巨獣来たれり

 

序、二條に迫る影

 

各地から侍が集まってくる。二條に迫っていた大鬼「牛鬼」をあたしが倒した事を聞いたのだ。ここぞ攻勢の好機と、征夷大将軍は考えたらしい。同時に、負傷者も集められる。あたしは即座に、義手や義足。更には薬の量産に取りかかった。

実はあたしは最初速攻を考えていたのだが。この人数が来ているということは、征夷大将軍は本気で勝ちを考えていると言う事。

更には、先に負傷を回復出来る人員がいるなら。

あたしがいるうちにどうにかしておきたいというのもあるのだろう。

ならば出立は遅らせて、まずは手足を失った人の補助からだ。やはり各地で魔物がかなり活性化しており、子鬼相手にも手を焼いているようである。

それに、今回の首魁である「ベヒィモス」なる奴はまだ出て来ていない。

此奴は以前も何度か災厄をもたらしたらしいのだけれども、とにかく見た人間が生還していないので、詳細がわからない。

今回、あたし達がいるこの時が好機だ。

一気に奴を倒して、少なくとも数十年の平和を作る。それが、征夷大将軍の考える事であるらしい。

書状でそれを知らされたあたしは、ありだと思う。

アーミーと比べると数は少ないかも知れないが。この人達の武芸は、千数百年も続く神代との戦いで磨かれたもの。

その武が、神代に打ち克とうというのなら。

あたしは幾らでも手助けをする。

一旦出立は遅らせて、あたしは後方のアトリエのある丸根砦にさがると、北の砦の守将である姉小路さんに告げて、怪我人や手足を失っている人をこっちにまわして貰う。あと、攻撃はまだ控えるようにも頼んだ。

すぐにくる。

長い戦の年月だったのだ。

クーケン島の周囲にも恐ろしい魔物はわんさかいたが、此処のに比べると子ウサギも同然。

とにかく、片っ端から義手義足を作っていく。

中には幼い頃に手足を欠損して、大人になってから侍大将になった人もいた。隻腕だとかろうじてそれが出来るようだが。片足がない場合はそれは出来ず、棒をそのまま足代わりにして、どうにか歩くくらいしかできないようだった。

やっぱり戦闘では足の方が大事か。

人間は他の生物に比べて、持久力と回復力、それに投擲能力で優れているとタオが言っていた。

まあそれでも正直それらは誤差の範囲内で。

実際には集団戦と武器の力が、古代クリント王国までは魔物に対する優位を構築していたのだろうが。

それを失った今は、強みなんて圧倒的な力の前に押し潰されるだけなのが現実というわけだ。

悲しい話だが。

しかしながら、それもまた現実。

とにかく、片っ端から義手義足の図面を起こして貰い。

セリさんには薬草を。

クラウディアとボオスには交渉ごとを。

タオはパティと組んで周辺の座標集めを。

更にはクリフォードさんには伝令を務めて貰う。

他の皆は医療の支援と、更にはトラベルボトルに入っての素材集めを頼む。

丸一日、そうして負傷者の手当てと、義手義足の調合を実施。

どうにかそれで一段落はしたが、まだまだ侍は各地から集まって来ているようである。

今回は敵の攻勢の規模が大きく、各地の集落や街から、一線級の戦士はあらかた集めているようだった。

敵の攻勢規模が大きいと言う事は。

敵を撃退すれば、相手に尋常ならざる被害を与えるからだ。

今までも大規模な戦いに勝利した後、北の地の魔物は数十年単位で大人しくなることがあったらしい。

数十年力を蓄え人材を増やすためにも。

皆、命を賭けるつもりで来ている訳だ。

彼等を一人でも生きて故郷に戻すためにも。

あたしは、最前線で敵と戦う。

重傷者は来なくなってきた。後はノウハウを共有した薬師や回復術の使い手に薬を引き渡す。

バレンツからも、定期的に薬を持ち込むように既に交渉は終わっていると言うと。薬師も巫女と呼ばれる回復術使いも、喜んでいた。

ただそもそも、こんな悲劇は最初から無くさなければならない。

あたしも、神代の最悪の置き土産共に。

可能な限り、引導を渡すつもりだ。

朝起きて、体を動かす。野戦病院というべきか。ともかく怪我人達は、もうある程度落ち着いているし。

義手義足はどれもしっかり馴染んでいる。

パティとならんで体を動かしていると、クリフォードさんが来る。確か伝令に出て貰って、帰ってきていなかったが。

様子からして、かなり状況が緊迫しているようだ。

「ライザ、皆を起こしてくれ。 急いで朝飯を食った方が良い」

「分かりました」

理由を聞くのは後だ。

勘違いされている事があるが、斥候は基本的に熟練者がやる。相手の数や戦力を見極め、更には生還しなければならないからだ。

クリフォードさんもそんな熟練者の一人である。

それが此処まで言うのは、余程の事だ。

まずは皆を起こす。

クラウディアも、すぐに食べられる温かい料理を作り始めてくれた。

それで、まずは話を聞かせて貰う。

クリフォードさんは、いきなり場に爆弾を投下していた。

「例の悪魔野郎だ」

「!」

「間違いない。 もう北の砦から出た斥候が何人もやられてる。 あやめってあの腕利きがどうにか生還してその姿を伝えてきた。 奴は恐らく、北の地の境にいる大部隊と連携して動くつもりだ」

「厄介だな……」

レントがぼやく。

魔物を操作する魔物。

群れを統率するボスなどとは話が全く違う。あたし達が牛鬼を倒したから出て来たのかも知れない。

いずれにしても、此処の地に神代が関わっている可能性は「ほぼ確実」だったのが。今回で「確実」になった。

ならば、北の地を調べる価値は大いにある。

それには、敵の軍勢を壊滅させる事が必須だ。

「備蓄を確認して。 準備はしておいたはずだけれど」

「大丈夫だ! ライザ姉が言った通り揃ってる!」

「ライザさん、これの調整を……」

「おっと、ごめん。 忘れてた」

パティに渡しているハイチタニウムの大太刀。圧倒的な破壊力があるのだが、一回使う度に調整がいるのだ。

気むずかしいハイチタニウム大太刀を、錬金釜に入れて微調整をする。何、構造は覚えている。

この空間把握力が、あたしの強みだ。

調整が終わると、全員でアトリエを出る。戸締まりはしっかりしておいたが、流石にこれだけ貢献したら、アトリエに勝手に踏み込むようなことはしない……と信じたい。

内部を荒らされる事が問題というよりも、爆弾などを弄られて爆発されるのが問題なのだ。

あたしが丸根砦を出ると、侍達が何事かと見送る。

すぐに北の砦に移動。

相当な数の侍がいる。

これがアーミーなんだろうなと思う。昔日とは比べものにならない程度の数ではあるのだろうが。

征夷大将軍も来ているようだ。

知将のイメージがあったが。こう言うときは陣頭指揮を執るらしい。まあこの地最強の侍なのだ。

温存しておく理由もないのだろう。

すぐに征夷大将軍に謁見を申し込む。

大事と判断したか、征夷大将軍はすぐに受けてくれた。

なんとも物々しい当世具足を着けている。多分だけれども、将軍に代々受け継がれているものなのだろう。

今までに二回倒した、「魔物を統率する魔物」の話をする。

牛鬼と能力は似ているが、より高度な知能を持つ危険な相手であると言う事を。

その姿は悪魔に似ている事も。

征夷大将軍は、宿老達と頷く。

「これより、北の地境に集まっている魔物共を斬りに向かう。 ライザリンどのは、それを相手願えるか」

「承知。 できる限り大鬼も倒します」

「頼もしき事よ。 敵が本格的に動き出す前に、出鼻を叩く! ライザリンどの達が来てくれた今ぞ好機! ホラ貝を鳴らせ!」

さっと戦い慣れた侍達が散る。

足軽を数人つけてくれたので、荷車を任せてしまう。砦から出ると、凄い音が響き渡った。

ホラ貝はあたしも知っているが、音の大きさがだいぶ違う。

この東の地近海では、それだけ大きい奴が取れるのかも知れない。

姉小路さんが此処を守り、征夷大将軍と宿老数人が侍達を率いて出るようだ。整然とした動き、魔物との大軍を何度もこなして慣れてきているのがよく分かる。ロテスヴァッサの警備なんか比べものにならない。

修羅の地で揉まれたから、これだけの精鋭に成長したと言う事だ。

だがそれには、多大な流血も伴ったのも、また確実。

いくぞ。

あの悪魔野郎を、三度地面にひれ伏させる。

サタナエルはまだ誇りを理解出来たが、次もそうとは限らない。最初に交戦したサタンのような、クズの可能性も高い。

最前列で、あたしは進む。

やがて、魔物の大軍も、こっちの動きを察知したらしく。伝令が動き出したと伝えてきているのが分かった。

まずは、出鼻を挫くか。

見えてきた。

前に撃退した連中の残存戦力に、北の地とやらから来た魔物を足したのだろう。好都合だ。

わざわざ出向く前に来てくれた。

此処で徹底的に叩き潰す。

「クリフォードさん、あたしが最初に敵に大火力を叩き込むから、続いて欲しいと征夷大将軍に伝えて!」

「任せろ!」

「とんでもねえ数だが……」

「後ろにはアガーテ姉さんなみの使い手が幾らでもいる! 後ろは任せてしまって大丈夫な筈だ!」

ボオスにレントが激を飛ばすと。

そうだなと、ボオスは苦笑し、それで気合いを入れ直したようだった。

あたしは四種の爆弾に、それぞれ縄をくくりつけて。

回転しながら、それぞれを空高く放り投げる。

ただの投擲でもいいのだが、今回は四種の爆弾を二つずつ持って来ている。ジェムをほとんどすっからかんになるまで使ったが。それでも、これをする意味はある。

上空から、同じタイミングで魔物の大軍に降り注ぐ爆弾四つ。

その四つが、全部同時にねじ切られるのが分かった。

そうだろうな。

前回の戦闘で、それが致命打になったのだ。

だから、あたしは敢えて時間差をつけて投擲したのだ。おとりと、本命を。

続いて四つ、空間をねじ切った先に飛んだ爆弾が。

これぞ本命。

あたしが起爆すると。

灼熱、極寒、爆風、極雷。よっつの超爆弾が、それぞれ魔物の大軍に、殺戮と破壊をまき散らしていた。

どんどんどんと、凄まじい音が響く。

恐らくは戦場で扱う特別な太鼓だ。

一部は魔物……多分超大型が爆弾を空間操作である程度防いだようだが、敵に致命的な破壊が降り注いだのは事実。

大混乱は避けられない。

更に、あたしは踏み込むと、更に爆弾を魔物の群れに放り込む。

混乱している魔物達は、それを防ぐ術がない。怒り狂って、こっちに攻撃魔術をぶっ放そうとしている超ド級の至近にアストローズが。

起爆。

地獄から噴き出したような超高熱が、瞬時に超ド級の全身を破壊し尽くしていた。だが、それでも倒れない。

流石と言うべきか。

あたしは、声を張り上げる。

「突貫! ダメージを回復しきる前に、彼奴を倒すよ!」

「おおっ!」

「突撃っ!」

「異国の鬼神、ライザリンどのに続けえっ!」

わっと侍達が槍を揃えて、魔物の群れに襲いかかる。勿論反撃に出る多数の魔物だが、それも勢いが違った。

剽悍に迫る侍達。今の二連撃による大破壊の凄まじい衝撃から立ち直れていないラプトルや鼬、鮫が次々に槍に掛かる。

あたしはそれらを横目に、突貫。

大ダメージを受けた超ド級に、そのまま飛びかかるようにして襲いかかる。

奴は触手の大半を欠損しつつも、回復術で体を治しているようだ。子鬼数体が立ちふさがろうとするが。

パティやボオスが引き受けてくれる。レントも。

これは、倒さないといけないな。

クリフォードさんがブーメランを投擲。乗れ。そういわれる。

あたしはブーメランに飛び乗る。

クリフォードさんの固有魔術はブーメラン操作。いまなら人を乗せてまっすぐ回転せず飛ぶくらいは出来る。

ひゅんと、乱戦を飛び越えて、超ド級の至近に。

飛び降り、着地と同時に、超ド級は焼けただれた全身を振るわせ、怒りをこっちに示してきた。

巫山戯るな。

その図体になるまで、どれだけの人を殺した。

今、自業自得の最後を貴様は迎えようとしているだけだ。

大人しく地獄に行け。

あたしは、相手がまだ残っている触手を用いて、空間をねじ切りに来たのを悟ると、横っ飛びに逃れる。

地面が凄まじいねじ切られ方をした。雑魚もかなり巻き込まれたようだが。怒りで我を忘れているようだ。

多数の矢が、辺りを制圧する。

クラウディアによる援護射撃。

更に、カラさんが立て続けに大魔術を発動しているようだ。雷撃が、次々に彼方此方に降り注ぎ、その度に数体ずつ、巨大なラプトルが吹っ飛び、鼬が爆ぜ割れる。あたしは超大型に時計回りに回り込みながら、熱槍を叩き込む。空間をねじ切って防ぎに来る超大型。流石だ。これだけ傷ついて、それでもこれだけの頻度で放ってくる。迂闊に突貫すれば待っているのは死。

ふいに躓いてみせる。

普段だったら乗ってこなかったかも知れない。

だが、この超ド級は全身を焼き尽くした痛みに怒り狂っている。だから乗って来た。

転んだあたしを、空間をねじ切る凶悪な魔術が立て続けに襲う。過剰すぎる程の火力であるが。

それも怒りで冷静さを欠いているからだ。

勿論わざと躓いたのだ。

既に其処にあたしの姿はなく。低い軌道からあたしは、敵の足下に強襲を掛けていた。

錬金術の装備で強化したフルパワーで、ドロップキックを叩き込む。

地盤が砕けて、敵の巨体がめくれ上がる。続いて、体内が爆裂したらしく、全身から血を噴き出していた。

更にあたしは跳躍すると、走りながら詠唱していた火力を解き放つ。

熱槍一万とフルパワーでは無いが、それでもこいつを仕留めるには充分だ。熱槍をまとめ、すでに瀕死の超ド級に叩き込む。

着地。

後ろで、灼熱に貫かれた超ド級が爆散するのが分かった。

わっと喚声が上がる。

「ライザリン殿、大鬼ヒダル神を討ち取ったりぃ!」

「流石名人よ!」

「皆続け! 手柄を挙げよ! 敵を屠れ!」

「おおっ!」

侍達の士気は高いな。

あたしは薬を飲み干すと、気付く。

音もなく側に降り立った奴がいる。例の悪魔みたいな奴だ。

「長年かけて培養してきたテラフォーミング用生体兵器を、よくも立て続けに破壊してくれたな。 どれだけの手間暇が掛かったと思っている」

「あたしはライザリン=シュタウト。 貴方は」

「……相手が錬金術師であるなら名乗ろう。 我はサマエル。 偉大なる神々に等しい御方達の命令に従って動くもの」

「何を目的に、こんな殺戮しか出来ない化け物を育てているのかな?」

あたしもブチ切れる寸前だが、敢えて冷静にそう言う。

辺りに味方はいない。

こいつは巧みに、あたししかいない状況を作って来た。魔物の操作が極めて巧みで、それが出来るのだろう。

こいつはまた、別方向でのスペシャリスト、ということだ。

「我は命じられている。 劣等血統であり、劣等文化でありながら、神々に等しい存在を数多殺し、それどころか逆らい続けた愚劣なものどもを躾け滅ぼせと。 故に長年テラフォーミング用生体兵器を育て、この地で抵抗を続ける者どもを攻撃して来た」

「言いたいことは山ほどあるけれど、つまりこれ以上、大物は貴方を殺せば増えないということかな」

「貴様には興味がないのか。 新しい世界が。 愚かなモノを全て駆逐して、その先にある美しい未来が」

美しい未来に新しい世界ね。

良さそうな言葉だが、それもこのおぞましい手段の先にあると、とてもハイハイとは言えない。

「我は貴様を監視していた他のモノにはあまり興味がない。 サタンもサタナエルも、貴様が神々に等しい御方の下に辿り着く事を考えていたようだが、違う。 我は命じられたことをこなすだけだ。 それが美しい新しい世界が来る事の近道だと信じているからだ」

「美しいだって。 世界をこれだけ無茶苦茶にしておいて、よくそんな寝言が言えるね」

「価値観は無数に昔は存在していた。 だがその価値観は、世界を破壊し汚すだけだった。 それどころか一度は全てを焼き尽くしすらしたのだ。 神々に等しい御方が世界に出現して、その価値観だけが世界にあれば、世界を新生させられると思わぬか」

「何が過去の世界にあったかはまだわからない。 だけれども、神代の錬金術師達の思想が世界を救うとか、新生させるとか、絶対に思わない!」

何を寝言を言っているのかこの悪魔野郎は。

分かっている。

そういう思想を持つように作られたんだこの存在は。それは作った輩がクズなのであって、この存在は人間すら材料にされている。だから、怒っても仕方がない。モノに怒りをぶつけるのと同じだ。

だが、この一見耳障りが良い言葉。此奴は本気で信じているとしても、本当に怒りがこみ上げてくる。こんな思想をにやつきながら植え付けた連中に対してだ。やはり万死に値する。

ただ、今の会話で少し分かった。

神代のカス共が台頭した背景には、今では失われた地獄みたいな……今よりもっと酷い時代があったのだろう。

だが、だからといって、自分達以外の全てを殺し尽くし破壊し尽くすなんて事があって良いわけがない。

「優れている」存在だけで、全てを独占して良い訳もない。

やはり、奴らは。

ぶっ潰すしかない。

その過程で、此奴も滅ぼす。それだけだ。

「会話終わり。 蹴り殺す」

「そうか。 では我も鬼札を切るとしよう。 来い、ベヒィモス」

「!」

とんでもない雄叫びが上がる。

全身が震え上がるようだ。

同時に、サマエルが姿を消す。どうやら、問題のベヒィモスとやらが、此方に迫っているようだった。

 

1、あまりにも巨大すぎるもの

 

山が動いている。

フォウレ近辺で交戦した超ド級も、丘が動いていると思わされるほどだった。だが、それは。

文字通り、本当に山が動いているとしか言いようがなかった。

全身からつきだした大量の触手。

遠くからでもビリビリと感じる凄まじい魔力。

全身がひりつく。

これは、王都近郊の門の先で戦ったフィルフサ王種に匹敵する敵だ。彼奴は凄まじい相手だったが。

恐らくそれに匹敵するか、それ以上。

見えてくる。

雑魚魔物を踏み砕きながら進んでくるそれは、多数の足を有し、ゆったり進んでくる。顔は平べったく、多分草食獣のものだが。全身は緑色で、山そのものに見える。いや、実際に土を被り、其処には木々がある。

なるほど、発見されないわけだ。

此奴がベヒィモスか。顔だけは目撃例があったらしいが、全容が分からない訳である。そして此奴は。

「総員さがれ! 奴の攻撃が来るぞ!」

ベヒィモスが、全身を竿立ちに立ち上がる。それだけで、辺り一帯が影に覆われる程である。

でかすぎる、

あたしは、全力で後方に逃れる。

今まで魔物を押しに押していた侍衆も、全力で逃げ出す。だって、この後何をするか、分かりきっていたから。

ベヒィモスが、思い切り上半身を地面に叩き付ける。

文字通り山が降ってきたのと同じだ。

地面が粉砕され、辺りから水が噴き出す。衝撃波が辺りを蹂躙し、逃げ遅れたモノを容赦なく薙ぎ払っていた。

化け物だ。

さがれ。さがれ。

今まで勝ちに奢っていた侍衆が逃げ出す。

それだけじゃない。

他の超ド級すらも、あわてて逃げ出す有様だ。その内一体は、ガイアさん達に猛攻を受けて瀕死だったからだろうか。

ベヒィモスが、逃げるところをあまりにも巨大な触手でばちんと弾く。

そうすると、吹っ飛んでバラバラに散らばってしまった。

瀕死だったとは言え超ド級を、ひと薙ぎで。

これはちょっととんでもない相手だ。あたしは走りながら詠唱。熱槍を千ずつ束ねて、連続で投射する。

炸裂するが、爆発したところでベヒィモスはうるさがるだけ。四発目からは、シールドで防ぎに来る。

シールドが分厚すぎて、熱槍千を収束しただけでは、文字通りじゅっとなるだけだった。

サマエルというあの悪魔野郎が、ベヒィモスに着地するのが見えた。

奴は、指さす。

その先には北の砦。

更には二條の街。

側に来たのは、パティだ。タオも。足が速い仲間から、順に集まってくる。

フェデリーカは完全に白目を剥きそうな様子だが、セリさんが植物魔術で引っ張って来ていた。

此奴をそのまま行かせたら、全てが蹂躙される。

フィルフサの群れが、まとめて解き放たれたようなものだ。この地の戦士達だって、あの一族の戦士達だって、どうにもならない。

「此処でどうにかしないといけないね」

「どうやって! 本当に山そのものだぞ!」

「……考える。 とにかく、遠距離魔術がある人は、少しでも浴びせて」

「分かった!」

最初に気合を取り戻したのはクラウディアだ。

音魔術でバリスタみたいな矢を次々と射出しつつ、走る。狙撃手は常に移動した方が良い。

続けてカラさんが、大魔術を次々にぶっ放す。

あたしが服を作り直してから、魔力量が更に増えたようだ。天焦がす炎の渦が、ベヒィモスに浴びせられるが。

どう見ても牛か何かを、ろうそくで炙っているようにしか見えない。ベヒィモスも、体を揺すっただけでカラさんの魔術を消し飛ばしていた。

びゅん。

音がすると同時に、天が落ちてくる。

奴の触手が一本、こっちに振り下ろされたのだ。即応したあたしが、熱槍八千をまとめて叩き付けて、爆発させ。

稼いだ時間で、総員散開。

今まであたしがいた地点を、崖崩れが押し潰すかのように、触手が抉っていた。

ちょっとこれは、冗談じゃないぞ。

神代の魔物とはやり合ってきたが、これほどの奴がいるとは。どうにもできなかったというのは、確かに頷ける話だ。というか此奴と同格が十数体もいるのか。

だとしたら妙だ。

此奴を進めるだけで、東の地は滅ぶはず。今まで千数百年も、どうしてそうしてこなかった。

サマエルというあの悪魔っぽい奴は、作り手である神代に忠実な言動を取っていた。だとすると。

何か、からくりがある。

あたしは、熱槍を連射しながら叫ぶ。

「多分此奴、あんまり多くは移動出来ない! 何かしらの理由で、行動に限界があって、しかもそれが非常にカツカツなんだ!」

「それでどうすればいい!」

「接近戦組は動いていない部分を狙って! 主に足! 遠距離戦組はずっと攻撃を集中! あたしが隙を作る!」

取りだすのは、ラヴィネージュだ。

持ち込んでいる最後の一つであるが、此処で使わずいつ使うか。ベヒィモスが、立て続けに浴びせられるバリスタ矢と雷撃魔術、それに飛んでくるセリさんの植物魔術によるつぶてを鬱陶しがって、三人に向け触手を振るい上げる。

ゆっくりに見えるが、元が山みたいな大きさなのだ。

見た目よりも、ずっと早いし。加速が着いてから振り下ろされる触手は避けられる代物じゃない。その上地面を吹っ飛ばして、破壊規模も凄まじい。だから先に触手を集中攻撃して動きを遅らせ、その間に狙われている三人が逃げる事しか出来ない。逃げても、地面を直撃した触手が、凄まじい破壊を引き起こし。地面との接触点では起爆さえしていた。多分運動エネルギーとかが異常すぎて、熱爆発すら引き起こすほどだと言う事だ。

侍達の中にいる術者も、こっちに遠距離魔術を飛ばして援護してくれるが、ベヒィモスは五月蠅いとばかりにシールドで防ぐ。

その分厚さ、多分フォトンクエーサーの一点収束投擲型でも突破出来そうにもない。だが、あたしの読みが正しければ。

走りながら、熱槍を浴びせる。ベヒィモスの体の横が地滑りを起こし、其処に多数の目が生じる。

やっぱり体の横にも目があるか。

他の超ド級と同じだ。

足を振るい上げるベヒィモス。あたしはバックステップを連打して、距離を取る。距離を取りながら、推進力代わりに熱槍を叩き込みながら、ベヒィモスの後方に回り込むが。奴の足踏みは想像以上に強烈だった。

地面が砕けて、衝撃波が辺りを薙ぎ払う。

足踏みだけで、である。

あたしもガードしながら全力で後方に跳ぶが、それでも吹っ飛ばされて、地面に転がされる。

既によくしたもので、やばすぎると判断したのだろう。

他の魔物は寄ってこないが。

ベヒィモスが凄まじい雄叫びを上げると、ぶわっと辺りに台風みたいな風が吹き荒れて。そして、その生臭い風を受けると、ベヒィモスを大きく迂回しながら。魔物の群れが、侍衆とガイアさん達に襲いかかる。

あっちは、あっちで任せるしかない。超ド級が一体いるが、それでもどうにかしてもらうしかない。

今回此奴を仕留めれば、あたしの読みを証明できる。

皆足下に攻撃しているが、相手がでかすぎて有効打を与えられていない。山を攻撃しているのと同じだ。

こんなサイズの相手。

立ち上がると、更に熱槍を叩き込みながら、後ろに。

サマエルが手にしている三つ叉の槍を振り上げる。

槍にしても剣にしてもそうだが、ギミックがあればある程使用難易度は高くなる。あれが使いこなせているとは思えない。

あたしは熱槍を連射しながら、更にベヒィモスの後ろに。真後ろには立たない。長大な尻尾が見えているからだ。

尻尾は筋肉の塊だ。

あんな巨大なのだと、破壊力も容易に想像できる。後ろに回るだけでも、相当に走らなければならないのだ。

よし、此処だ。

足を止める。

また足踏みの体勢に入るベヒィモスの視界を確認。良い具合に、クラウディアが大量の矢で、飽和攻撃してくれている。カラさんも、同時に大魔術で奴に雷を落としてくれていた。サマエルは鬱陶しそうに追い払え、とばかりの動作をしているが。

この圧倒的過ぎる巨体が。

むしろ弱点だ。

熱槍を束ねて、連続で多数ベヒィモスに叩き込む。

分厚いシールドに防がれる。

そして、奴が足を踏み降ろした瞬間。

熱槍の影に放り込んでいたラヴィネージュが、炸裂。

奴の足の一つを、極限の冷気で瞬間冷凍していた。そして巨体であるが故に奴は微細な動きを出来ず。

凍った足を、自分の重量で粉砕していたのだ。

凄まじい攻撃だ。

巨大な氷の山が砕けて、大量に氷が飛び散り。何より膨大な冷気が、余波として吹き付けてくる。

悲痛な悲鳴だけでも、山崩れが起きそうだ。ベヒィモスが全身を揺する。なんでこんな酷い事をされるのか。そう訴えているようだが。

お前が踏みつぶしてきた者達の怒りだ。

足一本を完全に失い、凄まじい量の血を流しているベヒィモスに、あたしは飛び離れると、全力で詠唱を開始。

サマエルが、叱咤しているのが分かる。

緩慢に、あたしに振り返ろうとしているベヒィモス。その分厚すぎるシールドは、皆の攻撃を一切寄せ付けないし。何よりちょっと動くだけでとんでもない衝撃波を発生させるから、接近戦組も迂闊に近づけない。

あたしは踏み込むと。

熱槍三万を束ねたフォトンクエーサーを、全力で投擲する。

若干斜め向きであまり良くないが、それでもこれは、必要な一手である。ベヒィモスが、五月蠅そうに分厚いシールドを張る。

今までの超ド級とは別次元のシールドであり、破れる気がしない。

だが、フォトンクエーサーはシールドに食らいつき、その半ばまでを撃ち抜く。シールドそのものに、大きく罅が入る。

もう叫び声が、なんだか分からない。形容しようもない。

足を踏みならすベヒィモス。

触手を振るう。

それだけで、もの凄い風圧が生じるし。

ディアンもパティも、風に翻弄されている。

体重が軽かったり小さかったりすると、文字通り吹き飛ばされてしまうし。衝撃波を浴びただけで、全身傷だらけだ。

あたしだってそう。

血を吐き捨てながら、更に詠唱を続け、こっちに向きつつあるベヒィモスの背後に回る動きをする。

ベヒィモスにその間も、熱槍を叩き込む。

壊れかけのシールドと、ベヒィモスが自力で粉砕してしまった足を狙うようにして。頭に血を上らせろ。そう呟きながら。

ベヒィモスが触手を空に向けて、うおんうおんと回し始める。

呪文詠唱か。

此奴ほどの超ド級が全力詠唱をするとなると、それこそ何が起きてもおかしくない。

空が瞬時に曇る。

そして、とんでもない規模の火球が出現すると、炸裂して。辺りに降り注いでいた。

地獄と化す。

走りながら、爆発をどうにか凌ぐしかない。

直撃を避けるのが精一杯だ。回避に専念して。そう叫びながら、ハンドサインを出す。ベヒィモスはあたしに直撃しない隕石炎に苛立ったのか、大きな口を開けて吠え猛る。口から噴き出しているよだれだけで、湖が出来そうな量だ。

ちょっとあたしとしても限界が近いが。

絶対にやってくれると信じている。

熱槍を叩き込み、ベヒィモスのシールドを更に削る。クラウディアもカラさんも、遠距離から熱烈な火力投射を続けているし。

セリさんが、大量の覇王樹で、奴の足を拘束に掛かる。だが、ベヒィモスは足を揺らして、それを一瞬で爆ぜ飛ばせる。

パワーが違い過ぎるが。

だが、もう弱点は見えている。

魔力は無尽蔵だが、さっきから垂らしているよだれがどんどん増えている。体から流れ落ちているのは、あれは汗だ。

予想通りの弱点だ。

こいつや同規模の魔物が、東の地を滅ぼせなかった訳である。此奴が前進するだけで滅ぼせたのに。

そもそも前進なんか、できっこなかったのだ。

もう1丁。

かなり無理をしながらだが、フォトンクエーサー投擲型を叩き込む。傷ついているシールドがついにそれで砕け散った。

熱の余波が奴を焦がし、悲鳴を上げながらも、ベヒィモスはシールドを再展開。まったくさっきまでと規模が変わらない。

傷ついている奴の足に、クリフォードさんが渾身のブーメランを叩き込んでいたが、それも大して傷を拡大できない。

再生能力がそれほどあるとは思えないが、ベヒィモスの足から、もう血は流れておらず。傷も塞がっているようだ。

それでも失った足を生やすほどの再生力はないんだろう。

こいつも千数百年も、バカみたいな破壊行為だけに繰り出されていた哀れな奴だ。

テラフォーミング用生体兵器だったか。

神代の連中がしたり顔で作りあげた、身勝手極まりない理屈の産物。その、明らかに失敗作の一つ。

終わりにしてやるべきだろう。

猛り狂っているベヒィモスが、また触手を天に伸ばして、揺らし始める。また隕石火球をぶっ放す気か。

あれを何発もやられたら、遠くで魔物の大軍勢とやりあっている侍衆にもガイアさん達にも被害の余波が及ぶ。

ただでさえさえあっちは、まだ健在な超ド級一体を相手にしている。これ以上、負担は掛けられない。

そろそろいけるか。

あたしは、ぐっと顔を上げながら、熱槍をベヒィモスに更に連射して叩き込む。魔力の枯渇は、無理矢理薬で抑え込みながら。

 

パティは駆け上がる。

ライザさんが連続攻撃で作ってくれた隙だ。他の皆も、陽動で全力で隙を作ってくれた。

だから、ベヒィモスに取りついて、這い上がることが出来はじめたのだ。

これだけでかくて全身に目があっても、これほどの飽和攻撃が続いていると、とてもではないが体に人間が取りついたことに気付けはしないらしい。

それにだ。

落下事故を起こしてから、パティは色々と修練した。

メイド長に教わって、壁を這い上がったり、着衣泳をして。危機に命を守る方法を、ずっと学んできた。

今も壁のような奴の足を這い上がり。目を避けながら、足を上がりきり。山のような奴の胴体に到達。

後は、サリエルを狙って、駆け上がるだけだ。

ライザさんは、パティに全幅の信頼を置いてくれた。ハンドサインはパティに直に見えなかったが。皆が経由して、つないでくれた。

皆のリレーで、パティは作戦に乗れた。

ライザさんは、苛烈すぎるし。その恐ろしい戦いには時々身震いもさせられるけれども。神代に対する怒りはパティだって共有しているし。

何よりもこんな化け物を人間にけしかけるなんて、あの悪魔もどきは絶対に許せない。それも千年以上もずっと。

万死に値する。

勾配が楽になってきた。

パティだって衝撃波と隕石雨の余波を浴びながら戦っていたから、決して無傷ではない。ライザさんが作ってくれた装飾品の支援がなければ、今頃真っ黒焦げだし、もう動けないだろう。

今も体力が微量に回復し続けているのが分かるが。

体の彼方此方にある火傷は、どうにもできない。

走る。

森の中だ。本当にそう。

ベヒィモスはまるで山が動いているように見えたけれど、本当に土が被さっていて、木がたくさん生えている。

それが動いているのだ。

足を踏みならすだけで、あれだけ無茶苦茶な破壊が起きるのも、当然と言えた。

あれだけ非常識なシールドを展開出来るのも、だ。

これが十数体いる。

そんな絶望の中、千数百年も戦い続けたこの地の人達は、本当に凄いと思う。何度か武芸を余裕のある時に見てもらったが。

達人達はみんな隠し技を持っているらしく。

時々全然知らない観点からアドバイスもしてくれた。それが更にパティの力になる。それを引き継いで、パティは走る。

見えた。

偉そうにふんぞり返って、ベヒィモスを使役してるサマエル。そいつが気付く前に、間合いに入り込む。

気付いたサマエル。

此奴は他の悪魔もどきと同じなら。

脳を弄くられ。

神代の錬金術師の思想を植え付けられ。

体も人間の要素がたくさんはいっているとか。

だが、容赦する理由にはならない。

此奴が殺してきた人々の数がどれほどになるのか、パティには想像もできない。だから、迷いは無い。

刃に全ての技を乗せる。

首を刎ね飛ばすつもりだったが、流石に甘いか。

三つ叉の槍でとっさに防いでくるサマエル。だが、その槍を一撃で斬り飛ばし、首にも浅く切り傷を入れる。

二の太刀。

踏み込みながら、切り上げる。

サマエルは全力で後退。なるほど、ライザさんに聞いた瞬間移動の正体がこれか。サマエルは、恐らく加速の魔術を使っている。初速がとんでもない。だから、消えたように見える。

空に逃れようとして、サマエルが舌打ち。

ひっきりなしにクラウディアさんの猛攻が飛んできている。

これは空はダメだと思ったのだろう。

クラウディアさんの腕なら、ダメージを受けたサマエルを射落とすのは、鴨撃ちのように容易いはず。

ならばシールドで守られている、ベヒィモスの背中が安全なはずだ。

パティは上段の構えを取ると、名乗る。

「パティ=アーベルハイムです。 これより貴方を討ちます」

「……サマエルだ。 ライザリンというあの錬金術師を主の元へ届けるのが本来の我の役割だ。 それがいつの間にか、もう一つの役割だけを主に果たすようになっていた。 貴様を殺せば、ライザリンは主の元へ辿りつくだろうか」

「ライザさんは、そんな事は関係無く、邪悪な者達を討ちに行くでしょう」

距離を詰める。

サマエルは避けつつ、半分になった槍で応戦してくるが、悪いがその大道芸は見切らせて貰った。

速さだったらパティだって負けていないし。負けるつもりもない。

タオさんが墨付きをくれた速度。

ライザさんが切り札になるハイチタニウムの刃をくれた今の剣腕。

こいつを、ここで逃してなるものか。

槍を更に断ち割ると、横に逃れようとするサマエルの足を斬り飛ばす。サマエルはそれでも臆することなく逃げつつ、大量の魔術を展開。無茶苦茶に放ってくる。

かまわない。

それでベヒィモスの操作を並行できるとは思えないからだ。

ジグザグに避け、時に飛んでくる火焔だったり雷撃だったりを斬り払う。

刀にエンチャントしているから出来る技だ。

そのまま、接近。サマエルが、顔を恐怖に歪めるのが分かった。

逃れようとするが、パティも加速。

加速しながら、大太刀を鞘に収める。

「貴様本当に人間か!」

「貴方だって人間の要素が多分に入っているでしょうが!」

「そんな、そんな我は……!」

「貴方の主は神様なんかじゃありません! 貴方が悪魔なんかじゃないように!」

激高して、とびきり巨大な魔術を放とうとするサマエル。

だが、サタナエルがライザさんに放とうとした強烈な魔力砲の事をパティは知っている。此奴らも、一体で王都くらい灰に出来る破壊力を持っていることもだ。

だから、動揺などしない。

怯え始めたサマエルに、正面から突貫し。

奴が大魔術を練り上げる前に、抜き打ちを叩き込む。

ざくりと通り抜け様に胸板を切り裂くと。

動きを止めたサマエルに、背後からハイチタニウムの大太刀で腹を貫き。更に真下から、頭をたたき割る。

致命傷を受けたサマエルが倒れる方向をみやりながら、全力で逃れる。ハイチタニウムの大太刀は、回収する余裕がなかった。

魔術が暴発。

大爆発を引き起こし、サマエルのしがいを木っ端みじんに吹き飛ばす。

伏せて爆発をやり過ごしながら。

パティは呼吸を整え、ライザさんに謝らないといけないなと考えながら。抜き打ちの直後に放り捨てた、愛刀を拾い上げ。

そして、どうベヒィモスの背中から脱出するか、考えていた。

 

2、巨獣倒れる

 

よし。

あたしは見た。パティがサマエルを倒した。そして、その瞬間、ベヒィモスはぴたりと止まっていた。

パティがサマエルに仕掛けたと思われる瞬間から、ベヒィモスは露骨に動きが鈍くなっていた。

多分、ベヒィモスを操作しながらパティとインファイトをするのはサマエルには無理だったのだ。

以前交戦した悪魔みたいな奴二体と同じくらいの力だったらそうだろうな。あたしはそう呟きながら、ハンドサイン。

そして、叫ぶ。

「鬼共の首魁、討ち取ったり!」

「おおっ!」

「名人ライザリンどのがまたやったぞ!」

「エイトウトウ! エイトウトウ!」

一気に侍達の意気が上がる。

まあやったのはパティなのだけれども、戦場では勢いが大事だ。後でパティには謝っておくとしよう。

さて、後は。

この手負いのデカブツを仕留めるだけだ。

ベヒィモスがまた動き出す。方向転換を始めた。明確に、戻ろうとしている。戻る先なんて、分かりきっている。

此奴らの巣だ。

させるか。

ただでさえ手負いの獣は厄介なのだ。ましてやこんな一体で東の地を滅ぼしかねない輩。

逃がしてなるものか。

「足を狙って集中攻撃! こいつ、もう力が尽きるよ!」

「根拠は!」

「すぐ分かる!」

ボオスに叫び、足一つを失って、主君も失ったベヒィモスが逃げ始めるその即背から追従。

尻尾に気を付けながら、足に集中砲火を浴びせる。

悲痛な咆哮を上げながら、ベヒィモスはシールドを何度も張るが、知った事か。なんどでも砕いてやる。

パティが派手に背中でも暴れているようで、ベヒィモスの背中で何度も斬撃が走っているのが見える。

「接近戦組はもう足を這い上がってパティの支援に行って!」

「ああもう、やってやる!」

「楽しそうだ! 行くぜ!」

「おう!」

嘆くボオス。嬉々として行くレントとディアン。

更にリラさんが、率先して奴の背中に這い上がっていく。ベヒィモスは明らかに死を恐怖している。

何を勝手な。

此奴に恐怖する権利などあるものか。

それよりも、皆無事か。

無事では無いが、全員の姿は確認。

衣服の刷新をしていなければ危なかったかも知れない。新しい最強の繊維を用いた事で、全員の防御力は飛躍的に向上している。

今なら、生半可な魔物だったら、攻撃を通せないかも知れない。

ただそれも、此奴相手には、直撃を受けたら命を諦めないといけないが。

背中に行った接近戦組が、触手を叩き斬りにいってくれるのを期待。

あたし達は、ひたすらに足を狙う。

やはりだ。

どんどんベヒィモスの動きが鈍くなってきている。

そもそもおかしかったのだ。

十数体もいるのに、毎年攻めてくる事もない。

二條まで此奴が辿りついたこともない。

二條まで魔物が攻め寄せたことは何度かあったらしいが、ずっと大きさで劣る超ド級がメインだったらしいし。

こいつは姿さえ今までロクに確認されていなかったのだ。

それは要するに。

此奴がエサを食べて体力を回復出来るとか、そういうレベルですらなく。

そもそもじっとして体力をゆっくり回復させながら潜伏し。

無理をして前線に這いでて魔物が暴れるのを後方から支援し。

それが終わったら、休むために帰っていく。

そんな体力が極端に少ない、欠陥品である事を意味している。

今だって、もう息も絶え絶え。

実際、二度目の隕石炎を失敗してから、シールドを張りながら逃げに徹するばかりである。

怯えすら顔に貼り付いているほどなのだ。

口から泡を吹きながら、ベヒィモスが尻尾を振り回す。

地面に叩き付けられた尻尾が、凄まじい大破壊と衝撃波を巻き起こすが、残念だが遠い。足を止めたベヒィモス。背中で巨大な触手が断ち割られ、一本が地面に落ちてきて。どおんともの凄い音を立てていた。

鮮血が噴水のように噴き出している。

いやな虹だな。

右往左往するベヒィモスは、足に集ってくる攻撃をどうにかしようと必死だ。

こいつは失敗作だ。

頭の方も、あんまりよくは作って貰えなかったのだろう。

いや、どうもおかしい。

何か此奴の製作には。裏があるのかも知れなかった。

足を連続して踏みならすベヒィモス。もう、最後に自棄になったか。あたしは距離を取るように、皆に叫ぶ。あわてるフェデリーカを、クリフォードさんが抱えて逃げ出す。

激しい地震のような揺れ。

砕ける地盤。

地面の彼方此方から水が噴き出す。

衝撃波に、背中を張り倒される。

立ち上がる。こっちもちょっと厳しいか。触手がまた一本落ちてくる。あれはちょっと近いな。

熱槍を連続して叩き込む。

カラさんも、暴風を起こして、それを逸らす。

かなり危なかったが、それでも危険域に触手は着弾しなかった。地面をブチ砕くほどの質量だったが。

それでも皆無事だ。

セリさんが、血だらけの顔を拭いながら立ち上がっているのが見える。

ベヒィモスのシールドが。消えかかっている。

ベヒィモスが哀れっぽく泣きながら逃げようとしているが。

残念だが殺す。

貴方はあまりに殺しすぎた。

貴方の責任ではないかも知れないが、それでも悪いが共存は出来ない。人とではなく、この世界とだ。

詠唱開始。

アンペルさんが、空間切断を使って、何度もシールドに攻撃をいれる。クラウディアが、音魔術を使って上に伝えた。

「みんな、ベヒィモスから降りて! 急いで!」

そういいつつ、クラウディア自身は、ベヒィモスの顔に集中攻撃を入れる。

今まで見たこともないくらい巨大な矢が、奴の顔を殴り倒す。ついにシールドも満足に張れなくなったか。

全身の汗が滝のようだ。

あたしもちょっと限界気味だが、それでも栄養剤を飲み干して、最後の一撃を練り上げる。

「ライザよ、シールドが破れるのは恐らく一度だけじゃ。 絶対に外すでないぞ」

「分かりましたカラさん!」

ベヒィモスは、最後の力を振り絞って、上半身を跳ね上げる。それにしては、ゆっくりな動きだが。

上にいた皆は、逃れられているか。

逃れていると信じる。

あたし達も、全力で走って逃れる。

ベヒィモスが、前足を地面に叩き付ける。それだけで、爆発が引き起こされ、あたし達全員吹っ飛ばされる。

受け身を取り切れなかった。

呼吸を整えながら、なんとか立ち上がる。

にっと笑う。

手を振っているレントが見えた。かついでいるのはパティか。リラさんは、ボオスとディアンを担いでいる。

すぐに離れて。

そう叫ぶ。

今の爆風、カラさんが渾身の大魔術で、ある程度緩和してくれた。前衛組は、だいぶ前に降りて離れていたのだろう。

それでも吹っ飛ばされたが、頑丈なリラさんとレントがああして、伸びているメンバーを担いで逃げてくれている。

それで、充分だ。

アンペルさんが、詠唱を終えて、魔術を投射。

複雑な印を組んだ末に、放ったそれは。

空間切断を箱状にし。

ベヒィモスの巨大なシールドを、ついに抉り取っていた。

ベヒィモスは、もう動く事も出来ない。

自分で砕いた地盤に埋まって、それで体を引き出そうとしているが。足を一本失い、それでこの状態だ。

力もつき、最早逃げ出すことも出来ないと言う事だ。

あたしは最後に残った全ての魔力を収束させる。

地面はグチャグチャに砕かれ、辺りには水が流れている。地盤が砕かれ、地下水が此処まで溢れているのだ。

それでもいける。

あたしは、足腰だけはしっかり鍛えている。

あたしの切り札は蹴り技だ。

それは超ド級にも通じる事が分かっているし、この足腰で全力投球する魔術にも、自信がある。

今、全てを。

この哀れな巨獣を屠るために使う。

叫びながら、あたしは練り上げた熱槍を収束。

そして、踏み込み。

地盤にとどめを刺しながら、全力投擲。

投擲された超火力熱槍であるフォトンクエーサーは、アンペルさんが抉り取ったベヒィモスのシールドを抜けて。

ベヒィモスの脇腹から、奴の無防備な体に突き刺さっていた。

巨大さが巨大さだ。

一瞬で吹き飛ばすような事はない。

あたしは、意識がぐらつく中で見る。

ベヒィモスの全身が、内側から炎上し。断末魔の凄まじい悲鳴を上げながら、ベヒィモスが崩れ伏す姿を。

にっと笑う。

サマエルは倒れ。そして此奴も倒れた以上。

この地に、希望をもたらすことができた筈だ。

そして、その後は。

北の地を調べて、この地を脅かしている根本的な原因を取り除く。そして。

そこで、あたしの意識は途切れた。

 

目が覚めたのは。アトリエのベッドだ。治療は済んでいる。薬は、まだ少しだけ余裕があるか。

フィーがすぐに気付いて、あたしの上で飛び回り始める。

クラウディアが来て、あたしに抱きついていた。

「良かった……!」

「大げさだよ」

そう言いながら、あたしは手足を確認。大丈夫、欠損はしていないな。

皆の様子も聞く。

やっぱりとんでもない激戦だったし、皆相応に手傷を受けていたが。今は皆、状態も落ち着いているそうだ。

比較的無事だったクリフォードさんが率先して、重傷者から後方に皆を送ってくれたこと。

何よりも、超ド級を仕留めたガイアさん達が、他の魔物もみんな蹴散らして。征夷大将軍率いる侍衆が、大きな被害を出しつつも記録的な勝利を挙げたこと。

この二つもあって、負傷者を迅速に後方に下げる事ができたようだ。

だけれども、この様子だと侍衆も悲惨だろう。

あたしは栄養剤を飲み干すと、にっとクラウディアに笑って見せる。やるべき事は、決まっていた。

クラウディアも頷く。

そして、料理をはじめてくれる。

あたしは薬を増やす。セリさんが、青ざめた顔で、起きだしてきていた。

「ライザ、起きたようね」

「すみませんセリさん。 薬草、あるだけお願いします」

「ふふ、人使いが荒い」

「遅れればそれだけ人が死にます。 こればっかりは……」

本調子には遠い。

あれだけの激戦の後だ。最悪数日は寝込んだり、後遺症が出ていてもおかしくはないだろうが。

クリフォードさんをフィーが呼んできてくれた。流石だ。

「フィー!」

「もう起きたのか。 体力も化け物並みだな」

「今は褒め言葉として聞いておきます。 それよりも、薬をどんどん作りますので、野戦病院に運んでください。 残念ですけれど、トリアージは現地に任せてしまってください」

「心得た」

まあ、怒っている余裕もない。

薬をどんどん増やす。栄養剤、増血剤、止血剤、強心剤、麻酔。それらもどんどん増やす。どれも足りないはずだ。

クリフォードさんが、すぐに戻ってきたので、出来た分からどんどん渡す。そして、その合間にクラウディアが作った肉パイを食べた。

皆の様子を、フィーに聞いてみる。

フィーはあの戦いで、しっかりあたしの懐に隠れて、それで出しゃばらなかった。それでいながら、こうしてしっかり出来る支援を今してくれている。

それで充分だ。

「フィッ! フィー!」

「やっぱりみんな限界で寝てるか。 でもレントとリラさんはもう少しで起きてこられそう、だね」

フィーが翼で指す方向でだいたい意図は分かる。それで充分過ぎる。

あたしは淡々と薬を作り。往復して薬を運んで行くクリフォードさんに任せる。

あやめさんが来た。

あたしが起きた事を知ったようだ。あやめさんは、左腕を失っていた。

「あやめさん……」

「この程度は軽いものだ。 起きたのだな」

「はい。 今、野戦病院の状態は」

「宿老二名、侍大将十名が戦死した。 戦闘に参加した二割が戦死。 戦闘の後も、百名以上が死んだ」

そうか。

あの規模の戦いだ。どうしようもなかった。

そう言い聞かせて、薬を作る。

今。助けられる人は全て救う。

「これ以上は死なせません。 トリアージは上手く行っていますか」

「重傷者から順に助ける、だな。 ライザリンどのの薬で、瀕死でも本当に助かるから、驚異的だ。 普通だったら、死者は何倍にも増えていただろう」

「……」

「トリアージと其方では言うのだな。 任せておけ。 今、二條で控えていた巫女や陰陽師も全て出しておる。 これ以上はしなせんよ」

頷く。

あたしは、このまま出来る事をしていく。

少し休憩を入れてから、薬を作る。義手や義足を作るのは、これは明後日以降になるだろうな。

外は真っ暗。

ベヒィモスを倒したのは、昼少し前だった。それを考えると、この時間まで気を失っていたのは致命的だが。

それでも、これ以上は死なせない。

死なせるものか。

それに侍衆は、ガイアさんと連携したとは言え、あの超ド級を倒し、子鬼も数限りなく倒したそうである。

彼等彼女らが勝ち取った勝利だ。

それを、汚させない。

世界の敵を、滅ぼしたのだ。その勝利は、文字通りいのちを賭けるに値するモノだっただろう。

だから、あたしは泣き言は言わなかった。

限界が来るまで薬を作り。

仮眠を取る。

あたしも本調子ではないので、無理は出来ない。少し仮眠を取ると、レントとリラさんが起きだしてきていた。

すぐに野戦病院に手伝いに行って貰う。

あたしも薬を作るのを再開だ。

とにかく、命に危険がある状態の侍を、これ以上一人だって死なせない。戦いの後は、一人でも多くに笑っていて欲しかった。

仮眠を取り、状態が悪い人には薬をあげる。あの激戦の中、目を回していたフェデリーカは最後に起きたが。

フェデリーカの神楽舞で、どれだけ皆の力が増強されたか分からない程だ。

だから、それについてああだこうだいうつもりもない。

むしろよく頑張ったと声を掛けるだけだ。

フェデリーカはすぐに野戦病院に行った。

神楽舞で、皆の生命力を強化するという。それだけで充分過ぎる。それで命を拾う戦士もいる筈だ。

やがて、あやめさんが来て、現在必要そうな薬について具体的な量を告げてくる。

よし、それでだいたいの仕事量も見当がつく。

死の危険がある状態の人がいなくなったら、一度本格的に寝る。その後、義手や義足の作成に入る。

途中、合間を見て。風呂に入り、食事を済ませ、用も足す。

戦うのと同じかそれ以上に。

忙しく、そして緊張感も絶えなかった。

 

ようやく一段落した後、心置きなく寝る。

皆にも順次寝て欲しいと指示を出して、それからベッドに。

こてんと落ちて。

そして、ぐっすり朝まで眠った。

ただ、朝の間近だろうか。

感応夢を見る。

久しぶりのことだった。

戦っているのは、例の一族の戦士。当たり前のように女性だ。少数は男性もいると聞いていたが、能力差はないらしいし不思議では無い。身に付けているのは当世具足、それだけではない。大太刀を手にしている。

戦士は躊躇なく人間の首を刎ね飛ばした。相手は神代の錬金術師だろう。腰を抜かしたそいつの同僚らしいのが、人殺しとか喚く。そいつも、即座に首を刎ね飛ばす。

大太刀を振るって、血と脂を落としながら、例の戦士は歩み寄る。何人かいる錬金術師が、怒声を挙げていた。

「この裏切り者が! 作ってやった恩を忘れたか!」

「作ったのは奴隷兼性欲発散のためだろう。 何が恩か。 私が立ち上がらなければ、どれだけの同胞が今後貴様らに蹂躙されたか」

「ふ、ふん! 既に貴様の同類は全て処分するように本国に指示を出した! 貴様は同類を皆殺しにしたのだ!」

次の瞬間、錬金術師の首が落ちる。

更に、生き残りを斬りながら、戦士は叫んでいた。

「とっくに知っている! だいたい不良品だとか抜かして同胞を勝手に作った挙げ句に殺したのは、貴様らであろうが!」

その通りだ。あたしも同意しかない。この人に責は無い。

錬金術師どもを全員殺し尽くすと、例の一族の戦士は、空を仰ぐ。泣いてもいない。感情が薄くて。今の激怒ですら、体から絞り出したもののようだった。

やがて、場面が切り替わる。

この地の人々の前で、当世具足を身に付けた例の戦士が、説明をしている。

この地に好き勝手をした「夷」は討ち払ったこと。

ただし奴らはこの地に災厄をまき散らし、それは恐らく未来永劫この地を蝕むこと。強大な魔物がこの地を常に脅かすこと。

鬼のようだと、人々が言う。

例の一族の戦士は、寂しそうに笑った。

「この地は皆で守らなければならない。 私の命はあまり長くないからだ。 私が斬った夷が呪いを残していった。 本来定期的に受けなければならない延命措置が受けられないといっても分からないだろうが」

「タームラ様!」

「以降、私は最後の時まで皆が言う鬼を斬り、この地の戦士達に技を教える。 皆がこの地を守るのだ。 私の後継に指名するものは、征夷大将軍を名乗るように。 そして征夷大将軍は、血縁ではなく、もっとも優れた戦士が襲名するようにせよ」

「ははーっ!」

戦士達がひれ伏す。

そしてタームラという戦士が指示した通りに魔物と戦うために最適な武器を作り。剣術を磨き、それ以外の武器も研究し。

タームラが命尽きたときには、この地の戦士達は。

鬼と戦い。夷を撃ち払う覚悟を決め。そして、戦士達は侍と名乗り、その長の名は。征夷大将軍となったのだった。

目が覚める。

そうか。

あたしの感応夢は保有している強い魔力に起因する。今まで検証したが、これが外れたことは殆どない。

つまりタームラという戦士が、最初の征夷大将軍で。

神代の錬金術師の呪縛から逃れたホムンクルスだったことになる。

だとすると。

例の一族は、神代のホムンクルスの生き残りか。いや、そうとも言い切れない。そもそも、皆殺しにしたとか夢の中でカスどもはほざいていた。

神代の連中が、ホムンクルスの命なんて惜しむはずがない。人間ですら自分達以外は容赦なく殺しつくして世界を更地にしようとしていた連中なのだ。

口を押さえる。

ガイアさん達には、言わない方が良いだろう。

だが、仲間達には、タイミングを見て言おう。

あたしの感応夢は、強烈な魔力に寄せられるもの。羅針盤による残留思念の読み取りに近い。

幽霊は実際にいるかは分からないけれど。あのタームラというホムンクルスの意思が千数百年の時を経ても消えなかったのだとすれば。

あたしは、その勇気と覚悟。仲間を奪われた悔恨に。

最大限の敬意を払い。

そして、その怒りを、受け継がなければならなかった。

また一つ、奴らを容赦なく滅ぼし全てを灰燼に帰す理由が出来た。どこに隠れようとも無駄だ。

神代の錬金術師共。貴様らは何も残さず、微塵になるまで焼き滅ぼしてやる。

あたしはそう、強く誓っていた。

 

3、ベヒィモスの亡骸

 

皆が体調を取り戻し、北の砦の負傷者も対処が一段落した。ふつう戦場での怪我、特に鬼相手の場合は殆ど助からないと侍達は言っていた。

だが、手足を失った戦士に義手義足を手配し。

目を失った戦士には義眼を。

そして惜しみなく薬を放出して、医療を続けて。あたしが目が覚めてからは、負傷者全員を救った。

助けられなかった人もたくさんいる。

だけれども、これで東の地は、しばらくは安泰だろう。ただ国内には多数の魔物やあの子鬼がいるし。

それらに対処しなければならないのだが。

ベヒィモスを含めて、倒した超ド級は短時間で七体。まあ一体はベヒィモスの暴走に巻き込まれた形だが、細かい事はいい。

それよりも北の砦の更に北には、あいつと同格の「大鬼」が十数体はいるという話がある。こっちのが大事だ。ただ、ベヒィモス戦ではっきり分かったことがある。

二日、負傷者の救助に当たり。それから、征夷大将軍と面会する。

重要な事が分かったからだ。

征夷大将軍自身も負傷していたが、既に怪我は回復している。それほどの総力戦だったのだ。

あのグランツオルゲンの大太刀を持った武士も、数名が倒れたと言う事で。

それらの大太刀は一度引き取って、調整しておいた。以降も、東の地で活躍してくれるだろう。

北の砦の一室で、話をする。

数人の宿老もいる。まあ、本当は将軍だけに話したかったのだが、仕方がない。征夷大将軍が、ある程度腰を低くして話してくれる。こっちとしても、譲歩が必要だろう。致命的ではない範囲でだが。

「ライザリン殿。 貴殿のおかげで、倒す方法すら思いつかなかったあの大鬼「ベヒィモス」を倒す事が出来た。 なんなりと褒美を出そう」

「分かりました。 それでは、予定通り北の地の調査許可を」

「うむ。 それと、次世代の征夷大将軍になってくれぬだろうか」

「残念ながら、あたしは色々と体を弄っていまして。 ……その話はお受けできません」

そうかと、残念そうに征夷大将軍は言う。宿老の中には、心底残念そうな顔をするものもいた。

咳払いすると、話をする。

ベヒィモスについてだ。

「あの異常な動きと不可解な強さを見て、違和感を覚えました。 具体的に結論から説明いたしますと、ベヒィモスはそもそも二條にまで攻め入る体力がないのだと思います」

「それは楽観に過ぎよう」

「順番に説明いたします。 あの巨怪と同格のモノが十数体いると聞いています。 例えばそれらが二体でも同時に姿を見せたら、東の地はとっくに更地だったのではありませんか。 それどころか、ベヒィモスが進んでくるだけでも二條は落ちていたでしょう。 それが、如何に勇敢な侍の皆さんの尽力があるとはいえ、千数百年も持ちこたえている」

「ふむ、確かにそれは妙な話だ。 続きを聞かせてくれ」

征夷大将軍は切れ者という噂通り、すぐに違和感に気付いたようだ。

咳払いすると、順番に説明した。

ベヒィモスは、途中から逃げようとしていた。あれはあたしに恐れなんかなしていない。違う理由だ。そして、ベヒィモスを間近で見ていて良く理解出来た。あいつは単に体力が尽きる寸前だったのだ。

そして恐らく、あのサイズの存在だ。生物の常識など通じない。

何かを食べて回復とか、休んで回復とか、出来ないのだろう。もし出来るのなら、それこそ時間をかけて二條に行けば良いはず。奴はそれをしなかったのだ。それをされていたら、どうにも出来なかったのに。

「恐らくですが、北にある夷の何かしらの遺跡。 そこでベヒィモスや同類は、力を補給できるのでしょう。 それも何十年も時間を掛けて。 まんたんまで体力を回復しても、それでも二條までいけない程度しか体力はないんです。 この仮説なら、全てに説明がつきます」

「ふむ……確かにあんな大鬼が、何体も現れていたらとっくに二條は焼け野原になっていたであろうな。 ライザリン殿の言う言葉には一理も二理もある」

「はい。 故に北の地を調べ、夷の遺跡があれば停止して参ります」

「話は分かったが、手練れの忍びですら北の地からは生還しておらん。 今回の大戦で、多くの手練れの侍や忍びが命を落とした。 力を取り戻すには一世代以上は掛かる」

宿老の一人、姉小路さんが慎重な意見を口にする。

確かにそれも事実だ。

だが放っておけば。そう遠くないうちに、神代の魔物がまた、多数の眷属を連れて現れる。

それに、である。

あたしが最も懸念しているのは違うことだ。

北の地には、魔物を生産する設備がある可能性が高い。サマエルの言葉もそれを裏付けている。

子鬼なんか、別の地方で見た事がない。タオにも確認したが、報告例もないらしい。つまり、東の地にだけ子鬼が出る。そして生物的に、生殖出産によって子鬼が増えている可能性は極めて低い。

あれは色々な証拠から、ほぼ確定で神代の生物兵器だ。だとすると、勝手に増えるようにはしていない筈だ。増える機能があるとしても、コントロール下におけるようにしている筈。そうでなければ、フォウレでもサルドニカでも配備されていない。成功作だから、彼方此方に配備されているのだ。その目的が果たされているとはとても言えないだろうが。少なくとも各地に配備したのは、それが成功作だからである。そして武器というのは、コントロール出来ることが成功の最低限の条件となる。フィルフサなんかは分かりやすい。あれの王種は狂気の源泉がつけられていたのだ。王種は今でこそ野放しだが、昔は神代のコントロールを受けていた可能性が極めて高い。ついでに将軍はともかく、王種は「母胎」に汚染された土から勝手に生えてこないだろう。

もしも北の地で超ド級魔物の幼生体「子鬼」を生産しているのだとしたら。最悪、それらが超ド級魔物にまで成長して、海を渡ったりしかねない。

そんな事になれば、他の地方に血の雨が降る。

超ド級魔物一体だけで、王都を潰すのに充分な戦力を持っている。他の都市でも同じ事だ。

東の地の侍が強いのは事実だが、それだってベヒィモスやそれに匹敵する超ド級が、もっと無法に進軍していたらどうなっていたか分からない。

それにだ。

そもそもとして、この世界には人が住めない場所がごまんとある。

タオに調べて貰ったが、陸地の内半分以上はそうだと言うことだ。そして、それらは神代以前からという可能性もあるらしい。

サマエルの言葉もある。

この世界が壊滅に瀕した決定的な原因は神代の錬金術師どもだ。それに関しては疑う余地がない。

その前に何があった。

神代が始まったのも妙だ。

あたしにはまだ、知らない事が多すぎる。だったら、知っていかなければならないのである。

「北の地の調査は、誰かが成功させなければなりません。 この地の……いや世界の千年未来の先のためにも」

「確かにその通りだ。 しかし貴殿らを失えば、人間には千年先があるかも分からない」

「その通りじゃ。 此処はこらえてくれぬか」

「……わしは乗ろう」

姉小路さんに対して、不意に宿老の一人がそういう。

伊賀さんと言う人だ。

忍びを束ねる「お庭番」の長をしているらしい。

「この地では、クリント王国やらが興って滅びるまでも、ずっと関係無く他とは異次元の魔物とやりあってきた。 それも楽にやれてきたわけではなく、多くの侍と、侍が守るべき民の命を吸い上げながらだ。 全てを賭けて武芸を磨いてきた侍も忍びも、子鬼ですら倒せぬ事がある。 死んだら奴らに貪り喰われ、体を持ち帰る事も弔うことすらも出来ぬ。 そんなだから、多くの事が失われた。 民には楽しみもない。 今では外に我等の歌や踊りが残っている有様だ」

そうなのか。

伊賀さんが言う。

フェデリーカの神楽舞は、失われたこの地のもの。

サルドニカに伝わったあと、踊り手が鬼との戦いでみんな殺された。それで失伝してしまったのだという。

それ以外にも、この地で蹂躙されて失った文化は山ほどあると言う。

この地では武力以外に注ぐ事が出来る余力がない。

だから、それらを復興することさえ出来ない。

「わしは子も孫もみんな鬼や魔物に殺されて、血筋も絶えた。 これが終わるのであれば、わしはなんでもする」

「伊賀殿!」

「ライザリン殿。 他の誰も行かないというのなら、この老骨が助力しよう。 この悪夢を、終わらせてくれぬか」

あたしは顔を上げると、征夷大将軍を見る。

この地は修羅の地だ。

それを受け入れているかとも思っていたが。

やはりそんな事はない。

サルドニカが再興し始めたのはたったの百年程度の昔だ。その間に失われた文化すらある。

そんな話を聞いていて。

なおかつ、悲惨な身の上を聞いていて、黙っていられるほど、あたしは神代の錬金術師どもみたいなカスではない。

伊賀さんが嘘をついていないこともあたしには分かる。

その程度は、人間を見てきたからだ。

「分かった。 助力を出そう」

「将軍様!」

「ライザリンどのがいる今以外に、いつ北の地を調べられよう。 侍衆が行っても無駄であろう。 ガイア殿達も、此処の守りにいてほしい。 腕利きの忍びを集めよ。 少しでも支援させる」

「ははっ!」

伊賀さんが、部屋を出て行く。

姉小路さんが、悪いことが起きなければ良いのだがとぼやくが。

あたしが、そんなものは。

力でねじ伏せてやるだけだ。

あたしも頭を下げると、部屋を出る。北の砦の負傷者も減り、野戦病院も規模を縮小している。

交代で休んでいた回復術者も、少しずつ戻り始めているようだ。

多くの集落から、この決戦の為にはせ参じたのだ。

勝っても、得られるのは名誉だけ。

そんな時代は、確かに終わらせなければならないだろう。

準備もあるだろうし、一度アトリエに戻る。爆弾やお薬の在庫をチェックし、増やしていく。

それとグランツオルゲンも増やす。

時間を見てベヒィモスのしがいを見にいった。そして、サマエルの死体や、他にも使えそうなものは回収してきた。

その中にあったのだ。

今までで最大で、最高密度のセプトリエンが。

勿論、それで良いグランツオルゲンを作れるかは、試してみないと分からない。もっと調べないと、構造が分からないからだ。

パティとレントに声を掛けて、戦場の跡地に行く。

倒した「大鬼」どものしがいを調べて、セプトリエンを集めていく。

少しでもデータが欲しい。

それほどセプトリエンはよく分からない品なのである。

大鬼の死骸は調べたいから、焼かずに残して欲しい。そう告げてあったのだが。死体は案の場痛み始めていて。

衛生的な観念からも、早めに焼却処理はしないといけない。

だからさっさと作業を進める。

腐りかけの死骸から、使えそうな素材は手際よく引っ張り出す。そして、処理が終わり次第、焼いて貰った。

これらの肉片をエーテルで溶かして調べて見ると、やはりというか。

大鬼……超ド級魔物も、人間の要素を取り込んでいる。

他にもあらゆる生物の要素が混じっているのが分かる。異臭を消すようにとクラウディアに時々言われるので、消臭剤の散布と消毒を時々する。

考え込んでいると、あやめさんが来る。

奥にある門は見せていない。

一応、危険な機密があると話はしてある。ただそれに関しても、後で見せておくつもりではあるが。

「ライザリンどの」

「何か問題が起きましたか」

「いえ。 今、お庭番衆を集めています」

あやめさんの失った腕は、義手で補完済だ。

本物と同じく動くと、あやめさんは本当に驚いていた。それ以上に喜んでいたようだ。

腕くらい失うのは覚悟の上。

そう決めて戦場に立った。それがよく分かる。

だけれども、失ったものが戻ればそれは嬉しい。かなり年季が行った侍でも、義手に本当に喜んでいる人は多かったのだ。

「どうしても北の地に行くのですね」

「はい。 出来るだけ誰も死なせぬように努力はします」

「侮らないでいただきたい。 貴方方ほどではないにしても、我等も諜報に全てを賭けてきた一族。 足は引っ張りません」

「そうでしたね。 信頼はしています」

これは本当だ。

幾つか、軽く打ち合わせをしておく。お庭番衆と言われる腕利きの忍びが十名ほど、作戦に参加してくれるそうだ。

その分の食糧などは、今のうちに準備しておく。

後は遠征になる可能性があるから、携帯式の組み立て便所などもいるか。アトリエほど本格的には作らないが、風呂とトイレ、更には寝所があるだけで、全然違うのだ。

爆弾なども増やしておく。

どうせ現地には遺跡防衛用の超ド級がいる。

サマエルが死んでも、まだまだ動いているだろうし。

そいつら相手に、消耗する訳にもいかなかった。

「北の地の具体的な広さとかはわかりませんか」

「この東の地と同等かそれ以上とだけ言われています。 海側からの調査も行っていますが、少なくとも大陸とはつながっていません」

「分かりました。 調査記録をお願いします」

「了解しました」

頭を下げると、あやめさんがさがる。

さて、他にもやる事が幾つかある。

タオとクリフォードさんの様子を見に行く。

タオは熱心に、書物の調査をしている。此処でも追加されたし。もう門はつなげてあるので、小妖精の森にあるあたしのアトリエにもいける。其処に蓄えた本も、時間を見て再調査しているようだ。

クリフォードさんは、タオほど精密に本を読み込んでいないが、それでも勘でいきなり正解に辿りついたりする。

この辺りは年の功という奴だ。

軽く進捗について聞くと、幾つか分かってきた事があるという。

「まだ単語レベルでしか確認できていないんだけれども、錬金術師達が「冬」って呼んでいる事件が起きたみたいだね」

「冬?」

「四季の冬じゃねえ。 明確にそれとは違うものだ。 百年以上も、ずっとこの世界にはまともな日光が差さなかったらしい」

「えっ!?」

あたしは農家出身者だから分かる。

そんなんになったら作物は全滅だ。作物の大半は、そもそも人間が弄った結果、人間が手入れしないとあっと言う間に虫や病気のエジキになるし。ちょっと天候が不順だと、露骨に収穫量が変わる。

それなのに、百年間冬が続いた。

それは一体、何が起きたのか。

「神代の前にそれがどうもあったらしいんだ」

「サマエルが言っていた破滅と関係しているのかな」

「なんともいえねえ。 資料をもっと集めねえとな」

「ただ、もしもそんな事が起きていたのだとすると、この世界の動植物は一度全滅に近い打撃を受けたんじゃないのかな。 神代は諸説あるけれど、三千年くらい前までさかのぼれるって話もある。 仮に三千年だったとしても、百年の冬があったのなら、それから復興できるとは思えないよ」

なるほどな。

確かにあたしもそう思う。農家の娘だからこそというべきか。

フィーがあたしの懐から顔を出す。

どうしたの、と聞くと。ちょっと不安そうに鳴く。

ああ、これは皆にご飯を食べて欲しいんだな。あたしもそうだが、この二人は放っておくと食事どころか風呂にも入らない。

「二人とも、フィーがお嘆きだよ。 食事とお風呂」

「おっと、そうだったな。 疲れも溜まってるわ俺様」

「僕も少し目が痛いかも知れない。 ありがとうね、フィー」

「フィッ!」

フィーも嬉しそうだ。

さて、あたしもまだまだやる事がある。

だけれども、一度休憩を入れておくか。

少し休んで、疲れを取る。そのうちに、クラウディアが戻ってくる。外で交渉ごとを頼んでいたのだが。

どうやらお庭番衆が集まるのは二日後らしい。

サマエルだけではなく、まだあの悪魔っぽい輩が控えている可能性だって否定出来ない。

出来るだけ、大勝利の後は速攻を仕掛けるべきだろう。

「分かった。 それじゃあ、それまでは充分休みを取っておいて。 あたしも可能な限りそうする」

「ライザ、調合と調査をずっとするのは、休みとは言わないよ」

「分かってる。 フィーも悲しむしね」

クラウディアのお小言だが、これは仕方がないだろう。

ボオスとクラウディアが、お礼を言いに来る侍衆に応対してくれる。その間、あたしは休みを入れながら、遠征の準備を進めておく。

二日はあっと言う間だ。

元々東の地に来るのも、予定をだいぶ超過していた。

しかもこっちに来てから、相当に激しい戦いが続いて、どれだけ時間が過ぎたのかもちょっと曖昧だ。

だから、遠征は出来るだけ無駄なくやるべきだろう。

神代の連中は、今の時点ではあの悪魔もどきくらいしか動いていない。それと勝手に動作した群島くらいか。

だけれども、あたしの真意に気付いたらどう動くか分からないし。

そもそも連中が今まで黙りなのも不可解だ。

相手につけいる隙を与えないためにも。

急がなければならないし。

それと同時に休まないといけないのも、また難しい両立だった。

 

準備が整ったので、出る。

あやめさんみたいな素性を隠した人が丁度十人いる。その中の一人は、あの伊賀さんらしかった。

宿老が直に出てくる訳だ。

本気度が分かる。

この地で宿老というと、征夷大将軍を選ぶ権利がある戦士だ。侍だけではなく、忍びからも、場合によっては巫女や陰陽師からも選出されるらしいが。

いずれにしても、失敗は出来ないな。

一旦アトリエに鍵を掛ける。状況を見ながら、現地に簡易拠点を立てて、それを中心に調査を進める事になる。

北の砦を通ると、侍達がエイトウトウと声を上げているのが分かる。

勝ち鬨だ。

あたし達が勝ってくることを期待してくれている。俄然、引き締まる。

タオには、この辺りの座標は既に集めて貰っている。護衛付きで山などにも入って、調査もして来たらしい。

それで分かったが、やはり大型の魔物がわんさか山にはいる。

ただこの辺の大型は、この間の会戦にあらかたかり出されたらしく。今は空白地帯になっていて。

楽に調査が出来たらしい。

それが良いことだ。

忍びの人達が、かなり大きな荷車を持って来たので、三台体勢で行く。荷車は忍び衆に任せる。

ベヒィモスの残骸を横目に、北へと走る。

この先は、文字通りの魔郷だ。

東の地ですら魔郷だが、それでも人がまだ住んでいる。ここから先には。それすらがない。

「緑はかなり濃いね」

「幾らか植物は採取したけれども、非常に生命力が強いわ。 浄化用の植物とどうにか配合できないか試しているところ」

セリさんがそんな事を言う。

確かにフィルフサを仮に全部倒したとしても、オーリムが全部浄化されるわけではないのだ。

徹底的な下準備は必要だろう。

そのままあたしは急ぐ。

ベヒィモスが伏せていた辺りは盆地になっていて、水が流れ込んで沼になりはじめている。

こっちを伺っているラプトル。

かなりの大型個体だが、仕掛けては来ない。

本当なら駆除対象だが、今は放置でかまわない。とにかく、北へと急ぐ。

時々方位磁針を活用しながら、急ぐ。

タオには地図を忍び衆と連携して埋めて貰う。更には、座標もついでなので集めて貰う事にする。

夕方近くまで移動を続ける。

伊賀さんが、驚嘆していた。

「この速度で行軍して、息一つ切らしませんな」

「そういえば……」

フェデリーカは、大丈夫だ。息を切らしていない。それなりに急いでいたのだが。

まあここのところ、本当に激しい戦い続きだった。

嫌でも鍛えられたのかも知れない。

人によっては体力が何しても伸びない場合もあるけれど、フェデリーカは伸びると言う事だ。

それなら、伸びるだけ伸びた方が良いだろう。

「フェデリーカ、無理はしていない?」

「フェデリーカ様には、私が体力を抑えて移動するコツをお教えさせていただきました」

「はい、みっちりしごかれました」

あやめさんの言葉に遠い目をするフェデリーカ。

そ、そうか。

まあ、それでしっかり着いてこられるなら良い事だ。

では、一旦此処に拠点を作る。

ささっと石材を組む。合板を作って、組み合わせる。アンペルさんが、それを見ていて呟く。

「もうこれは私が教わる立場だな」

「アンペルさん、あたしは色々おおざっぱなので、もっと今後教えて貰わないと困りますよ」

「そうだったな」

てきぱきと作って、夜営用の家完成。風呂とトイレもある。キッチンはないが、その代わり火があるので、それで料理をして貰う事になる。着替えについては、遠征が終わるまではなんとか我慢して貰うしかない。

ただ、此処は人外の地だ。

一応休めるように作ったが、交代で見張りは立てないといけない。

忍び衆が、交代で見張りを買ってくれると言う。

それは助かる。

いざという時にならす鐘について説明しておく。ガンガンと結構凄い音がする。しかも簡易拠点内だけに響く。

これは音魔術を発生させる仕組みで、クラウディアのアドバイスを受けながら作った品だ。

説明を終えると、男衆を連れて、石材と木材を補充に行く。

今の所、それなりに緑が豊かなだけの地だ。

補充にも忍び衆がついてきてくれて、手伝ってはくれるが。

警戒しているのは仕方がないだろう。

この地は、入って生きて帰ったものがいないのだから。

 

翌日も、早朝から北上を続ける。

二交代で見張りをしてくれていたらしい忍び衆が、夜にかなりの数の魔物が此方を伺っていたと教えてくれた。

そうか。

この様子だと、充分に引き込んだと判断したら、一斉に襲ってくるのかも知れない。

その時は返り討ちにしてやる。

爆弾も増やしておいたし、お薬も。

はっきり言って、時間空間を操作できないデカイだけの魔物だったら、遅れを取る事はないだろう。ベヒィモスみたいな頭がおかしい規模でもない限り。

辺りは山が多くて、見晴らしが悪い。

時々クリフォードさんが跳躍して、かなりの高度から周囲を偵察してくれる。ブーメラン操作にどんどん磨きが掛かっていて、あたしより高く空に舞っている。空中殺法の切れ味も増すばかりだ。

みんな、化け物みたいな魔物相手に、戦歴を伊達に重ねていないのである。

「いるなあ。 子鬼も何体かいる」

「うーん。 クラウディア、カラさん、どう思う」

「私の音魔術の範囲でも、かなり集まって来ていると思う」

「ただデカブツはおらぬのう。 この様子では、仕掛ける最適な場所に入り込むのを待っているのではあるまいか」

死地は要塞の中だけじゃない。

自然の地形の中にも存在している。

あたし達に魔物の大軍が追従しているとしたら。死地に入って身動きが取れなくなった所を、全滅させに来るかも知れない。

忍び衆は神経質なくらい周囲を伺っているが。

それもやむを得ないだろう。

ただ、超ド級七体が失われたばかりで、魔物共は主戦力を欠く。そしてあたしの仮説を裏付けるように、ベヒィモス級は姿を見せていない。

とにかく、まずは海まで抜けるべきか。

「クラウディア、タオ、地形には気を配って。 あと、魔物の数がこれ以上増えるようなら、こっちから仕掛けて間引こう」

「分かった。 それにしても、この数は……」

「あれだけ削ったのに、まだ幾らでもいやがるな」

「いいじゃんか。 仕掛けて来るだけ叩き潰してやる!」

ボオスが嘆くと、ディアンが逆に大喜びしている。

まあ、ディアンが喜んでいるのは。戦えるからじゃなくて、有害な魔物を叩き潰せるからだろうが。

夕方まで山間の地を進んで。見晴らしがいい場所を見繕って拠点を作る。これは手当たり次第の調査がいるな。

それに、周囲の魔物の気配は濃くなるばかりだ。

この先に、平野がある。

不自然なくらい何もない平野で、草が雑多に生えているだけだ。其処で一度魔物を誘き寄せて、間引く。

定期的にそうしないと、とんでもない数で仕掛けられて、数の差で押し潰されてしまうだろう。

山の上で跳躍して、クリフォードさんが地図を作ってくれる。

クリフォードさんによると、非常に険しい山が続いていて、とてもではないが遠くまでは分からないと言う。

何度も海側から調査もしていると言う話だから、遺跡があるとしても海のすぐ近くではなく内陸の筈だ。

簡易拠点の中で、伊賀さんとあやめさんと、タオを交えて話す。

あやめさんは伊賀さんの後継者として考えられているらしい。なんでも伊賀さんの亡くなったお孫さんの婚約者だったらしい。腕を見込まれてそういう縁談が組まれたそうで、それを聞くとフェデリーカはとても複雑な顔をした。自分と境遇が被ったから、かも知れない。

「海側からの調査の結果を聞くに、後二日ほどで海に抜けるはずです。 この地の調査はまったく出来ていないと言うことですが、この辺りの情報も持ち帰れていないんですか」

「ああ。 手練れの忍びを二十名以上投入した調査でも、誰も生きて帰っておらぬ」

タオには相応に口調が堅い。

これは、あたしはあくまで特別とみているからなのだろう。

忍びは血の掟と鉄の結束で戦うものらしく。

あたしは征夷大将軍の代理として、此処では接すると先に言われている。

ちょっと恐縮してしまうが。

ただ好き勝手に動かれるよりはいいだろう。

「妙ですね。 魔物の動きが消極的すぎる。 それに子鬼は確認されていても、大鬼はいない。 手練れの忍びが生きて帰れないというのは、どうにも」

「みな、嫌な予感がする」

話に入ってきたクリフォードさん。

それを聞いて、全員が一気に緊張した。

この人の予感は、あたしのそれより当たるのだ。それは、忍び衆にも事前に説明をしてある。

すぐに外に展開する。

もう薄暗くなってきているが、魔物には夜の闇はむしろ味方だ。荷車について。あたしが叫ぶと、忍び衆が荷車にさっとつく。

あたしは即座に方針を決めた。

「もしもあたしが仕掛けるなら、数で押し潰すか自分に有利な場所に追い込むか、或いは罠に掛けて自滅させます」

「ふむ、それでどうする」

「クラウディア、あっちを調査して。 カラさんは、魔物の数を。 セリさん、植物魔術での壁の展開を準備して」

「任せよ」

カラさんが、全身が淡く輝くほどの魔力を全身から放ち、忍び衆が瞠目する。

凄まじい童だという声が上がるが。

まあ、神代の頃から生きていると説明しても、すぐには信じてはくれないよな。それはあたしもわかる。

クラウディアに頼んだのは、平地への道の確認。地面の下に、何かしらの罠がある可能性もある。大丈夫、問題なし。クリフォードさんは、全方位が危ないと言っているが。ならば。

「よし、一気にあっちの平原まで山を駆け下ります! セリさん!」

「分かったわ」

セリさんが。植物魔術を全力で展開。山にある木々や草が、全てさっと海でも割れるかのように、左右に分かれ、道を作る。おおと、忍び衆が瞠目する中、あたしは叫んでいた。

走って。

皆、山を全力で駆け下りる。

簡易拠点はもう仕方がない。総力で山を駆け下りる。

凄まじい勢いで、殺気が全方位から噴き上がった。やはりわざと内部に引き込んで、まとめて始末する気だったわけだ。

だが、大物もいないこの状況。

舐めて掛かった事を、後悔させてやる。

パティが、先行して山を駆け下りる。平地に出ると、手を振って来る。セリさんが再び植物魔術を展開して、巨大な覇王樹を多数生やして、平原に簡易陣地を作る。其処に、全員で飛び込んでいた。

闇の中に、大量の目の光が浮かぶ。

何体いるか知れたものじゃない。地下からの奇襲に警戒する必要があるが、周囲にはセリさんの展開した頑強な壁もある。空はうちにはスペシャリストも多い。

「セリさん、ねんのために地面の下から奇襲できないように、根を徹底的に張ってください」

「人使いが荒い、とは言っていられそうにないわね」

「来るぞ!」

伊賀さんが叫ぶ。

山崩れのような音とともに、途方もない数の魔物が全方位から来る。

これは、誰も生還出来ないわけだ。

ただし、それも今日で終わりにしてやる。

あたしは跳躍すると、さっそく全力で熱槍を展開。

それを、周り全部にいる魔物に、熱烈にプレゼントしていた。

 

4、燃え上がる死地

 

一晩中戦いが続いた。

あたしが叩き込んだ熱槍が松明になって、大量の魔物の死骸を照らし続け。その死骸を踏み越えて、どんどん魔物が来る。

そしてある程度疲弊した所を見計らって子鬼がわっと集まってくる。とどめという訳だったのだろう。

これらに、此処に踏み込んだ調査の侍も忍びも対応できなかったのだ。ましてや今までは、超ド級もいただろうし。

だが。

今回はあたし達がいた。

子鬼は集中攻撃を浴びせて、各個撃破。大軍は忍び衆にもある程度受け持って貰ったが、セリさんの植物魔術による防壁と、何よりも地下からの奇襲を防ぎ。

空から来る相手にはクリフォードさんが率先して対応。

更にはあたしの薬で無理矢理疲弊を押し潰しながら交戦。

夜明けが来る頃には。

あたしが主戦場に選んだ平野には、うずたかく魔物の死骸が積み上がっていた。

「点呼!」

「ぶ、無事れす……」

フェデリーカがへたり込んだまま手を上げる。

この戦いでは、鉄扇を振るって接近戦を挑んできた鼬の頭をたたき割ったり、かなり頑張っていた。

神楽舞だけではなく、接近戦も出来るようになったのはすばらしい。

これで支援、近距離、遠距離、全ていけるようになったわけだ。

ただ、体力がまだ周りに比べて見劣りするが、此処までやれれば充分である。

あたし達はまだ余裕。

忍び達も、全員生還していた。

クリフォードさんが、覇王樹の上から声を掛けて来る。

夜闇を音もなく飛来する巨大なアードラを、ずっと一人で捌いてくれていたのだ。

「これで一応第一陣は片付いたんじゃねえかな。 嫌な気配は消えたぜ」

「やれやれ、やっと休めるな」

レントが嘆息して腰を下ろす。

パティは先にさっきの簡易拠点を見にいって。どうにか無事である事を確認してくれていた。

あたしは魔物に死体に紛れて奇襲されるのがいやだったので、先に全部焼き尽くしてしまう事にする。

ちょっと素材がもったいないが。

悪いが、此処は敢えてこういう措置を執ることにより。

舐めた真似をすれば、生かして返さないのはこっちだと言う事を、示しておかなければならない。

人間の味を覚えた魔物は、絶対に殺さなければならない。

これは鉄則だが。

この地では、その鉄則を守る余裕さえなかった。

だが、あたしが来た。

だから、害獣はまとめて駆逐する。それを害獣にも示す。それくらい、苛烈に振る舞う必要が此処ではあるのだ。

仮設住宅で、交代して仮眠を取る。

午前中は動かない方が良いだろう。伝令を送るかと伊賀さんが聞いてくるが、止めた方が良いと言っておく。

これは下手に分散すると、数が少ない方から魔物が狙い撃ちに来る。

この地は本当に危険だ。

出来るだけ、全員でまとまって動いた方が良いだろう。

あたしも風呂に入ると、疲れを取っておく。そうして、昼少し前まで休んでから、外に出て。

改めて、昨晩の凄まじい戦いの跡を見やった。

死地だった場所が、燃え滓の山になっている。どれだけ殺したのか、あたしにも分からないレベルだ。

本来だったら、あれらは生態系を守る存在なのかも知れない。だが今は、揃って人間を殺しに来ている。

神代が手を入れた魔物も多いだろう。

だが、本当にそれだけなのか。

とにかく、この血に染まった最果ての中の最果てで。

早めに、活路を見つけないといけない。

遺跡はどこか。

地中に分かりづらく偽装されているかも知れない。ともかく、総当たりで調べる覚悟がいるだろう。

死体が挙げる膨大な煙を横目に、戦場跡を抜ける。

この後も、こんな感じの苛烈な戦闘を、何度もこなさないといけないだろう。

此処は、最早人が住む土地ではない。

だからこそ調べ上げなければならないのだ。この地に潜んでいる、邪悪の権化と。それが作りあげた悪夢を。

忍び衆も全力で周囲を警戒してくれている。セリさんが植物魔術で、植物を出来るだけ避けてくれるおかげで、かなり移動はしやすい。

また、クリフォードさんが強い気配を確認。

まだまだ魔物が集まってきているようだ。

定期的に間引くとして、何度戦えば、多少はマシに探索出来るのか。それすら分からない。

ただ、今は。

北の地に眠る超巨大魔物どもを全部駆逐し。

二度と災厄をもたらさないように、手を打たなければならなかった。

 

(続)