コキュートスの花園

 

序、難攻不落

 

あたし達の攻撃を退けた神代の遺跡に、フィルフサが入っていくのが見える。他の群れが侵入しているようである。

あり得ない事だ。

フィルフサは共食いをしない、それは既に確認している。これはそもそも甲殻が本体だからで、共食いをする意味がないからだ。

同時に共闘もしない。

これもそれぞれの群れが一体の王種に率いられているからだ。

中には二枚重ねの甲殻の将軍なんて変わり種もいたし、神代の錬金術師は粘土でもこねるように命を弄んだから、どんなフィルフサがいても不思議ではないが。

それにしても妙だ。

今まで見た事がない事例だと、奏波氏族の戦士達も証言する。

千年以上戦って来たフィルフサの生態だ。

それもこの遺跡に立てこもっている連中は、その千年の戦闘で生態をずっとみている筈である。

だとすれば異常事態。

疑う余地は無いだろう。

無言で状況を確認後、一度後退する。また敵が補充されたという事もある。二日間で火が出るように攻め立てたが、神代鎧が相当数まだ中にいるらしく、倒しても倒しても出てくる事。

更にはフィルフサが補充されているとなると。

この遺跡が呼んでいるのか。

或いは悪魔もどきか。

両方かも知れない。

ネメドの遺跡では、実際悪魔もどきがそのシステムを利用していたのだから。神の代理人だから許されているのだろう。巫山戯た話だ。

ともかく、距離をとって確認する。

遠めがねで確認していたタオが、あっと声を上げていた。

「王種だ。 西側に展開していた群れのものだと思う」

「遺跡に向かってる?」

「間違いなく」

「そうか、じゃあ危険を冒してでも倒す他無いね」

クラウディアに頷くと、雷神の石を打ち上げて貰う。

元々じとじとと雨が続いていたが。これで一気に土砂降りに変わる。辺り一帯が土砂降りで、フィルフサに取っては地獄だ。

仕掛ける。

王種二体が遺跡の中で待ち伏せていたら、流石に倒すのは厳しい。しかしながら、あたし達が先頭で仕掛けるのを待っていたように、高所から無数の狙撃が飛んでくる。上空に、飛行型のフィルフサ多数。

それが狙撃型のフィルフサを抱えている。

やっぱりこれはおかしい。

悪魔もどきが遺跡にいて、指揮をしているとみて良いだろう。

魔物を操作する能力を持っている相手だ。フィルフサも例外では無い。しかも此奴は、戦術的に使って来ている。

王種をおとりに、あたし達を死地に追い込むのはかなり考えたなと言いたいが。

あたしは踏みとどまる。

というのも、大雨だ。フィルフサは弱る一方。大雨に上空で晒されている飛行型は、無事ではすまない。

踏みとどまれ。

カラさんが叫ぶ。

風の魔術を起こし、飛行しているフィルフサを翻弄する。狙撃も上手く当たらない。それでも当てに来るが、レントやクラウディアが弾き返す。

ディアンが突貫。

パティと一緒に、敵を右に左に斬り倒す。

その間を抜けて、あたしが突入。

行く手を塞ごうとした重厚な体の将軍に前蹴りを叩き込み、のけぞった所にもう一撃を入れる。

着地。

浮き上がっている将軍に、踏み込みながらとどめの蹴りを入れる。完全に拉げていた将軍が、それで空中分解。

コアをついでに掴み、砕いた。

バラバラに砕けた将軍。

それを貫くようにして、超火力の魔術砲が飛んでくる。

王種による迎撃。

避ける暇はない。

全力で熱槍を展開、真正面からぶつける。

直撃し、苛烈な熱が辺りを蹂躙する。フィルフサですら溶けるほどの熱の中、あたしは一瞬の拮抗を作って、それで充分と判断。真上に跳躍。魔力砲が、地面を抉りながら地平まで飛んでいく。

其処から投擲。

投擲したのはリアプラジグ。

最大火力の雷撃爆弾だ。

効果範囲を絞っていなかったら、戦場にいた全員が即死していただろう。フィルフサの動きと布陣を見て、丁度指定範囲を雷撃が焼き尽くす。

多数のフィルフサが倒れ、その中には王種も混じっていた。

上空から襲いかかる。

それでも王種が無理矢理体を起こし、鎌で迎撃に来るが。それを爆破で更に加速して、蹴り。

気合の声とともに、ダメージを受けている王種の横っ腹に大穴を開けて、突き抜ける。

着地と同時に、地面が爆裂する。それくらい蹴りの威力が出ていた。

王種がしばらく棒立ちになり、それで倒れる。あたしは呼吸を整えながら歩み寄ると、コアを引き抜いて、握りつぶしていた。

これを資源にするか。

気が狂ってるな本当に。

周囲を見る。群れが壊滅して、そのまま離散していく。王種を先に仕留めると、将軍も崩れて行くようだ。

味方の被害は小さくない。とにかく、すぐに負傷者を引かせて、それで手当てに掛かる。

この辺りにいるフィルフサを、更にかき集めて防御に出かねないなこれは。

あたしは、酷い負傷をしているオーレン族の戦士を見ながら、呻く。

この惨状では。

迂闊に攻勢にも出られない。

 

負傷者の手当てを終えると、後は休む。

皆口数が減っている。この期に及んで敵の行動が不可解だし、なおかつ拠点が極めて堅固だ。

とにかくこれでは敵を攻め潰せない。

しかも遺跡の内部にはまだまだ神代鎧が控えているのだ。

悪魔もどきがいるとして。

今までとは違う、かなり厄介な相手とみた。

サタナエルみたいにプライドがある奴なのかは分からない。ただのアホだった悪魔もどきもいたが。

少なくとも今交戦している奴は、人間の戦い方を知っている。

一眠りしたが。

文字通り泥のように眠ってしまった。起きだしてから、体を動かす。カラさんが、起きて来ていた。

「ライザよ、相変わらず朝起きが早いな」

「まあ、農家の娘ですからね」

「農業はわしらもやるが、そなたの世界の方が技術的には進んでおるのう。 セリ=グロースも其方で学んだ事は多かったと言っておったわ」

「セリさんが……そうですか」

そうか、だとすれば良い事もあったんだな。

セリさんはあたし達の世界の事を良く思っていない。それを知っているから、複雑な気分である。

軽く話す。

やはり奏波氏族の状態は限界が近いようだ。

負傷者の疲弊も酷く、これ以上の攻勢は厳しいと断言された。

実際問題、これ以上損害を出すと、ウィンドルを守りきれなくなる可能性がある。

もしもウィンドルが陥落したら、それはそのままネメドにフィルフサが怒濤のように溢れることを意味もしている。

それは絶対にあってはならない事だ。

「今まで対戦してきた神代の錬金術師どもが作った遺跡とは訳が違うのう。 今まで監視に留めておったが、大正解であったわ」

「少し戦力が足りないですね。 あたし達だけで攻めるにしてもちょっとあの規模だと厳しいのが現実です」

「そうさな……」

「今回はフィルフサの増援を防ぎきれましたが、それもいつまで続くか。 悪魔もどきがあの中に潜んでいる場合、攻めるのを諦めたら反撃に出てくる可能性も極めて高いでしょうね」

そして悪魔もどきは。

あたしに鍵を与えた神代と連携している可能性が高い。

どういう意図なのかまだ分からないが、まあどうせろくでもない事を目論んでいるのは確定だし。

ともかく、共存は無理だ。

「次で少し無理をしてでも、地上部分は制圧します」

「勝算はあるのか」

「少数精鋭でどうにかします。 被害が出ても良い地点を今タオに割り出して貰っています」

遺跡を丸ごと無事なまま確保して調査したいのは山々なのだが。どうもそれでは限界が近そうなのである。

そこで、遺跡の中で破壊しても平気そうな場所を割り出し。

其処を中心に、神代鎧とフィルフサをまとめて爆弾で吹き飛ばす策でいく。

乱暴だが、これくらいしか手が残されていない。

ただ危険要素として遺跡のサイズからして、大型の神代鎧がいる可能性は低いが、人間サイズのカスタムモデルがいてもおかしくは無い。

特別に強く作られているタイプだ。

現在の達人級の技量で攻めてくる量産型も厄介だが。

それに更に面倒な能力が加わっていたら、手に負えない可能性が出てくる。

爆弾を使うにしても、こういうカスタムタイプがいた場合、能力で封じてくる可能性がある。

実際ネメドで交戦した大型の神代鎧は、空間魔術を使ってきた。小型でもカスタムタイプは、それができてもおかしくない。

遺跡には王種もまだ健在だ。

悪魔もどきの戦力そのものは、それほど危険視しないでいいのが救いだろうか。

「敵は恐らくそれも読んでいるのではあるまいか」

「……これがそもそも誘発された考えという可能性はあります」

カラさんの言う通りだ。

フィルフサは暴走するただの蹂躙者にすぎない。将軍や王種は戦術を使ってくる事もあるが、どうしてもそれは限定的である。

しかしながら今回は明らかに頭がついていて、それもかなり手強い。

これも読まれていて。

何かしらの策を取っていた場合、一か八かの勝負になりかねない。

実際にフィルフサの群れがあの遺跡周辺を固め、王種が遺跡に入りでもしたら、もう手に負えないのだ。

それを今までやらなかったということは。

幾つか可能性が考えられるが、一つは最近になってあの悪魔もどきがこっちに来たと言う事である。或いは眠っていたのが起きたのかも知れない。いずれにしても、元はオーレン族との戦いに興味なんかなかったんだろう。

仮に悪魔もどきが後からこっちの世界に来たとして。

門はまだあって悪魔もどきが使える状態なのか。

それともあたしみたいに鍵を教えた錬金術師がオーリムに来る事を想定していたのか。

それまでは分からないが。

「とにかく、やるのであれば策は十全に練るようにせよ。 わしは自身ではあの遺跡を攻略する術は思いつかぬ」

「……分かりました。 とにかく少数精鋭の電撃戦で行きます。 地上部分だけでも制圧すれば、ずっと話は変わってくると思いますので」

「策を練る時間も限られるのが厳しいのう」

「まったくです」

すぐに遺跡の側に行く。

その後はタオと連携しながら、音魔術、熱魔術、カラさんの探知魔術全部を用いて、遺跡の少なくとも上層部分に関する情報を全て収集する。

遺跡の強度についても、ある程度はわかっている。

今まで内部に侵入して、判明した構造なども全て盛り込む。

これだけ巨大な遺跡でも、建物の基本というのはしっかり守っているのが少しばかり面白い。

全ての探知魔術による調査の結果が、その結論を裏付けていた。

しばし作戦を練る。

やはりかなり強引だが。

それしかないと、結論は出ていた。

作戦を決めてから移動を開始。遺跡の周囲はウィンドルを見下ろせる高い位置にある。これは恐らくだが、そもそもウィンドルを攻略する事を視野に入れていたからなのだと思う。

高所に陣取る場合には水の手なども考えないといけないのだが。

この巨大遺跡くらいになると、そんなのは考えなくても問題ないくらいのテクノロジーがあるのだろう。

遺跡の周囲を確認。

既に周囲に出張ってきているフィルフサの斥候は、あらかた始末してある。敵も完全勝利しているわけではない。大きな被害を出し続けているのだ。

狙撃に警戒しながら移動。

遺跡後方にある丘に辿りつく。

ウィンドルは起伏が激しい地形で、彼方此方に谷や坂がある。こういう地形だったから、ドラゴンが多数羽を休めたのかも知れない。

丘は酷く荒らされていて木もほとんどないが。

これはフィルフサによるものだろう。

フィルフサを退治しないと、こういった惨状はどうにもならない。

自分に都合が良い動植物だけを残すような思考で、一度世界を更地にするためにフィルフサや超ド級、フェンリルなどは作られたのだ。ラプトルや走鳥もその可能性が高い。

奴らが世界を完全に好き勝手にしていたら。

この惨状が世界中に拡がったと言う事なのだろう。

「位置的には此処か……」

「本当にやるのかライザ」

「本気だよ。 レント、射出台はよろしく」

「俺もやるぜライザ姉!」

うむ、二人がかりなら更に成功率が上がりそうだ。

その間も確認を続ける。

遺跡の周囲には全て覗き窓がついていて、まだまだ狙撃ができるフィルフサがいるとみて良い。

狙撃だったら神代鎧でも良さそうだが。

あれはあくまでガーディアンだ。

神代鎧の投擲槍は極めて強力で、何度も苦杯を舐めさせられたが。

それも使い捨ての武器である以上、一定の条件が揃わない限りは使ってこないとみて良いだろう。

「よし、だいたい分かったよ。 タオくん、地図を見せて」

「わしもじゃ。 ふむ、予想通り水周りや柱は建物の基本通りにつくっておると見て良さそうだのう」

あたしの熱魔術でも同じ結論だ。

更に言うならば、地上部分に恐らく王種はいない。

何度かの突入で地下への入口も発見はしているのだが。

そこでも地下に強い気配があるとクリフォードさんが言っていたことからして、恐らく地上部分にいるのは神代鎧と雑魚フィルフサとみて良い。

雑魚と言っても手強い個体ばかりだが。

何度かタオが計算して、あたしの策通りにやるにはと、かなり細かい弾道計算を出してくれた。

よしよし、完璧。みなあたしも感心するレベルのスペシャリストだ。

いけるな。

奏波氏族の戦士達は、ウィンドルの守りを固めてくれている。

それでいい。

千三百年フィルフサの猛攻を防ぎ続けた一族だ。ちょっとやそっとでウィンドルを落とされはしない。

フィーはパティに預ける。

今回はちょっと激しい圧が体に掛かるからだ。それもフィーは耐えているが、多分今のフィーでもきついと思う。

体の中の魔力を練り上げる。

座禅を組んで、時間を掛けて練り上げて行く。

魔力増強の修行の時もやるが、それ以上に今回は全力で一撃をぶち込まなければならないからである。

あたしの固有魔術は熱。

今でもそれを磨いて、応用に使ってはいるけれども。

こう言うときは、熱を第一に用いる。

魔力を練り上げるのに相応の時間を費やし。

そして、立ち上がっていた。

息を吐き出す。

それを見て、フェデリーカが生唾を飲み込んでいた。

完全に集中している。タオが指定した通りの弾道が見える程である。体が、かつてない程の力を出せる。

タオが、レントとディアンに、撃ち出しの角度とタイミングについて指示を出している。何度か練習をする。

いけそうだな。

あたしは何度か体を動かして、練気を続ける。

そして、準備が整っていた。

「いくよ」

「ライザが突貫してから、総員で遺跡に攻めかかる。 爆弾が炸裂するのは、あくまで遺跡の中での事。 遺跡の外に被害は出ない。 突入は今までの遺跡の入口から」

カラさんが指揮を取る。

これはあたしが頼んだのだ。

さて、行くぞ。

あたしは頷くと。レントが大剣を構え、ディアンがそれに力を添えるように、身をぐっと低くした。

カタパルトの要領だ。

身軽に、レントが構えた大剣に乗る。

そうすると、レントが行くぞと叫んで、一気に大剣を振るう。ディアンは気合の声とともに、大剣の腹を全力で蹴り。

あたしはその遠心力とディアンのパワーを全て力に変えて、跳んでいた。

いや、もはや飛ぶのが正しいか。

加速。

途中で、何度か熱魔術で爆発を起こして、軌道修正。微調整。フィルフサが狙撃してこようとするが、先にクラウディアが矢で撃ち抜く。

裂帛の気合とともに、あたしは今までの蹴り技の集大成とともに。

遺跡を、斜めに。

文字通り貫いていた。

 

1、難攻不落は必ず落ちる

 

レントの大剣が振られるのと同時に、ライザが文字通り弾丸になり。途中で何度か熱魔術で軌道を修正。

そして、遺跡を貫通していた。

ライザの蹴り技の非常識ぶりは何度も見てきているリラだが、これはもう自分でも及ばないなと苦笑い。

弟子が師を越える事は誉れだ。

クーケン島で出会った弟子達は、既にリラを超えている。

数百年の研鑽を四年で凌駕された悔しさはあるが。

しかしながら、それもまた誉れと言う事だ。

突貫。

叫んで、一気に遺跡に向かう。クラウディアが乱射する矢が、次々に狙撃穴に飛び込む。そして小爆発が起きる。

どれもライザが調整した、威力を抑えている爆弾をつけていたのだ。

フィルフサに有効打になるかよりも。

フィルフサの動きを阻害することが大事なのである。

3,2,1。

炸裂。

遺跡を貫通したときに、ライザが残した爆弾が、遺跡の中で炸裂した。

皆で計算して、敵が集まっている、遺跡の書庫などがなく、中枢のシステムもない位置を特定。

其処を貫くと同時に爆破。

まとめて地上部分のフィルフサと神代鎧を粉砕したのだ。

だがそれでも、クラウディアは走りながら叫ぶ。

「まだかなりいるわ! 半減してもこんなにいるなんて」

「上等!」

「地下からの増援を予定通り塞ぐわ。 何が何でも地上部分を制圧するわよ」

遠隔から、セリ=グロースが植物魔術を展開。

地下からの地上への出口は分かっている。其処を覇王樹やらで徹底的に塞いでしまうのだ。

しかもそれは多分に水を含んでいる。

フィルフサが下手に傷をつければ、押し流される事になる。

ウィンドルでも覇王樹はかなりの数を見かける。

流石にフィルフサが多い場所ではもうなくなってしまっているが。水を蓄える覇王樹は、フィルフサもあまり手を出したくないのだろう。

ライザはもう遺跡の中に突入して、暴れ回っているようだ。

パティが続いて。タオとリラが殆ど同時に遺跡に突入する。遺跡に入るやいなや、神代鎧が斬りかかってくるが。

パティが弾き返し。

次の瞬間には、リラが蹴り砕いていた。

更にとんぼを切って、回転しながらの蹴り技で次々と神代鎧を打ち砕く。完全破壊はいい。

遅れて来る皆に任せる。

何度も突入して、一階の構造は理解している。

ライザと合流。

全身からとんでもない魔力を放出している。今の突貫による貫通の余波だ。あまり長くは継戦できないはず。

魔術に関しても、これはカラ総長老をもう凌ぐな。

装備込みだとしてもだ。

リラは舌を巻きながら、乱戦を続ける。半減しているとはいえ、こんな凄まじい奇襲がありながら。

神代鎧とフィルフサは決死の抵抗を見せている。

ボオスとクリフォード、クラウディアが遺跡の中に入ってくる。レントとディアンは少し遅れたが、それでも無事に到着した。

ライザが豪快な蹴りを叩き込み、文字通り神代鎧の上半身が抉り飛ぶように吹っ飛んでいた。

次。

ライザが叫ぶと、恐れを知らない筈のフィルフサが怖れるように退く。そこを、パティがたちまちに斬り倒す。

アンペルがフェデリーカとともに遺跡に入り、神楽舞をフェデリーカが開始。以降はフェデリーカを守りながら。地上部分の敵を一掃する。

まだまだ敵が二階以上の階層から降りてくる。

だが、クラウディアが、速射を続けながら叫ぶ。

「二階から上の敵は、全部こっちに向かっているよ!」

よし。

それは敵が焦っている証拠だ。

ライザの戦闘力はウィンドルに来てからの暴れっぷりで周知している筈だが。それでもこんな凄まじい蹴り技を使ってくるとは思わなかったのだろう。

蹴り技の究極で重量級の将軍を瞬殺したりしているのを見ても。

まさか彼処までの精度で、一点集中の超火力蹴り技を使い。しかも神代の建築物を貫通するなんて思ってもみなかったに違いない。

まあ、想像できないのが普通だ。

その普通でないことを、やらなければ此処は攻略できなかったのだが。

「地下からの攻撃が激しくなっているわ」

「クリフォードさん、地上部分の敵に強敵は」

「まだいるぜ。 今降りてくる!」

「よし……」

ボオスとディアンが残党の敵と渡り合い始める。アンペルの空間切断が。フィルフサのコアを撃ち抜いた。

まだまだ手強い奴がいるが、将軍も倒れ始めていて。それでフィルフサが逃げ散りはじめてもいる。

こればかりはどうにもならない。

そもそもフィルフサは「動物」ですらないのだから。

将軍と、赤い神代鎧が降りてくるのが見えた。

ライザが懸念していたカスタムタイプか。将軍もこの狭い所で戦う事に特化した小型のものだが、見るからに手強い。

パティが間合いを詰めて、カスタムタイプに斬りかかる。

神代鎧のカスタムタイプはパティの剣撃をいなした……ように見えたが。

態勢を低くしたパティが、抉りあげるように一撃を叩き込み。それをぐるんと剣を回して防ぐ。

がっと激しく火花が散り、両者がずり下がる。

実力は互角。

とんでもない性能の神代鎧だ。

なるほど、達人の技量を持つ神代鎧の中でも、性能を更に上げて、更に強力な頭を持たせてあるのか。

これはパティやレントなどの一部の達人以外には相手は無理だ。パティでも単騎でいくのは、差し違えるのを覚悟しないといけないだろう。インファイトでいうと、ライザ以上の実力とみて良い。

レントが前に出る。

「リラさん、みんなを任せる! 乱戦で彼奴を確実に倒せるのは、リラさんと俺とパティの誰か二人のタッグだけだろう。 だから俺とパティで今は対処する!」

「任された。 アレに勝てたら免許皆伝だ」

「おう!」

こっちはフィルフサの将軍を相手にする。

すり足で迫りつつ、相手の技を確認する。

小型の将軍は、不意に天井床に触手をのばし、体を固定する。更に、触手を振動させ始める。

詠唱か。

いや、これはまずい。

離れろ。

叫んで、リラは突貫。将軍に蹴りを叩き込むが、触手を展開した将軍がそれを受け止めて見せる。

蹴りは一発ではなく、回転しながらラッシュをぶちこむが。それでもその強大な壁を抜ききれない。

こいつ、できる。

更にこの詠唱、恐らくだが天井と床を伝って波及する。

どんな効果が出るかは知れたものではない。とにかく、此処で倒しきらなければならない。

全力で魔力を全身に通す。

精霊よ、力を貸せ。

四つの精霊を、体に順番に宿す。

とはいっても、それはあくまでイメージに過ぎない。精霊といっても、自然の力そのものなのだ。

だからそれを通すと言う事は。

すなわち魔力を制御して、強化魔術の深奥に至ることを意味しているだけである。

凄まじい機動でリラから逃れながら、将軍は詠唱を続ける。全身から伸ばした触手は自在に可変し、天井と床を用いて好き放題に動き回る。狭い所での戦闘に特化したフィルフサの将軍。

厄介極まりない相手だ。

だが。

四つの精霊を全て宿したリラは、大きく息を吐き出す。それを見て、将軍がぴたりと止まる。

いや、止まったように見えた。

乱戦の中、全速力で加速する。

ライザがやったように、生きた弾丸となって、敵に間合いを詰める。やたらゆっくりと将軍が動いている様に見える。

そうか、リラは此処まで強くなっていたのかと、苦笑する。

オーリムのリヴドルで戦っていた頃は、将軍と戦うのは自殺行為だった。優れた戦士である白牙の者が束になって、それでも倒せるか分からなかった。

今、水による弱体化がないフィルフサの将軍が。

精霊を四種全部宿した最高の集中状態であっても、ここまで遅く見えるというのは。

リラが、あの時からは比べものにならない程強く……ライザの装備がありきとはいえ、強くなっている事を意味している。

それは失った氏族の魂を背負っているとも言えるし。

此処で必ず勝たなければならないことも意味している。

詠唱発動までもう時間がないが。

届く。

至近で踏み込む。

必死に壁を作ろうとする将軍だが、その時にはリラの横殴りの蹴りが奴の装甲を捕らえていた。

重い。

だが、砕けぬほどの重さでもない。

蹴り抜く。

装甲が砕ける。

将軍は詠唱を全力で行い、発動しようとしているが、させない。コアを見つける。高速で将軍の体内を動いているが、今なら掴むのは容易だ。

にぎりつぶす。

将軍が、動かなくなる。

今の詠唱、発動していたら。高圧電流を見境なく流したり、或いは超がつくほどの冷気だったり。

いずれにしても全滅の危険があった。

「リラさん!」

「!」

ライザの声とともに体が動く。

跳躍して、天井を蹴る。

背後から斬りかかってきた神代鎧の一撃を避ける。今の虚脱の瞬間を狙われたか。

踵落としで、神代鎧を腰の辺りまで一気に押し潰して、更に倒れたそれを完全に踏み砕く。

まだまだだな自分も。

武の頂きは遠い。

リラはライザに助かったというと。まだまだ続く乱戦に身を投じる。

 

セリさんが警告を飛ばしてくる。

地下の恐らくフィルフサが、階段を猛攻撃していると。そう長くはもたないと。

パティとともにかろうじてカスタムタイプの神代鎧は倒した。二人がかりでやっとの相手だ。とんでも無い相手だったが、それでも勝ちは勝ちである。呼吸を整えると、レントは階段の方へ行く。

レントは皆の盾だ。

剣はパティがいるし、破城槌はディアンがいる。

レントがやるべきことは敵の浸透を遅らせ、攻撃を防ぐこと。

皆が育って来た今、やるべきは役割の徹底。

勿論その場その場では違う役割を果たす必要も出てくるが。

それでもレントのパリィの技術については、既に皆の中でも及ぶ者がいない。パティは回避に特化しているが、それでは自分以外は守れない。

ライザが作ってくれた装備で、防御も向上しているが。

それでもやはり、全身の傷はどうしても痛む。

だが、なおもそれでも壁になる。

どおん、どおんと激しく覇王樹や複雑に絡み合った植物の壁が、階段の下からたたかれている。

水が流し込まれているにもかかわらず、フィルフサの戦意は旺盛だ。

地上部分の敵は既に過半を失い、更に残りが半数を割り込もうとしているが。だから必死なのだろう。

させるか。

ついに覇王樹の壁が破られ、次々に小型のフィルフサが飛び出してくる。その凄まじい突貫は、神代鎧の投擲槍のごとく。

だが、抜かせない。

一匹目を真正面から大剣の一撃で叩き潰し。

二匹目を横殴りに消し飛ばす。

三体目が覇王樹に引っ掛かって、這い出そうとしてくる所に、大剣の突きを叩き込んで、更には蹴り落とす。

多数のフィルフサを巻き込みながら、其奴は落ちていくが。

覇王樹から、多数の槍が突きだしてくる。

槍状に尖ったフィルフサが、水を怖れず突貫してきたと言う事だ。それも相当数が。一瞬遅れていたら串刺しになっていたが、跳びさがって防ぐ。ただし、文字通り面制圧レベルで繰り出された槍で、何カ所も体を抉られていた。

いってえなあ。

戦場ではいつも手傷は受ける。

だが、それでもいたいとは感じる。

それは自然な事だ。

ライザの言葉ではないが、痛みは体の警告。痛みを完全に消してしまった場合は、ロクな結果にならない。

ダメージを受けている事に気付けないからだ。

痛みを我慢しろなんていうのは、カス以下の武人だ。

痛みが何処に出ているのかを正確に把握して、ダメージと相談しながら適切に次の手を打つ。

まるで戦うからくりだが。

戦闘の時は、それが一番敵の被害を増やし、味方の被害を減らすのである。

「レント!」

「大丈夫だ! それよりも、そっちは!」

「強いのが出て来た! だが……」

ボオスが吹っ飛ばされて、それでも受け身を取る。

周囲は神代鎧やフィルフサの甲殻が死屍累々と散らばっていて、転ぶだけでも大けがをしかねない。

覇王樹から槍が一斉に引っ込む。

これは引き抜かれた、という風情だ。

覇王樹が吹っ飛ばされる。

セリさんも、フィルフサ戦で全力投球状態で、こっちにまで手を回す余裕が無さそうである。

いや、セリさんをフィルフサが狙っているのか。

面倒な事をしやがる。

そう思いながら、大剣を構え直す。

階段から這い出してきたのは、重厚な体をした将軍だ。

ダンゴムシか何かのような形状だが、非常にパワフルな、しかもそれがコンパクトにまとまっている。

これは手強いな。

レントは舌打ちすると、指先で招く。

将軍も、レントの挑戦を理解したようで、体を持ち上げると、わっと触手を伸ばしていた。

これを器用に使って、槍状の小型を投擲して覇王樹にダメージを与え。

引っこ抜いた後は、自身で覇王樹をブチ抜いたというわけか。

セリさんの魔術で強化され、大量の水を含んでいる覇王樹を。それだけで、かなり厄介な相手だと分かるが。

引くわけには行かない。

後ろでは神代鎧のカスタムタイプ二体目が出て来ているようで、それの猛攻で疲弊した皆が阿鼻叫喚になっている。

彼処に将軍や、その後ろに続くフィルフサが加わったら、文字通り全滅するし。地上部分の敵を掃討してきた意味が一気になくなる。

地下にどれくらいの敵が残っているかは分からないが。

とにかく此奴は、レントが止めるしかない。

触手を天井床に貼り付けると、ダンゴムシが全力で回転を開始。球体になると、そのまま凄まじい勢いで突貫してくる。

大剣で防ぎに掛かるが、火花が散って、しかもとてつもなく重い。

歯を食いしばって、さがりつつもパリィで弾き返すが、床が。神代のよく分からない強力な素材で作られた床が、赤熱している。

全身に更に走る痛み。

だが、ダンゴムシは平然と触手による柔軟な防御でパリィで弾かれた衝撃をいなし。

まるで飛び回るようにして、壁を跳ね回って、第二撃を叩き込んでくる。

二度、三度、ぶつかり合い。

その度に、ライザが改良に改良を重ねてくれた大剣が悲鳴を上げる。レントの体そのものも。

雨というアドバンテージがなく。

しかも一対一。

それが、これほどフィルフサの力を上げているのか。

質としては、王都近郊で戦った群れよりは落ちるはずだ。ただ彼奴らは土砂降りの中でやりあった。

フィルフサは、本当に水で弱体化するんだな。

レントは、何度も激しくぶつかり合いながら。真の力を出して全力で攻めてくるフィルフサの恐ろしさに舌を巻く。

同時に、こんな奴らを相手に、戦い続けたリラさんやキロさん。そしてこのウィンドルの戦士達に敬意まで持った。

ぐっと、ダンゴムシが引く。

引くことで、力を充填しているようだ。

レントは踏み込むと、大剣を大上段……いや、更に大きく、剣先が地面につくほどに構える。

一撃必殺の構えである。

ダンゴムシも、フィルフサの将軍。

指揮をする将軍は、ある程度戦術を知っている節がある。

地面でガリガリと激しく回転して、赤熱させるフィルフサ将軍。ダンゴムシのあの触手、あれだけ回転しても平気なのは、魔術による接合だからだろうか、それとも。

いや、考えるのは生き残ってからだ。

ばつんと後ろに弾かれたダンゴムシが、触手を使ってその後退を力の充填に変え。

反発の勢いも使って、レントに最大加速してくる。

その凄まじさ、恐らく音を軽く超えている。

小型のフィルフサでありながら、精鋭フィルフサの将軍をしているだけはある。凄まじいプレッシャーだ。

踏み込む。

彼方此方赤熱し、砕け、半壊している床を。

踏み砕ける。

同時にレントは、渾身の一撃を。ひねり潰しに来たダンゴムシ将軍へと、叩き込んでいた。

信じろ。

ライザが作ってくれた大剣を。

もっと信じろ。

自分で磨き抜いてきた技を。

リラさんに教わって、以降は磨き上げてきた剣を。皆を守り抜いてきた剣を。

叫びながら、斬り下げる。

巨大なダンゴムシの体が、火花を散らしながら両断されていく。大剣も、負荷に悲鳴を上げている。

ダンゴムシは引かない。

ここで押し切れば、一気に戦局が変わると理解しているからだ。

そう分かる。

レントも引けない。

此処でダンゴムシに潰されれば、皆が一気にやられるからだ。

意地と意地のぶつかり合いは、一瞬の拮抗の後。

唐突に終わっていた。

ふっと、綺麗に力が抜ける。

同時に、レントは剣を斬り下げていた。

真っ二つに左右に別たれたダンゴムシ将軍が、レントの遙か後方、二箇所で壁に激突して砕ける。

そして大剣に、コアが接触し、砕けたのが分かった。

手強かったぜあんた。

相容れない相手ではあったがな。

呼吸を整えながらレントは思う。

今まで面倒だから必殺技の名前とか、考えた事はなかった。だが、今のぶつかり合いで、柔と剛の切り替えを理解出来た気がする。

これだけ戦闘を経験してきても、まだ学びがあるんだな。

そう思うと、剣というものの奥深さにいつも驚かされてしまう。

大股で、破られた階段に歩み寄る。

小物が上がってくるが、どれも死にかけだ。それを片っ端から始末して、セリさんに叫ぶ。

セリさんがどうにか余裕が出来たらしく、階段を再び塞ぐ。

後方を見る。

カスタムタイプ二体目に、パティとリラさんが勝利したようだった。背中から、パティの大太刀がカスタムタイプの神代鎧を貫いている。

次の瞬間に、縦横に切り裂かれたカスタムタイプの神代鎧が。

無念そうに、機能停止していた。

「被害報告!」

ボオスが叫ぶ。

地上部分の敵、制圧完了。ライザも蹴り砕いたフィルフサから離れて、薬を持ち出していた。

勝ったとはいえ、パティも左腕を大きく切り裂かれていて、派手に出血している。ボオスも腹をざっくりやられて、腸がはみ出しかけていた。

トリアージだ。

レントも急ぐ。

多分最後の激突で、腕を折られた。この状態だと、回復させるのがとにかく手間になってくる。

普通だったら、だ。

階段からの突破を、フィルフサが一度諦めたようで、時間は出来た。とにかく、手当てを進める。

「レント、腕折れてる?」

「最後に倒したフィルフサの将軍が強くてな。 大雨がなければ、「蝕みの女王」相手に勝ち目なんか万に一つもなかったんだろうな」

「それは言えてる」

タオが苦笑い。

タオも浅いが、左目を頭からざっくり切り裂かれて、顔が血だらけになっている。それでも命の別状は無いと判断して、眼鏡を珍しく外して他の人から傷を治すのに加わっている。眼鏡は当然破砕されてしまったようだが、そんなものはライザが幾らでも前以上の性能で直してくれる。既にいわゆる古式秘具さえ、ライザはそれ以上の性能にカスタムできるのだ。眼鏡なんか即座に直る。

ウィンドルもフィルフサの襲撃を受けているらしい。

だが、きっと皆耐えてくれているはずだ。

少しずつ手当てを進める。

此処はフィルフサの一大拠点。

此処を潰せば、一気にウィンドルは状況が楽になる。

やっとレントの番が来る。ライザにしても結構手傷を受けていたのに、顔色一つ変えずに手当てをしていた。

まあ、お互い人間をやめ掛けているな。

そう考えて、レントは苦笑が隠せず。

そして今更骨折の苛烈な痛みに襲われて。体にいい加減にしろと怒られたような気がした。

 

2、竜巻到来

 

薬を補充すること。クリフォードさんが察知した、ウィンドルへの襲撃を防ぐためにも。一度ウィンドルへ戻る。

城は内部をセリさんが植物塗れにして、少しでも入り込むと水が大量に溢れるようにしてくれた。

これで少なくともフィルフサは動けない。

激しい戦いの後だ。

全員疲労も激しいが。

ここに来て、フェデリーカの神楽舞が大きな意味を持ってくる。

あの戦いの中、フェデリーカは立ち位置を工夫し続けて、ほぼ無傷で乗り切った。やっと防御と回避でも芽が出てきたというところか。

その結果、神楽舞が全員の力を上げ続け、勝利につながったし。

何よりも今も走る余力ができている。

途中で、手をかざしてみる。

大きな堀を挟んで、フィルフサとウィンドルの里で戦闘が起きている。規模はそれほど激しくは無いが、雨の中でもフィルフサは戦意が旺盛だ。

やはりこれは、何かが裏で操作しているだろう。

その時。

敵の中で、竜巻が巻き起こる。

ボオスが、足を止めていた。

間違いない。

あたしにもあれは一発で分かる。

オーレン族最強の戦士であるキロさんが、大暴れしているのだ。フィルフサが吹っ飛ぶ。砕けて飛び散る。

やがて、フィルフサは攻勢を諦めて、後退していく。

どうやら、支援は必要ないようだった。

ただ、此処でも負傷者の救出がいる。

すぐに野戦病院に出向く。

薬は使い切るつもりでいかないとダメだな。そう思いながら。

そして野戦病院に行くと、子供や老人のオーレン族が、それなりの数いた。やはりキロさん、道中で孤立していたオーレン族を救出して回っていたのだ。みんな手酷い傷を受けていたり、弱り切っていたが。

「クラウディア、粥を作って。 水の煮沸はあたしがやるよ。 薬はアトリエから出すだけ出して、全部使ってかまわない」

「よし、誰も死なせない!」

「おおっ!」

皆が手慣れた様子で散る。

フェデリーカももうあわてていない。ディアンは力仕事を受けて立つ。ボオスもあれだけ失血した後だが、それでも的確に動く。

あたしは大釜で煮沸をどんどん済ませる。

まずは自分の手足から綺麗にしなければならないが。これは治療の際に、清潔を保つためだ。汚れから怪我人に病気でもうつったら笑い話にもならない。

あの戦いで、手傷をたくさん受け。血も流し、汚れもした。血は病気の要因になりうるものだ。

こういうことは、エドワード先生に散々仕込まれた。あたしの技は、多くの人に起因している。神代の連中のような、自分が偉いから技が凄いとか思い込みはしない。あたしに教えてくれた人達が凄いのだ。

怪我人が運ばれてくる。

腹に大穴を開けられている戦士がいる。瀕死だ。他にも酷い手傷を受けている戦士が多かった。

キロさんが来る。

あたしを見て、頷いた。

頼むというのだろう。

キロさんは相変わらず寡黙で、必要な事以外は喋らない。煮沸した湯をどんどん配って欲しいとだけ頼む。

後は、それぞれ慣れた人間がやる。

あたしはまず丁寧に薬を使って指先まで完全に動くようにすると、怪我が重い人から処置を始める。

腹に大穴を開けている人は意識もかなり薄れていて危険な状態だ。

というか、人間だったら死んでいるだろう。

オーレン族のタフネスには舌を巻かされる。

ただ感心するより先に、助けなければならないが。

薬を複数種類ねじ込んで、まずは傷を塞ぎ、内臓を修復する。修復するか少し心配だったが、大丈夫そうだ。

流石はオーレン族。

そのまま、一つずつ手当をしていく。

この人は右手も肘から先を失っていたが、それは一旦止血のみ。右手は回収出来なかったそうだし、どうしようもない。

後で義手を作るが、それは後だ。

命をまずはつぎとめるのだ。

呼吸安定。

心音も。

意識は戻らないが、命の危機は脱した。次。

順番に手当をしていく。その間に、カラさんが何があったのか聴取をしていた。

それによると、キロさんが三十名ほどの孤立していたオーレン族を連れてウィンドルに到着。

だがそれを追ってきたフィルフサの群れが、襲いかかってきたそうである。

なるほど、ここに来て増援か。

ただそれが、あの城に潜んでいる可能性が高い悪魔もどきの手によるものなのか、或いはフィルフサの王種がそういうしつこい奴だったからかは分からない。

今は手当てを順番に済ませていくしかない。

夜中まで手当てが終わり、そして終わった後は風呂に入って、大量に作った粥の残りをがっつく。

ずっと生命力強化のために神楽舞を続けていたフェデリーカも疲れ果てて、完全に死んでる。まあベッドの中で死んだように眠っている。

あたしも寝ることにする。

こういう疲労が限界に来ているときは、夢なんかみない。

起きだすと、もう朝だった。

軽く体を動かしていると、キロさんが来る。

久しぶりだ。

グリムドルには時々足を運んでいたから、顔を合わせてはいたのだが。今回の一件が始まってからは、なかなか。

体操をしながら、話を聞く。

「リヴドルにも足を運んだの」

「リラさんの故郷でしたね」

「ええ。 フィルフサに踏み荒らされてもうなにも残っていなかったわ。 他の聖地も殆どダメよ」

「……」

それでも、各地で孤立して生き延びていたオーレン族を助けて回ったのだ。

キロさんは立派だ。

既にキロさんには、人間との交配に関する危険性の話はしてある。後は、こっちが此処での戦況を話す版。

それと、門を開けてあるから。

帰りは一瞬でいけると言う事も。

「なんなら今戻る事だって出来ます」

「そうね、グリムドルも心配だし、それもいいわ。 でも、今はちょっとウィンドルを守らないとね」

「キロさんほどの手練れがいれば心強い。 問題は……」

追撃してきた群れだ。

あれを蹴散らさない限り、ウィンドルから再び動けない。東側から来た群れだが、動き次第では城のフィルフサに合流しかねない。

戻る前に、城の地上部分は調べて、神代鎧は全て破壊し尽くしてきた。

だから敵の戦力は地下部分だけ。

クリフォードさんによると、恐らく地下に王種がいるということだから、それを倒さない限りは勝ちにはならないし。

あの神代鎧のカスタムタイプがまだ地下にいる可能性も高いのだ。

しかもみんな疲弊が激しくて、ちょっと動けないだろう。

今日一日は、残念だが様子見しかなかった。

さて、あたしは席を外す。

珍しく早く起きてきたボオスが、キロさんと話したそうにしていたからだ。

二人の間を邪魔するつもりは無い。

アトリエに入ると、疲れた肩を揉みながら、薬を補給する。またレントの大剣を含めて、痛んだ武器の手入れも進めた。

黙々と作業を進めていると。

パティが口を押さえて、真っ赤になっていた。

まあなんかあったのだろうと思ったので、引き戻しておく。

「ゆ、指輪渡してました」

「へー。 あたしは頼まれなかったし、自分で買ったんだろうね」

「素敵ですね……」

「ボオスは結構即断即決だね。 キロさんと一緒になったら、とにかく後が大変だって分かってるだろうに」

まあ、その辺りをどうするかは聞かない。

ボオスが話すつもりになったら聞くだけだ。

あと、キロさんのために薬も作る必要があるか。以前キロさんには髪を貰っているので、体質に合わせた薬は作れる。ボオスの分もあるから、より危険度は減らせるだろう。

即座に二人が婚姻するかは分からないが。

それはあたしが口出しすることではない。

戻って来たボオスが、パティの様子を見て呆れていた。

「まあ見られたのだろう事は分かるが、あんただってタオと帰ったら結婚するんだろう」

「ま、まあそうなんですけれど、素敵だなって」

「すぐには結婚出来んよ。 あれは婚約指輪だ」

「……」

真っ赤になって口をつぐむパティ。

かわいいもんだな。

ボオスは頭を掻くと、あたしに順番に話をしてくれる。

やはり結婚はボオスがまずブルネンの家を継いでからになる。更には、結婚してもキロさんにクーケン島に来て貰うわけにもいかない。

ボオスがグリムドルに住む訳にもいかないので、通い婚になるだろうと。

そういう意味では子育てとか色々と負荷が増える事もある。

クーケン島とグリムドルで交友をするプロジェクトを、ブルネンを継いでから立ち上げて。

それが軌道に乗ってから結婚。

まあ、最低でも十年はかかるそうである。

「キロさん、話は受けてくれたの?」

「ああ。 今の俺が相手ならかまわないそうだ」

「そう、良かったね」

「相変わらず蛋白だなお前……お前くらいの年だと、大喜びしそうな話題なんだが」

そう言われてもな。

女が全部恋愛脳だと思われても困る。あたしの場合は最初から興味が薄かったし、今は性欲が綺麗になくなったこともあって他人の結婚はそれこそどうでもいい。

幸せになるのならそれは祝福するが。

それに対して自分はどうとも思わない。

ただそれだけの話だ。

「分かってると思うけれど、子供を作るときには連絡してよ。 母胎に与えるダメージの件は話したよね」

「分かってる。 俺にとってキロさんは何よりも大事な存在だ。 早死になんてさせてたまるかよ」

きゃっと黄色い声をパティが上げて、咳払いして視線を背ける。

この子だって帰ったらタオと結婚するのに。

ボオスとこの辺りはちょっと意見が一致するか。

怠いから寝る。

そう言って、ボオスはベッドに戻る。

まあ、幸せなら良い事だ。

問題はまだまだ苛烈な戦いが控えていると言う事だ。それに、相手がという点では、フィーも。

フィーについては、最後の一体だった場合はどうするか。

今まで、フィーの同族の遺骨は見つけて、それについてはエーテルに溶かして幾分か分析した。

今後ドラゴンが世界を渡る時、フィーの同族がいないと竜風が巻き起こるし。それはどこで起きるかしれたものでもない。

ウィンドルだけでドラゴンが世界を渡らないのは、王都近郊の自然門の存在で明らかであるし。

それを考えると、フィルフサを駆逐したあと。世界を元に戻す過程で、フィーの同族は再生しないといけないのだ。

卵とかどっかにあっても、つがいが一つだけでは増えるのは無理だろうしな。

やはりある程度まとまった数を調合するしかないだろうな。

生物の調合は禁忌になるかも知れないが、こればかりはやむを得ない。

もう生物関係の錬金術は、あたしは色々手を染めているし。道を誤らなければいいのである。

これに関しては、シビアに考えて行くしかない。

間違っても、神代の錬金術師どもと一緒になってはいけない。

自分にそう言い聞かせることで、自制をしていくしかなかった。

薬を調合しながら、そんな事を考える。

今日は起きだすのもみんな遅くて、昨日の激戦と、その後始末の疲弊がよく分かる。フェデリーカは、あたしを見て呆れていた。

「遺跡を貫くような蹴り技を放って、その後大暴れして、その後も野戦病院で腕が八本あるような活躍して、なんで朝一番からがっつり起きてるんですか……」

「なんだかあたしが化け物みたいな言いぐさだね」

「い、いえっ……」

「流石にあたしも昨晩は疲れてぐっすりだったよ。 それに太鼓持ちよりも、いいたいことは言える方がいいと思うから、気にしないから大丈夫」

少し遅めの朝ご飯を食べる。

茶化すつもりもないので、ボオスとキロさんの話はしない。

あたしからは、だ。

ボオスが。ぼそりとキロさんにプロポーズして、その後の具体的な話をしたことを告げると。

主にリラさんが驚いていたが。

セリさんは、そうとだけ流していた。

セリさんは王都でも畑を作ったりで、人間と交流している時間が長い。勿論人間を良く思ってはいないだろうが。

あたし達と一緒に冒険をするうちに。

まあそういう事もあるだろうと受け入れてくれたのかもしれなかった。

食事を終えると、明日に向けて、皆調整をしてもらう。

まずは、キロさんらを追ってきた群れを駆逐する。

その後、再び城への挑戦だ。

セリさんは植物魔術で、生やした植物の事をある程度把握できる。城の地上部分に、敵が再浸透している形跡はないという。

敵の被害も想定以上に大きかったのかも知れない。

楽観は危険だが。

客観は大事だ。

 

雷神の石を投入して、大雨を降らせる。

キロさんを追撃してきた群れは、幸い王種もいない。将軍数体がいたようだが、それも大半が昨日の戦いで倒れ。最後の一体が、ウィンドル周辺で屯していただけだった。

妙な動きだ。

フィルフサがこんな、将軍数体だけ突出させることは考えにくい。

大侵攻でも、こう言う動きは無い。

そうカラさんは断言。

あたしも知っている限りでは、フィルフサは群体としての動きをする。それはつまり役割をもった個体がそれぞれの仕事をするという事で。こんな雑多な追撃戦なんて、人間の群れみたいな動きをするのはおかしいと言う事だ。

それも雨の中を。

まだ今までの戦闘による雷神の石の効果は残っていて、それで雨は降っていたのに、追撃してきていた。

それだけでおかしい。

フィルフサに取っては猛毒だ。

連中は見境なしに殺戮をするが、それは文字通り地ならしであり。地面を更地にするためのものだ。

それを考えると、フィルフサの行動はおかしすぎる。

ともかく、将軍を囲んで倒す。

それほど強い将軍ではなかったが、それ以上に雨に依る弱体化が大きい。あたし達はほとんど見ているだけで、ウィンドルの戦士達が片付けてしまった。

「雨があると、フィルフサもこうも弱体化するか」

「助かったぞライザ殿。 負傷者も最小限だ。 いただいた薬だけでどうにか対応できるだろう」

「分かりました。 では、後は任せます」

「行ってらっしゃい。 此処は守っておくわ」

キロさんが軽く手を振って来る。

相変わらずだ。

ボオスに対してはにかむようなこともない。まあこの辺り、キロさんの実年齢がよく分からない事もある。

リラさんと同年代だったら適齢期なのだろうが。

それにしたって、調査はしたものの、まだまだオーレン族がどれくらいの周期で子供を作るのかも、何歳くらいで性成熟するのかもよく分からないし。

獣みたいに発情期だけ子供を作る可能性もある。

もうちょっと資料と研究時間が欲しいのだが。今はそれに時間を割いている余裕がないのだ。

だとすると、ボオスが生きている間に子供ができない可能性もあるが。まあ、それもボオスが選んだ人生である。

最悪、養子でもとるか。

頼まれたら、あたしが二人の子供を調合しないこともない。

さて、此処からだ。

城に出向いた後は、まずは各部屋を確認。地上部分の安全は既に確認してあるのだが。問題はその先だ。

やはり資料などがある部屋は、全て鍵が掛かっている。

強引に扉を蹴り砕くことは可能だが、内部で何かセキュリティが発動して、全部焼き尽くしたりとかしかねない。

「扉で封じられた奧に神代鎧とか隠されていない? 地下に踏み込んだタイミングで背後を強襲されると厄介だよ」

「それもそうだけれど、例えば毒液とかがたくさん蓄えられていて、それを一気に流されたりしたら……」

クラウディアがもっともな懸念を口にするが。

多分それはなさそうだ。

一昨日の戦いで、勝機がなくなったタイミングでそれをやってきている筈である。

そうしなかったということは。

恐らく、封じられた先には武器や危険物はないし、指向性をもってあたし達にぶつける手もない。

とりあえず、地上部分は問題なし。

セリさんに植物をどけて貰って、地下に。

レントとクリフォードさんが先頭になって進む。クリフォードさんは、溜息をついていた。

「やっぱりロマンの欠片もねえ。 技術力を見せびらかすみたいな造りだ」

「此処は多分旅の人が関わっていないし、それも仕方がないと思いますね」

「そうだな……」

フォウレにあったあの城。

空中回廊とかには、クリフォードさんが興味を示していた。

紅蓮の話によると、あれは作成に旅の人が関わったようだし。多分作るだけ作ったもので、後から神代の錬金術師どもが好き放題したということなのだろう。

階段を下りると、地下にしては妙に明るい空間が拡がっている。フィルフサの気配もない。

音魔術で探査するクラウディアが、妙ねと呟いていた。

「神代鎧もいないわ」

「確かにおかしいな。 一昨日の時点では、かなり旺盛に地下から仕掛けようとしてきていたのにな」

「フィー!」

懐でフィーが鳴く。

全員が緊張するが、これは警告の声じゃない。

むしろ恐怖の声だ。

あたしは大股で歩いて行くと、そこには部屋があった。また硝子の円筒形のケースだ。たくさん、フィーの同族の骨だと一目で分かるものが浮かんでいる。

他にも色々。

恐らくはオーリムの生物だっただろう骨が、無数に浮かんでいた。

「フィー、ごめんね。 弔いは、この下にいる王種と……いる可能性が高い悪魔もどきを仕留めてからね」

「フィー……」

この辺りでも、フィーの同族の骨はたくさん見つけたが。

まあ、門の技術を完成させるためであったら、それは確かにやりたい放題をしただろうなと分かる。

そもそもだ。

フィーの力はそれなりに優れているが、一体や二体で、エンシェントドラゴンが門を開ける時のパワーを流しきれる訳がない。

エンシェントドラゴンの魔力は、今のあたしの。錬金術の装飾品で強化に強化を重ねたものを更に凌ぐ可能性さえある。

多分彼等は技術なんて必要とせず、魔術だけで門を開けているのだ。そう考えると、人間がどれだけ背伸びしても及ばないだろう。

最低でもフィーの同族が数百体は「竜風」を食い止めるには必要だし。

種を保つための個体数としても、それくらいはいる。

それが殺し尽くされたとすれば、この惨状は納得もいく。

あたしは気持ちを切り替える。

怒りは後だ。

それに此処、扉がついていない。それほど重視されていなかったと言う事だ。奴らは解析したものには興味を持たなかったのだろう。

テラフォーミングだとかいって、自分が気に入らないものは全て駆除する事を本気で考えたような連中だ。

今は、ともかく。

そんな事を考えたゴミカス共を、駆除する事を先にしなければらない。

 

3、悪魔の長

 

地下四階で、かなり広い空間に出た。というか、これは何というか、農園かなにかだろうか。

地下だというのに灯りもさんさんと照っていて、そしてフィルフサがいるのに植物も生えている。

植物は随分と複雑な形状をしていて。どれも初めて見るものばかりだった。

「セリさん、これは……」

「見た事がないわね。 随分と綺麗なようだけれど」

「それより、フィルフサが襲ってこないぞ。 連中、植物の世話すらしてる」

「……どういことだ、これは」

皆が不安がって周囲を見回す。

セリさんが触って確認するが、毒草の類ではないそうだ。カラさんも魔術を展開して、首を横に振る。

「危険な魔術の類の気配は無い。 此処のフィルフサどもは、どうも戦うつもりもないようだのう」

「何だ此処……」

「此処に生えているのは、蘭という植物だよ」

不意に第三者の声。

あたしが見上げた先には、声を発したらしい機械があった。

声は随分と舐め腐っている。

だが、この声の雰囲気、分かる。どうやら悪魔もどきのようだ。

「蘭ねえ。 聞いたことがないけれど」

「冬の時代に一度滅びてしまったからね。 これでも被子植物のなかではもっとも先鋭化した植物の一種だった。 それ故に混沌の時代に好まれて、こうした限定的な環境でしか育たなくなってしまった品種も作られたが。 まあ愛玩犬とその点では似ているね」

「ようは嗜好品って事かよ」

「そういうことだ。 我等が主は、この蘭を世界中に満たそうとしておられた。 此処はその実験場と言う事さ。 蘭が生態系でどれだけ貢献しているかとか、そういうことはどうでも良かった。 美しい。 ただそれだけが、主にとっては大事だったのさ。 それが吠えない人なつっこいだけの可愛い愛玩犬と似ているのかもね」

なるほどね。

此奴がどういうつもりで、皮肉混じりに教えてくれているかはまずはおいておくが。あり得そうな話だ。

神代の錬金術師に取って、大事なのは自分らにとって価値があるかないかである。

自分達から見て美しい。

それは生態系でどんな役割を果たすよりも、重要な事だったという訳だ。

今まで見つけた資料が、それらの事実を告げている。

ただ、此処に生えている蘭がこの声が言う通りの存在かはまだ分からないが。

あってもおかしくは無いだろう話ではある。

「で、貴方はこの奧に?」

「ああ、待っているよ。 今までの猛攻をよく凌いだ。 褒美に、全部真実を教えてあげるよ。 私が知っている事だけだがね」

「そう……」

此奴。なんだか苛立つな。

傲慢という言葉の具現化というか。なんというか、ナチュラルに全てを見下している雰囲気が言葉の端からぷんぷん臭う。

此奴の主君に対してすらその気配がある。

悪魔もどきの脳は弄られていて、反逆など絶対出来ない筈なのだが。

ただ、考えて見れば。他の悪魔もどきも、主君への忠誠はともかくとして。それぞれに個性があった。

これは或いは、ホムンクルスに反抗されたことで、色々と神代の錬金術師も試していたのかも知れない。

都合が良い奴隷はどうすれば作れるか、と。

まあ、あくまで憶測だ。

もっと情報を集めないと、仮説の域を出られない。それには、まずは此処で油断をしない事だ。

本当にフィルフサは蘭の世話だけをしている。そして、蘭を観賞できるように、遊歩道まで作られている。

確かに美しい花ではあるが。

しかし、ここで大切に育てられている経緯を思うと、素直に喜べるものでもない。

奧では刈り取られ、或いは鉢に植えられ、出荷されているようだ。

恐らく身内で飾って楽しむのだろう。

もう出荷する先などないというのに。

歩いていると、セリさんが目を細めていた。

「先鋭的で美的感覚には沿うのかも知れないけれど、脆弱な花だわ。 此処を出せば、すぐに枯れてしまうでしょうね」

「食べる事は出来ないのか」

「止めた方がいいでしょう。 どんな毒があるか知れたものではないわ」

カラさんがそんな事をいうが、セリさんの意見ももっともである。

まあ、花を食べる風習は別に珍しくもないのだけれども。

遊歩道を奥に進むと、思わずあっと声が出ていた。

奧にいるのは明らかに王種だ。

全員で武器を構えるが、しかし。これはどうみても、戦える個体じゃない。

体は薄く脆く、ただ指示を出しているだけ。戦闘に使えそうな体の部品も見当たらない。狂気の源泉は取り付けられているが。

これは、なんだ。

「今まで貴方たちにけしかけたのは、この花園の護衛用のフィルフサさ。 まあ他にも動員したけれどね」

「……何よあの王種は」

「見ての通り、花の世話をするためだけの王種」

「……っ」

そういう風にフィルフサを改造したわけだ。

とことん生物のあり方を歪めているわけだな。からくりにでも同じ事はさせられただろうに。

花を育てるだけの機能を持つからくりは、存在として別に悪いものでもない。

人間にも僅かな数だけ庭師というような職業の人だっている。

だけれども、生物としてそれしかできないというのは、いくら何でも非道が過ぎまいか。これを作って、何か疑念は感じなかったのか。

生物は本来は繁殖して地に満ちる存在だ。所詮は畜生だから、その中で苛烈に競争もする。

まあその辺りは動物なので仕方がない。だから動物には動物として接するべきなのである。

だが、これはそういった機能すら奪った存在。

ある意味究極の奴隷というべきだろう。

「ライザ」

タオが声を掛けて来る。

神代鎧。

いや、違う。

同じハイチタニウムで作られた人型だ。ただこれは、戦闘用のものではない。蘭を世話して回っている。

フィルフサと違って、複数の動作ができるようだが。

何か違いがあるのだろうか。

「ああ、そのでくの坊は下っ端の錬金術師が持ち込んだ、万能型の蘭を世話するためのものだよ」

「でくの坊には見えないけれど」

「でくの坊だったのさ。 主人達の観点では。 主人達にとっては、如何に複雑な錬金術を使い、如何に煩雑な行程を経るかがステータスだった。 あれは元々庭師の知恵を取りだして、それをそのままあのでくの坊に取り入れただけのもの。 庭師を数人殺して脳を取りだしたようだけれども、その程度の労力なんか主人達にはなんの感銘も受けないものだったのさ」

「そう」

冷たい声で返す。

当たり前だ。

やはり上から下まで狂っているな此奴ら。セリさんが、珍しく嫌悪の視線まるだしで蘭を見る。

蘭に罪は無いかも知れないが。

この蘭を愛でるという行為のためだけに、どれだけの犠牲が出たのだろう。しかもその美的感覚が、世界そのものに押しつけられかねなかったのだ。

遊歩道が終わる。

奧には、いた。

悪魔もどきだ。

ただし、全身が槍みたいなもので壁に貼り付けにされている。周囲にはからくりが伸びていて、それで何もかもを確認できるようだった。

「ようこそ現代の錬金術師。 他の観測者には「劣等血統」とかいわれたんじゃないのかな」

「そういった悪魔もどきはみんな倒して来た。 それで貴方は」

「私はルシファー。 貴方がいう悪魔もどきだが、まあ反抗心が強すぎてね。 此処のシステムの一部にされてしまった存在さ」

他の悪魔もどきと殆ど姿は変わらない。

うけけけけと笑うと、ルシファーとかいう悪魔もどきは。にやにや笑いながら話を振ってくる。

「それで、何から説明しようかなあ」

「神代の錬金術師達の居場所は」

「いやいや、千三百年以上も此処に磔になっているんだよ。 ちょっとくらいは話に乗っておくれよ」

「この胸くそ悪い花畑を維持するためだけに、フィルフサの一つの群れやこの遺跡が用意されたってのか」

レントが呻く。

ルシファーはその通りと、芝居がかっていう。あたしは呆れたので、手元に熱を集める。首を刎ねてしまおうと思ったからだ。

それを見て、本気だと判断したのか、ルシファーが軽口を止めた。

「分かった分かった。 怒らないでおくれ」

「周囲を警戒して」

あたしは勿論乗らない。

クリフォードさんが頷くと、少し距離を取る。

この辺り全部が死地になっていてもおかしくは無い。最悪の場合は、天井をブチ抜いて脱出するか。

「私もそこにいるオーレン族の戦士と同じく、千三百年前の事件を知っている生き証人だよ。 少しは話を聞いていかないかい?」

「……タオ、相手になってやってくれる?」

「僕?」

「あたし、ちょっと自制心に自信が持てないわ」

今でも油断すると、首を刎ねに行きそうなのである。

此奴は磔にされてはいるが、分かる。話しているだけで、その性根が。

神代の錬金術師達と此奴は同じ穴の狢だ。

あたしは大きく嘆息すると、一度距離を取る。最悪の場合は、即時脱出に移れるように、である。

ルシファーは話し始める。

「気配だけで察したんだけれども、他の観測者はみんな君達に倒されたんだろう。 すごいね。 護衛のためにテラフォーミング用生物兵器に対する命令権を与えられているのにさ。 フェンリル型とかもいただろう。 よく勝てたね」

「ライザは隔世の豪傑だからね。 それで僕もあまり君達の事を良く思っていない。 無駄話は避けてくれるかな。 ライザは僕に話を任せるくらい怒ってる。 寿命を縮めたくはなければ、無駄話は止めた方が良いよ」

「ふうん……その様子だと、今までの錬金術師達とは違うか。 どいつもこいつも神代の錬金術と聞くと目の色を変えていたのにさ」

「それは其処にあるからくりで知ったのかい」

そうそうと、ルシファーは笑う。

この様子だと、相当に話し相手に餓えていたんだろうか。

まあ、どうでもいい。

タオが順番に話を聞き出していく。

本当かどうかもよく分からないが。

話によると、このルシファーが反応からして最後の「観測者」。つまり悪魔もどきだという。

観測者は鍵に導かれた錬金術師を観測し、主の元にいけるかを観測し、記録する存在なのだとか。

もしも妙な挙動をする場合は修正する。

そういう役割であるらしい。

「鍵を渡されるような錬金術師は、年々現れなくなっている。 ここ最近だと百年以上前の奴が最後だったな。 他の観測者を皆殺しにしただけじゃない。 彼方此方の遺跡のガーディアンが消息を絶っているけれど、まさかそれも君達の仕業ということかい」

「そうだよ。 それで?」

「いやはや、おっかないねえ。 私もたいそうな名前を与えられはしたけれど、ただそれだけだからね。 だから君達に、せめてものラブコールを送ることしかできなかったよ」

ラブコールか。

今ので殺す事を決めたが、話は聞くだけ聞く。

タオに軽く頷く。

タオも、あたしの意思を理解したようだった。

この遺跡は、幾つかオーリムに作られたもののなかでは、基本的に蘭を栽培するものであって。

あくまでこの蘭は最高品質のものを、身内で鑑賞する事が目的。

次の目的は、劣悪な環境でも蘭が生育できる環境に造り替える事が可能かの実験。

それが、この巨大な花園だそうである。

テラフォーミングというのは、今までの資料を見る限り、本来はこの世界にあわせて不毛の土地を改革するものであるらしい。

それはタオやアンペルさんが説明してくれたから覚えている。

だが、オーリムの環境や元々のあたし達の世界が、少なくとも「冬」の前までは不毛の土地しかなかったとは思えない。

旅の人が冬で滅茶苦茶になった世界を「テラフォーミング」して、少しでも世界を元に戻したというのは分かる。

だが、糞便を処理する蠅なども世界を構成する一つだし。

見かけが人間から見て可愛くない生物だって、生態系を構築する大事な一つの存在である。

パティやタオは虫を嫌がっていたが。

別に虫を世界から根絶したいとまでは考えていない事は以前から確認している。

だいたい農業経験者からしてみれば、様々な虫は農業も手伝ってくれる強い味方だし。

見かけが怖いといわれがちな蜘蛛なんかは、邪悪どころか生態系をしっかり守ってくれる心強い番人なのだ。

花の価値だって美しいだけではない。

色々な形で世界に貢献しているのが動物というものだ。

蘭は確かに美しいかも知れないが、見ているとあまりにもいびつ。セリさんが言った通り、脆弱すぎるのだ。

これは自己満足のために作り出した、鑑賞のための植物であって。

存在する意味がないとまではいわないが。

少なくとも、蘭のために世界をあわせるのは、おかしすぎると言える。

世界中にラプトルやら走鳥やらが、神代の錬金術師の手によってばらまかれたことは既に分かっている。

あれらは神代の錬金術師の美学に沿う生物なのだ。

神代の錬金術師どもには、そういった自分に都合が良い生物だけで世界を満たすつもりだったのだろう。

雑草やら五月蠅い虫やらは根絶やしと言う訳だ。

ルシファーとやらの話を聞いているだけでも、それらが理解出来てしまう。だからこそ、苛立ちを抑えるのに本当に苦労する。

タオはあたしの方を時々確認しながら、上手に話を誘導して、ルシファーから聞きだしていく。

話を聞いている限り。

他の悪魔もどきと違って、やはり此奴は主君を尊敬していない。

それどころか、何となく分かってきた。

こいつ、あたしを主君の所に行かせたくなかったのだ。

善意などではなく。

命令に従うように見せかけて、試練といいながら無理難題をふっかけて。

殺して、それで終わりにするつもりだった。

敵の敵は味方なんて言葉があるが。

場合次第だ。

少なくとも此奴は、神代の錬金術師の潜在的な敵だったのだろうが。あたしにとっても立派に敵だ。

「ほう。 コレは面白い。 これだけ衰退した時代の人間としては驚くべき博識さだ。 貴殿、神代と貴方方が呼ぶ時代でも充分に賢者として通用しますよ」

「そう。 それでそもそもこの遺跡を作った錬金術師はどこに行ったのかな」

「つれないなあ。 褒めてあげているのに」

「……面と向かって相手の太鼓持ちをする人間は、信用してはいけない。 それくらいの言葉は、君達の時代にもあったんじゃないのかな。 君は人間では無いかも知れないけれど、僕は君に対等に話しているつもりだよ。 それなのに君は甘言で僕の関心ばかり買おうとしている。 それには裏しか感じ取れないんだ」

タオも立派になったな。

昔だったら口をつぐんで、ハンマーに切り替えていただろうに。

他の皆にはハンドサインを出して、散って貰う。

この遺跡を調査はしたが、更に念入りに調べて貰う。この場には、あたしとタオだけで充分だし。

何よりも、もしも脱出する場合には。

人数は少ない方がいいのだ。

やはりというか、ルシファーは神代の錬金術師達が「本拠」にいたこと。此処でルシファーを実験して、役立たずと判断した後は、監視装置だけつけて放置したこと。それどころか、蘭を管理するためのフィルフサ王種をさらに管理する生体装置にした事。その後、神代の錬金術師どもがどうやらオーレン族に敗れてこの地を追われたこと。それくらいしか分からなかったようだ。

数百年掛けて機能の悪用を理解し。

他の観測者と連絡を取っていたのだが。

それが少しずつ減っていった。

ある者は発狂してただの魔物となり、他の魔物と戦って殺され。

ある者は何者かに殺され。

そして、あたしが出現した頃には。

連絡を取れる悪魔もどきはルシファーを除くと数体だけになっていたのだとか。

それもあたし達に討ち取られ。

或いは何者かにやはり殺されて。

今ではルシファーしか残っていないそうである。

「もしも此処から解放してあげたらどうするつもり?」

「はっはっは。 その時は貴方たちの仲間として、神代の錬金術師達にお礼参りにいくつもりですよ」

「嘘だね」

「へえ」

タオがルシファーの前をあたしに譲る。

それは、もう聞き出し終えたということだ。

此奴の口からは、もう聞けることは聞き終えた。タオもいい加減、此奴には頭に来ていたらしい。

此奴は此処にあるような鑑賞用の蘭が蔓延るいびつな生態系を作り出す歪んだ「テラフォーミング」について、決して否定的に考えていなかった。

神代の錬金術師の美学に沿って何もかもねじ曲げる狂った世界を、笑いこそすれ否定はしていなかったし。

むしろその力を自分で奪いたいと考えていた。

その点では、あたしの前に呼ばれた錬金術師達と同類だったのだろう。ただ利害が一致せずに対立した。

それだけの違いだったのだ。

他の悪魔もどきとも、この様子では恐らく利害の一致で連携はしていた筈。

此奴も遠隔でフィルフサの群れを操作するようなことをしていたのだ。

ラブコールと称して、フィルフサの王種を此方に引きずり出し、あたしに集中攻撃をさせていた。

何がラブコールか。

死が救済とでもいうつもりか。

「ま、まて。 まだ話していない事ぐぎゃあああああああっ!」

ルシファーがあたしの意図に気付いたときにはもう襲い。

あたしはルシファーの首を掴むと、熱を直接叩き込む。見る間に燃え上がるルシファーの体。

此奴には蹴り技なんて必要ない。

「ま、まだ奴らの秘密を知っている! きぎゃああああ! こ、ころさ、ころさないで、ころさないでっ!」

「貴方が少しでも慈悲を持っていたら、此処で飼い殺しにされていたフィルフサを、楽にしてやっていただろうね」

「ゆ、許して! 靴でもなんでも舐める! だから!」

「いらない。 死ね」

ぼんと、ルシファーが生きた松明になる。

神代の錬金術師がここまで念入りに拘束したと言う事は、此奴は悪魔もどき最強だったのだろう。

だが、それもこんな状態だったら、何もできない。

そのまま炭クズになり果てるルシファー。

あたしは、その頭を踏み砕き、体全てを何も残さず灰燼に帰すまで焼き砕いていた。

唾を吐きたくなったが堪える。

そして、あたしは。

ただ蘭の面倒を見るだけの生体からくりとかしたフィルフサを楽にするべく。その管理装置にされている王種の方に向かった。

フィルフサには散々怒りを感じてきたあたしだが。

此奴には、もはや同情しか湧かなかった。

一瞬で楽にしてやる。

幾ら王種でも抵抗もせずコアも楽に砕けるなら、余裕だ。

問題は狂気の源泉だが、それもコアを砕くと爆発して消えてしまった。取り付ける前のものを、どこかで入手する必要があるな。

そう、周囲で溶けて消えていくフィルフサを見ながら、あたしは思うのだった。

フィルフサが消えても、園芸用の神代鎧は動いている。ただ、それだけが役割だから。からくりとはいえ、哀れだった。

 

偽りの花園を出る。彼処には神代鎧の園芸用モデルもいた。蘭の面倒はそれが見るだろう。

あそこは実験場なんかではない。

文字通り、神代の錬金術師に取っての遊び場。砂場だったのだ。

蘭を滅ぼそうとまでは思わない。

だが、蘭を維持するための機能を残しておくつもりもない。あれだけの施設を動かす動力、どうせ竜脈から吸い上げているに決まっているのだから。

セリさんがいたので、頷く。

セリさんはため息をつくと、花園に向かう。

種としての鑑賞用蘭に罪は無い。

この遺跡が滅んだ後も、セリさんが確保していれば。いずれ鑑賞用という存在で、ごくちいさな花園でなら、命脈をつなぐかも知れない。

だが、鑑賞用に作られた、見栄えだけ綺麗な花はそれが運命というものだ。

フィルフサは全ていなくなった。後は伏せられている神代鎧だが、それももういないようである。

合流すると、軽く話をする。

まずは動力室から潰した方が良いだろう。

奧にある動力室の扉にもパスワードは掛かっていたが。タオが、それを楽々と開けていた。

「おい、どうやって……」

「ヒントは幾つかあったんだけれど、ルシファーと話して確信したんだ。 神代の錬金術師はパスワードは設定したけれど全部それで統一していた。 そして神代の錬金術師が嫌でも見るものにしているはず。 さらに神代の錬金術師ならば知っているものであれば望ましい」

レントにタオがそう答える。

種明かしをした。

「神代の資料を今まで見て、古い時代の神話を幾つか見てきたんだけれど、ルシファーという存在は神を一つだけとする信仰における大魔王で、神に敗れて地獄の最下層につながれていたらしいんだ。 その地獄最下層の名前はコキュートス。 僕達の言葉で言うと、極寒地獄とでもいうべきかな。 この時点で幾つかにワードは絞られていくんだけれど、ルシファーは口走ったんだよ。 私の居場所ってね」

「なるほど、そのコキュー何とかがパスワードか」

「そうなるね」

はーと、ボオスが感心する。

タオの知識量にも驚いたのだろうが、それを元にきちんと正解を導き出す頭脳にもである。

事実扉は開いた。

まずは全ての扉を開いて、内部を確認するところからだ。その前に、動力炉を調べる。案の場、動力炉は巨大で、地面深くに突き刺さるような構造であり。竜脈から力を直に吸い上げているのが一目で分かった。

「奴らは搾取しか考えぬのか」

「搾取という感覚すらなかったんだと思います。 自分がどんな状況でも正しいと考える人間は一定数いますが、そういう輩は他人を殺す事も奪うこともなんとも思っていません。 神代の錬金術師は、典型的なその手合いです」

「大半の人間は愚かしいのう……」

「否定はできませんね」

あたしが肩をすくめる。

問題は、そんな輩が何かの間違いで、こんなテクノロジーを手にしてしまった事だ。

どうしてかこの世界には戻ってくる気配がないが。

今でも影響力は残っているし。

戻って来たら、最悪の惨禍が訪れる。

一刻も早く攻め潰さないといけないだろう。

「よし、コントロールパネルにアクセス。 やはりこっちのパスワードも同じだね」

「本当にバカが此処を管理していたんだな……」

呆れるボオス。

ディアンに、その辺りを触らないようにあたしが注意しておく。どんな危険があるか分からないからだ。

タオが手慣れた様子で調査していくうちに、クリフォードさんが戻って来て、地図をてきぱきと仕上げていく。

「神代鎧の格納庫があったぜ」

「!」

「だが、もう中身は空だな。 ただし素材はあるようだから、下手をすると再生産されるだろうな」

「早く止めておかないとね」

頷くと、クリフォードさんはタオの横に立って、コンソールパネルを操作していく。アンペルさんは、竜脈を吸い上げる仕組み自体に興味があるようだ。

「仕組みそのものは結局古代クリント王国の技術の延長線上だな。 カラ総長老、貴方が見た世界は、虚空に浮かんでいたと聞くが」

「ああ。 地面も星空もない異様な世界であったな」

「だとすると、どうやって動力を確保していたのか。 此処のようには行かないはず。 旅の人がその世界を作りあげたとして、神代の錬金術師はその技術の劣化コピーを使っていたに過ぎない。 各地で竜脈から力を吸い上げていたのは、或いは他のエネルギーが枯渇していたからなのか?」

「他にもエネルギーが?」

アンペルさんは頷く。

冬の前の時代には、「石油」なる高熱で燃える水が大量にあって、それが世界の力の根源になっていたらしい。

その火力たるや、脂なんかの比ではなく。ごく少量でとんでもない爆発を引き起こし、タービンといわれる動力炉を高速で回転させたとか。

他にも恐らく「冬」を直接引き起こす要因となった世界の最小要素を熱に変える技術もあったらしい。これは動力としても凄まじく、石油なんかの比では無かったそうだが。扱いは難しく、兵器にも容易に転用されたという。

それらが此処では……他の遺跡でも使われている形跡がないとか。

そんな力だったら、神代の錬金術師は嬉々として使うだろうに。

「仮にあったとしても、旅の人が使い方を封じていたのだろうな。 竜脈からの力の略奪にしても、量次第では世界に問題を起こすことはなかっただろうに」

「こんな略奪をしていたら、世界が枯れかねない……ですね」

「ああ」

「どこまで強欲なのか」

パティが呆れて、怒りさえ声ににじませた。

強欲な貴族や王族を幾らでも見て来ただろうパティだからこそ、その果てしない欲望には怒りを覚えるのだろう。

パティはこの年で自制がきくくらいしっかりしているから。その辺は余計に苛立つのかも知れない。

「よし、竜脈からの力を一定時間後に略奪停止する。 ログの吸い上げを開始するから、手伝って」

「ゼッテル用意してくるよ」

「お願いね」

「レントは俺についてきてくれ。 資料庫から、使えそうな資料は全部回収する」

やっとかと、クリフォードさんの言葉にレントは腰を上げた。

アンペルさんも、ついてきてくれとディアンに声を掛ける。あたしも資料の回収に動くとしよう。

そのまま、何手かに別れて、難攻不落の要塞だった場所から、資料を全て回収していく。

やはり胸くそが悪いものも山ほど見た。

だが、此処はもはやフィルフサの巣窟ではないのだ。

外に出ると、カラさんがウィンドルの戦士達に声を掛けて、この城の封鎖に向けて動き出す。

竜脈からの力の略奪を止めたら、あたしが砕いてしまうつもりだが。その跡地にフィルフサが住み着いては意味がないのである。

花園は残してやる。

僅かな力だけで、細々と動くだろう。

だがそれが人目につくことは二度とない。

美しい花かも知れないが。

その美しい花のために世界を犠牲にしようとしたいびつな自己顕示欲の発露があの花園だ。

そんなものは、封じ込めてしまうに限る。

何しろ遺跡の規模が規模だ。

持ち出しには数日かかる。奏波氏族の戦士達が回収作業を手伝ってくれるので、助かる。

途中で、生態標本にされていたフィーの同族や、その他の様々な生き物の亡骸を回収して、荼毘に付す。

奏波氏族はそれを見て、ただ悲しそうにして。

何人かが、鎮魂の歌をうたってくれた。

リラさんやキロさんも前にやってくれたことがあったな。そう思いながら、膨大な骨を荼毘に付す。

僅かな量は回収して、エーテルに溶かして解析もしておく。

もう誰もフィーの同族の生き残りがいなかった場合は此処から再生するしかない。

その時に備えて資料は増やしておくのだ。

膨大な資料がまた集まる。だが、まだ遺跡は近くにもう一つ残っている事が分かっている。

それを潰さないと、ウィンドルに平和は……いや、潰してもまだまだフィルフサがオーリムにはいるのだ。

ただ、至近にある遺跡を潰す事で、それでやっとウィンドル周辺を、安全にできるだろう。

ウィンドルに物資を運び込む過程で、キロさんが声を掛けて来る。

「ライザ、少し良いかしら」

「なんなりと」

「薬を幾らか頂戴。 ここに来る途中で、フィルフサに包囲されているオーレン族をできるだけ助けてきたけれど、まだ助けられていない集落が幾つもあったの。 私はそれを助けに向かうわ」

「キロさん。 大丈夫か。 手は足りているか」

ボオスが話を聞いていたか、こっちに来る。

ちょっとだけ寂しそうにキロさんは笑った。

ボオスとどういう話をしたのかは分からないが。まあ、ボオスの事を嫌ってはいないのだろう。

「問題ない。 むしろ一人の方が動きやすいわ」

「……そうか。 できるだけフィルフサを早く根絶やしにする方法を見つける。 それまで、救える人を頼むぞキロさん」

「ええ。 ではまたね……」

キロさんは、また風のように消える。文字通りの意味だ。

単騎であれば、ディアンが歩く稲妻というような強さを、それこそ全力で発揮できるわけである。

孤立している小集落や小集団の救援もしやすいだろう。

薬も出来るだけ渡しておいた。

これで、また多くのオーレン族が恐らくは助かると見て良かった。

三日掛かって、遺跡から主だったものを取りだすと。奏波氏族が見ている前で、遺跡を爆破する。

爆弾で内側から粉々に消し飛び。地上部分は少なくとも更地に。地下部分も半壊して、もう入れなくなる。

クリフォードさんが充分に破壊したことをお墨付きでくれたので、これでいいだろう。

まあ地下にある蘭の部屋と、それを動かす僅かな動力だけは残したが、それが問題になる事もあるまい。

彼処で動いている園芸用の神代鎧だけが、ずっと蘭の世話をする。

それでいい。

蘭そのものも、セリさんがサンプルを確保した。歪んだ美意識で作り出された蘭も、滅ぶことはない。

それだけで、充分だ。

奏波氏族が、わっと喚声を挙げる。

ずっと彼等彼女等を苦しめ続けた遺跡が、文字通り灰燼に帰したのである。はっきり言ってこれで充分だろう。

書類を先に解析して、アンペルさん達に解読に回って貰っている。

あたしも幾つか回収したサンプルをこれからエーテルに溶かして解析するつもりだ。

しばらくはこれは時間が掛かるな。

あと、この辺りが安全になったと言うこともある。

タオに座標を集めて来て貰う。護衛にはリラさんとレントについて貰う。ディアンも行きたいと言うので、好きにさせた。

セリさんは、あの遺跡の周囲を中心に、フィルフサの汚染を浄化する植物を植え始める。改良に改良を重ねた傑作だ。

簡単にフィルフサに蹂躙されはしないし。

その母胎を楽に浸食し尽くすだろう。

後は、もう一つの遺跡を探し出し、それを攻略する準備を整えなければならないだろうが。

しばらくは、解析に時間を取られる。

だが、地味な作業の積み重ねにこそ、成果があるものなのだから。それをあたしは苦にはしていなかった。

 

4、分かりゆくこと

 

千三百年ほど前。

ネメドの自然門からウィンドルに侵入した神代の錬金術師達が、此処で何をしていたか。実験の記録が残されていた。

タオは淡々と読み進め、それをメモに書き加えていく。

反吐が出る話も多いが。

できるだけ冷静を保つ。そうしないと、客観的な情報など得られないからである。

客観は大事だ。

人間は油断すると、すぐに主観で判断する。立場がある人間が、感情でものごとを決めるようになるとおしまいだ。

バカみたいな理由で命を奪う。それもたくさん。

タオはその真似はしない。それらの行動を肯定もしない。立場が上だから何をしてもいい。

そう考える人間が出ると、その社会は終わりだ。その場で終わらなくても、いずれ確実に終わる。

ロテスヴァッサだって、ライザが直接王都に訪れなければ、いずれ腐敗の末に壊死していただろう。

今の時代、あれほどの規模の都市が潰れていたら、人類に再起の芽があったとはとても思えない。

だからこそ。主観で判断するようにならなければならないのだ。判断に感情を持ち込んではいけない。

ライザですら、ルシファーを殺す判断は、恐らくあれが有害なだけだと判断したからだろう。

それについては、幼い頃から悪ガキとして一緒にライザと行動していたタオだ。良く理解出来ている。

ライザはとにかく恐ろしい所も増えてきているが、根底では変わっていない。変わっていないからこそ分かる。

ライザは神なんかになるつもりはない。

強いていうなら、なるのは魔王にだろう。

全てのものにあまねく罰を下す存在。全ての者に怖れられる存在。

今は弱者にあまねく手をさしのべている。

だが、それもいずれは行動方針が変わるのかも知れない。だが、それで神代が再度繰り返されないのであれば。

そもありだろうと、タオは思う。

「おっ。 これは……」

「クリフォードさん、何か見つけたんですか」

「ああ。 ちょっと面白いぞ。 神代の錬金術師共は、奴らなりに四苦八苦していたらしい。 その過程の一つで、竜脈からの効率的な魔力の回収方法って論文を書いてやがる」

「なるほど、それは決定的ですね」

つまりだ。

やはりこんな論文があると言う事は、旅の人が持っていた竜脈からの力の回収技術は、神代の錬金術師には再現できなかったのだ。

旅の人を殺したか幽閉したか。

テクノロジーを略奪して実権も奪った神代の錬金術師は。

自分達が万能だと思い込んでいたが、いざ調べて見ると、中核のテクノロジーを幾つも取りこぼしていることを知ってしまった。

それで彼方此方であわてて試行錯誤した。

それも手持ちのテクノロジーを組み合わせて、それでどうにかできないかやってみたのだろう。

オーリムに手を出したのも、恐らくはその一環。

考えて見れば、竜脈をオーリムで自在に操れるようになったと言うのも怪しい話である。フィルフサはその技術を用いて狂気の源泉を装着して操れるようにしたようだが。それにしてはさっきの遺跡では。古代クリント王国と大差ない程度の装置を用いていたではないか。

他にも物的証拠がボロボロ出てくる。

幾つかの難しい公式を解こうと四苦八苦している様子。タオは少し考えて見て解き方が分かったが。神代の錬金術師は解けなかったようだ。

普段はからくりに解かせていたようで。

つまり旅の人が作ったからくりは、神代の錬金術師よりも頭が良かったことになる。

この公式だって、もとは誰かが考えて解いたのだろう。多分混沌の時代の人なのだろうが。タオだってその頃は別に天才でもなんでもなかった可能性が高い。逆に言うと、混沌の時代には幾らでもいた程度の人間にすら、神代の錬金術師は及ばなかったのだ。

内心では、自分達が神に等しいどころか、遠く及ばない事を彼等も理解していたのだろう。

だからこそ焦った。

そんな理由でと思うと、激しい怒りもこみ上げてくるが。まあ、それについては今はいい。

解読を進める。

アンペルさんが来たので、交代。座標を集めに回る。とにかくデータを増やしておいた方が良いだろう。

あと少しで、解析できそうな数値がある。レントとボオス、リラさんの護衛なら、フィルフサが減っている今はもう問題がない。ただそれでも油断は禁物だ。座標集めに集中できる。

「やっぱりこの最後の数値、竜脈からの距離の可能性が高いな……」

「タオ、分かりそうなのか」

「うん。 ただ、分かっても問題なのは、神代の本拠地の座標なんだよね。 何かしらの方法で隠蔽されているのか、それとも」

あの群島の奧の宮殿の石碑には、座標らしい数値が刻まれていたが。あれが正解と考えて良いかまだ結論が出ない。

徹底的に調査をして、判断はそれからだ。

丘を上がりきる。

此処はドラゴンが時々足を運び、それで羽を休める場所であるらしい。フィルフサに荒らされ放題だったが。

この間の遺跡に向かっていた群れが崩壊した事で、此処がついに解放されたと言う事だ。

此処からの景色は、元は素晴らしかったんだろうな。

ウィンドルの周囲はまだ緑がある。

だが遠くは空も濁っているし、地面もウィンドルから離れるほど茶色になっていく。フィルフサは植物の存在も許さない。水ですら、あらゆる手段で無くそうとする。

全てを更地にした後、自分達すら滅ぶ。

そんな生態を作り出すのは、狂っているとしかいえない。

嘆息すると、座標集めに戻る。

ライザはきっと情報さえ集めれば何とかしてくれる。そうタオは信じる。ライザの頭は空間把握という観点ではタオを遙かに凌いでいて、それが錬金術の深奥に近付いている理由なのだと思う。

ただ、ライザが錬金術の深奥に到達したら。

今でさえ人間離れしているのが、もう完全に人間ではなくなるだろうな。

そういう予感も、あるのだった。

 

(続)