伝承の古き王
序、決戦準備
オーリムでの滞在も大詰めに入った。
フィルフサの軍勢は壊滅させた。水害もそろそろ土砂降りが止む。後残っているのは、王種だけ。
三年前に交戦したのとは、個の強さが桁外れの群れだったけれども。
数があまりにも少なすぎた、と言う事もある。
やはり水害に巻き込めば、戦闘での難易度は。
いや、三年前より手強かったとあたしも思う。
ただそれでも、勝てない相手ではなかった。
しかしながら、今後オーリムで戦っていく場合。水害というのは最適解なのだろうかと、あたしも思う。
土地に対する甚大なダメージを与えてしまうからだ。
この土地は、元々それなりに雨が降る。
だからフィルフサに土を明け渡さず。土壌をフィルフサが育つ母胎へと変えなかった。いや変えさせなかったのだが。
そもそもフィルフサに完全に好き勝手にされた土地は、殆ど雨すら降らなくなるようなのである。
汚染された土は押し流すしかない。
三年前の戦場。オーリムの聖地の一つグリムドルで、そういう話は聞いた。
実際に、そうするしかなかった。
だが今後力がついてきたのなら。
それを覆す事が可能な筈だ。
それに、皆の戦力をもっと高めれば。
此処まで限定的な条件にして。
自然に大きなダメージを与えなくても。フィルフサと、戦う事が可能になるかも知れない。
いや、そうする。
今後もあたし達は、オーリムでフィルフサを滅ぼし。
そしてあたし達の世界で、人間を改革しなければならない。
今後仮に人間が魔物に対して攻勢に出たって、五百年なんの進歩もしなかったロテスヴァッサ王国を見ても分かるように。
どうせまた古代クリント王国のような反吐のようなゴミカスが出て来て。
世界を滅茶苦茶にするのは目に見えている。
あたし達の世界だけならともかく。
他の世界にも迷惑を掛けるのは確定だ。
人間は今のままではいけないのだ。
今後の事を考えると。
もっと戦略的に動いていかなければならない。それをあたしは、骨身に染みて実感していた。
「クラウディア、見つかりそう?」
「今、墜落地点から順番に調べているよ。 体を引きずって逃げた痕跡がある。 まだ見つからない……何度か濁流を、無理矢理渡っているみたい」
「好都合だ。 王種でも水に弱いのは変わらない。 弱体化が進んでいるはずだ」
最悪、雨が止んでも、それなら倒せる可能性が高くなっている。
リラさんが言うが。
あたしは懐疑的だ。
昨日倒した三体の将軍は、いずれ劣らぬ猛者揃いだった。
王種がそれより弱いとはとても思えない。
ともかく、レントには最悪の場合壁になって欲しい、ということと。
クリフォードさんには。周囲に最大の警戒をしてほしいこと。
セリさんに、いつでも壁を展開出来るようにすること。これらを、念押しして話しておく。
人間は誰だってだれる。
そうなってくると、絶対に油断する。
その時が一番危ない。
だからあたしは、こうやって何度も口うるさく言う。
面倒くさがられてもいい。
全滅するよりはマシだからだ。
無言で移動を続行。
クラウディアは、足下にも注意して貰っているので、負担が大きい。王種との戦闘前に消耗しすぎないように、注意して貰わないと。
それに、である。
フィルフサほどではないにしても、オーリムにも在来の猛獣はいる。
人間が使っている定義だと、小細工無しで人間を殺せる動物を魔物と呼んでいるのだが。
その定義であれば、どれも魔物である。
セリさんやリラさんに話を聞いて、もしもいるならという形でピックアップして貰ったのだが。
ワニに似て、ワニより何倍も大きいような奴とか。
サメに似て。更に大きい奴とか。
かなり危険なものもいるらしい。
特に虫の類は大きくて危険な種類が多いらしくて。
それらをフィルフサが取り込んでいるとなれば、それは手強いなと言うのも納得出来る。
今の時点で、それらの気配は周囲にないようだが。
ともかく。戦闘を回避するに越したことはないだろう。
ただ、それらの生物は。フィルフサの大繁殖によって、既に姿を見なくなって久しいとも言う。
或いは、真っ先にフィルフサに殺されて。
それで養分にされてしまったのかもしれない。
それはそれで。悲しい話だ。
勿論危険な存在であるのは確かだが。それでも、生態系を維持するためには必要な存在だった訳で。
あらゆる意味で、フィルフサがオーリムを破壊している事が、よく分かってしまうからである。
「クラウディア、以前教えた足跡を使った罠には警戒しろ」
「はい」
リラさんが注意を促しておく。ただこれは、あくまで注意喚起だ。クラウディアも、既にそれは知っている。
動物の中には、途中までつけた足跡をそのまま辿って戻り、茂みなどで横に飛ぶ事で、追跡者を引っかける奴が存在している。
熊などが得意技にしているのだが。ある程度知能がある動物だったら、これはどんな奴でもやる。
猟犬などを使っている狩人も対応しづらい。というのも、犬は臭いの新旧をかぎ分ける事ができないので。
ただ足跡を辿って戻っただけでも、対応が遅れるからだ。
特に人間の味を覚えた魔物がこれをやると最悪で、慣れた戦士でも引っ掛かる事があるため、大きな被害を出すようになる。
フィルフサの王種ともなれば、相当な知能と判断力を有している。
前の「蝕みの女王」もそうだった。
しかも今度の奴は、水害を利用して、此方をはめようとさえしてきた。
相当な知恵がある筈で。
どんなトラップを仕掛けて来ても、おかしくはないのだった。
特に今回の場合、「いる」と思い込んでいる場所にいないケースがある。
水害すら防御に利用してきたような奴だ。
悪辣なだけで部下を使い捨てにしてきたようなやり口を使っていた「蝕みの女王」とは違う。
今度の王種は、何か妙なのだ。
「嫌な予感がするな……」
クリフォードさんが呟く。
次の瞬間、全員が戦闘態勢を取る。
クリフォードさんの勘はこの中で一番鋭い。既にリラさんも、それを認めていた。
「警戒を最大限に。 どこからいつ来てもおかしくないよ」
「そのようだな。 レント」
「おう。 最悪の場合、初撃は俺がどうにかする」
「任せるぞ」
リラさんがレントにそういう。
いわゆるタンクとして信頼してくれていると言う事だ。
リラさんほどの戦士に信頼されていたら、レントも本望だろう。ともかくあたしも、無言で周囲に警戒する。
まだ皆、疲れは完全に抜けきっていない。
荷車をボオスに引いてきて貰っている。残りの物資全てを此処で吐き出すつもりだ。回復薬などもあるから、油紙を被せて土砂降りから保護している状態だが。それも乱戦にでもなればどうなるか。
土砂降りの喧しい音が。
聞こえなくなるくらい、あたしも集中する。
時間がゆっくり流れるように思う。
その時。
不意に、全てが動いた。
「レント、二時方向!」
「おうっ!」
飛来した、それは。
恐らく、倒木だ。
レントが飛び出す。殆ど音に近い速度で飛来したそれを、裂帛の気合とともに叩き落とす。
粉々に砕ける倒木。
大雨で発生した水害で流されたものだろう。
すぐにクラウディアが、倒木が投擲されたと思われる地点を、逆算して割り出していた。
「あっちだよ!」
「レント、まだ守りはいけるか!?」
「大丈夫!」
リラさんに、レントが吠える。
そのまま、全員で走る。泥を蹴立てる。クラウディアが、距離を告げてくる。直後、もう一発。
倒木が飛んでくる。
レントが再び前に出ると、気迫のこもった一撃で弾き返す。
だが木片がバラバラに飛び散って、思わずガードしていた。
「……っ!」
「すまん、距離が近すぎて、次が防ぐのはもっと厳しい!」
「ライザ、何か守りの道具はない?」
「セリさんは温存して欲しいし、今はちょっとこっちも厳しい! とにかく走って!」
全員に叫ぶと。
あたしも走る。
泥を蹴立てる。そのまま、大雨の中。波濤がごうごうと音を立てているすぐ側を駆け抜けていく。
クラウディアは相手の位置を確認しながら、細かく指示を出している。どうやら、相手は此方の動きを察知しつつ。後退しながら、倒木を投げてきている様子だ。
倒木が都合良く転がっているとは思えない。
それはつまり。
倒木を先に集めておいて。
しかも此方が来る方向を事前に想定。
そして何らかの手段で此方が来るのを察知して。さがりながら、正確に投擲してきていると言う事である。
予想以上に頭が回る奴だ。
部下に戦略から戦術まで任せっきりだった「蝕みの女王」とは別物だ。
彼奴から感じたのは、底知れない悪意と、際限のないエゴだったが。
今度のは違う。
相手を確実に仕留め、勝とうという執念。
いや、執念はそれだけか。
どうしても門を突破して、此方の世界に来ようとしている謎の執念が、むしろ不可解だ。
エンシェントドラゴンの西さんが、罪を犯したと言う話をしていた。
そして今度の王種も、遠めにドラゴンに近い形をしていた。
何か関係があるとしか思えない。
三度目。
セリさんが、無言で植物の壁をレントの背後に展開。
レントが、飛んできた倒木を雄叫びとともに粉砕する。
だが、それでも破片が派手に飛び散って、セリさんが作った植物の壁を激しく乱打していた。
これは破片を喰らうだけでも、命が危ないとみて良いだろう。
「くっ! 次は耐えられないぞ!」
「それにしても魔術なりブレスなりではないんだな」
ボオスがぼそりと呟く。
そういえば、それも妙だ。
ともかく、急ぐ。クラウディアの話では、確実に距離は詰められている。音魔術の探索能力は優秀だ。
形状からして、この間少しだけ姿を見た王種で間違いないという。
「古代クリント王国以前の王種だ。 仮称だけでも名前をつけておくか」
「賛成だ。 あの形状、今まで見た王種とは違う。 「蝕みの女王」ともまた違っているし、固有の名前でいいだろう」
「名前は識別できるものでいい。 伝承の古き王でいいだろう」
「分かった。 伝承の古き王、だね」
アンペルさんの命名は直球だが。
今回は分かりやすければ、それでいい。
だから、そのままでかまわないとあたしも思う。
ともかく。急ぐ。
泥濘で足を挫いたりすると最悪だが。今此処にいる面子は、其処までドジを踏むほど間抜けではない。
クラウディアにしても、三年前の死線をくぐり抜けて、今ではすっかりベテランの戦士である。
此処にいる面子で倒せなかったら。
恐らく、この先にいる「伝承の古き王」は絶対に倒せないだろう。
それはうぬぼれでもなんでもない。
単なる客観的事実だ。
見えてきた。
地面に体を固定しているそれは、やはりドラゴンに似ている。土砂降りの中、翼は既に欠損して、飛べそうにもない。
その代わり触手を展開して、それで倒木を掴んで。
投擲してきていたようだった。
「フィー!」
「フィー。 最悪の場合は、あたしから離れて」
「フィー……。 フィー!」
最後まで一緒にいる、か。
分かった。それなら、それでかまわない。
即時展開。
「伝承の古き王」も、すぐに倒木を投げ捨てると、後ろ二本足で立つ。やはり甲殻が黒いフィルフサである点以外は、ドラゴンと形状が似ている。違うのは、生身と思える部分が無い事。
そして胸に変な機械が埋め込まれていることだろうか。
埋め込まれている機械は、あたしが見て来たどれとも違う。
なんというか、高度すぎる技術が使われていて、「系統が違う」としか言えないようなものだ。
雄叫びを上げる「伝承の古き王」。
びりびりと来る。
あたしは思わず、武者震いをしていた。笑ってしまう。とんでもないプレッシャーである。
前に交戦した「蝕みの女王」は、タチが悪い人間を思わせる悪意の塊だった。
此奴は執念の悪魔だ。
だが、それでもかまわない。
ともかく、叩き潰す。
「総攻撃開始! 相手は今まで見てきた、どの魔物よりも……どの魔物をあわせたよりも強いと思って!」
「こんな相手、本当に勝てるんですか……いや、勝てます!」
パティが、弱気になった自分を叱咤する。
ボオスが無言で二刀を構える。
タオが、視線を「伝承の古き王」に向けたまま、あたしに言う。
「やっぱり此奴様子がおかしいよ。 あの機械、最優先で狙うべきだと思う」
「そのようだな!」
最初に仕掛けたのはアンペルさんだ。
空間操作の魔術で、機械を直に狙いに行く。
だが、空間操作がそのまま弾かれる。
今まで、魔力の強弱関係無く、フィルフサの甲殻すら貫いていたアンペルさんの空間切断が。
流石に唖然とさせられる。
「なんだとっ!」
「魔力量が多すぎて、魔術による空間切断が届く前に霧散しているみたいね」
「おいおい……」
セリさんの冷静な分析に。
クリフォードさんが嘆く。
だが、嘆いている暇もない。
体内にあるコアに、とんでもない魔力をため込んでいると言う事が分かった。それを使って、生半可な魔術なんて通用しない防御を展開していると言う事だ。
前足を振り下ろしてくる「伝承の古き王」。
全員散開。
正面はレントに任せて、あたしは右に回る。
敵の巨体は、標準的なドラゴンとほぼ同じ。エンシェントドラゴンの中には山ほどに大きくなるものがいるらしいが、こいつはそこまででは無く。今二本足で立っている背丈はあたしの十倍。
全長は、あたしの歩幅二十五歩ぶんと言う所だろう。
だが、背中には複数の触手が蠢いている。
ドラゴンがしてくるような、大火力ブレスや、高度な魔術攻撃以外にも、手札を色々隠していると考えるのが自然だ。
タオが、ボオスとともに躍りかかる。
尻尾を振るって、豪快に二人を近づけんとする「伝承の古き王」。その尻尾も、よく見ると傷ついている。
落下時にダメージを受けたのだ。
そして、今わざわざ攻撃を遠ざけた。
つまり、撃墜した時にダメージは入ったとみて良い。
それに、である。
撃墜出来たと言う事は、恐らくだがあたしのフルパワー級の魔術だったら、通るという事である。
魔力の壁は無敵ではないし。
装甲も既に完全ではない。
ましてやずっと土砂降りを浴びているのだ。
倒せる。
あたしは、叫ぶ。
「接近戦主体に挑んで! アンペルさん、そのまま空間切断を続けて! 消耗が一定を超えたら、絶対に通る!」
「分かった! どうやら戦士としても、既にライザに超えられたか」
「弟子が師匠を超えるのは、むしろ誉れだろう?
「そうだったな!」
王種「伝承の古き王」が吠え猛り。全身から光の魔術を放ってくる。
全周を爆破して、距離を取らせて。そして今度は、レントに体勢を低くして突貫してくる。
それと同時に触手が伸び、辺りを滅多打ちにする。
まだまだ戦闘開始したばかりだが。
これはまだ、相手は本気など全く出していないと見て良かった。
まずは、相手の手札を出し尽くさせる。
此方も切り札を全て切るのは、その後だ。
1、最強のフィルフサ
一月前だったら、パティは見た瞬間硬直し。次の瞬間には、赤い霧にされてしまっていただろう。
それくらいの圧倒的な化け物。
皆、それに怖れずに挑んでいる。
巨体なのに動きがとんでもなく速い。
尻尾が飛んでくる。
斬撃を叩き込んで相殺と行きたいが、そうもいかない。なんとか斬撃で威力を殺して、反動も使って跳び避ける事を狙う。
だが、擦っただけで吹っ飛ばされて。
泥濘の中に叩き付けられていた。受け身はとれたが、それだけで全身が痺れるようだ。泥濘で、かなり衝撃は緩和されている筈なのに。
早い。
少し前に戦った、あの恐ろしい将軍よりも、速さという観点だけでも此奴の方が上だとみていい。
それだけじゃない。
ほんのちょっと擦っただけでこの威力。
まともに攻撃を貰ったら、多分一発で赤い霧になる。
この、ライザさんの手による神域の装備で身を固めていてもだ。
鎧が衰退した訳だ。
フィルフサによって古代クリント王国が滅びたという話は聞かされた。
フィルフサはどうにかオーリムに追い返すことに成功したらしいが、その後は各地で魔物に人間は追い立てられるようになった。
魔物の圧倒的なパワーに対して、基本的に人体急所を守るための鎧は相性が悪く。
以降、鎧というものは、どんどん衰退していったのだ。
何とか立ち上がる。
体力回復の魔術が、身に付けている装備で常時掛かっている。それなのに、回復なんてとんでもない。
呼吸を整えながら、大太刀を鞘に収める。
大暴れする王種「伝承の古き王」の顔には幾つもの目があって。
それはパティが苦手な、昆虫と同じように複眼になっているようだ。
ワイバーンの目とはまたかなり違っている。
それが不気味で、前だったら身が竦んでいたかも知れない。
だけれども、今は臆病風に吹かれているだけのつもりはない。
このまま、パティも役に立つ。
突貫。
即応した巨大な「伝承の古き王」が、此方に対して光の魔術を放ってくる。詠唱している様子もないのに、即時で魔術が発生して。着弾までもとんでもなく早い。しかも、パティをろくに見もせず、片手間に放って。片手間に当ててくると言う感じだ。
必死に走って、着弾点から回避。次々に泥濘が炸裂する。パティはぐっと奥歯を噛みしめながら、鞘に手を掛けたまま走る。
セリさんが展開した、植物の壁。
それを、鬱陶しそうに「伝承の古き王」が踏み砕く。
凄まじいパワーだが。
一瞬だけ、視界からパティが消えたはずだ。
仕掛ける。
むしろ「伝承の古き王」の足下に、最大限の速度で飛び込みつつ。抜刀。甲殻に、一撃を入れていた。
「一番槍はパティか!」
「ありがとうございますっ!」
レントさんが、そんな事をいう。
槍じゃなくて大太刀だけれども。
これについては、古くからの言葉らしい。だから、そのまま有り難く受け取っておく。
甲殻には弾かれて、ダメージをあまり入れられなかったが。
しかし、なんとなく分かった。
即座に足を振り下ろしてくる「伝承の古き王」。衝撃波だけで、ちいさなクレーターが出来る程だ。
一撃を当てて、即座に飛び退いたのだが。
それでも泥濘が衝撃波とともに飛んできて、思い切り吹っ飛ばされて。泥濘に受け身を取らなければならなかった。
泥だらけになりながら、立ち上がる。
「ライザさん!」
「ん!」
「今の手応え、重かったです! 装甲が分厚いんだと思います!」
「ふうん……ありがとパティ!」
再び走る。
暴れまくっている「伝承の古き王」だが。恐らくライザさんが、今のだけでも、対応策を考えてくれる筈だ。
そのまま、敵の注意を少しでも惹く。
此方の数は十人。
敵は、放置しておけば、此方の世界に侵攻してきて。世界をまとめて蹂躙しかねない怪物の中の怪物。
一人でも生き残り、此奴を倒しきれば勝ち。
勿論パティだって生き残りたいが。
それでも今は。
腐っていたとしても。
王都を。
正確には王都にいる三十万人の人間を。
何があっても守りきらなければならなかった。
雄叫びだけでも、物理的な圧力をともなってくる。
タオは何度か快足を生かして仕掛けているが、それでもそもそも、相手の基礎的な身体能力が違い過ぎる。
土砂降りでなければ、もう既に何人かやられていた筈だ。
それくらいの凄まじさである。
タオは無言で、なんども仕掛ける。
パティが一撃を入れてから、確実に攻撃が少しずつ通るようになってきた。此方はとにかく手数を生かす。
だけれども、皆分かっている。
相手はまだ本気なんて微塵も出していない。
まずは手札を暴くことから。
だから、ライザも爆弾を全く使っていないのである。
ここは、タオが。
あまり戦力で役に立てない者が、それを為さなければならない。
戦闘はそんなに得意じゃない。
頭に身体強化魔術を重めに回して、それでこれだけの動きを実現できているのだが。それでもなお、相手の方が速い。
これは生物の差を感じてしまう。
人間と同じくらいの大きさの猿は。人間でもっとも力が強い者よりも、普通の個体ですら力が強い。
生物の差という奴だ。
魔術による強化で上回る事も出来るが。
そういった猿は、殆どの場合身体強化の魔術を使いこなしている。
要するに、ただでさえ差がある力に。
更に力の差が出ると言う事だ。
これもまた、種族の差という奴である。
だから人間は、武器と集団戦を使いこなして、相手に立ち向かわなければならない。
今、タオがやるのも。
そういった人間の基本戦術である。
そうしなければ人間は他の生物には勝てないのだ。
情けない話だが。
だが、情けないなりに、タオは前に出る。両手にしている短剣を振るって、とにかく仕掛けて、様子を見る。
装甲が回復している様子はない。
パティが言った通り、一撃はとにかく重く感じて。装甲がとても分厚いのがよく分かる。
だけれども、装甲が全体的に分厚いのだとすれば。
魔力を使い切れば、多分まともに動く事すら出来なくなるはずだ。
一撃を入れる度に、こいつの桁外れの魔力は消耗する筈で。
それが好機になるとみた。
腕を振るって、タオを追い払いに掛かる「伝承の古き王」。
此奴はまだ様子見の段階だ。
というよりも、ライザの大火力攻撃を警戒しているのかもしれない。
だとすれば、むしろ今。
タオは仕掛けるべきか。
大きめに飛び退く。
尻尾を振り回して、周囲に全域攻撃を繰り出し。背中の触手を振り回し。更に光弾を放ってくる「伝承の古き王」。
どれも基本的な攻撃だが、大威力だからそれだけで脅威になる。
だが、そんなものだけでは無い筈だ。
タオは距離を取って、コアクリスタルから薬を取りだす。魔力を消耗するが、それは仕方が無い。
昨日だけじゃない。
要所で使って、効果は確認済み。
いきなり攻撃のペースが変われば。
これほどの怪物だって、ペースを乱すはずだ。
全身の力が炸裂するように上昇する。
ライザの薬はどんどん効能が上がっている。このままいけば、死者を蘇生することも可能なのではあるまいか。
体勢を低くする。
大きく息を吐く。
気付いたか。「伝承の古き王」が此方を見ると、光弾を乱射してくる。詠唱もなしに。立て続けに着弾する。
しかし着弾点にもうタオはいない。
タオは既にその時。
「伝承の古き王」の上に出ていた。
旋回。
両手にある剣を、思う存分振るう。
ちいさな竜巻となって、ただでさえ傷ついている「伝承の古き王」の体中を滅多切りにする。
巨体だが、見える。
頭に掛かる強化魔術も、かなり短時間だがブーストされているのだ。この薬、反動が大きいからあまり使いたくないのだが。
それでも、やってみる価値はある。
鬱陶しがった「伝承の古き王」が、尻尾を縦一文字に叩き付けて来るが、そこにももうタオはいない。
距離を取りながら、剣を十字に交差させる。
二刀流は幾つか流派がある。
両手にそれぞれ剣を持てばたぶん強い。
誰だって考える事だ。
だが、実際にやってみると、即座にそれが意味を成さない事を理解出来る。
というのも、魔物相手に戦うのが基本の今。
魔物の分厚い装甲に、片手での軽い剣では、ダメージを与えられないからだ。
乱打しても鬱陶しがられるだけ。
反撃での一撃で、それだけで体を打ち砕かれてしまう事が多いのだ。
或いは、鎧を纏っていない人間が相手だったら効果が高いのかも知れないが。残念ながら、今は人間よりも対魔物を考えなければいけない時代なのである。
それでも、実戦に使えるまで二刀流を鍛えた人間もいる。
そういう人間の技を、タオは研究して覚えた。
多くの場合、実戦に耐える二刀流は二派に別れる。
二刀の速度を極限まで上げて、相手に手数と速度で勝負する場合。
これは剣に何かしらの付加価値がついている場合に、行う事が多い。
基本的に利き手の長剣をメインに戦い、奇襲としてサブの短剣を用いる場合。
こっちの方が実用的だ。
ボオスはこっちをやっている。
タオは、前者。
というのも、今の体格では。昔のように槌で体ごとぶつかる戦術はどうしても採りづらいからだ。
手足が無駄に伸びたから。
だから、速度を極めることにした。
分かっている。
タオはどうしても戦闘ではライザ達にはとても及ばない。対人戦だったらそこそこやれる自信はあるが、どうしても対魔物戦ではそうもいかない。
今は魔物との戦いが基本だ。人間と戦っている余裕なんて本来はない。勿論必要とあればやるが。
それは最後の手段にしたいと、タオは思っている。
だからこそ。
十字に構えた後、突貫。
敵の懐に飛び込むと、乱撃を浴びせる。
装甲が見る間に削れていくが、少し表面が削れたくらいどうでもいいと思っているのか。
とにかく鬱陶しそうに、タオを追い払いに掛かってくる。
なるほど、そういうことか。
踏みつぶしに来た足を回避して、更に切りあげながら離れ。
突貫して、反転しつつ、更に斬撃を入れる。
この技を編み出した人は、こう名付けていたらしい。
朧月と。
振り返りながら、剣を振るう。
雨粒と同時に、フィルフサの装甲が飛び散る。やっぱりだ。
呼吸を整えながら、更に距離を取る。
「ライザ、「伝承の古き王」の装甲は再生しない! 本来は、魔力で極限まで強化した装甲で、圧倒するタイプなんだ!」
「土砂降りでその前提が崩れたと」
「うん。 本来だったら、難攻不落の要塞だった筈だよ! でも今は……」
「それが分かれば充分っ!」
タオは飛び退く。
ライザが、何か投擲するのが見えたからだ。
それは空中で炸裂すると、一斉に二次爆発を引き起こす。
たしかクラフトだったか。
それを凶悪に凶悪に強化したもの。
炸裂と同時に小型爆弾が分散し、一定時間後に一斉に爆発するという凶悪な代物である。全身に爆撃を受けた「伝承の古き王」が、片膝を突く。
そこに、レントとボオスが仕掛ける。
レントの大剣が、傷ついている翼を斬り飛ばす。
ボオスの剣が、顔面に食い込む。
だが、全身から光を放った「伝承の古き王」が、二人を衝撃波で吹っ飛ばす。だが、続けてリラさんが、「伝承の古き王」の顔面に飛び膝を入れ。更に頭を掴みつつ体を捻り。後頭部に強烈な膝を叩き込んでいた。
ぐらりと、巨体が揺れる。
そこにセリさんが展開した植物が絡みつき。
クリフォードさんが投擲したブーメランが。更に腹に叩き込まれる。それで、巨体が不自然に揺らぐ。
アンペルさんの放った空間切断の魔術が、何度も奴を貫いているが。コアに届いていないのか。
だったら、奴の装甲に、穴を開けるだけだ。
クラウディアが放ったバリスタ並みの矢。それも、立て続けにたくさん。
一気に「伝承の古き王」を横倒しにする。
足がへし砕けるのが見えた。
悲鳴を上げながら、泥濘を巻き上げ。伝承の古き王が横転する。そこにライザが、更に爆弾を投擲。
あれはローゼフラムだ。
「全員離れて!」
皆飛び離れる。
次の瞬間。
殺戮の薔薇が、「伝承の古き王」を蹂躙していた。
破壊を思うさまに堪能した薔薇型の爆発が収まる。
ただ、この火力でも倒し切れないだろう。まだまだ敵は本気を出していない可能性が高い。
熱風が吹き付けて来る中、あたしは叫ぶ。
「距離を取って、攻撃に警戒!」
「足はへし折ってやった!」
「そうね……」
レントの声が聞こえる。
まずい事に、雨が少しずつ弱まっているのが分かる。これは恐らくだけれども、想定よりも早く雨が止む。
勿論、雨が止んだところで、いきなり「伝承の古き王」が十倍強くなることは意味していない。
辺りの湿度は凄まじいし。
フィルフサに取って死毒に等しい泥濘を散々浴びているからだ。
だが、想定より短時間で勝負を付けなければならないかも知れない。
更にプラジグを叩き込んで、炸裂させる。同時に、直上へ。光の一撃が、撃ち放たれるのが見えた。
思わず、顔を手で覆う。
とんでもない魔力。
ドラゴンのブレスでも、ここまでの火力は。いや、エンシェントドラゴンのブレスだったら、これくらいの火力はあるのかも知れない。
空へ放たれた一撃は、文字通り雲を吹っ飛ばす。
空に巨大な穴が穿たれ。
紫に濁った空が見える。
膨大な水がその途上で爆発し。水蒸気が辺りを蹂躙する中。それは、ゆっくりと立ち上がっていた。
足は確かに砕いた。
だが、そこにいるドラゴンに似たフィルフサは。確かに両の足を持っていた。
それだけじゃない。
更に足が二本増えている。
翼、両前足。それに加えて四本の足。
追加された足はフィルフサのような、虫に近い形態だ。色も白い。そして、翼が新たに展開される。それはドラゴンの皮膜の翼ではない。
虫のものに似た、透明な美しいものだった。
この凄まじいプレッシャー。さっきまでの様子見と違う。様子見で勝てる相手ではないと、相手も判断したのだ。
どうやら、本気になったとみて良い。
お手柄だタオ。
恐らく、今後の戦闘のペースを考えて、タオは手札を切ってくれたんだ。そうあたしは悟る。これ以上戦闘を長引かせて、無駄に被害が出ないように。
だけれども、藪をつついてドラゴンが文字通り出て来たな。
雄叫びを上げて、更なる異形になった「伝承の古き王」。
更に全身の装甲を突き破って、触手が増える。
その触手の全てに、鋭い棘がついているのが見えた。
「どうやらここからが本番みたいだよ」
「へっ、上等だ」
「分かっていると思うが、雨が止んだ。 すぐにまた雨雲が拡散するとは思うが、それでも……」
アンペルさんが、皆に警告を飛ばす。
分かっている。
「伝承の古き王」が、残像を作って姿を消す。
現れたのは、タオの後ろだ。
タオは反応できない。
無数の触手が、タオに襲いかかるが、間一髪セリさんの植物の壁が間に合う。だが、稼げたのは半瞬も良い所。
タオは全身を抉られて、それでも必死に回避した。
背中の翼を震動させて、「伝承の王」が地面をさがる。
なるぼど、飛ぶわけでは無く超高速移動をあの翼で行う、というわけか。
更に。
再びかき消えた「伝承の古き王」。
狙って来たのは、あたしだ。
全力で飛び退いて、触手による連撃を回避する。地面が吹っ飛ぶほどの火力。直撃を貰ったら、ミンチも残らないだろう。
更に、かっと声を出してくる。
それだけで、衝撃波が全身を強打。あたしは吹っ飛ばされて、泥濘に受け身を取るのが精一杯だ。
「くっそ、はええっ!」
レントが、あたしに追撃で放たれた尻尾……これも鎖状に変化していて、間合いが根本的に変わっている……を、大剣で弾く。
だが、この速度を手に入れた「伝承の古き王」だ。しかも装甲は、まだまだ健在なのである。
下半身は装甲をかなり失っているが、それでも四本の足が新しくはえ。
しかも雨が一時的に止んでいる状態だ。
泥濘をかき分けて高速で進んでいるから水は受けているが、土砂降りの中よりも、ダメージは小さいとみていい。
飛び起きると、あたしは見る。
セリさんの植物の壁を文字通り吹っ飛ばす「伝承の古き王」。
リラさんが仕掛けるが、残像を抉るだけ。
いくら何でも速すぎる。
更に上空に出た「伝承の古き王」が、触手を振動させる。
触手の先端に、多数の魔術が宿る。
まあ、そうだろうな。
同時多数詠唱、それくらいはやってのけるだろう。
クリフォードさんが投擲したブーメランが、「伝承の古き王」を横殴りに直撃したのは、次の瞬間。
それが奴を揺らして、魔術の雨が逸れた。
だが、爆発が立て続けに引き起こされ、彼方此方で悲鳴が上がる。
クラウディアが矢を放つが、全てが空を切る。
嘲笑うように着地した「伝承の古き王」が地面に伏せる。口に、見る間に光が集まっていく。
ブレスだ。
あたしが、その時に動く。
奴の口に、クライトレヘルンを投擲。
奴がブレスを放つ一瞬前に、起爆。
顔面が完全に凍り付いた「伝承の古き王」。ブレスを投擲するのが、一瞬遅れる。
その隙に、全員が飛び退く。
ブレスが。
さっき、雲を消し飛ばしたブレスが。
泥濘に満ちた土地に、巨大な溝を、地平の先まで穿っていた。
2、決着
ブレスが放たれた瞬間、前に出たのはあたしだけじゃない。パティもだ。
全力で、泥濘を蹴って前に出る。ブレスの火力は凄まじく、擦っただけで致命傷だと分かる。
薙ぎ払いに来る「伝承の古き王」だが。
クリフォードさんが、既に奴の上に跳んでいた。
「やらせるか、このドラゴンもどき野郎っ!」
もう余裕も無いのだろう。
ブーメランを全力で叩き付けた後、クリフォードさん自身が、体ごと「伝承の古き王」にぶつかる。
殆ど二撃にタイミング差はなく。
立て続けの二連撃に、流石の「伝承の古き王」も、ブレスを口の中で誘爆させていた。
クリフォードさんが吹っ飛ばされ、転がるのが見える。
同時に、頭の半分を失った「伝承の古き王」が、鬱陶しげに頭を振るう。
フィルフサはコアを失わないと死なない。
頭が半分吹っ飛んだ所で、ダメージにはならないのだ。
だが、ブレスの正確なコントロールは無理。しかも、視界をこれで殆ど失った筈である。頭がなくても死なないかも知れないが。
五感は、これで鈍るのだ。
パティと左右に分かれて、躍りかかる。
泥濘を踏み込むと、こっちに向けて振り下ろしてきた前足を迎撃。
相手は当てずっぽうで振り下ろしたのに対して。
こっちは全力で、完璧なタイミングで横薙ぎにした。
そうなれば、パワー差があっても関係無い。
文字通り、前足の一部が、装甲ごとふっとぶ。
そのまま、踏み込んで立て続けに蹴りを叩き込む。
パティも、向こう側で猛攻を浴びせているはず。
五月蠅そうに距離を取ろうとする「伝承の古き王」だが。今の一瞬、動きを止めたのがまずかった。
クラウディアが放った矢が、それもあの音魔術での分身体と一緒にはなったバリスタみたいな巨大矢が。
立て続けに、薄い美しい羽根に直撃する。
勿論破壊まではいかないが。
それでも、確実に傷つけていた。
レントもボオスも、リラさんも来る。
セリさんが、クリフォードさんを庇う。手当ては任せる。タオは、遠くで呼吸をまだ整えている。
アンペルさんが、また空間切断の魔術を使ったようだが。やはりまだ装甲を貫くには至らない。
そもそも此奴のコアは、何処にあるのか。
跳躍する「伝承の古き王」。
そのまま、ボディプレスを仕掛けて来たので、あわてて飛び離れる。
どんと、衝撃波が迸る。
泥濘を吹っ飛ばしながら、「伝承の古き王」は、更に形状を変える。
全身から更に触手が伸びると、破損した顔や前足をそれで補い始める。棘が突いている触手が、無理矢理装甲を補うように食い込む様子は、ぞっとさせられる。
全身が白い触手のせいで黒白のマーブル模様になった「伝承の古き王」が、再び雄叫びを上げる。
ボオスが、そらっと叫んで引いてきた荷車をこっちに走らせる。泥濘を蹴立てて、荷車が来る。
良い判断だ。
ちょうど手元で止まったので、爆弾を取る。
そして、飛び離れる。
また視力が回復したのだろう。触手を大量に展開して、辺りを薙ぎ払いに掛かってくる「伝承の古き王」。
なりふり構わずだが。
前に戦った「蝕みの女王」とはやっぱり違う。
此奴を動かしているのは悪意じゃなくて執念だ。
だが、その執念は何処に向かっている。
どうして、此方の世界なのか。
そもそも、こんなフィルフサには向いていない土地を無理矢理突破してまで、何をしようとした。
いずれにしても、此処からだ。
第二形態になってから、明らかに「伝承の古き王」は脆くなっている。
その体は。やはり。
雨に蝕まれているし。
なんなら、この水が多い土地に長らくいて、それでずっと弱り続けていたのだろう。こいつはフィルフサの王と呼ぶに相応しい存在。
それであったのは、恐らく間違いない。
だが、王がこのように呆けているというのも。
また、それはそれで呆れた話ではあった。
連続して炸裂する光弾をかわす。高速で動こうとする「伝承の古き王」だが、案の場翼のダメージがあって、さっきほどの速度は出せない。
いや、それを察知した瞬間、触手を大量に地面に突き刺す。
移動補助か。
だが、その時。
弾丸のように、パティが飛ぶのが見えた。
文字通りのなで切りで、触手を数本吹っ飛ばすようにして斬る。
体勢を崩す「伝承の古き王」。
レントが雄叫びとともに、大上段からの一撃を頭に入れる。はじめて、明確なダメージのある声を、奴が上げていた。
「なんだ。 触手へのダメージが、明らかに……」
「そういうことかっ!」
アンペルさんが、空間切断を展開。
触手の一本を打ちきる。
更に、のけぞる「伝承の古き王」。
それで、あたしも理解した。
こいつのコアは、この多数展開されている触手そのものだ。なるほど、この形態は、文字通り捨て身の形態。
コアを触手そのものにして全身を覆い。
生半可な魔術などでは通らない防壁と、攻防に生かす。
コアそのものから展開するから、魔術の展開も早い。
その種明かしをすると。
忌々しそうに、飛び退く「伝承の古き王」。
更に触手を多数展開すると。
一斉に光弾を放ってくる。
レントとセリさんが壁を展開するが、一瞬ごとに貫通される。恐らく奴も此方の言葉を理解したのか。
それとも決定的な弱点を見抜かれたことを理解したのか。
それならば。
タフネスを生かしての、殴り合いを行い。タフネスにものを言わせて、押し切るつもりになったと言うことだ。
だが、それだったら。
あたし達は負けない。
爆弾を投擲。
いずれも残った爆弾。それも小ぶりなものばかりだが。それにあいつは対応しなければならない。
中途で撃墜する。
だが、その間にクラウディアが、どんどん矢を叩き込む。こればっかりは、全てを迎撃する訳にもいかない。
しかもあたしが投げる爆弾の方に気を取られている。
それだけ、さっきのローゼフラムの火力が高かったと言う事だ。
だから、被弾する。
レントが前に出る。同時に、ボオスが続く。レントが魔力砲を弾き返しながら、前進。それにも気を取られ。
ボオスの接近を許す「伝承の古き王」。
ボオスが。気合とともに触手数本を斬り刎ねる。
更に、それがとどめになって、クラウディアの連射が、次々に着弾。ボオスを追い払おうと必死に光弾を乱射する「伝承の古き王」だが。
その時。
ざくりと音がした。
詠唱して、時間を掛けて魔術を練り上げたアンペルさんが。
横薙ぎに、空間切断をしたのだ。
触手数本が、それで消し飛んだ。
絶叫しながら、竿立ちになる「伝承の古き王」。
その足下に。
既に、今の攻防を見て、突貫したパティがいて。大太刀を鞘に収めていた。
昨日見せてくれた奥義。
上段に剣を構え。開いた手を敵に向け。そして、敵に突貫する。
「フローレス……」
悲鳴を上げながら、光弾を無茶苦茶に乱射する「伝承の古き王」。だが、パティはその全てを、大胆すぎる足捌きで避けきる。勿論さんざん掠めるが、多少の傷はもう気にもしていない。
深窓のお嬢様とやらには真似できない事だ。
彼女は、元々庶民だった騎士の父親と。庶民だった母親の子。
だけれども、何百年続いた王族だの貴族だのよりも。ずっとそうである立場に相応しい事を、行動で見せている。
血筋などというものが如何にくだらないか。
パティはそれを、身を以て見せつけていた。
「デザイアっ!」
乱撃で触手十数本を斬り下げ。その後の突貫と抜き打ち。更にはとどめの大上段からの一撃で、ほぼ同数の触手を屠るパティ。
背中から、泥濘の中に倒れる「伝承の古き王」。
だが、あたしはとどめを投げ込もうとして。即座に悟る。まずい。更に魔力が。「伝承の古き王」の中で膨れあがっている。
まずい、逃げて。
叫ぶ。
クリフォードさんが、叫びながらブーメランを投擲する。
「掴まって離脱しろパティ!」
「! はいっ!」
ブーメランに飛びついて、その場を離れるパティ。様子がおかしいと判断したのだろう。ボオスも必死に走って逃れる。
全員を、後ろから追い打ちするように。
爆発同然の、魔力の奔流が、炸裂していた。
煌々と輝く白い体。
欠損もない。
大きさはかなり縮んでいて、人間より二回り大きいくらい、だろうか。
それが、ゆっくり立ち上がるのが見えた。
あたしは何度か咳き込む。
肋骨が折れた。
文字通り爆発のような圧力の前に、撃ち倒されたのである。すぐに薬を入れる。荷車は、少し距離がある。
まだ相手は。
「伝承の古き王」は脱皮直後。
今仕掛ければ、一気に倒せるかも知れない。だが、それよりも回復を取るべきだとあたしは判断していた。
戦えそうなのは。
パティは倒れていて。タオが引きずって後方にさがっている。タオもダメだ。手酷くやられている。
リラさんが、あたしの側に降り立つ。
かなり手傷が酷いが、まだやれそうだ。
レントも、何とかギリギリ。
ボオスは、セリさんを担いで後ろに下がっている。クリフォードさんは、パティを助けるためにかなり無理をしたようで。
フラフラのまま、後退を選択していた。
クラウディアは距離があるから平気か。アンペルさんは、恐らく魔力切れだろう。さがることを選択している。
リラさんが、体勢を低くしたまま聞いてくる。
「ライザ、いけるか」
「大丈夫です。 それよりも……」
「見た目ほどでは無い。 相手も、最終手段を採ったと言う事だ。 つまりもう後はないとみていいだろうな」
頷く。
さっきまで、コアそのものを触手として戦っていた「伝承の古き王」。
弱点を展開して、それをむしろ武器にするという大胆な戦い方だが。そんな寿命を縮めるようなやり方が、本来の戦い方の筈がない。
普段は、最初の形態で、そのままパワーで圧殺するのが、あいつの本来の戦い方だったのだろう。
コアを使うのは奥の手。
更なる奥の手が。
今見せている、あの輝く形態という事だ。
人型……いや違う。シャープな姿は、二本足で立ったドラゴンに近い。多数の生物の強みを取り入れているフィルフサの、それも王種。
だが、どうにも妙だ。
二本足の生物は、出力がどうしても四本足の生物に比べると落ちる。
あの姿が、合理的に強力な生物だとは思えないのだ。
翼を拡げる「伝承の古き王」。
勝負は、一瞬になる。
あの姿、さっきまでの戦い方の更なる延長上。
つまり、コアを外殻に纏うことにより。
戦闘力を極限まで上げていると判断して良いだろう。
つまりそれは、全身全てが弱点だと言う事だ。
手元にある切り札。
最後にとってある爆弾を見る。
当てられれば、勝ち。
だが、当てる余裕を、与えてくれるか。
「来るぞ……」
「クラウディア、出来るだけ近付いて!」
「! 分かった!」
今のあいつの速度。
クラウディアまで、一瞬で到達出来る。だったら、距離を取るよりも、支援可能な位置にいた方が良い。
「伝承の古き王」は、多分此方が纏まるのを待っている。
あの姿、奴も長時間は展開出来ないという事だろう。
それに、である。
さっきブチ抜いた曇天が、再び戻り始めている。雲が、集まって来ている。
此処だけ晴れになったのだ。だが、周囲は相変わらず土砂降りである。
浸透圧だったか。
それによって、単純に雲が均一化しようとしている。あの全身弱点みたいな状態で、水を浴びたりしたら。
それだけで致命傷になる。
かといって、あの姿。「伝承の古き王」は、雨にもある程度耐えられる通常形態にまた戻れるとも思えない。
あたし達に勝つためだけに、あの姿を選択した。
その後長くは生きられないだろうに。
つまりは、執念そのものが、あの姿だ。
だから、此方も、全力で答える。
唐突に。
状況が動く。
時間が消し飛ぶようにして、事態が動いた。此方に来る。残像を複数作りながら、「伝承の古き王」が迫ってくる。
レントが前に出ると、体を旋回させながら放ってきた尻尾の一撃を、どうにか全力で食い止めて見せる。
だが、衝撃が弾き合い、わずかに動きを止める「伝承の古き王」。
同時に吹っ飛ばされるレント。
あたしとリラさんが、左右にそれぞれ散る。クラウディアは、速射に切り替えて、同時に多数の矢を放つ。
奴の至近まで矢が迫る。
だが、「伝承の古き王」は、残像に抉らせて。その全てを回避して見せる。
流石だな。
そう思いながら、あたしはしかし見抜く。
クラウディアの本命の矢が。
地面を激しく爆裂させる。
吹っ飛んだ大量の泥濘。雨が止んで、苛烈な戦闘の場になったからとは言え、いきなり土が乾くわけでもない。
「伝承の古き王」が、何か投擲する。それが奴の右腕だと気付いて、流石に戦慄した。クラウディアが、速射して対応するが。「伝承の古き王」の右腕はクラウディアの脇腹を深々と抉る。クラウディアが文字通り吹っ飛ぶ。速射で逸らさなかったら、内臓を直撃、即死だっただろう。
リラさんが仕掛ける。
踵落とし。残像を抉る。
踏み込んでの、回し蹴り。残像を抉る。
だが、背中から、もろにクラウディアが巻き上げた泥濘に、「伝承の古き王」が突っ込む。
速度が異常なのだ。
水と泥濘が、煌々と輝く全身を撃ち抜く。
それで、動きが鈍る。
体を二度旋回させると、クローでリラさんが、「伝承の古き王」の体を抉り抜く。腹を丸ごと抉られて。しかしそれでも「伝承の古き王」は止まらず。逆に撃ち抜くような鋭い蹴りをカウンターでリラさんに入れ。
リラさんはガードしつつも、両の腕の骨を文字通りへし折られ、空中に投げ出される。
更にその動作と同時に、尻尾を振るってくる。あたしはなんとか跳躍して逃れ。更に泥濘に当たって半ば砕けながらも、撃ち抜くように叩き込んでくる蹴り技を。空中機動で地面に体を叩き付け、回避。
だが、それを待っていたように。
無理矢理壊れている全身を立て直した「伝承の古き王」が。
地面に踏み込み。尻尾を跳ね上げて。口に凄まじい烈光をため込む。
既にあたしはその時、切り札になる爆弾を投擲済。
「伝承の古き王」とはいえ、これを回避するのは無理だ。
だがあたしも、ブレスを避けられそうにない。
相討ちか。
だが、此奴と相討ちになれるのなら。
その時。
「フィー!」
不意に、フィーが叫ぶ。
鳴くでは無く、叫んだ。
あたしの脳裏に、声が響く。
それは、間違いなくフィーの思念だった。
何かをなだめる声。
違う。
そういった感傷的なものじゃない。
何かをする時に発生する災害を、少しでも抑えるような声。それを聞いて、ほんの、ほんのわずかだけ。
「伝承の古き王」が動きを鈍らせる。
その瞬間、あたしは悟る。
エンシェントドラゴンの西さんが、どうしてフィーを知っていたのか。
その罪とは何なのか。
そしてこのドラゴンにそっくりな「伝承の古き王」が、何故此処に固執していたのか。
だが、だからこそ。
この勝機は、逃すわけにはいかない。
起爆。
それは試作型の爆弾。
レヘルンで冷気を炸裂させ。フラムでその冷気を一気に蒸気にし。ルフトで壁を作って蒸気を閉じ込め。更にプラジグの雷撃を、その中で爆発させる。
特に対フィルフサのために作りあげた、究極の爆弾。
あまりにも作成難易度が高すぎるために、これ一つしか作れず。ジェムで複製したものは、簡単には作れないと言う事もあってアトリエに残してきた。それだけの、切り札のなかの切り札。
一瞬だけ、見えた。
ブレスを吐こうとして。
それでも、どこか遠くを、懐かしそうに。或いは嬉しそうに眺める「伝承の古き王」の最後の姿が。
だが、その姿が、空気の壁に遮られ。
蒸気と雷撃と、何より蒸気が発生する際の凶悪な爆圧と、フラムによるそれの後押しによって。
粉々に砕け散る有様を。
破壊力は想像以上で、上空に巻き上げられた泥濘が、雲の浸透を更に後押しする。
そして、皆が動けずぼんやり見ている中。
雨がまた、降り始めていた。
爆弾の猛威が収まると。其処には、既に全身がぼろぼろになって、それでもはや動けずにいる「伝承の古き王」の姿があった。胸についていた機械は、既に粉々に消し飛んでしまっていた。
機械の回収は出来なかったが、それでも破壊できた。それが致命傷になったのが分かる。
終わりだ。
あたしも、全身が限界に近い。
深呼吸すると、王種に近付く。
「フィー……」
悲しげにフィーが鳴いた。
分かった。
フィーの役割も。
だから、それを果たせないと言う事が、どれだけ悲しい事なのか、理解出来てしまったが。
それでも、ここはやらなければならなかった。
王種、「伝承の古き王」に。あたしは歩み寄りながら告げる。
「三年前に戦ったフィルフサの王種「蝕みの女王」は、人間のクズの煮こごりみたいなどうしようもないゴミカスだった。 自分を守るために必死に体を張った将軍を見捨てて、自分は最後まで正しくて、何よりも理不尽に攻撃されていると本気で思い込んでいるようなどうしようもない奴だった」
もう雨の中、溶けていくしかない「伝承の古き王」の至近で、あたしは足を止める。
そして、告げた。
「あんたはあいつよりはずっとマシだったよ。 ただ、悪いけれどあたし達とは相容れる存在じゃない。 だから、敬意を持って、首を取らせて貰うよ」
「……」
意思が伝わってくる。
執念の根元。
この「伝承の古き王」の、根元となる思考。
あたしが理解した通りのもの。
「渡りたい」。
あたしは頷くと。
全力での蹴りで、最後に残っていた「伝承の古き王」の全身を、打ち砕いていた。
3、王の終焉と
一度拠点まで戻る。薬は、案の場使い切ってしまった。セリさんの薬草にも頼る事になった。
とにかく深めの傷は、薬でなんとかし。
擦り傷はセリさんの薬草で応急処置をする。
アトリエまで戻れば。残ったジェムをフルにつぎ込んで、どうにか回復出来るだけの薬は作れるだろう。
ともかく、タオには歩けるようになってもらって。
最初に伝令で戻って貰う。
あたしが砕いた時、残っていた「伝承の古き王」の首。
それを持ち帰って。
そして、告げて貰うためだ。
我等、勝利せり、と。
雨は止みつつある。一度、此処は離れなければならないが。
仮にすぐ近くにフィルフサの別の群れがいたとしても、此方には近寄らないだろう。水害の跡が色濃く。
よほど強靭な群れでもない限り、突破は不可能だ。
そして、今は時間が出来ている。
「アンペルさん、これからの事ですが」
「門の制御装置だな。 「聖堂」の解析は出来ている。 それを再現して、作る事は可能だ」
「お願いします」
「ああ……」
自然門だろうが、制御装置は時間をおけば作れる。
あの強力な「伝承の古き王」とその配下の群れがいるから、そんな余裕が無かった、ということだ。
皆、しばらく休んで。
タオとボオスが戻ってきた後、しばらく雑魚寝する。
もう、何も喋る余裕もなく。
今は、ただ休むしかなかった。
数刻休んで、外に出る。大きめの傷は全部治して、それでもまだ体中が酷く痛むけれども。
それでも何とか動けるようにはなった。
雨は止みつつある。
やがてこの土地は、水が溢れ緑が豊かな美しい場所に戻るだろう。
問題は破壊された緑だが。
セリさんが、隣に並ぶ。
「この土地の再生は、私がやるわ」
「しばらくは王都に滞在するので、手伝います」
「そう……」
「それに、恐らくそれほど遠くない場所に、「伝承の古き王」の群れの母胎の土もある筈です。 そこで、例の植物の効果も試せるはずです」
頷くセリさん。
いずれにしても、全てが終わったのだと分かる。
セリさんは、何度か目を擦っていた。
まさか、こんな日が。
フィルフサの王種を仕留め。群れを撃滅して。オーリムの土地の一部でも、奪回できる日が来るなんて。
思っては、いなかったのだろう。
今回も、半ば決死の特攻作戦だと、セリさんは思っていたようだ。
それがこの完全勝利である。
それを思えば、感慨も深いのだろう。
セリさんは何百年も生きているのだが。それでも、人間とオーレン族では時間の感覚も、年齢の感覚も違う。
だから、或いは。
みずみずしい感性が、感情を昂ぶらせているのかも知れなかった。
拠点に戻ると、皆起きだしていた。
まだ包帯が痛々しいレントも、起きている。
あたしは、話をする事にする。
大事な話だ。
「王種「伝承の古き王」との戦闘中、フィーや「伝承の古き王」の思念があたしの中に流れ込んできました」
「詳しく聞かせてくれるか」
アンペルさんも、学者としての心が騒ぐようだ。
この人は戦闘向けの魔術師ではないし、錬金術師としても自己評価が高くないようだが。
やっぱり学者なのだと思う。
こう言う話をすると、興味を見せる。
それも、とても楽しそうだ。
やっぱりタオの師匠でもあるのだなと思う。あたしは咳払いすると、順番に説明をしていく。
「経緯はよく分かりませんが、あの自然門。 恐らくは、「北の里」にて果てた、エンシェントドラゴンの「西さん」が作ったものだと思います」
「なんだと!?」
「ドラゴンの習性なんです多分。 ただ、どうして門を作ったのかまでは分かりませんが……」
「なんということだ……」
アンペルさんが呻く。
タオは無言でメモを取っていた。
あたしは続きを話す。
「状況証拠ばかりなんですが、「西さん」はずっと己の罪がと言う事を言っていました。 だから、古代クリント王国と大して変わりもしない国に協力したと。 北の里の民を大事に思っていたから。 それ以上に、この世界に愛着だってあったんでしょう」
「つまり、エンシェントドラゴンとして、意識がしっかりする前に行ってしまった習性と言う事か」
「恐らくは」
「……」
リラさんが考え込む。
セリさんは、じっと話を聞いていた。
「セリ=グロース。 其方では、何か聞いたことはないか」
「いえ。 私もドラゴンについては殆ど知識がないわ。 オーレンの古老達は、何か知っているかも知れないけれど。 ただ古老の中で今間違いなく健在な方は、聖地の中の聖地にいるから、簡単に会いには行けないわね……」
「そうか……」
まだ、話す事がある。
あたしは続ける。
フィーがどうも、それに関わっているらしいこと。
今、あたしの懐で眠っているフィーだが。
最後に「伝承の古き王」に、何か呼びかけて。
そして、「伝承の古き王」も、それに対して反応していた。
最後の瞬間。
「伝承の古き王」は、フィルフサよりもドラゴンとしての性質が、表に出ていたのだと思う。
恐らくだが、フィルフサとしての性質よりも、ドラゴンとしての強さが、あの時求められたからだ。
つまり、ドラゴンは。
「門」に何かしら関わっている、という事である。
そしてフィーも。
ドラゴンに、特に門を作る時に、何かしらの役割を果たすと言う事だ。
「そもそもとして、オーリムの空気よりも、エンシェントドラゴンの西さんの亡骸の側にいる方が、フィーは気楽そうだったんです」
「ふむ……」
「リラさんやセリさんを見る限り、此方の世界の空気と、オーリムの空気で、それほど違うとは思えません。 やはりドラゴンが、何かの鍵になっているんだと思います」
「なるほどな……」
アンペルさんは、何度も頷く。
タオが、メモを取り終えて。そして言った。
「僕が調べた限り、エンシェントドラゴンの目撃例は、ここ数百年で数例しかないそうなんだ。 ドラゴンそのものが、そもそもあまり多く見られないらしくてね」
「確かに俺も、実際にドラゴン狩りだと聞いて行ってみたら、ただのワイバーンだった事が何度もあったな」
「ワイバーンの成体がドラゴンなのはほぼ暗黙の了解だけれども、だとすると両者の境は本当に曖昧なんだろうね」
「うん。 いずれにしても、エンシェントドラゴンなんて滅多に見られるものじゃあないし。 それに……」
タオは、少し言葉を切って。
仮説だけれどと、付け加えた。
「「伝承の古き王」が此処に引き寄せられたのは、或いは「門」を作る為か、それとも先に門が作られた場所が、安易に通りやすい場所だったから、なのかも知れない」
「ふむふむ?」
「例えばだよ。 エンシェントドラゴンが簡単に門を作れるなら、それこそ好き勝手に門を造れば良い。 あの「伝承の古き王」だって、魔力量にしても戦闘力にしても、エンシェントドラゴンに劣っているようには思えなかった。 ましてやフィルフサが母胎として作った土から生まれたのだとしたら。 同じように門を作れなければおかしい。 だけれども、先にエンシェントドラゴンが開けた門に、あのフィルフサの王種はこだわっていた。 これが示すのは。 決まった場所にしか門を開けられないか、それともエンシェントドラゴンでも、何百年も門を開けるのには時間が掛かるのかも知れない」
なるほど。
確かに、それなら話も納得出来る。
あたしは頷くと、意見を周囲に求めるが。
特に異論はないようだった。
アンペルさんが、大きく嘆息した。
「門の発生のプロセスは、私の生涯の研究だった。 だが、まさかこんな形で、それが明らかになるとはな……」
「まだ全てが明らかになったわけじゃありませんよ。 それに、フィーが何かしていましたけれども、それがなんだったのかもよく分かりませんし」
「私のしたかったことは、門を好き勝手にさせないことだ。 今までの話を総合するに、恐らくエンシェントドラゴンといえども、勝手に門を作る事はできない。 つまり新しく門が勝手に開くことはまずないということだ。 それは私が危惧していた、新たに門が開いて、フィルフサがなだれ込んでくる事態はそうそう起きないことを意味する。 私は今後、古代クリント王国が彼方此方に無作為に開けた門を、全て封じていく事に余生を使う事になるだろうな」
そんな。
アンペルさんのせいじゃないのに。
ただ、少しだけ悲しくなった。
アンペルさんは咳払い。
あたしも、それで理解する。
「ともかく、一度戻ろう。 此処はもう大丈夫。 一度アトリエに戻って、薬での根本的な治療。 そして食事。 後はベッドで寝る」
「あ、私が屋敷を提供します。 これほどの事を成し遂げてくださった英雄の方々ですし、それくらいはさせてください。 お金を持っている人間の、最低限の責務です」
「アーベルハイム邸って、寝室がたくさんあるんだっけ」
「お風呂もあります。 ライザさんも、たまにはうちで寝ていってください」
パティの有り難い提案。
そうなると、食事もアーベルハイム邸で。
いや、まて。
アーベルハイム邸での食事よりも、多分バレンツでの食事の方が美味しいだろうな。腕の問題じゃない。
仕入れとして、そもそもアーベルハイムも王都の上流階層ということだ。
つまり素材が塩漬け、砂糖漬け、香辛料漬けということである、
あたしの懸念を即座に理解したか、クラウディアが両手を合わせる。
「食事はうちで用意するわ。 せっかくだから、ヴォルカーさんにも食べて貰いましょう」
「あ、いいですね。 でもクラウディアさん、お怪我もあるので、お菓子は……」
「ふふ、そうね。 流石に今回はお菓子なしだけれども……」
「別にかまわないよ。 いつでも食べられるんだし」
アンペルさんが、ものすごく残念そうにしていたのを一瞥だけした。
まあ、師匠にもそれは我慢してもらうしかないだろう。
ともかく、疲れている体にもう少しだと言い聞かせて。
フィルフサの群れを駆逐する死闘の拠点となった、土まんじゅうを引き払う。潰す事はしない。
此処がそのまま、セリさんの活動拠点になるからだ。
それと、撤退前に。
水を吸い上げる装置を壊しておく。
これは残念だが、悪用される可能性が高すぎる。
だから、徹底的に破壊して、原型も残らないようにしておいた。
後は、凱旋だ。
遺跡の、扉の前に。
カーティアさんと、同族らしいメイドの一族が何人かが、陣地を作っていた。いずれも凄い使い手ばかりだ。あたしの顔を見ると、カーティアさんは頷いて、敬礼していた。
「よくぞ戻りましたね」
「ええ。 見ての通りボロボロですので、最優先で休憩をします」
「分かりました。 後始末は此方でしておきます」
「みんな、先にアーベルハイム邸に。 あたしは、仕掛けておいた爆弾の処理だけして戻るよ」
皆には先に引き上げて貰う。
最悪の場合、此処を湖底にするために、何カ所かに大きめの爆弾を仕掛けておいたのである。
戻る前に、それだけは排除しなければならない。
ただ、それも大した手間じゃない。ヴォルカーさんと合流。パティは無事だと告げると、ヴォルカーさんは、大きなため息をついていた。
「そうか、良くやってくれた。 タオくんが持ち帰ってくれたあの首は、後で王都近郊で倒した強大な魔物のものだとして、王に見せるつもりだ」
「分かりました。 武勲にしてください」
「ああ……」
その後は、立ち会って貰って、爆弾の処理を行う。
あたしが作った爆弾だ。
そもそもセーフティを解除しなければ、火に放り込もうと爆発する事はない。
軽く、最後の決戦の流れについて話をする。
フィルフサの王種も、将軍も。
パティが奥義を完全にきめて、決定打になった事を告げると。ヴォルカーさんは、本当に嬉しそうに目を細めていた。
「あの技は、使い手に勇気と判断力が求められるものだ。 それを完璧に決めたというのであれば、パティは既に王都の騎士の中でも最強だと判断して良い。 私を既に超えただろうな」
「まだ戦闘指揮などの経験は浅いので、其方を教えるべきだと思います」
「そうだな。 それについてはまだまだだ。 もう少し直情的なところをなんとかしないといけないな」
「そうですね」
パティはかなり抑え込むタイプだが。
だから、以前のような爆発もしたのだろう。
本質的には直情的なのだ。
だから、あんなに外まで怒鳴り声が響くほどにキレていたというわけだ。
それをヴォルカーさんは知っている。
だからこそに、こんな事を言ったのだろう。
爆弾を全て引き上げると、借りていた三台の荷車を返す。あたしの使っている荷車に、爆弾やら、使い終わった後の包帯やらを詰め込んでアトリエに戻る。
アトリエにてコンテナに整理するが。
ちょっと体から力が抜けそうだ。それくらい。最後の戦いはギリギリだったと言う事である。
フィーがいなかったら死んでたな。
そう思って、あたしは苦笑い。
薬をジェムを使って増やして。それで、後はアーベルハイム邸に向かった。
皆の傷を治してから、それからやっと風呂に入る。
文字通り、その場で落ちそうだった。
疲労は理解しているのか、メイド長が控えてくれている。まあ、風呂で落ちて溺死なんて醜態はさらしたくないし、こればかりは仕方が無い。
傷は薬で全部治したし、湯が疲れに染み渡る。
ぐったりと湯で体を伸ばして。
その後に、クラウディアが用意してくれた食事を、楽しませて貰った。
なんというか、今までで一番美味しかった。
それはそうだろう。
あれだけの戦いの後だ。
食事を皆でわいわい楽しむような事もなく。無言で皆がっついていたのは、それだけ戦闘が苛烈だったことを意味する。
テーブルマナーに厳しそうなクラウディアもパティも。テーブルマナーを最大限に駆使して、がつがつ食べているのを見ると。
本当に総力戦だったのが分かる。
ヴォルカーさんもそれは同じで。
メイド長が、側で見ていて呆れていた。
後は、食事を終えた者から、順番に寝室に。パティが事前に手配してくれていたらしく。メイドや下男が案内して、それぞれ寝室を使わせて貰う。
まあ、今日くらいはいいだろう。
枕が変わると眠れない、なんて事は流石に今日もない。
フィーはずっと眠っている。
或いはだけれども。ドラゴンの力を間近で吸って、それで体調を完全に戻したのかも知れなかった。
いずれにしても、フィーの体調不良を回復する方法は、はっきり分かった。
ただ、それだけでも。
あたしは嬉しかった。
ほぼ丸一日寝てしまったが。
逆に、その程度で済んだのも、体がまだ若いから、なのかも知れない。いずれにしても、体の老若はもう関係無くなる。
既にあたしは。この年齢に縛られる体について、拘りを持っていない。
起きだすと、トイレを借りる。
流石に丸一日寝た後だ。
生理反応は、どうしようもないのが現実だった。
起きだして、食事を出して貰ったので、有り難くいただく。まだ頭がはっきりしていないが。
ボオス、それにパティとタオは既に起きだして、学園に向かったそうだ。
レントは最初に起きて、アーベルハイム邸を出たらしい。
まあレントとしても、こういう上品な家での生活は、あまり慣れていないだろうし。仕方が無いと言えば、仕方が無い。
それはあたしも同じである。
セリさんは、少し前に起きだしたらしく、食卓で一緒になる。
なんでもリラさんが少し前に出ていくのを見たらしく。アンペルさんもそれに続いたそうである。
まああの二人は、マイペースだ。
それに、多分だけれども。
アーベルハイム邸にいると、この後色々面倒だと言う事を理解しているのかもしれなかった。
「セリさんは、これから門の向こうに行く感じですか?」
「ええ。 クリフォードが護衛をしてくれるそうよ」
「へえ……」
「パティが提案してくれたの。 しばらくは近場に宝もないだろうし、オーリムを探してみては、ってね」
まあ、あたしは男女の機微には疎い。
それに、セリさんにその気があるとも思えないし。クリフォードさんも、セリさんと特別仲が良さそうには見えなかった。
だいたい、あたしもこれからオーリムの復興には協力する。
当然の話だ。
水害で、フィルフサを倒すためとは言え、被害を出したのだから。
アンペルさんとリラさんは、門を制御するための装置を作るのに忙しくなるだろう。
あたしは。
王都の機械をなおしつつ。
オーリムの復興を手伝いつつ。
それに門の制御装置のパーツを作る、になるか。
王都周辺の魔物で、手強いのは全部片付けておきたい。ただでさえ、人手が足りていない様子なのである。
パティが大人になった頃には、今の役立たずの王族も貴族も全部掃除できていると良いのだけれども。
忙しすぎると、どうしても隙が出来る。
その隙を作らないようにするためにも。
あたしが出来る事は、しておかなければならなかった。
食事を終えて歯磨きして、顔を洗って。
それで、ヴォルカーさんに呼ばれる。
まあ、案の場と言う奴だ。
幾つか、話をしなければならない。
執務室で、話をする。
メイド長が、議事録を取ってくれるのが助かる。これは本当にあたしとしても苦手な作業なのである。
字も下手だし。
「というわけで、門の向こうにいたフィルフサの王種は仕留める事ができました。 かなりきわどい戦いでしたが、死者はなし。 此方の完勝と言えると思います」
「うむ、本当に良くやってくれた。 話を聞く限り、もしもその群れに王都に乱入されていたら、一日ももたずに全滅だっただろう。 その後は、人類も続けて滅びてしまっただろうな」
「……」
そうだろうな。
実は、少し気になる事がある。
カーティアさん達だ。
あまりにも統率が採れすぎている動き。何より全員が揃いも揃ってそっくりなこの一族である。
たまに男性もいるそうだが、それはレア中のレア。
更に話を聞くと、例外なくハイスペック。
人間と子供を作れるようなのだが。
これもまた妙な話で。普通の人間になる事はなく、みんな同じような姿になるという事なのだ。
何かあると思うのが当然だろう。
フロディアさんの異常なスペックを見ていた頃から、おかしいと思っていた。クラウディアと幼なじみだということだが。
金持ちや権力者の側に色々な形で入り込んでいて。
そして恐ろしい程の統率が採れている。
今の時点で、敵対する要素が一つも無い。だけれども、何か絶対にあると、あたしは思っていた。
「それで、これからどうするのかね」
「まずは王都の壊れた機械を全て直します」
「うむ……助かる」
「同時並行で、門の向こう側の復興と、門の制御装置の作成をします。 門の向こう側の復興がある程度目処がついたら、制御装置を使って門を閉じます。 此方ではそれをやっておきますが、念の為アーベルハイムの権限で、遺跡への立ち入りを禁止してください」
オーリムに人間が立ち入っても。
絶対に碌な事はしない。
オーレン族だって、人間を見次第殺しに来る可能性が高い。
グリムドルでは何度も何度も起きた。
キロさんが理性的だったから、話が出来たというだけで。
オーレン族には、今の此方の世界の人間を、どれだけでも恨む権利がある。それについては。あたしも分かっている。
「後は王都を調査して、上水と下水について確認します。 ひょっとしたら、神代の装置があって、それが何かしらの問題を起こしている可能性がありますので」
「そこまでしてくれるのか」
「そこまでしか、できないです」
「いや、充分だ」
それが終わったら、クーケン島に引き上げる。
ただし、それはあくまで飛翔のために力を蓄えるため。
あたしはアンペルさんと連携して、世界中の門を閉じたり。
或いは、可能な限り門の向こうにいるフィルフサをぶっ潰して回るつもりだ。
それだけじゃない。
まだオーリムの各地から奪った水が、彼方此方で眠っている可能性がある。
それらについても、解決が必要だろう。
オーリムから古代クリント王国の鬼畜どもがどれほどの水を。たかが資源採掘のために奪い取ったのか、知れたものではない。
連中にとっては、利権は人命なんぞより遙かに重かったのだろう。
理解したくもない。
そしてアンペルさんが見たように。
ロテスヴァッサの王族も貴族も、同じ穴の狢だ。
何もかも精算するためには。
あたしの寿命は、足りなさすぎるのだ。百年やそこらでは、とてもではないが無理だろう。
だからあたしはクーケン島に戻ったら、人間を止めるための研究を本格的に行う。
その後は、二度と人間が同じ事をしないように。
場合によっては魔王になる研究を開始する。
それも、いずれもが此処では話せない事だが。
ともかく。
膨大な金貨を報酬として貰う。
ありがたい話だが。
まあ、これはヴォルカーさんの心遣いなのだろう。更に、今借りているアトリエは、幾らでも使って良いと言われる。
以降、宿代はタダだそうだ。
「ありがとうございます。 助かります」
「君のような英傑が、王都で活躍してくれる期間が長ければ長いほど助かる。 此方では、君の邪魔をする蠅が出ないように出来るだけ手を尽くそう」
「分かりました。 全力で動きます」
「ああ、頼む」
後は最敬礼して、執務室を後にする。
皆に、この報酬は分けておこう。
あたしだけで独占しても、それは決して良い結果にはならないのだから。
アーベルハイム邸から出て、アトリエに戻るライザを、パミラはじっと見ていた。気付かれる可能性が高いので、もはや肉眼ではなく、衛星からだが。
紅茶を口に運びながら、報告を聞く。
カーティアが。戦闘の経緯についてはまとめてくれていた。
「ライザは今後、王都の機械の復旧、更にはオーリムの復興を終わらせた後、クーケン島に戻るつもりのようです」
「それだけじゃないわねー、あれは」
「恐らく今後、世界中にある門の封印をあの面子で行って行くのでしょうが」
「……多分それだけでもない」
ちいさな部屋。
だが、この時代とは完全に文明が隔絶している部屋。
神代のまま残っていた部屋を、そのまま接収。
使っているものだ。
王都の地下深くにあるコントロールセンターの一角である。
この王都は、神代に作られた都市だが。
その残骸を、この土地に新しく来た者達が再利用した。だからある程度インフラが整っている。
今は、そのインフラの残骸を利用しているに過ぎないのだが。
「同胞」ほか僅かな者が、此処の存在を知っていた。
「コマンダー。 ライザは有益だと判断していましたが。 何かあの者が目論んでいる事を察知しているのですか」
「……私が見て来た優れた錬金術師はね−。 みんな、ある程度の一線を越えると、以降は人間の領域を踏み越えた考えをするようになっていったのよねえ」
「それは欲望が強く、あの外道どものようにということでしょうか」
「すぐにそう考えない。 あの者達と、ライザは違うと言う話をしたでしょう?」
ふふと、パミラは笑い。
そして、プディングを食べる。
実に甘い。
そして美味しい。
これだけは、本当にそのまま残っていて助かる。元々プディングという料理は、料理しだいではとてもまずくなってしまうものなのだが。
砂糖の作り方が失われなかったのも、或いは大きかったのかも知れない。
ロストテクノロジーだらけの中で暮らしていて。
疑問さえもてない。
この世界の人間は、それくらいまで零落してしまっているとも言えるのだが。
まあいい。
ともかく、ライザはしばらく監視だ。
この世界の錬金術師達は、結局どいつもこいつも人間という枷から解き放たれなかった。
だからその優れたテクノロジーをエゴのためにしか使えなかった。
神代の者達からしてそうだ。
「同胞」の根拠地であり。パミラの友人の住まうあの場所にしても、その夢の跡だとも言える。
人間の領域を超えられなかったから。
宝の持ち腐れになってしまった、ということだ。
人間は万物の霊長である。
そういう妄想は、何処の世界でも。どの宇宙でも、生じた人間が捕らわれてしまう最悪の毒である。
人間という生物が、それほど素晴らしいか。万物の霊長という言葉は、人間を錯覚させる。正当化させる。
だが現実問題として、人間は別に素晴らしくなどない。
パミラはそれを知っている。少なくとも、大半の人間の本性はケダモノ以下だ。だからこそ、少しでもよくあろうとし続けなければならない。
その少しでもよくあろうとする努力を。
一から否定するのが、万物の霊長という妄想である。
万物の霊長であるから、全てに勝っていて、完全に正しい。
だから何をしても良い。
そう考える。
少なくとも、大多数は、である。
この万物の霊長という妄想は、人間が捕らわれている呪いに等しい。それも種族単位で、である。
これから脱しない限り、人間に未来はない。
パミラが見て来た、輝かしい文明へと昇華した人間達は。みなこの妄想から解き放たれていた。それには一つの例外もない。人間こそ至高の存在という思い上がりが、あらゆる世界で人間に枷を嵌めてきた。場合によっては破滅にさえ誘ってきた。
それを思うと、パミラには。
ライザにも、この妄想の軛から離れて欲しいと思うし。離れてくれなければ、その時は殺すだけだ。
今のライザの能力で、人間至上主義なんてものを掲げたら。今度こそ世界を滅ぼす要因になる。
それは見逃す訳にはいかない。
世界を見守ってきたパミラは、基本的に世界を見守る事だけに力を費やしてきたが。
この世界は、来たタイミングで滅びつつあった。
だったら、それを崩すために。
少しでも、自身で動かなければならないのだ。
「あの子の話によると、もうライザのセーフティは砕けている。 そして遅くとも一年もすれば、例のものが発動するそうよ」
「!」
「勝負はそれからねー。 最悪の場合は、そのタイミングでライザを討ち取る。 だけれども……もしもライザが、神代のあの者達と違う錬金術師になれるのなら。 貴方達の希望になれるでしょうね」
その時には、パミラが動く。
ライザという存在を、見極めるために。
4、晴れ空
アトリエの外に出て、あたしは伸びをする。晴れ空の下。朝早くだが、もうすっかり陽が照っている。
それから、体を軽く動かす。
朝早くから活動しているのは老人ばかりだ。
あたしは元々農家の出なので、朝早くの行動は全く苦にならない。そうしているうちに、パティが来る。
「おはようございます、ライザさん」
「おはよう。 んー、少し背が伸びた?」
「そうですか? だとすれば嬉しいんですが……」
いや、物理的に背が伸びたわけじゃないな。
多分自信がついたんだ。
今まで見た中でも、桁外れの魔物。フィルフサの王種。それと戦い、生き延びた。最終形態を倒したのはあたしだけれども、それでもパティは善戦して、最前線で頑張った。そして、死なずに生き抜いた。
引くべき時に引く判断だって出来た。
それだけで、充分過ぎる程だ。
良質な戦いは戦士を成長させる。
パティはどちらかというと秀才型だが、それでもあれだけ良質な戦闘を重ねれば、伸びる。
戦闘をこなした上で、生き延びて。
適度に失敗もして。それでいながら、奥義もかっつり決めて。
それが、いい経験になったのだ。
今のパティは、酒場でくだを巻いているような、既に盛りを過ぎた騎士よりも。経験を積んだ戦士だろう。
十代半ばでこの領域に到達した戦士だ。
ただ、戦士として強くても、指導者として優れているかはまた話が別。それについては、ヴォルカーさんから薫陶を受けなければなるまい。
どうせ学園では、その辺りまともに学べないだろう。
タオやボオスから聞いているが、あそこは箔を付ける為の場所だ。
貴族の子弟がバカみたいな権力闘争ごっこをしているとも聞くが。
そんなものは、近いうちに瓦解する。
元々、五百年ももったのが不思議なくらいな貧弱な都市国家なのである。
無能な王族や貴族には、そろそろご退場願うのが筋というものである。
今のアーベルハイムにはそれが出来る。
問題は実質上王都の権力を背後から握っている可能性が高い、あのメイド長達の一族だけれども。
その動向は、ちょっとあたしには読めなかった。
それだけだろうか。不安要素は。
「おはようライザ」
「おはよう」
タオやレントが来て。他の皆もおいおい集まってくる。
今日からまた、アンペルさんとリラさんは別行動だ。二人には、例の門の制御装置を作ってもらう。
それには、門の制御装置を操作し慣れて、仕組みも知り尽くしている二人が最適だ。
もちろん素材などが足りなくなる可能性があるから、その時はあたしも協力する。
最後にクリフォードさんが来たので、朝のミーティングを行う。
「今日はオーリムに出向いて、周辺の偵察と、物資の回収、後は水害の出来るだけ早くの解決が出来るかの調査をするよ」
「やれやれ、フィルフサに遭遇しないと良いんだが」
「その可能性は低いでしょうね。 そもそもフィルフサは群で個、個で群の存在。 担当地域をそれぞれ守る生態がある。 要するに、あれほど強力な王種の縄張りに近付こうとする王種がいるとは思えないわ。 少なくとも数年はね」
「そうか……」
セリさんに、ボオスが答える。
まあ、納得が行く理屈ではある。
ただそれでも油断は禁物だ。ただ敢えて水だらけの場所に、ドラゴンの要素がないフィルフサが近付くともまた思えなかったが。
午前中に作業を片付ける。
あまり確認は出来ていなかったが、それなりの素材は取れる筈だ。あれほど強力なフィルフサがいたのだから、ひょっとしたら高濃度のセプトリエンもあるかも知れないが……それはあくまで高望みだろう。
タオが挙手。
「ごめん、僕は今日は学校に出るよ。 それと、午後からヴォルカーさんから話があるっていう事でね」
「えっ……」
「前から僕には期待しているらしくて、推薦状を書いてくれるらしいんだ。 まあ多分来年になるだろうけれど、博士課程の論文を書く時に、相応の伝手が必要らしくて」
馬鹿馬鹿しい話だよと、タオが苦笑い。
だけれど、あたしとパティは笑わなかった。
多分、タオはその裏にある話を告げられるはずだ。
パティは俯いていて、顔を上げない。
真っ赤になっているのかも知れない。
それを、あたしは笑うつもりはなかった。
タオはこういう奴だ。
だから、しっかり話をしておくつもりなのだろう。ヴォルカーさんの方から。
まあ、これでタオは逃げられなくなった。
年貢の納め時、という奴だ。
それにタオに意識している異性がいるとも思えない。
利という点でも、悪くない話なのである。
とりあえず、そのまま荷車を引いて、遺跡に向かう。まだしばらくは遺跡への出入りは自由だが。
その内アーベルハイムで此処はがっちり管理して、立ち入り禁止とする。
歩きながら、クラウディアが話す。
「機械の修理の件だけれどね」
「うん。 順番はそっちで決めて。 しばらくは、大急ぎで片付けなければならない用件もないしね」
「分かった。 じゃ、王宮秘蔵の機械からにしようかな」
「面白そう。 どんなのが秘蔵されているやら」
ふっとあたしが笑って。
クラウディアも苦笑い。
王宮の権威なんてものはない。
王都の壁の内側にはあるかも知れないが。そんなものは、既に此処には届かないのである。
クリフォードさんに、遺跡の壁の操作は任せる。既に水は引いているから、辺りはひたひたじゃない。
ただ、五感干渉は健在だ。
皆に、それだけは留意して欲しいと、注意喚起はしておいた。
奥に行くと、既にアンペルさんとリラさんが作業をしている。てきぱきと組み立てをしている様子は、流石にたくさんの門を封じてきただけの事はある。
軽く話をするが、やはりフィルフサの気配はないらしい。
門の向こうの雨も、既に止んでいるようだった。
門を抜けて、向こう側に。
フィーが嬉しそうに飛び立って、周囲を飛び回る。
やっぱりこれが自然門だから。それも、ドラゴンが関与した。それ故に、嬉しいのだろう。
オーリムの空気云々は関係無い。
そういうものだ。
「フィー。 何がいるか分からないから、もどっといで」
「フィー!」
すぐに懐に戻ってくる。
もう、完全に言葉を理解していると言う事だ。
辺りを調べて行く。泥濘の地になってしまっているが、場所によっては既に水が引き始めている。
土を調べていたセリさんが、頷く。
やはりこの辺りは、フィルフサの母胎にはなっていない。
なら。後は復旧作業をしつつ。
水を豊富に蓄えられる土地に整えて。フィルフサがそもそも近づけないようにしてしまえば終わりだ。
元々古代クリント王国が水を奪わなければ、フィルフサの異常繁殖がなかったくらいだ。奴らは水にとても弱い。
これだけ水が多い地形だったら、問題は無いだろう。
辺りをクラウディアの音魔術で丁寧に確認しながら、物資を回収していく。
不意に、レントが手を振って来たので、そっちにいくと。
おっと、声が出ていた。
「どうしたんですか、ライザさん」
「見て」
パティに、あたしは満面の笑みで答える。
芽だ。
それも、かなり育っている。
植物の中には一日で人間の背丈くらい伸びるものもあるけれど。これはその類なのかも知れない。
こういう植物が、どんどん育てば、土地の保水力を上げていく。
元々水はけが良くない土地なのだ。
こういう植物は、そもそもこの土地に適応しているのかも知れない。
「ライザ、こっちに鉱石らしいのが結構散らばっているぞ」
「ん、今見に行く!」
「魔物は近くにはいないね……」
安心したようにクラウディアが言う。
辺りの泥は水をどんどん失い、土になりつつある。後は川の状態を整えて、そして森を作っていけば。
セリさんが、手で窓を作って、辺りを確認している。
もう、この辺りをどう緑化するかの、絵図が出来ているのかも知れない。流石、この辺りは専門家だ。
とりあえず、まずは地図作りからだ。
同時に資源も回収していく。
鉱物は、恐らく山の方から流されてきたものなのだろう。かなり尖っていて、大きいものが多かった。
割ってみると、かなり良質の金属がみっちり詰まっている。宝の山と言っても良いだろう。
内容を確認しながら、回収していく。
やがて、王種がいた丘に出た。
其処からかなり離れた地点まで、川が伸びている。クラウディアが、目を細めていた。
「多分、あの川の向こうが王種の根城だった、母胎だと思う。 土の様子が、最初に足を運んだときのグリムドルそっくりだよ」
「……そっか。 じゃああの辺りは、一度押し流さないといけないかも知れないね」
「例の水を奪う道具を使うの?」
「いや、堰を切るだけでいけるよ。 それに……フィルフサは少なくともいないし、王種がいない以上、ろくな抵抗もできないだろうから」
其処を処理してしまえば、後は終わりだ。
クーケン島に戻る日の事が見えてくる。
勿論、その前に。
やるべき事は、全てやらなければならなかった。
(続)
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