人食いの森

 

序、安全経路をつくれ

 

信頼を得る、か。

正直ここまで状況が悪いと、それどころではないと思う。弱めのフィルフサに匹敵するかも知れない強さの魔物。それがちらほらいるくらいの魔郷だ。此処でこれだと、東の地はいったいどんな場所なのか。

あたしは踏み込むと、熱槍五千を束ねた収束熱槍を魔物に放つ。

全力で放り込んだ熱槍は、五枚に達するシールドを瞬時に展開した、なんだかよくわからないなんの魔物かもよく分からない相手を貫き、瞬時に焼き尽くす。遅れて、爆発が巻き起こされる。

ばらばらと飛び散ってくるそれは、生き物の残骸とは思えなかった。

レントがかなり手酷く手傷を受けている。

足が八本、背中に多数の棘をもっていたその魔物は。どちらかというと哺乳類に見えたのだが。

目は複眼で、口は縦に裂けていて。

更に鎌鼬の魔術を使って来たので、手傷が増えたのだ。

全員に薬を配る。

それで、一旦手当てをする。

これで、南の農村への道に出ると言われている大物は全て片付いたか。

少しだけ形が残っている死体を調べる。

やはり、体内から人間の残骸が出てくる。南の農村は相当にやられていたのだ。エサになったのは、これは戦士だけではないだろう。戦士以外の人間も、相当数が魔物に食われていたのだ。

辺境の集落で、こういう状態になると破綻が近い。

かといって、こういう集落は幾つも見てきた。

破綻してしまった集落も。

だから、それについて此処が特に過酷だとは思わなかった。いずれにしても、今切迫している危険を排除できたのならそれでよし。

皆の手当てを終える。

クリフォードさんが手をかざして、周囲を確認。

「多分だが、これでもう大物はいないぜ。 雑魚はまだいるみたいだが、俺たちを警戒してくれているな」

「それは結構。 後は定期的に間引けば人間と距離を置くようになるね」

「ああ」

頷くと、まずは里の人達を呼んできて、取引のために護衛する。

漁村まで行くと、かなり人数がいるし、船を経由して物資も入ってきている。農村へ行けなくなっていると漁村の人達も心配していたが。

何しろ途中の道がまずい。

それについては知識もあったようだが。

どうにもできない。というのが現実であったようだ。

勿論それを責めるつもりは無い。

彼処は強力な魔物のエサ場になっていたし。

多少の腕利きを数人集めた程度では、返り討ちが関の山だったのだから。

二刻ほど掛けて、農村の人を漁村に送り。

物資に取引を、バレンツの人間を介して行う。やはり医療品やミルクなどが足りていないようだった。

取引を横目で見ながら、かるく話をしておく。

「それでディアン、北の里の方は」

「多分だけど北の方はここまで酷くはないぞ。 ただ魔物がやっぱりいて音信不通だし、北の人も困っているのも事実だと思う」

「それぞれの集落は、自分の事で手一杯というか、身近な魔物すら排除できていないのが実情か」

「ああ、悔しいがそうなる」

ディアンも、今の状況を良くは思っていないようである。

ただこれは、五百年前からずっとこうで。魔物に人間は押されっぱなしなのは変わっていない。

この辺りでは、三年前にかろうじて保たれていた均衡がついに崩れてしまった、という感じであり。

このままいけば、いずれあの農村は十数年もしないうちに破滅。

漁村やその北の里。

それどころかフォウレも、危うかった可能性が高いだろう。

そして一度放棄された集落に人が戻るケースはあまり多くない。魔物が縄張りにしてしまう事が多いからだ。

そういった魔物を追い払える使い手は限られている。

今の人間は、それくらい状況がまずいのである。

「しかしすごいな。 デアドラ姉もどうしようもないって認めているくらいに危険な魔物どもだったのに、ライザ姉が来てから次々に倒れていくぞ」

「まあ、あれ以上の魔物とやりあってきたからね。 ただあたしも油断したら危ない相手ばかりだけど」

「それでもすげえ。 このままこの辺りから魔物を全部排除できないかな」

「全部は無理だろうね。 それに……」

魔物といっても、その定義は基本的に人間を小細工なしで殺せる存在の事を指す。

だから、森の中で普通に生活している生物も、多くが魔物になるし。

それらを殺し尽くしたら、森が今度は破綻してしまうだろう。

それは人間の勝利と言えるのだろうか。

あたしには、そうは思えなかった。

取引が終わり、荷車いっぱいの荷物を積み込んだ人を連れて、農村まで戻る。途中で魔物に遭遇したが、雑魚ばかり。全て蹴散らしておしまいだ。まだ舐めて掛かっているようなのは、全て潰しておく。

そうすることで、多少は安全になる。

無事に農村まで人を送り届けた後、ボオスが村長に話を聞く。

やはりスーツだと暑いのだろう。

汗をずっと拭いながら、村長はボオスと話していた。

「本当に助かった。 いずれ礼はさせて貰います」

「その時は期待しています。 それよりも、彼方の平原は大丈夫ですか。 森だけではなく、彼方も危険なのでは」

「踏み込むとまず生きて帰れませんが、彼方の魔物は森のと違って村の中に侵入するほどではありませんね。 あの辺りには大きな狼の魔物がいて、縄張りに入らない限りは攻撃されません。 迂闊に縄張りに入ると、気がつかないうちに皆殺しにされてしまいますが……」

「なるほど、分かりました。 一旦は其方は保留として、森の方の危険な魔物を排除します」

ボオスが話を切り上げて、戻ってくる。

危険な魔物はほぼ森由来か。

それはそれとして。

恐らくその魔物とは、フェンリルか、それに近い奴だろう。

いずれにしても厄介極まりないが。

いずれ退治しなければならないだろうなと、あたしも思う。

ともかく、これで一方向の安全は確保できた。

次は、北の集落への通路を確保しなければならない。一度フォウレの里に戻る。フォウレの里の周辺も、決して安全ではないのである。

案の場、デアドラさんと複数の戦士が出て、ラプトルの群れと交戦していた。少しデアドラさん達が不利か。

デアドラさんはかなり強力な強化魔術の使い手の様子だが、それでも相当に苦戦している。

ラプトルが大きいのだ単純に。

即座に加勢する。背後から廻られたラプトルの群れは、たちまちにレントとボオスにそれぞれ一体ずつ斬り伏せられ。あたしの熱槍の直撃を受けて数体が火だるまになる。

形勢が一気に逆転したのを見て、大きなラプトルが吠える。

そうすると、さっと生き残りは逃げ出す。

逃げ足は兎に角速くて、とてもではないが追い切れなかった。

「ありがとう、助かった」

「負傷者を。 すぐに手当をします」

「しかしデアドラ種拾い長」

「大丈夫だ。 この人の薬の力は、私が実際に体で確認している。 傷が溶けるように消える」

戦士達はやっぱりあたしに懐疑的なようだが。

すぐに薬を出して、手当てをすると。傷が本当に消えて無くなるのをみて、それで黙り込んでいた。

これで、多少は態度を軟化させてくれるといいのだが。

アンペルさんはかなりやり口が強引なので、こう言う事は殆どしない。

実は、一つ前に閉じた門の時も。

現地の人と揉めていたのである。

クーケン島に来た時も、やり口が強引だったこともあってつるし上げにあい掛けたし。元々対人関係は苦手なのかも知れなかった。

「ほ、本当に傷が治るぞ」

「回復魔術が児戯に見える……!」

「錬金術師殿、礼を言う。 また負傷者が出た場合には頼む」

「分かりました」

フォウレの戦士達と合流して、そのままアトリエまで戻る。倒したラプトルはそこで捌いた。

大半の肉と皮はフォウレの方に渡す。その代わり爪とか牙はこっちで貰った。

そんなもの何に使うんだという顔を戦士達はしていたが。さっきの薬の快復力を見たからだろう。

それ以上は何も言わない。

戦士達を見送ると、デアドラさんは話を振ってくる。

「農村の方に辿りついて、しかも周辺に出る大物をあらかた駆除してくれたそうだな。 礼を言う」

「いえ。 それで、今度は北の里への道の安全を確保してしまうつもりです。 その後は、漁村周辺も掃除しておきます」

「何から何まですまないな」

「此方のためでもあります。 こう魔物が多いと、調査も出来ませんので」

頷くデアドラさん。

無償奉仕は尊い行為だが、世の中にはそれを理解出来ない存在も多数いる。だから、敢えてこうしてこっちにも利がある事だと言っておく。

そうする方が、人間は理解しやすいとあたしは知っているし。

デアドラさんも、警戒しないだろう。

事実、無償奉仕を装って、大量の金を巻き上げるような詐欺師も存在している。ただより高いものはない、などという言葉が出来る所以だ。

これだけ過酷な世界でも、人間は互いに憎しみ傷つけ合う。本当にどうしようもない話である。

幾つかデアドラさんに、この近辺の大物について聞いておく。その縄張りについても、である。

なんでも村の少し東の辺りに、かなりの数の魔物がたまり場にしている場所があるという事で。

それは出来るだけ早めに片付けて欲しいらしい。

なるほど、そっちも処理が必要か。

それに、村の少し東というと。

例の禁足地に行くのに邪魔になる。どちらにしても、処理が必要な相手だ。

「東か……苦手なんだよな」

「ディアン、詳しく聞かせてくれる?」

「おう。 あの辺りは、植物の魔物がいて、とにかくくさいんだよ。 でっかい花があって、それの蜜を好んで吸っているらしくて」

「恐らくはマンドレイクの変種ね。 大きな花というのは、これのことかしら」

セリさんが、植物魔術で大きな花を出して見せる。

というか、ぎょっとするほど大きな花だ。

「そ、そう、これだ!」

「これはラフレシアといってね。 この臭いで虫を呼び寄せて、花粉などを媒介してもらうのよ」

「凄い臭いだな……」

「ええ、まあそうね。 ただ臭いというのはそれぞれに意味があるものよ」

セリさんがラフレシアを引っ込める。

さて、それはそれとして。

まずは、順番だ。

「北の里を優先する。 皆、休憩が終わったらそっちの経路を安全にするよ」

「おう」

「私、ちょっと仮眠してきます……」

限界らしいフェデリーカがベッドに向かう。

ディアンが、舞いには助けられているからか、文句は言わない。

ただ、フェデリーカが自分と大して年も変わらない事に気付いているのか。聞いてくる。

「フェデリーカさんは、舞いの他には何が出来るんだ」

「あの子は戦士と言うよりも本職は職人だよ」

「職人か! 色々作れるのか!?」

「手先は器用だけど、基本的に細工物だね。 サルドニカって大きな街の、実質上の一番偉い人」

へえと、吃驚した様子でディアンがなんども驚く。

一番偉い人。

年も大して変わらないのに。

そう驚いているのがよく分かる。

「それは確かにさんをつけて呼ばないとな!」

「本当はあたしもそうするべきなんだけれどね。 フェデリーカに、名前で呼んでくださいって言われていてさ」

「そうか……」

「とりあえず、ディアン。 休憩は問題ないかな」

平気だと、元気が有り余っている様子でディアンは言う。

この子は戦闘を見ていて分かるが、どんどん成長している。流石に一を見て十を知るという程ではないが。

それでも相当な才覚の持ち主だ。

戦闘でも少しずつ貢献度が増えてきているし、装飾品の強化込みとは言え、既に単純に倍の戦力は得ていると判断して良いだろう。

ただ、レントの方が強化魔術はあたしよりも詳しい。

「いいから少し休め。 そのままだと筋肉がずたずたになるぞ」

「そうなのか」

「俺も強化魔術使いだが、大丈夫だと思っているときに無理をすると、体の方が壊れたりする。 少し横になって休んでおけ。 特に今の年齢で体を壊すと、後で取り返しがつかなくなるぞ」

「分かった。 レントさんが言うならそうする」

認めた相手にはとても素直、か。

この子の良さでもあり悪さでもあるんだな。

そう思って、あたしはしばしタオとクリフォードさんと、先に戦略を練っておく。この辺りの魔物はかなり手強い。

しっかり慈善に下準備をしておかないと、油断すると一瞬で死ぬ事になるだろう。

皆が休憩している間に、地図を見ながらどうするかをああでもないこうでもないと話し。その間にトイレも済ませておく。

そして、しっかり休憩をとってから。

また安全経路の見回りに向かう。

だいぶ、大きな魔物の気配は減ってきたが。それでも小さい魔物はいるし。それもかなり頻繁に仕掛けて来る。

縄張りが混乱している弊害だ。

大物がいなくなって、そこに浸透してきた小物が。人間を侮ってしかけてきている、と言う事である。

前に見たジョージという老蛇は、恐らく状況が見えているのか、ずっと木の上でひなたぼっこしている。

血気盛んな小物に仕掛けられ続けても面倒だからだろう。

蛇は瞬発力には優れているが持久力は殆どダメなので、一撃必殺の狩りに特化している。しかも相手に近付くときは音もなく、ゆっくり移動する。それは持久力に劣るから、である。

年老いている事もあって、あの老蛇はそういう事も分かっていると言うことだ。

或いは本能かも知れないが。

あたしはそこまで蛇には詳しくないので、ちょっとなんとも判断がつかない。

何回か農村への道を行き来して、今日はそれで切り上げる。小さめのラプトルの群れを丸ごと駆除し。

更にフォウレの里の近郊もある程度片付けて。

食べられる魔物も倒したので、肉は燻製にしてフォウレの里に卸しておく。里の東にある危険地帯についても二度ほど出向いたが、確かにあまり行きたくない場所だ。臭いが酷すぎる。

この近辺のマンドレイクは音波攻撃を得意としていないようだが、殺傷力があるところまで圧縮した臭いを炸裂するように放ってくる。場合によっては、金属を切断する程の圧力で、だ。

体そのものも大きいので侮れない。

何度か掃討作戦をしないとまずいだろう。

夕方に、戦いを終えた後。

皆が風呂を順番でこなす。水は何度か替えて、その度にあたしが沸かし直した。まあすぐに終わるので、大した手間でもない。あたしの魔力も枯渇するまで酷使したわけでもない。

あたし自身も風呂に入って、悪臭を落とす。

これは悪臭対策がいるかな。

そう風呂で、リラックスしながら考えているのは。もう一種の職業病かも知れなかったが。

皆相当に参っているようだったので。

いずれにしても対策は必要だ。

消臭剤はそれほど作るのが難しく無いのだが。問題は全部臭いを消すと、こっちも奇襲を防ぎにくくなることだ。

地の力では、魔物は人間を越えている。

だから魔物なのである。

今はどんな大物がいるか分からない以上、それは出来るだけ避けたい。

そうなると、戦闘後に臭いを消すこと。

それにマスクしかないか。

マスクはまた作り直すしかない。以前、「北の里」という王都の近くの遺跡で色々とあって作ったが。流石に当時使ったものは此処に持って来ていない。

ただ作り直すのは簡単だ。

臭いは緩和できるし、それでいい。

風呂から上がると、夕食にする。今日は比較的美味しく食べられる猪肉が入った。とはいっても、背中までがあたしの背丈の倍もあるような奴だったけれども。まあ、魔物としては比較的ぬるい方だ。

明日の話を、食事をしながら軽くする。

明日は朝一に農村まで行って、経路を確認。

更には重点的にフォウレの里の東の駆逐作業を実施。その後、余裕があったら北の集落の様子を見に行く。

流れは以上だ。

話を終えると、ディアンが言う。

「ライザ姉、なんだかいつもしっかり動きを決めてから出かけるのか。 それが強さの秘密か?」

「いや、その場で状況に応じて対応を変えることも多いよ。 むしろそれを柔軟に出来る事が、強さにつながると思う。 その点では、あたしはまだまだ判断ミスが多いね」

「はー。 そうなのか……」

「特に自分を強いと思い込んだら絶対にダメだよ。 そう考えていると、絶対に足下をすくわれるからね」

分かったと、気持ちいい返事。

ディアンについての評判は、既に彼方此方で聞いている。

暴れる事しかしらない。

乱暴者。

そういった内容ばかりだ。

だが何となく、それについては分かってきた。ディアンはフォウレの里のあり方に不満なのだ。

それについては、あたしも同じだったからよく分かる。

ましてやディアンは験者やデアドラさんを尊敬している。尊敬している人が、どうしてこんな理不尽な体制を続けるのかが分からない。だからこそに、余計に暴れるのだろう。

今、あたしを尊敬しているディアンは、なんでも説明をされて。それを飲み込むことで、理不尽ではないと感じている可能性が高い。だから気持ちよく返事が出来ると見て良い。

恐らく験者やデアドラさんも、ディアンが納得するまで「どうしてそうなのか」を説明するべきだったのだろう。

色々と難しいな。そうあたしは思うのだった。

 

1、悪臭の王

 

農村への道は、もうほぼほぼ安全になった。大物があらかた消えた事による縄張りの変遷。それが一段落したのだ。

見境なしに仕掛けて来るような雑魚はいなくなり、人間に対して距離を取る魔物が増えてきたということである。

勿論子供一人で行けば食われるだろうが。

この辺りの戦士が複数護衛につき。時々魔物を一斉駆除していけば、人が襲われることもなくなるだろう。

これでいい。

今後はまた別の戦略が必要になるだろうが。これで南にある農村は一段落出来る。

状況が一段落すれば、畑などを守る事に戦士が注力でき、畑の生産力を回復する事が出来るし。

そうなれば漁村の方とも活発に作物をやりとりして、人も行き来させることが可能になるだろう。

農村の方では、畑が荒れていて。

それを見て、あたしもちょっと悲しかった。

農家の娘なのだ。これでも。

だから、父さんのように畑と会話する境地にいなくても、畑が荒れているのを見るとそれは悲しい。

それに、だ。

南の方に、明らかにオーバーテクノロジーな産物である灯台が見えている。

あれは多分だけれども、古代クリント王国か、もっと過去の産物だ。神代のものかも知れない。

この辺りがある程度落ち着いて来たら、様子を見に行くべきだろう。

午前中にこの辺りの作業が終わったので、次はフォウレの東の魔物の掃討を本格的に行う。

昨日の二度の威力偵察で、かなり面倒なマンドレイクの亜種がいることが分かってきているので。

先に皆にマスクを配る。

更につけていて不快感がなく、臭いを完全遮断するのではなく、ある程度分かるところまで抑え込む。

不衛生な空気も吸い込まなくなる。

それだけ優れた性能のマスクだ。

「懐かしいな、これ……」

「うん……」

レントとクラウディアが口々に言う。

ディアンは不思議そうにしていたが。フェデリーカは何となく理由を察したのか、遠い目をした。

ともかくマスクを皆でつけて。ラフレシアだとかいう臭いが凄い植物が密生している場所にいく。

やはり、この辺りだ。

昨日マンドレイクをかなり退治したが、それでも気配が消えていない。

大物がいる。

クラウディアが今日は反応が早い。

「いるよ! みんな、さがって!」

次の瞬間。

爆風が、辺りを薙ぎ払っていた。

あたしがとっさに熱魔術で爆破して、爆風をある程度相殺したが、もし直撃していたら全滅していた可能性も高い。

相殺したと行っても、ある程度は貰ったので、全員吹っ飛び。受け身を取ってそれぞれ体勢を立て直す。

頭がガンガン痛むが。

ともかく立ち上がって、頭を振る。

見えてきた。

時々セリさんが植物操作魔術で呼び出している食虫植物。魔物を食うほどでかい食虫植物の、親玉みたいな奴だ。

巨大な横に裂けた口は、牙がずらりと並んでいる。

植物だが自走可能で、恐らくはマンドレイクが極限まで成長した個体なのだろう。全身からガスを放ち。周囲が歪んで見える程だ。歪んで見える。

なるほど、そうか。

今のは体内に蓄えている悪臭ガスを、指向性を持って放ちながら着火したのか。

「くっそ、耳が聞こえづらい!」

「また来る!」

「対応する」

セリさんが植物魔術発動。恐らく地面の下から根で攻撃してこようとしたのだろうが、セリさんが地面に手を突いて、先に魔術を発動。

ドガンと凄い音がした。

多分大量の根が、地面の下で激突したのだ。

辺りが地震のように揺れる中、あたし達は動く。レントが先頭に、ディアンが続き。

タオとクリフォードさん、ボオスはそれぞれ左右に展開。

フェデリーカはもう少しさがるようにあたしは指示、後方で舞いを踊って貰う。

鞭のように、巨大マンドレイクの蔓が唸る。大木ほどもあるそれが、皆を薙ぎ払いに掛かるが。

レントが大剣を振るって、蔓を弾き返す。

柔軟性が強い蔓を弾き返すのは、流石である。

だが、巨大マンドレイクは巧みにさがりながら、蔓を振るって皆を牽制しつつ、またあの爆発を引き起こそうとしている。空気を吸い込みながら、周囲のガスも一緒に取り込んでいる。

あたしが爆弾を投擲。

雷撃が、巨大マンドレイクに炸裂するが。同時に、ガスが起爆。

爆発の中で、巨大マンドレイクは蔓を振るって、即座に火の粉を払った。

元々あの爆発を投射してくるだけの事はある。

こいつ、熱には相当に強いということだ。

タオが果敢に懐に入り込むと、双剣で数度斬り付けるが、分厚い植物の皮はとにかく固い。

弾き返されて。更にカウンターで潰され掛けて、タオが残像を作ってさがる。

クリフォードさんのブーメランが、蔓を切り裂くが、それでも千切れるほどではないし、蔓も再生している。

ならば、こっちならどうか。

再び投擲するのは、レヘルンの改良版。

一度溶けてから、周囲をえげつない冷気で凍らせる。通称メルトレヘルン。レヘルン数個分の……いや十倍以上の火力がある、実戦投入は初になる爆弾だ。

皆が飛び離れる。ディアンは、レントが抱えて。

巨大マンドレイクが、一気に凍り付いて。一瞬だけ動きが止まるが、即座に全身を揺すって動き出す。

だが、動きが鈍った。

やはりな。

熱帯の生物。

冷気には耐性が無いか。

ついでにいえば、体内が殆ど水だから、熱魔術には強いのかも知れないが。それも限度があるはず。

次の瞬間、巨大マンドレイクに、クラウディアの矢が突き刺さる。

例のバリスタみたいな奴だ。

更にセリさんの植物魔術が、一瞬の拮抗に押し勝つ。錐みたいな根が突きだして、巨大マンドレイクを四方八方から貫いていた。

悲鳴を上げる巨大マンドレイク。

凄まじい物理的な圧力すらそれは伴っていて、辺りが爆圧で吹っ飛ばされる。

またか。

だが、今見えた。

急激に空気を吸い込む点がある。

人間で言う所の肺だ。

頭を抑えながら、立ち上がる。マスクがなかったら、これは多分悪臭との二重攻撃で、もう動けなくなっていただろう。

五感を攻め苛み、更には苛烈に物理的にも攻めてくるか。

生憎、五感を攻めてくる相手は既に交戦経験済みだ。そう簡単に、負けてやるものか。

詠唱開始。

それを見て、レントが果敢に攻めこむ。ボオスもそれに続いた。

ディアンが跳躍すると、例の野性的な旋回しながらの斧での打撃をたたき込みに掛かる。一見すると植物に強そうに見えるが、木を切り倒すというのは非常な熟練がいる。斧が木に強い訳ではないし、ましてや此奴は柔軟に体をしならせる化け物だ。

立て続けにディアンとボオスを蔓で薙ぎ払って吹っ飛ばし、レントに集中打撃を浴びせる巨大マンドレイク。

巨大な口をかっとあけて、レントにかぶりつこうとするが、そこはクラウディアが狙撃して動きを止める。

巨大マンドレイクも、口に飛び込んでこようとした矢を、蔓で防ぐが。蔓が爆ぜ飛ぶ。

限界が来始めた。

さっきの冷気爆弾を、もろに喰らったからである。

更にもう一発、メルトレヘルンを叩き込む。

さっきのだ。

そう気付いたのだろう。

巨大マンドレイクは跳躍して、後方に思い切り跳ぶと、蔓を地面に叩き付けて。地盤を砕いて岩の壁を作る。

こんなパワープレイも出来るのか。

だが、炸裂するメルトレヘルンは、広域を凍らせる。岩の壁ごと、巨大マンドレイクを一気に凍結させる。

ただ、それでも直撃を避けた。

巨大マンドレイクが、岩盤を吹っ飛ばしながら、氷を粉々に砕いて再び動き出す。このタイミングにと、クリフォードさんがブーメランを叩き込むが。それをそのままで受け。激しく傷つく巨大マンドレイク。

ああ、これは何かやってくるな。

離れて。

全員に叫ぶと、あたしも飛び退く。

次の瞬間、あたしを狙った。収束爆破が、炸裂していた。

吹っ飛ばされる。

地面で何度かバウンドして、思い切り木に叩き付けられた。

一瞬意識が飛んだが、すぐに目を覚ます。

あったまきた。

全身が痛い。大量に出血しているな、これは。

それでも立ち上がる。

巨大マンドレイクは二度の凍結で、全員がボロボロ。そんな中、中軸になっているあたしを見抜いて。

今の渾身の攻撃を叩き込んできた。

傷つくことも想定済で、である。

レントとタオが激しい攻撃を浴びせているが、動きが鈍くなっている巨大マンドレイク。傷ついた蔓を振るって二人を追い払うが、その時。

フェデリーカが、叫ぶ。

「冬をどうぞっ!」

舞いが終わったのだろう。たんと踏み込むと、鉄扇を振るう。

同時に、辺りに拡散していたメルトレヘルンの冷気が、再びマンドレイクに収束。それを、凄まじい咆哮で吹っ飛ばしたのが。最後の頑張りだった。

マンドレイクの肺の位置は、既にクラウディアに知らせてある。

音波が止んだ直後。

その肺を貫いた巨大なバリスタ矢。

それでも、必死に体を再生させ、更に音波攻撃をしようとしてくれるマンドレイクは、見ただろう。

あたしが、空に出現させた、二万を超える熱槍を。

それが、あたしの手元へ収束していく様子を。

そこで、逃げようとするのがいかにもこいつらしい。だがセリさんが植物魔術で、マンドレイクの全身を拘束。

パワーそのものはセリさんの魔術で出した植物より巨大マンドレイクの方がある。

だが、拘束は一瞬出来ればそれでいいのだ。

地盤を踏み砕きながら、あたしは収束熱槍を投擲。

それがマンドレイクの、二度の凍結で痛み。更にフェデリーカの舞いで冷気を更に浴びせられ。

鈍っていた体を貫通。

直後、粉々に消し飛んでいた。

 

マンドレイクのしがいを漁って、内部を調べる。

出るわ出るわ。

誰かの遺品だったらしいものが、多数出て来た。

この手の巨大食虫植物というのは。消化する能力が動物に比べて著しく問題があるらしく、定期的に食ったものを吐き出すらしい。

だが体がそもそも動物と構造からして違っているのだ。

それもあって、巨大マンドレイクの体内には、フォウレの里の戦士だったり。或いはこの辺りの戦士だったりした人か。

或いはそうですらない、ただの通りすがりか。

食われた人のものらしい遺品が、山ほどあった。

これは相当な人がやられたんだな。

そう思って、先に遺品はより分けておく。生々しく未消化の髪の毛なども残っていたが。これは最近に食われたものでは無さそうだ。色からして変色してしまっている。誰のものか分かるか。

そう聞いてみるが、ディアンも首を横に振るばかりだった。

「この辺りで随分行方不明者が出たって話は聞いてる。 だけど、こんなに食われていたなんて……」

「傷の回復、問題ない?」

「ああ……」

ボオスがぼやく。

蔓で何度か直撃を貰って、また骨をやられてしまっている。レントが手際よく直すが。そのレントも全身に激しい傷を受けていた。

手当てに一刻ほど掛かり。

マンドレイクのしがいの始末も終えて。

それで、遺品を乗せてフォウレに戻る。

フォウレでも、強烈な戦いが側で起きていると判断したのだろう。厳戒態勢に入っていたが。

ぼろぼろのあたし達が来たのを見て、ほっとしていたようだった。

あたし達は消臭剤で臭いを落とし。

それで、その後デアドラさんに、巨大マンドレイクの残骸の一部を見せる。遺品も。遺品は、やはり見覚えがあるものが多いようだった。

「よく仇を討ってくれた。 また、この言葉を口にする事になったな」

「あれは倒しておかなければ、いずれもっと大きな災いを起こしたと思います。 当然のことをしたまでです」

「そうか……。 遺品は此方で預かろう。 それぞれの墓に葬っておく。 ディアン」

「分かってる。 ちょっと休憩させてくれ」

ディアンがへばっている。

まあ、何度もあの巨大マンドレイクの蔓を喰らったのだ。生きているだけでも凄いのだが。

生存力を重点的に上げておいたのは正解だったな。

そうあたしは思った。

昼食をとって、それでディアンが葬儀に出てくる。その間。タオとクリフォードさんが、さっきの辺りを偵察に行ってくる。

特に手酷く手傷を受けていたレントも、既に傷は回復しているが。

体力の消耗が激しく。この状態で栄養剤を飲むのは好ましくないとあたしは判断したため。横になって貰っていた。

「ボオス、腕はもう大丈夫?」

「まあな。 これくらいは授業料だ。 それにしてもお前らと一緒にいると、いつ死んでもおかしくないぜ」

「それはまあ、相手が相手だしね。 フィルフサに比べればまだ殺意は低い方だし」

「そうだな……。 それでお前の方は大丈夫か」

まあ、平気だ。

かなり強かに傷ついた。実は右の鼓膜も破れていたのだが。それらも既に薬で回復した。

ただやはり、これ以上の無理は出来ない。

セリさんも魔力を相当に消耗したらしく、昼寝すると言い残してベッドに消えた。

どっちにしても、ディアンが葬儀から戻るまでは、少し休む。

タオとクリフォードさんが戻ってくる。スカウトは、二人ともしっかりしてくれていた。

「どうだった、東の方」

「雑魚は集まってきてるけれど、大物はいないね。 この辺りでも、かなり強力な魔物だったんだよあの巨大マンドレイク」

「ありがと。 じゃあ、一旦東はいいね。 二人とも、休んでおいて」

「今日はもう終わりか?」

クリフォードさんがそう言うが。

あたしは首を横に振る。

多分、休憩が終わり。葬儀が終わるのは午後二くらいだろう。

それならば、北の集落への道をある程度調べる事も出来る。

それに、漁村の西側も、色々問題があるという話だ。あたしが一日で家(アトリエの事である)を建てたと聞いて、漁村の代表がフォウレに来たそうだ。

デアドラさんは不愉快そうにしていたが。別にかまわない。

交渉はクラウディアに任せる。

あたしは問題を解決して。

それを恩として売る。

その時に、クラウディアがきちんと交渉してくれることで。

相手に舐められる事なく。

こっちの行動を、恩として売る事が出来るのである。

しばらく休憩していると、ディアンが戻ってくる。傷の方は問題ない。栄養剤を渡す。

「にが!」

「だけど体がぽっぽとしてくるよ」

「本当だ!」

フェデリーカが、ちょっと素直すぎる反応に、口を押さえて視線を逸らす。肩が小刻みに震えているが。

まあ、それは良いだろう。

ディアンは戦士としてはかなり優れているが、精神的には肉体年齢よりも更に幼いのだ。

「じゃ、行くよ。 こんな調子で、まだまだ魔物を退治しないといけないからね」

「ライザさんのタフネスは、本当に人外に近いですね……」

「フェデリーカ。 さっきの舞い、あれは?」

「は、はいっ! あれは冷気を収束させる冬の舞いなんですが、そもそも冷気が元からないと出来なくて……」

ああ、なるほど。

それで今回は好機と思って使った訳だ。

それにしても、あたしに戦慄するのは結構だけれども。時々素が出るな。そしてあたしにそれを気付かれると、小動物みたいにびびるのはやっぱり面白い。嗜虐心をそそられる。

ともかく、出る。

周辺にある集落を助けて、それだけ恩を売っておく。

フォウレの里でも、少しずつあたしに対する警戒を下げて来ている。

もう少しで、恐らくアンペルさん達と接触できるくらいまで、警戒度が下がる筈だ。

アトリエから出ると、老夫婦が来る。二人とも、もうだいぶ前に戦士として現役を退いたのが明らかだった。

礼を言われる。

巨大マンドレイクの腹から出て来た遺品の持ち主は、二人の息子と娘であったらしい。どっちもあいつに食われたということだ。

そうか。

涙を流している老婆を、お爺さんがなだめる。

あたしは、仇が討てて良かったと、それだけしかいえなかった。

こう言う悲劇は、世界中どこでも起きている。

少しでもその悲劇を。

減らしていかなければならないのは、間違いの無い事実だった。

 

そろそろ、この距離からだと気付かれるな。

そう判断して、ロミィは距離を取る。既にネメドに来ていたロミィは、ライザの様子を遠くから観察していた。

大雨を引き起こして弱体化させたとは言え、四度にわたってフィルフサの群れを全滅させ、王種を倒した今代の英傑だ。

更に実力を増している。

特にさっき倒していた超大型マンドレイクは、同胞の戦士達でも戦死者を出す事を覚悟する相手だったのだが。

勿論手傷を受けていたとは言え、それでも死者を出さずに倒していた。

今使っているのは、神代の道具で、人間の知覚範囲外から相手を観察するものなのだけれども。

ライザの能力は、既に人間の領域を超え始めている。

いずれこれでも、知覚されるだろう。

更には、ライザが使った装備品の性能もどんどん上がっているようで。特にあのクリフォードという男の勘は危険だ。

勘というのは総合的な五感情報からの閃きによるものなのだが。

これに魔術が絡んでくると、時にあり得ないものを察知する。

事実今までも、この道具を使っているときに察知された例が何回か報告されているのである。

油断は出来なかった。

通信装置を用いて、通信をしておく。

相手はコマンダーだ。

「此方ロミィ」

「パミラよー」

「ライザはフォウレでも快進撃を続けています。 同胞数人で当たる事を想定した魔物を、死者なしで倒していました」

「ふふ、どこか嬉しそうねロミィちゃん」

そうか。

そうなのだろうか。

ライザは幼い頃から知っている。

昔は妹のように可愛がっていた。

だが、錬金術師になったと知って。その時は静かな怒りを覚えた。錬金術師に対する敵意と怒りは、同胞共通のものだ。

祖であり希望でもあるアインが、どういう目にあったか。

今もどう苦しんでいるか。

同胞全員がそれを知っている。そもそもホムンクルスの技術が、奴隷を作る目的で作られた、極めて非人道的な事実も。

同胞の中に、錬金術師を恨んでいない者なんて存在していない。

だが、どうしてだろう。

荒々しい豪傑肌のライザなのに。今までの錬金術師とは違って、どうしてか見ていて怒りを感じないのだ。最初覚えた怒りも、今は消えていた。

それどころか、成長をどんどんしているのを見て、たまに嬉しくさえなる。

「観察を続けて。 不用意に気付かれないように、くれぐれも気を付けてねー」

「了解。 オーバー」

通信を切る。

そして、ロミィは漁村の雑踏に消えた。

この辺りでも活動している同胞はいる。状況次第では、緊密に連携して動かなければならなかった。

 

2、廃山

 

あたしが頭を蹴り砕くと、ゴーレムはそれで動かなくなる。数体のゴーレムは、これで片付いていた。

夕方少し前だが、このくらいで良いか。

幸い、辺りに強力な魔物の気配はない。この辺りの道には、それほど魔物もいないようだった。

密林を抜けるまではそれなりに魔物がいたのだが。

或いは、密林の生活に特化している魔物が多く。この辺りは、ゴーレムなどの錬金術師が作りあげたものが、未だに動いているだけ。そういう状態なのかも知れなかった。

「一度切り上げるよ」

「勾配がきついです……」

「なんだだらしないなフェデリーカ」

「みんな体力ありすぎなんですよ……!」

ディアンは平気そうだが。フェデリーカは涙目だ。背負うかと言うと、流石に首を横に振られた。

まあいい。

ともかく、坂を下りる。この辺りは、密林が途切れてしまっている。

理由については、わからないでもない。

ここは、鉱山だったのだ。

恐らくは露天掘りで、ある程度豪快に掘っていたのだろう。時期がいつ頃かは分からないが。

古代クリント王国時代だったら、密林なんて切り開いていただろうし。それを考えると、もっと前。

多分神代から、古代クリント王国による全土統一の間だろう。

鉱山というのは、どうしても出るものによっては汚染と無縁ではいられない。

この辺りは、土もかなり汚染されているようで、植物が生えないようになっているようで。

急勾配の坂道に、昔作られた街道の名残らしいものがあって。其処を狙って来る魔物に対処すれば良いし。

魔物の質も、密林に出るものほどではなかった。

密林に入ってから、数体の魔物を蹴散らし、始末する。それからアトリエに到着。皆に先に休んで貰って、あたしはクラウディアとボオスと一緒に。験者屋敷に。進捗を軽く話に行く。

験者はだいぶ態度が柔らかくなってきていた。

「ライザどの。 本当に助かっている」

「ありがとうございます。 さっき、北にある集落への道を見てきましたが、今の時点では大した魔物はいませんね」

「頼もしい話だ。 デアドラ、そろそろ森の中にある幾つかの聖地への安全確保を頼んではどうか」

「……そうですね。 これだけの活躍を見せられると、それも考慮しなければならないでしょうね」

村の空気は、明らかに変わっている。

今までは敵討ちを考える事も出来なかった魔物を、あたし達が次々に仕留めて葬っているのだ。

天を焦がす炎と、時ならぬ冬を操るらしい。

そんな噂を里でしているのを聞いて、苦笑い。

まあ、あながち間違ってもいないか。あたしの能力でやっているのは炎だけで、冬は錬金術の道具によるものだが。

それをいちいち説明するつもりもない。

「ともかく、先に聞いていた北の集落への道のある程度の安全確保、漁村の西のある程度の状況確認。 これらはやっておきます。 農村の方はどうですか」

「農村に嫁ぐことが決まっていた娘が、明日輿入れする。 逆に農村から此方に入り婿することが決まっていた青年が、明日此方に来る予定だ」

「それはめでたいですね」

「フォウレの里は既に聞いているかも知れないが、血が濃くなりすぎている。 漁村とも人の交換はしているのだが、それでも厳しくなってきている。 ある程度政略結婚の要素もあるが、ちいさな集落しかないこの辺りで、人が連携してやっていくのはそれも必要なのだ。 理解をしてほしい」

分かっている。

そうあたしが言うと、験者さんはそうかとだけ、寂しく言うのだった。

ディアンがいうようにこの人は世界を旅して回った経験があるのなら。この今のフォウレの状態を良いとは思っていないはずだ。

それに、である。

外に出て、デアドラさんから話を聞く。

「ライザどの。 相談があるがいいか」

「はい」

「既に聞いているだろうが、この地では百年ほどに一度、竜風という災いがある。 災いの内容は、突如として凄まじい風が吹き荒れ、森が一部消し飛んでしまう、というものなのだ」

「……なるほど」

ディアンは竜風の内容を知らなかったが、そういうものか。

まあ、今は真に受けるのは危険かも知れないが、ともかくそういうものだという事は把握した。

しかしそうなると、やはり竜風はフィルフサ関連ではないのか。

この辺りに門があるのは、セリさんがこの辺りから此方の世界に来たと言う事でも確定なのだが。

竜風とやらと門が無関係なのかそうではないのか、ちょっと何とも言えない。

あのエンシェントドラゴンの西さんの言葉が、どうしても気になるのである。

一応今の話を聞く限り、台風のようなもののようだが。

「密林が拡がっているとは言え、建材に向く植物は驚くほど少ない。 それに前の竜風があってから、時間が経っている事もある。 この村は、今竜風を受けたら、ひとたまりもなく壊滅して、多くの死者が出るだろう」

「あたしは何をすればいいですか?」

「今すぐは別に何も必要はない。 だが、いずれ建物を頑丈に強化して、竜風に耐えられるようにしてもらいたい……。 それについては、追って頼みたいところだ。 報酬として、此方もある程度便宜は図ろう」

「分かりました」

デアドラさんは頷くと、験者屋敷に戻る。

クラウディアが音魔術で、周囲に音が漏れないようにすると。帰りながら歩く。

「今の話、信用していいと思う? ライザはどうかな」

「うーん。 多分嘘はついていないね。 少なくともデアドラさんは、そういうものだと認識していると思う。 言い伝えでそういうものだと聞いているのかも知れない」

「しかし妙だな。 毎日これだけじゃんじゃん雨が降る場所だぞ。 台風程度の事なんて良く起こるだろうに。 それに百年に一度起きるというのも、また不可解だ。 そんな定期的に来る台風なんてあるか?」

「二人には話しておこうかな。 王都近郊の門、おかしいと思っていたんだよ。 あれって洞窟の中にあったけれど、どうしてあの辺りにあった国家が、門の存在に気付くことが出来たのか」

確かにおかしい。

そう二人も頷く。

持論を述べる。

門が出来るとき。何かしらの条件があると、大きな災害が起きるのではないのかと。

エンシェントドラゴンの西さんは、随分と後悔していた。北の里の人間の面倒を見たのも、それが理由だったのだと言っていた。

後悔の理由はなんだ。

門を作っただけが原因ではあるまい。もしかすると、門を作る時に、大きな災害が起きるのかも知れないと。

「そうなると、百年に一度だか、この辺りで門が出来ているのか?」

「いや、それはないと思う。 ただ……無関係とも思えない」

「ライザ、一度みんなと共有しよう。 アンペルさんと話が出来たら、いい意見が聞けるかもしれないね」

クラウディアの言葉には同意できる。

ともかくアトリエに戻ると、夕食にする。燻製肉が結構あるので、別に困る事もないし。

魔物を退治したことで、フォウレの里の人々もだいぶ態度を軟化させていて、かなり食糧を差し入れしてくれる。

ディアンが食べられるものかどうか一目で見分けられるので。

あたしも、不安は無かった。

明日の話をする。

明日は、農村とのダブル婚姻がある。その行き来する二人を、きちんと護衛してからがあたし達の仕事だ。

「もう大丈夫じゃないのか?」

「いや、念の為。 こう言うときのために、あたし達は安全経路を掘ったとも言える。 それで、そこを大事な役割と人生での転機をもった人達が本当に通れたのであれば、それは大成功だと皆に見せる事が出来るでしょ」

「本当にライザ姉は色々考えてるんだな!」

「ディアン。 調子に乗るから、そういうほめ方は止めておけ」

苦虫を噛み潰すボオス。

まあ、あたしも同意見だが。敢えて言う事もないか。

ともかく、翌日までしっかり休む。それで鋭気を養って。翌日は、早朝から出て、農村への道を何度か見張る。

途中でクラウディアが音魔術を全力展開して、周囲の魔物の動向を探る。やはり、もう縄張りは落ち着いていて。余程の事がない限り、ある程度実力がある戦士や、人間の集団には仕掛けてはこないようだ。

ボオスに花嫁行列を呼んできて貰う。

フォウレの里から、着飾った花嫁が来る。ちょっとこう言う集落での花嫁にしては年が行っているが。それは恐らくだが、農村にいけなくなった時期から、三年くらいが経過しているからだろう。

まあ、充分に結婚適齢期の範囲だし、子供だってこれから作れる。

あたしとは縁がない人生だが、まあこれも人の人生だ。

あたし達が警護し、農村に花嫁が向かう。花嫁の家族も、あたし達に何度も礼を言っていた。

そのまま、農村に到着。宴には参加しない。今度は、農村からフォウレに向かう青年を護衛する。

こっちも結婚するのにはちょっと年が行っているか。

戦士としてはダメだが、そもそも手先が器用で、職人として期待されている人物であるらしい。

それなら、フォウレとしても歓迎なのだろう。

フォウレがあの機具という独自の機械を作って売っていることを考えると、なおさらと言える。

こっちは特に行列を作る事もないので、そのまま護衛していく。

青年はディアンと面識があるようだった。

「物好きだなラウドのあんちゃん。 みんな戦士ばかりだし、職人はどうしても肩身が狭いぜフォウレは」

「確かにそうかもしれないね。 だけれども、験者様もそもそも職人のなり手が少ないって困っていただろう。 僕は戦士としてはひ弱だが、職人としてはある程度の事が出来るからね」

「そっか、人それぞれの生き方って奴なんだな」

「そういうことだよ」

フォウレの里には、朝二にはつく。

礼を言われたが、あたし達はこれからが本番だ。

農村から戻る花嫁の親族一同は、明日の朝に護衛すれば良い。勿論フォウレの方でも行われる宴には参加しない。

ディアンも、宴は退屈だと言っていた。

まあそれはそうだろう。

あれがだめこれがだめの里だ。しきたりが色々多くて、楽しく騒ぐというわけにもいかないのだろうから。

そのまま、フォウレの東を確認。

相変わらずラフレシアだらけで、まだ魔物の群れが跋扈しているが。此処のは物わかりがいいらしく。

この間の巨大マンドレイクを倒した所を見ていたからだろうか。

あたし達が出向くと、さっと逃げていった。

調べるが、危険な魔物の痕跡は無し。

こっちを伺っている連中は、少なくともあたしに恐れを為す程度の魔物だ。

或いは密林の奧はもっとヤバイのがいて、そういうのから逃げてきた此処で、更に問題を起こしたくないだけかも知れないが。

いずれにしても、魔物の事情なんかしらん。

仕掛けて来たら潰すだけだ。

ともかく、北の集落に向かう。

黙々と歩いていると、陽がそろそろ直上に来そうだ。更には、いきなり雲がすっ飛んできて、大雨が降る。

密林がない場所だと、大雨は色々と致命的だ。土壌が完全に露出しているこの辺りは、毒物を垂れ流しである。

一応。傘は持ってきてあるが、そんなものよりも魔術で防いでしまう方がはやい。

あたしが熱魔術で防御のドームを作り、雨を防いで先に進む。これだと、水が流れ込む川は、汚染で酷い事になっているのではないだろうかと、心配になる。

何よりこの辺りの様子を見る限り、ここで鉱山を掘っていた人間は。周囲の環境を無茶苦茶にするどころか。

働く人間を使い潰す事を平気でやっていたことも、一目で分かる。

最低の連中だったんだな。

そういう言葉しか、出てこなかった。

無言で周囲を確認し。

たまに姿を見せる魔物を片付ける。

やはり上澄みは密林の方に行ってしまっているらしい。だいたいこの辺りでは、エサもいないだろうし。

この汚染物質まみれの中だ。

暮らしやすいとも思えない。

それでもエレメンタルの類は出たが、幸い大物もいない。数度の戦闘を更にこなして、昼過ぎには集落に到達していた。

集落は段々になっていて、これは元々集落ではなかった場所に、後から人が住み着いたのだなと一目で分かった。

人が来た。

それを見て、何人かの戦士が、長を呼びに行く。

ディアンが前に出ると。此処にも知り合いがいるようだった。

「おお、ディアンじゃないか!」

「グスタフのじいさん、ひさしぶりだな!」

「じいさんというにはまだ若いわ」

はっはっはと豪快に笑う老人。

いや、違うな。

やっぱり此処、環境が悪いんだ。だから老けるのが早い。

過酷な集落だと、三十くらいで老婆のように老ける女性がいるが、その類だ。男性でも同じ事は起きる。多分五十に達していないのではあるまいか。

鉱山は堀りかけで放棄されたのが、近くで見るとよく分かる。だが、この辺りから見ると、良いこともあった。

鉱山からの汚水は、途中で流れを変えて、下にあるため池に流れ込んでいる様子だ。これなら、ため池周辺だけに汚水をため込む事が出来るか。ため池の色は凄まじく、とても飲める状態じゃない。

いずれ、対策はしなければならないが。

海や他の川に無作為に流れ込んでいる様子がなくて、それだけは安心した。

里長が来る。

多分フォウレで問題視していた里の東……ここに来るなら通らなければならない辺り。彼処に住んでいた魔物が、此処の人達を通れなくしていたのだろう。

その話をすると、里長はぱっと顔を明るくした。

それにしても、皆姿は殆ど王都の人間と変わらない。

フォウレの人だけが、異文化にいる感じだ。

「まさかあんなとんでもない化け物を倒すとは……」

「ともかく、何人かつれて見に来てくれ。 通れるようになったから、物資のやりとりとかもしたいだろ」

「ああ、そうだな。 確かそっちでは機具だか作るのに、鉱石がいっただろ。 今なら余ってるし、格安で売るよ」

「そういうのは俺わかんね。 里で験者様と話してくれ」

それと、巨大マンドレイクの腹から出て来た遺品で、フォウレの者のものではない代物については、保管してあるそうで。

それも見に来て欲しいと、ディアンは頼んでいた。

以外とディアンは、外では社交的なんだなと感じる。

或いはだけれども、暴れるだけの子供というイメージは、フォウレの内部でのものなのかも知れない。

港でも暴れ者という認識はされていたようだが、それでも嫌われている雰囲気はなかったのだ。

クラウディアがバレンツの人間だと説明して、鉱石について聞いて来たらしい。

この辺りでは水晶が名産で、他にはよく分からない鉱石ばかりが出るとか。

「実物は見せてもらったけれど、バレンツでも扱っていないわ。 ただ、神代で掘られていたとなると……」

「何か強力な鉱石の可能性はあるね。 ただどうしてそれを掘らなくなったか、が気になるけれども」

「……」

セリさんが考え込む。

今は、分からないか。

ともかく、鉱石を見せてもらう。幾つか錬金術で使うものもあったが。なんというか、どれも系統が違う。

タオが小首を傾げた。

「これらは多分系統が違う鉱石だね。 現在の文明は、神代の錬金術師の作った流れをどうしても汲んでいるんだ。 だから、錬金術で重用される金属が、世界的にも価値があるとされているんだよ」

「ああ、それは何となく分かる。 それでどう系統が違うんだ?」

「うーん、神代の文明の具体的な内容は僕にも断言は難しいよ」

「俺に見せてみな」

様子を見てきていたクリフォードさんが来る。

そして、しばし見て、断言していた。

「ああ、これはロマンに欠ける鉱石だ。 正体が分かった」

「どういうものなんですか?」

「兵器に使うものだ。 一度神代のかなり古い時代の遺跡で加工工場の跡を見たことがある。 人間を殺す事にしか使えない、寂しい鉱石さ」

なんでも毒性が極めて強いとかで。鉱石強度は高くなく、しかも加工は難しいので、後代ではほぼ相手にされなくなっていったものらしい。

「どうやってか体内に入るようにして、それで炸裂する仕組みにする兵器として使われていたらしい。 相手の体内にさえ入ればほぼ確殺出来るとかで、それほど大きな威力も必要なくて、それで使われていたらしいな」

「なるほどね……毒性が強いのも納得か」

「ただ、兵器化する際には圧縮していたらしいから、そのまま辺りの空気を吸う程度だったら即死とまでは行かないはずだ」

そうだろうな。

だけれども、周りの人達がこう老け込んでいる理由もよく分かった。

幸いと言うべきか。今ここで鉱物を掘っている人は、この鉱石にはほとんど興味を見せていないらしい。

ずっと昔に鉱山として使われていた事が、此処に新しく住んでいる人にまで害を与えていると言う事か。

少しだけサンプルを貰う。

クリフォードさんは何も言わない。

あたしが対人殺傷用に使ったりしないことを知っているからだ。

あたしもその信頼を裏切らない。

他にも、この辺りで取れる植物などを貰っておく。水晶も。クラウディアは相変わらず宝石を見ると嬉しそうだが。

水晶なんて、実はその気になれば作れるようになってきている。

宝石なんてそんな程度のものだ。

クラウディアに言うと、大量に作って寄越して欲しいとか言い出しそうだから、今は秘密にしておくが。

一応、去り際に鉱山の人達に、鉱物に毒があること。

この鉱物が露出している辺りは、埋めてしまった方が良いことは告げておく。

それを聞いて、納得したらしく。あわてて里長は埋めに掛かっていた。

あたしも、直に触るつもりは無い。触ると粉末が大量に指につくし。安全だとは思えなかったからだ。

帰路を行く。

魔物はこの環境では暮らしづらいのか、殆ど姿を見せない。

密林に入ると途端に姿を見せるので、ちょっと苦笑い。

まだ幸いあの巨大マンドレイクの死で縄張りが混乱している様子で。あたし達に仕掛けて来るほどの大物は、それほど多くは無かった。

それでも、一応周囲を確認して、掃討作戦を行っておく。

ラプトルの群れがかなり多い。

それも極彩色の奴もいるし、それ以外にも迷彩色の奴もいる。

恐らくは環境に合わせて体を適応させているのだが。

ラプトルという魔物が、もしも神代に作り出された存在だったら。

ひょっとするとだが。

状況に合わせて、多数のラプトルが作られ、各地に放たれた可能性も否定は出来ないだろう。

群れで動き、組織的に狩りに来るラプトルはやはり脅威だ。

見つけ次第片付けてしまう。

この間逃がした群れも見つけたので、残念ながら駆逐させて貰った。

それである程度ラプトルを間引いてから戻る。

絶滅までさせるつもりはない。

だが、人里に近かったり。

これだけ街道の近くに縄張りを作っているような群れは、いかしておく訳にはいかなかった。

アトリエまで一度戻る。

疲れている人も多いので、一度解散する。クラウディアに水晶の大半は渡してしまう。ボオスが、鉱山の里への道が開通したことを、ディアンと一緒に言いに行く。

ディアンは見ていると、少なくともフォウレの里の子供には嫌われていないし、慕われているようだ。

単純に武力が高いのが理由だろう。

一方で、大人には相当に煙たがられている。

既に大人の戦士と同等以上の力もあるし。

年齢的にも子供とも言いがたいからだ。

非常に扱いが難しい年頃で。それは験者やデアドラさんが扱いに困っているのもよく分かるのだが。

例の鉱石を釜に放り込んで調べていると、先にボオスが戻ってくる。

代わりにタオがディアンと一緒に出ていき。それを見て面白そうと思ったのか、クリフォードさんも。

店を調べに行くらしい。

こう言うところだと、秘境らしくとんでもない掘り出しものがあったりするそうで。

二人とも、一旦はそれを目当てに。

本当は、アンペルさん達との接触を図るために、里の様子を確認しにいくそうである。

二人とも相当な手練れだ。

任せておいて大丈夫だろう。

代わりに戻って来たボオスが、興味深いことを教えてくれた。

「ライザ、ちょっと小耳に挟んだんだがな」

「どうかした」

「ああ。 どうやらフォウレの住民は、元々流浪の存在だったらしいぞ」

「おかしくないよ。 辺りの人達はみんなロテスヴァッサやサルドニカと殆ど風習が違わないでしょ。 北の里の人達とおなじようなものかもね」

ふむ。

この鉱石、どうも妙だ。

元々毒物として作用するというよりも、最小要素まで分解して見ると、単純に劇物なのだと思う。

最小要素まで分解すると性質が大きく変わるものというのは結構多く。

例えば今吸っている空気とか、その辺にある水とか。

最小要素まで分解すると、極めて危険なものとなって牙を剥く事がある。

今我々が生きていられるのは、適度なバランスに自然が保たれているからであって。

それが理解出来ない時点で、人間は万物の霊長などとは程遠いのだ。

この鉱石も、元々はそれほど危険な代物ではない可能性が高い。神代の人間によって悪用されたのか、或いは。

ボオスの話はまだ続く。

「いや、それも変な話でな。 元々この辺りに住んでいた人間が、古代クリント王国くらいまでは迫害から逃れて、ずっと各地を流浪していたらしい。 それが古代クリント王国の破綻後にこの地に戻って来て、元々の住処のすぐ近くに居を構えたそうだ」

「元々の住処に戻らなかったの?」

「それが俺も引っ掛かった。 ただ、これについては詳しく話を聞かないとダメだろうな。 それも、今の段階では無理だろう」

頷く。

あたしも、マルチタスクで作業をこなしながら、その話を聞いて。ちょっと思うところがある。

この鉱石だって、目の仇にするのではなく。

本来だったら、ちゃんと使う方法があるかも知れないのだ。

無言で色々試す。他の最小要素を加えて確認して見る。

反応が激しく、釜の中でぼこぼことエーテルが泡立つ。レントが側であわてた。

「お、おい、大丈夫か!?」

「エーテルは制御してるから大丈夫。 水を分解したとき、爆発しそうになった時があって、その時に比べれば全然」

「そ、そうか……」

「水がそんな恐ろしい事に!?」

フェデリーカがぼやく。

遠い目をしていた。

水ですら安全ではないのなら、何が安全なのだろう。そういうあきらめが、目にも宿っていた。

反応が一段落する。

なるほど、分かってきた。これは何かしら反応を穏やかにさせるものと組み合わせれば、地上に露出しているこの鉱石を毒物ではなくすることが出来る可能性もある。

鉱山のほうにある分はもう里の人達が埋めに掛かっているだろうが。

流れ出た分はそうはいかない。

そうそうに対処がいるだろう。

順番に反応を試していると、フィーに呼びかけられる。時間か。

とりあえず切り上げる。

もうみんな揃っていて、夕食の準備が出来ていた。

夕食を取りながら、タオの話を聞く。

タオによると、里の態度はかなり軟化してきているらしい。多数の魔物を撃ち倒し、殺された戦士の仇もとったことが大きいようだ。

だが後一押し欲しい、ということだった。

「明日、漁村の方を見に行くつもり。 漁村の西側ね」

「あっちは橋が落ちていたり、魔物も強いぞ。 しかも橋の先には例の禁足地があるんだ。 だから、橋が落ちたのをそのままにしているんだ」

「なるほどね。 橋、直しておこう」

「橋までなおせるのか! すげえぞライザ姉!」

相変わらずの新鮮な驚き方だ。

苦笑いしながら、夕食を食べたら風呂に入って寝るようにいい。

そして、あたしも研究は今日はここまでと切り上げていた。

 

3、一通りの安心のために

 

漁村にボオスを交渉役で残し、漁村の西側に出る。

朝の内に、鉱山の里への道を再確認しておいた。そっちは多分、フォウレまで来る経路くらいは安全だろう。

密林の方に踏み込んだらどうなるか分からないが。

少なくとも大物が来る気配はない。

密林を調査するのはこれからだ。

ただでさえフォウレの里は色々と面倒そうだから、念入りに準備をして動かないと危ないのである。

漁村を出て西に行くと、なるほどなるほど。

魔物がかなりの数闊歩している。

漁村の戦士が、危ないから気を付けろと言っていたのも納得出来る。

ディアンが手もなく捻られたことは既に知られている様子で。ディアンが子分になっていると言う噂も流れている様子だ。

だからこそ、危ないぞというくらいで済ませているわけで。

普通だったら死にたいのか馬鹿野郎と怒号が飛んでくるくらいの危険地帯だ。

「どうみる?」

レントが聞いてくる。

あたしは頷くと、手をかざしながら敵戦力を分析。

満遍なく強いが、今の時点では大物の気配はないか。

ならば片付けてしまおう。

ボオスが戻ってくる。

この先にある橋は、復旧の目処も立っていない、ということだった。まあそうだろうなと思う。

復旧についてはあたしたちの自腹でやる事は、ボオスに先に伝えてある。

ボオスも、架橋には何度かつきあわせている。だから、できる事は分かっているし。そのまま伝えたようだった。

では、片付けるか。

かなりの数だが、消耗しすぎない程度に、少しずつ削って行く。

ラプトルの群れを相手にしているとき、横やりを入れてくる他の魔物はいない。ということは、あの槍と翼を持つ奴はこの辺りには出ていないと言う事だ。

縄張りの範囲が魔物にはあり。

それをおかさない限りは、基本的には複数種類が同時に仕掛けて来る事はない。順番に片付けていき。

片付けた後はすぐに捌いて、売れるものは漁村で売ってしまった。

ラプトルは皮が。

鼬は価値が落ちるが肉。毛皮はそれなりに売れる。

ただ鼬の場合、寄生虫避けか泥を浴びているケースがあり、そういうのも落とすのが売り物としての最低条件になるが。

無言で魔物を片付けていき。かなりの魔物を処理する。

漁村の側に洞窟があり。

そこに、大きなサソリが住み着いていたが。普通に仕留められる範囲内だ。毒針のついた尾を振り回してくるが、クラウディアが速射して弾き返し。レントが尾を斬り飛ばす。

更に、鋏をセリさんが植物魔術の蔓で押さえ込み。

あたしが別に頑丈でもない胴体を蹴りで打ち砕いて。それでおしまい。

サソリの甲殻はそれほど硬くもない。

これが毒針を持っていない姿がよく似た「カニムシ」等になると、甲殻が硬くて非常に厄介だったりするのだが。

毒をもっているサソリの方が実は大きくなってくると与しやすいというのは。色々と面白い話だ。

ただサソリは一匹ではなく、何匹も出てくる。

そしてサソリは魔術は使えるが、残念ながらあまり頭も良くない。

毒をもっているというのはそれだけの大きなアドバンテージで、他の魔物もそれを知っているからサソリとの戦闘は避けたがる。

それを利用して、此処を巣穴にして、繁殖していたというわけだ。

勿論旅人が襲われればひとたまりもない。

相手の気配を察知できるような旅人ばかりではないし。護衛を雇える商人ばかりでもない。

雇った護衛が、魔物より強いわけでもない。

そういうものなのだ。

洞窟を抜ける。

まだまだ魔物がいる。

あたし達が姿を見せると、首を伸ばして警戒したのは、大きめの鹿だ。鹿は草食だが、草食でも人間に対して強い敵意を見せる魔物は多い。

鹿は殆どの場合家畜化が出来ずにいるが。

それは性格などに問題があったりと、色々とある。

今見えている鹿の群れは、かなり大きくて。多分人間の十倍以上は体重があるだろう。あれで人間に敵意剥き出しとなると。

充分な脅威になる。

一度離れる。

縄張りに踏み込まなければ仕掛けてこないはずだ。ディアンが不思議そうに聞いてくる。

「ライザ姉、どうしてしかけないんだ?」

「洞窟の漁村側の安全を確保することに注力する。 あれは明日以降かな」

「なんだよ。 戦いたい」

「我慢我慢。 どうせ明日には嫌でも戦う事になるんだから」

「そっか!」

嬉しそうだな。

まあそれはそれでいい。

鹿肉はかなり高く売れる。相手も人間を見て距離を取るのでは無く、積極的に仕掛けて殺しに来るのなら。

その場で仕留めるだけだ。

悪いが距離を取って共存ができるならそうするが。そうできないのなら排除するしかない。

この世界で、人間は。

そうしないと、そもそも滅んでしまうのだから。

漁村側で、魔物を駆逐して回る。やはりまだまだいる。

大きな蝙蝠が飛び交っている。

あれは病気を媒介するから、噛まれたりすると危険だ。勿論人間を見て襲ってくるようなら仕留める。

そして襲ってきたので。容赦なく叩き落として。

後は魔力が強く篭もっている翼だけ切りおとして、焼いてしまった。

病気を多数持っている蝙蝠の肉は、食べるにはリスクが大きすぎるのである。

 

二日掛けて、漁村周辺の魔物を始末する。

鹿は案の場近付いた瞬間襲ってきたので、残念だが群れごと駆逐した。魔術を足に集めて、凄まじい勢いで突貫してくる強力な魔物だったが。今のこの面子だったら、倒すのにそれほど危険はない。

油断さえしなければ、だ。

突進を受け止めようとしたディアンが吹っ飛ばされて。慢心ダメ絶対と結構強めに叱ったが。

ちゃんと以降は慢心しなくなったので、そこを褒める。

ディアンはちゃんと話は聞くので、それでこういう失敗をしなくなるのだったら安いものだ。

あの突進、ディアンに防御強化の魔術が篭もった装飾品を渡しておかなかったら、致命傷になった可能性が高い。

鹿の角は飾りじゃない。

人間の体なんて、特にさっき交戦した鹿くらいになってくると。簡単に貫いてしまうのだから。

鹿肉は、漁村で売ってしまう。

かなりの高値で売れた。鹿の皮も。

内臓の一部も売れたが、生で食べるのは絶対にダメだ。どんな寄生虫がいるか知れたものではない。

捌いている間も、蛇くらいある寄生虫が内臓から出て来て、フェデリーカが卒倒しかけたほどで。

大きいのでもそれなのだ。

小さい寄生虫は、それこそわんさかいるのが現実なのである。

それで、橋に到達した。

既に破壊されて落ちてしまっているが、これは恐らく魔物の手によるものだ。風雨による劣化ではない。

基礎部分を、タオとクリフォードさんが調べる。

橋は落ちているが、基礎部分は無事だ。

「様式はこれは神代のものだな。 やはり錬金術関係か?」

「僕はそう思います。 見てください、この辺りの石材の組み合わせが……」

「おっと、みろこの模様。 ええとだな……あった。 これだ」

「おっ。 流石ですねクリフォードさん。 ええと何々……」

楽しそうな二人。

レントが側で護衛し、クラウディアが音魔術で最大警戒。どこから魔物が来るか、知れたものではないからだ。

その間にセリさんが、植物魔術を使って、足場を組み。

更に水中からの奇襲を防ぐべく、硬度が高い植物を張り巡らせて、結界を展開してくれる。

あたし自身は近くを見て周り、川の中から奇襲してくる魔物に備える。

川そのものは、橋が架かっている地点からかなり下にある。

手をかざして遠くを見ると、美しい湖があって、水がきらきらと輝いている。湖の中央にある島には、何かしらの遺跡もあるのが見えていた。

「ディアン、この辺りはもう禁足地?」

「いや、この辺りは確かデアドラ姉も何も言わないはずだ。 こっから北に行くと、誰も住まなくなった村みたいなのがあって。 そこにはよく分からない道具がたくさん落ちているんだ。 その辺りくらいから禁足地だかって入ってはいけない場所扱いだな。 もっと小さいときに、その近くまで行ったことはある。 でも、魔物が一気に元気になってからは、もう行っていない」

「……調べる価値はありそうだね」

「ああ」

ボオスがぼやく。

フェデリーカには、新しく覚えた舞いを試して貰っている。集中力を上げるためのものだ。

元々フェデリーカの舞いは神降ろし。

それによって、様々な神を降ろす。この間の冬操作も、そういった神の一柱であるのだとか。

今やっているのは、学問の神様の神降ろし。

それによって集中力を高めるのだそうである。

どこまで本当かは知らないが、ともかく効果はある。舞いの魔術に、そういう理由付けをしているだけの可能性もある。

魔術に自分ルールを組み込むことで、火力を上げたり性能を上げたりする魔術師は良くいるのだ。

よくあるパターンが、使うと寿命が縮む術とか。一日に何回までしか使えないとか。

フェデリーカの場合は、神降ろしの設定が大事なのだろう。

タオとクリフォードさんがホクホク顔で戻ってくる。

そして、軽く打ち合わせをした後、橋の修復に掛かる。

足場はあるので、落ちても即死とはいかないだろう。順番に橋桁を渡して、更に橋の石材を組み合わせていく。

あたしも釜を今回は持って来ているので、その場で調合。

幸いこの辺りでは、もう危険は考えなくていい。

遠くではかなりばかでかい何かが飛んでいるようだけれども、あれが鳥にしてもワイバーンにしても、此処に危険はないとみて良いだろう。

石材を加工して、運んで組み合わせて貰う。

基礎からやらなくていいので、むしろ楽だ。

橋を順番に組み立てて行き、そして床をしっかり固める。元々の構造だけでもいけるのだが。其処に建築用接着剤と、あたしが組んだ合金もあわせて、がっつりと固めておく。もう架橋は何度も皆こなしている。

ディアンには、最初は見稽古だと告げてあるので、じっと皆の動きを見ている。

今度はフェデリーカには、いつもの戦闘時の舞いを待って貰う。皆の力を引き上げるものだ。

それで更に、架橋はスムーズに行う事が出来た。

一刻ほどで橋が完成。

若干アーチが掛かった、綺麗な橋だ。手すりもしっかりつけて、簡単には落ちないようにしてある。

神代のものとはちょっと違うが。基礎部分の色などとは出来るだけあわせておいた。模様がない橋だが、アーチの曲線は相応に美しく仕上がったと我ながら思う。

「どう、クラウディア。 綺麗に出来た?」

「橋の造詣は綺麗だよ。 ただちょっと無骨かな。 私はもう少し白くて華奢な方が好きだけれども、街中の橋ではないから仕方が無いかな」

「そうだね。 魔物が上に乗っても落ちないようにしたから、まあこれでいいのだと思う」

「後は強度だな」

レントの声に、頷く。

ディアンに、橋の其処を抜いてみろと、けしかける。

うきうきの様子で出向いたディアンが、思い切り跳躍してから、斧をフルスイング。

がつんと弾き返されていた。

「うおっ! すげえ!」

「もう加減の方も大丈夫だね。 今の、加減をきちんと出来ていないと、腕の骨を折ってたよ」

「分かってる! しっかし本当にライザ姉はすげえな! なんどもなんども思う!」

「ありがとう」

苦笑いしながら、ディアンを戻す。

橋の床を確認するが、傷一つなし、と。

実は橋の石材に強化魔術が掛かっているので、橋そのものの強度が上がっている。周囲の魔力を吸い上げて、橋の自動修復も少しずつ行われるようになっている。

それだけ強力な橋だ。

まあ、壊れる事もないだろう。

そのまま、もう少し進む。

魔物も、橋が出来て仰天したのか。昨日まで、この辺りの魔物が散々駆逐されたのを見ていたのか。

距離を取って逃げるものもいる。

かなり大きなラプトルが、のしのしと出てくる。手下らしいのも引き連れて。

これを片付けて今日は終わりかな。

そう思って、あたしは号令を掛けていた。

 

漁村周辺の魔物を掃討するまで、更に二日。

その間、鉱山の街と、農村への街道も、何度も往復して、魔物が増えていないことは確認した。

農村に嫁いだ人は、上手くやれているようである。

血が濃くなって困っているのは、農村の方も同じであったらしく。余所から来た人間は歓迎する風潮があるようだ。

これは確かに、体がおかしい子供が増えてくれば、自然にそうなるだろう。

ともかく今まであたし達が片付けた魔物が。それだけ辺りを乱していたこと。そしてこれは世界中で起きている事。

どっちも事実。

どうにかなんとか共存出来るところまでもっていきたいのだけれども。

その日は遠そうである。

フォウレに戻る。

里で、回収してきた鹿皮や角などを納品しておく。橋を作ったという話を聞いてデアドラさんは眉をひそめたが。

ディアンがすぐにつれて行って。

デアドラさんは、無言で戻って来た。

「ライザ殿。 その錬金術でできない事はないのか」

「死人を生き返らせることは無理ですね。 摂理を超えてしまっている病人を助けるのも無理でしょうね」

「そうか……」

「建築はあたしの得意分野ですので、だいたいは出来ますよ。 ただ……」

竜風というのが近いとして。

その破壊の威力がどれくらいか分からない。

だから、やっていない事。

見ていないこと。

これらについては、対応できるかどうかは分からない、とだけはしっかり言っておく。

あたしも何もかもやってみないと分からないのだ。

デアドラさんは少し考え込んでから、後で仕事を頼むといって、験者屋敷に戻っていった。

ディアンは子供達を集めて、あたし達の戦いぶりを話しているらしい。

子供達も、里の近くにまで来ている強大な魔物には恐れを成していたから。それをばっさばっさと撃ち倒したあたし達には、相応に感謝をしていたようだ。

具体的にどう倒したのかを聞くと、喜んでいた。

それはそうだ。

子供達にとって、魔物は時に親兄弟の仇であり、絶対悪だ。

それが倒されたというのなら、嬉しいに決まっている。

あたしもそれを止めるつもりは無い。

さて、そろそろか。

クラウディアに頷く。クラウディアも、声を落とした。アトリエに歩きながら、音魔術で周囲に音が漏れないようにして話す。

「験者屋敷を念入りに音魔術で調べたけれど、多分変な機具はないと思う。 デアドラさんらの手練れが警戒しているんだろうね。 その警戒も、だいぶ緩んでいるとみて良いと思うよ」

「……後一手かな。 戦士達が里をある程度離れる状況を作りたいけれど……」

「それなら考えがあるかな」

アトリエで、クラウディアの話を聞く。

ちょっと悪辣で、苦笑いしてしまう。

勿論誰かが死ぬような事にはならない。それについては、責任を持つ。

ただ、アンペルさん達と軽く話せる時間は限られているし。ディアンとあたしが、短時間だけだろうが。

「よし、頼もうかな」

「ただ、デアドラさんはまだ信じていないよあれは。 もうちょっと色々と仕事をこなさないと、絶対に見つかると思うね」

「……そうだね。 あの人、アガーテ姉さんと殆ど変わらない手練れだ」

「うん、強いね。 バレンツで雇いたいくらいだよ。 フォウレの中核の戦士だろうし、それも無理だけどね」

さて、此処からだ。

しばしして、皆がアトリエに戻ってくる。

そのタイミングで、デアドラさんがアトリエに来た。恐らく正式なものだろう。書状をもっていた。

それなりに良い紙だ。

機具で作れるのかも知れない。

「一つグレードが上の仕事を頼みたい」

「分かりました。 確認させていただいてもよろしいですか?」

「ああ。 見てくれ」

「どれ……」

内容について、だ。

まず、竜風が起きるのは恐らく十年以内である事が。様々な兆候から分かってきているという内容が、つらつらと記されている。

若干回りくどいが。

この辺りを巻き込む危険な災厄だ。

通りすがりのあたし達にも、警告する意味があるのだろう。竜風については、周囲の集落にも共有しているようだし。

更にそれで、やはり住居を強化するのに、木材が足りていないという。

この辺りの密林にある木々は、どれも木材としてはあまりいいものではない。水が多すぎるし、強度が足りていないのである。

本来は漁村の辺りから木材を仕入れて、それで使うほどだそうだ。

潮風に晒されている木々の方が、強いくらいなので。

ただ、例外があるという。

あたしが橋に強化魔術を掛けたように。媒体として使い、魔法陣を刻んで家の強度を強化出来る素材。

それが、森の中にある。

フォウレの里で、神体として崇めている木だそうだ。

この木は勿論壊していいものではなく、周囲に落ちている枝などを集めてくるそうなのだが。

今は、そこまで行く術がない。

密林の中は危険な魔物だらけで。

ディアンがいう種拾いですら、行く事を今は禁じられているとか。

「つまり、密林の中で、その木に行くまでの道を確保して欲しい、ということですね」

「回りくどくてすまないな。 フォウレだけではなく、周辺の街まで魔物の脅威から解放してくれたライザ殿だから頼める。 それに……」

「それに?」

「この神体への道は、我等の聖地への道を開くために必要でもある。 恥ずかしい話だが、魔物が多すぎて、種拾いに出向く聖地にすら近づけないのだ」

ああ、それでか。

動いていない機具があると思ったら。

種という、植物の種とは違う動力を使うと言う話はディアンからも聞いていたのだけれども。

それすらが足りず、動かせずにいるというわけだ。

その種についても調べたいのだけれども。

ちょっとそれには、下準備が色々といるか。

種の現物を見せろといっても、デアドラさんは警戒を解くどころか強めるだけだろうし。

アンペルさんの救出が遠のくだけだ。

それに、アンペルさんとリラさんを助ければそれでいいというものでもない。

別に邪教を崇めているわけでもないこの里を放置して去るわけにもいかない。

近くには門もある。

どうどうと功績を重ねて、ぐうの音も出ない程にフォウレの里にあたし達を認めさせた上で。

アンペルさんとリラさんを、解放して貰う。

それくらいの気持ちでいないと、今後この世界を変える事はできないだろう。

「分かりました。 明日から、密林内部での魔物掃討作戦に取りかかります」

「極めて危険な場所だ。 気を付けてくれ。 昔は私と同じくらいの使い手が何人もいて、それでどうにか聖地までの道は確保できていたのだがな。 それもあの巨大なマンドレイクや、他にも強力な魔物が多くでて、少しずつ倒れていってな。 今では私のような経験も浅い若造が村の種拾いの長という有様だ」

「……どうにかします」

頼むといって、デアドラさんは出ていく。

やはり、色々背負っている人だ。

両肩の重荷を下ろせるのは、多分かなり先だろうなと思う。ディアンが愚痴る。

「マジの話をすると、ライザ姉にもらった道具類を外して、あの舞いもなかったら、デアドラ姉は今の俺より強いんだ。 それなのに、あんなにいつも凹んでる。 里を守るのが精一杯だってのは分かるけど、だからこそ悔しいんだ」

「それで、アンペルさんやリラさんに興味を持ったの?」

「ああ。 ライザ姉と同じくらい凄いと思った。 リラ姉の強さは、俺なんか足下にも及ばないのが分かったからな! だけど、二人はどうして抵抗もせずに捕まったんだろう……」

「二人はね、色々世界中でやることをやってきたんだよ。 時期が来たら話す」

頷くディアン。

ともかく、明日からは更に危険な魔物とやりあうことになる。

この周辺の集落の安全は確保できた。

ならば、守りは終わりだ。

攻めの時間である。

それと、もう一つ。

クラウディアが、今、農村とフォウレで幾つかの約束を取り付ける、大きめの取引の仲介をする話を進めてくれている。

さっき話したのはそれについてだ。

フォウレは密林の中という事もあって、作物については余所から入手しないとコストが嵩んで仕方が無い。

今までは漁村から入手していたらしいのだが。作物があまり取れないのはそっちも同じである。漁村の人だって作物は食べるので、割高になってしまう。

果実などはあるのだが、それだけでは体を壊す。栄養のバランスが明らかに壊れるからである。

そこで農村との交流が回復した今。

漁村もそうだが。後は鉱山の里も含めて。緊密な連携が必要になってくるわけだ。

農村については、平原の方に進出したいと考えているようだが。現時点では戦士の手が足りず、畑すら荒らされる事が頻発している有様であるというのは、あたしも実際に見て確認してきた。

つまり、この取引には、フォウレの験者を含めた、偉いさんが殆ど出るとみて良い。

アンペルさんと接触するのは、それが好機だ。

ただ、それもあたしが信頼出来る存在だとフォウレにもっと認識させないと、まだまだ失敗する可能性がある。

この辺りの人々と対立して、無駄な戦闘をするのは避けたい。

もし最悪の事態になったら、後悔しても後悔しきれない。

戦えば勝つ自信はあるが。

別に殺さなければならないような人々でもない。

人間を平気な顔で殺して時には食う事すらある匪賊でもなんでもないのだから。

「皆、聞いて。 そろそろアンペルさん達と接触するチャンスが来る」

「!」

全員が緊張する。

それはそうだ。

フォウレの里の人達と、最悪敵対する事になるのだから。ただ、あたしは基本的に最大限穏便に事を済ませるつもりだが。

農村との取引の話。

その際、あたし達のほぼ全員がそっちに出向く事も告げる。

ただ、これをやる前に、フォウレの里の人間を、可能な限り信頼させなければならないし。

何より験者を含む主要な面子が、農村に出かける好機をつくらないといけないだろう。

それについては、あたしもしっかり考えている。

勿論あたしが農村に来て欲しいと頼まれる可能性もあり。

その場合は、あたしの代理を誰かに頼む事になる。その時は、適任はタオだろうと判断する。

タオも、それを聞いて分かったと頷く。

ともかく、これからが正念場だ。

「今までの情報を総合する限り、密林の中には、あのサルドニカで交戦したフェンリルがいる可能性がある。 あれよりも強いかも知れない」

「ちょっとあいつは洒落にならなかったな……」

「とにかく、気を付けて。 皆、気を抜かないで。 もう少しというタイミングが一番危ないからね……」

ディアンとフェデリーカを除いて、皆歴戦の戦士だ。

だから、油断することはないとは思う。

だが、あたしも皆を無為に死なせる訳にはいかない。それだけのものを背負っているということだ。

故に、徹底的に注意を促す。

皆のリーダーシップは、あたしが取っているのだから。

 

4、下準備と下ごしらえ

 

地図を見ながら、指示を受けた方向を確認する。デアドラさんは流石で、密林の中にも土地勘があるようだった。

デアドラさんと同格の戦士が何人かいて。

その戦士達が戦死したのがいたかった。

それが事実なのだろう。

実際、密林の中でこれほど魔物が強大化するまでは、なんとか突破出来ていたわけなのだから。

禁足地についても、危険だから立ち入り禁止になっていると言う事は。

逆に言うと、足を運んで危険であることを確認していたのだろう。

物見櫓の上に上がって、方向をチェック。

そこから、フルパワーで跳ぶ。

跳躍はあたしの得意技の一つ。

足技を主力にしているのだ。足腰は相応に鍛えている。昔もよくこうやって偵察をしたっけ。

空中で何度か爆発を熱魔術で起こして、落下速度を軽減する。そして、着地でダメージを受けないようにする。

呆れ気味に、それをデアドラさんは見ていた。

「身体強化魔術の専門家でもないのに、なんという跳躍の高さだ」

「いえ。 それよりも、こういう拡がった木が見えましたけれど、それですか?」

手で形を作って見せると。デアドラさんは頷く。

そうか、それか。

ちょっと厄介そうだ。

大きな木が見えたのだが。其処に行くまでに、密林の中を複雑な経路で通らなければならない。

ちょっと今の一回だけでは、覚えきれなかった。

もう二三度跳躍して、地図に書き記しながら、状況を分析する。

最悪の場合木を突っ切って行く事も想定しなければならないが。それは出来れば避けたい。

更に問題だと感じたのは、森の中に巨大な魔物を複数。

この地点からも見えた、ということだ。

更に森の奥には、巨大な河がある。

以前見た、オーリムの。王都近くから行った場所の規模ほどではないが、かなりの川幅である。

その河の手前側が広く湿地帯になっていて。

その広さもまた、非常にえぐい。

ただどうも手が入った湿地に思えるのである。これは、何かあるのかも知れない。

「まずいですね。 密林の中に相当にやばそうな魔物が数体見えましたよ此処からでも」

「あれらは基本的に触らないようにと先祖からずっと言われて来ている。 森の守護者というよりも、手を出した場合見境なく暴れて手がつけられないからだ。 一度あれらの一体を奧の河に誘導して押し流したことがあったが、それも何度も上手くは行かないだろう」

「……」

誰も考える事は同じか。

水の勢いというのは凄まじく、巨大な魔物でも抵抗できない事がままある。昔のフォウレの里の戦士達は、恐らく大きな被害を出しながらそれをやって。

それでいながら、割に合わないと判断したのだろう。

それと。

奥の方に城みたいなのが見えた。

あれは恐らくだが、十中八九アンペルさんらが調べていた場所だと判断して良さそうである。

それについては、藪蛇になるから言わない。

とにかく、順番に一つずつ片付けて行かないといけないだろう。

魔物の大きさと姿について、説明をしていく。

タオとクリフォードさんのどちらかが知っているかも知れないからだ。

だが、二人も良く知らないらしい。

そうなってくると、完全に未知の相手か。戦うのは相当に大変に思えるが、やるしかないだろう。

「最低でも小山みたいなのが三体いると。 全部と戦う必要はありそうか」

「いや、出来るだけ戦闘は避けよう。 動きが遅そうな一体についてはどうにでもなりそうではあったけど」

「あくまで希望的観測だね」

「うん……」

レントも、流石に密林の中に姿が見え隠れしている巨大な魔物相手に、連戦したいとは思わないようだ。

ただ、それはあたしも同じである。

これらを連続で倒すのは。四年前の対「蝕みの女王」との戦闘を思い出す。

あれはあたし達が未熟だったせいもあって、しかも「蝕みの女王」の麾下軍団が兎に角粘着質だったこともあって、とにかくしんどかったのだ。

二度はやりたくない。

四度フィルフサの群れを滅ぼしたあたしだが。

実は最初のあの群れとの戦いが、相対的に一番厳しかったと今でも思っている。

あの大きさの魔物となると、フィルフサの将軍並みの力があってもおかしくはない。

いずれにしても、連戦は厳しい相手だった。

「そういえば、フェンリルはいましたか?」

「視界にはいなかったかな」

フェデリーカが、それを聞くとそうでしたかと。本当にほっとした様子である。

ただ、これはあくまで何度か跳躍してあたしが目で見た範囲では、の話。

これ以上は、跳躍での偵察はあまりにも無理がありすぎる。何かしらの対策が必要になるだろう。

それにフェンリルがいた場合、大きさからしてあれら巨獣とはだいぶ違うだろう。

此処から跳躍しても見つからなかっただけの話で、いてもおかしくはない。

とにかく、もう何度か跳躍して、地図に手を入れていく。

数年は奧へ入っていないのだ。

どうなっていても、不思議ではないのだから。

着地して、それで一度休憩。あたしも散々飛び跳ねれば、それはそれとして疲れるのである。

デアドラさんは、後は頼むと言い残して、戻っていく。

まあ、あたし達の事はまだ疑っているようだが。

これから仕掛ける事についても、疑ってはいないようである。

アトリエに入って、作戦会議。

地図を拡げて。タオがある程度書き起こしていく。

「この辺りとこの辺り、もう一度確認してくれる? 通れない可能性があるんじゃないのかな」

「分かった、丸つけておいて。 休憩後にまた跳ぶ」

「ごめんライザ」

「事前調査で手を抜けば死ぬのはあたし達みんなだからね。 こればっかりは仕方が無いかな」

それでも、疲れるのも事実ではあるのだが。

しばし、フェデリーカが焼いてくれたお菓子を黙々と食べる。クラウディアの作るお菓子に比べて、王都のものよりは味が薄く。もうちょっと濃い感じだ。あたしの語彙力だとその程度の表現しか出来ない。

神代の頃は物資もテクノロジーも有り余っていたから、こういうお菓子も更に繊細な味付けとか、豪華な造りとか出来たのだろうが。

今の時代は、物資も限られているし。

人間が全世界で押されている状況に変わりが無い。

だとすると、こういう風に、お菓子にも限界が出てくるのは仕方が無かろう。

「ま、まずかったですか?」

「いや、美味しいよ」

「神代の頃のお菓子は、それはもの凄く種類が豊富だったらしいよ。 発掘されたカタログを見た事があるんだけれども、それは色とりどりで美味しそうでね」

「そういうのを食べていた人達なのに、話を聞けば聞くほど心が貧しいのはなんなんでしょうね」

ぼやくフェデリーカ。

あたしもそう思う。

ともかく、休憩を入れて。また跳ぶ。タオは結構駄目出しが容赦ないので、なんどでもやっておかないと。

その間に、ボオスとクラウディアはディアンと一緒にフォウレの里の中を回って、コネ作りをしてくれている。

根回しをじっくりやっておいて。

いざという時に、此方に対する悪感情が爆発しないようにしておくのだ。

今の時点で、フォウレの里の人達にとって、あたし達は技術的にも戦力的にも全く分からない存在でしかなく。

その畏怖が距離につながっている。

別に距離があるのは悪いこととは限らないのだが。

それでも、今回の行動では、下手に距離を作る事は色々とまずいのだ。

タブーか何かを踏んで、それで一気に感情が爆発する可能性も考慮しなければならないのである。

できるだけ相手の長所も短所も、調べておかなければならない。

夕方になって来た。

地図を散々直したが、やはりそれでも近場にいかないと分からないものだらけだとタオは言う。

それでも前よりはマシだと思って、一度これで切り上げる。これ以降は森が暗くなって、どこに何があるか知れたものではなくなる。跳んでも無駄だ。

しばらく調合して色々と調べていると、先にクラウディアが戻って来た。くすくす笑うので、どうしたのか聞いたら。

ボオスをこの村にくれないかと言われたらしい。

まあ、外の血を入れるのは有用だ。

ボオスが巧みに交渉する上に、戦士としても悪くないのを見て、そう判断したのだろうが。

残念ながら、それは無理だ。

「ボオスも困っていたんじゃない?」

「うん、まあね」

「ボオスさんが来てくれれば心強いのは俺も思うんだけど」

「いや、あいつ好きな人がいるから。 だけど本人の前で言ったらダメだよ」

しばしぽかんとして。

そうだったのかと、ディアンがぼやく。

そして、こういう所でボオスは無茶苦茶義理堅い奴なのだ。きっとキロさんへの感情は、今後も変わらないだろう。

ボオスが戻ってくる。随分と疲れているようだったので、何も聞かない事にする。

夕食の後、明日から密林の奥に仕掛ける話をして。

それで、今日は終わりだ。

明日が、本番になる。

 

(続)