新たなる飛翔に向けて

 

序、後始末の始まり

 

門を抜けて、オーリムに出る。

ボオスも、学園での勉強が遅れていない時は、一緒に行動するようになっている。

この間のフィルフサの軍勢との戦いでは、基本的に前に出すぎないようにだが戦ってくれたし。

その時の技の冴えは、皆には劣ったが。

はっきりいってその辺に十把一絡げでいる戦士達よりも優れているとあたしは判断していた。

ボオスも少しずつ自信をつけているようだ。

いずれ、フィルフサを倒し。

門を閉じる作業に、あたし達と一緒に出られると思う。

ただ。その作業は恐らく果てしなく続く。

ボオスはいずれクーケン島の顔役としての仕事に、全力で向かう事になるだろうとあたしは思っている。

だから、いつまであたし達と一緒に戦えるか。

それは、分からないとしか言えなかった。

ともかく、水害の後始末をしていく。

セリさんが、水害の被害が小さかった地域から、どんどん苗を見つけて来るので。それを皆で運んで、指示通りに植えていく。

根付きやすいように肥料を作り。

更には川の形なども、整えていく。

時には爆弾を使い。

時にはゴルドテリオンによる錆びない合金を使い。堰を作って。

治水工事を行って、水が豊富な土地を、本来の豊かな場所へと変えて行く。

動物というのは逞しいもので。

ちいさな動物は、既に戻って来始めている。

パティはまだ虫はある程度苦手みたいだけれども。

それでも前みたいに、恐怖で真っ青になるような事もなくなってきていた。

それに、だ。

周辺を探していたクラウディアが、見つけてくれた。

リラさんと、セリさんと一緒に出向く。

この辺りに雨を降らせていた要因となっていた山の中腹に、いたのだ。

洞窟に集落を作って。

十人ほどのオーレン族が、身を潜めていた。

勿論あたし達をみて、鋭い敵意を向けてきたが。

リラさんが前に出て、白牙氏族のものだと名乗り。そして事情を説明してくれた。王種も倒した事を説明すると。

彼等彼女らは、おおと声を上げていた。

「武名高い白牙の者がいうならば……」

「それに緑羽の者が、緑化作業を支援してくれるというのか」

絶望に沈んでいた彼等の中に。希望が宿る。

一番背が低く、幼く見える男性が。咳払いをしていた。

「私が長老をしている。 貴殿がその良き錬金術師か」

「気恥ずかしいですが、王種の撃滅作戦を指揮したのはあたしです。 ライザリン=シュタウトです」

「そうか。 もはや此処にいる者達は、それぞれの氏族すらも失ったオーレン族の残存戦力にすぎぬ。 私はイム=フォレイロス。 もとの氏族の者はすべて失ってしまった。 敗残の者をまとめて、此処で必死に命をつないでいた存在だ」

「可能な限り、麓で暮らせるようにあたし達で支援をします」

リラさんが、耳打ちする。

非常に高齢な方だ。

長老達ほどではないだろうが、千年はどう見ても生きている、と。

オーレン族の見た目は人間とかなり違っている。特に老体は、人間の子供みたいに見えるそうである。

まあ、そういうものだというのなら。

そう対応するしかない。

まずセリさんと相談して、麓で暮らすための住宅を作るところから始める。

流石に敗残であろうとオーレン族。

皆身体能力は優れているし、何より魔術もとても強い。

あたしが持ち込んだ建築用接着剤と石材を用いて、てきぱきと家屋を作ってしまう。レントが舌を巻いている程だ。

それに覚えも速い。

建築用接着剤の事をすぐに把握して、使いこなしてくれた。

この土地で古代クリント王国の人間が直接狼藉を働いたわけでは無いが、やはり人間がオーリムで何をしたか知ってはいるのだろう。どういう手段で知ったのかはわからないが。ともかく、此方に警戒の目を向けているオーレン族の人もいたが。リラさんとセリさんが根気強く説得してくれている。

今は任せるしかない。

手際の良さを見て、レントが言う。

「オーレン族は種族として、明らかに俺たちの上位互換だな」

「うん。 人間が最高の種族なんかじゃないいい証明だね」

「だが、繁殖力に劣る。 見た所、この様子ではすぐに数を増やすことも出来ないだろうな」

リラさんがぼやく。

確か妊娠から出産までも、十年以上も掛かるとかいう話だ。それもちょっとだけ小耳に挟んだだけの話。

実際にはもっと掛かるかも知れない。

オーレン族と人間は非常に種族が近いように見える。

だけれども、仮に混血が起きるとしたら。

どっちが母親になっても、母胎に対する影響は大きく、命を縮めるのではないのだろうかとあたしは思う。

それに現状では、本当に限られた人間でなければ、オーレン族と手を取り合うことは出来ないだろう。

それもまた、事実だった。

「フィルフサによって恐怖をもたらされていた土地に光が戻った。 闇の中にも生き残りがいて、そしてともに再建を始められるか。 くー、ロマンだぜ!」

「これはロマンなんですね……」

「おうよ! 少しは分かってきたじゃねえか」

「はい……」

クリフォードさんが昂奮しているのを見て、パティが呆れる。でも、別に有害な考えでもない。

クリフォードさんは、今後アーベルハイムにほぼ専属で雇われることになる。

関係から言って、タオとも組む事が多くなり。当然ヴォルカーさんがとても頼りにする戦士になる。パティとも連携することが増えるはずだ。

特にタオの遺跡調査では、二人の連携が大きな成果を上げる事になるだろうと思う。

戦闘力では若干劣るタオと。

逆に戦闘力は優れているが、タオほどの知識がないクリフォードさんは。良いコンビになる筈だ。

そのタオはというと。

ヴォルカーさんに、パティとの婚約や、今後の事を告げられたようだが。

あっさり了承したそうだ。

オーレン族の人達と話しながら、必要なものを聞いているタオを見て、ちょっとだけ呆れる。

タオとしても、今後の遺跡調査のことなどを考えると丁度良いと答えたらしい。

それにタオは、はっきりいってあの実家のことを良く考えていなかったようだし。

良い機会だと思ったのだろう。

パティの事を異性としてどう思っているかは、タオには恐らくどうでもいいのだろう。そういう奴だ。

パティはそういう奴を好きになった。

パティはその話を聞くと、ちょっとだけむくれていたが。まあ、自分がそう判断したことなのである。

決めたことをしっかり完遂するのは立派だ。

それにタオはああいう奴だが。同時に浮気もしないだろう。

いずれは、パティが望むような関係になれるかも知れなかった。あたしの興味の範囲外だから、よう分からない。

タオが来る。

パティは、少し恥ずかしそうにしているが。タオは全く気にしていないようで。ちょっとその辺は、恋愛に疎いあたしでもイラッと来るが。あたしが怒っても仕方が無い事である。

もうみんな。

責任がある大人なんだから。

「ライザ、必要な物資は聞いて来たよ。 肉なんかはリラさんに聞いておくとして、後は医薬品だね」

「分かった。 リストアップして。 準備しておくよ」

「うん。 それと……」

タオが言うには、山の方にまだ幾つか、孤立している少数の集団がいるという話だ。そうなると、リラさんとセリさんのどちらかには、その人達の救援を頼みたい所である。生きているかも分からないし、山の状況が厳しいこともある。

山の中腹より上の方になると、高い湿度でしょっちゅう霧が出ていて、フィルフサも流石に近付かなかった筈だ。

あたしも見た事がないほど高い山である。

どれだけ好き勝手にオーリムを侵略して回るフィルフサでも、流石に猛毒である水が空気に充満している其処にはいけなかったと言う事だ。

「孤立している少人数となると、出来るだけ救出は急いだ方が良いね。 そうなると、リラさんにメンバーを選抜して貰って、そっちを手伝って貰おう」

「それがいいと思う」

「こっちはセリさんが必須だね。 後は……」

既にクラウディアが、「伝承の古き王」の母胎にしていた土を見つけている。

そこに、セリさんは何人かのオーレン族と一緒に、例の植物を植えに行っている。どうやら効果は申し分ないらしい。

驚きの声が上がっていた。

「強力なフィルフサの群れに汚染された土が、回復していく……!」

「これは、オーリム中に広めないと」

「いや、見た所繁殖力が強い植物のようだ。 この植物だけで、下手をするとオーリムが埋め尽くされてしまうだろう」

「取り扱いが難しいな。 何世代も掛けて、この植物でフィルフサの母胎となる土地を浄化していくしかあるまい……」

口々に話し合うオーレン族の人達。

オーレン族で何世代というと、何千年だろう。

そう考えると、この世界に古代クリント王国や、更にそれを上回る邪悪だという神代の一部錬金術師がもたらした惨禍の大きさがよく分かる。

今は、一つずつやる事をやっていかなければならない。

此方は大丈夫だ。

セリさんはそう言うので、護衛にレントだけ残しておく。

そしてあたしは。

水害の残りを排除するべく、泥濘の土地で、作業を続けた。

 

王都でも仕事は多い。

ただ、それでも以前のように、一秒を争う事態ではないのが救いか。

クラウディアが、順番に持ち込んでくるのは、機械の修理についてだ。

王宮に伝わっていた機械とやらは。それほど大きくもなかったので、そのまま持ち込まれたのだが。

なるほど、そういうことか。

「これ、多分今ある活版印刷機械のもっとすぐれた奴だよ」

「本当!?」

「うん。 ただ今の文字に対応していない。 そこを修正しないと使い物にならないだろうけれど」

「そっか。 直せる、ライザ?」

クラウディアが、大きな箱みたいな機械を前に聞いてくるが。

もちろんとあたしは答える。

さっそく分解して、部品を一つずつ修理していく。

どの部品も傷んでいて、満遍なく壊れているが。

仕組みさえ理解していれば、錬金釜の中で分解して再構築していくだけ。部品に使っている金属類も、今のあたしなら再現は難しく無い。

淡々と修理を続けて行き。

途中でタオも呼んで。現在の文字に内容を切り替えて貰う。

ついでにマニュアルも、光学式コンソールに入っていたので、それも修正して貰った。これで使えるはずだ。

組み立て直す。

動力については、これも魔力吸収型だ。

だが、空気中の魔力だけでは、ちょっと足りないかも知れない。竜脈の近くにでも置けば或いは。

少し悩んだ後。

オーリムから回収してきたフィルフサの残骸。その中でも、溺死したフィルフサのコアを解析してみる。

解析してみて分かったのは、それが非常にセプトリエンに近いものだ、ということだ。

前はよく分からずに使っていたが。

セプトリエンに極めて近いものであったのなら。

強欲で残忍だった古代クリント王国の連中が、資源として回収しようと考えたのも納得出来る。

だったら、こんなまがい物では無く。

劣化でもいいから。セプトリエンを使うべきだ。

トラベルボトルに入って、すぐにセプトリエンを回収してくる。

そして、それを加工して、動力源に埋め込んだ。

後は、すんなり動く。

操作して、色々な文書をあたしが作ったゼッテルに印刷してみる。本を作るのも自由自在である。

此処まで二日。

クラウディアが、本を作る様子を見て、絶賛していた。

「今生きている僅かな活版印刷の機械は、どれもとても扱いが難しくて、とても危ないの。 本を作るときにいちいち閉じるのだけれども、勢いがつくから、手指が切断されかねないのよ。 これは指定のこの溝みたいな所に表紙と紙を入れるだけで、製本までしてくれるのね」

「先に製本用の紐とか入れて置かないといけないし、表紙を指定通りに加工しておかなければいけないけれどね」

縦長の溝は、スロットとか言われていたらしい。

いずれにしてもこれは神代の、それもかなり古い時代のものだとみて良い。

王家の連中が秘宝扱いするのも納得だ。

そして、直せる訳もないとたかをくくっているだろう。

そこに現実を叩き付けてやるのは、痛快というものだ。

後は扱いをクラウディアに任せる。

ちなみに乱暴に扱った場合は、防御機能が作動するように加工しておいた。それについては、先に納入時に説明するようにも。

納入した後壊して、難癖をつけてくるような事があるかも知れない。

だから、追加で機能をつけておいたのだ。

なおクラウディアも、操作はすぐに覚えてくれた。

後は王宮にもいるらしいメイドの一族に引き継ぎを行っておけば、何の問題も起きないだろう。

あの一族は大きな裏があると思うが。

それでも、少なくとも人間に敵対しているようには思えない。

人間に敵対しているのなら、カーティアさんが命がけで街道を脅かす魔物や、フィルフサと戦ってくれなかっただろう。

そうやって、順番に持ち込まれる機械を直していく。

その過程で、神代の技術がもりもり頭の中に入っていった。

雑なあたしだけれども、こういうのは多分頭を使っている場所が違うのだと思う。覚えると、もう忘れない。

錬金術に関連する分野だから、だろうか。

それに、何より技術そのものに罪はないのだ。

使っていた連中がクズだった。

それだけだ。

淡々と機械を修理していく。

少しずつ目処が立つ。

王都を離れる時期の目処だ。

実家にも、手紙を送っておく。バレンツが、すぐに手紙を届けてくれた。

手紙には、王都で色々な仕事をしたこと。

たくさんの壊れてしまっていた機械を直したこと。

多くのすてきな人と仲間になったこと。

極悪人を成敗もしたこと。

まあ極悪人についてはフィルフサも含むので、正確にはちょっと違うが、分かりやすい方が良いだろう。

それに王都のカス貴族の幾らかが、あたしの関係するところで滅んだのも事実だ。

嘘は、ついていない。

そして、更に新しい技術を手に入れて。

クーケン島や、その周辺でも役立てられることを書いて。手紙として送った。

後は。残務整理をしていく。

ヴォルカーさんに頼まれていた薬や爆弾やインゴットについては、今後バレンツに供与を頼む。

あたしがクーケン島に帰るので。

ヴォルカーさんとしても、それで問題ないようだった。

少なくとも、王都近辺のバレンツの商務をクラウディアがやっている間は、これで問題は起きないだろう。

クラウディアの次の世代くらいになってくると話は別になってくるだろうが。

その時はあたしも人間を止めているだろう。

クラウディアは大親友だが。

その子孫まで、あたしと仲良くなれるかは話が別。

パティについてもそれは同じ。

アーベルハイムがずっとまともな家かどうか何て分からない。

そんなことはあたしも理解しているので。

その辺りは、今後クレバーに立ち回ろうと思っていた。

農業区に出向く。

かなりの人が農業をしていて。その中には、最貧民も多かった。黙々と働いているのは、例のあの令嬢だ。

結局救貧院に拾われて、此処での仕事を命じられたらしい。最初は嫌がっていたらしいが。

義賊の三人組に拳骨を貰ったそうで。

それ以降は、文句もなく農業をしているらしい。

今は、普通に農婦である事を受け入れているようだ。

憑き物が落ちたのかも知れない。

カサンドラさんの畑では、例のミラクルフルーツの生産の研究をしているようだ。あたしが顔を見に行くと、カサンドラさんだけじゃない。

以前、植物を納品した学生。カリナさんがいた。

彼女は植物関連で幾つか論文を書いた後、農業区での技術、知識関連での指導に回る事にしたらしい。

此処で経験を積んで、故郷に様々な作物を持ち帰り。

故郷を豊かにするつもりだそうだ。

特にミラクルフルーツを持ち帰れれば、特産品として多くの外貨を獲得できる。

そういう意味では、カリナさんもある意味とてもタフだった。

工業区にも出向く。

デニスさんは、今日も話しかけないと気付けないくらい集中している。これで泥棒が入らないのは、この人の腕が兎に角良いから、なのだろう。

デニスさんには、色々と世話になった。実はデニスさんの加工技術を見て、これは役立ちそうだと思ったものは学ばせてもらった。今後錬金釜でエーテルの中で要素を調整するときに。参考にさせて貰う。

デニスさんは、礼をあたしに言う。

そして、握手した。

きっと、デニスさんにも、あたしが持ち込む素材は刺激になったのだろう。

あたしは、笑顔で握手を受けていた。

後は、カフェに出向く。

カフェのマスターは、相変わらずの笑顔で迎えてくれる。

帰る日の目処が立ったことを伝えると。

寂しくなると言ってくれた。

順番に、残務整理を済ませていく。流石に、これ以上封印されている自然門もないだろうから。これでいい。

オーリムと此方をつないでいる自然門も、やがてアンペルさんが聖堂を完成させて、それで封じることが出来るようになった。

後は、あたしの残務が終わったら。

帰るだけだ。

 

1、王都の水

 

見つけた。此処だ。

王都の地下に水を供給している機械設備。やはりあった。

古代クリント王国ほどテクノロジーはなかったにしても、それでも神代のテクノロジーをある程度受け継いでいる国家の都市だったのだ。

あっても不思議ではないと思っていたが。

今回は、一緒に来ているのはタオとパティだけである。

そういえば、王都に来てしばらくはこの三人で調査をしていたっけな。

そう思いながら、すっかり歴戦の猛者に成長したパティを見る。

「ライザさん、こんな森の奥にある、このなんだかよく分からない滝みたいなのがそうなんですか?」

「間違いないよ。 王都三十万人の命の元だね」

「農業用水なんかは川から直に引いているけれど、彼方此方にある井戸や噴水には別口で水を引いている話はしたよね。 これがそれだよ」

タオがすぐに手慣れた様子で光学式コンソールを発見。

調査し始める。

案の場エラーまみれだそうだ。

あたしは頷くと、奥に入る。

今日はクリフォードさんは、リラさんと一緒にオーリムで生き残っているオーレン族を探している。

今までに三組、合計で十一人を救出に成功している。

まだ他にも分散して生き延びている小規模集団がいるという話なので。今日も続けて捜索を続行しているのだ。

クリフォードさんの勘は頼りになる。

リラさんも、それは認めていて。

勘を最大限に生かしてくれと、何度か言っているのをあたしは見ていた。

「よし、構造は理解出来たよ。 今、表示するね」

「動力はまだ残ってるみたいだね」

「うん。 多分だけれども、此処の直下に竜脈があるんだよ」

「……」

竜脈か。

どうしてそんな風に呼ぶのか、というのも不思議なのだが。

ひょっとすると、エンシェントドラゴンが自然門を作ったのも、それに関係しているのだろうか。

だが、どうして此処に自然門を作らなかった。

或いは竜脈でも特に強い場所に作るのか。

それとも、何か別の条件があるのか。

いずれにしても、情報が足りない。

今後はタオやクラウディアと連携して、更に情報を集めていく事になるだろう。

根本的には、オーリムに蠢く大量のフィルフサという大問題はなんにも解決していないのだし。

各地では、今でも魔物に多くの人々が脅かされている。

その人々が、必ずしも善良ではない、と言う事も問題だ。

あたしが万能だったら、それこそぱぱっと全部解決できるのだろうが。

残念ながら、あたしは万能でもなんでもない。

ただし、寿命は普通に超越できそうなので。

それを利用して、一つずつ、問題は解決していく。

出来れば今の王都に集った面子が生きているうちに、フィルフサだけは全て根絶やしにしておきたいのだが。

もしもフィルフサが生物兵器であり。

神代の畜生連中に改造された存在だったのだとしたら。

それに、「伝承の古き王」には、それを裏付けるように、妙ちくりんな機械も装着されていた。

それを考えると、あの機械のサンプルも、何処かで手に入れて解析し。

場合によってはまとめて全部粉砕するようなことも、考えたかった。

やりたいことが多すぎて。

いずれにしても、すぐには着手できない。

今は、まず。

目の前にある、この浄水設備から、修理をしていかなければならない。

タオが構造を見せてくれたので、なるほどと把握。

仕組みは北の里のと大して変わらない。

戸を開けて、地下に。

途中の階段は錆びだらけで、本当に忘れ去られて、何も整備がされていないのがよく分かった。

「王家か何かに、此処の事は伝わってないのかなあ」

「ロテスヴァッサが成立した際に、たまたま都合がいい人間が王族になっただけだからね。 そんなものを伝承できる余裕は無かったんだと思うよ」

「まあ、それもそうか。 あの機械の正体も、理解していなかったみたいだし」

「なんだか手間を掛けます。 すみません」

申し訳なさそうに謝るパティ。

階段の一番下まで降りると、それなりに広い部屋に出た。

水をとめるわけにもいかないか。問題は、エラーが出ている部分である。水を綺麗にするのには、複数の仕組みが使われている。

まずは熱を使って煮沸。

その後は、何段階かのフィルターを用いて不純物のカット。

その後は、幾つかの段階を経て、配水管に水を流している。その配水管から、王都の各地にある井戸に水が行っているのだが。

エラーを見て、なる程と呟く。

フィルター。

煮沸装置。

全てがダメだ。

これは湧かさないと、水が飲めなかった訳である。

その説明をすると、パティはうっと呻いていた。

「つまり、井戸から湧いていた水は、川の水とまんま同じだったって事ですね……」

「流石に目に見える程の大きなゴミとかは、ほら。 あそこで排除されてはいたみたいだけれど」

地下の部屋からは、幾つかの映像が見られる。

滝みたいなのが流れ込んでいる先にネットがあるが。それもボロボロだ。全部取り替えないといけないだろう。

いずれにしても、これは取り替えをしても、王都の人にはなんの影響も無い。

更に、動力も。

クーケン島の動力と同じで、死にかけている。

文明は一度断絶したんだな。

あたしはそう思って。大きなため息をついていた。

三年前に、クーケン島にアンペルさんとリラさんが来なかったら。あたしも、こんな事は一生知らなかっただろう。

それが幸せか不幸せかは分からないが。

いずれにしても、その内フィルフサにこの世界は蹂躙されていただろうし。それを嘆く暇もなく死んでいたはずだ。

タオが設計図を書き起こす。

そして、あたしはそれを貰って、内容を把握していた。

タオが、パティに話をしている。

「パティ、ヴォルカーさんに此処の事と、これから修理に入る事を説明しておいて」

「分かりました。 内容については、私が理解出来たぶんで良いですか?」

「うん。 ヴォルカーさんはライザの事をとても信頼しているようだし、ライザがへまをしなければ絶対に直る。 しかもライザはこう言うときは絶対にへまをしないから、安心して良いと思うよ」

「タオ……」

なんか引っ掛かる言い方だが。タオは、笑顔を引きつらせると。拳を鳴らし始めたあたしを置いてさっさと戻る。

パティは真っ青になっていたが。

ともかく、あたしはパティも先に行かせる。

とりあえず、準備する道具類について、頭の中でリストアップする。

自身の空間把握能力については、あたしも一応自信はある。

万能などではないあたしだが。

出来る事は、経験を積むうちに。

自分で把握できるようになってきていた。

 

アトリエに戻ると、素材を確認。幾らか足りていない。オーリムに行く必要はないが、砂漠付近でいいのが採れる場所がある。

砂漠だと、単騎で出向くのは少し厳しいか。

「フィー?」

「ちょっとお出かけしないといけないねえ」

「フィー!」

フィーが、嬉しそうに上を飛び回る。

オーリムに頻繁に出入りしているから、というよりも。

あの自然門近くの空気を浴びているからだろう。

すっかり元気は戻っていた。

やはりドラゴンに関係しているのだ。オーリムに行ったから元気になった訳じゃあない。それをあたしは理解していた。

だから、今ドラゴンに関係する……ワイバーンの素材を幾つか集めて実験している所である。

王都を去る目処はついているが。

幾つかこなさなければならない残存タスクの内。

フィーの生存に必要な要素を見つける。

それが、絶対の一つだ。

丁度ボオスが来たので、護衛にパティとレントを頼む事にする。

砂漠に行くと聞いて、ボオスはうっと顔をしかめたが。それ以上に、嬉しそうにフィーが頭に乗っているので。

ボオスは何も言えなくなったようだった。

「わかった。 レントはまだ俺と修行をしているから、明日には出られるように声を掛けておく」

「お願いね。 パティは多分明日の朝来るから、その時に話をするわ」

「それにしてもお前、短期間で王都の重要人物だな。 今ではお前の名を聞くだけで、悪党が逃げるって話だぞ」

「妙だね。 別に捕り物なんかしてないんだけど」

貴族を複数潰すのに関与したくらいだ。

ただ、アーベルハイム卿があたしに協力的であること。

王都南にわんさかいた魔物を、空を焦がすような大火力魔術で文字通り一網打尽にしたこと。

それらも大きいのだろうと、ボオスは言う。

なんだか煮え切らないが、別に良い。

咳払いすると、ボオスは本題に入る。

「とりあえず、俺の役割はもう終わりという判断でいいな」

「うん。 今までありがとうね。 そろそろクーケン島に戻ることを考えるから、後は個人的な手伝いだけしてくれれば大丈夫だよ」

「本当によ。 俺の頭だと、此処での学問にはついていくのがやっとなんだよ。 ちょっと忙しすぎたぜ」

ボオスは此処で、学問以上にコネの構築に腐心していた。

だからあたしの支援でコネ関連の事を色々やってくれていた事は、本当に感謝の言葉しかない。

あたしはぐいぐい行く方だけれども。

誰ともすぐに友達になれるって訳でもない。

友達になれる相手とはすぐになれるが。

あわない相手とは、絶対に相容れないからだ。

だから、ボオスみたいな緩衝材が必要になってくる。これは、あたしもクーケン島で散々老害になった大人相手に苦労するようになって。自分でも理解した事だ。

そして老害はクーケン島だけではなく、王都にもわんさかいる。

あたしだけでは、必要な人間に渡りをつけることが出来ない。

状況に応じては、残念ながら現状では。すっかり頭が凝り固まった老害とも、渡りをつけなければならないのだ。

ボオスが戻ると、今作れるぶんの調合はしておく。

エーテルに素材を溶かして、要素を抽出。順番に部品を作っていく。どの部品も頭に入っているから問題ない。

タオが作ってくれた図は、保険だ。

夜に、フィーに促されることもなくなった。

余裕がそれだけ出来てきた、と言う事だ。

大衆浴場で汗を流して、それで後は適当に食事をカフェで取って、眠る。

王都で当面生活出来るだけのお金はある。

それもまた、問題はもう無かった。

 

順番に、フィルターを取り替える。古いフィルターはすっかり傷んでいて、おぞましい臭いがした。

これを通った水が、王都の人達の口に入っていた。しかも彼方此方破れている。

それを思うと。皆慄然とする。

レントですら、手を無言で洗いに行った程である。

あたしが用意しておいたくみ置きの水で、皆すぐに手を洗って。更には消毒もした。

フィルターは、先に全部外してしまう。

そして、奧に積み上げて。

それから、新しくあたしが作ったフィルターを、順番にセットしていく。

膨大な水が流れているのだが。

配水管の上が開くようになっていて、其処からセットできるようになっている。故に、水が……まあかなりの勢いで流れているが。落ちなければ大丈夫だ。セットするときには、命綱をつける。

とにかく危ないからである。

「セットすると、ガチンと手応えがあるよ」

「こっちは問題ない! ガチンって言った!」

「こっちも大丈夫です!」

レントとパティがそれぞれ言う。パティもあたしが渡している装飾品の支援で、大の男を軽く捻るくらいの腕力になっている。全く問題ない。

そのまま、複数のフィルターをセットしていく。

フィルターはそれぞれ編み目のサイズが違っていて、頑丈さなどにも差がある。様々な大きさの不純物を、これで取り除いていたのである。

出来れば配水管も全部掃除したいくらいなのだが、そうもいかないだろう。

ともかく、一刻くらい掛けて、フィルターの交換を完了。

次は煮沸装置だ。

煮沸装置はすっかり傷んでいる上に動力がなくなっている。

仕組みとしては、100℃まで水を一気に熱するだけのものだ。動力には竜脈からのものを使っていたようだが。

今回あたしが用意したセプトリエン式の動力炉に切り替えた事で。

最低でも、1000年はもつ。

動力を取り替え。駄目になっているパーツも順次取り替える。その度にタオに光学式コンソールを確認して貰い。

丁寧に、作業を進めていった。

煮沸装置はかなり大きい上に、まとめて交換しなければならない。

これは配水管と一緒になっておらず。落ちてくる滝をまとめている下部分に置かれている。だからそれを置き換えるだけでいい。

まあ、とにかく大きい上に、機械が傷んでいるので。

レントにもパティにも手袋をして作業して貰った。

蒸気にすると水は非常に堆積が大きくなる事もあって、危険極まりない。装置の調整は、念入りに行わなければならなかった。

「よし、部品全て交換完了!」

「動かして設置するよ!」

「パティ、持ち上げるぞ!」

「はいっ! えいやっ!」

あたしも手伝うかと思ったが、レントとパティだけで大丈夫そうだ。

滝の水を浴びながら、二人が巨大な壺みたいな煮沸装置をセットする。

後は、滝の上の川にある網をセットし直しておく。これがないと、魚とかがどんどん下に入り込む。

落ちたら死ぬという点もあるのだけれども。

死んだ後、ネットにどんどん汚れが蓄積するというより大きな問題がある。

それに、網には生き物だけではなく、川を流れてくる色々なものが引っ掛かる。倒木だとか草だとか。

汚物もだ。

だから、予備のパーツは作っておく。

交換のやり方についてのマニュアルも。

動力は千年はもつが、ネットについてはこれは数十年に一度は交換しないとダメだろう。その時の為に、何セットかあたしは作っておいた。

ともかく、ネットをセットし直して、古いネットを交換しているうちに。タオが煮沸装置を動かして。

試運転を開始する。

多分、上手く行っているはず。

外殻はゴルドテリオンで作り、更にはグランツオルゲンで補強して防御力を上げているから、問題は無い筈だ。

レントとパティがヘトヘトになって戻って来たタイミングで、あたしは取り替えた傷んでいる部品を処分する。

全部一度外に持ち出すと。

持って来ておいた釜にエーテルを満たして。それで分解してしまった。

こうすれば要素ごとに分別でき。

ジェムにして、保管することが出来る。

傷んだゴミに見えても、こうすることで思わぬ要素を抽出出来たりするのだ。流石に食べ物には使わないでくれよとレントに言われるが。まあ、そのつもりはとりあえずない。

パティはすっかり疲れきって、座り込んで無言。

タオが淡々と煮沸装置を動かして。

それで、しばしして、満足したようだった。

「よし、此処は別物に綺麗になった筈だよ。 ただ、配水管は王都中に伸びている。 いずれ技術が戻って来たら、今度はそれを交換しないといけないだろうね。 それまでは、綺麗な水は出ないと思う」

「はー、骨折り損かよ」

「ねえタオ。 水の圧力を上げて。 一度強引に水圧で配水管を掃除するとか、できないのかな」

「ダメ。 王都の彼方此方で、配水管が破裂する」

そうか。

多分タオの方が、こういうのに対する認識は正確だろう。

ともあれ、これで浄水も含めて上水はとりあえず大丈夫だ。

問題は下水だが。

こっちは既に見つけてある。汚水の浄水装置については、仕組みはそれほど難しいものでもない。

幸い動力を復活させれば、すぐにでも動く程度のものである。

まあ、心理的に嫌だったので、出来れば後回しにしたかったのだが。

そうもいかないだろう。

動力については、既に替えを作ってある。

千年はもつ。

だから、今の時点でどうこういう必要はないだろう。

千年後、この程度の技術も戻っていないようなら、人間はそれまで。というか、魔物に押し切られてきっと滅んでいる。

もしも千年後、巻き返しが上手く行っているなら。この程度の技術は回復も出来ている筈だ。

だから、あたしとしては、其処まで気にはしていなかった。

作業が終わったので、カフェに出向いて、それで食事にする。

やっぱりあんまり美味しくないが。

それでも、農業区で少しずつ作物を作り始めている成果が出ているようだ。出来るのが早い作物を使った料理は、もうカフェで出始めている。卵なんかは顕著で、鶏が既に持ち込まれ。

新鮮な卵が、いつでも手に入るようになったようである。

鶏は世話が色々と大変なのだが、肉もエサに比べてたくさん採れる。王都でもっとたくさん飼育できるようになれば、それだけで大きな食糧源になるだろう。

フワフワのオムレツが出て来たので、皆少しだけ機嫌も良くなる。

「うわ、おいし」

「卵については、既に提供が始まっているらしいです。 そもそも、王都近辺から買う卵は、鮮度にも問題があって、更には運ぶのも大変だったということでして……」

「でも、今まで卵で儲けていた商人は文句を言うんじゃ無いの」

「それについては、バレンツが率先して動いてくれているようです。 他の商品の販路を提供してくれているとかで」

なるほどね。

いずれにしても、オムレツで少し元気も戻った。

午後は、下水の方を片付けてしまうとする。

下水の方は、動力炉を変えるだけだが。

既にシステムが破綻して動きが止まっているので、とにかく行くだけで酷い臭いに包まれる事になる。

だから消臭剤を先に準備し。消毒用の薬液も準備しておいた。

北の里で使った服とマスクも準備して、皆で向かう。

まあ、あの時よりはマシだろう。

そう思って現地に踏み込んだら、大量の蠅とゴキブリがお出迎えだったので。あたしは一度撤退を指示。

そして、熱魔術で全部まとめて焼き殺してから。

結局、まずは汚物の処理からしなければならなかった。

あの時と全く同じだな。

排水処理曹から、案の場に汚物が漏れていたのだ。三十万人の生活排水である。排水処理のシステムが動力不足で止まっていたのだから、こうなってしまうのもまあ仕方が無いのだろう。

「こりゃ、後何年か放置していたら、此処爆発していただろうね。 汚物で内側から」

「勘弁してくれよ……」

「しゃ、喋りたくないです……」

「空気は熱魔術で循環させているから、息はできるはずだよ。 とにかく、今は機械類を掘りだそう」

そう。

汚物から掘り出すところからだ。

念の為に人数分持ち込んでいたシャベルで、どんどん汚物を外へ掘り出す。

此処もコントロールセンターになっていて、それほど地下深くではない場所にあったから、行き来はそれほど大変ではないが。

それでも荷車に例の如く油紙を敷いて、何度も往復しなければならなかった。

街の外の森の中にあったのだが。

なんだなんだと様子を見に来た魔物ですら、臭いにギャッとか悲鳴を上げて逃げていった程である。

幸い近くが荒れ地になっていたので、其処にドンドン汚物を捨てる。

今、他の面子はみんなオーリムに行っていて、そっちはそっちでとても大変な状況なので。手伝ってともいえない。

ボオスは試験前での追い込みだとかで、今日は来てくれなかった。

タオがここに来ているのは、別に試験前に追い込みで勉強なんかしなくても、試験で困らないからだ。

ともかく、全員で汚物を出して。

やっとコントロールパネルが露出する。すぐに洗い流して、消臭剤をぶっかけて。消毒もすると。

タオが操作を開始。

その間にあたし達は、動力源を探す。

無言で探しているうちに、タオがシステムの再稼働に成功。

やはり、機械類は動力不足で全部止まっていて、

全て垂れ流し状態になっていた。

下流の水が汚くなっているのは、もうこれは必然だったというわけだ。とにかく、動力炉を見つけ出さないといけない。

それから一日以上、地下空間であまり口にしたくない作業をして。

そしてやっと、部屋の隅に動力炉を発見。

セプトリエンの動力を組み込んで。

それで、やっと浄水設備が動き出していた。

だが、動いた所で、汚物が無くなる訳ではない。

まだ作業をしなければならない。

パティが泣きそうな声で言う。

「こ、これも王都の未来のためです。 王都の未来の……王都の……」

「パティ、精神的に無理なら、もう大丈夫だよ」

「やります!」

「……うん。 頑張ろう」

もう自棄にやっているパティだが。

こう言う作業から目をそらさず、率先してやるのは本当に立派だ。

貴族というのは、必要ないとあたしは思っているが。

パティの精神は、理想的な貴族だと思う。

泣いて嫌がってはいても、それでも自発的にこういう作業をやれるのは、本当に立派である。

更に二日掛けて、汚物の浄化施設は綺麗になり。

隅々まで消臭して。消毒も終えた。

その時には。再び動き始めた汚水浄化設備が、汚水をぐんぐん浄化していて。下流の水も、露骨に綺麗になっていた。

此処のシステムは、錆とは無縁の金属が使われ。

汚水を徹底的に様々な方法で分解して、綺麗な水に戻すという仕組みであったようだ。タオが細かい仕組みを説明してくれたので、覚えておく。いずれ何処かの都市で、あたしが主導で設計、設置するかも知れないからだ。

パティも、マニュアルを渡されて。

それを死んだ目で受け取っていた。

アーベルハイムには、此処を知っておく義務がある。本当は王族にそれを知る義務があるのだが。

あの連中には無駄だろう。

実際、クラウディアから聞いたのだが。王宮の秘宝であるあの印刷機械も、それこそご神体のごとくあがめ奉るばかりで、全く使う様子がないという。

使わなければ意味がないのに。

使えば更に書物を安く流通させることが出来。多くの人々が手に取ることが出来るようになるのに。

それが分かっていない連中が。

王族を名乗るのは、滑稽極まりなかった。

とにかく、アーベルハイムで湯を借りて、綺麗さっぱりする。

何をしてきたかを説明すると。

流石のヴォルカーさんも引きつった笑みを浮かべて。大変世話になったとだけ言ってくれた。

パティも、死んだ目で頷く。

それを見て、ヴォルカーさんが形容しがたい表情を浮かべたが。

ともかく、今はそれで満足して貰うしかなかった。

かくして、王都の水問題は解決した。

後は、自然門と。

オーリムの問題を解決したら、帰るだけだ。そっちについても、もう殆ど終わっていると、セリさんから話が届いている。

王都の機械類も、少なくとも存在が把握されているものは全てなおし終えた。現在稼働しているものも、あたしが確認して、修理をしておいた。

後は残りなにかないか確認だけして。

それも終わったら、帰る準備をするだけだった。

 

2、荷物をまとめて

 

オーリムに足を運ぶ。

既に聖堂は完成していて、アンペルさんが操作を何時でも出来るようにしてくれていた。同時に、アーベルハイムで遺跡の管理を開始。

立ち入り禁止にしてくれた。

ついでなので、上水と下水のコントロールセンターも、同じように立ち入り禁止の措置をしてもらう。

彼処には動力炉がある。

バカが盗んだりすると、王都が破綻する。

それもあって、しっかり守りを固めなければならない。

勿論あたしも防犯用のシステムはしっかり組み込んでおいたけれども。

悪知恵を働かせるときに、人間が通常以上のスペックを発揮する事を、あたしも良く知っている。

だから、徹底的に処置はしなければならなかった。

ましてやロテスヴァッサは、近々大改革が起きる可能性が高いのだ。

その時のどさくさで。とんでもない事が起きたら、たまったものではなかった。

オーリムに足を運ぶと。

あの子供みたいな姿をした長老。イムさんが来た。

笑顔を浮かべると、手を伸ばしてくる。

握手だ。

あたしも、喜んで応じていた。

「良き錬金術師ライザよ。 良く来てくれた」

「此方で困っていることはありませんか?」

「今の時点では大丈夫だ。 セリ殿が持ち込んでくれた植物のおかげで、フィルフサ共の母胎も順調に浄化が進んでいる」

「後は、他のフィルフサの群れからの自衛ですね」

頷くイムさん。

他のフィルフサの群れの斥候は、今の時点では姿を見せていないという。

この辺りはそもそも水が多く、王種「伝承の古き王」が姿を現したとき。多くのオーレン族が逃げ込んできていた土地だったのだという。

だが、自然門が出来た後。

王種はこの湿地帯に攻めこんできた。

それで、生き残りは山に逃げた、と言う事だった。

山にて散り散りに生活していたオーレン族は、最初に見つけたイムさん達含め合計で三十七人。なんとか全員が、此処に戻って来ることが出来た。手足を失っている人も多かったが、あたしが義手や義足を作った。いずれも、もとの手足と劣らない。アンペルさんが使っている古式秘具ほどの精度ではないが、日常生活には支障ないものを、今はあたしにも作れる。

リラさんとセリさんから、オーレン族の状況をこの人達は聞いている。後は、此処でどうにか拠点を構築していくしかない。

「川の安定はもう大丈夫でしょう。 後は、緑を復活させて、保水力を上げていくだけですが……見ての通り、セリ=グロースが的確に緑化作業をしてくれています。 来年には、ここもきっと美しい密林地帯に戻るでしょうな。 そうなれば、フィルフサなど此処には近付かないはずです」

「念の為に、フィルフサの群れを押し流せるように堤防を作っておきます。 それが終わったら……あたしは此処から離れ、故郷に戻ります」

「おお、何から何まですまないな……」

「あたし達の過去にいた人間が、オーリムにかけた迷惑に比べれば些細なつぐないです。 以降は、良い関係を構築できる事を祈ります」

幾つか、他にも細かい打ち合わせをする。

パティは特に、たまにここに来て、アーベルハイムの名代として、色々と打ち合わせをすることが決まっている。

また、近隣地域でフィルフサに脅かされているオーレン族に、此処への移住を促すかも知れない。

その時には、支援が必要になるはずだ。

その時も、パティが顔役として動く必要が生じてくる。

イムさんと、パティが打ち合わせをしているのを横目に、あたしは堤防を作成していく。

ちょっと地形が歪むことになるが。それでもフィルフサが攻めてきたときに、一網打尽にするための必要な戦略兵器だ。

ここに住む生物たちには、我慢してもらうしかない。

数日で、堤防は作りあげられる。

元々雨が多く、あたし達が作業をしているときにも数度スコールがあったくらいだ。

川の水量は多く。タオが何処に作れば効果的に鉄砲水を起こせるか計算してくれたので、すぐに爆破すれば即座に敵を押し流せる堤防は作る事が出来た。

問題は一つではダメだと言う事である。

山側からフィルフサが来る可能性はない。

あれだけ強力な「伝承の古き王」の群れですら、山には手出ししなかった。それだけフィルフサに条件が悪いという事である。

しかし、堤防一つで起こせる鉄砲水で、守りきれる方向には限度がある。

このため、同じように数日を掛けて、また別方向にも堤防を作らなければならなかった。そしてタオは、興味深々でオーレン族の言葉を学び。

オーレン族の言葉でマニュアルをしたため、イムさんに渡していた。

ちなみに言葉そのものは通じる。

リラさんもセリさんも、翻訳の魔術を使う事が出来るからだ。何でもオーレン族は言語こそ共通なものの発音がまちまちである事もあって、皆翻訳の魔術は使えるのだそうである。

だとすれば、話は早くていい。

もっとも、専門用語になってくると翻訳がかなり難しいようだが。

「うむ、これならば、即座に対応は出来るだろう」

「爆弾は千年はもつようにしてありますが、いずれ補修に来ます。 その時まで、子供とかが悪戯で動かさないように気をつけてください」

「うむ、分かっておる。 これだけ安定した状況なら、いずれ子供も出来よう。 数組夫婦もいるし、これから夫婦になる者もいるだろう」

「それは良かった……」

少しだけ、気も楽になる。

その後は、周辺を見て回る。

やはりというか、川の流域から外れると、フィルフサの斥候がいる。実力は、グリムドル近辺でみた奴らと同じ程度だ。

此奴らにつけいる隙を見せずに、見つけ次第に狩る事が必須だろう。

周辺の地図をタオが作っている間に、オーレン族の戦士と一緒に斥候は見つけ次第始末してしまう。

クラウディアが、先に音魔術で、敵の本隊がいる辺りを調査。

その辺りには、近寄らないようにもイムさんに話をしておいた。

どうやら、この辺りを中心にして、大きく囲むように三つの群れが存在しているらしい。ただそれらの群れは非常に遠くに本拠地を構えているようで。

基本的に水が多い此方には、あまり興味を持っていないようだ。

念の為に、情報を収集しておく。

リラさんにアドバイスを受けながら、この辺りのフィルフサの習性を確認する。

やはり別の群れと遭遇しても、攻撃行動を取る様子はない。

何かしらの情報交換をしているようだが、それだけだ。

水を枯らしたフィルフサに都合がいい土地を母胎にして増えているのだろうが。それも、規模はそれほどではないように思う。

この辺りにはやはり古代クリント王国は来なかったのだろう。

それだけで、充分過ぎる成果だ。

将軍を仕留めておきたいが、今の時点でフィルフサは此方の土地に興味を持っている様子もなく。

将軍を倒すとなると、敵の配置からして数日はオーリムを歩かなければならないだろうと、クラウディアが結論。

それは好ましくない。

今は、オーレン族の人達が守りきれるように、打てる手を全て打つべきだ。

そうして、あたしは王都とオーリムを行き来しながら、可能な限りの支援をする。

周辺の地図は出来て。

堤防も完成し。

更に周辺に潜んでいた、オーレン族も数名追加で見つかった。

よくぞ生き延びていてくれたものだと思う。

やはり湿地帯が元々拡がっていた事や。

何よりも、門に「伝承の古き王」の群れが集中していたことで。周辺に興味をあまり持っていなかった事。

他のフィルフサの群れが、この近辺に近付こうとしていなかった事。

それらが、大きな要因となったのだろう。

やはり手足を失っている人が多かったが。

それでも、生きているだけで充分だった。

後は、大丈夫だ。

母胎になっている土の浄化に成功したセリさんが、そう告げてくる。

リラさんも、後は此処で守りきれるはずだという話をした。

二人とも、それぞれに目的がある。

セリさんは、浄化を出来る植物の種を、オーリム中にまくこと。

ただし、フィルフサがいる場合は、当然植物を刈り取りに来るだろうし。水を奪われている土地では、まずは水を獲得しないといけない。

リラさんは、各地にある門の封印。

古代クリント王国が資源の略奪のために作った多数の門が、未だに放置されている。封印が半端になって、いつ開いてもおかしくないものも多いそうだ。

それらをアンペルさんとともに封印する必要がある。

古代クリント王国の版図から考えて、まだ半分以上が残っている可能性があり。

クーケン島にあったような、非常に危険な状態になっている門もまだある可能性が高いそうである。

だから、二人とも此処を離れなければならない。

此処はアーベルハイムに引き継ぐ必要がある。

だから、パティの案内で、ヴォルカーさんにも一度足を運んで貰った。

ヴォルカーさんは門に驚嘆し。

そしてオーリムを見て、更に驚いていた。

信頼出来ると判断したから、此処の状態の引き継ぎをした。

裏切ったら殺す。

当たり前の話だ。

それについては、ヴォルカーさんもしっかり理解出来ている筈。

イムさんと話をして、此処に対する支援を約束。

そして、門の管理方法。

合い言葉などを決めて、それで引き上げる事となった。

門を閉じる。

以降は二年に一度門を開けて、状況を確認する。

門については、制御装置である「聖堂」を最初から作る事が出来た事もあって、オーリム側からも制御出来るようにアンペルさんが調整してくれた。

二年に一度、人間の世界とオーリム、両側から指定の操作をし。

その際に合い言葉を使わないと、門を開く事は出来ない。

これで何かしらの問題が起きて、ならず者が遺跡や、更には壁の奥に入り込んだとしても、簡単にはオーリムにはいけない。

セーフティは二重になっている。

それで充分だ。

やるべき事は、全て終わった。

後は、それぞれが。

順番に、引き揚げて行くだけだった。

 

ヴォルカーさんが、戦士を多くつれて遠征に出る。

家を預かるのはパティ。

既に其処まで成長したと、ヴォルカーさんが判断したという事なのだろう。

その遠征に、クリフォードさんも参戦することになった。

此処で、お別れだ。

あたしがお別れを言いに行くと。

クリフォードさんは、餞別だと言って鍵開け用の装備一式をくれる。これはありがたい。あたしの方でも解析して、調合できるだろう。

「悪用はしないでくれよ」

「しませんよ。 絶対に」

「そうだな。 フィー」

「フィー?」

クリフォードさんは、またフィーを口説き始める。

ドラゴンの幼体。

つまりワイバーンと遭遇する事もあるかも知れない。いずれにしても、時々あの遺跡には警戒のために足を運ぶ。

だから俺と一緒に来ないか、と。

あたしではなくフィーを。

まあ、其処はクリフォードさんらしいか。

「フィー……フイッ!」

そしてフィーの反応も同じだった。

からからと、クリフォードさんは笑う。

「またふられちまったか。 ライザ、何かあったら、いつでも声を掛けてくれ。 ヴォルカーの旦那と相談してだが、それでもいつでもどこにでも駆けつけるぜ」

「ありがとうございます。 本当にクリフォードさんの勘と歴戦の経験は頼りになりました」

「そうだな。 いつまでも良き錬金術師でいてくれよ」

「それはもう、当然です」

悪を見た。

悪を知った。

だから、そうはならない。

弱い人間は、簡単に誘惑に転ぶ。

古代クリント王国を利用して、二つの世界を我欲とエゴで滅茶苦茶にした古代クリント王国の錬金術師も、最初は違ったのかも知れない。

だが、錬金術の圧倒的な力と万能感は、簡単に人間を狂わせる。

それはあたしでも分かる。

いや、あたしだからこそ分かると言うべきなのだろうか。

あたしはどうもエゴの類が極端に少ないらしい。

恋愛ごとにも興味を持てなかったし。

まあお金はあれば良いけれども、それでも他人よりわんさか蓄えようとか、そういうことは思わない。

知識に対する欲求はあるが、それはあくまでそれ。他人を不幸にしてまで得ようとは思わない。

多分あたしは、世間的には変人の部類に属するはずだ。

だがそれは、別に恥じ入るようなことではない。

「おうライザ」

「ん? レント?」

「しばらくは王都周辺で過ごす事にしたんだよ。 アーベルハイム卿に口説かれてな」

レントも来る。

そうか、レントも王都周辺の魔物討伐に加わるのか。

それで良いかも知れない。

レントはずっと、人間に怖れられる苦しい思いをしていたはずだ。だが、ベテランであるクリフォードさんが側にいれば、それで大丈夫だろう。

それに、だ。

「筆無精、少しは直しなさいよ」

「分かってる。 皆からの手紙は、みんな目を通してはいたんだ。 今後、少しずつまっとうに手紙を書くよ」

「まったく……」

「そろそろだ。 行くぞ」

クリフォードさんが、声を掛ける。

レントは、片手を上げて、戦士達の中に。

もう、多くの言葉は必要ない。

血縁も恋愛感情もないが、レントは家族だ。そしてレントはスランプを乗り越えた。あたしと同じように。

だから、それだけでいい。

手を振る。

多数の馬車に物資を積載した戦士の集団が、王都を離れる。

これから、各地の街道付近にいる強力な魔物を仕留めてくるのだ。あたしが用意したインゴットから、見違えるように強力に装備した戦士達が、ヴォルカーさんに付き従っている。

調査する限り、遅れを取るような魔物はいないだろう。

だとすれば、大丈夫だ。

二人が、これであたしの側からいなくなった。

 

アンペルさんとリラさんが、アトリエに来る。

オーリムの状況が安定して。

門の聖堂も完成して。

やるべき事はした。

そう判断してのことだそうだ。

最後に、アンペルさんの義手を微調整する。調合をしていると、どうしても超微細な動きが必要になる。

この古式秘具は、まだあたしの技術でギリギリ作れない。

古式秘具の中には、再現が可能だったり。調整とかカスタマイズが出来るものも増えてきているのだが。

これは調整は出来るが、製造は流石に不可能だ。

「どう、アンペルさん」

「ああ、悪くない。 この手はもう感覚もなくなってしまっているから、ずっと諦めていたんだがな」

「更に難しい調合にも挑戦できると思いますよ」

「そうだな……。 私も、才能の限界までやってみたつもりだったが。 今のこの義手なら、それ以上の事が出来るかもしれん」

アンペルさんに、どっさりお菓子を渡しておく。

クラウディアから、日もちがいいものを貰っておいたのだ。

アンペルさんは、声には出さなかったが、露骨に目の色が変わる。大きくリラさんが咳払いしていた。

「分かっていると思うが、一日で全部食べるなよ」

「分かっている。 これは、流石にもったいない」

「私が管理する」

「ちょ……それは……」

ひょいと取りあげてしまうリラさん。

それを見て本当に悲しそうにするアンペルさん。

人間は、子供の頃から根本的な精神はあまり変わらない。大人になっても性欲が追加されるくらいだけれども、それも影響は人次第だ。

アンペルさんも、エゴが薄い人間だったのだと思う。

だから、百年前。

ロテスヴァッサの周囲の錬金術師に迎合せず、陰謀に巻き込まれて腕を失ったのだろう。

だが、それは恥じるべき事ではない。

多分だけれども、この世界の錬金術は。

エゴ多い人間や、権力を指向する人間は、手を出してはいけないものなのだ。

それをあたしは、多数の失敗例を見て判断している。

今後、錬金術の才能を強く持つ人間が出て来たとしても。

その人間にエゴが多いようだったら。

残念だが、錬金術を即座に取りあげ。

場合によっては、首を刎ねなければならないとも。

「多少は連絡に返事をくださいよ、アンペルさん、リラさん」

「そうだな。 たまにバレンツに足を運ぶのは運ぶんだがな。 どうしても筆無精でいかんな」

「それどころか、暗号めいた手紙を書くからなアンペルは……」

「こればかりは習慣だ。 錬金術師としてのな……」

苦笑い。

リラさんは、なんだかんだでアンペルさんの事を良く理解していると思う。そしてこの二人は、ボオスとキロさんと同じく、希望だと思う。

古代クリント王国が不幸をまき散らした。

いや、エンシェントドラゴンの西さんの話によると、もっと古くから不幸がまき散らされていた可能性が極めて高い。いや、ほぼ確定だ。

そんな中、二つの世界の人間が仲良く出来るかも知れないと、周囲に示す希望。

それは、何よりも貴重だ。

ただ不安もある。

オーレン族の生態を聞く限り、やはり人間との生殖には大きなリスクが伴うと思う。

それについては、今のうちに研究をしておきたいと、あたしは考えていた。

そういえばグリムドルの方でも、夫婦がいたな。

グリムドルはかなり安定してきているので、ひょっとすると子供が、という話が出始めるかも知れない。

もしもそうなったら、研究用の資料がほしい所だ。

そうすれば、或いは。

両世界の間の子供が、いずれ見られるかも知れなかった。

二人を見送り、そして嘆息する。

これで合計四人が、あたしの側からいなくなった。

 

セリさんの様子を見に行く。

まだカサンドラさんの畑の近くで、例の植物の調整をしているようだった。

オーリムでの試験は済ませた。苗も種も渡してきたという。

だが、セリさんがいうには、まだ改良をしたいそうである。

出来ればオーリムでやりたいそうだが。

オーリムの土は既に持ち帰っているし、此処でも出来る。

何より、完全に改良をするには、安全が保証されている場所がいい、ということだった。

「ライザ」

「セリさん、しばらく此処にいる感じですか?」

「そうね。 次のタイミングでオーリムに戻ろうかなと思ったのだけれど、研究もあるから、あと一年は最低でも此処にいるわ」

「そうですか」

セリさんは、黙々淡々と、育った浄化用植物を手入れしている。

強力な固有魔術で成長を促進したり、強い株どうしを交配させたりしているようである。

周囲には、畑がどんどん増えてきている。

厩舎も。

この農業区は、アーベルハイムの手によって、一気に蘇りつつある。

まだ差別はある。

農業区は負け犬の行く場所、という心ない言葉は、まだ時々耳にする。

だけれども、カフェの食事が明らかに美味しくなってきている今。

その馬鹿馬鹿しい差別は、いつか解消しなければならないだろう。

「実はね、ライザ。 あたしは此処とは違う大陸から来たの」

「違う大陸ですか」

「そう。 違う大陸にある自然門。 オーレン族の強者達が守る、中心地」

「そんなところがあるんですね……」

感心しているあたしを見て、ふっとセリさんは笑った。

少しずつ、笑みが増えていると思う。

「もしも、各地に旅をすることがあったら呼んで頂戴。 更にこの植物の品種改良が出来るかもしれない」

「そうですね。 もしもまた、大きな危機があるときは、戦力として当てにさせて貰います」

植物の種と引き替えに。

フィルフサ案件の時は手を貸して貰う。

二人の間では、この会話で、それだけの内容が通じる。

そういう仲になった。

フィーを呼ぶセリさん。

フィーが側によると、何か、古い言葉みたいなのをかけていた。フィーは小首を傾げていたが。

既にすっかりフィーは元気だ。

「古い古いおまじないよ。 貴方たちが、いつまでも一緒に、平和でいられますようにって」

「……ありがとうございます、セリさん」

「私の感覚で言うとすぐ、また旅に出るかも知れないわね。 良き錬金術師のままでいなさいライザ。 もしも堕落しているようだったら、差し違えてでも首を貰うわ」

「分かっています」

そうだ。

あたしだって、堕落するかも知れない。

常に気を付けていなければならないだろう。

そしてその時は、セリさんにはあたしの首を取る権利がある。それだけの不幸が、あったのだから。

アトリエに戻る。

最後は、あたしだ。

準備を終える。

旅の支度は、既に整っていた。故郷に戻るだけの、些細な旅の支度は。

フィーが、頭をすり寄せてくる。

すっかり元気だ。

それに、確認も済ませてある。

北の里で貰ってきた、エンシェントドラゴンの西さんの体の一部。荼毘に臥す前に、研究素材を少しだけ貰ったのだ。

それでトラベルボトルによる世界構築をした時。

明らかに、フィーが別の反応をしたのだ。

凄く嬉しそうに飛び回って。

明らかに元気になったのが分かった。

フィーはもう、あたしの言葉を完全に理解出来ている。後は、意思疎通のための道具でも作れば。

会話も出来るかもしれなかった。

「さ、帰ろうフィー」

「フィー!」

クーケン島に、フィーの卵はずっとあった。

フィーがどういう生物なのかは、良く分からない。エンシェントドラゴンの西さんが、何かの精だとは言っていたが。つまりエンシェントドラゴンと関係がある事しか分からない。

ただ関係は浅くないはずだ。

「伝承の古き王」との対決の時、フィーが叫んだことで、明らかにあの冷酷非情なフィルフサの王が。

正確には、その中のドラゴンの要素が。

動きを止めた。

それは、明らかに影響があった、という事を意味している。

あれほどの強大なドラゴンに影響を与えるというのは、それだけ重要な生物だった事を意味する。

本当に、どうしてクーケン島にその卵があったのか。

数代前のブルネン家当主のバルバトスが、塔から持ち帰ったのだとすると。

古代クリント王国の連中が、宝として運び込んだ可能性が高い。

その理由も、出来れば調査はしておきたかった。

このアトリエは、ずっと使って良いと言う事だ。

だから、いつでも再度使えるように、最低限のものは残しておく。

後は釜から何まで、全て持ち帰る。

それなりに大所帯になるが、それは来た時も同じだった。

一度だけ、振り返る。

此処でも、一夏の冒険があった。

そう思うと。

王都には最後まであまりいい印象を持てなかったけれども。それでも、この場所や、たまたま巡り会えたまともな人達にだけは。

色々と、郷愁を感じるのだった。

 

3、別れを済ませて

 

王都の東口。

残りの皆が待っていた。

クラウディア、タオ、ボオス、パティ。

ここで、お別れだ。

クラウディアとは、これからもずっとバレンツ経由で連絡を取ることになる。だけれども、クラウディア本人がとても忙しい。

ただ、今回の件で、色々と二人とも思うところがあった。

フィルフサ案件。

もしくはそれに匹敵する危険案件が発生した場合の、緊急コール。それを設定することにした。

早馬……実際には使うのは馬では無く鳥だが。ともかく、早馬で即時で連絡を取れるようにした。

これは、他のみなとも同じだ。

今回の戦いで知り合ったパティ。セリさん、クリフォードさん。

みんな、もう一線級の戦士であり、信頼出来る戦友である。

だから、フィルフサ案件や、それ以上に危険と思われる案件……例えば神代の何かろくでもない代物が姿を見せるような、の場合。

即座に皆を呼べるようにする。

そのための仕組みは、既にバレンツで作ってくれた。

クラウディアは、お菓子をやっぱりたくさん焼いてくれた。

「すぐに手紙を書くわ。 また、こんな素敵な冒険を一緒にしたいね」

「そうだね。 いつまでも親友だよ」

「うん……!」

ぎゅうと抱きついてくるクラウディア。

まあこればっかりは、クラウディアの特権だろう。

そのまま、他の皆とも挨拶する。

この旅を経て、もっとも成長したのは間違いなくパティだ。

既にアーベルハイムの留守居を任されている。

数日前に聞かされたが、騎士に正式に叙任したそうである。それで王族の顔を直接見てきたそうだが。

皆覇気もなく。

気力も何も無い、どうしようもない存在だったそうだ。

形だけ騎士としての叙勲を受けて。

それで、王族には興味を失ったそうである。

そんなパティが、フィーを抱きしめて、別れを惜しんでいる。

「フィー!」

「いつまでも友達ですよ。 助けてくれた事、忘れません!」

「フィー! フィーフィー!」

あの霊墓での話だな。

転落したパティを、フィーが助けた。あの時は、パティはまだまだ未熟だった。今はもう、すっかり歴戦の戦士だが。

良質な戦闘は、戦士を成長させる。

今のパティなら、条件が整えば単独でフィルフサの将軍を倒せるかも知れない。それくらい、凄い戦士だ。

フィーから離れると、パティは目尻を拭う。

「ライザさんも、連絡をください。 ただ、ちょっとしばらくは忙しいかも知れないので、すぐにいけるかはわかりませんが……」

「うん、大丈夫。 それも分かった上で、頼りにしているね」

「ライザさんほどの豪傑に頼りにされると、ちょっと気恥ずかしいですね」

「今のパティは、それだけの実力を持つ戦士だよ。 だから、自信を持って」

握手を交わす。

次に会うときは、パティはまた少し背が伸びているだろうな。

そう、あたしは思った。

来年くらいに、タオが学術院だかに論文を書いて、其処で認められれば教授扱いになって。

庶民としては十数年に一度の、名誉職に就くらしい。

そうなったら箔がついたと判断してパティと正式に婚約するそうだから。

まあ、来年くらいまでは、ある程度気軽に呼び出せるだろう。

耳打ちする。

「タオは多分何やっても変わらないと思うけど、それでも頼むよ。 私の家族なんだから」

「わ、分かっています……」

「よろしくね」

真っ赤になるパティ。

こういう所は、一人前の戦士以上の実力を持っても、まだ初なものだ。

まあそれはそれで、個人的には好ましいが。

タオとボオスとも、話をする。

タオは背が伸びて、王都で再会したときは、思わず驚かされた。

本当に血統なんて当てにならないものだ。

タオの両親は、どっちも別に背なんか高くないのだから。

下手すると、生涯異性に縁が無さそうとすら思っていたのに。

こんな良縁を掴むなんて、それもまた運命というものだろう。

いずれにしても、ロテスヴァッサの改革が上手く行けば、今後は最大級のコネを構築する事になる。

それを悪用しないように、戒めないといけないだろう。

「タオ、論文はどうなりそう?」

「やっぱり遺跡についてのものと、建築学両方で行くよ」

「普通、一本でも通るのが奇蹟らしいんだがな」

「はは、まあ両方通ったらちょっと困るかもね」

頭を掻くタオ。

すっかり遺跡に対する知識を手に入れただけじゃない。

現実に生きている遺跡を、皆で冒険して。直に調査した事によって。図書館で本だけ漁っている学者とは、一線を画する力を既に手に入れている。

どうしても、古いものは一次資料に当たらないとダメだ。

それはあたしも、何度か聞かされた。

タオはそれを実践したことになる。

そして今のタオは、生半可な学者以上の知識と、現地で実地調査してきた経験を兼ね備えている。

それに加えて、古代遺跡の建築にも知識を持ったのだ。

鬼に金棒なんて言葉があるが。

今のタオは、数百年来の逸材と言える存在かも知れない。むしろアーベルハイムの方が、良縁を喜んでいる可能性も高い。

血縁がどうのこうのと寝言を抜かしている連中に、冷や水をぶっかける良い例だと言えるだろう。

「ボオスはどうするの?」

「予定通り学園を卒業して、それまでにクーケン島に必要なコネを構築して戻るつもりだ」

「学問よりそっちが本命なんだね」

「一応学問も本命だ。 俺も今後は本格的に父さんから経営を引き継ぐからな。 父さんはよく頑張ったと思う。 クーケン島が人工島で、滅ぶ寸前だったなんて事実を知っても、それでも責務を放棄して逃げなかったし。 しっかり島の為になる商会を誘致して、島の為に動いてくれていたからな」

その通りだ。

モリッツさんははっきり言って今でも思うところはあるし。あたしを苦手視しているのも知っているが。

それでも、あたしはモリッツさんは今の時点で、島の古老達よりはマシだと思っている。

ボオスが今後島のリーダーシップを取れるようになれば。

以前の馬鹿なお山の大将ではなく。

ちゃんとした島の指導者として、活躍出来るだろう。

そうなれば、あたしとしてもボオスとしっかり連携して動いていくことが出来る。今後、フィルフサ案件でどれだけの危険があるか分からないのだ。

それくらいの後ろ盾は必要だ。

そういう計算も、今のあたしには出来るようになっていた。

「それじゃ……そろそろ行くね」

「僕も一応来年には一度戻るよ。 その時は、色々とまた遺跡の情報を持ち帰るね!」

「その話を俺は多分ずっと聞かされるんだな……フィー、頭に乗るな」

フィーがボオスの頭に最後に乗ったので、最後に呆れてボオスが嘆く。

だが、それもまた、敢えて計算してやってくれたのかも知れない。

ともかく、多少空気が和んだのも事実だ。

後は、手を振って、別れる。

フィーの生存のために必要な研究も、完成している。

以降は、たまにトラベルボトルを調整して、フィーをつれて行けばいい。

それだけで、問題なくフィーは生きていける。

だから、もう王都に用事はない。後は帰るだけだ。

帰路の途中で、ある人が来た。

軽く挨拶して、それで小首を傾げる。

「カーティアさん。 討伐隊と一緒に行ったんじゃあないんですか?」

「今レントとクリフォードが一緒にいるだろう。 私はこの辺りの警備だ。 それに、アーベルハイム卿からのご指示でな。 英雄たる豪傑ライザを、安全圏までお送りしろという事だ」

「ありがとうございます。 まあ、大丈夫だと思いますけれど」

「念の為だよ。 私も街道の辺りにいるような魔物に、君が遅れを取るとは思っていない」

そう言われるのも、また悲しい話ではあるのだが。

一緒に無言で歩いて、どんどん距離を稼ぐ。

あたしは健脚だと良く言われるが。

カーティアさんも、フル武装なのにまるで苦にしている様子がなかった。

「錬金術師ライザ。 意見を聞かせてほしい」

「はい、なんでしょう」

「たとえ話だ。 古い昔、ある子供が血縁上の親から残虐な虐待を受けて殺された。 それを不憫に思った神が、その子供の残骸を集めて命を再構築した。 だけれども、その子供は、体が不完全だった。 神の力が不完全だったからだ。 神は子供の体を何度も再調整した。 だけれども、ついに人間に戻してやることが出来なかった」

「……」

なんだろう。

この話、たとえ話ではないように思う。

だからあたしは、荷車を引きながら、話を聞く。

「神はその子供の情報を集めて、新しく人間を作り出した。 子供をどうにか人間に戻してやりたくて、情報を集めたかったからだ。 その人間は、他の人間とも交わる事が出来たが。 生まれる子供は、みんな同じ姿、能力をしていた。 子供は人間に戻せず、作り出された人間達は多様性を獲得できなかった。 不幸な存在を、神は増やしてしまった。 だがそれでも神は、その子供のためにも、新しく作り出した人間のためにも、努力を続けている。 錬金術師ライザ。 この場合、君はどうするべきだと思う」

「……まずはその子供や人間の状態を確認して、それで錬金術でどうにか出来ないか考えます」

「理由は」

「そんなの、あまりにも不幸です。 親が子供を必ずしも愛するわけでは無い事は良く知っています。 ですが、だからといって子供があまりにも可哀想です。 それに、その子供を救うために苦労している人達も。 もしもその不幸の連鎖から錬金術で救えるのだとしたら、あたしはそれに賭けてみたい」

カーティアさんは無言になる。

そして、大きく嘆息していた。

それは、落胆のものではないように思えた。

「いや、なんでもない。 ただのたとえ話だ」

「……」

「この先にある港町までは私が同行する。 前衛がいた方が良いだろう。 君ほどの使い手でも」

「ありがとうございます」

以降、会話はなかった。

カーティアさんは、研ぎ澄まされた剣そのものの気配を身に纏っていた。純粋戦士というよりも、戦士としての完成形に思える。

だからこそ、そんなよく分からないたとえ話をしたのは不思議だった。

それに、どこかで聞いた話のように思えてならなかった。

幾つかのちいさな街を抜けて、数日かけて港町にまで出る。

途中、街道に近付いている魔物を、二人で片付け。得られた皮や肉は、近場の街で食べる分以外は全て売り払った。

途中でクラウディアのお菓子を食べながら、皆の事を思う。

見張りはカーティアさんがしてくれると言う話だったが。流石に全部甘えるのも何なので。それに勘を鈍らせたくないので。交代で見張りをして。そして数日を過ごす。

皆は、これからそれぞれの人生を送る。

だけれども、またいつか招集を掛けて。

それで、フィルフサや。

或いは神代の何か怪物と戦うかも知れない。

もしもフィルフサが神代に改造された生物兵器という仮説が正しかったら。神代が作り出すような兵器は、フィルフサの比では無い可能性が高い。

その時の為に、あたしは更に腕を上げておかないとダメだろう。

奴らの手の内も知っておきたい。

だから、どんな情報でも欲しい。

タオにはこっそり頼んである。

もしも神代の事について。

特に神代の錬金術師。しかも、恐らくは古代クリント王国の模倣対象となった連中について。

何か分かる事があったら。

すぐに連絡を入れて欲しい、と。

カーティアさんを一瞥。

この人の一族は、本当によく分からない。さっきのたとえ話を、わざわざ振ってきたのも気になる。

もしも、さっきの話が、ある程度事実に基づくものだったとしたら。

例のメイドの一族は。

人間に対して。凄まじい憎悪を持ち続けているのではあるまいか。

まさかな。

だが、どうにも事実と全く無関係の話だとも思えないのだ。

嫌な予感は、消えなかった。

港町が見えてきた。

此処で大丈夫だという話をすると、カーティアさんは手をさしのべて来た。

握手だ。

当然断る理由なんてない。

握手を交わしておく。

「王都の民を守る者として、貴方の数々の武勇と戦功、勇敢な振る舞いには感謝する。 どれだけの民が貴方に救われたか分からない。 いつでも、困ったときには頼って来てくれ」

「はい。 ありがとうございます」

「いつまででも、良き錬金術師でいてくれ」

「……はい」

残像を作って、帰路を飛ぶようにして帰っていくカーティアさん。もう見えなくなった。手をかざして、その背中を追うが。

もうその必要もないだろう。

後は船を手配して、クーケン島に帰るだけだ。

ただ、それだけ。

船を手配して、乗り込むまで二日。船に揺られて。それで。

後は、クーケン島まで。

ずっと、王都であった。いい人達の事を思うだけで、時間は過ぎていった。

 

クーケン島についた。

懐かしい光景だ。

背伸びして、ゆっくり体を伸ばした後は。

まずはアトリエに戻り。

釜をはじめとしたものを、全て降ろしておく。

先に実家に戻れと、船から降りたとき、めざとく見つけて来たアガーテ姉さんに言われたのだが。

あたしが荷物の山を見せると、流石に仕方が無いかとアガーテ姉さんも、呆れながら手伝ってくれた。

その途中で、情報の共有をしておく。

「王都はどうだった」

「王族や貴族はほぼろくでもなかったですね。 ただ、良い人もたくさんいました。 それと、一人だけまともな貴族の家にあって、そことは良い関係も構築してきました」

「そうか。 それは運が良かったな」

「はい……」

アガーテ姉さんは。騎士になるために王都に出向いて。

試験を楽々突破した。

騎士の叙勲は受けたが、馬鹿馬鹿しい権力闘争を見て嫌気が差し、すぐにクーケン島に戻ってきた。

騎士になった。

それだけで意味があった。

実際クーケン島では、今でも不動の最強として降臨し、島の守り神になっているし。

実際クーケン島を荒らしに来た賊や与太者の類を、悉く返り討ちにしてきたのもアガーテ姉さんだ。

当面、その座は揺るがないだろう。

強いていうならば、レント達が戻ってくれば、話は変わるかも知れないが。

それもまた、先の話である。

「そういえば、タオは良い人を見つけました。 多分来年くらいには婚約して、そのままその次の年くらいには結婚だそうです」

「それは良かったな」

「秘密ですよ」

「ああ、分かっている」

アガーテ姉さんは、その手のには食いついてこない。

基本的に島の防衛組織である護り手の皆には信頼されているが。

たまに悪口を聞く場合、決まっている。

鉄の女、なんて言われている。

まあ、生真面目で責任感がとても強いからだろう。それで本当に誰もかなわない程強いのだから。島の護り手の長としては、最適任とも言える。

荷物を降ろし終えると、実家に一度は顔を出すようにとくどくど言われた。手伝って貰ったのだから、何も言い返せない。

一応、保ちが良い焼き菓子。クラウディアに貰ったものを、アガーテ姉さんにもお裾分けする。

全部食べてしまうかとも思ったのだが。

それももったいないなと思ったのである。

一応実家の分。

後はエドワード先生の所の分。

それにアガーテ姉さんの分と。後は、ブルネン家の分も残してある。それくらい、クラウディアはわんさか焼いてくれたのだ。

「クラウディアか。 綺麗になっていただろう」

「容姿もそうですが、心が腐っていなかったのは嬉しかったですね」

「そうか。 それは良かったな……」

「ええ。 本当に」

朱に染まれば赤くなるというやつで。

ほんの僅かな期間でも、腐りきった人間関係に晒されると、人間は壊れてしまうことが多い。

クラウディアはそういうのに嫌になる程晒されたはずだが。

それでも、むしろ強くなっていた。

だから、あたしは安心した。

それに、あたしの前では前みたいに子供みたいな姿も見せてくれた。それだけで、充分である。

ともかく、家に戻る。

母さんも父さんも、あまりいい顔はしなかったが。

それでも、お帰りと言ってくれた。

あたしは、ただいまと返す。

一夏の冒険が終わる。

三年ぶりの、二度目の大きな冒険が。

これから、あたしはやるべき事をまた、一つずつやっていかなければならない。

その前に、だ。

「フィー!」

「おや、なんだいライザ、それは」

「ちょっと貴方……」

「フィーだよ。 ちょっとあってね。 あたしがこれから面倒を見るよ。 人の言葉くらいは理解出来る程には賢いよ」

そうかそうかと、父さんはマイペースに喜んで。

母さんは、明らかに警戒していた。

もう。この二人が変わる事はないだろう。

だから、今更どうこうと言うつもりは無い。

後は、ブルネン家にも足を運ぶ。

卵の顛末については、手紙で送ってはあったのだが。一応、しっかり見せておかなければならないだろう。

モリッツさんは、家の宝だったという宝石が、フィーの卵だったと聞いて、流石にその日は食事が喉を通らなかったそうだが。

フィーを見ると、意外に悪く無さそうな顔をした。

案外モリッツさん。フィーみたいに可愛い生き物が、好きなのかも知れない。ずいぶんとデレデレしている。

「フィーというのか。 そうかそうか。 その、ずいぶんともふもふとしているな」

「タオの話によると、ドラゴンに体の構造は近いそうですよ」

「ど、ドラゴン。 大丈夫なのかね」

「戦闘能力は皆無に等しいです。 それにもし、ドラゴンに成長して人々に危害を加えるようなら、あたしが処分しますので」

ひくりと、笑顔を引きつらせるモリッツさん。

あたしの切れ味が数段増したことに気付いたのだろうか。

勿論、フィーもそれは承知の上だ。

最悪の場合は、あたしがフィーを始末する。

その考えには、代わりはない。

親離れの時期が来たときが、一番危なそうだなと、今は思案している。どんな生物だって、幼い頃は可愛いのだ。害虫だって、幼虫の時はとても可愛かったりする。だが、大人になれば。

だが、いずれにしても。

まだ当面先だろうという予感もあったが。

後は、知り合いの所を回って、挨拶を終えている内に夕方になって。

夜になって、一応家に戻っておく。

家に戻って、夕食を食べながら、軽く話をしておく。

今後もあたしは、基本的にアトリエに中心に篭もって活動をすること。

場合によっては、三年前に交戦した強力な魔物(フィルフサの事である)との交戦が考えられる事。

その場合は、皆を集めて、遠征する可能性があること。

それらを告げると、母さんは渋面を作るし。

父さんは、気を付けるんだよと。

寂しそうに笑うのだった。

もう、あたしが農家の普通の娘ではなく。

クーケン島の顔役で。

それどころか、バレンツと渡りをつけている巨大なパイプを有していて。

多くの富を島の外から持ち込む要因になっている事を、二人は知っている。それを、良くは思っていない。

政治に巻き込まれるからだ。

あたしが古老達とバチバチに対立していることは、二人も知っている。古老達が時々くだらない悪口を流している事も。

だが同時に、島の問題を解決したことも。特に水が出なくなっていたことや、島が徐々に傾いて下手をすると沈む可能性があったことを解決したことも知っているから、手出しを出来ない。

それどころかバレンツとの提携によって、島が潤っていることもまた事実で。

だからあたしには手を出せないことも分かっている。

だが、感情にまかせて誰かが馬鹿な事をするかも知れないと言うのも、二人は心配しているのだろう。

ずっとそういう例を見て来たのだろうから。

大丈夫。

今のあたしは、王都を単騎で壊滅させる武力を有している。クーケン島の古老達なんて、その気になったら一刻も掛からず全部処分出来る。

怖れるなら勝手にすればいい。

ただし、あたしに手を出したらどうなるか。

古老達には、何度か思い知らせてもいる。

だから、油断さえしなければ平気だ。

以降もあたしはクーケン島の味方である。

今日だけは、あたしもクーケン島に逗留……というか、実家に止まっていく。自室は、もう自室とは思えない程、自分から遠ざかってしまっていた。

此処で、散々悪巧みをしていたなあ。

そう思うと、何だかちょっと寂しいなとさえ思う。

明日から、またアトリエに移って。

それから、バレンツに納品して換金するものを作らないと。アーベルハイムに対して納品するものも作るから、更に増えたけれど。今の手際だったら、それほど苦労する事もないだろう。

それと、明日は一度グリムドルに足を運んで、別の地域で王種を仕留めた事をキロさんに話しておく必要がある。

それと、ボオスがかなり強くなっていたことも、教えておきたい。

色々考えていると、旅の疲れもあって、すぐに眠くなってきた。

まだあたしは人間なんだな。

そう思って。

人間を止める研究を本格化させることもまた。

あたしは、忘れないようにしようと思った。

人間は万物の霊長なんかじゃない。

人間であること自体が素晴らしい、なんてのは大嘘だ。

神代の錬金術師は分からないが。

少なくとも、古代クリント王国の錬金術師は、エゴをむき出しにした救いようがない連中で。

それは巨大すぎる力に、人間らしいエゴが合わさった結果だった。

「人間らしい存在」が、壊滅的な大破壊をもたらしたのだ。

それはつまり、圧倒的な力を振るうには、人間という器では不適切である事を意味しているだろう。

いつの間にか、眠っていた。

夢は見なかった。

ただ、ひとときの休息を。

あたしは、ベッドの中で貪っていた。

 

エピローグ、鍵が動き出す

 

パミラがその場所を訪れると、いつもとは違って慌てた様子でアインが来る。

ああ、何かあったな。

そう判断したパミラは、急いでアインとともに、端末の側に行く。

「アイン、貴方は休んでいてください」

「お母さん、でも」

「これから難しい話をします。 貴方が体調を崩してしまうと、色々と話が大変になるでしょう」

「……はい」

寂しそうに、アインが培養槽に戻る。

だいぶ健康になって来てはいるが、まだ足りないのだ。

惨殺された死体をどうにか集めて。そこに魂を戻し。新たな命を作り出した。

ホムンクルスですら、最初から全てを作りあげているわけではないのだが。それにしてもあの子は。

確かに、超ド級の難易度の再生技術の産物。

あの子が作り出された経緯については、パミラだって思わず無言になる程の凄惨さである。

多くの世界で人間の罪業を見て来たパミラだが。

その場にいたら、容赦なく手を下していただろうと思う。

幽霊くらいの方が、世界に干渉しなくていい。

見守るなら、それくらいでいい。

そう考えていたこともあったっけ。

この世界での錬金術師達の凶行の数々は、パミラでも黙って見ていられる限度を超えてしまっていた。

そしてこの世界には。

無駄に技術を発展させる者はいたけれども。

偉人は出なかったし。

何よりも、人間であることが素晴らしいと考えるばかりで。それ以上の高みを目指そうとする者はいなかった。

神を気取るのではなく。

人間という生物の欠点を把握して、その先に行こうと考える事を誰もしなかった。

人間の欠点すら、長所だと歪んだ思想で考え込んだ。

その結果、幼稚で残忍な愚か者達が。

世界を好き勝手に出来る程の力を手に入れてしまったのだ。

此処も、その結末。

そして、友人に呼ばれたと言う事は。

起きるべき事が。起きたと言う事だろう。

「パミラ、来てくれて助かりました。 ついにメインシステムが稼働し始めました。 百三年ぶりの稼働です」

「確かしばらくは調査をして、その先に行動を開始するのだったわねー」

「はい。 前回は行動開始前に一年三ヶ月ほど掛けています。 しかし……今回のターゲットであるライザリンの才覚を考えると、一年弱ほどで「鍵」を動かし始めるでしょう」

「……」

友は、メインシステムを掌握し切れていない。

何百年も掛けて少しずつコントロールを奪ってきているが、まだ全てを奪うには程遠いのである。

このため、この土地にはまだまだ多数の危険な兵器が手つかずのまま存在している。

「前回の者は、此処に辿り着く事すら出来なかった。 だけれども……」

「ライザリンは確定でここに来るでしょう。 問題はその先でしょうね」

「ふむ、貴方はどうしたい?」

「見極めについては、充分に行いました」

友は言う。

人間が作り出したものでありながら。

人間よりずっと良心的で。

ずっと優しい心を持った存在は。

おかしなものである。

友が作られた時代、人間は友の同類に世界を乗っ取られ。邪悪な管理体制におかれて支配されることを何よりも怖れていたそうだ。

だが、この友は。

実際には誰よりも人間を慈しみ。

妥協点を見つけようと常に考え続けている。

そうでなければ、ロテスヴァッサ王国などというものは、五百年も存続しなかっただろう。

同胞達を回してあの貧弱な王都を守ったのは。友の指示によるものだ。

アインを救うための試験も兼ねていたが。

それはあくまでついでである。

友は多くの人間とは違い、信じがたい程慈悲深いのだ。本来だったら、人間なんか軽蔑して見捨てていてもおかしくないのに。

「ライザリンは、今まで此処に呼ばれた、もしくはメインシステムが目をつけたが此処には来られなかった錬金術師。 更には此処を作った錬金術師とも、それを模倣した古代クリント王国の錬金術師とも違う、完全なイレギュラーです」

「続けてくれるかしら」

「はい。 そこで此処にまで来られたとき。 私はライザリンに全ての真実を話し、協力を要請しようと思います」

「……そう」

友を作った人間達が怖れていたような。

人間を支配し管理する恐ろしい存在だったのなら、絶対に口にしないようなことだ。

そもそもこの友には、嘘をつくという概念が存在していない。

同胞の中核たる者達がぞろぞろと来る。

いずれも劣らぬ力を持ち。

そして、皆同じ顔をしている。

たまに男性も混じっているが。残念ながら男性の方には生殖能力が存在していない。

同胞とは、そういう悲しき存在なのだ。

だからこそ、必死にそれを打開するためのデータを集めている。

だが、友の支配下に置かれている処理演算領域では、まだとてもそれが計算できる状況にはない。

それもまた、事実なのだ。

「同胞、推参いたしました」

「皆、良く来てくれましたね。 ライザリンについての対策についてですが……」

「討ち取りますか」

「いえ、プランC……共同して、オーリムで神代が起こした災厄の収束、古代クリント王国の起こした災厄の収束、神代が始めた竜脈への過剰干渉の停止、神代が開始した知恵の採集計画の停止。 そして……アインの救助の支援要請を行いたいと考えます」

同胞の戦士達の中に、不満げな表情が浮かぶが。

基本的に彼女らは一枚岩だ。

咳払いすると、現在同胞の中でトップを務めている者。

顔にもの凄い向かい傷を受けている(しかし顔自体は他と同じ)戦士。ガイアが進み出ていた。

最年長の同胞であり、アインを救うために最初に作り出された者である。

子孫もこの中に複数いるが、多少老けた程度で、年齢は固定されている。今でも生殖が可能だ。

しかしながら、同胞は同一遺伝子の子供しか産めないのだ。たまに男性が産まれる事があるが、それには生殖能力がなく。つまり生物として極めて不完全なのである。

非常に強力な戦闘力を持つが、しかしながら特定の災害などでまとめて全滅してしまう可能性がある。

多様性の担保というのは、危機管理に絶対に必要だ。だからどの生物も、遺伝子で多様性を作り出してきている。それに失敗した生物は、環境の変化で一網打尽になってしまう。そういうものなのである。

「母よ。 貴方がそういうのであれば、我々同胞は従います。 しかしながらライザリンは本当に貴方が思うように、今までとは違う特異点なのでしょうか。 我等は各地で懲りずに災厄を引き起こそうとする錬金術師を今まで数多狩ってきました。 それらの中に、エゴを殺し世界のために動こうと考える者など、ただの一個体も存在しなかったではないですか」

「ライザリンについては、直接接した私が判断しますが……確かに母の言う事に一利あるかと思います」

「カーティア……!」

「直接接した上での言葉か……そうか」

ガイアが頭を下げると、引き下がる。

かくして、同胞達は一丸となった。

「このミッションは、成功すれば全ての問題が解決します。 私はこれより、メインシステムへのハッキングに現在掌握中の全リソースを展開します。 貴方たちは、各地での魔物の攻勢を抑えてください」

「はっ!」

「同胞のために!」

「我等が希望、アイン様の為に!」

すっと同胞達がさがる。

パミラも、肩をすくめると、友に一礼だけして戻る事にする。

此処から、ライザが堕落するとは考えにくい。

それでも、一応念の為だ。

要所で見張る必要があるだろう。

この世界にばらまかれた、邪悪の種を根こそぎ刈り取るときが来た。

それを、失敗するわけにはいかないのだから。

 

(暗黒錬金術師伝説10。 暗黒!ライザのアトリエ2、完)