死闘三牙
序、分断策
あたしの前で、クラウディアが手をかざしている。
まだ続いている土砂降り。
その先で、フィルフサが陣地を構築している。
そしてフィルフサの群れとあたし達の間にも、かなり激しい濁流が今まさに音を立てて流れている。
まさかフィルフサが、水を防壁として使ってくるとは思わなかったが。
ともかく、それは現実として受け止め。
現実的に倒す方法を考えなければならない。
「どう、クラウディア」
「小型中型大型、まとめて数は三千すこしくらいかな」
「……かなり減っているようだな」
「うん。 二つの群れが瓦解した事、更にこの大雨でダメージを受け続けていることもあるんだと思う。 予備兵力は少なくとも近くにはいないよ。 飛行型は……もう全滅したみたいだね」
そうか、良い情報ばかりだと言いたい所だが。
王種、最低でも将軍二体が無事である時点で、いい情報とは言えない。
さて、此処からだ。
水の流れを、タオが急いで分析している。クラウディアも、それを手伝っている。順番に手順を進めていく。
「敵は小高い丘に陣取っているんだよな」
「うん。 洪水で押し流すのは無理だろうね。 少なくとも、このまま見ているだけの場合は」
「厄介だな……」
「この辺りは、水が多いし、雨もそう。 だからフィルフサも学習して、この辺りでの動き方を心得ているんだと思う。 まさか水害まで防御に利用してくるとは思わなかったけれどね。 だけれども、それでもつけいる隙はあるはず。 僕達の武器……知恵を最大に使えば」
タオが分析を続ける中。
クリフォードさんは周囲を警戒。
アンペルさんは、もう何も言うことは無いという雰囲気で、タオを見ていた。
タオは学者としてはもう自分より上。
そうアンペルさんは言っていたな。
嬉しい事に、あたしのことも錬金術師として自分より上と、褒めてくれていたっけ。
今は、それを喜ぶより。
むしろ責任を受けた事を誇りに思い。
戦い続けなければならない。
無言で様子を見ていると。
タオが、よしと頷いていた。
「計算終わり。 ライザ、上手く行けば、敵の籠城の体勢を崩せる可能性が出て来た」
「詳しく」
「戻ってる暇が無いから、簡単に説明すると。 水の流れを見る限り、浅くなっている地点が幾つかあるんだ。 それを壁として利用して、水を一点に集める」
「よく分からん」
ボオスがぼやく。
タオは、見てれば分かるといって。
何カ所かに指を指していた。
「あそこ、そしてあそことあそこ。 同時に爆破できる?」
「出来るけれど、鉄砲水がこっちに来る可能性があるんじゃない?」
「大丈夫。 計算が間違っていなければ、上手く行く」
「最悪私が防ぐ」
セリさんがそう言ってくれる。
まあ、セリさんの植物操作は、この状況と相性が良いか。
ともかく、他に案も無い。
やってみるしかない。
タオの指定の位置まで皆にさがって貰い。最悪の場合、一番機動力があるクリフォードさんに援護して貰う体勢で、爆弾を設置して回る。
戦略用の広域制圧爆弾は殆ど使ってしまったが。
まだ発破用のフラムが幾つか残っている。
この土砂降りの状況だ。
それを使えば、簡単に決壊は引き起こせるが、問題は鉄砲水に巻き込まれたらこっちまで死ぬと言う事だ。
一箇所目。
設置開始。クリフォードさんが、周囲を警戒してくれる。
勘の鋭さは類を見ない人だ。
これに関しては、今まで何度も助かっている。
「やっぱ誰か見ていやがる。 でもどこから見ているのか、誰が見ているのかがわからねえ」
「それって、ロマンじゃないですか?」
「違うな」
「はあ……」
そっか。それはロマンに分類されないのか。
よく分からない定義だが、ともかくクリフォードさんには大事なものなのだ。馬鹿にするつもりはない。
二箇所目に行く。
一見すると、ただ氾濫寸前の川岸。
どう計算したら、上手く敵に大量の水流を叩き付けられるのか、よく分からない。
だが、それでもやるしかない。
そうして苛烈な攻撃をすることで。
敵の牙城を崩す。
将軍を押し流せればいいのだが。
事実三年前の戦いでは、かなりの数の将軍を濁流に叩き込んで、押し流してやったのである。
将軍もフィルフサだ。
押し流せば死ぬ。
多分王種もそれは同じだが。
流石に王種が同じ手に乗ってくれるかは微妙だろう。
二箇所目での作業完了。
続けて三箇所目に向かう。
クリフォードさんは微塵も油断をしていない。流石に歴戦のトレジャーハンター。それ以上の歴戦の戦士だ。
爆弾の設置、完了。
皆の所までさがる。
今の時点で、フィルフサは仕掛けて来ていない。ともかく、この大雨が止むのを待っている状態か。
それは判断として完璧に正しいから。
あたしがその正しい判断を、徹底的に崩してやる。
いや、あたし達がだ。
フィルフサは生物兵器なのかも知れない。
それとも、何かしらの間違いで出現してしまった存在なのかも知れない。
いずれにしても、フィルフサは今のままでは、存在してはいけない生物だ。
だったら、ここで仕留めてしまうしかない。
移動も設置も急ぐ。
相手はドラゴンと戦える生物だ。
長距離攻撃手段を持っている可能性が高く、もしも狙撃されたらひとたまりもない可能性だってある。
それを考えると、急ぐしかない。
設置を順番に終えていく。
そして、すぐにその場を離れる。如何に水で鈍っていても、フィルフサ相手に油断するつもりはない。
爆弾の設置、完了。
タオが言うとおりであれば、一気にこれで戦況を変える事が出来る筈だが。タオを疑うつもりはない。
だが、タオの計算通りといくかどうか。
戻って、設置が終わった事。
クラウディアが、設置位置を確認したことをそれぞれ話し合う。
頷いていた。
「よし、ライザ!」
「うん!」
セーフティを解除。
そして、起爆。
複数箇所で、爆弾が炸裂。
一気に彼方此方で、水の流れを変えていた。
少し高くなっている地点から、様子を見る。
決壊した川から、どっと水が流れ込む。それは文字通り水の竜となって、辺りを暴れ狂う。
タオには、どうそれが動くか計算できているのだろう。
そう信じて。
計算も当たると思って。
様子を見守る。
複数の川から、一気に水が流れ込んだことで、低地に水がなだれ込み。池になっていた場所が、湖になっていく。
それだけではない。
凄まじい波濤とともに、やがてそれが一箇所に集まる。
「出て来たよ! 王種だと思う!」
「防御する」
セリさんが、植物の壁を展開。
更には、レントが前に出て、防御の態勢を取る。
あたしも地面に手を突くと、氷の壁を展開。熱魔術によるものだ。あまり高熱に比べて氷は威力を出せないが、それでも詠唱有り、時間を掛けての魔術だったら、これくらいは余裕。戦闘でも攻撃に氷は活用しているが。壁にすることも条件が整えば可能だ。
王種のいる方向が光る。
超遠距離攻撃の可能性を想定したが、あれは違う。
凄まじい波濤になっている水に、何かしらの大火力魔術を叩きこんだようだ。凄まじい水柱が上がっている。
だが、それでも水は食い止められない。
水のパワーは凄まじい。
あたしはおぼれかけたときにそれを思い知らされたし。
着衣泳の訓練を散々やって、更に水の恐ろしさを思い知らされた。
ドラゴンだろうが。
精霊王だろうが。
牙を剥いた自然の猛威には、勝てっこない。
何度も水に攻撃を叩き込む王種。だが、水は容赦なく怒濤となって、その光をかき消すのが分かった。
「波が……!」
「複数方向からの水流が、あのフィルフサ達が陣取っている丘にぶつかるように計算した!」
「なるほど、三角波を意図的に起こしたのか」
「丘に……直撃するよ!」
凄まじい破裂音が響く。
破裂音かと思ったが、違う。
多分だけれども、今タオが言った水流が合流して、一気にフィルフサ達が雨宿りをしていた丘に直撃し。
抉り取ったのだ。
そのもの凄いパワーが、破裂音と錯覚させた。
思わずパティが耳を塞ぐのが見えた。
大雨の中、此処まで轟くほどの水のパワーだ。これは、殆どのフィルフサが、ひとたまりも無い筈である。
「クラウディア、どう?」
「今、確認中……王種、上空に出て後退してる!」
「位置分かる? 狙撃して叩き落とす!」
「……待って、今、正確な位置を……」
あたしは詠唱開始。
更に、足下を凍らせて、踏み砕いても地盤が壊れないようにする。
この距離から、相手に届けられる爆弾は存在していない。
しかしながら、あたしにはこの距離を蹂躙できる切り札がある。
一点収束型のグランシャリオ。
一発で石造りの家屋複数を粉砕する熱槍を二万、一点に収束し。
それをあたしのもう一つの切り札である足技をフル活用して、踏み込んで相手に叩き付ける文字通りの必殺の技。
相手を必ず殺す技だ。
ただ、今までの時点で、殺せなかった敵が出て来ている。だから、あたしは更に研鑽を重ねるつもりだ。
最強だと思い込んだ時点で、人間は進歩を止める。
だからあたしは、まだまだ強くなる。
そして人間を止めてももっと強くなるつもりだ。
この世界の人間は。
古代からずっと、錬金術を知れば悪用することしか考えなかった。
そんな輩には、焼きを入れなければならない。
必要ならばあたしが魔王になる。
ただそれだけの話だ。
「ライザ、位置確認完了!」
クラウディアが、光を並べて、相手の位置を示してくれる。
頷くと、あたしは詠唱の最後を唱え終え。
収束させた、全てを撃ち抜く光の槍を。
踏み込みながら、投擲していた。
相手はフィルフサ。
魔術がほぼ効かない。
この土砂降りの中。しかも、凄まじい波濤を浴びた王種だ。
これがどこまで効いてくれるか分からない。
だが、それでもだ。
無傷はあり得ない。
クラウディアの誘導に従って、グランシャリオの火線が伸びる。全てを焼き尽くす熱の槍が。
直撃。
炸裂音が、此処まで響いてきていた。
空が明るくなる。
爆発したのだ。
「直撃……!」
「油断するな。 防御態勢続行!」
アンペルさんが警戒を促す。あたしは深呼吸しながら、体内の魔力の流れを練って行く。
反撃が来る。
どうやら、今の凄まじい波濤を耐えきったフィルフサが、此方を捕らえたらしい。反撃の魔術が、セリさんの植物の壁を、あたしが作った氷の壁を次々貫く。
だが距離がある。
すぐに皆で移動を開始。わざわざ壁が破られるまで、待ってやる理由なんてない。
「クラウディア!」
「王種、墜落してる! 間違いなくダメージは入ったけれど、コアにまで行ったかは……」
「墜落先は!」
「……っ、ダメ。 水の中じゃない」
そうか、じゃあ戦って殺さないとダメだな。
そう思いながら、あたしは皆を急かして、水の中を移動する。苛烈な攻撃で、さっきまでいた場所が粉砕される。
多分さっきの丘にまだ生き残っていた残存のフィルフサ。
それも将軍級によるものだろう。
クラウディアが、光魔術で地図を展開。位置を示してくれる。
どうやら、丘よりかなり向こう側に王種は落ちた様子だ。
水は一気に丘に叩き付けられてから、その反動で渦巻いてはいるが。それ以上三角波が起きる事もないようである。
そうなると、将軍と王種の分断は、成功したとみていい。
さっきまで陣取っていた高所が粉砕される。
凄まじい火力だ。
或いは遠距離戦特化のフィルフサなのかも知れない。だが、だとするとどうして先の将軍二体との戦いで、横やりを入れてこなかった。
ともかく接近戦を挑んで、一気に仕留めるしかない。
水を蹴立てて走る。
時々クラウディアが、指示を出してくる。
「その先、深くなってる! みんな左に迂回して!」
「クラウディア、ごめん、負担かける!」
「いいの! それより走って! さっきの長距離攻撃、どうして此方を狙えたのか、よく分からない! もしも不意を打たれたら、多分動きにくいこっちはひとたまりもないよ!」
「そうだな。 その場合は俺が何とか時間を稼ぐ」
レントが、最前衛で怒鳴り返すように言う。
土砂降りと風が凄まじくて、それくらい大声でないと聞こえないのだ。
土砂降りはもう二日と続かない筈だが。
最後の力を振り絞るようにして、荒れ狂っている。
フィルフサの王種には、ダメージを与えたはず。
撃墜したのだ。
地面に落ちて、それで無事でいるとも思えない。
問題はそれからだ。
リラさんが、分かりやすく問題を皆に伝えてくれる。
「将軍は恐らく二体、纏まっている。 その上足場も良くない。 皆、気を付けろ。 勝負は多分一瞬になる!」
「雑魚は殆ど流れてしまったはず。 だけれども、将軍の強さは桁外れだよ。 散々雨に打たれて、それでさっきの濁流の直撃を受けても、なおギリギリの勝負になる筈!」
「先に王種を倒すのはどうだ」
「横やりを入れられるとまずい。 先に将軍から倒す!」
クリフォードさんに、あたしが説明。
司令塔は、刻一刻変わる状況に、的確に対応しなければならない。それだけの責任を負っているのだ。
責任か。
あたしは、責任を押しつけ義務も押しつけ、そして利益だけ奪うような存在になるつもりはない。
大きく迂回して、大雨の中走って。フィルフサが陣地にしていた丘が見えてきた。
凄まじい抉れ方をしている。
さっきの水攻めが、どれだけ強烈に敵を襲ったのかが、一目で分かるほどだ。
フィルフサは少数。殆ど死にかけ。
将軍は、三体か。
最低でも二体と思っていたから、想定の範囲内だ。その中の一体。
明らかに異形である。
体は他の将軍と似た虫型だが。
その体は、筒のように伸びきっている。あれは砲撃特化型のフィルフサだと判断して間違いない。
さっきの長距離狙撃は、こいつによるものだ。
他二体の将軍は、プレッシャーで分かる。
右のは接近戦担当。左は防御担当か。
「パティ! あたしと右を叩くよ! レント、タオ、リラさん! 左を! セリさん、アンペルさん! 砲台型を! ボオス、クラウディア、クリフォードさん、残りの雑魚を頼むね!」
「分かった!」
振り分けは、簡単だ。
砲台型は、一目で分かった。他のフィルフサが支援して、やっと動けるタイプ。だったら、相手の動きを封じて、一点突破すればいい。セリさんが動きを止め、アンペルさんがコアを貫けば倒せる筈だ。勿論相手は将軍級のフィルフサ。理屈が分かっていても、簡単に勝てはしないだろうが。此処は二人を信じる。
防御型は、攻撃力に特化したリラさんと、更にパワーだけなら多分全員で一番のレント。これに加えて、相手の弱点を的確に分析出来るタオが適任だ。
そして接近戦型は、あたしとパティで出来るだけ迅速に仕留める。
クラウディアとクリフォードさんは、制圧戦闘を担当して貰う。ボオスも此処で頑張って貰う。
まだ生き延びている少数のフィルフサが、土砂降りで傷みつつも、仕掛けて来る。
其処へ、クラウディアの制圧射撃と、クリフォードさんのブーメランが横殴りに襲いかかる。
嘘のように砕け散る強力なフィルフサの装甲。
飛び散った装甲を蹴散らしながら。あたしは蟷螂ににた姿をしている、黒い将軍へと襲いかかっていた。
1、鉄壁
敵の群れを突破したリラさんが、丸々とした黒い将軍に躍りかかる。丸々としている……恐らく甲虫の要素を取り込みつつ、他にも頑強な生物の特性を取り込んでいるのだろう。そいつはレントから見ても。
レントが今手にしているゴルドテリオンで主体を構成し。更にはグランツオルゲンという超ド級の金属で威力を上げている大剣でも。
苦労するのは、目に見えている相手だった。
リラさんが、立て続けに攻撃を叩き込む。
その凄まじい攻撃は、今見ても凄まじいと言わざるを得ない。レントにとっては師匠に当たる人だが。
今でも、師匠と呼ぶしか無いほどの力量の差がまだある。
ただ、単純なパワーだけなら、もうレントが上だ。
これだけの雨、更にはさっきの強烈な波濤に晒されても、なおも鉄壁を見せつける黒いフィルフサ。
こいつくらいは撃ち倒さないと。
此奴らを束ねる王種には、恐らくは届かないだろう。
リラさんの攻撃が、悉く弾き返される。
続いてタオが、数度斬り付けて、距離をすぐに取る。
巨大な丸っこいフィルフサの将軍は、足を上げると、二人に向けて振り下ろす。地盤が粉砕されるほどのパワーだ。
硬くて重くて。そして力強いか。
分かりやすい相手である。
振動が来る前に、レントは跳躍。
裂帛の気合とともに、大剣を振り下ろしていた。
一撃が入るが、完全に弾かれる。
舌打ちして飛びさがると、ぐっと引いたフィルフサの将軍を見て、即座にガードの体勢に。
シールドバッシュの要領で、将軍が身を叩き付けて来る。
レントも、全身で踏み込んで、一撃を受けて立っていた。
だが、吹っ飛ばされる。
地面でバウンドして、それで必死に立ち上がる。流石だ。舐めてかかれる相手でも、パワー勝負で勝てる相手でもないか。
三年前、雨で弱体化しているフィルフサの群れを、水害で散々流してやった。
だがそれでも将軍は強かった。
雨で弱体化していても、なおも強大な壁として立ちふさがって来た、最後に残っていた将軍を思い出す。
ライザがフィルフサに対しては珍しく、その最後に敬意を払っていた。
あれから、随分腕を上げて、力も強くなったつもりだ。
だが、それでも流石にパワー勝負で勝てない相手なんて幾らでもいる。
頭では分かっていたつもりだ。
しかし、雨で弱体化してこれか。
そう思うと、苦笑いが浮かんでくる。
世界にはまだまだ強い魔物が幾らでもいるはずだ。雨で弱体化していなければ、こいつとはまともにやりあうことすら出来なかったはず。
タオが、残像を作りながら激しい攻撃を浴びせている。リラさんも、それにあわせて次々と体術での一撃を入れている。
「斬撃、ダメだ。 ほぼ通らない!」
「打撃もダメだな。 衝撃がまるごと殺されているようだ」
「タオ、何か攻め倒す隙は」
「分からない! とにかく、攻撃を少しでも入れて!」
情報がなければ倒せない、か。
まあいい。
レントも血を吐き捨てると、再び躍りかかる。
幾らでも来て見ろ。
そう黒い将軍は言わんばかりに悠々としていて、時々猛烈な勢いで足とか振るって反撃してくる。
今まで、数多の敵を殺して、踏みつぶしてきたのだろう。
それが伺える、圧倒的な強者の動きだ。
本来だったら、ある程度好感を持てたかも知れない。
だが、フィルフサとは生き方がそもそも相容れないのである。
此奴は、ここで仕留めるしかない。
そうしなければ、どれだけの被害が出るか、知れたものではないのだ。
雄叫びとともに斬りかかる。
全力を込めた、それもゴルドテリオンの刃だが。それでもがつんと弾き返される。これは、本当に鉄壁か。
だが、僅かに傷はつく。
水がこれだけ弱らせていても、この強度。
一体どうやっているのか。
タオが飛びさがる。
レントは踏み込むと、横殴りに振るわれた足をそのまま弾き返す。
吹っ飛ばされるが、それでもタイミングはあった。リラさんが、それで余裕を持って離脱出来た。
「タオ、何か分かってきたか」
「……僕が手数を増やします。 支援、お願い出来ますか」
「ああ、任されたぜ」
タオが両手にしている剣は、かなり小ぶりなものだ。
ボオスも二刀流にしているが、ボオスの場合は長剣と短剣をそれぞれ使い分けている戦い方であり。
基本的に敵を斬るときは右手に持っている長剣。
左手の短剣は、防御と支援に使っている。
タオの場合は、両手の短剣はどっちも攻めも守りも担当する、変幻自在の剣術である。
昔は槌で体ごとぶつかって行っていたタオだが。
今では、すっかりテクニカルな戦い方が出来るようになっていた。
タオが、凄まじい手数を浴びせ始める。
蹴り技なども含んでいるようだが、とにかく相手が硬すぎる。痛くも痒くもない。そういう風情で、黒い将軍はタオを吹っ飛ばそうとするが。レントが割って入って、一撃を防ぐ。
リラさんも、隙を見て攻撃を入れているが。
リラさんの凄まじい……ライザほどでは無いが、より洗練されていて手数が多い蹴り技を受けても、黒い将軍はびくともしていない。
いや、まて。
タオが随分と早く飛び離れる。
リラさんも、それを見て離れたようだった。
レントが、足を振り上げた将軍に対して、今度はこっちからタックルを入れる。
拮抗。
弾かれる。
また吹っ飛ばされるが、少しずつタイミングが分かってきた。
こういう根比べは。
得意分野である。
「それでタオ、分かってきたか」
「うん、少しずつ。 レント、まだいける?」
「ああ、大丈夫だ」
「切り札、切る」
タオが、コアクリスタルから薬を取りだす。
あれはライザが作った、身体能力を一時的に上げる薬だ。ただ反動が大きいので、ここぞと言うときにしか使うなと言っていたっけ。
タオは元々戦闘力があまり高い方ではないから、切り札としてあれを手にしていたようだったが。
なるほど、分かってきたと言う事か。
薬を飲み干すタオ。
リラさんが、同じようにコアクリスタルから薬を、回復薬を出すと、一気に飲み下していた。
レントはまだいい。
一瞬の対峙。
そして、タオが仕掛けていた。
「せあっ!」
身体能力を強化したタオが、普段は頭の強化だけに使っている肉体強化の固有魔術を、全力で展開しているのが分かった。
速い。
今まで見た、どんな魔物よりも。
おおと、声が上がる。
昔は弱虫で、いじめられっ子だったタオは。もうすっかり背も伸びて、これだけの力を得ている。
これは負けていられないな。
レントは、大剣を構えて、タオが仕掛ける圧倒的な猛攻を見守る。
リラさんが体勢を低くして、詠唱を続けている。
あれは見覚えがある。
精霊の力を借りると言う奴だ。
レント達の世界にいる精霊王とは随分と違う代物のようだが。この状況だと、水の精霊の力を借りられるらしい。
リラさんの全身に、力がみなぎる。
そして、リラさんも、敵に躍りかかっていた。
怒濤の猛攻が二つ。
竜巻のようになって、黒い将軍を嬲る。いや、それほどの手数になっても、なおも黒い将軍は倒れる様子も、傷つく様子もない。
いや、そうか。
何となく分かってきた。黒い将軍は、凄まじい硬い強力な装甲を身に纏っているが。だが、形が一瞬ごとに変わっている。
これは、そういうことか。
「分かったよレント!」
「……全力での一撃を入れればいいな」
「そういうことだ!」
タオとリラさんに、レントは答える。
レントも身体強化の固有魔術だが。これはそもそも、殆どの人間がそうだ。
ライザの熱魔術や、クラウディアの音魔術はレア。肉体ではなく、ものの強化をするパティのエンチャントやクリフォードさんのブーメラン操作もどちらかというとかなり珍しい。セリさんの植物操作なんて、この世界の人間とは魔術の系統が違うと思う。アンペルさんの空間操作も、それに近いものを感じる。
だが、別にレアでは無いからといって、劣っているわけじゃない。極めれば、レア魔術と互角以上の強さを引き出せる。とにかく研究されているから、むしろノウハウは多く伝わっているくらいなのだ。三年、旅をしている間に。他の身体強化魔術使いから、レントは使えそうな技やノウハウを、貪欲に吸収してきた。やることは、やっていたのである。
レントは大きく深呼吸をすると。
文字通り、剣に全てを集中していく。
大雨が降り注ぎ続けている。
足場だって怪しい。
だけれども、それらが全て、遠くになっていく。前で戦っている二人と、そして。
一秒ごとに、形を変えているフィルフサの将軍だけが見えてくる。
横やりは、気にしない。
ボオスもクリフォードさんもクラウディアも、総力で制圧戦をしてくれている筈だから、である。
他二体の将軍は、皆がそれぞれ相手をしてくれているはず。
此方に横やりが入ることは、考えない。
雑念を極限まで絞り。
そして、剣そのものに、全ての精神を集中する。
少しずつ、相手の戦術の詳細が見えてくる。
やはり、黒い将軍は一秒ごとに形を変えている。だから、斬撃も打撃も入らない。だが、それには限界があるはず。
フィルフサはコアを貫けば死ぬ。
コアに凄まじい魔力を秘めていて、それが古代クリント王国の連中が、資源として回収しようとしていたものだったか。
いずれにしても、そのコアの魔力が、魔術を完全に弾く装甲を操作している。
その装甲には水という弱点があるものの。
だからフィルフサは、此方の世界の人間も兵器も、文字通り蹂躙する事が出来たのである。
数が多いから強いわけじゃない。
こっちの世界の人間とは、相性が悪すぎたのだ。
構えを取る。
狙うは、大上段からの一撃。
更に良く見えてきている。相手の弱点も、ついに見えてくる。
フィルフサの将軍は、左右からの猛攻に対して、全力集中している。レントの攻撃に対して、やがて対応できない瞬間が来る。
タオの時間は残り少ない。
あの薬の強化は、多分まだ続くが。
タオの体力が保たないのだ。
そうなると、リラさんだけで攻めきれるかという話になるが。そうなると、多分不可能だろう。
リラさんだけの攻めだと、決定的な隙を作り出すことはできない。
今は、タオを信用するしかないのだ。
鬱陶しいとばかりに、将軍が足を振るって二人を追い払いに懸かるが。
レントが弾くのを見て、二人とも動きのタイミングは見きっていたようである。両者ともに回避。
だが、それで完全に頭に来たのだろう。
フィルフサの黒い将軍は、全力で体内の魔力を増幅させる。多分、周囲全部を薙ぎ払う広域攻撃に出るつもりだ。
その瞬間。
レントは動いていた。
大上段に振り上げる。
踏み込む。
黒い将軍は気付く。だが、タオとリラさんが、危険を承知の上で、更に攻撃を加速させる。
特にタオは、これが最後の最後。
一気に押し込みに懸かる。
黒い将軍は、それでも全域制圧の魔術を発動させようとする。
だが、その時。
踏み込んだレントが。
己の剣技と。
研磨した肉体と。
ライザが作った最強の剣を振り下ろして。
常時装甲を操作する事で、あらゆる攻撃に対応していた黒い将軍に、一撃を叩き込んでいた。
うおんと、音がなる。
それが、空気を置き去りにして振り下ろされた大剣の声だと気付いたのは。
将軍の装甲を、文字通り叩き潰してからである。
将軍が、魔術詠唱をとめる。
何が起きた、と困惑しているように足を動かしていたが。それもやがて、収まっていく。レントの一撃は、装甲を完全に打ち抜き。
そして、コアも砕いていたからである。
ふうと、大きく息を吐く。
全身の力が抜けるようである。
レントも回復用の薬をコアクリスタルに入れている。それを口にして、どっかと座り込んでいた。
リラさんは。まだ余力がある。すぐに残敵の掃討に向かう。或いは、他の面々の手助けだろうか。
レントは少し動けない。
今更ながらに、雨に濡れて、滑り落ちかねない足場が怖くなってきていた。
「タオ、無事か」
「なんとか。 王種との戦闘で、筋肉痛とかが出ないといいけど……」
「あれだけ戦っておいて、良く言うぜ」
「僕は結局の所、戦士にはあまり向いていないのかも知れない。 戦うための力だって、結局は遺跡の調査に必要だから手に入れているんだし」
つまり二足のわらじというわけだ。
二足でこれだけやれれば充分だ。
そう呟くと、レントはともかく座り込んで。
少しでも、体力を回復するべく務める。
まだ、戦いは終わっていないのだから。
多数の小型フィルフサが、わらわらと蠢いている。なんとなく此奴らが、さきの遠距離狙撃を補助したのだと、ボオスには分かった。
とにかく剣を振るって、片っ端から倒して行く。
装甲も脆くなっている。
それに、どうにも逃げ腰だ。
あの凶暴なフィルフサとは思えない。
だけれども、これは凶悪な長距離砲の支援のためだけにいる、真社会性生物らしいフィルフサだと思うと。
刈り取らなければならない。
今、ボオスは。
皆と同じ戦場には立てない。
レント達が戦っている化け物みたいな黒い奴は、残像を作りながら攻めているタオとリラさんに対しても、猛攻を返している。
ライザとパティがやりあっている、蟷螂みたいな奴は。
それこそ、ボオスだったら一瞬で唐竹にされるような攻防を続けている。
砲台型だって、セリさんとアンペルさんの攻撃に対して、必死に反撃を続けているし。
クリフォードとクラウディアは、ずっと制圧戦闘を続けていて。その手際だって、ボオスの及ぶ所じゃあない。
ボオスは奥歯を噛む。
昔。幼い頃、ライザと喧嘩別れしてから、ずっと帝王教育に集中してきた。それには意味があったのだろうが。
先代のブルネン家当主が言っていたように。
今になって思う。
ライザと良い関係を維持して、刺激を得るべきだったのだと。
三年前にやっと仲直りしてから、得るものがどれだけ多かった事か。
それは今、こうして。
明らかに置いていかれている事からも、よく分かる。
ボオスは精々田舎の顔役止まりの人間だ。
それはボオス自身が分かっている。
都会の顔役が有能かというと、それは話が違ってくるが。いずれにしても、ボオスだってそんな大した器があるわけじゃあない。
だが、ライザは。
あれはクーケン島なんかに収まる器じゃない。
錬金術を得て飛翔したライザは、魔物に押されっぱなしのこの世界を、打開しうる。世界レベルの英傑だ。
事実三年前の戦闘では、フィルフサの王種を仕留めて。二つの世界が完全に終わるのを食い止め。
それどころか、問題が大きくなる一方だったクーケン島を。
建て直す事にまで成功している。
そのパワーはあまりにも凄まじい。
どうしても、自嘲してしまう。
タオもレントも。
ライザと一緒でなければ、此処まで伸びなかったはずだ。
今やタオは、世界的な学者に片手を掛けている。
レントは世界最強が見えてきているはずだ。剣士という分野に限って、の話になってくるが。
女としてのライザには、最後まで興味を持てなかった。
というか、ライザ自身が、女としての自分に興味が無かったように今になっては思う。
だから先代がいうように、ライザと婚約だのはしなかった。ボオスがもしもライザに興味を持てても、向こうから断って来ていただろう。
それについては。今は良い思い出だ。
ライザの実力は、既に人間の領域を超えかけているし。
その何処までも飛んでいく翼は。
人間という枠組みに収めていては、もったいないとすら感じるのだから。
大きめのフィルフサが来る。
死にかけているが、それでもボオスから見て、かなり手強い相手だ。クリフォードとクラウディアは、こっちに手を回す余裕は無い。
装甲がドロドロに溶けて痛々しいが。
だが、此処を通すわけにはいかない。
長剣を前に。短剣を引くようにして構える。
二刀流というのは、二刀を同じようにして扱うだけじゃない。それは、自分で研鑽して理解出来た。
理解出来ると実行できるは全く別の話で。
豊富な戦闘経験を積んだレントと組み手をしながら、この剣術を磨き抜いてきた。そろそろ、自分だけで剣術を発展させることが出来そうだが。
それでも、極めたところで。
多分アガーテ姉さんには勝てないだろうな。
そうボオスは内心で思う。
あの人は天才だ。
そういう人はどうしても存在している。
ボオスはあれこれ出来るが、天才にはどの分野でも及ぶことがない。
同年代に化け物ばかりいるから感覚が麻痺しているのかも知れないが。
それを素直に受け入れる事が出来る様になって。
ボオスは。やっと先に進めるようになったのかも知れなかった。
「来いよ。 俺じゃ少しばかり不足だろうが、相手になってやる」
挑発は通じたようだ。
大きな犬型のフィルフサは、体勢を低くすると、文字通り放たれた矢のように突っ込んでくる。
此奴くらいは仕留めきらないと。
ここに来た意味がないな。
そうボオスは考えて。泥濘を蹴って、敵に躍りかかっていた。
2、砲台は唸る
砲台型のフィルフサ。これほど特化した存在を、セリは見た事がなかった。
セリは元々オーリムの聖地の一つ、ウィンドルでずっと過ごして来た。そこはフィルフサ対策に精鋭を集めた最後の砦とも言える場所だった。だからセリも此方の世界に来るまでは、フィルフサと戦い続けていた。ずっとフィルフサと戦い続けて来たのは、他のオーレン族と同じなのである。
これはもう、オーレン族の宿命だ。
だが、それでも。
今回交戦しているフィルフサの群れは、イレギュラーだらけである。オーレン族最強のあの長老ですら、この異形の集団を見たら驚くのではないのだろうか。
矢継ぎ早に植物を展開して、動きを封じる。
背負っている巨大な砲を向けられたら、ひとたまりもない。とにかく動きを阻害していくしかない。
植物が軋む。
地面がぬかるみ緩んでいるからだ。
どれだけ強靭な蔓で拘束しても、フィルフサは腐っても将軍。虫に似たその体を揺らして、拘束を必死に解こうとする。
その間アンペルが、空間操作の魔術で次々体を貫いているが、どうしても致命打を入れるに至っていない。
後方では、クラウディアが放ったらしい矢が、まとめて十数の小型を撃ち抜いている。
撃ち抜かれた小型は足を滑らせ。この高台から滑り落ち。
そして濁流に呑まれて死ぬ。
セリだって、負ければ同じ運命が待っている。
冷や汗を、飛ぶようにして吹き付けてくる大粒の雨が吹き飛ばす。セリの服のフードは、首の後ろで激しく揺れていた。
良く考えたら。
雨は経験があるが。こんな嵐は、オーリムではなかったか。
それもそうだ。
フィルフサに滅茶苦茶にされた気候の結果、乾燥がオーリムにとって基本だった。オーレン族の最後の砦であるウィンドルでもそれは同じで。ウィンドルにある最後の清浄な泉ですら、悲しいほどちいさな規模だった。
此方の世界に来てから、幾らでもある水に苛立ちを感じたし。
大雨や嵐を経験して、それで驚きもした。
これが昔、オーリムにもあったのだと思うと。
これでフィルフサをどうにかできなかったのかと感じて、とにかく悔しかったのを覚えている。
今は、実際嵐の中でフィルフサと戦いながら。
ある意味高揚すら感じていた。
今、フィルフサを。
良いようにたたきのめせている。
それはオーレン族の悲願。
氏族関係無く、フィルフサに憎悪を抱いていないオーレン族なんて存在していない。
勿論この水害については、良く思わない。
ライザが引き起こした事を考えると、少し悲しくさえある。
だけれども、フィルフサに汚染されるより先に、フィルフサをたたきのめして。
奴らがいなくなった後、ここをどうにか再建すれば。
再建は、出来る。
土の状態は、それほど悪くない。だからこそ、水で押し流してしまうのは口惜しいのだが。
フィルフサの王種は非常に数が少なく、オーレン族以上に繁殖が遅い。
王種さえ仕留めて。
この土地を水と緑で満たせば、フィルフサを充分に防ぐ事が可能だ。
それで、この土地への償いとする。
だから。
ここで、今負ける訳にはいかないのだ。
セリは、魔力を絞り出す。
魔力量に限ってなら、ライザやクラウディアには劣るが。魔力の使い方に関しては、まだまだあの二人に負ける気はない。
魔力を練り上げて、植物を召喚。
ひたすらに、相手を締め上げる。
「まだ。 いつまでも続けられないわよ」
「分かっている! くそ、コアがありそうな場所は、だいたい貫いたのに……」
「貫きさえすれば、倒せるのね」
「それは間違いない」
アンペルといったか。
あの白牙氏族の戦士、リラと一緒にいるくらいだ。ライザと同じで、例外的な錬金術師なのだろう。
錬金術師なんて、全て殺すべきだと此方に来る前は考えていたが。
ライザを見て、考えが変わった。
勿論ライザは例外だと言う事も分かっている。
事実ライザが、それを認めていたくらいだ。
アンペルも、ライザが影響を受けた存在なのだとすれば。
或いは、アンペルが最初に生じた例外で。
ライザはその影響を強く受けたのかも知れない。
いずれにしても、此処を任されたのだ。
負ける訳にはいかない。
力が弱まれば、いつでもこの砲台型は反撃に出てくるだろう。そうなれば、火力が低いセリとアンペルは、ひとたまりもない。
だが、そうはさせない。
切り札を、切るとする。
杖を回転させて、詠唱を杖に代行させる。
セリ自身は、別の詠唱を行う。
この杖はライザに改良させたが、杖そのものを回転させる事で詠唱を行える特別品である。
更に、舞う。
セリがつけている腕輪にも同じ機能があり。
舞う事によって、更に詠唱を行う事が出来る。
人間は喋る事によって詠唱するらしいが。
それ以外にも、こうやって詠唱の手数を増やすことは出来る。
ただし、魔力は自身から絞り出さなければならない。だから、詠唱の手数だけ増やしても。
大魔術を上手く扱えるかは、別問題だ。
たんと、踏み込み。
魔術を完成させる。
以前、一度だけ皆に見せた大技。
その完成形を、此処でぶっ放させて貰う。
「エタニティ……」
ぶちぶちと、植物の戒めを砲台型フィルフサが引きちぎる。まずいと判断したのかもしれない。
セリに砲台を向けようとするが、これこそが好機だ。
最後の一節を唱える。
「ブルーム!」
上下から殺到した大量の植物が、砲台型フィルフサを包み込み、全身を締め上げていく。アンペルが頷くと、立て続けに空間切断の魔術を発動。切り裂く。
ぶつりぶつりと音がする。
砲台型はまだもがいているが。
一瞬だけ、動きが鈍る。
「掠めた……!」
「妙ね」
今まで穴が開いていた射線上に、今のはあった筈だ。どうしてそれで掠めた。
そうか、分かってきた。
此奴は砲台、長距離狙撃に特化している。
恐らくだが長距離狙撃を行う際に、ギミックの一つとしてコアも動いていたと言う事なのだろう。
だとすると、まずい。
あいつは恐らくだが、砲台をこっちに向けなくても、その気になれば射撃してくることが出来る。
額の血管が破れそうになるが、それでも残りの魔力を集中。
フルパワーだ。
砲台型フィルフサに集まった植物が、傷から内部に入り込み、押し広げに懸かる。勿論とんでもなく消耗する。
意識が飛びそうになるが、それでもやるしかない。
砲台型フィルフサも、本気で抵抗していて。植物の戒めが、彼方此方でぶちぶちと引き裂かれている。
どれも鉄以上の強度にしている筈なのに。
如何に狙撃特化と言っても、将軍ということだ。
「穴を拡げたわ! 急いで!」
「くっ……コアが時々見えるが、動きが速すぎる!」
そろそろ限界だ。
セリの魔力量だと、これ以上は厳しい。
もしも砲台型を自由にさせると、それこそライザや他の者の背中を撃ち抜きかねない。それくらい危険な相手だし。
それを絶対にさせないと判断したから。
セリは、任されたのだ。
ライザは信頼に値する。
だったら、セリだって、信頼に応えなければならない。
激しく砲台型がもがいて、ぶちぶちと戒めがちぎられた。そして、砲台型が体をくねらせて。砲台をライザ達が戦闘している方向に向けようとする。
かなりの距離から、結構本気で張った壁をブチ抜くくらいの火力を展開してきた将軍である。
それも、大雨の中。
十分の一以下に弱体化している状態で、だ。
攻撃は魔術を利用はしていたが、投射してきていたのは質量弾だった可能性が高く、なんなら恐らくはフィルフサの甲殻だろう。
だとしたら。
投射させたら、その時点でライザとパトリツィアは死ぬ。
させるか。
意識が半分飛びそうになりながらも、更に植物を召喚。これほど魔力を使ったのはいつぶりか。
人間の世界に出て。
そして今思うと人買いだっただろう連中に絡まれて。
皆殺しにしたときくらいか。
片付けても片付けても出てくるから、結局百人以上は殺した。最後の方は結構しっかりした装備をしているのが出て来たから、或いはあの人買い。何処かの街の権力者とつながっていたのかも知れない。
あの時だ。
顔や手足を出来るだけ隠しておくようにするべきだと、学習したのは。
更に人間への憎悪も募った。
にっと笑う。
ライザは信用できる。
だが、人間はろくでもない。
それでいいではないか。
此処にいる連中も信用できる。
だから、フィルフサを撃滅するために、今は命を張れるのだ。
「はあっ……!」
気合を腹の底から絞り出す。
精神論なんて、何の役にも立たない。
全て魔力を効率よく絞り出すための行動だ。
寿命を削るかも知れない。
だが、此処でセリが敗れるわけにはいかないのだ。
アンペルが、詠唱している。
滅多に詠唱することはないのに、珍しい。だが、何をしようとしているのかは分かった。アンペルも、全力で魔力を絞り上げている。
くるっと、円を描くようにして。
アンペルが、手を回す。
頷くと、セリは。
また植物の戒めを引きちぎろうとするフィルフサの将軍に対して、敢えて拘束を緩めていた。
待っていたとばかりに、フィルフサの将軍が、ライザ達に砲台を向けようとした瞬間。
完全に此方から注意がそれる。
いや、違う。
拘束を解いた瞬間、将軍の全身から多数の針が射出。セリの腕、足、立て続けに突き刺さっていた。アンペルも、攻撃を貰った筈だ。
興奮状態にあるが。
それでも焼けるような痛みが走る。
それでも、セリは嗤う。
何かおかしい。
そう判断したかも知れない。
だが、将軍は命を捨ててでも、ライザを狙いに行く。恐らくだが、ライザが錬金術師で。この一団の最大戦力だと言う事を知っている。だからこそ、命を捨ててでも殺しに行っているのだが。
そうは、残念ながらさせない。
一瞬拘束を緩めたのは。
完全に動きを止めるためだ。
最後の一瞬だけでいい。
植物が先に倍する勢いで成長し、更には切り札を使う。
覇王樹だ。
覇王樹は、水を体内に蓄える事が出来る。それを地下で育てていた。
大量の蔓が、将軍を拘束し、縛り上げるだけじゃない。
覇王樹が将軍に絡みつきながら成長。
砲台を縦一文字にして拘束。
更には、その分厚い葉が炸裂。
大量の水を、砲台の。砲身の中に、流し込んでいた。
土砂降りの中。更に全力での植物での拘束。其処に、大量の水を追加でおまけである。フィルフサが鳴くのは見た事がなかったが。
明らかに苦痛の悲鳴らしい音が響き渡る。
ばたばたともがくフィルフサ。
それはそうだろう。
毒か何かを無理矢理飲まされているのと同じだ。
だが、貴様らが何も考えずに、踏みにじり殺してきた者達はもっと苦しく辛かったのだ。少しでも、その痛みを思い知れ。
「アンペル!」
「おうっ! 世界の基幹たる空間よ。 切り取りくみ上げそして破断せよ。 我アンペルの名において命ずる! 我アンペルの名において願う! 我が敵を、全ての滅びに導け!」
ゆっくりと、空間切断の線が集まっていくのが見える。
なるほど。
文字通りの必殺だが。
動きが遅すぎて、普段は使えないと言う訳か。
セリも、最後の力を振り絞る。
凄まじい金切り声を上げながら、将軍がもがくが、もはや勝負は決した。更に覇王樹から、水を流し込んでやる。
手も足も感覚がない。
だが、勝った。
アンペルが、奥義の最後の一節を唱えた。
「これでチェックメイトだ! リワインドフロー!」
線が、三次元的に纏まり、箱になり。
そして、一気に収縮する。
それは全てを切り裂く線が、一気に収束した事を意味している。つまり、フィルフサのコアは。
完全に寸断された。
あれほど激しくもがいていたフィルフサ将軍が。びくんと痙攣すると。
そのまま、停止していた。
土砂降りの中、命なくそのまま植物に締め上げられている将軍の死体が、ばきばきと砕けて行く。
どうと背中から倒れる。
クラウディアが、駆け寄ってくるのが見えた。
そうか、制圧戦闘はもう終わりか。
後は任せる。
まさか、人間に意識を手放して、手当てを任せる事になるとは思わなかったけれども。それでも、その行動に悔いはなかった。
クラウディアは速射を続け、弱めのフィルフサを次々に討ち取りながら見る。セリさんが、全身に針を浴びていた。
あの砲台型。
思ったよりずっと強かったのだ。
ぐっと歯を噛みしめながら、更に殲滅を急ぐ。
そして叫んでいた。
「クリフォードさん! 支援に回ります!」
「分かった! おおぉっ!」
跳躍すると、クリフォードさんが投擲したブーメランが、えぐい音を立てて回転しながら、立て続けに中型、大型のフィルフサを数体、まとめて薙ぎ払う。隙が出来た瞬間に、クラウディアは走る。
後方に持ってきてある荷車。
其処に薬と消毒剤、更には増血剤。他にも手当て用のキットがあるのだ。
ライザと相談して、誰でもすぐに分かりやすく使えるようにキットを作ったのである。箱を作り、用途ごとに薬を分けて入れてある。考案したのはクラウディアだ。ライザ印の薬を、順番に普及させようと考えて。そして、こういう使いやすいものを、医療関係の施設を中心に売ろうと思っていた。
其処には商魂もあったが。
ライザが今の世界に対して、非常に強い怒りを感じていることは、クラウディアも理解していた。
だから世界を少しでも良い方向に変えるべく。
クラウディアも、全力で努力していたし。
ライザも、それを理解してくれているから。こういうキットの作成には、乗り気で動いてくれたのだ。
走る。
そして、見る。
締め潰されていく将軍。あれは倒れたとみていい。セリさんは。
倒れている。アンペルさんも、倒れているが。それでも、なんとか動けそうだ。
「アンペルさん!」
「こっちは大丈夫だ。 薬はコアクリスタルから補給する!」
「……分かりました!」
セリさんの状態を確認。
まず全身に刺さっている針だが、急所を貫いているものはない。まず増血剤を飲ませて、それで。
刺さっている、巨大な針を引き抜く。
本当はやってはいけない行為だが、ライザの薬は即座に傷を修復するほどの快復力がある。
だから出来る事だ。
傷を消毒して、即座に薬をねじ込む。
セリさんの意識は非常に朦朧としていて。このままだと、命が危なかっただろう。だが、どうにか薬は地力で飲めている。
最悪の場合口移しだったが。
あれは衛生面に問題があるので、出来ればやりたくはない。それくらい、危険な行動なのである。
止血を終える。
至近に、中型のフィルフサが迫ってきているが、ボオスくんが鋭い一撃で食い止め、押し返していった。
ありがたい。
ボオスくんも、だいぶ頼りになるようになってきている。
後は、消耗しすぎた魔力だ。
貴重な魔力の補給剤を飲ませる。手当てをあらかた終えて、担いで荷車に移動する。出来れば雨に当たらない場所に寝かせたいが、そうもいかないだろう。
「クラウディア……?」
「セリさん、もう大丈夫です。 今、手当てが終わりました」
「将軍は倒せた?」
「はい。 もう、動きません」
よかった。
そう、セリさんが呻く。
セリさんにしても、将軍を倒した経験は殆ど無いのだろう。あの凄まじい技量を持っていたキロさんですら、フィルフサに対しては防戦一方だったのだ。
意識を失うセリさん。
クラウディアは、無言でその様子を見て。
それから、ぐっと顔を上げていた。
音魔術で、皆に告げる。
「セリさん負傷。 拠点まで後送」
「了。 掃討戦続行」
クラウディアは、荷車を引いて泥濘の中を走る。
まだ、戦いは終わっていない。
すぐに再参戦しなければならない。
将軍は、まだいる。
それに、雑魚フィルフサが盛り返してきて、乱戦が続いている状態だ。しかも時々見ていたが、ライザとパティが戦っている将軍の戦力は、恐らく三体の中でも図抜けて最強。あれは、出来るだけ急いで加勢しないと危ない。
土まんじゅうみたいな拠点の中にセリさんを運び込んで、横たえる。
大丈夫。
この拠点は、ライザが事前に考えて。幾つも作った簡易拠点の中の最新版。ちょっとやそっとで壊れる事はない。
セリさんは、静かに息をしている。
命に別状は無い。これでもクラウディアも、何人も怪我人を手当てしてきたのである。
ただ。ずっと放置も出来ないだろう。
出来るだけ、急いで戦闘を終結させなければならない。
それに、最後に王種が残っている。
ライザが撃墜して、かなりのダメージを与えたはずだが。王種だ。しかもドラゴンに似ていた。
このフィルフサの群れの特性からして、王種もえげつなく強い可能性が高い。
将軍達を根こそぎに潰している横から、王種に乱入されたら、高確率で全滅するし。
なんなら、皆が万全な状態で将軍に懸かったとしても。
それでも勝てるか怪しいくらいの相手とみるべきだろう。
荷車に薬などを補充。
四つ用意してきた荷車の内、二つは既に空。一つは殆ど空になっている。
最後の一つ。
ライザがいつも愛用している、滅茶苦茶強化してある荷車に、薬などを詰め込むと、再びクラウディアは泥濘の中を走る。
土砂降りの、最後の勢いだろうか。
空に雷。
ごろごろと駆け回っている。
至近に落ちたら、ひとたまりもないが。周囲に高いものはない。多分落ちる事はないと思う。
吹き付けてくる大量の雨粒。
風がばたばたと、クラウディアの髪を嬲る。
後で手入れが大変かな。
だけれども、血と泥と、フィルフサの死を散々浴びているのだ。今更と言えば、今更である。
泥濘に塗れて死闘を繰り広げるのは、三年前になれた。
それに、だ。
ライザから、もう聞いている。
古代クリント王国以上の邪悪が、存在していたのだと。
フィルフサはそれらが作り出した。生物兵器なのかも知れないと。
もしも、それがまだ何処かに存在しているのなら。
戦う事になる可能性が高く。
もし戦う場合には。
その戦力は、フィルフサの群れの比では無いだろうとも。
戦地に到着。
こんな雑魚に、いつまでも手間取っていられない。
雨の中だと、完全に逃げ惑うだけの雑魚に過ぎなかった三年前の群れとは違うが。それでも、あの時と違うのはクラウディアも同じだ。
出会い頭に、制圧射撃。
ボオスくんが苦戦していた大型個体を、つるべ打ちにズタズタにする。とどめはボオスくんに任せて。
クラウディアは、音魔術で告げていた。
「此処から狙撃を続けます! 薬は補給してきました! 負傷者はさがって!」
「よし、すまないがさがらせて貰う」
「了!」
アンペルさんがさがってくる。
リラさんとレントくん、タオくんも雑魚の掃討戦に加わっているが。リラさんは音魔術で薬を補給した旨を告げると、すぐにすっ飛んできた。
「ライザが苦戦している。 私はライザに加勢する」
「お願いします。 私は制圧戦を続けます」
「頼むぞ。 アンペル、拠点までは大丈夫か!」
「大丈夫だ。 ライザと戦闘している将軍は、とんでもない強さだ。 くれぐれも気を付けてくれ!」
まだかなりのフィルフサがいる。
必死の制圧戦が続いているが、ライザとパティに近寄らないようにするだけで精一杯の状態だ。
顔を上げる。
まだ、戦いは終わっていない。
矢を番え、ぶっ放す。
横殴りに、中型のフィルフサを串刺しにする。とどめは任せて、クラウディアはライザが作ってくれた弓と手袋を絶対に信頼しながら。
次々に、敵を射すくめていった。
3、最強の将軍
これだけの土砂降りの中ですら。
そいつは、絶対の死の権化に思えた。
蟷螂ににた鎌を一対持ち。全体的に他の将軍よりずんぐりとした体の彼方此方に武器を隠し。
更に、油断すると魔術まで放ってくる。
黒光りするその巨体は、間違いない。
以前、「蝕みの女王」を最後まで守ろうとした、あの将軍と同じ。多分、王種直下の最強の将軍だ。
構えを取る。
今の斬撃。
仕掛けようとして、振り下ろされた鎌が、パティとあたしを分断して。地面を派手に抉りぬいて。
衝撃波が突き抜けて。
泥水の中を走り抜けて。
十分の一以下になっていて、なおもこれかと、戦慄させられた。
こいつは王種を守るための親衛隊。
こいつが前線に出てくることはなかったのだろうが。
こいつがもしも最前線に出て来ていたら。
門を封印した国の戦士達なんて、それこそなで切りにされていたのではあるまいか。当時の武器が今より進んでいたとしても、とてもかなわなかっただろう。
「パティ」
「分かっています。 肌にびりびり来ます……」
「うん。 周りも……手助けの余裕は無さそうだ」
「泣きたいです。 こんな相手と、どうして知らない異界で戦っているのか……」
素直なパティ。
だけれども、そうはいかない。
これより強いのが控えている。
ただ、フィルフサの群れはこれで打ち止めだ。此奴を倒せば、孤立した王種と戦闘する事が出来る。
今までで間違いなく最悪の相手だが。
此処にいる全員掛かりでなら、充分に勝ち目はある。
そう言い聞かせて、あたしは顔を上げる。
此奴を倒せないと。
まずは、そこまでたどり着けないのだ。
最強の将軍は、既にあたし達を敵と認めている。だから、躊躇無く動く。顔に当たる部分が左右に展開すると。
何かの液を吐き出してくる。
それが地面に落ちると、激しく燃焼する。
立て続けに周囲を燃やしてくる将軍。そして、同時に。背中から伸びてきた触手と、その先端についている毒針が。
振り回され、襲いかかってくる。
速い。
十分の一以下で、この速度か。
それでも、昂奮物質が脳の中でドバドバ出ているからだろう。対応は、出来る。針を蹴り上げる。
毒をまき散らしながら、針が蹴り上げられるが。
今度は鎌が、同等以上の速度で、横殴りに来る。
避けることは不可能だ。
体勢を低くして、髪の毛を数本散らせ。低い体勢から。一気に将軍へと間合いを詰める。将軍の吐く燃焼液を回避。振り下ろされる鎌を回避。いずれも紙一重。
不意に、今度は突きが来る。
バックステップして、さがる。
将軍の腋から飛び出しているのは、匕首のように鋭い針だ。
なるほど、これらを全て同時に駆使してくると言う訳か。
将軍数体分の力。
同じような将軍とは、以前やり合った事がある。
だがこれは、それよりも更に純粋な力であれば上だ。
違う所もある。
王種を体を盾にして守ろうとしていない。
王種が指示を出しているのか、或いは。
それとも、あたし達が王種に対する脅威だと認識していて。先に仕留める事を優先しているのかも知れない。
後方至近。
犬型のフィルフサが飛びかかってくるが、無視。
クラウディアの矢が、其奴を射貫いて。吹っ飛ばしていた。
パティも、今の攻防をどうにか乗り切っている。二人で将軍を挟むようにして、ゆっくり移動しつつ、仕掛ける隙を狙う。
将軍が、全身を震わせる。
呪文詠唱だ。
あたしは、手元にあるプラジグを投擲。将軍が即応して、毒針でそれを弾こうとした瞬間、起爆。
炸裂したプラジグが、将軍の全身に雷撃を走らせる。
流石にこれはどうにもならない。一瞬だけ動きを止めた将軍に、あたしとパティが、同時に仕掛けていた。
だが、その時。
将軍の詠唱もまた、完了していた。
衝撃波が、周囲全てを張り倒す。
吹っ飛ばされる。
そして、見える。嫌にゆっくり。将軍の腹から、匕首が複数生えて。それが凄まじい勢いで飛んでくる。
なる程、この衝撃波で此方を拘束して。
そしてこの匕首で、串刺しにすると言う訳か。
シンプルだが手強い戦術だ。そしてあたしは、戦術を理解した瞬間に、体が動いていた。
匕首一つ目、そのまま足捌きで回避。だが、これは回避させるために撃ったものだとみて良い。
そのまま熱槍を炸裂させ、将軍の視界を塞ぐ。
そして、その衝撃を利用して、自身も吹っ飛ばす。
一瞬前まで自分がいた地点を、四つの匕首が貫いていた。凄まじい殺意だが、相手だって必死だ。
熱槍を連続して叩き込んで、将軍の気を引く。
その隙に懐に潜り込んだパティが、抜き打ち一閃。匕首の触手を、二本立て続けに切り裂いていた。
だが将軍は全くあわてず、そのまま足を振り下ろして、パティを追い払う。飛び退いた所に、毒針を叩き込んで、牽制どころかそのまま殺しに行く。
パティも必死にそれを迎撃しているが、迎撃がやっとだ。
あたしも前に。接近戦まで挑んでも、あの鎌の速度、尋常じゃ無い。しかもかなりの短時間の詠唱で、衝撃波で全周攻撃をしてくる。
手強いぞ、こいつ。
今まで戦った、何よりも。
今、手元に切り札があるが。
それを使うのは、最後の最後だ。
敵の手札をまず出し尽くさせる。それからだ。
将軍の足下に、熱槍を連射。ただし、それは氷の方だ。
ただでさえ泥濘の中で戦っている将軍が、それで動きを拘束される。詠唱しているあたしに気付いたのだろう。
無事な匕首を連続で飛ばしてくる。
幾つかは熱槍で迎撃。破壊するのは厳しい。魔術に絶対耐性を持つフィルフサの甲殻の一部だ。
だが、それでも匕首はその攻撃の特性上、急所狙いの攻撃を外してしまえばそれでいいのである。
体を抉るように切り裂かれるが、別にどうでもいい。
毒針。
体を捻って、回し蹴りで吹っ飛ばす。
がいんと、凄い音がした。
あたしの靴はゴルドテリオン合金だけではなく、徹底的に強化しているのに。ものすごい感触だった。
詠唱完了。
連射。
熱槍、しかも氷の奴が、フィルフサの足下を次々に固める。何が狙いか。そう考えているのだろう。フィルフサは、足を動かして、凍り始めた地面から引き抜く。こんなもので拘束はできない。
そう、あたしも拘束できるとは思っていない。
必要なのは、冷やすことだ。
上空に、熱槍を出現させる。数は千五百。
そんなものが、脅威になるものか。将軍が一瞥だけして、あたしに毒針を再び向けてくるが。
再びパティが突貫。将軍は余裕で数度の斬撃を鎌で受ける。あたしから注意を外さずに、だ。
パティの大太刀での一撃を、火花を散らしながら弾き返してみせるのは、流石という他はない。
体の動かし方、使い方を文字通り極めている。
だが、それが故に。
これは避けれっこない。
「パティ、全力でさがって!」
「! 分かりました!」
飛び退くパティ。
同時に、フィルフサ将軍の足下に、熱槍が全弾着弾する。
ちょっとやそっと、冷やして温めたくらいでは、どうにもならない。
だがあたしは。別の事を狙っていたのだ。
効くはずもない。
そう判断したフィルフサ将軍は避けない。直撃弾も完全に無視。だが、次の瞬間。その足下から。
将軍がいる場所が、爆発していた。
凄まじい爆発だ。
あたしも飛び離れると、薬を取りだして、すぐに傷に塗り混んでおく。
これぞ、水蒸気爆発。
タオから聞いていた。
水を一気に熱すると、大爆発を起こすと。
水というものは、そもそも蒸気になるときに、質量が千何百倍だかになるらしく。古くはその特性を利用して、動力にしていたらしい。つまり水を温めて、増えた質量を使って。歯車を回し。
水車や風車のように、動力として活用していたらしいのだ。
今、将軍の足下には氷、だけじゃない。
泥濘の中に、たっぷり水が含まれていた。
氷を使ったのは、そもそもその水を一時的に閉じ込めるため。
そして、収束させた熱槍を叩き込む事で、空中機動に使う時以上の、致命的な大爆発を引き起こしたのだ。
すぐに再度仕掛ける。
フィルフサは、今のでやはりダメージを受けている。というかそもそも、雨の中での戦闘の経験が殆ど無いのだろう。
此奴に勝っているのは、それくらいしかない。
だが、それを利用する。
蒸気をブチ抜いて、匕首が飛んでくる。あたしは気合とともにそれを蹴り砕いていた。今までにない、熱を帯びた水を浴びたのだ。やはり脆くなっている。
衝撃波。
蒸気を吹っ飛ばしたのだろう。
だが、それで露出する。
黒光りする巨体の、彼方此方にダメージが入っている。後は、手元にあるこれを、直撃させれば。
だが、それにはまだ手数を削らないとダメだ。
「パティ! 相手の手数を削る!」
「分かりました!」
将軍の体から、更に触手が生えてくるが。
大丈夫。
今のをモロにくらい。更には、まだ蒸気は足下から噴き出し続けている。
この将軍は機動力を武器にするタイプではなくて、足を止めて大火力で対戦する敵を圧倒するタイプだ。
今も、足下から断続的に噴き出している熱い蒸気を浴びている。
水に弱い装甲が、それでダメージを受けないはずもないのだ。
体内に隠し持っている武器もしかり。
なんならコアだって危ないはずである。
尻尾を叩き込んでくる。だが、やはりだ。速度が落ちている。あたしは毒針を避けて尻尾を掴むと、踏み込む。
将軍と力比べ、ではない。
踏み込んだところに、多分匕首を放ってくるだろう事が分かっていた。案の場、二発立て続けに撃ってくる。
そこへいきなり尻尾を離し、跳躍。
体のバランスを崩した将軍。
そこに踊り込んできたリラさんが、猛烈な蹴りを叩き込み。将軍の鎌を一つ、蹴り砕いていた。
ばきんと恐ろしい金属音がして。
蹴り砕かれた鎌が、すっ飛んでいき。地面に突き刺さる。
「加勢するぞ、ライザ、パティ!」
「ありがとうございますリラさん!」
「え……これって……」
将軍が、かちかちと顎をならしながら、全身を膨らませる。
そうか、頭に来たか。
そして、装甲が吹っ飛ぶ。内側からである。
今までのずんぐりした形態じゃない。
異様にスリムで、しかも体も白い。
だが、こう言うタイプの。
形態変化するタイプのフィルフサは、戦闘経験がある。前は王種だったが。別に将軍になった所で、変わるものでもない。
しかも、水を浴びている事実には代わりは無い。
「形を変えた!」
「速度重視に切り替えてきた!」
「あ、あれ以上速度が上がるんですか!」
「来るよ!」
残像を作って、フィルフサが動く。
足を止めての殴り合いから、速度で圧倒するタイプに切り替えたのだ。だが、これは悪手だ。
あたしはぶらんと手を降ろし、目を閉じる。
凄まじい勢いであたしの周囲を飛び回っているフィルフサだが。
この土砂降りだ。
それだけ激しく水を浴びると言う事である。
それが何を意味するか、あたしはしっかり理解出来ている。つまり、今度は短期決戦に持ち込まれたのは、向こうだ。
リラさんが、パティに襲いかかる斬撃を次々に弾いてくれているのが、音だけで分かる。パティは混乱から立ち直り、必死に反撃へ移ろうとしているが、こういうのは経験がどうしてもものをいう。
だったら経験不足のパティは役に立たないか。
違う。
此処で経験を積んで、次で生かせばいい。
今のパティを此処で生き延びさせて。そして次の戦いでは、その経験を生かしてくれればいいのだ。
それが、経験を生かすと言うことだ。
来る。
斜め上から。残った鎌で仕掛けて来る。
あたしはその一撃を紙一重で回避。二の腕を派手に切り裂かれるが、それでも急所には通っていない。
次。
今度は、左下から来る。
ももを裂かれるが、それも急所までは通っていない。
更に一撃。
腹を横一文字に切ってくる。
だが、それで最後だ。
あたしは、無言で動く。
あたしの首筋を狙ってきた一撃を、回避して見せる。
なんだと。
そうフィルフサの将軍がいったように思えた。その背中には、半透明の翼まで生じている。
蜻蛉の仲間には、凄まじい速度で飛ぶ者がいるが。
それに近い姿の翼だ。
繊細で、美しいとまで感じる翼だが。
この土砂降りの中で無理に動かしているそれを、あたしは蹴り砕いていた。
体勢を崩すフィルフサ。
そこに、リラさんが踏み込む。泥濘を蹴り上げて、全力での奥義に入る。
フィルフサの周囲の土が同時に吹っ飛んだように見えた。
あまりにもリラさんの動きが速すぎて、同時にそれらの場所を蹴ったように見えたのである。
フィルフサが蹴り上げられる。
螺旋状にフィルフサを蹴りつつ、リラさんが跳躍する。数十の蹴りが一瞬にして叩き込まれ。
最頂点で、拳を固めたリラさんが、手に力を集中させているのが見えた。
「喰らえ……」
精霊の力、という奴だろう。
それを渾身で叩き込むリラさん。
奥義の名前とか叫ばない。リラさんのキャラクターではないから、かも知れない。
いずれにしても、直撃を貰ったフィルフサが、地面に叩き込まれて、吹っ飛ぶ。その先に飛び込んだのは、パティだった。
心身共に、体勢を整えた。
今、フィルフサに対して猛攻を仕掛けられているが。体勢を整え直されると、逆に超高速での猛攻を浴びて膾にされてしまう。
だから、此処で全力で仕掛ける。
良い判断だ。
パティの構えは、見た事がない。片手で上段に、しかも敵に刃を向けて。開いた手を敵に向けている。
なるほど、多分これは家伝の奥義。
ヴォルカーさんから引き継いだ、文字通りの秘技とみた。
墜落してくるフィルフサ将軍が、既に体勢を整えようとしている。空中で残った羽根を無理矢理動かし、着地した瞬間、攻撃に転じようとしている。
だが、その先手を。
容赦なくパティが打っていた。
全力で突撃するパティ。
そして、体を引きながら、大太刀を旋回させる。なるほど、上段に構えたのは、守りを捨てて全力で体を旋回させつつ、多数の斬撃を叩き込む為か。
これは、憶病な人間には使えない技だ。
かといって無謀な人間が安易に使おうとすれば、初太刀を入れる前に、逆に膾にされている。
パティ、吹っ切れた。
そう思うと、なんだか嬉しい。
後続にいた人間が、覚醒した瞬間を、今あたしはみたのだ。
無数の斬撃を叩き込んで、その場を抜けるパティ。フィルフサの、ただでさえ機動力重視で脆くなっている装甲が、激しい攻撃に彼方此方砕かれる。
更にパティは大太刀を鞘に収め。
振り返るのをさえ利用して、それで力をため。突貫。全ての動作に無駄がない。そう、全ての動作が奥義なのだとみて良い。ヴォルカーさんが編み出した、必殺の剣舞。それが今、パティがやっている一連の動き。
「一刀入魂っ!」
高速での突貫。
そして、抜き打ち。
全力を込めた、最大奥義。そしてこの過剰火力、対人間用じゃない。最初から、対大型魔物用に考案された技だ。
「フローレス……」
残った鎌を吹っ飛ばされたフィルフサが、凄まじい雄叫びを上げながら、パティの背中を狙うが。
抜き打ちや居合いと呼ばれる高速剣技の本命は、二太刀目だ。
パティの残像を、匕首が抉る。
そいて、パティ自身は、本命の一撃を。滑り込むようにして、大上段からの斬撃を、フィルフサ将軍に叩き込んでいた。
「デザイアっ!」
大きな亀裂が、フィルフサの全身に入る。
貰った。
それでもなお、フィルフサは動く。
全身から更に多数の足を、新しく生じさせる。
更に速度を上げて、今奥義を放った二人。傷を散々つけたあたしに、とどめを刺しに来るつもりだ。
その闘志、見事。
だけれども、此処で決めさせて貰う。
フィルフサは気付いただろうか。
既にあたしが、それを投擲していたことに。反撃から、攻撃に出ることだけを頭にいれていたのなら。
それが見えていなかったのも当然だ。
あたしもパティの動きと、将軍の行動を見て、どちらが見えなくなるかは計算して先に動いていた。
だから、それでも。
爆弾に気付いた将軍には、素直に感心していた。
全力で詠唱する。全力での一撃で、力を使い果たしたパティを抱えて、リラさんが飛び退く。
巻き込まれると、判断したのだろう。
ありがとう。完璧だよリラさん。
そう呟きながら、あたしは。
最大級まで火力を高めた、必殺の爆弾。ローゼフラムの。今までで一番良く出来た品。まあ、ジェムで増やしてはあるのだが。
それを、起爆していた。
薔薇の花の形に、超高熱の爆風がフィルフサの将軍を襲う。
やはり、悲鳴としか思えない。
凄まじい雄叫びを、将軍が上げる。
殺戮の薔薇の中で、将軍がもがいているのが見える。コアを守ろうと、必死に装甲を修復しようとして。
それでなお、反撃を考えている。
凄い奴だ。
だが、此処で仕留める。
確かに凄い戦士だ。闘志も、その執念も。だが、その存在そのものが、この世界に対する災いになる。
だから、いかしておく訳にはいかないのだ。
移動し、爆弾を投擲する過程で、あたしも詠唱を完了していた。
上空に無数に出現する熱槍。
これは、第三のグランシャリオ。
熱槍を制圧射撃に用い、広域の敵をまとめて粉砕するのが通常型。
熱槍を一点に集め、あたしの蹴り技とあわせて、目標に投擲し、粉砕するのが収束型。
そしてこれはまだ誰にも見せていない、切り札中の切り札。
爆弾を使う時に、それを更に火力を押し上げるためのもの。
そう熱槍を上空から、一点に敵に収束させ。爆弾を熱のドームと圧力で閉じ込めることにより。
確実に敵を焼ききるための、最終奥義。
「今日の天気は、雨のち隕石……! グランシャリオ……三式!」
一斉に、熱槍がフィルフサの将軍へと殺到する。
それは薔薇の花の灼熱を包み込むようにして、まだ必死に抗っている将軍を包み込む。
死のブーケ。
そう呼ぶのが、相応しいだろうか。
今までの比では無い熱量が、重装甲を捨てた将軍を焼き尽くす。
これは、直撃していたら。
雨で弱体化していなくても、将軍はひとたまりもなかっただろう。
将軍は全身から伸ばした足を何度も振るって、激しい衝撃波を巻き起こして、熱を拡散させようとした。
それが見えた。
だが、それが最後のあがきだった。
あたしのパワーが、将軍に打ち克つ。
最後の抵抗が潰えた瞬間。
将軍はコアごと、文字通り蒸発していた。
爆発が撒き起こることもない。
爆発が、そのまま圧縮されたからである。爆縮、とでもいうべきだろうか。
呼吸を整えながら、将軍が存在していたクレーターを見やる。
強かったよ、あんた。
だけれども、この世に生まれてきてはいけない生命だったね。
そうあたしは、ぼやいていた。
「フィー……」
懐から、フィーが顔を出す。
普段、どうしても危ない時や、あたしが気付いていない時にフィーは警告してくれる。自分の役目をそれだと思っているらしい。でも今回は、本当に怖かったのだろう。将軍が倒れて、やっと顔を出せたという雰囲気だ。
皆が、此方に来る。
どうやら掃討戦は完了した様子だ。ただ、無傷なのは誰もいない。あたしも、例外じゃない。
「即座に戻って体勢を立て直すよ。 後は……王種を仕留める!」
皆に、最後の戦いの開幕を告げる。
フィルフサの群れは全滅した。
後は、その首魁。
王種を、倒すだけだ。
それでこの土地は、平穏を取り戻す。フィルフサの新しい群れが来たとしても、その時には対応できるくらい、水と緑が増えている。フィルフサは乾燥で簡単に増えるが、この土地はそもそも、そうはならない。本来だったら。
ただ、分からない事もある。
自然門が発生した経緯にエンシェントドラゴンの西さんが関わっている節があるらしいこと。
あの残留思念からは、そういう悔恨が感じられた。
それだけじゃない。
王種がドラゴンに似ているのは、偶然だろうか。
どうにも嫌な予感がしてならないのだ。
ともかく、皆で拠点まで戻る。荷車に積んである薬を惜しみなく使って、治療を行う。セリさんが手酷くやられたことは既に聞いていたが。セリさんはもう目を覚ましていて。拠点まで戻ると、あたしにちょっとだけ寂しそうに微笑んで見せた。アンペルさんも先に戻っていたが、既に手当ては終わっているようだった。
あたしも手当てをする。
結構ざっくりやられていたが、これくらいはどうでもいい。
傷が残ろうと気にしない。
まあそもそも残らないんだが。
「薬は足りそう?」
「大丈夫、なんとかなる。 ただ問題は王種だね」
「このまま戦闘を仕掛けるのは流石に自殺行為だ。 充分に栄養と休憩を取って、それから仕掛けよう」
「悔しいが、それしかないだろうな」
アンペルさんがそういうと。
リラさんも、本当に悔しそうに同意する。
フィルフサの王種を仕留める機会なんて、滅多にあるものじゃない。
誉れある武門の氏族、白牙氏族ですら、王種を仕留めた例はなかったらしいし。三年前に続いて二体目を仕留める好機となれば、それはもう即座に飛びついて叩き殺したいだろう。仲間の仇というのもあるが、オーリム全体の問題でもあるからだ。
だが、この土砂降りだ。
王種がこれ以上強くなることはない。弱体化する可能性はあるが。
雨さえ止まなければ大丈夫。ただ、その雨も、恐らくは明日には止む。つまり、明日が最後の勝負だ。
問題は王種が単独で逃走を図った場合だが。
恐らくは、それは大丈夫だろうと思う。
そもそもそんなに簡単に逃走を図るくらいだったら。
何百年も、門の攻略を地道に続けていないのである。
生物としての戦略が根本的に違うのだ。
或いは、生物兵器だから。
命令に沿って動いている可能性もあるが、それはもっと研究を進めないとどうにも分からない事だ。
「奴が一度空を飛ぼうとして、そして落ちたことは分かっている。 その時に、ダメージが入った事も。 部下を補充するために、母胎にした土に戻る可能性は否定出来ないが……」
「その事だけれども、おかしな事を見つけたわ」
苛立つリラさんに、セリさんが横になったまま挙手。
続けて欲しいとリラさんが言うと。セリさんは、横になったまま説明を始める。
「小型や中型のフィルフサ全てに共通していたのだけれども、どうにも妙でね。 恐らく群れの年齢が、殆ど一致しているの」
「どういうことだ」
「フィルフサも年齢を判断する事が出来るの。 具体的には甲殻に年輪のように模様が出るのだけれども」
「詳しくお願い出来ますか」
リラさんも知らない話のようだ。
セリさんに、あたしも話を聞いておくべきだと判断した。
今後もオーリムとは関わるし。
フィルフサとは最悪一生戦うのだから。
「私がいた場所では、フィルフサとある程度戦えていたの。 正確には、多くの氏族が集まっていたから、研究が出来ていたのね。 少なくとも、古代クリント王国がオーリム各地でフィルフサを大繁殖させる前までは」
「その研究成果なのか」
「ええ。 少なくともフィルフサの年齢は判別できるようになっていたの。 ただ、各地でバラバラに戦う事になっていた氏族に情報は恐らく行き渡っていないでしょうけれど」
「確かに、それを知ったところで、フィルフサをどうにか出来るわけでもないな……」
セリさんの話は続く。
他にもフィルフサに対する研究は行われていたらしいが。何より古くから存在している危険生物だ。
一気に絶滅させたり、追い立てる方法は見つかっておらず。種類ごとに調査して、それで対策を練って行くしかなかったそうだ。
いずれにしても、殆どが全て同じ年齢か。
要するに何処かしらの繁殖に利用していた土壌から離れて。群れ単位でずっと行動していると言う事になるのだろう。
だとすると、数が少ないのは、その過程で色々なアクシデント。雨や水害に遭って、減っていったからなのではないのか。
そういう可能性も出てくる訳だ。
手を叩いたのはクラウディア。
「タオくん、外に戦況の伝令をお願い。 そうしないと、多分みんな沈められてしまうから」
「おっと、僕としたことが。 すぐに行ってくるよ」
「持ち込んだお肉や保存食があるから、少し料理をしてみるね。 あまり良いものは作れないと思うけれど」
「まあ、そのまま食べられるものもあるから。 ともかく食べて、休む。 それで決戦に備えよう」
クラウディアの言う通りだ。タオに、ボオスが俺も行くと言って、一緒についていった。この方が良いだろう。バディで動く方が事故になりにくい。
今は分からない事を考えていても仕方が無い。
皆、横になって休みはじめる。クラウディアは料理をせっせとしてくれて。タオが戻って来た頃には、鍋でぐつぐつと美味しそうな肉が野菜と一緒に煮られていた。
皆で分けて食べる。
レントはもう成長期が終わっているようで、昔ほど食べないなと思う。パティはもともとそれほど大食いではないのだと思う。まだ成長期だと思うのだけれども。
あたしはいつも通りだ。鍋はかなり大きかったけれども、皆で食べるとあっと言う間になくなってしまう。
ボオスが頭を掻き回した。
「野営にも粗食にも慣れたつもりだったんだがな。 野営で、こういううまいものが出てくると、ちょっと色々調子が狂うぜ」
「フィー!」
「食ったら横になる。 ……頭はもう我慢するが、顔の上には乗るなよ」
ボオスの頭の上に大喜びで乗るフィー。
この光景も、いずれ見られなくなるかも知れない。
さて、横になって休む。
後は。
王種を仕留めるだけだ。
それだけに、頭を切り換える。
追いかけていって、殺す。ただそれだけを、あたしは考え続けていた。
4、待つ者
ヴォルカーは野営を続けたまま、報告を待つ。
フィルフサという恐ろしい魔物について、ライザくんは順調に勝ち進んでいるようだ。手傷は受けているようだが。数は想定より少なく、戦闘で地の利を得たとは言え、それでも万単位。
しかも魔術が通用せず。
生物急所も存在しない、ただ殺す事だけを目的に襲ってくると言う危険極まりない魔物である。
アンデットというものがいるという噂がある。
幽霊などは、ごく希に目撃例がある。
ヴォルカーも古戦場などでたまに人影のようなものは見かけるが、実際に死体が起き上がって襲いかかってきたり。
悪意を持つ幽霊が襲ってくると言うような事例に遭遇した事はない。
一応報告例はあるらしいが。
それくらいに、死者が襲ってくるという事例は少ないのだ。
幽霊鎧という魔物もいるが。
あれはどうも古い時代のテクノロジーで動いている鎧だという話で。実際倒しても、鎧の中はがらんどう。
更には明らかに人間とサイズが違うものもいるので。
あれが中に人が入っていた、怨念で動くものだとは考えにくい。
ただ、それでもごく希に、極めて危険な不死者というものは存在しているらしく。
辺境などでは、そういった存在に、大きな被害を出す事があるのだとか。
そういった存在が何が恐ろしいかというと、戦士達が恐怖を駆り立てられるというのもあるだろうが。
そもそも遭遇例が少なく。
戦闘をどう進めて良いか分からない事だ。
倒し方が分からなければ、一方的に殺されてしまう。
それと同じで。
フィルフサという魔物の特徴を聞いていると、本当にそんなものが大挙して現れたら。ライザくんが言うように、王都なんてひとたまりもなかっただろうなと、ヴォルカーは思うのだった。
それにしても、だ。
娘が指名されて。
自分は留守番か。
パティが短時間で急激に強くなっているのは、ヴォルカーも分かっている。今の技量は、正直自分より上かも知れない。
それだけ良質な戦闘に恵まれていると言う事だ。
更に手にしている大太刀も、身に付けている胸鎧も、それぞれが文字通りの大業物である。
戦士だったら喉から手が出る程欲しいほどの代物であり。
ライザくんが素材を作りあげたそれらは、アーベルハイムの子々孫々に受け継がれていくだろう銘品だ。
それらはパティ用のものだから。
パティが戦線に出向く。
分かっているが、やはりこういうのはあまり気分が良くない。
妻も、戦場に出る自分を、こんな風に待っていたのだろうか。そう思うと、ヴォルカーはますます無言になるのだった。
テントの中で、しばし無言でいると。
伝令が来る。
「伝令!」
「うむ」
「前線からの情報です。 戦闘は有利。 ついに敵の首魁を追い詰めたという事です」
「そうか……」
フィルフサという魔物は、真社会性の生物だという。
そして王が倒れると、群れが再建されることはないそうだ。
王さえ倒してしまえば。
少なくとも、今ライザくん達が戦っている群れは再建されない。後は、その魔物が出てきた穴をどうするかだが。
アーベルハイムで、厳重に管理する必要があるだろう。
いずれにしても、ライザくんが戻って来たら、その時に相談する事になるだろう。
大人として。
此処を守らなければならない。
最悪の場合は、堰を切って水で満たし。フィルフサとやらが二度と此方にこられないようにしなければならない。
その時は大きな被害が出るし。
被害を糾弾されたら、首を差し出さなければならないかもしれない。
それを知った上で、ヴォルカーに後をまかせたライザくんは。
見た目よりも、ずっと強かで。
シビアな考えの持ち主なのだと思う。
一度外に出る。
一雨来そうだ。
戦士達に、雨が来る事を告げて、先に対策させておく。
ライザくんが王都の機械を順番に直してくれていると言う話だ。或いは、もっと質が良い水が、王都の住民に届けられるようになるのかも知れない。
いずれにしても、何があっても対応できるように、常に動けるようにしておかなければならない。
頭をはっきりさせ。
判断力を最善に保ち続ける必要がある。
最低でもあと一日。
やはりこの年齢になると、どうしても加齢が気になってくる。
妻が生きていれば、もう少し負担も小さかったのかも知れないが。
妻は体がそれほど強くなかった。
こんな道に進むことをつきあわせた時点で、どうしても時間はとれなかったのかも知れない。
今は、待つ。
娘が凱旋すると信じて。
ライザくんなら、きっとパティを生きたままつれて戻ってくれるはずだ。
あの豪傑ならば。
そう信じさせるだけのものが。確かにライザくんにはあるのだった。
(続)
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