神木

 

序、合流

 

足を踏み入れた瞬間、空気が変わったのが分かった。密林の入口程度には昨日までも足を踏み入れていたが。

この辺りは、完全に人間の領域では無い。

この空気は、オーリムの。

それもフィルフサに制圧された地域に近い。

つまり、人間の敵地と言う事だ。

皆、それを理解して黙り込む。フェデリーカには、事前に布を咥えて貰った。舞いはそれでも出来るし。

何よりも、下手に叫ぶと魔物を呼びかねないからだ。

無言で全方位。勿論足下も上も警戒する。

そうしないと、いつ全滅してもおかしくないからだ。

前。

姿を堂々と見せたのは、巨大な猪だ。

後方からも数体。

基本的に猪は単独行動をする生物なのだが、恐らく此処ではそれではやっていけないのだろう。

じりじりと此方の様子を見ながら、間合いを計っている。あたしは、ハンドサインを飛ばす。

各個撃破だ。

先に手を出したのは、あたし達からだ。

セリさんが、植物操作。

近くにある毒のある木の実を操作して。それを炸裂させる。もろに毒のガスを浴びた猪のうち何体かが悲鳴を上げて飛び退き。その瞬間、全員で残った一体に殺到する。

かなり大きな猪だが、それでもこうなるとひとたまりもない。レントの剣撃を、元々分厚い頭で弾き返したのが最後の頑張りだっただろう。

首筋を通り抜けるようにして、ボオスが斬る。

それで。動脈から派手に血を噴いた猪が、竿立ちになり。

無防備な腹に、ディアンが旋回しながらの豪快な一撃を入れて。そのまま撃ち倒していた。

怒り狂った残りの猪が、突貫してくる。

あたしが熱槍を展開して、弾幕として打ち込む。それを無理矢理突破出来たのは一体だが。

そいつの鼻面に、クリフォードさんがブーメランを叩き込んでいた。

猪の突進は猪突の言葉通り凄まじいが、実はカーブも自在にこなす。其処に直撃させたクリフォードさんの技量は凄まじい。

蹈鞴を踏む猪に、クラウディアが乱射を浴びせて、ハリネズミになった猪がそれでも走ろうとして、倒れる。

残りは形勢不利とみたか、さがろうとするが。

既に上空に、あたしが熱槍を多数展開。

それを上から降らせて。収束させた奴が全身を貫いていた。

全て倒した。

死体を引きずって、一度安全圏まで逃れる。

入口付近でこれか。

この様子だと、密林に入らなくなったのも納得である。

死体を捌く。

猪は泥を浴びる事で寄生虫をとるので、毛皮は基本的に泥だらけだ。水を使って泥を流した後もかなり臭いが強い。

そこを煙で燻して、更に消臭剤をかけて臭いを取りつつ。

皮を剥いで、肉を切り分ける。

一見すると美味しそうだが、特に豚や猪の肉を生で食べるのは絶対にダメである。寄生虫の巣窟だからだ。猪は皮につく寄生虫は排除できるが、体内のは出来ないのである。これは豚も同じ。

即座に肉に火を通して、煙で燻す。

内臓も全てそうして処理する。食通ぶった人間が豚の内臓を生で食べる事があるが、最悪今度は自分の内臓に虫が湧く。それが現実である。

骨に関しては、砕いて運びやすくして。

そして、戦利品として、一度フォウレに持ち帰っていた。

肉も毛皮も、殆どはフォウレの方に分けてしまう。こっちとしても、食糧としての肉はありまあっているし。

この程度の魔物の毛皮だったら、別に大あわてで集めるほどのものでもないからである。

すぐに次に。

フェデリーカがもう、と泣きそうな顔をしたが。とにかく行く。

この様子だと、神木とやらに辿りつくのは骨だぞ。

あたしはそう思いながら、密林に赴く。

少しずつ、きりきりと刺すような空気になれていく。

大丈夫。

オーリムに最初足を踏み入れたときほどの炸裂するような危険は感じない。ここなら、まだいける。

だが、油断したら即座に死人が出る。

ともかく、警戒しつつ魔物を引き寄せて、少しずつ片付けて行くしかない。

大きな蜂が飛んできたので、即座に熱魔術で殺す。蜂は素材として使えるので、こうして回収しておくのだ。

熱に弱い弱点があるので、今ではこうして簡単に仕留められるようにもなっている。

そのまま周囲を探索していると、すぐに魔物が姿を見せる。

今度は触手多数で這いずっている、何だかよく分からない筒みたいな生物だ。セリさんが、即時で正体を看破していた。

「ウツボカズラの亜種のようね。 本来はただ獲物が落ちてくるのを待つだけの食虫植物なのだけれど」

「人間の大きさの三倍はありますよあれ……」

「片付けるよ」

言葉短くそう返して、すぐに戦闘に入る。

ウツボカズラの亜種は、触手で体を固定すると。いきなり大量の溶解液をこっちに飛ばしてくる。

凄まじい勢いで、とっさにセリさんが覇王樹で壁を作らなければ危なかっただろう。

そのまま散開して、全方位から皆で襲いかかる。

触手を自在に振り回して迎撃してくるウツボカズラだが。速度にものを言わせてタオが接近戦に持ち込み。

全身をズタズタに、一瞬で切り裂いていた。

どうと倒れるウツボカズラ。

だが、わらわらと同種らしいのが、奧から現れる。

どれもエサを求めているとみて良いだろう。

まあいい。

此奴は此処の魔物としてはそこまで危険な方じゃない。全部片付ける。

そうして、全て片付けて。

また魔物が現れて。

順番に片付けて。

手傷を受けて。

負傷者を治療しながら後退して。それで夕方近くまで交戦を続けた。

何度も行き来しながら、少しずつ道を切り開く。それでおかしいと感じる。

「違和感がある」

「どうしたんだライザ姉」

ディアンが興味津々に聞いてくる。皆、アトリエの中でめいめいに休んでいるのは、それだけ負担が大きいからである。

ちょっと洒落にならない。

それが皆の本音だろう。

ここの危険度は、今まで出向いた土地では、フィルフサに支配されていたオーリムにつぐものだ。

オーリムの場合は、覚悟も出来ているから、皆緊張状態を維持して。それで戦闘が終わったら、みんな死んだように寝て休んだものだが。

此処ではそうもいかない。

安全地帯とそうではない場所を行き来するから、どうしても逆に疲労がたまってしまうのかも知れない。

「密林の中に道があった。 密林の土壌がひ弱なことを考えても、あの道が、ずっとそのまま維持されているのは理由があると思う」

「そういえば……そうだね。 僕もちょっとおかしいと思った」

「俺はおかしいともおもわなかった。 そうか、やっぱりライザ姉達は色々と詳しいんだな」

「……皆、此処予想以上に色々あると思う。 気を付けて掛かろう」

思った以上に先に進めなかった。

これは厄介だ。

とにかく、少しずつやっていくしかないが。それもかなりの危険を伴うのは確実である。アンペルさん達があまり酷い扱いを受けていないのは分かっているのだが。それでも、門があること。

それがどうなっているか確認できていないということ。

それらの問題もある。

巨大マンドレイクがいた辺りを少しそれて北に行くと、ディアン曰く種を集める場所であるらしいが。

今は魔物が増えていて、近づけないとも聞く。

だとすると、やはり密林側から行くしかないだろう。

密林を一旦抜けて湿地帯に出て。

其処から回り込むという手もあるのだが。

いずれにしても、もっと地理情報が必要だ。一度今日は戻って、倒した魔物の素材をコンテナに入れながら、皆で話をする。

ボオスがぼやく。

フォウレで、入り婿に来ないかと言われてから、愚痴が増えている。

まあ気持ちはわからないでもない。

ボオスとしても、関係構築はしたいと思っているだろうし、突っぱねるわけにもいかなかったのだろう。

クーケン島を事実上回しているブルネン家の跡取りだと言って、それで納得して貰ったようだが。

「まだこの先、山みたいな魔物が最低三体いるんだろ」

「一体はどうにか戦闘を回避できそうだから、放っておこう。 問題は残り二体になるね」

「厄介だ。 出来ればそいつらも避けたい」

「そうしたいのは山々だけどね。 フォウレにいずれ攻めこんでくる可能性がある。 それに、フォウレだけではなくて、農村とか漁村も危ない」

第一に、そも竜風とかいう訳が分からない災厄が来る可能性があるのだ。それを考えると、今のフォウレの里の位置が適切だという保証すらない。

そもそも嫌な予感がプンプンする。

フォウレの里は、竜脈の真上にある。これは植物の生え方とかであたしにも即座に分かったのだが。

なんで竜脈を竜脈と呼ぶのかが、今でもよく分かっていないのだ。

神代からそう呼んでいたらしいのだが。

これについては、タオが解析しても理由がよく分かっていないらしい。つまり、油断は出来ないという事である。

もしも、竜風が竜脈に沿って起こりでもしたら。

それは色々と、洒落にならない。

「神木にまではまず到達するとして……そのあとアンペルさんと接触して打ち合わせをしたら、その二体の魔物をどうにか片付ける事も考えよう。 多分だけれども、この密林があまりにも危険すぎるのも、強力な主の存在が原因だと思うからね」

「ドラゴンと同等くらいには強いんじゃないか」

「ドラゴン!」

「俺たちは倒した経験もある」

ディアンが目を輝かせたので、レントが先に水を差す。

それはそれとして、確かに小さめのドラゴンくらいだったら、凌いでいる可能性は否定出来ない。

というか、あの巨体。

明らかに摂理をこえてしまっている。

どう考えても、普通に生じた魔物とも思えなかった。

「トレントの可能性はないですよね」

「違うな。 トレントはそんなに活発に移動しない。 だいたいトレントがいる森は、もっと静かで秩序が取れている」

「そうなると、戦闘は避けられそうに無いですね」

「残念ながらそうなるな」

クリフォードさんもそういう悲しい事実を突きつけてくる。

ということは、やりあわなければならないということだ。

それに二体のマスト撃破対象に加えて、フェンリルが存在している可能性が高い。それも複数だ。

だとすると、この森は本当に突破がしんどい。

まずは、最初の目標を。神木に到達することを目指す。

その先に色々とやることがあるが。

まずは其処からだ。

皆、早めに眠って貰う。

そしてあたしは、翌朝も。一番に起きていた。

 

伸びをして、体を動かしていると。

覚えのある気配が近付いてくる。

顔を上げると、背はあまり伸びないが。どんどん気配が大人びている、去年の王都での戦いで一緒に最後まで戦い抜いた戦友。

パティがそこにいた。

「ライザさん!」

「パティ! 王都は大丈夫なの? 今佳境だって聞いたけど」

「片付きました。 これでロテスヴァッサに蔓延っていた腐敗は一掃されます。 私はお父様に言われて、ライザさんの手伝いに来ました。 後……」

「タオもいるよ。 心配しないで」

良かったと、少しだけパティは表情が大人びている。

婚約者と一緒にいて大丈夫なのかとちょっと思ったが、まあ体制が変わったのならそれは大丈夫か。

王都で体制変更の主導をするのはヴォルカーさんだろうし、その支援をするのはあのメイドの一族だ。

今回の件で地獄に叩き落とされる貴族はいるだろうが、連中はずっと富を相続するだけで人類社会に何一つ貢献してこなかったでくの坊の集まりだ。そんなのが路頭に放り出されて、それで何か困る事があるのか。

魔物に押されている世界で、その現実を理解もせず。状況を改善も出来ず。自分達だけ安全な井戸の中に閉じこもって、自分達は優秀だ等と偉そうにほざいていた連中。

そんな連中は、一度痛い目にあうべきだろう。

だから、アーベルハイムが起こした変革については、あたしはむしろ歓迎的だ。

もっとも、これからアーベルハイムが何かできるとも思わない。

王都の上層部が変わったからと言って、周辺の都市が劇的に改善するとも、あたしは期待はしていなかったが。

それをパティにいうつもりはない。

「話は聞いています。 アンペルさんとリラさんが捕まっていて、此処でかなり大変な目にあっているとか」

「うん、それについても話すけれど、ちょうどその捕まっている場所が此処でね」

「!」

「アトリエで話そう」

大丈夫。周囲は確認している。

早朝と言う事もあって、誰も聞いていない。

フォウレの里の人間の探知能力については、ここ数日でしっかり確認してある。一番鋭いデアドラさんでも、多分今のは聞いていない。

アトリエに入ると、寝起きのセリさんがぼんやりしながらスムージーを口にしていたけれど。

パティを見て、顔を上げていた。

「久しぶりね」

「久しぶりです。 此方でも問題なく活躍出来ていますか」

「ええ。 此処にいる戦士達は、皆オーレン族の手練れと同じかそれ以上の戦士達よ。 私が必ずしも戦闘で主役を張るわけではないわ」

「そうですよね……」

パティが苦笑い。

皆がおいおいと起きだしてくる。タオも起きだしてきて、パティがわっと明るい顔になった。

それから、パティについて紹介する。

相手が誰だろうとパティはしっかり最敬礼をするので、好感が高い。

貴族というのは自分達の間だけで通じるような物差しを作って、それで相手との上下を決めるような所があるが。

パティに対して好感を抱いたのは、そういうことをしないという事にある。

あくまで最前線に立つ戦士として、常に命を張る。

そうすることで手本となる。

だから、パティに対して悪感情は湧かない。

まあ去年の頃はまだまだ未熟だったけれども。

今は戦士として、充分にあたし達と共に戦える段階にまで腕を上げているのだから。

「また強くなったな!」

「いえ、まだまだです。 うちのメイド長からは、三度に一本取れれば良い方なので……」

「その気持ち、立派だぜ。 自分を強いと思い込むと、其処で進歩が基本的に止まるからな人間は」

「はい!」

返事も気持ちが良いな。

貴族がこういう人間ばかりだったら、あたしも王都で不快なものはみないで済んだだろうに。

残念ながら、アーベルハイムの親子は、変わり者扱いで。

だからこそ、王都を変える必要があると気付いたし。

それで実行も出来たのだろう。

「タオさん、論文を郵送で良いので提出した方がいいと思います。 学術員の方で、いきなり旅行に行ってしまったと悪評が出ているらしくて……」

「リルバルト先生が共著の論文を出してくれると思うよ。 ただあの人は気まぐれだし、論文がいつできるか分からないけれど」

「あの変わり者の先生が王都を出た話は聞いていますが、共著の論文を書くような事があったんですか」

「まあ、ちょっとね」

軽くパティと話をする。

一番最後に起きだしてきたフェデリーカが、寝起きに弱くてぼんやりしていたが。目が覚めてきて、一人増えたのに気付いたらしくて。

それであわてて、身繕いをしていた。

二人はかなり立場が似ている。

年齢も近い。

あたしは提案して見る。

「二人とも、互いを名前で呼んでみたら?」

「えっ。 でも……」

「サルドニカの指導者ですよ。 私よりも立場的には上ではないですか?」

「馬鹿馬鹿しい。 あたしがそういう意味を考えてごらん」

そう諭すと、あっそうかとパティが顔に書く。

そして、フェデリーカも気付いて、咳払いしたようだった。

馬鹿馬鹿しい上下関係など必要ない。

年長者や先達には一定の敬意を払うべきだが。それ以上でも以下でもない。

此処では同じ、世界の危機に立ち向かう同志だ。

だから、二人は根本的な位置で対等である。

「え、えっと、フェデリーカ。 私の事はパティと呼んでください」

「分かりました。 パティ……でいいですか」

「はい、お願いします」

「ちょっとまだぎこちないな」

クリフォードさんがぼやく。

そして、その後は。

軽く談笑してから。朝のミーティングに移るのだった。

 

1、戦士を加えて

 

森に出て、魔物との激戦を繰り広げる。

今度は飛ぶ獣だ。蝙蝠と違って、滑空して来る獣だが、非常に大きく。四つ足の手足の間に皮膜のようなものを張って、それを使って木々の間を自在に飛び回る。そして、腹にも口があって。

覆い被さって、それで食べてしまうようだった。

それが何体も、立て続けに来る。

人間の弱点は上だ。

それを知っているのだろう。徹底的に攻め立ててくるが、あたしもそれに対して動じるつもりはない。

飛ぶと言っても、残像が出来る程でもないし。

上空から爆撃してくるわけでもない。

体が大きく、対魔力も強いが。

それでも、此処にいる皆は、歴戦の戦士だ。フェデリーカは戦闘向けではないし、まだ若干ディアンは経験が足りないが。

それでも、皆それぞれの役割を果たせている。

パティが気合一閃、敵を大太刀で真っ二つにする。

飛ぶために体を軽くしているその魔物は、どうしても大きいと言う事が仇になって、体を薄くしている。

皮膜に魔力を溜めて浮かんでいるようだが。

それでも、限界があるのか。

或いはもっと小型の同種が、そもそもそういう生態だったのかもしれない。それとも此奴も、或いは神代の連中に体を弄くられた可能性も低くない。

あらかた片付けて、その後は死体を捌く。

此奴らは大した魔物じゃないな。

ただ、人間を積極的に狙って来たという事は、獲物にした経験がある可能性が高い。

気を付けなければいけないだろう。

パティが大太刀を鞘に収める。

ディアンは大太刀に興味津々だ。

「すっげえ長い剣だな! しかも片刃なのか」

「これは東方の武器で、太刀と言います。 特にこれは、私に合わせて遠心力を利用して立ち回れるように敢えて更に長く作られています」

「そうなのか! 太刀筋がって良く言うけど、そういうのの語源か?」

「ちょっと何とも。 その辺りはタオさんに聞いてください」

パティはディアンに対しても、同じように接している。

普通の「貴族」だったら、ディアンのことは自分より下とみていただろう。この辺りは、パティの明確に良い所だ。

そのまま魔物をある程度片付けた段階で、地図を刷新する。

流石に密林でも魔物が幾らでも湧いてくる訳ではない。大きめのを片付けると、それで縄張りが変化する。

出張ってきた魔物を処理する。

その繰り返しで、どんどん魔物の密度は減っていく。

ただ、やはり手強いのも多い。

大物と一日に何度も遭遇する。

特に植物系の魔物は、あのフォウレの里近くまで出張ってきていた巨大マンドレイクと大差ない力を持つ者が多く。

兎に角戦っていてしんどかった。

何度かフォウレの里のアトリエと往復しながら、物資をフォウレの里にも分ける。とにかく大量に肉やら皮やらが手に入ったので、フォウレの里も満足しているようだ。夕方にデアドラさんが来たので、パティを紹介しておく。

王都の貴族令嬢だという話をすると、ちょっと不安そうにしたが。

もの凄く丁寧な最敬礼を受けて、安心したようだった。

「元々王都であたし達と一緒に戦った腕利きです。 父上が庶民から騎士になり、武勲をたてて貴族になった人なので、それで基本的に世襲で財産を受け継いできている貴族とは感覚が違う子ですね」

「なるほど、合点がいった。 パトリツィア殿。 貴殿のような貴族ばかりだと、私も助かるのだが」

「王都と此処は離れ過ぎています。 できる事はあまり多くは無いと思いますが。 それでも何かあったら、遠慮無く言ってください。 出来る範囲で出来る事はします」

「助かる。 既にライザ殿達にはさんざん助けになっている。 このままの行動を維持してくれれば、それで充分だ」

デアドラさんも堅実だな。

一旦今日はここで切り上げる。

大物との戦闘もあってちょっと不安だったのだが、パティも腕は落ちていない。それで安心した。

パティの胸当てがとにかく特注品だと言う事を見抜いたのか、フェデリーカが興味津々だったので。

ワイバーンの鱗などを贅沢に使った胸鎧で、あたしが王都の職人と一緒に作った話をすると、目を丸くしていた。

まあそれもそうだろうな。

なお、当世具足についても、パティは興味津々だったが。

作ろうかと言うと、首を横に振られる。

とても良さそうだが、パティはそもそもかなりギリギリの重量で戦闘をしているので、これ以上の重装には出来ない、というのだ。

まあそれもそうだ。

それに今のパティは、自分の戦闘スタイルを確立出来ている一人前の戦士だ。

ただ、当世具足そのものは、いずれほしいとも言う。

子孫のためだそうだ。

そういう話を聞くと、ちょっと微笑ましくもなる。

それと、タオと個別の空間でも作るかと、こっそり聞いてみるが。いらないと言われた。

婚約者であり、気持ちも通じ合っていると思っているが。

実際に結婚するのは王都に戻ってから。

それまでは、きちんと一線を引いて、しっかり大人としての対応をすると。

同衾するつもりはまだないという話なので、そうかと苦笑い。

本当に真面目だなこの子は。

もう誰もそれで後ろ指を指したりはしないと思うのだけれども。

この年で、しっかり大人をしている。

子供を産もうが大人にならない人間はなんぼでもいるこの時代だが。パティはこの年で、しっかり大人をしている。

それは良いことなのかどうかは、ちょっと分からなかった。

地図を囲んで、打ち合わせをするが。

神体となっている木に辿りつくまで、まだ二日はかかると見て良さそうだ。その間に、ディアンはフォウレの里を見回って貰う。

まだまだあたし達に対する不審の声が聞こえると言う事なので。

今は仕掛けない方が良いと見ていい。

例の大口取引の日までに、ある程度信頼を積んでおいた方が良いだろう。どっちにしても、アンペルさんやリラさんを処刑するという話にはなっていないようなのだから。

それと、魔物を片付けている事によって、それなりに広い範囲が同時に安全になってきている。

ディアンの話によると、そろそろ種拾いをする場所にも行けるかも知れない、ということだ。

その辺りで目撃されていた大物を、ここ数日で何度も倒しているから、というのが理由らしく。

それらのせいで種拾いどころではなかったので。

状況が好転している、と言う話らしい。

ともかく、一歩ずつやるしかない。

クラウディアがフェデリーカと一緒に料理をして、夕食を出してくれる。パティも菓子くらいは作れるらしいが、基本的に本格的な料理はダメだ。

例のメイド長は、しばらく一族と一緒に王都に貼り付けだろう。

実はカーティアさんをつけてくれるという話もあったらしいが。

一人でも多く王都の安定に回って欲しいと言う話をして。それで納得して貰った、と言う事だった。

良い判断だ。

カーティアさんに以前聞かされた話もある。

あの一族には、どうも妙なものを感じる。

側にいると言うことは、監視をしているという意味もあると思うので。出来れば距離は一定おいておいた方が良い。

夕食を皆で囲んで。それで順に風呂に入って、それで寝る。

明日も、激しい戦闘になる。

それが分かっているから、いずれにしても厳しい状況が続く。

 

森を蹴散らすようにして、迫ってくる。

それは、見えていた小山のような魔物だ。正体が何なのかすらもよく分からない。全身が苔むしていて、巨大な目が体の彼方此方にあり。全身から牙が多数伸びていて。体の上に、横に裂けた口がある。

足は虫のようなのが多数。

触手も多数体にあって、それらはそれぞれが百足のように多数の足を持ち、巨大な口を備えていた。

これは、倒すしか無いだろうな。

そう判断して、総力戦用意と、あたしは声を張り上げていた。

此奴を倒せば、辺りの安全は確保できる。それも、此処まで育つ魔物はそうそうでないだろうことを考えると、しばらくは、だ。そのしばらくは一世代くらいになるだろう。

とにかくデカイので、凄まじい圧迫感だ。

あたしは挨拶代わりに爆弾を立て続けに放り込むが、いずれもが致命打にならない。

体がでかすぎるのが問題と言うよりも、その巨大な体にため込んでいる魔力量が凄まじすぎる。

此奴単体で、王都を蹂躙しかねない。

「皆、相手の動きをよく見て、正面には回らないように! 突進は見た目よりずっと早いよ!」

「は、はいっ!」

「フェデリーカ、次は左に走って移動して! カーブして来る!」

「分かりました!」

最初に分かりきったことを皆に告げ。

そしてフェデリーカにも、アドバイスを飛ばす。

舞いを舞っている関係上、フェデリーカは常に敵を見ている訳にもいかないのである。

レントが、飛んできた触手を弾き返すが、それだけでもガツンと重い音がして、レントがずり下がる。

レントのパリィの技術は既に驚天の域に達しているのだが、それでもである。

触手は十前後だが、全てが百足のように自立して動いていて。巨大な口を開いて襲いかかってくる。

口がたくさんあると毒を取り込む可能性も増えそうなのだが。

この巨大な生物で、しかも密林に暮らしているのだ。

解毒程度、お手のものなのだろう。

もはや、生物のものと言うよりも、空を割るような災害のような音。

竜風ってのは、まさか此奴が暴れた結果じゃないだろうな。

そう一瞬思ってしまうほどだ。

立て続けに衝撃波が来るので、後方に跳んで威力を殺しながらさがる。吠えるだけで、連続して魔力を放って、それが衝撃波となっているのだ。

デカイ硬い。

とにかく対応が難しい。

あたしは詠唱しながらも、爆弾を放って更に牽制。やはり。強力なシールドが常時展開されていて。

それを生半可な火力では破れない。

だが、爆弾を複数同時に投擲して確認したが、それで弱点が見えてきた。

百足触手が飛んでくる。

あたしが一瞬前までいた地面を、激しく抉って、土石を吹き飛ばす。

レントが渾身の一撃を叩き込んで、触手を切りおとす。口が突いていた触手が、ばたんばたんと暴れて。

それが擦っただけで、誰もが倒されそうだ。

「クラウディア!」

「ええ!」

クラウディアにハンドサインを出す。

クリフォードさんにも。

魔物の巨大な本体が突進してくる。

それを全員で回避するが。タオが敢えて近接戦を挑む。パティもその側に。機動力を売りにしている二人が、魔物の気を引いて。それで突進の方向をコントロールする。タオは火力が足りないが、足の速さだけは全員で屈指。パティはそのタオを、触手の苛烈な猛攻から、大太刀を振るって守り抜く。二人の手が足りない時は、ボオスが支援する。ボオスも、二刀を上手に降るって、それで相手の気を引く。

触手が、また飛んで……こない。

上空で数本の触手が体を震わせると、空から多数の火球が辺りに降り注ぐ。

これは、避けようがないな。

炸裂。

吹っ飛ばされて、受け身をとりながら立ち上がる。

全身が痛いが、手指の欠損などはないか。ちょっとこれは洒落にならない。側面後方にも触手が飛んでくるし、更には魔力による衝撃波。ついでに触手そのものも範囲攻撃が可能か。

確かにこれは、とてもではないが手に負える相手では無いとフォウレの里が諦めるはずだ。

だからこそ、今倒す。

タオとパティもかなり疲弊が激しい。

タオが、薙ぎ払われた触手を擦って、もろに吹っ飛ばされる。パティがタオさんと叫んで。

追撃に飛んできた触手の口の辺りを、唐竹にたたき割った。

そのまま魔物が足を止めると、突然反転して、こっちに来る。

衝撃波を連発して来る。

魔力も底無し。

まるで動く要塞だ。

ただ、一つ気にくわない事がある。

此奴、辺りを更地にするつもりか。動物だったら、基本的に周りを滅茶苦茶にするような戦い方はしない。

此奴は違う。それを平気でやっている。

多分此奴は、神代に作られた魔物とみていい。だったら、それは完全に駆除対象だ。

触手が飛んでくる。

ディアンが空中戦を挑み、斧を思い切り叩き付けるが。触手を切りおとすには至らず。ディアン。そう叫んだレントが、あわてて走り。魔物の突進に巻き込まれそうになったディアンを抱えて飛び退く。

至近を巨体が通り過ぎて、一瞬ひやりとさせられたが。

今だ。

ずっとセリさんが準備していた。

植物魔術で、足下を掘り崩して、それで。

巨体が、一瞬だけ足を取られて。魔物が動きを止める。だが、こういう悪路は慣れっこなのだろう。

触手が即座に地面に突き刺さって、巨体を持ち上げに掛かる。多数生えている虫のような足も、小山のような体を押し上げる。

その瞬間。

クラウディアが、大量に出現させた人型とともに、斉射を浴びせる。

同時にクリフォードさんが、二度助走で跳ね。

上空から、フルパワーでのブーメランを叩き込んでいた。

多数の飽和攻撃を浴びたことで、巨大な魔物のシールドが、一瞬で変色する。

見ていた。

あたしの爆弾に対して、此奴はこまめに発動するシールドをいちいち変えていた。細かく盾の場所を変えることで、消耗を抑えていたのだ。

つまり此奴の魔力も無限ではない。

此奴の魔力量は無尽蔵かも知れないが。同時展開出来る魔術は限りがあるし。更に言うと、拡げて展開すると密度だって薄くなるのだ。

あたしが投擲するのは。

四つの爆弾をあわせた究極爆弾、ツヴァイレゾナンス。

爆破。冷却。雷撃。狂風。

この四つで、瞬時に敵を粉々に打ち砕くものだ。

コストが高いが、此奴を倒せるなら安い安い。

レントが。大声で離れろと叫ぶ。

同時に、シールドの直上で、ツヴァイレゾナンスが炸裂していた。

世界から色が消え。

次の瞬間、音も消え。

殺戮の閃光と、破壊の爆風が全てを薙ぎ払った。

シールドを瞬時に打ち砕いたツヴァイレゾナンスの烈光が、文字通り殺戮の槍となって巨獣を上から貫く。

悲鳴を上げる巨獣に、あたしは詠唱を終えた結果。出現した二万五千の熱槍を収束させて。

手元に集めていた。

そのままフルパワーで踏み込みつつ、投擲する。

烈光に焼かれている巨獣に、それは真正面から炸裂。

そして、次の瞬間。

十字の光が、空に出来上がっていた。

耳を思わず押さえる。

鼓膜が吹っ飛びそうだ。

魔物の全身が、焼け崩れて行く。彼方此方から炎を噴き出して、そして壊れて行く。

それでも、魔物が必死に触手を動かしているが、恐らくこれは回復魔術だろう。つまり、まだ死んでいない。

流石だ。

だが、セリさんがぱんと胸の前で手を合わせると。

巨大な植物が、巨獣の前後左右に出現する。

「貴方に、この森に生きる資格は無いわ。 消えなさい蹂躙者」

植物が、一斉に錐を突き出し、巨獣を貫く。

明確な悲鳴を上げる巨獣。触手が何本か千切れ飛ぶ。爆発が収まり、激しい粉塵と煙の中、触手がまだ動いているが。

しつこいとばかりに、パティが斬り伏せる。

どうと地面に落ちる巨大な百足のような触手。

更にレントもボオスも猛攻を叩き込み。

とどめとばかりに、クラウディアがバリスタのような巨大な矢を叩き込んだ。

なおも、それでもどうにか動こうと。全身を破壊された巨獣が全身から煙を上げているが。

あたしはそれに接近して。

踏み込むと同時に、蹴りを叩き込んでいた。

それが、とどめとなった。

全身に罅が入っていく。

そして、やがて、真ん中から綺麗に割れた巨獣が。割れた卵のように。左右にと、崩れ落ちていた。

呼吸を整える。

「トリアージ! クリフォードさん、周囲の警戒を!」

「分かった!」

クリフォードさんが、即座に周囲の警戒に。クラウディアも、音魔術を全開に、警戒態勢に入る。

皆の手傷を見ていく。

やっぱり派手にやられている。

ディアンは体に何カ所か青あざを作っていて、肋骨も折れていた。それであれだけ苛烈に戦ったのか。

大した物だな。

そう感心する。

一人ずつ怪我を見ていく。フェデリーカは何度もぶっ放された衝撃波に対応できず、そのたびに吹っ飛ばされたようだが。それでもそもそも接近戦にならないように、何度も声かけしていた。

致命的な一撃はもらっておらず、ただし肌がズル剥ける凄く痛そうな傷が何カ所かあった。

それらを全て治療しておく。

ボオスの手傷も酷い。

顔とかにも傷があったので、薬を渡しつつ。諸肌を脱いで貰って。背中に受けた傷を治していく。

背中に受ける傷は戦士の恥とかいうが。

そもそも対人戦ならともかくとして、こういう魔物が相手になってくると、そうも言っていられない。

薬を塗ると、いてえとボオスが呻く。

まあ、我慢してもらうしかない。

次。

次々と手当てしつつ、あたしも自身に傷を塗りこむ。魔力の消耗が酷い。こいつに近い実力の奴が後二匹。

大人しいのが一匹いるらしいから、もう一匹でいいだろうか。

ともかく片付けなければいけない。

出来れば最後の大人しい奴というのも見極めておきたいし。

此奴ほどしんどいかは分からないが、サルドニカ北にいたフェンリルみたいなのもいる可能性が高い。

いずれにしても、油断は出来ない。

まだまだこの森では、地獄絵図が繰り広げられるだろう。

手傷の手当てが一通り終わる。

クラウディアの当世具足の肩当ての部分がやられてしまっていたので、後で直す事にする。

クラウディアは白銀に彩った当世具足がいたく気に入ったらしく、ここ最近はずっと着込んでくれている。

だから、悲しそうだったので。

直るという話をして、喜んで貰った。

後は、魔物の死骸を調べる。

体内を調べて見て分かるが。あの百足みたいなのは、やっぱり別の生物だとしか思えない。

それぞれが独自に消化器官をもっていたようなのである。

体内からは大きな魔物の死骸がわんさか出て来たが、酷く腐っていて出来れば長く触りたくは無かった。

人間の残骸らしいものは出てこなかったが。

それは此奴に対して接近を誰もが避けていたからだろう。

遠くからでも、此奴の脅威は一目瞭然だ。

だから、逆にそれで危険度は下がるのである。

少し休んでから、魔物の体内を探るが。

やはり出て来たか。

セプトリエンだ。

あのトレントもどきの体内から出て来たものと、ほぼ同質か。ただ、ちょっと調べて見る必要がある。

このセプトリエン、出来る仕組みが良く分からないのである。だから一つでも多く、調べておきたいのだ。

大事に荷車に積み込んでおく。

その他も、魔物の体を調べて、使えそうなものは回収。

そして、触手と口の辺りを切り取って、証跡とすると。後は全て焼き砕いてしまった。

セリさんが、辺りの調整をするといって。

魔物に蹂躙された森の修復を、植物魔術で行う。黙々と植生の調整をしているセリさんは、かなり機嫌が悪い。

この魔物が。森の生物とは思えない暴れ方で、森を破壊しまくったのが余程腹に据えかねていたのだろう。

まあこの人が、森とともにあるオーレン族で。

植物にとってはスペシャリストである緑羽の一族である事を考えると、それもなおさらと言える。

いずれにしても、凱旋と行く。

パティが加わった事で、更に戦力が増した。

それに、此奴との戦闘は、フォウレの里からも見えていたはずだ。此処までやったのなら、フォウレの里としてもあたし達を認めないわけにはいかないだろう。

これは楽観では無い。

ただの事実だ。

後は聖地になっている神木とやらに辿りついて。

そして、そこから。竜風に備えるための木材やらを、手に入れなければならなかった。

 

2、神木へ

 

触手と巨大な口の残骸を持ち込むと、フォウレの里の人々は皆一様に驚いていた。

以前似たようなのを一体、大きな被害を出しながら川に押し流して倒すのがやっとだった。

そういう話を聞くと。

此奴を正面から打倒したというのは、それだけ大きな事だった、と言える。

デアドラさんには、特に感謝された。

こいつの機嫌次第で、森の中に入れる範囲がかなり絞られるという話だったから、それも当然だろう。

ただ、回収した品は、どれも使えそうにない。

体内には頑強な骨らしいものもなかったし。皮だってこれはすぐに傷むだろう。そういう話をすると。

此奴を倒せただけで充分だ、という話をされた。

まあ、それならばそれでいい。

とにかく、次だ。

まずは、デアドラさんを中心として、神木に向かう面子を編成して貰う。その間に、あたし達は神木とやらへの道をもう少し掃除しておく。

あの巨獣が消えたことで、相当に魔物が混乱しているのが分かる。

それぞれが大慌てで縄張りを変えている様子だが。

幸いなことに、あたし達を見て逃げる魔物が出始めている。これはとても良いことである。

人間を舐めたらどうなるか。それを思い知らせる。

魔物と上手くやっていくには、これしかないのだから。

ただそれでも数度は戦わなければならない。

いずれも片付けて、フォウレの里に戻ると。既に戦士達が編成を終えていた。

荷車については、あたし達が使っている奴と共用でどうかと申し出たのだが、デアドラさんが首を横に振る。

自分達の道具を使わないと、こういう場合はもしもの時に納得出来ないそうである。

まあ、それならそれでいい。

見た所、フォウレの里の戦士達の装備はまちまちだが、長柄が多い。

これは恐らくだが、魔物を相手にした戦闘に特化しているからだ。

剣を使う戦士は、実の所それほど多く無い。

人間の武器で、もっとも優れているものは実の所槍であるらしいのだが。

魔物との戦いとなると、リーチが問題になってくるし。

剣が武器として好まれるのは、どうしてもシンボル的な意味が大きいらしく。

ただこう言う場所だと、そういう見栄も張っていられないのだろう。

相手は魔物。

人間の理屈には合わせてくれないのだから。

出立前に、一旦あたし達も傷の手当てと、体力の回復を挟んでおく。フェデリーカが限界臭かったので、栄養剤を渡すが。

死んだ目でこっちを見られた。

見られても困る。

とにかく飲ませて、次。

手を叩いて、皆の注意を集めて。それで軽く話しておく。

「目についた大物は倒しましたが、まだ密林には相当に強力な魔物がいます。 あたし達でどうにかしますが、最悪の場合でも散って逃げないでください。 生存率が爆下がりします」

「分かっている。 はぐれた奴から食われるのは基本だ」

「最悪の場合は、あたし達が殿軍になります。 撤退の判断はデアドラさん、お願いします」

「分かった。 いざという時は頼むぞ」

頷く。

そして、密林に。

地図を見た感じだと、もう神木とやらの側にまではいけている。後はデアドラさん達が案内してくれるだろう。

戦士達が驚嘆する。

「前は足を踏み入れれば即座に死ぬというほど危険な場所だったのに……」

「無駄口を叩くな。 いつ魔物が出るか分からないぞ」

「あ、ああ」

「デアドラと同じくらい強かった俺の兄貴も、一瞬の油断で死んだ。 それを忘れるな」

そんな話をしている。

デアドラさんは手練れらしく、黙り込んで周囲への警戒を欠かしていない。それでいい。あたしもそのまま、周囲を警戒しながら進む。

巨獣を撃ち倒した場所に。

セリさんが植生を整え直したが、まだ若干不満がありそうだ。

大雨。

あたしが熱魔術で熱ドームを作り出して、雨を防ぐ。皆驚いていたが、これはそも周囲への警戒を、クラウディアとクリフォードさんにしてもらうためにあたしが負担を買っているのだ。

「熱魔術の凄まじい使い手だと聞いていたが……」

「ライザ姉の熱魔術、こんなもんじゃないぞ。 何万も熱槍を集めて、それであのデカイ奴も倒したんだ」

「万だと……」

「あり得ない話ではなかろう。 それくらいの使い手でないと、あんな化け物を倒せる可能性は低い」

まあ、そう言ってくれるのは嬉しいが。

周囲を警戒して欲しい。

ボオスがやれやれと頭を掻いている。

何かの仇のように降り注いでいた雨が、ぴたっと止む。本当に意味が分からない。道は、大丈夫の筈。

タオがしっかり地図を見ながら先導しているが。

デアドラさんが、足を止めていた。

「此処にこんな倒木はなかったな。 やむを得ない。 排除する」

「私がやるわ」

「そうか、頼む」

路を塞いでいた倒木。

それを、セリさんが植物魔術で蔓を呼び出して、横に避けようとした瞬間。

倒木がいきなり動いて、暴れ出す。

これを乗り越えようとか、潜ろうとかした生物を、殺して喰らうための擬態か。

即座に皆で攻撃を加えて黙らせる。

此奴自体は大した魔物じゃない。

何かしらの触手の可能性もあったが。クラウディアの音魔術に引っ掛からなかった時点でそうではなかったし。

何よりクリフォードさんがセリさんに事前に魔物と、ハンドサインを出していて。

それでセリさんが、拘束していたのだ。

魔物そのものは、多分マンドレイクの変種だ。

体中に口がついていて。多分倒木だと思って下手に触っていたらがぶりとやられ。動揺したところを、全身を食い千切られていただろう。

切り刻んでばらしてみるが。

体内からは、人間の残骸は出てこなかった。まあこの辺りまで、人が入り込めてはいなかったのだろう。

「それにしても、道は消えていないんですね」

「……我々も理由は知らない」

「そうですか」

「ただ、不思議な話だな」

デアドラさんも、そう同意してくれる。

この様子だと、或いは験者は理由を知っているからも知れない。

マンドレイクのしがいを処分すると、更に奧に。

巨大な琥珀が左右に見かけられる。

「琥珀だね」

「確か樹液が長い年月を経て宝石になるんだよね」

「そうだよ。 此処まで大きいと、どうしたものかちょっと分からないかな」

「まあ、砕くと確かにもったいないかも知れない」

見ると、左右に林立している巨木は、大量の樹液を垂れ流しているようだ。

それには虫も集っているが。一歩間違うと、樹液に取り込まれてしまうのだろう。そして地面に落ちた頃には既に死んでいて。そして木の栄養になると。

この琥珀の山は、それなりに恐ろしい死骸の成れの果てと言う事だ。

クラウディアには悪いが、ちょっとあたしとしては美しいと喜ぶ事は出来ない。ちょっと樹液を調べて見る。

粘性が強く、これは回収しておくと役に立つかも知れない。

幾らか回収しておく。

「ライザ、これから琥珀を作れたりするの?」

「調べて見ないとなんとも言えないけれど、役に立つかも知れないからもっていく」

「何度見ても、なんでもありですね……」

「まったくです」

パティとフェデリーカが意気投合している。

やっぱり立場が近いと言う事もあって、気があうのだろう。

ただ、フェデリーカはあたしに対する畏怖を覚えているのに対して。

パティは畏敬を感じてくれているようだから。

ちょっと二人の考え方は違っているが。

皆で奧に。

見えてきたのは、木そのものが光っている不思議な木だ。強い魔力を感じる。

木そのものも巨大だ。フォウレの里から見えるはずである。

側で見ると、魔力の強さがよく分かる。

なるほど、神木と言われるのも納得だ。

「よし、皆、落ちている枝を回収する。 くれぐれも神木に手を触れるなよ」

「おう!」

「錬金術師殿、助かった! 此処までこられたのは、実に数年ぶりだ」

「いえ。 とにかく油断せずに。 帰路もです」

フォウレを回しているのは、結局の所戦士達だ。これはこれだけ過酷な場所に生きているから、仕方が無い事なのだろう。

セリさんが、じっと見ている。

目を細めているのには、何か理由があるのか。

「セリさん?」

「違和感が分かったわ。 これ、オーリムの植物よ」

「!」

「後で話しましょう」

なるほどね。

セリさんはこの辺りはスペシャリストだ。いずれにしても、あたし達が戦士達の護衛である。

側で様子を見ておく。

戦士達も、木材を選んで運ぶのくらいは自分でやるべきだと判断しているのだろう。この木は結晶化みたいなのを節々で起こしていて。その結晶部分が剥落して地面に落ちているようだ。

その落ちた部分を利用して、竜風とやらに備えるための頑丈な部品にするのだろう。

魔術的な媒体だから、それそのものが硬くなくてもいい。

大きさが充分にあればいいというわけだ。

やがて、荷車一杯に結晶化した木材を積み込んだデアドラさんが、撤収を指示。そのまま、あたし達が護衛して帰路を行く。

帰路も何度か魔物に遭遇したが、どれも大した相手じゃない。蹴散らして終わりだ。

ただ、あの巨獣がいなくなった隙が今はあるだけ。

大物が、この辺りに出張ってくる可能性はある。

油断はしない方が良い。

フォウレの里まで、皆を護衛しながら守り、アトリエ前で解散する。

戦士達が、ほっとした様子になるのを、デアドラさんは叱咤する。

「全員分の家に足りることは確認してある! だが、此処で木材を台無しにする訳にはいかない! 全員分に配り終えるまで、油断するな!」

「分かった!」

「仕方がねえ、もうひとがんばりだ」

「ライザ殿、感謝する。 とにかくこれで、竜風に対しての一応の備えは出来る」

デアドラさんに最敬礼を受けたので、あたしもそれに返す。

さて、そろそろ良いだろう。

明後日に、例の大口取引がある。

それに間に合った。

明日は魔物を駆逐して周り。明後日に備える。

それで、恐らくは準備が整う。

安全が確保されている以上。

まずは、状態を悪化させないで。事態を進展させることが重要なのだ。

 

翌日は苛烈な戦闘を幾つかこなしたが、死者は出さない。やはり前衛のパティが増えた事により、対応力が上がった。

パティにはディアンも刺激を受けているようで、見ていてかなり戦士としてのプライドがくすぐられるらしい。

魔物との戦闘でも、いつも以上に積極的に動いている。

あたしとしても、それは好ましいと思った。

競う相手がいて強くなる場合と、そうではない場合がある。

一人でやれるあたしみたいなタイプもいるが。

競う相手がいると、それでモチベが上がってどんどん技量を高めることに貪欲になる者もいる。

ディアンは後者だ。

パティは丁度良いライバルに思えるのだろう。実力的には、パティの方が一枚上手のようだが。

ともかく、魔物を仕留めて周り、アトリエに戻る。

流石にあの巨獣ほどの大物とは遭遇しなかったが、かなり危ない相手もいた。何度かひやりとさせられた。

密林の空気にはなれ始めているが。

まだ油断は出来ない。

アトリエに戻ると、手を叩いて。皆を集めて相談と行く。

いよいよ明日だ。

「では、事前の準備。 ディアン、見張りのスケジュールは掴んでる?」

「ああ、問題ない。 基本的にアンペルさんもリラさんも、酷い事はされていない。 軟禁はされているが、それだけだ。 軟禁されているのに、アンペルさんは何か研究しているらしいぞ」

「あの人らしい……」

ボオスが呆れる。

ボオスは元々、クーケン島でのアンペルさんに対するつるし上げ事件の実行犯でもあった人間だ。それもあって、前に一度正式に頭を下げて謝っているのを見た。

もうアンペルさんは気にしていないようだったが。

それでも、色々思うところもあるのだろう。

当時のボオス程度ですら、そういう事が出来るほど隙があったという意味もある。事実アンペルさんは人間世界に対して殆ど興味を失っているような所があるので、身を守ることに無頓着なのだ。

それに研究者としては、アンペルさんは若干マッドな所があるのも事実ではあるので。それで良く平気だなと思っているのかも知れない。

「作れそうな時間は」

「それほど長くない。 それと、意図的に開けられている場所がある。 多分其処には罠があると思う」

「なるほどね……」

「ただ、そうでない、見張りがついているけれど、人手が足りなくなる時間帯があって。 その時に、クラウディアさんの音魔術で会話を出来ると思う」

頷く。

それでいい。

クラウディアの音魔術の効果範囲は、ディアンも把握している。クラウディアの音魔術がどれだけ強力で、更には射撃にも利用できているかは、ディアンも分かっているのだ。ディアンは難しい理屈を覚える事は兎も角、戦闘能力や技術の向上にはとにかく貪欲で、学習も早いのである。

他人の良い所は素直に認めて、どんどん自分にも取り込んでいく。

この子もまた、恐らくいずれは上に立つ人間だ。

もう少し人間として円熟したら、里長……験者か。その候補になるかも知れなかった。

ともかく、悪巧みは早めに切り上げる。

このアトリエは素材などを工夫して、音が外に漏れないようにしているが、それでも里の人間の一部はまだ此方を警戒している筈だ。

あたし達をある程度信じてくれた層もいるが、それでもやっぱり頭が硬くなってしまうと、思考の柔軟性が何処かに行ってしまうのである。

だから、全員は信用できない。

最大限、リスクは減らさなければならなかった。

 

験者は、デアドラをさがらせると腕組みしていた。部屋には一人。これから工房で、機具を作る。

まだ種はある。

機具の材料もある。

だが、機具はそもそも、先祖から伝わったものであり、色々なものがあるのだが。同時に多くが欠落もしている。

先祖は長い間、流浪の民だった。

迫害をされても来た。そして古代クリント王国の時代が、一番の冬の時代だった。自国民以外は全部奴隷。場合によっては資源。そんな風にしか考えていない王国でも、辺境はあって。

そういう辺境には、フォウレの民のような流れ者が多くいて。ずっと身を潜めて、「繁栄の時代」とは名ばかりの、圧政の時をやり過ごすしかなかった。

古代クリント王国が破綻して、大混乱の時代が来て。

それがかろうじて纏まった頃には、人間は致命的に数を減らしていて。魔物が大暴れして。手に負えなくなった。

そんな中、辺境に散っていたフォウレの民は、誰がいうでもなくこの地に戻って来た。

迫害の歴史を老人達はずっと語り継いでいて。必要な機具についての知識を忘れてしまっている者も多く。

それが今を生きるフォウレの民にとって、どれだけの向かい風になったか分からない。

験者は若い頃には各地を旅して、そういったフォウレの民の生き残りを探した。

他の民とすっかり溶け込んでいる者も多かった。それらの者も、機具についての断片的な知識を持っていることが多かった。それらを集めて、どれだけ験者がフォウレの里のために貢献したか分からない。

しかし、フォウレの民は、もとの住処に戻れずにいる。

もはや魔物の巣と化してしまった、住処には。

それにあの住処は、古代クリント王国よりも更に古い時代に追われてしまい。色々と変えられた。

今や殺戮兵器すらもが住み着いていて。

そこに入る事は、ほぼ不可能になっている。

種拾いが覚えるのは、それら殺戮兵器の稼働していない場所。そこを掘り返して、種を見つける。

それしか出来ないのだ。

こそこそと魔物の目を逃れ、神代の兵器の目も逃れながらの探索。

危険すぎるから警戒装置をつけてはいるが、それも基本的に反応しっぱなし。だから人間が入った時だけは分かるようにしてある。

その警戒装置だって、壊れたらおしまいだ。直せない。

験者がこの里に戻ったとき。

既に血がよどみきり。

技術も失って。

滅び行こうとしている民だけが残っていた。

だから機具を売ることを考えて。必死に血を入れ替えたのだ。よそ者を排除せずに、むしろ積極的にも受け入れた。

験者はそれを老人達に反対されたが。

体がおかしい子供が増えていることを何度も説明して。このままだと滅びる事を何度も説明して。

そして何よりも、竜風で何度も追い立てられていることを思い出させて。

やっと、里はある程度外に対する警戒を解いてくれた。

実の所、験者はアンペルという錬金術師の事をそれほど憎んではいない。錬金術師というとどうしても苦い思い出があるのだが。

それはそれとして、あの錬金術師は別にフォウレの里に害を為そうとしていないことは、聴取して分かっていた。

だが、拳の振り下ろしどころがないのだ。

だから、何度か話をしにいった。

フォウレの里の人間が納得する取引材料を作る。そうアンペルが言ったのを聞いて。分かったと答えたのは。

殺すべきだとか噴き上がっている老人達を抑えるのにも、そうするしかなかったからである。

今、来ているライザという英傑。

超世の英傑というに相応しい存在だが。

あれは恐らく、アンペルに何かしら関係しているのだろう。ディアンとアンペルが仲良くしていたことは、験者も知っている。

験者としても、それは分かった上で放置している。

デアドラはその辺りを不審に思っているようだが。

少しでも里をよくして、生き残る事と未来を考えたい。それが験者の考えなのだ。

ディアンはずっと文句を言う。

フォウレの里は、閉じこもっていていやだ。やってはいけないことだらけだ、と。

分かっている。

ディアンは験者やデアドラの事は嫌ってはいない。

むしろ尊敬している相手が、現状に妥協してしまっているのが許せないから暴れている。

それも分かっている。

だからこそに、超世の英傑がやってくれる事に賭けたいのである。

わざと村の主要な面子をつれて、取引に行くのもそのためだ。

あのライザという娘、まだかなり若いが、そのやり口の巧妙さは世界を回ってきた験者でも舌を巻くほどだ。

恐らくは、こんなお膳立てをしなくても、落としどころを見つけてくれるだろう。

此方としても、ライザが満足する所で妥協するつもりだ。

ライザも或いはだが。

験者がある程度わざとやっている事を、見抜いているかも知れない。

あの娘の武力だったら、フォウレの里なんてそれこそ瞬く間に滅ぼす事が出来るはずだ。それをしないのは、或いは。

まあいい。

ともかく、準備を進めておく。

今度の取引が重要なのは事実だ。

漁村と農村。鉱山の村。

これらで連携していかないと生きていけない。数年前からのこの近辺限定での魔物の大攻勢で森に入れなくなってから、更にフォウレは貧しくなったが。

その大攻勢だって、フォウレを支えていた戦士達が立て続けに戦死したのが原因で。ずっとフォウレは綱渡りを続けて来たのだから。

里の古老達が意見をしに来たと言うので、話を聞きに行く。

老人達が文句ばかり言うのも承知の上。

とにかく今は。

里を守るために、験者はできる事を全てやらなければならない。それには、時に全てに嘘をつく事も、必要なのだった。

 

3、鉄格子ごしの再会

 

フォウレの里の主要な面子が、あらかた出かける。それで明確に隙が出来た。

漁村の方でも、フォウレの里の機具と森の幸については有り難くいただいているのである。

農村からもかなりの人数が出るらしい。

実はあたしも出てほしいと言われていたのだが。

その代わりボオスが出る。

ボオスはあたしの地元の次世代当主だという話をして。代理としては申し分ないことを既に周囲に話してある。

更にはフェデリーカにも出て貰う。

フェデリーカは陰謀の類は好きではないだろうし。

何よりも、サルドニカのトップだ。

これも既に話は通してある。

サルドニカのトップすら連れ回している。

そういう話を聞いて、最初はまさかと思ったフォウレの里の人間もいたようだけれども。フェデリーカが色々と証跡を見せて。

それで納得させた。

ついでに護衛としてレントとクリフォードさんとパティも出て貰う。

パティも王都の貴族令嬢だという話はしてある。

これだけの面子が揃っていることに、フォウレの里の面倒くさそうな老人達も流石に戦慄したらしく。

少なくとも、面と向かってあたしの文句は言えなくなった。

いくら何でも面子が凄すぎると疑念を最初を浮かべた可能性が高いので、だから実績を積んでからこういう面子だという話をして。

それで納得させたのである。

魔物を多数仕留めたのは、凄い面子が揃っていたから。

実際には違う。

順番が逆だ。

フェデリーカは職人としては一人前だが、戦士としてはまだまだだし。

パティは貴族令嬢というよりも、前線で命を張る純粋戦士としてのヴォルカーさんに鍛えられたから立派な心を持っている。

強いから偉いのではなく。

たまたま、あたしが関わった人間が、あたしと一緒に強くなった。

それだけの事だ。

フェデリーカが最初から偉くて強かったら。そもそも一緒についてくることはなかっただろう。

元々フェデリーカはサルドニカの二大勢力の傀儡に過ぎなかったし。

パティだって、あたしに会わなかったら、きっと王都で燻っていて。タオと婚約することもなかっただろう。どっかの適当な貴族に嫁がされていたのは、ほぼ間違いないとみて良い。

勿論あたしだって最初から戦力があったわけじゃない。

その辺の戦士以上の実力がある自信はあったが。

元々あたしは農家の娘で。両親共に普通の農民だ。

先祖を辿れば凄い戦士がいたというようなことも聞いていない。仮にあったとしても、あたしはその遺産で強い訳でもない。

貴種流離譚みたいなのが世の中では人気かも知れないが。

そんなものは大嘘なのである。

ともかく。戦力の大半を分けて、あたし達は今日は一日休みという事にする。

セリさんはずっとアトリエの側で薬草を栽培していて、今回の行動には関わらない。

タオもフォウレの里の人達とは関わらず、今日は日の当たる所でずっと読書をしていてもらう。

無論これらは陽動である。

あたしはタイミングを見て、クラウディアとディアンと一緒に動く。

クラウディアは音魔術での会話をするための係でもあり。書記でもある。

話す内容については、既に決めていた。

ディアンが呼びに来たのは、昼の少し前だ。

とにかく警備の人員が少なく、人がいなくなるのは実はこの時間だ。夜になると、むしろ警戒が厳しくなる。

何より験者はかなりの使い手である。

どんな風に話が漏れるか分からない。デアドラさんもそうだ。

この二人がいるだけで、失敗の確率が跳ね上がるのだが。

幸い二人とも、今は出かけている最中だ。

陽動に動いてくれている皆に感謝しつつ、あたしも動く。

験者屋敷の裏手。

その一角で、クラウディアが音魔術を発動。

事前に調べてあるが、此処は里からの死角になっている。

その分普段は警邏の巡回の道中にあるのだが。

今はそれも、昼飯で場を外している。

そして何より、今回は重要な会議であり。

更にあたし達がフォウレの里の警備で控えているという油断がある。

あれだけの魔物を仕留めて、更には小山のような、里ではアンタッチャブルになっていた巨獣まで仕留めた。

それもあって、戦士達は明らかに油断している。

その隙を突く。

ただ。どうも妙だ。

この隙、意図的に作られたものではないか。

まさかとは思うが、あの験者さん。

いや、それについてはいい。ともかく、今は悪い方の勘を想定して動く。ただ、問題が起きたときに警告してくるフィーが、懐でずっと大人しくしている。

だからあたしはそのまま、計画を動かしていく。

クラウディアが頷く。

音を届けられるということだ。

あたしは、呼びかける。

「アンペルさん、リラさん」

「ライザか。 わざわざすまないな。 近場に門がある事がほぼ確定していて、動くに動けなかった」

「あたし達を呼んでくれれば行ったのに」

「其方でも色々あったんだろう。 門の状態だけでも確認しておきたかったんだ」

まあ、言いたいことは分かるが。

もう少し弟子を信用して欲しいものである。

それだけの実績は積んできたつもりだが。

ともかく、話を続ける。

現在、アタックしている「扉」について。

神代の、かなり古い時代のものであること。扉を開けた先に、多数の錬金術師の夢の跡が散らばっていたこと。

更には、恐らくだが、神代に作られた兵器としての魔物が邪魔をして来ていること。

それらを順番に話す。

エミルと言う錬金術師が来ていたらしいと言う話もすると。

アンペルさんは食いついていた。

「エミルだって!」

「アンペル、声を落とせ」

「……すまない。 ライザ、先に出るための打ち合わせをする。 まずライザ、お前は門の状態を確認して欲しい。 フォウレの里で「種拾い」を行っている古城の内部に門は確定である。 これはリラが確認済みだ。 オーリムの植物があるのをな」

「なるほど。 実はセリさんが、この辺りから此方に来たらしいんです」

セリさんにしても、五百年以上前の話だ。

わざわざ覚えていないのも、仕方が無いのかも知れない。こっちの世界なんて、それこそどうでも良いだろうし。

オーリムの人……オーレン族からすれば普通はそうだ。

好き放題に侵略を重ねて来た此方の世界の人間の集落なんて、いちいち覚えて何ていないだろう。

「行き違いも過ぎるな。 良く聞いてくれ。 城の中には自動で警備する機械のようなものがあって、普段は魔物の反応ばかりで殆ど見向きもされていないが、人間が来た時だけは反応するようだ。 我々もそれに引っ掛かった。 探知のシステムは恐らくは魔術によるもので、人間の体熱を感じ取っているようだ」

「体熱ですか」

「そうだ。 人間の体熱はかなり特徴的で、他の魔物とは違う。 更に体熱の形状も感知できるようだ。 それを誤魔化さないと、城の奧へと進む事は出来ないだろう。 この装置は見て覚えた。 無力化する手段は……」

幾つかの話を聞く。

なるほど、「感知できる方向」があると。

そうなると、その装置の裏側からいかないと多分無理で。更には何かしらの方法で、熱探知を誤魔化す必要も生じるわけだ。

分かった。それだったら、やるべき事は幾つかある。

「それが分かれば対策できます」

「だろうな。 私は初見殺しに見事に引っ掛かった。 神代の装置がこうも保全されている場所は、滅多にないんだ。 更に厄介な事に、この里の人々は、神代に錬金術師とは違う方向の系統から技術を継承してきたとみて良い」

「……」

「既に聞いていると思うが、集めてくる種にも、彼等が作っている機具にも問題がある。 まずは城で種を集めて来てくれ。 それで種を改良する事で、恐らくは信頼を得られる筈だ。 私は機具そのものを改良する研究をしている。 技術が歯っ欠けになっていて、どうしても耐久性に問題が生じているんだ。 私の方でそれを直せば、交換条件として表に出られるはずだ」

両面作戦か。

アンペルさんは、既にほぼ研究を完成させているそうだ。

あたしも頷く。

ただそれには、まずは種の現物を見つけなければならないだろうが。

「フィー!」

懐のフィーが警戒を促してくる。

そろそろだな。

あたしは、ではまた来ると言い残して、その場を離れる。ディアンは不思議そうな顔をしてついてくるが。

暇そうな戦士が戻ってきたのを見て、ぎょっとしていた。

もう少し話し込んでいたら気付かれていただろう。

眠らせることは簡単だが。

記憶を消すのは難しい。

アトリエに戻る。その間、クラウディアは音魔術で気配を消すことに注力してくれていた。

アトリエの内部に入ると、それでやっと音魔術を解除。

フィーが懐から出て来て、周囲を飛び回る。

リラックスしたのだろう。

「ありがとフィー。 助かったよ」

「フィー!」

「フィーもすげえな! あの戦士、気配を消す隠行がかなり上手くて、俺も気付けなかったのに」

「この子は賢いし色々出来るんだよ。 会話くらいは理解出来ているから、迂闊な事はいっちゃだめだよ。 汚い言葉とか覚えさせたら許さないからね?」

ひっと悲鳴を上げると、こくこく頷くディアン。

まあ、それはいい。

ともかく、これで幾つも分かった。

ほぼ確定したが、エミルはアンペルさんの知人だ。同一の名前の別人物の線もあるが、百年ほど前には錬金術師の数が極端に減っていたこともある。

クラウディアの話によると、現在も少数だけ錬金術師を名乗る人間はいるという事だが。その殆どが、まともに薬も作れないという事だ。

そうなってくると、百年前に集められた錬金術師達は最後の精鋭だった可能性が極めて高く。

それらが何かしらの形で全滅した結果、錬金術はこの世からほぼ絶えたのだ。

それはこの世界で錬金術師が。いやオーリムでもか。働き続けた世界に対する陵辱そのものから考えると、ようやく来てくれた結果だとも言えるが。

錬金術そのものには罪がないことを考えると。

色々と複雑な気分でもある。

ともかく、話をまとめておく。

種拾いをする城に、出向く必要がある。

ディアンの他にも何人か種拾いの要員はいるらしく。それで魔物がいなくなった今、種を集めたいということだ。

ならば、危険範囲を避けつつ、種を拾う必要もある。

同時に、門の状態も確認したいが。

「ライザ姉、その探知する装置っての、俺分かるかも知れない」

「それは有り難いね。 種を拾う範囲にもあるの?」

「ある。 というか、フォウレの里の人間が種を拾いに行くのはそれぞれ決まった時間に里の許可を得てやっているんだ。 城の中も魔物だらけだからな」

「なるほどね」

そのタイミングでの人間の探知なら大丈夫、なのか。

いや、違うな。

恐らくだが、そんなものを未だに監視していると言う事は、何かしらの理由があると言う事だ。

「何かそんなものをまだ監視している理由に思い当たる節はない?」

「分からないけど、城の奧には主がいるらしいって聞いてる」

「主……」

「前に種拾いが皆殺しにされた事があったらしいんだ。 しかも、その主は荒れ狂って、しばらく城の中に立ち入りが出来なくなったらしい。 そういう事もあって、絶対にそこからは立ち入るなって話になったらしくてさ」

歯がゆいと、ディアンは言う。

確かにそいつは明確な害獣で、それを怖れているのではフォウレの里はいつまでも逃げ腰になるだろう。

とはいっても、今みたいな戦力が揃っているケースの方が珍しいのである。

ディアンは血気盛んで。

何でも出来る全能感に包まれている年頃かも知れないが。

大人になってくれば、それが如何に無謀なのか、分かってくるのでは無いかとも思ってくる。

験者を全面的に擁護するつもりは無いが。

まずは、皆と話して、それで落としどころを作るべきだろう。

後は一旦解散とする。

以降の話し合いは、皆が揃ってからだ。

あたしは色々と、ここしばらく得た素材などの確認をしておく。幾つも、調べるべきものはあったからだ。

ディアンは村に出て、子供達の相手をする。

アトリエ内部での打ち合わせについては絶対に話すな。

そう釘を刺してあるので、ディアンも口を滑らせる事はないだろう。

ディアンは不満があるからそれを口にはしているが、実の所本当の意味でのクソガキではない。

本当の意味でのクソガキになってくると、意味もなく暴力を振るって他人のものを壊して回ったり。

ただ面白いという理由で火をつけて回ったり。

他人を殺して回ったりする。

そういうものだ。

あたしの同年代にはそれはいなかったが、二つ上の世代のクーケン島にそれがいたらしく。

まだまともだったころのザムエルさんが、斬り捨てたらしい。

最後まで面白かったからやったとかほざいていて。

しかも口から泡を吹きながら、獣みたいにわめき散らしていたという。

そういうのが現実としていることを考えると。

しっかり考えているディアンは、まともな方だ。

調合をしていると、皆戻ってくる。

デアドラさんが、アトリエに来て、何かあったか確認してくる。あたしは何も特には問題が無かった事。

相談したいことがある事を告げると。

夜に来て欲しいと言われた。

やはりだが。

験者は知っていて。

デアドラさんも、それを共有しているのかも知れなかった。

 

夜になってから、あたしとボオスとクラウディアで験者屋敷に出向く。

夕食はパティとフェデリーカに任せる。パティは料理はあまり得意ではないのだが、まあ斬ったりするのは出来るので。

フェデリーカは料理は出来るが、力仕事はあまり得意じゃない。

とりあえずそれほど話すのに時間は掛からないと告げてあるので。

戻って夕食が出来ていなかったら、クラウディアが手伝うようだろう。

験者屋敷に入ると、老人が数人いたが。あたしに礼をして出ていく。前に、子供の仇を代わりに討った老人だ。

あたしも笑顔で送る。

出来ればいい関係は構築して、そのまま維持しておいた方が良いだろう。

験者は既に夕食を取ってきたらしい。

また、ボオスからちょっと聞いたが、話については基本的に既に皆で先に決めていたらしく。

ほぼ問題も無く進行したらしい。

あたしが魔物を片っ端から駆逐したこともあって、漁村も農村も精神的な余裕が出始めており。

それぞれ足りない物資についてはまとめる事もできていたし。

それを交換する事で、問題なく話は進んでいったそうだ。

験者も、それはある程度精神的に余裕はあるだろう。

機嫌次第で態度を変えるようなアホもいるが。

この人は、それについても違うとは言えるが。

「ディアンの種拾いに同行してもいいですか」

「随分とまた、急な話だな」

「いえ。 フォウレの里の皆に聞きました。 種について役に立てると思います」

「……君達がしてくれた事を考えると頼みたいのは山々だが、里の皆がその話を聞いたら、一気に態度をひっくり返す可能性がある」

まあそうだろうな。

ディアンがいたら噴火していたかも知れない。

そう思う。だから、あたしは連れてこなかった。

あたしは順番に説明をしていく。

「種について聞きました。 動力源として土に埋まっているものを拾ってくるらしいですね」

「うむ、それくらいは情報があるだろうな」

「ただ品質にばらつきがあって、拾ってきた時にまともな状態ではないものもあるとか。 機具にセットして使っていると、消耗もしていくとか」

「……その通りだ」

頷く。

そしてあたしは、咳払いした。

「使えない種を、使えるようにしますよ」

「何……」

「勿論現物をみないと何ともいえません。 ただ、場合によっては出来る可能性がある、とだけ言っておきます」

験者の心が動くのが分かる。

それはそうだろう。

フォウレの里は、テクノロジーという観点では王都より上だ。それが歯っ欠けで、資源が欠けていると言うだけで。

更に言えば、種が尽きれば、いずれそのテクノロジーも失われ。密林の中で暮らすだけの閉鎖的な一族だけが残るだろう。

そうなってくると、農村や漁村、鉱山街との連携も出来なくなり。

いずれ血が濃くなりすぎて自滅する。

フォウレの里の老人に聞かされた。

流浪の旅を何十世代も続けて来たのだと。

その話は恐らく嘘では無いだろう。

だが、流浪の旅を続けていたからこそ。フォウレの里の人々は、血が濃くなりすぎるのを避ける事が出来たのだ。

今はその流浪の旅が終わってしまったから。

また血が濃くなりすぎて、破滅する未来が来ようとしている。

験者はそれを避けるべく動いているとみて良い。

だから門外不出の機具を売っている。

「確実に出来るとは言いません。 でも、やってみても良いでしょうか」

「……そうだな。 君達のやってくれたことを考えると、賭ける価値はあるだろう」

「その様子だと、まだ何かありますか」

「里の皆を説得する時間が欲しい。 その間、絶対に余計なもめ事は起こさないでほしいのだ」

なるほどね。

何となく分かった。

この様子だと、やはり験者はあたしとアンペルさんが既に接触したことを知っているな。

だとすると、フォウレの里でも禁則とされている、城の奧に行く事は避けて欲しいというわけだ。

ディアンと一緒に種拾いに行くのは構わないと言われた。

ただ、と験者は言う。

「実は、元々種は土に埋もれていたものではなかったのだ」

「え……」

「元は城の中の一角に積み上げられていたものを、少しずつ使っていた。 それらがなくなって、土から掘り出すようになった」

「……」

考え込む。

そうなってくると、一体その種というのはなんだ。

どうにも色々と理解出来ない。

そもそもどうして「種」と呼んでいる。

機具を動かすにしても、その中枢部分については説明も受けていない。

アンペルさんは、恐らくそれを理解したとみて良い。あたしもまずは其処からと判断するべきか。

「貴重な外貨の入手法でもある機具の外への販売、更には出向いてのメンテナンスがフォウレの生命線だ。 外の血を入れないと、もうこの里はもたない時が来ている。 種が安定して入手できなくなると、それは加速するだろう。 ライザ殿。 ともかく、説得はするから、その間無体なことはしてくれるなよ」

「分かりました」

「里の老人には、貴方に感謝している者も多い。 それでも説得にはまだ数日はかかるだろう。 それだけは、把握しておいて欲しい。 くれぐれも早まった真似はしてくれるなよ」

頷くと、最敬礼してその場を後にする。

アトリエに戻りながら、軽く話す。

ボオスも、頭を掻いていた。

「ライザは完全に鬼札になりつつあるな。 俺らの常識的な範囲内で、できない事が思いつかないぜ」

「そんなことはないよ。 できない事はたくさんある。 もしも何でも出来るなら、殺された里の人達をみんな生き返らせるとか、やれただろうね。 それに……全能を気取ってた神代の錬金術師だって、それは同じ筈だよ。 もしも全能だったら、彼等は不老不死になっていただろうし。 何よりこの世界、こんな無茶苦茶になっていない」

「それもそうか。 お前も、昔と違って色々考えているんだな」

「ふふ、もうすっかり仲良しだね」

クラウディアがそうくすくすと上品に笑った。

後は、アトリエの中で話す。

種拾いに行く。

そう告げると、ディアンは跳び上がって、待ってましたと言うが。

ただ、こなす事が幾つもあるという。

「まず問題なのが、城の正面にも警戒装置があるってことなんだ。 験者様が問題を起こすなって言ってたって事は、城の正面からは入るなよって意味だ。 そうなると、湿地帯を突っ切って、城の裏手に行くしかない。 城の裏手に行くまでに、かなりの魔物と遭遇するはずだ。 あのとんでもなくでかくて強い奴も、多分縄張りにしてる」

「そうなると、またあんなのと対戦しなければならないわけだ。 ちょっとしんどいかも知れないな」

「いずれにしても、民に害なす害獣です。 斬り捨てましょう」

パティがそう言うと。

頼もしいとあたしは思った。

好戦的なのではない。

パティはちゃんと最前線に立ってそれを成し遂げる。

それにあの巨獣。

倒した奴もそうだったし、大人しいもう一体はともかく。残りの一体も、自然を確実に逸脱した存在だと判断して良いだろう。

だとすると、いずれにしても始末は必要になってくる。

人間が強かった古代クリント王国の時代までは、人間が森に仇なす害獣だったのかも知れない。

しかし今では、どういうわけか繁殖している奇怪な強力すぎる魔物が、そうなってしまっている。

或いは、今度こそ森と人が仲良く出来る好機が来ようとしているのかも知れないが。

まだそう言い切るのは早いか。

地図をタオが拡げる。

皆が集中した。

「まずは、城の正門に近づけないにしても、見るだけみておこう。 それで様式とか、いろいろ分かるかも知れない」

「おう。 タオさんはそういうの凄く詳しいな」

「僕はまだ実地に足を運び切れていないかな。 実物を見ているという点ではクリフォードさんの方が上だよ」

「はは、そうかもな。 未来の大学者にそう言われると、ちょっと照れくさいぜ」

頷くと、続ける。

まずは城の正門への道を確保する。

そして、その次だ。

タオが、森の地図を指で辿る。まずは森を抜けて、湿地帯まで出る。そこにいる魔物を始末して、先に。

湿地帯は色々とあるらしく、フォウレの里の人間も殆ど足を踏み入れないらしい。

狼の魔物も出るという。

あのフェンリルだかの同種の可能性も高い。同じかそれ以上の戦闘力を持っているとすれば、油断は出来ないだろう。

何より、大型の巨獣の事もある。

奴の戦闘力は文字通り次元違いだった。

あれも今回の調査で、駆除してしまう他には無い。

「森の奥に行くほど魔物が強いと言うような事はないと思うけれども。 それでも、注意するに越したことはないだろうね」

「それに、種も拾いに行く、か」

「そうなるね」

レントが懸念しているのは、現地のコンディションだ。

魔物だらけになっているのはほぼ確定だろう。

ただディアンが言うには、裏手から入る分には問題が無いらしいし。何よりも魔物を駆逐すれば。種をおおっぴらに回収出来るようにもなるそうだ。

ディアンも種拾いなので、何度も種を拾いに行ったそうだが。

ディアンが拾いに行った頃には、既に土の中に埋まっているのが普通だったのだとか。

そうなると、機具を昔は種が尽きるまで使い捨てていたのだろう。

贅沢な使い方をしていた、と判断するべきなのかも知れない。

セリさんが疑問を口にする。

「しかし妙な話ね。 恐らく門を私が通ったときには、その主とやらと遭遇しなかったし、何かしらの動力らしいものも存在しなかったわ」

「セリさんはそういえば、なんで古いことを知っているんだ?」

「そろそろ話すかな。 この世界の隣にはオーリムって世界があって、セリさんは其処の住人オーレン族なの。 オーリムには今フィルフサって危険な魔物が……フォウレの近辺の森の魔物が可愛く見える程危険な魔物が大繁殖していて、その事態には五百年前の古代クリント王国が関わってる。 それ以前の神代の錬金術師も関わってる可能性が高い」

いきなり疑うのではなく。

すげえとディアンは受け入れる。

色々面白い子である。

「それで爪の生え方が違ったり、手に羽毛があったりしたのか!」

「そういうこと。 怖くなった?」

「いや、セリさんはすげえ植物魔術の使い手だし、薬草の知識もすげえ! だから尊敬する!」

「ふふ、ありがとう」

セリさんも、少しずつ笑顔が増えているか。

ディアンについては、それほど悪くも思っていないようである。

咳払いすると、説明をしておく。

「あたしもアンペルさんもだけれども、フィルフサがこっちの世界に来ないように、門を探しては封じて、出来るようならフィルフサを潰して回ってる。 セリさんが通った門が、城の中にあるのはほぼ確定でね。 今も安全か分からないから、確認をしておきたいんだよ」

「そうだったのか。 アンペルさんもリラさんも、どうして必死になってて、捕まってまで調査をしようとしていたのか、やっと合点がいった!」

「里の皆には話してはダメだよ」

「おう!」

よし、これでよしと。

問題はこの次だ。

まだ分かっていない事がある。竜風という災害についてだ。

門が原因で竜風が起きるというのなら。今までクーケン島などでそれが起きていないのはおかしい。

或いは今までは起きていなかっただけで、今後起きる可能性もある。

いずれにしても、徹底調査が必要になる。

それは分かりきっているから、あたしもそれらについては調べて行かないといけないと考えていた。

ともかく、順番にやる事を決めると。

それで今日は切り上げる事にする。

あたしもちょっとだけ調合をして、調整をしておく。

実戦投入している爆弾は幾つかあるのだが。どれもコストが違ってくるので、それぞれに使うタイミングがある。

四っつの爆弾を合成したツヴァイレゾナンスはここぞと言うときにしか使えないほどコストが重いのだ。

増やすのに膨大なジェムがいる。

また、火焔氷風雷撃それぞれの爆弾の上位版であるものも、それぞれの特化火力については、ツヴァイレゾナンス以上になるように調整しておきたい。

あたしも錬金術をはじめて四年だ。

アンペルさんは天才天才と言ってくれるが。

自分が天才だなんて思っていない。

実際問題、あの扉は攻略できていないし。

色々世の中には分からない事だって多いのだ。

風呂に入って、後は切り上げる。頭を使う時間は、ある程度で抑えておいた方がいい。

既にアトリエは薄暗くなっているし、フィーも懐で眠っている。

これ以上遅くなると明日の朝にも響く。

明日からも、かなり厳しい状況が続く。

あまり体力を消耗する事はしていられなかった。

 

4、その古代の城門は

 

森を突っ切る。今回は、事前に城に行けるかどうかだけ確認すると験者に話してあるので。

城門を潜りさえしなければ、問題にはならないだろう。

安全を確保できたら、種拾いを開始できるかどうか、フォウレの里で判断する事になるのだろう。

色々手間も多いが。

ただ、城の中にはわんさか魔物がいるという話だし、それもまた仕方が無いのだろうとは思う。

まだまだ森の中で魔物が仕掛けて来るが、その全ては基本的に蹴散らして行く。森の魔物の強さや性質には慣れてきたが、やはりかなり危険だ。

真上から、多数の棘みたいなのが降ってくる。

クラウディアが即応して、殆どを叩き落として。

残りはレントとクリフォードさんが弾き返していた。

遠距離から、曲射して来ている。

あたしは跳躍して、今の曲射から、相手の居所を探し当てる。

なるほど、いた。

中空から、熱槍を叩き込み、爆破。燃え上がるそこが、魔物のいる地点だ。

着地すると、其方へ疾走。

途中で雑魚が数匹いたが、全て蹴散らす。魔物は基本的に全部潰す。それくらいしないと、この辺りの魔物は、人間を舐めきっていて、危険極まりないのだ。人間を怖れて貰わないとまずい。

見えた。

マンドレイクかなと思ったが、違う。

巨大な丸っこい魔物で、背中に多数の棘が生えている。恐らくは今の精密曲射で獲物を仕留めて。

その後に、ゆっくり食べるのだろう。

足は多数生えていて、頭はとても小さい。

動きは鈍重だが、体中が鱗で覆われていて、装甲はとても分厚そうだった。

雄叫びとともに、レントとディアンが同時に仕掛けるが、魔物はそれを正面から受け止め、弾き返して見せる。

これは、硬い。

魔物は文字通り丸くなると、転がって逃げだそうとするが、そうは行くか。

あたしが先に投擲した冷気爆弾が、魔物の行く先に壁を作る。

氷の壁にぶつかった魔物が、必死に右往左往するが、その時には既に、レントが力を溜めきっていた。

踏み込むと同時に、渾身の唐竹の一撃を叩き込む。

魔物の装甲も、これには絶えきれず、大剣が食い込んでいた。

力任せの一撃ではない。

太刀筋としては普段と同じ。

相手をどうすれば切れるかを見極めた上で、渾身の一撃を叩き込む大技だ。理論的には出来そうなものだが。

勿論簡単にできるものじゃない。

ぎりぎりと刃が食い込み、鮮血が噴き出す。

その食い込んだ刃に、跳躍したパティが完璧な突きを叩き込む。それで、魔物が鋭い悲鳴を上げて。

やがて、動かなくなっていた。

魔物を解体して、鱗を剥がして調べておく。この鱗、金属を含んでいる。前も見たことがあるような生態だ。多分金属を食べる事で、この鱗に含有させ。装甲を強化しているのだろう。

他にも魔術で装甲を極限まで強化しているとみて良い。

本来は防御にほぼ全振りしている魔物なのだろうが。餌を採るために、攻撃的に体を適応させた。

そういう存在なのだとみて良さそうだ。

興味深いといいながら、タオが魔物をばらしながらもメモを取っていく。その間、周囲を警戒。

ディアンももうバラすのには参加して貰う。

覚えると手際が良くて。すぐに教える事もなくなりそうだ。

フェデリーカはその間に火を焚いて、肉の燻製を作る準備をしている。なお、この魔物は。ディアンも見た事がないらしいので。持ち帰った後に、肉を分析してから状況によっては食べる事になる。

寄生虫がいる可能性は高いし、病気を持っている可能性もある。

何より肉に毒がある可能性が極めて高い。

だから、しっかり未知の魔物は調査してから解体して食べるのだ。

腹の中から出て来たのは、これは人間の残骸じゃないな。

恐らくだが、この辺りに人間が来ること自体が久々と言う事だ。今の初見殺しはかなり危なかったし。

とにかくこの先も、気を付けて進まなければならないだろう。

何度か魔物を仕留めて、それで道を作る。

城門に辿りついた、とみて良いだろう。

城の前には、かなり広い空き地が出来ていて、木が全く生えていない。それどころか、それなりに綺麗な小川があって、橋まで掛かっている。橋を調べるが、これは神代のものだと一目で分かる。

タオが特定していた。

「これはすごい。 1300年以上前のものだよ」

「1300年!?」

「神代と言っても色々時代があるが、そもそも古代クリント王国以前に、世界が一つの国家だった時期がある。 1300年前はその時期だな」

「なるほど、頑丈な訳だ」

あの群島に集っていた錬金術師達は、1000年より前の者は殆どいなかったようである。

そう考えると、1300年前というのは、神代の全盛期だったのかも知れない。

ともかく、橋の頑強さは調べておくが。

問題はそれ以外の事だ。

城門。

それとしかいえないものが、確かにある。

王都の城門なんて、これにくらべればみすぼらしい張りぼてに等しい。一目で強力な防御魔術が掛かっている事が分かる。ドラゴンのブレスでも、防ぎ抜くのではあるまいか。

門がこの中にあって、竜風が此処で起きるのなら。

城なんて、木っ端みじんになっているのではないのか。

そう思っていたのだが。そうならないのも納得である。

これは現在の建築云々の次元じゃない。

神代の、それこそ全盛期の建物。

それは竜風だかなんだか知らないが、生半可な攻撃で壊れるようなものではないだろう。

圧倒させられる。

「これは凄いね……」

「ちょっとまてライザ」

「うん?」

レントが疑念の声を上げる。

レントはあまり頭脳活動は得意ではないけれども、直感的にものがわかる事が結構多いのだ。

「こんな城壁で全域が覆われてるんだよな、この城」

「そうなるだろうね」

「裏手は破られてるんだろ。 一体誰がやったんだ? フィルフサがやったんだとする可能性もあるが……だとしたらフィルフサがこの辺りで既に大繁殖している筈だ」

「……そういえばおかしいね」

ちょっと考えてから、ディアンに聞く。

内部を知っているこの中で唯一の人間だからだ。

「ディアン。 この城の中って、彼方此方壁が破られてる?」

「おう。 裏手から真ん中くらいまではそんな感じだ。 彼方此方壁に穴が開いていて、自由に行き来できるぞ。 魔物もだいたいはそれで中に入り込んでるんだ」

「……妙だね」

「うん。 竜風って村が吹き飛ぶような災害なんだよね。 それにびくともしない城壁が、そんなに滅茶苦茶にされるなんて」

あたしでも、この城壁をぶっ壊せと言われたら、出来ないとはいわないが。やるにしても、総力戦になるだろう。

しばし考え込んだ後、タオとクリフォードさんに、辺りの調査をやってもらって。

それで一度、アトリエまで引き上げる。

とても、とても嫌な予感がする。

というか、予感で済んでくれればいいのだが。

この城、思った以上に色々あるのかも知れない。

そもそもフォウレの里の人が、この城のことを知っているのなら。どうしてこんな堅牢な城から追い出されたのか。

フォウレの里の人は、恐らく神代にこの城を作った人間。もしくはその関係者の生き残りとみて良いだろうが。

それにしても、一体誰が。

いずれにしても、タオとクリフォードさんが、深刻な顔で色々話し込んでいるのも気になってくる。

この二人にも分からないと言う事は。

この城そのものは、更に古いものなのかも知れない。

だとすると、あの橋は後の時代に作られたものなのか。

ともかく、分からない事が多すぎた。

アトリエに戻って、物資を補給したら、再度出る。

ここからが本番だ。

湿地帯まで抜け、城の裏手に出る。

其処からなら。

例の警備の装置をかいくぐり。城の中に、入る事が出来るはずだ。

験者の言葉で確信できたが、験者は現状だとフォウレが終わる事を理解している。

それに対する打開策も探している。

そのためには、あたし達との協力が必要不可欠なことも。

まずは、城に入って、「種」の現物を確保する。

次の段階に進むのは、その後だ。

 

(続)