火山の裏の顔

 

序、古代クリント王国の末路のあがき

 

オーリムで知る事になった生きとし生けるもの全ての敵、神代の錬金術師。その模倣者であった古代クリント王国。

今、クーケン島の近くにある古城を徹底的に調べて回っている。

前回も……四年前も此処は色々あって調べたのだが、今回はスペシャリストが何人も加わり。

更にあたし達の経験含む基礎スペックも変わっている。

見つかる。

色々と。

二つ目の研究所を発見。古代クリント王国の錬金術師達は、錬金術師の間でも階級を作っていたらしい。

しかも能力に寄るものではなく血筋でだ。

一番偉い錬金術師が、一番出来ると言う事もなく。

日記などを調べて見ると、愚痴が色々書かれている。

研究所は急いで放棄したらしい。

まあそうだろう。

西にある塔。

彼処で残されていた資料を見る限り、フィルフサの侵攻はあまりにも速かった。

サルドニカ近郊の状況を見ても、古代クリント王国の錬金術師共は複数箇所で凶行を働き。

その全てで失敗した。

ただ、クーケン島付近だけで錬金術師が展開していたわけではないだろう。それは分かっていたのだが。

それが裏付けられる内容になっていた。

雑多に積まれていた資料を持ち帰り、タオとクリフォードさんが解析する。

そして出た結論は。

古代クリント王国にとって、クーケン島近辺は実験場の一つ。

フィルフサを「養殖」して彼等は資源とし、それで色々とやろうと考えていたようなのだが。

クーケン島近辺では彼等の中で三番目くらいに偉いらしい人物が指揮を執って。

「麓の未開どもを全部処理する」ための兵器開発を進めていたということだ。

確かにクーケン島を兵器として空に浮かべるつもりだったことは塔で回収出来た資料からも分かっていた。

それにしても、どこまで傲慢だったのか。

ただ、資料を見る限り。

余り上手く行っていなかったようだ。

オーリムに行く前からだ。

「あの孔雀野郎。 大した実力もないくせに偉そうにしやがって。 ××の行程も出来ないことくらいは俺でも知ってる。 そのくせ地位が下の錬金術師を奴隷と思っていやがる。 自分より実力があると分かると謀殺までしていやがるのは誰でも知ってる。 真面目に仕事なんかしてやるものかよ」

そんな悪態が、日記に残っていた。

この様子では、こんな調子で何処でも机上の空論の計画が進んでいたし。

神代の模倣者に過ぎない上。

錬金術師としてもどうということのない連中が、過去の遺産だけを頼りにことを進めようとして。

それでフィルフサに食い荒らされた。

自業自得だが。

それにアーミーの人達や、他にもたくさんの人達が巻き込まれて、人間の大半が死に絶えることになった。

そう思うと、地獄で永遠にお前も灼かれていろ。

そういう言葉しか出てこない。

「グダグダだったんだな」

「古代クリント王国の実情も見えてくる。 錬金術師が事実上乗っ取っていたみたいだけれども、一部の錬金術師以外の人達は内偵を進めていて、実は大半の錬金術師は残された遺産を使っているだけで、ろくに錬金術も使えなかったことがバレかけていたらしい」

「それはなんというか」

ボオスが皮肉に口を歪める。

クラウディアが、さらりと厳しい事を言った。

「古代クリント王国の錬金術師達は、自分達がただ勝ち残っただけの幸運に恵まれていただけで、どうということもない人間だと内心では理解していたんだね」

「間違いないと思う。 オーリムに侵攻して資源を確保し、更にはその資源で戦略兵器を作って、絶対的な支配を確立しようとしていた。 それは、自分達の足下が崩れかけていることがはっきりしていたからなんだと思う」

「フィルフサに手を出さなくても破滅していたりしてな」

「可能性は高い」

レントの言葉に、アンペルさんが応じる。

何のことは無い。

人間の全盛期みたいに思われている古代クリント王国だが。

その実態はただ遺産を引き継いだだけの錬金術師が、いつ実態がばれるかびくびくしながら回しているもので。

憶病で無能な彼等が、自分達でむしろ足下を掘り崩し。

シロアリの塚みたいにいつ崩れてもおかしくない場所にしていた。

そんな程度の代物だったのだ。

何が偉大な古代王国だ。

呆れて失笑すら浮かぶ。

それに、あたしには思い当たる節がある。

孔雀野郎と言う奴だ。

感応夢で見た。

紅まで引いている錬金術師の中年男性。

奴隷化した人間を使い潰していた腐れ外道。

彼奴だろう。

錬金術師としても無能で、プライドが服を着て歩いているだけのくだらない奴だったんだな。

そう分かると、本気で苛立ってくる。

やっぱり血統による相続なんて、百害あって一利もないじゃないか。どうしてこんな制度が、古代から続いているのか。

手に入れた利権を手放したくないからか。

だとしたら、人間はずっとくだらないままなのだ。

三つ目の研究所も発見。

恐らく神代の古式秘具そのものだ。

隔離された別空間になっている。

連中の秘宝だったとみて良いだろう。内部はこれは、自己完結した生態系になっているのか。

空に日まで照っている。

トラベルボトルに近いが。

アレと違って、どうやら作り出せる空間は決まっていて。

その中の環境を安定させるようにしているようだ。

ゴーレムが動いて回って、動植物の世話をしている。動物の餌は、どうやって作り出しているのかよく分からないが。

小型の動物しかいないし。

それが増えすぎると、ゴーレムが間引いているようだ。

この一角にも資料がうち捨てられていた。

「神代から受け継いだ秘宝だが、実にくだらん。 神代の最も古い時代のものらしいが。 神代でも放置していた理由がよく分かる。 臭い草にどうでもいい畜生。 こんなものを研究しろというのは、事実上の左遷ではないか。 あの孔雀め、そんなに自分の中和剤より私のものが優れていた事が気にくわないか」

呆れた言い分が記載されている。

あたしは、大きな溜息を出していた。

少なくとも。

貴様らより何倍も価値があるだろうが。

そう怒鳴りたくなった。

神代でも初期のものとすると、オーリムに侵攻した悪鬼外道どもとはべつの錬金術師か、或いは初期にはこういう考えをもった錬金術師もいたのだろう。

一目で分かる。

これは自然環境の実験的な再現だ。

自然環境を知るために。

いざという時は、此処から環境を復旧するための。

それが古代クリント王国の錬金術師共には、分からなかったのだ。

「神代と言っても最初期は二千年前くらいになる。 知られていないだけでもっと古いかも知れない。 千三百年前にオーリムに侵攻した神代の錬金術師達は、或いは最初の頃の錬金術師の理想も思想も受け継がなかったのかも知れないね」

「偉大な開祖がいて、その遺産を食い潰していただけの可能性も高いぜ」

クリフォードさんがいう。

クリフォードさんによると、今まで見てきたものはどんどん時代を降る度に劣化コピーになっているという。

それにだ。

あたしを見ていると、特にそう感じるというのだ。

「幾つもの証言証拠からも、ライザを超える錬金術師は神代の錬金術師にはいなかったようだ。 だがこういうものをみていると……開祖は違ったのかも知れないな」

「なんだか悲しい話ですね」

パティが嘆く。

偉大なる王の話。

勇敢な貴族の話はいくらでもある。

だが、その子孫はどうか。

二代目まではその志が継がれることもある。

三代目まで継がれることも希にある。

だがそれまでだ。

特に高い理想や高潔な思想。優れた能力なんてものは、そうそう血筋で引き継がれるものではないのだ。

血統なんてそんなものだ。

何がロイヤルか。何がノーブルか。

ロイヤルは太古からロイヤルだったのか。違う。

ノーブルも同じ。

誰かが途中から名乗り初めて。

以降は血統で引き継がれているものにすぎないではないか。

今、幾つかの遺産を見ていて、あたしはそう再認識する。

そして、城を調査していて、分かってきた事も多い。

一度あたしは、モリッツさんとアガーテ姉さんの所に行く。古老も呼んでおく。

この間元公爵を斬った事で、モリッツさんはちょっとぴりついていたが、重要案件だ。いや、島の存亡に関わるから、最重要案件である。

古城について調べていて分かった事がある。

それは、あの古城が張りぼてで。

いつ壊れてもおかしくないと言う事だ・

「張りぼてだって!?」

「見てくれは立派ですが、結構突貫工事で作ったみたいなんです。 基礎部分を調べて行くと、彼方此方ガタが来ています。 全部まとめて崩落はしないと思いますが、城として使うなんてまあ無理ですし、いつ何処が崩れても不思議では無いですね」

「またそんな伝統を汚すようなことを!」

古老が声を震わせるが。

アガーテ姉さんが、いい加減になされよと言う。アガーテ姉さんも、もはや老害になり果てている古老には呆れかえっているようだ。

「ライザ達が実際に城を調査して分かった事です。 伝統という言葉を使うのでは無く。 実証にて反論していただきたい」

「屁理屈など知らぬ」

「屁理屈はそちらでしょう、古老」

「おのれえっ!」

モリッツさんはため息をつくと、古老を連れて行くようランバーに指示。

咳払いすると、アガーテ姉さんに指示していた。

クーケン島による人間には、城に興味を持つ者もいる。

崩落事故が起きるし魔物も出ると言う話をして、近付かないように徹底して欲しいと。

頷くと、アガーテ姉さんは護り手の詰め所に戻る。

モリッツさんは、あたしを恨めしそうに見た。

「わしはいつまでこんな憎まれ役をすれば良いのかな」

「ボオスは王都でも、今度の旅でも、色々な事を学んでいます。 ボオスが後を継いでくれたら、ではないですか」

「そうだな。 でもボオスが跡を継いでくれるだろうか」

「別に血縁者でなくてもいいでしょう。 ランバーはどうですか。 びっくりするくらいしっかりしていますが」

あたしを恨めしそうに見るモリッツさん。

やっぱりあたしが嫌いなんだとよく分かる。ただ、自分のお気持ちを優先しないだけで、随分と立派だ。

「不興を買った」だのが正当化される世界は。いずれバカみたいな崩壊を遂げる事になる。

個人の感情が。それも癇癪が。命や人生に優先されるような世界は。

それは、やがて滅ぶのが確定しているのだろう。

アトリエに戻る。

タオが、資料はあらかた解析したと教えてくれた。

「山の方の研究所に、本丸となるものを移した記録が幾つかでているよ。 多分あるとすれば、火の精霊王がいた辺りだろうね」

「よし、行くとしようか。 みんな、凄く暑いから、格好には気を付けてね」

火山を知らない組に話を振っておく。

幸いあの火山に、今も凶悪な魔物が出るという話はない。

火山が噴火でもしなければ。

この面子なら、遅れを取る事もないだろう。

ただ、火山はあれだけ不安定な環境だ。何かしらのヒントを取りこぼす可能性がある。

出来るだけ急いで。古代クリント王国の奴らのやっていた事を。もっと詳しく暴かなければならなかった。

あの群島の宮殿よりも、此方の優先度の方が上回る。

だから、そう動かなければならないのだ。

 

クーケン島の騒動を経て。

クリントどもの巣窟を見て。

それからカラは、借りた宿で魔術を展開してこの世界を探っていた。

オーレンでも最強の術師であることを自認しているカラだ。ある程度時間を掛ければ、世界そのものの情報を探ることが出来る。

それによって調べていたのは二つ。

既にこの世界にフィルフサが定着していないか。

孤島などに門があった場合、其処からフィルフサが大侵攻を行った可能性が生じてくる。

だから今のうちに、それについて調べておく必要があった。

それともう一つ。

「おらぬか……」

魔術を展開し終えると、カラは大きく嘆息していた。

此方の世界。

竜にとっての終の世界には、カラが知っているだけでも渡ったオーレン族が存在している。

その一人であるセリとはもう合流した。

リラともこうして合流できた。

もう一人、此方の世界に渡った変わり者がいたのだが。この様子だと、既に命を落としているようだった。

フィルフサの定着については、実はそれほど心配していなかった。何処かで決壊していたら流石にこの世界の弱体化しきった人間では対応できないのは分かりきっていたからである。

何処かしらの孤島が制圧されているかも知れないとは思ったが、それについても心配はなさそうだ。

いずれにしても大魔術を展開したので、流石のカラも疲れた。

最強の術者と言っても全盛期ではない。

衰えも出始めている。

体も随分縮んだ。

それに、だ。

ライザがくれた道具をつけて見て、思う。若い頃の力が戻って来たかのようだと。そんな風に考えるようでは、衰えたのだとやっぱり理解出来てしまうのである。情けない話ではあるのだが。

ふっと、カラは笑う。

そして、寝台で足をぶらつかせた。

ライザと共にいるのは、あの錬金術師共をおいつめた勇者達に勝るとも劣らない戦士ばかりだ。

知恵者も決して全知を気取っていた錬金術師共に劣っていない。

話していて、何度も学びを得た。

ライザに至っては、自力でオーレン族と人の間の問題に気付いていた。

どうしてこの世界で神代と呼んでいる時代に、ライザが生まれなかったのか。その時代は、錬金術がずっと身近だった筈。

そう思うと、運命の皮肉を感じてしまう。

ライザがいたのなら、あの馬鹿者どもをみんな叩き伏せて、それでオーリムへの侵攻など起こさせなかっただろう。

そうとも確信できる。

カラは自分を英雄ではないと思っている。

あの邪悪な奴らを追い払うことが出来たのは、あくまで奏波氏族のみなのおかげ。カラと一緒に戦った戦士はみんな死んだ。カラが力不足だったからだ。

ライザはあのリーダーシップも皆を引きつける力も、カラを瞠目させるほど。

ライザが嫌ではないのなら、奏波氏族のまとめ役を頼みたいほどだ。

だが、そうもいくまい。

カラは寝台に潜り込むと、眠る事にした。

明日。

クリントの馬鹿者共の住処を暴くのが楽しみであるし。

ライザがそれを、更に先に進めるための試金石にするのも確信できる。

楽しみでならない。

錬金術師の行動を、好意的に取れる日が来るとは思わなかった。

子供を産んだとき、こんなに未来を託せると思ったか。

もう遠い昔の事で、それは思い出す事が出来なかった。

 

1、火山の真の姿

 

まず、あたしは火山に上がると、頂上を目指す。最初にやるのは、できる事なら火の精霊王との接触だ。

いるかどうか分からない。

枷を外したからだ。

何よりも、今回も利害が一致するか分からない。

何かしらのややこしい契約がされている可能性があるからだ。

だからまずは、一番厄介な相手の様子を見に行く。戦うとなるとエンシェントドラゴンと同格か、それ以上ともいう相手だ。

だから最初に、その動向は確認しなければならなかった。

皆は……フェデリーカやパティ、ディアンは緊張した様子だったが。既に此処に来た事がある皆は落ち着いている。ボオスは嫌な事があった場所だが、それでも少なくとも表情に出さなかった。

まあ出したからといって、あたしは遠慮しないが。

お気持ち云々よりも優先度が大きいからである。

「かなり活発に動いていませんか、この火山……」

「前に俺が見た火山だと、噴火に巻き込まれたことがあってよ。 その時に比べると全然だぜ」

「ええ……」

レントの言葉に流石にパティも呆れる。

あの元公爵の首を容赦なく刎ねたパティと一緒に。まだ子供から抜けきれていないパティもいるわけだ。

そう思うと、微笑ましい。

「レントさん、分かってはいましたが、無茶苦茶を平気でするんですね……」

「いや、最近からだ。 色々あって吹っ切れて、なんでも経験してみようと思うようになってな」

「良い心がけだ。 だが死なないように気を付けろよ」

フェデリーカさんとリラさんが、それぞれの所感をレントに告げる。

あたしは別に言う事もない。

頂上に到着。

実はこの辺りは時々来て、厄介な魔物は見つけ次第駆除していた。それもあって、多分精霊王はいないだろうとも思っていた。

だが火の精霊王はとにかく気まぐれそうに見えた。

子供の姿をしていたのも、キャラ付けのためだけでもないだろう。いた場合が、問題なのだ。

幸い、いないようだった。

火口は暑く溶岩が満ちていて。あの浮かぶ岩もある。

だが跳躍して覗き込んでみても、精霊王の気配はない。

幸い、それほど強大な魔物もいないようだった。

まずあたしは、手を叩いて皆に告げる。

「精霊王はいないみたいだね。 此処からは、手分けして行動しよう。 クリフォードさん、タオ、アンペルさん。 この三チームに分かれよう」

いうまでもないが、これは遺跡調査などの知識があるメンバー同士での組み合わせとなる。

また、効率が落ちる可能性があるので、タオの班にパティは入れない。

これは暗黙の了解である。

ディアンは面白そうに周囲を見回していたが、暑さはなんともないようだ。

「ライザ姉、それで三チームに別れてどうするんだ?」

「総当たり」

「……?」

「此処の何処かに古代クリント王国の研究所があるのは、城の研究所を調べて確定したからね。 でも、この火山は大きくて、何処にあるか分からない。 幸い、この面子で総掛かりで対処しなければならないほど危険な魔物の気配もない」

なるほどと、ディアンは頷く。

素直でよろしい。

「それぞれの班長が行動を判断して。 あたしは人員を割り振るよ」

「よしきた。 まずは俺だな。 俺は頂上付近を探してみる」

クリフォードさんが挙手。

もっともこの中でアグレッシブなのはクリフォードさんだ。納得の行動と言える。

この位置からだと、狙撃要因が良いだろう。

クラウディアと、護衛役の前衛としてディアン、リラさんに残って貰う事とする。

続いてタオが提案。

「僕は集落跡を調べて見るよ。 前は何となくで集落跡だと考えていたけれど、良く考えて見ると、こんな山に住んでいたのは不自然だよね。 ひょっとすると、古代クリント王国の錬金術師の子孫の集落の可能性もある」

「分かった。 丁寧に調べてきて」

「了解」

レントとボオス、フェデリーカに護衛になって貰う。此処にはあたしも入る。何かあった場合、司令塔が中間点にいるべきだからだ。

最後はアンペルさんだ。

「私の得意なのは総当たりだ。 麓から順番に探ってみよう」

「しかし何か見つかりそうか?」

「なんとも」

カラさんがアンペルさんを見て目を細める。

なんだかアンペルさんを値踏みしているようだが。まあいいか。ともかく、此処にはカラさんとセリさん、パティに入って貰う。

これで一旦解散とする。

そうすると、皆慣れたものだ。クラウディアは音魔術を使って、多数の人型を呼び出して、空中に反射板みたいなのを展開する。

音を拾いやすくするためだろう。

何かあった時には、即座に皆に知らせてくれる、というわけだ。

この配置がベストである。

クラウディアは前にあったクリフォードさんとの確執も消えている。あたしは頑張ってなと手を振るディアンに手を振り返すと、山の中腹までタオと降りる。

この辺りは貧弱だがインフラの跡もある。前に来たときは、もっとみんな未熟だったな。そう思って、周囲を懐かしく見る。

麓まで降りるアンペルさんを見送ると、タオが声を掛けて、集落跡を調べて行く。レントがボオスとともに瓦礫をどかしていく。もうボオスも、こういう埃にまみれる仕事を嫌がっている様子はない。

あたしも邪魔な岩を蹴り砕く。タオは淡々と、調査の方針を告げて、それに皆が従っていく感じで進める。

「魔物は姿を見せねえな」

「あたしとカラさんが山に入った時点で大半逃げたよ。 この辺りにはワイバーンがたまに出るけれど、もしいたら来るかも知れない、程度だね」

「お前、どんどん人間離れしてきたな……」

「褒め言葉として受け取っておくよ」

あたしもいちいちそれで怒るつもりもない。

しばらく瓦礫を黙々と片す。

フェデリーカはもう役割をきっちり理解出来ている。淡々と舞い続けていて、皆の筋力が増強されるように動いてくれていた。

瓦礫がある程度片付いたところで。

タオが手を叩いた。

「よし、一旦止まって。 僕が目をつけた場所を、順番に調べて行こう」

「この短時間でもう目をつけたのか」

「うん、まあね。 この一年も色々と実践はしていたんだ」

レントが驚く。

やはりタオの成長は著しい。

アンペルさんがいうように、もうこの世界最高の学者と言って良いだろう。四年前にここに来たときとは、知識も経験も別次元、と言う訳だ。

すぐに何カ所かタオが指さし、あたし達が動く。

レントは力仕事に。

ボオスは周囲を見ながら、フェデリーカに指示。

舞う地点を変えさせる。

これは魔物の奇襲があった時に、対応をしやすくするためだ。

ボオスも戦略的にものを見る事ができるようになっているな。あたしはみんな成長している事を実感して、負けられないなと自分に言い聞かせる。

そして、すぐにタオが言った地点の掘り返しに移行していた。

「それでタオ、この辺りだってどうして思うんだ」

「まずこの集落そのものが、今見てみると違和感だらけなんだ。 人が生きていくための仕組みを最優先にしていない。 例えば此処が古代クリント王国の生き残りの暮らしていた土地なのか、先住の人達が住んでいたのを追い出して乗っ取ったのかは分からないのだけれども。 いずれにしても、建築学から見ても遺跡という観点から見ても、非効率なことを幾つもしてる」

ふむふむ。

タオが続けるのを、手を動かしながら聞く。

「この辺りは、なんでか水を引いていない。 この過酷な火山での生活だよ。 少しでも楽に過ごそうと思うのが普通だよね。 この辺りに水路があったら、利便性が段違いになる筈なんだ。 勿論何か僕が想定しているのと違う理由があって、非効率な事をしている可能性もあるけれどね」

「なるほどな……」

「タオさんは、一瞬でそんな事も分かるんですね……」

「うん。 まあ、経験と知識の積み重ねの結果だよ」

タオが掘り返した土を調べていて、それであっと小さく声を漏らした。

あたしもそれで気付く。

これは、確かに水路を敷かないはずだ。

この辺りの土壌は、毒性が強い金属を含んでいる。こんな所に水路を引いたら、飲めば確定で体を壊すだろう。

それだけじゃない。

ボオスが掘っていて、埋められた水路の跡を見つける。

それも、比較的新しいものだ。

即座にタオが方針を変えていた。

「集中的に深く掘ってみてくれる?」

「おう、任せとけ」

「フェデリーカ、この辺りで舞ってくれ」

「分かりました」

フェデリーカももう疑念を口にすることもできない。

ボオスの指示に従って、適切な位置に移動。

あたしはレントが掘り出した毒性の強い金属を含んだ土を、どんどん余所へどけていく。もう無人の集落である。

それに此処が今後有人になることもないだろう。

「どうだ、タオ」

「よし、此処は外れだね。 次に行こう」

「あっさり戦略を変えるんだな」

「この深さまで掘って何かしらの施設……特に地下施設の痕跡の一端もないからね。 恐らくこの辺りは、錬金術の実験で出た毒物か、邪魔な鉱石を捨てていたんだ。 後に水路を作った人は、それを失伝していたんだろうね。 恐らく死者も出たんじゃ無いのかな」

本当に迷惑な奴らだと、あたしは呆れる。

レントがさっさと穴を埋め直して、あたしは次に。

いや、その前に。

皆に薬を渡して、飲んで貰う。毒性が強い金属を吸い込んだかも知れないから、その対策だ。

火山用に、毒性のある金属や、毒ガスに対する薬はもってきてある。

一応、飲みやすいように味は調えておいた。

すぐに次に。

タオが示したのは、一見なんともない家屋だ。

四年前、ここに来たときに書物は回収していったのだけれども。タオはこの辺りの家屋は、全て覚えていたという。

凄い記憶力だが。

まあ遺跡探索をやっていれば、どうしてもそういう記憶力が身につくのかもしれなかった。

「まずはこの家だ。 床を調べるから、皆は周辺を警戒して」

「床の埃、焼き払おうか?」

「……そうだね、お願い」

頷くと、あたしは熱魔術の応用で、床の埃やゴミ、潜んでいる虫なんかを瞬時に焼き尽くしていた。

それが終わると、タオは手袋を嵌めて、床を丁寧に調べ始める。

「四年間気になっていたんだ。 この建物、他と違う。 倉庫みたいに扱われていたようになっていて、多分集落の末期には実際にそうだったんだけれども、作りとかが他の家屋と色々違うんだ。 ひょっとして敢えて倉庫にしたのかもしれない」

「クリフォードさんもこんな感じで調べ始めるかもな」

「ああ……」

ボオスは無言で警戒に戻る。

あたしは何度か跳躍して、周囲を確認。

今の時点で。

此方に仕掛けてこようと考える馬鹿な魔物は、見当たらなかった。気配もない。

他の皆も、淡々と調べているのか。

事前に決めている魔術を用いた狼煙が上がることもなく。

今は淡々と、皆が調べているのは間違いなかった。

昼少し過ぎて、フェデリーカが提案してくる。

体力はついてきたが。

流石に厳しくなったのか。

何しろこの山は暑いし。

あたしは皆と一緒に、次に調べる予定の家屋の邪魔なものを避けている最中だった。

「す、すみませんライザさん。 その、お昼に……」

「分かった。 あの家にトイレの跡があって、今も使えるはずだから、用は其処で足してね」

「ライザさんも覚えているんですか」

「いや、フェデリーカが舞ってる間に調べといた」

レントが淡々と荷物を出して、食べ物を並べる。

タオはクラウディアが焼いてくれたらしい焼き菓子を頬張り始めていた。まずは頭に栄養を補給か。

この辺りはアンペルさんの弟子だ。あたしと同じく。

他にもサンドイッチを中心に、持ち歩きやすいものを中心に昼飯が準備してある。防腐作用がある酸っぱい木の実をあたしは口に入れると、もぐもぐとして。飲み下していた。まあおいしいものではないが、ここの気温を考えると必須だ。

「で、どうタオ、今の家は」

「外れの可能性がありそうだね。 恐らくこの集落の長の家だったんだ。 でも集落で権力闘争の結果、長が交代して、多分あの扱いだと……良くて追放されたんだと思う」

「そっか」

良くて追放ということは。

あの元公爵の末路を思い出す。

だけれども、同情するつもりにはなれなかった。

あれは自業自得だった。

それに、此処にいたのが古代クリント王国の研究者どもの成れの果てだったとしたら。

同情をするつもりにはなおさらなれなかった。

しばし食事をする。

ボオスが驚く。

「ライザ、食う量減ったか?」

「そういえば前は俺も恐れ入るくらい食ってたよな」

「大げさな。 まあ、今日は大した運動をしていないからね。 ただそれだけの話だよ」

あたしはアンチエイジングで加齢から解放された。

そういえばだが。

最近は、食欲をコントロール出来るようになっているように思う。

十代の頃の、焼け付くような胃の欲求は、明確にコントロール出来るように変わってきていた。

もともと薄かった性欲が綺麗さっぱり消えて無くなったのと無関係ではないだろう。

これはあたしは。

或いは、さっきボオスが冗談めかして言ったように、人間ではなくなりつつあるのかも知れない。

だが、それに対する忌避感はない。

神代の腐れ外道どもは、人間が扱ってはいけない力を手にして、それを欲望を満たすために用いた。

古代クリント王国のカス共は、世界全部を支配しながらも、まだまだ足りないと異世界への侵攻まで企てた。

どれも身勝手なエゴからだ。

あたしはエゴなんてなくしてしまいたい。

だったら、欲望なんて無い方が良いに決まっている。

懐にいるフィーが、身じろぎする。

「どうしたの、フィー」

「フィッ! フィー!」

懐から出てくると、周囲を飛び回る。

それを見て、あたしは立ち上がった。これ、明らかに警戒している。

「みんな。 さっさと食べ終えて。 今は何もいないけど……」

「分かった!」

レントがさっさと全て食べてしまう。フェデリーカもむせながら。でも、ボオス以上にしっかり育ちが良いと分かる食べ方をしているのはまあ、飾りとは言えサルドニカの長ということか。

すぐに周囲を警戒するが、フィーはあたしの懐に戻ってくると、地面の一点を見つめているようだった。

「フィー。 其処に何かあるのか」

「フィッ!」

ボオスに、うんという感じでなくフィー。

なる程ね。

すぐにレントが掘り始める。タオは頷くと、続けて指示を出した。

「僕は床の調査に戻る。 レント、其処をお願い。 ボオスとライザは周囲の警戒を頼めるかな」

「ああ、任せておけ。 フェデリーカ、この地点で舞ってくれ」

「分かりました。 切り替え、早いですね……」

「みんなそれだけ死線をくぐってきたからね」

あたしも警戒に入る。

地面の下にとんでもない凶悪な魔物がいる可能性はある。

それも考慮しながら、作業を続ける。

太陽が直上から外れ。

だいぶ傾き始めた頃。

タオとレントが。同時に何かみつけていた。

タオがあたしを呼ぶ。

石畳の一つを外して、そこに何か魔術的な封印が掛かっているのを見つけたと言うことだ。あたしは頷くと、レントの方も見る。

レントは何かしらの金属……明らかに加工されたものを見つけていた。

これは恐らくだが。

地下室だ。

それも密閉型の。

すぐに穴から上がって貰う。

そして、あたしは魔術の解析に入る。最悪、カラさんを呼んで手伝って貰うか。だが、調べて見て分かった。

魔術は複雑だが、多分魔術を維持するための動力が駄目になっている。これは恐らくだが。

王都周辺の、封印と同じ状況だ。

あたしが封印を砕くと、地下室への扉が開く。頷いて、あたしとタオが先に入り、入口をレントが固める。

さっきレントが掘り出した様子からして、大した規模の地下室じゃない。

だが、降りて見ると。

灯りの仕組みはまだ生きていた。

大量の本がある。

さっと目を通したタオが、頷く。

「当たりだね。 古代クリント王国時代のものだよ。 しかもこの密閉空間にあっただけはある。 虫食いもない」

地下室は、十歩四方。天井はあたしの背の倍くらい。

奧にはデスクがあるが、これはどうみても資料庫として使われていた場所だろう。研究室ではない。

「どうだー!」

「正解! そろそろ時間だし、運び出しをまずやる準備を整えよう!」

「分かった! 信号弾を打ち上げるぞ!」

「お願いね!」

入口のレントに叫ぶと。

タオが調べている書物のうち、重要そうなのを順番に外に運び出す。少し脆くなっているようで、タオは気を付けるようにと何度か促してきた。

四半刻で、信号弾を見たクリフォードさんとアンペルさんがみなと一緒に合流してくる。

状況を説明した後、タオが荷車に本を積み込み始めた。これからあたしのアトリエに本をピストン輸送する事になる。

荷車に手慣れた様子でレントが本を固定すると、リラさんが側について、更に本を扱えるクラウディアもついて。麓に全力でダッシュ。

その間に、皆で話をしておく。

まず山頂付近だが。

クリフォードさんの話によると、墓らしい場所になにかありそうだという。

勘だそうだが。

伊達や酔狂でトレジャーハンターをやっているクリフォードさんだ。まあ、信用して良い筈だ。

「ただ、墓の辺りは色々と手を出しづらい。 どうも嫌な予感もしてな。 丁寧に調べているところだ」

「クリフォードさんの勘は当たりますし、信用しますよ。 それでアンペルさんですね」

「こっちは丁寧に調べて上がっているが、多分新しく見つかるものはないぞ」

「何も無いことが分かるのは、立派な進歩です。 それでかまわないですよ」

まあ、そうだなと。

アンペルさんはちょっとだけ苦笑いした。

アンペルさんは、激高すると口調が荒くなるのだが。最近はそういう事も減ってきていて、かなり穏やかになったように思う。

理由については、よく分からない。

他にも幾つか細かい引き継ぎをしていると、荷車が戻って来た。

本の第二陣を積んでまたダッシュ。

それを見送る。

「何往復でいけるかな」

「僕の計算だとあと三往復だね」

「そうなると、暗くなるくらいだね。 ぎりぎり間に合って良かった」

「フィー!」

懐でフィーが嬉しそうだ。

カラさんが、険しい表情で土盛りを見ている。

例の、毒性が強い金属を含んでいる土だ。

「カラさん。 あれは……」

「分かっておる。 オーリムでも奴らは毒性のあるものを平気でまき散らしていたでな。 此処でもやっていない筈がない」

「此処の住民は、それすらも気付いていなかったようです」

「寿命が短い事は劣っている訳でもないし、愚かなわけでもない」

カラさんは、淡々と言う。

例えば寿命が短い虫は、親から子へのサイクルを短くすることで、世界が激変しても短時間で対応するという。

それで得られる個の強さは少ないかも知れない。

だが長期的に見れば、決して間違った生き方では無い、という。

あたしも同感だ。

虫は世界中で大繁殖しているし、どんな場所にでもいる。

それを思うと、虫の生き方は間違っていない。

「オーレンの民はそなたら人に比べて長い時を生きるが、それで多くの知恵と力を蓄えられる一方、変化には弱い。 人は本来、短い時間で命をつないで次世代に託して、愚かな事間違っている事を繰り返させないことを……我等以上に容易く出来る筈であるのだがな」

「そうですね。 神代以降、それが出来た形跡はありませんね」

「愚かな話よ。 何処で間違ったのやら」

そのまま、幾つかの話をしているうちに、本のピストン輸送が終わる。

地下室を閉じると、山を一度降る。

山の頂上付近の事は気になるが、まずは本の解読からだ。

アトリエに戻ると、クラウディアがフェデリーカとパティを指導して、料理を開始する。ディアンはそれを物欲しそうに見ていたが、レントが外で訓練でもしようと誘って連れ出した。

タオ、クリフォードさん、アンペルさんは三角を作って座って、本の解読を始める。

食事が出来そうになったタイミングで、一応確認しておく。

「全部解読するのにどれくらいかかりそう?」

「三日、かな。 アンペルさん抜きでね」

「?」

「私はエミルの暗号書解読に戻る。 この二人は、古代クリント王国の言葉程度なら、もうすらすら喋るからな。 私よりも解読の速さには勝るだろう。 エミルの暗号書は、やはり重要な何かに行き着いている。 それを確認したいんだ」

ドアが開いて、入ってきたのはセリさんだ。

キッチンに行くと、何かハーブを渡していた。

このアトリエの畑も使って良いと言ってある。早速有効活用している、というわけだ。

料理が出てくると、汗を流したレントとディアンも戻って来たので、皆で食事にする。かなりの大所帯だが、喧嘩になる事もない。

昔の人間が見たら、瞠目するのでは無いか。

人間を信頼してくれているオーレン族がいて。

一緒に食卓を囲んでいる。

でも、リラさんもセリさんも、信頼を勝ち取るにはとても時間が掛かった。

カラさんは、まだあたしを心の底から信頼してくれてはいないと思う。

だが、いずれ信頼させて見せる。

あたしは、この奇蹟を壊してはならないと肝に銘じながら。体力を消耗した分だけ夕食を取り。

残る時間で、物資の調合と補給を進めるのだった。

 

2、邪悪の遺産

 

頭脳担当の三人がかぶりつきで解読作業を進めている間に。

あたしは手分けして、火山に出向いて魔物を片付けておく。

あたしやカラさんが出向くと魔物は逃げ散る。この辺りは、あたしが徹底的に強いのは駆逐したからだ。

たまにエリプス湖からサメとか強めの海の魔物が上がってくるが。

それも全て駆除してきた。

多分死の臭いが染みついていて。

強めの魔物も、此処には近寄ろうとしないのだとは思う。

それでも本能だけで動いている様な魔物は少数いる。

何よりもだ。

上質な鉱石が取れる。

皆に手伝って貰い、鉱石を集める。それらを持ち帰って、アトリエで加工する。インゴットを作り溜めておいて、かなりの分量をクラウディアに譲る。クラウディアも嬉しそうに受け取ってくれる。

火山でしか取れない珍しい植物や、特性が変わっている水も汲んできておく。これらもエーテルに溶かして分析すると、とても珍しい薬が作れたり、思わぬ用途が見つかったりするのだ。

いずれにしても、事故は避けるべきだ。

故に、土の中などにいる可能性がある魔物は駆逐するべく探すし。

皆の装備も刷新する。

セプトリエンを用いて少しずつ皆の装備は強化していくが。

何よりセプトリエンがそもそもとして、まだ完全に解析できていないのである。だから、順番に一つずつ進めていくしかない。

クーケン島に渡る。

エドワード先生の病院に出向いて、お薬を納品しておく。

更に質が上がって助かると、エドワード先生は嬉しそうにする。そして、弟子を取ったと紹介してくれる。

あっと声が出そうになる。

例のメイドの一族の人だ。

無表情な女性だが、ちゃんと頭を下げてくる。この人が弟子か。何か悪いことでも企んでいないと良いのだけれど。

この人達が悪事をしているのは、あたしは知らない。

だけれども、どうにもこの強力な力、みんな同じ姿、何かある。どうしても警戒してしまう。

「フローレンスだ。 とにかく筋が良くてな。 わしはちょっと体が怪しくなりはじめていたから、本当に跡を継いでくれるものが出てきて助かるよ」

「そうですね。 フローレンスさん、お願いします」

「此方こそ」

敵意は無いが。

感情も見えないな。

そう思いながら、薬について渡しておく。新しく開発した幾つかの薬。タオやクリフォードさんに聞いて、幾つかの病気の特効薬について調べ、作っておいたのだ。なくなった患者の人の骨片などをエーテルに溶かして分析し、何が病気の原因か調べた。もしも薬で治癒できるものなら、それで治してしまう。

「あの恐ろしい伝染病の特効薬だと……!」

「残念ですが、ちょっと自信が無いです。 ですから、まだ試験薬として扱ってください」

「ああ、分かっている。 最後の手段として使わせて貰うぞ」

他にも、効果がはっきり出ることが分かっている薬も納品しておく。

後は、だ。

クラウディアと一緒にバレンツの商館に出向く。一緒に来ているボオスと一緒に、軽くバレンツの販路や、今後扱う戦略物資、分かっている各地の情勢について説明を受けておく。

フロディアさんが紅茶を淹れてくれる。

あのフローレンスという人とうり二つだが。

まあ、それについてはもうどうでも良かった。

「第三都市、第四都市もかなり危ない状況なんだね」

「ええ。 機械が特にダメなの。 一度ライザには足を運んで欲しいの。 機械はもう、完全に技術が失伝しているから、ライザでないと多分直せないわ」

「うん、それは分かってる。 ただ……」

「ええ。 機械に頼りっぱなしではダメだね。 誰かが技術を再建して、動いている機械の仕組みを理解出来るように、機械を再現出来るようにならないと」

何千年も掛かるだろうな。

あたしはそう思う。

この世界は、人間がなんぼ生きていてももつ。それについては確信がある。

神代の頃……今の何十倍も人間がいた時代は、話が別だったと思う。だけれども、今の時代は。

人が世界を壊すよりも。

世界が直る方が早いだろう。

ただ、考え無しに人が増えたら、また神代が繰り返されるだけだ。

オーリムを踏みにじったカスどもと同じような連中が、なんぼでも湧いて出てくる事だろう。

まず、そこを解決しないといけない。

しかし人に増えるなともいえない。

難しい話だ。

「ボオスはさ。 このまま世界が発展して、神代がまた到来しないようにするにはどうしたらいいと思う?」

「……俺も神代の連中の反吐が出る有様には言いたいことが山ほどある。 それが、人間の思考の延長線上だって事も分かってる。 未来があるに違いないとか、責任放棄をするのも間違ってるだろうな。 強い奴が全部独占するのも、同じように何もかも間違ってるのも分かってる」

ボオスは、ため息をつく。

色々王都で学んできたのだろう。

結局人間は、ずっとずっと。長い間、進歩なんてしていないのだと。

だからこそに、ボオスはどうすればいいか、良い案はないとはっきり言った。

「もう少し人間が力をつけて、魔物と力が拮抗したら、こんなことにはならないのかも知れないね」

「なんともいえん。 その場合も拮抗が崩れたら、人間はまたなんどでも繰り返すだろう。 俺も一歩間違えれば神代の側に行っていた。 それは嫌と言うほど分かってる」

ボオスは多分、キロさんの事がずっと頭にある。

だから、神代の事は絶対にゆるせないとも考えてくれている。

だが、人は変わるものだ。

キロさんにボオスが会えなかったら。

今頃、立派な暴君になっていたのかも知れなかった。

「とにかく、今は苦しんでいる人を、助けられる範囲で助けよう」

「うん、分かってる」

クラウディアの言う通りだ。

後は島を見回って、問題が無いか確認もする。

家にも少しだけ寄った。

父さんの話によると、水の味はまったく問題が無いと言うことで、それはとても嬉しい事だ。

ついに完璧に仕上がったということだからだ。

実は、この水の問題が解決しない場合、余所から人を呼ぶためにクーケン島では無理な施策を導入する必要があったかも知れないという話も出ていて。

それが解決したのは。とても良いことだった。

アトリエに戻る。

途中、ボオスにも話しておく。まあ、クラウディアもいるけれど、いいだろう。

オーレン族と人間の混血に関する危険性だ。

ボオスは、その話を聞いて、最初は眉をしかめた。俺に何で話すという表情だ。

だが、程なくして青ざめていた。

あたしは突っ込むことはしない。

ボオスが何を考えているかは分かるし。それをああだこうだいうつもりもないからである。

ボオスはしばし黙っていたが。

あたしが人間とオーレン族の未来の為に色々と考えているという話をし。更には具体的な研究もしているというと。

大きく嘆息していた。

「神代にお前がいたら、全然この世界の今は違っていたんだろうな」

「さあ、それは分からないよ。 今の時点で神代の技術は解析できているけれど、神代という時代を作って、人間を飛躍させて過剰なテクノロジーを与えた存在がいたのなら、それはあたしより上の錬金術師だった可能性も高いからね」

「ライザ以上の錬金術師か。 その人が、もっとものを考えてくれていれば、神代の人達はあんな外道に落ちなかったのかな」

「……分からない」

カラさんから聞いた話を含めても、まだ神代には分からない事だらけなのだ。

まず、オーリムで狼藉の限りを尽くした連中が、この世界の全てを支配していたのかどうかも分からない。

それを考えると。

あの群島の宮殿の向こうには。

とんでもない怪物が潜んでいても、おかしくはないのだった。

 

丁度ぴったり三日が過ぎて。

タオとクリフォードさんが、本の解析を終えていた。クリフォードさんが、山積みになっているドーナツを躊躇無くもくもく食べている。アンペルさんのために用意された分もあるのだが。

流石のアンペルさんも、全部は食べきれないらしい。

何よりタオもクリフォードさんも、頭をフルパワーで動かして、糖分が足りていないようだった。

皆で集まって、話をする。

タオが、咳払いしていた。

「概ね状況がわかったよ」

「よし、話してくれ」

「うん。 まず勘違いしていたことがあるんだけれども、古代クリント王国がこの土地に門を開いたのは偶然じゃないんだ。 あの群島の出現は錬金術師の間で伝説になっていたらしいんだけれども……おおよそ五百年ほど前だね。 群島が出現して、古代クリント王国は解析に出向いた。 当時古代クリント王国の最高の錬金術師と呼ばれる人物と、研究チーム、アーミーの護衛と一緒に」

その人物は野心的で、早速この辺りを制圧して、もとの住民を全て追い出した挙げ句に、巨大な研究施設に造り替えた。

クーケン島もその一つ。

他にも世界各地に門はあるのだが、それらも此処での研究をベースに作られていったものであったらしい。

あの火山も。

研究施設の一つ。

古城もだ。

「続けてくれ」

「うん。 それでここからが大事なんだけれども、ある日群島は沈んでしまったらしい。 その錬金術師と護衛は錯乱したそうだよ。 そんな筈はない。 バカなって、ずっと叫んでいたんだって」

「……」

神代のカス共が何を目論んで群島と宮殿を作ったのかはまだ分からない。

分かっているのは。

恐らくだけれども、古代クリント王国の錬金術師。それも世界を制圧し、なんでも好きに出来るほどの権力と軍事力を持っていたものは、届かなかったのだ。

神代のカス共のお眼鏡にかなわなかった。

そういう事なのだろう。

それから狂気的に研究が続けられ。幾つかの成果が上がった。それが門の技術と聖堂の技術。

つまり門をコントロールし、更には開けるテクノロジーだ。

正確にはこれは神代の頃には普通に存在していたものだったらしいのだが、古代クリント王国では再生に成功した。

各地で実験が行われ。

そして、門が安定した結果。

古代クリント王国は、最低最悪の行為。

オーリムの植民地化。

それに、資源の略奪を開始。

結果としてフィルフサの大繁殖を招き。オーリムも此方の世界も、文字通り滅ぼしかけたのだ。

「火山の方では、どうもフィルフサのコントロールについて研究を更に進めていたらしいんだ」

「もともと摂理をねじ曲げて神代の奴らが滅茶苦茶にした生物なのにな。 人間ってのは、どこまでも落ちるんだな」

レントが吐き捨てる。

あたしも同意だ。

セリさんが、大きなため息をつく。

「私達も品種改良はするけれど、ここまで独善的で身勝手な事はしないわ。 まあ、報いが降ったのも当然だったのでしょうね」

「同感だ」

リラさんも容赦ない。

あたしも同感だし。

何より、この場に古代クリント王国の錬金術師がいたら、生まれた事を後悔するくらい残虐に殺す。

自制心なんか働かないだろうな、その時は。

「で、研究というと、例の……」

「うん。 フィルフサの王種についていたものだね。 狂気の源泉……」

「そんな名前がついているって事は、その悪い奴らも罪悪感はあったのかな」

「いや、この名前について、どうしてついていたのか説明があったんだ。 知能もない存在を都合良く踊らせるから狂気の源泉、らしいよ」

つまり罪悪感どころか、最大級の侮蔑か。生物に対しての。

ディアンは黙り込んで、青ざめてしまう。

ぶるぶるふるえているのは。今までに感じたことがないほど、怒りを覚えているからだろう。

あたしもだと。声を掛けておく。

頷くだけだ。快活なディアンが。フェデリーカでさえ、ぐっと拳を握りしめているほどだ。

人間を動物と区別する。

当たり前だが。この世界の人間は、そうすることで社会を作って来た。

だが、それは動物に対する敬意を忘れて良いことにはならない。

人間なんかたいした存在じゃない。

色々な世界の仕組みに助けて貰って生きている。だから動物にも感謝しなければならないし。

命を分けて貰っている事を、常に自覚しないといけない。

父さんはそんな事を言った。

確か、最初に仔牛をばらした時だ。チーズを作るのには仔牛の胃の中にあるものが必要で。

それを取るためにも、仔牛を殺さなければならなかった。

チーズは長持ちする大事な非常食だ。

自分になついている仔牛を殺すときに、父さんは表情がなかった。全てばらばらにして肉なども食品加工した後。

父さんは言ったのだ。

覚えておきなさい。

生命には常に敬意を払うのだと。

神代の連中は、畑と会話する境地に至っているとは言え、農民である父さんが自力で辿りついたごく当たり前の事にさえ辿りつけなかった。

本当に恥ずかしい奴らだったのだ。

大きく深呼吸して、タオに続きを促す。

「研究は知っての通り失敗したんだ。 フィルフサはまったくコントロールを受けつけなくなった。 サルドニカの辺りは更地になったし、他でも大きな被害が出た。 結局古代クリント王国は、アーミーの突き上げもあって、水でフィルフサを全滅させる作戦に出たんだ。 一連の事件を始めた錬金術師も、フィルフサの大繁殖には流石に強権を保持できなくて、ついにアーミーもろとも滅びる事になったらしい。 でも、それでも一部の人間は、狂気の源泉の調査を続けていた……」

「まさか」

「うん。 まだ狂気の源泉はあるよあの山に。 最終的に、錬金術師は全員アーミーに連れて行かれて、最前線でフィルフサに食い殺された。 だけれども、アーミーが封じた研究室がある。 自業自得の末路を遂げた錬金術師達だけど、この世界にしっかり呪いを残していったんだ」

なんて迷惑な連中か。

いずれにしても、探すしかないか。

そして、クリフォードさんがいう。

「恐らく場所は山頂だ。 俺が目をつけていた場所が怪しいだろうな。 ただ、どうやって研究室に入るのかが分からん。 皆、手を貸してくれるか」

「勿論です!」

パティが立ち上がる。

皆。同じ気持ちだ。

あたしも。

とにかく、クーケン島を古代クリント王国のクズ錬金術師の呪いから開放するためにも。全ての事を、決着させなければならなかった。

すぐに準備して、山頂に急ぐ。

今、昼少し過ぎだ。

移動しながら、カラさんが話を振ってくる。

「時にライザよ」

「はい」

「狂気の源泉の現物を発見したらどうするのじゃ」

「まずエーテルに放り込んで解析します」

これは当然だ。

まず、フィルフサをどうやってコントロールしていたのか調べる必要がある。そして、神代の錬金術師はそれに成功していた。

狂気の源泉は道具だ。

だからこそに、道具という名前の呪いを、破壊し尽くすには。解析が必要なのだ。

それを説明すると。カラさんはふっと笑う。

「クリントのものどもはこう考えた。 資源にもなり邪魔な者を掃除するための軍事力にもなるフィルフサを操作できれば、今以上の全てが手に入ると。 それは確定だろうが、ライザ、そなたはそうできるとしたらどうする」

「しません。 フィルフサは元々、無害な寄生生物にすぎませんでした。 もとの生物に戻す事を考えます」

「力はいらぬのか」

「自分の力を、倫理に従って使うのだったら良いでしょう。 他の生き物の存在を歪めた上に、借り物の力です。 そんなもの、使って粋がっていたのだとしたら、それは子供以下でしょうね」

あたしの喝破を聞いて。

カラさんはならばよし、という。

狂気の源泉は、できればまとめて破壊してしまいたい。それには、やはり解析が必要なのだ。

解析が終わったら全処分。

テクノロジーもろとも、この世から葬る。

フィルフサだって、もとに戻す方法を考えたい。本当に何もかも滅ぼして回るのが、フィルフサのあり方なのか。

フィルフサはただの寄生生物で、そもそもあの装甲が本体だ。

だったら、ただ寄生生物であることが、本来のあり方だ。

山頂に出た。

クリフォードさんが案内してくれる。山頂に出来ている花畑。墓場。前にも来たことがある。

此処を荒らすのか。

ちょっと気が引ける。

古代クリント王国の錬金術師共の墓場だったら、蹴り砕いてやりたいくらいだが。アーミーの人達の墓場の可能性もある。

一旦散って、調査を開始。

しばし、皆で無言で調べる。

ディアンが、口を尖らせる。

「あったまきて飛び出してきたは良いけど……ライザ姉。 何もわからねえよ」

「それなら、魔物の警戒に集中して。 こう言うときだから危ないしね」

「おう!」

墓場を離れるディアンは、ぽんぽんと跳んで岩の上に出ると、周囲を見回し始める。根は真面目な子だ。

暴れん坊なのも確かなのだろうが、それも敬愛する行者への反発から来たもの。弱い者いじめは絶対にしなかったという話だし、与太者の類とは違うと言う事だ。

そういえば、王都にいた義賊三人組も、ちょっと変わっていたな。

賊なんて名乗ってはいたけれど、実際にやっているのは立派な自警で、アーベルハイムでも信頼していた。

ああいう変わった人が、力を発揮できる環境が。

人間には必要なのでは無いのだろうか。

ディアンだって、立派な変わり者だ。フェデリーカやパティのような優等生とは違う。

だが、それで使い物にならないと社会が排斥するのでは、意味がないのではないのか。

そもそも……。

一旦頭を振る。思考の脇道は其処までだ。集中して、調査に戻る。

クラウディアは全力で音魔術を展開中。

フェデリーカも舞い続けている。

連日舞いの精度が上がっているようだが、それでもやっぱり疲れるのだろう。

タオとクリフォードさんは淡々と地面をまさぐって調べているが。アンペルさんは、意外な所から動く。

そして、アンペルさんがあっと声を上げていた。

「セリ=グロース。 来て欲しい」

「どうかしたの」

「この植物は」

「……!」

セリさんが黙り込む。しばらく、普通の草にしか見えないそれを触っていたが、やがて頷いていた。

アンペルさんが見つけたそれは、異常性のあるものなのか。

「それって……」

「オーリムの植物よ」

「!」

「それが此処に根付いているとしたら、そもそも実験用に植えたとしか考えられない。 土壌からして改良しているはずで、それの子孫が今あるとみて良いわ」

そうか、やはり此処の周辺に研究所がある。

それは間違いなさそうだ。

アンペルさんが手を叩く。

「タオ、クリフォード殿。 此方に来てくれるか」

「はい、アンペルさん」

「その話面白そうだな」

すぐに二人も乗ってくる。

あたしも何となく分かってきた。この墓場そのものは、手が入っていただけのフェイク。そうなると、恐らく。

盲点だった。

辺りの岩を、あたしも協力して徹底的に吟味する。

木を隠すなら林の中というが、その視点は忘れていた。

ほどなく付近の大岩に不審な点を見つける。レントとディアンが力任せに横に動かすと、ぐっとずれる。

そして、隙間からは。

闇への入口が覗いていた。

「これ、力任せにこのまま開けるのか。 俺でもきついぞ」

「いや、周囲を調べる。 動力を失って、扉が正確に閉まっていない状態だと判断できる。 錬金術師達は苦労せず出入りしていたはずだ。 何処かに出入りのための仕掛けがあるとみて良い。 それが無い場合は力尽くでいこう」

まあ、妥当な提案だな。

一旦休憩を入れてから、再度念入りに周囲を調べる。クラウディアが、妙な罅が入っている岩を見つける。

なるほど、大当たりだ。

罅が入った岩に偽装した隙間の中に仕掛けがあった。ただし動力が死んでいる。

古代クリント王国の錬金術師どもも、此処では相当焦って施設を作っていたのか、それとも二線級以下の施設だったのか。

それはわからないが。

ともかく、これで突破口は開けそうだ。

無言でタオが操作して、扉になっていた大岩がずれていく。動きがぎこちなくて、壊れかけなのが一発で分かった。

頷くと、あたしが大岩を蹴り砕いてしまう。

この研究所の中身は。

これから全て、取りだしてしまう。

すぐに全部回収して、それで研究する。地下にタオとクリフォードさん、それにアンペルさんとあたしで降りる。

狭い研究所だ。

無言で周囲を見回す。

薄暗い。

灯りが死んでいる、ということだ。

あたしがカンテラを操作して灯りをつけると、周囲にはしんとした闇の中に。本棚や、機材が散らばっていた。

 

3、鎖の回収

 

夕方近くになっていたが、急いで研究所から物資を回収する。その中には、大量の狂気の源泉が存在していた。

やはり、此処で研究していたのだ。

絶対に下手に触らないように。

フィルフサ用に作られた制御装置とはいえ、遠隔で、しかも1000年以上動くような代物である。

下手に触ると、文字通り何が起きてもおかしくないのだから。

無言でアトリエに研究所の中身を持ち帰って。研究所の入口は、レントとディアンに崩して貰った。

それでいい。

もう二度と、人は彼処には入らない方が良いだろう。

アトリエで、しばし無言になる。

「蝕みの女王」の時は、これが奴についていたのかは分からなかった。だが、「伝承の古き王」の時はどうだったか。何かついていたような気がする。

オーリムでこの間仕留めた王種には、確定でついていた。

王種によって、ついている場合とそうでない場合があるのかも知れない。

まず、あたしはコンテナに狂気の源泉のサンプルをしまう。その中から一つ狂気の源泉を無作為に取りだし、錬金釜でエーテルに溶かしてみる。

ふむ。

構造は相当に複雑だ。じっくり調べて行かないといけない。

命令は音声入力型だ。

呪文詠唱などの仕組みを利用した魔術的なもので、高度な音魔術と連動するようにしてフィルフサを支配する。

支配する過程で、音をフィルフサのコアに流して、ある程度の命令に沿った行動を与えるようである。

それだけじゃあない。

フィルフサは蟻のような真社会性の生物だが、それは神代の錬金術師が改悪した結果獲得した性質だ。

その真社会性の性質すらも、そもそもこの狂気の源泉と連動したシステムであるとしか思えない。

つまり最初から、特にフィルフサの王種は。

これをつけて制御されることが前提になっていた存在だった、というわけだ。

だが、王種はどれも姿が違った。

何より母胎というフィルフサを増やす土の存在もある。

どういうことだ。

其処まで考えて、思い至る。

そもそも王種が死ぬと群れが離散するというのがおかしかったのだ。あれはどう考えても異常な現象だった。

王種は。

神代の連中が、どれも一体ずつ作りあげたフィルフサ。

そしてそれに従うようにフィルフサは設計され。

更には王種には、神代の錬金術師が操作し、奴隷とするための構造が、最初から仕込まれていたと言う事だろう。

だが、妙だ。

これだと、セーフティがない。

順番に情報が頭の中に入ってくる。時々メモを取りながら、少し休憩する。フィーが懐で身をよじる。

クラウディアが、肩を叩いた。

「ライザ、夕ご飯にしよう」

「おっとごめん。 そんな時間だったんだね」

「……厳しい顔をしていたが、ろくでもない仕組みだったのかそれ」

レントの言葉に頷く。

ろくでもないどころじゃない。

奴隷として生物を操るための鎖。

それどころか、生物を奴隷として造り替えたのが前提の作り。

何もかも、心が徹底的に腐りきっていなければ出来ない設計。それが、あたしの解析でもわかった。

黙々と夕食を食べる。

心配そうに見ていたパティに、大丈夫と告げる。

今日は精神衛生的に良くない。

これ以上の調査は、止めておくべきだった。

 

翌朝。

外で軽く体を動かしてから、朝食にする。アンペルさんはエミルの暗号書解読で、今日は最後のスパートを掛けるらしい。

タオとクリフォードさんは、山頂の研究所から回収した物資と本の解読。

皆は自由行動にする。

あたしは今日は、「狂気の源泉」の調査だ。

二つ目のサンプルをエーテルに溶かして解析する。やっぱりだ。これ、何かが欠落している。

でも何なのだろう。

カラさんが、手元を覗いてきた。

「ライザよ、どうじゃ。 彼奴らめの作り出したおぞましき呪いの道具は、精密に分析できそうか」

「……仕組みについては分かりました。 これがどういうものなのかも」

「聞かせよ」

頷くと、順番に全て説明しておく。

カラさんは腕組みして考え込んでいたが。

表情はまったく読めなかった。顔に浮かんでいる表情と、感情は完全に乖離しているのが分かった。

リラさんが側に来る。

心配して来たと言う事は。

カラさんは。恐らく本気でキレている、とみて良いだろう。この人は魔術に関しては、あたしよりも格上。

錬金術の装備による強化があるからかろうじて並べているが、そうでなければ勝てっこない実力者だ。

それが全力でキレている。

リラさんも、それは不安になるだろう。

「総長老」

「……ライザに対しての怒りは無い。 それにしても、どこまでも人間という存在は腐る事が出来るのじゃな」

「オーレン族はこういった存在を輩出したことはありませんか。 だとしたら羨ましい話です」

「そうじゃな。 わしも全てのオーレン族を知っているわけでは無い。 だが……この悪意は、我等から見ると異質極まりない。 己の欲望だけを際限なく増長させると、どこまでも心は邪悪に穢れるのだな」

その通りで返す言葉も無い。

あたしだって全ギレしているが。

今は、それをぶつける相手がいなかった。

まあ、それはともかくだ。

このサンプルには、幾つかの問題点がある。

まず一つは、完成品だとは思えないのだ。

神代の頃から、フィルフサを操作するための道具としてこれが伝わった……特にあの群島を作り、オーリムでやりたい放題をした連中が残したのは、確実とみて良いだろう。

だが、現物が残ったのか。

違うと思う。あたしは、構造を解析して、そう思った。

「これは気取って暗号として書かれていたレシピを、古代クリント王国の錬金術師達が再現したものだと思います」

「ふむ……」

「何処かに不備があったのでしょうね。 暗号が不正確だったのか、それとも解読が不正確だったのか。 その結果、これをつけてもフィルフサは言う事を聞かなかった。 古代クリント王国の人間達は、家畜化し、使役すればオーリムを資源を奪いやすいように更地に出来ると思い込んでいたフィルフサに逆襲され、皆殺しになったんです」

自業自得だ。

だが、一つ問題がある。手元にある狂気の源泉が完成品でないとすると、フィルフサ王種につけられている完成品に対して対応が出来ないかもしれないのだ。

困ったことに、タオもクリフォードさんも研究日誌は見つけているが、レシピらしいものは見つけていないらしい。

そうなると、何処かで失伝したのだろう。

「完全なものを見つければ、これを遠隔で破壊できるかも知れません。 もしもこれがついている王種だったら、それで即死させる事が可能です」

「なんと」

「人で言う所の脳が壊れるようなものだからです。 しかしどちらにしても、これは未完成品ですね」

サンプルはどれもダメだ。

勿論残しておくこともしない。研究した後は、エーテルに溶かしてしまう。レシピも作ったりはしない。

これは、人の手に余る存在。

触ってはいけない技術だ。

それに、未完成品とすればなおさら。錬金術には善人の方が珍しいという事実をあたしは知っている。

だからこそ、絶対に残してはいけない技術だった。

よく技術に罪はないというが。

これはそもそも悪用以外に活用方法がない、鬼子のような技術である。絶対に、存在してはいけないものだ。

それに、解析して分かった。

これは恐らくだが、既に存在していた道具の発展改良型だ。

動物に使っていた可能性はある。

それだけだったら、倫理的に終わっているとは言え、まだ考えられる。

だがこれ、簡単に人間用に用途を変えられるのだ。

もしこれを人間相手に使っていたのだとしたら。

可能性を否定出来ない。

今まで明らかになった凶行の数々を考えると、そこまで狂ってはいなかっただろうなどとは、とても言えないのだ。

大きく深呼吸する。

神代の錬金術師達。

特にオーリムに侵攻してきた連中がゴミカスだったことは最早疑う余地が一切無いのだが。

その底辺まで落ちていたと思った評価が、更に底無しに落ちていくというのは一体どういう事か。

はっきりいって、こんなものをつくりあげた連中と生物種的には同じである、ということが。

今はあたしにとっては恥ずかしくてならない。

ともかく今は。

多少でも冷静にならなければならなかった。

「ライザ」

「うん。 助かる」

クラウディアが甘味を用意してくれていた。

早速いただくことにする。

プリンか。

パミラさんが好きな奴だ。あの人はミルクを主体に使ったものが好きなようだが、これ自体はかなり種類がある食べ物で。

中には保存用の固形のものとかもあり。

とても美味しいとはいえないようなものもあるらしい。

クラウディアが作ってくれたのは、牛乳をベースにした奴で、甘みをつけるのにこの辺りの蜂蜜を用いている。

この辺りはあのメイプルデルタもあって蜂蜜は取れるので(彼処自体にはできれば行きたくはないが)。

プリンの味が、少しは有り難かった。

アンペルさんもうまいとは言わないが、もぐもぐ食べている。まあこの人は、糖分を大量摂取して頭を回しているのだ。

虫歯にならないように、その分歯も念入りに磨いているらしいが。

まあ、体を壊さない程度であればいいだろう。

「あれ、これ蜂蜜以外にも甘みがありますね」

「ええ、微量ですが。 隠し味ですか?」

フェデリーカとパティが言う。

そうか。

そんな繊細な隠し味があったのか。あたしには分からなかった。

「うふふ、セリさんが甘い蜜を提供してくれたの。 育てている薬草の一つが、花を咲かせるととても甘い蜜を出す品種らしくてね。 でも、花一つでほんの少ししか蜜が取れないし、ちょっと独特のえぐみが出るから、それを消すのが大変だったんだ」

「レシピ見せてくれますか」

フェデリーカが立ち上がる。

レシピと言っても料理のはダメだ。あたしは、苦笑いしてその様子を見守るしかない。

ちなみにここのキッチンもアップデートはしてある。オーブンなどは、王都にあるものとは比較にならない程高精度に焼成などのコントロールが出来ると、パティのお墨付きである。

フェデリーカとパティがクラウディアの妹みたいにそばによって、わいわい料理の話をしている。

ボオスがあたしを茶化す。

「お前の終わっている女子力とは真逆だな」

「最悪錬金術で作るからいいもん」

「開き直りやがった……」

「ありがと。 多少気分も楽になったよ」

クラウディアもボオスも、憤怒に焼かれそうになっているあたしの気分転換をしてくれたのは分かっている。

だから、別に事実である女子力の終わりっぷりを指摘されても別にかまわない。

それよりも、だ。

「アンペルさん。 暗号の解読はどのくらいですか」

「徹夜をして良いなら今晩中、といっておく」

「徹夜はダメですよ。 明日の昼までに行けますか」

「何とかしてみよう」

リラさんが、徹夜しないように見張っておくと言ってくれたので、あたしとしてはそれで満足だ。

タオとクリフォードさんの方も順調で、もうそろそろ解析も完全に終わるという。

あたしはもう、エーテルに溶かした不完全品の狂気の源泉は、全部構造を把握してしまった。

ならば、精神を整えるためにも。

今は休むべきだ。

「悪いけど、今日はもう寝るわ」

「まだ昼過ぎだが、最近かなり厳しい調査をしていたようだしな」

「うん。 何かあったら起こして。 気にしなくていいからね」

ボオスが頷くと。

レントとディアンとともに外に出る。多分稽古をするためだろう。

パティとフェデリーカは、二人ともクラウディアの所でつきっきりで料理を学んでいるようだ。

カラさんはというと、ふらっと出ていった。

まああの人ほどの魔術師となると、文字通り世界最強を争うほどだ。しかもあたしの装備をつけて更に強化されている。

いちいち心配しなくても、この辺りの魔物相手だったら問題も無いだろう。

ベッドに潜り込むと寝る事にする。

酷使していた脳が、激務から解き放たれたことを悟ったのだろう。あっと言う間に眠気が来て。

昼過ぎだと言うのに深い深い睡りに瞬く間に落ちるのだった。

 

夢だ。

感応夢か、これは。

火山で、錬金術師数人が、わめき散らしている。

多分これが、狂気の源泉を隠した連中だろう。いずれもが、やたらと豪華なローブに身を包んでいたが。

明らかに不健康で。

無駄に着飾っているのが一目で分かった。

「孔雀野郎」と言われていたのは、恐らくクーケン島を奴隷を使い潰しながら作ったあの感応夢に出て来た下衆だろう。

此奴らはその下っ端だとすると。

古代クリント王国では如何に富をもっているかを見せつけるために、無意味に贅沢をしていたという事だ。

人が、今の何十倍もいた時代。

だが、その時代は人間の病みが限界に達していた。人間の偽りの繁栄の、最後の時代だった。

連中が何を話しているのか。

聞こえてくる。いずれも、ろくでもないものだった。

「なんでこうなった! あの蛮人共を騙すところまでは上手く行ったのに! 引き継いできたレシピ通りに作ったんだぞ! フィルフサどもはなんで言う事を聞かないんだ!」

「もう一度作り直せ! レシピが間違っている訳がない! 素材がまずいのか、腕が悪いのか、どっちかだ!」

「俺の腕に問題があるって言うのか! 俺は八百年続く家系の……」

「そうかよ。 だが効果が無いッてことは、大した家系ではないみたいだな」

激高した一人が、話していた相手に殴りかかるが。

どう見ても修羅場を潜った人間の動きじゃない。襲いかかられた方も。大した打撃にならない程度の拳なのに、大げさに転んで、ぎゃっとか悲鳴を上げる。野蛮人と言われて、更に激高した錬金術師が、何かの薬品が入ったフラスコを取りだすが。

そこで、アーミーらしい人達が来た。

皆血走った目をしていた。

「なんだ軍人風情が!」

「フィルフサを防いでいろ! こっちは研究中なのだ!」

「規定の日時までまった。 例の作戦を開始する。 お前達も当然参加して貰う」

「たかが軍人風情が、錬金術師である我等に……」

バカにしきった錬金術師は、次の瞬間首を刎ねられていた。

首から噴き出した鮮血が噴水のように飛び散り、糸を切られたマリオネットのように体が倒れる。

アーミーの要職らしい人は、凄まじい怒りに声を震わせていた。

「我々は最後まで反対していた! 異界に権力闘争を持ち込み、資源を略奪し、違う生活をしている人々を差別し、あまつさえ化け物を家畜にして戦争の道具にするだと! 我々の反対を鼻で笑い、骨抜きの王族を操っている貴様らがこの事態を招いた! しかも貴様らは何も事態を改善できていない! せめて最後の作戦で壁になって貰う!」

「ま、待て! 女だったら幾らでも都合してやる! 金だって、貴様の給金の百年ぶ……」

再びアーミーの要職らしい人が、喚いている錬金術師の右手を刎ね飛ばした。アーミーの人達が、悲鳴を上げる錬金術師達を捕らえると、つれて行く。

この中の一人の感応夢だったのだろう。

思考が流れ込んでくる。

なんでだ。

高貴な血筋の我等が、なんでこんな理不尽を味あわなければならない。

神代からこの世界は錬金術師のものだ。

この世界こそ錬金術師のために与えられた楽園だ。錬金術師以外は猿にも劣る家畜なのだ。

どう扱おうと自由ではないか。

それなのに、フィルフサをはじめとして、どうして言う事を聞かない。

家畜は家畜らしく、死ぬまで働いて錬金術師のためだけにあればいい。

そんな事を。

錬金術師は、最前線に放り出されて。フィルフサの空読みらしい個体の尻尾で串刺しにされて。

群れの中に放り投げられ。

踏みつぶされて粉々になるまで考え続けていた。

目が覚める。

朝までぐっすりだったようだ。

フィーが起きていて、あたしに抱きついている。じっと。

あたしは、大きく嘆息する。

フィーは分かっていたのだろう。あたしがあの狂気の源泉に関連する感応夢を見ていたことを。

あの狂った道具を作った連中は、自業自得の末路を迎えた。クズらしい最後だった。

今は、その後始末をしなければならない。

外に出ると、カラさんがいた。

凄まじい魔力で浮遊している。それも、短時間では無く、見た感じ幾らでも浮いている事が出来る様だ。

「おはようございます」

「ああ、おはよう。 ライザよ、相当な悪夢を見たようだな」

「ええ……」

「感応夢か。 わしも魔力を制御出来なかった若い頃はようみたわ」

そうか。

話してくれる。

カラさんは、若い頃から魔力が図抜けて強かった。肉弾戦を主体とする者が多いオーレン族で、魔術主体の戦闘をすることを考えるほどに。

セリさんだって、いざという時は肉弾戦をするということは、それだけ特化型の才覚だったのだろう。

あたしも魔力はあるほうだが。

カラさんのそれは、文字通り次元違いだったようだ。

「まだ魔力の制御は難しいのか」

「感情が高ぶると。 時々意図せずに感応夢を見ますね。 一時期は全く見ない時期もあったんですが」

「ふむ……」

「まあ、実生活に影響はありません。 ……今日の午後から群島に移ります。 荷物はまとめておいてください」

体操を終えて、パティが起きて来たのと入れ替えにアトリエに戻る。

比較的朝をゆっくり過ごす。アンペルさんはラストスパートだということで、ドーナッツを側に山と積み上げながら解読を続けていた。暗号書がべたべたにならないだろうかちょっと心配になる。

それに糖を取りすぎると、確か何かの病気になる筈だが。

エドワード先生によると、かなり辛い病気らしい。

まあ、あまりアンペルさんに無理はさせられないなと思う。だが、今は頼るしかないのだ。

程なくして。

アンペルさんの言葉通り、昼少し前。

クーケン島に所用で出向いたあたしが戻ると、もうアンペルさんは解読を終えていた。レントとディアン、ボオスとパティも。庭でやっていた訓練を切り上げて戻ってくる。フェデリーカはへろへろだが。

これはカラさんに、魔力量の上限を上げるべく、しごかれていたのが要因らしかった。

「よし。 皆に暗号の内容を説明する」

「待ってました!」

レントが言うと、アンペルさんは苦笑いしながら、順番に説明してくれる。

エミルと言う人は、百年少し前。王都での研究からアンペルさんを追放する陰謀に荷担した後、罪悪感が限界に達して、王都を出たそうだ。その直後に、王都の錬金術師研究のための施設が全滅した事を知ったらしい。

それに対して、淡々と私も罰を受けるべきだったと書いていたとか。

まあ、悪い意味で弱い人間の理屈だなと思う。

エミルと言う人は、天才だった反面。王都ではそれほど社会的地位も高くなく、貴族の中でも末端の出身だったらしい。

家族からは家の復興をと突き上げられ。

周囲からは貧乏貴族と侮られ。

街の人間からは露骨に嫌われていて。居場所も何もなかったそうだ。アンペルさんに近付いたのも、同類だと最初は思ったから。

だけれども、アンペルさんが不老に近い事を知ると、少しずつ嫉妬を感じるようになっていったとか。

それが、背中を押した。

陰謀に荷担したのは、アンペルさんを追い出したら、借金を肩代わりしてやると、貴族の一人に言われたかららしい。

エミルという人の家は、二代続いて放蕩者の当主が出ていて、もう家は潰れる寸前だった。

エミルと言う人には錬金術の才能はあったが財産運用の才能はなく、借金をどうして返せば良いか分からなかったらしい。

たまたま才能がある事が発覚した錬金術師に全てを賭けていたのだろう。

だが、周囲の「家柄がいい」錬金術師が優遇され。何もできないに等しいのに高給が支給され。

実際に錬金術の研究で成果を上げても其奴らの手柄にされる。

そんな状況に、エミルと言う人は心を病んでいき。

やがて。悪魔の囁きに乗ってしまった。

事故の後、エミルと言う人は家族に金だけ渡して、王都を出た。その時四十の坂をもう過ぎていた。

あてもなく彷徨ううちに、サルドニカに到達。

そこで復興作業をしているうちに。

不意に、「呼ばれた」らしかった。

なるほどな。

才能が遅咲きで。五十を過ぎてから、そんな事になっていたのか。

サルドニカの基幹産業を作ったにもかかわらず、権力争いに巻き込まれ、命が危なくなったエミルと言う人は、サルドニカを出た。

私には上に立つ才能がない。

そう、何度も手記には書かれていたらしい。

血涙とともに吐き出した言葉だったのだろうが。アンペルさんに此奴がやったことを思うと、自業自得だとしかあたしには思えなかった。それに、百年前の……いや百年前も王都は腐りきっていたこともよく分かった。

まあアーベルハイムがさっくり粛正してくれたから。

今後は変わる……と思いたいが。

ともかく、エミルと言う人はクーケン島近くに到達。群島に分け入る。

多数のゴーレムを護衛として引き連れ。

宮殿に辿りついたときには、エミルと言う人は死病に蝕まれていた。

体が一秒ごとに動かなくなる。

これもアンペルに。我が友にした仕打ちの報いか。

そう嘆きながらも、エミルと言う人は。老いたからだとそれを蝕む死病に苦しみつつ、研究を続ける。

エミルと言う人は、その時点で六十を過ぎていて。

もはや最後の炎を燃やしながら、執念を全てぶつけていたようだ。

そして、エミルと言う人は知る。

古代クリント王国の錬金術師が群島に辿りついたのは二回。そのどちらも、鍵を満足に使いこなせなかったと。

多分何処かで手記でも見つけたのだろう。

その後に来た錬金術師は、更にお粗末な成果しか出せなかったらしい。

勝った。

ザマア見ろ。

私には才能があったぞ。

そう書き殴っているエミルと言う人は、完全に狂ってしまっていたようだ。そして、エミルと言う人は。

二つの事実に辿りつき。

そして、力尽きた。

「力尽きたことがどうして分かったんだ?」

ディアンの言葉ももっともである。アンペルさんは、それに対して淡々と答えていく。

エミルと言う人は、死期を悟ると、あたしがアトリエを作ったあの塔がある島に移動して。

彼方此方に散らばっていた資料を、彼処に集めておいたらしい。

道理で。

更には群島の宮殿奧の扉の中の部屋に手記を放り込んでやると、書き残していたそうだ。

つまりエミルと言う人が、多数の手がかりを残した。

理由は、あたしにはわからない。

「エミルはあの宮殿のある島で死に、そして死体は海に流されたのだろうな……」

「何だか分からないけど、悪い事をした末に彼方此方彷徨って、罪悪感に蝕まれ続けて、頭までおかしくなったんだろ。 それだけ罰を受けたって事だな」

「ああ……」

アンペルさんが、手を見る。

エミルに台無しにされた手だ。

義手は、ばっちり機能している。だからこそ、今は色々複雑なのかも知れなかった。

アンペルさんは咳払いすると二つの事実を告げる。

「ライザ、鍵だが、その状態でも未完成のようだ」

「ええ、それは分かっています。 ……何か更に強化する方法があるんですね」

「正確には違う。 ライザが今使える鍵は、竜脈から力を吸い上げて、それを様々に使う分には完成型なんだ。 それを特化しないと、神代の者どもの所にはたどり着けない」

「む……」

なるほど。

エミルと言う人は、多分だけれども。それを探るまでが限界だったのだろう。

続けて話を聞く。

「エミルは描き残している。 扉の脇、とな」

「……ひょっとして宮殿奧の扉の脇にあったあの石版かな?」

「ともかく試してみる必要があるだろう」

あたしは頷く。

問題はもう一つだ。

「そしてエミルはもう一つの事に気付いている。 どうやら、その鍵はただの鍵であって、情報を入れなくてはいけないらしい」

「情報?」

「空間の座標だ」

座標。空間の。

アンペルさんが、丁寧に説明してくれた。

なんでも古代クリント王国が各地に開けた扉もそうなのだが、そもそも「何処に開ける」というのを設定して開けていたそうなのだ。

そうでなければ海の中や、空に扉が開いてしまう事もあったらしい。

しかも、神代の連中の住処は、どうやらこの世ならざる場所に存在しているらしいのである。

カラさんが、覚えがあると言った

「奴らの開けた門を抜けた先にあったのは、空も地面もない不思議な世界だった。 奴らの住処は、其処に浮かんで存在しておったわ」

「……整理しますね。 まずは鍵を強化する必要がある。 多分これ自体も大変で、普通にやっても出来ない。 出来るなら、古代クリント王国の錬金術師がやっていますからね。 そしてその鍵は、空間の座標を知らないといけない。 そうしないと、奴らの住処にたどり着けない」

「それは厄介だね。 鍵を作るのはライザは出来そうだけれど……そんな座標、分かるのかしら」

クラウディアが不安そうに言う。

あたしは咳払いすると、大丈夫と告げる。

恐らくだが。

奴らは、上から見ている。招いてやっていると考えている。そして出来るように情報を配置してやったと思っている。賢者で慈悲深いから、凡俗が真実にたどり着けるように。

それなら、つけいる隙がある。

奴らにとっても模範解答がある。それをついてやれば。奴らの懐に潜り込むことが出来る筈だ。

「まず、群島に移動しよう。 鍵を強化する事から、順番に考えていかないといけないだろうね」

あたしの提案に、皆が頷く。

そして、動き出す。

手詰まりだった所に、一気に手がかりが増えた。

世界を滅茶苦茶にし続けた連中ののど笛に。手が掛かる瞬間が見え始めていた。

 

4、先の先のその先

 

ロミィは遠隔で監視を続ける。ライザ達が群島へ移動を開始。メモを取っていると、来たのはガイアだった。

同胞の中では、コマンダーであるパミラの次に偉い存在。

勿論偉いとは自称していないが。

最古参の同胞である。

苛烈な戦いを経てきた戦士である。

ガイアの同期の同胞も存在していたらしいのだが、もう生き残っていない。主に東の地での激戦と、フィルフサの駆除が要因だ。

同胞一人を増やすのにも母のリソースを使う。

母は今。リソースをフルに使っているし。ライザが到達するまでそう時間もないのが分かっている。

だからこそ。

その支援は、全同胞でしなければならなかった。

「ロミィ、問題はなさそうか」

「はい。 ライザはどうやら次の段階に進みそうですね」

「そうか……」

知っている。

母のいる空間だが、その座標は現在。この世界で、正確に手に入れる方法がない。

古代クリント王国などでも座標は秘匿されていたらしく、それが滅んだ後は既に誰にも知られなくなっている。

つまりだ。

ライザはこのままだと、座標を知る事が出来ない、ということになる。

しかしあのライザだ。

どこから突破口を開いてくるか分からない。

「それで何か問題が」

「……東の地でベヒィモスが出た」

「!」

「三百年ぶりの目覚めだ。 最悪のタイミングだが対応しないと東の地の人間は全滅に追い込まれる。 幾つかある管理されている門も、管理が極めて難しくなるだろうな」

ベヒィモス。

東の地に残された、神代の忌み子の一つ。一つである。他にも幾つも邪悪が残されている。

その実態は神代の錬金術を用いた生物兵器で、一説にはフィルフサとは違う方向から進められたアプローチによる殲滅兵器……それもフィルフサのように、「土地にいる邪魔な生物を全部駆除する」というものではなく。

エンシェントドラゴンなどの強力な魔物が、団結して人間に対抗してきた場合、ねじ伏せるために作られたもの。

いずれにしてもその戦力は絶大。

フィルフサの小型の群れに匹敵する戦力を持つと言う。

しかもフィルフサの群れは王種を潰せば良いのに対して、此奴は兎に角タフで、休眠に追い込むのが精一杯。

更に厄介な事に、実は複数がいるのでは無いかと言う説まである。

前回の対応では、同胞二十三人が命を落とし、それでも休眠に追い込むのが精一杯だった。

此奴のデータは最重要セキュリティだったらしく。

母でも到達は出来ていないのだ。

「これより五十二名の同胞を各地から招集し、対応に当たる。 コマンダーはライザへの対応に残るそうだが、私は現地で指揮を執る」

「ご武運を」

「ああ……」

ガイアが残像を作って消える。

嘆息すると、ロミィは監視に戻る。

ライザは群島のアトリエに移ると、早速準備を始めたようだ。監視しているだけならまあそれでいいのだが。

問題は、その実力が連日上昇していること。

既に20を超えているライザだ。この状態でまだまだ伸び続けるというのは驚異的ではあるが。

しかしあれほどの規格外だと、不思議では無いのかも知れない。

しかも、だ。

側についているオーレン族の老人。

それが、時々こっちを見るのである。

カラだったか。

あれはもう、ロミィの監視に気付いている、と判断して良さそうだった。

さて、どうしたものか。

今監視に使っているシステムは、神代には成層圏と言われたよりも遙かに上に存在している。

それで気付くとなると、正直お手上げであるのだが。

それでもやるしかあるまい。

もういっそ、同胞の目的を告げて、協力を頼んでもいいのではないのかと思うのだが。ライザを警戒する同胞も多いし。

何より錬金術師が今まで積み重ねてきた業が深すぎる。

ライザが例外と言っても。

変節したらどうするのかという懸念は、どうしてもあるのは仕方が無い事だと、ロミィも思う。

嘆息すると、監視装置から一旦離れ、宿を出る。

クーケン島の一角である。

すぐにバザーに出ることが出来る。

しばらく無心に商売をしながら。

これはやっていて楽しいなあとロミィは思う。だが、やっていて楽しい事をやっていられるほど。

この世界は甘くないことも、分かっていた。

 

(続)