伝承と真相

 

序、人食いのゴーレム

 

城壁はほとんど隙間もなく、つるつるだが。そもそもあたしは、跳躍に関してはそれなりに五月蠅い。

更にはセリさんもいる。

足場を植物魔術で作ってもらい、クリフォードさんと一緒に城壁の上に上がる。理由としては。

一番外の城壁である此処が。

密林の中の城を見るのに、一番良いからだ。

勿論、森の中にフォウレの里の斥候が来ている場合、見られる可能性はある。だから、気を付けなければならないが。

城壁の上に出るまでは良いが。

それ以上跳ぶのは厳禁だ。

城壁の上に出る。あたしの背丈の五十倍前後、というところか。

とんでもなく高い城壁で、王都のものよりも遙かに高い。それでいながらとても薄く、なおかつ頑強なのだ。

一部だけ破壊して。そして他には手をつけなかった。

この城を攻めたもう一つの文明。

恐らくは、クーケン島近くに群島を作った錬金術師と同じ連中……は。おそらく、内部のものを徹底的に破壊したが。

この構造体そのものは壊すまでもないと考えたのか。

或いは、見せしめにするために。

この城を作った人間達の誇りの結晶であるこの城の一部を、敢えて残していたのかも知れない。

あの群島の宮殿の地下にあった、死骸。

都合が良い奴隷として使えるという、ホムンクルスに対する説明。

それをエサに人間を釣ろうとする言動。

そう言った事からも。

神代の錬金術師に対する評価は、既にあたしの中で地獄の底にまで落ちている。

前は古代クリント王国の錬金術師は見つけ次第殺すとくらいまで考えていた。まあ、もう全部死んでいるのだが。

今は、神代の錬金術師がそれに置き換わっている。

勿論古代クリント王国の思想を受け継いだ錬金術師がいたら、生きたまま蹴り砕いてやるが。

神代の錬金術師は、それこそどれだけ残虐に殺しても、なんとも思わないだろう。

城壁の上で身を低くして、手をかざして内部を見る。

ふむ。

内側の城壁は更に高いようだが、これは外部が陥落しても、内部が頑強に抵抗するためだったのだろう。

ただ、砕かれていて、城壁は素通しで内側が見える。

そして最深部も。

最深部の扉がある周辺は、此処からだと見えないか。そして危惧していたことだが。城壁の一部にも、例の監視装置がついているようである。

フォウレの里にも、この上に上がれる人間がいたのか。

それとも、或いはだが。

もとの文明でそもそも配置していた装置なのかも知れない。

だとすると、そっちの方はフォウレの里でも見ていない可能性は否定出来ない。

ともかく、一度城壁を降りる。

クリフォードさんに意見を聞いてみるが。見た感じでは、この城壁群は守り側の作ったものであって。

主に内側が変えられている。

城壁でも、城の入口付近のものは置き換えられているようだが。

城の全てを造り替えるつもりは、攻めてきた文明……神代の錬金術師達にはなかったようだ。

出来なかったのでは無く、しなかったのだろう。

理由は、まだ何とも言えない。

そもそも竜脈だったら、此処だけではなくいたる所にある。

この文明を押し潰したとしても、なんの理由があっての事か、よく分からない。

とにかくそれを見定める必要がある。

皆と合流して、情報を共有。

更に慎重に、内部を調べる。

種の改良方法は既に昨日発見した。というか、そもそも錬金術の観点からすれば、改良なんてむつかしくもないし。兵器として無力化するのも簡単だ。

これにアンペルさんの機具の改良をセットにすれば、フォウレの里は当面やっていけるだろう。

それを交換条件に。

城の最深部の探索許可と、アンペルさんの解放を頼む。

験者は多分簡単に条件を飲んでくれる。

問題はフォウレの里の頭が硬い老人達だが。

それも恐らくは、もう相当軟化しているはずだ。

殺された者達の仇を相当に討った。

フォウレの里では逃げるしか無かった巨獣二体を仕留めた。

城に行けなくなっていた最大要因であった巨大マンドレイクも討ち取った。

農村、鉱山の街への交通も回復させた。

これだけ恩を売れば、流石に信用がーとか抜かしている連中も黙らざるをえない。人間はどこまでも恥知らずになれるが、フォウレの里の人間は、話が通じる。だからこそディアンは怒っているのであって。

話が通じない相手だったら、ディアンみたいな性格なら、里を出て戻らないだろう。それは若い頃の験者だって同じ筈だ。

クリフォードさんが、手早く城の図面を書き起こす。

タオもそれにあわせて、幾つかのアドバイス。ディアンも、一緒になって意見を出す。

「だいたいこんなところだね」

「扉がある辺りは、複雑な構造になっていて、正面からしか攻められないね」

「うん。 もの凄く念入りに守りを固められてる。 何かしらの理由があって、そうしているんだと思う。 本来は多分、接近すら出来なかったのだろうけれども。 神代の錬金術師達が、それを取っ払って、少なくとも正門は入れるようにしたのだろうね」

「後から来た人間が、好き勝手に荒らしていったわけだ。 古代クリント王国くらいまでは、勝った人間は負けた人間をどうしても良いとか言う腐った理屈がまかり通っていたらしいが、反吐が出る」

レントが吐き捨てると、皆頷く。

ボオス辺りは昔だったら皮肉混じりに反論したかも知れないが。ボオスも素は其処まで腐っていないのだ。

今は、素直にレントに同意できるようだった。

クーケン島の事を考えている事に関しては、ボオスだって同じなのだ。

今は、ボオスは真面目で、有能な指導者とは何かを真面目に考え。

王都の腐った習慣を目の当たりにして。

それを反面教師に、成長しようとしている。

「良いかなライザ」

「どうしたの」

タオが挙手。

そして、地図の一点を指した。

「城門を調べる前に、この辺りを調査させてくれるかな」

「別にかまわないけれど、多分此処の守り主は手強いよ」

「分かってる。 だからこそ。 どれだけ被害が出るか分からないからね。 僕達にも、城にも」

「……分かった」

城の一角に移動する。

其処は他と同じ箱だったが、タオが言うには、此処だけ表札みたいなのが外されているという。

結構内側で、普通だったら何かあった施設だっただろうに。

それも、新しく利用された気配もない。

内部にいた魔物は、もう既に処理してある。城の中の魔物は、一回目の侵入、それに今回で、とりあえず邪魔なのは片付けた。

内部は綺麗にただの箱になっていて、何も残されていない。

しばらく辺りを探ってみて、それでクリフォードさんが先に気付いた。

手を振って、皆を呼ぶ。

そして、タオと一緒に調べていて。

床が、いきなりスライドして。階段が出現していた。

「これは……!」

「隠し階段だ。 多分だけれども、最重要施設だよ。 それも守り側の。 攻め側が調査しても、多分見つけられなかったんだ」

「どうして今になって開いたんだろう」

「分からない。 とにかく内部に何があるか分からない。 レント、入口の守りを固めてくれる?」

レントが頷く。

このスライドした床が戻ろうとした時、食い止める人間が必要になるからだ。

セリさんも残ってくれる。

あたしはタオとクリフォードさん。パティとディアンもつれて、内部に。ディアンは役に立てるのかと思ったが。本人が希望したのだ。

他の皆は外に。

入口が問題なのと。

魔物が出た場合、ある程度の戦力がないと、防ぎきれないからである。

内部の階段はかなり深くに降りている。

階段は埃も積もっていない。

「北の里」も、動力を取り戻したら、勝手に換気を始めた事を思い出してしまう。あそこと同じだ。

此処も、そういう機能がついていて。

更に古い文明であった以上、その性能はもっと上、と言う事なのだろう。

魔物はなし。ガーディアンもなし。

かなり深くまで降りたが。

あれだけの巨大な城壁だ。この城の基礎部分は、かなり深い所までしっかり作られていたのだろう。

此処も、それと同じように作られていた。

ただ、それだけということだ。

「かなり深くまで降りて来ましたね……」

「パティ」

「すみません」

パティが口を塞ぐ。ディアンは、既に無言だ。

恐らく自分の先祖が此処を作った。それを知っているから、緊張しているのだろう。

かなり複雑な思いの筈だ。

種が殺戮兵器の成れの果てだと言う事を知った今である。

殺戮兵器を動力として機具を使い。それを神聖なものとしてあがめ奉っていた。それがどうしても、まだ腹の中で納得出来ていないのだろう。

だから、見たい。

そういう事なのだろうと、あたしは思う。

最深部に到達。大きめの部屋がある。其処には、複数の書物が存在していて。書物の体裁は、皮でもゼッテルでもなかった。

これは、なんだ。

タオとクリフォードさんが触った後、渡してくれる。

ふむ。

樹脂のような、そうではないような。ちょっと分からないが、てかてかしていて。それでこれは……生物由来の素材か。

ちょっと何とも言えない。

内部の文字は解読出来ない。ともかく、これは回収していく価値がある。

荷車を降ろすと、本は全て回収する。大きめの部屋だが、それくらいしか残されていない。

戦力になりそうなものは、最後の一つまで投入し。

人員も、最後の一人まで戦ったのだろう。

此処に残されたのは、きっと城の人間の最後の記録。

それすらも、此処を攻め落とした錬金術師達は、見つけた場合は嬉々として焼き払っていただろう。

あたしは無言で全てを回収すると、床を閉じる。

そして、一旦計画は変更。

アトリエに戻る事にした。

アトリエで、本を積み降ろし。これの解読は、ゴーレムを撃ち倒してからだ。

まだ朝二である。

この時間から、当初の計画通りゴーレムを倒すのは、それほど厳しくは無い。すぐに城にとんぼ返りする。

途中で、巨獣二体がいなくなったことで、縄張りが混乱している魔物を何体か仕留めるが。

目だって大物が減ってきている。

やはり、それぞれ何十年も掛けて、或いは百年以上も掛けて成長してきた魔物だったのだ。

倒せば簡単に替えはきかない。

だから倒す事に大きな意味はあった。

道塞ぐ魔物を片っ端から仕留めながら、城に。

そして、当初の作戦通り。タオとパティが誘引作戦を開始。城の外まで、引きずり出すことにするのだが。

其処でディアンが、挙手していた。

「俺も行く。 行かせてくれ」

「ディアン。 タフなのはいいけれど、誘引作戦には冷静さと撤退の見極めが大事だよ」

「分かってる。 ただ、話を聞く限り、セリさんが此処から来た時には、そいつは姿を見せなかったんだろ。 だとしたら、俺たちフォウレの人間が行く方が、姿を見せる可能性が高いと思う」

まあ、その通りだ。

しばし考えてから、許可を出した。

無理をしないという条件で、だが。

まずは、用意してきた頭巾を用いる。フィーに頼んで、監視装置に被せかける。フィーはしっかりやってくれた。人間の子供……いやもうそれ以上の知能はあるか。あたし達の言葉も理解出来ているのだから、それも当然だ。

「よし、良くやってくれたね、フィー」

「フィッ!」

「みんな、城の外まで退避。 タオ、パティ、ディアン、誘引頼むよ」

「うん、任せておいて。 パティ、護衛を頼む。 ディアンは別に気張らなくてもいいから。 敵を誘引したら、真っ先に城の外のライザ達の所まで走って。 ライザの作ったカモフラージュが失敗するとは思わないけれど、出来るだけあの装置には近付かないようにね」

タオが仕切るが、それで問題が無いだろう。

ディアンも本を持って来てはタオに読んで貰って、その博識さにいつも驚いていたのだ。ディアンは優れている相手を見抜く力に長けている。ちょっと表現が独特だけれども。だからタオの言うことも素直に聞く。

ディアンが暴れ者であっても。

クソガキではない良い証拠だ。

人の話を聞けるだけでも、相当にまともといえるのだから。

三人が陽動に出る。

あたし達は、事前の準備を済ませて、待つ。

やがて、ドンと大きな音がするのが分かった。周囲の森から、鳥が飛び立つ。無生物とは思えないほどの威圧的な音だ。無生物だから、かも知れない。

来るな、これは。

どうやら予想が当たったようだ。フォウレの里の人間を殺すように、ゴーレムは作られたらしい。

ゴーレムが錬金術の産物であり。

古いものほど高性能であるのは知っているが。

それにしてもこれは。

特定の種類の人間だけを追い詰めて殺すようにするというのは、ちょっと度が外れている。

作った人間の頭のネジは全て吹っ飛んでいたとみて良いだろう。

城の中から、凄まじい暴れる音。タオ達は無事だろうかと、心配になる。だが、タオがばっと飛び出してくる。

あたしは頷くと、続いてパティ、ディアンが飛び出してきたのを見る。

ディアンは頭から血を流していた。

奧から追ってくるのは、巨大な人型だ。

威圧的に、口の部分があって。ゴーレムとは思えない程、殺意に満ちたデザインをしていた。

今まで見てきた土塊の奴とは違って、金属製。それも幽霊鎧を思わせる。それが極限まで巨大化し、重量化した。

去年王都で似たようなガーディアンを何体もみたが、それらの全てをあわせたより多分此奴は強い。

追ってきたそれは、城の外壁付近で止まろうとしたが、落とし穴に思い切り落ちる。既に植物魔術を駆使して、作って置いたのだ。流石にこれは察知できなかったようだが、これで壊せるほど甘い相手では無い事も分かっている。

即座に全員、その場に展開。

体半分落とし穴に落ちたゴーレムだが、それで破損もせず、両腕を使って全身を余裕で引っ張り挙げて見せる。かなり大きめに作った落とし穴だったのだが。

それどころか、背中から何やら火を噴いて。それで中空に躍り上がって見せる始末である。

これはすごいな。

あたしはちょっと舌を巻いていた。

勿論この間にも、熱魔術を叩きこんでいるが。この城を破壊するような攻撃が飛び交っていた時代に作られたゴーレムだ。装甲が赤熱するくらいで、貫通するには至らない。

そしてあたし達を敵と見なしたのだろう。

凄まじい勢いでゴーレムは吠え猛っていた。

「ちょっとやそっとの剣撃は通じそうにもないな」

「まずは作戦通りに!」

「おうっ!」

ボオスがぼやくが、あたしは冷静だ。

とにかく大量の熱槍を浴びせる。

跳び上がったゴーレムが、何かを周囲に飛ばしてくる。それが危険なものだというのは分かりきっている。

クラウディアが即応。

速射した無数の矢が、全てを叩き落とす。着地したゴーレムは、それだけで大地を揺らしていた。

城の守護者。

ただし、後からこの城を奪い取った人間が。

この城に住んでいるものを皆殺しにするため、据え付けたもの。

つまり城の守護者であっても。

この城を作った人間を最大限まで貶め、滅ぼすために配置された、最悪の守護者といっていい。

だったら、たたき壊すだけだ。

拳を振るってくる。

人型と言う事もあって体の動きは柔軟だが、それ以上に関節が人間を遙かに超えて柔軟だ。

うなりを上げた拳ごと、上半身が回転。それも極めて滑らかに、である。

更に腕が自在に伸びて、間合いを好き勝手に変える。

これは難敵だなと、攻撃を紙一重でかわしながら、あたしは思うのだった。

 

1、占領者を劫火に包め

 

熱槍をとにかく叩き込む。

レントが最前衛で何とか戦ってくれている。ボオスも何度も斬り込んでいるが、ゴーレムはなんと剣筋を見抜いて、攻撃の威力を最大限に殺すような動きまでしている。タオもパティもディアンも同時に仕掛けているのに、である。

中に何個も脳みそが詰まっているかのような動きだ。

前衛組の総攻撃を弾き返しつつ、更には自由自在に可変する間合いで周囲を攻撃してくるだけじゃない。

時々背中から多数の飛び道具を飛ばしてくる。矢では無い筒みたいな形状だが、後ろから火を噴いて加速しているのが見える。人間の近くで炸裂するかも知れない。とにかく、近づけさせたら終わりだ。

クラウディアが即応して全て叩き落としているが、失敗したらどうなっていたことか。あまり考えたくない。

跳躍するゴーレム。

更に上から、クリフォードさんが猛襲。

熱魔術を集中的に浴びている場所にブーメランを叩き込む。だが、ゴーレムは、なんとシールドまで展開した。

弾き返されるブーメラン。

だが、それは。

熱魔術を喰らった状態で、打撃は受けたくないという事を意味している。

ゴーレムが背中から火を噴き、突貫してくる。

狙って来たのはフェデリーカだが。即座にセリさんが対応。植物の蔓でフェデリーカを掴むと、さっと逃がしていた。

だが、ゴーレムが全力で地面に突撃した破壊力は凄まじく、辺りに衝撃波を発生させ。全員を薙ぎ払う。

あたしも吹っ飛ばされて、壁に叩き付けられた。

立ち上がるゴーレム。

あの速度で地面に突っ込んで無傷とは。

それも、背中のあの火。

空を自在に飛びよる。

なるほど、神代の兵器。それも恐らく神代最盛期の兵器と言うだけの事はある。実力も、後代のものとは次元違いだ。

いきなり拳を分離し、飛ばしてくるゴーレム。

掠めただけで、また吹っ飛ばされる。

これは、あたしが攻撃の軸だと言う事に気付いているな。

レントが仕掛けて、続けての一撃はどうにか防いでくれたが。立て続けに吹っ飛ばされて、あたしも脳が揺らされている。

薬を飲み下す。

その間に、前衛が蹂躙されている。

ディアンへの集中狙いをやめたゴーレムは、全員にまんべんなく猛攻を叩き込んできている。

その凄まじさ。言語に絶する。

レントも、これ以上最前衛で防ぐのは不可能だろう。しかも飛んだ拳は、すぐに戻って手に装着されているようだ。

どうにか少しずつ回復して来たので、深呼吸し。

そして、熱槍を再度ゴーレムに叩き込む。

また熱槍かと、弾き返すゴーレムだが。

今だ。

パティが、ゴーレムの体を蹴って跳躍。それを見越したゴーレムが、シールドを発生させ。パティの一撃を防ぐ。

だが、その時に。

クリフォードさんの投擲したブーメランが、敵の一部を確かに抉っていた。

熱槍で金属を熱して、柔らかくしていたのが効いて来たのだ。赤熱した装甲が、軋みを挙げる。

ゴーレムが、全身から凄まじい熱気を噴き出す。

排熱か。

そんな機能もあるんだな。

多分熱攻撃対策というよりも、当時は凄い熱が飛び交う戦場で、それを防ぐためにつけた機能だった可能性が高い。

だが、それを待ってやる義理はない。

あたしが万を超える熱槍を集中したのを見て、ゴーレムが口をかっと開く。そして、こっちに熱線を投射してくる。

避けて。

叫ぶと同時に、あたしも熱槍を叩き込み、熱と熱が中途でぶつかり合う。

炸裂した。

爆風がとんでもない。あたしも必死に飛び退いて破壊力を殺すが、それも殺しきれるものではない。

また壁に叩き付けられる。

背骨が軋む。

血を吐く。

手強いな。それだけは認めてやる。狂った殺戮機械だが、強さだけは本物だ。

だがその狂った強さ。

誰のためにもならない。

誰も幸せにならない。

だからここで破壊する。

ハンドサインを出す。ゴーレムが、それこそ金属の塊となって飛んでくる。次の瞬間、あたしは冷気爆弾レヘルンの上位版。

改良型のレヘルンである、メルトレヘルンを投擲していた。

ゴーレムが、それを危険と判断したかも知れないが、熱の中を飛んであたしを仕留めに来たのだ。

それに対する完璧なタイミングのカウンター。先の先を読んでの行動。

対応できる筈がない。

ついでに、四つの爆弾を合成したツヴァイレゾナンスを、それぞれの特化火力では凌ぐように、爆弾は改良を重ねている。

炸裂したメルトレヘルンは、一瞬にして辺りの熱気を消し飛ばすほどの冷気と共に、ゴーレムを氷漬けにしていた。

全身に罅が入るのが見えた。

あたし達だって、霜が地面に走る状態で、風邪を引きそうな温度差に晒されているのである。

爆心地にいるゴーレムが、無事で済む筈がない。

ゴーレムの目が光る。

巨大な氷が砕けると、ゴーレムが凄まじい雄叫びを上げながら、更に動こうとするが。それまで前衛で盾になり続けていたレントが。一転攻勢。

ゴーレムの肩に、深々と大剣を突き立てていた。

全身が傷だらけになったゴーレム。

パティが突撃と同時に抜き打ちを叩き込み、左腕第二関節に大きな抉り傷を入れる。ボオスも、足に連打を叩き込み。タオと共同して特に左足を重点的に攻める。

跳躍したディアンが、ゴーレムの頭に斧を叩き込む。

だが、ゴーレムは全身を傷つけられながらも、全身を回転させ、集っている前衛組を追い払う。

更に例の飛び道具を多数放ってくる。

今までにない数で、あたしも熱槍で迎撃に掛かる。だが、数個が叩き落としきれない。

そこにクリフォードさんがブーメランを投擲。残りの飛び道具を、全部撃墜してくれていた。

炸裂する多数の飛び道具。

ゴーレムは速度を落としながらも、あたしに向かって突貫してきて。そして、拳を繰り出してくる。

紙一重。

必死に回避して、城の頑強な壁に、ゴーレムが拳を叩き込むのを見る。いや、ゴーレムはこんな時も命令を守っているようで、壁を壊さない。

首を動かして、こっちを見るゴーレム。口を開いているのを見て、それで悟る。

ぎざぎざの歯みたいになっている威圧的な口。

確かにこんな口を見たら、人間を常食しているという噂が流れるはずだ。なんというか、肉食獣のそれよりもおぞましい。熱線を投射するだけではなく、恐らくは威圧感を与えて、敵を怖れさせるためのデザインなのだろう。

レントが雄叫びを上げながら突貫。

狙っているのは足だ。

ゴーレムが防ごうとするが、回転して繰り出した腕を、パティが相手の勢いも利用して、斬る。

ついに二の腕にダメージを与えていた分も含めて、ゴーレムの巨大な腕が陥落して、地面に叩き落とされた。

すげえ。

ディアンが叫ぶなか、あたしは離れてと叫び。アネモフラムを取りだす。

ゴーレムが全身の冷え冷えの状態を、必死に解消しようとしているが、そんな時間を与えるか。

投擲。

防ごうと顔を上げて熱線を放とうとするゴーレムだが、頭にディアンとクリフォードさんが同時に、斧とブーメランを叩き込み。

一撃離脱する。

あたしが投擲したアネモフラムが。

ローゼフラムを凌ぐ超火力を、文字通りアネモネの花のように。

その場に咲かせていた。

ごっと、凄い音とともに熱風が吹き荒れる。とんでもない熱量だ。極低温に晒され、これを喰らって、無事で済むものか。

呼吸を整えながら、更に次の攻勢に出る。

ゴーレムが、全身から猛烈な風を放って、熱風を吹っ飛ばす。これだけ温度差に晒されて、まだ生きている機能が多数ある。とんでもない怪物だが。

そういうのと、何度も戦って来た。

今までに此奴の劣化版や、それ以上に強い魔物とやりあってきたのだ。

今更、遅れを取るか。

ましてや此奴は、城を破壊できないという縛りつき。

此処は奴のテリトリーだが。

力を封じる枷でもあるのだ。

無理に体熱を戻した影響で、千年以上の年月風雨にも耐えてきただろうゴーレムの全身の装甲が、砕け始めている。

あたしは、総攻撃と叫び。

自身でも、更に爆弾を取りだす。

コストが激甚だが、コストを惜しんでいては此奴を倒せない。

だったら全力でやるだけだ。

レントが突っ込む。残った腕を振るって、迎撃するゴーレム。しかし腕が一本になったのが厳しい。

レントも消耗しているが、パリィを成功させ。レントもゴーレムも大きく弾きあう。もはや動く巨城の面影なし。

此方も消耗がひどいが、それでもどうにかしてみせる。

あたしは鍵を展開。

幾つか準備してある、竜脈の力を吸った鍵。その一つを握りつぶす。

それによって、封じられた竜脈の力を、指向性を持って全員に与える。並みの魔術なんか比較にならない強化率。

切り札の一つ。

神代の連中の技術ではあるが。

技術に罪はない。

全員が加速。皆、体力の限界が近いが、それでも畳みかける。タオとボオスが、乱撃を叩き込み。

パティの一撃が、相手の胴体を深々と抉る。

まだ飛ばしてくる飛び道具を、更に凄まじい速度でクラウディアが打ち抜き、中途で爆破。

更にはクリフォードさんがブーメランを叩き込み、ゴーレムの肩が根元から外れていた。

「よし、ディアン、決めろっ!」

「おうっ!」

跳躍。

ディアンが、ゴーレムの頭上に。これだけ猛攻を浴びながらも都度反撃し、人間を遙かに超える関節の可動域で周囲を薙ぎ払っていたゴーレムが、ディアンの跳躍からの脳天割りに一瞬遅れる。

回転しながら叩き込んだ斧の一撃が、ゴーレムの脳天をたたき割る。

脳みそは出ない。

だが、明らかに何かしらの回路が露出した。それが、スパークしているのが見えた。

タオがディアンをキャッチして、素早く離れる。全員が離れるのを見て、ゴーレムもまずいと思ったのだろう。

シールドを張ろうとするが、その瞬間、セリさんの植物魔術で、巨大な蔓がゴーレムの体を錐となって貫いていた。

それでも動き、錐を砕いたのが最後の頑張りだっただろう。

あたしの投擲したツヴァイレゾナンスが、ゴーレムの至近に既に到達。

凄まじい絶叫のような音をゴーレムが挙げる。

何かの魔術詠唱だったのかも知れないが。

既にそれが発動する余地はない。

炸裂。

熱、冷気、雷撃、狂風。全ての攻撃が、一点に収束して、炸裂する。それが竜巻となって、ゴーレムの全身を覆い尽くし、破壊し尽くす。

ツヴァイレゾナンスの殺戮が収まった後、其処には既にただ人型の残骸を留めているだけのゴーレムが立ち尽くし。

多くの人をその拳で無慈悲に薙ぎ払っていただろう巨体は。

哀れな軋みを上げるばかりで、もう動く事も出来ず。

赤く威圧的に光っていた目は、光を失い。

鋭い歯が並んでいた口も、既にぼろぼろになっていた。

「とどめ、さしてあげる」

あたしが近付く。ゴーレムは、それを見たようだが対応しようにも、もう体が動かないようだった。

フルパワーでの飛び膝を叩き込む。

まだ立っていたゴーレムも、それで倒れる。

巨体が倒れ、森が揺動し。

そして、二度とゴーレムは動かなかった。

 

城から少し離れて。セリさんが作った植物の結界の中で休む。とてもではないが、アトリエに戻る体力がない。

みんなぼろぼろになっていた。あれだけの猛攻である。それも仕方が無い事だとは言えたか。

「悔しいが、神代の全盛期の兵器ってのは凄まじいな。 しかも今後、あんなのがまだ出てくる可能性が高いんだろ」

「もっと強いのが出てくるかもね」

「笑えるぜ……」

ボオスがぼやく。

あたしは、皆の手当てをするが、薬が尽きた。深手は回復したが、それでもちょっと厳しいか。

少し休む。

その間に、遠距離専門で戦闘していたセリさんが、後始末をしてくれる。

ゴーレムの体は、植物魔術である程度引っ張って来てくれていた。

分厚い金属装甲の内側には、やはり分からない機械がたくさんあった。どれもあの強烈な動きを実現するのに必要なパーツで、一つも無駄は無かったのだろう。

背中の部分は、熱放射をする事でこの巨体を飛ばすための燃料らしいのが入っていたが。猛毒だと一目で分かったので、触らないように促す。

もしも此奴が城を出て暴れ出していたら。

ネメドにある人間の集落は、全滅していただろうな。

そう思うと、戦慄する。

だが、そうならなかった。

全部仕留める事ができた。

だから、それで可とするべきなのだ。

後は、休んでから分解してアトリエに運ぶ。派手にぶっ壊したとは言え、解析できる分は解析したい。

腐るようなものでもない。

そのまま運んで行く。

爆発を引き起こす燃料については、これはこれで研究すれば、爆弾の破壊力を上げられるかも知れない。

とことん思い知らされる。

技術というのは使い方なんだな、と。

この燃料、何かを飛ばしたり、相手を殺傷したりするのに使うのだろうが。或いは何か役立てる方法が他にもあるかも知れない。

そう思うと、とても悲しくなる。

あたしも爆弾で魔物を殺傷しているが。

それはあくまで、身を守るため。誰かを守るため。その土地の生態系を守るため。

だがあのゴーレムを作った人間は、単なる悪意でゴーレムをくみ上げた。それは許される事なのだろうか。

金属の塊を順番に運んで行くと、フォウレの里ではまたやったのかと驚きの声が上がる。老人の戦士には、ゴーレムを見た事があった者がいるらしく、声を上げていた。

「し、城の主! 奴を倒したのか!」

「森に出て来ていたので仕留めました」

「そうか……。 奴に潰された仲間も、これで浮かばれるかなあ」

「……」

フォウレの里の人間を選択して殺す。

そういう機械人形だった。

そんな説明はできない。死者に対する哀悼を邪魔したくない。あたしは無言で一礼すると、ゴーレムの残骸をアトリエに運び入れる。

十回ほど往復して、ゴーレムの残骸をアトリエに。

その間に、デアドラさんが来たので、城の主を仕留めた話もしておく。

デアドラさんは、そうかとだけ言った。

恐らくゴーレムは、あの門の周辺だけを守っていた。

だから、余程の事がない限り遭遇もしなかったし。

以前多くの種拾いが殺された教訓もあって、近付かない範囲を設定しておけばいいと思っていたのだろう。

或いは気付いたかも知れない。

此奴を誘引して、倒した事に。

だが、それは説明しても詮無いことだった。

アトリエの内部で、手分けして更に解体する。装甲は殆ど駄目になっていたが、仕組みについては分かった。

もの凄い積層構造になっている。

複雑な構造、更には何カ所にも敢えて空洞の部分を作る事で、あらゆる攻撃に対応する仕組みだ。

人間用の鎧には、この仕組みは適応出来ない。

人間より何倍もでかいこのゴーレムの、しかも鎧では無く体そのものである装甲だから出来る仕組みだ。

ただ、盾としてなら作れるかも知れない。

あたしは、案を出しておく。

持ち運びはきついが、いざという時は自動で浮遊して、それで誰かを攻撃から守るための盾。

それは、あたしとしても価値があるものだと思う。

浮遊の仕組みそのものは別に難しくも無い。

夕方少し前に、ゴーレムの残骸と、城の後始末は終わらせる。これで、種拾いの人にも、城の中で戦闘があった事はばれないだろう。しかもゴーレムは、城を壊さないように戦っていたのだ。

余計に、である。

皆疲れているので、夜には先に休んで貰う。

ゴーレムを排除した事で、城の門について調査する事が出来る。最悪の場合、飛び越えてしまってもいい。

あの竜の紋章。

恐らくは、自己顕示からつけたものだと思って良いだろう。

舐めてくれたものである。

いずれにしても、自己顕示のためにあんなものをこさえたくらいだ。奧には本当の意味での門……。

オーリムへの門があるだろう。

みな、疲れたので先に眠らせて。あたしは栄養剤を口に入れながら、幾つかの調合案を出しておく。

寝息が聞こえる中、あたしはある程度で切り上げて。

一番最後に風呂に入って。それで寝ることにした。

流石に疲れた。

健脚とか体力が無限にあるとかいわれるあたしだけれども。流石にあんな凶悪なゴーレムを相手にすると疲れるし、何度も有効打を貰ったのだ。今の実力でなければ、頭を打って死んでいたかも知れない。

そういうものだ。

休むと、後は朝までぐっすりだった。

流石のあたしも、こんな日は夢を見る余裕も無い。

起きだすと、歯を磨いたり顔を洗ったりして。それから、外で体を動かす。

朝早くからあたしが起きて体を動かしている事はフォウレの里でも知られているようである。

それでボオスみたいに里に帰化しないかと誘いがこないのは、あたしが錬金術師で、直近に問題を起こしたアンペルさんがいること。

何よりも、魔物相手に圧倒的な戦果を上げていることが要因だろう。

知り合いになった老人が何人かいるので、軽く挨拶しておく。

まだ疑念の目を向けてくる老人もいるが。

特に息子や孫の敵討ちをした老人は好意的で、作物やら果物やらを分けてくれるようになっていた。

パティも起きてくる。

そして、並んで体を動かす。

パティも、昨日のダメージはもうないようだった。

「流石に鍛えてるね」

「いや、そもそも戦士として最前線に立つ私と同等以上のライザさんがおかしいんだと思います……」

「はは、そうかもね。 健脚だって、言葉を濁してフェデリーカも言ってたし」

「そうですね……」

フェデリーカは本音ではこう言いたかったのだ。

化け物、と。

まあそれは分かっているので、あたしも深く追求するつもりはない。

ただ、体の調整をするだけだ。

朝の調整を終えた後は、ゴーレムの残骸を解析しているうちに、皆起きてくる。低血圧のフェデリーカも、頑張って起きてくるようになってきている。

手早く朝食を済ませると、ミーティング。

その時には、全員すっかり目をさましている。

それはそうだろう。

フェデリーカでも、それなりの戦闘経験をもう積んでいる。

此処にいるのは、人類の中の精鋭のなかの精鋭。

恐らく、神代の錬金術師が部下として連れていたような精鋭でも、勝てると信じられる精鋭達だ。

「いよいよ今日、仕掛けるよ。 城の主といわれていたガーディアンはこれで滅んだし、何より頭巾に効果があることもこれで分かった」

勿論戦闘後、頭巾はフィーに回収してもらってある。

そのままにしておいたら、種拾いに気付かれる可能性があったからだ。

挙手したのはタオだ。

何とか時間を捻出して、城から回収した書物。更には、この里に伝わる伝承をまとめてくれていたのだ。

こう言うとき、クリフォードさんもいるのが大きい。

学者としてのタオと、実知識豊富なクリフォードさんが噛み合うと、研究は何倍も進むのだ。

アーベルハイムでは戦士として重宝しているらしいクリフォードさんだが。

タオが大学者になった頃には、多分その助手か相棒として名前が知られているとあたしは思う。

「分かってきた事があるので、報告しておくよ」

「タオの事だから、必要な話だね」

「うん。 ……まずあの城に最初からいた人々は、自分達をフォウレの民と呼んでいたようだね。 というよりも、この辺りにあった国がフォウレと言うそうだ」

「ロテスヴァッサみたいなものですね」

パティが分かりやすく言う。

今の時代、国家と言えるのはロテスヴァッサだけなので、「国」といえばそれしかないと学がない人間は思う。

だからパティの補足は必要になる。

「フォウレに攻めこんできたのは、フォウレの言葉によると「錬金術の民」。 竜の紋章からして、間違いなく神代の錬金術師集団で、あの群島を作った者達だろうね。 攻めてきた理由については、フォウレの方でも把握していたらしくて、どうも城の力を求めているようだ、ということだった」

「城の力、ねえ……」

「竜脈だよ」

その通りだ。

しかも竜脈は今も生きている。

その後、幾つかの話が続いたが、タオがまとめる。

「元々この地域では、その竜脈もあって、たびたびドラゴンが飛来したともある。 その被害を最小限にするためにも、あの城を作ったのだそうだよ」

「まて。 最小限にしても、フォウレの里は壊滅するくらいの被害が、定期的に出るって事か」

「それがおかしいんだ。 城を作る事で、被害は出なくなった。 民も喜んでいるって記載があるんだ。 つまり、本来は竜風なんてものは起きずに、被害も出ないようになっていたって事だよ」

「……」

つまり、何かあった。神代の錬金術師が何かやらかしたのか、それとも城を管理する人間がいなくなったからか。

それについては、まだ分からない。

兎も角、門の状態を調べて。

そして、アンペルさん達と、その向こうを確認する他無いだろう。

まずは門の状態からだ。最悪の場合は、そのまま向こうに攻めこんで、フィルフサの王種がいるなら首を取る。

ただこの状態でフィルフサが溢れていないので、そんな状態になっているとはとても思えないが。

それでも調査は必須だ。

「よし、ともかく現地を調べる。 仮説はあくまで仮説。 実際に現物を見て、それを真実に変えるよ」

皆が立ち上がる。

ディアンとフェデリーカ以外の全員が、対フィルフサ戦の経験者だ。

此処からは最悪の場合本気での死闘になる。

それを、誰もが理解していた。

 

2、門の先にある門

 

あたしは途中で水を準備していく。

四度のフィルフサとの戦闘。

その際には、必ず土砂降りにして。それで地形的な有利を取った。そうしないと、フィルフサの万単位の群れには勝てないからだ。

フィルフサは単独でも魔物として強く、その上生物急所が存在していない。将軍はそれぞれがドラゴンと同等かそれ以上の強さ。王種に至っては、弱体化していても苦戦しなかった事がない。

王都で交戦した王種が一番強かったが、それ以降二度倒した王種も、いずれ劣らぬ強者だった。

そんなのが、まだまだオーリムにはいるはずだ。

だから、水を吸い込み、放出する道具は今も用意してあるし、いざという時の切り札として用いる。

古代クリント王国の人間は、水を根こそぎ奪うのにそれを用いたが。

あたしは精々数日雨を降らせるだけだ。

それでかまわない。

フィルフサを滅ぼすには、それで充分だからだ。

水についても、すぐ近くに山ほどある。

その一部を拝借する。

なお、使わない場合は戻す。それだけの話である。

森の中を流れている大河から、水を吸い上げているあたしを見て、クラウディアが言う。クラウディアも、四年前の乾期以来、何度もフィルフサとの戦闘に参加し勝利している、フィルフサキラーの一人だ。

「門が閉じられている場合は、その時はその時で工夫がいるね」

「うん。 ただ封印の仕組みはあたしも分かってる。 それに……」

セリさんが言うには、その門を通って此方に来た。

その門の向こうには、オーリムでも最強格の戦士達が集う最後の砦があるということで。今も其処を守って、フィルフサを防いでいる可能性が高い、ということだ。

勿論、今の状態は分からないが。

アンペルさんは此処に来た事がないという話だし。ずっと放置されていた城の奥にある門に、今更封印がされている可能性も高くないと思う。

そしてフィルフサが溢れていないと言う事は。

そのオーレン族の人達は、無事だと信じたい。

まあ、ともかくだ。

城にいって、現状を確認する。それだけである。

水、確保完了。

城の中に。

まずはフィーに、対人検知装置に頭巾を被せてもらう。これで、ひとまずは問題はないだろう。

問題はその次である。

竜の刻まれた門の前に出る。しばらくタオとクリフォードさんが周りを調べたが、結論を出していた。

「この門はダメだな。 開くための機構がない」

「少なくとも機械的な仕組みで開く門ではないよ」

「だとすると、この見せつけている模様もある。 これだろうね。 ……皆、さがって」

あたしが鍵を取りだす。まだ力を取り込んでいないものだ。

そして、それを門にかざすと。

見る間に鍵が青く染まる。

この先には、余程強力な竜脈があるとみて良い。そのまま、鍵は門に吸い込まれ。そして、門を開けていた。

無言で、見守る。

門はいとも簡単に開いていた。セリさんは植物魔術で足場を作って、無理矢理乗り越えたらしいのだが。

レントを先頭に、前に。

クリフォードさんもクラウディアも、敵影なしと知らせてくれている。ならば、信用して良いだろう。

奧へ。

ゴーレムがいたらしいくぼみがある。普段はここで膝を抱えて座っていたのだろうなというのが分かるくらい、大きな何も草が生えていない土地がある。それどころか、何種類か機械もあった。

動力でも補給していたのかも知れない。

どちらにしても、迷惑な話だ。

神代の錬金術師達がどこに行ったのかは知らないが、玩具は片付けてから帰れと言いたい。

わざと残したにしても、もう追い払った相手だ。更に必要がなくなった土地だ。

そこの所有権を主張するために殺戮機械を残すなんて、ちょっと色々と異常すぎる。どこまで欲が強いのか。

奧に歩いて行くと、植物がある。

「セリさん、これは……」

「ええ、間違いない。 オーリムのものよ」

「やはり……」

「それもこれは一年草で、この土地では根付くことはあっても繁殖することはないわ。 つまり……何処かから飛んできて、短時間根付いていると言う事よ」

なるほどだ。

そして、門の奥の空間は、奧へ続いていた。

この構造、王都近くのあの自然門に似ている。あれも地下から洞窟になって、地上に入口が伸びていた。

此処は洞窟でないだけで、坂になっている。最深部には、やはり間違いない。

黒い穴だ。

それは開いている。今も。

間違いない。

自然門だ。

周囲に古代クリント王国が開けた門に見られる「聖堂」の構造体が存在していない。つまり、これは。

王都近郊にあったのと、同じものだとみて良い。

それよりも気になるのは、竜風というものを防ぐ事が出来ていたという記述だ。周囲を確認する。

確かに、派手に地面が定期的にえぐれている様子だと、タオが言う。壁などにも、定期的にダメージが入っている様子だと、クリフォードさんが調べてくれた。

だとすると、百年に一度だかの頻度で、此処から台風以上の災厄が来ているのは間違いが無さそうだ。

問題はそれがどうして、だが。

それについてはちょっと分かりようがない。

エンシェントドラゴンの西さんともう少し会話が出来ればまだ可能性はあったのかも知れないが。

西さんもあの時、最後に伝える情報だけしか伝えられなかった雰囲気だったのだ。

残留思念として、あたしとある程度会話できただけでも、エンシェントドラゴンの最後の意地だったのだろう。

その伝えた情報が不完全だと言う事で、あたしは別に怒る事はない。

「間違いないわ。 この辺りのは、ごく最近に生えているオーリムの植物ね。 どれも一年草で、こっちでは環境が違うから繁殖が出来ないわ」

「そうなると、向こうはフィルフサに踏みにじられていないって事だな」

「……よし。 後はアンペルさんとリラさんを解放しよう。 その後、門を潜って、様子をみる事になりそうだね」

「やれやれ、やっとだな」

レントが呟く。

遠回りを続けたようにも思うが。

フォウレの里近辺から多数の魔物を駆逐した。それだけでも、充分過ぎる成果だとみて良いだろう。

誰も不幸せにならない結果なのだ。

それを馬鹿にする奴は、あたしが許さない。

ともかく、一度戻る。門は簡単に閉じた。あたし達が出るのを待っていたかのように、である。

鍵を簡単に作れる奴でないと、通すつもりは無い、とでも言うつもりか。

とことん不愉快だ。

「これ、砕いちゃおうか」

「気持ちはわかるが、今は止めておけ」

ボオスが釘を刺す。

まあ、あたしとしても冗談だ。

此処を砕くのはできない事もないだろうが、種拾いの人達にばれる。さっさと城を離れ。

その際に、しっかり頭巾も回収しておいた。

 

昼過ぎ。

何体か魔物を帰りの駄賃に片付けてくる。大物はどんどん減ってきているし、水場でのんびりしている巨獣や、サルドニカにいたフェンリルと同種らしい大狼は基本的にあたし達に仕掛けてはこない。

混乱する縄張りの中、魔物が多数仕掛けては来るものの。

質は目だって落ちてきていた。

「それで、ライザ姉。 どうするんだ。 アンペルさんとリラさんを出して欲しい言っても、験者様が聞いてくれるか?」

アトリエで昼食をしながら、ディアンが言う。

あたしも同意見だ。

だから、幾つかカードを用意しておく。

「まず第一に、機具についての調整をさせて欲しいと申し出るつもり」

「確か種の改良が出来るって話だったよな」

「そういうこと」

レントの言葉に、あたしは順番に話す。

アンペルさんも、機具の改良を進めている。あたしはもう、種の改良はした。

正確には、元々種は兵器だったのであって、それを兵器では無い使い方をしているのが種だ。

それをより、動力の抽出用として特化させる。

素の状態で出来る魔石では、どうしても機具は動かせない。今、種に詰まっているくらいの密度の魔石でないと無理だ。

だから、魔石も準備しておく。

魔石というのは不思議なもので、放置しておいても基本的に魔力を放出しつくしてなくなるようなことはないし。

どんどん魔力を吸い込んで大きくなる。

ただそれにも限度はある。

だから一定以上にまでは膨らまないし。こういう密度が高い魔石は、現在では人為的に作り出せない。

種が消耗品となった由来だ。

「問題は機具を里の人達が大事にしていることだね」

「うん。 今の験者が輸出するようなことをし出す前までは、この方法は使えなかったと思う。 便利な道具と同時に、信仰対象だっただろうからね」

「そうか、験者様が里をある程度変えてくれていたから、出来る手なんだな」

「そうだよ」

あたしは皆に説明しておく。

いずれにしても、験者の方でも、既にあたし達の行動は見ている。里の人間も、相当数があたし達に好意的だ。

此処で、ノーとはいえないだろう。

ある程度打ち合わせをした後、験者屋敷に出向く。

デアドラさんもいたので、丁度良い。

今日もデアドラさんは、種拾いに行くのだろう。

験者さんは、ある程度見抜いているのか。それとも何にも動じない風を装っているのか。

いつも通りの雰囲気だった。

「ライザ殿。 良く来てくれたな」

「はい。 今日は用件があって来ました」

「伺おう」

「里で使っている機具、拝見しましたが……改良出来るかと思います。 特に種を長持ちさせる事が出来るかと」

なんだとと、デアドラさんが驚き。験者の視線を受けて、咳払いして黙り込んだ。

まあ、そういう意見が出るのはよく分かる。

あたしとしても、今の験者が改善したとは言え。この里の風通しの悪さは、感じていたからだ。

昔のクーケン島も、こんな感じだったんだろうなと思う。

そういう意味では、験者は出来る範囲で、里をよくしてきたのだろう。

老人達の言動に、頭を悩ませながら。

「古くなっている種を拝見しましたが、仕組みは分かりました。 なんなら、すぐに改良版を持って来ます」

「ふむ。 多数の魔物を倒して安全を確保してくれたライザ殿のいうことだ。 更に里のために此処までしただいて、言葉もない。 だが、ここまでただでやってくれるとは思えない。 何が目的だ」

「それでは、まず二つ条件を飲んでいただきたく」

「……聞こうか」

あたしは順番に言う。

城の調査をさせて欲しい。

これについては、どうも城が「竜風」の起点となっている可能性が高い、ということがある。

どうやら験者もそれは何となく知っていたようで、腕組みした末で。

デアドラさんを呼んで、何か耳打ちしていた。

デアドラさんが、ため息をつく。

「城に既に入っているのだろう。 城の魔物が露骨に減っていた。 種拾いの戦士達は楽で良いと喜んでいたが……」

「城のものには、基本的には手をつけていません」

「ああ、そうだろうな。 種はいつも通りの頻度で出ていた」

ここでいう城のものとは、フォウレの里の生活に必要なもの、という意味だ。

実際あの良くわからないカバーが掛けられた書物なんて、今更フォウレの里の人にも必要ないだろう。

「竜風は、百年に一度程度の頻度で起きるという話でしたが、その現象の根本的な原因を突き止めないと、次にいつ起きるのか、何処に被害が出るのか、分かりませんよ。 それをどうにか調査したいとあたしは思っています。 こういう災害は、他人事ではありませんので」

それともう一つ。

捕まっているアンペルさんの解放をお願いしたい。

あの人は古代文明のスペシャリストだ。

あの人と、護衛のリラさんの支援があれば、更にこの解析の確率が上がるとみて良いだろう。

最初から、これが目的だったのだが。

種の改良をまず行う。

種の性能を見た後、今度は機具の改良をしているアンペルさんを解放して。機具の性能を上げる。

フォウレの里は豊かになる。

そしてあたし達は、フォウレの里の災厄を取り除く。

順番に説明すると、験者は腕組みした。

「その流れは分かった。 だが不可解な事がある。 君といいアンペルという錬金術師と言い、こんな僻地で何を調べる。 確かに我々はいにしえの民の子孫だが、だからといってそれが何かの価値があるのか。 機具にしても、私も世界各地でこれ以上の性能の機械があり、だましだましとはいえ使われているのを見てきている。 そこまで画期的なものではあるまい」

「……他に聞いている方はいませんね」

「他言無用にと言う事か」

「はい」

まあ、話しても良いだろう。

こちらも説明しておく。

500年前。

古代クリント王国が滅びたときの話。それについては、話半分に験者も知っていたようだが。

当然、オーリムとフィルフサの事は知らなかった。

この辺りは被害を受けなかったのかも知れない。被害を受けた地域は、住民が全滅するような打撃を受けていたようだし。サルドニカを見る限り。

門を見つけ、閉じる。

門は古代クリント王国が作ったものだけではなく、どういう理屈か自然に出来るものもある。

いずれにしても今やオーリムはフィルフサが跋扈する魔界であり。

其処への門は放置出来ない。

開きっぱなしになっていれば、いつフィルフサが侵攻してくるが、知れたものではないのだし。

もしも侵攻に対して打つ手が遅れたら、人類は今度こそ本当に滅亡するのだ。

古代クリント王国の頃は、今の数十倍もの人間がいて。それで押しとどめるので精一杯だったのである。

あたしも今まで四度交戦した相手だが。

毎回、楽に戦えた事などない。

それについて話をすると、験者は納得が行ったようだった。

「なるほど、アンペルという錬金術師は、それが目的だったのか。 確かにそんな話をしても、信じるものはおるまい……」

「験者様、このような話を信用するのですか」

デアドラさんの視線は厳しい。

戦士としてあたし達を信用はしてくれていたが。こんな与太話をされてもと、顔に明らかに書いている。

これが与太話だったら、どれほど良かったか。

「古代クリント王国の破綻については、私も世界の各地を廻っているときに不審な点は幾つも感じていた。 どうしても世界を回れば気付けるおかしな事が多いのだ。 強勢を誇った古代クリント王国が、どうして跡形もなく滅びたのか。 何らかの禁忌に手を染めたという事については見当がついていたが、全てが合点がいく」

「そうなると自然門?というものがあの城にある可能性があると? しかし何とも不可解な話だ」

「古代クリント王国は、模倣者だったことが分かっています。 恐らくは……この里の先祖を、あの城から追い出したのと同じ者達の」

「!」

「そんな事まで分かっていたのか」

デアドラさんが黙り込む。

こんな短期間で、そこまで突き止めるとは思っていなかったのだろう。やはり里の人間の、古老や中心人物の間では周知の事実だったのだろう。

ため息をつく験者。

あたしは、気持ちの整理を待つ。

験者は色々背負うものが多い人なのだ。だから、待つ。そういうのも、分かるようになってきている。昔はそれが分からなかった。

「分かった。 君達がアンペルの同志だと言う事は最初から分かっていた。 だが君達は、フォウレの里の事情を汲んで、最大限の譲歩と、救出のための条件まで整えてきた。 此方としても聖地という場所が実際に今はどうなっているのか、自力で確認も出来なかった有様だ。 其処に入れるようにしてくれた上に、更に今後の生活の支援までしてくれるというのなら。 何も言うことは無い」

「では、種の改良版をまず持って来ます。 それで良いですか?」

「ああ、頼もう。 ……それにしても早急な手段を採らなかったのは何故だ」

「現実問題として、門があるとしても、この状況だったら開いていないか、もしくは何かしらの理由でフィルフサが入ってこられない状態なのは見えていました。 アンペルさんは元々ああいう人ですので、搦め手での攻略が苦手でして」

あたしの故郷でも、似たような事があった。

そういう事を言うと、デアドラさんはそうか、とだけいい。験者さんは、大きな溜息をつくのだった。

「研究者というのは、どうにも偏屈で人間的にも偏っている人が多いな。 ライザ殿ほどの英傑が師と仰ぐほどの存在であるのなら、もっと人間的に大きなものを想定してしまうのだが」

「人間なんて、総合力は大して変わらないんですよ。 何か尖っている人間が、尖っているほど天才って言われて。 その分欠落しているものです」

「そうか、そうかも知れないな」

「では、失礼します。 順番にタスクをこなしましょう」

戻る。

験者は、約束は破らないはずだ。

というのも、クラウディアとボオスと事前に話したのだが。おそらく験者の懸念事項は、アンペルさんやあたしのもくろみが分からなかった、というものである。

だから先にもくろみを話して、それで胸襟を開いて話したのだ。

それで全て想定通りに進んだ。

「恐らく」の確度は、これで「ほぼ間違いなく」に格段に向上したのだ。

勿論それでも外れている可能性はある。最悪の場合は、フォウレの里とやりあわなければならない可能性もあるが。

まあ、その場合は覚悟を決めるだけだ。

あたしもこれでも、いろんな人を見てきた。

くだらない人間もたくさんいたが、幸い験者はマシな方。会話がしっかりできない人間なんて幾らでもいるし。自分のルールでしか世界を見ない人間はもっと多い。こういう辺境の里長としては、出来すぎている程だ。

あたしだって、人の心を全部理解できるわけでもないし、むしろ鈍い方だ。

だけれども、側にそれがある程度わかる人もいるし、色んな状況を見てきた。だから出来る。

経験というのは、それだけ大きいのである。どんな優秀な素質を持つ人も、経験に恵まれなければ大成は出来ないだろう。

種の改良レシピは、実の所この里でも再現出来る所にまで落とし込んである。

錬金術だとぱぱっと終わるが、普通にも出来る所まで落とし込んだ。

魔石を成形する。出来るだけ質がよいものがいいか、この辺でも普通に取れるものはあるし、なんならサルドニカ辺りから輸入すれば良い。サルドニカ近辺にも特産品はあるし、なんならフェデリーカがいるので、その話を此処でしてもいいし。

種の一部を開いて、その成形した魔石をはめ込む。この時入れる魔石は、出来るだけ種の形に合わせた方が、もちがよくなる。

最後に魔石の力を流出させないように、合金を作る。

合金は鉱山の街で作れる。大した難易度の合金ではないし、魔法陣を彫り込むのだって同じく出来る筈だ。

其処で成形して、魔石を覆って、一箇所だけから魔力が漏れるようにする。

これで動力としては、段違いにいいものに仕上がるのである。

以上。

ディアンが、廃棄されていた種を幾つか貰ってくる。それを、錬金術でぱぱっと仕上げて改良する。

そして、すぐに験者屋敷に持ち込む。

験者が少しだけ様子が変わった種を見て、厳しい目つきになった。そして機具と呼ばれる装置……ここではどうやら糸繰り車のようだが。それから、古い種を外して、あたしが改良したものをセットする。

取り出しもセットも、機具を圧迫しているのが一目で分かる。

なんというか、糸繰り車にしては大がかり過ぎるのだ。

動力を無理矢理つけたという大型さで。

これを考案した人は、それなりに考えてはいたのだろうが。大きすぎて、人力が必要なくなった分。場所を取るし、重くもなるし。

何よりずっと働かせている結果、壊れやすくもなる。

さて、アンペルさんはこれをどう改良するつもりか。

設計を見直しただけでは駄目なような気もするが、まあともかくだ。

新しい種をセットした瞬間、糸繰り車がいきなり元気になる。それを見て、立ち会っていたデアドラさんが驚きの声を上げていた。

「錬金術師殿の実力は知っているつもりではいたのだが、まさかこれほどとは……!」

「大げさですよ。 機具が元気になりすぎますので、出力を少し抑えた方が良いかと思います」

「うむ、調整する」

手慣れた様子で、験者が装置を弄って、糸繰りの速度を下げる。元々は最大に設定していたらしいのだが。

種から魔力が無尽蔵に漏出していたと言う事もある。

それで最大設定にしていたのだろう。

「これだけ動きが良くなると、種の消耗も激しくなるのではないか」

「今後は使い切った種を自力で再生出来ます。 こちら、やりかたです」

「種を危険を冒して拾いに行かなくても良くなるのか」

「はい。 この里と、周辺の里の技術。 更には質がいい魔石さえ確保できれば、幾らでも」

験者が目を押さえて、頭を振っていた。

今までの苦労の歴史は何だったのだろうと言うのだろう。

デアドラさんも、言葉がないようだった。

だが、これはあくまで人が少なかったから。変化を受け入れるのを拒んでいたから、というのもある。

それと今回の件で、確信できた。

恐らくだが、古代クリント王国の破滅の前に。もう一段階、人間は破滅の歴史を経験している。

おかしいと思ったのだ。

神代の技術が、どんどん劣化しているのは周知の事実だった。なんでそんなことになったのか。

自己顕示欲の塊みたいに、あの竜の紋章を刻んで行った錬金術師集団は何処に消えてしまったのか。

死んだのかは分からないが。

急にいなくなったのだろう。

恐らく時代を悪い意味で引っ張っていた連中が消えたことで、残ったのはメインストリームから外れていたり、才覚で劣っていた錬金術師達ばかり。

何かしらの破滅が起きたのか、或いは一気に技術力の進歩が止まったのか。

少なくとも、古代クリント王国が登場した頃には、世界を統一していた国家なんてものはなくなり。

多くの国家が、血で血を洗う殺し合いをしていた。

そういう時代が来ていたのだ。

レシピを渡しておく。

験者も専門家だ。ひと目見て、内容を理解したようだった。

そして、困惑以上に驚愕していた。

「これは。 こんなに簡単に、種を改良出来ていたのか」

「今まで種は、動力源の魔石の力を漏出させてしまっていました。 この機具は少し調べて分かりましたが、魔力を動力にしていて、それを周囲に適当に拡散させる仕組みのせいで、殆どの力を浪費してしまっていたんです」

「……我々の努力不足だったのだな」

「というよりも、外からの知恵を拒む時間が長すぎたんだと思います。 それと現状に満足する時間が。 これだったら、もっと外から技術者を積極的に呼んでいれば、いずれ解決は出来ていた問題だと思いますね」

あたしの指摘に、験者は大きな溜息をついていた。

験者は、里に新しい風と血を入れるべく、非常に苦労をしたはずだ。だが、そもそも先代までの験者は、それとは真逆の方向で生きていた。里の血が濃くなりすぎて、破綻する寸前まで行っていたから、験者の改革はある程度上手く行ったが。

それでも無人になったフォウレの里に戻ってきた流浪の民は。

新しいものを受け入れるには疲弊しすぎていたし。

技術や知識を再編するだけで、力を使い果たしていた。

それもまた、事実だったから。

新しいものを受け入れる柔軟性を失い、更には過去の遺産の是非を見直す力も失ってしまっていたのだ。

いずれにしても、約束だ。

験者が、皆に話すといって。そして時間をくれといってくる。

一昼夜で、アンペルさんを解放してくれるらしい。

あたしはその間、更に森で魔物を駆逐してくると告げる。もう少し、恩を売っておきたいのだ。

デアドラさんは、それを聞いて若干呆れたようだった。

「我等にとってはもはや死に等しかった巨大な魔物二体、城への路を塞いで鉱山への道も通れなくしていた巨大マンドレイク、その他多数の魔物もしとめてくれて充分過ぎるほどだ。 誰にもこれは話していないが、城の中の魔物も多数仕留めてくれた。 それなのに、まだそんなに働いてくれるのか」

「さっきも話した通り、城にスムーズにいけるようにするのは、あたし達にとっても必須なので」

「そうだったな……」

力は使いようだ。

フォウレの里の人々の先祖を、この辺りから追い払ったのも錬金術師だったが。

今、彼等の希望を見せているのも錬金術なのだ。

神代の錬金術師は、力さえあれば何をしても良いと考えるような、精神が幼児以下の連中で。しかも力を自分の欲求を満たすためにしか使わなかった。だから、何処かで破綻したのか、破滅したのだろう。

あたしは、その轍は踏まない。

あたしは錬金術師として。

錬金術の使い方を間違えるつもりはなかった。

 

3、師の解放

 

機具が一気に元気になった。

そう、里が湧いているのが聞こえる。

森の中で、凶悪な擬態マンドレイク……木に擬態して、背後から強襲を仕掛けて来るタイプのもの……を数体仕留めて、戻ってくると。

老人も若者も喜んでいた。

機具の元気がどんどんなくなっている。

それは新しい種を持ち込めなくなった上、いいものは外に売っていたのだから、当然だろう。

それが一気に改善したのだ。

それは現実問題として、喜ぶだろう事はあたしにも推測できる。

それはそれとして、此処からだ。

験者は約束を守る。

そう考えるが、最悪の事態に備えて準備もしておく。

最悪の場合。

フォウレの里と、世界全てを天秤に掛けなければならない。

アンペルさんについては、おかしな動きがないように、クラウディアに音魔術で監視して貰う。アンペルさんの側にはリラさんもいるし、簡単にやられるようなことはないと思うが。

それでも何事にも絶対はないのだ。

最悪の場合は、里の人間を全員強制的に昏倒させて、しばらくは身動きを取れないようにする。

霧状にして噴射する強力な睡眠薬と、その解毒薬を作っておく。

またマスクを作って、皆の分を渡しておく。

先に話をしておく。

験者が此方を裏切った場合。

もしくは、験者に反対する人間達が里の主導権を握って、アンペルさんとリラさん、それにあたし達を排除に掛かった場合。

どうするかを。

その場合については、ディアンすら反対しなかった。

皆殺しなんて意見だって出てもおかしくない所を、皆を強勢昏倒で済ませることにしたのである。

それで不満が出るのだったら。

あたしとしても、これ以上は面倒を見られない、というのが本音だった。

後は力尽くとなるが。

ただそうはなりたいと、今は願うばかりである。

願うのも、何に願うのだろう。

主体的な信仰が存在していない今だ。

そういった信仰も、殆どが錬金術文明に殺されたのかも知れない。

ため息をついて、様子を見る。

少なくとも今日中に収束はする筈だ。

外で見張りをしていたクラウディアが、戻ってくる。音魔術で、験者屋敷の内部で何が起きているかを見張っていたようだが。

案の場、まだ数人の老人とその取り巻きが、強硬に反対しているようだった。

「種に手を入れるなんてとんでもない。 種は神聖なもので、そもそも売る事だって許されなかったなんて言っている人達がいるみたいね」

「うちの島の古老と同じだ。 現実がはっきりしたのに、まだお気持ちで文句を言っていやがった」

ボオスが吐き捨てる。

あたしもそれは実際に見ているので、何処も同じだな、という意見しか出てこないのだが。

まあ、それはいい。

兎も角問題は、その先である。

「それでどう。 上手く行きそう?」

「ライザの活躍もあって、大多数は賛成派に回っているよ。 機具を更に改良出来るというのなら、と言う声も多いみたい。 孫がおかしな体に生まれてしまって、という老人が何人か泣きついていたりもしてね」

「血が濃くなりすぎている状態は、本当に切実なんだな」

「今だから話すけれど、俺の親もじいちゃんばあちゃんも、みんなまとめてイトコ同士だったんだ。 そんなのが続いてる。 どこの家でも、生まれる筈だった兄弟姉妹がいないんだ。 それは、そういうことなんだよ」

ディアンが、ヤバイ話をしてくれる。

みんなそんなだという。

酷い場合は甥や姪との結婚すらある。

このまま行くと、最悪兄妹婚までしなければならなかっただろう、とも。

験者が血を入れる方針を採ってくれなければ、恐らくフォウレは自滅していただろうとも、ディアンは言い切っていた。

確かにそれはそうだ。

クーケン島でも、イトコ婚はあったが。確かにイトコ婚はリスクが高いのは、エドワード先生も言っていた。

あたしも産婆がその場で乳幼児をダメだと判断して締めてしまうのは、クーケン島で見ている。そういった子供は、明らかに体がおかしい以前の問題で。

重篤な異常があって、長くは生きられないのが一目で分かった。

産婆がその場の雰囲気で子供を殺すようなケースもあるが。見た瞬間生きられないと分かるような子供がいるのも事実なのだ。

畜産をしていたあたしはそれを知っているし。

生かす事が出来ないのだったら、特にリソースが少ない社会だったら死を選択するケースがあるのだろう事も分かる。

だが、錬金術で体を治せるのなら。

その悪習も、いずれは。

ともかくだ。

今、優勢なのは改革に賛成派。

今はそれで、満足するしかなかった。

クリフォードさんが挙手。

「俺が見張る。 皆、先に休んでくれ。 今日はこれから何が起きるか分からないからな」

「適当な所で俺に代わってくれ。 俺も見張りをする」

「そうだな。 じゃあ俺、レント。 もう一人くらい見張りをしてくれると助かるが」

「それなら俺がやる。 少しは体力をつけないとまずいからな」

ボオスが挙手。

では、それで頼む事にする。

一番危ないのは早朝と言う事だ。

なんでも夜討ち朝駆けなんて言葉があるように、夜襲というのは、実際には人間が一番疲弊している起きる寸前を狙うものらしい。夜中に攻撃をすると、攻撃側も周囲が良くわからなくて、同士討ちになりやすいのだそうだ。逆に早朝だと、寝起きで誰もが判断力を低下させているし、其処を強襲すれば、最大限に混乱させられる。

フォウレの里の人達は、魔物相手に戦闘は重ねているものの、人間相手の戦闘経験はそこまで豊富でもない。

だからそれが分かるかは分からないが。

ともかく、備えはするべきだろう。

一番危ない早朝は、結局クリフォードさんが見る事になり。最初はボオス、次はレント、最後にクリフォードさんという見張りの順番になる。

こういった野営や、それに近い状態での見張りは、今までにも何度もやっているので、別に困る事もない。

すぐに決めて、皆夕食、風呂と順番に済ませておく。

このアトリエの機能は、それだけ全て網羅しているのである。

後は寝る。

験者のお手並み拝見。

アンペルさんを解放して貰い、機具を直せば。まあ黙認という形でだろうが、堂々と城を調べる事が出来る。

それで、後は充分だった。

 

翌朝。

起きて朝の身繕いをしてから外に出ると、クリフォードさんがしっかり見張りをしてくれていた。

森の方の魔物の気配もとにかく薄くなっている様子だ。

「もう大丈夫ですよ。 二度寝してきてください」

「じゃあ、言葉に甘えるぜ。 徹夜ってのはロマンに溢れているように思えるが、実際には生活のリズムも壊すし、寿命も削るからな」

「……」

本当にロマンが大好きなんだなこの人は。

だけれども、ロマンに本気で命を賭けているのも事実だ。

そんな人を嗤うつもりもない。

ともかく、体を動かして、温めておく。次に起きて来たパティが、並んで体操をする。

「おはようございます」

「うん。 里の様子からして、多分験者の説得は上手く行ったのだと思う」

「そうだと良いんですが。 確かにクリフォードさんが安心していたようですし、大丈夫だとは思いたいですね」

「まったくだ」

レントとボオスは少し遅くまで寝ていて貰う。

そのまま朝食を手早く済ませる。朝のキッチンは戦場だが。クラウディアとフェデリーカは、生き生きと其処を回している。

いっそ、キッチン要員でも雇うか。

そう思うほどである。

朝食を済ませて、それで今日の会議をしていると、デアドラさんが来る。クリフォードさん達三人はいないが、皆揃っているのを見て。デアドラさんは、呆れたようだった。

「本当に場慣れしているな。 その様子だと、いざという時に備えていたな」

「まあ、あたし達も自分の思うとおりに事態が動かない事なんて、嫌と言うほど経験していますので。 それでどうでしたか」

「最後まで強硬に反対した人間も、これ以上血が濃くなると里が終わるという意見には黙ってな。 里に新しい血を入れるための切り札である機具を改良して、里が更に豊かになるという意見に、中立派もなびいた。 それで、アンペルとリラの釈放が決まった」

「おお……」

良かった。

あたしが喜んでいるのを見て、デアドラさんは短く刈り込んでいる髪を掻き上げていた。初めて人間らしい所作を見せたかも知れない。この人はとにかく、戦士としての自分を磨き上げすぎていて。

人間らしい反応を殆どしなかったのだ。特にあたし達の前では。

多分次の世代の験者か、種拾いの長だからだろう。

「最初から、あの二人の救助が目的だったんだな」

「正確には、話をした門……異界の門の調査が目的でした。 しかし、フォウレの人々の生活を乱すつもりもなかったんです。 アンペルさんは……あたしの師匠は。 門の位置を調べる能力には長けているんですが、どうにも周囲との連携や、地元の人との連携が苦手でして」

「世界を滅ぼすほどの危険な魔物か。 ライザ殿ほどの英傑がそういうほどならば、確かにこの世界に現れてしまってはどうにもならなかっただろうな」

「今までに四度交戦しましたが、此方の世界に来られていたら全てが終わっていたと思います」

無言になると、デアドラさんは少しだけ思考を巡らせ。

そして、ディアンを一瞥して。

それで戻っていった。

フェデリーカが、胸をなで下ろす。

「相変わらず抜き身の刃みたいな人ですね」

「あれでも家ではゆるっゆるなんだけどな。 家事も殆ど出来ないし、マッパで辺りをうろついたりしてるし」

「ディアン、貴方一緒に住んでるんですか?」

「というか、デアドラ姉は親がいないような子供の面倒をまとめてみているんだよ。 俺以外にも何人もいた。 当面は実力的にも種拾いの長はデアドラ姉の時代が続くらしくて、験者に言われたらしいんだ。 子供の面倒を見ることで、他人の指揮をする力を磨いておけ、ってな」

なるほどねえ。

それに、血が濃くなって弊害が出ているフォウレの里だ。

それはそれで、ありだったのだろう。

いずれにしてもデアドラさんは、家ではそんなユルユルだったわけだ。

ディアン達と一緒に暮らしていた一人、少し年下の女の子がデアドラさんの家事をほとんど肩代わりしていたらしいのだが。

この間、フォウレの里に畑が拡がっている例の村から来た男性が、その子を嫁にしたそうである。

なるほど、人間関係が狭い。

クーケン島と結構この辺りは似ているなと、あたしも思う。

いずれにしても、これでアンペルさんは戻ってくる筈だ。まだ油断は出来ないが、それでも。

ともかく、しばし待つ事にする。

昼少し前に、アンペルさんとリラさんが戻ってくる。

アンペルさんは、余計なことをと一言だけぼやいた。

そして、あたしが作ったアトリエの内部を見回して、絶句していた。

「一日も掛からずこれを建てたと聞いていたが、更に腕を上げているな」

「まあ、それなりに。 今までも遠征先で、アトリエには苦労しましたから、パッケージ化したアトリエを即座に組めるように、色々やってたんです」

「すまんが、風呂を借りて良いか。 一応風呂には入れていたんだが、それでもかなり頻度は少なくてな」

リラさんが開口一番に言う。

まあ、当然いい。

アンペルさんも、その後で入るようにと、先に釘を刺しておく。

アンペルさんも、後はタオもそうだが。

風呂なんて後回しにして、基本的に研究を優先するのだ。まずは風呂、食事。それで休んでから、機具を改良して貰う。

それで、やっと城に入れるようになる。

全部順番通りに進んでいる。

ただ、先に話しておく事がある。

「門の存在は確認してきました。 開きっぱなしですが、恐らく門の向こうにフィルフサはいませんね」

「どうしてそう判断した」

「私の判断よ」

セリさんが挙手。

セリさんが植物学的な見地からの話をすると、それでアンペルさんも即座に納得してくれた。

多少、余裕が生まれたかも知れない。

ただ、それもいつふみにじられるか分からない。

さっさと風呂や食事、休憩を済ませて貰う。

その後は、あたしも立ち会いの下、験者の屋敷にクラウディアとボオスも伴って出向く。

そこで、機具を一緒にアンペルさんと直す。

既に図面についてアンペルさんも頭の中で引いていたらしく。験者が見せてくれた図面に対して、即座に此処をこうするという話をして。実際に改良して見せた。改良部材は、事前に話を聞いていたあたしが、アンペルさんと手分けして作った。

そうすると、今までぎこちなかった機具が、すぐに動くようになる。

元々これは、魔石をそのまま取り込んで動いていた機械であり。そこに本来とは違う「種」を組み込んで無理に動かしていたのが要因で、寿命も縮めていたし、本来の性能も出せていなかった。

その組み込む過程で図面に歪みも生じた。

それを改善したのがこれとなる。

もしも、もっと村の体勢が安定化したら。

種を使うのではなく。

魔石を使う機具に、改良を試みて欲しい。

そうアンペルさんが話をしている。

験者は腕組みをして、話を聞いていたが。まだそれは難しいと、言葉を返していた。

それもわかる。

アンペルさんを解放するのにも、これだけ村の老人達が反対したのである。

「種」を使わないなんて話をしたら。

それこそ何が起きるか分からない。

今まであたし達に協力的だった老人すら、掌を返す可能性がある。だから、少しずつやっていくしかないのだ。

「次の世代の験者に、その話は引き継ごう。 いずれにしても、新しい機具については、次からは指定された設計図の通りに作るとする」

「頼む。 部材の強度からして、それで何百年ももつものになる筈だ」

「何もかもすまないな」

「此方こそすまなかった。 私をとっくに越えている弟子の行動を拘束してしまったばかりか、強行したばかりに無駄なトラブルまで抱えさせた。 貴方方ともう少し丁寧に話をしたうえで、堂々と城を探査出来るようにするべきだった」

アンペルさんがミスを認めている。

あたし達の前では結構素直なのに。

実年齢は百歳を遙かに超えているらしいのに、まだ変わろうとしているのか。

そう思うと、あたしも嬉しい。

アトリエに戻る。

ともかく、験者が新しい機具を見せて、それを里の皆に納得させるまでは、動かない方が良い。

特にアンペルさんとリラさんは、顔も覚えられている。出歩かない方が良いだろう。

まずは、アンペルさんの義手を調整する。

壊れているのではなくて、あたしの技術が上がっているので、更に微細に動かせるように手を入れておくのだ。

また動きが良くなる。

アンペルさんは目を細めて、更に細かく動かせるようになった手をぐっぱぐっぱしていた。

「どうですか具合は」

「素晴らしいな。 ほぼ完璧に近い。 だが、完璧になった所で、もうライザには及ばないさ」

「どうせ二人はしばらくは動けないので、先にこれを。 少し話しましたが、エミルという人の残した手記です」

「どれ……」

アンペルさんが、解読に入る。

中身の暗号が極めて難解だという話をすると、そうだろうなとアンペルさんは言うのだった。

「エミルは言葉を組み合わせるのが得意でな。 錬金術の腕前でも私と互角以上だったが、それ以上に暗号を作ったり、それを解いたりするのが好きだった」

「まさか……」

「そうだ。 私の腕をこうした張本人だよ。 私が唯一、あの腐りきった王宮の中で、友だと思っていたのがエミルだった」

実は、まさかというよりやはり、というのがあたしの感想だったのだが。

それについては、そうだというつもりはない。

ともかく、外に狩りにでる。

もう少し遠出をして、ディアンが危険だと認識している辺りの魔物を徹底的に駆除して回る事にする。

最後の巨獣、川の主だったか。行く途中に見かける。

相変わらず川の中で、ぼんやりと水に浸かっていて。鼻らしい長い触手みたいなのを振るって、水を体に掛けている。

あれも暴れ出すと同じように危険だというし。

いずれは戦う時が来るのかも知れないが。今は、その必要もないだろう。

城のあるあたりから、更に上流に出ると、湿地帯になった。この辺りは、底無し沼にもなっていないそうである。

それでも警戒しながら、辺りを調べて行く。

見た事がない薬草がかなりある。回収させて貰うが。ただ、この辺りは全域がひたひたになっていて。セリさんが言う所の、地下の川になっている場所も多い。つまり、どこが底無し沼になっているか、分からないと言う事だ。

最前衛はパティに出て貰う。

これは身軽な上に、動きも素早いからだ。最悪の場合、底無し沼から即座に引っ張り挙げられる。

クラウディアも音魔術を展開し貰って、周囲の地面を地質から探って貰う。

これだと、沼に潜んで襲ってくる魔物だっているはずだ。

そういう相手に対応するためには、事前に音魔術で探知をしておくのが最適解と言えるだろう。

クリフォードさんが、不意にパティの手を引く。

クラウディアが、あっと声を上げていた。

「危なかった。 その先、表面だけ硬くて、底無し沼を隠しているようだわ」

「おっそろしい場所だな……」

「私が警告のために植物魔術を使っておくわ」

セリさんが魔術を展開。

棘だらけの、威圧的な植物が其処に生えてくる。なるほど、これはとても分かりやすいというか。

次に来た時も、一目で分かる。

「わかりにくい底無し沼は、この植物を生やしておく。 ディアン、貴方も里に戻ったら、話をしておいて」

「分かった。 しかしみんな本当に凄いな。 ライザ姉が、さんをつけて呼べっていうわけだぜ」

「ライザもすっかりその辺り厳しくなってきたな」

レントが苦笑している。

まあ、あたしもたまにクーケン島で子供らの面倒を見ているし。

それで、過去のあたしらと接していたアガーテ姉さんの気持ちも分かり初めて来ている。

「大人」なんて存在は、実際には存在していないのかも知れない。事実子供を産もうが家庭をもとうが、いつまでも精神が幼稚な人間は多いのだ。

ただ、それでも経験を元にアドバイスは出来る。

「とりあえず、一度戻ろう。 今日は魔物を積極的に狩る必要もないと思うし」

「その前に、お客さんみたいだよ」

「そのようだな」

クラウディアに、クリフォードさんが返す。

周囲の沼にざわめく気配。長細い魚が、多数顔を見せる。なる程、縄張りに入り込むのを待っていたか。

まあいい。

これらを片付けて戻るとする。

ディアンがいうには。この先に聖地の一つがあるらしい。

ひょっとすると、其処に足を運ばなければならなくなるかも知れない。

聖地に辿りつく前に命を落とす者も多いという話だし。

少しでも、その可能性を減らすために。

あたし達が、地ならしをしておく価値は、充分にあるのだった。

 

翌日の夕方。

験者とデアドラさんが、アトリエに来る。

城の調査の許可と同時に。幾つか、注意をされた。

「城の調査については、黙認させて貰う。 だが、里の人間を無駄に刺激する可能性がある。 くれぐれも幾つか注意して欲しい」

「聞かせてください」

「夕方以降には種拾いが入る。 それまでに必ず撤収する。 また、城の調査をした際に、痕跡は残さない。 後、どうやって対人探査装置を誤魔化した?」

「それについては秘密です。 どうせあたし達以外に再現はできないので、心配はしなくても良いかと」

嘆息する験者。

まあいい、というのだろう。

ともかく、咳払いすると験者は続けた。

「城を中心に探索するとして、しばらく掛かりそうなのか」

「そうですね。 かなり時間は掛かると思います。 ただ……」

「ただ?」

「それでも、一週間くらいを目処に戻ります。 アトリエは、しばらく触らないようにしておいてください」

了解した、と験者は言う。

とりあえず、これで全て準備は整った。

ボオスが、験者とデアドラさんが帰った後、話を聞いてくる。

「一週間ってなんだ」

「ああ、それは当然、門を潜るからだよ。 フィルフサがいるかどうかは確認して、いるようなら全部ぶっ潰す」

「おっ! やるきだなライザ姉!」

「言っておくが、フィルフサは今まで見てきた魔物よりも更に格上だぞ。 ライザがまず大雨を起こして、それで対応できるようになるような相手だ。 浮ついた気持ちでいると、本当に死ぬぞ」

ボオスが逸っているディアンに釘を刺す。

まったくの事実なので、それを知らないフェデリーカ以外全員が頷くのを見て。ディアンも戦慄したようだった。

今まで交戦してきたとんでもない魔物の数々よりも更に上。

そう言われれば、確かに腰が引けるのも当然だ。

フェデリーカもびびりまくっている。

「ただ、門の先はセリさんがいうには、オーレン族の最精鋭がいるって話だし、もし彼等と連携出来れば、少しはマシに戦えるかも知れない」

「なんだと!?」

「奏波氏族を中心とした、オーレン族の精鋭部隊よ。 私も其処で育って、それでフィルフサとの交戦も経験したの。 此方に来たのは、奏波氏族が守る土地以外の汚染が酷くなってきて、守るのが難しくなってきたからよ。 丁度良い。 現地で解毒のための植物の性能を試せるわ」

セリさんは、そういえばずっとそのために植物の改良を続けて来たのだ。

確かに試したいのも分かる。

リラさんは、奏波氏族……と呟いていた。白牙氏族のリラさんとしても、遭遇経験がないとすると。

余程の長老的な氏族なのだろう。

ともかく、幾つかの打ち合わせをして。それで門への突入作戦を決めておく。

門があるなら、最優先対応目標だ。

それについては。

あの四年前の乾期に。フィルフサの脅威を知ってから、ずっと変わっていない事だった。

 

4、どうにもなるものならないもの

 

何も無い空間に、建物だけが浮かんでいる。

大気がある惑星とは次元を異なる場所に、無理矢理大気を留め置き存在している空虚な城塞。そう、同胞の拠点。同胞が母と呼ぶものが存在する場所。自身の友が苦闘している場所。

そこに、パミラは足を踏み入れる。

ロテスヴァッサの混乱が一段落した。

影で動く事もそれほどなかった。まあ何人かの貴族は同胞で始末したようだが。パミラが手を出すまでもなかった。

以前はロテスヴァッサに集まっていた錬金術師共を駆逐する時に、パミラが真っ先に出たのだが。

既にロテスヴァッサには、そんな力もなかった。

玉座を降ろされた王は、無気力なまま屋敷で監視されて過ごしている。

ヴォルカーは現在積極的に立憲君主制の体制変更へと準備を進めていて。玉座には見向きもしていない。

新しい王についても、自分がなるという意思は希薄なようである。

まあ、形だけでも、いずれは玉座についてもらわないといけないが。

今回は、全体的な状況の確認のためにここに来た。

ガイアをはじめとする、同胞の中心も集まっている。

ただ、いつも出迎えに出てくるアインがいない。

見回していると、友の声がした。

「アインは体の調整を行っています。 久々に遊び疲れるほどに動いたこともあって、ダメージが隠しきれないほどに出ています」

「回復は出来そう?」

「ええ。 ただししばし掛かります。 まったく……進展できません。 もう少しデータをストレージから回収出来ないと、堂々巡りでしょう」

「……」

パミラは神格と呼んで良い存在だが、神格というのは存外不便で、自分の役割以外はまったく何もできないに等しい。

パミラもその辺りは全く同じ。

そもそも世界を見守る事。

それだけがパミラの神格としてのあり方。

だから本当は戦闘はそれほど得意でもない。いちおう戦えることは戦えるが、一応以上でも以下でもないのだ。それでも、ロテスヴァッサに巣くっていた腐敗錬金術師どもを薙ぎ払うくらいは出来るが。逆に言うと、それが限界だった。

ガイアが咳払い。

眼帯をしている彼女が咳払いをすると、同胞達が背筋を伸ばした。

「状況確認よろしいでしょうか、コマンダー」

「ええ、はじめてちょうだいねー」

「分かりました。 まずは……」

順番に説明。

まずはライザから。

ライザはフォウレの里周辺の度を超して強大化していた魔物をあらかた掃討。要注意の存在として同胞でも認識していた、「超巨大殲滅型」の人工魔物二体を含む、多数の魔物を仕留めたという。

更に、だ。

「ライザによるタイタン級蛮族殲滅ゴーレムの撃破を確認しています。 現地での偵察をしているロミィから連絡がありました」

「タイタン級を!?」

「凄まじい。 本当にいざという時に手に負えるのか」

同胞がざわつく。

まあ、それもそうだろう。

タイタン級。蛮族殲滅ゴーレムなどというように、神代の錬金術師達が、「劣っているこの世にいるだけ無駄な人間」を駆逐するためだけに作りあげた、対人殺戮に特化したゴーレムだ。

背中にブースターを搭載して高速での機動、小型の対人ミサイルを多数搭載、更には口からはレーザー兵器まで放つ事が出来る。単純な能力でも、フィルフサの将軍級を単騎で数体は仕留めるほどの実力を持っている。王種には流石に及ばない……といいたいが。

実はこの地を守っている、タイタン級の中でも神代の錬金術師が護衛用に構築した「聖地防衛用」とされているタイタン級の戦力は、フィルフサの王種以上。

パミラも遠くから一瞥したが、あれは勝てないと判断して、交戦を諦めた。

まだ掌握できていないこの土地には、そういう危険な存在がいるのだ。友が必死に掌握している土地を拡げているが、それも苦労しているのは当然なのだといえる。

「ライザはアンペルおよびリラと合流。 フォウレの人間を味方につけ、近場にある門を潜るつもりのようです。 門の向こうにフィルフサがいるのなら殲滅するつもりなのでしょう」

「現時点では、利害は完全に一致しているな」

「ああ。 敵にさえ回さなければ心強い限りだが」

「問題は、我々の存在を知ったライザが、どう反応するかだ。 それに、ライザが力に見入られた場合……最悪の事態になる」

口々に同胞が言う。

ガイアが咳払いすると、それも静かになった。

ともかく、話を続ける。

「奏波氏族とライザが接触した場合、更に多くの知識を得ることになります。 如何しますか、コマンダー」

「現時点では放置でいいわ。 もしも力に見入られた場合は、私と同胞の総力を挙げて討ち取る。 それだけでかまわないわー」

「……分かりました。 次。 東の戦況」

「はっ」

同胞の一人が、東の地の戦況について話し始める。

かなり戦況は悪いが、どうにか同胞と現地の戦士達が連携して踏みとどまっている。

フィルフサほどでは無いが、この土地は最後まで神代にも古代クリント王国に対しても頑強に抵抗し続け。

結果嫌がらせとして、多数の凶悪な対人殺傷用の魔物を放たれた。

その中にはくだんのタイタン級も混じっていたが。幸い今はその全てが沈黙している。沈黙させる過程で、膨大な被害を出し。同胞も多くのリソースを消耗したのだが。

それに自動繁殖する対人殺傷のためだけの魔物をばらまかれたのだ。現在でも劣勢なのは仕方が無い。

そして、それをやらかした連中と、同胞は関わりがある。

だから魔郷と言われる東の地で、今も。

戦い続ける人々を、支援しているのだ。

世界中の状況が良くない。

だが、もしも東の地の人間が全滅したら。その魔物が、どっと他の土地に流れ込んで行きかねない。

そういう現実がある。

だから、同胞は東の地を支援し続けなければならない。フィルフサの駆逐は最優先だが。それ以前に、この世界ではやらなければならない事が多すぎるのだ。

ただ、ライザ達が登場した事により。

四つものフィルフサの群れが、短時間で全滅して、王種も首を取られている。これはとても大きい。

だからライザを危険視すると同時に。

ライザと協力できないか、という声も上がるのだ。

「東の地は相変わらずか。 母よ。 やはり増援の手配をお願いいたします」

「しかし他の土地でもまだ手が足りていない。 東の地にばかりではなく、増援を手配して欲しい。 撃破を優先したい魔物がまだ何体もいる」

「それも分かっているが……」

「いずれにしても、ライザの監視が今は最優先です。 もしもライザが此処に来る事があれば……。 その時は良きにせよ悪きにせよ、ブレイクスルーが発生するでしょう。 その時に、方針を変えます。 それまでは、出来るだけ状況の維持で」

そう言われると、同胞達は素直に従う。

「母」の発言は絶大なのだ。

いつものかけ声を上げて、それで同胞は解散する。

それはそうとして。

パミラは、あるものを受け取りに来ていた。

それは、この土地で神を気取っていた錬金術師の一人。そいつが愛用していた「光の剣」こと。

己の魔力をエーテル化し、更に超高熱プラズマにして固定。

あらゆる物質を、情けなく容赦もせず切り裂く、最強の武器だった。

なお使い手の腕がどうということもないので倒され。今は友の手に渡っている。

「それをどうするつもりですか?」

「そうねー。 ライザが奏波氏族と接触して、考えが決まった頃に会いに行くの。 その時、ライザが世界の敵になると判断した場合は、これで斬る。 私達の味方になってくれそうだなと思った時は、これを渡す。 そのつもりよー」

「……分かりました。 いずれにしても、ライザが世界の敵になるかどうかは……貴方の方が正確に見極められるでしょう。 幽霊の神よ」

「ふふ、そうよね」

たくさんの錬金術師を、色々な世界で見てきた。

ライザは、多分まっとうな方だ。

そして、ライザなら。

この腐りきった世界を、一代で変える事が出来る。

ライザ以上の英傑が、発狂するほどの年月を繰り返しながら回して、やっと詰みを打開した世界も見てきた。

その世界ほど、幸いこの世界は詰んでいない。

だから、きっとどうにかなる。

パミラは、そう信じていた。

 

(続)