希望と未来
序、硝子と魔石と争いと
フェデリーカが作ってくれたレシピ。それを見ると、この街灯はとても美しい光を放つ仕組みになっていたのだと思う。
クラウディアが街灯をたくされたお婆さんにはあたしも会って、話を聞いて来た。
なくなった夫が、若い頃から研究を進めていたもので。周囲から後ろ指を指されながらも研究を続け。
失敗を重ねながら、完成した一つで。
もうあの人はいないけれど。
それでも夫婦の大事な思い出なのだと言われた。
それを踏みにじった無法者共はもうどうでもいい。
硝子と魔石の二大ギルドが融和に向かっている今、じきに淘汰されるだけ。今更旗を変えようとも遅いだろう。
兎に角今は。
これを完成させるだけである。
ギルド長達は、いずれにしてもリアリストだ。
今のギルド長……アルベルタさんとサヴェリオさんが、どっちもリアリストで、故に融和路線を選べたのはとても有り難い話だった。
あたしも二人の仕事場を見て、短時間で技術を吸収できたのも、現実的に仕事を体系化していてくれた、という点もあるだろう。まあ魔石ギルドはそれでも保守的な空気があったが。それでもあたしが一目で理解出来る範囲だったから、可とすべきだ。
ともかくあたしは忙しく彼方此方を見て周り。
時に困っている人を助けもし。
そして調合を進めてもいた。
ほどなくガワは出来る。
問題は魔石を光らせる仕組みだが、幾つか試作品を作って見る。実はこれは、あたしにとっても有意義だ。
グランツオルゲンの強化が限界近い今。
セプトリエン……魔石の究極を解析する意味もある。
そうすれば、鍵を守る強力な金属だって作り上げられる筈だ。勿論、今回で全て上手く行くかは分からないが。
ともかく、やれるだけはやらなければならない。
「なるほど、魔石の魔力を自動で熱変換しても、光らせるための媒体が燃え尽きてしまうんだね」
「はい。 試作品ではたまたま媒体が長持ちしたようですが、それも現実的な時間もたせられるかというと。 更には高度すぎる魔術を組み込むと、量産出来る品ではなくなります」
「……だとすると、単純に灯りの魔術を魔石媒体で発動する仕組みにしてもいいかな」
「灯りの魔術ですか……」
灯りの魔術。
汎用性が極めて高い代物で、だいたいの系統の魔術でも、応用で発動できる。
ただ魔術なので使うと魔力を消耗する事もあって、誰かしらがずっと発動していると、それだけで人手が取られてしまう。
貧しい家では灯りを取るときに使ったりもするのだが。
使っている間は、その人は基本的に何もできなくなってしまうと言うどうしようもない現実もある。
だが、魔石を利用すれば。
その問題を解決できるだろう。
「問題は光の色ですね。 目に優しい色を作り出せるかどうか」
「うーん、試作品は本当に奇跡的な産物だったんだね」
「とにかく、方向性は悪くないと思います。 試作品をお願いします」
普段と立場が逆だ。
あたしはエーテルに溶かした魔石を。
しかもこの辺りで取れる魔石を使って、幾つも試作品を作る。
難しすぎるものだと量産は出来ない。
というか錬金術でしか作れないものでいいなら、即座に完成品を仕上げられるのだが。今求められているのはそうではないのだ。
幾つか案を出し。
その度に駄目出しされる。
時間が容赦なく過ぎるが。
それでも、この作業には意味が大いにある。
他にも、薬や爆弾を補充する。
なお、皆の殆どは、あたしが動けないうちに鉱山と高地の偵察に向かって貰っていた。無理だけはするな。
そういうだけで、今の皆なら大丈夫だろう。
セリさんだけは、アトリエ側の畑で薬草の調整をしているが。
これもまた、当然の権利なので、あたしは何も言わない。
昼になって、クラウディア達が戻って来た。
前に調べた鉱山を無視して更に奧まで行ったらしいのだが、例の手記の記述と矛盾しすぎていて、迷いそうになって一度戻ったのだとか。
カラさんが、けらけら笑って言う。
「例の本を書いた者、適当を書いたのであろうな。 本人も道なんか覚えていなかったに違いあるまい」
「幻惑の仕組みの可能性はない? 王都近くの深森みたいな」
「多分違うと思う。 音魔術でもカラさんの探知魔術でも、全然そういうのは感知できなかったから」
「だとすると、あたしも出るしか無いか」
皆に休憩して貰い。あたしも軽く昼ご飯にする。
フェデリーカはずっと図面とにらめっこ。
あたしが作った試作品と比べて、集中して考え込んでいるようだった。
「集中してるし、放っておいた方が良いか?」
「いや、食べないと倒れるから」
レントにあたしは応じて、フェデリーカに「戻って来て」貰う。凄い集中力で、タオと同じ人種だ。まああたしも調合中は似たような状態になっているそうだから、似た者が揃っていると言うことだ。
皆で食事をしている内に、高原を見にいっていたクリフォードさんが戻ってくる。パティもしっかりついて行けているようだ。
食事をしながら、情報を交換する。
「遠目で確認したんだが、やべえのがいる。 いるのは分かっていたんだが、黙視できた」
「どんな相手でした」
「ネメドでみたような小山みたいな魔物だ。 例のたまりの辺りを調べるには、あれを倒さないとダメだろうな」
「厄介ですね……」
いずれにしても激戦は避けられないか。
とりあえず食事に集中。
食べたあとは、解散して、それぞれの作業に戻る。
フェデリーカがサルドニカに行ったが、別にそれはいい。一人でサルドニカに行っても、今のフェデリーカなら充分自衛出来るだろう。
しばし調合しながら、魔術を自動発動できるカンテラを仕上げる。
幾つか案を作ったが、魔石細工の技術を利用して、魔石の内側に光源を作る仕組みを考えて見た。
魔石をくりぬいた内側に魔法陣を描き込み、それで発動させるのだが。
サルドニカの魔石加工技術だったら難しいものでもないし。
何よりも、魔法陣によって発生させる灯りの色を変えられるので、商品のバリエーションも増やせる。色を好みで変えられれば、それだけでかなり商品の競争力を作る事が出来るだろう。
また、サルドニカでないと交換部品は作れないし。
それに寿命も相当にもつ。
魔石に魔力を注げば、寿命を延長させることも可能だ。
よし、こんなものだろう。
フェデリーカが戻って来たので、さっそく見せる。フェデリーカは幾つか資料を持ってきていたが。
あたしが作ったものをみて、呆然としていた。
「これは拡張性汎用性、更には持続性、文句のつけようがないですね……」
「そっか。 じゃあ、ガワと組み合わせてみるかな。 灯りの色は……」
「ルジャーダの魔石とあわせるならこの色でお願いします。 硝子の色はこうで」
「よし、任せておいて」
見せられたのは、色の図鑑だ。
その程度の再現は別に難しくも無い。ただ、筋道が立ってから、完成させるというのはそれはそれで大変なのだ。
おやつの時間くらいに、試作品が完成。
部屋を暗くして、灯りをつけてみる。
街灯に使うのだ。
ある程度明るくないと、話にならないが。それでも光が強すぎると、優しい灯りにはならない。
それも考慮した上で、フェデリーカと何度も調整をして。
それで夕方少し前に、ついに完成品が仕上がっていた。
さっそくサルドニカに行き、お婆さんに見せに行く。丁度暗くなりはじめていた頃である。
完成品を見せると、お婆さんはさめざめと泣いた。
「良かった。 あの人が帰ってきてくれたかのよう」
「これは差し上げます。 壊れてしまった街灯も、修復しておきました」
「ありがとう、ありがとう素敵な魔法使いさん」
「錬金術師です」
苦笑いしながら訂正。
アトリエに戻ると、フェデリーカが一心不乱に設計図を書き始める。硝子ギルド向けと魔石ギルド向けで違うようだ。
タオが戻ってくると、計算につきあわされる。
クラウディアもだ。
ボオスがそれを見ていて呆れた。
「ライザ、お前の破壊力は本当にとんでもねえな。 サルドニカに来る度に、街が根本的に変わっていくじゃねえか」
「錬金術を正しく使えばこうなるだけだよ」
「そうだな。 奴らはそれを間違った……」
「うん」
ボオスも其処は異論がないらしい。
とりあえず、準備は終わった。グランツオルゲンも何度か手を入れて、インゴットは増やしている。
そして、錬金釜に放り込んで。
大太刀の量産に入っていた。
夕食が出来る前に、三振りくらいは作っておきたい。
フィーが袖を引く。
三振りで丁度夕食か。
「ありがとフィー」
「フィー!」
東の地に出向くまでに、大太刀を揃えておかなければいけない。だからこうして、こつこつと作るのだ。
それも、あくまで合間の作業。
夕食をとる。
温かいスープを中心としているが、焼きたてのパンもある。肉料理に関しても、満足出来るだけの量があった。
しっかり食べて、消耗した分は補給しておく。
アンペルさんが、不意に話を振ってきた。
「時にライザ。 座標集めの件だが……」
「高地の方も、出向いたときに集めます」
「ああ、それは頼む。 昨日異常が生じたのを覚えているか」
「はい。 ある一線を越えたら、急に座標がおかしくなったんですよね」
頷くと、アンペルさんはいう。
座標がおかしくなった辺りを念入りに調べたが、特に異常は無いそうである。だとすると、何が起きたのか。
可能性としてあげられるのは、神代の人間が世界を自分達の基準で区分けしていた、ということだ。
「座標を集める装置は、奴らの技術によるものだ。 だとすれば、奴らの区分に沿って座標が回収されてもおかしくない」
「確かにそれが一番有力そうですね」
「もう少し検証が必要だがな」
「……まあ、もっと座標を集めて調べましょう。 いずれにしても、表層に座標が出ていると言う事は、この世界からずれてはいないでしょうし」
統計は数を武器にする学問だ。
だから、そうやって調べて行けば良いだけの話である。
今日はここまでだ。
おいおい休む事にする。
パティは外で軽く素振りするというので、遅くならないようにと声だけ掛けて。ライザは風呂に。
汗を流す効果よりも、体を温める事の方が今はありがたい。
無心で風呂に入っていると。
色々と考えてしまう。
まあ長風呂も無益だから、さっさと風呂を出る。
寝床に転がると、伸びをした。フィーはよこでもう眠り始めている。すっかり支援が板についていて。
あたしとしては助かるばかりだ。
パティも戻って、みんな寝る。
あたしは暗闇の中でぼんやり考える。このままサルドニカを更に復興させた場合、次の世代になるとどうせまた利権やら何やらで面倒な事になるだろう。
フェデリーカにも、釘を刺しておくか。
もうフェデリーカはあたしを充分怖れているとは思うが、それでもサルドニカにも、神代の轍を踏んだら潰すというおどしを掛けるべきだろうとは思う。それは絶対に必要な事だ。
今の世代が良くても。
次の世代も優れているなんてことは、ないのだから。
特に今は二大ギルドの長がどっちもまともという、非常に希有な状態だとみて良い。こういう場所はすぐに油断するとダメになる。
利権を保持することだけ考えたり、如何に金を稼ぐかだけを考えたり。職人を最悪奴隷化することまで考えるかも知れない。
そういう輩がでた時には。
あたしが首を狩りに行くと、先に釘を刺さないといけない。
そして金に目が眩むと人は変わる事もある。
人が良い方向に変わる事は滅多にないのだが、悪い方向へは簡単に変わるものなのである。
だからフェデリーカには。
後で余計に釘を刺さないといけないだろう。
そんな事を考えている間に、夢を見る。
感応夢だ。
くたびれ果てた雰囲気の中年男性が、ずっと酒を飲んでいた。フェデリーカが眠っている寝台を見て、大きなため息をついている。フェデリーカは三歳か四歳だろうか。
「腐りきったギルドを、この子に託すことになるのか。 血統制ではないギルド長の座だ。 できる事なら、硝子か魔石のどちらかに託したかったが、あれらはダメだ……」
男性は嘆く。
ドゥエット溶液や、それを用いたランプカバーを考案した人だ。
職人としても優れていて。
研究者としてはイマイチだったが。それでも、この街を憂い、粉骨砕身を尽くした偉人だと言える。
感応夢で見ているということは。
フェデリーカに、この人の無念が引き寄せられたのかも知れない。
「今でこそ真面目で素直なこの子だが、先代のギルド長も若い頃はとても真面目で責任感があった。 それなのに三十路になる前には彼処まで腐れ果てていたと聞く。 俺は一体どうすればいいのだろうな。 フェデリーカがあんな奸物になり果てるのだけは勘弁ならん。 それに……フェデリーカを支えてくれるかも知れなかったあの子も、死んでしまった……」
恐らくフェデリーカのなくなった婚約者の話だな。
そう思うと、気の毒になる。
あのサルドニカの外の病院を見る限り、あまり良い医者もいないし、そもそも医者の社会的地位が低いのかも知れない。
それにあたしが始末するまで、サルドニカの周辺は強力な魔物のエサ場に等しかったのだ。
どっちにしても長生きは出来なかったかも知れない。
ぐにゃりと光景が歪んで。
ギルド長が老ける。
フェデリーカは十歳くらいで、もう仕事の一部を代行しているようだ。良い娘だったのだと思う。
普通反抗期だの何だので、父親には徹底的に反発するものだ。
恥ずかしながらも、あたしにも覚えがある。
あんないい父さんなのに。
フェデリーカが真面目に仕事をこなしているのを見て、もう老人のように老けてしまったギルド長は、出かけて来ると言って、あたしも知っているギルド本部を出る。アンナさんとは別の、だが同じ一族らしい女性が、その背中を見守ったようだ。やはりあの一族、ずっとギルドに出入りしているらしい。
必要とあれば、腐敗した奴を消していたのだろう。
それは容易に分かる。
王都でもそうだったのだから。
咳き込むフェデリーカの父。
咳には血が混じっていた。
「俺はもうどの道長くない。 硝子と魔石の毒気を吸いすぎたからだ。 権力闘争を続ける毒虫どもの悪しき気に晒され続けもした。 だが、フェデリーカのためにも、魔石と硝子の和解の道は残さないといかん。 それには……俺のようなボンクラでも、時間を掛けて出来る事はしないといかんのだ。 あれだけは、あれだけは……完成させないと」
ドゥエット溶液のことだな。
この様子だと、フェデリーカの父である先代ギルド長は、結局長くは生きられなかったのだろう。
命を燃やし尽くしたのだ。
才能はなかったかも知れない。
だけれども、その志と意思は、フェデリーカに受け継がれた。
血統が大事だったのでは無い。
命を賭けてこの人は、志と意思をフェデリーカに引き継いだのだ。
それを残念ながら、あたしが出向くまでアルベルタさんもサヴェリオさんも気付いていなかったようだが。
やはり血統なんてどうでもいいものなんだな。
あたしはそう思って、ため息をつくのだった。
目が覚める。
起きだすと、声が聞こえたような気がした。
ありがとう。
あたしは頷く。
感応夢の内容は覚えている。或いはフェデリーカの父が、来ていたのかも知れない。そして、サルドニカが今第二の発展の時を迎え。長く続いた硝子と魔石の争いも終わりつつある事を悟って。
安心して、あの世に行ったのかも知れなかった。
1、隠蔽鉱山
サタナエルと戦った辺りから、更に奧へ踏み込む。魔物の質は、それほど上がってはいない。
この辺りにいた強めの魔物は、サタナエルがあらかたぶつけてきたのだろう。だが、それはあくまでこの辺り、だ。
短期決戦で片付けたから、あの程度の数を相手にするだけで済んだ可能性も決して低くは無い。
警戒を厳重にしながら、奥へ進む。
フェデリーカは支援の要だし、ついに相手を完全拘束する奥義も身に付けた、と既に聞いた。
だからフェデリーカを真ん中に陣列を組む。
荷車は二つに増やした。
一つをレントが、もう一つをボオスが引いて歩く。
基本的に何処から魔物が来ても対応できるように魚鱗陣を組んでいるが。
最前衛には、今はパティに出て貰っている。
これはパティの技術が上がってきていて、特に速度に関してはもうタオを越えたと判断したからだ。
タオは元々戦士としては皆の中では其処まで優れていないとカミングアウトしている事もある。
それでも充分強いが。
パティはタオを超えた事を何となく悟り。
複雑そうだが、同時に戦士としての血がたぎるのだろう。
嬉しそうでもあった。
座標を集めながら進む。
この辺りでも座標を集めるのだが、座標はあればある程いいらしい。今は人数がいるので、タオは座標集めの位置指定に集中して貰う。あたしは求められれば鍵に魔力を再充填する。
同時に、クリフォードさんとアンペルさんが、周辺を見る。
前のサルドニカ滞在時も、この辺りの鉱山は調べたのだが。恐らく問題になる神代の鉱山はもっと奧だ。
クリフォードさんがいきなり跳躍。
奥の方を確認して、それで降りてくる。
最近はブーメランが短時間滞空するようにもなっていて。ブーメラン操作の魔術に、更に磨きが掛かっている。
その内ブーメランに乗って飛ぶかも知れない。
割とこれはありうる話だ。
「この辺りを中心にした、千歩四方の何処かに入口があると思うぜ。 鉱山と言っても、山の中にあるとはかぎらねえから注意してくれ」
「私の音魔術では、反応がないわ」
「ふむ、そうなるとわしは音以外で探るか……」
「あたしの熱魔術では……あんまり気配はわからないかな。 近付けばクリフォードさんが分かるかも知れない。 歩き回ろう」
座標集めもある。
ときどきかなり大きめのワームが姿を見せて襲いかかってくるが、この面子の敵ではない。
さくさくと仕留めて次に。
もっと大きくて数がいると危険もあるかも知れないが。
場合によっては、地中から迫っているのに対し、あたしが地面を蹴りつけて衝撃を叩き込み、地中にいる間に仕留めてしまう。
人食いワームはどうもこの辺りの土の成分を好んでいるらしく。
あの湖を越えて、サルドニカ側に進出する個体は希のようだ。
こっちにいるのも、サタナエルが連れてきた個体ほど大きくなる奴は希、ということなのだろう。
魔物の世界も、色々と大変なのだ。
探索には最初から四日時間を見込んでいる。
歩きながらフェデリーカは、ずっと考え込んでいた。
多分街灯の事だ。
そういえば、硝子と魔石の融和の象徴として、フェデリーカの父が作ったものも、ランプカバーだった。
そう考えると、フェデリーカの専門は、硝子と魔石が産み出す光なのかも知れない。
それが人を惑わす妖光にならなければいいのだけれど。
まあ、それはいい。
ディアンが手をかざして、何かみつけたようだ。
「ライザ姉、なんだか変なのがあるぞ」
「どれ。 みんな、警戒して。 魔物が用意した撒き餌の可能性もある」
「分かった!」
散開して、皆が戦闘に備える。
クリフォードさんが先行して、様子を見てくる。
どうやらトロッコのようだ。
トロッコか。
今は別に必要ないと言いたい所だが。近付いて見て、無言になる。
これは、今サルドニカで使っているようなトロッコじゃないな。
車軸からして、テクノロジーのレベルが違う。使っている金属も、かなり高度なものとみて良い。
あたしが改良を続けている荷車に近いものだ。
それが壊れずに残っている。雨風に晒されていただろうに、錆びている様子もない。
タオも即座に興味を持ったようで、クリフォードさんと二人で調べ始める。その間、みんなはもう慣れたもので、周囲を警戒する。
「これはロマンだぜ!」
「持ち帰ってもそのまま使えますね。 高度テクノロジーの産物だ。 ライザが作る荷車と、品質は大差ない!」
「そうなると、あるなこの辺りに。 とりあえず、此処にはマーキングをしておくぞ」
「それがいいですね。 帰路で持ち帰って、ライザの解析が終わったらサルドニカに譲渡しましょう」
タオとクリフォードさんが盛り上がっているが。
まあ、それはいい。
タオが咳払いすると、解説してくれる。
「車軸なんかの形状からして、千三百年以上前のものだよ。 間違いなく神代の遺物だと判断して良いだろうね」
「お、当たりか」
「ああ。 この辺りに間違いなく入口がある」
そういって、クリフォードさんが棒を地面に突き刺す。
これで、トロッコの位置が遠めにも分かる、ということだ。
あたしはトロッコに触ってみるが、これそのものには悪辣なトラップなどは無さそうである。
魔術が構造そのものに刻まれているが。
乗せている鉱石などの重さを緩和したり、或いは車軸を滑らかにしたり、自動で埃や砂を排除したりといった機能で。
戦闘向けだったり、トラップだったりはしない。
それがわかれば充分。
後は持ち帰ってから、エーテルに溶かして全解析する。
それよりも先に。
まずは鉱山の入口の調査だ。
周囲にはちいさな山が幾つかあるが、クラウディアがどうも普通の山に過ぎないっぽいと言う。
だとすると、何処かの地面から、真下に掘り進めている可能性もある。
カモフラージュがされている可能性も高い。
古代クリント王国の時代や、それから千年前くらいまでの神代の後の時代にも。神代のテクノロジーを利用したカモフラージュのテクノロジーは存在していたのである。
それを考えると、どこに巧妙に入口が隠されていてもおかしくはないだろう。
位置転換。
フェデリーカの側にパティを。
他の皆は大きめに魚鱗の陣を拡げ、ゆっくり移動しながら、総当たりでしらみつぶしに調べて行く。
この辺りは緑も少なく、荒野がちで、隠れる場所がないが。
逆に言うと、地下と上空以外から、魔物に奇襲される可能性も小さいとみて良いだろう。ならばいい。
今なら、返り討ちにするだけだし。
返り討ちに出来ないようだったら、神代の連中に勝てっこないのだ。
範囲を割り込んで、徹底的に調査しつつ。
トロッコを中心に、螺旋を描くように動きながら、丁寧に調べて行く。
タオには座標を取って貰うが。それ以外の皆は、それぞれ出来る方法で、周囲を徹底的に探って貰う。
昼が過ぎて、一度昼食にする。
二交代で、持ち込んでいるサンドイッチをぱくつく。
みんな結構食べるから、傷まないように色々と工夫が必要だったが、まあそれでも関係無いくらい美味しい。
この間手伝った病院から話が行ったらしく。
アトリエに何人かが、礼の物資を届けてくれたのだ。
新鮮な卵などもあり。
それらを使っているから、とてもサンドイッチは美味しかった。
食事を終えてから、調査を続行。
リラさんが何かに気付く。ただの山肌の側にある岩に見えたが。呼ばれて近付くと、クリフォードさんが頷いていた。
「びりびり来やがる。 ロマンの気配だぜ」
「お、ロマンですか。 となると……」
「岩をどかせば良いか」
レントが出る。ディアンも呼んで、二人で岩を動かし始める。
もうパワーでもザムエルさんを超えたな。
そう思いながら、様子を見守っていると、大岩をうちの力自慢二人は、容易にどかすことに成功していた。
そして其処には。妖しい光を放つ魔力の壁があった。
かなり大きいが。
例の手帳にあったのと、だいぶ状況が違うように思う。カラさんが調べて、そしてふむと呟いていた。
「この壁は最近張り直した形跡があるのう。 恐らくは、あのサタナエルとやらの仕業であろう」
「この岩も、最近動かした形跡があるぜ」
クリフォードさんが、近くの岩肌などにある傷を示す。
なるほど、この岩そのもので入口を隠したと言う事か。或いは、本来此処の入口はもっと広かった可能性もある。
タオが調べ始める。
アンペルさんが壁に空間切断の魔術を叩き込むが。
魔術の壁は砕けても、即座に修復されていた。
「即時再生か。 恐らくは神代の技術だな。 それもまだ生きているとみて良いだろう」
「この位置だと、サルドニカの人はこないよねフェデリーカ」
「少なくとも当面は、フェンリルが出たばかりなので来られないと思います」
「そっか。 じゃあ開けちゃおうかな」
鍵を取りだす。
これはグランツオルゲンで強化したものだ。
鍵はどうしても魔術的に作るものということもあるし。多分頭に直接送り込まれたレシピに欠陥もある。
それでどうしても物理的な強度に問題がある。
グランツオルゲンはサルドニカに来てからも調査を続行しており、これは改良を加えたものだ。
壁に鍵を差し込むと。
しばしして、魔術は停止。
すぐにタオとクリフォードさんが。土砂で半ば埋もれた入口を調べて、安全の確保をしてくれる。
「大丈夫、魔術の再発動は、この装置を弄らないと無理みたいだ」
「こっちにもおなじものがあるぜ。 だが普通の魔術師の魔力程度では、多分びくともしないだろうな」
クリフォードさんが岩陰から手を振る。
さて、これは入口付近を調べて終わりかな。
セリさんが、多数の植物を展開して、入口付近の地盤を固めてしまう。大量の覇王樹が林立する様子は、ちょっと威圧的だ。
「これでもう土砂崩れは平気な筈よ。 根を張り巡らせたから、簡単に土砂が流れる事はないわ」
「ありがとうセリさん。 じゃあ、今日は入口付近を調べたら戻ろう」
無理はしない。
此処は無理をするべき場所では無い。
まずは、鉱山に足を踏み入れる。入口近辺はそこそこ広い穴がずっと地下に向けて伸びていて。
坂が緩やかに地底に続いていたが。
ある程度潜ると、平らになった。
というかこの坑道、恐らくは手堀りじゃないな。あまりにも四角四面に坑道が作られていて。
まるで建物の中だ。
あの手記にも、この世のモノとは思えないというような記載があったが。
これを見ていると、露天掘りの鉱山しか知らない人間が、そう考えても不思議では無いと思う。
というかこれは鉱山なのか。
「少し暑くなって来たな」
「排熱の仕組みが生きていないのか、動いていないのだと思います」
リラさんにそう返す。
王都近郊の「北の里」でも、排気関係のシステムはかなり高度だった。これは見た感じ確定で神代のものなので、もっと高度な気温調整、排気のシステムがあってもおかしくはないだろう。
「ライザ!」
ボオスが警告してくる。
壁の当たりにフェデリーカがランタンの光を当てると、人型がずらっと並んでいた。
これは、幽霊鎧か。
だがそれにしては、なんというか非常に滑らかなフォルムだ。そもそも鎧の形状をしていない。
いずれにしても、接近は止めておくべきだろう。
少なくとも今日は。
「タオ、入口付近のマッピングは出来た?」
「問題ない!」
「よし、今日は引き上げるよ。 あのトロッコは持ち帰って解析しよう!」
「分かった!」
点呼してから、それから撤収する。
パティはずっと大太刀に手を掛けていたが、ちょっと耳打ちする。
「そうだパティ。 帰ってから頼みたい事があるんだ」
「どうしたんですか」
「今東の地に行く時に、現地の人達と関係構築をするために大太刀を量産しているんだけれども。 色々な大きさのを作っていてね。 それで問題が無いか、ちょっと振るって欲しいんだ」
「ああ、空いた時間で作っている奴ですね。 私で良ければ、幾らでも確認します」
快くパティは引き受けてくれる。
東の地に行く事は既に予定で決めてあるし。
彼処が人外の地であることも分かっている。
だからこそ、現地で苦闘を続けている人達の力になる武具でなければ意味がない。
神代の連中に通用する武具を揃えるためにも。
あたしだけの視点ではだめだ。
プロフェッショナルに成長した仲間に、頼る所では頼る。
鉱山を出ると、壁は張り直しておく。
中に流れ者とかが入ると面倒だからだ。ついでに岩も動かして、カモフラージュをしておく。
此処にあたし達以外の人間が入るのは、もっとずっと後の時代にするべきだろう。
少なくとも、大都市ですら身を守ることが満足に出来ていない今の時代に、するべき事ではない。
夕方になっているので、急いで戻る。
荷車が三つに増えたが、三つ目のは何が起きるか分からないので、側であたしがつきっきりで見張る。
走り回るのに飽きたのか、カラさんは魔法の絨毯みたいなのを作り出して、それに乗って移動を始める。
フェデリーカが息を切らしながらそれを見るが。
カラさんは、残念だがと、先に釘を刺す。
「すまぬのうフェデリーカよ。 これは一人乗りでな」
「その、私にもそんな風なことが出来ますか?」
「うーむ、そなたは此処に集った豪傑に比べると、体の構造的にもどうしても肉弾戦に向かぬし、身体能力も低い。 確かにこういったもので移動したくなるのは分かるが。 これは魔術の粋を極めて作り出したものでな。 三百年ほどわしの元で修行すれば、出来るようになろうぞ」
「……すみません。 無理です」
いっそあたしが不老の技術を教えようかと思ったが。
不老になると、多分生物として完成に近い存在になるからか、子供を作ろうという意欲である性欲が消えて無くなる。ついでに子供も産めなくなる。これは調べたが、あたしだけではなさそうだ。
子供を産んで次代につなぐと言う事にあたしは価値を見いだしていないが。
他の皆に、この思想を押しつけるつもりはさらさら無い。
だからがっくりしているフェデリーカに、その話をするつもりはなかった。
あたしも色々な人の髪の毛やらを貰って、錬金釜でエーテルに溶かして調べて、人間の生物としての構造は調べているのだ。これはオーレン族に関してもそうだし。他の魔物や、家畜なんかの動物についてもそう。
調べた結果、生物というのは根本構造をいじる事が出来。神代はそれを悪用したらしい事も分かってきている。
あの群島奧の宮殿地下にあったホムンクルスのしがいも、それだろう。
神代にとっては奥義だったらしいが。錬金術は才能の学問だ。たまたまあたしには再現が難しく無かった。
そしてそれが故に馬鹿馬鹿しい。
あたしが子孫を作ったからと言って、錬金術の才能を継ぐかは別だし。
錬金術を正しく使えるかも、もっと別だからだ。
走りながら、そんな事を考える。
程なくして、サルドニカに到着。走り抜けて、アトリエに向かう。
「す、すみませんライザさん! ちょっとギルド本部に寄ります!」
「ボオス、支援してあげて! クラウディアも!」
「分かった。 任せておけ」
「パティさん、料理はお願いね」
三人が離れる。
アトリエに戻ると、パティが手を洗って、頭巾を被り、すぐに料理を始める。
息が上がっている者はいない。
クリフォードさんがパティを手伝い始める。他の皆は、それぞれ自分がやるべき事を始めていた。
それはあたしも同じだ。
大太刀を調合して増やしておく。
体格に合わせて、色々作る。
扱いが難しい武器だ。基本的に大きめの武器というのは玄人向けの武器で、ナイフとかの方が使いやすいのである。
それはそれとして、魔物と戦うのに、小型武器では話にならないことも多いし。
ましてや魔界と聞く東の地ではなおさらだろう。
基本的に飾りは殆ど入れない。
人斬り包丁として作る。
淡々と大太刀を作っていると、フィーに袖を引かれる。食事か。丁度クラウディア達も戻って来たようだった。
クラウディアは大きめの肉を買ってきていたので、コンテナに入れて明日の食事にする。コンテナに入れておけば傷まない。
食事をしながら、軽く話す。
「タオ、座標は足りそう?」
「東の地の状況にもよるけれど、此処から更に東の地、ネメド、それにウィンドルで座標を集めれば、座標の示している数字をある程度的確に調べる事が出来ると思う。 ライザ、それより鍵の強化はいけそう?」
「もう少しかな。 グランツオルゲンは合金にして輝くんだけれども、合金の素材がちょっとね……」
「それなら鉱山探索は急務だな。 明日からはあの得体が知れない鉱山に、本格的にアタックか」
気が進まない様子のボオス。
食事を早々に終えると、パティに完成品の大太刀を一本ずつ見てもらう。
きっちり分解して、隅々まで調べて行くパティ。
自分の大太刀も、徹底的にいつも調整しているのは知っているが。武器を見る鋭い目は。もう完全にひとかどの武人だ。
「これは少し重心を下げてくれますか」
「ふむふむ」
「此方は、刃の此処が少し造りがあまいですね。 強化出来るようならお願いします」
「ありがとう、とても助かるよ」
やはり少し問題があるか。余暇を見ながら調整した武具だ。それは本職から見れば、問題も出ておかしくない。
全てそうやって見てもらって。
その後、パティが大きく嘆息した。
「少し意見は言いましたが、どれも国宝級の品ばかりです。 私が貰っている大太刀もそうですが、いずれも代わりが効かない最強の武器ばかりだと言って良いかと思います」
「そう言ってくれると嬉しいよ」
「東の地では、もっと勉強する事になるんでしょうね」
「あのフロディアさんがとめるくらいだからね。 その前に、少しでもあたし達ももっと強くなっておこう」
パティは頷く。
後は、もう何本か大太刀を増やしておく。
いずれもがグランツオルゲンを贅沢に使った品だ。
東の地でも、恐らくは気に入ってくれるだろう。
風呂に入って、汗を流す。
風呂から出ると、今度はクラウディアに話をされた。
「東の地に、先にバレンツの名代を派遣しておいたわ。 現地に着いたら、その手引きで色々と便宜を図れると思う。 でも、今の時点で、色々と良くない話が出ていてね」
「現地で権力争いが深刻とか?」
「ううん、そうじゃないの。 とんでもない魔物が出て、大暴れしているようなの。 強力な魔物と戦い慣れている東の地の戦士達ですら、苦戦する程の相手なんだって」
「……それは厄介そうだね」
ならば、なおさら大太刀は必要か。
それとバージョンを更新した結果、必要なくなった装飾品類も譲ってしまうのが良さそうだ。
色々作った結果、もう必要なくなった装飾品は相応の数があるが。
これらも身に付ければ、それなり以上の戦力になる筈である。
あと、幾つか話した後。
フィーに急かされたので、寝る事にする。
出来るだけ急いであの神代の鉱山を攻略し。
内部を調べて、出来れば技術を解析しておきたい。
敵は強大だ。
だからこそに。
その手の内は、しっかり把握しておかなければならない。それが目を覆うような非道の果ての行為であっても。
あたしには、知る義務があるのだった。
2、魔界の入口
鉱山の奧に入る。壁際に並んでいた幽霊鎧の原型と思われる兵器は、予想通りというか。近付くと襲いかかってくる。
動きが驚くほど滑らかで、重装の鎧を着込んだ人型とは思えないし。
中身ががらんどうだとも思えない程だ。
「炎は出来るだけ使わないように! 空気の入れ換えが出来ていない可能性が高い!」
「分かった!」
警告を飛ばしながら、あたしは前衛に出ると、ボオスに右から斬りかかろうとしていた幽霊鎧の原型らしいのを、中段からの蹴りで叩き伏せていた。
吹っ飛んでバラバラに散らばる幽霊鎧の原型。
だが、今の手応え。
重いな。
「堅ったあ……!」
「手強い相手だ! 気を抜くんじゃねえぞ!」
レントが二体同時に相手にしている。リラさんも。セリさんが、覇王樹で一体を押し潰すが。
覇王樹で倒し切れない。
アンペルさんが、数度空間切断の魔術を叩き込むが、ちょっと破損しただけでとまる様子もない。
見た目よりも。
遙かに厄介な相手だ。
「もっている剣も凄い業物です! 剣技の技量も高い!」
「接近戦が苦手な人は前線に近寄らないで! 一太刀で斬られるよ!」
「畜生、達人とやりあってるみてえだ! 本当にこいつら、中に人がいないのか!」
「いないよ! でも……」
首を狩りに来た一太刀をかがんでかわすと。
逆に回し蹴りを叩き込んで、鎧をくの字に拉げさせる。
壁にぶつかって大破して、それで動かなくなる。
この装甲、恐らく合金だ。
そして分かる。
これは、求めていたものだと。
それはそれとして、此奴らがサルドニカに進軍でも始めたら、恐らくはとめる事は出来ないだろう。
今、此処で。
全滅させるしかない。
激しい戦いの末に、どうにか敵を全滅させる。深手を負ったのは、ボオスとパティ、リラさんか。
すぐに薬を塗り込む。
あたしの薬は効果がどんどん上がっている。ただ、右腕がぶらんぶらんになっていたボオスは、顔色が真っ青なので、一度後方にさがらせる。
レントが、ざっくり斬られた鎧を見て、嘆息していた。
「こいつらの剣普通じゃねえぞ。 鎧の曲部分にあわせて弾こうとしたのに、完璧なタイミングで切り裂いて来やがった」
「……ひょっとするとだけれど、本当に達人なのかも知れない」
「どういうことだ」
「神代の連中は、ホムンクルスなんて形で命を作り出すことさえ出来た。 フィルフサや各地で暴れている魔物にも、神代に作り出された者もいる。 サタンやサタナエルは、頭の中を弄くられて思考を完全にコントロールされていた。 だとすると……例えば達人の記憶を集めて、最強の剣技を幽霊鎧に振るわせる。 そういう事が出来るのかも知れない」
冗談じゃねえぞとレントが言う。
レントは一部だけ鎧を着けている。それは魔物の攻撃を耐えるためのものではなくて、体捌きである程度「弾く」「逸らす」事を目的としたものだ。人間が振るう武器には、それは更に有効になる。人間の主敵が魔物になったから鎧は廃れたのだが。使い方次第では、命を守れる。
パティみたいな軽装戦士は、余計に鎧での「弾く」「逸らす」が立ち回りで大事になってくるのだ。
だが、この敵の技量。
ちょっと侮れない可能性が高い。
「妙じゃな」
「カラさん、何か思い当たる事が?」
「ウィンドルに攻め寄せた錬金術師どもは炎の牙や光の剣を持っていて、それらの破壊力は凄まじかったが。 一方で使いこなす技量はお粗末そのもので、それで我等でも対抗が出来たという面があってのう。 そんな達人の技を抽出できたのなら、何故奴らはそれを学ばなかった」
「……或いは錬金術師以外は卑職と考えていて、剣術なんかは軽視していたのかも」
これはあくまで仮説なので、そうだとは言い切れないのだが。
可能性は大いにある。
怪我の手当てが終わる。ボオスに栄養剤を渡す。指を二本切りおとされたパティは、薬でそれをつなげて。
もう問題ないと、動かしていた。
フェデリーカはそれを見て、絶句している。
まだまだ線が細いな。
とにかく奧に。
最大限の警戒をしながら進む。通路そのものは格子状と言うか、なんというか神経質に整えられていて。
坑道というよりも。
地下に作られた建物のようだった。
また幽霊鎧が来る。
ただ、通路の一方からだ。
カラさんとあたしで連携して、大火力の冷気魔術でまとめて凍らせ。続けてプラジグを複数叩き込んで、範囲攻撃をぶち込んでやるが。
なんと耐え抜いて、迫ってくる。
これは雑魚とは侮れないな。
フラムはダメだ。兎に角、この坑道……いや遺跡と言うべきか。此処の解析を済ませないと、窒息しかねない爆弾は使用厳禁である。
「くっそ! つええ!」
「感情が読めないから、やりづらくて仕方がありません!」
「うおっ!」
ディアンが斬られた。
リラさんが引っ張って、まだ戦おうとするディアンを引き戻す。やれると叫ぶディアンをあたしは抑え込むと、薬をねじ込む。というか、内臓まで傷が達している。このまま戦えば死ぬ。
激しい戦いに、あたしも参戦。
斬撃が兎に角綺麗だ。本当に達人なんだ。少なくとも、技だけは。
だからこそに、剣が泣いていると言える。
此奴らの使っている剣だって、グランツオルゲンが入っていないとはいえ、凄いテクノロジーの産物だ。
使うのも達人の技。
全て外道を極めている神代錬金術師の走狗として仕上げられたのだとしたら。
どっちも無念だろうな。
蹴り砕く。
もう一つ、蹴り砕く。
レントが肩をざっくりやられながらも、豪腕を振るって数体の鎧をまとめて吹っ飛ばしていた。
今の時点では、倒すには構造を完全破壊するしかない、
叫んで、更に一撃。
また、短いが激しい戦いの末に、負傷者を大勢出しながらも、なんとか幽霊鎧の殲滅に成功していた。
「倒した幽霊鎧は徹底的に破壊して、残骸は荷車に詰め込んで。 剣はとても鋭いから気を付けて」
「この剣、王都で騎士達が見せびらかしているものなんか問題にもならない業物ですよ……」
「でもなんか量産品っぽいんだよねえ」
「それは、確かに。 一本ずつ名匠が魂を込めて打った業物とは違いますね」
パティは何度も手傷を受けても、治療を受けて向かって行く。戦士としては、既に完成していると言う事だ。
ただ、皆の消耗が激しい。
昂奮物質が出て傷みが消えているだけで、体を欠損していてもおかしくない。一度点呼をして、皆に五体無事か確認して貰う。
その上で、栄養剤を渡す。
休んでいる間は進まない。
この様子だと、まだまだ幽霊鎧はいるだろうし。みんな達人並みの技量だし。戦えば大きな被害が出る。
そんな状況で、迂闊に進むわけにもいかなかった。
タオが地図を見せてくる。
「この鉱山……いや遺跡なのかな。 意外と狭いかも知れない。 抵抗さえ排除できれば、一気に奧に進めるかも」
「……薬の残量がちょっと心許ない。 もう一戦で今日は切りあげかな」
「少し時間が余るね」
クラウディアの指摘ももっともだが。
余った時間は、物資の補給だ。いずれにしても此処の敵は質が高い。それに……。
散らばっているこの素材、極めて優秀だ。回収して、鍵の素材にしてしまうべきだろう。
それと、この鎧を作る材料になった原石を見つけられれば、更に有益だと思う。或いは、改良出来る可能性も高いからだ。
それと、もう一つ気になる事がある。
「レント、パティ、リラさん。 戦った幽霊鎧達、なんだか動きが似ていなかった?」
「そういえば……確かに剣筋なんかは全く同じだったな」
「私もそう感じました。 手強い相手ではあったのですが」
「私も同意見だ。 もう何度か戦えば、より容易に勝てるだろうな」
そうなると、みな同じ技量なのかも知れない。
其処が気になることなのだ。
少し考えてから、意見をまとめてみる。
「サタンやサタナエルは脳を弄られていた形跡があったんだ。 サタナエルは粉々にしちゃったけれども、それでも残骸からはそういった形跡が確かに見つかった」
「そういう話はしていたな」
「でもこれらは空っぽなんだよ。 そもそも幽霊鎧の技術が、空っぽなのにどうやって動かしているのか……」
からくりなのは分かっている。
つまりは機械の一種、ということだ。
だが、どういう機械なのか。
後代の幽霊鎧は、より動きが鈍いし、いかにもからくりという感じで動く。しかし神代のものは……。
明らかに、達人レベルの剣技を、滑らかに繰り出してくる。
鎧の装甲も分厚い。
まさかとは思うが、何処かに何かしらの未解析の仕組みがあるのか。しかし、それを解明するには。幽霊鎧を無事なまま錬金釜に放り込んで溶かすしかないだろう。それは流石にこの面子でも無理だ。
「ライザ、今はとにかく遺跡の深部に向かおう。 この守り、はっきりいって過剰だ。 絶対に何かあるよ」
「同意見だな」
タオとクリフォードさんに言われて、頷く。
まずは深部に到達すること。
そして、この遺跡を解き明かす事は、必ず大きな意味を持つと、あたしは確信していた。
夕方少し前にサルドニカに戻る。薬の消耗が激しい。フェデリーカは精神的にも消耗が激しいようで、本部でデスクワークをしてから戻ると言う事だ。ボオスだけ来て欲しいと言う事だったので、貸す。
まあボオスも相当しんどそうだったし、それで大丈夫だろう。
アトリエに戻ってからは、戦闘で最も激しく戦った前衛から順番に風呂に入って貰う。あたしは粉々にした幽霊鎧の残骸を錬金釜に放り込んで解析だ。
調べて見ると、未知の鉱石だが。
腕組みして考え込んでしまう。
確かこれ。
コンテナから取りだして、調べて見る。
正解だった。
これ、フェンリルが咥えている剣と同じだ。あれも色々と解析が進んでいるのだが。そうか、神代では量産出来る品だったのか。
ディアンが風呂から上がって、珍しくへばっている。今日は負傷がひどく、内臓へのダメージもあったし大出血もあった。
調査は一旦切り上げて、薬を補充する。セリさんも、せっせと薬草を出してくれる。かなり厳しい相手だった。明日は午前中、休憩に回しても良いかも知れない。
フェデリーカが戻った。
サヴェリオさんをつれている。硝子ギルドでなにかあったのか。ちょっと不安になったのだが。
サヴェリオさんは、あたし達が大苦戦したのを何となく悟って、様子を見に来たらしかった。
「ず、随分な有様だな。 あんた達に勝てる魔物なんて想像できないとまで思っていたんだが」
「世の中広いですからね。 それで何かありましたか」
「いや、そろそろドゥエット溶液が尽きそうでな。 ギルド長が提案してくれた実用的な街灯に関しても進めてはいるんだが、広場中央に飾るものは、やっぱり職人の技術の粋を詰め込みたい。 ドゥエット溶液の品質強化を急いでくれるか」
「今調査中の鉱山を突破したら……その次に行きます。 それまでは待って貰えますか」
問題ないとサヴェリオさんは言う。
アルベルタさんはというと、魔石部分が出す灯りを調整しようと色々やっているそうなので。
まあ、より高品質なドゥエット溶液は欲しいのだろうが。
今は職人としての仕事に全力を注ぎたいのだろう。
それについては、あたしも錬金術に対する比重を上げたい時があるから、分からないでもない。
「しかしサルドニカの北がそんな魔郷だとはな……」
「この世界は魔物が多く、それらの多くが人間に敵意を向けています。 だから、あり得ない話ではないですよ」
「それは分かっているつもりだったが……」
「とりあえず、サルドニカの周辺での入植は出来るだけ控えてください。 少なくとも一世代は」
サルドニカは別に人口爆発しているわけでもない。
鉱山街など、周辺の集落を整備する方が優先度が高いだろうとあたしは思う。
それについては、フェデリーカとも話してある。
今のフェデリーカは、そういったことが出来るだろう。
時々パティと政治の専門的な話をしているのを見かける。どっちも重要な政治的なポストをもっている。
だからこそ、わかる事もあるのだろうし。
「高地の方にも危険な奴がいます」
「マジか……」
「ええ。 ただ、今回の遠征で片付けます。 それでも全部始末できるかはわかりませんから、迂闊な入植は避けてください」
頷くと、サヴェリオさんは戻っていった。
ボオスがぼやく。
職人が入れ替わり立ち替わり、好き勝手なことをほざいているのを見るという。硝子ギルドと魔石ギルドはある程度統率されている方で、小規模なギルドだと、かなりゴロツキと区別が付かないような職人が混じっているそうだ。
小規模なギルドは街での発言権を挙げるために、何でもかんでも職人として囲い込むケースが多く。
流れ者だったり与太者だったりが、いつの間にか職人面をしてギルドに潜り込んでいるケースがあるらしく。
そういう連中からの悪影響を真面目な職人が受けることもあるらしいと、ボオスが嘆く。
クーケン島でも他人事じゃあない。
アガーテ姉さんががっつり見張っているからいいが、それでも時々与太者やお尋ね者はやってくるし、暴虐の限りを働くケースが多いのだ。
まあ近年では全部首だけにしてお帰り願っているので。あたしの名前が、その手の輩には恐怖とともに知られているのだろうが。
「それで、どうするんだ。 明日もあの恐ろしい鉱山に行くのか」
「タオ、後どれくらい戦闘が見込まれる?」
「地図を見る限り、多分だけれどもあの鉱山は遺跡であって、入口付近以外は研究施設か工場になっていると思う。 鎧が配備されているのは入口付近だけで、恐らく明日中に抵抗は排除できると思うよ」
「随分楽観的だけど、まあいいかな」
あの幽霊鎧の大きい奴がいたら、とんでもない脅威だが。
さっき調べて見た感じだと、そもそも使っている素材が見た事もない鉱石だと判断していい。
神代では、或いはサルドニカの近辺は、そういった鉱石を採掘する場所で。それが古代クリント王国の時代で全滅した事で、跡形もなくなり後世に伝わらなかったのではないだろうか。
そういう可能性すらあった。
ともかく、薬を増やしておく。
明日の戦闘で、ある程度攻略の目星をつけなければならなかった。
翌日は皆の疲労を考えて、午前中はゆっくりする。
敵の動きをある程度見切ったらしく、リラさんがボオスとタオに講義をしていた。二人ともかなりの達人だが、それでも流石にリラさんにはまだまだ及ばない。
「今説明したのはあくまで傾向だ。 だが、傾向が分かっているだけで、戦闘では手傷を減らす事が出来るはずだ」
「ありがたい。 助かった」
「リラさんは相変わらず頼りになりますね」
「そうでもないさ」
リラさんの表情はほろ苦い。
故郷でフィルフサに蹂躙されるばかりだった。
そう思うと、辛いのかも知れない。
いずれ、リラさんの故郷も取り戻さないといけない。今はリラさんが此方に来た門はしっかり閉められていて。後回しで良いと言っているが。
今回の一件が終わったら、復興に手を貸すつもりだ。
オーリムにいるフィルフサの数は、文字通り星の数ほどだろう。王種だけでもどれだけいることか。
だが、それも神代の連中を叩き潰したら、全て解明できるかも知れない。
あくまで楽観だが。
昼少し前まで、薬を増やし。皆の疲れが取れるのを待ってから、サルドニカの北に向かう。
フェデリーカがちょっとげんなりしている様子だが。
大丈夫だろうか。
「大丈夫、フェデリーカ」
「はい。 でも、戦っている相手が如何に恐ろしいか、今更ながらに思い知らされているみたいで……」
「此処にいるメンバーで苦戦するなら、もう他の誰を連れて来ても無駄だよ」
クラウディアがずばり言う。
まあ、そうだろうな。
あのメイドの一族の人達が何人か助太刀してくれれば、全然話は変わってくるのだろうけれども。
流石にそれはムシが良過ぎる。そもそもあの人達は、どういう目的で動いているか分からない。
当てにすることは止めた方が良いだろう。最悪敵になることもあり得るのだから。
移動は比較的スムーズに行く。入植地は人が戻り始めているが。やはりフェンリルがまた出たと言う事が、恐怖になっている様だ。ひそひそと、魔物が出たらどうする、逃げるときはとか、そういう話が聞こえる。
戦おうとは、流石に考えられないか。
だが、それをあたしは情けないとは思わなかった。ただ、努力はして欲しいとも思ったが。
現地に到着。少し遅めだが、それでも薬などを補充するために必要だった時間である。入口で、壁を解除。
タオの説明通りに動く事にする。
昨日の戦いで、リラさんはあの幽霊鎧達の動きを見切ったようだ。正直その辺りで見かける幽霊鎧とは次元違いだから、神代鎧とでも名付けるか。ともかく神代鎧は、全部が同じ達人の動きをベースにしていて。
あたし達には戦いにくい相手である。
あたし達は、対人戦というのにそれほど習熟していない。敵は基本的に魔物だ。幼い頃から戦士として訓練を受けるときも、対魔物を想定していた。勿論対人戦の経験も、人間を殺した経験もあるが。
あの幽霊鎧は対人戦がそもそも発達した世界で。
人間サイズで、人間を殺傷するためだけに作られている。
勿論古代クリント王国の幽霊鎧もそうだろうが、あれとは動きも装甲も火力も何もかもが別次元だ。
魔物にどう対処していたのかは少し気になるが。
神代は好き勝手に魔物を作り出したり、フィルフサを改造したりしていた文明なのである。
今とは魔物との立場が決定的に違っていたのだろう。
ゆえに、やりづらい。
入口付近で打ち合わせをした後、隊列を組む。釣るのはタオの仕事だ。笛を渡しておく。いわゆるホイッスルで、口に咥えて噴くだけでそれなりに大きな音が出せる。これで、接近を知らせる訳だ。
タオが奧の通路に一人で行き。
間もなく、笛がなる。
来る。
わっと、かなりの数の神代鎧が来た。
どうやら一体が反応すると、まとめてかなりの数が動き出すらしい。まあそれはいい。とにかく叩き潰すだけだ。
タオがこっちの陣列に逃げ込んだ後、リラさん、レント、パティが最前列で武器を構える。
敵には最初からあたしが、大火力の爆弾である氷爆弾メルトレヘルンを叩き込み。凍らせた所に雷撃爆弾リアプラジグを放り込む。炸裂する冷気と雷撃が、神代鎧を強かに撃ち据えるが。
それでも奴らは止まらず、数体を失いながらも迫ってくる。
其処に更に大量の炸裂爆弾クラフトをまとめたクラフトリオを放り込む。爆発が連鎖し、多数の神代鎧が傷つくが、それでも倒れない。
流石だな。
だけれども、あの繊細な達人としての動き、それだけ傷んだ状態で、どれほど再現出来るか。
前衛が、猛烈な冷気が立ちこめる中、神代鎧と激突。
クラウディアが多数の矢を叩き込み、しかも中空で屈折させる。神代鎧に突き刺さる矢だが、ダメージは与えても倒せない。猛攻を受けて、少しずつ前衛がさがる。十字路にさしかかった瞬間、左右に伏せていたディアンとボオスが仕掛ける。半包囲において、敵を逆に死地に誘い混んだのだ。
一気に敵を減らしていく。
あたしは様子を見ながら、敵後方にメルトレヘルンをもう一発放り込む。派手に氷結するが、それでも神代鎧は砕け散らずに立ち上がってくる。
これは恐らく、対錬金術師も想定した作りになっている。
錬金術師同士の殺し合いは、神代では珍しくもなかったのだろう。あたしはそうだろうなと呟く。
神代の中で、勝ち残った連中が、世界を滅茶苦茶にした。
勝ち残った奴らは、正義でもなければ、心が正しかったわけでもなかった。
だから世界は無茶苦茶になった。
それだけの話だったのだ。
データを取りながら、前衛と適宜交代して、戦闘を進める。あたしとタオも前衛に入り、クリフォードさんとクラウディアが射撃支援を続行。カラさんは神代鎧に雷撃での牽制を続け。
そしてレントが、二体三体と、大剣で薙ぎ払う。
レントの剣を弾いてみせる神代鎧さえいるが、予想通り傷んだ状態では十全に動けないようである。
この辺りは、人間の達人もかくやという動きを実現できてしまっているが故の弊害なのだろう。
パティが納刀。
斬りかかってきた神代鎧に二連撃を浴びせて、上半身を三つに割り断った。火花が散るような斬撃だ。
ボオスも二本の剣を駆使して必死の戦いを繰り広げて、蹴りも交えて次々神代鎧を退けている。
第一の集団を、撃ち倒す。
呼吸を整えて、負傷者、と声を張り上げる。あたしも足をざっくり斬られていたので、すぐ薬をねじ込む。
多めに作った薬だけれど、これは今後どんどん消耗が激しくなるだろうな。そう覚悟する。
「パティ、もう完全に敵の動きは見切れたか」
「いえ、まだ。 ですが、目では追えます。 もの凄い手練れで、相対していてひやひやしますが」
「そうか。 もう剣士として十全の力があると思うがな」
「俺も同感だ」
レントも手傷を受けているが、最後まで最前衛にいてくれた。
セリさんも戦闘では要所で覇王樹や蔓を出して敵の動きを阻害してくれたし、カラさんの魔術の火力も凄まじい。
手当て完了。
次だ。
そうして、敵をタオが次々に誘い出して、合計三度戦闘を終える。かなり手酷く負傷はしたが、昨日ほどじゃない。
「よし、ライザ風に言うなら神代鎧、片付いたね。 この通路が心臓部に続いていて、こっちが倉庫や書庫につながっているみたいだ」
「調査は明日にしようぜ。 そろそろいい時間だし……やべえのが奧にいる可能性もあるからな」
「いや、その心配はないな。 もう敵がいる感じがしない」
クリフォードさんが壁に手を突きながら言うと、そうかとレントも嘆息していた。それだけクリフォードさんの勘は皆に信用されているのだ。
とりあえず、安全は確保できたか。
これから神代鎧は、敵の雑兵として姿を見せるかも知れない。最低でも達人レベルの力の持ち主が、しかも爆弾の直撃を受けても耐える奴がわんさか出てくるというわけだ。
ちょっとぞっとしないが。
それでもこれくらいは退けられなければ、この先に進めるとは、とても思えなかった。
3、発展の果て
苛烈な戦闘ではあったが、前々日の戦闘に比べれば皆消耗が小さかった、と言う事もある。
疲労も小さく。
早めに撤退する事を決めたこともあって。
翌日は早々に鉱山もとい遺跡に入り込む事が出来た。
まずは幾つかある通路の先まで入る。
タオの言っていたとおり、袋小路の先は幾つかの部屋になっていて。それは古代クリント王国の、火山や古城にあった研究施設より、ずっと進んだ文明で作られていると一目で分かるのだった。
本棚もデスクも、明らかに次元が違うテクノロジーで作られている。
タオが本を早速取りだすが、やはり劣化は一切していないようだ。紙すらもが現在の文明とは根本的に違い、しかもそれが量産されていたという事が分かる。
クリフォードさんが机を触ると、目を細める。
「前に遺跡で殆ど同じデザインのものを見た事がある。 これは量産品だ。 それも環境が良かったとは言え、まったく劣化していない」
「とんでもないですね……」
「ああ」
フェデリーカも職人だ。
硝子と魔石以外にもサルドニカにはギルドがあり、職人もいる。家具職人だっているだろう。
だからこそ、それが如何に凄まじい事か分かるのだ。
一度、本だけは回収する。
遺跡のコントロールをこっちで握った方が良い。他の部屋も調べる。壁にプレートが掛かっていて、文字が書かれていたが。
その文字も、明らかに手書きではない。
「ライザさん、この文字も……」
「うん。 手書きじゃない。 活版印刷よりももっと進んだ技術で、この文字が書かれたプレートそのものを生産したんだと思う。 錬金術によるものかまでは分からないけれどね」
「そんな技術があったのに……」
パティも悔しそうだ。
王都のテクノロジーがロストテクノロジーと化していて。
去年あたしが王都に出向いたとき、機械をあらかた直した。だがそれは、技術が死んでいるから、ただ王都の状況を延命措置しただけ。その現実を。パティは文字通り当事者として知っている。
だからこそに、技術が現役で動いていたのに、外道に墜ち果てた神代の事は悲しくてならないのだろう。
あたしも気持ちは良く分かる。
正直な話。
幼稚な覇権論を口にしている事からも。あまりにも手に余る技術を、神代は手にしてしまった。
そうなのだとしか思えない。
ただ、こんな凄まじい技術が、もっと残っていないと言うことは。
神代の錬金術師のような、ごく一部の輩しか、その恩恵を得ていなかったのかも知れなかった。
タオが文字を解読し、あっちを先にと指さす。
制御室だそうだ。
ならば、先に行っておくべきだろう。
通路の先にあったのは、見慣れない機械が多数並んでいる部屋だ。タオは分かるらしく、操作を始める。
光学魔術による立体式操作盤。
クーケン島の地下にあったのと同じだ。
文字は流石にタオも難しいものが並んでいるらしく、四苦八苦しながら解読しているようだが。
解読出来るだけで、今やタオはクーケン島の頭脳では無く。
人類の頭脳だと言えた。
「クリフォードさん、彼方の装置を……」
「おう、任せておけ」
「私も手伝うか」
「お願いしますアンペルさん。 彼方の装置を……」
うちの学者三人衆が動く。
それぞれ機械を操作していたが、ふっと遺跡が明るくなった。音も何もしなかった。天井に埋め込まれている機械が光っている。
あれはそもそも、どうやって動いている。
「よし、灯り回復。 次は換気を回復させるよ」
「よろしくタオ」
「任された。 これで最悪、何かに襲われてもライザの得意な熱魔術で対応できると思う」
それは有り難いな。
ほどなくして、ぶわっと風が吹く。
カラさんは即応して、皆を風のシールドで守ったようだが。あしもとの埃なども、何処かへ飛んで消えていく。
口を押さえていたクラウディアが、視線を向けた。
天井の一角に穴があり、そこから埃を吸い出しているようだった。
「エラーが出てるな」
「これだけの長期間動いていなかった遺跡だ。 それは壊れもするだろう」
「いや、違いますアンペルさん。 このエラーは、恐らく僕達が破壊した神代鎧のものです。 ……生産システムがまだ生きてる。 これから停止を試みます」
「やれやれ、私に出来る事はもうないな」
クリフォードさんとタオがてきぱきと進めていく。
その間に風は止み、積もっていた埃もなくなった。パティが荷車から飲み物を持って来て、頭脳活動中の三人に配る。
あたし達は周囲を警戒。
この遺跡はついさっきまで死んでいたとしても。
後から神代の手先共が入り込んで来てもおかしくは無いからだ。
「よし、生産ライン停止。 よっぽどここのセキュリティに自信があったんだろうね。 権限アカウントにパスも設定していなかったよ」
「どんだけ凄いセキュリティでも、使う人間次第って事だな。 此処の連中は、間違いなくオーリムに攻め寄せたクズどもと同レベルだったと見て良さそうだ」
「地図が出たよ。 全表示するね」
立体映像で、地図が出る。
おおと、声が上がる。
あたしも見る。
心臓部はかなり大きく取られていて、何かしらの巨大装置が存在しているようだ。それの周囲に幾つかの装置があるが、それらは今は動いていないようでもある。
更にタオが言うには、他の部屋も全て用途が分かったという。
心臓部の奧にはとくに何もなく。
他は研究施設と、宿泊施設、それに娯楽室などだという。
一応、全員で全ての場所を見て回る。
明らかに古代クリント王国時代のものとはテクノロジーがレベル違いだ。心臓部にある機械は、解析しないとどうなっているかさえ分からない。カラさんが唸る。
「これは……魔力をどこから供給されている。 燃料などを使っているようには見えぬが……」
「竜脈から吸い上げている気配はないですね。 どこかから転送されているようにさえ見えます」
「おいおい、動力の転送だって?」
ボオスが嘆く。
冬の燃料集めに苦労しているクーケン島の長だからこそ出る嘆きだ。あたしも、超技術だと思う。
遊戯室には、まだ遊べそうな遊戯盤が幾つもあった
ルールはよく分からないが、触る理由も無い。
休憩室は、ベッドが何段にも積まれていて。トイレも風呂もしっかり完備されているようである。
北の里よりも技術がだいぶ上だな。
あたしは口に出さずに、そう思う。
ともかく此処も凄まじい技術によって作られている場所だ。一通りみて回った後、タオに頼んでまた遺跡のシステムをとめて貰う。
あの動力。
どこから来ているか分からない。
それが、とても嫌な予感を想起させた。
タオは光学操作盤からログを確認し、凄まじい勢いで要点だけメモを取ったようである。
それで一度引き上げる。
大量の本。
そして心臓部でまとめられていた鉱石。
回収出来たのはこれらだが、これらだけでも充分過ぎる程である。すぐにアトリエに戻る。
やはり戦闘がないと早い。
まだ午前中だ。
フェデリーカはボオスと一緒にサルドニカに。タオとクリフォードさん、アンペルさんは本の解読に入った。
セリさんは植物の改良に。
あたしは鉱石の解析に入る。
他の皆は、レントが誘って、辺りの魔物を駆逐しに行く。特に高地の魔物はこの辺りでは頭一つ抜けて強い。
出来るだけ駆除しておいた方が良いだろう。
クラウディアは料理を始めたが。人員は充分過ぎる程だ。
黙々と調査をしていると、フィーが何かに気付いたようである。
「フィー!」
「うん? フィー、どうしたの?」
回収してきた荷車の上を飛び始めるフィー。
頷いて、探してみる。
ほう、これは。
かなり興味深い。
鉱石の中に、ちょっと違うのが混じっていた。
どの鉱石も、見た事がないものばかりだ。ただ、フィーが見つけたと言うか気付いた奴は。触ってみるとじんわり温かい。
これはセプトリエンや魔石とは別方向で、魔力を蓄えている鉱石らしい。
面白いので、研究を進める。
しばらく無心に研究していると、昼の時間になった。
これから残りの時間は、本の解読待ちだ。あたしの方も、しばらくは鉱石の研究で手をとられる。
昼を食べながら、軽く話をする。
タオが、分かった事実をまとめてくれた。
「あの施設は、どうもこの世界で作れる最高の合金を研究していたみたいだね。 他にも似たような施設は幾つもあったらしいのだけれども、どれも説明を見る限り、神代から古代クリント王国に掛けて、人が入れなくなった土地にあるみたいだ」
「ああ、汚染だの魔物が大量発生して、人が追い出された土地だよな」
「うん。 あの施設だって、ある意味そうだよ。 入り込んだ人は、本当に入口だけで引き返したんだろうね」
タオは続ける。
合金の素材になる鉱石は、地下の深くの深くでしか取れないらしく、中心部の巨大装置で掘り出していたらしい。
専門用語が多くわかりにくかったそうだが。
今の時代では、採掘は難しそうだ、という話だ。
「そんなものを、神代の奴らは潤沢に掘り出せたってことか」
「そうなるね。 ちょっと気になったのは、あの施設で働いていた研究者達は、たくさん不平を零しているんだ」
「なんでだ。 最先端の技術なんだろ」
タオはそうではなかったらしいと言う。
クリフォードさんが、代わりに続けた。
「どうも神代の錬金術師も一枚岩じゃなかったらしくてな。 今で言う王族貴族みたいな連中や、ひらの錬金術師がいたらしい。 それも別に実力で選抜されていたわけでもなく、血統で選抜されていたみたいなんだよ」
「ああ、納得いきますね。 サタンやらサタナエルやらが、劣等血統って言っていたでしょう。 あれらは脳みそを弄られていましたし、つまり作った奴らがそういう事を日常的に口にしていた、ってことですよ」
「反吐が出る」
レントが吐き捨てる。
リラさんも、同感だとぴしゃりと言った。
オーリムで幾つかの氏族を見たが、オーレン族に身分制度はないようだった。まとめ役はいるが、それだけ。気に入らないなら新しい氏族を立ち上げて、別の土地に行けば良い。そういう考えの種族だったからだ。
社会が小さいからなり立つ考えなのかも知れないが。
それにしても、神代の頃には馬鹿馬鹿しい血統による身分制度があり。今でも王都で井戸の中のカエル達が王族だ貴族だと喚いているような現状は。
確かにオーレン族からすれば、馬鹿馬鹿しいの一言なのだろう。
タオが続ける。
それによると、どうも最強の金属を開発するのに、魔石を圧縮してそれを媒介にする派閥と。
金属を合金にして。それを極めていく派閥が存在していたらしい。
二つの派閥では、前者が圧倒的な勢力を持ち。
後者は殆ど命令されるように、働かされていたようだった。
そうなると、あの高い性能を持つ神代鎧はみそっかすの産物、ということなのか。にわかには信じがたい話だ。
しかし、考えて見るとなるほどとも思う。
そもそも合理的に考えられる連中だったら。
神に近い存在だなんて名乗らない。
技術と権力だけ持ったバカの集まり。
それが、オーリムに侵攻した連中の実態。
勿論その技術を開発した存在はバカとは程遠かったはずだが。しかし、どうしてそうまで社会は劣化したのか。
ディアンも、素直に疑問を口にする。
「なあタオさん。 俺がバカだからかも知れないけど、わかんねえから教えてくれ。 なんでそんな俺でも分かるくらいのバカが、もの凄い文明を作れたんだ? 嫌な奴らで悪い奴らだけれど、技術は本物だったんだろ?」
「神代の歴史は分からない事だらけなんだ。 錬金術師はむしろ後発の存在だった、ということは分かっているんだけれど……」
「後発なの?」
「長い神代の歴史の中では、かなり後に出て来た存在だよ」
そっか。
いずれにしても、まだ分からない事だらけなんだな。
一度解散する。
なお、アンペルさんが技術書を見つけてくれたので、助かった。軽く説明して貰って、鉱石の配分などを確認しておく。
なるほど。
完成品に関しては、既に神代鎧の残骸から得られている。
だけれども。この合金をセプトリエンと……正確にはグランツオルゲンと組み合わせる事で。
更に強力な金属を作れるかも知れない。
食事の後、解散する。
今度はフェデリーカも、レントについて高地に行く。あたしは黙ってひたすら薬と爆弾の調合、それに研究を続行。
そうして分かってきたが、どうも神代鎧の構成金属と、グランツオルゲンの相性は最悪のようだ。
神代鎧に使われている金属は、「ハイチタニウム」と神代で呼ばれていたらしいが。
これを混ぜ合わせると、グランツオルゲンはむしろ弱体化してしまう。
何事もとんとん拍子に上手くは行かないな。
苦笑しながら、調整をする。
どうもハイチタニウムは、鍵との相性はかなり良いらしいが……ちょっと柔軟性が足りないか。
鍵はまだ強化が見込めると思う。
こうなったら、ディアンが心当たりがあると言う金属も調べてから結論を出すとして……である。
いずれにしても、鍵のコーティングそのものは、次の段階にいける。
まず、グランツオルゲンを中心とした合金で、鍵をコーティング。その外側を、ハイチタニウムを中心とした合金でコーティングする。
これで、鍵の強度を飛躍的に上げられる。
グランツオルゲンは魔力との相性が最高で、鍵を直接守るのはこれ以外には存在していない。
ただし合金にしなければ硬度が非常に低いので、そこは今まで錬金術で色々な鉱石と混ぜて、実用的な段階に強化していたのだが。
今回の件で、鍵のコーティングにも、グランツオルゲンそのものにも限界を感じていた。
一方ハイチタニウムは単純な硬度で言うと、今まで見た金属で最強だ。
欠点としては「粘り」に欠けるため、切れ味は最強のものを作れる反面。しかしながら刃をしならせるような実践剣技ではどうしても不向きなところがある。
神代鎧についても解析してみたが、やはりというか。
鎧部分はハイチタニウムを中心として、合金で粘度と柔軟性を強化し。
剣に関しては、もはや敵を斬る「刃」の部分だけにしかハイチタニウムを用いていないようだ。
これらの仕組みも、何世代にも掛けて作り出したのだろうけれど。
仕組みというのは、分かってしまえば再現は難しく無いのだ。
淡々と再現を続ける。
ハイチタニウムに関しても、中核になる鉱石が極めて稀少なことも分かったから。多分それもあって、これを研究する派閥の権力が低かったのだと、今なら分かる。
得意分野をそれぞれ担当して、切磋琢磨するべきだろうに。
どうして権力を一方的に得たかったのか。
それが分からない。
ため息をつくと、研究を続ける。鍵については、一段階アップしたと言って良いだろう。そして、今ならば。
出来る筈だ。
夕方、皆が戻ってくるのを待つ。
レントはかなり大きな鼬を狩って戻って来た。フェデリーカはまた口から魂が出ている。
パティによると、まだ不慣れな奥義の練習に皆がつきあったらしく。
三回も奥義をぶっ放したようで。
それで疲弊しきっているようだ。
まあ、話にも聞いているが。
神楽舞の奥義を三度も放ったとなれば。フェデリーカがそれだけ実戦で力をつけてきたということだし。
その練習を全力でしているというのは。
とても戦士としての成長が、楽しみでもあると言えるだろう。
ともかく、魂を口の中に押し込んでおく。
そうすると、はっと正気に戻るので、なんか楽しい。
「ライザさん、悪い顔しています……」
「あ、そっか……」
パティに指摘されて、へへと笑って誤魔化す。
やっぱり嗜虐心がフェデリーカに対しては刺激されてしまう。良くない事だとは分かっているので、控えないといけないが。
ともかくだ。
皆が集まったので、手を叩く。
ついに、鍵の強化、第一段階達成。
その成果を見せる時が来たのだ。
座標を集めている星図に鍵を刺し、座標をあたしの、クーケン島の近く妖精の森にあるアトリエに変更。
そして、鍵を石碑のコピーに突き刺す。
凄まじい負担が、鍵に掛かっているのが分かる。
おおと、皆が声を上げる中。
鍵が砕けて。
同時に、壁の一角が、うぉんと音を立てて歪み。其処に、空間の穴が。門と同じものが出来ていた。
「私は今、奇蹟を目にした……」
「同意見だ。 最初に神代の錬金術師と遭遇した仲間が、敵意をもてなかったのがよく分かる」
アンペルさんが瞠目し。
リラさんが頷く。
鍵は壊れてしまったが、なんぼでも作り直せばいい。いずれにしても、門の向こうに、前衛組と一緒に踏み込む。
門を抜ける。
あまりにも懐かしい光景。
間違いない。
あたしが何度も使った、あたしのアトリエだ。
「よし、成功!」
「すっげえ! ライザ姉、俺ライザ姉の側にいられて誇らしいよ! フォウレの里の辺りに住んでたら、一生こんな経験出来なかった!」
「ありがとうディアン。 何度か往復して、門の安定を確認しておこう」
これで、船旅をしなくても、サルドニカとクーケン島は簡単に行き来できるようになった。
これだけでどれほど状況が変わるか。
門を抜けたフェデリーカが、文字通り理解不能なものをみた猫みたいな顔をしている。カラさんは、門に触れて、解析をしているようだ。
「面白いなこれは。 惜しいのはこの技術を悪用されたということじゃろうな」
「あたしは絶対に悪用も、悪用させもしません」
「そうだな。 そなたの言葉は信用できる」
「……これで一つ問題はクリア出来ました。 だけれども、まだ多分、群島の奧の宮殿の先に行くには幾つもハードルがあります」
まず、鍵が一発で壊れるようではダメだ。
今の強度だと、同じ世界どうしてつながる事は出来ても、別の世界に行くことは不可能だと見て良い。
つまり、神代の本拠地には乗り込めない可能性が高い、ということだ。
更には、神代の本拠地の座標の獲得が必要だ。
タオがいうように、座標の数字の意味を完全に解読する必要があるし、なんなら神代の遺跡なんかでそのものをきっちり見つけないといけない。
門を開けた先が深海とかだったら、その場にいる全員が押し流されかねないのだ。
場合によっては、星図に更なる改良を加えなければならないだろう。
「タオ、クリフォードさん、アンペルさん。 本の解読を続けてください。 どんな記述に、どんなヒントがあるかわかりませんので」
「分かった。 任せておいて」
「レント、このアトリエに物資を集約するよ。 コンテナを荷造りして、集めて。 サルドニカのアトリエと、後群島のアトリエも」
「そうだな、任せてくれ」
特に群島の方は、いつ沈んでもおかしくないのだ。そもそももっとも慣れているこのアトリエで、調合をしたいというのもある。
あたしはこのまま研究続行だ。
門はしっかり安定していて、今後も閉じるつもりはない。
ただ、アトリエのセキュリティは強化する必要がある。
与太者の類が此処を制圧でもしたら、とんでもない災厄につながりかねない。事実神代の連中も、技術はともかく精神性は与太者そのものなのだから。
それぞれが動く。
フェデリーカはまたくらくらしていたようだが。
笑顔のクラウディアにつれられて、料理に入ったようだった。パティも門に手を突っ込んだりしていたが。
やがて考えたら負けだと思ったのだろう。
諦めて、料理に加わったようだった。
これで。
あたしは、神代の強みである門の再現に成功した。
それは大きな一歩だ。
奴らの根拠地に乗り込むには。
だがまだ更なる一歩が必要なのも、確かだった。
翌日までには。物資の収束は終わり。
クラウディアは、サルドニカとクーケン島のバレンツの支部に顔を出してきたようで、それらで手紙を幾つか早馬で飛ばしたようだった。
研究についてはある程度目処がたったし。
此処からは、サルドニカのための行動だ。
皆に集まってもらい、次の行動に出ることを宣言する。
当然、ドゥエット溶液の改善と。
サルドニカの百年祭の成功のための支援だ。
それには、高地にある、巨大な「溜まり」の解析と。其処に巣くっている強力な魔物……神代の存在の可能性も高いが。それの排除が必須になる。
まだまだ厳しい戦いが続く事になるだろう。
パティ用に、ハイチタニウムを利用した大太刀を新たに作る。
刃の切れ味を上げるためだ。
ただ、ハイチタニウムで全部を構成するわけではない。
またレントの大剣などの、受ける事も前提としている大型武器には手を入れるつもりはない。
程なくして仕上がるパティの新しい大太刀。
とはいっても、これは一体敵を斬ったら、色々手入れしなければならないような、必殺の一振りだ。
パティに渡す。
調整がいるからだ。
しばらくパティは振ったりして確認していたが、やはりちょっと重心を調整して欲しいと言われる。
勿論そうする。
しばらく調整を続けた後、パティは外に出ると。滅茶苦茶頑丈に作っておいた魔物の像に向けて。
刃を奔らせていた。
文字通り一刀両断である。
風がなるような音とともに、真っ二つになった魔物の像。これ、かなり頑丈に作ったんだけどな。
そうあたしは苦笑いしてしまう。
パティは刃を見て、目を細めていた。
「これは切り札の一刀にしか使えないですね。 普段は今の大太刀で行きます」
「手入れは任せて。 完全に復元しておくよ」
「ありがとうございます。 それにしても今の感触……多分下手な使い手がもつと、人斬りになりますね。 じわりと温かくて、斬る時の感触が強烈な快楽につながっています」
「……」
パティはもう剣豪といっていいレベルの使い手だが。だからこそに、今の言葉には重みがある。
凄い武器を持つと嬉しくなるのは、戦士に共通した習性らしいのだが。
確かに人を人斬りに誘うような剣は存在していて。
「妖剣」とか「魔剣」とか言われているそうだ。
最悪の場合、持ち手を獣にしかねない。
それを理解したから。あたしは、ハイチタニウムの扱いを気を付けようと、心に誓うのだった。
ただ、これでパティは、切り札の一撃の威力に関しては、ついに前衛組の中で最強になったと思う。
その一太刀は一度の戦いで一度しかふるえないだろうが。
今のパティが振るえば、神代の兵器だろうが、文字通り真っ二つに出来る筈である。
更にハイチタニウムには改善の余地もある。
特に柔軟性を手に入れた場合。
今後は、皆の力を更に引き上げる要因にもなるだろう。
準備を進める。
ドゥエット溶液の原液は、あまり体にいいものでもなかった。その溜まりとなると、毒ガスが溜まっている可能性だって低くない。
毒ガスの中には、一呼吸で死ぬようなものだってある。
それを考えると、下手に足を踏み入れるのは自殺行為だ。入念に準備をして、進まないと危ないだろう。
更には神代の魔物もいる可能性が高い。
エアドロップを陸上走行式にしても、あれで戦闘は出来ない。選択肢には入れられないだろう。
他の皆も、準備を進める。
レントはコンテナを集約完了。今後機会を見て、他のアトリエのコンテナと、別のアトリエのコンテナを、門でつなげてしまいたい所だ。
幾つも構想が湧くが。
それの全てを同時に実行は出来ない。
タオ達だって解析を進めてくれているが、一日で全部の本を読み終えるのはとても難しいだろう。
皆、出来る事を一つずつやっていくしかない。
それは地道な努力ではあるのだが。
それでも、その先に。
巨大な邪悪を打ち倒せると、あたしは信じていた。
4、新たな門と
パミラが久々に同胞の本拠地に出向くと、アインが本を読んでいた。パミラにきづくと、笑顔でぱたぱたと走ってくる。
愛くるしい子だ。
こんな愛くるしい子が。どうしてこんな目にあわなければならなかったのか。子は親を選べないとはいえ。
いや、それは今は良い。
ともかく、かなり重要な話だ。勿論アインの体調についても、確認をしておく必要はあるが。
「アイン、体は大丈夫かしらー? あまり無理をしてはダメよ」
「大丈夫ですパミラ様! 昨日なんて、今までで最長の活動時間を更新できたんですよ!」
「それは良かったわー」
そうはいうが。
パミラとしては心配ではある。
アインの体はただでさえ不完全だ。元々粉みじんに破壊されたのを、無理矢理修復したのだから当然だろう。
今まで、友人が回収したデータを用いて、少しずつ体を改善してはいるようなのだけれども。
それでも、やっぱりアインの「時」は止まってしまっている。
最近は毎日外で活動できる事も増えてきてはいるようだが。
前は、数時間外に出たら、年単位で培養槽にということも珍しくは無かったのだ。
崩れる体と、痛み。
いたいよいたいよ。
助けて。
そういう思考がパミラには理解出来ていたから、本当に苦しかった。
しかもこの子は傲慢な連中の純然たる犠牲者だ。
この子を救いたいという気持ちは。
嫌と言うほど理解出来てしまうのである。
アインに案内されて、友人の元へ。
安全な場所も少しずつ増えている。以前はちょっと下手な所に触ると、すぐに警報システムが作動して、面倒な戦いをこなさなければならなかったのだが。
「パミラ、よく来てくれましたね」
「ええ、それで状況が大幅に変わったのだと聞いたのだけれど」
「ライザリンがついに門の開発に成功しました。 加速度的にここに来る日が近付いていると言えます」
「うーん、早いわー。 私が知っている凄い錬金術師達と比べても、遜色ないくらいの才能ねー」
危険ですね。
そう友は言う。
気持ちは分からないでもない。というか、「気持ち」というのも変な話だが。何しろパミラだって人間ではないし。友だって。
ともかく、対策については考えなければならないだろう。
「門を開いたことは、センサか何かで判断したのね-?」
「はい。 管理下に置いたシステムの一部で、検知することが出来ました。 ライザリンは間違いなく、この世界の歴史上最高の才能を持つ錬金術師ですね。 あまりにも成長が早すぎる」
「うーん、私の知っている錬金術師にはもっと上の子もいるんだけれど。 ただこの世界の堕落しきった錬金術師達には、ライザに勝てるのはいなかったと思うかなー」
これは事実だ。
もっと凄まじい、それこそ宇宙を変えるような錬金術師も知っているから、あまりライザを褒めるつもりは無い。
ただ、才能の学問というものは、基本的に才能があればあるほど精神的に人間から逸脱していく。
パミラが知っている最強の錬金術師は。
最後は邪神ですら怯えるような、深淵の存在となっていた。
ただ、それでも。
この世界の錬金術師のような、堕落とは無縁の存在でもあったのだが。
「それで、ライザは殺さない方向で、この世界の膿出しに使うつもりなのよね-。 話はまとめられそう? 最悪、私が仲介するけど?」
「最悪の場合はお願いします。 何があってもアインだけは絶対に……勿論同胞も……守らなければなりません」
「了解。 ただライザは、アインや同胞の事情を知ったら悪いようにはしないと思うけれど。 それに同胞の正体にも、気付いているのではないかしらねそろそろ」
ホムンクルスは、錬金術とは不可避の存在だ。
どんな世界でも、人間は奴隷を欲した。
時にそれは機械であり、錬金術がある世界ではホムンクルスだ。ただ、それだけの話である。
アインについても、事情を知ったライザは手をさしのべると思う。
最近はとにかく荒々しくなってきているようだが。
激しい怒りを秘めていても。
ライザは弱者に手をさしのべる存在だ。
アインは休ませる。
昨日も培養槽から出ていたというのだ。まだ、「人間として」そのままの時間を過ごさせるのは早いだろう。
あっと言う間に体が崩れてしまう。
あの子には、人間として当たり前の人生を送ることすら出来なかった。それをさせてあげるのは。
出来る存在なら、やるべきだ。
そしてあの子がしっかり成長したとき、どうするかは自分で決めれば良い。
ライザのように人間を止めて、世界のために豪腕を振るってもいいし。
ただ一人の人間として、子供を産んで種族の一個体として過ごしても良いだろう。子供が生まれれば、それは同胞にとっても貴重なデータになる。
多様性が存在せず、それを危惧している同胞には、文字通り希望そのものになるだろう。
勿論そうしない路もある。
アインがそれを決めるべきだが。
可哀想な話で、アインにはまだそれが出来る状況ではないのだ。
「今のうちから、ライザリンとの交渉はパターンを組んでおきます。 ただ最悪の場合は、同胞の全戦力を集めて、迎撃する必要があるでしょう」
「そうならないように私も全力を尽くすわー」
「ありがとう。 貴方が友で良かった。 世界の監視を行う神よ」
「私は世界を見守るただのモノよ。 この世界は、そうも言っていられなかったから手を貸した。 ただそれだけ」
そう、ただそれだけだ。
この世界の神格は、存在していない。
そもそも世界が意識を持つことがなかった。そういう世界はいくらでもある。
別に劣っている訳でもなんでもない。
ただ世界のルールが、そうだったというだけの事だ。
だから、パミラが動く。
全知全能には程遠いが。
出来るのなら、やるべきだ。
膿出しで散々ダーティーワークもやってきた。この世界にまともな錬金術師がもういないのも、パミラが根こそぎ駆除したからだ。駆除されて当然の錬金術師しかいなかった。アンペルは見落としていたが。存在を知っても、殺しに行く事はなかっただろう。
ライザが今の時代に生を受けたのは。
神の手によるものではないが。
だが古い言葉で言えば、運命を感じさせる事でもある。
ライザは世界を変えうる。
そして、この世界にとっての、初めての本当の意味での神になるかも知れない。神を気取った馬鹿者共と違って。
それはこの世界に幸運か不幸かは分からないが。
少なくとも、神代のバカ共がまき散らした災厄を、ライザが一掃するのは必要な事なのだ。
パミラですら、手出し出来ないシステムはまだまだあるのだから。
「それはそうと、メインシステムはどうかしら」
「まだライザリンを見張っているだけですね。 現状では何かしらの監視をするつもりはないようです」
「ふむ、だとすると観測者が動いているのは何故かしら」
「メインシステムからの連絡がずっとないからでしょう。 スタンドアロンで行動していると言う事でしょうね。 もう、知らないのでしょう。 行動する意味など、とうにないと言う事も」
そうか。
だとすると、哀れなものだな。
あと三体の観測者は、いずれライザに立ちふさがり、それぞれ倒されていくことだろう。今までにも観測者は仕留めた事があるが。
既にライザの力は、パミラを凌いでいる。
ライザに勝てるとは、思えなかった。
一度、この場所を去る。
此処は、世界の狭間にある場所。
自分を神と勘違いした愚か者共が作りあげた。虚構の城だ。
(続)
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