地獄は閉じられる

 

序、まずは打通へ

 

数度の戦闘を経て分かる。この辺りの魔物は、明らかに組織化されている。多数の種族の魔物が、明らかに連携している。しかしあの悪魔みたいな奴の姿はない。サマエルだったか。あれを倒してから、次は現れていない。

そうなると、この辺りの遺跡が何か悪さをしている可能性もある。

あたしはかなり疲弊が激しい皆を見やる。一度戻る事も想定しないとまずいだろうこれは。

それくらい、連戦が続いているのだ。

「ライザ!」

タオが手を振っている。

先行していたクリフォードさんと連携して地図を作ってくれていた。この辺りは山ばかりで、あたしが跳んでも周囲を把握しきれない。だから、あたし以上に高く跳躍できるクリフォードさんが本当に頼りになる。

あの人は今、この世界で最強のスカウトかも知れない。

既に聞いている。

そろそろこの辺りで海に抜けると。タオの説明だから間違いないし、それに海辺の特徴が空に現れ始めていた。

坂を駆け上がる。

峠の上に出ると、それが見えた。

海だ。

海がどこまでも拡がっている。この辺りの海は海流に問題があって、商船も殆ど通らないらしい。

東の地の侍や忍びが、必死の覚悟で船を出して調査したのだろう。少しでもこの辺りを調べ、勝機を探るために。

その調査が、今。

やっと実を結んだことになる。

「おおっ!」

「ついに海に抜けたか!」

伊賀さんをはじめとした忍びの人達が、歓喜の声を上げている。数度の戦いで消耗はしているが、それでもついにここまで来たのだ。

一度戻るのも手ではあるかな。

あたしはそう思いながら、この少し前に作った拠点へと戻る。皆の疲弊も溜まっているし。

この辺りで集めた素材も吟味しておきたい。

錬金釜は持ち歩いているので、調合も出来る。

とにかく、一度戦略上の目的は達した。最初の目的である、北の地の海までの踏破は此処に成ったのである。

まずは、皆で軽く話をする。

此処からどう調査をして行くかが問題になる。

最初に挙手したのは伊賀さんだ。咳払いすると、まずは海へ打通した事と、この地の魔物の異常性について征夷大将軍への報告をしたいという。

話については分かる。

それにだ。

「僕も賛成かな。 東の地の内部とはいえ人が住んでいる地域と同等の広さがあるこの北の地を、一度で踏破するのは現実的じゃない。 これから数度、怪しい場所を探って行くことになるし、人員の入れ替えや、なんなら戦闘専門の侍の部隊に来て貰うのもありだと思う」

「俺も賛成だな。 忍びのあんたらも良い腕をしてるが、それでも侍の突破力には及ばない。 この地の魔物には空間使いも時間使いもいる。 それが数で攻めてくる以上、調査には戦闘力も必要だ」

タオもクリフォードさんも賛成か。

更に言うと、クラウディアも挙手する。

「まずは大まかに調査しながら、敵の本丸を探す作業だよね。 ネメドの大森林より此処は危ないし、それ以上に広いみたいだよ。 私も一旦は戻って、一時報告を出すべきだと思う」

「私も同感です。 この地の長である征夷大将軍様には、一度情報を共有すべきです。 それに……タオさんの受け売りですが、この移動した範囲に遺跡はない。 それがそもそも成果の一つだと思います」

パティも賛成か。

反対意見はないかと見回すが、無さそうだ。

戦いたいと顔に書いているディアンですら、別に留まる必要は感じていないようであるし。

ならば、あたしの決断は決まっている。

「よし、一度戻ろう。 帰路で魔物がどれほど仕掛けて来るかもしっかり確認しておきたいし」

「ありがたし。 あやめよ、報告書をまとめておけ。 ライザ殿にはすぐに次の調査に出て貰うとして、我等がその足を引っ張る事があってはならぬ」

「承知」

助かる。

手練れの侍の力はアガーテ姉さんや全盛期のザムエルさんにも匹敵する。次はスカウトの忍びを減らして、侍を増やせばもう少し戦闘が楽になる可能性が高い。

帰路は行きよりもだいぶ楽になる。打通した経路の周辺をちょっと寄り道しながら調べるが。

魔物の戦力が異常な事。

ネメドなみに暑い事を除けば。

この辺りは、とても美しくて、自然豊かな森だ。

巨大な魔物や、子鬼が闊歩していなければ、こんなに緊張して歩き回らなくても良かっただろう。

途中で設置した拠点を経由して、その周囲も調べておく。

魔物は何度も戦ってその度に駆逐したが、規模を落としながらもこっちをあからさまに監視している。

隙があれば仕掛けて来るつもりだ。

本当に油断ならない。

これでは半端な戦力で踏み込めば、全滅するだけである。今まで調査が上手く行かなかったのも納得だ。

それこそ東の地の全戦力を投入しても、全土踏破は厳しいだろう。

だったらあたし達が少数精鋭を募って、それでピンポイントで調べて行くしかない。

遠くに見える印象的な地形なども、タオがメモを取っている。今までは、それさえ出来なかったのだ。

奇襲も多い。

野良の魔物は、この辺りは人間がいないこともあって育ちきっているようで。非常に強力だが。

それはそれとして、子供の魔物もいるにはいる。

それらも奇襲は仕掛けて来る。人間は見たことがない獲物に見えるのだろう。当然、全部返り討ちだが。

タオはその生態を、丁寧に調べていた。

「やはりネメド近辺と魔物の傾向が似ている。 考えて見れば、ネメドもそもそも神代に抵抗した土地だ。 無関係じゃないのかも知れない」

「違うのはフォウレの里の先祖は敗れて逃げた事だよね」

「うん。 だから使った生物兵器は、あの程度の数で済んでいたのかも知れないね。 この地では敗れなかった。 だから徹底的に魔物を配布した」

神代のやり口は本当に反吐が出る。

ただタオは、あくまで仮説だよと念押しする。

確かにこの辺りの遺跡に、それを示唆する証拠がまだ見つかっていない。それにあたしの仮説。

超大型の育成施設などもまだ見つかっていない以上、あくまでそれは仮説であると、自身に念は押さないといけないだろう。

まあ、実際に見つかっている数多の証拠で神代の錬金術師がカスの集まりだったことは事実なのだ。

だから、此処で起きている事を決めつけなければ、それでいいか。

北の地の境まで、一日少しほどで到達。山道ばっかり歩いて少し疲れたが。ともかく、北の砦に戻る。

まだベヒィモスのしがいは残っていたし、戦場の片付けは続いていた。

全員生還を、砦にいた姉小路さんは祝ってくれた。

疲れている皆に、丸根砦に設置したアトリエで、ゆっくり風呂に入って休んできてとあたしは告げる。

此処から、戦力を再編し。

状況の共有を行い。

そして、再度のトライ開始だ。

 

あたしも一日ゆっくり休んで、北の砦に出向く。薬なんかは補充はいらないが、爆弾とかはコンテナから幾らか補充した。

既に北の砦には、第二次遠征部隊の面子が集まっていた。今度は伊賀さんは出ないらしい。

あやめさんが隠密部隊の指揮を執り、侍の指揮は安東という侍大将が執るらしかった。見ると、まだ若い侍で、ディアンと殆ど年が変わらない。子鬼を二体倒しているが、とにかくまだ若くて集団の指揮に慣れていない。

ただし腕前は非常に優れているので、今回の遠征で武勲を立て、未来のためにお膳立てをしたい。

そういう話らしかった。

まあ有望な戦士にそういった措置をするのは。あたしとしても分からないでもない。

あたしもクーケン島ではそういう風に扱って貰っていたのだ。そうでなければ、とっくに結婚させられていただろうし。レントやタオとつるんで悪ガキ軍団なんて続けていられなかっただろう。

顔合わせしたあと、すぐに外で整列する。

当世具足に明らかに着られている雰囲気だ安東さん。ディアンが年も近いので絡みに行くが。安東さんはかなり緊張しているようだった。

「指揮などするのは初めてで、しかもこの先は初めて生還者が出たほどの死地。 最善は尽くすが、あまり交友などしている余裕はござらぬ。 無礼があれば詫び申す」

「うわー、堅いな。 それじゃ戦えなくないか」

「ディアン、まずは戦闘で手並みを見よう。 子鬼とはいえ、二体も倒しているなら、充分過ぎる手練れだよ」

「ライザ姉、安東が手練れなのはわかる。 これから伸びる竹みたいに勢いがあって鋭いし強い。 でも、緊張してると強さが発揮できないと思うぞ」

まあ、それもそうか。

今回は十人の忍び、侍が十五人ついてきてくれる。所帯が大きくなるから、仮説の拠点も大きくする必要があるが。

まあその程度の拠点で良いのなら、作るのは苦労しない。

荷車は五台体制になり、侍が全て引いてくれる事になった。なお、着いてくるのはみんな侍大将以上の人員らしい。

最低位の侍を足軽というのだが。

今回の遠征では、足軽は流石に従軍させられないと、報告書から判断したのだろう。この人数を遠征に出すだけでも、征夷大将軍は大奮発してくれたと言える。

タオが地図を先に拡げて説明。

今回は北の地に入ると、まずは北東に向かい、海への打通を目指す。

地図から見て、海に打通するまで三日から四日。帰路はその半分程度。戦闘は大規模なものが三回程度は想定される。もしも遺跡が見つかった場合、其処を守るガーディアンもいるだろうと。その場合は、超ド級相手の厳しい戦闘になる可能性が高いとも。最悪の場合は撤退戦になる。その覚悟もして欲しいと、タオは皆に告げた。

パティを一瞥。

昨日、ベヒィモスとサマエルとの戦いで失ったハイチタニウム主体の大太刀を、新調して渡したのだ。

基本的にハイチタニウムは作るのは難しく無いので、そんなに恐縮しなくていいのにと思ったのだけれども。

それでもパティとしては、刀を失ったのは剣士の恥として考えているようで。

もっと上手に戦わないとと、ちょっと気合が入っている。

パティとも安東さんは年が近い。その上若き俊英どうしである。それぞれ刺激があるかも知れない。

いずれにしても、あたしはしっかり見ていかないとまずいだろう。

打ち合わせが終わったら、すぐに出る。

安東さんは、誰にも対応が丁寧だ。若い天才は傲慢だったりするのだが、そういう事もない。

或いはだが、周囲にもっと優れた侍がいて。そういう侍が戦死した中自分だけ生き残ったのか。

考えられる話だ。

この地で言われる鬼は空間使い時間使いが珍しく無い。そういうのと戦い続ければ、初見殺しにどうしても当たってしまう。

ならば、運が良かったと思って、それで自信を持てない可能性もある。まあ、想像だが。

ともかく、戦地に出向く。

此処からは、油断すれば一瞬で命が吹き飛ぶ。勿論周りで支えはするし、あたしの目が届く範囲で戦死者なんか出させないが。

それでも、油断だけは、絶対に出来ない。

出立。

エイトウトウ、エイトウトウ。

北の砦から、そう勝ち鬨が聞こえた。

今まで触れる事も出来なかった土地が暴かれる。

閉鎖的で何もかも拒んでいるような土地だったら、むしろあたし達は普段アンペルさんがやっているみたいなダーティーな手管を使わなければならなかったかも知れないのだけれども。

この土地では、血縁での地位の相続禁止。

武を何よりも貴ぶ。

この二つがあったから、奇跡的に上手く行った。

あたしが感応夢で見た、タームラさんの言葉が、上手に引き継がれたこと。引き継がれたのも、此処の異常に厳しい状態が作用したこと。

それらがあったからなのだろう。

北の地に踏み込む。

侍衆に、レントが声を張り上げる。

「此処からはいつ魔物が来てもおかしくない! 逃げても絶対に逃げ切れないから、戦闘の時は円陣を組む! 防御陣を構築して戦いやすいように魔術で膳立てするから、心置きなく戦って欲しい!」

「応っ!」

「よし、みんな行くよ!」

あたしが先頭に立つ。

そして、タオが指示した通り、まずは北東を目指すのだった。

 

ガイアは半数ほどの同胞を北の砦に待機させ、残り半数を東の地各地に散らせた。

ライザリンが来るまでの戦いで五名、ライザリンが来てからの決戦で一名が戦死したが、それでもなんとか補充が出来る範囲内だ。

今までの厳しい戦い。

フィルフサの大侵攻とぶつかり合った時とか。

東の地での戦いで、超ド級とやりあった時とか。

そういうときに比べれば被害も驚くほど小さい。

それどころか、ライザリンの作った義眼。なんどか目に手をやったが、これの性能は。

明らかに、神代の技術を凌いでいる。

だから、報告をしなければならなかった。

報告書をまとめて、母のいる空間に出向く。

コマンダーは出払っていた。希望たるアインは睡眠中……というよりも、体の調整中だ。今までよりもずっと動けるようになってきたが、それでもまだまだ培養液に浸かっている時の方が長い。

早く培養液の外に出して。

普通の子供として過ごさせてあげたい。

ガイアは、その母の願いを知っていた。

同胞全てが共有している事だった。

「ガイア、戻って来てくれましたね。 多くの同胞を失いましたが、それでも東の地での凶事は避けられたようで何よりです」

「はっ。 ライザリンの強さ、能力、間近で確認して参りました。 それと……」

「分かっています。 義眼ですね。 今スキャンします」

幾つかの自動機械が来て、ガイアの全身をスキャンする。

同胞で最年長の体だ。

前バージョンのモデルは定期的に延命措置を受けなければならなかった。神代はそれで同胞の先祖を縛ろうとしていた節がある。

だが、それは上手く行かなかった。

東の地では同胞の前モデルであるタームラが反乱を起こし、赴任していた錬金術師達を全滅させた。

その後タームラは征夷大将軍となり、どうやれば神代と戦えるのかを教えて、それで寿命を全うした。

ホムンクルスという作られた命だ。

それでも、その生き方は。

神代の錬金術師なんかよりもよっぽど立派だったし。

何よりも誇り高い。

人間の要素を弄くって、性欲のはけ口兼都合がいい奴隷として作り出されたホムンクルスだが。

むしろ、よほど人間らしかったのだと言えるだろう。

「解析が終わりました。 これは革新的な技術が使われています。 データベースに残されているどの技術とも違いますね」

「やはり神代の誰よりも上でしょうか」

「……いえ。 そもそも神代は、技術を受け継いだだけの存在に過ぎません。 仮説ですが、誰かもっと祖となる存在がいた可能性があります。 データベースの中に、気になる単語を見つけています」

「お聞かせください」

母は告げる。

旅の人、と。

その存在は、全く正体が分からないと言う。というよりも、必死なまでに隠蔽している節があるとか。

神代の前の時代には、冬という破滅の時代があった事が分かっている。

何もかもが死に絶えた、悪夢のような時代だったそうだ。

ガイアもその惨禍は聞かされているが。

確かに我欲が人間の皮だけ被っていたような神代の錬金術師達が、そこから立ち直ったとはどうにも考えにくいのだ。

オーレン族のような互助を当たり前にしている種族や。

ライザリンのように、弱者のために全力を尽くし、邪悪に怒れる存在がいないと。絶対に人間は「冬」から立ち直ることなど出来なかっただろう。

ただ、その冬についても、記録が隠蔽されている。

母のハッキングは少しずつ進んでいるが、それでもまだ届いていないのである。

「それでライザリンはどうですか」

「凶猛にて慈悲深く、鬼神のようで有りながら慈母のようでもある。 強烈な二面性を持つエネルギッシュな人間です。 最強の才覚を持ちながら、欲望はほとんどなく、それどころか繁殖にはまるで興味がないようです」

「報告通りですね。 完全に異質すぎる存在です。 神代の錬金術師達は、欲望、特に性欲が強い人間は優秀で。 欲望のままに全てを蹂躙するべきだと常に説いていたようですが。 その真逆を行くライザリンが、神代の全てを越えていくのは面白くもあります」

そうだな。

ガイアも、ライザリンに対する敵意はなくなった。

ベヒィモス戦のあと、苛烈な戦闘で負傷して、疲弊しきったのに。

目が覚めるやいなや、負傷者の救命活動に尽力。多数の命を救った。

あれは計算で出来る事じゃない。

少なくとも神代の錬金術師だったら、無駄な事をしているとかいって、指をさして笑い転げていただろう。

「しばし東の地での監視を続行してください。 ライザリンの翻意だけには気を付けるようにしなくては」

「御意。 ライザリンは、この様子だと確定でここに来るでしょう。 後三ヶ月もかかりますまい」

「その時は、同胞全てを集めて、そして真実を話します。 ライザリンは今までの観察を分析する限り、それで我々と敵対する可能性は少ないでしょう。 なぜなら……」

母は、神代の技術から生まれた鬼子。

ある意味、神代の敵なのだから。

一礼すると、ガイアは東の地に戻る。多数暴れている子鬼共を、同胞とともに駆逐しなければならなかった。

 

1、連戦踏破

 

沼地だ。先行していたタオが、広大な湿地帯を確認。同時に、あたしは即応していた。

「全員後退! 先に見つけていた荒れ地に展開するよ!」

「はっ!」

「皆、さがれ! 遅れれば死ぬぞ!」

あやめさんの指揮する忍びは一丸になっているのに対して、安東さんはやっぱり指揮が不慣れだ。

だが、それも承知で侍大将達は安東さんを立てている。

間近で戦闘する所を見て、それは納得出来た。

凄い才覚の持ち主だ。

個人武勇と、今後の将来性という観点では、恐らく東の地の至宝とも言える。

この土地では、「若い者には旅をさせよ」という諺があるらしい。

まさに今、次代の征夷大将軍を、そうして育てているというわけだ。

走る。

もう魔物達は動き出している。

四十名弱のあたし達なんて、それこそ万に迫るだろう魔物からすれば、エサに過ぎないし。

何よりも人間に対する凄まじい敵意が、魔物達には植え付けられているのである。

地響きだ。

ずっと遠巻きに見守っていた魔物達が、一斉に迫ってきている。本来だったら沼地で身動きが取れなくなった所を強襲するつもりだったのだろうが、それに気付かれた。だったら、もう今仕掛けてしまおう。

安直な思考だが。

それもまた、有りなのかも知れない。

セリさんが手を振っている。

既に覇王樹の壁と、地面の下に張り巡らせた強靭な根。それに、空に向けて種を発射する対空砲の役割を果たす植物多数。それで作りあげた野戦陣地は完璧だ。今度の探索では、前回の探索の轍を生かし、こうして要所に野戦陣地を構築して、魔物が増え始めたらそこを中心に探索を広げている。

此処の魔物は、獲物を引きずり込んだと思うか、或いは少数で突出したと判断すると。一斉に雪崩のように襲いかかってくる。

だから、忍び衆は全員でまとまって動くように指示してある。

足が速いタオとクリフォードさん、パティとリラさんも同じだ。

侍衆と一緒にいる本隊と、この偵察チーム二つで周囲の探索を進め地図を埋め、今度の第二次遠征は今までは順調に進めていた。

セリさんが作りあげた野戦陣地に到達。

遅れている侍衆に、急いでと叫ぶ。

全方位から、既に魔物の群れが迫っている。ラプトル鼬走鳥サメ、本当になんでもいる。あたしはセリさんが展開した植物を蹴って跳躍すると、さっそくフォトンクエーサー広域制圧型を叩き込んで、熱烈な歓迎をさせて貰う。

それで、皆が野戦陣地に逃げ込む時間を作ることもある。

クラウディアも、上空に矢をぶっ放す。

それは炸裂して、魔物の群れを頭上から襲う。次々に倒れながらも、魔物は劫火と矢の雨、それにカラさんの大魔術をかいくぐって、野戦陣地に押し寄せてくる。

侍衆が、覇王樹にわざと明けている穴の一つを担当。接近戦組もそれぞれ穴を担当して、猛烈な肉弾戦に突入する。

此処には丁度簡易拠点も作ってある。

それを砦にして、敵を迎撃するのだ。

既に第二次遠征での大規模戦闘は二回目。タオの見た手だと、明日には海に着くという話だが。

この北東方面は水はけが悪いようで、またまん丸の湖も複数見られた。

今まで危険すぎて地図にも起こせなかった地点が、地図になっていくのは良いことなのだが。

それには、こうして途方もない数の魔物を捌かなければならない。

レントが押されている。マンドレイクが来ている。凄まじい金切り声を上げようとしている所に、あたしが熱槍千を束ねて叩き込む。

即座に炎上するマンドレイクだが。

燃えている表皮を吹っ飛ばして、内側からすぐになまめかしく濡れた体が姿を見せる。突出も出来ない。

そこに、クリフォードさんが斜め上からブーメランを叩き込む。

半ばまで抉るようにマンドレイクの体に食い込んだブーメランが、断末魔の絶叫を挙げさせる。

「やるな! 俺も負けていられねえ!」

「逸りすぎるなよ」

前に出るレントを、ボオスがたしなめる。

レントの大剣がうなりを上げ、右に左に大型の魔物をなぎ倒すが。どれも成長しきった鼬やラプトルだ。強いには強いが、今のレントの敵じゃない。

あたしは周囲に気を配りながら、要所に熱槍を叩き込み、時には爆弾を叩き込む。

投擲したアネモフラムが、今丁度面倒そうな魔術を放とうとしていた子鬼に直撃。だが、流石は鬼だ。

それに耐え抜くと、凄まじい怒りの咆哮を挙げた。だが、その時には、敵の中をつっきったパティが。その背後から一刀両断していた。

すぐに戻ってくるパティ。その撤退を援護する。

魔物は戦意が衰えない。

本当に狂熱に浮かされているように、全滅するまで突撃を繰り返してくる。子鬼もそれは同様だ。

真夜中に、戦闘が終わる。

負傷者もかなり出ていたので、すぐに手当てをする。

安東さんが、精根尽き果てた顔をしている。

個人で武勇を振るうのと勝手が違う。

そう顔に書かれていた。

「よし、交代して休んで。 明日はどういうルートで進むかだけれども」

「ライザリンどの、体力は底無しでござるか」

「いいや、結構疲れていますよ。 とにかく、交代して休んで、無理がないように明日に備えてください」

熟練した侍大将が音を上げているが。あたしだって体力は無限じゃあない。

ただ、この拠点はしっかりした風呂を作っていて。水についても地下深くから吸い上げている。

大々的にやると毛細管現象だので土地に塩害を招くのだが。

この程度の規模だったら問題ない。

会議を終えてから、風呂をゆっくり楽しむ。その後は、主に忍び衆が見張りをしてくれるというので、頼んで休ませて貰う。

周囲は魔物の残骸の山だが。

処理は明日でいい。

そもそも食糧は荷車に積んで持ってきてある。今回の行程の分は充分だし、なんなら倍に伸びても平気だ。

一晩ぐっすり休んでから、起きだす。

起きた時には、三交代最後の見張りをしていた忍び衆が、休みに入る。パティも同じくらいに起きだしてきたので、並んで体操をする。

レントがあたし達の盾なら、パティは剣だ。

鋭いまっすぐな剣筋はまさに見事で、常に先陣を切って敵を断つ。

今後も頼りにさせて貰う。

その真面目な性格は貴重だ。真面目な事を馬鹿にする風潮なんか滅びろ。真面目な人間が減れば減るほど、社会は暮らしづらいだめな所になるのだ。

体を動かして、すっきりしてから朝食にする。

流石にこの人数だとクラウディアとパティとフェデリーカだけだと厳しいので。侍衆で料理が出来る人にも手伝って貰う。

朝の時間帯は、忍び衆は休んでいて貰う。

ギリギリまで休んで貰って、食事が出来たら起きて貰うくらいでいい。

この時間帯は、もう奇襲なんて受けることはないし。

それに、だいたい分かる。

今回の第二次遠征は外れだ。

海のすぐ近くまでもう来ているのに、超ド級の気配もない。それに、海のすぐ側に遺跡を作るとも考えにくい。

だいたいこの沼地だらけの地形。

遠くから発見してくれといわんばかりだ。

超ド級としても動きづらいだろうし、少なくともこの辺りに遺跡は無い。帰りに少し寄り道をするにしても、あまり期待できないだろう。

そうなると次の第三次遠征。

北の砦から北西に進むルートが本命か。

食事は肉が中心だが、これは力をつけるためだ。侍衆が食事をしている内に、あたしは外に出て、腐り始めている魔物の死体を全部焼き払ってしまう。スカベンジャーが危険を悟って逃げ出す。風をカラさんが操作して、こっちに煙が来ないようにする。

全部まとめて焼き尽くすのは、この地に住まう魔物に見せつけるためだ。

人間に手を出したらどうなるか。

人間を舐め腐っている獣なんて、それこそ害を為す存在以外の何者でもない。多少措置は厳しいが。

こうやってしっかり対応してしまうのが最良である。

そうして、距離をちゃんと取れば。今後は人間ときちんとやっていけるようになる。動物との接し方の基本だ。

知識人ぶった輩が人間も動物だとか抜かすが。畜産経験者から言わせれば、本当に救いようがない寝言である。

動物と違う生き方をしているから、人間は文明を構築し、なんとか持ち堪える事が出来ているのだ。

文明の利点ばかりつまみ食いして、何が人間も動物だ、か。

ともかく、今まで千数百年分たまった膿を、こうして出してしまわなければならないのである。

焼き尽くした死骸は崩しておく。

そうすることで、長い年月を経て肥料になり。この土地を豊かにするだろう。

一通り作業が終わった所で、また北東に向かう。

案外あっさり海に出ていた。この方面も、打通成功だ。

海岸際には山が多いのだが、これには理由があるのだろうか。ちょっとあたしには分からない。

ただ、変な形の入り江が多いな、とは思う。

「これ、なんだろうね。 丸い入り江に思えるけど」

「隕石が落ちたにしては不自然なんだよね。 ライザの大火力魔術でも、此処までの破壊規模は出せないでしょ」

「やろうと思えばできない事もないけれど、やる意味がないかな」

「そうお前が考えてくれる奴で助かる」

ボオスが嘆く。

確かに、これは何かしらの破壊が起きた残骸だろうか。クラウディアが、手を振る。

「ちょっと、これを見て!」

「!」

音魔術の使い手であるクラウディアは、周囲全ての地形を殆ど完璧に読んでいる。だから見つけられたと言える。

走り寄って、あたしは見る。

それは、恐らく石材の一種で作られた、何かしらの建造物。これは見覚えがある。神代の遺跡の壁材だ。

ただし、神代のものじゃない。もっと古いと思う。

既に草木に覆われてしまって、形も崩れているが。

「面妖な。 これは一体……」

「鬼共が何かあやしの術でも使ったのか!」

「いや、これは恐らく神代以前の建物の残骸ですね。 神代の遺跡は見つからなかったけれど……調べられるだけ調べます。 あやめさん、周囲の警戒を。 安東さん、奇襲に備えてください」

頷くと、あやめさんはすぐに忍び衆を散らせる。

安東さんは不慣れではあるが、侍衆と供に、周りを厳しく監視した。

あたしも周囲を調べてみる。

建物だとすると、とんでもない大きさだ。

しかも倒壊している様子で、なおも下手な邸宅なんかよりも大きい。これはいったい、なんだ。

クリフォードさんが手招きしてくる。

見ると、一部は融解しているのが分かった。

「これは何か溶けていますね」

「これ、硝子です」

「そうだ、どうやら此処は窓で、硝子が使われていたらしいな」

フェデリーカが即座に特定。

しかもだ。

此処はどちらかというと影になっている部分だ。其処でも硝子が融解する程の熱を受けたという事になる。

少し考えた後、クリフォードさんが言う。

「世界の半分くらいは完全な荒野で、人が入れない土地になってる。 時々命知らずが行く「破滅の荒野の大地」なんかは、大陸全土がそんな有様だ。 俺も、一度だけそういった人が入れない荒野に行ったことがある」

「流石というかなんというか。 それで良く生還出来ましたね」

「魔物すらいなかったからな。 植物も生えていねえ。 そういった所で、似たようなものを見た。 硝子が溶けた後だ。 硝子だけじゃねえ。 こういった、神代のものかもわからねえ、年代を特定出来さえしない巨大な建物の残骸が、半ば溶けていやがった」

本当に一体、何があったのか。

タオが内部を見てきたが、首を横に振る。

フィーが飛んでいって、押し戻すような動作をした。此処からは入らない方がいいと言うのだろう。

どうも奥の方は入るとまずいみたいだ。

タオも、どうも嫌な予感がするようで、足は踏み入れなかった。

「ダメだ。 資料なんかの類はない。 硝子が溶けるような熱が浴びせられたんだ。 資料なんてみんな溶けちゃったんだろうね」

「クリフォードさんが、人が入れなくなってる土地で似たようなものを見たって」

「僕もその話は既に聞いているんだ。 ただ、これではいつ何が起きたのかさえ分からないね。 建物の残骸を見る限り、どんなに好意的に見積もっても神代のものなんだろうけれど、それも神代のいつかさえも分からない。 ひょっとすると、神代以前のものかも知れない」

タオでもこうまで言う程だ。

そうなってくると、これは一体何なのか。

持ち帰れそうなものはほとんどないが、一応サンプルとして溶けた硝子や、散らばっている建物の残骸を回収する。

そして簡易拠点で、錬金釜に溶かして分析してみる。

なるほど、確かに硝子だ。

でもこれ。

あたしのフォトンクエーサーの収束型でようやく出るような熱で溶かされて、半ば硝子として構造が破綻してしまっている。

あの建物に、フォトンクエーサー並みの熱が叩き込まれたのか。

いや、違うだろう。

もっと遠くで、更に狂った熱量が炸裂して、その余波を浴びてなぎ倒されたのだとみるべきだ。

建物の残骸を調べて見るが、これは恐らくは。

石灰などを主体としていて、極めて強固な構造体だ。ちょっとやそっとでダメになる代物ではない。

それが一瞬にして焼き切られた気配が残されている。

本当にこれは、どんな熱量が炸裂したのだ。

ただ、分かった事がある。

「タオ、クリフォードさん、アンペルさん。 これ四千年以上前に熱を浴びて壊されてる」

「!」

「符合しない? 例の奴と」

「冬だな」

百年以上ずっと晴れさえしなかった暗黒の時代。

その時代と重なる可能性があるのだ。

千年前くらいに終わった神代は、二千年以上は続いたという説がある。もっとかも知れない。

冬がいつに起きたのかは分からないけれども。

少なくとも神代の頃にはその異常気象は収束していたとみて良いだろう。

いずれにしても、もう少し調べて見たいので、サンプルはしまっておく。後は、一旦戻るべきだ。

帰路も急ぐ。

侍衆も不安になっているようだった。

一応確認して見るが、あんな建物はどこでも見ていないという。

千数百年も神代やその後継の文明に対して独立を保ち、その支配をはねのけてきたこの地で知られていないのだ。

だとすると、一体。

ともかく、帰路も時々来る魔物を退けながら、急ぐ。

安東さんはやはり不慣れだが、それでも歴戦の侍衆がいてくれると、一手の守りは任せられるのが大きい。

覇王樹で作る簡易陣地で敵を防ぎ止めつつ、広域攻撃を連続で叩き込み、子鬼はあたし達が集中攻撃して仕留める。

それで、帰路も犠牲者を出さずに、どうにか突破する事が出来た。

二度目の帰還。

大きく拡がった地図。

だが、喚声で帰還を迎えてくれた侍衆に対して、あたしは素直に喜ぶことが出来なかった。

 

三度目の遠征を始める前に、準備をする。

成果を出している以上、征夷大将軍も宿老達も態度が柔らかくなる。あたしがこの地に根付く気はない事にはちょっと残念そうにしているが。それはそれで、あたしとしても譲る気は無いし。

何よりもあたしは。

何処の集団にも肩入れするつもりは無い。

いずれ魔王になるつもりであるから。

それはそれとして、まずは話を聞かせて貰う。こんな戦いしかない土地でも、伝承に詳しい人間は少しは残っている。

本当に戦闘に参加できないものは、そうして伝承などを受け継いでいるそうだ。

これについては、初代征夷大将軍である「田村」(おそらくあたしが感応夢で見たタームラさんだろう)という人物が、伝承を引き継ぐようにと厳命したからなのだろう。

何人かを呼んで貰う。その間に、あたしは第三次遠征の準備をする。

今度の遠征で、かなり広めに北の地を調べる事が出来る。移動先だけを見るのではなくて、途中で高所から辺りを確認して、地図に起こしているのだ。それだけではなく、音魔術でも熱魔術でも今の時点では怪しいものはみつかっておらず、今の時点で遺跡を見落としている事はないと思う。

ただし、それでもまだ遺跡を見落としている可能性もあるので、第四次遠征は北の地を西から東へと横切る形で調査する予定だ。ただこれに関しては、もしも第三次遠征でなにも見つからなかった場合は、だが。

今のうちに物資を集めておく。

お薬を作り爆弾を増やす。

超ド級と多数の魔物が同時に現れた場合。あの神代鎧が姿を見せた場合。

それこそ、物資を惜しんではいられないからである。

流石に疲れきったのか、フェデリーカは戻るや否や、線がきれたようにぐったりと眠ってしまった。

気の毒だし、それについてどうこういうつもりはない。

パティは丁度時間も出来たので、侍に技を見せてもらいに行っているようだ。

貪欲な剣への追求。

欲を強く持つにしても、こういうものだったら良いだろうに。

あたしは調合を進めつつ、溶けた硝子と建物の残骸についても念入りに調べておく。一体何で溶かされたらこうなるのか。

無言で確認していく。

その過程で、どうもこの破壊的な変化が生じたのは、どうやら4100年から4150年前の間らしいと分かってきた。

硝子は文字通り悠久の時を越えるものなのだが。

それでも此処までの破壊を行うとは。

どうも均一な超高熱を加えられたらしい。

完全に焼き切られた人間の残骸も感知。

僅かだが付着していた。

あの建物に暮らしていた人だろう。

悲しい話だった。

建物は、瞬時に熱で焼き切られ。中にいた人間はまとめて全て焼き尽くされてしまったとみて良い。

建物そのものも瓦解して、硝子も溶けた。おぞましい程の大破壊を経て、あの野ざらしの建物が残った。

恐らく、世界にある人が入れない土地には、こういうものが他にもわんさかあるのではあるまいか。

これは何が起きた。

神代の前には、多様性があったとサマエルは言っていた。

もしも、この破壊がその神代の前の出来事だったとすると。

本当に奴が言ったように、世界は神代の前に一度滅びたのかも知れなかった。

それが人間以外の手によるものなのか、人間の手によるものなのかまでは分からないが。持ち帰ったこれがサマエルの言葉を裏付けているのは事実だ。

かといって、その言葉を全て鵜呑みに出来ないのもまた事実である。

クラウディアが戻る。

大きな魚を運んでいた。

取れたての大きな魚らしい。凶悪な顔をしているが、地元でも喜ばれる美味なのだとか。

すぐに料理を開始する。

フェデリーカがふらふらと起きだすと、クラウディアを手伝う。

体力がついてきている筈だが、それでも今回の強制行軍は厳しいのだろう。

「クラウディア、此処からフォウレに直行する方が近いんだっけ」

「調べて見たけれど、近いね。 ただ船があまり多くは無いかな。 戦いが一段落して、戦士の需要も減っているし。 一応バレンツにサルドニカから早馬を出して、商機であると話はしてあるんだけれど」

「流石にめざとい」

「ふふ、これくらいでないと商人はやっていけないの。 それはそうと、どう調査は」

分からん事だらけだと、正直にいっておく。

どうもサマエルの言葉が妄言だけではない様子である事はなんとなくは分かってきたのだけれども。

かといって、それを鵜呑みにも出来ない。

そういう話をすると、クラウディアは考え込む。

「タオくんやクリフォードさん、アンペルさんの話を聞いてみるしかないね」

「うん。 頼りになるブレインがいて助かるよ」

「ライザだって相当だと思うけどなあ」

「そうでもないよ。 相変わらずまだまだおおざっぱだし」

あたしも錬金術や戦闘を離れると、やっぱりおおざっぱだ。

こればっかりは誰もが認める事で、お前は出来るだけキッチンに立つなとボオスに言われるくらいだ。

多分、こういう所が母さんがあたしを認めない理由の一つなんだと思うが。

万能の人間なんて存在しない。

あたしはその辺りを、今更力と時間を注いで直すつもりなんぞない。

「戻りました」

パティが戻ってくる。汗をしばらく拭っていた。相当激しい乱取りをしたのだろう。

料理をしているクラウディアを見ると、すぐに頭巾を着けて手伝いに回る。話によると、なんとガイアさんから直接技を見せてもらったそうである。

流石に凄まじい技だったそうで、幾つも学びを得たとか。

ガイアさんは例の一族の戦士でも、恐らく筆頭に近い存在の筈だ。

そしてあのルックス。

多分だけれども、神代のあのタームラさんと同じ。

だとすると、あの一族はホムンクルスなのか。

でも分からないのは、タームラさんは短命だったらしいのに。その様子が例の一族には見られないこと。

だいたい例の一族は、どうして人間社会に入り込んで、人間を助けるようなマネをしている。

例の一族の助力で、どれだけ各地で人間が助けられているか分からない。

この東の地だって同じだ。

本当に何が起きているのか、あたしには分からないが。

これも情報を集めていくしかないか。

みんな戻って来た頃に、大きな魚の豪快な料理が出来たので。皆で舌鼓を打つ。

タオに聞いてみるが。引き継いでいる伝承は神代の錬金術師だろう「夷」を撃ち払う過程と、その後が主体で。

神代以前の可能性が高いあの建物に関するものは、ほぼなかったそうである。

そう、「ほぼ」だ。

「一つ気になった話があったんだ。 陽の神が人間の無法に機嫌をおそこないになられ、世界は闇に閉ざされ、百の年それが続いた。 地下で人は暮らし続け、獣に戻ろうとしていた頃、ようやく陽の神はお怒りを解かれた。 それから長い年月をかけて、やっと世界に緑が戻った。 戒めよ。 陽の神はまたお怒りになるかも知れない」

「冬」と話が似ているな。

いずれにしても、大きな情報だ。

ともかく、遺跡があるようなら見つけたい。少しでも、情報を神代の本拠地に乗り込むためにも。

集めないとならないのだから。

 

2、東の地の悪夢

 

第三次遠征を開始。

今回も第二次遠征と同規模で、安東さんが率いる侍衆十五名と、あやめさんが率いる忍び衆十名。

それにあたし達が加わって、四十名弱の陣容だ。

侍衆には、様子を見てパティが技を披露し、逆に見せてもらってもいる。

レントやボオスのは、使っている武器の違いもあってあまり参考にはならないそうだ。

一方でディアンの技は意外と人気だ。

侍の間では徒手空拳もそれなりに需要があるらしく、野性的な動きで敵を翻弄するディアンの戦闘術は、かなり参考になるらしい。

また、侍衆はみんな人格的に優れているとかそういうこともない。

一人、いつもぼーっとしている男性がいるが。

この人、戦いになると凄まじい技のキレを見せる。殆ど喋る事もなく、喋っても言っている事は正直よく分からないのだが。剣の技については本物で、戦闘では群がる魔物を右に左になぎ倒す。

武術が優れていればそれで認められる。

この地だからこそ、この人は侍大将にまで抜擢されているのだろう。

多分、今回来ている侍衆の中で一番腕が立つのはこの人だ。

だけれども、この人はまったく出世とかには興味もない様子なので、それについては誰も何も言わなかった。

北の砦から北西に進む。

非常に山深くて、苦労させられる。

途中で足を止めるクラウディア。あたしも、手を横に出して止まれの指示。周囲を警戒している間に、クラウディアが結論を出していた。

「見つけた。 これ、足跡だ。 超ド級やベヒィモスの」

「確か超ド級とは大鬼の事であったな。 奴らの足跡だと」

「はい。 音魔術で調べましたが、地面に不可解な痕跡が残っています。 後から隠蔽はしたみたいですけれど」

「流石だねクラウディア。 当たりの可能性が高いか」

勿論、足跡を偽装して罠に誘いこむ可能性もある。

あたしは、此処で計画の変更を指示。

打通は一旦中止だ。

この足跡の出所を辿る。勿論、敵の待ち伏せには、最大限の注意を払う必要がある。

しかしながら、良い事もある。

あのベヒィモスの体力のなさ。はっきりいって、巣からそれほどの距離を移動出来るとは思えない。

だとすれば、それほど北の砦から遠くない位置に遺跡はある筈なのだ。

それの目星がついただけでも、可とすべきだし。

見つけた手がかりには、全力で調査を入れるべきだ。

それから半日ほど痕跡を追跡。とにかく深い山の中に入っていく。山奥だけあって、とても美しいせせらぎがあって、水も綺麗だ。流石に生で飲むのは自殺行為だが、素晴らしいと感心する。

生えている植物も、いい薬草が多いようだ。

セリさんが説明しながら、取り尽くさないように注意してと念押ししながら、ある程度回収していく。

あたしもそれにあわせて、お裾分けを幾らか貰った。

更に山深くなる。

遺跡を隠すには丁度良い場所だ。

魔物達の足跡は、これらの小川などは興味がないようで、まっすぐ進んでいるようである。

移動中に、ラプトルやらの雑魚(というには強力すぎるが)を集めて回っているのだろう。

事実、気配は嫌になる程感じる。

山を降って、谷場に出る。

ちょっと早いが、此処で拠点を作るべきだな。

川辺だが、仕方がない。川から出来るだけ距離を取って、其処に拠点を架設。その間に、セリさんに、周囲を野戦陣地化してもらった。

流石に山深い土地を行軍していて、皆疲れている様子だが。多分それを狙っていたのだ。無数の殺気が浴びせられている。

来るな、これは。

来る前に少しでも休憩を。

皆に指示して、交代で休む。

典型的なじらし戦術だ。魔物でも、こういった手は使ってくる。生半可な人間よりも、狩りには高い適正と経験を持っているのだ。

獲物を弱らせ追い詰める。それについては、こういった魔物達の方が余程優れていると言える。

夕方少し手前。

どうやら、じらしが通じないと判断したらしい魔物が。山を降りながら、一斉に襲いかかってくる。

若干足場が悪いが、それでも既に此方だって応戦の準備はばっちりだ。

見た感じ、十体前後の子鬼がいる。

それが懸念事項だが。

問題ない。

叩き潰してやる。

一晩中戦いになる事は、北の地では何度もあった。だから、それを今更怖れて等はいない。

冷静に立ち回るだけだ。

激突する。

レントが最前衛に立って大暴れを始めると、仁王様のごとしと声が掛かる。

この地で信仰される神様の一つらしい。

元は人間の武人だった存在が、神として崇められるようになったらしく。タオが貴重で興味深い話だと感心していた。

レントは苦笑いしながらも、大剣を振るって巨大なラプトルを次々にたたき割っているが。

川の方からも当然来る。

多数の鼬が、放たれた矢のように飛んでくるが。覇王樹が林立している上に、棘が多い植物による強固な柵が張り巡らされていて。先行してきた鼬が足を止め、後方から押され。混乱するところに、侍衆が一斉に矢を叩き込む。

ヒュウと凄い音がする。

侍衆の使っている巨大な弓矢の音は猛烈で、巨大な鼬も容赦なく射貫く。次々倒れる鼬を踏み越えて後続が来る。死体で無理矢理柵を埋めて、乗り越えて来ようとするが。冷静に侍衆は削れるだけ射撃で削り。

其処から、近接戦に移行する。

あたしは熱槍を要所に叩き込みながら、冷静に戦況を判断。

子鬼が来ている。動きが以上に早く、時々姿がかき消えているが、あれは空間操作か、時間操作か。

どっちにしても、さっさと仕留めないと被害が出るだろう。

いきなり覇王樹の防御壁の上に其奴が出るが、即応したクラウディアが矢を叩き込む。バリスタみたいな矢を、そいつは受けきった。その時に、矢が不自然にグシャグシャに潰れるが。

その背中に、クリフォードさんの投擲したブーメランが、孤を描いて直撃。

体勢を崩したところに、セリさんが雷撃を叩き込み。

更にボオスが、二刀でとどめを突き込んでいた。

地面に落ちた子鬼を見て、侍衆が喚声を挙げる。

「名人かくの如し!」

「続けや続け! 鬼とその手下共を斬り伏せい!」

敢えてこうして声を掛けることで、士気を維持するらしい。暑苦しいが、見習っても良いだろう。

やはり、一晩中戦闘は続き、翌日の朝近くまで魔物は猛攻を続けた。それを凌ぎきった時、重傷者八名が出ていた。

手当てからだ。

一人は忍び衆だが、右腕を肩から食い千切られていて瀕死だ。

ラプトルに食いつかれて、敵陣に引きずられそうになった所を、パティがラプトルの首を刎ね。

タオが抱えて助け帰ったのだ。

他にも怪我人は、敢えてこっちの負担を増やすために出されている感はある。

だが此方だって、今回は充分に準備をしてきているのである。

薬も充分にある。

そして、錬金釜で調合して、義手を作る。増血剤や強心剤も投与して、容体が安定した所で義手をつける。

体力の消耗が激しく、多分もう戦いには今回は参加できないが、別に良い。

体を治して、後で参戦してくれれば問題は無いのだ。

負傷者を助けた後は、各自順番に休んで貰う。

今まで以上に激しい攻撃だった。これは、やはり近い可能性が高い。

少し多めに休憩の時間を取り、回復を待ってから移動を開始。更に山奥へと進んでいく。

この辺りの山深さは凄まじい。

ネメドの森は密林ではあったが。これほどの高低差はなかった。同じ距離でも、今までの二度の調査とは歩く負担が別次元だった。

移動を続けて、やがて山を越えて。

そして、見つけた。

遺跡だ。

間違いない。山裾に隠れるようにして、巨大な構造体がある。巨大な口を開けているそれは、あまりにも自然洞窟には不自然。それに、構造体が口を守るように拡がっていて、なによりも。

その前に超ド級が。

それに、神代鎧の姿もあった。

神代鎧十数が守りについている。その時点で、神代の遺跡確定である。しかもタチが悪いことに、周囲にはまだまだ多数の雑魚魔物がいる。

同時に戦闘になったら万が一も勝ち目は無いだろう。

超ド級一体だけでさえ、毎度大苦戦しているのだ。

神代鎧がそれに加わると、危険度は数倍に跳ね上がるし。これは各個撃破を考えないといけない。

少し下がって、拠点を作る。

拠点があっても、超ド級が来たら蹂躙されるだけだ。まずは、拠点からこっちを伺っている魔物を確認。

やはりかなりの数が集まって来ている。

まずは作戦を話す。

「周囲に集まって来ている魔物をまずは引き寄せて撃破します。 その後にあの超ド級を片付けますが、側にいた鎧は、別個に対処します」

「あの面妖な銀色の人型か。 あれは知っているのか」

「あたし達は神代鎧と呼んでいます。 以前にも交戦経験があるのですが、達人並みの身のこなしを持ち、すぐれた武器で武装している強敵です。 それどころか、生半可な魔術は通用しません」

「ライザリン殿に其処まで言わせる程か」

どよめきが拡がる。

実際サルドニカで交戦した時は、本当に危なかったのだ。勿論あの時から更に装備を改良しているが、それでもあっさり倒せる相手では無い。しかも今回の遺跡は、サルドニカの時以上の規模。

もっとたくさんの神代鎧が控えている可能性もあるし。

何よりも、超ド級だって奧に更にいてもおかしくはないのだ。

此処で一度引き返す手もあるのだが。

恐らく、ベヒィモスのように力をあの遺跡で充填している超ド級がまだまだ十数体いる。いや、ベヒィモスの力を見る限り、超ド級以上のスペックの生物兵器だ。

それらの一体でも、動けるようになったら終わりだ。

あたしもベヒィモス級とやりあって、確実に勝てる自信は無い。それも他の超ド級や、神代鎧も同時に相手にしながらである。

だから、敵を分断して、各個撃破しなければならない。

説明を終えると、あやめさんが挙手した。

「分かった。 それならば、まずは我等忍び衆が動こう。 周囲にいる魔物の群れを誘引する」

「危険ですよ」

「勿論それは分かっている。 しかしながら、千数百年の災禍を除くのは今なのだ。 今を逃して、父祖の代から続く災厄を終わらせる事は出来ない。 我等の命をなげうってでも、此処はやる価値がある」

「……分かりました。 しかし、命はなげうたないでください。 これから本命が控えています。 あそこにいる神代鎧だけでも、この辺りの魔物なんか問題にならない強さです」

冷静に事実を伝えると。

恐れを知らない侍衆も、流石に青ざめていた。

ともかく、それでいくしかない。

まずは魔物を処理。この中には子鬼だっている。子鬼とはいえ、時間操作空間操作を当たり前のようにやってくるし、魔力の出力もとんでもなく大きい。一体ずつが、生半可な人間では束になっても勝てない強敵なのだ。

野戦陣地を作り、念入りに準備をする。魔物もかなり集まって来ている。やはり此処は重点的に守備する指示が出ているのだろう。

今まで二回の遠征が無駄だったとは思えない。

というのも、初回でこっちに来ていたら、今まで駆除してきた魔物が、際限なくこっちに来ていたかも知れない。

それに二回の遠征で、魔物が相当数削られたから、この程度で済んでいるという考えも出来る。

いずれにしても無駄に何かなっていない。

あたしはそう自分に言い聞かせると、念入りに作戦を練り。

そして、戦いを始める。

負傷者の二人を除いて、二人組で忍び衆が四方に散る。

そのまま、魔物への誘引を開始。侍衆が生唾を飲む。

此処は山間の盆地であり、少し広めとは言え、四方が山だ。

だから、文字通り山崩れのように魔物が迫ってくる。数は今までで最大である。あたしは、既に縄にくくりつけていた爆弾を、空に四つ放っていた。快足の忍び衆でも、必死の勢いで逃げてきている。

その背中に追いつかんとしていた魔物の群れのど真ん中で。

四つ、爆弾が炸裂していた。

だが、それで記録的な数の魔物が消し飛んでも、なおも敵の数は膨大。野戦陣地に忍び衆が逃げ込んでくる。

どっと、魔物が殺到してくる。

その出鼻を、あたしとカラさんの総力での魔術で歓迎し、クラウディアとアンペルさんが、それに続く。

もの凄く巨大なワームが、うねるようにしてこっちに迫ってきているが。

地面の下はがちがちに固めている。下から野戦陣地を崩される心配は無い。子鬼の数は、あまり多くは無いのが救いか。

「パティ、あれやれる?」

「相性が悪いと思います」

「そっか。 じゃあ引きつけて集中攻撃だね」

既に前線であたしもパティも魔物相手に大暴れだから、その最中に話をかわす。怒鳴り声になるが、別にどっちも怒ってる訳もでもない。

次々に巨大な魔物が来る。

此処が正念場だ。

誰かが倒れ、あわてて別の誰かが野戦陣地に引っ張り込む。フェデリーカの神楽舞で力が底上げされていなければ、もう既に何人だって倒れている。

ワームが最初に来る。

リラさんが突貫。

残像をワームが真上からばくんと飲み込んだが、即座に体にざっくりと傷を穿たれて。巨大な体を振り回す。

其処にディアンが躍りかかると、触手が蠢いている口に、怖れずに突貫。ディアンを見て食おうとするワーム。

所詮はワームか。

パティが懐に入り込むと、抜き打ちから一閃。ワームの関節に沿って、ざっくりと大きな傷を穿つ。

それで怯んだワームの隙をディアンは逃さず、豪快に回転しながらその口から幾つもの関節にいたるまで、手斧で叩き割っていた。

悲鳴を上げて地面に潜ろうとするワームを、パティの二の太刀と、リラさんの猛烈な蹴り技が襲い。

その頭が吹っ飛ばされて、地面に落ちる。

大量の鮮血をぶちまけながら、ワームがどうと倒れて。後から後から来る魔物に、踏み砕かれていった。

続いて鮫が来る。

あれも随分と大きな個体だ。海から無理矢理引っ張って来たのだろうか。あたしが熱槍を叩き込むと、シールドを展開。完全には防げなかったが、少なくとも大した傷ではない所にまで抑え込み、速度を落とさず突貫してくる。

アンペルさんが其処に、狙い澄ました空間切断を叩き込む。

頭から尾びれまで抜けた空間切断の黒い光。

それを受けて、巨大サメはびくりと体を震わせると、それで横倒しになり、ばたんばたんと暴れ始める。

今の、致命傷が入ったな。

そうあたしは思いながら、続けて熱槍を叩き込み、とどめを刺してやる。せめてもの情けである。

次。

ちょっと見た事もないサイズのラプトルだ。あんなに大きくなるのか。巨大すぎて、見上げるようである。

侍衆が剛弓から強矢を浴びせまくるが、それでも効いているようには見えない。それどころか、上空から新手。多数のアードラが、高高度から強襲を仕掛けて来ている。

これは全員は守りきれないか。

否、そんな甘えを捨てろ。

全員守りきり、神代の連中も全部ぶっ潰して、生きて帰る。

顔を上げるあたし。

雄叫びを上げると、魔力を練り上げる。怒りに身を任せるんじゃない。最適な場面に、自身の火力を投入しろ。

そのために此処にいるんだ。

熱槍を収束。三万の熱槍を二十に分割。

そして、覇王樹を蹴って上空に躍り上がると、其処で見る。頭はフル回転していて、冷静に何処にぶち込めば一番効率的か分かる。

投擲。

二十の熱槍が、立て続けに炸裂。超巨大ラプトルが、悲鳴を上げて飛びずさる。直撃は入らなかったが、それでも熱波をもろに喰らったからだ。

着地。そのままあたしは、全速力で突貫。

超巨大ラプトルが、あたしを見て。詠唱開始。吠えているようだが、それが詠唱になっている。

複数の魔法陣が出現し、空間が歪んでいるのが分かる。

否、あれは高熱だ。

あたしに熱で挑むか、面白い。

体勢を低くした超巨大ラプトルが、両手を地面に叩き込んで、杭にして固定。全身を魔力砲にする。

あたしはそれに正面から突っ込む。

連発になるが、別にかまわない。それに、こいつを真正面からぶっ潰せば、魔物どもの士気に致命打を入れられる。

詠唱完了。

相手もだ。

超極太の熱線砲を、ずり下がりながらぶっ放してくる超巨大ラプトル。何百年生きたか分からないが、とんでもない火力である。

あたしは叫ぶ。

「フォトン……」

全力で踏み込み、地盤を砕きながら、投擲。

一点突破型の。

「クエーサー!」

それは、超巨大ラプトルの熱線砲と真正面からぶつかり合い、一瞬の拮抗の後に、相手の熱線を蹴散らしていた。

今まで練り上げた魔力。

今まで作りあげた装飾品。

対神代を想定したこれらの装備。

漠然と神代に飼われ、人間を殺す事だけに特化し、生物としてのあり方など最初からなく。

そればかりか神代の美意識にだけ沿って作られた生物兵器。

そんなものに、敗れてたまるか。

フォトンクエーサーが、体そのものを熱線砲の砲台にしていた超巨大ラプトルを、頭から尻尾の先まで貫通。

直後、生きたトーチへ変えていた。

それどころか、その後方にいた魔物も、余波をまともに喰らって生きたまま炎上、消し飛ぶ。

あたしは呼吸を整えながら、凶暴に笑みを浮かべる。

それを見て、明らかに魔物共が怯む。

好機を見逃さなかったのは安東さんだ。

「見事ライザリンどのの神技! 敵は怯えているぞ! 我等も負けず、敵を蹴散らせ!」

「エイトウトウ!」

「続けえっ!」

侍衆が、守りから一転攻勢に出る。

あたしはその間に一度陣地に戻り、栄養剤を補給。上空から強襲を掛けてきていたアードラは、クリフォードさんとクラウディアの猛反撃にあらかた撃墜されていたが。どんどん次が来る。

戦いはまだまだだ。

子鬼を討ち取ったと、侍衆が叫ぶ。

負けてはいられないな。あたしは傷を急いで処置すると、また最前線に、地面を蹴って躍り出ていた。

 

3、東の地の遺跡へ

 

激烈な死闘の末、集まっていた魔物はあらかた片付いた。だけれども、侍衆も忍び衆も限界だ。

全員手酷く負傷し、傷を治した今もしばらくは動かない方が良いだろう。

というわけで、あたし達で超ド級と神代鎧を潰さなければならないわけだが。これは前にも経験がある。

だからこそ、やりたくはなかったのだが。

ちなみに、今遺跡の前に居座っている超ド級は、侍衆も知らないそうである。大鬼として知られていないと言う事は、此処を守る事をずっと続けて来た個体とみて良いだろう。それに、彼奴一体とは限らない。

フェデリーカはばて気味だし。

何より以前神代鎧に串刺しにされた事がある。

かといって、神代鎧と超ド級を同時に相手にするのは自殺行為だ。さてどうするものかと考えていたが。

安東さんが来る。

昨日までの死闘で、二体の子鬼を新たに討ち取った。確かに未来を熱望される技の冴えである。

例のぼーっとしている侍は三体を倒したが。あの人はなんというか、人を指導するとかそういうのに興味が無さそうだし、戦いに対する取り組みもやれることだけをやっているだけに見える。

だから安東さんが将来を期待されているのだろう。

若いうちから将来有望な侍は、昔からこうやって経験を積むように周囲の大人達が仕向けてきたらしいし。

少しずつ、安東さんも修羅場を潜った成果が出ているようでもある。

「ライザリンどの。 あの神代鎧というあやかしの放つ遠距離攻撃が厄介だと聞き申した」

「はい。 近接戦闘もかなり厳しい相手なのですが。 日を置くと、また魔物が集まってくる可能性もありますし」

「ならばこれを使いたい」

竹を束ねたものを安東さんは見せてくる。

この地では置き盾以外にも、これを使う事があるらしい。

勿論竹を束ねただけでは、ハイチタニウムの投擲槍は防げないだろう。そこで、竹には防御強化の魔術を掛けられるだけ掛け。

ついでに攻撃を受けると、意図的に自分から爆ぜるようにもしてあるのだとか。

なるほど、一回だけなら受けられる盾か。

それを幾つか用意してあると。

「分かりました。 侍衆が十五人、一人あたり二回くらいは受けられるとすれば、フェデリーカを守るのは難しく無さそうですね」

「最悪の場合は、我等を盾になされよ」

「いえ、この竹盾がもっている間に勝負を決めます」

敵の数は見えている範囲だけでも相当に危険な水準だ。もたついている訳にはいかないのである。

ついでにあの遺跡、内部に超ド級が全部格納されている可能性が高い。この地では奴らが帰ったときに「封印した」という名目にしていたらしいが、ベヒィモスと戦って分かった。

単に力尽きて戻っただけだ。

あのサマエルという悪魔もどきは、この土地に何年いて、いつから超ド級の面倒を見ていたのか分からないが。

はっきりしているのは、順番に力の充填が終わった超ド級を繰り出して、この地の人々を消耗させていた。

焦って総攻撃でも仕掛けて来てくれれば、一気に勝機が得られる。

だからずっと強力な魔物を繰り出し続けて、圧力を加え続けていた。

例の一族の人達が加わっても、それを続けるだけで充分にこの地に圧力は与えられていたのだろう。

だが、それも今日までだ。

恐怖に怯える人々を指さして、劣等血統だのとほざき嘲笑う輩に、なんら正当性などない。お前が地獄に落ちろとだけあたしは心中で呟く。

あの遺跡も潰す。

さて、殺意を確認した所で。次は具体的な攻略作戦だ。

遺跡の前にいる超ド級と神代鎧は、既にこっちに気付いている。まああれだけ派手にやり合ったのだから当然だ。

警戒態勢に入っている敵を、どう分断するか。

侍の中には、少し回復するのを待ってから、一斉に仕掛けてはどうかと提案してくる者もいたが。

敢えて被害が増える戦い方を選択する理由は無い。

此処にいる侍達の戦いぶりは、三度の遠征で見せてもらった。いずれもが、東の地の未来に必要な人達だ。

無為に死なせることがあってはならないのだ。

「地形が悪くて、敵を分断できそうにないね」

「確かに前と違って隘路がないな。 ただ隘路があったとしても、敵のあの投げ槍を想定するとかなり厳しいが」

手をかざして観察する。

敵の神代鎧は、剣だけではなくてやはり槍も装備している。槍は投擲用のもので、本来は畳まれて格納されているようだ。

ハイチタニウムは千数百年程度では錆びないので、弱体化や劣化も期待できない。

超ド級はとっくに臨戦態勢。

あれも基本的にあたし達が総力で懸かるレベルの相手だ。侍衆でも勝てるかも知れないが、最善でも半数以上が死ぬだろう。

とにかく、神代鎧の遠距離攻撃を防ぐには、山を盾にするしかない。

どうやって神代鎧をまとめて、更には超ド級をうまいこと孤立させるか。

遺跡の前は荒野になっていて。

こっちは山からそれを見下ろしている状態。

前回の戦闘からして、神代鎧による投擲槍の射程は、此処を軽く捕らえており、殺傷力を考えなければもっと遠くまで届くだろう。

しばし考えた後、あやめさんが提案をしてきた。

「あの者どもは、あの入口を固めているとみた。 それならば手はある」

「しかし脱出の手段が……」

「いや、俺とパティお嬢様が連携すれば可能だぜ」

「お嬢様呼ばわりは止めてください。 それはそれと、確かにそれは有りかも知れないですね」

相手は賢くても所詮はからくり。

問題は敵の全戦力が見えているだけとは限らないと言う事。

更に複数箇所の戦線に負担が掛かることだが。

よし、やるしかないか。

あたしは、提案されたあやめさんの策にのる。

これだったら、恐らく。

一番危険が少ないはずだ。

 

パティはあやめさんとクリフォードさんと一緒に、山を静かに下りる。この三人で行くのには当然理由がある。

タオさんも加わってくれると助かったのだけれども、相手は超ド級だ。こっちでいう大鬼である。

この鬼と言う言葉も、元々は意味が違っていたらしく。

この地の土着信仰における地獄の獄卒だったらしいのだけれども。そもそもそれすらも本来とは意味が違っているそうで。

まあ、やはりタオさんがいうように、神代の前に何かしらの破綻した 文明が存在した証拠なのかも知れない。

此処はフォウレより更に古い文化が残されている、地上で数少ない楽園なのである。あくまで文化的な意味でだ。

そんな場所を、踏みにじらせるわけにはいかない。

クラウディアさんが、音魔術で声を届けてくる。

「此方配置についたよ」

「私達も問題ありません。 あやめさん、体力は問題ありませんか」

「あまり侮らないでいただこう」

「分かりました。 無理だけはなさらないでください」

この策での要はあやめさんだ。

パティも、あの強力な神代鎧を複数同時に相手にして、しかも斬り倒す自信はまったくない。

ある程度動きは分かってきているから、単騎でなら勝てるが。相手が複数になると話は全く別。

武器の扱いも知らないド素人が相手ならともかく。ここまで力量が接近している敵を、一人で同時に複数相手にするのは無理だ。

始まった。

パティ達は、山裾に身を潜める。

此処まであらゆる方法で隠行してきた。アヤメさんの気配の消し方は流石で、多数の魔物を相手に斥候偵察してきた実力がよく分かる。文字通り、練り上げられた技という奴である。

だから、敵はパティ達に気付いていない。

クラウディアさんが、敵に狙撃開始。

超ド級が即応して、飛んできたバリスタみたいな巨大矢を、空中でねじ曲げた。途中で軌道を変えられるクラウディアさんの矢が。明らかに変な方向に飛んだ。

これだけだと、魔術による干渉で狂わせたのか。空間や時間の操作なのかは、なんとも判断がつかない。

そのまま連続して矢が超ド級魔物に迫る。

まず第一段階として、敵に脅威を認定させないと意味がない。

連続して、多数の方向から超ド級に襲いかかる矢。

その連射は凄まじく、一人で放っているとは思えない。

面倒くさくなってきたのか、超ド級が分厚いシールドを張るが。

続いて、第二矢。

アンペルさんの空間切断が、超ド級を襲う。やはりそれが、変な方向に飛んで外れる。

アンペルさんの空間切断は、まっすぐしか飛ばない。というか、制御が難しくて、大技で放っているような箱状に相手を抉る技にしても。そもそも最初に決めた座標にしか放てないようだ。

それを考えると、あの軌道を歪める技。

空間操作でも時間操作でもないな。

魔術に対する干渉だとみて良い。

そうなってくると、かなり高度な魔術の筈だ。途中からシールドで防ぎに行ったのも納得である。

超ド級が面倒くさそうに動き始める。

神代鎧もそれに続く

威圧的に動き始める超ド級。その周りを固める神代鎧は、数はおよそ三十。更に、予想通り遺跡の中から、更に神代鎧が現れる。

多分それだけじゃない。

ライザさんは、最悪ベヒィモス級が出てくると言っていたが。

それより小さい超ド級は普通に中に何体かいてもおかしくは無いのである。

超ド級が、威圧的に歩く。

多数ある足と、体中にある触手を揺らし。多数ある目で、周囲を睥睨しながら。

多数の獣を融合させたその姿はおぞましく、生物への冒涜以外の何者でもないが。それでも、強い事だけは確かだ。

気配を消して、通り過ぎるのを待つ。

ライザさんたちは山を壁にして、クラウディアさんの矢による曲射を敵に続ける。それに対して、既に遺跡の入口に出て来た十体ほどの遠距離戦闘型の神代鎧が、投擲槍で射撃を続け始めている。

間近で投げるのを見ると、凄まじい。

投げるとき、ドシュッと恐ろしい音がしている。また投擲の瞬間、神代鎧の彼方此方からガスを噴出しているようだ。

多分熱をああやって排気しているのだろう。

それくらいの熱が、瞬間的に奴らの体内に溢れていると言う事だ。

あの凄まじい槍の破壊力も納得出来る。

精密性も。

神代の錬金術師はカスだが、その技術力は侮れない。

そうライザさんは何度も言っていたが。間近で見ると、その凄まじさは、確かに驚嘆させられる。

まだだ。

うるさがりながらも、徐々に遺跡から離れる超ド級。山の半ばまで来ると、其処で足を止める。

大型の魔術を撃とうと言うのか、詠唱を開始。

超ド級の必殺魔術というと、隕石のように降り注ぐ火球があるが。アレは実際にとても厄介だ。

仕掛けるのは、今か。

パティはアヤメさんとともに飛び出す。

全力で加速し、一気に遺跡入口まで到達。そして、投擲槍を手にしていた神代鎧を、すれ違い様に二体斬り伏せ。

更にこっちに気付いて迎撃に掛かろうとしてきた神代鎧が、剣を手に取ろうとする前に、立て続けに斬り伏せた。

この程度では機能停止しないことは分かっている。動きを少しだけ止められるだけ。下手するとすぐに再生してくるが。

とにかく、今は一時的に無力化すれば良い。

超ド級に随伴していた連中が気付く。

しばし戦況を見ていたが、パティが投擲槍の神代鎧をあやめさんとともにあらかた黙らせたのを見て、こっちに戻り始める。超ド級は一度詠唱を止め、こっちに戻ろうと向きを変えるが。

その背中にアンペルさんの空間切断が突き刺さりそうになり。

五月蠅そうに向きをまた変え直す。

そうこうしている間に、あやめさんが準備を終える。それを見て、神代鎧達が殺到してくる。

斬り伏せて無力化した神代鎧も、復元しようとやっきになっている状態。更に、遺跡の中から増援の気配もある。

この気配、足音からして神代鎧三十以上。いや、もっと増えているとみて良い。

あやめさんが設置を終えた。

もう少し粘る。

わっと、凄まじい勢いで神代鎧が、前後から殺到してくる。

「クリフォードさん!」

パティが、限界のタイミングで声を掛けると。

飛来したブーメラン。

あやめさんとともにブーメランに掴まり、殺到してくる神代鎧の恐るべき勢いから逃れる。

アレに巻き込まれていたら、秒も持たなかっただろう。

そして、ブーメランで離れながら、パティは起爆ワードを唱えていた。

ライザさんが最初に完成させた、氷の究極爆弾ラヴィネージュが、次の瞬間炸裂。一瞬にして遺跡の入口を氷漬けにし。

そして、殺到していた神代鎧を全部巻き込んでいた。

巨大な氷柱がその場に出来るのを見て、あやめさんが呻く。

「恐ろしき神域の技だ」

「そうですね。 ライザさんは本人の強さもそうですが、あの道具の凄まじさはちょっと底が見えないです」

既に神代の技術すら、上回り始めていると聞いている。

もはやライザさんが人間の敵ではないことを、今は喜ぶしかないのかもしれなかった。

猛烈な冷気が吹き付けてくる。

安全な距離まで離れてから起爆したのだが、それでも凄まじい冷気で体が凍りそうになるが。

ともかく、ブーメランから飛び降りる。

一秒でも早く、皆と合流する必要がある。

超ド級が猛り狂って、ライザさん達と交戦を開始していた。彼奴は今まで倒して来たのと同じかそれ以上の実力者だ。

「あの鎧の者ども、全ては倒せていないようだが」

「それでも動きは止まります。 速攻で大鬼を仕留めます!」

「分かった! 私も残りの力を掛けて、速やかに奴を倒す!」

速度だけなら、あやめさんもパティに迫る程だ。流石にこの地で次代の忍び衆の長とみられているだけのことはある。

超ド級にレントさんが接近戦を挑んでいるのが見えた。

あのねじ曲げる魔術をどうにかしないと危ないが。

それ以外は、他の超ド級と同じ筈。

速攻で仕留める。

ライザさんの熱槍と、カラさんの雷撃が、立て続けに超ド級を襲う。それらをシールドで防ぎつつ、地面から襲いかかるセリさんの植物魔術を超ド級は触手で薙ぎ払って見せる。

それどころか、跳躍して空から襲いに来る。

大質量が着地と同時に周囲を蹂躙。

吹っ飛ばされるボオスさんだが、ちゃんと受け身はとっている。だが、追撃に、辺りの地面が薙ぎ払われるのが見えた。

レントさんが、避けろと叫ぶ。

破壊範囲が凄まじく、山肌の半分ほどが一瞬で壊滅していた。

パティが破壊跡を縫って突貫。

「遅くなりました!」

「いや見事! 全方位から攻撃して、とにかく大技を使わせるな!」

「はい!」

リラさんは、皆の中で最強の接近戦専門の戦士だ。そんな人に褒めて貰えれば、光栄の極み。

フェデリーカの神楽舞の範囲に入ったようで、力がわき上がってくる。

地面を踏むと、加速。

超ド級はリラさんの猛攻をシールドと触手で防ぎつつ、レントさんとタオさんの攻撃に対して、体から針を突きだして追い払う。

更にはライザさんの収束熱槍を、シールドで防いで見せる。

かなり強い。

それでいながら、あの凄まじい身のこなし。

あの攻撃をねじる技と、関係があるのかも知れない。

殺気。

侍衆が前に出て、飛来した投擲槍を、例の竹盾で防ぐ。盾が爆発して、槍と相討ちになる。

もう動き始めている神代鎧がいるのか。

パティはすり足で斜め移動を繰り返しながら超ド級に近接。足に抜き打ちを叩き込んでやるが。

それは、残像を抉った。

いや、違う。

何か、陽炎みたいに歪んだみたいな。

上。

また、真上から超ド級がボディプレスを叩き込んでくる。あわてて飛び離れるが、また周囲に凄まじい破壊が迸り、吹っ飛ばされる。流れに逆らわずに後ろに飛ぶが、侍衆が必死に立ち上がって、竹盾を手にしている。

見ると、なんとか動いている神代鎧は三体か四体のようだ。

これがすぐに増えていくのが容易に想像できる。六十体くらいはいたのを、一瞬で彼処まで減らせたのだ。

それを可とするべきなのか。

再び仕掛ける。

だが、ライザさんが上空に出たのを見て、即座に後退。ライザさんが、フォトンクエーサーを打ち込みに行くのが分かる。

あれに巻き込まれたら、欠片も残らないだろう。

投擲されるフォトンクエーサー。いや、違う。だが、それでも超ド級は防御しにいく。あの歪ませる奴だ。

わっと、ライザさんが投擲した収束熱槍が、あらぬ方向に飛ぶ。

次の瞬間、レントさんが、渾身の一撃を超ド級に叩き込んでいた。

大剣の一撃が、超ド級の体の半ばまで食い込み、派手に鮮血が噴き出す。完全に有効打だ。

其処にタオさんが追い打ちを掛けて、触手数本を斬り飛ばす。

二度の広域攻撃でかなり傷が酷いのに、誰も闘志が衰えていない。

また来る投擲槍。

侍衆が、必死の防御。

悲鳴を上げながらも、超ド級はさがろうとするが。パティは加速。

やっぱりだ。

どういう原理かは分からないが、真後ろにかなりの距離をいきなり移動している。

フェンリルが以前見せた空間跳躍に少し似ているが、原理としては違うのだと思う。しいていうなら、バネみたいに空間を圧縮して、それを攻防に利用しているのか。それにしても、超ド級が切り札として用いているほどの技だ。子鬼が用いるのとは、段違いの高度なものなのだろう。

いずれにしても、いち早くパティは超ド級に追いつく。それだけじゃない。

超ド級の背中にパティと同じように追いついていたあやめさんが飛びつくと、ライザさんに渡されていた爆弾をくくりつけた小刀を突き刺し、飛び離れる。

悲鳴を上げた超ド級が、その爆弾を空間魔術で体ごと抉り取りに行く。おぞましい程の執念だけれども、それはパティに対して完全に無防備になることを意味していた。

侍衆が走り、パティに飛んできた投擲槍を防御。

感謝。

奥義に入る。踏み込んでからの抜刀抜き打ち。

跳躍してからの叩き落としての連続斬りに移行する。

「ルミナイト……」

複数の超ド級の触手が吹っ飛び、展開されるシールドが弱体化の極限に達する。

更に、ライザさんが、収束熱槍を投擲する体勢に入っているのが見えた。

超ド級はライザさんに向け、総力を挙げたシールドを張るが、それが判断ミス。

パティは、渾身の切り下げを叩き込む。

「イグニス!」

入る。

致命打だ。

それだけじゃない。

上空から、凄まじい雷撃とともに、クラウディアさんのとんでもない巨大矢が炸裂する。

カラさんの大魔術とのあわせ技か。

パティが逃れるのと同時に炸裂する辺り、連携も完璧。

一撃が、悲鳴を上げる超ド級の全身を貫き、内側から破裂させていた。

ひくひくと痙攣している超ド級の上を飛び越して、ライザさんの収束熱槍が、やりたい放題に投擲槍を投げてきていた神代鎧に向けて放たれ。そして吹っ飛ばしていた。極限の冷気の後に、超火力に晒されたのだ。

流石の神代のからくりも、ひとたまりもなかった。

呼吸を整えながら、侍衆が運んできた荷車から薬を取りだして使う。

あの範囲攻撃に巻き込まれたのだ。無傷とは行かない。栄養剤だって飲む。急がないとまずい。

神代鎧が動き出したら、とんでもない数の投擲槍がこっちに飛来する。そうしたら、全滅の可能性もある。

それどころか、遺跡の内部にはまだ超ド級や、無数の子鬼がいてもおかしくはないのだ。一秒でも早く体勢を立て直す必要がある。

「よし、行くぜっ!」

一足早く立ち直ったディアンが、猛烈な勢いで遺跡に向かう。

カラさんが絨毯みたいなのに乗って、それを追う。

あやめさんは、流石にへたり込んでいる。

力を使い果たしたのだろう。元々負傷をおして、最重要作戦を成功させてくれたのだ。

「後は任せてください。 侍衆と一緒に陣地までさがって、そこで回復を」

「いや、私は遺跡を見届けさせて貰う。 足だけは引っ張らぬ」

「多分何も分からないと思いますよ。 いつもついて行っている私も、説明を聞いても分からないことだらけですから」

「それでも役割だ」

顔を覆面で隠しているから分からないが。苦笑いしたのかも知れない。

仕方ない。

パティは、走って山を駆け下りる。

荷車は、レントさんが引いて走ってきているのが見えた。

ディアンが、動き始めた神代鎧と戦いはじめている。カラさんも。

パティもそれに加わり。

冷気で全身が凍り付くような状態の中。

ひたすら、神代鎧の処理を続けた。

 

神代鎧を全て片付けたあと、あたしは熱槍で辺りの氷を溶かし尽くす。地面が沼のようだが。なんとか戦えるか。

奧から増援の気配はなし。

ただし、内部にトラップや神代鎧の存在する可能性は低くない。

体勢を立て直すと、内部に。

侍衆は、安東さんだけがついてきた。後はあやめさんも忍び衆代表として来る。

二人とも、鬼の本拠地。夷の邪悪な拠点は見届けなければならないと判断したのだろう。

内部は、やはり恐ろしい程に規則的だ。

神代の遺跡で見たように、もの凄く丁寧に整備されている。ただ、今までの遺跡とは段違いに背が高い。

壁にプレートが掛かっている。

「タオ、読める?」

「うん。 テラフォーミング用生物兵器培養施設、だって。 大当たりだね。 この先は何階層かに別れているようだけれど……コントロールルームを抑えよう。 超ド級に出くわしたら危ないからね」

「それが賢明だ」

長いトンネルの奧には、生臭い風を発している何かの気配。呼吸だけで、風が起きている程だ。

ベヒィモス級が、十数体力を充填しているとみて良い。

下手に近付くのは、止めた方が良いだろう。

トンネルの脇に階段があるので、それを利用する。

かなり地下に深い施設で、階段を下りていくが。十数階は高さがあるのではないだろうか。

本当に地下の深くまで続いているんだ。

どうしてこんなに地下深くに作るのか。

そういえば王都近郊の「工房」も理由はあれど地下深くに作っていたな。

あれは神代が終わった時代の産物ではあるが。

時代が戻るほど、縦に積むのが流行りになって行くのかも知れない。

最下層に出る。

此処にコントロールルームがある筈だが。拍子抜けなほど何もない。クリフォードさんも罠の気配はないというし。

あらゆる魔術に、何も引っ掛からない。

「警備がありませぬな」

「さっきのが全部だったと言う事でしょうね」

「解せぬ。 どうして全ての戦力を入口で消耗させたのか」

「よく分かりませんが、以前もそういう遺跡はありました。 あの人型のからくりを生産していた遺跡では、状態が違ったんですが……」

安東さんが不審がるので、あたしは一応フォローしておく。

ただ、仮説はある。

この遺跡、超ド級に守られている事もあって、まさか内部に入られるとは思っていなかったのではあるまいか。

保有していた神代鎧の数も多かったし、何より周辺に展開していた魔物の数だって桁外れだった。

だから、遺跡そのものの守りは必要ない。

そういう驕りがあった可能性はある。

最下層の部屋の扉も、あっさり開いた。光学式コンソールでの操作をタオがちょっとやったら、すぐにである。

「またパスワードも掛かっていない」

「よくあるなそういう場所」

「パスワードを掛ける機能はあるんだよ。 でもこれは、多分技術を少数の人間だけで特権的に独占しているからなんだと思う。 圧倒的な戦力があるし、警備も強力無比だから、入られる必要もない。 ログを見ると、最初はパスワードを設定はしていたみたいだね。 でも、やがて面倒になってやめたみたいだ」

「どんな堅固な守りも、使う人間によっては紙になると言う事だな」

アンペルさんが呆れた。

コントロールルームの戸はあっさり開き、内部に。複数の装置が動いていて、タオとアンペルさん、クリフォードさんが調査を始める。

一応警備に立つが、神代鎧が駆けつけてくる様子もない。

ただ、調査には時間が掛かると言われた。

 

一旦レントがカラさんと戻って、物資を補給してくる。

コントロールルームの側にはトイレや浴槽もあって、普通に稼働していたので、使わせて貰う。

交代で休憩をしているうちに、タオが遺跡内部の構造をどんどん明らかにしていく。

この遺跡、今までで発見したもので最大級だ。

風呂から上がってさっぱりしたあたしに、タオが説明をしてくれた。

「この遺跡は、竜脈から直接魔力を吸い上げ続けているんだ。 それが動力どころか、やはり強力な魔物達の動力源、それに培養装置の動力源にもなってる」

「まずいね。 止められそう?」

「もう止めた。 調べて見て分かったよ。 テラフォーミング用生物兵器として作られた超ド級が完成形だったのに、それ以上のものを作ったら全部失敗作になったんだ。 エネルギーを食い過ぎて、短時間しか戦えないし。 内臓なんかも大型に作れなくて、どうしても長時間は稼働させるのもそれどころか生存さえさせられない。 ベヒィモス達は、そういう存在だったんだ」

「一種の巨人症か」

レントが言うと、タオは頷いていた。

巨人症。

異常に体が巨大化する病気だ。人間で言うならザムエルさんなんて問題にもならないくらい大きくなってしまう病気である。

体が巨大化しても内臓は常人と同じなので、体はむしろ弱くなってしまう。あのベヒィモスらは、それを意図的に引き起こされていたのか。

それどころか、命すら維持できない程に。

もう魔力の供給は切られた。

それは、気の毒だが。

ある意味、救済なのかも知れなかった。

「他は何があったの」

「やはり完成型のテラフォーミング用生物兵器。 ここでは「天使」と呼んでいたみたいだね。 それの培養を行っていたようだよ。 幼体も、予想通り此処で培養していたみたいだね」

「天使ねえ……」

そういえば、タオに貰った資料でみたっけ。

古い信仰では、天使は世界の終末に神が気にくわない人間を皆殺しにして回る思想があるのだとか。

今の時代は信仰はとても弱くなっていて、少なくとも世界中の人間がそれに縛られているようなことはない。

ただ、古くは違って。

信仰は支配の道具として、多くの人を殺したようだった。

天使による世界の最後の皆殺しも、恐らく宗教の恐怖で人間を縛るための道具だったのだろう。

反吐が出る話だが。

それでも、神代の連中が天使とかあの超ド級を呼んでいたのも、納得は出来る。

「幼体は複数のパターンが存在していたけれども……ログを見る限り、サマエルがずっとここにアクセスをしていたみたいだね。 神代に作られた成功例だけを、順番に作り続けていたログが残っているよ」

「何それ。 戦歴を見て成果を上げている個体を増やしたり、新型を研究とかしていなかったのかな」

「その様子はないよ。 前例を尊んで、それ以外は拒否していた感じだ」

なるほどな。

そう作られたとは言え、サタナエルもそうだったが。狂信者だった訳だ。

神が言う事は絶対。

その言葉だけを遂行する。

サタナエルは神への愛以外何もないようだったが。サマエルは神の忠実な代行者だったわけだ。

いずれにしても、人間をベースに弄くって、そんなものを作り出して。代行者としていたとは。

神代の連中は、調べれば調べるほど怒りしか沸かない。

「その幼体の培養ももう止めたんだね」

「うん。 今三十体ほどの幼体が培養槽にいるけれど、これらはこれ以上成長もしないよ。 元々無理がある合成をして、外で動けるようになるまでは培養槽で色々調整するみたいなんだけれども。 それが止まった以上は……もう何もできないね」

「ベヒィモス級もろとも、楽にしてあげられる?」

「今調べて見る。 ……出来そうだ。 やってみる」

話はほとんど分からなかったようだが。長年この地を苦しめ続けた鬼の眷属が。これ以上は生まれない。それは理解出来たのだろう。

安東さんもあやめさんも、おおと声を上げていた。

更に、神代鎧についても調査をしておく。

この遺跡には、メンテナンス装置はあったが、生産設備はなかったらしい。ならば、此処にこれ以上神代鎧を増やされる恐れはない、ということか。

蓋を開けてみれば、幕切れはあっけなかった。

だが、まだ懸念はある。

「問題は、ここ一箇所だけか、だね」

「僕もそれは懸念していた。 でも、問題は無さそうだよ」

「うん?」

「地上にある研究施設のリストがあったんだ。 それによると、超ド級の生産施設は、地上はここだけ。 他にもあったらしいけれど、全て廃止されたみたいだ。 残りの特に研究施設に関しては、稼働中のもの、稼働可能なものは地上にはないってある。 多分……あるのはあの扉の先、奴らの本拠地だよ。 技術の流出を怖れたのか、或いは」

そうか。

いずれにしても、もうタオに任せて大丈夫だろう。

あたしは皆に声を掛けて、この遺跡の最後の大掃除に掛かる。

まだ神代鎧がいるようなら潰しておく。

そして、もうこれから死んで行く超ド級の幼体や。それにベヒィモス級には、とどめをさして回る。

施設自体の動力も壊す。

それで、この遺跡は死ぬ。

後は入口を完全破壊して、埋めてしまうのが良いだろう。

こんなもの、後から発見されても悪用されるだけだ。

嘆息一つ。

情報は多数得られた。また奴らの本拠に乗り込む準備が整ったと言える。

タオによると、ログはあらかた時間を掛けて引き抜けるし。内部にある書庫の存在も分かったらしい、

それらは回収して、解析に回してしまって良いだろう。

では、手分けして作業を開始だ。

まだまだ、東の地の各地に散っている子鬼や超ド級はいる。それらは、少しずつ時間を掛けて駆除して行くしかない。

だが、これにより、東の地がいつ滅んでもおかしくない状況は終わりを告げた。

また一つ。

神代の悪しき影響は、世界から撃ち払われたのだ。

 

4、鬼の時代の終わり

 

巨大な培養槽。ベヒィモスだけではなく、明らかに大きすぎて規格外の超ド級達が入っていた。

多分、生きているだけで辛かったはずだ。

動力炉が桁外れでも、それぞれには生命維持しか出来ない程度の力しか供給できなかったようだし。

タオが動力を切った今。

もはや、これらは眠りながら死んで行くだけだ。

あたしはそれでも、とどめは刺しておく。この培養槽だけでも、桁外れのテクノロジーの産物なのだ。

子鬼の培養施設も同様に処置する。

何を考えてこんなものを作れたのか。底知れない悪意が其処にあった。

幼体の状態だと、材料の一つが人間だというのがどうしても分かってしまう。

恐らく神代の錬金術師だけでは無い。

神代の前の「冬」の時代を引き起こしたのが人間だったとしたら。こんな調子で底知れない悪意を持っていたのでは無いのか。

だから滅びた。

今の人間は、出がらしで生きているに過ぎない。

先に進むには、三度同じ過ちを繰り返す事があってはならないだろう。

全てにとどめを刺して、楽にしてやる。

フィーが悲しそうに鳴く。

分かっている。

こんなことを繰り返させないために、あたしは技術を得る。そしてその技術は、人間が変わるまでは使わせない。

あたしは魔王になる。

人間が怖れる存在がいなければ、こんな事は何度でも繰り返される。だからこそ、繰り返させない抑止力として。

あたしは世界に恐怖の存在を作らなければならないのだ。

書庫を見つける。

すぐに全て回収する。

此処にいた研究者の手記もある。

アンペルさんが解読していたが、即座に眉間に皺が寄っていくのが分かった。

「ろくでもない事でも書かれていたようですね」

「此処には技術書もあるが、大半は思想書のようだな」

「思想書?」

「今の時代は失われてしまったものだ。 人間に余裕があった時代には、色々な思想を発表して、人間の規範にしようとするものがあった。 今残っているのは、各地にある伝承や信仰を記したものが近い。 文明が爛熟した時代には、そういった信仰ですら飽き足らず、人間は自分が如何に優れているか、その思想を書き殴った本を作り出していたようでな」

馬鹿馬鹿しい事だと、アンペルさんは吐き捨てていた。

思想書ねえ。

一つ、手に取ってみる。

もっとも読み込まれているらしいものだ。

作者は不詳らしいが、ざっと目を通して見て、なんだこれはとぼやきたくなった。

簡単に要約すると、全ての人間の思考は性欲に起因している。であるから、性欲は抑えるべきでは無いというものだ。

もっともらしい理屈でそれを正当化しているが、最初の出発点がおかしい。

どの本もこんな調子なのか。

まて。これが読み込まれていたと言う事は。

神代の連中は、欲を最優先にして他者を踏みにじる思想を、こういった本から得ていたのか。

可能性はある。

或いは、自分を正当化してくれるものだったら、何でも良かったのかも知れない。

「燃やしてやりたい所ですけど、何かの手がかりがあるかも知れないですね」

「ああ、後で解析する。 それとライザ。 私とタオ、クリフォードは次の船旅は同席しない。 此処の本の解析と、コントロールルームで得られた情報の解析に全力で挑みたいのだ」

「此処の本、書いてある内容が正気じゃないと思いますよ。 大丈夫ですか?」

「深淵を覗くとき、深淵もまた此方を覗いている」

それも、見つけた本の内容か。

どうも、以前見つけた本の内容であるらしい。

本来は違う意味であったらしいが。

神代の錬金術師達は、深淵にある知識を求めれば求めるほど、深淵の知識は招いてくれると解釈していたようだった。

「この言葉の出所の本の著者も伝わっていない。 「冬」とやらが起きた原因で、よほど世界は凄まじい破壊に見舞われたようだな」

「……」

「だからこそ危険を承知で解析をしなければならないんだ。 此処でやるべき事はもう終わった。 故に、私達にしかできない事を総力でやる。 門を使い、一番設備が充実している小妖精の森のアトリエで調査を続ける。 ネメドのフォウレの里にあるアトリエに門を作ったら、呼びに来てくれ」

「分かりました。 お願いします」

そもそも、神代の錬金術師連中みたいなのが台頭したのが色々おかしいのだ。人治主義の極みといえるし、それは案の場腐敗の極致に達した。

何故そうなったのか。

それに、だ。

気になる事もある。

最初の征夷大将軍について見た感応夢。タームラさんの記憶。

あの人は、恐らく神代の錬金術師の実態を、誰よりも良く知っていたはずだ。だとしたら、その言葉。

世襲は絶対にするなと言うその言葉は。

神代に対する強烈なアンチテーゼだったのではあるまいか。

いずれにしても、全て遺跡の機能は黙らせた。後は淡々と、成果物を回収して持ち帰るだけだ。

借りているものも含め。五つある荷車をフル活用すれば、二往復でいけるだろうか。

ただ、まだかなりの魔物がいる。

途中で油断する訳にもいかないだろうなとは思う。

生産は止めたとは言え、まだ東の地にはたくさんの子鬼がいるし。それらはやがて超ド級に成長するのだ。

それについても、説明が必要になるだろう。

東の地の人々は、まだ戦わなければならない。

その苦労は緩和したけれども。

あたしには、まだまだやるべき事があるし。

それを完遂するまでは、先には進めないのだった。

 

(続)