出現した群島へ

 

序、橋頭堡確保

 

もう人間相手なら、あたし達の敵じゃない。

あたしは、別に驕りではなく。客観的にそう認識していた。

達人級の相手が束になって襲ってきたらそれはそれで問題だが、そういう事態はまず起きない。

対人戦の達人は今の時代いない。アンペルさんの話によると、百年前には存在していたらしいのだが。

それもいつの間にか、いなくなってしまったそうだし。

魔物の群れに一斉に秩序だって襲いかかられると面倒だが。

それもフィルフサみたいな真社会性生物でもない限りは、大丈夫だ。例えばラプトルなんかはかなり連携した狩りをするが。

それも群れが大きくなっても、精々数十匹である。

問題は、明らかにそれ以上の数の魔物が。組織だって襲ってきた場合。

だから、整然と陣を組んでいる魔物を見て。

レントがひゅうと口笛を吹いていた。

「流石にライザとアガーテ姉さんが不覚を取るのも納得だな。 この辺りの魔物が、全部集まっているんじゃないか」

「というわけで、前衛よろしくねえ」

「それで、例の翼持つ魔物というのは」

「姿が見えないね。 或いはこっちの戦力が充実したと判断したのかも知れない」

ま、どうでもいい。

この間とは此方の戦力が桁違いだ。この程度の数だったら、今回は問題にならない。

ともかく、蹴散らすだけだ。

レントとタオ、クリフォードさんが前衛に出る。セリさんが詠唱を開始。あたしも、大火力制圧用の魔術の詠唱を開始する。

去年はグランシャリオと名付けていた最大奥義だが。

それについては、改良を重ねて更に殺傷力を上げた。

一年で出来る事は全部やっていたのだ。

ただ、ここではまだ使う必要もないだろう。

魔力量はあれから増えていない。

だから、空に出現する熱槍は、およそ二万。

ただ、身に付けた錬金術の装飾品による強化の倍率は上がっている。

だから同時展開出来る熱槍の数は同じでも。

連射がきくようにはなっていた。

魔物が、突貫してくる。

文字通り地鳴りがするような勢いだ。

それに対して、クラウディアが多数の矢を一斉に射掛ける。

音魔術で出現させる分身の数は更に増えていて。文字通り射手の集団が、周囲に出現し。それらが多数の矢を正確無比に射掛ける。

魔物がそれを突破しようと襲いかかってくるが。

豪腕でレントが振るった大剣が、まとめて前衛を赤い霧に変え。

タオが突撃して、機動力で掻き回す。

クリフォードさんが右に左にブーメランで殴りつけ、魔物を吹っ飛ばして、詠唱の時間を稼ぐ。

先に詠唱を終えたのは、セリさんだった。

地面から噴き出した無数の蔓が、魔物に襲いかかる。

それらは、口を開くと、魔物にかぶりついていた。

食虫植物か。

それとも、肉食性の植物を従えたのか。

恐るべき地面からの強襲に、魔物達が流石に困惑する中。

レントが大上段から一撃を叩き込み。一団の中で特に大きかったラプトルを、真っ向から唐竹にたたき割る。

タオの剣術は充分に冴えていて。

これならもう、学者として廃業しても、トレジャーハンターとしても傭兵としてもやっていけそうである。

選択肢がたくさんあればあるほどいい。

そう思いながら、あたしは叫ぶ。

「行くよ大きいの!」

「さがれ! 巻き込まれるぞ!」

「今日の天気は……晴れのち隕石!」

わっと、空から降り注ぐ、隕石ならぬ熱槍の雨。

それぞれが、石造りの家屋複数を瞬時に溶かし尽くす程の火力を有している。

空に向けて防御を展開する魔物もいる。

本当に組織だって動いているな。

呆れるが。

だが、そんなもので、あたしの大火力制圧魔術を破れるか。

これは奥義ですらない。

ともかく、一撃が広域を瞬時に火の海に変える。直撃した魔物は火だるまになったり、炭クズになったり。

そうでない魔物は、甲高い悲鳴を上げながら、転がり回っていた。

掃討戦に移行。

あたしは熱槍で辺りの魔物を駆逐しながら、指示を飛ばす。完全に隊列を崩した魔物が、それぞれ逃げ散り始める。

どうも洗脳されていたように見える。

強烈な恐怖に曝されると、洗脳も解けるのだろう。

まあ、この辺りに集まった魔物を、まとめて駆除しておくには良い機会だ。

背中を徹底的に撃つ。

クラウディアも、それは同じ考えのようで。

多数の分身体とともに容赦なく矢で逃げる魔物の背中を撃ち。とにかく徹底的に蹴散らすのに終始した。

二刻ほどで戦闘は終わった。

見渡す限り、黒焦げになった魔物、死体になった魔物の山である。

ただ、深追いは避けた。この辺りはまだ地形がよく分かっていないからである。

結果として、浅瀬に逃げ込んだ魔物や、散り散りに逃げた魔物は、殺しきれなかった。これだけの数を、周辺から引っ張り出して片付けられたのは可とするべきだが。まあ、八分勝ちというところか。それで充分である。

何より、大きいのはいたにはいたが、皆で総出で掛からなければならないような大物は存在しなかった。随伴戦力を削った、くらいに考えておくべきだろう。

すぐに解体を開始。

大きいのから順番に捌いて、内臓や皮の中でも無事なものは取っておく。肉は即座に片っ端から燻製にして。

後から来た護り手に、ピストン輸送して貰った。

今回損害を出した商人達に半分ほどはくれてやるのだ。

こっちとしては別に対して困ってもいない。

今後、商人との良い関係を作る為に必要な投資になるのなら、これくらいはやすいものである。

何より、凄まじい数の魔物がいると、実際に分かりやすく示せるだろう。

これで、バカをする連中もいなくなる。

手分けして魔物の残骸を処理して周り。

それで、一旦今日は引き上げる。

レントはクーケン島で宿を取っているとかで、其方に止まるそうだ。そもそもアーベルハイムから結構お給金を貰っているので、それで問題ないだろう。

クリフォードさんも同じ宿に泊まるとか。

クラウディアはバレンツ支部になった、あの屋敷でしばらくは生活するらしい。

タオは実家でしばらくは寝泊まりするとか。これはそもそも、本の整理が必要だから、である。

結果、アトリエにはあたしとセリさんだけになる。

セリさんは、アトリエに入るとフードを取り。そして、あたしが今まで集めた本を読み始めていた。

「セリさん、此方の世界の本に興味が出て来たんですか?」

「たまに読むようになりはじめただけよ。 それなりに金はあるし」

「ふむ?」

「クリフォードに誘われて、アーベルハイムの警備の仕事に協力するようになりはじめたの。 それで金を貰うようになった。 それだけよ」

そうなると、多分パティ辺りの進言か。

いずれにしても、無言で本を読んでいるので、邪魔はしてはまずいと思って声は掛けない。あたしはその間に、ちまちまと調査をしていく。

今、調査をしているのは。

錬金術での生物発生についての仕組みだ。

タオに送って貰った資料によると、これはホムンクルスと呼ばれる技術であったらしい。ホムンクルスについては聞いたことが以前もあったのだが。資料によって具体的に内容を知ったのは大きいと言える。

古くは魔術の延長線上……いやもはや呪術に近い代物であったそうで。

不衛生なナマモノを使って作り出す事が出来るという思想だったようだが。

実際に神代の錬金術師は、人間の要素だけを分解し。

それを組み合わせて作っていたそうだ。

ただ、決定的な欠点が生じていたようで。

どうしても完成型には至らなかったようだが。

あたしとしても、同じ欠点で命をなくしたくはない。

それで今、生物の要素の調査をしている。

今までもナマモノを釜のエーテルに突っ込んで、要素ごとに分解したことは何度でもある。

薬などを作る時が顕著だ。

今やっているのは、その要素の更なる細分化である。

今まで以上に、エーテルに対する精密な操作と。

空間把握が必要になってくる。

ただ、集中しすぎると、周囲の声が聞こえなくなる。

そういうときは、フィーがあたしに促して。

それで正気に戻してくれる。

それが最近の、常になっていた。

ふむ。

あたしは自分の髪の毛を今、エーテル内で分析しているのだが。どうも生物というのは、極限まで細分化すると、同じようなもので出来ているようなのである。

もっと更に細分化すると違っているようなのだが。

ともかく、ユニット化したものを組み合わせているのが生物。

そういう印象を受ける。

ただ、それもまだなんとも。自分で分析した結果である。或いは、何かしらの専門器具でも使うべきなのだろうか。

「セリさん」

「何かしら」

「御髪を一本いただけますか?」

「……」

セリさんは何をするつもりだと視線を向けてきたが。

あたしは、錬金術での調査について必要だと説明。

嘆息すると、セリさんは髪の毛を一本くれる。

オーレン族の人達は、殆どが美しいプラチナブロンドだ。ただ、例外も当然いる。

グリムドルや王都近郊からいける異界で見たオーレン族の人達の中には、金髪の人や、青が混じった金の髪の毛の持ち主もいた。

あたし達から見て同じように見えるだけで。

多分オーレン族から見れば、人間はだいたい同じに見えている筈だ。

そういうものだ。

種族の違いというものは。

貰った髪の毛をエーテルの中に落として、分解して要素を確認する。

魔力量が多い。

同じようにして、以前アガーテ姉さんからも髪の毛を貰った。他にもウラノスさんやエドワードさんなど、親しい人からも、髪の毛は貰って調査した。オーレン族だと、キロさんにも同じように資料を貰ったが。

こうやって調べて見ると。

やはり極限まで細分化してみると、オーレン族と人間は本当に似ている。

腕組みして、考え込んでしまう。

「それで何の研究をしているの?」

「腹を痛めずに子供を作る研究です」

「不思議な事をしているのね」

「理由は色々あるんですけれど……未来を見据えての事ですね。 フィルフサを片付けて、それで人間社会をどうにか制御出来るようになったら。 オーレン族と人間が関わる時代が来ると思うんです。 その時、恐らく相当に生物として近い人間とオーレン族の間に、子供が出来る可能性がありましてね」

続けろと、セリさんは視線で促してくる。

セリさんはリラさんほど猛々しくは無いが、いざ戦うとなるとそれ以上に容赦がない所がある。

こういう所は、オーレン族も性格が多様だ。

「オーレン族の女性は、妊娠期間が10年もあると聞いています。 人間の十倍……もしもオーレン族と人間で子供を作った場合、母親の負担がとても大きくなるでしょうね。 下手をすると命を落とす可能性も高いです」

「そうね。 確かに人間と私達は殆ど変わらない。 その可能性は、将来的にはあってもおかしくはないわ」

「そこで、まずは合いの子について研究して……それで、更には母親側の負担を減らすための研究もと、順番にやっていくつもりです。 それには命が失われることがあってはならない。 ものの試しでやっていいことではありませんからね」

だから、こうやってまずは研究を進める。

人間やオーレン族の再分割した要素を組み合わせて作り出した人工生命。勿論それはそれできちんと責任をもたないといけないだろうが。

それでも、無責任に交配させて。

それで結果を見る、というような非人道的な行動よりマシだ。

勿論倫理に全く引っ掛からないかというと疑わしいとも思うが。

命をダイレクトに危険にさらすよりは。

こういう妥協点を見つけ出して、必要な所で犠牲を出す。

その考えは、重要だと思う。

恐らくだが、あたしが農家の娘で。

間引きを時々しなければならなかったから、こういう思考が出てくるのだと思う。

農業も畜産も同じだが、どうしても間引かなければならない命がある。

だけれども、人間で同じ事をやりだしたらおしまいだ。

古代クリント王国の錬金術師や。

エンシェントドラゴンの西さんがいっていたような、神代の錬金術師集団と同じになってしまうだろう。

だからあたしは、妥協点を探し出して。

順番にやっていく。

それだけの事なのだ。

セリさんは、その説明を聞くと、嘆息する。

「なるほどね。 ただいずれにしても、あまり道を踏み外さないように、常に気を付けて欲しいわね」

「努力します」

「ん」

セリさんは読書に戻る。

あたしは更に魔力の操作精度を上げるべく、釜に向かう。

やろうと思えば、この要素同士を組み合わせて子供を作り出すことは可能で。恐らくある程度の期間生かしておく事も出来る。

ただ、まだそれをやるつもりはない。

セリさんには、今の一連の会話で、釘を刺されたように感じたからだ。

それに、絶対の自信がつくまで、これをやるつもりはない。

それが、あたしにとっての、けじめの付け方でもあった。

魔物の要素についても、同時に調べは進めて行く。

やはり魔物も、人間と細分化していくとかなり似ていく。

それだけじゃない。

爪とか骨とか。そういったものも、生物の部品としてのものを細分化していくと、人間のものと似ている。オーレン族のものとも。

ひょっとしてだけれども。

生き物は殆どの場合。

細分化すると、こういった細かい部品は似ていて。

それの組み合わせの違いによって変わってくるのだろうか。

その可能性も、否定出来ない。

だとすると、あたしはとっくに禁忌に踏み込んでいるのかも知れない。そうなると、余計に気を付けなければならないだろう。

研究の時間が終わったので、アトリエで栽培している薬草を回収して、薬を作っていく。

効果は去年の頃よりも更に上げる事が出来ている。

傷を治す薬だけではない。

伝染病の対策薬。増血剤。強心剤。色々な要素の薬を、順番に作っていく。

それを一瞥して、セリさんはちょっとだけ安心したようである。

あたしがかなり危険な研究をしているだけではなく。

誰もが助かる研究もしていることを、これで確認できたからかも知れなかった。

ともかくあたしは、黙々と研究を進めていく。

そして、適当な時間になると、フィーが諌めてくる。

「フィー……」

「おっと、こんな時間か」

「フィッ!」

「セリさん、晩ご飯はどうします?」

セリさんは、任せると言う。結構なペースで本を読んでいる。

この様子だと、タオが送ってきた本も読んでしまうかも知れないな。そう思う。

いずれにしても、セリさんも、畑を使いたいだろうし。

それについて、手配をしなければならないだろう。

クラウディアが来る。

夕食にパイを持って来てくれていた。

有り難い。

三人で夕食にする。

セリさんとクラウディアは、殆ど絡む機会がなかったようだが。以前一緒に戦った仲である。

別に、壁がある様子もない。

「苦手なものとかがあれば、言って下されば善処します」

「大丈夫。 貴方の作るパイは美味しい」

「ありがとうございます。 とても嬉しいです」

「……」

オーレン族の味覚の好みも、人間と同じで千差万別。

ゲテモノの類もリラさんは平気でぱくりと行くようだが。それは別に美味しいからやっているわけではなく。

フィルフサだらけの過酷なオーリムでの戦いで生き延びるために、身に付けていった事だ。

「バレンツで困っていることはある?」

「今の所は大丈夫だけれど……」

「やっぱり何かあるんだ」

「西の浅瀬の出現で、交易に影響が出ているのは事実ね。 どちらにしても、クーケン島に来ることになっていたと思うわ」

そうか。

それなら余計に、さっさと問題を片付けなければならないな。

パイを食べ終えると、泊まっていくかと聞くが。

クラウディアは首を横に振ると、船を一人で漕いでクーケン島のバレンツ商会支部に戻っていった。

あたしは、アトリエの風呂に入ると。

風呂の使い方をセリさんに教えて。

後は。ただ黙々と眠った。

明日からも、当然だが。

忙しくなるのだから。

 

1、群島へ

 

多数の島が浮かぶのを、一瞥できる丘にまで進んだ。魔物を大量に駆逐したから、やっと此処までこられるようになったという所か。

タオが遠めがねを取りだし、地図を更に正確に書き始める。

あたし達は周囲に展開。

魔物が来ても、対策できるように対応を続ける。クラウディアは音魔術を展開して、周囲の索敵を続けてくれていた。

「大きな島が幾つかある。 やはり魔物がいる島も、その中にはあるようだね。 それもドラゴンに近いほど成長したワイバーンがいるよ」

「ワイバーンも千差万別だけれど、戦いは避けられそう?」

「無理っぽい。 今もこっちを威嚇してる」

「仕方がねえな。 エンシェントドラゴンと会話や意思疎通が出来る事が分かった今は心苦しいが、人が襲われたら意味がない」

レントが、必要なら俺が斬ると意思表示。

クリフォードさんは、半分座るような、中途半端な座り方をして。

手をかざして、遠くを見ていた。

「クリフォードさん、ロマンが刺激されそうなものでもありますか?」

「ああ。 多分あれは沈没船だな。 それもまっとうな商売をしている連中のものではなさそうだ」

「お、宝とか」

「そうだな……」

クリフォードさんは本当にそういうのが好きなんだな。

タオと連携して、位置についても正確に割り出しているようだ。

魔物の襲撃は、今の時点ではない。

とりあえず、丘から降りる。

この辺りは、草も生えていない。それはそうだ。塩水に浸かっていたのだから。だから、緑の丘というには不適切か。

流石に群島が出現してから数日経過しているので、地面は乾いているが。

ずっと潮に晒されていた地面だ。

そう簡単に、草は生えそうにもない。

「セリさん、こういう所ってやっぱり草は生えないんですね」

「いえ、そうでもないわ」

「こういう塩水だらけの場所で育つ草があるんですか?」

「ええ。 塩水に対する強い耐性がある草は存在しているわ。 ただこの辺りで見た事はないけれど」

そっか。

ともかく、波打ち際まで行く。

それから時間を掛けて、潮の満ち引きを確認しておく。

どうやら、潮の満ち引きで上がる水位は殆ど変わらないようである。背丈の何倍も潮が満ちる事もない。

ただし、気を付けないと、いつのまにか足場がなくなっていて、帰れなくなる事は簡単に生じる。

昔痛い目にあった経験があるあたしは。

それについては、敏感だった。

「この辺りは注意しないと危ないね」

「今は島の皆も警戒しているけれど、その内観光とかでこの辺りに来る人が出てくるかもしれないものね」

「タオ、岸の辺りの地図を正確に作れる?」

「勿論そのつもりだよ。 時間帯によって水没する島があるかも知れない。 それも僕が観測するよ」

流石、手慣れたものだ。

途中で小規模な魔物の群れや、単独の魔物と何度か遭遇するが。いずれも蹴散らすのに手間暇は掛からない。

丘の彼方此方から、タオの言うままに移動しながら島々を調査。

その結果、幾つかの事が分かってきた。

まずこの群島は、岩山に囲まれるような形で浮上してきている。この岩山の部分は、今までこの辺りの航路で岩礁になっていた部分なのかと思ったが。どうもタオの見たてでは違うらしい。

恐らく、この岩山の部分は、強烈に隆起したのだろうと言う事だ。

だとすると、とんでもない自然現象である。

そして、それらの岩山に囲まれるような形で、巨大な入り江のようにこの辺りは水没している。

それを考えると、やはりこれは人工の群島。

浮遊島を作る技術が神代には存在していて。

古代クリント王国は、その模倣をしていたに過ぎない。

実際、クーケン島もその模倣行動による産物だ。

それを考えると、これを古代クリント王国の錬金術師が作った仕組みだというのは無理があるだろう。

特に大きな島について、タオが言う。

「あの奥にある島が、一番大きいと思う。 それどころか、巨大な宮殿みたいなものもあるようだよ」

「宮殿ね……」

「神代だとかいったか。 ろくでもない連中なんだろ。 悪趣味な神殿とか作って、待ち構えていたりしてな」

「可能性はあるだろうね」

そんな話をしていると、もう夕方だ。

無言で皆に撤退を促す。

まだ、状況がわからない。しっかり地固めをしてから進む。ただ、帰路で話を幾つかしておく。

「エアドロップについてはもう準備が出来ているから、明日からはそれを使って島の方にいこう」

「人数が増えているけれど、大丈夫?」

「へーきへーき。 二十人までは乗れるよ」

「相変わらず、謎の仕組みだな……」

レントが呆れる。

ちなみにレントはエアドロップには去年はほぼ乗らなかったが。

今年に入ってからの門の封印とフィルフサ討伐戦で、乗る機会があった。フィルフサが巣くっているオーリムの戦地が起伏が激しい土地で。近くの遺跡から見つけた水を奪う道具を用いて水を戻して水害を発生させたとき、エアドロップなしではまともに移動出来ない程凄まじい有様になったからである。

その分フィルフサとの戦闘は楽ではあったのだが。

その時、折りたたみ式の水を進む道具と聞いて、心配そうにして。乗った後は、大慌てで周囲を見回していたっけ。

「ライザ、まずはこの浅瀬の入り江をぐるっと回って欲しいんだ。 どういう島があるか、僕の方で地図を作って、探索の目安にするよ」

「おっけい」

「それに、浅瀬の群島と言っても、水中に大きな魔物がいるかもしれない。 危険地帯は、先に調べておかないとね」

「それも大丈夫」

エアドロップは更に強化改造を加えてある。

展開した後、強力なシールドが張られるように改良を加えてあるので、ちょっとやそっとの攻撃だったらびくともしない。

推力もかなり上げているので、多少引っ張られたくらいだったら浮上は簡単だ。なんなら、逆に相手を引きずり出すことも出来る。

アトリエに戻ると、軽く打ち合わせをして解散。

ボオスが来たので、状況を共有しておく。

それと。

あたしが咳払いして、ボオスに言う。

「時間を作れば、グリムドルにいけるけれどどうする?」

「いや、今はいい。 俺の方でも忙しいし、変な輩が門を潜ったりするようなリスクは避けたい」

「了解。 キロさんにこれ以上迷惑は掛けたくないんだね」

「そういうことだ。 俺たちの先祖のせいで、数百年も苦労させたんだ。 これ以上苦労させたら、それこそ死んでわびないといけないだろうな」

そうか。

ボオスとしては、キロさんに会いたいだろうに。

最近は、公を私にしっかり優先させる事が出来る様になっている。

この辺りは、モリッツさんも感じているようで。

前にボオスの働きぶりを見て、側で目尻を拭っているのを見てしまった。

勿論それを揶揄するつもりは無い。

あたしももうそれなりに年を重ねたし。

そういう気持ちは、分かるようになってきたからだ。

かといって、あたしが同じ事をするかは、話が別だが。

「情報の共有は以上だな。 一つ気になることがあるんだが」

「どうしたの?」

「例の翼と槍を持つ魔物だ。 あれから、一回も姿を見せていないんだよな」

「そうだね。 見つけ次第、今度は叩き落としてやるけど」

本を出してくるボオス。

タオが、早速目を輝かせていた。

「ボオス、それは?」

「目が光ってるぞタオ。 倉庫から見つけ出してきた本だ。 なんでも、百年ほど前に、当時の護り手が記録していた資料らしい」

よだれを垂れ流しそうな勢いで、タオが食いついているが。

ボオスは、それをタオに即座に渡した。

凄い勢いで読んでいくタオ。

なるほどね、と言いながら顔を上げる。

「百年前にも、目撃例があったんだ」

「そういう事らしい。 俺の方でも、百年以上前にあったとかいう異変について調べていて、それでアガーテ護り手長が、倉庫に何かあるかも知れないという話をしてくれてな」

「良くアガーテ姉さんそんなの知ってたなあ」

「アガーテ護り手長は、護り手の長になったのが早かったからな。 昔からの資料については、前任者……ウラノス老から引き継ぐ時に、色々と気を遣って目を通したらしい。 それによると、随分前からの資料が残っているそうだ。 流石に、内容について全ては覚えていなかったが」

だが、それでもだ。

実際交戦した、危険な魔物については、アガーテ姉さんも思うところがあったのだろう。

それにだ。

水に入っても全く問題無さそうだった、見た事も無い幽霊鎧の亜種らしいのも、此方を伺っていた。

あれも敵対する場合、どんな風に動くかは分からない。

「悪魔に似ていると言っていたな。 その辺りは、どう思う」

「まだ何とも言えないんだけれども。 ライザの言葉を聞く限り、それが生き物だったとは思えないんだよね」

「或いはオーリムの在来存在か?」

「いいえ。 オーリムでもあくま……悪魔なんて存在は伝承以外では聞いたことがないわ。 貴方たちの信仰の産物であって、少なくとも魔物として存在はしていないと思う。 貴方たちが言うほど強力な魔物だったら、流石に聞いていると思うし」

少し考え込んでから。

あたしは次の方針を出す。

「よし。 まずは、一番安定していそうな島を目指そう」

「確か、タオが高低差があって、しかも適度な平地があるって言っていたよな。 その島か?」

「そうそう、その島」

「それで、どうするの?」

あたしは皆を見回すと。

ふふんと、胸を反らしていた。

「アトリエ作る。 王都にあるやつもあわせると、三つ目のアトリエだね」

 

実の所、臨時の出張所としてのアトリエは、以前にも何度も作った。それ以前に、拠点は以前に何度も作っている。

あたしとしても、アトリエにいちいち戻らないと、調合や物資の補給が出来ないのは問題だと思っていたのだ。

オーリムにすら、最近は拠点を作るようになり。

あたしの手際は、前より格段に上がっていると言えた。

それに、このあたしのアトリエを作った時に、既にノウハウについては掴んでいた。あたしはノウハウを掴むと、その後は早い。

これについては、アンペルさんにも言われているし。

あたしとしても、最近はある程度自信を持てるようにもなっていた。

まずは、現地の調査からだ。

エアドロップを用いて、群島の浅瀬にこぎ出す。浅瀬と言っても、相応の広さだ。あたしとレントとタオとクラウディア。 クリフォードさんとセリさん。 合計六人が乗った状態のエアドロップでも。

乗り出すと、深さはあたしの背丈の四倍程度はあるから、かなり深い場所だなと感じてしまう。

ただエアドロップでもっと深い場所まで潜水したこともあるし。

船より巨大な魔物と遭遇した事だってある。

そう考えてみると、この程度の深さはまだまだではあるが。

ただ。今の時点でも懸念していたような存在。

例えば、今丁度、サメが下の方を泳いで行った。

前にクーケン島に襲い来た奴ほどではないにしても、相当な大きさだった。水中では、戦いたくない。

次は蛇だ。

ややこしい事に、魚としての「海蛇」と。実際に蛇の仲間である「海蛇」がいる。

海の巨大な魔物として怖れられているいわゆる「シーサーペント」は後者の巨大種。

そして魚ではない方の海蛇は、海に知識があるなら誰でも知っているが、とても毒が強くて危険な蛇である。性質はそれほど凶暴では無いが、噛まれたら短時間で死に到る。解毒も難しい。魔術の場合、達人級の使い手が必要になる。あたしは一応解毒薬を作って蓄えてはあるが。それが間に合わなかった場合は、死ぬ。

今泳いで行った蛇は、あたしの歩幅十数歩ぶんは長さがあった。

あれに噛まれたら、まず助からないだろう。

それはそうと、なんと澄んだ潮水か。

恐らくは浅瀬が出来てから、数日経過しているから、というのはあるだろう。その間に、濁りが何らかの形で流れ出したのだ。

それにしても、これならもう少し経過したら、底が見えるかも知れない。

それはそれで綺麗な場所になると思う。

もっとも、危険性になんら代わりは無いのだが。

大きな魚が、下にいる。

海底に擬態して、近付く魚をぱくりとやる危険な奴だ。それも、あたしの歩幅七歩ぶんくらいはある。

しかもこいつは体が丸いから、想像以上に大きい。

「素潜りは無理そうだね……」

「無理無理。 素潜り漁を専門にする人もいるけど、浅瀬限定で、それでも命がけなんだよ」

「いるかとかはいないかな……」

「いたとしても、此処は危ないし。 ……乗ったりは出来ないよ?」

むうとむくれるクラウディア。

まあ、その気持ちもわかる。

クラウディアは、身内の間でだけは、こういう子供っぽい姿もまだまだ見せてくれるけれども。

まあそれは、仲間としての特権だと思う事にしよう。

幾つかの島を横目に通り過ぎる。

明らかに小さめの島は、安易に上陸しない。

というのも、そもそも潮の満ち引きで沈む可能性があるし。

下手をすると、島に擬態している巨大な魔物の可能性すらある。

よくある話なのだ。

海でなんだかいいにおいがする島を見つけた船乗りが、そこに近付いたら。

島がたちまち魔物としての本性を現して、船ごと食べられてしまった、というような話は。

殆どの場合、それは事実なのが悲しい話で。

外洋に出た場合、基本的に知らないものには絶対に近付かない。

それが船乗りの基本だとされている。

あたしも彼方此方移動する際に船を使って、その際に説明を受けたし。そもそも白髭老などにそういう話は聞いているので。

その危険については、熟知していた。

まず一旦、目的の島に上陸。

うん、良い感じだ。

魔物も、ぷにぷにくらいしかいない。

それも大した大きさではなく、即座に撃ち払って駆逐完了。

周囲を確認する。

「タオ、どんな様子?」

「地盤はしっかりしているよ。 しっかりしすぎているくらいだね。 ずっと海の下にあったとは思えない」

「ライザ、こっちだ!」

クリフォードさんが手を振っている。

おおと、あたしはそれを見上げていた。

灯台か、これは。

いずれにしても、塔だ。

触ってみると、明らかに石材じゃない。石材だったら、海の下にずっとあったのだし、とっくに崩れてボロボロだろう。

入口も見つけるが、これは木材じゃないな。似ているが違う。ともかく、これも調べておきたい。

タオも呼んでくる。

そっちに出向くと、なるぼど。良さそうな場所だ。かなり地盤が安定している。アトリエを建てるのは、此処だ。

すぐに必要な部材を計算する。

木材がちょっと足りないか。だが、合板にしても、此処は恐らく全てが解決したら沈んでしまう。

組み立て式にして、回収出来る素材にするのが好ましい。

彼方此方に、強い魔力を感じる。

これは、竜脈か。

竜脈といっても、エンシェントドラゴンの西さんが此方の世界に来る時に使ったような巨大なものじゃない。

もっとちいさなものだ。

島の彼方此方に、竜脈を感じる。

ふむと、あたしは腕組みしていた。

なんというか。

恣意的だ。

こんなに彼方此方に竜脈が出来る事があるのか。

漏出している魔力は僅かだが。この辺りの群島に、魔物が大挙して押し寄せた理由がわかった気がする。

これでは、常にエサを巻いているのと同じである。

多分それだけじゃない。

これは普通の竜脈じゃないと見た。

島の構造そのものが、そもそも変なのだ。

ともかく、順番に調べて行かないといけないだろう。

「よし、一度この島からは引き上げるよ。 まずは、この群島について調べないとね」

「なんだよ。 まあ、仕方が無いか」

「そうですよクリフォードさん。 それに、もっとロマンのある建物があるかも知れないですよ」

「それはそれで素晴らしいんだが、どんなロマンも俺は大事にしたいんだ」

そっか。

良く理解出来ないけれども、クリフォードさんの病気は今に始まった事ではないので、今更気にしない。

ともかくエアドロップに乗って、また移動開始。今日中に、とにかくこの群島を回っておきたい。

だいたいの構造を確認してから。

調査をするのが、合理的だからだ。

こういうのは。あたしも去年の遺跡探索で学んでいる。この群島は巨大な遺跡みたいなものである。

去年の遺跡探索では、羅針盤で残留思念の調査をするときに。一段落する所まで調べてからだったが。

それが結局、最高効率だった。

恐らく今回もそれは同じだ。

ともかく、この異常現象になんの意味があるのか、よく分からない。だとすると、門に関係しているかも知れない。

あまり、時間を無駄にも出来ないのである。

エアドロップに乗って、群島を回る。昼を少し過ぎたが、さっき島に上陸したときに、食事は済ませた。

エアドロップの操作は、クリフォードさんにやってもらっている。

こういうのが大好きなクリフォードさんは、にこにこのようだ。マスクをつけているので、顔は見えないが。

それでいて、操縦はとても丁寧である。

まあ、任せてもなんら問題は無いだろう。

「フィー!」

「……」

手をかざす。

群島の北の方で、反り立つ壁のような島がある。滝があるが、そんな大規模な水源がこんなところにあるわけがない。

多分だけれども、この島そのものが水を吸い上げて。

それを大量にぶちまけている、と見て良さそうだ。

まともな島じゃない。

そして、島から強い気配がしている。

いるんだろう。

途中で見かけた島にも、かなり大きなワイバーンがいたが。フィーの反応からして、ここにもいてもおかしくない。

あたしは、皆に注意を促す。

「そもそも此処に上がるのは骨だよ。 その上、この気配……」

「ああ、俺も感じた。 いるな、大きいのが」

「クリフォードさんのその勘、頼りになるよな」

「ありがとうレント。 俺もこういうヤクザな商売だからな。 狙われたりすることはあって、それで身についたよいつの間にか」

とはいってもだ。

クリフォードさんは、あまり人の道に外れたことはしていないように思える。

クラウディアもそうだが、舐められたら終わりという奴か。

馬鹿馬鹿しい話だな。

クリフォードさんは、勿論荒事も経験している。多分賊の類を殺した事だってあるはずだが。

それでも、そんな風に見かけから威圧しなければいけないというなら。

人間は、どれだけ見かけにこだわる生物で。

こんな時代でも、それにこだわっているのだとしたら。

何が知的生命体なのかと、呆れてしまう。

ちょっとイラッとしたので、タオに話を振る。

「タオ、地図はどう?」

「うん、良い感じだよ。 やっぱりこの辺りの群島そのものが、全部人工物だとみて良いと思う」

「よし。 一回りしたら、一度アトリエに戻ろう。 それから、三番目のアトリエを作る為に、部材を用意しないとね」

「やっぱり何回かに分けて運ぶのか?」

それについては大丈夫だ。

このエアドロップは、更に大型化できるし積載量も多い。

つまり、アトリエの部材はまとめて運べる。

問題は基礎部分に用いる石材だが。

さっき島で確認してきたが、現地調達可能だ。

最悪の場合、あの塔を攻略して、内部をアトリエにしてしまうと言う手もある。

幾つでも、手はあるし。

勿論、それらが上手く行かない場合は、石材を運び込めば良いだけである。

それを説明して、それからアトリエに。

そのまま、調合を開始する。

今回は、このあたしのアトリエと同じ規模でいいか。コンテナはそれほど大きくなくてもいいだろう。

土地の広さは頭に入れてある。

空間把握力には自信があるのだ。

そのまま淡々と調合を続ける。

群島については、ざっと見て回った。タオが、今全方向から見た地図について、起こしてくれている。

次のミーティングで、それを確認すればいい。

ともかく今は、順番にやる事をやっていく。それだけだ。

 

2、三番目のアトリエと鍵

 

地図を拡げる。ボオスも来て。アガーテ姉さんにも来て貰った。これは、今回の件が、クーケン島に関わる問題だからだ。

短時間で地図を作った手際に、アガーテ姉さんは瞠目していた。

四年前はクソガキ集団だったあたし達の成長に、本当に驚いているようだ。

そろそろ自分は婚期を逃しかねないと、以前ぼそりとアガーテ姉さんがぼやいているのを見た事がある。

あたしは酒は殆ど嗜まないんだが。

珍しくつきあったときに、そんな事を言われたっけ。

ただ、島の方は大丈夫だと思う。

あたしは当面、この島は拠点の一つにするつもりだ。

バレンツとのコネを切りたくないからである。

アガーテ姉さんに結婚願望があるのはその時知ったが。

まあ、それにしても。

いずれにしても、クーケン島の戦力の要を、アガーテ姉さんが担い続けるのはそんなに長い間ではない。

それはアガーテ姉さんにとっても、良いことの筈だ。

「現在、分かってきた事を順番に説明します。 この群島は明らかに人工のもので、クーケン島より巨大な人工物だと判断して良いかと思います」

「人工のものか。 あれほど巨大なものが……」

「続けて良いですか」

「ああ、頼む」

アガーテ姉さんは。以降は聞きに徹した。

そのまま、タオが説明していく。

今、目をつけている島は幾つかある。

まずは、中心近くにある、あたしがアトリエを建てるつもりになった島。此処は高低差が大きく、塔のようなものがある。そして何よりアトリエを建てるのに充分な要地があって、地盤もしっかりしていた。

次が、その近くにある山のような形状をした島だ。

この島はドラゴンに近いサイズのワイバーンがいるのが既に観測出来ている。このワイバーンがあまり人間に友好的だとは思えない。

この群島全域に、竜脈があって。大気中に魔力が漏れている。

それもあって、魔物が寄って来ているのだろう。

そういう説明をすると、アガーテ姉さんは頷いていた。

ボオスがぼやく。

「いずれにしても、観光だのは論外だな」

「うん。 絶対に近づけないでよ。 水中から魔物に襲われて、ぱくん、それまでだろうからね」

「相変わらずだな。 分かっている。 海の魔物がわんさかいるという話で、バカがいたら脅しておく」

クーケン島の住民なら、あたしの武力は知っているし。

何より、海の魔物の恐ろしさは誰もが理解している。

海の魔物は陸の魔物に比べて大きさが段違いで、戦闘力もそれに応じて高いのだ。

大きめの商船ですら、たまに撃沈されるのである。

とてもではないが、それに安易に近付くわけには行かない。文字通りの自殺行為だからである。

クーケン島に来るような人間は大半が商人だが。

その商人達にも、海の魔物の説明で大丈夫だろう。

皆、船で来ているのだ。

海の魔物の恐ろしさは、充分に熟知しているのである。

もしもそれでも群島に近付く阿呆がいるなら、流石にそれは責任を持てない。

ただ、そういうのは。

一定数いるのだ。

それも、大きめの商会の御曹司だったり令嬢だったり、或いは貴族だったりするからタチが悪い。

そういうものなのだ。

「続くよ。 北側、南側に入れそうにない島が一つずつ。 この辺りに沈没船が。 この島は、かなり広めで、探索が出来そう。 この島は、サンゴがたくさんあった。 そして、この島だね」

タオが地図の西側に指を走らせる。

一番大きい島だ。

近くを通ったが、確かにビリビリ嫌な気配がした。

そして大きな宮殿みたいなものもあった。

恐らくが、これが本丸だ。

他の島にも何か得体が知れない危険性は感じたが。この島を、集中的に探索するべきだろうとあたしは思う。

勿論、他の島も調べるべきだが。

「気になった島は以上ですね。 ライザ、それでどうする?」

「腰を据えて調査をするために、まずはこの島にアトリエを予定通り建てる」

「またアトリエを作るのね」

「うん。 その後は、そこを拠点に、順番に周囲の島を調査していく。 そして、この宮殿を調べる」

そう戦略を口にすると。

アガーテ姉さんは、それでいいだろうと頷いていた。

「クーケン島は私に任せろ。 ライザがここ最近で納入してくれた装備もある。 島の自衛くらいは問題ない」

「ありがとうございます、アガーテ姉さん。 ボオスはまだしばらく掛かりそう?」

「ああ、ちょっと面倒な案件があってな。 ただ、二三日中には片付くだろう」

「それは良かった」

多分だが。

あれだな。

モリッツさんが、この間話をしているのを小耳に挟んでしまった。ボオスをどこぞの令嬢と結婚させようとモリッツさんは思っているらしい。

令嬢といっても貴族ので、王都の人間である。それも確か伯爵家とかいったから、恐らく相当に金に困っているのだろう。プライドが服を着ているような王都の貴族の無能ぶりは、去年たっぷり見せてもらった。

ボオスは当然断るだろうな。

キロさんの事が今でも好きだろうし。そういう点で、ボオスは大変一途である。その辺りは、恋愛ごとに興味ゼロのあたしも、敬意を払える。

モリッツさんには悪いが、ボオスにはそういうわけで政略結婚をするつもりはないし。

何よりもしもキロさんとボオスが結婚したら、それはそれでオーリムとの大事な転機にもなるはずだ。無能で将来性もない王都の貴族なんぞのコネよりも、百万倍も世界にとって有意義だろう。何度かグリムドルで接しているから知っているが、キロさんもボオスをそう悪く思っていないようだし。

ただ、そこで研究の途中である事が問題になる。やはり人間とオーレン族が子供を作る場合、母胎の影響が大きい可能性が高い。

悲劇を避ける為にも、研究を急がなければならないが。

「じゃ、解散。 レント、この木材、みんなと集めて来てくれる?」

「石材はいいのか?」

「石材は現地でどうにかする」

「分かった。 タオ、クリフォードさん、手伝ってくれ」

レントがすぐに出る。

クラウディアはアガーテ姉さん、ボオスと一緒にクーケン島に。クラウディアも、バレンツの代表として色々仕事がある。

セリさんは外に出ると、あたしが提供した畑を使って、薬草を育ててくれているようだ。

例の浄化用の植物は、種を持ち歩いているのと。

何よりセリさんの固有魔術で、まるごと格納できているらしい。

研究も出来れば此処よりオーリムで行いたいそうで。

今の時点では、研究するつもりはないそうだった。

皆に作業を任せて、あたしは淡々とアトリエを増やすための調合を行う。

ただ。問題はまだある。

アトリエを各地に建造した場合、コンテナにある物資をどうするか、だ。

コンテナは冷蔵する仕組みを使うから、傷む心配はないとは思うが。アトリエそのもの同士には物理的な距離が存在している。

空間をぽんと跳べれば。

いや、それは流石に高望みか。

ともかく、一つずつ問題を解決する。それは今も昔も、変わらない方針だった。

 

素材を集めて、調合をする。

木材は基本的に幾らでも採れる。ただし生木を切るのは得策ではない。また、無意味に木を伐採するのも同じだ。

レントは既にその辺りを知っているので、小妖精の森でいい木を見繕って来る。それらの伐採は任せる。

既にあの辺りだったら、遅れを取る者もいないだろう。

その間にあたしは、保存してある物資を確認。それぞれから、素材を集めて調合を開始する。

基本的にあたしは空間把握力には自信がある。

だから、島で見た敷地にどんなアトリエを建てるのか。どういう順番でアトリエを組み立てるのか。

それら全てを、頭の中で計算して、組む事が出来た。

ネジなどを作り、そして壁などを作る。それらはパーツごとに別れていて、組み合わせることで頑強になる。

調合しながら、形状通りに要素を分解し、組む。

ネジなどの力が掛かるものには、量産が出来るようになったゴルドテリオンを用いる。ちょっと贅沢かも知れないが、それでどうにかなるほどあたしの懐は寂しくない。そのまま調合を続けていると、レントがそれなりの木を持ち帰ってきた。

礼を言って、木を分解して、釜に入れる。

エーテルに溶かして、そして木材に切り替えて行く。

基本的に倒れたり立ち枯れたりしていた木を用いる。

それらの方が、実は曲がったりしないので、木材としては優秀だ。事実切り出した木材はしばらく寝かせておいて、水分を飛ばす必要があったりする。あたしの場合は、その作業が必要ない。

木材は一度エーテルに溶かして分解。

要素ごとに抽出し。

チップにして、形状を変えて出力。それを組み立てる事で、部材にしていくのだ。

頭の中に設計図があるので、そのまま淡々と作っていく。

「後同じくらいの枯れ木、二本よろしく」

「任せておけ」

「後砂利が少し足りないかな」

「了解」

レント達が行く。

セリさんが、不思議そうに作業を見ていた。

「見ればみるほど分からないわね。 エーテルを用いるという観点では、魔術の延長上にも思える。 だけれども、その先に複雑な才能を必要として、魔術の完全上位互換へと持ち込む。 この辺りの技術は、誰が始めたのかしらね」

「あたし達で言う神代の頃には錬金術があったのは確定ですね。 ただ……」

「ただ?」

「タオが見た本の記述によると、どうも神代の更に古い時代になると、錬金術よりも科学というものが主流だった時代があるそうです。 科学は誰にでも使えて、理屈さえ理解すればだいたい何でも出来たとか。 そういう意味で、科学も魔術の上位互換だったのかも知れないですね」

セリさんが腕組みする。

時々、薬草で作ったスムージーを出してくれる。植物操作の固有魔術を持つセリさんだが、それによるものだ。

味については、だいぶ良くなっている。

というのも、あたしが会う度に話を聞いて、砂糖とかを調合しているのだ。

砂糖は果実なんかからも作れるし、なんなら蜂蜜からも作れる。

これらを利用して、だいぶスムージーは飲みやすくなっている。

あたしも口にして。

それで栄養を頭に入れ直してから。

作業に戻る。

フィーは懐で、じっと周囲を見張っているようだ。あたしの邪魔になるものがないか。それともあたしが無茶をしていないか。

自分なりに出来る事を知っていて、それでやれることをやっている、という事である。

「ライザ、砂利を持って来たぞ」

「ありがと」

「それにしても、砂利なんかどうするんだ」

「基礎部分が脆弱そうだったから、砂利で補填する。 あの土だと、生物もいないだろうからね。 特に気にする必要はないよ」

てきぱきと動きながら、くみ上げた部材を整理して置いておく。

無言でレントがそれを持ち上げて、タオが手伝う。

クリフォードさんも、腕は太い。ばかでっかいブーメランをぶん投げて、百発百中させるのだ。

多分弓矢より、力がいるだろうあれは。

クリフォードさんも、手伝いをしてくれる。それだけで充分である。

「差し入れだよー」

「ありがとクラウディア」

クラウディアの声。振り向かずに、しばらくは調合に集中する。

砂利の要素から、幾つかの要素を抽出。

これで、効率よく固めるのだ。

幾つかの薬品に分解し。それらを混ぜ合わせる事で、ちょっとやそっとではびくともしない強烈な地盤の代わりに出来る。

更にこの中に、ゴルドテリオンの「骨」を入れる。

以前、脆弱地盤の土地に拠点を作る時に、苦労した経験があって。それでタオと相談して。古代にはそういう技法があったの聞いたのだ。流石に建築関連も、がりがりと知識を仕入れているだけはある。

この辺りの家屋は石積みだ。

だからそんな高等技術で作られてはいない。

というか、この技術を使えば、或いは見上げるような高さの建物を作り出せるかも知れないけれども。

今、それをするつもりはない。

今するべきは、フィルフサ対策。

各地の門がまだどうなっているか分からず、フィルフサが側で蠢いていて、しかも開きかかっている門があっても不思議ではないのだ。

それらの一つでもフィルフサに突破されたら、この世界は終わりである。

今回の件だって、その災厄を引き起こした古代クリント王国が模倣した存在。神代の技術によって引き起こされた事件である可能性が極めて高い。というか、消去法で此奴らくらいにしか出来る可能性がない。

だから、あたしは調査する。

何が何を目論んでいるかしらないが。

場合によっては顔面を蹴り砕く。

それだけの話だ。そのために、一つずつ準備をしていく。あたしは、そうやって。色々な苦難を乗り越えてきた。

ある程度調合が進んだところで、一旦お茶にする。

クラウディアが準備してくれたお菓子は結構減っていたようだが。それでもあたしが満足出来るくらいは残っていた。

お菓子を食べ終えて、ふと思う。

そういえば。

雑音みたいな声が聞こえると同時に、なんとなくのイメージが出来ていた。

それは鍵というか。

なんというか、そういうものだ。

なんとなしに作って見る。

作るのは、とても簡単だ。

エーテルで要素を抽出する必要があるが、別にそれほど難しい素材は必要としない。

錬金術では地水火風というのか。

まあ精霊王を見る限り、それに光闇も加わるのかも知れないが。

ともかくそれらの基本となるような素材。

土か草。

水。

空中に漂う細かな埃や、そらを舞うタイプの生物の羽根など。

それに極めて燃えやすいもの。脂などでもいい。

そういったものを調合して、作り出せばいい。

無言で、作り出す。

横からそれを見ていたクラウディアが、小首を傾げた。

「鍵?」

「なんだろうねこれ」

「えっ。 ライザ、どういうこと」

「最近雑音みたいなのが聞こえるんだよ。 声だと思うんだけれども、あの群島が出現する少し前くらいから聞こえはじめてさ。 それと同時に、これのイメージが浮かんできていたんだ」

大丈夫なのかそれと、クラウディアが視線で訴えかけてくる。

他の皆も、あたしが流されるように動いたことで驚いているようだった。

あたしは他人からの切っ掛けがあっても。

基本的に主体的に行動し、周りをぐんぐん引っ張る。

そういうイメージがあったかららしい。

そうだ。

確かに、あたしに鍵を作らせたのは、どういう意図だ。そうなると、この声。

神代の連中か。

可能性は低くないだろう。

ともかく、鍵は半透明で、手の中に収まっている。これをどう使うのかはちょっとなんとも分からないし。

そもそも一度にたくさん、それも簡単に作れる。

他の皆も触れる。

ただ、触ってみてクラウディアが不可思議そうに眉をひそめていた。

「魔術的な力を感じない? それも、とんでもなく強力な……」

「うーん、古くには錬金術の基礎とされていたような要素を使っただけのものだよ。 それに、そんなつよい力が?」

「貸してみて」

セリさんも、鍵を手に。

そして、目を細めて、じっと見ていた。

「セリさん、どうだ」

「……強い力を確かに感じる。 普通異なる要素ってのは殺し合うものなのだけれども、これは完全に相互補完してるわね」

「……嫌な予感がするね」

作ったあたしが、そうぼやいてしまう。

だが、これがもし、神代の連中が作るのを促したのだとすれば。

何かしらの目的があってしている筈だ。

とりあえず、手にはしておく。

ただ、連中の思惑通りに踊らされてやるつもりはさらさらないが。

鍵で少し気分転換してから。

残りの必要な部材を作りあげる。

徹夜かと思ったのだが、そんな事もなく。みながいる間に、作りあげて、荷車に分乗して積み上げることが出来た。

今のエアドロップには、それ相応の物資を詰め込めるのだ。また、去年の王都で苦労した事もある。

荷車は四台に増やしてある。

当然車軸などをゴルドテリオンで強化している、強力なものだ。最悪、これを用いて壁を造り、即席の野戦陣地にも仕立て上げられる。

今回は、二台と半分ほどで、部材は積み込み終えた。

エアドロップの推進力などを考えて、三台分を積み込むことは可能である。

これらの手際から考えて。

あたしはすっかりスランプを抜けて。

そして、手際も向上している事だけは、確かだった。

ふうと汗を拭うと、解散とする。

残りは翌日だ。

あたしはアトリエに残り、皆はめいめいクーケン島に戻っていく。タオはアトリエに来る度に本を大量に持って来ていたが。

それも、あと数回で終わると言っていたっけ。

それが終わったら、多分タオも実家から離れて、宿に泊まるのだろうな。

そうあたしは思った。

 

翌朝は、早くから全員で行動。今回はボオスにも加わって貰う。立ち会いもあるのだが。手数は多い方が良いから、である。

エアドロップに乗って、拠点を作ると決めた島に移動する。

エアドロップを珍しがってイルカが来るが、まあ触れあうのは厳しい。エアドロップは空気を充填して膨らませているので、外にちょいと顔を出したりするのは難しいのだ。また、魔物の結構大きいのが、こっちを伺ってもいる。油断したら、またたくまにぱくりといかれてもおかしくないのだ。

イルカ、か。

イルカはそれなりに賢い反面、網を破り魚を食い荒らすので、漁師の皆には嫌われている。イルカくらい、実際に接している人達と、なんとなしに知っている人で、感じ方が違ってくる生物は他にいないだろう。

あたしは困りものとして認識する派だ。

「イルカ、珍しいね」

「商船とかでは時々見かけるよな。 見ている分だけには可愛いんだがな」

「まあ、漁師とかをしていると、そうは言っていられないよね」

「そっかあ」

クラウディアが、レントとタオ。

あたしと同じようにクーケン島で育ち。漁の手伝いをした経験からも、イルカにはあまりいい印象を持っていない組の意見を聞いて。それで苦笑い。

セリさんは、ぼんやりと見ていた。

ボオスがぼそりと言う。

「この群島、いずれ沈んじまうんだろ」

「百年前に起きた異変が今回と同じだとしたら、そうだろうね」

「だとすると、魔物を全部駆逐したとしても観光には使えそうにないな。 このエアドロップを走らせて、イルカを見るツアーとか、それなりに金を取れると思ったんだが」

「まず護衛と、それと浅瀬に結構いる魔物。 それも大きいのをどうするかだね」

あたしが現実的な事を言うと、ボオスは分かっているとぼやく。

あたしから、こういう現実的な意見が飛んでくるとは、昔だったら考えられなかったから、かも知れない。

ともかく、島に着く。

その頃には、イルカは興味を無くしたか。それとも大型の魔物を嫌ったか、もういなくなっていた。

まだ朝方だ。

昼までに、アトリエを作る。

まずは、石材の切り出しについて。これについては、あたしが加わる。

他の皆は、まずは基礎からだ。

あたしが二つの液体をどう混ぜるかを実演して見せて、それで基礎を作ってもらう。

もともと塩水に浸かっていた土だ。

辺りには干涸らびた魚の死体なんかも散らばっているが。

飛んできた鳥や。島に生息しているぷにぷになんかが、ほとんど食い散らかしてしまったらしく。

もう、残骸はほぼ残っていなかった。

ぷにぷには、水中で元々住んでいたのだろう。

陸上でも平気というのは、たくましい話である。

「すげ。 建築用接着剤以上に頑強だな……」

「柱を立てるぞ!」

「おう、任せろ!」

皆、指示通りにやってくれているな。

あたしは石材を切り出す。此方はセリさんと。セリさんの植物操作魔術と組み合わせて、あたしが砕いた石材を、運んでいく。

熱魔術で石材を切り出していくのだが。

この辺り、水晶の類が多くて、クラウディアが物欲しそうにしていた。

そういえば宝石が大好きだったな。

そう思って、苦笑いである。

そのまま、石材を運んでいき。

基礎が固まった所で、床に敷き詰める。レントとボオスが二人で石材を運んで、指定通りの位置に組み合わせていく。

「これ、最初から何処に配置するのか、どう組み合わせるのかも考えて切り出しているのか。 それもこんな複雑な形状で切り出して、どう組み合わせるのかも考えて」

「空間把握はあたしの十八番だからね」

「いや、そうか……」

ボオスが渋面を作る。

あたしはどうしてだろうと思ったが、石材を運ぶのに加わっていたタオが、話してくれる。

こういうのは才能がものを言う分野。

ボオスはどうしても才能というのに欠けていて、努力で補っているという認識があるらしい。

だから、こういう才能を見ると、複雑になるそうだ。

ボオスには言ってはダメだよ。

そうタオに言われたので、頷いておく。

皆、手際よく石材を敷き詰めて、そしてレントが強度を確認。問題なし。そう判断してから、建築用接着剤で固定する。

この基礎、柱、石材の部分までは使い捨てだ。

此処から、木材で作った合板を用いて、壁、天井、梁、屋根などを組み合わせていく。窓もある。

これらも全てあたしが調合した。

どう組み合わせるかは頭の中に入っている。

最初にアトリエを作った時と同じだ。

組み合わせは可能な限り、接着剤を使わない。

部材を、がっつり噛み合うように作ってあるからだ。組み合わせるだけで、問題なくいける。

ドアの開け閉めを確認している内に、タオが屋根を作りあげていく。

屋根は基本的に石造りが普通のこの辺りの家屋でも木材を使うが。貧しい家だと、雑で雨漏りをしたりする。

あたしが作った部材は、油を塗ってあって、更には水が内側にしみこまないよう複層構造にしてある。

更に側にコンテナも作る。

これは冷気魔術で内部を低温に保つ事により。素材を長期間保存出来るようにしてある。

よし。

完成だ。

「アトリエ第二号、いや、第三号かな。 西の群島支部、完成!」

「魔法だなまるで……」

「同感だわ」

ボオスが汗を拭いながら、呆然とぼやく。

それに、セリさんが同調していた。

さて、此処からだ。

手を叩いて、あたしは皆の注目を集める。

「それでは順番に行くよ。 最初はこの島、あの塔がいいかな。 順番に調べて行って、最終的にあの大きな宮殿がある島にいこう。 足を運べそうにない、南北にある大きめの島は、調査は後回し……詰まるまでは放置しておこう」

「まずはアトリエの中で一休みしない?」

「……それもそうか」

クラウディアが、笑顔で圧を掛けてきたので、まあそれもいいかと思い直す。

大丈夫。

この面子だったら、あわてる事もない。

フィルフサの将軍でも、弱めの群れの奴だったら余裕を持って複数倒せる。雨なしで、である。

神代の連中が如何に強力であろうとも。

あたしも、今ならば。

そう簡単に、遅れを取るつもりはなかった。

 

3、痕跡

 

塔の前に立つ。アトリエを作った島に突っ立っている塔だ。しばらく周囲を調べて確認したが、扉はあるが鍵穴はない。

石材で作られてもいない。

なんだこれは。

クリフォードさんが、身軽に登って。

そして、すっと降りて来た。

「見て来たぞ、上の方」

「どうでした?」

「何とも妙な塔だな。 最初灯台かと思ったんだが、どうも違うぜこれは。 だがロマンが刺激される不可思議さじゃねえ。 なんというか、近寄らない方が良いと思わせる不気味さを持っていやがる」

「……なる程」

クリフォードさんの勘は頼りになる。

普段ロマンを求めてそれに命まで賭ける変人だが。ロマンを本気で追い求めているのは事実で。

勘がそれで磨かれたのも事実なのだろう。

扉については、タオが色々と調べて見たが。

光学式のコンソールがある様子もないという。辺りの地面なども調べていたが、やがてタオが残念そうに首を横に振っていた。

「ダメだ、お手上げ」

「ブチ抜こうか、この扉」

「いや、止めた方が良いね。 これ、防衛装置がついていると思う」

「何かしらの対策は考えられるのか?」

レントが大剣を持ちだしたので、あたしがとめる。

そして、対策についても、あたしは考える。

クリフォードさんが上を見て来て分かったが、そもそも上から内部には入れない構造になっている。

壁が破れている形跡も無い。

ずっと塩水に浸かっていたのに、だ。

腕組みして、考え込んだが。

取りだしていたのは、例の鍵だった。

この鍵、ふわふわと不定形で、なんとも安定しないのだが。もしやと思ったのである。

これが神代の遺構の一つで。

そしてこの鍵を作るように何らかの方法で促され。

群島の浮上と無関係でないのなら。

まあ、そう考えるのが当たり前だ。

鍵を扉に向けてみる。

そうすると、いきなり吸い寄せられるようにして、鍵が扉に飛び。突き刺さっていた。

「!」

「総員、警戒!」

皆、飛び退いて戦闘態勢に入る。

中から何が出て来てもおかしくないからだ。

幽霊鎧の類は、元々古くの技術。多分神代由来。それも、後の時代に降るほど、どんどん性能が落ちている。

神代の頃の幽霊鎧が、どれだけの性能かは分からない。

他の兵器類についても同じだろう。

他にも、魔物が中にいる可能性もある。

緊張の一瞬を過ぎると。

扉が、ぱんと開いていた。

最初にレントが出向くと、石材を用いて扉を固定してしまう。それで頷いて、まずはタオとクリフォードさんが奧に入った。

あたし達は、まずは専門家に任せる。

程なくして、クリフォードさんが、来るように促す。

危険はない、ということだ。

奥に入って、周囲を見回す。

塔の内部は、灯りが存在している。

これは魔力を用いた灯りか。

何百年動いているのか、分からない程だ。錬金釜。はて。これは随分と傷んでいるように思う。

使えそうにないな。そう思いながら、周囲を確認。

本棚。

だが、本は殆ど残っていない。

「どうやら、ここに入ったのは俺たちだけじゃないようだな」

「クリフォードさん、どういうこと?」

「ああ。 前に此処が浮上したのが百年前って話だろ。 その時にも、誰かが入ったんだと思う」

「……」

そうなると。

多分そいつは、錬金術師だ。

確かアンペルさんは、その頃ロテスヴァッサの王宮で錬金術師をしていたはず。なんでそんなに長生きなのかは理由があるようだが。それについては、今に至るまで話してはくれていない。

アンペルさんが王宮で錬金術師をやっていた頃には、まだ錬金術師がいたはずだ。そういえば、アンペルさんが自分以上だと認めている錬金術師がいたとかいないとか、そういう話をしていたな。

アンペルさんの親友で。

裏切って、利き手を使い物にならなくした張本人。

まさかな。

アンペルさんの話では、その頃を最後に、錬金術師は世界から殆どいなくなったという話だが。この群島の浮上が、何か関係していたのかも知れない。

クリフォードさんが、手袋の残骸らしいものを、顎でしゃくって見せる。

「これは、多分百年前にもちこまれた物資だ。 床なんかは完璧に今でも磨き抜かれているくらいに綺麗なのに、すっかり傷んで駄目になっていやがる」

「これは恐らく、あたしが作るのと同じ……複数の魔術を身に付けるだけで発動できるタイプの装飾品ですね」

「ああ。 だが見た感じ、ライザの作るものより出来は劣るようだな」

クリフォードさんの身内の贔屓目かどうか。

確かに、ざっと見た感じ、造りが甘いようだ。

タオが、手を振って、来て欲しいと言う。

塔はそれほど内部が大きいわけじゃない。

レントは入口を見張ってくれていて、内部には踏み込まない。一応レントにも、中に入るときには鍵は渡しておいた。

「ライザ、これを見て欲しい」

「これは……」

腕輪だ。

恐らくは、錬金術で作ったもの。

しかし錆が目立っている。

見た感じ、ゴルドテリオンを混ぜた合金だったのだろう。普通だったら滅多に錆びることはないのだが。

これは、かなりのできばえだ。

「タオ、どれくらい経過していると思う?」

「三百年かな」

「三百年だって……」

「この群島、定期的に浮上していたんじゃないのかな。 そして、その度に錬金術師が来ていた」

ぼそりとタオがぼやく。

三百年前というと、もうロテスヴァッサ王国の時代だ。実際の領土が王都しかないとか、それはまあおいておくとして。

「仮に百年に一度浮上するとして、その度に此処に錬金術師が引き寄せられていたって事か?」

「なんともいえないよボオス。 それよりも、これ」

「なんだこれ。 食器か」

「これは古い古い様式の食器で、古代クリント王国のそれなりに偉い人間が使っていたものだよ。 つまり、五百年前のものだと思って良さそうだね。 それも、保存状態からして、此処に持ち込まれた時は新しかったとみて良い」

つまり、塔の中にそれだけ時代が異なるものが、色々あるということか。

なるほど、わからん。

あたしに雑音みたいに呼びかけた声。更には、あの鍵みたいなものを作らせた意図。

この塔で、錬金術師に何かするつもりだったのか。

ともかく、手を叩いて、一度注目を集める。

「必要な物資を回収して、アトリエに戻ろう」

「よし。 タオと俺で集めるのはやる。 運び出すのは、皆でやってくれ」

「荷車、運んできた」

「有難う、セリさん」

塔の入口にセリさんが荷車を運んできてくれたので、皆でそこに物資を放り込む。

幾つか本もあったので、タオが読みたそうにしていたが、此処で読むのは愚の骨頂である。

内部に骨や死蝋の類はない。

ということは、此処に閉じ込められて死んだ人間はいないということだ。

だが、それもどこまで安全性を担保するか、しれたものではない。

動かせるものは、全て回収してしまう。

そして、アトリエに引き上げる。塔の扉は。全員が出ると同時に、音もなくしまっていた。

もう入る事もないだろうが。

なんとも不気味だった。

それだけじゃない。

扉から抜けて、落ちた鍵は。青く染まっていたのである。

「ライザ、なんだそれ」

「後で解析してみる」

「分からない事だらけだね……」

クラウディアが、少し疲れ気味に言う。

ともかく、アトリエに戻って。

そこで、順番にやるべき事をやる。それだけだ。

 

本の解析に入ったタオとクリフォードさん。

壊れ物や私物は出来るだけ持ち込まないようにと皆には注意してあるので、クラウディアは作ったキッチンを使って直にお菓子を焼いていた。キッチンについては、四年間で散々色々研究してある。

今では温度の調整を自在に出来る窯もついているし。

任意の温度に熱することが出来るゴルドテリオンの板。

更には、水周りなども改良を済ませてある。

セリさんは外で土を耕している。

この辺りは塩水だらけの土だが。だからこそ、例の浄化植物の性能試験が出来ると思っているのだろう。

畑は好きにして良いとセリさんに言ってある。

セリさんは、少しずつ笑顔を見せてくれるようになっているが。

ちょっとだけ、それを聞いてにこりとしていた。

クラウディアがクッキーを焼いてくれたので、皆で分けて食べる。蜂蜜を上品に使ったとても美味しいクッキーだ。

「王都風の味付けが濃い食べ物も嫌いじゃないけど、やっぱりこっちが好きかな」

「ああ。 なんだか安心できるよな」

「ふふ。 やっぱり地元の味かなと思って」

「僕はもうちょっと甘い方が好みかも知れない」

タオが意外な事を言う。

というのも、タオは頭を使うので、糖分がもっと欲しいそうだ。明確に糖分が非常に欲しくなる時もあるらしい。

一度休憩を入れてから、あたしは調合を進める。ボオスはその間に、一度戻った。まだまだ、クーケン島ではやる事があるのだ。送り迎えは、クリフォードさんがやってくれた。ありがたい話だ。

爆弾やお薬は増やしておく。

こっちに持ち込んだ釜は、新しく調合したものなのだが。

グランツオルゲンをベースに、エーテルに溶けないように、何重にも強化してあるものだ。

今までは釜を持ち歩いていたので。

自作の新しい釜を用いて、調合が出来るかしっかり確認をしたかったのである。

調合は問題ない。

今までと同じものが普通に作れている。

あたしは無言で冷や汗を拭うと、薬の調合に入る。どんな薬も必要だ。特にセリさんが高品質の薬草を提供してくれたので、それを贅沢に使ってお薬にしておく。

一段落した所で、タオに進捗を確認。

「それで、どう本は」

「うん。 まずこれは暗号だらけだけれども、多分百年前のものだね。 暗号こそ使っているけれど、今の時代と文字が同じだ」

「暗号は解けそう?」

「ちょっと難しいかも知れない。 専門用語だらけの上に、もの凄く迂遠に文章を構築しているみたいだからね……」

そうか、タオでも無理か。

だとすると、一旦それは放置だ。

次だ次。

他の本は、年代はまちまち。

四百年ほど前らしい本は、ただの日記だという。書いたのはかなり年配の男性で、此処にやっとたどり着けた、みたいなことを書いていたらしい。殆どが愚痴でしめられていて、雇った護衛が役に立たないとか、目が霞んできていて文字が読めなくなっているとか、そういうので殆ど日記が埋められていたとか。

「四百年前というと、ロテスヴァッサ王国の初期の人物だよね」

「うん。 今はない街から此処まで来たみたいだね。 今はもう、魔物の巣窟になってしまっている遺跡だよ」

「ええと、そうなると、百年前、三百年前、四百年前、五百年前にここに来た奴がいるって事か」

「それだけじゃない」

更に古い本をタオが見せる。

それは、見た事がない装丁をされていた。

というか、触ってみて分かる。

これは、生半可なゼッテルじゃない。紙を構成するときに用いている繊維の細かさが、尋常ではない。

あたしも色々高品質のゼッテルを作ってきたから分かる。これを量産出来ているとしたら、それは神代の筈だ。

「装丁からして分かるだろ。 これは神代のものだ。 神代の人間も、ここに来ていたんだ」

「年代はどれくらい?」

「これは九百年くらい前のものだね。 僕も初めて名前を聞く国から、これを書いた人は来たみたいだ。 文字は何とか解読出来るけれど……殆どが意味不明の文章になっていて、或いは半分錯乱していたのかも知れない。 暗号では無いと思う。 時々ふと我に返って、故郷についてぼやいていたり。 或いは研究が進まないことを嘆いていたりしている」

それだけ聞くだけでも、この群島の闇深さが分かる。

そして恐らくは百年前に失われてしまったのだろうが。

錬金術師にとって。

この島は知られていたのだ。

だが、なんの場所として知られていた。

今より遙かに文明が進んでいた時代の錬金術師まで、ここに来ている。それは何が目的だ。

あたしは、エゴが極めて薄い希有な錬金術師だと、色々な人に言われた。

それについては、なるほどと思ったが。

逆に考えるべきだろう。

ここに来ていた錬金術師達は、何を求めていた。

恐らくあたしとは別種の人間だったはずだ。エゴに突き動かされて、栄誉やら金やら、もしくは力やらを求めていたはず。

それも自分に還元するための、だ。

此処にはそれだけの魅力があると言う事である。

危険な場所だ。

あたしはそう思う。

「クラウディア、もう一度念を押すけれど、私物は絶対に持ち込まないで」

「うん。 本当に此処、危険みたいだね」

「アトリエの中にいても安全とは言い切れないね。 このアトリエも、それなりに魔術的に守りは固めてはいるんだけれども」

それに関しては、そもそもあたしのアトリエ一号についても同じだ。

そこにいてもあの雑音みたいなのは聞こえたし。

鍵の発想もさせてきた。

そうなってくると。

此処には、世界を滅茶苦茶にしてもなんら顧みず。我欲を満たすために、何度でも愚行を繰り返してきた錬金術師達が。

それこそ喉から手が出る程欲しい何かがあったとみて良い。

しかも、此処を作った神代、それも古くの連中だろう。

それらは、錬金術師をエサで釣ったとみて良いだろう。

なんのエサを求めて、錬金術師達はここに来た。

それも、古代クリント王国の連中と同じ穴の狢どもがだ。

いずれにしても、調査を本格化させないと危ないだろう。

今日は、塔の調査についての結果をまとめて。

明日以降は、順番に本丸の周囲にある、幾つかの島を調査していかないといけないなと、あたしは思った。

 

順番に島を調べて行く。

元々は海に沈んでいたのだ。どの島も、植物は殆ど存在していない。それでも、もう植物が生え始めている島もある。

閉鎖的なクーケン島の民が、禁足地として入れないようにしていた地域にこの群島はあったが。

それでも錬金術師達は来たのだろう。

彼方此方で、痕跡が見つけられた。

ある島は、半分ほどが抉られ、消し飛んでいた。

恐らく浅瀬に住み着いていた魔物と、戦闘したのだと思われる。吹っ飛んだ部分は、なんだか見た事がない素材が覗いていて。抉られてそれが露出したのが分かった。

つまりこれらの群島は。

元々島ですらなく。何かしらの未知の素材で作られ。其処に土を被せた、ということなのだろう。

素材については、サンプルを回収しておく。

大きめの島に出向く。

珊瑚だらけだ。

これは、偽物ではないな。

クラウディアが大喜びしているので、あげる。別に珊瑚なんて欲しくもない。ただ、一応調合素材として、回収はしておく。

岸辺で死んでいる大きめの貝。

口を開いて、既に鳥がつついているが、大きな真珠が腐臭の中に浮かんでいた。手際よく、ひょいと杖を使ってあたしが回収する。

後は洗ってコーティングがいる。

真珠は鉱石寿命があって、百年ほどで輝きが褪せる。それを防ぐためには、コーティングが必要なのだ。

「信じられないくらいの大きな真珠ね……」

「クラウディア、欲しい?」

「欲しい!」

「そっか。 とりあえず、まずはコーティングをしないとね。 その後、バレンツには世話になっているからあげるね」

クラウディアは嬉しそうで何より。

あたしからすれば、ただのキラキラした珠だ。

人によってものの価値は変わる。

クラウディアの価値では、それこそ屋敷が建つくらいの価値があるのだろうが、あたしはそうじゃ無い。

それだけである。

他にも、幾つかの島を見て回る。

ドラゴンがいて、周囲を油断なく見回している島がある。

あれはちょっとばかり危険か。

戦って負けるとは思わないが、それでも他の島を優先した方が良い。

更には、一番大きな島もある。

そこにある宮殿みたいなものに迫るまでに、一応もっと情報を集めておいた方が良いだろう。

一日がかりで幾つかの島を周り。

回収してきた物資をコンテナに。

そして、わくわくしている様子のクラウディアに、真珠をコーティングして渡す。本当に嬉しそうにしているので、見ていて和む。

「時にクラウディア、それってずっと自分のものにしておくの?」

「宝石は殆どは売ってしまうんだ」

「へ、へえ……」

「でも、ライザから貰った宝石はとってあるの」

そっか。

それはそれで、別に友情の証だからいいか。

クラウディアは一度戻ると言うので、あたしが送っていく。

他の皆は、アトリエで一泊だ。

男女に分かれて、皆が休めるように内部は広く作ってある。

フィーが嬉しそうに飛び回っているのは。

恐らくは、この島々に満ちている、異様な魔力も原因の一つだろうなと、あたしは思うのだった。

 

4、宮殿の島

 

既に地図は作ってある。

だから、其処に行くのは難しくは無い。

群島に出現した本丸。

宮殿らしいものがある、一番の大きな島。

背後の。

この群島を囲むようにしてそびえ立つ、岩礁を兼ねた岩山。それを背負うようにしている、一番群島の西にある島。

昨日の時点で周囲を探ってはいるのだが。

しかし、上陸できそうな地点は二つだけ。

一つは切り立っていて危険極まりない。

もう一つは狭く、奧に多数の気配がある。間違いなく、敵対存在だろう。

ともかく、エアドロップからそれぞれ順番に降りる。荷車も降ろして。そして、レントを先頭に、島の奧に。

「これ、木とか草とか、全部作り物?」

「そうね。 全く生命力が感じられないわ」

「……」

島には、木々や草が生えているが。

近くで見ると分かる。

全部偽物だ。

そして傷んでいる様子も無いし、フジツボとか汚れとか、ついている様子もない。

何もかもが、偽物なんだ。

そう思って、あたしは呻いていた。

コレを作った奴は、何を考えている。

自然とともに生きてきた。それはどんな生物でも同じ事だ。仮に人間が生物を超越したとしても、自然への敬意を失わないのは当然だ。

これを作ったのは神代の連中なのだろうが。

フィルフサを作ったのも、コレを作った奴なのだろうか。まあフィルフサが生物兵器というのはまだ仮説だが。もしも同じだったりしたら、それはなんというか。もの凄く歪んだものを感じてしまう。

「いる。 かなりの数だ」

「急いで上がってくれ。 俺たちが壁を作るが、あまり長くはもたないぞ!」

「分かった!」

あたしが先に跳躍して、レントとクリフォードさんの間に飛び降りる。何しろ少し前まで海底だったのだ。

海草やらの残骸とかで、どうしても足下は滑る。

背後はしかも足場が安定していない。

滑り落ちたら、ただじゃ済まない。

あたしは見る。

大量の幽霊鎧だ。ただ、これはどういうことか。

見覚えのある形状のもの。これは古代クリント王国のものか。それに、去年、王都近くの霊墓で見たものもいる。

幽霊鎧は、こっちに気付いたようだ。

どれもこれもが、剣を手に槍を手に、此方に来る。人間よりずっと大きい奴もいる。数も多い。

クラウディアが上がって来た。

「総員、敵を蹴散らすよ!」

「詠唱する! 時間稼いで!」

タオが飛び出して、前衛に加わる。セリさんが、植物の魔術で、敵を地面から吹っ飛ばしたらしい。

地面に落ちたとき、生物が落下して潰れるとき特有のバンと爆ぜる音がしない。

やっぱりこいつら、がらんどうなんだ。

フルパワーでの詠唱だと、周囲に被害が出すぎるか。

だから、ある程度抑えるが。

それでも、レント達が苦戦している。相当な数。それだけじゃない。海に沈んでいた筈なのに。

どれも動きが鈍っていない。

剣術も相当に優れている。

これ一体が放たれただけで、王都の軟弱な警備なんて、十人くらい殺されるのではないのか。

詠唱終わり。

空に無数に浮かんだ熱槍。

それらを、ある程度範囲を絞って、敵に叩き込む。

目の前に、灼熱地獄が現出し。

そこに、クラウディアが容赦なく追撃を連射する。

多数の人型が溶け崩れる。

どうやら、合金としての強度そのものは落ちているらしい。或いは下手をするとだけれども。

万全状態だったら、あたしの熱槍でも打ち砕けないかもしれない。

「柔らかくなった! おらあっ!」

レントが大剣を振るうと、右に左にヒトの形をした溶けかけの鎧が吹っ飛ばされ、そして二度と立ち上がらない。

轟々と燃える中。

激しい戦いが続く。

奧から、次々に鎧が来る。だが戦力の逐次投入だ。順番に蹴散らしていけばいい。戦線を少しずつ押し上げていく。

「フィー!」

あたしが詠唱しようとした所で、フィーがなく。

空に舞っているのはドラゴンか。血の臭いに釣られた……というわけでも無さそうだ。

一旦戦闘を中止して、少し後退する。散開して、ブレスに備える。

あれに空から襲われている状態で。

幽霊鎧の群れに襲われるのは、正直勘弁して欲しいところだ。

しばしすると、ドラゴンは興味を無くしたのか、飛んで去って行く。

そういえば、あのドラゴンはどれくらいの年齢なのだろう。

エンシェントドラゴンの西さんは、意識が生じるまでかなりの年月をようしたというような話をしていた。

あのドラゴンは、或いは。

この土地のことを知っていて。

様子を見に来たのではあるまいか。

「……敵は」

「止まったようだな」

ブーメランをキャッチしながら、クリフォードさんが言う。

あたしは頷くと、短時間だけ詠唱して、今度は冷気で辺りを薙ぎ払う。

炎をそれである程度消す。

地面は。

溶けていない。

普通の土だったら、溶解して溶岩状態になるくらいの熱は叩き込んだのだが。或いは此処の地面は、ゴルドテリオン以上の熱耐性があるのか。

無言になる。

そして、周囲を警戒するように、皆に言った。

まずは、島の状態を探り。

背後の心配がなくなってから、宮殿に乗り込むべきだろうと判断したからだ。

 

ライザさんと一緒に戦ったのが、随分昔にパティには思えていた。

少し前に十六になって。

騎士に正式に就任。

そうしてみて分かったのは、騎士には大した使い手がいないという事だった。

お父様が。アーベルハイム伯ヴォルカーが例外だったのだ。

騎士を連れての討伐任務で、何度ため息をつかされただろう。

パティが他の十人分の活躍をして。

その間に、騎士達は口ばっかり達者で。魔物にろくに抵抗も出来ず、殺されそうになる者も多かった。

弱い事は、別に悪い事じゃない。

事実ライザさんは、自分達より戦力で劣るパティを冷遇したりせず。経験を積むように仕向けてくれた。

おかげで随分強くなれた。

それでもライザさんの背中は遠くに見えるが。

いつの間にか、王都の軟弱な戦士達とも、差が大きくなっていた。

パティも、やる気のある戦士だったらどんどん抜擢するようにお父様に口利きしているし。

なんならアドバイスが出来るならしている。

だが、貴族の子弟だったり。

或いは何らかの形でコネを使って騎士になった連中は。

どいつもこいつも座敷剣法しかしらず。

プライドの塊で。

政争をすることしか考えず。

魔物を目の前にすると、糞尿を垂れ流しながら逃げ惑うだけ。そんな輩ばかりだった。

中には身の程知らずにもパティを口説こうとする輩もいたが。

あらゆる点でタオさんに劣る唐変木を、どうして好きになれようか。

ともかく、今日も街道を警邏して。

弛んでいる戦士や騎士を、まとめて鍛えていた。

走鳥に食われそうになる騎士を見て、何度も助けた。

仕留めた魔物を捌いている時に、何度も吐き戻している騎士をみた。

情けなくて溜息しか出ない。

魔物を捌くのだって、ライザさんが王都から去った後。またフィルフサ戦に同行したりしている内に。

ずいぶんと上手になっていた。

今ではてきぱきと一人でやれる。

ライザさんがくれた装飾品での強化もあるのだろうが。

それ以上に、手慣れてきているのだ。

力のかけ方や使い方が身に染みついてきている。

まだ伸びる。

そう思うと、全能感に酔わないか、自分を戒めなければとさえ思う事もあった。

惰弱な連中だけを連れているわけでは無い。

彼方此方で姿を見かける、メイドの一族。

アーベルハイムのメイド長もそれに含まれるのだが。

同じ顔をしていて。

皆が凄い使い手である一族も、今回は警邏に加わっている。

今回は二人だけだが。

その二人ともが、今のパティと互角かそれ以上の使い手だ。戦闘では、とても頼りになる。

パティとこの二人だけで、魔物の九割以上は片付けている状態だった。

バトルアックスを手にしているのがエイレン。

ハルバードを手にしているのがフレイレンだそうだが。

正直、装備を取り替えられたら。見分けがつく自信がない。

着込んでいるのもメイド服だが。

返り血一つ浴びていなかった。

返り血も浴びないくらい、技量が高いと言う事である。

「パトリツィア卿」

「まだ貴族ではありません」

「は。 それではパトリツィア様。 もう少しで目的の村落ですが、先に我等のどちらかが偵察に出向きましょうか」

「そうですね。 それではフレイレン。 先に見て来て、問題があるようなら対応の準備をお願いします」

頷くと、ハルバードを手にしているフレイレンがさっとその場からいなくなる。残像を作って消える様子を見て、惰弱な連中がおののく。

残像くらい、パティでも作れるのに。

情けない話だ。

「そ、その。 パトリツィア隊長」

「どうしました」

「これほど王都から離れてしまって、大丈夫なのでしょうか」

「商人達は商隊を組んで、もっと遠くから食糧などを仕入れています。 我々がその道程を守らずになんとしますか」

それほど怒りは感じない。

諭す。

完全に腰が引けている連中だが。

それでも、一念発起して強くなれるかも知れないからだ。

パティだってそうだった。

しばしして、フレイレンが戻ってくる。

「あまり状況は良くないですね。 魔物による定期的な襲撃があるようで、食糧も足りていないようです」

「輜重班」

「は。 食糧はまだ余裕があります。 そうなると、討伐任務も追加でしょうか」

「組織的に人間の集落を襲うと言う事は、恐らく大物がいます。 それを片付けてから戻りましょう」

輜重班を任せているのは、最近雇い入れた商人だ。はっきり言って此処にいる惰弱な戦士どもよりずっと肝が据わっている。それはそうだろう。バレンツ商会の仕事を何度か視察したが。

あのクラウディアさんが鍛えているのもあるが。

それ以上に、各地の安全とは程遠い街道を傭兵達と一緒に通って。

それで商品を輸送しているのだ。

襲ってくるのは魔物だけでは無い。匪賊の類との戦闘もあると聞いている。

王都にずっといて、すっかり惰弱になりさがった戦士達なんて。この商人達の足下にも及ばないかも知れない。

パティが今回の任務は買って出たのだ。

今、王都から動けないから。

少しでも、王都の状態を改善しようと。

ライザさんが、また危険な異変らしいものに対応していることは分かっている。アーベルハイムで頼りにしていたクリフォードさんもレントさんもクーケン島に向かったし。セリさんも。

タオさんも戻ったと言うことは、遺跡関連もあるのだろう。

パティだっていきたい。

だが今は、余計な悶着を起こさないためにも、王都にいなければならないのだ。

歯がゆい話だ。

タオさんは一度王都に戻って、論文の手続きをするらしいが。

それも一度戻るだけ。

すぐにライザさんと冒険に出るだろう。

タオさんの側にいたいと思うこともあるが。それ以上にライザさんと一緒に冒険をしているのが羨ましい。

嫌な事怖い事もたくさんあったけれど。

あの冒険の日々は、本当に宝石のような思い出なのだ。

惰弱な連中を急かして、集落に到着。

本当に酷い有様だ。

輜重班に資材を出させ、メイド一族の二人と一緒に必要な箇所の応急処置を開始する。まごついている連中には指示を飛ばし、警戒に当たらせる。

この集落を守ったら、それでまた少しは王都の周辺の人々が安全になるだろうか。

そんな事を思いながら。

すっかり慣れた土木作業を、パティはこなし続けた。

 

(続)