死に証人は語る

 

序、文明の墓場

 

遺跡「北の里」の最深部に足を踏み入れる。今までと露骨に違う場所に来た。

明らかに研究施設だ。

中央にはプールみたいなものがある。そして、建物があるが、いずれも住居とは思えなかった。

タオが目の色を変える。

ただ、あたしはその前に。

プールの側にある、大きな亡骸をみていた。

恐らく、荼毘にだけふしたのだろう。

大きさは、あたしが知っているドラゴンと、それほど変わらない。一回りくらい大きいだけだろうか。

間違いない。

あれこそが、エンシェントドラゴンの亡骸。

この里の事実上の長だった存在の、成れの果てだ。

まずは黙祷する。

住んでいた人間はともかく、あのエンシェントドラゴンは間違いなく立派な存在だったとみて良い。

そして、周囲を丁寧に探査する。

封印は見当たらない。

ということは、簡単には此処でも封印にはたどり着けない、ということか。

「資料はありそう?」

「ダメだ。 徹底的に引き払われてる」

「そうなると、羅針盤の出番だねこれは」

「まずは遺跡の入口に戻って、そこからかな」

クラウディアの言う通りだ。

頷くと、あたしは皆を促して、此処を出る。この研究スペースは、このままだと多分何も分からない。

この羅針盤で、残留思念を読む必要がある。

遺跡の入口まで戻る。

今はすっかり灯りも戻った。遺跡の呼吸も、前に比べてずっと穏やかになって来ているのが分かる。

此処は墓所だ。

決して馬鹿にする事なかれ。

決して踏みにじる事なかれ。

それを何度も自身に言い聞かせて。

あたしは、羅針盤を開いていた。

人が、辺りに見える。

今と違って、橋もずっと綺麗である。行き交っている人間には、幼い子供もいるようである。

やはり此処は。

ちゃんとした集落だったのだ。

それが分かって、あたしは何とも言えない気持ちになる。

住んでいる人達は、元々は砂漠の地上に住んでいたからだろう。

肌が若干浅黒く。

また、王都の人に比べて、少し屈強なように見えた。

服装も薄着が目立つのは。

直射がきつい場所に住んでいたから、かも知れない。

今、生きている人間はかなり限られてきている。古代クリント王国の破綻の後、人口は数十分の一にまで減ったからである。

昔は人間と一口に言っても、色々な肌の色目の色の人間がいたらしいのだが。

今ではその多様性はかなり薄まってしまっているのが事実だ。

肌がかなり浅黒い人々はいるが。

昔は肌の色にしても、もっと多様だったらしい。

大量に死んで。

生き残りも少ない今は。

ただ、色々な人が珍しい。そういうことだ。

「どう、ライザ」

「人々は見える。 だいぶ……王都の人達と違うね」

「声は聞こえる?」

「ちょっとこの辺りだと印象的な声は聞こえない。 全域を歩き回らないと……」

そう、ここからが一番危ないのだ。

パティがあたしの側についたようだ。

それで良いかも知れない。

ともかく、徹底的に隅々まで調べていく。人々は笑顔で会話していたり。或いは不安そうにしていたり。

子供はどこでも元気そうだが。

あまり情報は得られそうにない。

残留思念は、あくまで残留思念だ。

こういう所では、具体的な話をしている大人の残留思念を拾わなければならない。

聞こえてくる。

どうやら警備の戦士……或いはアーミーだろうか。それらの顔役らしい威厳のある戦士と、その部下らしい人が話していた。

「南の国はもう死に体のようだな。 これではクリント王国の攻撃を防ぐのは、流石に厳しいだろう」

「封印の隠蔽を急がないといけませんね」

「例の魔女殿は良くやってくれた。 後は技術者達だが……まだクリント王国とフィルフサを戦わせられないかと考えているようだな」

「愚かな話です。 あんなものをこの世界に招き入れたら、それこそ一瞬で世界が滅ぼされてしまうでしょうに」

そうか。

この里でもやっぱり、色々と愚かな人はいたんだな。

人間は数が集まると非常に愚かしくなる。

それはこれだけ技術が進んでいる里でも同じ。

あたしは、やはりこれは。

何かしらの方法で、少なくとも人間の手に余る技術は管理する必要があるなと感じるのだった。

そしてその管理は、属人的なやり方ではダメだ。

絶対に欲望のまま、世界を滅茶苦茶にする奴が出てくる筈だ。

だからあたしは、人間を止める必要があるだろう。

それについては、もう決めたことだ。

だから、なんとも思わない。

「魔女様だ!」

見えた。

体が弱そうな女性だ。

この人が、くだんの「不死の魔女」か。

前にも見かけたが、今回は随分とはっきり見えている。

そうか、この人が。

そう思って、ぼんやり見守る。

善人とは言い難い。

そもそも、封印の魔石の製造方法を考えると、頭のネジが飛んでいたのも確実とみて良いだろう。

だけれども、この人がいたからこそ。

封印は作られ、世界だって守られたわけだ。

不思議な話である。

何度も咳をする魔女。

随分と細い女性だ。亜麻色の髪も、短く切りそろえている。これは恐らくだけれども。もう長い髪を手入れする余裕も無いのだ。

これは、死期が近いと言う事なのだろう。

白衣の技術者達とともに、話をしている。声も、今回は今までで一番はっきり聞こえている。

「封印の様子はどうですか」

「完全に機能しています。 例の洞窟は水を流し込み、幻惑を用い、更に今欺瞞化工作をしています」

「よろしい。 多くの戦士を失いましたが、それでもこれでどうにか報いる事が出来るでしょう」

激しく咳き込む魔女。

大量の血を吐いたようだった。

近付いても、側で見られるわけではない。

羅針盤は、あくまで残留思念を取り込んでいるものである。

だから、本来こういう発音で喋っていたのではないのだ。

ただ、思考が伝わって来ているだけ。

本来は、もっと回りくどい会話をしていた可能性だって低くは無い。

「魔女様!」

「もう私は長くはありません。 もともと無理に延命を続けて来たのです。 それに、最後に連れ合うと言ってくれる人も見つけました。 それが哀れみであっても、私はもう運命を受け入れる事は怖くありません」

「……」

「欺瞞化工作を急いでください。 クリント王国にやがて南の国は蹂躙されます。 その時に門の在処についてばれると、恐らくは大変な事態になるでしょう。 クリント王国は門の研究をしていて、既に複数の門を抑えているという話ですが。 それでも、一つでもあのけだものどもの手に渡る門は少ない方がいいのです。 フィルフサが侵攻をして来ている門となればなおさらです」

残留思念が消えた。

また、別の残留思念が浮かんでくる。

これは、恐らく不死の魔女が死んだ後の話だ。

不死の魔女が死ぬというのもおかしな話だが。

元々アンチエイジング、それも己の才能の限界での話だったのだろう。それを用いて無理に延命していただけ。

普通の人間より若い見た目で長生きしたと言うだけで。

あくまで他称。

自称で不死と名乗っていたわけではないのだろう。

話し合っているのは、アーミーの人間と、里の高官らしい。

後ろ暗い話を、二人はしていた。

「魔女も龍神様も亡くなられた。 ともかく、此処を離れる準備をしなくてはな」

「南の国は既に蹂躙されたようだ。 クリント王国の先遣隊も既に来ている。 戦闘は避けられないだろう」

「一度大敗を味あわせてやったからな。 ムキになっているはずだ。 ……一部の連中はクリント王国に降伏して、情報を手に厚遇を目論んでいるようだ。 君の方で、それらは消してくれるか」

「分かりました」

戦士の長らしい人が頷く。

そうか、そういうことになったのか。

まあ、この状況だ。

クリント王国に門の情報を手土産に降伏して、命を長らえようと考える人間がいてもおかしくはない。

それらが殺されたのは、間違いが無いことだった。

橋を降りて、地下に行く。

殺し合いが起きている。

この里の人間同士でのことだろう。

追い詰められて。足場の一部で次々と殺戮されている人間達。白衣のものも、戦士達もいるが。

どうやら追い詰められているのは、クリント王国に降伏しようと考えている連中だった。

「俺たちは死にたくないだけだ!」

「世界が滅びるかもしれない瀬戸際なんだぞ!」

「しるかそんなもの! 俺たちさえ無事ならば……!」

「外道が!」

さっき汚れ仕事の話をしていた戦士の長らしい人が。反乱分子の首を刎ねる。

大量の血がばらまかれ。死体が下に落ちていった。

後は、殺戮だ。

赤子を抱えた女性まで、まとめで斬り殺されて。死体は何処かに運ばれて行った。これは、里の人間は一枚岩になって逃げていったんじゃ無い。

殆どが内紛で死んだんだ。

また、見えてくる。

里の長らしい人が、指示を出している。

「クリント王国には何も残すな。 流砂に全てを沈めろ」

「分かりました」

「生活用品も何もかもだ。 それぞれ、先祖の霊の宿るタリスマン以外は全て放棄して、ただの遊牧の民を装って散る。 いいな」

「はい……」

疲弊しきった声。

そういえば、白衣を着た人間達は見かけない。

可能性はある。

ひょっとしてだけれども。情報を持ってクリント王国に降伏を目論んだのは、此処で封印を作った技術者達だったのかも知れない。

そうだとすると。色々な意味でやりきれない話だった。

あたしは首を横に振ると、一度羅針盤を閉じる。かなり橋を降りて来ていた。側で護衛していたパティが、心配そうに見上げてくる。

「ライザさん、冷や汗が……」

「うん。 今までに無い程血なまぐさいのを見たからね」

「フィー……」

「大丈夫。 これくらいだったら……大丈夫だよ」

実際、この程度で目を回すような柔な鍛え方はしていない。

ただ、もう此処までの時点で。此処でどんな事が起きていたのかは、大まかに分かってきている。

後は細部について、だろう。

ここから先に調べなければいけないのは。

残留思念から、どこに具体的に門があるのか、この里の封印はどこにあるのか。その二つになる。

里でどれだけの人が、内紛で死んだのかは、あまり興味が無い。

それについては、仕方が無かったのだろう。

誰だって、死を目の前にすれば錯乱もする。

この北の里の人達だって、エンシェントドラゴンを親どころか神のようにしたい、全てを任せきっていた。

そのエンシェントドラゴンが死んだ後だ。

それは混乱だって起きたのだろう。

残留思念がある場所を探りながら、まずは橋が張り巡らされている場所を巡っていく。それで、情報を集めていく。

これは、遠回りのように見えるが、仕方が無い事だ。

こうして順番に情報を集めていかなければならない。

ドラゴンが見える。

銀に輝いているが、なんだかこれは本来の姿ではないのだろうなと、あたしは思う。

此処にあるのは残留思念だ。

神格化された存在に関しては、恐らく美化して見えている。

言葉についてもそれは同じなのだろう。

それが残留思念を見る事についての弱点だ。

確か、少数だけ同じような固有魔術を持つ人間がいると、調べている間に聞いた。そういう人達も、残留思念は真実と完全に一致しているわけでは無いという話をしている事があるのだとか。

例えば人間の頭を直接覗いて、記憶をそのまま獲得するのだったら、話は違ってくるのかも知れない。

それでも主観で歪むだろうが、ただやったことについてはまんま記憶に残っている筈である。

さっき見えていた光景は恐らく違っているはず。

あたしは、それも加味しながら、思考を進めていく。

ある橋の辺りでは、子供が楽しそうに走り回っていた。

だけれども、あまり健康そうにみえない。

ずっと地下にいるのだ。

どれだけ人工的な光を作ったとしても、太陽にはかなわないということなのだろう。

無言で、その無理がある有様をみていく。

老人が、里の長らしい人間に訴えている。

「クリント王国と話し合いはできないのですか」

「何度も説明したはずだ。 錬金術師複数を抱えたクリント王国の戦力は圧倒的で、そもそも話し合いなど成立しない。 西の方では、戦闘を避けて降伏を申し出た国が、一人残らず殺されて、更地にされたという話すらある。 彼等は圧倒的な戦闘力を持っていて、錬金術師以外は基本的に奴隷としか扱われていない。 だからそもそも、他者との交渉など必要としていないのだ」

「そんな。 きっと話し合えば……」

「幾つもの国が話し合いをしようとして容赦なくまとめて殺戮されたのだ。 その轍を踏む訳にはいかない」

苦しそうに、里長の顔は歪んでいる。

威厳のある中年男性だが、その顔には年齢以上に無理が出ているように見えるのだった。

随分と雰囲気が違う人物がいる。

右腕がない。

雰囲気からして、戦士だろう。

「我等……国の戦士、最後まで戦います。 祖国は全てが灰燼に帰しました。 少しでもクリント王国に反撃を出来るのなら……」

「すまない。 君達は捨て駒にせざるを得ない」

「元々殺されるだけだった身。 既に家族も一人も生きておりません。 一人でもクリント王国の鬼畜共を道連れに出来るのであれば、それで本望です」

「すまない……」

里長は随分と苦悩していたようだ。

勿論里長だってクリーンな人物だったわけでもないだろう。

それでも、世界とエゴを天秤に掛けて。

世界を選べる程度の良識はある人だった、ということだ。

あたしだって。

同じ立場で。

錬金術もなかったら。

この里長のように、振る舞ったかも知れない。

そう思うと、やりきれない気持ちだった。

また、別の光景が見えてくる。

どうやら内乱が終わった後らしい。ぞろぞろと、里を出て行く人達。その数は、結構多い。

皆が旅人を装って、夜陰に乗じて里を去るようだ。

殆ど誰も生き残れなかっただろうな。

そう思って、あたしは忸怩たる思いを感じていた。

「各地には、小規模な集落で貧しい生活をしている民がいて、クリント王国もそれらには手を出していないそうだ。 そういった小集落の民を装えば、生き残れる可能性はある。 クリント王国もいつまでも続く訳じゃない。 厳しい生活になるだろうが、それでも皆、生き延びてくれ。 せめて、この地を作った龍神様の子孫達が、空から皆を見守ってくれるだろう」

「ああっ!」

誰かが声を上げる。

砂漠の外の光景が出る。恐らくは、魔術による映像の具現化だ。

砂漠の外で戦闘が行われている。クリント王国の者達が、さっき命を捨てると宣言していた戦士達に襲いかかっている。

勿論必死に反撃をしている戦士達だが。文字通り鏖殺されていく。

数が違い過ぎるのだ。

「彼等が時間を稼いで、更には目も引いてくれている! 今のうちに散って、各地で生き延びろ!」

「長は!」

「私は……彼等の後を追う」

不意に光景が切り替わる。

厳しい環境に適応したらしい馬を駆って、長老が逃げている。既に数本の矢を受けているようだった。

「ぐうっ!」

痛み。

残留思念を通じて伝わってくる。これは致命傷だな。

里長は、恐らく不死の魔女が作ったらしい爆弾を取りだす。そして、満面の笑みで舌なめずりして追ってきたクリント王国の戦士達に囲まれると。

爆弾を起爆させ。全てを巻き添えにしていた。

満足感が、残留思念を通じて伝わってくる。

勿論聖人などではなかっただろうが。

少なくとも、里の人間を一人でも生かすために。自分を囮にして死んだ。その死に様を、嘲るつもりはあたしにはなかった。

 

1、北の里の真相

 

とにかく、この里の残留思念は痛みを伴うほどだ。何度か休憩を入れながら、少しずつ彼方此方を見て回る。

あたしは脂汗を掻いているのを自覚していた。

それはそうだろう。

痛みも伴うのである。

あたしも痛みには慣れているが。それでもやはり、厳しいのも事実だった。

「ライザ、大丈夫か」

「大丈夫だよレント。 それよりも、周囲を警戒して。 足を踏み外すと困るし」

「分かった……」

タオとクリフォードさんは、先に一番奥の辺りを徹底的に調べて貰っている。此処からは分担だ。

今は七人だけで行動している。

アンペルさんとリラさんがいたらもう少し分業が出来るのだが。

今回は七人だけだから、出来る事は限られる。

もっと大人数で行動するようになったら、きっとあたしのリーダーシップが試されるのだろうが。

それについては、今後クーケン島で磨いていくしかない。

今も頭が硬い古老達と時々若い人を集めてやりあうのだ。

あたしがどんどん島を暮らしやすくしていることで、特に若い層はあたしの味方になっている。

モリッツさんも概ねあたしには政治的には好意的だ。フィーの入っていた卵の調査を依頼してきたくらいには。

ただあたしのことは、個人的にはやはり苦手に思っているようで。

そういう複雑な状況の中、あたしもリーダーシップを期待されているし。経験を少しずつ積んでいる。

万の人間を統率できる人間が、如何に凄いのかはそれでよく分かってきた。

今は、たった七人。

それでも、皆の事を考えながら動いていると、それなりに大変だったりするのだから。

「少し休む」

「水です」

「ん」

パティが差し出してきた水を一気に呷る。

この里は殆ど消毒と消臭を終えているので、危険性はほぼない。大量にいたワームも蝙蝠も駆除したし、後は調査をするだけだ。

そう考えると気楽だが。

そんなときこそ、何が起きてもおかしくは無いのである。

無言で座って、しばし考え込む。

それも、休憩が終わったと判断したら、体が勝手に動いていた。

「よし、次」

「本当にタフですね……仮眠くらいとってもいいのに」

「ライザは昔からこうなんだよ」

「凄いです……」

やはり今日も狙撃手として、全域を見張ってくれているクラウディアが、音魔術で遠隔で声を届けてくる。

その声はどうしてか自慢げだ。

何となく分かってきた事があるのだが。クラウディアは、時々パティに対してあたしとの友情マウントをとっているような気がする。

まああたしとしてもクラウディアが子供っぽい事や、あたしの最高の親友がクラウディアである事は疑いないのだが。

それはそれとして、パティにあたしが取られると思っているのだとしたら、苦笑いしかない。

まあ、それもクラウディアの良い所だ。

経済を回すだけの冷徹マシーンになってしまうくらいなら。

時々こういう子供っぽい所をどうしても抑えられないくらいのほうが、全然あたしとしても好感度が高い。

ただでさえ、あたしは今後人間であり続けるつもりはなくなっているのだ。

せめて、人間の友達がいることで。

あたしは少しでも、色々な視点を確保したいのだから。

羅針盤を開き、周囲の残留思念を見ていく。

これは、かなり古い記憶だ。

銀色に輝くドラゴンが、女と話をしている。

これは、直接話をしているのではなく。恐らく思念を飛ばして意思疎通をしているのだとみていい。

エンシェントドラゴンは、人間の言葉を話すことは出来たのだろう。

だけれども、より効率よく思念で意思疎通をしていた、ということだ。

訴えかけている女に、蹲っているエンシェントドラゴンは応じる。

「なるほど、訴えは理解した」

「それでは……」

「元々お前は……に対して暴言を多数吐いていたな。 それはお前は、自分の方が優れていると思い込んでいたからだ。 それがお前が明らかに立場が劣るようになって逆恨みをした」

「……っ」

全部見えている。

そうエンシェントドラゴンがいうと、悔しそうに俯く女。

そうか。

ここでもクズみたいな争いが古くからあって。

エンシェントドラゴンは、時々それを仲裁していたのか。

「挙げ句にお前の訴えに沿って、……を追い出せ等というのは論外だ。 追い出した後に、……はのたれ死にするしかない。 それは死罪と同じだ。 お前が気にくわないからといって、人の命を奪うというのか? それはあまりにも醜い思考だ」

「そ、それは……」

「人間は習性として気にくわないというだけで相手を殺す。 それは私も知っている。 だが、それは知的生命体のあり方ではない。 猿のあり方だ。 猿になりたいと言うのであれば、お前が里を出て行くがいい。 人間でありたいというのなら、私の指示通りに相手と和解せよ。 その自分は優れているという妄想をまずは捨てよ。 私から見れば、どの人間も大差などない」

絶叫する女。

歪んだ顔は醜く。

そして、凄まじい怒りと恨みを向けて、ドラゴンに何か早口で喋ったが。

すぐに静かになった。

これは多分、洗脳でもしたのだろう。

一瞬で大人しくなった女は、ドラゴンに平伏していた。

「私が間違っておりました。 龍神様の言葉通りにいたします」

「そうせよ」

エンシェントドラゴンが、退屈そうに応じて、女が去って行く。

次、という声。

エンシェントドラゴンが、呆れたようにぼやいた。

多分思念だけで、だ。

声には出さなかったのだろう。

「成熟に時間が掛かりすぎる我等ドラゴンにも問題は多いが、幼い頃から殆ど性格が変わらない人間にも問題は多いな。 互いの欠点を補い合えばいい文明を構築できると思うのだが、上手くはいかん。 特に人間が持っている不可解な特権意識と、強すぎるエゴについてはどうにかしなければならん。 人間が言う神代の時代にも、それで大きな悲劇が起きたのだ。 かといって、クリント王国の者達は論外であるし……何より私は既に年老いた」

ドラゴンの嘆きが伝わる。

エンシェントドラゴンは、もう寿命が近かったのだろう。

それにしても、ドラゴンがそんな風な悩みを抱えていたとは。

光景が変わる。

エンシェントドラゴンに、フィーに似た生物がよる。

おおと、嬉しそうな声をエンシェントドラゴンが上げていた。

「……の精ではないか。 多くが無意味に刈られ殺されたという話であったが、まだ生き残りがいたのか!」

「フィー!」

「そうかそうか……私の力を少しでも受け取れ。 この世界では、それで少しは楽になるだろう」

「フィー!」

同じように鳴くのだな。

それにしても、なんとかの精。そう聞こえた。

フィーは生き物だが。ドラゴンにはそう呼ばれていたのか。

ちょっとよく分からない。

橋を、いつの間にか降りていた。

たくさんの人が、行き交っている。勿論全てが残留思念だ。順番に話を聞いていく。何か、良い情報があるかも知れない。

「龍神様はどんな人間にも優しいな。 あそこにいる偏屈ものにも普通に応じている」

「あんな老いぼれ、さっさとくたばればいいのにな」

「本当だ。 あんな老いぼれに時間を割くくらいなら、私の商売にもっと時間を割いてアドバイスをしてくれればいいものを」

「随分と稼いでいるもんなお前。 私も同じように稼ぎたいものだ」

ききききと、高い声で笑う二人。

どっちも商人のようだが。ろくな人間ではない。

この里には相応の数の人間がずっといたようだが。

こんなのの思念をずっと聞き続けていたのだとすれば、エンシェントドラゴンもさぞや辛かっただろう。

それでも、此処を見捨てなかったのには、訳があるのだろうか。

また声が聞こえてくる。

「龍神様がかなりの手傷を負ったらしい……」

「相手はクリント王国の錬金術師を含む部隊だった。 手傷で済んだのなら御の字だ」

「分かっている。 いずれにしても、お年だったのだ。 良くない事にならなければいいが……」

「龍神様がいなくなれば、こんな里なんてすぐに瓦解するぞ。 どいつもこいつも勝手な事ばかりほざいていやがる。 内通者だって出るだろうな」

なるほど、先が読めている人間もいたのか。

多分エンシェントドラゴンが死んだのは寿命なのだろうが。

決定打になったのはクリント王国との戦闘か。

そして、分かってきた事がある。

クリント王国の錬金術師でも、エンシェントドラゴンには遅れを取る事があった、ということだ。

そうなると、精霊王を従えるのには、相当な被害を出した筈。

連中も無敵ではなかったことは、フィルフサに蹂躙された事で分かっていたつもりではあったが。

それでも、こういうのを見ると、少しずつ連中に対する何処かで抱えていた畏怖が消えていくのが分かる。

今、やり合えば殺せる。

勿論既に死んだ相手だからやり合うことはない。

だが、もし何処かに残党がいたら。

一人残らず命を刈り取らなければならない事も、あたしは分かっていた。

その時勝てるか、何処かに不安はあったのだが。

今、それも消えた。

嘆息すると、一度羅針盤を閉じる。

水を飲んで休憩を入れる。

最下層の有様を思い出すと、あまり座りたいとは思えないが。持ち込んだ荷車に腰掛けて、それで可とする。

しばらくは無言でぼんやりとして。

また調査を再開した。

 

昼に、一旦調査を切り上げる。

北の里の最下層を歩き回って、多数の残留思念を拾った。

理想的な指導者であるエンシェントドラゴンは、随分と苦労しながらこの里を管理していたようだ。

みんな好き勝手なことをほざきまくる人間達。

それに頭を悩ませながら、それでも可能な限り公平であろうとしていた。

此処での残留思念は、とてもクリアに見える。

だから、ここに住んでいた人間が。

何処にでもいる人間と同じで。

同じようにろくでもない事は、あたしも充分に理解した。

それでも見捨てなかったのは、やはりエンシェントドラゴンが人間と違う思考回路を持っている事や。

何よりも、年老いていて。

今更別の場所に行こうという考えもなかったのだろうと言う事が理由だと言う事も分かってきた。

それだけじゃない。

エンシェントドラゴンは、何かの罪悪感を抱えているようだった。

残留思念を見るから、どうしても分かるのだ。

それにしても、これだけ人々をしっかり導いて。勝手な事をほざく人間にも愛想を尽かさず管理を続けていたエンシェントドラゴンが。

一体何の罪悪感を感じていたのか。

それがあたしには分からない。

まだ情報が足りないと言う事だ。

皆で昼食をとりながら、タオが説明をする。

「最深部の建物も調べてきたけれど、やっぱりダメだね。 本どころか、何もかもが破棄されてしまっていたよ」

「それは厄介だな。 ライザの残留思念をみる羅針盤だよりか」

「そうなる。 ライザ、分かってきた事はある?」

「あるけれども、まだ封印についてや、門の場所は分からない」

事実はそのまま告げておく。

あたしだってそうするのはつらいけれども。

ともかく、もっと残留思念を調べるしかない。

もしも門の位置が分からないようだったら。

アンペルさんやリラさんと相談して。何ヶ月か逗留を伸ばし。この辺りを徹底的に調べるしかないだろう。

ともかく、最低でもこの里にある封印は見つけ出さないとダメだ。

それについては最低条件。

それを見つけ出せば、或いは……。

ともかく、調査はまだ終わっていない。

食事を終えると、あたしは調査を再開する。

午後からは、クラウディアもあたしの側で調査をして貰う。セリさんは、タオとクリフォードさんの支援だ。

最下層の隅にあった、幾つもの家を回っていく。

くだらない残留思念も結構残っている。

これだけの人間が暮らしているのだ。

どうしても、人間同士は争う。エンシェントドラゴンがこの里にいた年月は残留思念を見る限り二百年ほどだったようだが。

赤子だったのを取りあげて。

老人として死んで行くまで見守っても。

それでも、まったく精神的に進歩せず。勝手な事をほざき続けた人間も、多かったようだった。

人間が精神的に成長するなんて大嘘だ。

そういう個人もいるかも知れないが、少なくとも人間という種族は違う。

それは、エンシェントドラゴンが面倒を見た二百年というスパンで考えると、明らかすぎる。

羅針盤が見せてくれる残留思念が、それを明らかすぎる程に示していた。

そして何より、此処は他の遺跡と違って集落だったのだ。

星の都ですら、集落部分は古すぎて殆ど残留思念が拾えなかった。神代のものだったからだろう。

此処はそれよりずっと新しい集落で。

それが理由と言う事もあって、ある程度くっきり残留思念が見える。

残留思念も多い。

だからこそ、そのくだらなさもよく分かってしまう。

無言で次に、更に次に。

エンシェントドラゴンは普段はこの最下層に蹲って、其処で静かにしていたようだ。人が来ると話をして。

それは他愛ないものだったり、訴えだったりしたようだが。

それはそれとして、たまに歩き回っては、人々の話を聞いていたらしい。

また、健康についても確認をしていたらしく。

病気の初期症状は、魔術で治してもいたようだ。

あらゆる意味での最高の指導者だったわけで。

それは人間が依存するのも納得出来る。

だが、そんな最高の指導者を。

ずっと苦しませ続けていたのも、また事実なのだろう。あたしがこの場にいたら、此奴らを面罵していたかも知れない。

無心に歩き回って、更に情報を集めていく。

エンシェントドラゴンが、老人と話をしている。

随分とゆっくりとだが。

それでも、話している内容についてはしっかりしているようだった。

「龍神様。 貴方からすれば、人間は皆くだらない生物に見えているのではありませんか」

「それは違う。 あり方は違うが。 我々にしても、欠点は多い。 自我が定着して、しっかりとした知能を持つようになるまで時間が掛かりすぎる。 それが我々の最大の欠点だと言える」

「それでも、自我と知能を得てからは、神々に等しいではありませんか」

「人間の信仰にある神と言うのは、人間にとって都合がいいものにすぎない。 正義を仮託し、思考を放棄させ、暴力を肯定してくれる存在だ。 私はそういうものになるつもりはない」

「そう考えてくださる以上、やはり貴方は神にもっとも近い。 私はそう考えます」

エンシェントドラゴンは、随分と謙虚だ。

これだったら人間を嫌いになってもおかしくは無いだろうに。

罪悪感はどこから来ている。

それがよく分からない。

周囲に人がいないことを確認したエンシェントドラゴンが、ぼそりという。

「私は、大きな罪を犯した」

「貴方が」

「そうだ。 我等の生物としての営みが、二つの世界に大きな危険をもたらす。 これはずっと生物としてある事だが。 しかし知的生命体である以上、許される事ではないとも考えている」

「……そうだったのですね」

二つの世界に。大きな危険だと。

生物としての営みだと。

どういうことだ。

ちょっと分からないが、これは大きな情報だ。そのまま、残留思念に耳を澄ませる。

「クリント王国と大差がない南の国に力を貸すのもそれが理由だ。 ともかく今は、二つの世界がともに自滅するのを避けなければならぬ。 これも神代にろくでもない事をした連中がいたからではあるが。 その後も、ずっと生物としての営みだからと、何も考えていなかった我々にも責任は大いにある」

「それが貴方の罪悪感の居所なのですね」

「そうだ。 だから私は最後まで努力をする。 それが最終的に無駄にならないように、幾つでも手を打つ」

顔を上げる。

これは、最大級の情報だ。

あたしは、すぐに皆を呼ぶ。タオもクリフォードさんも来たので、話をしておく。

「ドラゴンの生態が、二つの世界に危険を……?」

「なんだか意味深だな。 しかも神代の文明がそれに関係しているのか?」

「恐らく。 老い先短い老人にエンシェントドラゴンが話していた事だし、多分嘘はないだろうね。 しかも自分がやった事に、エンシェントドラゴンは強い罪悪感を覚えていたようだよ」

「……メモはしておくね。 すごく……すごく危険な臭いがする。 ライザ、調査を急ごう。 時間は思った以上にないのかも知れない」

タオが此処まで言うのは珍しい。

あたしも同感だ。

レントは、周囲を見回す。ワームの残党もいない。多分、今の時点では、足を踏み外したりぶつかったりする以外に、あたしに危険はないはずだが。それでも、しっかり周囲は確認して貰う。

調査を再開。

そのまま、調べて行く。

エンシェントドラゴンは気が向いたときに出歩いては、人間と話をしていたようだが。ただその頻度はあまり多くは無かったようだ。

圧倒的に強かったと言っても、それでも年が年だったのだろう。

人間が思っている以上に。

エンシェントドラゴンというのは、年を経ていて。それでかなり生物として無理が出てしまっている存在なのかも知れない。

少なくとも不死の存在ではない。

それは間違いない所だ。

やがて、住居跡はあらかた確認した。

今日中に調べ上げておきたいところだが、かなり疲弊が大きい。

よし、最後に今タオ達が確認している地点を調べておこう。

あたしは、急ぐ。

彼処にはエンシェントドラゴンの亡骸もある。

何か、大きな事が分かるかも知れない。

一応栄養剤も口にしておく。

相当に消耗が激しい。だが、もう目の前なのである。

もしも封印が今日砕けでもしたら、それこそ一生後悔してもしきれない。

フィルフサを侮る訳にはいかないのだ。

研究区画に入る。

ドラゴンの目の前で、羅針盤を起動。

同時に、あたしは。

意識を失っていた。

 

2、竜が語る事

 

意識が、体から分離した。

それがなんとなく分かった。

あたしは、側にいる大きな塊を見つめる。それが、残留思念となったエンシェントドラゴンだと言う事は、理解出来ていた。

「ずっと見ていた。 この里に入ってきたときから」

「貴方は、まだ残留思念でありながら意識があるんですか」

「最悪の事態に備えて、意識を残しておいたのだ。 もしもクリント王国の者達や、それに類するものが狼藉に来た場合は、この遺跡全てを崩落させるつもりでな」

そうか。

乱暴に振る舞わなくて良かった。

そう思う。

エンシェントドラゴンはどれほどの寿命があるのか分からない。ワイバーンですら、百年以上生きているものがザラなのだ。

オーレン族以上に長生きの可能性だって否定できない。

そんな種族なのである。

残留思念のまま、この世に留まり。

その残留思念が、ある程度の精神、物理、ともに干渉力を持っていても、不思議ではないのだろう。

「ライザリンという錬金術師よ。 そなたがフィルフサと交戦して、既に退けた事は把握した。 同じ過ちが起きないように、今各地を調べている事もな。 その心が心配だったが、少なくともエゴによって好き勝手をするために錬金術を手に入れ、磨いているわけではないようだな」

「はい。 あたしは……錬金術については、ただの力だと思っています。 だからこそ、力を持った以上果たさなければならない責任もあると。 あたしは感応夢で、古代クリント王国の錬金術師達がどれだけ愚かだったか見ました。 絶対にああならないとも決めています」

「その言葉に偽りはないようだな。 だが、一つ間違っている事がある」

「聞かせてください」

エンシェントドラゴンは言う。

更なる巨悪が存在すると。

古代クリント王国の錬金術師以上の巨悪だと。

一体それは。

いや、分かっている筈だ。

この世界の歪みを作り出した元凶がいるとしたら。

「神代の錬金術師ですか」

「理解が早いな。 正確にはその一派だ。 クリント王国の錬金術師など、その遺産を偶然見つけて、その模倣をした連中に過ぎない。 真の巨悪は今もこの世界に大きな爪痕を残し、それは再発見されれば何度でも悲劇を引き起こすだろう」

「分かりました。 そんなものは、見つけ次第粉々に打ち砕きます」

「……そうか」

エンシェントドラゴンは、少し寂しそうに言う。

見たかも知れないが、自分は罪を犯したと。

その罪とはなんなのかが、どうにもまだ確信できない。

「本来、我々のその生態行動は、世界に危機をもたらすようなものではなかった。 だが、神代のその錬金術師達のせいで、それは災厄そのものとなり果てた。 我等は成熟するまでに時間が掛かりすぎる生物だ。 故に、それを理解出来ず、今まで幾つもの爪痕を世界に残してしまった」

「何の話ですか」

「……お前達が封印と呼ぶものについて。 この里にあるものは、入口を開けておくとしよう」

「!」

エンシェントドラゴンは、肝心なところは答えてくれないが。

しかし、それでも言う事はきっちり言う。

多分これは精神構造の違いが故か。

いや、まだあたしのことを信用しきっていないのかも知れない。

「この里の封印については助かります。 しかし、まだ分かっていない事があります」

「……五つの封印が封じている座標だな」

「はい。 それが分からないと。 封印が、いつ壊れてもおかしくない状況なんです!」

「封印の側にお前達が光学式魔術によるコンソールと呼んでいるものがある。 それを調べよ。 其処に情報を入れておいた。 パスワードは……幽霊だ」

頷く。

だが、どうして幽霊なのか。

ちょっとそれが分からないが。

エンシェントドラゴンの残留思念が消えていく。

一体何を、あんなに強い罪悪感として覚えていたのか。

あたしは、呼びかける。

「貴方の名前は! 最後に聞かせてください!」

「人間には発音できない。 人間風にいうのならば、西の沼地に生まれた暑い日の五番目の子だ」

「……西さんでいいですか。 貴方の事は、きっと無駄にはしません! 貴方の罪も、もう犯させません!」

「そうか。 ライザリンよ。 貴様の才能は、恐らく神代で全ての無法を極めた錬金術師達をも凌いでいるだろう。 その力を使えば、それも可能かもしれん。 二つの世界……この「我々にとっての終焉の土地」と、お前達が「オーリム」と呼んでいる土地に……救いを頼むぞ」

消えた。

同時に、あたしも。

意識がはじけて。肉体に戻るのが分かった。

 

「ライザ! ライザ!」

悲痛な声に飛び起きる。

顔をくしゃくしゃにしたクラウディアが、あたしに抱きついてくる。あたしはしばしぼんやりしていたが。

やがて、がばりと顔を上げていた。

「その羅針盤、絶対にやべえよ! もう使うな!」

「いきなり倒れたんだよ!」

レントとタオが口々に言うが。

あたしは、じっと羅針盤を見つめてから、懐にしまっていた。

そして、クラウディアを優しく体から離す。

じっと黙り込んだのは、話す事を整理するべきだと判断したからだ。

「エンシェントドラゴンにあったよ……」

「!」

「残留思念が残っていたのね。 ドラゴンの中には、それくらいまで魂を練り上げる存在がいるとは聞いていたわ」

セリさんが、そう解説してくれる。

恐らくだが。

此処にいた西さんは、そういう領域に到達したエンシェントドラゴンだったのだろう。

順番に話をしていく。

エンシェントドラゴン、正式名「西の沼地に生まれた暑い日の五番目の子」さんは、全てを語ってくれた。

まず、封印だが。

あたしが指を指した方向。

壁が開きはじめている。

かなり色はくすんでいて、作られたときの三割程度しか力は残っていないだろう。それでも、八角錐の封印は存在していた。

「フィー、ダメだよ。 あれは食べちゃダメ」

「フィー!」

少し興奮気味のフィー。

あたしはちょっと逆に疲弊が酷い。ちょっとまともにあるけるか、なんとも自信がない。ともかく、一つずつ話をしていく。

話を聞き終えると、タオが頷いて、すぐに調べに行く。

パティが、怪訝そうに言う。

「その西の沼地の……エンシェントドラゴンは、どうして其処までライザさんに話したんでしょう……」

「あたしの事を、遺跡に入った所からずっと見ていたらしいからね。 もしあたしが宝目当てだったりとか、錬金術を極めて金儲けしようとか世界征服しようだとか考えていたら、多分適当な所で遺跡ごと押し潰されていたんだよ。 あたしはそういうのはほぼ興味なかったし、だから認めてくれたのかもしれない」

「ひえっ……危ない所だったんですね」

「それにしても話を聞く限り、随分と面倒な種族なんだなドラゴンって。 そんなに年老いるまで、まともな自我と知能がないのかよ」

レントがぼやく。

クリフォードさんが、そうでもないさと言う。

「成体になるまで生き方がまるで違ったり、更に言えば成体になってからすぐに死んでしまう生物って珍しくもないんだぜ。 セミなんか何年も、下手すると十年以上も土の中に埋まっているのに、成虫になると一夏だってもたないだろ。 体の構造が複雑な生物だって、それは同じでな。 結構そういう生物は存在しているんだ。 ドラゴンも、そうなんだろうな」

「なんだか悲しいですね」

「それは人間の考え方だ。 ただ、この「西の沼地に生まれた暑い日の五番目の子」って旦那は、そのあり方を悲しいと思っていたようだがな」

クリフォードさんが帽子を脱ぐと、もう一度黙祷する。

あたしも、ようやく立ち上がると、同じようにもう一度黙祷していた。さっきとは違って、人となりを知った。それ故の敬意からだ。

このエンシェントドラゴンは。

少なくとも立派で偉大な存在だった。それに疑う余地はない。

ただ、頭が相当に揺らされたのも事実。

本当にこの世界での錬金術師の中で。

あたしやアンペルさんは異質なんだという事を、改めて思い知らされる。

エンシェントドラゴンの西さんは、最後の最後まで、此処にトラップとして意識を残していたのだ。

悪辣な錬金術師が。

ごく世界的にみて一般的な存在がここに来ていたら。

まとめて埋め潰してしまうために。

それにしても、やはり気になる。

エンシェントドラゴンの西さんの罪とは一体何だ。

二つの世界に跨がる罪とは。

よく分からない。

とにかく、調査をしていくしかない。

不意に、人影が現れる。

パティだけ、大太刀に手を掛けた。

他の皆は、驚かない。

アンペルさんと、リラさんだった。

「酷い有様だと聞いていたが、随分と綺麗な状態じゃないか」

「アンペルさん」

「封印は無事か」

「はい、どうにか。 ただ……やはり此処も、消耗が激しいようですね」

頷くと、アンペルさんはおおまたで歩いて、封印を見に行く。リラさんが、あたしの様子を一瞥して。

そして教えてくれた。

「星の都にいた精霊王「光」が記憶を取り戻した」

「!」

「精霊王によると、およそ七百年前。 星の都は元々動力を使い果たしていた上に、災厄にあって落ちたそうだ」

「神代の技術で浮かんでいたほどの都市が落ちたんですか!? どんな災害……」

あたしも驚く。

リラさんは、頷くと続ける。

「その災厄は、時々起きるものだとして知られていたらしい。 いずれにしても、それが切っ掛けでフィルフサとこの近辺の民との戦いが始まった。 同時期に、エンシェントドラゴンが到来し、この里の民に知恵と技術を与えた」

「……偶然とは思えないですね。 実は此処のエンシェントドラゴンが、自分は罪を犯したと言う話をしていたんです」

「罪だと」

「はい。 どうにも妙だと思って。 それも、二つの世界に対してというような事も言っていました」

リラさんが考え込む。

精霊王の話については、かなり貴重な内容だった。

いずれにしても、何かがエンシェントドラゴンの到来と同時に起きたのだ。

それは習性に関する事だと言う話だが。

ドラゴン……特にエンシェントドラゴンになると、そんな破壊的な習性を持っているものなのだろうか。

持っていても不思議では無い。

もう人知が及ぶ存在ではないからだ。

ともかく、封印の様子を見に行く。

リラさんがフィーを抱える。フィーも、リラさんに頭をすり寄せている。嫌っている雰囲気はない。

「タオ、どう、様子」

「パスワードは正解だったみたいだよ。 それで、これは……」

「何か問題があったの」

「うん。 問題は、分かった。 封印の位置、恐らく間違いない。 特定出来たと思う」

タオが、光学式パネルを操作。

そして、地図にそれが表示されていた。

「やっぱり王都の近くか」

「嘘……こんなに至近距離なんですか!?」

王都の近くと言う事は、パティも覚悟はしていたのだろう。だけれども、この場所は。

あたしも足を運んだことがある。

というよりも、だ。

あたしとタオで、最初に調査した、近辺の遺跡。

羅針盤が落ちていた遺跡だ。

無言になる。

そういえば、最深部に何やら大きな扉だか壁だかのようなものがあった。あれが、封印だったのか。

ともかく、やるべき事がこれで分かった。

まずは、フィルフサに対策しなければならない。

アンペルさんが、厳しい表情で腕組みしていた。

「ライザ、この遺跡については既に足を運んでいるんだな」

「はい。 封印の解除については、特に難しくは無いと思います。 最悪こじ開けますんで」

「……分かっているな」

「分かっています。 フィルフサがどれだけ浸透しているか分からない。 だから、まずは大量の水から準備しないと」

タオに声を掛ける。

この遺跡で、以前のグリムドルから水を奪ったようなシステムが使われていないか。

頷くと、タオは更に調査を進める。

どうやらこの遺跡についての全てが、此処にコンソールに封じられているようだった。

「なるほど、分かってきたよ。 この里を放棄する二百年前、今からおよそ七百年ほど前に、エンシェントドラゴン「西の沼地に生まれた暑い日の五番目の子」が訪れた。 元々あまり豊かではない土地で、荒野にしがみつくようにして暮らしていた人々に文明を与えて、自らが指導者になった。 それからの歴史が記されてる。 メモを取る。 何処に重要な記載があるか、分からないからね」

「操作はじゃあ俺が変わる。 メモを取るのに集中してくれ」

「うん」

「水の出所については最優先で調べて」

頷くタオ。

勿論、此処の水が余所から奪った可能性は低いとみて良いだろう。

だが、何かしらの方法で。

此処では、大量の水を得ていると判断して良い。

それだけじゃあない。

此処の上が、砂漠になっているのにも、それが関与している可能性があるだろう。あたしは専門家二人に任せて、様子を見る。

八角錐の封印。

光がだいぶ鈍っているが、それでもまだ時間はある。それだけは幸い。

封印の具体的な場所も分かった。それも大きな成果だとみて良いだろう。

だけれども、まだまだ調べなければならないこと。

備えなければならないことがある。

「ライザ、それでどうするんだ」

「まずは水による防壁を準備する」

「そうだな、それが現実的だろうな」

「何もかも、オーリムまで押し流して。 そしてオーリム側に巣くっている王種をぶっ潰せば、当面は安心できると思うけれど。 とにかく、出会い頭に水での一撃を叩き込む所から考えないと」

フィルフサと戦うには。

通常の魔術は無意味だ。

今の皆は、未成熟とはいえグランツオルゲンを用いて、装備類を強化している状態であり。

以前よりも戦闘力は格段に上がっている。

あたしもそれは同じ。

此処にパティとセリさん、クリフォードさんが加わっている。

代わりにキロさんが参戦してくれないが。

キロさんの戦力分くらいの穴埋めは、皆の成長と、三人の追加でどうなっている筈である。

つまり、グリムドルでの対フィルフサ戦での戦力は、充分に備わっているということだ。

「アンペルさん、リラさん。 後でアトリエでのミーティングに参戦した後、装備を見せてください。 刷新します」

「頼もしいな。 それと……」

「分かります。 義手ですね。 調整します」

アンペルさんも頷く。

アンペルさんも、もう義手に対する嫌悪感はないようだった。

三年前に対して細かい技術は向上している。義手に対して、更に細かい調整が出来る筈である。

しかもアンペルさんの魔術は、圧倒的な破壊力はないものの、フィルフサに対しては特攻効果を持つに等しい。

流石に魔力に圧倒的に強いフィルフサも、空間操作の魔術には、手も足も出ないのである。

ただアンペルさんの固有魔術は強力すぎるからだろう。

殆ど線にしか発動しないし。

フィルフサはその生態構造上、それでは致命傷を与えられないケースが多い。それが難しいのだが。

「タオ、まだか」

「……後半分という所です」

「アンペルさん、タオは以前より更に手際が上がっています」

「分かっている。 だが、全て拾っているように見えてな」

それで良いと思う。

どうせ此処に来るのは、これで最後にしたい所だ。

それにしても災厄というのも気になるな。

神代の技術で浮いていた都市を落としたほどの災厄か。エンシェントドラゴンの力はそれほど。

いや、考えにくい。

精霊王は、話を聞く限り、どう考えても神代の人間が作り出した魔物だ。

それが動力になって浮かせていた都市である。

エンシェントドラゴン一体が撃墜出来るかというと、甚だ怪しいと言うのが、素直な意見になる。

そうなると、習性が引き起こす、桁外れの災害なのだろうか。

しかし災害だとすると、どうしてアスラアムバートは無事だった。

神代の飛行都市が落ちるような災害だ。

アスラアムバートなんて、消し飛んでいても不思議では無いはずなのに。

考えている内に、タオが情報を全て拾い上げる。

冷や汗を拭っているタオ。

「よし、タオ。 情報は帰路に整理して」

「分かった」

「このコンソールは閉じておくぞ」

「お願いします」

クリフォードさんも、タオの操作を見て覚えたのだろう。

タオほどの手際ではないが、ぱぱっと光学式のコンソールを閉じてしまった。

もう此処には来ないと思うが。

どうせそもそも、此処にはまず入る事だって出来ないだろう。後は、放置して帰るだけでいい。

タオが、下水の水を帰り際にとめていた。

水を大量に吸い上げなければ、この辺りの地形は元に……いや。元々荒野だったのなら、大して変わらないだろう。

ともかく、水を大量に集める必要がある。

出来れば決戦の場では、大雨が。それも土砂降りが起きているくらいが好ましいのである。

既に、フィルフサとの決戦は避けられない。

封印の話をしている辺りから、セリさんも表情が険しくなってきている。

フィルフサと戦う事がどういうことか、セリさんも知っているのだ。

だったら、表情が険しくなるのも、当然と言えば当然だろう。

遺跡を出て、「数多の目」を呼び出す。タオが話をしていると、「数多の目」は色々と返していた。

あたしはそれを横目に、アンペルさんと話をしておく。

「ここまで来るとは、本当に急いでいたんですね」

「そうだな。 もう一つ分かった事があってな」

「もう一つ?」

「フィーの同族についてだ。 その存在が、封印を試験中に一つ魔力を丸々吸い尽くしてしまった事件があったそうなんだ」

そうか。

確かにフィーも、封印を美味しそうなもののように見ていたな。

とっさにとめていなければ、全部吸い上げていたかも知れない。

封印と言っても、超ド級の魔石なのだ。

それに変わりはないのだから。

「フィーの同族については、精霊王もよく分かっていないようだった。 ただ……」

「ただ?」

「やはりフィーは、どうやらオーリムの生物で間違いないそうだ。 星の都にもたらされた個体も、遙か神代の時代にオーリムからもたらされたと言う事だ」

「……」

もしもそうなると。

古代クリント王国が派手にオーリムで暴れる前に。

神代の人間も、オーリムに対して何かをしていた、と言う事だろうか。

考えて見れば、もしフィーがオーリムの存在だとすると。

そうでなければ、説明がつかないのである。

前にアンペルさんから、自然門と呼ばれる、古代クリント王国が開ける以前に存在していたオーリムへの入口があるという話は聞いていた。

それは神代の頃からあったらしいのだが。

そもそもどうして「自然門」なのか。

古代クリント王国の時代のテクノロジーで。門は開ける事が出来たのだ。

神代でどうしてそれが出来なかった。

或いは出来たのが、出来なくなったのか。

それにだ。

さっき、エンシェントドラゴンの西さんも、色々言っていた。

神代の一派は。真の巨悪であったと。

古代クリント王国など、模倣存在に過ぎなかったと。

だとすると、何が神代にあった。

神代の繁栄は、ひょっとして。

多くの存在を踏みつけにしながら、成立したものだったのではないのか。下手をすると、古代クリント王国で破綻した人類の覇権、そのものが。

ともかく、アトリエに戻る。

整理する情報が多すぎる。

帰路でも、考え込んでいるあたしやタオを護衛すべく、レントとパティがかなり気を張ってくれている。

クラウディアも、だ。

皆がとても頼りになる。

そのおかげで、アトリエに辿りつくまでに。

やるべき事を、頭の中で整理する事が出来ていた。

一つずつ、順番にこなす。

まず最初にやるべきは、明日現地の調査だ。現地を調べて、封印の状態、開け方について、大丈夫かを調べておく。

そして封印を解除する前に。

水を叩き込む為の作業をしなければならない。

それは下手をすると戦略級の作業になる。最悪の場合、アーベルハイムの力を借りる必要も生じてくる。

ボオスが来るまでに、皆でああでもないこうでもないと話をして、軽くまとめておく。

ボオスが来て。アンペルさんとリラさんがいるのを見て、だいたい状態は悟ったようだった。

すぐに書記の準備をしてくれる。

とても有り難い。

まず、タオが咳払いした。

「まずは北の里の水について、分かったよ」

「聞かせてくれ」

「北の里の水は、高度な魔術によって吸い上げられている事が分かったんだ。 具体的には、周囲にあるすべての水を吸い上げて、それで北の里の人間が使えるようにしていたみたいだね」

なるほどね。

それは砂漠化も進むわけだ。

順番に話を聞く。

水を吸い上げる技術に関しては、いわゆる毛細管現象と呼ばれるものを、魔術的に行っていたらしい。

乾いている場所に水が移動する現象なのだが。

水に北の里が乾いていると誤認させる魔術を用いて、大量の水を誘導していたようだ。地中から、である。

そして水をタンクに溜めて、其処から生活用水を供給していたそうである。勿論浄水してから。

なるほどね。

具体的な技術については、幾つか聞いたが。多分再現は出来る。

だけれども、それで再現するべきなのだろうか。

最初にあたし達が足を運んだ遺跡は、そもそも水が豊富な土地にあった。周囲にはそこそこ大きな川もあった。

考えて見れば、あれも対フィルフサを想定して。

アスラアムバートがあった土地を抑えていた国が、運河のように川の流れを変えたのかもしれない。

遺跡を守るように。

門の存在を後から知ったのなら、フィルフサとの戦いで、あの辺りが踏み荒らされていてもおかしくない。

だとすれば、水で守ろうとするのは自然な流れだ。

「その技術で、水を流し込むのか?」

「……いや、それは止めておこう。 技術そのものは利用するけれど」

「どういうことだ?」

「川の流れを変える」

地図を拡げて貰う。

近くに大きな川が幾つかあるが、考えて見ればおかしかったのだ。本来だったら自然に流れるような川に、細工が行われている形跡がある。

これは恐らくは、人工的に手を加えたのだとみて良いだろう。

北の里への道中などでも、妙な荒野が存在していたが。

あれは北の里による水の取得技術だけではなく、人工的に水の流れを変えた結果だったとみて良い。

あたしは、地図にすっと指で線を引く。

「さっきのタオの説明で、水を引く技術は理解出来た」

「本当か。 どんどん化け物じみて来たなお前……」

ボオスが呆れる。

いや、畏怖が少し籠もっているか。

でもいい。

今は怖れられる位でいい。

「こう、水を引く。 そうすると、この川と、この川から一気に水を流し込むことが出来て、この遺跡を水没させることが出来る。 封印を解いた瞬間、一気にオーリムに水が流れ込む」

「なるほどな。 ただ、そのままでいいのか」

「当然良くない。 門を潰した後は、此処に堰を作って、川の流れを戻す。 堰については……」

その説明もしておく。

水を引きつける仕組みは、水に乾燥を誤認させる仕組みを用いる。

そもそも、川が近くにあるのに荒野になっている地帯。

あれは、もっと強烈な乾燥を水が感じ取っていたから起きていた異常現象だったのである。

水に意思があるのではなく、単純にそういう現象が起きていたのだ。丁度高い所から低いところにものが落ちるように。

ただの現象だったのだ。

その現象を、切り替える。

もう一度、後で北の里に行く必要があるだろう。

水を吸い上げるシステムを終わらせる。

そうしないと、あの辺りはずっと砂漠のままだ。今後何かしらの方法で緑化するにしても。

砂漠のままでは、不都合だって多いのである。

「ちなみにアンペル。 ライザの言っている技術を理解出来ているか」

「いや、もう私の及ぶところではないな」

「そうか……」

リラさんが、アンペルさんにそんな話をしていた。

あたしは咳払いすると、更に話を進めていた。

 

3、やるべき事を全てこなして

 

ミーティングだけで、その日は終わった。解散したら夜中だったので、それで切り上げる事にする。

それくらい、決めておくことが多かったのだ。

皆には、解散時に告げておいた。

以前の、三年前の戦いと同等か、それ以上に厳しくなる。

最悪の事態には、備えて欲しいと。

皆、分かっている筈だが。

それでも、話しておかなければならなかった。

パティが風呂を使ってほしいと言うので、皆でアーベルハイム邸の風呂を利用させてもらう。

もうアーベルハイム邸のメイド長とも顔馴染みだ。

それにしても、何度見てもやっぱりフロディアさんと顔が同じだ。もうちょっと年長に見えるけれども。

風呂から上がって、ほんの少しだけ時間はあるが。

ほんの少しでは無理だと判断。

パティと話は事前にしてある。

明日、時間をヴォルカーさんに作ってもらうように頼んで欲しいと。

パティも頷いていた。

アーベルハイムも連携する必要がある。

幸い時間があるから、いきなりフィルフサがあふれ出して、王都が瞬殺で蹂躙される可能性はなくなった。

だが、それは可能性がなくなっただけの話。

今後どうなっても、おかしくはない。

最悪の場合は、水がフィルフサをどうにか食い止めている間に、防衛の準備をしなければならないし。

住民の避難もまたしかり。

王族も他の貴族も役に立たない現状。

それをヴォルカーさんには、やってもらう必要があるのだった。

アーベルハイム邸からアトリエに戻って、それで後は無心に寝る。疲れているのもあるし、明日からフルパワーで色々動かなければならないのもある。

寝ておかなければならなかった。

色々と疑念はある。

神代の一派。

神代の全てではないのだろうが。ともかく、神代には古代クリント王国ですら模倣に過ぎないと言われる程の、真の邪悪が存在していた。

そいつらがどんな奴らかは分からないが。

間違いなく錬金術師で。いや、それ以降の、エゴと権力欲と、万能感に塗れて。暴虐を振るうようになった錬金術師のながれを作った張本人だと判断して良いだろう。

そいつらと今後、何かしらの形で戦う事になるのだろうか。

なる可能性はある。

あたしは、今後世界を変える。

人類だって変える。

人類は、今までこの世界とオーリムに対して、やりたい放題をしてきた。その結果、此処まで荒廃させてしまった。

もし人類が魔物に対して攻勢に出て。世界が少しはマシになったとして。

錬金術が、この世界から消えて無くなるわけではない。

錬金術は才能準拠の学問で。

だからこそ故に、未来にまた発見される可能性は幾らでもある。

発見されたときに、対応できないのでは困る。また世界が蹂躙されてしまうのでは困るのだ。

だから、あたしは。

錬金術を今後、管理していかなければならないし。

なんなら錬金術を使う人間を見定めて。

エゴと権力欲と万能感に陶酔して、邪悪の限りを尽くさないように悪の芽は摘まなければならない。

それが、あたしが。

今後やるべき事だ。

目が覚めた。

いつの間にか眠ってしまっていたらしい。伸びをすると、くみ置きしてある水で顔を洗う。

すっきりしたので、外で体を動かす。

そしてコンテナを漁っていると、パティが来る。今日は、ミーティングはしない。次のミーティングは明日だ。

今日は。他にそれぞれで、やっておくべき事が幾つかあるので、分担して動くのである。

フィーが嬉しそうに、パティの方に飛んで行く。

パティも嬉しそうに、フィーを抱きしめて、笑顔を浮かべていた。

「フィー!」

「フィー、くすぐったいですよ」

「フィー!」

クリフォードさんには最後までつれない態度だったけれども。

ともかく、フィーがドラゴンに極めて近い存在なのは、よく分かった。エンシェントドラゴンの西さんの残留思念にも、フィーを何かの精と呼んでいたし。何よりも、オーリム出身だ。

まだフィーは力が残っている。

だったら、グリムドルで今後は暮らして貰う事を前提にし。

それで面倒を見ていくしかないだろう。

この世界で生まれ。あたしが面倒を見てきた時点で。いきなりオーリムに放り出すのは絶対にアウト。

それは生物を側に置くときに。

絶対にやってはいけない事だ。

そしてあたしは、寿命を今後捨てるつもりでいる。

だとすれば、もしもフィーが何千年も生きる生物だったとしても、側にいることは出来るだろう。

「パティ」

「はい。 お父様は、昼少し前から、話を出来ると言う事でした。 時間は二刻ほど取ってあります」

「重要な話だって事は、伝えてあるね」

「……はい」

頷く。

パティはとても良く出来た子だ。

だから、こんな戦いに巻き込むのはちょっと心が痛むが。

それでもやらなければならない。

封印に関与する人間の残留思念は見てきた。

決してみんな聖人ではなかったし。

其処にはろくでもない思惑だって、散々絡んでいた。

だけれども、封印は少なくとも、この世界のために作られた。それだけは、本当。それだけは、古代クリント王国の外道錬金術師どもとは違うし。

更にそれより邪悪だという、神代の一派ともまた違っている。

あたしは、これから。

数百年稼いでくれた時間を生かして、この地に迫ろうとしているフィルフサをぶっ潰す。

フィルフサは、オーリムにとってもこの世界にとっても、邪悪な侵略性外来生物だ。

だからこそに、その存在は許してはおけない。

オーリムにいるだろう王種を叩き潰して。やっと時間を作る事が出来るだろうが。

それはまだ先になってくる。

それまでは、ずっと気を張るしかないだろう。

パティに戻って貰って、後はあたしは、自分でやるべき事をやる。少しでも、グランツオルゲンを増やしておく。

そして、昨日預けて貰ったアンペルさんとリラさんの装備を、一つずつ更改していく。

二人とも、装備をかなり使い込んでいるようだ。

目を細めて、修復して、更に強化。

これで、あたし達が今使っている武具防具に匹敵する性能になった筈である。

爆弾も薬も増やしておく。

本番は、この世界で門に辿りつく迄じゃない。

仮に封印の裏側でフィルフサがもうカリカリ壁をひっかいていたとしても。そんなものは水で押し流して、全部蹴り潰してやる。

問題なのは、オーリムの。奴らが領地にしている場所での戦闘だ。

以前と違って大雨ではなく、水が流れている、くらいの状況で戦闘をすることになる筈だから。

相当に厳しいのは確定だろう。

無言で調合を続けていると。

やがて。フィーがあたしの袖を引いていた。

時間か。

昼ご飯を軽くカフェで食べてから、アーベルハイム邸に出向く。

パティも同席する、ということだ。

今日、レントはタオとともに遺跡の状態を確認に。

クリフォードさんはアンペルさんとリラさんとともに、あたしが引き込もうと考えている川の状態を確認に。

セリさんは、単独で遺跡周囲の森を調べに行っている。

クラウディアは。今手を回して、戦場になりうる地域周辺の集落に、避難勧告をしてくれている状況だ。

皆が全力で動いてくれている。

あたしだけ、もたついているわけにはいかないのである。

パティとともに、ヴォルカーさんの所に出向く。

ヴォルカーさんは、険しい表情だった。

メイド長もいる。

あたしの声を遮って、ヴォルカーさんは言う。

「此方としても、総力を挙げての話になると思う。 私の右腕である彼女には、同席して貰う必要がある」

「分かりました。 ただし、分かっていると思いますが」

「ああ、他言無用に、だな。 文字通り王都そのものが危ないのだろう」

「ええ……。 王都どころか、人類全てが」

しばし黙り込んだあと、ヴォルカーさんは頷く。

席に着いて、話をする。テーブルに、メイド長が紅茶を並べてくれた。バレンツで出てくるものよりも、若干味が濃いが。まあ、それは可とするべきだろう。

「まずあたし達が戦って来た存在ですが、フィルフサと言います」

「聞いた事もない存在だが……」

「およそ五百年前、古代クリント王国を滅ぼした存在です」

「なんだとっ!」

危険な存在と戦っているのは分かってはいた筈だ。

だが、それでも。

あの古代クリント王国を滅ぼした。それだけで、ヴォルカーさんには分かりすぎるほど分かりやすい危険だったのだろう。

そもそも公的には、古代クリント王国の滅亡の原因は謎とされている。

どうして古代クリント王国の連中が、これを隠蔽したのかはよく分からない。

フィルフサとの決戦に出向いたアーミーの人達は殆ど生き残らなかっただろうし。

錬金術師どもは、みんな責任を現場で取らされた。

残った貴族やら王族やらは、フィルフサをどうにか撃退した後は権力闘争で互いを殺しあい、生き残りが最終的にロテスヴァッサ王国を建国したが。

それは所詮残りかすに過ぎず。

以降、大攻勢を開始した魔物によって、人間は加速度的に数を減らしていく事になるのである。

いずれにしても、古代クリント王国の滅亡は、この世界の人間にとってはターニングポイントであり。

それ以降、人類は魔物に蹂躙される時代がやってきた。

その原因を告げられて。

ヴォルカーさんが平静でいられないのも、よく分かる。

「それは一体、具体的にはどういう存在なのだ」

「生態から説明します。 王種と呼ばれる存在に率いられる真社会性の生物で、王種の下に将軍という統率個体がいて、普通の群れはその将軍の麾下に五千から一万程度。 だいたい一つの群れの規模は、二十万から百万というところです」

「ひゃ……」

「百万……!」

パティの方が腰を上げかけていた。

まあ、気持ちはわかる。

フィルフサのヤバさは説明してあったが。そういえば具体的な数字について説明したのは初だったか。

しかもだ。フィルフサの恐ろしさはこれだけじゃあない。

「フィルフサの特徴として、そもそも魔術がほぼ通用しません。 それに加えて生体急所が存在せず、体内にあるちいさなコアを砕かないと殺せない上、頑強極まりない外殻を持っていて、あらゆる生物を殺戮します。 古代クリント王国のアーミーは決戦で最新鋭のテクノロジーに加え、ドラゴンや精霊王まで動員して戦いましたが、それでも文字通り蹂躙されています」

「そんなことを、どうして知っているのかね」

「三年前に、錬金術と出会って、そしてある遺跡で全ての真実を見ました。 当時の決戦に赴いたアーミーの手記や、錬金術師の恨みつらみが書き連ねられた手記も」

「なんということだ……」

あたしも、危険な存在がいる可能性が高い話はヴォルカーさんにしてあった。

だが、それでもヴォルカーさんは、流石に驚いたのだろう。

歴戦の勇士が、冷や汗をだらだら流しているのが分かる。

メイド長が、気を利かせて水を皆に配ってくれた。

メイド長は、全然なんとも思っている雰囲気がない。

さては。

この人、知っているのではないのか。

どうもおかしいとは感じていたが。この人、ひょっとして。

だが、今はそれについて、詮索するべきでは無い。

ともかく、話を進める。

「フィルフサの唯一の弱点は水です。 そしてフィルフサが、この世界の拠点としている場所を既に調査で特定しています。 これからあたし達は、その拠点を水で覆い、準備が整い次第、相手の拠点に水を流し込みます」

「む……うむ」

「アーベルハイムでは、最悪の事態に備えてください。 勿論あたし達が、命がけでフィルフサは叩き潰します。 しかしもしもの事があります。 最悪の場合は、近場の川を決壊させ、指示に従って、全部流し込むようにしてください」

あたしは地図を拡げる。

昨日のミーティングで、タオと話したのだ。

最悪の場合に、どうするか。

門がある地点に、堰を潰して水を全部流し込むべきだと。

フィルフサは斥候を出して、現地に行きやすいかを確認する。しかし、そもそも門が湖の下になってしまったら、斥候どころでは無くなるはずだ。

勿論、その湖を作る事で。川の流れは変わる。

それどころか、街道を潰されて、最悪の事態になると王都の東が完全に封鎖されることになる。

西側の街道しか使えなくなり、王都はその力を半減させる。

だが、それでも最悪の時には、やらなければならないのだ。

「この地点、この地点、それにこの地点で、合図があり次第堰を切ってください。 勿論、そうはさせないつもりで戦いますが」

「我々からの戦力供給は」

「パティだけで大丈夫です。 今のパティは、渡してある装備も込みならば、文字通り歴戦の勇者といって良い実力です」

「……そうか」

腕組みして、じっと考え込むヴォルカーさん。

あたしが嘘をついている様子がないことを、理解してくれたのだろう。

今まで、散々色々と提携してやってきたのだ。

今更。嘘も何もない。

あたしは、腹の底を明かした。

だったら、今度はヴォルカーさんが誠意を見せるべきだ。

そして誠意を見せられないような人間であるのなら。

そんな人間には、今の地位にいる資格はない。

この場で首を刎ねる。

それくらいの覚悟で、あたしは来ている。

やがて、ヴォルカーさんは、パティを見た。

「パティ」

「はい」

「念の為に確認したい。 ライザくんの側で全てを見てきたはずだ。 それで今の説明について、どう思う」

「全て本当だと思います」

パティは断言。

それを聞いて、ヴォルカーさんは続きを促す。

「ライザさんと一緒に、驚天の遺跡をたくさん見て来ました。 技術はいずれも今とは比較にもならず、とんでもない強力な魔物や、自動で戦う人型のからくりや、私では理解も出来ないとても高度な仕組みもたくさんみました。 私はフィルフサそのものを見たわけではないですが、今までライザさんと一緒に見て来たものを見る限り、この話は全て真実だと思います」

「分かった。 その言葉で決まった」

ヴォルカーさんは立ち上がる。

あたしも、それと一緒に立ち上がった。

手をさしのべてくる。

握手だ。

ぐっと、力強い大きな手と握手をする。パティが小柄なことを考えると。遺伝はあてにならない事がよく分かる。

レントみたいに、悪い所ばかり似る事もあるが。

親と子は。

別の人間なのだ。

「これより、王都防衛の特別警戒態勢に入る。 私は君に全面的に協力しよう。 そのフィルフサという強大な魔物を撃破する作戦について、最大限の協力を約束する」

「ありがとうございます。 これで少しは楽になります」

「パティ、全力での支援をしろ。 そして、生きて帰れ。 恐らくこの戦いは、後世に語り継ぐことは出来ないだろう。 だが、それでも……アーベルハイムの戦士として、いや騎士としての名誉を汚さないように動いてくれ」

「はっ!」

パティが最敬礼をする。

そういえば騎士としての資格を正式に近々取るらしいなパティ。

パティはアーベルハイムの子なので、実の所試験なんぞ受けなくても騎士にはなれるらしいのだが。

敢えて庶民と同じ試験を受けて、それで正式に騎士になるつもりらしい。

今の時点でも、アーベルハイムの名を汚さないように振る舞ってはいるが。

それでも、更に陣頭で実力を見せる覚悟なのだろう。

その覚悟やよし。

だけれども、パティとタオの子供が出来たとしても。

その覚悟を引き継げるかは分からない。

世襲制には問題がある。

いずれ、それについては解決しなければならないだろう。

あたしはアーベルハイム邸を後にする。

パティは残って、ヴォルカーさんと協議をするようだ。

バレンツとこれから連携して、やるべき事を決めるのだろう。クラウディアも、これでかなり動きやすくなる筈。

さてあたしは。

これから、水を制御する道具を作る。

アトリエに戻る。

調合を続ける。

水を騙すための装置と言う仕組みについては理解した。水に、乾いていると誤認させるためのものだ。

ただこれは、効果が強烈で。

北の里を見ていても理解出来たが。長期的にはその場を砂漠化させてしまう。

地下水を吸い上げると良くない事は経験的に知っている。

どうも塩害が起きるようなのである。

恐らくは、その程度は対策してある道具であるのだろうが。それでも砂漠化が起きているということは。

相当に水という存在の分布バランスを崩す道具とみて良い。

だから、使うのは。

フィルフサと戦い、打ち倒すまでだ。

その後は、北の里の、水を吸い上げるシステムも完全停止させるつもりである。それくらいはしないと、錬金術師としての責任は取れないだろう。

無言で調合していると、クリフォードさんとアンペルさんとリラさんが来る。

装備をアンペルさんとリラさんに引き渡しておく。

装備を手にして、良い感じだと二人とも満足してくれたようである。あたしも、それを見ていると嬉しい。

「どうでした、川の状態は」

「だいたい予想通りに出来ると思う。 幸い荒野になっているから、生物への被害も最小限に抑えられるだろう」

「問題はこの辺りの水がオーリムに大量に流れ込む事ですが……」

「オーリムより水をあまりにもたくさん奪い取ったのだ。 それくらいは我慢して貰わないとな」

リラさんが苛立ち紛れに言うが。

あたしはそれに苦笑いしか出来ない。

この土地の人間が、それをしていた可能性は低いからだ。

ただ。神代の一派という連中が気になる。

その話をしたとき、アンペルさんも古代クリント王国の錬金術師が、なにやら崇拝しているものが存在するということを言っていた。

なんだったか。

万象の大典、だっただろうか。

それは知識の集合体にして、全ての錬金術師が目指す到達点的な意味を持つ言葉らしいのだが。

なんでも、説の一つとして。

それを名乗った集団がいたかも知れない、というのだ。

仮にそんな巫山戯た名前を名乗った連中がいたのだとしたら、本当に自分を神か何かと思い込んでいた存在だったのだろう。

神だったとして、それが世界を良い方向に動かすために行動していたのなら、それはそれで良いと思う。

錬金術を建設的に、世界のために使っていて。それで世界を良く出来ていたのなら、それは確かに神の名にふさわしい。

だが、神代の錬金術師は、そんな事は絶対にしていないと断言できる。

そんな事をしていないから、この世界はこうなっている。

神代の模倣をしたに過ぎない古代クリント王国が、此処まで世界を無茶苦茶にしたのである。

神を名乗っていた狂人か。

身の程知らずか。

もし存在していたとしたら、どっちかだったのだろう。

他の可能性世界には、或いは神に等しい錬金術師がいるかもしれない。苦労しながら、世界を良くしようとしているかも知れない。

だけれども、少なくとも此処にそんなものはいない。

それについては、世界の有様を見て来ているあたしは、断言できる。

「水を誤認させて集める装置については、明日いっぱいは掛かりますが、どうにかして見せます」

「分かった。 それについてはもう私の技術も知識も越えている。 手伝う事は出来そうにないが」

「アンペルさんは、想定通りに水が流れるように……お願いします」

「ああ、分かっている」

アンペルさんの固有魔術は空間操作。

とはいっても、実際には「切断」が近い。

それも限定的で、極めて使い勝手は悪いものの。その気になれば人間や人間大の存在だったら確殺出来るし。

岩だろうと金属だろうと、時間と労力さえ掛ければ穴を開けられる。

その力を利用して、水を誘導できるようにしてほしい。

そしてクリフォードさんは、歴戦の経験を生かして、土地を読んで。

水がちゃんと流れるように動いて欲しい。

二人には、それを頼んでいるのだ。

リラさんは、その作業の護衛である。

この経験はあたしにはないし。空間操作もできないから。二人に頼むしかない。

あたしは万能でも無敵でもないのだ。

やるべきものをどんどん作っていく。

今回は、下準備が絶対に必要だ。

他にも必要なものがある。

あたしは考えた末に、水を一旦すいあげて。蓄える装置。

そう。

古代クリント王国が、グリムドルから水を全て強奪した、あの装置を作ろうと判断していた。

ただし水を奪うのは、今度は此方の世界からだ。

それも、あれほど大規模にじゃあない。

まずは、手順としてはこうである。

封印に水を流し込む。

門までフィルフサを押し返す。

ただ今回は時間がなく、最悪の場合はそのまま敵地に突入して、それで一気に敵を押し流しながら戦うしかない。

濁流の中で戦うのは、此方も非常に危険だ。

フィルフサの大軍との戦闘は、三年前にも本当に綱渡りだった。

だが、三年前と状況が違う。

まず前提として、今回は門の先はグリムドルと状況がかなり違っている可能性が高い、ということである。

それはそうだ。

古代クリント王国は、幾つも門を作り、その先のオーリムで派手に略奪を繰り返した訳だが。

今回の行き先は、オーリムでも地域が恐らく違っている。

故に、水を奪われていない地域の可能性が高いのだ。

だが、今までの羅針盤で見た残留思念から、フィルフサが来ているのは確定であり。

土地の状態がどうなっていて。

どう水が流れているか、分からないのである。

其処に川の水を大量に流し込んだら。状況次第では仕方が無いとはいえ、それこそ侵略性外来生物である。

出来れば流し込むのは水だけにしたいし。

なんなら水を流し込む必要すらないかもしれない。

思考がどんどん動く。

ここ三年鈍っていたのが嘘のようだ。

調合を続行。

タオ達が戻って来た。

「ライザ!」

「何か大きな発見があったんだね、その様子だと」

「ああ、良い情報だぜ。 なあタオ」

「うん。 封印について調べてきた。 正確には、封印近くの遺跡の状態について。 もっと詳しく分かってきた」

手をとめて、話を聞く。

タオは頷くと、話してくれる。

「あの遺跡、地下水脈を引き込んでる。 多分戦うために、水を洞窟に流し込み続けたんだ。 門の辺りは、水浸しになってる可能性が高い。 状況にもよるけれど、川を無理矢理引き込まなくても良いかも知れないよ」

「よし……」

これは、幸運が向いてきた。

地下水脈を引き込む技術は、恐らくだけれども北の里と同じものだろう。

あたしは、一応念の為。

水を奪う道具は作っておく。

ただし、これはオーリムでは使わない。

全員が戻ってきた時点で、作戦と手札について、再確認をしておく。大丈夫。今日明日で、封印が砕かれることはない。

だけれども、それが年単位になると分からない。

だから、ここで。

今、あたしたちが有利に立ち回れる状況の内に。

門を閉じ。

そして、オーリムから此方に侵攻を目論んでいるフィルフサの群れを撃破し。

王種の首を取らなければならなかった。

 

4、決戦の前に

 

翌朝。

封印を見に行く。

最初に、王都近郊で見にいった遺跡。これが森の中にあったのは、偶然ではなかったということだ。

地下水脈を引き込んで、周囲の地下をひたひたにしている。

だから川も複数が存在していたし。

森もこうも豊かだ。

或いはだけれども。

本来は荒野になっている此処の北。北の里辺りまで。

水を無理矢理動かしているから、緑の分布に大きな隔たりが出ているのかも知れない。

それだけ、錬金術は大きな力を持っている。

だからこそ。

錬金術をエゴで使ってはいけないのだと、あたしは思い知らされる。

アンペルさんも交えて。遺跡の地下状態について確認する。

レントが石畳を剥がして、幾つかの場所で確認してくれていたのだが。封印になっている地点。

壁がある場所に向けて、複数の水脈が動いている。

川が幾つか、其方に向かっている状態くらいの水が、動いていると言う事である。

要するにこの土地にあった国家は、それだけフィルフサに手を焼き。あの不死の魔女も協力して。

これだけ強力な対フィルフサ要塞を構築したと言う事なのだろう。

「これだけの水があるならば、少なくとも一瞬でフィルフサに防衛線を突破されることは無さそうだな」

「いや、そうとも言い切れないよ」

「聞かせてくれ」

楽観的な事をいうレントに、あたしは返しておく。

何しろ、グリムドルでの戦いの時とは、状況が根本的に違っているのである。

オーリムの水をカス共が奪ったわけではない。

それなのにフィルフサが侵攻してきている。

と言う事は、だ。

水に弱いのは恐らくは同じだろうけれども。

グリムドルにいたフィルフサよりも、水に対する耐性が高いと言う事だ。

アンペルさんに昨日、ここ三年の成果を聞いた。

調べて回った所、今までに六カ所、フィルフサとの大規模会戦を行った土地が確認できたそうである。

それらの場所は全てが門があって。

その門の先で、古代クリント王国が狼藉を働いたのが確定だそうである。

今後は、それらの門付近で例の水を奪った装置を探し。

オーリムに水を戻す事を検討していくそうだ。

それら以外の場所では、門を半端にだが。閉じる事には成功していたそうである。

まあ、それ以上の箇所でフィルフサが此方の世界になだれ込んできていたら。

それこそどうにもならなかったのだろうが。

「パティ、アーベルハイムの方はどうなってる?」

「はい。 既に人員を派遣して、調査を始めています。 最悪の場合、この辺りを水没させる準備を始めています」

「いざという時に、それをやれるまで、後どれだけ掛かる?」

「二日というところですね」

二日か。

上出来だろう。

あたしも、今水を奪う道具を作っている状況だ。これは水を奪うだけではなく、戦略物資として活用も出来るし。

任意にとめる事も出来る。

三年前に見たから、再現は可能だ。

逆に言うと。

その程度の代物を作った程度で、古代クリント王国の錬金術師共は、自分を神に等しいと錯覚していたわけで。

本当に出会い頭に顔面を蹴り砕くしかないという結論に至る。

更に言うならば、道具だって使い方次第と言うことだ。

あたしはこれを悪用するつもりはない。

今回の戦闘が終わったら、破棄するつもりだ。

終わらなかった場合でも、戦地に持ち込むし。負けた場合は、フィルフサに蹂躙された挙げ句、湖底に沈むだけだろう。

不意に気配。

皆がばっと其方を向く。

ええと。例のメイドの一族の人のようだが。

着込んでいる鎧に見覚えがある。多分、カーティアさんだが、名乗って貰わないと確信は出来ない。ちょっと悔しい。

案の定カーティアさんだった。

「カーティアだ。 アーベルハイム卿に言いつかって、作戦行動への参加を要請されている」

「ありがとうございます。 ただ相手は……」

「水に弱く、魔術が通じず、生体急所が存在しない、大軍で攻め寄せて全てを踏みにじる存在だったな。 分かっている。 私は状況に応じて伝令と信号弾の管理を行う。 前線での戦闘は、君達に任せる」

頷く。

話がきちんと伝わっているようで有り難い。

後は、封印の状況を確認。

羅針盤で残留思念を見てきたから分かる。

壁に施されていた、膨大な魔石を用いた五重封印は、今やあたしがそのままその気になれば砕けるほどに劣化している。

フィルフサだって、裏側でカリカリやっていてもおかしくない。

グリムドルにいた奴と性質が違う可能性があるから。

いきなり王種がそこにいてもおかしくないのだ。

だが、クリフォードさんが言う。

「この向こうに危険な気配がある。 だが、手が届かない相手だとは思えないな」

「クリフォードさんの勘は当てになりますね。 そうなると……王種はまだ出て来ていないと見てよさそうかな……」

「だが、斥候は出していると見ていい。 水が減るのを待っているのだろう」

「その辺りは、性質がグリムドルにいた奴と同じと言う事なんですね」

リラさんが。

何百年もフィルフサと戦い続けた専門家がそういう。

ならば、それはある程度信頼出来る。

例え、この先にいるフィルフサが、リラさんの故郷や、グルムドルにいた奴と性質が別物だとしてもだ。

一度封印の調査を終えてから、先にやるべき事はやっておく事にする。

後二日で。

決戦が始まる。

特にセリさんは険しい顔をしている。

この先にいるフィルフサは、セリさんにとっては文字通り不倶戴天の相手だ。

しかも状況からいって、今までどうにもできなかった相手であるのも確定である。

リラさんは、グリムドルで勝利を経験している。

だけれども、セリさんは違う。

緊張するのも、当然だと言えた。

「一度戻ろう。 だいたい状況は把握できた。 タオ、この扉ももう解析できているんでしょ」

「うん。 いつでも開けられる」

「よし……」

なら。後は手札を徹底的に揃えるだけだ。

今度も王種の首を取る。

そして、この世界と、オーリムに災厄をまき散らし続けているフィルフサを。

少しでも減らして。

世界を平穏に、少しでも近づけるのだ。

 

(続)