古城に埋もれるもの

 

序、瀑布と泥濘

 

警戒色で体を覆っているラプトルの群れを倒す。途中から逃げに転じようとしたが、勿論逃がさない。

人間に対して、声を聞いただけで逃げる。

それくらいにしておかないと、共存は不可能だ。

勿論その後は、人間側でもしっかり森に対して一線を引いて対応する事が必要になるのだが。

この辺りでは、魔物の方が絶対有利という状況が続きすぎた。

他の弱めの魔物が見ている。

人間が如何に恐ろしい存在か、をだ。

事実、いきなり初見殺し系の攻撃をしてくるものや。魔術を使ってくるものも存在していた。

それらを悉く、創意工夫と早期警戒を組み合わせて退けてきている。それらを魔物に見せておけば、こう判断させられるのだ。

人間に手を出すのはリスクが高い、と。

ともかく今あたし達がやるべき事の一つがそれだ。

ラプトルの群れを全て片付けると、それらを捌いて。必要なものは荷車に積み込み、アトリエに戻る。

一番大きい奴は、文字通り見上げるほどの巨体だったが。それも今のあたし達なら負ける相手ではない。

ここまで育つのに、多分数十年は掛かる筈。

ラプトルは群れで動く魔物だが。

人里近くでは、此処まで大きいのは普通出てこない。

また、成体になるまでの成長は早いのだが。

それ以降は、成長が鈍化することも既に分かっている。

それもあって、これほど成長したラプトルを倒せたことは、大きな意味がある。

歴戦の個体で、人間を獲物としか認識していなかった上に。

長い年月を掛けて、対人間の戦術を学んできていたのだろうから。

ただ、この辺りが密林で。

豊富に餌を取れるという事情もあるのだろう。此処まで大きくなるのは。

倒す度に、タオがメモを取っている。

そして、アトリエに戻って時間が出来ると、論文にしてまとめているようだった。

王都はこれから変わる。

だから学者として、できる事はしておくべきなのだろう。

パティもタオの質問に、てきぱき答えていて、最近は本当に連携がとても良くなって来ている。

それを思うと、あたしもこの二人はもう普通の夫婦よりも仲が良いのだなと思う。

結婚当初くらいしか仲が良くないパターンは幾らでも見る。

うちの親みたいにずっと仲が良いケースもあるが。

三年もすればだいたい夫婦は仲違いを始めるものだ。

それはあたしも、幼い頃から周囲の家で散々見てきているので。

そうならないでほしいなこの二人はと今から思うばかりだ。

まあタオもパティも、自省と自制をがっつり出来るタイプだし。もう遠慮も無いだろうから、大丈夫だろう。

これがお気持ちを最優先で動くタイプだったり。

相手を上か下かで判断する事しか出来ないような低脳だったら。

そうもいかないのだろうが。

ラプトルのしがいなどをコンテナに収めると、すぐにまた密林に。

少しずつ道を開いて、奧へと進む。

今度は異常に腕が長い猿がお出迎えだ。

かなり素早い上に、頭上から立て続けの連撃をしかけてくる空中殺法の使い手だが。それも別にそこまでは苦労はしない。

そもそも頭上からの攻撃なんて、慣れているからだ。

別に今更苦戦はしない。

それだけが武器なら、だが。

ともかく仕留めきると、先に進む。

大蛇が死んで、死体が腐敗していた。死んだのは、大きな傷が原因らしい。倒した相手は、殆ど喰わずにいったようだ。

それはそれで腹が立つな。

不愉快だから殺すだけ殺した、か。

人間のチンピラか。

無言で森を行く。腐っている死体にふれるつもりはない。フェデリーカが口を押さえて黙り込んでいたが。

自分の速度で、修羅場に慣れていけばいい。

それは何度も言っているし。

フェデリーカも頑張っているようだから、それについてどうこうは思わない。

更に先に進むと、かなり大きな猫科の動物が出てくる。

縞模様は、恐らく密林に特化した感じなのだろう。

猫科というとかなりしなやかで動きも速いイメージがあるが。それも実の所、人間の七倍から八倍の重さくらいまで。

それ以上になると、しなやかに動く事はかなり難しくなってくる。

こいつはちょっと大きくなりすぎた種類だ。此方を伺って距離を取っているが。レントが前に出ると、明らかに後ずさって。

それで逃げていった。

「追わないの?」

「放置で。 もしも距離を取って伺って来るようならば、その時に対処します」

「……」

セリさんが、こくりと頷いた。

それでいいと言うのだろう。

そのまま、更に奧へ進む。

森の雰囲気が変わってきた。地面がかなりしめっている。タオが手を横に。止まって、という合図だ。

クリフォードさんが手慣れた様子で木に上がって、それですぐに降りて来た。

「どうやら森を抜けたようだぜ」

「やっとか……」

ボオスがぼやいた。

此処からは、生態系が変わると言うことだ。

頷くと、あたしは先に徹底的に警戒してから、前に出る。皆も、一段階警戒レベルを上げていた。

不意に、森が途切れた。

拡がっているのは、これは沼地か。

ロープを腰に結んだパティが前に出る。これは、一番身軽だから、だ。足が速いタオと比べても、パティは体が更に軽いし、とにかく反応速度も早い。

そこで、前に出て、様子を見るということだ。

一気にパティの背が縮む。

底無し沼か。

即座にパティを引っ張って引き戻す。

水がそれほど深く溜まっているようには見えなかったが。沼地が其処にあるのは事実のようだった。

「助かりました、みなさん」

「いや、こっちこそ。 やっぱりこの辺り、かなり危ないみたいだね。 ……奥の方のは、あれは川かな」

「この辺りはかなり危ないから、近寄らないようにしているんだ。 俺たちも奧にはいかないで、基本的には森に沿って動くようにしてる。 それも一歩ずつ」

「よくこんな所を移動しようって思えるな……」

ボオスが、ディアンに呆れてみせるが。

ディアンは、此処しか行く場所がないという。

まあそうなんだろうな。

此処だと、大型の魔物も迂闊には足を踏み入れられない。事実見ていると、それほど大きな魔物は、湿地帯にはいないようだ。

セリさんが植物魔術を展開して、近くに根を張り巡らせる。それで、辺りの状態を見てくれる。

「なるほどね。 地盤が完全に死んでいるわ。 この辺りは実質水が表に出ていないだけで川よ」

「確か、地下に水が流れているタイプの川もあるんだよな」

「そうなるわ」

レントの質問に、セリさんが頷く。ただし、と付け加えた。

この地下川は、非常に地上に近く。地面がただ見えているだけの場所。

雨が降ると、すぐにそれも表に出る。

つまるところ、見えている地面は殆どが嘘だと言う事だ。

しばらく辺りを調べると、それでも人間程度が埋まらずに進める場所はあるようだ。ただそれも、あまり進むのは進められないが。

此処を進むためのエアドロップの改良が必要かも知れない。

あたしはそう思って、先にメモをしておく。

それと、この近くを進むのはあまり褒められた行為では無い。森の方から攻められると、非常に危険な事になる。

一度森の中に戻ると、右手に川を見ながら、進む事にする。この先に、城の裏手に出る場所があるとディアンは言う。

今日も密林の中で魔物を駆逐するとフォウレの里では言ってある。

今、手に入れるべきは、役に立つ種と、役に立たない種、この二つだ。フォウレの里ではそれらは手に入れられない。

だから、城に入って入手する。

とはいっても、ディアンの話によると、掘って出てくる量は年々減っている、ということだが。

使い切った種に関しても、里の倉庫でしまってあるらしく。

そして、更に言えば。

五百年掛けて使った種の量が、フォウレの里の倉庫にしまえる程度しかない、と言う事も意味している。

フォウレの里は小さいと言っても、それでも五百年となると、二十五世代くらいにはなるだろう。

あの機具をずっと動かしていたのだとすれば、相応の量を消耗した訳で。

やはり神代の動力源。

そう簡単に枯渇するものでもないのだろうなと思う。

だとすると、純粋に燃料だとかそういうものではない、ということか。

ともかく現物を見ないと、何とも言えないのがもどかしい。

ある程度進んだ所で、川の中に巨大な影が見えてきた。

あれだ。

皆に気配を消すように指示して、相手を伺う。

川の中で、長い触手……いや鼻だろうか。ともかく、その小山のような巨体は、体を流して洗っているようだった。

体は四足獣で、この間倒した巨獣とはだいぶ違っている。

ただしそもそも体の側面についた目は片側だけでも四つ有り、恐らく目は八対。足も四本だが、それ以外にもなんだか巨大なひれみたいなものが体の横に複数ついていて。背中には威圧的なひれもある。

半水棲、というわけだ。

「あれが大人しい奴かな?」

「そうだライザ姉。 俺たちはあいつのことを川の王って呼んでる」

「王様か。 なんだか虚しい響きだね」

「基本的に手を出さなければ何もしてこない。 縄張りも川の向こう側だから、俺たちとしても手を出す事はないんだが……前に一度大暴れしたことがあるらしくて、その時は逃げるしか無かったそうだ」

そうか、としか思わない。

獣には獣のルールがある。

どういう事情で怒るかなんか、知れたものじゃないのだ。

だから、今は放置しておく。

暴れ出したら殺す。

それだけだ。

「フィー!」

「……そろそろか」

フィーの警告。空を見る。曇っていてかなり微妙だが、それでも影の方向から、今の時間がどれくらいかは分かる。

撤退開始。

雨がいつ降ってもおかしくないという事もある。残念だが、今日はここまでだ。

帰路も、安全圏までは無駄口は控える。

そして案の場、帰路でも魔物は襲ってくるので、全て片付ける。待ち伏せしていた大きな百足の魔物を仕留めたところで、今日の戦闘はしまいだった。

アトリエに戻り、明日以降の対策を話す。

地図を拡げて、タオが説明する所によると。やはりあの倒した巨獣の縄張りの範囲がかなり広かったようで。

森の広範囲で魔物が移動を続けていて、活発な争いが起きているようだ。

あたし達に仕掛けて来るのも、その一環であるらしい。

そうなると、しばらくは移動する最中にずっと、決して弱くない魔物に襲われるということだ。

「ディアン、もう一体の巨獣は、どの辺りをうろつく傾向があるか分かる?」

「城の近くに来ることは滅多にないぜ。 前に追われたときに、城に逃げ込んでやり過ごしたことがあるんだ。 あのばかでかい奴、城には絶対に近付こうとしないんだ。 なんだか怖がってるみたいだ」

「案外怖がっているのかも知れないよ」

「よく分からない」

ディアンの言葉ももっともだ。

ただ、あの巨獣が元々森に適応した生物だったとは思えない。

ディアンによると、「川の王」ではないもう一体は、倒した巨獣とほぼ同種のような姿らしいから。

そうなってくると、そいつも。

神代の生物兵器の可能性が高い。

だとすると、神代の施設には近寄らないようにされていても不思議では無いだろう。

いずれにしても今の時代には必要ない存在だ。

森を好き放題荒らすあの戦い方からしても、許しがたい。

行きの駄賃に処理する。

それしかあるまい。

ただ、気になることもある。

ディアンが言った通りの魔物の動きがあるとして。

それで、あたしの予想が当たっていた場合。

神代の技術は、それほどということになる。あんな小山みたいなサイズの魔物が怖れる程に、的確に調教できると言う事だ。

フィルフサも、神代に生物兵器として使っていた頃は、或いは制御出来ていた可能性も高い。あくまで神代の生物兵器なのではないかと言うあたしの仮説が当たっていた場合だが。

そうなってくると、神代の錬金術師達は、その気になれば文字通り世界なんて簡単に滅ぼせたことになるだろう。

実際その残りカスみたいな古代クリント王国が、オーリムを実質上破綻にまで追い込んでいるのだから。

フィルフサを人為的にコントロールして、自由自在に滅ぼす対象を決められるのだとしたら。

はっきりいって想像を絶する脅威だ。

そして、そんな力をもった人間が。

自分を神に等しい存在だと錯覚するのもまた、不思議な話ではないのかもしれなかった。

「とりあえず、巨大な奴の縄張りと、動きで知っている事をディアンの方で教えてくれる?」

「ああ、ライザ姉がいうなら。 倒すのか?」

「倒す。 それに……」

そろそろ出来るかもしれない。

今まで、収束熱槍を叩き込む奥義は、色々とバージョンを作って、試験的に何が強いか試してきた。

最近はセプトリエンを複数種類手に入れられるようになり。

魔力増幅用の杖も使って、さらに魔力を増幅できるようにもなってきた。

フェデリーカの舞いによる強化も上乗せすれば、そろそろ手が届きそうなのだ。

あたしの魔術の、究極に。

今まで使っていたのは、去年くらいに使っていた集大成型の、グランシャリオの発展型だった。

そのグランシャリオも、周囲を制圧するための制圧型。

あたしが使っている足技と組み合わせての収束投擲型。

周囲から相手を追い詰めるタイプの収束型。

この三種類が基本だった。

だが、この間の巨獣は、あたしが全力で投擲した収束投擲型と、更にはツヴァイレゾナンスの連続攻撃で殺しきれなかった。

これにセリさんの奥義と、皆の猛攻も加わっていたのに、だ。

あの巨獣と同等の戦闘力を持っているのが後二体。

更には、連中ですら神代のテクノロジーを怖れているのだとしたら。もっと上の火力が必要になる。

例えば、発生した事象をそのまま否定するような防御とかを、貫通するような、である。

「そろそろ、あたしの奥義に、新しく名前をつけるときかもしれないと思ってね」

「根本的なバージョンアップだね!」

「うん……」

クラウディアは嬉しそう。

クラウディアは非常にその辺りマイペースで。技を磨いてはいるが、基本的に矢をおっきくすること、飽和攻撃すること。それだけしか考えていないし。それをどんどん磨いている。

他の皆も、それぞれの奥義は強化しているが、それ以上でも以下でもない印象を見ていて受ける。

あたしは、神代の連中が使うような意味不明な技術に対しても、それを打ち抜ける術式を作っておきたい。

あたしの素の力だけでは無理だが。

あたしが自分用にカスタマイズした装備品を加味すれば。或いは。

無言で、手を見る。

多分出来る。理論も出来ている。

あたしが、それに手を掛けた時。

本当にあたしは、神代のクズ共と同じにならないのだろうか。自分を神と錯覚してしまわないだろうか。

今の不安は、そこだけだった。

「フィー……」

「ありがとう、フィー」

心配そうなフィーの声。

それだけで、大丈夫だ。

あたしは腹を痛めて子供を産む事は、今後ない。

かといって、子供がいないかというと、そんなことはない。

子育ての経験がないかというと、そうでもない。

それに、田舎暮らしで出産の補佐とかもして来ている。近所の幼い子供の面倒を見たりとかも。

子供に夢を見ることもないし。

子育てに夢を見ることもない。

ただ、知っている。それだけの話だ。

「とりあえず、今日は解散。 あたしはもうちょっと研究してから寝るわ」

「ライザさん。 なんなら、この件が終わったら王都に来ませんか? いや、王都という名前も、変えてしまうつもりではありますが」

パティのお誘い。

王都を中心に、世界を少しずつ良い方向に変える。

数年掛けて、あの王都に立憲君主制というものを導入し。更に今後、世代を経て民主制というものを導入していきたいとパティは考えているようだ。

今はそれはできない。

王政と貴族制に誰もが慣れきっている。それが張り子の虎であると分かりきっているのに、だ。

そういう新しい世界の変革に。

あたしのパワーが必要だと、パティは言うのである。

「足は運ぶよ。 いずれにしても、世界中を色々回らないといけないし」

「パティ、結構アクティブですよね」

「そらそうよ。 幼い頃から野営とか魔物との戦闘とか、間近で見て鍛えられてるんだし」

「私を野生児みたいに言わないでください……」

フェデリーカに対するあたしの言葉に、呆れるパティ。

まあ、それでもいい。

ともかく、あたしとしても。パティの改革につきあうのは、まんざらでもなかった。

 

1、巨獣再び

 

森の中でじっとしているそれは、前に見た巨獣と姿がある程度似ていたが。違っているようにも思えた。

小山のような巨体には苔むしていて、体から触手が多数生えているが、それはどちらかというと頭足類のものに似ていて。吸盤があり。吸盤には無数の牙。そして、体中に目。体を裂くようにして、存在している巨大な口。

足は多数存在しているが、小山のような体の下にあるようで、見ている範囲ではナメクジのように動いている。

ただし、その速さは、ナメクジの比ではないが。

あいつか。

ディアンを追って、城の近くまで来た奴は。

手をかざして、観察する。

触手を無作為に振るって、近くの木をなぎ倒して道を作っている。途中で見かけた魔物は触手で絡め取り、まとめて上の口に運んでいる様子だ。

魔物は逃げ惑っているようだが。

多数の目が魔物を睨むと、金縛りのように動かなくなり。倒れた所を触手で掴んで、無造作に口に放り込んでいる。

タオが、体勢を低くしながら言う。

「厄介だよあれ。 多分拘束系の魔術だ」

「それもあの巨体の強大な魔力から繰り出されるというわけだ。 この間の巨大な奴よりも、強いんじゃないのか」

「対人殺傷力は高いかも知れないね。 この間のは、何もかも破壊して回るのに特化した感じだった」

レントにそう応じるタオ。

どっちにしても、随分と迷惑なのを作りあげてくれたものだ。

あれに関しては、自然発生したものではあるまい。

確定で誰かが作りあげたものだと考えて良い。

だったら、その不毛な存在を。

此処で終わらせるしかないだろう。

作戦を提案。

かなり強引な作戦だが、此奴に関しては長期戦が不利だ。巨体から来るとんでも無いタフネスもあるし。

何よりあの金縛り。

見ていると、多数の魔物相手に同時に発動している。

そして、かなり大きなラプトルが、手も足も出せずにバタンと倒れている。

それは人間なんかが喰らったら、ひとたまりもないという事だ。

ディアンは良く逃げられたなと思ったが。

それは森の間をかいくぐりながら走って、魔物の視線がディアンを捕らえるのを避けたのだろう。

「鍵はクラウディアだよ。 もしも第一段階の作戦が失敗した場合は、第二段階に移行するから」

「分かった」

倒すための鍵は幾つかある。

見ていると、視線があって数秒、金縛り発動まではタイムラグがある。

今のあたし達にとって数秒の猶予はかなり長い。

ただし、あの触手、巨体、パワー、それそのものも全てが危険だ。あの巨大な口に放り込まれたら即死だが。それ以前の問題だ。触手に捕らえられたら、その瞬間に握りつぶされてしまうだろうし。

フォーメーションを組んで、それで。

仕掛ける。

GO。

あたしが叫ぶと同時に、クラウディアが全力で魔力を展開。背中に魔力が翼を形作る。

そして、放たれた多数の矢が、一斉に巨獣の目に着弾。

巨獣は即応。

即座にシールドを展開して矢の直撃を防ぐが、矢が着弾したことで、視界を塞がれている。

突貫するレントとボオス、パティとタオ。更にはディアン。

唸りを上げる触手。

レントが、雄叫びを上げながら、それを弾き返す。一撃、二撃。だが、パリィするたびに、凄まじい勢いで地面に罅が入っている。それだけの破壊力、ということだ。レントが受けきった直後、パティがボオスが、それにタオが、触手に斬り付ける。ディアンもそれに続こうとするが、やはり無理は出来ず。触手がうなりを上げるのを見て、飛びさがる。

良い判断だ。

下手に怪我人を増やされるよりは、その方が良い。

戦闘ではむしろ憶病なくらいでいいのだ。

フェデリーカはずっと舞い。

あたしは詠唱を続けながら、順番に爆弾を投擲する。

触手はそれらにも的確に対応。爆発する前に魔力壁を展開。更には触手で掴んで、自爆覚悟で防ぐ。

今回は、冷気中心で攻める。

触手が凍ると、巨獣は悲鳴を上げて、そして柔軟に体を回転させる。森の中にいながら、多数の人型とともに、回転する魔獣の目を正確に狙い続けるクラウディア。セリさんも、あたしの隣で詠唱を続ける。

クリフォードさんが上空に躍り出る。

投擲したブーメランが、うなりを上げてクラウディアの放った矢と、別方向から巨獣の目を強襲。

突き刺さり、派手に血をぶちまけさせた。

しかし、恐ろしい色の血だな。

赤いとか赤黒いとかじゃない。

青い。

あんな色の血というのは、海の一部の生物みたいだ。或いはそれもそうかも知れない。普通の生物のルールなんて、あの作られた破壊者には通用しないだろうし。

悲鳴を上げながら、魔物が荒れ狂う。

触手が暴れ、辺りを滅茶苦茶に薙ぎ払う。

まずは小手調べだ。

パンとあたしは胸の前で手を合わせると、二万五千の熱槍を中空に出現させる。

まずは空中から、一点に収束するタイプの包囲収束型。それを巨獣へとぶっ放す。巨獣は多数の目でそれを確認したのだろう。

さて、どう反応するかとみていると。

触手を同時に動かして、即座にシールドを展開。炸裂する飽和攻撃に対して、全てを完璧に受けきってみせる。

だが、その瞬間。

相手の懐に入り込んだボオスが。二刀を振るって、触手の一本を滅茶苦茶に切りさいなんでいた。

そのまま、飛びさがる。

派手に血を噴いた触手が、動きを鈍らせる。そこに、セリさんの植物魔術が、周囲から多数の巨大な根を出現させ、巨獣を貫く。

触手が引きちぎられて、宙を舞い。そして、地面に叩き付けられていた。触手は切り離されても動いているし。

まるで大木が倒れたような凄まじい音である。

「クソッ! ライザ姉のあんな魔術でも、防ぎ切るっていうのかよ!」

「想定内だ! とにかく攻撃を続けろ!」

ディアンの悪態を、レントがたしなめる。

今ので、巨獣も此方の脅威を最認定したようである。多数の根を、触手で押し返すと。クラウディアの猛攻を受けて金縛りを使えない状態ながらも、それから別行動に出て来た。

多数の目が、鈍く光っているのが見える。

まずいなこれは。

「レント、さがって! 他のみなも!」

誰もがさがった次の瞬間。

いきなり、地面が派手に陥没する。一瞬前まで、パティがいた辺りを中心に、四角に。二十歩四方ほど。

何だ今のは。

それだけじゃない。立て続けにそれが来る。

巻き込まれた場所は、木なども一気に地面に叩き付けられて、真っ平らになっているようだった。

魔力によって圧殺しているのかこれは。

違う。

多分、前にタオが言っていた、引力という力だ。

ものというのはそれぞれに引っ張り合う力を持っていて。ものが大きいほどその力は強くなる。

神代にあった理論書に書かれていた本だ。

あたし達がいる世界が、球体ではないかという説は古くからある。まあクーケン島からも見えるのだが。確かに水平線とかは若干丸みを帯びている。船に乗って移動したことは何度もあるから。

海で、そうやって水平線が丸みを帯びているのは見た事があるし。

遙か遠くの船が、マストから見え始めるのも見た事がある。

だとすると、どうして下にいる人間は墜ちないのか。

それは、そもそもあたし達のいる世界が引っ張っていて、それで足を地面につけていられるからだ。

そういう理屈であるらしい。

この巨獣、それを自在に使っている。

ということは。

ふわりと、巨獣が浮き上がる。

そらそうだ。自分にも当然適応出来るということだ。

浮き上がった後、凄まじい速度で。自由落下の何倍もの速度で、巨獣が地面に自分を叩き付けてくる。

辺りが、文字通り、何もかも粉砕されたのは、その瞬間だった。

巻き込まれた。

吹っ飛んで、何度か地面に叩き付けられて。跳ねた。

フィーは守りきった。

立ち上がる。

辺りの森が全壊している。

それだけじゃない。地面が砕けて、川の水が入り込み始めている。こいつ、本当になんでもやる気だ。

もう魔物と呼ぶにすら値しない。

破壊の権化。

人間の悪意に極めて似ているそれは、もうこの世界に存在していいものじゃない。

この悪意、あの「蝕みの女王」に似ている。

そしてこの魔物が思考して、それをやっているとは思えない。

金縛り。

今の瞬間で、クラウディアの攻撃が途絶えたのだ。

触手が振るわれる。

皆、倒れていたり動けなかったり。

まずいなこれは。

だが、クラウディアが、倒木の中で立ち上がり、再び飽和攻撃を開始。目を塞ぐ。目を塞いで、二秒後に触手があたしのいた辺りに着弾。だがその時には、既に横っ飛びに逃れていた。

クラウディアも、ペースを上げる。

多数の矢を、それでも防ぎ抜いて見せる巨獣。

触手を振るって、今度は大量の土塊が辺りに浮き上がる。それを、必死に耐えている前衛組みに叩き付けて来る。

レントがいち早く立ち上がると、倒れている皆に声を掛けながら、自分が中心になって防ぐ。

パティがタオを引きずって、土塊に潰されるのを防ぐ。

フェデリーカが、立ち上がって、舞い始める。前よりも舞いの効果が弱いが。それでも何とかするしかない。

クリフォードさんが、再び跳躍。

ブーメランで、別角度から目を潰す。

巨獣の触手をかいくぐっての、文字通りのスナイプだ。

巨獣が再び悲鳴を上げて、そしてクリフォードさんを狙うが。クリフォードさんは戻って来たブーメランを掴んで、空中機動に近い形で逃れる。喰らったら瞬時に地面に叩き付けられて潰れたクーケンフルーツになっていただろうクリフォードさんは、綺麗にその魔の手から逃れていた。

セリさんが、詠唱完了。

ブチ切れてる。

まあそうだろう。

森の守護者が、こんな光景を見たら、それはブチ切れる。

手を地面に突くと、大量の植物が、巨獣に絡みつく。同時にあたしは、ツヴァイレゾナンスを巨獣の頭上へと放り込んでいた。

どっちにも対応できない。いや、対応して来る。だが、こっちは更にその先を行く。

巨獣は、体中を大量の根やら蔓やらに絡みつかれつつも、触手を振るい。ツヴァイレゾナンスに対して、四方八方からあの圧力を掛ける。

爆発前に潰れるツヴァイレゾナンス。

だが、それでいい。

あたしも、汗を飛ばし。

額の血を拭いながら。

大きく息を吐いて、最後の詠唱を続ける。

「全てを焼き払う光の星よ。 全てを押し潰す闇の星よ。 今一つになりて、その破壊の烈光を、敵に向けよ。 今日の天気は、何もかもを打ち砕く、烈光と。 何もかもをかき消す、闇の槍。 その二つ、無数に降り注ぐものと知れ」

突撃。

そう、あたしは思考すると。

フェデリーカの舞い。

あたしの身に纏っている装備。

更にあたし自身の魔力を全部投入しての、新技の発動に移る。

今のツヴァイレゾナンスの無効化で、巨獣の防御に隙が出来る。だが、あたしの魔力の高まり。収束している魔力光を見て、それでも巨獣は冷静に動き、口を開いて凄まじい雄叫びを上げる。

無言でパティが抜き打ちを叩き込んで、目の一つを抉りさる。

タオも、同じようにして、残像を作りながら目の一つを抉り取っていた。

ボオスもだ。

ディアンは、振るわれている触手の一つに、斧を体ごと叩き付ける。

少しずつ、それで巨獣が乱れて。

あたしは、全力での攻撃態勢に入る。

あたしの背後に、魔法陣が出現。

クラウディアの翼と同じ。魔力が形為している。その魔法陣に出現する熱槍。二十。

その全てが、収束型熱槍であり。一つずつが、熱槍千を収束した火力がある。そしてあたしは、頭の血管を切りながらも、手元に二万の熱槍を収束させ。

そして踏み込むと同時に、最後の詠唱の一節を唱えていた。

「穿ち抜け、滅びの槍! フォトン・クエーサー!」

まず最初に、二十の熱槍が、順番に巨獣に突貫する。それに対して、巨大なガラス板のような魔力防壁を、巨獣が展開してみせる。

あたしの奥義発動を見て、全員が逃げる。それでいい。これをまともに喰らったら、誰も助からない。

立て続けに、ぶつかっていく熱槍。その勢いは、あたしが踏み込みながら投擲する熱槍と同じだ。

巨獣のシールドが、次々に正面からぶつかる熱槍に晒され、そして一枚目が砕ける。二枚目の負荷が上がり、赤熱して砕ける。三枚目が、同じようにして砕けた瞬間。

最後の一撃。

本命の収束熱槍が、残り二枚のシールドを瞬時に粉砕。

無防備な魔物に直撃し。装甲を貫通。

体内ではじけて炸裂していた。

あたしは、今まで集める事を主眼にしていたが。

着弾地点内部で、この熱槍は炸裂する。

結果、体内から焼き尽くされた巨獣は、文字通りの断末魔の絶叫を上げていた。

触手が内側から焼き千切られる。

足が砕けて、炎に包まれながら、めいめい勝手に動き。それぞれが爆ぜたり、焼けとけたりする。

目玉も内側からの炎に灼かれて、吹っ飛ぶ。

巨獣の体の彼方此方が、内側から破れて。炎が噴き出す。逆に言うと、破壊をこいつはその程度まで抑える程に頑丈ということだ。

「とどめ、いくよ!」

クラウディアが、空に矢を放つ。

多数放たれた矢は。中空で一つになると。

そのまま、地面を穿つ烈光になって、巨獣に真上から襲いかかる。

更にパティが腰だめして、納刀。

踏み込むと同時に、立て続けの四連撃を浴びせていた。

瀕死の巨獣の全身を、それらが穿ち。

全てが収まったとき。

既に、巨獣は命を手放し。地面にて、燃え焦げる生きていた肉塊へと変わり果てていた。

 

手当てを終える。

森の手当ても、セリさんがしている。セリさんは、相当に機嫌が悪い。話しかけない方が良いだろう。

ちょっとあたしも、それについては同意だ。

自分が住んでいる場所を、此処まで無茶苦茶にするか。

エサなんて何処でも取れるという驕りから来ている行動か、それとも単に生物兵器として作られたからで、何も考えていないのか。

どっちにしても、いくら何でもこれはおかしすぎる。

こんな存在を作りあげた神代の連中は、何を考えていたのか。

ただ、静かな怒りが、わき上がってくる。

とにかく、傷を治す。

あたしも右手の指が何本か逆側に曲がって、骨がグシャグシャになっていたので。薬を塗り込んで、無理矢理治す。

今ぐっぱぐっぱとしているが、大丈夫ではある。ただ、これは今日は戻ったら、もう寝た方が良いだろう。

荷車に積み込んできた薬を全部使い切るつもりで、皆に投入。

この間の巨獣とは少し方向性が違ったが、手強い相手だった。皆、手酷く怪我をしていたが。

それでも手足を失うようなことにならなそうなのは、良かったとしか言えない。

パティが髪の毛が乱れていて、完全にそのまま降ろしてしまっている状態になっていて。

結ぶのに使っていた髪紐を、残念そうに見ている。

「それ、直すよ」

「本当ですか、ありがとうございます」

「誰かにもらったもの?」

「はい。 うちのメイド長から」

そうか。

パティの鬱屈した感情については、あたしも何となく分かる。もう顔も覚えていない実の母親よりも。

幼い頃から側にいて、武芸百般や他の生きていくための術を叩き込んでくれたあのメイド長の方が親として慕える相手だというのは分かる。

メイド長、と呼んでいるのも。

ヴォルカーさんが。新しく妻を迎える気が無いから、なのだろう。

この子はため込む傾向があるので、たまにはガス抜きも必要になるし。周りがそれとなく支える必要もある。

そういう意味では、タオは実は完全に失格だったりするのだが。

まあ、それはもう仕方が無い。

ともかく今は、手当てを勧めていく。

セリさんの傷も見せてもらう。

セリさんの全裸は見た事がないが、腕と足以外にも羽毛が何カ所か生えている事は知っていた。

男衆から見えないように、影にいって。其処で諸肌を脱いで貰って、手当てをする。

青白い肌は、やはりオーレン族と人間とでだいぶ違う。色白な女性よりも、更に青白い。

幸い、薬は同じように効く。

手当てをしていくと、セリさんは大きなため息をついていた。

「この薬がなければ、何人かは手足を失っていたでしょうね」

「ええ。 良い方向に使えば、こうやって人を救えます。 技術は悪じゃありません」

「分かっているわ」

セリさんは、今でも錬金術も、錬金術師もきらいだ。

幸いあたしやアンペルさんの事は嫌っていないようだから、それは有り難いと思ってはいるけれども。

そもそも錬金術師がオーリムでやってきた事。

セリさんが今まで仕留めてきた身勝手な錬金術師達の言動を考えると、それも仕方が無いのだろう。

手当てを終える。

クラウディアの当世具足は、また何カ所かやられてしまっていた。あの超凶悪ボディプレスの余波を受けてのものだ。

今になって思うと、あれはあの巨獣でも流石に連打は出来ないものだったのだろう。

クラウディアの当世具足を外して、手当てを済ませる。当世具足は、後で直してしまう。これは、今日明日はアトリエに篭もりっぱなしになるだろう。

仕方が無い。

あの巨獣を仕留めて、その程度の消耗で済んだのなら、マシとするべきなのだから。

皆の手当てを終えた頃には、セリさんも森の手当てを終えて。なんとかこの辺りは森として形になっていた。

「セリさん、満足ですか?」

「いえ。 そもそもこの森が全体的にいびつよ。 散々変な形で手を入れられたから、なのでしょうね」

「しかしそうなると、誰がこの森を。 フォウレの里の人達の先祖でしょうか」

「なんともいえないわ」

セリさんとしては、パティの言葉にそうとしか応じられないのだろう。

他の魔物も、今の怪獣大決戦を目にして、近寄る気にはなれないようだ。それでいい。魔物に必要なのは、人間への恐怖。

それで、無駄な破壊と殺戮は避けられる。

もう少しこの辺りの魔物を間引いておきたい。そうしないと、パワーバランスがまた簡単にくずれて、不幸なことになる。

魔物だって生きていると言う人もいるかも知れないが。

人里を潰すような襲撃をする魔物は、殺処分するしか他に無い。

会話が通じるような魔物だったらそれで良いのかも知れないが。

そういう訳にはいかないのだから。

アトリエに戻る。

巨獣の二匹目を仕留めた。証跡を見せながら、それをデアドラさんと験者に報告しておく。

デアドラさんは感謝してくれた。

やはり、あの巨獣は危険極まりない相手だったのだろう。

まああんな風におやつ感覚で辺りの生物を手当たり次第に貪り喰い。

森を気分次第で潰して回るような存在。

あたしだろうが誰だろうが。

許せないと思うのは、自然な事だと思う。いや、そう思いたいのかも知れない。

「ライザ姉の新技、すごかった! 五枚もあったあの巨獣の展開したシールドを、ブチ抜いたんだ!」

「それは凄いな。 魔術についての講義を、この里でもやって欲しいほどだ。 この里の手練れでも、ライザ殿には到底及ばないだろう」

「そう言ってくれると嬉しいんですが、実の所あたしだけでやった技ではないので……」

「……そうか」

まあ、錬金術の力はデアドラさんも験者さんも見ている。

深く追求してくることはなかった。

そして、此処からだ。

ついに、城に入るための関門は突破した。後は、森にいる強力な魔物。サルドニカ北で交戦したフェンリルと同等以上の奴が複数いる可能性がある。

パティが参加したとは言え、簡単には倒せないだろう。出来れば遭遇しないように祈るしかないが。

ともかく、一つずつやっていくしかない。

アンペルさんも、アンペルさんの方から努力してくれている。

あたしも、それを無駄にしたくはなかった。

 

2、密林の廃城へ

 

翌日は一日を休息と装備の修復、更には薬や爆弾の補填に当てた。それだけ激しい戦いだった、ということだ。

特にフェデリーカは完全に参っていて、一日ほぼずっと眠っていたが。これは責める事は出来ない。

元が職人で、戦士ではないのだ。

あんなのを相手に、あれだけ自分の役割を果たせる。

それで充分過ぎる程だろう。

あたしは黙々と調合をしていたが。

外で、パティとディアンが組み手をしてきたらしい。レント立ち会いで、だが。

どうも同じくらいの力ではないかとディアンは計ったらしく、それで勝負を仕掛けたようなのだが。

パティの勝ちだったようだ。

まあ、それはそうだろう。

お座敷剣法しかしらないような人間と違って、パティはヴォルカーさんと一緒に前線でずっと戦って来たのである。

実戦はそれなりに経験しているディアンだが、それでもあくまで「この辺りでは無類に強い」という程度。

流石にフィルフサ戦までこなしているパティよりは劣るだろう。

「それにしても、どうして私を選んだんですか?」

「……ライザ姉は総合的な筋力は俺より弱いが、他の全部が俺とは比べものにならないほど強い。 他のみんなも似たような感じだ。 フェデリーカさんはそもそも前線で戦うタイプじゃない。 そうなると、ボオスさんとパティさんが俺に実力が近いと思った。 ボオスさんは見ていて、頭を使うタイプだと思ったから、パティさんを選んだ」

「なるほど。 それで戦って見てどうでしたか」

「強いな。 あんた師匠がいるんだろ。 俺もその人に鍛えて欲しいな」

考えておきますとパティは言うが。

師匠というのは、多分ヴォルカーさんじゃなくて例のメイド長だ。

だから少しだけ嬉しかったのだろう。

その辺りは、あたしにも分かった。

「ディアン、私の事はパティと呼んでください。 年もかなり近いですから」

「いいのか。 でもあんた、王都の偉いさんなんだろ」

「そういう考えは捨てるようにしています。 もしも私の行動を偉いと思ったのなら尊敬して欲しい。 それだけです」

「分かった、じゃあパティと呼ばせて貰うな!」

なんだか嬉しそうなディアン。

なお、タオの婚約者である事も告げてはあるので。必要以上になれなれしくしないようにも、一度釘を刺しておいた。

勿論この辺りにも婚約の概念はある。

それで、充分に話は伝わっていた。

さて、此処からだ。

幾つかやるべき事をやっておく。

皆の装備を修復すると同時に、昨日の巨獣の中からも回収出来たセプトリエンの解析をしておくのだ。

セプトリエンは収束した魔力が、尋常ではない密度の魔石になったものだというのは分かっているのだが。

それにしても、それぞれが違う上に。

どうも構造が一致していないように思う。

つまりセプトリエンというのは、きらきら輝く石を「宝石」なんて呼んでいるのと同じであって。

それっぽいものをそう呼んでいるだけ。

そしてそれっぽいだけで、錬金術の秘奥に必要なものではないか、という疑念があたしにはあるのだ。

この疑念が正しい場合。

ある恐ろしい結論に辿りつく。

ひょっとすると、錬金術と言うのは。世界の神秘に触れる力などではなく。属人的な力に過ぎず。

人間の力をある程度拡張するためだけにある、学問というものとは違う存在なのではないか、という結論だ。

これについては、アンペルさんにもまだ話すつもりはない。

アンペルさんとは、何度か話して。手紙でもやりとりしたが。

錬金術の基本は、最初に教わった事。

無からの有の創造だ。

だけれども、本当にそれは正しいのか。

釜に満たす物質化したエーテル。様々な素材。それら含めて、錬金術に必要なものは色々とある。

それに最高の素材であるセプトリエンからして、そもそも此処までふわっとしたよく分からないものなのだ。

そこには無からの有の創造なんて概念は無い。

というか。無から有を創造するというのは、文字通りの神の業だが。

それはつまり……自分を神に近い存在だと考えていた神代の錬金術師が、得意げに定義しただけの事ではないのだろうか。

だとすると、錬金術は魔術の究極版であり。

人間のテクノロジーを遙かに超越した魔術が、単にテクノロジーに競り勝ってしまったというのが事実ではないのか。

そういう疑念が浮かんで来てしまうのである。

或いは、だが。

別の世界の錬金術は、それはそれで違うものなのかも知れないが。

それについては、もう見てみないとなんともいえない。

ともかく、巨獣は仕留めたのだ。今日は休む。セプトリエンの研究を進めることで、グランツオルゲンの研究も同時に進む。

それだけで、ある程度は満足するしかなかった。

 

翌日。

やっと皆動けるようになった、ということで。フォウレの里に、森の中の魔物を駆逐してくると言って、里を出る。

今日から、城に入ることを想定して動く。

だから、ちょっと緊張する。

「竜風」という、百年に一度くらいの間隔で、この土地を襲う恐ろしい災厄。

それすらも耐え抜く城が、何かしらの方法で破壊されたというのである。

1300年前の、神代全盛期の城だったとすると、何がどうすればそんな事が出来るのか、ちょっと想像もつかない。

何がいるかも分からないから、慎重にいくしかない。

森の中に入る。

皆、すっと緊張する。

陣形の中央にいるフェデリーカに、耳打ちする。

「大丈夫フェデリーカ。 無理だと思ったら、一日くらい休んでいてもいいよ」

「いえ、少しずつ体力はついてきています。 それに、私よりも年下の子が頑張っているのを見ると、負けていられません」

「ん、その意気だ。 だけど無理をしていると判断したら、さがらせるからね」

「はい」

フェデリーカの潜在能力は高いと思う。

昨日は一日休んでいたが、そもそもこの子は職人だ。それでこれだけ戦えるのなら、充分だろう。

途中何度か魔物が仕掛けて来るが、もうこの森の気配にも慣れてきた。短時間で、魔界に適応してきている自分に、苦笑いしてしまう。

湿地の近くに出て。

それで大雨が急に降りだしたので、あわてて皆を下げる。

案の場、湿地はあっというまに川になり、轟々と凄まじい音を立てて水が流れ続けている。

恐ろしい光景だ。

魔物が流れていくのが見える。

結構大きいラプトルだが、この川の流れにはとても逆らえないのだろう。しかも川の魔物も、そんなラプトルを襲っている余裕すらないようだった。それくらい、川の流れが凄まじいのだ。

戦慄する中、それでも一旦距離を取って、安全圏までさがる。

其処から、森の中を再度行く。

一昨日巨獣とやりあった辺りに出向くと、セリさんが少し良いかと言って。また手入れを始めた。

地盤から砕かれていたし。

やはりそれなりに此処の手入れは必要だと言う事だ。

しばし周囲を警戒。その間一度雨は止んだが、続いてすぐにまた雨が降り始める。先に比べると小降りだが、天気が無茶苦茶なのはこの辺りでは当たり前だ。知らない植物には絶対に触るな。

それもセリさんが、皆に厳命していた。

スペシャリストの言葉だ。

何より恐ろしい植物の魔物は、皆が何度も目にしている。今更、それに感情的に反発する者もいなかった。

「また手入れをしておいたわ」

「なあセリさん、ちょっといいか」

「どうぞ」

ボオスが疑念を呈する。

ボオスは頭が基本的にいいので、分からない事は分かるまで聞くようだ。感覚的に理解するあたしや、もとの頭が次元違いにいいタオと違うから、そうするようにしているらしいのだが。

ちょっとあたしとしては、その言葉は褒めすぎだと思う。

ボオスのやっている事は、立派である。

「この森の自然な状態って、どういうものなんだ。 最終的に、何を目指しているのか教えてくれ」

「……この森が安定していると言えるのは、そうね。 ラプトルをはじめとする、明らかに戦力過剰な魔物が全部いなくなって、周囲の植物とあまりにも生態が違うマンドレイクの仲間もあらかたいなくなった場合ね。 元々こう言う場所は見ての通り雨が激しすぎる事もあって、土壌がとても弱いの。 森として頑強そうに見えるのはただの錯覚で、実はとても脆い場所なのよ」

「そうなんだな。 俺にはむせかえるような緑と、恐ろしい力が支配する絶対的な場所に見えていたんだが」

「よくいう「生態系の頂点」なんてものは、環境が変わるとあっというまにその支配の座から滑り落ちるものよ。 この森もそう。 環境が代わりでもすれば、この森はまたたくまに不毛の地になり果てるでしょうね」

セリさんの言葉は、それだけ鋭く、そして恐ろしい事実も告げていた。

先に進む。

魔物の襲撃は何度かあったが、幸いそれほどの大物はいなかった。

昨日倒した巨獣が好き放題に倒した木などが彼方此方に見られたが。既に腐食し始めていて。

新しく木が根付いていた。

それについては、セリさんは何もいわなかった。

恐らく、この辺りは大丈夫と判断しているのだろう。

ほどなくして、森の中から、城の上の方が見え始める。

裏手に出たのだ。

それをあたしは悟っていた。

この辺りにも、強力な魔物が出ると事前に聞いている。クラウディアとクリフォードさんが周囲を最大警戒。

地面も空も警戒する。文字通り全方位を警戒しておかないと、いつ命が吹っ飛んでもおかしくない場所なのだ。

「ライザ」

「!」

気付く。

近くの森の奥。

赤い大きな狼の姿。毛がとげとげしく逆立っているそれは、間違いない。サルドニカで交戦したフェンリルだ。

だが、そいつはあの時のフェンリルと違って、此方に対する敵意はないようだった。じっと此方を見ていたが。

やがて視線を背けると、のそりと森の奥に消えていく。

凄まじい威圧感を感じた。

サルドニカにいた奴よりも、強かったかも知れない。だが、どうして戦闘を避けた。

「いっちまったな」

「……帰路を襲うつもりかも知れない」

「いや、それはないかな」

ボオスの言葉に、タオが応える。

あのフェンリルの実力は、恐らくはサルドニカにいた個体と同等かそれ以上。

一昨日などに倒した巨獣を除けば、この森の頂点だろう。だとしたら、疲弊を狙うなんてまどろっこしいことをせずに、そのまま襲ってくるはずだ。それで勝つだけの自信もあるだろう。

だが、戦闘を避けた。

ということは、何かしらの意図があるのかも知れない。

「ひょっとすると、あのばかでかいのを倒したのを見ていたのかもね」

あたしの言葉に、ボオスがなんだよそれという顔をしたが。

森に生きている生物だという自負があるのだったら。

あんな無茶苦茶な破壊者の存在を、許しておくとは思えないのだ。

しかし彼奴の戦闘力、サルドニカにいた空間操作能力持ちのフェンリルでも及んだかどうか。

多分それ以上だっただろう。

かといって、あのフェンリルが群れて戦う魔物とも思えない。

可能性は、否定しきれなかった。

ともかく、道が出来ている。

其処を行く。

森の中の道も、不可解極まりないのだが。ともかく、ついに森を抜ける。

そこには、派手に抉り取られるようにして破壊された、無惨な城壁が存在しているのだった。

 

この辺りは、基本的に種拾いもこない。監視装置も動いていない。

だから、ある程度動き回ってもばれないはずだ。

そうディアンが言うと。タオとクリフォードさんが、即座に動き出す。あたし達は、まずはその護衛だ。

破られている城壁は一枚だけじゃない。内側に向けて、何枚も城壁があって。その全てが喰い破られていた。

それだけじゃない。

この破壊跡。

1300年前の城だと言う事だが。神代に穿たれた破壊跡が残るというのは、いったいどういう事だ。

セリさんが、懐かしそうに目を細めていた。

「私は此方の世界に来た時、此処から抜けて、森の方に出たのよ。 後は川沿いに降って、それから植物魔術で舟を作って、陸沿いにこの地を離れたわ」

「五百年前もこうだったのか」

「ええ」

レントの言葉に、セリさんはびっくりするような返事をする。

まあ、それも不思議では無い。この人は多分千年以上も生きている。実際に、五百年前のこの場所を見ているのだろう。

「ライザ。 驚くべき事だよこれ……」

「ん、分かりやすく教えて」

戦慄した様子で、タオが戻ってくる。そして、皆を見回した後、砕かれている石材を持って来た。

それほど驚くべき事なのか。

クリフォードさんも戻って来て、頷く。

「入口辺りの城壁と、材質が違うのが混ざってる」

「うん? どういうことだ」

「この城、途中から作り直されたのと、元からあったのが、ごっちゃになってるんだ。 特にこの辺りは顕著で、壊されたのがそのままにされてる感じ。 入口辺りのは、作り直された部分だと思う」

「何……どういうことだそれ」

タオはしばし口を押さえて考え込んだが。

やがて言う。

「違う文明二つが、ここで衝突したんだ」

 

城の入口……正確には裏口で立ち往生する。この破壊跡、例の竜風というもののせいかも知れないからだ。

しかし、調べるほどそうでは無い事が分かってきた。

まずこの城は、タオが言ったように元からあったものを、誰かが蹂躙したようなのだ。それも、かなり手荒いやり方で。

破壊の痕を見せられる。

確かにこれは凄まじい。恐らくだが、相当に錬金術で強化をかけた魔術を、何十人がかりで叩き込んだのだろう。

とんでもない高熱で、普通だったら耐えられる材質が、溶けてしまったようである。

徹底的に破壊されているが。

門の側ということで、懸念されるフィルフサは、恐らく違うと見て良さそうだ。というのも、フィルフサによる大侵攻だったら、文字通り全方位が更地になっている筈だ。この城は、明らかに一方向に穴が開けられている。

丁寧に調べるタオとクリフォードさん。二人の護衛をしながら、周囲を調べる。

魔物もかなりの数がいるが、仕掛けて来るかは時々だ。この城の中を縄張りにしている魔物は、どうも薄暗い所が好きなようで。城の中の、中庭のようになっている光が当たる場所には出てこない。

代わりに彼方此方に点在している詰め所のような建物は、ほとんど魔物の巣窟になっていて。

入る度に、交戦しなければならなかった。

いずれも面倒なのばかりが出て来たが。それでも正直、勝てない相手ではない。種拾いの人間は、何か言われているのかと聞くと。

ディアンが、おうと答えてくれる。

「昔はあの辺りにある建物から、種を回収していたんだ。 だけれども、それが尽きてしまって。 それからは、この辺りから外に掛けて、埋まっている種を回収するようになったんだ」

「積まれていた。 埋まっている。 どうも扱いが妙だね……」

「ああ。 動力源だったらそんな粗雑に扱うはずがない。 しかも二つの勢力がぶつかったとなると……もう片方の財産を、略奪し尽くしたんじゃないのか。 神代の連中って、技術だけ進んだならず者みたいな奴らだったんだろ」

「……その価値も感じなかったとか」

今まで断片的に得られた情報を整理するに。神代の錬金術師達は、自分達の思考こそ正義。それ以外は全て劣等、間違っている。そう考えていた節がある。

古代クリント王国などの、神代の影響を強く受けた錬金術師は特にその傾向が強かったようだ。

だとすると、系統違いの技術なんて、見向きもしなかった可能性はある。

辺りを調べて、ある程度安全を確保。下手に動き回らない方が良い。

奥の方には、アンペルさん達が引っ掛かった奴がある。ディアンがいうには、もっと奥だと言う事だけれども。

まだ城に入っているという話はしていない。

「そういえば、種拾いの他の班と鉢合わせという可能性はないんですか?」

「ないぞ。 基本的に危険すぎるから、種拾いはみんなでまとまって動くんだ。 数年前からそれもできなくなって、城に入ることも難しくなったけど」

「新しくやるとしても、ディアン抜きではやらないって感じ?」

「いや、今は俺抜きで動くかも知れない。 それでも、幾つかしきたりがあるんだ。 今は空に陽が出てるだろ。 基本的にしきたりでは、夕方から夜に掛けて動いて、種を拾ってすぐに帰るようになってる」

種拾いは、種がある範囲を徹底的に知り尽くしていて、建物の構造なども頭に入れているらしい。

更には、どこにどういう魔物が巣くっているかも知っていて。

それらを頭に叩き込んでから出るそうだ。

そうなると、数年ぶりとなると、同じ常識が通用するか分からない。

「タオ、痕跡は残さないように動いて」

「分かった。 ……これ、神代の文字で見た事がある。 主流じゃなくて、傍流になっているようなものだ」

「錬金術文明ではない文字だな。 ええとなになに……」

メモを開いて、解読し始めるクリフォードさん。何かの大きめの建物の前に出た。其処に何か書いてある。

あたしは距離を取って、様子を見守る。

やがて、二人は解読して見せる。

「倉庫だね。 なんだか聞き慣れない言葉が幾つもあったけれど、アーミーの用語かも知れない」

「昔は今の何十倍も人間がいたんだろ。 アーミーがどこの国にもあったらしいし、不思議じゃないぜ」

「そうだね……」

レントの言葉に、タオが頷く。

考え込んだ後に、皆で中に。案の場魔物の強襲を受けるが、既に内部の様子はクラウディアが音魔術で調べていた。

あたしが先に爆弾を放り込んで置いて。

足を踏み入れるふりをして。巨大な蜘蛛の魔物が出てきた瞬間に起爆。一瞬で氷漬けになった人間の十倍はある蜘蛛を、レントが一撃で叩き砕いていた。

部屋の中は強靭な糸だらけだ。

火を使うと酸欠になりかねないので、冷気爆弾で部屋を完全に爆破して。中にいた蜘蛛の眷属は全て駆除する。

まあ、残念ながらわかり合えない相手だ。

処理を終えて、中に足を踏み入れる。

蜘蛛の糸は、同じ太さだったら鋼鉄以上の強度を誇る。しかもこのサイズの蜘蛛だと、それが縦横無尽に走っている。鉄線が張り巡らされているのと同じだが。強烈な冷気で冷やされた蜘蛛の巣は、簡単に粉々に砕けていた。

あたしが熱魔術で、人間が活動できる温度に戻したのも効いているかも知れない。

冷やされて温められて、温度差に耐えられなかったのだ。

蜘蛛の巣を、セリさんが植物魔術で豪快にどける。

餌になった魔物の残骸に混じって、やはり誰かの遺品らしいものもある。持ち帰らずにおく。

これなら、誰かがとっていく事もないだろう。

「部屋の中は、何も無いな……倉庫だって話なのに」

「うん、おかしいね。 他の部屋も調べて見る?」

「……気になる事がある。 今日は種だけ回収して、後は痕跡を消して戻ろう。 ディアン、駄目になっているのでいいから、種は見つかりそう?」

「おう。 基本的に、この線に沿って、此方から掘っていくんだ。 あの辺りはもう掘り尽くしていて、徐々に此方に向かって掘っていたんだが。 多分この辺りなら……よし、これだ」

ディアンが、手慣れた手つきで掘り出す。

地面から出て来たのは、これは何だ。

円筒形に、円錐がくっついている。大きさは一抱えもある。それも円錐は比較的緩やかで。なんというかこれは……。

禍々しい。

ディアンが淡々と説明する。

「昔は箱に入って縦に並べられてぎっしり詰まっていたらしいんだ。 今はこうやって地面から掘り出す。 これは……かなり状態がいいな。 或いはそのまま使えるかも知れない」

「……此処の部分の金属、ひょっとして」

「ああ、間違いない」

そう、それは。一目で分かった。鉱山の山にあった、毒物にしかならない鉱石。

だとすると、これは。

何かしらの力で、投射する兵器だとみて良いだろう。

渡されて持って見ると、かなり重い。円筒の底の方が潰れてしまっている。というか、全体に大きな負荷が掛かっていると見て良い。

「なるほど、やっぱりこっちを先端にして投射したんだ。 でも本来は投射されて炸裂していただろうこれが、何らかの形で無効化されて地面に落ちて……それで長い年月で埋まったんだね」

「うん? どういうことだ、ライザ姉」

「これは恐らくだけれども、何かしらの機械を使ってこう勢いよく投射して、敵を殺傷するために使っていたんだよ。 この辺りの金属は、相手の装甲を貫通するため。 内部には、毒物として更に相手を殺傷できるための金属が詰まっていて、相手に着弾すると同時に炸裂していたんだと思う。 此処に動力の元になるような力が溜まっていたんだろうね。 それは恐らくだけれども、相手に着弾したときに炸裂して、更に殺傷力を上げるためのものだったんだと思う」

「えっ……」

ディアンがフリーズする。

この子のこんな反応、初めて見た。

あたしの発言を聞いて、青ざめているのはフェデリーカだ。あたしが言ったことを疑っているとは思えない。

これがとんでもなく恐ろしい兵器で。

それもまったく通じなかった。

この城を攻めた相手には、である。

タオが、咳払いした。

「そろそろ一度撤収しよう。 痕跡を消して、足跡なんかも全て消して、城を出るよ。 そうしないと、種拾いのために斥候をしに来ている人と、鉢合わせるかも知れない。 ライザの発言は多分間違いないと思う。 だけれども、詳しい解析はあとでアトリエでやろう」

「そうだな。 皆、順番に城の裏手から出てくれ。 足跡は俺が消して回る」

「お願いしますクリフォードさん」

「行くぞディアン。 考えるのは、後にしろ」

レントがディアンの手を引っ張る。

その瞬間、ディアンが、ドス黒い怒りを吐き出していた。

「俺たちが宝だと思っていたものは、ただの殺しの道具だったってことか。 それもライザ姉の話を聞く限り、相手をどうやって苦しめるか、それだけ考えて作られたような」

ディアンの怒りももっともだ。

人間だって、魔物に対して戦わなければ、生きていけない。殺すための道具は、極めて非人道的だ。

それでもこの「種」に篭もった殺意は尋常じゃ無い。

防がれたにしても、どうやったかは分からないが、相手の方が上手だっただけであって。恐らくは人道だのなんだのが理由ではないだろう。

この激しい破壊跡。

更には状況証拠。

この城は、攻められたのだ。攻めたのは魔物ではないだろう。恐らくは人間だとみて間違いない。

そしてこの種は、守りの側が使ったもの。

戻りながら、完全に無言になったディアンを守るようにして、急ぐ。

ともかく、今はこれを研究する。

そして、一度、仕切り直す必要があった。

 

3、攻めと守り

 

流石に遺跡が古すぎる事もあって、本などは残っていなかった。残っていたとしても、魔物が後から全て台無しにしてしまったり。

或いは価値もわからず全て荒らしてしまったのだろう。

そして風雨が何もかもを洗い流した。

フォウレの里の民は、恐らくだが。

あの城の守り側の人間の子孫だ。

そうなると、神代。それも下手すると千三百年くらい……そんな時代から世界を放浪して。

各地で細々と生きてきた事になる。

それで機具の知識……神代の道具の知識なのだろうが。それを継承していたのは凄いとしかいえない。

ディアンの話によると、恐らくは今の験者が、各地で定着した同族からも話を集めて、機具の知識を更にブラッシュアップしたとみて良いが。

回収出来た種は、ディアン曰く使えるもののかなり力が失われているらしい。早速解析させて貰う事にする。

力、か。

そも相手を殺すための力だ。

それを考えると、それが失われているのは良いことなのかも知れない。

しかし、今このフォウレの里の生命線になっている機具の動力源でもあるのだ。

元々兵器として相手に投射していただろうものだ。

それを動力源にしたという事は、本来あった動力を回収したり、或いは活用する技術を既に失ってしまっているのだろう。

そう考えてみると、これを一概に否定も出来ない。

形を変えて、もっと効率よく機具を動かす方法を考えるべきか。

いや、ダメだ。

フォウレの里の人には、そもそも「種」を使って動力にする程度の技術と知識しか残っていない。

それが残っているだけでも凄い事なのだ。

そう考えると、それを頭ごなしに否定して、原始的な生活に戻れとかいうのは論外としかいえない。

機具にしばらくは頼り。

やがて別の動力で機具を動かせるようにしていく。

それまでは、どうにか機具と種でやっていけるようにする。

その助けをするのが、現実的だろう。

それにだ。

古くは殺戮の為の道具だったとは言え。

あたしにも、これをどうやって投射したのかが分からない。

恐らく投射のための道具は、全て攻めこんだ側が破棄してしまったのだとみていい。役に立たなくなった種だけが、放置されていたのだろう。

エーテルに種を溶かして研究する。

その間、ディアンは隅っこで膝を抱えていた。

それはそうだ。

この里の事に反発はしていたが。

そもそも種がこんなろくでもない代物だったとは、思ってもいなかったのだろう。

流石に知識のある人間が見て、即座に兵器でしたと断言されたら、衝撃だって受けるだろう。

今の時代は、アーミーがあった時代の何十分の一しか人間が生きていないのである。

そんな時代で、如何に効率よく人間を殺すかなんて話をされたら、それは衝撃を受けるのが普通だ。

今の時代、人を殺して面白がるのは匪賊かならず者くらいで。そういうのも、アーミーがあった時代に比べれば本当にごく少数だろう。魔物の脅威が凄まじく、とてもそんなことをやってはいられないからだ。

あたしも匪賊を駆除した事はあるが、ああいうのは其処まで人間にとっての脅威ではない。

嘆息すると、分析を続ける。

やはりというか。

音を超えるような速度で、どうやってかこれを投擲。そして投擲した先で、相手の装甲を貫通しながら爆発。

更に言えば、毒物をまき散らして念入りに殺傷する。

そういうものだったのだとよく分かった。

あの鉱山は、城を守っていた側が掘っていたものだったのだろう。この辺りに存在した小国だったのかも知れない。

小国であったとしても、今の王都なんかよりもずっと人がいたのだろうが。

古代クリント王国の記録は、去年王都で散々みた。

その当時の人間は、勝った側が負けた側の全てを奪い尽くすのが当たり前だった。古代クリント王国がたまたま勝ち残っただけで、他の国も大差なかった。

恐らくは、神代も。

あまり考えたくは無いが。

神代の人間にとっては、神代の錬金術師が登場するような。神代の錬金術師が、自分達は神にもっとも近く、全能にもっとも近く、強いから何をしてもいいと考えるような土壌は。

当たり前のものだったのではあるまいか。

だから、登場すべくして神代の錬金術師達は登場したのか。

そう思えてくる。

少し休憩を入れる。

クラウディアが焼いてくれたクッキーを食べる。それで、しばらく無言で頭を冷やす。紅茶も淹れてくれたので、有り難くいただく。

「王都のものと比べるとずいぶんと味があっさりですね」

「お砂糖とかは控えめにしているの。 口に合わない?」

「いえ、とても美味しいです」

隣でパティが褒めているが。

今、隣にパティがいる事に気付いていた。

どうも最近、色々見えすぎるようになってきている。その代償か。隣に誰がいるのかも、時に見えなくなっている。

それは良い事だとは思えない。

クラウディアに礼を言うと、調査に戻る。

いずれにしても、種の中に充填されていた力の正体は理解出来た。

セプトリエンほどではないが、かなり圧縮された魔力の塊だ。それは消耗する。ただし、圧縮の度合いが凄まじかったので、簡単には無くならなかった。

古代には魔力を圧縮する何かしらの技術があったのだろう。

ただ、それは古代クリント王国くらいの時代には、既に失われていた。

連中はフィルフサを動力源として、つまり家畜としようとしていた事がわかっている。つまり、それくらい困っていたと言う事だ。

この時代は、違った。

神代のメインストリームでは無い国家ですら、魔力の圧縮は当たり前にやっていたということだ。

問題はそれがどうやったのか分からない。

その辺に転がっている魔石なんかも、魔力の圧縮の結果生じているが。魔石程度では、こんな圧縮率はたたき出せない。

少し考えてから、セプトリエンをセットしてあるトラベルボトルに潜る。其処で、劣化版のセプトリエンを回収出来る。

回収するのはちょっとでいい。

出現する魔物の戦力が尋常では無いので、あまり長居は出来ない。あの森の魔物と同等くらいには強いのだ。

すぐに引き上げて、回収してきた劣化セプトリエンを、何倍にも希釈。そうすると、拳大の石が、一抱えもある岩になる。

それを、そのまま種に詰めてやる。

実の所、種の機能の大半……殺戮兵器としての部分は、機具では活用していないとみていい。

ただ、あの機具。

大きさから考えても、種を丸ごと取り込んで、そして動力源として使うための仕組みが内部にあるのだろう。

「ライザ姉、使える種を作れるんだな」

「今できた」

「そうか……」

「ただ、問題が幾つかある。 これを量産する方法が必要になるかな」

それも、だ。

ただ量産するだけではダメだ。

恐らくだが、機具の性能では、種の動力を殆ど垂れ流していた。機具を改良して、動力を垂れ流すことなく使い。

更にこの種の動力を、漏出し放題にするのではなく、適切に使えるように調整する必要もある。

ついでに、量産も必要になるだろう。

「今まで使いきった種は、どこかに捨てていた?」

「フォウレの里の裏手に、種の墓場がある。 そこでうめて供養してる」

「……埋めているのは、恐らく危険があるって知っているからなんだろうな」

「やっぱり俺許せねえよ。 これ、人間を粉々のバラバラにして、直撃しなくても毒で殺すような代物なんだろ。 そんなんに頼っていていいのかよ」

ディアンが怒る。

まあ、気持ちはわかる。

だけれど、クラウディアが静かに諭していた。

「道具ってのはね、使い方次第なんだよディアン」

「クラウディアさん、でもよう」

「ディアンの斧だって、人間の頭を切りおとしたりたたき割ったりできるでしょう。 そうしなければいいだけなの。 魔物を殺して、人間を守るためだけに使えば良い。 この種も、同じだよ」

効率はちょっと悪いけれどね。

そうあたしは内心で付け加えたが、まあそれを言うつもりもないだろう。

さて、と。

思いついた。

実は、魔石の力を漏出させずに、長期間用いる技術だったら、既にあたしは知っている。去年王都で見た。

封印を守っていた魔石は、半壊してしまっているものもあったが、それでも数百年ももったのだ。

フィルフサを封じるという大役を果たしながら、である。

ならば、魔石をコーティングしてやれば良い。

加工して、種の起爆部分に収めるようにした魔石を。コーティングする。コーティングの技術はそれほど難しく無い。

多分、ある程度魔術が使える人間と。

その辺りで集められる素材があれば、出来る筈だ。

丁寧にコーティングして、魔力の漏出を抑える。

ついでに、毒物鉱石の部分はカット。無害なだけの石に置き換えてしまった。

それにしても、城の中に草木が生えていないわけである。

この毒物鉱石が、城の地面にわんさか埋まっていたのだから。

ともかく、これで研究は終わったとみて良い。

次は、門の確認だ。

「ディアン、これで最悪の事態に備えての切り札は用意できたと思う。 明日は門について調べる。 案内を頼めるかな」

「ライザ姉、本当に何でも出来るんだな。 なんだか暴れていただけの俺がバカみたいだ」

「いいんだよ。 あたし達だって、錬金術に出会うまでは、ずっとディアンと同じようなものだったんだから」

その言葉は、あたしの本音だ。

それにディアンは、弱い者いじめの類は一切しなかったという証言も得ている。

それで、充分だった。

 

翌日も、森の魔物を駆逐しつつ、城に潜る。

案の場、昨日は夕方くらいから斥候が入っていたらしいのだが。タオの提案通り、そうそうに退散して正解だった。

鉢合わせた可能性も、低くは無かっただろう。

城の中に入り、建物を順番に調べて行く。

問題の装置がある辺りは、慎重に調べるとして。城の中の魔物は、出来るだけ駆逐していった方が良いだろう。

工房、という建物を見つけた。

内部を調べて見るが、やはり魔物の巣だ。巨大なワームが住み着いていたが、即座に焼き切った。

森の魔物に比べると、戦力は一段落ちる。

それに、倒してもどうせすぐに次が住み着く。遠慮無く駆逐してしまって大丈夫だろう。

調べて見るが、ここも中身は空っぽだ。

「見事なまでに何も残っていないね」

「掃除までして引き払いました、って雰囲気だな」

タオとクリフォードさんがぼやいている。

タオによると、この工房の文字は、恐らく「攻めた側」の言葉。

つまり元からあった別の用途の施設を接収して、自分達で使っていたものではないか、ということだ。

ある程度の施設はあったのかも知れないが、綺麗に引き払われている。

要するに、此処での用事は果たした、ということだろうか。

無言で他も調べて行く。

綺麗に何もかも引き払われている場所ばかりだ。

ある場所で、大量の人骨を見つけた。乱暴に燃されて、積み重ねられたという風情だ。

これは恐らくだが、守っていた側の人間の成れの果てだろう。

勝ったから、皆殺しにして。

此処に積み上げて、燃やして処分した。

そういう乱雑な扱いだった。

戦った相手への敬意なんて、微塵もない。そういう時代だったのだと、一目で分かる光景だった。

ただ、フォウレの里の人達は生きている。

そうなってくると、この亡骸は。

非戦闘員を逃がすために、最後まで盾になって残った戦士達だったのかも知れない。

「攻めた側と守った側がいるとして、そもそもなんで戦争なんかが起きたんだ。 それがよく分からないな」

「石版とか、碑文とか、そういうのはない?」

「ない」

クリフォードさんがぼやくくらい、何も出てこないそうだ。

そうか。

この城は、本当にどうしてアーミー同士の殺し合いの場になったのだろう。

竜風という災害でもびくともしない城を、此処まで壊して。更には内部を造り替えるほどだ。

それだけのコストを掛ける意味が、攻める側にもあった筈である。

どうにもその理由が見いだせず、あたしは困る。

しばし調査をしていると、パティが見つける。

「タオさん、ライザさん、クリフォードさん」

「ん? 何かみつけた?」

「文字とかではないんですが、この辺り、ちょっと変じゃないですか?」

「……」

タオとクリフォードさんが駆け寄って調べる。

確かに妙な場所らしい。

何かが建てられていたが。

まるごと撤去された。

そういう雰囲気だと、タオは言う。

「むしろライザの担当じゃないかなこれ」

「ん? 魔術系ってこと?」

「そうなるね。 羅針盤とか使える?」

「できない事はないけど、あれって古すぎる思念は拾えないよ」

王都近辺でも、実際「星の都」の跡地で確認している現象だ。古すぎる思念は、霞のように消えてしまうのだ。

よほど強い情念でもない限り、拾う事はできない。

ただ、ふと気付く。

手を地面につけてみて、それで理解していた。

「ああ、なるほど。 確かにあたしの専門分野だわこれ」

「流石だね。 それで?」

「竜脈だよこれ」

「!」

此処は、地面近くに竜脈が来ている。触ってみて分かったが、かなりの魔力が自動的に溢れている。

理解出来た。

此処に、あの「種」の心臓部を加工している場所があったのだろう。

それに、だ。

竜脈と門は、かなり関係が近い。

セリさんが言うには、この城から来たと言う話だったし。この近くにやはり門はあるとみて良い。

門の存在だけでも確認はしておきたい。

「ディアン、問題の装置の場所、教えてくれる」

「ああ。 でも気を付けてくれよ。 人間に対しては、もの凄く敏感に働くんだ」

頷いて、城の奧に。

数度の戦闘があったが、どれも森の魔物に比べればどうってこともない。奇襲を仕掛けて来るケースもあるが。

クラウディアとクリフォードさんが容赦なく場所を暴くので。

後は、むしろ奇襲をこっちから仕掛ける側だ。

通路の天井に潜んでいたり。

部屋の奥で擬態していたり、色々だったが。

どれも即座に焼き払っておしまいである。

魔物の死体も、全て回収しておくか、処理しておく。後から来る種拾いに、不審に思われるのも困る。

調査しながらの作業だ。

思った以上に時間が掛かる。

例えこの城が、城壁くらいしか残っていない。ほぼ張りぼてだとしてもだ。

タオが言うには、内部にある建物などの構造物は、あらかた「攻めてきた側」に破壊されたようだという。

残っているのは、城壁と、一部の箱だけ。

だから、城の中身はほとんどがらんどうに感じてしまう。

「あれだ」

ディアンが指す。

ただの棒に見えるけれども、かなりの角度をカバーしていて。そして探知しているようである。

しばし観察させてもらう。

フォウレの里にある機具とは、出来からして違う。

多分だけれども、攻めてきた側が、そのまま残したものなのだろう。

自分達にも有用だと判断して。

神代の道具、ということだ。

機具にとってはご先祖様、というわけである。

「同じものが幾つか里にもあるんだが、動力が種とは違うらしくて、城にあるこれしかほとんど動いていないんだ。 動いてはいるが、精度がかなり低いらしくて」

「ライザ、構造は分かりそう?」

クラウディアに言われる。

しばし手をかざして見ているが、やがて何となく理解出来た。

熱源を感知する場所と、その範囲がどれくらいという話を聞いて。それである程度ぴんときた。

あれは機械で出来た目だ。

人間が使っている目ほど精度はよくなくてもいい。

ただ何かある事に気付いて。

それが人間ならば反応する。

それだけで良いのである。

奧には、何かある。

かなり建物が無事で残っている……というかかなりちぐはぐだ。巨大な城壁に囲まれた構造体だが、そこにある扉には。

例の竜の紋章が刻まれている。

決まりだな。

「あの扉だけ、後でつけたんだね。 これ見よがしに、あの紋章まで刻んで」

「うん。 これではっきりした。 この城を攻めて取ったのは、あの群島の奧の宮殿を作った人間と同じか、同じ集団、或いは同じ文化の持ち主だね」

「戻ろう。 あの装置、微妙に動いているのを確認できた。 騙す方法についても、思いついた。 多分上手く行く」

「ただ気を付けろ。 奧に大きな気配がある。 何回か話題になった、城の主だろうぜ」

クリフォードさんが、いるだろう敵について、話してくれる。

上等だ。

勿論存在している事は分かっていたから、戦う覚悟もしていたし。

城の外では、小山のようなサイズの魔物ともやりあったのだ。

今更、それで負けるとも思わないし。負けるようだったら、この先進めないのも、また然りだった。

 

アトリエに戻ると、ディアンを呼びにデアドラさんが来た。

昨日の斥候が、魔物の数が思ったより少ないと報告したことで、種拾いが久々に出る事になったのだ。

それで験者が号令を掛けたらしい。

「ライザ殿達が、森の魔物をかなり減らしてくれたおかげで、我等だけでも種拾いが出来そうだ。 ディアン、同行しろ。 お前の力も必要だ」

「分かった。 行ってくる、ライザ姉」

「行ってらっしゃい」

ディアンを送る。

あまりディアンとしては良い気分じゃないだろうが。

それでも、不審ではないように立ち回って貰う必要がある、ということだ。

あたしは淡々と装置をつくる。

あの見張りの装置を騙すには、単純に目を塞いでしまえば良い。

元々、人間を確認できたときだけ反応しているようなのだ。だったら、人間の反応がなければ、誰も問題にもしないだろう。

目を塞ぐ方法は簡単。

熱を誤認させれば良い。

装置の形状からして、それほど「目」の部分は大きくもない。

神代の頃だったら、異変に気付かれたかも知れないが。

残念だが今のフォウレの里の技術力では、それに気付きようがないのである。

「フィー、ちょっといい?」

「フィー!」

フィーに出て来て貰う。

フィーは結構重いモノを持ち運びできる。

実際、パティが滑落事故を起こしたときに、救助することに成功しているのである。自分の体重よりも遙かに重いものを抱えて飛べるのは、翼に強い魔力が篭もっているからである。

生物としてのスパンがそうだからか、成長している様子は殆ど見られないが。

それでも、もうあたし達の言葉は全て理解出来ている。

魔力に対する危険反応とかは、あたしよりも高いくらいで。

実際サルドニカでのフェンリル戦では、随分助かった。

「これを抱えて、あたしが指定したものに被せられる?」

渡すのは、頭巾のようなものだ。

あたしが作った布に魔法陣を織り込んで、常時熱を発する事が出来る。それで、あの監視用の装置の目を丸ごと塞いでしまうのだ。

フィーは、フィッと胸を張ってみせると。

実際に容姿した更衣用の服かけをあたしが指定すると。それにすぐに頭巾を被せて見せた。

よし、上出来だ。

「はい、良く出来たねフィー。 本番は明日。 同じようにするんだよ」

「フィー!」

「考えましたねライザさん。 フィーにやってもらうのなら、危険を一切なくその頭巾を被せられます」

「本当だったら、これだとダメなんだけどね。 今の時代だと、もうあの装置をまともに扱えていないから」

フェデリーカに、事情を説明。

フェデリーカは、恐らくはロストテクノロジーというものを知っているからだろうか。それで、事情を察して黙り込むのだった。

いずれにしても、これで準備は整った。

帰り道には、毎度この頭巾を外してやれば良い。それもフィーには難しく無いだろう。

手を叩いて、皆の視線を集める。

「明日はまた大一番になる。 城に住み着いている大物の魔物が、どんな奴かは分からないけれども、かなりの難敵だと思う。 そいつを排除して、門が存在している事を確認する」

「門があった場合は、どうする?」

「門の状態を確認して、それからだね。 状況から考えて、十中八九自然門だとは思うけれど……その場合も、アンペルさんに門を封じる装置を作ってもらう必要が生じてくると思う」

どっちにしても、アンペルさんが必要だと言う事だ。

あたしでもできない事はないのだが、門と関わってきた年月はアンペルさんの方が上で、出来ればアンペルさんの意見を借りて対応をしたい。

理論は分かるのだが。

門の状態を見て、適切な対応を下す事に関しては、アンペルさんの方が上である。

「その、門の向こうにはフィルフサって恐ろしい魔物がたくさんいるって話でしたけれど……」

「今回は門はまだ潜らないからそれについては心配しなくても良いよ。 あくまでまだ、だけれども」

「フェデリーカ、フィルフサがこっちの世界に出て来ているような状態だったら、あんなちゃちな門では防げません。 フォウレの里も含めて、この辺りがとっくに更地になっていると思います」

パティが脅かすようなことを言うので、フェデリーカが真っ青になる。

パティもひょっとして、フェデリーカに嗜虐心を刺激されているのか。

いや、そんな事もあるまい。

多分この子のことだから素だ。

「パティはフィルフサという魔物と戦ったんですよね」

「はい。 恐ろしい魔物です。 森の魔物と違って、生物としてのあり方が根本的に私達とは違いますね」

「特徴は聞いていますが、私なんかで役に立てるんでしょうか」

「フェデリーカの舞いで三割以上皆の力が底上げされます。 それは戦力が三割増しになると言うことで、大いに役に立っています。 ライザさんの装備品の能力上昇率が異常なだけで、フェデリーカは戦略的にいる意味が大いにありますよ」

パティらしい論理的な言葉だ。

軍学的に理路整然とした説明を聞かされて、フェデリーカはしばし困惑していたようだが。

ありがとうございます、とだけ返していた。

種拾いから、ディアンが戻ってくる。

すぐに話は共有しておく。

明日、あの門をどうにか調査して。内部を調べる。それだけが伝われば充分だ。門を調べるときに、十中八九城の主との交戦が起きることも。

「いよいよだな。 種拾いを大勢殺してきた奴だ。 倒せば、俺たちもきっと認めて貰える」

「城の外で交戦したって事にするかな。 タオ、パティ、奴が出現したら、城の外まで引っ張り出せる?」

「分かった。 任せてよ」

「タオさんの護衛はしっかりやります」

敵の誘引には、快足のタオが適任だ。

タオだけではなく、パティもついてくれれば心強い。

さて、此処からだ。

「ディアン、それで城の主ってのはどんな奴か聞いている?」

「でっかい人型だって話だ。 金属みたいな体を持っている魔物で、凄まじいパワーで硬くて早くて手に負えないらしい。 しかも人間を好んで食うって事だ」

「ゴーレムの類種か? それにしても人間を食うってのはどういうことだ?」

「伝承が歪められて伝わっている可能性は否定出来ないだろうね。 いずれにしても、種拾いが全滅させられたことがあるって事は、かなりの難敵だとみて良いだろうし、油断は禁物だよ」

タオがタオらしく注意するが。

それにしても、人間を喰らうゴーレムか。

金属や鉱石で体が出来ているとすると、去年王都の遺跡で似たようなのと交戦したが。

もしも神代の。それも神代全盛期のゴーレムだとすると、更に戦力は上だとみて良いだろう。

そうだ。

「セリさん、此方に来たときに、それらしいものは見ませんでしたか?」

「いいえ。 植物魔術で壁は一息に越えたし、そういう魔物らしいものは見なかったわ。 神代の人間が作ったゴーレムは何度か見てきたけれども、もしもそれが暴れ出したのだとしたら……」

いや、分からないとセリさんは言い直す。

あたしは、何となく分かる。

この土地に住んでいた人間を追い出して、後から居座った者達がいる。その者達は、何処かに消えてしまったようで、痕跡はないが。ともかく、城は其奴らに一度乗っ取られたのだ。

だとすれば。

その城を乗っ取った奴が放置して行ったゴーレムだったら、どういう命令が下されるだろう。

考えられるのは一つ。

フォウレの里の住民……正確にはその先祖だが。

皆殺しにしろ、だ。

セリさんが城を通ったときは、まだフォウレの里は再建されていなかったのだと判断して良い。

古代クリント王国が終わって、やっとフォウレの里は長い長い流浪の旅から解放されたのだ。

ただ、城は魔物に占拠されていた。

それに、フォウレの里の民の帰還に、ゴーレムは気付いたのかも知れない。

まあ、あくまで仮説だ。

実際には、現物を見てみないとなんとも言えないが。

「神代のゴーレムの場合、飛び道具をもっている可能性も高い。 誘引はくれぐれも気を付けてね、タオ」

「うん、分かってる」

タオも既に百戦を経た歴戦の戦士だ。

後は、明日。

油断せず。

充分に、敵に備えて出向くだけだ。

 

4、門を間近にして

 

何度もアンペルは危ない橋を渡ってきたが、今回もなかなかだ。幸い、里の人間が思ったより理性的だったおかげで、軟禁はされているがそれ以上の事はされていない。

特に験者は、今の時点ではアンペルと交換条件が何かあるのなら、出しても良いと思っているようだ。

先代の験者はずっと保守的な人間だったようで。

今の験者は、それに疑問を持って、里を出て彼方此方を旅して回ったらしい。

その結果、各地で暮らしていたフォウレの里の子孫を大勢連れ帰ったし。

何よりも歯っ欠けだった「機具」の知識もたくさん集めて来た。

先代の験者と今の験者は、必ずしも仲が良かった訳ではないそうだが。それでも実績もあって、験者になった。

一応他の験者候補もいたそうだが。

血が濃くなりすぎて相当にまずくなっていた状況もあり。

今の験者が、最終的に験者となることで落ち着いたそうだ。

事実、今の験者から悪い評判は聞かない。

若い頃は里の現状に憂いを持ち、それで外の世界で見聞を広めるという。こういう閉鎖的な集落の年寄りが聞いたら、眉をひそめそうな行動をしていたわけだが。

今はそういった年寄りとも仲良くやれている。

丸くなったというよりも。

むしろ色々な人間と接することで、上手く懐柔する方法を覚えたのだろう。

老獪になった、というわけだ。

アンペルは、そういうのは得られなかった。

ずっと年下の相手に対しても、どうしても上手く接する事が出来ない。

ライザは自分を立ててくれるが。

それも、とても有り難い事であると同時に、時々恐縮もしてしまう。ライザが褒めてくれるような人間ではない。

アンペルは親の事もよく覚えていない。

一世代暗殺者に追われていたこともあって、何処かで誰も信用していない所もある。

リラとの関係も、結局利害によるものだ。

「里が騒がしいな」

「ライザ達が大暴れしているからな。 恐らく種拾いとやらが再開できるようになったのだろう」

「それで、その機具の改良とやらは上手く行きそうか」

「こんなものは、どうにでもなる。 ライザが動力の改善をしてくれれば、半永久的に動くだろうな」

開いて見て分かったが。

この機具の知識は、本当に歯っ欠けだらけで伝わったのだ。

それはそうだろう。

ずっと放浪の民をしていたのだ。

その間、技術の伝承を成功させていただけでも凄い。それが中途半端になってしまっても、だ。

フォウレの里の民は、神代の生き残りだ。

ある意味、世界中の全ての人間がそうだとも言えるのだが。ただ、神代の技術を此処まで色濃く残している民はそうそういまい。

今まで放置されてきたのは、恐らくあまりにも散らばりすぎて、脅威になり得なかったから。

また、何か問題があっても。

その場で虫のように潰され、殺されてしまっていたのだろう。

この里からもう出たくないと考えるのも分かるのだ。

アンペルだって、錬金術を出来ると言う事で王宮に連れて行かれたが。行くべきではなかったと、今でも潰された利き腕を見て思うのだから。

ともかく、機具の改良は出来た。

改良というよりも、ただ元に戻しただけだ。

本来はこれが正しい設計だった。

ただ、そもそも兵器だった「種」を動力に使うような設計にしたから歪んだし。どうしてこうやって作ったのかを、論理的に伝えなかったから、更にどんどん歪んで、壊れやすくなった。

人間の技術なんてものは。

簡単に失伝してしまうものなのである。

「ライザは既に種を兵器だと見抜いているかもしれないな」

「ライザならとっくに気付いているだろう」

「なんだか自慢げだな」

「ああ。 私のような不肖の存在から見れば、輝くような弟子だ。 私はひねくれ者で、錬金術師に伝わって来た我等は神に近い存在で、全能に最も近い存在だから、世界を好き勝手にねじ曲げて良いという傲慢な思想に異を唱えた。 その思想をライザが受け継いでくれなかったら。 きっとライザは今頃、世界にとって最大の脅威になっていただろうな。

 世界にとって希望の光であり、超世の英傑に育ってくれたのは、私に取っては誇りさ」

そうか、とリラは気もなく返した。

アンペルも若く見せているが、実際は相応の年だ。

しかもライザにも共通しているのだが、若い頃の情熱を性欲で消耗しなかった、ということもある。

結局異性にも同性にも、ほとんど興味は無かった。

だからリラと上手くやっていけているのかも知れない。

そもそも人間とは生物としてのスパンが違いすぎるオーレン族であるリラも、それはそれで色々と思うところがありそうだが。

ともかく、なんとかリラと上手くやれているのも事実だった。

「よし。 後はライザが門を確認してくれれば、本格的に此処を出る事を準備しよう。 門そのものがあるのは間違いなさそうだ。 何しろセリ=グロースは此処から来ていたというのだからな」

「納得出来る話だ。 私のような例があくまで例外なのであって、生き延びているオーレン族がもしいるとしたら、まとまって過ごしているか、身を潜めているだろうからな。 キロ=シャイナスがそうであるように。 セリ=グロースは前者の例だったというわけだ」

「いずれにしても、フィルフサを早く駆逐し尽くして、そんな生活をせずとも済むようにしたいものだが」

「フィルフサの王種は簡単には出現しないことは分かっているが……厳しい路ではあるだろうな」

その通りだ。

だが、ライザがいるなら、きっと出来る。

そうアンペルも思うのだった。

さて、後は。

機具についての歪んだ設計を実際に直してみせるのは良いとして。

問題は何種類かある機具だ。

全部直して見せないと、多分信頼はされないだろう。

この里が、平穏に暮らしていくためには。

少なくとも、機具をこの歪んだ形から解放しなければならない。

そうなった時には。

きっと平和裏に。

アンペルの人生では珍しいくらいに平和に、問題が解決するはずだった。

 

(続)