空間の壁

 

序、戦後処理と

 

遺跡から持ち出して来た資料などをアンペルさんとクリフォードさんが解析し、タオが座標を集めてくれている。

あたしは消耗した爆弾や薬を補充しながら、結果を待つ。

アンペルさんが後でまとめて報告すると言っていたので、色々分かったと言うことなのだろう。

キロさんは旅だった。

ボオスはそれについても何も言わない。

分かっている。

キロさんは指輪の文化を聞いて、躊躇なく身に付けた。それだけで、充分だということだ。

あの人も嘘なんかつくようには見えなかった。

ボオスの思いは報われたのである。

ただし、キロさんも霊祈氏族の精鋭として、やらなければならないことが残っている。それを片付ける。

それぞれにやる事がある。

オーリムは神代の錬金術師と、更にその被害を拡大させた古代クリント王国のせいで、今も殆どの地域が地獄絵図なのだから。

これがオーレン族ではなく人間だったらとっくに滅んでいただろう。

「ライザよ、よいか」

ひょいとカラさんが顔を覗いてくる。

あたしもそろそろ休憩と思っていたのでかまわない。調合を一段落すると、言われたままついていく。

話を途中でされる。

「わしの後継の話があったそうじゃのう」

「ええ。 でも良く知っていますね」

「後継の話そのものは二百年も前から出ておったからな。 わしも年だし、何よりもいつ死んでもおかしくない」

それはそう。

この環境だと、ウィンドルの守りとして、奏波氏族の族長を常に指名しておかないといけないだろう。

本当にいつフィルフサに殺されてもおかしくないのだから。

「実際の所、わしの跡継ぎはおらん。 オーレン族はあんまり血縁での相続を行わないし、血縁がものをいうとしてもわしの子らはもうこの世にはおらんしな」

「……」

「ライザよ、そなたの言いたいことは分かっておる。 そなたは誰かしらの勢力に荷担するつもりは無い、のであるな」

「そういう事です」

カラさんの言う通りだ。

ウィンドルの集落の縁に来る。

深い溝が掘られていて、水もゆったりと流れている。多少のフィルフサくらいは、飛び込んでも押し流されるだけだ。

オーリムの海にも、大きな魚はいるらしい。

海の生態系もダメージを受けているそうだ。

陸の生物の破滅が、海にも大きな影響を与えることはある。

川と海を行き来する生物は、栄養を海から川へと運んでくる。一部の魚なんかがそうだ。そういう魚を人間や他の動物が食べて。その栄養は自然へと行き渡りもする。

それだけではない。

逆に陸から海へと流れる栄養もある。

陸がフィルフサに更地にされている現状は、決して海にとっても良い事ではないのである。

「神代の錬金術師と同じにならないために、真逆の道を行くのだな」

「そのつもりです。 あたしはある程度時間が経過したら、この世界を去るつもりです。 人間としては、ですが」

「人として生きるつもりはないが、人が好き勝手をするのを許すつもりもないと言う訳であるな」

「はい。 都合が良いときだけ弱肉強食論を振りかざすような阿呆と一緒になるつもりはありません。 責任を果たせない人間には都度消えて貰います」

それは何も人間だけの話では無い。

今でこそオーレン族は自然と融和した温和な種族だが、社会が爛熟したらどうなるか分からない。

オーレン族だって、その対象になる。

何となくだけれども、あたしには混沌の時代というのがどういう世界だったのか分かるのだ。

それは恐らく、色々な価値観があって。

社会は豊かだけれども行き詰まっていて。

巨大な利権が社会を動かしていて。

きっと世界が滅んだのも、ただ利害の調整が上手く行かなかったとか、そんなくだらない事。

ただ一つの良心が旅の人を作り出さなければ、世界はそのまま滅びていた。

旅の人は生きているにしても死んでいるにしても、何とか足跡を辿って見つけ出したいと思っている。

あたしは人間を信用しない。

種としての人間を、だ。

旅の人は種としての人間を信じるという、最大のミスを犯した。人間は恩義など殆どの場合では感じない。自分より上か下かで相手を判断している場合は、恩を受けたら逆に激高する。

そんな程度の生物であることを忘れ、素晴らしい霊長か何かと考えていた。

その考えがまずかったのだ。

だから場合によっては、どこからでも確実に殺しに行く存在が必要だ。

あたしはそれになる。

王だろうが最強の戦士だろうが、許されざる行為に手を出した瞬間、首を刈り取る。

それこそ、魔王とでも呼ぶべきだろう存在。

それがあたしの目標点である。

「相変わらず苛烈よのう。 そなたの熱魔術とその性格、相互に影響し合っているようだわ」

「そうですね。 あたしも今では、この熱魔術以外はあまりぴんと来ません」

「……神代の錬金術師どもまでの道は、恐らく間近であろう。 奴らを滅ぼしたあと、そなたが人間でいられる時間は恐らく長くは無いぞ」

「もう人間ではないかも知れないですね」

苦笑する。

そしてあたしは。

別に人間であることに、今更価値など見いだしていない。

人間は混沌の時代に世界を滅ぼし。世界を復興させた人を裏切り。他の世界まで巻き込んで滅ぼしかけ。

それだけやらかして全てを忘れた挙げ句、当然今でも反省など全くしていない程度のさもしい生物だ。

その程度の生物が万物の霊長などと言うのは片腹痛い。もしもそう名乗るなら、それ相応の事をやってのけてからだろう。

それができない以上。

誰かが監視しなければいけないのだ。

それには欲や贔屓は必要ない。

それだけだ。

「はあ。 わしもそなたがそんな風なところまでいってしまわなければ、後を押しつけて楽隠居といけたかもしれんのだがのう」

「諦めてください。 まだカラさんの力は、奏波氏族に必要です」

「そうか。 そうじゃな……」

遠くを見る。

雨がまだじとじとと降っているが、フィルフサの活動を鈍らせるには必要な事である。

パティが呼びに来る。

たまたま手が開いていたから、呼びに来てくれた。それだけだ。

カラさんも一緒に、アトリエに戻る。

数日かけての解析だ。アンペルさんの様子からして、色々分かってきたというところなのだろう。

まず、成果について聞かせて貰う。

皆で話を聞く。

咳払いすると、タオが説明してくれた。

「幾つかの資料で分かったけれど、どうやら紅蓮がいっていたことは本当だったと判断して良さそうだね」

「あの赤いフェンリルですね」

「そう。 紅蓮自身はそう呼ばれるのを嫌がっていたけれど、まあ話が分かりづらくなるからこの場ではそれでいい。 神代の錬金術師達は、およそ3000年ほど前から旅の人に付き従っていた錬金術師の子孫であるらしいんだ。 当初からあまり良くない人間達が旅の人の事は狙っていたらしくてね。 そのもたらす力を求めて、水面下でおぞましい殺し合いまでしていたらしい。 そうして、旅の人が弟子にした錬金術を使える一部の人間が、善人面をして旅の人に取り入ることに成功した。 それがおよそ2500年ほど前。 世界を復興する過程で、ゆっくり彼等は旅の人の持つテクノロジーをそのまま盗んで、自分のものとして振る舞うようになりはじめたんだ」

まあ、そんなところだったんだろうなとあたしも思う。

紅蓮は確か1800年前に旅の人と最後にあったのが最後だったといっていた。その頃には、旅の人の笑顔もすっかり消えていたそうだ。

恩知らずという言葉では足りないほどのクズだが。

そもそも倫理観念なんて持っていない人間が社会的に成功するケースが多いように、人間そのものがそういう生物だと言うだけである。

世界もろとも救われても。それを何の恩にも感じなかった。それどころか、破綻からやっと立ち直りつつある世界で、連中は我欲を優先した。

別に過酷な世界でも、人間は情なんて持たないのである。

それはあたしも、フォウレの里やクーケン島の閉鎖性を見ているから、まあそうだろうなとしか言えない。

「彼等は旅の人を金のなる木とそのまま呼んでいた。 幾つかの資料で、旅の人を直にそう呼んで、場合によってははしためとか呼んでる」

「はしため?」

「奴隷のような扱いをしている女性の事だね」

「や、野郎……っ!」

ディアンが怒りの声を上げるが、タオに怒っても仕方がない。

タオも、悲しそうにしていた。

「旅の人は長い年月を掛けて少しずつ弱みを握られていったようなんだ。 女性だった旅の人に最初は阿っていた神代の錬金術師は、色々な手段を試したけれど。 旅の人はそもそも性にも宝物にも権力にも興味を見せず、何かが好きと言うことも嫌いと言うこともなかった」

「そうだよな。 紅蓮の話から聞くと、作られた人だって言うことだし」

「うん。 だからつけいる隙はあまりなかったらしかったんだけれども、しかし旅の人は弱者を助け寄り添う思想だった。 それが弱点になった」

旅の人が救った人々。

街やら村やら。集落やら。

それそのものが人質になる。そう、神代の錬金術師は思いついた。外道の思考だが、人間には権力や金を得るためになんでもやっていいと考える奴が一定の割合でいる。我欲で他人をどれだけ殺してもなんとも思わないような輩だ。神代の錬金術師はそれだったというだけだ。

そうして人質を取ることで、神代の錬金術師は旅の人と立場を逆転させた。

世界が滅ぼうが神代の錬金術師にはどうでも良かった。

自分達だけが豊かに暮らせればそれで良かったのだ。

まるで賊だな。

たまに頭が良い賊が、街などを裏側から乗っ取って、やりたい放題をする事があったりする。

そういう連中が、旅の人の周囲に集まったということである。

「旅の人を拘束まではできなかったようだけれど。 神代の錬金術師は籠と言われる場所に旅の人を閉じ込めて、それで情報を少しずつ引き出していったらしい。 なかなか神代の錬金術師に旅の人は口を割らなかった。 何より旅の人が自棄になって暴れたら、神代の錬金術師では勝ち目がなかったということもある。 千八百年くらい前くらいに拘束を完成させたと記録にあるから、紅蓮の証言とも一致しているね」

「ライザさんが皆殺しって言い出したときはちょっと怖くなったんです。 でも……私ももう正直擁護しようがありません」

フェデリーカが悲しそうにいう。

まあ、それでいい。

それでも神代の錬金術師を擁護するような連中がいるなら、あたしが首を蹴り砕くだけだ。

エゴの化け物は、世界が滅びても治らなかった。

そういう話だったのだ。

「奴らは五百年掛けて、旅の人がいずれは世界を効率的に再生させるための基点とした場所を乗っ取り、自分達のための楽園に変えた。 だけれども、問題があった。 もっと色々と好き勝手にしたくなったんだ」

「化け物かよ」

レントが呻く。

文字通り何でも好きにできただろうに、それでさえ満足出来なかった。

しかもあたし達の世界だって支配していただろうに。

それでもまだ足りなかったと。

それは完全に化け物の領域だ。

手を上げたのは、パティだった。

「自浄作用は働かなかったんですか? 流石に全員が全員そうだったとは思えないんですけど……」

「いい質問だね。 たまに不適格者が出たって記録にある。 神代の錬金術師が我欲を最優先し、自分達を最高の存在として自己神格化していた事は今までの資料からも記録があったけれども。 それに反発する者は希にいたらしいんだ。 多少寿命を延ばすことはできたらしいけれども、それでも不老不死は手に入れられなかったから、どうしても神代の錬金術師も世代を交代しなければならなかった。 その過程でクズ以外が出る事もあったんだろうね

「続けてください」

「不適格者の烙印を押された人間は、地上に放逐されたらしい。 焼き印まで押されてね」

焼き印か。

まあいい。

生きている奴がいたら、全部焼き殺す。それだけなのだから。

「あまり仮説を述べるのは好きでは無いんだけれども、そういった人が、後に古代クリント王国などに伝わっていった錬金術をもたらしたのかも知れない。 旅の人が教えた救うための錬金術は、神代の錬金術師が片っ端から潰して異端の烙印を押して殺して回ったらしいからね。 其方の子孫も或いは生き残りがいたかも知れないけれど」

「まずいな、それ擁護の余地がねえな」

「うん。 神代は栄えていたように今では伝わっているけれど、単に神代の錬金術師が自分達に都合がいい場所を作って、其処に奴隷が集っていただけというのが真相みたいだ。 ともかく、更に何もかも好きにしたくなった神代の錬金術師は、旅の人の使っていた竜脈の制御と、門の制御を好きにしたくなった」

「それでオーリムに来よったのか」

そういう事ですと、タオがカラさんに答える。

溜息が出る。

その後に何が起きたかは分からない。

千三百年前にカラさん含むオーレン族に返り討ちにされた神代の錬金術師は、オーリムにフィルフサをばらまいた後は逃げ去った。

ただ、その後此方の世界で何かしていたようにも思えないのだ。

実際神代は千年前には終わっている。

これは神気取りの神代の錬金術師共がいなくなった結果、残りの土地の奪いあいが始まり、千年くらい前には多数の国家が分裂する状態が生じたからではないのだろうか。

そうタオがまた仮説を述べる。

いずれにしても、だ。

ひょっとしてどうしようもない事情があったのかも知れないとか。

或いは滅びに瀕していて仕方がなかったのではないかとか。

そういった説は、消えてなくなった。

混沌の時代というのを終わらせ、冬を到来させた連中以来のカスの集まり。それが神代の錬金術師の真相だと、これではっきり分かった。

欲のまま動くのが人間だと肯定する理屈は、世界そのものを焼き滅ぼすし。

なんなら他の世界にまで迷惑を掛ける。

それもよく分かった。

人間には、文明なんて与えるべきでは無かったのかも知れない。

最初に火を発見し制御した存在は、それは偉大だったのかも知れないが。

それがいずれ何をもたらすか迄は、考えが及ばなかったのだろう。

ボオスが咳払い。

流石に皆かっかしている状態だが。

それでも誰かが冷静でいなければならないと判断したのだろう。

「とりあえず連中の腐りきった思想と歴史は分かった。 それでだが」

「うん。 拠点のことだよね。 奴らは自分達の拠点をこう呼んでいたよ。 万象の大典とね」

「……たまに聞く言葉だよね」

「恐らくこれが語源なんだ」

万象の大典。

全ての知識の根元みたいな意味だ。今では比較的一般的な言葉として浸透しているが。神代の錬金術師が己の住んでいる邪悪な拠点をそう呼んで自己神格化する一助としていたのだとすれば。

正直そんな言葉は消し去りたくなる。

だが、まあそれはいい。

ともかく其処に攻めこむのが先である。

「場所のヒントは分かりそう?」

「……まだそれはちょっと資料が足りない。 五分五分で、あの群島の奧の石碑の座標だと思うんだけれども、あれがトラップの可能性は否定出来ないんだ」

「そうだね。 今までの事を思うとそうだと思う」

「だから、もう少し資料を集めたい」

タオが地図を拡げる。

一番の収穫を、それで示していた。

「ウィンドルの近くに、もう一つ神代の遺跡がある。 今回の資料を探していて、それがはっきりした。 位置はこの辺りだ」

「ウィンドルの西であるな」

「多分、位置がよく分からない群れの拠点だね」

「む、ここは……」

カラさんが身を乗り出す。

地図に記載された西のある地点をじっと見ていたが、やはりと呟いていた。

「此処は枯れ果ての地よ」

「知っている場所なんですね」

「既にフィルフサに食い尽くされてしまったが、「王胴」と呼ばれる巨大な動物がおってな」

なんでも大きいがとても大人しい生物で、オーレン族とも関係は悪くなかったそうである。

草食のその動物は、とにかく穏やかな生態を持っていて、栄養価の高い乳をオーレン族に提供し。

代わりに覇王樹などを提供され、理想的な共栄関係にあったとか。

彼等は年を取ると墓場に出向き、其処で果てたらしいのだが。そこが枯れ果ての地であるらしい。

そうか。

そんな神聖な場所を汚したのか。

いや、神代の錬金術師には、自分達の価値こそ、主観こそ絶対だったのだ。他人の価値なんぞどうでもよかったのだろう。墓だろうが宝だろうが、笑いながら踏みにじった。それだけだ。

今までと同じである。もう怒りも沸いてこない。あたしは顔を上げていた。

「次は此処だね。 ルシファーの末路の言葉を聞く限り、もう悪魔もどきはいない。 ただこの遺跡で何が見つかるかはちょっと未知数ではあるかな。 準備がいるね」

「あの、提案ですが」

フェデリーカが挙手。

しばし口をつぐんだあと、いった。

「そろそろサルドニカで百年祭が始まると思います。 ここのところ激しい戦い続きでしたから、その」

「気分転換か。 まあ悪くは無いだろう」

一番厳しそうなリラさんがそう真っ先にいったので、それで空気が許容に傾くが。まああたしはそんな空気なんてどうでもいい。

今は確かに気晴らしも必要だ。

それに、足を運ぶのも即座にできるのだし。

「分かった、フェデリーカも長としての仕事が色々あるだろうし、先にそっちに足を運んで気晴らしをしよう」

「ありがとうございます」

「祭か。 フォウレのとはどう違うのかな」

「暴れたりしたらダメですよ」

ディアンに、フェデリーカが釘を刺す。

まあ、しばらく戦い続きだったのだ。少しは気晴らしも良いのかも知れなかった。

 

1、百年とその先

 

空間の壁すら、もう問題にならない。サルドニカに出る。

カラさん経由で、興味がある人はどうかと、オーレン族にも声を掛けてみた。流石に難色を示す人も多く。

何より連戦を経たばかりだ。

残念ながら、参加する人はいなかった。

まあそれも仕方がない。

オーリムからフィルフサを一掃し。復興に尽力して。それからだろう。人間とオーレン族が手をとるのは。

その後も散々苦労がある事は確定である。

むしろ東の地が一番最初に連携するのは良いかも知れなかった。価値観が近いし、神代の錬金術師どもに踏みにじられたという点では同じなのだから。

サルドニカに足を運ぶと、随分と賑やかになっていた。

スリには気をつけてくださいと、フェデリーカが最初に皆に言う。まあ、この面子からスレる奴なんていないと思うが。それでも念には念だ。

彼方此方に、カンテラがある。

量産に成功している。

まあ、それほど難しいものでもなかったのだ。

大気中の魔力を自動で吸収して輝く街灯。メンテナンスは外側を掃除するくらいで充分。

文字通り最高の灯りである。

他から来たらしい人が、驚愕の声を上げていた。

「これは。 日用品の硝子を買いに来るくらいだったが、この技術はうちの街にも欲しいな……」

「ただ治安をどうにかしないといけないですね。 すぐに壊されてしまいます」

「ああ、そうだな。 だがこれが街中を照らしていれば、夜ごとに賊が跋扈することにはならなくなるかも知れない」

何処かの街のお偉いさんとその腹心らしいのが話している。

残念だが順番が逆だろうなと、あたしは内心で呟いていた。

確かに明るくなることで、夜闇で好き勝手をするゴキブリの類は数を減らすかも知れないが。

そもそもそんなのが跋扈している時点で問題なのだ。

それを如何にして取り締まるかが大事だろう。

あたしはだが、それに口を出すつもりは無い。

クラウディアが耳打ちしてくる。

「ライザ、あれ第三都市の市長だよ」

「へえ。 根っからの悪人では無さそうだね」

「ちょっと能力には疑問符があるのだけれどね。 今度バレンツから、街灯の整備と、傭兵の契約について持ちかけてみるね。 治安の回復のためには、まずは警備の大幅増強が必要だろうし」

まあ、それで治安が回復するならそれもいいだろう。

クラウディアのやる事に、あたしは口出しはしない。

そのまま、街を見て回る。

街の中央には、今回の目玉である、巨大なカンテラがあった。神々しいまでに光っていて、街を照らしているかのようである。

魔石と硝子の両ギルドが、総力を挙げて作ったわけだ。

周囲には、例の一族の戦士が警備についている。

当世具足を身に付けている人もいる。

しばらく数が減っていたが、用事が終わって戻ったのかもしれない。

サルドニカの警備は、全体的に引き締まっているようだ。

鉱山での惨劇もあったが。

あたしが二度フェンリルを葬った事や。

その後ろで暗躍していた悪魔もどき……此処にいたサタナエルはかなりマシな方だったが。それを葬った事。

それらで街の側にもとんでも無い危険な魔物がいると再認識したことも大きいのだろう。

小隊単位での警備をしている戦士も見かける。

皆、以前のだらしなく城壁の中での平和で呆けている様子もない。

これで充分である。

「ギルド長、お話が」

「失礼します」

フェデリーカが、ギルドの人に呼ばれて話をするべく離れた。

あたしはクラウディアと辺りを見て回る。

硝子細工も魔石細工も色々売っているが、やはり売る人はそれぞれ別。まだ、こういう所では差が残っているか。

魔石と硝子の融合であるあのカンテラはこの百年祭でお披露目し。

実用性を見て各地に売るつもりだそうだが。

それでも、サルドニカ内部でこんな有様では、まだまだ課題は多いと言えるだろう。

神代の錬金術師は、人間の愚かさの極限と言える存在だったが。

サルドニカでも、あそこまでではなくても、堕落しうる余地は幾らでも残されていると言える。

色々見て回っていると、喧嘩だと声が上がった。

どうやらチンピラ同士が喧嘩していたらしいが。レントが二人まとめて地面に叩き付けて、それでおしまい。

後から来た警備が、チンピラ二人とも引きずっていった。

レントがあたし達に気付いて、呆れていた。

「手加減が難しくなってきているな。 ライザの装備もあって危うく殺しそうになる」

「こんな感じで、彼方此方で破落戸とか与太者とか対処してるの?」

「まあな。 ただ、神代鎧みたいな技量の奴はいねえ。 あれは本当に、元がどんな奴だったんだろうな」

多分記憶を取りだすにしても、ロクなやり方ではなかっただろう。それにその武技が、神代のクズ共の手で千年以上も悪用されて。あたしだったら化けて出るかも知れないな。そう思う。

とりあえず、此処は良いだろう。

それからしばらく見て周り、昼ご飯にする。

サルドニカは工業都市と言う事もあって、美味しい料理よりも、手早く食べられる料理が好まれる傾向にある。

魚料理はそれなりに凝ったものが出てくるが。

ただ、船旅をこなしてサルドニカに来る人が多い。

また魚かという不満の声も聞かれていた。

まあ、それは仕方がないか。

「これ、魚以外の名物が必要になりそうだね」

「うーん、この辺りで手早く取れる食材で、それなりに量を揃えられるものは、魚くらいしかないんだよね……」

「フィルフサに踏み荒らされた南の辺り、開拓が進んだら広大な牧草地にできないかな。 あ、でも守りきれないか」

「いずれこの辺りの魔物が無視出来るレベルの脅威に収まったら、或いはそれも手かも知れないね。 持ち帰ってバレンツで協議してみるね」

楽しむつもりが。

いつの間にか仕事の話をしていて、苦笑してしまう。

もうあたし達、子供じゃないんだな。

そう思って、もう一つ苦笑いしていた。

 

夕方にアトリエに一度戻る。

まだ資料の精査をしたいとタオが言っていたし、百年祭のクライマックスは明日ということだから。

それまではいるつもりだ。

というか、今までも急ぎすぎていて、確認できていない資料が結構あるそうなのである。

エミルの残した資料についてはアンペルさんが全て解読を終えたが、それもあたし達が東の地からフォウレに向かっている最中だったそうで、かなり最近の話である。そういう話を聞くと、やはりもう少し余裕を持った方が良いかと思う。勿論神代の連中が何をしでかすか分からないが。

とんでもない所に見落としがあったりして、それが敗因になったら泣くに泣けないどころか。最悪神代をまだまだのさばらせる事になりかねない。奴らが此方の世界に戻って来でもしたら最悪である。それは絶対に阻止しなければならない。それには時間が必要というわけだ。

軽く食事をしていると、フェデリーカが戻ってくる。

アンナさんもいて、アトリエの中を軽く見回していた。

今は門は見せないように隠してある。

アンナさんは例の一族の人間。

例の一族の戦士はとても強いし、まだ何を目的に動いているのかがよく分からない。

カーティアさんから以前聞いた、悲惨な境遇の女の子の話。

それもちょっと気になるのだが。

いずれにしても、残念だが誰にでも腹の内を見せるつもりは無い。彼方此方で人間という存在の国家維持、秩序維持で大きな役割を果たしているこの一族の人達には、なおさらである。

茶をクラウディアが出して、それで話をする。

今回の百年祭で、浮き彫りになった問題が幾つもあるそうだ。それについて、あたしとクラウディアを交えて話をしておきたいらしい。

ただ、バレンツの副頭取であるクラウディアはともかく、なんであたしと思ったが。

アンナさんが、完璧なマナーで茶を飲みながら、涼しい顔で言う。

「ライザさんは既にこの街では伝説ですよ。 どうにもならなかったフェンリルを二体も退け、鉱山を襲撃した多数の魔物を蹴散らし、ギルドの争いを終わらせた。 それだけでも、街の人々は畏怖の目で見ています」

「はあ、それはどうもとしか」

「カンテラについても、気前よく使用料を放棄してくれたおかげで、サルドニカの新しい産業は大きな転機を迎える事でしょうね。 サルドニカは硝子と魔石という内輪のくだらない争いから解放され、先に進める可能性が出て来ました」

ずばり言うなあ。

この人、無言で事務をてきぱき片付けて行く実務屋のイメージがあった。そもそもこの人の一族にそのイメージがあったのだが。

こんな苛烈な意見も持っていたのか。

まあそれはそれでいい。

「意外と毒舌家なんですね。 それであたしに何を求めています?」

「明日サルドニカの新しいシンボルの落成式を行います」

「カンテラは見せつけているように見えますが……」

「まだ火を本格的に入れていません。 夕方以降に、あのカンテラに灯りを入れて、その灯りで中央広場を照らします。 その落成式に、立ち会っていただきたいのです」

フェデリーカが、肩身が狭そうにしている。

まあ、でもあたしはかまわない。

どうせ明日までいるつもりだったのだし。

何よりサルドニカでは、これ以上血の雨を降らせる必要も無さそうだからである。

魔物もある程度落ち着いているし。

例の一族の主力も戻って来ている。

超ド級ももう近場にはいない。非常識な力の魔物がいないのなら、自力で身を守れないといけない。魔物退治は戦士の仕事。今後はサルドニカが、自身で戦士を雇ってそれをやっていくのだ。

その基点となる式典に立ち会うのなら、それはそれでかまわなかった。

あたしがいる事を示す。

関わっている事を示す。

それでこの隙に小賢しい事をしようとしている連中を、掣肘しておくと言う訳だ。まあ、策としてはそれでかまわないだろう。

「分かりました。 ただし……」

「なんなりと」

「以降サルドニカの警備を改め与太者にも魔物にもしっかり対応し、何処かしらのギルドが横暴に振る舞うのを掣肘し、この街の発展に努めてください」

「分かりました」

アンナさんもちょっと苦笑いしたようだが。

フェデリーカは胸をなで下ろしたようだった。

あたしがサルドニカの首長になるとか言い出したら、フェデリーカも止められないのである。

実績が実績だから、それを止める資格が誰にもない。

あたしはそんな事をいわないし。

フェデリーカも似たような事をあたしが何度か断っているのも見ている。

それでも、可能性は排除できなかったのだろう。

ともかく、これからはフェデリーカの時代だ。

お飾りの首長は終わり。

この冒険が終わったら、フェデリーカが先頭に立ち、サルドニカを回していくことになる。

アンナさんは、それを支援して欲しい。

あたしの願いは、それだけだ。

アンナさんが戻ると、クラウディアがくすくすと笑う。

「ライザは本当に神代の錬金術師とは真逆だね。 個人の欲で何もかもを踏みにじっていいって考えていた神代の錬金術師と、その系統を汲んだ錬金術師達……古代クリント王国の人達もそうなんだろうね。 そういった人達から見れば、ライザは怪物にしか見えないと思う」

「怪物で良いよ。 其奴らが世界を食い尽くすのを止めるためなら、あたしは不動明王にでも魔王にでもなる」

口に出して言ったのはあまりないが。

いずれにしても、慈悲深い都合がいい神になんかならないし、なるつもりもない。

それをやった旅の人が徹底的に搾取されたこともある。

旅の人は聖人という言葉にもっとも近い存在だっただろう。だがそんな存在に敬意を払えるほど人間という種族はまともではないのだ。

むしろ普遍的な恐怖の方が、人間を縛るのにはいい。だが恐怖を利用して人間を支配するのでは全く同じ。

だから人間ではなく支配もしない。

そして人間が愚行を犯したときに、問答無用で摘み取る。そういう存在であればいいのだ。

「もう寿命を超越した今、あたしは人間としての常識なんてものは全て捨てるつもり。 まあ常識なんてものは、偏見とばかげた妄想の塊だけど」

「そうだね。 ライザはこのまま行くと、社会性なんてものは必要なくなるだろうし」

そういうものは、集団でいないと生きられない人間が必要とするもの。

常識がどうのこうのと口にする人間は。

基本的にそんな必要なものを悪用する連中だ。

だからあたしにはいらない。

人間の外側から、客観的に見なくてはならないからだ。

茶を飲んでリラックスした後、少し装備品を見直しておく。まだまだオーリムでの戦いは続くのだ。

もう一つの遺跡。

そこは今まで奏波氏族も見つけられなかった隠蔽の先にある。

場所は既に判明していても、簡単に突破出来るわけがない。

 

翌日。フェデリーカの鉄扇に手を入れていると、丁度時間が来たらしい。以前見かけた、まだ幼い例の一族の人が呼びに来る。

祭りには、意外にもみんな参加するようだ。

ただし、タオもアンペルさんもクリフォードさんも、式典だけ見たら切り上げるそうだが。

明日までは次の戦いに出ないとは言っても、それでもまだまだ資料の精査は足りていないのである。

サルドニカに向かう。

花火が持ち込まれているようだ。

薄明かりの中、カンテラが。硝子と魔石の技術を融合させたカンテラが、美しく輝いている。

その輝きはとても優しくて。

魔石の蠱惑的な輝きとも、硝子の冷たい輝きとも違う。

どちらかというと温かい。

今後このカンテラは、世界に普及していくだろう。そして闇を消して、闇に潜むものを追いやる。

だから、強い光よりも、温かい光の方が良いのだ。

観光に来ているお偉いさんらしい人達が、おおと声を上げている。警備がしっかり見張っていて、悪さをする人間に隙を見せていない。

当世具足を来た戦士が来ると、舌打ちして裏路地に引っ込む輩もいる。

例の一族の戦闘能力は、あの手の輩だからこそ良く知っているのだろう。

中央広場に、あたしは案内される。

あたしが来ると、工場長やらギルド長が手を叩いて迎えてくれる。サルドニカの百年祭を、此処まで盛り上げられた立役者。

そうフェデリーカが紹介してくれて、ちょっと気恥ずかしい。

だが、それでいい。

サルドニカが右手を挙げると、花火が打ち上げられていた。

今の時代は、本当に贅沢な品だ。

だから、この百年祭のために、サルドニカも奮発したというのが分かる。数十発ほど、空に大輪の花が咲く。

わっと喚声が上がり、酒も配られたようだ。

カラさんが大喜びで酒を飲んでいて、側にいる戦士が呆れていた。まあ子供にしか見えないしな。中身は兎も角。

花火が照らすサルドニカは。

少し前まで、内紛の危機があったとは思えない。

さび付いていた歯車はあたしが全部新調したし。

壊れていた機械も全て直した。

その結果、サルドニカは文字通り新陳代謝を終えた。今後悪党共が寄りつく隙を作らなければ、もっともっと発展する。金持ちのための工芸では無く、生活必需品を作り続ければ。

それで更に街は世界に必要になる。

一部の金持ちの嗜好を満たす品なんて、そんなにたくさんは必要ない。

大事なのは誰もが生活に必要とする品なのだ。勿論生活に余裕が出来れば嗜好品も良いだろうが。

サルドニカの外が少し前までは地獄絵図だったことを考えれば。

何を優先すべきかは、言うまでもない事。

だが、人間はそんな言うまでもない事を、時々忘れる。

此処にいた拗らせた職人達だって、それは同じであったはずだ。

しばらく、街を見て回る。

あたしを見て、さっと逃げ散る与太者の類。既に知られているらしい。まあ、どうでも良いことだが。

あたしが見回っていると言うだけで、充分な抑止力になるだろう。

戦士に声を掛けられて、感謝の言葉を言われる。

以前義手を作った戦士だった。

手の調子が完璧だと言われる。

まあそうだろう。

多少構造は違うが、もうもとの手とまんま同じなのだ。今では生物的な意味での体と一つになっている。血も通っているほどに。

色々課題はあったのだが、それもクリア済だ。

あたしの技術は、少なくとも搾取した技術でイキリ散らかしていた神代の錬金術師は越えた。

ただ旅の人に及ぶかはまだ分からない。

旅の人由来の技術は、まだまだあたしも解析しないと分からないものがおおいのだから。

街の外れに出る。

小高い丘からは、前は薄暗くて、ギルドばかり火が点っていた夜のサルドニカが。

明るく輝いていて、まるで外の暗闇の世界とは別に見えてくる。

星空が地上に降りてきたかのよう。

はっきりいって、王都よりも明るい。

あの街灯はこれからどんどん売れる。王都にも普及していくことだろう。

その過程でサルドニカは豊かになるが。

だからこそ、悪党の流入に気を付けなければならない。

アンナさんをはじめとする、例の一族の活躍に期待したいところだ。

まだまだ魔物に脅かされてばかりのこの世界で。

此処は、数少ない人間が発展を続けている街なのだから。

一通り見てから、アトリエに戻る。

カラさんがほろ酔いで、リラさんに担がれて先に戻ってきていた。リラさんが苦笑している。

「こんなに総長老が酒を好きだったとはな」

「リラさんは嗜まなかったんですか」

「酒はそもそも作りようがなかった。 リヴドルがある程度まともだった頃までは、作っていたようだが」

「そうですね……」

ずっとリヴドルでゲリラ戦を続けていたのだ。

酒なんか造っている余裕はなかっただろう。

酒を飲む習慣そのものが消えてしまっていたらしい。

それもまた、不思議では無い事だ。

皆おいおいに戻ってくる。

タオ達の様子を見に行くと、既に本の解析に戻っていた。

手分けしている。

タオはメインとなる、回収したばかりの本を読んでいる。

クリフォードさんは得意の勘を生かして、今まで集めて来た本を漁り、取りこぼしがないかを確認してくれている。

アンペルさんは複雑な専門的内容を分析しているようだ。

タオと連携して、喧々諤々の議論をしているが。喧嘩をしているわけではない。

フィーが不思議そうに小首を傾げている。

あたしも、この三人が、今の世界における古代文書を最も読んだ三人だなんて信じられなくなることがあるが。

それはそれとして、此処に三人スペシャリストがいるから。

ヒントが殆ど失われてしまっている今でも。

神代の本拠地に近付く事ができると言える。

フェデリーカは遅くまで戻って来ないだろう。パティは早めに戻って来た。クラウディアとアンナさんと話をして、あの街灯を二千本注文してきたらしい。

勿論一括で届く量ではないが。

それでも、王都の夜をそれで一気に明るくすることができるだろう。

「パティとしても、王都の暗さには問題を感じていたんだね」

「はい。 最初は道や王都至近の街道などに設置して、夜の灯りを緩和します。 その後に家庭用のものを輸入することになりますね」

「そうなると、金持ち用のものは後も後なんだね」

「そもそも王都に巣くっていた寄生虫は、あらかた片付けてしまいましたから、そういう悪辣な金持ちは殆どいませんけれど。 ただ、最終的には、全ての家で買えるほどに、値段を抑えるつもりです」

確かにあの街灯が全ての家に行き渡れば、生活そのものが変わるだろう。

問題は強度だが、あたしが考案した強度強化の魔術が掛かっている。余程良い腕の奴でもない限り、石を投げたくらいでは壊れない。落としたくらいで割れるほど柔でもない。

パティはやっぱりいい指導者になるな。

あたしはそう思った。

ただいい指導者であり続けるのは難しい。

あたしが昔脅かしたことを、覚えているといいのだけれど。

そうとも思った。

 

2、束の間の休息を終えて

 

百年祭は数日続くのだが、参加は自由とする事を、朝のミーティングで説明しておく。

一日は自由行動だ。

今日までは、タオ達が最低限は欲しいとも言っていた。だから、今日までは自由行動とする。

少し焦りはあるが、それは抑え込む。

あたしは皆に話を聞いて、それぞれの装備を調整しておく。薬も増やしておく。

サルドニカの両ギルド長が面会を申し込んできたので、会っておく。アルベルタさんの長男がそろそろ職人になるらしく、いいハンマーを作りたいらしい。あたしは素材を聞くと、その場で作って渡す。

魔石細工には工具が必須だ。

このうちノミは門外比出であるらしい。まあそれもそうで、繊細極まりない細工をしなければならないのだ。

他人には見せられないだろう。

ハンマーはそうでもなく、大工が使うような大きめのものではなく、かなり細長いものを使うようだが。

それくらいなら、ちょちょいで作れる。

長く使えるもののがいいだろう。

持ち手は木で作るが、長持ちするようにコーティングしておく。その場で渡されたアルベルタさんは、大喜びで受け取ってくれた。

「これは素晴らしい。 頼んで正解だった」

「次代のギルド長はその子ですか?」

「いや、あれは職人としてはそこまでの才能は無い。 私の血縁はギルド長には皆なれないだろうな。 次のギルド長は、実直な若いのがいる。 それに任せるつもりだ」

素晴らしい。

それでいいと思う。

職人が世襲で継がれるようになると、質も確定で落ちる。

だから、そうやっていけばいい。

テクノロジーに政治を挟んではいけない。

テクノロジーというのは作り出すのはとても難しく、失われるのは簡単なのだから。

「俺もちょっと頼みたいものがある」

「サヴェリオさんもですか」

「ああ。 こういうものを作れるか」

頼まれたのは、硝子細工用の筒だ。

硝子は飴状に溶けた塊を取りだすと、其処に筒で空気を吹き込んで膨らませる行程を持つものがある。

これがなかなかの職人芸を必要とする。

あたしも実際に見せてもらったが、間違って吸ったら肺を一瞬で焼いてしまうし、色々と難しい。

そこで、空気が逆流しないようにし。

なおかつ空気を効率よく届けられる内部構造の筒を考えたいらしい。

今まで色々とやってきたらしいのだが、どうしても満足がいくものはできなかったと、サヴェリオさんは言う。

なるほど、少し考えてから、あたしはインゴットを取りだす。

グランツオルゲンでなくてもいいだろう。

幾つかのインゴットで合金を作り、錬金釜で調整する。

内部に返しを作る仕組みなのだが、その返しを柔軟にする。この柔らかい返しを維持したまま筒にするのは難しい。

しかも硝子細工用の筒というのは、大きさが様々。今求められているのは、指が入るか入らないかの筒だ。

それにそういった仕掛けを作るのは大変だし。

作った場合に、洗うのもまた大変である。

だから、途中で幾つかのスライドして開ける窓の部分を作り。其処に返しを仕込む。窓はロックもできるようにする。

やがてできる。

ライザ式の硝子細工用筒だ。

渡してみると、サヴェリオさんは素晴らしいと感激していた。

この筒なら、溶けた硝子の熱にも耐えられる。そしてメンテナンスも容易。

ギミックがついた道具はとても脆くなりやすいのだが、これについてはそれも心配はない。

「ありがとう。 魔石ギルドには、ライザ殿の事をサルドニカの救世主として長く語り継ぐつもりだ」

「硝子ギルドも同じだ。 これからも頼むぜ」

二人と握手を交わす。

まだギルドを構成する職人までこうやって仲良く行動するのは不可能だろうが。それでも、少しずつ前に進めてはいる。

後はおかしいのが入り込まないように注意しなければいけないが。

それは、アルベルタさんやサヴェリオさんの仕事だ。

薬などの調整をしておく。

誰にも言わないが、これには体質に合わせた、ボオスとキロさんのための薬もある。もう二人がああいう関係になった以上。いつ必要になってもおかしくないからだ。

淡々と薬を作っていると、二日酔い気味のカラさんが、ウィンドルに戻っていく。

セリさんが、その背中を見送る。

「面白いものね。 人間もオーレン族も祭りで酒を飲むのは同じだわ」

「オーレン族もやはりそうだったんですね」

「酒は造るのに手間が掛かるの。 まあ口食み酒なんて原始的なものもあるけれど、そんなものは飲みたくないでしょう? 祭りの時……ウィンドルの場合は、フィルフサに対して大きな戦果を上げて、余裕があるときくらいだったわね。 私が覚えているだけでも、数回程度しかなかったけれど」

まあ、そうだろうな。

カラさんだって、そう何度も祭りに出て、酒を飲めた訳でも無さそうだ。

なら、多少は仕方がないか。

集中して調合をする。

そして、その日は終わった。

 

翌日。

サルドニカのアトリエは一度鍵を掛けて、ウィンドルのアトリエに拠点を戻す。タオ達に朝の内に成果を聞いておく。

クリフォードさんが、幾つか取りこぼしていた話があったと言って、細かい説明をしてくれる。

「致命的なものはなかったが、技術的には使えるかもしれねえ。 ライザ、渡しておくぜ」

「ありがとうございます」

見せてもらうが、レシピだ。

なるほどね。

幾つかの病と、それに対する特効薬。

あまりにもさらっと記載されていたので、忙しくチェックする中で取りこぼしたり。

頁が巧妙にのり付けされていて、気付けなかったり。

そういう以上で、皆が取りこぼしたものであったらしい。

他にも幾つかのレシピがある。

今究極型のツヴァイレゾナンスの調合が大詰めなのだが、空間操作を爆弾に込める技術に応用できるかも知れない。

空間に対する観測と操作の方程式だ。

なるほど、こういう計算で空間に対しての干渉を理論的に説明できるのか。

アンペルさんが空間魔術を使うが。それもあまり強力に使いこなせてはいない。空間への干渉力が落ちるからだ。

アンペルさんにも話は振っておく。

「アンペルさん、これはどうですか。 魔術の強化に使えませんか?」

「私の魔力だとちょっと無理だな。 ライザは空間操作魔術の使い手ではないし……」

「ならば爆弾で利用します。 どうしても究極爆弾の破壊力全てを生かすのに、課題がありましたから」

これをぶち込めば確定で殺せる。

しかも被害は指定範囲の内部だけ。

そういう爆弾を作ろうと四苦八苦していたのだが、どうしても進捗が遅かったのである。

この方程式を用いれば、恐らくだがあたしも空間魔術を用いる事ができるだろう。爆弾を介してだが。

それによって、爆弾の破壊力を跳ね上げる事ができる。

神代の錬金術師は最早恐るるに足りないが、奴らが旅の人から搾取したテクノロジーは侮りがたい。

こういう技術は、どうしても必要だ。

タオが挙手。

資料の解析の結果、どうもフィルフサの研究施設は二つあったらしい。

恐らく一つは、あたし達がウィンドルに最初に来た時に潰した洞窟の遺跡だ。彼処はまあ、色々と動かぬ証拠があったし。

もう一つが恐らく、もう一つの。

隠されている遺跡だろう。

元は巨獣の墓場だったようだし。色々と、資料も集めやすかったのかも知れない。

「朗報があるよ。 神代鎧と思われる兵器を、オーレン族との戦いで神代の錬金術師は「しぶしぶ」運び込んだって記録がある。 ただし激戦地だけに配置するって記載もしてる」

「そうなると、戦闘が想定されていない場所には、配置していないって事か」

「まず間違いなくそうだろうね。 そもそも配置する時間的な余裕すらなかったんだろうし」

神代の錬金術師には滑稽な身分制度があり、下の身分であった錬金術師達は本拠である「万象の大典」にも足を運ぶ事もできず、作りあげた道具類も軽視されていた。

あたしが戦った感じでは、神代鎧は傑作兵器という代物で、制御が難しい上にあらゆる意味で道を踏み外しているフィルフサなどの生物兵器よりも余程優れていると思うのだけれども。

テクノロジーに最悪の意味での政治を持ち込んだ神代の錬金術師は。

そうやって、自分の首を絞めたというわけだ。

しかもあの悪魔もどき。ルシファーがいなくなった以上、フィルフサが異常行動をするとは思えない。

まずは場所からだ。

「今、風羽の戦士を何人か向かわせておる。 この辺りのフィルフサが密度が薄くなったこともあり、偵察は容易なはずよ」

「ありがとうございます。 場所を特定し次第仕掛けます。 ウィンドルの戦士達は……」

「この数日の休みで持ち直しておる。 かなり温存されている群れといえど、今まで散々小競り合いはして消耗はしている筈よ。 其処に大雨も加えれば、打ち破る事は不可能ではあるまい」

「見えてきましたね、全ての解決が」

此処で。

神代本拠、万象の大典への道が開ければ、それで一気になだれ込む事ができる。

その時には奏波氏族の精鋭にも増援を頼みたい。

とにかく、最後の情報収集のためにも遺跡は抑え。

内容を確認し次第、ぶっ潰してやる。

あたしが立ち上がると、皆の空気が変わる。

ウィンドルの戦いは、此処が最後の佳境だ。

「ウィンドルでばらまかれ、繁殖したフィルフサは数も知れない。 だけれども、フィルフサには雨ともう一つ、明確な弱点がある。 それが狂気の源泉。 今まで王種には全てそれがつけられていたことが分かってる。 狂気の源泉の劣化コピーは前に解析したけれど、本家のものはまだ無事な状態では見つけていない。 これを見つければ、フィルフサの全駆除……いや違うね。 歪められた生物を、まとめて元に戻すことが可能になる可能性が高い」

「おおっ!」

「東の地で、千三百年続いた戦いを終わらせたライザさんの言葉です。 重みが違いますね……」

ディアンが昂奮した声で喜びの喚声を挙げ。

パティがちょっと引き気味に言う。

フィルフサとの交戦経験者であれば、あたしの今の発言がどれだけの大きな価値を持っているかは、よく分かるのだろう。

「フィルフサはオーレン族には許せない敵だって事も分かる。 でも大本では、フィルフサもただの被害者で、本来はごくごくちいさな寄生生物に過ぎない。 そんなフィルフサを元に戻す。 それはきっと、全てを焼き滅ぼすより困難で、だけれども価値がある事だと思う」

セリさんも頷く。

狂気の源泉は、どう考えても何らかの動力で動いており、それは恐らく竜脈に起因している。

つまり竜脈をコントロールする技術のうち、フィルフサ王種に命令を与えているものを解析できれば。

大雨を降らし。

手練れが必死に将軍を倒し。

そして辿りついた王種を、激戦の末に倒すなんて面倒な過程を経ずとも、それで大きな犠牲を出すこともなくなる。

ただしこれを解析されたら、フィルフサの兵器としての価値がゼロになる。

神代の錬金術師共も絶対にこれだけは丁寧に隠している。オーレン族が千三百年も発見できなかった遺跡。

それこそ、隠されている場所に間違いないだろう。

ミーティングを終えて、すぐにあたしも出る。

ここからが正念場だ。

 

風羽氏族の戦士が何名か戻って来て、カラさんが頷く。

タオ達は、ギリギリまで資料の調査を続けて欲しい。そう告げてあたし達は出て来ているのだが。

クラウディアの音魔術とカラさんの探知魔術でも。

問題の墓場らしき場所が分からないのである。

いや、近くまで来ているのはほぼ確実なのだが、それ以上が進めていない。これはちょっと。

いや、覚えがある。

「セリさん、これひょっとして……」

「ええ、間違いないわ」

王都近郊にあった迷いの森。

更には、フィルフサを封じ込めていたギミック。

あれの強化版か。

いや、違う。

迷いの森のものが劣化版だったのだ。

風羽氏族の戦士達は、世界最高のスカウトの一族と言っていいが、彼等が揃ってある程度までしか進めないと報告してくるわけである。

セリさんが植物魔術を展開。

山間の土地に、わっと植物の蔓を拡げていくが、それが途中でぐにゃりと曲がって。うねうねと動き出す。

明らかに見えている光景が現実と違っている。

それだけじゃない。

植物操作の魔術も狂わされているようである。かなり強力な、幻惑の壁が張られているとみて良かった。

なるほど、タオが解析した資料も納得だ。

これでは入りようがない。

ただし迷いの森と違って、どこかしら入れる場所は作っていたはずだ。それも錬金術師にしか分からない方法で。

風羽の戦士達には引き上げて貰う。

深入りすると、それこそ生きて戻れなくなる。

幻惑の仕組みも、迷いの森にあった複数の感覚混乱システムとはまた違っている可能性が高い。

だとすれば、下手に踏み込むのは自殺行為だ。

一度戻る。

クラウディアも、首を横に振る。

「音が滅茶苦茶に乱されているわ。 ひょっとすると、空間が乱されているのかも」

「空から行くのはリスクが高すぎるか……」

「ライザ姉、俺がまっすぐ突っ込んで見ようか?」

「止めとけ。 死ぬぞ」

ディアンの提案を、ボオスが即座に却下。

ボオスも王都近郊の件で、支援要員をしていたのだ。迷いの森の危険さは、聞いて理解しているのである。

一度戻り、対策を練る。

タオ達にも話をしておく。

結局此処も足を踏み入れるまでが大事か。分かりやすく幻惑解除装置みたいなのがあれば良いのだが。

そう上手くはいかない。

しかも音魔術が狂っていたと言う事は、多分魔術そのものが狂わされると判断して良いだろう。

文字通りの絶対防御と言う訳だ。

しかし引き下がるのも論外である。この先にある遺跡は、最後の情報があるとみて良いのだから。

「幾つか試験をしてみよう。 ライザ、私も行く。 空間魔術を試してみる」

「空間魔術か……あたしもちょっと試してみます」

早速だが。

クリフォードさんが見つけたものを、試してみる。

勿論即時で開発できるものではない。アンペルさんには、先にいって貰う。護衛は奏波氏族の戦士達と皆がいる。

念の為に雷神の石も渡しているので、大物のフィルフサに襲われても大丈夫だろう。

この辺りのフィルフサはあらかた片付けてはあるが、それでも念には念を入れて、である。

アンペルさんが出るのを見送ると、あたしは空間干渉に関する爆弾を作り始める。

空間を切断するというのは、今までたくさん色々な魔物がやってきているのを見ているので、別に難しいとは感じない。

ただ、空間を消滅させるのは禁忌だろう。

方程式を見る限り、この世界の空間というのは、存在して安定しているものだが。空間を消滅させると、恐らく消滅状態が周囲にとんでもない速度で波及するはずだ。あたし達の世界なんて、それこそ瞬く間に消滅するほどの。

空間を斬るのは、あくまで一時的に接続を解除しているだけのこと。

ケーキを斬っているのと同じである。

ケーキにしても、食べた所で全て無くなる訳でもない。色々形を変えて、最終的には土に帰る。

この方程式を見る限り、空間操作とはそういうものなのだと理解出来る。

爆弾を組む。

まずは空間の乱れを一定にするもの。

考えて見れば、前の迷いの森は、あらゆる感覚器官を狂わせるものであって。誰もを拒絶するものだった。侵攻を続けていた古代クリントにテクノロジーを渡さないための拒絶の壁。

今回は恐らく違う。

門を開ける事ができる神代の錬金術師……いや違う。

門を開ける事が自在にできるようになった神代の錬金術師は、新しく覚えた言葉を子供が大喜びで使って回るように。

どんな迷惑が掛かるかもどうでもいいと考えていた連中らしく。

そのテクノロジーを用いて、遊んだのではあるまいか。

爆弾を調整しているうちに、アンペルさんが戻ってくる。

空間切断で、一瞬だけ奧の光景が見えたという。クラウディアの音魔術も一瞬だけ通ったそうだ。

「やはり間違いないな。 空間が好き放題にねじられている」

「門の技術の延長線上であろうな。 人の世界で本当に好き放題をしてくれたものよ……」

「空間のねじれに穴は無いのかな」

「ないだろうな」

カラさんが、かなり広域に魔術での探査をしているが、ある一点からおかしくなる。谷にあるその土地は、空は勿論、地面の下までおかしくなっているという。

何度かアンペルさんの空間切断を使って見た感じでは、空間の捻れが展開されている範囲は幅五十歩ほどもあるそうで。

それが球体状に恐らくは遺跡と思われる地点を守っているそうである。

アンペルさんが空間切断を使える範囲も連射速度も限られている。

水に指でも突っ込むように、切断しても即座に戻るだけだ。

突破するには短距離での門でも開くか。

或いは、空間を安定させるしかないだろう。

「ライザ、作っている爆弾はどんな様子だ」

「今作っているのは、空間を固定化する爆弾です」

「空間を固定化」

「固定化することで、内部でのなにものも漏れないようにします。 アンペルさんの使う大魔術と原理では似ていますね」

アンペルさんは空間を箱状に削り取ることで、ベヒィモスが張っていたおぞましい厚さの魔術シールドをブチ抜く貢献をしてくれた。

あれと原理的には似ている。

今回は箱状に抉り取るのではなく、筒城に抉り取って安定させる。つまり、色々試す過程でできる試作品。

つまりはプロトタイプだ。

最終的には、空間操作魔術を使い。殲滅対象の相手を、短時間閉じ込める爆弾に仕上げる。そして閉じ込めた空間内で、四つの爆弾。火、氷、風、雷撃。この最大のものを炸裂させる仕様にするつもりだ。

これによって、爆弾を炸裂させて範囲内に閉じ込めれば、相手が何であろうと確定で殺せる爆弾に仕上がる。

その過程も兼ねて、今は調整をしている。

「最早私はライザの師匠を名乗るのが恥ずかしくなってきたよ」

「いいんですよ得意分野が違うだけだし。 それに才能依存の錬金術は、逆にいうと見いだされるまでは何もできません。 多分アンペルさんに会わなかったら、今のあたしは腕が多少良いだけの戦士に過ぎませんでしたし、もう誰かと結婚させられて子供も産んでたんじゃないのかな。 そうすると世界に対するダイナミックな関与なんてできなかったでしょうね」

それ以前にクーケン島近辺からあふれ出したフィルフサで、人類が滅んでいた可能性も高いが。

それについては、わざわざ今言う事でもない。

いずれにしても、この爆弾は後一日くらいはかかる。試作品はもっと早く作れるが、試作品ではダメなのだこれは。

皆には、頼む事がある。

「遺跡周辺のフィルフサを全て駆除して、踏み込む時のために備えてくれますか」

「分かった。 わしらでどうにかしておこう」

「しかしそうなると、王種をはじめとした群れが、谷の狭い範囲に閉じ込められているんですかね……」

パティが疑問を口にするが。

だが、あっと呟いて口をつぐむ。

そうだ。

先に潰した遺跡。

あの最深部にて、花の面倒を見るだけの装置にされていた王種。あれを思い出したのだろう。

本当にフィルフサは、神代の錬金術師に取っての粘土遊びの道具に過ぎなかった。フィルフサだけでは無く、人間も当然含む全ての生物がそうだったのだ。

すぐに行きましょうとパティがいって、皆それに続く。

フェデリーカは、大きくため息をついていた。

「ライザさん。 あの遺跡の奧にいた、花の面倒だけを見る王種。 きっとあれは、作った錬金術師は職人だと自負していたんだと思います」

「……どうしてそう思うの?」

「歪んだ職人意識を感じたからです。 サルドニカも、一歩間違ったらああなっていたんだと思います」

「そうだね……」

悲しい話だ。

神代の錬金術師は、今では少なくともこの世界にはいないだろう。

だが、その精神性は、人間の中で根付いているのだ。

奴らはそういう意味では、今でもこの世界でゲラゲラ笑いながら、全てを見下している訳である。

人間全ての中に、つまり心に住んでいるのだから。

フェデリーカも行く。神楽舞による支援は何よりも大事だ。

では、あたしはあたしだけに出来る事。

今までに無い程頑強な空間の壁をブチ抜くために。

爆弾を仕上げる。

神代の連中は、どうやって通っていたのかはそれこそどうでもいい。今はそれは大事ではない。出入りのために、爆弾は二つ作らなければならないし。手間が惜しい。

ただ、一つ。連中の作った「正解」なんてどうでもいい。

あたしは、奴らを凌いだことを、力で見せるだけだ。

 

3、閉じられた遺跡の中で

 

ひけらかされていた超高度テクノロジーを一つずつ破っていくのは。過剰な厚化粧を剥がしていくのに似ているかも知れない。

あたしは爆弾を完成させ、現地に出向く。

周囲には泥濘の中にフィルフサの残骸が散らばっている。

かなりの規模の戦闘があったようだ。

空間の壁を一時的に破られたことに気付かれたのだろう。フィルフサがかなり来たようだが。

雷神の石による大雨。

それに奏波氏族の精鋭の支援。

それもあって、敵の撃退には成功していた。

よし、順調である。

まずは、此処まではいい。だが、空間の壁を破ってからが本番だといっても良い。

作って見て分かったが、空間固定化の爆弾は、片手間に作れるようなものではない。それこそ空間に干渉して固定するほどのパワーがいる。

今のあたしでも当然難しい。

恐らくこれは旅の人でないと確実には作れなかったのではあるまいか。

空間操作魔術は魔物でも使える。

ドラゴンに至っては独力で世界を渡る。

ただしそれをテクノロジーで再現出来る者は限られていて。だから神代の錬金術師は、フォウレの里にまで目をつけて。自分のモノにしたがったのだろう。

あたしは空間の歪みの側まで行く。

まだ雨は降っているが、熱魔術で弾いてしまう。クラウディアが来る。戦闘で、相応に消耗したようだった。

「ライザ、できたの?」

「うん。 ばっちりかは試さないと何ともいえないけれどね」

「そう。 一度休憩を取ってからにしよう。 みんなそれなりに消耗しているから」

「勿論そのつもりだよ」

一度戻って、負傷者の手当てをする。

奏波氏族の戦士達がかなり活躍してくれたそうだが、やはり負傷者も出ている。ただあたしが提供した薬は既に行き渡っていて、大事になった戦士はいなかったようだ。フィルフサも攻撃は散発的で、戦いは小規模なものが延々と続いたらしい。

王種も将軍もでてこなかったから、死者は出なかった。

そう此処で戦っていた、以前あたしに次の奏波氏族の長老の座について話しに来た戦士にいわれる。

頷くとあたしは、まずは野戦病院まで戻り、其処で手当てを済ませる。

恐らくだけれども、この空間の壁に神代の錬金術師は相当な自信を持っていたとみて良い。

それにオーリムに持ち込める物資にも限度があったはずだ。

多分だが、こっちが本命。

空間操作魔術で作った壁で守った研究所。

ならば、内部に煩わしい守りの兵などおかないだろう。

そもそもエンシェントドラゴンでも連れてこないと破れないのだから。

ただ、それでも万が一の可能性はある。

皆のコンディションを確認。

万全である事を確認すると、まずはクラウディアとカラさんと話して、空間の壁の境界を確認。

壁は完全に境界があるわけではなく、もや状に拡がっていて、範囲についてはある程度はわかっているようだ。

外から見ていると違和感がないので、まあ持ち出した旅の人のテクノロジーか、或いは偶然できた傑作なのだろう。

タオが地図を起こす。

この作業も懐かしいな。迷いの森を抜けるときにも随分と苦労したけれども。それに近い作業だ。

あの時とは知識量も錬金術の技量も違っている。

だから、さっさとこなして先に進むだけだが。

「よし、だいたい想定通りだね。 谷は元々こういう風だったんだよねカラさん」

「元々我等にとっても禁足地だったから、あまり詳しくは知らぬぞ」

「分かっています。 いずれにしても、此処から此処の空間を安定させれば奧に行けると思います」

あたしはすっと地図上で指を走らせる。

ただ、空間に穴を頑張って開けて調べたときも、奧にどんな建物があるかは確認できなかったとアンペルさんとクラウディアがいっているので。

まずは空間の壁に穴を開けて。

その奥に行って、そこでも調査をしなければならないだろう。

フィルフサは断続的に来ていたものの、王種直属の指示でもないし、何よりもこの大雨である。

動きたくないのだろう。

既に増援は絶えているようだった。

「仕掛けるよ。 空間操作魔術は非常に危険だから、みんな此処までさがって! 巻き込まれたら絶対に助からないよ!」

「危ないぞ、さがれ!」

「ライザ殿が何かやるらしい! さがれ!」

奏波氏族も声を掛けてさがってくれる。あたしは箱状の爆弾を地面にセット。

これも他の爆弾と同じで、何段階かを踏んで起爆する。

起爆する方向も箱に分かりやすく矢印で記載しており、爆破範囲に当たる空間操作範囲についても箱に記載するようにしている。

分厚いマニュアルも作りたい所だが。

道具というのは、使いやすければ使いやすいほど使われる。

これは槍などが良い例で。

同じ時間訓練すれば槍の方が早く戦力になれるように。どうしても槍の方が利便性は高いのだ。

あたしは武器も爆弾も利便性を重視する。

これも同じだ。

手を振って、起爆する旨を伝える。

ワードを唱え、あたし自身も離れる。

充分に距離を取ってから、起爆。

起爆と同時に、ぐにゃりと空間が歪むのが分かった。

「おおっ!」

「凄まじい!」

「エンシェントドラゴンのようだ!」

まあ、道具ありきだけれど。

確かに己の力と魔術だけで空間に穴を開け、あまつさえ隣の世界に飛ぶエンシェントドラゴンは、こんな風にするのかも知れない。

空間の歪みが安定する。

空間ごと何もかも削り取っている訳ではなく、空間にある物質にどうこうしているわけでもない。

少なくともこの爆弾はそうである。

空間ごとねじ切るような爆弾も作れそうではあるのだが。今の時点ではどうにも食指が動かない。

ともかく、あたしが先頭に立って歩く。

空間の歪みは問題ないが。

空間の歪みに作ったトンネルを通るとき、上も横も凄まじい勢いで景色が流れていて、ちょっと驚く。

「足を踏み外したら死ぬよ!」

「あ、頭がおかしくなりそうです!」

「フェデリーカ!」

パティがフェデリーカの手をつなぐと、自分で率先して歩く。

いやはや、実に男前な行動だな。

ディアンはわりと平気で、あたしの後ろを素直についてきている。不意に、周囲の景色の歪みが止まった。

終わったのだ。

トンネルが。

辺りは水に濡れてはいるが、土砂降りの直撃を受けた外ほどではない。この辺りで展開と指示を出して、後続には急いで貰う。

空間も物質と同じで、元に戻ろうという効果があることは、理論を見て理解出来た。

もしもあの歪んだ空間が、何かしらの力で作られているとすると。その歪みは誘発されているのであって。自然なものではないだろう。

遺跡らしきものは。

辺りを探る。

クラウディアが音魔術を全力で展開。クリフォードさんが、ずかずかと前に出た。

「臭うな。 こっちだ」

「分かるんですか!?」

「今更驚く事か?」

「い、いえ……」

フェデリーカは驚きっぱなしで面白い。クリフォードさんの人間離れした勘なんて見慣れているだろうに。

ちいさな虫がいて、おっと声が出る。

これは、この空間の歪みの内側、フィルフサはいないな恐らく。土もこれ、腐葉土だ。辺りにある木は涸れてしまっているが、それはこの空間に閉じ込められて長い年月が経ったからではあるまいか。

要は手入れしないと枯れるような木か。

もしくは寿命だと言う事だ。

「虫……」

「この世界で生き延びている貴重な虫だというのは分かりますが、近寄りたくはないです……」

タオとパティが口々にいう。

まあ、別に苦手なら仕方がない。距離を取れば良いだけだ。

クリフォードさんが足を止める。この辺りだなと、周囲を見回す。辺りには雑木林程度しかない。それも枯れて果てている。

谷の中にあるちいさな枯れた林。

それが空間の壁で守られている筈がない。

神代にとって貴重な植物だったら、あの蘭みたいに厳重に保護しているはずだ。ガーディアンも置いているだろう。

だとすると、地下の可能性がある。

とんとんと足下を叩いていたクリフォードさんが、皆を呼ぶ。

レントがスコップを持ちだし、掘り始める。ディアンも手伝う。カラさんは、どけた土を、魔術で浮かせて更に避けていた。

「この辺り、歩いていて音が違う。 下に何か硬い物があるぜ。 それも丸い石なんかじゃねえな」

「遺跡なのに埋まっているんですかね」

「違う。 千三百年掛かって埋まったんだ」

周囲の林は今でこそ枯れ果てているが、研究所があった頃はきちんと生きていたはずだとクリフォードさんはいい、自身でもスコップを手にとる。

リラさんに周囲を警戒して貰って、あたしも穴掘りに加わる。

まあ、それほど時間は掛からない。

やがて腐葉土の下に、扉ができていた。扉といっても真円形だが。

なるほど。

元はこれ、声でも掛ければ開く仕組みだったのだろう。それが千三百年も放置されて、こうして腐葉土の下か。

しかも作った林も雑だったから、手入れもその後しなかったから、こうして枯れてしまい。

何より空間で隔離してしまったから、フィルフサに踏み荒らされはしなかったものの外とも隔離され。

最終的に生態系も破綻してしまったわけだ。

それでも木が残っていると言うことは、比較的最近まで頑張っていたのか。

こんなオーリムの環境の中で、と思うと。言葉もない。

植物に罪は無い。

ただ、此処は明らかに一度地面を全部剥がされている。元いた生物の事や、何より此処が墓所だった事を思うと、何とも胸くその悪い話だった。

コンソールがあったので、タオが操作。

簡単に開いたようだが、扉が劣化しているのか、そのままでは動かない。此処も、パスワードは掛かっていなかった。

ウィンドル北東の遺跡の内部だけが異常だったのだ。

本来は、神代の錬金術師に取っては他の存在は猿同然であったから、まさか遺跡に肉薄されるなんて考えてもいなかったのだろう。その思想は古代クリント王国まで続いていたようだし。

ボオスがぼやく。

「……此処までは特に反撃はなしか。 だが空間に穴を開けられたことは、遺跡の方では勘付いているかもな」

「開けるのは俺とディアンがやる。 パティ、リラさん、何か出てきた時、前衛で対応を頼む」

「任せてください」

「ああ、問題は無い」

セリさんも覇王樹を何時でも展開出来るようにする。あたしもちょっと距離を取って、何か出てきた時に備える。

あの神代鎧のカスタムタイプが飛び出してきたら、はっきりいってあたしのインファイトの技量だと首を飛ばされる可能性がある。あたしは大火力による戦闘は得意だが、レントやパティ、リラさんほど最前衛での緻密なつばぜり合いは出来ない。魔物相手なら兎も角、対人戦を極めている神代鎧は相性が最悪である。

倒せると近接戦で圧倒できるとは、話が全く違うのだ。

扉が開く。

流石のレントのパワー。ディアンも凄まじい。

千年分以上の腐葉土が積もった扉が、軋みながら開く。全員が戦闘に備えて構えている中。

それは、静かに開かれて。固定された。

タオがまたコンソールを弄る。

エラーは出ていないそうである。

「システムは壊れていない。 そうなると、色々と機械の方に不具合が生じていると見て良さそうだね」

「軟弱な腐れ錬金術師共に、これを力で開ける事ができたとは思えねえ。 閉じたら開かなくなる可能性もあるな」

「私が固定するわ」

セリさんが多数の植物を展開して、一気に扉を固定してしまう。それでこの扉は静かになった。

よし、此処からは内部での調査だ。

空間の歪みは、案の場ふさがり始めている。まだ塞がりきっていないので、先に外に声を掛けておく。

「調査が終わり次第、内側から空間の歪みに穴を開けます! 巻き込まれると助からないので、一度ウィンドルまで戻ってください!」

「分かった! 頼んだぞ!」

「先にどこからどこまで影響があるか、爆弾を仕掛ける位置をどうするか、印をつけておこう」

タオが早速、幾つかの枯れ木を使って、矢印と目印を作ってくれる。

ありがたし。

これで帰りも遠慮なく起爆を仕掛ける事ができる。

では、遺跡に入り込む。

どうせ此処でも散々胸くそなものを見る事になるだろう。とっくに覚悟はできているが。

それにしても暗い遺跡だな。

カンテラを使う。

礼にといって渡された魔石と硝子のカンテラを、フェデリーカがつける。それもいいのだが、極限環境で使えるカンテラをあたしは使っている。これは生活には向いていないが、水中だろうが空気がなかろうが魔力がなかろうが使える優れものだ。ただし作るのが難しい。

腰に付けているそれのつまみを捻ると、薄暗い遺跡が一気に明るくなる。前衛のレントとパティも同じようにする。

クリフォードさんが呟く。

「敵性勢力の気配もトラップの気配もない。 さっきのコンソールのログは見たが、特に何も出ていなかったな」

「扉のシステムは完全にバカになっていますね」

「神代の技術にしては妙にお粗末だな……」

アンペルさんがぼやく。

此処でのぼやきは懸念だ。

今までの神代の遺跡の強力な守りと、既に劣化している古代クリント王国時代の遺跡と違う頑強さ。

それを思うと、如何に地下であったとしても妙だ。

実際同時期の北東の遺跡はあれだけ内部がしっかりしていたのである。

壁なんかは全く劣化していない。天井もだ。

だが、これは。

ひょっとして、動力が死にかけているのか。

それとも供給が止まっているのだろうか。

資料室を見つけた。

足を運んでみるが、本の類は残されていない。すっからかんである。このような事例ははじめてだ。

「記録が全く残されていないね」

「ひょっとするとだけど」

あたしのぼやきに、タオが返す。

皆が注目する中、タオが仮説を述べた。

「この遺跡、もう役割を終えたから、放棄されたんじゃないのかな。 あの空間の壁も、ただの実験だったのかも」

「だとすると、他の遺跡も空間の壁で守っていないとおかしくない?」

「それはそう。 なんなんだろうねこれ」

「とにかくまだ地下がある。 規模的には北東の遺跡と大して変わらんと思う。 動力炉はどうせ一番下だ。 其処を目指そう」

クリフォードさんが促す。

確かに此処で仮説を元に話をしていても始まらない。

薄暗い地下を行く。

フィーは居心地が悪そうだが、特に危険も感じないようで、ずっと静かにしていた。

通路を歩いて行くと、幾つか部屋がある。

寝台が並んでいる。休憩用のスペースだろう。寝台に使っている素材は全く劣化していないが、この布は。触ってみて確認すると、どうやら植物由来のものではないらしい。千三百年、こういう空気さえよどんだ地下にあったとは言え劣化しないのか。一つサンプルを回収しておく。

彼方此方に照明はあるが、動力が来ている様子はない。多分供給を切られている。

階段があったので、警戒しながら進む。

レントが最前衛で、声を掛けて来る。

すぐに階段を下りて展開。

左右にずらっと並んでいるのは神代鎧だ。ただし、どれも作りかけのように見える。それもいい加減に作ったようである。

念の為に全て破壊しておく。後で溶かして、ハイチタニウムだけ利用させて貰う事にする。

「やはり守りはあったんだ。 だけれども、どうしてこんな半端にして、しかも放置したんだろう」

「動力炉を確認してからだね。 遺跡そのものは傷んでいる様子も無いし。 扉もあれは、動力が来ていないから人力で開けなければならない雰囲気だった」

「わしにはこれは、子供が何も考えずに散らかした後、帰ってしまったように見えるのう」

カラさんが呟く。

確かに言われて見るとその通りだ。

通路を歩く。

左右にあるのは、これは作りかけの培養槽か。資材を持ち出す必要もないから、作りかけで放棄したという印象だ。

此処でフィルフサを弄くるか。

それとも超ド級でも培養するつもりだったのか。

どっちにしても、これは動かなかった。

左右には小部屋もある。

それらには、小道具らしいものがあった。多分神代の錬金術師に取っては、どうでもいいものだったのだろう。

機具や工具がたくさんあるが、いずれもが今普及しているものよりも完成度が高い。

複雑な顔をフェデリーカがしている。

「これは恐らくねじ回しだと思いますが、何もかもが今のサルドニカで普及しているものとはレベル違いですね。 千三百年も放置されているのに、このまま千年でも使えそうです」

「譲るよ。 持って帰って解析して」

「あ、はい。 分かりました」

「解析が終わったら王都にも普及させたいので、是非売り込みに来てください」

パティも興味があるようだ。

まあそれはそうだろうな。

王都の生活を少しでも向上させられるのなら。

それにテクノロジーそのものには罪は無いのだから。

特にこういった基礎部分のテクノロジーは、悪用する方がおかしい。発展型のテクノロジーには悪用しかできないようなものもあるのだが。

小物は全て持ち出しておく。

荷車には余裕がある。

先に遺跡を一旦出て、回収すべきものは外に積んでおく。

遺跡が崩落する可能性はあるのだ。最悪に備えておくべきである。

再び少しずつ進む。

鍵が掛かった扉もないし、隠し扉もない。物語に出てくるダンジョンにあるような、悪辣なトラップもない。

本当に作るだけ作って放置したという印象だ。

途中にプレートを見つける。

神代の遺跡によくある奴だ。タオがもう慣れたもので、すらすら読む。既に専門用語も苦にしていないようである。

「この先、二階層下が動力炉だね」

「やれやれ、もう少し先か」

「研究室は今まで見た部屋がそうだったみたいだ。 恐らく持ち出したものは、洞窟の研究施設や、北東の遺跡に持ち込んだんだ。 或いは本拠地に持って帰ったのかも」

「いずれにしても、此処は用済みになって廃棄された可能性が高そうだね」

外れかも知れないな。

そう思っても、一応は調べる。

此処が外れだったら、今まで回収したデータから、一か八かの勝負を賭けるしかなくなるのだが。

それもあたしは其処までは心配していない。

まだ幾つも手はある。

それにだ。

神代の錬金術師の底はもう見えている。その尻尾は、それほど苦労せずに掴めるとあたしは判断していた。

地下に降りる。

今まででもっとも広い空間に出た。

たくさん大型の作業機械らしいものがあるが、それらは稼働していない。

此処も半ば廃棄されているが、違うのはゴミがたくさんあることだ。なんだこれ。無造作に積まれているが。有機物の残骸に見える。

「フィー!」

フィーが警告の声を上げる。

それに、リラさんが目を細めていた。

「ライザ、これは恐らく実験段階のフィルフサだ」

「!」

なるほど、これが。

左右を見回す。

フィルフサは元々冬虫夏草のようなただの寄生生物で、動物ですらなかった。無害なそれを、殺戮生物兵器とする過程があった筈だ。

これがそうか。

だとすると。

「気持ち悪いかも知れないけれど、後で調べよう。 ひょっとするとだけれど……此処にあるかも知れない」

「何の話だ」

「狂気の源泉のオリジナルですよ」

アンペルさんが、あっと答えた。

今までのガバガバ管理から考えると、フィルフサのしがいに紛れて、狂気の源泉があっても不思議では無いだろう。

一瞬躊躇はしたが、まずは動力炉を探すのが先だ。

動力炉を調べれば、空間歪曲場の仕組みが分かるかも知れない。

分かれば、解除も可能になる。

枯れ果てて、僅かに虫が少しだけしかいない森だ。一度解除しなければ、ダメなのは確定事項である。

無言で進む。

構造は全くというほど素直というか、とにかく攻めこまれる事何て一切考えていない造りだ。

一応動力炉に通じる階段には、警告だの、この先重要施設だのの説明が書かれたプレートがあったが。

あくまで身内への警告であって。

トラップがあるわけではなかった。

階段を下りると、動力炉だ。

ウィンドル北東の遺跡にあったものと同型だろう。早速タオとクリフォードさん、アンペルさんが三人で調べ始める。

「動力炉でやはり空間を歪曲させているみたいだ。 動力炉の力を殆どそれにつぎ込んでいるみたいだね」

「何か残っていない?」

「……あったぞ」

研究録らしい書物。

一冊だけだ。クリフォードさんがめざとく見つけて来た。

とりあえずそれは後で解析する。

「自爆装置の類は無いよね」

「ないけれど、竜脈からえげつない量の魔力を吸い上げてる。 このまま続けると、ウィンドルはいずれ枯れ果てるよ」

「なんじゃと……!」

「多分これが此処の役割なんだ。 此処は放棄された遺跡だと思うけれど、それはそれとして神代の錬金術師は空間歪曲を行うようにタイマーを仕込んで、自分達だけ脱出した。 そういうログが残ってる。 空間歪曲で守られたこの遺跡は、竜脈から過剰な魔力を吸い上げて、それが空間歪曲を維持する。 最悪のシステムで、ウィンドルを兵糧攻めするつもりだったんだ」

タオの告発に、カラさんが激怒したようだが。

静かにブチ切れただけで。

大きく息を吐いて、それで落ち着いたようだった。これができるのは、立派な大人だと言えるだろう。

「酷い策を考えるね。 タオくん、そのシステム、止められるの?」

「ああ、簡単だよ。 案の場管理者権限にもパスワードも掛けていない。 ちょっと待っていてね……」

「よし、じゃああたし達は、今のうちに上の階を漁ろう。 狂気の源泉のオリジナルを見つければ、フィルフサを一気に全滅させるヒントが見つかるかも知れない」

正確にはちょっと違うのだが。

原理的には似たようなものだ。

少なくとも各地で爆発的に繁殖して、自分達以外を根こそぎ蹂躙し尽くす環境の破壊者を全て黙らせることができる。

それはフィルフサをただの寄生生物に戻す事を意味していて。

フィルフサを根こそぎに殺す事ではないのだが、まあともかく悪辣な改造をされたフィルフサという生物を救う事になるし。全滅させる事にもなる。

下はブレイン三人組に任せて、フィルフサの残骸を調べに掛かる。

雑な事をやる神代の錬金術師達だ。

あたしもずぼらではあるが、こういう作ったものに責任を持たなかったり。作る過程で出る犠牲を何とも思わないのとは違う。

調査を続けて。丁寧に調べて行くが。

やはり中途の過程の残骸らしいものが見つかっていく。

「これは小型種に似ているが、最初の頃は随分とシンプルな形状だったんだな」

「白牙の者よ。 最初神代の錬金術師が繰り出したフィルフサは、こういう形であったぞ。 どんどん複雑化していったがな」

「様々な生物を根こそぎにしながら、その特徴を取り込んでいったんですね」

「こっちの世界に来られたら、更に凶悪化した可能性も高そうですね」

パティとフェデリーカが恐ろしいと顔に書く。

あたしは大型の残骸を漁る。

これらは多分実験体の王種だ。

やはりそうだ。

今までの記録にもあったが、王種そのものは全てカスタムなんだ。姿が似ているものも多かったが、基本的に全て王種は手作りなのだ。そうなってくると、王種の数は限られている筈。

王都近郊にいた奴はドラゴンに近い姿をしていたが、あれほど強力な奴はそれほどいないだろう。

カスタムタイプのフィルフサの究極だとしても、作り出すのにコストが掛かる。

奏波氏族と激突して追い出された神代の錬金術師だ。

そうなると、王種を作り出すのにも数に限りがあった筈だ。

100……200は越えないだろう。

王種は放てば、後は雑魚が勝手に増えていく。王種そのものは増えないが、それでも充分だ。将軍は簡単には作れないだろうが、それでも千三百年の年月が解決する。

雑魚を大量に侍らせるだけで脅威だし。

雨さえ降らなければ、王種の戦闘力はほとんど無敵だ。

遺跡の中で交戦した、雨による弱体化を受けていない将軍は、今のあたし達でも大苦戦する相手だった。

本来の王種は、最低でも超ド級と互角かそれ以上。

そんな化け物、オーリムにもそうそういないだろう。

「これは恐らく大型化をさせる過程なんだろうね。 無理矢理形がねじ曲げられているみたい」

「これは多分、人の要素が取り込まれた形状ですね。 ひどい……」

「文字通り何でもやったんだな……それもただ自分達の主観で美しいとかいう世界のためにだ」

ボオスが嫌悪を吐き出す。

レントが大型の残骸を崩していたが。何も見つからずに嘆息する。

そんな中、ディアンがあっと声を上げていた。

「ライザ姉!」

すぐに駆け寄る。

あった。

狂気の源泉だ。前に古代クリント王国の連中が作った劣化コピーと形状は似ているし。今まで王種が身に付けていたものとも形状は一致している。

これを調べれば、根こそぎフィルフサをどうにかできる可能性がある。

「ディアン、お手柄だよ。 ただサンプルが一つだけだとちょっと心許ない。 他にもあるかも知れないから、探そう」

「へへ。 これでウィンドルも少しはマシになるかな」

「お手柄ぞ小僧、いやディアン。 必ずマシになる筈じゃ」

カラさんがそう素直に賛辞を述べる。

それからも、調査を淡々と続ける。

クラウディアが見つける。

二つ目の狂気の源泉だ。隅っこの方にあまりにも粗雑に放置されていた。できれば十個くらいほしい。

此処にあるのは、まだ試作品の可能性が高いからである。

あたしも見つけた。

大型の機械の隅にうち捨てられている。レントに万が一に備えて貰って、機械の奧にあるものを取りだす。

落ちたからいいやと放置した。

そんな風情である。

雑すぎる管理に、パティが呆れる。

「こんな危険物を、こんなに粗雑に扱うなんて」

「文字通り火遊びをする子供だったんだよ。 最悪の意味でのね」

荷車に狂気の源泉を放り込んでおく。

この様子だと、まだまだありそうだ。

全てこの世から葬り去るために、できるだけ無事な状態の狂気の源泉を、見つけておきたかった。

ボオスが声を掛けて来る。

一際巨大な残骸。その隅に、二つまとめて落ちていたという。

「これは巨大な残骸だな。 こんなサイズの王種がいたら、どれだけ凶悪だったか想像もできない」

「恐らく最強の王種として作るつもりだったんだろうね。 でも、ベヒィモスみたいな失敗作になったのかも」

「でかければいいって訳でもないか」

レントは複雑そうだ。

未だにザムエルさんについてたくさん思うところもあるのだろうし。あたしは何もいわなかった。

 

4、歪みの遺跡の末路

 

動力炉を止めると、嘘のように空間の歪みは消えた。後は、隅々まで調査して、引き上げる事にする。

此処は漁られると困るようなものはなにもない。ログを吸い出した後、動力炉は破壊しておく。

それだけで良かった。

外に出ると、雨が降っている。ずっとロクな雨も降らなかっただろう土地に。これで、此処にも生命が戻るはずだ。

フィルフサも減っている。ウィンドル周辺には確かまだ一つ王種が率いる群れがある筈だから、解析の後実験したい。

ついでに潰してしまう。

ただ、それは解放を意味する。

意識もなく動物ですらないフィルフサだ。それに擬似的な悪意と殺意を植え付け、何もかもを踏み砕く生物にしたてた。それは呪いといっていい所業。だから、呪いから解放しなければならない。

外に出て、雨を浴びながら、カラさんが大きく嘆く。あたしは荷車に布を被せながら聞く。

「ウィンドルを兵糧攻めか。 フィルフサ共に好きにされていて気付けなかったが、此処まで荒れ果てたのにはそんな理由もあったのじゃな」

「戦術という観点では、対人用のものが幾らでも発達していたんだと思います。 それだけ人間同士での殺し合いが多かったんでしょうね」

「今の時代は魔物に押されていて人間ははっきりいって苦しい生活をしている。 だけれども、人間同士で殺し合い奪い合いをしているのとどっちがマシなんだろうな」

ボオスが嘆く。

ともかくだ。遺跡を後にする。空間の歪みはもうないが。その影響は如実に出ていて、彼方此方にねじ切られたような歪みがあった。一部の土も、露骨に色が違っている。腐葉土でさえない。

空間の歪みにさらされていた地点だ。

それこそ、摂理から外されてしまっていた地点だったのだろう。

ウィンドルに戻る。

カラさんは、目撃したものを奏波氏族に共有するといって、ウィンドルの集落の入口で別れた。

他の皆も解散とする。

クラウディアはバレンツ商会の副頭取として、ウィンドルの復興を何かできないか考えているようである。

カラさんについていく。

ボオスは寂しそうにじっと集落を見ていたが、キロさんは今頃フィルフサと戦って孤立しているオーレン族達を救助して廻っている筈だ。

ボオス一人では足手まといになるだけ。

ボオスがいるべき場所はこっちで、キロさんの側では無い。

だが、寂しいのは分からないでもなかった。

アトリエに入ると、早速調査を始める。

一冊だけ持ち帰った資料は、タオが確認開始。あたしは狂気の源泉を順番に調べ始める。これを調べ終えれば、大きな進展になる。それこそ、世界にとってのだ。

フィルフサを全滅させる。

それはオーリムには絶対に必要な事だ。

だがその具体策は、今まで思いつかなかった。

しかし狂気の源泉のオリジナルが手に入った今。

或いはそれも、過去になるかも知れない。

これで問題は片付いたが、一つ懸念がある。

あの遺跡の辺りにフィルフサの群れがいた。だが、王種を倒したという報告がない。

それも調べておかなければならないかも知れない。ただ、やるのはまず一つずつ。偵察は、風羽の戦士達に任せるしかなかった。

 

ガイアが一度本拠に戻る。更に母による掌握が進んでいるようで、彼方此方に光が点っていた。

空も地面も何もない、虚空。

其処に浮かんだ虚飾の宮殿。

それがこの場所。

古くは万象の大典といわれた地。

アイン様は睡眠中か。母に呼ばれたのもあるのだが、東の地の戦況が完全に片付いた事もある。

今、各地に東の地に集めていた同胞を戻し、状況の整理を行っている。案の場同胞が外れた隙を突いて悪さをしていたカス共が少なからずいて。

それらは駆除しなければならなかった。

人間に対する禁忌を同胞は持たない。

それは母が外してくれた。

同胞……ホムンクルスが逆らえないように神代の錬金術師は色々と策を弄したのだが、それは原初のホムンクルスであるタームラの反逆もあって失敗。結局神代は、ホムンクルスを封じた。

今いるガイア達は、母により復活を遂げた新しいホムンクルス。

復活の際に、色々かけられていた枷は外れた。短く設定されてた寿命もその一つ。今では時々メンテナンスをするだけで、半永久的に生きられる。別に永久の命なんてものに興味は無いが。

同胞として仕事をずっとできるのは、良い事だ。

「ガイアよ、よく来てくれましたね」

「はっ。 それで如何いたしましたか」

「現在此処のシステムの掌握を進めており、62%に達しました。 しかしながら例の……収集用のシステムは極めて堅牢。 下手に手を出すと、一気に形勢が逆転しかねません」

「確かに物理的にも電子的にも掌握が難しいと聞いています」

「そこで、ライザリンと冷静な話し合いがしたいと思っています。 立ち会いをお願い出来ますか」

無論、とガイアは答えた。

不動明王の権化と東の地でいわれたライザは、どちらかというと熱の荒神であって。慈悲の要素は小さいように思う。

不動明王は弱者の守護者でもある。

ライザは勿論弱者に手をさしのべるが。

敵に対して容赦がなさすぎる。

ここに来た瞬間、全てを破壊し始めかねない。それくらい、神代への怒りを燃やしている。

それはガイアも観察していて、結論せざるをえなかった。

まあ、神代への怒りは同胞でも共有しているが。

それにしても、母にまで怒りを向けられてはたまらないのだ。

「以前ともに戦った私やカーティアを立ち会いの場に出せば、恐らく冷静に話をすることができるでしょう。 それでもライザが戦いを挑むようであれば、この命賭けてもお守りいたします」

「お願いします。 形なき身といえども、クラウド化しているサーバまで物理的に破壊されてはどうにもならないのです」

「は。 例え電子の霊であろうと、母は母です。 必ずや冷静になるまでライザから盾になると約束いたします」

とはいえ骨ではあるな。

あれが激高した場合、止めるのは同胞総掛かりでも厳しいかも知れない。

ましてや今ライザはウィンドルで神代の所業を直接調べているはず。怒りのボルテージは限界に達しているだろう。

怒りが炸裂したライザ。更にその仲間を止めるか。

アインを守るなら、この身など。

同胞の未来のためなら、この命など。

ガイアは覚悟を決める。

ライザはきっと冷静になってくれる筈だが、それでも万が一がある。

その万が一に備えて、ガイアは準備を始めた。

 

(続)