宮殿と扉

 

序、掃討を終えて

 

群島の最深部。宮殿らしいものがある島。そこで、数度の戦闘をこなす。襲ってくるのは、幽霊鎧が殆ど。

そもそも沈んでいた島なのだ。

流石に海を渡って魔物が来ている事もない。

少数エレメンタルを見かけたが、どれもそれほど強い個体では無い。ぷにぷにも同様である。

組織的な戦闘は数度で終わり。

それから、順番に探索に移る。

水が出ている。

それも真水だ。

一応魔力などを探知して、危険なものではないことは確認するが。革袋に入れて、持ち帰って調査する。

何カ所かで水が湧いていたが。

これはどれも、同じ質であるらしかった。

幾つか構造体も存在している。

クリフォードさんが見つけ出す秘密の地下室。扉は偽装されていたが、近付くだけで自動で開いた。

レントが扉の側について、その間に皆で調べる。

宝箱みたいなのがある場合もあったが。

中に入っているのは、殆どはインゴットだったり品質が高いゼッテルだったり。

錬金術師が喜びそうなものであっても。

「宝」ではなかった。

「せめて本はないのかなあ」

「タオはこういう所でも相変わらずだな……」

「まあね」

「……」

レントの言葉に嬉しそうなタオを見て。レントは呆れているようだった。

まあいい。

ともかく、調査を進める。

これは噴水だろうか。

水が出ているが、随分と独創的な形状だ。なんというか。いいデザインというのは、ぱっと見て心が動かされる。

優れた絵画、芸術なんかもそうだ。

それは芸術をするときに、心を表現するからだ、と聞いている。

善悪ではなく、己の剥き出しの心の自己表現。

それが響くのだと言う話だ。

だが、これからはそれを感じ取れない。

複雑な形状をしているのだが、なんというか。

自分の技量を自慢しているかのような、そういう空虚さを感じる。小首を捻る。

「なんだかコンクール用の彫像みたいね」

「コンクール用?」

「芸術って色々あるの」

クラウディアが説明してくれる。

クラウディアによると、芸術というのはある程度年月が経つと。「楽しく皆で想像力を輝かせる」ものから、「金持ちが喜ぶもの」に変わるらしい。

なんでも昔から、そういうのを「志が高い」と揶揄する事があるそうだ。

「つまり、お金持ちが喜ぶようなものだってことかな」

「だいたいそう。 或いは、芸術を極めたと自称しているような人達が喜ぶようなもの、かな」

「ふうん……」

「そういう芸術って、一握りの人に向けてしかわからないようなものになっているの。 これはそういうものと同じに思えて悲しいね」

そうか。

技術力はあっても、それを自慢のために用いているのと同じか。

或いはだが。

神代の頃が、どういう社会だったのか知らないが。

あたしに近い使い手がわんさかいたのだったら、錬金術師はそれこそ社会の中核になっていただろう。

錬金術師は王なんかより偉かった可能性が高い。

古代クリント王国もそうだったか。

だとすると、錬金術師は特権階級で。

自分らの間だけで自慢するためだけに、芸術品を作っていて。身内だけで品評していた可能性もあるわけだ。

なんだか、虚しい話だな。

そう思って、あたしは首を横に振った。

他にも調査をする。

宮殿は見えているが。残敵の掃討を兼ねて、周囲に危険なトラップがないかを徹底的に調べておく。

一応、迎撃用の戦力はあったが。

陰湿なトラップは存在していなかった。

それにしてもだ。

各地に戦闘の痕跡が残っている。

タオによると、一番古いもので四百年くらい前のものだそうだ。

幽霊鎧についても、どうも毎回補充されていた形跡があるそうである。補充したのは、後から来た錬金術師。

恐らくは、護衛戦力としてつれていた幽霊鎧を。

そのままのこしていったのではないか、ということだ。

一番最近、此処が浮上したのが恐らく百年前。

だとすると、百年前にここに来た輩が、敵を駆逐するのに幽霊鎧を連れて使用していて。用が済んだなりなんなりで、それを残していったのか。

理由は、なんだ。

後続を防ぐためか。

可能性はある。

ここに来た奴は、恐らくエゴが強い、あたしやアンペルさんとは違うタイプの錬金術師だった筈。

今までの歴史で、あたしやアンペルさんはどうも錬金術師として例外らしい。

去年王都に出向いたとき。残留思念の中で別の錬金術師である「不死の魔女」を見たのだが。

その人も、はっきりいってエゴが強い人物だった。たまたま門を封印しただけで。多分立ち位置が変わっていたら、古代クリント王国と同じ事をしていたのではあるまいか。

だとすると、あの強力な防御戦力は、独り占めのためか。

後から来る連中を閉め出して、自分だけで此処にあるものを独占しようとしたというわけか。

反吐が出る。

まあ、まだ確定はしていない。だから、ボルテージを上げるのは此処まで。

そう思って、まずは集合。

そろそろ良い時間だ。そろそろ引き上げて、一旦情報を整理する必要がある。それを告げると、全員で同意する。

かなりの戦闘をこなしたのだ。

しかも此処は地形が良くない。

また幽霊鎧がどこかしらから補充されている可能性もある。

それに何より、あの翼と槍持つ何か良く分からない奴が、姿を見せていない事も気になる。

セリさんが、頷くと。

接舷した辺りに、植物を使って、足場を作ってくれた。

「潮に強い品種だから、しばらくはもつわ。 これで一気に上がり降り出来る筈よ」

「ありがとう、助かる。 とにかく足場が悪くて戦い辛かったんだ」

「それと、不衛生なのは困るね……」

クラウディアが、周囲を悲しそうに見る。

死んだ海洋生物の死体が腐り始めている。大半は鳥がエサにしたようだけれども、食べきれなかったものはもう。

あたしは少し考え込むと、噴水を明日調べようと提案。

もしも真水を出せるのなら、それで島全域を一度洗い流してしまうのも手である。

腐敗した死体が汚いというのではなくて。

そもそも、病気になりかねないのだ。

戦闘ではどうしても手傷を受ける。今くらい熟練していてもそうだ。

あたし達は破傷風対策の薬は飲んでいるが。

そもそも、汚物が傷に入ると、どんな病気になってもおかしくないのである。今の状態だけで、防げるか分からない。

アガーテ姉さんから、最初に教わったっけ。

傷を受けたときは、即座に保護しろ。

絶対に裸足かそれに近い状態では戦うな。

汚物が傷に入るのは致命的だ。

最悪、それだけで手足を失う事になるぞ。

そう言われて、あたしは震え上がったのを覚えている。アガーテ姉さんが、冗談をほぼ言わない事を知っていたからである。

クラウディアの懸念もそれだ。

あたしとしても、頷かざるを得ないのである。

ともかく、幾らかの戦利品を手に戻る。

あの宮殿の嫌な気配。

多分強めのガーディアンがいる。

今日は宮殿の周囲は調査できた。

後は、宮殿の安全を確保したら、本格的な調査を始められると思う。

アトリエに戻ると、ボオスが来る。

かなり渋い顔をしていた。

フィーが頭に乗ると、面倒くさそうにはするが、文句は言わない。

つまり、何かあったということだ。

アトリエで一度ミーティングをして解散した後だったから。あたしとセリさんしか此処にはいない。

ボオスは咳払いすると、あたしにどうにかしろと言った。

「何かあったの」

「サルドニカの商人を率いている代表が、お前に会わせろとかなり噴き上がっていてな」

「はあ、あたしに?」

「諸島の調査をしているのがお前だという話をしたらな。 なんでも王都の機械類を全部直したことは、サルドニカにも伝わっているらしいんだよ」

去年、あたしは王都に出向いたとき。

壊れていたインフラと。

機械類を全て直した。

もともと王都に限らず、人類のテクノロジーは劣化する一方で。特に古代クリント王国以前から存在していたような機械は、壊れてしまったらもはや為す術がなく。どれだけ傷んでいても、だましだまし使うしか無い状況が続いていた。

それを直せば、確かに話題にもなるか。

この間見た、浅黒い肌の、髪を綺麗に切りそろえた子かな。

随分険しい表情をしていたように思うが。

あの調子で責められたら、王都で色んな人間と関わってきたボオスもそれは苦労するかもしれない。

「状況はどうせ明日ミーティングの時に共有しようと思っていたんだけれども。 とりあえず結論から言うと、多分簡単に調査ができる場所じゃないよ此処」

「やっかいだな……」

「多分心臓部になってる奧の宮殿までは辿りついたんだけれども、大量の幽霊鎧に襲われてね。 あれは多分、後続を防ぐための……前に来た錬金術師が嫌がらせに残したものだよ。 だとすると、前任者はあの群島に何らかの理由では来たけれど……何も得られなかった可能性が高いだろうね」

あたしやアンペルさんは例外。

錬金術師は基本的に強欲なものだ。

それも、世界と自分のエゴが対立した場合、自分のエゴを優先しがちなくらいに。

少なくとも、この世界の錬金術師はそうだ。

或いはエゴと錬金術師が上手くやれている世界が存在しているのかも知れないが。

この世界では、残念ながらそうではないのである。

「とりあえず、俺が食い止められるのもあまり長くは無いぞ。 相手はサルドニカの代表みたいな形でここに来ているようだからな」

「そんなに群島での影響が出ているの?」

「というか、サルドニカとしては幾つもの目的があってクーケン島に来ているらしくてな。 航路もそうだが。 さっきも言った通り、そもそもお前が目的の一つだそうだ。 クラウディアの話によると、バレンツから幾つかの物資を取引しているらしく、生産ラインにお前の物資が噛んでいるそうでな……」

「バレンツの方でやってよそんなの……」

別にインゴットやら布やらの生産を増やすのは問題ない。

今の時点で、あたしは負担を感じていない。

単純作業で往復しながらこなすだけだから、特に苦労はしないし。更に言うと、作れば作る程技術的な熟練も増す。

原価はあたしの苦労だけだから、ほぼ無から金を作り出せる文字通りの錬金術になるわけだが。

ただし、あたしも自然を滅茶苦茶にしてまで、納品している品の数を増やすつもりはない。

魔物を殺すのは別にかまわないが。

そもそも自然を無為に破壊するのでは、古代クリント王国と同じになるからである。

「とりあえず、明日宮殿のほうを調査して、制圧出来るかを確認するよ。 だから、最低でも明後日になるかな」

「最低でも明後日だな」

「うん。 これは短くはならないよ」

「はあ。 サルドニカの連中も、使節団単位で来ているからな。 いつまでも滞在できるわけではない。 それもあって、殺気立つのも分かるんだよな」

ボオスがぼやく。

あたしもその辺りは分かるけれども。

それに対して、どうこうは出来ない。

無為に急いで誰かを死なせたりしたら、それはあたしの責任になる。

とにかく危険な場所だと言う事を、追加で伝えておく。

ボオスも、分かっていると頷くと、戻っていった。

セリさんは奧で本を読んでいて、こっちに関わるつもりはないようである。

人間の馬鹿馬鹿しいパワーゲームには興味が無いのだろう。

まあ、気持ちはわかる。

「随分大変ね、貴方も」

「恐らくボオスが正式にクーケン島に戻ってきたら、政治的なアレコレは任せてしまえると思います」

「それは無理ね。 貴方自体が戦略的な価値を持っている。 貴方が権力を要求しなくても、周囲の人間は、貴方自体がクーケン島での権力者と見なす。 である以上。ボオスが良くても、その次の世代からは貴方は楽は出来なくなるわよ」

ずばりとした指摘だ。

セリさんはこういう人間世界のパワーゲームには興味が無いと思ったのだが。

案外図星を突いてくる。

まあ、あたしも父さんと母さんがいなくなったら、拠点を別の所に移すつもりだ。

クラウディアの次の代のバレンツがどうなるかも分からない。

もしもクラウディアの次の代が戦略を変えて、あたしに対して高圧的に出るとか、他のお得意先を見つけてそっちで商売をするというなら、それもかまわない。

勝手にすればいい。

あたしも、クラウディアとは今後一生仲良く出来るつもりはあるが。

そもそも寿命を捨てた今。

クラウディアが人間として果てた後の時代の事は考えなければならない。

クラウディアの子孫とまで、仲良く出来ると思う程、あたしは頭が花畑じゃない。こういうのは、クーケン島で古老達とやりあっていると、どうしても考えるようになる。

「最悪の場合はオーリムにきなさい。 貴方だったら歓迎するわよ」

「はは、そうですね。 ただ、今のままだと人類はあまり長くはもたないと思います。 あたしはその未来は避けたいので」

「こんな生物に守る価値なんてないと思うけれどね」

セリさんは、或いはだけれども。

あたしが人間をある意味止めてしまっていることに、気付いているのかも知れない。

それはそれで、色々と困った話ではあるなとも思うが。

まあいい。

調合を続ける。

また、島の水についても調整をする。

水の成分を少しずつ調整して、五つくらい作った。それを桶に入れて。クーケン島に戻る。

父さんに見てもらう。

かなり以前のものに近い状態になって来たそうだ。

ただ。そもそも、あくまで微細な違いに過ぎない。

味が落ちると言っても。

野菜と一生関わる人間が、ほんの少しの違和感を覚える程度の事だが。

古老を黙らせるには、そんな僅かなことで色々と調整をしなければならない、と。

馬鹿な話ではある。

「これが一番良いだろうね」

「ありがとう、父さん。 これで水の状態を調整してくるよ」

「ライザ、うちには泊まっていかないのかい?」

「やめておく。 あたしの家は、もう対岸のアトリエだから」

そうかと、寂しそうに父さんは言う。

セリさんが言っていたこと。

あたしが望まなくても、周囲はあたしをクーケン島の権力者だと思う。それについては、確かにその通りだ。

だから、あたしはクーケン島から、距離は半端であってもとっておいた方が良いのである。

何かしらの理由で、肩入れするとそれだけで大きな問題になる。

あたしだって、こういうのは嫌なんだが。

それでも、やっておかなければならないことだ。

大人として。

まあ、本当の意味での大人なんて、あたしはほぼ見た事がないし。あたしだって違うと思うが。

それでも、そうあろうとはしなければならない。

さっさとクーケン島の中枢に潜って、淡水化装置のパラメータを調整する。

これ以上細かい調整が必要になった場合は、更にシステムを組み直さなければならなくなるが。

今の技量なら、別に難しくは無い。

単に塩水を濾過すれば良い、というものではないが。

それでも、どんどん微細な世界を覗いているあたしにとっては。今までの精度は、ザルも同然なのだ。

技術も、ここ四年間でぐっと向上してきている。

知識に追いついてきた技術は。

古式秘具を地力で調合するところまで、もう一歩の所まで来ている程だ。

だが、慢心してはならないとも常に戒めている。

今のこの淡水化装置の件で苦労していることからも分かるように。

あたしは万能ではないし、ましてや全能などではないのだから。

ぱっぱと作業を済ませて、アトリエに戻る。途中でクラウディアが声を掛けて来て、バスケットを渡してくれた。

セリさんと一緒に食べて欲しいというのだ。有り難く受け取る。

中身は、美味しそうなチキンのローストだった。

「ありがとう。 これで元気をつけておくね」

「明日、結構危険なガーディアンが出るかも知れないんでしょ。 ベストコンディションを保っておいてね」

「分かってる」

クラウディアは満足げに頷く。

クラウディアが、たまにあたしに対する独占欲じみたものを見せる事に、気付いてはいるけれども。

別に問題になるような事ではないし。

あたしは気にしない。

戻って、食事にする。セリさんも別に菜食主義者という事もないので。黙々と夕食をして。

そして、早めに眠って、明日に備えた。

 

1、がらんどうの宮殿

 

朝、ミーティングをする。このミーティングには、ボオスも参加して貰っている。状況の共有に必要だからだ。

ただ、朝がかなり早いので、ボオスは難儀しているようだが。

「ライザ、もう少し時間を後ろに移せないか」

「ダメだよ。 探索の開始時間が遅くなるでしょ」

「確かにそれはそうだけどな……」

「あんなばかでかい群島が人工物なんだよ。 何があるかわかったもんじゃない。 とりあえず、目星はつけておかないと」

ぐうの音もでない。

ボオスはそういう雰囲気で嘆息して、引き下がってくれた。

ともかく、すぐに皆で準備を整えて、宮殿がある島に向かう。残念だが、まだ噴水の再起動などは、先の話になるだろう。

エアドロップの中で、軽く作戦会議をする。

挙手して、提案してくるのはクリフォードさんだ。

「余裕があったら、帰りに寄り道をしたいんだがいいか」

「うん、どうしたんですか?」

「少し大きめの船を見つけてな。 それも難破船だ」

「ああ……」

何人かが、あたしと同じ声を上げる。

クリフォードさんは、自慢げである。

ロマンか。

クリフォードさんのいつもの奴である。

ちなみに、沈没船や難破船の宝は、個人で自由にして良いことが決まっている。もっとも、そんなもの、滅多に拾い上げられないが。

ただでさえ人類が生存圏を縮小する一方の今。

漁ですら命がけなのだ。

沈んだ船を引き上げるなんて、夢のまた夢である。

今回は、レアケース中のレアケースだ。

「クリフォードさん、仮に宝があっても、それを自慢はしないでください」

「わかってるぜクラウディア。 此処に与太者の類が押し寄せる可能性があるからな」

「分かっているならばそれでいいんですけれど」

「魔物をまとめて片付けた事が仇になって、与太者が来たらそれはそれで本末転倒だしな……」

レントがぼやく。

去年より更に戦歴を積んだレントだが。

聞いた話によると、やはり対人戦。賊の駆除なども、かなりの回数行ったという事である。

中には人を食うような匪賊の類もいたそうで。

だからこそ、人間との戦闘が如何に厄介か、思い知ったのだろう。

他の島を無視して、宮殿のある島に急ぐ。

その甲斐あって、あまり時間も掛けずに目的の島に到達。

上陸して、それで展開する。

セリさんが張ってくれた植物が丁度良い滑り止めになって、迅速に上がる事が出来る。だけれども、タオがちょっと複雑な顔をした。

「セリさん、いざという時はこの植物を引っ込めることを頼むと思います」

「分かっているわ」

「お願いします」

まあ、ここを遺跡として見た場合、この植物は邪魔だ。

だが、此処の足場の悪さをどうにかしないと、そもそも戦闘で大きな被害を出す可能性がある。

それは本末転倒である。

彼方此方にある魚やらの死体は干涸らびつつある。

無言でそれらを横目に奧に。

宮殿が見えてきた。

岩などの構造体……恐らくはそれすらも後から作ったものなのだろうが。それらが、上手に宮殿を隠している。

島に上陸してからも、宮殿は見えにくいほどだ。

其処に、張りぼての木々や草なども加わるのである。

徹底的に隠蔽されている。

陰湿なほどだ。

要塞として機能しているとも思えない。ともかく、近付く。

「これは……」

「ちょっと見た事がない様式だな」

タオとクリフォードさんが口々に言う。

タオが眼鏡に指を掛けた。

「何方向かから確認したい。 護衛、頼めるかな」

「いいよ。 ともかく中に入るまでに、無駄な危険は可能な限り排除しないとまずいもんね」

「しっかり背後は守っておくから、しっかり調査してくれ」

「心得た」

タオがメモを取り始める。

凄い勢いでメモを取っているのを見て、あたしは周囲の警戒に徹する。

今のタオは、図書館に篭もって二次資料ばっかりみているような学者と違って。各地の遺跡で現物を見て来ているバリバリのフィールドワーカーとしての側面も持つ。

恐らく総合的に見て、現在随一の学者ではないだろうか。

タオで分からないなら、多分王都に持ち込んでも誰も分からないだろうし。

今、この幸運を噛みしめながら。

その調査の結果を、ただ待つ。

無言で待っていると、タオは腕組みして考え込む。

「出張所を作った島にある塔とも形式が違う。 意図的に混乱させるかのように作ってるみたいだ」

「ふうん……」

とりあえず、真正面に立つと宮殿の外観は見える。

かなり広めに作ってあって。あの塔と同じように、海に沈んでいたにもかかわらず白磁の壁。

床も同じ。

魚の死体とかもまったく見かけられない。

これは魔術的なシールドか何かが働いていた可能性が高い。

島の彼方此方に、ちいさな竜脈があったのも気になる。

ドラゴンが様子を見に来たくらいだ。

「入っても問題は無さそう?」

「今俺が調べてる。 多分トラップの類は無いとは思うが……」

「最悪の場合は、俺が血路を開く」

「頼むよレント」

もう少し調べてから、それから奧に。

入口には扉すらなく、開きっぱなし。

どうぞどうぞ。

わかるものなら入ってこい。

そういうような、妙に苛立つ構造だ。

あたしと同じ印象を抱いたようで、レントが呟く。

「気にくわねえなこの宮殿の造り。 内部が死地になってるわけでもなく、客を歓迎しようっていう雰囲気でもない。 なんというか、自分達の事を見せつけて自慢しているかのようだぜ」

「そうだね。 私も何だか、たまに貴族に歓迎されることがあって、自慢話を散々されることがあるんだけれど。 その時と同じ空気だわ」

クラウディアも同じ意見か。

あたしは、足を止める。

殆ど同時に、クリフォードさんも足を止めていた。

あたしは魔力で。

クリフォードさんは勘で、それに気付いたと言う事だ。

何もないところから、それがせり上がってくる。

形状は、ほとんど古代クリント王国時代の幽霊鎧だ。だが。全体的に非常に強化されているのが分かる。

手にしている大剣は折れ掛かっているが。それでも直撃を貰えば、人間なんて木っ端みじんだろう。

分かる。

これ、多分百年前に来た奴の置き土産だ。

不自然に古いし、何より彼方此方が色々と造りがおかしい。ツギハギになっていて、手に入れたものを無理に継ぎ足したような造りだ。

「かなりデカイが、それでも骨董品だよ。 叩き潰す!」

「宮殿は壊さないようにね!」

「手加減できる相手だったら善処する!」

さっと全員が展開する。

あたしはバックステップしながら詠唱開始。詠唱しながら、爆弾を投擲する。

普通のフラムだが。

それでまずは充分だ。

炸裂するフラムが。若干動きがたどたどしい巨大幽霊鎧の顔面に炸裂する。足を止めた其処に、クリフォードさんのブーメランが叩き込まれ。巨体が揺らぐ。

側面に回り込んだレントが、脛に大剣をフルスイングして叩き込むが、それで倒れるほど柔でもない。

踏みとどまると、幽霊鎧から妙な音が漏れる。

呪文詠唱か。

セリさんが、地面に手を突いて、植物を大量に出現させる。それらが巨大幽霊鎧に絡みつく。

だが、金属対植物だ。

パワー勝負だと、どうしても分が悪い。

戒めを解こうとする幽霊鎧に、クラウディアが速射速射速射。傷んでいる鎧に、次々に凄まじい音とともに巨大な矢が炸裂する。

まずは、これでいいか。

あたしは詠唱を短時間で切り上げると、熱槍200を一点にまとめ。

踏み込みながら、投擲していた。

幽霊鎧の胸に、超熱量が炸裂する。

大穴が開く。

だが、中身は当然のようにがらんどう。そこに、立て続けに冷気の槍を叩き込む。ばきんと、凄い音がして。

更に穴が拡がるのが見えた。

だが、それでも幽霊鎧は止まらない。

接近を試みたタオを、大剣を振るって追い払う。

更に詠唱を完成させると、周囲に光の矢を放つ幽霊鎧。あたしも飛び退き、避けるが。ホーミングして来る。

杖を振るって、弾き返す。

爆発するが、どうにか致命傷は避ける。

身に付けている装飾品が作り出しているシールド。

それにあたしがとっさに魔力で張ったシールドによる防御もある。

だが、吹っ飛ばされて、床でバウンド。受け身を取って、そのまま勢いを利用して跳ね起きる。

この程度、大した事も無い。

「みんな無事!?」

「大丈夫!」

「やってくれたわね」

セリさんが、ぱんと両手を胸の前で合わせる。

同時に巨大な覇王樹が出現して、幽霊鎧を背中から突き飛ばしていた。

頭が吹っ飛ぶ。

だが、其処にあるべきものが当然ない。頭がなくなっても、普通に動いている。

レントが気合いを入れて躍りかかる。大剣で迎撃しようとするが、クリフォードさんがそれをブーメランで大きく弾く。

それでも、大剣を手から離さないのは立派だ。

更に詠唱をしている。あのホーミング魔術弾を連発されると、流石に面白くない。

「おらあっ!」

レントが、大剣で幽霊鎧を斬り下げる。胸から腹の辺りまで、一気にだ。

あたしの背丈の五倍はある巨体だが。

今のレントのパワーだったら、痛んだ金属くらいだったらこの通り。だが、それでも幽霊鎧は動く。

遅すぎた音声での警告が入る。

しわがれた男の声。

それも、恨みがましい声だ。

「退去しろ。 ここは私のものだ!」

「お断り! そもそもこんな危険な遺跡、放置しておけないっての!」

レントが飛び退く。

あたしが熱魔術も利用して、全力で加速したのを見たからだろう。クラウディアが、総力での射撃を叩き込む。

タオが跳躍。

幽霊鎧の大剣を握る腕を、完璧な太刀筋で、断ち割っていた。

手首から先がもげ落ちて、ドンと地面で大きな音を立てる。それでも抵抗しようとする幽霊鎧。

あたしは裂帛の気合とともに、炎の塊になって突っ込むと。

跳躍して。

蹴りを叩き込んでいた。

貫く。

床を滑りながら、振り返る。

あたしに大穴を開けられた幽霊鎧が、軋みを挙げながら、地面に倒れる。

セリさんが魔術での植物操作を解除したので、それで余計に倒れる速度が上がったようだった。

ふうと、息を吐く。

どうやら、この巨大幽霊鎧の他に、雑魚はいないらしい。

周囲から、少なくとも戦意はなくなっていた。

 

幽霊鎧の残骸を外に持ち出す。使えそうな金属塊は分別し。それ以外は、砕いてしまう。

中枢にはコアがあったのだが、腰の辺りにあった。

なるほど、攻撃しても平気な訳だ。

どうしても生物急所を狙って動いてしまう。

それを意識して、頭や胸では無く、腰にコアを入れたのだろう。

百年前にここに来たらしい人間の声も出していた。

本来はあれで警告し。

それでも出ていかないなら、実力行使という設計だったのだろうが。

この幽霊鎧は、技術的にも衰退が始まっていた時期に。過去のテクノロジーを組み合わせて作ったものだ。

上手く動かなかったのは、仕方が無いのかも知れない。

ただコアは、これは恐らく神代のものだ。

これでも、相当に頑張って作ったモノだったのだろうと思う。

コアは回収しておく。

多分、何かの役に立つ筈だ。

「大剣はどうする?」

「そのまま持って帰るのは難しそうだね。 刀身が無事そうな所を残して、後は折っておいて」

「分かった」

レントがばきんと音を立てて、大剣を蹴り折る。そして、何個かに分けて、荷車に積み込んでいく。

その間にタオとクリフォードさんが、宮殿を調べて行く。

一階はまるごと踊り場になっていて。

二つの曲がった階段が、二階につながっている。

非実用的な階段だ。

転んだときに、一気に下まで落ちてしまう。踊り場の一つでも作ればいいものを。

二階はちいさなバルコニーがあり、ベランダ状になっていて下を見下ろせる作りになっているが。

問題は奧だ。

窓がないのに、光が入っているのも気になる。

更に言うと、柱も殆ど見当たらない。

つまりこの宮殿は、外側の構造体だけで、建物を支えていると言う事だ。石造りの家でも、柱になる岩をどこかしらからか見つけて来て、加工して使うのである。此処はちょっと、技術レベルが違う。

そしてそれを見せつけている。

やっぱり気にくわないな、この建物。

例えば、王都にあった貴族の邸宅は、そもそも元々が邸宅ではなかった。アレは恐らく、高級宿泊施設だったものだ。それがいつの間にか、貴族の邸宅になってしまったものだった。

これはそれとは違って、ホストが客に自慢をするためだけに作られた建物だと判断していい。

それだけじゃない。

上から、試してやるというような意図がビリビリ感じさせられる。

優れた教養をもつ我々が招待してやった。

お前程度に、此処の素晴らしさが理解出来るか。

そういう悪意だ。

あの「蝕みの女王」にも通じる。

非常に嫌な気分になったので、壁をさわさわして調べているクリフォードさんに話を振る。

一番近くにいたからである。

「どうですか、クリフォードさん」

「ずっと沈んでいた筈なのに、まるでずっと外にあったようだ。 海水の影響はまったくないな」

「トラップはどうです」

「懸念はしていたが、嫌な予感はしねえ。 この辺りからはな」

そうか。

そうなると、嫌な予感の原因は奧か。

タオも頷く。

手を叩いて、皆を集める。そして、曲がっている階段を上がって二階に。

「ずっと沈んでいた割りには、すべらねえな」

「うん。 海水をどうやってか防いでいたのかもね」

「僕が見た神代の遺跡のどれよりもこれは古いよ。 此処が群島の中枢なのは確定だろうと思うけれど、コントロールルームはどこにあるんだろう……」

二階。

一階を見下ろすが、ちょっと光景が歪んでいるようだ。

多分この宮殿の中には、錬金術だけではなく、それ以外にも今より遙かに進んだテクノロジーが満たされている。

これを突破するのは骨だぞ。

そう思いながら、奧を見る。

其処にあったのは。

ばかでっかい扉だった。

回廊が続いている。

宮殿としても、何としても、あり得ない形状。

その先に扉があって。其処の奧に明らかに部屋がある。

石碑みたいなのもある。

タオがすぐに駆け寄って、石碑の内容を写し取り始める。石碑、でいいのかすらも分からない。

あたしは分からなかったが。タオは知っているようだ。

「これ、多分ハイパーセラミックだ」

「セラミックって焼き物の事だよね」

「基本的にはそうだよ。 だけれども、このハイパーセラミックは、そもそも今の焼き物とは技術レベルの次元が違うものなんだ……」

「焼き物ねえ……」

レントがこんこんと、その石碑みたいなのを叩くが。

これは、確かに凄まじい。

何を焼いたらこうなるのか、解析しないと分からない。クリフォードさんは、厳重に周囲を警戒してくれている。

クラウディアは音魔術を全開に。

どこで何が起きても、対応できるように備えてくれていた。

あたしは扉を見上げる。

なんだろうなこれ。

変な模様がある。

竜みたいな模様だ。

竜。

エンシェントドラゴンの西さんの事を思い出す。残留思念とちょっとだけ話しただけなのに。

一瞬で、大きな影響を受けた相手。

色々な事を、その会話で知る事が出来た相手。

ドラゴンは人間にはあまり分かっていない事が多いが。自然門を作りあげたのは、十中八九あの西さんだとみて良い。

あらゆる状況証拠が、それを証明している。

「フィッ……!」

「ライザ」

「!」

懐から顔を出していたフィーが、珍しく毛を逆立てて警戒している。それくらい危ない相手、ということだ。

いや、何か嫌なものを感じ取っているというのだろう。セリさんが促してくれたので、それに気付けた。

「フィー、この扉に何かいやなものを感じるの?」

「フィー!」

「そうか……」

ふむ。

この扉がどっちにしても重要か。

タオの方に視線を向ける。

タオも、必死にメモをしている状態だ。これは、まだ何か分かる状況ではないとみて良いだろう。

「タオ、ちょっといい」

「うん?」

「この扉の模様、メモを取っておいてくれる?」

「ああ、当然だよ。 それがどうかしたの?」

一応念の為だ。

アンペルさんに情報を共有する際に、この模様について調べておくべきだと判断した。それだけだ。

アンペルさんは、錬金術ではあたしがもう上で。学者としてはタオが上みたいな事をいうけれど。

やっぱり百年の経験から来る知略は、まだまだ充分にあたし達より凄いと思う。

だから、何か知っているかも知れない。

それと、だ。

百年前に来た錬金術師が恐らく残しただろう、あの幽霊鎧の事もある。

何かしら、知っている事があるかも知れない。

「よし、石碑のメモは終わり」

「……この鍵、どうなんだろうね」

「ああ、例の奴だよな」

「うん」

懐から、鍵を取り出してみる。

まだ分からない事が多い鍵だが。どうにもこいつは不完全な代物だと、あたしは感じていた。

竜脈にかざすと、力を吸収して変質する。

その力を放出することで、色々と出来そうなのだが。

無言で鍵を向けてみるが、扉はまったく反応しない。

ふむ。

多分だけれども、これでは「まだ」ダメだと言う事だ。いずれにしても、この扉が宮殿の要とみて良いだろう。

「ダメだね。 少なくとも今はまだ」

「今はってことは、何か当てがあるの?」

「うん。 この鍵、未完成だと思うんだよね。 この鍵の正確な力を調べる事も、試されているんだと思う」

巫山戯た話だと、あたしは壁に毒づく。

此処には悪意しか感じない。

なんというか、誘蛾灯のように錬金術師を引きつけているような、そういうものを感じるのだ。

一旦、戻る事にする。

既に幽霊鎧の残骸は回収し終わっているので、何度か運んで、出張所のアトリエに格納しておく。

その過程で、クリフォードさんがいっていた難破船も確認する。

エアドロップを横付けすると、浅瀬に完全に乗り上げている。腐食が酷く、内部には白骨化した人骨も散見された。酷く痛んでいる臭い。

あの群島の一番大きな島の、魚のたくさんの死体を思い出す。

あたしは口を押さえながら、クリフォードさんの調査に協力する。クリフォードさんが、まもなく宝箱を見つけて来た。内部には金貨やら宝石やらが入っていたが。見つけてしまえば、もう興味は無いようだった。あたしもあまり興味が無いので、欲しい人は、と聞く。クラウディアが引き取ると言うので、引き渡した。それで終わりだ。

其処で休憩。まだ昼少し先だ。昼食を取ってからでも、戻るのは遅くないだろう。

一度此処に寄ったときに、クラウディアがコンテナにサンドイッチを入れていた。ちょっと冷えてパンが硬くなっているが、まあそれは仕方が無い。新鮮な食材を挟んでいるので、普通に美味しい。

食べ終えると、クラウディアがお菓子も出してくる。

これは頭に糖分を入れるためだ。

セリさんが、お茶を淹れてくれる。最近はハーブティを勉強しているらしい。こっちの人間の文化には殆ど興味が無いらしいが。ハーブティはそれなりに好きなようだ。

「はあ。 生き返るな……」

「それでタオ、どうよ」

「……そろそろ僕は王都に一度戻るから、先にちょっと言っておくね。 これは神代でも、更に古い時代の文字だね。 全ては解読出来なかった」

「タオでも解読出来ないのかよ」

レントが驚くが。

タオは苦笑い。

知識が増えれば増えるほど、自分が賢者などでは無い事を知ると言う。

「ただ、一つだけ解読出来たことがあって、それが気になるんだ」

「聞かせて」

「うん。 「万象の大典に至れ」。 これって物事の本質、真実みたいな意味の言葉として伝わっているものなんだけれども……」

「あたしもそれは聞いた事がある」

だけれども、何というか。

やはり悪質な誘導を感じる。腕組みして、考え込んでしまう。

「とにかく気を付けてライザ。 あの宮殿、色々と悪いものを感じるんだ。 アガーテ姉さんにも警告はしておくよ。 ともかく誰も近づけないようにって」

「分かった、頼むよ」

既にタオは、王都で学者になるという話がクーケン島でも広まっている。

それを聞くと、タオの両親はどっちも舌打ちして、恨みがましい目で話をしているものを見ている。

大人の現実なんて、そんなものだ。

ともかく、あたしも気を付けて、備えなければならなかった。

 

2、サルドニカの大使

 

クーケン島に戻ったのは、夕方少し後、夜のちょっと手前である。アトリエに物資を搬入したり、色々あって忙しかったのだ。

ともかく、タオは一度王都に戻らせる。実はボオスもだが。

そこで、問題が生じていた。

手が開くのは早くても明日になるという話はしていたのだが。

あたしの姿を見て、ずんずんとこっちに歩いて来る女の子を見かけたのだ。例のサルドニカの。

そう思った時には、もう至近で鋭い視線を向けられていた。

「なにか?」

「ライザリン=シュタウト様ですね」

「はい。 ええと確かサルドニカの」

「サルドニカの代表を務めさせていただいている工房長フェデリーカです」

胸に手を当てて名乗るフェデリーカ。

年齢は多分十代半ばから後半か。間近で見ると、かなり育ちがよい娘だと言う事が分かる。目鼻立ちも整っているが、それ以上に若いのにがっちり化粧を決めて、舐められないように見かけを固めているのが印象的だ。

だが、手指は非常に鍛えこまれているのも一目で分かった。

職人の手、指だ。

白魚のような指みたいな表現をすることがあるが、この人のは違う。幼い頃から、工具を握り慣れている手である。

しかも、一つならず一生ものの傷があるようだった。

サルドニカと言えば、今珍しい、発展している人間の街だ。

その代表となると、今世界でももっとも重要な人間の一人に思えるが。

なんというか、余裕が無さそうな雰囲気だ。

ふっと割って入ったのが、クラウディアである。

笑顔で、クラウディアはフェデリーカさんに自己紹介していた。胸に手を当てる動作も優雅である。

「フェデリーカさん、よろしいですか」

「クラウディアさん」

「ライザリンは先ほどまで巨大な魔物と戦闘をしていました。 私もその場に立ち会ったのですが、私達の五倍も背丈がある巨大な魔物で、相応の死闘になりました」

笑顔のままだが、圧がある。

クラウディアも、彼方此方手傷は受けたのだ。

あのホーミング攻撃を全弾迎撃できなかったのである。

もしセリさんが植物で動きを拘束していなかったら、もっと被害は増えていただろうと思う。

「確かに手傷を受け、負傷しているようですね。 しかし、此方も何度も面会を申し込んでいるんです。 時間が……」

「商機を逃しかねない、ですか」

「はい。 出来れば、急いで会談を願います」

「……」

クラウディアが、視線を向けてくる。

受けて上げなさい。

そう視線に書いてある。

あたしは、仕方が無いと判断した。

「分かりました。 バレンツの商会にて会談を一刻後に行います。 準備をして、先に赴いてください」

「はい。 お願いします」

「……」

ぱたぱたと走っていくフェデリーカさん。衣服も何というか、ちょっとこっちのものとはちがう。

雰囲気的には、パティが持っていた大太刀に近いものを感じる。

そういえば東の方は、かなり色々と文化が違うのだったか。

或いはだが、古代クリント王国に潰されはしたが。

相応の文化が存在している地域だったのかも知れない。

いずれにしても、あたしとしてもやっておく事が幾つかある。バレンツに行くと、早速早馬を頼む。

まあ馬では無く鳥を使うのだが。

慣例的にそう呼んでいるだけだ。

送り先はアンペルさんとリラさん。

これは集積所に手紙を送って置いて、もしも見に来た場合はすぐに其方に手紙が行くようにするシステムだ。

なんだかんだで、これが一番早いのである。

手紙には、群島の事。宮殿の事。鍵のこと。そして、石碑の写しと、竜に見える模様について。

タオに推敲して貰いながら、さっさと手紙を仕上げる。

フロディアさんに手紙を渡して、これでよし。

アンペルさんとリラさんにも、出来るだけ急いで合流して欲しいのだが。もしも門に関する案件を調べているなら、すぐは厳しいかも知れない。

あの人、アンペルさんは、なんだかんだでかなり危ない橋を平気で渡るのだ。

投獄されたことも、一度や二度ではないというし。

まあリラさんがついているから、大丈夫だとは思うが。

「よし、これで大丈夫と。 タオも王都に戻ったら、ちょっと石碑の内容と、その模様を調べてきてくれる?」

「王都に滞在するのは多分二日くらいだから、厳しいよ。 ただ、やれるだけはやってみるね」

「よろしく」

「ボオスもそういえば戻るんだよな」

ボオスは、学校の卒業式に出るらしい。

タオは学者に正式に就任するのだが。ボオスは単に卒業するだけなので、その場で戻るそうだが。

いずれにしても、旅費は嵩む。

実はここしばらくの稼ぎで、あたしとブルネン家の保有資産はとっくに逆転している。何しろ取引先はバレンツ商会直接。更に大口の顧客が幾つもあるのだ。

あたしが旅費を出すことを提案して、それでモリッツさんも苦虫を噛み潰しながら、調査にボオスが同行することを飲んでくれたのだった。

「時にクラウディア、どうして話を飲んであげろって?」

「簡単だよライザ。 その方が、何かしらの無理難題があったとしても、此方が有利に話を進められるでしょう。 多分フェデリーカさんはお飾りだし、クーケン島に不利な話を持ってきているなら、最悪突っぱねられるわ」

「クラウディア、逞しくなったね……」

あたしが呆れるけれど。

クラウディアは、にこにこと嬉しそうに微笑んでいた。

 

時間通りにフェデリーカさんが来る。

無表情な大人が二人ついている。この二人、どちらも仲が悪そうで、フェデリーカさんを後ろから牽制しているのが分かった。

なるほどなるほど。

そういうことか。

二つのギルドで対立しているという話だったが、多分それらのギルドからの監視役なんだろうなこれは。

建前上、経験を積むだとか、或いはそれだけ大口の仕事だとか言う理由で。第二都市の名目上のトップがこんな僻地まで来ている訳だが。

その実は、権力闘争の一環。

二つあるギルド。

確か硝子ギルドと魔石ギルドだったか。

それらの発言権を増すための、権力闘争に使われている。

そう判断して良いと思えそうだ。

あたしもこういう悪知恵はついている。

クラウディアから散々愚痴を手紙で聞かされているし。そういう過程で、嫌でも覚えるのだ。

クラウディアが手紙にしたためる内容は、具体的な事はあまり書かれていない。セキュリティがあるからだろう。

だが、あたしには分かるように巧妙に書かれていて。

あたしとしても、いつも苦笑いさせられるのである。

ともかく、向かい合って席に座る。

一応、ボオスとクラウディアが立ち会ってくれる。

ボオスはタッパはあるし、戦士としてはその辺の連中より遙かに強い。

今フェデリーカさんの監視役についているのは、恐らくは戦士と言うよりは職人だ。腕っ節は立つが、魔物と戦って経験を積んでいるタイプじゃない。それは動きをみれば分かる。

あたしの右隣にクラウディアが座り。

背後にボオスが立ち。

会談が始まる。

モリッツさんの代理がボオスという体裁だが。

まあ、今頃モリッツさんは屋敷で右往左往していることだろう。

「お待たせしました。 先ほど、第一次段階の調査を終えたところです」

「突然島が出現するなんて、それも複数。 この辺りでは、それはよくあることなんですか?」

「現時点での調査の結果、百年前にも同じ事が起き……百年ほどごとに、起きていた事があるようですね」

「……っ」

恐らく此方に何らかの不手際があったのだろうと責めるつもりだったのだろうが。

いきなりとんでも無い話を聞かされて、フェデリーカさんが押し黙る。

まだ錬金術だの神代だのの事は口にしない。

「ライザリン様は、王都で数々の問題を解決し、多数の魔物を撃破した豪傑だという話を聞いています。 そんなライザリン様でも、問題の根本は分からないんですか?」

「王都周辺の遺跡を去年調査し、壊れていた機械をあらかた修理したのは事実ですが」

フェデリーカさんの背後にいた二人が、背を伸ばすのが分かった。

噂は本当だった。

それを確かめるだけでも、ここに来た意味があったのだろう。

なお、バレンツの代表として来ているクラウディアが側にいるのである。

嘘はバレンツの信用問題にも関わる。

王都にも、他の都市にも巨大な影響力を持つバレンツの、だ。

あたしが適当ふかすことは、この場では絶対に許されない。

フロディアさんが茶を淹れて、茶菓子も出してくれる。

あたしはどうぞと勧めて。

少し躊躇った後、フェデリーカさんは茶菓子に手を出していた。

「それで、交易路の問題だけであたしに面会を求めていた訳ではないですよね」

「……元々サルドニカはここ百年ほどで発達した都市です。 近年は発達著しく、王都含む各地の都市と交易はしていますが、この近辺の航路はそもそも開拓するつもりで今回は来ました」

「それは光栄な話ですが、今出現した群島については調査中です。 今回の群島は、王都近郊の遺跡全てをあわせたよりも規模が大きい。 生半可な調査で、その全てを解明するのは厳しく、沈め直すのも難しいでしょうね」

「分かりました。 交易路については、次善の策を既に聞いています。 問題はライザリン様。 貴方です」

まあそうだろうな。

あたしは茶をしばきながら、話を聞く。

なお、テーブルマナーについては、コツをパティとクラウディアから聞いている。

パティの手紙はとにかく内容が細かくて、字もかっちりしている。

クラウディアの手紙は、内容が非常に緻密で、色々と上手に誤魔化しながら、本質を書いてくる。

なお字はとても優しい。

二人から聞いたテーブルマナーのコツを、クーケン島に何人かいる行商人と話しながら連中して。

もう最近ではすっかりものにしていた。

こういうのは名士のたしなみという奴で。

最近はバレンツ以外にもあたしに直接仕事を頼もうとしてくる商人や商会が増えてきたこともあって。

モリッツさんに、頼むからそれくらいは習得してくれと言われて。

習得してきたのだ。

「単刀直入に言います。 サルドニカでも多くの機械を騙し騙し使っている状態なのです」

「技術者が多数いるように思えますが」

「います。 しかし、機械の技術は方向性が違います。 大きな炉や巨大な動力を幾つも用いているのですが、動いている歯車は錆びだらけ。 中枢のシステムも、殆どブラックボックスなのです」

「そうでしょうね……」

もしも機械を直せる技術者がいたら。

王都にも出張してきているはずだ。

サルドニカは発展している人類の珍しい都市の一つではあるのだが。

しかしながら、それについてはどうにもならないだろう。

この世界から。

錬金術師は一度死んだのだ。

「それだけではありません。 最近はサルドニカにとって命綱である鉱山でも魔物が出現しています。 それも多数」

「サルドニカの戦士達では対応できませんか?」

「サルドニカではそもそも鉱山を露天掘りしているのですが、鉱夫はその関係で屈強ではあるのですが……戦いにはあまり向いていません」

「ふむ」

なるほどな。

一応、王都に嫌気が差して離れた騎士などを雇っているそうだが。

魔物の脅威はそれだけではとても対応できないという。

いきなり金額を提示される。

とんでもない金額で、ボオスが目を丸くしていた。

「これだけの金額を出させていただきます。 是非、しばらくでかまいませんので、サルドニカに駐留していただけないでしょうか」

「……」

あたしは、金よりも。

今、フェデリーカさんが身に付けているネックレスが気になっていた。

なんというか。

そっくりなのである。

あたしが門で見た、竜みたいな模様と。

模様を提示する。だが、フェデリーカさんは小首を傾げる。

「この模様は……」

「いや、フェデリーカさんのネックレスについていますが、何か見覚えは」

「いえ、分かりません。 これは工房長に引き継がれているものでして」

「なるほど?」

見ればみるほど見事なネックレスだ。

あたしが作る装飾品と違って、恐らく完全な宝飾。ただそれだけのものだが。

きらきらと輝いてて、怪しい光も放っている。

蠱惑的な程だ。

恐らくコレは、硝子とやらと、魔石とやらの融合物なのだろう。或いは両者の良い所をそれぞれ組み合わせたのか。

こういうのがあるのであれば。

或いは、少なくともサルドニカの黎明期は。

硝子ギルドと魔石ギルドは仲が悪くなかったのか。

或いは、もっと違う関係だったのかも知れない。

王都近辺にいた大物の魔物は、去年叩き潰した。門もその時に封じた。魔物の数も、相当数間引いた。当面大丈夫だろう。

サルドニカは第二都市にして、現時点で人類にとっての大きな希望だ。

あたしが手を下すことで、その状況を改善できるのなら意味がある。

少し考えてから、あたしはクラウディアに耳打ちする。

「どうするクラウディア。 この模様、多分サルドニカで調査できると思うけれど」

「相変わらずライザ、持ってるよね」

「幸運って事?」

「というよりも、いざという時に必要なものを引き当てる力かな」

クラウディアは賛成か。

咳払いすると、あたしは幾つか相談して。

そして、金額を再提示する。

「半額で引き受けましょう」

「……ただ値引きするわけではないと判断しましたが」

「ええ。 二つほど条件があります」

一つは、勿論この紋章についての調査だ。

そしてもう一つは。

「硝子ギルドと魔石ギルドの調査をさせてください。 錬金術師であるあたしにとって、技術というのはどれも取り入れたいものですので」

「分かりました。 それぞれギルド長に便宜を図ります」

「では、今日はここまでで。 明日、私の仲間が二人、王都に向かう船に乗りますが、途中まではサルドニカと同じ方向に向かいます。 明日、出る事は出来ますか?」

「また、急ですね。 分かりました。 対応します」

それぞれ胸に手を当てて礼をすると、会談終了。

フェデリーカさんの方の茶はかなり残っていたが、まあこう言うときは仕方が無い。見た感じ、口に合っていない風でもなかった。あたしは自分の分を飲んで、残っていた茶菓子はそのまま食べてしまう。もったいないし。フェデリーカさんの分は、片付けるしかない。

フロディアさんが、片付けを始める。

ボオスが大きく嘆息していた。

「豪快に値引きしたな。 値引きした分だけでも、クーケン島が何年も島を廻せるほどの金額だったぞ」

「硝子の技術は殆ど知らないし、魔石については強力な装備品に応用できる可能性が高い。 何よりも、サルドニカの危機を救えば、それだけ巨大なパイプを作れる。 将来の事を考えると、それで恩を作った方が良いし。 サルドニカと本格的に何かしら物資をやりとりし始めたり、交易の中継点として此処を利用して貰ったら、この程度の金額すぐに取り返せるよ」

「……お前の事を、おばあさまが押していた理由がわかってくるぜ。 経験を積むと一足飛びに化けやがる」

「ありがとう。 褒め言葉として受け取っておくよ」

ボオスの皮肉と畏怖が混じった言葉を受け流すと。

すぐに皆を集めて貰う。

アトリエに集まるのもなんだし、この場で良いだろう。

そして、会談の内容について説明。

すぐにサルドニカに出る事。

途中まで、タオとボオスと同行することも説明した。なお、サルドニカまでは相応に距離がある。

王都にボオスが出向くとして、途中でサルドニカで合流できる、という話だった。タオが戻るのは、もう少し先になるだろうが。

王都に二日ほど滞在すると言う話だが。

まあその時に正式なパティとの婚約発表とか色々ある可能性は高いだろうし。

予期せぬ手間が掛かる可能性は否定出来ない。

出来ればついでにパティも連れてきて欲しいのだが。

流石にそれは望み薄か。

今のパティは戦力としても申し分ないのだ。

「それであのフェデリーカってお嬢さんはどうだ」

「うーん、戦士としてはぜんぜんかな。 ただ、魔力はかなり高いし、何かしらの固有魔術次第ではかなり戦闘で戦えるかも」

「そうじゃなくてな……」

「工房長としては、あの年齢では頑張ってる方じゃないの? どうせ化け物二人に囲まれて、言う事を聞くだけの状態から脱しようと必死になっているんでしょ。 だとしたら、あの都市で逃げ出したりしていないだけで立派で凄いよ」

ずばりとあたしがいうと、ボオスはそうだなと。

多分逃げ出したあの時の事を思い出したのか、それで黙った。

皆をクラウディアに集めて貰って、後は説明をする。

その後は、サルドニカに向かう準備を今日中に整えてしまう。

どうせ今の時点で、遺跡は手詰まりだ。また調査を進めても、しばらくはどうせタオとクリフォードさんに調査してもらうしかないだろう。そうなると、あたしは手持ち無沙汰になるし。

なんなら周辺の魔物の駆除くらいしか、やることがなくなる。

群島はしばらくは、アガーテ姉さん達に近寄らないように処置して貰うしかない。その辺りの話は、ボオスにしてもらう。

アガーテ姉さんも、バレンツの商会に来た。

状況は、あわせて話をしておく。モリッツさんには、ボオスから共有して貰う事になる。

問題は古老達が騒がないか、ということだが。

あたしが水を改善したこともある。

モリッツさんがなんか余計なことでもしない限りは、しばらくは黙っている事だろうと思う。

ともかく、幾つかの打ち合わせをすると。

アガーテ姉さんが、感心して何度も頷いていた。

「立派になったな、皆」

「やっと此処までこれました。 アガーテ姉さんのおかげです」

「そうか……」

「サルドニカはちょっと距離があるので、少し時間は掛かりますが、それでも行ってきますね」

頷く。

アガーテ姉さんは、もう縛られるものが色々多すぎて、クーケン島を簡単には離れられない。

それもあるのか。

少しだけ、寂しそうに笑うのだった。

 

3、サルドニカへ

 

翌朝。二隻の船に分乗して、港を出る。

一応、昨晩はあたしも実家に泊まった。もう、実家には泊まる、という感じだ。

既にそこで暮らしていない。

両親に、軽く話はしたが。

莫大なお金が動いたことや、他の話はしていない。

政治に関わらせるのも馬鹿馬鹿しいし。

何よりも。二人はあたしが出来る事にはあまり関係しないからだ。

幸い、二人とも自衛出来る程度の戦力は有してある。

あのザムエルさんと、一緒に旅をしていた時期があるのだ。

その時に、戦闘経験を積んでいるのである。

父さんに至っては、昔と今でかなり性格が違っているらしく。

昔はザムエルさんと肩を並べて、最前衛で魔物とバリバリに戦っていたらしい。すっかり性格が丸くなった今は、農夫としてクーケン島に貢献しているが。

ブルネン家や古老達が父さんに一目置いているのは。

多分その時代の戦士としての力量を、知っているからなのだろう。

翌朝、皆で集まり。船に荷車四台を乗せる。荷車は、サルドニカの船の方だ。かなり大きな船だが。

それでも、外洋の魔物とやりあうと、分が悪いだろう。

錬金釜は、昨日のうちに調合したものを持っていく。

念の為に、トラベルボトルを二つ。

フィー用のものと。

セプトリエン用のものだ。

セプトリエンは、当面新しく手に入れられる様子がない。だとしたら、こうして持っていくしかない。

話を聞く限り、どうせサルドニカにはしばらく駐留することになるだろう。

だとしたら、向こうにアトリエを建てる必要がある。

物資は途中で集めれば良いが。

釜とか荷車とか装備とか。

簡単に揃えられないものは、こうやって持っていくしかないのである。

かなり荷物が多いのを見て、フェデリーカさんは驚いたようだが。それでも、船には乗せてくれる。

二隻が出港。少し遅れて、タオとボオスが乗っている方の船も出る。

そっちは交易船だが。

魔物に襲われることや事故も考慮して、こういう商船は複数で船団を組み、艦隊というものを作るのが常だそうだ。

船には用心棒らしいのも何人か乗っていたが。

どれも、強そうには見えなかった。

クリフォードさんが知り合いを見つけたらしく、話しかけている。あまり好意的な口調ではなかった。

クーケン島が遠くに見えていく。

まあ、王都に出向いてからも、二度門の関係で船旅をして、遠出している。

別に今更である。

父さんと母さんも、港まで送りには来たが。

それ以上でも以下でもない。

もう農婦にすることは諦めてくれたようだが。

それでも、あたしが自分達が知らない事をやっている事については。特に母さんは良く思っていない。

これは、多分ずっとそうだろう。

この件では、恐らくわかり合う事は不可能だと判断していた。

やがて水平線だけが見えるようになり、あたしが使っていたのとは違う……方向確認用の羅針盤を用いて、船が進み始める。

帆船だが、それでも舵と帆の扱いによって移動方向はコントロール出来る。場合によっては、オールで船を進ませる。

サルドニカで時間があったら、エアドロップの推進装置をこういった船に取り付けてみてもいいか。

そう思いながら、船に揺られる。

ボオスは船酔いが酷く。

基本的に気合で耐えていると言う事だが。

まあ、船が違うから、声を掛ける必要もないか。

二日ほど船に揺られて。

前に、王都に行く時に使った港に着く。

そこで、ボオスとタオと、一度別れる。此処から迂回して、サルドニカにこの船は向かう事になる。

二人とも後から合流して貰う事になるが。

ボオスは今回の件で、サルドニカとコネを作ってきて欲しいとモリッツさんに言われているらしいこともある。

卒業式を終えたら、速攻でまた船旅という事もあって、色々忙しそうだ。

あたしは二人に必要事項だけ再確認して、すぐに船に乗る。補給だけ済ませて、船がまた海に。

淡々と、揺られながら海を行く。

途中で、大きなサメを見た。

レントが警戒して大剣に手を掛けていたが。

あたしが熱魔術を海面に叩き込むと、サメはすぐに潜って逃げていった。

「今の爆発は?」

「ああ、あたしです」

「そ、そうですか……」

船室からあわてて出て来たフェデリーカさんが、胸をなで下ろしている。

この船も、クーケン島にあたしの事だけ聞きに来たわけではなく。幾つかの商会とやりとりをして、それで戻る途中なのだ。

色々荷物は積んでいるし。

魔物なんかは避けたいと考えているのだろう。

「ライザリン様は、本当に凄まじい魔術の使い手なんですね」

「錬金術師です」

「錬金術……ですか」

「そうです。 いずれお見せします。 魔術については余技ですよ」

肩をすくめるレント。

フェデリーカさんは、一礼すると、そのまま船室に戻る。

レントが呆れながら言う。

「なんだか、萎縮しているなあの娘」

「そうだね。 あっちからもこっちからも監視されていて、居心地が悪いんだと思う」

「しばらく俺たちと一緒に行動して貰ったらどうだ。 タオとボオスがいなくなると、手数が減るだろ」

「それは良いんだけれど、責任がある立場だし、難しいんじゃ無いのかな」

ただ、レントの言う事も分かる。

このままだと、多分あの子は潰れてしまうと思う。

さて、どうしたものか。

それから更に、船が揺れる。

壊血病を防ぐために、果物が出される。冷気の魔術で保存されていたものだが。必要なので、皆で食べておく。

更に二日が過ぎたか。

やっぱりこの船は遅いな。推進力をつけるべきだろうなとあたしは判断。それについて、考え始めていた。

多分タオとボオスは、もう王都についた筈だ。

此処からは、タオとボオスも、別行動だろう。

二人とも忙しいだろうなと思いながら。それでも王都で紋章を調べてきて欲しいと頼んだので。

ちょっと悪い事をしたかなと、あたしは思ったが。

しかし、場合によってはまた世界滅亡に関連しかねない案件だ。

それを考えると。

あまり、個人の事情を優先もできなかった。

 

タオはボオスと旅をすることが全く苦にならない事で、懐かしく思う。いじけたボオスが自分をターゲットにして辛く当たっていたことが、昔の事のようだ。今ではボオスもそれを反省している。

だから、それを蒸し返すつもりもない。

街道は前よりは魔物が減っているが、それでも出る。だから二人で蹴散らしながら進む。幾つかの集落では、しばらく滞在してくれないかと頼まれた。だから、二人で魔物を多めに蹴散らして。

それで手が開くようにしてから進む。

そうして、王都に辿り着く。

もう走った方が馬車より速い。

途中で何度か戦闘があったけれども。

それでも、タオと同じくらいまで腕を上げているボオスの事もある。

殆ど、手間にはならなかった。

この辺りの大物は、ライザがあらかた片付けてしまったというのも大きいだろう。

王都が見えてくる。

ボオスが、頭を掻いた。

「俺は俺で、正式に寮を引き払わないとならん。 それに父さんにねちねちと言われていてな」

「例の貴族の令嬢のこと?」

「そうだ。 ライザが聞いたら、ブチ切れていただろうな」

「分からないでもない」

ボオスは言われたらしいのだ。

貴族の令嬢との婚約について、断ったときに。

まさか、あの猪ではないだろうな、と。

勿論ライザの事だ。

元々が婚約者候補だったのだ。少なくとも先代のブルネン家当主は、そうしようとしていた。

先代のブルネン家当主のことは、もうほとんど覚えていないが。

女傑と言うに相応しい人物で。それでライザの事を見抜いていたことは、タオにもよく分かる。

だがモリッツさんとしては、ライザが。既に豪傑と言っていい存在に成長しているライザが。

ボオスとくっついたら。

あっさりブルネン家を乗っ取られて。島を完全に私物化されるという恐怖があるのだろう。

だから、ライザに対する苦手意識は増す一方。

しかも人工島であるクーケン島の生命線はライザが握っており。

バレンツやアーベルハイムとの強力なパイプをライザが持っている事。更に資産という観点でも、既にライザがブルネン家を上回っていること。

これらからも、ライザが天井知らずに成長するだろう事を考えると。

恐怖の対象になることは、まあわからないでもない。

特に近年は、ライザの武力は明らかにアガーテ姉さんを凌いでいるし。

ライザがその気になったら、クーケン島なんて一日で灰燼と帰す。

それを考えると、苦手意識はどうしても膨らむのかも知れなかった。

「ありえん……」

ボオスが呻く。

ボオスはボオスで、キロさんに夢を見過ぎである。

キロさんも、ライザに話を聞く限り、ボオスの事を悪くは思っていないようなのだが。既にタオも聞いている。

オーレン族と人が子供を作った場合。

母胎に大きな悪影響が出る可能性が高い、と言う事について。

ボオスも聞いている筈だ。

ライザは今。

将来、人間とオーレン族が仲良くやっていくために、研究を進めているそうなのだが。

それでも、この件はライザ頼みになる。

それに、キロさんだって、ボオスの事を悪く思っていないといっても。

キロさんと一緒になるとして、どうするのか。

キロさんは、多分グリムドルを当面離れられない。

ライザの話によると、グリムドルの周辺には最低でも四つのフィルフサの群れが存在する事が確認できていて。

それらを潰しても、また新しいのが来る可能性が高いそうだ。

数十人規模にまでグリムドルは復興してきているのだが。

それでもちょっとまだまだキロさんは離れる事は出来ないだろう。

水とオーレン族の守りがあったとしても。

「ともかくだ。 俺は卒業式を済ませて、荷物を実家に配達したら、すぐにサルドニカに向かう」

「分かった。 僕も論文の結果を聞いて、それで」

「お前はゆっくりしていけよ」

「そうもいかない。 今回の群島、多分去年の王都近郊の遺跡の比じゃない規模だよ。 だとすると、僕も全力を尽くす必要がある」

恐らくパティの事で気を遣ってくれているのだろうが。

それは正直、困る。

タオも既に自覚している。

タオの年代は、頭より下半身で考える男子の方が多い。周囲の男子生徒が、ずっと猥談をしているのを何度も目にしたし。

それについては、クーケン島の頃から知っている。そもそも、人間は十代半ばが一番子供を作るのに適していて。他の生物で言う繁殖期であることも。

だが、タオの場合はどうもその辺りが違うらしい。

女の裸や性行為よりも、新しい知識を知る事により強い興味を覚えるのだ。

なお一応レントに言われて試すだけ性風俗を試してもみたのだが。

相手はタオの事を長身だ学者先生だと褒めてくれて喜んでいたが。

タオ自身は、高い技術を持っている筈の相手との性行為も全く面白くも何ともなかったので。こんなものかと思っただけだった。

ただ、パティと婚約すると言う事は。

今後はパティを女性として扱わなければならない訳で。

結婚したときには、子供も作ることになる。

そうなると、この性に関してほぼ興味が無い体質については、色々とマイナスになるかも知れない。

今のうちに、パティと色々話はしておかなければならないのかも知れなかった。

寮に行くと、荷物の整理と、アーベルハイムへの郵送を行う。

殆どの荷物は、今後アーベルハイムの用意してくれたちいさな家屋に。

此処で、正式に結婚するまで保存する事になる。

後は、アーベルハイムに顔を出す。

パティはさっき戻ったばかりらしくて。タオを見て、喜んでくれた。

一年で少し大人っぽくなったけれど、背はあまり伸びていなくて。

それで、戦場以外ではやたら高いヒールを履くことが多く。

それがコンプレックス由来なのが分かって、タオとしては気分が複雑だ。そんなの履いていたら、足を悪くするだろうに。

「タオさん。 ライザさんからの手紙を見ました。 かなり大変な遺跡だと言う事ですが……」

「うん。 王都近郊の遺跡とはレベル違いだね。 神代が直接関与してきている、かなり危険なものだと思う」

「ごめんなさい。 わざわざ戻って貰って」

「僕としても、今後学者としてやっていくためには必要な事だから、気にしないで。 それよりも、忙しくてあまり一緒にはいられない。 先に謝っておくよ」

これは一応、こういう風にしろと言われて覚えた社交辞令だが。

パティもそれは分かっているらしく、寂しそうに笑うのだった。

ヴォルカーさんとも挨拶をして。

それで、打ち合わせをしておく。

明日論文についての発表だが。ほぼ確定で通るそうだ。特に遺跡の方は。

それで正式に学術院のメンバーになる。

もっとずっと大きな規模の国家だったら、それはとても名誉な事なのだろうが。

どうせ貴族なんかの名誉職だ。

タオの目的は、禁書などの閲覧である。

図書館の奧にしまわれている、埃を被るだけの禁書を見る事が出来る。それだけのために、論文を採ったのである。

ただ、女としてどうこうというのはともかく。

パティの事は、人間としては頑張っていて偉いとも思う。

だから、婚約をするにしても、相手がパティだったのは良かったなとは思うのだった。

「実は婚約の件だが」

執務室で、早速その話になる。

ヴォルカーさんは咳払いして、そしてすまぬと言った。

「まだ調整が続いている段階だ。 論文が通って、学術院に入った後、しばらく間を開けることになるが、良いだろうか」

「大丈夫です、問題ありません」

「そうか。 それで、パティはしばらくは王都にいて貰う。 アリバイ作りという奴だ」

「……」

これからタオは、調査のために遺跡に向かうという体裁にする。

学術院はこのちいさな規模の都市国家で、「権威ある」身。仕事をしているという体裁が必要なのだ。

それで、タオには調査に向かって貰い。

学者として、仕事をしているという風にするそうだ。

全ては体裁である。

本当に申し訳なさそうに謝るので。タオは。それについて逆に恐縮してしまった。

「別に僕は大丈夫ですよ」

「明日の学術院での学者就任式の一月後に、婚約を発表する。 その場に君はいなくても大丈夫だ」

「そうですか」

「その後、パティを君達に合流させる。 かなり危険な遺跡の調査だと聞いている。 あの子も腕を上げているし、いた方が良いだろう」

頷く。

それについては、全くその通りだ。

多分、もうパティはタオより強いだろう。

戦闘では、とても頼りになると言えた。

そして今回の調査では、遺跡で戦闘は避けられない。

あの宮殿にいた大型の幽霊鎧なんて序の口。今後、もっと凶悪なのがわんさか湧いて出てくるだろう。

ヴォルカーさんは咳払いする。

「それで、すまないが。 婚約後も、結婚までは手を出さないで欲しい」

「ええと、確か結婚までは妊娠していると問題なんですよね」

「そうだ。 馬鹿馬鹿しい体面の話だ。 抑えが効かない年頃だという事は分かっているが、頼む」

「問題ありません」

まあ、パティの方が抑えられれば大丈夫だろう。

実の所、パティを抱きたいと思った事はただの一度もない。

それはそれで、タオにも問題があるのだが。

「それでは、授賞式について等は……」

打ち合わせをして、それで今日は宿に泊まる。

今後、アーベルハイムが実家になる。

アーベルハイムには入り婿という形になるので、当主はパティになるそうだが。

それはそれで、別にどうでもいい。

タオとしては、理想的な学者としてのパトロンと研究用の地盤があればいい。

その考えも問題がある事は分かってはいるが。

それをヴォルカーさんもパティも承知しているのだから。

それでいいのだった。

 

翌日。

卒業式に、ボオスは出席する。

学生は他の都市から来ているものもいて、全てが一度に出られる訳でもない。何回かやる卒業式の一つに参加するだけだ。

あくびをかみ殺すのを必死に堪えながら。

顔しか知らない学園長がなんだかよく分からない演説するのを見送る。

同期の学生の中で、ボオスの成績は中の上程度だった。

学問は得意な印象があったのだが。

学校で教える学問が、それで身に付けやすいかというと話は全く別であったらしい。

更に、である。

ボオスはライザ達に追いつこうと、必死に努力をしていたこと。

特に生活費のために、魔物退治などを頻繁に引き受けていたこと。

何よりも、コネ作りの為に交流をして、必死に人脈の網を拡げていたことなども要因となる。

学生としては、あまり学業に専念する事はできなかった。

ともかく卒業証書も貰ったので、学園を出る。

そうすると、何人か顔と名前しか知らない女子生徒が群がってきたので、困惑した。

「ボオスさん!」

「王都には留まらないんですか!」

「あ、ああそうだが」

「私達の気持ち、受け取ってください!」

困る。

なんか色々押しつけられて、それで本当に困り果てたが。女子生徒はキャーキャー言いながら嵐のように去って行ったので、それもまた困り果てた。

ともかく、タオを見かけたので、先にサルドニカに行くと告げる。

タオの様子はいつも通りというか。

多分あの様子だと、パティを本当の意味で異性として見た事なんて一度もないだろう。

ボオスだってその辺りは、好きな相手の事を考えて色々折り合いをつけているのだが。まあ脳の構造が違っているとしかいえない。

荷物を宅配でクーケン島に送る。一応女子生徒達に貰ったものは確認して、傷むようなものは分けておいた。うんざりするほど甘い菓子があったので、胸焼けしながら食べておく。

クーケン島で金持ちで、周囲に比べて豊かな生活をしていたと言っても、それでも食べ物は大事にする。

先代が口を酸っぱくして言ったことだ。

バルバトスとかいう例の盗人当主のおかげでブルネン家は豊かになったが。その前は、他と変わらなかった。つまりは貧しかったのである。

そういう時代の家訓こそ、多分先代は大事にしていたのだ。

今なら、その意味がわかる。

悲惨な生活をしている集落を散々見て来たし。

クーケン島も、一歩間違えばそうなるのだから。

卒業証書も、その中に乱暴に放り込んでしまった。

宅配はバレンツの商隊がやってくれるので、安心感がある。あの例のメイドの一族が護衛についているし、余程の事がない限り大丈夫だろう。

あの一族は強い。

力がついてきて、やっと連中の恐ろしさが分かってきた。

今でこそ、なんとか戦えるくらいの力はついてきたが。

それでもそもそも、あの連中は連携が凄まじく。同じ一族内で造反している様子もまったくない。

個々の強さもそうだが。

あの連携こそ、本当の恐ろしさだ。

事前に調査しているが、サルドニカにも相当数が入り込んでいるらしい。

なんだか不可解な一族で。

下手をすると、この世界の人間は。あの一族に乗っ取られる……いや既に乗っ取られているのでは無いのか。

そんな恐怖すら、たまに感じるのだった。

後は身支度をして、王都を出る。

丁度港の方に出る商会があったので、護衛を買って出る。そうすると、相手も喜んでくれた。

港からサルドニカ方面の船は、それなりに数があるので、そんなに待たなくても良い筈だ。

商会の護衛の戦士は、他はゴロツキ同然のが数人。

だが、一人、例のメイドの一族のがいる。

此奴らの事はゴロツキでも知っているようで、明らかに距離を置いていた。ボオスも、これは楽が出来そうだなと、道行きながら思う。

途中、魔物が出る。

ラプトルの群れだ。数体が派手に攻撃を仕掛けてきて、残りが馬を狙い、背後からも来る。

連携が取れている攻撃だが、狙いが分かっているから対応は普通に出来る。

馬を襲おうとした一体を両断している間に、後方に回り込んできたのを。例のメイドの一族の戦士が。手にしている巨大な長剣……パティが使っている大太刀に近いもので、なっさばっさと斬り倒していた。

戦い、利あらず。

そう判断したのだろう。数体を倒された時点で、ラプトルの群れは逃げに入るが。メイドの一族の戦士が踏み込むと、剣を投擲。

鋭い断末魔が上がり、大きなラプトルが、茂みから出てくる。

群れのボスだったのだろう。

それを見て、ラプトルの群れは散り散りに逃げ散っていった。

「捌くぞ。 手伝え」

「……」

ゴロツキ共は震え上がって、手元も怪しい。

やれやれと思いながら、ボオスは仕留めたラプトルを解体して、皮やら肉やら切り分けて行く。

ボスの死体の血抜きをしていると、燻製にてきぱきと商人のまだ幼い娘が肉を仕上げている。

商人の方が余程たくましいな。

ボオスはそう思って、苦笑いしていた。

「以前見た事がある。 確かボオスと言ったな」

「すまん。 あんたたちの一族は俺たちには見分けがつかない」

「そうだろうな。 私は以前、遺跡で防衛線をお前達と展開したものの一人だ」

「ああ、そうだったか。 その時は助かった」

あの中の一人か。

まあ、みんな強いが。それでも強いのは納得が行った。

魔物の死体の片付けが終わると、商会はてくてくと行く。護衛の戦士共は、役に立ちそうにないが。

ボオスとこのメイドの一族の戦士だけで充分である。

港までは問題なくつく。

タオはうまくやれているかなとちょっとだけ心配したが、まあ上手くやれているだろう。商会から護衛の謝礼をはずんで貰う。

そして、そのまま船に乗って、サルドニカに向かう。

船酔いが酷いのでちょっと辛いのだが、今更だ。三隻の艦隊でサルドニカに向かうが、本当に景気が良いんだなと感心してしまう。どの船にも色々な商品を積んでいるのだ。百年程度の都市が、五百年の繁栄(笑い話だが)を誇る王都を超える日は、そう遠くないだろう。

だがそのサルドニカも、あのフェデリーカという娘を見るだけで、闇が色々と深い事は容易に分かる。

結局のところ、人間がダメなんだろうな。

それが結論として出てしまい。

ボオスも、大きな溜息が出た。

ボオスだって、古代クリント王国のやらかした悪逆非道には正直色々と思い知らされるものがあった。

そして古代クリント王国は模倣者であり。

五百年前の国は、どれも似たようなものであったというろくでもない事実も知った。古代クリント王国が勝たなければ、他の国が似たような事をしていただけだったのだろう。悲しい話である。

船酔いを気合で耐える。

ともかく、サルドニカで後から合流するためにも。

船旅で消耗しすぎる訳にはいかなかった。

 

4、サルドニカへの旅路

 

船が海原に出て、そして風を受けて帆がふくらむ。一気に速度が上がり。

見る間に港が遠ざかっていく。

潮風がとても特徴的で。こればっかりは海はどこも変わらない。何となく、クーケン島を思い出してリラックス出来る。汽水湖も外洋も、潮風はあまり変わらないものなのだと、それで知る。

そして、数日を経て。

サルドニカ近郊の港についていた。

道中も、皆とこれからの打ち合わせをし。

トラベルボトルに潜ってフィーの体調の調整をしたり。或いは物資を補給したりしていたので。

あっと言う間に時間が過ぎてしまった。

途中、フェデリーカさんは殆ど口を利かなかった。

ずっと監視役の二人が、側についていたから、なのかもしれない。

兎も角陸だ。

ボオスは後から追いついてくる。タオも、それから遅れて追いついてくるだろう。だから、比較的のんびりと、サルドニカを目指す事にする。

ともかく、ようやく一段落はしたので。

あたしはそれで、伸びをして。周囲を見回していた。

まずは、現地を知る事からである。

知識として知っているのと、肌で知るのとでは、やはりだいぶ違う。

そこそこに開けたいい港だ。

王都近郊の港よりも人が多くて活気もある。

街道もそれなりに広いが。

ただ、やはりというか。

看板が出ていて、商会の護衛を常に募集しているようだった。

「やっぱり魔物がいるか……」

「この辺りは俺も何度か来たが、魔物の数そのものは王都近郊よりはすくなめだぜ。 その代わり、質が少し高い」

クリフォードさんがそういう話をしてくれる。

彼方此方調べて回っているだけあって、色々知っていると言う事だ。

とにかく、タオが合流するまでは遺跡関連の知識はクリフォードさんが頼みだ。それに、タオとボオスがいない状態。

その分の穴埋めを、現在の面子でやらなければならない。

「遺跡もやっぱりある感じですか?」

「王都近郊ほどのヤバイのは殆ど無くて、この辺りにあるのは廃集落だな。 一部の廃集落は、奪還に成功しているらしいが。 それも限定的って話だ」

「おお、流石だな。 詳しくて助かるぜ」

「王都に腰を落ち着けた今だが、それまでは世界中の人が多い場所はあらかた回ったからな。 逆に言うと、それが出来るくらい、この世界は狭いって事だ」

正確に言うと。

人がいる場所が狭いと言う事だ。

それ以外は、魔物の巣窟になってしまっている。

今後はそういう場所に出かけて、門を閉じることを考えなければならないのだろう。そう思うと、いつ開いてもおかしくない門がある事も踏まえて。今後も暇な日なんて来ないだろうし。

最悪此方の世界に定着しつつあるフィルフサを、どうにかあたし達だけで粉砕して、王種を仕留めなければならない事態も考えないといけない。

港にあったバレンツの支部に、クラウディアが出向いていて。

戻ってくる。

あたしがどう、と聞くと。首を横に振られた。

「ダメね。 アンペルさんとリラさんは、手紙にアクセスしていないみたい」

「そろそろ何かあったと考えるべきなんじゃないのか」

「うん。 もう少し待ってみて、ダメだったら足取りを追ってみよう」

「分かった。 バレンツの方でも、ちょっと調べて見る」

クラウディアは頼りになる。

色々とフェデリーカさんの方でも打ち合わせをしていたが、やがて話し込んでいたあたし達の方に来る。

「みなさん、ちょっとよろしいでしょうか」

「面倒ごとですか」

「……はい。 街道近くに大きめの魔物の群れがいて、かなり手を焼いています。 王都で武名を馳せたみなさんの力を見たいという意見が出ていまして」

「了解。 場所とだいたいの概要をお願いします」

ノリノリのあたし達を見て、フェデリーカさんはすんと鼻を鳴らす。

嫌がっているとか馬鹿にしているとかではなくて、多分癖なんだと思う。

この子は何というか、素の自分を見せていない。

パティは非常に強く自分を律していて。最終的に爆発していたけれども。

この子の場合は、普段から抑圧されていて。

本当の自分が何処にあるのか、まったく分かっていない印象だ。

それはそれとして。

すんと鼻を鳴らすのは、多分癖なのだろう。

船の上でも、何度かそうしているのを見た。

「宿はとっておきます。 場所は……」

「地図はある。 これで示してくれるか」

「用意が良いですね。 昨日出現が確認されたのがここで、この辺り一帯で活動をしているようです。 敵の種族はエレメンタルが中心ですね」

「了解」

この辺りにもエレメンタルがいるんだな。

精霊王や星の都の事を考えると複雑だが、それもまた仕方が無い。精霊王も、下級の「星の民」の事は何も思っていないようだし。

恐らくだが、人をもして作られただけで。

特に仲間意識的なものはないのだろう。

人間から似た生物に見える場合はあるが。

それがまったく生物として違う事がある。タオが言っていたが。そういうケースなのかもしれない。

いずれにしても精霊王は人間と考え方がだいぶ違っている。

そう考えてもおかしくない。

すぐに指定があった地点に出向く。

目付役の代わりに、現地の戦士数人がついてくる。監視役兼、加勢というところか。

すぐにエレメンタルが見える。

街道に群れていて、我が物顔だ。

「大した数じゃないね」

「ただこの辺りにいる奴は、王都近郊のより質が高い。 魔術も高レベルのを使ってくるから気を付けろ」

「そう。 じゃあ容赦なく行くわ」

後は、ただ襲いかかるだけだ。

徹底的に叩き潰す。

街道もダメージを受けるが、途中で戦闘を想定して、建築用接着剤は相応に持って来ている。

気にせず、大暴れする事が出来た。

 

この地方に、監視対象の錬金術師ライザリン、通称ライザが来ている。

それを聞いた「同胞」の一人エンテは、様子を見に来ていた。普段はサルドニカの自治防衛隊の隊員をしている。この部隊も、隊長は同胞の一人である。

ガイアなどの古株の防衛隊は、人間が放棄した地域の門を監視していて、フィルフサの動向を見張っている。

今までにそういう地域にある門からフィルフサが溢れそうになったことが何度かあり。

その度に同胞が大きな被害を出して、フィルフサの王種を仕留めてきた。

最古参の同胞であるガイアは現在隻眼だが。

そういう戦いの一つで。

王種相手に受けた傷が原因で隻眼になった。

もっとも本人は、隻眼になってから却って鋭くなったと言っていて。再生手術を受けるつもりはないらしい。

多様性を全くもてない同胞で。それは明確な欠点だが。

事実上寿命が無い事と。

体のパーツにカスタマイズが効く事は、明確な長所だ。

手をかざし、時には遠めがねを使って確認。

硝子技術の里であるサルドニカは、工芸品だけではなく、硝子全般のテクノロジーがかなり高いレベルで保存されている。

これには理由があるのだが、それはまあいい。

遠めがねも、なんと地力で作り出す事が出来ている。

機械類でなく手作業なので、全てがオーダーメイドになるのだが。

これはテクノロジーが衰える一方の人間の社会において。

壮挙と言っても言い事だろうともエンテは思うのだった。

遠めがねを降ろす。

鼻を鳴らしていた。

一方的だな。

話に聞いている通り、凄まじい強さだ。神代の錬金術師と比較しても全く劣らないどころか、地力で辿りついた境地としては驚異的、という話は聞いていたが。それどころか、戦闘力が素で高い。

神代の連中はどいつも資料で見る限りモヤシ同然だったようだから(錬金術による身体強化に頼り切っていた)、素で魔物を蹴り殺せるパワーを持ったライザが、装飾品による強化を経ていればそれは強いのは分かる。

多数の熱槍を連射して、防御しようと魔術で防壁を展開するエレメンタルを、真っ正面から粉砕するライザ。

壁に穴が開いたところにクラウディアが矢を叩き込み。

さらにクリフォードのブーメランが叩き込まれる。

レントが右に左にエレメンタルを斬り伏せ。背後に回ろうとするエレメンタルを、地面を突き破って出現した食虫植物が、ばくんと一口にかみ砕いていた。セリというオーレン族の魔術だ。

ライザの仲間の名前、メンバーの構成は既に同胞の間にて共有されている。

何人か足りないようだが。

それについては戦死では無く、用事で外しているだけだろう。

いずれにしても、これは道中の魔物は足止めにもならないだろうなと判断。

問題は、サルドニカ近辺で今暴れ回っている巨大狼。

通称フェンリル。

本来は神代の更に古い時代の神話に登場する神殺しの狼の固有名だが。

今ではそれが忘れ去られ、すっかり魔物の種族名となり果ててしまった。ともかく、神話の狼とは関係無い、強力な狼の魔物の退治を頼まれる事になりそうだなと、エンテは思った。

愛用の薙刀を手にする。

エンテが身に付けているのは東の国の技術で作られた鎧で、皮と木、それに一部金属を用いた一種の軽鎧だ。

軽鎧でも対人用では充分な性能を持ち、サルドニカでは使う人間も多い。

兜も被ると、先制で動く。

此方を狙っていた魔物の群れがいたから、蹴散らしに出向いたのだ。

不意を突かれたラプトルの群れは、たちまちに薙刀のエジキになる。

大柄なボスが組み伏せようと躍りかかってくるが。

残像を蹴爪が抉るだけ。

通り抜け様に数体の首をボスのも含めて刎ね飛ばす。

大量の鮮血が噴水のように注ぐと。

ラプトルの群れは、戦い利あらずと逃げだそうとするが。

そのまま走って余裕で追いつくと、一匹残らず仕留めた。

口笛を吹くと、後輩が何人か来る。

激戦地と呼ばれる東の地では、門関連でなくとも年に同胞が何名か戦死するのだが。母がそれ以上のペースで同胞を作り出している。

その中でも経験がまだ浅い同胞は、王都かサルドニカ近辺で経験を積む。

同胞の違いは経験しかないので。

それで、すぐにみんな一人前になる。

エンテは、ここでは小隊長的な役割をして。

後輩の指導をしていた。

ただ上下の関係ではない。

皆同じなので、覚えも同じ。

覚えたら、すぐに各地に再配属されていく。

「呼びましたかエンテ」

「ええ。 すぐに捌いて、それぞれの部位を分別。 肉は燻製に。 血抜きを忘れないように」

「了」

さっと散る後輩達。

自分もああだったな。そう思いながら、薙刀を振るって血を落とし。

そして、遠めがねでの監視に戻る。

ライザ達も勝利していたようだ。大きめのエレメンタルがいたが。それももうライザ達の相手では無かった。

コマンダーの話通りの強さだ。

これはもしも排除の指示が出た場合、サルドニカに赴任している同胞が全滅する覚悟で仕掛けないといけないだろうな。

そう思って、エンテは嘆息する。

いずれにしても、サルドニカでの監視任務の主軸を担うのはエンテだ。

これから、色々と準備しなければならなかった。

 

(続)