黙示録の城

 

序、赤狼と白狼

 

巨大化神代鎧と交戦して、それで一度戻って体勢を立て直す。

あの紅蓮と言う名前の狼……彼は喋る事も出来るし何よりも神代の生き証人だ。そしてフェンリルと言うのは、やはり神代の錬金術師がつけた識別名で、いにしえの神話の魔物から名前を取った事もはっきりした。

本人というよりも、本狼というべきか。ともかく、紅蓮に話を聞いてみたが、フェンリルと呼ばれたいと思わないそうである。

それはそうだろうな。旅の人を慕っていたわけだし。

半ば旅の人を人質に取られる形で従っていたわけだし。

兎も角、話は聞き出さないといけないし。

城についても調べなければならない。

それで、体勢を立て直して、それで一晩をおいてまた禁足地の城に戻る。まだ一体フェンリルがいる。

そっちは紅蓮みたいに話が分かるとは限らないのだから。

現地に到着すると、紅蓮が待っていた。こっちを遠くから見ていたらしい。まあ麓の人間の会話を拾えるくらいだ。

今まで交戦したフェンリル二体は、本当に劣化コピーだったのだなと苦笑させられる。

ただ、それだけとも思えない。

神代の錬金術師のやり口は散々見た。

連中はとにかくどうやって相手を屈服させるかを念頭に置いて、配下を作りあげていた。

感応夢で見たホムンクルスには寿命という枷をつけ。

あたし達に立ちはだかった原材料が人間だろう悪魔もどきは、脳みそをいじる事で。

それで屈服させ、逆らえないようにしていた。

神代のホムンクルスは失敗したのだろう。

だけれども、そっくりな例の一族が今いるのはちょっと分からない。それに、あの人達の話を聞く限り、神代と連携しているとはとても思えないのだ。

ともかく、まだ分からない事が多すぎる、

一つずつ、解明していかないとダメだ。

分からない事があるまま先に突っ込むと、だいたい碌な事にはならないのだから。

「ライザリンと言ったな。 今日も来たのだな」

「城の解析と、錬金術師が残した資料の解析をさせて貰えますか。 勿論、貴方が困らない範囲で」

「随分と紳士的だな。 我が知る錬金術師では、旅の人以外にそんな態度を我には取らなかった」

「まあ、下手な人間より話が通じる相手ですし」

あたしが肩をすくめると。

紅蓮はそんなものかと、鼻を鳴らすのだった。

ともかくだ。

まずは、紅蓮について城の中を歩く。

流石に犬科のしなやかな体だけあって、狭い所もすんなり通る。その奥は空中回廊になっているのだが。

まるで体重を感じさせない動きである。

「空中回廊ですね……」

「どうしたライザリンの仲間。 貴殿の技を見る限り、達人の中でも上澄みとみるが」

「いえ、前に転落したことがあって」

「そうか」

まあ、あれはトラウマにもなる。

パティはあれ以来、どうしてもこう言う場所は苦手らしいし、それについて克服しろとかいうつもりもない。

無理に克服しようとしても更に苦手になるだけだ。

「これは、山の間を城が渡っているのか!?」

「一体どうやってこんなものを作ったんだ……」

「旅の人によると、グラビ石という浮かぶものを使うそうだ。 ガスなどで浮かせるよりも余程強力に重力に逆らえるらしい。 それで石材などを運んで、魔術で固定するのだとか」

「随分詳しいですね」

紅蓮は、旅の人がこういうのを作るのを見ていて。

それで色々と聞かされたらしい。

旅の人は兎に角無邪気な人で、他人が笑ってくれれば嬉しいし、腹芸の類もしなかったそうである。

誰かを助ければきっとそれが帰って来る。

そんな風に信じていたとか。

勿論それができる人間もいるだろう。

だけれども、残念だけれども。

旅の人は。話を聞いただけのあたしから見ても、あまりにも巨大な力の持ち主だ。そんな存在が無償の愛を振りまけば、どうなるか。

それは悪党が群がってくるだろう。

どれだけ恩があろうが、どれだけ助けられようが。

何とも考えずに相手を陥れる輩は幾らでもいる。

残念ながら人間はそういう生き物だ。

混沌の時代に世界を滅ぼして、破滅の中で何とか僅かな生き残りが百年の冬を乗り切って。

それでどうにかして世界に戻ってきても。

その性根は、まったく変わらなかったし。

多分神様に最も近い慈愛の権化がいても、ありがたいありがたいと拝むだけか。バカな相手として搾取だけするか。

そういう生物なのだ人間は。

だから一定数はどうしても殺さなければならない。

クーケン島に来る破落戸や与太者を斬る時、アガーテ姉さんは全く躊躇はしていなかった。

殺さないと駄目な人間がいる事をアガーテ姉さんは知っていたし。

あたし達も、目の前で幾つも実例は見てきたのだから。

「この奧に、我の眷属がいる」

「紅蓮さんが頂点と言う形で纏まっているんですか?」

「いや、基本的に我を元に作り出された一族と言うだけだ。 ただ我より強い個体はどうしても出なかった。 いずれもが命令を受けてそれぞれ配置されていったが、たまに顔を合わせると、基本的に我に対しては低姿勢になる。 それだけだ」

「狼の習性が残っているのかな」

タオが首を捻る。

狼は農業をする人間や、特に牧畜をする人間には蛇蝎の如く嫌われているが。実際には犬の先祖なだけあり、柔軟な群れを作りつがいを大事にする生物である。つがいを作る生物には浮気をする生物が珍しくもないのだが、狼はそれもない。

それが元になっているとすると、一体ずつ各地に配置されるのはあるだろうけれども。

それはそれとして、祖である紅蓮さんにはそれぞれが敬意を払うのか。

ちょっと興味深い。

ちなみに、紅蓮さんみたいに人間の言葉を話したり、高度に理解する個体はいないそうである。

これもまた、神代の錬金術師がそういう風に作ったのだろう。

逆らわれると困るからだ。

強力で勇敢な友よりも、使い捨てにできて妄信的な部下。

まあ、そういう連中だよなという言葉しかない。

空中回廊の途中で、かなり珍しいキノコが幾つかあった。セリさんが鑑定してくれるが、何とかクラウンとかいう極めて高級な代物らしい。なるほど、後で解析してみるか。ずっしりと重くて、確かに身が詰まっているし、魔力も強力だ。色々な素材に活用出来るだろうこれは。

紅蓮は採取する様子をじっと見ていたが。

やがて空中回廊が終わると、洞窟の中に窮屈そうに入ってきた。

「神代の錬金術師共がフェンリル型と呼んでいた我の眷属には、完成型と成長型が用意された。 完成型は最初から完成されていて、各地で門番を務めた。 成長型は敢えて子供の状態からどう成長するかを見るべく、特殊な薬剤で必要なだけ成長させていたようだ」

「……ひょっとして」

「覚えがあるのか」

「サルドニカで交戦した二回目のフェンリルが、やけに未熟でしたので」

そうかと、紅蓮さんは呟く。

まあ同胞を殺されたのだ。気分は良くないだろう。

ただしこっちも手加減できる相手では無かった。それも理解はして欲しいものではあるのだが。

洞窟らしい場所はすぐに終わって、やはり何かしらの石材らしいもので作られた研究所の内部に出る。

「この奧が縦穴になっていて、廃棄孔として使われていた」

「毒でも捨てていたんですか?」

「いや違う。 この城ではドラゴンを捕まえて、実験をしていたようなのだ。 その結果出たしがいなどを捨てていたようだな」

「……」

なるほど、ありうる話だ。

神代の錬金術師は、門を開く技術を探していた。

この辺りにある自然門では、エンシェントドラゴンが奏波氏族の助けを得て、生の最後を過ごすために世界を渡る。

それを何かしらの方法で知ったのだろう。

神代の錬金術師はテクノロジーだけは持っていたから、ドラゴンを捕獲するのは難しく無かったとみて良い。

その程度なら、後の劣化コピーである古代クリント王国にさえできていたのだから。

研究所を一旦抜ける。

紅蓮が、皆にさがるように促す。

「少し下がっていろ。 眷属を呼ぶ」

「分かりました。 お願いします」

「しかしどうして敬語になったのだ」

「それは貴方の方がずっと年上ですし。 歴史の生き証人ですし」

此奴がやった事には色々許せない事もある。

だから此処で朽ちるまでいて貰うつもりだ。

それで罰としては充分だろう。

旅の人がもし生きていたとして。救助しても、此処の事は告げる気はない。それが最大の罰になるからだ。

意地が悪いことをしている訳ではない。

ただそれくらいの罰を受けるのは当然だから、そうする。

何の関係もない人を大勢此奴が殺したのは、理由があったとしても事実であり。消せないことだ。しかもそれを、此奴は神代のカスどもの言うままにやったのである。

だったら罪を償うのが当然。

人だろうが狼だろうがそれは同じ。

人間の理屈が通じて、人間の言葉も通じるのだから。人間の理屈によって罰を受けて貰う。

ただ、それだけである。

あたしは敢えて、死より重い罰を与えているかも知れない。

そもそも罰なんてものは、与えて意味がある存在にしか効果がない。何をやっても反省しない輩は殺処分が妥当だ。

それをしないということが、あたしの判断。

紅蓮が遠吠えをする。

たぶんだけれども。

紅蓮も、自分がやったこと。そして、ようやく飲み込めたのだろう。

旅の人はもういないことを。

その鳴き声は、何処か悲しげだった。

白銀の毛並みのフェンリルが姿を見せる。見るからに狼で、紅蓮のような高い知能は持っていない。

紅蓮の前にてお座りをするフェンリルは、非常に強い事が分かるが。

紅蓮の遠吠えで状況を察したか、敵意はないようだった。

「……よし、これで無力化はした。 しかしこの施設は、旅の人が根本的な設計は手がけたのだ。 無茶はしてくれるなよ」

「分かりました。 ただし錬金術師達が持ち込んだ資料は回収します」

「ああ、そうしてくれ。 それと、ガーディアンの操作パネルは彼方の部屋だ」

「ありがとう」

早速様子を見に行く。

なる程な、此処も配置してある自動兵器の守りで充分と判断したのだろう。数日かけて叩き潰した神代鎧がいなくなった今。

既に守りはがらあきということだ。

すぐにコンソールを発見。やはりパスワードも掛かっていない。たまに扉はあったが、それも全部鍵一つ掛かっていない。

やはり使う奴次第だなセキュリティは。

そしてこの様子を見る限り。

神代の人間は、テクノロジーだけ持った普通の人間。間違っても優れて等いないと、何度でも思い知らされる。

タオがすぐにコンソールを操作して、ガーディアンの無力化を実施。

神代鎧の無事なのはないかと聞いてみるが、首を横に振られた。

「在庫は尽きているよ。 みんなでやっつけた分で終わりだったって事だね」

「よかった。 一体一体があんなに強くて、もう生きた心地がしなかったんです」

「フィルフサの群れと真正面からやり合う時に比べたらマシだよ」

フェデリーカは、フィルフサともやりあってはいるが。ウィンドルで交戦した幾つかの群れは、奏波氏族との戦いで数を減らしていたし。何よりオーレン族による支援もあったし。

それに地形的な有利もあった。

今でも、グリムドルに陣取っていた群れと真正面から水なしでやり合えと言われたら、相当に厳しいと思う。

フィルフサの武器は魔術が通じないこともコアを砕かないと停止しないこともあるが、何より数と恐れを知らない事にある。

はっきりいって、現在でもまともにやりあうのは避けたい相手だ。

「よし、セキュリティシステムは全部停止させた」

「後は此処で行われていた研究の全てだね」

「うん。 ちょっと調べるのに時間が掛かるよ。 その間に、この遺跡の調査を進めてくれる?」

「分かった。 レント、この場でタオの護衛をお願いね」

此処は奥まった部屋で、レント一人いればタオを守りきれるだろう。コントロールルームをこんな所に配置して、本当に周りを舐めきっていたし。なんだったら攻めこまれる可能性なんて考えてもいなかったのだ。

まずは書類を探す。

彼方此方ちょっと崩れている場所もあるが、それは恐らく後から付け足した構造だ。露骨に構造が雑である。

しばらく歩いて見つけたのは、大きめの部屋だ。

これは、なんだか不自然だな。

フィーが、警戒の声を上げた。

「フィー!」

「!」

あの時と。

ウィンドルで、フィーの同族が殺戮されていた施設を見つけた時と同じ反応だ。この部屋、ちょっと様子がおかしい。

今の時点では何もない。

此処が何かしらの目的で使われていたとしたら、それは千数百年も前の話だっただろう。骨くらいしか残らないだろうが。

それもないということは。

「なんだこの部屋。 あれは……刃物か?」

「何人がかりで運んだんでしょうか。 人間が使うものではなさそうですね」

ボオスの見つけたのは、部屋の隅で置かれていた刃物。これはハイチタニウムで作られている。

それの大きさを見て、フェデリーカが不思議そうに言うが。

パティは、大きさを見て、それで頷いていた。

「恐らくこれは、あの巨大な神代鎧が使った刃物だと思います。 大きさが一致していますので」

「なるほどね。 しかし此処で……そうか」

なるほど、納得が行った。

此処で行われていたのは、ドラゴンの研究。だとすると。

彼方此方を見るが、資料は残されていない。多分廃棄されたのだろう。成果はあったと判断し、部屋は綺麗に引き払ったと言う事か。

フィーの反応からして、だいたい何があったのかは分かる。

隣に格納室があった。

クリフォードさんが、先にフェデリーカに言う。

「おっと、此処はまずいかもな。 入る勇気はあるかい?」

「だ、大丈夫です!」

「そうか。 止めはしたからな。 自己責任で見るんだぞ」

あたしは足を先に踏み入れる。

アンペルさんが、呻いていた。

其処にあったのは、大きな硝子ケース。円筒形の。それに大量の液体が満たされている。たくさん並んでいる。

構造で言うと、東の地で見たベヒィモス達の充電施設に似ている。

あれとは段違いに小さいが。

中には、骨がたくさん入っていた。

カラさんが、声を低くする。

「これはドラゴンのものだな。 それも生きたまま体を切断して、どれくらい生きているかを試したのだろう」

「えっ……」

「こっちはオーレン族のものだな。 何らかの理由で捕まえて、此処で尊厳を極限まで踏みにじったのだ」

リラさんが言う。

其処には、殆ど人と代わらない骨が浮かんでいた。

他にも骨が幾つも浮かんでいる。

オーレン族が実験素材にされていたのは、既に分かっていた。あの「蝕みの女王」は、明らかに対オーレン族を想定したフィルフサ王種だったし。内部から出て来た人型形態は、あからさま過ぎるくらいに人間かそれの類種が元になっていた。

神代の連中が生物兵器として人間を利用しているのは、悪魔もどきの事で分かっていたが。

これで証拠が出て来た。

神代の連中はオーレン族も人間と同じように実験材料にしていたのだ。彼奴らに倫理観念なんてない。なぜなら、自分達以外は人間ではなかったのだから。

フェデリーカが絶句して、口を手で押さえている。

あたしはさっとゼッテルに字を書くと、フェデリーカに渡していた。

「タオに届けてきてくれる。 これを見ているのはつらいでしょ」

「は、はい」

「私も着いていくわ」

セリさんが護衛をかってでてくれる。有り難い。頼むとする。

此処にある「資料」は、全て荼毘に付す必要があるだろう。だけれども、これだけだろうか。

ディアンが、真っ青になっている。

本気で怒っているのだ。

「ライザ姉、俺もライザ姉の怒りがよく分かってきた。 今までは、どうして此処までキレてるんだろうって時々不思議だったんだ。 漸く分かってきたよ。 これをやった連中は、もう何を言っても無駄な連中なんだな」

「そういうことだよ。 そんな連中が不釣り合いな力を持ってしまったのが神代って時代だったんだ」

「此処は正気の人間が入る場所じゃねえ。 気分が悪い奴は出た方が良いだろう」

クリフォードさんが見つけて来る。

研究資料だ。

他にもたくさんあるという。

奧が資料庫になっていたらしい。

ただ、どうしてこれを放棄した。ハイチタニウム製の神代鎧とフェンリル、それに紅蓮の守りがあるから平気だと判断したのか。

分からないが。調べて見るしかない。

奥にある書庫は、かなりの規模だが、数回の往復で資料を運び出せそうである。

本を取りだしていると、タオが来た。

「ライザ、余り良くないことが分かった」

「こっちもだよ。 まずは聞かせてくれる?」

「うん。 奥にある大穴の処置がまず最初にするべきだと思う。 きっとそれが、人としてやるべき事だから」

「分かった」

さっきの研究室の有様はもう見ているだろう。

タオだって怒る。

そして今、タオは明確に怒っていた。

 

1、捨てられた倫理

 

縦穴の周囲は螺旋状に坂になっていて、其処では神代鎧が働かされていた形跡があった。此処は露天掘りの鉱山だった可能性がある。

だが、雨が入り込んでいる様子はない。

空に何かしらの魔術的な措置をして、雨が吹き込まないようにしているようだった。技術の無駄遣いだ。

一度アトリエに戻ったのは、本を回収するためだけではない。予備として用意してある荷車を持ち込むためだ。

同じような事は、クーケン島でもやったな。

クーケン島の内部に入り込んで、島の真実を知ったときに。

あの時は、島全員で荼毘に付して。

古代クリント王国の悪逆を知って、それで強い怒りを覚えたっけ。

紅蓮とフェンリルは、じっと此方を見ている。もう敵意はない。あたし達は、穴の底にまで降りた。

其処には、膨大な骨が捨てられていた。

大きな骨がある。

ドラゴンのものとみていい。

実験に使ったドラゴンは、ああやってトロフィーみたいに飾った分以外は、こうしてゴミとして捨てたのだ。

臭わないようにだろう。軽く焼却した跡があるが、それだけだ。

他にも膨大な骨がある。

これは魔物のものじゃない。

人間のものだ。

フェデリーカが、我慢しきれなくなったようで、口を押さえて視線を逸らす。あたしは、手袋をはめ直すと、声を掛けた。

「よし、荼毘に付して埋葬するよ。 運び出すから手伝って」

「……っ」

「フェデリーカ!」

あたしが声を掛ける。

怒鳴るのでは無い。叱咤するのでは無い。

尊厳を呼び起こすために。

此処にいるのは、神を気取るカスに尊厳の最後の一欠片まで蹂躙された存在達だ。だからあたし達がせめて葬る。

あたしは人間を止めるつもりだけれども、半ば既に止めているけれども。

だからこそ、今後人間は何度でもこれをやることを理解出来る。

故に魔王にならなければならないのだ。

ともかく、まずは荼毘に伏して埋葬からだ。それが、奴らと違うと示す事になるからである。

螺旋坂を、大量の亡骸を運んで上がる。外ではセリさんが枯れ木を準備して、更にはリラさんが竈を作ってくれていた。

竈と言っても料理用のものではなく、遺体の火葬用のものだ。

まずは骨を此処に運び出しつつ、一斉に火葬する。

何往復もしていると、骨が山と積み上がる。

あからさまに子供の骨だってある。勿論人間のものだ。

顔を歪めて笑いながら実験材料にし、死んだら彼処に尊厳もなく捨てていた。神代の錬金術師は上から下まで腐りきっていやがったんだな。そう、ボオスが呻く。ボオスだって現実主義者なのに。流石にこの有様は看過できないようだった。

タオがあの「コレクション」の硝子ケースの液体を抜き。

其処から骨をこっちに運び出してくる。

魔物による襲撃は、警戒しなくて良さそうだ。何度か神代鎧とやりあった時にもよってくる様子はなかった。

恐らくこの辺りが紅蓮の縄張りで。

近付くと死ぬと知っているから、なのだろう。

遺体を運び出すのに一日かかった。

それから、遺体を全て荼毘に付す。

この辺りは雨も降らないし、植物も殆ど生えていない。汚い草なんか生えないようにしてある。

そう雨避けの仕組みを、神代の連中は自慢するのだろうか。

反吐が出る。

技術の間違った使い方の見本だ。紅蓮が言う旅の人は、笑顔と幸せのために錬金術を使っていたのに。

レントが大穴を掘った。

あたしはその間に、近くにあった大きな岩を加工して、墓石にする。

墓石には、アンペルさんの発案で、神代の文字と、現在の文字を刻んでおく。

神代による非道な実験で命を落としたものを此処に葬る。

せめて来世は安らかであれ。

来世があるかは分からないが。

少なくとも、荼毘に伏さなければダメだ。それは信仰でもなければけじめでもない。非道の結果亡くなった存在への哀悼である。

それをなくしたら。

此処にいる全員、人間以下の畜生になるだろう。

骨が焼き上がる。それを順番に葬って行く。種族ごとに分けようかと思ったが、それはやめておく。

皆、被害者だからだ。

オーレン族の死体も、数人分はあった。

恐らくは、あの自然門を通じて、神代の侵攻前にはある程度親交があったのだろう。神代との戦いの後も変わり者が此方の世界に一人来て消息を絶ったとカラさんは言っていたし。

あんな連中が現れる前は、他にもいてもおかしくない。

フェデリーカは、完全に死んだ目で作業をしていたが。

空に煙がずっと上がっているのを見て、思うところもあったのだろう。鎮魂の舞いを舞い始めていた。

それでいいのだと思う。

鎮魂の意味もあるが、それ以上に非道に散った存在への哀悼が大事なのだ。

やがて、屍の処理はあらかた終わり。

全て埋めて、墓石を乗せる。

紅蓮が来ていた。

「全て葬ってくれたのだな。 その中には、我の眷属の中の「失敗作」も混ざっていた」

「そうでしたか」

「感謝する。 我は旅の人にもはやあわせる顔がない。 だが、そなたらと和解できたことだけは最後の誇りに思う。 この墓は、我と眷属で最後まで守ろう」

「お願いします」

後は、大量の書籍や資料を運び出しておく。

そして、二度と悪用できないように、幾つかの装置は完全に破壊して機能しないようにもしておいた。

あの巨大な刃物はバキバキに砕いて、溶かしてあの穴に捨ててしまう。

それで、もう良かった。

 

数回に分けて、フォウレの里に書物を運び込んでいく。何度か目の輸送で、里の老人に声を掛けられた。

「錬金術師殿」

「如何なさいました」

「いや……他の誰も言わなかったのだが。 わしには見えたのだ。 ドラゴンがな、禁足地の上を飛んでおった。 赤い肌の、美しいドラゴンでな。 それが、幸せそうに飛んでいて、やがて消えていった」

そうか、そういうものが見えてもおかしくは無いだろう。

あんな所に押し込まれて、苦しかっただろう。

解放されれば、嬉しくて飛んでいったかも知れない。

ただ、あの遺跡には、そういうのを見せる装置もあった。

遺跡にあった仕組みの中にあった、立体映像の構築装置がそれだ。それは彼方此方に立体映像を投影することができ。それも光の出所を悟らせないものだった。仕組みは魔術であり、しかも脳に直接働きかけるものであったらしい。

要するに魔術耐性がない人間に、幻覚を無作為に見せる道具だったというわけだ。

壊してしまったが、使い路はどうせろくでもなかっただろう。

あれがドラゴン騒ぎの元凶だ。

テリオンとか言う悪魔もどきがそれを利用したのだろう。遠隔で操作できるようだったから、テリオンが使っていたのも説明がつく。

それに広範囲で映像を投影すると、整合性を持たせられないという説明も書かれていた。全て、それで説明がつく出来事だったのだ。

最後にそれが何か悪さをしたのかも知れないと思ったが。あたしは黙っていた。ドラゴンの霊が解放されて喜んでいたというのであれば、その方が夢があるではないか。

それに、あの遺跡も、動力は竜脈だった。

竜脈の上から、直に魔力を吸い出すのは、あれら神代の遺跡の特徴だ。長い間稼働させていたら、この世界をすべて枯らしていたかも知れない。

「よし、資料はこれで全部だな」

「なあライザ姉、あの遺跡は潰さなくていいのか」

「動力は潰したし、悪さができそうなものも潰した。 後……これも貰った」

それは赤い毛のフサ。今は束ねてまとめてある。

紅蓮のものだ。

紅蓮は、今後フェンリルを見たら、これを見せろと言った。フェンリルは基本的に紅蓮の劣化コピーだ。

眷属というように、紅蓮を慕ってもいる。

だから、これを持っていれば手を出してくることは無い。

ありがたい話だ。

フェンリルは強力な魔物で、戦えばいつ死者が出てもおかしくないのだから。

「あそこは紅蓮とフェンリルの墓場だよ。 それが紅蓮に与えた罰。 それ以上は必要ない」

「そうか。 確かに、彼処で帰らない主人を待つというのは、犬科の動物には最大の罰だよな」

「そうだよ。 だからもういいんだ」

それよりも、ディアンにはあの禁足地には絶対に近付かないようにと、験者に伝言を頼む。

資料をそれから整理して、小妖精の森に運んでおく。

此処の資料はどうやら殆どが空間に関する研究のもので。フォウレの里の先祖が守っていたあの城を落とした後どうするか。落とした後に、門を研究した結果。更にオーレン族をどういう風に駆逐するか。

そんな身勝手な理屈が、書き連ねられているようだった。

燃やしたくなるが。

此処に奴らの本丸に至るヒントがある可能性がある。

だから、タオ達に解析は任せるのだが。その前に、もう一つやっておかなければならない事がある。

ディアンが言っていた、墓の調査だ。

超ド級が守っているのか、もっと別の存在が守りについているのか、それは分からないが。

フォウレの里の害になっているのなら、どうにかするべきだろう。

まだまだ、ネメドでやることは終わっていない。

続いて、タオと連携して、座標集めもやっておく。

座標はあればある程いい。

鍵に魔力を補充して、各地を回る。

現時点では門を開くこと、座標を集める事、これに関しては充分だ。タオも資料が集まってきて、複数の数字の内、解明できていないのは後二つになっているという。座標を集めながら、可能な限り他にもデータを集めているらしく。

それは専門家であるのだから、やり方は任せておく。

あたしもなんでも分かるわけでは無いのだから。

一日掛けて、疲れを取り。

更には座標集めで彼方此方を回る事にする。

次の一日は、主に墓についての具体的な情報の聴取をボオスとクラウディアに手分けして行って貰った。

やはり村の老人達はこの状態でも口が重く、聴取には苦労したようだが。

験者がかなり積極的に話をしてくれたこと。

それに、一部の老人はようやく態度を軟化させはじめてくれた事もある。

今まではディアンが嫌っていた老人達も、ディアンが必死に活動して。あたし達とともに多数の魔物を撃ち払った事を認め始めているらしい。

それもあって、聴取は進んだ。

座標が集め終わった後には、タオもクリフォードさんとアンペルさんに合流してもらい、回収した資料の解析に回って貰う。

クリフォードさんは本を読みすぎて目が痛いと言っていたので、目薬を差し入れる。

アンペルさんも、実は私も欲しいと言ったが。

それも見越していたので、アンペルさんの分も作っておいた。

さて、そろそろ墓の実物の様子を見に行くか。

そう思っていた矢先だった。

パミラさんが、フォウレの里に来たのは。

 

相変わらず神出鬼没な人だ。時々出くわすが、何処で出くわしてもおかしくない。かといって、頻繁に会うわけでもない。

フォウレの里で、プディングを振る舞っているパミラさん。良い店がない場合は、自分で布教し。

美味しい店ができたら、後で楽しむのだそうだ。

この近辺ではサトウキビが少量ながら取れる事もある。

実は甘みの中でも、サトウキビから取れる純粋な砂糖は強烈な方で、苦手意識を示す人もいる。

味付けが濃いのは、どんなものでも決して良い訳ではない。

糖の作り出し方は幾つもあるのだが、サトウキビほどの効率で作り出せる方法はほとんど存在しておらず。

果実から取りだしたり、或いは蜂蜜から取りだしたりするが。

いずれにしても使い勝手が良くなかったり、とてもお高かったりするので。

そういう意味では、砂糖は今でも高級品だ。

プディングは高級なお菓子なのである。

高級なのに相応しいおいしさであるのはあたしも認めるが。

パミラさんと、軽く話をする。プディングは若い層に人気だったようだが、それでもやはり一部だ。

ただ、それでも各地を放浪している腕利きというのは、流石に戦士が多いフォウレの里ではすぐに分かったらしい。

それで受け入れられるのだから。

まだクーケン島よりはましな可能性もあると言えるだろう。

今になって思うと。

クーケン島の古老の方が、この集落の老人達よりよっぽど頑迷だ。

「聞いたわライザ。 あちこちで色々解決しているみたいねー」

「ええ。 出来る事をできる範囲でやっているだけですが」

「それでも凄いわ-。 ちょっと前に東の地に行って来たんだけれど、いつも魔物に怯えていた人達の顔がずっと明るくなっていたのよー」

「それは良かった」

ちょっと前か。

あたしも東の地を離れたのは十数日前なのだけれども。

この人、転移魔術でも使えるのか。

まあそれはいい。

あまり突っ込みを入れても、藪蛇になるだけの気がする。

それに今だから分かる。

この人の力、例の一族の戦士以上だ。例の一族の最強と思われるガイアさんよりも、更に強いプレッシャーがある。

味方に加わってはくれそうにないが。

敵にもしたくない相手だった。

「ライザは笑顔を見るのが好き?」

「うーん、どうでしょうね」

「好きでは無いの?」

「いえ、あたしの行動で問題が解決するのは嬉しいですよ。 でも笑顔の裏にあるものを、たくさん見て来たものですから」

最近も、最悪の悪例について知った。

紅蓮の言葉は血を吐くようだった。

笑顔で世界を満たしたいと考えていた旅の人が、神代を邪悪の時代にした連中にどのようにされたか。

それをやっていた連中は、ずっと歪んだ笑みで嗤っていたはずだ。

あたしは虐げられている弱者に笑顔を取り戻させたいと思うけれど。

その弱者が、途端に悪に変貌するケースがあることも知っている。

だから、助けられるものは助けるが。

必要以上にはしない。

そのつもりだ。

今回のフォウレでのドラゴン騒ぎについても、緊急性があったから最優先で対応したし、その裏にあった神代の遺跡は黙らせた。テリオンとか言う悪魔もどきも叩き潰した。

しかし、対応不能な魔物を排除した後は、このフォウレの里を守るのは。ディアンをはじめとした次の世代と、フォウレの里の種拾い達だ。

その種拾いだって、今まで使い捨てていた「種」を再利用することを今後は行って。限りがある資源を適切に使わなければならないだろう。

人間の数は古代クリント王国の時代から数十分の一にまで減った。

これは、まだ周りにはいっていないが。

神代が終わって、割拠の時代が始まった頃にも、同じくらい減ったのではないかと思うし。

混沌の時代が終わって「冬」が来た時なんか。

人間は一度、全滅寸前まで行ったのではないかと思う。

そういった時にも、やらかした元凶共はけらけら笑っていたはずだ。

だからあたしは、笑顔を必ずしも良いものだとは言い切れない。

あたしの複雑な心境を知ってか、相変わらず読めない表情でパミラさんは言う。

「ねえライザ。 貴方が戦っている相手は一体なんなのかなー?」

「今はこの世界を無茶苦茶にした元凶ですね」

「ふふ、貴方らしい。 焼き尽くすような正義感と、それから生じる悪への怒りは、竹を割ったようだわー」

「……」

褒められているとはどうも思えない。

パミラさんは、たまにあった時も、あたしを観察しているそぶりがあった。

そしてこの人の視線は。

どんな観察よりも、桁外れに老練に思えて仕方がないのだ。

「貴方は強いわ。 総合力だと、この世界の人間でも間違いなく最強。 魔物を含めても、かなり良い線まで行くでしょうねー。 だから勝てるかも知れない。 この世界を滅茶苦茶にした元凶にも」

「勝ちます」

「うん、良い気合だわ。 それで勝った後は?」

鋭いな。

あたしがその後は、魔王になろうと思っている事を察しているのか。

別にそれは察せられてもいい。

ただあたしは、二度と神代を繰り返させるつもりは無い。

この世界の半分は、今でも草も生えない土地なのだ。

それでも人間は好き放題を繰り返し。

世界を必死に再生させようとしていた旅の人さえ食い物にして、自分達の欲望をかなえる土台にさえした。

旅の人がどんな風な末路を辿ったかまでは分からない。

だけれども、生きていたらこの世界の有様を許すはずがない。

フィルフサなんて存在は、絶対にああ歪めさせはしなかっただろう。

つまり、殺されたにしろなんにしろ。もう何もできない状態にあるのは、間違いがないのだ。

人間を信じた結果がこれだ。

あたしは個人レベルの人間は信じてもいいと思う。

仲間達には、安心して背中を預けられる。

だが人間という種族は信じられない。

何故か。

もう確認するまでもない。

神代のカス錬金術師どもだって、人間だったのだ。それが数々の凶行を許す理由には一つもならない。

そしてむしろ人間の本質は神代のカス共よりだ。

それはあたしも、嫌になる程分かりきっていた。

「ライザ、気付いているかしら」

「なんでしょう?」

「貴方は、人間としては適齢期にあるの。 それが子供を見ても、まったく心を動かされている様子がない」

まあそうだろうな。

あたしも繁殖をするつもりは今後は無い。

殺した匪賊を材料に。或いは提供して貰った髪の毛などを。ともかく、人間という生物を、エーテルに溶かして細部まで調べた。

それで充分。今は人間という生物の構造を理解している。

その気になれば人間を調合することだって可能だ。多分ホムンクルスと同じ理屈である。

勿論自分のコピーだって例外では無く作れる。

でも、それをやるつもりはない。

血統で全てが決まると考えていた神代のアホ共の悪例を見ているというのもあるし。もう、子供を作るという行為に価値を感じないからだ。

よく人間も動物だからとその蛮行を肯定する言説があるが。

動物だったら裸で密林で素手で暮らせというのがあたしの返答だ。

動物から逸脱した文化で今の生活をしていながら、都合が良いときだけ動物を持ち出すのは最悪の愚論である。

あたしもそれは同じ。

自分は特別だなんて思ってはいないが。

今更動物になるつもりはさらさらなかった。

「酷薄な親は確かにいるわー。 でもあなたのはそれとも違う。 このままだと貴方は、いやもうかしらね。 人ではなくなるわよ」

「全くかまわないですよ」

「……そう。 私が知っている凄い人達も、みんなその結論では一致していたの。 みんな世界をダイナミックに変更して、それで人間を止めていった」

やっぱりな。

この人、人間ではないんだ。

エンシェントドラゴンか、精霊王の類か。それとも、ホムンクルスの何か特殊な個体なのか。

それらですらない。

もっと凄まじい何かしらの世界の遺物なのか。

それまではちょっと分からないが。

ただ、旅の人ではないだろう。

「今、貴方が挑戦している邪悪に最後の戦いを挑むときが来たら、訪ねてきて。 私はクーケン島にいるわ。 渡すものがあるから」

「プディングではなさそうですね」

「ええ。 この世界をかえるものよ。 それはそれとして、プディングも世界を変えるとも思うけれどもね」

少しだけ寂しそうに、パミラさんは笑った。

そして、気がつくとその姿はなくなっていた。

まるで幽霊のようだな。

いや、そんな可愛いものじゃない。

世界の法則に何らかの形で関与している神のようだ。

それはそれで面白い。

あたしに本当の神があいに来たのであれば。機会があれば、こんな世界にしてどうして平然としていられるのか、面罵したかったのだから。

今はいい。

皆が戻ってくる。墓についての情報も集まったらしい。

では、これから攻略戦だ。

大物がいても不思議ではない。

空間魔術は、今のあたしでも直撃すれば即死だ。気を抜ける相手ではない可能性も高い。心を引き締めて、挑まなければならなかった。

 

2、墓守は眠る

 

ネメドの森の暑さは相変わらずで、足を踏み入れるとじんわりと来る。ただ、それがかなり緩和されているのも事実だ。

皆に配布した装飾品で、適温に体の周りの空気を管理している。

それは戦闘に役立てるためである。

体温が適切に保たれる方が、戦闘では高いパフォーマンスを保ちやすいのが現実としてある。

あたしも精神論で勝てるとは微塵も思っていない。

精神論であがる力は確かにあるが。

何倍も力が増すわけではないのだ。

鋭い獣の声。

樹上で猿が威嚇の声を上げている。次の瞬間、それが悲鳴に変わった。巨大な蛇が、猿を締め上げているのが見えた。

時々この辺りで見かける大蛇だ。

人間に興味は見せないが、食事はちゃんとする。

それだけの話である。

「行くよ」

「は、はい」

自然のダイナミックな営みに圧倒されているフェデリーカに声を掛ける。あの大蛇は人間を襲うでもなく、むしろ距離を取る。

無害である以上、戦う理由は無い。

襲ってきたらその時はその時。叩き殺す。

今はその時では無いと言うだけだ。

ディアンが前に出ると、あっちだと言って、今まで通ったことがない道を示してくれる。この辺りは魔物狩りで散々出向いたはずなのだが。

流石は地元民というところか。

ブッシュも多いが、密林の中は案外歩きやすい場所も多い。ただ気を付けないと、魔物と正面から出くわすこともある。

足下も注意だ。

クレバスなんかもあるし、腐敗している死骸や糞も。そういうのには例外なく蛆も湧いているし、足を突っ込むと酷い事になる。

歩き慣れているディアンは流石で、気を付けてといいながら、そういうのを的確に避けている。

ほどなくして、湿地帯に出た。

かなり早い。

いつもはもうちょっと迂回してから、此処に出るのだが。

「こっからだな」

ボオスが言う。

ボオスが集めてくれた情報によると、この先を突っ切るようにしていくのだ。その結果、墓に到達する。

湿地はいうまでもなく、下手に足を突っ込むと死に直結する。

それどころか、魔物だって潜んでいる。

湿地に適応する魔物なんて、それこそ幾らでもいるのだ。そういう魔物は待ち伏せ型で、獲物に対してはだいたい見境なしである。

クラウディアの音魔術は、ちょっと泥濘地には不向きだが、泥濘の箇所を探るのは得意だ。

カラさんも、色々な探知魔術を展開してくれる。

タオが、地図を手に指さす。

前にもこの辺りは何度も来ている。それに、今回の湿地の地図が加わっていると言う事だ。

この湿地の中に、狭い道のように足場があり。

それを通る事で、墓にたどり着ける。

巨大マンドレイクなどが出て種拾いの戦士が大きな被害を出す前は、戦士達総出で墓に向かい。

少なくとも道中の護衛では験者の仕事を補助したそうだ。

それくらい危険な場所であったということである。

当時ですら、だ。

向こうの大河では、相変わらず超ド級が水浴びをしている。

手さえ出さなければあれは襲ってこない。

超ド級に寿命があるのかは分からないが、紅蓮が四千年の時を越えているのは話から確実だ。

そう考えると、技術的な劣化コピーだとしても数千年は生きても不思議ではないし。

何より巨大な生物は長寿な事が多い。

あれも、フォウレの里が滅びた後も、彼処で穏やかに過ごしている可能性が高そうである。

沼地の中の、細い道を慎重にいく。

あたしが即座に熱槍を叩き込んだのは、待ち伏せしていた巨大なサメがいたからである。

先手を打って熱槍をぶち込んだことで、沼地から飛び出して巨体が文字通り跳ね上がる。凄まじい迫力だが。そんな事を言っていられるのは、奇襲を防いだからだ。

即応したクラウディアが、明らかに致命傷になる巨大矢を多数叩き込み、更にはセリさんが展開した植物魔術が、サメを拘束。

ディアンが躍りかかると、頭から腹の辺りまで、手斧で斬り下げていた。

最初の熱槍が入らなければ、もう少し苦戦したかも知れないが、まあそれで防御魔術の展開も防いだ。

浮島に出る。

あまり重いものは引きずり上げられないが。このサメくらいは大丈夫だろう。

捌いて、回収出来そうな部位は回収しておく。

肉も燻製にしておく。

サメの肉はちょっと独特な臭みがあるのだけれども、燻製のやり方次第では美味しく食べられる。

一度引き上げて、肉などはフォウレの里にお裾分けする。

今後墓に里の人間が出向く場合には、あの待ち伏せは致命的だ。倒しておかなければならなかったのである。

荷物をそうして整理すると、再び湿地に。

同じ地点まで出向いて、すぐに先に。

一見すると、とても道が続いているとはみえない場所を行く。その結果、足首くらいまで水には浸かるが、ちゃんと道になっている。

地盤の関係なのだろう。

土というのは不思議なものだ。

ただ、これは雨が降ってくると危ないな。

警戒を最大にしながら進む。

案の場、途中で何度か水棲の魔物が仕掛けて来たが。幸い、それほどの大物はいなかった。

小型の魚でも、肉をむしりにくるようなタチが悪いのもいるし。

なんならヒルとかも伝染病を媒介したりするのだが。

それらについては対策はしてある。

三つ目の浮島に辿りつく。鼬の群れが休んでいたが、あたし達を見ると、さっと逃げ散る。

利口な判断だ。

まあ、それで片付くなら問題は無い。

あたしは鼬が嫌う臭いが出るものを辺りに撒いておく。別に変なものではない。天敵であるサメの臭いが染みついた、歯を砕いた粉だ。

これで鼬は此処には当面近寄らない。

フォウレの里の種拾いでも、アレ程度は始末できるだろう。特に問題は無い筈だが。それでも念の為である。

空が一気に曇ってくる。

この辺りでは仕方がない。スコールだ。

この浮島は結構大きいので、此処で雨を凌ぐことにする。最悪の場合は、エアドロップに分乗して避難することになるだろう。

セリさんが植物魔術で、大きめの木をいきなり生やして、その下で雨宿りする。雨は降り出すと、滝のようだ。

懐かしいな、この苛烈な雨。

しばしその雨が通り過ぎるのを待つと。

嘘のように雨が引く。

毎日毎日これだから、この辺りでの生活はクーケン島とは全く違ってくると言う訳である。

幸い、雨で川が増水することも、この辺りがさらにひたひたになることもなかった。

墓に向かう。

今日中に、墓までのルートは確保しておきたい。

墓の規模は、それほど巨大ではないそうだが。

ここ最近、此処に出向いた人間が多数命を落としているのも事実だ。墓の調査には。万全を期す。

程なく見えてきた。

ディアンがあれだと叫んだ。

墓の辺りは、沼地が終わって、またしっかりした土になっている。随分な沼の果てだなとあたしは思ったが。

あれと思って、この地点から見えている城と見比べる。

恐らくだが。神代の錬金術師どもはフォウレの里の先祖が篭もる城を、こっちから攻めた筈だ。

連中の事だから、フォウレの里の先祖の文化なんか笑いながら踏みにじったはず。

あるいは悪辣なトラップでも仕込んだか。

「ライザ、一旦戻ろうぜ。 嫌な予感がする」

「分かりました」

「クリフォードの旦那の予感、当たるからな……」

「俺もこれがなければ何度でも死んでいたからな。 今後も予感には磨きを掛けていくつもりだぜ」

クリフォードさんの提案は、こう言うとき本当に頼りになる。

墓の位置はしっかり確認した。後は沼地に浮き橋でも作りたいところだが、そこまではいいか。

フォウレの里も、近々引っ越しするのだ。

沼地を抜けて、対岸からチェック。やはりこっちからは全く見える様子がない。

カラさんがぼやく。

「なるほどのう。 わかった」

「どうしたんですか、カラさん」

「この湿地帯の違和感よ。 これは恐らく、自然にできたものではない」

カラさんの話によると、恐らくこの辺り全域が何かしらの攻撃で吹き飛ばされたものなのだという。

そもそも地形的に、此処だけ水がひたひたになっているのはおかしいのだそうだ。

なるほど、それは確かに説明がつく。

フォウレの里の先祖が篭もる城を攻める攻撃は、想像以上に荒っぽかったということなのだろう。

神代の錬金術師どもに、自然を大事にする等という思考回路は存在していなかった筈だし。

下手をすると、一度森を丸ごと焼き払った可能性もある。

無言で、手をかざす。

のんびりと水浴びをしている超ド級が、背中に乗ってきた鳥を意に介せず、ゆっくりと動いている。

多数の目と触手を持つ異形だが。

使い物にならないとここに廃棄されたとしても。

この辺りを破壊し尽くした錬金術師の所業が、未だに牙を剥いているのが分かると。どうしても、あれは憎めなかった。

その後、夜にも作業がある。

進捗については、タオにレポートをまとめて貰って、あたしが験者に説明をしておいた。

デアドラさんも交えて話をしたが。

住み着いていたサメについては、やはりかと験者はぼやくのだった。

「沼地は危険な生物が前から住み着きやすかった。 多くの精鋭種拾いを失った事で、魔物の駆除が追いつかなくなった以上、当然そういった魔物も住み着いている事は想定しなければならなかったな」

「退治はしましたが、今後定期的に駆除はしてください」

「分かっている。 いつもすまないな」

験者さんは少し考えてから、言う。

ディアンは役に立てているかと。

役に立てていると即答する。

実際誰よりも勇敢だし、手傷を受けることも怖れない。今後は防御を覚える事が課題だが。それも背が伸びきる頃には解決しているだろう。

フォウレの里に戻った後は。

きっとこの里の新しい希望の星になる。

そう告げると、験者は目を細めていた。

「依頼するものがある。 この設計図の通り作ってくれるか」

「……おやすい御用ですが、これだったらすぐ作りますよ」

「そうか。 指定したらすぐに渡せるように頼みたい」

「ええ、楽勝です」

何だか分からないが、まあ良いだろう。

アトリエに戻ると、既に夕食ができていた。あたしも皆に交じって、海から水揚げされたばかりの大きな魚の各種料理に舌鼓を打つ。

ディアンは食べ終わると、フェデリーカと一緒に、パティと訓練をするようだった。

実に若々しくてみずみずしい。

その様子を見守りながら、レントは呟く。

「俺らも四年前はあんなだったのかな」

「油断するとすぐダメだった時期のザムエルさんになるよ」

「分かってる。 そうならないためにも、鍛錬を欠かしてはならないな」

今だからこそ、ザムエルさんを引き合いに出せる。昔だったら、それは逆鱗に触れることだっただろう。

風呂に入って、それで今日はここまでにする。

明日が、本番だ。

 

朝一番にアトリエを出て、全速力で現地に。

雨に邪魔されるのも面倒だし、途中で魔物の駆除で時間も取られたくは無い。だから無言で走る。

フェデリーカもかなり着いてきている。

パティに回避技だけではなくて、効率が良い走り方も指導を受けているらしい。パティは快足が売りだから、とにかくその辺りはコツを知っているのだろう。あたしも一応教えられるが。

まああたしのは、パワーと魔術増幅と体力の合わせ技なので。

あまり当てにはならないと思う。

朝二に現地に到着。

雲が出始めている。

これは一雨来るだろうな。

沼地の端にある岩山に開いた穴。それが墓所だ。この中に入る事になる。辺りの地盤はしっかりしている。

一応、全力で踏みしめながら戦えそうだ。

「いるぞ」

クリフォードさんが、穴を見て舌打ち。

この内部はそれなりの広さがあるが。それでも全力で戦うのは厳しそうだ。

カラさんが魔術を展開して内部を探る。クラウディアも。

「内部はそれなりに広いけれど、ライザが全力で暴れたら崩落しそう」

「何が潜んでいるか特定はできそう?」

「……よく分からんが、廃棄されたらしいものが山積みになっておるな。 もしも何かしらが潜んでいるなら、その中であろう。 つまりそれほど大きい輩ではない」

「それでも弱いとは限らないのが厄介でしてね……」

実際問題、「蝕みの女王」の最終形態は人間とそれほどサイズが変わらなかったが、それでもかなり強かった。

同時に不愉快極まりない奴だった。

あの被害者面は、今でもはっきりいって殺意がにえたぎる。

いずれにしても、行く。

レントを先頭に、穴の中に入る。ひんやりした空気。蒸し暑い外とは対称的だ。どういう仕組みだとボオスがぼやくが、あたしには分かった。

奧に何か冷気を出しているものがある。

ディアンが言う。

「験者様に昔聞いたんだ。 長い年月掛けて此処に戻って来たフォウレの里の民は、此処も調べ上げた。 その時から此処は墓所だったって」

「墓所か」

確かに辺りには、フォウレの里にたくさんあった機具の残骸が散らばっている。それらはフォウレの里の生命線だったものだ。

技術が信仰の対象になる。

それは別におかしな事でもなんでもないだろう。

東の地でも、ものを大事に使って行く思想や。ものに魂が宿るという思想があるらしいのだけれども。

フォウレの里でも、それと似た考えが生じたのは、決して不思議な事では無い。

ましてやフォウレの里の先祖は、負けたとは言え神代の錬金術師とやりあったのである。それを思うと、不思議な事ではないはずだ。

過去の技術は、文字通り神代のものと渡り合えるほどのものだったのだから。

さて、どこから来るか。

周囲を警戒。

最大限の注意を払う。

此処に機具を捨てに来た存在だけを襲っていたわけではないだろう。

或いは、神代鎧みたいな兵器だったら話は分からないでもないが。そういう存在が、わざわざ墓に潜んで、最近(あくまで歴史的な意味で)になって人を襲いはじめるだろうか。

どうにもそうとは思えない。

全員で円陣を組んで、奇襲に備える。

上だ。

クリフォードさんが叫ぶと同時に、レントがそれを弾き返していた。

触手か。

同時に、前後左右、全ての方向から殺気。

一度出て。

あたしが叫ぶと、全員で後退する。凄まじい数の触手が、後方にも。熱槍でまとめて焼き払う。悲鳴が上がるが、それは墓そのものを揺らしているかのようだった。

レントが殿軍になって、墓を飛び出す。

これは、まさかとは思うが。

墓があるちいさな丘が、激しく揺れる。

クーケン島をたびたび襲った地震どころじゃない。丘が、文字通り崩壊していく。その凄まじい有様に、フェデリーカが息を呑んでいた。

目。

岩肌から露出したそれには、触手に目がついていた。

それだけじゃない。

多数ある触手が、口を持っている。

こいつが墓場の襲撃者の正体か。さっきの状態からして、墓を包むようにしてエサ場にしていたんだ。

墓に入った人間は、もれなく此奴のエサだった訳だ。

凄まじい雄叫びが上がったが、あたしはむしろ気が楽だ。

幽霊の正体見たりただの草。

確かに強い魔力を感じるが、襲った相手があたし達だったのが運の尽きだ。これは勝てない相手では無い。

擬態型の捕食者の極北。

多分正体は、沼に住む魔物の極大個体だ。それが駆除をできない間に巨大化して、こうなったのだろう。

多数の触手が襲いかかってくるが、パティが前に出ると、全部まとめて一刀両断する。

魔術でシールドを張っていたようだが、この程度のシールド。今のパティの武技の前ではなんの盾にもならない。

ディアンが前に出る。

「許せねえ……里の墓を……エサ場にしやがって!」

ここは、ディアンにやらせてやるべきだと思う。

勿論、この魔物は生物として生きていただけだ。人間の墓なんて魔物にはなんの意味も関係もないのだから。

だけれども、此奴が此処まで無作為に巨大化するのを放置した人間にも責任があると言える。

だから、ディアンが始末をつけるのは、それはそれで良い事だ。

雄叫びを上げながら、突貫するディアン。

あたしは手を横に。

これはディアンの戦いだ。

皆、それを見て頷いていた。

多数の触手が、まだまだディアンに襲いかかる。その全てを、手斧で激しく乱撃して弾く。

それでも、ディアンの全身を何度も触手が叩く。

だが、抉るまでにはいたらない。

あたしが渡した装備を、上手く使って受け流している。ハイチタニウムの斬撃ですら受け流す装備なのだ。

上手く使えば、こんな三下の一撃なんて。

叫ぶと同時に、目が生えている触手を、ディアンが切りおとす。体液をばらまきながら、巨大な魔物が明かな悲鳴を上げる。逃げだそうとするが。その上にディアンは跨がると、手斧で触手を片っ端から刈り取る。

凄まじい怒りとともに振るわれる手斧は。

今まで多数のフォウレの里の戦士を殺戮し、喰らってきた魔物を容赦なく解体して行く。

全身が露わになる。

それはやはり、触手の塊のような魔物だ。

ちいさな生物なら似たようなヒドラというのがいるが、それに近いかも知れない。王都近郊の遺跡で交戦した似たような魔物とはまた生物的に別種だろうが。

ヒドラがこんなに巨大化するのも妙だから、これは神代の錬金術師がそうデザインした魔物か。

或いはまき散らした毒か何かの影響か。

いずれにしても、普通の生物ではないだろう。

ディアンの後ろ。

一際大きな触手が、大口を開けて襲いかかるが。ディアンは残像を抉らせて、跳躍。上に。そして渾身の一撃で、その触手を叩き割っていた。

弱りながらも、泥沼に戻ろうとする魔物。

普段は土の中に潜っているが、やはり本当の居場所は泥沼の中か。だったら泥沼の中にずっといれば良かったのに。

あたしが前に立ちふさがる。

それだけで、魔物は絶望の悲鳴を上げた。

全身が怒りで真っ赤に燃え上がっているディアン。

身体強化の魔力が暴発して、極限以上まで全身の性能を引き上げているのだ。

魔物の中枢に手斧の一撃が入る。

それで、ついに単純な構造の魔物も限界が来たのだろう。

触手を痙攣させていたが、それで動かなくなった。

「終わったよ。 もういい」

そう声を掛けると、ディアンは止まる。

全身から煙が上がっている。それだけ苛烈な倍率が掛かっていたということだ。

レントがディアンを抱えて降りてくる。

その間に、あたしが魔物はこんがりと焼いておく。単純構造の魔物は、こうしておかないと危ないのだ。

完全に魔物は始末した。

クリフォードさんも、大丈夫そうだと、墓の中をみて言う。

ただ、これは。

一度作り直さないといけないレベルで、損傷してしまっているが。

「ライザ姉」

「どうしたの」

限界が来たのか、倒れてしまったディアンを横にして。手当をしていると、悲しそうにディアンが言う。

やっぱり、フォウレの里が好きだったみたいだって。

あんなに反発していたのに。

いざフォウレの里の大事な墓所を荒らされているのを見たら、こんなに怒りがわき上がったって。

いつもと違う怒りで。

魔物を殺すまで止まらなかったし。多分あたしが声を掛けなければ、人間に戻れなかったかも知れないとも。

「大丈夫。 その狂戦士形態とでもいうべきものは、今後の戦いの切り札になる」

「そうなのかな」

「練習して、それを制御出来るようになったら、ディアンは戦士として更に一皮剥けると思う」

「そうか、ライザ姉がそういうなら……この力、前向きに考えて見るよ」

それでいい。

あたしは頷くと、魔物の死体をぶつ切りにして、荷車に分乗する。巨大な魔物だが、数回に分ければフォウレの里に持ち帰れるだろう。

体内からは骨だって見つかるかも知れない。

験者の骨であれば、フォウレの里でも回収して葬りたいはずだ。あたしとしても、持ち帰っておきたい。

まあ骨はまとめて吐き出して捨てているかも知れないが。この魔物が原始的な生物が巨大化している場合、食べたものを消化した後吐き出して処理する場合がある。口と肛門が一緒になっているパターンだ。まあそれは調べなければ分からない。

それに。墓をフォウレの里の人間以外が、整備する訳にもいかないだろう。魔物が破壊したことを、ディアンが証言するとして。

あたしもこの墓の修復は手伝いたい。

そこまでやって仕事だ。

あたしは、そういう意味で。仕事の手を抜くつもりはなかった。

 

3、墓と尊厳

 

験者の所に、死体を持っていく。

巨大な魔物の焼き殺された死体。フォウレの里の民がおののく中、ディアンが何があったのか説明する。

墓は此奴の口の中も同然になっていたこと。

入るや否や、四方八方から触手を伸ばして襲いかかってきたこと。

これでは正体が分からないのも当然だったことも。

墓は滅茶苦茶に荒らされていた事も。

全ての説明を聞くと、験者はそうかと、悲しげにため息をついていた。

そもそも先祖が使っていた場所だ。里から離れるのも仕方がない。そう考えて、あんな危険な墓所を使っていたのだと験者は言う。

だが、それは人を殺して良い理由にはならない。

あたしはそう言いたい。

だが、験者自身が、そう言った。

「良い機会だ。 今後、墓の位置は移動する。 魔物が全て壊してしまったのだ。 機具を返す場所は、別の場所にして、手入れもこまめに行う事にしよう」

「そもそも不信心だから魔物なんかが出るのだ!」

「魔物が出るとしても、エサになるのも運命の一つ! それ以上に信仰を大切にせねばならないのだ!」

「黙れ分からず屋!」

ディアンが好き放題言う老人に反論するが。

当然相手も引かない。

一触即発の空気になった瞬間、ドカンと里の真ん中で炸裂音がしていた。

デアドラさんが。身の丈ほどもある大斧で、地面をブチ割ったのである。

この人、こんなパワーファイターだったのか。何回か戦う所は見たが、初めてこれは見た。

恐らく普段は使わない戦闘スタイルなのだろうが。

デアドラさんは、完全に目が据わっていた。

「ディアン、続けろ」

「……分かった」

ディアンも若干青ざめている。

デアドラさんの怖さを知り尽くしているのはディアンだろう。まさかこういう意味で怖いとはあたしもちょっと想定外だったが。

この人、パワーに関しては多分レント以上だ。

アガーテ姉さんみたいな緻密な戦闘技術は持っていないだろうが、充分に互角にやりあえるだろう。

感心していると、ディアンは言う。

「験者様。 種拾いの戦士達とライザ姉と一緒に、お墓を移す作業をしたい。 許可を貰えないか」

「分かった。 好きにせよ。 ライザ殿、護衛を頼めるか」

「承りました。 それより、良いんですか」

苦笑い。

老人達が完全に萎縮している。

これはデアドラさんが、この村を実質上裏から仕切っているから、とみて良いのだろうか。良いのだろう。

いずれにしても、これは怖さを見せつける方法の一つだ。

それに、デアドラさんもいい加減腹に据えかねていたのだろう。カチキレるのもよく分かる。

「じゃあ、種拾いのみんな、来てくれ。 墓までの道は、魔物に待ち伏せもされて安全じゃなかった。 そもそも、彼処を墓にするのはもう無理だったんだ」

「確かにこんな……巨大マンドレイクに勝るとも劣らない奴が住み着いていたんじゃ、死にに行くようなものだ」

「俺の兄弟も此奴に……」

「何処かに亡骸の一部くらいあるかも知れない。 後で調べて見よう」

あたしは引率を担当。

死体は残った里の人間が捌いて調べるそうだ。

沼地を護衛しながら行く。戦闘経験はある種拾いの戦士達だが、度重なる凶事でベテランが多く戦死して、力は落ちている。

いずれあの墓場には、死ぬために行く事になっていたのだろう。

それは論外だ。

墓は人の行き着く先ではあるけれど。

それは死にに行く場所ではない。

人を弔う場所ではあるけれども。

そこで死ぬための場所では無いのだ。どんな立派な信仰でも、命を捨てさせるのはそれは明快に悪習である。

現地に到着。

あの魔物はほとんどディアン一人で倒したという話をすると、戦闘跡を見て誰もが青ざめる。これほどの戦士に成長していたのかと、驚いているのだろう。この世界には、図抜けた力を持つ戦士がいるが、ディアンもそうなりつつある。

一方で、触手をなで切りにしたとパティをディアンが褒めて。パティはそのくらいしか手伝っていませんと謙遜。

素直に自分だけが戦ったんじゃないと口に出来るディアンは素直だし、立派だ。何があっても非を認められないような輩より余程優れている。

ともかく、雨が来ると面倒だ。

荷車に分乗して、墓の跡地を運び出していく。

移設先は新しく里を作る空き地の側だ。これについては以前見つけた場所で、墓を作るのにも丁度良い。

先祖だって、こんな有様で放置されるよりも。

運び出して貰った方が嬉しいはずだ。ましてや、里の側だったら、子孫を見守る事も出来るだろう。

少なくともあたしだったら、その方が嬉しい。

何往復かいるな。

そう思いながら、淡々と作業。雨が来るとカラさんが予告して、さっさと森に逃げ込む。滝のようなスコールをやり過ごしてから、森を抜ける。凄まじい雨には、魔物さえ閉口して、動こうとしない。

里の側で、運び出したよく分からないものを引き渡す。

老人達ももう流石に文句を言う気にはなれないのだろう。

験者も決めたことだ。

後は淡々と作業をする。捨てられた機具も、直せば使えそうなのだが。これらは、ここで眠らせてしまう方が良いのかも知れない。

新しい墓は、空き地の側に塚を作って、その中にするようだ。新しい里のすぐ側だし、流石に魔物が入り込まないようにしっかり見張ることができるだろう。墓を作るのは、あたしも協力する。

土木作業の類は得意だ。

セリさんも、辺りの地盤を固めるために、適した植物を出して生やしてくれる。

あたしは道路用の建築用接着剤を使い、土木作業の後は墓に入る入口周りを丁寧に固めて置く。

ある程度作業が一段落した所で、もとの墓に戻る。

まだまだ回収しなければならないものはたくさんあるのだから。

往復しながら、ディアンが言う。

「験者様にさっき許可を貰ってる。 機具の一つの金属は、ライザ姉に提供しても良いって話だ」

「でも、あれって祖先の魂が篭もった物扱いじゃないの」

「験者様に聞いたんだけれど、秘伝として作り方を伝えているうちに、一部の技術は失われてしまったんだ」

「ああ、そういう」

つまりその後、工夫を重ねて何から何までやったというわけだ。それは確かに、先祖の魂なんか入っていない。

というか、それが優れた金属になっているのだとすると。

先祖以上のものを、偶然作り出せたことになる。

ただ、製法は教えられないという。

別にかまわない。

それはフォウレにとっての中核技術だ。解析すれば分かってしまうだろうが、それについてどうこういうつもりもない。

古い墓から、遺物を運び出していく。

骨を見つけた。

此処で力尽きた人らしい。かなり古いものだ。

あの魔物に食われた訳では無いな。骨の状態を見る限り、もっとずっと古い骨である。フォウレの里にある普通の墓所に葬ると種拾いの戦士達は言う。それがいいと思う。家の近くで眠る方が、この骨の人も嬉しいだろう。

墓が崩れかけているので、セリさんが植物魔術で補強。

暗くても平気な覇王樹で柱を、枝を張り巡らせて天井を。外にも多数の植物を生やして地盤を補強。

崩落が起きないようにする。

ただし、その過程でセリさんは手一杯になる。

凄い植物魔術を見て、種拾いの戦士達も息を呑み。そそくさと作業を進めていく。レントが言われた通り、大きな遺物を運んで行くのを横目に、あたしは墓を観察して行く。

魔物のエサ場にされていただけあって、酷い有様だけれども。

ただ、何もかもが荒らされ尽くしていた訳でもない。

奥の方には祭壇がある。

元は此処で何かしらの儀式を行っていたんだろう。

タオを呼んで見てもらう。

タオも同じように墓を見て分析していたのだが。祭壇を見て、書かれている文字が知らないものだと即答していた。

「城で見た文字とも違うねこれは」

「ああ、それは儀式の時なんかに使われる文字なんだよ。 神々の言葉なんて言われてるが、それ以上は分からない」

「混沌の時代のものかな」

「そうかも知れないね。 神代の前の「冬」で、多分人間の文化はあらかた失われてしまったのだと思う。 旅の人が復興を進める中で、僅かだけ文化が残ったのだとすると……」

多分この文字の意味は。

フォウレの里の人にも、分からないのだろう。

祭壇も土台ごと取り外して持ち帰る。新しい墓の前で、験者さんの許可を得て、祭壇は綺麗に作り直す。

石造りの祭壇だから、錬金釜に入れて、再構築がてらに補修してしまえばそれでおしまいである。

文字はすり減っているが、そのまま残しておく。

なお、作業前にちゃっかりタオが写しを取っていた。この辺りは、本当に色々ちゃっかりしている。

大きめの長い石と、丸い石を二つ重ねて作った素朴な祭壇だ。

直すのは難しく無く、ぴかぴかになったのを見て験者も喜んでいた。

「やはり神の御技だな」

「いいえ、錬金術です。 壊れにくくなるように手を入れましょうか」

「いや、これで充分だ。 これで寿命も延びたのだ。 この後壊れるようであったら、それは後の世代のフォウレの里の民の責任だ」

「魔物に壊されなくて良かった。 俺は里の因習は大嫌いだったけど、これはなんか、そういう言葉でひとくくりにされていいものじゃないと思う」

ディアンが呟く。

確かにそれはそうだ。

神代の錬金術師の侵攻から命がけで守ったものなのだ。

刻まれている文字には、意味がある可能性が高い。

何かしら、重要な言葉などは伝わっていないかと聞くタオ。験者は、少しだけ考え込んでから、小声で伝えていた。

タオは頷くと、それもメモを取る。

祭壇に刻まれているのと、同じ意味である可能性が高いからだろう。解読を行う時に、役立つかも知れない。

この様子だと、世界で共通している言葉は、旅の人が広めたものだと考えて良さそうである。

ただしそれも一旦共通言語が広まったあと、何かしらの理由で派生の言葉ができていったのだろう。

それが神代の言葉と今の言葉。

それまでにもあった言葉。

それで、会話が難しく無いのも説明できる。

そういう観点だと、この祭壇に書かれていた言葉が、「冬」以前のものだとすれば。これ以上もないほどの、考古学的価値があることになる。

コレ一つで論文を書けそうだと、タオは嬉しそうにしていた。

また古い墓に出向く。

雑多なものも、全て回収する。

隅々まで調べると、やはり魔物に破壊された痕跡がどうしてもある。そして。

あっと、種拾いの一人が声を上げた。

其処にあったのは、間違いない。

魔物の糞だ。

此処をエサ場にしていたあの魔物が、食った物を吐き出すタイプの原始的生物が巨大化したものだったらという仮説を立てたが。

それは当たっていたことになる。

糞は巨大で、四抱えもあり。

明らかに、人骨を多数含んでいるのが分かった。

黙祷する。

それから崩して、まとめて持ち帰る。

髪の毛や、装飾品の残骸などの遺品も明らかにあったし。骨もかなり綺麗な形で残っていた。

ある程度死を覚悟してここに来ていただろうけれども。

それはそれで悲しい。

ディアンが、あっと汚れきった髪飾りを見て叫ぶ。

そして、拳を固めて俯いていた。

以前、口にしていた此処で死んだ人のものかもしれない。

だとすれば、あたしには何も言う事は出来ない。

カラさんが、外に運ぶように指示。あたしも頷くと、外に糞の山を運び出して、戦場の魔術を使う。

カラさんが水魔術を用い。

あたしが消毒する。

その過程で汚物は全て落としてしまう。運ぶ際には、大きめのシートを用いて、それでまとめて運び出した。

一気に洗浄しきると、其処には多量の骨と遺品が残った。

これは、里に連れて帰ろう。

あの魔物だって、ただエサを食べていただけに過ぎない。神代の錬金術師のような悪意を持って全てを奪っていたわけじゃない。

原始的な生物ならなおさらだ。

わかり合えない相手だが、ただそれだけ。

あたしは、憎む気にはもうなれなかった。

殺されて、殺して。それでおしまいだ。

大量の遺骨と遺品を、フォウレに持ち帰る。他の魔物のものらしい骨もあったが、それをわざわざ分けるのも難しい。

途中でクリフォードさんが奇襲を察知。

大人数で動いているのを見て、仕掛ける好機と判断したのかも知れない。沼地から、巨大なワニが躍りかかってきたが。

ディアンが無言で口を掴むと、鋭い叫び声とともに放り投げていた。

これは、腕力という観点でも一皮剥けたか。

レントと同等くらいまで、腕力を上げてきたかも知れない。

色々あって吹っ切れたのもあるが、それ以上に魔術での身体強化のコツを掴んだのかも知れない。

あの狂戦士形態の部分的な使用というか。

コツを掴んだのなら、今後とても頼りになりそうだ。

「一昨日来いドアホ!」

遠くでドボンと水に落ちたワニは、大慌てで逃げていく。種拾いの戦士達は、みんな感心していた。

これは次の験者はデアドラではなくてディアンか。

そんな声もあった。

だけれども、ディアンは何も言わない。

旅をすればするほど、ディアンは成長している。そんな考えは、持ちたくないのかも知れなかった。

 

大量の遺骨を荼毘に付す。

何代ぶんかの験者や、その護衛として墓に出向いた種拾いの戦士のものもある。フォウレの里の最大級の葬儀を行い、一晩中何かしらの儀式をしていた。

あたしは基本的に加わるつもりは無い。

ディアンは加わるらしいので、好きにさせる。

タオとクリフォードさん、アンペルさんには資料の解読を進めてもらい。あたしは約束通り貰った金属を調査に掛かっていた。

クラウディアが黙々と料理を作り、パティとフェデリーカが手伝っている。

流石に人の死は見慣れたけれど。

それでも、あの末路は色々思うところもあった。

密林で、強大な魔物がたくさんいて。その中で暮らしているのだ。

どんだけ悲惨な死に方をしても不思議では無い。

それでも、人間としての尊厳を微塵も感じさせない死に方を見てしまうと。やはり考えてしまう。

「ライザ、分かりそうか」

「うん。 これは本当に偶然で生じた金属なんだ」

ボオスに答える。

解析してみて分かったのは、こんな組み合わせもあるんだなという驚きの結果だった。

使っている金属は、どれもその辺にあるものばかりだ。

それが比率をこの金属のようにして混ぜ合わせ。

更に一定の熱で焼成すると、とんでもない硬度と何より柔軟性を持つ。これこそ、求めていた素材だ。

古い機具に使われていた中核部品も硬度が高かったようだが、それとは別方向で優れた金属だ。

それの発展型と言うべきか。

いずれにしても、フォウレの里の民は。この点だけは先祖を超えたのである。

それについては、ディアンには話しておくつもりだ。

後にディアンが験者になった時に、それを里の皆に話せば良い。

見た所、恐らくはディアンは次の種拾いの長だ。次の験者はデアドラさんとみて良いだろう。

実際デアドラさんの手腕は凄まじく。

あれだけ五月蠅く騒いでいた老人共が。デアドラさんが怒った瞬間ぴたりと黙り込んだほどだ。

験者の適性は、今の験者より上かも知れない。

ちょっと私生活がだらしないらしいが、そんなものは周囲の人が支えれば良いだけの事である。

いずれにしても、この金属は素晴らしい。

明日には実験ができるとみて良いだろう。

鍵の更なる強化。

それによって、恐らく空間を渡ることだけではない。世界を渡ることが可能になるはずである。

最後に必要なのは座標。

奴らの、神代の本拠地に関する座標だ。

何処かしらにそれを残していないとは思えない。オーリムで敗れ去った神代の連中は、当然あの自然門からいけないように本拠の座標を変えたはずだが。

それでも、何処かしらにヒントを残しているはず。

或いはだが。

ウィンドルに、フィルフサに占拠されている遺跡があったということだが、其処が有望かも知れない。

幸いなことに、此処からウィンドルはすぐに向かう事が可能である。

調査ついでに、ウィンドルからこっちへ門を開いてみて。

それで全てのアトリエを、自在に行き来できるように出来るかもしれなかった。

自分でも、機具の金属を再現する。

知ってしまえば再現は難しくは無い。

ディアンが戻って来た。あたしが早速金属を再現して、それをインゴットにして加工しているのを見て。だが驚かなかった。

「ライザ姉は流石だなあ。 もう再現してる」

「技術ってものは、殆どの場合理解してしまえば再現は難しく無いんだよ。 難しいのは、新しく作り出す事なんだ」

「だからどこでも秘伝は隠すんだ」

「そうか。 タオさんも凄いな。 俺みたいに感覚でしかわからない事を、ちゃんと分かりやすく説明してくれる」

ディアンは座ると、夕食に混ざる。

あたしもそろそろ混ざるか。

ただ、鍵のコーティングまでやるのが先だ。

その作業は、別に難しくもない。これで粘性を持った上に、強度まで持った鍵が完成である。

素晴らしい。

試すのは、ウィンドルのアトリエでだ。

夕食に混ざる。

今日はごちそうということで、羊の肉を贅沢に使っている。がつがつと食べていると、クラウディアが嬉しそうである。

美味しく食べてくれれば、それで満足と言う奴だ。

「ライザ、それで上手く行きそう?」

「うん、問題なし。 次はウィンドルで、鍵の実験をする。 後は座標だけれど……」

「座標についてはやっぱりまだデータが欲しい。 一つの数字は解明できた。 あと一つがまだ不確定なんだ」

「確かに、海底とかに門ができたら、とんでもないことになるからな」

クリフォードさんが言う。

その通りだ。

こればかりは、慎重を期さないといけない。

順番に、残りの課題を説明する。

ウィンドルで門の試験。世界を渡ることが可能になったか、確認をする。

続いて座標の収集。ウィンドル周辺のフィルフサの群れはだいぶ減らしたが、それでもまだまだいる。

それらを一度駆逐し尽くしたい。

幸い長年の奏波氏族との戦いで、どのフィルフサの群れも弱体化している。その上、ウィンドルは自然に雨も降る。

フィルフサが全力でパフォーマンスを発揮できない理由だ。

そして駆逐した後、各地の座標を収集する。

グリムドルでも座標は集めたが、ウィンドルでも集める事で、更に有用なデータになるだろう。

最後の目標は、奴らの根拠地の場所についての確認だ。

クーケン島近郊の群島の奧の宮殿。彼処にある門に鍵を差せば解決、くらいの問題であれば楽だったのだが。

そうも行かないだろうな。

神代が終わってから何度も何度も彼処には錬金術師が来た。直近ではアンペルさんと因縁のあるエミルだが。

そのエミルにしても、恐らく奴らの根拠地には到達出来なかったはずだ。

だが、全員が到達出来なかったのだろうか。

神代から古代クリント王国が統一を果たすまでの戦乱で、多くの知識や技術が失われていった。

これは神代鎧の劣化コピーである幽霊鎧が、時代を降る度に性能が落ちていくのを見ても明らかだ。

だから古代クリント王国の錬金術師共は模倣に躍起になったようだし。

群島にも来た。

笑止なことに攻略はできなかったようだが。

逆に言うと割拠の時代を勝ち残った集団であっても、既に攻略が出来ない程に、知識が失われていたと言うことだ。

「恐らく、神代の連中は研究施設をまだまだ残してる。 それらから情報を集めたい。 一つはフィルフサが住み着いているらしい遺跡。 何の理由もなく、フィルフサが占拠しているとは思えない」

「それはその通りだな」

「確か蝕みの女王も、古代クリント王国の研究施設を占拠していたよね。 あれは古代クリント王国の錬金術師達が命令したことが、歪んで伝わった結果かも知れない。 劣化品の狂気の源泉は上手く働かなかったみたいだし」

「神代の錬金術師が同じ事をしたとすれば、フィルフサは重要施設の番犬となっている可能性が高い。 それも遺跡に篭もっていると言う事は攻城戦だ。 厄介だよ」

当然だが、神代鎧が出てくる可能性もある。

神代鎧を作る錬金術師達は格下扱いされていたようだが、だから逆に使い捨ての雑兵として神代鎧の配備が進んでいた可能性もある。

非常にそれはまずい。

今でも彼奴らは極めて手強い。

世界を更地にするのには適していないかも知れないが。あの神代鎧は、兵器としては傑作である。間違いなく。

今のあたし達でも、毎度手傷を負わされるのだから。

レントがばんと、胸の前で手を合わせる。

「いずれにしても、ウィンドルでの戦いが山場になりそうだな」

「少しは楽に行くと良いんだが」

「今更だ、腹くくれ」

「分かっている」

ぼやくボオスに、レントがそう言う。

フェデリーカが挙手。

一つ、確認したい事があるという。

「ええと、それで。 もしも神代の錬金術師が生きていたとして、そのいる場所に辿りついたら……」

「皆殺し」

「は、はい」

「錬金術師はね」

千年姿を見せていない連中だが、この様子だと性根なんて変わっているはずがない。全員蹴り砕いて塵芥に帰す。

ただ、錬金術師以外の子供やらは別に手を出す気はない。

「奴らの作った腐った宮殿も全て焼き払う。 以上」

「私も、正直許せないとはずっと思っています。 でも、ライザさん、凄くこの件になると怖いですね」

「そうだね。 あたしもまだまだ正義感は強いらしい。 実際連中の凶行には、ハラワタが煮えくりかえる」

「それは僕も同じかな。 学者として神代のあり方は絶対に許せない」

タオも同意か。

まあ、全員に同意して貰わなくても別に良い。

ただ、許さないのは許さない。

二つの世界を滅茶苦茶にしたけじめは、取って貰う。ただそれだけの話である。

「正直な。 俺はロマンを求めて各地の遺跡を冒険しているんだが、神代の遺跡には色々と思うところが多いんだ。 本当に彼奴ら、自分達以外の存在を人間と思っていないし、命を弄ぶ事をなんともおもわねえ。 だから、俺は積極的に皆殺しにしようとは思わないが、それでもライザを止める気はねえな」

クリフォードさんもそんな風に言う。

パティは、咳払いする。

「神代のやり方は統治者としてはやってはいけないことの見本ですね。 私は反面教師にさせて貰うだけです。 今後アーベルハイムが主軸になってロテスヴァッサを統治していく以上、この旅で見た神代の悪行の限りとその結果は、末代まで語り継ぐつもりです」

「……」

フェデリーカが黙り込む。

クラウディアが、助け船を出した。

「何かしら言いたいことがあるならいってみて。 此処にいるみなは、わいわい囃し立てたりはしないわ」

「……。 私は、単純に技術だけは興味があります。 それを作り出した人達が、極悪人というのも生やさしい存在だったとしても」

「それはあたしも同じだよ」

そうですかと、フェデリーカはちょっとだけ安心したように言った。

とりあえず、これで方針の確認は終わりだ。

皆、早めに休んで貰う。

フォウレの里は、これで一段落がついた。後は、ウィンドルでの調査をする。

そしてそれでもどうにもならなかったら、最終的にクーケン島の群島で調査をして。それで活路を探す。

それでもダメだったら、資料の見直しかな。

いずれにしても、奴らは「正解」を絶対に残しているはずだ。

そういう連中だからだ。

そして「正解」に辿りついた錬金術師が。「奴らの仲間に加えていただいた」可能性は極めて低いとあたしは考えている。

そもそも自分達以外は劣等血統なんて言って、人間と見なしていないような連中である。

神代鎧があれだけ優れた兵器であるのに、地位が低い錬金術師が作ったという理由で、その価値を低く見積もっていたようなやつばらだ。

それが、今更野から出て来た錬金術師を厚遇したり、まさか自分達の席に加える筈がない。

良くて新しい技術を持っていたら搾取して殺す。

悪ければ、余計な可能性を秘めている相手は早めに芽を摘むためにその場で殺す。

要するに、招かれた錬金術師は鏖殺されてしまっているだろう。神と崇拝していた相手に。

悲しい話だが。

いや、そうともいえないが。

クーケン島で残されていた手記を見る限り、どいつもこいつも神代の錬金術師と大差ない連中だった。

ああなっては、いけないのだ。

ベッドで横になって、明日からの具体的な行動案を幾つか考えておく。ウィンドルの奏波氏族との連携は必須だ。

フィルフサの群れは相互連携しない。

勿論その存在目的が目的だから、互いにつぶし合うようなこともないだろうが。

いずれにしても、総力を挙げて王種を一体ずつ討ち取り、その戦力を削って行くことが肝要だ。

最初に遺跡を攻めるか。

いや。まずは安全確保からだろう。ウィンドル周辺のフィルフサの群れの内、居場所がわかりやすい連中から叩き潰し。

それが終わってから、強力な群れを粉砕しに行く。

確か遺跡にいる奴らの他、西にちょっと所在が分からない群れがあると聞く。研究所があって、それを守っている群れかも知れない。

まあいい。

全て叩き潰せばいいだけのことだ。

寝る事にする。

夢は、見なかった。

 

4、決戦までに

 

翌日すぐにウィンドルに向かおうかと思ったのだが、朝にアンペルさんから待ったが掛かった。

見つかった書類の中に、ちょっと看過できないものがあるという。

分析に一日欲しい。

そう言われた。

それもタオとクリフォードさんの手も借りたいらしい。そうなると、ウィンドルに出向くのは良いとして。

全戦力で対フィルフサはいきなりは無理か。

それに、ウィンドルに出向いて、いきなりフィルフサとの戦闘になる可能性も否定はできない。

そこであたしは、折衷案を出す。

「それでは、まずはウィンドルに出向いて、それで世界間の門を開けられるかの試験をしましょう」

「続けてくれ」

「まずウィンドルに出向いて、フィルフサの攻勢などが起きていないかを確認し、奏波氏族のみなさんの無事が確認出来次第、あたしは門を開くこと、アンペルさんは解読作業に全力を注いでください」

「なるほど、確かにそれが良さそうだな」

アンペルさんも納得してくれる。

しかし、笑顔でクラウディアも挙手。

「ライザ、ごめん。 ちょっとバレンツの方で、幾つか処理しないといけない案件ができてて」

「それ急ぎ?」

「急ぎ」

「音魔術の使い手がいないと、周囲の探知能力が落ちるのう」

カラさんが嘆息。

じゃあ、仕方がないか。

分かった、やむを得ない。

「了解、一日出立は遅らせよう。 その間に色々やっておく事を、各自処理しておくようにお願いね」

「それはいいが、此方は調査を始めると確定で数日はかかるぞ」

「そんなに重要度が高いんですか」

「高いな。 何しろパスワードについてのマニュアルだ」

今まで神代の遺跡はどこもガバガバセキュリティだったが、流石に本拠はそうもいかないらしい。

つまるところ、座標を探し当てても、パスワードがわからないと弾かれる可能性があるわけか。

それは確かにありそうだ。

そもそもオーレン族に敗れて、一度敗走しているのである。

そうなると、一日だけ出立は待つとして、ウィンドルでしばらく待ちぼうけを食うことになるか。

ただ、一日だけだ出立を遅らせるのは。

ウィンドルの奏波氏族がそうそうフィルフサに遅れを取るとは思えない。全員リラさんに近い実力者なのだ。

だが、それでも絶対は無いのだから。

「それと、僕の方でもちょっと興味深い資料を見つけているんだ」

「タオもか。 どういう資料?」

「うん。 実はね、その座標図。 完成すると、ひょっとすると現在存在する門全てを表示できるかも知れない」

「!」

それは、大きい。

今までの座標データに加え、全ての門が表示された場合。

当然、奴らの本拠の門を特定出来る可能性が更に高まる。

座標が分かってもかなり賭けになる可能性があったのだが。これは失敗の可能性を減らせる。

分かった。

ならば、やむを得ないだろう。

「いいよ、仕方がない。 ごめんねカラさん。 戻るの一日遅れる」

「いや、かまわぬ。 今までの旅、充分堪能しておる。 ウィンドルの皆に持ち帰る土産も土産話も多いでな」

「たのしんでますね」

「この年でも、まだ新鮮な楽しみを得られるとは思っておらんかったわ。 それに、我等の怒りを理解してくれて助かる」

そうだな。

あたしの怒りは、カラさんのそれと同調しているかも知れない。

オーレン族にとっては、世界を丸ごと滅ぼした不倶戴天の相手だ。

あたし達にとってもあらゆる災厄の根元だ。

それに、旅の人の話が紅蓮の主観抜きに全て本当だったとすると。

その邪悪は、人間として看過できるものをとっくに越えている。

「じゃ、解散。 各自、それぞれ好きなように過ごして」

「ライザ姉、実は立ち会ってほしい事があるんだ」

「うん?」

「験者様に呼ばれてる。 他に誰か立ち会ってくれないか」

ディアンも用事があったのか。

だったら言えば良かったのに。

変な所で遠慮を覚えるというのは、良くないと思うが。いずれにしても、用事はだいたい分かっている。

「分かった、出向くよ」

「それなら私も行きます」

パティが挙手。

戦士として、フォウレの里の民にもパティの手腕は知られている。ディアンとフェデリーカがが稽古をつけて貰っているのを見て、他の種拾いの戦士もそれに加わっていたらしい。

それにパティは、今後女王……かは分からないが、指導者になる立場だ。

残念ながらいきなりタオが言うような民主制なんて無理だろうし、当面はアーベルハイムが指導者になるはず。

ヴォルカーさんの後を継ぐのは現時点でパティしかいない。

指導者候補としては、今のうちにやっておくべき事は幾らでもあるだろう。

経験を積むのもその一つ。

パティは、恐らくディアンの用事について、勘付いていると見て良かった。

さて、行くか。

ディアンも多分、いい用事である事は分かっているのだろう。心なしか、うきうきしているように見えた。

微笑ましくもあるが。

同時に勝ち取った正当な喜びでもある。

フォウレの周辺にあった問題は、あらかた片付いた。簡単な問題ばかりではなかったが。此処でも根本的な問題は片付いたのだ。

フォウレの里も、竜風の直撃を受けない場所への引っ越しが、始まろうとしている。

先祖の墓ですら引っ越したのだ。

流石に老人達ももう拒まないだろう。

フォウレの里の未来は明るいのだ。その代表が、ディアンと言っても良かった。

 

(続)