硝子と魔石と暗闘と

 

序、第二都市サルドニカ

 

街道の掃除をあたしは続ける。ここで言う掃除とは勿論魔物の駆逐の事だ。

街道に魔物が出て、人間を狙う。

今、勢いがあるサルドニカでもそれは同じ。

要するに魔物の方が人間より戦力が高いから、魔物が人間を舐めて掛かっているのだ。街道は完全にエサ場になっている。昔は人間の方が強くて、魔物は虐げられていたのも。魔物がこれだけ人間に敵意を剥き出しにする理由なのかも知れないが。あたしにはちょっとなんとも判断材料がない。

そして街道で様子を見て、対応力が完全になくなったと判断すると。

魔物は集落に攻めかかり。

そして滅ぼす。

滅ぼされた集落にいた人間は、大半が殺される事になる。

そうやって滅びた集落は、たくさん見て来た。

タチが悪い魔物になると、人間が逃げられるようにわざと隙をつくって、逃げた所を背中から強襲する。

そうすることで、より抵抗なく殺せる事を知っているからだ。

古代クリント王国が滅びてから、この傾向はずっと続いていて。人類の版図は狭くなる一方で。

それはサルドニカでも変わらないのだ。

だから、少しでもあたし達が改善する。

セリさんの植物魔術の拘束を受けて、吠え猛る大きな熊の魔物。凄まじいパワーであり、その爪が多くの血を吸ってきたのは確定だろうが。

だが、蔓を突っ切って無理矢理後ろ足で立ち上がった瞬間。

レントが肩から斬り下げ。更に傷口に、クラウディアが速射で大量の矢を浴びせる。

集落を一つ潰した人食い熊だ。

後ろ足で立つと、背丈だけであたしの六倍はある。

此処で殺さなければならない。

クリフォードさんのブーメランが、奴の口に直撃。蹈鞴を踏んで、体勢を立て直そうとするが。

既に側面に回っていたあたしが、詠唱を終えていた。

こっちを見る熊。

だがその時には、あたしは踏み込みつつ。

熱槍千を収束して。

投擲していた。

こいつの毛皮は、大概の魔術も武器も跳ね返してきた。だから、防御には自信もあったのだろう。

だが、次の瞬間。

赤黒い毛皮が、爆発的に炎上。

あたしの熱槍が貫通して、体内から一気に焼き尽くしたのだ。

巨大なトーチになった熊が、数歩歩いて。

それで炭クズになって倒れる。

しまった。

毛皮は。回収したかったな。

ただ此奴のパワーは侮れなかったので、ちょっと手は抜けなかったのだが。

「終わりましたよ。 炭クズになっちゃいましたけど」

「は、はい……」

商隊を下げさせて、守りを固めていたフェデリーカさんは、生唾を飲み込んでいるようだった。

こいつが、相当危険な魔物として、周囲に暴威を振るっていたのは聞いている。

出るかも知れないと、警戒していたのだ。

此奴が出た場合は、近辺の特産品である銀の蜂の巣を放り投げて逃げる。それが鉄則であったらしい。

熊は肉食性が強いが。

それでも、一番好きなのは、実は甘いものだ。

これは大型の熊でも大して差は無い。

エサに対して執着する性質があって、それが非常に危険ではあるのだが。

同時に甘いものが一番好物という習性もある。

クーケン島の近くでも熊が食害を起こす事はあったので。

あたしも、それは知っていた。

「血染めのヴァーケン、処理完了と伝えてください」

「は……」

フェデリーカさんのつれ。

というか監視役の二人が、言葉少なく答える。

そして、商隊がそのまま行く。

商隊の中には、かなりの距離を逃げていたものもいたので、そっちをむしろ急いで迎えに行く。

はぐれた人間を、魔物は容赦なく襲うのだ。

すぐに点呼をして、欠けた人間がいないことを確認。

幸い、戦闘が短時間で終わった事もある。

魔物に誰かが囓られていることもなかった。

「まだしばらくサルドニカには掛かりそうですか?」

「上手く行けば後丸二日から三日ほどですね」

「途中には街とかがある感じで?」

「幾つか小規模な集落はあります。 そうだ、その集落で水車が動かなくなっていて……」

水車と言っても、木造のものではなくて。

やはり神代の技術を取り込んだものだそうだ。

百年以上前に、サルドニカを作るのに尽力してくれた人が作りあげたそうだが。今はロストテクノロジー化していて、直せないらしい。

百年前というと、古代クリント王国の技術にも劣るだろう。そうなると、ロストテクノロジーをそのまま持ち込んだとみていい。持ち込んだのは錬金術師だろう。

百年前か。

そうなると、あのアンペルさんの言っていた事件が気になる。或いは。王宮にあつめられた錬金術師の一人だったのかも知れない。

まあ、見てからだな。

そう思いながら、街道を行く。

やはり魔物のエサ場になっている。

途中何度も魔物の襲撃がある。

かなり大きな鼬の群れも出た。相当に手強いが。

いずれにしても、あたし達の足を止めるほどじゃない。手強いと言っても、フィルフサに比べれば与しやすい相手だ。

蹴散らしながら先に。

かなり大きな走鳥が、街道で睨みを利かしている。

この辺りの主気取りか。

レントが前に出る。

「レント、あんた一人でいける?」

「任せろ」

鋭い雄叫び。

同時に、体勢を低くして、走鳥が突っ込んでくる。かなり大きな相手だ。それに対して、レントは地面に根が生えたようにどっしりと構え。

相手が突貫してきた瞬間。

すれ違っていた。

走鳥の首がすっとぶ。

走鳥はそれでも数歩走って、地面に倒れる。

鶏は頭がなくなっても長時間生きる事があるのだが。走鳥は無理か。

あたしはすぐに皆を急かして、血抜きを始める。これだけ大きい魔物だと、倒すのに戦死者を覚悟しなければならない。

それを瞬殺出来たのは僥倖だ。

商隊は、魔物が出る度に足が止まる。

どの馬車も藁を積んでいて、荷物が壊れないようにしているが。それでもやはりどうあっても荷物全てを守るのは無理だ。

クラウディアの話によると、大きめの商隊になると、魔物のエサになる為の荷を敢えて積んでいる場合もあるそうだ。

護衛に雇った戦士達が対応できない場合は、その荷を捨てて。魔物が貪り喰っている間に逃げると。

勿論追撃してくる魔物の数を減らせるだけだろうし。

何より、肉の味を覚えた魔物が後続を襲う事になるが。全滅するよりはましと考えているのだろう。

王都周辺の惨状を知っているから、そういった事をする人を責める気にはあたしにはなれない。

まあぶん殴るが。

考えは分からないでもないのだ。

血抜きと肉や皮の切り分けが終わる。すぐにその場を離れる。

あたしが最後尾で様子を見ながら歩いていると、フェデリーカさんが来る。護衛の二人も、無表情なままついてきていた。

「噂以上の手練れですね。 王都周辺の大物をあらかた片付けたというのは噂ではないようで安心します」

「フェデリーカさんは身を守る術は」

「一応戦えますが、私の魔術は支援専門で……」

「一応、戦闘時の為に聞かせてください」

いつ、総力戦になってもおかしくないのだ。

クリフォードさんが前衛に。中衛にクラウディアがいて。それぞれ勘と音魔術で、周囲は警戒してくれている。

それでも絶対は無い。

ワイバーン辺りが複数奇襲を仕掛けて来た場合、全員を守りきる自信はあたしにはないのだから。

「ええと、私の固有魔術は舞いです」

「工房長」

「いえ、ライザリンさんには話しておくべきだと思います。 今から信頼関係を構築するべきだと思いますので」

話が早くて助かる。ちなみに「さん」でいいとも告げてあるので、少しずつそう呼んでくれるようになってきている。もう少し信頼関係が構築できたら、ライザと呼んで欲しいものだが。

それにしても舞いとは。

フェデリーカさんが、何やら棒のようなものを手元から出す。それをぱっと開く。そうすると、そこには折りたたまれていたゼッテル……それもかなりいいゼッテルが、開かれていた。

絵も書かれている。

これはとても高いものだなと、あたしは即座に判断した。

「これは東方から伝わった扇というものです。 普通は風を仰ぐだけに用いるのですが、これを用いた舞踊があります。 私はその舞踊を固有魔術にしています」

「サルドニカには東方からの技術が多いんですか?」

「創設メンバーの中に東方からきた人がいたのです。 彼等は優れた剣術をはじめとする武術を修めた戦士で、何人かは王都にもその後向かったそうです。 うち一人が、私の先祖です」

なるほどね。

それでそういう固有魔術が伝わっているのか。

具体的には、周囲の人間の能力を強化したり、或いは敵の動きを阻害したりするものであるらしい。

足下なんかもしっかり固めているのは、いざという時に舞えなくなるのを避ける為か。なるほどね。

頷くと、あたしは扇を見せてもらう。

いいゼッテルだが、家宝だとしても相当使い込まれている。造りは確認できた。これは恐らく、竹を用いているとみて良い。

竹を骨状に使って、そこにゼッテルを張っている訳か。

ゼッテルも、かなりの品質でなければ追いつかないだろう。

「ライザリンさん、再現はできそうですか?」

「うん。 やってやれないことは無さそう」

「凄いですね……。 このゼッテルだけで、再現はサルドニカでも出来ないんです。 百年以上前のゼッテルを、どうにか補修しながら使っていて」

「……」

確かに脂か何かの液体で表面を固めているのが分かる。

それでも絵が少しずつ崩れてきていることから。

工業都市の筈のサルドニカも、相当厳しい状態にあるのが分かるのだった。

ぴいと、音がする。

クラウディアの合図だ。魔物である。

即座に戦士達が展開して、魔物を迎え撃つ。

かなりの数だ。

どれも鼬だが、群れの規模が大きい。

体も藍色で、足の形状から陸上に特化している種とみた。

あたしが詠唱している間に、レントが突貫して、敵を蹴散らす。クリフォードさんが投擲したブーメランが、鼬を横薙ぎにへし砕く。セリさんが植物の魔術で、鼬を空に放り上げる。

クラウディアの矢が相当数を仕留めるが、それでも突貫してくる鼬の群れ。

大きいのがいる。

あれが最初に此方の出方を見る為に、小さいのをけしかけた。

マザーと呼ばれるメス個体が仕切る鼬があたし達のいる辺りでは普通だが、鼬は彼方此方に適応している魔物で、生態もかなり違う。

この辺りでは、大型種が小型種を使役するのか。

いずれにしても、詠唱は完了。

あたしは、空に二万の熱槍を出現させていた。

度肝を抜かれた魔物も戦士も、空を見上げ。

それが、鼬たちには致命打になった。

「今日の天気は……曇りのち隕石!」

一発一発が、石造りの家屋数軒を融解させる熱槍が、文字通り驟雨となって降り注ぐ。詠唱の時間を作ってくれたおかげで、レントが前衛で押し切られることもなく、敵をこうして食い止められた。

文字通り烈火の灼熱地獄が目の前に出現する。熱風が上昇気流を作り出し、悲鳴を空に押し上げた。

それが収まったときには。

大型の鼬も。

小型の鼬も。

群れごとロストしていた。

制圧完了だ。

毛皮などは惜しかったが、あの規模の群れとなるとそうも言っていられない。もしも前線を喰い破られていたら、死者が出ていた。それを考えると、殲滅は当然。しかもあの様子だと、人間の血の味も知っていただろう。

殺す以外に、選択肢は無い。

「点呼。 負傷者を確認」

「は、はいっ! 点呼をしてください! 負傷者は!」

あたしが促すと、あわててフェデリーカさんが呼びかける。

経験が浅いな。

あたしは、あたふたしているその様子を見て。やはりこの子はお飾りの首長なんだなと、理解していた。

 

夕方近くに、言われていた集落による。

それなりにものものしく外壁を石壁で固めている集落だが、中央にある水車は、無理に川を引き込んでいることもあるのだろうか。

いびつで、更には錆びだらけで。

厳重に警備しているのに、それで何か役に立てているかというと、そうとは思えなかった。

家屋の一つを借りたので、レントとクリフォードさんに釜を運び込んでもらう。あたしはというと。

水車の中身を見に行った。

警備の戦士は、フェデリーカさんが声を掛けると、通してくれる。内部はひんやりしていて。

まだかろうじて動いている歯車が、ぎしりぎしりと異音を立て続けている。

なるほど。これだけで、この水車が寿命寸前だと言う事がわかる。

水車というのは、普通は水が流れる力を利用して、水車を回し。それで色々な事をする。これが意外に難しく、水車を回す仕組みも色々な工夫がいるし。更に歯車を回した力をどう利用するかも色々と工夫がいるのだ。複数の歯車を用いて、回転の力を縦にし。それを利用して、臼などを動かすケースも多い。そうすることで、小麦を粉とかに変えたりするのだ。

東方にあるライスというものを、これである程度脱穀という作業をすると聞いたこともある。

風を利用した風車でも同じような事が出来るのだが。水車の場合は風の機嫌しだいな風車と違って。

安定して回し、力を得られるところが違う。

あたしが今見ているのは、歯車の回転の仕組みを、大気中の魔力を取り込んで何倍にも増幅する水車だ。

ゼロから力を生み出す訳ではないのだが。

生み出した力を何倍にも増幅している。

それも、どうやってそれをやっているのか分かっていない。フェデリーカさんが不安そうに見ている中で、釜を運び終えたレントを呼ぶと。

光学式のコントロールパネルを呼び出して、一旦水車をとめる。

元々止まり掛かっていたのだ。

とめてから、歯車を順番に外し。内側にあったコアとなっているエネルギー源を取りだす。

フィルフサのコアではないが。

これは多分、魔石を圧縮したものだな。

「魔石ギルドなんてものがあるってことは、この辺りでは魔石がたくさん採れるんですか?」

「はい。 硝子の材料と同じで、鉱山から採れます。 鉱山も多くて、簡単には枯渇しないと思います」

「……だから魔石にしたんだろうな」

「ライザリンさん?」

フェデリーカさんには、ライザでいいよとはまだ言えない。

相手は形だけとはいえ、今人間の世界で珍しく勢いがあり発展しているサルドニカの首長だ。もう少し様子見をしてからである。

すぐに調整に入る。

歯車も傷んでいる。歯車を回すための柱もである。これらを、全て調整し直す。

エーテルに放り込んで、全部要素を分解し、組み立てを再開する。釜にエーテルを満たし、放り込んだものを再構築していく様子を見て、フェデリーカさんは度肝を抜かれているようだった。

ゴルドテリオンは相応の品質のものがあるので、これを惜しみなく使う。

ただし表面はコーティングする。

これは盗難を避ける為だ。

それに加えて、持ち込んでいる粗悪品とはいえセプトリエンを用いて、コアを使う。

まだセプトリエンは、最初に手に入れて一年が経過する今も、研究の途上だけれども。

こうやってエネルギー源にする事は、難しく無くなっている。

とにかく細かい世界を調査している今。

セプトリエンが、超圧縮された魔石の一種である事は、なんとなく分かってきている。ただし、その超圧縮のプロセスが分からない。

魔力を圧縮しすぎると普通は爆発する。

それが起きずに魔石になり。更に圧縮が進んでセプトリエンになるプロセスが、まだ未解明なのだ。

ともかく、セプトリエンを使って動力源を用い。

てきぱきと組み立て直す。

レントとクリフォードさんに力仕事を頼んで、水車を直していく。

やがて組み立てが終わると、光学式コントロールパネルを起動。再起動させた。

水車が、ぐんと動き出す。

今までダラダラ動いていただろう臼が、一気に元気になる。

驚いたのは、フェデリーカさんだけではない。護衛の二人が、思わず目を見張っていたほどだ。

「すぐに水車での作業待ちの物資を!」

「は、はい!」

フェデリーカさんが声を掛けると、下っ端の職人らしいのが走っていく。そして、生き返った水車を見て喜んでいた。

物資が。多分小麦が投入されている。

ガンガンそれらが回されて、粉にされているのが分かった。

後は、誰でも分解できるものだろう。

クラウディアを呼んで、口述でマニュアルを作ってもらう。そして、フェデリーカさんに手渡して。

更には自分で実演して。フェデリーカさんにも実施して貰った。

「誰にもどうにもできなかったのに、こ、こんな簡単に……」

「これはそもそも、錬金術によってテクノロジーの中核が組まれていたので仕方が無いです。 錬金術は、既に失われて久しいので」

「……やはり貴方を呼びに行ったのは正解でした。 最初は殆どダメ元のつもりだったんですが。 最悪、魔物の退治だけでもと思っていた事は詫びさせてください」

「いえ、そうだろうとは思っていましたので、大丈夫ですよ。 それにあたしの方でも、色々利がある話ですので」

フェデリーカさんが頭を下げるで、ちょっと恐縮する。

相手の方が年少とは言え、そもそも立場的に首長。それがきちんと頭を下げられるのは偉い。

一晩、集落で休んで、サルドニカに向かう。

後二日、というところだった。

 

1、工芸の都市

 

サルドニカの寸前で、ボオスが追いついてきた。大急ぎで来たらしく、かなりへばっていたが。

卒業式はかっつり終わったらしい。

それはそれで良かった。

「お疲れボオス。 タオはやっぱりまだ掛かりそう?」

「ああ。 ちらっとだけ聞いたが、論文は二つとも通ったとかで、結局両方とも博士号をもらうことにしたらしい」

「ふうん……」

「もっと驚けよ。 貴族以外の、しかも学生の論文が通るなんて、何十年に一度らしいぞ」

馬鹿馬鹿しい話だ。

たかが三十万程度しかいない街で貴族を気取っている連中の、それも箔を付ける為だけのものだろうに。

要するに井戸の中のカエルであり。

そこにいきなり外から魔物サイズの存在が来たのである。

タオは普通に世界でも最上位に食い込む知謀の持ち主と聞いている。

通るのは当然だし。

もし通らなかったら、それは王都の連中がゴミカスなだけだ。五百年井戸に篭もってゲコゲコ鳴いていただけの哀れなカエル。

論文が通ったのも、ヴォルカーさんの尽力があっての事だろうな。

そう思って、あたしはボオスに薬を渡す。

ただの栄養剤だが。ボオスも無言で受け取り、飲み下していた。

ボオスがフェデリーカさんに挨拶をする。ボオスもまだ距離を測っているようで、丁寧に応じているが。

よそ行きの顔なのだろう。

笑顔なんて作って、ちょっと怖いと思った。

笑顔を見て嬉しくなるのではなく、裏が露骨にあるのでちょっと怖い。

まあ今のあたしは。

大概のものは真正面から粉砕できるので、ちょっと怖い程度だが。

「それはそうと、この街道の魔物結構手強いよ。 ボオスはよく無事だったね」

「お前らが片っ端から駆除してくれていたからな」

「まあ、それもそうか」

見えてくる。

巨大な都市だ。

王都ほどでは無い。規模は十万少しだと聞いている。それに、都市そのものもいびつな印象だ。

王都は元々、古代クリント王国以前の、神代の都市だった。

古代クリント王国は征服した国の人間を全部奴隷化し、文化を悉く焼き払っていた事を去年の調査で知ったが。

たまたまそう言った蹂躙の中でガワだけ生き残った都市が、古代クリント王国の崩壊後に使われたのが王都だ。

だから殆どがロストテクノロジー化していて。

それについて、誰も疑問にすら思っていなかった。

五百年も前の事だ。

歴史の生き証人になれる人間はいないのである。

それだけの時を生きられるオーレン族は、当然この件に噛んでいない。

そうなれば、一度全部潰してしまったのだから、何も残らないのは必然だっただろう。

「見えてきました。 サルドニカです」

「なんだか少し形がいびつだね」

「今も発展し続けていますので、城壁を何度も崩しては立て直しているんです。 また城壁を崩して、立て直す予定です」

「へえ……」

大きな歯車がゆっくり回っている。

何かガスを出している煙突がある。

歯車は確かに錆びだらけだ。これは恐らくだが、そもそも百年前だかに此処が作られたときには。

既に劣化は、どうしようもない状態だったのだろう。

余所から持ってきたにしても、どこからだろう。

いや、分かっている。

魔物に蹂躙された都市は幾らでもある。

そういった遺跡化した廃墟から持って来たのだろう。それでありながら、一から都市を造ったのだとすると。

余程の豪傑がいたのか。

いや、錬金術師が基礎を主導したとしか思えない。

百年前にそれが出来た錬金術師か。

どうにも、フェデリーカさんのネックレスの件もある。

あの扉と、無関係とは思えなかった。

サルドニカの至近に来ると、流石に魔物も減ってくる。幾つかの見張り所があって、フェデリーカさんが挨拶すると、貫禄のある戦士が敬礼を返していた。例のメイドの一族も何人か詰めている。

というか、王都より多いくらいだ。

こっちに重点を置いているのか。

いや、顔とかに向かい傷が目立つ戦士が何人もいる。

例のメイドの一族の戦士の実力を知っているあたしとしては驚嘆せざるを得ないのだけれども。

この辺りの魔物が強いのか。

それとも、何か別に事情があるのかも知れない。

門を潜る。王都のものほどではないが。それでも攻城戦を意識した造りだ。もっとも、これも外から持ち込んだものだろう。

彼方此方が傷んでいる。

これは恐らく。一度街を守れなかったものなのだろう。そう思うと、血なまぐさく感じるのだった。

フェデリーカさんが、手を叩く。さっと、職人らしいのが来る。まだ若い男性だ。

「たれかある」

「は」

「ギルド長に声を掛けて来てください。 硝子ギルド、魔石ギルド、両方です。 ライザリン様をお連れした。 それだけで充分です」

「分かりました」

すぐに行く職人。

街は概ねに四つの区画に別れているようで、北東と南西が活気がある。

恐らく雰囲気からして、南西が魔石ギルドか。強い魔力を感じる。これに対して、北東には若い活力を感じた。

面白い事に、ぴたっと人が別れているのが分かる。

見張りについていたらしいフェデリーカさんの護衛も、無言のまま戻っていく。多分それぞれのボスであるギルド長に、進捗を報告するつもりなのだろう。

街は王都に比べると小さいが、人の活気は此方の方が上とみた。

井戸などの仕組みも、新しいものが使われている。煉瓦なども、新しいように見える。要するに、百年前に作ったものなのだろう。

フェデリーカさんが、淡々と説明してくれる。

「サルドニカはおもに四つの区画に別れていて、北東に硝子ギルド、南西に魔石ギルドの関係者が集まるそれぞれの区画。 南東は居住区で、北西はその他のギルドが密集しています」

「魔石と硝子だけは特別扱いなんですね」

「はい。 出来れば他のギルドも伸ばしていきたいんですが、時には魔石ギルドや硝子ギルドから圧力が掛かる事もあって……」

「たった百年でそれか……」

あたしは呆れた。

百年というと、此処が作られてから生きている人間は流石にいないか、いたとしてもごく少数だろうが。

それにしても、まだ新しい都市なのに、そんな派閥争いをしているのか。

クラウディアが、嬉しそうに周囲を見ている。

彼方此方に露天があるのだ。

「バレンツはここにまだ進出していないの?」

「ううん、そんなことはないよ。 ただ、来る度に色々な店が増えているの」

「そっか。 そうなると、商機があるかも知れないね」

「分かってきたねライザ。 お金を貯めることにはあまり興味は無いのだけれども、お金を動かす事は楽しいの。 これも商人の血なのかも知れないね」

そういえば、宝石も大好きらしいが。一度手に入れた後は、すぐに流通に乗せると言っていたっけ。

クラウディアは、お金を手に入れるのは好きだが。

お金を手元で保持し続ける事には、あまり興味は無いらしい。

まあ、それは人それぞれだ。

ともかく、中央にある工房長の館に出向く。

「宿については……」

「んー、今の時間だとまだ明るいかな」

「はい……?」

「後で話します。 それはそうと、先に使っても良い広場を、街の内外どこでもいいので、指定して貰えますか?」

困惑するフェデリーカさん。

ともかく、工房長の館に出向く。

それを見上げて、あたしはなる程ねと呟く。

この構造。

普通の石造り、煉瓦造りの家とは根本的に違う。

多分これは。錬金術師が作ったものだ。

この工房長の館というのは、錬金術師が住んでいたものか、或いはアトリエだったものを勝手に改装したものなのだろう。

その話は、後で聞く事にする。

「硝子のぶつかり合う音がすげえな」

「独特の臭いが私にはきついわ」

「すみません、セリさん。 後でマスクを用意します」

「ええ、頼むわね」

セリさんが、珍しくぼやく。

あたしとしても、オーレン族の感覚の違いを揶揄するつもりは無い。こういう場合は、当然譲歩すべきである。

そのまま、屋敷の中に。

釜が置かれていたらしい場所があるが、そこは執務のためのデスクが置かれていた。奧のコンテナだったらしい場所は、倉庫になっている。

だいたい錬金術師のアトリエであることは分かる。

あたしも錬金術師だからだ。

そして、錬金術師としては、かなりの熟練者である事。

何よりも。この屋敷、一度攻撃を受けただろう事も理解出来た。窓などの一部が、不自然に違っているからだ。

此処にいた錬金術師は、多分追い出されたんだ。

どういう奴だったのかは分からないが、アンペルさんの話に出てくるロテスヴァッサが百年前に集めた輩の一人だったとしたら、エゴの塊だったとみて良いだろう。

だとすると、権力闘争に敗れて追い出されたのか。

この街を作っただろうに。

レントを一瞥する。

レントを見るまでもない。レントに助けて貰ったのに、大きくて圧があるという理由でレントを勝手に恐れ。

そして遠ざけた恥知らずは、別に珍しい連中でもない。

去年。三年の一人旅を経たすっかりレントが凹んでしまっているのを見て。それを確信できた。

この街の創設メンバーも、そういう連中だったのだろう。

フェデリーカさんには悪いが。

此処も同じなんだなと言う感想しか出てこない。

ただ、錬金術師が極悪非道の輩だったという可能性もあるが。

まあ、どう考えても。

どっちもどっち、だったのだろうが。

「すぐにギルド長は来ると思います。 ライザリンさん達は、其方で待機していてください」

「ちょっと俺にはソファが小さいかな」

「レントさんはとても背が高いですね。 どこでも傭兵としても戦士としてもやっていけそうです」

「そう言ってくれると嬉しいな」

レントもさっと流したが。

レントよりさらにでっかいザムエルさんが。レント以上の迫害を受けたことは、想像に難くない。

ちなみにクーケン島で話したのかちょっと聞いてみたが。

レントはザムエルさんと話す事もなかったそうだ。

それはそうだろう。

ストレスでおかしくなったザムエルさんに、事あるごとに殴られながら育ったのである。

良く想っている筈がない。

多分力の差は既に逆転している筈で。

それを思うと、殺し合いになっていないだけマシだし。

殺し合いになったら、ザムエルさんが殺されるだろうなと、あたしは推測してはいたが。

やがて、ギルド長が来る。

数人の取り巻きをそれぞれ連れていた。いずれも、明らかに荒事を前提とした護衛だった。

この様子だと、街中での喧嘩沙汰も絶えないのかも知れない。

ライバルが存在する事は、とても発展のために良いことだというのはあたしも知っているけれども。

この場合は、ちょっとやり過ぎだ。

戦争になるような関係は、発展どころか無駄な人的資源の消耗を生む。

これ以上関係が悪化すると、サルドニカは街を二つに割っての殺し合いになりかねないなと、あたしは思った。

ただ。ギルド長の側に控えているのは、双子以上にそっくりな例のメイドの一族だ。

やっぱりというか何というか。

それなりの数がいるのだ。

この街を実質上支配している二人に、ついていないわけがないか。

王都でも、王族の側にも貴族の側にもいたのだから。

「戻りましたかギルド長」

そう最初に声を発したのは、どうやら魔石ギルドの長らしい女性だ。フェデリーカ以上に肌の色が浅黒く、女狐という言葉が最初に出てくる。とにかく老獪そうな中年女性である。

それでいて美しさを担保するために、計算し尽くされた化粧をしている。

「それで其方の女性が?」

そう話したのは、多分硝子ギルドの長らしい男性だ。

もう少しで壮年という年齢で、手にも肌にも大きな傷を幾つも持っている。やはり職人はこうなるものなのだろう。一方肌は白い。これは恐らく、日に当たっている云々の話ではなく、多分そういう血筋と言う事だ。

それなりに甘いマスクだが。目つきはとても鋭い。

これは、生ぬるい王都の権力関係より、よほど厳しい環境で揉まれているんだな。

そう思って、あたしは両者を丁寧に観察する。

フェデリーカさんが、咳払いして。あたしを二人に紹介する。

「錬金術師ライザリン=シュタウト様です。 道中で確認しましたが、魔物の群れを瞬殺するほどの凄まじい魔術を使いこなし、更にはあのカテラ村の水車を、殆ど即時に直しました」

「何ッ!」

「あの水車をだと」

「はい。 手際は凄まじく、何も口出しどころか、手を出す暇もありませんでした。 動かすためのマニュアルまで整備してくださいました」

まあ、そう紹介してくれると嬉しい。

ギルド長二人が、あたしに胸に手を当てて挨拶する。

硝子ギルドの長である女性はアルベルタさん。

魔石ギルドの長である男性はサヴェリオさん。

なんでもこのサルドニカでは、職人としてバランスが一番取れている若い世代の人間を長に据える風習があるらしく。

アルベルタさんはもう少しで引退するそうだ。

アルベルタさんは見た感じ、子供を二人か三人産んでいるか。どれだけよそ行きに体を調整していてもそれは分かる。

あたしも散々田舎で産婆の手伝いはしているし。

十代半ばには結婚して、今のあたしくらいの年には二三人子供を持っている友達は何人も知っている。

どうしても子供を産むと体型は変わる。

その程度は、あたしも一目で分かる。

ギルド長二人は牽制し合っていたので、あたしから話しかける。

「ライザリンです。 ライザとお呼びください。 あたしは錬金術師として、自身の力を常に人々の為に役立てようと思っています。 サルドニカは一瞥したところ、多くの機械が傷んでいるようですね。 あたしの手で、どうにか出来ると思います」

「う、うむ……」

「それはありがたい話だが」

「どこから直すかで、ギルドの権力関係が噛んでくる、ですか。 それならば、まずはお二人の関与している機械からではなく、中小のギルドの管理している機械から直して行きましょう。 クラウディア、ボオス」

二人を呼ぶ。

二人とも、既に控えてくれていた。

「貴方はバレンツの」

「クラウディアです。 ライザの友人をしております。 此方はボオス。 クーケン島の代表をしているブルネン家の名代です」

クラウディアがてきぱきと自己紹介。

すっかりよそ行きの顔になっている。

あたしは、そのまま任せる。

「ライザに関する仕事依頼は、私が管理させていただきます。 恐らく、その方が混乱も無いでしょうから。 ライザの手際は、王都の機械全てを短時間で修理するほどのものです。 心配せずとも全ての機械は直りますので、一つずつ順番に私が手配させていただきます」

「バレンツの方でそう保証してくれるのなら有り難いが……」

「サルドニカは現在も魔物に脅かされている状況です。 ここでマンパワーを裂くわけにはいきません。 アルベルタもサヴェリオも、それぞれ自重してください」

舌打ちしそうになったサヴェリオさん。

精悍な若者らしい光が目に宿ったが。まあ、良いだろう。

この人はかなりの野心家だ。

場合によっては、ダーティな手を使う事も考えないと危ないだろう。

ボオスが咳払いする。

「俺は王都で経理学を学んできています。 機械の価値を査定し、どれから直すべきか判断しましょう。 外部の人間が、客観的に判断した方が、恐らく効率的に機械を直していけると思いますが」

「……」

「……分かった。 我々で言い争っていても仕方が無い。 一度引き上げる。 それと……祭の件だが。 工房長も、早めに判断をしてほしい」

「分かりました」

一礼すると、ギルド長二人は工房長の館を出て行く。

はあと大きく嘆息するフェデリーカさん。

さて、幾つか聞きたいことはあるが。

場所は、変えるべきだな。

そうあたしは判断していた。

此処は多分、フェデリーカさんの腹心で固めているのだろうが。それでも間諜は当然いる筈だ。

「さっきの空き地の話、覚えていますか?」

「はい、すぐに手配しますが……空き地なんかどうするんですか?」

「拠点を作るんですよ。 途中で少し錬金術を見せましたが、錬金術をやるには、アトリエがあると何倍も効率が上がるんです。 サルドニカからクーケン島に戻るのは時間が掛かりすぎますし、いっそここにあたしのアトリエ第四号を作ります」

「三つもアトリエがあるんですか!?」

フェデリーカさんは頭がパンク寸前のようだが。

クラウディアが、お茶を淹れましょうかと提案すると、流石にその笑顔を見て思うところがあったらしい。

手を叩いて、部下を呼ぶ。

「アンナ」

「はい」

例のメイド一族の人。

此処にもいるのか。

まあ、当然だろう。フェデリーカさんの側にいないと、この状況だと暗殺事件とか起きかねないのだ。

土地の権利書を確認し、すぐに好きに使える場所を指定してくれるフェデリーカさん。

相当に背伸びをしているのは分かるが。

それでも、この人は若いながら、出来る人なのだなと。あたしは感心していた。

ただまだ経験が足りない。

色々荒事を経験して、それで肝が据わったら。話は変わってくるはずだ。

 

2、サルドニカの現実

 

街から出て、まずは南に。

サルドニカは南北に街道が延びていて、北の街道はかなり危険だそうだ。街のすぐ近くまで魔物が迫っていて、撃退がやっとだという。

その魔物の中には、「フェンリル」と呼ばれる危険な存在がいるらしく。

今まで何人も騎士や傭兵が倒されているのだとか。

「フェンリル?」

「聞いた事がある。 大型の狼の魔物だ」

「あたしのいる辺りや王都では聞かなかったね」

「ごく少数しかいないからな」

流石にクリフォードさんが詳しい。

順番に説明してくれる。

なんでもフェンリルというのは、そもそも名前の由来が分からない狼の魔物だそうで。非常に高い知能を持ち、基本的に口に巨大な魔剣を咥えているそうだ。

戦闘力はドラゴンに匹敵し、大半のワイバーンを凌ぐという。

ただ幸い、群れで行動する事はないそうだ。

他の魔物となれ合うことも基本的になく。フェンリルはいつも他の魔物や人間の血で赤く染まっているのだとか。

それは凄い大物だな。

そうあたしは感心しながら、王都の外に出る。

フェデリーカさんは緊張している様子だ。ちなみにボオスは残って。機械の視察に出向いている。

それが原因でもあるのだろう。

ずっとフェデリーカさんの側に貼り付いていた護衛二人は。今回はついてきていない。本当に機械類を直せる人間が来たと言う事で、街を事実上仕切っている二つのギルドは、今喧々諤々の大議論の真っ最中ということだ。

一番発展している街がこれ。

人間が魔物に押され放題になる筈である。

「実の所、フェンリルの駆逐だけが今回の最低目標でした。 王都近郊で多くの魔物を仕留めたというライザリン様だったら……」

「ああ、もう外で人目もない……ないよね?」

「大丈夫だよライザ」

「うん。 フェデリーカさんもライザでいいよ」

あまりにも親しくしているのを見せると、舐められる。

それもあって、最初は控えていたのだが。

フェデリーカさんは、見た感じ真面目にこんな街でもまとめようとしている人間だ。だったら、敬意は払いたい。

少し考え込むと。

フェデリーカさんは、頷いていた。

「分かりました。 ライザ様……いやライザさんと呼ばせてください」

「それじゃ、外ではフェデリーカと呼んで良い?」

「はい、お願いします」

やっと年相応の素直な笑顔が出たか。

ともかく、クラウディアが音魔術で周囲をがっつり監視して、クリフォードさんも警戒してくれている。

此処ならもう、心配は無いだろう。

何度か魔物に遭遇するが、容赦なく叩き潰す。

何度かの戦闘を経て、やがて見えてきたのは、大きな川。その中州にある、広めの土地である。

なるほど、これは申し分ないな。

あたしは、手をかざして、切り出せそうな石を探しておく。

大丈夫、これならいい。

更に、地盤も確認。

橋はちゃんと架かっていて、中州には行ける。

其処で地盤を確認するが、これは地盤をそれほど固めなくても大丈夫だろう。川も其処まで暴れているようではなさそうだし。

何よりも、岸から川に掛けて、随分と高低差がある。水中の危険な魔物に強襲される事もないだろう。

「よし、申し分ないかな」

「あの、何をするんですか?」

「アトリエを建てる」

「……」

絶句するフェデリーカさん。

あたしは釜を取りだすと、順番に調合を開始。みんな慣れたもので、てきぱきと動き始める。

レントが切り出してきてくれた枯れ木を、そのまま合板に変える。合板は組み合わせるだけで、強度を担保できる作りにする。

順番に合板に仕上げていく。

釜に満たしたエーテルで、要素を分解し。

必要な状態に組み替えていく。

それをてきぱきとやっていく。流石に作るのはこれで三件目(王都のアトリエは既にあったところに釜を運び込んだだけなので、アトリエ四号といえど実際に最初から作るのは三つ目である)。慣れたものである。みんなも、手伝いをきっちりやってくれる。

「ライザ、柱は此処で良いのか」

「そこでいいよ。 それと……」

「私も何か手伝いますか」

「うーん、そうだね。 舞いの固有魔術で、皆の力とかを上げて貰えるかな」

頷くと、フェデリーカさんは二つの扇を拡げると、舞い始める。

円運動を中心とした舞いだが、見ていてとても小気味が良いもので。確かに力が湧いてくるのが分かる。

なるほど、あたしもこれは調合がはかどる。

順番に、調合を進めて。

そして、土台から作り。

壁を造り。

柱と梁を組み合わせ。

窓もついでに組み込んで。

屋根を立てた頃に、丁度夜になっていた。

今回のアトリエは、少し広めに作ってある。フェデリーカの分の部屋もあるし、なんならギルド長が部下を連れて視察に来た時の事を想定してある。

空間把握には自信があるので。

これくらいは、まあお茶の子である。

中に案内する。

広々とした空間に、木張りの床。

錬金釜を中心に、機能的に並んだアトリエの構造。

奧にはコンテナも居間もある。

フィーが懐から出てくると、嬉しそうに飛び回る。

今回のアトリエは、暖炉にもいざという時に出来る装置として、セプトリエンを動力にしたコアを組み込んだ。

暖炉はあくまで余技。

本命は、このアトリエを守る防御魔術の展開だ。

セプトリエンより作り出したコアを基にしている防御魔術である。その辺の専業魔術師の攻撃魔術なんて、痛くも痒くもない。

魔物の群れを相手にすることを想定した強度だ。

「ふふん、どうよ」

「大したもんだな。 これで宿いらずか」

「そういえば、皆さん恋人とか……そういう関係ではないんですね」

「なんだよ藪から棒に」

レントが怪訝そうに聞くが。

フェデリーカさんは、意外と恋愛体質なのか。

レントの怪訝そうな様子で、すぐに察したのだろう。

まあ、若い男女が群れているだけで、そういう考えを想起するのは、むしろ健全なのかも知れない。

あたしやタオやレントの方が色々とおかしい事は、自覚はある。

「俺たちはライザと幼なじみで、ボオスや、此処には一緒に来ていないがタオも。 クラウディアも昔からの仲間だ。 クリフォードさんやセリさんは、最近に加わった大事な仲間だな。 恋愛関係で一緒にいるわけじゃねえよ」

「それは、なんとなく感じていました。 恋人と言うには距離があるなと思っていましたし」

「フェデリーカはそういうのに憧れる方?」

「はい、まあ。 今は正直それどころではないんですが、実は一時期許嫁がいたことがありまして」

なるほどねえ。

確かにお飾りのギルド長だ。

いてもおかしくはないだろう。

ただし、許嫁の方が大変だろうが。

「許嫁はどうしたんだ?」

「もう亡くなりました。 ただ、四歳の頃ですけど。 事件性はなく、流行病でした。 その頃はお父様がしっかりサルドニカをまとめていたので、サルドニカはこうではなかったんです……」

肩を落とすフェデリーカさん。

アトリエに入ってきたのは、ボオスだった。

疲れきった様子で、ソファに腰を下ろす。

「戻ったぞ」

「どうだったボオス」

「機械がかなりあるな。 とりあえず、リスト化して来た。 後々散々やる仕事だろうから慣れておこうと思ったが、みんな針みたいな視線を向けてきていやがってな」

まあ、それはお疲れ様である。

ボオスにしても、今後針のむしろみたいな権力闘争の場で生きていかなければならない覚悟は決めているのだろう。

これくらいは、どうにかしないといけないというわけだ。

クラウディアが、皆のお菓子を出す。

まあ、軽く食べて今日は寝るとするか。

タオも近々合流してくれる筈だ。パティも合流してくれると心強いのだけれども。まあ、それは厳しいだろうか。

さて、サルドニカでやるべき事はたくさんある。

機械を直す。

街を脅かしている魔物を駆逐する。

そして、あの群島の奧の島の扉。

彼処に刻まれていた紋章の謎を解く。

出来れば、この街の状況も。あたしが出来る範囲で解決したい。

それと、もう一つ。

「硝子と魔石、他にもめぼしい技術は覚えておきたいな……」

「職人としての技量を身に付けたいんですか? 修行は職人として行う場合、最低でも年単位は必要ですよ」

「んーん、理屈だけ分かれば大丈夫」

あたしが釜を視線で指すと、フェデリーカさんはうっと呻く。

この錬金術のパワーは。流石に一発で理解したのだろう。

あたしの特技の一つは空間把握だ。

これを用いて、技術さえ理解出来れば、再現は出来る。

ただし、この街の職人は、技術レベルが高い。

多分完全再現は、かなり数をこなさないと厳しいだろうとは思うが。

「あたしは機械を直す。 魔物を殺して街を安全にする。 その見返りとして、フェデリーカさんのその身に付けているネックレスの紋章と、それと技術を吸収させて貰おうかな」

「ええと、その。 この街にとって技術は宝そのもので、その……」

「それなら心配ないぜ」

ボオスが冷静に指摘する。

あたしが言うより、こういうのは錬金術師ではないボオスが言う方が良いだろう。

「錬金術師としてまっとうなのは、現時点でライザと、ライザの師匠であるアンペル師くらいしかいねえ」

「そうだね。 私の方でも、バレンツで調べて見たんだ。 錬金術師を名乗っている人間は、各地に少しだけいるらしいの」

そうなのか。

クラウディアの話は初耳である。

ただし、クラウディアはあまり嬉しくないオチについても話してくれた。

「でも、そういった人は詐欺師か、作れてもちょっとしたお薬くらいだけみたい。 ライザやアンペルさんが作るようなお薬の足下にも及ばない、その辺の薬師が作るようなお薬程度しか作れないみたい」

「なるほど……。 ライザさんは、お弟子さんを取ったりする気はないんですか」

「理由は今はまだ説明できないけれど、それどころじゃないかな」

「その様子だと、結婚したりという気も無さそうですね」

フェデリーカさんはふんふんと頷きながら、ずばりと言う。

まあ、その通りだが。

あたしは苦笑いである。

多分だが、フェデリーカさんはデリカシー云々の話ではなくて。戦略級の価値がある人材として、結婚という手段でコネを作る気がない事を理解したのだと思う。

顔を上げて、はっとデリカシーについて気付いたらしくて、謝られるが。あたしは別にそれでどうこうするつもりはない。

それよりも、先にやっておく事がある。

「フェデリーカさん。 とりあえず、あたしの要望をギルド長達に正式に通達してくれるかな」

「はい。 紋章の調査と、技術の視察ですね」

「うん。 それと、これを告げておいて。 あたしは技術は吸収再現できるけれど、職人達の経験までは再現出来ない。 多分職人芸に依存する細かい細工とかまでは再現出来ないから、それは安心して欲しいって」

「分かりました。 ライザさんの凄まじさは既に私の護衛をしていた二人がギルド長達に伝えていると思いますので、それで安心を得られると思います」

もう一つ。

ギルド長達を、此処に案内して欲しいとも。

多分だけれども、二人の手の者が、瞬く間にアトリエが作られた様子は、報告をしている筈だ。

それで話は早いのだけれども。

中を見せるのが丁度良いだろう。

これを短時間で作り出す。

それだけで、あたしが簡単に手に負えない相手だと、理解できる筈だ。

怖れさせておいた方が良い。

舐められたら終わりなんて界隈にいる人間には、それで丁度良いのである。

「分かりました。 私は一度工房長の館に戻って、それから対応します」

「それとフェデリーカさん。 ちょっと体のサイズとか色々測らせて貰うね」

「えっ?」

「装備品をフェデリーカさんの分もこしらえるよ。 その扇の仕組みは理解したから、あたしの方で戦闘用に作っておく」

そういうと、クラウディアとあたしで、ぱぱっとサイズを測ってしまう。

これはまた、随分としっかり体の管理をしているものだと感心する。食事制限とか、しっかりしている体だ。

筋肉もきっちりついている。

前衛で戦うタイプではないということだが。

これは武装次第では、多分戦えると判断して良いだろう。

さて、後はタオだ。

タオが合流するのは、二日くらいはかかるとみた。

それまでにやっておくのは、このアトリエサルドニカ支部の周辺の調査。

それで得られる素材の確認、諸々である。

王都近辺とも、クーケン島近辺とも。

今まで出向いてきた、つぶしにいった門近辺とも。更にはオーリムとも違う素材が手に入るだろう。

それはまた、あたしとしても、とても楽しみなのだった。

 

翌朝から、早速調査に入る。

ボオスはフェデリーカさんについて貰う。フェデリーカさんにもアンナさんという人が補助についているが。

あの人は例のメイドの一族だ。

あの一族は他でも見て確信したが、どうもあの一族そのものの利益のために動いている節がある。

本当の意味でのフェデリーカさんの友とは思えない。

フェデリーカさんは信頼している様子だけれども。

それでも、アンナさんの方がどうかは分からない。

パティの言葉を思い出して切なくなる。

パティはアーベルハイムのメイド長を、母親のように思っているという事だった。実際母親が幼い内に死んだパティにとっては、そう思っても仕方がないのだろう。出来ればヴォルカーさんと結婚して欲しいとも思っていると、以前一度だけ手紙に書いていたのだけれども。

ヴォルカーさんは、亡くなったパティの母親以外の女性には基本的に見向きもしないという事で。

その真面目さは。

多分パティと同じなのだろうと思う。

ただ。あのメイド長が、パティを娘のように思っていたかは、あたしからしてとても疑問に思う。

確かにパティに武芸を叩きこみ、あらゆる事を教え込んだ師ではあるようだけれども。

其処に情があるかは分からない。

幼い頃からずっとクラウディアと一緒にいた筈のフロディアさんが、クラウディアと離れてもなんともしている様子がないのと同じだ。

一族にとって害になると判断したら。

或いは、あのメイド長。

あっさりパティもヴォルカーさんも殺すのではあるまいか。

そういう懸念もある。

ともかく、調査を開始だ。クラウディアに音魔術で警戒して貰い、あたしは辺りを調べて回る。

良い感じだ。

特に赤い、炎みたいな花を咲かせる草が素晴らしい。これはいいなと思っていると、セリさんが興味を見せていた。

「面白い薬草ね」

「辺りにたくさん生えています」

「少し貰えるかしら」

「どうぞ。 取り尽くさないように気を付けないといけないですね」

そのまま、他にも探してみる。

蜂の巣を発見。

まずは煙でいぶして、蜂を気絶させる。このやり方は、クリフォードさんがとても手慣れている。

この辺りの蜂は、蓄える蜜の種類がクーケン島近辺と違うらしく、文字通り巣の色からして違う。

銀色だ。

少し蜜を味見してみるが、これはとても濃厚だ。

それも、強い魔力を持っている。

なるほど、これを素材にすれば、色々なものが作れそうだな。あたしは回収して、コンテナに入れておく。

蜂の子はそれはそれとして。蜂もそれはそれとして。

別々に採取。

これらも、素材として使えるかも知れない。

大きめの食虫植物も生えている。

虫などに反応してばくりと行く奴だ。

こういう世界だと、過酷な世界に適応して、食虫植物も凶悪になっている。セリさんが魔術で呼び出す奴みたいに、魔物をばくっといくような奴は。当然人間だってひとたまりもない。

「猛毒があるかも知れない。 気を付けろよライザ」

「分かってるよレント。 周囲の警戒を続けておいて」

「セリさん、何か問題があったら教えて」

「ええ」

クラウディアの歌声が心地よい。

周囲の魔物は、昨日の掃討戦の様子を見ていたのだろう。

遠巻きにこっちを見ているが、仕掛けて来る様子はない。

まあ、それで別にかまわない。

辺りにはぽつぽつと家があるのだが。魔物がその辺りまで我が物顔に出て来ている。

これは、魔物による食害が絶えないだろうな。

そう思って、もう少し駆除する事を、この時点であたしは決めていた。

午前中に素材の回収をある程度済ませる。

岩をハンマーを振るって砕いていると、遠くからフェデリーカさんが、数名の護衛と、ギルド長二人。他に大人数人を連れてくるのが見えた。

岩を粉々にして、鉱物などを回収しておく。

この辺り、ゴルドテリオンの素材に使えるゴルディナイトが普通に採れる。

このゴルディナイト、各地で調べて見たが、とにかく数が余り多くない。特に王都近郊では、非常に採りづらい。

恐らくだが、古代クリント王国までの神代の時代に取り尽くしたのだと思う。

この辺りは新しい都市だと言う事だし、質がいいのが残っている、ということなのだろう。

荷車に、手分けして荷物を運び入れて。ガンガン回収したものをアトリエに運び込む。勿論、取りすぎないように気を付ける。

取りすぎてもコンテナに入らないからだ。

魔石が結晶化している。それも、かなりクーケン島近辺とは性質が違う。

クーケン島近辺だと塔で採れた「聖石」もある。

魔石はとにかくたくさんあるようで。これは産業になるのも納得出来た。

昨日のうちに、採って良いものについてはフェデリーカさんに確認済みだ。先にボオスが戻って来て、アトリエの中を整理した方がいいのではと言うが。

これでいいと告げる。

別に散らかしてはいないからである。

もうギルド長一行がすぐ近くなので、一旦採取は終了。

ギルド長一行の護衛の戦士達は殺気立っている。

この辺りも、魔物は相応にいるからだ。ただ、あたし達が、大きいのはもう昨日のうちに掃除したが。

「遠くから見えていたが、これは……」

「昨日のうちに、これを作ったというのか!?」

ギルド長二人が、それぞれ驚く。

他の職人らしい大人は取り巻きかと思ったが、ボオスが耳打ちしてくる。

硝子ギルド、魔石ギルド以外の弱小ギルドの長らしい。

いずれも職人ギルドらしくて、そういった人間の技術も、主流では無いとは言え侮れないとか。

流石だボオス。

あたしのやりたいことをしっかり把握している。

あたしは、この辺りの技術をまるっと覚えておいて。

人類全体の為に役立てたいのである。

個人でどうにかするつもりはない。

「おはようございます」

「あ、ああおはようライザリンどの」

「これは、貴方たちがたった一日で立てたのか」

「正確には三刻半ほどですね。 同じようなものを建てた経験は何回もあるので」

絶句するギルド長二人。

それはそうだろう。

硝子ギルド、魔石ギルドと建築とは無縁とは言え。

今も大きくなり続けているサルドニカの顔役だ。

建築は素人とは言え、一日でこんなものが建つわけがないと分かっているのだろう。掘っ立て小屋だったらともかく、これはそうではないのだ。

中に案内する。

中のしっかりした造りを見て、二人はまた絶句する。他のギルド長達も、明らかに畏怖していた。

ひそひそと話している様子は、畏怖している事を示している。

それでいい。

ついでなので、錬金術も少し見せておく。

フェデリーカさんように、丁度いいと思って靴を準備していたのだ。

昨日叩き潰した魔物の皮。それにさっき取って来たゴルディナイトを用いて、順番に錬金術の素材として作りあげていく。

エーテルに素材を溶かして、要素を抽出。

順番に、再構築をする。

なめし革を作り。

インゴットを作り。

更にそれを成形して、順番にくみ上げていく。

靴はあたしも散々作っているので、手慣れたものだ。あたしの切り札の蹴り技にとっては、靴はとにかく大事だからである。

フェデリーカさんに促して、靴を履いて貰う。

足のサイズはしっかり確認してある。

フェデリーカさんはパティより少し背が高くて、足のサイズも少し大きい。更にまだ少し背が伸びて足が大きくなる可能性があるから、靴のサイズが調整出来るように、バンドもつけてある。

靴についての構造を見せて、履き方も説明すると。

どうも革細工ギルドの職人らしい髭を生やした中年男性が、生唾を飲み込んでいた。

靴底に金属片を取り込んで強度を増し。

それでいながら、その金属片が足の裏に負担を掛けないように、クッションをしっかり入れているこの靴。

あたしが戦闘用に使え。

多少尖った石を踏んだ程度では壊れないように、散々試行錯誤してきたものだ。

これについては、生半可な職人には再現させない。

「凄いです。 体が軽い……!」

「これは友好の印に工房長に差し上げます」

「あ、ありがとうございます! ただデザインが少し無骨ですね……」

「ふむ、どんなデザインがいいですか? 色とかも調整しますよ」

フェデリーカさんが、革細工ギルドの長らしい髭の男性を呼んで、ひそひそと話す。彼がすぐにデザインを描き下ろして見せてくる。

なるほど、これはお洒落だ。

図を見て、すぐに把握。

材料はあるので即座に作り直す。

再構築は錬金術の十八番。

即座にデザインを変えられると聞いて、他のギルド長も、目を丸くしていた。

「し、信じられん」

「この人についての話は半信半疑だったが、人間なのか!?」

「しっ! 失礼だぞ!」

魔人呼ばわりは流石に苦笑いだが。

まあ、それはいい。

つづいて染料だ。

幾つか手に入れてきた、その辺りの岩石や砂などを錬金釜ですり潰す。他にも植物由来の素材や、虫などもいれて、顔料を作り出す。

それで皮を変色させる。

この変色も、職人がやるように数日かけるのではない。

文字通り要素を浸透させることによって、皮そのものの色を変えてしまうのだ。

勿論、魔物の皮になってくると。特に鼬などの、それも強力な個体のものになると。鮮やかなコバルトブルーだったりして。その色が美しく、それを生かしたくなるケースもあるが。

今回はデモンストレーションだ。

敢えて色を変えて、その技術を見せる。

そして別にあたしは、全ての技術を見せている訳でもない。

この辺りは、あたしにとっては余技だ。

四年でフィルフサの王種と四回交戦して、その全てを叩き殺してきた。

その過程で身に付けてきた技術は、あたしにとっては既に手足と同じ。

この程度の技術であれば、別に見せても惜しくも何ともない。

靴が出来る。

さっきの無骨なデザインと比べ、かなり小型化している。その分魔法陣などを仕込むのが結構大変だったが。

鮮やかな赤が美しい。

この赤は、さっき蜂の巣を作っていた蜂から取得した色だ。

いわゆる警戒色だけあって、赤いのはとても鮮やかに採れた。

勿論靴としての強度も申し分ない。

あくまであたしが作るのは実用品である。

ヒールとかの装飾用の非実用的な靴は、それはそれで別の人に頼めばいいのである。

「工房長、履いてみてください」

「この鮮やかな赤、短時間で作り出し、しかも皮にしみこませたのか……」

革細工ギルドの長らしい男性が、目を輝かせている。

職人としての血が騒ぐのだろう。

フェデリーカさんが履いてみる。

さっきの戦闘に全振りしたデザインと違って、だいぶ女の子が履くのに相応しそうなデザインである。

クラウディアでも、お外で戦闘を想定しているときは、あたしが作った無骨な奴を履いているのだが。

まあ、このくらいの手間で、工夫できるのならそれもそれでアリだろう。

「すばらしい……ですね。 これは、皆負けてはいられないですよ」

「……確かにそのようだ。 ライザリン殿。 あなたの事は認めざるをえないようだ」

「既に多数の魔物を屠り去った実績も聞いている。 協力を要請したい」

ギルド長達は、アトリエに来る前は半信半疑だった筈だ。

それが、多少カードを見せただけで、これだけ態度を軟化させてくれた。

これでよし。

後は、順番に。

やるべきことを、やっていくだけだった。

 

3、安全確保

 

ギルド長達を送り届けた後、フェデリーカさんとともに打ち合わせする。

フェデリーカさんはちょっとそわそわしているようだった。

「どうしたの?」

「その……羨ましくて」

「錬金術が?」

「い、いえ、そうではないんです。 私は今も、ギルド長達の操り人形で、それで。 あれだけ計算して動いて、一歩も引かない様子を見ると、凄いな、大人だなって」

咳払いすると、フェデリーカさんは背を伸ばす。

ボオスが、頭を掻きながら言う。

「そうやって面と向かって相手を褒めるのはやめとけ。 ライザもそういうのは警戒する」

「あ、すみません。 他意はなくて」

「分かってるよ。 それはそうと、まずやるべきは魔物の駆逐かな」

「そうですね。 それはボオスさんに方針として聞いています。 街の近くにいて、危険度が高い魔物から、でしたね」

頷く。

このアトリエ近辺ですら、戦士達が舐められている。それくらい、魔物がたくさん彷徨いている。

魔物と人間は、家畜もそうだが。基本的にベタベタ仲良く出来るものではない。

生物としてあり方が違う。

もしも共存するのなら、一定の距離を取る必要がある。

相手に人間並みの知恵があるのなら、知的生命体として、それぞれが知恵を出し合って、妥協点を探せるのだろうが。

残念ながらエンシェントドラゴンでもない限り、相手は所詮畜生である。

畜生とは、相応に距離を取るしかないのだ。

それは畜産でも同じで。

あたしも畜産を経験しているから、それは良く理解出来ている。

「フィー」

「ん、どうしたの?」

「あ、そういえばその子……」

「フェデリーカさんには正式に紹介していなかったね。 フィー。 なんとかの精とかいうらしいけれど、それ以上は不明。 骨格はドラゴンに似ていて、あたし達が言ってる言葉や会話の内容くらいは理解出来ているよ」

ドラゴンと聞いてちょっと身構えたフェデリーカさんだが。

フィーがつぶらな瞳で見つめて、近くを飛ぶと、それだけで表情が緩んでいた。

「さ、触ってもいいですか?」

「人間の子供くらいの知能はあるから、そういう存在だと思って触ってね。 あとエサは魔力だから、魔力を放出すると喜ぶかも」

「は、はい……」

触って抱きしめると、フィーは頭をすりつける。

可愛がられる方法を、フィーは最近どんどん覚えている。

まあ、今の所悪意は感じられないから、それでいいか。

ともかく、最悪の場合は。

あたしが責任を取って処分する。

それには、今も代わりがない。

「よろしくお願いします、フィー。 フェデリーカです」

「フィッ!」

片手を上げて挨拶するフィー。

年も近いし、パティと合流できたら仲良く出来そうだな。

そう思って、目を細めて見守る。

さて、それはそれとして。

本題だ。

クリフォードさんが地図を拡げる。

サルドニカを中心とした近辺の地図だ。咳払いすると、皆で地図を囲む。まずは、アトリエの位置を丸で囲み。

それから、フェデリーカさんが順番に×印を付けて行った。

「現在、これらの箇所に魔物の巣が確認されています。 主にラプトルと走鳥が中心ですが、この辺りはエレメンタルが多数。 ここから先は危険すぎて入れないので封鎖しています」

「この先って、森があるのかな」

「はい。 私の父が研究していたある特殊な川が存在していて……そこで父が亡くなってから、封鎖されました」

「そっか」

よくある悲劇だ。

それで、サルドニカが二大ギルドを中心に割れたとなれば。そこは呪われた土地にもなる。

それが何世代も経たら、多分タブーになり。

魔物が入り込んでやりたい放題をするようにもなるし、何よりも非常に危険な土地になるだろう。

あたし達が、駆逐しなければならないだろうな。

そう判断していた。

だが、その前に。

フェデリーカさんが印をつけた地点を見る。

×を二重につけているのは、集落があった場所らしい。

クリフォードさんが聞く。

「そこにフェンリルがいるのか」

「はい。 今の時点では、此処にいて動く様子がありません。 此処には以前、サルドニカから都市を拡げようと駐屯していた戦士達とその家族が住んでいたんですが、フェンリル一匹に皆殺しにされてしまって……」

「それは厄介だな」

「何とかしないと、この方面は危険すぎて進めません。 今まで何人もの戦士や騎士が返り討ちにされていて」

悲しそうに目を伏せるフェデリーカさん。

まあ、それもそうだろう。

とりあえず、まずは順番に、問題を解決する事にする。

「では、順番に一つずつ、この印を回って駆除作業をしよう。 サルドニカは人が集まりすぎてる。 それを狙って、魔物が集まってきている。 今の時代、魔物の方が人間より戦力が高い。 エサが多くなれば、当然魔物が集まるのは自明の理だよ」

「はい、それは分かっています」

「今回私達が駆除して回るけれど、多分時間をおけばまた魔物が集まってくると思う。 その間に、戦士の育成を進めて欲しいの。 そうしないと、街を拡げても、いずれ魔物に押し切られるよ」

こくりと頷くフェデリーカさん。

本当に根が素直で話が早い。

順番に、フェデリーカさんに装備を渡していく。

ベルトや腕輪。それに手袋も。指ぬきの手袋をしてみて、そのフィット感にフェデリーカさんは驚いたようだった。

「これは……」

「裏地に大物の鼬の毛皮を使っていてね。 肌にとても優しいようにしているんだ」

「こ、これはさっと作られた品だとは思えません。 王族や貴族が家宝にするような品に思えます。 しかも全身が温かいのは、多分強化魔術ですよね」

「錬金術が凄いだけだよ。 靴もそうだけれど、今渡したものは体力の自動回復と、防御の強化、肉体能力の強化が同時に全部掛かるようになってる。 内臓とかの機能も強化してあるし、毒もある程度は自動で解毒できるようになっているよ」

四年で、装飾品作りも進歩したのだ。

以前と同じ機能に見せて、少しずつ全てを強化してある。

フェデリーカさんには参戦して貰う。

魔物の撃破を、工房長が参加して、実施する。

それに大きな意味があるからだ。

今の時点で分かっているが、フェデリーカさんは今の時点ではサルドニカの事実上の支配者の操り人形に過ぎない。

実質上の支配者は、硝子ギルドのアルベルタさんと、魔石ギルドのサヴェリオさんである。

この二人を黙らせるには。

多分職人としての技術だけではだめで。

街の長としての実績がいる。

それには、街を脅かしている魔物の駆逐に、先頭に立って対応した。その実績が必要だ。

それを説明すると、フェデリーカさんは頷く。

それに、渡した装飾品には魔力の自動強化の機能もある。

これらも含めて、相当に戦力は上がっているとみて良い。

後はタオが加わってくれれば申し分ないのだが。

それは、まだ待つしかないだろう。

タオにとっては人生の転機なのだから。

まずは、最初に出向いたのは。アトリエのすぐ近くである。巨大な鉱山地帯が拡がっていて、そこには露天掘りされた巨大な窪地が出来ている。

トロッコが放置されているが、その辺りにわんさか魔物がいる。

見た事がない奴だ。

なんだか石が寄り集まって、浮いているかのようである。

セリさんが呟く。

「あれは……」

「セリさん、知っているの?」

「ええ。 あれは私達の世界にいるエレメンタルに近いわ」

「そうなると、セリさんの所ではあれがエレメンタルなのか」

こくりと頷くセリさん。

フェデリーカさんは何の話だろうという顔をしていたが。あたしは咳払いして、強引に意識を戻させる。

敵の数は相応。

しかも未知の相手だ。

「油断しないで。 どうやら此方を敵だと認めたみたいだよ」

「あれは中心のコアを砕かないと倒せません。 しかも、体の全てを活用して、飛ばして殺傷してきます。 投石の達人並みの威力で、それで多くの犠牲者が出ています」

「上等。 全部受けきってやるぜ」

レントとクリフォードさんが前衛に。今回はボオスも来ているので、当然ボオスも前衛に出る。

ちなみにこの辺りでは、土精とあれを呼んでいるそうだ。

なんでも土のある所には幾らでも湧いてくるから、だそうで。

なるほど、確かにそれもまた名前としては良いだろう。

大きいのを中心に、数十体の土精が集まり始める。

その前に、あたしが仕掛ける。

詠唱開始。

それを敵対行動とみたのだろう。

相手も即応。

一斉に、投石を開始。セリさんが、覇王樹で壁を作るが、ドスン、バキンと、凄い音が響く。人間の投石の比では無い威力だ。

レントとクリフォードさん、それにボオスがそれらを弾く中。

クラウディアが、精密に矢を放っていた。

コアを吹き飛ばされた土精が、文字通り消し飛ぶ。地面に石が散らばって、動かなくなる。

なるほど、これは面白い。

続けて多数の石が飛んでくるが、守りは任せる。

クラウディアが立て続けに矢を放ち、次々にコアを撃ち抜く。必死に守ろうとする土精だが。

その守りごと、クラウディアの矢がコアを撃ち抜く。

多少逃れようと関係無い。

今、スナイパーとしては。

クラウディアの技量は、多分この世界随一である。

ちょっと動こうが、避けられないし。

更に言えばクラウディアの矢はオートホーミングもする。情け容赦なく、コアを撃ち抜いて行く。

フェデリーカさんが、舞っているのが分かる。

それと同時に、全身の魔力が一気に高まる。

「さあ、これでどうですか! ふるべゆらゆら、ゆらゆらとふるべ!」

たんと、地面を踏むフェデリーカさんが。

体をくるんと回すと、

爆発的に、皆の魔力が高まる。

レントの動きが加速。更に凄まじい勢いで、大剣を振るってつぶてを叩き落とす。クリフォードさんも、ひゅうと呟きながら、ブーメランを自由自在に振り回して、つぶてを寄せ付けない。ボオスは二つの剣を自在に操り。長剣を中心に、時にサブウェポンの短剣も振るって、それで石を弾き落とし続ける。

クラウディアも多数の人型を出現させると、敵を狙撃して片付ける速度を一気に倍加させる。

あたしも、詠唱を終えていた。

五千の熱槍を収束させると。

踏み込んで、全力投擲。

でかい土精が、周囲の土精全部をまとめて盾にする。巨大な岩盤が、まとめて盾になったに等しい。

だが。

「……はあっ!」

あたしが気合とともに、投擲後の熱槍を操作。更にそれが加速して、数秒の抵抗後。敵の守りをぶちぬく。

コアを貫く。

同時に、大炎上した土精が。

燃え上がりながら、地面に落ちていく。

キュルルルと、凄まじい音を立てているが、これは悲鳴だろうか。セリさんが、危険を察知して、全員の前に覇王樹を展開。

直後。

土精が爆発四散していた。

ふうと、あたしは額の汗を拭う。

まずはこれで一つ。

フェデリーカさんが、笛を鳴らす。そうすると、近くで様子を見ていたらしい戦士がこっちに来る。

「目標地点Fの魔物群、掃討しました。 すぐにトロッコ、線路、復旧を開始させてください」

「分かりました、工房長」

「お願いします」

怪我の確認を、その間にあたしはしておく。

前衛にいたレントとクリフォードさんは多少貰っていたが、まあこのくらいは大丈夫だろう。ボオスは腕に一つ痛打を受けていた。あたしが傷を見せろと言って、すぐに薬を塗り込む。

一応、痛みの声一つ挙げないのは立派だった。

「どう、痛みは引いた?」

「ああ。 流石だな」

「どういたしまして」

この近くにも、まだ魔物の大規模な群れがいる。

復興のための戦士と職人が来て、働き始めた。武装したフェデリーカさんを見て、ひそひそと話しているが。

あたしが敢えて大声で言う。

「工房長、あの舞い助かったよ。 魔力の増幅で、詠唱を早く終わらせる事が出来た」

「い、いえ……」

「きっちり戦えるね。 次も頼むよ」

「分かりました」

意図を理解したのだろう。フェデリーカさんも顔を上げる。

そして、次に向かう。

複雑な地形だ。

とにかく手当たり次第に掘ったのだと分かる。そして、水抜きに彼方此方に水路が作られている。

それらに魔物が集っていて、明らかにその数が過剰だ。

「これ、水路のもとって……」

「お察しの通り、進入禁止の地域です。 この魔物は、其処から来たようで……対処しかできません」

「ある程度ブッ殺して、残りはわざと逃がすかな」

「いえ、何度かそうしたんですが、中途半端に賢い様子で、何度でも来ます。 しかも、人間に敵意を今では隠そうともしていません」

なるほどね。

結構大物の鼬と、それの群れか。

サルドニカに来る途中でも交戦したが、この近辺の鼬は、どうも二種が混合するらしく。大型種が小型種を使役する。

小型種は使い捨てにされているようだが、それでも大型種と一緒にいる方が天敵を退けやすいのだろう。

鼬は各地で繁殖している魔物だが。

繁殖するのに色々な方法を試して、それで柔軟に対応することで、それで繁殖できている節がある。

だからこそ、人間に対する潜在的な危険性も高いのだが。

鼬の群れが、顔を上げる。

じゃあ、仕方がない、皆殺しにするか。

シャアッと鋭い威嚇の声を鼬が上げる。レントが前に出て、剣を抜く。ボオスとクリフォードさんも壁を作る。

同時に、多数の鼬が、一斉に躍りかかってきた。

 

街道を完全に封鎖している走鳥の群れをまとめて片付けて。死体の処理をしていると、フェデリーカさんが呼んだ戦士達が来る。

やたらツラだけはいい男性騎士が来て、其処を取り仕切り始めるが。

なんというか、戦士としてはこいつ随分頼りないな。

騎士試験は、貴族の子弟は別枠だとパティは言っていたっけ。少なくとも此奴が、アガーテ姉さんと同じ試験を突破したとは思えなかった。

だとすると、こいつは。

貴族の子弟か、或いは何かしらの訳ありかも知れない。

「随分と頼りないのが来たな」

「王都の貴族の愛人だったという噂があって……」

「ああ、なるほど」

納得した。

しかもこれ、多分、同性愛者の方の愛人だろうな。

なんとなく、そういうのもあたしは分かるようになってきた。自分自身の恋愛には興味ゼロなのだが。

生物としての発情期とかは、畜産業を経験しているからなんとなく分かるし。その延長線で、交配とかそれに関する云々も理解出来るのだ。人間の恋愛関連も、それの延長線である。

いずれにしても貴族に尻を掘らせて騎士になったような人間が出向いてきても、前線では迷惑なだけだ。

あたしはぱっぱと血抜きや肉を燻製にして、作業を済ませる。

フェデリーカさんは、手際を見て呆れていた。

「一体どれだけやったらそれほど熟練するんですか?」

「日常的にやってたもんね」

「まあそうだな」

「此奴らは、俺もそうだが。 もとから護り手って言う自警団体で腕を磨いていて、こういう技術も其処で基礎を叩き込まれたんだ。 だから、出来るのは当然と言う事だ」

ボオスが説明して。コツをフェデリーカさんに説明する。

さっき鼬の皮のなめし方を教え込んでいたが。

今回は、走鳥の肉のそぎ方を仕込んでいる。

美味しい肉だが、人間を食ったかも知れないし、まずは腹を開けるとか、そういう基礎知識も叩き込んでいて。

ボオスの面倒見の良さが、凄く分かりやすい。

作業を進めていると、やっと声が掛かる。気配でわかっていたが、タオだ。

「タオ、合流したか」

「ごめん、ちょっと遅れた」

「どうだ、王都の方での用事は」

「全部終わったよ。 これで学術院の博士号も取得した。 今回は長期の研究と言う事で、しっかりアリバイも作ってきたよ」

なお、パティの合流はしばらく後になるそうだ。

タオにフェデリーカさんを正式に紹介。

丁寧にタオが礼をして、フェデリーカさんもそれを受ける。

まずは魔物の退治から、という話をすると。

タオが苦笑いしていた。

「ライザならそうするだろうなと思った。 そもそもこの街の近く、結構魔物が多いもんね」

「そういうこと。 あたし達にとって出来る事で、人命に関わることから順番にやっていく。 それだけの話」

まああたしも、今では凶賊とか殺してもなんとも思わなくなったが。

ああいうのはそもそも人間じゃないので、どうとも思わないだけだ。

ともかく、走鳥の大きな群れは撃退した。ボスの腹の中からは、案の場人間の手足の残骸が出て来たので、丁寧に焼いて埋葬する。

此奴に食われた人の事を考えると、早めに倒せて良かった、としか言えない。

頭の巨大な飾り羽は貰っておく。

肉は、食べるのはやめておいた方が良いだろう。

頭の飾り羽は、魔力がとても強いので、何かしらの役に立てるかも知れない。

次は街の北側だ。

既にこれで五箇所、魔物を駆逐してきたが。まだまだこの様子では、駆除を急いだ方が良いだろうと思う。

後処理を済ませると、街の中に入る。

人が忙しく行き交っていた。さっき大量に肉や毛皮が持ち込まれたからだろう。既に競りが始まっているようだった。

「革細工ギルドはかき入れ時かな」

「はい。 それにライザさんの技量を見て、皆発憤しているのだと思います」

「良い刺激になれば良いんだけれどね」

「なります。 職人って、そういう生き物なんです」

熱弁するフェデリーカさん。

なるほど、職人である事に本気なタイプなんだな。

こう言う人が主導している間は、職人ギルドは大丈夫だろう。

だけれども、その内経営を重視する奴がギルドのトップになったりする。そうなると悲惨で、技術力は見る間に落ちていく。

それは王都で実際にみた。

仮に経営を重視する人間でも、現場の職人を大事に思っているのなら大丈夫だ。だけれども。

得てしてそろばん勘定しか知らない人間は、職人を低く見る事がとても多いのである。

これはクラウディアから聞いた話だが。

ただ、あたしも王都で似たようなものは散々見たので。

事実であることは理解していた。

今、このサルドニカは。

恐らく岐路に立っている。

もしもこの先、硝子ギルドと魔石ギルドの対立が解消できなかった場合、数世代もしないうちに、技術より金がものをいう。

そうなれば、サルドニカの発展は終わりだ。

周囲では、硝子の擦れ合う音が凄い。

多分革細工ギルドがかき入れ時になるだけではなく、他にも経済活動で色々動いているのだろう。

あたしが駆逐した魔物。

その影響は色々あるということだ。

通れなかった道が通れるようになる。

その結果、手に入れられなかった素材が手に入れられるようになる。

そういう意味で、一つの作業が大きな影響を与える。

それが、こういう街のあり方だ。

あたしは金を自分で蓄える事にあまり興味は無いのだが。

金が動く事には興味を持って欲しいと、クラウディアに以前言われた事がある。それを覚えているので、気を付けるようにはしている。

「そういえばフェデリーカさん。 ネックレスの模様なんですけれど」

「ええと、それらしい古い資料は見つけておきました」

「話が早いね。 タオ、解読頼めるかな」

「百年前の資料でしょ。 ちょっと物足りないかなあ……」

実際、百年前となると、違う言葉が使われていたわけでもない。

下手すると千年前の資料を調べているタオにしてみれば、ちょっと物足りないかも知れないが。

それでも、やるのは専門家の方が良いだろう。

度肝を抜かれているフェデリーカさん。

スペシャリストの集団に混じったことを、今更気付いたのかも知れない。

あたしは自分がスペシャリストだとは思っていないが。

少なくとも、あたしの仲間は。

みんな、得意分野ではそれぞれ、世界のトップクラスにいるスペシャリストなのだ。

 

4、サルドニカの裏で

 

アンナが集会に出向くと、既に同胞は集まっていた。

裁量は任されている。

だけれども、今回の集会は、重要だ。

錬金術師ライザリンが来たことによって、サルドニカは大きく動く。

たった百年の都市だが。

既に、腐敗が始まり始めている。

場合によっては、影から消す人間を選定する必要がある。

そのために、こまめに同胞の集会は行っているのだ。

特にサルドニカは重要だ。

王都が限界を迎えている。

現在の王族の無能さは筆舌に尽くしがたく、アーベルハイムへの権力譲渡を既に同胞で始めている段階だが。

その過程で大きな血が流れることは疑いなく。

その前段階でも、複数の貴族が粛正されたことで、それなりの混乱が生じている。

王が退位して、王族が権力から下りる事により、もっと大きな混乱が起きることは疑いない。

あんな国家を五百年もたせてきたのは。

人間がこのままだと魔物に押し切られて破滅するからだ。

そして今後の展望のためにサルドニカには裏から支援を入れて、潰れないようにしてきたのだが。

近年は少しずつ腐敗が進行していて。

テクノロジーの進歩と人間の復権よりも。

この場所の権限の独占を狙う連中が蠢き始めている。

そういうのは状況を見て消しているのだが。

それでも、流れというのは悪い方向に動き続けているものだ。

アンナはこのサルドニカの同胞のまとめ役である。

表向きは工房長の側にいる無口な秘書官だが。

実際の経歴と、表向きの経歴は全く別。

表向きはそれっぽいものを偽装しているが。

実際には激戦地であり。幾つも危険な状態の門が放置されている東の土地で戦い抜いてきた同胞の精鋭だ。

眼鏡を掛けているが、それは東の地の戦闘で、激しい戦いの末に目を傷つけてしまったから。

手術を受けてある程度視力を回復したが。

それでも、補助のために必要と判断して、眼鏡を掛けることにしたのである。

アルベルタとサヴェリオの側にも、手練れの同胞がついている。

今の時点で、この二人を消す動きは無いが。

アルベルタの長男の方が。技術が拙劣なくせに権力志向が強く。

状況次第では処分する事が、何度か議題に上がっていた。

この辺りは、同胞はとことんクレバーだ。

人間の無駄な権力闘争と、それで生じる無駄によって多数の人命やテクノロジーが失われてきたのを、五百年見て来たのだ。

それ以前の歴史についても、母によって情報をいつでも確認できるが、同じ事を人間はずっとやってきた。

人間と交配できるとしても、同胞は結局母と希望たるアインのために動く存在。

それについては、同胞である時点でずっと決まっている。

それには人間の破滅を避ける事が前提で。

今も、ほっておけばすぐに破滅する人間の世界を持たせる為に。

汚れ仕事は、全てやらなければならないのだ。

幾つか、情報を交換しておく。

「女好きのサヴェリオがライザリンに興味を示している様子は」

「いやないな。 ライザリンは容姿そのものはごく平凡だ。 サヴェリオの好みでは無い事もあるのだろう」

「もしも言い寄るようだと面倒だと判断していたが、その辺りは大丈夫そうだな」

「それよりもライザリンの動きが気になる。 奴がその気になれば、サルドニカなど半日で更地になる」

懸念するのは同胞の一人。アルベルタについている者だ。

懸念はもっともだとアンナも思う。

既にライザリンの戦力は、神代の錬金術師と同等かそれ以上。才覚で言うと史上最高という声すらある。

単純に人間が多くて、才覚がある人間を見つけやすかった神代の頃に最高の実力者が生まれなかったのは。

いつしかばかげた血統主義が横行し、実際に才能ある錬金術師を上手く発掘できなくなっていったのが要因のようだが。

ともかく、ライザリンが危険なのは、アンナも同意だ。

「奴も問題だが、側にいるクリフォードという男。 異常に勘が鋭い。 私の事にも気付いていたようだ」

「凄腕のトレジャーハンターだと聞いている。 同時に常人離れした勘の持ち主であるそうだな」

「最近では熱魔術の応用での周囲の探査をライザリンがしなくなっているそうでな。 音魔術のエキスパートであるクラウディアと、自分以上の勘の持ち主であるクリフォードを信頼しているのが大きいのだとか」

「エキスパートが増えれば増えるほど、有事での対応が困難になる。 いざという時は、この面子だけでは対応できないぞ」

その声に、アンナは然りと応える。

実際、此処に集まっている十名の同胞では、ライザリン達を倒す事は不可能だ。一人か二人を殺す事は出来るだろうが、それはライザリン達を敵に回すことになる。

母はプランCを指示した。

ライザリンは泳がせる。

あの地にライザリンが到着した時に全てを開示。

協力を仰ぐ。

上手く行けば、神代の呪いを全て打ち砕くことが出来る。

フィルフサも、もっとも上手に対応すれば、全部まとめて破綻させることが出来る。

だが、そう上手く行くか。

同胞の集会で指示を受けたときに、アンナはどうしても疑念を感じたのだ。

今の時点で、ライザリンは恐ろしい程我欲と無縁で、殆ど欲望らしいものを表に出さないそうである。

エゴが極端に少ないことが錬金術の技量につながっているのでは無いのか。

そういう説もあるが。

それ以上に、何か危険な臭いがするのだ。

「いずれにしても増援が必要だろう。 私の方で上に相談する」

「遅れてごめんなさいねー」

不意に声が割り込む。

この声は、コマンダーだ。

コマンダーであるパミラが、その場に姿を見せる。皆、敬礼をする。

コマンダーの実力、戦歴、皆が等しく敬意を向けるに相応しいものだ。母の友人である事も大きい。

「ライザへの対応についての話をしていたのかしら−?」

「は、コマンダー。 あの実力、この場にいる者だけでは、有事では対応できません」

「そう懸念すると思ってね。 今回は増援を連れてきていたのよー」

「感謝します」

姿を見せた数人の同胞。

いずれも、経験は浅いようだが。

同胞は、基本的に皆スペックは同じだ。

経験が浅くても、人間の生半可な戦士だの騎士だの程度に遅れを取るほど柔ではない。

東の地にて戦闘した経験を持つ精鋭を寄越してくれれば良かったのだが。新米でも充分過ぎる程だ。

感謝しなければならないだろう。

「増援は六名。 一旦、これで落ち着くかしら−?」

「そうですね。 皆生まれたばかりのようですが」

「一応はこれで我慢して?」

「……分かりました。 一旦、皆の研修に移ります」

アンナは頭を下げると、内心で舌打ちしていた。

これは戦力増強に見せかけて、恐らくサルドニカでの軽挙妄動を抑止するための行動だ。

つまり、アンナはまだそういう事をすると見なされている。

それがちょっとだけ、悔しかった。

 

多数の機械が動くようになって、王都の経済が明らかに活性しているが。その恩恵にあずかっているのは庶民ばかりだ。

それを不満に思う貴族もいるが。

既に三人が不審死していた。

パティは館の周囲を警戒に当たっている。

この不審死が、アーベルハイムのものによるのではないか、という風説が拡がっているのを知っていたからだ。

既にパティはお父様の指示で、少しずつアーベルハイムの仕事を代行し始めている。

騎士に正式になった事で、学園は抜けた。

無駄な時間を費やさなくて良くなったので、家の実務をこなすようになったのだ。

それでタオさんに教わった高等数学が、如何にお金の動きを読むのに大事か理解したのだが。

それはそれとして。

お父様から教わった色々な事情を吸収して、政治家として成長しなければならないとも考えている時期なのに。

こんな無駄な事を。

そう思いながらも、油断なく周囲を見回る。

無駄ではあるが、大した負担では無い。

ライザさんと一緒に戦っていた頃に比べれば、児戯に等しい。

一応アーベルハイムに忍び込もうとする輩を何度か叩きのめしたが。体に情報を聞くのはメイド長がやった。

それで何人かの貴族に対して、お父様が相応の処置を執ったそうだ。

王都から逃げていった貴族がいたが、それだったのだろう。

そのまま進めれば良い。

この王都は腐りきっている。

いずれにしても、改革は必要だ。手を汚さなければいけないのなら、汚すだけ。そしてそれに巻き込むのは弱者であってはならないのだ。

足を止める。

五人か。全員武装していて、一人は狙撃を狙っている。

大太刀に手を掛けると同時に仕掛けて来る。即座に飛来した毒矢を切りおとすと、隠れている四人に突貫。

もう、人を斬ることは。

なんとも思わなくなっていた。

無心で、一人目。袈裟に真っ二つ。流れるように、剣に手を掛けた二人目の首を刎ね飛ばし。

三人目は体を反転させながら、柄で鳩尾をつき。動きが止まった所で、鞘で延髄を強打して気絶させる。

四人目は剣を抜くのに間に合ったが、鞘で三人目を強打した瞬間にパティは踏み込んでいた。

一閃。

抜き打ちで、両腕と、なまくらごと相手を両断。

鮮血が噴き出し。

上下泣き別れになって、四人目が倒れていた。

こんなもの、フィルフサに比べればゴミ同然。相手にもならない。

恐らく必死に集めたダーティーワーカーだったのだろうが。フィルフサが出て来たら人類は終わりだというライザさんの言葉を、パティは本当だなと思うばかりだった。

そのまま、懐から取り出したナイフを投擲。

狙撃手を仕留める。

手応えは充分。

一人は敢えて気絶させた。

そして、屋敷の中から、メイド数人をつれてメイド長が出てくる。

「パティお嬢様。 良い立ち回りでしたね」

「まだまだです。 ライザさんに比べたら」

「良い傾向です。 常に更に先を目指すのは良いことですよ」

無言になる。

メイド達がてきぱきと死体を片付ける。

わざと殺さなかった一人は、メイド長が口をこれから割らせる。拷問なんて野暮な真似はしない。

口を割らせる手段なんていくらでもある。

メイド長がやっているのに何度か立ち会ったが、基本的に魔術で記憶を全て吐き出させる方針を採っている。

気絶させたのは襲撃班のリーダーだ。

やがて、メイドの一人が狙撃犯の死体も回収してきた。眉間にナイフが突き刺さって即死である。

奥の手として練習しているものだが。

魔物が時々使ってくる投擲武器に比べれば、ゴミみたいな威力である。

勿論クラウディアさんの矢にも、精度、速度、威力、全てで及ばなかった。

屋敷に戻ると、水を掛けて刺客への尋問へつきあう。

刺客はそれなりの手練れだったようだが。メイド長が口を割らせるのは速攻だった。すぐに意識を手放し、全てべらべら話し始める。

やっぱり王都の本当の支配者は、この人達。

そしてアーベルハイムは、腐敗堕落しきった王家の次に選ばれたに過ぎない。

そう、パティは理解しつつも。

それが民のために。魔物から人々を守るためになるのならと。

覚悟は、決めていた。

 

(続)