激戦高地

 

序、誘引作戦

 

タオが地図を拡げた。短時間で仕上げた高地のものだ。高低差もしっかり書き込まれていて、分かりやすい。

今は夜。寝る前。

疲れきっているフェデリーカにも、もうちょっと頑張って貰う。それにしてもこんな疲労のしかただと。あたし達と別れてサルドニカの統治に戻った後、潰れてしまうのではないのかとちょっと心配だ。

今のサルドニカは合議制だが、それでも状況次第によっては頭であるフェデリーカに大きな負担が掛かる。

それを思うと。

やっぱり政治制度には問題が多く。

きっと正解なんてないし。もしあったとしてもまだ人間はたどり着けていないのだろう。

「ライザは対毒ガス用のマスクを作ってくれたけれど、毒ガスが溜まっている場所で、あの超ド級の魔物と、更には神代鎧とやりあうのは現実的じゃない。 更に言えば、あの超ド級の魔物と神代鎧を同時に相手にするのも避けるべきだよ」

「確かにタオさんが言うとおりだよな。 でも、神代鎧ってあの格好いい姿の奴らだろ。 彼奴ら強い上に頭も良いぞ。 彼奴らを引き離すとして、一体どうすればいいんだ?」

ディアンがずばり言ってくれるので、分かりやすい。

アンペルさんが、順番に提案してくる。

「一番良いのは、恐らくは時間差各個撃破だ。 相手の足の速さの差を利用する」

「具体的にお願いします」

「誰かが敵を釣る。 それで、敵が追いついて来られそうな速度で、逃げ回る。 あの巨大な奴が、どう考えても神代鎧と同じ動きが出来るとは思えない。 其処で出来た隙を突く」

なるほど、誘引して引き離すわけだ。

問題は、敵がのってこない場合である。

彼処に遺跡があるのは。ほぼ確定とみて良いだろう。

だが、だということは。

かなり戦い慣れているというか、達人と同じ動き同じ判断があの鎧達は出来る場合、途中で足を止めてしまう可能性がある。

番犬代わりのあの超ド級魔物だってそうだ。

のうのうと釣られてはくれないだろう。

「執拗に攻撃して、どうにか釣るのはどうだ」

「誰が誘引する。 快足自慢のタオとパティでも、殺到する神代鎧と、空間操作くらい使って来かねない超ド級の魔物をさばきながら逃げるのは難しいぞ」

ボオスに、リラさんが現実的に返す。

その通りだ。

釣り役が、釣りの過程で疲弊しきっては意味がないのである。あの陣容の敵を、戦いながら引きつけるのは、この全員で掛かってもかなり厳しいとみるべきだ。

いっそ、覚悟を決めて、溜まりから引き離した直後に総力戦を挑むか。

そう提案してきたのはレントだが。

これは、カラさんが止めておけと一蹴。

あたしも同意見である。

はっきりいって、半分生き残れば良い方だろう。そんな消耗は、たかが遺跡の探索だけで、許されない。

これからもっとヤバイ大敵が控えているのだ。

此処に集った世界でもトップクラスの戦士達を、塵芥のように消耗するなんて、あってはならないことなのだ。

しかし、溜まりから敵をどかさないと、ドゥエット溶液の研究もできまい。また、そもそも神代のまだ稼働中の遺跡だ。

解析しておかないと。

後の時代に、どんな災厄をもたらすか、知れたものではなかった。

「ライザ、まずは誘引策を試してみる? ダメだったら、他の策を考えるのでもいいと思うけれど」

「いや、それは確かに手なんだけれども、有効そうな他の策が思い当たらないんだよね……」

「それなら、私とライザで狙撃支援をくわえて見たらどうかな」

クラウディアの提案。

誘引役を何人か出して、神代鎧と超ド級魔物を釣る。奴らが引き替えしそうになったら、クラウディアとあたしが、狙撃と遠距離の高威力魔術で挑発し、追撃を続行させる。それで、どちらかと誘引できれば。

うむ、それは次善の策だな。

他には。

皆に意見を求めるが、パティが提案をしてきた。

「いっそ、遠距離から倒しきるのを目的にして見ては」

「……あたしも強力な爆弾は開発しているけれど、毒ガスに引火したり、それが研究所に波及したりしたら、どうなってもおかしくない。 神代鉱山遺跡の戦闘で、神代鎧は氷漬けにしても短時間で復帰してきた。 例えば冷気の爆弾を更に強化するとしても、それにクラウディアとカラさん、後はセリさんやクリフォードさん。 遠距離で攻撃出来る面子の火力を全部乗せられたとしても、倒せるかどうかは……」

「ただ、次善の策として準備してもいいんじゃねえか」

ボオスが言う。

確かに、それもそうか。

ちょっと考える。

そうなると、三つ今策が出来た。

だが、もう少し考えたい。

それから色々案が出たが、次善の策となりそうなものはついぞ見つからない。いずれにしても、冷気爆弾としても、すくなくともメルトレヘルン以上の火力を出せないといけないし。

冷気が強力すぎると、下手すると辺りの生態系がそれだけで全滅しかねない。

何かしらの対応が必須だった。

「ライザよ」

「どうしました、カラさん」

「今の策をとりあえず順番にためしてはどうか。 敵の連携、行動などはまだまだ判断できる状態にはない。 敵の動きなどを見て、駄目なようなら二次攻撃作戦を立案すれば良かろう」

「……分かりました。 それが賢そうですね」

年の功という奴か。

いずれにしても、これ以上は良案も出そうになかった。

まずは解散。

いずれにしても、明日も高地での魔物狩りを続行する必要がある。サルドニカでは必死に傭兵を募っているようだが、殆どごろつきや与太者しか集まらないようで、苦心している。

サルドニカは世界でも数少ない、現在発展を続けている街だが。

だからこそ、蛆虫の同類も集まるのだ。

先に皆に休んで貰い。

あたしはちょっと残業する。

現在、炎、冷気、雷、風のそれぞれの大火力爆弾を開発済だが、その先を考えようとしていたのだ。

四つの破壊を同時に叩き込む切り札ツヴァイレゾナンスも良いのだが。

それとは別に、それぞれの更に上の火力を追求しても良いかも知れない。事実神代鎧の登場にて、それらの爆弾でも倒し切れない装甲が出現したからである。

魔物だってそうだ。

エンシェント級のドラゴンや、精霊王との交戦経験はない。

戦って負けるとはいわないが。

空間を通って此方に来るようなエンシェントドラゴンは、多分今まで目撃した竜族とは次元違いの筈だ。

王都近くの遺跡、北の里で見た残留思念のエンシェントドラゴン、通称西さんだって。人間の言葉を流暢に使いこなした。それどころか、北の里を発展させ、導いた優れた為政者でもあった。

それを考えると、あたしは頂点に辿りついたとはとても言えないのだ。

さて、爆弾の火力を更に上げるにはどうするか。

冷気の発生源については、幾つかの素材を吟味した結果、恐らくはオーリムで採取した永久氷晶と現地で呼ばれている、何があっても溶けない氷が良いだろう。これは高い魔力と結びついた結果、氷が絶対に溶けない状態になっている。

その内在している冷気は凄まじく。

もしも解き放てば、それこそアトリエが丸ごとどころか。

鉱山が丸ごと凍り付きかねない。

勿論これを無理に解放する手もあるのだが。

それははっきりいって悪手だ。

凍り付かせることは出来るだろうが、神代鎧クラスの相手になると、とても倒し切れないだろう。

ならば。

その冷気を一点収束して見る。

冷気というのは、エーテルで分解していて分かってきたのだが。世界が擬似的に凍結している状態であると言える。

世界が完全に停止した場合。

恐らく、それに巻き込まれた生物なんて、ひとたまりもない。それはからくりだって同じだろう。

ただ範囲を絞るには、高度な魔術による制御がいる。

少し考えながら、あたしは小妖精の森にあるアトリエにあるコンテナから。

制御媒体として使えそうな。

以前作りあげた。魔力制御のための道具をもちだしていた。

エーテルに材料を溶かしながら、色々と考える。

これは、もの凄く計算が大変だ。

だが、散々様々な調合をこなした今のあたしなら出来る筈。そう言い聞かせながら、少しずつ調べて行く。

だが、時間だ。

クラウディアに肩を叩かれたので、苦笑。

材料をエーテルの中で再構築して、後は寝ることにした。

同じように火焔爆弾、雷撃爆弾、風爆弾も、それぞれ改良を考えないといけないだろうなとあたしは思う。

明日、高地の掃討作戦は皆に頼む。

そして、この切り札になる爆弾を、開発しなければならない。

一日でいけるか。

布団に潜り込みながら考える。

いや、一日でやるんだ。

それくらい出来ないと、神代のカス共を灰燼に帰すのは厳しい。カラさんだって、奴らはてんでたいしたことはなかったが、使ってくる装備だけでオーレン族の強者とやりあったと証言していた。

つまり、それくらい凄いものが出てくる可能性がある。

それを超えるくらいの装備を作れるようにならないと。

世界の癌は、切除できないのだ。

 

ライザさんがもう摂理を完全に超越した爆弾を作り始めたのを横目に、パティは大太刀を二振り背負うと、高地に赴く。

昨日の時点で死体の山を築き上げたが、それでもまだまだ足りない。

高地で戦って見て分かった。

人の手が入らない場所では、魔物は際限なく増殖し、隙あらば人を狙いに行く。そこには生態系もなにもないのだ。

大太刀を振るって血肉を落とすと、パティは返り血を拭いながら聞く。

「タオさん、もう座標は集めなくて大丈夫ですか?」

「今の所は平気かな。 とにかく、今日は魔物を減らす事に集中しよう。 ライザはあの様子だと、今日中には冷気爆弾の更に凄い奴を完成させかねない。 そうなると、明日の本番で、魔物に横やりを入れられるのは避けたい」

「はい」

その通りではある。

ただでさえとんでもない相手が来るのだ。

一番標高が高い位置に到達。此処を野戦陣地にして、クラウディアさんの狙撃を主体に魔物を削る。

昨日かなり削ったが、それでも相当数がいる。

片っ端から始末していく。

接近して来るものいるが、切り札にしているハイチタニウムという凄い金属で刃を補強しているものは使わない。

通常ので充分だ。

立ち位置を変えながら、五体の鼬を瞬く間に撃ち取る。やはりパティを優先的に狙って来るものが多いので。それらは磨き抜いたカウンターで討ち取る。すれすれを擦らせ、攻撃後の最大の隙を斬る。狙われることが多いと気付いてからは、この技を磨いた。今では強力な魔物はパティを優先して狙う事も少なくなったが、雑魚相手にはまだまだ有効な技術だ。

この程度の雑魚が相手なら、髪の毛一本散らせない。だが、返り血まで防ぐ事は無理である。

帰ったら、風呂で血の臭いは落とそう。

魔物によっては、血の臭いが酷く臭かったりするし。魔物を斬ったときに浴びるのは血ばかりではないのだ。

他の皆も、鋭い戦いで、迫る魔物は片っ端から仕留める。クラウディアさんの狙撃も冴え渡っていて。全く不安は感じない。

大きめのがいる。

凄い大蛇だが、こっちにはこない。猛烈な戦いの気配を察してから、そそくさと逃げていく。

蛇は種類によっては非常に好戦的だが、そうでない種類もいる。むしろ毒蛇の方が憶病だとも聞く。

あの蛇は、戦いたくないという意思が見えるし。

何よりも、大きさからして在来種だろう。

魔物として後にばらまかれたのならともかく。

今、此処で殺す理由もあるまい。

とにかく、まだまだ斬る。

血しぶきを浴びる。

昼過ぎに、一度高地を降りる。

レントさんと合流して、ピストン輸送していた魔物の死骸のうち、良い肉を貰ったので、持ち帰る。

アトリエでライザさんたちと一緒に食べるのだ。

案の場、サルドニカに向かっていたフェデリーカさんら三人は戻って来ない。忙しいのだから仕方がない。

ライザさんは、ものすごく難しい調合をしているようだが。

それはそれとして。

アトリエの中が、やたらひんやりしているのは、気のせいでは無いだろう。

手を洗って、うがいをする。

沸かし済の水が常に用意されているのは凄い。湯沸かしの魔術が出来ると、貴族の家でも下働きできる。それくらい、湯沸かしを済ませた水はありがたいものだ。このアトリエでは、ライザさんは自動でそれが出来るようにしているようだ。この技術が、民に行き渡ったら。そうとすら思う。

顔を拭いて、返り血に汚れた布を洗濯に。選択もある程度自動で行われる仕組みになっている。

ライザさんは王都の機械だけじゃない。

神代の古式秘具まで解析して、どんどん仕組みを理解して、自分のものにしている。その結果が、アトリエにある神秘の道具類だ。まだ完全解析できていないものもあるらしいのだが。

洗濯が自動で出来る道具なんて、ロテスヴァッサ王室にもない。

昔は、或いは当たり前のものだったのだろうか。

身繕いを済ませた後、頭巾を被ってクラウディアさんの横で料理を始める。大人数が食べるが、今は高地で戦っていないメンバーの分がどうなるか分からない。だから、余っても無駄になりにくいものにする。

パイを焼いて、それを皆に配る。

やっぱり戦った後はおなかがすくから、みんな気持ちよく食べてくれる。パティも作っていて嬉しい。

王都に帰還してタオさんと結婚したら、たまにはこの経験を生かして料理をしたいものである。

だけれども、タオさんはどうせ研究研究なんだろうなと言う事も、普通に分かってしまう。

もどかしいが。

タオさんが世界最高の学者である事は、間近で見て知っている。

その偉業を邪魔するような妻にはなりたくないし。

何よりも、それを含めて好きになったのだから、今更不満を口にするつもりもなかった。

食事が終わった後、ライザさんが幾つかの爆弾の試作品を並べていた。もう爆弾の形状すらしていない。

多分だけれど、今までの爆弾は、汎用性を考えてあった。誰が見ても爆弾と分かるようなものとしてあったのだ。

だけれど、これにはそれがない。

「ライザさん、良いですか」

「どうしたの?」

「その爆弾、なんだか形状が今までと違いますね」

「うん、これは危険すぎるから、バレンツに卸すつもりは無いんだ。 冷気のこれが最初に仕上がったけれど、他にも火焔、雷撃、爆風と、それぞれ作るつもり。 それらの性能をフィードバックした、究極の爆弾も作ろうと思ってる」

そうか。

確かにそれは、人間が。特に今の人間が触っていいものではないだろう。

今よりずっと進んだ文明を持っていたはずの神代の錬金術師達が、お粗末極まりない倫理観念しか持たず、その文明をドブに捨てていたも同然であった事は、パティも実例を幾つも見て知った。

だから、ライザさんがこれは世に出せないと思うのも分かる。

ただ、ライザさんが誰かしらに、これを引き渡して。

それで身内だけで技術を独占してしまったら、結局また神代が再現されることにならないだろうか。

ライザさんなら大丈夫だろう。

だけれども。

それで、ライザさんは、永遠の時間と、子供を作らない人生を選んだのかも知れない。そう思うと悲しい。

ライザさんは、パティ達がいなくなったら、孤独になるのではあるまいか。

そうなったら、本当に魔王になってしまうのではありまいか。

神のあり方を悉く憎んだ存在は、魔王になるだろう。

人間にとっての最大の抑止存在でもあるだろうそれは。パティは。とても幸せな存在だとは、思えなかった。

「あたしは何があっても神代と同じにはならない」

ライザさんが呟く。

その言葉が、神代という愚かしい破壊者の時代に対する宣戦布告であると同時に。

自分も世界も焼き尽くす終焉の劫火のようにも、パティには思えるのだった。

 

1、誘引各個撃破

 

準備は整った。

あたしはまずは、全員に集まって貰う。朝一番だ。ミーティングはこの段階で行うしかない。

ドゥエット溶液の原液が流れ着く溜まりには、何度かの偵察の結果、ローテーションで神代鎧が見張りについており。

超ド級の小山のような魔物が常時貼り付いている事が分かった。

あのサイズの魔物は、空間操作などの厄介な魔術を使う事が多く、距離がある事は安全に結びつかない。

優れた戦士を多数有していたフォウレの里が、同レベルの魔物をずっと倒せなかったように、だ。

それに神代鎧は対人戦に特化していると思われる神代兵器であり、これを魔物と同時に相手にするのは好ましくない。数もどれくらいいるのか、分からないからだ。

そこで、まずは高所から攻撃を仕掛ける。

仕掛けるのはクラウディアにやってもらう。

敢えて見える位置から仕掛けるのは、むしろ此方の安全のためだ。超ド級の魔物が相手の場合、此方の想像を超える攻撃手段を有している可能性が高く、予備動作を見て反撃を回避するくらいの事は事前に考えておきたいのである。

フェンリルとの戦いで、空間操作能力持ちが如何に厄介か、あたし達は知っている。

下手をすると、空間を渡って至近にいきなりくる可能性だって否定出来ないのだから。

そして、まずは仕掛けて動きを見る。

相手の動きにも寄るが、ともかく分断できると判断したら第二段階に作戦を移行させる。残念ながらこの辺りは、戦闘を実際に行いながら調整するしかない。

要は行き当たりばったりだ。

それをダメにしない為には、事前にこうなった場合はこうする、という打ち合わせをするしかないが。

そもそもあんなヤバい魔物との交戦経験がそれほどないのである。

こればかりは、その場その場で判断するしかないのも現実だった。

ボオスが確認してくる。

「敵が分散したら、動きを止めるべくその氷結究極爆弾を使うんだな」

「ラヴィネージュね」

もはやレヘルンですらない。レヘルンはあたしとしては量産型の氷爆弾の通称である。

冷気を極限まで圧縮し、広範囲を爆発的に凍結させるこの爆弾は、量産していいものではない。摂理を完全に無視していて、直撃したらどんな生物だろうがからくりだろうが耐える事は出来ない。もし耐えるとしたら空間そのものを壁にするとか、その場所の時を止めるとかだが。

超ド級の魔物でも、そんな魔術はそうポンポンは撃てない。多分エンシェントドラゴン級でも無理だ。

つまり例え倒せなくても、敵に大きな消耗を強いることが可能である。信仰にあるような神でもなければ。

一応予備は作っておいたが、ラヴィネージュは意図的に範囲をこれでも絞ってある。無差別に範囲を拡げた場合、下手をすると鉱山の先の高地がまるごと氷漬けになりかねないくらいの冷気が出る。

炎爆弾などの究極型も、完成した場合は同じ事になる。

無差別に炸裂させたら、それこそ街くらいは一発で消し飛ぶ。

恐らく、神代の連中はそういう爆弾を躊躇なく人間にも使っていたのだろうなと、簡単に想像できるし。

だからこそ、フィルフサに行ったみたいな邪悪な改造を、他の生物にも出来たのだろう。

そして、念の為のツヴァイレゾナンスだ。

これらの上位爆弾が完成したら、その特性を組み直して、全部一度に叩き込む爆弾も作り込む。

ただそんなものは、神代が切り札レベルで使ってくるような兵器くらいしか対応できないはずで。

間違いなく過剰火力である。

出来れば使わないで済ませたいが。

ともかく、連中の頭のネジが壊れているのは分かりきっている。

だから、どんな無茶も「起きる可能性が高い」と判断し、常に備えなければならないのも事実だった。

説明はしておく。

青ざめている皆も多かった。

ディアンですら、大丈夫なのかそれと顔に書いている。

勿論大丈夫では無い。

使うとしても、神代の凶悪兵器相手くらいである。それ以外は、完全に過剰火力なのだから。

「現時点では一世代前のツヴァイレゾナンスももってはいるけれど、これだと今までの戦歴を考える限り、超ド級の魔物相手には有効打にはならないと思うね。 少なくとも一発で倒すのは無理かな」

「分かった。 それで神代鎧をまとめて動きを止めて、一気にあの超ド級の魔物を倒しきると。 超ド級の魔物は、間違いなく替えがいないからね」

「そうなる。 ラヴィネージュであの鎧を破壊できれば話は早いんだけれどね……」

「全部破壊するのは不可能と考えている訳だな」

アンペルさんの言葉通りだ。

カラさんがしばし考え込んでいたが。

一つ提案する。

「最悪の場合もある。 神代鎧どもがその冷気爆弾をものともしなかった場合は如何にするのじゃ。 あれらはからくりぞ。 万が一もあろう」

「全部が無力化出来るとはあたしも考えていません。 一部は凍結を免れて、こっちに来ることは想定しています」

「ふむ、なるほどな」

「その場合は、何人かが足止めをする必要があるかと思います」

カラさんは頷く。

セリさんにも声を掛けて、二人で対応してくれるという。オーレン族の手練れ二人による足止めか。

実に心強い。

「神代鉱山での戦闘でも、あの神代鎧達の動きは相当に速かった。 二人とも、距離が離れていても油断せず足止めをお願いします」

「分かった。 あれらは達人のオーレン族なみの相手として認識するわ」

「しかし妙だな。 千三百年前に、あれらが繰り出されてきた記憶がない。 あれらも出て来たら、勝てなかった可能性もあったのじゃがな」

「恐らくは、浅ましい権力闘争の結果でしょうね」

タオが指摘。

神代鉱山には、ハイチタニウムを作るグループの地位が低く、扱いが軽かった事実が記載されていた。

神代の連中が何処に本拠を構えたかはいまだに分からないが。

いずれにしても、はっきりしているのは。

神に近いと驕り高ぶっている連中が。

「劣っている」存在が作った兵器を、主力として採用した可能性は低い、ということである。

だから大した身体能力もないのに、カラさん言う所の「炎の牙」やら「光の剣」やらを手に。

負ける訳がないと自信満々に出て来たのだろう。

そして、それが要因となって負けたと。

今は、そういった神代の愚かな部分をどんどん突いていき。

その間隙から崩す事も、考えて行かなければならなかった。

「作戦を整理するよ。 クラウディアの攻撃をまず仕掛ける。 巨獣と神代鎧をどうにかして引きはがす。 引きはがしたら、神代鎧をラヴィネージュで動きを止めて、両者を分断する。 巨獣に集中攻撃を仕掛けて仕留める。 その間カラさんとセリさんで神代鎧の動きを止める。 巨獣を仕留め次第、皆で神代鎧の残党を仕留める」

「地図での予定戦闘図を示すよ」

タオが、細かい作戦について地図を拡げて説明してくれる。

総力戦になるのは確定だが。

問題はそれだけではない。

巨獣を倒した後、余力がどれだけあるか分からない、ということだ。

あの神代鎧は、それぞれ揃って達人並みの強さだった。

とにかく、余力を絞り上げて、徹底的に速攻を重ねて倒しきるしかない。

荷車には薬をわんさか積んでいく。

薬は惜しまず使い。

何が何でもあれらを仕留めきる。

それが、今回の作戦の主旨だ。

フェデリーカが手を上げる。サルドニカの代表者としても、この場にいて貰わないと困る。

「昨日、なんとかして時間は捻出しましたが、今日の午前中が限界です。 昼までに倒せないようだったら、一度引くことを考えないと……」

「分かった。 とにかく、迅速に全部片付けようね」

「はい……」

フェデリーカは顔が真っ青だ。

これから神域の戦いに巻き込まれてしまうんだ。きっと助からないんだ。そんな怯えが明らかに顔にある。

ちょっと精神的に弱ってるな。

今までフェデリーカは、あたし達と一緒に、凶悪な魔物と戦って来た。この間なんか、神楽舞の奥義まで発動に成功している。

そして全員の能力を常時引き上げる神楽舞は。

戦闘の軸になる。

なんとかこの根本では気弱な子を、力づける手はないのか。自信を持たせるというのだろうか。

だが、あたしもレントもそれは最初からあったし。

タオは戦いの中で、自然に自信をつけていった。

やはり数をこなすしかないか。

あたしは手を叩く。

「じゃあ行くよ! 出陣!」

「おおっ!」

皆が声を張り上げる。

恐らくサタナエルとの戦いと並ぶ、サルドニカ周辺での決戦と言える戦いに、これはなる筈だった。

 

高地に陣取る。

移動中に、もう一度地形はおさらいした。

クラウディアが、手を振って来る。

いつでもいける、という合図だ。

あたし達は、それぞれ配置につく。空間系の能力の場合、喰らうとひとたまりもない可能性が高い。

アンペルさんの、空間切断の線みたいな奴でも、重要臓器を貫かれたら文字通り即死なのである。

それが超ド級の魔物やフェンリルなどの、積極的に使ってくる相手の空間魔術の場合。

纏まっていたら、それこそ一瞬で全滅の可能性もあるのだから。

全員、配置についた。

それぞれをカバーできる、ちょっとずつ距離を取った状況だ。

あたしが右手を挙げて、そして振り下ろす。

同時にクラウディアが、音魔術を大規模展開。

放たれた無数の魔術矢が、うなりを上げて。バリスタのようなサイズが多数。溜まりにいる超ド級の魔物に襲いかかっていた。

神代鎧が反応。

わっと集まって、密集隊形を作る。それだけじゃない。盾を構える。

今の時代。魔物との戦闘で盾なんか使い物にならない事が多く、使わない戦士の方が多い。

ただ小型の魔物を相手にする場合は使える事もあるので、大きな盾を敢えて威圧的にもつ戦士もいるし。

なんなら盾をいっそ打撃武器として活用している戦士もいる。

だが、あの神代鎧のは違う。

ハイチタニウムを複層構造にし、対魔術の加工もばっちりしている強力な武装である。あれは、クラウディアの矢でも、一撃貫通は厳しい。

だが、あの動き。

チャンスとも言えた。

わっと、溜まりの奧から、多数の神代鎧が出てくる。矢が多数炸裂しても、致命傷には遠そうな巨獣が五月蠅そうに立ち上がった。

其処に第二射が入る。

さて、どう動く。

巨獣はしばらくこっちを見ていた。小山のようなサイズで、巨大な熊の全身に多数の目をつけ、背中は苔むして無数の突起が森のように生えており、触手も多数全身から伸びている。足も六本あり、長い尻尾もあるようだ。

それはこっちをじっと見ていたが。

クラウディアの第二射を見て、敵対行動と判断したのだろう。

うぉんと、凄まじい重低音で鳴いた。

同時に、クラウディアの矢が全部かき消える。

これは、魔術の強制解除か。

文字通り魔術を無理矢理解除して、魔力の状態に戻してしまう。ただ、装飾品の様子を見る限り、一種の魔術しか一度に解体できていない。

いいなそれ。

充分に勝機はある。

まだ溜まりから、奴らは動いていない。このまま狙撃戦になる場合も想定していたが、別にそれでもかまわない。

クラウディアにもう一発、斉射を放って貰う。

既に四十体はいる神代鎧の群れは、盾を整然と構えていて、その練度の高さがよく分かる。

正確には違うのかも知れないが。

ともかく、矢がまた飛んでくるのを見て、五月蠅いとばかりに巨獣が鳴き。矢がかき消されるが。

次の瞬間、巨獣の背中が爆発し、立て続けに猛火を上げていた。

痛打を受けて、五月蠅そうにする巨獣。

そう、今のは。

あたしがクラウディアの狙撃とタイミングを合わせて、アネモフラムを投擲したのである。

それも三つ。

炸裂した殺戮のアネモネの赤い花に焼かれて、巨獣は流石に苛立ったようである。また、大きく鳴く。

同時に、全身の触手を振るわせているのが分かった。

なるほど、魔術をかき消しつつ、何かしらの大魔術を放ってくるつもりか。神代鎧は今の時点で動く様子はない。

巨獣が頭に来てこっちに来てくれれば言う事はないんだが。

あれも神代が作った生物兵器の可能性が高いから、戦術を理解して動いている可能性もある。

ただ、ネメド付近でみた、一切こっちに手を出してこなかった巨獣やフェンリルの事もある。

もしも引いてくれるようだったら、こっちも相手にしないという選択肢もあるのだが。

「避けろ!」

クリフォードさんが叫ぶ。

同時に、あたしとクラウディアを結ぶ直線上が、いきなりバカンと音を立てて吹っ飛んでいた。

あたしは即座に横っ飛び。クラウディアも、それに準じて回避したようである。

文字通り地面がえぐれてしまっている。

これはまずい。

間違いなく、これは空間操作魔術。

それも以前サルドニカで交戦したフェンリル以上の精度で、しかも距離という観点では更に上だ。

やっぱり神代が作った番犬だ。

簡単にいくわけがないか。

あたしはうっすら笑うと。こっちにのしのしと歩き始める巨獣と神代鎧を見やる。神代鎧も、此方を排除対象と見なしたようだ。

そのまま、全員にハンドサインを出して、位置を変える。

それを見て、巨獣はなんのためらいもなく直進してくる。

ただ、そうすると。

地形に引っ掛かる形で、どうしても巨獣と神代鎧が同時に動けないタイミングが出てくる。

道が狭すぎるのだ。

「さて、どう出る?」

「ライザ!」

「!」

横っ飛びに逃れる。

一瞬前まであたしがいた地点に突き刺さったのは、多数の槍だ。投擲用のものだとみて良いだろう。

溜まりの辺りに、残留した神代鎧が六体いる。

それらが、第二射を番えている。

両者の距離は四百歩は軽くある。

大弓だったらともかく、投擲槍をあの距離からこの精度で飛ばしてくるのか。ちょっとまずいか。

隘路にさしかかった巨獣は、悠然と前に出て、神代鎧は先に行くのを律儀に待っているようである。

なるほど、戦力を完全に行かせる動きを知っている、ということだ。

しかし、その教本通りの動きが命取りだ。

クラウディアに手を上げて合図。

矢を放つクラウディア。

無力化に掛かる巨獣。更に今度はシールドまで展開し、あたしからの長距離投擲にも備えている。

だが、今度の狙いは、奴の後ろだ。

おっそろしく分厚いシールドをガン無視して、あたしの投擲したラヴィネージュが、纏まっている神代鎧のど真ん中に落ちる。また、猛烈な突風の魔術をカラさんが展開し、神代鎧の槍投擲の邪魔をした結果、ばっと散った槍が、彼方此方に無作為に刺さる。

次の瞬間、ラヴィネージュが炸裂。

どんと、猛烈な破砕音がして。

世界が一気に白くなった。

それくらいの冷気が吹き付けてきた、ということだ。

神代鎧四十体は、即時で凍結。それどころではない。巨獣もシールドを喰い破られ、背中から尻尾に掛けては一瞬で凍り付いたようだった。悲鳴を上げた巨獣が、体勢を低くすると、全力で突っ込んでくる。

「よし、予定通り! 全員散って!」

「分かった!」

カラさんとセリさんが、同時に遠距離攻撃部隊の神代鎧に、魔術戦を挑む。巨獣をどうにか神代鎧と分断できたが、まだまだこれからだ。

走りながら、空間ごと削り取る攻撃を乱射してくる巨獣。

皆が立っている位置が、次々抉られる。

直撃を喰らったら、ひとたまりもない。

最前衛のレントが、雄叫びを上げながら。坂をものともせず駆け上がってきた巨獣と、真正面からぶつかり合った。

地響きと衝撃波が発生し、辺りの地面に罅が入る。

「まずはあの触手を全部無力化! 巨体から繰り出される攻撃にも要注意!」

「了!」

総員戦闘開始。

どの道、サルドニカ近辺の人間にとって、あの遺跡はまだ触るのは早いのだ。

今此処で。

対処は終わらせてしまわないといけない。

重点的に狙われているあたしは、とにかく走りながら、熱槍を次々巨獣に叩き込む。それぞれ石造家屋数軒を吹っ飛ばす火力だが、巨獣は痒いわと言わんばかりに、それを体だけで弾き、レントに前足の猛烈な一撃を叩き込むが。レントもレントで、それを大剣でパリィして弾いてみせる。

ただ流石にレントも押されて、衝撃波が出る。

タオとパティが、その隙に相手の側面に。

ディアンとボオスが、正面から仕掛ける。

熊の頭部の上辺りについている目が、ディアンを見る。

「ディアン! 避けろ!」

「!」

ディアンが横っ飛びに逃れるのと、クリフォードさんのブーメランが目を直撃するのは同時。

ディアンがいた位置を、空間攻撃が抉る。

目を多少傷つけたが、巨獣は平気だ。

雄叫びを上げると、辺り全域が吹っ飛ぶ。魔力で周囲全域を押し返すようなものだが、威力が段違いだ。

こいつ、ネメドにいた巨獣より更に強いかも知れない。

だが、この面子だったら勝てる。

豪腕をかいくぐって、パティが至近に。触手を一本、気合とともに切断した。もう一本飛んでくるが。それをタオが剣を振るって弾き返す。

踏み込む巨獣。

多分、一斉に触手と足踏みでの衝撃を叩き込んで、タオとパティを屠るつもりだが、させるか。

熱槍を連射して、巨獣に叩き込む、鬱陶しそうにあたしに空間切断を叩き込みまくってくる巨獣。いわゆる偏差射撃までしてくるから、足を止めたら終わりだ。とにかく走り回って、攪乱しないといけない。それで攻撃も。負担が大きい。

「こっちを見ろ、デカブツが!」

レントが巨獣の顔面に大剣を叩き込むが、柔らかくしなった触手がそれを受け止めて見せる。

ちょっとこれは本気で強いな。

アンペルさんの空間切断がぶすりと巨獣を貫くが、それでも大して効いている様子がない。少なくとも重要臓器などにダメージが行っていないのだろう。

クラウディアの斉射が巨獣に襲いかかるが、触手がしなって全部弾き返す。

だが、その次の瞬間。

ディアンとパティが、それぞれ一本ずつ、触手を切断に成功。飛び離れる。

あの触手、かなりの強力な武器だが、少なくとも短時間で再生は出来ないらしい。大量の鮮血をぶちまけながら暴れる触手を、それでも振るい続ける巨獣。いや、これは。

呪文詠唱だ。

空から、何か来る。

みんな、避けて。

叫んで、一気に距離を取る。

振ってきたのは、火球か。それが次々辺りに炸裂する。高地全域が吹き飛びかねない破壊規模だ。

あたしの昔使っていた奥義。

無数の熱槍を叩き込んで、周囲を破壊する制圧魔術。

グランシャリオよりも、更に火力が上か。

皆が吹っ飛ばされ、地面に倒れ臥すのが見えた。

これはまずい。

ここまでやれるとは、想定外だ。あたしに迫ってくる巨獣。その動きが、スローに見えた瞬間。

真上から襲いかかったリラさんが、巨獣の背中に全力での突貫を叩き込む。

リラさんはおそらく、ずっとこの機会を狙っていたのだろう。彼方此方ちりちり燃えているが。

その闘志は全く揺らいでいない。

飛来するのは、投擲槍か。

今のでカラさんとセリさんの遠距離戦にもほころびが生じた。それで。

ざくりと、あたしの肩が抉られる。

凄まじい切れ味で、続いて焼けるような痛みが来るが。

あたしは笑うと、そのまま巨獣に走る。詠唱。巨獣は、流石に危ないと判断したのか、リラさんを触手をまとめて吹き飛ばすと、あたしに向き直って多数のシールドを展開して来る。

その時、立ち上がったレントとボオスが、全力で巨獣の脇腹に一撃を叩き込む。

いや、違う。

ボオスは多数の斬撃を連発して入れて。最後に、渾身の一撃を叩き込む乱舞技を入れていた。

「技名を叫ぶのはあんまり好きじゃないんだが、それでも威力が上がるならなんでもいい! カイザー……!」

巨獣が悲鳴を上げる。

効いている。

レントが、ボオスを薙ぎ散らそうとした触手を弾き返し、叫ぶ。

「やれっ!」

「エンフォースっ!」

ざくりと、巨獣の体に巨大な傷が抉り込まれる。

だが直後、触手の束が、二人をまとめて吹っ飛ばしていた。

そして向き直る巨獣だが。

ありがとうボオス。

時間、しっかり稼いでくれた。

あたしはその間に、熱槍二万四千を収束させ、手元に集めていたのだ。

巨獣が明らかに恐怖を顔に浮かべるが。

もう遅い。

死ね。

全力で踏み込む。

「フォトン、クエーサー!」

巨獣のシールドを全部まとめて貫通し、熱槍二万四千を収束した正面突破型のあたしの必殺技が、巨獣を穿ち。

次の瞬間には、奴を松明に変えていたのだった。

 

2、激戦続く

 

炭クズになった巨獣が倒れる。

あたしが呼吸を整えながら、片膝を突く。

今ので、殆ど消耗した。薬。荷車から薬を取りだして、傷口に。肩はざっくりやられていて、骨も見えている。それだけじゃない。

空間切断の余波を何カ所にも貰っていて。

あしもざっくり。

今の全力フォトンクエーサーの影響もある。鮮血が噴き出していて、意識が薄くなるのも同意だった。

傷を修復して、増血剤も飲む。

トリアージ。

叫んだレントが、すぐに皆の手当てに。

カラさんが運ばれてくる。

さっきの隕石群の一発を避けきれなかったらしい。かなり火傷が酷いが。あたしの薬ならまだ助かる。

他も酷い損害だ。

何よりも、酷いのは、それだけじゃない。

「やっぱり倒し切れていない!」

タオがぼやく。

あたしがまとめて凍らせた神代鎧。

半数ほどは機能停止したようだが、あれだけの超火力で凍らせたにもかかわらず、半数ほどはもう動き始めている。

それどころか体から熱を発して、無理なく機能を回復させ初めているではないか。

これは相手を舐めていたな。

ならば、その反省を次に生かす。

そう考えつつ、あたしは手当てを急いで、と叫ぶ。

セリさんが必死に遠距離組の神代鎧を抑えてくれているが、それだけでは無理だ。クラウディアも倒れて動けないようである。クリフォードさんが、走るのが見えた。

「俺様が時間を稼ぐ! 回復し次第、支援に来てくれ!」

「くっ……! 死なないでくれよ!」

「まだまだ死ぬつもりは無いさ!」

手当てを順番にする。

リラさんが、最後の一撃のカウンターを受けた時に、内臓までダメージが通ったようで。あたしの薬を飲ませても、すぐには動けそうにはない。この薬も、セリさんが増やした最高の薬草によるもので、摂理を超えた性能があるのに。

あたし自身も、まだ全身が怠い。

この状態で戦っても、一刀両断されるのが関の山だ。

栄養剤を飲み干すと、パティも行く。ディアンも。

三人だけで、二十体以上の神代鎧と正面からやりあっても、膾にされるだけだ。相手の剣技は達人級なのである。

レントも傷が酷い。

あの巨獣と真正面からやりあって壁になってくれていたのである。生きているだけでも凄いほどなのだ。

「予想の最悪を極めちまったな……くそっ!」

「大丈夫、すぐに動けるようになるよ」

「だが、あの鎧どもが殺到する前には無理だ……」

「分かってる。 あと、数手欲しい」

あと、動けそうなのは。

フェデリーカは、なんとか乱戦の中で身を守ることに成功したようだ。惨状で青ざめているが。

「フェデリーカ」

「……はい」

「全力で神楽舞を。 今すぐ」

「分かりました!」

声を掛けて。

それでも動けるのは立派だ。

こんな戦況である。

普通だったら腰が引けて、何もできなくなってしまう所である。声を掛けなければ出来ないなんて言い方もあるらしいが。

実際には、こう言うときには指示を出す側に責任がある。

つまりあたしの方だ。

指示を出して動けるなら、それで充分。

とにかく、時間を稼いで、手数を。

前衛は、殺到してきた神代鎧と交戦開始。あの冷気だ。流石にダメージはあったようで、なんとか防げているが。

それでも達人級の、数が七倍が相手だ。

簡単に撃退出来る訳がない。

必死に防いでいる三人。

それに加えて、敵には遠距離支援もある。セリさんが必死に阻害しているが、それでも時々こっちにも投擲槍が来る。

あたしがあわてて飛び退いた其処に、槍が突き刺さる。

さっきの肩をさっくり抉られた威力を思うと、ちょっと洒落にならない。もしも弓を装備した奴が出てきたらと思うとぞっとしない。

ボオスもダメだ。

カイザーエンフォースというあの技を使った後の触手による打撃で、動ける状態じゃない。

アンペルさんが、遠距離から神代鎧に狙撃を続けているが、ちいさな穴を開けても止まる相手じゃない。

パティが数体の猛攻を受けて、立て続けに浅手を受けたのが分かった。しかも坂だ。こっちにさがるのも容易じゃない。

傷の状態よし。

あたしは立ち上がる。

「後の手当て任せる。 あたしも出る!」

「持ち堪えてくれ!」

「分かってる!」

あたしが前衛に躍り出る。そして、パティにとどめを刺そうとしていた神代鎧にドロップキックを叩き込んで、バラバラに打ち砕いていた。

 

フェデリーカは舞う。

ひたすらに、神楽舞を続ける。

なんと非力なのか。

そう感じる。

情けない。

そう思う。

だけれども、そういった心の迷いは、前に比べれば、ずっとマシになって来たのも事実である。

神楽舞の力は、もろに迷いが影響する。

前衛が必死に持ち堪えているのも、神楽舞による皆の強化があっての事なのである。だから舞え。

足が千切れようと。

必死に言い聞かせて、意気地なしの自分を叱咤する。奮い立たせる。名前を呼ばれて、あわてて横っ飛び。

今までいた位置を、鋭く投擲槍が抉っていた。

また立ち上がる。辺りはもう、地獄絵図以外の何者でもない。

巨獣は仕留めたが、あいつは倒れる前にライザさんの必殺技なみの制圧火力を容赦なく放ってきた。そのおかげで、高原は焼け野原だ。

むしろこれくらいの事をあっさりやってのけるライザさんが凄まじい。それもまた、分かってはいるのだけれども。

今はそんな事を言っている場合でもない。

とにかく舞え。

そして、皆を支援するんだ。

自分にひたすら言い聞かせる。

そして、カラさんが、ボロボロになった服を無理矢理縛りながら立ち上がる。酷い火傷は全治していないが。

これは寝ていられないという事だろう。

「大きいのを一発行くぞ」

「総長老!」

「今は一戦士じゃ! あの遠くから飛んでくるのをどうにかしないかぎり、もはや勝機はないでな!」

セリさんの言葉に、にっとカラさんが笑う。幼い子供みたいな容姿のカラさんだが、それだけで古豪なのだとよく分かる。

詠唱を開始するカラさん。

フェデリーカは、今はカラさんを最大支援するべきだと判断した。

八百万の神々よ。

今此処にて、魔術の権化を助けたまえ。

世界を守るために。

世界を私物化した邪悪を屠るために。

その手先を排除するために。

此処にフェデリーカが願い奉る。勝利を幸運を、そしてその大望の成就を。

たんと、踏み込み。そして回る。

次の瞬間、ざくりと音がした。投擲されてきた槍が、フェデリーカの腹を、文字通り刺し貫いていたのだ。

倒れながらも、やりきった。

フェデリーカは、意識を失うのを感じつつも。

カラさんの大魔術が、発動する気配も同時に感じ取っていた。

 

空から降り注いだのは、なんだ。

赤黒い光の球。それが炸裂すると同時に、敵後方にいた神代鎧数体が、文字通り吹っ飛ぶのが見えた。

あたしは、後方でフェデリーカが重症を受けたのを理解しつつも、そっちにかまう余裕がない。

あれはカラさんの魔術だろう。

そして吹っ飛んだ神代鎧を、巨大な覇王樹が多数、同時に抑え込む。これでもう、槍の投擲は出来ない。

振るわれる達人級の神代鎧の剣。

だが、其奴の鎧はかなり傷んでいる。ラヴィネージュの直撃ではないにしても、爆心地至近にいたのだ。

無事で済む筈がない。

剣撃を潜ると、とんと軽く押して、そしてちょっとさがった所に、本命の蹴りを叩き込んでやる。

胸部装甲が粉みじんに砕けた神代鎧が、吹っ飛んで坂を転げ落ちていく。あれは、もうまともに動かないだろう。

ディアンが、くぐもった声を上げる。

全身をかなり切られている。

それでも気合で立って立ち回っているが、元々ディアンは人間大の相手との戦闘が得意ではないし。

ましてやこんな超級の剣技をもつ相手だ。

まだ首を飛ばされていないだけでも、よくやっている。

だが、クリフォードさんも回避主体で立ち回っていても、限界があるし。

パティももうそろそろ。

呼吸を整えているあたしの真上から、唐竹の一撃。反応しようとした瞬間、フィーがその神代鎧に横から体当たり。

鬱陶しいといわんばかりに、フィーを斬ろうとした其奴を、あたしは数発の蹴りで粉砕していた。

残りは、八体か。

こっちも満身創痍で、もう限界近い。

レントやボオスも、リラさんも厳しいだろう。

タオが参戦してくる。パティを守って、神代鎧の一撃を弾き返す。少しずつ押し返す。とにかく、倒すしかない。

ざくり。

思い切り斬られた。

脇腹を大きく抉られたが。それでも体を旋回させ、動きが鈍っている神代鎧を蹴り砕く。パティが渾身の、多分最後の斬撃を浴びせて、神代鎧を袈裟に真っ二つにした。ディアンも根性をみせる。

蹴り技で半ば相討ちになりながら神代鎧を浮かせ。

手斧での一撃で、全身に致命打を当てた。

だが、そのまま倒れ伏して、動かなくなる。

クリフォードさんが真上に飛び、動きが鈍っている神代鎧を空中殺法で粉砕したが、着地のタイミングを狙われる。

だが、タオが反応。

元々乱戦でダメージを受けていた神代鎧を、通り抜けざまに斬り伏せる。

気付くと、辺りは死屍累々。

また、大きいのを貰ったな。

そう、あたしは苦笑いしながら、腰を下ろして、何度も深呼吸した。ざくりとやられた場所、多分内臓でてるな。そう思いながら。

クラウディアが来て、薬を塗り込み始める。

フェデリーカは無事か。

聞くと、クラウディアは凄く悲しそうな顔をした。

「大丈夫。 薬を即座に入れたから、もう平気よ。 でも、こう言うときは、自分の心配をして」

「へへ、そうだね」

「一度戻ろう。 あの様子だと、遠距離攻撃型の神代鎧はもう動けないし。 でも、また動いた時に備えて、少なくとも射線は切らないと」

「任せるねクラウディア。 ちょっと頭も働かないや」

情けない事だ。

総力戦になることは分かっていた。だが、これほどの被害を出したのは、或いはあたしも初めてかもしれない。蝕みの女王との戦闘はどうだったか。あれももっと楽だった気がする。

一度射線を切って、それで高地で一度安全圏を確保。しっかり手当てをする。

特に状態が酷かったディアンは。左手は手首から先が切りおとされていて。見つけるのに苦労した。どうにか間に合ったので。無事にくっつけることが出来たが。

カラさんはあの巨獣の大魔術で大やけどをした時に、服をごっそり焼かれてしまっていたので、あたしが作ってプレゼントすることにする。

どうにか動けるようになった後は、アトリエに直行。

驚くべき事に。あれだけの大乱戦だったのに。まだ昼だ。ともかく、食べたい。そう、思った。

こう言うときだからこそ、腹が減る。

腹を切り裂かれて内臓がちょっと前まで出ていたのに。

そう思うと、ちょっと不思議な話ではあった。

だが、戦いとはそういうものなのだろうとも、あたしは思った。

 

アトリエで、しばし休む。

反省の多い戦いだった。フェデリーカはまだ真っ青になっていて、何度か戻しそうにすらなったが。

それでも保存食を中心に出してきて、火だけ通して皆で囓る。

今は流石のクラウディアも、料理している体力的余裕がない。反省会をする元気すらもないので、今回が全滅の可能性もある本当に危険な戦闘だったことがよく分かったと言うものだ。

しばしして、干し肉をかじってやっと少し力が出て来たので。あたしがコンテナから栄養剤を出してくる。

回復薬だけじゃだめだ。とにかくいっちゃん効く奴を呷る。体力には自信があるつもりだったのだが。

それにしても、自分で作ったのに、こう言うときは信じられないくらい効くし。口に優しくもなかった。

溜息が出る。

クラウディアも、かなり無理をして栄養剤を飲んだ後、皆に粥を出す。簡単な料理だが、おなかは温まるし元気も出る。

皆で粥……卵粥だが。それを囲んで、無言のままがっつく。普段はもっと和気藹々だが、今日は余裕がない。

しばらくおなかを温めて、ディアンは寝ると横に。

アンペルさんは、大きくため息をついていた。

「私はサルドニカの北集落の警戒に出向く。 万全とは程遠いが、警戒だけだったらどうにかなりそうだ」

「アンペルさん、無理はしない方が……」

「我々の姿を見て、サルドニカの警備は動揺していた。 多分見ている余裕はなかったと思うが」

アンペルさんは見る余裕があったということだ。あたしも今回ばっかりは、気にしている余裕すらなかった。

我ながらまずい戦いをしたものだと思う。もっと迅速に巨獣を仕留めていれば、話は違ったのだろうが。

ため息をつくと、レントが立ち上がる。

傷は治ったが、まだ体調は万全では無いはずだが。それでも、今回はでる必要があるのだ。

「俺も出る。 粥の残り貰うぜ」

「すぐに次を作るわ」

「レント、大丈夫? あれだけあの大きい奴の攻撃をまともに受け止めていたでしょ」

「大丈夫だ。 アンペルさんが言う通り、一番今怖い思いをしているのは鉱山の警備の戦士達だ。 これ以上動揺させるわけにはいかない」

その通りだ。

ただでさえ彼等は油断からとはいえ大きな被害を出して、再建の途中である。それが、あたし達の負傷した姿を見せれば、下手すると士気が下がりきって逃亡する者まで出かねない。

そうなったら完全に警備の戦士達の秩序は崩壊する。それはあってはならないことだ。

ボオスがため息をつくと、フェデリーカに声を掛ける。

鉱山で回収したコンテナ。あれは病院から戻ってきたが、それにフェデリーカを乗せてつれて行くというのだ。

流石に無理だと思ったが、此処で一番頑張らないといけないのがサルドニカで指揮を取る人間である。

少なくとも無事な姿は見せないといけない。

腹を思い切りブチ抜かれたフェデリーカは。薬で回復させながら、同時に槍を抜くという荒療治で生還した。

当然凄まじい痛みだったようで、今も顔面蒼白である。

女性が経験する最大の痛みは出産だなんて良く言うけれど、それすらどうでも良くなるほどの痛みだっただろう。

今のフェデリーカを見ていると、痛み止めというか……麻酔を開発する必要があるなと、あたしは強く感じる。

常習性がある薬物の中に麻酔薬に適しているものがあるらしいが、そういう悪用されるものではなく、純粋に痛みを止めて薬用としか使えないものだ。色々クリアするハードルは高いだろうが。

戦闘時の厳しい状態、回復薬だけではどうにもできない今回みたいな状況で、しかも野戦医療を行う場合。

麻酔の存在は必須だなと感じてしまう。

パティがフェデリーカの肩を持つと、びくりとフェデリーカはふるえる。

「無理なら大丈夫ですよ。 訓練を受けた私でも、今回の戦いは震えるほどでしたから」

「俺はどうにか大丈夫だ。 先に行っている。 状況を説明する人間が必要になるからな」

ボオスが先にアトリエを出ていく。

皆も粥をがっついているが、やがてフェデリーカは顔を上げていた。

「い、行きます!」

「私、護衛についていきます」

「お願いパティ。 他のみなは、今のうちにきっちり食べて、一眠りして。 それから、さっきの戦場に戻るよ。 敵の残党の処理と、倒した魔物から残骸の回収。 しっかりやっておかないとね」

そう決めると、力も湧くというものだ。

とりあえずクラウディアも少しずつ余裕が出てきたらしく、次の粥は肉や味付けもだいぶしっかりしていた。

みんなでがっついて力にする。寝る余裕が出来た人間から寝台に向かう。あたしも最後の粥を片付けると、寝台に。

一刻くらい寝ただろうか。

フィーはずっと心配してあたしを見ていたらしく。目が覚めて、フィーが見ているのに気付くと、少しだけ安心した。

起きだしてから、風呂に入る。

ディアンはもう起きだしていて、湯をこの時に備えて沸かしていてくれた。まずはすっきりさせてもらい。

皆が起きてくる間に、カラさんの新しい服を仕上げる。エーテルに溶かして修復するだけだが。

カラさんの服は、オーリムにいる蜘蛛の糸を繊維として使っているようである。確か前にオーリムで回収した分があったはず。ちょっと増やして、これで服を作って見るかと思うくらいに頑強な繊維だ。

蜘蛛の糸は、同じ太さなら鋼鉄よりも強いのだ。ましてやオーリムの蜘蛛となると、更に繊維の強さに磨きが掛かると言う訳か。

次にオーリムに行くのはまだ先だ。その時に、ちょっと本格的に研究したい。

物理的な防御力はどうしても限界がある。だが、魔物にはアンペルさんの空間切断を防いでくる奴がいる。

こっちがあれを出来れば、多分戦闘では相当に優位に立てる筈だ。

カラさんが着ていた服には、あからさまに魔力の増幅効果があった。上手く利用すれば、魔物が張ってるような強烈なシールドを再現出来るかもしれない。

現時点では名人芸でレントが魔物と真っ正面からやりあってくれているが。それを名人芸ではなくても出来るようになる可能性もある。

それは是非とも、やってみたいものである。

薬も増やしていると、皆起きだしてきていた。

すぐに高地に上がる。途中、レントが高地の入口で不動の武神のように立っていて。警備の戦士達は、その姿で士気を保っているようだった。

あたし達が現れたのを見て、警備の戦士達が瞠目する。

「あ、あんなにボロボロになっていたのに……!」

「化け物か彼奴ら」

「おい!」

また、あのメイドの一族の人が咳払いすると、戦士達が背筋を伸ばす。

レントに、高地に行ってくることを告げる。

今回はパティもフェデリーカの支援に行っているから六人での登頂だが、まあ後処理だから大丈夫だろう。

辺りの戦闘跡は凄まじい。小型の魔物はまだ狩り損ねたのがいるが、すっかり怯えきってあたし達には近付いてこない。

巨獣の死骸にも、魔物が近寄った形跡はなかった。

遠くで潰されている神代鎧を確認する。脱出に成功した奴はいないようだ。

セリさんに頼んで、壊れるまで潰して貰う。クラウディアも、それに参加してくれるようだ。

一方的に遠距離からの攻撃で、粉々にするのをわざわざ見ていなくても良いだろう。

あたしは巨獣の解体を始めた。

全火力を叩き込んだフォトンクエーサーのエジキになったのだ。体内まで綺麗にこんがりだったが。

タオが、内部から出て来たものに瞠目していた。

「ライザ、これ!」

「お、タオとクリフォードさんの専門分野?」

「そうなるな。 こいつもやっぱり神代の手が入った魔物だった証拠だ。 ちょっと調べさせてくれ」

出て来たのは機械の塊だ。タオとクリフォードさんが、半ば焦げ付いているそれを調べてああでもないこうでもないと検証し始める。

あたしはそれは任せてしまって。後は巨獣の死骸の処理をしつつ。内臓を漁っていると、やがて見つけた。

セプトリエンだ。かなり大きい。

これが多分最大の収穫となるだろう。

カラさんが、セプトリエンを見て、目を細めた。

「ううむ、質はまだまだ良くないのう」

「やっぱりもっと成長するという事ですか」

「そうなるな。 そなたももっと質が良いセプトリエンを使って、装備を作りたいのであろう?」

「ええ。 まだまだ上を目指しますよ。 まだ完全でも頂点でもありませんので」

そうすることで、戦闘に勝ちやすくなる。

今回またセプトリエンを得た事で、更にグランツオルゲンを改良出来る可能性が高くなったと言える。

これは大苦戦の中の僥倖だ。

神代の錬金術師をあたしはクズだと考えているが、連中がもっている技術は本物だと思っているし、侮ってもいない。

だから本拠地に乗り込む時には。

奴らの手の内を知り尽くした上で。

完全封殺する気持ちで、徹底的に準備をしていくつもりだ。奴らがこういう魔物をばらまいていることは。

奴らの本拠には、もっと危険なガーディアンがいてもおかしくないのだから。

一通り巨獣の死骸の確認が終わると、後は使えそうな部位を除いて焼却。神代鎧の残骸も、全部回収する。

資料によるとハイチタニウムだが、貴重な鉱石が使われていたから。そのまま再利用が出来るし。

何よりハイチタニウムは、こういう野外にいる神代鎧を見る限り、錆びることはないようである。

完全に錆びないのかは分からない。だが少なくとも千三百年くらいは耐用年数があるということで、実に研究しがいがあると言える。

錆びない金属は金とか白金とか他にもあるのだが。

それらは強度に問題があるので、決して武器や装甲には実用的では無い。

ハイチタニウムを独占していた神代の錬金術師達は、少なくともグランツオルゲン込みの武装で強化していた相手以外には負け知らずだったのだろう。

驕るのも、なんとなく分かったし。

自分達が最高の存在になれないという負の情念についても、同調は出来ないが理解は出来た。

夕方近くまで、疲れきった体に鞭打って、回収を進める。

最後はマスクをつけて、溜まりに。

この辺りは、あの超ド級魔物がいて、ついでに神代鎧がいたこともあって、流石に魔物の姿がない。

セリさんに覇王樹をどかしてもらい、ぺしゃんこになった神代鎧を表に出すが。此奴ら、まだ動き出したので、その場で全員で粉砕した。とんでもない化け物だ。これをどう動かしているかの解析は、残念だがまだ出来ていない。

幸い遠距離武器持ちばかりだったのと、潰れていたので殆ど動けなかったのも幸いして、倒すのに苦労はなかった。

この残骸も積み込んでいる内に、タオとクリフォードさんが散って、周囲を調べてくれる。

ほどなく、クリフォードさんが手を振って来た。マスク越しだからか、普段とちょっと声の感じが違う。

或いはこの辺りに満ちている毒ガスも原因かも知れない。

前に下流を少し調べもしたのだが、その辺りは毒ガスも薄く、釣りも出来るくらい川の毒も弱かったのだが。

この辺りは、マスクなしだと絶対にろくなことにならない。

マスクが効いているだけで可とするべきだ。

「ライザ、来てくれ!」

「分かりました! みんな、集まって!」

「やれやれ、本当に忙しい一日だな。 ライザ、少し眠る時間を早く設定しよう」

「分かりました。 多分みな異存は無さそうですね」

リラさんの素敵な提案。あたしも大賛成だ。

寝ることがこんなに楽しみな日が他にあっただろうか。ただ寝るだけなのに。疲れがこう溜まっていると、最高のごちそうでご褒美にすら思えて来る。

クリフォードさんが見つけたのは、一見よく分からない塊だが。其処で塞がれている所に、明らかに埃などが積もっていない不可解な場所がある。

タオも加わって調べるが、しばししてやはりだ。

神代や古代クリント王国の遺跡でよく見つかる、スライドして探すコントロールパネルが出てくる。

この辺りは毒ガスも濃い。

だから、神代鎧が此処から出ていたとしても、遠くからは確認できなかったのだ。

「動力は生きてる。 多分扉、開くよ」

「明日以降にするよ」

「うん……悔しいけれど、時間切れだね」

タオも一旦引くことに同意。

既に夕陽が沈もうとしている。濛々と立ちこめる毒ガスの中から見る夕陽は。なんだか怪しくきらめいていて。

いつも見る夕陽と違って、妖艶というか、蠱惑的ですらある。

とにかく、みんな疲労が激しいし、この状態では不覚を取る可能性だって高い。一度戻るべきである。

そうあたしは判断した。

それにこの先、防衛用の神代鎧が出るかも知れない。この面子だけだと、あの対人殺傷力が高いガーディアンを、捌ききる自信はなかった。

 

3、脅威は内外に

 

アトリエにフェデリーカが戻ったのは深夜だったらしい。あたしはアトリエに戻ると、クラウディアが作ってくれた粥を食べて、もう一度風呂に入って。すぐに寝台に直行したからだ。

起きた時は、随分すっきりした。

加齢を止めた異常はあるとは言え、まだ体は二十代前半。

それはすっきりもするだろう。

外で体操をする。

流石に鍛えているから、筋肉痛になるような無様はしない。ただ、パティがいつもより起きてくる時間が遅かった。

ヴォルカーさんとアーベルハイムのメイド長に幼い頃から鍛えられているパティが、朝に遅れるのは珍しい事だ。

そこで、パティから聞かされたのだ。

フェデリーカやボオスともども、深夜に戻ったのだと。

体操で軽く体を温めた後、それについて話す。

「大変だったね」

「サルドニカはもう少し合議に加わる人員を調整した方が良いと思います。 多分合議制の弱点というものでしょう。 タオさんも、合議制も腐敗すると貴族制となんら変わらなくなるようだという資料を見せてくれたんですが、実例を見る事が出来ました」

「有意義だったね。 ロテスヴァッサ王国が文字通り終わる頃には、良い制度を作れそうかな」

「なんとも。 どうしても人間の国家は、属人的になるのかなと感じてしまいます。 寡占も合議もそれぞれの欠点があって、それぞれ腐敗する。 酷い場合は民衆そのものも腐敗する。 そう考えると、正解はないのだと思います。 でも、その中でより良きを選んで、人々を導く。 これは難事です」

そうだとあたしも思う。

でも、次世代の指導者になるパティがそれを分かっているのなら、この国はある程度は大丈夫だろう。

パティの世代の内はだ。

問題はそれ以降の世代の場合だが。

まあ、それはその時に考える。

その頃には。あたしは魔王になっておかないと、色々とまずいだろうなと思うけれども。それについては、他の誰にもまだ言うつもりは無い。

神代のカス共は、資料を発見したり、遺跡でログを漁れば漁るほど論外の連中だった事が分かるのだが。

しかしながら問題なのは。

人間として理解出来る範囲の論外だと言う事だ。

だから、人間は図に乗るとああなると言う事を、常に意識しないといけない。

図に乗っている人間を掣肘できる存在が必要になる。

それは、人間の正義を担保して、調子に乗らせる「神」ではダメなのだ。

悪さをしていると、容赦なく命を刈り取りに来る魔王でなければならない。

その結論は、神代の存在をみているとどんどん強くなるし。

あたしは神代の技術を全解析したら、魔王になるつもりである。

もしも魔王を倒そうという存在が現れた時は、その時は受けてやるのも良いだろう。

いずれにしても、今はまだ。

まずは神を気取った神代のバカ共の息の根を完全に止めるのが先だ。

朝ご飯にする。

フェデリーカは死んだように眠っていて起きてこないが。フィーが揺すっていると、やがて目を覚ました。

髪の毛ぼっさぼさで、完全に呆けている。

本当に限界だったのだと分かるので、栄養剤を渡す。

栄養剤を飲ませると、泣きそうな顔になったが。それでも正気は取り戻したらしい。よろよろと食卓について、みんなと一緒に食べ始める。

ディアンは流石に一番若いだけあって、回復力も凄い。

クラウディアが笑顔でよそった肉料理を、がつがつと見ていて気持ちが良いほど食べる。ただ、いつもより明らかに食べているから、体が要求しているのだろう。

パティも料理に参加して、かなりの量の朝ご飯が出る。

今日は肉と魚を贅沢に使った、見るからに英雄の食卓という感じだが。これもあの激戦を抜けた翌日だと考えると、まだささやかかも知れない。

「ふう、食べた食べた」

「散々だったぜ昨日はよ……」

「ボオス、ちゃんと誰も声かけなくても起きられたね。 流石」

「学生時代に散々鍛えたからな。 俺も追いつくために必死だったんだよ」

ボオスがぐっとお冷やを飲み干す。

あたしは途中で席を外して、井戸水を瞬間煮沸から冷やして、お冷やを大量に造って補給しておく。

煮沸しない水なんて、毒と同じだ。

だから、こうして時々補給しておくのである。

皆が食事を終えてから、ミーティングに入る。

まず、フェデリーカが、弱々しく手を上げる。

これは自分の仕事だと、分かっているからだろう。

「高地での激戦は、麓にまでその凄まじさが伝わっていたようです。 サルドニカの街にも動揺が広がっていましたが、どうにか戦いに勝ったことを私が伝えて……それでみんな静かになりました」

「というか、血まみれのフェデリーカを見てみんな黙り込んだみたいだったけれどな……」

ボオスが余計な突っ込みを入れたので。

あたしが咳払い。

割と本気で黙れという圧を掛けたのを察したのか。ボオスもそれで静かになった。それでいい。

フェデリーカはちょっと限界近いので。

とにかく、これ以上無理はさせられない。

「深夜近くまで、街の警備や配置についての会議が行われました。 高地での激戦については私も経緯を説明しましたが、やはりまだ警備に協力して欲しいという声も多く……」

「今日一日はいいよ。 あたしも爆弾も薬も増やしたいし、それに破けた服とかも補修したいし」

服を台無しにされたのはカラさんだけじゃない。

フェデリーカも腹に槍の直撃を貰って串刺しだったし。

あたしも散々斬られたのだ。

ディアンだって手をさっくり落とされた程である。

お薬でつないだとはいえ、破損した装飾品や服まではどうにもならないのである。

「私は今日は、サルドニカの支援に回ります。 昨日の状態を見て、フェデリーカには年も立場も近い私が補佐するべきだと思いましたので」

「俺もそうしてくれると助かる」

うんざりしていたらしいボオスが、パティの提案を歓迎する。

アンペルさんも挙手。

「サルドニカ北の集落も、やはり再度の襲撃を怖れている。 私も今日は、其方に回るつもりだ」

「なら俺もそっちに行くぜ」

「俺もいっていいか?」

クリフォードさんとディアンが提案。

ディアン一人を行かせるのは不安だが、この二人が一緒にいれば大丈夫か。ただクリフォードさんの負担がちょっと大きくなりそうだが。

それを聞いて、フェデリーカが胸をなで下ろす。

「アンペルさんにアンナの支援は必要なさそうですね。 パティとアンナが私を支援してくれれば、百人力です」

「それにしても例の一族の人達、どこに行ったんだろ」

「アンナも教えてくれません」

本当に悲しそうにフェデリーカが言うので。

それについては、黙るしかない。

ともかく、他の配置だ。

朝一で、セリさんには高地への入口をまた塞ぎに行って貰う。植物魔術というのはかなり便利だ。それをセリさんの、数百年生きて練り上げた膨大な魔力が底支えするのである。確かに巨大な覇王樹やら食虫植物やらを、多数配置できるのも納得出来る。

此処にレントとクラウディアも加わってくれる。

ただ、セリさんはそれ以降は植物の研究に戻って貰うのと。時々あたしに薬草を提供して貰う。

あたしは今日一日、薬を補充する時間だ。

昨日の激戦で、蓄えていたお薬をまた殆ど使いきってしまったからである。

神域のお薬を、そう簡単に本来は使えない。

それを潤沢に使いながらの戦闘だ。それは在庫なんて、あっと言う間に尽きてしまうのもやむを得ない。

後は爆弾の改良か。

火力は据え置きでいい。

冷気はどうも最終到達点みたいなのがあるらしく、ラヴィネージュはそれに到達しているようなのだ。

問題は出力と範囲。

範囲を絞ったものと、逆に冷気はそのままで、更に範囲を拡げた出力を高めたものを作る必要がある。

それと、カラさんの服を研究して、皆の装備に反映する事だ。

コンテナから、材料の蜘蛛の糸は見つけてある。少量だが、トラベルボトルに突っ込めばいい。

トラベルボトルも、全部で四つくらいある。

一つはフィー用に固定してあるが。

他はセプトリエンの回収用に固定しているもの、鉱物資源回収用に調整しているもので。今後最後の一つは、蜘蛛糸回収用でいいだろう。

「私はレントとともに守りに入る」

「わしも」

「総長老、その、服が直ってからにしましょう。 かなり大胆に肌が露出していますので」

「こんな老人の肌なんか、誰も興味ないじゃろ」

カラさんはこっちの基準では子供にしか見えないのでダメです。

そうあたしが説得する。

昨日は緊急時で時間もなかったから許されただけだ。応急処置だけしてある状態では、お外には出せない。

タオも鉱山の方に回ってくれるらしいので、これで一通り人員配置は決まる。

いつもよりちょっと遅い時間に、解散。

皆、それぞれ動き出していた。

 

ボオスはパティとフェデリーカとともに、ギルド本部に出向く。アンナにフェデリーカが状況を説明。

頷くアンナを見て、ボオスは心底安心していた。

街の喧騒が、止まっている。

それはそうだ。

鉱山への大規模襲撃。

その後は、地震でもあったのかというような凄まじい戦闘。

高地での戦闘は、サルドニカからも見えたらしい。

巨獣が放った火焔の雨の術は、それこそ隕石でも振ってきたかのようで、空が明々と燃えていたそうだ。

それだけじゃない。

ライザが総力で叩き込んだフォトンクエーサーの閃光も、全てを焼き滅ぼす破壊の光としてこの辺りで見えていたらしい。

それは、皆心配になる。

ボオスも帝王教育を叩き込まれてきた口だから、集団ヒステリーや皆が抱える不安と言う奴が、時にとんでもない事態を起こすことは分かっている。

前は何となく分かっていただけだったが。

ライザ達と和解した頃から、本当の意味で分かるようになった。

今だから思うが。

アンペルをつるし上げる時に。ヒートアップしていくクーケン島の住民を見て、ボオスは怖かった。

普段は穏やかな老人や。良識のある人物まで、アンペルを凄まじい勢いで糾弾しているのを見て。

人間というのは簡単に流されるし。

感情でこうも理性を簡単に失うのだと、恐怖していたのだと思う。

だからそれがぶちこわされた瞬間に、恐怖がピークになって逃げ出した。あの時のボオスは、本当にライザの糾弾通り卑怯者だったのだ。それどころか臆病者でもあったのである。

だが、同じ轍は踏まない。

今日はパティと一緒に、ギルドへの手配と、会議があるならそれの手伝い。更には、街の警邏だ。

案の場街の混乱を見てか、与太者の類がサルドニカに入り込んでいるので、パティと連携して制圧する。

ライザが傭兵十人分の実力はあると太鼓判を押してくれたが。

制圧用に渡されている警棒を使って、殺す気で襲いかかってくる与太者をぶちのめしていると、それが事実なのだと実感できる。

パティの腕はボオス以上だ。

文字通り与太者が、一撃で吹っ飛んで地面に叩き付けられる。それも頭から落ちないようにパティは計算までしている。

あれはすごいな。

そう思いながら、ボオスも次々と与太者を取り押さえ、駆けつけてくるのが遅い明らかに不慣れな警備に突き出す。

そして、与太者に絡まれていた街の住民に話を聞き取り。

壊されていたものなどについては、弁償の手配もするのだった。

昼少し前から、会議がある。

その会議の席で、不愉快そうにしている中小ギルドの長。だが、ボオスとパティが姿を見せると、黙り込む。

ライザの威しは効いている。

それはそうだろう。

高地での戦闘が、それこそサルドニカが巻き込まれれば一瞬で更地、というレベルの凄まじい代物だったことは、此処にいるアホ共でもわかる事だ。

ボオスも若干同情してしまう。

フェデリーカが、淡々と議題を進めていく。

「港から来た人員の内、現役の傭兵四人を雇い入れる事に反対はありませんね。 給金は割高になりますが、何の経験もない人を訓練する役割も果たして貰うので、当然の出資ではあります」

「……」

「いいか。 このまま行くとちょっとサルドニカの今年度予算を超えるな。 百年祭での出資もある。 サルドニカは相応に蓄えがあるが、この間の鉱山街での騒ぎでの保証でも、相当に消耗した」

ボオスがだから提案する。

憎まれ役を買って出るのが仕事だ。

これには、中小ギルドの連中のガス抜きの役割もある。

余所から来た支援役がこういう事を申し出るのは。純粋に憎まれ役として最適だからだ。

パティは問題が起きたときに調整をしてくれる。

それぞれ役割分担を、昨日からしていた。

だから会議も深夜で終わってくれたのだ。

それについて、フェデリーカは淡々と話す。

「予備予算から計上します。 仮に百年祭の収益がゼロだったとしても、それでも数年程度ならサルドニカの存続に問題はありません」

「問題はまだある。 北の入植地の人の定着が良くないようだな。 思うに、もう少し警備を増強するべきだろう。 現在街を離れている精鋭が戻って来たとしても、手が足りなくなるのではないのか」

「それについては、有志を現在募っている所です。 警備の人員を三割強化し……」

喧々諤々の議論が続くが。

それも昼が過ぎると、アンナが予算書を提出。

話を聞いているだけで、予算書を合間に作っていたのか。

とんでもない手際だな。

例のメイドの一族の有能さは知っているつもりだったが。これは王都のバカ貴族どもが重宝するわけだ。

全ての仕事を任せっきりにしてしまうのも納得であるし。

サルドニカの指導者であるフェデリーカの側にいるアンナが、その気になればこの街を何時でも乗っ取れることも分かる。

ボオスはちょっと冷や汗が流れるのを感じる。

本当にこの一族は、何が目的なのか。

人類社会を裏側から支配するつもりだったら、とっくに出来ている筈だ。基礎能力が、ボオスから見ても一般的な人間と違いすぎる。今のボオスでも、一対一で勝てるかちょっと分からない。

レントやパティでも疑問符がつくレベルだ。

それなのに、この一族はどうして支配に動かない。

それが、ちょっと怖い。

「予算書を見る限り、蓄えについては問題は無さそうですね。 それでは、一時会議は中断とします。 昼食後、鉱山街の病院について、増強の予算を……」

話を聞き流しながら、ボオスは思う。

クーケン島にも、アンナの同類であるフロディアがいる。

あいつもバレンツの名代として、すっかり島に溶け込んでいる。

それどころか、考えて見ると多分だけれど、行商人のロミィも同じ一族ではないのだろうか。

そう考えると。

あの一族が牙を剥いた場合、簡単に世界なんて手に落ちる。

いや、恐ろしいな。

ただそうとしか思えなかった。

 

セリさんが覇王樹で壁を造り、食虫植物も生やすのを見届けてから、タオはリラさんと見回りに行く。

戦闘の後片付けはまだやっていて。

戦闘の余波で崩れた岩の下敷きになっていた亡骸なんかが、彼方此方で見つかっていた。

ライザから貰った手袋をつけて、リラさんと連携して岩を動かす。そして、亡骸は身元確認してから、荼毘に付す。

他にも大規模襲撃で、彼方此方崩れている。

それらの復旧作業も手伝う。

レントはずっと高地への入口に貼り付いて、睨みを利かせている。

弛んでいる警備には、それが刺激になるようで。

全員その場で、気合いを入れて有事に備えていた。

話によると、警備の長だった人。もう五十の坂を越えていたそうだが。この間の襲撃で戦死した長は、非常に良心的で、慕われていた人だったそうだ。

ただサルドニカでは、職人が一番偉い。

医師ですら職人より下、とみなされるのだ。

戦士はどうしても格下の存在とみられることも多く、人員の派遣も後回し。

このままだと、何かあった時に対応できないぞといつも声を上げていたらしく。当日も襲撃の際に真っ先に高地への入口に駆けつけて、最後まで奮戦しながら、魔物の海に飲まれてしまったようだ。

もう死体がどれかすらも分からない。

その戦闘に立ち会った戦士がそう泣いているのを見ると、タオにも思うところがある。

滅茶苦茶に踏みしだかれたなかに、遺品らしい鎧の欠片も見つかってはいるが。あの辺りは血と臓物の山だった。

顔が分からないくらい酷く食い散らかされたのかも知れないし。

肉片になって散らばったのかも知れない。

それすらも今では分からなかった。

「タオ、こっちだ」

「分かりました!」

リラさんが声を掛けて来て、岩を一緒に動かす。

リラさんは強化魔術の凄まじい使い手と言う事もある。本人が言う所によると、精霊の力を借りているらしいのだが。一般的な単純に筋力や知能などの倍率を上げる強化魔術とは、オーレン族のそれは微妙に違うのかも知れない。

力にしても、レントに近いレベルだし。

戦闘ではまだまだレントでも勝てないだろう。

ただ、タオも鍛えている。

頭脳に強化魔術を使う事が今までは多かったが。

最近は速力の強化を中心に魔術を使えるように練度を上げていて。つまり足腰が強くなっている。

岩をどかして、しがいが埋もれているのを見つける。

まだ若い……若いどころか、十代の女性だ。

逃げ遅れて、落石に潰されたんだ。

今回の件で、死者61名とされたが。行方不明者は全員死者に数えられている。この数は、覆りそうにない。

くっと、思わず声が漏れる。

リラさんは、嘆息していた。

「警備の戦士に声を掛けてこいタオ。 この辺りの岩は、どの道どけなければならないだろう」

「分かりました」

他の場所でも、行方不明者の残骸が見つかったりしている。

この人は、綺麗な状態で見つかっただけ、まだましだったのかも知れない。

後二三日もすると遺体も痛み始めて、蛆もわく。

そうなる前に遺体を見つけて葬ってあげるのが、せめてもの生者の役割という奴である。

鋭い鳴き声。

アードラが飛んでいる。

リラさんは一瞥するだけ。

「あれはこっちを狙っていない。 高地の大物があらかた消えたから、高地の動物を狙っている」

「リラさん、それはやはり経験で分かる感じですか」

「ああ。 後は視線と、鳴き声の意味だな。 アードラも数羽あの戦いで落ちたが、それで縄張りが変わってより小型のアードラが此方に来ている。 それらが、良いエサ場を探して、新しい縄張りを飛んで廻っているという事だ。 ただ、人間を舐めて掛かったら、恐らく襲ってくる。 そうしないように、警戒はするべきだろうな」

あの高さのアードラの視線の向きも分かるのか。

すごいな。

タオは感心しつつ、鉱山を走り回る。

露天掘りとはいえ、すり鉢状に全部掘っている場所と、そうでない場所が雑多に混じり合っている。

普通に通路みたいに掘っている場所もあり。

そういう場所は、大雨になるとかなり危険な勢いで水が流れることもあるそうだ。

快足を生かして走り回り。

彼方此方で死んだ人の亡骸の一部や遺品を集める。

あの日倒した魔物の腹の中には、人間の残骸が山ほど入っていたらしくて。それらは既に荼毘に伏し済だ。

元が誰だったか分からないし。

そうするしかなかったのである。

昼少し前に、一度引き上げる。途中、音魔術を展開して周囲をまとめて調べてくれていたクラウディアと合流。

クラウディアによると、まだ不慣れな警備の戦士も多いが、それでも魔物が襲ってきている事はないようだ。

ただエレメンタルが一部で見かけられる。

こればっかりは仕方がないので、鉱山に入り込みそうだったらクラウディアが狙撃して仕留めてしまっているそうである。

まあ、仕方がないか。

エレメンタルといっても、オーリムのそれとは別物。

それに彼方此方で見られる浮遊する岩みたいなのとも別物。

「精霊」とはなんなんだろうな。

タオはそう思いながら、アトリエに戻る。

アトリエでは一心不乱にライザが調合をしていた。途中からカラさんもこっちに来ていたということは、服の解析修復も終わったということだろう。

クラウディアが食事を作り始める。

リラさんは、まだ疲れているから休むぞというと、ソファで猫になる。

パティ達はこれは多分、サルドニカで昼だな。

そう思いながら、タオは料理の手伝いを申し出る。

これでも料理くらいは出来る。

ただ、クラウディアの手際は凄まじくて、プロの料理人も吃驚の速度だ。タオは邪魔にならないように、支援しか出来なかった。

これはパティとフェデリーカが、台所では使われているのも納得だ。

アンペルさん達も戻ってくると、フィーがライザを促して、調合を終えさせる。

ライザは皆に、装飾品をアップデートすると言う話をした。例の繊維が研究できた結果、更に強化出来るらしい。

ありがたい話だ。

戦力の底上げになるし。

戦闘技術を幾ら磨いても、人間の力なんて倍率に限界がある。

タオから言わせれば、ライザの作る道具の凄まじさから考えれば、タオの力なんて誤差みたいなものだ。

勿論剣術で鍛えた強さが何倍にもなるんだから、意味がないとはいわないが。

ライザの作った装飾品を身に付けたド素人と、つけていないタオがやりあったら。勝てるかは微妙だと思う。

昼飯は、やっと量も内容も落ち着いた。肉中心だったのが、野菜と茸を比重を増やした、食べやすいものとなっている。

たくさん死体を見たばかりだが、それで食欲がなくなるほど柔じゃない。北の里でのあの地獄の糞便掃除や、王都地下での同じ仕事を経た後だ。このくらいで食欲がなくなるような鍛え方はしていない。

しばし食事をした後。

クリフォードさんが話す。

「サルドニカの老人衆の中に、溜まりの魔物を知っている人がいたよ」

「詳しく聞かせてください」

「ああ。 サルドニカを開拓して、街を拡げようと躍起になっている頃にな。 残骸になった周囲の街の遺跡なんかから、どんどん機械やらを集めていたらしいんだ。 その過程で高地にも出向いた決死隊がいて、大きな被害を出しながらも、あの源泉や、溜まりの存在は確認していたらしい」

ありうる話だ。

内容が矛盾だらけだった神代鉱山の手記よりも、信憑性はあると言える。

「あの巨獣を見て、みんな絶対に勝てないと悟って、一目散に逃げ出したそうだがな」

「無理もありませんよ。 あたし達だって、運が悪ければ全滅していた相手でしたし」

「そうだな。 老人衆は人影も見たって言っていた。 神代鎧の事だろうな。 ずっとあの鎧、番犬と一緒に遺跡を守っていたんだ」

そう、少し悲しそうにクリフォードさんはいう。

無益なことをさせられたからくり。出来る事といえば、殺人だけ。そんな事のためだけに、達人の技を持たされて、この世界に作り出されたのだろうか。

なんだか、悲しい話だった。

「今日の様子を見てから、溜まりの調査を本格的に行うよ。 ともかく……何も無駄にしてはいけない。 神代の技術はとくに野放しにはできない。 管理するにしても、封印するにしても、一度目は通さないとね……」

ライザの言葉もほろ苦い。

今日はその後も。

タオはひたすら、鉱山での警戒任務に当たるしかなかった。

 

4、サルドニカに必要な事

 

会議が終わってぐったりしているフェデリーカに、パティは持って来た栄養剤を渡す。とにかく飲みにくいこれだが、効果はてきめんである。

しばし泣きそうな顔をしていたフェデリーカだが。

やがて目尻を何度か拭っていた。

「すみません。 私が不甲斐なくて、会議は長引くし、戦闘だって」

「フェデリーカはよくやれています。 私が初陣の時なんて、目の前で走鳥に戦士が丸呑みにされそうになって、それをお父様が助けて。 それがずっと怖くて、足が震えたのを覚えています」

これについては事実だ。

ライザさんと散々意味がわからない危険な魔物とやりあって、随分肝も据わったと思うけれども。

誰もがそうなれるとは、パティだって思っていない。

フェデリーカはむしろ頑張っている方だ。

普通の戦士だったら、とっくにトラウマで家から出られなくなっているだろう。

或いはだけれども。

幼い頃から薄汚い大人の権力闘争と。

醜いエゴのぶつかり合いを見ていたから、耐性が出来ているのかもしれなかった。

「愚痴とか、言っても良いですよ」

「ごめんなさい。 今は……ただ一人にしてほしいです」

「分かりました。 ただ……」

「分かっています」

やる事がある。

ライザさんが、サルドニカを発つ前に、二つこなす事がある。

一つは、前回修復しきれなかった大型機械類の修復。彼方此方にある巨大歯車の整備である。

あれらの機械は、元々古代クリント王国時代の工場をそのまま分解して使っているらしくて。

溶鉱炉に使っていたり。

或いは大規模な動力が必要な場所に配置したりもしているそうである。

ただし錆が酷いように、そろそろ壊れる。

サルドニカにとっては、大問題だった。

修理の際には、当然だが機械を止める必要だってある。それらも含めて、調整がいるのだ。

ライザさんは、幸い実績については、既にサルドニカでは魔神のように怖れられるほどに上げている。

だから、話を通すのは簡単だろうが。

それでも、今は大事な時期だ。出来るだけ穏便にやらなければならない。

それともう一つが。

百年祭の肝となる、ドゥエット溶液の改良である。

前回と同品質のものは、既にライザさんが追加納入してくれた。それはパティも確認している。

だか最高位の職人は、それでもまだ満足していない。

だから、その要望に応える必要もある。

何より、サルドニカの危険を除くためにも。あの溜まりを調査するのは、必須なのである。

外で待っていたボオスさんと、軽く相談する。

此処はアンナさんも巻き込むべきか。

アンナさんが、事務をしているが。ゼッテルが発火しそうな勢いで筆を走らせている。いや、これは本当に発火しかねないな。

苦笑いが浮かびそうになるが。

手を残像を作りながら動かして、まるで四~五本手が見えるような状態で事務仕事をしながら、アンナさんは此方を見ずに話しかけてくる。

「相談事ですか」

「……ギルド長の負担が想像以上に大きいので、協力を申し出たく」

「ふむ。 ドゥエット溶液は其方でないとどうにも出来ませんが、他については相談に乗りましょう」

話している間にも、次々と書類が積み上がっていく。

うちのメイド長もこんな感じで事務書類を仕上げているんだろうなと、パティはちょっと口の端を引きつらせる。

武芸では三回に一回一本を取れるようになったが。

流石にこれは真似できない。

「問題は大規模機械の修復でして。 ライザさんが一度見る事、それと機械を止めること、それぞれの時間調整をお願い出来ますか」

「ふむ、前回の逗留時にライザさんは小型の機械はあらかた直してくれました。 大型も出来るのですね」

「何度もライザさんと冒険を共にしてきた私にも、あの人の底は正直見えていません。 しかし、恐らくは出来ると思います」

「……分かりました。 三日後以降にセッティングします」

三日後か。

ライザさんは、時間は出来るだけ短縮したいと思っているようだが。溜まりの調査。座標の収集。

それに溜まりにある遺跡の調査も含めて、残り二日でいけるかどうか。

いや、いける。

パティが見ても、とんでもないスペシャリストの集まりだ。それに、溜まりにいた超ド級の魔物は片付けたし、何よりあの溜まりの大きさからして、遺跡の規模もだいたい神代鉱山と同じくらいだと判断できる。

まだ神代鎧がいるかも知れないが、あれらが外に出て来ていたのは、遺跡の内部での戦闘が不利だからではないのか。

だとすれば、更に狭い可能性もある。タオさんとクリフォードさん、アンペルさんが総力を挙げれば。

それほど解析に時間は掛からないはずだ。

ましてやライザさんは、もう少し資料があればどうにかなるとドゥエット溶液の改良について話していた。

あの人は、根拠なしにそういう事は言わない。

何度も目の前で奇蹟を見た。

というか、ライザさんと一緒に戦っていなければ、もう手の指は何本も欠損している状態だ。内臓だって幾つか潰れている。

今生きてもいないだろう。

「此方でもライザさんにその旨伝えます」

「よろしくお願いします。 会議では助力ありがとうござました。 ギルド長だけだったら、倍は時間が掛かっていたでしょう」

この人。

フェデリーカに愛情はないのかな。

そんな風に思う。

今の冷徹な物言い、明らかに客観的視点という観点を超えてしまっている。まるで道具として見ているような。

フェデリーカさんの孤独が分かった気がした。

パティも親しみを込めて、フェデリーカと頑張って呼ぶようにしているが。それでも時々さんをつけて呼んでしまう。

フェデリーカの孤独は、パティの想像以上なのかも知れない。

幼い頃に婚約者もなくしたと聞いている。

お父様も早い段階でなくしたようだし。

それでいながら、アンナさんがこれでは、確かに孤独にもなるか。

顔を上げる。

だったら、ライザさんが促してくれたように、パティが友達になれば良い。

サルドニカの指導者と仲良くなると言う利害の点でもそれは有益だが。

今は、孤独で震えている一人の女の子の力になりたい。

こういう考えは、騎士としてのありかたをお父様に叩き込まれたからだろうか。別にそれはどうでもいい。

パティが。人間として。

神代の錬金術師のような愚劣な人達では無い存在になる為に。

必要だと思って、やるべき事だった。

 

(続)