血雨波濤

 

序、三度目の突入

 

先にあたしは、皆に説明する。

どうやって雨を降らせるか。

以前は、オーリム……グリムドルから古代クリント王国の錬金術師どもが奪い取った水を戻し。乾燥。それに大量の粉塵を利用して、上空に巨大な雨雲を作り、其処に水分を供給し続ける事で、文字通りの土砂降りと、水害を引き起こした。

それでいいと、グリムドルで戦い続けていたキロさんはいってくれた。

フィルフサに汚染されきった土壌は、一度押し流してしまわないといけない。

そうしなければ、フィルフサの母胎となった土は、再生しないのだと。

今回は、どうすべきか。

空気は乾燥しきっていない。

地盤は砕いた。

水はかなりある。此処に何を加えれば、大雨を作り出せるか。

あたしは、持ち込んだルフトを全て取りだして。その上で作戦を説明する。

雨は、素の状態でも降るはずだ。

だが、それがいつ降るかなんて事は、まったく分からない。

だからこそ。

雨は無理矢理此方で誘発する。それも、土砂降りでなければ駄目だ。少しだけ交戦しただけでも、今回のフィルフサの群れは、三年前の連中とは比較にならない強さである。しかもまだ将軍とやりあっていない。

三年前は、まだ未熟な段階だった皆が、総力で掛かれば将軍を倒す事が出来た。雨が降っていなくても。

今回は、皆で掛かれば将軍を倒せる可能性はあるが。

これは、厳しいといわざるを得ない。

将軍級のフィルフサはそれぞれが個別の能力を持っていることが多く、勿論魔術も使ってくる。

ましてや、ちらっとだけ見えた王種は、油断もせず周囲に将軍を侍らせていた。

いずれにしても、土砂降りを引き起こさないと、まともな戦闘を発生させることも出来ないだろう。

だから、戦いやすいバトルフィールドを準備するのだ。

それを淡々と説明して、必要な処置について話をする。そのやり方を聞いて、パティは青ざめていた。

「そんな乱暴なやり方で雨を降らせるんですか!?」

「今はやるしかない。 向こうの土地が大きなダメージを受ける。 だけれども、生態系はフィルフサに蹂躙されている途中。 このままだと、どうせフィルフサに全て食い尽くされる。 だから、やるしかないんだよ」

土砂降りになれば水害になる。

特に小型の生物はひとたまりもないだろう。

だが、それでもやるしかない。

全滅を避けるには、それしかないのだ。

こっちの世界に対する被害の事は、此処では考えていない。

オーリムの、まだ残っている動植物に対する被害を考えている。

既に地形については、二度の威力偵察、更には地盤粉砕での戦闘で、タオが地図に起こしている。

地盤を粉砕したことで、沼になっていた元の場所は。更に水が増えているはず。フィルフサがそれを埋め尽くしているとは考えにくく。

一度距離を取って、再度の突入作戦を目論んでいる筈だとも。

だが、フィルフサに先手は取らせるわけには行かない。

先手を取らせたら。

その時点でこの戦いは、負けるのだ。

とにかく相手は数に優れ、戦力にも優れている。こういう相手とたたかうときは、先手をくれてやらないこと。

相手を攻めきって倒しきること。

それしかない。

昔のアーミーだとどうだったか知らないが、少なくともあたし達にはそれが最善手である。

脳筋に思えるかも知れないが。

実際問題、他に打つ手はないのだ。

セリさんは納得しているようだ。

この人も植物を扱ってきた人である。

あたしの考えとはにているのかも知れない。

あたしも農家の娘だ。

どうしても斬り捨てなければならないものがある事は、理解している。

その斬り捨てなければならないものを選ぶ基準に、信念はあるが。

ただそれだけだ。

「大雨を降らして、その後はどうするの」

「タオ、三つ目の荷車を準備できる」

「うん。 三つ目だね。 確か、拠点構築用の物資を積んで来ているんだったね」

「大雨を降らせて、相手を混乱させ次第。 泥の中に荷車に積んできた物資を使って、簡易拠点を構築。 以降は、そこを中心に、フィルフサを叩く。 数を減らしていったら、将軍と王種に仕掛ける」

作戦と呼べるほどのものでもないか。

ともかく、大雨を降らせないと話にもならない。

タオが三つ目の荷車を回収に行く。

建築用接着剤、石材、それに強化した木材も詰め込んである。いずれもが、拠点用にあたしが準備したもの。

以前から、遠めの遺跡に仕掛けるときのために、拠点構築の手際をよくするべく、工夫は続けて来た。

今回はその集大成になる。

今後遠征するときには、アトリエを作る事すら可能になるはずだ。

ただし、釜は流石にどうにも出来ないから、釜だけは荷車に積んで移動して行く事になるだろうが。

いずれアトリエを。

ライザのアトリエ出張所を作るときのために。

釜を増やすか。

今だったら、エーテルに耐えうる釜を作る事は可能だ。ただ、それは今すぐにやる事じゃない。

物資を皆で確認。

まずは大雨を降らす。

そのために、今用意した大量のルフト、更に上位互換のレーツェルフトは使い切ってしまう。それに加えてプラジグ多数も。

回復薬を見る。

もしもこれで足りない場合は、広域制圧型のグランシャリオをあたしがぶっ放す必要も生じる。

また、コレに加えて、クラウディアにも上昇気流を作り出すのを手伝って貰うことになる。

あらゆる準備をしていくが。

全てが上手く行くとは限らない。

だから、可能な限り準備をして、最終的に「上手く行かせる」のだ。

失敗があっても、それをカバーできる。それが、一人前というものだ。

今、フィルフサは体勢を立て直すのに必死の筈。

そこがつけいる隙だ。

ともかく、もっと激しい水で奴らを攻め立てないと、戦いにならない。

三年前の戦いだって。

今のあたし達でも、正面から地の利と水なしでフィルフサの群れに勝つのは無理だっただろう。

今回のフィルフサの群れは、個の戦力が三年前より桁外れに上昇している。

その分数が少ないが、そもそもゲリラ戦を基本としなければならないあたし達には、厳しい相手であるのも間違いない話だった。

此処でミーティングを済ませる。

オーリムに突入後、しなければならない事はいくらでもある。

リラさんとセリさんに、戦地となる門の向こうはオーリムのどの辺りなのか分からないか、話は聞いてあるが。

二人も分からない、と言う事だった。

地の利はなし。

フィーがずっと心地よさそうにしていることくらいか。救いは。

ここのところ、調子が悪そうな日も多かったから。

これはあたしにとっては、不安要素が減る事となっていた。

クラウディアが、荷車からサンドイッチを取りだす。

この場で食べておくには丁度良い。

今後は新鮮な食べ物は口に入れられなくなる。保存食は持って来ているが。だから、ここで士気を挙げておくべきだ。

それは、あたしも分かっていた。

「皆、これを食べておいて」

「甘いものはないのかクラウディア」

「ごめんなさい、ちょっとお菓子は焼いてくる暇がありませんでした」

「そうか。 いや、すまない。 我が儘をいったな」

アンペルさんが多少不満そうだが。

それでも駄々をこねるほどではないか。

アンペルさんも地はかなり子供っぽい事はあたしも知っているが。

それはそれ。

こう言うときは、きちんとした振る舞いが出来る人だ。

皆、戦闘をこなしたばかりと言う事もある。

すぐに旺盛な食欲で食べ終えてしまう。

戦闘慣れしていない人間は、こう言うときは食べる事が全然出来なかったりするものなのだが。

皆、相応に戦闘経験を積んでいる。

ボオスもそれは同じだ。

まあ、クーケン島で散々色々な事もあったし。

そもそもアガーテ姉さんに鍛えられたという事もある。

ボオスも、肝が据わっているのは、当然だと言えた。

「うまいな。 ただいつもと味が違う?」

「今日は長丁場になる可能性があったから、傷まないように酸味があるものを増やしておいたの」

「大丈夫だよクラウディア。 ちゃんとおいしい」

「良かった」

勿論、誰も文句は言わない。

立ち上がると、皆頷く。

第三次突入作戦開始だ。タオには、先に四つ目の荷車を持って来て貰ってある。それと同時に。

現在二度の突入を実施。

フィルフサの激しい抵抗にあいつつも、これから橋頭堡を確保。フィルフサの首魁を討ち取る作戦を開始する旨を後方にいるカーティアさんに告げてある。

勿論、定時での連絡についても。

オーリムと此方では、時間の流れは変わらない。これは何度もグリムドルと行き来したあたしが断言できる。

だから、伝令を出し損ねて。

最悪の事態にも、此処を湖の底にしてしまう最終作戦を、ミスする事もないだろう。

レントが最前衛に。

パティはなんどか頬を叩くと、一気に空気を緊張させた。

リラさんも、体勢を低くする。

相手側が、今の瞬間も逆侵攻してくる可能性があるからだ。

GO。

あたしが指示を出すと同時に、全員が突入。

あたしは先頭の三人に続く。

そして、地盤が粉砕された、オーリムの地に出ていた。

最初に、ぐしゃっと音がする。

沼地の地盤が粉砕された。それだけじゃあない。辺りの地盤が、完全に粉砕されて、フィルフサの一部は、地面に半ば埋まってもがいている。

敵は一旦距離を取って、陣列を再編制しているようだ。

好機。

どうやら、想定通りに動いてくれている。

これだけ水浸しの状態だと、地下からの奇襲は警戒しなくていい。前は地下も含む全方向を警戒しなければならなかったが。

今回、足下を気にしなくていいだけでも、随分マシだ。

その代わり、上空に敵。複数。

かなりの数、大型フィルフサが飛んでいる。そして、あたし達の再突入を即座に感知して。凄まじい雄叫びを上げていた。

「来るぞ!」

「好都合っ!」

あたしは即座にルフトと、更には水を吸い出すのに使った道具をセット。

これはもう必要ないので、最悪ぶっ壊してしまってもいい。こんな道具は、技術だけでも残してはいけないのだ。

だが、それでも時間があるのなら。

この作戦では、フルに使い倒す。

クリフォードさんが、急降下攻撃を仕掛けてくる飛行型を迎撃。同時にセリさんが、巨大な植物を成長させて、それで迎え撃つ。

皆に任せる。

「ライザ、急げ! 周りが!」

「分かっています!」

地盤が悪くて水浸しでも、それでもでかい図体にものをいわせて、フィルフサが一斉攻撃の態勢に入ろうとしている。

この間皆に大きな被害を出した砲台型もいる可能性が高い。

このフィルフサの群れには。

三年前にも、グリムドル近辺でも見られなかった個体が多数いる。

フィルフサが殺した生物の特徴をどんどん取り込んで強くなることはあたしももう知っているが。

この群れはドラゴンだけではなく。

非常に強力な生物の特徴を取り入れて、強くなっている可能性が高い。

そうなれば、どんなえげつない能力を持っていても、不思議ではないだろう。

ルフトの積み上げ完了。

地面は、建築用接着剤で硬化させた。

更に、幾つかの爆弾をセット。

持って来た土嚢も積み上げる。

準備良し。

あたしは、叫んでいた。

「離れて!」

「おうっ!」

全員が、統率された動きで飛び離れる。

クリフォードさん。

飛行型と、空中で格闘戦の最中。だが、セリさんが植物操作で蔓を飛ばし。ブーメランを噛んだ飛行型と空中でやりあっていたクリフォードさんは。蔓を掴んで、その反動を利用して、一気に飛び離れる。

ブーメランにかけている固有魔術も利用したのかもしれない。

次の瞬間。

あたしは、充分と判断し。

ルフトを一斉に起爆していた。

設置範囲から、文字通りの竜巻が瞬間的に巻き起こる。

暖かい地方にいった経験がある行商人が言っていたっけ。

暑い中、時々とんでも無い雨が降り。

とんでもない竜巻が起きる地方があるのだと。

そういう地方では魔物も強く、植物も強いと。

浅黒い肌の人は見たことがある。漁師の人達はみんなそうだし。サルドニカを回している人達も、基本的に肌は浅黒い。

だが、そういった暑い地域に順応している人々は、更に比べものにならないほど肌が黒いそうだ。

ともかくとして、そんな暑い地方に起きる様な。

怪物級の竜巻が、その場に発生。

とんでもない圧力が、辺りを蹂躙する。それは、設置してある水を噴出する道具による水を、一気に上空に巻き上げ。

更には、周囲の脆弱な地盤。

それだけではなく、持ち込んだ土嚢も。

一気に空に巻き上げていた。

クラウディアが、矢を一斉に放つ。

それは空中でぐんと曲がって、辺りの地面を更に打ち砕く。打ち砕かれた地面が、空に更に粉塵を巻き上げる。

良いだろうと判断したあたしが。

上空で、プラジグを。雷撃爆弾を炸裂させる。

恐らくは、これが決定打になる筈だ。

一気に上空に、雲が広がり始める。まずは上昇気流で水と、雲の核になる粉塵を大量に巻き上げる。

三年前の戦いの時と違うのは、土地が乾燥していないこと。

三年前は土地が乾燥していたから、クラウディアが全力での射撃で巻き起こした一度の上昇気流だけで、あたしが用意した大量の水と土が空に吸い込まれ。

文字通り滝のような大雨が降り注いだ。

今回は、それだけではダメだと判断。

上昇気流をルフト多数による全力での竜巻に切り替え。

更には、それによって粉塵も巻き上げ。

元々水分がある所に、過剰すぎる程の水分を追加する事で、大雨を発生させる。

だけれども、今回は元々水が相応にあったのだ。

恐らくだが。三年前よりも更に短時間で、フィルフサとの決着を付けなければいけない筈である。

フィルフサが、明らかに動揺している。

全員が集まって、防御陣形を取る。

門の辺りも、竜巻の範囲内だ。荷車は、ボオスが引いて先に退避させた。危険な中、良くやってくれたと思う。

次の瞬間。

雨が降り始めた。

最初はぽつぽつと。

だが、それが。

空で荒れ狂うドラゴンのように踊り回る雷とともに。激しい雨になるまで、ほんの数秒もかからない。

辺りに、世界が終わったかのような、土砂降りが。

乾期が終わった時に。

クーケン島周辺に降るような、とんでもない土砂降りが、降り注ぎ始めていた。

フィルフサが、揃って悲鳴を上げはじめる。

あたしは、土砂降りと雷が荒れ狂う中。

叫んでいた。

「突貫! 一カ所から順番に崩すよ!」

如何に強くなっていても、フィルフサが水に弱いという事実は変わらない。

ましてや足場が駄目になっていて、図体がでかい奴はなおさらダメだ。

更にこの状況。

空を飛んでいた飛行型は、空中で大量の雨と風をもろに受けている。すぐに墜落していく。

だが、分かっている。

突貫した先にいるのは、小山のようなフィルフサ。巨大な亀か何かをベースにしているのだろう。

口を開けると、魔術による光弾を乱射してくる。

豊富な魔力量と、強大な装甲を武器にした要塞型だというのは一目で分かる。

雨で装甲が敗れても、火力が健在と言う事だ。

リラさんが、上空に躍り出ると。

あたしが熱槍を乱射して、敵の攻撃を片っ端から迎撃する。

回転しながら、リラさんがフィルフサの装甲に真上から突貫。普段だったらびくともしないだろうフィルフサが、大雨によって装甲が駄目になっていたこともあり。瞬時に大穴を開けられ。

更にコアも砕かれたのだろう。

地面に力無く伏せる。

小型、中型も来るが、まとめて蹴散らす。ともかく、相手が混乱から立ち直る前に、少しでも減らす。

そして、タオが言っていた、少し小高い地点を目指す。

よし。地盤はある程度無事だ。

何度か往復して荷車を運び込むと、あたしはボオスに手伝って貰って、拠点を急いで構築する。

その間も、混乱しながらもフィルフサの群れが次々に仕掛けて来る。

その迎撃は、皆に任せるしかなかった。

これで、やっと戦える状態が整ったのだ。

まだ、とてもではないが。

勝ったなどとは口が裂けても言えなかった。

 

1、乱戦

 

柔らかい。

ただし、それはこっちもだ。

パティはそう思いながら、足下がどうしても不安定な事を理解しつつも、大太刀を振るう。

元々泥濘に塗れた土地での戦闘は経験があるし。

色んな状況で、様々な戦闘をここ最近、ライザさん達と一緒に行って来た。

それだけで、どれだけの経験になっただろう。

戦闘経験で、ひょっとするとお父様に並んだかも知れない。

すくなくとも、大半の騎士よりはもう上だ。

突貫してくる、複数体のフィルフサ。

土砂降りの中、目を開けているのも辛いが。

それでも、とにかくやるしかない。

まずは一体目。

犬みたいな奴。

飛びかかってくるのを受け流し。さっと、上下両断に切り裂く。ゴルドテリオンを中心に、グランツオルゲンで補強しているこの大太刀。

それに、パティの固有魔術であるエンチェントで最大限強化して、やっと出来る事だ。

見るとレントさんは、素の身体能力と経験だけで、それ以上の事をやっている。

まだライザさん達には追いつけない。

それは分かっているが。

それでも、手持ちの札で、出来るだけ戦況を好転させるしかないのだ。

コアを砕かなくても、今のは無力化出来た。

即座に次。

今度は鼬に似ている。

柔軟に飛びかかってくる其奴。牙と爪、来る位置を想定。

跳躍しつつ、二度輪切りにする。

着地。三番目。

目の前に迫っているそれは、巨大な口を開けて、それでもとんでも無い速度で襲いかかってくる。

ばくんと閉じられる口。

衝撃波で、周囲の雨が散るほどだ。

噛まれていたら、文字通り体を抉り取られていただろう。

だが、着地と同時にパティは全力で後方にすり足。

残像を抉らせていた。

そして、踏み込みつつ、大太刀を切り上げる。

それで、巨大な口のフィルフサは、口をそのまま切り取られ。更に返す刀で、両断していた。

次。

四匹目。五匹目。

左右から、殆ど同時に襲いかかってくるが。

右の方が僅かに早い。

地形の問題だ。

どっちも恐ろしい程よく似ている、犬みたいで、しかし背中に大量の棘が生えているフィルフサ。

踏み込むと同時に、相手の下をくぐるようにして右を。

立て続けに来る左を、そのまま切り上げて両断する。

こんなに簡単に切り裂けるのは、この大雨のおかげだ。

ひゅうと振り上げた大太刀から、水滴が飛び散り。

しかし、大雨で即座にまた水滴が大量に刀身に付着。

だが、この刃は錆びない。

後ろで、ボオスさんが動けなくなったフィルフサに、次々とどめを刺している。また来た。

今度は虫みたいなたくさん足がある奴。

ぞっとするが、それでも立ち向かう。

最悪の場合には、虫を食べないと生き残れないこともある。

戦場で、好き嫌いなんていっていられない。

野蛮、それは違う。

単にその習慣がなかっただけ。

虫食は、クラウディアさんも平気だと言っていた。

リラさんも。

一方セリさんは苦手だそうだ。

つまり文化の違いに過ぎない。

文化が違う事は、優劣とは関係がない。人間にはそれを勘違いしている者があまりにも多すぎる。

ましてや、危地においては、食べられるものが多い方がいいに決まっている。

だから、怖れる必要も。

嫌悪することもない。

理屈でまだ恐怖する惰弱な心をねじ伏せて、パティは眼前の敵に立ち向かう。

虫みたいなフィルフサが、二本の足を上げて威嚇し。更に口から明らかにヤバイ液体を吐きかけてくるが。

その時には、パティはすり足で右に逃れ。

それに即応してきた中型の虫型は、更に次を繰り出してくる。

背中が開くと、多数の触手が、立て続けに襲ってくる。触手といってもそれぞれが極めて強靱で、抉り突き刺すような速度だ。

その全てを斬り伏せた時。

既に虫型は、上空に躍り出ていた。

フィルフサは、喰うのでは無い。

殺して、潰して。

地面に獲物を混ぜ込むのが目的。

ライザさんにそれは聞いている。

だが、そうされてたまるか。パティは大太刀を鞘に収める。きんと、鋭い音が響いていた。

上空から、押し潰しに来る虫型。

それにあわせて。パティも飛ぶ。

更に触手を飛ばしてくる虫型に対して。

パティは危険なものだけ斬り伏せて。

虫型と交錯した瞬間。抜き打ちを叩き込んでいた。

手応え、あり。

着地と同時に膝を突く。

呼吸が乱れている。コアを胴体ごと真っ二つにされた虫型が、大雨の中どうと倒れる。

「パティ、さがれ!」

「はいっ!」

レントさんにいわれる。

分かっている。

今のは、パティも無傷じゃなかった。すぐに手当てしないと、足手まといになる。今、足手まといになる事は許されない。

ライザさんの傷薬は、回復魔術を使える魔術師がお役御免になる程の効能だ。

ともかく、怪我を即座に治す。

最前線で、リラさんとレントさんが大暴れしている。タオさんも、速度を生かして主に大型を翻弄。

セリさんは支援を続行。

クラウディアさんは、連続で矢を放ち、門や此方に近付くフィルフサを片っ端から射すくめていた。

ライザさんは、ボオスさんと一緒に、土盛りみたいな拠点を作っている。

この状況だ。

家みたいなのを作っている余裕は無い、ということだろう。

あの土盛りは、案外理にかなった形だ。

人間の住処は、最初は洞窟で。

洞窟から出られるようになった後は、土を掘って、そこに土盛りを被せるものが主流だったそうである。

タオさんに聞かされた、神代より更に昔の時代。人間が住んでいた場所を調べた結果の話だそうだ。

今は屋敷だの家だのいっている状況じゃない。

安全に物資を格納し。

休憩できる場所を、確保しなければならないのだ。

あれでいい。

どんなに無様であっても。

傷を塗り混んで、水を飲む。

大雨の中だ。ともかく、全てを迅速にやらなければならない。ライザさんが、拠点から出てくる。

ボオスさんが、荷車を拠点に運び込んでいる。

「拠点完成! まずは周囲の敵を削るよ!」

「任せろっ!」

レントさんが前に出る。パティも応急処置が終わったので、その横に。ライザさんが詠唱を開始している。

つまり、あの超火力魔術をぶっ放すと言う事だ。

既に今回の戦いでも、一度使っている。つまり此処からは、薬で無理矢理魔力を回復させながら、全力で超火力魔術を使っていくことになるのだろう。

凄まじい消耗戦だ。

だがそもそも、フィルフサはそれを強要してくる敵。

それもまた、仕方が無い事なのだろう。

「ライザ、敵の密集地は今の貴方の二時方向!」

「了解! ありがと、クラウディア!」

「セリ、私を手伝ってくれ! 指定の方向の敵を、ライザの今の正面に誘導する!」

「分かったわ」

アンペルさんが、クリフォードさんと動く。爆弾を次々に投擲。フィルフサの群れに着弾。

雨に濡れて装甲が弱っている上に、此処はそもそも屋外だ。

もう爆弾を使わない理由がない。

炸裂する氷結爆弾、雷撃爆弾。それぞれが、フィルフサの装甲を、今までとは嘘のように貫いて、沈黙させる。

大型すら、直撃を受ければひとたまりもなく黙っている。

パティは、正面から来る小型を捌きながら見る。低所で、川が出来はじめている。それをフィルフサが明らかに避けている。

そうか、タオさんが地図を確認していた。クラウディアさんも。

この川がフィルフサの動きを制限することも、全て計算済か。

とんでもない人達だ。

素敵な人達だと思う。

恋愛感情で結びついていない。

互いを大事に思っていて、本当の家族みたい。

家族というものが、必ずしも絆で結びついていないこと何て。幾つもの貴族の家庭を見てきたパティは知っている。

貴族でもそうだし、庶民だってそうだ。

とても腕がいい戦士が、家庭はボロボロで。お父様に、色々とアドバイスを受けているのを見た事だってある。

戦士としてはとても頼りにしているが、もう少し家族も大事にしてやれ。

そういっていたお父様と。

家庭では別人のように立派とは無縁な戦士の姿を、パティも強く印象に残している。

そういうものだ。

血縁だの肉体関係だので、人間は絆なんて作らない。

いま、此処で一緒に戦っている皆は、多分絆と人間が呼ぶものに、一番近いものを持っている筈だ。

パティも、それの中にいるのだろうか。

いると、思いたい。

ただ、今は雑念を払い、敵を斬る。

世界の全てを、壊させないために。

敵の群れが、更に圧力を強めてくる。一方後方は、既にかなり数を減らしているらしい。

元々包囲しているところを、半ば無理矢理雨と強襲で斬り破ったのだ。一カ所を打ち砕けば、敵は陣列を変えるしかない。

更に言えば、敵の数は万を超えているといっても、恐らくはその全てが組織的に動いている訳でもない。

この辺りは、少数でもライザさんの指揮に一日の長がある。

ライザさんの詠唱が終わる。

空が、明るくなる。

土砂降りの中だというのに。

普段は魔術は一切通用しないと言う事だが。それでも、あの超火力魔術をぶっ放すと言う事は。

何か目的があるということなのだろう。

「グラン……」

思わず顔を覆う。

今まで何度も見た超火力魔術。

今回は広域制圧型だろうが、それでもあまりにも熱と光がとんでもないのは間違いない。

確か同時展開出来る熱槍の数は二万だといっていた。

それも、一つ一つが、石造りの家屋複数を全壊させることが出来る程の代物なのである。

「シャリオ!」

降り注ぐ光の滝。

炸裂する。

爆発の中で、フィルフサの群れが踊るようにして翻弄されるのが見えた。まて。フィルフサを直接狙っていない。

勿論、爆発の余波で押し潰されたり、クレバスに落ちるフィルフサはいる。

ライザさんは、フィルフサを狙っていないのか。

炸裂する超火力広範囲制圧攻撃。

それが終わった時には、膨大な粉塵が周囲を覆っていた。それを更に、クラウディアさんが、巨大な矢で空に巻き上げる。

そうか、更に雨の範囲を拡げるためか。

クラウディアさんが、無言になっている。

連射する矢の威力も大きさも、尋常じゃ無い。

あんなものを連発していたら、体力が底を突くはずだ。魔力より先に。

それでもクラウディアさんは連発して。

天候そのものを変えてしまう。

どっと、更に雨が降り始める。今の超火力攻撃を耐え抜いたフィルフサの群れに、ライザさんが、爆弾を次々に放り込み始める。

元々大型のフィルフサ達だ。

更に今ので、完全に足場が死んだ。

逃げる事も避けることも出来ない。

そのまま、ライザさんが作りあげた凶悪な爆弾で、粉々に打ち砕かれていくフィルフサの群れ。

勿論爆弾の数は無限じゃない。

リソースを惜しみなくつぎ込んでの殲滅戦。

息を呑んでしまう。

其処に、アンペルさんとセリさん、クリフォードさんも加わる。集められたフィルフサの群れが、次々に打ち砕かれていくのが見えた。

四半刻ほどで、作戦の第一段階が終わったらしい。

大雨の降る中。

周囲のフィルフサの群れは消滅。

文字通りの消滅だ。

タオさんが走り回って、まだコアが壊れていないフィルフサを、容赦なく仕留めて回っている。

手伝おうかと思ったけれども。

肩を、リラさんに掴まれていた。

「まずは手当てと体力の回復だ。 タオは余裕があるから、ああしている」

「……分かりました」

余裕は、確かに無い。

ライザさんが作った土盛りの中は思った以上に本格的だ。入口はいざという時にはバリケードにもできるようになっていて、しかも水が流れ込まないように二重三重の工夫がされている。

内部も思った以上に広い。

奧にはトイレに使えるらしいスペースもあり。

既に水が溜まった桶が置かれていた。飲むためのものではなく、傷口を洗い流すためのものだ。

すぐに手当てを始める。

同時に、ライザさんが薬を渡してくれたので、すぐに飲む。

少し前に、破傷風対策の薬を飲んだが。

それと似たようなものだろう。

大雨の中戦い続けているのだ。どんな恐ろしい病になるか、知れたものじゃない。

興奮が冷めてくると、痛みもわかってくる。

レントさんが諸肌を脱いで傷の手当てをしてもらっている。手慣れた様子で、アンペルさんが手当てしていた。

「ライザの薬、本当に痛くないなあ。 傷口にねじ込むみたいに使うのに……」

「痛みを緩和する要素もいれてあるんだけれども、そもそも痛みってのは傷の大きさを警告する体の機能だからね。 傷が完全に治れば、それは痛みももうなくなるんだよ」

「理屈は分かるがとんでもねえな」

「ああ。 自慢の弟子だ」

アンペルさんはそう言って、次々と皆の手当をしていく。

タオさんが戻って来た。

「誰か、手を貸してくれる?」

「任せろ。 俺が行く」

「実は……」

クリフォードさんとタオさんが、一緒に出ていく。

パティも胸鎧を脱ぐと、背中の傷をクラウディアさんに見せて、薬をねじ込んで貰う。

背中の傷は剣士の恥なんていうが。

あの乱戦だ。

背中に傷を受けない事なんてあり得ない。

「大丈夫、これなら薬を塗り込んでおけば問題ないわ」

「良かった。 お願いします」

「ええ」

手当てを終えると、ライザさんが荷車を漁って。大きめの干し肉を取りだし。野性的に貪っていた。

今はお上品だのいっている状況ではない。

パティも胸鎧を着直すと。

同じようにして。

食べやすいように敢えて肉つきにしてある燻製肉にかぶりつく。

なんというか、生きている味がしていた。

 

クリフォードは、タオがいうままに一緒に掘り返す。

この地点は分かっている。

最初にあの竜巻を起こした場所だ。

土嚢を積んでいたが、それも綺麗に消し飛んでしまっている。タオが、何かの液体を垂らすと。

ライザの建築用接着剤が。

あの難攻不落の硬化剤が。

嘘のように柔らかくなっていた。

「何度見てもとんでもねえな。 古代クリント王国の連中も、多分もうライザには及ばないんだろうな」

「恐らく。 そもそもこの水を奪う道具だって、ライザは機能を知っているだけで再現しましたからね」

「つくづくとんでもねえ。 本当に善人で良かったぜ。 ライザに近い実力を持つ極悪人が昔は跋扈していたんだろ」

「ライザが善人かはともかく……少なくともエゴはほとんどないですねライザは。 変人の域です。 それは僕も同じですけれど。 ただそれが、決定的に今までの……特に古代クリント王国の錬金術師達と違う事だと思います」

タオはそんな風に言う。

それはライザをずっと知っていたから、故の言葉なのだろう。

まあライザは文字通りの親分肌で、年上のレントも含めて周囲の人間をどんどん引っ張るタイプだったそうだ。

だったら、そういう感想が出てくるのも納得である。

「掘り出しは僕がやります。 クリフォードさんは、周囲を警戒してください」

「ああ、任せておけ」

今、視界が最悪だ。

だから、クリフォードが支援を頼まれた。

それを理解しているから、そのまま手伝う。

無言でタオが掘り出して。やがて、水を奪い取る球体を、掘り出すことに成功していた。

こんなものは、砕いてしまうべきかも知れない。

そうタオは呟く。

分かっているが、まだ戦闘で役立てる。

フィルフサの群れを潰してからだ。

ライザも、これについては良く思っていなかったようだ。ボオスも。

ボオスも、それはと。道具について聞いた時に、明らかに声を荒げていた。

事情を聞く限り納得出来るが。

確かにこんなものを悪用したら、それこそ天地がひっくり返る。

そして過去に悪用されている。

ならば、その反応も当然なのだろう。

二人で戻る。

「いずれにしても、これだと門にフィルフサは接近できないだろうな。 今後どう動くんだ、あの化け物共」

「一度再編制すると思います。 まだ将軍を仕留めていませんし」

「そういえば、指揮個体がいるんだったな。 別物に強いんだろ」

「はい。 今戦闘しているフィルフサ達は、ただでさえ強力です。 三年前に交戦した群れの将軍でさえ、万全状態だとドラゴンを倒しうる力を持っていました。 この群れの将軍は、雨に濡れていても最低でもドラゴン以上とみて良いでしょうね」

ぞっとしない話だ。

急いで土盛りに戻る。

内部ではライザが作った熱を発する道具を使って、皆を乾かしている。クリフォードも、それで温まることにした。

幸い撥水の処置もしてあるので、服は乾かさなくても大丈夫だ。

「タオ、状況は」

「敵影無しだね」

「そっか。 まあ、そうだろうね」

「手強いよ。 今度の群れ」

頷くと、ライザが手を叩く。

皆が注目する中、作戦会議が始まる。

タオがすぐに地図を拡げる。地図には、川が書き加えられていた。

「現在確認されているフィルフサの将軍は四体。 フィルフサの群れは、この範囲からは掃討済」

「これだけ安全圏は確保できたんですね」

「フィルフサの王種は替えが簡単にはきかない。 将軍も。 最低でも四体、もっと多いかも知れないけれども。 群れの規模から考えて、十体は超えないと思う将軍をまずは仕留める事が戦略上の課題になるよ」

タオが淡々と説明していく。

クリフォードも、作戦については頭に入れておかなければならない。

タオが更に説明。

将軍と呼ばれるフィルフサの統率個体を仕留めると、麾下にいるフィルフサは全て統率をなくして離散するという。

それは確かに、仕留める事でやっと戦闘がまともに出来る状態になると言えるだろう。

まだ、やるべき事がある。

「問題は、この群れを率いている王種と将軍が、ある程度知能があること。 今回の状況を見て、交戦中のフィルフサを見捨てて、さっさと戦線を下げた。 それも、雨の影響を見ながら、再突入の機会を探ってる」

「それはつまり……」

「王種と将軍が残っていれば、群れは幾らでも再建できる。 実際連中の母胎になっている地盤がどこかは分からないけれど、少なくともこの近くじゃない。 この近くは、フィルフサが繁殖するには水が多すぎるんだ」

要するに、まだフィルフサは痛手を事実上受けていないと言う事だ。

確かにそれは厄介極まりない。

リラが咳払いした。

「それで此処からはどうする」

「まずこの大雨を活用して、周辺の状況を確認します。 クラウディア、ごめん。 タオと連携して、できるだけ急いで動いてくれる」

「うん、任せておいて」

「タオは、敵の母胎がある方向を特定して」

頷くタオ。

なるほど。

今度は王種の首を取るために、敵の本拠地を落とすと言う事か。

この辺りは、そもそもフィルフサの勢力がそれほど強くないらしいとライザは門を潜った後くらいに話をしていた。

それでもこれだけヤバイ存在なのだから、どれだけオーリムの状況が危機的なのかはクリフォードにも分かる。

だからこそ、戦い抜かなければならない。

フィーが、ライザの上で鳴く。

それで、ライザは苦笑していた。

「はい、タオ、クラウディア、これ」

「ん? これは」

「む、ライザ。 甘い匂いがするが……」

「ダメですよアンペルさん。 これは嗜好品じゃなくて……」

速攻で反応するアンペル。

ライザが取りだしたのは、なんだか甘い匂いがする塊だ。恐らくは蜂蜜を使ったものだろう。

二人に渡す。

なんでも、甘さの中に栄養を閉じ込めたものらしく。一気に体力を回復する切り札的な薬だそうだ。

雨の形に加工してあるのは、持ち運びをしやすくする為らしい。

「二つずつ用意したから、今から偵察をよろしく。 それが終わったら、地図を作って休憩して」

「分かった」

「任された!」

「他の皆は交代で休憩。 あたしが見た所、雨はまだ三日は降るとみて良いから、急がなくても大丈夫だよ」

すぐにタオとクラウディアが出ていく。

そういえばタオの奴、意図的に戦闘での消耗を抑えているように見えたが。いわゆるスカウトとしての仕事があると判断しての事だったのか。

なるほどね。

流石に連携が取れている。

クリフォードは、何度巻いたか分からない舌をまた巻いていた。

断言できる。

今此処にいるのが。

人類最強の集団だ。

少なくともこの世界では。そして、恐らく、人類最良の暴力装置だろう。それも歴史上で見て、だ。

人間の世界もオーリムも滅茶苦茶にしてきた人間が、今になってこういう集団を出現させたのは。

色々な意味で、歴史の皮肉と言うしかないのかも知れない。

そうクリフォードは思うのだった。

 

2、反攻作戦開始

 

門からのフィルフサの進行を塞ぐ。それにはどうしたらいいのか。

簡単だ。

門周辺を縄張りにしているフィルフサの群れを滅ぼす。

そして門周辺に、水が豊かな地形を作る。

フィルフサは水が致命的に苦手だ。

実際問題、この周辺も水がまだあり。それをフィルフサは蹂躙できていない。或いは時間を掛けて少しずつ侵略しているのかも知れないが。

それでも、蹂躙して、母胎に出来ていないのも事実だった。

フィルフサを倒し。

この周辺の水を安定供給されるようにする。出来ればオーレン族と連携して、この辺りの水を守りたい。

だけれども、残念な事にあたしはグリムドル近辺のオーレン族と連携するのがやっとである。

此処の自然門は。

時間を掛けて封印するか。

或いは、誰かオーレン族を呼んで、守って貰うしかないだろう。

ただあれほど強力なフィルフサが跋扈していた土地だ。

オーレン族がいてくれればいいのだが。

この戦いが終わっても。

まだあたしは、王都から離れるつもりはない。

まず最初に機械を直さなければならない。

その後は、王都の調査もしなければならない。

それらが終わった後、やっとクーケン島に戻れる。

故郷だから戻るのではない。

グリムドルとの折衝とか支援とか、色々あるから戻るのだ。

王都は好きかと聞かれれば、べつにとしか答えは出ない。

住んでいる人に好きな人もたくさんいる。

だが王都そのものは好きには最後までなれなかった。

ただ、嫌いだからと言って、王都の重要性は無視出来ない。人類が魔物にいいように押されている今の時代。

三十万の人間を抱える王都は。

滅びてはまずいのだ。

交代で休憩をして。少し仮眠をしてから起きだす。タオとクラウディアはもう戻って来ていて。

地図を書き始めていた。

結論を聞くのは作業が終わってからだ。

軽く体を動かして、目を覚ます。

レントも既に一眠りしたようで、疲れは取れているようだ。

まだみんな、からだが若いから出来る事。

あたしは、もう肉体年齢のしがらみは捨ててしまうつもりだが。

それでも、みんなに無理はさせられないなと、こう言うときには思う。

「タオ、終わったら仮眠取っておいて」

「分かった。 ありがとうライザ」

「さてと……パティ。 物資の確認をするから、手伝って」

「分かりました」

パティがすぐに手伝ってくれる。本当は令嬢を顎で使うのは何事か、みたいなのがいてもおかしくないのだが。

パティは自然とあたしとの連携を嫌がらない。

あたしも、令嬢だの貴族だのというくだらん地位に胡座を掻かないパティには、今でも好感を持てている。

貴族やら王族やらが、この世界をよくしてきたなら、偉そうにする権利があるだろう。

この世界は、五百年前の古代クリント王国の破綻以降、悪くなる一方。

そんな中で血統がどうので地位にしがみついている連中に、なんの偉そうにする権利があるのか。

あたしのそういう冷たい怒りは。

少なくともパティには向かない。

それだけの話だ。

「かなり爆弾を消耗したみたいですね……」

「この時の為に作ってきた爆弾だよ。 それに、あくまで戦略用、制圧用の爆弾を用いただけ。 本命の接近戦用の奴は、殆ど残ってる」

「頼もしいです」

「そうだね」

まあ、そう言ってはみたものの。

ようやく対等の条件で戦える所まで場を整えるのに、これだけの消耗をしてしまったのも事実だ。

ここからが本番だという事を考えると、決して此方が有利とは言えない。

極端な話でいえば、王種も将軍も戦略級の大型爆弾で、みんな消し飛ばしてしまえれば良かったのだが。

そうもいかない。

今後は、敵をかいくぐって指揮官級のフィルフサを狙い、群れを瓦解させていくしかないだろう。

特にこんな状況になった以上、敵は戦い方を変えてくると見ていい。

少なくとも将軍級以上のフィルフサには戦術的な判断能力が存在していて。

三年前にも、様々な戦術を駆使して、豪雨の中必死に突破を狙って来たのだから。

「よし、地図出来たよ」

「タオ、最優先で休んで。 クラウディアも」

「わかった。 休憩後に、作戦会議だね」

「うん。 とにかく暖かくして眠って」

なんなら睡眠導入剤も持ってきてあるが。

タオもクラウディアも、相当に疲弊が激しかったのだろう。その場でこてんと落ちるようにして休んでしまった。

こう言うときのためにも、雨をしのげる拠点は必要なのだ。

後は交代で休みながら、外の状況も確認する。

クリフォードさんが時々手をかざして外を確認しているが。少なくとも、門にフィルフサは近付いていないし。

此処にも近付いていないようだった。

「なあライザ」

「どうかしましたか?」

「オーレン族がいるのか?」

「いや、なんとも。 ただこの付近は水があるので、いてもおかしくはないでしょうね」

腕組みして、小首を傾げるクリフォードさん。

どうも見られているような気がする、というのだ。

リラさんが、不審そうにする。

「私には感じ取れないが……」

「いや、気のせいだったら良いんだ。 敵意はなくて、ただ監視しているだけのように思えるからよ」

「それならなおさらオーレン族ではないだろうな。 此方の世界で人間が何をしたかを知らず、恨んでもいないオーレン族などいない。 フィルフサと同様に、此方にも敵意を向けてくるはずだ」

「そうか、確かにそうだな。 全く、二つの世界を無茶苦茶にするなんてな。 先祖とは言え、本当に恥ずかしい奴らだ」

クリフォードさんがぼやいた。

ともかく、交代で休みながら、休憩を入れ。

全員の疲れを取る。

タオが起きだしてきたタイミングで、休憩を終える。

敵が再編制を続けているだろう事もある。

あまり、長くもたついているわけにもいかないのだ。

 

タオとクラウディアが地図を拡げる。

クラウディアの音魔術。

更にはタオの分析。

この二つがあって、地図が出来る。どうやらこの辺りは、緩やかな丘陵地帯であり。近くに大きめの山脈があるという。

「他の場所でも見られる地形なんだけれど、雲が山脈に阻まれて、雨を豊富に降らせるんだよこう言う場所は。 もっと高度があったら、豪雪地帯になっていたかも知れないね」

「なるほどな。 それで水に弱いフィルフサが、進出を阻まれていたって事か」

「うん、そうなると思う。 ずっと西の方から常に風が吹いてきているようで、其処には砂漠があるのかも知れない」

「砂漠?」

タオが順番に説明していく。

砂漠という地形の上を流れる熱い風。それは、砂漠からなけなしの水分を根こそぎ奪っていくのだそうだ。

そんな風がぶつかるのが、此処の近くにある山岳地帯。

急激に冷やされた水分を含む風は、雲となって大雨を降らしていく。

本来は、此処で降る大雨は、砂漠で奪われた水分と。

更には、砂漠で巻き上げられた砂を核にしているのだろう。

そして、それらこそが、この辺りに豊かな自然を。

少なくともフィルフサが溢れる前にはもたらしていたのだろうと、タオが説明をすると。リラさんは腕組みしていた。

「なるほど、そのようにそれぞれの自然が相互作用しているのだな。 砂漠の存在が、むしろこの辺りの地形に緑をもたらしていたとは……」

「私も其処まで広い視点でものを考えた事はなかったわ」

セリさんも同意する。

咳払いすると、あたしは続きを促す。

今は自然学の講義ではない。

「ええと、それでね。 その山の方から、当然川が流れてきている。 フィルフサは少しずつその川を削ろうとでもしたのか分からないけれども、今は大きな流れになってここ、ここの辺りを流れているようだよ」

「川の流れを削った?」

「元々は、恐らくはこの辺りは多数の川が流れていて、大雨のたびに洪水が起きて、川の流れが変わってしまう。 そんな危険な場所だったんだよ。 たくさんの植物が生えていて、僕達が突入した時に見たような「植物もある」みたいな状況ではなくて、恐らくは「密林」というのが相応しい場所だったんだろうね」

「なるほどな。 そんな場所を、フィルフサは何百年も掛けて自分らに都合がいいように変えていったって事か」

レントが聞き役をしてくれるので、話が分かりやすい。

そして、問題は此処からだ。

タオが、二つの川について、示す。

これらの川は、フィルフサによってまとめられて、この辺りを流れていると。

地図の更に外側だ。

クラウディアの音魔術で、場所を確認したのだろう。

そして、タオが指さしたのは。

下流にある、少し小高い丘だった。

「フィルフサが拠点としているなら、此処に間違いないよ」

「理由を説明してくれるか」

「分かりましたリラさん。 この辺りで、不自然に川が複数分裂しているのを確認したんです。 要するに、この辺りだけフィルフサは手を入れず、「浅い川」がたくさんあるようにしているんですよ」

「つまり、どういうことだ」

タオはいう。

以前見たように、フィルフサは群れそのものを橋にして、この辺りを渡っているのだろうと。

つまり、だ。

この密林地帯だった場所に進出してきたフィルフサの群れは、この辺り。鉄砲水が頻繁に起きても流されない地点を拠点にしたと。

そして、何百年も。

いや、古代クリント王国関係でないとすると、下手すると千年以上。時間を掛けて、この辺りを自分達用に改造してきた、ということか。

ただし、それでも上手くは行っていないのだろう。

実際フィルフサの群れはあまり大きくない。

それに、この辺りはまだ水がたくさんある。

たまたま、この辺りに自然門を見つけたフィルフサは。

この辺りを開拓するよりはと、自然門の攻略に血道を上げはじめた可能性もある。

如何に全てを食い尽くし蹂躙し尽くす存在とは言え。

その話を聞いていると、あたしもちょっとだけ同情はする。

此奴らも生物なんだなと思うからだ。

「勿論、フィルフサの性質に何か知らない要素があって、それで動いている可能性はあるよ。 ライザがみたという話だけれども、王種に何か機械みたいなのがついているって話だし」

「うん、それは間違いない。 強い悪意も感じた」

「どちらにしても、居場所がわかったんなら好都合だ。 この大雨だ。 敵を少しずつ削るのも丁度良い」

「よし……」

あたしは立ち上がる。

全員が、あたしに注目した。

作戦を決めた。

まずは門を守る必要がある。カーティアさんに、彼女の一族を集めて、門を監視して貰う。

タオに一度戻って貰って、それを伝令として伝えて貰う。

というのも、あたし達が敵の王種をつぶしに行っている間に、別働隊が強行突破を図ってくる可能性がある。

カーティアさんだったら、少数の別働隊が無理矢理に突破を図ってきたとしても、充分に対応できる筈。

勿論あたし達も定期的に確認するが、最悪の事態には常に備える必要がある。

今タオが指定した地点に敵が司令部を設置したとしても。

それそのものを陽動に、王種が門の突破に動いてくる可能性も否定出来ないのだ。

「ライザ、かなり戦略的にものを考えるようになったね」

「まああたしもこの三年、クーケン島で色々あったしね。 本当に古老とかの頭が硬い連中がもうさあ……! 出来る事が増えて、それで島の為にしている事が増えて。 発言権が大きくなると、余計に感情だけで動いている人達がどれだけ愚かだかよく分かってきてさあもう!」

「色々すまんな。 俺がクーケン島に戻ったら、その辺りは俺が担当する。 お前はとにかく、錬金術で皆を豊かに平和を作る事だけを考えてくれ」

ボオスがそんな風に言ってくれると助かるが。

ともかくだ。

準備は必要になる。

「クラウディア、戦地になりそうな場所の雨はどうだった?」

「まだ土砂降りは続くと思う」

「そうなると……敵は雨に濡れたままじゃなくて、洞窟か何かに引きこもっている可能性も否定出来ないね」

「いずれにしても現地を見てみないと、だよ」

タオに頷くと、あたしは順番に指示。

まずタオに、伝令に出て貰う。

タオが戻る前に、移動。この拠点から、まっすぐ敵地を目指す。その過程でクラウディアには音魔術を展開して貰い、敵がどのように動いているか、展開しているかを確認して貰う。

再攻撃のために密集体型をとるか。

それともあたし達を手強いと認識して、攻撃して来たところを包囲する体勢を取るか。

いずれにしても大雨という致命的な状況で、どうフィルフサが動くにしても、此方としては対処は可能な筈だ。

一瞬でやられるような事にはならないだろう。

タオが戻ってくる前に、まずは門付近へと移動する。完全に湖になっている。元々が、こう言う土地だった。

それを聞くと、複雑な気分だ。

この土地に生きてきた生物は、ずっと大水に流され、復興。それを続けて来たのだろう。

安定はしていない。

だが、ダイナミックな生き方だ。

どんな強い生物でも、植物でも、死ぬときは一瞬で流されてしまう。

良い条件の場所を独占していた筈の大木が、それこそ一晩で下流に流され、無惨な姿を晒す事になる。

水中での争いも熾烈なはずだ。

潮の流れが激しい場所は、良い漁場になると漁師の人達には、あたしもクーケン島で聞いている。

川とて同様。

雨の時は川の中は生きるので精一杯だろうが。

そんな激しい環境で揉まれた生物たちは、恐らく普段から苛烈な生存競争をしていて。それでも、生き残るのは運が良い奴だと言う事だ。

タオが戻ってくる。

「ライザ! カーティアさんが、周辺の腕利きを集めて、迎撃の態勢を取ってくれるって!」

「よし。 みんな、行くよ! 敵司令部の状況を把握して、戦線を押し上げる!」

「応っ!」

此処からだ。

将軍級になると、総力戦になる。最低でも四体の将軍を仕留めないと、王種と戦うどころじゃあない。

もしも王種の周りに将軍級が固まっていた場合、何とかして各個撃破する事を考えなければいけなくなる。

敵もバカじゃないのだ。

雨の中、泥を蹴立てて走る。

皆、転んだりはしないが。

それでも最前列のレントが、時々気を付けろと声を張り上げる。

グリーブを履いているから、ちょっとやそっとの石だの根だので足を傷つける事はないが。

危ないものが泥の中にある場合があるから。

それを警告してくれるのだ。

「右、少し大きい岩!」

「回避する!」

「陣列は出来るだけ崩さないで! クラウディア、どう!?」

「今の所敵の気配なし!」

そうなると、雨の中此方を迎え撃つ構えではないか。

下流側。この場合は、必然的に風下から近付く。

そうすることで、敵に接近を察知させない。この状況だと、少なくとも生物的な感知方法だと、風下からの接近に敵は気付けない。

だがフィルフサは魔術も使う。

そういう連中が、接近に気付いてくる可能性もある。

油断は禁物だ。

顔を上げるクリフォードさん。

「止まれ!」

「!」

「まずいぞ、鉄砲水だ!」

「回避! 後退!」

一斉に、今度はさがる。まさかとは思うが。下流からの接近を察知して、鉄砲水で此方を狙って来たのか。

水が苦手なフィルフサが、水を使った戦術を使ってくるというのか。

全力でさがる。最悪、荷車を放棄するしかない。だが、クリフォードさんが早々に気付いた事。

更にはこの辺りが、ずっと拡がる湿地帯であることが幸いする。

水の勢いが想定ほどではなく、どっと来るが。それでも、全てを押し流していく程でもない。

ただ、それでも巻き込まれたら死ぬ。

「急いで!」

あたしが急かす。

リラさんが、アンペルさんの腕を掴むと、ひょいっと飛んでいた。

セリさんが荷車に飛び乗り、植物の壁を背後に作る。荷車を、レントとあたしが、フルパワーで引いて走る。

土砂降りに誘発された鉄砲水が、至近を掠めていく。

凄まじい勢いで水を浴びて、閉口するしか無い。

全力で走り戻り。

そして、やっと人心地つくことが出来ていた。

三年前。

鉄砲水で「蝕みの女王」率いるフィルフサの群れを、散々にあたし達は翻弄し壊滅させた。

そして今。

クリフォードさんがいなければ。恐らくあたし達は、逆に鉄砲水で壊滅させられていた。

呼吸を整えながら、点呼。

全員無事だが、強烈に消耗している。

レントが、地面を蹴りつけていた。まあ足首くらいまで水没しているが。

「くそっ! もう少しで全滅する所だった!」

「まさか下流から接近して来る事まで見越して、鉄砲水を起こしてくるなんて……」

「相手は本当にフィルフサか? 将軍級は確かに知能を持っている奴もいたが、こんなのはそれこそ……」

「人間の戦い方そのものだね」

リラさんに、あたしがぼやく。

悪意を感じたのは、どうやら間違いない。

フィルフサという存在の生態は既に確認済みだ。

取り込んだ生物の特徴をどんどん追加して強くなって行く。

だけれども、今まで交戦したフィルフサは。それぞれの個体が、特徴的な生物の性能を取り入れていた。

それが強さにつながるかはともかく、多数の生物の特徴を一辺に取り込むのは、生態的に難しいのだろうとあたしは分析する。

そうなると、これは。

恐らくあの機械による後付の悪意。

エンシェントドラゴン、西さんの言葉を思い出す。

古代クリント王国なんて模倣をした連中に過ぎない。真の邪悪は、神代の一派だと。

フィルフサが生物兵器かも知れないと言う仮説は既に出した。

だが、だとするとなんだ今度の王種は。

対人用の戦術でも学ばせた兵器だというのか。

だとしたら、なんのためにそんなものを。

そこまで考えて、ぞくりとする。

まさか。

対人間用に、最初からフィルフサは調整されていたのではないのか。その神代の一派が、邪魔な人間を土地ごと平らにして。その後を自分達で好き勝手にするために。

オーレン族に対しても、同じ事をしてもおかしくない。

ずっと長い間オーレン族とフィルフサは戦い続けて来たと言うが。

それがそもそも、最初から仕組まれていたのだとすると。

ぎりと、歯を噛みしめる。

その神代の一派とやらが、どこにいるかは知らないが。いずれにしても、古代クリント王国の生き残り同様。

見つけたら、生まれてきたことを後悔するくらいの目には合わせてやる。

文字通り全てに対する冒涜、強欲の極限がもたらしたエゴの怪物。

許せる存在ではない。

ただ、まだフィルフサが生物兵器と確信できた訳ではない。ともかく、作戦を練り直す必要がある。

「クラウディア、鉄砲水の被害範囲。 それとタオ、同じ戦術を敵が使うのに必要な時間、割り出せる」

「すぐに探るわ」

「計算する」

二人に知能活動を任せて、あたしはもう少しさがって、一度様子を窺う。

今みたいな策、幾ら自分達の体を斬り捨てるようにして動くフィルフサでも、何度も出来ない筈だ。

だが、計画的に今の攻撃をして来たとしたら、雑魚を使い捨てにしているとも思えない。

まさか、水を逆に使われるとは思わなかったが。

ともかく今は、一秒でも早く立ち直って。王種に肉薄する術を考えなければならなかった。

 

3、水将との激突

 

かなりの数が、陣を組んでいる。

長期戦になれば不利だ。

雨が止みはじめたら、もう勝ち目はなくなる。フィルフサが雨の範囲から撤退して、一度仕切り直しになる可能性もあったが。

その場合は、あたしが水による防壁を徹底的に固めて、フィルフサがこられないようにするだけだ。

ただ、敵もそれは察知しているのだろう。

雨が止むのを待つべく、陣列を組んで待ち構えていた。

「数はおよそ2500。 将軍がいるよ」

「……他の敵は?」

「恐らく、敵の本陣があると思われる地点に同じくらいの規模。 こっちは将軍がいるかは分からない。 他にもう少し下流に一群」

「多分もう一群は最低でもいるね。 仕掛ける前に、状況を探ろう。 遊撃でもしていたら面倒だよ」

クラウディアは頷く。

そのまま。身を低くして移動。

時間はない。

パティが寒そうにしていたので、あたしが熱魔術で周囲の寒さを多少緩和する。だけれども、これをやると後で余計寒くなる。

最低でも敵の一軍を潰したら、そのまま撤退する必要があるだろう。

そう考えた瞬間だった。

「後方、敵!」

「おいでなすったな!」

レントが剣を抜く。

どうやら、やはり敵は此方の動きをある程度想定していたらしい。

恐らく下流側に配置している部隊は、同じ作戦で、奇襲を狙って来たとき対策。

川に貼り付いている部隊は、また鉄砲水を引き起こすための部隊。

そして、遊撃の部隊は、感知に特化したフィルフサの情報を受け取り。

あたし達を逆に不意打ちするために動いていた、ということだ。

うおんと、嫌な音がした。

動物の鳴き声ではなく、何かが投擲されるような音だ。

それが、無数のフィルフサが、突貫してくる音だと気付く。だが、此方も既に戦闘態勢は万全。

大雨の中だ。

この数が相手でも、いける。

まずはあたしが、持ち込んできている爆弾を、ハンマーを投擲する要領で敵陣真ん中に放り込む。

最大級まで火力を上げたローゼフラムである。

音もなく飛んでいくローゼフラム。

敵の群れから、迎撃用の火線が迸るが、全て弾かれる。大火力の戦略用爆弾だ。そんなもので誘爆しないように、手を入れてあるのである。

やがて、敵陣のど真ん中にローゼンフラムが吸い込まれ。

あたしはセーフティを解除。

起爆していた。

フィルフサの群れが、散る。

それどころか、一部の個体は文字通りの壁になる。

それが、近付いて来ている中見えていた。

炸裂。

巨大な薔薇の形をした巨大熱量が、敵陣を文字通り蹂躙し尽くす。消し飛ぶフィルフサも多いが。

それ以上に、今の瞬間にダメージを減らすべく動いていた奴もおおい。

その散開した敵の群れが、そのまま襲いかかってくる。

「敵は柔らかくなっているとは言え、油断するな!」

「分かってる!」

レントに、ボオスが怒鳴り返すように応じる。

また雨が激しくなってきた。

次々に躍りかかってくるフィルフサの群れを、総力で迎撃する。そもそもこういう遊撃に選ばれた敵の部隊だ。

戦闘力が低いとはとても思えない。

斥候には精鋭が選抜される。

斥候というと使い走りのようなイメージを持つ者もいるかも知れないが、実際には敵の数や状態を正確に把握しなければならないから、相当な精鋭が選抜される。時には将そのものが斥候をすることもある。

斥候に来たあの将軍。強かったな。

そう思いながら、あたしは襲いかかってきた巨大な百足型を蹴り砕く。真っ二つにされても平然と動きそうだから、熱槍を前後に叩き込んで、更に爆裂させてやる。

体が砕けても、動いてくる百足型だが。

ボオスが飛びかかって剣を突き刺すと、動かなくなる。

よし。次。

躍りかかってくる犬のような奴。鋭い動きだが、水の中を走ってきている。外で戦った時ほどじゃない。

紙一重で爪を回避しながら蹴り上げ。

続いて来た奴の顔面を、肘鉄で泥水の中に叩き落とし。

更に来た奴を、熱槍で至近距離から射撃。

本来は効かない。今も効きが悪いが。

それでも、怯ませる事には成功。

其処に前蹴りを叩き込んで、吹っ飛ばす。

四体目が襲ってくる。五体目、六体目が同時。

跳躍して、残像を抉らせる。

ぼっと、下で遅れて音がした。

其処に残ったフラムが炸裂して、三体がまとめて粉々に消し飛ぶ。着地と同時に、あたしは踏み込み、今度は前に出る。更に来る犬型を、文字通りちぎっては投げ、ちぎっては投げる。

レントが一番大軍を引き受けてくれている。

だが、そっちに行く余裕は無い。

荷車を守りながら、皆総力戦の最中だ。

しかもこのままだと、他の敵部隊が動いて、この部隊の救援に来る可能性も否定出来ない。

クラウディアの音魔術。

「ライザ、将軍見つけた! この強力な魔力反応、間違いないよ!」

「ありがとうクラウディア! 場所指示お願い!」

「任されたっ!」

多数の矢が、次々にフィルフサを貫く。一発では倒せない。だが、クラウディアは一発目は観測射撃に使ってコアの場所を特定しているらしく。二射目で次々とフィルフサを撃ち倒している。

そんな乱射の中、明らかにおかしい一矢。

なるほど、そっちか。

至近で戦っているのは。パティだけ。

声を張り上げる。

「仕掛けるよ! パティ、来て!」

「はいっ!」

手元の爆弾は多くは無いが。

それでも、短期決戦だ。続いて次の群れが来る可能性が高い。連戦になるが、将軍をその都度ぶっ潰せば、それだけ敵の戦力を削れる。

王種に近付くのも、容易になる。

走る。パティが次々にフィルフサを斬り捨てる。コアを砕くのは、もう他の人に任せる。足などを切り裂いて、動きを止めるのに注力。

そういう戦い方だ。

剣舞が今の時点で、完璧になってきている。

剣舞というのは、剣にとって必要な動きを全て取り込んだものだ。それを実戦で生かせるようになれば、達人の領域。

既にパティは、其処に入り込んで来ている。

だが、見た感じ、パティは神懸かりの状態だ。

要するに、集中の極限の末に。意識を半分捨てて、戦闘に没頭している状況である。

だとすると、まだだ。

この状況を、冷静に出来るようにならないと。神懸かりが切れた瞬間に、敵に殺されるだろう。

特にこういう対多数戦の時にはだ。

「大きいの行く!」

クラウディアの声。

支援による大規模射撃魔術。

後ろで、魔力量ならあたしにも匹敵するクラウディアの魔力が爆発するのが分かった。大技で、一気に数を減らすつもりだ。

ならば。

前に立ちはだかった蟹みたいな姿をしたフィルフサ。大型で、容赦なく巨大な鋏を振り下ろしてくる。

パティと左右に飛び分かれ。

パティが鋏を、根元から両断。

背中を展開し、そこから多数の矢を放とうとしてくる蟹。

だが、次の瞬間。

頭上から、光の矢が、無数に降り注いでいた。

多数のフィルフサが、一斉に泥沼に串刺しにされていく。あたし達の道をふさごうとしていた奴らも。

大技だ。連発はできない。

「アンコールは無しよ……!」

クラウディアがフィルフサ達にそう告げるのが聞こえる。今ので、敵陣に乱れが生じていた。

だから、突破する。

パティもついてくる。

泥沼をかき分け、雨を蹴散らして走る。まだ無事なフィルフサが次々前を塞ごうとしてくるが。

あたしは怒号を張り上げていた。

「どけええええっ!」

巨大な猿のようなフィルフサを、文字通り蹴り砕きながら跳躍。

転んだ所を、パティがとどめを刺す。

あたしは着地と同時に走り。そして、フィーが鳴いていた。

「フィー!」

「!」

パティは対応できている。

あたしは飛び離れて、その一撃を回避する事に成功していた。

文字通り、沼を砕くようにして、それが振り下ろされる。長い節につながれた大斧、とでも言えばいいだろうか。

直撃していたら、即死だった。

ずるりと、大斧が沼から引き抜かれる。

パティが大太刀を鞘に収める。声を掛けておく。

「将軍だよ。 今までとは比較にならない。 気を付けて」

「分かりました」

すうと、パティが息を吸い込む。

二対一か。

できればもう一人は欲しいが。そもそもこの群れは統制が取れていて、此処まで突っ切れたのが不思議なくらい。

後方を皆が必死に塞いでくれているというだけでも御の字の状況。

ここで殺るしかない。

将軍が、姿を見せる。

虫に似ているが、非常に重厚な姿をしていて、背中に虹色の結晶を生やしている。頭に角があるのは、多数いる将軍と同じ。

だが、将軍級はそもそもドラゴンと戦闘出来る程の力がある。しかも此奴は、群れの質から言って。

この状況で、ドラゴンとやり合える実力があるとみていい。

背中から、ずるりと触手みたいなのが伸びる。それが鋭い音とともに膨れあがり、多数の節に変化。めりめりと形を変えていく。

同時に、あたしとパティは散開。

あたしは左から。パティは右から仕掛ける。

左三本の足を振り上げる将軍。なんだ。

沼地になっている地面に振り下ろす。それと同時に、辺りに光が奔る。それが魔術だと気付いた時には、本能的にあたしは跳んで避けていた。

爆裂する。

辺り全域が、文字通り吹っ飛ぶ。パティは、避けられたと信じるしか無い。

そして、空中で横殴りに、さっきの斧が飛んでくる。無理矢理熱魔術で空中機動して、回避しつつ、フラムを投擲。

フラムが炸裂するかと思った瞬間。

多数の何か。人間の掌大のものが飛んできて、フラムを包み。爆発は、それで抑え込まれてしまった。

着地。

今のは、見た。

フィルフサが引っ張り出した触手。それが膨らむときに、余剰分が空に拡散していた。それだ。

つまり此奴は、広域攻撃、動きを封じた後の大火力攻撃でとどめを刺し。ついでに余剰で防御までしてくると言う訳だ。

頭部をぐっと上げる将軍。

角の部分に、光の刃が生える。

まずい。

だが、次の瞬間。泥を吹っ飛ばしながら、パティが突貫してくる。そのパティに向けて、光の刃を将軍が叩き付ける。

発止とぶつかり合う大太刀と光の刃。

だが、まずい。

あたしは全力で、将軍に突貫。真横に、蹴りを叩き込む。

将軍の体勢が崩れる。

パティがさがる。

その上下、殆ど掠めるようにして、二つの斬撃が同時に走り、下の方の斬撃は沼地を大きく抉っていた。

ずらさなかったら、パティは首も足も失っている所だった。

将軍は五月蠅そうに踏み込むと、動かないままあたしを吹っ飛ばす。泥沼に叩き込まれたあたしに、あの大斧が叩き付けられる。

泥沼で足場が悪いが、あたしは逆立ちの要領で下に手を突くと体を旋回させ。大斧を蹴り返す。

沼地に衝撃を逃しながら。

目の前で、泥水が吹っ飛ぶ。

ひやりとするほどの破壊力だが、それでも威力は殺した。

雄叫びを上げながら飛び上がり。とんぼを切って立ち上がる。弾かれた大斧が、今度は真上で停止。

真っ二つに切りおとそうと、音を置き去りにして振り下ろされる。

熱槍で爆破して速度を落としつつ、突貫。だが、衝撃波だけで吹っ飛ばされる。全身が、これだけでも破裂しそうに痛い。

だが。

斬り込んだパティが、将軍の角に大太刀を食い込ませる。

それが最後の頑張りで、パティは鬱陶しいとばかりに踏みこんだ将軍の一撃で吹っ飛ばされる。

追撃に、多数の小型飛翔体が飛んでいくが。

あたしがそうはさせない。

突貫。

こっちにも、当然将軍は対策をしている。多数の小型飛翔体。顔と急所を腕で守りながら、そのまま走る。

鈍痛が走るが、知るか。

雄叫びを上げながら、あたしは渾身の蹴りを、将軍の横っ腹に叩き込む。一撃に巻き込まれた将軍の足が、一本、砕け散っていた。

将軍の体の逆側から、衝撃波が抜ける。

明らかにダメージが入った。コアにだ。

将軍が体を揺らし、飛翔体が落ちる。だが、致命傷じゃない。

驚くほどの速度で体勢を立て直すと、残った足を将軍が此方に振るって来る。まともに食らったらスライスされて即死だが。

体勢を立て直していたのは、あたしもだ。

最初に飛んできた足を、むしろ蹴り飛ばしつつ。その衝撃を利用して飛翔。将軍は全身を旋回させて、あたしを切り刻むように足を振るったが。全て不発。

上空で、熱魔術で空中機動。

一瞬遅れたら、大斧が体を抉っていたが。それも回避。

だが。将軍が背中を展開する。

更に触手を二本、あたしを串刺しにせんと飛ばしてくる。

流石だ。

もしも雨が降っていない状態だったら、全員懸かりでも勝てたかどうか。だが、今は、この豪雨。

戦力は十分の一以下。

だから勝たせて貰う。

両腕で触手を弾いてガード。多分肉を抉って骨まで行ったが、そんなもんは薬で後で直す。

熱魔術で、更に空中機動。というか落下加速。体に大きな負担が掛かるが、パティが倒れているのが見える。

今、此奴を倒しきらないと、助けられない。

雄叫びを、あたしは上げていた。

「いぃっ、けえええええええええっ!」

文字通り、一つの。

空から地面を貫く杭になる。

あたしが将軍をブチ抜いて、コアを砕いた瞬間。

其処に、巨大な間欠泉が出来る程に、水が噴き上がっていた。将軍の全身が、一瞬の抵抗の後、バラバラに砕け散るのが分かった。

あたしは、膨大な水が降ってくる中。

少しだけ笑っていた。

やった。

これで、四分の一。

しかも、恐らく各個撃破を狙って来ている敵の、最強の部隊を撃破出来た。

呼吸を整えながら、パティの方に。

大丈夫、生きている。あたしも体中抉られて悲惨な有様だが。それでも、薬で治せる範疇だ。

「ライザ! 無事!?」

「右の鼓膜、やられてる。 クラウディア、今将軍は仕留めたけど、周囲は」

「フィルフサが逃げ散り始めてる……」

「よし、群れは崩壊したね。 でもすぐに次が来る。 手当て、急いで!」

あたしも、出来るだけ急ぐ。

殆どのフィルフサは、将軍が死んだ事によって機能停止。生きている奴も、のろのろと戦場から逃れ始めている。

気を失っているパティを担いで、荷車に。

皆ボロボロだ。急いで傷に薬をねじ込んでいる。

「クラウディア、疲れている所ごめんね。 接近する敵について、音魔術で探り続けて」

「それよりライザ……」

「大丈夫。 薬で治る範囲」

パティはよく頑張ってくれた。

まだあたしの力が足りないから、これだけのダメージを受けた。それだけの話である。

すぐに薬を取りだして、傷口にねじ込む。

血もたくさん失ったから。増血剤も飲んでおく。

栄養も口に入れる。

はっきりいって保存食ばかりだからあまり美味しくないが、ぜいたくも言っていられない。多分敵が狙っているのは、此方を捕捉してからの、戦力を集中しての包囲殲滅。もたついていられない。

「敵補足。 群れ、同規模。 こっちに向かっているわ」

「まだいるはず」

「いや、他には接近している群れはないな……」

クリフォードさんが手をかざして、雨の向こうを見ている。

そうか、そうなると。

恐らくだが、今の将軍が想像以上に素早く倒されたと言うこともあって、敵は様子見に戦力を温存したのだとみていい。

もしも此方の戦力消耗が激しいようなら、今派遣してきている部隊でとどめ。

此方が気力充分なようなら、情報を持ち帰って、守りを固めて雨が去るのを待つという所か。

「どうするライザ」

アンペルさんが聞いてくる。

決まっている。

「此方から仕掛けます」

「何……」

「敵は作戦を切り替えたとみて良いでしょう。 そうなると、守りについていた部隊も、王種から離れている筈です。 今はとどめを刺すのと威力偵察を兼ねている部隊と、王種の守りに戻ろうとしている部隊がいる筈。 それぞれの群れを、逆にそれぞれ、速攻で各個撃破します」

「おいおい、またこれは、攻撃的だねえ」

クリフォードさんが呆れるが。

しかし、次の瞬間、不意に昂奮していた。

「良いぜ、ロマンに満ちている!」

「ロマンってなんなんでしょう……」

目を覚ましたパティが、荷車の上で昂奮するクリフォードさんを見て呆れている。

まあ、あたしにもよく分からないけれども。

ただ、士気が下がっていないのは、良いことだとは思った。

ともかく、手当てを急いで貰う。敵の群れの一つは少なくとも、此方を捕捉して向かってきている筈だ。

どんなに最低の結果でも、これだけは確定で潰さなければならない。

今、敵戦力の四分の一を潰したが。残りがガチガチに王種の周りを固めたら、かなり面倒な事になる。

将軍と戦って見て分かったが、此奴らの戦力は正直図抜けている。

土砂降りの中でなければ、そもそも勝負が成立しないだろう。

だから、今此処で仕留める。

無理をしても、だ。

「装備は問題ない?」

「何とかやってやる。 それにしてもお前ら、前よりきつくないかコレ」

「今後ライザと関わったら、いつもこうだろうさ」

「そうか……」

ボオスが遠い目になる。

まあ、あたしとしてはどうでもいい。

ともかく、此処で勝つしかないのだ。

此方に向かってくるフィルフサの群れ。クラウディアが、魔力を集中。凄まじい魔力に、背中に翼が生じる。魔力が大きい人間が、フルパワーで魔術を使うと時々起きる現象。あたしはちなみに、起きた事はない。

先制攻撃で、可能な限り削るつもりだ、ということだ。

だが、コアをこの位置から撃ち抜くのは無理だろう。そうなってくると。

なるほど。

そういうことか。

多数の人型が、クラウディアの周囲に出現する。その全てが、多数のバリスタ並みの巨大弓を手にしている。

これはもはや、単騎での精鋭弓部隊。

死の楽団だ。

「アンコールを聞かせてあげるかは分からないけれど。 せめて葬るときは、美しい音色で!」

クラウディアが、最後の詠唱を終える。

これらの矢は、魔術で放つだけでは無い。鏃に石や鉱石などを取り込むようにしてあるから、速度と撃ち出すときの加速もあって、充分な殺傷力を持つ。フィルフサに対してはそれもかなり落ちてしまうが。

この大雨の中なら。

そして、大雨の中でフィルフサの位置を正確に把握できるクラウディアなら。

ぶっ放される、数十に達するバリスタ並みの巨大矢。

破裂音のような凄まじい射撃音だ。

そして、それらが着弾してすぐに。

フィルフサ側も、反撃に出てくる。此方から接近して、仕掛けて来るとは思っていなかったようだが。

それでも、凄まじい反撃をしてくるのは流石だ。

セリさんが植物の壁を展開。第一波を防ぎ切る。

しかし、次の瞬間には乱戦が始まる。皆、手傷を受けて、それを無理矢理に直したばかりである。

パティはダメか。

流石に将軍と連戦させる訳にはいかない。

今の将軍は恐らく最強の個体だったのだろうが、それでも他も強いはず。出来れば三対一で懸かりたい。

そうなると、タオとレントを一瞥する。

「タオ、レント、中央突破して将軍を狙うよ。 一緒に行ける?」

「無茶を言わないでよ……」

「でも、やるしかなさそうだな!」

とにかく時間勝負だ。二人もその気になった所で。

あたしは、全力で泥を蹴っていた。

将軍の首、続けて取らせて貰う。

「クラウディア、残りの敵部隊の動向、監視を続けて!」

「分かった!」

「仕掛けるよ! さっきより条件は良いはず!」

敢えて、嘘を口にする。

此方の疲弊の分、恐らくさっきより条件は良くない。無理矢理薬をねじ込んで、継戦能力を作り出しているくらいなのだ。

体に無理は出ている。

それでもやらなければならないのである。

フィルフサは王種さえ残っていれば再起可能だ。

此処にいる王種を仕留めれば。

この土地をしっかり緑化し水も豊かな土地にすれば、そうそうフィルフサは侵攻して来られないはず。

そしてそれが楽観や希望的観測でないことは。

ここの門から来るフィルフサを、古代クリント王国時代の前の人々が、防ぎ切ったことからも。

此処にいる群れが、大した規模では無い事からも。

明らかすぎる。

希望はある。

だから、あたしが先頭に立ち。

全てを蹂躙する絶望を、逆に踏み砕くのだ。

フィルフサの群れが見えてくる。突貫。レントとタオに出来るだけ任せる。乱戦の中、あたしは雨で脆くなっている大型の装甲に蹴りを叩き込み、風穴を開けていた。

コアが露出する。

手を伸ばして掴むと、握りつぶす。まさかコアを握りつぶされると思っていなかったらしいフィルフサは、呆然と立ち尽くすと。そのまま後ろにどうと倒れる。

泥が飛び散る中、あたしは既に次に襲い掛かる。

乱戦の中、将軍が見えてくる。

見えてくると同時に、熱が側を掠めていた。

遠距離攻撃手段も将軍は持っている事が当たり前。此奴らも当然そうか。

二射目は、熱槍。冷気型で相殺。そのまま、激しい乱射戦を繰り返しながら、敵に接近していく。

レントとタオが、無理矢理敵を突破して側に来る。

頷くと、将軍にあたし達、クーケン島で最初にいた三人で。

将軍を仕留めるべく、躍りかかっていた。

 

4、膠着

 

呼吸を整えながら、拠点に戻る。まだ大雨は大丈夫。最悪の場合は、また大雨を降らせる事になるが。

それには準備もいるし。

何度も出来ない。

アーベルハイムだって、ずっと緊急事態として動くわけにもいかない。

雨は、あと二日降り続けば良い方だろう。

どうにかして、勝負を決めなければならない。

あたしは、皆を見回す。

とりあえず動けてはいるが、全員ボロボロだ。

交代で休むように皆に促して。

あたしは、クラウディアと。タオと。話をしておく。

「将軍を倒して、二つ目の群れは瓦解させられた。 でも……」

「うん。 残りの群れは早々に戻って、王種の側で守りを固めているようだね」

「将軍が最低でも二体。 厳しいね……」

「将軍はドラゴンとやり合えるくらいの遠距離戦闘手段は持ってる。 遠距離戦は、分が悪いだろうね」

大雨で、辺りの水没も激しい。

将軍麾下のフィルフサは、かなり数を減らしているはずだが。雨に濡れてなお、将軍は強い。

二体目の将軍とも激戦になって、はっきりいって勝てたのは運が良かったと思っている。それくらいの難敵だった。

レントは無言で横になって、先に休みはじめた。

頑健なレントですら、それくらい消耗したと言う事だ。

あたしは嘆息すると、クラウディアが帰路に調べてくれた地図を、タオと一緒に検討する。

「一度フィルフサの方から堰を切ったことで、この辺りが水没している可能性が高い、という事だね」

「うん。 この辺りを渡るのは無理だと思う」

「考えたな。 遊撃隊と時間差で動いた将軍で、あたし達を殲滅できなかった場合は、水を防壁にして身を守る。 一見戦力の逐次投入にも見えるけれど、王種と将軍二体が一緒にいたら、生半可な相手には負けないことも知ってての動きだ」

小賢しいとは思わない。

単純に賢いのだ。

と言うか、賢すぎる。

雑に攻めこんできていた三年前の「蝕みの女王」の群れとは雲泥の差である。

規模が小さいのが救いだ。

三年前と同様、百万規模の群れだったら、それこそどうにもならなかっただろうとあたしは思う。

ただその場合は、この土地にあった国では、防ぎ切る事がそもそも出来なかっただろうとも思うが。

「それにしてもライザ。 私、不思議に思うんだ」

「うん?」

「此処のフィルフサは強いよ。 将軍だって、他のフィルフサと負けていないと思うし。 それなのに、どうしてこんな劣悪な地形を……フィルフサにとってだよ。 劣悪な地形を突破してまで、人間の世界を狙って来ているのかな」

「知能が高いと言っても、会話まで出来るとは思えない。 だから……それは分からない可能性が高そうだけれど」

既にエンシェントドラゴンの西さんから聞いている。

古代クリント王国は模倣者。

神代に、更に悪辣で邪悪な錬金術師集団が存在した。

そして以前仮説を述べたが。

フィルフサは、生物兵器の可能性がある。

もしも生物兵器なのだとしたら。

ただ、命令通りに動いているのかも知れなかった。

「フィー!」

フィーが懐から出て来て、飛び回り始める。

調子は良さそうだが。

それ以上に、もう休んだ方が良いよと、言われているように思った。

タオもそれを察したのだろう。

苦笑いする。

「俺が見張りに立つ。 先に休んでおきな」

「クリフォードさん」

「ありがとうございます。 先に休ませていただきます」

「おうよ」

最初クリフォードさんに警戒していたらしいクラウディアも、今はもう警戒している様子はない。

気を利かせてくれたクリフォードさんに甘えて、先に休ませて貰う。

横になると、無理を続けて疲れが溜まっているからだろう。

すぐに眠気が来た。

あと一日で、どうにか将軍二体を仕留め。

そしてもう一日で、王種を倒す。

それが出来なければ、多分この群れを仕留めるのは不可能だ。特に王種を逃がしでもしたら。

母胎になる土から手下をわんさか作り出し、また侵攻に来るだろう。

それだけは、許すわけにはいかないのだ。

とにかく、明日中に王種を丸裸にする。

そうするためには。

今は鋭気を養わなければならなかった。

 

セリは拠点から出ると、じっと外を見つめる。

オーリムに、こんな形で戻るとは思わなかった。

ただ今は、荒れに荒れていて。とても穏やかな土地とは程遠い。

ただオーリムは、そもそも戦力に長けたオーレン族だから生きていける土地だ。生物は基本的に昔から強靭だった。

フィルフサが比較対象としておかしすぎるのである。

この土地に、しばらく留まろうかな。

そう思う。

勿論勝った後だ。

その時には、ライザと連携して、しばらくはこの土地に留まり。緑化を急いでしようとも思う。

オーレン族に生き残りはいるだろうか。

いる可能性はある。

だけれども、この土地に侵攻してきていたフィルフサはあまりにも強大で強靭だ。それを相手に、どれだけ生き延びているか。

屈強な精鋭揃いである霊祈氏族が守っていたグリムドルでさえ、数が多いだけの群れに蹂躙されたのだ。

この土地にいたオーレン族が、どれだけ生き延びているか。

あまり希望的観測はもてなかった。

ただ、希望があるとすれば。

完成した、土地浄化用の植物。

これさえあれば、この近辺にあるだろう。今攻めてきている王種の母胎の土を、そのまま浄化できる可能性がある。

王種さえ仕留めれば、どうせフィルフサは離散する。母胎の土に対して、安全に実験が出来るだろう。

そして上手くいけば、

故郷に凱旋を行う事が出来るかも知れない。

オーレン族にとって最後の砦とも言える土地になっている故郷、ウィンドルにだ。

雨を拭う。

涙も一緒に拭っていたかも知れない。

まだ勝った訳ではない。

此処の王種は手強い。

オーレン族基準でも、そう滅多にいない精鋭を集めたこの集団。更には。歴史上希に見る珍しい良き錬金術師に分類できるだろうライザが加わっても。倒せるかまだ分からないほどだ。

だから、皮算用は避けたい。

それでも希望がどうしても、心を動かす。

ずっと冷え固まっていた心が、少しずつ温まる。

拠点に戻る。

心を乱せば、勝てるものにも勝てなくなってしまう可能性が高いだろう。

今はまだ。

勝った後の事を考えるのは、早い。

そう自分に言い聞かせながら、セリは休憩を取ることにした。少しでも、勝率を上げるために。

 

(続)