刀と鬼の地

 

序、東の地の旅路

 

坂井という港町を出て、そのまま北に進む。

十河と言う侍大将の人も来る。軽装の戦士はほとんどが槍を装備していて、大太刀を振るうのは少数の精鋭らしい。

あたしは荷車二つを一緒に持っていくが、それはその軽装の戦士達が、しっかり守りを固めていた。

此方で守らずにいいので助かる。

それにしても士気が高い戦士達だ。

戦乱の地でずっと戦っているからということもある。士気が高い戦士でないと生き残れないのだろう。

話によると、この国では血縁と地位は関係がなく。

幼い頃から戦いの修練をして、それで適正がある人間がどんどん戦士として抜擢されるという。

クーケン島でもアガーテ姉さんが子供をみんな訓練していたけれど。

それよりも更に徹底している。

これはあの魔物の強さを見れば納得出来る。

あんなのを放置していれば、あっと言う間に集落なんて壊滅だ。あたし達のいたクーケン島や王都でも魔物は恐ろしい存在だが。それでも、集落が致命的な危険にさらされるのは。人間が油断した場合や、集落が腐敗した結果が多い。

そうさせてはならないのだろう。

生き残るためにも。

ただ、勿論ろくでもない奴が武器を手にしてしまう間違いはどうしてもあるらしく。そういう場合には「謀反」が起きてそういう連中を誅殺するとか。今までに六度、征夷大将軍がそうして誅殺されているそうである。

そういう話をしながら、道中を行く。

案の場、わんさか魔物が出る。

鼬にしても熊を越える体格で、それが群れになって出てくるし。

サメもいる。

サメの大きさは、今までで見た中で最大級だ。

ラプトルも多い。

更に此奴らが、そろって強力な魔術を使う。雑魚ラプトルがシールドを張って驚かされたが、他の魔物も質が極めて高い。

毎度の戦闘で手を抜けない。

それでもあたし達は、襲い来る魔物を片っ端から叩き潰し、一匹も生かして返さない。こいつら、人間を襲い慣れている。

そんな危険な魔物を放置しているのが、東の地の現状を示しているとも言えたし。

それを少しでも改善できるなら。

あたし達が戦う意味がある。

半日ほど進むと、ちいさな砦に出た。やはり木と土を主体に作られているが、木には延焼を防ぐための薬が塗られ、堀もある。更に、移動中に何度か地震もあった。

これでは、確かに石造りはコスパが悪い。

それに暑い。

そういう意味でも、隙間が多めの木造は、正解なのかも知れなかった。山などを見る限り、木材は潤沢に取れるのだろうし。ただし、取りに行くのは命がけだろうが。

道中で十河さんは配下と一緒に苛烈に戦い、愛用らしい大太刀を振るって巨大な鼬の首を一息で刎ねていた。

配下の戦士達も槍を揃えての集団戦を叩き込まれているようで、大型の魔物相手にも怯んでいなかった。

それでもあたし達を褒めてくれるのは。

昨日の戦闘で、この人達が「鬼」と呼んでいる、あの超ド級魔物の幼体と思われる奴を仕留めたからなのだろう。

砦で、一旦小休止とする。

こういう砦を四つほど経由して二條という場所に行くらしいのだが、問題が生じていた。砦の指揮官らしい侍大将が、十河さんと話をしている。

「十河殿。 鬼が出て、此処より東の務左氏に向かった武士が襲われましてございまする」

「まことか。 大きさは」

「幸い大鬼ではありません。 ただ襲われた者は……」

「ならば対処をしよう。 仇を取らねばならぬ」

十河さんが、あたしを侍大将に紹介する。

鬼を倒したと聞いて、侍大将が驚いていた。この地の戦士でも、あれを倒せるのは希だという話だったが、本当なのだろう。

すぐに戦闘の準備。

ボオスがため息をついていた。

「血縁制でないのにここまで組織の練度が高いのは驚異的だ。 しかも自浄作用までついているとはな」

「こんな危険な土地で千何百年も生き残っているなら無理もないぜ」

「私としては、此処の戦士達のあり方を学んでおきたいと考えています。 大太刀の剣術の源流は、間違いなくこの土地ですし」

レントとパティがそんな事を話している。

ちなみにパティの戦いぶりは何度か絶賛されている。この土地の侍に全く引けを取っていないとか。

ただ、十河さんが連れている戦士のうち、二人がちょっと得体が知れない。

弱くは無いのだが、やっぱりこっちをしっかり監視している。

多分その二人が、忍びなのかも知れない。

まあ藪蛇だから、聞くつもりもないが。

砦から東に。少し行った場所で、戦闘の痕跡があった。あたしは警戒と声を張り上げて、クラウディアが音魔術を展開。

ぶんと、凄い音と共に大きな岩が飛んでくる。

即応したセリさんが、巨大な覇王樹を出して、大岩を防ぎ止める。ただし、覇王樹にもろに食い込む。

おおと、侍達が驚きの声をあげるなか。

大岩を投擲した、やはり全身ごちゃごちゃの怪物が姿を見せる。何度か交戦した超ド級の奴の小型版だ。

やはり超ド級のは大鬼。

此奴らは子鬼と呼んでいるらしい。

子鬼でも確かに普通の戦士では束になってもかなうまい。触手を揺らす子鬼、それでまた岩が持ち上がる。

こいつは岩を使っての投擲攻撃か。

それだけじゃない。

「後方にもいるよ!」

「二匹同時か……」

「レント、あの岩の奴は任せるよ。 時間を稼いで」

「分かった」

後方からも、ほぼ似たような生物を冒涜してグチャグチャに混ぜたみたいなのが来る。巨大だとそこまで醜悪だとは感じなかったのだが。小型だと、そのおぞましさが際立っている。

そっちはいきなり何かぶっ放してくる。

カラさんが避けよと叫んで、パティが逃げ遅れた足軽を掴むと、飛び離れる。地面が抉り取られた。空間操作か。幼体でも使ってくる奴がいるんだな。

こっちが優先だ。

同時に、多数の巨大なラプトルが姿を見せる。

丁度良い。此奴らを始末すれば、この辺の人達はしばらく安心できるだろう。

セリさんが巨石を防ぎ、レントが接近して岩使いにインファイトを挑む。それを一瞥すると、あたしは空間使いに突貫。空間使いは数度空間を切り裂いてくるが、多分それしか空間操作ができない。

丸ごと身を隠したり、空間を切り裂いて移動するとか、そういう事が出来る練度ではないと言う事だ。

ジグザグに走りながら突貫。パティも同じように敵に迫る。

ラプトルが横から襲いかかってきたので、五月蠅いと熱槍で火だるまにする。地面で跳ね回っている其奴に、足軽が襲いかかって槍で滅多刺しにしていた。そっちは任せる。一気に、敵との距離がゼロになる。

熱槍を叩き込んでやるが、逸らされる。だが、完全に逸らせていないし、かき消せてもいない。

金切り声みたいなのを上げながら、子鬼が飛びさがろうとするが、既にパティが後方に回っていて。

そして、抜き打ち一閃。

踏み込んでの渾身の抜き打ちだ。ざっくりと子鬼を抉っていた。

「見事! 名人の技ぞ! 気勢を上げよ!」

十河さんが叫んでいる。

そうして戦士達の士気を挙げているのだろう。

あたしは悲鳴を上げながら飛びさがろうとする子鬼に跳躍して、頭上から熱槍千を束ねて、叩き付ける。

パティに連続して空間切断を放って遠ざけようとした子鬼は、それに対応が遅れ。

文字通り熱槍は、奴の体を貫いていた。

音が世界から一瞬消え、それから炸裂する。

立ち上る凄まじい火柱が、子鬼の全身を焼き尽くす。それを見て逃げ始めるラプトルだが、十河さんが放てと叫ぶと。即座に弓矢に切り替えた足軽達が、足を狙って逃げるのを阻止。

更に皆が、片っ端から始末する。

レントは白熱した一騎打ちを繰り広げているようだが、あれは手を出す必要もないな。あたしは着地すると、被害を確認しながら、皆の援護に。ディアンが大きなラプトルの脳天に手斧を叩き込み、半ばまでめり込ませていた。流石のラプトルも即死だ。フェデリーカの神楽舞が、皆の速度もパワーも更に上げている。

レントは雄叫びを上げると、大上段からの一撃を子鬼に叩き込む。

多数のつぶてを使ってそれを防ごうとした子鬼だが、石の壁ごと子鬼の体をレントの大剣が粉砕していた。

それで勝負がつく。

後はラプトルを片っ端から始末する。

一匹も残さず片付けると、戦場から魔物の死骸を砦に運び込む。時間は取られたが、これは必要な事だ。

それに此処では、出自関係無く優れた戦士は尊敬されると聞く。

あたしは優れた戦士と自認するわけではないが。

こうして武勲を上げたのなら、征夷大将軍という人の前で、相応に評価はして貰えるだろう。

砦でラプトルなどの死骸を引き渡した後、怪我人の様子を見る。

幸い調合材料も薬もまだある。

あたしと仲間達は全員無傷。

足軽が何人か怪我をしていたが、それを即座に薬で回復させる。おおと、声が上がっていた。

「素晴らしき快復力よ。 これは回復の巫術専門の巫女も形無しであるな」

「バレンツから納品しましょう」

「ありがたし! 奏上しておくゆえ、その時はお頼み申す!」

こうした足軽も、武勲を上げれば侍大将に出世していくそうだ。そうして、生き残り、戦闘経験を積んだ戦士が出世出来る。

地獄のような環境でも。

それだけは、間違いなく優れているんだな。

あたしは、そう思った。

二つ目の砦に夜辿りつき、そこで夜営にする。かなりペースは早いらしく、十河さんは上手く行けば明後日には二條に着くと言っていた。更に短縮できるかもしれないらしい。

何かが遠吠えを上げている。

狼が魔物化するケースもあるのだが。

狼や虎の類は、魔物としては実はかなり小物だ。というのも、生物としてあまり大きくなれないのである。

フェンリルはほとんど一点もので、あれは例外。繁殖して増えているとも思えないからである。

倒してしまえばもう現れないのなら、魔物としての脅威度はかなり低めだ。

あたしはそう考えられるようになっていた。

「しかし暑いのう……」

カラさんがぼやく。

一応熱魔術を利用して冷やしてはいるのだが。借りている小屋以外に冷気はいかないようにしている。

この土地の戦士達はこの暑さが普通らしいので。

タオは今の内にと、未解読の資料を読み込んでいて、声を掛けるのは悪いだろう。ただでさえ、道中では座標集めを熱心にやってくれていたのだから。

「ライザ姉、この土地も、フォウレの里みたいになんとか出来ないか。 こんな魔物ばっかりいたら、幾ら強い戦士達が一杯いたって、絶対に楽に暮らせないよ」

「そうだね。 ……気になってる事があるんだ」

この土地で。

あたしは初めて「子鬼」を見た。

もう便利だからその呼び名にあわせるが、どうしてあれは他の土地に出ない。

超ド級の魔物が産み出しているのなら、ネメドにはいた筈。超ド級が三体もいたのだから。

ひょっとするとこの土地には。

フェンリルをはじめとする凶悪な魔物を生産する、神代の設備が生きているのかも知れない。

それをとめる事が出来れば、後は時間を掛けて反撃していくことが出来る筈だ。

そう説明すると、ディアンはそうか、と叫ぶ。

アンペルさんが、咳払い。

「確かにそれが出来れば早いが。 北の戦場では、この辺りにいるのとは比較にならない魔物が大勢群れていると聞く。 我等の戦力でも、それを根こそぎは難しいぞ」

「はい、そうですね。 だから情報を集めつつ、この土地の人達と連携しないと難しいでしょうね」

「難事だな。 ただ、我等に好意的なのが救いか」

リラさんがそう呟いて、アンペルさんを見る。

行く先々で問題を起こすアンペルさんには、或いはリラさんも思うところがあるのかも知れない。

クラウディアが戻ってくる。

この先について、話を聞いて来たらしい。

それによると、この先でも子鬼が出ているそうだ。何でも北の地で暴れるベヒィモスに呼応するようにして、子鬼が出ているそうで。

二條の周辺ではどうにか押さえ込めているものの。

二條から離れるほど数が多く。

毎日被害も出ているとか。

そうか、では行きがけの駄賃に片付けて行くか。戦功については、十河さんが報告してくれるだろうし。

皆を先に休ませたあと、あたしはちょっとだけ薬と爆弾を増やしておく。

荷車を歴戦の戦士達に任せられるのが大きい。

移動しながらも、慣れた調合は錬金釜があれば出来る。

後はアトリエを建てて、門を小妖精の森にあるアトリエにつなげれば。各地との連携を確保できる。

一眠りして、早朝。

戦士達はかなり早くから起きだしている。パティも今日はしっかり起きて来て、並んで体を動かして、温めておく。

「ライザさん、大太刀の調整をお願い出来ますか」

「ん? 珍しいね。 切り損ねた?」

「いえ……いやはい。 昨日交戦した子鬼が、最後の抵抗に空間切断を掛けて来て、それを防ぐために身を引いたときにちょっと」

「それは仕方がないね。 すぐに調整するよ」

腐っても空間操作使いか。

運動を終えた後、ささっと錬金釜で調整する。十河さんが呼びに来たので、皆で今日の行程について話す。

今日は可能ならまた二つの砦を進みたいという。

ただ、確認できているだけでも二体の子鬼がいるそうで、それもどうにかしたいという話だった。

其奴らを仕留めれば、東の地に来てから合計五体か。

鬼を仕留めた侍は、「宿老」と言われるような地位に出世出来るらしく。子鬼でも、倒せれば足軽が侍に出世は確実だそうである。

出世の種を奪うわけでは無いが。

あれらは存在するだけで多くの命を無為に奪う。だから、必ず仕留めてしまわなければならない。

地図を拡げて、経路について説明を受けた後、タオが挙手。

「この辺り、何だか地形が不自然ですね」

「ああ、それは古くに来た夷が、恐るべき災いを起こした跡だ。 その辺り一帯が消し飛んだ」

「……!」

「奴らは躾だなどといってケラケラ笑っていたそうだが。 最初の征夷大将軍になった侍が、一人残らず首を刎ねたそうだ。 捕らえた夷は、神に対して不敬だの、蛮人がだのほざいていたらしいが。 そのまま膾に斬られて、首は晒されたそうだ」

なるほどな。

それで確信できたが、やはりこの土地に災いをばらまいたのは神代だ。時期もあうし、やり口も。

それに、散々抵抗されたから、腹いせに凶悪な魔物をばらまいていったのだろう。

幼児以下のメンタリティの持ち主に、凶悪な技術だけを持たせたというわけで。この世界に神なんていないことがよく分かる。

ともかく、移動開始だ。

黙々と北上する。

やはり道中では、サルドニカやフォウレとも比較にならない大型の魔物が仕掛けて来る。巨大なマンドレイクが来るのを見て、ディアンがうえっと声を上げたが。今のあたし達なら、勝てない相手じゃない。

全部片付けながら進む。

出会った魔物は全て灰燼と帰し。

話通りに姿を見せた子鬼も、苦戦はしたが確実に仕留めた。

サルドニカやフォウレで戦った超ド級に比べると全然だが、それでも摂理を明らかに外れた強さなのは事実だ。

タオは余裕を見ながら、座標を集めていく。

タオによると、数字の幾つかはもう解析が出来ているらしい。

だがまだ分からない数字もある。

だから、データを出来るだけ取らないといけないらしかった。まあ、統計はそういうものだと聞くし、別に驚かない。

予定通り二つの砦を踏破。

その過程で、報告になかった子鬼も含めて、三体を仕留めた。それで、東の地に来てから合計六体の子鬼を屠った事になる。

明日には二條につけそうだと、十河さんはいう。

さて、明日が本番だな。

クラウディアとボオス、パティとフェデリーカを呼んで話をしておく。

カラさんはいいだろう。

オーリムといっても分からないだろうし。

「皆はこの世界の集落や国家や組織の代表者だから、明日の会見で主導権は任せるよ」

「分かったわ。 でもライザ、無理を言われた場合はどうするの?」

「余り言いたくないがな。 十河と言うあの戦士、優れた使い手だが、俺たち警戒されているぞ」

「それは分かってる」

ボオスの言う通りだ。

やっぱり忍びなのだろう。二人が、ずっとあたし達を警戒している。今は音魔術で周囲との音を断っているのだが。

あれだけ熟練した密偵だと、遠くから口を読むくらいはしかねない。

「だから、利害の一致で行く。 それと、神代の連中も錬金術師だったことは、あまり知られない方が良いと思う」

「それはそうだね。 夷と言われている錬金術師達は、この土地にとっては悪魔以上の邪悪だろうし。 まあ私達にとってもそうだけれど」

「いずれにしても、アーベルハイムとしては征夷大将軍と顔を合わせておくのは損にはなりません。 今の内に、交易について考えをまとめておきます」

「俺もそれは同じかな。 特産品で此処に得になりそうなものがあるといいんだが」

まあ、この様子だと大丈夫だろう。

後は休んで、明日に備える。

小屋の中で、男女に分かれて、それぞれ部屋で雑魚寝しながら。あたしは考える。こういう、神代の過ちとその傲慢に苦しめられている土地を救う必要があると。それはオーリムだけではなかったのだと。

 

1、征夷大将軍

 

遠くから二條が見えてくる。

遠くからでも分かるが、アスラアムバートにだいぶ規模が劣る。サルドニカよりも規模は数割劣るだろう。だが、かなり栄えている街だ。

周囲は分厚い土塀と堀で守られ。

多くの砦が周囲に作られて、多数の戦士が行き交っているのが見える。あれが全部侍だろう。

十河さんに聞いたが、北の地からの魔物の襲来があると、いざ二條というかけ声とともに、侍が集まるそうである。

また、二條は本来はその魔物との戦闘の最前線として構築された街であるらしく。

二條が実質上のこの土地の中心地になっているのは、戦闘が大前提になっているこの東の地らしい状況であるとも言えた。

二條に入る。

服などはかなりクーケン島やサルドニカとも違っているが、技術的な面では劣っていないようである。

というか神代の時代から技術は劣化し続けているのがこの世界の現実なので、それはどこであろうと同じなだけだろう。

流石にみんな鎧姿ではないが、男女ともに鎧姿が目立つ。当世具足をつけている人は、兜をそれぞれ個性にしているようだ。

ただ当世具足もガチガチに固めているわけではなく、動きを阻害しない作りにしている。それを見ると、鎧が廃れた東の地以外と、根本は同じ。対魔物を想定しているから、重装鎧は必要ないと言う訳だ。自分でも試着はしてみたのだが、軽さと動きを邪魔しない装甲になっているのが当世具足。

或いは古い時代の当世具足とは、今のは違っているかも知れない。

建物は木造が殆どで、ただ重要な基礎などには石材などを使っているようである。色々な意味で、石造りが主体のクーケン島とも王都ともサルドニカとも違う。辺境の集落の家屋が強いていうなら似ているけれど。

あれらに比べると、きちんと最初から木材を中心に作っているのが分かる。

此処は、決して他と劣ってはいないんだな。

それが分かって、あたしは色々と凄いなと思った。吸収できる技術があれば。どんどん学んでいきたい。

すれ違ったのは、例のメイドの一族の人だ。メイド服で当世具足ではないが、別に珍しがられてもいない。

つまり、腕利きであればそれでいいという超実利主義と言う事だ。

それはそれとして、訓練所では多数の足軽が槍を振るっているのを、侍大将らしい険しい顔の女性が訓練している。

人材は生えてこない。

アガーテ姉さんは、そう言って運動神経が別に良くない子も見捨てず、やれることを仕込んでいた。

そうして仕上がった一人がタオだ。

此処でも、人材は生えてこないことを前提にしているということだ。

子供も見かける。

まとめて学問を教えているようで、当然武術や魔術も仕込んでいるとみて良い。此処は最前線だが。

此処を落とされたら終わりくらいの覚悟で、この地の人達はいる。

それも分かる。

最悪の場合になんかさせない。

往来を見ながら、あたしはそう内心で呟いていた。

ディアンが手をかざしながら嬉しそうだ。

「ライザ姉、強そうな人が幾らでもいるぞ!」

「そうだね。 確かに此処の戦士達は、何処に出ても恥ずかしくない技量だと思う」

「そういって貰えるのは光栄でござるな。 貴殿ら程の名人にそう言われれば、普段鍛えている甲斐があるというものだ」

十河さんにそう言われると、ちょっと恐縮する。

この人も屋内なんかでは意外と小柄で、ひげで若く見える顔を誤魔化すような工夫をしていることが分かる。

苦労人なんだ。

まだ年齢は三十代で、充分に戦える年齢だろうが、こんな場所だといつ死んでもおかしくはないだろう。

当然奥さんと子供もいて、坂井を出るときにあたしも挨拶をしてきた。

この人も、死なせる訳にはいかないな。

そう思いながら、すぐに城へ。

城と言っても、華美な施設はなくて、典型的な要塞だ。木と土壁で作られているが、とにかく頑強なのが分かる。

鎧では無くてちょっと豪華な服を着ている人達がいるが、あれは魔術師だな。

こっちだと巫女とか陰陽師とかいうらしいが。

魔術を用いて、城の警備をしているのだろう。誰もが魔術を使えるこの時代。戦闘向けではなくても、探知系の魔術を使えれば、充分に戦闘では役立てる。誰もが何かしらの芸を磨いて、北から迫る凶悪な魔物に備えている訳だ。

入口では一応十河さんが説明をしていたが、それほど時間は掛からず通して貰えた。此処に来るまでに、少なからず子鬼を倒したという話もしていて。十河さん程の侍大将が、という話もあったから。

まあ信用は得られているとみて良い。

城の中は入り組んでいて、監視も今まで以上に多い。

草の臭いがするが、それほど臭いはきつくない。城の中では履き物はなし。そして、木張りと草で編んだ床が独特だ。この草による床は、畳というらしかった。

待合室で待たされる。

そこで、漸く話が出来た。かなり張り詰めていて、雑談する雰囲気でもなかったからである。

というか、今でも監視されている。

十河さんはフレンドリィに接してくれていたが、決して油断もしていなかった。

あれは常在戦場の人だ。

だから、相手が人間でも油断はしないと言う事だろう。

「既に大太刀とインゴットは貢ぎ物として納められた筈だよ。 腐敗している場所だと、納めた品が横流しされたり付け届けとかが必要になったりするんだけれど、此処はそういうのもなくて無駄な出費が抑えられるね」

「クラウディアは、そういう相手も見てきているんだね」

「たくさんね。 私はまだ若いから、舐められる事もどうしても多くて。 険しい顔をする事も増えたの。 でも此処だと、単純に武技だけで相手を判断して接してくるから、むしろやりやすいかな」

「ある意味とても理屈が単純だな」

リラさんがそういうと複雑だ。多分、リラさんも同類だと思うのだけれども。

咳払いするクラウディア。

此処の一番偉い人である征夷大将軍とこれから面会する。アーミーがある意味此処ではまだ存在している訳だ。勿論昔とは規模も組織の複雑でも比較にもならないだろうけれども。

「平伏はちょっと違和感があるな」

「相手が王族と同じだと思ってください。 椅子がない文化ですから、それが適切に思います」

「パティはある意味宗主国の要人だろ。 良いのかそれで」

「かまいません。 ロテスヴァッサに所属してくれているだけで充分なくらいです。 多少は下手にも出ます」

文句を言う男性陣に対して、パティとフェデリーカはクレバーだ。

フェデリーカも文句一つないようだった。

やがて呼ばれる。

やっぱり監視付きだし、あまり信用はされていないんだなと分かる。それはそうだろう。十河さんが結構偉い人なのは分かるけれども、まだその言葉を全面的に信頼する訳にもいくまい。

あたしが同じ立場でも、いきなり胸襟を開くわけにもいかない。

その辺りは、分かっている。

広い部屋に出た。

武装したかなりの使い手が守りについていて。

それで、この辺りにと言われた辺りに、座布団を貰って座る。床に座って応対する文化は初めてだから、練習はしたがかなり心配ではある。命の危険云々よりも、違う文化が保全されている場合。足を踏み入れた以上、それにあわせるのは当たり前の事だ。

やがて、さっと戦士達が緊張したので、来たのだと分かる。

中肉中背だが、確かにこの地で最強の戦士だというのが分かった。それくらい、武の気配が強い。

そのまま礼をする。

地面に這いつくばるような感じだが。

此処には椅子がないので、それで自然だろう。

相手側も、礼をしたようだった。

あたし達の主君では無いから、相応に対してくれている、ということなのだろう。

面を上げられよ。

そう声が掛かって、やっと顔を上げる。

この正座というのは膝に負担が掛かるなあ。そう思って、短時間で切り上げたいと思ったが。

最悪足は崩してもいいと言われているので、場合によってはそうさせて貰うつもりである。

征夷大将軍は非常に目つきが鋭くて、切れ者だという話は聞いていたが、確かにそう感じる。

髪型なんかは他の戦士と同じで、そり上げているが。

あれは兜を被るのにそれが適しているかららしい。

まあ、そういうのは文化である。

あたし達がどうこう言うつもりもない。

相手側も、十河さんはその辺りをどうこうは一切言ってこなかった。こっちの文化を尊重してくれているのだ。

こっちだって、相手の文化を尊重するのが当たり前だ。

軽く話をする。

この地には、いにしえの時代の愚かな者達が残した負債を一掃するために来た事。各地で魔物を倒して来たのもその一環である事。

全て話してしまうが。

これは敢えてだ。

この土地では、夷と称しているいにしえの存在に土地を滅茶苦茶にされているが。それは此方も同じ。

十中八九その正体は神代の錬金術師だ。

「ほう。 そなたらは夷の事を知っているのか」

「知っているも何も、後ろに控えているオーレンの民三名は、その夷に世界を丸ごと滅ぼされたんです」

「なんだと……」

「本当じゃ」

カラさんがそう答える。

一瞬だけ征夷大将軍の視線が、カラさんの視線とぶつかり合うが。

敵意の類は無い。

カラさんも化かし合いは得意だろうし。

何より色々あったし、人を見る目も確かだろう。ふむ、と考え込んだ後、手札を明かした此方に対して、征夷大将軍も理解をみせてくれた。

「夷と呼んでいるあの邪悪なるものどもは、他の世界にまでその魔手を伸ばしていたというのか」

「それだけじゃありません。 この世界の人間も、自分達以外全て殺そうとしていた節まであります。 動物も植物も、自分好みの存在だけを生かして、それ以外は全て消し去ろうとしていたようです。 そのために作られたのが……この地では鬼と呼ばれている魔物や、出自がよく分かっていない千数百年前から不意に世界に姿を見せた大型で強力な魔物達です」

「すぐには信じられぬ話ではあるが、其方には学士がいると聞いておる。 アスラアムバートでも実績を上げている俊英だそうだな」

「はい、此方のタオになります」

タオが一礼する。

征夷大将軍は、側近らしい戦士を呼んで、耳打ち。

それから、部屋を変えるぞと言った。

どうやら、此方に興味を持ってくれたようだった。

 

椅子が用意された板張りの部屋に通される。

征夷大将軍の左右には、この国でも最上位に入るだろう侍が二人控えている。なるほど、重要な話と判断して、応対では無く話し合いに移行するわけだ。

「椅子、あるんだな」

「ボオス」

「よい。 この土地では椅子はあるにはあるが、戦場などで使う事が多くてな。 屋内では床に座る事が多いのよ」

「靴を脱いで家の中で行動すると分かりますが、足が開放的で助かりますね。 ただ直に座ると、膝がいたくて」

あたしも本音を口にして。

将軍はからからと笑った。

だが、目は笑っていない。

本番は、此処からである。

「そなたらが驚天の技を使うこと、それにその纏っている幾らかの装備の性能についても聞いておる。 この土地でも武芸は研究されていて、武具についても百般と言われる程色々と試行錯誤されてきた歴史があるからな。 単刀直入に聞かせて貰おう。 そなたらこそ、夷なのではないか」

「技術的には夷と同じです。 しかしあたし達は、夷の技術が悪用されないように世界を回っているのです」

「聞かせよ」

順番に話す。

クーケン島で起きた出来事。

門を通じて、オーリムに出向いた事。

フィルフサの大軍勢との戦い。

それが終わった後、それぞれが成長して、各地で調査をして。

王都でもそれを行った事も。

その過程で、神代という邪悪の存在がはっきりしてきた。

「それまでは五百年前に滅びた古代クリント王国が邪悪だとあたしは考えていました。 しかし古代クリント王国なぞは、神代の模倣者に過ぎなかったのです」

「年代が符合するな。 五百年前にこの地に略奪に来たクリント王国なる者どもがいたが、あれも夷の技を使ったと聞き及んでおる」

「良く撃退出来ましたね」

「連中は優れた装備を手にしていて、兵も多かったが、長年桁外れの魔物を相手にしてきた我等を甘く見るではないわ」

まあそうだろうな。

そもそも最強の戦士が長になるような土地であり、あの子鬼でも生半可な魔物とは比較にもならない。

そんなのと年中戦い続けているのだ。

アガーテ姉さん級の戦士が、幾らでもいる。そういう土地なのであるここは。ある意味、オーリムが近いかも知れない。

「しかしどうして夷の知識を得ながら、夷と同じように世界を手にしようとしない」

「夷のやり口が許せないからです」

「感情論か」

「違います。 技術を持つ者には、それに対する責任があります。 夷……神代の錬金術師については、色々な資料を見つけて調べました。 彼等は力があったら何をしてもいい、欲のままに動くべきだ、自分が気にくわないなら殺して良いし、自分達は絶対正義だと疑ってもいませんでした。 つまり彼等は、本当に身勝手極まりないエゴイストだったんです」

あたしが怒りを言葉に乗せると。

皆もそれに同意する。

色々と思惑は違えど、此処に集う同志は、全員神代への怒りをたぎらせている。

征夷大将軍はまた少し考え込む。

「夷とそなたを分けるのは、つまり思考ということだな」

「はい。 最終的に、神代の技術は人間が変わらない限り、解放しないつもりでいます」

「ほう」

「このまま人間が世界の覇権を取り戻した場合、何度でも神代は現れる。 そう、あたしは思っています」

それをさせないために。

あたしは、神代の技術は全て回収して、人間の手には触れないようにする。

人間が種族として変わったときに、それを解放する。

今まで、神代の技術で多くの人を助けてきたが。

具体的にその技術の使い方を教えた事はない。

何よりも、今の人間ではリバースエンジニアリングなんて不可能だ。そもそも劣化に劣化を重ねた古代クリント王国の技術すら再現出来ないのだから。

「概ね分かった。 とりあえずそれを信頼するには、武勲を立てて貰いたい」

「北の地ですね。 今回は、其処を調査して、この地を荒らす魔物の駆逐に来ています」

「心強いが、今までそなたが蹴散らして来た子鬼とは次元が違う相手ぞ」

「分かっています。 それでもどうにかいたします」

協力をお願いします。

そう、あたしは頭を下げていた。

この人は、少なくともロテスヴァッサの愚昧な王族とは違う。意見もしっかり持っているし、あたし達の言葉に耳も傾けた。

バカは相手の言葉を聞かない。

自分に都合良くしか世界を解釈しない。

楽な生き方だろうが、それが力を持った存在が神代で。神代が二つの世界に今でも爪痕を大きく残している事を考えると。

人間は、バカであってはならないし。

少なくとも、バカではなくなろうと意識しなければならないとあたしは思う。

人間の頭の出来はそれぞれだが。

少なくとも自分を絶対正義と考えて。他の全てを皆殺しにしようだの、他の財産を独占しようなんて平気で考える輩は。

最悪のバカだ。

この人は違う。

だから、あたしも話をするし。交渉をする。

そして、相手は受けてくれた。

「よし、信じるか否かは実績次第よ。 客将として、大鬼ベヒィモス率いる北の魔物との戦闘に参加して欲しい」

「分かりました。 拠点をいただきたいのですが」

「拠点とな」

「空き地を借り受けたく思います」

この地では、土地の所有権について非常に厳しいとクラウディアに聞いている。だから、先に誓約書を出す。

土地はあくまで借りているもので、所有権はあたしにはないこと。

その土地に作る建物は保安上の機密は確保するものの、要人の調査は許すこと。

何を作ったかについては閲覧しても良い事。

それらが記してある。

征夷大将軍はそれを見て、なるほどと唸った。

そして、人を呼んで、土地を手配してくれる。十河さんの屋敷くらいの広さ、土地は最前線に近い方が良い。

この二つについても告げて、二つ返事で良いと征夷大将軍は答えてくれた。

中々話が分かる。

こっちとしても、話を進めやすくて助かる。

「拠点はこの近く、二條の外の砦の中ですね。 今日中に作ります」

「屋敷を一日でか」

「監視をお願いいたします。 此方としても怪しい事はしていないことを示しておきたいのです」

「わかった。 あやめ」

はいと、残像を作って一人女性が現れる。

軽装の戦士だが、出来る。

この人は、恐らく忍びなのだろう。

「そなたが監視に当たれ。 ただし、くれぐれも失礼がないようにせよ」

「御意」

今の気配。

ずっと見張っていた人だな。

これは、今後は堂々と監視すると言う訳だ。それはそれで別にかまわない。あたしとしても、公認スパイどうぞと言っているのである。是非是非公認スパイを出してきてくれ。そういう本音だ。

後は、大太刀の様子はどうかとも聞いておく。

素晴らしいと、その時だけ征夷大将軍の表情に、生の感情が宿ったのが分かった。

「あれほどの業物、滅多にない。 すぐに前線の侍達に配布した。 二振りだけは、わしの側に置くことにした」

「なんならもっと作りますが」

「いや、それはベヒィモスとの戦いを凌いでからだ。 今も戦地では、多くの侍が苦戦しておる」

「分かりました。 加勢を急ぐべく、準備します」

一礼して、城を出る。あやめという人が、いつの間にかいて、案内をしてくれる。着ているのは布服だけで鎧はないが、全身が地味な色合いで、顔も隠している。多分、忍びというのはそういう感じなのだろう。

二條を出て、外に。

砦に案内されるが、二條の外はこういう砦が幾つもあって、二條と連携して守りを構築しているらしい。

全員が戦士。

そういう土地柄だから、出来る守りの構造なのだろう。

内部に案内されると、前線から戻って来たらしい負傷者が呻いている。早速、出番が来たようだった。

此処は野戦病院も兼ねている、ということだ。

「アトリエを構築する組と、負傷者を救助する組に分かれるよ」

「よし、組み合わせは」

「セリさんを中心に、タオ、クラウディアは医療班に当たって。 お薬は荷車から惜しみなく使って」

「分かったわ」

クラウディアが袖をまくる。

残りの面子は、アトリエの構築だ。

案内されたのは、砦の一角の空き地だ。見た所、丁度良い石材などもある。これなら充分にアトリエを作れる。

既に昼をだいぶ回っているが、今日中で余裕だろう。

それにだ。

負傷者の中には、手足を失っている人も多い。

すぐに義手義足を作って配布してあげたい。

命を取り留めても、戦士としてはあれはもう致命的だ。此処では一人でも手練れが必要だろうし。

何より此処で暴れているのは神代の負の遺産だ。

それによる被害は、出来る範囲で抑えたいのである。

アトリエを組む。

もう慣れたものだ。今までのフィルフサの突発的な討伐で作った仮組みのアトリエも考えると、そろそろ十個に迫ろうとしているかも知れない。

淡々と皆で手分けして、あたしが建築用接着剤や他の部材を作りあげていく。

監視しているあやめと言う人が、度肝を抜かれているのが分かったが。それでもしっかり監視を続けている。

すぐに基礎が出来、柱が立ち。あたしが作った合板で、床、壁、天井、屋根、順番に作っていく。

フェデリーカが硝子細工について幾つかアドバイスをくれたし。それにサルドニカであのお婆さんにたくされたカンテラも作る。このカンテラについては、フェデリーカに許可を貰って、砦に配った。

此処では灯りは松明を用い、夜には多くの油を用いていたようだったので。此処の守りについていた侍大将は、そのまま使えて長持ちする灯りを見て、大喜びしてくれた。

こうやって、技術はみんなのために使うべきだ。

夕刻には、アトリエが出来る。

あやめさんが、部下らしい若い女性の戦士に手紙をしたためて、すぐに走らせている、見た通りを征夷大将軍に報告しているのだろう。

あたしとしてはそれでいい。

中に入って、細かい所まで調整。

錬金釜で、早速義手義足の作成に入る。淡々と作業をしている内に、クラウディアが手足の欠損、大きさなどについてまとめてくれていた。

あたしはそれにそって調合し、人を助ける。

フィーが長旅で疲れたようで、ボオスの頭に乗ってそれで眠り始める。ボオスは呆れたが、フィーを追い払うような真似はしなかった。

 

2、巨獣会戦

 

その日は夜まで薬を増やして、義手義足も作って、そしてそのまま砦にも大量に納品しておく。それで息を吹き返したり、手足を取り戻した侍も多い。彼等が感謝しにきて、アトリエを見てあやしの技だと驚嘆していた。

ただ、好意的な驚嘆だ。

だから、それで可とした。

あやめさんは常にメモを取っていて、時々配下らしい人に渡して走らせている。

勿論それで良い。

公認スパイを抱えることを、こっちから提案したのだから。

夜遅くに一段落したので、夕食と、それに風呂に入って寝る事にする。あやめさんも風呂を使うかと聞いたが、断られた。

それはそうだ。

一流の密偵だったら、知らないものは絶対に使わない。

使えると確信するまでは、さわりもしないだろう。

征夷大将軍が直に派遣してきた手練れである。

プロ中のプロだろう。

ロテスヴァッサにも古くにはそういう人がいたらしいが。まあ、国の堕落と腐敗が要因でいなくなったのか、或いは。

ともかくしっかり休んで、朝早くに起きる。

軽く体操をして体を動かすが。いつも一緒に体を動かしているパティが、訓練をしている侍達を見て呟く。

「洗練されていますね。 私が習った技の源流があります。 とにかく愚直に基礎を繰り返して、体に武芸を徹底的に叩き込む。 その先に、あらゆる魔物を断つ至高の領域があると信じている。 みんなそうです」

「生真面目で凄いね」

「……そうだったから、今までこの地を守れたんだと思います。 真面目なことを馬鹿にする風潮もありますが、真面目な人間が減れば減るほど社会はダメになる。 此処で色々学んでいくつもりです」

そうだな、確かにそうだと思う。

体操を切り上げてから、朝のミーティングをする。

いつの間にかまたあやめさんもいる。

朝食についても、もう済ませたという事で。いらないそうである。本当に徹底しているなあ。

とにかくクラウディアとフェデリーカが中心になって、持ち込んでいる干し肉なんかを使って肉中心の料理を作る。

これはなんでかというと。

今日は激戦が想定されるからだ。

この砦のかなり近くまで、魔物が迫っているという話だ。今日は手始めに、其奴らをぶっ潰す。

最前線まで敵を押し戻した後。

この魔物の大攻勢を指揮しているらしいベヒィモスだかも潰す。

そして、あの悪魔っぽい奴がいるのなら、それも蹴り砕く。

ただ一辺に全部はできない。

だから、順番に一つずつこなしてくことになるが。

地図を拡げて、戦況の確認。ボオスが呼んできてくれた侍大将に戦況について確認する。此処からかなり近い地点まで魔物が進出してきていて、連日小競り合いが起きていると言う。

本命の戦場はもっと北にある砦……大規模なものだそうだが。

そこでは連日、火が出るような戦いが行われ。

多くの侍が倒れているとか。

そうか、それでは一刻の猶予もない。爆弾なども充分。荷車にも薬を爆弾を充分に詰め込んだ。

「よし、みんな行くよ! 小手調べで怪我しないようにね!」

「応!」

立ち上がって、意気を上げる。

さて、ここからが。

この土地での戦闘の本番だ。

 

古代クリント王国の遺産は、東の地にもある。その一つが、今征夷大将軍の手にある遠めがねだ。

それを手に、征夷大将軍は、ライザリンの戦いぶりを見ていた。

万を超える熱槍を出現させ、驟雨の如く魔物の頭上から降らせている。それも一撃一撃が、砦を半壊させかねない火力だ。

話通り、いやそれ以上か。

この土地を守った最初の征夷大将軍も、魔術も武芸も尋常ならざる手前で、多くの夷の首を刎ねたと聞くが。

ただ、代々の征夷大将軍が引き継いでいる話もある。

その最初の征夷大将軍は。

実は人ではなかった、というのだ。

その出自も一応それっぽいものが伝承として残されているが、実ははっきり分かっていない。

この土地に数多の武芸をもたらし。

厄災そのものだった夷を斬り伏せ、首を刎ねて回ったその存在は。

今、名人として支援に来ている、同じ顔の女性戦士の一族と、同じような特徴を持っていた。

少なくとも土地の出身者ではない。

この土地で、あの謎の一族がすんなり受け入れられたのも、征夷大将軍がその伝承を引き継いでいたから。

連続して爆発音が轟く。

ライザリンだけじゃない。

子供が一人いた。子供といっても肌の色も普通と違ったし、手足に不自然に羽毛も生えていた。

オーレン族と言うそうだが、確かにあれも人ではないのだろう。

その子供が、凄まじい魔術を連発している。

ライザリンに、火力で劣っていないだろう。

純粋な戦士としても、ライザリンの連れてきた戦士達は凄まじい。

小柄な女性戦士がいたが、使っているのは完全に侍の技だ。大太刀を達人そのものの技で振るい。

今も次々と魔物を討ち取っていた。

「伝令!」

「聞かせよ」

「ライザリン殿、丸根砦に迫りし子鬼十三、ラプトル多数、鼬多数を撃破! 敵の別働隊は壊滅的な打撃を受け、敗走を開始! 一旦ライザリン殿は引き、状況を確認し次第、次の戦場を所望しているとのこと!」

「凄まじい。 名人を通り越して鬼神の域よ」

すぐに征夷大将軍は地図を持ってこさせる。

北の砦での戦闘は大苦戦が続いていて、敵を抑えきれていない。そのため敵の多くが戦線を破って、二條近くまで迫っている。各砦で応戦しているが、とても支えきれるものではなかったが。

たった十数人で。

一気に戦況がひっくり返りつつある。

「鷲津砦の方面が苦戦しておるな。 其方への救援を打診せよ」

「御意!」

母衣衆と呼ばれる精鋭伝令が即座に駆け出す。

戦術的な判断力を持つ精鋭侍衆だ。

一度自室に戻り、宿老衆を集める。ライザリンの実力については、疑う余地もないだろう。

また、ライザリンの話についても、既に周知してある。

懸念するものは当然いたが。

今は、二條に敵の本隊が押し寄せてくる事すら懸念しなければならない状況だ。それくらい状態が悪い。

北の砦だって、ガイアどの筆頭とした例の一族の援軍がなくては、支えられていたかも怪しい。

何度も二條が戦場になって来た。

その度に大きな犠牲を払って敵を撃退してきた。

だが、それで大きな被害を出し、その被害を回復させるまで何十年も掛かって来たのも事実なのである。

その轍を踏む訳にはいかないのだ。

「凄まじい戦ぶりは感心いたしますが、あやめによると、確かに夷のものと酷似したあやしの技を用いているようですな」

「だがその夷の悪しき遺産を滅ぼす事を目的ともしているとか。 どこまで信用して良いものか」

「少なくとも、あれだけの子鬼を撃破して、多数の侍も救っておる。 わしは信じてみたい」

「おうよ。 戦の駆け引きも名人のそれだ。 なんなら、次の征夷大将軍になってくれないか、打診したいくらいよ」

宿老の意見も割れている。

なお、次の征夷大将軍と言う言葉については、今では相手を褒める最上級の言葉であり。現役の征夷大将軍の前で口にしても別に不敬でも無礼でもない。

この国では一度作法が複雑化しすぎて身動きが取れなくなった時期が存在していて。

それをばっさり綺麗に切った事がある。

それ以来風通しが良くなり。

上下関係無く、意見の交換がとてもしやすくなったのである。

征夷大将軍は、宿老達に告げる。

「意見は割れておるが、いずれにしてもライザリンというあの娘。 凄まじい怒りを内在しておる。 そして怒りの矛先は、夷……あの娘曰く神代のものどもにむいているようではあるな」

「確かに我等も代々夷の放った鬼と魔物に苦しめられておりますな」

「話を聞く限り、ライザリンと言う娘が義憤に駆られるのも無理はありますまい」

「今は共通の敵を持つ者同士、連携すべきである」

そう、命令を下すと。

宿老達が、すっと立ち上がった。

「ライザリンの腕を確認するはもうよかろう。 各地で進出してきている魔物を各自おさえよ。 二條に温存していた主力を、ライザリンの北上にあわせ一気に叩き付ける。 北に寄せてきているベヒィモスなる大鬼……長くこの地を苦しめてきた大鬼を、今こそ討ち取るときが来た!」

「おおっ!」

「陣触れを出せ! 余も出る!」

「征夷大将軍の御出陣! これは我等も、負けてはおられませぬな!」

全員が沸き立つ。

征夷大将軍は、ライザリンが鷲津の戦いで勝利し次第、北の砦に向かうように指示を出すべく、伝令を飛ばす。

そして、二條に集う戦士達に。

決戦についに赴くと、陣触れを出すのだった。

 

ライザさんの広域制圧魔術が、立て続けに炸裂している。戦場全域が燃え上がるようだ。それでも、ライザさんは全弾のコントロールをしていて、味方には当てていない。防ごうとするシールドごと、巨大なラプトルを貫く熱槍。それが短時間で連射されるのだ。それも万単位。

魔物もたまったものじゃないだろう。

パティは戦場を駆ける。

また、子鬼と呼ばれている奴を見る。

どいつもこいつも空間操作術を使ってくる面倒な相手だ。ただし今まで交戦してきた超ド級と違って、複数の魔術を同時展開したり、恐ろしくタフだったりしないし、真正面からでもどうにかやり合える。

パティは残像を作りながら、間合いを侵略。

他の侍に注意を向けている其奴に、背後からすり足で近寄ったが。

次の瞬間、自分が敵と想定していたのと違う場所にいるのに気付いた。

即座に飛びさがる。

子鬼がこっちを見る。

パティの後ろから、ラプトルが飛びかかってくるが。それをクリフォードさんのブーメランが横殴りに吹っ飛ばす。大太刀を鞘にしまう。今のはなんだ。空間を操作して、パティを押し戻したのか。

いや、そんな事をするくらいだったら、直に切り裂いてくれば良い。

地面を蹴る。

侍は一旦さがった。子鬼の周りには、何人も戦士が息絶えている。此奴は本来そういう存在。

歴戦のこの地の侍でも、束になっても勝たせて貰える相手では無い。だからこそ、一体でも多く仕留める。

ジグザグにステップを踏んで、相手への間合いを詰める。子鬼が多数の氷の槍を生じさせて叩き込んでくる。鋭い攻撃だが、この程度であれだけの数の戦士を倒せたとはとても思えない。

だとすると、さっきの変な攻撃、あれが肝か。

間合いに入った。抜き打ち。

だが、次の瞬間、パティはまた押し戻されていた。いや、違う。敵との距離が離れていただけだ。

大太刀に手を触れていない。

どういうことだ。

即座に飛んできた氷の槍を避け。立て続けに飛来した雷撃をかわす。子鬼は殺した侍を踏み砕きながら、触手を振るわせて詠唱を開始。

もう一度だ。

真っ正面から突っ込んで見る。

不意にまた敵との距離が開く。飛び退いて、それで分かった。奴の詠唱が、さっきから戻っている。

つまりこれは。

時間操作の魔術だ。

ライザさんも、理論的には出来ると言っていた。

だけれども、それは例え超ド級でも、大規模なのは無理だし、連発も無理だろうとも。だとすると、勝機はある。

奴は恐らくだけれども、都合が悪くなると自分と周囲の時間を巻き戻しているとみて良い。

しかし今の試しで分かった。

それで限界だ。自分すらも巻き戻してしまう程度のものでしかない。それだったら、勝機はある。

再び突貫。

子鬼が、また時間を戻そうとした瞬間。

ライザさんがくれた、ハイチタニウムの大太刀を相手に投げつける。それが、投げた軌道をゆっくり戻るのが見えた。

其処に、突貫する。

やっぱりだ。連続して時間の巻き戻しは出来ない。

渾身の抜き打ちを叩き込む。

がっと、子鬼に斜めの斬撃が走った。

更に刃を返して、大上段からの唐竹を叩き込む。

子鬼と言っても、大きな熊くらいは大きさがあるが。それも、文字通り一刀両断。

グランツオルゲンの刃と。

この土地の侍達と同じ。愚直に繰り返して来た、日々の鍛錬が篭もった一刀が、敵を断ったのだ。

左右に別たれ、崩れる子鬼。

呼吸を整えていると、ライザさんが来る。

「今のは時間操作?」

「はい。 空間操作だけでなく、時間操作をする魔物もいるんですねこの土地は」

「厄介だ。 接近戦組は特に気を付けて!」

ライザさんが声を張り上げると、すぐに次に行く。

此奴に殺された侍に、胸に手を当てて少しだけ哀悼の意を示すと。

パティも次を斬りに行く。

兎に角、此処で暴れている魔物を少しでも倒せば、それだけこの地の人が楽になる。サルドニカでも見ただろう。魔物を放置しているとどうなるか。ましてや人間が魔物を侮るとどうなるか。

時間操作する魔物との戦闘は、ノウハウをこうして積まないといけないし。

積んだ後は展開して、後続に伝えなければならない。

この地では、多分達人技と集団戦だけで、こう言う事をする魔物に対処してきたのだろうが。

さっきの死体を見る限り。

毎回多くの犠牲を出していたのだろう。

許せない。

神代に対する怒りがわき上がる。それについてはパティも同じ。多分パティの場合は、愚かな貴族をずっと見続けたからだと思う。

神代の連中はあれらと同じだ。

ロテスヴァッサの無能貴族は、分厚い城壁に守られているだけだという事を忘れて、自分が偉いと勘違いした。

エゴを満たすためにはなんでもやったし。

どんな悪徳でも貴族だから許されるという寝言で平気で手を染めていた。

自分は偉いから何をしても良い。

その傲慢な思考は、神代のものとまったくおなじだ。

傲慢でエゴイスティックで、それでいながら世界を滅茶苦茶にした。そんな為政者が、何の正義を気取るというのか。

ラプトルに囲まれて苦戦している侍達を見たので、立て続けにラプトルの足を斬り伏せる。倒れるラプトルを、侍達が倒すのを横目に走る。

子鬼。

タオさんと交戦中。

こいつは空間操作か。タオさんがなかなか詰められないでいる。パティが突貫するのに気付くと、子鬼は触手を振るって、辺りを滅茶苦茶に切り裂く。範囲攻撃としてはおおざっぱだが。

敢えて狙いを定めない事で、効果的に打撃を与えることが出来る場合もある。実際空間操作系の魔術は一撃必殺なのだ。

其処に、ぶすりと黒い線が突き刺さる。

アンペルさんが、遠くから狙っていたのだ。

子鬼の動きが止まった。

さっきの子鬼よりちょっと大きいが、関係無い。

タオさんが乱舞技を叩き込み。

パティは跳躍すると、脳天を一息に刺し貫いていた。

子鬼が倒れる。

凄まじい爆発音。ライザさんが、こっちに迫っているラプトルの大軍に、フォトンクエ-サーを叩き込んだのだ。

侍達が息を呑んでいる。

つづいてカラさんが、世界が真っ白になるほどの強烈な雷を敵群に叩き込む。

文字通りのとどめ。

援軍だったらしいラプトルを主体とした魔物の群れは、交戦すら許されずに全部まとめて消し飛んでいた。

「だいたい片付いたみたいだね」

「はい。 残敵を掃討してから、負傷者を救助して回りましょう。 それにしても……」

辺りは魔物の死体の山。

侍も多くが倒れている。

まだ生きている魔物を片っ端から倒しながら、生存者を探す。こう言うとき、探知魔術がないパティは不利だ。

この戦闘を指揮していたらしい侍大将は戦死したらしい。

残敵を掃討して、負傷者を助けて。

砦に戻って、そう聞かされた。

ライザさんは無言で薬を出して、負傷者を助けて回っている。これ以上一人も死なせるな。レントさんが叫んで。ディアンが大勢を詰め込んだ荷車を忙しく運んで回っている。

腰を下ろすと。あやめという人が声を掛けて来る。

この人も戦っていた。

監視が目的であっても、魔物は共通の敵だ。当然、戦場ではその武働きも重要になるのだろう。

「見事な戦振りだった。 貴殿の流派は」

「私は家にいたメイド長から武芸を仕込まれました」

「確かメイドというのは使用人であったな。 ひょっとして、同じ顔をした優れた武芸を持つ一族のものか」

「……恐らくそうです」

やはりこの地にもたくさんいると。

戦場で体力を使い切ったので、悔しいがまずは回復しないと動けない。栄養剤を口に含んでいると、聞かされる。

大鬼……多分パティ達が認識している超ド級魔物。それになると、もっと強力な時間操作魔術を使うものがいるという。

ありうる話だ。

今まで時間操作系に遭遇しなかったのは、運が良かっただけ。

空間操作系も一撃必殺だが。

やはりこの地でも、時間操作系は危険な相手として認識されているそうである。

ライザさんが礼を言われている。

多くの侍を失ったが、それでも戦は勝利だ。山中どのもきっと冥府で喜んでおいでだろう、と。

山中という侍大将が率いていたのだろう。

戦いには勝ったが、多くを救えなかった。

パティは立ち上がると、まずは手を洗って消毒する。煮沸した水は、既に用意されている。

此処からは、救助の支援だ。

パティにも、医療は出来る。

特にこの間の大乱戦以降。その経験は増えていた。

あやめさんも、医療支援に戻るようだ。ライザさんは、既に義手義足を作り始めている。出来る事は、一つでもやらなければならなかった。

クラウディアさんと手分けして、力仕事から順番にやっていく。殺してくれと呻いている侍を元気づけながら、傷の深さに応じて並べていく。ライザさんが薬をどんどん持って来て、深手の人間から助けていく。基本的にほぼそれで助かる。普通だったら、この半分も助かるかどうか。

命の危険がある負傷者がいなくなった時点で、行動を変更。

リネン類の洗濯、負傷者の輸送など、力仕事を中心に手伝う。苦しんでいる負傷者もいるが、今は助けてあげられない。湯をどんどんディアンが湧かしている。ライザさんは、今は湯沸かしどころではないからだ。

湧いた湯を運ぶ。熱いから気をつけなければならない。パティの固有魔術であるエンチャントは武器の強化に普段は使っているが、こう言うときは桶の温度を固定するのに使ったりする。

これはこれで高等技術なのだが、この間の野戦病院での状況を見て必要だと判断して覚えた。小技に過ぎないが、それでもあれば一秒を争う状況で多くの人を救える。

クリフォードさんが戦場から偵察を終えて戻ってくる。一人まだ生きている人を担いでいたので、すぐにライザさんが治療に回る。

修羅場だ。

二條からかなりの数の侍と、荷車が出ている。

多分倒した魔物の素材を回収するのだ。侍大将が着込んでいる当世具足には、魔物の皮を利用しているらしいし。なんなら膠にしたり、それで大弓を作ったりする。侍達が使っている弓はもの凄い大きさで、ライザさんはあれはいいかもと呟いていた。あっさり再現しそうである。ただし使える人間も限られてくるだろうが。

使用人らしい人が、死体を洗って綺麗にしているのを見る。遺族の所に届けた後は、焼いて埋葬するという。鎧などは洗って、使えるように調整するそうだ。修復は専門の技師がいるらしい。

何も無駄にできないんだな。

そうパティは考えながら、助けられる人を助け続ける。

夕暮れ前には、呻き声は聞こえなくなった。二回の会戦に一日で完勝したと、後から来た北条という侍が褒めてくれたが。

この有様で完勝だと、普段はどんな戦闘をしているのか。

悲しくて、パティはずっと無言だった。

北条さんは、ライザさんに書状を渡している。案の場読めなかったようなので、タオさんが呼ばれて通訳していた。この地の書状はとにかく文字が達筆で、逆に読めないのである。

「……みな、集まって」

負傷者の手当て、義手義足の作成も一段落した所だ。手足を失った侍が、泣いて感謝していた。

サルドニカでも見た光景だが、本当に凄いと思う。

それはそれで、ライザさんの表情から、厳しい事態なのは一目瞭然だ。

リラさんが、代表して聞く。

「ライザ、それで征夷大将軍はなんと言ってきた」

「此処での戦闘は二條の部隊が引き受ける。 北の砦に出向き、敵の撃退に尽力して欲しい、だって。 距離的にはアトリエからほとんどない。 その砦にアトリエを作っても良かったけれど……」

ライザさんは門を開けて、いざという時の住民の避難用に使うと言っていた。

そうなってくると、最前線である方が良いだろうが、敵の目の前すぎるとそれはそれで問題だ。

「よし、今日中に門を開けて状態を確認。 タオ、時間を見て今のうちに座標を集めておいて」

「分かった。 パティ、クリフォードさん、支援お願いね」

「分かりました」

「あたしはこれから薬と爆弾をもっと増やしておくよ。 セリさん、薬草を出来るだけ増やしてくれるかな。 他の皆は、カラさんとリラさんと連携して、珍しそうな素材を集めておいて。 この辺りはだいぶ気候とか違うから、意外な所から凄い道具の素材が見つかるかも」

ライザさんは逞しいな。

ともかく、パティはタオさんと一緒の行動だ。

既に夜が近い。出来るだけ急いで、二十箇所ほどの座標を集める。その作業には、当然あやめさんの部下の一人が着いてきたが、説明をする。

世界の位置を調べていると。

こんな世界にした神代(此処では夷)の本拠地に乗り込むために、必要な作業であるとも。

勿論すぐに信じて貰えるとは思わない。だが、今日の苛烈な二連戦を経て、明らかにライザさんへの侍達の視線が変わっている。拝まれているのさえパティは見た。

座標集めは、統計という観点から数があればあるほど良い事はパティも理解している。

とにかく、戦いの時に備えて。

タオさんの仕事を今は手伝うだけだった。

 

3、地獄の最前線

 

血の臭いが尋常ではなく濃い。

古代クリント王国について、実際の資料を見たのは、あたしにとってはクーケン島の禁足地北にあるあの塔での手記が最初。

その時初めてアーミーというものの存在を知った。

この東の地では、規模こそ小さくなったがまだアーミーが存在している。住民全員とまではいかないが、非常に高い比率で戦士だからである。

そして知る。

恐らくは、アーミー同士の戦いが起きると。

こういう事態になるというのは。

北の砦に到着。多数の負傷者が後方に運ばれて来ていたのが良く分かった。壁に背中を預けて、荒く息をついている戦士は、怪我を手当てもろくにされていない。気が触れてしまった戦士が、転がされたまま顧みられてもいない。

今は、戦闘は小休止しているようだが。

この外の気配。

敵はまだまだ余裕充分だ。

それに対して、この砦にいる戦士……侍も忍びもなんだろうが。

もう限界だ。

こっちに来るのは、眼帯をしている例の一族の人。この迫力、長か或いはそれに近い存在だろう。

敬礼を、ロテスヴァッサ式のをされるので。

あたしもそれに返していた。

「ガイアだ。 錬金術師ライザリンどのだな。 活躍は風の噂に聞いていた」

「ライザリンです。 ライザと呼んでください」

「了解したライザ殿。 あまり無駄話をしている余裕がない。 見ての通りの有様でな」

「……すぐに手当てをします。 怪我人がこれほど出ているとは……」

二條から来ている薬師や巫女が回復の術を使っているらしいが、とてもではないが手も足りないらしい。

それはそうだろう。

今まで敵を防げていたのが不思議なくらいだ。

クラウディアとカラさんに砦の正面に展開している敵を探って貰う。その間にあたしは、皆で手分けして、負傷者を救助する。

薬で見る間に治っていく傷。

それを見て、いたいいたいころしてくれと叫んでいた侍が、はっと正気を取り戻す。人としての尊厳を回復出来たと思う。だけれど、この怪我疲弊。すぐに戦うのは無理だろう。医療を手伝って貰う。

気絶寸前まで働いていた回復術使いも休ませる。

更には、栄養剤も支給しておく。

大量にリネンがいる。

ただ、はっきりいって此処に負傷者を置いておくのは愚の骨頂だ。あたしは即座に人を運んでいるのに使う板と車軸だけを組み合わせたものを見つける。

負傷者は揺らすのが厳禁だ。

本当はバネとか噛まして揺れるのを防ぎたいし。なんなら板を二人で運ぶのが最適解なんだろうが。

この修羅場では、そんな事を言っている暇がない。

すぐに水をぶっかけて洗い流し、熱処理。血の臭いが酷すぎる。一体何人を運んできたのだろう。

持ち込んでいるリネンを被せてとりあえず完成。

なんとか動けるようにだけなった戦士に、それを使って負傷者を後送して貰う。酷い状態の負傷者はそうして救う。

軽傷の侍達には、薬を配っておく。

軽傷と言っても実際はかなり状態が悪いのを隠しているだけの侍も少なくなかった。戦場で意地を張るのは死に直結する。この地では意地と名誉がとても大事なのだと十河さんに行きがけに聞いたが。

それの悪い場面が出ている。

痛みというのは、理由があって生じるものだ。

それを隠すのは、「男らしさ」だの「戦士の誇り」だのではない。ただ体の異変の発見を遅らせるだけ。

体の何処かに痛みがある人は。

そう叫んで、何人かの負傷を発見。状態に応じた薬を支給。場合によっては後方にさがって貰う。

手際の良さを見て、ガイアさんが呆れていた。

「凄まじい手際だな」

「これでも本職のお医者さんと一緒に仕事をしていたんです」

「そうか。 ただ、せっかく助けても、今の有様では……」

敵の一部は既に浸透を開始していて、あたしが交戦したのはそいつらだ。

つまりこの砦は、既に主力の全部では無く、一部だけを貼り付けていれば大丈夫だと魔物共は考えている。

それだけじゃない。

怪我人の手当てを一段落させたので、あたしはパティに頼んで、アトリエに作り置きの薬を取りに戻って貰う。

この状態なら、即時での戦闘にはならないだろう。

砦はかなり背が高い建物で、木造で有りながら四階建てもあった。ただかなり大きな木を贅沢に使っているようだが。

背が高い中心部の建物は、「天守」と言われているらしい。

その天守から様子を見て、あたしは呻く。

敵の数が凄まじい。ちょっと多すぎる。

ざっと見ただけで、超ド級の魔物……此処で言う鬼が三体、いや四体はいるか。子鬼だって侮れない相手なのに、それが十体以上は見て取れる。しかも視界に入っただけでそれだ。特に子鬼はもっと何倍もいてもおかしくない。

これに加えて、更に格上のがいる訳か。

ベヒィモスとかいったな。

それは魔物が、調子づいて攻めこんでくるわけである。

「ライザ!」

「クラウディア、カラさん、敵の様子は」

「大物だけで考えても、大きい奴が六、小さい奴は四十三おるのう」

「……! 想像以上にいますね」

歴戦の侍達と、例の一族が此処では連携して戦っているようだが、それは大苦戦も止むなしだろう。

ここ数日で子鬼と言われる超ド級の幼体はあたし一人で十三を、皆を合計して三十以上を仕留めたが。

敵は北の地から来るといっていた。

ということは、これを潰さないと、北の地を調査するどころではない。

しかも。二人はくだんのベヒィモスはまだ確認できていないらしい。どうしてそんなものがいるかというのが分かるかというと。

忍びが狼煙を上げてきているという。

ただしその忍びは生還出来ていない。

遠くからその姿を見つけるだけで、命に関わる相手、ということだ。

これは難敵だ。

ただしあたしも、簡単にやられてやるつもりはない。

すぐに呼ばれたので、下の方にある広めの部屋に。座布団を貰ったので、それに座らせて貰う。

ガイアさん達例の一族も十数人はいる。

なるほど、サルドニカからいなくなったこの人達、ここに来ていたんだなと思う。

この人達、他の砦とかにもいたし、もっといるんだろう。

それにこの地の惨状を詳しく知っていた上で、何かしらの理由があるなら。一線級の戦士を、あらかた投入してくるのも納得出来た。

一人右腕を失っているな。ガイアさんも眼帯と言う事は、片目がないのか。

後で義手と義眼(目として機能する)の作成を打診するか。そう思いながら、「織田」という名前の侍大将……いや、確かもう一つ上の宿老だったか。の話を聞く。この宿老という地位の侍になると、征夷大将軍を選出する権利が貰えるらしかった。それ以上に宿老になった栄誉の方が大きいらしいが。

「敵の数は一向に減る様子もなし。 名人ガイアどのが来てくれていながら、まこと不甲斐なきことだ。 だが、将軍様より異国の戦士が送られてきている。 ライザリン殿達だ。 ここに来るまで、既にライザリン殿だけで子鬼十数を仕留めているという」

「真でござるか」

「真だ。 それに、我等に渡された業物を作った御仁でもあられる」

「おお……!」

侍達がどよめく。

見るとあたしが作った大太刀を何人かが腰に帯びていた。みんな、此処で戦う最精鋭と言う訳だ。

そしてその刀を打ったと言う事で、力を認めてくれたというのだろう。

織田さんは、あやめさんにも話を聞く。

まあそれが妥当か。公認スパイだし。

「お庭番のあやめどのだな。 貴殿から見てどうだ」

「ライザリンどのらの武芸、誠に絶倫無双。 ガイアどのら名人にまったく劣っていないと判断いたした」

「それほどか。 それでは期待できる。 ライザリンどの、何かしらの策はあるか」

「この数が相手になると、あたし達だけでは無理ですね。 しかし此処には、ガイアさんとその一族、それに勇猛な侍のみなさんがいます」

ぶっちゃけ、たくさんアガーテ姉さんがいるようなものだ。

サルドニカでも王都でも、警備の戦士なんていてもいなくても似たようなもので、ほぼ戦力にならなかったが。

一目で分かる。

あたしが作った大太刀を渡したこの人達は、充分に頼りになる。

「あたし達から仕掛けます。 敵の主力になっているこの地では鬼と呼んでいる大物を、次の出撃で一体、出来れば二体仕留めます」

「何!」

「大鬼を倒した例はあまり多くはない。 ここ百年でも四体だけだ」

侍大将の、老境に足を突っ込んでいる熟練の一人が言うが。

あたしは頷く。

むしろ四体も倒せているだけでも凄まじい。

あたしだって装備類で魔術を強化に強化して、それで今のフォトンクエーサーを放てるようになったのだ。

それだけじゃあない。

今回は、船の中で準備してきている。

前に切り札として用いたラヴィネージュ。究極の氷爆弾だが。

それに対応した、究極の火焔爆弾、雷撃爆弾、爆風爆弾を、それぞれ作りあげてきている。

どれも試作品だが、砦の前にわんさかいる……雑魚とは言い難いが、それでも空間操作とか使ってくる魔物以外だったら、まとめてなぎ払えるだろう。

作り方はもう覚えてあるし、一つはコンテナにストックしてある。

ジェムを大量に使ってしまうのでちょっともったいないのだが、それでも複製はしてある。

これらを、初手で容赦なく使って敵を削る。

それで、大物を狙う。

「最初に敵を大混乱させます。 その後、混乱に乗じて動きが鈍い大型を狙います」

「如何に将軍様が派遣してきた強者と言っても……」

「鬼を倒すとき、数十人の侍が毎度犠牲になっておる。 そなたらは無類の達人に見えるが、それでもその人数では……」

「いや、やるしかない。 鬼どもをこれ以上近づけたら、この砦も無事ではすまぬ。 一気に此処で敵の中枢を叩くしかあるまい」

織田さんが決断。

そして、何か絵図を持って来た。

この正面に展開している魔物の群れを統率している中に、明らかに首魁になっている大鬼がいるらしい。

それが通称牛鬼。

前の北の地からの襲撃でも姿が確認されている相手で。

とにかくとんでもなく凶暴で危険な鬼でありながら、手下を手足の如く使いこなすのだとか。

だとすると、神代が作った指揮官の役割を果たす魔物かも知れない。

超ド級の奴でも色々いる。

実際ネメドでは、手を出しさえしなければこっちに興味を見せない超ド級なんてものも見かけている。

神代から見て失敗作だったのかも知れない。

ただ、失敗作であっても人間には無害ならそれでいいし。成功作にしても、邪悪の権化であるのは間違いないだろうが。

幾つか作戦を決めて、それで解散。

ガイアさんに声を掛ける。

「ガイアさん。 義手義足を作ります。 手足を欠損している戦士と話して、図面を取らせて貰えますか」

「義手か。 しかし、中途半端なものは……」

「ライザリンどのの作った義手義足は、歴戦のもののふが本物と変わらぬと大喜びしていた。 私が保証する」

「……分かった。 頼もう。 今は少しでも戦力が欲しい」

あやめさんが横から口添えしてくれる。

あたしに対して油断はしていないし、なんなら今でも警戒しているのだろうが。それでもこうやって見た通りのことを口添えしてくれるのは助かる。

戦いが開始されるまで一刻。

決死の覚悟できているらしい使用人達が、ご飯を作り始める。保存食が中心だが、それでも食べておくのは必要だ。

これが大規模になると炊煙が生じて、魔物に気付かれる。そのため、こそこそと食べないといけないが。

あたしは図面を受け取ると、アトリエにひとっ走り。

ガイアさんの義眼についても、以前作った事があるので大丈夫だ。ガイアさんは目を失った際に、目を摘出してしまっているらしく、好都合である。

すぐに調合。

一刻もあれば充分だ。

義手と義眼を作って蜻蛉帰りする。

なお、護衛にはクリフォードさんだけに来て貰った。クリフォードさんは、前線の砦を見て大喜びだったようだ。

「神代のものとは違うが、ロマンの塊みたいな建物だ! くう、許可を貰って色々調べて見たいぜ!」

「そんなに昂奮するものなんですね」

「おうよ! ライザは気付かなかったかも知れないが、あっちこっちに仕掛けがあったんだよ! そういうの、調べて見たくなるだろ! 床にも壁にもだぞ!」

「は、はあ」

ちょっとスイッチ入ったか。

こうなるとあたしにはついて行けない世界で、知らない世界に酔い続ける。タオとクリフォードさんが仲良しなのも頷ける。

二人は結構年が離れているが、いわゆる忘年の交わりというやつで。

それには、この辺りの興味があるものに前のめりでめり込むのも原因なのだろう。似た者同士なのである。学者肌と現地での調査派でちょっと方向性は違うが。

砦に戻り、例の一族の戦士の所に。

あたしを露骨に警戒していたが、義手をセットする。この義手は神経と連動して、問題なく普通の体と同じように動く。更には、本人の情報をエーテルに溶かして確認し、その結果本人の体と全く同じように最終的に馴染むのだ。

人によっては隠し武器とか仕込みたがるが。

まあ、それは要望に応じて、というところか。

すっと傷口につけると、綺麗に吸着し、固定化される。

幻肢痛が最初ちょっとあるのが問題だが。

それが終わると、しっかり本物の手足として機能する。

例の一族の戦士が、驚きの表情を浮かべる。この人達、殆ど表情がないのに。手をぐっぱぐっぱしていて。

そして、すぐに大きめの槍を手にして、何度か振るった。

うおんと、凄い音で風が切り裂かれる。

侍達が、わっと声を上げた。

「話には聞いていたが、本当であったか!」

「わしの兄上の手も作って貰えるだろうか……」

「武勲次第ぞ」

「おう!」

別にそんなん挙げなくても、あたしは幾らでも義手も義足も作るが。

例の一族の人に礼を言われた。

こっちは善意でやっていることだ。

問題はガイアさんである。眼帯を取って貰うと、確かに目のある所が空洞になっている。持ち込んだ義眼をセット。

これは今までに、二度ほどしか試していない。上手く行くと思うが。

ぎゅっと目に押し込んだので、ちょっと心配だったが。しばしして、目がちゃんと動き始める。

ガイアさんは、はっとした様子で、あっちこっちを見て。

呆然とした後、大きく嘆息していた。

「これは本物と変わらぬ。 ありがとうライザどの。 これで失った死角を取り戻したわ」

「いえ。 頼りにさせて貰います」

「そろそろ時間ぞ」

織田さんが呼びに来る。

最初に出るのはあたし達だ。それはそうだ。最初の大規模奇襲攻撃をやるのは。あたしなのだから。

その後全員で押し出し、狙っている「牛鬼」の首を取る。

更にはもう一体か二体、超ド級を仕留めておきたい。

もっと大きいのがこの地にはいるときいている。それらとの戦闘を想定すると、更には神代の本丸にあるだろう最強ランクのガーディアンを想定すると。それくらいは出来ないとまずいのだ。

カラさんが、顔を上げる。

ずっと探索してくれていたのだろう。

「特徴から考えて、彼方千六百歩先の地中におるのうその牛鬼とやら」

「地中ですか。 まあいい。 地面から出てこなかったことを後悔させてやりますよ」

どうりで見つからなかったわけだ。その様子だと、まだ地中にいる奴がいるかも知れない。

しかし壮観だ。

魔術が効くから、フィルフサに比べると楽な相手だが。それでもあの超ド級はフィルフサの将軍と同等かそれ以上。空間魔術の使い手だと考えると、将軍の中でもかなり強い奴に匹敵するかも知れない。

あたしは爆弾を取りだす。

氷の究極爆弾ラヴィネージュ。これは既に、サルドニカ北の高地での戦闘で、猛威を振るっていて、実績もある。

炎の究極爆弾アストローズ。

アネモフラム数個分の火力を、無理矢理閉じ込めてある超危険物だ。解き放ち次第、辺りを太陽が直に降臨したような勢いで焼き払う。

雷の究極爆弾グランツァイト。

雷、それも巨大な積乱雲が作り出して、辺りに大量に降らせる雷撃を、一点集中したような代物だ。

そして、風の究極爆弾ヒンメルフェザー。

こいつは文字通り圧縮した台風である。

もう吹っ飛ぶとかそういう形容は生ぬるい。

これをぶち込んだ後に残るのは。爆圧で消し飛んだ残骸のみだ。

これら四つを更に凝縮した最強爆弾形態のツヴァイレゾナンスを、現在開発中である。危険すぎてすぐには作れないのだ。以前使った試作品とは次元違いのものとなるだろう。

この戦場では。これら四つを同時に炸裂させ、一気にまとめて何もかもを薙ぎ払い。大混乱している魔物を片付け押し通り、敵の首魁を蹴り砕く。

皆に頷く。

あたしは全力を込めて、爆弾を一つずつ投擲。投擲の度に蹴り込む地盤がガンと揺れて、それで魔物達がこっちを見る。

かなり高くに放り投げた。

それぞれが落ちてくるタイミングが同じになるように調整した。

前にパティが王都近郊の遺跡で落下事故を起こしたときに、タオに加速度がどうのという話は聞いた。

その時に勉強して。

複数の広域制圧型爆弾を、まとめて戦地に落下させる訓練を、こうしてやっていたのである。

なんか落ちてくる。

魔物達も気付く。

五月蠅そうに、超ド級が吠え猛る。それで、多分落ちてきたモノを潰してしまうつもりなのだろう。

だからあたしは、その瞬間に起爆していた。

戦場によっつ。

破壊の権化が出現する。

ラヴィネージュの範囲にいた魔物は、瞬時に氷像になった。そして、次の瞬間には砕け散っていた。

アストローズの爆裂は凄まじく、地面ごと融解させながら、魔物を瞬時に灰と化す。遅れて爆風が吹き荒れて、即死しなかった魔物を消し飛ばしていた。

グランツァイトの爆音が、全てを薙ぎ払い。閃光が。戦場の光をかき消した。それが収まった後には、粉々に引きちぎられた魔物の残骸と、雷撃に打たれて即死した魔物が大量に散らばっていた。

ヒンメルフェザーの破壊跡は残虐極まりなく、粉々に砕け散ったもうなんだか分からない魔物の残骸が転がっていた。

投げる前に、あたしは下を向いて耳を塞いでと叫んでいた。

やりそこねたおっちょこちょいがいたとは思えないが。いずれにしても、魔物の大軍勢に、大打撃を与えたのは事実。

突貫。

皆、ついてくる。

「ライザどのに続け! 混乱している魔物共を片っ端から斬り伏せろ!」

「皆の弔い合戦ぞ! 今までの恨み、十倍にして返してやれ!」

「エイトウトウ!」

凄まじい叫びとともに、侍達が一気に打って出る。

今の四連打に悲鳴を上げてもがいていた魔物は無視。後から来る人達が、当たるを幸いになぎ倒す。

いきなり、至近に現れたそいつが、触手を叩き込んでくる。

さっと散開する皆。

超ド級との戦闘にはなれている。此奴、恐らくは爆弾を封殺しようとした奴だ。全身が色々な合成で出来ているのは他の超ド級と同じ。触手がわんさか生えているのも。

此奴はなんというか、全身から植物が生えていて、それが全てうねうねと動いている。触手の数特化。

つまり魔術戦特化型か。

再びかき消える其奴。空間操作で移動しているとみて良い。

いや、これは。

「散開!」

叫ぶと、横っ飛びに逃れる。雄叫びを上げながら、其奴が空から振ってきて、地面を砕き散らしていた。

地盤ごといったかこれ。

それはそうとして、今の落下速度、明らかにおかしい。そうなると、まて。空間操作ではないな。

多分こいつ、自分だけ時間加速している。

パティにも聞いている。時間操作をする奴がいたと。

こいつもそれだということだ。

「ライザどの! 其奴は鬼、大天狗ぞ!」

「結構! 行きがけの駄賃に片付けます!」

「武勲を祈り申す!」

体勢を立て直しつつある魔物と大乱戦になり、例の一族の人達も、侍達も、少しずつ各個での戦闘になりはじめる。

とにかくとんでもない速度で巨体を動かしまくる超ド級魔物「大天狗」。

レントが遮って大剣を叩き込むが、一合だけ応対すると、即座に離れる。早すぎる。超ド級のガタイに、あの速度。

自分を加速しているとしても、相性が良すぎる。

後ろ。

ぐわっと、押し潰しに来る大天狗。あたしは熱槍を叩き込みながら離れる。だが、その熱槍を遅い遅いと触手で弾き返す。動きを止めないと無理か。

その時、カラさんが大魔術を展開。

ぶわっと、大天狗の周囲に冷気が舞う。大量のつぶてを見て、大天狗が一瞬だけ足を止めたその時。

大上段から、パティが。ハイチタニウムの刃を一閃させていた。

大量の触手が吹っ飛ぶ。

悲鳴が轟く。

いや、それは詠唱。詠唱まで加速してくるのか。カラさんの大魔術が消し飛び、パティが攻撃を防ぎきれず吹っ飛ばされる。タオが救援に行くが、手負いになった大天狗が激しく触手を振るい、辺りに鎌鼬を叩き込む。雑魚魔物も関係無し。まとめて薙ぎ払う雰囲気である。

だがそれは、今のパティの一撃で、加速できなくなった事を意味する。

ボオスとクリフォードさんが仕掛け、更に触手を叩き落とす。悲鳴を上げながら逃れようとする大天狗だが、やはり遅い。

その時にはあたしは、奴の頭上に躍り出ていた。

「みんな離れて!」

手元には、熱槍三万。カラさんの服の解析によって、最高位の布を作り。その布で服を仕立て直した結果、魔力の倍率が更に上がり、熱槍はついに三万に達した。それを一点に凝縮する。

本当だったら投擲が一番良いのだけれど、今回はこれでいい。というのも、この大天狗とやら。

自身を時間加速する以外では、鎌鼬くらいしか防御策がない。だったら、これで充分だ。

「フォトン……!」

大天狗があたしを見る。

シールドを張ろうとするが、クラウディアが放った大量の矢が、大天狗を貫く。一瞬動きが止まり。

それが最後だった。

「クエーサー!」

地盤ごと、光の槍が大天狗を貫く。

あたしが着地した背後で。大天狗が、噴き上がる溶岩とともに爆発四散していた。

 

パティの手当てを済ませながら、走る。

ガイアさん達は、驚くべき練度でまとまると、超ド級に仕掛けに行っている。他の超ド級はのたのたと集まろうとしているが、まだ猛威を残しているラヴィネージュやアストローズの余波に苦戦しており、こっちに近づけずにいる。

牛鬼とやらは、この辺りの筈だ。

セリさんが、地面に手を突く。同時に、大量の覇王樹が、其奴を地面から無理矢理引っ張りだす。

超ド級。

しかも、全身が鋭い爪みたいなのに覆われていて、巨大な目が幾つかついている肉塊。それでいながら、全身は確かに牛に似ていた。

おぞましい姿だが、此奴で間違いない。

この恐るべき軍勢の主、牛鬼だ。

他の超ド級と同時に戦闘になったらちょっと勝ち目がない。覇王樹を即時で粉砕して降り立つ牛鬼。

あたしは声を皆にかける。

「短期決戦。 一瞬で決めるよ」

「超ド級相手に無理を言ってくれるぜ……」

鋭い叫び声。かなりの数の走鳥が、こっちに迫ってきている。カラさんが雷撃の大魔術を叩き込むが、怯んでいない。

それだけじゃない。

他にも大量にラプトルやワーム。

最初の大規模攻撃に生き抜いた連中が、こっちに来ている。此奴の能力は、本当に統率なんだ。

やはり一瞬で決めるしかない。

突貫。

叫ぶと、全員で牛鬼に襲いかかる。牛鬼は大量の爪を動かす。硝子をひっかいたような音。

同時に、辺りが一気に粉砕された。

違う、全てが重くなっている。

覇王樹を潰したのも、今のか。

フェデリーカが悲鳴を上げて蹲る。これでは舞うどころじゃない。しかも此奴らのデタラメぶりからして、魔物だけは平気とかもあり得る。

更に重さが加速。地盤が割れ砕ける。牛鬼も爪を一層激しく動かしている。周囲全域の圧殺。

単純極まりないが、凶悪極まりない魔術だ。

空間操作系なのだろうか。

いずれにしても、このままだとまずい。やっぱり此奴ら、この地の侍達を苦戦させるだけはある。

その時、動いたのはリラさんだ。

強化魔術か精霊による強化かは分からないが、それでも凄まじい勢いで飛ぶ。飛ぶとき、骨が砕ける音がした。

それでも戦士としてのリラさんは、揺るがなかったと言う事だ。

そして、この重さが何百倍にもなっている状況。

リラさんを牛鬼が見るのと、リラさんがその鉄爪を牛鬼に叩き込むのと。リラさんが、牛鬼にめり込んで、大量の鮮血を噴き出させるのは、殆ど同時に思えた。牛鬼が悲鳴を上げる。

自滅同然の状態だが。

しかし、こっちも壊滅寸前だ。

顔を上げろ。

あたしは自分に叱咤して、立ち上がる。そして、この圧殺下でも詠唱していた魔術を練り上げる。

だが、今やればリラさんを巻き込む。

いち早く立ち上がったレントが、牛鬼に大剣を叩き込む。牛が断末魔の悲鳴を上げたかのような声。

更に、タオもボオスも続き。

ディアンは、雄叫びを上げながら、フルパワーでの一撃を叩き込んでいた。

牛鬼が、それでも爪を動かし、音を立てる。

アンペルさんが叫ぶ。

「まずい、魔物がもう来るぞ!」

「厄介じゃのう……」

カラさんがぼやいた。セリさんが、恐らく渾身の大魔術で、周囲を覆うように大量の植物を展開、迫る魔物の群れを無理に防ぎに掛かる。

長くは保たない。

あたしは、詠唱を終えて、パンと胸の前で手を合わせる。

見つけた。リラさん。

だったら。

「アンペルさん、あっちに向けて空間切断を! カラさんは、あの地点を!」

「おう!」

「任せよ!」

アンペルさんの放つ黒い線が、牛鬼を貫く。カラさんが圧縮した熱線が、同じように牛鬼の体を焼き貫く。

あたしはガタガタの体をなんとか動かし、走る。

その間もクラウディアが大量の矢を上空に放ち、セリさんが展開した壁を破ろうとしている魔物に浴びせかけ。クリフォードさんとパティも、牛鬼への総攻撃に参加。更にフェデリーカも、必死に神楽舞を再開。

あたしが此処でやらないで、どうするというのか。

あたしは走り、牛鬼の至近に。

さっきのアンペルさんとカラさんに頼んだ一撃で、牛鬼の体内の二箇所を、決定的に破壊して貰った。

これで、いけるはずだ。

なんどかバクテンして加速。遠心力を乗せ、更に踏み込みつつ、渾身の蹴りを牛鬼に叩き込む。

「いいいいっ、けええええええええっ!」

直撃。

まだ全身を振るい、集う戦士達に爪を伸ばし反撃を浴びせていた牛鬼の一点に、その蹴りを炸裂させる。

次の瞬間。

牛鬼の体の一部が消し飛ぶ。そして、リラさんが、血肉の中からどろりと落ちてきた。牛鬼が悲鳴を上げる。

終わりだ。

もう詠唱している余裕もない。だから、蹴り技で決める。更に体を旋回させつつ、あたしは両足で牛鬼の体を挟むと。

そのまま、捻りを加えて、投げ。

放物線を描きながら、地面に叩き付けていた。

轟。

肉片が爆発して、辺りに鮮血の雨が降り注いでいた。血の雨で虹が出来ている。いやな虹だ。

フォトンパイルブレイク。

サタナエルを屠った技だ。

対大型に使うのは初めてだったが。地盤を叩き砕いた上で、牛鬼の全身があたしの前で爆裂している。つまり、至近からの連続技としての必殺技としては、充分に有用であることが判明した。このサイズの相手でも、今のあたしの身体能力だったら、充分に投げられるということだ。

呼吸を整える。

これで、超ド級二体目だ。

そして、一気に奴による操作魔術が解除された。それで、此処に殺到していた魔物達が、算を乱す。

そこに、遅れて殺到してきた侍達が襲いかかる。あたしはちょっと少し休憩。皆もボロボロだ。

だが、まだ余力があるディアンが、すぐに侍達に混じって、魔物と戦いはじめる。薬を口に入れると、体力の回復を待って、あたしは戦線に加わった。

 

4、激戦の後

 

北の砦に引き上げる。

エイトウトウ。エイトウトウ。

ずっと勝ち鬨が上がっている。

ガイアさん達も、一体超ド級を倒したようだ。これで三体の超ド級が一度の戦闘で倒れた。

そして牛鬼が倒れたことで、敵は戦線を下げた。

今、二條から来た増援部隊が、戦場の後片付けをしている。

侍も当然何名も戦死した。

そう思うと、あたしの力がまだ足りなかったのだと、休みながら後悔する。少し休んでから、すぐに治療に入る。やはり大けがをしている侍は多いし。そういう人達を少しでも救わなければならない。

アトリエに戻り、お薬を増やす。

セリさんはちょっと限界っぽいので、アトリエに今日は泊まるそうだ。リラさんは更に状態が悪く、治療した後今日はもう寝ると言って寝台に消えた。リラさんは牛鬼相手の決定打を叩き込んでくれたし、セリさんは薬草をたくさん出してくれたので、それだけで充分。お薬を補填。爆弾を補填するのは、ちょっと厳しいかも知れない。

それに、同じ手が通じるとは、思えなかった。

空間操作、時間操作、使ってくる奴は幾らでもいる。

あの後の戦いで、かなりの数の子鬼を倒したが、当たり前のようにそれらを使って来ていた。

超ド級ほどの火力はなかったが、いずれも厄介極まりなく。倒すのが遅れ。それだけ被害も出た。

例の一族の戦士も、一人が戦死したようだ。

あれだけの激戦だったのだ。

ガイアさんは嘆いてくれるな。あの者は、奴らを倒せて喜んでいる。そう言ってくれた。それでも、たくさんの戦死者が帰ってくるわけじゃない。

分かってる。

あたしは万能でも無敵でもない。

そんな風に考えた時点で、神代のクズ共と同じになる。

あたしは単に技術を使える才能をたまたま持っただけ。

別に偉いわけでもないし、ましてや神では無い。魔王たらんとは考えているが、それはまだまだ先の話だ。

心を殺しながら薬を作り。

砦に戻る。

あやめさんがいて、あたしに気付くと近付いて来た。この人も乱戦の中で、しっかり生き残ったのだ。

顔も隠しているからどんな人かもよく分からないが。

ただ、少し態度は柔らかくなったように思う。

「負傷者の容体はまとめておいた。 それと、敵の様子も探ってきた」

「ありがとうございます。 北の地への撤退をしてくれそうですか」

「いや、北の地の境にて恐らくあれは後続を待っている。 合流を許せば、此方の消耗もある。 また押し出してくるだろうな」

そうか。

戦いの中で、織田さんも大けがをしていて。左手を根元から食い千切られた。

あたしが義手を作ったが、体力の消耗が激しく、しばらくは動けないだろう。その代わりに、姉小路さんという宿老が来た。代わりにこの人が作戦の指揮を執るという事だった。

「ライザリンどの。 凄まじき活躍、戦史に残る戦果ぞ。 将軍様より、褒美を預かっておる」

「ありがとうございます」

姉小路さんは人が良さそうな老人で、戦士には余り向いていなさそうだ。ちなみに昔は大牛の姉小路と言われたらしく、豪腕で知られる腕利きの侍だったとか。引退間際であるらしいが。

まあ、織田さんの代わりだ。

相応に出来る人だと信じよう。

褒美というのは、古文書だ。北の地に潜入した忍びの部隊が、壊滅しつつも持ち帰った情報らしい。

征夷大将軍と話して、金とか土地とかはいらないから、報償は情報……それも北の地のものがいいと言っておいたのだ。

古文書でも充分にありがたいと言える。

「タオに分析して貰います。 ちょっとあたしには達筆すぎて読めません」

「そうかそうか。 それにしてもライザリンどのは、侍としてこの地に根付いてくれぬだろうか」

「ごめんなさい。 この地だけではなく、あの鬼の親玉……貴方方がいう夷、神代は世界全土にてまだまだ大きな爪痕を残しています。 全てはそれを叩き潰してからです」

「そうかそうか。 残念だのう」

まあ、気持ちはわかる。

ただあたしは結婚する気もないし、それに子供も産める体じゃない。それについては、話をしておく必要があるかも知れなかった。

状況を整えてから、北の地付近にいる敵の残党を潰すための作戦に入る。

それが終わったら、北の地に乗り込む。

タオに古文書を任せる。

あたしは元気が出てから、負傷者の手当てに入る。また、後方の砦には、話を聞いて手足をなくした侍が何名か来ているそうだ。その人達の義手義足を作ってあげたい所ではある。

いずれにしても、まだまだこの修羅の地での戦いは。

終わってなどいないのである。

 

(続)