聖地ウィンドルへ

 

序、門の調査

 

アンペルさんとリラさんの解放。フォウレの里との友好関係の確立。ネメド地方の危険な魔物の駆逐。更には、黙認とは言えフォウレの里の聖地の調査の許可。

これら全てを達成した。

勿論、ネメドには多くの人間に牙を剥く魔物もいるだろうが、そもそもネメドの民はフォウレの里の者も含め、人間の領域ではない場所に住んでいる。そういった場所に不要に足を運ぶ方がまずい。それについては、こういった危険地帯では周知している筈だ。

魔物の肩を持つつもりは無いが。人間も考えて動くべき場所なのである。この辺りは。

アンペルさんとリラさんと合流して、まずは情報のすりあわせをする。ある程度の情報はアンペルさんにも送っていたのだが。

竜の紋章の刻まれた門。

不可思議な鍵。

何段階も仕込んである「解答」。

更には、此処にも同じ竜の紋章がある。

それらについて説明し、実際に資料も見せる。竜の紋章といっても、同じような意匠ではなく、ぴったりと一致している。

間違いなく突然出現した群島を作った人間と。

ネメドの森にある城を侵略した人間は。

同じ文化と思想、技術を持つ集団だ。

古代クリント王国の頃は、ネメドもクーケン島も等しく領内であり、強大なアーミーが周辺に存在していた。

それを考えると、同じ以上の領域を神代の強大な帝国がもっていないのは不自然であるといえる。

今みたいに、形だけロテスヴァッサ王国が全土を支配している、なんてこともないのである。

城から回収してきた本も見てもらう。

そういえば、どうしてあっさり入る事が出来たのか。

アンペルさんは、恐らくはこうだろうと仮説を披露した。

あの殺戮ゴーレムが、フォウレの里の人間に反応したように。

神代の人間がいなくなったから開いた。

隠蔽も機能しなくなった。

なるほど、確かにそうだ。

あれほどの荒っぽい攻撃を城が受けていた。更にはあんなゴーレムを配置するくらい、城の抵抗は激しかったのだろう。

だとすれば。

その程度の技術はあっても、不思議ではない。

「本の内容について確認しましたが、殆どはフォウレの里の民についての歴史や文化についてですね」

「ああ。 竜風についての説明はないのか」

「ドラゴンが現れる、くらいしか。 少なくとも神代の頃は、里に大きな被害は出ておらず、城を作ってから被害も出なくなったという話が載っているくらいです」

「不可解だな」

アンペルさんも、それに関しては仮説を出すのを避けた。

仮説と言うのは、不完全な状態から組み立てた説だ。知識が増えれば、当然それを撤回する勇気も必要になる。

まあ、仮説を出すだけなら問題は無い。

仮説と言う言葉を理解出来ないようなバカが、それを拡大解釈して喚くかも知れないが。

そんなものは放っておけば良い。

「セリ=グロース。 それで植物学の見地からも、門の向こうが安全である事は確定なんだな」

「ええ、間違いないでしょうね。 ただ、門の向こう全てが安全とは思えないけれど」

「奏波氏族という伝説の氏族とは、どういう役割を持っている。 それに、どういう場所に住んでいた」

「具体的な役割については聞いた事がないわ。 ただ神代の頃から此方の世界の人間と争っていたようよ。 周辺には複数のフィルフサの王種に率いられた群れが存在していて、巨大な運河を作って水を流し、それと交戦していたわ」

運河と水か。

確かオーレン族の氏族は、それぞれに役割があると聞いている。

奏波氏族という人達が何をしている集団なのかは分からないが、ともかく現地で話を聞くべきだろう。

セリさんも五百年以上前にここに来たのだ。

それなら、今は状況が違う可能性も高いのである。

とりあえず、明日の朝に門に調査に出ること。

状況次第では封じること。

少なくとも聖堂は作ること。

これらを話しあった後、皆休む事にする。

ただ、リラさんには話がある。

リラさんとアンペルさんは、利害関係で結びついているとは言え、一緒にいる時間も長い。

研究成果について、話しておくべきだ。

内容について話をしておく。

人間とオーレン族が交配可能であること。その場合、母親に激甚な負担を強いること。これは妊娠期間の長さが原因である事。

この世界とオーレン族は、神代の頃、更には古代クリント王国の時代。二回にわたって、大きな衝突を起こしている可能性が高い。

三度目の今回こそ、交配可能なこの二つの種族は、しっかり話をしておくべきなのだ。

もしも今度こそ友好的な関係が構築できた場合、交配するケースも考えられる。ただ、生きる時間が違い過ぎる。

オーレン族にも人間にも、負担は決して小さくないだろうが。

「なるほどな。 交配可能か……」

「何か思い当たる節があるんですか?」

「いや、なんでもない。 とりあえず、どうすればいい。 アンペルと交わったことはないし、そのつもりもない。 子供を作る事も当然考えていないが」

「アンペルさんに限った話ではないですが……。 今、母胎の方の負担を減らすための薬を開発中です。 とにかく問題になる妊娠期間の解決をするべく、オーレン族の胎児は成長を早く。 人間の胎児は成長を遅くするつもりです。 今調整をしていますので、何かありそうなら話をしてください」

リラさんは頷く。

それにしても、含みがある話だったな。

一応、リラさんの髪の毛も貰っておく。エーテルに溶かして、最小要素まで分析するのだ。

セリさんの髪の毛は同じように分析済。

出来るだけ、多くの人のデータが欲しいのだが。最近は忙しくてオーリムでオーレン族と交流できておらず。

あまり多くの人の髪の毛は得られていない。

あたしも研究をある程度で切り上げて、休むとする。

翌朝には、早朝に起きて。少し後に起きて来たパティと、一緒に外で軽く体を動かす。パティの剣撃はさらに冴え渡っているが。

恐らく人を斬ったのだろう。

凄みが加わっているのが、動いているのを見て感じ取れた。

人を殺せば腕が上がるわけではないが。

少なくとも、必要に応じて人を斬ることで、何かしらの枷が外れるのは事実だ。パティの事だから悪人外道しか手に掛けていないだろうし。それが良い方向に向かったのは、良いことだと思う。

朝のミーティングを済ませると、全員で森に。一度アトリエは閉じて、必要な物資は荷車二台に分乗して詰め込む。一台はアトリエ用の資材だ。

状況に応じて、拠点を作る可能性が生じてきている。

アンペルさんとリラさんが加わった事により、装備の刷新もしたが。これについては既に慣れている。

グランツオルゲンが魔術強化用の金属ではなく、強力な素材として活用出来るのを見て、アンペルさんも驚いていたようだった。

「これほどライザが腕を上げているとは。 師匠などと言われると、気恥ずかしくなってくるな」

「またまたご謙遜を。 まだまだアンペルさんはあたし達の師匠ですよ。 リラさんと同じで」

「そうだな……」

そんな事をいいながらも、森に入ると皆静かになる。

フェデリーカもかなり慣れてきていて、もう無駄口は殆ど口にしなくなったので。布を噛まずにいてもらう。

何度も通った安全経路を進んで、城の裏手に。

もう入口から入っても良いのだが、まだフォウレの里の人達は説得が済んだばかりだ。刺激はしたくない。

験者としっかり話し合って問題全部解決するまで、どれほど手間暇が掛かったか。

だからこそ、油断だけはしてはいけないのだ。

何回か戦闘するが、更にリラさんも加わっている。アンペルさんも、皆と並ぶ戦力はある。

すっかり質を落としているネメド森林の魔物くらいだったら、問題なく始末する事が出来る。

処理も手際よくぱっぱと済ませる。

城の裏手から、城に入り。

フィーに、例の装置に頭巾を被せて貰う。

後は、皆で無言のまま、監視装置の横を通り抜け。扉の前に。確かに、竜の紋章だ。アンペルさん達は、この門を確認する前に一度戻り。それで捕まったらしかった。

クラウディアが、音魔術で壁を作る。

それで、やっと話す事が出来る。

その間も、レントとクリフォードさんは周囲を警戒してくれる。

「なるほどな。 これと同じ紋章が意図的に作られるとは考えにくい。 それで鍵で開くと。 そこまで一致しているわけだな」

「はい。 こんな鍵を使う時点で、別の文明による産物とは考えにくいですね」

「しかもこの扉は後から据え付けたと。 自己顕示欲の塊のようだな……」

アンペルさんが吐き捨てる。

恐らくは、ロテスヴァッサの王宮に集められた連中は、古代クリント王国の模倣者。つまり神代の模倣者である古代クリント王国の、更に模倣者だった訳だ。

だから、思想も似通っていたし。

アンペルさんを実験動物くらいにしか見なかったのも、色々と納得出来る。反吐が出る話である。

そんな中、どうしてエミルと言う人が裏切ったのか。

或いは最初から裏切るつもりで、友好関係を作るフリをしていたのか。そこまでは、あたしには分からないが。

ともかく、鍵を使って扉を開き。中に。

幾つかの植物について、セリさんが説明をする。リラさんは、ごくりと生唾を飲み込んでいた。

「すまん。 平常心を欠きそうだ。 これらの植物は、フィルフサにふみにじられる前に、白牙の里で見た事がある。 懐かしくて、飛び出して行きそうだ」

「オーリムには普通にたくさんある植物ですものね。 此方では土壌があわなくて二世代以降は出ないのだけれども」

「門を確認しよう」

アンペルさんが、リラさんに声を掛ける。

普段は鉄みたいな雰囲気のリラさんが、すっかり呆けている。だけれども、それも仕方が無いのかも知れない。

リラさんがこっちに来たのは確か六十数年前。

それまで、白牙の仲間を失い、オーリムで孤独にフィルフサと戦い続けていたし。何よりも、古代クリント王国の連中の凶行も目の前で見てきているのだ。

如何に戦士の一族とは言え、許せない事はあるだろうし。

ずっと孤独で戦い続けていたのだ。変わり果ててしまった世界で。

いつか、白牙の里も復興したいが。

それには、残念ながらまだ手が足りない。

ともかく、門の前に。

この自然門の周囲は、王都近辺の状況と似ている。その話をすると、アンペルさんはむうと声を上げていた。

「王都の自然門と言えば、エンシェントドラゴンが、自身の罪について残留思念で悔恨していたのだったな」

「はい。 この状況、似ていると思いませんか」

「確かにな……」

「……ともかく、門を制御出来るように、聖堂を作りましょう」

ああとアンペルさんは頷くと。

準備してきた石材を、皆と一緒に動かし始める。ディアンにも指示して、石材を運んでもらう。

完全に放置されていた門だから、別に何もしなくてもいいとは思うのだが。

この向こうの状態が分からない。

今、最後の拠点が陥落しようとしている寸前かも知れない。あたしも水を準備してきているくらいだ。

だから、どれだけの準備をしても。やり過ぎとは言えないのである。

聖堂そのものは、何度も作っている。

自然門と遭遇する事は滅多にないとアンペルさんはいっていたが。

そもそもとして、門を封じに掛かる場合。その聖堂が破損している場合も多かったのだ。クーケン島の件と同じように。

だから、嫌でも聖堂のシステムは理解したし。

作るのにも慣れた。

黙々と聖堂を作りあげ、昼前には完成する。何度か確認して、門を閉じたり開けたりする事は可能となっていた。

「すっげ。 こんな訳が分からない現象なのに、本当に石を積んで魔術を刻むだけで、どうにかできるんだ……」

「技術そのものに罪はないんだよ。 事実、こうやって危険極まりないものを、封じ込むことだって出来るんだから」

「そ、そうだな。 ライザ姉の言う事は基本的に間違ってないけど、凄い説得力を感じるぞ」

「ふふ。 すっかりライザの弟子ね。 アンペルさんの孫弟子かな」

くすくすとクラウディアが笑う。

とはいっても、あたしは別にディアンに何か教えたつもりはないのだが。

門の制御が出来ることは確認。

頑強に開いていた自然門が、あっさり閉じる。

自然門だろうが、閉じる事が出来ることは、王都近辺での経験で分かっている。そもそも竜脈の力があっての門で。門そのものは、自然門が維持されることだって、余程条件が整わない限りは起きないのだ。

よし、では門の向こうを確認する。

勿論、オーレン族の人達が、手荒い歓迎をしてくる可能性もあるので、セリさんとリラさんが先に行くことにする。

この門は、状況から考えて、竜の紋章を刻んだ錬金術師達が使った筈だ。連中がオーレン族にどんな狼藉を働いているか、知れたものではない。直接連中になにかされていないセリさんですら、錬金術師に強い感情を抱いているほどなのだ。

リラさんが生唾を飲み込んでいる。

門なんて、何度も潜っているはずなのに。

「リラさん、この先は危険な可能性があります。 前衛の戦士として、お願いします」

「分かっている。 いや、フィルフサを怖れているわけではないんだ。 この植物は、フィルフサの大繁殖とともに、まっさきに消えたものだった。 それが生きていると言うことは、この先にフィルフサの魔の手が及んでいない可能性が高い事を意味している。 それは……平和だった頃のオーリムがあるのではないかという錯覚を、私にさせてしまうんだ」

「……やっぱり、懐かしいんですね」

「ああ、その通りだ。 如何に白牙氏族が戦士の一族で、フィルフサを抑え込む仕事をしていたとは言え。 それでもいつも殺し合いをしていたわけではない。 穏やかな時間だってあった。 もう……五百年以上も経験していない」

そうだよな。

こっちに来てからだって、門をずっと探していたのだ。

門を閉じる過程でずっと悶着だって起こしていただろう。フォウレの里での出来事なんて、むしろ穏やかで静かなものだったに違いない。

だから、あたしは茶化すような事は何も言わない。

リラさんが踏み出す。セリさんも。

レントがそれに続いて。そして、あたしも、門を潜っていた。

 

門を潜るライザ達を確認。

遠距離から監視する装置を用いていたロミィは、即座に連絡を入れる。相手はコマンダーである。

「ライザ達が、門を潜りました。 対応については、このまま監視でよろしいのですね」

「ええ、問題ないわー」

「あの先にいるオーレン族は奏波氏族を中心とした精鋭。 上手く行けばそのままつぶし合ってくれるかもしれませんね」

「恐らくはそうはならないでしょうねー」

冗談めかして言うと。

コマンダーはそう断言した。

そうか、とロミィは思い、監視装置をきる。そもそもこの監視装置も、次元を跨いだ別世界までは追跡出来ないのだ。

オーリムでは、一部同胞がオーレン族と連携をしているが、それも限定的な行動にすぎない。

オーレン族はやはり同胞を見ると警戒するし。

フィルフサを倒した後でも、やはりどこか警戒しているのが分かる。

彼等には何となく分かるのかも知れない。

同胞が何処かいびつな命であり。

自然の摂理から歪んで作りあげられた存在、ということを。

ロミィだってそれは分かっている。

だが、自然の摂理から外れていたら、死ななければならないのだろうか。それこそ何だかもやもやする。

ロミィは同胞のため、何より希望たるアインのために活動してきたという自負があるし、自我が極端に薄い自覚もある。

人間と接しているときの人格は作りあげた薄っぺらい仮面であり、それは要するに一種のペルソナだ。

だが、自我が薄いから。

作られた命だから。

だから、どうにでもしていい。

そういう考えがまかり通るのだったら、それこそ神代の錬金術師達とまったく同じではないのか。

今此処にいて、自我を持っていて。

それで世界のために尽くそうと考えている。

ロミィはそういう存在だ。

そういう存在が、不自然に作られた命だから排除して良いと言う理屈がなり立つのだとしたら。

この世界は一体、どれだけお偉いのだろうと、悪態だって零れそうになる。

これも、ずっと人間と接し。

ずっと仮面を被ってきた故の弊害なのかも知れない。

ふっと笑うと、ロミィは門に監視装置のターゲットをセットし、そのまま商売に戻る。

港町で商売をしていても、今は不自然では無い。

これでも相応の商会を回している身だ。

人間としての経歴もロミィは持っている。それが、何か悪いことだとでもいうのだろうか。

そう、時々ロミィは思うのだった。

 

1、オーリムへ五度足を運ぶ

 

門を潜ったあたしは、いつもの空間を抜ける感触を味わった後、地面を踏んでいた。柔らかい地面。

即座に場合によっては雨を降らせられるように、戦闘態勢には入っている。だが、この気配は。

フィルフサのものではないな。

周囲を囲まれている。いずれもリラさんセリさんと同等か、それ以上の手練ればかりだ。数は三十と言う所か。

オーレン族は男性も女性も優れた戦士だが。

あたしには、その年齢は分からない。

リラさんとセリさんが最初に出てきたのを見て、オーレン族の戦士達は困惑しているようだが。

セリさんが、先に名乗っていた。

「緑羽氏族のセリ=グロース。 帰還したわ」

「セリ=グロースだと!」

「人間の世界から戻ったのか!」

「ええ。 それも浄化の植物を携えて」

ざわつくオーレン族の戦士達。

だが、戦闘態勢は解いていない。

彼等の間から、小柄な女性が出てくる。オーレン族だが、少なくとも人間の目からは幼いように見えた。

だが、リラさんとセリさんが、即座に平伏する。

一瞬遅れて、ぞっとするほどの強い魔力を感じる。

魔力だけじゃないなこれは。

肉体も恐らくだが、とんでもなく鍛え込まれている。

最近はある程度力が分かるようになってきているが、全身が総毛立つとはこのことだ。キロさんと話している時に、炸裂する雷みたいな力を感じる事があるが。この人は、更にその上の力を感じる。

格好も他のオーレン族と違う。

オーレン族は、最初にリラさんと出会った時のような皮鎧を身に付けているか、もしくはローブを被っているのが普通だ。

だがこの人は、ゆったりとしたローブを着込んでいて、それがドレスみたいになっている。

戦闘向けの格好ではないようにすら思えた。

被っているのは、植物で作った冠だろうか。

周囲の反応からしても、この人が特別な存在であるのは確定だった。

「ふむ、どうやらセリ=グロースで間違いないようじゃな。 それでその錬金術師と人間達は」

「はい。 この者達と今まで三度、フィルフサの王種を討ち取りました」

「王種を三度……だと!?」

「私と出会う前にも一度、王種をこの者達は討ち取っているそうです。 人間の中にも、フィルフサをばらまき、悪行を働いた者どもに反発し、その所業を許せぬと考える者がいます。 錬金術師にもついにそれが現れました」

ざわつきが大きくなる。

騙されているのでは無いのか。

洗脳でもされているのではないのか。

そういう声も上がる。

まあ、無理もないか。

あたしは杖を地面に突き刺すと、両手を挙げてみせる。戦って一方的に鏖殺されるつもりはないが。

少なくとも戦意は無いことは示しておきたい。

「みんな、武器はおいて。 この人達がオーレン族だよ。 少なくとも、今は戦う意味も理由もない」

「分かったわ」

クラウディアが最初に弓を降ろすと、レントも大剣を地面におき。最後にしぶしぶという様子ながらも、ディアンも斧を地面に降ろしていた。

セリさんが、あたしとアンペルさんの事を紹介する。

ちょっと気恥ずかしい内容だったが。

問題は、その内容の中に、長老という言葉が含まれていたこと。あたしに対する言葉ではない。

周囲を見る限り、この辺りは巨大な河で囲まれているようだ。

これはセリさんが言っていた通り。

その川に囲まれた地域の中に、砦が作られている。ささやかな規模だが、それでもオーレン族がどう見ても数百人はいる。

人間より基本的にあらゆる点が優れているオーレン族が数百人となると。

此処は一大拠点だ。

聖地と言われていたグリムドルでさえ、復旧を続けても今でも四十人を超えていないことを考えると。

此処が如何に凄い聖地なのかは、よく分かるのだった。

何より、周囲に多数の植物がある。

空気も澄んでいる。

今まで足を運んだオーリムの土地にも、密林になっていた王都からいけた場所などもあるのだが。

それ以上に、オーリムらしくない。

空も、普通に青い。

遠くに行くと、色が異常だが。

「なるほどな。 錬金術師を今でも嫌っているそなたが、良き錬金術師とまで言うか」

「はい。 最初の頃は何度も寝首を掻こうと思いましたが。 今ではその気はありません」

「ふむ、良かろう。 わしが直接話を聞く。 そなたら、その荷物をまとめてついてくるが良い」

「分かりました」

話を振られたので。

荷車に武器類を積み込んで。それでついていく。

此処は丘のようになっているが、だからこそ降りる過程で見える。川の向こうにはフィルフサがいる。それも相当数だ。

これは、複数の群れに囲まれているのではないのか。

「ライザリンと言ったな。 後はアンペルであったか」

「はい。 ライザとお呼びください。 アンペルはあたしの師匠です」

「わしの名はカラ=イデアス。 この奏波氏族の最後の砦の長にして、オーレン族の総長老を今は務めておる」

「総長老!」

それは王様と同じか。

しかし、どういう理由で。確かにもの凄く強いようではあるのだが。

リラさんが、耳打ちしてくる。

「どう見ても千八百歳は超えている方だ。 人間の目からすると、子供に見えているのでは無いのか」

「千八百歳!?」

「大きな声を出すな。 彼女はお前を警戒し、観察しているし、感情も大きく揺れ続けている」

「……」

ずっとカラさんという方は、にこにこと微笑んでいるように見るが。

そうか、リラさんがいうのなら、そうなのだろう。

丘を降りると、頑強そうな木の壁がある。壁には魔術が掛かっていて、川とこの壁で、二重に防備を固めているのだろう。

それだけではない。

壁には、激しい戦いの跡が幾つもあった。

フィルフサの群れがあれだけ彷徨いているのだ。

それは川に仲間の死体を放り込んで道を作るとか、或いはスクラムを組んで橋を造るとかして、攻めこんで来る事は考えられる。

四年前のグリムドルの戦いでも、そうやって橋を造り、濁流をフィルフサは越えようとして来た。

連中は多分本能に従って動いている存在だが。

だからこそ、様々な状況に対して、動く事が出来るのである。

「激しい戦いの跡ですね。 神代の錬金術師達が放ったフィルフサが此処にも来たんですね」

「神代? ああ、あやつらを今はそう呼んでおるのか。 そなたらの世代からすれば、忘れていても不思議では無いし、神格化してもおかしくなかろうからな」

「千八百歳と言うと、当事者なんですね。 だとすると、すみません」

「いや、かまわぬ。 反応を見ていて悟ったが、少なくともあの連中のやったことを素晴らしいと思ってはいないようだしな」

カラさんはそう言って、見上げる。

周囲には巨大な木が幾つもある。木の上には住居と橋が架けられていて。基本的には、其処に住んでいるようだ。

それにしても巨大な木だ。

触ってみて気付く。

ごおっと、音が流れている。内部には、膨大な水が流れている植物なのだ、これは。

大木には似たような性質のあるものもあるが。

これは中に川があるかのようである。

なる程、豊富に水を蓄える植物を使い、それでフィルフサ対策にもしているわけだ。それに加えて、いざという時に備えて木の上で暮らしてもいると。

考え抜かれた集落だな。

はしごを上がって、上に行く。フェデリーカが泣きそうな顔をしたが、落ちても大丈夫なようにと、下にパティがつく。

まあ、この辺りはやっと最近戦闘にもなれてきたのだ。

こんなアクロバティックな住宅は、流石に色々と困惑してしまうだろう。

はしごを上がりきると、複雑な構造になっている。

なるほど、この地点からして死地になっているし。

更に言えば、周囲も似たような。登ってきた相手を迎撃する構えだ。

この辺りには戦闘の痕跡はない。

恐らく水際での撃退が成功しているのだとみて良い。カラさんの周りにいる護衛は、ずっと厳しい目で此方を見ているし。

観光気分ではいられないが。

そのまま、木で作られた吊り橋を渡る。敢えてこれは、重量に耐えられないようにしているな。

それが一目で分かる。

とにかく、戦う事だけを重視している住居だ。

彼方此方に上水と下水があるようだが。木に相当に水の供給は依存しているようである。

周囲の川はあくまで防御用。

あれを使って水を得るというのは、考えられないのだろう。

雨が降り出す。

この辺りは、雨も降るんだな。

そう思って、あたしは感心する。フィルフサの群れは、雨が降り出すと、かさかさとこの辺りから離れ。

住処に戻っていくようだった。

王都近辺で戦闘した群れは、苛烈な雨が降る地域に必死に適応して、それで強靭さを手に入れ。代わりに数の暴力を失った集団だった。

この辺りにいるフィルフサは。遠目に伺う感じでは、其処まで強い気配はない。

だとしても、数は多いだろうし。油断出来る相手ではないな。

そう思いながら、橋を歩く。

やがて、何度もはしごを上がり、地面が遠くに見えてきた辺りで、幾つもの住居が見え始めた。

住居の辺りは、非常に頑強に固められている。

てかこの木はまるで空を支える柱だ。

何抱えあるのかすら分からない。

背丈も、あたしの百倍はあるのではないか。

無言で、ついていく。奧に巨大な天幕があって、其処に案内される。手練れらしいオーレン族の戦士達に囲まれて、話をする事になる。

荷車は下だ。

だから、基本的に丸腰で話をする事になるが。

それでも、今の時点で、殺される気配はない。カラという人は、思った以上に人を見極めているようだった。

ともかく、どうしてここに来たのかを説明する。

順番に話をしていると、その間ずっとカラさんという人はにこにこと笑顔を崩さなかった。

周りのオーレン族の戦士達は、ずっと険しい表情だったが。

「なるほど。 あやつらが、島を浮かべたと。 その挙げ句、妙な鍵を渡して、それで謎を解いてみろと」

「今までの状況から考えて、明らかに何かしらの悪意があるとみて良いでしょう。 あたしは敢えて罠に飛び込んで、連中の本拠を突き止め、場合によっては粉砕するつもりで動いています」

「ふむ、その心意気や良し……と言いたい所だがな。 まだそなたらを信用する訳にはいかん」

「それはそうですよね」

まあ、それもそうだ。

フォウレの里の時と同じである。

ましてや、だ。

神代の頃には、錬金術師はフィルフサを生物兵器として用いていた疑惑がある。それを知っていたから、古代クリント王国の外道どもは、フィルフサを制御出来ると思い込んでいた可能性が高い。

もしもフィルフサを生物兵器として用いているのを間近で見ていたのだとしたら。

錬金術師は見敵必殺レベルの相手になるはず。

此処でこうして、話をしてくれているだけでも凄いと言える。

「時に白牙の少女よ」

「リラです。 総長老殿」

「白牙に生き残りがいたとはな。 しかも人間の世界に渡っていたとは」

「……復讐心から、飛び出してしまいました。 今では、門を閉じて回っています」

リラさんが少女扱いか。

リラさんの実年齢はまだ知らない。だが古代クリント王国の所業を知っているのなら、最低でも五百歳、いや七百八百年と年を重ねていても不思議では無いだろう。それが少女扱いである。

このカラさんという長老は、やはり相応の年を重ねている人なのだろうと、この対応でも分かる。

「そなたから見て、そのライザリンという錬金術師はどう思う」

「私がともに旅をしてきたアンペル同様に、真っ先に自分の先達に当たる錬金術師に対して、強い怒りを感じていました。 それ以降も、連中に対するあこがれは一度も見せていません。 常に強い怒りを見せています」

「ふむ……そうか」

カラさんは、すっと笑顔を消した。

それだけで、辺りが死地になったように思う。

それはそうだろう。

此処で袋だたきにされたら、多分死ぬ。

「よし、一つ試すか。 この集落から東に出て、南にくだったところに、フィルフサの王種が潜んでおる。 奴を撃ち倒せ。 奴の巣には、色々なものがある。 残されているというべきか」

「!」

「どうやってフィルフサの群れを撃破するのか、見ておきたいのでな。 やり方に関しては任せる」

「分かりました。 その代わりと言ってはなんですが……この土地で何が起きたかを含めて、色々その暁には聞かせてくださいますか」

くつくつと笑うカラさん。

やっぱり、いわれている通り、この人は子供に見える怪物だ。

とんでもない威圧感がある。

百戦錬磨というのも生やさしい経験を積んで来ているからだろう。その気になれば、即座にあたし達の首を飛ばしに来る筈だ。

感じる魔力量も凄まじい。

錬金術の装備なしでこの魔力だとすると。あたしが作った装備類を身につけたら、何処まで増幅されるのか。

「よかろう」

「総長老!」

「かまわぬよ」

配下のオーレン族の手練れ達が露骨に不安視するようだが、それでもカラさんは笑っている。

この様子だと、何かしら理由があるのかも知れない。

先に、開いている土地の提供を求める。

そんなものをどうするのかと聞かれたので、先にアトリエを建てたい事を告げると。更に不安そうにオーレン族の戦士達はするが。

カラさんは、平然としていた。

「分かった。 ただし、内部は視察させて貰うぞ」

「というか、いざという時は攻撃しやすい場所を指定してください。 此方としても、オーレン族の人々と争うつもりはありません。 今後の未来の為にも、少しでも敵意がないこと、役に立つ事は示しておきたいんです」

「そうか。 随分としっかりしておるのう」

カラさんが、案内してくれる。

木を降りて、川際。水を得ることも出来る場所。

集落の外側を流れる巨大な河だが、その支流が一部、集落に流れ込んでいる。

懐から出て来たフィーが、周囲を飛び回る。これはいいというのだろうか。空気もあっているのかも知れない。

「おや、そやつは。 懐かしいのう」

「フィーの一族を知っているんですか!?」

「秘密じゃ。 そなたらが成果を上げたら、その時には話す事にする」

まあ、それもそうか。

あたしは荷車をもってくると、手を叩いて、皆に指示を出していた。

「じゃ、アトリエを作るよ!」

 

アトリエを短時間で多数作り。毎回失敗があれば次の成功に生かす。それをやってきている。

だからあたしは、どんどん習熟してきている。

フェデリーカももう慣れたものだ。ディアンも既に、見稽古から参加する方に代わって貰う。

基礎にする石材を敷き詰め。

そのまま柱を立てる。

建築用接着剤を使うのは最小限。あたしは持ち込んでいる木材チップを、どんどん錬金釜で成形していき。

そのまま、くみあわせられる部材に変えていく。

足りない木材は、一度門を潜って、ネメドから持ち込む。其方にも朽ちている木材はなんぼでもある。

見る間に出来ていくアトリエ。

それを見て一番驚いているのは、アンペルさんだった。

「話に聞いてはいたが、凄まじいな。 どうしてお前が私の弟子を名乗ってくれているのか、不思議でならんよ」

「アンペルさん、この木を此処で切ってくれますか」

「ああ、任せておけ」

アンペルさんは空間ごと木をすっぱり切断。

それを見て、オーレン族が僅かに反応したが。

これくらいの固有魔術は、神代に使い手がなんぼでもいたはずだ。あたしにしても、固有魔術の熱操作なんか、別に珍しくもないのである。身体能力強化が一番多いが。熱魔術はその次くらいにはいる。

柱を立てて梁を組み。

アトリエの骨になる部分を作ると、壁を組み込んでいく。

建築用接着剤は使用は最小限。

使用する際には、入念に気を付ける。

更には、水を引く。上水用の設備も組み込む。排水用のも。排水は、一度しっかり汚染を排除してから、近くの川に捨てる。

現時点で相応の人数がいる。排水の量は馬鹿に出来ない。川を汚染するわけにはいかないのだ。

順番に作業をこなしていくが、皆手慣れてきている。

クラウディアが音魔術を使っているのは、どこかしらで異音が生じていないかの確認のためだ。

ディアンが無理に木材を持ち上げていたので、クラウディアが即座に気付いた。

レントがすぐに支援に回る。

「え、まずかったか」

「そのまま持ち上げていたら折れていたよ」

「うわ、すまねえ。 クラウディアさん、本当に細かい所まで見てくれるな」

「いいえ」

ディアンは素直に謝ると、レントと一緒に作業をする。

そのまま作業を進めて、扉や窓なども入れていき。調合した簡易寝台などを、内部に並べていく。

更に男女用の風呂を一つずつ作って、トイレも作り。

釜も運び込んで、それで終わりだ。

内部はそれなりに今回は質素に作った。技術力を見せつけるように、豪華にしても意味がない。

技術力を見せつけて、自分は神に等しいというような偉そうな態度を取っていては。

いずれ神代の連中と同じになる。

中を見て、カラさんはふむと一言だけ言っていた。しばし、子供みたいに興味津々の様子で見て回る。

護衛のオーレン族数人も、中を見て。

これをたったこれだけの時間で作ったのかと、驚愕していた。

「建築はそれなりに出来るので、必要とあれば誰かしらの家を直したり作ったりしますよ」

「ふむ、今回の依頼をそなたらが達成したら頼むかのう。 それにしても、寝台が少し多いようだが?」

「それは、今後一緒に戦う仲間が増える可能性があるからですね」

「そうか。 先の事まで考えておるのう」

興味津々に見て回る様子は子供にしか見えない。

或いはこの長老。

子供みたいな所も、相応にあって。それで余計にわかりにくい人物になっているのかも知れなかった。

ともかく、アトリエの内部は確認したカラさん他の人達は、一旦アトリエを出ていく。後はいきなり攻撃されないか、だが。

今の時点では、心配しなくても大丈夫だろう。

一旦休憩を入れる。

ディアンが、カラさんがいなくなって、それで冷や汗をどっと流していた。

「すげえ強い奴だ。 あのガタイで、レントさんより強いぞ彼奴。 魔力もライザ姉より更に上だ。 とんでもねえ。 まるですぐ側で、川が牙を剥いてるみたいだった」

「ディアンの表現はいつも独特だね。 ただ、あたしも同様に感じたかな。 オーレン族の総長老というだけあって、凄い人だよあの人」

「それでライザ、どうするつもり?」

「どうするもなにも、フィルフサの撃滅は最初から想定の範囲内。 しかも丁度良いことに、此処は雨も降る。 雨をある程度人為的に引き起こす事も出来るけれども、見た感じこの周辺のフィルフサの群れは、それほど大繁殖も出来ていないし、何よりオーレン族との戦闘で疲弊している。 潰すのは、今まで四度の戦いに比べて、それほど大変ではないと見た」

というか、確信したことがある。

去年王都近辺で戦闘したフィルフサの群れ。

あれが奇形的に強かったのであって。他のフィルフサの群れは、「蝕みの女王」麾下の群れに劣る程度の戦力しか基本的にはない。

それでも雨を降らせないと数という観点から非常に危険だったのだが。

此処は雨が普通に降る上に、オーレン族との戦闘で相当に数をすり減らしている。ならば殲滅の好機だと言える。

「一応水は外から持ち込んでいるけれども、使わずともやれると思う。 何より水害レベルの大雨を起こすと、後始末が大変だしね」

「いつも後始末は苦労するよな」

「うん。 此処は人も住んでいるし、出来るだけ被害は抑えたい。 だから苦労する事になると思う」

「大丈夫、もう私は負けません。 怖れません」

パティがとても頼もしい。

既に歴戦の戦士であるパティは、皆と並んで戦える。カウンター主体だった剣術も、今ではすっかり様々な戦技を加えて、戦闘に幅も出ているようだ。

では、先にディアンとフェデリーカに。

フィルフサとの戦闘の経験がない二人に、フィルフサとの戦い方をレクチュアする。

一応話は事前にしてあったのだが。

生物急所が存在しない事を、もう一度話しておく。コアを潰さない限り、フィルフサは死なないのだ。

いや、汚染された土壌から生えてきている時点で。

フィルフサは、コアを潰しても、ただ動かなくなるだけで、本当に死んでいるのかは分からないが。

「生態急所が存在しないのは、ゴーレムや何かと似ていますね」

「確かにそれは言える。 イキモノと思わないでやりあうべきだということだな」

「そうなる。 とにかく、今までの魔物とは異質の存在だからね。 魔術も効かない」

フェデリーカも青ざめながら頷く。

フェデリーカはとにかく皆の能力を舞ってあげてくれればそれでいい。無理に攻撃参加しなくても、皆の力を底上げするだけで、大きな戦略的価値があるのだ。

問題はディアンだ。

斧と言っても、大型の魔物相手に使うときは、どうしても急所を狙うのが癖になってくる。

だから、急所が存在しない事は、先に告げておかないとならないのである。出来れば、何度も。

後は実戦だ。

一週間で、一度フォウレの里には顔を出しておきたい。

此処での調査は長引く予感がある。

だから、彼方にも進捗は話しておきたいのだ。

それはそれとして。まずは、フィルフサの群れは叩き潰しておく。フィルフサの群れは、見かけ次第潰す。

やれるからには、やらなければならない。絶対の義務だ。

おろかな先人がやらかした罪は。

少しでもあたし達が、償わなければならない。出来るのだったら、やる必要があるのだった。

 

2、フィルフサの群れは何かを守る

 

小型のフィルフサは、オーレン族の里。聖地ウィンドルというのか。其処のすぐ側まで来ている。

姿も様々。

空を舞うフィルフサは殆どいないが、これはオーレン族が積極的に叩き落としているのが要因らしい。

確かかなり大きなフィルフサだったし、存在するだけで危険と判断しているのだろう。判断は間違っていない。

フィーは置いていこうかと思ったが、止める。

フィーの魔力探知はとても優れていて、フェンリル戦では何度も助かったくらいである。だったら、つれて行く。懐に今回も入って貰う。

里の側にいる小型のフィルフサで、雨が降っていないとやはり強い事を再確認する。どれも頑強で、コアを砕かないと死なない。徹底的に攻撃を加えて、小型のフィルフサでも容赦なく潰しきる。

それでやっと殺せるのが、面倒なところだが。

一体倒せば、それだけオーレン族が有利になる。

そう言い聞かせながら、掃討戦を行う。

激しい戦いを続けていると、大きいのも出てくる。あれは大きなトカゲみたいな奴だ。口を開くと、音を超える速度で、舌を放ってくる。

クラウディアが即応。

矢を放って、舌を弾く。そうでなくても、レントが弾いていただろう。

動きは鈍いが、とにかく頑強だ。

突貫したあたしが、蹴りを叩き込んで、それが凄まじい勢いでトカゲみたいな奴の横腹を抉り。形を歪ませる。

奴の反対側から、装甲が吹っ飛んでばらばらと吹き飛ぶが。

それでもコアに致命傷は入らなかったらしく、尻尾で反撃してくる。

体に大穴が開いているのに平然と動くフィルフサを見て、フェデリーカがひっと悲鳴を上げるが。

これは説明していた通りだ。

だから、恐怖には耐えて貰う。それだけである。

トカゲがまた舌を放とうとするが、レントが頭を叩き潰す。そして、アンペルさんの空間切断魔術が数度突き刺さって、それでやっと動かなくなる。

小型のが次々に来る。

中型のも。

猿に似ているのが来る。手に鋭い爪が生えていて、凄まじい勢いで跳躍しながら、空中殺法を仕掛けて来る。

激しい戦闘がしばらく続いて、一刻ほど敵を始末し続けて。

それで、やっと辺りが静かになっていた。

「掃討完了。 ただしまだ将軍も出て来ていない、と」

「す、すこし休憩させてください……」

「フェデリーカ、これを」

へたり込んでいるフェデリーカに、パティが栄養剤を渡している。ディアンは平気そうだが、それでも相当に汗を掻いているのが分かった。

一度集落に戻って休憩。

橋を下ろせるようになっていて、それで出ては仕掛けているようだ。毎日何体倒すのを義務にしているとか、そういう話をしていたっけ。

そして此処はオーレン族の最精鋭が集まった土地。

小耳に挟んだだけだが、将軍どころか王種も倒した経験があるらしい。それは凄いというのが本音だ。

あたし達は、四年前のクーケン島近郊での戦闘では、大雨なしでは100%勝てなかったし。

それ以降も、全うに戦えばこの有様だ。

魔術が通じないと言うのがとにかくきつい。

しかも魔術が通じないからといって、物理的に弱いかというとそうでもない。首を叩き落としてもしなない生物なんていないなんて良く言うが、此処にはいるのだ。

休憩を挟んで、再度出る。まずは、将軍を潰したいが。フィルフサの群れ複数が周囲にいるのは確定。今戦闘している群れは、恐らく南東部を専門にしている集団なのだろう。北東部には、こっちを伺っているフィルフサがいるが、それだけ。恐らく「斥候」だと思われるが。こっちに対して何もしてきていない。

此処は普通に雨があって、乾期もこない。

それもあって、フィルフサも迂闊に仕掛けては来られないのだろうとは思うが。

ともかく、蹴散らす他無い。

坂になっている。

これは攻め下る時は楽だが、撤退時は大変だ。

レントが大岩を抱え上げると、坂の下に叩き落とす。複数のフィルフサが巻き込まれるが、それでも次々に上がってくる。坂を叩き落としていると、見えた。将軍だ。あいつが、この辺りの群れを指揮しているとみて良い。

王種を守る親衛隊であり、その麾下にてフィルフサを指揮する司令塔。奴を倒せば、少なからず混乱を引き起こせる。

将軍は通常の群れであれば60と聞く。疲弊していても20くらいは少なくともいる筈だが、この辺りのフィルフサは相当に消耗している様子だ。

だったら、そこまでの数はいないとみて良いだろう。

楽観では無い。

単なる客観である。

爆弾を投擲。

殺傷力が高い欠片をばらまくクラフトの、更に強大にしたもの。クラフトリオ。単純な物理的衝撃なら、こいつが最大火力を出せる。

耳を塞いで。

叫んでから、起爆。

同時に、辺りを衝撃波が蹂躙していた。

坂の上にいるあたし達はともかく、下にいるフィルフサどもは猛烈な衝撃波の直撃を受けたはず。

それに耐えるのは、恐らく。

凄まじい勢いで、将軍が坂を登ってくる。ダメージも軽微。丁度良い。想定通りの状況だ。

少し下がる。

将軍を単騎に孤立させ、集中攻撃を仕掛けて仕留める。対フィルフサ戦の基本だ。ましてや、この坂で。下では将軍の配下が壊滅的なダメージを受けている状況である。

念の為、もう一発クラフトリオを放り込んで、炸裂させておく。とどめというべきだ。将軍が、凄まじい唸り声を上げながら迫ってくる。此奴の唸りも、生物的な威嚇などではないだろうが。

ともかく、接近してきた所を囲み、突貫をレントが受け止める。

少数だけ、フィルフサが随伴して追いすがってきたが、それらはリラさんが躍りかかって、片っ端から叩き伏せる。

あたし達は、将軍だけを相手に集中する。それも、かなり装甲にダメージを受けている奴だけをだ。

それでも強い。

しばしの死闘の末に、どうにか仕留めるが。一度撤退し、休憩するべきだろう。幸いと言うべきか。倒れた将軍を解体しながら見る。周囲のフィルフサが、算を乱して逃げ散っていく様子を。

今日は、もう一戦くらいできそうだな。

坂を下って、もう一当て出来そうだ。

そう、あたしは判断していた。

 

坂の下に降りる。フィルフサは仕掛けてこない。この辺りを統括していた将軍が倒れたからだろう。

勿論時間を掛ければ再進出してくる可能性が高いが、その間に戦線を押し上げさせてもらう。

休憩を入れて、充分に疲れは取れた。

雑魚は仕掛けて来るが、今の時点で大物の姿はない。それでも強い。ディアンが、頭を潰しても腹を潰しても平気で動くと嘆く。

タオがアドバイスをしていた。

「一度装甲を剥がして、コアを探すんだ。 コアが露出さえすれば、それを叩き潰せば倒せるよ」

「なるほどな。 潰すんじゃなくて、コアを露出させるのか」

「そういうこと」

「ありがとうタオさん。 やっぱり経験はなんにでも必要だな!」

坂を下りた先は、なんだろう。

見た事がない結晶や、それにこれは。

機械の残骸か。

色々ある。手にとって見ていると、声を掛けて来たのはオーレン族の戦士だ。歴戦の戦士らしく、体中に傷跡がある。男性戦士だが、屈強な筋肉がついているわけではない。恐らくだが、魔力による倍率が尋常ではないのだろう。この辺りは、リラさんと同じだ。

「錬金術師ライザリンだな」

「はい。 ライザと呼んでください」

「俺は青爪氏族のメドだ。 この辺りのフィルフサを担当していたのだが……半日もかからず、将軍を仕留めたのは凄まじいな。 フィルフサの王種を四体も仕留めたと聞いているが、それは噂では無いと言うことか」

まあ、本職にそう言われると謙遜してしまうが。

ともかく、この辺りについて聞く。

メドさんは、この辺りで戦いを続けていたらしいが。神代の錬金術師は直に見たわけではないという。

比較的若い世代だそうだ。

「ただ、話は聞いている。 此処から北に行ったところに、奴らの根城の一つが存在しているそうだ。 中はフィルフサが当然いて、王種の存在も確認できているとか」

「なるほど、集落北西の主がそれみたいですね」

「この南には、少なくとも二つの群れが存在している。 気を付けてくれ」

「分かりました。 ありがとうございます」

比較的穏やかな人だが。

恐らくだが、古代クリント王国や、神代の錬金術師の凶行を見ていないから、なのだろうと思う。

機械類を調べていたタオだが、断言する。

「非常に古いものだ。 神代のものでも、千三百年以上前のものだとみて良い」

「よし、後で持ち帰ろう。 解析する」

「でも、それって警戒されないですか?」

パティがそうもっともなことを言うが。

問題は他にある。

今、神代の錬金術師がどういう手を使ってくるか、まだ読み切れないのだ。

それと、テクノロジーは悪では無いという事もある。

使った人間が悪である。

勿論、悪にしか使いようが無いテクノロジーも存在はしているだろう。だが、これがそうは限らない。調べて見ないと、何とも言えない。

「分かりました。 ただ警戒はされると思います」

「大丈夫、こういうのを持ち帰って、解析するって話はしっかりしておくよ」

「妙な事にならないと良いんですが」

パティが不安そうだが。

この辺りは、バカみたいな社交界だの上流階級の礼儀作法だのを見てきて、警戒している故なのだろう。

一応は貴族令嬢なのだ。

本人も馬鹿馬鹿しいと思ってはいるようだが。

「それでどうする。 そろそろ時間的に危険だとみるが」

「フィー!」

クリフォードさんの言葉に、フィーも同意。

確かにそれもそうか。もうすぐ夜が来る。そうなると、ただでさえ不利なフィルフサとの戦いは、もっと不利になるだろう。

「分かった。 もう一当てして戻るよ」

「ライザ、一つ提案がある」

「どうしたんですかリラさん」

「今の戦士もそうだが、武器の供給が追いついていないようだ。 もう少し関係を構築できたら、皆の為に武器を新調したり、調整してやってほしい」

それは、もちろんだ。

此方としても、オーレン族とは仲良くやっていきたい。

この世界のルールに縛られる厳しい人達であることは分かっているが。同時に、彼等が誇り高い番人である事も分かっているのだ。

欲望優先の人間が、世界を破滅させかけた。

それも何度も。

だからあたしは、欲望優先の価値観を是とはしない。

勿論オーレン族となるつもりはないが。むしろ人間より親しみを持てるのは、間違いの無い事実だ。

周囲を威力偵察して、フィルフサの群れをある程度片してから戻る。

アトリエで風呂と食事を済ませて。それから寝る事にするが。やはり、アトリエを監視しているのだろう。

そもそも睡眠が殆ど必要ないらしいオーレン族である。

ずっと、アトリエに対する監視と、警戒の視線があるのが分かるのだった。

 

翌朝。

早くから体操をして体を温めていると、カラさんが来る。

何をしていると聞かれたので、体を温めて戦いに備えていると答えると。カラさんは、面倒だなと呟いていた。

「体のつくりが違う事は分かっていたが、そなたほどの戦士でも、そんなことをしないと戦闘に支障をきたすのか」

「まあ、人間は一日の四分の一から三分の一は寝ないと体を壊すくらい、本来は脆い生物ですので」

「それでありながら、フィルフサの王種を四体も仕留めるとはな。 早速昨日も将軍を倒していたと報告を受けている。 中々に大したものよ」

「いえ。 どの戦いも必死でした」

勿論これは謙遜ではない。

カラさんはにこにこと笑顔を浮かべているので何とも掴みがたいのだが、多分あたしを監視しに来ている。

多分だが。

神代の錬金術師と同じ穴の狢だと判断したら、即座に殺すつもりだろう。

勿論あたしも、無抵抗で殺されてやるつもりはないが。ともかく、違うと言う事を今は行動で示さないといけない。

パティが起きだしてきた頃には、雑談を終えてカラさんは消えていた。というか、本当に消えたかのような動作の速さだ。

千八百歳と言っていたか。それも最低でも。

それだけの年月、技を磨き続けると、ああなるのか。それも、人間よりもずっと個としての能力が高いオーレン族が。

まさに武の極みだな。

そう思って、あたしは感心していた。

パティと軽く打ち合わせをして、アトリエに。

朝食を済ませて、すぐに出る。将軍が倒れたからか、昨日の主戦場辺りには、フィルフサの数は少なく。更に前線を押し上げる事が出来る。リラさんが、フェデリーカとディアンに警告をする。

前後左右、上下、全ての方向を常時警戒せよ。

勿論あたしも理解している。

今は人数も多い。

最前衛はレントが務めるが、最後衛はリラさんに務めて貰う。これはレントが、既にリラさんも認めるタンクとして有能な存在になっているから、である。荷車を中央に、左右にはクリフォードさんとパティがそれぞれつく。どっちも既に歴戦だからだ。

坂を下って少し進むと、洞窟が見えてくる。

かなり複雑な地形になっているようで、立体的に地形が交錯している。見た事も無い素材も多数ある。

何より、この辺りは土壌が母胎になっていない。

フィルフサにやられてしまうと、土壌そのものがフィルフサの母胎になる。そして土壌からフィルフサがどんどん増えていく。王種や将軍などは簡単にはいかないようだが、雑魚はそれでわんさか湧いてきて、文字通り土地をあっと言う間に食い尽くす。

それが為されていないと言う事は。

少なくともこの辺りは、オーレン族が苛烈な戦いで、ずっとフィルフサに好き勝手をさせていないということなのだろう。

古代クリント王国があの門を利用しなかったのは確実。

だとすると、やはりフィルフサは神代の生物兵器だった可能性が高いな。

そう思いながら、あたしは少しずつ道を切り開く。フィルフサとの戦闘はひっきりなしに起き。

中型、大型も仕掛けて来る。

どれも生半可な魔物よりも遙かに強い。

皆に引き渡したグランツオルゲン主体の装備でも、どうにか対応できるか出来ないか、というレベルだ。

更にグランツオルゲンの質を上げるしかないのか。

これだけの性能に引き上げていても、なおもこうも苦労するとは。

無言で戦いを続けて、昼少し前に切り上げる。

大型二十五体を含む、かなりの数のフィルフサを仕留めたが。ボオスがかなりの深手を負って、一度撤退を決めたのだ。左腕がぶらんぶらんになっていて、薬を相当に消耗してしまった。

ボオスも相当に腕を上げているのに。

ともかく傷は塞ぎ、増血剤で対応はしたが、ボオスの消耗がひどく、これ以上今日は戦わせられない。

仕方が無いので今日は休んで貰う。

畜生と、ボオスはぼやいていた。

ただ、フィルフサに弱体化を掛けずにやりあっているのだから、仕方が無いとレントが言う。

レントがボオスをそういう風に慰める程の状況だ。

誰も、何も言わなかった。

昼過ぎからも、フィルフサを次々と倒して行く。少しずつだが、勢力圏を拡大していく。

出来れば大雨を降らせてしまいたい所だが、それだとウィンドルの集落に少なからず影響が出る。

ウィンドルは全て踏みにじられた土地ではない。

だから、大雨で全て流すような戦いは、出来なかった。

しかしながら、フィルフサの群れは母胎となる土を作れず、各地で消耗している状態でもある。

状況は五分五分だろう。

タオが概ねの地図を作る。一から全て作らなければならないからそれなりに大変なのだが、タオは流石で、片手間で仕上げてくる。

クリフォードさんもそれにアドバイスして、短時間で誰にも分かりやすいのを作って来るのだから、大したものである。

ウィンドル周辺の水に囲まれた土地を囲むようにして、フィルフサの群れがいる。それについては、既に黙視している。

今あたし達がいるウィンドルの東から北に1、南に2。その内の一つは、カラさんが言っていた集団だろう。

ただ、攻撃性が思ったほど強くないように思う。

なんというか、グリムドルで交戦した群れのような、凄まじい渇望を感じられないのである。

ひょっとすると、フィルフサの性質が違うのか。

いや、それもデータが足りない。判断するのには、もっとまともな情報が必要になってくる。

二日目も夕方まで激しく交戦し、それで切り上げる。多少の不肖は出たが、とりあえず寝て体力を回復するようにと言ったボオスほど、手酷く傷を受けている者はいない。将軍も追加で一体仕留めたが。

フィルフサの密度が上がり始めている。種類も多彩で、取り込まれた生物の要素が、透けて見えるのが色々複雑だった。

アトリエまで戻り、回収してきた素材などを調べておく。

非常に不可解な素材が多い。

溶けない氷。ちゃんと水なのだが、ちょっとやそっとでは溶けない。調べて見ると、特殊な成分が含まれているようで、それで常温でも水にならないようなのだ。

多数の宝石。クラウディアが欲しがったので分けるが、幾らかは自分で分解して調査してみる。

凄まじい勢いで鉄にくっつく砂。

恐らくは磁石の性質を持っているのだろうが、一度くっついてしまうと外すのが大変である。

他にもよく分からない素材が山ほどある。

それに、機械も点々と落ちていた。既に朽ちたらしい建物跡らしいのも、見つけた。一つを見て、フィーがもの凄く怯えたのだが。なんだったのだろう。

ともかく、地図を作りながら戻る。

ボオスはちゃんと眠っていたようだが、それでも薬の効果覿面。夜のミーティングには参加する。

そうすると、カラさんがまた、アトリエに来た。

総長老は暇なのかなと一瞬思ったが、違うなこれは。

恐らくだが、あたし達を最大級警戒している。それくらい、神代の錬金術師は色々この人達に直接やらかした、ということだ。

先に機械について説明しておく。

技術については罪はない、という話も。

カラさんは、それを笑顔で聞いていたが。目は笑っていない。

全く油断していないと言う事だ。

ただし、多数のフィルフサを屠っているのも事実。

今。あたし達を殺すつもりもないようだが。

「指定された地点へは現在確実に侵攻しています。 フィルフサの数から言って、確かに王種はいそうですが、随分と群れが疲弊していますね」

「ふむ、それを理解出来る程度には交戦していると言う事じゃな」

「はい。 ただ、今までの交戦では、基本的に大雨を人為的に起こしました。 土砂降りの中で交戦して、やっと倒せるのが実情でした」

敵の群れは大侵攻を引き起こすくらいに充足していた。つまり数がそれだけ多かった、と言う事だ。

この近辺の群れは、オーレン族の間引きによって増える事が出来ていない。雨も降っているから、というのもあるのだろう。

質は今まで交戦した群れに決して劣らないが、それでいながら数があまり多くは無い。既にあたし達も、将軍と素でやりあって倒している。

あれは本来だったら、大雨の中で戦って。随伴の雑魚を倒さなければ。近付く事も厳しかっただろう。

ディアンには話してある。

昔、大侵攻の下準備に偵察に出てきていた将軍に、あたしの総火力を叩き込んだ事があると。

それでけろっとしていたという事実も。

それくらい将軍は強い。

ものによってはドラゴン以上の実力を持っていて。古代クリント王国のアーミーすら踏みにじったのだと。

勿論、その時に戦った将軍が、「蝕みの女王」を守っていた最強の個体であったことは忘れていないが。

それを抜きにしても、他の将軍にも。

当時の総火力程度では、通じなかっただろう。

「技術に罪はないというが、そなたはその技術を再生させたらどうする。 好き勝手に拡げるつもりか?」

「そのつもりはありません。 絶対に人間は悪用する。 それを前提に、技術の回復をします」

「ほほう?」

「残念ですが、人間はどうしても悪事を考える時に頭を一番使うんです。 オーレン族はそれなりの数と接しましたが、種族として本当にそうではないことを理解して、羨ましいとすら思います。 オーレン族になるつもりはないし、なれませんけれども。 思考回路が違う事は良く分かっています」

あたしは咳払い。

別に人間の悪口を言っている訳でもなんでもない。

あたしだって悪ガキだった頃は、如何に大人の裏を掻くかばかり考えていたし。

大人になってからは、法やルールの裏を掻く人間が偉い見たいな風潮があるのをみて、うんざりしていた。

真面目に生きる人間を馬鹿にして後ろ指を指したり。

酒も煙草もやらない、真面目に生きている夫を「つまらない」とか言って、浮気している女だって見てきた。

そういう場合、女の方が同情されるというどうしようもない状況を。

真面目に生きる人間が多いほど社会は良くなる。

そんなことは分かりきっているのに。

どうも人間は、自分だけは不真面目にいい加減に生きたいと考え。甘い汁を独占したいと思う。

その過程で他者を殺す事を何とも思わない。その他者には同胞すら含まれる。

それが残念ながら、平均的な人間というものだ。

あたしの舌鋒を聞いて、カラさんは面白がっているようだが。

ただ、それが本心から来ているものか、見極めようとしているのも分かった。

あたしだって、それは裏を掻くような事はするが。

それにしたって、裏を掻くやり方が正しいなんて、今更思っていない。

「大人」と称される人間が、実際には殆ど世の中にいないのと同じで。

人間はこれだけの破綻と破滅を経ても、種として変わろうとしていない。それはとても恥ずべき事だと思うが。

人間にその自覚はないようだとも、あたしはもう色々と諦めていた。

自分だけは違う存在になろう。

そうは思っている。

ただし、それは生きづらいとも理解はしている。

幸い、あたしの此処にいる仲間達は、あたしと考え方が似ている。

ダーティーなやり方を時々やるアンペルさんだって、いきなりそういったやり方を仕掛けるわけでもない。

昔は軽蔑する側の人間だったボオスも、捻くれていただけで。今はしっかり指導者をやろうと真面目に勉強している。

個としての人間は、変わりうる。

だから、あたしは。

種としての人間は信用しない。技術も野放しに拡げるつもりは無い。

個としての人間は信用する。

故に仲間でいるうちは装備を貸すし、力も貸す。

だが人間は変わる。

パティに、もしも圧政を敷くようになったら首を貰うと釘を刺したのもそれが理由である。

あたしはもう年も取らない体になりつつあるが。

今後は、人間を監視する必要があると思う。

古代クリント王国や神代の錬金術師集団の思想を受け継ぐ者達がまた現れた時には。即座に全てを殲滅するために。

オーレン族との交友を進めるにしても、何千年も掛かる事は覚悟している。

それには「思想を受け継ぐ」ではダメなのだ。

簡単に思想は変遷してしまうのだから。

高潔な思想ほどそうだ。

一方で、欲望に堕落した思想は全く変わらず受け継がれる。

つまり、人間とはそういう生物なのだと、諦めるしかないのである。

「なるほどのう。 意外にそなたは人間に対して苛烈にものを考えているようだな」

「恐縮です」

「もう少し見定めさせて貰おうか。 状況次第では、すぐにでも首を貰おうと思っていたのだがな」

「一つ聞いても良いですか?」

笑顔のままクラウディアが挙手。

カラさんは、笑顔で頷く。

こうして笑顔を浮かべている様子は可愛らしい女の子のようだが。時々凄まじい老獪さや、冷徹な視線が目に宿る。

オーレン族も、何度も人間に騙されるつもりはないのだろう。

「グリムドルなどの復興が始まっている事については、どれくらい知っていますか?」

「おう、そういえばグリムドルから安全を知らせる使者が来ていたのう。 風羽の生き残りによるもので、此処の風羽の生き残りと嬉しそうに再会しておったわ。 グリムドルを守る霊祈の生き残りを中心に、纏まっていると言う事だったが」

「良かった。 それが四回の戦闘の一つの結果です。 それからもライザは、あの土地に出向いては、支援を続けています」

「ふっ、少なくとも今の時点では信用しても良いかもしれんのう。 それにライザ。 そなたの体には、生物の繁殖本能が感じられん。 既に人間を止めはじめているようだな。 確かに世界を見守るものとしてのあり方としては、ありなのだろう。 ただ、そのまま腐らずにいられるかな」

カラさんも厳しい事を言う。

だが、それでも、やらなければならない。

オーレン族はそもそも思考回路からして人間と違うから出来ている。あたしも、良い意味で変わらない存在になるには。

やはり、思考回路からして。人間と逸脱しなければならないのかも知れなかった。

 

3、滅びの洞窟へ

 

悲鳴のような鳴き声とともに、将軍が倒れる。辺りにいた小鳥が、逃げ散っていくのが分かった。

オーリムでありながら、フィルフサ以外の生物もいる。

それが此処が、フィルフサに汚染されきっていない事を示している。

グリムドルでは、フィルフサ以外の生物はほぼ存在しないに等しかった。

移動中に、リスににた生物や。小鳥はたくさんみた。小鳥といっても、多分あたし達の世界にいるものとは違うのだろう。

虫もそれなりに見た。

姿が似ているのは、タオが言うところの収斂進化というものの結果なのだろう。

生物は環境に応じた最適解の形状があって。

それに似ていくそうである。

リスや小鳥は、多分こっちの世界の同じ種族とは違うものなのだろうが。いずれにしても、状況に応じて姿が似た、と言う訳だ。

将軍は、これで六体目だ。確認されていた洞窟への道を進んでいくと、何度も遭遇する。そしてやはり手強い。

群れが増えないように、オーレン族が間引いているのだろう。被害を出しながらも。

それを終わらせる。

少なくとも王種を仕留めれば、爆発的な繁殖は出来なくなる。

将軍だって、簡単に代替はできない。

確実に進んでいる。

そう自分に言い聞かせながら、あたしは進む。

洞窟の入口に、かなりの数が群れている。将軍を中心とした、強力な戦力だ。これは油断出来る相手ではない。

ハンドサインを出して、皆がさっと散る。

フィルフサの攻撃性は高い。気付けばすぐに仕掛けて来るだろう。だから、こっちから仕掛ける。

充分に準備が出来てから、あたしは無言で、爆弾を放り投げる。将軍の感覚器の動きを見て。

その反応が最大限遅れる瞬間を狙っての事だ。

まずはクラフトリオが炸裂し。

続けてアネモフラムが灼熱の花を其処に出現させる。立て続けに雷撃爆弾が複数炸裂し。更にはとどめに辺りをメルトレヘルンが凍結させていた。

魔力を媒介にして発動する魔術は、どうしてもフィルフサには通らない。

だが、こういった爆弾なら話は違う。

問題は爆弾にコストが掛かる事で。

コアクリスタルを用いて複製するにしても、ごっそり魔力を吸われるということだ。今のも、アンペルさんとセリさんとあたしで連携して投げたのだが。それでもかなり魔力をコアクリスタルに持って行かれた。

濛々とした煙を吹っ飛ばして、将軍が躍り出る。雑魚の大半は今ので消し飛んだが、やっぱり将軍は仕留められないか。

レントが躍り出て、鋭い角をもつ将軍の突撃を真正面から受け止める。それだけじゃない。

パティも出て、将軍の真横を通り過ぎながら、抜き打ちを叩き込む。

将軍の頑強な装甲に火花が散る。

わっと飛び出してくる生き残りのフィルフサ。体が半分になっていても、動いている奴も多い。

即座に乱戦になる。

洞窟を塞いでいた氷を粉砕して姿を見せたのは、二体目の将軍。

あの洞窟、やはり奧には王種がいるとみて良い。

「そいつは任せるよ!」

「おうっ!」

将軍が背中から展開した触手が、鞭のようにしなって辺りを薙ぎ払う。それをレントが可能な限り防ぎ、パティも何度も斬り払って見せる。

将軍の背中に、ボオスが剣を突き立てる中。

あたしは新たに現れた将軍に、出会い頭にフラムを放り込んで起爆。吹っ飛んだフラムの灼熱の中、走る。

突きだしてくる鋭い槍。更に、光。

将軍は遠距離攻撃手段をもっている事が多い。ドラゴンなどの空を飛ぶ相手への、対空手段なのだろう。

あの光は、かなり凶悪な遠距離砲とみた。

放つのを許さない。

槍を、紙一重でかわし、至近距離に。

将軍は間近に来たあたしに、それでも魔力砲を放とうとするが。

クラウディアの放ったバリスタみたいな矢が、横っ面を張り倒し。更にそれが立て続けに将軍の体を襲う。

ぐらついた将軍の姿が見える。

体中からさっきの槍を放つ事が出来るようだ。多数の触手が蠢いていて。口のある所に魔力砲が出ている。

また繰り出される槍。

それを脇で掴むと、あたしは気合とともに。踏み込み。

そして、将軍を持ち上げていた。

「おおう、りゃああっ!」

もがく将軍を、そのまま放り投げる。

背中から地面に落ちた将軍は、己の重量が原因となって、強かに体を傷つける。触手を使って必死に受け身をとろうとしたようだが。

地面に落ちると同時に、あたしはそのまま二回転して。回転の威力を乗せながら、回し蹴りを叩き込んでいた。

拉げる将軍の装甲。

其処に、ディアンが躍り出て。

上空から、斧の一撃を叩き込んでいた。

火花が散る。

ディアンが吹っ飛ばされる。

将軍の体が二つに割れると。体内からおぞましい数の触手が現れ。それが無理矢理体をひっくり返して立て直す。

だが、今ので見えた。コアだ。

ハンドサイン。クラウディアに、狙って欲しいと言う意味だ。

体内でコアを動かす器用な将軍もいるが、こいつはあっさりあたしへ接近を許したばかりか、放り投げられるような迂闊な奴だ。

多分出来ない。

そのまま、立て続けに飛んでくる触手をかいくぐって、至近に。将軍がさがる。

引いたな。

そのまま、ディアンとタオも攻勢に加わる。

洞窟の奧から、更にフィルフサが出てくるが、雑魚ばかりだ。セリさんが植物魔術で、まとめて空に吹っ飛ばし。

其処をリラさんが植物魔術で繰り出された蔓を足場に飛び、鉄爪と体術で、またたくまに仕留めていく。

もう一体の将軍も、レント達が押し込んでいる。

此奴は、此処で仕留める。

横薙ぎ。

あたしは跳躍して、それをかわしていた。

将軍はさがりながら、複数の触手を束ねて、「突」から「斬」に攻撃をいきなり切り替えたのだ。

攻撃パターンの切り替えは、野生の動物には有効かも知れないが。

フィルフサ戦を散々こなしているあたしは、二体のフィルフサが重なっている、なんて奴とも交戦している。

どうしても本能依存の戦闘をするフィルフサに、今更この程度で遅れを取るか。

今の一撃で、むしろ体勢を崩した将軍の横っ腹を、立て続けにクラウディアの狙撃が襲う。

更にあたしは踏み込みつつ、振るわれた多数の触手を掴んで、力比べと行く。

足腰を極限まで鍛え。

更に装備品で強化をガン積みし。

ついでにフェデリーカの舞いでそれを更に倍率を上げているからできる事だ。将軍が。軋みのような音を上げる。

まさか。

人間に、力勝負で拮抗するとは思わなかったのだろう。

とどめとばかりに、ディアンが斧を振るって、触手数本を薙ぎ払う。体を分割して離れようとする将軍だが。

その瞬間、コアをクラウディアの狙撃が貫いていた。

倒れる将軍。

虫のように、死んでもしばらく動いていると言う事もない。即座に動かなくなる。

飛びかかってきた猿のようなフィルフサを、回し蹴りで粉みじんに消し飛ばすと。すぐにもう一体の将軍を潰しに向かう。

もう一体はレントの猛攻でダメージを蓄積させていて。

今、アンペルさんの空間切断がコアに届いたらしい。

竿立ちになると。

後は倒れて、動かなくなっていた。

周囲のフィルフサが逃げ散り始める。とりあえず、これでいいか。すぐに怪我人の手当てに入る。

「ライザ姉、すげえな! あんなデカくて強い奴を相手に、正面から力勝負して、しかも投げ飛ばしたぞ!」

「お、お前……ますます人間止めてきてるな」

「足腰を上手く使っただけだよ」

ボオスにさらりと返すと、手傷を受けていた皆を集めて、手当てをする。その間、クリフォードさんが周囲を警戒してくれる。

今日は四日目。

今までに倒した将軍はこれで10丁度。

洞窟の中にも将軍はいるだろうが、この様子だと王種と分断して戦う事が恐らく可能だろう。

敵の密度が低い。

将軍も直衛の戦力を殆どおいていない。それだけオーレン族が消耗させていると言う事だ。

少し戻って、地図を作り直す。

この洞窟に来るまでに、気になる地点はかなりあった。後方からの奇襲を警戒すべき地点もだ。

それらを全て潰しながら進んだので、かなり時間は掛かってしまった。

一度戻り、見渡しが良い場所に戻る。

やはりフィルフサが彼方此方で彷徨いているのが見える。不愉快な話だが、やるしかない。

オーレン族の戦士が来る。

女性戦士で、フードを被っていた。フードを被る戦士は、どちらかというと魔術専門の戦士らしい。

リラさんのような肉弾戦派は、皮鎧の方が主体のようだ。

勿論普通に魔術を使ったのではフィルフサには通じないので、セリさんのように植物による代替攻撃や、或いは一旦何かを浮かせてそれで質量攻撃をするなどの、様々な副次的効果でフィルフサを狙うらしい。

これについては、将軍の残骸を持ち帰ると、時々オーレン族が聞かせてくれた。

「錬金術師、この辺りまでフィルフサを掃討したのか」

「はい。 どうにか、ですが」

「此処から上がった所のフィルフサも掃討できただろうか」

「恐らくは。 近くにフィルフサの気配はありませんので」

オーレン族は頷くと、一緒に来て欲しいと言う。

朱星氏族の戦士で、ディルさんというらしい。ディルさんは、小高い丘に出る。色々と、何か積み上げられている。

フィルフサがいないので放置していたのだが。

なんとなく分かった。

此処は、墓だ。

「此処には、フィルフサや奴らとの戦闘が開始されてから、倒れた戦士が埋葬されている。 一番激しかった戦いの頃の戦士が多いが。 それ以降もフィルフサには多くが殺された。 私の弟も此処に眠っている」

「何か、できる事はありますか」

「この辺りのフィルフサを掃討してくれ。 それだけを頼む」

「分かりました。 必ず」

まだたった五十歳だったのに。

そう呟くのを聞いて、本当に色々と厳しいんだなと思う。

オーレン族の成長速度は人間よりかなり遅いらしいが、それでも五十歳になると、人間でいう十二〜三歳くらいの状態にはなるそうだ。

これはリラさんからもセリさんからも、同じ話を聞いている。生まれてから、成人するまでは、オーレン族はかなり早いという事だろう。妊娠期間が10年あるという話を聞くと、なおさらそう思う。

十二〜三歳の子が戦場にかり出されて、そして命を落としたというのは。

訓練をしている暇が殆ど無いことを意味する。

孤立した集落とかだと、それくらいの年の子が、武器を持って魔物とやりあわされるのがよくあるようだが。

それと同じくらい、末期的と言う事だ。

気合が入る。

「色々文化が違って、めまいがしそうです。 でも、オーレン族で五十歳というのは、まだ子供と言うことですよね」

「子供も子供、やっと体が出来はじめる頃だ。 普通は戦場になど出ない」

「……なんとかしないと」

フェデリーカが唇を噛んでいる。

この子も色々とあったからか、それなりに気合が入り始めている。今でも結構びくびくしているが。

それでも成長している、と言う事だ。

ディルさんを送ってから、そのまま掃討作戦に戻る。まだ薬の余裕はある。地形を確認して、背後からの奇襲を防ぐためにも、ちいさなフィルフサの群れでも容赦なく叩き潰していく。

とにかく勢力圏を広げる事だ。

今までは、オーレン族は奇襲を主体にフィルフサを倒していたから、小規模な戦果を上げることしか出来なかった。出来の数は削れても、どうしても一度に倒せる数が限られていた。

希望はだから小さかったし。

皆、ぴりついていた。

此処に先に来た、恐らく神代の錬金術師どもが、相当な無法を働いたと言う事も要員なのだろう。

いずれにしても、とにかくやる事をやるだけだ。

洞窟入口まで戻る。この辺りは、かなり安全圏が拡がったが。遠くの原野には、まだ多くのフィルフサがいるのが分かる。

ウィンドルというこの聖地も、周辺を守るので精一杯。

いずれ、あの辺りにも遠征しないとダメか。

兎も角、一定の成果を上げないといけない。

フォウレの里の方でも、成果は期待しているだろうし。

竜風についても、突き止めなければならないのだ。

どうもフィーについても知っているようだったし、それについても聞いておきたい。

辺りの掃討作戦は終わったので、洞窟に。

ここからが。

本番だ。

 

洞窟の中は、見るからに危険な毒キノコが生えていたり。巨大な蜘蛛がいて、金色の糸を張っていたりした。蜘蛛は大きかったが、どうも攻撃性は小さいらしく。あたしが近付くと逃げていく。

蜘蛛の巣をちょっと貰う。

どうも普通の蜘蛛の巣と違って、もの凄く頑強なようだ。これはひょっとすると、強力な繊維に変えられるかも知れない。

巻き取って貰っておく。

「周囲の警戒、よろしく。 全方位」

「ああ、分かってる」

「……タオ、気付いたか」

「ええ。 これ、自然洞ではありませんね」

クリフォードさんとタオが話している。

どうもこの洞窟は、あらゆる意味で不自然だという。フィルフサが掘ったものかなとあたしは思ったが、それはちょっと考えにくい。

フィルフサは土壌を自分達の母胎に改造して、そこからフィルフサを作り出すのだけれども。

それには地表近くが適しているようなのだ。

ずっと交戦し続けたリラさんからも話は聞いているが、フィルフサはどうにも地下で繁殖するのでは無く、地上近くの土を母胎にする傾向があるらしく。地下に住み着くのはあまり多く無く。

あるとしても、将軍や王種が身を潜めるためであるらしい。

だとすると、この洞窟は何だ。

タオとクリフォードさんがおかしいと言っている事もある。

何か人為的な罠くらい、あるかも知れなかった。

無言で調べながら進む。

奧からフィルフサの群れが時々出てくるが、どれも蹴散らす。蹴散らすと簡単に言うが、毎回手傷を皆受ける。少しずつ、進む。

すぐには増えない。

爆発的な繁殖をするフィルフサだが、恐らくは此処ではそうはいかない。だから、念入りに警戒しながら進んでいく。土中だ。本当に、どこから来ても不思議ではないのだ。

大きめの気配。

少し広めの空間に出る。将軍がいるのが見えた。それも二体か。

どちらも、辺りをゆっくり警戒して動いている。

更に奧に強い気配。

どうやら、この奧に王種がいると見て良さそうだ。狭いし、戦闘を避けるのはかなり厳しいだろう。

そして将軍と王種が全力で暴れたら、ちょっと対応は難しいとあたしは判断していた。

「釣るよ」

「了解……」

さっと皆がさがる。フェデリーカも、パティが手を引いて後ろに連れて行く。

釣るというのは、敵を誘引すると言う事だ。洞窟の外まで引っ張り出して、其処で戦闘をする。

王都近郊でのフィルフサ戦でも洞窟内で厳しい戦いをしたが、それは出来れば何度もやりたくはない。

洞窟の崩落に巻き込まれて死んだりしたら、最悪だからだ。

後ろから、ハンドサイン。

問題なし、ということだ。

洞窟の地図は、既にタオ達が作ってくれた。あたしはしっかり逃げ切れるかちょっと自信がないが、それについてはタオが誘引してくれるだろう。

石を投げる。

将軍が反応した。

あたしがべろべろばーとして見せると、一目散に逃げる。即座に追ってくる将軍。追いつけそうな速度を保ったまま、あたしは洞窟内を走り上がる。タオが先行しているが。後方からは凄まじい、洞窟を踏み崩すような音が轟いてきている。

将軍だけじゃない。かなりの数のフィルフサが、追ってきていると言う事だ。

四つ足のフィルフサが追いついてきた。小型で、犬くらいの大きさだ。だが、口は鋭い牙がずらっと並んでいて、噛まれでもしたら足を丸ごと持って行かれかねない。

だから、食いついてきた所をひょいとかわして。踏み砕く。

そのまま走る。

また追いついてきた奴を、後ろ回し蹴りで粉々に消し飛ばす。

それでも死んでいない。

かまわない。

ともかく、動きを封じて、そのまま距離を稼げればいいのだ。走る走る。後ろから、どんどん追ってくる。

洞窟を飛び出す。

既に皆は、半包囲の陣形を組んで、其処を死地にしていた。

タオは先にそっちに加わっている。

あたしは振り返ると、まずは飛びかかってきた大型犬くらいのフィルフサを、回し蹴りで粉々にすると。

将軍が出てくるまで、一斉攻撃を浴びせて。小型フィルフサをまとめて袋だたきにする。

更に中型が出て来た所で一旦戦線を下げ、勝てそうだと思わせながら、少しずつさがる。将軍も洞窟から出て来たようだ。

見た所、それほど強い将軍ではない。

ただやはり、奧に王種がいるからだろう。

出てくるフィルフサが、相当に多い。

あたしは、空に投擲。メルトレヘルンだ。そして、冷気爆弾を炸裂させると同時に。フラム複数で、それを一気に蒸発させていた。

結果。

辺りに、高熱の蒸気がぶちまけられる。それで、フィルフサが悲鳴を上げてのたうち廻る。

勿論高温の蒸気をもろに喰らったというのもあるが。

大量の水を、一気に浴びたと言う事もある。

更に追い風になったのが、空模様だ。既に曇っていたのだが、雨が降り出す。大雨の中、今のでのたうち回っていたフィルフサが、次々動かなくなっていく。中型、大型のフィルフサも困惑している中、クラウディアの矢とクリフォードさんのブーメランが、次々に柔らかくなった装甲を打ち抜いていた。

突貫。

あたしが叫ぶと、皆が反転攻勢に出る。

あたしが狙うのは将軍だ。

将軍は、体勢を立て直すと、立て続けに光を放ってくる。着弾、爆発。狙う瞬間をよく見て、着弾点を見切っていたから回避できたが、もろに喰らったら即死だっただろう。そのまま、一気に間合いを詰める。

狙うのは、まずは一体のフィルフサだ。

巨大な眼球みたいなのをもっていて、それから今の光みたいなのを放ってきていた。多数の足を振るい上げて、あたしを迎撃しようとするが。

至近で跳躍。

踵落としを叩き込み、ガードに回していた多数の足をそのまま砕きつつ。

巨大な眼球のような構造体を、踏み砕いていた。

高熱の蒸気でダメージを受け。

更には雨で続けて大きなダメージを受けている状態だから、此処まで効果覿面だったと言える。

至近から、蹴り技のラッシュを叩き込む。

もう一体の将軍にはパティが肉薄。その将軍は大きな鎌みたいな腕を振るってパティとつばぜり合いをしているが、パティの方がどう見ても剣技では上だ。乱戦の中、確実にフィルフサが減っていく。

あたしも、目の前の此奴を仕留める。

気合一閃、フィルフサの装甲を蹴り砕く。ずり下がった将軍は、必死に手足を再生させて猛攻を仕掛けて来る。

何度も肌を抉られる。

接近戦だ。仕方が無い。それに、この状況。乱戦に持ち込んだ時点で、ある程度の手傷は覚悟している。

頬を抉られつつも、あたしは前に出て踏み込むと。防ごうと展開してきた触手を蹴り払って。

振り返りつつ、装甲の奧で光っていたコアを掴み。

そして引きちぎり、引っ張り出していた。

返せ。

そう叫ぶようにフィルフサが触手を伸ばしてくるが、そのままコアを握りつぶす。それで、フィルフサは動かなくなった。

呼吸を整えながら、他を見る。

パティは押し気味。よし、加勢して一気に決める。突貫。

将軍が一体倒れたことで、他の大型や中型が、露骨に混乱している。だが、数が少し多いのも事実。

悔しいが、今日はここまでだな。ともかく、此奴らを仕留めて、それで一度戻る事にするしかないだろう。

パティに押され気味だった将軍は、あたしが猛禽のように躍りかかると、それだけで逃げ腰になったが。

お前、逃げようとした動物を逃がしてやった事なんて、一度でもあったのか。

殺して嬉々として母胎にするべく土にすり込んで。

それで自分達の養分にしていたんだろうが。

手傷はむしろ体を熱くする。

ぶんと振るわれた鎌を、伏せながら回避。その伏せる動作すら、体を動かすためのバネに変える。

うなりを上げて繰り出した蹴りが、フィルフサの足を二本、まとめて打ち砕いていた。更にパティが剣を鞘に収めると。

がつんと、相手を唐竹に斬る。

そして唐竹に割れた裂け目に、立て続けに突き技を繰り出す。

この手の技は、二撃目が本命。

それを見事に生かした二連撃だ。

今のでコアを貫いたらしく、将軍が痙攣した後、動かなくなる。

後は、雑魚を掃討するだけだ。

雨が程なく止む。

荷車に移動して、薬を取りだして、手当てを始める。やはりみんな手傷を受けている。クラウディアも。

これだけの乱戦で、相手がフィルフサだ。どうしようもない。

「一度引き上げるよ」

「それがよさそうだ」

タオがぼやく。

リラさんも、正しい判断だと褒めてくれた。

アンペルさんが結構しんどそうである。

やはり、ずっと閉じ込められていたのが効いているのだろう。ただでさえ、アンペルさんは色々と年齢を誤魔化しているそうなのだから。

後で、アンペルさんに、加齢しなくなる薬の話をするか。

不死は無理だろうが、不老はあたしはもう実現している。

もしも今後、門を閉じて回るのだとしたら。

あたしに後を継がせるにしても、手が足りないだろう。

選択肢としてはありだ。

生のママの人間とやらが、どれだけ醜いかは。あたしもアンペルさんも、散々見知っている。

今更、「人間性」なんてものに、こだわる必要なんて、ないだろうし。

アトリエに戻ると、本格的な手当てと、風呂を順番にこなす。また、いつの間にかカラさんが来て、話に加わっている。

「洞窟の奧に強い気配があった。 多分あれがフィルフサの王種だよ。 明日、勝負を掛ける」

「ほう、もう洞窟の奧にまで辿りついたか」

「カラさん、何があるのかは見せてもらいます」

「そうせい。 その後、それを見てそなたらがどう思うかが問題よ」

そう。

判断次第では、オーレン族が総出で掛かってくるだろう。

頷く。

どれだけの人間の業が其所に込められているとしても。あたしは、逃げるつもりも、目を背けるつもりも。

ない。

 

4、全てを見てきたもの

 

カラはそもそも最初からオーレン族の総長老になった訳ではない。当然の話だ。激動の時代を生き延びた。

ただそれだけが理由だ。

もっと優れた賢者は幾らでもいた。

もっと優れた戦士だって幾らでもいた。

だが、それらの全てが命を落とした。オーレン族はみんな生真面目で、だから最前線に立った。

強い者が、基本的に最前線に立つ。

当たり前の事をやってきた。

それに対して、奴らは違った。

勝つためには何をしても良いと本気で考えている。

それどころか、自分達の利益になるなら、何をしてもいいとすら本気で考えている。

捕獲した奴らの一人の頭を直接覗いて。それらが確認できたときには。

既に事態は取り返しがつかない事になっていた。

大きな戦いになった。奴らを追い払うことまでは成功した。

だが奴らが腹いせに残していったフィルフサはどうにもならなかった。追い払った奴らを追撃する余裕も無く。

以降は人員をすり減らしながら、フィルフサを仕留めていくしかなかった。

オーレン族は年を経ていくと、やがて背が低くなり、子供の様に縮んでいく。それでも戦いを続けられるように、魔力は落ちないし、筋肉だって減らない。元々普通の生物の筋肉とは造りが違うので、細く見える事もあるが。それはそれ、これはこれ。

カラの能力は、若い頃から衰えていない。

ただ、やはり頭の方はどうしても衰え始める。

最近はどうしても好奇心が子供の様に湧いて出る事があって。

周囲の側近達に、戒められることも多いのだった。

最終的には、幼子のようになってしまい。同時に免疫系がそろって狂い初めて。死んでしまうのだが。

まだそれには、数百年は時間はある。

その間は、長老として。カラは生き続けなければならなかった。

ライザリン……ライザと呼んで欲しいと言っていたか。

あの錬金術師の娘とある程度話して分かってきたことがある。

今までも、情報は断片的にえていた。

それで、錬金術師が、極めてエゴイスティックで。自分さえ良ければどうでもいいという思想を、ずっと引きついている事は理解していた。

五百年ほど前に二度目の侵略を仕掛けて来たクリントとかいう国家集団を裏から操っていた錬金術師どもも同じ。

そやつらに気を許すな。

そう風羽の伝令を飛ばしたときには既に時おそし。更にフィルフサによる汚染は拡大する事になってしまった。

もう同じ過ちは繰り返せない。

これ以上この世界がフィルフサに汚染されたら、どうにもならないだろうし。

総長老の家に戻る。

側近二人が、じっと待っていた。

ちなみに、側近だが。血縁的には孫に当たる。カラも既に失ってはしまったが、夫がいたのだ。

夫ににて口うるさいので、時々閉口するが。

ただ、自分の老いによる精神の変化も自覚しているので、口うるさくても従うようにしてはいた。

なお、血族だから側近にしているのではない。

単に、歴戦の戦士の生き残りが、それだけ少ないのである。

「長老。 またあの錬金術師の様子を見に行っていたのですか」

「おう。 どうやら今の時点では、ライザというあの錬金術師、今まで見てきた者どもとは異質よのう」

「そう見せかけているだけの可能性は」

「わしを誰だと思っている」

そう指摘すると、二人とも黙る。

カラがただ笑顔で話しかけているだけだとでも思ったか。

ライザの思考は読んでいる。

その師匠であるらしいアンペルのも一緒に。

それによると、どうもライザという娘は、錬金術の技術だけは引き継いだが。

自分の好き勝手に世界を弄くりまわして良いというエゴイスティックな思想については、一切引き継がなかったようである。

これはアンペルも同じらしい。

錬金術師という者達に脈々と引き継がれてきた、全能感とエゴ思想。

奴らの文献などを見る限り、そもそも奴らが神代と呼んでいた時代には、性欲が強い方が優秀だとか。欲望のまま振る舞う事が格好良いだとか。そういう思想が錬金術師だろうとそうでなかろうと関係無く蔓延していたらしく。

それらの思想が、錬金術師の全能感とエゴを育てたようだというのは分かったが。

どうも人間もあれから。特にクリントとやらのせいで、フィルフサによる大被害を受けて大きなダメージを文明に受けたようで。

結果として、ああいう思想の変化が起き始めているのかも知れない。

まあ、何とも言えないが。

「それで、如何するのです。 例のものまで、ライザリンは恐らく到達するでしょう。 王種を倒せるだけの実力があるのは明白ですが」

「その後に聴取をする。 反応次第では首を刎ねる」

「御意……」

「ただし、場合によってはこの世界からフィルフサを一掃し、フィルフサを撒いたあやつらを片付けるための力になるかもしれん。 それは周知しておけ。 わしとしても、この世界をどうにか出来るのであれば、それは利用するつもりよ」

眉をひそめる側近二人だが。

ともかく今は、順番にものを片付けて行かなければならない。

伸びをする。

普通オーレン族は睡眠を必要としないのだが。

年を経ると、オーレン族は眠るようになりはじめる。

カラもそうだ。

二百年ほど前、睡眠が欲しいという欲求を覚えて、愕然とした。脳を半分ずつ眠らせて幾らでも動けるオーレン族が。

これが老いかと焦ったし。

同時に、これも運命かと諦めもした。

ただ、フィルフサをどうにかしてから死にたいという欲求だけはある。それが為せるなら、どうなってもかまわない。

ライザという者は、その鍵になりうる。

ならば、利用する事も。

場合によっては、考えなければならなかった。

 

(続)