鍵は目覚める
序、三度目の到達
群島は沈んでいない。こいつが今沈むと、神代の錬金術師共の所に辿りつくための手がかりがなくなる。
あいつらは滅ぼし尽くさないとダメだ。
だからこそ、調査を急がなくてはならない。
アトリエに荷物を移すと、すぐにエアドロップ二つに分乗して、宮殿に向かう。エアドロップは更に改良している事もある。速度は更に出る。
カラさんは子供みたいにきゃっきゃっと喜んでいたが。
大きめの魔物が寄ってくると、魔力で威嚇して追い払っていた。かなり大きなサメが、カラさんの視線を受けただけで逃げていく。
まあ、ある意味痛快ではある。
「またイルカがいますね」
「数が増えているね。 ただそうなると……」
実はイルカは、生息地域では漁師に嫌われている。
魚を食い荒らすし、実際に接してみると性格もあまり良くない。遠くから見ている分には可愛いのだが。
まあ、別に殺す事もないだろう。
今懸念するのは。
イルカを餌にするような、更に大きな魔物の攻撃。エアドロップごと食われるようなことは避けないといけないが。
今の時点で、そんな強烈な気配はない。
この辺りが水深も浅い事もある。
巨大な魔物は、多分入れないと見て良かった。
宮殿がある島に。
何度か掃討作戦をやった事もある。とりあえずもう手強い魔物はいないが、ちらほら魔物は見かける。
鳥も見せかけだけの木にとまって羽を休めているようだ。
まあ、無害ならいい。
宮殿の奧へ。
ずっとカラさんは、宮殿を見ていた。
「カラさん」
「間違いないのう。 わしが以前見た、錬金術師共が作ったのと同じ建物よ。 我等こそ絶対、我等こそ正義。 我等は何をしても許され、我等に逆らう事は許されぬ。 我等の言葉は常に正しく、我等の理屈に沿わない方が間違っている。 我等こそが万物の霊長、知識の深淵に至りしもの。 我等だけが「人間」である。 数多の凶行に立ち向かった我等に、奴らがそう演説した。 その目は狂気も無く、奴らの「常識」を述べているだけだった。 よく覚えておるよ」
「本当に最低な奴らですね」
「ああ……」
カラさんはそれきり黙る。
あたしも、それ以上話を聞くつもりもない。
無言で宮殿の奧へ。
ディアンが物珍しそうに周囲を見ていた。
「ライザ姉。 すっげえ悪い奴らがこれを作ったって聞くし、それは事実なのは俺も分かるんだ。 だけど、この建物は……なんだかちょっと格好いいなって思っちまう。 俺は、バカなのかな」
「……建物そのものには罪はないからね。 こんな綺麗な建物を作った人間なら、心が綺麗だと思うと間違いだって言うだけだよ」
「なんだかなあ……」
ディアンは上手く言語化できないようだ。
ディアンは独特の例えを使うが、それで頭が悪いかというとそうでもなく、普通に的を得た事を言っている。
だが、今日は歯切れが悪い。
困惑しているのだろう。
世界を二つ焼き尽くしかけた大罪人どもが作りあげたものが、格好良いと感じてしまうことに。
「ライザ姉の作る道具って、いつも凄いと思うんだ。 強いし強い。 でも、この建物にも同じ事を感じる。 すまねえ。 すげえ失礼な事を言っていると分かっているんだけど、嘘はつきたくねえんだ」
「正直で結構。 別にあたしは怒っていないよ。 さ、先に進も」
ディアンを促して奧へ。
何かしらの仕掛けがあるのか、魔物が入り込んでいる様子もない。魔物避けの仕組みがあるのかも知れないが、まだ分からない。
階段を上がってエントランスの奥に。
形状的にあり得ない橋の先に。
まだそれはあった。
開いたままの扉。側には巨大な石碑。
そして、空っぽの空間だ。
「石碑を調べる前に、まずはあの空っぽの部屋をもう一度漁ろう。 アンペルさん、お願い」
「ああ、分かっている。 エミルはあの空間の調査に二年掛けたようだ。 その成果について、正しいか確認をしておく」
アンペルさんが前に出る。
死が見えている状態での二年は、健常者の二年とは価値が違う。
何もかも失ったエミルという人に残されていたのは、本当にこの群島と宮殿の調査だけ。それは、親友を売り渡した人間には、最大の罰だったのかも知れない。
レントは扉の前に。ディアンにも、扉が閉じそうになった時のためにその場に待機してもらう。
タオも部屋の調査に入るが、クリフォードさんは石碑を正確に写し取り始めた。他のみなは、宮殿の各地に散って、魔物やトラップへの警戒を始める。クリフォードさんが完璧に石碑を写し取るのを確認。
相変わらず凄いなと思う。
伊達や酔狂でトレジャーハントをしているからこそ。
本気でトレジャーハントを極めることが出来た。
努力以上にたのしんできたからだ。
楽しむために他の全てを犠牲にして来たからだ。
だからこの人は、スペシャリストになった。それをあたしは尊敬する。神代の連中はにやつきながら指を指して笑うのかもしれないが。そんなのは即座に頭を蹴り砕いてやるだけだ。
「ライザ、私は問題なしだ」
「タオ、そっちは?」
「僕も大丈夫!」
「俺はもう少し掛かる。 ちょっと待ってくれな」
クリフォードさんは器用に石碑に這い上がると、構造を完璧に写し取ってくれている。それどころか、ロープで自分を吊るし。
背後や下部なども、徹底的に見落としなく石碑を調べてくれている。
実に助かる。
アンペルさんとタオが部屋を出たので。レントとディアンはフリーになる。
皆には。この宮殿の島の魔物を片付けに出て貰う。あたしとタオ、カラさんだけが残って、クリフォードさんの作業を待つ。
「調べて見て分かったが、上部や側面にも神代の文字が掘られていやがる。 それも、後から掘られたものじゃねえなこれは」
「全部可能な限り写し取りお願いします」
「おう」
「……そうだ」
クラウディアを呼び戻す。
そして、音魔術の観点で、石碑を徹底的に調べて貰う。クリフォードさんが作業を終えたタイミングで入れ替わって貰う事になる。
クリフォードさんが。複数の写し取りに使ったゼッテルをまとめ、その場を離れると。代わりにクラウディアが、音魔術で石碑の構造を完璧に解析してくれる。
そうすると、石碑の下部接着面にも、文字が刻まれているらしいことが分かってきた。なるほど。
可能な限り丁寧に再現して貰う。
空中に作り出した文字を、クリフォードさんが丁寧に写し取り、向きなどをしっかり確認して、それで調査を一度終える。
流石にちょっと疲れた。
皆が戻ってきた。
そこで、鍵を試す。
皆が見守る中、石碑に鍵を具現化し、差し込んでみる。すっと鍵は入ったが、次の瞬間である。
あたしは飛び退き、クラウディアとカラさんが反射的にシールドを展開。音によるシールドと、魔術による防御壁。
鍵が、爆発四散していた。
簡単に正解に辿りつかせると思うか。
そう嘲笑っている顔が見えるようだった。
「ライザ、大丈夫!?」
「問題ない」
多少は怪我したが、そんなのは作りおいてある薬もあるし、身に付けている装飾品の自動回復機能もある。
その程度でどうにかなるほどあたしは脆くできていない。
しかしこれは。
本当に悪意の塊みたいな構造だな。
ひょっとしてエミルという人は。最後にこれを試して死んだのではあるまいか。ゴーレムを連れ込んだのがエミルと言う人なのは、この島に最初に来た時に襲いかかってきたゴーレムもそうだし、手記にも記載があったから、ほぼ間違いないとみて良い。
アンペルさんの話によると完全な研究者型の錬金術師だったそうで、戦闘能力は皆無に等しかったらしいから。
これをもし試したのなら、即死だっただろうな。
薬を傷口に冷静に塗りこみながら、あたしはそう思った。
「フィーッ!」
「珍しく怒っていやがるな」
フィーが石碑に毛を逆立てているのを見て、ボオスが言う。
フィーは何かしらと闘争することがそもそも生物的に向いていない。恐らくは、カラさんが言った通り、ドラゴンとともにいるのが本来の生態だったのだろう。
だとすると。
あたしの側にいて。
あたしを慕っているのは。
本来の習性も関係しているのか。
あり得る話ではある。
ドラゴンと一緒にされるのはかなり複雑な気分ではあるが。
それに、ドラゴンと一緒にいても、神代の連中の前には無力で捕まってしまったというのも分かる。
ともかく、この成果だけでも充分だ。
「よし、戻ろう。 今の成果だけで、これからやるべき事が分かった」
「本当かよ」
「凄いですね……」
レントとフェデリーカがぼやく。
一方パティは、去年のことや。それから何度か対フィルフサで共闘したこともあるからだろう。
そこまで驚いてはいなかった。
アトリエに戻ると、あたしは順番に説明していく。
「あの石碑が竜脈とつながっている事は分かった。 そして恐らくだけれど……本当に大事だったのは側面や見えない場所に刻まれている文字だったんだと思う。 それこそが、恐らく「座標」の正体だね」
「なんだって!?」
「間違いない。 俺とタオで文字を解析したが、明らかに意図的に並んだ数字の列だったからな」
それもかなり複雑な代物だったという。
そしてもう一つ問題だったのが。
石碑に鍵を刺したときに、あたしは石碑正面の文字が幾つか光るのを見た。ディアンもそれを見ていて。
なんとディアンは、どれが光ったか完璧に覚えていたのだ。
ディアンが指した文字列を解析すると、タオがあっと声を上げる。
「これ、呪文詠唱だ!」
「そういえば街道や古城にも、呪文詠唱が刻まれた石碑があったよな」
「うん! それもこれはもっと洗練されてる! そして完全に丸写ししても機能しないように、わざと文章の中に紛れ込ませているんだ!」
昂奮したタオが叫ぶ。
あたしは頷くと、やるべき事を決めていた。
「まず最初にやるのは、石碑のコピーだね。 恐らくだけれども、奴らの根拠に出向くには門を開けないといけない。 この石碑には凄まじい竜脈からの力が、一瞬とは言え流れ込んでいた。 そして石碑の本来の役割は、一時的に門を開けることのコントロールなんだ」
「古代クリント王国の聖堂の役割を、あんなちいさな石碑だけでこなすのか!」
「いいえアンペルさん。 奴らの技術だったら、もっと小さく出来たと思う。 あたしもどうにかしてみせる」
「……おぞましい程の技術だ。 確かに人類の全盛期を作ったのも納得出来る、過剰すぎる力だ」
アンペルさんが戦慄したが。
あたしも同じ意見だ。
正直これは、人間が踏み込んではいけない領域の技術にすら思える。たまたまオーリムが狙われただけで。資源などでもっと魅力的な土地があったら、奴らはそれを踏みにじっていただろう。
そういえば、奴らより早くオーレン族と接触した種族というのは。
もしかすると、別系統の錬金術を極めた、別世界の人間だったのかも知れない。
そう思うと、オーリムに侵略が入ったのは、いずれ避け得ない運命だった可能性すらある。
救えない話だ。
あたしは続ける。
「続いてやるのは、圧倒的な魔力に耐えられる鍵の作成。 これは恐らく、何かしらの特殊な金属でのコーティングが必要だと思う。 グランツオルゲンで……といいたいのだけれども。 ちょっと今作れるのだと強度が足りない」
「鍵を金属で覆うのか」
「うん、そうなる。 それと、更になんだけれど……」
石碑のコピーを作り、魔力を流し込んで鍵を完成させると、恐らくは空間に穴を開けることが可能になると思う。
問題はその先だ。
あの石碑の座標は、本当に奴らの根拠地のものなのか。
それを確認する手段が必要になってくる。
「石碑の呪文詠唱のこの部分。 これは恐らくなんだけれども、その地点の座標を読み取るものだと判断していいと思う。 それはつまり、まずは座標が正確かを、この詠唱の部分から抽出した情報から作り出した鍵を用いて、各地で座標を計って、それで解析する作業が必要になるという事なんだ」
「つまり彼方此方を回って、座標の傾向を調べて行かないといけないってことだね」
「うん。 それにもう一つ……」
これが重要なのだが。
奴らの拠点の座標が分からないのだ。
石碑に奴らが此処ですよと記載してくれるとも思えない。どこかで見つけ出さないといえないだろう。
「順番に整理するよ。 最初に石碑の内、座標抽出を行う呪文詠唱と魔力の吸いだしを切り出したものをあたしが作って、それをどうにか道具にするよ。 この簡易版の石碑に魔力を流して鍵を差し込んで、座標の抽出を行える道具を作成する」
これがスタートラインだ。
これに関しては、今から着手する。
問題はその次からである。
「次は鍵を強化する素材と、座標の情報を集めること。 そして、何よりも……奴らの根拠地の座標の確保になるね」
「素材が大問題だね。 セプトリエンから作った金属でもダメなんだよね」
「……とにかく情報を集めよう」
これらが全て揃ったら。
奴らの根拠地に殴り込みが可能になるだろう。
アンペルさんが手を叩く。
「皆、ライザがまずは調合を終えるまでは我々も出来る範囲で情報を集めよう。 鍵をまず物理的に守る金属についてだが、硬い事よりも柔軟性が重要だろう。 その上で、今ライザが作ったグランツオルゲン以上の強度も欲しい」
「アンペルさん! 俺、心当たりある。 強くて柔らかい、だけど強い金属!」
「何……!」
「うん、間違いないと思う」
ディアンが心強いことを言うと。
フェデリーカも挙手していた。
「そろそろサルドニカの状況を見に行きたい所です。 サルドニカ辺りも、座標を調べるのには必須なのでは……」
「そうだね。 この辺り、サルドニカ付近、ネメド……それにウィンドルも良いと思う。 ウィンドルの他に、グリムドルのデータも欲しいかな」
「統計としては母集団のデータは出来るだけ拡大したいな。 それ以外の土地だと……王都は少し遠いか」
「サルドニカの先で、少し遠回りになるのだけれど……東の地という場所があるの。 どうも商会の情報だと、非常に危険な土地なのだけれども、でもそこからなら少し遠回りになるけれど、ネメドに向かう船が出ているよ」
頼もしい。
皆が話をどんどん進めてくれている。
あたしは腕まくりをすると。
気合いを入れていた。
さ、やるぞ。
まずはあたしが、座標を調査するための道具を作りあげないと、話はそこで躓いてしまうのだから。
気合いを入れているあたしの横で、フィーがふんすと少し荒い鼻息をつく。
あたしが全力で調合をする。
だから無理をしないように見張る。
そう、覚悟を決めているようだった。
1、東の地の話
事実上のバレンツの支配人になってから、クラウディアは各地を旅してきた。その間もライザとの文通は欠かさなかった。
綺麗になったといつも部下や取引先におべっかを使われるが。
あんまり男の人には興味は無かったし。
それにライザには言っていないが、お父さんの言葉はあながち的外れでも無かったのである。
そう、四年前の夏の冒険が終わった後。
お父さんが言った。
ライザが男の子だったら。
バレンツの婿に迎えたいのに。
クラウディアだって同感だ。ライザだったら、大喜びで妻になりたい。だけれども、クラウディアの性的嗜好はあまり興味が無いとは言え男が相手だ。本当に、世の中上手く行かないものである。
ともかく、クーケン島に渡り、バレンツの商会本部に早馬……正確には鳥だがとにかく飛ばす。
内容は東の地の情報をありったけ集めて欲しい、である。
フロディアが眉をひそめる。
「副頭取。 東の地に何か御用が」
「ええ。 色々とね」
「あそこは尋常な人間が赴くところではありません」
「それも知っているわ」
この地上で、もっとも危険な場所。まあ噴火中の火山とか、色々あるだろう。開けっ放しの門があったら、もっと危険だろうなとも思う。
だが、それ以外にもっとも、恒常的に危険な場所があるとしたら。
そこは東の地だ。
サルドニカなどに人が渡って来た土地。ネメドほどでは無いがとても暑い土地らしく、皆日焼けして肌は黒い……だけではなく、最初から肌が根本的に浅黒い。フェデリーカのように。
フェデリーカも東の地の人間の血が混じっている。
そして東の地の傭兵は。
たまにしか姿を見せないが、各地でその技量を重宝される。
というのも、あまりにも東の地は危険すぎるため。戦闘能力がなければ生きていけないのである。
ライザと一緒に、フィルフサの王種を筆頭に、恐ろしい魔物を散々倒して来た。中にはネメドで戦った超ド級の巨大魔物のような、驚天のものもいた。それらは神代の置き土産であろう事はこの間分かったが。
特にそんな凶悪な魔物が多数見られる場所こそ。
東の地。
その危険度は、商会の情報ではネメドの比では無いということだ。
「良い機会だよ。 東の地でも、人間の足がかりになる土地を、しっかり固めておかないといけないと思う」
「無謀です。 確かに今の副頭取とお仲間の戦闘力は極めて高いことは認めますが……」
「ライザなら大丈夫だよ。 ライザがいるなら」
「……お止めはしました。 ひとつ、決めておいた方が良いことがあると思います」
なんだろう。
小首を傾げると、フロディアは言う。
後継者、と。
そうか、そのレベルで危険なのか。
フロディアの実力は、今のみんなとそこまで大きく変わらないと思う。それがこんな事を言うほどだ。
少し悩んだ後、お父さんに手紙を出しておく。
これより用があって東の地に赴く。
万が一の場合は、後継者を選出して欲しいと。
まだ一線を退いたとは言え、一応バレンツの当主はお父さんだ。
これでまあ、致命的な事にはならないだろう。
ただ、お父さんに言われているのだ。
お母さんの病状が思わしくないと。
ライザの薬を送って貰わなかったら、とっくに死んでいただろうとも。
早く孫の顔が見たい。
最近は、そう露骨に手紙に書かれているようにもなっていた。分かっている。クラウディアも、自分で子供を産む気にはなれないし。何よりも血縁による相続制が如何にまずいかは、王都で見てきている。それ以外の場所でもだ。
だから、有望な子がいたら、養子に取りたい。
しかし、現時点ではそんな有望な子は、見つかっていないのも事実だった。
ともかく、東の地の今閲覧できる情報を集めて、そしてアトリエに戻る。他のみなも、それぞれ独自に動いている様だった。
アトリエに戻ると、アガーテさんが来ていた。
ライザの代わりに、ボオスくんが対応している。
ボオスくんは、四年前と違って、年長者には丁寧に接している。島の為を思って、傲慢になることは避ける気なのだろう。
「なるほど、火山にそのようなものが……」
「まだ俺たちが見つけ損ねた危険物があってもおかしくない。 危険な魔物はあらかた片付けては来たが、それでもアガーテ姉さんから火山には立ち入らないように、徹底をしてほしい」
「良いだろう。 護り手の方からも警告はしておく」
「それで、以前姿を見せた、魔物を統率している魔物の姿はあったのだろうか」
そういえば。
ライザが苦戦する程の魔物の大軍を率いていた、「悪魔」としか言いようがない存在がいた。
彼奴は、ずっと姿を見せてはいない。
「この辺りでは目撃していない。 人語を解している様子もあったし、危険極まりない魔物だ。 見つけ次第仕留める覚悟でいるが……」
「俺たちはライザの調合が終わり次第サルドニカに向かう。 それまでに見つけた場合は、護り手だけで処理せず、声を掛けて欲しい」
「いいだろう。 ザムエルがいたとしても、クーケン島の手には余る相手だ」
「ああ。 ライザがいなければ、俺も手を出す気にはなれない。 頼む」
クラウディアは買ってきた物資をコンテナに入れると、料理を始める。ライザがずっとぶっ通しで調合をしているので。
そろそろ休ませる必要があるだろうな、と思ったからだ。
ディアンに声を掛けて、風呂も沸かしておく。
ディアンはこんな時間から、と言ったが。
ライザが全力で調合をしていると、消耗が見た目以上に大きい話をすると、なるほどと頷いていた。
「クラウディアさんは細いが鋭くて、まるで弓矢の権化みたいだ」
「ふふ、褒めてくれているのね」
「もちろんだぞ。 熱操作はあまり得意じゃないけれど、任せてくれ。 少しは出来るんだ」
薪がいるかと思ったが、これは嬉しい誤算だ。
そのまま湯沸かしは頼み、料理を始める。
フェデリーカが戻ってくる。くたくただ。カラさんにしごかれたのだろう。パティもかなり息が上がっているようだ。
「二人とも料理をするよ。 手伝って」
「はい!」
「分かりました」
さっと手を洗い始める二人。ライザが用意した石鹸を用いてしっかり指先まで洗っている。
そして当然頭巾も着ける。
料理をするときは必須だ。
そのまま、魚料理を主体に、幾つかの料理を作っていく。仕上がり始めた頃に、レントくんも帰ってきた。タオくんも一緒だ。
クリフォードさんは、料理中に戻って来ていた。
クーケン島のバザーを漁りに行っていたそうだ。
バザーには古文書があることが多く、こういう辺境こそ穴場なのだとか。何冊か本をもっていて。
タオくんと手分けして調べ始める。
「コレは面白い資料だな。 だが……余り役に立ちそうには無いな」
「僕が買います。 本そのものは、小妖精の森のライザのアトリエに移しておきましょう」
「そうだな、此処はいつ沈むか分からんと言う話だったしな」
「二人とも、食事が終わったらにしよう」
それで、二人ともそろそろお昼ご飯だと気付いたようだった。
セリさんとカラさん、リラさんのオーレン族三人組も戻ってくる。アンペルさんも混じっていた。
どうやら潮に汚染された土地にも強い植物の研究をしていたらしい。
なるほど、まだまだ今の汚染除去の植物では力不足、というわけか。
だが、それも専門家の判断だ。
クラウディアにどうこういう資格は無い。
料理が仕上がった。
ライザの側にいるフィーを見ると、すぐに意図を察してくれる。そして、ライザが加わって、みんな揃った。
食事にする。
「ふー。 ずっと集中してた。 ありがとクラウディア。 そのままだと、倒れるまでやっちゃうからね」
「それでもフィーがいるし大丈夫だよな」
「分かってるねディアン。 この子は賢いから頼りになるんだよねえ」
「さ、熱いうちに食べましょう」
手を叩いて、みんなに食事をして貰う。
クラウディアも食べるが、やっぱりレントくんやライザの食事量が色々ともの凄いなあと感心する。
育ち盛りを抜けたからだろう。
パティは明らかに食べる量が減っている。
ディアンは意外と食べる量が多く無い。ライザと同じく、戦った後は信じられないくらい食べるのだけれども。
これは体の大きさとかが、色々と影響しているのかも知れなかった。
食事が終わると、東の地の資料をみせる。
バレンツでも、僅かな商人は東の地に出向く。
珍しいものが手に入るからだ。
それ以上に、危険が大きいのだが。
「フロディアが人が赴く場所では無いとまで警告してきたわ。 危険な土地だという事は理解していたつもりだったのだけれど」
「フロディアって、クラウディアさんの家にいるあの人だよな。 小さいが強くて、まるで抜き身の刃みたいだ。 あんな強い人が、そこまでいうのか」
「ええ、ネメドより危険だそうよ」
「……」
ディアンが考え込む。
ディアンとしても、自分が手も足も出なかった巨大な魔物達を屠ったライザの実力は、憧憬の対象ですらあるのだろう。
それと大差ない実力を持つと認識できているフロディアが、そこまでいうのだ。
それが如何に危険なことかは、すぐに理解出来るのだろう。
ディアンは決して頭は悪くない。
言動はちょっと独特だが。
「確かに東の地は王都でもアンタッチャブルでしたね。 危険な土地と聞いて武者修行に出た騎士が、一人も戻らないとか」
「俺も彼方此方でヤバイ話は聞いてる。 まだ足は運べていないんだが、本格的にやばそうだな」
地図を拡げる。
これはバレンツが所有している古地図を、新たに写したものだ。
東の地はそれそのものが独立した大きめの島で、中央部に山脈があり。それを境にがらりと気候が変わるらしい。南は温かく、北は途方もなく寒いとか。
主にサルドニカなどに来る人は、南の人であるそうだ。
北は、文字通り人外の地だとか。
南には幾つか街が存在していて。人外の地である東の地北部……現地では「奈落」と呼んでいるらしいのだけれども。
そこから来る魔物を防ぐべく、砦を幾つも作って常に戦っているという。
戦士はそういう社会だから、勿論地位が一番高い。戦士以外にもいい武器を作る鍛冶、皆を食べさせる農民、多くの子を産む女性など。
基本的に戦いに関与する人間が尊敬され。
年老いた人間は、足手まといになるのを避ける為に、サルドニカなどの別地方に移動するか。
もしくは技を若い人間に、命尽きる間で渡し続けるという。
具体的な話を聞くと。
本当に修羅の地なんだなと、戦慄してしまう。
「よし、調合に戻る」
ライザは動揺している雰囲気は無い。そのまま調合を再開する。背中に一応、聞いておく。
今後の行動の指針になるからだ。
「完成までどれくらい?」
「後二日くらいかな」
「分かった。 レントさん、稽古頼む!」
「おう。 パティも、後フェデリーカもやろうぜ」
ディアンと一緒に、皆わらわらと出ていく。
セリさん達のオーリム関係者も出ていったが、例の潮に強い浄化植物の研究のためだろう。
オーリムにも海はある。
海にフィルフサはいないそうだが、海近くにまで当然フィルフサは生息しているのであるのだから。
タオくん達も、本を抱えてアトリエを出ていく。
その間にクラウディアは、資料を確認して、必要になる物資を計算し始めていた。
夕食が終わった後、伸びをしているライザに言っておく。
「ライザ、東の地に行く時に、グランツオルゲンのインゴットを二十個、それと完成品の大太刀を二十振り、用意できるかな」
「グランツオルゲンのインゴットだったらもうあるよ。 大太刀二十は……サルドニカの調査のついでになるね」
「うん、それで問題ないよ」
「……東の地の人達が苦戦しているのは分かるけれど、何か目的があるんだね」
頷いて、説明する。
東の地では、各地で強大な魔物がいて、それを休眠に追い込むまで攻撃して「追い払って」いるらしい。
現在確認できているだけでも四種類、人間の手に負えない存在がおり。
その実力は、戦い慣れた東の地の戦士達でももう五百年……古代クリント王国の破綻以降も、どうにもできない状態だとか。
「東の地では、武器がもっとも喜ばれるんだって。 強靭なインゴットも。 それに、対魔物の肉弾戦を主眼に置いている東の地の戦術は長柄が主体で、大太刀は珍しい武器ではないらしいんだ」
「なるほど、有力者にこれをプレゼントして、その代わりって訳だね」
「そういうこと。 東の地を少しでも安全にしておこう。 ライザと私達だったら、出来る筈だよ」
「分かった。 そうだね。 フロディアさん達が大苦戦するような相手だ。 どうにかしておくべきだろうね」
良かった。
色々ろくでもないものをみていて、それで荒々しくなっても。
ライザはライザだ。
良い意味で変わっていない。
自慢の親友である。
話を終えると、後は休んで貰う。進捗はだいたい予定通りと聞くし、こっちとしてはもうやることもない。
明日はバレンツ商会の支部……クーケン島に出向いて。
少し仕事を片付けておこう。
それと、東の地に出向く事も、本部に連絡を入れておく。
クラウディアが実質上の頭である以上。
こういう手続きは必要だ。
一眠りして、起きだす。
もうライザは起きていて、外で体操をしているようだ。パティとライザがとにかく朝が早い。
クラウディアは伸びをして、顔を洗って歯も磨いて。
それで、朝の準備に取りかかる。
最近はフェデリーカはほとんどずっと外で鍛錬を続けているので、朝の支度はほぼクラウディアが一人でやっているが。
その気になれば音魔術の応用で、手数はなんぼでも増やせる。
ライザほどの神話級の実力では無いがクラウディアだって魔力量には自信があるのだ。
料理の下ごしらえを終えて、焼き始めた頃、みんな起き始め、食卓に集まり始める。パティが手伝うと言ってくれたので、一部の行程を手伝って貰った。
そういえば、ボオスくんがいないな。
料理を運んで、みんなに食べて貰いながら、確認すると。
レントくんが知っていた。
「ボオスなら、さっき訓練中に護り手の一人が来て、すぐに出かけて行ったぜ」
「クーケン島で何かあったのかな」
「ライザは此処で調合を続けて。 対応は私達でやるわ」
「うーん、でも島の地下の事とかだったら、私をよんでね」
もちろんだ。
食事を終える。
そして。すぐにボオス君が戻ってきていた。
「皆、悪いがすぐに出てほしい」
「何かあったんだな」
「ああ。 例の……悪魔みたいな魔物だ。 塔の方で目撃情報が出た。 彼奴は放置しておくと厄介だ。 仕留めておきたい」
「前見た時には複数いたんだよね彼奴ら。 数は」
ボオスくんは一体だと言う
ライザは、食事を終えると立ち上がっていた。
「行くか」
「……やむを得ないね」
タオくんも同意する。
それはそうだろう。
魔物を使役する魔物。それも状況からして、恐らく神代の関係者だ。いざ戦うとなったら、どれくらいの力を発揮するか分からない。
ライザが出るのが妥当だ。
塔に向かう。
途中、手強い魔物は殆ど見かけない。
ただ。渓谷まで出向いた時点で、風向きが怪しくなってきた。ライザが目を細めて、手を横に。
注意して、という合図である。
それだけで、皆気を引き締める。皆が周囲を警戒する中、最初に気付いたのはカラさんだった。
「おいでなすったようだのう」
「!」
全員が武器に手を掛ける。
向こうから歩いて来るのは、あれはなんだ。
あまりにも巨大な人間に見えるが、近付いてくると、それが次元違いの巨大さをもつゴーレムだと分かった。
生唾を飲み込む音。
ゴーレムは鎧で武装……というよりも、恐らく鎧そのものだ。
手には朽ちかけているが、巨大な剣を手にしている。何となく見覚えがあるのだが。少しずつ、分かってきた。
渓谷で朽ちていた巨大なゴーレム。
あれが動き出したのか。
恐らくフィルフサとの戦いに投入された、古代クリント王国の切り札。神代から存在していた負の遺産の一つ。
それが歩き来ている。
問題はそれだけじゃない。
霧が来る。
その霧と同時に、無数の人影。その全てがゴーレムだ。いずれも破壊されていた筈が、動いているのだ。
そして上空にあの悪魔みたいな魔物。
そいつは、じっと此方を見下ろしていた。
「何のつもり」
「我等は試しを与えるもの」
「試し……?」
「大いなる知恵にたどり着けるか、試しをするのが我等が役目。 故に我等はサタンと名付けられた。 古き信仰にて、人間が堕落することを促し、神への信仰心を失わないか試す存在と役割が同じであるが故に」
そっか。
やっぱりこの思考、間違いない。神代の存在だ。
それも、もうこの時代の言葉を完全に理解している。正直な話、いつこれらの存在が何をしでかしても不思議では無い。
「それで何を試すつもり」
「全てを捨てて研究だけを考えろ」
「どういうこと」
「ただでさえ劣等血統のお前達だ。 それを大いなる知恵の深奥に招こうと主は有り難く考えておられる。 だが劣等などが、雑念があってはそれも出来まい。 貴様の雑念が、あの未熟な人工島にあることは既に理解した。 ゆえにこれよりあの島を討ち滅ぼす」
そうか。
傲慢なだけじゃない。
本当に残酷なんだな。
もう神代の存在が、論外のレベルで邪悪で残虐だったことは分かりきっていたけれども。それでもこういう言葉を聞くと、ライザでなくてもはらわたが煮えくりかえる。
クラウディアは即座に矢を番える。
ライザは何も言わない。
放つ。
サタンとやらに直撃するが、クラウディアは悟る。効いていない。人間大のサイズだが、やはりとんでもなく強い相手だ。
わっと、大量の幽霊鎧、ゴーレム。そして巨人ゴーレムが、一斉に襲いかかってくる。ライザがすっと、あらあらしく印を切る。
同時に二万を超える熱槍が出現していた。
「ちょっとむかついたから、手荒く行くわ」
ライザが吠える。
同時に熱槍が。殺到する無数の人影を。
此処で愚かな戦いに巻き込まれて、それでやっと眠る事が出来た兵器達を。
文字通り蒸発させ。
焼き砕き。
吹き飛ばす。
巨人は全身に熱槍の乱打を喰らったが、それでもまだ歩いて来る。サタンを名乗った悪魔みたいな魔物は、じっと戦況を見ている。
クラウディアは音魔術の応用で、反射板を作り、跳躍。こっちをサタンが見る。その顔面に、さっきより大きな矢を叩き込んでやる。
魔術によるシールドか。
魔物が、五月蠅そうに此方を見るが。
ライザ以外はどうでもいいと考えているのが明白だ。話しかけてすら来ない。
「ライザ、あの魔物は私がやっつけるわ」
「分かった。 前衛、敵を防いで! 遠距離組は火力投射を続行! カラさん、クラウディアに協力してあげて!」
「心得た。 傲慢さは相変わらずなようだな。 粉々に打ち砕いてくれるぞ!」
さっと全員が散開する。
五百年前。
此処で何万人もアーミーの人達が、たくさんのドラゴンも、身勝手で冷酷なエゴのせいで命を落とした。
それを繰り返させる事はしない。
その走狗にされた幽霊鎧やゴーレムは、眠らせてあげなければならない。
何よりライザを侮辱したこと、万死に値する。
ライザの大事なものを踏みにじろうとしたこと、絶対に許さない。
クラウディアの全身が、怒りに燃え上がる。
魔力が、今までにない出力で、噴き上がるのが分かった。
2、激突魔物の使役者
あたしはぐっと魔力補給用の薬を飲み干す。まずい。だが今は、焼け付くような怒りもあって、どうでもいい。
叩き潰す。
脳内は殺意で塗りつぶされている。
前衛組が、開幕のあたしの大火力魔術で吹っ飛ぶのを免れた敵を食い止めてくれているが、問題はあのでっかい奴だ。
あの大きなゴーレムだって、安らかに眠る権利があるだろうに。
それを更に殺戮に繰り出すだと。
作り主に似たんだな。
傲慢で残虐で。
この世界に存在してはいけない輩だ。
あれが生きているのかどうかすらどうでもいい。
ともかく、今はクラウディアに任せる。
だが、あたしの手が届いた瞬間。首をねじ切って、全身を蹴り砕いてやる。
雄叫びを上げながら、迫ってきていた大型の幽霊鎧に飛び膝を叩き込む。ぐらりと揺れた巨体に、熱槍を叩き込んで吹っ飛ばす。
更に、詠唱しながらさがる。
クリフォードさんがブーメランで支援。セリさんは。複数の植物を展開。
花弁から種を乱射するそれが、火力投射を続けて接近するゴーレムの足を止め。レントとボオス、タオとパティが、それらを打ち砕いて回る。
黒い光が奔る。
アンペルさんの空間切断。
巨体が胴から真っ二つにされ、ゴーレムが倒れ臥す。
リラさんは、生きた竜巻そのものになって、敵を砕いて回っている。相変わらず凄まじい。
詠唱。
大きいのを続けて行く。
クラウディアは、カラさんと連携して、サタンだかいうあのカス野郎と戦ってくれている。
あいつは、此処でブチ殺す。
それに関しては、全員の意見が一致しているはずだ。
「おおらあっ」
レントが前に出る。
振り下ろされた巨大ゴーレムの剣。凄まじい質量と速度。それを弾き返して見せる。流石である。
だが、あまりの巨大質量。それだけで岩が吹っ飛ぶ。
舞っているフェデリーカに岩が飛んでいくが、冷静に立ち回っていたボオスが、それを弾き返していた。
ちょっと、まずいか。
だが、皆を信じる。詠唱を練り上げる。
わっと、敵の勢いが増す。
あのサタンだかが、喚いている。
「少し数が多いな有象無象。 間引いてやろうぞ」
「ぐっ!」
「圧力が急に上がりました!」
パティが押されているのが見える。
砕かれたゴーレムや幽霊鎧が集まり、合体して、再び襲いかかってきている。まずい。かなり危険な状態だ。
詠唱を中断。
フラムを多数、前線に投擲、そのまま爆破。
フラムを用いたのは、数で押すためだ。すぐに荷車から次を取りだす。今度はレヘルンである。
動きを止めるために、多数を投擲する。
次の瞬間。
世界が、重くなった。
なんだこれ。
踏ん張る。
冷や汗が流れる。今のは、あの巨大ゴーレムか。敵は全く動きが鈍っていない。それに対して、一気に此方は押し込まれた。
歯を噛みしめる。
多分、フィルフサに対する範囲攻撃だ。だが、今のはなんだ。フィルフサ対策だとすると、音ではないな。
だとすると、或いは。
ともかく、レヘルンを投擲、起爆。熱せられていたゴーレムが、まとめて凍結して、そのまま砕けるが。
仲間の屍を乗り越えて、次々に敵が来る。
ここでは万を超えるアーミーの人達が死んだのだ。
ゴーレムや幽霊鎧も、それに近い数が出ていたはず。この敵の数は、決して不思議では無い。
巨大ゴーレムが、止まる。
またあれか。
だが、やらせるか。
あたしは詠唱を終えると、二十に分けて二万の熱槍を収束。
手元には四千の熱槍を収束させ。
一斉に、放つ。
巨大ゴーレムの全身に、熱槍が炸裂。そこに、全力で踏み込みながら、フルパワーで熱槍を叩き込む。
秘技、フォトンクエーサー。
暴力的な熱量。
地盤を砕く蹴りとあわせた投擲。
それがゴーレムを貫く。
一瞬、世界から光と音が消え。
続けて炸裂していた。
胸の真ん中をブチ抜いた。巨大ゴーレムが、軋みながら二歩、三歩とさがる。あの音は来ない。
「今だよ!」
「分かってる!」
「押し返すぞ、皆!」
リラさんが先頭に立ち、大きめの幽霊鎧を二体、三体と立て続けに打ち砕く。力を取り戻した皆も前に出る。
戦線を押し返し始める。
フェデリーカも、だめ押しとばかりに舞いを更に激しく。皆の強化倍率を上げるが。
「温し。 まだ躾が足りぬようだな」
「!」
サタンの声だ。
同時に、大量の金属塊、破片が浮き上がる。そして、巨大ゴーレムへと収束していく。
これは、少しまずいな。
此処にいる敵のリソースはほぼ無限。
あたしの仲間はみんな一騎当千の猛者ばかりだが、それでもこの数を捌ききるのは厳しいだろう。
あの巨大ゴーレムが、それに加えてなんどでも再起動するとなると。
クラウディア。
叫んで、上を見る。
カラさんが作った足場を用いて、クラウディアが激しい射撃を浴びせているが、サタンとやらは涼しい顔だ。
勿論カラさんも猛攻を加えている。
カラさんは世界最強と言っていい魔術使いで、それがあたしの装飾品で強化している状態だ。
それでも、まだ届かないのか。
立て続けに浴びせられた雷撃と烈風を、サタンは軽く手で払って防ぐ。魔術が効かないタイプの相手とはフィルフサを散々倒して経験を積んでいるが、どうも様子がおかしい。クラウディアの矢も、効いている様子がない。
だが、あそこに間違いなく彼奴はいる。
だとすると。
羅針盤を取りだす。
「時間を稼いで!」
「分かった!」
即応。
皆が、最前線で死力を振るう。
あたしは深呼吸すると、改良を重ねた羅針盤を使い。そして、見た。
無数の魔力が、彼奴に伸びている。
そうか。
奴はこの土地にある竜脈から、そのまま力を得ている。つまり、鍵と同じような存在なのだ。
攻撃が効いていない訳じゃない。
無尽蔵の魔力があるから、それを防ぎきれるだけだ。
だが、それだったら。対応策はある。
クラウディアにハンドサイン。
クラウディアは魔力で作られた足場を飛び交って乱戦をしていたが、それに気付いて頷く。
あたしは、雄叫びを上げると、地面を蹴り砕く。
周囲に数体いた幽霊鎧を、それでフッ飛ばしつつ。あたしはその勢いを利用して、跳躍。
サタンがこっちを見る。
「温存を止めたようだな。 有象無象を気にする必要がないように、間引いてやろう」
「有象無象だって……?」
熱魔術を利用して空中機動。
ただし、あたしが機動する先は地面だ。サタンだかなんだか知らないが、ガン無視して地面に踊り込むと。
剣を振り上げようとしていた巨大ゴーレムの顔面に、跳び蹴りを叩き込んでいた。
巨体が揺らぐ。
全身が軋む。
それと同時に。
「すばらしい。 後は有象無象を気にせず範囲攻撃をすれば窮地を抜けられるぞ」
「アドバイスどうも。 でもそれは最善の戦術じゃないなあ」
「私の人工知能に記憶されているのはこの世の神に等しき存在の知恵。 ならばそれが最善に決まって……」
サタンの寝言が止まる。
その胸には、クラウディアの放った矢が突き刺さっていた。そしてその矢の鏃になっているのは。
さっきあたしが蹴り砕いた地面に混ぜて空に投擲した。
空の鍵だ。
魔力吸収を際限なく出来ていたサタンが、それが止まればどうなるか。次の瞬間、奴の全身に、カラさんが放った雷撃が突き刺さり。立て続けに炸裂した。クラウディアが、更に二矢、三矢と叩き込む。
サタンが、無様な悲鳴を上げた。
「ば、馬鹿な! こんな戦術は知らない! 未知の戦術があったとしても、有象無象の劣等血統に使える筈がない!」
「貴方の飼い主には、私も言いたいことがあるんだ」
クラウディアの声が冷え切っている。
周囲のゴーレムや幽霊鎧が、次々に崩落していく。
地面に落ちてきて、受け身も取れずに無様に転がるサタン。その側に、息を切らし、ボロボロになったクラウディアが降りてくる。
視線だけあたしとかわすと、クラウディアは巨大な鏃の矢を作り出す。
その鏃は、あからさまに処刑刀の形状をしていた。
「ひっ! や、やめろ野蛮な者め! 理性も知性も知らぬ劣等血族が、我々に手を下すなど許されぬ!」
「許されるよ。 世界を滅茶苦茶にして神を気取っている愚か者なんかなにも優れて何ていない。 そしてその威を借りている貴方なんか、この世界の存在を選別する資格なんてない!」
クラウディアの声は、珍しく怒りに満ちていた。
まあそれもそうだ。
あたしだって此奴らに掛ける慈悲は無い。
それでも見苦しく何かわめき散らしていたサタンの首を、クラウディアは巨大な矢で容赦なく叩き落とした。
飛び散った血は、生物のものではないように思えた。
しばらく口をぱくぱくしていたサタンは、やがて動かなくなる。
あたしは、その死体を乱暴に荷車に放り込む。
巨大なゴーレムも、他のゴーレムも、幽霊鎧も、もう動かない。
彼等は悪逆なるものから解放されたのだ。
「カラさん、もう二度と幽霊鎧やゴーレムが悪用されないようにする方法はありませんか」
「残念ながらないのう。 これらはあくまでモノよ。 また動かそうとすれば、何度でも動くであろうな」
「……」
せめて、安らかに。
あたしは、そう願った。
確かサタンだかの同類はまだ三体くらいは見たような気がする。
そいつらは殺せる。
それが分かっただけで、充分だった。
アトリエに戻る。
怪我人の手当てをまずはする。なんだかんだで大乱戦になったので、かなり怪我人は出ていたのだ。
皆の手当てを終えてから、あたしも休む。
しばし横になってから。サタンだとかの死体を刻んで、錬金釜に放り込む。エーテルで解析しておく必要があるからだ。
解析を進めると、分かってきた事がある。
これ、ナマモノだ。最悪機械の類かと思ったが、生物がメイン。しかも人間が混じってる。
それだけじゃない。
生物がメインなだけであって、それだけではない。
内部には、色々な部品がある。魔術を自動発動する、錬金術の道具が体の中に組み込まれていたのだ。
しかもしかもそれだけじゃない。
危惧は当たった。
あの狂気の源泉と同じだ。
あれと同じ構造が機械部分に幾つもある。やっぱり神代の錬金術師共は、あれを生物に使うことは当たり前にやっていたし。
なんならフィルフサを改造する前から。
人間すらも実験材料にして、それをやっていたということだ。
大きく深呼吸。
凄まじい怒りが噴き上がってくるが、タスクがまだある。それをこなして行かないと。奴らをブッ殺す事は出来ない。少なくとも、奴らがしたり顔で待っている地へ、たどり着けないのだ。
このサタンだかは手遅れだった。脳まで完全に弄くられ。能力を極限まで強化された挙げ句に。
くだらない選別ごっこの試験役として、錬金術師を選別する仕事を与えられていたのだろう。
脳の構造が根本から弄られている。
絶対に逆らえないように。
あの言動は傲慢だったんじゃない。
作った連中の思考を、そのまま垂れ流していただけだったのだ。それを思うと、やはり許せない。
「クラウディア、焼き菓子作ってくれる? うんと甘い奴」
「良いけれど……」
「まあ、たまにはいいかと思って」
「そうね」
あたしの怒りをぶつける先が今はない。
だから、やけ食いくらいしかない。
それをクラウディアは察してくれた。しばし、クラウディアが焼いてくれたバカに甘い菓子を頬張る。
ばりばりと頬張る。
誰かに当たり散らすわけにもいかない。
今は、これくらいしか発散方法がなかった。
しばらく休憩してから、あのサタンという奴について解析して分かった事を話しておく。
この中で特にリアリストでいなければならないのは、集団の統率に関わるパティ、クラウディア、ボオス、それにカラさんだが。
全員、顔色が露骨に変わっていた。
神代の外道共の威を借るゴミ野郎くらいに考えていたのだろう。
それが、そう設計され。
生物であるにも関わらず思考を好き勝手に操作されて設定までされ。
そう振る舞うように決められて作られた。
それを聞くと、最初に激高したのはパティだった。
「許せません……」
「同感じゃな」
まあ、当然だろう。
しかもこの行為には、必要性がない。
何かしらの理由があって必要だったのなら、百歩譲ってそれは必要性が生じ、その結果正当性が生じるかも知れない。
だがこの行為には、それすらが存在していないのである。
ボオスが大きなため息をつく。
クラウディアは、何も言わなかった。
解析中のあたしの表情と、焼き菓子をオーダーしたときの声で、全て察していたのかも知れない。
「ただの自己神格化のために、生物の思考回路を弄って自分を褒め称えるための道具にし、しかもそれを他者に強制させて回る。 ……こんな事を考える人間が、いやだからこそ自分達を神に等しいなんて思い込んでいたんですね」
「幾つかの記録にあるんだけれど……」
タオが言う。
タオの話によると、古くの歴史。古代クリント王国以前の国家では、この思想に基づいた戦略を採った国が幾つかあったそうだ。
王だったり違ったり色々だが。
国家の長を神格化し。
民の思考能力を奪う。
反吐が出る程邪悪な思考だが、それが彼等には当たり前だった。
結果として、思考力を持つ民はいなくなり。
特に長期的には、思考停止をした人間が大勢出て、国の柔軟性を著しく失っていったことが分かっていた。
「ごく僅かな人間だけで全てを支配するには、この自己神格化というのは誰もが思いつく程度の事なんだ。 だけれど彼等の場合は……」
「国家戦略なんてものじゃあねえな。 単に本当に自分達を最高に優れていると考えていて、だから他者にもそれを強要した。 それだけだな」
ボオスの言葉はずばり真相を射貫いていただろう。
どれだけ愚かだったのか。
神代の。
オーリムに侵攻した連中は、凄まじいテクノロジーを有していた。それに関しては、あたしも認める。
だけれども、これは。
そのテクノロジーは泣いていただろう。
本当に神代のカス共が作ったテクノロジーなのかも疑わしい。
あたしは、ため息をついた。
「構造上、サタンの残りの個体も、体内に狂気の源泉と同じ仕組みのものが埋め込まれていて、それは体と一体化している。 壊さない限り狂った思考はとめられないけれども、壊したら死ぬ。 本当に、悪知恵は働くよ。 神代の連中は、この仕組みでフィルフサも操作していて、安全装置までつけていたって事だね。 どこまで邪悪の底が抜けるんだか、あたしも見当がつかない」
この中の誰も、神代の連中がどんな目にあっても、同情などしないだろう。
ただ。
そんな中でも冷静なのは、クリフォードさんだった。
「分からない事がある」
「聞かせてください」
「おう。 神代のカス共の外道ぶりには、あんまりこう言う事は言いたくないんだが、良い人生を送ってきていない俺でもはらわたが煮えくりかえる。 だけれども、不思議に思わねえか?」
「具体的にお願いします」
クリフォードさんは言う。
なんで其奴らはいなくなったのか。
オーリムで反撃を受けて逃げたとしても、少なくとも此方の世界では無敵だった筈である。
古代クリント王国に比べて領土は狭かったか広かったか、それについてはよく分からないが。
それでも現在世界で人間を減らし続けている強力な魔物達を押し潰すほどの強大な文明を構築した連中だ。
幾らかの魔物に至っては、創造さえした。
何故、其奴らが。
今もこの世界を支配していないのか。
それは、言われて見ると、確かに疑問だ。
アンペルさんが、仮説を立てる。
勿論仮説だがと前置きしてから、だが。
「私も各地の遺跡は調査しているからある程度の仮説は立てられる。 ……少なくとも千年前以降、この世界ではテクノロジーの劣化が進む一方だ。 問題の、第一次オーリム侵略とでも言うべき神代の事件が起きたのは千三百年前だが。 それにしても、此処まで劣化が続くのは、いくら何でもおかしすぎる」
「確かに。 で、アンペル先生。 続きを聞かせてくれるか」
「先生はいい。 ……神代の錬金術師達は、オーレン族に反撃されてから、何かしらの致命的なトラブルに見舞われて、そもそも世界へ戻らなかった。 或いは、それと関係無く、オーレン族に侵略を仕掛けた時点で、世界に対して興味を失っていた」
世界に対して、興味を失う。
あたしもちょっと考え込んでしまう。
そんな説もありうるのか。
いや、確かに色々と納得出来る話ではある。そもそも、神代の連中は神を気取っていた。同じように自尊心を肥大化させていた古代クリント王国の時代の連中もそれは同じだっただろうが。
古代クリント王国の連中と違うのは、領土的野心や支配欲が感じられない、ということだ。
ひょっとするとだが。
オーリムに侵略した目的が違うのか。
それについては、今まで考えた事がなかった。
「古代クリント王国は、オーリムに侵略して、資源を奪い、オーリムという土地を支配下に置こうとした。 それどころかフィルフサを制御して、こっちの世界でも自分達だけの世界を構築しようとした。 それは、間違いないと思う」
「うん。 僕も同じ意見だね」
「神代の奴らは、自分達を神に等しいと考えて、何をやってもいいと思っていた。 連中はオーリムで非人道的な実験と資源の略奪を行って、フィー達の仲間を皆殺しにして、門を好き勝手に開ける技術を作り出して。 フィルフサをあんな恐ろしい怪物に造り替えたけれど、その戦力があるなら、オーレン族に……最終的には競り勝つことは難しくなかった筈だよ。 それが、どうしてかしなかった」
「悔しいがライザの言うとおりであるな。 奴らの根拠地に乗り込んだ際に、奴らは押し返せないと判断すると、非戦闘員を見捨ててさっさと逃げよったわ。 徹底的な抵抗をされれば此方も全滅を覚悟しなければならない状況であったのにな。 だからこそ、奴らが腹いせにばらまいたフィルフサに対応できる最低限の戦力は残ったと言えるのじゃがのう」
カラさんの言葉を聞く限り、やはり当事者にとっても不可解な出来事だったというわけか。
クラウディアが、手を叩く。
「此処までにしよう。 今までわかった情報の整理は、これで出来たと思うよ。 ライザは、もとの作業に集中。 私達は、戦略指針に従って行動しよう」
「……そうだね。 分かった、そうしようか」
みんな、それで散る。
それにしてもむかつくぜとレントが言っていた。あたしも同意見だが、感情をぶつけているだけでは何の解決もしない。
だから今は。
少なくとも神代のカス共を完全に滅ぼすべく。
戦略的に、動かなければならなかった。
3、偽りの星空
調合を続ける。
石碑を小型化して、完全再現。クラウディアの音魔術もあって、内部構造もばっちり再現出来た。
魔術の回路が通っている場所だけ、文字は彫り込む。
とにかく微細な作業が続くが。
アンペルさんに最初錬金術の基礎を習ったあと。
あたしはずっと、たゆまぬ努力を続けてきた。途中スランプにはなったが、これについては誰にも文句は言わせない。
今は、その全てが生きている。
だから、微細な作業を続けられる。
それだけの話だった。
黙々と作業を続けて、石碑の仕上げを行う。こっちについては、特に問題はないと言えるだろう。
此処からだ。
座標を引っ張り出すには。どうすればいい。
まず石碑に流れる魔力量を調整してやる必要がある。
これについては動力源を用意してやればよい。
そして、魔力が流れる先だが。
あたしは。球体を取りだしていた。
これは、何回か見つけた古式秘具。
オーリムから水を奪い取った代物だ。
あの塔にしまわれていて。クーケン島にブルネン家の先祖が持ち帰り。長らく水源になっていたのと同じもの。
今までに此方の世界で何度か、あたしは門を閉じ、その向こうにいたフィルフサの群れを殲滅したが。
それらの際にクーケン島のも含めて三回、この水を奪う道具を発見している。
全て破壊済だが。
そもそも王都での戦いの時に既に技術は再現出来ていた。
今回は水を吸い上げるのではなく、魔力を吸い上げる作りに再構成すればいい。
それだけの話である。
連日調合を続け、ついに完成する。
完成すると同時に、流石に腰が抜けた。時間の経過も良く分かっていない。とにかく食事と風呂。
外が夜になっていたことだけは分かったが、それだけだった。
一休みしてから、まずは実験に取りかかる。
カラさんとセリさんを中心に、防御魔術を展開。レントも皆の前で、守りの体勢に入る。
結局、当初の予定通りに出来たのかも不安だが。
まずは石碑に鍵を指す。
鍵が今までにない光を放つ。
それで、どうにか壊れずに済んだ。
鍵の素材は非常に頑強に固めたのだが、それでもどうにかだ。やっぱり今のグランツオルゲンではダメか。
ともかく、この鍵を、用意しておいた球体に突き刺す。
これで、いけるはずだ。
凄まじい光とともに、球体が唸り声のような音を上げ、アトリエの中が魔力の嵐に包まれる。
フィーが懐で怖がっているのが分かった。
だが、あたしを信頼してくれているのも。
無言で作業を続行。
やがて、嵐は収まり。
球体には、ちいさな光が点っていた。
これが、座標か。
「よし。 鍵はこれで大丈夫。 魔力を補給すれば、幾らでも再利用できるよ」
「なるほどな。 それでこれをこの辺りで繰り返して、座標のデータをまず取る所から、だったな」
「そうなるね」
まずは、ここまでだ。
次はこの鍵の真の力である、小型の門を発生させる所だが、それには鍵の出力が足りていない。
鍵の強化がいる。
それに、である。
タオに球体を任せる。
この球体の座標をどう読むのか、ちょっとあたしには分からない。タオはある程度見当はついているらしいので。
それに任せてしまうしかないだろう。
さて、情報収集だ。
まずは塔から。
他にも、彼方此方に出向いて、情報を集める。それと、今回は必要な事だ。グリムドルにも行く。
毎回、球体に星が増えていく。
まるで星図だなと思った。
「ライザ、この道具なんだけれど、だいたい座標の傾向が分かってきたよ。 後でデータにしてまとめるね」
「俺たちに分かる言葉でまとめてくれよ」
「分かってる。 出来るだけかみ砕いてみるよ」
レントが呆れ気味だ。
タオも、それにはちゃんと応じている。
パティも周囲をしっかり警戒してくれている。タオを取られて寂しいと言う風を見せないのは、流石と言うべきだろう。
黙々と調査を続行。
クーケン島の周囲を調査していくが、やはり誤差レベルでしか座標の光は増えていかない。これは恐らくだけれども、世界的に見ているからで。 この光の密集ぶりは、いま歩いている辺りが世界的な視野からして如何に小さいか、の話でもあるのだと思う。
淡々と調査を続けて行く。
やがて、二十五箇所での調査が終わる。
最初に星を作った地点は、魔力を多めに流してあるので、その地点の星は分かりやすく輝いている。
全体的に星はかなり密集しているが。
どう読んだものか、さっぱり分からない。
とりあえず続いて、グリムドルに出向く。
門をあっさり開けるのを見て、ボオスは呆れ気味だ。
「偉そうにイキってやがった古代クリント王国の錬金術師なんて、ライザに比べたら子供も同然なんだな」
「古代クリント王国なんて神代の模倣者に過ぎない。 神代でもライザに比肩する錬金術師なんてまずいなかっただろうし、それは当然の事だ」
「そいつらがみんなまともだったら良かったのに」
ぼそりとセリさんが呟く。
全くだ。
人間という生き物はたくさん見てきたが、まともな方が少ないという結論に、あたしも至る他無い。
それくらい、まともな人間なんてものは少ない。
だからこそ、あたしは力の使い方を間違えてはいけないのだ。
ボオスには、覚悟を決めておいてと事前に話した。
門、復旧。
まずは、フィルフサが飛び出して来ないことをしっかり確認しておく。それから、レントとリラさんが先頭に、オーリムへ。続いてみんなでなだれ込む。
久々のグリムドルは、大丈夫だ。
フィルフサはいないし、だいぶ空も綺麗になっており。
緑もかなり増えていた。
一度土壌を完全に押し流したのだ。
其処から再建したとしては、かなり上手く行っている方だと言える。
カラさんが前に出ると、此方に気付いて集まって来たオーレン族達は、えっと声を上げていた。
「貴方は……まさか奏波氏族の」
「おう。 長老であるカラだ。 近況を聞かせよ」
「はっ! 総長老!」
一斉に姿勢を正すオーレン族のみなさん。
見た所、風羽氏族とやらの人はもう来たのだろう。
キロさんはいない。
ボオスが、少しだけ寂しそうにしていた。
近況を話してくれる、此処を任されたらしいオーレン族の老人。かなり背が低いが、カラさんよりは大きい。
つまり、今後もっと縮むのだろう。
「現在ここには、霊祈氏族のキロどのを頂点として、43名のオーレン族が集い、再建作業にいそしんでいます。 土地の緑化は雨が戻った事により順調であり、フィルフサも近付こうとしません」
「良き事じゃ。 木はまだ少ないのう」
「は。 いずれ木を育て、住居を其方に移すつもりです」
「……そうじゃな」
それが必要ない状況にしたいものだ。
老人とは別に、子供のオーレン族もいる。
こっちはこっちで小さいが。明らかにあたし達を警戒している。あたしのことは何度か顔を出しているから分かるのだろうが、他の人間は警戒して当然なので黙っておく事にする。
セリさんが、浄化用の植物について、提供を申し出ると。
副長老らしい老人は喜んでいた。
「ありがたい! 雨が行き渡った土地でも、どうしてもフィルフサの縄張りには植物が生えにくく……」
「案内して。 緑羽の者はいないかしら」
「残念ながら」
「そう……」
セリさんが別行動。
あたし達は。せっかく来たのだから、近辺のフィルフサを掃討していくことにする。
流石にあたしも、単騎でフィルフサの群れを相手にするのは厳しい。だが、この面子であれば。
先にオーレン族の皆と話して、今後の緑化予定地点を優先的に行く。風下になっていて、川の沿岸地帯だが。
確かにフィルフサが点々といる。
将軍を仕留めないと、埒があかないだろう。
座標集めもある。
移動しながら、見つけ次第フィルフサを屠る。群れにでもならない限り、この辺りで散らばっている雑魚なら、フィルフサでもどうにでもなる。
それでも油断はしない。
倒していると、やはりそれなりの数が集まってくる。
魔術が効かない。
それを念頭に戦っていくしかない。
何度か戦闘をこなしていると、セリさんが合流してくる。そして浄化に使う植物を、手際よく植え始めた。
この辺りの土は、フィルフサの母胎として汚染されてしまっている。
それを、この植物は覆すのだ。
今までも何度もこの植物は実績を作っており。
それどころか、更に更に品種改良を続けている。
すぐに根付く。
それどころか、あっと言う間に増え始める。
そして、フィルフサを片付けた後は、他の植物に場所を譲って消えていく。そういう造りなのだ。
かなりまとまった数が来る。レントとパティが前に出るが、もうフィルフサのこの程度の群れなら慣れたものだ。
あたしは様子を見ながら、時々支援に爆弾を。
それもフラムやレヘルンでいい。それを投げ込んでいくだけだ。
勿論地中や視界の彼方からの奇襲も警戒しなくてはいけない。そのため、ずっとクラウディアが気を張ってくれていた。
「座標、集まって来たよ!」
「後は将軍を仕留めておきたいけれど……」
「ライザ。 将軍見つけた。 でもずっと遠いし、この辺りを守っている将軍ではないと思う」
「だとすると今まで仕留めたのは斥候かな。 ……いずれにしても後退しよう。 深追いは危険だからね」
皆、それで下がりはじめる。
ある程度さがった所で、セリさんの作業を支援するパートに移る。せっせと緑化を続けているセリさんを、全員で護衛。
他のオーレン族の人達は、グリムドルの守りを固めて貰う。
「オーリムって、彼方此方からいけるんだなライザ姉!」
「そうだね。 それが仲良くするために出来た通路だったら、良かったのにね」
「なんだかわかんねえ。 俺って強くはなりたいって欲求はあるけれど、他の人のものまで取りあげて自分のものにしたいとはおもわねえ。 港にもそういう奴は時々いたけれど、はっきりいって反吐が出たよ」
「……」
ディアンは無欲だな。
みんなディアンみたいだったら、こんな邪悪なファーストコンタクトを人とオーレン族はしなくても済んだのかも知れない。
しばしして、セリさんが浄化用の植物だけではなく、別の植物も植え始める。
覇王樹だ。
それも、ウィンドルにたくさん生えているのを見た。
「セリさん、その覇王樹は」
「これはちょっと特殊な覇王樹でね。 単純に土地そのものを、頑丈にすることを目的に植えているのよ」
なるほどね。
母胎になりかけている土地だ。
そういう手伝いが必要だ、ということだろう。
その間にも、座標は集めておく。
タオに聞いた話だと、座標の散らばり具合からして、オーリムはあたし達の世界とはやはりかなり違う場所にあるようだ。
見せてもらうが、球体の表面近くに最初の頃集めた座標の星が浮かんでいるのに対して。
グリムドルで集めた星の情報は、球体の奥の方に浮かんでいる。
これは、ちょっと球体の造りを失敗したかな。
だが、タオは読めるから大丈夫、というのだった。
カラさんが、興味深げに球体を見る。
「恐らくこれは、球体の深度が次元の壁を現しておるのじゃな。 そして表層はそなたらの世界。 オーリムは次元を隔てて別にあるから内側になると」
「流石ですカラさん。 その通りです。 それでこの位置については……」
「ふむふむ」
スイッチが入ったタオに、カラさんは全く臆していないどころか、平然と話を理解してついて行っている。
かなりの年配だと言う事だが、頭も呆けていないしこれだけ新しいものに興味津々になれるのは凄い事だとあたしは思う。
だから、そのまま見守る。
しばしして、セリさんに頼まれる。この辺りに、雨を降らして欲しいと。
あたしは頷くと、持ち込んだ道具を取り出す。
何度か研究して、空に雨のもとを撒く効率的な手段を見つけ出したのである。これは、その一つ。
爆弾ではあるのだが。
破壊を目的とはしておらず、単に膨大な煙をまき散らすことだけを目標としているものだ。
これを十二個、周辺の空に打ち上げる。
煙の成分も、有害なものではない。
通称雨雲の石。
踏み込むと、あたしは全力で、空に投擲していた。
あたしのフルパワーでも、雨が降るのに適した位置までは届かないが、この爆弾は三角錐をしており。
投擲して起爆ワードを唱えると、後は空高くへと自分で飛んでいき、それから炸裂する仕組みだ。
皆にも投擲して貰う。
作成コストも、殺傷力を考えていないので安い。
ちなみに煙の正体は、ある植物の花粉を無害化したものだ。実験は済ませており、しっかり雨が降る事も確認済みである。
投擲した雨雲の石が、次々に爆発していく。
カラさんが長時間詠唱をしていた。
これも打ち合わせ通り。
ほどなく、空に向けて、カラさんが杖を振るい上げると。空に拡がり始めていた巨大な煙に、膨大な水分が注ぎ込まれていく。
あっと言う間に雨が降り出し。
やがて、滝のような雨へと変わっていた。
グリムドルに戻る。
グリムドルにもう作られ始めている住居の一つで雨宿りする。蜂蜜を使ったお菓子を出してくれるので、助かる。
こういうものを作れるくらい、余裕が出来ているということだ。
「この地を取り戻す時もそうでしたが、相変わらずの凄まじい驚天の技。 感服する次第にございます」
「ありがとうございます副長老。 ただ今回は、カラさんにも手伝って貰いました」
「流石は総長老にございますな」
「何、わしは最後の手助けをしただけよ。 本当に……この者が、ライザが最初に来てくれたのなら、あのような無益な争いなど起きなかっただろうにな」
カラさんが寂しそうに言う。
雨は数日は続く。
それで浄化植物はしっかり根付くし、またフィルフサはこの辺りに近づけなくなる。小物のフィルフサは、むしろ数を減らすだろう。雨は連中にとっては死病と同じなのである。
そわそわしているボオスの事を考えて、キロさんの事を確認する。
副長老は、丁寧に話してくれた。
「キロどのは、少し前に風羽の戦士に話を聞き、この土地を発ちました。 状況次第では、ウィンドルへの移住も考えていたようですな」
「ウィンドルはまだまだ安全じゃないんです。 複数のフィルフサの群れに囲まれていて……」
「伺った通りですな。 何、グリムドルも立派な聖地の一つ。 此処を立て直し、皆が笑って暮らせる土地にするのがこの老骨の仕事ですわい」
「お願いします」
あたしは、迷惑を掛けた過去の人間の分も頭を下げる。
情報は集まった。
課題もわかってきた。
まず、アトリエに戻る。
群島のほうじゃない。
あたしの家になっている、小妖精の森にある方にだ。
それは、何度目かのクーケン島を離れることを意味している。
出立前に、確認をしておく。
「まず、鍵の強化のために、金属を探す。 サルドニカ、東の地、そしてネメド。 これらを経由して、更にウィンドルにも行く。 この過程で、座標を集めても回るよ」
「よし。 サルドニカにまず船で行くようだが、クラウディア、大丈夫か」
「ええ。 既にライザの仕事の状況を見て、船を手配してあるわ」
「流石だな」
レントの言葉に、クラウディアがふふっと笑った。
出立は明日朝。
サルドニカに出向く途中でも座標を集め、向こうについたらまずはサルドニカの街にでむく。
サルドニカ周辺には大きな鉱山が多数存在しており。
それだけではなく、神代のものらしい鉱山も……中に誰も入れないとは言え、存在している。
何かしらの金属がある可能性は高い。
それに、サルドニカの巨大な歯車なども、今回の逗留で直してしまいたい。
テクノロジーが少しずつ復興している貴重な街なのだサルドニカは。
また機械を自力で作れるようになるまで。
あたしが、時間を作らなければならないだろう。
街の政治に関わるつもりは無い。
それはフェデリーカをはじめとした、サルドニカの人達次第だ。勿論、サルドニカの人達が腐敗しきるようなら。
そう考えたときに、ふとあのメイドの一族の事を思い出す。
あの人達は、もうサルドニカに入り込んでいる。
何よりも王都。
あんな普通だったらいつ潰れてもおかしくない場所も、あの人達が守っていたことを考えると。
いや、あの人達の目的は分からない。
それでは、仮説に仮説を重ねることになるか。
咳払いをすると、もう一つ重要な話をする。
「鍵を強化する事を実現できれば、恐らくアトリエどうしをつなげて、自由に行き来できるようになると思う」
「なんだって……」
「おいおい、すげえな」
「いや、それが本来の門の使い方だったんだと僕は思う」
タオが補足してくれる。
あたしも、同じ意見だ。
門は侵略のための道具じゃない。
竜が命の終わりを迎えるために通る道だった。ただ、最初はそれだけだったのだ。
もしも人々の為に使うのなら。
これ以外に、使い路などないだろう。
「これから順番に強化を重ねるから、何が出来るようになるかは新しい状況にならないとわからない。 だけれども……間違いないのは、これ以上奴らに好きかってさせてはならないって言うことだよ。 だから止まれない。 何があっても、何がいてもね。 奴らの手は世界中に遺ってる。 それをこれ以上増やさせるわけには行かないんだ」
これだけは、事実。
誰にも譲れないことだ。
皆もその言葉に同意してくれる。この中に、神代の肩を持つ者なんていない。誰もが、その所業に。腐りきった性根に。怒りを感じている。
それでいいのだ。
さあ、奴らを滅ぼし、骨の欠片までも消し去るために。
まずはサルドニカに行く。
明日までの自由時間は、各自自由に過ごす事にする。あたしは実家に、一晩だけ戻る事にした。
またサルドニカに行くと言うと、父さんはそうかといい。母さんは溜息を大きくついた。
母さんはまだ認めてくれないな。
でも、それは仕方が無い事でもあるな。
そう、今のあたしは。
分かるようになりはじめていたかも知れない。
船に乗って、クーケン島を離れる。
去年から、こうして何度もクーケン島を離れた。だから、もうあたしにとって長旅は珍しいものでもなくなった。
荷物を忘れるようなこともなくなったし。
旅先での対応もなれてきた。
ディアンがフェデリーカにサルドニカはどういう場所なのか聞いている。都会だと聞いて、面白そうだと言ったのは。
手練れがたくさんいると思ったからかも知れないが。
残念ながら、此処にいる面子以上の手練れは、彼処にはいないだろう。
船に揺られて、あたしは水面を眺めて楽しむ……というわけにも行かず。
ずっと今までに入手したセプトリエンの解析を進めていた。
通常では生成し得ない魔力の塊。
どうしてそれがウィンドルや、それにオーリムでは生成出来るのか。あの世界の魔力が濃いとは別に思わなかった。
何よりも、カラさんは向こうと同じように魔術を使えている。
それらの状況証拠が、此方の世界にはなくてオーリムにある何かがセプトリエンをはじめとする稀少資源を作っていると結論させる。
それは魔力の濃さではないことも分かる。
しかし、解析すればするほどわからないのだ。船が時々揺れる。エーテルをしっかり制御して、物質化しているエーテルを零さないようにする。何度か解析を続けていると、パティが来る。
「ライザさん、少し良いですか」
「うん、どうしたの?」
「お父様から手紙が来ていました。 しばらくは現在の王を形式上の王にしておく事で決まりだそうです」
「ふうん……」
あたしに話に来たと言う事は。
何かあるということだ。
少し悩んでから、パティは言う。
「ライザさん、また王都に時間が出来たら来ていただけますか」
「良いけど、あたしを呼んで何かあるの?」
「ライザさんの名前、多分ライザさんが思っている以上に知られているんです。 爆炎の魔女とか呼ばれたりしていて」
爆炎。魔女。
まあ、そういえば王都の南に集まっていた大量の魔物を、グランシャリオで消し飛ばしたっけ。
他にも王都で機械類の修復を行って、だましだましで動いていた機械類を殆ど直しもした。
それにパティが意図的に情報を流しているようだが。
農業区の待遇改善。
高品質のインゴットやゼッテルの流通。
高所得者向けの宝石などの加工など。
様々な所で名前が出ることから、あたしの知名度はどんどん上がっているそうなのである。
なんでもクーケン島は匪賊の類の間ではアンタッチャブルになっているとかで。
近付いたら死ぬとか、色々噂が流れているそうだ。
なるほどね。
「新体制の安定のために、あたしとのコネを見せるために動いて欲しい、とでも言うところかな」
「察しの通りです。 今、古い権力層の処理と不平等だった富を再分配している所ですが、どうしてもこう言うときに悪辣な動きをするものが出ます。 出来るだけ穏当に話を進めたいのですが……」
「最初の一歩で躓きたくは無いと」
「そうなりますね」
頭を下げられる。
パティにとっては、腐敗を知っていても大事な場所なのだ王都は。
三十万の人間が内部と付近に暮らす、人類にとって最後の砦と言える場所でもある。魔物に数を減らされ続けている王都は、人類にとってとても重要な戦略的拠点でもあるのだ。此処を失う訳にはいかないのである。
長期的な戦略、展望がない人間は想像以上に多い、とパティは言う。
国家百年の計と良く言うが。
実際には目先の事しか見えていないのに、権力を何かの間違いで持ってしまった輩は、どうしても存在しているそうだ。
それは、まあ悩みの種にはなる。
その手の輩を抑えたいという気持ちはわかる。
あたしは数秒考えた後、答える。
「いいよ。 この件が終わった後、「爆炎の魔女」として王都に行くわ」
「……ライザさんとしてではなく、ですね」
「そういうこと」
あたしはパティを信頼している。ヴォルカーさんだって同じ。
だが、王都の人間全部は信頼していない。
あのメイドの一族が、アーベルハイムのクーデターに荷担したのは、状況証拠から明らかだ。
元公爵は、明らかにメイドの一族の人に捨てられて、クーケン島で果てることになった。
だから、アーベルハイムと連携して。
恐れの対象と化している「爆炎の魔女」が動いている事を見せる。
同時に。
王都の状況も見せてもらう。
あたしはパティに約束した。
手は貸すけれど、もしも古代クリント王国の連中のような真似をするなら、首を貰うと。その約束は、今も変わっていない。
人間は変わる。
パティが腐敗するとはあたしは思いたくは無いが。
最悪に最悪が重なれば、年老いた頃に権力の亡者となるパティという構図が出来上がってしまうかも知れない。
その時の為にも。
あたしは王都を自分の目で見ておかなければならないのだ。
それについても、パティには話しておく。
パティの剣士としての力量は、あたしの仲間として遜色ない。世界で最高峰の実力者の一人だ。
だから、最悪あたしとパティがぶつかる未来だってあるだろう。
そんな未来が来ないように。
あたしは打てる手は、全て打つのである。
「分かりました。 私もライザさんとの約束は忘れていません。 ただ、政治的な訪問の後は私人としても迎えさせてください」
「んー、いいよ。 でも一応警戒しちゃうな」
「まさか。 「どんな手を使っても」の上で、確実にライザさんを倒せる人間なんてもういませんよ」
「そっか。 そう見えるか」
あたしは寿命は克服したが、別に不死じゃない。
寿命を克服した代償として、自分の腹で子供を産む事ももう出来ないだろう。
何かを克服すると、代償はある。
克服が大きければ、代償だって大きくなる。
それだけの話だ。
ただ、それが大きな脅威に周りには見えるのかも知れない。パティの目には、絶対の信頼と、同時に畏怖もある。
まあ、爆炎の魔女というのも悪くは無いか。
「次に行くときは、パティとタオはもう夫婦だよね」
「ええと、そのタイミング次第ですが……。 この一連の事件が解決して戻ったら、タオさんは学者として論文を幾つも出すでしょうし、それで実績も出来ます。 後は王都の様子を見ながら……二〜三年……以内に」
ちょっと語尾がしどろもどろになる。
可愛いもんだな。
敵を容赦なく切り捨てる剣士という一面だけではなく、こう言う面もパティはしっかりもっている。
だからこそ。
人間性を少しずつ失いつつあるあたしには嬉しい。
それにだ。
錬金術をきちんと使わないといけないという使命感以上に。今あたしを人間に引き留めているのは、焼け付くような怒りだ。
神代のカス共に対する。
だから、爆炎という二つ名は案外悪くない。
「結婚指輪、作っておこうか?」
「あ、それはもうありますので」
「用意が良いね」
「お母様の嫁入り道具です。 お父様も、タオさんに譲ることを決めていて、サイズの調整は職人が後でやります」
まあ、それならいいか。
後は幾つか話した後、パティは部屋を出て行く。最初の頃、パティはタオとあたしが恋人だと思って可愛い焼き餅を焼いていたが。それももう懐かしい。あたしはパティとタオの事は全力で応援して祝福している。
嘆息すると、また調査を続ける。
サルドニカにはしばらく掛かるから、これはもう仕方が無い。調査を続けていると、フェデリーカが来る。
ギルドについての懸念事項を幾つか聞かれたので、出来る範囲でアドバイスしておく。もうボオスやカラさんとも話してきたらしく、少しフェデリーカは考え込んでいた。
「カラさんは奔放、ボオスさんはああ見えてとても穏健。 ライザさんはとにかく正面突破ですね……」
「まあ、そういう性分だしね」
「いえ、私はどうしても現状維持を考えてしまうので。 色々な意見を聞くのはとてもためになります」
「サルドニカも変わると良いね」
フェデリーカは黙り込む。すんと、息を吸う。
緊張しているのかも知れない。
それはそうだ。
フェデリーカはそれほど怒っている様子はなかったけれど、それでもあんな人の業を見続けたのだから。
「何とか変えて見ます」
それだけ言って、フェデリーカは船室を出る。
さて、これからは。
少しずつ、あたしは人間社会から距離を取ることを考えなければならない。そしてやがては。
魔王として怖れられるようにならなければならなかった。
人間を、神代のように。
増長させないためにも。
4、王狼ふたたび
サルドニカの本部にいたアンナは、急報を受け取っていた。無表情のまま対応すると使者に返す。
そして執務室に戻ると、内心で舌打ちしていた。
フェンリルだ。
フェデリーカが戻ってくる事は、既に硝子ギルドと魔石ギルドに告げてある。それについてはいい。
技術的な問題は発生しているが、それはあくまで技術的なレベルであって、ライザがどうにでもするのだろうから。
問題はそれよりも、二匹目のフェンリル。サルドニカでは……だが。
街の北にいた個体は強かった。
あれは神代の鉱山を守るようにプログラムされていた個体だったのだろう。神代の連中は魔物を作り出すとき、特別に強力なものをしばし作った。それは例えば東の地で暴れているベヒィモスなどだが。
フェンリルは奴らのお気に入りだったらしく。
もとの神話ではそもそも個人名だったのを種族名に変えた挙げ句、コストを掛けて多数を周囲に配備していた。
フェンリルについては調査資料をアンナも見た。
大きな被害を出しながら倒した個体は今までにも存在していたのだ。
それによると、フェンリルの元になったのは狼ではなく犬であり。特によく調教された戦闘用の犬であったらしい。
つまり神代の連中は、自分達を信頼するように犬を飼い慣らした挙げ句。
その犬を材料にして、生物兵器に仕立てた訳だが。
連中の所業はいつものことだし、邪悪さの底はそんな程度ではないので、今更そこで新たに怒るような事でもなかった。もう怒る気にもなれないと言うべきだろう。
さて、どうするか。
フェンリルが出たのは、またしても街の北。
何らかの手段で、前にライザと交戦した個体が倒されたと知り。
鉱山を守るために姿を見せた、と判断して良いだろう。
すぐに緊急事態として警報を出す。
街の北への出立は禁止。
以前ライザが構築した防衛線より出ないように。
街の自警組織の戦力では、フェンリルなんぞとぶつかったら蹂躙されるだけである。同胞の戦力は現在ベヒィモス対策で出払っているし、手を出すのは論外だ。
ライザがサルドニカ周辺の大物はあらかた始末してくれたので、だいぶ楽にはなったのだが。
これで全て振り出しに戻ったかのようである。
だが、それもまたいい。
ライザがまた来るのだから。
色々と雑事を片付ける。
アルベルタとサヴェリオは、どちらもギルド員に注意勧告を出してくれたようだ。ちいさなギルドの面々も、概ね同意した。
跳ねっ返りの自警団の若手は、ライザがいなくなったあと手柄が取れないと不平をこねていたが。
フェンリルと戦ったら死ぬだけなので、今のうちにバカが先走らないように警戒しないといけない。
幾つかの雑事をこなして、面倒だなと思っていたら。
客人がきた。
まだライザが来るには早いと判断したのだが、なんとコマンダーである。
すぐに客間に通し。
人払いもした。
サルドニカのプリンを出す。まあ、最低限の味は確保できているはずだ。嬉しそうにプリンを食べているコマンダーに、アンナは話を切り出す。
「ライザに先回りして来たのですね。 それとも何か問題でしょうか」
「鋭いわ−。 実はね、ライザが監視者を倒してしまったの」
「!」
監視者。
神代の作り出した、最上位監視システム。
錬金術師達を監視し、その成長を促すために、様々な妨害を敢えて仕掛ける魔物だ。
殆ど遭遇例は無いが、フィルフサと同じように魔術が通じないこと、多数の魔物を手足のように操ること。それらが判明している。
母がハッキングを済ませたシステム領域内にデータは存在していなかったが。
それでも神代の最高機密であることは技術などから確実。
非常に危険な存在であり、最高レベルの監視対象である。
とにかく危険な相手だ。
それをライザが倒したとは。
「確か確認されている監視者は四体。 しかもゲートの位置を熟知しており、各地に自在に移動すると聞いています」
「そうよー。 例のものはライザを現在「収穫」しようと動いているみたいだけれども、何しろ古いシステムですものね。 それに今まで「収穫」した者達も無抵抗だったわけじゃない……」
「監視者と齟齬が生じていると」
「動きを見る限りあり得るわー。 とにかく、今各地に警戒を飛ばしているのよ」
そうか、それは難儀だ。
プリンを食べ終えると、ふらっとコマンダーは消える。
アンナはしばし考え込むと、サルドニカに残っている同胞四人を集めていた。
そして、監視者が倒された話。
フェンリルにはライザを対処に向かわせる話をそれぞれして。
更にその上で、母にも最悪の場合増援を頼む話もして、解散とした。
さて。
執務デスクを見る。
フェデリーカはかなり頑張っている方だが、それでもはっきりいってまだ成長が足りないか。
だとしたら、ライザが二匹目のフェンリルを仕留めた後……少し百年祭の実施を早めて。それで、サルドニカの団結を見届けさせる必要があるかも知れない。
こんな追い詰められた世界でも、人間は愚かなものだ。
このような連中に、同胞の未来が。更には恐らくはアインの未来も掛かっているのだと思うと苛立ちが隠せないが。
そもそもお優しい母の意図だ。
母に対する敬意はアンナだって抱いている。
その意思は無碍には出来なかった。
港に使者を出す。
ライザが到着次第、いの一番にフェンリルを仕留めに向かって貰う。
今、マンパワーを裂くわけには行かないのだ。
例のものが本格的に動いている今。
全ての過去の負債を清算する、絶好の機会なのだから。
(続)
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