嵐の前に

 

序、受勲

 

今日は一日それぞれ好きに過ごす。まあ調整が上手く行かなかったのだし、何よりも皆それぞれに事情もある。

リラさんはゆっくり寝て過ごすと言ってソファで猫になっているし。

セリさんは例の植物の改良をアトリエの側でひたすらに進めている。なんだかうねうね動いている植物に囲まれているから、まんま魔女だ。

クラウディアはフェデリーカをつれて港町に。

バレンツで用事があると言っていた。朝聞いたところ、東の地で大口の仕事が取れそうなのだとか。

かなりの量の絹が仕入れられそうということで。

商売の中間点になるらしいサルドニカ代表のフェデリーカも一緒に行っている様子だ。

ボオスは今日は鉱山街に出向いて、其方で調整。

レントは鍛錬をずっとパティとするつもりらしい。ただ、朝一だけはダメだとパティは断っていた。理由はディアンの用事があるからである。

アンペルさんたちはずっと本とにらめっこ。一秒でも無駄にできないという勢いで、資料を読みふけっている。今日はそれにカラさんも協力。回復魔術での支援を行うようである。

目もずっと使いっぱなしになる。

妥当な行動だ。

ただし、小妖精の森のアトリエでだ。

彼処のアトリエは、近々守りを固めるつもりだ。

下手な守りだと、彼処に保管した様々な資料を守りきれない可能性がある。今後、あたしも長期間留守にする可能性があるし。

破落戸や与太者が万が一侵入に成功した場合。

とんでもない災禍が起きる可能性があるからだ。

さて、あたしはというと。

以前験者に頼まれたものを持って、験者屋敷に。ディアンと一緒に出向く。

パティも来てくれるので心強い。

あたしだって、心臓にだいぶ毛が生えているとは思うけれども。それでも人の晴れ舞台を台無しにしたりはできないのだ。

フォウレの里は活気づいている。

改良された機具を持ち出す里の民。港町に売りに行くのだ。

港町では、それを古い機具と取り替える。

持ち帰った古い機具は、以前アンペルさんとあたしで開発したやり方に沿って改良する。こうすることで、信頼を更に高めて。今まで使い捨てだった機具をそうさせないという意味もある。

今後は機具は、ずっと長持ちするし。

捨てに行く事もないのである。

験者屋敷では、デアドラさんが待っていた。

付き添いかと聞かれたので、そうですと答えると。そうかと、少しだけ嬉しそうにしていた。

こういう仲の人間が、しかも里の外で。ディアンにできるとは、思っていなかったのかも知れない。

奥の部屋で、験者様が待っていると言われる。

ディアンは頷くと、今日も元気が良い。

「験者様、入って良いか」

「ああ、入ってくれ。 ライザ殿とパティ殿も」

「ではお邪魔します」

ディアンはもう用事は分かっているようだが。

デアドラさんも部屋に入った所で、本題に入る。

まずあたしから、験者に渡すのは、首飾りだ。

ただしハイチタニウムとグランツオルゲンを要所に用いている。一方、ネックレスで吊しているのは獣の爪だ。

大きな獣の爪。

ディアンが倒した獣のものだと言われて、験者に渡された。

それを加工した。

今のあたしには、そう難しいものではない。

「ディアン、ライザ殿らの助けがあったとは言え、ここしばらくの活躍は実に見事だった。 特に先祖の墓を荒らしていた魔物を撃ち倒し、先祖の尊厳を守った活躍は特記に値する」

「お、おう」

「これよりディアン。 お前を次代の種拾いの長に任命する。 ライザ殿の用事が終わってフォウレの里に戻り次第、種拾いの二番槍として活躍するように」

種拾いの長は。

普通、次の験者になる。

今の験者は状況が特殊だったから、そうはならなかった。世界を旅してきて、人材がいないところで験者になった。

苦労の時代を過ごしたと聞かされている。

まだベテランの戦士達が多く生きていたとは言え、魔郷と言って良いネメドの森の側で暮らしていたのだ。

それは大変だっただろう。

しかも竜風の時期が近付いていたのだ。

ああでもこうでもないと堂々巡りの愚かしい議論を続けている老人達をどうにか調整して。

フォウレの里が生きていくために、外と交流だってしなければならない。

フォウレの里に住まうのは迫害されて世界を放浪した民だ。

どうしても排他的になる皆を、説得だってしなければならなかっただろう。その苦労は、想像以上だった筈だ。

恰幅が良い験者は体格がいいが、見た目以上に老けているのも、苦労が体を痛めつけたからだろう。

それを敢えて此処で言うつもりは無い。

「デアドラ、次の験者として指名する。 私の仕事を今日より教える。 忙しくなるが、できるだけ早く学び終えて欲しい」

「はっ」

「やったなデアドラ姉!」

「お前もだディアン」

あたしの手から、ネックレスを掛けてあげる。

これは、強力な魔術を掛けてある。魔術の内容は制御だ。

例の狂戦士状態を制御しやすくするためのもの。それに、ハイチタニウムとグランツオルゲンだから簡単に壊れる事もない。

ディアンはネックレスを身に付けると、外に出て歓喜を爆発させていた。

誰もディアンの次期種拾いの長就任を、批難はしないだろう。

ディアンが倒した墓荒らしの魔物の巨大さは、誰もが認めるものなのだ。あいつは実の所そこまで強い相手ではなかったが。それもあくまで比較しての話。

今のフォウレの里の種拾いの戦士達では。

倒すのまでに、大きな被害を出して。それでも倒し切れるかは分からなかっただろう。

「ライザ殿」

ディアンが出て行ってから、験者が居住まいを立たす。

あたしも立ち会いのパティも敬礼する。

「暴れるばかりだったあの子が、今では里の希望になっている。 他人への敬意を覚え、貪欲に学ぶ事も出来る様になり、それどころか里を大事にも思ってくれるようになった。 全ては貴方たちのおかげだ」

「ありがとうございます。 あたしもディアンには随分と助けられています」

「そうか。 ライザ殿の敵が、悪鬼にも劣る畜生だと言う事は聞いている。 くれぐれも、生きて帰ってくれ」

そうだな。

最低でも、皆は生かして返さないといけない。

あたしと行動を共にしているのは、人類の中でも最強の戦士達だ。皆が倒れると、後がないのである。

今までも強敵との戦闘が続いたが、ウィンドルに渡るとフィルフサとの全面戦闘になるだろう。

それも複数の群れと連戦する可能性もある。

今の時点で分かっているだけでも、ウィンドルの周囲にはまだフィルフサの群れが複数健在なのだ。

ウィンドルを離れてから、また数が増えている可能性だって否定出来ない。

つまり、油断は一切出来ない、ということだ。

験者屋敷を出る。

フォウレの里は、典型的な因習の地だったと思う。

だけれども、験者もデアドラさんも、何よりその後を継ぐディアンも。因習に飲まれることを可としない。

竜風で吹き飛ぶこともこれからはない。

それを思うと、きっとフォウレの里の未来は明るい。

何かのボタンが掛け違わない限りは。

フォウレの里は大丈夫だとみて良いだろう。

アトリエの前で、二人と一旦別れる。二人とも、レントと乱取りをして鍛えるつもりであるらしい。

あたしはこれから、装備の再調整だ。

薬は充分にあるが、それでもいざという時になると足りない。東の地では幾らでも必要になったように。

今後、バレンツが販路を管理するとなると、それこそなんぼでも売れるだろう。

バカみたいな値段で横流しとかされないように、しっかり管理もしないといけない。届くべき人の場所に薬がいかなければ意味がないのだ。

その辺りは、バレンツにしっかりやってもらう必要がある。

クラウディアがまとめている間は大丈夫だろうと思うが。

クラウディアの子孫にまでは、あたしは期待していない。

その辺りはシビアに考えなければいけない。そうでなければ、神代と同じになる。

「ライザ、ちょっといい?」

「どうしたの?」

声を掛けて来たのはタオだ。

幾つかの資料を見ていて、気になる記述を見つけたそうだ。それによると、そもそも座標を集める「星図」は、門の位置を正確に知るために作り出したもので。

ドラゴンがこの世界に渡る時に作り出した自然門の位置を割り出すために作り出されたものなのだとか。

今までも自然門は幾つか見つかっていたらしいがいずれも短時間で消えてしまっていたため。

安定した強力な自然門を探すために、星図は作られたのだという。

「そっか、因果関係が逆なのか。 この星図を使って、神代は門を……ウィンドルの側にある、もっともドラゴンが利用する竜脈と門のある場所を探し出したんだね」

「そうなるね。 此処に神代が来たのは、偶然では無かったって事だよ」

「その話を聞く限り、奴らは最初から来るべくして来たのじゃな」

「そうなりますね。 ですが、二度は同じ事を起こさせないようにしましょう」

カラさんに、そう答えておく。

神代を叩き潰した後は、監視者が必要になる。

まだ神代が扱ったような技術を使うには、人間はあらゆる意味で未熟すぎるのだ。だから混沌の時代とやらは、「冬」を起こしたのだろうし。

人間だった神代の錬金術師は、徹底的に堕落した。

人間はきっと成長できるなんて無責任な言葉は、あたしは許さない。

何より、この世界はもう「冬」を引き起こした惨禍や、神代の錬金術師や古代クリント王国がやらかした破綻に耐えられないだろう。

古代クリント王国にしても、資源がなくなっているから余所に奪いに行った事情もあるかも知れないが。

そんなものは自分で解決するべき問題であって。

他人から奪うべきでは無い。

ましてや自業自得でこの世界はこうなっているのだから。

幾つか話をしながら、星図に調整を加えていく。

タオが見つけてくれた図面で、それだけで分かる。今まで座標を回収するシステムだった星図だが。

確かにこれの機能は、座標回収よりも発見用の探知装置だったのだと分かる。こういう技術はどうにもならない部分が多いが。

理解できれば、なる程となる。

そうすれば後は簡単だ。

調整を行っておく。

今日はせっかくだから、有意義に使うべきだろうとあたしは思った。

 

パティがレントさんと一緒に、ディアンとフェデリーカを相手に乱取りをする。フェデリーカはクラウディアさんと戻って来てから、すぐに乱取りに参加した。

パティとしても、ディアンは戦士として充分に強いと思うのだが。確かに防御と回避が下手だ。

人間レベルの相手なら、それでいいだろう。

対人戦が極めて優先度が低くなっている今の時代は、そこまで対人戦は必要ないのだと思う。

タオさんに資料を見せてもらったが、古代クリント王国までは如何に人を殺すかの武術が山のようにあった。

ライザさんのフォトンパイルブレイクを見てぞっとしたのだが。

ああいうレベルの殺意全開の武術は、古代クリント王国まではたくさんあったのだ。何しろ需要があったのだから。

それは人間が共食いをしているのと何が違うのだろう。

パティとしては、外敵と戦うための武術は欲しいけれど。人間を如何に効率よく殺すか追求した武術なんて欲しく無い。

レントさんが、ディアンの猛攻を余裕を持って凌いでいる。多分レントさんのパワーとディアンのパワーはもうそれほど変わらない筈だ。

特にディアンは一時的に全身のリミッターを外す狂戦士モードとライザさんが呼んでいる状態を、短時間だが制御出来るようになってきている。

パワーだけならもうレントさんより上かも知れない。

だけれども、レントさんが余裕を持って攻撃を凌いでいる手腕は凄い。

パティは今日は大太刀ではなくて、魔物がよく使うような触手を想定して、長柄の武器を持ってきている。

それでフェデリーカを攻める。

しなりを入れながら、鉄扇二枚で守りを固めるフェデリーカに何度も打ち込む。打ち込んで打撲になっては意味がないからインパクトの瞬間は力を抜くが、それにしても。

フェデリーカはどうしても最低でも防御だけはしっかりしたいと言っているが。

常識的な範疇では充分だ。

王都にいる軟弱な騎士では、これより劣るケースがなんぼでもある。パティの攻撃をある程度防げているだけで充分だろう。

周囲から視線を感じる。

種拾いの戦士達も、覚えたいのだろう。

「よし、一度休憩」

レントさんが声を掛ける。

ディアンはちょっと不満そうだったが。狂戦士モードの負担が大きいことは理解出来ているのだろう。

素直に従って、煮沸済の水を飲む。

パティも一度切り上げる。へたり込んだフェデリーカは、真っ青になっていた。

時々ごちそうでも見るような目でフェデリーカを見ているライザさんの視線にぞくりとさせられることがある。

だが、一生懸命なフェデリーカを見ていると。

何となく、その理由がわかる気がする。

ディアンは一撃の打撃力では皆の中でトップになりつつある。レントさんは防御よりだから、余計にだ。

フェデリーカは全員を的確に強化する神楽舞の存在が、戦略的に極めて強力だし、なんなら遠距離での大技も持っている。

弱点強化よりも、長所を伸ばせば良いのにとパティは思うのだが。

移動などで音を上げたり。

防御の判断が甘くて首を飛ばされかけた例が何度かあったので。

フェデリーカも気にしているのだろう。

少し休んでから、軽く話をする。レントさんはディアンに色々とアドバイスをしていて。ディアンも大まじめに聞いている。

クソガキだったディアンはもうおらず。

何事にも大まじめな一人前の戦士になりつつある、ということだ。

デアドラさんが験者を引退する頃には、立派な験者になれる戦士になっているだろう。そうパティも思う。

その時は改革を終えて多分国名も変わるロテスヴァッサから正式に使者を出して。

もっと交友を強化したいところである。

フェデリーカは、休むので精一杯で、話を聞く余裕も無さそうだ。

遠出、遠距離での旅は慣れていても。

流石にライザさんに着いていくのは厳しい。

それはパティも分かっているので。

へたばっているフェデリーカを責めるつもりはない。

しばし休んでから、軽くアドバイスをする。

「フェデリーカ、周りを良く確認して、とにかく敵の間合いに入るのを避けるようにしてください」

「私の目、二つしかないんですけど……」

「私だってそうです」

後ろにも目をつけろとか良く言うけれど。

パティの場合は、メイド長が徹底的に鍛えてくれたせいで、五感を磨いてそれに近いことが出来るようになった。

今だったら。

王都を出る前は三本に一本だった乱取りでの勝利が。

五分を超える可能性がある。

あの人も、良く考えて見れば例の一族の中でも上澄みで、ガイアさんに迫る使い手なのかも知れない。

パティの事実上の母だが。

全く年を取らない様子からして、いずれ見た目が逆転するのだろうなと思うと、ちょっと寂しくなる。

「フェデリーカは充分に一人前だと思います。 レントさんとかはもう世代に出るか出ないかの剣士なので、比較対象がおかしいだけです」

「でも、戦闘では役に立てずにいます」

「役に立てています。 神楽舞での力の増強、はっきりいって充分です」

ただ、乱戦だと舞いに集中しているフェデリーカが、敵の間合いに入ってしまうことがままあり。

それで接近攻撃を許すケースがある。

それは確かにいただけないとは言えるが。

しかし、今の時点で充分過ぎる程やれているとパティは思う。

休憩終わり。

乱取り開始。

技術が上がるのがかなり早い。パティもある程度手を抜いてはいるが、使いやすい訳では無い鉄扇で、確実に攻撃を防げるようにはなっている。

ただし、魔物の中には空間攻撃ができる奴もいるし。

そういう奴に当たった時は、もう勘で相手の攻撃を避けていくしかない。

勘という点では、パティもクリフォードさんの絶技には何度も驚かされるばかりで、教わりたいくらいだ。

今教えているのが、申し訳なく思う程に。

「良いですよ。 受ける時はもっと全身で。 左足を引いて、次の動作に備えてみてください」

「ええと」

「今の攻防をゆっくりやりましょう。 この打撃の後、私だったら何手かありますが、フェデリーカを仕留めに行きます。 フェデリーカは次を防御することよりも、間合いから逃れる準備動作をしながら受けてください」

「なるほど、分かりやすいです」

何度かやってみて分かってきた。

そうか、型稽古の経験が違うのか。パティは色々な状態に対する動きを、型稽古で徹底的に叩き込んできた。

型稽古というのは、この時はこうするという見本の集大成で、武術の基礎だ。

フェデリーカはある程度習ってはいるようだが、まだ経験が足りない。そこで、やり方を変える。

こうしたらこうする。その説明を、徹底的に仕込む。

そうすると、フェデリーカの動きが、途端によくなりはじめた。

ディアンもそれを見て、俺も教えてくれというけれど。ディアンのは空中殺法が入ったりするので、ちょっとパティの武術とは系統が違い過ぎる。

何でもありの環境で揉まれたレントさんの方が教えるのは適しているはずだ。

夕方に、一通りやってみる。別に早くなった訳では無いが、フェデリーカは抜群に動きが良くなった。

これは、眠っていた才能を起こしたのか。

いや違う。

今まで戦闘に次ぐ戦闘で、蓄積されていたものが。しっかりした器を得て、一気に膨らんだのだ。

これはうかうかしていられないな。

凄いですと褒めて、それで今日は終わりにする。

次は型稽古は多分いらないだろうな。

そうパティは思った。

ディアンも防御と回避がどんどん上手くなっているようだ。最終決戦が近いと思うのだけれども。

二人とも、まるで力負けしない戦士にその頃はなれているのだろうなと、パティは思った。

 

1、フィルフサとの連戦へ

 

フォウレの里を後にする。

手を振って送ってくれる種拾いの戦士達。前よりも、明らかに対応が良くなって来ている。

これは色々あったことも理由なのだろう。

ともかく、フォウレの里はこれで竜風が起きても吹き飛ぶこともないし。

魔物の内厄介なのはあらかた片付けたし。

先祖の墓に、命がけで行く事もなくなる。

後はフォウレの里の問題だ。

あたし達で対応できる事はやりつくした。だから、フォウレの里で残りは解決して欲しい。

クーケン島だって今はまだ問題だらけだが。

因習の正体が分かった以上、今の老人達がいなくなる頃には島もずっと暮らしやすくなる筈だ。

ただ、それも永遠ではないだろう。

あたしでも、出来る事は都度やっていかなければならない。

「ようやくウィンドルに戻れるのう」

「そういえばカラさん、ウィンドルとグリムドルはどれくらい距離があるんですか」

「此方の世界と殆ど変わらぬよ」

そっか。

キロさんはもうウィンドルに来ているかも知れないな。

ボオスもそれは悟ったようで。ちょっとバツが悪そうにしている。まあ、周知の事実だし。

子供じゃないのだ。

茶化すつもりもない。

あたしの生き方を他人にまで強要するつもりはないのだ。

ただ、オーレン族との交配には大きなリスクがある。

それは説明をしてあるし。

ボオスもそれはしっかり覚えていると思いたいが。

古城に着く。

前はここに来るのも命がけ判定だったな。

城の中もある程度綺麗にされていて、住み着いている魔物もいなくなっていた。その内、此処は種も尽きるだろう。

そうなった場合は。

この城は、観光地にでもなるかも知れない。

「扉は無事だね。 これは都度開けるようにしようね」

「フィッ!」

「二人とも相変わらずだね。 門への扉、開けるよ。 一応気を付けて」

タオが操作して、門を封じている扉を開ける。

奧には相変わらずの門。

気配でわかっていたが、フィルフサが出て来ていないということは、ウィンドルは無事である。

まずはこれで大丈夫。

門を潜る。

よし、無事だ。オーレン族の戦士達がわらわらと来るが。カラさんが顔を出して、安心したようだった。

「総長老」

側近の二人が来る。

カラさんが、分かっておると先に言った。

「ライザよ、わしは溜まっている仕事を片付けてくる。 その後この辺りの情勢を再確認して、それで合流しようぞ」

「分かりました。 おつとめ頑張って来てください」

「うむ? ま、まあ行ってくるぞ」

カラさんが、側近に連れられて行く。

相変わらず巨大な木が林立している場所だ。アトリエもしっかり無事で残してある。まずは、アトリエに入り。

試すことがある。

鍵を使う。

更に強化した鍵は、今まで以上の魔力に耐えられる。凄まじい魔力が迸るが、程なく。壁の一角に、門が出現していた。

「おおっ!」

「古代クリント王国の錬金術師が国を挙げて取り組み、それでいながら巨大な装置を使わなければ制御も出来なかった門を、いとも簡単に」

アンペルさんがぼやく。

錬金術は危険な学問だなと思う。

才能依存だというのが、こう言うときに嫌と言うほど分かってしまうからだ。

そして才能がある人間が人格的に優れている訳でも何でもない。

だからこそ、やはり監視者が必要なのだ。

門を潜って、小妖精の森のアトリエに出る。

勿論他の門も稼働していて、東の地にもサルドニカにも、それにフォウレにも即座にいけるようになった。

だが、門を増やすのは後一回。

神代の本丸に殴り込みに行く時だけだ。

すぐにそれぞれ散って作業を開始する。あたしはアトリエから出ると、クラウディアと一緒に探索開始。

クラウディアの音魔術は、そろそろ上昇が打ち止めか。

それでも探知範囲はこれ以上拡がらなくても、精度は更に上がっている。戦闘技術の向上に、力を注いでいるようだからこれで良いのかも知れない。

「どう?」

「いるわ。 王種は確認できないけれど、やはりウィンドルに向けて集まって来ている。 以前の逗留では三つの群れを潰したと思ったけれど、一つの群れが新たに出現しているみたいだね」

「方向は?」

「西だね」

西か。

東は北東にある遺跡のフィルフサを始末すれば終わりだが、西側に今四つだかの群れが存在している訳だ。

それらが一斉に攻めこんできたら、歴戦のオーレン族が集うこのウィンドルでも危ないかも知れない。

巨木に登る。

はしごと通路が縦横無尽に入り組んでいる木の上では、射手が何人かいた。

空を飛ぶフィルフサは珍しくもない。

それらを撃墜しているのだろう。

手にしている弓は大きくて、東の地の侍達が使っていたものに近いサイズだ。東の地の侍も、身の丈大もある大弓を使う戦士がいて。だからこそ、魔物に有効打の射撃を入れられていた。

もっと高くまで上がる。

巨木の背丈は、あたしの百倍はある。

かなり高い所まではしごは上がっていて、見張り台も相応の高さだ。

以前は此処は入れて貰えなかったが。

カラさんが許可を出したらしい。

何より複数のフィルフサの群れを始末したあたし達は、既にオーレン族からは敵視されていない。

この辺りは戦闘民族だ。

侍達と同じで、むしろ接しやすいのだとも言えた。力と実績さえあれば、だが。

手をかざして遠くを見る。

やはり遠くの空は濁っている。フィルフサの群れが蠢いているのが見える。魔術では有効打は与えにくい。

だが。

「此処からなら、もっと遠くまで探知ができると思う」

「よし、よろしく」

「うん。 ちょっと集中するから、守ってね」

「任せて」

空からの強襲は充分にありうるのだ。

あたしは周囲を警戒。クラウディアは手を拡げて、音魔術での探索を全力で行い始める。

集中した魔力が、背中に白い翼を作る。それはより神々しく大きくなっていて。魔力の成長がよく分かる。

クラウディアに渡している装備や、この間新調した服の効果もあるだろう。

もの凄い魔力量だ。

あたしでも感心させられる。

「……一つの群れは特定したよ。 あの辺り」

「ふむ、覚えた」

「もう一つの群れは、強い隠蔽魔術で隠れているみたい。 多分神代の遺跡なのだと思う」

「西側で? そうか……」

北東以外に遺跡があると。

それはまた、調査する意味がありそうだ。

狂気の源泉のオリジナルは是非手に入れておきたい。実際問題、今もフィルフサは執拗にウィンドルに迫っているが。それは狂気の源泉が今でも働いているからだろうし。

古代クリント王国が作った劣化品ではない。

オリジナルを手に入れられれば、更に研究も進むはずで。

この辺りに隠された研究所があれば。

其処にオリジナルがある可能性は否定出来なかった。

やはり西側のフィルフサの群れが分厚いようだ。クラウディアが探知を一旦停止。かなり疲れたようである。

一度はしごを下りて、ゆっくりと休憩する。

オーレン族の戦士達と、ボオスが話をしていた。

「まだキロ=シャイナスは来ていないんだな」

「ああ。 途中で他のオーレン族を救援できるようならそうしてから来ると、風羽の伝令は言っていた。 各地でまだまだフィルフサは跋扈している。 生き残りを見つけて、保護しながら来ているのかも知れない」

「そうだな。 あの人らしい」

ボオスが懐かしそうに言う。

五百年間、聖地を一人で守った希代の戦士であるキロさんは。ボオスにとっての命の恩人であるし、人生の目標でもある。

そしてわざわざ言わないが、異性として好きな相手でもあるだろう。

ボオスに先にオーレン族との交配のリスクを話しておいたのもそれが故だ。まあ、それでもというならあたしがどうにかするが。

正直、オーレン族との合いの子が、現在の社会で受け入れられるのは難しいと思う。

少なくとも人間の……あたし達の世界では無理だろう。

養子でもとるか、それともあたしが子供を調合してもいいが。

そういうことはボオスが決める事だ。

依頼を受けたらやるけれど、それ以上の事をするつもりはない。

「ボオス、状況を確認してきたよ」

「ライザか。 話は聞いていたか」

「キロさんだよね。 あの人ならそう簡単にフィルフサに遅れは取らないだろうし、まあ大丈夫だと思うよ」

「そうだな。 今此処にいる面子でも勝てるか怪しい程強いしな」

これについては客観的に見てそう。

伊達に一人でグリムドルを守り続けていなかった。カラさんが経験の蓄積で強いタイプだとすると、キロさんは単純に天才だ。

一通り調査が終わったので、アトリエに集まる。

カラさんについては、今日一日は執務だなんだで戻れないらしい。

まあ、あの人の立場からして仕方ないことではあるが。

フィルフサの群れの配置などについては話をしておく。

集落の西側にも遺跡がある。

ただしそれは巧妙に隠蔽もされている。

あのオプティカルカモフラージュやらかも知れない。

油断は出来ない相手だ。

レントがいつものように聞き役をしてくれる。

集団でいる時に聞き役の存在はありがたいのだと、レントが率先してやってくれるおかげで分かってきた。

聞き役の質問に答えられるくらいでないと、集団をまとめるのは無理だからだ。

「それでライザ、どうするんだ。 まずは東側の遺跡から片付けるのか」

「そうだね。 規模的にも東の地やフォウレにあった城と同等以上だし、しかもフィルフサが守りについてる。 攻略する価値はあると思うけれど……その前に」

地図を拡げて。

あたしは西側に指を向ける。

そっちで、新しく出現したフィルフサの群れがいる。

それを最初に始末する。

「あれから改良を進めて、雨を更に降らせやすくなってる。 戦闘時は、奏波氏族の戦士達と一緒に戦えば、かなりやりやすいはずだよ。 この辺りの入り組んだ地形もあって、フィルフサ得意の物量戦も取りにくい」

「賛成だな。 ともかく、フィルフサが神代の者どもに体を弄られた生物とは言え、できる限り減らさなければ、ふみにじられる者が増えるばかりだ」

リラさんの言葉はほろ苦い。

リラさんが生まれる前の神代で起きた凶事により、ただの寄生生物だったフィルフサが、最悪の侵略性外来生物と化したなんて、思ってもいなかったのだろう。強力だが在来の魔物、くらいに思っていたようだし。

ある意味最悪の侵略性外来生物は神代の錬金術師だった訳で。

それを駆除しない限り、この惨禍は終わらないわけだが。

「戦場はこの辺りを想定する。 敵を誘引するのはパティ、タオ、クリフォードさん、お願いね」

「任せておきな。 ただ来たばかりの群れとなると、かなりの激戦になるんじゃねえか」

「うん。 だから最初に叩いておく。 それと……」

義手義足の技術が上がってきている。

サルドニカで完全に実用化、運用に成功した後。

東の地でもフォウレでもたくさんの手足を失った戦士を救った。

もう現在では、前の手足と大差ないものを作れる。本人が使っていて、だ。強度なら前のものより上だ。

今後は内臓でも同じ事をしたいのだが。

それでだ。

「まずはウィンドルにいる奏波氏族の人達の手足を失った戦士に、義手義足を供給しようと思う。 抵抗はあるかも知れないけれど」

「オーレン族も手指くらいまでしか再生しないんだよなリラさん」

「ああ、その通りだ。 これから声を掛けて来る。 図面などはライザでやってくれ」

「頼まれました」

リラさんとセリさんが、これから手分けして対応してくれると言う。

そしてもう一つ。

問題がある。

「アンペルさん、そろそろ古式秘具の性能を、あたしの義手が上回ります」

「む、そうか」

「作りますよ。 全盛期とまったく変わらない調合が出来る筈です」

「……そうだな。 現在の義手も悪くは無いんだが」

アンペルさんの場合、腕が台無しにされているだけで、腕を付け替えるわけではないのが問題だ。

だが、それもたくさんの義手義足を作り。

人間の腕の構造を調べて行くうちに出来るようになってきた。

今では半端に残っている腕に苦労している人なども助けられるような義手を作れる。

アンペルさんの場合は神経がやられてしまっているので、それをどうにかする形になるのだが。

大丈夫。

痛みも殆どなく、再生出来る。

「どうしますか。 新しくすると、もうメンテナンスも必要なくなります」

「それはすげえな……」

ボオスが呟く。

手足を失った戦士は、クーケン島の守人にもいた。あたしがこの間帰省したときに義手を作って渡すと、泣いて喜んでくれた。

あたしが今作っている義手は、もとの手と基本的には変わらないのだ。

血も通うし痛みだってある。

それでいながらもとのものより性能だって上がる。強度という点ではまさにそれだ。

ただし、人によって作り分けないといけないのが問題だが。

それくらいは、仕方がない事である。

「一晩考えさせてくれ」

「では、御髪だけいただけますか」

「ああ、それぞれの体のパーツがいるんだったな」

アンペルさんが、髪の毛を一本切ってくれる。

頷くとあたしは受け取って、それを調べて見る事にする。

その間に、リラさんとセリさんはアトリエを出て、ウィンドルの奏波氏族に聞き込みに行く。

まだ決める事が幾つかあるので、決めておく。

西に来ている新しいほぼ無傷の群れを撃破した後は、敵の戦力を更に削って行くべきだろうとあたしは考えている。

ウィンドル北東に構えられている居城は、神代の錬金術師の拠点だった可能性が極めて高い。

オーレン族はああいうものを作らないからだ。

城に篭もったフィルフサとなると、数が限られている神代鎧よりも厄介な上に、水を流し込むにしてもそれに城の構造次第では耐えてくる。

最悪の場合、神代鎧と連携して迎撃してくるだろう。

神代鎧を作っていた技術者は、神代の錬金術師の中では地位が低かったようだが。オーリムから神代がたたき出されるような戦役の中、その成果物が持ち込まれた可能性は否定出来ない。

対人戦に特化している上に、それぞれが達人並み。

どれだけ戦っても苦戦する相手だ。

それも此処は、神代を退けた土地。

同じように侵攻をはねのけた東の地同様に、それこそ意味がわからないほどの過剰戦力を配置している可能性は否定出来ないのだ。

「あの城を攻めるのは非常に厳しいだろうね。 だから、背後を突かれないように、まずは遊撃をしているフィルフサの群れはあらかた片付ける。 これだけで一週間以上は余裕で時間を食われそうだけれど、やる価値はある」

「今の俺たちなら、雨の状態なら王種相手でも何とかなるよな」

「油断したらダメだよレント。 確かに多数の王種を屠ってきたけれど、弱体化が掛かってもまだあれだけ強いんだから」

タオが釘を刺す。

その通りだ。

生物兵器として、文字通り全てを踏みにじるために作られたフィルフサは、単体の強さを追求した超ド級には劣るかも知れない。だがそれは単体の強さの話であって、魔術が効かない特性もある。

群れになられた場合の脅威度は次元違いだ。

「よし、方針も決まったね。 じゃあ解散」

手を叩いて、それで解散する。

料理を作り始めるクラウディアを横目に、あたしはアンペルさんの髪をエーテルに溶かして、解析。

そして、えっと思わず声が出ていた。

そうか、これが。

これがアンペルさんが百年も生きている秘密だったのか。

勿論、本人が良いと言うまでは黙っておこう。あたしは、黙々と義手の作成を開始する。

程なくして、リラさんとセリさんが戻ってくる。

二人が連れて来た戦士は合計八人。

足を失った事は特に致命的だ。すぐに図面を取って、御髪ももらって、義手義足の作成に入る。

長い間此処でフィルフサとやりあっているのだ。

それは手足を失う戦士だって出てくる。

役立たずはいらないとか言って、勇敢に戦った戦士を放り出すような場所ではなかったことだけが幸いか。

そういう集落なんて、人間世界ではいくらでもある。

しかもそれを現実的とか考えているのだから、頭が痛い話だ。

義手義足を作れる話をして。

あたしに対してある程度好意的な一人が、それではまず自分のをと言ってくる。右手が肘の先から食い千切られている。左手だけで戦って来たベテランだが、やはり苦労が絶えないそうだ。

頷くと、早速右手を調合する。

何、東の地では百人以上の手足を調合したのだ。

このくらい、なんでもない。

調合が終わると、恐れを知らぬ奏波氏族の戦士達がどよめく。幻視痛がある事を告げて、義手を装着。

傷口にくっついた義手は、固定すると。

ほどなくして、動き始めていた。

「お、おおっ!」

「ミリどの! ほ、本当に右手が!」

「つ、使って見ても大丈夫か!」

「はい、普通の右手と同じように動くはずです。 強度も前の右手と同じかそれ以上はあるはずですよ」

喜び勇んで外に出るミリと呼ばれた戦士。

大きな槍を手にすると、ひゅうひゅうと風を切って振るい始める。稲妻のような突きを連続で繰り出す。

パティが言う。

「凄い。 個人で練り上げた武芸だと思いますけれど、一つの流派になっているレベルの完成度です。 達人の技を、あの身体能力で繰り出すのであれば、強いのも納得ですね」

「うん。 本当にオーレン族は凄い。 こんな人達を見下していた神代の連中は、どれだけ自分を偉いと錯覚していたんだろうね」

ミリさんが、涙を拭っているのが分かった。

右手は失う前と全く同じに動いているそうである。

他の戦士も、作って欲しいと言ってくる。

あたしは頷くと、順番に作ると約束して、今日は一度引き上げて貰った。

明日の昼くらいには全員の義手義足ができる。アンペルさんの答えについては、後で聞けば良い。

ちょっと難しい義手になるし。

結論を急ぐつもりもない。

さて、今日は一旦休む。

明日は戦いがいつ始まるにしても、忙しくなるのは確定なのだから。

 

2、苛烈

 

昼までに要望者の義手義足の配布は終わった。誰もが満足してくれた。今までの手足と全く同じに使える。

そう言って、喜んでくれた。

手指くらいなら再生するオーレン族だからこそ、再生が追いつかないダメージを受ければ苦しいし。それから立ち直れれば嬉しいのだろう。

それについてはよく分かるので、何も言わない。

淡々と作業を進めて、アンペルさんの義手についても準備はしておく。アンペルさんには、答えは急がなくて良いと言ってあるので、別に聞くことはしない。

義手義足の配布が終わったタイミングでカラさんが戻ってくる。

決める事が多かったらしくて、少し疲れ気味だったが。

ただ、リラさんに話は聞いていたらしく、既に準備は万端。

奏波氏族の精鋭達も、いつでも戦える準備を整えているようだった。

カラさんに、ちょっと聞いておく。

「カラさんから提供を受けたこの服ですが、量産して皆に配りますか?」

「そうじゃな。 元々これはオーレン族の間でも貴重な品であったのだが」

それは分かる。

実際殆どのオーレン族は、皮鎧を身に付けている。それも体の要所だけを守るような造りだ。

強力な蜘蛛糸を紡ぐだけで手一杯だし。

更には複雑な加工をしないととてもではないが着られるようにはならないのだ。

わずかな人員にしか行き渡らないのも納得である。

「会戦を遅らせて、装備を充実させる手もありますよ」

「いや、まず西に来ている新しい群れは始末しよう。 風羽の偵察によると規模が大きく、放置していると数に任せて押し出して来かねん。 雨の準備もできておるのであろう?」

「まあ、いつでもいけます」

「それなら今のうちに仕掛けるぞ。 敵に体勢を立て直す余裕などは与えてはならぬ」

こういう所は、千三百年も奏波氏族の長を務めた精鋭戦士だ。

戦略的な判断力もあるし、決断力もある。

子供みたいに見えるけれど、実体は老練な戦士。

それがカラさんだ。

「先に戦地の下見をして来てくれ。 わしは氏族の精鋭を連れて後から向かう」

「分かりました」

頷くと、あたしはクラウディアにそれを渡す。

改良型の、雨を降らす道具。

名付けて雷神の石だ。

広範囲に雨雲を生じさせ、しかも飽和させて大雨を作り出す。

雲は埃などを核にしてできる。雲の中にある水が雪になり、それが落下する過程で雨になっていく。雨に溶けなかった場合が雪になる。この説明は聞いていたが。

何回か高山に登り。

そこで山にぶつかっている雲を実際に観察する事で、事実だと確認した。

まあ山では霧と認識する事も多いのだが。

それはそれとして、間近で見ると色々と違うものなのだ。

まずやるのは、それで下ごしらえ。

昔みたいに大量の水を持ってくる必要もない。雷神の石は幾つか作り溜めてある。水も、大きな湖から、雨を降らせるのに必要なぶんだけ拝借してある。

水質が違う水が降り注ぐと、その地に悪影響を与える可能性もあるのだが。

大丈夫。

水を集める装置は更に改良を加えていて、「水」だけを吸い上げている。

これはクーケン島で、水の味がどうのこうのと五月蠅く言われて、徹底的に研究した結果が生きている。

どんなことでも無駄にはならないのだ。

無駄だと思わない限りは。

クラウディアに、そんな雷神の石を三つ打ち上げて貰う。

大判振る舞いだが、これくらい打ち上げておけば、数日は大雨が続く。

此処に新しく来たフィルフサの群れとなると、これほどの大雨は経験がないだろう。各地で水を奪われているオーリムだ。

フィルフサにとっては、そうするように作られたとは言え。

我が物に闊歩できる土地だったのだから。

だが、それも今日までだ。

雲が見る間に広がっていく。

皆に振り向く。

前に来たときよりも、更に装備は改善してある。将軍を誘引して、一体ずつ倒して行く必要もないだろう。

ただし、それでも各個撃破と誘引策で確実に勝つ。

こんな所で、無駄な犠牲を出したいとは思わないからである。

カラさんが来る。

奏波氏族の精鋭戦士五十名とともに。

これは心強い。

侍衆と忍び衆と一緒に戦った事を思い出す。

カラさんが、その話を丁度していた。

「向こうの世界にも侍と忍びという驚くべき戦士達がおってな。 皆、オーレン族を思わせる手練れであった」

「おお……」

「それは素晴らしい話ですな」

「ただ、それは我等と同じように、あの錬金術師どもの災厄と闘い続けた結果であった。 フィルフサよりも数は劣るが質で勝る魔物を相手に戦い続け、負けないようにし続けた。 それが彼等の強さの理由であった」

ウィンドルも同じだ。

人間全てが絶対悪ではない。

人間の中にいる、神代の錬金術師のような連中。

無償の愛を提供した旅の人を食い物にし。

搾取するだけした挙げ句に踏みにじって、終いには自分達を神格化したクズの群れ。

そういうのが世界をダメにする。

そういうとは戦わなければならない。

「ライザは旅の過程で見てきたが、まさに熱の神。 悪に怒る現在の荒神よ。 皆、ライザに恥じる戦いはするな。 ライザとともに、この世界に邪悪を蔓延らせた邪神、神代の錬金術師共とそのばらまいた悪を討ち滅ぼす!」

「おおっ!」

オーレン族の戦士達が、勇壮に喚声を挙げる。

同時に、大雨が降り始めた。

あたしは先頭に立つと、此方に浸透してきているフィルフサの群れを見やる。小型は大雨に右往左往。

中型以上が脅威だが。

今まで潰して来たフィルフサの群れと比べて、それほど規模が巨大では無い。

特別に巨大な群れを構築していた「蝕みの女王」の群れの半分程度の規模。数は六十万ほどか。

将軍六十体を有する、無傷のフィルフサの群れ。

だが、この規模の群れとやりあったのも、あたしは初めてではない。

混乱している今が好機。

あたしは、声を張り上げていた。

「突貫!」

「突撃!」

「突撃せよ!」

わっと、怒濤のような喚声が上がる。フィルフサが大雨で混乱している中、あたし達は躍りかかると、当たるを幸いに蹴散らす。

魔術は通じない。

だが、フィルフサに取って猛毒に等しい雨の中だ。装甲は柔らかくなり、動きも鈍っている。

それでも危険だが。

針を高速で飛ばしてくる個体を発見。中型だが、かなり危険な相手だ。陣列を組んで、一斉射。しかも針は二の腕ほどもある。しかもフィルフサの甲殻でできているから、魔術も通じない。

散開。

叫びながら、あたしは跳ぶ。

そして空中で熱魔術による爆発を起こして、空中機動。敵の射撃が追撃してくるが、追い切れない。

敵の真ん中に。

蹴りを叩き込み、地盤ごと吹っ飛ばす。

即座に跳躍。

無数の火線が殺到。あたしに向けて集中砲火。

ふむ、ちょっとおかしいな。

クラウディアが、音魔術で戦況を届けてくる。

「ライザ、攻撃が不自然に集中してる!」

「どうやら何かありそうだね。 あの悪魔もどきの仕業だったりしてね」

「可能性はあるかも知れないね。 将軍の中にはかなりできる個体がいたけれど、それともちょっと違う気がする」

魔術はフィルフサも使うが。それだったら同等に捌ける。

あたしに熱で挑むのがどれだけ無謀か、思い知らせてやる。

飛来する大量の熱線だが、全て中途で撃墜する。熱槍を三千ほど出現させ、一斉投擲。空中爆発を起こし、火線が全部吹っ飛ぶ。

煙を吹き飛ばして、あたしが前に躍り出る。

やっぱりな。

数十体ずつまとまって、あたしに集中攻撃してきている。

将軍が指揮しているなら、それは別の行動を取ってくるはずだ。クラウディアに指示。とにかく、将軍を倒して欲しい。

此処は谷になっていて、敵はそれこそ地形を無視して進めず、それで進路が限定されている。

盛り上がった地形だと踏み砕いて来るのだが。

流石にこう言う地形では、味方を土台に進むくらいしかなく、別に湖でもないのにそれをする意味がない。

ただ、この大雨だ。

あまりもたついていると、この辺りは水没する可能性もある。

熱線を放っていた連中に、体勢を低くして突撃。

筒みたいな形状をした中型種だ。いずれもが、熱魔術による砲撃に特化しているようである。

第二射を放とうとした所に、距離をゼロに。

そのまま蹴り技で片っ端からなぎ倒す。

次。

上空から、多数の飛行型フィルフサが襲いかかってくる。

いいだろう。

全部ぶっ潰してやる。その分、他の皆がやりやすくなる。ただ、周りは全部フィルフサと言って良いほどだ。

あたしを孤立させて、確実に仕留めようというのだろうが。

あたしが此処で暴れれば暴れるほど、みながやりやすくなる。それならば、敢えて孤立して暴れてやる意味はあると言えた。

 

ライザが文字通り暴れ回っているのを見て、ボオスは舌を巻いていた。

ボオスもフィルフサ戦は初めてではない。最初はランバーといた所を襲われた。ランバーがあんなに強かったなんて、ボオスも知らなかった。

逃げ回ってキロに助けられて。

それで。

ともかく、今は当時とは違う。

雨による弱体化が掛かっているとは言え、フィルフサと臆することなく戦える。それにしても、レントとパティを主軸に戦う皆は凄まじい。

勝てないと明らかに分かるが。

それでも、ボオスはやれることをやるだけだ。

影。即応。

土砂降りの雨を蹴散らして、巨大な黒いフィルフサが飛びかかってきたのを、間一髪で回避。

間違いない。

将軍だ。

さっと皆が囲む。ライザが敵のうち、妙な動きをしているフィルフサを引きつけてくれている。

その間に、可能な限り将軍を削って、敵の戦力を割く。

王種と将軍はフィルフサという群体生物の核であり、これを潰す事で敵を著しく弱体化させる事が出来る。

しかし万のフィルフサを統率する将軍は雨に濡れていてなお強く。

その将軍を統率する王種の戦力はそれ以上だ。

黒光りしている巨体は、全身から鋭い足を伸ばして、辺りを滅多打ちに切り裂き始める。足の全てが鋭い長柄武器のようだ。

レントが激しくそれらと撃ちあいながら叫ぶ。

「接近戦組以外は距離を取れ! 全範囲に攻撃してくるぞ!」

「くそっ!」

振り下ろされた足を弾き返すが、その鋭さ重さにボオスは思わず悪態をつく。やはり強い、とてつもなく。

こんな化け物を相手に、ウィンドルの奏波氏族はよく持ち堪えてきたものだ。

パティも攻めあぐねている。

リラとセリは敵の大軍を相手に此方への浸透を防ぎ。

他の皆は押し寄せる雑魚を相手にするので精一杯だ。

行くしかない。

体が軽くなる。

精神的なものじゃない。フェデリーカの神楽舞の効果だ。

更に出力を上げたというか、要所と判断したからだろう。踏み込むと、スローに見える足を受け止めるのでは無く、紙一重で回避しながら前に。

黒い全身から無数の足を生やしている根元まで接近。

バカめ、やらせるか。

そう言うかのように、多数の足が振り下ろされる。そのままでいれば膾にされるだろうが、そうはいくか。

踏み込むと同時に、多数の剣を出現させる。

タオとボオスは同じ二刀の使い手だが。

速度、経験、全てでボオスではタオに勝てない。

長剣を主力に、短剣を補助に。そうやって戦って来たが、東の地で侍に稽古をつけて貰って実感したのだ。

ライザの装備で身体能力を跳ね上げているだけで、本当の天才には勝てないと。タオはあれは天才で、剣術についてもボオス以上。才能と言う点では対応しようがない。

ボオスは所詮にわか。流派をしっかり極めてきた努力の人にも勝てない。幾ら背伸びしても、その程度ということだ。

だったら、それ以外の手を使うしかない。

ボオスはライザと話しているうちに、気付いた事がある。

それが、マルチタスクへの適性だ。

この多数の剣は、ライザに作ってもらったいざという時に自在に展開出来る、隠し武器。東の地では暗器とか言ったか。

ライザが作ったのは、普段は腰の鞘に重ねて置いて。

ボオスが念じた瞬間に、大量展開、使い終わると即座に再格納という厄介なものなのだが。

グランツオルゲンで作ったこの刃は薄く軽く、その代わりに討ちあうのに向かない。

ただし。

ボオスは猛攻を仕掛ける。

剣を使っては斬り使っては斬り、膾にしようと振り下ろされた無数の足を、全て迎撃し、弾き返す。

なんだそれは。

驚愕に体を揺らす将軍に、多数の斬撃を叩き込む。

これぞ完成型の、カイザーエンフォース。

ボオスの奥義の集大成であり。

そのまま、気力が続く限りなんぼでも続けられる最強の連撃だ。

将軍があわてて、体を旋回させて、横薙ぎにボオスを吹っ飛ばそうとするが。

レントがさせじと大剣を奴にたたき込み動きを止め。

更にはいつの間にか上空に跳躍していたパティが大太刀を燃え上がらせていた。

パティの固有魔術はエンチャント。

武器の強化に普段は使っているが、大太刀を高熱にもできると言っていたか。

しかもライザの作った大太刀だ。

高熱程度へでもないだろう。

ボオスに気を取られて、注意を逸らしたことが敗因だ。

将軍は、文字通り裂帛の一撃で、左右に体を叩き割られる。そして、ボオスが露出したコアを砕くと、悲鳴を上げて散って行った。

周囲の小型中型が、どっと逃げ始める。逃げながらも、体が崩れて行く。

剣に格納を指示。

「すげえのを覚えたなボオス!」

「ちょっと使ったあと疲れるがな。 よし、次だ!」

まだまだこの程度なら平気だ。

ついでに言うとライザの装飾品のおかげで、体力もどんどん回復する。この程度で継戦能力は失わない。

雨で弱体化していなければどうだったかは分からないが、これが戦いというものだ。

それに。フィルフサだって、あんな生物兵器のまま訳も分からず全てを破壊していて良かったとも思えない。

次を潰す。

それに迷いは無い。

 

皆が将軍を次々に討ち取っているのが分かる。フィルフサの巨大な群れが大混乱を続けているからだ。

そんな中でも、やはりあたしへの集中攻撃は続いている。

「フィー!」

「!」

足下から、巨大な口があたしを丸呑みに来たが、間一髪跳躍して逃れる。

今のは気付けなかった。

姿を現したのは将軍だろう。背中が丸ごと口になっているタイプだ。似たような奴は他にも見た事がある。

着地。

即座に仕掛けるが、全身が分厚い丸いフィルフサが、複数壁になって防ぎに来る。

無言で蹴り砕いている間に、将軍がまた地面に潜り、全てを粉砕したときには地下に消えていた。

気配を此処まで完璧に消せるか。

クラウディアの通信が少なくなってきている。

クラウディアは高所に陣取って狙撃を続けてくれていて、かなり忙しいということだ。大雨の中とは言え、将軍を一人で相手にするのはちょっと気が進まないが。

だがこの気配を消す能力。

かなり強い将軍だ。倒しておけば、必ず優位に立てる。

来るか。

そう思った瞬間、横殴りに衝撃波が跳んでくる。

跳躍してかわしたところに、地面から躍り出てくる将軍。がっと口を開いて、かみ砕きに来るが。

熱魔術による爆破で空中機動。

そのまま回避しつつ、着地。

更に踏み込んで加速しつつ、蹴りを叩き込みに行くが、立て続けに衝撃波が飛んできて邪魔をされる。

厄介だな。

フィルフサには魔術は通じない。

それは今までの戦闘で嫌になる程思い知らされている事だ。そして、古代クリント王国が制御に失敗した後、手に負えなくなった理由もそれである。

衝撃波を放ってきた奴は。

全身が長い棒みたいになっているフィルフサだ。それが全身を高速で振るう事で、衝撃波を放つと。

変わり種だが、母胎と呼ばれる土に生物を取り込み、その要素をどんどん反映していくフィルフサだ。

どんな姿のがいても不思議じゃない。

とにかくアレは邪魔だ。

蹴散らしに行く。

だが、将軍と連動している以上、どうせ次がすぐに来て、初見殺しじみた攻撃をしてくるだろう。

衝撃波をかわしつつ、懐に飛び込むと、全てをなで切りに蹴り砕く。そのまま跳躍して、また下からかみ砕きに来た将軍をかわす。

かわしながら、上空に熱槍を多数たたき込み、飛来した槍を全て逸らす。魔術は効かなくても、爆破で攻撃の軌道はずらせる。それでも何本かが擦る。しかし、これが狙いだったのだ。

まだフィルフサの将軍は、地面に潜れていない。

ローを叩き込んで、装甲をブチ砕く。初めて痛打が入り、将軍が悲鳴を上げて逃げようとする。

巨大な口で食いつきに来るが、あたしはむしろ前に進むと、かみ砕こうとした寸前に熱魔術で爆破、空中に。更に爆破、地面に。

もの凄い負荷が掛かるが、これくらいはどうってこともない。

泥を盛大に吹っ飛ばしながら着地。

槍を投擲してきたフィルフサがなんだかは知らないが、次はまだだ。そしてあたしは、蜻蛉をきりながら、将軍を足で掴む。

終わりだ。死ね。

「フォトン……」

べきべきとフィルフサの雨で弱っている装甲が、捻り投げる過程で捻れ壊れるのが分かる。

そのまま旋回しつつ、あたしは地面に将軍を叩き込む。

「パイルブレイク!」

如何に気配を消して地面の下を泳げようが関係無い。

この速度で地面に叩き込まれれば、鉄の壁に全速力で突っ込むのと同じだ。

ましてや雨で弱った装甲なら、どうなるか。

将軍は瞬時に粉々になり、コアが見える。そのコアを、あたしは掴むと、握りつぶしていた。

更にとんぼを切って離れる。また飛来した槍。

ちょっと薬で手当てしたいが、まだまだ敵の初見殺し組が集まってくる。今将軍が倒れたことで小型中型が逃げ散り始めているが。

あれらのあたしを狙って来ている奴はどうも思考が別らしい。

いいだろう、関係無い。

全部蹂躙してやるだけだ。

後ろに恐らくあの悪魔もどきがいる。あれらの能力は、超ド級に及ばない程度でしかない。

一番強い個体でもそれは変わらないだろう。

あたしをどうするつもりかは分からないが、主君に忠実なのは事実だ。あたしを都合がいい道具に……主君にとっての。そういうものにしようとしている。今までの錬金術師は全てそうだったように。

そんなものになってやるものか。

槍を投擲していた連中を発見。大型の虫型だが、短時間で槍を作り出し、それを発射できるらしい。

全身が槍を発射するための構造体になっていて、生物としては無茶がありすぎる。

ただ、実の所色々な形で飛び道具を使う生物は人間以外にも存在している。そういう生物を、取り込んだのかも知れない。

間合いに入ってしまえば問題ない。

全部砕く。次。

更にフィルフサの群れが前進してきているが、まるで何かに急かされるようだ。谷には土砂降りで既に水が溜まり始めている。小型にはそれで致命的だ。その死体を踏み越え次々フィルフサが来る。

だが、来るだけ全部、最後にしてやる。

例え神代の錬金術師に全部無茶苦茶にされた存在だとしても。

いやだからこそ。

此処で終わりにしてやらなければならないだろう。

次はかなりの高速で疾走してくる群れだ。食肉目を思わせる機敏な動き。

面白い。

呼吸を整えると、あたしはぱんと胸の前で拳をあわせる。

あたしが積み重ねてきた戦闘経験を甘く見るなよ。ちょっとやそっとの初見殺しくらい、全て返り討ちにしてやるだけだ。

 

3、屍の野

 

巨大な黒光りする蟷螂のような姿をしていた王種が、短いが激しい戦いの末に崩れ落ちる。決して楽な相手ではなかったが、あたしと仲間達の前には何度も戦ったレベルの相手である。それが例え、空間系の魔術を使うとしても同じ事。雨による弱体化はあったものの、それは準備の末のこと。卑怯と言われる筋合いは無い。

あたしは終わったなと呟きながら、それでも気は抜かない。

逃げ散るフィルフサの群れ。

戦闘開始から二日目の事だった。

流石に一度戻って回復は入れたものの、断続的に襲ってくる群れは、まるで急かされているよう。

そもそもフィルフサの王種には、狂気の源泉が仕込まれている。

古代クリント王国は操作に失敗しても。

神代の力をある程度操作できるのであれば、あの悪魔もどきに操作はできるのかも知れなかった。

振り返り様に、ふりあげられた鎌を蹴り砕く。

やはり王種を倒した隙を突こうと来たか。その腐った性根、バレバレである。崩れ落ちるフィルフサ。

これで、この群れは終わりだ。

クラウディアが気付いてこっちに来る。

「ライザ、今のは」

「多分だけど、悪魔もどきがいる。 フィルフサの動きがずっとおかしくてね。 あたしに対応を集中させてた」

「それで単騎で突貫してたんだね」

「そういうこと。 おかげで被害は軽微で済んだね」

負傷者はわんさか出たけれど、それでも死者はゼロ。後方の野戦病院がかなり悲惨な事になっているが。すぐに立て直す。

戻ってトリアージ開始。

万全状態の群れ一つだと流石に手強い。元々堀と水を上手に使って守りながら隙を突いて削るのが奏波氏族の戦いだ。

それで千三百年掛けて、少しずつフィルフサを倒して来たのだ。だが、それを加速させる。

できれば今回の一件が解決すると同時に、オーリムのフィルフサを全滅……いや違う。改造されたフィルフサを、もとのそれほど害がないただの寄生生物に戻してやる。それだけだ。

フィルフサにはそもそも意思すらあったかも怪しい。

植え付けられた悪意。

身勝手な欲望の末の暴虐。

それらを反映させられたような行動。

その全てが、あたしからすれば苛立ちの対象だ。

ともかく病院に。

あたし達も手傷は受けている。何よりあたし自身がそうだ。泥濘の中で走り回って戦っていたから、浅い傷でもちゃんと確認はするべきだろう。丁寧にチェックして、毒消しを練り込んでもおく。

まあ痛いけれど許容範囲内。

自身の手当てが終わったら、すぐに他の人の手当てを手伝う。あたしが惜しみなく投入する薬は、皆の傷を回復させていく。もうウィンドルでのフィルフサ戦は最初でもないし、ちゃんと治療を受け入れてくれるのは話が早くて助かる。

一番状態が悪い人の治療をする。

おなかに風穴を開けられていて。右手も半ば食い千切られている。

戦術的な撤退時に落後しかけて、なぶり殺しの目にあったのだ。すぐに薬を投入して命は取り留めたが。

容体を見て、幾つかの薬を入れる。

如何にタフなオーレン族とはいえども、死ぬときは簡単に死ぬ。すぐに処置をしていく。

義手の用意は後だ。

まずは命を継ぎ止めて、それからである。

内臓のダメージが大きいが、あたしの作った薬でどうにか復旧させる。そろそろ内臓版の義手を作るか。

だが、今回はいい。

オーレン族と言う事もあり、快復力を極限まで引き上げた結果、内臓まで修復している。この辺りは流石である。

増血剤も入れて、とにかく状態を安定させ。

どうにか命に不安はなくなった。

まだ雨は降っていて、野戦病院も湿度が高い。痛い痛いと言う声は、どうしても聞こえてきていた。

汗を拭う。

カラさんが、魔術でリネンを消毒し、一気に乾かしながら片手間に聞いてくる。

「後は任せても良いのでは無いか。 それだけ活躍してくれれば充分であるぞ」

「いえ、最後までやっておきます」

「分かった。 だが、無理なときはそういえ」

「ありがとうございます」

カラさんも、薬の使い方は既に覚えている。更に元々の豊富な知識もあって、怪我人への手当ては極めて的確だ。

側近の片方、男性の方が、左腕を大きく抉られて骨が露出していたが。それもカラさんがあたしが何もしなくても薬と的確な処置でどうにかする。

あれは任せておいて大丈夫か。

淡々と手当てを終えて、真夜中に一段落。

明日義手とか作ってそれでおしまいだ。

戦士達に話を聞くが、義手の評判は最高である。もとの手足とまったく変わらないと太鼓判を押して貰って、思わず笑顔が零れる。

これくらいの役得はあっても良いだろう。

アトリエに戻ると、風呂に先に入っていたらしいクラウディアが、桶を用意してくれていた。

これで手を洗ってからだ。

散々色々血とか汚れを浴びていたのである。

そうしないと、体にどんな影響が出るか分かったものではないのだ。

「ふー、疲れた。 クラウディア、大丈夫だった?」

「こっちは平気。 忙しかったけれどね」

「まあ、そうだろうね」

流石は奏波氏族。

強力な狙撃手であるクラウディアをしっかり守りきってくれた。全員が侍達と同格以上の使い手である。

しかもフィルフサと千年以上も交戦してきたのだ。

それは強いに決まっている。

「後はレントくんかな。 点呼をして、それで力仕事も手伝っているんだって」

「まあレントだったら不意を打たれても遅れは取らないでしょ」

夕食が出てくる。

今日は結構良い肉が出て来た。

サルドニカにひとっ走り門経由で行ってきたようだ。其処で牛肉の良いのがあったので、まとめて仕入れてきたらしい。

後始末についてはかなり大変かと思ったが、この状態では専門のお手伝いを雇うわけにもいかない。

いっそ作る手もあるが。

まあ、それは今はやらない方が良い。できるのと、やった後どうなるかわからないのは、並行する。

あたしは神代の錬金術師みたいに作った存在の頭を弄るつもりは無い。

そうなると、作られた存在が、必ずしもあたしに友好的になるとは限らない。一人でいる時に検証するべき事だろう。

レントが戻って来た。

かなり疲れているようなので、早々に夕食にする。

皆揃っているが、カラさんはこっちで大丈夫なのだろうか。まあ飄々としている様子からは、ダメとは言いづらいものもあるか。

使った分の栄養は補給する。

そういうつもりで食べていると、おいしさなんてどうでも良くなる。

多分だけれども、アンペルさんがドーナッツを食べているときが似た感じなのではないだろうか。

糖分補給のために甘味を取る。

あたしも栄養補給のためにご飯を食べている。

みんな無言なのは、それだけ今日の戦いと、その後の医療が大変だったからだ。かなり遅くなってから、アトリエの戸が叩かれる。

戦闘に参加したオーレン族の戦士の一人だった。

義手を作ったから覚えている。話を聞く限りかなりのベテランであり、カラさんの側近も敬意を払っているのを見ている。

礼を言われた後、改まって言われた。

「貴殿は周囲の人間と違う。 寿命を超越しているのではあるまいか」

「んー、どうして分かったのかは分かりませんが、そうです」

「そうか。 実はカラ総長老は、恐らくそう長くは無い。 とはいっても後数百年は生きられるだろうが」

カラさんはそうは見えないが、ご老体だと聞いている。歴史の生き証人なんだから、確かにそれはそうだろう。

とても元気に跳ね回って戦っているが、老人は衰え始めると死まであっと言う間だ。

何人も衰え始めたら、瞬く間に動けなくなった人を見ている。そう思うと、子供みたいに見えるカラさんも、それは他人事ではないのだろう。

「貴殿が後任の奏波氏族の長となってくれまいか。 カラ総長老も、それについては悪くはいわないのだが」

「ああ……とても有り難い話ではありますが、すみません。 此処と似たような場所である東の地でも、同じ事を言われました。 残念ですが、そういう話はお受けできません」

「そうか。 残念だ。 貴殿なら末永くこの地を守れると思ったのだが」

「そう……ですね」

あたしが何処かしら特定の勢力に肩入れする。

そうすれば、確かにその勢力は安泰になるだろう。

だが、それ以外はどうなるか。

あたしはそれが問題だと思っている。だから、東の地でも征夷大将軍の話は断らせて貰ったのだ。

あたしが魔王となるとして。

それはあまねく贔屓なく、全ての存在に対する抑止とならなければならないのだ。

今でこそ善良な存在が目立つオーレン族だが。

それも、いずれはどうなるかはわからないのだから。

末永くこの地を守れるか。

その通りだろう。

だけれども、この地しか守れなくなる。それでは、意味がない。

もう一度丁寧に礼を言って、そしてアトリエに戻る。カラさんは、今でも時々あたしを値踏みする視線を向けてきている。

それでいい。

あたしとしても、周りをイエスマンだけで固めるつもりなんかない。そんな事をしていれば、堕落は加速する。

神代の錬金術師は実際問題、作り出す存在を全てイエスマンにしようとしていた節がある。

きっと阿諛追従する連中がいたとしたら、それをそそのかしていたのだろう。

そうして彼処まで堕落したのだ。

同じになってはいけないのだ。

ベッドに潜り込むと、眠る事にする。この地では、とにかくフィルフサが最大の問題であり。

何処に行くにしても、縄張りを作っている群れを片付けてからが先になる。

それにだ。

悪魔もどきの力が知れていると言っても、あれだけフィルフサの群れに介入してきたのである。

急がないと、次、また次が来てもおかしくは無い。

明日は薬の補充と休憩に一日を使うとして。

次の日に、東側にある例の要塞。神代のものがこしらえた現在はフィルフサが巣にしているもの。

それを攻略開始する。

多分一日や二日で攻略はできないだろうが。

それでも始めないといけないのだ。

 

薬を補充して、ウィンドルの戦士達が落ち着きを取り戻すのを確認してから、まずは北東の城までのルートを見ておく。

近場に見張り台があって、其処に戦士が一人詰めていた。

少しずつだが、ちいさな動物が戻って来ているようだ。

こういう地獄みたいな環境だと、大型生物は真っ先に滅びる。そして環境が戻り始めると、ちいさな生物から少しずつ帰って来るのだ。

タオの受け売りだが。

畜産業の経験者だから、納得が行く話だった。

軽く常駐の戦士と話しておく。

何交代かで見張っているそうだが、やはりこの城にはかなりの数のフィルフサがいるらしく、下手に近付くとすぐに押し出してくるそうだ。

城も地下に深い構造になっているらしく。

見えている以上に大きな構造体らしいということだった。

なんでもこの人も音魔術の使い手らしく。

地下の深くから振動を察知できるという。

つまり、地下深くにフィルフサが活動している、ということである。

「カラさん、この城もやっぱり」

「ああ、いつの間にか作られておったな。 神代の錬金術師どもが来る前にはなかったものだ」

「なら決まりですね。 構造の性質上内部でフィルフサが増える可能性は恐らくないとみて良いかと思います」

神代の錬金術師は、古代クリント王国と違ってフィルフサのコントロールに成功していた。

だったら、自分達の拠点を守らせるフィルフサに、拠点を荒らさせる訳がない。

フィルフサは土に殺した生物を混ぜ込んで、そこから増える……土を母胎と呼ぶが。そういう性質を持っている。

つまるところ、此処にいるフィルフサはずっと古い時代のままで。

それから新しい性質を取り込んでいない可能性が高い。

数にしても、幾ら複層構造だったとしても、そこまでは詰め込めないだろう。

しかしながら、攻城戦というものをまともにやれば、如何にオーレン族の勇敢な戦士達でも。

どれだけの被害を出すか知れたものでは無い。

「少しずつ釣り出して片付けて行くしかないだろうね。 一斉に出て来たらむしろ好都合」

「西に来ていた群れをたった二日で殲滅した話は聞いている。 それに、此処のフィルフサを潰せば、北東も安全圏になる」

「ええ。 協力を願います」

「任せてくれ」

カラさんが、奏波氏族の戦士達を集めてくる。

あたしも雨を降らせるための準備を行う。

面倒な事に、この城の中にある手がかりを潰すと、奴らの本丸に乗り込めなくなる可能性が出てくる。

ある程度無事にこの城を残さないといけないのだ。

そうでないなら、まとめて城ごと吹っ飛ばしても良いのだけれども。

厄介な話である。

準備が整う。

西に来ていた群れの掃討戦と違って、今度は精鋭に絞った戦士達だけがいる。

それに加えて、あたし達も距離を一旦取り。

敵を引き出すのは、パティとタオ、クリフォードさんがそれぞれ順番にやることになる。

クラウディアが雷神の石を打ち上げて、雨が降り出す。

土砂降りではないが、確実に相手を弱らせることができる。あまり雨を激しくすると、釣り役が事故る可能性も上がる。

だからこれくらいでいい。

まずはパティが城に近付く。

城はかなり巨大で、四階建てくらいはありそうだ。見た感じ石造に見えるが、今までの神代の遺跡を見る限りそうであるはずがない。

狙撃。

パティが抜き打ちで叩き落としながらさがる。

クラウディアが即応。

二階にある窓からの狙撃だ。狙撃専門のフィルフサは何度も見ているが、それによるものだろう。

連続して攻撃を叩き込んでいるうちに、反撃が止む。

パティはじっと様子を窺っていたが、やがてまた前進。

そうすると、どっとフィルフサが出て来た。中型以上のものばかりだ。これは。

質が高いな。

あの王都近郊でやりあった群れみたいだ。

パティは上手に戦いながら、敵を引きつけつつさがる。釣れた数はそれほど多くはないが、この質だ。

城の中にいるフィルフサ、想像よりもずっと少ないかも知れない。

まあ、楽観は後回しだ。

とにかく、敵を分断する。

タイミングを見てセリさんが植物魔術発動。覇王樹を出現させて、フィルフサどもの退路を断ち、なおかつ狙撃を封じる。

狙撃を完全に封じられるわけではないが、少なくとも視界は防ぐ事が可能だ。

セリさんが呼び出す覇王樹は内部に魔力を有していて、しかもかなり流れている水の温度が高い。頑強さにしても、生半可な魔物では即座に壊せないほどのものだ。

温度感知でも魔力感知でも、狙撃はこれを通してする事が極めて厳しいのだ。

「よし、懸かれ!」

カラさんが指示を出すと、わっと奏波氏族の精鋭達が襲いかかる。

雨で弱体化している上に、退路も塞がれたフィルフサの群れは、むしろ数で凌駕された上に、袋だたきにあってあっと言う間に壊滅する。

あたしが手を出す必要さえなかった。

全滅させたあと、コアをしっかり全部砕いておく。

こっちが本体だと、ずっと思っていたな。

苦笑いすると、あたしは一度さがって態勢を立て直す。多少の負傷者はいるが、許容範囲内だ。

覇王樹を引っ込めた後、今度はクリフォードさんが出る。

城に近付くと、さっきよりも近付いた地点で、かなり足が速そうなフィルフサの群れが押し出してきた。

クリフォードさんが跳び下がり、一気に戻ってくる。

足が速そうなフィルフサの群れはゲジに似ていて、多数の足をせわしなく動かしてこっちに来るが。

泥に足を取られて、速度が露骨に落ちる。

同じように覇王樹で囲い込んで、集中攻撃を開始。

今度はあたしも出る。

あの足、かなり危険な武器だ。

頭上から脳天に突き刺すように振り下ろしてくる。普通の人間の戦士だったら、ひとたまりもないだろう。

だが、それもこの面子なら。

覇王樹を蹴って加速したあたしが、二体まとめて蹴りでブチ抜く。

大穴を開けられたフィルフサが、どうと倒れて。あたしは歩み寄ると、コアを引っこ抜いて握りつぶした。

周りも概ね苦戦はしていない。

ずっとウィンドルを包囲していたフィルフサとやりあってきた戦士達だ。

それはこの程度の相手なら、どうにでもなるだろう。

片付いた。終わり。

セリさんが覇王樹を引っ込める。

皆の疲弊を見る限り、余裕だ。

今度はタオに誘引に出て貰う。これで、フィルフサが出てこなくなるまでやる。

かなり早いタイミングで出て来た。盾みたいな構造をした大型種を数体戦闘に、わっと押し出してくる。

数もかなり多い。

更に、今まで沈黙していた狙撃手も参加しているようだ。タオが苦戦しているのを見て、クラウディアが支援開始。

狙撃手にも、そいつが放った錐状の甲殻にも対応して、乱射を続ける。その間にタオは逃れてきたが、幾らか手傷を受けているようだ。

敵もわっと殺到してくる。

今まで油断させておいて、一気に屠る風情だが。

まあ、そう簡単にやられてやるつもりはない。

そのまま引きつけて、やはり覇王樹で隔離。そのまま総力戦に入る。

「タオ、さがれ! よくやってくれた!」

「ごめん、後は任せた!」

レントが突貫して、タオがそれに答えて後ろに。

あたしも前に出ると、盾を構えて突進してくるフィルフサに、渾身の蹴りを叩き込む。

あたしの三倍近い巨体が、文字通りまくられる。

大雨による弱体化もあるし、何よりもあたしも更に力を増しているからだ。まくられた所に、パティが突っ込んで、柔らかい甲殻を抜き打ちで一閃。更に返す刀で、一気に切り裂いた。

露出するコアを、クラウディアが撃ち抜き。

倒れ伏すフィルフサ。そこで壁が崩れる。

其処から浸透して、内側に入ってあたしが猛然と暴れる。盾を構えているフィルフサ……正確には盾のような分厚い装甲をかざしてこっちに迫ってくる百足みたいなフィルフサだが。

それらが右往左往している間に、囲み、空中殺法をしかけ、次々に葬る。

雑多なフィルフサも決して弱くは無いが、この面子の前ではどうにもならない。さがろうとする奴は、リラさんが率先して仕留めていく。

今までは狩る側だったフィルフサが。

狩られる側に転じている。

ただ、そもそもフィルフサは狩るような生物ではなかったのだ。

倒されたとしても、その甲殻に再編制された体が、散って行くだけ。それこそ、解放なのかも知れない。

殲滅完了。

少し負傷者が多い。さがって手当てをする。

タオもざっくり抉られた傷があったようだが、自分で手当てを終えていた。

一部の奏波氏族の戦士はウィンドルまでさがらせる。

代わりの戦士達が来る間に、もう一当てしておく。

そうして、丸一日戦い。

次の日も戦いを続けた。

 

十六回目の誘引が終わって、戦闘が終わった時点で、手をかざして城を見る。

音魔術の使い手であるクラウディアも、探知魔術を使えるオーレン族の戦士も揃って言っているが。

まだ敵は中にいる。

王種は確定でいるし、狭い中での戦闘だから、水による弱体化も期待できない。

しかも要所の守りを任されている王種だ。

簡単には勝たせては貰えないだろう。

ただ、八回目くらいの誘引から、フィルフサは簡単に外に出てこなくなった。クリフォードさんが基本的にバディを組んで、城の中に入り込んで引きずり出すようになりはじめていた。

内部はまだあたしも足を踏み入れていない。

まだまだ狙撃が飛んでくると言う事もある。

地下に踏み込むよりも、まずは地上部分の制圧が優先事項かも知れない。狙撃手の撃破は急務だ。

問題なのは、誘引されるフィルフサが減らない事で。

いつまでもこの遺跡に貼り付いての攻城戦に、オーレン族の戦士の手を借りられないと言う事だ。

他にもまだまだ弱体化しているとはいえフィルフサの群れはいる。

事実今日も、そういう群れが仕掛けて来て。

殲滅中に伝令が来て、あわてて一部の戦士がウィンドルに戻ったのだ。

とりあえず昼食を取りながら、次の方針について話す。クリフォードさんが説明をする。

「やっぱり内部は色々別物だったぜ。 石造りに見える外と違って、今まで見てきた遺跡と大差ないな。 問題なのは、扉にパスワードがちゃんとかかってるって事だ」

「此処は流石に、神代の錬金術師もセキュリティを考えていたんですね」

「恐らくな。 奴らからしたらまともな戦闘になった初めての相手だったし、警戒はしていたんだろう。 他の遺跡みたいに、相手を舐めきっていられるような場所でもなかったんだろうな」

敗走にまで追い込まれたのだ。

神代の錬金術師も、苦戦の中でこれはまずいと察したのかも知れない。

タオが提案する。

「扉だけだったらライザやレントが破るのは難しく無いと思うんだけれどね。 ただ……」

「ただ、どうしたの」

「僕が予想するに、恐らくパスワードは一つだけだと思う。 複雑なパスワードを使っている余裕なんかなかっただろうしね。 しかも、神代の錬金術師はそれまで苦戦した経験さえなかった。 だから、かなりいい加減なものだと思うよ。 問題なのは、強引に扉を開けた場合、何かしらのトラップで、資料が全部焼かれたりする可能性があることだけれど」

「やれやれ、面倒じゃな」

ともかくだ。

フィルフサをまずどうにかしなければならない。

休憩を挟んでから、城に攻め入る。

内部は確かに静かで、構造物も石ではない。

ただオーレン族も驚く様子はない。

南東にある研究施設は既に潰しているし、奴らの研究施設はオーリムにそれなりに残っているからだ。

まずは一階を制圧する。

フィルフサは恐らくだが、施設内の破壊を行えない。

神代の錬金術師にしてみれば、ガーディアンが自分達の邪魔をしたりしたら、本末転倒だからだ。

地下への階段をまず確保。

その周囲で相応数のフィルフサと激しいが短い戦闘を終え。片付けた後は、一度セリさんが植物魔術で塞ぐ。

その後は、上の階を始末する。

神代鎧が懸念点なのだが。

今の時点では、姿を見せない。

それにしても、今まで見た中で最大級の施設だ。よく分からない用途の部屋も、一階の時点でかなり多い。

散発的に戦闘をこなしながら二階に。

そこで、出会い頭に斬り込んできた。

神代鎧だ。

パティが即応して、刃を受け止める。大太刀を振るって押し返すが、左右からわっと神代鎧が殺到してくる。

「手強いぞ! 皆、一度さがれ!」

カラさんが叫び、オーレン族の戦士がさっと階段を下りる。

あたし達も階段に敵を引きずり込み、さがりながら戦い、一階に誘引する。

神代鎧がいるかも知れない。

そう思って、姿と対処法については話をしてある。

やはりというか、フィルフサと連携して城を守っていたか。数もかなり多い。此奴ら一体一体が、今でも全く油断ならない相手だ。

階段を下りてもまだ追撃してくる神代鎧を、半包囲して確実に始末に掛かる。

凄まじい剣の冴えは相変わらずだが、後衛が槍を投じてこないだけでもマシかも知れない。

ちょっと壊したくらいでは再生するし、人体急所は全く関係ない。

それに奴らの頭脳であるちいさな部品は、今までの撃破録を考えるに、多分埋め込まれている位置がまちまちだ。

つまり徹底的に破壊するしかないのである。

ぎゃっと悲鳴が上がって、オーレン族の戦士が右腕を斬り飛ばされるのが見えた。首を刎ねに懸かる神代鎧を、あたしが天井へ跳躍。

天井から猛襲して、地面に叩き付けながら蹴り砕く。

さっと腕を拾って、放り投げる。

後でくっつけるから、さがって。

叫びつつ、あたしに殺到してきた神代鎧を、レントが引き受ける。それでも数回、斬撃を貰う。

手足を飛ばされるようなことはなかったが、それでも手傷ができる。

「まずいな。 数が今までになく多いぞ」

「それだけじゃないわ。 地下からも来そうよ」

セリさんが、覇王樹が攻撃されているという。

フィルフサもいるとなると、恐らく長くはもたないだろう。

決めた。

これは一度撤退だ。

「セリさん、階段を覇王樹で潰して。 一旦撤退する!」

「よし、皆撤退じゃ! 負傷者を庇いつつ、城から出る時には狙撃に備えよ!」

「撤退! てったーい!」

流石に統率されていて、わっとオーレン族が引き下がり始める。

今度はこっちが誘引された訳だが、簡単にやられてやるつもりは最初からない。

城の構造は見ている。

適当な所にラヴィネージュを落として、そのままさがる。脱落しそうになった戦士を、さっとレントが抱えてさがる。

フェデリーカは案外要領よく逃げていて、問題なく外に出ていた。

クラウディアが外で狙撃手と苛烈な打ち合いをやっている。クラウディアもかなり手傷を受けているようだ。

厳しい戦いだが。

大丈夫。敵だって無傷じゃない。

殺到してくる神代鎧どもに対して、ラヴィネージュを発動。

範囲が決まっているから、それでいい。

文字通り空間を抉り取るようにして、一切合切冷気が全てを粉砕する。密集して追ってきていた神代鎧が、それにまとめて巻き込まれていた。

さがる。

城からは、神代鎧も追ってこない。

狙撃を繰り返している奴は、次回の攻撃で片付ければ良い。

戦死者は出していないが、これは手痛い敗北だ。

だが、敵の被害は大きく、補填もできないのだ。それで充分とみるべきだろう。

ウィンドルまで戻る。

そして、負傷者の手当てをする。

負けだな。

だが、次はこっちが更に有利に戦える。神代鎧がいた以上、厳しい戦いになるのは明らかだが。

それでも、威力偵察の意味は大いにあった。

後は負傷者の回復で、この日は終わった。

だが、一戦場での戦術的敗北なんぞどうでもいい。

最終的に戦略的に勝てば良いのだ。

神代鎧も、無事なのは修復をするだろうが。フィルフサはそうもいかない。更に言えば。ハイチタニウムの備蓄にも限界があるはずだ。

次は更に押し込める。

それが分かっているだけで、充分だった。

夕刻までに、手当ては終わる。

手を切り飛ばされた戦士も、ちゃんとつなげる事が出来た。全員生還だけでも、充分過ぎる成果だろう。

ただし疲弊が酷い戦士も多くて、次に同じ戦力は連れて行けない。

フィルフサはともかく、神代鎧の数はちょっと尋常では無い。

対策はしなければならない。

カラさんは、ウィンドルの首脳部と話をするとかで、今夜は戻って来ないそうである。

あたしも、アトリエで軽く方針について話をしておく。

「厄介だぞ今度の遺跡は。 地上部分の制圧にしても、神代鎧があんなにいるとはな」

「今までの遺跡で最大級だね」

ぼやくボオスに、タオが補足する。まったくもってその通りだ。

東の地にいた神代鎧よりも多いかも知れない。

それはつまり、此処に攻め寄せていた神代の錬金術師が焦っていた事を意味する。明確に序列を下にしていた存在の成果物を、運び込んでいたのだから。

「あの狙撃が厄介だ。 とにかく地上部分を早々に制圧しないと」

「そうだよね。 本当に鋭くて困るの」

クラウディアも悲しそうである。

確かに名手であるクラウディアも、あれだけ苦戦していた。ひょっとすると、何かしら特殊な狙撃兵なのかも知れない。

「準備はしっかりしておけ」

「分かっていますリラさん。 今日は早めに解散。 あたしはこれから、ちょっと調合と研究をするので、寝るまでは話しかけないようにね」

さて。

ちょっとばかり本気で調合をしておくか。

敵の戦力回復を考えると、あまり時間は開けられない。

次の攻撃であの城を落としきるのは難しそうだが。

少なくとも、その次くらいには、城を落としたかった。

 

4、希望の子

 

朝早く起きだして、それで体を動かしていると。

珍しくパティよりも先に、アンペルさんが起きだしてきた。

「おはようございます」

「ああ。 いつも早いな」

「体を動かすには、朝が一番良いんですよ」

「そうか……」

これは頭を動かすのも同じだが。まあそれはいい。

アンペルさんが、腰を下ろして考え込んでいる。まだパティは来ていないし、先に話をしておくか。

「アンペルさん、アンペルさんの体について分かった事があります」

「私についてか」

「ええ。 アンペルさんの御髪をもらってエーテルに溶かして解析して、はっきりしたんです」

「……続けてくれ」

アンペルさんは若作りしているが、もうかなりの高齢だ。

人間より長生きする体質とは言え、百数十年生きているというのは、それだけ厳しい事なのだ。

何故長生きなのか。

アンペルさんもそれを知らず苦労していたようだが。

全部分かった。

「アンペルさん、貴方は人間とオーレン族のハーフです」

「なんだと……」

「カラさんが、セリさんの他に人の世界に向かった変わり者の女性が一人いたと言っていました。 恐らくその人が母親だったのだと思います」

アンペルさんは、両親の事を殆ど覚えていないのだという。

オーレン族だったアンペルさんの母親は、ただでさえ考え方が違う。その上オーレン族は生まれるまで胎内で十年以上は掛かるらしい。

父親は最初は愛情があっても、すぐにそれも冷めて出ていくだろう。

その上研究して分かっている。

人間とオーレン族は子供を作れるが。

特に母胎に大きなダメージが出る。どっちが母親でもだ。

妊娠期間の違いがその理由で、人間が母親の場合はそれに耐えられない。人間が父親の場合、あまりにも子供が早く胎内で成長する事で、頑強なオーレン族でも大きな負荷を受ける。

結果、アンペルさんのお母さんは、寿命を縮めたのだ。

「なんてことだ……」

「アンペルさん、誰か気になっている女性はいますか?」

「何の話だ」

「相手が人間でもオーレン族でも、子供を作れば相手を不幸にしますので。 このままだと確実に」

さっきも言ったとおりの理由からだ。

アンペルさんは百数十年程度で老けていることからも、人間としての血の方が濃いのだろう。

それでも人間との間に子供を作れば異常に長い妊娠期間が母親の母胎にダメージを与えるし。

オーレン族が相手の場合は、早すぎる子供の成長が。

つまるところ、ほぼ確実に相手を死なせる。

「今は……いない」

「そうですか。 それでも、相手ができたら話をしてください。 相手の方に飲んで貰う薬を調合しますので」

「確か子供の成長を可変化させるものだったな」

「そうです。 母胎にダメージを与えないために。 アンペルさんの悲劇を繰り返さないためにも」

今のあたしなら、それくらいはできる。

研究も進めてきたのだ。

ボオスとキロさんの事もある。

ボオスはまだ求婚に踏み込めないようだが、今のボオスの様子からして、他の女性に興味は無いだろう。

キロさんがどう思うかが問題だが。

キロさんにしても、ボオスを嫌っているようには思えない。

あと、あたしから見てセリさんとクリフォードさんがそれほど仲が悪そうには見えないというのもある。

もし二人がくっついた場合には、同じ薬を調合する必要があった。

アンペルさんについても、実はリラさんとそういう関係を想定していたのだが。

今回の件で、アンペルさんがややこしい血縁だと言う事がわかったこともあり、余計に薬については考えなければならなくなった。

ただ、分かった事もある。

オーレン族の長命と強靭な肉体は、どちらかというと精鋭での少数生活に向いているもので。

結果として生物としては、人間よりも汎用性が狭いのだ。

確かに見ていると、オーレン族は似た顔の人が多い。

それは生物としての多様性が薄いことを意味してもいるのだろう。

仮にアンペルさんと他の誰かの間に子供が出来た場合。相手が人間の場合は、普通の子供が生まれてくる可能性さえある。

それくらい簡単に、オーレン族の血は薄まるのかも知れない。

「いずれにしても何かあったら話してください」

「分かった。 すまなかったな」

「いえ……」

アンペルさんが行くと、ちょっと出づらそうにしていたパティが出てくる。

もの凄い生々しい話を聞いたと、気まずそうだ。

パティにしても、この冒険が終わったら、時期は分からないが正式にタオと婚姻だろうに。タオも実績は充分に積んでいるし、ロテスヴァッサの既得権益層は片付いているし。なんなら気を利かせて二人だけの空間を作っても良いくらいなんだが。ちょっと初な話ではある。

既に戦士としてはこの世界最強の一人でも、こういう所はまだまだ可愛い。

「ライザさん、ちょっと生々しい話ですね……」

「パティはまあ心配ないよね」

「え、ええ。 まあそうですね。 強いていうなら、私のお母様が体が弱かったようなので、その……」

「どんな風な親の要素が子供に出るかは分からない。 ただ、研究を進めれば、生まれついての病気についても、いずれどうにか出来るかもしれない。 何か問題があったらあたしにいって。 手が及ぶ範囲で解決するから」

生まれついての障害を持って生まれてくる子供はいる。

だけれども、それらの子供に罪は無い。

オーレン族と人間の交配の研究をしていて、それらの子供をどうにかできるかもしれない研究も進んでいる。

いずれ、全ての障害に苦しむ人間に治療をと思うが。

ただ、それも不公平であってはならないか。

難しい話だ。

いずれにしても、キロさんが来た時に、ボオスにも同じ話はしておかなければならないか。

それにボオスがキロさんと結婚する場合、色々障害も多いだろう。

皆、大変な事だ。

ただ、あたしはもう結婚も繁殖もする気はないが。

他人にそれを強制するつもりもない。

 

(続)