ネメドに迫る危機

 

序、後始末

 

東の地でやるべき事は、終わりつつある。遺跡から回収した資料を全て丸根砦のアトリエに運び込み、それらを門で小妖精の森のアトリエに移送する。

彼方は改装して大きくする予定だが、それはそれとして、どんな愚かしい本であっても資料として回収は必要だ。

それ以外にも、テクノロジーも回収した後、遺跡は破壊して埋めてしまう。

山の中の遺跡だ。

後は、内部構造を崩してやれば、全て勝手に埋まる。

二度の往復の過程で魔物も襲ってきたが、明らかに前と違って統制が取れていない。僅かな規模での襲撃だったり、或いは動物としての奇襲だったり。

少なくとも、軍勢としての攻撃では無かった。

あたしは帰路も守りを堅めながら、魔物への対策はしっかりやる。

まだあの超ド級の幼体である子鬼が各地にいて、それは放置しておけばいずれは強大な存在に育つのだ。

人間に対する殺意だけで動いているような生物兵器である。

同居は出来ないし、倒すしかない。

見かけ次第屠ったが、流石に東の地全土にいる子鬼を倒しきるのは不可能だ。後は侍衆と忍び衆に任せるしかない。

なんとか資料の運び出しを終えて。そして爆弾で遺跡を崩落させる。

これで、此処から何度となく東の地を襲っていたベヒィモスや、それと同格の超ド級以上の魔物達は死んだ。

やっと死ねたというべきか。

体力が極めて少なく、ロクに移動も出来ず。この地の人間を殲滅する目的で作ったのだろうけれども。

実際にはただの試作品として、命を弄ばれただけの魔物。

勿論、たくさんの人を踏みにじった以上、許すことは出来ない。

ただ、この死によって。

禊ぎにはなった筈だ。

以降、遺跡とともに滅びた超ド級に対する怒りは向けない。

その怒りは、命を弄んだ挙げ句に殺戮を千数百年も続けさせた神代の錬金術師どもに向ける。

それでいい。

アトリエに大量の資料を運び込み、小妖精の森に移動させる。どこにこんな膨大な資料が消えているのかと不審がる侍もいたが。

みな、あたし達の決戦での活躍を見ている。

だから、それに対して疑念を持っても、追求は誰もしてこなかった。強い戦士は無条件で尊敬されるこの地だから、余計な手間は省けたと言うべきだろう。

全ての回収作業が終わった後、征夷大将軍に報告に行く。

事前にあやめさんが報告をしてくれていたので、説明は最小限で済む。タオについてきてもらったのは、技術的な話が出た場合の応対が必要だからだ。クリフォードさんとアンペルさんは、既に小妖精の森のアトリエでの解読作業に全力投球してもらっている状態である。

謁見して、話をする。

最初に感謝の言葉を貰った。

あたしも礼をしてそれを受ける。

切れ者ではあっても、冷酷では無い。

そういう立派な指導者だということだ。

「ライザリンどのは、役割を果たしたということなのだな」

「はい。 東の地には、今後あたしが作った物資を支援することで、関わろうと思っています。 薬品などは是非あたしの親友であるクラウディアの麾下にあるバレンツにご注文ください」

「ありがたし。 まさに神薬といえる効能であったのは、余も見ている。 以降も頼りにさせてもらうぞ」

軽く話をする。

この地に「夷」が設置した、鬼を育て増やす装置の事。

それらから、この地にはおぞましい数の鬼が溢れていたこと。

元を潰した事で、もう増える事はないこと。

ただし、子鬼は今後放置しておけば、大鬼になること。

それらはもうあやめさんから報告が行っているはずだが、それでも知っておいてもらう必要がある。

征夷大将軍は、それらについては理解した、と答えてくれる。

話が早くて助かる。

「以降、各地で潜伏している子鬼を倒しきれば、この地は夷の脅威からついに解放されるということだな」

「はい。 その後は、戦士を減らすなり別の街と交流をするなり、ご自由になさるとよろしいかと思います」

「そうだな。 この地の戦士は、余程の事がないと故郷を離れられなかった。 今後は、それもなくなるであろう」

「良い事だと思います」

退出する。

後は、餞別を貰った。

ある程度の黄金。

これについては、正当な報酬だから貰っておけとボオスに言われた。まあお金なんて、そんなに持ち歩くつもりは無いのだけれども。突っぱねる訳にもいかない。あくまで誠意として受けておく。

それと、これが貴重だったのだが、この地の特産である美しい絹糸を貰う。

これは強度はともかくきめ細かく、非常に美しい布だ。

錬金術で解析すれば、見かけがずっと良い服を作れるかも知れない。絹糸の作り方は秘密だと言われたが。

勿論秘密を暴くつもりはなかった。

反物も貰ったが、文字通り生地が透けるようだ。

なるほど、巫女や陰陽師がかなり美しい服を着ていると思ったのだが、これを利用しているのか。

これほど薄くても強度はしっかりしている。

つまり魔術媒体として、これは活用出来るかもしれない。

有り難くいただくことにする。

また衣服を強化出来れば、生存性も継戦力も上がるだろう。ちなみに綺麗な服に仕立てて着ることに、あまり興味は感じなかった。

退出後、丸根砦にあるアトリエに鍵を掛ける。タオとも一旦此処で別れる。

これから調査がある。

三人には、まだ解析が終わっていない書物も含めて、解析を進めて貰う事になる。ちなみに座標については、海上で定期的に回収してくれとだけ言われている。まあ、あたしが作った道具だし。言われた通りにやるだけだ。

実際問題、海上では任意に回収は難しいだろう。

タオがわざわざいなくても別に問題は無い。

船は良いタイミングで来てくれていたので、クラウディアに交渉を頼んで、乗せて貰う事にする。

東の地の坂井を経由してサルドニカに材木や人員、僅かな絹を運んでいる商船であるらしく。

幾つかの商家が乗っていた。

バレンツの人員が乗ると言うと、でっぷり太った船長が露骨に腰が低くなったので、ディアンがげんなりしたようだ。

「ああいう地位が高い人間に媚を売るオッサンは俺はすかねえ」

「気持ちはわかる」

ただ、そういうおじさんでも出来る人は出来る。

ボオスが気まずそうに視線を逸らしたが。まあボオスの父さんであるモリッツさんだってそういう一人だ。

船に荷物を詰め込む。

多くの侍が、迎えに出てくれていた。

「ライザリン殿! おかげで手を取り戻した! 10年ぶりに両手で戦えるようになりもうした!」

「子鬼共の残党は我等で片付け申す! いつか夢にまで見た平和な二條を実現してみせようぞ!」

「ありがたやありがたや!」

「鬼神、いや不動明王の権化ライザリン殿が行かれる! 法螺にてお送りいたせ!」

凄い音で送ってくれる。

見ると二抱えもある巨大なホラ貝だ。

あれだと肺活量も凄まじいだろう。抱えている戦士は、侍では無い専門の人員かも知れない。

船上の、他の船員が驚いたように見ている。

あたしは手を振り返しながら、パティに聞く。

「えっと、鬼神はなんとなく分かるんだけれど、不動明王ってなに?」

「この地に伝わる戦いの神らしいですよ。 恐ろしい形相をして悪は許しませんが、誰よりも弱者に優しく困っている者を救う神なのだとか。 元がどういう信仰の神だかは分からないのだと、タオさんが言っていました」

「そっか。 褒め言葉として受けて良さそうだね」

船は、東の地を離れる。

こうして、東の地での冒険は終わりだ。後は油断しないように、船上で次の目的地であるフォウレを目指さないといけない。

 

移動中に、ディアンとリラさんを交えて、フォウレについて聞いておく。

もうフォウレの里については特に聞くこともない。ネメドの森もしっかり調査してきたし。

問題は他に色々ある。

まずは里の引っ越しについてだ。

フォウレの里は、そう遠くない未来に「竜風」の直撃を受ける事になる。その正体が、世界を渡るエンシェントドラゴンが巻き起こす力の余波で。本来はフィーの同族がそれを緩和できていたから問題にはならなかった。

今はそれができないから、災害になる。

フィーの同族が見つかれば良いのだけれども。

あれだけまとめて惨殺された跡をあたしも見ている。だから、望みは薄いだろうなと思う。

フィーは賢いという点では優れているし、パティを抱えて浮くくらいのパワーもある。エサも魔力だけでいいし、ドラゴンの魔力を定期的に補給できればほぼ何もいらない。

見かけよりずっと強力な生物だが。

それでもやっぱり、今のオーリムの環境で生きていくのはかなり無理があるだろう。

ともかく、幾度か会議をしておく。

「港から西に行って、更に北に行くと遺跡があるとアンペルが言っていた。 かなり古いものであるらしく、恐らくは神代のものであろうとな」

「ふむ、前回は足を運べなかった辺りですね。 今回で踏破してしまいましょう」

「それって禁足地の奴だよな。 ドラゴンが出るって聞くぜ」

「ドラゴンか……」

超ド級と何度も戦って来た今だが、エンシェントドラゴンや精霊王といった強豪との戦闘経験は実は無い。

今まであたし達が戦闘をして来た相手は多くが生物兵器だ。

ドラゴンと言えば、操られていた古城で戦った奴だが、あれはドラゴンとしてはかなり小型の個体だった筈。それでもあれだけ強かった訳だが。

また、亜種としてのバシリスクとは数度戦闘している。

バシリスクは能力こそ厄介だが、今なら勝てない相手では無い。

問題はエンシェントドラゴンの場合だ。

何らかの理由でエンシェントドラゴンが敵になった場合は、今でも油断出来ないだろう。

更に言えば、あの王都近郊でやりあったフィルフサの王種は、エンシェントドラゴンの性質を引き継いでいた可能性が高い。

あいつなみの実力で、理性も失っていない。

そう考えると、今からげっそりする。

とにかく、敵対しないことを祈るしかないが。

問題は、神代がドラゴンを生体兵器化していた場合。

かなりの高確率でやっているだろうとあたしは見ている。そもそも連中は、ドラゴンの生態を研究して、門を開発したのだ。その過程でドラゴンを捕獲しているだろうし、なんなら他の生物兵器同様に、要素を組み込んでいてもおかしくはないのだ。

「ところで、船は殆ど揺れないな」

「何よレント。 急に」

「いや、来る途中の大荒れの海がまた来たらと思ってな。 あれも、あの遺跡によるものだったのか」

「なんともね。 多くの魔物を操って、組織的にあの遺跡を守らせていたのは確定みたいだけれども」

神代の錬金術師どもは凶悪で高度なテクノロジーを持った集団だが、全能でも万能でもない。

もしそうだったら、オーレン族は敗れていただろうし。あたし達が奴らの兵器を今まで退けられていないのだ。

フィルフサなどは恐るべき凶悪さを誇る存在だが。

それでも無敵では無い事は、今まであたし達が戦って、証明してきた。

この海だってそう。

奴らは邪悪だが。なんでも奴らのせいにしていたら、足下をすくわれるだろう。

「いつ荒れるか分からないから、油断だけはしないようにね」

「そうだな。 ばかでかい魔物も海では襲ってくる可能性があるし」

「俺はむしろ襲ってきて欲しいな! 是非戦いてえ!」

「その時が来れば戦えるよ」

一旦解散。

あたしは何度か座標を取って、しばらくは調合をする。

フィーが袖を引く。

これは嵐だな。

そう思ったので、すぐに調合を切り上げる。すぐに今までの凪が嘘のように、大波で船が翻弄され始めた。

やはりこの辺りの海の気性の激しさは神代の技術とは関係がないか。

しばらくは、船に重大なトラブルが生じたときに備える。

魔物が来る可能性もあるし。

エアドロップでの脱出が必須になる可能性もある。

みんなもう船旅は慣れたもので、すぐに集まってやるべき事を確認する。荷物も手早く集め終えていた。

船が揺れる。

行きほどでは無いが、やっぱり嵐に翻弄されるな。

船酔いが酷いらしいボオスは気合で耐えているという事だが、じっと黙りこくっている。この状況でああだこうだ喋る気にはなれないのだろう。まあ仕方が無い事ではある。

「操船はまあ悪くはないかな。 これなら転覆はしないと思うけれど」

「それにしても、この東の地に出向くのは命がけですね」

「実は何年かに一回船が沈むんです。 サルドニカからは、覚悟して出向くようにと船乗りには通達しています」

フェデリーカが、知りたくなかった事実を教えてくれる。

まあ交易船が命がけなのはあたしも知っているが。まあこればっかりは色々と仕方がないだろう。

あたしはやばそうになったら起こしてと言って、それで横になる。

後は何回か座標を取れば、それで充分だろう。タオもそんなに、積極的に座標は取っていなかった。

夜半過ぎに嵐はピークになって、船は何度も丘のような大波を乗り越えたが。それ以降は、ぴたりと静かになった。

さて。

みなは気付いているだろうか。

多分皆でやる船旅はもう最後だ。以降は基本的にそれぞれが個別に動く事になる。門を用いての移動。

それは船を用いての危険で長期間のものよりも、遙かに早い。

ただ、そのテクノロジーに溺れるようではいけない。神代の錬金術師と同じにならないように、常に戒めなければならない。

あたしは今後、魔王となるべく動く。

皆にも、門は有事に使って貰うつもりではいる。

だけれども。

今後あたしは、歴史の表舞台に姿を見せるのを、控えるかも知れない。

支配者になるつもりはない。

かといって、このテクノロジーを無分別にまき散らすつもりもない。誰もが幸せになる世界は理想的だが。

技術を得た結果人間は恐らく神代を何度でも繰り返す。

神代が起きる前に、それ以上に世界は荒れ果てていたのでは無いのかと、あたしは思う。正確には、世界にいる人間の思想がだ。

遺跡で見つけた思想書の数々。

知識層を気取った人間が、性欲が全ての根元だなんてくだらない思想を大まじめに唱えたり。

欲望をありのまま振りかざす人間が優れているとかいう検証する意味もない馬鹿馬鹿しい理屈を唱えていた。

それは、そういった思想を醸成する土壌があったとみて良いのだろう。

だから、「冬」という悪夢の時代が来たし。

古代クリント王国の愚行は、それを二つの世界で再現しかねなかったとも言える。

そしてこの世界にも、限度があるだろう。何度も人間が愚行を繰り返せば、いずれ全てが尽きる。

この土地の人間に対する愛想もだ。

事実として、魔物の人間に対する異常な敵意がある。

あれは生物兵器として人間を駆逐するために神代の錬金術師どもが作りあげた連中なら話は分かるが。

それ以外の魔物も、一部の家畜化しているものくらいしか人間に友好的ではない。

これは偶然とは思えない。

あたしも彼方此方の地方に足を運んだが、どこでも例外なく魔物は人間に対して攻撃的だ。

人間も動物の一種だとか抜かして、あらゆる凶行を正当化するような思想。

その傲慢さを、どんな動物も気付いているのではあるまいか。

そうとしか考えられないのだ。

ため息をつくと、あたしは傍らのフィーを見る。

「フィーさ」

「フィ?」

「あたしが魔王になっても、ついていてくれる?」

「フィッ!」

フィーはあたしの言葉を理解している。

何の躊躇もなく、返事が来ていた。

そうか、それならそれでいい。

恐らくホムンクルスのテクノロジーは、今のあたしでも再現は可能だろう。なんならフィーを増やす事も出来るかもしれない。

ただ、それは最後の手段としたい。

強化を重ねている鍵を見る。

これの完成も近付いているとあたしは見ている。

神代の錬金術師どもを灰燼に帰した後は。

あたしは、やはり魔王として。

悪しき人間を問答無用で灰燼と帰す存在にならなければならない。

それは神であってはならない。

あたしの考えは、もう揺らぐことは無いだろう。

不動明王という神格の事を思い出す。あたしは、悪いけれどそんな立派な存在にはなれそうにない。

人間には、絶対に抗しえない恐怖が必要だ。これ以上愚行を重ねさせないために。

あたしは、それにならなければならない。

 

1、フォウレの里へふたたび

 

話に聞いていた通り、クーケン島からの航路よりもだいぶフォウレの里は短い時間で辿り着く事が出来た。

途中で船団を組まなかったくらいである。

長距離の航行だと、安全のために船団を編成したりするのだが、今回はそれすらもなかった。

懐かしい港町に上陸する。

クラウディアはちょっと行ってくると言って、すぐにバレンツの支部に行く。

ディアンは知り合いらしい子供に手を振って、何か話をしていた。あたしにも用事がある。

港町の西側の調査だ。

魔物とやりあうほど気合いを入れて調査をするつもりはない。

こっちには橋を作り、インフラを復旧したが。それがどのくらい維持できているか、見ておく必要がある。

今回は調査のために、其方に足を運ぶ必要があるからである。

ざっと見て回った感じでは問題はない。

一度解散して、一刻後に集合。

軽く話をした。

「フォウレの方では、引っ越しの準備を始めているそうだ。 木材を買い取っているらしい。 それもかなりまとまった量をだ」

「験者様も本格的に動いてくれているんだな」

「そうだね。 魔物とかはどうなってる?」

「ネメドの森の方は特に問題は無いらしいぞ。 今までは迂闊に足を踏み入れたら確定で生きて戻れないくらい危険な場所だったらしいが、今は静かなもんだとよ」

レントがそういう。

だったらそうなのだろう。

ボオスが咳払いしていた。

「引っ越しといっても時間が掛かるそうでな。 移動先は前にライザが見繕った場所にするつもりらしいが、やっぱり移動に反対している老人が、時々酒場なんかで文句を言っているそうだ」

「はー。 あれだけ説明したのにね」

「なんでだよ。 験者様からも説明があった筈なのに」

「年を取ると考えを変えるのは難しくなる。 そうはなりたくはないと思っていてもね」

不満そうなディアンに、あたしはそうとだけ言っておく。

カラさんが、時間を見てウィンドルに戻りたいというので、それについても心得た。ただ、フォウレの里近辺の用事が終わった後だ。

「じゃ、フォウレの里に戻ろうか。 アトリエに久しぶりに足を運ばないといけないからね」

「誰か悪戯してたら、俺がとっちめる」

ディアンもすっかりあたし達の仲間だな。

まあ実際、アトリエに悪さをしようとした奴はいたのだ。

まずは魔物の気配を探りながら、フォウレの里に向かう。そのまま、しばらくは警戒態勢を取りながら進む。

此処は危険度が今までとは段違いで、集落周辺の魔物を駆逐するだけでも随分と苦労したっけ。

腕を上げたつもりだったのに。

世界は広いという事を思い知らされて。

腕を磨き直さなければならないと、悟らされた場所だった。

そのまま移動を続ける。

途中で、フォウレの里の引っ越し予定地を確認。竜脈からずれているが、水もあるし悪くは無い場所だ。

この辺りはちょっと掘れば水が出てくるくらいで、かなり大きな川も流れている事もある。

多少川から遠くても、生活していくのはそれほど難しくは無い。

「整備は思った以上にしっかりやってるみたいだね」

「デアドラは良い腕の戦士だ。 統率にも長けている。 真面目に引っ越しの準備を進めていると見て良さそうだ」

リラさんが、そう褒めるが。

セリさんは腰を落として、植物の様子をじっと見ている。

とんでもない植物に対する知識量を持つセリさんだ。あたしが声を掛けても、邪魔になるだけだろう。

途中で魔物に襲撃は受けるが、以前来た時とは比べものにならないほどの雑魚だ。

前は駆除が追いついていなくて、大物が育ちまくっていた感触だが。

大物はあたし達があらかた片付けてしまったこともある。

今ではフォウレの里の種拾いが、充分対応できる程の相手しかいない、ということなのだろう。

てきぱきと片付けて、先に進む。

ディアンが物足りなさそうな顔をしていたが。

これからどうせ手が入っていない場所に散々足を運ぶのだ。

嫌になる程戦う事になる。

フォウレの里には、夕方少し前につく。

歓迎する視線が多かったが。

老人にはあたし達を見ると、そそくさと身を隠す者もいた。

まあ、あの年では考えを変えられないだろうが。

かといってお気持ちに沿ってこっちが媚態を尽くしてやる理由もない。

アトリエの周囲を確認。

鍵もこじ開けられたりはしていない。

内部を確認して、荒らされていないことを確認すると。門を開ける。

小妖精の森のあたしのアトリエと、此処もつないだ。

門を開ける実験も順調だ。

ただ、門を開ける度に鍵が粉砕されるのも同じである。

これではやはり、まだまだダメだろう。神代の錬金術師どもの住処には、たどり着けない。

あたしのアトリエに一度戻る。

タオとアンペルさんが、凄まじい勢いで本を読み崩していた。クリフォードさんは寝台で寝ている。

交代しながら、どんどん資料の解析をしているようである。

「早かったなライザ」

「船が想像以上に早く進んでくれましたので。 それで、解析はどうですか」

「幾つか分かってきた事があるよ」

そうか、流石だ。

ただ、この場であたしに言われても困る。咳払いして、念押しに言っておく。

一段落してから、フォウレの里のアトリエの方に来て欲しいと。

それから皆で集まって、進捗を確認する。

あたしはそのまま門を潜って、フォウレに戻る。

まずは、験者さんに、成長したディアンを見せなければならなかった。

 

験者さんは相変わらず物静かで、どっしりと構えていた。ディアンが成長したのは、一目で分かったようだった。

情報交換をする。

ディアンの武勇伝は後で聞かせてくれと、験者さんは最初に言った。

まあ感覚的に喋るディアンの武勇伝をいちいち聞いていたら夜になってしまうのは分かる。

咳払いすると、あたしは順番に話す。

この里の先祖を襲った連中が各地でやってきた凶行の証拠を見つけ。

今、順番にその根拠地に攻め入る準備をしていると説明。

頷くと、験者もフォウレの里の状況を説明してくれた。

「現在竜風の到来に備えて、木材を集めている所だ。 何しろ湿気が多い土地で、木材を乾かすのに時間が掛かる。 少しずつ家屋を建てるべく部材を揃えている所だが、実際に建築するのは来年になりそうだ」

「分かりました。 特に魔物からみで問題は起きていませんね」

「一つ強いていうのであれば、ドラゴンが目撃されている」

「!」

ディアンが言っていた奴か。

ただ、遠くを飛んでいるそれらしいものが目撃されただけで、実害は受けていないと験者は言うのだった。

やはりこの土地でもドラゴンは神聖視されていて。

自然の力の象徴であり。

強力な存在として、畏怖もされているそうだった。

「竜風の件もある。 我等の戦力ではとても調査は無理だ。 ライザ殿、調べに行って貰えるだろうか」

「喜んで。 場所は古城の辺りですか」

「いや、真逆だ。 此処から言うと北西にあたる。 北にある鉱山から、西を見て見つけたという報告が複数上がっている。 禁足地になっている城の辺りにいるのだろうということなのだが」

験者さんは、周囲を見る。

側についていたデアドラさんが頷くと、外を確認してくれた。

禁足地絡みだ。

神経質になるのは分かる。

特に今、引っ越しでぴりついている状態である。里の人間を刺激する訳にはいかないのだろう。

「竜風の前後に目撃された竜の話は、里にも伝わっているのだが。 いずれもが山のように大きく、嵐とともに飛び去ったとされている。 目撃されたドラゴンは体が血のように赤く、形もおかしかったらしい」

「ふむ?」

「翼に加えて手足があったそうだ」

それは、妙だな。

ドラゴンはワイバーンの成体というのがほぼ暗黙の了解となっている。ワイバーンは前足が翼になっていて、ドラゴンもそれは同じだ。

亜種のバシリスクのように多足の者もいるが、少なくとも各地で「ドラゴン」と言われているのは前足が翼になっているタイプである。エンシェントドラゴンでもそれは同じで、前に王都の近郊にある北の里で、実物の残留思念としがいを見ている。

生物的な亜種として、翼と足四本があるタイプがいるかも知れないが。

空を飛ぶ事が可能なタイプとしては、それは六本足になる。翼は足が変化したものだからだ。

普通のドラゴンとはかなり違うものとして、考える方が自然だろう。

そうあたしは判断した。

タオとずっとつるんでいると、こういう知識は増える。

ましてやその手の知識で命を拾うことも多いし。

魔物や人間に敵対する可能性がある存在については、どれだけ知っていても足りないのである。

「ただでさえまだ里には不満を持つ人間がいて、引っ越しの際に問題が起きるのは避けたい。 頼んでばかりで悪いが、調査と場合によっては撃破をお願いしたい。 その代わり、験者の権限で、貴殿らには禁足地へ入る事を正式に許可する」

「調査を正々堂々としていい、ということですね」

「ああ、そうなる。 そもそも機具を改良して貰った大恩がある。 この程度は此方も譲歩するのが当たり前なのでな」

「いえ、感謝します」

これでだいぶ動きやすくなった。

ディアンを験者屋敷に残して、アトリエに戻る。うずうずしているディアンに、旅の土産話をさせてやるためだ。

ディアンもそれを理解して、嬉しそうにしている。

なんだかんだで、ディアンは験者を親として慕っているのだ。

それがよく分かる。

まあ、験者もそれを悪くは思っていないのだろう。

あたしが一度だけ振り返ると、ディアンの話を目を細めて聞いているのが見えた。

 

さて、此処からだ。

皆を集めて、アトリエで話す。

丁度ディアンが戻って来たので、全員揃ったか。夕食を完璧なタイミングでクラウディアが仕上げてくれたので、ありがたくいただく。

そして食べ終えてから、タオが話し始めた。

資料を解析していて、分かった事からだ。

「どうやら冬については、神代の更に旧時代の文明が起こした事で間違いが無さそうだよ」

「神代よりも更に古い文明があったんだな」

「うん。 神代の時代では、それを「混沌の時代」って呼んでる。 人間が今の比じゃないくらいに多くて、今足を踏み入れられない荒野にも、たくさん人がいたみたいだね」

「一体そんな世界で何が起きたんだ」

レントが代表して聞いてくれる。

レントは皆の盾として振る舞ってくれるが。

敢えて知識が足りない人間側から、「聞き役」をしてくれている側面も有る。

ディアンが戻ってくると、本格的にタオが話し始めた。

ディアンもとても大事な話をしていると分かって、すぐに背筋を伸ばしていた。

「ライザが溶けた硝子や建物の分析をしてくれただろ。 年代は4100から4150年前だって。 残されていた資料によると、今は考える事も出来ない兵器が使われたらしいんだ。 うーん、単語でしか分からないし、原理もよく分からないんだけれども、世界にある最小単位を、そのまま熱量に変える代物らしい。 それで世界中の人間が殺し合ったんだって」

「バカじゃねえのか……」

レントがぼやく。

あたしも同意だ。

今と比べものにならないほどの人間がいたのなら、タオだってそこではそれほど賢くなんかなかった筈だ。もっと賢い奴が幾らでもいただろう。

それなのになんでそんな事をした。

自分の利権だけを独占したかったのか。

それとも、口減らしのつもりか。

いずれにしてもそれが行われた結果、地上の半分は今も誰も住めない土地になり。何が起きたかはよく分からないが、却って冬の時代を招いてしまったと言う事か。

「「冬」と言われる陽も差さない時代は百年続き、その後にやっと人類は地上に戻ってきたんだ。 それぞれが原始的な文明からやり直し始めて、それで千年くらいが経過したみたいだね」

「千年も無駄にしたんだな……」

「無駄にしたのはそれだけじゃないよレント。 あっちこっちにあった鉱山とかも、あらかた駄目になった。 この世界は、もう「冬」の前と同じような数の人間を支える事が出来ないくらいのダメージを受けたんだ。 強力な魔物も、「冬」の後から多数が出現して行ったらしい。 神代の作り出した魔物以外にも、そうして繁殖した魔物はたくさんいるそうだ」

「聞けば聞くほど頭痛がする」

ボオスが嘆く。

まあ、そうだろうな。

神代は千年くらい前に終わっているが、二千年くらいは続いたという説がある。つまり、「冬」が起きる切っ掛けになったのが、あたしが見つけて来た溶けた硝子の要因。世界の最小構成要素を、そのまま熱変換する兵器が世界中で使われた事件だった、ということなのだろう。

「冬」が終わって千年くらいしてから神代が始まったとすると。

確かに話はあう。

ただ、どうして神代が始まったのか。

「神代の錬金術師達の書き残した手記を分析すると、隠そうとはしているけれど、一人の偉大な存在が浮かび上がってくるんだ。 どうもその人物が、この世界に錬金術師を広めたらしい。 その名は「旅の人」。 ただ、どうしてか執拗にこの人の事を隠しているんだよ」

「ろくでもない外道だったら、祀り上げていてもおかしくなさそうなんだがな」

「うん。 それが神代の錬金術師は腫れ物として扱っているんだ。 信仰とかだと、偉大な思想を持った開祖とかを祀り上げて人間ではない扱いにしたり、後の時代でしてしまう事があるらしいんだよ」

そういって、タオが資料を出してくる。

今は失われた信仰の一つ。

それは神は唯一絶対とするもの。

三つの流派に別れていたらしいが、いずれの開祖も人間ではない存在とされ。後の時代に権力を得るために思想をねじ曲げられたそうだ。

その過程が記されていたとタオが言うので。

あたしは大きな溜息が出た。

ただ、それはそれとして。そういうことさえしなかったというのは、一体どういう理由からなのだろう。

レントが疑念を呈する。

聞き役を自身に課しているが、レントは頭は悪くは無い。

少なくとも今はもう。

「その「旅の人」ってのが錬金術を広めて神代が始まったとしてだ。 たしかオーリムへの侵攻があったのって、千三百年くらい前だって話だよな」

「そうじゃ。 わしが証言する」

カラさんが証言してくれる。

生き証人の言葉だ。それは間違いないとみて良いだろう。

オーリムとこっちで時間の流れが変わらないことは、あたしが何度も足を運んでそれで検証している。

つまり千三百年前に致命的なオーリムでの蛮行が起きたのは確定だ。

「旅の人ってのは、一体何者だ。 神代は三千年くらい前に始まっているって話だったよな」

「うん。 どうもそう考えるべきみたいだね。 その技術をもたらした存在が「旅の人」だったとすると。 旅の人は何人もいたのか、それとも」

「寿命を超越した存在だったのか」

皆があたしを見る。

あたしが老化をストップしてしまったことは既に告げてある。人間として今後生きるつもりはないことも。

その気になれば「永遠」なんて難しくは無い。

ただ不死は無理だ。

どんな存在だって、欠片も残さず消し飛ばせば死ぬ。あたしだって、連戦の中で何度も死に瀕した。

「どうして神代の錬金術師どもは「旅の人」の痕跡をこうも隠したがる? 腫れ物として扱いたがる?」

「分からない。 ただ、もう一つ分かった事がある」

「聞かせて」

「神代の錬金術師にとって、幾つかの中核技術はブラックボックスだったんだ。 恐らく旅の人がもたらした技術は、彼等にとっても解析が出来なかったと見て良いだろうね」

なるほどな。

あたしの仮説がこれで一つ正しい事が分かった。

神代のカス共が、どうしてそこまでエネルギッシュに様々なものを開発していくことが出来たのか。

答えは、出来なかったのだ。

別に開祖が存在していた。

神代のカス共は、色々な証拠から分かっているが。血統を絶対視し、自分達以外のものは何一つ認めていなかった。

そんな連中が陥るのは視野狭窄なんて言葉では生ぬるいほどの閉鎖性だ。

そんなところから、新しい技術なんて作り出されないし。

身内で評価されるものだけが尊ばれる。

神代の錬金術師の模倣をした古代クリント王国ですらそうだったのだ。劣化コピーですら、邪悪な奴隷制をしいて、自分達以外の全てから搾取をした。

ましてや古代クリント王国のゴミカス共が神と信仰する神代の錬金術師が直に作ったあの悪魔もどき達は。

劣等血統なんて言葉を使い。

錬金術師以外の人間を、人間だとみていなかった。

現在の世界でも、価値観が上か下かしかない奴は幾らでもいるが。それが正当化された世界の住人であり。

そんな連中が、エネルギッシュに世界を改革するのは不可能だ。

謎は解けた。

やっぱり借り物の技術でイキリ散らしているだけだったんだな。

確かにおかしな事は幾つもあったのだ。

オーレン族と神代の錬金術師の戦いで、連中は性能だけ凄い武器は持ちだしたが、自分達も凄いと思い込んでいた。

だからオーレン族は戦えた。

それどころかオーレン族は奴らの本拠にまで乗り込み、敗走にまで追い込んでいる。

もしも我を知っている類の相手だったら、そんな醜態はさらさなかっただろう。

どんなに優れた兵器を持っていても。

使い手がへっぽこでは、勝てる相手も限定されてくるのだから。

そうとさえ気付くことが出来なかったということは。

自分達さえ神格化して。

誰かから受け継いだだけの技術を振りかざしている、哀れな猿以下の群れというのが。神代の真相だったのだろう。

そうあたしが丁寧に述べると。

タオがそうだと思うと、悲しそうに言った。

学問は必ずしも誰もを幸せにするわけじゃない。

フェデリーカも悔しそうだ。

技術についても同じである。

あたしが暴威をサルドニカで振るわなかったら。今頃硝子と魔石の二大ギルドの衝突が激発して、血を見ていてもおかしくなかったのだから。

アンペルさんが咳払いする。

「確かにおかしいと思っていた。 自分が盲目的に優れているとでも思わなければ、あのような群島の宮殿の扉の謎かけはできまい。 技術についても劣化する一方だったのも納得出来る」

「それにしても、そんな奴らが本当に今もいるのかなあ」

ディアンがぼそりと言う。

皆の注目が集まると、ディアンは背筋を伸ばして。

それで恥ずかしそうに頭を掻いた。

「い、いや、俺難しい事分からないんだけど。 そんな自分は偉いなんて思い込めるアホな連中が、千三百年もそんな技術を維持していたら、絶対に仕返しに来ると思うんだ。 オーリムとかには特に。 それがフィルフサだけばらまいてそれっきりってのは、おかしくないかな」

「……何とも言えない。 実際に見てみないと。 あたしが自分で試してみて分かったけれど、人間を止めるのって実はそれほど難しく無いんだ」

少なくともあたしと同格の才能があれば、それはなんでもない。実際あたしも二十歳そこそこでそれを出来たし、しかもそれは錬金術を勉強し始めてたった四年弱でだ。

才能依存の学問というのはそういうものなのである。

あたしと同格の才能を持った人間が神代に一人でも出ていたら、そいつは不老は最低でも実現していたはずである。

たしかに、そいつを基点にこの世界に舞い戻ってきたり、オーリムを再侵略にいかないのはおかしいのだ。

ただし、別の世界に移り住んでやりたい放題をしている可能性もある。

だから、なんともいえないのである。

「人間を止めることが簡単かはともかくとして、今はあの扉を開けて、奴らの本拠に乗り込むのが先だ。 明日からは、順番に動こう」

アンペルさんがそうフォローを入れてくれる。

頷くと、あたしは皆に話を振っていた。

「よし、タオとレントとディアンで組んで、この辺りの座標を集めて回って。 クラウディアとボオスは、引っ越しについての資材集めと状況の整理、後は反対派の説得を頼めるかな」

「分かった」

「分かったわ」

引っ越しが出来る事は、以前の滞在であたしも示している。

ただいきなり一昼夜でできる事では無いので、どうしても音頭を取って少しずつやっていかなければならない。

まだ反対派の老人もいる。

それらへの説得もしなければならない。

「アンペルさんとクリフォードさんはそのまま解読を続行。 セリさんは薬草を出来るだけ栽培して」

「よし、任せておけ」

「薬草についても、かなりの量が集まって来たわ。 このままオーリムで一気に浄化を進める事が出来るかもしれないわね」

それについては喜ばしい。

ただし、フィルフサも無策でやられてくれるとはどうにも思えない。フィルフサを潰すには、あの狂気の源泉をどうにかしないといけないのではないかと、あたしは考えているのだが。

それについては、まだ資料がいる。

現物についても、古代クリント王国が作った劣化コピーを解析しただけだ。出来れば神代のものを手に入れたい。

それはあのフィルフサ王種を、狂気の源泉を破壊しないように条件付きで倒すか。もしくはフィルフサ王種を開発して狂気の源泉を取り付けていたような施設を見つけ出すしかないだろう。

後者の方が現実的だ。

なんとか苦労して倒しても、倒した時点で狂気の源泉は爆発してしまう可能性が高いのだから。

「パティとフェデリーカは、クラウディアの支援に回って。 あたしはカラさんとリラさんと一緒に、彼方此方見て来るよ。 禁足地に出るにしても、この辺りの密林にまた魔物が出ているようだと厄介だしね。 それに周辺の集落の状況も見てきたい」

「よし、それでいいな。 後は解散でかまわないか」

「ん? 長旅で疲れたのボオス?」

「長旅と言うより船酔いがな。 悪いがさっさと眠らせてくれ」

まあこればっかりは体質の問題だ。

方針が決まったので、後はそれで解散とする。

あたしも伸びをすると、軽くカラさんとリラさんと話をしておく。

カラさんに、一度ウィンドルに戻りたいと言われたので、それについても考えておくと答えておいた。

さて、まずは周辺の座標を集める。

それから、この辺りに侵攻した神代の拠点を探し出したい。

古城以外にもある筈だ。

禁足地。フォウレの里の北西にある巨大な城なんかは、かなり怪しいとみて良いだろう。

少しずつ、奴らの本丸が近付いている。

奴らを塵芥に帰す日が近付いているのは、好ましい事だった。

 

2、分からず屋の森

 

リラさんとカラさんと一緒に、ネメドの森をしばらく見て回る。

大河には相変わらずあの穏やかそうな超ド級がいて、水浴びをしていた。暴れ出すと危険らしいが、今の時点では特に問題は無い。

こっちにも気付いているようだが、手を出そうというつもりもないようだった。

あれは恐らく、神代にとっては失敗作だったのだろうな。そう思う。

ベヒィモスのような、存在そのものが失敗作だった超ド級はたくさんいた。事実東の地で見てきた。

幼体の時点で失敗作だったのだろう。

だからいらないと放置されたわけだ。

他に害を及ぼすかどうか何て、考えもしなかったのだろう。

幸いあの超ド級は穏やかな性質で、害を為すような存在ではなかったけれど。あまりにも身勝手すぎる思想が透けていて、腹立たしい。

ともかく、密林を確認。

魔物はいるが、あたし達の敵になるようなのはいないな。それでも毒をもつような奴はいるし、油断もしない。

リラさんが、毒蛇をひょいと掴むと、遠くに放り投げていた。

あたしも気付いていたが、熱に反応して見境なく噛みついて来る奴だから。近付いて来たら焼くつもりだった。

そうさせないように、リラさんは慈悲を掛けたのかも知れない。

「大物はおらんのう」

「大きな気配は幾つかありますが、敵対的ではありませんね」

「ただ、それでも危険な動物が何種もいる。 総長老も油断為されませんように」

「わーっておる。 若い衆は口うるさくてかなわんな」

カラさんから見れば、数百年生きているリラさんも若い衆か。オーレン族はつくづくすごい種族だな。

周囲には魔物もいるが、あたしが根こそぎ大物を潰したのをどこかで見ていたのかも知れない。

少なくとももう近付いて来たり、攻撃を狙って来る奴はいない。

そう考えると、前の大掃除は意味があったのだ。

開けた場所に出る。

この辺りは、少し前に雷が落ちたな。それで大きめの木が倒れて、空き地になったんだ。

今は、大量の若木が先を争って空を目指している。

密林は激しい競争の土地だ。

ただし、こういう競争だったらまだいいのだろう。

一応、跳躍して周囲を確認しておく。

得に問題はないな。

先に行くべし。

城も見に行く。

既に許可は出ているので、問題は無い。途中で種拾いの戦士達にあったので、軽く話をする。

この辺りが安全になったと喜ばれた。

あの巨大マンドレイクに脅かされていた頃は、種拾いさえ出来なかった。

そう言われると、あたしとしても少し嬉しいか。

指揮をしていたデアドラさんが、気を抜かないように皆にいうと。戦士達はそそくさと種拾いに戻った。

種は一度集めてから、処置をして壊れにくくする。

機器についても改良型が今では作られている。

どうやらあたしとアンペルさんの苦労は無駄ではなかったらしい。戦士達は、少なくとも感謝してくれていた。

城の中にも同道させて貰う。

幸い危険な魔物はいないが、種拾いの戦士達はある一線以上は絶対に進もうとしない。これは因習だが。

今はオーリムと関わるのはまだ得策ではないだろう。

だから、それで良いのかも知れない。

この奧には稼働中の門がある。

それを知られるのは、あまり良い事とも思えなかったし。

万が一ウィンドルのオーレン族達が不覚を取った場合。

この門から、フィルフサが溢れてくる事になる。それだけは、なんとしても避けなければならない。

最悪の場合、この城を水没させないといけないが。

その時には、フォウレの里は産業を失う。

ただ、提案としてはしておくべきだ。

あたしは、種拾いの戦士達の仕事を視察だけすると、一度フォウレの里に戻っていた。

こっちは空気が良くないな。

子供達は引っ越しをすると聞いて喜んでいるようだが、老人にはやっぱりあたし達に敵意を向けてきているのがいる。

意味のある風習や伝統ならそれも良いだろう。

だが、ただこの土地に固執することだけが伝統ではないだろうに。

竜風が確定で直撃する事。

此処にいたら誰も助からない事。

それを説明した今。

それでも此処に留まりたいというのは、ただの自殺だ。

自殺したい人間だけが留まるなら兎も角、里全部の人間をそれに巻き込むのは論外と言える。

あたしとしても、あまり優しい目で見る事は出来なかった。

「それでライザ。 これからどう視察する」

「農村と港町をちょっと見に行きます」

「そうか」

「まあ、一日でいけるでしょう」

カラさんは空飛ぶ絨毯みたいなのを使っているし。

リラさんはずっとオーリムでフィルフサと孤独な戦いを続けた健脚な戦士だ。これくらいの行脚はなんでもないだろう。

そのまま移動を続けて。

彼方此方を見て回る。

農村の方は、血の入れ替えを確実にしているようで、今度は漁村から輿入れを受けていたようだ。

以前輿入れを護衛した夫婦は上手くやれているようで、良かったと思うが。

相変わらず畑などを魔物が荒らす状態は変わらず。

それについては、農村の戦士達も苦労しているようである。

村長に話を聞いて、幾つかの問題点をピックアップしておく。それと、義手義足が必要な人を調べてもらう。

出来るようになったのだ。

出来る人は、救えるだけ救っておく。

別に単に考え無しに善行を行っている訳では無い。

未来への投資である。

漁村でも状態を見に行く。

こっちはかなり景気が良さそうだ。

というのも、あたし達が東の地で強力な魔物をあらかた始末したという話が伝わっているらしい。

戦争だけに何もかもリソースを回さなければならなかった時代が終わる。

東の地で商機が見つかるかも知れない。

そう考えた商人が、東の地に渡る話をしているようである。

クラウディアが、そういう商人に声を掛けている。バレンツで説明会をするらしい。

フェデリーカはその手伝いをするようだ。

まあ、あたしはいなくてもいいだろう。

漁村の西に。

あらかたインフラが回復している。この辺りでも、魔物をだいぶ駆逐した。

これならば、禁足地に足を運ぶ事も出来るだろう。

手をかざしてみてみるが。

確かに遠くに何かしらの建築物らしいものがある。

クーケン島から見えた「塔」よりもだいぶ大きそうだ。

古代クリント王国の時代は模倣の時代。

神代の建築物だとすると、更にスケールが大きくても不思議では無い。

ただ禁足地だ。

強力な魔物が多数いても不思議では無い。この辺りの魔物だって、決して弱くはないのだから。

漁村の西にはそれなりに大きめの水場があるが、この辺りはまだまだ強い魔物がいる。

此処に引っ越すのはちょっと安直か。

ただ此処の北には、魔物に滅ぼされた集落が存在しているとも聞いている。それも複数である。

いずれにしても、大掃除が必要なのは事実だ。

一度フォウレの里に戻る。

リラさんが疲れたと言って、ソファで猫になる。

解読を続けていたクリフォードさんが、声を掛けて来た。

「ライザ、ちょっと気になった記述を見つけてな」

「聞かせてください」

「あの遺跡にあった資料を見る限り、神代の錬金術師にも明確に序列があったらしいんだが、それを見る限りどう考えても二十人程度くらいしか最高位の錬金術師はいなかったようなんだよな」

「二十人程度」

それも、オーレン族が攻め込んだ奴らの本拠には、最高位かそれに近い錬金術師くらいしか立ち入りが許されなかったらしい。

厳重に封じられていた手記で、そんな記載があったようだ。

恐らく書いたのは、その最高位錬金術師の一人。

あたしが感応夢でみた、タームラさんに殺された奴の一人だろう。

感応夢でタームラさんが殺した最高位錬金術師が何人だったのか分からないが、あの時いた錬金術師は、皆同格に思えた。

だとすると、五人くらいは殺していた。

それは神代の錬金術師に取って、極めて大きな損害だったのではあるまいか。

「カラさん。 神代の本拠地に攻めこんだ時、どれくらいの人数が迎撃に出て来たか覚えていますか?」

「五十人程度であったかのう。 それ以外は殆ど逃げ惑うばかりであったよ」

「最高位の錬金術師以外に、神代の秘奥と言える武具の利用が許可されていたとは思えない。 戦時だったから急遽それ以外の錬金術師にも武具の使用を許可したとしても……ひょっとして神代の錬金術師達は、カラさん達との戦いでマンパワーという観点で致命傷を受けたのかも?」

「それは楽観であろうよ。 だが……」

カラさんは言う。

オーリムでやりたい放題をしていた連中の顔は、首を刎ねた中に殆ど確認できていたという。

門の実験や、フィルフサの作成。

更にはエンシェントドラゴンの生態研究などは、間違いなく最高位の錬金術師がやっていたはず。

こういう資料を見ると、やはり少なからぬダメージが神代に入ったのは間違いなさそうである。

「それを否定するような記述はありますか?」

「なんともいえねえな。 もう少し調べて見るわ」

「お願いします」

クラウディアが戻って来た。かなり美味しそうなフルーツをたくさん持って来ている。あたしも笑顔になる。

色々とろくでもない話ばかりを聞いていたし、美味しいものを食べてリフレッシュするのは大事だ。

一旦アンペルさんも作業を切り上げて、クラウディアがパティとフェデリーカと一緒に作ってくれたフルーツタルトを大喜びでがっつき始める。ただ無表情で食べているので、パティが呆れる。

「本当に糖分補給って感じですね……」

「いや、うまいと思っているぞ。 ドーナツだったらもっといいのだがな。 砂糖の質もとてもいい」

「農村で栽培しているサトウキビが良い感じで仕上がっているそうです」

「なるほどな。 それなら納得も行く」

サトウキビか。

あたしも聞いているが、最高効率で砂糖が取れる作物らしい。

ちょっとサンプルが欲しいが、かなり栽培が難しいそうで、たくさんは出回らないとか。

ちなみに、農村を窮地から救ったあたし達だからという理由で分けてくれたそうである。以降バレンツで販路にも乗せるそうだが。

あたしもフルーツタルトをいただく。

ほっぺが落ちそうだ。

これは実に美味しい。

この辺りはリンゴも名産で、蜜がたっぷり入ったとても美味しいリンゴが彼方此方の木になっている。

それとの組み合わせが最強に近い。

「欲は少なくなってきているけれど、これは本当に美味しいね」

「もっと食べる?」

「いや、みんなに分けてあげて。 あたしはちょっと色々と研究をしておきたいし」

実際、これを独り占めするのはちょっと気分が悪い。昔はもっと遠慮なくおかしをがっついていた気がするのだが。

大人になったと言うよりも。

際限なく欲望を肥大化させた人間の醜さを、嫌と言うほどみてきたから、なのだろうと思う。

夕食まで少し時間があるので、幾つか回収してきた素材を錬金釜に放り込んで、調査をしておく。

タルトを食べ終えたパティが、話を振ってくる。

「ライザさん、忘れていないと思いますが、この地の金属で興味深いものがあるとか」

「うん、覚えてる。 ただ、一旦は禁足地の調査が先かな。 ドラゴンがいて、それが危険な個体なら、対処の優先度も上がるしね」

「確かに古代クリント王国ですらドラゴンを操作する力があったという話ですし、神代となったら何をしてくるか」

「最悪、ドラゴンを材料にした生物兵器が出てくるだろうし」

実際、それはある。

あの王都近郊で戦ったフィルフサの王種だって、今思えばそうだったのだろうし。

やがて皆が戻ってきたので、夕食にする。

みんなフルーツタルトはおいしいおいしいと喜んでいた。甘いのが苦手な人には、ちゃんと砂糖を抑えた味付けにしてクラウディアも出している。この辺りは、もの凄くしっかりしている。

最初に話を始めたのは、ボオスだった。

「禁足地に入るのに反対している老人共がいる。 ただ老人が喚いているだけなら問題はないんだがな……」

「何かあったんだね」

「ああ。 竜の災いがあるに違いないって言っていた」

「それって竜風と違うの?」

違うらしいと、ボオスは苦労したと顔に書きながら、話をしてくれる。

フォウレの禁足地は幾つかある。

種拾いに使っている城。元々フォウレの里の先祖が住んでいた城のことだ。これは基本的に禁足地で有り、まあ確かに他人を入れられないのも納得だ。

そして密林の中に、墓があるそうである。

この墓は機具の墓場で、使い終わった機具をまとめて収めに行くそうだ。人間向けの墓ではない。

此処は単純に危険らしく、「幽霊が出る」と言われているらしいが。

そもそもとして、歴代の験者の内、何人も此処に向かって戻っていないらしい。何かしらの危険な存在が住み着いているのはほぼ確定と言う事だ。

そしてもう一つが北西の城。

彼方此方を流浪してきたフォウレの民だが、それでも伝承を失っていなかったのだという。

大いなる災い、北西に城を構えし。

竜の災い、それに使役される。

そういう内容だそうだ。

「験者から調査の許可は取ってある。 験者もそもそも、フォウレの里に蔓延する因習には、いい加減頭に来ていたらしくてな」

「問題は本当に竜が目撃されていることだね」

「そうなる」

ボオスがタオにそう答える。

王都で四年弱一緒だっただけあり、すっかり二人はもう息があっている。まあボオスも、元から性根が腐っていたわけではなくて、帝王教育が歪んだ形で出ていただけだ。

ま、いいだろう。

「ドラゴンも会話が出来る個体もいる。 もしもやり合う場合は、被害が出る前に片付けた方が良い。 どっちにしても、調査には行くよ。 ただ……」

「ただ、なんだ」

「ドラゴンがあたし達不在の間に、フォウレの里とか他の集落を襲撃する事態は避けたい」

「そうだな。 そういうのを聞いて安心した」

ボオスは更に言う。

竜の災いは、一定の地域に入ると発動するらしい。なんでも北西の禁足地にある集落が滅ぼされたのは。

そこにいた連中が、城に不用意に近付いて、ドラゴンの怒りを買ったのが原因だとか。

まあなんともあたしには言えないけれども。

ドラゴンが縄張りにしている場所に、地元の人間が無警戒に足を運ぶかという疑問がある。

ただでさえこの辺りは強力な魔物の巣窟なのだ。

そんな事をするお馬鹿ちゃんは、早々に魔物の胃袋に直行しているのではないかと思うのだが。

「よし、決めた。 先に作戦を練っておこう。 ドラゴンが目撃されているのは事実だし、恐らく城が縄張りになっていると思う。 それなら、ドラゴンを撃墜するための準備をしておこう」

「ドラゴンを撃墜か」

「まあ、ライザなら今更驚かないよ」

頬を引きつらせるボオスに、タオはそう肩をすくめる。

フェデリーカはドラゴンと聞いて青ざめていたが、あたしがぽんと肩を叩く。

勿論フェデリーカにも協力して貰う。

「赤い肌のドラゴンだって話だし、多分火竜の系統だろうね。 だったら好都合。 とっくにラヴィネージュの実戦投入は終わってる」

「ライザの得意な投擲で行くの?」

「んーん。 飽和攻撃で行く」

クラウディアだ撃つのは。

撃墜してそれで倒せれば言う事はないのだが。まあ無理だろう。普通のドラゴンだとは思えないし。

まずは、堂々と城に向かう。

それで、相手の動きを見ながら、もしも何処かに向かうそぶりを見せるなら叩き落とす。そういう戦略で行く。

空を自在に飛ぶドラゴンだったら、そもそも叩き落とさないと戦闘にすらならないという事情もあるのだが。

幾つか打ち合わせをしておく。

とにかく最初に最大の脅威を排除する。

これがまあ、当たり前だろう。

それにそもそも、空間渡りをするドラゴンは、最高位個体は空間魔術を超ド級と同等かそれ以上に使いこなす可能性が高い。時間魔術も使うかも知れない。

バシリスク辺りの亜種とは文字通りレベル違いだ。

考えて見れば、神代が大量に作った超ド級がどいつもこいつも時間空間に関連する魔術を使ってきたのも、ドラゴン由来の魔術だった可能性もある。

いずれにしても、最初に叩き落とさなければならないのだ。相手の性質によっては、だが。

打ち合わせが終わると、ディアンが挙手する。

「それでライザ姉、北西の城の調査が終わったら、行きたいところがあるんだ」

「ん、聞かせて」

「さっき墓の話が出ただろ。 そこ」

「何か理由があるんだね」

ディアンは頷く。

験者に言われたらしい。

今度、もう駄目になった機具を収めに行くと言う。本来は験者の仕事だったらしいのだけれども。

ディアンに行って欲しい、というのだ。

あたし達とともに。

「験者様は、あの墓場で多くの里の戦士が死んでいるのを悲しんでるんだ。 魔物がこんなに増えたのも、そういう無駄な犠牲の結果だって思ってる。 老人の中には、必要な犠牲だとか、大事な生け贄とかいうのもいるけど、俺はそんなのみとめねえ。 だって、犠牲になった一人は……」

まだ幼い頃で殆ど記憶は無いが。

とても優しい人だったと、ディアンは言う。

そして顔を上げていた。

「験者様に許可貰ってる。 墓場に、前に話した金属があるんだ。 ライザ姉の役に立つなら、持って言って良いって」

「!」

「金属は……機具の材料なんだよ。 機具を廃棄した後、金属だけは回収して持ち帰るのが一連の仕事なんだ。 この金属は、鉱山から取ってくるのを独自の分量で調合して作るらしくって、とにかく粘り強い。 機具はどうしても傷むけど、中枢にある金属だけは壊れない」

そっか。

確かに粘り強さが加われば、更に鍵を強化出来る。その結果、世界間の壁を軽く飛び越えるかも知れない。

ただ、一つ疑念がある。

「カラさん、神代の根拠地って、かなり巨大だったんですよね」

「ああ。 あれは一世代やそこらで作れるものではなかったのう」

「……嫌な予感がします」

未だにまったく正体が分からない旅の人も。その存在を、神代の錬金術師達が腫れ物扱いしていたこともある。

我欲の塊みたいな連中が、何故アンタッチャブルとして扱ったのか。

腕組みして、しばし考えた後。

あたしはディアンに答えていた。

「よし。 お城のドラゴンを対応したあと、そっちのお墓の対処もしよう」

「やってくれるのかライザ姉!」

「うん。 必ずしも風習とか因習ってのは、根拠がないわけでもないし、全てが悪って訳でもない。 でも、何かしらの危険な存在がいるのに、それを排除もせずに、儀式だけ続けるのは論外だよ。 今後同じ事をするのに、安全を確保できるようにするのが最低限必要なことだね」

「助かる!」

ディアンはすっと正座すると。

ばしっと音を立てて、綺麗に土下座をしていた。

ちょっと困るけれども。

これがディアンが、東の地で学んだ最高位の敬意の示し方なんだって、あたしは悟った。だから止めさせない。

「偉大なる錬金術師であり、悪を倒し因習を滅ぼし、それでいながら弱者に手をさしのべるライザ姉。 フォウレの里の問題を解決してくれるために、命を何度も張ってくれた事、村の全員に代わって俺がこうして礼を言わせて貰う。 不動明王の権化であるライザ姉に、俺が出来る精一杯の誠意だ。 受け取って欲しい」

「ありがとうディアン。 でも、戦士として戦ってくれるのが、あたしとしては一番嬉しいかな」

「もちろんだ。 これからも、全力で戦わせて貰う!」

これでいい。これでいいんだ。

顔を上げたディアンは、誰に聞いたやり方ですかとパティに言われて。十河さんだと正直に答えていた。

でも、あの人も、余計な事を教えたな。

今の口上だって、何度も練習したんだろうな。

そう思うと、背負っているものの重さと。

絶対に負けられない事実を、あたしは再確認するのだった。

 

3、一番危険なもの

 

たくさんのタスクが積み重なることは、あたしは四年前のクーケン島から、何度も経験してきた。

それ以来あたしが心がけているのは、優先順位をタスクに設ける事。

難度が高い、危険度が高いものから潰す事。

これを守る事で、あたしは今まで最高率で問題解決をこなせてきたと思う。今回は、フォウレの里に直接の危機は迫っていない。

墓には近寄らなければ危険は現時点ではない。

問題は、姿を見せびらかしているドラゴンらしき存在だ。

まずは港に出て、軽く聞き込みをする。やはりドラゴンらしい存在の目撃情報はあった。

こういう目撃情報はかなり大きさが盛られる傾向があり、話半分に聞くのが鉄則なのだけれども。

三手に別れて聞き込みをして戻ると。既にタオがクリフォードさんと話をまとめて、イラストまで作ってくれていた。

流石である。

それによると、全身は真っ赤。

禁足地の城周辺で目撃されており、あたし達が以前古城でやりあった洗脳されたドラゴンよりもだいぶ大きいようである。

様々な情報を集めて、それで総合的に概ねの大きさを導き出してくれたタオは流石である。

まあクリフォードさんが正確性が高い情報をまとめてくれたから、というのもあるのだろうが。

「前には目撃されていないんだよね其奴」

「ああ、それは間違いねえ。 そもそも俺たちがこの辺りの大物を倒し尽くすまでは、この辺りは超危険地帯だっただろ。 ドラゴンなんか出たら、それだけで港を逃げ出す奴も出ていただろうって話だ」

クリフォードさんが言うが。

この人は、ロマン狂ではあるが、探索については本職も本職だ。聞き込みに関しても非常にプロフェッショナルな手腕を見せてくれる。

今回はタオとクリフォードさんにフェデリーカを同行させたのだが、ずっと頷くばかりだったと言われた。

フェデリーカだって色々腹に一物も二物も抱えた大人とやりとりはしてきているはずなのに。

会話術のレベルが違うと言うわけだ。

「ちょっと自信なくします」

「できない事を自覚するのは良い事なんだよ。 凄い技を見たら、嫉妬するんじゃなくて、少しでも其処に近付こうと思えるようになれば、更に先に行ける。 逆に優れている人間を引きずり降ろすことを考え始めると、人間はもう駄目だね」

「そうですね……」

「ま、あたしもあからさまに凄い人を見て全部素直に褒められるかは自信がないかな。 クリフォードさんほどは喋れないし」

苦笑いされる。まあ、フェデリーカは大事な預かり娘だ。しっかり経験はあらゆる点で積んで貰いたい。

とりあえず、集まって方針を決める。

まずは禁足地に入って様子を見る。

ドラゴンらしき存在は、禁足地の内部を見回るようにして飛び回っていたという証言が出て来ている。

禁足地に異変が起きているのかも知れないし。

或いはドラゴンらしき存在が何かしらをして、それが今後まずい事につながろうとしている可能性もある。

最前列にレントとパティに入って貰い、最後尾はリラさんに固めて貰って、魚鱗で進む。

クリフォードさんには主に上空を警戒して貰い、クラウディアには音魔術で異変を調べて貰う。あたしも熱魔術を展開。カラさんも、同じように探知用の魔術を複数同時に展開しているようだ。

東の地で貰った最高品質の絹は、今調べているのだが。

これを使って、更に服を強化出来そうだ。

グランツオルゲンも最高品質のセプトリエンのサンプルが手に入ったから、それで強化は出来ると思うが。

今までおざなりだった防御の方を重点的に強化していきたい。

確かに思想として、重装鎧が廃れた時代にあたしもいて。

その影響はあったのだと思う。

そういう影響を越えてこそ、この神代の負債まみれの時代を変えられると言える。

固定観念を捨てろ。

あたしはそう言い聞かせながら、全てを調整する。

魔物だ。

たいした相手では無い。ただ、こっちを綺麗に包囲してきた。鼬の群れで、かなり大きな相手に率いられているが。

東の地で散々やりあった鼬に比べると、子供みたいなサイズだ。

小賢しいことに退路を開けていて、追撃を仕掛けて効率よく狩るつもりらしい。

ふっと鼻で笑うと、レントが進み出る。

獰猛な殺気を(殺気なんてのは感覚の誤認だが)感じたのか、びくりと鼬の群れが後ずさる。

シャッと鋭い音を立てて、ボスらしい鼬が鳴くと。

それで部下達が引き締まるのだから面白い。

ディアンも前に出た。

「レントさん、俺もやるぜ」

「しばらくは船旅とトラベルボトルの中ばっかりだったしな。 全部はやらないぞ」

「分かってる!」

二人が鼬の群れに襲いかかる。

パワーも戦闘技術も、既にこのくらいの雑魚が相手だったら問題にもならない。

あたし達が手を出すまでもない。

大きいのは逃げだそうとして、ディアンに頭を叩き割られた。全部あっさり片付いたが、東の地で苦戦した連中に比べれば、こんなのは文字通り雑魚も雑魚だ。

死骸は綺麗に残っていたので、全部捌く。毛皮は燻して寄生虫を落として、売り物に出来るようにしておく。

肉はちょっと独特の臭みがあるが、これはエサが原因だろう。燻製にして、無駄にしないようにする。

この辺りの魔物も、やはり人間を舐めているので、綺麗に片付けてしまった方が良いだろう。

人間と魔物が適切な距離を保つには、魔物が人間を舐めない事が最低条件となる。

魔物は所詮動物なので、畜生の理屈で生きている。

だから、荒っぽくてもこうやってやっていくしかない。

死体の処理を終えたら進む。

今度はラプトルが群れで現れる。

かなり大きなラプトルだが、これも東の地のと比べるとだいぶ楽だな。パティが前に出て、ボオスも。

フェデリーカも、頷くと前に出ていた。

「私も戦います。 少し私に廻してください」

「危なくなったら介入するからね」

「お願いします」

フェデリーカも、接近戦を学び始めているところだ。

しばらくは、見ているだけ。

そして危なげなく戦いが終わったら、全て捌いて肉なども無駄にしない。それだけの余裕があると言えた。

ただ、気付く。

禁足地に入って、少しずつ魔物が強くなっている。この先、少し急ぐことになるだろうけれども。

そうなると、見えている城に辿りついた頃には、とんでもない強敵が姿を見せるかも知れない。

ネメドの森の魔物の強さは、初めて見たときは衝撃的だった。

こんなに危険な魔物が大量にいる土地があるのかと、驚かされた。

だけれども、東の地は更に凄まじかったし。

もし超ド級がいたら、今度も総力戦を覚悟しなければいけない。油断すれば一瞬で死ねる相手だ。

それにドラゴン。

何者かしっかり確認しない限り、安心してこの辺りの人は暮らせないだろう。文字通り飛んでくるのだから。

しばし進んで、廃村に出た。

酷く荒らされている。

この辺りに入植はしたが、魔物に駆逐されたというのが一目で分かる有様だ。すぐにタオとクリフォードさんが散って調べ始める。あたし達は警戒を開始。どこから何が出て来てもおかしくは無いからだ。

タオが声を掛けて来る。

「かなり新しい集落だよ。 たぶん二百年以上前だろうね」

「二百年も前で新しい集落なんですねタオさん」

「ちょっと感覚が麻痺しているかな。 ……建物は石造りだけれども、開放的な構造で、この地の暑さに対応している。 港町にも似たものがあるけれども、こっちはより文明的である事を意識しているみたいだ」

「おい、こっちだ」

クリフォードさんが手を振って来るので、すぐに様子を見に行く。

倒壊した家屋。

レントとあたしで石材を崩してみると、何やら出てくる。宝では無い。骨だ。数人分が、まとめて潰されていた。

すぐに死体を調べる。

これは圧死している。魔物に追い込まれて潰されたというのではなくて、どちらかというと崩れた家に為す術なくという感じだ。

クリフォードさんが石材を調べていて、ほうと呟く。

「これを見てくれ」

「うーむ、ちょっとあたしにはなんとも」

「これはな、不自然に力が掛かってる。 最初は地震による倒壊かと思ったんだが、これは違う。 ばかでかい奴に踏みつぶされたんだ」

「超ド級ですかね」

なんともとクリフォードさんは言う。

いずれにしても、この集落はとんでもない化け物に蹂躙されたと言う事だろう。

この地に住んでいたという事は、少なくとも鼬やラプトルくらいなら自衛出来ていたと見て良い。

そういうレベルではない相手に強襲されて滅びた。

それが何か分からない以上、警戒する必要がある。

検分を終えたので、遺体は荼毘に付して葬る。

墓場らしいものがあったので、それを整備して、一緒に埋めておいた。埋葬が終わると、更に先に進む。

仇を討つという感覚は無い。

ただ、この地を潰した魔物の存在を、身を以て教えてくれたわけだから感謝するし。

これ以上似たような犠牲者は出させない。

そうして、しばらく行くと、崩された見張り台を見つけた。かなり立派な石造りだが、真横からなぎ倒されている。

内部はある程度形が残っている遺物があって、それをディアンが見てあっと声を上げていた。

「それ、祭の時に飾る供物に似てる!」

「見せてご覧」

タオがすぐに確認する。

頷くと、タオは説明してくれた。

お守りの一種だと。

フォウレの里ではボディペイントなどの独自の風習があり、種拾いの戦士はディアンもそうだが複数のお守りを身に付けている。

それらは必ずしも威圧的なものばかりではなく、守護者に愛されるためのものという側面もあるらしい。

まあ素朴な信仰という奴だ。

調査中に奇襲されるのが非常に危ないので、皆には見張りについて貰うが。

タオは丁寧な検分の後、順番に解説してくれる。

「フォウレの里にあったものと傾向は同じだろうね。 そうなると、多分此処は、フォウレの里の先祖が一時的に……今の里に移る前に使っていた場所なんだろうと思う」

「でも、二百年前くらいだったら、もう今の里に人はいたみたいだぜ」

「いい質問だね。 フォウレの里の人達は神代に散り散りになって、各地に一度散ったんだ。 それらの人達は時間を掛けて戻って来たんだけれども、いきなり住んでいた場所を捨てて戻って来たわけじゃない。 段階を踏んで、故郷の地に近付いて行ったんだよ」

「そうなると、ここに住んでいた人達は」

全滅したわけではないのだろう。

フォウレの里の先祖達が住んでいた城は、この地に住んでいたのならもう知っていた可能性が高い。

だが、それでも一度住んでしまうと、その地に愛着も湧くし。

何より今の時代は魔物が人間よりも明確に強い。

それもあって、安定した土地に住めるのであったら。腰が重くなるのも、仕方が無い事だろう。

「何かしらに襲撃されて、それを切っ掛けにあの集落を捨てたんだろうね。 生き残りはフォウレの里に合流できたと思おう」

「……なんだかみんな、大変な人生を送っているんだな」

「今の時代はみんなそうだね。 安全な場所に引きこもっているとどうしても腐敗してしまうけれど。 勇気を出して外に出ても、魔物に殺されてしまう事もある。 悲しい話だよ」

フォウレの里の先祖達は、各地に散って、それぞれが迫害を受けていたとも聞く。

故郷に戻ることは悲願だったのだろうが。

その過程で、色々あったのだろう。

別の地に根付いたケースもあり。

この集落も、そういう過程での悲劇だった訳だ。

とりあえず、そろそろ一旦引き上げるとする。

何かしらヤバイのがいるのは間違いないだろう。結構大きめの見張り台が為す術なくなぎ倒されていたのだ。

それを考慮すると、集落を潰したのは超ド級でもおかしくない。

夜になる前に戻り、アトリエで地図の確認をする。

今日到達した地点から更に進むと、一気に勾配が急になるようである。

今の時点では強力な魔物には遭遇していないが、それも相手の縄張り次第ではどうなるかも分からない。

帰路で、港町で一度別れたクラウディアがとボオスとディアンが遅れて戻ってくる。

ディアンは、この辺りの子供達にかなり人気がある。

強いが弱い者いじめをしないということで、ヒーローとしての人気があるようだ。

それで調子に乗らないのだから、大したものだと思う。

港町や農村であたし達の事を超強いと広めているようなので、ちょっと恥ずかしいのだが。

それで子供達が聞いた話を全て正直に話してくれるので、情報収集は結果として楽になっている。

「何か収穫はあった?」

「うん。 またドラゴンだって。 私達が帰った後に、くるくる飛んでいたみたいだよ」

「妙じゃな。 もう想定される縄張りに入っているのだとすれば、仕掛けて来るのが普通だが」

「……やはり普通のドラゴンではないのかも知れませんね」

カラさんが小首を傾げている。

カラさんのいた奏波氏族は、ドラゴンとの関わりが深い氏族だ。ドラゴンについて知識も深いだろう。

だったらどうつきあえば良いのかも分かっている筈だ。

その常識が通じないとすると。

確かに、警戒すべきだろう。

「接触を急ごう。 どうも嫌な予感がする」

「俺もだ。 禁足地では、ずっとひりつく感触があった。 超ド級か、それに近い相手がいるかもしれねえ」

「ネメドの森には好戦的では無いフェンリルがいました。 こっちには好戦的なフェンリルがいてもおかしくはないですね」

パティが嫌な予想をするが。

フェンリルが神代の産物だろう事はほぼ疑いないとして。

まあ、何が出ても不思議では無いだろう。

「ライザ姉、一応この辺りにいるガイアさんとかのお仲間に声は掛けておいた。 最悪の場合も、避難誘導はしてくれると思う」

「お、気が利くね。 ありがとうディアン」

「俺たちのためでもあるからな。 あの人達、強くなれば強くなるほどすごさが分かるし」

「違いない」

他にも幾つか話をした後、解散とする。

さて、明日は更に城に近付く。

夜にデアドラさんが来て、何人か来て欲しいと言われたので、ついていく。

子供が行方不明になったという事で、急いで調べる。熱魔術を駆使し、クラウディアの音魔術も行使して、足跡を追跡。

幸い、くさむらに隠れている子供を無事に発見できた。

わっとディアンに抱きつく子供。

そして、それを見届けるように、周囲に魔物が現れる。

知恵が回る奴だ。

敢えてエサを放置しておいて、もっとたくさんの人間を釣るつもりだったというわけだ。

生憎だったな。

釣りをしている腕ごと食い千切ってくれる。

魔物は走鳥で、かなり巨大だが。怖れる理由は無い。

「ディアン、その子を死んでも守って!」

「おう!」

「寝る前の運動だ。 まとめてぶっ潰してやる!」

やり口が不愉快だからだろう。

レントも吠えると、襲いかかってきた走鳥に、容赦なく猛威を振るう。またたくまに数羽が叩き潰されると、明らかに怯む走鳥だが。

逃げようとした退路には、既にパティが回り込んでいて。文字通り一閃していた。

足をそのまま切りおとされて、地面に倒れた走鳥を、種拾いの戦士達が容赦なく仕留めていく。

あたしは後ろから襲いかかってきた走鳥に、後ろ回し蹴りを浴びせる。

太くて頑強な足を持つ走鳥だが、あたしの蹴り技は生半可な倍率を筋肉に掛けていない。元々鍛えている上に、錬金術の装備で極限まで強化している。

もう、こいつ程度に遅れを取らない。

ぼぎりと音がして、体内を砕かれた走鳥が真横に吹っ飛ぶ。勿論致命傷だ。

すぐに戦場は静かになっていた。

デアドラさんが、ディアンに子供を里に連れて戻るように指示。

灯りで周囲を照らし警戒しながら、走鳥の死骸を運んで行く。

飛ぶ鳥よりも頭が悪い事が多い走鳥だが、魔術は普通に使ってくるし、こういう狡猾な狩りもする。

まあ、人間を殺すためなのだろう。

或いは知恵と言うよりも、本能の可能性もある。

畜産をやっていると分かるのだが、人間は学んで出来るようになることを、動物はどの個体も出来る場合が多い。

それは本能として、体に刻まれている事だからだ。

死体の処理を終えて、里に凱旋。

デアドラさんが、不安そうにしている里の皆に、声を張り上げていた。

「ライザ殿達が的確に子供を見つけ、救ってくれた! その働き比類なし!」

「おお……」

「流石にあのマンドレイクを倒してくれた事だけはある!」

「ただ、まだ何かの襲撃があっても不思議でない! 今晩は警戒を密にし、外出は控えて欲しい!」

ふと気付く。

里の一角に、かなりの量の木材が積まれている。

そうか、今日はあの木材を確保してきていたのか。

だから森にいる魔物が、目をつけてきたのかも知れなかった。

一風呂浴びて寝るか。

そう思ったところで、デアドラさんに言われる。

「ライザ殿、相変わらずの手並みで感心する。 それに……」

デアドラさんは、泣いている子供を慰めているディアンを見る。

まだ幼い子だ。

怒るよりも、まずは無事を喜ぶべきだと、分かっているのだろう。

「昔のディアンだったら、あの子を守れと言われても、魔物を倒す事を優先して、被害者を出していたかも知れない。 あの子がしっかり成長しているのは貴方のおかげだ」

「ディアンは凄い速度で成長しています。 あたしの影響だけじゃないですよ」

「謙遜だな。 とにかく感謝する」

敬礼を受けたので、敬礼で返す。

まだこっちに嫌悪の目を向けている老人もいる。

だが、里の人達は、概ねあたし達を好意的に見てくれている。それが追い風になると信じたかった。

 

翌日。地図を作り、座標を集めながら、更に城へと向かう。

勾配が急になってきて、今まであった道らしいものも消えて失せる。あのデカイ城は、ネメドの森の中にあったフォウレの里の先祖達が作ったものよりも大きいかも知れない。それなら人の出入りがあった筈だが。

この辺りは、とてもそうだとは思えなかった。

勾配が急なだけではない。

狭い道が、山肌近くにあって、滑り落ちたら死を覚悟しなければならないような場所もある。

こんな所に限って珍しい薬草があったりする。

セリさんが、植物魔術で崖に階段を作り、それを取りに行くのを護衛する。

セリさんが薬草を集めているのが、オーリムを救うためだというのは分かっているので、その行動は止められない。

ましてやあたし達に、とめる資格は無いだろう。

こっちを伺っているアードラ。

かなり距離があるが、隙があれば仕掛けて来るだろう。

セリさんが、ある程度の収穫を済ませて上がってくる。

崖の下は川になっていて、サメがこっちを数体見ている。水鉄砲を使ってくる種類もいるので、この距離でも安心は出来ない。

落ちてくれば美味しい獲物にありつけるのだ。

まあ、待ち構えるのは、わからないでもない。

植物魔術を使って、足場を片付けるセリさん。

アンペルさんが提案する。

「崖際に手すりか何かを作って貰えないだろうか。 戦闘の時にいちいち作ると危ないだろう」

「提案は悪くないのだけれど、この状態だとむしろ地盤が弱くなって危ないわね。 ライザが戦うと、いつも地盤が粉々になるし」

「あはは、すみません……」

そっか、あれのこと、あまりよく思っていなかったのか。

確かに地盤まで砕くような蹴り技を使うと、植物にも影響はある。怒るのはもっともだし、仕方がない。

とにかく崖は急いで抜ける。

この崖、なんというか。

王都近くの地形を思い出す。

「パティ、懐かしいねこれ」

「えっ? ……ああ、確かにそうですね。 私はちょっと、怖いのであまり思い出したくはないですが……」

「あの頃はまだ初々しかったもんね」

「今だって図太くはないです」

パティもちょっとまだこういう所は可愛いな。すっかり歴戦の戦士になったが、あたしよりもだいぶ人間らしいと思う。

崖を抜けたが、勾配の急さは変わらない。

魔物も複数がこっちを見ているが。安易に仕掛けては来ない。これは、先の集落にいた連中よりも、ずっと練度も戦闘力も高いからだろう。

こっちの実力を測れるから、仕掛けてこないのだ。

より手強い相手だと言える。

また集落だ。

急勾配に貼り付くような集落の跡地。

此処も滅ぼされたんだろうけれども、ちょっと雰囲気が違うな。

タオが調べて、これはと声を上げる。

「ライザ、周囲を警戒して。 ちょっと本気で調べる」

「分かった!」

見ると、急勾配の一部を崩して、段々の畑を作った形跡が彼方此方に残されている。これはここに住んでいた人達がやったとみて良いだろう。

ちょっとおかしいのは、残されている建物だ。

これは石材か。

いや、ちょっと違うな。

神代の遺跡に見られるようなものともまた違っている。それよりも洗練されていないというか。

程なくして、タオが結論を出していた。

「700年ほど前のものだね」

「下の方の集落と全然年代が違うな!」

「うん。 古代クリント王国が全土を支配する前の時代のものだよ。 しかも、これらは家と言うよりも駐屯地だ」

古代クリント王国はたまたま全土を支配しただけで、その時代は錬金術師が他の国にも存在していた。

それは王都近郊の遺跡でも知った。

またその時代は人間も多く、アーミーも存在していた。

駐屯地というのは、アーミーが拠点にしていた場所だ。つまりこの先の城は、その時代より前にあったとみて良い。

ネメドの森の城は、密林の内部だから気付けなかったかも知れないが。

こっちは古代クリント王国以前には、存在を知られていても不思議では無い。錬金術師が、アーミーと一緒に来てもおかしくは無いだろう。

ボオスが警戒しながらタオに聞く。

「此処はどうして潰れたんだ」

「調べているけれど、あわてて逃げ出したような様子はないね。 引き払ったんだと思う」

「この先が神代の遺跡だとしても?」

「可能性は幾つかあるけれど、手に負えない相手だったのか、それとも興味を持てなかったのか。 でも、後者の可能性は低いだろうね。 段々の畑は長期的に居着くためにつくったんだ。 アーミーはこういうのをやっていたって記録がある」

それは同感だ。

あたしも何度か神代の遺跡にあたったが、オーバーテクノロジーの塊だらけだった。

古代クリント王国はたまたま勝ち残ったが、恐らく何処かしらの神代の遺跡の発掘に成功したからだとみて良いだろう。

他の国も倫理観では大して変わらなかったようだし。

遺跡については喉から手が出る程欲しかったはずだ。

アーミーまで繰り出して調査に来ていて撤退したのだとすれば。

それは、やはり神代鎧や超ド級に手も足も出なかったのだろう。

もしもそれらを駆逐出来ていたのだとすれば、あの城そのものが既に残っていないだろう。

それくらい、根こそぎしゃぶり尽くしているはずだ。

「気を付けてライザ。 何が出るか分からない。 更にドラゴンがいる懸念まである」

「分かってる。 それよりも……」

この駐屯地そのものは、そういった化け物級の魔物に荒らされた気配がない。それもまた、不可解だ。

神代の連中は傲慢極まりなく、他の人間を劣等血族とまで言っていた。そんな連中が、遺跡荒らしを許すだろうか。

ともかく、警戒する必要がある。

更に先に。

そして、丘を越えたところで、見えてきた。

前にこの光景を、これほどの規模では無いが見たことがある。クーケン島近くの谷で、である。

塔に続いていた谷は、古代クリント王国のアーミーが、何万という単位でフィルフサに踏みにじられた土地だった。

あれほど悲惨ではなかったとしても。

此処では、似たような事が起きたのだと、一目で分かる。

彼方此方に戦闘の痕跡がある。

あの駐屯地にいたアーミーは、錬金術師もろとも踏みにじられてしまったのだろう。

大型のゴーレムの残骸。

苔むしているそれには、抉り取られたような跡。

幽霊鎧の残骸も彼方此方に散らばっている。

どれもねじ切られていたり、ひねり潰されていたり。

やはりここに来た何処かしらの国のアーミーは。可能な限りの戦力を持ち込んでいたのだとみていい。

そして返り討ちにされたのだ。

東の地の侍や忍び達でさえ、神代の魔物相手には防戦で手一杯だったのだ。

数だけ揃えても、とてもではないが神代の遺跡の攻略なんて無理だ。ガーディアンには、フィルフサの将軍級の相手だって珍しく無いのだから。それどころか、空間や時間に関する魔術だって使ってくるものがいる。

戦慄しているフェデリーカに咳払いすると、とりあえず今日は偵察だけにする。

此処で戦闘が行われたのは確実。

千単位のアーミーの人達が踏み砕かれ、ほぼ全滅したのだろう。

そもそも誰も生き残らなかったから、駐屯地は残っていた。それどころか、城のガーディアンは蠅でも払う感覚だったのだろう。だから追い払うだけで満足して、追撃はしなかった。

それだけのことだ。

見えてきた。

城だ。

城には傷一つついていない。それどころか、この地点からは分かった。気配がびりびりする。

それは本当に気配を感じているのでは無く、五感が危険を察知しているのだというのは分かるが。

この先には、千人単位のアーミーを苦もなく蹂躙した魔物がいる。

それも現在の戦士達よりも進んだ兵器を持っていた上に、戦闘用の幽霊鎧やゴーレムも使役していたのにだ。

「ライザ姉、多分フェンリルがいる。 それも凄く強い奴だ」

「ふむ、フェンリルか……」

「どうするライザ。 そろそろ夕方になるけれど」

「論ずるまでもなし。 一度戻ろうか」

此処までの調査だけで今日は充分である。それよりも、あたし達の視界からドラゴンが確認できていない事が気になる。

既に禁足地のかなり奧にまで踏み込んでいるのだが。

やはり嫌な予感は消えてくれない。

この様子だと、フェンリルだけでは無い。もっと色々と、ろくでもない相手とやり合うことになるだろう。

空間操作使いが弱かった試しが無い。

それもディアンが強いとまでいうのなら、以前サルドニカで交戦した二個体のどっちよりも強いだろう。

かなりしんどい戦いになりそうだ。

あたしは、既に腹をくくっていた。

 

4、赤竜は見えず

 

日暮れから少し経った頃、港町に到着。カンテラで周囲を照らしながら、帰路を急いでいる途中。

騒ぎが聞こえた。

確認しにいく。

海の側だ。強力な魔物が出てもおかしくは無い。密林に、今まであたし達とかち合わなかっただけの強力な奴がいても不思議では無い。

しかし、それは予想外の話だった。

「ドラゴンだ! 今までに無い程近かった!」

「とんでもない大きさだったぞ! あれは本当にこの街に攻めてこないのか!?」

泣いている子供の声。

これは尋常じゃないな。

あたしが顔を出すと、すぐに皆黙る。何人か、人脈を作っている相手と話をしてみると、話は共通だった。

ドラゴンが飛んでいた。

今までになく港町に近かった。

大きさは確認した感じでは、あたしの歩幅で四十歩から五十歩くらい。かなりの巨大さだ。

エンシェントドラゴンには山ほど大きい個体がいるらしいが、そういうのは以前オーリムで聞いた死のために此方の世界にわたって来る者だろう。

だが、竜風が起きていない以上。

この世界で育ったドラゴンとみて良い。

ただし、気になるのは。

あたし達が誰もそれを見ていない、ということだ。

「妙だな。 やっぱり俺たちは何も見ていないぞ」

「それだけじゃねえ。 気配もなかった」

「音魔術でも飛行音は捕らえていないよ」

「フィー!」

フィーが自己主張。

そうだ。フィーはドラゴンと極めて生態が近い存在。ドラゴンの魔力を吸収して生命に変える。

だったらそんなばかでかいドラゴンがいたら、気付かないはずがない。

「集団幻覚か何かか? でもそんな薬物とかの蔓延は聞いてもいないぞ」

「ないわ」

セリさんが即答。

セリさんは植物魔術のエキスパート。そういった幻覚作用などがある植物にも知識が豊富だ。

幻覚を見せて獲物を補食する植物の魔物は存在しているらしく。

そういうのを知っているから言えるという。

少なくとも、集団に存在を錯覚させるような強烈な毒物の気配はないと。

念の為、クラウディアとボオスとディアンには、聞き取りのために港町に残って貰う。あたしたちは、フォウレの里のアトリエに戻る。

アトリエで荷物を置いた後、手分けして話を聞く。

そうすると、妙な話が聞けた。

ドラゴンについて目撃した人が何人かいたのだが、いずれもが海の方を飛んでいたというのだ。

港町近辺どころか、突き抜けて海だ。

これはどうにもおかしいな。

験者にも一応話は共有しておく。

そもそもフォウレの里は、何度も竜風に見舞われており、その度にドラゴンを見ている。いま生きている人はともかく、ドラゴンへの信仰が存在していて。知識もある程度はあるはずだ。

見間違えるとは思わないが。

こう矛盾が生じると、今後何かしらの事が起きてもおかしくは無い。

既に何かの強力な魔術が展開されている可能性もある。

ドラゴンだったら、どれだけの強力な魔術を使ってもおかしくない。空間操作にしても、時間操作にしてもだ。

クラウディア達が戻って来たので、夕食にしながら話をする。

やはりドラゴンが見えていた座標が違う。

ただ、はっきりしてきたことがある。

このままだとパニックになる。

最悪、ドラゴンが出てもいないのにパニックが起きて大勢の死者が出たり。それであたし達は此処での調査を続けられなくなる可能性すらある。

それは問題だ。

それに、集団ヒステリーが起きるにしても、薬物の気配は無い。だとすると魔術の可能性が高いが。

これほどの広範囲の人間に影響を出し。

それでいて、あたし達には影響を与えないなんて事があるだろうか。

港町から長老が来たらしい。

験者が対応に当たっているようだ。

しばらく話をしていたが、当然アトリエに験者がデアドラさんと一緒に来た。かなり深刻な顔をしている。

調査の進捗を聞かれたので、見てきたものを話す。

古代クリント王国以前の古戦場。

それも蹂躙された跡。

その話をすると、験者は流石に青ざめていた。

「この地にそれだけの規模のアーミーが来て、しかも返り討ちに会っていたのか」

「ほぼ間違いなく相手は神代の遺跡とガーディアンですね。 ディアンはフェンリルの気配を感じたと言っています。 しかもネメドの森にいる個体と違って、敵意剥き出しの相手です」

「そうか。 だとすると、ライザどの以外の誰でも相手は無理であろうな」

「あたしだけでは勝てる自信はあまりないです」

あたしの周囲にいるスペシャリスト達が、勝利の確率を上げる。ただそれだけだ。

咳払いすると、験者は続ける。

「港町の方では、恐怖が拡がっている。 ドラゴンが、禁足地にライザどのが入ったために怒っているのではないか、というのだ」

「時系列が矛盾していますが」

「ああ、分かっている」

そもそもだ。

あたしがフォウレに再度上陸する前から、ドラゴンの目撃例は出ていたという話なのに。どうしてあたし達の禁足地への侵入が原因になっているのか。

験者は苦々しく言う。

「恐怖に狂うと人間はそんな事も分からなくなる。 実際我等フォウレの里の民だって、それは人の事を言えぬ」

「この里の人々と、港の人々でドラゴンの見えている座標が違っていたことは話していただけましたか?」

「うむ。 それを聞いて、ようやく帰ってもらったのだ」

「なるほど、まだ最低限の理性は残っているようですね」

ただ、これ以上はまずい。それはあたしもはっきり断言できる。

対応は考えなければならない。

ドラゴンは決して侮れる相手では無い。あたし達にすら気配を感じさせない、とんでもない奴かも知れない。

それにだ。

神代に改造されたようなやつだったら、更に凶悪な可能性だってある。

幻覚の一言で片付けるほど、あたしも楽観的では無い。

ましてや神代の遺跡が禁足地にあるのはほぼ確定なのだ。フェンリルだけがガーディアンとは思えない。

まあフェンリルが一体いるだけで、生半可な戦力では手も足も出ないだろうけれども。

「分かりました。 どうにか対応を試みます」

「ありがたい。 何から何まで迷惑を掛ける!」

「いえ。 それにもしもドラゴンなら、人間に害を為すなら駆除しないといけませんし。 この辺りが全て灰燼に帰す可能性もありますから」

「そうだな。 ともかく我等には対応の手段が見当もつかん。 頼むぞ」

験者が頭を下げて戻っていく。

胃が痛いだろうな。そう思って、あたしは同情した。

ともかく、色々と足踏みしているが。それでもどうにかしなければならないだろう。

あたしは、皆に意見を募る。

そして、これは出来るだけ急いで、遺跡を攻略しないとダメだろうなとも思った。

 

(続)