二度目の挑戦

 

序、また様子が変わる

 

あの悪魔みたいなのがまた姿を見せた、と言う事もある。

皆で警戒しながら、群島最奧の島に。

相変わらず外からは構造が把握しづらい島だ。前と同じ地点から上陸。此処も、セリさんが以前と同様に、植物でタラップを作って、上がりやすくする。

そのまま島に上陸するが。

嫌な気配がビリビリした。

クリフォードさんが、しっと口元に指を当てる。それだけで、最大級の警戒を、皆でする。

それもそうだろう。

クリフォードさんの勘は、誰もが知っているのだ。

あたしもそのまま無言で上陸して、全力で警戒する。力は上がっている。それは確信できているが。

それでも、油断すれば死ぬ。

それがこの世界の理だ。

レントが最前衛で、そのまま進む。擬似的に作られた密林は、また様子がだいぶ違っていた。

前にほぼ全部調べたのに。

魔物がたくさんいる。

どれも水陸両用の魔物ばかりだが。

それでも厄介な事に代わりは無い。特に大きめの鼬がいて、それが既に警戒心を全開に此方を見ている。

それで、多数の鼬が集まってくる。

どれも大きい。

それだけじゃあない。

上空から降りて来たのは、多数の……なんだろう。

見た事がない魔物だ。

半分浮いているが、エレメンタルとはちょっと違う。あれは人型をしていた。いや、これはひょっとして。

サルドニカでみた、セリさんが本来の意味でのオーリムでエレメンタルと呼んでいる存在だろうか。

石で作られた。鉱物の浮いた集合体。

それが、多数。

まだまだ出てくる。

奧から這いずってきたのは、溶けかけている巨体だ。人間のようにも見えるけれども、全身がゼリー状である。

呻きながらこっちに来るそれは、赤黒い体色で、見ているだけで痛々しくなってくるほどだ。

フェデリーカに、舞うように指示。

頷くと、舞い始めるフェデリーカ。

それが合図となったのだろう。

一斉に、多数の魔物が襲いかかってきた。

「総力戦!」

「少し前に掃除したばっかりだってのにな!」

「上を見ろ」

クリフォードさんが言う。

あたしは見た。

あの悪魔だ。

最初、群島に近づいた時も、あれが多数の魔物を指揮していた。それを思い出して、歯を噛む。

あの時は、アガーテ姉さんとあたしだけで、思わぬ魔物の混成軍と物量を前に不覚を取ったが。

今回は、同じようにはいかない。

真っ正面から、激突する。

セリさんが、広域魔術で多数の魔物をまとめて食虫植物のエジキにするが。空から、多数の石弾を放ってくるエレメンタル。それをあたしが、熱槍で迎撃。全部中途で蒸発させた。

機敏に突貫してくる鼬。

それを、クリフォードさんが更に強化しているブーメランを飛ばし、振るい、順番に片付けて行く。

レントは最前衛で当たるを幸いに切り倒し続け。

脇を抜けたりした奴は、ボオスとタオが丁寧に戦って仕留める。

鍵のせいで力が上がっていると言う事もある。

フェデリーカが舞う事で、更に皆の力が増幅されていると言う事もある。

かなりの数の魔物が集まっているが、それでも。

前線を維持し、更に押し返していく。多数の魔物が次々に屍になっていく。

大きな鼬が前に出てくる。

中空にいる悪魔が槍を向けると。

鼬が、かあっと吠えて。それで全力で突っ込んでくる。

これは。

今まで見た鼬の中でも、図抜けて動きが速い。大きさはもっと危険なサイズのものを見た事があるのだが。

レントが、真正面から突貫を受け止めるが、かなりずり下がる。

更に跳躍した鼬が、回転しながらレントに突撃。凄まじい回転は、火を噴きそうで。レントも大剣で受け止めるが、刃で毛皮を傷つけられていない。

あれは、違う。

鼬本来の力でも、戦い方でもない。

あの悪魔が、多分媒介になって力を与えている。

あたしは熱槍を収束。

詠唱する時間を稼いでと、周囲に頼む。

エレメンタルが多数の石隗を飛ばしてくるが、クラウディアが全部迎撃、撃墜する。その間に、更に突貫してくる鼬を、セリさんがまとめて覇王樹で地面から空に突き上げ。更には、鋭い植物を生やして、落ちてきた所を串刺しにした。

その植物の間から、赤黒い人型が入り込んでくる。巨体で、それも柔軟極まりないというわけだ。

額にタオが刃を突き刺すが。それでも人型は呻きながらタオを手で追い払う。ボオスが腕ごと切り落としに掛かるが。ざっくりえぐれた傷口は、すぐに塞がる。

舌打ち。

仕方が無いか。

人型が、口を開ける。口の中に、光が収束していく。

その光が放たれる前に、あたしが踏み込んで、収束熱槍を叩き込む。消し飛ぶ人型の頭。人型が大きく体を反らすと、急速に体が回復していく。

骨も内臓もない。

あれは、全部で一つの魔物ではないのか。

だとすると、話は簡単だ。

懐から取り出した爆弾。

以前から研究していた、四属性複合型の爆弾である。

これを人型が呻いている中に放り込む。

人型は、複雑な形をした爆弾を、軟体の中にそのまま取り込み。吐き出そうとしたが、既に遅い。

起爆。

セリさんが、気を利かせて覇王樹で壁を作ってくれたが。

爆発と同時に、もの凄い悲鳴があがったように思えた。

熱し、即座に凍らせ。雷撃を走らせ。そして爆風で吹っ飛ばす。

その四つを全て一瞬で叩き込む最強の爆弾だ。火力はまだ向上の余地があるが、これを至近で受けて生きている生物なんていない。ドラゴンだって死ぬ。

人型が消し飛ぶ。ふうと、あたしは息を吐いて。空を見る。

悪魔はもういない。

同時に鼬も信じられないくらい弱体化して。レントが、雄叫びを上げて一転攻勢に出る。

「逃がしたか……」

「同時に魔物も弱体化したようね」

「まあいい。 片付けるぞ!」

ボオスが声を掛けて、皆が一斉に反転攻勢に出る。残った魔物が、明らかに逃げ腰になっているが。

運が悪かったとでも思って諦めてもらうしかない。

しばらくは、掃討戦を続ける。

悪魔のような何者かが去ってしまうと、後は魔物も脆かった。元々かき集めて来たような連中だったのだ。

殆どは島に屍をさらし。

残りの鼬の僅かな数は海に逃げ込んだが、血の臭いに誘われたサメや大型の魔物が待ち受けていて。

それらの牙からは逃れられなかった。

あたしはそれを見送ると、すぐに死体の処理を始める。フェデリーカは血の臭いで気絶しそうになっていたので、タオに任せる。タオはクリフォードさんと組んで、周囲を調査。以前の状態と同じか、調べる仕事がある。

あたし達は総出で魔物の処理。

粉々に消し飛ばしてしまった人型はもう残骸もないが、鼬はそれなりに毛皮とか肉とか取れる。

腹を開いて、皮を剥いで。

肉を燻製にして。更には、駄目そうな部位は、海に群れている魔物に放る。

魔物がばしゃばしゃと海で昂奮してエサを食っているのを一瞥だけする。帰路も邪魔になるようなら、熱槍で吹っ飛ばすだけだ。

肉を煙で燻し。皮を剥いで吊るし。死体の処理を手際よくやっていても、数が数である。

エレメンタルの残骸みたいに、傷まないのはまだ楽で良いのだが。内臓や肉は、生物の種類によってはとても足が速い。要するにすぐ傷む。

燻製にして処理していると、フェデリーカが戻ってくる。タオが何か見つけたと言うことだった。

あたしも出向く。

なるほどね。

宮殿の内部。此方には魔物がいない事は分かっていたのだが。壁の一角が開いていて、そこに何か光の壁みたいなのが出来ている。

無言のまま、鍵を出して見る。

鍵と、その光の壁が砕けるのは同時。

かなり激しい衝撃があったので、ちょっと驚いてしまった。

「そ、その鍵が砕けるなんて」

「いや、これは……多分だけれど。 まあいいや。 ともかく、此処、前に来た時はなかったよね」

「上手く壁に偽装していたみたいだね。 みて。 階段が下に続いてる」

「……探査は後回しだねこれは。 セリさん呼んで、一旦壁を作っておこう」

また、死体の処理に戻る。

処理が終わった肉などを、順番にアトリエに運んで行く。アトリエに運ぶ最中に、エアドロップにサメが近付いてくるが。

あたしが視線を向けると。

何故かびくりとして、さっと逃げていった。

サメは陸上で活動できるようになってから、魔術を使う個体も出現したり。知恵を付けた個体もいると聞いている。

魔物は基本的にどれもこうして追い払えるのは、とても有り難い。

まあ、力に差がある個体限定だが。

「ライザさん……その……」

「どうしたの?」

「サメを視線だけで脅かして追い払うのは、ちょっと見ていて怖いです……」

「大丈夫、その内フェデリーカも出来るようになるよ」

無言になるフェデリーカ。

何故か失神しそうになったようだが。

相変わらずこの子は嗜虐心を誘うなあ。まあ、それは別にいい。

ピストン輸送で、一日がかりで大量の魔物の肉やら皮やらをアトリエに運び込む。これは後で分別して。多分肉類は殆どクーケン島に納品してしまう。皮の一部は、クラウディアがチェックしている。

バレンツで買い取ってくれる、ということだ。

コバルト色のかなり美しい皮だから、なめせば売れるという事である。まあ、鼬の皮なんてどこにでもある。

鼬の群れはそれだけ人の里の脅威と言う事で。

それだけ、各地で討伐されているのだ。

討伐できなかったらどうなるか。

それは、その里が滅ぶだけ。

そういう状況に、今人類はいる。

リルバルト学士殿の話を思い出す。

魔物の多くは、神代に改造されたものの可能性が高い。それも、ただ気にくわない生物を排除するためだけに。

サメは考えて見れば、おかしい。

魚の中にも、浅瀬で活動できるものは少数いる。だがそれにしても、サメの陸上適応はいくら何でも異常だ。

あんな風に陸上を泳げるなんて、魚がどれだけ環境に適応すれば出来るようになるのか、見当もつかない。

他にもおかしな生物は幾らでもいる。

それらが全部神代の錬金術師による畜生研究によって生じたものとまであたしは思わない。

だが、そうやって誕生した魔物は多い筈だ。

下手をすると、人間に対しても神代の連中は似たようなことをしていた可能性が高い。

神代の錬金術師達が、自分達以外の人間をどう呼んでいたか。

それは、極めて侮蔑的というか。

そもそも人間と見なしていないのが明白だったからだ。

ともかく、島を綺麗にした後は、夕方になっていたこともあって、一旦は撤退。

まずは。あの地下について調べるべきだろう。

それが終わって、余裕があったら扉を調べる。

そうミーティングで決めて、後は解散とした。

夕食を適当に腹に入れながら、軽く考えをまとめておく。

宮殿の奧にあったあの扉。

まあ、此処にあたしたちが来た経緯。更には扉である以上「開けさせようとしているもの」であるのは確定であるだろう。

ただ、問題は彼方此方に人間を排除するための仕掛けを用意しているということだ。

これが、どうにもわからない。

まさかとは思うが。

選別のつもりか。

今の時代は、人間の数がとにかく減ってしまった。だから、それもあってくだらない弱肉強食論は殆ど説かれなくなったと聞く。

どんな人間も必要なのだ。

それでもサルドニカなどの安定した都市では、ばかげた派閥闘争が起きるし。クーケン島だって、閉鎖的な風潮でつるし上げみたいなことが起きる。

しかし、そういった事をしていると、魔物につけ込まれる。

それが分かっていても止められないのが人間なのだろう。

ただそれでも、馬鹿馬鹿しい弱肉強食論を唱えるのは、僅かな人間になってきて。腹の中に抑え込んでいるという状態にはなっているらしいが。

あの悪魔の発言も気になる。

何か、神代の連中は。性根が腐っていた以上に、何処か決定的におかしかったのではないのだろうか。

そう、あたしには思えるのだ。

精神の病とか、そういうものではないのだろう。

実際、四年前にアンペルさんがつるし上げを受けている時には。狂騒に染まった人々の目を、あたしも見た。

あれは尋常じゃ無かった。

人間は簡単にああなる。

「フィー……」

「ああ、今日はもう寝るよ。 心配させてごめんね」

フィーが側にいる。

この子はだいたい人間の言葉は理解しているし。あたしがいざという時は処分するつもりだと分かっていても慕っていてくれている。

あたしも、それに随分助けられたように思う。

皆、眠り始めている。

あたしも、そうすることにした。

 

翌朝。

宮殿のあった島は、昨日のように魔物を揃えて迎撃という気配はなく、ごく静かな場所になっていた。

蠅やゴキブリの類も見かけない。

昨日、綺麗に魔物の死体を片付けていったからだろう。

ああいう生物は、確かに生理的嫌悪感を覚えるかも知れないが。

腐敗した死体や汚物なんかを、短時間で分解してくれるという、非常に大きな役割を持っている。

そういう意味では貪るだけ貪り。

喰らうだけ喰らう人間より、よっぽど世界に貢献していると言える。

無言で、宮殿に。

内部で防衛機構が働いている気配はない。

まず、階段の入口をタオとクリフォードさんが調べる。その間に、レントが外から、石柱を持って来ていた。

「そんなのどこから持って来たの?」

「島の隅で転がっていた。 或いは前は何かしらの装置だったのかもな。 もう捨て置かれていたし、いいだろうと思ってよ」

そして、いざという時のために、レントが入口のつっかえにする。タオとクリフォードさんも、それを見て頷いていた。

「下に転がると危ないから、俺は此処で見張る」

「分かった。 タオ、クリフォードさん、大丈夫そう?」

「うん、問題ないだろうね」

「降りるか」

二人を先頭に、階段を下りる。クラウディアも居残り組。セリさんは、宮殿の外にて見張りである。

あたしとボオス、フェデリーカと。

タオとクリフォードさんで、地下に降りる。

ボオスが、階段の様子を見て、冷静に呟く。

「殆ど埃も溜まっていないな」

「そうだね。 こういう遺跡だと、どうしても埃は溜まるんだけれども」

「あれだね」

あたしが天井を視線で示す。其処から風が出ている。

おそらくだが、あれは空気を循環させる装置だ。どういう仕組みなのかは、ちょっと見当もつかない。

階段はかなり深くまで続いていて、その深部は、不意に開けていた。

展開して、周囲を警戒。

灯りは、問題ない。

どういうわけか、暗くないのである。

去年、「北の里」という遺跡に出向いたとき、深部は普通に暗かった。遺跡を蘇らせるまではだ。

此処は遺跡としてずっと生きていると言うことだ。

しかも、灯りの出所が分からない。

ヒカリゴケとかそういうものじゃない。この空間が、地下にもかかわらず、満遍なく明るいのだ。

「この空間……」

「ああ。 俺たちの前には、恐らく足を踏み入れた奴はほとんどいない。 いや、足跡を見つけた。 皆、前に出ないでくれ。 俺が検分する」

クリフォードさんが、何やら粉みたいなのを床に振りかけて、ふっと噴きかけると。足跡が浮かび上がる。

おお、これは凄い。

「それ、凄いですね」

「ただの細かい砂だよ。 ただな、ヴォルカー卿に頼まれて、事件現場をこうやって何回か検分してな。 その時に、靴跡とかを調べるために用意したのさ」

「なるほどね……」

やっぱりこの人、スペシャリストだな。

タオと二人でしばらく足跡を調べていた二人だが。やがて。奥の方で止まり、手招きして来た。

足跡を消さないように慎重に歩く。

奧にあったのは。これはなんだ。骨か。円筒形の水槽の中に、骨が浮かんでいる。

それは、人間のもののように見えた。

 

1、実験の跡

 

水槽の中に満ちているのは未知の液体。それに浮かんでいるのは、ずっと長い時間を経た死体だろう。

だが、妙な形状に思える。

タオが、冷静に分析をしていく。

「ざっと見た所、十代後半の女性に思えるね。 背格好はライザよりちょっと背が低めでやせ形。 足跡は少なくとも、800~900年は前のものだよ」

「つまり、神代の頃に来た錬金術師は、此処に到達していたって事だね」

「その本人でしょうか」

「いや、違うな」

フェデリーカが骨を見て青ざめているが、クリフォードさんは冷静である。

円筒形の装置を分析している。

「此処に神代の文字がある。 タオ、分析出来そうか」

「クリフォードさんもお願いします」

「ああ、任せておけ」

二人は専門分野が違う。

タオは知識と理論で攻めるタイプ。

クリフォードさんは勘と経験で攻めるタイプだ。

そして二人とも、遺跡に関しては間違いなくスペシャリストである。

あたしとしても、安心して任せてしまって良いだろうと思う。

あたし達は周囲を警戒。

ボオスは、じっと死体を見てぼやく。

「ここに千年近く前に人間が来たって事は、あの死体は千年以上あんな風に浮かべられていたってことか?」

「あの容器を見る限り、多分入れられたときには骨だったんだと思う」

「どういうことだ」

「水……かは分からないけれど、透明度が高い液体が循環しているでしょ。 普通だったら死体が崩れて、水か何かがグズグズに溶けた血肉で汚れると思うね。 或いは骨も含めて、死体が容器の下に溜まるか。 あの骨は恐らくだけれども、標本に近いものだと思う」

それを聞いて、ボオスが舌打ちした。

あたしも同じように腹が立つ。

神代の人間だ。

人体標本なんて、ろくな目的で作る訳がないのである。

タオが解読を済ませる。

ただ、やはり流石に全てではないようだった。

「此処に辿りついた……鍵……。 此処に叡智の欠片……無能な……奴隷? 有能な……奴隷……見本? 更に励め……?」

「恐らくだが、此処に辿りついた奴を最初の文章で褒めている。 ライザ、お前のその強化版の鍵。 それについての話だろうな。 だが、その割りには妙だ。 こんな場所があったら、古代クリント王国時代の錬金術師が足を踏み入れない筈がない」

「うん、それは思う。 あたしが作った強化版の鍵くらいだったら、連中は恐らく再現出来ると思うからね」

「だとすると何だ。 ええと続けるぞ。 次の文章は、此処にある死体をベタ褒めする内容だな。 叡智の結晶……この骨が? ただ無能な奴隷とこの骨を指している訳では無さそうだが……」

クリフォードさんが少し腕組みして考え込む。

タオが。メモを取りながらそれに捕捉した。

「恐らく文章的には次とつながっていると思いますね。 此処に否定の意味がある。 そうなってくると、恐らくは無能な奴隷と違う有能な奴隷として、この見本を見せてやっている、そういうところでしょうね」

「相変わらず反吐が出る連中だ」

「同感です」

フェデリーカは、じっと骨を見つめていたが。

やがて、視線を逸らした。

「ひどい……」

「みんなそう思ってるよ」

「いや、そうじゃないです。 奴隷なんて、最低も最低の人間の扱いなのに。 死んだあとも、こんな風にさらし者にされて。 まだ若い女の子だったというなら、本当にあんまりです」

「……そうだね。 その通りだと思う」

フェデリーカの意見はごく全うだ。

だからこそ尊いと言える。

こういう意見がしっかり出てくるから、まっとうな感性の持ち主は非常に重要なのである。

「タオ、警備装置の類はある?」

「ううん、大丈夫だと思う」

「機械類については、恐らく維持装置だけしかついていないね」

「……皆、離れろ。 危ないぞ」

ボオスが、フェデリーカをさがらせる。タオもクリフォードさんも、メモを取り終えると、すぐにさがった。

あたしは前に出ると、指先に熱を集中。詠唱して、更に集中を加速させていく。

そして、空気がばちばちと音を立てるほどの超高音の熱の刃を指先に作る。

あまり実用的ではない技だ。実際問題、熱槍をぶん投げるか、熱槍で飽和攻撃した方が敵には効果的だから。

近接戦闘は足技があるし。

わざわざ手慣れていない剣技なんか使う必要がない。

故に実戦では使わないが。

こう言う場では、切断用に使う必要があるかも知れない。そう思って、習得はしておいたのである。

閃。

一瞬で、円筒形の容器が上下両断されて。斜めにずり落ちる。

そして、液体が辺りにぶちまけられた。

液体に触らないように注意を促す。サンプルは、あたしが回収しておく。

更に、横にも穴を今の一閃で開けた。まあ正確には二閃だったというわけだ。

液体がほとんど外に出ていく。

そして、液体が容器を出終えると。

中で、力無く遺体が横たわっていた。

熱魔術で遺体を乾かした後、回収する。装置はまだ動いているようだったが、別にどうでもいい。

布で包んで、外に運ぶ。

この遺体は、クーケン島で荼毘に付して埋葬しよう。

そう、あたしは決めていた。

 

装置を調べるタオとクリフォードさんを残して、一旦あたしとフェデリーカだけでクーケン島に戻る。

まあ、この道中くらいだったら問題ないだろう。

死体があった。

そういう話をすると、そう、とだけクラウディアはぼやいた。

この辺りにも、行き倒れの死体はいくらでもある。遠征の途中で、潰されて食い荒らされた馬車の残骸とか、何度も見る。荷物だけではなく、引いていた馬も、乗っていた人間もみんな、である。

それだけこの世界は過酷だ。

行き倒れの死体を回収して、島で埋葬すること何て珍しくもない。

ましてや墓場は、四年前に大量に遺体を回収して、荼毘に付した。

死は、すぐ近くにあるものなのである。

墓場の番人に話を通して、遺体の処理をする。

墓場の番人は年老いた男性で、墓場の管理を丁寧にしているので評判は良い。遺体を人目見て、普通のものではないと即座に察したのだろう。それに、十代後半の女性だと言う事も、すぐに理解したようだった。

すぐにとってある燃料を使って、死体を燃す。

やっと、あの窮屈な場所から出られた。

死体をそのまま地面に埋める信仰もあるらしいが。

ちょっとそれについては、この人がどういう信仰を持っていたのかは分からないから、勘弁してもらうしかない。

荼毘に付すのはそれほど時間も掛からない。

専用の炉で、一気に燃すだけだ。

それが終わると、綺麗に焼かれた骨が残る。それを砕いて、壺に入れて。跡は、無縁墓地に葬る。

手を合わせて、来世の幸福を願う。

あたしは基本的に信仰は興味が無いが、死んだ人に敬意を払う意味でこう言う行動はする。

それくらいは、別にしてもいいだろう。

フェデリーカも、手を合わせて。同じようにしていた。

サルドニカでも、この辺りはあまり変わらないのだろう。

遺体の始末を終えると、また群島にとんぼ返りする。

丁度調査が終わったので、合流してアトリエに一度戻る。余裕があったら今日中に宮殿の奧を調べるつもりだったが、これは今日はまとめに徹した方が良いだろう。

皆が地下室から出て。レントが石柱を外すと。何も無かったかのように、地下室への階段が消える。

それを見て、ボオスが怒りを込めて呟いていた。

「命を弄ぶだけじゃなくて、見せてやったからもう帰れってわけか。 どれだけ傲慢な連中が此処を作ったんだ」

「同感だけれども、まずは戻ろう。 彼処にはもう用はないからね」

「ああ。 ライザ、俺もいい加減我慢できなくなってきた。 俺にも神代の錬金術師だとかは一発殴らせろ」

「分かってる。 みんな同じ気持ちだろうし、粉々にしてやろう」

まあ、これだけの所業だ。

誰も気持ちは変わらないだろう。

アトリエに戻って、それで皆で話をする。

あたしは、まずは釜であの液体の分析からだ。液体を分析して分かったのは、恐ろしい純度の水だということである。

水には細かい生き物とか、色々な余分な成分が入っている。

それで死体は水に入れているとそれで腐るのだけれども。あの死体は、最初から骨にされていて。

凄い高濃度の水に入れられて。

それで、そのまま残っていたのだろう。

正確には水だけではなく、他にも成分が入っている様子だが。これも恐らくは、死体を綺麗に保管するためのものだ。

タオが、皆に話をする。

「地下室にあったのは、ここに来るだろう錬金術師に対するエサだったとみて間違いないと思う。 ただ、それだとどうしてライザが千年近くぶりにあの空間に入れたのかがよく分からない」

「俺にはだいたい見当がつく」

「クリフォードさん、話してみて」

「ああ。 無能有能という言葉があっただろ。 それにあの悪魔野郎の言葉もだ。 要するに、神代の連中は、自分と同じメンタリティの人間が、錬金術師をやっていたと確信していたとみていい」

なるほど、それは確かに納得出来る。

問題は、その先だった。

「そして神代の錬金術師どもは、自分達を世界でもっとも優秀な存在で神に近いと盲信していた。 そんな連中が認める相手は、自分達に近い力を持つ存在……ということだろうな」

「つまり千年近く前以降、九百年前に彼処に入った奴以外に、ライザに近い才覚の錬金術師は出ていないって事か」

「そうみて良いだろう。 実際古代クリント王国の連中は、中途半端な神代の模倣しか出来なかったんだろう」

フェデリーカが困惑している。

ついていけていないということだ。

タオが咳払いして、話をまとめる。

「つまりこうだね。 神代の錬金術師にとって有望な……どういう意味で有望だかは分からないけれど、神に近いと思っている自分達に近い存在にだけあの扉を開けるようにしておいて、更にはあの死体を見せて、更に発憤させる意味があったと」

「あんな非人道的なものを見せて、何を喜ぶ人がいるんですか」

「落ち着いてフェデリーカ。 時代によって人間の考えは変わるんだよ。 古代クリント王国についてはあたし達もかなり調べてきているんだけれども、自分達以外の国の人間を、人間と見なしていなかった。 他の国を滅ぼすと奴隷化、そうでない者は皆殺しだったの」

黙り込むフェデリーカ。

哀しみと怒りが腹の中で煮えくりかえっているのが分かる。

それでいい。

あたし達は、連中の所業を嫌になる程見てきている。

だから、今更だけれども。

この子はこれからだ。

もっと酷いものを見て行くことになる。

レントが、咳払いして、疑問を呈する。

「それにしても、要は有能な奴隷の見本とやらを見せたわけだろうが……何が一体有能なんだ?」

「それについては、メモをした部分で見当がついてきた」

タオが、数字の一覧を見せる。

それは何のことやら分からなかったけれど、クラウディアが先に気付いたようだった。

「まさかと思うけれど、これって人間としてのスペック?」

「うん、恐らくはそうだね。 このスペックがそのまま本当だとすると、あの骨にされた遺体は、生前はレントと互角かそれ以上の戦闘面での実力があったと思う」

「マジかよ……」

「それだけじゃない。 多分だけれども、あんな風に見せびらかしていたって事は。 神代の人間は、あの骨にされた人を「作れた」んじゃないのかな」

そうか。

確か錬金術の奥義。

あたしも調査して、調べているもの。

ホムンクルス。

あれが、現物だったのか。

古代クリント王国時代の錬金術は半端な代物で、神代のように都市を空に浮かそうとして出来なかった程度のものに過ぎなかった。

兵器なども。例えばゴーレムや幽霊鎧なども、神代のものと比べると格段に性能が落ちたことが分かっている。

とてもではないが、人間を作り出す事が出来たとは思えない。

いずれにしても、外はもう暗い。

手を叩いて、一度話は切り上げる。

夕食の時間だ。

クラウディアが促して、フェデリーカと一緒にキッチンに立つ。あたしは外に出ると。無言でうろうろ歩く。

そして、見かけた大きな石の塊を。

そのまま蹴り砕いていた。

分かっていた。

去年、残留思念で見て、古代クリント王国の時代は。どこの国も似たようなものだったことは知っていた。

仁義なき殺し合いのあとに最後に立っていたのが古代クリント王国だった。

それだけだった。

恐らくだが、他の国の錬金術師も、大した違いはなかったのだろう。

アンペルさんがそういった「普通の錬金術師」に対してあまりにも異質だった。

その影響を強く受けたあたしが異端の中の異端で。

それで、だからこそリラさんやセリさん、キロさんとも仲良くやっていく事が出来ているのだ。

でも、それが異端だというのなら。

異端で一向にかまわない。

ホムンクルスを奴隷と称し。便利な奴隷としてとても有能だという事でサンプルにして。そのサンプルをエサにして、他人を釣ろうというような連中。

あたしは絶対に許さない。

少し、体内の魔力を練る。

瞑想して、体内の魔力を練り上げて、怒りを混ぜて体内を循環させる。

強烈な熱量が体内を駆け回っているのが分かる。

この怒りは。

神代の連中に叩き付ける。

そして、この熱量の循環で、色々と思いつく。

多分頭も良く回転している、ということなのだろう。それでいい。アトリエに戻ると、釜に向かって、色々と試す。

今までまだ未完成だった四属性合成爆弾。それもいいのだが。更にローゼフラムの上を作れるかも知れない。

熱量を収束するだけじゃない。

先に燃えやすいものを周囲にぶちまけて。

それをコントロールすることにより、更に燃焼の火力を上げることが出来る筈だ。

名付けてアネモフラム。

うん。作りあげておきたい。

夕食が出来たので、いつもより更に食べる。アネモフラムの構想はもう出来た。恐らく問題なく仕上げられる筈だ。

「明日、扉に向かうよ。 まだ扉の奥に何があるか確認できるかは分からないけれども、それでも皆気を付けて」

がっつり食べた後、注意を皆に促しておく。

この戦力だったら、余程の相手でもない限りは勝てると思うが。

それでも、念には念を入れなければならなかった。

 

夢を見る。

感応夢だ。

久々に見るな、これも。

そう思いながら、ぼんやりと夢に身を任せる。

誰かが口論している。

唾を飛ばして喚いているのは、まだ若い男性だ。痩せていて、それで非常にヒステリックに叫んでいた。

叫んでいる内容はあまりわからない。

だけれども、怒りが籠もっているのが分かった。

何となく、思考が伝わってくる。

何故だ。

全ての謎は解いた。

私こそ、神々の座に加わるに等しい存在の筈だ。それなのに、どうしてそうしようとしない。

それに対して、極めて機械的な返答がある。

……をしなさい。

そういう答えだ。感情も何も無い。言葉は柔らかかったが、それは命令だった。

喚きながら反論しようとした男性が、いきなり取り押さえられる。取り押さえたのは、複数の……なんだこれ。

幽霊鎧か。いや、見た事もない形状だ。ひょっとして、神代の。元になったものか。

ともかく、泡を吹いている男性が、そのまま押さえつけられ。だが、暴れていたが。やがてその目が恐怖に見開かれた。

完全に動けなくなった所で、何かの機械が頭を押さえつける。

止めろ。

そう叫んでいるのは分かった。だが、止めるはずがない。

筒が迫ってくる。その先端は鋭く尖っていて。

男の頭に突き刺さり。

脳みそを。

目が覚める。

頭を振る。

これ、多分あの。千年近く前に、あの地下室に入った人間の意識によって引き起こされた感応夢だ。

ベッドから半身を起こして、無言のまま口を引き結ぶ。

あの死体を……恐らくホムンクルスのサンプルを見て、それで大喜びで調査に向かうような下衆だ。

それが当時のスタンダードだったとしても、あたしは其奴のことを絶対に認める事はない。

ただ、あの末路。余程強い思念が篭もっていた。そして、絶望と恐怖の中、脳みそを吸われた。

脳みそを好んで食う魔物はいる。人間の臓器では一番うまいらしい。なんでも匪賊の中にも、殺した人間の脳みそを食うような輩はいるそうだ。まあ、そんな輩は見つけ次第駆逐するが。

ただ、そんな事のために神代の人間が。明らかに夢の状況証拠からして。神代の存在がだ。恐らく神代の錬金術師だろうが。

脳みそを食うためだけに、わざわざ錬金術師なんてよびつけるか。

どうにも、そうとは思えないのだ。

何のために脳みそを。

そういえば、人間の思考はどこから来るのか。古くはそれで議論が起きたことがあったとかいう話を、以前に聞いた事がある。

古くは心臓がそうなのではないかと言われていたらしいが。

後代に色々な発見があって、脳から来るものであるらしいという結論になったとか。

そうやって考えて見ると。

あれは、ひょっとして。頭の中身を全部回収されていたのではないのだろうか。

魔術で頭の中身を覗くことが出来るが、それは全てではない。だとすると、あの機械的な言動は。

無言で考えるが、結論は出ない。

ともかく、今するべき事は、分かっている。

あたしが異端なのかもしれないが。

ともかく、このままでは錬金術師はだめだ。錬金術というものが。欲望を充足させるためのものとなっている。

有能で便利な奴隷?

はっきりいって反吐が出る。

例えば、完全に機械としてそういうものを作るのなら、それはそれでありだろう。ホムンクルスを作るにしても、一緒に荒廃した世界を切り開くために共に歩く存在を作るのであればありだろう。

あの展示の仕方は。

完全に、商品に対するものだった。

嘆息すると、顔を洗って外に出る。今日もあたしが一番早く起きている。

軽く体を動かす。石を蹴り砕くくらいで、足にダメージはない。そんな程度の柔な鍛え方はしていない。

体を温めた後は、瞑想して。

皆が起きだしてくる頃には、釜にエーテルを満たして。昨日思いついたアネモフラムについて研究を進める。

アネモネの花を思わせる爆発を引き起こすから、アネモフラム。

過去の技術を取り込むのは大事だろう。

技術が一度失われると、それを再建するのは何世代もかかる。

王都での惨状を見ているあたしとしては、技術に罪はないと思う。

だけれども、技術に胡座を掻いて。

他の全てを蹂躙するような思考回路の持ち主は、この世にいてはいけない。

神代の連中がまさにそれだ。

まだ、神代の錬金術師共が、どこかで生き延びている可能性はある。実際この群島も、それに関わっている可能性が高い。

だから、連中と会敵したとき。

いつでも蹴り砕けるように。

準備は、全てしておかなければならなかった。

 

2、扉は開けど

 

さて、何度目か。

宮殿がある島に出向く。魔物はやっぱりいない。鳥などは少し来ている様子だが。此処にある植物はあらかた作り物だ。

何の役にも立たない。

そういう事もあって、鳥が居着くことはないようだった。

常に最大限の警戒を払いながら、宮殿に。

他の場所も既に調べたが、これといって変わったものはない。ともかく今日は、ついに扉にもう一度挑む。

気取ったアーチ型の階段を上がり。

奧への回廊を進む。

やはり、これが海底にあったと思うと、不可解な気分だ。まだ残念だが、神代の技術全てを解析は出来ない。

それにこれらの技術。

恐らくは才能に強く依存している。

それに、だ。

以前、何度か錬金術師の手記を見た。去年くらいから。クリフォードさんが見つけたものを、送ってきてくれたのだ。

それを見る限り、やはり100年くらい前に生き残りがあらかた死ぬまで、錬金術師はいるにはいたのだが。

其奴らは、自分達の技術を暗号化して秘匿していたらしいのだ。

それでは、技術なんて残るわけがない。

暗号化なんて自己満足だし。

そもそも技術を継承しなければ、それで途絶えてしまう。

神代の頃は、潤沢な人間がいて。その中にいる才能のある者達が、たまたまそれでも継承できていたのかも知れないが。

そんなものは、いつまでも続くはずがない。

そう思いながら、あたしは。

竜の紋章が刻まれた扉の前に立っていた。

相変わらずばかでかい扉である。

「ほ、本当に私のと同じ模様ですね……」

「みんな、周囲を警戒。 最大級。 どこから何が出るか分からない。 足下も含めて、全方位を警戒」

「了!」

「わ、分かりましたっ!」

一糸乱れぬ統率を見せる他の皆と違って、まだまだフェデリーカは慣れていないが。じき慣れる。

あたしは石版に触れて、多分これだろうなと判断。

取りだした鍵に、魔力を吸い上げる。

予想通りだ。

一気に鍵がみちみちと音を立て始める。それだけ強大な魔力が注ぎ込まれている、ということだ。

なるほどね。

何となく分かってきた。

これ、まだ正解じゃないんだ。

ともかく、鍵が安定するまで待って、それで。鍵を手に取る。凄まじい力を内包した鍵だが。

これは恐らく、まだ足りていないとみて良いだろう。

それに、この扉。

でっかいし頑強そうだが、神代のものとしてはちょっとちゃちすぎる。もっと色々、他に技術をひけらかすようなことをする筈だ。今まで痕跡を見て来た神代の連中だったら、である。

地下のホムンクルスの展示だけでもああだったのだ。

此処だけ、こんな分かりやすい扉を置いてあるのは。あからさま過ぎるし、おかしすぎるのだ。

「ライザ、かなり落ち着いているね」

「クラウディア、あんまりにもこの扉、ちゃっちすぎると思わない?」

「そうだね。 今までの神代の遺物や遺跡と比べると、どうしても妙に原始的というか、ただ見かけ倒しだね」

「そうあたしも思う」

鍵をすっと扉に指す。

同時に。

扉が、唸りを上げて、開きはじめていた。あたしはそのまま、立ち尽くして様子を見る。奧に気配なし。

魔物が周囲から来る様子もない。

あの悪魔みたいな奴もいない。

あれが何かしら仕掛けて来るかと思っていたのだが、その様子もない。だとしたら、やはり。

「周囲に魔物の気配ないよ」

「俺もそう感じるな」

クラウディアとクリフォードさんがそれぞれ言うので、あたしは頷いて、足を前に進める。

扉が開いた先には。

それこそ、何も無い空間が、ただ其処に拡がっていたのだった。

部屋というには大きすぎるが。

それはもはや、倉庫のようだった。

 

部屋に踏み込む。

レントとフェデリーカは外の警戒を続けて貰う。クラウディアもそっちを担当してくれるそうだ。

クリフォードさんとタオが、早速部屋の右左に散る。

あたしは周囲を見回し。

彼方此方に、散らばっているものを一瞥していた。

メモ。本。手帳。

いずれも、回収しておくべきだろう。

人の痕跡がたくさん残っている。

だが、何となく分かるのだ。

ここに来た人間の、ヒステリックな痕跡。八つ当たりのように、魔術をぶっ放した跡すらある。

だいたい分かってきた。

此処までは、錬金術師は殆どたどり着けたとみて良い。ただ。ここから先に進めなかったのである。

勿論あたしも、此処が決着の土地だとは微塵も考えていない。

最初にやるのは、荷車に此処に残ったものを全て回収することだ。本に触る際には、ブービートラップがないかも確認する。幾つかには仕掛けられていたが、あたしが全てその場で解除した。

錬金術師が、必ずしも魔術に優れている訳ではない。

ブービートラップを仕掛けた錬金術師は、多分それほど魔術にも優れていなかったし。何よりも、相当に精神的に参っていたのだろう。

いずれにしても、本もメモも、全て確認しておく。

壁の方も、色々仕込まれているようだった。

「魔術トラップ見つけたぜ! 解除しておいた!」

「流石。 それで、どうですか」

「うーん、殆どが殴り書きだな。 愚痴を書いていたり、ああだこうだと落書きしていたり。 一応、全部メモはとっておくぜ」

「お願いします。 ゼッテルが足りなかったら言ってください」

そのまま、部屋を調べて廻る。

またトラップだ。解除。本当に雑だな。何というか、憂さ晴らしに仕掛けていったような感じだ。

この部屋、本当に何だ。

多分此処が終端ではなく、此処に何かヒントがあるのだろうとは思うが。それ以外は、まったく分からない。

部屋そのものに魔術的なものは一切感じない。

感じるとしたら、むしろ……。

外に出る。

扉をじっと見上げる。この扉の部分に、なんだかとんでもなく強い魔力と、それ以上に悪意を感じる。

これは気のせいだろうか。

気のせいだったらいいのだが。

しかしながら、どうにもなんとも。扉はもう開きっぱなしだ。これが今更閉じる事はないのだろう。

閉じるときは、多分あたしが諦めて。

この群島を離れる時。

そうだろうと思う。

ただ、あたしは此処を攻略する。

この群島そのものに、とんでもなく強い悪意を感じる。地下のあのホムンクルスの亡骸をみて、その悪意は更に強くなった。

此処は存在していてはいけない場所だ。

あたしは、部屋に戻る。何か、見落としがあるかも知れないからだ。

しばらくそうやって、あたしは見て回る。

学術的な事はタオとクリフォードさんに任せるとして。

あたしは錬金術師として、何か気付けないか。

そう思うからだ。

ある程度見て回って、天井をふと見る。

何というか、粗雑な造りというか。

いかにも何か此処に隠していますというような。

或いは。

いや、この部屋はフェイクか。

だが、フェイクだとする根拠が欲しい。いずれにしても、これらの書物を解析するのが先か。

ほぼ一日掛けて、隅から隅まで調べる。

途中何度かアトリエに戻って、回収したメモや本は全て其方に移す。前に来た錬金術師は、他人の書いた書物にはまるで興味が無かったのだろうが。あたしは、そういう事もない。

夕方に、一度引き上げる。

扉は、もう閉まることもなく、ずっと開いたままになっていた。風が吹き込む様子もない。

恐らくは宮殿の内部として扱われているというか。

外部の風とかが入り込まないのだろう。

どうやってそうしているのかさえ、あたしには分からなかった。

 

夕食を取りながら、まずは皆で分担して解読作業に入る。

此処からどうするか、だ。

まずはあたしの見解を、皆に述べておく。

「あの部屋はフェイクだと思うね」

「ライザさん、あの扉を苦労して開けて、その奥にあるものがフェイクというなら……何か根拠はあるんですか?」

フェデリーカの疑問は当然のものだ。

フェデリーカもあたしを責めるようにそう言ったのではない。

タオも、ボオスも、クリフォードさんも同意見のようだが。ともかく、順番に話をしていく。

この群島に彼方此方に見られるテクノロジーを見せびらかすような仕掛け。

特に宮殿のある島は顕著だ。

更に言うと、それでありながら、錬金術師を間引くためと考えられるような仕掛けも彼方此方にある。

古代クリント王国の錬金術師は、アーミーと一緒に来たようだが、それも納得だ。これでは、戦闘に自信がない錬金術師は、どうにもできなかっただろう。

幾つも不可解な点はあるのだが。

ともかく最大級に不可解な点は。

これだけ苦労して扉を開けさせておいて、奧は空っぽの部屋、と言う事だ。

階段下には、ホムンクルスを魅力的なエサとして展示しているような連中が、である。

悪意を持って嘲笑うにしても、この群島そのものを作りあげたのだとすると、仕掛けが大がかりすぎる。

何よりもあたしが見た感応夢の事もある。

「あの扉の所には何かあると思う。 ただしあの部屋そのものはフェイクと見て良いと思う」

「そうだろうな。 確かに何というか、散々思わせぶりにしておいて、ここぞという所でいきなりはしごを外すような感じだ」

「……私はちょっと違う感触かしらね」

セリさんが。ずっと黙っていたセリさんが言う。

セリさんは当世具足が気に入ったらしく、今も着ている。流石にアトリエでは兜は脱いでいるが。

戦闘の時も、更に力に強化が掛かるから、これで良いらしい。

クラウディア用に、何とか白銀色に仕立て直した当世具足もあるのだが。激しい戦闘が予想されるときしか着てくれないので。愛用しているセリさんやクリフォードさんは色々あたしとしても有り難い。

作ったものを愛用してくれれば嬉しいし。

何よりもデータが取れるというものもある。ダメだったところは、早めに直して行きたいのである。

セリさんは皆を見回すと告げる。

「どうにも罠のように思えるわ」

「罠」

「ええ。 撒き餌漁というかそういうもの。 エサをばらまいておいて、何かを捕まえようとしているような仕組み。 それと同じ臭いがする」

「ふむ……」

あたしの感応夢とも一致するか。

あの感応夢は、怒りと絶望が強すぎて、最後の瞬間しか分からなかった。ただ、何かしらの罠の可能性は高い。

頷くと、あたしは方針を決める。

「タオ、クリフォードさん、解読をよろしく」

「了解」

「任せな。 ただし暗号化されているものはどうにもならないぞ」

「そういうのはあたしに回して。 錬金術師達の愚痴とか不満とか、そういうのがまずは見てみたい」

意外にそういうのが、突破口になるのはあり得る事なのだ。

それをあたしは、幾つもの事例から知っている。

ともかく、無駄にも思えるかも知れないが。あの部屋から回収してきた本をそうやって分別するのだ。

暗号化されている本は、あたしがどうにかする。

何冊か目にしたが、暗号化というのは自分の頭の良さを誇示するようにして作る事が多い。

そしてそういうのは、意外とあっさり解けるときは解けてしまうのだ。

ただ、これはあたしの特性かも知れない。

あたしの得意とする空間把握と、暗号解読は単純に結びついているのかも知れないし。或いは、それとは違う才能なのかも知れないが。

その間、あたしは錬金術の研究を進める。

アネモフラムだけではなく、いっそのことと他の爆弾類も強化しようかなと考え始めているのだ。

今まで交戦してきたゴーレムや幽霊鎧。

それどころかフィルフサですら、神代の錬金術師にとっては、玩具同然だった可能性がある。

どれだけ準備をしていても、足りないのだ。

だからあたしは準備を入念に行っておく。

いずれにしても、しばらくはアトリエに篭もりだ。

それも先に見越して、クラウディアに頼む。

「食事の買い出し、頼める?」

「わかったわ。 結構掛かりそう?」

「それなりに。 あの扉を開ける事が出来た錬金術師となると、少なくとも四年前のあたしよりも上だと思うし。 それぞれ考え方も……大きくは違わなかったんだろうけれど、それぞれ理論構築は違っただろうからね」

「それなら、私も行って来ます」

フェデリーカも行ってくれるらしい。

まあ、いわゆる女子力が高い組に任せるのが良いだろう。ただ、それだけではダメだとも思うが。

後でフェデリーカには買い出し以外にも、群島の魔物の駆逐作業を頼もうと思う。

勿論単騎で行かせても死ぬだけだから、レントやボオスと組んでもらうが。

さて、作業開始だ。

淡々と作業を進める。

そういえば、タオ用にも当世具足は作っておくか。

それも含めて、しばらく時間が必要だと、あたしは判断していた。

 

ライザさんが黙々と調合を始めたのを見て、フェデリーカは雰囲気が鋭いな、と思った。

やはり分かっていたけれども、次元が違う魔物が当たり前のようにいて。それと当たり前のように戦い打ち倒している。

いつも戦い慣れている、と言う事だ。

それと、皆ひりついているのはなんでだろう。

やはりフェデリーカには知らない事が多いのか。

前に少し聞かされた、サルドニカの南を更地にした恐ろしい魔物とやらと、関係しているのだろうか。

話半分くらいにしか思っていなかったのだけれども。

それも、ライザさん達の実力。

それでもあれだけひりついているのを見ると。

どうにも冗談だとは思えなくなってくるのだった。

クラウディアさんと買い物に出る。

バレンツの重役をしているクラウディアさんは、フェデリーカのようなお飾りの人形とは違う。

元はただのお嬢様だったらしいのだが。

ライザさんが時々口にする四年前の冒険を経て覚醒。今ではすっかりバレンツの次期当主に相応しい存在になったようだ。

ただしバレンツでは、クラウディアさんが婿を選ぶ様子がないことを心配しているらしいのだが。

それについては、なんとなく分かる。

ライザさんと一緒にいるクラウディアさんがとても楽しそうで。

充実しているように見えるからだ。

好きな男でも出来れば話は変わってくるのだろうが。

クラウディアさんには、それこそライザさんという人との出会いが、運命のターニングポイントだったのだと思う。

買い出しをする。

これでもフェデリーカは料理はそれなりに出来るというか、知識はある方だ。

職人なので、こういうのは一応身に付けやすかった、というのもある。

流石にクーケン島は、魚介類が新鮮で豊富だ。

信じられないくらい大きいお魚も売られている。

競りが行われていて。

フェデリーカより大きなお魚が、その場で切り分けられて売られているのを見た。

サルドニカから西に行ったところにある港町でも、似たような光景を見るが。此処の方が、より活力があるようにも思う。

恐らくバレンツとの関係構築が上手く行っていて。

販路に多くの商人が関わっているから、経済が活性化しているのだろう。

発展しているといいながら。

職人が技術に溺れて。もっとも大事な実用品を作る人間よりも、鑑賞用の品にこだわってしまっていたサルドニカとは。

この辺りも、違っているのかも知れなかった。

「買い物はこれくらいで良さそうね。 アトリエに引き上げましょう」

「はい。 クラウディアさんは、その……小間使いとかは使わないんですね」

「王都で色々と良くないものを見たからね。 少なくとも今やっている事は、小間使いとかを介入させると面倒だから。 いざという時は自分で出来ないといけないと思っているの」

「そうなんですね……」

自立しているな。

そう思って、感心する。

クラウディアさんは、恐らくルックスとか持っているスキルとかを総合して、高嶺の花になってしまうタイプだと思う。

だけれども、それはそれとして。

本人がそれを気にしている雰囲気がゼロだ。

この人は花のように見えるけれども。

戦闘時の凄まじい火力や飽和攻撃を見る限り、むしろ獣王というのが近いのでは無いかと感じる。

その当たり、愛玩動物扱いだったフェデリーカとも立ち位置が違うんだな。

そう思って、ちょっとだけ悲しくなった。

アトリエに戻る途中は、「護り手」というクーケン島の自警組織が巡回している事もあって、魔物も出ない。

借りているエアドロップで帰るが、クラウディアさんは操縦も楽々こなしている。こんな難しそうな道具なのに。

これでは、下手な商人は、クラウディアさんに勝てる要素が一つも無いだろうな。そうフェデリーカは感じた。

フェデリーカもお飾りとはいえサルドニカのトップを任されていたのだ。そう操り人形だった。

だから、計算は出来るつもりだったのだが。

これは、とてもではないが勝てる気がしない。

アトリエに入り、荷下ろしをする。

タオさんとクリフォードさんは、本を並べてああでもないこうでもないと白熱していた。外ではセリさんが薬草を大量に育てている。魔術で育成を促進して、何か試験をしているようだけれども。

具体的に何をしているかは、ちょっと怖くて聞きづらい。

セリさんは必要がなければ喋らないタイプだし。

少し見えている指先とか。

後は羽毛らしいのが生えている手元とか。

人間なのかちょっと不安になる。

特に爪の構造が完全に人間と違っていて、鳥のように見えるので。少しフェデリーカは苦手意識があった。

食事の下ごしらえをしようと思っていたら、レントさんに声を掛けられる。ボオスさんも来るらしい。

「群島の掃除に行く。 フェデリーカ、手伝ってくれ」

「はい!」

分かっている。

手伝いというよりも、訓練だと言う事は。

そのまま外に出る。

エアドロップで、今いる塔のある島から移動して。他の島に。ちいさな島には、まだまだ探索しきれていない場所もある。

一応目立つものは調べたのだが。

ライザさんはずっと釜の前で何か調べているし。

タオさんとクリフォードさんは激論を交わしている状態だ。

魔物の駆逐は、広範囲でやるものだとこの間聞かされた。

倒しても倒しても余所から来る。

だったら、広範囲で倒して、それで絶対数を減らすしかない。特に大物は、先に仕留めておく。

そういう戦略的な話をされて。

ライザさん達が、そうやって戦略的に魔物を仕留めてきた事が理解出来たし。

実際にやっている事を見て、それで手慣れているとも感じた。

上陸して見回っていると、やはり魔物が来る。

これは、なんだろう。

魔物は、基本的に小細工なしで人間を殺せる生き物を指す。

だから大きめの家畜も広義では魔物に分類されるらしいが。今目の前にいるのが、何の魔物なのか、フェデリーカには分からない。

強いていうならば、二足で立っている生物だが。

ラプトルに近いけれども、全体的には全く違う。

数は四。

レントさんが剣に手を掛けると、即座に襲いかかってくる。

フェデリーカは両の鉄扇を拡げる。

これも何度か順番にライザさんが改良してくれて、今は更に舞いやすくなっている。しかも、戦闘で打撃武器として使えるとも言われた。

流石にこの鉄扇で敵を斬るのは勇気がいるが。

それでも、いずれは接近戦もこなせるようにならないとまずい。

ともかく、舞う。

ボオスさんはかなり戦士としては皆に劣ると自重していたが。見ているとなかなかどうして。二剣を上手く使って、上手に立ち回っている。その動きは、充分に熟練の戦士のそれだ。

数の不利をものともせずに、レントさんが立て続けに三体を斬り伏せ。

そしてボオスさんも、最後の一体を倒していた。

「後ろだ!」

「!」

あわてて地面に飛び、そして前回りで受け身。

フェデリーカがいた地点を打ち抜くようにして、巨大な口がばくんと閉じていた。後ろの地面を喰い破り、姿を見せたそれは。

蛇のようで蚯蚓のようで。

やっぱり、正体がよく分からない。

鋭い鳴き声を上げるそれ。

音を立てる蛇はいると聞くが、鳴く蛇はいないと聞くから、蛇ではないのだろう。

レントさんが一撃を叩き込むが、柔軟に体をしならせて、それを防ぎ抜いて見せる蛇みたいな魔物。

ボオスさんが横に回り込むが、うなりを上げて尻尾を上から叩き付ける。

間一髪かわすボオスさん。

立ち上がって、フェデリーカはまた舞い始める。

心臓がばくばく言っているが。

それでも動く事は出来る。

だったら舞え。

今のフェデリーカの体術では、この大物に有効打なんて与えられない。鉄扇で殴っても、攻撃だとすら認識されないだろう。

だったら、こうやって、二人の力を跳ね上げるしかない。

舞いは元々神楽といって、神に捧げるものだったらしい。

神がいるのかは、フェデリーカには分からない。

こうやって舞っていると、とても心が高揚する。中には入り込む人もいる。

古くは薬を入れて更に興奮状態を高めていたそうだ。

そうやって見えるものが神だったのだとすれば。

それは、恐らく神ではなく。

人間の脳内に存在するものであって。

老人が熱心に崇めているような神なんて、存在しないのだろうとフェデリーカは思う。

こういう所がかわいげがないのだと思うが。

ライザさん達は、フェデリーカを随分と可愛がってくれる。

だったら、それに答えなければならないだろう。

かっと口を開けて、魔術を発動する蛇っぽい魔物。衝撃波が来る。とっさに両腕で顔を庇ったが、思い切り吹っ飛ばされた。

レントさんとボオスさんは。

レントさんが。今のをかわすと、大上段から一気に蛇っぽい魔物を切り伏せ。更に、ボオスさんが踏み込んでからの一撃で、胴体を両断していた。

大量の青黒い血が噴き出し。

どうと倒れる蛇っぽい魔物。

レントさんが、ふうと嘆息する。フェデリーカは、なんとか受け身は取れたけれども。自分も血が一杯出ていることに気付いて。それで悲しくなった。

「すぐに手当てを。 出来るか」

「はい、やってみます……くっ」

「頭を揺らされたな。 図体だけの奴で良かったぜ。 これで面倒な能力を持ってたら、守りきれなかったかもしれねえな。 まだ腕が未熟だって思い知らされる」

ぼやきながらも、ボオスさんは無傷。フェデリーカは貰っている薬を両腕の傷に塗り込む。

肌がえぐれて筋肉まで行っているが、それでもすぐに傷が溶けるように直っていく。額の傷も本来だったら一生ものだと思うが。それもすぐに直った。

「腹とか頭とか打っていないか。 後で面倒な事になりやすい」

「問題ありません」

「そうか。 一応、後でライザに見てもらってくれ」

頷く。

フェデリーカはまだあまり役に立てない。少しでも経験を積んで、それで先に進むことを考えなければならなかった。

 

3、錬金術師達の苦悩

 

二日ほど研究して、タオが結論をまとめてくれた。

まず、暗号で書かれたメモの類。これらは、別で分けてある。あたしは錬金術の調合をしていて、それで見る暇が無かったから。調べるのはこれからだ。

タオとクリフォードさんは、大量にあったメモ書きや、落書きなどの内容をまとめてくれていた。

「まず、筆跡から確認して、最低でも七人が来ている事が分かったよ。 一番新しいのが、百年ほど前に此処に来たらしい錬金術師だね。 筆跡が一致した。 サルドニカにいたエミルという人物で間違いないよ」

「やっぱり……」

「まあ、百年前の時点で錬金術師は相当に減っていたらしいからな。 消去法でそれしかないだろうな」

ボオスがそう捕捉すると、タオも頷く。

話が早くて助かる。

そのまま、順番に説明がされる。

落書きの中には、意図的に後から来るだろう人を混乱させるようなものもあったようだが。

そういうものは、筆致が揺れておらず。

むしろ、扉を開ける事が出来た自分を、自慢げに見せびらかして。後から来る人間を煽っているような代物だったらしい。

本番は、筆致が乱れはじめてから。

つまり、精神的に余裕が無くなりはじめてからだ。

「あの部屋には大量のメモや落書きが残されていたけれど、殆どが共通した内容だったんだ。 錬金術師のほぼ全員が、自分の才能に自信を持っていて、むしろ自分を特別な天才だと考えていて。 自分は神に近いと思い込んでいるのが一目で分かった」

「古代クリント王国の連中と大差ないな」

「うん。 そうなるね」

レントの言葉は痛烈だが。

あたしも同感だ。

そんな連中が、世界を好き勝手にしていたのであれば。それは世界に人が溢れていても。いずれこういう狂った世界が到来したのは、必然だったのかも知れない。

「そういった自意識過剰な錬金術師達が、みんな彼処で躓いていた。 700年ほど前にここに来た錬金術師は、神である私にどうしてこの謎がわからないと、凄まじい勢いで書き殴っていたよ。 インクには明らかに血の成分も含まれていた。 多分頭をかきむしりながら、乱暴にペンを振るったんだろうね」

「壮絶ですね……」

「うん。 自分を神に等しいとか考えるような、才能を鼻に掛けていた連中だ。 それが全く歯が立たないと分かった時の絶望はなかっただろうね。 特に古代クリント王国が滅ぶ前までは、錬金術師達はそれぞれが世界の頂点に君臨していたに等しいんだ。 挫折なんて、した事もなかったと思うし。 それは立ち直れないと思う」

タオの言葉は怒りに満ちているな。

口調は柔らかいが。

タオだって、オーリムで古代クリント王国の錬金術師どもが何をやらかしたかは、自分の目で見ているのだ。

それはこれだけ辛辣な評価にもなるだろう。

というか、あれを平気で行えた時点で。

人間と見なしていない相手に何をしていたのかは。見なくてもはっきり分かる程である。

殺人だろうが暴行だろうが略奪だろうが、何をしても許されていた。

「力がある」から。

力がある存在は何をしてもいいという思想の結実がそれだ。

そんなだから滅びたのである。

だから、挫折したことに対して、なんら思うところはない。

ただそれはそれだ。

その錬金術師達を「選別」していた神代の輩だって、それ以上の巨悪だと言える。

「では、此処からは本題に入るよ。 錬金術師達は時間の差はあれど、基本的に「鍵」を得て、あの扉を開けるところまでは行ったんだろうね。 中にはあの扉を開けられなかった錬金術師もいたかも知れないけれど、それについてはもう僕には分からないかな」

「ライザがなんか急に思いついたって話だよな」

「うん。 なんだか不意にね」

「それって怖いね。 遠隔で相手の頭に干渉するなんて、尋常じゃ無い魔術だし、技術だったらもっと凄いと思う」

クラウディアが言う通り、魔術を誰でも使える今の時代でも。

遠隔の任意の相手に。

しかもあたしみたいな魔術耐性が強い相手に。

そんな風に、知識を勝手に植え付けるなんて、簡単な事じゃないはずだ。

それをあっさりやって見せた時点で、相手は侮れない。

それだけじゃない。

クーケン島の近くのアトリエにいたあたしに呼びかけたのなら分かる。世界中から錬金術師が集められたのだとしたら。

少なくとも世界中を監視する事が出来て。

更には、何処にいようと任意に干渉が可能と言う事になる。

天才と呼ばれるような魔術師は、あたしも何人か知っているが。それらの伝承ですら霞む。

そうなるとやはりテクノロジーだろうが。

それこそ、世界全てを監視するレベルのテクノロジーでないと、話にもならないだろうと思う。

神代の錬金術師は、空に都市を浮かべたが。

そんなものすら、余技に過ぎなかったのかも知れない。

世界全土に網の目のように情報を張り巡らせて。

それこそ気まぐれに誰かをつまみ上げて、自分の遊びにつきあわせていた。

そう考えると、邪悪さに怒りが湧いてくるが。

同時にその強大さに戦慄もさせられる。

タオは咳払いして、話を続けた。

「メモなどをまとめると、錬金術師の中にはかなり良い所まで行った者もいたらしいんだ。 特に四百年前にここに来たらしい錬金術師は、その一人のようだった」

「四百年前というと、古代クリント王国の滅んだ後か」

「そうなるね。 古代クリント王国を再興しようとしていた錬金術師のようだったけれど」

「ちっ……」

ボオスが舌打ち。

まあ、あたしも同意だ。

散々残留思念を見てきたし。何よりも色々な物的証拠も見て来ている。

あれは狂った時代だ。

そんなものを再興しようとした人間に。どうして才能が備わってしまったのか。

才能と人格は全く関係がない。

それを示しているかのようである。

「そのメモには、こう書かれていたんだ。 どうしても開かないと」

「!」

「開かないって変ですね。 扉は開いているのに」

「いや、納得出来た」

フェデリーカが、あたしの反応に困惑する。

まあ、困惑しても仕方が無いか。

あたしは、それを聞いて結論していた。

「やはりあの扉はフェイクだ。 でも、あの扉もまた扉なんだと思う」

「……哲学的な内容だな」

呆れるボオスに。

あたしは咳払いして、順番に説明する。

そもそもあんな分かりやすい扉を用意して、ああだこうだと側の石版に書いている時点で、誘導して「やっている」と神代の錬金術師は考えていた事は間違いない。

そして開けた先には空っぽの部屋。

その意図は。

解いてみろこの謎を、という思考だ。

それこそ自分が教師か何かになったような考え。

更に、教師と言うには残虐な事に。

「生徒」を選抜に掛かっている。役に立たない人間は、此処でさようなら、と言う訳だ。

はっきりいって反吐が出るが。

こう言う事をやっていた連中が、世界を支配して。勿論好き放題の限りを尽くしていたのだろう。

古代クリント王国の時代でも好き放題の極地だったが。

「自分を神に等しいと考える」どころか。

神代の人間は、「自分を神だと考えて疑わない」連中で。

それに相応しい力を持ち。

最悪な事に、エゴでそれを振り回して。世界を好き勝手にしていた、という事である。

それを丁寧に説明していくと。

レントが腕組みして、小首を傾げた。

「とりあえず、その辺りは分かった。 俺もむかつく。 で、どうする。 扉に誘導されて、どうすればいい」

「今までのヒントをまとめて、順番に調べて行くしかないね。 恐らくだけれども……あの仕掛けを作った連中は、何もかもをヒントだと思い込んでいる」

「続けてくれ」

クリフォードさんも興味が出て来たようだ。

あたしは、仮説を言う。

まだ、決まり切っていないから仮説だ。

「まだ扉はある。 見えているのに見えていない」

「確かに、あの空っぽの部屋は、見えているのに見えていないね」

「それに竜の紋章。 あれも意図的に書かれたものだと思う。 昔、あたしが残留思念を読み取ったエンシェントドラゴンの話。 それに……王都近くにあったあの門のことを考えると、無関係だとも思えない」

フェデリーカが何のことだろうと顔に書いて困惑しているが。

もう少ししたら、全てを話すつもりだ。

信頼していないわけではないのだが。

もう少ししないと、多分受け入れられないだろうし。

「暗号についてはあたしが調べて見るよ。 それはそうと、今はちょっと調合をして、既存の爆弾や装飾品の強化をしておきたい」

「分かった。 やはりまだ数日はかかると言う事だな」

「そうなるね」

「問題はアンペルさん達だね。 最後の連絡の内容から考えて、そろそろ僕達でも動くべきだと思うよ」

それもそうか。

それにアンペルさんの意見も聞いておきたい。

何より、である。

嫌な予感がするのだ。

王都近郊にあったあの門。

地下にあった。

しかも、そこから直線的に洞窟が伸びていた。その洞窟を丸ごと、当時王都があった近辺の国家は封じた。

そうすることで、やっとフィルフサを封じ込めることが出来た。

膨大な死人をそのまま魔石に代えて。その魔石で五重に封印を掛けて。

あの構造、おかしいのだ。

エンシェントドラゴンの西さんの話も含めると、あの門……自然門そのものは、人間が地下にあったものを掘り出したとはとても思えない。

だいたいフィルフサ……それもあの門の向こう側にいた群れの強靭さを考えると。土に埋まっているくらいだったら、掘り返して地上に出て来た可能性が高いだろう。

どうして、王都の辺りにあった国家の人間は、門の存在に気付いた。

そもそもあの洞窟は、人間が掘ったのではないとすると、どういう代物なのか。

アンペルさんとも、これらについては手紙で話した事がある。

だけれども、アンペルさんはあまりこの手の話に興味が無いようだった。

門があるなら閉じる。

今の仲間だったら、門の向こう側にいるフィルフサも殲滅できる。

だから門を探す。

それしか考えていない。

それは決して悪いことではないと思う。

人にはできる事に制限がある。アンペルさんには、恐らくはそれは自分の許容量を超えている事だったと言う事なのだろう。

だが、もしもアンペルさんの目的と重なるのなら。

それはそれで、興味を持ってくれるかも知れない。

視点を複数確保するのは重要だ。

優秀な人間は何でも出来るみたいな思想があるが。それは間違っている。

実際そうだったら、神代にしても古代クリント王国にしても、間違いを重ねた挙げ句滅んでいない。

再びあたしは調合に入る。

五日ほどで、今までの爆弾を刷新。

皆に渡している装備も刷新するつもりだ。

この間、トレントに似た魔物の体内から取りだしたセプトリエンの調査も進んでいる。あれから作り出したグランツオルゲンは、強度そのものも増していて。今までの補助金属ではなく。

メインとして、装備に取り込める強度になっていた。

ただ、やはりトラベルボトルで増やすときにジェムをえげつなく食うし。

何よりトラベルボトルに入ると、想像を絶する程強い魔物が出るので、結構命がけになる。

話を終えて、それぞれで動く。

夕食の時間が来て、フィーに袖を引かれて。

食事をしているときに、クラウディアに言われた。

「バレンツの支部に行って来たけれど、やはりアンペルさんとリラさんの手紙は来ていないわ。 トラブルに巻き込まれたとみて良いと思うの」

「分かった。 クラウディア、船旅の準備任せられるかな」

「うん。 船の予定についてはもう調べてあるよ。 丁度五日後に、次の船が来る予定だよ」

「助かる」

流石あたしの女房役だ。

クラウディアに渡した当世具足の調整をする。

美しい白を基調として配色をする。白と銀を中心とした色合いは、クラウディアの美しい金の髪と良くマッチする。

音を聞きやすいように兜も最低限の作りにした。

いっそ兜を被らない手もあるのだが。

それだと、流石に危険すぎる。

鎧が衰退した今だが、それでも服を着ているだけでも防げる裂傷や擦過傷はあるのだ。

兜があれば死なずに済む状況は、いくらでもあるのだから。

次の目標が決まったから、皆もそれぞれ確実に動き出す。

レントもボオスも、フェデリーカをつれて外に何度か出て、魔物との交戦経験を蓄積していく。

あたしは今まで皆に渡した装備品を調整。

特に靴を丁寧に調整して。履いていて全く問題が無いように仕上げた。これで蹴り技の火力も更に上がる。

そして魔術増幅用の杖も、グランツオルゲンで調整して、更に魔力の増幅率を上げておく。

この杖は打撃用としても使うのだが。

基本的に相手への有効打は蹴り技で通すようにしているので、あまり杖での打撃は考えていない。

そもそも蹴り技をこれだけ磨いたのに、今更杖で殴ってもあんまり個人的にも面白くないし。

不意を突く奇襲技としてなら良いけれど。

それは多分、身内にしか通用しないだろう。

調合で皆の装備を刷新しつつ、暗号文を幾つか解読もする。

タオが作ってくれた当時の文字と読みかたの翻訳一覧を見ながら、暗号を調べて行く。

お粗末な暗号もあるし。

簡単にはいかないものもある。

特にエミルという人物の暗号はかなり厄介で、複数時代の言語と数字を組み合わせた非常に厄介な代物だ。

一筋縄ではいきそうにもない。

というか、これ。

幾つかのメモを見て、気付く。

なるほどな。

どうやらこれらのメモ、散乱していたわけでもないらしい。恐らくエミルという人物。あまり自信がなかったのだろう。

群島の彼方此方を時間を掛けて周り。

先人が残したメモのうち、有用なものを集めて。

それを重点的に調査して、調べていたのだろう。

だとすると厄介だ。

この人物、百年前の錬金術師というと、アンペルさんが言っていたロテスヴァッサの王宮に集められた一人だったのはまず確定だとみて良い。だとすると。アンペルさんが一人だけ天才がいたと言っていたが。

その天才の可能性が高い。

だが、それにしても古代クリント王国の錬金術師より優れているとは思いがたい。

恐らくだが、自分が天才でも神に等しくもないことを、エミルという人間は理解していたのだろう。

だから、先人がひけらかしていた情報を集めて、自分なりにまとめていった。

だが、それを後続に知られるのも嫌だった。

故に、こんな風に暗号にしたわけだ。

なんというか、捻くれているなあと思う。

ちょっと待て。

確か、アンペルさんの話によると。例のロテスヴァッサの王宮での事件は百数十年前。

それから一世代くらい、アンペルさんは暗殺者に追われたと言う話だった。

だとすると、このエミルという錬金術師。

この群島に来た時には、恐らく若くても四十代……下手をすると六十を超えていたのではないのか。

そうなってくると、この手記に掛けられている異常な暗号の難易度。

それは、ひょっとするとだが。

この世に対する恨みの結晶なのかも知れない。

身勝手な話だが、人間はそんなものだ。

あたしも人間個人はともかく、種族としての人間には微塵も期待していないから。それで今更失望することもない。

そんなものだと、ただ思うだけだった。

いずれにしても、この複雑な暗号。解くにしても当面掛かってしまうだろう。

他の暗号メモはあらかた解けたのだが。

やはり、もう一つ扉があって。

それをどうしても攻略できない、というような事しか書かれていない。

どの錬金術師も、あの空っぽの部屋を見て。

其処までは、たどり着けたと言う事なのだろう。

しかしその先には行けなかった。

狂い果てたものもいただろうし。

諦めて帰ったものもいたのだろう。

いずれにしても、人生を浪費してしまったわけだ。

エサで釣られたとは言え哀れな話だな。そう思う。

殆どの錬金術師は。神に等しいという自尊心を満たすためにここに来たのだろう。中には故郷を復興したいとかエゴを一切抜きで考えた者もいたかも知れないが。そういうものは今まで見てきた錬金術の歴史を考える限り少数派の筈だ。

比較的マシだった、王都近郊の封印に関わった「不死の魔女」ですら、結局は自分のエゴを優先していたのだから。

時間はあっと言う間に過ぎ。

皆の装備の刷新がようやく終わった時に。丁度時間が来た。

アトリエの荷物を一旦整理は終えている。

荷車に荷物を分乗させて、そしてクーケン島の港に。荷車四つになったが、まあこれくらいは許容範囲だ。

港でまたロミィさんに会う。

「やほー、ライザ」

「ロミィさん。 クーケン島にまた来ていたんですね」

「まあね。 サルドニカでかなり良い値で品物を仕入れられたから、これから販路に乗せるところ。 それで……また何処かに出かけるの?」

「ちょっと今度は遠めで、密林の地です。 ネメドって場所のフォウレって集落、だったかな」

流石というか。

ロミィさんは其処を知っていた。

「ああ、知ってるよ其処」

「えっ」

「密林の近くにフォウレも含めて幾つかの集落があるんだけれど、魔物に脅かされ続けていてね。 畑とかにも魔物が彷徨いているような文字通りの辺境。 だから屈強な戦士が誰よりも偉いってされてる土地だね」

「激戦区って言われてる東の地みたいですね」

違う違うと、ロミィさんは笑う。

東の地は、今のあたし達でもいつ命が消えてもおかしくない程の魔郷だと、笑って言う。まあ話には聞いてはいるのだが。

ちょっとぞっとしない。

この様子だと、ロミィさんはそっちにもいった経験がありそうだ。

船が来る。

この船で直接フォウレという場所に行くのではなく。途中の港を幾つか経由して向かう事になる。

まずは荷物を卸す。

ボオスがブルネン家に関係がある人間を指揮して、それを手伝っていた。

こういうちょっとした手伝いが、商売には重要だ。ボオスが陣頭に立つことも、大きな意味がある。

前は大人を威圧的に呼び捨てにしていたボオスだが。最近はきちんと相手に敬意を持って接している。

それでいながら下手に出るのではなく、威厳を保つための工夫もしているのだから。王都で学ぶ事は多かったのだろう。

モリッツさんは、商人の接待をしているようだ。

ボオスがまた遠出すると聞いて、悶着もあったようだが。

例の件に噛んでいる。もっと大規模かも知れないと説明して。それでモリッツさんも黙ったようだった。

まあそれもそうだ。

フィルフサ絡みの問題となれば、世界が滅ぶ可能性が高いのである。

しかも今回は、フィルフサ以上の脅威である可能性がある。

あたしが信頼出来る戦士を遊ばせておくわけにもいかない。

途中で商人が困っていたようなので、フェデリーカが話をしにいく。こういうのは戦闘より慣れているのだろう。

商人も、すぐに納得して。

それで商売が上手く行ったようだった。

「それにしてもライザもすっかり頼もしくなったねえ。 てっきりロミィさんはボオスとくっついて、島を回していくとおもったんだけどねえ。 今では世界をまたにかけて商売しているロミィさんですら彼方此方でライザの名前を聞くもん。 ……もう適齢期だけれどクーケン島の誰かとは結婚しないの?」

「あー、あたしにその気は無いです」

「やれやれ、クーケン島には惜しい話かな。 そうそう、フォウレに行くなら、一つ覚えておいた方が良いよ」

「聞かせてください」

ロミィさんは背が低い。

だから、腰をかがめて、耳打ちを聞く。

「フォウレはね、原始的な生活をしてるんだけれども、なんだか妙に文明の臭いがする場所なんだよ」

「文明の臭いですか?」

「何度か足を運んだんだけどね、「機具」って独自の道具を作って売って生計を立てているんだよあの集落。 その動力が「種」っていうものなんだけど、これもまた見た事もない代物でさ。 勿論植物の種でもないんだよねー」

それは、また。

おかしな話だ。

下手をすると、機械類がまともに動いていない王都よりもある意味文明的なような気がするが。

ただ、あまりにも戦士の里という場所とミスマッチすぎる。

何かあるとしか思えない。

「他に何か、気になる事はありませんか?」

「ええと、里長……に等しい人間を験者って呼んでいるんだけれどね。 今の験者さんは結構理性的な人だけれども、やっぱり里はよそ者にもの凄く厳しいよ。 ロミィさんも商売に行ったとき、ずっと監視がついてたし。 特に禁足地みたいな場所があって、其処には絶対に誰も近づけないみたいだね。 もっとも魔物だらけで、迂闊に近づける場所でもないけど」

此処も禁足地か。

なんというか、五百年前の古代クリント王国の崩壊で、世界の文明が一気に後退したのが分かる。

王都ですら、機械があの有様だ。

他の土地は、殆ど魔物の領域になっていて。実際には新しい国家を作る余裕も無い、というのが人類の状況。

クーケン島は辺鄙な場所だと思っていたのだけれども。

彼方此方に足を運べば運ぶほど、まだマシなのだと思い知らされる。

それにしてもである。

禁足地は結構なのだが、どうしてそうなのかをしっかり伝承するべきだろう。

だからあたし達も、謎を解くのに随分と苦労した。

謎なんか解かなくても、少なくとも大人の間ではしっかり情報を共有していて欲しいものである。

人間は知恵がある動物だと自称している割りに、あまりにもその辺りがお粗末すぎるといつも感じてしまう。

何にしても、ロミィさんには頭を下げる。こういう役立つ情報には、礼をいうのが当たり前だ。

「分かりました。 ありがとうございます」

「いえいえ。 ライザの知り合いだってだけで、サルドニカでは結構商売がはかどったんだよ。 このくらいは安い安い」

相変わらず逞しいなこの人。

苦笑いしてしまう。

それに、この人の見た目、あたしより若いくらいだけれども。多分あたしよりだいぶ年上だとみて良い。

実年齢は幾つなのだろう。

まあ、それはいいか。

後は、ただその里に向かうだけだ。最悪の場合、里の人間全部を相手に大立ち回りを覚悟しなければならないだろう。

生け贄を捧げるような変な邪教とか流行っていないと良いのだけれど。

あたしは、そんな事を。船を見ながら思うのだった。

 

さて、と。

ロミィはライザが船に乗り込むのを見送ると、頷いて場所を変えた。

彼女は普段はマスクをして素顔を隠しているが。

実際には、違う顔を持っている。

このマスクはそもそもとして顔の造作を不自然では無く変えるもの。というか、もともと笑顔を作るのが苦手だったので、作ってもらったのだ。

そう。

ロミィも同胞の一人である。

集会所に顔を出す。この辺りの管理人は普段はバレンツの支部を任されているフロディアなのだが。

今回は状況が違う。

「鍵」と「収集」のばかげた連鎖を断ちきるため。最悪の事態に備えるために。最年長の同胞であり、皆のまとめ役であるガイアが来ているのだ。

ガイアは凄い向かい傷を持っているが、これは以前放置されていた門を超えてこようとフィルフサの群れが動いた時に戦闘し。

フィルフサの王種を仕留めたときのものだと聞いている。

これだけ彼方此方に門があるのだ。

アンペルが一人孤軍奮闘したところで、どうしても開く門はある。ましてや五百年前からどれだけの混乱が続いているというのか。

集会に出ると、既に数人が集まっていた。更に二名増えている。どちらも新人の同胞である。

同胞は人間とは違う方法でも増える。人間と交配するケースもあるが、実際にはこの方法の方が主流だ。

それでも増えるのにはコストがいる。

「母」にはそれだけの負担を掛けてしまうのだ。

今、東の地での大攻勢を抑えるために、かなりの同胞が出向いていると聞いている。それで二人追加されているというのは、そういう事だというのだろう。

「それでは情報を共有する」

ガイアが皆を見回す。

スペックはみんな同じの筈だが、やはり前線で戦い続ければそれだけ経験が蓄積されていく。

同胞はホムンクルスとか言う存在らしく、人間と違って年を取らない。

このため、人間と交配する場合は色々と気を遣う事になる。

しかも人間と交配したところで、同じホムンクルスしか生まれてこない。リスクばっかり大きいのだ。

ガイアは初期の同胞だから、人間との間に子供を何人も作っているが。

ただ、それで人間を愛したかというとノーだそうだ。

ロミィも愛と言う人間の言葉は知っているが。

単に動物の繁殖期による発情となんら変わらない。基本的に男の愛も女の愛も一方通行だ。

たまたま上手く行っている夫婦は、この一方通行の考えがそれぞれ上手くマッチしているだけ。

そういう例を、散々ロミィは見て来た。

「ライザはということは、第一段階を超えて第二段階も突破したと言う事ですね」

「その後にある座標の固定にまで辿りつくまで、普通の錬金術師なら年単位で掛かりますが、或いは……」

「ライザは先人の情報を貪欲に吸収しているそうだ。 それが才能を鼻に掛けていた今までの錬金術師とは違う」

自分は天才だと信じて疑わなかった神代の錬金術師。それ以降の錬金術師もそうだが。基礎だけを学んだ後は、地力で全て成し遂げたと信じ込んでいた。

だから、滅んだのだ。

「警戒段階を一段階上げる。 ライザはネメドに向かい、アンペルらとの合流を果たすだろう。 そうなった場合、座標の固定にそうそうに気付く可能性が高い」

「……」

ロミィは腕組みする。

同胞達は、ライザを警戒している。まあ、当然の事なのだが。ロミィにはあの娘は、そこまで邪悪な存在には思えないのだ。怒りは持っているし、凄まじい怒りで時に燎原の火のように燃えさかるが。

それはそれとして、今まで殺してきたエゴの塊である錬金術師とは違う気がするのである。

まあいい。ともかく、ロミィの仕事は監視だ。

次の船に乗ってライザを追う。勿論ネメドにも同胞はいる。だが、最悪の場合。

ライザを背後から刺すのは、ロミィが一番適していると自分でも思っていたし。周囲からもそう思われていた。

 

4、船上にて

 

船が帆を張る。風が出てきたので、それによって速度を上げるためだ。

この辺りで数隻の船と合流して移動する事になっている。艦隊を作る事によって、魔物の襲撃を避けるため。

また、危険な魔物が出現した場合は、生き残る可能性を少しでも上げるためである。

見えてきた三隻の船。

光信号……とはいってもランタンを用いた簡単なものだが。それで船同士で通信をしている。

船が音魔術の使い手を乗せている場合は、その魔術で連絡をするらしいのだが。

クラウディアは敢えてそれを言い出していない。

つまり、船の側で出来ると言う事で。これ以上航海のコストも上げたくないのだろう。だから放っておく。

やがて、三隻の船と合流し。

そのまま、航路を行き始める船。途中で更に二隻合流するらしいと、船員達の話から分かる。

かなりの規模の艦隊だが、それも途中でそれぞれ別れていく。それぞれの船に航海の計画がある。危険地帯を出来るだけ一緒に行くのが艦隊を組む目的なのだ。

今の時代は、海は特に危険な人間の領域ではない場所だ。

川や湖でもそうなのである。

海ならなおさらであろう。

あたしも、それは分かっている。だから、いつでもいざという時に対応できるようにはしていた。

船でそれでも、調合をして色々と試す。

フラムとレヘルンは大丈夫。

ルフトもこのままでいけそうだ。

問題はプラジグで、どうしても電気の出力を上げることがこれ以上出来ない。何度試しても、どうしても電気が分散してしまうのである。

腕組みして、考え込んでいると。

船室で飛び回っていたフィーが、頭に乗ってくる。

「どうしたのフィー」

「フィ!」

「ん……」

嫌な予感がする。手をとめて外に出ると、いきなり空が真っ暗になっていた。夜になった訳じゃあない。

前の航海の時も、天気がコロコロ変わったのを思い出す。

フェデリーカが、あわててこっちに来た。

「ライザさん! 嵐に直撃します! 今、帆を船員が下ろしています。 出来るだけ船室に入って、身を固定してください!」

「フィー、流石だ。 気付いていたんだね」

「フィー!」

フェデリーカが小首を傾げるので、フィーが気付いていたらしいことを言うと、なる程と感心された。

まだフェデリーカとしては、フィーが殆ど言葉を理解出来ていると言う事が、ぴんと来ていないらしい。

それ以外にもフィーができる事は結構色々ある。普通の子供よりも、もう賢いかもしれなかった。

かといって、まったく成長するそぶりがないのもまた事実だ。

フィーの居心地が良い空気は、時々トラベルボトルに入ることで補給はしているのだけれども。

まあ、ドラゴンの亜種だというのならば。

成長が遅いのも当然だろうし、それは別に不思議な事ではあるまい。

ともかく、船室に。

ものを全部固定して、更にはエアドロップを出しておく。すぐに皆に連絡をしておく。最悪の場合は、エアドロップを使うと。

エアドロップは海もいけるが。これは此処一年で実験済だ。

ただ海の魔物を刺激しない方が良い。汽水域であるエリプス湖ですら、湖底付近まで潜ると、信じられないくらいでかい魔物がいたのである。

湖ですらそれだ。

海だとエサが豊富に取れる事もある。

魔物の大きさは、汽水域なんかとは比較にもならないだろう。

最悪の事態に備えた後、後は船室でじっとする。

ボオスはただでさえ船酔いするのだったか。

無言で、じっとして、揺れが通り過ぎるのを待つ。

一晩ずっと揺れが続いたが。

朝になったら、すっかり静かになっていた。

船室から出て甲板に上がると、すっかり凪の海だ。

昨晩はあれほど荒れていたのにな。

そう思って、伸びをする。

流石に昨晩は眠りが浅かったので、軽く体を動かした後は。今日は無理をしない事に決めた。

まだ数日、ネメドにまでは掛かる。

到達してからも、アンペルさん達が身動きできないとなれば。確定でトラブルが起きていると判断して良いだろう。

だったら、船を下りたらすぐに動けるように備えておく必要がある。

問題があるのなら。

全て解決しておかなければならなかった。

 

(続)