群島哀歌

 

序、地ならし

 

最悪の事態に備え、二つのエアドロップに分乗して島に上陸する。前の調査の時も、上陸しなかった島。

恐らく地盤は後から作ったものなのだろう。

群島が出現してから、だいぶ時間が経過していて。既に魚や貝などの海産物の死骸は、干涸らびているかもうないが。

地面は既に完全に乾いていて。

其処には、明らかに不自然な植物が生えていた。

セリさんが確認して、首を横に振る。

まっとうな植物ではない、ということだろう。

此処はかなり巨大なワイバーンの巣だ。しかも此方に敵対的な姿勢を見せている。

前にいたワイバーンは、こっちに警戒するだけだったのに。

ともかく、様子を見ながら展開。

上陸して、まずは安全を確保する必要がある。

皆無言だ。

音を立てないようにして、ハンドサインで指示を出す。

そのまま姿勢を低くして、移動。

フェデリーカは不慣れという事もある。移動の際には、口に布を噛んで貰った。

それにしてももの凄い急勾配の島だ。

まるで山がそのまま海に沈んでいるかのようである。

だが、後から海になるような場所もあると聞いている。タオがそういう記録があるとか言っていた。

ということは、海底に都市があったり。

あるいは山があったり。

そういう事例も珍しくは無いのだろう。

ましてや此処は、恐らく最初からフェイクとして作られた島なのだ。

先行していたレントが、手を横に。

止まれ、という合図だ。

あたしも、臭いで気付いていた。

そこには、食い荒らされた魔物の死骸。それもかなり大きいのが、山と積まれていた。酷い臭い。既に腐っている。蠅が脳天気に飛んでいるのは、多分良い感じに傷むのを待っているのだろう。

勿論既に腐敗が酷い死体は、蛆が集っている。

思わず視線を逸らすフェデリーカだが。手袋をすると、タオとクリフォードさんは嬉々として調査に出る。

こういった死体の腐敗具合。

蛆の大きさ。

そういうものから、遺体がどれだけ死んでから経過しているか。そういうのがすぐに分かるのだ。

蛆は死体の代わりに語ってくれる、だったか。

そういう事も、二人は出来る様子である。

タオがクラウディアに頷く。

クラウディアも頷くと、周囲に音魔術で遮音フィールドを展開。タオが、マスクのまま、言ってくれる。

「まずいね。 一番古い死体は二週間くらい前。 一番新しいのは昨日」

「死体の数からして、かなり頻繁に魔物を殺してると見て良さそうだね」

「うん、間違いない。 計算すると、僕達がサルドニカに発ってすぐくらいに、此処にいたワイバーンが追い払われて、新しいのが来たんだ」

「クリフォードさん、一部は元いた奴に襲われた可能性はないか」

周囲を警戒しながらレントが聞く。

クリフォードさんは、死体の状態を見聞し終えたからか、即答する。

「ないな。 死体を調べて見たが、噛み傷が同じだ。 ドラゴンに近いほど成長したワイバーンとはいえ、一朝一夕ででかくなる訳じゃあねえからな。 同一個体によるものだと判断していい」

「分かった。 これは確かに非常にまずい」

「ええと、魔物どうしてつぶし合ってくれるなら話は早くありませんか」

「このペースだと、近隣の大きめの魔物はすぐに狩りつくされるわ。 そうなったら、次に狙われるのは人間よ。 恐らくクーケン島に飛来するでしょうね」

フェデリーカの甘い考えを、セリさんがばっさり。

しかもだ。

クーケン島に来るならまだいい。

周辺の小集落が襲撃された場合は、抵抗も出来ずに皆殺しの憂き目に遭うだろう。

ワイバーンは、ここ四年でも。

近くにある古城を中心に、何度か姿を見せた。

基本的にはそこまで獰猛な個体はそれほど多くは無く。少し脅かせば簡単に逃げていったのだが。

だが残念ながら、この島に今居着いている奴は、駆除決定だ。

また移動を開始。

空からの視界を遮るように、地形を上手く利用しながら身を隠して移動する。

程なくして、クリフォードさんが、ハンドサインを出す。

戻って来た、ということだ。

何かを掴んだまま飛んできているが。死体は既に食い荒らしているようだ。あれは、多分だが何処かで捕まえた大きめの野生の牛か。野生化すると牛は非常に獰猛になる。多分人間に食肉家畜として飼われているのは、大人しい性格になるように調整したもの。野生化すると、その辺りの調整が全部吹っ飛ぶのだろう。だが、その程度でワイバーンに勝てる訳がない。高度魔術を使いこなし、やがてはドラゴンになる存在だ。

ワイバーンは牛の食いかけを、ぽいと捨てる。

凄まじい音とともに、さっきの死体の山に牛の死体が加わる。ワイバーンは上空を旋回すると。

山の頂上に降りていた。

これは、ちょっと許しがたい。

今のは食いかけというか。美味しいところだけ囓って捨てたと言う雰囲気だ。

セリさんが、敢えてぼそりと呟いた。

「様子がおかしいわね。 ワイバーンにしてもドラゴンにしても、年を経て知性を持つまではただの獣よ。 普通獣は、こういう事はしないわ」

「だろうな。 俺も旅先で人食いドラゴンの話は聞くが、基本的に人間の血の味を覚えた個体で、しかも負傷しているケースが多かった。 傷が酷くなって、人間くらいしか食う事が出来なくなるドラゴンがそういう事をするんだ。 腹も減っていないのに、殺戮を繰り返すのなんて、人間くらいなんだが」

レントもそれに同意。

あたしは、山の上を視線で指す。

前に、こんな感じでクーケン島近くで暴れたドラゴンがいたが。

あれは、古代クリント王国の、ドラゴンを召喚させてフィルフサと戦わせるシステムが起動していたからだった。

似たような、邪悪な装置にやられてしまっている可能性はある。

だがそれはそれとして。

あれは様子がおかしい。

苛立ったようすで、バリバリと翼を噛んでいる。

大事な翼を、である。

かなりストレスが溜まっているのは確実で、もうどうにもならないくらい頭がやられてしまっているとみて良い。

クラウディアに視線。

頷いたクラウディアは、ぱぱっとハンドサインを出す。

安全な場所を示してくれた。

ここでいう安全は。

足場を気にせず戦闘出来る、という意味だ。

あたしも全員にハンドサイン。

其処に移動して、戦闘を行う。

反対する者なし。

よし、行動開始だ。

さっとハンドサインを出して、作戦を指示。作戦は単純。飛ばせない。接近戦に持ち込む。そのまま首を叩き落とす。以上だ。

ワイバーンは強力な毒針を尾に持っており、ドラゴンの時代になるとこれが失われるのだが。

この理由はよく分かっていない。

とにかく、飛ばさないことが大事である。

踏み込むと同時に、あたしは爆弾を投擲する。ワイバーンが気付いて、それをブレスで迎撃した瞬間。

起爆していた。

強烈な冷気が、辺りに降り注ぎ、ワイバーンが悲鳴を上げる。

冷気爆弾レヘルンを数個まとめたものだ。更に上位のものをわざわざ使うまでもない。更に、一瞬動きを止めたワイバーンの翼を、クラウディアが立て続けに射貫き、留めにクリフォードさんのブーメランが横殴りに叩き折った。

ワイバーンは巨体を浮かせるために魔術を用いる。そうしないと、あの巨体は飛べないのである。

ただしその魔術は翼を用いないと発動できない。

結局、空の王者も。

翼がなければ、空には飛び立てないのだ。

ワイバーンが絶叫し、魔術を発動。口の周囲に、巨大な魔法陣が出来る。特大火力のブレスをぶっ放してくるつもりか。

だが、その時には。

既にレントとタオが、至近に迫っていた。

跳躍したレントが大剣を振り下ろす。

ワイバーンが尻尾を振るって迎撃。激しい火花が散る。だが、その隙に懐に入り込んだタオが、首筋を抉りながら、一撃離脱。

更にボオスが遅れて斬り込むと、尻尾を振るいきったワイバーンの背中に飛びつき、剣を突き刺していた。

その間、ずっとフェデリーカは舞いを行う。

詠唱完了。

セリさんが地面に手を突き、一斉に植物を展開。ブレスを放って焼き払おうとするワイバーンの首に、蔓が巻き付く。

クラウディアの矢を翼と足を使って器用に弾き返し。レントの重い一撃を尻尾を振るって弾き返しながらも。ワイバーンはボオスを振り落とせない。更にこれで、ブレスも制限された。

あたしが至近に迫る。

ワイバーンが、無理に蔓を引きちぎろうとするが。

その時には、あたしは足に魔力を集中。

全力で前に跳んでいた。

全力でのドロップキックを叩き込む。

鱗でまもられたワイバーンの巨体に、あたしの叩き込んだ一撃が、衝撃波とともに食い込み。内臓を破裂させる。

吐血したワイバーンに、更に多数の蔓が巻き付き、無理矢理地面に押し倒す。

そこに、レントが剣を振るい落とすが。

ワイバーンが全身から魔力を放って、レントをボオスごと吹っ飛ばす。あたしはその魔力の衝撃波を受けながら、空中で回転しつつ、後方にさがる。詠唱は、あたしもそろそろ完成する。

蔓をぶちぶちと引きちぎりながら、ワイバーンが立ち上がろうとするが。その顔面に、クラウディアが放った矢が炸裂。

一瞬だけ、それで充分。

あたしが詠唱を終えて。

冷気の塊を、ワイバーンの頭上に出現させていた。

「離れて!」

ワイバーンに接近しての打撃を加えていたタオとクリフォードさんが飛び離れる。

四抱えもある巨大な冷気の塊が、ワイバーンの頭を文字通り叩き潰す。

ぐしゃりと音がして。

あたしは更に手を握り込み。

冷気の塊を灼熱に切り替える。

炸裂。

一瞬で超高熱に切り替わった水が、その場で爆発していた。

煙が収まると、其処にはもうワイバーンの生きた体はなく。死体が残っていた。

頭が綺麗に吹っ飛んでいる。

ふうと、あたしは嘆息。

「レント、毒針は受けてない?」

「大丈夫だ、問題ない」

「手当てはよろしく。 タオ、クリフォードさん!」

「分かってる!」

すぐに二人が周囲を調べ始める。

あたしは、ワイバーンの死体を調べて。完全に死んでいるのをしっかり確認してから。皆を呼んで、死体を捌き始める。

ワイバーンの肉はとても美味しい。また、体内から貴重な物資も手に入る。

鱗も強力で、皮膚も含めて極めて強力な防具の素材になる。ただし、やっぱりドラゴンの素材で固めても、フルプレートは現在の対魔物戦では使い物にならないのは事実である。故に、あくまで胸鎧などの急所を守る装備に用いて。軽鎧とは思えない防御力を実現する事で、装着者の戦闘力を引き上げるのだ。

尻尾は特に注意して扱う。

毒腺は切り離して回収しておく。

蛇毒と比べるなら、危険とされている毒蛇のものと同等かそれ以上の強さを持つ。色々な種類の毒があるようだけれども。このワイバーンのは神経毒か。いずれにしても、もし傷口から入ったら短時間で死ぬ事になるだろう。極めて危険な代物だ。

肉は即座に血抜きをして燻製に。

幾らかはアガーテ姉さん達に持ち帰る事にする。ワイバーン肉は、たまに振る舞う事が出来るのだが。

いずれもが、天の美味とさえ言われる。

最近では、冬場のために燻製は残しておく。これは冬場に子を身ごもった人のために用意しておくとブルネン家で決めた。

冬場はあたし達が支援しても、やっぱりまだクーケン島の大半の人には厳しい状況が続く。

そこで、妊婦のために明確に栄養があって力がつくワイバーン肉を保存しておく事に決めたのである。

この辺りは、あたしが提案して。

モリッツさんが飲んでくれたことだ。

ワイバーン肉はそういつも手に入るものではないのだが。それでも、あたしが時々こうして退治してくるので。クーケン島では、多少の在庫があるのだった。

「よし、毒腺の処理終わり。 毒針は此処に入れるけれど、絶対に触らないようにしてね」

「みなさん、手慣れていますね……」

「ワイバーン相手だったらこんなものだよ。 不意を打たれたら危ないけれど、こっちが万全だったら負けない。 ドラゴンが相手だと、エンシェント級が相手だとちょっと厳しいかな」

戦慄している様子のフェデリーカに、鱗を剥がして運んで貰う。それくらいしかこの精神状態では手伝えないだろうし。

その間に、あたしは周囲を見て回るが。やはりか。

家屋らしいのが幾つもある。

そして、石版も配置されていた。石版については、今タオが解読して。ついでにメモも取っているようだった。

「どう、タオ」

「……フィルフサ対策のものではないね。 ワイバーンを呼んで、人間を襲うようにだけ指示が書かれてる。 文字は古代クリント王国のものではなくて、もっと古い神代のものだよ」

「人間を襲えって?」

「神代の頃の古い遺跡にはたまにあるんだ。 魔物を番犬代わりにするこういうのがな。 王都近郊の遺跡にいたガーディアンみたいに仕立てるというよりも、金持ちとか権力者が、自分の気にくわない連中を近づけないために魔物を行使していた、と言う所だろうな。 しかも命令の強制力は比較的弱めに敢えて調整してありやがる。 ワイバーンは人間を襲うリスクを知っているから、抵抗していた。 それでストレスでおかしくなっていたんだろうな」

反吐が出ると、クリフォードさんが吐き捨てる。

あたしも同意だ。

家をクリフォードさんが手早く調べる。

流石に塩水に浸かっていたのだ。

本はダメだろうなと思ったが。

やはり何かしらの手段で塩水を防いでいたらしい。ある程度の本が見つかったらしく、それを持ち出してくる。

荷車に何度か乗せて、運び出して貰う。

その間に、石版の無力化を考える。

ぶっ壊すのがいいか。

そうしないと、多分ワイバーンが何度でも来る。前の奴にしても操られていたのだろうし。

人間を襲えという命令が出ているのなら。

なおさら放置はしておけなかった。

クリフォードさんも交えて少し考えた後。

あたしは、石版を蹴り砕く事にした。

かなり強力な防御魔術が掛かっていたが、今のあたしの蹴りの破壊力はそれ以上である。粉々に消し飛ぶ石版。

同時に、周囲に妙な音が響く。

悲鳴のような。

或いは。

荷車を一度アトリエに運んで、戻って来たレント達が展開する。何が起きた。そう、周囲を見回していた。

あたしは、すぐにそれを見つけた。

空にいる。

忘れもしない、槍と翼を持った魔物だ。

古い時代に悪魔と呼ばれていたものと、よく似た姿の者。

それは、此方をじっと見ていた。

矢を番えるクラウディア。皆も戦闘態勢に入る。

だが、悪魔らしきものは、不意に問いかけてくる。

「何故偉大なる発明を破壊した」

「?」

「神代の言葉だよ。 何故偉大なる……発明、かな。 発明を破壊したって聞いてる」

「じゃ、神代の言葉に翻訳して。 こんなもの、偉大でも何でも無い。 ただの愚かしい殺戮の為のゴミだってね!」

頷くとタオがそう翻訳した様子だ。

しばし悪魔らしき魔物は滞空していたが、首をかきかきと音を立て動かしながら更に言う。首が立てる音が、まるで出来損ないの機械だ。

「貴様は錬金術師であろう。 どうして祖たる者の発明を崇拝しない。 そうするように、ずっと教育と思想が受け継がれてきたのではないのか」

「タオ?」

「うんと。 ……ライザが錬金術師なのに、どうしてその石版を偉大な発明? ではないと判断したのかをいぶかしがってる。 ライザがそう思わないのは、思想……が受け継がれなかったのか、だって」

「……思想ね」

錬金術師は世界で最も優れていて。

他の生物をどうとでもする資格があるとでもいうのか。

勿論人間も含めて。

タオに翻訳して貰う。見た感じ、タオも完全に翻訳は出来ていないと思うが。それでも、はっきり言う。

「あたしは自分の考えで行動する! 人間に明確な優劣も、生まれながらの差だってそんなにはない! あたしは錬金術が出来るけれど、ずぼらだしできない事だってたくさんある! 他の人間を自分の下と考えて、こんなものを作るような錬金術師と一緒にして貰っちゃ困る!」

「どういう事か。 人間には明確な優劣が存在しており、錬金術師は神にもっとも等しき存在だ。 他の人間が錬金術師と同列だと。 理解不能。 最大級のエラーを検知。 才覚は我等の創造主と同じかそれ以上……いや明確に上。 だからこそ、違う思考を持つというのか」

タオが困惑しながら、必死に訳してくれる。

錬金術師が神に等しいだの、他の人間より優れているだの。

やっぱり此奴ら神代の錬金術師共の手先で。しかも、その神代の連中が、どうしようもないドぐされである事は良く分かった。

「主に伝えて。 あんたの顔面蹴り砕いて、背骨を踏み砕いてやるってね」

「……我の役割は其処にあらず。 今しばし、観察を続ける。 エラー、エラー、エラー多数。 どう行動して良いか分からぬ」

悪魔が飛び去る。

最後に何か呟いていたが、タオの翻訳でも殆ど分からないと言う事だった。今は失われてしまった言葉だったのかも知れない。

あたしは、ぎりと奥歯を噛む。

はっきりした。今までは、状況証拠でしかなかった。だが神代の錬金術師どもの手下が明確に吐いたことで、これで証拠も揃った。

神代の錬金術師どもは。人類どころか世界の敵だ。

これより、この群島を作りあげ。あの宮殿の奧に扉を作った連中は。あたしの敵と認識する。

 

1、学士登場

 

一度アトリエに戻り、タオが分厚いメモを調べ始める。多分あの悪魔が言っていた言葉を、調べているのだろう。

ちょっと集中させて欲しいと言う事だったので、回収出来た本などはクリフォードさんに回収して貰う。

その間、ワイバーンの肉などの分別を行い。

クーケン島に持っていっていいものは、荷車に積み直した。それに、リルバルトさんだったっけ。

王都でタオが認めている珍しい学者が、タオに会いたがっている。

それを連れてきた方が良いだろう。

あの悪魔の言動が気になる。

あたしとボオス、それにクラウディアでクーケン島に残るが。セリさんに、警戒を頼む事にする。

「最悪の場合は即座にエアドロップで逃げてください」

「分かったわ。 それにしてもあの翼持つ魔物……」

「ごめんなさい。 本当に、古代クリント王国のその更に前から、この世界の人間はどうしようもない程に腐敗していたみたいですね」

「それが分かっているのならいいわ。 それに貴方は、自分の意思でその腐敗に拒否を突きつけた。 だったら、貴方は私達の同胞よ。 オーリムに戻った時に、私がオーレン族の長老と便宜を図るわ」

そうか、有り難い。

セリさんがアトリエの周囲にもこもことよく分からない植物を生やして、防御壁を作り始めている。

一種の結界というわけだ。

ともかく、一度クーケン島に戻る。ワイバーンに襲われているとは思わないが。あんな石版は、木っ端みじんにするしかない。蹴り砕いたことに、あたしはなんの後悔も覚えていなかった。

戻る途中に、ボオスが聞いてくる。

「それにしても、景気よく蹴り砕いていたな」

「何の未練もないし」

「そうだろうな……」

「ライザはそれでいいんだよ。 ね」

嬉しそうなクラウディア。

まあ、クラウディアが嬉しそうなら何よりだ。

クーケン島に戻るまで、大した問題は起こらない。聖堂を途中でボオスが一瞥したが。行くかと聞いたが、首を横に振られた。

まあ、それはそれでいいか。

「そういえばボオス、お金貯めてる?」

「なんだ、どうしてそう思う」

「いや、普段よりも随分と節約しているように見えるからさ。 服とか小物とか」

「ちっ。 腐っても幼なじみか。 ちょっと金が必要でな。 ただ気を遣ったりはするなよ。 これは俺が自分で貯めないといけない金だ」

そっか。

或いはだけれども、ブルネン家の跡取りとして何かするのかも知れない。

まあ、それはどうでもいい。

ボオスがやる事は、ボオスがやる事であって。

あたしとは関係がないからだ。

他人の事は尊重するのが基本。

あたしとしても、それに対して異論は無い。

クーケン島に着くと、まずは護り手の詰め所に。ワイバーン肉を分けると、アガーテ姉さんは喜んでくれた。

「これは助かる。 すぐに島の共有倉庫にこの分をしまえ。 これはブルネン家に運んで……」

「後はお願いします」

「分かっている。 丁度お前の家のはす向かいの新妻が、そろそろ子供が出来てもおかしくない。 他にも数名、今年の冬場で子供が出来そうでな。 ワイバーン肉の貯蓄があるのは、とても有り難い」

エンシェントドラゴンの西さんと話した事もある。

だからあたしも、ワイバーンを殺すのはちょっと気が引ける。

積極的に狩りに行くのではなく。

身を守るために必要なだけ殺す事にしてはいるが。

それでも、ちょっとほろ苦い思いをしてしまう。

他にもバレンツに寄って、幾らかのワイバーンの素材を納品しておく。竜の鱗はそれだけで相当な金銭的価値がある。

当面の分のインゴットやゼッテルなどは既に納品済なので、しばらくは納品しなくてもいいが。

こういうものを納入しておけば、それだけ恩を売る事も出来る。

クラウディアが、ぱぱっと計算してお金に換えてくれる。相当な価値がついた。ボオスには、その場で分け前を渡しておく。

あたしにはそれほどお金に興味が無い事もあって。

そのまま、人数で等分だ。

それを見て、ボオスが何か言いたそうにしたけれど。

とにかく、受け取らせる。

ボオスは嘆息すると、それで受け取っていた。

後は、例の学者先生だ。

宿にいると言う事で、様子を見に行く。

クーケン島みたいな僻地でも、一応客は来るので、宿は幾つかある。特に最近は旧市街が復旧してきているので、沈んでいた辺りに幾つも建物が建てられて。其処が宿になったりしているのだが。

その学者先生は、物価が違う王都にいるからか。

結構豪華な宿に泊まっていた。

様子を見に行くと、小柄で気むずかしそうな老翁だ。髭を胸の辺りまで伸ばしている。頭は半分禿げているが、六十は超えているだろう。それも仕方が無い事だ。

露骨に警戒心剥き出しの視線を向けられたので、タオが忙しいので迎えに来たというと。

ふんと鼻を鳴らされる。

「タオが女を寄越してきたあ? こっちでもあれはもてるのか」

「違います」

「学士殿、此奴はタオが話していただろう豪傑だ。 タオは此奴の子分みたいなもんだ」

「仲間です」

胡散臭そうに見られたが。

まあいいとか言われた。

「リルバルトだ。 タオは何処にいる」

「出現した群島で、今調査をしている所です」

「わしを迎えに来られないほど忙しいというのか、あの若造が。 博士になったからといって、調子に乗っておらんか」

「あーおほんおほん。 さっきワイバーンを仕留めてきたところでして。 それの解析もしていましてね」

黙り込む学士殿。

あたしが王都に出向いて、ワイバーンを倒した時。数年ぶりの快挙だと言われていたのを思い出す。

王都の戦力なんてそんなものなのだ。

この学士どのも、その意味は理解したのだろう。

ついてくるように促す。

ボオスの事は何処かで見た事があったのか。以降は、あたしから視線を外して、ボオスにずっと絡んでいた。

「タオの奴、王都でももてていたが、こういう田舎でもそうなのか」

「いえ、こっちにいたころはさっぱりでしたね」

「しかし周りにたくさん……いやそうでもないのか」

「どういう意味ですかね」

あたしが笑顔を向けると、リルバルト学士殿は黙り込む。

明らかな怯えが顔にあったので、まあ怯えさせるのもまずいかと思って。威圧するのはやめておいた。

そのまま、アトリエに。

途中で学士どのは、何度も驚きの声を上げていた。

荷車には興味津々。

車軸もなんども見つめて、凄い凄いと跳び上がって喜んでいたし。さわさわしては、何度も頷いて勝手に感心していた。

まあ、褒められれば悪い気分はしないけれども。

それだけじゃあない。

エアドロップを膨らませると、奇声を上げて跳び上がった。

「こ、これは。 タオが言っていた豪傑とは、貴様の事だったのか!」

「はあ、そう言っていたんですか」

「当代の豪傑だとな。 神代の技術のようだ。 或いはそれを凌いでいるのではあるまいか」

「ええと、リルバルト学士殿は、確か魔物を研究しているんですよね」

エアドロップに乗って貰うと、左様と胸を張る小柄な老人。

そして、唾を飛ばしながらまくし立てる。

「魔物を知るには、神代を知らなければならん。 面倒だから歴史に関する博士号はとっておらんが、神代については相応に知識はある。 様々な不思議の道具が当たり前のように飛び交い、空に都市まで浮かんでいた時代。 学者であれば、興味を刺激されないだろうか、いやされるに決まっている!」

いきなり繰り出される反語に、ボオスが度肝を抜かれている。

タオがこれでは色々と苦労していただろうなと思った。

側を通っていく巨大なサメに、目をきらっきら輝かせるリルバルト先生。クラウディアが音魔術を使って音を消して、魔物を刺激しないようにしているのに。

この人、いつか研究中に魔物のエサになるんじゃないのか。

でもそうなったら本望そうだなとさえ思う。

更に言うと、この人がタオの客だとして。

この人の護衛をすることにでもなったら、苦労どころじゃない。ただ、あたしとしても、この辺りは念入りに調査はしておきたいと思ってもいたのだ。

仕方が無い。

ごねたとしても、護衛はしておくか。

フェデリーカの技量を、少しでも早く上げなければならない。それを考えると、困難な護衛ミッションは、むしろ望むところだと言える。

アトリエに到着。

アトリエを守っている植物の結界を見て、ぴょんぴょん飛び跳ねて大喜びするリルバルト学士。

頭を抑えてげんなりするボオス。

クラウディアは珍獣を見る目でリルバルト学士を見ている。というか、現在クラウディアは明確な美人であり、あたしみたいなルックスが平凡な女とは立ち位置がかなり違う。そんなクラウディアに見向きもしないというので、それはそれでこの人も筋金入りの変人なのだろう。

まあ異性関係のトラブルを起こさないのなら、それでいいが。

「タオ。 先生連れてきたよ」

「えっ」

「おお、タオではないか!」

「は、はあ。 お久しぶりです、リルバルト先生」

タオが手帳をしまうと、丁寧に礼をする。

同じ博士であっても、相手はベテラン中のベテラン。それにこの人は、あたしが残留思念やら遺跡の状況証拠、何より魔物を解体して中身を見て辿りついた、一部の魔物は神代に作られた生物兵器ではないのかという結論に。地力で辿りついた人物だ。

学者としては、この人の方がある程度格上であるのだろう。

「この建物はお前が建てさせたのか」

「いえ、ライザが作りました」

「あれはそんなに凄いのか。 そういえば、王都が一時期騒がしかったが……」

「去年のことだったら、台風の目になっていたのはライザですよ。 王都にあった壊れた機械類もあらかた直してくれました」

なんとと、オーバーリアクションをする先生。

見ていて面白くはある。

ただ、出来れば側にいて欲しくない人ではあるかなとも、あたしはちょっと素直にそう感じてもいた。

ともかく、タオが今かなり面倒な翻訳をしている事を説明すると、リルバルト学士殿は、咳払いした。

「この群島の調査をしにきた。 わしとしても、いつまで体がしっかり動くか分からないからな。 明確に神代のものと確信できる場所にいる魔物を、研究しておきたいんだ」

「しかし、いまちょっと此処は危険でして……」

「神代の遺跡が危険なのは当然だろう」

ボオスが下手に出てちょっと大人しくしていろと釘を刺そうとするが。釘は跳ね返されてしまった。

手に負えないと困り果てているボオス。

こんなに困り果てている様子のボオスは滅多に見ないので、ちょっと色々と新鮮である。

フェデリーカをリルバルト先生が見る。

「お前さんは小間使いか。 茶でもださんか」

「えっ!」

「先生、その人はサルドニカのお偉いさんです」

「なんと、サルドニカにも愛人を作ったのかお前は」

タオが真っ青になり。

フェデリーカが絶句して固まる。

この人の脳内ではタオはモテモテで、此処にいる女性の何人かは愛人とでもいうのだろうか。

タオが珍しく本気で怒る。

というか、怒っていてもタオは声を荒げたりはしていないが。

「僕にそんなものはいません! というか婚約者がいて、婚約中なので、そういう発言は控えてください!」

「なんと! こんなに周りが女だらけで、婚約者もいるのか!」

「婚約者は今王都です!」

「なんだ。 よく分からん集団だのう。 とりあえず、分かった分かった。 茶は自分で淹れて飲むとする。 それで、魔物の調査だが……」

どうしようと、視線を向けてくるタオ。

これは、多分魔物をしっかり調査しないと、この人は帰ってくれそうにないな。

レントがつまみ出してこようかと視線を向けてくるが。

この人は王都でそれなりのキャリアがある学士だ。

タオがまだ新米の博士であることを考えると、無碍にするのは色々とまずいだろう。今はもうみんな大人で、それぞれ自分の人生を送っている。皆、それを手伝うのが筋というものなのだ。

クリフォードさんが、学士どのの所に。

そして、座り込むと、手帳を見せた。

「まあまあ。 俺が今まで集めて来た魔物の資料でもみるかね、学士殿」

「なんじゃそなたは。 おお……?」

「これでも各地の遺跡を廻って来たトレジャーハンターでな。 そこらの学士よりも、現物に当たっていると思うぜ」

「み、見せてくれ!」

クリフォードさんナイス。

さっそくクリフォードさんの手帳にかぶりついて、ああでもないこうでもないと話し始める学士どの。

クリフォードさんが、今のうちに対応を決めろと視線を送ってくるので、頷く。

すぐに皆で外に出て、対応について話をする。

「強烈なお爺さんだね。 本当に子供みたいだわ」

「しかもタチが悪いクソガキだ。 ただ、そういう精神の持ち主だから、学士として大成しているんだろうな」

疲れ果てた様子のボオス。

まあ、気持ちはよう分かる。

あたしも咳払いすると、タオに提案。

「あっちの島。 ちょっとした森みたいになってるでしょ」

「そういえば、魔物がもう住み着いてるみたいだね。 あの森も多分作り物だと思うし、調査はしておいた方が良さそうだね」

「そういうこと。 彼処を調査して、それで満足して帰ってもらおう」

「私もまだ守られる側なので何とも言えないんですが、大丈夫でしょうか……」

不安そうなフェデリーカ。

セリさんが、無慈悲な提案をする。

「最悪の場合、私が睡眠効果のある花粉を浴びせて眠らせるから、それで逃げ回られたりして邪魔にはならないわよ」

「そ、そうですか……」

「頼みますねセリさん」

「まあ、あの先生は逃げ回ったりはしないと思うよ。 前に護衛したときも、どんな大物が出ても一歩も引かなかったから。 臆病者ではないんだよ。 間違いなく」

まあ、それはそうなのかも知れないが。

ともかく、一度アトリエに戻る。

クリフォードさんと意気投合して、色んな魔物についての話をしている学士どの。互いにメモを披露して、それで情報を交換している。

タオの話によると、悪魔や、あの石版のあった島から回収してきた本の解析に半日くらいかかるそうである。

あたしはあたしで、新しく作った鍵をもう少し色々と試験しておきたい。

ならば、明日までリルバルト学士殿をどうにか大人しくさせておかないといけないだろうか。

まあいい。

クソガキみたいな精神の持ち主ではあるけれども。

学士としては立派なはずだ。

タオの話によると、解析を完了させた魔物も何種類かいるとかで。危険な特質が先に図鑑に記されたそうである。

それだけでも、かなり価値があることなのだとか。

まあ確かに、本が貴重な今という問題はあるが。

先に誰かが調べておいてくれれば、後続の人間の手間が減るのもまた事実ではある。そういう意味では、学士として人類に貢献してくれていると言えた。

「それで、問題は学士殿が帰ってくれるか、だけれど」

「それは多分問題なし。 というのも、あの人って野外研究をある程度すると、戻ってしばらくは部屋に缶詰でそれをまとめるんだ。 あの島一つ調べて見せれば、それで充分満足するだろうし。 最悪でももう二三個島を調べれば、それで充分だと思うよ」

「……問題は大物がいるかも知れないって事だね」

「それについては、もう僕達で守るしかない」

まあ、そうなるな。

とりあえず、方針は決まった。

フェデリーカが、先生に茶を淹れようかと提案してくるが。クラウディアが、笑顔で私がやるから大丈夫、と応じていた。

まあ、それでいいだろう。

相手が誰だろうと平気な顔をしている点は、あの先生は大物だ。

それについては、学者にとっては、大事な素質だろう。

其処は評価できる。

あたしもそう思った。

 

朝、ミーティングをする。タオが、解析した本について説明してくれる。なお、リルバルト学士どのは、老人だが朝はぐっすり。まあいびきが五月蠅くないし、それで良いだろう。

「どの本も後代のものだね。 古代クリント王国時代のものらしいのもあったよ」

「やはり遺跡についてのものか」

「うん。 中には……あの石版を大絶賛しているのもあった。 この手記、600年ほど前の……古代クリント王国時代のものだけれど。 東の地の蛮族に、これで魔物をけしかけて掃除できるとか書いてる。 酷い内容だよ」

「そうなると、今東の地で魔物が酷い発生をしているのは……」

可能性はある。

この群島に魅せられた錬金術師も、単独で来た訳ではないだろう。

国で立場がある存在だった可能性もあるし。そうだったら、恐らくは成果を報告していたかも知れない。

何よりだ。

古城で、あたし達は見ている。

ドラゴンをフィルフサにけしかける石碑をだ。

あれの元となる技術が。あたしが蹴り砕いた石板だったのではあるまいか。

「いずれにしても、あれは破壊する他無かった。 それにあの悪魔野郎の言葉も納得がいったぜ」

レントが頷く。

あたしもそれには同意見だ。

「続けるよ。 どうも古代クリント王国の人間にとって、此処は宝の山に見えていたらしいんだ。 かなりの規模のアーミーを動員して、徹底的に調べていったようだね。 ただもとのものを調べても、回収は絶対にしないように厳命していたらしい。

「それは、どうしてでしょうか」

「神格化していたからだよ。 ちょっと翻訳するのが難しくてなんとも言えないんだけれども、神とか、崇拝すべきものとか呼んで、これを作った神代の錬金術師達を絶賛している。 いや、絶賛どころか、狂信が近いだろうね」

「反吐が出る」

あたしが吐き捨てると。

同感だと、クリフォードさんがぼやく。

ロマンのかけらも無いと。

「僕は王都であれからも色々調べたんだ。 去年のこともあったからね。 それで分かってきた事が幾つもある。 古代クリント王国でも、やはり欲を持つ人間は優れているという風潮があったらしいんだ。 優れている人間は錬金術師で。 だから錬金術師は優れていて、強欲であっていいとも」

「なんだか、子供が考えた三段論法みたいないい加減さだな」

「その通りなんだけれども、当時は錬金術師を頂点とする社会階級が絶対になっていて、誰もがそれで「納得」してしまっていた。 だから錬金術師は、それがおかしいとも思わなかったんだろうね。 そんな錬金術師達が神として崇拝したのが神代なのだから、色々と狂っていたんだよ」

フィルフサを従えられると思ったのも。

それで更に欲を充足させられると思ったのも。

欲を充足させるために、オーリムに住む人達を騙して、皆殺しに良いと思ったのも。

そのくだらないエゴのせいだ。

強い者は何をしてもいい、か。

だったらお前達より強いフィルフサに殺されて、なんの悔いもないんだな。

そう面罵してやりたい。

だが、もう死んだ相手だ。

今更、面罵もできないか。

「いずれにしても、独善的で何の価値もない手記だね」

「うん。 技術的な内容がぽつりぽつりとあったから、それだけはメモしておいた。 ライザ、後で何かの役に立てて」

「分かった。 心得た」

「さて、問題はそうなると学士先生だな」

レントがそう言うと、ボオスやフェデリーカがげんなりした。

いい夢でも見ているのか、学士先生がなにか呻いていたが。あれは明らかにまだ眠っている。

「出来るだけ、早くすませよう」

「そうだな……」

ボオスがそうぼやく。

フィーが、懐から出て来て、周囲を飛び始めたのは、その時だった。

「ん、どうしたフィー」

「フィー! フィーフィー!」

「何かあると見て良さそうだね」

クリフォードさんが声を掛けると、明らかに昂奮している様子のフィー。あたし達の言葉は理解出来ているのだ。

だとすれば。

恐らくは、今日調査しに行く島に、何かある。

それは確定と判断して良さそうだった。

 

2、疑似密林

 

島の大きさは、ほぼクーケン島と同じだな。

周囲を回りながら、あたしはそう判断する。

ミーティングが終わってから起きだしてきたリルバルト先生を連れて、その密林に見える島に来ると。

先生は案の場、大喜び。

島に降りると、跳び上がっていた。

「素晴らしい!」

「此処はまだ足を踏み入れていないです。 先に進まないでくださいね学士殿」

「分かっておる! 見ろ、この明らかに不自然過ぎる森! どうみても自然のものではない! 神代の技術は、長い間潮に晒されても平気な森ににたオブジェクトを作れるほどのものだったのだな!」

なるほど、分析は確かだ。

早速サンプルを回収して、懐に入れ始める先生。

それはそうとして。

なるほど、フィーが警戒するわけだ。周囲に気配、多数。既にあたしは、戦闘態勢に入っていた。

「先生、少し下がって」

「何じゃタオ。 もう少しこの土ににたものをだな」

「魔物です。 それも、もう囲んできています」

「おおっ! そうかそうか!」

大喜びである。

急いでサンプルの土をかき集めると、言われた通りに戻……らないリルバルト学士殿。それどころか、目をきらっきらさせて辺りを見回し始める始末である。

レントが呆れて手を伸ばして、ひょいと皆の中に戻す。

「危ないからさがってろ。 流石に守りきれんぞ」

「なんじゃでっかいの。 わしは魔物に殺される事なんぞ、怖れてはおらんぞ」

「それは大したもんだな。 だが、殺されると困るんでな」

来た。

辺りの土が、一斉に盛り上がる。同時に地面を突き破って現れたのは、これはなんだ。

最初は蚯蚓かと思ったが、どうも様子が変だ。太さだけでも二抱えもあるそれが、地面から出てくると。先端部分をあたし達に向ける。

セリさんが、地面に手を突くと、覇王樹を大量に展開する。

直後。

それらが、炎上していた。

それも爆発的に、である。

蚯蚓らしいのが、一斉に覇王樹をブチ抜いて襲いかかってくる。

これは、此奴らの魔術。

いや、此奴らがぜんぶ一つの個体の可能性もある。

さっそく皆が迎撃を開始。

「蚯蚓の先端がこっちを向いたら、魔力が収束した! 蚯蚓の懐に入り込んで! フェデリーカ、舞い!」

「はいっ!」

フェデリーカはまだ接近戦は無理だ。

そう判断しているので、少し下がって貰う。あたしは前に出ると、こっちを向こうとした蚯蚓の半ばを蹴り砕く。

この感触。

やっぱり様子がおかしいな。

肉を蹴った感じがしない。多分中身が普通じゃない。ただ、蹴り砕いてダメージを与えてやった。

鋭い悲鳴らしい音を立てる蚯蚓。

レントに斬り伏せられ、クリフォードさんにブーメランで薙がれ。クラウディアの矢を受け。タオやボオスに切り裂かれて。

セリさんが。更に地面に魔力を流して、植物の根を一斉に張り巡らせる。

蚯蚓を根から切るつもりだろう。

それで、悲鳴を上げたのだ。

ダメージを受けた蚯蚓がさがる。

だが、同時に地面が小山のように盛り上がり、正体を見せる。

それは、鳥のように見えた。

走鳥に姿が似ているが、目が存在しておらず、全身からさっきの蚯蚓を生やしている。あたしの背丈の六倍、いや八倍はあるか。それが、棘だらけの口の中を見せて、とんでもない雄叫びを上げる。

「これが化け物の正体かよ」

「みんな、さがって!」

あたしがまずは爆弾を投擲。

ローゼフラムを二つ、時間差で炸裂させる。

灼熱に張り倒されて、巨大な鳥のようななんだかよく分からない魔物が飛びさがる。蚯蚓……いや触手も使っての、機敏な動き。

更に、触手をこっちに逃げながらも向けてくる。

セリさんがとっさに覇王樹を展開。

覇王樹が爆発炎上。

巨大な太い足で、鳥が走り始める。触手はその間もこっちを向き、恐らく熱魔術と思われるものを投射してくる。

その間も、リルバルト学士殿は大喜びで、目をきらっきら輝かせて、ひたすらに素晴らしいと叫んでいる。

そっか。素晴らしいか。

クラウディアが大量の矢を浴びせるが、動きがとにかく速い。

だが、クリフォードさんが、高く飛ぶと。

ブーメランを全力で投擲。

それは鳥ではなく、地面につきたった。そして、巨大鳥は、高速で走り回っていたのが災いし。

それに凄まじい勢いで直撃し。

横転したのである。

あたしがタイミングを合わせて、レヘルンを投擲。三つ束ねた奴だ。炸裂。氷山に包まれる鳥に、今度はプラジグを三つ束ねて投擲。

これも炸裂して、文字通り人工の落雷が、鳥の全身を貫いていた。

触手を振るって、無理矢理立ち上がる鳥。

其処に剽悍に躍りかかったタオとボオスが、数本の触手を根っこから無理矢理に斬り伏せ。二人を追い払おうとした鳥の脳天に、レントが渾身の一撃を叩き込む。

それでも鳥は、全身から熱魔術を放出。三人を吹っ飛ばす。辺りが一気にあの去年旅した砂漠を思い出すほどの暑さになるが。

クラウディアの放った矢が、鳥の胸を直撃。

揺らいだ所を。

あたしが踏み込んで、熱槍一万を束ね、総力で投擲していた。

絶叫する鳥。

シールドが出来る。触手も残っているのを束ねて、防ごうとする。だが、それらを熱槍は無慈悲に貫通。

一瞬、世界から音が消え。

そして、炸裂していた。

 

内側から焼かれた鳥の魔物は、流石にひとたまりもなかった。

死骸を調べて、中身を回収する。やはりだ。この魔物、走鳥をベースに、複数の魔物を無理矢理継ぎ合わせている。

肉もこれは食べない方が良いだろう。

どんな毒があるかしれたものではない。

それにだ。

サルドニカの方で見た、あのトレントみたいな魔物。

アレみたいに、体内に金属の部品が埋め込まれている。これは、動くだけでも全身が痛かったのではあるまいか。

リルバルト学士殿は死体を解体する様子を、目をきらっきらさせてメモでとり続けている。

もう言葉すら発しないほどに昂奮して、感動しているようだった。

「肉は焼却処分で良いんだな」

「うん。 この魔物、この間のと同じだよ多分。 他の島にも、こういうのが潜んでいても不思議じゃないね」

「だけれど、どうしてなんだろうな。 そもそもあの石版も……」

「しっ」

レントに、あたしは口を閉じるように促す。

リルバルト学士殿は、知能が劣悪な訳じゃないのだ。今話している事も、聞いていてもおかしくは無い。

肉をそぎ落として、焼き尽くしておく。

その後は骨を調べるが、彼方此方に骨格を補強するためだろうか。金属が仕込まれているのが分かった。

しかもかなり高品質の金属だ。

剥がして集めておく。後で溶かして、成分を分析するのだ。

内臓についても、これは。

恐らくだが、魔力を収束するための器官だ。魔物も魔術を使うのは当たり前の世界なのだが。

それでもこれは、ちょっと大きすぎる。

かなり複雑な構造をしている。タオが構造をメモに取っていた。

「見た事がない構造だよこれ」

「まったくだ。 今までどんな遺跡で見た大型よりも内部がユニークな構造をしておる!」

リルバルト学士殿も、メモを取っている。

この目の輝きっぷり。

宝石を前にしたクラウディアより凄いな。

そうあたしも思う。

周囲の警戒をしているクラウディアが、大丈夫とハンドサインを送ってくる。まだ此奴の同種がいてもおかしくは無いからだ。

足も調べる。

足は特に金属の比率が多く、骨が殆ど金属に置き換わっていた。

それだけじゃない。

頭は半分吹っ飛ばしてしまったのだが。

その内部も、かなり金属部品が入り込んでいた。

「これは、魔物をどういう風に弄ったんだろう……」

「お前でも見当がつかないのか」

「うん……」

ボオスに言われて、そう返す。

そもそもだ。この魔物をあたしが作るとして。どうやったら良いのかが、ちょっと分からないのである。

生物として、根本から弄るのか。

しかし、この金属を埋め込むのは。

魔物を切り刻んで、金属を埋め込んで、それで元に戻すのか。

いや、まて。

そもそもこの魔物。

最初から、一体だったのか。

蚯蚓の魔物はそれはそれで、別の存在だったのではあるまいか。

だとしたら、これは生物兵器として作られたときに、多数の魔物を組み合わせたのかも知れない。

そうとすら、あたしは思う。

もう色々と、人倫云々以前の問題だ。これをやった奴は、完全に頭が狂っていたとしかいえない。

無言で死体を調べて行き。

金属部品は全て回収して、後は燃やす。内臓などにも使えそうなものはなく。羽根などもそれほど綺麗でも魔力が篭もっているわけでもない。

蚯蚓の方も調べたが、これは何だか光を収束させるような器官がついていた。

まさか。これ。

さっき燃やされた覇王樹を調べて見る。

やはりだ。

とんでもない高熱で、焼けている所とそうでない所の差が激しい。

あたしも熱魔術を使うから分かるが。

これは細い線のように超高熱を収束させて、一瞬で焼き払ったのだ。覇王樹が間になければ、あたし達も即死だっただろう。

死体の処理を終えた後、島を調べる。

この島は、なんだ。どうしてこんな生物兵器を、しかも土の中に配置していた。クリフォードさんとタオが散って、彼方此方を調べて行く。

魔物の気配があるかも知れないから、クラウディアはずっと音魔術を全開状態である。その間は、ひたすらメモを取り続けているリルバルト学士殿。あたしは無言で、どこかに行かないように見張りだけしていた。

それだけじゃない。

フェデリーカがかなり参っている様子だったので、ちょっと先に休んでいて貰う。今のと同等の魔物がいつ出ても不思議ではないのだ。

「はいこれ栄養剤」

「ありがとうございます。 ライザさん、健脚でタフですね……」

「またそんなこと言ってるね」

「私も、彼方此方に交易に出ていたと思ったんですが」

フェデリーカが苦笑い。そして薬を飲むと真顔で無言になって。それでも吐き戻さないように努力していた。

今の話が本当だとすると。

ギルド長達は邪魔なフェデリーカを彼方此方にやって、それで自分達の権力拡充を目論んでいた可能性も高い。

まあアンナさん達がそうさせないように、裏で動いていたのは確定なのだろう。

それに、だ。

今はもう、ギルド長達はすっかり静かになった。そう悪さもしないだろう。

タオが来る。

急いで其方に向かうと、石碑だ。

ただこの石碑、見た所普通と違う。魔物制御用のものでは無さそうである。

「タオ、解読出来る?」

「いや、専門用語だらけだ。 見た事もない単語しかない。 それも……今では恐らく、失伝した意味の言葉なんだと思う。 ちょっとこれは、触ると何が起きるか分からないだろうね」

「そうか。 場合によっては蹴り砕こうと思ったんだけど」

「止めた方が良いね。 この群島はそもそも巨大な力で浮上して、それで何かの目的があって此処に留まってる。 下手な事をすると、爆発するかも知れない」

それも、この辺りが綺麗に消し飛ぶほどの爆発が起きるかも知れないと、タオは言う。

そうか。

だとしたら、今やる事は。この石碑を砕く事ではないな。

他の場所も調査して、探査しておく。

特にこれと言って珍しいものはない。木に見せたレプリカ。草に見せたレプリカ。それらが点々としている。

見栄えだけは美しいが、虫も鳥もいない。

鳥も此処に来るようだが、すぐに様子がおかしいことを察して飛び去ってしまうようだ。土も、これは作物が出来るような土じゃない。

一度、皆で集まる。

クリフォードさんが、挙手して。最初に話し始めた。

「この島を丁寧に調べて確信できたぜ。 この群島、全ての島の環境やら構造やらを、意図的に変えていやがる」

「そうね……確かに自然というものに敬意を払わず、自分達で好き勝手に作ったように感じるわ」

「神代の連中は何を考えていたのか。 それが問題だね」

一応、つれて歩いていたリルバルト学士殿を見る。

こっちの会話には興味が無い様子で、焼却処分した神代の魔物の死骸のスケッチに、ああでもないこうでもないと注釈をつけているようだった。

ちょっとだけ見たが、絵は抜群に上手い。

絵師でも食っていけるレベルである。

才能がある人間であるのは間違いない。

ただ、あたしもそうなのだが。

才能があると言う事は、偏っていると言う事だ。

リルバルト学士殿は、間違いなく才能が。それも絵だけではなく、学者としての緻密な頭脳など、複数の才能がある。

だが、それが故に。

問題が大きい性格。

危機に対する行動のちぐはぐさなど。

偏りもそれだけ大きいのだろう。

「とりあえず、学士殿にはもう帰ってもらおう。 これだけ調べられれば、多分充分だろうと思うし」

「そうだね。 僕からも説得する。 ただ、基本的にそれほど心配はしなくても大丈夫だと思う」

「うん?」

「今、ああやって念入りに調査しているでしょ。 大きな収穫があると、リルバルト先生は夢中になって研究を始めて、当面は自分の研究室から出てこないんだ。 今回も、スキップしながら帰って研究を始めると思うよ」

苦笑い。

そっか、スキップしながら帰るか。

だが、タオはこう言うとき、揶揄している様子はない。

それもまた、あの人の良さなのだろうから。確かに、研究に政治闘争を持ち込んで。あからさまに間違っているような理屈を無理に通してしまうような学者よりも、ずっとましかも知れない。

ともかく、リルバルト先生を連れて、アトリエに戻る。

他の島も調査しておきたいが、まずは先生を帰らせる所からだ。

殆ど何も目に入っていないようだが、王都に戻る手配をするというと、有難うと答えてくれた。

一応、聞こえてはいるらしかった。

クーケン島につれて戻り。バレンツで護衛などの手配をしている間も、学士殿はずっとああでもないこうでもないと呟きながら、メモに注釈を入れている。

船は幸い今停泊しているので。

後は帰ってもらうだけだが。

手続きを終えて、船に乗って貰う時。

学士殿は、あたしを見もせずに言う。

「錬金術師ライザどの」

「え、はい」

「今回は研究の協力感謝する。 礼といっては何だが、一つわしの知っているとっておきを教えておくよ」

「……お願いします」

まだメモを続けている。

というか、この人。

ひょっとして、全部話を聞いていたのかも知れない。だとすると、いわゆる並行思考を得意としているのか。

ちょっと侮れないな。

いわゆる変人であるのはあたしも同じだ。だから、馬鹿にするつもりはないのだけれども。

それでも、ちょっと驚かされていた。

「神代の中でも、一部のグループが魔物に対して悪さをしていたのはほぼ間違いないとわしは考えておる。 だがな、それがどうして古代クリント王国の時代になって、急に暴れ出したのか。 まだ研究を続けているのだが、仮説があってな」

「伺いたいです」

「気にくわなかった」

「え……」

学士殿が顔を上げる。

あたしは、初めてこの人の目を見たかも知れない。

其処には、無邪気な目はなくて。

闇を見て来た、暗い目があった。

「神代の人間の一部……特に今の世界に大きな影響を与えたのは錬金術師だ。 これは声高に言わなくても誰もが周知の事実としている事だな。 彼等は傲慢極まりなく、自分達以外の存在を人間と考えていなかった。 「聞き苦しい言葉を喚く猿」。 それが彼等が、錬金術師以外の人間を呼んでいた言葉だ」

「不愉快極まりない連中ですね」

「そうだな。 そんな連中は、自分達の理屈で世界を動かす事だけを考えていた。 魔物の一部を作りあげたのは神代の錬金術師のその集団だと考えて良いだろう。 だとしたら、どうしてあんな魔物を作る」

リルバルト学士殿は、再びメモに視線を落とす。

そしてぶつぶつ呟きながら、激しく注釈をつけていたが。

そうしながら、また不意に話し始める。

ちょっと話していて疲れるが。

この人がタオの才覚を見抜いているというのは、確かなのだとよく分かった。

「わしは長い間色々な魔物を見て来て確信したのは、強力な魔物は戦闘力と同時に、独自の無駄があると言う事だ」

「無駄、ですか」

「そうだ。 つまり神代の錬金術師集団は無駄を承知で生命を弄った。 つまりその無駄は連中にとっては必要だった。 何故必要だったか。 わしはそれは、連中にとっての美意識だったと思っている」

「美意識で、命を好き勝手に弄る……」

あり得る話か。

確か、クラウディアに聞かされた。

バレンツでは愛玩動物を扱っているのだが、そういった動物の中には、明らかに不要な形質を持たされている者がいるらしい。特に犬などが顕著だそうだ。

そういった性質はどうして持たされたか。

「見ていて可愛い」とか、そういう理由からだ。

つまり美意識で生物を弄るのは、今の人間でもやっているという事である。

そうか、それは盲点だった。

確かに古代クリント王国の錬金術師どもが模倣した最悪の集団、神代の一部錬金術師どもだったら、それをやっても不思議じゃない。

「それだけじゃあない。 恐らくわしは、神代の一部錬金術師達が魔物を作ったのは、気にくわない生き物全てを排除するためだと考えている。 世の中には虫やらを気持ち悪いと言う理由だけで殺して廻ったり、自分が気にくわない生き物を皆殺しにしようと思う輩がいるだろう。 この世の生態系で邪魔な生き物なんて人間くらいなんだがな」

「そうですね、一利あると思います」

「特に強力な神代の魔物は、どう考えても自然のバランスを破壊するほどの戦闘力を持っている。 あれらが作られた理由は、神代の錬金術師にとって見目麗しい世界を実現するためだった……そのために気にくわない生き物を、自分達以外の人間も含めて皆殺しにするため……そう考えているのさわしは」

思った以上の学説だ。

あたしは思わず、考え込んでしまった。

確かにそれは大いにありうる。

どうしようもない下衆集団である事は理解していたのだが。想像を更に超えていたのかもしれない。

まてよ。

フィルフサも、体を弄られている形跡がある。

だとすると、ひょっとして。

フィルフサも、同じような目的で、体を弄られたというのだろうか。

いや、いずれにしても全ては仮説だ。まだ、そう決めつけるのは早いか。

「ライザ殿。 どうして古代クリント王国の崩壊後、魔物が世界中で暴れ出したのかとか、まだ分からない事は幾つもある。 だが、神代に心を掴まれてはならんぞ。 神代は文字通りの呪われた時代、人間が全てを滅茶苦茶にしながら、嘲笑っていた最低最悪の時代だ」

「……そうですね」

その通りだと思う。

ただ、技術に罪はない。

使う人間が、あまりにも愚かすぎたのだ。

今、神代の技術を復興して、思うままに与えたとしても、どうせ人間に使いこなす事は出来ないだろう。

それはあたしもはっきり結論出来る。

だから、一旦全てを解明したとしても。

まずは人間そのものをどうにかしないとダメだ。それについては、既に決めていた。

勿論皆殺しにするつもりはない。

やるとしたら、世代をかけてゆっくり人間という生物を刷新していくことくらいだろうか。

いずれにしても、何千年もかけてやる事になるだろう。

「では失礼する。 本当に助かったよ」

「此方こそ。 失礼があったらすみませんでした」

「何、あれだけのものを見られた。 それで充分だ。 さて、帰ったら論文にまとめるぞ、うひひひひ」

今までの聡明さが何処へやら。

タオが言っていたように、スキップしながら船に乗り込むリルバルト学士殿。

やはり苦笑いしてしまうが。

しかし、考えさせられる。

やはりこの人の結論、間違っていないと思う。

あたしも、今までたくさんの遺跡で、神代の連中に関係する残留意識を見て来た。というか、古代クリント王国の時代ですら、人間はその悪影響を受けていた。更に古い時代は、古代クリント王国と同レベルの精神性、残虐性を持った連中が、好き放題に暴れていて。覇を競っていた。

もっと古い神代の人間となると。

どれだけ傲慢だったのか、あまり想像したくないほどだ。

足首を深淵から伸びてきた触手に掴まれている。

そう感じる。

だが、あたしは顔を上げる。

このまま放置は出来ない。

神代の連中がカスなのは事実だ。そして、群島の奥にある扉は、連中に誘導されているのもまた事実だろう。

だからこそに、あたしは全てを解明し。

場合によっては蹴り砕く。

ただ、それだけだった。

船が行く。

リルバルト学士殿は、台風のように何もかもを掻き回していったが。

ただ、あたしには、大きな影響を与えていった。

それもまた、事実だった。

 

3、狂戦士再起

 

竜脈を見つける。

あたしは改良型の鍵をかざして、魔力を集める。群島には、島一つにつきほぼ一つは竜脈がある。

竜脈がない場合もあるが。

それは恐らく、どうでもいい島だったのだろう。

そして、あの扉と同じ竜の紋章が、彼方此方で散見された。

あれは神代の人間による自己顕示か。

それとも、何かしらの意味があるものだと判断して良いのだろう。

ともかく、鍵を作って見ると。

はちきれん程の魔力を封入した鍵は、それぞれが凄まじい力を持っていた。

勿論鍵を使うと、壊れてしまうのだが。

その壊れる過程で、様々な効果を発揮できる。

力を何倍にも引き上げたり。

魔力を何倍にも引き上げたり、効果は様々だ。

これは応用が効く。

また、一種の装飾品としても持ち運ぶことが可能だ。そうすることで、永続的に強化魔術を掛けられる。正確には、それとほぼ同じ状態を作りあげる事が出来る。

幾つか、皆の為に強化魔術をかけたのと同然の状態にする鍵を作る。

特に前衛組にはこれは必須だ。

また、アトリエを構えた塔のある島で作れたのだが。魔力を増幅できる鍵も作る事が出来た。

生体魔力に変換できるということだ。

なるほど、これは神代の錬金術師達は、それぞれが偉そうに振る舞えたわけだと思う。

素の力を下手すると何十倍、何百倍にも跳ね上げられたのだろうから。

そして力に飲まれた。

特に、当時は欲望に忠実である事を良い事であるとするような風潮があったようなのだから。

連中は一度力を手に入れてしまうと、それこそ歯止めが利かず。最終的には自己神格化という最悪の道を爆走してしまったのかも知れない。

この鍵ですら、連中にとっては恐らくまだ力の一端に過ぎない。

これで勝てると思うのは危険だ。

だから、このまま準備を続ける。

島を巡って、細かく調査をする。その過程で、やはりというか。強大な魔物と何度も遭遇することになった。

また、エアドロップで潜水して彼方此方を確認すると。海底から続いている形で、切り立った島に入り込む事が出来た。

内部は迷路みたいな構造になっていて。

幽霊鎧が大量に彷徨いていたが。どう見ても、かなり新しい形式の幽霊鎧だ。

つまり、あの宮殿のあった島と同じで。

後から来た。呼ばれた錬金術師が、嫌がらせにおいていったものだとみて良いだろう。

ここに来た錬金術師のかなりの数が、何も為せずに戻ったのだろう。

そして、元々錬金術師は性根が腐っていた。

この腐った性根は、神代からずっと引き継がれてきたのだろう。

だから、後続にこうして嫌がらせを残していったというわけだ。

あたし達は、とにかく丁寧に幽霊鎧を全て排除して廻る。

最奥には研究施設らしいものがあって。其処には多少の書物が残っていた。此処を研究用の拠点としていた錬金術師もいたと言うことなのだろう。

内容の解読はタオに任せる。

群島の内、後北の方に切り立った壁みたいな島があるが。あれについては別に急がなくても良いだろう。

一旦アトリエに獲得した戦利品を持ち込んで、調査に入る。

此処での調査は、どれだけ慎重でも手ぬるいくらいなのだ。

アトリエに戻ると、連戦で疲れ果てたフェデリーカがへたり込む。

まだ、体力が足りていない。

「す、すみません。 お手数をお掛けします……」

「良いんだよ。 体力は少しずつつけていこう」

「はい……」

「ただ、ミーティングにはそろそろ加わってね」

真っ青になるフェデリーカ。

まあ、いつまでも甘やかしてはいられない。

勿論潰れるようなストレスをかけるつもりもない。フェデリーカは、前は力尽きてベッドで死んでいた。

今はへたりこむくらいですんでいる。

だったら、そうして順番にやっていくだけの事である。

「それでライザ。 そろそろ宮殿の島を再調査する時期か?」

「そうだね。 他の島はこれで調べ終わったと思うし、もう一度アタックする頃合いかな」

「その強化した鍵でやるんだな」

「うん」

ボオスが、鍵を自分でも手にしてみせる。

あたしが作った装飾品による強化もあるが。この鍵による強化で、更に強さが重ね掛けされている。

だが、今まで戦闘してきた魔物にそれで楽勝かと言えば、そうでもないだろう。

直撃を貰えば危ないような場面は幾らでもあるだろうし。

何より、もしこれから神代の更に強力な魔物が出てくるとなると。

今まで以上の危険を考えなければならないかも知れなかった。

「扉の所に石碑があったよね。 鍵を作るとしたら其処で?」

「そうなるね。 問題はこれであの扉が開かなかったら、一旦アンペルさん達に意見を聞きたい所だけれども。 そもそもこの群島とあの宮殿、ものすごい悪意を感じるんだよね色々と。 扉を開けたくらいで、解決するかどうか」

「こうすればきっと上手く行く、みたいに楽観しないのは重要だと思うよ」

「分かってる」

タオにそう返すと。あたしは一度クーケン島で物資の補給や休憩をすることにして。それでミーティングを終える。

それぞれ解散。

あたしは。クーケン島に用事があるので、ボオスとクラウディアと一緒に戻る。クーケン島で、護り手用に武器を要求されていたのだ。

だからクリミネアで武具を作って、それで所定分納入する。

同じクリミネアでも、四年前のあたしとは作れる武器の質が違う。

だから、それで充分である。

アガーテ姉さんは遠征中でいなかったが、丁度此処を任されていた若手の戦士に、随分と感謝された。

クーケン島にいる間は、手伝いをする。

そう告げてもあるので。

今の時点では、声が掛からないと言うことは、そこまで危険な事態は起きていないという事なのだろう。

ただ、アガーテ姉さんに言づてをされていたということで、それを預かっておく。

それによると、なんでも近々クーケン島を中心に、幾つかの孤立している集落を束ねた情報網を作るらしい。

当然魔物対策の為だ。

今回の武器も、敢えて多めに蓄える事で。そういった孤立集落にいる戦士に武器を支給するための意味もあるらしい。

クーケン島はある程度自衛に余裕が出てきたと言う事もある。

それもあって、色々とやれることが増えてきている。いずれ、サルドニカみたいに、発展している都市として認識される日も来るのかも知れなかった。

後は、学校にも足を運んでおく。

王都で仕入れてきた本を、幾らか納品しておく。

錬金術の才能がありそうな子がいないか調べると言う事もあり。頼まれていることもあって。学校で少し算数やらを教えているのだ。たまにだが。

そうしている内に、先生方に頼まれたのだ。

本があるなら、集めて来て欲しいと。

王都では活版印刷の機械が復活した事もあり、急激に本が出回り始めているのだが。

あたしはその中から、勉強に使えそうな本を、幾つか仕入れておいた。

それを学校に入れておく。

まあ、簡単な算数などの解説書だ。学校で教える勉強としては、これで充分。四則演算が出来るだけで、随分と違うのだ。

「ライザ、ありがとう。 本当に助かるわ」

「いいえ。 しばらくは授業はやれないと思うので、その代わりです。 お願いします」

「心配だわ。 ライザがそういうと、本当に危ない場所に首を突っ込んでいるようだから」

「ふふ、そうですね」

島の人間はみんな知っている。

あたしがやっている事を有り難くも思いながら、一方で古老達があたし達を良く思っていない事も。

クーケン島だけでもそうだ。

四年前の大騒動でも、あたし達が中心にいたことを知らないクーケン島の民など存在していない。

だから、同年代や少し年上の親しい人間は、みんなあたしを心配しているようである。

とはいっても。全員がそうではないのだが。

学校を出ると、さてと呟く。

後は、ザムエルさんだな。

ザムエルさんの様子を見に行く。

旧市街の一部はすっかり水が引いて、彼方此方に家が露出し始めている。島の傾きが収まり、戻ったからだ。

ザムエルさんは、その一角にいた。幼い頃に住んでいた家のある辺りだ。

すっかり潮で駄目になってしまった家屋の辺りに、ぽつりと座り込んで。

あたしが渡した耳当てをつけて。腕組みして、考え込んでいた。

座り込んでいても、あたしの胸くらいに頭が来ている。

本当に凄い背丈だなこの人。

そう思う。

ザムエルさんは、あたしに気付いていたようで。耳当てを外す。その指先が少し震えているのを、あたしは見逃さない。

酒を断っている。

酒臭くないし。

だけれども、体をずっと酒で満たしていた。

だから禁断症状が出ている、ということだ。

「ライザか……」

「どうですか、体の方は」

「そうだな……やっぱり酒を抜くのは難しい。 酒が美味いと思って飲んでいた事は一度もないんだがな」

「……」

来る前に、父さんに聞いた。

ザムエルさんは、若い頃はそれこそ殆ど酒を飲まなかったらしい。

飲むようになったのは、傭兵として彼方此方で魔物退治をするようになってから。

それからのザムエルさんは、加速度的に酒量が増えていった。

そして、精神も少しずつおかしくなっていった。

ただ、それでも。

ザムエルさんは、暴力を振るわない相手もいたらしい。

それがあたしとか父さんとか母さんとか。それに、此処にはいないザムエルさんの奥さんとか。

酒に酔っていたのでは無い。

酒に逃げていたのだ。

それはほぼ、間違いなさそうだった。

「それで、手紙は分かりましたか」

「……そうだな。 恐らく分かったと思う」

ザムエルさんも歴戦の傭兵だ。

酒さえ抜けば、今でもレントと互角に近い力くらいはあるだろう。

経験で言うとザムエルさんの方が上。

そう考えると、分からない方がおかしいのだ。

答えは、酔い覚ましだ。

酒を分解する薬なんて、民間療法的なものから、あたしが作るような即効性の高いものまで、幾らでもある。

あの手紙は、そのうち。

よく使われる、臭いが強い薬草のものが焚きつめてあった。

手紙に臭いが染みつくほどに。

それにも気付けないほど、ザムエルさんは深い酩酊に沈んでいたのだ。そうしないと、自分を保てなかったから。

どんなにごつくて歴戦を重ねていても。

心には傷がついていくのだ。

それは、あたしも見て知っている。

レントだって、三年であんなに心が折れてしまったのだ。

そんな惰弱なのは男ではないだの、そういう理屈は害悪である。

誰だって傷つくし。心にはどんな形で罅が入るか分からない。

それが、現実なのである。

「妻に会いに行く」

「!」

「レントには今更謝っても謝り切れん。 まずは妻にあって、何もかも決着を付けてくる」

「もう、よりを戻すのは無理だと思います」

レントのお母さん。

ザムエルさんの奥さんは。

元々腕がいい回復魔術使いだった。固有魔術で、強力極まりない回復魔術の使い手であったと聞いている。

今も現役で、各地の集落で人々を救って廻っているそうだ。

レントもこの事件が始まる少し前に、あった事を手紙であたしに送ってきていた。

偶然、傭兵として魔物を退治して廻っているときに顔を合わせたとか。

かなり老け込んでいたそうで。レントも驚いたという。

それだけ苦労をさせていると言う事だ。

クーケン島に一時期はいついていて。

エドワード先生の病院でも、かなり活躍していたと言う事だから。

戻って来てくれれば、それはそれでとても助かる。

だけれども、各地で医療魔術師として活動しているのなら。

それは、もう此処に戻るのは無理かも知れない。

ましてや、ザムエルさんとよりを戻すのは、厳しいだろう。

「分かっている。 全て、決着を付けるためだ。 俺はずっと酒に逃げてきた。 だから、それだけでも妻に謝っておきたい」

「これ、渡しておきます」

「ん」

作っておいた薬だ。

まあ、指くらいだったら吹っ飛んでもすぐつければ直る。

それくらい強力な薬効はつけてある。

セリさんが、色々な薬草を提供してくれるので、回復薬はどんどん強化出来ているのである。

「後、護身用にこれも」

幾つか、身体強化用の装飾品も渡しておく。

難しい事は必要なく、身に付けるだけで身体強化出来る品だ。

いずれも型落ちなのは、新しく作っている余力が無かっただけ。

ただ。ザムエルさんだったら、余程の事がない限り、遅れを取る事はないだろうが。

身に付けると、しばらく手をぐっぱしていたが。ザムエルさんは、充分だと判断したのだろう。

立ち上がって、大剣を手にとるザムエルさん。

量産されているようなくたびれた大剣だが。ザムエルさんの巨体でそれを握って振り回すと、凄まじい音がした。

ぐおん、ぐおんと風が掻き回されるようだ。

これで全盛期ではないというのだから。

全盛期では、魔物ですらザムエルさんの目の前に立ったら、たじろいだのではないかと思う程の迫力である。

「多少、若い頃に近付いたような気がするな。 レントが幾つかつけていた玩具、こういう効果があったのか」

「体力の自動回復もつけてあるので、歩くのも苦にならないと思います」

「そうか。 何もかもすまないな」

「いってらっしゃい。 それで、決着を付けてきてください」

金については心配は無い。

ザムエルさんは若い頃にたくさん魔物を倒したと言うこともある。金だったら、普通に死ぬまで飲めるくらいは蓄えているそうである。

ザムエルさんが、港に行く。

それを見送ると、レントに声を掛ける。

「出て来たら?」

「相変わらず鋭いな……」

「最近は探知はクラウディアに任せっきりだけれど、熱魔術についてはちょっとしたもんなんだよ。 周囲に隠れているくらいだったら、丸わかり」

「かなわんな。 それに……母さんの分も、礼を言うよ」

頷く。

それと、もう一つ。

レントがこっちを伺っている少し前に、ザムエルさんに聞かされた事がある。

「ザムエルさんの話によると、家の裏手の物置だってさ」

「なんのことだ」

「昔使っていた剣がある。 必要なら使えって」

「そうか……」

レントが嘆息した。

やっと、この親子は。

和解が出来たのかも知れない。

いずれにしても、レントがその剣を手にとるかどうかは分からない。それはあたしが決める事じゃないからだ。

仮にその剣を手に取ったとしても。そのままだと多分使えないだろう。

「使うならあたしの所に持ち込んで。 使えるように強化しておくから」

「分かった。 とにかく、色々と手間を掛ける」

「いいんだよ。 今更なんだから」

レントと別れると、最後の用事だ。

アトリエに戻ると、セリさんと話をしておく。

研究を少しずつ進めている。

人間がどうやったら出来るのか。

それについては、人間の体の部品なんかを錬金釜でエーテルに溶かして、分析を続けていた。

これも、少しずつ時間を見てやっていたのだ。

セリさんが仲間に加わってからは、髪の毛などの部品を貰って、それをエーテルに溶かしていて。

それで結論出来た。

だから、先に話しておく。

セリさんはアトリエの側に作った畑で、薬草の管理をしていた。色とりどりの草が生えている。それの全てが薬草というわけでもないのだろうが。ともかく、セリさんは丁寧に世話をしているのがわかった。

最悪の場合、植物操作の魔術で格納してしまうのだろうが。

「どうしたのライザ」

「先に話しておくことがあります」

「……続けて」

「あーおほんおほん」

周囲に人がいない。

それを確認してから、順番に話を進めて行く。

人間との交配についてだ。

人間とオーレン族の合いの子が作れる事は理解出来た。分析の結果、それは間違いが無いことが分かった。

そしてはっきりもしたのだ。

人間とのオーレン族が交配すると。

母胎に大きなダメージが行くと。これはどっちが母側でも同じである。

此処までは分かっていた。

ただ、実証データが欲しかったのだが。

それも、エーテルで要素を分析した結果、人間やオーレン族の構成最小要素を確認して。それで確認できたのである。

「今、この場にいる女性のオーレン族はセリさんだけです。 だから、先にこれは話しておきます」

「今の時点で子供を作る相手はいないし、子供を作る気も無いわ」

「それは分かっています。 ただ、もし子供を作る場合は極めてハイリスクだと言う事を先に知っておいてください」

「そうね……」

セリさんが、ぼんやりと空を見上げた。

勿論、人間なんぞと子供なんて作るかという拒絶が確かにある。

だけれども。

最近セリさんは、あたし達と接する事で、少しずつ。少なくとも、あたしや仲間に対しては、雰囲気が柔らかくなっているのだ。

だから誰かしらと、いつの間にかくっつくことがあるかも知れない。

ただそれが悲劇を生むことは、知っておいた方が良いだろう。

「今後、何十世代掛かるか分かりませんが。 オーリムからフィルフサを駆逐して、此方の世界の人間をどうにかマシにして。 それで、両世界の交流を図ることをあたしは考えています」

「貴方が主導するのなら上手く行くかも知れないけれど、それはそれで気が遠くなるような話ね」

「……だけれども、オーレン族にとってはそうでは無いはずです」

「……」

セリさんも、無言になる。

人間の世界とオーリムでは、時間の感覚も違うのだ。

仮にあたしが人間という生物を改変する方法を見つけたとする。どう改変するのかはまだちょっと分からないが。

多分社会のシステムやら変えただけではダメだろう。ましてや精神論なんてのは論外である。

或いは人間に生物として手を入れるのか。

だとしても、それには何百年も掛かる。

だけれども、オーレン族にはその何百年は、それほど長い時間ではないのである。

「今、交配時の母胎側のダメージを緩和する方法を考えています。 いずれオーレン族と人間が、神代の愚行によって生じた亀裂を修復できた、その先の未来の為に」

「貴方は、随分先の事まで考えているのね。 どうも老化が止まっているようだけれども、それも先を見越しての事かしら」

「ええ」

「分かったわ。 今の時点で、人間との子供なんて作るつもりはないけれども、覚えておく」

セリさんは、リラさんと同じで大変にグラマラスだから、それで視線を集めることも多かっただろう。

自衛能力が非常に高いから、人間の男なんて相手にもならなかっただろうし。実際、匪賊の類を刈り取っていたようなこともあると聞いている。クズ錬金術師も討っていたくらいなのだ。

ただ、今後はそれとは状況が異なる。

あたしは恋愛には疎いからなんとも言えないが、クリフォードさんがどうもセリさんに気があるような気がするし。

更に言うと、セリさんも別にクリフォードさんを嫌っている節がない。

他の人はどうかはわからないが。

いずれにしても、セリさんには先に今の話はしておくべきだと判断したのである。

「ちなみに母胎へのダメージ対策は何かしらの方法を採るとして、具体的にどうするつもりかしら?」

「薬を考えています。 今考えているのは、人間側が母胎の場合は子供の成長を促進、逆にオーレン族側が母胎の場合は子供の成長を鈍化させる薬ですね」

「オーレン族の妊娠期間は10年程よ。 それだけの期間、人間が胎にいても大丈夫なのかしら」

「大丈夫じゃないので、今研究中です」

人間の構成最小要素を調べていて、それについての可能性も調査している。

エーテルで全部溶かして解析しているので、そういうのは色々と分かるのである。

ただ、分かるのと出来るのは話が別。

実は、成長鈍化は、促進よりかなり難しい。

つまり問題は、オーレン族が母胎側になった場合だ。

下手をすると命を落とす可能性もある。

だから、セリさんに話しておいたのである。

「なるほど、色々問題があるのね」

「はい。 だから、もしも誰かしらと結婚なりなんなりを考えているのなら、その時は話してください。 研究を前倒しで行いますので」

「……そうね。 そういうことがもしもあったら、話しておくわ」

セリさんが薬草の管理に戻る。

面倒な話だが。

とりあえず、周囲に誰もいないときに出来て良かった。

嘆息する。

そして、釜に向かう。

幾つかエーテルに溶かして、それで調べておくことがある。人間の構成最小要素については、殺した匪賊などからも色々と資料は採ってあるので、別に今更必要ない。オーレン族の要素についても。今はセリさんが側にいるので、髪の毛や羽毛、場合によっては爪などを切ったときに貰えればそれで充分だ。

釜でエーテルの中で色々な要素を組み合わせていて、分かる事も多い。

いま生きている生物は、体内に設計図みたいなのを持っていて、それにそって体を作っている。

これは余程細かい生物以外はだいたい同じで。

その設計図を基にして、ある程度の生物を作り出せる。

研究を進めて、今は生殖に必要な最小要素なども作れるようになってきていて。それで実験をしているのだが。

やはり、成長の鈍化が一番難しい。

様々に試していると、もう夜が来ていて。

フェデリーカが、料理を作り始めているのが分かった。フィーが、袖を引く。そろそろ、一旦休もうというのだ。

「フィー!」

「んー。 ちょっと待ってね。 今良い所なんだけれど」

「フィー、フィー!」

「分かった。 一旦切り上げる」

あたしもフィーの懇願にはちょっと弱い。だから、一度切り上げる。

ただ。研究の内容について、フェデリーカには話さない方が良いだろう。

食事が出て来たころには、皆揃っていた。

一旦、群島の調査は一段落した。

これで、明日は。

例の宮殿に乗り込む。

宮殿の奥にある扉について、今できる事を試してみる。ただ、それだけではどうにも終わりそうに無い事も話はしておく。

フェデリーカ以外の皆は、覚悟は決めているようだ。

「ライザさん達でも、そんなに手こずる程の厄介な場所なんですか?」

「一季節は最低でも掛かると僕は見てるよ」

「……」

タオが笑顔のままで言うけれど。

確か前にも似たような事は言っていたはずだという、無言の圧力もあった。

まあ、タオもこういう風に厳しくはなってきていると言うことだ。

別にそれは悪い事ではないだろう。

そのまま、軽く打ち合わせはしておく。

前もガーディアンがいたのだ。

扉を開ければ、何か飛び出してきてもおかしくは無いのである。

それについて、備えはしておく。

全員ぶんに既に鍵は分配した。

ただこの鍵、制御出来ないような代物になられると困る。今後更に解析をしておく必要があるだろう。

神代なんて時代を作りあげた錬金術師集団だ。

どんな罠を仕掛けているか、知れたものではないのだから。

 

4、時代の一つの節目

 

パティが街道の警邏から戻ってくると、父であるヴォルカーも戻って来ていた。少し疲労の色が見えるが、まだ父は戦士としても一線級である。ただ、戦士としての仕事は、既にパティが全て引き受けていた。

この間手合わせをした。

そして、父は認めてくれたのだ。

既に自分より上だと。

そう認めてくれて、本当に嬉しかった。

だけれども、メイド長の方が更に強いのも明白なので、ちょっとパティとしては複雑でもあったのだが。

ともかく、軽く執務室で話をする。

「王都の急激な変化に王室は対応できていない。 近いうちに王室は瓦解するとみて良いだろうな」

「そもそも政務もろくにしていなかったような者達です。 例えば象徴として意味があるような存在であったのならそれもよかったでしょうが。 しかし現状の王室は、五百年前にただお飾りとして据えられただけだと誰も知っています。 しかも当時は執務をしていた貴族達は、今はほぼ行政にも関与してもいません」

「その通りだ。 そろそろ、動く時が来た」

「はい」

既にアーベルハイムに忠実な戦士達は集めてある。

対人戦の訓練もしっかり積んでおいた。

貴族達の中でも、反アーベルハイム派は去年。ライザさんがまだ王都にいる時に、あらかた片をつけた。

今の貴族共は、殆どが実質上は商人だ。

アーベルハイムに逆らう気概など、持ち合わせていない。

「近くアーベルハイムは公爵になるそうだ」

「確かロテスヴァッサの定義だと、公爵は王族と血縁がある場合に爵位をもてるのでしたね」

「ああ。 だがそんなものは混乱期に作られた曖昧なものでしかない。 私は王族と血縁を持つつもりもない。 鏖殺するつもりもないがな」

王族には、「名家」としてただ街の片隅で暮らして貰う。不自由なくだ。

そのつもりだと、父は言う。

それでいいと思う。

パティもタオさんと話して、色々と聞いている。

神代は幾多の国が割拠したが。

滅ぼした国家の王族を迫害した場合、反対派がその王族を旗頭にして反旗を翻すような事が多いそうだ。

逆に王族を丁寧に扱った場合。

その王族を旗印にして、反乱が起きることは滅多にないのだとか。

「決起はいつになりますか」

「その前に話をつける相手がいる」

「……彼女たちですね」

「ああ」

入れ、と父が言うと。

メイド長が、全く同じ顔の一族を。つまり彼女と同族の。貴族達を制御し。ロテスヴァッサを事実上まとめてきた一族を、何名か部屋に招き入れた。

一人はカーティア。

事実上ロテスヴァッサの戦士達のまとめをしている凄腕だ。

何回か共闘した時に、その凄まじい剣腕は目にしているし。

何より彼女は、ライザさんを認めている。

ライザさんも、カーティアについては優れていると手放しで絶賛していた。パティもそれについては同意見である。

「事実上この国……正確には王都を支配している王家について、君達の意見を聞きたい」

「そろそろ、この国については膿出しが不可能な段階まで来ています」

彼女たちの長である、少し前までハデン公爵家を取り仕切っていたメイド長、ウィルネアがそう言う。

ただウィルネアは本当に「彼女ら」の主かは分からない。

どうも、彼女らはそれぞれ同格に近い状態で振る舞っているようなのだ。しかも、集会などは確認できていない。

たまにふわふわした雰囲気の優しそうな女性と話をしている所を目撃されているようなのだが。

その人物が、何者なのかも分からない。

パミラと名乗っているようだが。いつもプディングを探して食べ道楽をしている戦士ということしか、アーベルハイムでも掴めていない。

殆ど彼女らについては、分かっていない事ばかりなのだ。

「アーベルハイムが以降主導権を握るのであれば、我等は協力します。 それで、即位をするつもりですか」

「王位か。 そんなものは正直興味が無いな」

父はそう言うが。

ウィルネアは、メイド長と同じ顔のまま、淡々とそれを却下。静かに要求を突きつけてくる。

「いずれにしても、最高指導者になっていただく必要がありますが」

「それでは市長、というのでどうだろうか。 王都アスラアムバートは、現在は人類最大の都市だが、ただそれでしかない」

「いえ、それでは緩やかながらもこの世界に存在している、「統一政権」であるという建前が保てません。 現在は何処の都市も自立する実力もないので問題が起きようがありませんが、もし今後人類が持ち直した場合、火種になる可能性があります」

「そうだな……」

パティが視線を向けられる。

タオさんに色々な政体について聞いたっけ。

それによると、国王を毎回血縁で選出する君主制でなく。君主を民が選ぶ方針もあるとか。

だが、いきなりそれをやると、国の混乱が大きい。

だとすると、国王と民で政治を行う方針を採り。

徐々に国王を民が選出する仕組みを導入していくのが良いのではないのだろうか。

これについては、ずっと考えていた事だ。

「立憲君主制はどうでしょうか」

「詳しく聞かせてくれ、パティ」

「はい。 内容については……」

タオさんに説明を受けた内容について、話をしていく。

民が全部政務を見る方針は、最終的には議会民主制とかいうらしいのだけれども。それをやるには、民に知識がなさすぎる。

当面は君主制を続け、民に教育と自立心を持って貰う必要がある。

そのためには、民の中から優れた人材を抜擢する事もあり。

立憲君主制を当面を敷くのが良いだろう、というのがパティの考えだ。

現状から若干民主制によった形だが。

これが現実的だろう。

急な改革をしても、それに耐えられる力が今の王都にあるとは思えないし。

いきなり王政がなくなると言っても、混乱する民の方が多いだろうし。

タオさんに政治の勉強を教わりながら、色々と話をしたのである。

「立憲君主制には憲法が必要となりますが」

「憲法については、タオさ……コホン。 私の師匠が色々と集めてくれています。 それから最適解を抜粋するべきだと思います」

「それならば、賢人を集めておこう。 パティ。 法に詳しい賢人を集めてくれ。 出来るだけ急いで法についての整備が必要になる」

「分かりました」

一応、憲法についての説明もしておく。

父はそれについて頷くと、意外にあっさり受け入れてくれた。

そもそもだ。

父は元々民草の一人。戦士の一人だった。母もそうだ。

父に戦士として、誰も貴族出身の人間は勝てっこなかった。それもまた、事実だった。

王政というよりも。

血縁を最重要視する思想そのものがばかげているのだ。父だってもっと制度がまともだったら、母を死なせる事もなかったのではないのか。そういう恨みが、ずっと心の奥にあるようだし。

パティとしても、もっと優秀な人間を、血縁など関係無く抜擢したい。

こういう考えも、血縁なんぞクソ喰らえな当世の傑物。ライザさんという実例を間近で見ているからなのだが。

ともかく、血縁や生まれた時に持っていた資産で未来が決まるような社会を、少しでも変えなければならない。

すぐに全部変えるのは不可能だが。

少しずつ。

そう。

パティの次の世代くらいには、変えるようにしたい。

ただ人間が持っている邪悪なエゴは、そういった変化を受け入れないだろう。

ライザさんみたいな英傑の方が例外なのだ。

パティも、それはしっかり理解出来ている。

ただ、既に物事は動き出している。

メイドの一族が、さっと動き出す。

これだけで、既に王都の命運は変わった。

ただ、どうして彼女らが主体的に全てを変えていかないのか、それはパティには疑問ではある。

今までも実質的に王都の政務を回してきたのは彼女らだ。

それだけじゃない。大きめの都市にはだいたい彼女らがいると聞くし。

人類が必死の防戦を行っている「東の地」では、彼女らが最前線で凶悪極まりない魔物の群れを食い止めているという話だ。

ところがこれほどのスペックの持ち主でありながら。

彼女らは主体的に何かを変えようという動きを見せない。

ひょっとして、何かしらの理由で維持に特化している存在なのか。

いずれにしても、パティには分からない事も多かった。

すぐにパティも動く。

いずれにしても、彼女らだけに頼ってはいられない。

それに、王都に巣くっている無能な貴族達は放り出す他に無いとも思う。

パティも貴族は間近で見てきたが。

あれらは優秀とは程遠い。

もとの金という地盤があってもあの程度しかない存在だ。

元々優秀な人間に投資すれば、もっと良い成果を出せるのは明白である。

すぐに賢人を集める準備をパティはさせながら、考える。

ライザさんだったら、もっと派手に王都を改革しただろうな、と。

それに、今また大きな問題に対応しているのだとも聞く。

その場にいって、世界の危機だったら一緒に立ち会って対応したい。

そうも、パティは思う。

だけれども、残念ながら今は動けない。

まだ当面は。

しかしそれが終わったら。

そう、パティは思うのだった。

 

(続)