未開と未解

 

序、異境の地

 

一応此処もロテスヴァッサ王国ではあるのだが。そもそも気候が根本的に違うな。そう、あたしは思う。

彼方此方を旅する人から聞く。

場所によっては、恐ろしく寒く。雪が建物より高く積もるらしい。

更には、時期によっては一日中夜が明けない日がある地域すらもあるとか。

そういった不可思議な場所と同じように。

既に船上で暑い。

もうすぐ陸が見えてくると言うことだが。

この辺りの集落では、半裸で生活している人が珍しく無いと聞いて。それも納得してしまった。

手をかざして見ると、空の色すら若干違う。

また、昨日辺りから、不意に大雨が降る事が増えてきていた。

艦隊から船が離れて、もうすぐ半日か。

あたしも、そろそろ降りる準備を皆にするように告げていた。

船に併走するように、大きな海蛇が泳いでいる。本当に蛇なのかは分からないが、意外と大人しい魔物だ。

勿論目の前に人間が墜ちてきたら食べるだろうが。

船を襲ってバラバラに、なんて事をすることもない。

大蛸や大烏賊もそうなのだが、凶暴さが過大評価されている魔物はコレに限らず存在している。

勿論こういった魔物も、腹の居所が悪ければ襲ってくるだろうから。

油断をするつもりもない。

やがて大海蛇は「一緒に泳ぐ」のに飽きたのか、船の側を離れていく。

軽く手を振って、その様子を見送った。

「お……」

見えてきた。

とても森の密度が高いのが分かる。

それに臭いも変わった気がする。

手をかざして見ていると、やがて側にフェデリーカが来ていた。

「この辺りの民は、私達よりも更に肌が黒いそうです」

「そりゃそうだろうね」

「?」

「日焼けってするでしょ。 あれって日の光に含まれる有害なものを防ぐためらしいんだよね」

これについては、以前遺跡から出て来た情報でわかったらしい。タオが群島が出る前にまとめて手紙で送ってきたので、目を通していた。

前から確かになんで日焼けをするのか不思議ではあったのだけれども。

そんな風な仕組みがあったのかと、驚かされた。

こういう暑くて日差しも厳しい地域だと、最初から肌が黒い方が有利だろう。だから、肌が黒い。

ただそれだけの話である。

「東の地は暑いんだっけ?」

「いえ、四季がしっかりしているらしいと聞きます」

「ふうん……」

「サルドニカに最初に来た人達は、此処ほどではないけれどもそれなりに暑い地域から来たらしいです。 それで、私にその名残があるのかも知れませんね」

まあ、それはあっても不思議ではないか。

千年前くらいが神代だと言われているが。

どうして神代が終わったのかはよく分かっていない。

更に、人間の文明の痕跡は、もっとも古いものだと10000年以上も遡る事が出来ると聞いている。

それだけ長い時間が経過しているなら、住んでいる土地に適応しても不思議じゃない。

そもそも生物は長い期間を掛けて、住んでいる土地に有利なように適応して行く存在であるらしい。

そう考えると、別におかしな話ではなかった。

やがて、船が陸に近付いて行く。

見えている建物は、木造が中心のようだ。

まあ、何となく分かる。

石造の家は、基本的に密閉性が高いのである。

それはプライバシーが守られる意味もあるのだが。

しかしながら、こんな暑さでは、やっていられないだろう。

別に木造を悪いと思うつもりは無い。

実際問題、あたしが各地に建てているアトリエだって、木造と石造のハイブリッドなのである。

それぞれ良い所を、土地にあわせて採用していけば良い。

それだけの話だ。

程なくして、接舷する。

船から最初に船員達が下り、タラップを桟橋に降ろして。それでやっと人が行き来をし始める。

この辺りはかなりの魔郷と聞いていたが、住んでいる人達もみんな背が高くて、筋骨たくましい。

まあクーケン島でも、漁師とそうでない人は見るからにガタイが違ったけれど、そういうものなのだろう。

船を下りて、荷車を皆で順番に降ろす。支払はクラウディアがやってくれるので、桟橋から先に。

桟橋の辺りはまだ深いが、すぐに水深は浅くなっていくようだ。

この様子だと、海が急激に深くなっているのだろう。

港は水深がある程度ないと成立しないのだが。

特にこう言う大きめの船が入ってこれるという事は、この辺りも海の底はかなり遠いのかも知れない。

レントが降りて来たので、聞いてみる。

「彼方此方旅をしてきたんでしょ。 この辺りは来た事がある?」

「一応な。 あんまり長居はしなかったが。 ただやっぱり魔物が手強かった記憶はあるぜ」

「そうだろうね……」

集落以外は全部森。

そんな雰囲気だ。

そもそも土地が非常に豊かな上に、水も日の光も激しい。

そうなれば植物だって、散々育つ。

魔物だってわんさか湧いてくるだろう。エサがそれだけあるのだから。

人々が暮らしているのが不思議なくらい。

こういった場所で、既に人間が滅びてしまった土地も当然存在していた。そう思うべきなのだろうな。

あたしはそう考える。

セリさんが、目を細める。

「懐かしいわね、この辺り」

「来た事があるんですか」

「ええ。 生きてまた来るとは思っていなかったけれどね」

「……」

そうか。

それはまた、大変な話だな。

セリさんも、此方の世界に来る時に色々とあったと聞いている。だとすれば、そういう覚悟で各地を渡り歩いていても不思議ではないのだろう。

いずれにしても、今聞く話ではないな。

そう思って、桟橋を渡る。桟橋に長く留まるのはあまりよろしくない。見た感じ、入り江に作って大きな魔物が入るのを出来るだけ防ごうとはしているが。

これだけ急激に深くなっている事を考えると、魔物が足下から来る可能性は常に考慮しなければならない。

陸に上がって、それで荷車を運び上げて。

それで船を送る。

クラウディアは、ここでちょっと商談があるらしい。バレンツとしてもあまり来た事がない土地だ。

今のうちに、商業の足がかりを作っておきたいそうである。

しっかりしている。

ボオスもそれについていく。

恐らくだが、クラウディアに学ぶ事が多いと考えているのだろう。

「ボオスさんとクラウディアさん、一緒にいる事が多いですね」

「まあボオスには好きな人がいるし、あいつ凄く律儀だからそういう関係には絶対にならないけどね」

「えっ……」

「そういう話興味あるの?」

フェデリーカが。あたしが笑顔を向けているのを見て、首を必死に横に振る。

まあ、興味を持つのはいい。

あたしはもう結婚とか子供を産むとかするつもりはないけれど。他の人がするのをとめるつもりもない。

「荷物の品降ろしに手間取ってるな。 俺、少し手伝ってくる」

「分かりました」

クリフォードさんも桟橋の方に戻る。

恐らくアレは小遣い稼ぎだろう。

あたしは実は皆に生活費とか色々渡している。特にクリフォードさんは可変性の高い契約をしているとは言え、元々かなり羽振りが良いアーベルハイム直参の傭兵である。こっちに来て貰ったからには、それなりのお金を払うのが当たり前。

勿論それで困るような資産をしてはいない。ただクリフォードさんも、自分で好きに出来るお金は増やしておきたいのだろう。

トレジャーハントが仕事だと言っているクリフォードさんだが。

実際には、トレジャーハントはお金ばかりかかるし。

しかもクリフォードさんは一攫千金とかに特に興味がなさそうな人である。だから、稼げる時に稼ぎたい、というのは分かる。

目を細めた。

視線を感じていたが、どうも近付いて来たようだからだ。

別に敵意はないようだが。

視線を向けてきているのは、比較的小柄な少年だが。あれは相当に肉体強化の魔術を練り込んでいる。

今の時代、見かけと戦闘力がまったく一致しないのだが。

これは相当に強いな。

小柄な少年は全身に刺青みたいな模様をしているが、コレは多分魔術的な化粧だとみた。

化粧をすることで魔術の効果を上げる人間はいる。もの凄い格好をしているように見える場合もある。

この少年も、どうやらそういう類の化粧をしているようだった。

戦士の中には、相手に名乗りを上げることで戦闘状態に自分の精神を切り替える者も多い。

化粧も、ある意味そういうものだ。

クラウディアに化粧を教わりながら、そういう話を聞いた。

まあ、そうなんだろうなと思っただけだが。

「おい、お前。 ライザってのはお前だな」

「正確にはライザリン=シュタウト。 それで貴方は?」

「なんでもいい! 俺に力を見せてみろ! とにかくなんだか気にくわねえ!」

「無茶苦茶ですね……」

フェデリーカが呆れる。

レントが前に出た。

どうやら、少年の意図を理解したようだった。

「俺はそこにいるライザの仲間だ。 ライザは俺より強い。 まずは俺を黙らせてみな」

「おうっ!」

少年が体勢を低くする。

勿論武器は使わない。単なる殴り合いだ。

少年が低い体勢を取ったのは。長身の相手には、その方が戦いやすいからだ。大男を倒すのには、足をまずどうにかして、次に頭。

あたしもそれなりに喧嘩は嗜んだので、それくらいは分かる。

勿論それ以外にも手はあるが、本当の殺し合いになりかねないのでやらない。

あくまで喧嘩を売られたのであって。

レントもそれを心得ている筈だ。

あたしとしては、見ているだけでかまわない。

じりじりと間合いを計っていた少年だが。

不意に、突貫して、レントの手前で跳ね上がる。身軽で、柔軟な体を利用した野性的な動きだ。

更にそのまま旋回して頭に蹴りを叩き込みに行くが、残念ながら力量が違い過ぎる。全ての動きを読んでいたレントは軽く少年の足を掴んで。それでひょいと真上に放り投げていた。

足を千切る事も可能なくらいのパワーと力量差がある。

更に落ちてきた少年に、レントがタックルを浴びせる。

砂浜に吹っ飛んだ少年が、完全に尻餅をついていた。今ので伸びずに尻餅をついたということは。最低限対応できる程度には少年の技量が高いし。

レントもそうできるように加減したと言う事だ。

レントがその気になっていたら、少年を全身粉砕骨折くらいまで追い込めていただろう。

「どうだ、これで充分か?」

「お、おい、ディアンが負けたぞ!」

「すげえなあいつら。 しかもあの女、あの大男より強いとか聞いたぞ……」

「どこかの凄腕の傭兵か?」

ざわざわと人々が騒ぐ。

あの少年はディアンというのか。見た目同様の獰猛な性格のようだが。ただ、これは恐らく。

あたしの名前も知っていたと言う事は、可能性は一つしか無い。

「すげえな。 ライザリンってそっちの姉さんは、あんたより強いのか。 俺はディアン。 この辺りの集落の者だ」

「ああ。 俺はレント。 ライザが強いのは、魔術も込みならだがな」

「はー。 まいった。 俺も魔術は込みだし、俺の負けだ」

「納得したのなら何よりだ」

手を貸すレント。

立ち上がると少年は、声を落として遠くにいる民衆に聞こえないように言ってくる。

「怪しまれないように接近するために力試しをさせて貰った。 アンペルさんって人とリラさんって人に頼まれてる」

「ああ、やっぱり。 それでその様子だと、面倒ごとに巻き込まれてると」

「凄腕の戦士を連れて行くって事で、二人がいるフォウレの里に案内できる。 来てくれるか?」

「おっけ。 ただし、ちょっと待ってね。 人数がそれなりに多いから、まずは皆に集まって貰わないとね」

小首を傾げるディアン。

まずはクリフォードさんが戻ってくる。そして、クラウディアとボオスも。

どうもディアンは直感的に相手の強さをある程度把握できるらしく、目を輝かせていた。

「すっげえ。 強い奴らばかりだ。 俺より弱そうなのはお前だけか?」

「ま、まあ私はあんまり強さに自信はないです」

「フェデリーカは支援魔術専門だよ。 今の所はね。 実戦では皆の力を跳ね上げてくれるから、真ん中において守る事を考えないといけないの」

「そっか!」

ディアンは粗暴な言動と裏腹に、意外に素直な子供だ。

こう言う奴は基本的に荒れた挙げ句に取り返しがつかない暴虐を働いてしまう事も多く。そのまま賊などに落ちていくこともあるのだが。

多分保護者がしっかりしているのだろう。

それは、この少年にとって幸運な事だったのかも知れない。

ともかく、少年、ディアンか。

道案内をしてくれるというので、ついていく。この辺り、かなり暑いと言うこともある。

道行くと様々な見た事もない木が生えている。うにも、とんでもなく肥大化しているようである。

それだけじゃあない。

見た事がない植物が多数。

これは面白いな。

あたしはそう思いながら、彼方此方を見て回る。ディアンが不思議そうに小首を傾げている。

既に漁村からは離れて。人目がないと判断したのだろう。

「なあ、アンペルさんも言っていたんだけれどよ、錬金術ってなんだ?」

「ディアンと言ったな。 もう少し……」

「いいよ、口の利き方はその内覚えていけばいいから」

ボオスが苦言を口にしようとしたが、あたしはとめる。いきなり萎縮させる方がまずいだろう。

錬金術は、ものを要素まで分解して、再構築する技術だ。

作ったものを見せておく。ディアンに最近傷を受けたか聞く。この様子だと、生傷が絶えないだろうし。

見せてもらった傷は、何カ所か。

あたしが作った薬を塗り込むと、即座に消えていた。

「おお! すっげえ!」

「あたしも最初に錬金術の薬を見たとき、同じ感想だったよ。 今ではあたしが作る側だけれどね」

「アンペルさんもすげえのを色々使ってた! やっぱりあんた弟子なんだな!」

まあ、まだ何というか子供だが。

それでも、最低限相手には敬意を払えるらしい。

いや、この様子だとアンペルさんをいきなり呼び捨てにして、リラさんにシメられた可能性も高いが。

村から離れると、すぐに密林だ。ある程度高地に出ると、ディアンが指さして、色々と教えてくれる。

「此処から南に行くとさっきの漁村。 時々魔物が出るけど、魚がうまい。 あっちは農村が拡がっているけど、魔物だらけで、畑も時々荒らされてた。 俺は農村に時々出かけて、魔物を退治して駄賃を貰ってた。 だけど時々手に負えない相手もいて、そういうときは悔しいけど逃げる。 最近は農村へ行ける状態じゃないくらい魔物が増えて、何人も道中でやられた。 今、農村がどうなってるか分からない」

「ふむふむ」

「漁村から西に行くと、すごい荒れ果てた場所があって、その北には禁足地って場所があるんだ。 なんでも古い時代に作られたお城だとかいうのがあるらしいんだが、験者様の話によると、手練れをつれて行っても生きて帰れないくらい危ないし、城に辿りつくまでが凄く大変らしい」

「なるほどね……」

タオが今の話を聞いて、地図を拡げてメモを入れている。

この地図も途中で購入したものだ。

ざっとしたネメドの地図が記されている。

実は古い時代の方が地図は信頼出来る精度で作られているらしく、測量などの技術も失われているらしい。故に古文書から地図が出てくると重宝されるそうだ。

その一方で、苛烈な戦いの結果地形が変わってしまっているような事もあるのだとか。

そういう場合の事を考えると、地図を増やして、それを都度書き換えるのが大事であるらしい。

「俺たちの村であるフォウレはこの北だ。 もっと北に行くと、採掘場があって、色んな水晶が取れる。 古い時代は、山が火を吐いていったって話だ」

「休火山か。 そうなると、鉱石も色々取れそうだな」

ボオスが呟く。

クラウディアは、その辺りは抜け目なく、もう調べている様子だ。今は、ディアンに喋らせるつもりなんだろう。

何よりタオがメモを取っている。

取り残しはあるまい。

「それで、フォウレから東に行くと森だ。 この森は深くて魔物が多くて、でっかい狼の魔物が出るって言われてる。 とんでもなく強くて、俺たち「種拾い」の中でも一部の人間しか入ってはいけないって言われているんだ。 奥の方は、「種拾い」でも入ってはいけないって事になっていて……不自由だ」

「ふむ……」

「森の北に、俺たち「種拾い」が種を拾う場所があるんだ。 そこにアンペルさん達が足を踏み入れて、それで気付かれたらしい。 二人とも逃げようと思えばそうできるらしいのに、なんでか捕まって……」

「あの二人だから、すぐにでも逃げられるって判断したんだろうね」

そうなのか、とディアンが大喜びする。

この子なりに心配していた訳だ。

まあいい。ともかく、やる事は一つずつやっていくいかない。アンペルさん達と話すためには、まずはフォウレとかいう村に入り込んで、少しずつ情報を集める必要があるだろう。

何事も、焦っては台無しになりやすい。

此処は、大事だからこそ。慎重になるべきだった。

 

1、密林の村

 

ディアンも半裸だが、それもそうだろうと移動しながら思った。この辺りの暑さは酷く、森の中に入ってから更に加速して来た。

というよりも、これは。

思わず溜息が出てしまう。

湿度が原因だ。

雨が散々降るという話も聞いたが、それだけじゃない。なんでもディアンの話によると、森の中に巨大な湿地帯があるらしく、其処から大量に霧が流れ込んでいるという話である。

なるほど。

そうなると、去年交戦した王都近郊のフィルフサの群れがいたのと同じような場所だった、ということだ。

フィルフサですらなかなか攻略できないような、水の多い立地。

だからこそ、ある意味此処は、人間最後の砦になり得るかも知れない。

さっきの村も、色々な地方から来たらしい人々が見かけられた。

多分だけれども、五百年前の古代クリント王国の破綻。魔物の大攻勢にあわせて、それで様々な人々が彼方此方に散ったのだ。

サルドニカといい此処といい、その痕跡が彼方此方で見受けられるのだった。

「ライザ」

「はい、セリさん」

「恐らく、さっきディアンという子が言っていた地に、私が此方にくるのに使った門があると思う」

「!」

ディアンが先を歩いている隙にセリさんが爆弾を投下。

そうなると、これはちょっと見過ごせないか。

「アンペルとリラは、恐らくだけれども門の話を聞きつけたのね。 私が知っている状態なら、その門は恐らく無事だとは思うけれど」

「……そうですね。 しかし、状態を調べないといけないです」

「ええ」

「これは大事になったな……」

レントがぼやく。

同感だが、どこに門があっても不思議ではないのだ。ただこの地だったら、フィルフサが出たとしても簡単には制圧されまい。水に弱いフィルフサに取っては、年中高温高湿度のこの土地は、簡単に根付けない筈だからだ。

「ディアン、いいかな」

「なんだ?」

「この辺りに大災害の伝承ってある?」

「大災害? 大きな災いとかなら、百年だかに一度くらい竜風ってのが起きるぞ。 何もかも吹っ飛んじまうくらいの災いだそうだ。 俺は当然、見た事も無いけどな」

フェデリーカを除く全員が一気に緊張するのを見て、ディアンがどうしたんだと聞いてくる。

フェデリーカは困惑するばかりだ。

「なるほど、これは一旦扉どころじゃなくなったね」

「ああ。 どうもそうらしい。 ロマンは後回しだ」

クリフォードさんもぼやく。

まあ、それもそうだろう。

フィルフサとの戦闘は、此処にいるフェデリーカ以外全員が経験している。百年に一度フィルフサが出て来ている可能性はあまり高くは無いと思うが、それでも可能性がある以上、対応と調査はしなければならない。

一度此方に根付かれたら終わりなのだ。

今の人類に、こっちに出て来たフィルフサを片付ける戦力は無い。四回にわたってフィルフサの群れをつぶし王種をしとめたあたし達だって、条件が整わなければ正面からの戦闘は無謀だ。

ディアンがまた先に行く。

フェデリーカが、不安そうに言う。

「あ、あの……」

「サルドニカの南を滅ぼした魔物の話はしたよね」

「はい」

「もう話しておくか。 その魔物の名前はフィルフサ。 元々は異界の存在でね……」

軽く、フィルフサについての特徴を話しておく。

圧倒的な数。

魔術は通じない。

生体急所がない。

コアを砕かない限り死なない。

アリのような真社会性生物である。

装甲も非常に頑強で、あたし達の武器や爆弾にすら耐える事がある。

弱点は水。

これくらいか。

それらの説明を終えると、フェデリーカは蒼白になって考え込む。異界の門からなだれ込んでくる、悪魔の群れ。

あたし達が血眼になっている理由が、理解出来たのだろう。

「群島の奧の門に、あんなにライザさんほどの英傑が執着しているのがようやく理解出来ました。 そんな恐ろしい魔物が実在していて、いつ此方の世界に来るかも分からないというのなら……」

「サルドニカだってあの南の状態を見れば分かるとおり、一度更地にされるまで蹂躙されたんだよ。 ここだって、もしもフィルフサが出て来たらどうなるか知れたもんじゃない。 しかも此処には門があるってはっきりした。 だったら状態を調査するのが……対策できる手段と知識をもったあたし達の義務だよ」

「……分かりました。 覚悟は、決めておきます」

フェデリーカは頷く。

まあ、覚悟を決めておいてくれればそれでいい。

まずはフォウレ村だ。

いずれにしても、今すぐと言う事はないだろう。しかも、雨が降り始めた。すぐに大雨になる。

タオの話によると、スコールという現象だそうだ。

こういう地帯ではよく起きるという。

雨がどっと降った後、すぐに止む。

いずれにしても、これは雨を起こすのは難しくも無い。フィルフサを迎撃するのは、恐らく可能だろう。

ともかく竜風というものについて調べて。

どういう風に起きるのか。

その正体についても、調べておく必要がある。

「フィー!」

「うん? どうしたの?」

「フィーの奴、元気そうだな」

「そうだね……」

竜風、か。

何もかもが破壊されると言う話だったが、それはフィルフサにも共通はしている。だが、そうなると。

フォウレ以外の集落は、どうして平らにされていない。

それにフィルフサが出たのなら、どうして乾燥地まで一気に打通されて蹂躙されていないのか。

まだフィルフサが出て来ていると考えるのは早計。

更にエンシェントドラゴンの西さんの事も気になる。

何故竜風なのか。

それについて、しっかり調べておく必要があるだろう。

やがて、森の中に、ちいさな集落が見えてきた。

既に夕方だが、そういう季節なのかもう暗くなりはじめている。

彼方此方に灯りが点っていて、それは松明によるものではなかった。

ロミィさんに聞いたとおり、見かけよりもずっと文明的な村だ。ただ、灯りをじっと見つめる。

なんだこれは。

どちらかというと機械に近いな。

しかし、王都にたくさんある機械ともまた違う。

ちょっと見たいと思ったが、村の人間達が著しく非歓迎的な視線を向けてきている。

「ライザ」

「分かってる。 アンペルさんとリラさんの事もあって、よそ者を良く思っていないんだろうね」

「ばからしい話だ。 よそ者を入れないと村がやっていけないのに。 アレがダメコレがダメって、この村は窮屈でがんじがらめだ」

ディアンがぼやく。

レントが肩をすくめて、タオも苦笑い。

「どうしたんだ」

「四年前のあたし達もね。 住んでいる島が同じような事があってね」

「そうなのか!」

「その時も、世界が変わったのがアンペルさんとリラさんの到来が切っ掛けだったからね。 昔のあたし達がいると思ったの」

そっか、とディアンが呟く。

村の皆が見ているからか、笑顔は浮かべなかったが。

シンパシィを感じているのは、確からしかった。

 

村の奧に験者屋敷と呼ばれる。里長の家があるらしい。

案の場木造だが、奧に工房がある。簡単な工業機械が並べられているが、いずれもが動力がついているタイプではない。

こういうのを家庭内手工業とか分類するのだっけ。

タオがそんな事を言っていたな。

だが、さっきから村の中で、見た事も無い機械類を見かけた。あれは恐らくだが、ロミィさんが言っていた「機具」なのだろう。

だとすると、それを動かしている「種」とはなんだ。

ちょっと今の時点では、想像もつかない。

験者屋敷には長身の女性戦士がいて、雰囲気はアガーテ姉さんと同じく非常に鋭い。これはかなりの使い手で、というかこの村の中核の戦士だろう。

まだ若いが、身に纏っている魔力が研ぎ澄まされている。

王都辺りだったら、騎士なんかまとめて捻れるくらいの実力者だ。

この辺りは強力な魔物が多いと聞く(道中では遭遇しなかったが)し、鍛えられるというか……生き残る戦士も、多く無いし。戦士である以上、強くないといけないのかも知れない。

ただこういった場所では、最強の戦士が里長をする事が多い。

この人は、里長ではないのか。

「デアドラ姉、戻ったぞ」

「ああ。 それでその者達は」

「俺が負けたのがそこのおっきい奴で、レントっていう。 そっちの女の人が、ライザで、レントより強い」

「何……」

デアドラさんというのか。

何というか、名前については殆ど王都の人と印象が変わらないな。そうなると、変な風習を残している村というわけではなさそうだ。

そういう村だと変な風習と信仰の結果、生け贄の儀式とかが健在だったりする。そういうのがないかはまだちょっと分からないが。少しだけあたしも案内していた。

「ライザリン=シュタウトです。 錬金術師をしています」

「デアドラ=ノースフィルだ。 ディアンが強いと認めると言う事は、相当な使い手ということのようだが……錬金術師か。 つい最近も、怪しい錬金術師が悪さをしてな」

「ええと。 あたし達はちょっとある災厄について調査をしていまして。 此方のタオとクリフォードは、遺跡探索の専門家だったりします」

「俺はトレジャーハンターだが、まあそっちもできる」

クリフォードさんが自慢げに説明するので、デアドラさんも面食らったようだった。

いずれにしても、魔物対策などで役に立てると話をすると。

少し悩んでから、デアドラさんは奧に通してくれた。

「験者様」

「ディアンの声が聞こえていた。 入れ」

「はっ」

デアドラさんが、視線で促したので。あたしだけが入る。

奧にいたのは、屈強で四角い、しかし落ち着いた雰囲気の男性だった。ディアンもデアドラさんもそうだが、半裸に全身にペイントをしていて。この人も雰囲気的にはとても似ている。

ただ頭に羽根飾りなどをしていて、恐らくそれが最高責任者の証なのだろう。

王は王冠を被るように。

どんな場所でも、そういった責任者は証みたいなのをつけるということだ。

相手は験者と名乗る。あたしも名乗ったが。多分験者というのは襲名するものなのだろう。

本名を口にするのは、里長が避けている事なのかも知れない。まあ、神秘性などを担保するために、たまに見かける風習だ。

「大勢で何用かな。 おもてなしもできないが」

「ある災厄について調査しています。 この近辺では竜風というものが起きて、百年に一度だかに全てが吹き飛ばされるとか」

「良く知っているな。 それが近いという話があって、しかし村では色々問題も起きていてな。 頭を悩ませている」

「あたしは錬金術師でして。 手助けを出来るかもしれないです」

まずは信頼からだ。

錬金術師というのが、マイナスになるかも知れないが。

ともかくアンペルさんとリラさんが、あっさり捕まるわけもない。殺されそうになったら、地力で脱出するだろう。

だから、今は焦らず。

順番にやっていくだけだ。

「村の役に立てるというなら、早速やって貰いたい。 魔物の退治に、家屋の修復に、色々と頼みたい事がある」

「それでは、まずは空き地を貸して貰えますか」

「空き地だと」

「拠点が必要ですので。 誰も使っていないような場所でかまいません」

デアドラさんが、験者さんに耳打ちする。

そういえばこの験者さん、髭は生やしていないな。

こういう集落では、髭を生やす方が多い印象なのだけれども。

まあ、それはいいか。

「……分かった。 村の東に、以前魔物が出て潰された家の跡地がある。 本来は見張り所だったのだが、それも再建が出来ていない。 それ以降、魔物に対する哨戒も、我等にとって大事な種拾いも出来ていなくてな」

「ふむ、まずは盾になってくれと」

「言い方は悪いがそうだ。 それでもいいのなら」

「分かりました。 拠点は朝までに作ってしまうので、デアドラさんと一緒に見に来てください」

なんだとと、一瞬だけ動揺した様子の験者さんだが。

まずは力を見せておくべきだろう。

問題は魔物か。

まあ、それくらいはどうにでもなる。

そのまま、デアドラさんに案内される。村からちょっと出て、少し東に言ったところに、グシャグシャに潰された柵の跡。

何よりも、激しい戦闘があったのだと一目で分かる潰された家屋があった。

好都合だ。

土台があるし、広さも申し分ない。この様子だと、徹夜にはならないだろう。

「此処だが、構わないか」

「潰されている木々などはどけてしまってもかまわないですね」

「好きにするといい」

「分かりました。 それでは明日の朝に来てください。 騒がしくはならないと思います」

怪訝そうにするデアドラさん。

ともかく彼女が帰るのを見届けてから。あたしは釜を荷車から降ろす。そして、手を叩いて皆に言う。

アトリエを作成する時間だ。

都合五つ目のアトリエである。もう、あたしとしても充分に熟練している。今更困る事もない。

「よし、作るよ!」

「じゃ、まずは木をどける所からだね」

「任せろ」

レントが大剣を取りだすと、気合一閃木を吹っ飛ばす。

凄まじいパワーに、崩れて虫の住処になっていた住居の残骸が、ふっとんで一気に整地された。

頼もしい。

そのまま、粉々になった木を集めて貰う。

クラウディアがすぐに水を用意して、茶を淹れ始める。男衆には、あたしがどんどん部材を作るので、運んで貰う。

今回は石材や基礎を作る手間が省けたので、作るものは少数でいいし。

木材だったら、今レントが吹っ飛ばしたのを再構築するだけだ。

釜に突っ込んだ木材が合板になるのを見て、ディアンが目を丸くして、様子を見つめている。

口の端を引きつらせて、フェデリーカがディアンに言う。

「私も初めて見たときは、この世の技とも思えませんでした……」

「あの薬が出来るのもなっとくだ。 すげえ……」

「フェデリーカ、ディアン。 ランタンが其処にあるから、辺りを照らしておいて。 クラウディアが今音魔術で警戒してくれているけれど、それでも万が一があるからね」

「おうっ!」

セリさんが植物魔術を展開。

辺りに光を放つ花を出現させる。なんでも洞窟に生える、光る花だという。かなり光は弱いが。

すっかり空が暗くなり。

しかも星空が出ている訳でもないから、これは有り難い。

クラウディアは音魔術を更に練り上げていて、鼬などが嫌う音を研究していると言う。今、外に展開している音魔術がそういうものらしい。

あたしは黙々と調合を続けて、どんどん部材を作りあげていく。

柱を設置。

建築用接着剤で固定。

梁を作る。

レントとクリフォードさんとボオスが、連携してそれぞれ設置していく。

屋根、壁、窓、戸。

更には此処は魔物の攻撃を受ける可能性がある。魔術による防御も必要だろう。周囲に、柵を作るが。

それには対魔物用に、シールドの魔術を発動出来るように、魔法陣も組み込む。

全て頭の中で出来上がっているものを、現実に降ろしていくだけ。

だから、別に大した苦労はない。

淡々とやっていくと、やがて形になっていく。壁をはめ込む。それも部材をくみ上げられるようにしてあるから、建築用接着剤は最小限で済む。

扉もつける。

外から引く扉にするのは、魔物対策だ。

内側に開く扉だと、外にいる魔物に対して対策がしづらい。内部に踏み込まれることは此処では考慮しない。

ついでなので、物見櫓も作っておく。

アトリエとしての用途が終わった後は、フォウレの里に引き渡してしまってもいいだろうと判断しての事だ。

家の形が出来るまで二刻。

基礎がしっかりしているので、一刻は時間を短縮できた。

既に夜半か。

フェデリーカがかなり参っているようだが、クラウディアが茶を皆に配って、それを飲んで頑張る。

茶は目が覚める。

まあ、あまりにも効きすぎるのを飲むと、眠れなくなるが。

「俺も力仕事やる!」

「今回は見て覚えて。 灯りを持って哨戒するのも大事な仕事だよ」

「そ、そうか!」

「……」

正直で良い子だ。

正直者はあまりいい目をみないのがこの世のルールみたいな風潮もあるが。そういう風潮は確実に世の中を生きづらくする。

ほどなくして、窓がはまり。

内部への物資の搬入が始まる。既に音が鳴るような仕事はしていない。

というか、フォウレの里はずっと明るいままだ。

「ディアン、フォウレの里って夜も明るいみたいだね」

「機具のおかげなんだ。 ただ、機具も種も寿命があって、フォウレの里はずっと苦しんでる。 それなのに、貴重な機具を売って稼いだりして……」

「そっか」

「それに、外の血を入れる必要があるのに、一部の大人は外の人間を毛嫌いしていやがるんだ。 体がおかしい子供が何人も生まれてる。 従姉妹とか、酷い場合は姪とか甥とかと結婚するからそうなるってみんな分かってるのに。 可哀想なのは子供だってのに、どうしてあんなにみんな勝手で、それに外の事を知ろうとすることすらいけない事だってするんだよ」

ぼやくディアン。

これは相当溜まっているみたいだな。

だから、そのまま喋らせておく。

あたしは、そのまま作業を進めて。エーテルを一旦全てジェムに変換。釜を、アトリエに運び込む。

扉については、鍵もセット。

物理的な鍵では無く、魔術的な鍵だ。

全員分指を鍵に押し当てて貰って、鍵にそれぞれの魔力情報を覚えさせる。

そして、鍵は今登録した人間と。

あたしが手順を踏んだ人間しか、開けられないようにした。

これについては、信頼関係がフォウレの里と構築できたら、通常の鍵に変えてしまうつもりだ。

外には、畑などを作る場所も用意。セリさんのための場所だ。

内部には個室とまではいかないが、男女用にそれぞれ八人まで入れるようにベッドを作り、その間に仕切りも作った。

かなり広くなっているが、男女別にもしてある。

それに水周りも大丈夫。

すぐに湯を沸かして、疲れが酷い人間から順番に入って貰う。トイレも水洗のものにした。

水は近くに幾らでも湧いている場所があるので、そこから引いてくる。

水周りに必要だからである。

あたしが瞬時に湯沸かしをやってみせるのを見て、ディアンが更に驚く。

「すげえ。 熱魔術の使い手は何人も見たが、一瞬で人肌に出来るほど慣れてる奴は初めて見る」

「実戦を豊富に積んでいるからね。 じゃ、順番に入って。 あたしは彼方此方見て回って、それで最後の調整をしてから入るから」

「じゃ、私からお風呂使うね」

クラウディアがそう言って、先に風呂に。

順番に皆で風呂に入っていく。

予想よりだいぶ早く終わったとは言え、当然夜半は廻っている。

あたしはアトリエの外に出ると、すでに眠っているフィーを懐に感じながら、伸びをしていた。

さて、明日からが。

本番だ。

 

2、まずはフォウレの里を知る。

 

翌朝。

あたしはしっかり起きて、外で体を動かし。ついでに瞑想して、魔力も練っておく。

朝一番に急ぎ足でデアドラさんが来る。

そして、やはりというか。

驚愕で固まっていた。

「ライザどの。 これはどうやったのだ」

「錬金術によるものですよ。 家の構造体を全部作り出して、順番にくみ上げたんです」

「そ、そうか。 まったく分からないが、里の人間がいきなり建物が出来ていると驚いている」

「あたし達は戦闘も出来ます。 対処に困っている魔物や、困りごとがあったらまとめておいてください。 対応できる事はすぐにやりますので」

頷くと、デアドラさんはそれでもアトリエを周りから何度か見て。

それで、困惑しながらも戻っていった。

里の人間が、アトリエを指さしてわいわいと騒いでいる。

物見櫓まである。

そんな声まで聞こえるが、まああたしとしてはどうでもいい。

ともかく、順番に作業をしていくだけだ。

皆が起きだしてきた。ディアンもアトリエの中を走り回った後、外に出て来て目をきらっきら輝かせて、アトリエを見る。

「すっげえ! 夜の間は分からなかったけど、無茶苦茶しっかりした家だ!」

「壁なんかも簡単には壊れないようにしてあるよ。 まあその様子だと試したかな」

「ああ。 本当に凄いんだな。 よし決めた。 あんたの事を、これからライザ姉と呼ばせてくれ!」

「……分かった。 じゃあディアン、これから他のみんなはさんをつけて呼んで。 みんな得意分野ではあたしと同じスペシャリストだからね」

分かったと、ディアンは素直に答える。

なんというか、からっとした子供だな。

だが、捻くれている事も無いし。この様子だと弱者に暴力を振るうこともないのだろう。

戦闘は相応にできる事が分かっている。

だったら、こっちでも支援しておくか。

「しばらくはついてくるよね」

「おう! 色々とライザ姉のやることを見ておきたい!」

「じゃ、武器とか貸して。 強化しておく」

「強化出来るのか!」

わくわくしながら、背負っている斧を渡してくるディアン。斧と言っても斧の刃が大きいタイプではなく、どちらかというと小ぶりの柄が長い斧だ。

レントとの戦闘で見せた野性的な動きを、この斧で補助しながら戦うのだろう。恐らくは回転運動ともっとも相性が良い武器、というわけだ。

ただこの斧を得物にしていると言う事は、師匠がいるな。

恐らくはあのデアドラさんか。

この辺もあたし達と似ている。

アガーテ姉さんとデアドラさんは、雰囲気も何処か似ている。背負っているものの雰囲気である。

若かろうが関係がない。

ちなみに子供が出来ると親はしっかりするとかいうが。

そんなものは親次第。

人によって違うのだろう。

武器を強化していると、いつも以上に起きるのに苦労してきたらしいフェデリーカが、ふにゃふにゃになっている。

クラウディアがもう料理を始めていて。

珍しくボオスがそれを手伝っていた。

肉はある程度燻製を持って来ている。この辺りは、魔物も出来るだけ肉は急いで燻製に処理した方が良いだろう。

そう思いながら、ディアンの装備を作っていく。

あの野性的な動きを考えるに、生傷が多いのも納得だ。

レントともう一人壁をするとして、いわゆる回避盾をやれるかも知れない。

セリさんはちょっと今は壁役も攻撃役も忙しいが、防御はそれほど元々得意ではないように思う。

だったらディアンが育ってくれれば、壁をもう一枚増やせるか。

まずは靴。

それから手袋。

ベルト。

あまり暑さの中でも問題ないなと思いつつも、体熱を下げる魔術も入れておく。体熱が上がりすぎると、ばてるまで早くなる。

ましてやこんな密林ではなおさらだ。

後は、コートもいるか。

「すげえ。 ライザ姉、こんなものも作れるのか」

「靴、使い方を教えるから履いてみて」

「おう!」

ディアンは既にあたしを信頼していて、素直に言う事も聞く。というか、この様子だとまだ背も伸びるだろう。

だから、調整出来るようにしてある。

足の大きさにあわせての調整。ぴったり調整出来て、しかも脚力も上げる。外で試すように言って、それから他の装飾品も渡す。

全力で跳ぶと、ディアンは中々高く飛べるようだ。

これはかなり頼もしいな。

そうあたしは感心。あの漁村で、ディアンの強さが話題になっているのも納得が行った。屈強な漁村の者達が認めるくらい、強化魔術を極めていると言うことだ。

靴の感触を聞いて、微調整をする。

調整をしながら、ディアンに聞いておく。

「強化魔術は誰に習ったの?」

「験者様だ。 験者様も若い頃は彼方此方を旅したらしくて、その頃に地力で鍛え上げたらしい。 デアドラ姉も俺と同じように、験者様に習ったんだってよ」

「なるほどね」

我流から独自の流派まで鍛え上げたタイプか。

既に一線から離れて久しいようだが、あの人もこういう里の出身者、というわけだ。

それに昨日ディアンが言っていた森の中の狼、フェンリルの可能性が高い。

複数いる場合、各個撃破しないととても戦いにならないだろう。

狼は群れを成す生物だ。

一匹狼、なんてのもいるが。

狼である以上、群れを成していると考えるのが自然だし、そう考えておいた方がいざという時に対応もしやすい。

何が出て来ても対応できるように、準備はしておく。

手袋もつけて貰う。

自動体力回復と、傷の回復の効果もつけておく。

ディアンは先頭で敵に突貫していくタイプだ。それも被弾を怖れずに。

だからベルトには、防御の強化を入れておく。

他にも、斧にも持ち手の防御を強化する魔術を中心に刻み直しておいた。グランツオルゲンでの強化も行ってある。

しばし、ディアンの試運転を確認。

「ほんとにすげえ! 何倍も強くなった気がする!」

「実際には1.5倍ってところかな。 とにかく、力を過信したらダメだよ。 もしも魔物退治をするなら、雑魚戦からならしていこう」

「ライザ姉って慢心しないんだな」

「色々酷い目にあったからね」

これは事実だ。

あたしだって、最初はバカ丸出しで。

だから、ボオスと四年前まで対立することにもなった。

一度走り始めると止まらないとか言われる事もあるけれども。あたしとしては其処まで暴走しているつもりもない。

とくに今は、多くの命まで預かっている身だ。

特にフェデリーカは、もしも死なせたりしたらサルドニカの人々にあわせる顔がない。

朝食にする。

案の場ディアンはむっしゃむっしゃと食べるが。食べるのを見て、クラウディアは嬉しそうだ。

料理が好きな人は、美味しそうに食べてくれると嬉しいと聞くが。

そういう状態なのだろう。

あたしもむっしゃむっしゃといただく。

タオが呆れていた。

「いつ見ても凄い食べっぷりだね……」

「これで全く太らないっていうんだから凄いですね」

フェデリーカは鳥みたいに小食なので、見ていて不安になってくるが。まあ戦闘ではしっかり舞えている。

前線に立つ必要はまだない。フェデリーカは精神力をつけて、戦闘慣れをするのが先だ。それにはまだ戦闘経験が足りていない。

そしてそれは、別に恥ずかしい事でも何でも無い。誰でも最初は素人なのだから。

ただ、前線で戦うのなら、それ相応の肉もいる。

幸いフェデリーカはしっかり考える頭を持っているので、いずれ克服していけば良いと思うが。

さて、此処までは問題なしと。

次は里の出方。それにアンペルさん達の現状についてだ。

アンペルさんについて具体的に捕まっている場所とかは分かるかと聞くと、ディアンは分かると答えた。

あの験者屋敷だという。

そういえば工場みたいな構造体があると思ったが、なるほど。そういう事だったか。

裏手には恐らくだが、里における牢屋があるのだろう。

験者屋敷には恐らくデアドラさんも含めた、フォウレの最大戦力が詰めていて。彼処でダメなら何処もダメ、という感じだろうか。

「それでどうするんだ。 助けるのか」

「助けるけれど、今は一旦動きを待つ。 アンペルさんとリラさんが捕まったと言う事は、何かしらの考えがあっての事だろうし」

「そっか。 実はアンペルさんもライザがそういうだろうと言ってた」

「ふふ、まあ師弟だからね」

アンペルさんはもうあたしは自分を超えていると良く言うけれど。

それがどこまで本気で言っている事なのかは分からない。

アンペルさんは利き腕をダメにされてしまっている。それをダメにしたのが、あのエミルと言う名前の錬金術師と同じ存在かどうかは分からないが、少なくとも一緒にロテスヴァッサの王宮で百年前に働いていた錬金術師だろう。

義手をつけても、どうしてもハンデになる。

それが分かりきっているから、あたしはどうしても、アンペルさんが卑下するのはもったいないと思うのだ。

「一応、接触だけなら出来るぞ」

「まだいい。 里の人間は最大級に警戒してる。 クラウディアの音魔術を使えばいけそうにも思うけど、見た事がない機械がたくさんあって何とも言えない。 二人がそもそも調査がばれた仕組みも知っておきたいし」

「はー、色々考えてるんだな」

「色々危ない橋は渡ってきたからね。 とんでもない強さの魔物の群れと戦った時もあるし、どう考えても勝ち目がない相手とやりあわなければならなかった事だってある。 色々工夫して勝ってきたけど、それもいつも上手く行くとは限らない」

とりあえず、ディアンの話である程度分かった。

この里の人間は、多分アンペルさんやリラさんが探しているものを知らない。そして二人は、多分入ってはいけないと言う場所に行ったのだ。

しかもセリさんが此処には門があると言っていた。

セリさんが此処の門を何かしらの形で使ったとしたら、それは何百年も前。

古代クリント王国破綻の頃か、もうちょっと前か。どっちにしても、この辺りは今とはまったく光景が違っていたはずだ。

「時にセリさん。 その手、変わってるな」

「そうね。 羽毛に爪の生え方も貴方とは違う」

「ああ。 すげえ魔力を感じるし、身体能力も強いんだな」

聞いてはいけないことをと顔に書きながらフェデリーカがあわてたが、外をロクに知らないディアンには別におかしな事でもないらしい。

肌の色も髪の色も目の色も違う人間が、ここには来るのだ。

手足が少し違う人間が来るくらい、別に不思議でもあるまい。

さて、そろそろか。

験者が直接アトリエに来る。デアドラさんも一緒に来た。

験者というのは里長とか長老とか村長とかみたいな最高位の敬称らしいので、そう呼んで欲しいそうだ。「さん」とか「様」はいらないらしい。ただ身内の間では、最高の敬意を払う意味で「様」をつけて呼ぶそうだ。

つまりまだ身内だとは思われていないと言う事だ。

「これをたった一晩で。 凄まじいな……」

「中も見ていきますか。 此処での用事が終わったら開けますので、前哨基地として活用してくださって結構ですよ」

「助かる。 此処を修復するのには、一月はかかると思っていた。 魔物の動きは最近若干鈍いとは言え、その間襲撃を受けたら対応できなかったからな」

クラウディアがお茶を出す。

験者とデアドラさんが茶と茶菓子に手をつけながら、軽く話してくれた。

「まず里の周囲の何カ所かで魔物が縄張りを拡大している。 この里を守るだけで精一杯の我等は、討伐に出る手がない。 近隣の集落とも連携をしたいが、情報のやりとりすら命がけだ」

「我々はここに来る際、一度も魔物の襲撃は受けませんでしたが」

「それはディアンが案内したからだろう。 ディアンが通ったのは、此処と港を結ぶ安全経路の筈だ。 魔物がどうしてか近寄りたがらない細い道があって、それがいつしか街道になった。 だがその街道は、此処と港をつないでいるだけなのだ」

そうか、やはり此処も大変なんだな。

咳払いすると、験者は言う。

「里の戦士達は皆警戒している。 錬金術師というと、先に問題を起こした者もそう名乗っていたからな。 だから、警戒を解くためにも信用を積んで欲しい。 馬鹿馬鹿しいかも知れないが、これは何処の集落でも同じような話だ」

「分かりました。 タオ」

タオが地図を拡げる。

頷くと、験者が幾つかの箇所を指さして、何処に何がいるかを説明してくれる。まずは魔物狩りか。

それもいいだろう。

「薬の入手や建物の修復も出来ますけれど」

「薬か」

「凄いぞ験者様! 俺も何カ所かの傷につけたんだが、溶けるように傷が治った」

「そんな大げさな」

デアドラさんも、丁度何カ所かかすり傷がある。この密林での生活だ。やむを得ないだろう。

あたしは失礼して、というと。

持ってきてある薬を塗る。

傷が溶けるように消える。

ぎょっとした様子で、デアドラさんは傷をみて。触ったりもしたが、完治である。

まあ、誰もが驚くよなこれは。

クーケン島のエドワード先生は、いつもあたしに薬の納品を頼んでいるくらいだ。老衰とかの摂理に沿った死以外はだいたい助けられると、いつも感謝される。

まあ最近はあたしがクーケン島周辺の魔物を片付けて廻っているおかげで、怪我人も著しく減ってはいるが。

「これは。 錬金術は建物を建てるだけでは無く、怪我も消せるのか」

「信じがたい……」

「症状に応じて薬は作れますよ」

「……分かった。 ただ、まずは順番だ。 魔物の退治を先に頼む。 薬も、その後に納入して貰おう」

そういえば。

験者は随分とゆっくりと喋るようだが、これは恐らく威厳を保つためなのだろうな。

験者がデアドラさんをつれてアトリエを出る。見送った後、ディアンがぼやく。

「験者様は若い頃、外を旅して彼方此方で色々見聞きしたって言うのに。 どうしてあれはだめこれはだめって、里の皆を縛るんだろう」

「……考えられるのは一つ。 危険だと言う場所が、本当に洒落にならないということなんだろうね」

「そんなのは分かってるよ。 だけれども、竜風も近いかもしれないって言うのに、このままじゃ何もできない。 里だって、どんどん枯れていずれはおだぶつだ」

「まあまあ。 ライザの辣腕は見たでしょ。 今はまず、指示を受けた魔物の狩りに出向こう」

クラウディアが笑顔のままそう言うと。

妙な圧を感じたらしく、ディアンは黙る。

そして、ああと、一言だけ呟くように返事していた。

 

案の場と言うか。

環境が変わっても、ディアンは真っ先に戦闘をしたがったので、まずは今戦力が上がった状態で動いて貰う。

アトリエの側に、魔物の毛皮などのジャンクをかき集めて作った的を準備する。

的と言っても、それなりに頑強で、あたしでも壊すのはそれなりに苦労するものだ。

的の大きさは成人男性ほど。魔物にしては小さいが、まずはこれでいい。

フェデリーカが舞い始める。

全員分の強化を余裕でこなす事もあって、この子の舞いの魔術は強力だ。しかも他にも色々と舞いはあるらしいので、今後実戦投入をしてほしい所なのだが。

ともかく、ディアンに舞いでの強化を掛け。

早速的に攻撃させてみる。

予想通り、派手に空振りしていた。

それでも着地で尻餅をつかなかったのは、相当な才覚があるからだろう。

困惑した様子で、ディアンは的を見ていた。

「あ、あれっ!?」

「力が装備類込みで1.5倍、フェデリーカの舞いも込みで合計二倍くらいにはあがっているからね。 なんどか練習してみて」

「お、おう!」

二度目は掠り、三度目は斧ががっつり的の頭を捕らえた。

次にあたしは、地面に円を幾つか描いて、其処を自由に移動出来るか確認して貰う。

これもだ。

行きすぎたり足りなかったり。

それでも短時間で調整していくのは、流石だろう。

周囲にちいさな集落しか無いとはいえ、逆にそんな状態でも生き残り。この辺りで強いと認識されているだけの事はある。

ガタイはあまり関係無い。

今の時代は、魔術込みでの総合力がものを言う。

実際例のメイドの一族なんて、あたしよりずっと背が低いし筋肉量も多いようには見えないけれども。

多分それぞれがレントと良い勝負をするくらいには強い。

そういうものなのだ。

「強くなったはずなのに、うまくいかねえ!」

「いや、これだけいきなりでやれれば充分だよ。 それと素足での行動になれてた?」

「ああ、あっついからな」

「足の裏、怪我しやすかったでしょ。 どれだけ皮が分厚くなっていても、人間の皮膚なんて脆弱なものだからね」

ふんふんと頷きながら、ディアンは順番にやっていく。

いずれにしても、いきなり実戦に出ていたら、足を引っ張った。

それは本人も理解出来たのだろう。

しかし、逆に言うと。

持て余すほどいきなり強くなった、と言う事も意味をしているのだが。

しばらく色々やってならしていると。

デアドラさんが来る。

「ディアンが随分良い動きをしているな」

「あたしが作った装備品による強化が入っています。 ただディアンの場合、素の能力が高いので、防御と回復系を中心に強化を入れていますが」

「そうか。 錬金術師殿は、いにしえの神々のようだな」

「いえ」

デアドラさんは、まだあたしを名前では呼んではくれないな。

それだけ警戒していると言う事だ。

ただ、警戒しているなりに、様子は見に来ている。

いずれにしても、まだまだ心を簡単に許してはくれないだろう。

「基礎訓練をやらせているのは、やはりいきなり能力が上がったからか?」

「はい。 このまま実戦に出すと、下手をすると初戦で戦死もあり得るので」

「だろうな……」

「大丈夫、そういう事はさせませんよ」

頷くと、デアドラさんは戻っていく。

動きにかなり慣れてきたディアンに、もう少し複雑なステップを踏ませてみる。

やはりパワーが倍になっているというのはかなり大きく。才覚が明確にあるディアンでも、慣れるのに苦労していた。

ただ、それもそうは掛からない。

基礎的な動きを色々と一刻ほど練習させる。

その間、里の人々はこっちをずっと見ていたようだった。

ただ、デアドラさんが叱咤して、仕事に戻らせている。

そしてあたしも、その間里を観察させて貰った。

話通り。かなり里の中は文明的に動いている。王都よりも機械の密度は高いくらいだ。

昨日は灯りくらいしか気にならなかったが。

井戸のくみ上げは機械が行っているようだし。

また、水車の管理も同じく。

更に、驚くべき事に上空を何かが旋回して見張りをしている。

あれは間違いなく機械だ。

「機具」と呼んでいるようだが。それは想像以上に優れたテクノロジーを有しているとみて良い。

多分ヴォルカーさん辺りが見たら、絶対に欲しいと言うだろう。

農作業も、かなり機具がやっているようである。

こういう多湿の場所の農作業はかなり手間暇が掛かる。雨が大量に降る分、向いている作物があたし達がいる場所とはかなり違っているのだ。

そういった作物を、丁寧に機具が世話している。

この里には、恐らくだが。

神代の文明が、いびつな形ながら生きている。

下手な都市よりも、ずっと文明的だ。

恐らくだが、験者はこれを見て育ち。外の現実を見て来て、それで機具を外に売る事を判断したのだろう。

それによって、里に人を招いて。新しい血を混ぜることも考えたのは疑いない。

ボオスが戻ってくる。

かなり渋い顔をしていた。

ボオスは里の人間と商談が出来ないか、様子を見てきたのだ。クラウディアがこういうのをやるべきかなと思ったのだが。

クラウディアは今、音魔術で周囲を警戒している。このアトリエは守りを固めているとはいえ、かなり魔物の領域に突出しているからである。

「ボオス、どうだった?」

「クーケン島と同じだ。 それも昔のな。 きりきりするような排他的な空気があって、ろくに商談どころじゃない。 それにこの里、あの機具とやらのせいで、思ったよりずっと文明的で、それを本人達も自覚していやがる。 どっかで外の人間を見下しているようだな」

「辺境の集落あるあるだね」

「まったくだ」

ボオスが嘆息する。

験者はどちらかというと進歩的な性格のようだが。里の長としても、この里に根付いた色々と良くないものを簡単に吹っ切るわけにはいかないのだろう。

いずれにしても、これは面倒だ。

アンペルさんが苦労したのもよく分かる。幾つもクリアしなければならない課題があって。

百戦錬磨のアンペルさんでも、そこを見誤ったのだろう。

まあ、それでも多分致命的な事態になっていないだけ、凄いと言うべきだが。

「それで、どうだディアンは」

「いいよ。 回避盾としても攻撃役としてもいけるねあれは」

「逸材だな」

「……フェデリーカと同じく即戦力だよ。 ただ、血の気が多いから、それを上手に制御しないと死ぬけど」

あたしだって、血の気は結構多い方だ。

だからこそ、戦闘では必要以上に冷静になるように心がけている。

一度しくじると簡単に死ぬのだ。

魔物だって、死ぬわけには行かないし。此方を殺せる武器を幾つも持っている。

だからこそに、冷静でなければならない。

初見殺しの魔術や能力持ちも多いからである。

「よし、ライザ姉、出来たぞ!」

「うん、良い感じだね。 じゃあ、的に対して、得意な攻撃を叩き込んでみて」

「よしきた!」

セリさんに頷く。

セリさんが植物操作の魔術を使って、魔物を象った的を動かす。最初はゆっくり。

ディアンは野性的なしなやかな動きで跳び上がると、的に綺麗に横殴りの一撃を入れていた。

パンと、鋭い破裂音がする。

それでも的は平気だ。

「すげえ! 良い感触だ!」

「力を入れすぎないでね。 加減を間違えると、自分の骨を砕いちゃうよ」

「分かってる!」

「速度を上げるよ」

セリさんが、的の速度を上げる。

それでもディアンはついていく。うん。これは才覚がある。

レントも舌を巻いていた。

「これは伸びしろが大きいな。 二十歳を超える頃には、俺たちよりも強くなってるんじゃないのか」

「そうかも知れないね」

その時には、頼りにさせて貰うよ。

そう、あたしは内心で呟いていた。

 

3、熱帯は血に染まる

 

巨大な蛇がいる。

別に敵対的ではなく、あたし達が行くとずるずると這って密林の奥に消えていった。あれはあたしの歩幅十歩分はあった。

動きもそれほど速くなく、普通の蛇がいわゆる「蛇行」をするのに対して、なんというかそのまままっすぐ進んでいたようだった。

超大型の蛇にはたまにある動きらしい。

体が巨大すぎて、ああやって動くしかないそうだ。

全身も緑色で、森に溶け込む姿をしている。

それはどういうことかというと。天敵がいるということだ。

今の時代、デカイというだけではそこまで強い存在にはなり得ない。あの蛇も、ラプトルの群れにでも襲われたら、あっというまにディナーだろう。

「ジョージのとっつあん、今日も大人しいな」

「あの蛇はジョージって言うんですか?」

「おう。 この辺りの主だ。 人間には基本的に敵対では無くて、余程の事がない限り襲ってこない。 ただ、もう寿命だな……」

「へ、へえ……」

フェデリーカが困惑しているが、まあ土地によって色々な違いはあるものだ。

さて、それはそうとして。

あの蛇が逃げたのには理由がある。あたし達だけじゃない。

あたしが顎をしゃくると、皆が戦闘体勢になって、すぐに陣形を組み替える。ディアンはなんだろうと見ていたが。

茂みから、立て続けにそれが飛び出してくる。

鼬か。

いや、違う。

もっとずんぐりとしていて、ずっと大きい。それに、体はどちらかというと熊に似ている。

四つ足だが、背中まであたしの背丈の五割増しはある。

足も重厚で、下手な熊よりも大きいだろうこれは。

それが十数体ほど。

展開も早く、半包囲してきて、唸りを上げている。

「ラーテルだ!」

「なるほど、こんなのがいるってことは、確かに街道を行くどころじゃないな」

「片付けるよ」

「分かった!」

殺気が炸裂する。

ラーテルは、あたし達を皆殺しにして、昼飯にするつもりだ。だが、そうはさせるものか。

最初に仕掛けるのはセリさんだ。

植物魔術を展開。

地面の下から、一斉に食虫植物がラーテルとやらに襲いかかる。それで出鼻を挫かれたラーテルだかが、あわてて飛び退くが。

こっちは既に、全員が動いている。

レントが、困惑している一体の頭を、唐竹にたたき割る。

人間の腕力ではできっこないが、グランツオルゲンで更に強化している大剣と、レントの剣腕。

更にはあたしの作った装飾品による強化で出来ている。

食虫植物に食い千切られている仲間を見て困惑しているラーテルに、それぞれが攻撃を開始。

混乱している群れは、最初の半包囲への展開が嘘のように次々仕留められていくが。

一旦混乱から飛びずさった大きい一体が、吠える。

というか、唸るような、大きな音だ。同時に、巨大な氷の柱が多数、奴の周囲に出現する。

なる程、氷の槍か。

ボオスが足止めしていた一体を、踵落としで蹴り砕いたあたしも、詠唱を即時に行う。そして、巨大な氷の柱を。それも人間ほどもある奴を。

そのまま熱槍で迎撃。

強烈な熱と冷気が激突したことで、爆発が起きるが。

その爆発を、クラウディアが音魔術で吹き飛ばした。

音は指向性を持つとこう言う事が出来る。

爆発をもろに浴びたラーテルが悲鳴を上げてのたうつ中、ボスは第二射を即座に用意。流石にこんな危険な場所で暮らしているだけの事はある。

しかし、これは攻撃用ではないな。

あたしは突貫。ボスが一瞬だけあわてるが、もう遅い。

それでも、氷の術を即座に切り替えて、壁にして展開して来るのは流石だろう。

あたしは跳躍。

熱魔術による爆発を利用して加速。

そのまま、中空から、更に威力を増した蹴りを、氷の壁に叩き込み。貫き粉砕していた。

勢いも殺さず、ボスをそのまま激しく蹴る。

巨体が吹っ飛ぶ。

首が折れた手応えがあった。

どうと地面にボスが倒れると、わっと残党が逃げようとするが、そうはいくか。

セリさんが植物魔術で、今度は射撃。

鋭い針みたいなのが射出されて。ラーテルの全身に突き刺さる。それでも三体が逃れるが、タオが追いついて、手負いの一体を仕留める。更にクラウディアが速射して、二体を次々に射倒していた。

群れを全滅させた。これでいい。

「よし、処理開始」

「処理?」

「皮を剥いで、肉を燻製にする……といいたいけれど、これ食べられる?」

「いや、肉が臭くてとても食べられない」

だろうな。

一部の肉食の動物は、肉が臭くて食べられたものではないのだけれども。このラーテルとやらもそうだった、ということだ。

ならば、皮をいただく。

体もばらして、骨とかも回収しておいた方が良いだろう。

てきぱきと吊して処理をしていく。肉を食べないので、血抜きはしない。肉はそのまま焼いて、肥料にするために腐らないようにだけの処置はする。

ディアンが不思議そうにしていた。

「ライザ姉、獲物の処理になれてるな」

「毛皮はだいたいどれも役に立つけれど、錬金術の素材になるからね。 それにものによっては交易品にもなる」

「よく分からないけれど、価値があるって事か」

「そういうこと」

不慣れな様子のディアンに、タオがついて指導する。ディアンは戦闘での飲み込みの良さが嘘のように不器用だが。

まあ、それが普通だ。

戦闘では才覚が明確にあるのだから、他はぶきっちょでも仕方が無い。

何でも出来る奴なんていない。

一人旅をしているレントも、気がつくとずぼらな食事ばかりするという話だし。一人暮らしすれば立派になるとか成長するとか大嘘だ。結婚すればとか、子供が出来れば、とかと同じ都市伝説である。

あたしも色んな集落を周り、王都も見て来て。

たくさんの人間に関わってきたから、そう断言できる。

「それにしても、逃げる魔物まで追う必要があったんですか?」

「あれは人間を襲い慣れている雰囲気があったからね。 それに手負いにしたら、逆恨みを募らせるだけだよ」

「なるほど……」

フェデリーカもまだまだ戦士としてはこんな感じだ。

ともかく、死体の処理を終えて、戦利品をアトリエに持ち込む。

いまやっているのは、南にある集落への街道に出る魔物の駆逐だ。ラーテルの群れを片付けた事は、先にデアドラさんに報告しておく。

ディアンが昂奮して凄かったというので、デアドラさんはちょっとだけ目を細めていたようだった。

「デアドラ姉、ライザ姉本当に強いぞ! ラーテルのボスが作った氷の壁を、苦も無く蹴り砕いて、ラーテルもそのまま蹴り倒したんだ!」

「そうか。 それにしても、大量の毛皮だな」

「余るので、なめした後に其方に提供します」

「そうか、助かる」

かなり向こうに譲歩しているが、それで別にかまわない。

ラーテルの肉は、錬金釜に放り込んで発酵を促進して、そのまま肥料にしてしまう。確かに美味しくはなさそうだ。

それよりも骨だ。

頑丈な肉体を支えるからか、とても分厚くて頑丈だ。

これは何かに使えるかも知れない。

内臓にはこれといって面白いものもなかった。それに、人間の残骸も入ってはいなかった。

それだけは、良かったのかも知れない。

肥料はセリさんに引き渡して、一旦休憩してから、また街道の方に行く。

さっきのジョージという老蛇が、木の上でひなたぼっこをしているのが見えた。

巨大な蛇は、それこそ大きめの獲物を食べると一年くらいは食事をしなくても大丈夫らしいが。

それはまた、随分と燃費が良い話である。

人間なんて、二三日まともに食事をしないと身動きが取れなくなるし、最悪死に到るのだが。

それにしても。殺気に満ちている森だ。

もっと奧には更に強大な魔物がわんさかいるんだろうと思うと、これは先が思いやられる。

行き交う人達も命がけだ。

ディアンも安全な道なんてないと言っていたし、これは二三日は此処を往復して魔物狩りの必要があるか。

クラウディアが警戒の声を上げる。

「ライザ」

「!」

「おっと、俺より気付くのが早かったな。 非常に巧妙に気配を消していやがる」

クリフォードさんがブーメランに手を掛ける。

茂みの中に巧みに擬態して隠れているそれは、巨大な……さっきのラーテルなんて一呑みにしかねないほどの巨大な……なんだろう。

カエルに似ているが、あれはちょっと雰囲気が違う。

向こうも此方が気付いた事に気付くと。

いきなり、殆ど音速で舌を飛ばしてきて。

フェデリーカを狙ったそれを、一瞬の差でクリフォードさんが手に持ったブーメランで弾き返していた。

「おっと、やらせねえよ」

カエルみたいな魔物は、舌を回収すると、立ち上がる。

六本も足があり、全身から触手が展開する。緑に完全に紛れていたが、触手は赤黒く、烏賊の触手のように棘がついている。あれは掴まれたら、怪我どころか肉を持って行かれるだろう。

しかもかなり大きい。

肉を持って行かれるどころか、触手に掴まれたら、最悪そのまま握りつぶされて死ぬな。

そう思いながら、あたしは詠唱を開始。

魔物は六本の足を素早く展開して、驚くほど素早く動く。触手も舌も、ひっきりなしに飛んでくるが、その度クリフォードさんが対応する。

あたしは詠唱しながら、様子を見る。

この様子だと、魔術をもう展開している。セリさんが植物操作で引っかけようとするが、相手は巧みにかわす。

レントが斬りかかるが、残像を抉るだけだ。

なるほど、そういうことね。

此奴が使っているのは、多分限定的な予知能力だ。

あたし達の周りを回りながら、高速で連続して攻撃を仕掛けてくるカエルみたいな魔物。触手による殴打で、レントが吹っ飛ばされる。ボオスが対応できずに、剣を一本弾かれていた。

覇王樹を柔軟に踏み越えると、中空から触手を立て続けに放ってくるカエルもどき。ディアンがそれを一つ、弾き返してみせるが。もう一本が、セリさんを直撃。吹っ飛ばしていた。

立ち上がったレントが。セリさんを襲おうとした舌を、雄叫びを上げながら弾き返すが、血が額から出ている。

更に、立て続けに来る触手と舌。

しかも巧みに周囲の障害物を避けている。こいつは手強いが、だが。

あたしが詠唱を終える。

周囲に展開した熱槍、一万。

そしてそれは、以前使っていた……周囲から一点に向けて殺到するタイプのものだ。それを見て、足を止めた魔物は。全力であたしに向けて跳んでくる。まあ、それしか活路はないよな。

あたしも詠唱の制御で、対応できるものではない。

だが、クラウディアが、一瞬早い。

あたしの前に躍り出ると、バリスタみたいな矢を叩き込む。

初めてクリーンヒットが入る。

カエルが悲鳴を上げて、地面に落ちる。だがそれでも、足を動かして逃れてみせるのは流石だが。

あたしの熱槍制御は、それも見越していた。

未来が限定的に見えるなら。

それでも対応できない攻撃を叩き込む。

簡単な話である。

万の熱槍が全方位からカエルみたいな魔物に襲いかかる。魔物は覚悟を決めたのだろう。

触手を振るって、更に自身でも全力詠唱。触手の出す音で詠唱補助。

それで、全身を鋼鉄のように固めたようだが。

そんな程度であたしの熱槍を防げると思うな。

炸裂。

音が世界から消え。

つづけて、爆風が辺りを蹂躙していた。

カエルみたいな魔物の蒸し焼き、1丁上がりだ。だが、かなり皆手傷を受けた。すぐに薬を出す。

ボオスが青ざめて呻いている。セリさんも調子が良くない。

ボオスは腕の骨をやられていたし、セリさんは肋骨を折っていた。すぐにあたしが薬を選んで塗り混む。

腕を固定して、そして薬で回復を促進させるのだが。

これは一旦今日は引き上げるべきだな。

あたしの薬でも、骨折は治るのに二三刻掛かる。この敵の質だと、正直全戦力を投じないのは愚策に等しい。

カエルみたいな魔物を解体するが、腹の中からさび付いた髪飾りみたいなのが出て来た。それをみて、ディアンがあっと呻く。

「この辺りで行方不明になった里の種拾いのものだ……!」

「そうか。 こいつが相手だったなら仕方が無いよ」

「……この人、俺の理解者だったんだ。 良い戦士だったのに……」

「お墓を作って、これを一緒に埋めてあげよう」

ディアンが肩を落としている。

多分、ディアンよりだいぶ年上の女戦士だったのだろうな。

そう思うと、デアドラさんも頼りにしていた戦士だったのかも知れない。

腹の中からは、他にも人間のものらしい残骸が幾つも出て来た。それらは荼毘に付してしまう。

この辺りで、人間を襲うことを常態化させていたのは間違いない。

恐らく、今後はこんなのがわらわら出てくる筈だ。

この辺り、サルドニカよりも状況が悪いな。

あたしは、そう思っていた。

 

カエルみたいな魔物を解体したが有用な部品は見つからず。皮も使い物にならなさそうだったので、焼いて処分し、肥料にする。

髪飾りはあたしが錬金釜で綺麗にして、それでデアドラさんに話をする。ディアンはとても悔しそうに俯いていた。

「そうか。 これはロザリのものだ。 仇を討ってくれて礼を言う」

「この辺りは、過酷なんですね」

「ああ。 だが、錬金術師殿達はこの辺りでも平気でやっていけそうだな」

「この魔物との戦闘で負傷者が出たので、今日は切り上げます。 この様子だと、まだまだ掛かりそうです」

頷くと、デアドラさんと一緒に墓地に行く。

里の奧に墓地があって、それでデアドラさんが何か言うと、屈強な戦士達が集まって来た。

女性戦士も屈強な人が多く、腹筋は基本的に割れている。

あたしとクラウディアだけが参列する。

他の人は、皆回復と荷車からの積み卸しをしてもらった。

墓は既に作られていた。

もう戦死と判断されていたのだろう。

墓の前で、デアドラさんが、ロザリという人に朗々と呼びかけて。それで何かしらのかけ声を掛けた。

あたしとクラウディアは、胸に手を当てて、見た事も無い死者に敬意を示す。

戦士達は雄叫びを上げると、墓の前で何やら踊り始める。ディアンも、それに加わっていた。

しばしその踊りが終わると、また朗々とデアドラさんが何かしらを言う。

タオだったら分かったかも知れないが、あたしには分からない言葉だった。

それが最後になって、戦士達がぞろぞろと行く。

ディアンが、大きくため息をついていた。

「終わりだ。 行こうぜ、ライザ姉。 これでロザリ姉も、冥府に行けたはずだ」

「この辺りの風習では、あんな風に死者を送るんだね」

「余所では違うって聞いているが、此処ではそうだ。 まず最初に冥府の番人にああやって戦士の長が呼びかける。 その後、番人を喜ばせる舞いを皆で踊って、それで死者が冥府に行けるように番人の機嫌を取るんだ。 験者様とかの偉い人が死んだ場合は、菓子をその場で焼く。 冥府の番人は菓子が好きだ。 その後、冥府の番人に言づてを頼むんだよ。 冥府の王に、勇敢な戦士をよろしくお願いしますって」

随分と具体的な風習だな。

というか、こういう信仰が残っているのは初めて見るかも知れない。今までは漠然としたものしか見てこなかったから、とても新鮮である。

「戦士以外はまた別の方法で葬るの?」

「おう、何種類かあるぞ」

「なるほどね。 ともかく、あたし達の仲間はああやって葬られないようにあたしがどうにかする。 ディアンもね」

「頼りにしてる」

そうだな。

アトリエに戻ると、タオに今の話をクラウディアがして。そして、タオが目を輝かせてメモしていた。

その後タオが、他の死者を送る方法についてディアンに聞いて。それを全てメモしていた。

その間に、レントが里の人間が利用しているらしい小川で、魚を捕ってきてくれた。結構派手に貰っていたのに、骨一つやっていないのは流石である。

魚をクラウディアが蒸し焼きにして、それでみんなで食べる。みんなで食べられるくらいの大きな魚だった。

今日は大事を取るが。

明日は更に魔物狩りを加速させる必要があるだろう。

この辺りの人が脅かされている危険を考えると。出来れば一日で、全部まとめて片付けてしまいたいほどだった。

何よりも、確定で門がある。

セリさんの話によると、即座にフィルフサが出る状態ではないという事だが、それも今も同じかは分からない。

なにしろ五百年以上も前にこの土地を離れたそうなのだから。

あまりもたついていられないのも事実だった。

 

次の日。

朝から、多数の魔物を相手にする。

骨折を一日で回復出来るあたしの薬の効果にボオスは呆れていたが。ともかく、皆で確実にこの辺りの魔物を削る。

昼過ぎまでにそれなりに強い魔物を含めて三度戦闘し、いずれの戦闘でも負傷者を出した。

話に聞いていた以上の魔郷だ。

東の土地は此処以上だと聞くから、更に凄まじいのだろう。

そう考えると、ちょっと色々と複雑な気分にもなる。

今倒したのは、手が長い猿みたいな魔物だ。口は凄い牙が並んでいて。この牙は、或いは使えるかも知れない。

猿みたいではあったけれども、人間とは恐らく別種の存在だ。

解体してみると、骨とかの造りが、人間とは似ても似つかなかった。

他にも、カラフルなラプトルを仕留めたが。

カラフルなのは、警戒色だと一発で分かった。

明らかに毒を持っていたし、ラプトルが代名詞にしている蹴爪も、明らかに紫に染まっていた。

蹴爪を喰らったら、毒を貰うのも確定と言う訳だ。

厄介な相手である。

こんなのがゴロゴロいるのでは、この辺りの人達も、安心して等暮らせないだろう。

更に言うと、此処は禁足地ですらない。

禁足地はもっと危険な可能性が高かった。

ディアンがかなりへばっているのが見える。

あたしは平気だが、それでも現状の限界が見えてきた感はある。ディアンに水をレントが渡している。

レントはこう見えて、とても面倒見がいい。

舞いを待っているだけでも、かなり神経がすり減らされるらしく、フェデリーカは言葉もない様子だ。

一度などは接近してきたラプトルに、危うく首を食い千切られるところだった。

間一髪でタオがラプトルの首を叩き落としていなければ、命はなかっただろう。

ただラプトルにしても、命がけで戦っていて、エサを得るために必死なのだ。

あまり、責める気にもなれない。

アトリエに戻る。

ラプトルの毒爪や、毒そのものを溜めている毒腺。更には猿みたいな魔物の牙とか、使えそうなものは錬金釜に放り込んで、ある程度使いやすいように加工をしておく。毛皮もかなりいい。

ラプトルの皮は、これはこれでかなり上質だ。

派手すぎる見た目だが、なめしが良ければ長期間もつだろう。あらかた回収はしてきたので、里に納品して。残りは管理をクラウディアに任せる。

食事を取って、休憩。

かなりグロッキー気味のフェデリーカだが。それでもまだ若いのだ。しっかり食べると、元気を取り戻してはいた。

「食事の後、少ししたらまた出るよ」

「おう。 とりあえず南の集落まではこれでいけそうだよな」

「いや、これだけの密度で魔物がいると、そうはいかないだろうな。 魔物が消えた分、縄張りを他の奴がすぐに埋める」

「そうなんだな」

クリフォードさんの博識に、ディアンは驚いている。

体につけている戦闘用の化粧と、刺青に似たようなシンパシィを感じるのかも知れない。クリフォードさんはなんだかんだで全力で道楽をするために生きている人だ。今もロマンを求めて命を賭けている。

だから、逆に色々知っている。

色々修羅場も潜っているのである。

フェデリーカは、逆に新しいものがどっと来すぎてパンク気味だ。

ともかく、フェデリーカがちょっと心配だったので、栄養剤を飲ませておく。興奮剤は最後までとっておく。

あれは結構危険なので、出来るだけ飲むのは最後の手段にした方が良いから、である。

再び魔物狩りにでる。

大きな猪が出たが、多少大きい程度だ。勿論魔術も使うが、所詮は猪である。この面子の敵ではない。

順番に片付けて行く。

大物は、もう出なかったが、代わりに怖いもの知らずの雑魚が何度も仕掛けて来た。だが、それも育つと危険な存在に成長しうる。

だから、全て処理する。

そして、森を抜けた、

ある程度平原と呼べる場所が拡がっている。

森から出て来たのを見て、柵に貼り付くようにして守っていた戦士が、驚いていた。

見かけはあたし達と殆ど変わらない。

フォウレの里が、やはりかなり特殊な場所なのだと言う事がわかる。

「あんた達、どうやって森を抜けてきた!」

「ようギナムのおっさん」

「お前……ディアンか! 三年ぶりだな!」

「大きくなっただろ!」

ああ、大きくなったな。ベテランの戦士が、そう言ってディアンに笑顔を見せる。

すぐに戦士が集まってきたので、ボオスが出て、事情を説明。すぐに村長が出て来た。

スーツを着ているのはこの人だけだ。

そうなると、この辺りにはまともな服が殆ど来ないのだろう。王都の機械は直したばかりだ。

品が流通するのは、特にこんな状態では時間が掛かるだろう。

「森の魔物を多数片付けてきた、だと!?」

「ああ、荷車を見てくれ。 だが、まだ此処に到達するのに成功しただけだ。 まだまだ魔物を処理しないといけないが」

「途中に巨大な人食いの魔物がいただろう。 あれに何人もやられて……」

「カエルみたいな奴なら仕留めた」

おおと、戦士達が声を上げる。

そうか、こっちでもやられていた人がいたのか。ともかく、あたしは手をかざして、里の様子を見ておく。

結論はすぐに出る。これは危ない。

孤立している集落で。かなり広い平地が拡がっているものの、それを生かす余力がない。

危険な森に対して壁を作るのが精一杯で、人を行き来させられないから。物資も当然行き来できないのだ。

もちろん森を焼き払うとか論外だ。

怒り狂った魔物の群れに、今の人間は対抗できない。文字通り殲滅するまで魔物は人間を殺し続けるだろう。

「この経路をまずは安全にするよ」

「分かった。 皆、聞いての通りだ。 まだ魔物が多数いるから、しばらくは守りを重点的に固めてくれ。 今日明日くらいで、面倒そうなのは片付けるから、その後に戦士の護衛をつけて、港やフォウレに商売に来てくれ」

ボオスが里の人々にそう説明する。

すぐに意図が伝わるので有り難い。こういうのを専門に王都で学んできたのだろう。

「分かった、助かる。 幾つも足りない物資があったんだ」

「そこにいるのはバレンツの人間だ。 足りない物資があるようなら、リストアップしてくれるか」

そうかと、嬉しそうな声。

クラウディアは頷く。クラウディアにしても、これは商機。

最初は商売はあまり利益が出ないが。そこに拠点を作る為の先行投資として、それは考えるものだという。

この一帯はバレンツにとって販路が出来ていない地域。

特産品などを得られれば、人間の行き来も流通も活発に出来る。長期的に見れば、バレンツにもこの辺りにも得だ。

難しい話は二人に任せて、あたしは皆の怪我を確認する。

まあ、この程度なら大丈夫だろう。ある程度で切り上げて貰って、すぐに魔物の駆除に戻る。

そして夕方までに更に八回の戦闘を行い。

多くの魔物を駆除して、皮やら肉やらを、アトリエに運び込んだ。

二度大物と交戦して、かなり手傷も受けたが。いずれもが、このあたりでは名前を知られている魔物だった。

厄介な相手だったが。

方向性も見えてきた。

一度アトリエに戻り、コンテナに荷物をつめながら軽く話をしておく。

「この辺りの魔物って、人間を殺戮する事よりもひょっとして森を守護することを優先している?」

「そういえば、そう見えるな。 ただ人間は生活するだけで森を開き海を荒らす。 魔物とは結局相容れないのだろうが」

クリフォードさんがぼやく。

セリさんは、それに対して少しだけ考えてから付け加えた。

「今の人間の生活方法では森との共存は厳しいわね。 そもそもとして数が多すぎる」

「こんなに減ってもですか?」

「そう。 元々数を集めて生活するのが基本なのよ人間は」

その後何か言おうとして。

セリさんは黙り込む。

オーレン族くらい個体が強ければ、それはオーレン族のように人間は森と共存する事は出来ただろう。

だが一部の強靭な個体以外は基本的に脆弱なのだ人間は。

それに脆弱な個体を生かしてきたからこそ。

あれ。

そういえば、脆弱な個体の得意分野を生かして社会を上手く回してきた人間が。それがまた、妙な事に陥ったものだな。

神代の錬金術師の理屈は、それを真っ向否定するものだ。

それでありながら、オーレン族の行き方ともまた違う。どうしてなのか。

個としての最強は何をしてもいいと考えたからか。いや、それも違うような気がする。錬金術師も神代には集団になっていた筈だ。流石にあの扉や宮殿、何より群島。一人の錬金術師が作ったとは考えにくい。

空を浮かぶ島なんてものまで神代にはあった。それが落ちた遺跡も見た。

それだって、一人で作るのには無理がありすぎる。

何故に、神代の錬金術師はそんな愚かしい考えに陥った。それを知らないと、奴らと接するのには早いのか。

「ライザ姉、どうしたんだ」

「いや、なんでもない。 弱き者の盾になるのがあたしたち戦える者のやることだよ。 さ、明日も魔物を狩ろう。 いずれまた強い魔物が出てくるだろうけれども、ある程度地元の戦士達も対応できる段階まで魔物を減らしたら、今度は北の集落に向かわないとね」

「弱き者の盾か。 ライザ姉はやっぱりすげえな。 俺はどうしても、そんな風に断言は出来ない」

「誰だってそうだ。 自分は強いとか思い込むと特にな」

レントがそう言う。

まあ、レントはザムエルさんの件で色々あったし、言葉の重みも違うか。

ともかく、周辺の魔物を狩っていく。

全ては、それからだ。

 

4、ロテスヴァッサは落ちた

 

弱々しい男が、つれて行かれる。別に武力だけが指導者の資質ではないだろう。だが、パティから見て。あの男が指導者に向いているとも思えなかったし。

よく貴族などを正当化する人間が口にする「金持ちは優秀」だの、「優秀な教育を受けているから優秀になる」だのの理屈が、一つも生かされているとは。あの無気力な様子からは、とても思えなかった。

元々、王都なんて大した規模ではないのだ。

神代の話は聞いている。タオさんから、幾つも話を聞いて来た。

今の何十倍も人間がいた時代。

その頃には今の王都アスラアムバートなんて地方の都市に過ぎず、当時の王都には何百万、もっと多くの人がいたのだとか。

国全体では人間の数は十億を超えていたとかいう話で。

しかも、それでも古代クリント王国の頃にはかなり神代よりも減っていた、ということだ。

神代の頃栄えていた街の辺りは汚染物質塗れで、魚も住まない川や何も生えない荒野が拡がっていて。

おぞましいまでに歪んだ生物が多数住み着いている。それはもう、魔物とすら呼べないような、何か哀れな存在だという。

そういった時代を夢見るのは、人間の性かも知れないが。

パティはそうはなりたくなかった。

王はつれて行かれた。

これから屋敷の一つに移り、そこで蟄居することになる。

王をつれて行ったのは、アーベルハイムのメイド長の同族達。

役に立たない王の代わりに、ずっと彼女らの一族が政務を実質上執っていた。ただしその政務は、現状維持が主な目的だった。

百年前の錬金術師集団の暴走の際にも、実際に錬金術師達を粛正したのは彼女らである可能性が高いようだが。

それについて、パティはどうこうというつもりはない。

王都みたいな孤立した都市が、ずっとやれていけているのは彼女らのおかげだ。

ライザさんがあらかた問題を片付けてくれたが、それは五百年で溜まりに溜まった膿である。

そして、今。

最後の膿が、玉座を去った。

しばらく玉座は空にするという。

お父様が直接其処に座るのでは、反感も買う。しばらくは、政務の安定に力を注ぐそうである。

子供はパティがいる。

だが、パティとしては。自分が王になるよりも。

立憲君主制をそうそうに進めて。王がいなくても政務が廻る国に、していきたいと思っていた。

お父様が来る。

子飼いの戦士を左右に連れていた。

出来ればクリフォードさんやセリさんもいてくれれば心強かったのだけれども。まああの人達がいなくても大丈夫ではある。

「お父様」

「ほぼ無血で終わったな。 王都の人的資源は限られている。 最悪の場合、市街戦と言うのもあり得たのだが」

「それがなかったのは幸いです。 華々しい武勲などよりも、皆の生活が踏みにじられない事だけが大事です」

そう胸に手を当てて言う。

それは、ライザさんと一緒に、去年の激闘を制したパティの偽りのない本音だ。嘘ではない。

パティにとって、あの戦いは、本当に得がたいものだった。

酷い目にもあったけれど、それはそれとして。この世の底を見てきたし。世界の隣にある邪悪と。その邪悪の犠牲者も見てきた。

最悪の状態に人間が墜ちると。

どのようになるかも、しっかり把握した。

それだけで、充分過ぎる程だった。

お父様はマントを羽織るが、ただそれだけだ。

元帥杖なんてものをもつケースもあるらしいが、アーミーが存在していた頃の習慣だそうで。

そんなものがとても組織できなくなった今。

全く意味がない習慣になっていた。

「ライザ君の話は聞いている。 また……例の危険な魔物絡みの案件についているそうだな」

「はい。 二度あれから参加しましたが、私ももう一度行って来たいと思います」

「私ももう子供を新しく作るつもりは無いし養子を取る予定もない。 お前だけが私の子だ。 お前の意思が強い事は既によく分かっているが、頼むから命を無駄に散らしてくれるなよ」

「はっ……」

最敬礼をすると、感謝する。

もう、くだらないしがらみは終わりだ。

まあ、結婚するまではタオさんと何かするつもりもないけれど。

ライザさん達と。タオさんとも。また一緒に冒険できるのは、本当に嬉しい事だ。

それを察して、認めてくれたお父様にも感謝している。

タオさんは、今度の戦いが終わったらしっかり王都に根付いてくれるはず。その時はきちんと結婚したい。

貴族なんて基本的に政略結婚の世界だ。

だからパティのような恋愛結婚なんてものはあまり良く思われないかも知れないが。王都は変わる。

変えるのだ。

アーベルハイムのメイド長が、王都の南口まで送ってくれる。

そこから港に向かって、今はフォウレという里にライザさん達は逗留しているらしい。話に聞いているが、アンペルさんらが捕まっているそうで。しかも門があるという。門から即座にフィルフサが溢れる可能性はあまり高くないそうだが。去年の戦いも含め、三度のフィルフサとの戦いを経験したパティは、油断をするつもりは一切無かった。

門で、しっかり大太刀を確認し。

ライザさんが作ってくれた、正装でもある胸鎧も確認する。

髪の毛は前はツインテールに結っていたが、今はポニーにしている。これは単純に、戦闘で動きやすいからだ。

靴は元々戦闘を想定されるので、ヒールではなくきちんとしたものを履いている。これもライザさんに貰った奴の性能が高すぎて、今では手放せない。馬鹿馬鹿しい社交界だのにでなくて良くなったのが大きいのかも知れないが。

後は、一人で行ける。

これでも、ライザさん達と、フィルフサ相手に戦ったのだ。一度ならず。

「ありがとうございます。 後は一人で行きます」

「念の為に、港で船に乗るまではカーティアがお供します」

「……分かりました。 それではお願いします。 お父様の警護をしっかりお願いいたします。 今、お父様は王都にとってもっとも大事な人です」

「お任せを」

カーティアが来たので、メイド長に敬礼して、後は街道を行く。

ライザさんのように荷車を使うほどの荷物はないが、それでも背負っていくので、それなりに重量はある。

サバイバルの知識があって良かったと思う。

虫はいまだに苦手だけれども。

前みたいに、血の気が引くほどでもなくなっていた。

王都がどんどん後ろになっていく。

カーティアが、少し後ろをついてくる。これは貴人になったパティへの気遣いなのか、それとも。

いずれにしても、今でも実はメイド長の方がパティより強い。三回に一本取れるかどうかだろう。

カーティアも似たような実力だ。

安心して、背中は任せて良い。

「この辺りの魔物は、すっかり大物が出なくなりましたね」

「ええ。 貴方やライザ殿のおかげです」

「あの人は当代の英雄……いえ、超世の英傑です。 今後は、王都でも礼を尽くさないといけませんね」

「王都の民は特に感謝しているようです。 機械類があらかた修理されたのは、本当に良かった」

頷くと、港へ急ぐ。

最高に尊敬している人でもあるが。

やはり戦友でもあるし。

何より、一緒にいて面白いのがライザさんだ。タオさんと会えると言う事もある。気が浮つかないように、気を付けなければならなかった。

 

(続)