地底に蹲る汚山

 

序、里の最下層

 

遺跡、「北の里」の最下層に到着。幾つもの橋を通って、それでやっとここまで来ることが出来た。

汚物まみれだ。

とにかく、此処を掃除するところから開始しないといけないだろう。死んでいる大量のワーム。

ワームや蝙蝠の糞。

何度か、遺跡そのものが呼吸した。

多分換気機能なのだろうが。

それくらいダイナミックな空気の入れ換えだった。

それで、ここでも呼吸はどうにか出来ているが、それにしても汚物だらけで異臭が凄まじいのもまた事実だ。

ワームはいるにはいるが、あたし達を見るとさっと逃げ散ってしまう。

さて、まずは掃除からだな。

床は、石畳だ。

というか、クラウディアが散々バリスタみたいな矢で制圧射撃をしたのに、穴一つ開いていない。

これはまた、あたしがしらないテクノロジーで作られた素材なのだとみて良いだろう。

広さは、かなりある。

クーケン島全域くらいはあるとみて良いだろう。

ともかく、掃除からだ。

あたしは、一度外に出て、以前作った中継地点に水も含む荷物の大半を降ろす。そして、荷車に、油紙を何重かに敷いていた。

これからやるのは、ピストンでの汚物排除作業だ。

「レント、これ」

「おう、シャベルだな」

「うん。 何をするかは分かるよね」

「……ああ、分かってる」

げんなりするレント。

大丈夫。

みんな、死ぬほどげんなりしている。だけれども、ここでやっておかなければならないのである。

順番にやる事は説明する。

生き残っている僅かなワームを片付けた後。

最下層に降りて、少しずつ外に死骸と糞を捨てる。これは何回も何回も往復してやっていく事になる。

油紙はあたしが直にゼッテルを弄ったもので、非常に強化してあるので、簡単に糞で汚れるようなものではない。外に汚物を運び出したら、流砂にすてる。

大型のワームの死体は、糞を運び出している間に、あたし達が焼き尽くしておく。そして、ある程度綺麗になって来たら、少しずつ消臭剤を撒いて、周囲を調査できる状況にしていく。

荷車はレントが引く。

そして、蝙蝠などの奇襲、いざという時の補助のために、もう一人が常につく。

更に中途で全域を見渡せる場所に、常にクラウディアが待機。

下でセリさんは待機して、もしも誰かが落ちた場合は、植物操作の魔術で対応する。あたしもその時は対応するつもりだ。

それらを説明すると。みんなげんなりしたようだが。

糞だらけ死体だらけの中を歩き回る訳にもいかないし。

何よりも、掃除を進めていけば。

汚物を処理するようなシステムを見つけることができる可能性は低くない。

最下層は住宅が多くあったようだ。

それならば、当然出るゴミや汚物を処理するシステムはあった筈。それを見つけ出せば、荷車による汚物のピストン処理はしなくても良くなるはずだ。

順番に説明して、皆のやる気を喚起する。

まああたしは農家の子だ。

堆肥の扱いには慣れているし、そうなる前の汚物の扱いも然り。

ともかく、順番にやっていくしかない。

それにだ。

対処するのが汚物なのだったら、それはむしろ気が楽である。

クーケン島の最下層に降りたとき。

其処にたくさん散らばっていた、使い捨てられた人達の人骨を見た時の悲しさに比べたら。

汚物くらいは、大丈夫。

ただ、病気になる可能性はあるから。

直に触るのは厳禁だが。

ましてや相手は未知のワームなのである。

打ち合わせを終えると、一度地下に。そして、シャベルですくって、汚物を荷車に積んで、捨て始める。

あまり効率は良くないが。

汚物を流砂に捨てに行くのと同時に、あたし達は周囲を調べ始める。シャベルで汚物をどけて、少しずつ行動範囲を拡げていくのだ。

タオは意外とこういうのは平気そうである。

「た、タオさん、平然とやっていますね」

「僕達も幼い頃は泥だらけになって辺りを走り回っていたし、多少はね。 それに遺跡を探索するなら、汚れるのは仕方が無いんだよ」

「まあ、消臭剤、消毒剤は後で皆で浴びておこう」

「はい……」

パティが悲しそうにしている。

何かを失ったような目をしているが、こればかりは仕方が無い。

それに、世界が滅ぶかの瀬戸際だ。

この程度の事で、足を止めていられない。

汚物の堆積は思ったほど凄まじくなく、ガスもそれほど出ていないようである。レントが戻って来たので、すぐに次を詰め込んで、地上に行って貰う。

その間に、タオが手を振る。

住居らしいものが見えてきた。それを掘り出す。中には、大量の幼体のワームが死んでいて。

人間がいなくなったあと、ワームが住処にしていたのが分かった。

タオが、死体を引きずり出した後、家の中を確認する。

どうやら、トイレを見つけたらしい。

消毒液で辺りを綺麗にした後、タオが色々と調べていて。やがて、そのトイレが、ごっと水を流し始めていた。

「よし、当たりだ。 細かいゴミは、多分トイレに全て流してしまえるよ」

「この水洗のシステム、王都のなんかよりずっと上だね」

「それは技術が違うからね。 とにかく、これで荷車での処理は死体に限定できると思う。 確実にやっていこう」

見ると汚物がこびりつかないように、かなり特殊な素材を利用しているらしく。

更には、水もしっかり流れていると言う事は、排水管も詰まっていないようである。

或いは、だが。

もっと大きな下水路があるかも知れない。下水路があるとしたら、恐らくだがメンテナンス用のハッチもあるはずで。

下水に、じゃんじゃか汚物を放り込んで、綺麗にすることも出来る可能性があった。

ただ、ここの下水がどう処理されているのかは非常に気になる所だ。

今の王都アスラアムバートなんかだと、下流の川に汚水は基本的に垂れ流しである。それが問題にならないのは、人間の集落がそれだけ少ないから。

王都の人口は三十万人程度だが、これがもっと増えたら、下流の川は使い物にならなくなるかも知れない。

昔は水質をどうにかするシステムが設置されていた可能性はある。

事実クーケン島でも、塩水を真水に変える装置があって、それがずっと動いていたのだから。

ただ新しく王都に水質浄化の装置をつける場合は、多分あたしが貼り付いても年単位で時間が掛かるし。

保守点検の為に専門の人員。

更には、その人員がずっと貼り付いていかないといけないだろう。

ともかく、順番に調査していくしかない。

タオも完全に目が据わっているが。

それでも、此処をまず綺麗にしないと駄目だと言う事は理解しているようだった。

「ワームが本当に汚してくれて……」

「! みんな、壁際に!」

「レントくん!」

皆がさっと壁際に。荷車を引いていたレントも同様。

遺跡の上が前のように開いて、呼吸している。それで、空気が一気に入れ替わっているようだ。

凄い勢いで空気が吸い出されて、新しいのが入ってくる。

こうでもしないと、遺跡内のガスは処理出来ないのだろう。

エアドロップを研究しているときに知ったように、人間の呼吸で、どんどん毒が出て溜まっていく。

本来は、こうやって時々空気を入れ換えていた。

それも、動力の停止で止まっていた、と言う事だ。

此処は本当に。

今では考えられない技術で動いているんだなと、感心してしまう。

流石にエンシェントドラゴンがもたらした知恵だ。

ともかく、風をやり過ごすと。

汚物を処理し続ける。

ワームの死体のうち、大きいのは焼いて消毒処分した上で、崩してレントに外に運んで貰う。

流砂に沈むと最終的に死体がどうなるかは分からない。

ただ、流砂はもうあっても意味がないものではあるし。

ちょっとやそっと魔物の死体が沈んだくらいで、どうにかなる程度のものでもないだろう。

黙々と作業をしていく。

やがて、他にも家屋が発掘出来はじめた。

次の日は、マスクを用意しよう。

臭いを遮断するためのものだ。それに、臭いが来ているということは、汚染物質が来ている事も意味している。それも遮断しないとまずい。

フィーが懐で声を上げる。

時間か。

この子は賢いな。

そう思って、もしもの未来を考えると、どうしても口を引き結んでしまう。

「よし、一度外に。 食欲は……大丈夫?」

「ちょっと厳しいです……」

「分かった。 一度今日は撤退しよう。 準備がいるよ、これを処理するのは」

あたしの言葉に、皆頷く。

そして、最後に山盛りに荷車にワームの死体を詰め込んで。

外まで運び出し。

流砂に投棄して、そして一息ついた。

みんな口数が減っている。

「タオ、力仕事はもういいから、地図作りに専念……出来るのはいつくらいになりそうかな」

「少なくともあと一日は汚物を処理しないと」

「そうだろうね。 橋の幅からして、今の荷車が持ち込める中では限界か」

遺跡の内部にあるテクノロジーを見ると。

或いは自動清掃とかが出来るシステムがあるかも知れないが。

そもそも、それにたどり着けていない状況だ。

まずは皆に消臭剤を撒く。

それでも、何かを失ったような顔をみんなしているが。

そして、桶に持ってきてある水を出して。顔とか洗って貰う。

人前でやるのは抵抗があるかも知れないが。今日は早めに引き上げる事もある。それに、である。

「明日は臭いを遮断するためのマスクを人数分持ち込むよ。 それと……今の戦闘用の装備の上から、汚れてもいい布を着込もう。 手袋も専用のがいるだろうね」

「今の装備は、もう既にかなり汚れてしまっているように思います」

「大丈夫。 今日は時間があるし、アトリエに戻ったら錬金釜にエーテル入れて、それで汚染要素を取り除くよ」

調合の応用だ。

こう言う事も既に出来る。

実はあたしは、私服はほとんど持っていないのだが。このエーテルでの調合を応用した洗浄をするようになってから、兎に角服のもちがいい。

一応いつか使うかもとドレスとかもクラウディアに貰って持ってはいるけれども。

それも時々釜で洗浄している状況だ。

「指ぬきの手袋をしている組は、今のうちに桶で手も洗っておいて。 水はまだたくさん持って来てるから」

「酷い臭いね……」

「ごめんねクラウディア。 後でしっかりお風呂で手入れはしておいて。 明日はそうならないように準備をしてくるよ」

「うん……」

クラウディアが悲しそう。

ともかく、クラウディアの服もしっかり後で釜に放り込んで綺麗にしてしまおう。

一通り洗浄が終わった後は、荷車の油紙も捨てる。油紙はその場で焼いてしまう。

油紙でしっかり荷車そのものはガードしたとはいえ、これも工夫がいるか。荷車には水も含めて、汚染が許されないものが結構積み込まれてきているのだから。

軽く幾つか話した後は、「数多の目」を呼んで遺跡を後にする。

タオが、「数多の目」と話をしていたが。

内容はわからない。

クリフォードさんも、これは理解出来ているか、微妙な所だろう。

後はアトリエに無言で戻る。

そして、まずは男衆には外で待って貰って。

女性陣から服を脱いで貰って、一人ずつ調合の要領で綺麗にしていく。エーテルに溶かして要素を分解する行為の応用だ。

あたしは魔術に関してはまだまだ応用がきかない、パワー任せの部分があるが。

調合に関しては、極めたとまで自称はしないが、それでも色々出来る。

フィーは臭いはまったく気にしていないようで、服を脱いでカーテンの向こうで順番に待つ皆を、不思議そうに見ていた。

「はい、パティ。 多分遺跡に行く前より綺麗になってると思うよ」

「ありがとうございます。 服は正直どうでもいいんですが、胸鎧と大太刀は家宝同然ですので……」

「そうだったね。 これを着込んで、もう公式の場に出てるんだよね」

「はい。 アーベルハイムは常在戦場の覚悟有りと、腑抜けた貴族に見せつける必要がありますので」

だとすると、綺麗すぎてもダメかも知れないな。

案配が難しい。

とにかく、順番にみんなの服を洗浄していく。あたしは女衆では最後。セリさんの服は、ちょっと独創的な作りになっていて、へえと感心した。貫頭衣に近いのだけれども、細かい刺繍とかが彫り込まれていて、それがとても独創的だ。

「セリさん、これって氏族ごとに決まっているんですか?」

「そうよ」

「それよりライザ、真っ裸で調合するつもり!?」

「下着は着てるし、気にしなくていいでしょ」

ダメ。

そう叫んだクラウディアが、珍しくげきおこである。

クラウディアがてきぱきと服を漁って、適当なのをあたしに着せる。普段と勝手が違うが、まあ仕方が無いか。

ともかくあたしの服も綺麗にする。

そして服を着直すと、男性陣を呼んだ。女性陣は、すぐに風呂に向かって貰う。パティが提案していた。

「ライザさんもそうですが、アーベルハイム邸の風呂を使ってください。 その、酷い仕事だったと思いますけれど、これも世界のためだったので」

「そう。 ではお邪魔しようかしら」

「男性陣も、後から来てください」

「ああ、風呂借りるぜ。 色々酷い目にあったな……」

一番間近で汚物と対面し続けていたレントが、遠い目でぼやく。

ともかく男性陣にもカーテンの向こうで服を全部脱いで貰って、一つずつ処理する。

てきぱきと処理していくのを見ると、クリフォードさんが呆れ気味だ。

「なんというか逞しいなライザ……」

「伊達に田舎街で育っていないですからね。 欲求が色々ずれてるのは自覚しているけれども、何も経験しないでもの言ってる訳じゃないんですよ」

「俺たちも自然にライザがリーダーシップを取るのを受け入れていたからな、昔から」

「うん。 でも、それが不愉快じゃないんだよね。 多分器の違いだよ」

服を綺麗にしていき、男衆もみんなアーベルハイム邸に向かう。最後にあたしも、一緒に其方に。

大きめの風呂を貸して貰う。

人心地がついた気がした。

流石にあたしも、エーテルで自分を洗う気にはなれない。

多分それをやると、自分を再構築してしまう事になるだろうし。地力で元に戻ることは出来ないだろう。

調合中の釜には、間違っても手を突っ込むな。

そうアンペルさんは何度も念押ししていたな。

無言で風呂で汚れを落とすと。

アトリエに戻り、クラウディアが何かいいたそうなので、念の為にもう一度消臭剤を撒いておいた。

さて、此処からだ。

以前集めたデルフィローズの繊維を用いて、対汚染用の布を作っていく。

全身にまとうためのものも作るし。

頭に被るずきんも作る。

そしてマスク。

マスクは複数の布と、更には幾つかの魔術を掛ける。空気を通りやすくするためのものと。

汚染を通さないようにするためのものだ。

それぞれの顔の大きさによって調整出来るように、作りも工夫する。

黙々と調合をしていくと、クラウディアがお菓子を焼いてきてくれたので、ありがたく相伴に預かる。

夕方までに、皆の対汚染服は作っておく。

それと、シャベルを増やしておく。

これくらいは、今ではもうすっかり簡単だ。

荷車用に、使い捨ての強化ゼッテル油紙も。これについては、後何回か汚物処理で日を潰す事を想定して、少し多めに作っておく。

丁度油紙を作り終えたタイミングで、夕方になり。

ミーティングの時間になった。

軽く話はしておく。

ボオスがいつものように皮肉を言ったが。今日はみんな、苦笑いをする余裕もないようだった。

 

1、地味な作業を重ねて

 

ミーティングが終わってから、デニスさんの所に出向く。

そろそろコンテストとやらが終わったタイミングだろう。ボオスも、特に臭いについては何もいっていなかったし。

何より、外に着ていくための服は、今回徹底的なくらいに洗浄した。むしろいい臭いがするくらいだ。

よそ行きは、何の問題も無い。

さて、コンテストはどうだったかな。

そう思って鍛冶屋に入ると。

デニスさんが、なんだか燃え尽きていたようで。炉の前に座っているので、ちょっと不安になった。

「デニスさん?」

「ああ、ライザさんか」

「ダメだったんですか、コンテスト」

「ううん、銀賞だった。 だけれども、ちょっと燃え尽き症候群でね」

まあ、大きな事をやり遂げたのだ。

燃え尽き症候群というのは、仕方が無いだろう。

デニスさんは、ぼそりぼそりと話してくれる。

コンテストは、元々貴族趣味の彫金を主体にしているものだった。

もっとお金があって。

王都の外にも、明確な領土があった時代が、ロテスヴァッサにはあったらしい。そういう時代に始まったものであったそうだ。

そうなると、或いは。

百年以上前の身の程知らずのオーリムへの侵攻計画は、そういう時代の感覚がまだあったから、なのかも知れない。

ともかく、貴族趣味の現実的では無い彫金のコンテストは。

少しずつ技術を競うものに変わっていったそうだ。

そしてデニスさんが作ったものを見せてくれる。

なるほど、これは。

完璧といっていいほどの造りのインゴットだ。

普通インゴットは鋳型に流し込んで作るものなのだが。これはあたしが提供したゴルドテリオンである。

それも、インゴットにしてありながら。しっかりデニスさんの紋章を刻んである。

ただのインゴットだけれども。

滅茶苦茶丁寧に仕上げられている事が分かる。

なるほど、ストロングスタイルと言う奴か。

鍛冶師なら、そもそも細かい彫金を凝るのではなくて、実用品で勝負する。

そういう感じでいったわけだ。

だが、これでは理解者が出ないのも頷ける。

銀賞は、むしろ良い方だったのかも知れない。

「デニスさん、満足出来ましたか?」

「うん。 これからも、僕に素材を提供してくれると助かるよ」

「あたしはいつまでも王都にはいません。 今後はバレンツ商会を通じての取引となると思います」

「分かっている。 貴方に会えたのは幸運だった。 偉大な錬金術師、ライザリン=シュタウト。 今後もよろしく頼む」

立ち上がると、デニスさんは最敬礼をする。

きっと、この人はこれで技術者として一皮剥けた。

鍛冶師としても。

あたしも頷くと、礼を返す。

そして、鍛冶屋を後にしていた。

 

アトリエに戻ると、後は薬や爆弾を調合して作り足しておく。ついでに今日は、大量にゼッテルを作った。

そのまま、先にバレンツやカフェに出向いて、納品をすませておく。

街道付近の魔物退治の依頼がめっきり減っている。

マスターに、それについて確認すると。

良いことだと笑っていた。

「貴方たちが片っ端から魔物を退治してくれているのと並行して、アーベルハイムが頑張ってくれているの。 多くの魔物が退治されて、その中には今まで何人もの戦士が返り討ちに遭っていた危険な魔物もいたのよ。 貴方たちのおかげで、そういう危険な魔物を退治する余裕が出来たということね」

「そうか、それは良かったです」

「私も、ちょっと勇気が出たかな」

「勇気?」

カフェのマスターさんは、美味しそうな料理を出してくれる。

これは、ここでは珍しい品の筈だ。

王都では、そもそも新鮮な食材が手に入りづらい。

農業区を負け犬の行く先、見たいなレッテルを貼って馬鹿にしていることもある。外から入ってくる、香辛料漬け、塩漬け、砂糖漬けの食品ばかりを使っているというのが理由である。

その中で、これは。

明らかに、新鮮な食材を使っている。

「どう?」

「うん、美味しいです」

「農業区のカサンドラさんと、専属で契約することにしたの。 カサンドラさんって、今度アーベルハイムから回される人員の面倒を見ることになったらしくてね。 農業区の復興作業を始めるんだって」

というわけで。

新鮮な料理を出して見て、それで評判を聞いているというわけだ。

確かにこの鳥もも肉のソテーは中々にいい。

それにだ。

ヴォルカーさんが先頭に立って、農業区の復興を始めれば。それでかなりの農業区の再生が見込める。

問題は王都が垂れ流すことになる汚水が増える懸念だが。

これについても、王都を出る前に色々と調べておきたい。

今、タオにも頼んでいる。

王都の下水処理システムがどこにあったのか。

古代クリント王国時代の都市だ。今は動かなくなっていても、下水処理のシステムがあっても不思議では無い。

だったら、それを修理するのは、あたしの役割だ。

王都の機械全てを直してから、クーケン島に戻るつもりだが。

その時には、浄水、上水、下水。それぞれのシステムを確認し。

もしもあるようだったら、あたしが手を入れて直す予定だ。

それは名声だののためではない。

人類のためである。

王都が腐っているのなんて百も承知。

それをただすのはアーベルハイムに任せて。

あたしはあくまで、錬金術師として出来る事をやるだけである。

カフェのマスターさんと、幾つか打ち合わせをして。それでカフェを後にする。夜の風呂は、いいか。

さっきパティの所で、おっきな風呂に入ってきたし。

後は、消毒と、念の為にお薬を作っておく。

薬は、破傷風の予防薬だ。

なにしろ汚物だらけの場所に出向くのである。

傷に汚物でも入ったら破傷風になりかねない。それはあたしも、重々に理解している。

破傷風を防ぐための薬については、既にアンペルさんから教わっている。これについては、どうして破傷風を防げるのかはよく分からない。

ただ、ゼラチンを使って色々あれやこれやして。

それで弱めの毒を作り出す事はなんとなく理解出来る。

もっと細かく仕組みを理解すれば。

安心して作れるのだけれども。

今は、ともかくレシピに沿って作っておくだけだ。

アトリエに戻ると、とにかく調合調合。ジェムがじゃんじゃか出る。あたしも魔力を大量に使うので、けっこう疲れる。

素材に関しては、今までの探索などで取って来たものが余っているし。最悪それこそトラベルボトルで手に入れてくれば良い。

今の時点で、困る事はない。

淡々と作業をして。

そして、夜半には眠る。

今日は、幾つも良いことが起きていた。

少しずつ、この腐った井戸の底である王都でも、変化が始まっている。

それを確認できただけでも、可とするべきなのだろう。

あたしは、ぐっすり眠らせて貰う。

夢は、見なかった。

 

翌日。

覚悟を決めて来た様子の皆に、先に用意したものを見せる。

着込むタイプの服。

これはエプロンみたいなものではなく、全身を覆うものだ。ただ、全身を覆うから、戦闘は若干やりづらくなる。

ともかく、汚染が酷い場所を優先的に片付けて。

それで動きやすくして、戦いやすくするしかない。

幸い蝙蝠は、殆どが引っ込んで出てこなくなった。

いきなり遺跡の中が明るくなったから、それもあるのだろう。

なお、デルフィローズから抽出した繊維から作っているから、色は赤い。

昔は白い服で似たような事をしていたのだろうなと思うと。まあこれは、技術不足によるものだし仕方が無い。

マスク、更にずきんの付け方も先に話をしておく。

「髪の毛は全部ずきんの中に押し込んでね。 そうしないと、昨日みたいに全部丸洗いになるよ」

「それは面倒だね……」

「分かりました。 やむを得ません」

髪長い組のクラウディアとパティは。結構真面目に頷いていた。

あたしとセリさんは、髪が短いのでどうでもいい。

手袋も確認して貰う。

デルフィローズで作り、裏地にモフコットを仕込んである。昨日つけてみたが、かなりのいい感触だ。

「これは、戦闘用にはちょっと頼りないですが、普段身に付けるには最高の品といって良さそうですね……」

「ライザ、色を変えられない? これだったら、すぐに売り物になるわ! 色が変われば!」

「えっと、クラウディア、落ち着いて」

目の色が変わっているクラウディア。

そっか。

そういえば宝石大好きだもんな。

これも好みなのだろう。ちょっとよく分からないけれど。

色については、後で工夫すると告げておく。クラウディアは、うんうんと頷いて、口約束にはしないことを確約させてくる。

クラウディアも、あたしの扱い方をすっかり心得ている。

まあ、それで不愉快ではないからいいか。

咳払いするクリフォードさん。

「良い手袋だが、これは普段の奴の上からつけてもいいのか」

「それでお願いします。 ブーメラン、扱えないですよね」

「その通りだ。 これだと、普段と同じようには振り回せないし投げられない」

レントも、大剣を数度振るってみて、同じような感想を口にした。

後は、消臭剤、油紙についての説明をした後、すぐに砂漠に向かう。

荷車に臭いが染みついているようなこともない。

油紙をちょっともったいないけれど、贅沢に使って正解だった、と言うべきだろう。

そのまま、大急ぎで砂漠に。

そして、遺跡に着くと。

皆で、さきに上から対汚染用の服を着込んでいた。

マスクもするが、これで声が届きにくくはならないようにしてある。クラウディアとパティも、それぞれ髪の毛を頭に突っ込んだ。

問題があるとしたら、少しばかり皆の見分けがつきにくいと言う事か。

「フォーメーションは昨日と同じで行くよ」

「フィー……」

「フィー、この辺りにはいっていて」

「フィー!」

ちょっとフィーが息苦しそうだったので、ずきんの中に入って貰う。いつもボオスにやっているように、あたしの頭に乗るフィー。

頭上から襲われると、それこそ引っさらわれて食べられてしまうかも知れないが。

流石にあたしも、そこまで迂闊じゃない。

後は、対破傷風の薬を飲んで貰う。これはかなりの長期間効く。皆、あたしの薬はもう安心して飲んでくれている。

有り難い話だ。

移動開始。

皆、口数が減っている。

遺跡の中は、既に動力が戻って明るくなっているが。

それでも、これはとても行動しやすい。

移動して、最下層に。昨日のままだ。何かしらの汚染除去システムが動いてくれていないかなと思ったが。

まあ、其処まで甘くは無いだろう。

強いていうならば、昨日よりも死体とか糞が乾いている、くらいだろうか。

蝙蝠は殆ど出てこなくなったし。

ワームも活動していない。

特に共食いを平気でしそうなワームが、死体を食い荒らしていない様子からして。ワームも、活動を控えているとみて良い。

殆どはあの有毒ガスの中で死んで行き。

残りは、あたし達に脅威を感じて引っ込んでいるのだろう。

レントがパティと一緒に、最初に焼いて砕いたワームの死体を外に運んでいく。昨日同様、中途の地点でクラウディアは狙撃手として待機。

音魔術を使って、全員に状況を伝達してくれている。

セリさんも、クラウディアの護衛に回って貰う。

下で働くのは、あたしとタオ、クリフォードさんの三人でだ。

黙々と汚物をシャベルで整理していく。

また、家屋を発掘できたが、中には入れるようになるまでに、堆積してしまっている汚物をどかさないといけない。

内部はほとんどすっからかん。

汚物に家具とかが混ざって腐っている様子はない。

此処をすっからかんにして。

里の人間は出ていった、とみて良いだろう。

急いで逃げ出した、という雰囲気ではない。

恐らくだが、古代クリント王国の攻撃を思う存分叩きのめして、相手が引いた隙に。悠々と脱出したのだと見て良さそうだ。

ただ、エンシェントドラゴンが死んだのが、里を捨てた最大の要因になったようだから。

或いはそれでも悔しかったのかも知れないが。

何も残されていない家屋の跡地を見ると、それについては何もいえなかった。

レントがピストン輸送で、死体や汚物を外に捨てに行く。どんどん作業が手慣れているが、クラウディアが時々声を掛ける。

「レントくん、気を付けて! 注意は常にしてね!」

「分かってる。 パティ、お前も気を付けろ」

「はい!」

やりとりは此方でも聞こえている。

とにかく、かなり広い面積を、効率よく掃除していかなければならない。畑はある程度扱い慣れているあたしでも、結構厳しい作業だ。

淡々とシャベルを振るって、汚物を処理していく。

このシャベルだって、此処に持ち込んだときはとても綺麗だったのに。

線が細いメンバーには、この作業はやらせられない。

だから、あたし達でやる。

タオもクリフォードさんも、遺跡探索の専門家だ。

汚物に何か紛れていたら、見逃すことはないだろう。

遺跡が呼吸する兆候。

クラウディアが警告を発して、皆壁際に。

相変わらず凄い空気の入れ換えだ。

壁に捕まっていないと、浮き上がりそうである。しばしして、風がおさまる。それで、やっとどうにかなる。

昼になったので、一度外に。

マスクを取ると、レントが呻く。

「これだけ色々固めても、それでも精神的にきついな……」

「ごめんね、一番厄介な仕事させて」

「何、人死にに直接関わる仕事じゃねえし、まだマシさ。 魔物に食い荒らされて腐った亡骸を葬る仕事とか、色々思い出したくない仕事に比べればな」

「みんな、対汚染衣ぬいで。 昼ご飯にしましょう」

クラウディアが準備してくれた昼ご飯にする。この中州に作ってある中継拠点においておいた。

この辺りは涼しいので、傷む恐れもない。

それに、マスクをしていたということもある。

汚物の中で仕事をしていたのも事実だが。それでもだいぶ気分的には楽になっていて、昼食は普通に食べる事が出来ていた。

サンドイッチを食みながら、タオが地図を拡げる。

「今、この辺りまでざっと掃除したところだよ」

「遺跡の四分の一も行っていないですね……」

「もう四分の一弱だよ。 昨日よりだいぶペースが上がってる。 このままいけば、後三日もやれば終わるかな」

「後三日か。 世知辛いねえ」

クリフォードさんがうんざりした様子で言う。

自慢の帽子の上からずきんを着けていると言う事もある。

なんというか、ロマンと天秤に掛けると、色々とかなしい仕事であるのだろう。

それでもやらないといけない。

この遺跡の安全を確保して、更には封印も確認する必要がある。

今までの時点で、封印は見つけられていない。

タオが言っていたとおり、遺跡は三区画に別れているということで、今二区画目を掃除して調査している段階だ。

出来るだけ急いで三区画目に行きたい。

本当に、いつまで封印がもつか分からないのだから。

「それよりパティ、大丈夫?」

「えっと、辛いかと言われれば辛いです。 でも、泥水を蹴立てて走りながら、魔物と戦った経験はなんどもありますし、ライザさんと一緒に動くようになってから、厳しい冒険もなんどもしてきましたので。 それに、こういうことを経験しておかないと、きっと一番汚い場所で働いている人を理解出来ないし、何よりも戦場で泥まみれになって戦うのも同じ事だって、忘れてしまうと思いますから」

「……分かった。 じゃあ、もう少し頑張ろう」

パティの発言は理想的だ。

あたしも、思わず頷いていた。

パティは今後、ロテスヴァッサの頂点に立つ可能性が高い。その時、為政者がこういう経験をしていることは、大きな財産になる筈だ。

午後の作業を開始。

とにかく、あと三日ほどだ。

それが理解出来れば、作業もぐっと楽になる。しかも、最悪で三日である。そう思えば、更に更に、気分的には楽になるのだった。

 

翌日。

昼少し過ぎに、大きめの建物が姿を見せた。遺跡の最下層の、真ん中辺りである。

何かしらの管理施設である可能性が高い。そうタオが判断したので、其処を集中的に攻めていく。

潰れたワームの卵がたくさん。

既に死んで腐っている。

それを見ると、相手が魔物とは言え、ちょっと悲しい気持ちになった。だが、他の汚物と同じように、焼却して、それで上に持っていって貰う。

一刻ほどかけて掘り出すと、ドアがあるのが分かった。

「だめだね、鍵が掛かってる」

「悪いが、俺とタオでこれを調査する。 ライザ、周囲の汚物処理、頼むぜ」

「分かった。 レント、こっち!」

もう何十往復しただろうか。

レントは実にパワフルに外に汚物を捨てに行ってくれている。レントがパワフルに動いているから、これだけ迅速に処理出来ているとも言えるだろう。パティも時々補助で荷車を押したりしているが。

基本的に荷車の護衛だ。

まだ蝙蝠はいるだろうし。奇襲を仕掛けて来ても不思議ではないのだから。

ただ、遺跡が呼吸するときに、これ幸いと蝙蝠が其処から外に出ていくのを何回か見ている。

恐らくだけれども、あの蝙蝠達は外からは分からないあの呼吸の穴を見つけて、入り込んで。

此処を天賦の地と判断して、住み着いたのだろう。

だとするとちょっと可哀想だが。

フィルフサがもしこっちの世界に押し寄せたら、蝙蝠も等しく滅びる事になる。それは避けなければならない。

二人に建物の調査は任せる。

建物はなんというか、四角くて飾り気がまったくない。ドアも頑強で、蹴破ったらセキュリティが働きかねない。

あの呼吸からしても、自衛用のセキュリティがあっても不思議では無い。

無理をするべきではない。

二人に任せて。あたしはひたすら死体と汚物を処理し続ける。レントが来たので、汚物を詰め込む。

油紙は今日でまた交換だな。

そう思いながら、とにかく手を動かす。

生きているワームもたまに見かけるが、そのまま熱槍を叩き込んで、それで楽にしてやった。

殆どが瀕死で、助かる見込みもなかったからだ。

「よし、見つけた!」

「此処の動力は問題無さそうか?」

「大丈夫です。 こうして……」

タオが、ドアの辺りで何かやっている。壁をスライドさせて、コントロール用の光学式パネルを出現させたようだ。

そのまま色々やっているが、どうやら操作に成功したらしい。

ドアが開く。

あたしも一度手をとめて、ドアに入る時のための支援に移る。クリフォードさんが、ドアに手を掛けると。

一気に引き戸を開けていた。

内部に汚物、魔物、ともになし。

ほっと安心して。それでクリフォードさんが先に入る。十五歩四方、高さはあたしの背の倍くらいの建物だ。

それなりに大きいが。

この遺跡のコントロール施設としては、ちょっと小さめかな、とは感じる。

レントが来たので、手を横に。

一度待ってくれ、という合図。

そのまま。クリフォードさんが出て来た。

「内部に危険なし。 わるいが、俺とタオでしばらくは此処を調べる。 外の清掃は引き続き頼むぜ」

「分かった。 レント、じゃあ積み込むよ。 外に運び出して」

「ああ。 効率は……ライザがいるし、落ちそうにもないな」

「平気平気。 この程度で疲れるほど柔でもないし」

あたしは、引き続き作業続行。

この様子だと、羅針盤を使えるのはまだ先だな。

まだまだこの最下層は汚物塗れ。

生きているワームも、少数だがいる。時々遺跡が呼吸していて、その度に身を守らないといけない。

クラウディアが気を利かせて、タオとクリフォードさんの方にも此方の声を届けてくれている。

あたしは黙々と。

外で汚物の処理を続けた。

 

2、浄化のテクノロジー

 

アトリエに戻る。流石に汚染避けの服と消臭剤の効果はばっちり。問題は靴だ。それについては、帰る前に水でみんな一度洗い。

そしてアトリエに戻った後は、あたしが錬金釜で調整して、新品同様に綺麗にした。

とくにあたしの場合は、蹴り技が戦闘で重要なのである。

靴の調製は、必須と言える。

他の皆も、接近戦では基本的に蹴り技をしなければ話にならない。此処で言う蹴り技は、相手を蹴り殺す事ではなく、踏み込みの話だが。

いずれにしても、靴は戦闘では大事なのだ。

戦闘以外でも、人間の足という脆弱なものを守るために、靴は必須なのである。

ともかくアトリエで丁寧に靴を綺麗にして、それで一段落。夕方にミーティングをする前に、またアーベルハイムで風呂を使わせて貰う。

流石にみんなで入るような事はしない。というか風呂だけで四つもある(しかも来客用)なので、順番に入ってそれでおしまいだ。

或いはだけれども。

アーベルハイム邸は、もともと貴族の邸宅なんかではなくて、宿泊施設だったのかもしれない。

もしそうだとすれば、それはそれで面白い話ではあるのだが。

みんなさっぱりした所で、ミーティングに入る。

タオがまず、成果を説明してくれた。

「今日発掘できた施設は、やはりコントロールセンターだったよ。 ただし、全てをコントロールしているわけでもなさそうだったけど」

「続けて」

「うん。 あの地下層の、換気システム。 遺跡の呼吸だね。 あれが適切に働いているのが、光学式のコントロールパネルで確認できた」

「他にはないのか、あの階層を全部さっぱり洗うみたいな」

本音が出るレント。

まあ、これは仕方が無い。

パティだって、毎日死んだ目で上と下を行き来しているのだ。

あたしだって、気の毒だなとは思うのである。

一方フィーはまったく気にならないようで、全然平気なようだが。

「流石にそれはないけれど、近いシステムは見つけたよ」

「本当か!」

「ただ、試運転がいる」

頷く。

説明を聞く必要があると思ったからだ。

あの遺跡は、もともと地下に潜るのに百年くらいかけているそうなのだが。その過程で、あの最下層より下にも色々作ったのだとか。

大雨が来た時に、水を逃がす施設とか。

更には、浄水を提供するための施設。

そしてやはりあった、下水処理施設だ。

それを聞いて、あったかとは思った。それはそうだろう。相当な人数が暮らしていたのである。

排泄物をはじめとする汚物は、たくさんあったのだから。

「具体的にどうすればいい」

「地図で、この辺り。 更に下に降りられる入口がある。 その中に小型の動力炉があるんだけれども。 これが、ライザが復旧させたものと連動しているっぽいんだ。 ただ、さっき調べた感じだと、あまり上手に動いていない」

「何か起きていると」

「うん。 これ自体はただ動力を蓄えて、地下にある下水処理を上手く動かすためのものだから。 あの生きている動力みたいな危険はないと思う。 あるとしたら……」

ワームだろうな。そうあたしは思った。

ワームがいるとして、そいつが暴れないように仕留めなければならないという事か。

いや、それだけじゃない。

調べに入ろうとしたら、ワームがうようよぎっしり、なんて可能性だって否定はできないのだ。

そう考えていると、タオが眉を下げていた。

「ライザ、それについては大丈夫。 ワームじゃない」

「そうなの?」

「うん。 調べている間にコントロールパネルから、映像を見られる事が分かったんだ。 どうも機械が止められているっぽいね。 恐らくだけれども、里の人達が去る時に、嫌がらせをしていったんだ。 ワームをばらまいたのと同じようにね」

「……」

そうか。

里を放棄すれば、古代クリント王国のアーミーや錬金術師が押し入ってくる可能性があったわけで。

それを撃退するために、二重三重の面倒な仕掛けをしていったというわけである。

確かに今の状況。

封印が存在していて。

それが門である事が分かっていなければ、あたしだってとっくにあんな場所からは離れている。

それが物好きにもシャベルを振るって汚物を処理しているのは、文字通り世界の滅亡には変えられないからだ。

「じゃあ、明日はそれを掘り出せばいいんだな」

「うん。 その後は、また僕達は作業できないから、ごめん」

「何、気にするな。 それでボオス。 アンペルさん達は」

「ずっと「星の都」だとかいう場所を調査しているようだぜ。 なんだか重要な事が分かりそうだって話でな」

そうか。

手伝って貰えたらと思ったんだが。アンペルさんは、そもそもそれほど肉弾戦が得意じゃないし、身体能力だって高くない。

リラさんは平然と汚れ仕事をやるだろうが。

そもそもアンペルさんとセットで最大出力を発揮できるのだ。

だったら、今はその「星の都」の追加調査が必須だろう。

あそこにいた精霊王「光」(おそらく)は、何か知っていても不思議ではない。

今後のために、詳しく調べておくのは必須と言える。

だとしたら、あたしとしても、ああだこうだは言えなかった。

「ボオス、いつものように状況は伝えておいてね」

「問題ない。 汚い話ばっかりで気が滅入るがな」

「仕方が無いよ。 こればっかりは」

「ああ、そうだな。 汚い部分も世界にはたくさんあって、それを掃除してくれている奴がいる。 それを理解しない限り、世界はきちんと動かないもんな」

その通りだ。

皆が解散してから、薬、それに油紙を生産しておく。

最近は爆弾の使用量がどんどん減っているが、それはあたし達の力量が増しているから。いざという時はどれだけ使っても足りないくらいである。

あたしの切り札のグランシャリオは、一度の戦闘で二度ぶっ放したらガス欠になる。

爆弾は、使い方次第ではグランシャリオ以上の火力が出る。

特に、今後はフィルフサとの戦闘を念頭に置く必要がある。

それも古代クリント王国のせいで爆発的に増えたのでは無く、それ以前にいた現有種の可能性がある。

強さが、グリムドルにいたフィルフサと比べてどうかはまったく分からない。

性質もだ。

爆発的に増殖して、自分の土地に変えた所に住んでいるフィルフサが。そうでないフィルフサに比べてどうなのか、まるで分からないのである。

ただ、それもあくまで予想。

オーリムの全域がフィルフサに汚染されている場合、グリムドルにいたのと大差ないのが出てくる可能性もある。

ただそれは楽観だ。

そもそもフィルフサ王種とは今まで一度しか戦っていない。

あくまで、最悪の予想に備えて。

備えはしておかなければまずい、ということである。

夜半になるまで調合して、今日はそれで切り上げておく。

デルフィローズの繊維から作り出した布は、それなりに余っているので。明日の朝一にでも、カフェに納品するか。

風呂にはもう入っている事もある。

後は、寝るだけだ。

フィーはそれほど体調も悪く無さそうである。

何か要因があるのかも知れない。

異臭も気にしていないようだし、あの遺跡には何かしら相性が良い部分があるのかも知れなかった。

 

翌朝。

朝一番で、セリさんの畑に出向く。

何だか凄い事になっているのは分かっていたが。朝一と夜に作業をしているセリさんは、気にしておらず。あたしが指定された毒を持ってくると、まずは中身を確認して、頷いていた。

「禍々しいまでの毒ね。 期待通りだわ」

「ありがとうございます。 それで使えそうですか」

「充分ね。 これに耐えられれば……いや、浄化するのが目的よ。 既に繁殖のコントロールは出来るようになった。 あとは、この植物の浄化能力を試すだけ」

セリさんが、無言になって。

そして、目尻を拭っていた。

笑わない。

絶対に。

この人は、オーリムから此方の世界に来て、何百年も苦労を続けて来たのだ。やっと、その苦労が実を結ぼうとしている。

人間の時間とは感覚が違うことだって分かっている。

だけれども、セリさんは一人で。ずっと戦い続けて来た。

クリフォードさんがぼそりと言ったのを以前小耳に挟んだが。

ならず者の類を容赦なくセリさんは殺すくらい苛烈な事をしていたようだし。此方に来て、人間を嫌いになる一方だっただろう。

あたしは、人間という種族から逸脱することをもう何とも思っていないけれども。

それでも、あたしの事を信頼してくれたことは嬉しい。

セリさんは、そうでなければ。

絶対にまだ人間であるあたしの前で、涙なんて流さなかっただろう。

しばらくして落ち着いたセリさんは、ミーティングでと言うと、黙々と畑での作業に戻る。

さて、あの毒素だが。

生半可な代物じゃない。

そう注文を受けたのだ。あれを喰らって大丈夫だったら、だいたいの汚染は回復させる事が出来るだろう。

いや、まて。

そもそもとして、王都の下水処理に、あれは使えるのではあるまいか。

ちょっとそれについては、考えておこう。

今の時点では垂れ流しになっているのだ。

それをどうにかするためには、あたしはあらゆる手段を検討しなければならない。

農家の娘だから、汚染の除去がどれだけ大変かは分かっているつもりだ。

この井戸は。

あらゆる意味で、徹底的に洗浄しなければならないだろう。

帰路で義賊三人組とばったり。

挨拶して、軽く話をする。

話によると、カサンドラさんが作っていた例のミラクルフルーツが決定打になって、ついに農業区に人を入れる話が持ち上がったという。

近々ヴォルカーさんが直接足を運んで、此処で働く人間は王都の落ちこぼれであるという風評を払うつもりだそうだ。

また補助金を出して、農業で成果を上げた人間を激賞する制度を作るつもりだという。

王都の貴族はすっかり勢いをなくしており、王族は既に気力なんて持ち合わせていない。

多分、ヴォルカーさんの思うとおりに話は進むだろうと、義賊三人組の姉御であるドラリアさんは言った。

「結構色々細かい所まで知っているんですね」

「実はな。 アーベルハイム伯爵が、あたしらの事を近衛に迎えたいって話をしてくれていてな」

「近衛ですか」

「そう。 直接のお抱えの戦士だ。 義賊というのは、どうしても色々と動きづらいからね。 アーベルハイム伯が資金面で支援してくれたら、それはもっと義賊としてやりやすくなる」

それは、義賊なのだろうか。

ちょっとよく分からないが。

ヴォルカーさんは、今まで通りに活動してくれれば良いという話をしてくれているという。

なるほど。

より良い活動のために、連携するということか。

まあこの人達は、義賊といいながら「賊」の行動は一切していない。

それにだ。

この人達の行動は属人的な善性でなりたっている。

ドラリアさんは、自分に子供が出来ても、その近衛としての契約は所業をしっかり確認するまで結ばないという話までした。

それならば、確かにアリなのかも知れなかった。

「まあ、良い人を見つけないといけないけどね。 あたしらは」

「はあ、そうなりますか」

「ライザ。 あんたのおかげだ。 あんたが来てから、王都はどんどん良くなってる。 偉そうなだけの無能貴族がいなくなって、街の機械がたくさん直って、魔物も街の周囲から姿を消して、街道で商人が襲われることも減ってきた。 街の中の治安も、見違えるくらい良くなった。 あんたの恐ろしさに、悪党共が萎縮してるんだ。 あたしらは、以前は今と比べものにならないくらい悪党共を叩き伏せて、アーベルハイム伯……当時は卿に突きだしてた。 大きな悪党の組織はなかったけど、それでも十数人で悪事を働いている与太者はいた。 そういうのも、全部片付いた」

ありがとうと言われたので。

あたしは咳払い。

まだ終わっていないと。

王都を去るのはもう少し先になる。

その時には、機械を全て直してから去る。

それについて説明すると、義賊三人は驚いて。顔を見合わせていた。

更に水周りの修理が出来るかも知れないと説明をすると、更に嬉しそうにしていた。

「やっぱりあんた、人間離れしているねえ。 もしもそれらが終わったら、改めて礼を言わせて貰うよ」

「いえ。 とにかく、やってみないと分かりませんが、出来る範囲では努力します」

「ああ。 あたしらも、もう少し気合いを入れて街のために義賊をするよ!」

「へい姉御!」

取り巻きの二人も、そう声を上げる。

あたしはそれを微笑ましいと思ったが。

馬鹿馬鹿しいとは、思わなかった。

 

朝のミーティングを済ませる。

随分と気分がいい。

色々と、問題が解決しているから、かも知れない。

それよりも、まずはやるべき事を順番にやっていかなければならないだろう。

今日もまずは結局の所汚物の処理からやらないといけない。

それがしんどいが。

それでも、やるべきはやる。それだけだ。

皆に対汚染用のマスクや頭巾、それに上から被る服を配って、そして遺跡に向かう。油紙も、ちょっと多めに用意しておいた。

「数多の目」によって遺跡に向かい。流砂の中州に作っておいた物資集積所で、物資を先に降ろしておく。

油紙は多めに作ってあるので、多分大丈夫だろう。

荷車のセッティングをしながら、話をしておく。

「今日も同じフォーメーションで。 多分蝙蝠はいなくなったと思うけれど、それでもクラウディアに音魔術で支援はしてもらいたいからね」

「分かった。 今日も俺が力仕事だな。 得意分野だ、やってやる」

「マスクのおかげで、臭いもあまり気にならなくなりました。 なんとかやってみます」

「ただ、タオが見つけた下水処理施設を掘り出したら、一旦汚物の運び出しはとめて、全員で下に来て。 対応は、全員でやろう」

決めるべき事を決めてから、遺跡に。

入口になっているドラゴンの口を合い言葉で呼び出して、中に入り込む。

遺跡の中は、明るい。

最初に入った時が嘘のように。

鼓動している動力は、千年はもつ。この遺跡には、限られた人間しか入れないように処置はする必要があるだろうけれど。

封印そのものは、どうしよう。

封印されている門の場所がはっきりしたら、封印そのものは砕いてしまうという手もあるのだが。

いや、それはまずいか。

そもそもフィルフサが封印の向こうでどうしているかもよく分からないのだから。

いきなり王種、いや将軍でもだ。ともかく指揮官級が率いる万単位のフィルフサが押し出してきたら、今のあたし達でも押さえ込めるかはちょっと何とも言えない。

勿論、水による防御をはじめとして、色々な手をさきに打つつもりではあるのだが。

それはそれだ。

作業を開始する。

今日もシャベルで汚物をすくって、荷車に乗せて、外に運び出していく。そのまま、淡々と作業を進めていく。

レントは無言になる。

油紙でガードしたとはいえ、荷車には普段水や食糧も積み込むのだ。かといって、新しい荷車を作っているような暇もない。

今あたしが使っている荷車は、みんなで冒険した頃から、改良を重ねて頑張ってくれているものなのである。

勿論これと同等の性能のものを、今なら作れるが。

それでも、それを作っている暇すらも惜しい。

それはレントも分かっている。

どんどん汚物を外に運び出していく。重点的に、タオが示した地点を掘り出すようにして、汚物を処理していく。

感覚が麻痺してくるが、それでもやるしかない。

ワームの死骸も目に見えて減ってきた。勿論見かけ次第、全て焼いてしまう。汚物も出来るだけ焼いておく。

そうすると、遺跡が呼吸して、どんどん空気を入れ換えてくれる。

全自動での換気機能。

これはとてもありがたい。

そのまま作業を続行。

山となっている汚物を崩していく。やはり水分を飛ばすと、ある程度軽くなる。クリフォードさんはやはり手慣れていて、シャベルでどんどん汚物をより分けてくれている。そのまま、作業を続けて。

昼少し前に、ついにタオがいっていた下水処理施設の入口となっている、円形の蓋を掘り出すのに成功していた。

その周囲の汚物を運び出して、処分した後。

タオが、コントロールセンターに飛び込み、操作をする。

蓋は一応確認して見たけれど、ロックされていて、開かなかった。

タオが開けると、蓋は自分から開く。

周囲が汚物だらけだけれども、それはいい。ともかく、一旦みんなで集合する。昼メシは、一段落してからでいいだろう。

まずは、クリフォードさんが降りる。

更に地下になっている部分は、それほど深くはないが。それでも、面積そのものはクーケン島よりも広い。

そしてもっともっと多くの人が暮らしていたのが分かっている。

一日に出る汚物だけでも、相当な量だっただろう。

そういえば、食糧はどうやっていたのか。

状況から考えて、周囲から買い付けていたとは考えにくい。

まさか、ワームか。

いや、流石にそれは考えたくないな。

そう思いながら、地下に降りる。

皆、順番に降りて来て。外の見張りは、パティとセリさんに頼む。

クラウディアも、流石に気を張りながらの見張りが、これで一段落すると思うと、嬉しいようだった。

此処も灯りはしっかりついている。

カンテラがいるかと思ったが、そんな事もない。

下水は、特に汚れている様子もない。

それもそうか。

汚物塗れになっているとはいえ、今は人間が活動していないのだ。下水が汚くなる理由もないか。

タオが、大きな壁に向かって、何か操作している。

光学魔術による立体コントロールパネルを使っての操作。

クーケン島で見た技術は。

もう見慣れてしまった。

タオも本当になれた手つきで操作している。

これはタオが数百年前にもし行く事があったら、一年も経たずに技術に適応するのではないかと思う。

あたしでも、流石にそこまで出来る自信はない。

あたし達の中で、一番頭が回るのは、間違いなくタオだと。こう言うときにも、確信させられる。

「よし……構造は分かったよ」

「うん。 それでどうなってるの?」

「簡単に言うと、この先に大きなタンクがあって、其処に汚水と汚物を一度流し込むんだ。 この水路は、この遺跡にある住居や側溝とつながっていて、そこからこの先のタンクに行くようになってる。 タンクの内部では、複数の行程で汚物を処理して、それを下流の川に流しているようだね。 処理が終わると、飲めるくらいまで水は綺麗になっているようだよ」

「すげえな。 どういう仕組みだ?」

タオが言うには、目に見えないくらいちいさな生き物を順番に使うのと。汚物を分別して、発酵させたり焼いたりするのを全自動でやっているらしい。

そして、既に水は流れ始めている。

ただ、今はエラーが出ているという。

この遺跡の側溝。

彼方此方にあるそれが、詰まってしまっているからだ。

水を流そうにも流せない。

そういう事らしかった。

「側溝の場所は分かった。 というか壁際だね。 側溝をまずは掘り出して、その後僕が操作して水を流してみるよ。 それで、一気に汚物の処理が進むと思う。 ただ、処理の限界能力があるから、それについては確認を常にしないといけないけどね」

「また掘り出すのか……」

「でも、これで流砂に汚物を捨てなくて良くなる。 シャベルはまだあったよね。 シャベルのぶんだけみんなで掘れば、一気に作業を進められるよ」

タオが言うと、レントがうっという感じで言葉を詰まらせる。

咳払い。

外にいたパティとセリさんにも、クラウディアの言葉は届けていた。

シャベルの数は五つ。

二人は見張りについて貰う。

音魔術が使えるクラウディアがその内の一人だ。もう一人は、誰にするか。

手を上げるパティ。

「私もやります」

「汚物の中を歩くだけで、結構参っていたよね。 大丈夫?」

「覚悟は出来ています。 こういうのをしっかりやるようにならないと、王都に住み着いているだけで何もできていない貴族と同じです。 私はきちんと全部見て、経験するって決めましたから」

「分かった。 でも、此処でやった作業は、アーベルハイムの家で言ったらダメだよ」

頷くパティ。

それはそうだ。

流石にヴォルカーさんも、此処の実態と、やったことについて説明したら。多分無言になるだろうから。

一度地上に出て、消臭剤を撒いてから、みんな対汚染用の衣を脱いで、マスクも頭巾もとる。

それでも臭いが纏わり付いているようだ。

はあと、レントがとことん悲しそうにため息をつく。

分かっている。

だけれども、この作業が終われば、遺跡を一気に綺麗にしていく事が可能だ。荷車も、最下層だけで回す事に集中できるだろう。

そうなると、恐らくだけれども、汚物の処理速度も格段に上がる。

此処が正念場なのだ。

持って来ている水を先に飲んでから、食事にする。クラウディアも気を遣って、食べやすいサンドイッチを主体にしてくれていた。

みんなで黙々と食事にして。少しだけ休んでから。

再び重装備で固めて。

タオが指定した、側溝に向かう。

ワームの死体がぎっしり詰まっているので、それをまずあたしが焼いてしまう。遺跡が呼吸して、凄い勢いで空気を入れ換えてくれている。

この汚物の臭い。

流砂の周囲にいる魔物が釣られて、流砂にドボンとならないだろうか。いや、この砂漠でずっと生きてきたのだ。

其処まで馬鹿では無いだろう。

炭クズにしたワームの死体を崩すと、そのまま掘り出して、順番に避けて行く。まずは側溝を使えるようにする必要がある。

側溝といっても、あたしの背丈以上は深さがある長大なもので、長さもかなり凄まじい。

錬金術の装備で皆の身体能力を上げていなければ、何日も側溝だけでかかってしまっていただろう。

だけれども、皆、此処で一段落することが分かっている。

だから、気合いが入る。

流れ作業で、どんどん避けて行く。

確実に、汚物を側溝から出していく。全部最初に焼いてしまうので、ゴキブリも蛆虫も同じ運命だ。

ただこの閉鎖空間だったから、だろうか。

どっちも殆ど見かけないが。

「よし、側溝の入口は見えてきた! こっちは大丈夫だから、側溝が下水に流れ込む出口を確保して!」

「もう少しだな! 気合い入れて行くぞ! 畜生!」

「あんまり力入れすぎるなよ。 散らばるからな」

「……」

自分でやるといったけれども。

パティは相当に参っているようで、完全に無言になっている。

全力で汚物の掘り出し、避ける作業を続けた結果。ついに側溝から汚物を出し切ることに成功。

この遺跡が、涼しいことだけが救いか。

下の方の汚物は、半ば化石化していた。

さもありなん。数百年も此処は放置されていたのだから。

すぐに側溝を出て、タオが確認に行く。これでも駄目な可能性もある。皆で見守っている中。

タオが何かを操作したらしい。

側溝に、どっと水が流れ込み始めた。

この水も、多分川から直に引いているものではないのだろう。或いは、グリムドルの水を奪った……。

いや。それについては考えなくてもいい。

今は。ともかく。

作業がこれで、だいぶ楽になったことを、喜ぶ他なかった。

 

3、スパートを掛けて

 

先に確認する。

側溝に放り込む汚物は、基本的に一度あたしが焼却処理をする。その後崩して、放り込んでいく。

側溝の出口。下水に入る箇所は、何やら複雑な機構が動いているが。

基本的な仕組みは、見て理解出来た。

人が入れないように格子をつけて。

さらにその奧で、刃物が回転して、汚物を細かくしている。

つまり大きな汚物はそのまま流せない、という事を意味している。

要するに、細かくしないといけないのだ。

ただ、下水の入口付近は他にもいろいろ仕組みがある様子で。人が近付くと、止まるようにもなっている。

これは安全を考慮しての事なのだろう。

とにかく、技術レベルが違い過ぎる。

それは一目で分かるほどだ。

ともかく、一日空けて。そして朝に遺跡に到着して、側溝に水が流れているのも確認できた。

此処からは、作業の質を変えていく。

勿論荷車は活躍する。

あたしはずっと熱魔術で汚物の処理だな。後はシャベルで汚物を細かくする作業もしなければならない。

皆で手分けする。

シャベルも二つ増やしてきた。

ただ、一つは予備だ。

クラウディアは今日も音魔術による支援である。それと、クラウディアはちょっと高い所に避難して貰う。

これはどういうことかというと、今日はあたしが熱魔術で、汚物をどんどん焼いていくからである。

遺跡が呼吸するだろうが、それでも換気が追いつかない可能性がある。

その時の為に、いざという時に備えて、全員が一度に倒れるのは避ける。

代わりに、蝙蝠の数も減ったと判断。

クラウディアには自衛して貰い。

セリさんにも、汚物処理の仕事はして貰う。セリさんは、それを聞いて嫌そうな顔はしなかった。

元々植物のエキスパートだ。

堆肥の扱いには慣れているだけなのかも知れない。

「よし、じゃあみんな行くよ!」

「おう!」

「さっさとおわらせんぞ!」

「本当です!」

クリフォードさんとはちょっと相性が悪いような言動をするパティも、今日は最初から気合がかなり入っている様子だ。

どんどんあたしが汚物を熱魔術で処理して、処理が終わった端から、シャベルで側溝に流れる水に汚物を流し込んでいく。

ワームの死体は、特に念入りに焼き砕く。

ワームの中に骨に相当する部分はないから、焼いて砕くだけで充分だが。それでもしっかり火を通す必要はある。

大きめのワームの死体は既にあらかた片付けてあるのが幸いした。

どんどん、側溝に流し込んでいく。

タオが様子を見に行って、そして丸を指で作った。

「大丈夫、汚水処理は機能してる! このくらいでは、エラーは全く出ない!」

「よし、どんどん捨てるぞ!」

「捨てます!」

パティがヤケクソ気味に叫ぶ。

セリさんは植物の魔術で、大量の汚物をかき集めてくれる。こっちとしても、焼き払う作業が楽になっていい。

何度も遺跡が呼吸する。

今まで貯まりに貯まっていた汚物を、まとめて処分していることに遺跡が気付いたのだろうか。

だとすると、人間なんぞより賢いんだろうな。

そうあたしは思う。

それ、やるぞ。

一気に流すぞ。

そう呟きながら、どんどん汚物を処理。

良いペースだ。

そのまま大量に流し込んでいき、どんどん処分だ処分。側溝の綺麗な水が、途中から汚れていくのはちょっと悲しいが。

それはそれである。

とにかく流して流して流していく。

焼いた汚物は細かくしないと、側溝を一度とめて、汚物まみれの格子とかシステムそのものを掃除しなければならなくなる可能性がある。

そうあたしはさきに釘を刺しておいたので。

みんな目の色を変えて、汚物を目の敵のように叩いて潰して。それで側溝に流し込んでいた。

嫌な作業だ。

だが、これをしっかり終わらせないと、先に進めないのである。

とにかく徹底的に汚物を処理していく。

単に汚いだけじゃない。

病気になる可能性もある、危険な作業だ。

だからみんなには、対破傷風のための薬だって飲んで貰った。一応他にも、汚物がらみの病気対策の薬は作って、先に飲んで貰っている。

額の汗を拭いたいが、処理は頭巾に任せる。

頭巾はしっかり汗を吸うようにしてある。

手袋も取り替えたいくらいだが。

それは、諦めるしかない。

無言での作業を続けるが。遺跡最下部に山のように積み上がっていた汚物が、どんどん処理されていく。

それだけで、大変に有り難い。明らかに処理のペースが上がっているのだ。それを見て、皆の手も早くなる。

とにかく処理を続けて行き。

昼が来たので、一度作業を切り上げる。遺跡は何度も呼吸しているが。

そういえば、外に酷い臭いは来ていない。理由は、ちょっとわからなかった。

食事の時、皆無言になる。

あまり喋りたくは無いのは分かる。

だけれども、此処をどうにかしないと、そもそも先に進めない。封印の場所をしっかり確認しないと、世界が下手をすると滅ぶ。

だから、やるしかない。

そう自分に言い聞かせて、とにかく動く。

ひたすらに動く。

食事を終えると、汚物の処理を急ぐ。遺跡が呼吸するが。心なしか、最初の頃よりも頻度が増えている。

その代わり、風が弱くなった。

或いは、それだけ致命的な空気の汚染ではなくなってきている可能性もある。

あたしは、効果は少しでも出ているし。

進捗も進んでいると自分に言い聞かせて。

そのまま、作業を皆と一緒に続ける。

タオが時々コントロールパネルを見に行き、エラーが出ていないことを確認する。もっと人数を増やしたいが。

数多の目は、アンペルさんとリラさんで打ち止めだと言っていた。

つまりこれ以上は連れてこられない。

アンペルさんとリラさんは、「星の都」の遺跡で調査の最中だ。

そう考えると、この先も協力は望めないだろう。

ボオスに手伝って貰う事も一瞬考えたが。

残念だが、「数多の目」が此処には通してくれない。

それが全てだ。

夕方近くに、一度作業を切り上げる。油紙を焼却処理。手袋、頭巾、汚れ対策の服、全部受け取っておく。

これらは全ていつものように錬金釜で処理。

後は皆の靴も、だ。

とにかく、髪の毛を自由に出来るので、クラウディアとパティはそれだけでも随分と楽そうである。

「なんだか尊厳が何もかもなくなっていく気がします……」

「でも、こういうのが誰かがやっている作業なんだよ。 それを賤業と呼ぶのは、はっきりいって傲慢だね。 生理的な嫌悪感で、必要な事をやっている人間を冒涜するのは、人間の宿痾だよ」

「はい。 それについては……ライザさんみたいな時代を代表する豪傑が率先してやっているのを見ると、何も反論できません」

「まあ、あたしもちょっと辛いのは事実だけどね。 靴も、水で洗っておいて」

雑談でもしないとやってられない。

戦闘でたくさん魔物の命を奪ってきている荒肝の持ち主達ですら、みんな疲弊しきった顔をしているのである。

ともかく、戻る。

「数多の目」は、かなりおしゃべりになって来ていて。タオと何かすごく色々と喋っている。

そして時々笑っている。

これは、タオと完全に友達になったのかも知れない。

魔物も、砂漠では殆ど仕掛けてこなくなった。

というのも、帰路ではみんな殺気立っている事もある。

砂漠にいた大きな魔物はあらかた片付けてしまったし。何よりも仕掛けたらまずいという生物的な本能を感じているのだろう。

ワイバーン達が、あたし達にはかまう様子がないことも、魔物を警戒させているのだと思う。

ワイバーン達は、遺跡の主だったエンシェントドラゴンの子供達だ。

あまりあたしも、無体なことはしたくはなかった。

今の時点では、人間を無為に襲っても来ないのだし。

街道を通って、アトリエに。

まずはみんなの靴を先に錬金釜で綺麗にする。靴を綺麗にしていると、ボオスが来た。皆の目が死んでいる様子を見て、口の端を引きつらせる。

いつものように嬉しそうにフィーが飛んでいって頭の上を占拠するが。

ボイスも、それに何も言わなかった。

「と、とにかくお疲れさん。 進捗は」

「本丸はもう崩したよ。 後はもう一つある側溝と、壁際にたくさんある住居。 それに埋もれている幾つかの場所を調査すれば、きっと先に進む手がかりが見つかると思うね」

「そうか。 その、大丈夫か?」

「大丈夫。 というか、この遺跡の調査のおかげで、今後どんな酷い遺跡に足を運んでも平気になると思う」

タオがそんな事を言うので。

ボオスが絶句して、それ以降は何も言わなかった。

後はミーティングを済ませた後、パティが挙手。皆をアーベルハイムの風呂に案内してくれた。

風呂に浸かって、疲れを癒やす。

交代で風呂に入って、それで随分と生き返った気分になる。

公衆浴場はどうしても知らない人がたくさんいるし、治安も万全とはいえないので。こういうところは有り難いのだ。

風呂から上がって、パティはすぐに宿題を始める。タオも、その宿題を見る事にしたようだ。

二人の仲睦まじい様子を見て、仕事から戻って来たらしいヴォルカーさんも嬉しそうである。

勿論口には出さないが。

「ライザくん。 我が屋敷の風呂はどうかね」

「いやはや、広くて素晴らしいですね。 みんながこんなのを使えるようになったら、生活水準が劇的に向上すると思いますね」

「そうだろうな。 この屋敷も、実の所は以前どういう用途で使われていたのかがよく分かっておらんのだ。 他の貴族の屋敷も概ねそうでな」

そうだろうな。

そもそも、他の貴族の屋敷もだいたいそうだろうと見当はつくのだが。これらの屋敷は、本来では「屋敷」ではなかった可能性が高い。

アスラアムバートは古代クリント王国にとっては別に重要でもなんでもなかった都市で、ただフィルフサとの戦い。その後で錬金術師がいなくなり、古代クリント王国が破綻した数々の戦い。更には大攻勢を開始した魔物との戦闘に、どうにか生き残っただけの都市に過ぎない。

古代クリント王国の前から都市は存在していたようだが。羅針盤で見た様々な情報から判断するに、古代クリント王国は恐らく支配下に置いた土地の資産を全て奪い尽くした事も確定であり。

そういったことからも、屋敷だの王宮だのが残っていたとは思えないのだ。貴族にしても、古代クリント王国の王都にいたのだろうが。そこでもっと無意味に巨大な屋敷に住んでいたのだろう。

だとすると、此処はただの宿泊施設だったのを、貴族の屋敷に変えただけ。

その可能性は、否定出来ないし。

確率としては、極めて高い。

無駄に多い風呂などが、それを裏付けている。

「パティは役に立っているかね」

「はい。 率先して何でもやります。 本当に立派ですね」

「ああ。 貴族の他の子弟とは明らかに浮くほどにな。 だからこそ、私には過ぎた娘だ。 一番大事なときに、かまってやれなかったことも多かったのに」

立ち話もなんだ。

後は、仕事の話を幾つかして、アーベルハイム邸を後にする。

アトリエに戻ると、調合して、足りない物資を増やしておく。そうすると、タオが訪ねてきた。

「タオ、どうしたの」

「うん。 実はちょっと気になる事があってね。 今の遺跡で、もしも都市計画についての資料があったら、僕に譲ってくれないかな」

「図書館に入れるんじゃないの?」

「いや、図書館には入れられないんだ。 下手をすると燃やされる」

そういえば、そんな事を言っていたな。

勿論あたしに断るつもりはない。

むしろ、わざわざいいに来た筋を通すやり方に、感心するばかりだ。

「勿論良いよ」

「ありがとう。 ……これで論文を仕上げられるだろうね」

「そう……」

論文、か。

タオをパティの夫に、という話については黙っておく。

タオはああいう奴だし。

タオは背も伸びたし、パティの話によるとかなり好意を持っている女性は多いようである。

ただ肝心のタオにその気が全く無い。

恐らくだが、パティにも女としての興味なんて持ってないだろう。今の時点では、だが。

逆に、今のうちに外堀を埋めておけば。

或いは利害を提示することで、パティとの結婚を、タオも普通に了承するかも知れない。

その辺りは、色々と面倒な話だった。

タオが帰った後、色々と思う。

あたしもそうだが。

ある程度才能が偏った人間は、恐らく欲求というものがおかしくなる。

あたしやタオの場合は特に性的な欲求が極端に少なくなっているし。あまりこう言う話は口にしないが、恐らくはレントもそうだ。

クリフォードさんは女たらしのようなイメージが外見からはわき上がりそうだが。話していて全くそういう感じはない。

セリさんはそもそもオーレン族である。人間とは繁殖のサイクルも違うし、前にリラさんに聞いたところによると人間に比べて性欲も極端に少ないようだ。

あたし達の中で欲求がまともなのは、秀才タイプのボオスやパティだという事を考えると。

世の中は、色々不可思議だと思う。

まあいいか。

ともかく、もう少しで遺跡の最深部にたどり着ける。

その時には、ガーディアンが出るかも知れないが。あたしはその可能性は低いのではないかと考えている。

そうでなくとも、充分すぎる位大変な遺跡だったのだ。

後は、汚物の中からどれだけ無事な資料を回収出来るか、だろうか。

タオが喜ぶような資料が出てくれば良いのだけれども。

遺跡を空っぽにして去った人々がどうなったかは分からない。

そういう人達が、そういう資料を残していたのだとすれば。

きっと、今汚物を処理している空間ではないだろうな。

そうあたしは思った。

調合終わり。

後は薬と爆弾の在庫をチェックして寝る。爆弾は相応の量がもう揃ってきている。これで、フィルフサとある程度戦える。

水を味方にしないと、まともに勝負は出来ないから、それは先に色々と考えておかなければならない。

だからこそに、敵の居場所をしっかり確かめる必要があるのだ。

作業を終えた後は眠る。

あと少しだ。

疲れは出来るだけ取っておかなければならない。

明日も、魔力をありったけ絞り出すことになるのは、確定なのだから。

フィーはむしろ、「北の里」に通い始めてから生き生きしている。今日も、辛そうな様子は見せなかった。

 

作業のペースが明らかに上がった。どんどん側溝に汚物を流していく。やがて、彼方此方に山になっていた汚物が綺麗に片付いていき。セリさんが植物操作で、残りをまとめ始めていた。

もう一つの側溝も、掘り始める。

此方も何かあるかも知れないからだ。

それが出来るだけ、余裕が出来てきたという事である。これは今日一日で、大まかな処理は終わる。

そう判断できるほどに、進捗はいい。

とにかく無心に汚物を焼いて。

遺跡が呼吸して、空気を入れ換えるのに任せる。

そのまま、どんどん処理を進める。

レント一人で、もう一つの側溝は処理を終えた。流石のパワーだ。タオが側溝を動かして、そっちも水が流れ。汚水の処理が始まる。

更に、タオが主導で壁際にある住居や、他の構造物の掘り出しも始める。

その間も、あたしは兎に角汚物を焼き。

側溝に砕いて放り込んでいった。

やがて、タオが手を振る。

決定的な何かを見つけたらしい。

それは、汚物に完全に埋もれてしまっていたが。どうやらドラゴンの顔らしい構造物である。

これは恐らく神聖なものだっただろうに。

これを放棄して、しかもワームや蝙蝠の汚物で好き放題になる事を想定していたと言う事は。

この遺跡。

或いは実情は、相当に生臭かったのだろう。

それは何となく分かってきたので。

あたしは何も言わなかった。

「後は細かい所をやれば終わりかな……」

「あと一日でそれは終わるね。 大まかな部分は、ほぼ終わったよ」

「そっか。 じゃあ僕からも、水を安定供給できるようにするよ」

タオがコントロールパネルを操作して、噴水が動き出した。

この辺りには、本来はもっとたくさん家とかがあって。噴水があった辺りは、憩いの場になっていたそうである。

それだけは、今までに見つかった数少ない資料からタオは分かっていたそうだ。

ただその噴水も汚物に埋もれていたので、しばらくは水を掛け流しにしなければならないのだが。

「この水って、結局出所はどこなんでしょう」

「タオ、分かりそう?」

「うーん、なんとも。 ただ、砂漠の中でこの量の水だよ。 地下水を吸い上げているのか、それとも何処かの川から、水を取り入れているのか。 いずれにしても、水をこのまま掛け流しには出来ないだろうね」

「この遺跡はもう死んでいるからね。 もしも新しく誰かが住み着いて、人の拠点にするというのなら話は別だろうけれど。 此処は……どちらかというと、此処を作ったエンシェントドラゴンのお墓のような気がする」

つまり、無闇に踏み荒らして良い場所では無い。

そういうことだ。

後は、細かい部分の掃除について、軽く打ち合わせをしておく。

ワームはもういない。

それは確認が取れている。

レントがタオと連携しながら、家屋の中に詰まっている汚物を掘り出し始めた。汚物が詰まってしまっているような家屋跡は、先に処分をしておくと言う事だ。それらをあたしが焼き尽くして。

セリさんが、側溝に流してしまう。

エンシェントドラゴンの像や骨は見つからない。

これは、恐らくだけれども。

三つある区画の、最後にあるのではないのだろうか。

そう思う。

だとすると、この遺跡の確信は。

ドラゴンの顔の像を見る。

恐らくは、あの奧だ。

汚物に埋もれさせたあの像。

きっと、ろくでもない事が、色々あったのだろう。

今日の作業は切り上げる。

アトリエに戻った後、ミーティングで進捗を確認。ボオスはもう、黙って議事録を採っていた。

「なるほどな。 掃除はもうだいたい終わったと」

「僕は明日、最後の区画に入るための調査を貼りつきでやってみる。 もしも駄目そうなら、ライザ。 羅針盤よろしく頼むよ」

「分かった。 そろそろ、普通に歩いても大丈夫なくらい、安全は確保できたと見て良さそうだしね」

「後はいつものフラフラするライザを護衛しないといけないわけだ。 ちょっと今回は骨が折れそうだな」

今回の遺跡は。

文字通り空中に橋が縦横無尽である。

其処を歩いて調べて回るとすると、確かに危険性が大きい。

出来れば最後にまとめて調査はしたいのだけれども、まあそうもいかないだろう。ともかく、後数日で目処は立てたい。

咳払いする。

「みんな、いよいよ大詰めだよ。 この近くに、フィルフサが出てくる可能性が高い門があって、それが不安定に封じられてる。 今まで彼方此方の遺跡で調べてきたのも、その具体的な位置を調べるため。 フィルフサは魔術が通じない強力な存在で、弱点は水くらいしかない。 初期消火に失敗したら、王都どころか、もう人間にフィルフサを駆逐する力はない」

皆、背筋を伸ばす。

封印がいつ破られてもおかしくないこと。

場所が分からないと対策のしようが無いこと。

恐らくはないだろうが、最悪の可能性として王都の地下に門がある事すら想定しなければならないこと。。

王都の地下は可能性が低いが、しかしながら確定で王都至近に門がある事。

それは、皆知っておかなければならないのだ。

酷い作業を数日続けて、みんなふにゃふにゃになっている。だから、此処で引き締めておかないといけない。

「三年前の戦闘で、フィルフサとの戦闘経験はつんだ。 あたしはその後も、定期的にグリムドルに出かけて、オーレン族の人達と、復興作業と一緒にフィルフサの駆除をしてきた。 分かったのは、フィルフサはやっぱり油断出来る相手では無いって事。 門の状態次第では、それこそ命を賭ける必要だって出てくる」

「……」

「門の場所が確定したら、アーベルハイム伯爵に最悪の事態の避難マニュアルについて話をするつもりだよ。 皆も、最悪の時に備えておいて」

「分かった。 その時は、腕がなると言う奴だな」

以前の戦闘では。大雨で弱体化したフィルフサを相手にして、それでも大苦戦した。

鉄砲水などの手段まで用いて、戦闘よりも水害でフィルフサを葬ったほどだ。

水で弱体化していても、王種「蝕みの女王」は強かった。間違った強さであり、明らかに悪意を持っていて。絶対に相容れない滅ぼさなければならない相手ではあったが。それでも戦闘力は侮れなかった。

今度フィルフサと戦うとして。門があるなら、その向こうにいる王種くらいは少なくとも仕留めないといけない。

ともかく、今のうちに準備はしないといけないのだ。

まずは、皆の覚悟を決めて貰う。

数日以内に、封印の場所がどこにあるか、判明する可能性が高いのだから。

あたしも、リーダーシップを取っているのだから。

そういう事をしなければならないと、しっかり認識はしていた。

皆が引き締まったのを感じる。

汚物との戦いは、本当に精神を削ってきた。それで、みんな色々と参っていたのは分かる。

だからこうして、言葉でも引き締める。

勿論、それだけではただの精神論になる。

「北の里」の調査を終えて、もしそれで完璧に封印を解析できて。門の位置が特定出来。更には封印の状態が、一日で壊れるものではないと判断できたなら。

休憩を一度入れて。

それで、リフレッシュも必要だ。

そうあたしは判断していたし。

皆にも告げた。

「何かあたしが解決できる問題があったらいっておいて。 封印の先には確定でフィルフサがいる。 奴らと戦う前に、直近で出来る事は全てやっておきたいから」

「今の時点では、俺は大丈夫だ」

レントは吹っ切れている。

そうだな。

どうしてもザムエルさんと同じ道を辿ってしまったレントは、それで相当参ってしまっていたが。

それでも、怖がられても平気だと思えるようになった。

勿論、今後ずっと同じように怖がられ続けたら、ザムエルさんと同じ道を辿ってしまうかも知れないが。

今は少なくとも、なんとでも出来る。

他の皆を見回す。

「私は問題なし。 今の研究が終われば、オーリムに戻れる。 少しずつ、確実に復興が出来る」

セリさんはそういう。

あたしが提供した毒は、かなり効果的なようである。

パティは、ちょっと俯いた。

あたしが調合した、勇気を出す薬の件は、此処では言いづらいのかも知れない。

「俺も問題はねえ。 今俺は、人生で一番充実してる。 こんなデカイ山に噛めて、ロマンの極限に来ているからな」

「僕もそれは同じかな。 僕もずっと迷っていたんだけれども、今回の一件で建築も調査してみたいって思って来たんだ。 遺跡の調査は僕のライフワークになると思うのだけれども、建築もやっぱり捨てがたいからね」

クリフォードさんもタオも大丈夫そうか。

クラウディアは。

あたしと一緒にいられるだけで平気。そう顔に書いている。そうか。そう考えてくれるなら、あたしもそれはそれで嬉しい。

ボオスだって問題はなさそうだ。王都に来て、学べるものと作れるコネは作った。それだけで十分という顔をしている。

皆、大丈夫と言う事だ。

問題はフィーだが、「北の里」で調子が回復している様子が確認できている。

だとすると、ドラゴンが関係しているのか。オーリムよりも。ちょっとそれは分からないが。

いずれにしても、皆の心に。

ノイズはないとあたしは判断した。

あたしの心も、確実に鈍磨から抜け始めている。ずっとスランプだったのが嘘のように、今は頭が回っている。

これも、皆と一緒に、切磋琢磨できる時間が来たから。

なのかもしれなかった。

「よし、汚い作業はもう明日には終わらせる。 その後は、一気に敵の本丸に近付くよ!」

あたしは立ち上がって、皆に激励を飛ばす。

後は、パティの提案で、またアーベルハイムの風呂を使わせて貰って。

それで、リフレッシュ。

明日のための決意と覚悟を、また新たにしたのだった。

 

4、竜の遺跡の最後の区画

 

完全に復活した「北の里」の下水を利用して、最高効率で汚物を片付けて行く。

タオはずっと竜の像を任せる。調査のために、あたしは消毒を最優先でしておいた。臭いとか汚れとかが、調査の妨げになってはいけないからだ。タオもそれを見て、感謝はしてくれた。

あたし達は、ひたすらに「北の里」最下層の掃除を続ける。ずっと溜まり続けて来た汚れ。

恐らく、後から古代クリント王国が来た時に対応するためのものでもあっただろうそれを。

徹底的に処理して。

此処を綺麗にしていく。

勿論、その後には埃が積もっていくのかも知れないが。

その時はその時だ。

いずれにしても、此処にあるオーバーテクノロジーは、人間が安易に触ってはいけないものだろう。

だから、人間が魔物に対して攻勢に出て。

その後、錬金術の再度の災厄が引き起こされないように手を打ち。

更には、人間が錬金術以外の技術を用いて、世界に災厄を引き起こさないようにもしっかり手を打ってから。

此処に人が入れるように。

あたしは、手を打つ義務がある。

それが、錬金術と言う驚天の技術を手に入れたあたしの責務。

あたしにとっては、それが今後の人生の課題。

普通の人間の、なんてことのない人生というのは、もう終わりだ。

農家の娘か。

それは別に今後も同じ。

だけれども、責任を手にした時点で、あたしは変わったのだと言える。

父さんと母さんが、家庭を持って責任を手にして、保守的になった事が今となっては理解出来る気がする。

あたしは強大な力という非常に大きな責任を手にして。

「当たり前の人間」ではいられなくなった。

ただ、それだけの話なのだ。

この世界で錬金術師が犯したあまりにも大きすぎる過ちを、今後繰り返させないためにも。

あたしは、少なくとも。

錬金術を悪用する輩が出たら、全員即座に抹殺する事を考えなければならない。

人を殺す事には、抵抗はない。

それだけあたしは。

もう闇に浸かっているのかも知れないが。

それに後悔は無い。

「レント、この辺りの運んでいって!」

「任せろ!」

家の中を、クリフォードさんと一緒に片付ける。

やはりどの家も、完全にすっからかん。個人レベルでの持ち物は、此処を引き払うときに全て持って行ったのだろう。

書物どころか家具すらもほぼ存在していない。

本当に、此処には何も残さなかったのだ。

「北の里」を去った人達がどうなったのか、知る術はない。

だけれども、去る際に相当な混乱があったのは、簡単に想像がつく。

その先に、何か良いことでもあったのだろうか。

そうとは、とても思えない。

良くて離散。

悪ければ、古代クリント王国の人間に捕まって、奴隷として死ぬまで使い潰されたのかも知れない。

今は、その運命も分からなかった。

もうワームの死体もない。

徹底的に掃除をして、その後は噴水の水を周囲に撒いて、確実に辺りを綺麗にしていく。かなりの範囲があるが、セリさんの植物魔術で、周囲に大量の水を一気に撒いていく事で。地面を洗い流していく。セリさんが召喚したのは、巨大なつぼみみたいな植物で。水を凄い勢いで吸い上げて。つぼみみたいな所から噴射して、遺跡最下層の隅々まで、一気に洗うことが出来た。

遺跡が呼吸する頻度も減っていく。

それだけ、この辺りの空気が良くなっていると言うことだろう。

やがて、床までぴかぴかになってきたので。

あたしは、頷いていた。

不衛生という観念は、今と昔で全く違っている。

それは分かっているが、それでもこれだけ綺麗にして、更に消毒まで一緒に植物魔術で撒いたのである。

これならば。

少なくとも、今の基準ならもう綺麗だ。

ただ此処に最初に来た時の有様を考えると。

床に寝たりとかは絶対にしたくはないが。これはあくまで、個人的な考えである。後から此処に知らずに来た人が、汚いと思う事はないだろう。

「よし、これでいいと思う。 タオ、そっちはどう?」

「……もう少し待って」

「分かった」

一度、皆外で綺麗にして、食事もしておく。タオは完全に入り込んでいるので、邪魔をしない方が良いだろう。

昼を回って、一刻ほど過ぎて。

それでタオが。それぞれの家の中を調べていたあたしの所に来た。

「分かったと思う」

「!」

「みな、集まってくれ!」

レントが声を掛けてくれる。

みなで集まって、竜の像の所に。

竜の像の口の中をタオが操作。多数の光魔術による光学式コントロールパネルが浮き上がる。

あたしも操作はできるが。

タオの操作は、手が何本も増えたくらいに見える程、的確で素早かった。

「かなり複雑なロックがかかっていて、解析に時間が掛かったけど、これで開くと思う」

「流石だな……」

「俺は泥臭い遺跡探索は得意だが、こういうのはタオには勝てん」

「クリフォードさんの勘にはいつも感心していますよ。 この件が終わったらアーベルハイムに雇用されるらしいですが、僕の研究の時には一緒に来て欲しいくらいです」

勿論いいぜ。

そうクリフォードさんが迷わず言った。

或いは、この二人が今回の一夏で、一番仲良くなったのかも知れない。

ちょっとむくれているパティが可愛いな。

まあ、分からないでもないが。

そもそもパティが好きになったのは、こういう奴だ。

それについては、パティも半ば諦めているし、理解は出来ているだろうとは思っている。

がちりと音がする。

そして、ドラゴンの顔が大きく開いていく。そこに大きな穴が出来ていくかのように。

やがて、完全にドラゴンの顔の原型がなくなるほど大きく開いた其処は、ぽっかりと穴が開いていた。

「流石だぜ……」

「!」

あたしの戻り始めている勘が、告げてくる。

やはりこの先が本丸だと。

空気がひんやりしている。

そして、奧には、今までとは打って変わって清潔な空間が拡がっていた。

「フィー、大人しくしていてね」

「フィー!」

今までの封印の、超圧縮魔石の性質から考えて、魔力を餌にするフィーを近づけるのは致命的だろう。

だからフィーにも言い聞かせておく。

さあ、ついに此処を調べれば、五つ目の。最後の封印の状態が分かる。

それ次第では、フィルフサが封じられている門と、どう向き合わなければならないかも分かる。

いずれにしても、門を閉じるにしても、フィルフサの王種は仕留めなければならない。

今後、もっと解析が進めば、フィルフサとの平和的な対応も見つかるのかも知れないが。

今は、この世界とオーリム両方のためにも。

フィルフサは、特に王種は。

見つけ次第、全て仕留めなければならないのだった。

 

(続)