再びサルドニカへ
序、悪い意味での喧噪
途中から追い風があった事。
その追い風はそろそろ船旅に飽きて来たカラさんが、大魔術で起こした事は秘密だが。ともかく好条件が揃った事もあって。
船は順調に進み、サルドニカ近辺の港町に到着していた。
まずは手分けして動く事にする。
レントはパティとセリさんと一緒にアトリエに先行して、今回持ち込んでいる物資をコンテナに入れ、ついでに内部が荒らされていないかの確認を行う。
あたし達はまずはサルドニカに向かい、ギルド本部へ出向く。
フェデリーカだってやる事があるし、何よりサルドニカの状況を確認しておきたいからである。
周辺の魔物はあらかた片付けたが、問題が起きていても不思議では無い。
船の荷下ろしも手伝っておく。
別に大した労力は掛からない。
あたしが大きな荷物を苦労もせず持ち上げているのを見ると、屈強な海の男も驚いていたようだが。
ともかく荷下ろしをしていると。
サルドニカの関係者らしい人が来る。あたしに近寄ってきたのを見ると、だいたい事情はわかった。
荒事関係の問題が起きたのだ。
「ライザ様!」
「ちょっと待ってね。 荷物下ろし手伝ってるから」
「は、はあ……」
瞠目する線が細そうな職人。
此処には安全に来られるように魔物は駆除してあるから、まあ来られたのだろうが。あたしの話は半分に聞いていたなさてはこいつは。
まあそれはいい。
荷物を降ろすと、フェデリーカも気付いて此方に来る。
敬礼すると、あたしとフェデリーカに話をする使者。
「急いでサルドニカにお越しください。 問題が発生しました」
「船が出る前は得に問題が起きていないという事でしたが」
「二日前の事です。 ともかく、ギルド本部へ来てください」
「分かった。 どうも緊急事態みたいだね」
皆を集める。
それで、港での物資補給を切り上げると、全員に声を掛けて港を出た。そのまま走る。もうフェデリーカも含めて、遅れるようなことはない。街道を風のように駆け抜ける。以前直した水車が、問題なく回っているのが見えて、ちょっと安心した。
魔物は殆どいないので、そのまま街道を抜けられる。
本来街道に魔物が出るのがおかしいのである。それだけ人間が弱体化しているということなのだが。
今はそれは良い。
全速力でサルドニカに走る。
フェデリーカも、以前は死にそうになりながらついてきていたが。
最近はある程度余裕を持って追いついてくる。
良いことだと思う。
「フェデリーカ、健脚になって来たね!」
「き、鍛えられましたから!」
「じゃ、速度上げようかな」
「ええっ!?」
まあ、からかうのはここまでだ。サルドニカについた時状況が一刻の猶予もない状態だったりしたら、フェデリーカが舞えない状況は好ましくない。速度を保ちながら、サルドニカに走る。
すぐにレント達も、こっちに戻ってくるだろう。
サルドニカが見えたが、燃えてもいないしいつも通りのように見える。これなら、魔物に襲われている事もないだろう。
正門の警備はあたし達を見て一瞬警戒したが、フェデリーカを見てすぐに道を空けていた。
サルドニカに入ると、街の中がこぎれいになっている。
彼方此方に色々な飾り付けがされているが、どれも魔石と硝子の融合したものだ。例のドゥエット溶液はきちんと機能しているとみて良いだろう。
走ってきたのを、速度を落とす。ギルド本部が見えてきたので、小走りで中に入ると、アンナさんが頷いて、客間に通してくれた。
フェデリーカは肩で息をついているが、アンナさんが出した水を飲んで、すぐに平静を取り戻す。
だいぶタフになって来たと思う。
「状況を知らせてください」
「はい。 フェンリルです。 以前と同等程度の大きさで、以前掃討した個体の縄張りよりも少し東に姿を見せています。 現在入植者を退避させて、様子を見ている状況です」
「あの狼か……」
クリフォードさんが帽子を掴む。
以前この辺りで交戦したフェンリルは強かった。空間を自在に切り裂いて、好き勝手に機動して攻めこんできた。守りにも攻めにも空間操作の力を使ってきた。非常に手強い魔物だった。
同じ能力を持っている可能性は低くないだろう。
今回も、確実に誰も死なせず勝てるかは、分からないとしかいえない。
「とにかくあたしの仲間が揃ったら、様子を見に行きます」
「分かりました。 警備の戦士が先走らないように掣肘はしておきます」
「お願いします」
とりあえず、紅茶が来たので、一旦はリラックス。
待っている間に、レント達が来る。
軽く情報交換をしてから、ギルド本部を出る。そういえば、東の地の鎧を着込んでいる人をあまりみない。
幾つか作って渡してあるのだが。
早足でフェデリーカと話しながら移動。
此処の事を聞くのは、フェデリーカが一番である。
「東の地の鎧を着てる人達、見かけないね」
「ああ、それは精鋭に支給されているからだと思います。 今は彼方此方に出払っているのでしょう」
「いや、それにしても見ないような……」
「そうですね。 確かに警備の主要メンバーの顔を見ません」
フェンリルが出ているというなら、それこそ大騒ぎになりそうなものなのだが。
彼奴の実力は、はっきり言って以前のサルドニカであったら、街に入られたらおしまいというレベルだった。
王都でも血の海になっただろう。
そういう相手だった。
またフェンリルが来たと言うのなら、大騒ぎになる筈で。
そうなると、上手いことパニックを抑え込んでいるのか。
だとすると、体制がだいぶ変わったのかも知れない。
街の北門から出る。
丁度良い。この先に例の鉱山があるのだ。一度足を運んでおくべきだろう。前回は足を運び徹底的に調査する時間的余裕が無かった。
鍵を強化する金属についての心当たりが、ディアンにはあるようだったが。
それはそれとして、いけるとこにある情報は全て集めておくべきである。情報には新しい物資や素材も含む。
大橋を渡る。
すっかり人の行き来が多くなったようだ。ただ、今は街に向かう人が、急ぎ足であったが。
街の外。
しかも此方の方では、まだフェンリルの恐怖は新しいのだろう。怖れるのも当然だと言える。
橋を渡って、更に先に。
以前フェンリルと交戦した辺りの渓谷まで来るが、強い気配は感じ取れない。まだ先だろうか。
クラウディアが、少し前から強烈な音魔術を展開している。
それで居場所を先に掴めれば良いのだが。
「ディアン、気を付けろよ。 防御不能の攻撃を、前に戦った奴はやってきた。 文字通り空間ごと切り裂いてきたんだ」
「すっげえ。 それに勝ったのかよ」
「ああ。 だが危なかったぜ」
「分かった。 とにかくネメドでも見かけたあの狼が強い事は知ってた。 気を付ける」
警戒しながら進む。
滝に出た。水たまりの辺りに来ても、フェンリルの姿はない。この辺りから険しい地形を越えないと、鉱山には向かえない。
とりあえずエアドロップを出して、水を渡る。更に先に。
クラウディアはずっと最大限の警戒を続けてくれていた。
「クラウディアの警戒に引っ掛からないというのは厄介だね」
「わしの魔力探査にも引っ掛からぬ。 しかし今更間違いでした、という事もなかろうな、恐らくは」
「ええ、いてもおかしくありませんので」
「……神代か」
その通りだ。
フェンリルの実力はよく分かっている。神代の連中がフィルフサと同じように作ったのだとしたら。
多分面制圧では無くて、点の突破のために作ったのだろう。
いずれにしてもろくでもない話だが。
今はそれに憤るよりも、周辺の調査が先である。
湖を越えて平地に出る。しばらくは下り坂と川が混ざっているのだが。この先と言う訳か。
一応前回のサルドニカの逗留でもこの辺りは調べたが。多分問題になっている鉱山はそれとは別だと判断して良い。そうでなければ、今更フェンリルが出て来たのは不可解だ。
足を止める。
大きな足跡が、これ見よがしに残っていた。
思い切り巨大な狼のもの。
フェンリルで間違いないだろう。
警戒。音を立てるな。
ハンドサインを出すと、最大限に警戒しながら周囲を探る。足跡については、もうそのままクラウディアに音魔術で解析して貰う。
獣には、足跡を辿ってさがり、横道に跳ぶ奴がいる
それをやられると、奇襲を許すことになる。前のフェンリルと同じ能力を今度の奴が持っていた場合、文字通り致命的だ。
無言でクラウディアが頷き、地図に線を引く。フェンリルの足跡は、案の場ある一点で途絶えていた。
間違いなく、罠だろう。
問題は、音魔術の探査にも、カラさんがあらゆる秘術を駆使していても、どうしても見つからない事だ。
さて、どうやって身を隠している。
フェンリルの大きさからして、迷彩どころでは話にならないはず。
何かしらの魔術を使っていれば、絶対にカラさんが気付く。
厄介だな、これは。
少し円陣を拡げつつ、ハンドサインを出そうとした瞬間。
あたしとカラさんが、ほぼ同時に反応。
とっさに熱槍を叩き込んでいた。
空間の穴から飛び出してきた鼻面を、熱槍と雷撃が強か叩き付ける。だが、それで即座に相手が引き下がる。
今度の奴も空間操作か。
だが、今のはまさか。
「空間の穴にでも潜伏できるのかなあいつ……」
「ちょっと待った。 そんなのどうしようもないぞ」
「……そんな事が長時間出来る訳がないよ。 何かしらの制限があるはず。 それとも、魔術に何かしら工夫があるのか……」
もし其所までの事が出来たら、作った錬金術師どもも制御なんか利かなかっただろう。カラさん達が神代の錬金術師共を殺せたのだ。
それ以上の力があったとは考えにくい。
警戒する。
今度はクラウディアが反応。フェデリーカを一呑みにしようと顔だけだした瞬間、恐らく重低音を収束させて、叩き付けていた。
ギャッと鋭い音を立てると、フェンリルが引っ込む。
レントが冷や汗を流す。
「ヤベエ相手だ。 どこから出てくるかすらわからん」
「……いや、分かってきたかもしれん」
「アンペルさん?」
「もう一度奴の襲撃をどうにか凌いでくれ。 それでパターンを割り出す!」
アンペルさんが詠唱開始。
アンペルさんの魔術も空間切断だ。非常に限定された使い方しか出来ないが、完璧に決まれば一撃必殺だろう。
だが相手はフェンリルである。
アンペルさんは魔力がそれほど大きい方ではない。今のあたしに比べると、の話ではあるが。
だが年齢もある。
四年前から、装飾品での倍率を見ても、それでも伸びていない。
もう伸びようがないのである。
警戒している中、次がきた。
ボオスを右前足でいきなり叩き潰しに来る。即応したボオスが剣で必死に防いだ瞬間、パティも抜き打ちでインターセプトを入れて、フェンリルの右前足を空間の穴に追い込んでいた。
ダメだ、これでも気配がわからない。
何処かに本体があって、体を出して攻撃して来ている可能性も考慮したが、それも無さそうだ。
アンペルさんは。
ふっと笑った。
そして、詠唱を続けている。なるほど、どうやらパターンを見破ったらしい。よし、後は最後の奇襲を見破れば良い。
長い時間が過ぎる。
名前を呼ばれた。
振り返る。あたしの後方から、太くて大きな後ろ足が、蹴りを繰り出すのが見えた。勿論フェンリルのものだ。
そうか、あたしを狙って来るか。
ガードしながら飛びさがる。
しかし振り子のように振られた足の勢いは凄まじく、あたしに文字通り飛んで襲いかかってくる。
直撃は避けられないか。
だが、アンペルさんが即応。
空間切断の黒い糸が、フェンリルの足を貫いていた。
ギャッと悲鳴を上げるフェンリルだが、あたしも威力が落ちたとは言え、後ろ足の蹴りを叩き込まれる。
吹っ飛ばされて、地面で受け身を取るが、激しい痛みだ。
薬を震える手で取りだして、一気に飲み下す。
見えた。
全身が現れたフェンリル。毛の色は、黒い。
それが飛び退いて、こっちに向けて身を伏せて威嚇している。
狼のような姿をしたそれは、以前この辺りで戦った個体より一回り小さく。そして剣を咥えていた。
同じサイズに見えたのは、動揺していたからだろう。フェンリルは前回の時も、サルドニカの戦力を全て挙げても勝てる相手ではなかったのだし、それは責めるべきではない。
「どういう仕組みだったんだ!?」
「こいつは空間操作をするが、それは空間潜伏ともいうべきもので、最初から狙った地点からしか攻撃できず、潜伏時間も攻撃をしていると減っていくんだ。 此奴は明らかに此方の動きを見切りながら、追い詰めるように仕掛けて来ていた。 だとすれば、最終的に狙うのは頭であるライザというわけだ」
「舐めてくれたものですね……」
あたしはアンペルさんの言葉に応えながら立ち上がる。
痛打だったが、振り抜かれた訳でもなく、継戦能力は残している。それに対して、あのでかいだけの狼……前回戦った奴よりも格段に弱い……は明確な手傷を失い、四足獣らしい機動力を失っている。
今度はこっちから仕掛ける。
セリさんの展開した魔術。植物魔術が、一斉にフェンリルを囲んで壁を作る。まずいと判断したらしいフェンリルが、上空に飛ぼうとするが、其処には既にレントとディアンが待っていた。
文字通り、地面に叩き落とされる。
そこに、パティとリラさんが踊り込む。抜き打ち一閃、フェンリルの分厚い毛皮に鋭い傷が穿たれ。
回転しながら突貫したリラさんが、体重と回転を乗せ。
更には魔術で最大強化した蹴り技を六発、嵐のようにフェンリルに叩き込む。
悲鳴を上げてさがろうとした後ろには、もうボオスとタオが回り込み。
カラさんが大魔術を。
クリフォードさんとクラウディアがそれぞれ投擲武器を、ぶっ放す準備を終えていた。
だが、次の瞬間。
空から飛来した、あのサタンだとかの同類。
悪魔によく似た姿の奴が、さっとフェンリルを掴むと。自身よりずっと大きい魔狼を抱え。
余裕を持って飛び去っていった。
勿論即応してクラウディアが追撃を仕掛けるが、残念ながら彼奴は魔術に強い耐性を持っている。
矢が効果を示さなかったのは、此方からも見えた。
「まずい状況だな……」
クリフォードさんが、逃げていくフェンリルと悪魔野郎を見てぼやく。
サタンだとかいう奴はあまり賢くなかった。身も蓋も無いが、事実なのだから仕方がない。
別個体は、違う思考回路で動くのか。
しかもかなり戦略的に動いている。
あのフェンリルは奇襲特化型の空間操作を得意としている。前にこの辺りで戦ったフェンリルと違って、真正面から戦うタイプでは無い。
何がまずいかというと、逃がした事だ。
傷を癒やして、何度でも仕掛けて来るだろうし。
何より、此方を誘い出すために無差別攻撃か何かを仕掛けて来て、多くの民が犠牲になるかも知れない。
人間は今後変えなければならない。
そう考えているあたしだが、毎日を必死に生きている人々を軽んじるつもりは無い。
そんな事をしたら、神代のカス共と同じになるからだ。
手当をして、一旦集まる。
これは、作戦を事前に練る必要があるだろう。
嘆息すると、まずは話し合う。
この先にある鉱山をあの悪魔もどきが守っているのは確定だとみて良い。
だとすると。
被害を出させないために、まずは鉱山に出向いて。危険承知で奴らを叩くしかない。
幸いあのフェンリル、アンペルさんの空間切断を足にもろにくらい、パティの渾身の抜き打ちも受けている。
回復まで、少し時間があるだろう。
手を叩いて、皆に告げる。
「一旦サルドニカに戻って状況を報告。 アルベルタさんとサヴェリオさんに説明をするのと同時に、アトリエで物資を補給、出来れば装備の強化もしておこう」
「仕留めきれなかった以上それしかないな。 とにかく時間との勝負になる。 もたついていると、サルドニカのど真ん中にあの悪魔野郎がフェンリルを投下してきかねないぞ」「そんな……」
「あたしがあいつでも同じ事を考える。 だから、速攻を仕掛けるしかないね」
フェデリーカが青ざめるが。
すぐに立ち直って、頷いていた。
強くなってきたな、この子も。
頷くと、一度戻る。この辺りの地形についてもう少し調べたいが、サルドニカと連携しないと、恐らく今のコンビは攻略が難しかった。
1、サルドニカふたたび
一度、サルドニカのギルド本部に戻る。
アルベルタさんとサヴェリオさんは既に来ていた。他のギルド長は、まだ集まっていないようだ。
だが、アンナさんもいる。
だったら、話は先に進めておきたい。
フェンリルだけではなく、奴を支援する強力な魔物がいたこと。
恐らく其奴がフェンリルを操作していて、的確な奇襲を仕掛けて来たこと。
フェンリルを取り逃がしたが、確かな手傷を負わせたこと。
フェンリルそのものは、前回の奴よりも弱い事。
それらを説明すると。
二人は黙り込む。
なお、立場があるので。フェデリーカにそれらはやって貰った。
「頭が痛い問題だな」
硝子ギルドのサヴェリオさんが腕組みしてぼやく。
魔石ギルドのアルベルタさんは、じっと黙り込んでいた。
「フェンリルはライザさん達と連携して此方でどうにかします。 百年祭はどうなっていますか」
「現在、魔石と硝子の融合を試しているところだ」
アルベルタさんが、技術的な話をする。
やはり前に渡したドゥエット溶液が極めて効果的で、非常に高度な接合を可能としているらしい。
それは良かったと思ったが。
良い事だけでは終わってはくれない。
「だが問題もある。 まず、我等が手がけるような最高レベルの接合となると、まだ溶液の滑らかさが足りない」
「ライザさんにそれを解決して貰うとして……具体的にどうすればいいか、もうまとめてありますね」
「もちろんだ」
レポートをアルベルタさんに渡されて。あたしはさっと目を通す。
非常に神経質そうな字だな。
まあ、それはいいか。
見た感じ、単純に濃度が足りないらしい。
だとすると、濃度を上げるか。仕組みは分かっているから、別に難しく無い。座標を集めるのと並行して、やってしまうだけだ。
「分かりました。 そちらはどうにかします」
「本当にすげえな。 あんたが来てくれてから、サルドニカはダイナミックにどんどん変わっている。 百年前にこの街を作る基礎となってくれた「始祖」でも、ここまでやれたかどうか」
「その始祖についても情報がありましたが、私の目から見てもライザさんの方が上のようです」
「……そうか」
サヴェリオさんは、口の端を少し引きつらせていた。
まあ、畏怖を抱いてくれる方がこっちの方でもやりやすい。
舐められると終わりだからだ。
咳払いすると、話を進めてもらう。
フェデリーカも頷くと、順番に話をしていく。
まずはアトリエに対する物資的支援。以前サルドニカにあった機械などは直した。それに加えて、今回は巨大構造物。彼方此方にあるさび付いた大型歯車なども直してしまうつもりである。
サルドニカから余所に出る物資は順調。
嗜好品である細工ものだけではなく、各地に輸出される生活必需品についても、生産は順調だそうだ。
ただ問題が起きていると言う。
「東の地から輸入しているマツがどうも滞りがちだ」
「マツ?」
「簡単に言うと、最高品質の薪になる木材だ。 東の地でしか生息が確認されておらず、その炭は極めて繊細な細工物には必要不可欠なのだ」
「……これから東の地には向かうつもりでした」
フェデリーカが咳払い。
あたしにマツについての説明と、アルベルタさんとサヴェリオさんに、それぞれ東の地に出向く事についても説明をする。
一通り話が終わった所で、アルベルタさんが咳払いしていた。
「問題がある。 小物はいいのだが、百年祭のシンボルとなるものがまだ見繕えていないのだ」
「それぞれの技術の粋を尽くしたものは作れなさそうなんですか。 一任してある筈ですが」
「ただの巨大な細工物だったら幾らでも作れるんだがな。 今回の百年祭では、技術の復活を見せたいんだ」
サヴェリオさんがいう。
なるほど、それは納得が行く話だ。
そもそもサルドニカは、嗜好品を売りながら街の経済力と技術力の誇示に務めてきた街だ。
だが機械類があらかた直ったこともある。
今後はより実用的なもの。
魔石も硝子もだが、生活に必要なものを量産して、それを各地に売ってお金にする。そういった戦略の転換が必要と言う事だろう。
あたしにも納得出来る話だ。
「今、話を詰めているが、職人が顔を合わせると非建設的な事になることも多くてな。 何か、アドバイスを求めるかも知れない」
「分かりました。 ライザさん、いざという時はお願いします」
「了解です」
「それでは、フェンリルに対する厳戒態勢を続けてください。 出来るだけ早く、ライザさんを中核とした反撃作戦を開始します。 最悪の場合、サルドニカに直接攻めてくる可能性もあります。 避難誘導については徹底してください」
フェデリーカの言葉に、少し驚いたようだが。
二大ギルド長は頷くと、すぐに解散した。
荷車に色々な物資を受け取って詰め込むと、すぐにアトリエに向かう。今は。座標集めよりも、フェンリルを仕留める方が先だ。
ただでさえ手負いは厄介なのだ。
即座に対応しないと非常にまずい事になる。
それにだ。
あの悪魔もどきが出て来たと言う事は、鉱山に近付かれるのは余程に奴らに……神代にとってまずいとみるべきだろう。
だったら、鉱山に出向く事で、奴らの行動を抑制できる。
アトリエに到着。
クラウディアが手を叩いて、即座にみんなに指示を出す。みな、それぞれの行動を開始する。
あたしは皆にそれらは任せて、すぐに調合を開始。
ピンポイントに最大火力を集中し、即座に爆破できるように、アネモフラムを改良しておく。
今度のフェンリルは、動きが鈍そうに見えてかなり倒しにくい相手だ。
それにあの悪魔もどきの介入もある。
手を分けて探すのは愚の骨頂。
最大戦力をぶつけて、相手の出撃を誘うしかない。
時間が掛かると、相手に戦略的優位を譲ってしまうことになる。
急がないとまずい。
よし、爆弾の調整完了。
コアクリスタルを用いれば、数度使えるはずだが。一応ジェムを利用して四つに増やしておく。
今後使えるかも知れないからだ。
仕上がると、フィーが懐で動く。
どうやら、食事が仕上がったようだった。この辺りで取れる魚や野菜を用いているおいしそうなものだ。
香草の香りが食欲を誘う。
すぐに、食事を始める。
傷を受けた皆の様子を確認。フェデリーカはかなり疲れている様子なので、栄養剤も渡しておく。
排便と風呂もすぐに済ませて貰う。
サルドニカのアトリエも、今の人数が充分にいられるものだ。
全く問題は無い。
あたしも先に風呂に入っておく。今から出ると、恐らく夕方くらいに鉱山の手前までいけるはず。
先にタオに伝令を出して貰う。
フェンリルを仕留めたら、そのついでにあの悪魔もどきも倒してしまうつもりだ。
その時にアトリエに戻るのではなく、鉱山にすぐ調査の手を入れたい。
そう考えると、サルドニカに宿を取っておきたい。
ゆえに、宿の準備をして貰う。
これについては、フェデリーカに書状をしたためてもらった。後はアンナさんがやってくれるだろう。
タオが戻るまで、無心に横になって休む。
フェデリーカは船旅による疲れと、いきなり走り回ったことでかなり参っていたのか。完全に寝落ちしていたが。
タオが戻ってから、悪いがすぐに起きて貰う。
まあ可哀想ではあるが。
今回は、時間との勝負なのである。
すぐにサルドニカに向かう。
全員で一気に駆け抜ける。フェデリーカに、声は掛けておく。
「大丈夫、フェンリル戦で舞える?」
「だ、大丈夫ですっ!」
「無理なら荷車に乗れよフェデリーカさん。 あんたの舞いは凄いけど、あんた自身の体力は弱いだろ」
「問題ありません!」
ディアンにそう叫び返すフェデリーカ。
ディアンもサルドニカのギルド長達とのやりとりは見ていて。フェデリーカが大人達を、それも街を支配している大人達を相手に一歩も引いていない様子は見ているのだ。馬鹿にしている訳ではない。
ただ、事実を告げているだけだ。
そのまま、一気にサルドニカを走り抜ける。
自警組織の戦士達が走り回って、緊急体制に移行しているようだ。
それでいい。
とにかく、今は最悪の事態に備えて貰う。
あのサタンだとかは、クーケン島を潰すつもり満々だった。今度の奴も、何をしでかすか分からないのだ。
だったら最初から全力で行き。
有無を言わさず潰す。
それだけである。
走る。
サルドニカを抜けて、橋を越える。
ハンドサインを出す。
いつ仕掛けて来てもおかしくない。だから、既に全力警戒状態でいてくれ。皆、それで警戒度を上げてくれる。
だが、ずっと警戒したままだと、疲労の蓄積は早い。
気を付けなければならない。
湖まで、一気に来る。
其処で一旦止まって、呼吸を整える。
クリフォードさんを見ると、頷く。
いる、というわけだ。
皆で最大の勘をもつこの人の直感は、非常に頼りになる。全員がそれで危険度を共有していた。
不意に、あの悪魔野郎が空より来る。
夕焼けを背負った奴は、大胆にも湖の端に降り立ってきていた。
「ほう、もう来たか。 慢心していたとはいえ、サタンめが倒されたのは偶然ではないようだな。 確かに此方の手持ちが手負いの内に仕掛けて来るのは、戦略的に正しい判断だ」
「貴方は」
「サタナエル」
「そう。 いずれにしても、ぶっ潰すよ」
此奴の狙いは分かっている。
自分に注意を引きつけさせ、それでフェンリルに奇襲させるつもりだ。
問題は、サタンだとか言う此奴の同類が、多数のゴーレムや幽霊鎧を引き連れることが出来た事。
神代のテクノロジーの塊だと言う事だ。
しばし、にらみ合いが続くが。
その拮抗を崩すように、湖から巨体が飛び出していた。
凄まじい巨体。
あれは、サメか。
外洋には、船に匹敵する……それも交易船に……巨大なサメがいる。あたしも何度か目撃したし。
面倒な場合は追い払いもした。
だが、こいつは。
ネメドで目撃した、巨大魔物に匹敵するプレッシャーを感じる。
「私は貴様を危険視している。 サタンをはじめとする他の監視者は、貴様も同じだとたかを括っていたようだが、貴様の戦績を考える限り、油断は非常に危険だと判断した。 メインシステムは方針を変えていないが、私は主の安全を優先する」
更に、もう一体。
今度は、森から巨大なオオトカゲが姿を見せる。
いや、オオトカゲじゃない。
以前王都近郊で戦ったほどの大物ではないが。バシリスクだ。
これに加えて、手負いとはいえあのフェンリルか。
あのサタンとやらも相当な手札を揃えて向かってきたが、此奴は。
冷や汗が流れる。
どうやら総力戦になりそうだ。
「仕留めさせて貰うぞ、錬金術師ライザリン!」
「ふっ」
「ほう、笑う余裕があるか」
「この辺りの面倒な魔物をわざわざ集めてくれたから喜んでいるんだよ。 サタナエルだったね。 あたし達に喧嘩を売ったこと、後悔させてあげる!」
一瞬の無音。
それが過ぎると、殺到してくる巨大ザメとバシリスク。サタナエルは距離を取ったまま、瞬く間に始まる激戦を、傍観に掛かる。
これは、まだ手札を隠していてもおかしくない。
巨大ザメの突進を、レントがディアンと息を合わせて弾き返す。
だが、二人ともずり下がる。
バシリスクが、猛毒のブレスを吐こうとした瞬間、セリさんが奴の目の前に覇王樹の壁を造り。
更にクラウディアが一斉に矢を叩き込む。
それは空に放たれたが。
反射板を利用して、上からバシリスクに襲いかかった。
サメが凄まじい雄叫びを上げる。
そういえばサメは本来音を発しないらしいが、陸に上がるようになってから音を発するようになったらしいという説があるとか、タオに聞いた。
サタナエルが連れてくるほどのサメだ。
そういった水陸両用のサメの始祖に近い存在かも知れない。
巨体で豪快に暴れ回るサメ。あたしは冷静に状況を見極めながら、乱戦の中を歩いて行く。
何度もつぶてや攻撃が掠める。
パティがサメのひれを抜き打ちで斬り飛ばし。一瞬怯んだサメに間を詰めて。数度の乱舞斬りを叩き込む。
だが、グランツオルゲンで強化している大太刀で、その肌を貫ききれない。
サメは体当たりでパティを弾こうとするが。
逆にレントが体当たりを浴びせて出鼻を挫き。
何回転もしながら中空から襲いかかったディアンが、サメの鼻面を強打。
上半身を反らしたサメに、アンペルさんの空間切断が襲いかかるが。サメがひゅっと音を立てると。
空間を切断する黒い糸が、かき消されていた。
それだけじゃない。サメの周囲の魔力そのものがかき消された。
なるほど。
圧倒的フィジカルを生かす能力か。
魔術を体内でだけ循環させ、体に触れようとする魔術全てを弾く。パティの攻撃があっさり防がれたのも、それが理由だろう。
サタナエルの至近に、あたしがいつの間にか踏み込む。
サタナエルは戦略家だ。
今までので分かった。
ふいに至近に来ていたあたしに、サタナエルが流石に動揺。飛びさがろうとした瞬間、二段蹴りを叩き込む。
体勢を崩したサタナエルに、踏み込むと同時に後ろ回し蹴りを入れた。
ガードの上から、完全に通る。
吹っ飛びながらも、羽を使って体制を立て直すサタナエル。感情は薄いようだが、明らかに苛立つのが分かった。
「やはり危険だ。 個人でもつ戦闘力としては、劣等血統としては異常すぎる」
「ふーん」
「なんだ!」
「あなたもその思考からは逃れられないんだね。 血統なんていい加減極まりないモノなんだけど」
事実あたしの両親は農民だ。
戦闘力は多分父さんと母さんから引き継いでいる。
ザムエルさんと昔戦友だった二人は、今の穏やかな暮らしからは信じられないくらいの武闘派だったはずだ。
魔術の才覚もそうだろう。
二人は殆どひけらかす事はないが。前に母さんが熱魔術を極めてあっさりこなすのを見ている。
父さんもかなり出来ると今なら分かる。
しかし、錬金術の才覚なんて二人には無い。
神代の連中も、此奴の台詞を聞く限り、血統絶対主義者だったのだろう。だから滅んだのだ。
「……やはり此処で排除しなければならん。 出し惜しみせずに行く!」
「きなよ。 全部蹴り潰す!」
森から来る数体の魔物。湖に飛び込むと、一斉に泳いで来る。
あれは、最大サイズまで育ったラプトルか。
それだけじゃない。
後方の地下から、何か巨大なのが迫ってくる。まだ此奴、温存している戦力があったのか。
地面を吹っ飛ばして姿を見せるのは、巨大なワームだ。
口を八方に開くと、長い舌をずるりと振るう。
湖から次々に上がってくるラプトル達。これは、油断出来る相手ではないな。
「ライザ! 分が悪いぞ!」
「……耐えてくれる?」
「勝機があるんだな!」
「当たり前だよ!」
ボオスが、ラプトルの群れを必死に捌きながらこっちに叫ぶ。叫び返す。
あたしは意識を集中。
サタナエルは距離を取ると、何かしらの合図を出した。
あのフェンリルは、完全に体をこの世界から隠蔽できるが、攻撃の鋭さに関しては今までやりあった超ド級の魔物達よりだいぶ落ちる。その上手負いである。今までと違って、いきなり全力で仕掛けてくる筈だ。
そして狙って来るのは。
飛びかかってきたラプトルに回し蹴りを叩き込んで弾き返し、上から丸呑みにしようと踊り来るワームを紙一重で回避しつつ、熱槍を直に叩き込んでやる。真横から熱槍の直撃を受けたワームは。全身を振るって必死の反撃にでるが。あたしはそれを弾きつつ、バックステップ。
敢えて受けてやったのだ。
地面について、跳ね起きる。追撃のワームがくる。横っ飛びに逃れながら、熱槍を連続して叩き込む。悲鳴を上げてワームが身をそらす。だが、同時に横殴りに舌が飛んでくる。長い舌は、鉄で出来た鞭のような鋭さと強度を併せ持つ。
熱槍を連射して、弾き返した。
完全に戦力の空白地点になったあたしの周囲。あたしも立て続けの大技を食らって、対応できないタイミング。
そこに、凄まじい音が叩き付けられる。
サメが音を収束させ、あたしに向けてピンポイントでぶっ放したのだ。
勿論腕を用いてガードする。
全身がずり下がる。
飛び退きながら、反撃の熱槍を連射しつつ、その時が着たのを悟った。
真上から。
フェンリルが丸呑みに来る。
今のを受けて。サメに対する反撃をしているこのタイミング。あたしに対応できる隙なんかない。
「神話の真逆だが、それもかまわん! 神に仇なすものを仕留めろ、フェンリル!」
サタナエルが吠える。
そっか。
だが、その神話はかなわない。
あたしはふっと、足で蹴り上げる。それは、あたしを丸呑みに真上から空間を割って現れたフェンリルの口に、吸い込まれていた。
この乱撃が、狙ったものだと分かっていなかったら、どうにもできなかっただろう。
だがあたしは、サタナエルが狙っているのをもう悟っていた。
だから、対応できた。
ある程度敢えて隙を作り、それで攻撃を誘発した。
基礎の基礎。
戦術の基本。
相手に仕掛けさせたい場合は、敢えて隙を作れ。アガーテ姉さんから、叩き込まれた戦いの基本だ。
アネモフラムを炸裂させる。
フェンリルは何が起きたか分からなかっただろう。
体内で炸裂したアネモフラムが、フェンリルの全身を内側から焼き尽くし、即死させたのだ。
飛び退く。
空間の穴からずり落ちた、内側から吹き飛ばされた巨狼の死骸。
それが、そこに。
力無く横たわっていた。
2、神殺しと呼ばれ
レントが吠える。
そして、サメと入れ替わりに襲いかかってきたラプトルの頭を、たたき割っていた。更にクラウディアが、立て続けにバシリスクに矢を浴びせる。バシリスクは走り回って回避しようとするが。
その鼻先には、タオが来ていた。
「遅いね!」
タオの乱撃が、バシリスクの顔を滅茶苦茶に切り裂く。
バシリスクの顔にある幾つもの目のうち、何個かが爆ぜ割れた。悲鳴を上げてバシリスクがさがろうとするが。
稲妻のように降り立ったリラさんが、バシリスクの脳天に杭のように膝を叩き込む。
竿立ちになるバシリスクに。
アンペルさんが空間切断の魔術を突き刺す。
喉を抉られたバシリスク。
そこにとどめとばかりに、ボオスが数度の剣を叩き込んでいた。
倒れ臥すバシリスク。
更に森からどんどんラプトルが来るが、皆が押し返し始めている。あの奇襲特化のフェンリルがいないのだ。
後問題なのは、攻撃を散々浴びているのに平然としている巨大サメと。
地中に潜って真下からの奇襲を繰り返してくるワーム。
猛毒の申し子であるバシリスクが倒れた今。
この二体に、集中攻撃を仕掛けていけば、活路はある。
サメが、周囲全域を吹っ飛ばすような音波攻撃を、見境なくぶっ放す。それだけではない。
奴の全身から、触手が生える。
今のは形態変化を行う痛み。
それを行わせる呪文詠唱か。
更に、動きが止まった瞬間を狙って、ワームが仕掛けて来る。狙って来たのは、フェデリーカだ。
足下から出現して、一気に飲み込みに来たが。
その瞬間、至近であたしが地面に全力の蹴りを叩き込んでいた。
フェデリーカも、セリさんの植物魔術で作り出した蔓が掴んで。安全圏まで引っ張り。地面から這い出てきたワームが、派手に血をまき散らしていた。
今のあたしの蹴りで。
地面の中で、四方から潰されたからである。
悲鳴を上げながらも、地面から這い出してくるワーム。そこに、クリフォードさんの投擲したブーメランが突き刺さる。
動きが止まった瞬間に、カラさんが大魔術を発動。
ワームの下半分が、即座に氷漬けになっていた。
動きが一瞬止まれば、それで充分。フルパワーの横蹴りを叩き込んで、ワームの体の下半分を、氷ごと蹴り砕いてやる。
地面にどうと倒れるワーム。
まだぴくぴくと動いていたが。
カラさんがとどめの雷撃魔術を浴びせて、完全にとどめを刺していた。
「さて……」
あたしが顔を上げる。
あの巨大サメは脅威だが、みんなに任せてしまって大丈夫の筈だ。あたしの相手は、あのサタナエルだ。
薬を飲み干す。
回復薬と同時に、全身の力を短時間増幅させるものも一緒に。フェデリーカが舞い始める。
ちょっと違う奴か。
ああ、なるほど。
任せてしまって良いだろう。
あたしは、体勢を低くすると、地面スレスレに跳ぶ。距離を取って様子を見ていたサタナエルが、直線的に間を詰めてくるあたしを見て、手にしているトライデントを振るが、遅い。
残像を抉らせて、そして飛び膝をサタナエルの顔面に叩き込む。
サタナエルは踏みとどまると、トライデントで唐竹割りを狙って来るが、すっと横に避けてかわしつつ。
今度は後ろ回し蹴りを叩き込んで、脳天にもう一撃を入れていた。
吹っ飛び、さがるサタナエル。
飛ばせる訳にはいかない。
此奴を逃がしたら、更に大戦力を揃えて来る可能性がある。そうなったら、サルドニカは壊滅する恐れがある。
神代の奴らが作った魔物の戦力は、それだけ強大だ。
フィルフサですら、奴らにとっては便利な戦力の一つ、くらいでしかなかったのだから。だから、見つけ次第に葬る。
それが出来るあたし達が。
それを此処でやらなければならないのだ。
「ぐ、くっ! お、おのれ……」
「前のサタンだかは最後まであたし達を馬鹿にしていたし、あり得ないとかほざいていたけれど。 貴方も同じ轍を踏むのかな?」
「サタンは己を神々のもっとも忠実な僕だと思い込み、事実そうだった。 私は違うぞ。 私はあくまで神々をお守りする盾である。 盾は影を孕もうとも、あらゆる手段で神々をお守りする」
「守る価値が無い存在を守るか。 まあいい。 あたしもその考えだけは敬意を払わせてもらうよ。 奥義をもって貴方を討つ」
サタナエルは、砕けた顔……顔と言うには機械的で、目も鼻も殆ど彫像のようだが。あたしの攻撃を再三喰らって砕け、血が流れているそれを振るうと。
飛び下がり、低い体勢を取る。
魔術は通じない。
だから、体術の奥義で挑ませて貰う。
サタナエルの周囲に、多数のトライデントが出現する。なるほど、これを一斉投擲して来る訳か。
後ろで凄まじい音。
巨大ザメと皆との死闘が佳境のようだ。彼方にも、加勢する余力は残しておかないとまずい。
だが、それはそれとして。
あたしを敵と考えながらも。
奴らに脳みそまで弄くられ、思考までもコントロールされていながらも。
誇りを持ち戦うこのサタナエルの僅かな光を、あたしは尊重する。
だから、ここで全力にて仕留めさせて貰う。
深呼吸すると、体勢を低くする。
時間がゆっくり流れるように思う中。
あたしは、地面を蹴った。
同時に、多数の熱魔術を発動。発動地点は後方。爆破して、一気に全身を前に押し出すのである。
そうして、最大速度まで加速。
サタナエルは、超加速したあたしを見ても怯まず、トライデントの飽和攻撃で迎え撃ってくる。
それも一撃一撃が、地面を抉り吹っ飛ばす破壊力だ。
防御全振りだったサタンと違い、こっちは盾と言いながら攻撃的だな。飛来するトライデントを、急所だけ避ければ良いとかんがえ、或いは弾き、或いは抉らせ、間合いを侵略する。
最後の一個を右腕で弾き飛ばし、至近に。
サタナエルが、胸部の装甲を解放。特大の魔力砲を其処に蓄えていた。
此奴も人間の要素があるのなら、こんなものを使ったら即死だろう。
そうか、そこまでの覚悟であるのなら、受けて立つ。
踏み込む。
ゼロ距離。
時間が、あまりにもゆっくり流れるように感じられる中。
あたしは地面に手を突くと、バクテンしつつサタナエルの頭を両股で掴み。勢いのまま、、全力でその体を回転させる。
「おおおおっ!」
空気に火花が散る。
それほどの速度での攻防と言う事だ。
魔力砲がぶっ放される。だが、その時には、あたしはサタナエルを掴んで振るっていた。直撃すればサルドニカが消し飛んだだろう魔力砲が、虹を描くように放たれ、空の雲を消し飛ばす。
あたしは弧を描きながらサタナエルを振るい。
そして、地面に、全力で頭から叩き付けていた。
「奥義、フォトンパイルブレイク!」
辺りの地面が砕け、吹っ飛ぶ。
クレーターが出来、あたしが息を整えながら立ち上がる。
クレーターの真ん中には。
頭を砕かれながらも。
最後まであたしを倒そうと全力を尽くし。
今のフォトンパイルブレイクで全身の構造を砕かれながらも。魔力砲をあたしに当てようと、執念で足を掴んでいたサタナエルの死体が、突き刺さっていた。
挟み、捻り、投げ、蹴る。
全てのあたしの蹴り技を収束させた最大奥義を最初に使わせた相手だ。あたしも敬意を持って、その亡骸をみつめた。
凄まじい地割れが来て、巨大サメが体勢を崩す。全員飛び退いて、巨大ザメから離れる。仕切り直しだが。パティには分かった。
ライザさんがやった。
サタナエルというあの魔物に勝ったのだ。
流石である。見ている余裕は無かったが、恐ろしい荒々しい戦い方をした事だけは分かる。
地盤が吹っ飛んで、此処まで砕けるのである。
はっきり言って、絶対に敵に回したくない。巫山戯た真似をしたらあの人に首を狩られる。
そう子孫に伝えるだけで、当面馬鹿な真似はしないだろう。そうはっきりと確信できるほどだ。
ただライザさんも、かなりのダメージを受けたはず。
あの人は自分を大事にするような戦い方をしないからだ。
此処からは、パティ達でこの巨大ザメと、残っているラプトルの群れをどうにかしなければならない。
それを悟ったパティは、フェデリーカに頷く。試してみたい舞いがあると、言っていたのだ。
元々フェデリーカの舞いは春夏秋冬にちなんだ神降ろしをするもの。
今まではそれを皆の強化。
それに、夏と冬による温度変化による奇襲。
それくらいにしか使えていなかった。
今後春と秋も使いたい。
全て使いこなしたとき。フェデリーカの固有魔術、神降ろしの舞いは完成するのだと。
凄まじい強さの魔物がわんさか現れている状況だ。
フェデリーカだって、もっと強くなりたいと考えるのは当然だ。
ライザさんみたいに明らかに人間を越えている強さになりたいと思うかは兎も角。世界に溢れて好きかってしている魔物をどうにかできる強さに関しては、此処にいる皆が求めているだろう。
大太刀を強く握る。
形態変化した巨大ザメは、触手を振るって周り全部を攻撃するだけじゃない。魔術に対する強烈な耐性と、複数の魔術を同時に展開して全範囲を薙ぎ払って来る。それに加えてあの桁外れのパワーだ。
レントさんとディアンが壁になってくれているが、それもあまりもたないだろう。
「タオさん! 突撃します! 支援を!」
「分かった! 任せるよ!」
頷くと、突貫。
巨大ザメはディアンの猛攻を受けて、触手で弾き吹っ飛ばしたところだ。吹っ飛んだディアンが、リラさんと交戦していた巨大ラプトルに突っ込み、もろともに倒れる。即座にラプトルの首をリラさんがへし折ったのは流石だ。
パティは走る。
触手。抜き打ちで軌道をずらし、そのまま回避。魔術。火の矢が飛んでくるが、これは大丈夫。
強引に突っ切る。
熱いが、身を固めている装備の守りもある。
これくらいだったら、耐え抜ける。
更に走る。巨大ザメが、レントさんと激しくぶつかり合っているが。こっちにも注意を払ってくる。
あのアンペルさんの空間切断をかき消すほどだ。
こいつの魔力耐性は生半可な魔物なんて比較にもならない。今の時代の海の王者。それがサメ達だ。
だが、地上に上がれば。
人間だって、勝機はある。
大量の矢がサメに襲いかかる。サメは触手を振るわせ、シールドを即座に作り、防ぎ抜く。
その隙間をクリフォードさんのブーメランが狙うが。サメは器用かつ俊敏に動き、ブーメランを肌で受け、滑らせてダメージを最小限に抑え。
カラさんが投擲した巨大な氷の錘を、尻尾で叩いて粉砕する。
地上でも機動力が凄まじい。
レントさんの大剣に噛みつき、動きを封じに掛かるサメだが。
その時、パティが足下に到達していた。
集中。
目の前の至近だけが見える程に、集中して一気に力を爆発させる。
大太刀を抜く。
横薙ぎ。
続けて、斬撃を立て続けに繰り出す。サメの肌が大きく抉れ、巨体を揺らしてサメがパティを排除に掛かるが。
タオさんが触手を弾き返してくれる。
そう信じて、連撃を加速させる。
火を噴くような連撃の末に。
真上に跳躍。
上空から、鷹のように巨大サメに襲いかかる。
巨大サメが、触手を多数展開して、迎え撃ってくる。だが、その全てを、カラさんの援護射撃と、クラウディアさんの援護狙撃が弾く。
ありがたい。
空中で納刀。
そして、サメの背中から腹に掛けて、一気に駆け下りながら、抜刀し切り抜き、更に納刀、抜刀を繰り返す。
五十七の斬撃を叩き込んだ後、地面に着地。
すっと、それで集中が抜けた。
ルミナイトイグニス。
そう呟くと、飛び離れる。
ダメージを受けつつも、まだ戦えるサメが、ひれをパティに叩き付けて来る。吹っ飛ばされるが、時間は稼いだ。
見える。
フェデリーカが、舞いを完成させていた。
あれが、春夏秋冬の力を結集させた神楽か。船で散々練習していた。カラさんにアドバイスを受けながら。
どんな足場でも舞えるように、必死にやっていた。
それだけじゃない。
パティも頼まれたのだ。ちょっとやそっとの事では動じないように、フェデリーカの稽古を見て欲しいと
舞うフェデリーカに、何度も真剣で仕掛けて。
メンタルに問題があるフェデリーカは、本番で舞えるようになったのだ。
「行きます! 神楽舞奥義! 千変万幻の舞!」
巨大ザメが。
温度変化の嵐に包まれる。
高熱、低熱だけじゃない。あらゆる温度に、巨大ザメが包まれ、そして翻弄される。サメは確か体温を自力管理できない。いや、大半の生物も、機械だって、あんな無茶な温度変化には耐えられない。
悲鳴を上げる巨大ザメに、レントさんが突貫。
巨大ザメの鼻面に、大剣の一撃を叩き込んでいた。
悲鳴を上げながら、それでも温度変化を吹き飛ばす巨大ザメ。
その全身に、クラウディアさんが放った矢が突き刺さり、片目をクリフォードさんの投擲したブーメランが抉り取る。
たまらずさがった巨大ザメの頭上。
パティは思わず絶句し、即座に飛びさがる。
あんなもの、巻き込まれたら即死だ。
巨大ザメも上を見る。
其処にあったのは、恐らくは魔術の究極。カラさんが練り上げた、あらゆる属性が混ざり合った極限の破壊の権化。
「覚悟は良いな……?」
巨大ザメがシールドを展開する。だが、既に全身ぼろぼろだ。触手も動かないものが多い。
そこに、カラさんが、すっと指を向ける。
「魔術の力は月の力。 受けるが良い、月の裁きを」
巨大ザメが、必死に力を振り絞り、巨大なシールドを更に展開。二枚、三枚、そして四枚。
だが、それは。
風に揺られる、ろうそくの火にしか見えなかった。
「魔術の深奥を見せてやろう。 ルナ・ジャッジメント!」
あまりにも、さっくりと。
音もなく、その魔術の巨大な矢は。
まるでクリームを棒で突き刺すようにして。
シールドごと、巨大サメの体を貫いていた。
柔らかい光が漏れる。
そして、それが収まったときには。もう、巨大サメは動いていなかった。
呼吸を整える。
凄い。
カラさんが世界最高の魔術師である事は疑っていなかったが。ライザさんの装飾品による強化がそれに加わると、此処までの破壊力が出るのか。
千三百年フィルフサと戦って生き残ってきているのも納得である。
逆に言うとこの人ですらフィルフサの群れはどうにも出来なかった。ライザさんが怪物過ぎるのだ。
へたり込んでしまう。
既にラプトルは全滅していた。
辺りには、多数の死体と臓物が散らばって、焼け焦げた臭いがしている。
どうやら、サルドニカに戻って最初の苦難は、乗り越えられたようだった。
まず皆の手当をしてから、タオにひとっ走り行って貰う。
サルドニカから人手を出して貰い。
あたし達は、エアドロップで魔物の死骸を運び、其方で受け取って貰うのだ。フェンリルの死体は内側から丸焦げだが。比較的ワームやバシリスクの死骸は綺麗に残っている。後で丁寧に解体する。
巨大サメは、体内をばらしてみたが、セプトリエンは見つからなかった。ただ、ひれなどの先端はもの凄い魔力を放っている。
これは切り札として、素材に使えるかも知れなかった。
サルドニカに、魔物の死体が運ばれて行くのを見送る。
もう夕方で、そろそろ夜になる。
死闘だったが、それほど長くは続かなかったのだ。嘆息して、粉々に打ち砕いたサタナエルの死体を荷車に詰め込んでおく。
人間も含めて改造した、人間がやって良い事では無い悪逆の結果の存在。
脳みそまで弄られ、自主的な意思すらもてない者達。
だけれども、此奴はそれでも誇りを持っていた。
それは尊い事だっただろう。
解析して、もう少し敵について知る必要がある。
出来るだけ効率的に殺すためだ。
サルドニカに戻ると、フェンリルの死体に民が群がっていた。あたし達の姿を見ると、ひっと声を漏らす者もいる。
フェデリーカが前に出た。
「ギルド長!」
「此処にいるライザさん達が死闘の末にこの恐ろしい魔物達を仕留めてくれました。 もしもこの人達がいなかったら、サルドニカにこの魔物達が襲いかかっていたでしょう」
ざわつきが消える。
当然だ。
フェデリーカの声はあまりにも怜悧だ。フェデリーカも、流石に頭に来ているようだった。
「誰のおかげで皆が命を拾ったのか、考えてください。 私はこれから、戦後処理に移ります。 みなさんも、この恐ろしい魔物達が街の近くにいたということを、肝に命じてください」
「……」
民が散って行く。
ディアンが、なんだよと口を尖らせる。
「なんで素直に有難うがいえないんだ。 ライザ姉とみんなで此奴らブッ殺さなけりゃ、今頃この辺り血の海だろ」
「ディアンくん、今日は食事にして、もう休もう」
「クラウディアさんがいうならそうするけどよ、納得いかねえ」
「じきにわかるようになるさ」
ボオスが寂しそうにいう。
まあボオスは経験者だ。だからこそ、余計にディアンの憤りは分かるし、こたえるものもあるのだろう。
宿は取ったがキャンセルだ。余力はあるからアトリエに戻る。そんな余力もなくなる事も考慮して宿を取ったのだし、キャンセル料なんて痛くも痒くもない程度に蓄えはあるから問題は無い。
アトリエに戻り、アトリエの前で獲物を解体する。あの大乱戦だったし、綺麗なままの素材は余り取れなかったが。
ただ、バシリスクの体内からは、小さめながらセプトリエンが見つかったし。
サメの骨は強靭で、色々な用途に使えそうだった。
皆の装備もひとつずつ点検する。
調整は必要なさそうだが、今後の強化は必須だろう。あたしが湯沸かしに行こうとすると、ディアンが代わりにやってくれるそうだ。
ディアンに任せて、後はのんびりする。
クラウディアとパティとフェデリーカは料理を始めているが。
あたしには声が掛からないのは、まあそういうことだ。
「時にライザ、あのサタナエルとか言う奴を肉弾戦だけで倒したのか」
「魔術通じなかったからね」
「そ、そうか」
ボオスがちょっと引いている。
なんだ今更。
ボオスだって現時点では、生半可な傭兵なんか束になってもかなわない実力だ。そろそろアガーテ姉さんに並ぶかも知れない。
別にあたしは錬金術抜きだと、そこまで皆の中で傑出して強くはない。
錬金術を正しく使っていなければ、此処までの戦力は出せない。
逆に言うと、あたし程度でも錬金術を使うとあれくらいの実力になると言うことである。戒めなければならないだろう。
あたしが慢心して堕落したとき。
神代のカス共と同じになりかねないのだから。
料理が出来てから、皆で食卓を囲む。
「前の個体より弱かったとは言え、あのフェンリルをあっさり倒せたのは、とても良い事ですね」
「そうとも限らん。 サタンだかの同類はまだいるのだろう。 流石に危機感を募らせて、更に強大な戦力をぶつけて来る可能性がある」
パティの言葉に、リラさんが釘を刺す。
あたしも同意見だ。
次は何を繰り出してくるか分からないが、いずれにしても油断は出来ない。
そしてもう一つ分かった事もある。
途中サルドニカで仕入れたらしいラム肉を臭みを抜いて仕上げたスープを飲みながら、見解を皆に伝える。
「サタンとサタナエルは随分と考え方が違ってた。 まだ残りがいるとして、其奴らも考えは独自の可能性が高いとみて良いと思う」
「そういえばライザさん、サタンはとことん軽蔑していたようでしたけれど、サタナエルには敬意を払っていたようですね」
「……頭を弄くられ、思考を固定されていた所までは同じだったけれどね。 サタナエルは、誇りを持っていて、主君を守ろうとしていた。 守る価値が無い主君なのは事実だったけれども、それでも全力で相手をするべき敵だったよ」
パティにそう答えておく。
苦労したからか。
ボオスはちょっと苦虫を噛み潰していた。
焼きたてのパンがなかなかに美味しい。小麦の質が上がっているらしい。バターを塗って食べる。
他にも豪快に焼いた牛の肉もなかなかだ。
繊細な料理だけではなく、クラウディアはこういう豪快な料理もしっかり出してくれるのが嬉しい所だ。
意外に小食なディアンは、豪快な料理は喜ぶが、食べ尽くしてしまうようなことはない。
クラウディアも計算がしっかりしていて、丁度皆が食べきるくらいの料理を出してくれるのだった。
食事を終えた後、風呂に入って、汗と血を流す。
しばしぼんやりしてから、ちょっと調合をして調整して。
その後は、休む事にする。
サルドニカの百年祭には協力しておきたい。
元々サルドニカは好事家に対する芸術品ではなく、各地で使われる実用品で稼いでいた街だ。
魔石細工と硝子細工で街の力を割ってしまって、争いまでしていたら愚の骨頂である。
この機会に、しっかり街のあり方を改めて。
それで、団結して世界をよくする方向に動いて欲しい。
フェデリーカはそう考えているだろうし。
あたしもそれは同意見だ。
それと同時に、世界の危機にも対処しなければならない。
神代の連中をのさばらせていたら、何度でも同じ事がこの世界でもオーリムでも起きる事だろう。
奴らの根拠地を灰燼に帰すためにも。
早々に鍵の強化をするための金属と。
各地の座標。
それに、奴らの根拠地の座標について。
調べ上げなければならなかった。
3、廃鉱山の正体
ゆっくり一晩休む。
フェデリーカなんかは死んだみたいに眠っていて。朝起こしても、しばらくはあーともうーとも言わなかった。
長い船旅の直後に、あんな強烈な戦闘をこなして、底力を振り絞ったのである。まあ、仕方が無い。
朝の体操に、一緒に引っ張り出す。
あたしとパティだけが最初は体操をしていたが。最近はカラさんも加わるようになっていた。
カラさんは年寄りの朝は早いのだと笑っていたが。
或いは、体術について興味を持ったのかも知れなかった。
そこに、今日はフェデリーカも加える。
フェデリーカはふらふらで動きもぎこちなかったが、パティが側について丁寧に動きを教えている。
こくこくと頼りなく頷きながら、死んだ目でフェデリーカが体操をしていると、やはり思うのだ。
嗜虐心をそそられるなあと。
まあ、嗜虐はしてはいけないが。
さて、朝の内にやる事がある。起きだしてきた皆で、まずは今日やるべき事を決めておく。
フィーは、一昨日船の中で調整したトラベルボトルに入ってドラゴンの魔力を吸収したからか、すこぶる調子が良さそうだ。
しばらくは大丈夫だろう。
或いは昨日、バシリスクの魔力を吸収したこともあるかも知れない。
「昨日が激しい戦いだったから、今日は少し楽な作業にしようと思う。 あたしは午前中、タオとこの辺りの座標を集めて回るよ。 レント、リラさん、カラさんは、あたしと連携して動いてくれる?」
「おう」
「任せておけ」
「面白そうじゃのう」
カラさんは興味津々で、子供みたいである。
老獪さと無邪気さが混じっていて。
まあ、そこも老人らしいと言えば老人らしい。
老人は時に子供みたいに無邪気になるものだからである。
それはあたしもエドワード先生の病院で面倒を見られている老人や、他にも呆けてしまった人の世話を子供の頃から見ているから、良く知っていた。
「フェデリーカは、サルドニカで情報収集をお願い。 これからいよいよ、サタナエルが路を塞いでいた鉱山に出向くからね。 あれが神代のものらしい事は以前にも聞いたけれど、できるだけ情報を集めてくれるかな」
「分かりました……」
フェデリーカの目に光がないなあ。
まあ、疲れているだろうし仕方が無いか。あたしもあんまり無理強いをしようとは思っていない。
他にも、硝子ギルドと魔石ギルドと手分けして情報を集めて貰い、問題が起きているようなら聞き取って貰う。
それと、現在動いている巨大な歯車も、今回の遠征で直してしまうつもりだ。
街の外にも、幾つか巨大な歯車が動いていて。
溶鉱炉などで活躍しているようだ。
それについても、あたしが直すので。
修理の日取りなどを調整して欲しいと、告げておく。
今回の滞在は、二週間を予定している。
あまり長期間サルドニカに留まるつもりは無いが。
逆に、問題を放置したまま次に行くつもりもない。
故に、できる限りやれることはやってしまうつもりだ。
「フェデリーカの支援として、クラウディアとボオス。 アンペルさんもそっちに回ってくれますか」
「分かったわ」
「任せておけ。 またネゴか……」
「ネゴは誰にでも出来る仕事では無い。 ライザの信頼が伺えるな」
ぼやくボオスに、アンペルさんがフォローを入れてくれる。
まあ、アンペルさんの言う通りだ。
ネゴをしていて怖いと思う事はあまりあたしはないのだが。
ただ、あたしは逆に怖がられる事が最近増えてきている。
だったら親しみが湧くボオスにネゴをして貰う方が良いだろう。
「セリさんは浄化の薬草の研究をお願いします」
「ええ、時間をわざわざ取ってくれて助かるわ」
「当然の事です」
オーリムには、こっちの世界の人間と言うだけで大きな借りがある。だから、こうやって最大限の協力はする。
どんな土地にも根付いて。フィルフサの母胎を解体できる薬草。
更に改良出来るなら、どんどん改良すべきだ。
セリさんは一人で大丈夫だろう。
「クリフォードさん、以前足を運んだ高原地帯の偵察をお願いします。 例の泉の辺りから、何処かに濃度が高い「溜まり」がないか確認してきてください」
「お、スカウトか。 いいねえ。 何か遺跡があったら調べても良いか」
「いいですよー。 パティもそっちに回ってくれる?」
「分かりました」
パティは今回、タオと毛色が違う遺跡探索者のクリフォードさんと組んでもらう。
勝手が違うかも知れないが。逆にそれで遺跡に対して興味を持つことだって出来るだろう。
何よりも、タオの興味がある分野に対して、少しでも知識を持つのは良いことだし。
今後人類が同じ間違いを繰り返さないためにも、知っておかないといけないのだ。過去に何が起きていたかを。
それを客観的に分析出来る。
それに、パティはクリフォードさんと同じ軽装の戦士だ。
戦い方は違うが。
重装の戦士にはできない事を、一緒にいる事で学び。
更に腕を上げることも出来るだろう。
それでいいのである。
それでは朝ご飯を食べて、おもむろに解散する。
クリフォードさんとパティが最初に飛び出して行く。二人とも速さ自慢だ。スカウトの仕事は、しっかりやってくれるだろう。
セリさんには、大量の肥料を渡しておく。
クズ肉の多くは肥料にしてしまうのだ。それらを使って、どんどん浄化の薬草を育てて貰う。
それ以外にも、セリさんがストックしている薬草を、品種改良して貰うのもいいだろう。
セリさんとの交友は、今後の人類のためにも、極めて有益だと言える。
そして、クラウディアが先導して、サルドニカに皆が向かう。
ボオスはまだぶちぶち文句を言っていたが、それは別に良い。
あれはそういう性分だ。
今更気にしても仕方が無いだろう。
続けて、あたし達も出る。
アトリエでまずは座標を計測。その後は、タオに任せて順番に各地を回っていく。大きな川が流れていて、魚がたくさん泳いでいる。
この辺りは水温が高い。
まあ溶岩が流れているような火山もあるし、当然と言えば当然か。
安全な場所に温泉はないらしいが。
だが、いずれ温泉を第二の名物に出来るかもしれない。
まあ、水温が高く、魚が豊富だと言う事は、捕食者も多いと言う事で。我が物顔にサメが泳いでいる。
まあ、こっちにこないなら放置で良い。
順番にタオと一緒に座標を集めて回る。
時々鍵に魔力を補充する。
小さめの集落が、点々と存在していて。それらは鉱夫達のための中継地点であるらしい。
いかにも夜職の女性もいるし。
大量の食糧が運び込まれてもいる。
あらあらしい男性も見かけるが、あたしの事は知っているのだろう。一目で表情を引きつらせて、道を空ける。
別にこの人らに何かしたわけでもないんだが。
まあ、今のうちに畏怖はされておいた方が良いだろう。
また、鉱夫が荒々しいのは。それはそれで別に良い。露天掘りだから、鉱夫の体に掛かるダメージも小さいのだろう。
これが坑道掘りだった場合、鉱山病で人がばたばた倒れているはずだ。
ちゃんと仕事としてなり立ち。
人間を使い潰していないだけでも、可とするべきなのである。
座標を集めていると、医療関係者らしい人が来る。年季が入った女性医師だ。見た所、回復魔術のスペシャリストだろう。
どこからか聞きつけたのか。あたしが回復薬を大量にストックしていると聞いていたらしい。
少し譲ってくれないかと聞いてくるので、一応は確認しておく。
「バレンツに卸している筈ですが、足りませんか」
「高いんだよ。 治療をしてやれない患者がかなりいる」
「……分かりました。 様子を見せて貰えますか」
「ああ」
病院に出向く。
年季の入った女医さんは、幾つかの話をしてくれる。
露天掘りといっても、魔物が出るし、土砂が崩れるような事件はしょっちゅうおきる。それで死ぬ鉱夫もいるし、手足を失うものも。
王都から流れてきた騎士なんかも常駐しているが、よっぽど傭兵の方が役に立つ有様だ。
もう少し、何もかもましにならないのだろうか、と。
気持ちはわかるが。
いや、其処で突き放しても意味がないか。
病院に出向くと、カラさんが目を細める。
「ふむ、衛生面に問題があるのう」
「医薬品だけでなく、リネンや人員も足りないんだよ。 もう少しサルドニカが支援金を出してくれれば多少はマシになるんだがね。 百年祭なんてどうでもいいから、ちょっとはこっちに目を向けて欲しいもんだよ」
「分かりました。 ギルド長にあたしから伝えておきます」
確かに平屋の病院は、不衛生なベッドに、苦しみの声。何よりも死の臭いに満ちていた。
魔物が鉱山を襲撃するのはあたしも見ている。
屈強な男性程度では、魔物には手が出ない。そもそも小細工なしで人を殺せる存在を魔物と呼んでいるのだから。
すぐに皆動く。
カラさんが、水流の魔術を用いて、汚れているリネンを煮沸して一気に洗浄、ついでに乾かしてくれる。あたしも石鹸を渡して、それを加速する。
あたしはアトリエまでひとっ走りして、蓄えておいた薬をいくらかもってくる。手足を失っている鉱夫に、すぐに女医さんが処置を始める。
治る傷は、即座に治して貰う。
確かこういう所の許容量は医療リソースとかいうのだったか。
それを出来るだけ拡大しておいた方が良いだろう。
「汚れものをどんどん回せ。 わしが綺麗にしてやるわ」
「すまないねえ。 助かるよ」
「何、これくらいは安い安い。 代わりにうまい焼き菓子の店でも教えてくれ」
「そうさね。 ここらで良い場所だと……」
リラさんとレントは、力仕事で怪我人や手当てが必要な人間に処置をどんどんしていく。二人とも怪我の処置には慣れている。
こういう病院では専門知識が必要だが。
少人数での旅で、いざという時は自分で自分を治療しなければならない二人は、色々な意味でスペシャリストだ。
病院全体も衛生的にしておく。
タオが帳簿を確認して、無駄がありそうな所をピックアップしていく。こういう支援も大事だ。
「僕から予算についての提案書は書いておくよ」
「ありがとねタオ。 薬はこれくらいで良いですか」
「ああ、助かった。 あんたは噂では恐ろしい破壊の権化だって話だったけれど、声を掛けて正解だったね」
「ふふ、人類の敵に対しては破壊の権化ですよ。 これからは、バレンツにもうちょっと薬を多めに卸すのと、サルドニカから予算が出るように声は掛けるので、それで対応してください」
礼を言われると、まあ気分は悪くない。
病院の手伝いが終わると、もう昼だ。
アトリエに戻りながら、座標を集めておく。
タオは座標を集める星図みたいな装置を使いこなしていて、座標の拡大なども出来るようだった。
「作ったあたしより詳しそうだね」
「まあ、この装置はとても分かりやすいからね。 サルドニカの方は、午後に回ろう」
「そうだな。 少し腹が減った」
「皆、口をゆすいで手を洗うのだぞ。 かなり厄介な病原菌の臭いもあった。 わしが消毒はしておいたが、あれらは体内で繁殖するでな」
カラさんの言うとおりだ。
エドワード先生にも、そんなことを言われたっけな。
アトリエに戻ると、クラウディア達が戻って来ていた。フェデリーカはなんか燃え尽きているようである。
昨日の戦闘で奥義を放ったみたいだし、まあ仕方が無いかなと思っていたら。
ボオスが話してくれる。
「幾つかのギルドが揉めてやがってな。 介入が遅れたら、血を見かねない状況だったんだよ」
「おいおい……」
「大物の魔物がごっそり消えて、安心したからだろうな。 ずっとサルドニカでブルブルふるえてただけの警備の連中も粋がりやがって、あのくらいは自分らでも倒せたとか抜かしてやがってな」
倒せないから。
あたし達が対処したのだが。
まあ、それはどうでもいい。
子犬に吠えられているようなものだ。いざとなれば一瞬で踏みつぶせるので、なんとも思わない。
ただ、フェデリーカは災難だっただろう。
それは良く分かった。
口から魂が出ていたので、手で口の中に押し戻しておく。
目が覚めたフェデリーカは、あわてて周囲を見回したが。ぐったりしていることは変わらない。
とりあえず、昼飯にする。
パティとクリフォードさんは、少し遅れて戻って来た。
「どうでした?」
「川の様子が妙だったから確認してきたが、やっぱりたまりがあったぜ。 ただ、ちょっと尋常で無い魔物が住み着いているようだったがな」
「……ふむ」
「アレは神代の奴だろうな。 とりあえず刺激は避けて離れた。 遺跡も幾つかあったが、興味が出るようなものは少なくともいける範囲にはなかったな」
そうか。
クリフォードさんのスカウトの技術は非常に高いので、内容について疑っていることはない。
いずれにしても、ちょっと面倒そうだ。
昼飯を食べたら、即座にまた皆で動く。セリさんは、アトリエの側で、薬草をわさわさ植物魔術で育て、収穫し、品種改良を一心不乱にしていた。それで良いだろうと思うので、何も言わない。
また、それぞれに繰り出す。
午後からあたし達は、サルドニカで、更にはサルドニカの北での座標集めだ。
フェデリーカとクラウディアには、病院での話はもう伝えてある。
まあお薬はどんどん新しいのを開発しているし、作ったぶんはどんどんバレンツに卸しているので、問題は無いだろう。
ただバレンツも輸送なんかの経費があるし、慈善作業をしている訳ではない。
あたしがそれだけたくさん作って、バレンツで売ればいい。
今の段階では、それで回る。
いずれテクノロジーが回復すれば、お薬もテクノロジーで作れるようになるはずなので。あたしはそれまでは、自力でやっていくしかない。
いずれにしても、一度ロストテクノロジーになり果てたのだ。
それは、人間の手で。
どうにかしないといけないし。
同時にまた神代を到来させてもいけない。
それについては、やはりあたしが魔王になって。人間が万物の霊長だとかほざかないように。抑止力になるしかないだろう。
座標を集めていると。
タオがえっと声を上げた。
サルドニカを出て。少し北上した辺りだ。
熱心に星図を触って、情報を調べている。リラさんが、周囲を警戒しながら、タオに言う。
「何かトラブルか」
「ええ。 いきなり座標の一部の数字が変わったんです。 今までは連続性が見られたのに……」
「とりあえず、情報を集め続けよう」
「うん、分かってる。 僕は知っての通り集中していると周りが見えないから、護衛は頼んだよ」
勿論任された。
周囲の警戒を続けながら、座標を集めていく。この辺りの座標は百ほど集めたか。
夕方になったし、サルドニカから少し離れたので、戻る事にする。
この辺りの入植地は、フェンリルが出たと言う事であわてて一度人が離れたようだが。今は順番に帰還しているようだ。
ただ、鉱山までしっかり調べておかないと、何があるか分からない。
前回は調べられなかったから、今回でしっかり調べるしかないだろう。
サルドニカで、クラウディアと合流。
タオが書いた書類はぐうの音も出ない出来で。
フェデリーカも、あっさり通す事が出来たそうだ。
実際問題、露天掘りしている鉱山での採掘における人的被害の損耗については、サルドニカでも思うところがあったらしい。
傭兵を増やして魔物に対策しても、それでも落石などで出る被害者はどうしてもあるのが実情だ。
それを考えると、医療のリソースを増やすのは、ある意味当然で、絶対に必須なのであるのだから。
アトリエに戻ると、セリさんが仕事を切り上げて、横になっていた。リラさんと同じようにたまにソファで猫になるんだな。そう思う。
ちょっと遅れて、クリフォードさんも戻ってくる。
高地の方を調べてきたが、やはり遺跡は安全圏内には存在していないようだという。
そうなると、鉱山の方を重点的に調べるしかないだろうな。
あたしは、そう判断していた。
「フェデリーカ、ドゥエット溶液の性能向上は、まだ先で大丈夫かな」
「たしかサルドニカの滞在予定期間は二週間でしたよね。 その期間内での納品だったら、大丈夫だと思います」
「……よし。 神代のものと思われる魔物がいるのなら、それを倒せばそっちは一段落する筈。 神代の鉱山を、ちょっと先に漁るか」
「それについてなんだがな」
ボオスが挙手。
幾つかの資料を集めてくれたそうである。
見せてくれたのは、冒険家の手記だ。
百年の時もあれば、無理をする人物も出てくる。サルドニカにも命知らずがいて、神代のものらしい鉱山に出向いて、生還していたそうだ。
「とりあえず買ってきた。 内容の吟味は頼む」
「どれ……」
タオが手に取り、クリフォードさんも覗く。
二人がにっこにこのわっくわくの様子で本を読み始め、ああだこうだ議論し始めるので。パティすら呆れる。
まあ、それはいい。
先に夕食だ。
夕食を仕上げている間に、風呂が沸いたので、先にそっちに入っておく。なお、病院で動いた勢には、先に病気に対する耐性が上がる薬は配ってある。それに加えて手洗いうがいも済ませた。
病気になることは、まずないだろう。
夕食が出来た頃には、タオとクリフォードさんはこっちの世界に戻ってきていたので。皆で夕食を囲みながら話を聞く。
それによると、鉱山に潜入して、色々なものを見たらしい話が、だいぶ誇張されて記載されていたそうだ。
まあそうだろうな。
命がけで、神代の魔物も出るような鉱山に潜ったのだ。
生きて帰っただけで儲けもんだし。
何より、尾ひれも話につくだろう。
それでだ。タオとクリフォードさんの話を聞く限り、信用できそうな記述は三つ。
鉱山は、今それらしいものと喧伝されているものではなく、更に奥にあるらしいということ。
つまり、どうも神代のものらしいとされている鉱山は、やはり前に調べたものとは別物。前に調べたのはフェイクかそれとも、古代クリント王国から神代に掛けて掘られただろうもの。
鉱山には強力なシールドが張られているらしい事。
だがそのシールドは経年劣化もあって、だいぶ隙間があり。鉱山に潜り込んだ命知らずは、それを通ったらしいこと。
深部には見た事も無いものがわんさかあったが、そもそも魔物が多数警戒していて、持ち帰るどころではなかったこと。
以上である。
神代の魔物に対する大立ち回りなんかは、話半分に聞き流すべきだろうとタオが言っていて。クリフォードさんも同意していた。
意外に時々クリフォードさんもロマンがないなと思ったが。
多分クリフォードさんの求めるロマンとは違うのだろう。
冒険者に人生を捧げているレベルの人である。
それは色々な言葉が一般的な定義と違っていても不思議では無い。今更驚くような事でもない。
「問題は場所だね」
「それもあるけれど、あの居座っていた前のフェンリル。 ひょっとすると、その冒険家のせいで出て来たのかも」
「!」
「サタナエルっていうあの魔物が連れ出してきた巨大なサメなんかもそうだよ。 神代の錬金術師が番犬代わりに配置した魔物の一部だったとすると。 恐らくフェンリル級のはもういないとしても……多数の弱いとはとても言えない魔物との乱戦になる可能性は否定出来ないよ」
タオの言葉に、みな黙り込む。
サタナエルの様子からして、恐らく最強の手駒を揃えてきただろう事は想像がつく。
だが、戦闘が長引けば、もっと魔物を繰り出して来た可能性だって否定は出来ないだろう。
だとすると。
準備は必要だ。
「よし、スケジュールを決めるよ」
あたしが言うと、皆緊張する。
まず第一に、鉱山までの道を確保する。
これは恐らくだけれども、フェイクの鉱山ではなく、もっと奥にある。今までは、サルドニカの人間では生きてたどり着けなかったほど危険な場所と見ていい。
薬に加え、装備類は出来るだけ調整する。
生きて帰るのに、必要な事だからだ。
この準備に一日掛ける。
それから出撃して、鉱山に。鉱山の攻略そのものには、四日を見込む。今回は遺跡の調査が入る可能性が高い。
そしてアンペルさんが全面的に協力してくれることもあるし、前の王都での探索よりも、だいぶ調査の速度を上げられるはずだ。
タオもクリフォードさんも、更に技量を上げているだろう。
二日で魔物を全部駆逐して、その後二日で調査を終える。
予備日を一日とっておく。
これで六日。
その後、高地に出向いて、ドゥエット溶液の原材料になりそうな水を、たんまりと集めておく。
これに関しては、技術が更に上がっているから、大量に水を用いれば出来そうではあるのだけれども。
ただそれをやると労力と時間が見合わないだろう。
更には、こっちにも強力な魔物が……神代の連中が番犬代わりに作っただろうのがいるのは確定だ。
だとしたら、此方にも遺跡がある可能性は高い。
此方も調査含めて三日を見込む。
予備日もあわせて四日だ。
更に、色々問題が起きる可能性もある。それらの予備日も作っておく。
今の時点で、十三日あるので、三日ほど余ることになるが。時間が余ることに問題はない。
これで良いだろう。
それにこれはあくまで予定だ。
最悪の場合は、滞在を延ばせば良いだけである。
ただ、神代の連中が、いつ群島を引っ込めるかわからない。それを考えると、遊んでいる時間はない。
「これで問題は無いと思うけれど、何か意見はあるかな」
「ライザ。 余技になると思うけれど、いい?」
クラウディアが挙手。
それによると、一人のおばあさんに声を掛けられたそうである。
魔法のような技を使う人がいるんだってね、と。
まあ、あたしのことか。
「そのお婆さんのもういなくなった旦那さんが、遺品を残しているの。 魔石と硝子を用いて、庶民でも使える価格の自動的に光る街灯を作ったんだって」
「なんだって!」
「それはすごいな……」
ボオスとアンペルさんがそれぞれ反応。
それはそうだ。
火というのは、有限だ。
油を用いたランタンやカンテラはどこにでもあるが、油というのは結構コストが掛かるのである。
あたしも仕留めた魔物の脂は、小遣い稼ぎに売ってしまうことがある。それくらい貴重で、お金になるのだ。
木だってそう。
燃やせばなくなる。クーケン島では、薪を冬に向けて蓄えるのだが。だいたいは対岸に行って、幾つかの決められた地域に生えている木を、順番にきり。冬に向けて乾燥させていた。
この作業が結構重労働だった。
漁師も木の運搬は小遣い稼ぎにしていて、船を何往復もさせる。
ただ、これらの作業は、特に貧しい人の生活を圧迫していて。ちいさな集落の人間には死活問題なのだ。
それを全部クリア出来る可能性がある。
魔石は基本的に何処にでもあるし、なんならちょっとやそっとではなくならないのである。
フィーみたいに食べたりでもしない限りは。
いずれにしても、それは凄い発明である。
完成して、量産が出来れば。
つまり、それが普及していないと言う事は。
要は完成しなかったのだ。
「で、完成しなかったの?」
「色々問題があって、結局実用まで行かなかったんだって。 でも、一つだけ偶然が重なって出来た品があって、それをライザになおしてほしいって」
「……見せて」
頷いたクラウディアが、潰されたランタンを出してくる。
ふむ、デザインは凡庸か。
外側は硝子で、内部は魔石なんだな。
「どうしてこんな壊されてるんだろう」
「恐らくはギルド同士の対立が原因です」
フェデリーカがまつげを伏せる。
そういえば。今でこそある程度仲は戻っているが。そもそも前回サルドニカに来た時、硝子ギルドと魔石ギルドは、それこそ血を見るレベルで対立していたのだ。
このランタンを研究していた人は、その対立をどうにかしたいと思っていたのではあるまいか。
だが硝子も魔石も使うと言う技術は。
裏切りに見えた。
そういう事だ。
はっきりいって反吐が出る話だが。そういうものである人間は。今更驚くに値はしないだろう。
「分かった。 解析して、どうにかしてみるよ」
「お願いねライザ。 私も商売の事は基本的に優先して考えてしまうけれど、色々とひどいことばかりしている神代の所業をみて思ったの。 ああいう人達は、多分自分は絶対に正しいと思っていたし、自分は現実主義者で、エゴを満たすためにはなんでもしていいと考えていたんだ。 だからどんな残虐な事でも平気でしたし、どれだけ酷いことだって笑いながら出来た。 私は、商売人だから、どうしても現実をもとにものを考えなければならない立場にいるけれど。 その先にあるのが神代というのに気付いたから。 絶対に、こういう悲劇は見過ごさないと決めたの」
「立派だよクラウディア。 それでこそあたしの親友だね」
これは心からの言葉だ。
さて、今日は寝る前にやる事が出来た。
この潰れたカンテラの技術を完成させる。
硝子と魔石の技術を融合させるなら、素晴らしい彫像だのよりも、こういうテクノロジーの方が良いはずだ。
先に、フェデリーカに渡しておく。
専門家に先に見せておいた方が良いだろう。だが、フェデリーカは一目で問題点を見抜いたようだった。
「これはたまたま魔石の魔力伝導が上手く行って輝いただけで、技術的に完成しているとはとても言えません。 残念ですが、灯りの寿命も破壊されなくても長くは無かったでしょう」
「ん。 それでどうすれば良いと思う?」
「魔石の力を引き出す構造が必要になると思います。 それと、魔石を交換できるために、ランタンの形状を……」
「形状については設計図を起こしてくれる? 出来るだけもとのデザイン……潰される前のを忠実に再現した上で」
フェデリーカは頷くと、やっと得意分野に触れるからか。
ささっと図面を作り始めた。
さて、あたしは錬金術でこのランタンを蘇らせる。
明日からはまずは鉱山調査からだが。それと並行して、このランタンもどうにかまた命を吹き込んであげたかった。
4、魔界の底から
東の地。
歴戦の戦士ですらいつ落命してもおかしくない其処は、神代の頃からずっと錬金術文明に抵抗を続けてきた土地だった。
例え土地を支配されても抵抗を続け、名のある錬金術師を何人も倒した。
その土地の戦士達は、侵略者を必ず殺し、どんな手を用いても土地を守った。
その荒々しい魂は今も受け継がれているが。
それ故に神代の者達は其処への執拗な攻撃を続けて。様々な生物兵器を放ち、絶滅を目論んだ。
実はフィルフサも、この土地に投入される予定があった。
それをガイアは知っていた。
母による解析の結果分かってきた事である。
いずれにしても、この土地にいる魔物は実力が他の土地と次元違いであり。此処が島国でなかったら、古代クリント王国が滅びたタイミングでこの土地の魔物が流出し、人類が滅亡していてもおかしくなかった。
今、この土地の長である「征夷大将軍」と同胞は連携しており。
最重要拠点に、常に精鋭を展開しているが。
今回の敵の猛攻は凄まじく、歴戦の戦士達……同胞から見ても唸らされる腕の豪傑達が、次々に命を落としていた。
ガイアは希望たるアインのために、さらには同胞のために人間と子を成し、四代先まで子孫がいるが。
戦力は衰えていない。
四代先まで行くと、同胞としては思考などがずれてくるが、それはあくまで「同胞と比べて」である。
生物的な特徴で差異は出ない。
特に疫病などの耐性は致命的で、遺伝的な多様性は一切確保できない。
これが如何にまずいかは、ガイアは良く知っていた。他愛もない病気で同胞がころっと死ぬ所を何度も見ている。
だからこそ。
アインは希望であり。
ガイアも希望のために命を賭けるのだ。
今、ガイアは激戦が続いている「東砦」に向かっている。ベヒィモスが暴れているのもあるのだが。
それ以外にも多数、本土では見られない魔物が暴れており。
同胞から技術提供し、屈強のこの地の戦士「侍」がそれを用いてなお、防戦がやっとという有様だった。
「ガイア、着到!」
「おお、名高きガイア殿か!」
「助太刀感謝する!」
東の砦は、土と木で作られているが、これはこの土地に地震が多いからだ。石造りだと地震に耐えられないのである。
すぐに最前線に。
うめき声が彼方此方から聞こえる。
負傷者が次々とさがってくる。補充される戦士は、それに対して明らかに足りていない状態だ。
上。
飛来したのは、それこそ育ちきったエイほどもある鳥の魔物だ。それを、ガイアは即応し、手にしている巨大な弓で叩き落とす。
こんなのは、この土地では雑魚だ。
頭が爆ぜ割れた鳥が、その場に落ちて。
バタンバタンと暴れた後、動かなくなる。おおと、声が上がっていた。
「流石のお手並み!」
「名人の武芸よ!」
「有難う。 それより戦況は」
砦の前門に出る。かなりの乱戦の中、魔物の猛攻を必死に侍達が支えている。魔術も飛び交っているが、魔物が使う魔術には時間系や空間系もおおい。
この土地を支配しようとした古代クリント王国が、遠征軍をひねり潰されたのも納得が行く。
こんなのを相手に戦い続けた……それも千年以上も……集団が相手だったのだからだ。
「敵の猛攻激しく、味方苦戦著しく!」
「分かった。 すぐに出る!」
「心強し! 名人ガイア殿が出られる! 気勢を上げよ!」
「エイトウトウ!」
叫び声が上がる。
ガイアは連れてきた四名の同胞とともに、魔界の住人そのものの魔物の群れに突貫していた。
「サタナエルが倒されただと!?」
四刻にいたる激戦の末、どうにか生きて戻ったガイアが、血を拭き取りながら聞く。観測者の中の一体。
サタンと同じく、収穫を目論んでいた神代の負の遺産だ。
伝令に来た新参の同胞に聞かされる。倒したのは、聞くまでもない。まあ、ライザだろう。
「観測者共の動向は」
「分かりません。 ただ恐らく、ライザリンに最大級の警戒をするものと見て間違いないかと」
「……分かった。 現地での観測を引き続き行え。 彼方にはコマンダーがいるから、し損じる事はないと思うが」
「それと、母より伝言です」
頷く。
アインのために動くのもそうだが。神代の連中とは違う行動原理で動いている母の命令もまた、ガイアにとっては絶対服従のもので。
そして何よりも、母は消耗品と同胞を考えていない。
命を賭けるに相応しい存在である。
「ハッキングが完了した区画の中に情報あり。 観測者は全部で五体。 その内一体が、この地にいるようなのです」
「……!」
「コマンダーが母と協議を行うようですが。 もしも観測者がベヒィモスを操作していた場合は厄介です。 観測者はどれも魔物を自在に操作する力を持ちます」
「そうだな……」
ベヒィモス一体が現れただけで、屈強の東の地の戦士達がこうも苦戦するのだ。
この地には奴と同格の魔物が数体はいる。
全部が同時に動き出しでもしたら、手に負えない。
幸い、観測者共の目的は人間の殲滅では無い。人間の命もどうでもいいと考えている連中ではあるが。それだけは救いか。
「分かった。 我等はこの地で敵を食い止める。 それだけ母に伝令を」
「は……」
伝令の同胞がさがる。
ため息をつくと、休憩を終えて立ち上がる。
これは、今日中に大物を何体か倒さないと、戦況を好転させるどころではないな。
そう、ガイアは悟っていた。
(続)
|