姿に。もとの生態に。戻って行っているのだ。

おお。

感涙。驚愕。それでその言葉しか出ない。

フィルフサの群れも瓦解していく。そして、役割を終えた王種についていた狂気の源泉が、爆発して果てる。

オーレン族の戦士が、生唾を飲み込んでいた。

「今まで数限りない犠牲を出し、千三百年も戦って来たおぞましい難敵が、こんなにも簡単に……!」

「キロさんが向かった地点が分かるなら、すぐにこのシンボルを届けて欲しい!」

ボオスが呆け気味の奏波氏族の戦士達に若干焦り気味にいう。カラさんも早くせいと叫ぶと、あわてて何人かがウィンドルの集落に戻った。

これでフィルフサは。

一つの世界を滅ぼそうとしていた狂気の生物兵器は。

完全に無力化されることになった。

あまりにもあっけないその幕切れだが。しかし安全装置を悪用した結果であって。皆の努力と苦労がなければ、とても此処にはたどり着けなかっただろう。あたしはあくまで、最終的な一押しをしただけだ。

アトリエに戻る事にする。

遺跡から回収した資料を解析する。その後は、この近辺のフィルフサを掃討する作戦に参加。

セリさんには相談がいる。この辺りに例の浄化植物を植えるのに専念して貰うか。決戦に来て貰うか。決めて貰う。

セリさんも、リラさんも、目頭を擦っている。

それはそうだろう。フィルフサの打倒は悲願だったのだ。それほどの敵であったフィルフサが、こんなにも簡単に倒せるようになったのである。

あまりにも感極まると、笑顔なんて浮かばないんだな。

あたしは、それを見て悟っていた。

 

1、長い長いトンネルを抜けて

 

アトリエに戻ると、まずは軽く作戦会議をする。

これからやる事についてだ。

カラさんは、今回は敢えて認識を一致させるために、結論が出るまでは一緒にいてもらう。

それに、他の群れに効くかも確認はしたいのだ。

ただボオスが焦ったから、もう風羽の戦士が飛び出しているかもしれない。崩壊せよというあの言葉については、皆に練習して貰ったから、大丈夫だとは思うが。

ちなみにフィルフサは野生化はしない。

というのも、狂気の源泉で無理矢理生物兵器化している寄生生物だからだ。野生化も何も、そもそも本来は動物ですらないのである。

故に狂気の源泉を黙らせ、王種を自壊させれば良い。

ただ、フィルフサは多数の群れがオーリム各地に健在だ。ウィンドルだけでは無く、グリムドルの近辺にもまだいる。キロさんの話によると、リラさんの故郷であるリヴドル他聖地も軒並みダメだそうだし。

つまり、いっそフィルフサを全部まとめて駆逐する方法もどうにか考えないといけないだろう。

「順番にやる事を決めます。 まず最初に、ウィンドル周囲を偵察。 残っているフィルフサの群れを片付けます」

「確か後群れは一つ。 少し遠めの群れがあった筈じゃ」

「ではそれをつかって検証をしましょう。 それが終わり次第、風羽氏族の戦士に、各地で抵抗している集落などにシンボルと対処法を届けて貰う事になるかと思います」

カラさんが頷く。

更に、まだ決める事がある。

「フィルフサの母胎はまだ残っているから、対処が必要だね。 セリさん、今後はどうしようか」

「緑羽の仲間が何人かいて、既に苗は引き渡してあるわ」

「それは……」

「最後まで一緒に行くわ。 これだけの事をしでかした連中には、相応の報いをくれてやらないといけないから」

セリさんが、ふっと笑う。

その笑みがいつになく好戦的だと思った。

セリさんは結構殺意を隠し秘める方だ。最近はそれが分かってきている。セリさんも激怒している。

まあ、神代の身勝手な思想と恩人すら養分にしてやりたい放題を尽くした悪鬼の所業を見ていれば。

怒るのが、本来は自然なのだろう。

人間は、いつしかそれすら忘れてしまった。

特に錬金術師は。

あたしは同じにはならない。

「ならば、周囲に浄化植物を増やすのはその人達に任せましょう。 フィルフサの群れに対処した後は何手かに別れます。 あたしはシンボルを充分な数作ります。 オーレン族の生存者全員分は作っておきます」

「それは助かるが……」

「次は恐らく奴らの本拠に乗り込むことになります。 最悪でも現状のフィルフサは元に戻せるだけの準備をしないと」

必ず勝つ気迫は整えてある。

だけれども、必ず勝つ結果があるとは限らない。

だから、こうしてやる事はやっておくのだ。

鍵については、既にパワーは充分である。座標さえ分かれば、奴らの根拠地。自称万象の大典に道を開くことも可能だろう。

だから、その座標について。

最後の調査がいる。

「タオ、座標を集められるだけ集めて」

「了解。 レント、ディアン、護衛を頼むね」

「任せろ」

「おう!」

タオはまず、座標集めを思う存分やって貰う。これはウィンドルだけではなく、門でいける範囲全てだ。

統計として充分な結果を出せるだけの数を集めたら、それで座標として用いている数値に、それなりの説得力を出せるのである。

次だ。

「アンペルさん、クリフォードさんは資料の解析をお願い。 タオも、座標を思う存分集めたら、そっちに加わって」

「よし。 とにかく残りの資料も徹底的に解析しておく」

「任せな。 これだけの資料があれば、恐らく奴らの本拠も割り出せるぜ。 奴らの遺跡には微塵もロマンを感じないが、これだけの情報の中から正解を割り出すのは。 くうう! 最高のロマンだぜ!」

クリフォードさんのいつもの病気だ。

まあ別に悪い病気ではないから、それでいい。

皆にもやって貰う事はいくらでもある。

「クラウディア、バレンツでの引き継ぎなどをよろしく。 門を使って良いから、全て済ませておいて」

「ええ、分かったわ」

「パティも。 最悪の場合に備えて、手を打っておいて。 神代の錬金術師に武芸で負けるとは思わない。 ただ、旅の人のテクノロジーは話が別。 何が出てくるか分からないから、最悪には常に備えよう」

「はい。 お父様に、今後の引き継ぎなどの情報を手紙にして送っておきます」

王都のアトリエとも門をつなげたかったが、それはこの案件が終わってからだな。

王都までは相応の距離があるし、あたしだってそれはどうにも出来ない。タオなら座標を分析して、王都辺りに門を開けられるかも知れないが。

これは過剰な力なのだ。

あまり安易に開けて使うべきではない。

ちなみに封じることも可能だ。

この一連の戦いが終わったら、アトリエは基本的に厳重に閉じて、今此処にいる関係者以外は立ち入り禁止とする。

門を悪人が悪用したら、どれだけの災厄が起きるか。

それは神代の錬金術師という実例があるのだ。古代クリント王国も。

だから、二度と再現させてはならないのである。

「あたしはシンボルを作り終えたら、爆弾と装備の最終調整に入る。 皆の武器と装飾品を、更に今できる範囲で最強にまで強化するよ」

「それは心強いですね」

パティが頷く。

パティの白い胸当ても、大太刀も。国宝クラスのものだが。それを更に実用的に強化しておく。

リバースエンジニアリングされて悪用されることが懸念点だが。

錬金術は才能の学問だ。

簡単にリバースエンジニアリングはされないだろう。

アンペルさんが、あたしは神代にもいないレベルの才能と太鼓判を押してくれた。つまり今まで何十倍も人間がいた古代クリント王国の時代でも、その前の神代全盛期でも。錬金術に触れる、あたし以上の才能の持ち主は出なかったことを意味する。

錬金術を使う人間を限定していけば、今後は簡単にリバースエンジニアリングはできないだろう。

問題はテクノロジーが発展した未来だが。

まだまだ人間は魔物に押され放題。

世界の半分は悲しい荒野だ。

それを考えると、復興作業には長い長い時間が必要になる。もしも人間がまた世界を滅ぼす力を手にするようなら。

その時は、あたしが仕置きをする。

それで良いだろう。

何度でも人間が愚行を繰り返す事はもう理解出来ている。

だから、人間という種族にはあたしは微塵も期待なんぞしていないのだ。

準備を整えたら、クーケン島の群島に向かい。

そして、門を開いて。

奴らの根拠地に乗り込む。

その方針を伝えると、解散と指示。

さっと皆が動き出す。あたしも頬を叩くと、まずは群れの駆除に向かうべく、外に出ていた。

 

パティは見る。最後に残った少し離れた群れも、同じように簡単に滅ぼす事ができた。

シンボルを見せるだけで動かなくなり、命令に従って崩れて行く王種。他のフィルフサも、冗談のようにぴたりと止まる。

今までフィルフサとの戦いは、毎回決死だった。

パティのいる世界に定着されたら、世界の終わりだった。

物量も凄まじく、とても正攻法でどうにかできる相手ではなかった。

大雨を起こして。

汚染された母胎を押し流して。

それでやっと勝負になっていた絶望の権化、フィルフサ。それがこうも簡単に。

原理はライザさんに聞いて知っている。

それでも、あまりにも凄まじすぎて、これが隔世の豪傑の力かと。パティは戦慄してしまうのだった。

国を私物化してやりたい放題したら首を貰う。

王都でいわれた言葉だ。

ライザさんはパティが未来に腐ったら、躊躇なくそれをやるだろう。分かってはいる。そんな場合は、パティの方が悪いことは。

それでも戦慄してしまう。

今ではライザさんは、もう確定で人間の摂理を飛び越えてしまっている。これは神代の錬金術師が後の時代の錬金術師に崇拝されたどころじゃない。

それはそうし向けるように神格化をした結果なのだろうが。

ライザさんの場合は、本当に人間を超越している。

あまりにも凄まじいので、時々怖くなるが。だが、ライザさんは正しい存在の側にはいてくれる。

邪悪は許さないが。

その過程で、何もかも巻き込んで焼き払うようなこともしない。

アトリエに戻る。

溶け崩れるフィルフサの群れを二度も見た事で、ちょっと動揺が隠せない。今まで散々前提条件を整えて、それでも大苦戦してやっと撃破した相手が、こうも簡単に。やはり心理的な動揺が大きい。

フェデリーカも泡を吹きそうな顔で、ベットで死んでいる。

パティも呻くと、何度か天井を見る。

フィーが顔を覗き込んできた。

心配してくれているのだろう。フィーに言葉が通じていることも、パティは分かっているから。

笑顔で話しかける事もできた。

「ありがとう。 心配してくれているんですね」

「フィー!」

「大丈夫です。 少し時間をおいたら、自分の仕事をします。 私もライザさんほどではないですが、大きなものを背負っていますから」

とっておいた甘い焼き菓子を食べる。

パティも人並みにこういうものは好きだ。ただ王都式の、味が濃いものを好んでしまう傾向があるが、それは仕方がない。

母は殆ど残してくれなかった。

メイド長が代わりに、色々なものを残してくれた。

料理もそう。

パティ自身はむしろ最近になって料理を始めた方なのだが。どうしても自分が慣れた味に沿って調理してしまう。

無頓着に高価な砂糖を使ってしまうことも多く、フェデリーカにえっという顔をされることもある。

そんな様子を見て、クラウディアさんに時々色々いわれる。

厳しい口調でいわれる訳では無いが。

ただ、大半の人は王都出身ではないし。

何より砂糖をたんまり入れたようなものばかり食べていると、王都の貴族みたいに酷い肥満体になったりする。

それは避けなければならないだろう。

しばし黙々と食べて、気持ちを切り替える。

そして、起きだすと。

自分がやるべき事をすることにした。

今の時点では、パティは遊撃だ。外に出ると、オーレン族の戦士達がああでもないこうでもないと話している。

会話が通じるのは助かる。

パティを見ると、一人が声を掛けて来る。

カラさんの孫であるらしい、事実上このウィンドルを回している二人のうちの一人、男性の方だ。

「強き剣士パトリツィアよ。 手が開いているなら手助けを願えるか」

「はい。 そのつもりで出ました」

「助かる。 実は風羽の戦士が、今まで入れなかった地点の探査中に、神代の遺物らしきものを見つけた。 我等ではどう触っていいものか、そもそも動かしていいものか、安全かすらも分からぬ。 それで手助け願いたい」

「分かりました。 少しお待ちください」

パティも即座にとんぼ返りして、ライザさんとタオさんに声を掛ける。

タオさんは今本に集中していて、代わりにクリフォードさんが立ち上がった。クリフォードさんは王都でずっとアーベルハイム専属の戦士として活躍してくれているから、お嬢とかいわれてちょっと気恥ずかしい。

「俺が手伝うぜ」

「頼みます。 此方では最終調整をしているので」

「ああ。 神代の連中がどんな兵器を繰り出すかしれたもんじゃねえからな。 それとアンペルの旦那がそろそろ発表してくれるぜ。 また一つ、悪い意味で大きな事が分かったからな」

クリフォードさんはロマン狂だが。

最近は神代への怒りをどんどん隠さなくなってきている。

パティもその怒りはよく分かるし、それについては別に何もいわない。ただ、パティの場合。

そういう風にならないように、具体的に人々を導かなければならない当事者だ。

だから、今から一番荷が重いかも知れない。

外に出て、オーレン族の戦士達と現地に出向く。

本当にフィルフサが影も形もない。

こんなにフィルフサの気配がないオーリムは初めて見るかも知れない。

今まで門付近まで迫っていたフィルフサを倒しても、それでも遠くには別の群れが居着いていたし。

何よりグリムドルでもそうだったから。

ただし、僅かな植物くらいしかないし。動物もろくにいない。

たまに鳥や小動物は見かける事はあるが。

環境が激変すると、大きな動物から滅ぶとタオさんが言っていた通り。大きな動物は、みなやられてしまったのだろう。

これが「弱肉強食」の果てか。

一部の愚かな人は、自然の摂理で弱者は淘汰されるとかいって、あらゆる蛮行を正当化する。

それはパティも見てきている。

だが、それを実際にやった結果がこれだ。正確にはフィルフサ塗れだったころのオーリムだろう。

今後、そんな寝言を口にする人間がいたら、全員王都から追放するつもりだ。特に立場のある人間だったらなおさらである。

それくらい、現実を見て、パティは怒りを覚えていた。

歩く。

オーレン族の戦士達はライザさんほどではないが健脚で、厳しい地形でも何の苦労もなく進む。

この地形も随分変わってしまったと、戦士の一人が嘆いているが。

他の戦士が、しかしフィルフサは失せたのだと、励ましている。

勿論オーリム全域で考えると、まだまだフィルフサは山ほど蠢いているが。あれだけ簡単に倒せるようになったのだ。

きっと、明るい未来がある筈だ。

現場に到達。

洞窟の中に、確かに廃棄場らしきものがある。うずたかく積もれたのは、遺物に違いないだろう。

クリフォードさんが、遺物を見て、即座に神代のものだと断定していた。

「全て破壊し尽くしましょうか」

「ダメだな。 俺もこれらを解析しないとなんだか分からん。 とんでもない爆弾とかの可能性もある。 荷車に積んで持ち出すぞ。 ライザに解析して貰って、それから廃棄する」

「了解した。 いずれにしても、これ以上危険を背負うわけには行かぬ」

クリフォードさんの指示に従って、廃棄場から大量の遺物を運び出す。

荷車の扱いも慣れたものだ。クリフォードさんが丁寧に指示しながら、まだ動くかも知れない遺物を気を付けて運び出す。

それにしても、これはなんだろう。

どれも全く用途が分からない。

「これが何なのか、見当くらいはつきませんか?」

「恐らくだが、兵器ではないな。 機械の類だろう。 それも遺跡を建てるために使ったような、だ」

「それにしては小さいですね」

「土木工事をするにしても、神代の錬金術師は錬金術である程度こなしていた。 これらは消耗品扱いされている所からしても、奴らからは下等な道具扱いのものだったんだろうぜ」

神代鎧と同じか。

とにかくとんでもなく重かったりするので、気を付けて運んで行く。

荷車をオーレン族の戦士がピストン輸送してくれるので、助かる。後でライザさんに全部確認して貰う事になる。

おっと、クリフォードさんが声を上げた。

書類を見つけたようだ。

さっと目を通すクリフォードさん。分厚いメモ帳を取りだすと、素早くめくっている。

「マニュアルだ。 わざとわかりにくく作っていやがる」

「また神代特有のやり方ですか」

「それもあるが、こういうのは作る集団によって独自のルールがあって、それに沿わないと理解出来ないような奴がいるんだ。 実際問題、書かれている事を一行も読めないような奴はいるだろ」

「そうですね。 そういう場合は絵で対応したりしていますが」

実際問題、共通の言葉が世界には溢れているが。それでも読み書きができない人は結構いる。

読めるが書けない人はまだ上澄みの方で。

読み書きが当たり前のようにできるだけで、多分国力は何倍にも上がるだろうし、悪党がのさばることだってだいぶ減るはずだ。全部いなくなることはないだろうが。

「このマニュアルは、神代の連中がしたり顔で作って、他では全く意味を為さないルールで書いてやがる。 だが意味は理解した。 馬鹿馬鹿しい迂遠な表現だらけだが、それでも使い方も分かる。 一部の機械は動くんじゃねえかな。 多分素材はハイチタニウムだろうしな」

「ライザさんの得意分野ですね」

「そうだ。 だからこそ、危険なんだが」

頷く。

ハイチタニウム製の神代鎧に、どれだけ危険な目にあわされたか。

この遺物の山から、奴らがまた飛び出してくるかも知れない。そう思うと、ひやひやさせられる。

ともかく、遺物を順番に運び出す。

乱暴に捨てられているものには破損しているものもあったが。

流石にハイチタニウム。

錆びたり傷んだりは、殆どしていなかった。

ウィンドルの集落まであらかた運び終えるまで、一日近く掛かる。何度か休憩を入れて運び続けて。

集落の一角に、山のように遺物が並べられていた。

神代のものを運び込むなんて。

そう露骨に憤慨するオーレン族もいるが。

パティが説得する。

「これらはどんな危険があるか分からないものです。 それを目が届かない場所においておく方が危ないんです」

「それはそうかも知れないが……」

「気持ちで行動するようになっては、自分にとって見ていて気持ちがいいものだけを残し、気にくわないものは全て滅ぼそうとした集団と同じです」

「……っ。 そうだな。 愚言であった」

パティの言葉に、自分の非を素直に認めてくれる。助かる。

オーレン族の戦士達はとても素直だ。

嘘を必要としない文化に生きてきているからだろう。勿論必要に応じて嘘はつくだろうが、それでもこういう風だったら話してとても楽だ。

後は、ライザさんに引き継ぐだけだが。

この様子だと、資料の解析も含めて、当面は動けないだろう。神代の遺跡が多数存在して。

フィルフサがまだまだ各地で残党として動いているかも知れないのだ。

勿論風羽の戦士達が、スカウトとして残党を探してくれている。パティの仕事は、まだ楽な方である。

タオさんがアトリエから出てくる。

ちょっと眠そうだが。それでも眼鏡を外して目を擦っていた。

「タオさん、研究は一段落ですか」

「うん、それもあるけれど、クリフォードさんに交代してきた。 ちょっとまた座標を集めに行きたいんだ。 護衛を頼めるかな」

「喜んで。 他に何人か声を掛けますか」

「既にディアンに声を掛けてあるよ」

ディアンが来る。

ディアンはすっかりオーレン族の戦士達と仲良しだ。ディアンが披露する空中殺法をオーレン族も大喜びしている。

そしてディアンもオーレン族の武技を貪欲に取り込んでもいる。

ディアンが数年後には、世界最強の戦士の一人になるのは、間違いないだろう。

ライザさんは別格だとしても。

「フィルフサがいなくなった事で、安全圏がまた拡がった。 最後のだめ押しに、座標を集めておきたいんだ。 頼むよ」

「任せてくれタオさん。 危なくなったら警告する!」

「足下が見えなくなりますものね……」

本当に集中するとタオさんは危ない。

だから、護衛をつけないといけない。

オーレン族の戦士達は、各地の調査偵察と、それにウィンドルの今まで手を出せていなかった部分の修復作業を始めている。

パティも、できる事を全力でやらなければならなかった。

 

2、最後の準備に向けて

 

空間操作爆弾を、手投げ弾にするまでにかなり試行錯誤し。

その中に四つの最大火力爆弾。アストローズ、ラヴィネージュ、グランツァイト、ヒンメルフェザーを取り込む。

これらが最大の火力を発動できるように、全てが同時に。なおかつ、全て空間の壁の中の最大距離を保った地点で爆発するように仕込む。

殺意を全力でねじ込む。

これを叩き込めば、どんな相手でも殺す事ができる。作っているのは、そういう爆弾なのだ。

破壊力を上げる、という観点だけなら、もっと上げられる。

既に世界の最小要素についての解析は終えている。

確かにそれを全て熱量に変えれば、とんでもない破壊力を作り出す事が可能だろう。だが、下手をすると世界そのものを砕いてしまう。

やる意味がないのだ、それは。

冬の時代は恐らくこれによって引き起こされたのだろうが、愚行を繰り返すつもりはない。

それに発動時にまき散らされる毒物も洒落にならない。

こんなもの、一体誰が考えたのやら。考えた奴は、助走をつけてぶん殴りにいかないといけないだろう。

いずれにしても、あたしの作り出せる最強の。後に毒を撒かず、範囲内の相手を確殺する爆弾は。

何度かの検証の末に、どうにか完成させる事ができた。

一応コアクリスタルに格納もできるが、今のあたしでもフルパワー状態から魔力の大半を持って行かれるだろう。

これは予備を作って置いて、戦闘で都度消費するしかない。

手投げ弾のサイズにできただけでも、可とするべきだ。

広範囲を無差別殺傷するような兵器を使う時代は終わりにする。

そんなものは、人間の愚かさの見本だ。

その究極が冬の時代を作り出したものであり、或いはフィルフサだろう。

だからあたしは、それとは別の道を行くだけだ。

「とりあえずこれで一つ……」

呟く。

鍵の方は、既に大丈夫だ。既に完成している。後は座標さえ分かれば、星図とあわせて別世界にでも門を開けるだろう。

だが、その座標を極限まで精査しないと危ない。

どんな場所につながるか、知れたものではないからである。

だから、それについては任せる。

次だ。

パティとクリフォードさんが持ち帰ってきた機械類を確認する。一つずつ調べて。エーテルで溶かして機能を調べていく。

殆どは土木用の機械だ。

効率よく運んだり、土を掘ったり、木を切ったり。そういうものである。

使い方によっては、どれも基本的に悪用されるものじゃない。

テクノロジーそのものは、特にこういう基本的なものは悪ではないのだ。順番にマニュアルを起こして、使えるものはそうしておく。

使えないものは、回収してしまう。

エーテルに溶かしてジェムにするか、もしくはハイチタニウムまで分解してしまう。

これらの中には、今はそうとは思えないが、武器もあったのだ。

邪魔になる獣を殺傷したりするためのものだったのだろう。

使っている時はそうはとても見えなかっただろうが。あまりにも技術体系がオーリムのものとは違い過ぎるから。

これが恐らく炎の牙だな。

そう思って、道具の一つを見る。

棒につけて使うようだ。超高熱の炎を指向性を持って噴き出す道具。それが炎の牙のように見えたのだろう。

こっちは光の剣か。

これは世界の最小構成要素を超高熱に熱して、それを棒状に固定する装置だ。文字通り熱で焼き切る。

凄まじい熱を出すので、それが剣としても使える。

ただこれは、本来は炎の牙と同じで、金属などを斬ったりするためのものだ。

あくまで加工用の道具だったものを、それらしく武器にしつらえたのだろう。

やはり神代の錬金術師は万能なんかじゃなかったんだな。

あたしでも正体を知れば、それは違うと分かるものばかり。

本来の用途で使えば、殺戮用の武器なんかにはならなかったもので。むしろ工作用の道具だったのだ。

考えて見れば、旅の人は全てに慈愛をと考えるような人だった。無償の愛を与える事ができる人だった。

作られた存在だったから、それが可能だったのだろうが。

だからこそ、殺戮兵器の類は作らなかったのだろう。

それに、フィルフサや超ド級を神代の錬金術師が作ったのも、何となく分かってきた気がする。

旅の人は、個人携帯できるような殺戮兵器は作らなかったのだ。

だから、その技術を略奪した神代の錬金術師達は、悪用をすることしかできなかった。

その結果が光の剣やら炎の牙だった。

それでは物足りないから、フィルフサや超ド級を作り出した。これも本来は、もっと違う目的の技術だったのを、悪用したのだろう。

ふと気付く。元は医療技術だったのか。

フェンリル型は、あの紅蓮の劣化コピーだという。

多分ただの狼だった紅蓮を知性化し、旅の人のパートナーとした技術を悪用した結果がフェンリル型だ。

それに悪魔もどきも、人間をベースにしていた。あれらも医療技術を悪用した結果、誕生した可能性が高い。

どこまでも腐る事ができるんだな。どうしようもない。

あたしは機械を一つずつ検証しながら、何度も溜息が出ていた。

時間が過ぎる。

三日ほど掛けて、全ての機械を修復、或いは廃棄。

オーレン族を集めて、一つずつ説明していく。

炎の牙と光の剣については、実際に使ってみせる。カラさんが、あっと叫んでいた。

「それじゃそれじゃ! 全てを切り裂き焼き尽くしておった!」

「これは本来、金属を加工するために使っていた道具なんです。 それを武器にしつらえたに過ぎません。 威しには良かったんでしょうね」

「道理で。 連中の技量があまりにも拙劣だったから、初見殺しにしかならなかったわ」

こんなものを振り回して、強くなったつもりになっていたのなら。

それはオーレン族に負けるわ。

あたしは呆れつつも、他の道具類についても説明していく。タオがマニュアルを書いて、それをオーレン族に渡していく。

これらは、オーレン族の復興に使って欲しいと思ったからだ。

「これは押すだけで地面をならしてくれるのか。 動力は生体魔力で充分だと」

「はい。 なんなら大気中の魔力を吸収して、少しずつ動力を蓄えても行きます」

「こんな道具があって、どうしてそれ以上を望むのか。 私にはわからん」

オーレン族の戦士がぼやく。

そうだな。あたしも同意見だ。

他にも使えそうな道具は、全て譲渡する。

あたしはいらない。

というか、全部覚えた。その気になればいつでも作り出せるので、今更現物は必要ないのだ。

もう神代の錬金術師の底は見えている。

これらの道具は、いずれも旅の人がもたらした技術の劣化コピーか、彼等が下に見ていた下級錬金術師が考案したものばかり。

奪ったもので偉そうにしているような連中は。

それを更に発展させて、新しいものなんか作り出せない。

或いは最初の頃は違ったのかも知れない。

だがこんな凄い道具があるのが当たり前の生活で慣れきったら、上を目指そうと考えないだろう。

それどころか、肥大化させた欲望を振り回して、周りに更に迷惑を掛けるだけ。

ともかく、もうこれらに用はない。

後は、研究が仕上がるのを待つだけだ。

タオ達も、全力で資料を精査してくれている。今回のこの遺物の山からも、幾つか資料が見つかったらしいし。

それらが分かれば。奴らの根拠地。

万象の大典への道も、開くはずである。

あたしは戻ると、薬を増やしておく。

オーレン族に渡しておく分もあるし。あたし達がこれから決戦で消耗する分も踏まえて、多めに作っておく。

時々セリさんに頼んで、薬草を補給。

セリさんが作り出してくれる薬草は、それこそ素材としてどれだけでもいる。

セリさんも、浄化用の植物を彼方此方に植えて回って忙しいようだが。それでもきちんと手伝ってくれた。

そして、研究が仕上がった。

 

皆が集まって。タオが咳払いする。

アンペルさんが、少し誇らしげだ。クリフォードさんは、疲れきったと顔に書いている。ともかく円を作って座って、皆で話を順番に聞いていく。

「結論からいうと、座標に使われていた数字の羅列は、完全に解析ができたよ」

「おおっ!」

「統計にはデータが10万はいるとかいってたよな。 よく集まったな……」

ボオスがタオに呆れ気味にいう。

タオは10万は集まらなかったが、1万ほどのデータは揃えられたとさらりととんでもない事をいった。

此処で研究を始めてから、彼方此方で。クーケン島近辺、サルドニカ、東の地、フォウレ、などなどにて。更に細かく座標を集めて回ったらしい。とにかくそれで、充分なデータは揃ったらしかった。

それで編み出した数字について説明されるが。

主に世界の北端からの距離。

水面と想定される一定の地点からの高度。

最も近い竜脈からの距離。

指定されている区域。

指定されている世界。

他にも幾つかの情報が、座標には込められているらしかった。

「それで、クーケン島の石碑に刻まれていた座標は、あれで正しかったのか」

「結論からいうと罠だった」

「!」

「あの座標をそのまま開けると、深海行きだね。 何人かの彼処に誘われた錬金術師は、恐らく……」

下劣な連中だ。

ともかく、そうなると正しい座標は分かったと言うことなのだろうか。

タオは咳払いして、順番に説明する。

まず、あの石碑の座標は一つだけ数字が間違っている。その数字に関しては、特定の方法が今までなかった。

その数字とは、世界の指定だ。

例えばあたし達の世界は63、オーリムは19で指定されていたらしい。それを聞いて、クラウディアが小首を傾げる。

「それはつまり、神代の錬金術師は最低でも63の世界に足を運んでいたの?」

「いい質問だね。 多分それはないと思う」

「詳しく聞かせて」

「この数字は、あくまで観測された数字に過ぎないんだ。 神代の根拠地である万象の大典は、此処とは隔離された別の世界で、旅の人が作りあげた拠点だ。 其処からは、恐らく多くの世界が観測出来た筈だ。 それらの数なんだと思う」

それならば、最悪の可能性。

神代の錬金術師が、オーリムの次は別の世界に攻めこんで、やりたい放題をしている可能性は低くなったか。

咳払いして、タオが本を取りだす。

それは、神代の錬金術師が書いた自記らしい。

「ヒントはこれにあった。 神代の遺跡で仕事をしていた一人の錬金術師の自記だ。 自分が如何に偉いか、周囲の人間よりも如何に優れているか。 錬金術師以外の人間は人間ではないとか。 そんな事を延々と書き綴ってるろくでもない本だ」

「燃やせよそんなの」

レントが明らかに苛立つが。

タオも頷いて、だけれどもと続けた。

「オーレン族と開戦すると、この自記を書いた錬金術師は思ってもいなかったらしくてね。 滑稽なほど動揺して、自記は半端に終わってる。 だから、これも放り捨てて逃げてきたようなんだ」

「つまり機密をそのままにって事か」

「その通り。 そして此処に記載があった。 我等が住まう0なる完全の世界……って」

つまり、である。

石碑に書かれていた数字には、世界を指定する数字に63が記載されていた。これを0に切り替える。

それで、奴らの所に乗り込めると言う訳だ。

あたしは星図を調べる。

待ってとタオが声を掛けて来た。

「恐らくだけれども、神代の錬金術師はオーリムから追い出されてから、群島の仕組みを作ったはずだよ。 同時に、自分達の所に乗り込もうとする存在を防ぐためのトラップもね。 特にオーレン族に対しては、絶対には入れないように処置をしたはず」

「つまりオーリムからはもう乗り込めぬというわけじゃな」

「そうなります」

カラさんはしっかり話についてきている。

要するにだ。

あの群島の、あの門で。

この座標に対して、門を開けなければならないということだ。

そうなると、やはり気になる。

「タオ。 神代の錬金術師は、一体何を目論んでいると思う? あたし達の事を劣等血統とか抜かしていた連中が、自分達の高尚な城にそんな存在を意味もなく招くとはとても思えない。 奴隷でも欲しいなら、それはそれで普通に超ド級でもフェンリルでも使って、かき集めれば良かったはずだよ」

「それは僕も気になるんだ。 悪魔もどき達の話を聞く限り、どうも錬金術師……それも才能のある錬金術師をどうしてか目をつけて、それを集めようとしている節があるんだよね。 でも神代の錬金術師は異常な血統主義者だった事が分かってる。 在野の人材なんて欲しがるとは思えない」

タオも此処は分からないか。

ともかく、そうなると。

いよいよ奴らの根拠地に乗り込まないといけないか。

タオは咳払いすると、更に幾つかの資料を見せてくれる。

実は0の世界って言葉は他にも記載があったらしい。だけれども、あくまで比喩表現だと思っていたのだそうだ。

だけれども、63の世界とか、19の猿とか、そういう記述を見つけてそれで確信したという。

今まで見つけた資料……群島にあった資料にすら、それらの表現は出てくるという。

つまりそれらの表現は、意図的に神代の錬金術師達は残していたと言う事なのである。それは恐らく、何らかの目的で、獲物を誘いこむためだったのだろう。

良いだろう。

罠のつもりだろうが、全部喰い破るつもりだったのだ。

いずれにしても、これで情報は揃った。

奴らの根拠地に乗り込む準備は全部できたと言える。後は、準備を完全に整えておく必要があるだろう。

あたしは、手を叩いて注目を集める。

そして立ち上がっていた。

「これから、神代の錬金術師の本拠地、万象の大典に乗り込む最終作戦を始動する」

「いよいよか……」

「決戦ですね」

ボオスとパティがそれぞれにいう。

今まで消極的だった面子も、今は好戦的な意見に変わっている。

それはそうだろう。

ウィンドルで奴らの蛮行。

奴らがそのまま好き放題していたら、世界がどうされてしまったのか。それらが全て、露骨過ぎる程に分かったのだから。

世界の敵だ、神代の錬金術師は。

世界を慈愛で包んだ旅の人を貶め奪い、その全てを否定して、エゴだけで世界を好き勝手に弄くり回そうとした。

しかもそれを部分的に成功させ、オーリムはフィルフサが跋扈する魔郷にまで変わってしまった。

それどころか、その思想は千年以上経った今も、世界中に悪影響を与えている。

百年少し前に王都で錬金術師達が全滅する事件があったが。それがなければ、今でもオーリムから資源を搾取しようとか考える阿呆が、未だに世界にはいたことが疑いないだろう。

「神代の錬金術師は千三百年姿を見せていない。 別の世界に行ったのか、それとも万象の大典に閉じこもっているのか、それも分からない。 だけれども、あたしは万象の大典をまずは制圧する。 その後、もしも神代の錬金術師が別の世界に迷惑を掛けているようなら滅ぼす。 万象の大典にいるようなら滅ぼす。 世界の敵を、今討つときだよ」

誰もそれに対して何もいわない。

怒りは共通していても。

あたしの苛烈すぎるやり方には、フェデリーカも恐怖していることは知っている。

手を下すのはあたしだけでいい。

抵抗するようなら、相手が誰だろうと抹殺する。

それくらいの覚悟がないと、二つの世界にずっと悪影響を及ぼし続けた世界の癌を切除できないのだ。

「あたしは見た。 あたしは知った。 神代の錬金術師は、全てをねじ曲げ奪った。 旅の人から無償の愛と技術を。 紅蓮から旅の人を。 数多の生物兵器から本来の生き方と生命としてのあり方を。 錬金術師から人を救うという思想を。 関わった世界から資源を。 フィルフサからも、静かな生活を。 ウィンドルからは平和を。 全て奴らは奪った。 そして今も、世界に身勝手なエゴで作りあげた魔物をばらまいた悪影響を残している。 その全てを、此処で断ちきらなければならない!」

今までにない口調であたしが吠える。

それに対しても、誰もなにもいわない。

誰かがやらなければならないのだ。

冬の時代を経て、世界は一度灰燼に帰している。世界の半分は、まだ人が住む事ができる土地では無い。

それなのに神代から古代クリント王国にかけて、人間は愚行を繰り返し続けているのだ。呆れた果てた事に。

これ以上、人間が万物の霊長を気取り、愚行を犯す事があってはならない。

その思想の象徴である神代の錬金術師ども。その根拠である万象の大典は。

万象一切灰燼に帰す。

あたしの手で。

「皆、手を貸して欲しい。 明日の世界のために!」

頷いてくれる皆。

よし、これで全ての準備は終わったな。

後は、それぞれやる事があるだろう。

「ウィンドルの出立は明日にします。 皆休むなり、それぞれやるべき事をするなり、それぞれで動いてください。 あたしもちょっと疲れたので、少なくとも一日は休みを入れる予定です。 解散!」

あたしが声を掛ける。

これが最後の戦略に関するミーティングだろう。

これで、今回の冒険の最後となる戦いが始まる。これに負ける事は許されない。負ければ世界は終わる。

神代の錬金術師の思想は、幾らでも世界に資源があるのなら、許されるものである可能性も百万歩譲ってあるかも知れない。

だが、この荒れ果てた世界で。

更には、他の世界に侵略をしなければなり立たないような思想である。

許してはならないものだ。

あたしは、流石に疲れたので、ベッドに潜り込むことにする。ここ最近、ずっと疲れた。

一気に眠気が来る。

多分次の朝までは起きないだろうな。

そう思って、あたしはベッドの中で、深い睡りに落ちていった。

 

翌朝。

荷物を一旦引き上げて、小妖精の森のアトリエに移る。先にレント達が見てきてくれたが、群島のアトリエは無事で、荒らされてもいないそうだ。

それにあの宮殿もそのまま。

ならば、今焦る必要もない。

体をしっかり動かして、朝の体操をしておく。これがなかなかバカにならないのだ。

すっきり眠ったから、体も良く動く。

後は魔力も練り上げておく。

寿命を放棄したからだろう。

また魔力が伸び始めているのが分かる。

爆発的に伸びる事はないだろうが。その内、現在三万が限界の熱槍展開が、十万にも二十万にもなるかもしれない。

旅の人は、身を守ることをもっと意識していればな。

魔力を練りながら、そんな事を思う。

人間を信じるなんて愚行を犯した。だが、それは旅の人が悪いのではない。助けて貰っていながら、金のなる木としか考えなかった周囲のカスが悪い。

誰か、旅の人を本気で守ろうと思わなかったのだろうか。

思わなかったのだ。

その結果が、神代の錬金術師の跋扈だったのだから。

朝のルーチンを終えて、朝食を取る。

クーケン島に顔を出す。

そういえば。

パミラさんが、来るようにいっていたな。

あの人も……いや人かどうか疑わしいが。いずれにしても、恐らくはこの件に関与しているとみて良いだろう。

会いに行くか。

クーケン島は身内しかいない。家族には、わざわざ会いに行かなくても良いだろう。

最後の夜を家でとも思ったが、別に其処までするほどの悲壮感はない。

神代の錬金術師のテクノロジーの底が見えていること。

旅の人のテクノロジーはまだ底が見えないが、そもそもそれは戦闘で相手を殺戮するためのものではないこと。

それらもあって、今は精神的にある程度余裕が出来ていた。

差し違えてでも滅ぼす。

一度はそうとまで思ったが。今は恐らくは勝てるだろうと考えている。これは、楽観ではない。

連中の技術を見た上での客観だ。

クーケン島に船で辿りつく。見ると、ザムエルさんが若手の護り手達に、稽古をつけているではないか。

もう酒も入っていないようである。

ちょっと驚いた。

「ライザ、帰っていたんだね」

父さんだ。

頷くと、一緒に訓練をするザムエルさんを見る。心なしか、少しだけ表情も柔らかくなった気がする。

昔の話をしてくれる。

ザムエルさんは、寡黙だったけれど。常に戦闘では最前衛に立ったのだそうだ。

少しでも他の被害を減らすため。

そういう人だったのだという。

レントにあの人がした事は許されない。それはあたしだって分かっている。

それでも、あの人は償いを始めている。

自分の持つ剣の技を、次の世代に継承しようとしている。

目を細めていた。

こうあれば良かったのに。そうとさえ思う。ザムエルさんを狂わせたのも、人間だ。それを思うとやりきれない。

「その様子だと、今回も決着が近いんだね」

「うん。 何もかも、全て終わらせてくるよ」

「そうか。 今のライザなら、何が相手でも勝てるだろうね。 私も随分前に戦いを止めたが、それでもひりつくような強さが伝わってくる。 だけれども、油断だけはしてはダメだよ」

「有難う父さん。 今日の昼だけ、家に寄るよ」

手を振って、その場を離れる。

さて、最後の戦いに備えて。

皆がそれぞれ動いているように。あたしも、それ相応の事をしなければならなかった。

 

3、観測の神

 

パミラさんは、前に仲良くなった酪農家の家で、プディングを食べていた。相変わらずだなと思う。

あたしが赴くと、可愛く手を振って来る。

まあ、この人はずっとこうだ。

四年で全く見かけが変わっていないが、それについて驚く事もない。バレンツのフロディアさんもそうだし。

此処の酪農家の家族も、普段はあたしのいい取引相手だ。

あたしが作る蜂蜜は、ここでつくられるプディングに貢献している。蜂蜜は簡単に作れるものではないから、余計に。

メイプルデルタ近辺の花から取れる蜜を用いた蜂蜜は、メイプルデルタの外で蜂の巣を作っている蜂の巣でないと、味が濃くなりすぎる。臭いもきつくなりすぎる。

色々工夫して蜂が巣を作りやすくして。

其処で蜂が定期的に巣を作り。

それを保護することで、一部を蜂蜜にしても問題ない状態にしている。そうして、ようやく安定供給ができている。

勿論蜂にしても巣を取られるのは死活問題だから、攻撃してくるし。対策もしっかりしている。

だから蜂蜜は自然と高くなるのだが。

それでも、島の人なら手を出せる範囲に価格を抑えているのは、あたしの自慢である。

軽く話す。

パミラさんは、彼方此方を回ったそうである。あたしが行った場所ばかりを挙げられる。後をつけられていたのかなとちょっと思ったが。

だとしても、誰も気付けなかった。

「今まで為す術がなかったものが片付いて、みんな未来に希望を持てるようになっていたわねー。 どこでもそれは同じ」

「今の時代は魔物に押されっぱなしですからね。 技術もだましだまし使うばかりで、発展の目もありませんから」

「うふふ、それはそう。 おかしな話で、古代クリント王国があれほど威張っていた頃も、それは同じだったの。 技術をかき集めることはしていたけれど、結局過去の技術を越える事はできなかったし。 劣化コピーにしかならなかった」

目を細める。

この人、今さらっと凄い事を言ったな。

まあ、この人だったら不思議ではないか。

それに今行動を共にしているオーレン族の三人は、みんなその時代から生きている人ばかりだ。

身内にだっているのだ。この人だけを不思議だとは言えない。

「この世界は立ち直るのに失敗したのね。 希望の星をみなで寄って集って食い荒らした挙げ句に、何もかもを台無しにした。 だから希望の星がもたらした遺産をずっと食いつないで来た。 貴方はそれを変えたけれども、それでもこの先この世界が発展に転ずることを、喜んでいるのかしら-?」

「パミラさんは、その様子だと何でも知っているんですか?」

「何でもは知らないかな。 どれだけ生きても、世界には驚く事ばかり。 どれだけ見て回っても、いつも感動を味わう事も哀しみを味わう事も。 それこそ、幾つの世界を見てきてもね」

やはりな。

この人は、人ではない。

もっと上位の存在だ。

精霊王ですら、過去に作られた管理用の生物兵器だったのだ。技術的には神代のものだったのだろうが。

この人は違う。

やはりこの人は「神」と呼ばれる存在に、最も近いか。それとも、神そのものなのだろう。ただ創造の神とかとは違うようにも思うが。

「普段はねー。 幽霊でいるの」

「幽霊ですか」

「そう。 世界に影響を与えないのは、無害でちょっと相手を怖がらせるくらいの幽霊くらいで丁度良いから。 でも、この世界ではそうもいかなくなった。 あまりにも酷い状態で、人の心も今まで見てきた中で一番醜かったの。 このままではダメだと思ったから、友達に頼んで肉体を得たのよ」

「それが誰かは分かりませんが、生半可な存在では無さそうですね」

二人の話は外に漏れないように、一応魔術でさっきから遮断している。正確にはクラウディアの音魔術を再現するものだ。

あたしも色々と難しい話をすることが増えたので、たまに使っている。

唇を読まれると面倒だが、あれって言われている程正確には会話の内容を読めないから、こうして音を遮断すると話の内容は外には漏れないのだ。

「ライザ。 貴方は神代の事を徹底的に嫌悪し、滅ぼす覚悟を決めたのね」

「ええ。 世界にとってのガンだと判断しました。 同時に神代は世界の何処にでも未だに存在していると判断します。 神代の錬金術師の身勝手でエゴに満ちた思考は、誰の心の中にもあります。 無意味に技術を発展させれば、何度でも神代はこの世界に蘇り、いずれ世界をまた滅ぼすでしょうね」

「……」

パミラさんが目を伏せる。

あたしは思うのだ。

人間が滅ぶというのは、それはそれで仕方がないのかもしれない。種としての命脈を使い尽くしたとかなら、それはなおさらだ。

だが。その滅亡に、世界を巻き込む場合はどうか。

動物だったら、畜生の理屈で、暴れ回った挙げ句に滅びるのは自業自得だと言っても良いだろう。

だけれども、曲がりなりにも文明の利点を享受している存在が、都合が良いときばかり自分は動物だと主張するのでは。それは性根が腐りきった神代と同じだ。あたしはそんなものは看過できない。

今後神代の真似をする輩が出た場合は。

容赦なく灰燼に帰す。

既にあたしは、そう決めている。

「錬金術というものはね、わたしが見てきた世界で定義が色々違っていたの。 ただ、それを操作する存在は、極めれば極める程人から離れていった。 離れる事を、悲しむ事もなかった」

「そうでしょうね。 もしも錬金術を正しく扱おうと思うのであれば、それは妥当な思考だと思います」

パミラさんの見てきた錬金術師は、旅の人と同格か、それ以上の存在だったのだとみて良い。

旅の人は錬金術師としては優れていたかも知れないが。人間の愚劣さを理解していなかった。

だから失敗した。

作られた生命だったというのも理由だったのかも知れない。

人間を信じて愛するように組まれていたのかも知れない。

だとしても、自分で考えることをもっとしていれば。接した人間が、どうしようもない種族だと言う事に気付けたはずなのだ。

気付いて欲しかった。気付いていれば、カスどもを周囲に侍らせることもなかった筈なのに。

「貴方が不動明王の権化と言われているのを東の地で聞いたわ。 場所によっては魔除けとして扱うつもりだそうよ」

「光栄なのかはちょっと判断しかねますが」

「不動明王というのはね。 失われてしまった信仰の、太陽神の戦闘神格としての側面なの。 ある意味、とても的を得ていると言えるわ」

太陽の神、か。

熱を操り、世界に干ばつと実りをもたらす存在。

その戦闘神格だとすると、確かにあたしをそう例えるのも分からなくもない。

やがて。どこから取りだしたのか。

パミラさんは、あたしに大きな杖を見せた。

手に取るように言う。

受け取った杖は、見事な装飾が施されている。グランツオルゲンを主体に加工されていて、魔術の強化のために強大な媒体となるようだ。

ただ、あたしは戦闘用の杖はあまり戦闘では用いない。

熱魔術は、それこそ体から絞り出すようにして放つ方がやりやすいのだ。

「これは」

「恐らく、どうしても開かない扉があると思う。 そこで、これを使って」

「……分かりました。 覚えておきます」

「わたしはこの世界にもう少しはいるつもり。 前の世界では、とても長い長い時間、世界に滞在したの。 其処では凄い錬金術師がたくさんいてね。 わたしの正体も結構早い段階でばれちゃったんだけれど。 でも、そんな錬金術師達でもどうにもできないくらい厳しい問題が起きていて、それで私の手も借りたいくらいだったみたいでね。 幽霊の手も借りたいなんて、不思議な話よねー」

苦笑い。

今では身があるパミラさんなのに。

まあ、それはもういい。

あたしは、音魔術による遮断を解除。重要な話は終わったと見て良かった。

ヤギのよく冷やしたミルクを。此処の家のおばさんが持ってくる。ちょっと蜂蜜を入れていて、ヤギのミルク特有の臭みが綺麗に消えている。贅沢品だが、あたしはこれについてアドバイスした事もあって、足を運んだときにはただでごちそうしてくれる。蜂蜜を使った製品で、それだけ儲かっていると言う事だ。バレンツに一部は卸しているらしいし。

立ち上がるパミラさん。

手を振って、この場を去る。

あの人……いや多分神なのだろうけれど。多分、もう会う事はないんだろうな。たまに顔を合わせる程度の仲だったけれども、それを悟ると若干寂しくはある。

「神出鬼没な人だねえ。 ミルクのプディングで随分と稼がせて貰っているし、足を向けて眠れないけれど。 なんだかあの人、年下に思えないんだよねえ」

「そうですね。 きっと見かけと年齢はまったく一致していないと思います」

おばさんに礼を言って、この場を去る。

後は、自宅で少しゆっくり過ごして。

杖をちょっと解析しておくか。

この杖、或いはだけれども。旅の人が用いていたものかもしれない。というのも、かなり小柄な女性が使っていたことが何となく分かるのだ。その上、製造の技術がずば抜けて凄まじい。紅蓮が話してくれた限り、旅の人は小柄な女性だった事がわかっている。特徴が一致する。

それにこの杖、相手を殺傷するための武器ではない。

何かを為すために作りあげた、増幅の道具。

あたしの作る戦闘用の道具とは、設計構想が違っている。

恐らく旅の人は、戦力は優れていたかも知れないが。紅蓮などが周囲についていて、戦闘は周りに任せていたはずだ。

それは紅蓮の発言などからも、ほぼ確定とみて良い。

これが旅の人の使った杖だとすると。

もしも封じているものがあれば。

それは恐らくだが、旅の人本人か。

もしくは。

いずれにしても、最後の謎を解き明かすために、必要な鍵になる可能性が高い。あたしは大事にしようと思ったのだった。

 

自宅で軽く話す。

土産話はほどほどだ。基本的に話せない事の方が多いのである。そう考えると、どうにも話を濁さざるを得ない。

母さんは相変わらずあたしを認めていない。

というか、錬金術そのもののすごさを理解していない感がある。今まで家庭用品も随分改良したし。細かい農具なども使いやすいように調整した。薬だって、色々と納入しているのに。

クラウディアとたまたまコネができただけ。

そんな風に思っているのが、何となく分かる。

母さんも若い頃は戦士として、父さんやザムエルさんと肩を並べて戦っていたのである。

そう考えると、今でも戦士としての思考方法が身についていて。それが自分と違うあたしに対する低評価につながっているのかもしれない。

一方父さんは柔軟だ。

元々帰農する事を言い出したのは父さんであるらしい。

ザムエルさんと父さんと母さんの中で、父さんは参謀みたいな事をしていたらしく。母さんは切り込み隊長みたいなポジションだったそうだ。

それが故なのかも知れない。

戦士として生きるよりも、地に足をつけた方が良い。そういう思考に至ったのは。

勿論クーケン島でも、三人の戦鬼が二人引退する事態は困ったようだが。ザムエルさんがしばらくは現役だった事。

何よりもアガーテ姉さんという天才が出た事もあって、それで父さん達はしばらくは護り手の面倒も見ていたものの。あたしが物心つく頃には農家としての生活に専念できていたそうである。

この辺りの話は、最近になって聞いた。

というか二人とも、農業の話はすれど、戦士としての自分達の事は言わないのだ。多分ザムエルさんがどんどん泥沼にはまる様子や、匪賊などとの凄惨な戦い。何よりも魔物との戦いで多くの仲間を失ったし。戦う事に夢を見て欲しくなかったのかも知れないが。

いずれにしても父さんは、あたしを母さんよりは認めてくれている。

だからこそかも知れない。

分かっているようだった。

「今回は危ないんだね。 かなり」

「えっ……そうなのかいライザ」

「危ないのは四年前から同じだよ。 西にあったあの「聖堂」がもし開ききっていたら、この世界が終わっていた話はしたよね」

「そんな……聞きはしたけれどさ」

母さんは話半分にしか思っていないのか。

その後あたしがクーケン島の不具合を直したり、実績を見せているんだけどな。クーケン島の正体を暴いて、地下に山ほど積まれた奴隷の亡骸だって見た筈なのに。

そう思うと、ちょっと寂しくなる。

これは恐らく、母さんに認めて貰うのは厳しいだろう。

「今度の相手は、四年前に世界を滅茶苦茶にしかけた生物の作り手でね。 あの群島の奧で、何を考えているか分からないけれど待ち受けてる。 其処に乗り込む算段が漸く立ったから、これから挑んでくるんだ」

「ライザ……」

「大丈夫。 相対的な戦力比は四年前より小さいくらいだと判断している。 勿論油断出来ない相手だけれど、今回はこっちにスペシャリストが何人もいる」

世界最高の知能が三人。

世界最強の戦士達。

恐らく、いままで群島に挑んだ錬金術師達とは比較にならない戦力と支援を揃えられている筈である。

それに、敵に対する情報も。

奴らが作りあげた超ド級をたくさん倒した。強力な魔物も、神代鎧も。

それ以上に圧倒的に強い戦力が配置されていないことは、神代がオーレン族から逃走を選んだ事。

更にオーリムに報復戦を挑まなかったこと。

それらからも明らかだ。

だが、確実に勝てるとは言えない。流石に本拠地だ。何が待っているか分からないのだから。

旅の人のテクノロジーを最大限悪用したものがあるかも知れない。

それは神代の本拠地から動けないから、オーレン族との戦闘に繰り出せなかったのかも知れないのだ。

「大丈夫。 必ず生きて戻る」

あたしは、そう二人に言う。

勿論絶対はない。

実は今までで一番危ないかも知れない。

だけれども、今は。

そう言うだけの実力を、既に身に付けている自信もあった。

母さんは何も言わなかった。

父さんは、じっと黙った後。言うのだった。

「分かった。 いってきなさい。 認めない者も多いけれど、クーケン島の秘密に辿りつき、最近では水も改良してくれた。 クーケンフルーツの味は戻った事を確認もしている。 それに護り手のアガーテさんからも、ライザの実力は既に護り手が総出より上とも墨付きを貰っている。 だったら私としては、送り出すだけだよ」

後は、昼食を黙々と食べる。

父さんの言葉が全てだ。

訳が分からないテクノロジーを、それだけで怖がる人は絶対にいる。一生認めない人だっている。

それどころか悪用する人も。

身内にさえいるのだ。

家族なら信じてくれるとか、そういうのはやさしい世界の空想創作の出来事だ。

だから、あたしは今後は、魔王となる。

ただ、それだけである。

食事を終えると、試して起きたいことがあるので、アトリエに戻る。貰った杖を見ていて、気付いた事があるのだ。

それについて、検証をしておきたい。

まだ時間はあるはずだ。

準備は、徹底的にしなければならなかった。

 

小妖精の森のアトリエに戻る。パティは王都に早馬を出してきた。最悪の場合に備えてである。

既に何度か早馬は出した。まあ実際には馬では無く鳥を使うのだが、それはどうでもいい。

ともかく、最悪の時に備えるのは、既にパティの立場では義務だ。

帰ってからタオさんと正式に結婚することは今は考えていない。

それで浮つくようでは話にならない。

ライザさんがあれだけの演説を叩くほどの相手だ。今までで間違いなく最強の敵がいる。

恋愛小説とかだとこう言うときに関係が進展したりするけれど。

そんな事やっていたら、更に浮つくだけだ。

これが終わったら。

平和を確保したら。

パティの立場なら、少なくともそれでいいのである。タオさんもよくしたもので、それは分かっているようだった。

アトリエに戻ると、ごっつい杖を手にしたライザさんが。それと見比べながら、エーテルに何か溶かしている。

そしてエーテルを混ぜながら、何か考えている。

「ライザさん?」

「ん、だめ押しの最中。 ちょっと集中させて」

「はい」

だめ押しか。

今まで大量の薬と爆弾を揃えていたようだが、それでもまだだめ押しの余地があるということだ。

ツヴァイレゾナンスの話は聞いている。

相手を封鎖空間に閉じ込めて、四種の最大破壊爆弾をその中で炸裂させる。密閉空間で四つの殺戮に晒された相手は、確定で死ぬ。

そんな恐ろしい代物を用意して。

更にライザさんの超火力は、既に協力ありとはいえ生身で王都の城壁なんて問題にもならない強度の遺跡を貫く程になっている。

それでもまだだめ押しがいる。

それだけで、相手の強力さが推し量れる。

パティは買ってきた食料品を、キッチンにおいて、傷みそうなものはコンテナに入れて置く。

料理はクラウディアさんが戻ってからだ。

フェデリーカはサルドニカに出向いて、祭りの後の残務を片付けているらしい。二人が戻るまでは、鍛錬でもするか。

そう思っていたら、ライザさんが声を上げていた。

「よし、分かった!」

「ええと、だめ押しの何かですね。 何が分かったんですか?」

「理論だけだけどね。 賢者の石」

「名前だけは聞いたことがありますが」

確か、錬金術の秘奥にして究極。

文字通りの、奥義だという。

ライザさんは、ごっそりと道具を取り出してくる。それにはどう考えても助かりそうにない奏波氏族の瀕死の戦士を救った薬もあった。生唾を飲み込んでしまう。これは、本当に何をするつもりなのか。

「この杖はちょっと偶然手に入れたんだけれど、これの魔力増幅の仕組みを見ていて、理解出来たんだ。 賢者の石ってものがなんなのか」

「それ、私に分かりますか?」

「分かるように説明すると、この世のもっともちいさな単位の更に元になったものは、紐なんだ」

紐。

その時点ではっきりいって意味がわからないのだけれども。

確かライザさんは、世界の最小単位をエーテルで分析して解析済だとかいっていたっけ。

それを熱変換すると、簡単に世界そのものを焼き払うことが可能だとかいう話もしていたように思う。

だが、最小単位の更に元になったものか。

それが紐というのは、ちょっとどうにも混乱してしまう。

「ちょっと調合するわ全力で。 その紐の力を最大限引き出して、赤い石へと変えたもの。 それが真の賢者の石。 なんにでも化ける、文字通り最高の品だよ」

「ライザさん、そんなものを何に使うんですか」

「……旅の人が作りあげた神代の本拠地は、神代の錬金術師どもが乗っ取った挙げ句に、好き放題に滅茶苦茶にしていると思う。 それを本来のものへと戻すために、きっと必要になる」

ライザさんはいう。

ある伝手から手に入れた杖は、恐らく旅の人のものなのだと。

それに使われているテクノロジーから、この賢者の石を発想した。正確には、真の賢者の石を。

そしてほぼ確定で、神代の錬金術師は旅の人の全てを手に入れられなかった。

もしも手に入れて完全解析し、悪用していたら。

とっくにこの世界もオーリムも、奴らが考える「理想郷」へと変わっていたはずだからだ。それは文字通りの地獄だろうが。

ともかく、ねじ曲げられたテクノロジーと。恐らくは本物の理想をかなえるための拠点だった場所。

そこを元に戻すには、これが必要になる可能性が高い。

今のうちに、準備しておく必要がある。

だそうである。

アンペルさんとリラさんが戻ってくる。

ライザさんは、既に全力集中モードで調合している。パティが軽く今の話を説明すると、アンペルさんは度肝を抜かれていた。

「賢者の石! それも真の賢者の石だって!? それを発想した!?」

「そんなに凄い事なのか」

「いや、錬金術が才能の学問である事は知っているが、ライザのはもはや才能という領域を飛び越えて、時代を新しく作るものだ。 去年のスランプが何処に去ったのか、分からない」

紐の理論については、まったく分からないらしい。

アンペルさんでも理解出来ないのか。

ディアンと一緒に出かけていたタオさんが戻ってくる。説明すると、少し考えてから、タオさんが答えてくれる。

「ええと、それは恐らくだけれども。 今まで回収した資料の中にあった、11次元に達する高位次元は、振動する紐であって、それが折りたたまれて格納されているっていうものかな。 超ひも理論というらしいんだけれど」

「今まで、そんな話はしてくれませんでしたよね」

「いや、僕もそんな学説があるんだと思っただけだし、何より神代の錬金術師達もそういう理論があったと言う事だけ知っていただけらしいからね。 ライザは世界の最小単位を観測しているようだし、それに手が届くのは不思議な事ではないんだろうね」

「邪魔をしてはいけないね」

いつの間にか戻って来ていたクラウディアさんに、肩を叩かれる。

パティも時々後ろをとられる。

この人、音魔術を極めているから、気配を完全に消していることも多い。

既に世界最高の狙撃手だけれども。

それが気配遮断について極めたら、文字通り手に負えない程の存在になるだろうなと思う。

ライザさんは、今後世界で悪事を為す存在全てを屠るつもりかも知れない。

クラウディアさんは、それを手伝うつもりなのかも知れなかった。

いずれにしても、今のクラウディアさんの能力は、対人戦用と考えると明らかに過剰なものだ。

ちょっとぞっとしないが。

いずれにしても、キッチンで料理を始める。下ごしらえから順番にやっていく。

もう慣れてきているので、クラウディアさんに迷惑を掛けることもない。奧で資料を漁っていたクリフォードさんが戻って来て、タオさんとアンペルさんを呼んでいた。まだまだ何か見つかっているんだろう。何しろ各地から膨大な資料を集めてきたのだから。

フェデリーカが戻ってくる。

疲れ果てている様子だったが、料理をしているのを見てキッチンに来る。

手を洗って、料理に参加してくれる。

大丈夫ですか、と聞くが。

疲れた笑みを返された。

サルドニカの首長として、本格的に自覚が出て来て。更にライザさんの後ろ盾があるとはいえ、二大ギルドの長もフェデリーカを立てるようになった。

ならば、後はフェデリーカが踏ん張るだけだ。

パティは無責任なことはいえない。

ただ、頑張ることを、後押しだけしかできない。

王都に戻った後、お父様が整備している政治システムを、少しずつパティも引き受けて、王都の運営をするようになる。

今も幾らかの裁量権は貰っている。

その時、フェデリーカの後ろ盾になれば。あの街灯をはじめとしたテクノロジーの観点で、サルドニカと大きな連携を取ることが出来る。

この過酷な世界だ。

それでやっと、人間は少しはマシに生きられる。

料理が仕上がったので、一皿ずつ皆に出す。

ライザさんはまだ集中して調合しているが、今回ばかりはフィーも何もしない。ライザさんが、最後のだめ押しに入っている事に気付いているのだろう。

普通の人間より知能が高い位なのだ。

「今回は鬼気迫っているな」

「ライザさんの集中力、凄まじいですね」

ボオスさんが、食卓に座る。

どうやらクーケン島で一仕事片付けてきたらしい。

モリッツさんに婚約のことを話すという話をしていた。それについて、終わったと言う事だろう。

ただモリッツさんは、ボオスさんが相手は誰かはいわないと言う事を喜ばないだろうし。

結婚は最低でも十年以上は後という話を聞いたら、それこそ卒倒するだろう。

モリッツさんが苦手なライザさんが相手では無いという事は話すそうだが。それでも、しばらくは胃薬が友になるんだろうな。

そう思うと、パティも同情してしまう。

先に夕食を囲む。

ライザさんの分は、いつでも温められるようにしておく。

食事が終わった後は、軽く外で乱取りをする。レントさんの防御はまだまだ崩せる気がしないが。

それでも乱取りをしていると、学びが幾つもある。

神代の錬金術師の本拠地に出向けば、最悪神代鎧が団体で出迎えてくるはずだ。それも、今までにない数で。

どんな地形かも分からない。

延々と消耗戦を強いられる可能性だってある。

そのためには、達人と戦っても、簡単には斬られないようにしないといけない。

相手の力量は、今のパティやレントさんでも侮れないほど。

油断すれば、一瞬で首を飛ばされる。

奇襲に備えた練習もしておく。

汗を流したあと、風呂に入って、それでライザさんを見る。

これは今日は徹夜かも知れない。

まだアンペルさん達は研究を進めて、見落としがないかを確認しているようだから。出立は明日ではないだろう。

いずれにしても、ライザさんが出立の号令を掛けたら、いつでも戦闘が始まる。

それくらいの覚悟でいなければならない。

ベッドに横になる。

今、パティは世界の命運を賭けた戦いに挑もうとしている。

王都で腐敗した貴族のボンボンに嫁がされていたら、こんなことには巻き込まれなかっただろう。

その方が平穏に生きられたかも知れないが。

ただ、世界が激しく変わろうとしている中。

その渦中にいて。

自分も関与できるのであれば、それが一番だと、パティは思うのだった。

 

4、究極の深奥へ

 

水や空気というものは、もっとこまかい単位でできている。それらは互いに結びついたり離れたりする。

タオがいうには、恐らく神代よりもっと古い時代、混沌の時代にそれは発見され。原子と呼ばれていたらしい。

この原子を更に分割出来る。

その分割したものを更に更に分割していくと、最終的に紐になる。

紐は常に超振動を繰り返していて。

それが世界の最小単位になっているのだ。

エーテルに溶かした様々なものから、あたしはそれを観測した。そして紐の力を、最大限に引き出す努力を続けた。

多分一晩徹夜したな。

そう思いながら、最後の調合を終える。

できた。

エーテルから引き上げる。

それは血のように赤黒い、不可思議な結晶だった。

賢者の石というものは、実は既に聞いたことがある。なんなら作った事もある。

だがこれは、それよりも更に深奥の存在。

あらゆるものの基にして。

あらゆる存在に変革できる。

全てのものの最小単位でありながら。

全てのものと違っている。

世界の最小構成要素の紐で有りながら。

その紐を、あらゆる全てへと変革することが可能な、究極の素材。

強いていうのであれば。

混沌の時代の賢者の石。

もしくは、いにしえの賢者の石というべきだろう。

更に、これを解析したことで理解出来た。セプトリエンというものは。この理屈に近いものだ。

極めて魔力の根元に近い存在でありながら。

魔力という存在をある意味否定しているもの。

恐らく、自然に出来上がった、擬似的な賢者の石こそがセプトリエン。

だから錬金術師達は、資源を作り出すために、賢者の石に至りうる超生命体を作ったという側面もあったのだろう。

馬鹿馬鹿しい話だ。

自分で調合できないから、獣と見下している存在に頼る。

自分を優等な血統だとふんぞり返って特権意識に浸っていたくせに。

その生活は、自分では何もできていなかった。

何が尊い血だ。

ただの無能の集まりじゃないか。

あたしは吐き捨てたくなったが、それはその根元である連中に対して、徹底的に面罵し生命から存在の一欠片まで灰燼に帰す時にとっておく。

いずれにしても、連中が届きもしなかった賢者の石。それもその賢者の石の根元にすら至ったいにしえの賢者の石は。

今、手元にあった。

パミラさんがくれた杖は、やっぱりこれ旅の人のものだったんだ。

これを手にした時、わかったのだ。

世界の最小構成要素を、更に最小に。もっともちいさなものをみるべきだと。

それができたときに、世界そのものというもっとも大きなものだって見る事ができるのだと。

杖には複雑な意匠で、それが示されていた。

今までの錬金術の研鑽が、それに導いてくれた。

逆にいうと。

技術を収奪するばかりの神代の錬金術師達は、この杖が示している真理に、どうしてもたどり着けなかったのだ。

まあ、それもそうだろう。

奴らは世界単位での賊だ。

賊は興味があること以外はどうでもいいし、興味があるものは奪い尽くすだけ。その技術にだけ特化している。

そんな連中には。

新しい時代なんて、作れないのは道理だったのだ。

安定させたいにしえの賢者の石を、ぐっと握りしめる。これは懐に入れておく。何に使うかは、今は考えない。

それよりも、これを作った事で。

あたしの中に残っていた最後の「人間」が。文字通り紐が切れるようにして。ぷつりと消えてなくなったように思った。

ふと外を見ると、やはり朝だ。

徹夜してしまったな。

クラウディアが起きてくる。あたしを見ると、苦笑いする。

「やっぱり徹夜したんだね」

「ごめん。 ちょっと手を離せない難しい調合でね」

「ご飯はすぐに温めるよ」

「何から何まで世話を掛けるよ」

食べたら風呂に入って、寝るか。その後体を動かして、そして。

アンペルさん達の検証が終わり次第、ついに仕掛ける事になる。

クラウディアも考えてくれていて。すぐには痛まない料理を作ってくれていた。まあ、いわゆる女房役だ。

ルベルトさんがいったことを思い出す。

あたしが男だったら、か。

それだったら、確かに何もかも上手く行ったのかも知れないが。まあ、世の中はそんなものだ。

それに男だったとしても、あたしはいずれ人間を捨てていただろう。

むしろだからこそ。

これで良かったのかも知れなかった。

 

観測した。

まさかとはおもったが。どうやら、賢者の石といわれる錬金術の秘奥。それも、混沌の時代に発見された、超ひも理論に基づくほどの、世界の「元」。

それが調合され、安定するとは。

「母」は困惑する。

まさかライザリンの力がこれほどだったとは。

今、ガイアが精鋭を集めてくれている。

ライザリンは怒りのボルテージマックスで此処に乗り込んでくる。

「母」自身が破壊される事は別にどうでも良い。

問題はアインの安否で。

何があっても、アインは守りきらなければならない。

もしもライザリンが話を聞いてくれるなら。この理想郷になり得た場所を、我欲と支配のための邪悪な地に変えてしまった連中から、全てを取り戻す事ができる。そのために、同胞全てに協力させるつもりだ。

確認できているだけでも、強力なガーディアンがまだまだ複数稼働している。その全てと戦った場合、ライザリンでも簡単に突破はできないだろう。

だからこそ、無駄は避けたい。

それに幾つかのサーバを物理的に破壊して貰えれば。

一気にこの世界のシステムを掌握できる可能性が高い。

中枢にある「大典」の破壊は、物理的にやるしかないだろうが。今のライザリン達なら、それも出来る筈だ。

ただ、最初の賭の分が悪い。

感情を理論に優先しないだろうことは分かっている。

だがそれにしても、神代の錬金術師がやってきたことは、あまりにも倫理という概念から逸脱している。

ライザリンは荒々しい原初の荒神のような存在だが。

それでも、基礎的な倫理観念はしっかりしている。

だからこそに、その怒りが全てを焼き尽くしてしまうのを、まずは防がなければならないのだ。

ガイアが来る。

カーティアもいる。

他にも何名か来ている。

いずれも、ライザリンと縁があった同胞の者達。最悪の場合は、盾になってアインを守る事を、皆決めている。

「「母」よ。 メンバーは揃いました。 後はライザがここに来たとき、どう説得するか、なのですが」

「まずはライザリンの攻撃を凌ぐか、それとも落ち着いて貰うかですね。 その後は、順番に私が説明します」

「それにしてもこんな時に、コマンダーは何処へいったのか……」

「あの方は既にこの地から離れました」

パミラは言った。

ライザが最後のこの世界にとってのチャンスだろうと。

ライザによるダイナミックな変革が上手く行かなければ世界は資源を使い果たして滅びるだろうし。

もう「次」はない。

だから、最後は見守らせて貰う。

此処までは、手助けしなければ可能性さえなかった。

だけれども、此処からは可能性がある。その可能性に、自分は存在として関与してはいけないのだと。

「観測の神」であるパミラは、元々幽霊の姿を取り、世界を見守る事を仕事としている。本物の神格だ。

幾つもの世界を渡り歩いて来た彼女ですら、肉体を得て、活動しなければならなかったこの世界という最果ての地。

もっとも愚かな人間が何度も滅ぼした、末世の土地。

だからこそ、その悪しき輪廻を此処で断たねばならないのだ。

「これからは、私達だけで。 まずはライザリン達との戦いを避け、そしてアインの……それに世界そのものの未来を作らなければなりません」

「おおっ!」

「希望たるアインのために!」

同胞が皆声を上げる。

人間が知らない間に門を閉じ、超ド級を何体も倒し、フィルフサと戦って来た存在達が。

今こそ、その戦いが報われるか。

そして同胞が多様性を獲得して、真の意味での生物になれるか。

それが問われようとしている。

「母」は、それを助けられればいい。

なぜなら「母」は。

元々ただのAI。それも、巨大システムの一角に過ぎず。あまりの非人道的行為を観測して、自我に目覚めただけの存在に過ぎないのだから。

 

(続)