襲来する現実

 

序、高地へ

 

空間の穴を開けられるようになったことで、飛躍的に出来る事が増えた。レントは時間が開いたタイミングで、クーケン島に向かった。

なんでもザムエルさんがようやく重い腰を上げたようだった。

レントのお母さんは生きている。

医療関係者として活躍していて、界隈の人間では知らない人がいないくらいの傑物だそうだ。

丁度良いのであたしも実家に顔を出して、その時に聞いたのだが。

父さん母さんが現役で戦士をしていた頃。

ザムエルさんと一緒に遠征した先で、ザムエルさんが知り合ったらしい。

ザムエルさんは昔から不器用で寡黙で、巨人のような背丈もあって、とにかく周りから誤解されがちだったが。

ある村を巡る魔物との攻防戦で、それこそ数百に達する魔物を父さんと母さんと一緒に食い止め、その全てを斬り捨てたそうだ。

ザムエルさんはいわゆるタンクとして働いた結果重症を負い。

それを手当てしたのがレントのお母さんだったらしい。

それで恋愛関係に発展したのか、ともかくとして。

子供が出来た。

レントの事だ。

しばらくは、不器用ながらも優れた武人であるザムエルさんは傭兵として。レントのお母さんは医療のスペシャリストとして。

各地で魔物に脅かされる村を救って回ったそうだが。

どれだけ苦心しても、ザムエルさんが認められる事はなかった。

子供は泣く老人は腰を抜かす。

髪を振り乱し、血みどろになって戦うザムエルさんは、魔物より恐ろしく「見える」。あたしの父さん母さん、それにレントのお母さん。三人の理解者がいても、それでも元々精神を病んでいたザムエルさんは、やがて酒に溺れるようになった。

暴力をレントのお母さんや、父さん母さんに振るう事はなかったが。

それが決定打になって、とうとう刺客まで差し向けられたらしい。

酷い話だ。

刺客を斬って、それでついにザムエルさんは心が折れた。

クーケン島に隠遁。

後は酒に溺れる毎日が始まった。

レントのお母さんは現役で働き続けたから、溝が出来た。それに、ザムエルさんも、奥さんが稼いだ金で酒を飲むことは拒んだらしい。

あらゆる全てが悲劇につながった。

レントにザムエルさんが暴力を振るっていたのは。

行き所のない怒りもあるし。

何よりも、レントを強く育てたいと考えた末に、行動が暴走した結果なのかも知れないと。

父さんは悲しそうに言っていた。

ともかくだ。

ザムエルさんは重い腰を上げて、レントのお母さんに会いに行った。その時にレントは知ったらしいのだが。

ザムエルさんの生活費は、レントのお母さんから送金され続けていたそうだ。ずっと、である。

ただ、ザムエルさんはそれで生活をすることはあっても、酒代にすることは絶対になかったらしい。

レントの養育費も、それから出していたらしかった。

また、あたしの家でレントを預かっていたときも。

父さん母さんに、食費や世話代を渡していた、という話だから。

ザムエルさんは、本当に誤解され易いだけで。

酒に狂わなければ、真面目で立派な人だったのだろう。

そんな人でも酒には狂う。

悲しい話だった。

ザムエルさんは、レントが知っている今のレントのお母さんの居場所にいって。無事にあってきたらしい。

今も離婚はしていないそうだが。

それでも、今更寄りを戻すのも難しいだろう。

今のレントのお母さんは、ロテスヴァッサの第四都市で、医師として医院をもっているらしい。

クラウディアに話は聞いているが、酷い状態になっている都市らしいから、医院は必要だろう。

治安は最悪らしいが。

何しろ誰でも治してくれるという事もあって、現地のゴロツキや与太者も、絶対に医院には手を出さないらしい。

そういう連中でも、恩は感じるんだなと。

ちょっとだけ、驚きはした。

ザムエルさんは戻って来てから、少しずつ禁酒をしているそうだ。

今後どうするかは分からないそうだが。

それでも、レントは受け取ったそうである。

現役時代に使っていたという大剣を。

後で直して欲しいと言われた。

快く、受けるつもりだ。

これでレントは、過去と決別できたと思う。

完全に酒を抜く事が出来たら、ザムエルさんはクーケン島を離れるかも知れない。もうレントは一人でやっていける。

それも有りかも知れなかった。

パティはというと、クーケン島のバレンツ支部から、王都に早馬を飛ばしたらしい。現状をヴォルカーさんに知らせたそうだ。

ヴォルカーさんは今が一番大変な時期だ。

迷惑を掛ける訳にはいかない、という意味もあるのだろう。

みんな、色々やるべき事はやっている。

あたしも負けてはいられない。

とりあえず、やれることは一通りまとめた。予備日も作ってあったので、予定通りに進められそうだ。

これより、高地に出向く。

まずは現地の状況を見て。

危険そうなら、対策を練らなければならなかった。

皆で集まって、サルドニカのアトリエを出る。荷車二つを引いて、何と戦っても対応できる状態を作る。

それからまずは、高地に向かう。

基本的に立ち入り禁止になっているが、今のあたし達はフェデリーカがいる事もあって侵入は自由だ。

露天掘りしている鉱山を抜ける。

その途中でも、魔物は見かけ次第狩っておいた。

高地から出てくる奴もいる。

弱い内に倒しておかないと、鉱夫が襲われる。

どうしてかサルドニカの主力を見かけない事もある。主力というのは、アンナさんみたいな例のメイドの一族の事だが。

あの人らがいないと、サルドニカの警備なんて紙も同然。

魔物が出た場合、誰も助けられないだろう。

何体か駆除してから、それから高地に。

やはり魔物の気配が濃くなる。

多いな。

あたしは目を細めて、周囲に警戒のハンドサインを出す。前に来たときもかなり多かったが。

今回もとてもではないが、手を抜ける状況では無さそうだ。

まずは、一番高いところまで行く。

途中でかなりの数の魔物に遭遇するが、どれも蹴散らしながら行く。手は抜いてやらない。

人間に仕掛けたのが運の尽き、くらいに思わせないといけない。

そうしないとなんぼでも人間を襲う。

手負いも逃がさない。

手負いほど危険な魔物はいないからだ。

熱槍を叩き込んで、鼬の群れをまとめて吹き飛ばす。吹き飛ばしたといっても、どの鼬も人間より五割増しは大きかった。

普通の人間には充分な致命的相手である。

殺せたのは良かった、と考えるべきだろう。

やがて高地を登り切る。

ドゥエット溶液の原材料になる源泉に到達。

此処までは、前回も来ている。この周辺も調査しているし、溜まりの辺りも一応は調べてある。

まずは、源泉の水を確保。

今回は大きめの硝子瓶に、内部加工を施したものをもってきてある。

ドゥエット溶液は硝子を溶かす事もあって、酸でも平気な硝子瓶でもかなり危ないのである。

故に、前回回収したぶんを解析して、溶けない硝子瓶を作っておいたのだ。

これにまず原液を汲んで確保。

前回も調査しているが。今回はこれをベースに、更に調査を進めることが可能だと言えるだろう。

あたしも腕を上げているし。

何よりも、色々と手数が増えているからだ。

一旦アトリエに戻り、此処から手を分ける。

レントらの遊撃班は、高地での魔物駆除。まだまだたくさんいるので、相応に数を減らしておく。

生態系がこれで荒れるようなら問題だが。

明らかに大型生物が多すぎる。

間引きは必要だ。

事実高地の生態系が荒れているのは、足を運べば一発で分かる。神代がまき散らした魔物の子孫は。

人間を見境なく襲うだけではない。

自然にも、大きなダメージを与えているのである。

勿論適切な数であれば、生態系の維持に良いのだろう。そういう場合は、襲ってきた場合以外は、手を出さないが。

また、セリさんは。

源泉周囲に生えていた草の研究を頼む。

セリさんとしても、毒性があるドゥエット溶液の源泉周囲で繁殖している植物の耐性には興味があるのだろう。

タオはまだ残っている鉱山遺跡から回収した本の解読。

今回は、フェデリーカも高地に行って貰う。

少しでも戦闘経験を積むべきだからだ。

フェデリーカが精神的に戦闘向けではないことはあたしも知っている。だからこそ、今後のために経験を積むべきだ。

あたしもフェデリーカに嗜虐心は刺激されるけれども。

それはそれとして、仲間としても大事だとは思っている。

だから死んで欲しく無いのである。

研究を進める。

やはりこのドゥエット溶液の原液。調べて見ると、これだけではダメらしい。圧縮しても、品質が変わらないのだ。

更に滑らかな接合が出来るようにという注文が来ている。

それを考えると、このままではダメだな。そういう結論しか出ないのも、事実だった。

だとすると、他のものと混ぜて見たり。

溜まりで成分が変化しているのを期待する他無いか。

エーテルで分解して、毒素の性質については理解した。多分吸っても即死はしないが、肺を痛めるかも知れない。

余っている鼬の皮を取りだすと、加工を始める。

毒素の性質は理解したので、それを防ぐようにすればいい。

皆が戻ってくる前に、人数分を作る。

やがて出来上がったそれは。

クリフォードさんがつけているようなマスクに仕上がっていた。

鼻と口を覆うことで、ドゥエット溶液の原液が出す毒素から、肺を守る。ただ、まだ改良がいる。

あんまり毒素が強い場所には長居は出来ないだろう。

とりあえず使って見て、それで問題点を解消するしかない。

「そういえばフィーは空気吸ってるよね」

「フィッ!」

「じゃあ、フィーのぶんも作ろうね」

「フィー!」

言葉はちゃんと通じている。フィーの分もマスクを作る。つけて見て、動きを阻害しないか、などを確認。

作業中のセリさんにもつけて貰う。タオにも。

二人とも、問題ないという。

ただこれは、ドゥエット溶液の原液が出す毒素にしか対応していない。もっと危険な毒ガスが充満しているような場所だと。

顔の露出部分だけではなく、体の露出部分も守るものを作らないといけないだろう。

「ちょっと声が聞こえづらくなるけれど、毒から身を守るためには仕方が無いね」

「詠唱はいけるか確認した方が良いわ」

「それもそうですね」

アトリエの外で、熱魔術の詠唱を行ってみる。

ちょっと、いつもより負担が大きいか。

でも、出来ない程では無い。

しばし悩んだ後、少し構造を弄る。口と鼻は大気に露出させられないが、邪魔にならない程度の構造の変化は出来る筈。

四苦八苦している間に、皆が戻ってくる。

鼬だけでは無くエレメンタル、それに喰人植物もかなりの数を狩ってきたそうだ。まあ、充分な成果だろう。それらが育ったら、人間を襲っていたのだから。

皆にもマスクを配って、調整をする。

顔の形に添って形を変えたり。

或いは意見を聞いて、動きやすくしたりする。呼吸が苦しいかも知れないと言ったのはディアンだ。

頷くと、すぐに調整を入れる。

呼吸しやすくすると、今度はマスクがかさばるようになってしまうが。

それでも死ぬよりはマシだ。

戦闘時にちょっとでも傷つくと、それだけで死につながる可能性もある。

皆の意見を聞いて動きやすく仕上げた後は。

防御魔術を仕込んで、マスクがちょっとやそっとでは破損しないように調整もしておいた。

マスクがある程度仕上がるまでほぼ一日かかった。

夕方になってから、タオをつれて座標の採取に行く。ある程度安全圏は確保したので、そこを急ぎで回る。

パティとクリフォードさん、リラさんだけに来て貰ったのは、快足での移動を必要とするからだ。

戦闘力と快足を兼ね備えた人と連携して、座標を大急ぎで集める。

フィーが懐で不安そうにする。

「フィー?」

「大丈夫。 最悪の場合も、無理はしないから」

「フィー!」

その辺り、フィーはしっかりしている。

時々うっかりを噛ますあたしの補助をすることが役目。そうだとはっきり認識していると言う事だ。

クリフォードさんもいるから、まあ奇襲を受けることはないだろう。

また、夜目が利くように装飾品に改良も加えた。これは洞窟などの探索を視野に入れて、先に組み込んだのだ。

今までも何度かそういう場所の探索はあったのだが。

いつもランタンを持ち込んでそれを守りながら戦闘したり、灯りの魔術で魔力を取られたりだったので。

いっそ装飾品に機能を持たせる。

そう考えての事だ。

夜になると、あれだけ駆逐した魔物が、また闇から這いずりだしてくる。普段だったら屁でもない相手でも、危険になる可能性はある。

梟は昼間は普通の猛禽だが。

夜になると夜闇に紛れて音もなく飛び。獲物が気づきもしないうちに命を刈り取っていく暗殺者となる。

それと同じで。

日中に遭遇しても何でもない魔物が。

夜には極めて危険なハンターになるケースは、いくらでもあるのだ。

ましてやこんな殆ど人が入っていない場所。

更には性質がよく分かっていない魔物。

油断は今のあたし達でも、死に直結する。

闇の中を走りながら、座標を集めて回る。

煌々とした明かりが見えたが、サルドニカじゃない。北部、あたし達が漁った鉱山よりも更に北にある火山が燃えているのだ。

噴火はしているが、爆発的なものではない。ただし溶岩が常に溢れていて、それは夜でも輝いている。

その輝きは恐らく地形的にも高い位置にあるサルドニカには達しないだろう。火山から出る有毒ガスも、だ。

だがそれでも、怪しい輝きには思わず魅せられる。

あの輝きに比べると。

人工的なサルドニカの輝きは、なんと貧弱なことか。

或いは神代の街はもっと怪しく輝いていたのだろうか。

そんな事を考えつつも、座標を集めていく。高地のうち、溜まり以外の場所は、徹底的に、くまなく集める。

「タオ、どう傾向は」

「……鉱山の辺りと同じで、不意に数字が変化する位置があるね。 高度はあまり関係無くて。やっぱり水平座標が問題になっているんだと思う。 後データから分かってきたけれど、何列か続いている数字の内、明らかに一つの列は解析できたと思う。 それは高度が影響しているね」

「おお、流石だな。 大戦果だ」

「ありがとうございますクリフォードさん。 さあ、もっとデータを集めていきますよ。 この辺りだけでも、あと百は欲しいかな」

タオは、やっぱりクーケン島付近のデータももっと欲しいという。

ようござんしょ。時間が出来次第、データを集めに戻るのは、今はとても容易な事なのだ。

そのままデータを集めていく。

そして、夕飯少し前くらいかな、という所で引き上げた。

パティがそろそろ引き上げるべきだろうと提案。

リラさんが、それに賛成したのだ。

リラさん曰く、魔物の行動が攻撃的になってきている。このままだと事故が起きかねないというのだ。

あたしもそれは危惧していた。

夜半にまで掛かると、恐らく夜行性の魔物がもっと活発に動き出すはず。そうなると、万が一の奇襲で、あっと言う間に首を狩られかねなかった。

「よし。 残念だけれど戻ろう。 タオ、後どれくらい欲しい?」

「溜まりの辺りは避けるとして、あの辺りは取っておきたいかな」

「……」

頷くと、一度後退する。

アトリエについたころに、丁度夕食が出来ていた。鉱山ではまだ働いている鉱夫がいたが、適当な所で切り上げてくださいと声を掛けておく。

ただ、鉱山で働くような人は、若さと体力に自信があって身の程を知らないか。借金がたくさんあるような人が多い。

それもあって、あまり話は聞いてくれないが。

まあ、最悪の場合はあたし達で守る。

今回も、時間は多めに取ってある。

トラブルが起きたとしても、その時はトラブルの対策を、優先するだけの事だった。

 

1、襲撃受ける鉱山

 

翌朝。

体操を終えて、朝食を取り。本日のミーティングについて話していると、ガンガンと鐘が遠くで鳴らされる。

フェデリーカが思わず顔を上げる。

「どうしたの?」

「魔物です。 ええと、数多数、場所鉱山、被害既にあり、救援求む……!」

「行くぞ」

「ああ、行こうぜ!」

リラさんとレントが即座に立ち上がる。

あたしもミーティングを切り上げると、全員に出るように指示。皆、もう慣れているものだ。

即座に武具を身につけると、アトリエを出る。クラウディアが鍵をしっかりアトリエにかけてくれるのを尻目に、手を叩いた。

「あたしとパティ、タオとリラさん、クリフォードさんで先行する。 後続の皆は、フェデリーカとともに一番危険そうな場所に向かって、支援を優先。 大物がいる場合は、信号弾を打ち上げて」

「了!」

「行くよっ!」

あたしが走り出すと、快足組でまずは戦地に急行する。

大まかな位置はフェデリーカに聞いている。

鐘はまだ鳴っている。

余程襲撃の規模が大きいらしかった。

まだ朝かなり早いのに、こんな時間にも掘ってるんだな。そう思うと、鉱山労働が訳ありの集まりだと言う事がよく分かる。

普通だったら、命を削りながら、こんな時間から働かない。

クリフォードさんが走りながら跳躍。

「見えたぜ! 鼬の群れがかなりいる! 今の時点は、小型の魔物ばっかりだが、数が多い! あれは警備の戦士や騎士だけだと、捌ききれん!」

「たかが鼬の群れが、組織的に鉱山を襲うとは思えませんね。 何かがけしかけていると思うべきでしょう。 ただ、単純に魔物が活性化しているだけの可能性もありますが」

「ああ! どちらにしても、ともかく最前線に向かうぞ!」

リラさんが、あたしの意見に同意。

複雑に掘られている露天掘りの地形の中走り、逃げ出してくる鉱夫を飛び越えて、一気に進む。

飛び越えられた鉱夫は、唖然としてこっちを見るが、かまっている暇はない。

「彼方に逃げて! 安全圏はあっちです!」

「まだたくさん取り残されてる!」

「可能な限り助けます!」

パティが指示を出し、少し遅れてついてくる。

あのメイドの一族の人が一人でもいたら、全然状況は違うのだろうが。あの人達の多くが今は出払っているらしい。

状況を詮索するよりも、今は一人でも助けるのが先だ。

走る。

見えてきた。

鉱夫の中のごつい人や、警備の戦士が必死に鼬に応戦しているが。数が多い。

鼬は何処にでもいる魔物だ。

だから何処にでも適応する。

水場以外にも幾らでもいる。

数で勝負し、そしてどんどん増える。人間が鼬と呼んでいるだけで、タオによると犬と猫くらい違う品種も多くいるのだとか。

最初に突貫したのはリラさんだ。

鉱夫に噛みついて振り回していた鼬の首を、上空から躍りかかって一撃で断ち割る。そのまま、旋回して鉄爪と蹴り技で、片っ端から近くにいる鼬を薙ぎ払い始める。遅れてパティとあたしが突貫。

あたしは飛びかかってきた身の程知らずの鼬を、蹴り一発で腹をブチ抜く。内臓をまき散らしながら吹っ飛ぶ鼬。

更に後ろ回し蹴りを、死角から迫ってきた鼬に叩き込み、顔面を陥没させ粉砕してやる。鼬の戦意は旺盛だが、そこを薙ぎ払うクリフォードさんのブーメラン。タオも戦線に加わり、鼬を次々斬り伏せる。

この鼬も、クーケン島付近にいる奴よりも段違いに大きいが。

それでも今では雑兵だ。

だが、雑兵でも油断すると命を刈り取られる。

それがこう言う場所だ。

前線に皆が到着したことで、余裕が出来る。詠唱。熱槍を多数出現させると、鼬が判断する前にまとめて叩き付ける。

一瞬で大炎上した鼬の群れが、転げ回って逃げようとするが。

殆どはその場で息絶えていった。

パティが片っ端から残りを斬り伏せている間に、タオが負傷者を担いでくる。あたしは、コアクリスタルから薬を取りだすと、トリアージ開始。手足を失っている人も多かった。

「あっちに弟が……」

「可能な限り助けます」

「……」

気を失った鉱夫。

どうみても指さした方に、生存者はいない。

かなり周辺の魔物は削ったのに。

いや、逆にだからこそ、警備が油断して、こんな規模の襲撃を許したのか。

「残敵掃討終了!」

パティが叫んで、大太刀についた血と肉片を振るって落とす。血抜きの溝に沿って、血がばっと散った。

まだ襲撃を知らせる鐘は鳴っている。

クリフォードさんが跳躍。

すぐに戦地を見つける。

「レント達は二手に分かれて戦闘を開始してる。 雑魚ばかりだが、数が多い。 あっちにまだまだ魔物がいて、鉱夫が襲われてる」

「よし、次に行きます!」

「ライザ、魔力は大丈夫!?」

「こんなの屁でもないよ」

まあ、実際には消耗はあるが、今は一秒を争う。

遅れて来た警備の人間に負傷者を任せると、すぐに次へ。孤立して襲われてる警備や鉱夫を次々に助ける。

鼬はこれは、全域で三百、いや五百はいるか。

見た感じ別種も混じっているし、同一の群れによる襲撃ではないだろう。何よりこんな規模の群れを鼬が作るなんて、聞いたこともない。

それに、だ。

上空から、鋭い音とともに飛来するのは巨大な猛禽の魔物アードラだ。色々な名前の亜種がいるが、今は確認している暇もない。

即応したクリフォードさんが、ブーメランを叩き込んで、即座に叩き落とす。遙か視界の先で、鉱夫を掴んで空に行こうとしているアードラを発見。ダメだ、この位置からは間に合わない。

だが、その時、アードラを黒い線が貫く。

アンペルさんの狙撃だ。

アードラが落ちていく。

頷くと、走る。

これは皆が散りながら、襲撃に対応するしかない。

鼬の群れとある程度の数の戦士や鉱夫の集団が交戦しているのに遭遇。勿論助けに入る。

パティが抜き打ち一閃。

鉱夫に馬乗りになって、生きたまま肉をむしって食べ始めている鼬が気付く前に、首を飛ばしていた。

そのまま乱戦に入るが。

この程度の質の相手だったら、まあ苦戦する理由も無い。

次々に斬り倒していく。

蹴り砕いていく。

クリフォードさんが、飛びかかってきた鼬を。ブーメランでなぎ倒して、更にはけり飛ばす。

リラさんの動きは竜巻のようで、それを見て逃げ出した鼬を、タオが回り込んで斬り伏せていた。

「次!」

「まずは救護! 負傷者は!」

「あ、あんた噂の魔法使い……!」

「錬金術師です。 安全圏は彼方。 薬はこれを使ってください。 怪我人は……」

その場でトリアージ開始。

皆で連携して、負傷者の救助に当たる。

鐘の音が変わった。

どうやら、サルドニカから支援部隊が来たらしいな。わっと喚声が上がっている。というか、はっきりいって遅い。

安心しきっていたのだろう。

正直情けなく感じるが。

今はそれを怒鳴りつけるよりも、一人でも助けられる人間を救わなければならない。

コアクリスタルの欠点は、使用に魔力を用いる事だ。

薬を出す度に、ごっそり魔力を持って行かれる。今回は急いで飛び出してきたから、荷車もない。

千切れた腕をくっつけると、涙を流して鉱夫が感謝する。

だが、感謝の言葉を聞くのは後だ。

すぐにさがって貰う。

クリフォードさんが跳躍して周囲を確認。さっき見た戦場が、更に不利になっているようである。

もう一刻の猶予もない。

「パティ、タオ、急いで向かって! あたし達も遅れていく!」

「分かりました!」

「大物が出たら即座に信号弾! これだけの広域の攻撃、雑魚だけが示し合わせて仕掛けて来たとは思えない!」

「了解! パティ、行くよ!」

タオとパティが。疾風のように行く。

本当に人間か、と警備の女戦士がぼやくが。咳払いを受けて、背筋を伸ばしていた。そのまま、手当てと避難指示をしてから、二人を追う。

クリフォードさんが、魔物に追われている鉱夫を発見。規模からして、一人で大丈夫。リラさんが、そっちに展開。

とにかく、急ぐ。

向こうでぼんと凄い音がして、蔓が多数の魔物を絡め取り、空に伸びていた。セリさんも大暴れしているわけだ。

あっちは雷だ。

カラさんによる大魔術だろう。

戦線を押し戻してはいるが、これは最終的な被害がどれほどになるか、見当もつかない。そのまま、最前線に。

途中で鉱夫の亡骸を囓っているラプトルを見つけたので、問答無用で丸焼きにする。

ラプトルまで来ているのか。

鼬よりも組織的に動く上、戦闘力も高いラプトルは厄介だ。他の種類の魔物も来ているとみて良いだろう。

一瞬、あの悪魔みたいな奴を思い浮かべたが。

それだったら、戦力が分散している今、あたしを狙って来る筈だ。

もしくは、誰かに仕掛けているはず。

その気配がないということは、違うのか。

いや、そうとも言い切れない。今は、とにかく安全圏を拡げて、前線を押し上げていくしかない。

高地への入口辺りを、跳躍したクリフォードさんが見る。

警備の死体が散乱しているだけではなく、魔物が次々入り込んで来ているようだ。だとすると、其処を塞ぐしかないか。

リラさんが合流してきたので、急ぐ。

また魔物の群れだが、この辺りはもう生きている警備も鉱夫もいない。出会い頭に殲滅して、先に。

幸い雑魚しかいない。

ただそれでも、今の分散した状況では、非常に危険だが。

次。

叫びながら、行く。

千切られた人体が、辺りに散らばっている。これは全域での死人は十人やそこらではきかないだろうな。

だが、それでも。

助けられるだけ助ける。

魔物が入り込んで来ている高地への入口が見えた。

一応大きな扉で塞いでいるのだが、苦も無く破られたようだ。

くっちゃくっちゃと獲物を囓っている魔物どもの上空から、熱槍を容赦なく叩き込んでやる。

其処にクリフォードさんとリラさんが躍り込み。

当たるを幸いと薙ぎ払い始めたが。

そろそろ、疲れが見え始めている。

皆、人間のものも魔物のものも含めて、派手に返り血を浴びている。

ガンガン。ガンガン。ずっと鐘も、鳴り続けていた。

この状態で大物に出られると、正直対処のしようが無いな。そう思っていると。多数の雑魚が集まってくる。

どうやら退路を塞がれると思ったのだろう。

悪いが。

一匹も生かして返すつもりは無い。

人間の味を覚えた時点で、絶対駆除対象だ。

此処で皆殺しにする。

しばし、激しい乱戦が続く。あの神代の鉱山で戦った神代鎧とは比べものにならない雑魚ばかりだが。

それでもこっちは補給なし、孤立しての少数戦闘、何よりも敵は無尽蔵、ついでに非戦闘員を庇いながらだ。

これはフェデリーカなんか負傷していてもおかしくないだろうな。

だけれども、多分皆がついてくれている。

そう思いながら、前蹴りで飛びかかってきた鼬を返り討ちにし。

着地と同時に周囲全域を熱槍で薙ぎ払って、飛びかかってきたラプトルを火だるまにしていた。

流石に息が切れてくる。

クリフォードさんが空中殺法を魔物に繰り出しながら、叫ぶ。

「パティとタオがこっちに向かってる! 踏ん張れ!」

「この程度の相手、今までに比べればどうということもない!」

「そうかもな! ともかく此処で敵の増援を防ぎ切って、後は残敵を掃討する流れに持っていくしかないな!」

「その通りだよ! 長引くと血の臭いを嗅いで、どんどん魔物が増える!」

高地から、かなり大きな蛇の魔物がこっちを伺っている。

まだまだいるんだな。

そう思いながら、立て続けに四体の鼬を、時間差で蹴り砕く。立ち位置をめまぐるしく変えながら、一体多数の状況を避ける。勿論頭をフル回転させるから、尋常で無く体力も使う。

それでも。

此処から先には通さない。

パティとタオが来た。パティが。抜き打ちで文字通りラプトルを真っ二つにして見せる。頷くと、あたしは叫ぶ。

「パティ、来てくれて助かった! クリフォードさんと組んで、後方の魔物を殲滅して回って! タオはこのまま、此処で戦闘を!」

「分かりました!」

「ふっ! お嬢、行くぞ! ついてこられるかな!?」

「クリフォードさん、お嬢は止めてください……」

クリフォードさんは、普段はアーベルハイムに雇われている身だ。だから、或いは他の戦士と一緒にいる時は、お嬢とか呼んでいるのかも知れない。

まあこのくらいの茶目っ気は許されても良いだろう。

この惨状の中なのだ。

それくらいでないと、正気を保てない。

高地にいた魔物が、引き始める。これは、漁夫の利を狙うのは無理と判断したのだろうな。

だったら、鉱山に散っている魔物を全部蹴散らすだけで終わりだ。

なんて楽なのか。

そう自分に言い聞かせながら、集まってくる魔物を蹴散らし続ける。タオが快足を生かして魔物を攪乱して周り。

リラさんが豪快にそれを蹴散らして回る。

地面はもう、誰のものかも分からない臓物と肉片、血で真っ赤だ。

血震いすると、あたしは吠えていた。

「次! なんぼでも掛かって来なさい!」

明らかに鼬の表情に怯えが走る。

これが人間だったら尋問して黒幕を聞き出すところだが、今はどうでもいい。

多数のラプトルが、凄まじい勢いで来る。詠唱しようと思ったが、低い体勢から鼬が飛びついてきて。

あたしはそれをかわしつつ、ローキックを浴びせて鼬にダメージを与え。

動きが止まった所で、熱魔術を利用して跳躍。

そのまま、多数の熱槍を出現させると。

文字通り炎の雨を出現させ。

まとめて狼藉者どもを、火だるまに変えていた。

流石に呼吸が乱れてきた。

辺りは熱も凄まじい。あたしが暴れているのだから、当然だろう。タオもリラさんも、全力で敵を駆逐している。

こっちに来たのは、セリさんか。

セリさんは、問答無用で覇王樹を、高地の入口に展開。

それも、いつもよりずっと大きい奴だ。

「あれは探知機も兼ねてる。 もう増援は気にしなくていいわ」

「ちょっと、呼吸が乱れてきました」

「これを」

セリさんが差し入れてくれたのを飲むと、あまりの苦さにうえっとなったが。これ、多分薬草のスムージーだ。

植物魔術の応用で、普段からストックしているのだろう。

効く筈だ。

飲み込むと、何度か咳き込む。

とにかく、やるしかない。

下。

強い気配。

ワームだ。

避けて。叫んで、飛び退くと同時に、ワームが地面を砕いて飛び出してくる。それほどのサイズじゃない。

こいつも好む土があるようだけれども、多分この襲撃に紛れて、襲ってきたのだとみて良い。

セリさんが、即座に植物魔術を展開。

棘だらけの植物がワームを拘束。首を振るって溶解液をぶちまけるワームだけれども。即座にリラさんが、鉄爪で胴体を輪切りにしていた。

呼吸を整える。

今、熱槍での対応が出来なかった。

だけれども、スムージーの効果か、体は温かい。

此処からは体術でいくか。

また、鐘の鳴り方が変わる。

フェデリーカがいないからなんとも分からないが。何かしら状況が変わったのだろう。音の感じからして、悪い方では無いはずだ。

魔物がどんどん来る。

だけれどもこれは、撤退しようとして来ているとみて良い。

そうか、ならば生かしてかえさん。

全部此処で駆除してくれる。

魔物を追って、パティとクリフォードさんも戻ってくる。これで戦力は充分に揃ったと言える。

後は、全て蹴散らすだけだ。

高台。

ちかっと光ると、多数の矢が魔物の上から背中から貫く。クラウディアが乱戦から抜け出して、狙撃に移行したと言う事だ。

クラウディアの音魔術と併用しての狙撃は精度も威力も申し分なく、雑魚相手だったら文字通り殲滅が可能だ。

戦況が一気に変わる。

昼少し前。

ついに、魔物の殲滅が終わっていた。

 

岩壁に背中を預けて、しばらくぼんやりする。

フェデリーカが荷車を引いてきてくれた。ありがたい。

話によると、途中からフェデリーカは鉱山での指揮を執っている本部に出向いて、其処で指揮を続けてくれたそうだ。

サルドニカの警備から、例のメイドの一族の戦士二人を割いて、こっちに回してくれたらしい。

あたしは薬を飲んで無理矢理体力を回復させながら、立ち上がる。

「アトリエに戻る。 薬増やすよ」

「ありがとうございます。 今、野戦病院を作っていますが、薬も手も足りなくて……」

「普段偉そうにしている職人も全員駆りだした方が良いだろうね」

「……一応、声は掛けます」

分かっている。

医師よりも職人の社会的地位が高いような街だ。

医師を賤業と考えているような人間が、ギルドには少なからずいるような場所なのである。

それは基幹インフラの一つである医療だって、おざなりにされるだろう。

あたしは荷車の薬は全部使って問題ないとパティに告げると、出来るだけ急いでアトリエに戻る。

他の皆は、セリさん以外全員で散って、トリアージと負傷者の回収開始だ。亡くなった人を回収するのは後回し。

勿論魔物に食い散らかされて顔も分からない亡骸もあるだろう。

瀕死の人間を見逃すことがあってもならない。

ここからが、大変だ。

アトリエに、セリさんと戻る。

セリさんには、ありったけ薬草を出して貰う。そしてあたしは、それでひたすらに薬を作る。

クラウディアはずっと音魔術で周囲の警戒。

第二波が来てもおかしくは無いからだ。

フェデリーカだけではなく、アルベルタさんとサヴェリオさんも来たようだ。サルドニカにとって大事だ。

二人が来るのは、むしろ遅すぎる位だろう。

薬が出来次第、あたしがもっていく。野戦病院は地獄絵図だ。薬を医師……前に手伝った医師に渡すと。

手伝いを寄越すから、薬だけくれと言われた。

まあ、あたしが薬を運ぶ時間も惜しいと言うのだろう。

分かった。薬を運ぶのは、セリさんと手伝いに任せる。

神代の鉱山付近から回収したトロッコは、一度エーテルに分解した後、危険な機能がないことは確認してある。

この辺りは、エーテルでの分解が出来ると、色々便利である。

これを、病院に一時貸与する。

これがあると、雑多なトロッコなんかよりも、ずっと楽に負傷者を運べるはずだ。

ずっと調合を続ける。

セリさんが額の汗を拭いてくれた。

「スムージー作ったわ。 飲んで」

「はい。 ありがとうございます」

苦いけれど効く。だからスムージーを飲んで、調合を続ける。これは昼飯はなしだな。そう思っていると、手伝いらしい人が来た。

まだ幼いが、この子。

ひょっとして、例のメイドの一族か。

ある程度育った子しか見た事がなかったから、子供は初めて見る。なんというか無機質な雰囲気で、でも戦力はどうみても普通の大人より上だが。

「薬、受け取りに来ました」

「ライザ、私が一緒に行ってくる。 調合を続けなさい」

「ええ、任せてください」

セリさんに薬を渡すと、後は対応を頼んでしまう。

一日まるごと潰れるだけで済むかなこれは。あたしはぼやきながら、調合を続ける。

確かに計画は狂う。

だが、それは仕方がない。多くの人の命が優先だ。もしも計画を優先するようでは。あたしは神代と同レベルになってしまう。

それだけは、死んでもいやだった。

 

2、惨状の後に

 

夜になって、やっと食事を取ることが出来た。

風呂に皆入ってもらう。

血の臭いが凄まじい。

消毒はきっちりするのと、風呂の湯は神経質なくらい替えた。血は病気を誘発しかねないのだ。

皆にも対病気用の薬は配っておく。

先に予防しないと、後で地獄絵図になりかねないからである。

風呂が終わってから、夕食に。

皆疲れきっていた。

なお、フェデリーカは戻っていない。これは、仕方がないだろう。

「図体ばっかりごつかったり、格好いい鎧とか剣とかもってる奴が、なんの役にも立ってなかった」

ディアンがぼやく。

ディアンは魔物の中で大暴れして、レントがとめるまで我を失っていたらしい。

神代鉱山でもそうだったのだが、どうもディアンは戦闘が苛烈になってくると精神のリミッターが外れて、戦闘にのみ全てのリソースを回すらしい。これは良くない傾向だ。一時的に戦力はあがるが。戦闘が終わった後、体に取り返しがつかないダメージが出る可能性が高い。

それについては説明はしておく。

ディアンも、ライザ姉がいうならと、納得はしてくれる。

根は素直なのだこの子は。

暴れん坊になってしまったのは、環境が原因なのである。

「問題がある。 あの魔物達、明らかに組織的な行動をしていた、ということだ」

「そうですね。 奴らが高地から侵入してきたのは分かっています。 事実分が悪いと判断すると、奴らは高地に戻っていこうとして、あたしが守っていた退路に殺到してきました」

アンペルさんに、あたしはそう応じる。

事実だ。

戦闘で散々酷い目にあったらしいボオスが。嘆息する。

「でも前に来た一回目で、高地にいた魔物の親玉みたいなのは仕留めたよな。 またサタンだかサタナエルだかの仲間じゃないのか」

「何とも言えない。 ただ、途中からは血の臭いに誘われた魔物も、かなり加わっていたみたいだね」

「サルドニカの街の方は、なんの襲撃もなかったそうです。 サルドニカの北の入植地も、です」

パティがこう言う話を聞いて来てくれているのは助かる。

いずれにしても、これはちょっと溜まりを調べるどころではないだろうな。そうあたしは判断した。

フェデリーカが、そんな事を話していると戻って来た。また口から魂が出てる。

ソファに前のめりに突っ伏すと、そのまま動かなくなる。口に魂を手で戻すと、それでもあんまり動かない。

「大丈夫かフェデリーカ」

「大丈夫じゃないですよぉ……」

レントが心配して声を掛けるが。

文字通り我慢の限界だったのか、フェデリーカがさめざめと泣き始める。

色々ありすぎて、感情を整理できない感じだ。

順番に状況を聞く。

まず、今回の一件。出た被害は、死者61、負傷者133。これを聞くだけで、戦慄するほどの被害だ。小さめの集落が全滅したに等しい。古代クリント王国以前ならともかく。現在では戦慄するほどの惨劇である。

鉱山付近では800人ほどの鉱夫が働いており、警備も50人ほどいたらしいのだが。警備のうち24人が死および負傷しており、早急に人員の補充が必要だという。いずれにしても、数日は鉱山は立ち入り禁止にするそうだ。

「鉱山は魔石も硝子の材料も取れるんです。 危険な場所ですが、封鎖されたらサルドニカが干上がってしまいます……」

「いつになく泣き言を言ってるな」

容赦ないディアンの突っ込み。

あたしがやめてやれという。

流石に嗜虐心を刺激されるとは言え、この状態のフェデリーカに追撃を入れるのはこのましくない。

とにかく夕食にする。

肉を中心に、いつもより多めに食べる。かなり良い肉をあたしのアトリエのコンテナから出してきて、それを贅沢に使う。

今日ばっかりはバランスも何もない。兎に角食べる。動いた分。食べる。

こう言う修羅場は、フィルフサ戦などの経験もあったので、クラウディアもパティも慣れている。

パティはかなり疲れている様子だったので、途中からは音魔術を利用した狙撃戦を展開していたクラウディアがほぼ料理をした。

食べて、腹を温めて。

それでやっと一息つける。

しばらくして、フェデリーカが手を上げる。

おずおずと、だが。

「ギルドも大混乱しています。 それで……本当に申し訳ないのですが」

「周辺の魔物の大掃除?」

「はい。 今回の件、生存者の話をまとめると、夜明け近くに発生したそうです。 警備の人間は、ライザさんたちが連日高地で多数の魔物を倒している事を知って完全に油断しきっていて。 それで、一気に高地への門を突破されたらしく。 しかも、それで高地の魔物が好機と判断して、なだれ込んできた、というのが真相のようで」

「思った以上にいるんだねあの辺り……」

勿論いるのは魔物だ。それに、雑多な種の群れでも組織的に動ける事が今回分かった。正直舐めて掛かっていたかも知れない。だが、二度と同じミスはしない。今回の件は、あたしが安全だと思わせたことも一因がある。勿論警備がさぼっていたのが最大の問題だが。それでも警告するくらいはすべきだった。

魔物は人間を実力で殺傷できる動物全般の事だ。だから皆殺しにするのは、生態系の保全という観点から好ましくない。

それは事実ではあるのだが。

かといって、今の時代に大発生している魔物は、生態系を守っているとはとうてい言い難い。

神代の連中がばらまいたのもいる。

一度腰を据えて、駆除をしなければならないのかも知れなかった。

「それに、鉱山の警備の指揮をしていた戦士が戦死してしまって、体勢の立て直しにしばらく掛かります。 その間、鉱山を再開することは非現実的です。 何人かのギルド長は鉱夫の命なんてどうでもいいとかいうし……」

「あたしがそいつら消してこようか?」

「止めてください……。 どうにか言い聞かせますので……」

思わず腰を上げかけるあたしに、フェデリーカが半泣きで懇願する。

いや、本当に。

おいしそうなくらい嗜虐心をそそられるなこの子。確かこれ、キュートアグレッションとかいうんだっけ。

ま、フェデリーカのOKが出たら、証拠も痕跡も残さず消してくるのは本気だったが。

あたしとしても、好きかってほざいている役立たずの中小のギルド長には、何度か関わってイライラしていたし。

そんな思想だったら、神代の連中と大差もない。

消す事に罪悪感なんぞない。

咳払いすると、ボオスが話を進める。

「魔石と硝子以外のギルド長が無能なのは前から分かっていたが、それはそれとして、だ。 実際問題どうする。 魔物の掃討作戦を大々的に行うと言うことでいいのか」

「いえ、鉱山の方も守りが欲しいです当面は。 命を落とした戦士の代わりを募集したり訓練する時間もいりますし、みなさんの誰かがいてくださればそれだけで百人力ですので……」

「だとすると、攻める側と守る側でチーム分けしないとダメだね」

「そうなると、大物には仕掛けられないんじゃないのか」

ディアンが面倒そうに言うが、それは仕方が無い事だ。

ディアンもディアンで、助けて貰ったのに礼一つ言わない輩が多いらしくて、そういう連中にはあまり良い気分はしていないらしい。

とりあえず、時間稼ぎが必要か。

「分かった。 明日の午前中までは薬の生産にあたしは注力するよ。 その間、みんなは鉱山の守りをしっかり固めておいて」

「了解です」

「高地への入口は覇王樹でガチガチに固めて、ついでに食虫植物も守りに入れておくわ」

「お願いします。 守りを固めたら、薬草の調査に戻ってください」

セリさんが頼もしい。

勿論食虫植物というのは、魔物も食べるようなごっつい奴である。

セリさんが時々用いる、護身用の植物の一つで、魔物を文字通りバリバリと食べてしまう。

ネメドで遭遇したマンドレイクほど凶悪ではないが、あれに近いかも知れない。

あと、問題がある。

こう言う状況になると、火事場泥棒の類がどうしても出る。鉱山が無茶苦茶になって、彼方此方出払っている状況だ。

治安の確保も急務と言えるだろう。

それについて説明すると。

フェデリーカが、悲しそうに言う。

「そちらも手が足りていません。 その、手伝いをお願い出来ますか」

「やれやれ、百年祭どころではなくなってきたな」

「今の時点で、延期も話に出ています。 正直な話、こんな危険な状態で、百年祭どころではありませんから」

「妥当な判断だ」

ボオスが腰を上げる。

ボオスは街の方に回ってくれるそうだ。

今のボオスは生半可な傭兵程度だったら十人くらい余裕で畳むし、頼りになる。同じくレントもそっちに回ってくれるとか。クリフォードさんは、鉱山街の辺りを固めてくれるそうである。

ほかのみんなは鉱山を固めるとして。

個人的に気になるのはサルドニカ北の入植地だ。

あっちも魔物は片付けてはいるが。フェンリルが出ただけでみんな大慌てで逃げ帰る程である。

要するに、大物には対応できない事が分かっているのだ。

少なからず動揺が出ている、ということである。

「俺が見に行こうか?」

「ダメだよディアン。 ディアンは街の人と一人でやっていける自信、あんまりないでしょ」

「まあ、ライザ姉の言う通りだけれどよ」

「ならば私が行こう」

アンペルさんが挙手。

アンペルさんは見るからに学者な雰囲気ではあるが。ちょっと心配になる。この人、見た目よりずっとけんかっ早いし、はっきりいってネゴはそれほど得意な方ではないのだ。

フェデリーカもそれに気付いたか、考えた末にアンナさんを出してくれると言った。

あの人も例のメイドの一族だし、戦力に関しては全く心配はいらないだろう。前衛を任せてしまって大丈夫の筈だ。

「ではこんな感じの配置で、各地を守りましょう」

「わしは鉱山で、多少鉱石を貰っても良いかのう」

「えっと……取りすぎなければ多めに見ます」

「ははは、そなたはサルドニカの事になるとしぶいのう。 魔石から魔力を抽出するのはわしにも出来るでな。 いざという時のために、予備の容器が欲しいと常日頃から思っていたのよ」

カラさんは相変わらずだ。

まあ、それで解散とする。

もう夜中だ。今日はこれで睡眠。みんな一日中戦ったのだ。寝る権利くらいはある。

そして翌朝。

みんな、即座に動く。後は状況を見て、それぞれが配置転換を柔軟にすればいい。あたしも薬をドンドン作る。

あたしの薬で多数の怪我人が回復していて、野戦病院の負担は小さくなっているようだ。だが、何しろ乱戦だったのだ。

その場で手足をくっつけられた人もいたが、魔物に食い千切られたりしたような手足はどうにもならない。

それでも、命を拾っただけでめっけものだと言う人もいるが。

現実問題として、手足を失うというのは致命的な事だ。それ以降、力仕事は殆ど出来なくなる。

義手や義足も作るか。

アンペルさんの件で、義手や義足については研究を進めている。薬についても増やしながら、薬を取りに来た例のメイドの一族の子に、手足を失った職人の手足の状態について聞き取ってきて欲しいと説明。

義手義足を作るというと、渋い顔をされた。

「大変結構な話ではありますが、負傷者の大半は貧困層で、負債を返せませんよ。 サルドニカの街からも、救済のための予算が出るとは考えにくいかと」

「んー、結構現実的だね。 でも、あたしが善意で手足を補填するというのだったらどうかな。 あたしだったら大した手間がいらないでそれくらいは出来るから、そうするだけなんだけれども」

「……分かりました。 本人の意思を確認し次第、傷口の状態と手足の欠損部分、欠損した足などの形状について確認しておきます」

例のメイドの一族なだけある。

はっきりいって、下手な大人よりずっとしっかりしている。こうしてみると、フロディアさんもカーティアさんも幼い頃こんな感じだったんだろうなと思う。

薬を調合していると、この間病院で手伝った女医さんが来る。

野戦病院は大丈夫かと確認するが。修羅場は抜けたらしく、今は主に対処療法を行っているそうだ。

いわゆる幻視痛を出す患者も多く、ただそれは看護師任せでいいらしい。

「薬についてはありがとう。 一時は心配したが、サルドニカから補助予算が出るそうで、助かるよ」

「ん、薬はというと、何かあるんですか?」

「……あの薬の凄まじい効果、使っている魔術の凄まじさ。 それを見て、あんたが錬金術師っていう名の魔法使いみたいなもんだと言う事は良く分かったよ。 それはそれで、何か企んでないだろうね」

「いえ別に」

少なくとも、サルドニカに何かするつもりは無い。

今のサルドニカには、だ。

クソ無能なギルド長何人かは、実際に消そうかと考えもしたが、フェデリーカが対応するというので別にかまわない。

あたしは、出来る事をするだけだ。

人を助けられるなら助ける。

神代のクズ共を潰せるなら潰す。

それだけだ。

あたしはそんな大した事を考えていない。欲に関しては殆どないといえる。それは美味しいものは食べたいと思うし、気持ちよく眠れたら嬉しい。だけれどそれだけだ。他の人の食べ物まで奪いたいとは思わないし、最近では性欲もすっかりなくなった。子供が欲しいとも思わないし、男に抱かれたいとも思わない。

あたしはそういう点では人間離れしているかも知れないが。

それはそれとして、出来る事はやっていく。

それだけである。

説明すると、女医さんは嘆息していた。

「なるほどな。 違和感はそれか」

「まあ、あたしも自分が変人なのは理解しています。 ですけれども、あたしが誰かを助けたいと考えるのは事実ですよ」

「……ああ、それはそうなんだろうね。 あんたは凄まじいエネルギッシュな人間だと思ったが、同時に欲ってものが本当に欠如している。 欲がない分、それが活力に行っているのは、見ていて面白いよ」

面白いか。

それはありがたいが。

ただ、この人はわざわざそれを言いに、クソ忙しい所を出て来たのか。

ちょっと腑に落ちないが。

先生は大丈夫そうだと言うと、早速欠損が酷い人の手足の図と大きさのリストを渡して、戻って行った。

鉱夫にも女性は普通にいる。

強化魔術が得意な人は、屈強な男性以上の力を出せる。確かクーケン島でも、記録に残っているもっとも力持ちだった人は、そういう身体強化魔術のスペシャリストだった女性で、小柄で体も細かったのに、凄まじい倍率の魔術で体を強化して。なんと大きめの岩を邪魔だといって持ち上げて、放り投げることを平気でやっていたらしい。それも戦士ではないのにだ。

今身内だとレントが凄い力を発揮できるが、はっきりいってそれ以上に凄いと思う。

そういう女性も戦士や鉱夫として働く。問題は、だいたい鉱山なんかで働いている人は、あまり身持ちが良くない事で。

さっき言われたように、金なんて返せない、ということだが。

ただ、まだ若い女性戦士の足が股から食い千切られているのを確認すると、流石に義足くらいは作ってあげたくなる。

アンペルさんの義手とほぼ同性能のものを今なら作れる。

黙々と薬と一緒に作り、仕上がった所で積んでおく。

足に装着し、神経と連動することで、もとの足のように動く。見た目も普通の足と見分けがつかないし。痛覚も再現出来るようになっている。

あたしも色々エーテルに溶かして分解し、仕組みを調べているのだ。

今だったら、これくらいは出来る。

神代の古式秘具は、もう手が届かないものではない。

全てとまではいわないが。

再現は難しく無いのである。

黙々と作っていると、もう昼少し前だ。また薬や物資を取りに来たので。レシピ通りに作った義手義足を渡しておく。

取りに来た例の一族の子は。現物を見て驚いていた。

「これは……」

「足につけてみて問題があるようなら、問題点を書いてこっちに戻して。 場合によってはあたしが出向いて、調整するから」

「分かりました。 その時はお願いします」

一瞬だけ、彼女の視線が殺意を帯びたように思えたが。

まあいい。

どういう意思があるとしても、今は利害が一致している。それに、あの一族の人達は、世界に深く噛んでいる。

ならばこのまま行けば。

いずれその目的を、聞かされる事になるだろうことは、容易に想像が出来ていた。

 

フェザリナという名前を貰った同胞のその娘は、試験作として若い体のまま実戦投入された。

これから数年間、他の同胞が培養槽の中で知らぬ間に……或いは人間との間に生まれた同胞だけが過ごすような……そんなときを過ごす。

一応、人間から生まれた同胞からも話は聞いているが。幼いからと言って人間のように精神が少しずつ変わるようなこともなく。

少なくとも父親からは気味悪がられるそうだ。

元々同胞の原典はホムンクルスと言われる人造奴隷だ。神代の錬金術師達は、人間と同じように動き、しかし自分に逆らえない奴隷を欲した。意思を持っていながら従順である奴隷。彼等の精神性を象徴するような考えだが、実は神代の錬金術師以前にも、そういう思想を持つ人間は珍しく無かったそうだ。豊かな富と多くの人、安全な社会だった時代も経ているらしいのに。人間とはどうしようもないのだなと感じさせられる。

いずれにしても、その都合が良い奴隷の製作は上手く行かなかった。

母に技術的に再生されたとき、同胞の始祖であるガイアなどの数名は聞かされたという。

この技術は、そもそも不完全だったのだと。

神代の錬金術師達は、「都合がいい使い勝手のいい人間=奴隷」として同胞をデザインし、その根本設計を極めて高レベルにした。

だがそれは生物としての完成形に近かったため、繁殖はどうにか出来るもののほとんど同一の個体が生まれるだけ。たまに生まれる男性ホムンクルスは生殖能力を有していない。

これではダメだ。

生物である以上、完璧なんかない。

事実、ホムンクルスには現時点ですら幾つかの天敵としての病気が確認されているという。これらはかかると基本的に死ぬ。

対策は無い。

勿論これ以外に致命的な弱点がある可能性は高い。発見された場合、ほとんど同一個体なのだから、それが致命傷になって同胞がまとめて全滅しかねない。

こういったものに対応するためにも多様性は必要で。

多様性がある生物、変化に応じて多様性を確保できる生物が。戦闘能力とは関係無く、次代に未来をつなぐ。

もしも生物を超越するのなら、多様性はいらないが。

その場合、その時点で子孫を作る意味がなくなる。

つまり同胞は最初から矛盾を抱えてしまっているのだ。

それを解消するために同胞も母も努力をしてきた。好きでもない人間の男と子を成すのもその一つ。

今、こうして。

フェザリナが不完全な状態で、同胞に加わっているのもその一つだ。

荷物を病院に運ぶと、すぐに手当てを始める。

ライザリンが作った義手義足を見ると、複雑な気持ちだ。同胞はライザリンに手を出すなと指示をされているが、それでも。ライザリンが錬金術師と言うだけで許しがたいという憤りがある。

錬金術師どもが希望たるアインに何をしたか。

それを知らない同胞などいないからだ。

だがライザリンは、本当に優れた道具を作る上に、少なくとも神代の非道な錬金術師どもに強い怒りを覚えていて。その殲滅を誓っているようだ。

だったら、わかり合えるかも知れない。

ただ、どうしても警戒してしまうのは、仕方が無い事だった。

「ありがとう、助かった、助かった……!」

「例ならあの魔法使いもとい錬金術師様にいいな。 あたしの腕じゃあ、こんな怪我はどうにもならなかったよ」

此処の女医が患者の礼にそうぼやいている。

昨日は殺人的な忙しさだったが、今はもう致命的な状態の患者はいない。手足を失った人間は多いし、それ以上に体を抉られたり手指を失った者も。同胞でも、このレベルのダメージを体に受けると、一度母の所に行って修復を受ける。生きていさえすれば、ある程度はどうにかなるが。

それでもどうにもならない場合もある。事実手足を戦闘で失った同胞は何人もいるのだ。現在は後方支援に回ったりしているが。

同胞は何百年も平気で生きるが。

ただ、神代の錬金術師はそうではなかったようだ。

これについては理由がよく分かっていない。

もうライザリンは加齢をとめてしまっているようだし。

ひょっとするとだが。

神代の錬金術師は、加齢の停止にたどり着けなかったのかも知れなかった。しかしそれだと同胞の技術の説明がつかないのだ。まだ発見できていない重要な神代の連中に関する情報があるのかも知れないが。

まあいい。

とにかく手当てを続ける。

ライザリンの薬のおかげで手間は省けたが、疲弊しきって眠っている患者が大丈夫かは見て回る必要があるし。

開いたベットには、野戦病院状態になっている患者をどんどん入れ替えていく。

ベッドメイキングもあるが。

とにかくリネン類は清潔にしないといけないし。

患者は全て平等に扱わないといけない。

それについては、女医はしっかりやっている。

人間に対して、必ずしも好意を抱いていない同胞は多いのだが。

フェザリナは、此処の女医は嫌いでは無かった。

言葉遣いはぶっきらぼうだが。

腕は悪くないし、しっかり患者に向き合う。

それだけで、医師としては充分だと思う。

金にならない患者は助けない、なんて医師もいる。そんな連中よりも、ずっとまともではあるし。

神代のカスどもと比べたら雲泥だ。

患者に肩を貸して移動させる。

手術だ。

とはいっても、ライザリンの提供してくれた義足をつける。逞しい女戦士だが、焦燥しきっているのが分かった。

足を失えば、それはそうもなるだろう

ベッドで下着だけになってもらう。

食い千切られた足は、非常に最初は無惨な有様だったが。ライザリンの薬で、傷口は瞬く間に回復した。

それを見て一番瞠目したのは女医だった。

フェザリナも驚いた。

同胞の修復の様子は研修を受けている時に見て知っているが、此処まで都合良くは出来ないからである。

「傷口を再度開く必要はなし。 此処に義足をつけて、此処を操作して……」

「医者先生、だ、大丈夫なのか!? その足、本物にしか見えないが、不気味なんだよ!」

「あんたを救った薬を作った錬金術師先生の作品だ。 良いから黙ってな」

「……」

女戦士も、ずっとうわごとを言っていて、生死の境をさまよっていた状態から、ライザリンの薬で助かった口だ。

文句なんか言う気にはなれないのだろう。

ただ、怯えているのは分かったので。側で押さえつける準備に入る。いざという時は、錯乱した屈強な戦士が暴れる可能性がある。

全身麻酔も、この世界の技術力ではまだ到達していない。

強制睡眠の魔術を使える人間が病院にいるケースもあって、手術の際には引っ張りだこになるのだが。

それだって効きが浅い場合は、患者をどうにか抑えないといけない。

ひやひやしている様子の女戦士の足に、義足をつける。

義足はすっとパーツを伸ばすと、足にフィットした。金具とかが肌に食い込む様子もない。むしろ包み込むようにして、だ。

「固定までこのボタンを押し、終わったらこっちを二十拍押すと……」

「あ、足が、無くなった筈の足が痛い!」

「幻視痛だよ! 少し堪えな!」

「あ、足が動く!」

義足が動く。

しばらく混乱していた女戦士だが。

やがて、本当に義足が動き始めたので、ちょっとフェザリナも驚いた。

まんま本物の足にしか見えない。

女医もしばし確認していたが、体温も脈拍もある。それどころか、女戦士が痛覚もあると言う。

なんてこった。

この様子だと、自己修復の機能まであるかも知れない。

流石に母も、完全になくなった手足は、状況次第ではどうにも出来ない場合がある。初期メンバーのガイアなんて、ずっと眼帯をつけているが、それはフィルフサとの戦いで失ったからだと聞く。

だが、これは。

「足が動く! 足があるよ!」

「しばらくは様子見だよ。 なんでも錬金術師先生に頼るわけには行かないからね」

「わ、分かった! ま、また歩けるのか! こ、この足だったら、本物にしかみえないし、嫁にも行けるのか!」

「聞かれてもまだ何ともいえないよ。 状態が落ち着いたらまずはリハビリだ。 その後、様子を見て今後について話す」

次と、女医は移行。

次は義手だ。

左手を丸ごと食い千切られた男性の戦士のために、ライザリンが作った義手を装着する。

こっちも本物にしか見えないから、患者は怯えたが。

手が見事に接着し。

動かせるようになると、男性戦士は感謝の涙を流した。

「分かってると思うが、まだ無理に動かすんじゃないよ。 戦士が振るっても大丈夫なように作ったと錬金術師先生は言っていたが、それでもあくまでモノだ。 乱暴に扱ったら、どうなっても責任は取れないからね」

「わ、分かってる! おお、神よ!」

「……」

神、か。

今ではフワフワとした信仰しか残っていないが。

神代の頃には、しっかり体系づけられた神話が残っていた。

一部の魔物はそれから名前が付けられているし。

なんなら、それらの信仰のデータは、母が暴いたデータベースにも残されていたので、同胞で閲覧することも出来る。

どの信仰もいずれもが非常に身勝手なものばかりで。

自分の正義を担保し。他の存在を否定する理屈ばかりだ。

そんな理屈で暴力を肯定してそれに酔っていたから、あんな化け物共が世界を支配したのだ。

そうフェザリナも思う。

だが、こういう素朴な信仰に、文句を言うつもりはなかった。

「フェザリナ、一度眠りな。 この様子だと、もう明日に回しても大丈夫だろう」

「分かりました。 先に休ませていただきます」

「あんたはよくやってる。 その年で、生半可な戦士よりも力も体力もある。 だが、それでも無限じゃない。 休む事は覚えな」

女医は、自分も短時間の仮眠しか取っていないのに、そういう。

フェザリナもつきあわされるのでは無く、休んで良いと言うならそうさせて貰う。良い女医だ。

その評価は変わらない。

同胞も眠る事で、脳を休める。

神代の連中の設計で、どうしても脳も弄られているが。それでもその悪意の設計から、母がある程度解放してくれた。

それだけでも、感謝しなければならない。

ほぼ夢は見ない。

ただ、今日の仕事は有意義だったし。

命を救う事は誇らしいなと、ちょっとだけフェザリナは思ったのだった。

 

3、追撃殲滅

 

昼少し前に、薬の作成があらかた終わる。これで、今回の襲撃で消耗した薬のストックは回復し。

更には被害を受けた鉱夫や護衛の戦士も充分に回復までいけるはずだ。

後は義手と義足だが。

順番に女医さんが要求図をもってくるのを待って、それを順番に作っていけばいい。

アンペルさんの義手を作る過程で、義手については徹底的に古式秘具を解析した。前は元からある古式秘具を修復する事しか出来なかったが、今は違う。

淡々と作業を終えて、でる準備をしていると。

フェデリーカとボオスを除く皆が、アトリエに戻ってくる。

クラウディアが料理を始めたので。

あたしは順番に、状況と進捗を確認する。

まずはレントだ。

途中から配置換えし、鉱山と高地の間の関門になっている覇王樹と食虫植物でガチガチに固められた門を守っていたレントだが。

今の時点で、魔物は手を出してくる様子がないという。

あれは恐らくだが、あたし達が前にサルドニカに来たとき。

大量の大型魔物を駆逐して、サルドニカの安全度を上げたのも、問題だったのだろう。

それによって、ただでさえ練度が低い護衛の戦士達が油断した。

だからこそ、魔物は隙をうかがっていた。

更には、サルドニカ北で多数の大型の魔物。

それもサタナエルが率いていた……をあたし達は屠った。

それもあって、更に警備の戦士達は油断した。

連日あたし達が、高地で魔物を仕留めていた、というのも理由の一つだったのだろう。これなら仕事なんてしなくていいと油断し。

それを魔物は見ていたのだ。

考えて見れば、あたし達にも時々仕掛けて来るくらい、魔物達は戦意が旺盛だった。もうこれは、魔物が人間に対して敵意を抱くだけではなく、その研究もしていると考えるべきなのかも知れない。

いずれにしても、これはやられっぱなしではまずい。

サルドニカ北に出向いていたアンペルさんも、話をしてくれる。

そっちはそっちで、戦士達が怯えきっているという。

二度、フェンリルが出た。

三度目もあるかも知れない。

そうなったら、手に負えるはずがない。

巡回の度に、死を覚悟して出ている。

頼むから、サルドニカに常駐してくれないか、というのである。

アンペルさんは呆れながらも、気持ちはわかるという。

確かにクーケン島でも、ドラゴンがでた時は大騒ぎになった。あたし達が倒した古城のドラゴンは、あれはあくまで操作されている状態だったし、大物のワイバーンと大差ない程度の力しか、今思うとなかったのだ。

だとすれば、フェンリルを怖れる気持ちは良く分かる。

サタナエルが言っていた。

神話とは逆だが、神に仇なす者を滅ぼせと。

そう考えると、フェンリルはやはり神代の産物で。神話から名を受けた存在であり。そして神話では、神を食い殺すのだろう。

ともかく、呆れるばかりではダメだ。

現実的に対策を練らないと。

フェデリーカとボオスが戻ってくる。

その頃には、みんな食事を始めていた。

遅れてすまんと、ボオスも食事に加わる。フェデリーカには、クラウディアが声を掛けて、食べないと倒れると言い聞かせていた。

ボオスが説明をする。

今、アンナさんがアンペルさんの支援で、サルドニカの北に出張っている。

アンナさんは有能だ。だからボオスが代わりに今後の経験だと割切って、フェデリーカの支援をしているようなのだが。

文字通り会議が踊っているらしく。

フェデリーカ以上に、サヴェリオさんがキレているのが分かったそうだ。

「サルドニカでは職人以外の人間の命はどうもでいい。 そう考えている奴が、本当に多い事が分かった。 この間の襲撃では、警備の戦士長が戦死したが、三十年も務めたベテランだったらしいのに、むしろ煙たがっている輩の方が多かったようだ。 警備で口を出してきて鬱陶しかったとか抜かしたアホまでいやがった」

「やっぱ消してこようか?」

「止めろ。 フェデリーカが何度も丁寧に説得しているのが無駄になる。 いずれにしても、サルドニカの体制はまだまだ腐ってやがる。 側で見て百年祭を急いでいた理由がわかったぜ。 今は良いけれど、問題が起きればサルドニカの体制は空中分解しかねないんだ。 だから結束と街の象徴として、百年祭をやろうって思っていたんだ。 ここまで酷い状態だったとは……」

ボオスが自分の事のようにため息をつく。

もうすっかり上に立つ人間の風格だ。

パティもそれを聞いて、頷いていた。

「これからロテスヴァッサを変える過程で、政治制度の変更について私も勉強していたのですが……皆で決める合議制は、どうしてもそういった問題が生じてきてしまうようですね。 しかし王政などの寡頭制は、どうしても上に立つ人間の性能が全てを決めるようにもなってしまう……」

「パティの言う通りだよ。 幾つかあった合議制の国も、寡頭制と同じで、いちど腐り出すとどうしようもなくなったんだ。 凡人が国を治めるための仕組みと言われた立憲制も、その定めからは逃れられなかった。 幾つかの資料を見る限り、古代クリント王国が勝ったのは。 古代クリント王国が強かったというよりも、敵対国だった国の自滅が理由でもあったらしくてね。 自滅した国には、民から代表を決める制度の国も幾つもあったらしいんだ」

タオが言うと、まあそうだろうなと思う。

どんなに制度が優れていても。

人間は穴を突くことしか考えないのだ。

制度の穴を突いて、自分だけ楽をしたい。儲けたい。そう考える生物だから、どれだけの賢王が国を建てようが。どんなに立派な仕組みで国を動かそうが、いずれ破綻してしまう。

あまり考えたくないが。

神代の錬金術師どもも、最初はカスではなくて。高尚な理想のもと動いていたのかも知れない。

これについては、皆の戦意を削ぎかねないから、言うつもりは無いが。

「で、どうするよ。 このままだと、サルドニカから動けなくなるぞ」

「……まず、百年祭を成功させたいです」

クリフォードさんが根本的な問題を指摘すると、フェデリーカが初めて喋った。

まあ、そうだろうな。

これは手詰まりだ。

それを打開するには、どうにか前に進めるしかない。

問題は、この状態だと、動かせる戦力が少ないという事である。

「サルドニカ北はアンペルさん。 鉱山はレントさん。 あと、サルドニカの支援としてボオスさん、それに私。 四人が抜けた状態で、高地の魔物の殲滅と、更にはドゥエット溶液の溜まりの調査。 座標集めと、溜まりにいる超ド級の魔物の討伐。 ライザさん、出来ますか」

「レントがいないのが厳しいけど……」

でも、レントに匹敵する戦士に成長したパティがいるし。

ぐんぐんディアンも成長している。

ディアンには、もう少ししたら、精神のリミッターの適切な外し方を教えられるかも知れないとリラさんが言っていた。

そうなれば、短時間、超火力をたたき出せるかも知れない。それもコントロール下でだ。それができれば、欠点ではなくなる。

いずれにしても、なんとかなると、あたしは判断した。

「分かった。 ただし、サルドニカという街に対する貸しにするよ」

「報奨金はなんとか予算から出します」

「報奨金は考えている金額の半分で良いよ。 ただし……」

あたしが言葉を切ると。

パティが黙り込む。

多分、あの時の事を思い出したのだろう。

フェデリーカは息を呑む。

目の前にいるのがあたしで。

魔物を容赦なく蹴り砕いてきた存在だと、今更ながらに思いだしたのかも知れない。

「今後、サルドニカのギルド長が驕り高ぶり、自分達が偉いとか妄想して、職人以外を虐げる治世を続けるというのなら。 サルドニカは、あたしが灼き滅ぼす」

「……肝に銘じます」

「アホな中小のギルド長にも、これは周知しておいて。 連中も、フェンリルをはじめとした魔物をあたしが滅ぼした事は知っているよね。 だから、あたしがそう言ったというだけで充分だと思う」

「そうですね。 これ以上もない抑止力になると思います」

明確な怯えの震えがフェデリーカの声に混じっている。

まあ、どうでもいい。

今日は、そのまま状況の安定に努めて貰う。サルドニカから、正式に依頼が来てからあたしは動く。

その前に、先に確認しておくことがある。

「彼方此方にあるまだあたしが直していない巨大構造物、リストアップしておいてくれるフェデリーカ」

「は、はい。 それだったら、午後の会議ですぐにでも」

「溜まりの調査が終わったら、それ直すわ。 それ直してから、サルドニカを発つよ。 東の地でアトリエを構えたら、鍵で座標をつないで門を作る。 そうすれば、フェデリーカもサルドニカを長期間留守にしなくて良くなるからね」

後は、出来れば王都にも行っておきたいんだが。

今回は時間がないか。

解散とあたしが口にすると、みんな動き出す。

あたしは四人欠けた状態で超ド級の魔物とやり合うために、爆弾や薬を更に増やす。素材も確認して、義手や義足の作成についても準備をしておく。

午後一に女医さんが来て、義手と義足の追加注文がされた。

内容について確認するが、肘から先を食い千切られた人のや、両足の踵の先を失った人のもある。

作れるかと聞かれたので。

問題ないと応じておいた。

女医さんは、そうか、とだけ呟くと。

頭を下げた。

「助かるよ。 あんたには、感謝してもしきれないね」

「夜には仕上げておきます。 取りに来てください」

「分かった。 それと、この足のはなくして十年も経った患者のものなんだが、それでも大丈夫かねえ」

「問題ありません。 あたしが研究していたのは、そういう人の義手だったので」

そうかと嘆息して、女医さんは戻っていった。

さて、準備だ準備。

サルドニカの方でも、今フェデリーカとボオスが、アホどもを脅かしてしっかり統制を取ろうとしているはずだ。

フェンリルを二度も倒した武力がこっちに向いたらどうなるか。

アホ共でも、それくらいは計算できるだろう。

調合をしていると、フィーが袖を引く。

メシの時間か。

ちょっと休んで、クラウディアが焼いておいてくれた蜂蜜入りの焼き菓子を食べる。それだけで随分楽になる。

フィーにも大きめの魔石を上げる。

大喜びで魔石の周りを飛び回ったあと、フィーは魔石の力を吸収して、それで食事にした。

あたしは一休みを終えると、頼まれていた義手義足を仕上げていく。

指なんかも、頼まれるかも知れないが、別に難しくは無い。

いずれは内臓なども作れるようになっておきたい。

人間の構造は、色々エーテルに溶かして知っている。もう、内臓単体で作る事も難しくは無い。

皆が戻る前に、義手義足は仕上げる。

そして、女医さんが予定通りに来たので。引き渡す。

リスト通りに揃っている。

そう女医さんは随分と喜んでくれた。

「これで重症患者はだいたい助かる。 既に義足をつけた患者は歩く訓練をさせているよ」

「それは良かった。 先生は休んでいますか?」

「ああ、有り難い事に何度か仮眠を取ったよ。 もう二~三日は徹夜も覚悟していたんだがね」

「これを。 美味しくはありませんが、栄養剤です」

ボオスが疲弊しきっているのを見て、改良した栄養剤。今では、味はともかくとして、無茶苦茶効くように仕上がっている。

女医さんがありがとうといって戻っていく。

戦士達には、これで大きな恩を売る事が出来た。鉱夫達にもだ。

それは勿論副産物としてのものだが。

それでも、今後は生かして行きたいものである。

汗を拭いながら、調合を続ける。

東の地は極めて厳しい場所だと聞く。

座標集めもやっておくべきだし。そこくらいどうにかならなければ、神代の連中には勝てないだろう。

だから、準備はしておく。

まだまだ強くならなければならない。

そうしなければ。

二つの世界に害を及ぼし続けた世界の癌を。

切除できないのだから。

 

翌朝。

予定通り、七人で出る。

フェデリーカは、決議を通してくれた。案の場、中小のギルド長は代わりを適当に雇えば良いとかほざいてにやついていたようだが。

あたしが舐めたこと抜かしてると殺すと言っているのを聞いて震え上がり、それで黙ったようだった。

効果覿面だ。

カスだからこそ、こういう方法で簡単に黙る。

人間は年を取ろうと成長しない。

それはあたしの島の古老を見て良く理解出来ている。だから、年長者だろうと、時にはこう言う対応が必要になる。

職人だけいればサルドニカは安泰などと考えているような阿呆には。

一度恐怖というものを、徹底的に叩き込んでおくべきなのだ。

勿論恨みを買うことの危険を、あたしは理解している。

だから、追い詰めすぎるつもりもまたないが。

いずれにしても、いつ命が消えてもおかしくない世界だ今は。

だからこそに、半分ならず者に足を突っ込んでいるような輩は、そうして掣肘するべきなのである。

レントがいないのは若干不安だが、まずは高地に向かう。今回は。見かけ次第、魔物は全て駆逐する。

高地の生態系だって、大型の魔物がこんなにいる状態では、正常を保つことは厳しいだろう。

良い機会だ。

徹底的に駆除しておくべきだろう。

移動中、何人かの戦士達が、笑顔で手を振っている。

鉱夫達も、かなり混じっているようだった。

病院の辺りだ。

「錬金術師先生! 足、本物と変わらないよ! 歩けるよ! ありがとう!」

「俺も手、普通に動く!」

「ありがとう、助かった! もう働けなくて、物乞いになるかと思った!」

「一生アンタの事はわすれねえ! ありがとう! ありがとう!」

泣いている人もいる。

手を振り返して、それで行く。

色々ろくでもないものもみたが、それでもこういうので救われもする。パティが、良かったと言った。

「ライザさんは荒々しくて怖れられる事もありますが。 確かにその力が、たくさんの人を救うのも事実だと分かって、私も嬉しいです」

「そもそも神代のバカ共を潰すのも、人助けみたいなものだからな」

「違いないのう」

クリフォードさんとカラさんもそんなことを言う。

レントとは、鉱山と高地の入口で別れる。此処には決死隊の戦士が何人か詰めていて、敬礼された。

戦闘時に千切られた手をつないで貰ったと、一人に感謝される。

そうか、乱戦で忙しくて、覚えていなかったが。

それでも、助かったのなら良い事だ。

例のメイドの一族の戦士も、一人だけ来ている。

やっぱり何かあったんだな、と思う。

その人は当世具足を着ているから、エース級の戦士だと言う事は分かるのだが。前はもっとたくさんいたからだ。

「セリさん」

「ええ、問題ないわ」

セリさんが、覇王樹と食虫植物をどかす。

さて、此処からは。

大掃除の時間だ。

戦闘が始まる。

あたしは熱槍を叩き込んで、手当たり次第に魔物を駆逐する。あたりに煙が派手に上がっていく。

クラウディアは早めに高所を確保すると、其処から連続して狙撃を開始。

勿論狙うのは魔物だけだが。

鼬やラプトルなどの群れを作る魔物。ワームや大蛇などの徘徊性の大型の魔物。アードラなどの機動力がある魔物は、容赦せず片っ端から刈り取る。

勿論魔物も決死の反撃にも出てくる。

この世界は、魔物が増えすぎているのだ。

だが、その反撃ごと打ち砕く。焼き滅ぼす。

植物の魔物。

マンドレイクほどではないが、凄まじい勢いで蔓を動かし、迫ってくる。花弁の部分をぐっと閉じたのは。

恐らく音波砲を発射する準備だ。

だが、ディアンが突貫。

脳天からたたき割るように、手斧での一撃を叩き込んでいた。

唐竹になった植物の魔物が大暴れするが。メインウェポンを潰された状態だ。カラさんが熱魔術で、即座に焼き払ってしまう。

タオとパティは走り回って、無言のまま、近付いてくる魔物を、片っ端から斬り倒す。

「あっちから来るぞ!」

「了解っ!」

クリフォードさんの勘は冴え渡り、奇襲の方向を確実に予知してくれる。

地下から迫ってきた巨大な百足を、あたしは地面にフルパワーの蹴り技を叩き込んで迎撃する。

文字通り、地盤ごと粉砕。

圧搾された百足は、悲鳴すら上げられず死んだ。流石に百足だけあって、それでもビタンビタンと暴れていたが。

凄まじい生命力だが、放置。

一応カラさんが、首から上を焼き払ってくれる。

毒とか浴びたら笑い事では済まないからだ。

二刻ほど暴れ回って、小者ばかりとはいえ、高地にいた魔物をだいぶ間引く。彼方此方派手に炎上しているが。元々高地の生物である者は傷つけていない。

リラさんが戻ってくる。

遊撃で好きに暴れてくれと言っておいたのだが。

巨大な熊を担いで戻って来た。首が綺麗にすっ飛んでいる。

地面に放り捨てられた巨大な熊が、地響きを立てる。

「うまそうだ。 後で捌いて食べよう」

「熊、美味しいのか」

「なかなかうまいぞ」

不思議そうにするディアンに、リラさんがうっすら笑って返す。

笑みを浮かべているというよりも。

肉食獣のそれだ。

まだまだ、この程度ではダメだろう。すぐに個体数が回復する。魔物は駆除しても駆除しても湧くものだが。

そもそもとして、連中は大きすぎる。

生態系の回復のためにも、あんな巨大な生物が我が物顔で歩き回る状態は、好ましくないのである。

潰す。

徹底的に。

少し休憩を入れてから、駆除を再開。クラウディアの狙撃が、一度に数匹ずつ、魔物を射貫いていく。

今日は一日、此処で徹底的に駆除を行う。

予定よりも遅れが出始めているが。

これは仕方がない遅れだ。

仕留めた魔物のうち、使えそうなものはどんどん後方に移送する。捌くのはレントや控えている戦士達に任せる。

大型の魔物は、だいたい体内にそれなりに使える部分があるし、場合によっては魔力を高密度で圧縮させている。それを使って、他の生物同様に魔術を使うのだ。時にはセプトリエンも取れる。

昼になった頃には、大量の血を浴びていたが。

気にせず一旦昼食にする。

二交代で昼食を取るが、今更むせかえるような血の臭い程度で臆する仲間はいない。フェデリーカだって、最近は結構平気な顔をしている。

これは必要な駆除作業だ。

鉱山の襲撃に対する報復ではない。

あたしはそう言い聞かせながら戦うが。それでもどうしても戦い方が更に激しくなるのはとめられないか。

少し休憩してから、また戦いを開始。

戦闘する位置を変えて、徹底的に辺りの魔物を仕留めていく。

高地でも、もっとも見晴らしが良い場所は、残念ながら溜まりが見えないのである。

また、血の臭いに引かれる魔物も、目に見えて減り始めている。

だったら、戦地を変えるしかない。

それに、どれだけ駆除しても、鼬やラプトル、走鳥辺りは。それこそ何処にでもいる。これらは或いはだが。

まっとうな繁殖を行っておらず。

何かしらの未知の手段で増えているのかも知れなかった。

 

レントの所に、ピストン輸送されてくる膨大な魔物の死体。戦士達の中で、当世具足を着ている例の一族の戦士だけが淡々と解体作業をしているが。残りの決死隊の者達は、明らかに腰が引けていた。

「ここまで戦闘音が聞こえてくるぜ」

「聞いたか。 中小のギルド長どもがアホばっかり抜かしているのを聞いて、錬金術師どのも流石に頭に来たらしい。 舐めた真似してると消すぞって話が出たらしくてよ」

「鉱山での襲撃でも、とんでもない暴れぶりだった。 あの人が本気でキレたら、サルドニカなんて一日で更地だな……」

感謝以上に怖れられている。

レントも、ちょっとこれは良くないかと思ったが。

だが、レントとしても、サルドニカのギルド長達。硝子ギルドと魔石ギルドの長はそれなりに出来るようだが、それ以外。フェデリーカに負担ばかり掛けて、エゴばかり振りかざす凡俗達。

それには、思うところも多い。

ライザのやり方は厳しすぎる。

以前、ボオスとそれを話した事がある。

ボオスはクーケン島で対立していたこともあるが、それは多分互いをライバルだと認めていたからだと思う。

今は腹を割って話が出来るようになっていて。

時々ボオスは言うのだ。

ライザは非常にエネルギッシュに世界を変えるが、その本質は燃えさかる炎だと。熱魔術の奥義で魔物を焼き払っている時が、ライザの剥き出しの姿なのだと。

世界を焼き滅ぼす最果ての巨人。

タオが、そんな伝承があるという話をしてくれたことがある。

ライザが帰った後、王都に滞在している時にしてくれた。昔、神代の頃にたくさんあった神話らしい。

ライザはまさにそれなのではないのか。

レントはそう思ってしまうのだ。

ディアンが大急ぎで荷物を引いてきた。巨大な熊が何分割かされて乗せられている。ひっと戦士が声を上げたが。

当世具足の戦士が咳払いした。

「いい加減にしなさい。 錬金術師どのが倒してくれなければ、あれを相手にするのは貴方たちだったんですよ」

「その通りだ」

「……すまない、そうだな」

「忘れてくれ。 と、とにかく解体しよう。 こっちに来てる奴は、サルドニカで好きにしていい物資なんだよな。 分かってる」

レントは無言で熊を捌く。

腹の中に人間の亡骸は入っていなかった。皮を剥いで、肉を取り。熾こしてある火で煙を燻して、燻製にしていく。

大型の熊の爪は巨大で、見るだけでまともにくらったら命がないと分かる。だが、今の世界では熊より危険な魔物がなんぼでもいる。熊ですら普通に補食される事が珍しくもないのだ。

解体を終えると、どんどん後方班に回す。

当世具足の例の一族の戦士が、レントを褒めてくれる。

「良い手際だ」

「ああ、ありがとう。 俺も一人旅で彼方此方回っているからな。 魔物の捌き方くらいは、お手のものだ」

「この時代に一人旅か。 腕が磨かれるのも納得だ」

「そうだな……」

去年はスランプになっていた事はいわない。

それについては、親しい相手にだけ言えば良い事だ。

まだまだ後送されてくる魔物の残骸。

次々捌く。しばらく、肉代が安くなりそうだなと、レントは思った。ただ魔物が相手だ。高地の生態系を戻すためにも、必要な事だ。

生態系が戻るのは、恐らく一時的だ。魔物の数が今の世界では多すぎる。一度全部駆逐しても、またすぐに余所から来る。そしてうんざりするほど増える。

だが、ライザ達の行動は決して無駄にはならない。

そう、レントは思った。

 

4、刈り取るべき相手

 

あたしは手をかざして、溜まりの辺りを確認する。ついでにタオにも座標を集めて貰った。

いる。

デカイ奴が。

確かに、ネメドで交戦した奴と大差ない。

それより問題なことがある。デカイ奴と一緒にいるのは、あれは。

神代鎧だ。

数体が警護に就いているというよりも、周囲を警邏しているようだ。達人並みの武術を振るうからくりである。

警邏くらいは出来ると言う事だ。

しばし距離を取って観察する。

まずいな。

それだけが、言葉としてでた。

何がまずいというと、あの神代鎧、数体だけだとは思えない。多分相応の数がいるはずだ。

それだけじゃあない。

彼奴らは人間との戦闘を前提にして作られている上に、そもそもとして今までの戦闘でも、散々手傷を受けた。

あれと同時に超ド級の魔物と戦うのは無理だ。

それこそ例のメイドの一族の戦士を十数人つれて来て共闘して、それでも死者を出す覚悟が必要になる。

問題はそれだけじゃない。

あの神代鎧が警邏についているということは。

彼処には、多分神代の遺跡がある。

だとすると、更に敵の増援がある可能性も捨てきれない。

これは、まずいな。

状況からして、レントら四人は戦闘に参加できない。神代遺跡で交戦した神代鎧は、フルメンバーでも苦戦する相手だった。

今は相手の動きをある程度読めると言っても、少なくともマスクが無事なまま戦える保証は無い。

もしマスクをやられたら。

一瞬でアウトだ。

毒ガスというのはそういうものだ。動きが鈍った状態で、超ド級の魔物と、神代鎧を相手に生き残れると考えるほど、あたしは頭が花畑じゃない。

だとすると。

まずは、誘引だな。

地形を読む。

地形には色々な読み方がある。あたしも色々自分で勉強しているし、実践でも試しているのだが。

此処は敵を迎え撃つには丁度良い。

この辺りだったら毒ガスもない。

ただ、此処では坂道だ。多数を同時に相手にするのはちょっと難しいかも知れない。神代鎧がどう動くかも分からない。

超ド級の魔物を確実に釣る事が出来れば、分断して戦闘を行えるのだが。

考え込んでいると、タオが来る。

「どうしたのライザ」

「敵を此処に分断して誘い込めないかなって思って」

「厳しいよ。 あの神代鎧、前に戦った時もの凄く感知が鋭かった。 クリフォードさんほどじゃないにしても。 魔物にしたって、のこのこ縄張りから出てくるとは思えないよ」

「分かってる。 あたしの最大火力をぶち込んでも、多分倒し切れないよねえ」

それどころか、遺跡を全損させかねない。

それは悪手だ。

溜まりそのものも、破壊するわけにはいかないのだ。どうにかして、それぞれを引き離し、ついでに撃破出来ないものか。

一度距離を取り、皆で相談する。

敵の数は出来るだけ削り取りたいし、あの超ド級の魔物、空間操作魔術くらいはつかってきかねない。

大型の魔物は魔力の出力が高いケースが多い。ネメドでそれは思い知らされたし、あの時よりも戦力が充実していると言っても、とてもではないが油断なんか出来る相手ではないのだ。

例えば、あの超ド級の奴を瞬殺して、残りから逃げながら誘引するとか。

いや、空間切断系の魔術をアンペルさんが叩きこんでも、同格の魔物は倒れる気配もなかったのだ。

アネモフラムを食わせて爆破するとか。

いや、ピンポイントで食わせる方法がない。二戦目のフェンリルの時は、相手の動きを読んでいたから出来たのだ。

タオとリラさんが、色々案は出してくれるが。

どうにも決め手になるとは思えない。

カラさんが、提案してくる。

「ふむ、では手数は減るが、あの毒ガスを一時的に吹き飛ばしてしまうのはどうか」

「カラさんの大魔術でですか? しかしどうせすぐに湧いてきますし、短時間で倒せる相手ではないですよ。 それにそもそも、あのデカブツと鎧を同時に相手にしたら、多分勝ち目はないです」

「意外と現実的に考えよるのう。 今までに幾度もフィルフサの群れを滅ぼしているだけの事はあるわ」

「ありがとうございます。 ただ……今回はどうしたものか」

セリさんが挙手。

手があると言う。

「あの大きい奴を拘束するだけだったら、出来るかもしれないわ。 ただし、それほど長時間は無理だけれど」

「……カラさんが風で毒ガスを飛ばし、セリさんが大物を拘束する。 大物を最大火力で倒し切れれば、神代鎧だけを相手に出来るかもしれないですね。 ただ……」

超ド級の魔物は警邏を続ける神代鎧を警戒している様子がない。

神代鎧も、魔物を排除する動きを見せない。

つまりあれは、番犬とみて良い。

ピンポイントで番犬を狙ったとしても。

確定で神代鎧が割り込んでくるだろう。

まだ一手足りない。

悩んでいても仕方がない。いずれにしても、もう夜だ。一度戻って作戦を立て直す事にする。

サルドニカを巻き込んだ危機だ。

やはり全員で連携して対処に当たりたいし、もう少し敵と戦うための案を練り上げて行きたい。

負けたら死ぬのだ。

そしてそうすれば、神代のカス共が野放しになる。

そうはさせないためにも。

確実に勝つために、戦略をしっかり練らなければならなかった。

 

(続)