技術に罪なし

 

序、滝

 

隘路を抜ける。魔物の襲撃はなし。この辺りはフェンリルが完全に制圧下に置いていたらしい。

他の魔物は、近寄る事も出来なかった、ということだ。

周囲をそれでも確認しながら進む。

道がとにかく険しい。

これでは人が通るどころではない。

稚拙な作りの橋があって。

川に渡されている。

それも崩れかけだ。途中で補修して、先へと進む。フェデリーカは、壊れかけている橋を見る間に修復するあたし達の連携に目を見張っていた。

「建築用接着剤、硬化させるよ。 全員、手を洗って!」

「おっと、気を付けないとな」

「硬化!」

二つの液を混ぜることによって。

一気に硬化させる。

これも、少しずつ改良している。現在では軟化させるための液体も作ってある。橋がカチンカチンに戻る。

元々ちいさな橋だ。

補修はこれくらいで充分だろう。

フェデリーカが、顎が外れた様子で橋を見ている。もう、何が起きても不思議では無いという表情だ。

「フェデリーカ、行くよ」

「は、はい!」

「ふふ、凄いよね。 この建築用接着剤、私にとっても懐かしいものなんだ」

「そ、そうなんですね……」

そうだ。懐かしいものだ。

これを作って、それでルベルトさんを納得させた。

以降はバレンツにもこれは納品していて、各地でのインフラ作業で役立っていると聞いている。

少しでも世界のためになるのなら。

あたしはどんどん新しいものを作り出そう。

今の時代、人間は魔物に押され放題だ。このままだと、本当に滅亡してしまう。

かといって、人間が攻勢に出たら。

どうせまた古代クリント王国や。

奴らが模倣した神代の錬金術師集団のような輩が出てくるだけ。

あたしとしても、今後バレンツに流す技術は、色々考えなければならない時期が来ているのだが。

「周囲、問題ないぜ!」

「分かったクリフォードさん! 後は……」

先行していたクリフォードさんが手を振っている。

この辺りはクラウディアが音魔術で察知しきれないと言っていたくらい地形が複雑だ。

多分だけれども、今流れている川が本当に暴れ者で。

高低差が激しい地形で、何度も何度も流れを変えたのだ。

基本的には下り坂になっているのだが。

彼方此方でいきなり丘が出来ていたり。

いきなり谷が盆地に。盆地が丘になっていたりと。

とにかく訳が分からない地形である。

川も流れているが、この様子だと大雨が来るとすぐに流れが変わるとみて良いだろう。水害が頻繁に起き、流れも変わってしまう。

これぞ、暴れ川だろう。

見えてきた。

フェンリルが住み着いていたらしい場所だ。

大量の糞がこんもりと積み上げられている。タオが即座に行く。糞の状態は、その魔物の状態を知るのに必須だ。

セリさんも、植物魔術で調査に協力する。

タオが糞を崩して調べている間、フェデリーカに説明をしておく。

「汚いとか、そういうのは……」

「魔物の状態を知る事は、辺りの状況を知ることだよ。 命とどっちが大事?」

「う……」

「こう言うののやり方は、あたしも師匠の一人であるアガーテ姉さんって人から教わったんだ。 更に実践的に、リラさんという師匠からも教わったんだけれどね」

タオが手を振って来る。

見ると、糞は綺麗に消化されていて。

フェンリルが極めて健康的だったことが分かるという。

要するに、ストレスは微塵も感じていなかった、ということだ。

早い話。

周囲にフェンリルの敵になるような存在はいなかった、ということを意味している。

いたとしても、生息域が違ったのだろう。

また残骸を調べて見ると。

近くで襲われたらしい人間の死骸。

それ以外は、あらゆる魔物のものが混じっているようだと、タオは言う。

頷くと、あたしは糞を即座に焼却処分する。

残念だが、糞に混じっている人間の死骸は、こうして処分するしかない。一応崩してみたが。

身元がわかりそうな道具とかそういうものはなかった。

縄張りを示す意味もあったのだろう。

こういうのを「マーキング」という。

犬なんかは縄張りの彼方此方で小便や糞をするが。それは、排泄物に自分の情報が全部入っているからだ。

フェンリルの場合は、とんでもなく強い存在がいると、巣の近くにマーキングをするだけで充分だったのだろう。

寝床さえ邪魔者が入らなければ、それで良かったのだ。

後は、出向いて狩るのだから。

その奧に、ぺしゃんこに潰された複数の家屋。

かなり傷んでいたが。

金床や道具類などが、邪魔もののように避けられていた。フェンリルが、寝床にするために避けたのだろう。

ものの価値を理解していない人間が、分からないという理由で、貴重な資料や道具を片っ端から捨てたり焼いたりするように。

誇り高い戦士と思っていたが。

こういう所は、愚かしい人間と大差ないのだな。

まあ、期待しすぎか。

相手は所詮は、畜生だ。

フェデリーカに、道具類の確認は任せる。

この辺りが、集落だったのは間違いないが。水への対策だけして、それで満足してしまった印象だ。

周囲を見回した後、小さくため息をつく。

戦士もいたようだが。

おそらくだが、この先にある鉱山を探すための山師の集団と、その家族が中心になって此処に住んでいたのだろう。

サルドニカにいる人達は、発展中の都市にいると言う事で、気が大きくなっていて。

魔物に対する恐怖を忘れる者もいた。

命知らずと言いながら。

ただのもの知らずだった。

だから、こんな所にのこのこ出かけてきて。まとめてフェンリルに狩られてしまったということだ。

なんだか悲しい話だなとあたしは思う。

いずれにしても、集落を作るにしても。次は、相応の対策が必要になるだろう。

広場にキャンプを設営。

此処を中心に、周囲を調べることを皆に告げる。既にフェンリルの獣臭は周囲から消えている。

セリさんが掃除がてらに、複数の香草を植えたからである。

「よし、僕は予定通り一端戻って調査を開始するね」

「うん、よろしく。 出来るだけ専門家がそれはやった方が早いはず」

「こっちは俺に任せな」

「ええ、頼みます」

タオがサルドニカに戻る。既にアンナさんに話は通してあるので、これは問題ない。

元々タオには、これから資料の調査に注力して貰う予定だったのだ。これでいい。

クリフォードさんが、今後はこっちでの調査を担ってくれる。大丈夫。フィールドワークだったら、クリフォードさんもスペシャリスト。

ましてや今は、遺跡調査ではないのだから。

「それはそうと、ライザ。 ちょっと来てくれ」

「うん、何かみつけた?」

「ああ。 驚くぜ」

クリフォードさんが、親指で後ろを指す。滝か。

皆で、滝の方に行く。

大きな滝だ。それにしても、なんだか妙な造りのような。

手をかざして見ていて、あたしが思わず叫んでいた。

「あっ!」

「な、なんなんですかライザさん!」

「そういうことだったのか……!」

分かった。

分かってしまった。

この滝、あまりにもいびつすぎる。普通に川が流れて。高低差がある結果、自然に生じる滝じゃない。

あまりにも不自然に、地形的な断絶が起きているのだ。

地震などが原因で起きたものではないと、地形を見て断言できる。

これは、恐らく。

神代の人間が、意図的にこの辺の地形を滅茶苦茶にするため。暴れ川を、自分達で作り出したのだ。

それについて、説明はしておく。

レントが呻いていた。

「それでか。 この辺り、迷路みたいだと思ったら……」

「で。 ライザ、それは一体どうしてだと思う」

「可能性があるのは、この先にあるものの独占だろうね」

「独占……」

フェデリーカが呻く。

クラウディアが、眉をひそめていた。

この場にいるフェデリーカ以外の全員が、古代クリント王国の所業を知っている。更には、そいつらが模倣した神代の錬金術師集団についても。

あたしは少し考え込みながら。

地形を、手をかざして伺う。

案の場、ある程度の段階で川は落ち着いていて。湖の先に、安定した地盤が構築されているようだ。

いずれにしても、あの先に行くには、エアドロップがいるか。

エアドロップは今日は持って来ていない。

ただ、あの先で間違いは無いだろう。

そしてあの先は山岳地帯。

鉱山があるんだ。

「フェデリーカ。 あの辺りの山は、所有権はないんだよね」

「そもそも誰も到達出来ていませんので……」

「分かった。 多分あっちで主に採掘はすることになると思う。 それと、フェンリルほどではないにしても、相当に強い魔物だらけだろうね」

「ひ……」

フェデリーカが呻く。

あたしも、それには同情するが。

まあ、こればかりは仕方がないとしか言えないだろう。

そして、ほぼ確信できたが。

おかしいとは思っていたのだ。

神代の時代から、古代クリント王国時代まで。

人間はどうして魔物を圧倒できていた。

確かに人間が多くて、テクノロジーも高かったというのも理由の一つだろう。だが、特に神代の頃は。

そもそもフェンリルみたいな危険極まりない魔物なんで、絶滅させている筈だ。本来だったら。

たかが千年程度で、あんな巨大な魔物はそう好き放題に世界に拡がらない。

生物というのは、何万年という単位で世界に拡がっていく。そういうものであることは、あたしでさえ知っている。

だとすると。

ある可能性が浮上してくる。

神代の人間は。

ひょっとして、魔物を作り出して。それを何らかの形で利用していたのでは無いか、というものだ。

考えて見ればおかしかったのだ。

魔物の中には、名前の由来がよく分かっていないものがたくさんいる。

あのフェンリルだってそうだ。

それらの由来、名前の元は、混乱の中で失われた、としても。

今強大で怖れられている魔物の名前が、何に由来するか分からないと言うのも、おかしな話ではないか。

いずれにしても、警戒はしておくべきだろう。

あたしが想像している以上に。

神代という連中は、危険極まりなく。

そのエゴも。

肥大化しきって、世界をそれこそ飲み込みかねない程だったのかも知れなかった。

何よりあのフィルフサだって、神代に作られた生物兵器だった可能性があるのだ。

それを考慮すると、或いは魔物の中の、特に名前の由来が分からない連中も……となる。

実際エレメンタルは。元々星の民と言われる存在だった事が既に判明している。

他だって、本来の生命とは全く関係ない形で、後にこの世界に出現していてもおかしくはないのだ。

ともかく、周囲を徹底的に調査する。

クリフォードさんと連携して、地図を埋めていく。何度か雑魚を蹴散らしたが。やはりフェンリルの影に怯えているのだろう。

それほど強い魔物が来る様子はない。

流石にフィルフサの将軍に迫る実力の持ち主だったのだ。魔物の中では間違いなく最上級の存在。

この辺りに、同等の魔物がいる可能性はあまり高くない。

クラウディアが呼んでくる。

近付くと、そこには巨大な水晶の塊が存在していた。

水晶の塊なだけあって、トゲトゲした結晶だが。その大きさは、あたしよりもずっと。それこそ人間数人分は軽く堆積がある。

しかも純度も高い。

紫色にうっすら怪しく輝いている様子は、なんというか蠱惑的ですらあった。

「うわ、すっごいねこれ……」

「これ、集落を作る時にはサルドニカに運び込まなかったのか?」

「集落が出来て、フェンリルに滅ぼされるまで数ヶ月はあった筈です。 この水晶が放置されていたのはおかしいですね」

「なるほどな……」

ボオスに、フェデリーカが応じる。

フェデリーカもサルドニカの名目上の首長だ。本物の首長となろうと努力をしている筈で、こういう事にはきっちり知識もあるというわけだ。

レントを呼んで、掘り出してしまう。

水晶は水晶。

一部崩れてしまっているものはこっちで貰うが。

こんな巨大な結晶、此処に放置していても仕方がないだろう。

レントが掘り出して、それでボオスとクリフォードさんと一緒に荷車に乗せる。それで、一度サルドニカに戻る。

かなりの人数が、街道の復興に出ている。

修復に苦労している場所もあるようなので、それはあたしがすぐに手伝う。建築用接着剤の威力は凄まじく。

皆手慣れている事もあって、それぞれが十人分以上の働きをする。

あたしは石材を熱魔術で切りだし、それを等間隔にして積み上げる。男衆がそれを運んで行き。

クラウディアが丁寧に音魔術で周囲を警戒。

セリさんが植物魔術で幾つかの蔓を出す。

それによって、正確に計算が出来るようだ。その計算結果をボオスに伝え。ボオスが手慣れた様子で指示をして、石材を並べてしまう。

見る間にぼこぼこだった街道が直っていくのを見て、人夫達が目を見張る。

この辺りは稼ぎ場ではあるが。

魔物が周囲にいることもあって、皆命がけなのだ。工事の遅延は、それだけ死に近付くのである。

周囲を警戒する戦士達に混じって、あたしが戦闘する。

やっぱり人夫を狙って魔物が仕掛けて来る。戦士達は応戦しているが、どうしても守りが薄くなる。

これだけ安全圏が拡がると。

どうしても、例のメイドの一族の人達は足りなくなるし。

歴戦の戦士は彼方此方に分散することになる。

其処を狙って、エサを食いに来る魔物がいる。

そういうのには、徹底的に思い知らさなければならない。

丸焼けになった大きめのラプトルを見て、算を乱して逃げ出す小型のラプトル。

わっと戦士達が声を上げた。

そのまま、直ったばかりの街道をそのまま戻る。

サルドニカに入ると、水晶をフェデリーカさんにそのまま引き渡す。ちょっとものおしそうにしていたクラウディアだが。

元々あの集落はサルドニカなのだ。

引き渡しておけば、それだけ恩を売る事になるだろうし。

そもそもこれだけ巨大な水晶。

個人で管理するよりも、サルドニカという行政単位で管理した方が良い筈だ。

「宝飾ギルドを呼んでください」

「はい」

「100周年のモニュメントとならんで、この水晶は魔物から集落を奪還した記念として展示します。 加工をするように指示してください」

「分かりました」

職人がフェデリーカの声に駆けていく。

アンナさんが来て、それで見張りをするので。わいわいと様子を見に来ていた職人達は散って行った。

例のメイドの一族が、揃って腕利きである事は知られているらしい。

無体は出来ないと、悟ったのだろう。

アルベルタさんが来る。

相変わらずの鉄火肌。舐められたら終わりだから、化粧を駆使して舐められないようにする。

それが一目で分かる。

「錬金術師ライザどの。 フェンリルを討ち取った旨、聞いている。 サルドニカの民の一人として、感謝する」

「此方こそ。 それよりも、後数日でこの辺りの哨戒は終わります。 魔石ギルドの様子を、軽く視察させてください」

「……分かった」

今までの実績を考えると、実態を見せないというわけにもいかなくなった。

フェンリルを倒す前だったら、なんだかんだで断られていたかも知れないが、それもできなくなった。

アルベルタさんが飲んだ以上、サヴェリオさんも飲まざるを得なくなる。

これでいい。

あたしは頷くと、一度戻る旨をフェデリーカに告げると。クラウディアとボオスを残して、アトリエに戻る。

サルドニカで、二人はまだまだやる事があるのだ。

タオの方も、フェンリルを倒した事で、資料にアクセスしやすくなるはず。

さて、ここから。

魔物退治は一段落した以上。

サルドニカで、調査を本格化させる時が、来たのかも知れない。

 

1、魔石ギルド

 

街道周辺の魔物のうち、大物はあらかた片付けた。最後に残っていた、巨大なヤドカリが、足下で死んでいる。

宿にしていたのは、誰かの家だろうか。

陸上性のその巨大なヤドカリは、非常にタフだったが、流石に全身をズタズタにされ。宿を壊されて、柔らかい部分にレントの一撃を受けたら、ひとたまりもなかった。

ただ腹を開けてみると、出るわ出るわ。

明らかに誰かの持ち物だったらしい品が、わんさか出て来た。

これは、食べられないな。

そう判断して、体内を解体。やっぱり魔力の結晶がある。これは回収させて貰う。そして、肉は焼き払ってしまった。

腹の中から出て来た遺品らしいものは、サルドニカに引き渡す。

これで報告があった大物は全部片付いた。これ以外にもいるだろうが、当面は縄張りの混乱などもある。

すぐに人里付近に、大物が出てくる事はないだろう。

一度アトリエに戻ると。

そこで、皆を集めて軽く話をする。

タオも丁度戻って来た所だったので、具合が良い。

まずは、タオが挙手をする。

「サルドニカの歴史について、だいぶ分かってきたよ」

「よし、頼むぜ」

「うん」

レントが促す。タオも、笑顔で嬉しそうに解説を始める。

タオはもう本職の学者だ。

一応来る前にサルドニカについても調べてはいたらしいのだが。それでもあくまで、二次資料以下のものにすぎない。

今回はサルドニカで一次資料に触れているのである。

それは、タオも嬉しいだろう。

「100周年の話が出て来ているけれど、実際にサルドニカという集落が出来たのは220年ほど前のようだね。 それまではちいさな集落で、やはり魔物に脅かされ続けていたようだよ」

「そんなに前からあったんですね……」

「うん。 それで、「旅の人」と呼ばれる存在がサルドニカを訪れた。 その人物は酷く疲弊しているように見えたとある。 既に中年男性になっていて、何かに怯えているように時々遠くを見ていたとか」

「……」

旅の人、か。

ともかく、話を聞かせて貰う。

その中年男性がサルドニカに来たのが、110年ほど前。

その男性は、周囲の魔物を戦士達と連携して駆逐すると。決死隊を募って、近場の遺跡に何度も遠征。

機械類などを、次々に持ち帰ったという。

機械の使い方なんて、とっくに失伝している中。

その人物は機械の使い方を知っていて。

次々に組み立て、動かして見せたという。人々は熱狂した。

「機械の技師だったのか?」

「いや、違うだろうね。 ライザが王都で機械を直していたときの話を聞いたけれども、古代クリント王国以前に作られた機械はそもそも錬金術が中枢に噛んでいて、技術だけではどうにもできないんだ」

「そうなると……」

「間違いない。 その存在は、錬金術師だったんだ。 そして恐らく……年齢、状況からいって。 アンペルさんが言っていた、ロテスヴァッサの王宮に集められた錬金術師の一人だったんだろうね」

そうか。

こんな時代、こんな状況で異世界への侵攻と略奪を目論んでいた連中。

アンペルさんを実験動物のように見て。

腕を潰した腐れ外道共。

それがこのサルドニカを発展させたのだとしたら。

何か目的があったのだろうか。

咳払いすると、タオが続ける。

「機械技術の発展とともに、魔石の鉱山も発見されたということでね。 人々は魔石をこぞって掘り出して、周辺の都市に売り始めた。 同時に旅の人という錬金術師が魔石の加工技術、それに硝子の加工技術も伝えたらしい。 硝子の加工技術そのものは、ずっと古くからあったらしいんだ」

「それについては、私も聞いています。 ただ、硝子の技術を更に発展させることに、二代前のギルド長が成功して……」

「それについては、もうちょっと研究しないとなんともいえないね。 おほん。 それで、魔石で潤うようになると、旅の人は閉じこもって研究だけをするようになったそうだよ。 それで……何年かそれが続くと、サルドニカの人達にとって、旅の人は邪魔者になった」

「おい……」

レントが流石に凄む。

フェデリーカさんが背筋を伸ばしたが。

彼女の責任じゃない。

ボオスが、大きく咳払いしていた。

「レント」

「分かっている。 だがなあ」

「流石に90年も前の話だ。 フェデリーカに責任はねえよ」

「ああ、それは分かっているんだがな」

レントは、三年の一人旅で、迫害の恐ろしさを身に染みた。

例え、ロテスヴァッサの王宮でおぞましい研究をしていた錬金術師だったとはいえ。

これだけの街の発展に貢献したんだ。

それが、なんの目的でやったのかは分からないが。

その後の手の返しぶりは、あまりにも酷すぎる。

確かにあたしも、それは分からないでもない。

「フェデリーカ。 いずれにしても、サルドニカの人達が過去に何かしらやらかしたとしても、貴方に関連性は無い。 仮に関連性があったとしても、貴方が謝るべきはあたし達じゃない」

「そうだな。 アンペルさんが此処にいたら、謝るべきかも知れないがな」

「……なんだか、本当にすみません。 申し訳ないです」

「タオ、続きを話して」

セリさんも、あまり機嫌は良くない。

続きを促す。

タオは頷くと。分かりきっていた結末を告げた。

「旅の人、錬金術師の伝承はそこで途絶えているね。 ただ、一つ。 錬金術師の世話をしていたらしい人の手記に、ちょっとだけ書かれているのを見つけた」

「聞かせてくれ」

「旅の方は、一人静かに去られた。 これは殺されたという意味かとも考えたんだけれども、いくら年齢を重ねていたといっても、ライザほどではないにしても近隣の魔物を倒せる実力者が、街の人間達に簡単に遅れを取るとは思えない。 多分だけれども、研究がしづらくなったと判断したのか、或いは他の理由か。 いずれにしても、サルドニカをその人物は去ったのだと思う。 サルドニカの人達も、もう用済みになったから、出ていってせいせいしたんだろうね」

胸くそが悪い話だ。

だが、或いはだが。

その錬金術師にとって、サルドニカなんてそれこそどうでも良かったのかも知れない。

単に研究を行うための地盤が必要で。

それを確保しただけという可能性もある。

タオは僕の調査は一旦此処まで、と告げる。あたしは頷くと、ボオスとクラウディアにも話を聞く。

ボオスは、サルドニカの権力関係について調べてくれた。

現在十幾つかあるギルドだが、それらは硝子派と魔石派に消極的な協力をそれぞれしているそうである。

ただし表だっての協力はしていない。

これはあくまで、ギルドはそれぞれ立場が同じという建前があるから。

それに、だ。

硝子ギルドがここ最近で台頭したように。

他のギルドにだって、可能性がある。何も相手の靴を舐める程に、媚態を尽くす必要は無いということなのだろう。

クラウディアも調べてくれた。

クラウディアは商人達を集めて、最近の動向について確認してくれたらしい。

どうも現在は、売り上げは硝子ギルド43、魔石ギルド41、残りは他ギルドというところで、硝子ギルドが若干有利であるらしい。

ただしコネという観点では魔石ギルドの方が強力で。

硝子ギルドが販路を開拓できない状況もあるのだとか。

「総合的な力は完全に互角とみていいわ。 それは街の設立100年の祭で、白黒をつけたいと考えるでしょうね」

「なんだか、皆さんもサルドニカの暗部に巻き込んでしまって、本当に申し訳がないです」

「いいのフェデリーカ。 それでライザ、どうするの?」

「約束を最初に取り付けたのが魔石ギルドの方だから、早速視察するよ。 クリフォードさん、セリさん」

二人が頷く。

二人は年長者だ。だから、此処からは魔物退治を頼む。

「レントとフェデリーカをつれて、街道近辺の魔物退治をよろしく。 一旦調査が終わったということだから、タオもそっちに合流して」

「分かった」

「頼まれたわ」

クラウディアとボオスはそのままサルドニカでの行動を続行。

まだまだ幾らでもサルドニカについては調べておくこともある。

それに、だ。

一番きな臭い事がまだ残っている。

フェデリーカのお父さん。

先代工房長の死の真相だ。

あたしは、明日から単独でそれぞれのギルドに乗り込んで、それでやり方を視察させて貰う事になる。

その後に、順番に話を進めて行く事になるだろう。

サルドニカも、一段落はさせておきたい。

少なくとも、この都市は数少ない、人間が発展している街であることに間違いはないのである。

不安要素を潰して、人間が魔物に対抗できる場所として、もっと未来を作らなければならないのだ。

人間同士で争っている場合ではない今。

そのためには、くだらないギルド同士の争いは止めさせる必要がある。

もしもそのまま続けていたら。

あの腐った井戸の底である、アスラアムバートと同じになるだろう。

外を知らないカエルがずっとゲコゲコ鳴き声を競っているだけの場所。

そんな場所になったら。

同じように、此処も腐っていくだけだ。

さっそくあたしは魔石ギルドに出向く。それを見て、フェデリーカが驚いていた。

フットワークが軽いというのだろう。

あたしにとって。

それは強みの一つだ。

 

魔石ギルドは、この街の初期から発展していただけの事はある。流石に重厚な造りの建物を本部としていたが。

いや、まて。

これは違う。

多分これは、100年前に一番力があった魔石ギルドが、見栄えがいい建物を独占しただけだ。

目を細めて、様子を見る。

これはひょっとするとだが。何かしらの施設だったのかも知れない。

でも、なんの施設かはわからない。

「フィー?」

「……そうだね。 入ろう」

不思議そうにフィーが懐で動いたので、あたしはそのまま施設に入る。

魔石ギルド本部に入ると、視察と言う事でさっそくアルベルタさんが出てくる。あたしは街の英雄扱い。

だから、賓客と言う事だ。

「さっそくで申し訳ないんですが、魔石を加工する様子を見せて貰えますか?」

「ああ、早速用意させよう」

何人かの職人が来る。

いずれも頑固者、という顔をしていた。

奧にはそれなりのスペースがあって、かなり広く作られている。天井に突き抜けるようにして煙突が出ているが。

あれは明らかに、後付けしたものだ。

なんというか、強引な造りだなあ。

そう思って、あたしは苦笑いしてしまう。

そして、周囲を見回していて。思わず口を押さえていた。

だいたい分かってしまったからだ。

此処は、恐らくは。元々この辺りにあった遺跡のものなのだろうが。多分コントロールルームだったのだ。

光学式の操作パネルは、多分錬金術師が外してしまったのだろう。

地下に何があるかしれたものではないが。

ここに来た時点で、錬金術師は気付いていた筈。何かあったとしても、取り除くか、沈黙させてしまったのは疑いない。

「どうした、錬金術師どの」

「いえ。 作業をそれでは見学させて貰います」

「ああ。 しかし見学だけでいいのか」

「問題ありません」

さっそく作業を見せてもらう。

魔石細工の作業は、本当に精密で。作業中は音を立てることは、ギルド長すら許されないということだ。

それについては、見ているだけで分かる。

全員が座り込んで、魔石を抱えるようにして作業をしている。

魔石をまずは大まかに削り取って、何かしらの形にする。この際に削りだした欠片は、それぞれが回収して、本来の用途……魔力が篭もった石として用いる。

要するに、こうやって削りだした魔石の方が、実際には利益を生んでいるということだ。利益にならなくても、サルドニカの街を動かしていると言う事だろう。

それぞれが、かなり鋭利なノミを振るって、そこからは石材を削っている。

石材にはそれぞれ癖があるらしく、その割れやすい場所に沿ってノミを走らせる事で、効率よく削る事出来るし。

意図しない形状にならないように。敢えて癖を殺す必要もあるそうだ。

これには魔石を掘り出した際に、そもそも癖を読むことも要求されるとか。

放置されている魔石について、音もなくアルベルタさんがゼッテルを見せてくれる。

あれらは、癖などに問題があって。持ち込まれはしたものの、どう扱うかを決めていないものだそうだ。

最悪、そのまま燃料として売ってしまうとか。

やがて、職人の一人が汗を拭うと。

年若い職人にそれを手渡す。

怪しい輝きを放つそれは、見事なドラゴンの像だ。

これから細かい部分にやすりを掛けて、更に丁寧に仕上げた後。幾つかの塗料を重ね塗りしていくのだという。

塗料を見せてもらう。

なる程、魔力流出を防いでいる、というわけだ。

この塗料、多分門外不出の品だろうなと、あたしは判断。

というのも、魔力流出を魔石から防ぎつつ。更には、この心を惑わせる怪しい輝きを消さないようにする。

それを両立させるのは、相当に大変なはずだからである。

ふむふむ、実に興味深いな。

あたしはついでなので、研磨の作業も見せてもらおうかと思ったが、既にかなり遅い時間である。

それを指摘されて。一旦は引き上げる事にする。

ギルドの入口で、アルベルタさんが感心していた。

「凄い集中力で驚いた。 錬金術の産物は幾つか既に見せてもらったが、あのように集中して作るのか」

「ええ、ものによっては」

「なるほどな……」

「そのベルト、少し傷んでいますね。 修理しましょうか」

アルベルタさんは少し考え込んでから、あたしに引き渡してくる。すぐに別のベルトを、恭しくまだ幼い職人候補らしい女の子が差し出して。ささっとベルトを締め直すアルベルタさん。

アルベルタさんは、どちらかというとフェデリーカと同じ東方の衣装に近いものを着ているが。色合いは赤く、単にコレは好みの問題らしい。

そもそも東方出身者は全員が肌が浅黒いというわけでもなく、単に日焼けをしやすいだけの体質という事もあるらしく。

更に血が複雑に混じったこともあって。

100年前の創設メンバー(タオの調査を聞く限り、恐らくもっと前からいた筈だが)の中にいた、肌が浅黒い体質の人々は、既に血として溶け合って、何処でいつ生まれてもおかしくないのだとか。

まあ、それについては今はどうでもいい。

肌の色だの目の色だので人間が差別されたり。階級が生じたりするような社会に興味はない。

そんなものは場合によってはあたしが拳骨で粉砕する。

翌日も、魔石ギルドに出向くが。

もう話を聞きつけたらしい。

早速サヴェリオさんが、途中で待っていた。

「錬金術師どの!」

「サヴェリオさん」

「硝子ギルドの視察はいつになるだろうか」

「今、魔石ギルドでの視察を続けています。 まあ数日もかからないので、その後になりますね」

少し考え込んでから。

サヴェリオさんは、差し出してきた。それは恐らくだが、靴だろう。ちょっと変わった形状だ。

女物かもしれない。

「魔石ギルド長の私物の修理をすると聞いた。 俺のも頼めるだろうか」

「分かりました。 これは……?」

「婚約者へのプレゼントだ」

「分かりました。 修復しておきます」

というか、恐らくはこれは。

一種の嫁入り道具だなと分析する。

今でも嫁入り道具というものが存在する事は知っている。一見すると良さそうな話だが、実際は価値がある品とともに、娘をその家に売るのである。嫁入り道具は一種の担保であって。

その結婚が上手く行かない場合も、嫁入り先は損をしない。

そういうことだ。

集落によっては、この習慣が極めて苛烈であり。

その結果、嫁入り道具を準備するために体を壊すまで働く親までいるそうだ。

クーケン島は違った。だが、遠征先でそういった風習がある集落は幾つも見た。サルドニカも、それに近いと言う事だ。

恋愛結婚がいいかというと、別にあたしはどうでもいいと思うが。

嫁入り道具を満足に用意できない家の娘はお断り、という風潮については、顔面を蹴り砕いてやりたいほどに不愉快である。

ただ、サヴェリオさんが婚約者のものを持って来た。

これは恐らくだが。その婚約者に本当に気があって、道具について裏から支援したいと思っているのだろう。

なるほどね。だとすると、女たらしだと既に報告を受けているサヴェリオさんは。あくまでそれは表向きの顔で。

裏は結構、誠実な部分もあるのかも知れない。

だが、それもあくまで人の一面だ。

硝子ギルドを躍進させているやり手として、実業家としてのサヴェリオさんは相応に怖い顔も持っている筈。

それだけで、相手を信頼するのは愚の骨頂と言えた。

ともかく、まずはアルベルタさんにベルトを返す。金具はゴルドテリオンで補修しつつ、幾つかの塗料で上品に色合いを仕上げた。

皮はかなり高級な蛇皮だったようだが。年月を経て傷んでいたこともある。

錬金釜で再構成し。

それで修復した結果、艶やかな輝きを取り戻している。

渡すと、完璧以上になって戻って来たベルトを見て、アルベルタさんは本当に驚いたようだった。

「これは……噂以上だ」

「身に付けてみてください。 実用性がなければ、調整します」

「う、うむ。 ……素晴らしい。 これは、文句のつけようがないな」

「それでは、視察を続けさせてください」

アルベルタさんの態度が、目に見えて軟化した。

だが、これ以上信頼させるには、まずは魔石細工を何かしらやってみせないといけないだろうなと思う。

何となく分かってきたが、アルベルタさんはしっかり一職人としてギルド長以上にストイックに振る舞っている。

ギルドでの約束事は、自分が率先して守る事で、全員に守らせている。

それは伝統が云々というよりも。

魔石ギルドが今後発展するためにも、鉄の掟を自分で守る事が大事だと思っているのだろう。

お子さんが二人いるらしいが。その二人は多分これはギルドにいないのだろうなと思う。

血縁では無く、実力のある次世代をギルド長に指名する。

それで、魔石ギルドの技術を担保しているというわけだ。

職人としてのやり方はそれでいいと思う。あたしも錬金術師。職人の一種だから、このストイックなあり方については、感心できる。

問題は、街での政略ごっこにうつつを抜かしていることで。

それについては、まったく感心できなかった。

フェデリーカがアルベルタさんとサヴェリオさんに困っている様子だったが。それでも二人の悪口を言わない理由がよく分かった。

二人とも、多分職人としてはがっちり誇りを守っているのだ。

だが、余計なことまでやっている。

それが問題なのだろう。

多分立場などもある。

それもあって色々と変な所を抱え込んでいるのだろうが。それは、あたしは無用だと思う。

さて、魔石の加工については、あらかた見せてもらった。

特に研磨は、数年がかりで行う事もあるらしく。本当に大変な作業であるらしい。

だが、あたしはやり方を覚えた。

空間把握で、仕組みも理解した。

それだけで、充分だった。

次は、硝子ギルドだな。そう思って、魔石ギルドでの視察許可に礼をいい。アトリエに戻る。

クラウディアに、硝子ギルドへの視察を明日から行う事を告げて。それで今日は休む。

フィーが懐から出てくる。

魔石が一杯あったのに、昂奮して騒ぐこともなかった。

立派だ。

余っている魔石をあげて、魔力を吸収させておく。たっぷりご褒美は上げておいた方が良いだろう。

戻ってくるセリさんとクリフォードさん。

荷車には、鼬の死体がたくさん積まれていた。

魔物の駆除は順調だそうだ。幾つかの地点では、既に魔物の姿が完全に消えたという。

どうせまた姿は見せるだろうが。今の時点では、それだけで充分。

二人にも、硝子ギルドの調査はすることは告げる。

クラウディアが、黒めがねみたいなのを用意してくれた。

「ライザ、これを持っていくか、解析しておいて」

「これは?」

「硝子は非常に高い熱と光が出る加工過程があるの。 多分大丈夫だとは思うけれども、もしもギルド側に何か悪意があった場合の事を考えて、自衛をした方がいいわ」

「なるほどね。 ありがとう」

眼鏡をかけてみると、かなり世界が暗く見える。

だが、これは確かに有り難い。

念の為に、釜で調整を掛けておく。

それに対して、クラウディアは何も言わなかった。

 

2、硝子ギルド

 

硝子ギルドに出向く。特徴は、かなり大きな煙突だろう。あたしは思わずそれを見上げていた。

大量の何かが運び込まれている。

一見するとただの石に見えるが、違う。あれは高熱で熱することにより、硝子の元になるのだ。

ギルド本部は、魔石ギルドと違ってかなり騒がしい。

ずっと硝子細工がたてる音が、がちゃがちゃと響いている。最初に出迎えてくれたサヴェリオさんに渡したのは、例の靴だ。

ほぼ完璧に仕上がったはず。そして、足のサイズにあわせて調整も出来るようにしておいた。

「これは素晴らしい。 色合いも、完璧に戻っているようだな」

「それは良かった。 婚約者を大事にしてあげてください」

「ああ、分かっているよ」

その婚約者らしいのが、奧で会計をしている。見ていて、なんとなくつながりがわかるのだ。

美人ではないが、真面目に仕事をする人らしい。

ルックスがいいサヴェリオさんには、女がたくさん寄ってくるのだろう。

だけれども、この人は多分、金を派手に使わせてくれることを目的にしているような輩よりも。

しっかりきちんと自分の事を理解して、一緒に道を歩いてくれる女の方が良かった。

そういうことなのだろうと思う。

職場を見せてもらう。

ちょっとした工場だなと、あたしは思った。

魔石ギルドでは、魔石をどう切り出すか、どう丁寧に扱うかが主眼だった。

だがこっちでは、まずは石を粉々に砕いて、派手にどんどん熱して溶かしている。そして溶かした後、用途に応じて様々な顔料を加えたり、温度を変えたりしているようである。

その過程で有毒ガスがどんどん出ているが。

何人かいる魔術師が空気を操作して、外に逃がしているようである。

「有毒ガスは垂れ流しですね。 規模が大きくなると、健康に被害が出るのではありませんか?」

「鋭いな。 俺たちの方でも、今対策を考えている所だ。 冷気魔術の使い手を雇って、即座にガスを冷やしてしまうとか。 或いは有毒ガスを水に一度流して、それを地面に埋めるとかな。 どれも上手くは行っていなくて、今後調整をしようと思ってはいるんだが」

なるほど、無策ではないのだな。

そのまま、見せてもらう。

溶かした硝子は文字通り飴色になっている。それを棒でとると、練り上げるようにして加工していく。

ふうと空気を吹き込んで、膨らませる。

あれは、危ないな。

もし間違って吸い込んだりしたら、肺が一瞬で焼ける。

「空気が逆流しないように工夫が必要そうですね」

「あの筒は硝子ギルドの技術の塊だ。 簡単には中身を見せられない」

「ふむ……」

硝子ギルドは、今の時代珍しく技術を発展させている、と自称している場所だが。

この程度の技術。

神代になかったとはとても思えない。

ともかく、他の技術も見せてもらう。

硝子の壺や容器などはこれはこれで面白い。硝子の容器は、強力な酸を保管できる貴重な品だ。

幾つか注文しておくか。

そう思いながら、奧に。

基本的に、魔石ギルドと違って、硝子ギルドはとてつもなく騒がしい。これについては、あたしも認める。

これは活力と判断するべきなのか。

それとも。

若い職人が、サヴェリオさんに話しかける。

「若!」

「おう、どうした」

そのまま、専門用語が飛び交い始める。しばしして、サヴェリオさんが指示を出して、若い職人はすっ飛んでいった。

今のは、と聞くと。

これが伝統的なやり方であるらしい。

「硝子ギルドでは、問題点があった場合は即座にギルド長に報告って決まっていてな」

「それは動きやすいですね」

「職人は基本的に横並びだ。 まあ見習いはまた扱いが違うんだが、そもそもとにかく扱いが危ないからな……」

ただ。先代までは此処まで風通しが良くなかったのだと、サヴェリオさんは言う。

まあ、何となく分からないでもない。

これだけ騒がしい職場だ。

殺気立つ奴だって多いだろう。

サヴェリオさんは、こう言う場所ではしっかり心を冷静に保って。動き続けなければならない。

どっしりと構えているという観点では、アルベルタさんと同じか。

硝子を型に流して、一気に冷やしている。量産しているこれは、多分窓などに使う硝子だろう。

貴族の邸宅なんかに幾つかあったのを覚えている。

ただ、これはどちらかというと高級品だ。

冷やして、それから枠をつけている。

流石に硝子が触るとかなり危ない事くらいはあたしも知っている。扱っている職人達は、分厚い手袋をしていた。

あたしはずっと眼鏡で光を遮っていて。

工房を出て、やっとそれを外した。

サヴェリオさんは、苦笑いする。

「それで錬金術師殿はどう感じ取ったかな」

「熱気があっていいですね」

「そうだよな」

「……もう少し色々見せてください」

覚えるのに必要なので。そう、内心で呟く。

ただ、それについては、前にも軽く話したが。話半分にしか思っていないだろう。あたしとしても、相手が真に受けるとは思っていない。

それでいい。

それで、本当に再現して見せた時に、相手に強烈な衝撃を与える事が出来る。一気に主導権を握る事が出来る。

ただ、それだけでは足りない。

もう一手欲しいのだが。

それはフェデリーカと要相談だろう。

続けて、硝子の加工について見せてもらう。

ふむ、なるほど。

硝子を板状に加工する場合、様々な形に切り取る事があるのか。確かに丸い窓とか、そういうものは色々とある。

それは熱いうちに文字通り斬るんだ。

刃物を使う場合も、魔術を使う場合もあるようだが。

基本的に職人は、刃物を使っている。

円形に切り取る場合は、完全に職人芸を用いているが。コンパスのような道具を用いてもいた。

色々なやり方を試している、ということか。

なるほど、これは興味深い。

どんどん魔石ギルドに追い上げている訳だ。

人間の創意工夫は、500年前に消え失せた。

これは魔物による大攻勢が始まって。古代クリント王国が終わってからというもの、人間は苛烈な攻撃で削り取られていったからだ。

人間の数は500年前の数十分の一。

だから、どこも人間は衰退している。王都ですらそう。

それなのに、此処には試行錯誤と創意工夫がある。

それは、発展する。

そして、これを捨ててはいけない。

だが、魔石ギルドとの諍いはいただけない。もう少し、まともに切磋琢磨できないのだろうか。

翌日も、技術を見せてもらう。

どろっと熱せられた硝子が流し込まれる。型に流し込まれた硝子は均一に薄くされて。それが順番に切り取られ。余った分はまた溶かされて、また型を取られる。

一連の作業はとても危険だ。

しぶきが掛かるだけでも危ない。掛かった場所によっては即死する。

此処で巫山戯た行動を取った奴は街から追放。

そういう決まりになっているそうである。

実際、若い職人が巫山戯て、此処で大声を出したり。作業中の職人を押したりして。それで即時で追放された事が何度かあるという。

しかもそうやって追放されたのは、ギルド長の息子だったりしたケースもあり。追放されるのはおかしいと喚いているのを、ギルド長も庇うことが許されなかったそうだ。ちなみに追放された後、その人物はほぼ助からないとか。

まあ、それもそうだろうな。

しぶきを防ぐために、常に魔術師が冷気の壁を展開しているが、それも負担がかなり大きそうだ。

皮肉な話で、魔石を使って魔力消耗を抑えている。

こういう現実があるのだから、少しは魔石ギルドと協調すればいいのに。

大規模な工場でも、フィーは説明をしっかり聞いて理解してたのだろう。絶対においたはしなかった。

あたしも懐から出すつもりはなかったが。

とにかく大人しくしていたので、非常に楽だった。

サヴェリオさんも、あたしにすら、見学の際に絶対に音を出したり職人の邪魔をするなと何度も言い聞かせてきた。

それだけ、此処は神聖な場所で。

ちょっとしたことで、本当に人が死ぬ危ない場所であったのだろう。

見学を終えた後、確認をする。

「あの辺り、機械を使っていますよね」

「流石だな。 見ただけで分かるのか」

「王都にある機械を全部修理したのはあたしなので」

「そうだったな。 話半分に聞いていたが、どうやら本当だと認識せざるを得ないらしい」

サヴェリオさんは嘆息すると、順番に説明してくれる。

どうも硝子を熱した後、均一に出すのがとても難しいらしい。

硝子は熱の操作が非常に難しいとかで、魔術で人力でやるのは絶体に無理。

機械を使って、非常に精密に温度を調整しなければならないのだとか。

機械を見ることは、今はダメだと言われた。

というのも、機械そのものの調子が良くないそうである。それはそうだろうなと、あたしも思う。

年中ずっと使っているのだ。

しかも、100年前から。

多分作られたのは500年以上前。

その時作られてから、修理の類はされていないだろう。百年前に、街を作るのに携わった錬金術師が手を入れたとしても。

街の様子からして、応急処置。

今のあたしより、多分その人の技量は下だったか。それとも機械に対しては、少なくとも劣っていた。

そうやって考えて見ると、幾つか改善点が見えてくる。

両ギルドは、共通してとにかくその凝り固まった思想をどうにかしないといけない。

そのためには、あたしが技術を見せるしかない。

もしも、この街を作るのに関わった錬金術師が、完成された技術を見せていれば。その後は、その錬金術師の技術をデッドコピーしていくだけの時代になっていたのだろう。それでも、サルドニカは発展したが。

しかしながら、現実はそうではない。

条件が幾つか整った結果、サルドニカは発展できた。

その結果、魔石ギルドも硝子ギルドも、それぞれのやり方で試行錯誤した。魔石ギルドは保守的に。硝子ギルドは急進的に。

いずれにしても、自分が正しいと思い込んでいるし。

相手が間違っていると思い込んでいる。

両方見てみて理解したが、どっちも間違っているし正しい。

いずれにしても、このままだとサルドニカは二つに割れて。最悪魔物に食い散らかされて滅びる。

魔物によって500年前の古代クリント王国滅亡時に滅ぼされた街には、サルドニカより大きな街なんてそれこそ幾らでもあった筈だ。

この街は安全なんてのは妄想である。

フィルフサに襲われでもしたら、それこそ数時間で更地になるだろう砂上の楼閣。

そういう意味では。

発展していても、極めて危ない場所なのだと言えた。

「どうしたんだ錬金術師どの。 難しい顔で考え込んで」

「一つ確認しても良いですか?」

「ん、なんだ」

「サヴェリオさんは、仮にフェンリルと同格の魔物がこの街の周辺に数十体いたらどうしますか?」

笑おうとして、サヴェリオさんは失敗する。

あたし達が、フェンリルほどでは無いにしても、この街の周辺にいて。街の戦士や傭兵が手も足も出なかった魔物を。街道で旅人を好き放題に食い散らかしてこの近辺をエサ場と認識していた魔物を。

全部片付けた事を思い出したのだ。

そんなあたしが、真面目に聞いているのである。

それは、当然表情だって引きつる。

「あたしは大まじめです。 仮にその場合、どう対応しますか?」

「に、逃げるしかないだろうな」

「逃げられると思いますか?」

「……」

完全に青ざめるサヴェリオさん。当たり前だ。フェンリルに食い散らかされた前線の集落の人達は、逃げようとして出来なかった。

あれは。フェンリルは何の理由かはわからないけれども、ただサルドニカにこなかっただけ。

サルドニカに乱入していたら、街が半壊……程度の被害で済んでいたら幸運だっただろう。

あたしは錬金術の装備で身を固めていることもある。王都を単騎で潰せると太鼓判を押されている。

そんなあたしでも、かなり危ないと感じる相手だった。

それでも、フィルフサの王種には当然及ばないし。強めのフィルフサの将軍にも及ばなかったと思う。

つまり「発展している都市」なんて、近くにオーリムへの門が開こうものなら、一日ももたないのだ。

そして、人間が今とは比べものにならないほどいた時代を終わらせたのはフィルフサだが。

アーミーがフィルフサとの戦いで壊滅していたとしても。

その後に、人間を文字通り殲滅して世界から駆逐したのは魔物なのである。

もしも、魔物がその気になったら。こんな街、多分即座に潰される。あたしがいても、守りきれるかは分からない。

そして嫌な予感を想起させる存在も、例の群島で見ている。

翼を持ち、槍を手にしたあの魔物は。

他の魔物を、明らかに使役していた。

あれから姿を見せていないが。もしも姿を見せていたら。それこそ想像を絶する災害に。それこそフィルフサが門を通るのと同等の災害に発展するはずだ。

何度でも、確認して。そうだとしか言えない。

サルドニカは。砂上の楼閣。砂上の楼閣の上で、人間が積み木遊びをしているに過ぎない場所なのだ。

やっと事態の深刻さに気付いただろうサヴェリオさん。

急進派の最大の弱点は、足下が見えなくなることだ。

ただ、これでいい。

少しは現状の危うさを理解して。人間が発展している数少ない街が。人間の手だけで発展できているわけでは無い事を知って貰う他無い。

そもそもあれだけ魔物がエサ場扱いして集まって来ているのに、今日まで発展できてきたのが不思議なくらいなのだ。

例のメイドの一族の支援か。

可能性はある。

だとすると、本当に何者なのか。

今のうちに、しっかり調べておかないといけないのかも知れない。

他にも視察をさせて貰う。

やはり硝子の材料となる石は、それそのものは殆ど粗雑に扱っている。ただし、混ざりものがないようにも注意しているようだ。

眼鏡をつけて、マスクをつけるようにと厳命もされている。

鉱山なんかと同じで、結構鉱物粉塵が致命的なのだろう。何人か雇われている魔術師が、空気の流れをコントロールまでしている。

こればかりは外に垂れ流す訳にはいかないのだろう。

最終的には水の中に流し込んで。その水も、排水に混ぜるのではなく。近くの土に捨てているようだった。そしてその土も、ある程度水を捨てた後は焼き捨てて。街の外に積み上げているようである。

なるほど。

幾つも参考になった。

サヴェリオさんに礼を言って、ギルドを後にする。

ちなみに女たらしという話だったが。

結局あたしの胸や尻や股をサヴェリオさんは見ている様子がなかった。あたしを怒らせるとまずいというよりも。

噂が先行しすぎていて。

実際には、そこまでのスケベ野郎ではないのかも知れない。

そう、アトリエに戻って感じ取っていた。

 

アトリエで皆と合流する。

タオも、魔石ギルドと硝子ギルドで資料を見せてもらって、それをまとめて戻って来ていた。

ボオスとクラウディアも戻って来ていたので、丁度良い。

軽く話をする事にする。

「魔石と硝子の技術。 方向性は違うものの、再現は可能」

「えっ……」

フェデリーカが驚く。

ここ数日、魔物退治の行脚を続け。既に残りカスばかりが相手とは言え、それでも連戦に連戦を重ねていたのだ。

疲れ果てていた様子だが。

それでも、やはりこの街の職人の名目上とは言え長なのだ。あたしの言葉には、色々と驚いてしまうのだろう。

あたしは頷くと、順番に説明する。

「魔石加工と硝子加工の仕組みは理解出来た。 それぞれのギルドがやっている職人芸はとても真似できないけれども、違う方向で技術再現はやってみせるよ」

「ほ、本当ですか」

「嘘を言うメリットは?」

「い、いえ……」

あたしは戦略的な力を持つ人間としてここに来ている。

それが、無責任に嘘なんてつけるか。

嘘をつくというのは、その発言に価値が無くなる事を意味している。

あたしにも、その程度の事は分かっている。

必要があって嘘をつく事もあるかも知れないが。

今は少なくともそうじゃない。

「具体的には、こういうのを作る」

フェデリーカに説明。

そうすると、フェデリーカは蒼白になり。それを本当に出来るのかと、あたしを見たが。あたしは頷いて、それに返すだけだ。

咳払いするクリフォードさん。

周囲の魔物の駆逐については、問題なく進んでいると言う事だ。ただし、まだ完全ではないという。

「例の立ち入り禁止の区画があるだろ」

「ええ、露天掘り鉱山の奧の、ですよね」

「あそこから魔物がやはり継続的に湧いてきているな。 思うに、あの奧にかなり強いのがいるぜ」

「……」

フェデリーカは黙り込む。

さては覚えがあるのかもしれない。

ただ、それについては後回しだ。

ともかく、順番にやる事をしていく。

次はタオだ。

タオは見る事が出来る範囲で、魔石ギルドと硝子ギルドの帳簿などを確認してきたという。

そうすると、露骨に不自然な点が見つかったということだ。

「この街が百年で発展し続けて来た理由がわかったよ」

「うん、聞かせてくれる?」

「経済ってのはね、人間の制御をほぼ受けつけないんだ。 時には風船みたいに膨らんで、一時期は良いけど破裂して多くの人間を巻き添えにする。 逆に、どんな理由にしても、いきなり冷え込んで、後になってその理由がわかったりする。 そういった人間の制御を超えた出来事が、サルドニカでは起きていないんだ。 魔石ギルドにしても、売り上げが下がったりしていない。 硝子ギルドはそのまま順当に上がり続けている」

これは異常な事だと、タオは言う。

タオは数学も学者レベルに出来るので、経済を帳簿などを見るだけでだいたい理解出来るそうである。

それで理解したそうだが、これはあり得ないと言う事だ。

「……多分、あの人達だね」

「……」

既にこの面子の中では。フェデリーカは除くが。

あのメイドの一族の影響力の大きさは、公然の秘密となっている。

その強さも。

ただ戦闘力が高いだけでは無い。

無能なロテスヴァッサの王族と貴族達がいるのに。ロテスヴァッサが五百年ももった理由。

それは多分、間違いなくあの人達だ。

それに去年。

王都を離れる前に、王都の警備の要だったカーティアさんという。メイドの一族の人から聞かされた話。

あれは寓話だったとは思えないのだ。

だとすると、あの人達の背後にいるのは、何らかの神か。それに近い存在か。或いは生き残った錬金術師なのか。

いや、錬金術師は恐らくないだろう。

この世界の錬金術師に、特に神代の頃に一人でもマシな人がいたら。

こんな風に、世界はなっていなかったのだ。

「俺たちの方でも、同じ見解だ。 調べれば調べるほど、サルドニカが内乱になっていないのは不自然過ぎるんだ。 一時期は、それぞれのギルドが自衛を理由に対人用の部隊を編成しようとしていたんだろう?」

「えっ。 それは初耳です」

「証言が得られたの。 だけれども、それを推進しようとしたギルド長が不審死して、計画が頓挫したって……」

「そんな事が……」

フェデリーカも聞かされていなかったのだろう。

サルドニカは百年程度しか歴史がない街だ。

年寄りには、そういった出来事を覚えている人がいるものなのである。

とりあえず、これでやるべき事は分かった。

「まずは硝子ギルドと魔石ギルドに、あたしの錬金術を見せる。 それで完全に、両ギルドのギルド長を黙らせる」

「二人は職人としてはかなりの凄腕です。 本当にいけますか?」

「ライザは根拠もなくこういうことはいわねえ」

レントが助け船をだしてくれる。

フェデリーカはしばし黙り込んだが。

頷いて、お願いしますと言う。

それだけで充分だ。

それで、フェデリーカの方でもやるべき事がある。

「フェデリーカ。 あたしが二人に影響力を持ったら、ギルド二つを和解させるための策が必要になるけど。 何か思い当たる節は?」

「ギルドを和解ですか。 ……」

「何か、あるんだね」

「お父さんが、ずっと悲願にしていたことがあります。 でも……私も、実はまだライザさんの錬金術を信じ切れません。 その、作ってくれた装備や、ライザさんの戦闘力については疑ってはいないんです。 でも、職人としては、やはり硝子や魔石については、それぞれの完成品をみないと……」

ま、それもそうか。

なら、まずはフェデリーカを納得させるところから、だろうな。

既に時間を見て、回収してきている魔石がある。

ルジャーダと言われる、この地方で最上級の魔石。赤紫の美しい輝きを放つものだ。

この魔石は、実の所秘めている魔力はそう大した事がない。

その上脆い。

しかし輝きがとても美しいこと。更に中々大きな塊が存在していない事もあって。

魔石ギルドでは、最高級の魔石細工にこれを用いる。

これのあまり大きくない、つまり価値があまりない欠片をそれなりに集めて来ている。

硝子については、得に問題は無い。

この辺りに採れる鉱石に、散々元になるものが詰まっているからだ。

これも素材はしっかり集めてある。

そして、幾つか、硝子ギルドで再現出来ていない色については把握した。故に、此処からはあたしの腕の見せ所だ。

「それで、どれくらいでその画期的な魔石細工と、硝子は出来そうですか?」

「明日には」

「……」

フェデリーカが貧血を起こしたようで。あわててクラウディアが支える。

色々起きすぎて、脳がフリーズしたらしい。

まあ、それについては別にどうでもいい。

とにかくあたしは、やり遂げる。それだけである。

 

3、錬金術と職人芸

 

フェデリーカには、皆と一緒に魔物狩りに出て貰う。特に例の露天掘り鉱山周辺は、その奥にある森林地帯から湧いてくる魔物が出るので、重点的に。

昨日も、その辺りで鉱夫が襲われる事態があったそうだ。

幸い救援要請をクリフォードさんが即時で見つけて救援に出向いたため、死者は出さずに済んだそうだが。

少し遅れれば、出稼ぎに出て来ている鉱夫達が、十人以上は殺されていただろうということだった。

危うすぎる。

あたしはそう思いながら、まずは硝子を作り出す。

釜にエーテルを満たして、素材を投入。順番に要素を分解していく。

硝子というのは、個体に見せて。

実は液体に性質が近い。

それを、あたしは理解していた。

これは以前、アンペルさんに教わった事なのだ。ガラスはどうみても個体にしかみえないのだが。

幾つかの条件を満たすと、液体に近い事が理解出来る。

それを見せてもらって、なるほどとあたしは感心した。そして理解してしまうと、扱いは難しく無い。

更に、硝子ギルドで技術の最先端を見せてもらった。

熱して溶かして動かしている最中の、赤熱した硝子ではなくて。それ以降の冷え固まった硝子でも。

あたしは、相応に扱う事が出来る。

理解したからだ。

このあたしの、空間把握の力は、才能なのだろう。

そして才能を、此処では生かさせて貰う。

ちょっとずるいかも知れないが。

そもそも、その才能に依存して、この世界は。神代の頃には発達した。だから、負の遺産を全て潰すのにも。

きっと才能が必要だと判断して良いだろう。

黙々と鉱物を釜に足す。エーテルで溶かして、混ぜ合わせていく。不純物は綺麗に取り除く。

そして、順番に、色とも混ぜていく。

やがて、エーテルから引き上げたそれを。何度か釜に戻して、微調整を行う。

先に戻ってきたのはタオだ。

見せると、おっと眼鏡を直していた。

この眼鏡も、王都で作る為の機械を直したっけ。

他の街にも少数しか存在していないらしく。タオの眼鏡も、実は二回再調整した。

「これが例の硝子?」

「うん。 どう、タオから見て」

「まずはフェデリーカに見てもらおうよ」

「そうだね。 とりあえず、完成品一号はこれということで」

タオも、またすぐに狩りに戻る。

幾つかの地点を重点的に周り。

遊撃のタオとセリさん。

後のメンバーは纏まって、鉱山の辺りを念入りに魔物をしらみつぶしにする。

それでまずは一旦、一日過ごす。

それであたしが作るものの様子を見る、ということだ。

続いて、魔石細工。

これについては、はっきり長所と弱点がわかっている。

あたしもエーテルの内部であったら、極小の世界を散々観察している。それの操作もしている。

今やっている錬金術は、ものの最小単位まで分解する事を要求されるものも幾つもあるのだ。

今以上に高度な爆弾を作るとなると、その技術が絶対に必要になってくる。

それもあって、あたしはものの極小を、エーテルを介して見ている。

決してそれは楽な作業ではなく。調合の度に激しく消耗するが。

逆に言うと、その観点では。

どうしても「目」に頼らざるを得ない魔石ギルドの職人達よりも、あたしは高度な事が出来るのだ。

そのまま調合を続けて行く。

フィーが、あたしの服を引っ張る。

そろそろ、時間か。

「フィー!」

「うん、分かった。 ちょっと待って。 この作業が終わったら食べる」

「フィーフィー!」

メシをしっかり食べないと、人間は倒れる。

それはあたしも分かっている。

きりが良い所で一旦手をとめて。

出る前に、クラウディアが準備してくれたサンドイッチをぱくつく。ちょっと作ってから時間が経過していても、問題なく食べられる。

うん、おいしい。

甘いのも作ってくれていたので、それも遠慮なくいただく。

やっぱり調合をしている際には、頭をフル回転させる事になる。

そうなると、どうしてもやはり疲弊が溜まってしまうものなのである。だから、甘いものを脳に入れる。

ただアンペルさんほどの甘いものジャンキーになるのも問題だ。

適度にしておかないといけないだろう。

無言で食後に少し休憩を入れる。フィーが此方をじっと見ているので、頭を撫でてあげる。気持ちよさそうにするフィー。

あれから、大きくはなっていない。

性格も変わっていない。

多分、ずっと時間を掛けて成体になっていく生物なのだろう。

ドラゴンと種が近いのだとしたら、それが正しい生態なのだ。

しばし、ゆっくりした後。

調合に戻る。

集中して、最後のスパートを掛ける。そして、調合が終わった頃には、夕方になっていた。

フェデリーカが戻ってくる。

かなり激しくやりあったらしく、服が何カ所かぼろぼろになっていた。レントがぼやいていた。

「鉱山の方で大きめの戦いがあってな」

「呼んでくれれば行ったのに」

「いや、俺たちでどうにか出来る範囲だった。 ただ、凄い数の鼬の群れが出て来てな。 全部始末するまでに、例のメイドの一族も出て来ての大乱戦になった。 死者は出なかったが、貰っていた薬は全部使っちまった。 補充を頼む」

「分かった。 今すぐ使える分は、あっちの棚にあるから、持っていって」

フェデリーカは別室に連れて行って、クラウディアと一緒に服を脱がす。

きゃっとか可愛い悲鳴を上げたので、ちょっとあたしもひくりと口の端が引きつる。

そういえば、クラウディアも最初はそうだったっけ。

とにかく、服を貰うと、すぐに錬金釜に放り込んで補修をする。

服の造りはかなり複雑だ。

これは貫頭衣と呼ばれる、本来は一つの布だった服か。

それを色々と調整した結果、このような折り重なった不思議な作りになっていると。

生半可な職人では、これを織るのは無理だな。

そう感心しながら、調整して直す。

かなり長い間、よそ行きの服として調整してきたんだな。そう思って、丁寧に丁寧に補修して。

そして仕上がったので、フェデリーカの所に持っていく。

毛布を被っていたフェデリーカに、新品そのものになった服を渡して、着替えて貰う。フェデリーカは、もう言葉もない様子だった。

「な、何度も繕って、その度に色々妥協しなければならなかったんですが……」

「ふふ、他にも直したいよそ行きの服があったら見せて。 あたしが直すから」

「はあ……はい……。 そうさせていただきます……」

「少し疲れているみたいだね。 夕食を食べて、それからお風呂に入って、横になろう」

クラウディアが子供に対するみたいにそう諭しているので、ちょっと複雑である。あんまり年齢は離れていない筈なんだが。

それに、フェデリーカだって、ろくでもない大人の権力闘争に巻き込まれまくっている。多分田舎の同年代の人間よりも、ずっと人生経験は豊富なはずだ。

それが完全に子供扱いか。

多分あたし達の中で、一番悪い意味での大人に近いのはクラウディアなんだろうなと、あたしは思う。

ただ、それでも。

クラウディアが一番の親友である事に代わりは無いが。

食事と風呂を済ませて、リラックスしたところで。完全に力尽きたフェデリーカは眠ってしまったので。先に皆に成果物を見せておく。

ボオスが呆れ果てた様子で、あたしが作ったものを見る。

「お前、錬金術師じゃなくて魔法使いじゃねえのか」

「ま、褒めて貰ってもいいけど。 これは錬金術で作ったものだよ」

「空間把握能力だったかしら。 それにしても、ちょっと凄まじいわねこれは」

セリさんが何度も、魔石細工を手にして驚く。

勿論、簡単に壊れないようにしてあるのだが。それでも、セリさんには触るときには幾つかの注意を告げてある。

まあ仮に壊れても、修復は可能だ。

「クラウディアはどう。 仕事柄、こういうのは見ているでしょ」

「独創的すぎて、言葉も出ないわ。 王都の貴族に売れば、とんでもない値段が出てくる筈よ」

「そっか。 俺にはなんか凄そうとしか分からないな」

「多分ライザは、凄いと言う事だけを見せるためにデザインしたんだと思うよ」

レントにタオがそう告げる。

クリフォードさんは、じっと見ていたが。

ロマンがあるなと、一言だけそういう。

クリフォードさんの場合、ロマンがあればそれで満足する。そして、満足したのだろう。ロマンの定義が今でもよく分からないのだが。満足してくれたのであれば、それで充分である。

「じゃ、本番は明日だね。 フェデリーカに見せて、それで問題無さそうだったら、ギルド長を二人とも呼ぼう」

「分かった。 それでだ。 ライザ、お前の残りのサルドニカでの目標は技術の取得と紋章の調査、だったよな」

「それにはギルドが二つとも協力的でないとね」

「そうか、確かにそれもそうだ」

ボオスがぼやく。

あたしは咳払いすると、皆に明日は忙しい事を告げて。

休むように促す。

年長者ほど、さっさと休みに入る。

休める時に休んでおかないと、いざという時に動けなくなる。

歴戦の人間ほど、それを良く知っている。

睡眠に関しては、脳を半々ずつ使って寝るらしいオーレン族のセリさんだけれども。それでも、最近は両方脳を休ませて、ぐっすり眠っている。つまり、あたし達を信頼してくれているということだ。

あたしも休む事にする。

さて、明日。

己の技術こそ正義で。己こそ最高と信じているギルド長達に。現実を見せておく必要が。

今こそあるのだった。

 

フェデリーカは。成果物を見て。それで顎が外れたように口を開けっ放しにしていた。やはり、間違いない。

あたしの観察は間違っていなかったのだ。

「ど、どうやったんですかこれ……!」

「錬金術だよ」

「……細工という観点からは、はっきりいって未熟も良い所です。 でも、技術という観点からは……これは人間がやったのだとは思えません。 私も神代のものは見た事があるので、そういうものに見えます」

「それはそうだろうね。 神代に栄えていた錬金術は、それまで栄えていた科学を上回った。 ライザのは、まさにそれを単独で、しかも四年程度で再現した結果だよ」

タオが告げると、フェデリーカはまた貧血になりそうに。

そして、あわててあたしが落とそうとした硝子細工をキャッチしていた。

平謝りするフェデリーカ。

だけれども、その気になればなんぼでも作れると告げると、もうそのまま卒倒してしまった。

泡を吹いている様子を見て、ちょっと可哀想になる。

フェデリーカも、やはり常識の範疇内で生きてきたのだ。

そして常識というのは場所によって違ってくる。

あたし達のクーケン島では、その常識が窮屈極まりなかった。だから、ずっと飛翔したかった。

飛翔した今は、こうして各地で歪んだ常識を幾つも見ている。

フェデリーカの見て来た常識は、硝子と魔石の常識だが。

それも今、あたしが崩したということだ。

とにかく、横になって貰って。冷やしたタオルを頭に置く。まあ、しばらくすれば立てるだろう。

意識は程なく戻ったので、それで軽く話をしていく。

ギルド長達は納得するだろうか。

そう聞くと、フェデリーカは頷く。というか、倒れないか心配だという答えが返ってきていた。

今、ボオスとクラウディアが、二人を迎えに行っている。

いや、多分何往復かする筈だ。ギルド長だけではなく、ギルドの主要人物にもこれは見せておく必要がある。

他のギルド長にもだ。

なんなら、作成を再現してみせる必要もあるかも知れない。

いずれにしても、ここからが本番である。

一刻ほどで、ボオスとクラウディアが二人のギルド長を連れてくる。アルベルタさんもサヴェリオさんも、最初は興味津々……実際にはあたしの腕前を酷評でもするつもりだったのだろう。

だが、アトリエに案内して。

現物を見せると、全く表情が変わった。

まず、魔石細工だ。

あたしが作ったのは、複層構造の魔石の女神像。それぞれに違う色合いの魔石を使っており、奧に入る程色合いが濃くなっている。しかも強度が相応にあるので、揺らすとからりと音がする。

その音も、上品に鳴るように調整している。

それだけじゃない。

一番奥には、ルジャーダの魔石を用いた、鈴状に加工した魔石が入っているのだ。

飛びついたアルベルタさんは、女神像を触って確認する。

魔石は、どこも切り離していないし、接合もしていない。

そう。

魔石細工は、基本的に一つの魔石をどう掘り出すか、の作業なのだ。この色合いが異なる複数種類の魔石を複層構造で作りあげ。

更にはそれを切断も接合もしていない。

これは、現在の魔石加工技術では作れない。

「し、しし、信じられん……!」

「こ、これはどうやったんだ!」

一方、サヴェリオさんも硝子細工について、呆然としていた。

あたしが作ったのは、硝子ではどうしても出せない色合いの一枚板の硝子。それも、殴った程度では壊れない。

強力な強度を持つ硝子というのは、どうしても現在の硝子ギルドの技術では作る事が出来ない。

しかし、硝子が実は流体に近い事。

そしてその極小の構造。

その二つを理解すれば、ちょっとした工夫で、殴った程度ではびくともしない硝子をこうして作れるのだ。

それにこの色合い。

絶対に硝子ギルドでは出せない。それを理解した上で、着色している。手袋をしたサヴェリオさんが、目の色を変えて硝子を触っている。

勿論表面は極めて滑らかである。

アルベルタさんは言葉を失って、魔石細工を置くと。

何度もため息をついて、頭を振って。

それで、混乱しているようだった。

サヴェリオさんは完全に目の色が変わっていて。解析したいと、顔中に書いている有様である。

あたしは、助け船を出す。

「条件を呑んでくれれば、これは譲ります。 あたしとしても、作るのにそれほど手間は掛かっていませんので」

「ほ、本当か!」

「頼む。 なんとしても欲しい!」

今までに見た事がないものを見た時。

平均的な人間は拒否反応を示し、そして破壊する事を考える、だったか。

あたし達はそうではなかったが。

クーケン島の悪ガキ集団であり。

変わり者揃いだったことを考えて見ると。普通ではなかったことは、それだけ良かったのかも知れない。

そして、この二人は。

職人として、全うだった、ということだ。

保守を極めると、職人は先人のものをトレースするだけになると聞いている。保守的な魔石ギルドであっても、常に新しいものを目指して腕は磨いていた。新しい技術に貪欲だった。

それだけは、あたしから見ても良いことだと思ったし。

先進的な硝子ギルドでも。

あたしが作って見せた超高硬度硝子の技術には、感動して調べたいと思っていた。

つまり、二人は腐りきっていなかった。

だけれども、本当に腐りきっていない人間が、偶然ギルド長につけたのだろうか。やはり、あのメイドの一族の影がちらつく。

ともかく、それはいい。

二人に、先にギルドの主な人間を連れて来て貰う。

先に来たのは、硝子ギルドの職人達だった。露天で見てもらう。誰もが驚いていた。神々しいものを見るようにしている職人もいた。

だが、これはただの技術だ。

錬金術による再現性のあるもの。

科学を凌いで、才能に依存するものであっても。

少なくともあたしは再現出来るものにすぎないのである。

硝子ギルドに、超高硬度硝子は譲る。皆で、本当に大事そうに持ち帰っていった。

続いて魔石ギルドの職人達が来る。

女神像を触って、彼等は完全に無言になった。

どうやってこれを。

皆がそう呟いた。

アルベルタさんも、それについてはまったく分からないと答えていて。あたしを明らかに畏怖の目で見る職人もいた。

それでいい。

ともかく、これで職人達は。

サルドニカの経済と政治を回している者達は、あたしに一目も二目も置くようになる。

これで、準備は整う事になった。

皆を帰らせる。

女神像も譲った。

そして、昼過ぎ。

食事を終えてから、フェデリーカに話を聞く事にする。

フェデリーカのお父さんが考えていた。ギルドの不和を解消するための案。

それについて、話して貰う。

現実的だというのなら、それでいい。

サルドニカのやり方で、サルドニカを変えられるのなら。

あたしもそれに、協力する。

それだけの話だ。

 

しばらく待って、熱を出してしまったフェデリーカが落ち着くまで待つ。この子は意外と繊細なんだなと、あたしは思った。

だが、まあ若いうちから背負うものが多かったのだ。

繊細だったのは、それはまた、仕方が無い事だったのだとも言える。

しばしして、フェデリーカが起きだす。

まず、頭を下げられた。

「ごめんなさいライザさん。 やはりどこかで、私はライザさんを疑っていたようです」

「あんなものを作れるとは思っていなかった、だね」

「はい。 どこかに驕りがありました。 硝子や魔石に関しては、世界一だと。 狭い見識が、迷妄だったことが分かりました」

「あたしだって全能でなんかないし万能でもないよ。 まだ技術だって未熟。 ただ、違う技術に出会っただけ。 そう思って」

頷く。

フェデリーカは泣き出していた。

感動して、ではないだろう。

自分が如何に傲慢だったか、それに気付かされての涙だ。誇り高い涙だと言っていい。それを笑うべきではない。

しばらくフェデリーカが落ち着くのを待って。

それから、話を聞く。

しばしして、落ち着いたフェデリーカが、順番に話してくれる。

「私の父は、二つのギルドの融和を考えていました」

「二つのギルドは技術の方向性が完全に違う。 それなのにか」

「はい。 二つのギルドは、恐らく百周年の祭の時に、対立がピークになる。 故に、そのタイミングまでに研究を終わらせようと、体に鞭を打って……」

なるほどな。

それで結果的に命を縮めたわけだ。

それにしても、技術の融和か。

ちょっとどうするつもりだったのか、今の時点では見当がつかない。

フェデリーカが、顔を上げる。

そして、乱暴に目を擦っていた。

「しばらく二つのギルドは身動きをとれないと思います。 だから、その間にやっておきたいことがあります。 ライザさん達の手助けを受けないと、きっと出来ないと思います」

「なに。 言ってみて」

「立ち入り禁止地域の奧に、非常に強い酸の水を流出させている温泉があります。 父が調べていたのは其処なんです」

「酸……ね」

硝子の特性。

それはどんな酸でも閉じ込めておける事だ。

金や白金ですら、ある種の酸は溶かしてしまう。王水という、最強の酸だが。

特殊な酸というと。どういうものなのだろう。

「それは王水ほどの強さはないのですが、それでもある特性があります。 硝子と魔石を、ともに溶かすんです。 父はこれを発見して、どうにか細工に活用出来ないか、制御する方法を調べていました」

「……なるほど」

「魔石と硝子の両方のギルドが、ともに百周年のモニュメントを作る。 それが父の夢であり、願いであり。 サルドニカの未来の為に必要な事です。 それには、危険な魔物がたくさんいる森の奥への侵入が必須なんです。 ライザさん、お願いします。 手を貸してください」

フェデリーカは、すっと地面に座り込むと。

頭を下げていた。

土下座か。

分かった。だとしたら、こっちも受けなければならないだろう。首長がしっかり頭を下げられる。

それは立派なことだ。

ロテスヴァッサの無能王族にも、見習って欲しい姿である。

「顔を上げて、フェデリーカ」

「話を、聞いてくれるんですか」

「うん。 ただし条件がある。 その竜の紋章について分かりそうな資料を、タオに全公開出来る?」

「……そうですね。 門外不出の資料が幾つかあります。 それを、開示させていただきます」

決まりだ。

あたしはフェデリーカに手を貸して、立たせた。

そして、ぐっと親指を立てて見せる。

「護衛、承りましたフェデリーカ。 時期を見てあたし達が何をしているのかも、話していくよ」

「え?」

「俺たちは俺たちで、相応に面倒な敵を抱えていて、それと戦っているんだよ。 つまり、ライザはフェデリーカ。 あんたを仲間として認めたってことさ」

「……っ」

口を押さえるフェデリーカ。

意外と感動家なのかもしれない。

ともかく、これで目的は達成出来そうだ。

あの群島の奧の扉。

あれがなんなのか、調べる必要がある。それには、もっと綿密な調査が、絶対不可欠なのだから。

かくして、頼りになる仲間が一人加わる。

まだ戦闘面では未熟な所も多いが。

そんなのは、経験をこれから積んでいけば良い。

人材は生えて等こない。

誰だって最初は未熟だ。

あたし達だってそれは同じ。リラさんとアンペルさんがいなければ、ずっとクーケン島であたし達は腐っていただろう。

そういうことなのだから。

 

4、転覆

 

王都でもっとも資産を昔は持っていた公爵家が、屋敷を売りに出した。それを聞いて、王都の民がひそひそと話をしている。

侯爵になっているアーベルハイム家が関係しているのではないのか。

そういう噂が流れているようだった。

ただし、王都はどんどん良くなっている。

風通しが良くなり。目安箱というものが設置された。何を書いて入れてもいい。それで咎められることはない。

意見などをどんどん入れて欲しい。

王都をよくするにはどうすればいいのか。

どのような悪人が潜んでいるのか。

どのような賢人が燻っているのか。

そういった意見を、幾らでも入れて欲しい。そういう申し出が為されて。しかも意見を出した人間が分からないように、認識阻害の魔術を使えるものが雇われて。目安箱周辺を固めてもいた。

既に潜伏していた賊などが複数捕まり、首を刎ねられている。

悪徳商売をしていた商人が摘発され。資産の大半を没収されている。

それだけではない。

税が安くなり。

農業区が活性化して、食料品が安くなった。

生活のための物資が、どんどん民の所に降りて来ている。昔だったら貴族くらいしか着られなかった服なども、庶民の手に渡るようになり。更に本の流通も、どんどん増えている。

昔なんだかの貴族の不興を買っただとかで追放されていた学者が、学術院に戻って来ている。

気むずかしい老人だが、知恵は確かだ。

アーベルハイムにも何度も招いて、色々な話を聞かせて貰っている。

パティも、それらを目にして。

耳にして。

父による改革が上手く行っていること。

ライザさんが直してくれた機械が、王都を加速度的に改善していることを理解していた。

それでも、周囲に護衛をつけて歩く。

パトリツィア様。

そう声を掛けて、民の一人が来る。

護衛が警戒するが、パティは相手が非武装なのを即座に見抜いて。手を横に。剣を降ろすように指示したのだ。

「如何しましたか」

「アーベルハイムの令嬢であるあなた様に直訴したく!」

「火急の用件、ということですか」

「はっ……!」

地面に這いつくばる、みすぼらしい男性。

戦士だな。

そう判断したので、アーベルハイム邸に招く。男性はもと騎士だったらしく、話を聞いていくと、意図が分かってきた。

この男性は。

騎士の権力闘争から脱落した人物だ。

王都では既に腐敗が騎士階級にまで浸透していて。派閥だの何だのが先行して、魔物を撃退するために一番必要な剣腕が軽視される有様だった。事実、それで多くの人材を取りこぼしてきた。

ライザさんのいたクーケン島にも、そうやって王都が取りこぼした戦士がいると聞いている。馬鹿な貴族達はその人を負け犬とか嗤うかも知れないが。

実際には、見捨てられたのは王都で。

そんな貴族共は、どれだけいても何の役にも立たないのだ。魔物を相手に、連中に何が出来るというのか。

「騎士の一部が、貴方を襲撃する計画を立てているようです。 既に潰された貴族の利権に噛んでいた騎士達が、このままでは破滅だと……」

「分かりました。 事実かを確認し次第、対応します」

「は……」

「食事と湯を用意してください。 貴方も、騎士としてまた戦えますか。 そうであるならば、王都のために立ち上がってください」

はっと頭を下げる元騎士。

不衛生な衣服に頭だが。

それを、不愉快だとパティは思わなかった。

すぐに調査させると、どうやら本当だったらしいことが分かる。外にろくに出ず、魔物の討伐からも遠ざかり。王や有力貴族の周囲だけ「優秀に」護衛していたような騎士達である。

おとりになって出向いて、まとめて斬り伏せても良かったのだが。

捕らえれば、まとめて醜聞を吐かせることが出来る。

そうパティは判断。

お父様に相談して。許可を得たので。まとめて逮捕に動いた。

貴族の邸宅跡に群れていた騎士は十人ほどだったが、逮捕に出向いたアーベルハイムの部隊を見て仰天。

手向かおうとしたが。一人がパティに腕を即座に叩き斬られると、悲鳴を上げて逃げ惑い。

挙げ句、カエルのように這いつくばって降伏した。

その有様は。

直訴してきた騎士とは、同じ格好でも全く別で。

おぞましい程に見苦しかった。

後は尋問に回す。これで、更に醜聞を引っ張り出すことが出来る。

王都から、貴族を排除できるかも知れない。そもそも世襲制で権力や財産を受け継ぐ仕組みが、全うでは無いのだと、パティは思い始めている。

パティだって、実際にライザさんと一緒に様々な戦いを経験しなければ、今のような実力は得られなかっただろうし。

そのライザさんは、世襲全く関係なし。ただの農家の娘なのだ。それが、あの隔世の豪傑なのである。

血筋なんてものは何の意味もない。

そう、パティは結論していた。

 

パミラが戻ると、アインは丁度眠ったところだったらしい。いつも出迎えにきてくれるのに。

今日は盟友のガイド音声だけが迎えだ。

やがてコンソールの前に出ると。

盟友は話しかけてくる。

「パミラ、良く来てくれましたね」

「メインシステムへのハッキングの調子はどうかしら」

「そろそろ半分と言いたい所ですが、非常に頑強なシステムです。 多数の枝分かれしたシステムに権限を委譲しており、セキュリティの突破も一筋縄では。 それでも、全力で対応はしています」

「例の巫山戯た収集システムだけでもとめられればねえ」

それが一番最奥にあると聞かされて。

パミラも、そうかと嘆息するしかなかった。

幾つか、情報交換をしておく。

まず同胞だが、東の地にて門を発見した。これから状態を確認して、封鎖に掛かる。幸い、フィルフサの強力な群れは門の向こう側では確認できていない。

「あの辺りは古代クリント王国のもっとも強力な実験場だったかしらっけ」

「そうですね。 記録に残る限り、自分達に激しい抵抗をした東の民を苦しめる意図もあったのでしょうが」

「それにも耐え抜いた東の民は、今でも文化を継承することに成功していると。 皮肉な話ではあるわー」

「そうですね。 ただ、我等と連携しないと、その東の民も存続が厳しい状況です」

その通りだ。

同胞の補充はどうにかしてもらっているが、それでもやはり東の地での戦闘で命を落とす者が多い。

同胞でも倒されるのだ。

凶猛な東の地の民でも、多くが若いうちに死ぬ。それだけ、強大な魔物が多数いるのである。

「王都の様子はどうですか」

「アーベルハイムの改革は上手く行っているわよー。 出来るだけ流血は避けているしねー」

「それでも流血はあるのですね」

「王都が乱戦の場になるよりはましよー。 今まで暴利を貪ってきた連中が排除されているだけ。 それだけだしねー」

ふふと、パミラは笑う。

パミラとしても、あの手の輩に興味は無い。

前にいた世界で。

あの手の輩が、どれだけ無能だったか。それだけ社会に害を為したか。見て、良く知っているからだ。

「最低でも同胞五名が必要ね。 用意は出来る?」

「分かりました。 今リソースを回しています。 一週間後に戦線に立たせられるでしょう」

「……それで、「悪魔」が動き出しているようだけれども」

「恐らくは、収集システムの直下部隊でしょう。 ライザリンを狙っているのだとすると、或いは……我々の抵抗の主軸にライザリンがいる事に気付いているのか、それとも」

パミラには分からない。

所詮は狂った連中が考えたシステムだ。

ライザはどう考えても連中よりも優れた才覚を持っているが。

だからこそに、やっと打倒出来る機会が来たのだとも言える。

資料で見ているが。

此処に連れてこられた人間が、どれだけ無惨な死を遂げていったか。

神代の連中は、最初から最後まで。

搾取しか考えていなかった。

自分達以外の人間を蛮民としか思っていなかったし。

誰かしらの逸材を見つけた場合も、「神に近い我等の仲間に加えてやるから這いつくばって感謝しろ」等という風に考えていたのだ。

その挙げ句に。

いや、そこで今怒っても仕方がない。

順番に、対策を練って行くしかないだろう。

「ライザに、例のものを引き渡してこようかしら?」

「いえ、それは最後にしましょう。 同胞達の中には、まだライザリンを信用していない者も多いのです」

「まあ、錬金術師だものねー」

「はい。 錬金術師ですから」

ふっと、溜息が出る。

錬金術は力の学問だ。

それを、欲望が強い人間が手にし。エゴを振るう為の道具にしたとき。

それは文字通り、最悪の凶器になる。

良く知っている。

幾つもの世界を見て来たのだから。

錬金術で破滅してしまった世界もあった。

だから、パミラは最悪の場合は干渉する。それだけである。そしてこの世界は、その最悪に位置しているのだ。

後は、二言三言情報を交換して、それでこの場を離れる。

パミラは同胞の指揮官として。

世界中で、やらなければならないことが、幾らでもあるのだから。

 

(続)