暗闇の蜘蛛の巣

 

序、橋をつなげて

 

複雑に絡んでいる遺跡の内部。たくさんの壊れかけの橋。たくさんの崖。たくさんの足場。

それらが複雑に絡み合っている。それぞれの高度も違う。

こんな場所で、良く暮らせていたな。

そう思うこともあるけれど。

すぐに違うとあたしは理解し直す。

此処は、あくまで戦闘を行うための場所。死地。

本当に生活していたのは、此処よりずっと下の。石が落ちた辺りの筈だ。或いはもっと下の可能性もある。

そもそも此処は、単独であの古代クリント王国とやりあった場所だ。

相応の規模の生活スペースがある筈だし。

兵器だのを格納しているスペースも。

なんなら生きている兵器だって、まだある可能性が高い。

それは下手な魔物より手強い筈だ。

いくら人口が今よりずっと多かったとは言っても。

魔物に対して圧倒的優勢だった時代の事なのだから。

それ自体が、既に。

今のあたしには、考えつかないことだ。

魔物に対して人間が優位な時代。

どんな風に、普通の人は暮らしていたのだろう。

それは不思議だ。

クーケン島ですら、色々なゴミはたくさんでる。それが今の何十倍も出ていたとしたら、それの処分はどうしていたのだろう。

魔物は、世界の人間に対する怒りの産物。

その言葉を思い出す。

それは、あながち嘘では無いのかも知れない。

ただ、魔物が決定的に人間を敵と見なしたのは。

古代クリント王国の所業が決定打、なのだろうが。

いずれにしても、遺跡の住居は今とは決定的に違っている筈。しかもこれは、星の都や他の遺跡とは文明の系統も違う。

興味がないといったら、嘘になった。

かなりブランブランになっている橋の、向こう側につけた。此処も通れるようにしておく方が良いだろう。

ロープを投げて渡し。

両側から、少しずつ補修をしていく。

骨組みそのものは、それなりにしっかりしている。

橋の両側にある骨も、それなりに形を為していて、それどころか浮いていたりもする。

この仕組みは分からない。

どうやって浮かせているのか。

ドラゴンの魔力によるものなのか。

魔物の中には、魔術で飛ぶ奴も多い。エンシェントドラゴンともなると、その巨体を凄まじい魔力で浮かせているのだろう。

だとすれば、なおさら。

仕組みは知りたいと思う。

ただ。持ち帰るべきは、インフラのかけらではない。

遺跡内のインフラを破損すれば、何が起きるか分からないのだ。

せめて研究施設までたどり着ければ、状況が変わるのだろうが。

この暗闇に包まれた遺跡。

まだ全貌は、まったく分からない。広さすら、はっきりしていないのだから。

はっきりしているのは、流砂の中にあった中州よりもずっと大きいと言う事くらいだろうか。

あの流砂そのものが。

やはりトラップだったのだとみて良いだろう。

しばらくすると、フィーが懐でごそごそと動く。

あたしは時計代わりに持って来ていたランタンを確認。どうやら、今日はここまでのようだ。

「よし、此処まで!」

「引き上げるよ! ガイドするから、従って!」

クラウディアが音魔術で呼びかけてくる。

ある程度散って作業をしているので、そうしないと危ないのだ。

入口近くに作業小屋を作ってある。あり合わせの材料だが、持ち込んだ資材類は充分に格納できている。

全員が集まったところで点呼。

軽く話は聞いておく。

「魔物との交戦が何回かあったよね。 相手は何だった?」

「私が斬ったのは洞窟蝙蝠でした」

洞窟蝙蝠。

近年増えている魔物だ。

洞窟に住み着くコウモリなのだが、大きさが尋常では無い。牙そのものに大した脅威はないのだが、問題は多くの病気を媒介することで。迂闊に触ったり噛まれることは、非常に危険な事態を招く。

血も浴びない方が良いとされていて。

パティは、しっかりそれは理解しているようだった。

「かなり大きな個体でしたが、人間に対してあまり戦闘経験を持っているようにも見えなかったです。 敵意をもってまとわりついてきたので斬りましたが、あの様子だと脅かすだけで良かったかも……」

「いや、いいんだよ。 舐められると普通に次は食いついてくると思うしね」

「分かりました」

「俺の方は、何だかよく分からないワームだったな」

レントも言う。

大きさは、この間交戦した巨大蚯蚓であるデスワームほどではないにしても、相応だったらしいが。

レント単騎で則殺出来る程度の相手であり。

それほど強力な魔物では無かった、ということだ。

多分何かの理由で舞い込んできたのか。

或いはまだ何処かに知らない穴があって、其処から入り込んで来たのか。

それとも。

元々、此処を住民が放棄するときに、放っていった魔物なのかも知れない。

「いずれにしても怪我なんかはないね」

「大丈夫、問題ない」

「よし、じゃあ今日は引き上げるよ」

皆を促し。

遺跡、「北の里」を出る。

此処もかなり腰を入れて臨まないと、厳しい場所だろうなとは思う。

ともかく、少しずつ丁寧に進む。

それ以外に方法は無い。

焦っても、碌な事にならない。かといって、ダラダラやるわけには行かないのも事実だ。封印がどれだけもつかまだ分からない。

それに、フィルフサがいるのは確定。

フィルフサが、いつまで幻惑で足止め出来るか分からないのだから。

遺跡から出る。タオが、少し厳しい口調で言った。

「やっぱりこの仕掛け、かなり動きが悪いね。 あまり頻繁に動かしていると、壊れるか、それとも動力を使い果たすかも」

「でも、開けっ放しというわけにもいかないんだろ」

「うん。 魔物が入り込むだろうし、何より「数多の目」に言われているんだ」

「……野営をしながら、一気に探索するのも視野に入れるべきじゃねえかな」

クリフォードさんが提案。

パティは露骨に嫌そうな顔をしたけれど、咳払いして気持ちを整え直したようである。

まあ、その辺りはちゃんと自省できるのだから立派だ。

「ともかく、まずは一番下まで下りる事。 タイミングを見て動力の確認をすること、これが大事ですね。 それから、あの鼓動をしている何かが遺跡の動力だと確認できたら、最優先で修復。 それで入口の問題は解決しよう」

「分かった。 僕もその方針で賛成だよ」

ともかく、遺跡の入口をまた封じる。

そして、「数多の目」を呼び出して、また外に連れ出して貰った。

「数多の目」は必要がないからか、タオとも殆ど必要な事しか喋っていないようである。これは恐らくだけれども。

まだタオを完全に信頼している訳ではなくて。

様子を見ながら、行動しているという事なのだろう。

「北の里」を調べ始めてから三日目。

ともかく。そろそろもう少し、この遺跡を効率よく探索しないとまずい。想像以上に遺跡の劣化が激しいからだ。

あたしも、それは良く理解していた。

アトリエに戻ると、あたしは幾つかの提案を先にしておく。

「空を飛ぶのは無理だけれども、ある程度空中で姿勢制御を出来る道具は作っておこうと思う」

「ふむ。 空中で機動できるのは俺とライザだけだろうな。 どっちかで使うのか」

「いえ、二人分作ろうと思っています」

原理は簡単。

風力爆弾であるルフトの原理を利用して、空中で空気を噴射する道具だ。

ただ、これは空を飛ぶほどのパワーはなく、基本的に落下速度を遅くする、くらいの事しか出来ない。

これについては、事前に説明をしておく。

あたしの場合、空中での熱操作魔術による起爆で、更に落下速度を遅くすることが出来るだろう。

クリフォードさんは、空中での機動がある程度出来るようだ。

ブーメランとの連動しての魔術なのだと思うが。

流石に切り札だからか、原理はあたしにも教えてくれていない。

いずれにしても、明日の朝には出来る。

少しずつあたしも頭の冴えが戻り始めていて。

こういうのは、思いついてすぐに実行できるようになってきていた。

三年間、ずっと怠けていた訳じゃない。

魔物を倒し、作れるものを作り。クーケン島のために働いて。多くの不便を解決し。苦しんでいる人を助け。新しい家を作ったり。駄目になってしまっている街道を直したり。あたしの手が届く範囲で、救えるものは救ってきた。

あたしだって世界の全てを救えるわけでは無い事は分かっている。

だけれども、出来る範囲の事で手を抜いた覚えは無い。

だから、鈍っていたというのとは違う筈なのだが。

どうしてなのだろう。

ずっと頭の働きが悪かったのは。

ともかく、少しずつ頭の働きが戻って来ている。三年前の閃きが戻ってくるまでもう少し、という確信もある。

「ロープとかは少し追加しておこうか」

「ありがとうクラウディア。 助かるよ。 後、地図だけれど」

「今ライザが言った道具を使えば、この橋……いけるかも知れないね」

一つ、降り気味の橋があった。下の方につながっているのだとすれば、それは非常に大きい。

だけれども、この橋は破損が大きくて。

はっきりいって、クリフォードさんでも、命の保証はないと言っていた。

故に他の橋の修理を優先していたのだが。

ともかく、これをやってしまうべきかも知れない。

「よし。 後は永続的な灯りが欲しいけれど……」

「ライザの実力は俺も知っているつもりだが、流石に太陽までは作れないだろ」

「太陽は作れないけれど、常時空中にあって、灯りを広範囲に提供する道具くらいだったら何とかなるかな」

ボオスが絶句する。

実はこれについては、祭などの時に、夜に浮かべる事を以前から構想していたのである。

大した仕組みではない。

小型の気球みたいなものに、灯りを常に放ち続ける仕組みを組み込んだだけだ。灯りの火力が高めなので、小型気球が燃え尽きてしまったり。気球がうまく浮かなかったりで、色々問題はあったのだけれども。

今なら。それも多分解決できると思う。

ともかく。灯りを確保した上で、身軽な人間を二人確保できれば。更に遺跡の調査も進展できるはず。

そして問題になっているのは、入口の開閉回数だ。

最悪の場合は、日を開けて、入念な準備をしてから遺跡に向かう判断も必要だろう。

少し考えてから、あたしは決断していた。

「今告げた、身軽になれる道具と、永続的な灯りは、今日の内に作っておくよ」

「分かったわ。 ライザ、実は頼みたい事があるのだけれど」

「なあに?」

「うん、機械の修理。 だけれど、今日は其方に集中した方が良さそうだね。 私の方から、それについては根回ししておくね」

クラウディアに頷いておく。

実は、封印の案件が片付いたら。王都を離れる前に。王都にある機械は全て修理してしまうつもりである。

また、王都の上水や下水などのシステムも確認して。

問題があるようなら直してしまうつもりだ。

それが終わってから、クーケン島に帰る予定である。

また、今後出向いた先に存在するインフラや機械にも、同じ処置をするつもりだ。その過程で、古代クリント王国がオーリムから奪った水が取り戻せるかもしれないからである。

それについては、既に皆には話してある。

ただし、機械の数はクラウディアが概算を出してくれている。恐らくは、全て直すにしても、一月は掛からないだろう。

後、皆が此処を離れる前に。

先に手伝って貰う事がある。

トラベルボトルの設定を切り替え。セプトリエンを回収するようにする。

これは、動力炉にエネルギーを供給するために、セプトリエンが必須になるからである。

フィルフサのコアなんて、そもそも動力として考えるべきじゃない。

フィルフサがどういう存在かは分からない。元からいたのだとしたら、野生の生物なのだろう。

例えば、野生動物が放って置いても幾らでも湧いてくるような世界だったら、生物の体内の物資を宛てにして、幾らでも刈る、というのも有りかも知れない。

だけれども、この世界の動物はそうじゃない。

だったら、フィルフサは排除する敵ではあっても。

少なくとも、その体内にある物資を資源として考えるべきではない。

そんな風に考えていたら、古代クリント王国の錬金術師と同じになる。

あたしは、ああはならないとだけ決めている。

「ええと、薔薇園みたいな香りがきつすぎる場所ではないです……よね」

「大丈夫。 鉱石しかないから。 ただ、結構強い魔物が時間を掛けると出てくるから、急いで回収する必要はあるね」

「それで人海戦術だな」

「俺も行く。 どうせ、いずれは俺も戦うんだ。 荷物持ちくらいはやらせろ」

ボオスも乗り気か。

ならば、皆で行くだけだ。

トラベルボトルに入る。

入る時は、すっと文字通り世界が切り替わる。

この辺りは、神代の技術の凄まじさを感じる。

そして、神代の子孫だろう文明が、どれもこれも古代クリント王国と大差なかった事を考えると。

はっきりいって、これには闇しか感じない。

今は、まだ活用するが。

いずれ封印が必要かも知れない。

或いは、今構想しているフィーのための世界に固定するか。

いずれにしても、今はまだ。

調査の段階だ。

調査の段階では、まだ決めつけるべきではない。

真っ赤な凄まじい色の空。

空に出ている月は二つもあって、此処があたし達の世界ではない事を一目で示してくる。

薔薇園ともまた違う世界だ。

これはやはり、作り物の世界ではあるが、何かからくりがあるとみて良いだろう。

辺りには、出来損ないレベルの質が低いセプトリエンが散らばっている。鉱石を崩しても、ボロボロと落ちてくる。

呆然としていたボオスも、頬を叩くと、作業の指示を求めてくるので。

すぐに散って、鉱石を回収。

皆疲れているのだ。

ここで更に強力な魔物とやりあうのは避けたい。

こんな所でバカみたいな被害を出したら。

それは文字通り、バカの所業だからだ。

鉱石を砕いて、セプトリエンを回収しておく。分かってきた事がある。密度は低いし純度も低いが。

これは圧縮すればする程強力になるタイプの鉱石だ。

魔力を大量に蓄える毒竜の体内から得られたのだ。

これが魔石の最上位存在であることは容易に見当がつく。

後は圧縮の方法が良く分からないことで。

そればかりは、自分で研究していくしかないのだろう。

荷車に積み込んだ時点で、切りあげを指示。

遠くに大きな気配。

どうやら魔物が生じたようだ。

さっさと引き上げる。

元々このトラベルボトル。内部に強力な素材を出せば出すほど、魔物も強くなる傾向がある。

だとすれば、セプトリエンを回収すれば、それなりに凶悪な魔物が出るのも、道理なのだろう。

今はこの出がらしみたいなセプトリエンだが。

これが強力な、熟成されたセプトリエンになったら。

それこそ、ドラゴン級の魔物が出ても、おかしくは無いのかも知れなかった。

トラベルボトルを、荷車を押して出る。

相応の鉱石と、それなりの数のセプトリエンを回収出来た。それで、よしとする。

「相変わらず何から何までとんでもねえなお前とその周りは」

「褒めてくれているのは分かるよ。 ちょっと引っ掛かるけど」

「半分褒めて半分呆れてるんだよ。 ただ、そのとんでもなさが、もう悪い方向に作用しないことも分かってる」

ボオスは相変わらず一言多いなあ。

後は、軽く分別だけして、解散とする。

あたしは此処から、集中して調合だ。

まずはインゴットを加工して、それで形を作り、ルフトをそれに組み込んで。ルフトの爆発力を持続させつつ、火力を落として、更に任意のタイミングで。

それをエーテルに溶かして、要素を抽出しながら、順番にやっていく。

そういえば、ここ最近ずっとボオスとレントは一緒にやっているようだ。

ボオスの剣術を、レントが見ているらしい。

あのプライドが高いボオスのことだ。

結構不満はあるだろうが。

だが、だからこそ上達も早いはず。

ボオスだって途中で拗らせてはいたものの、それでもアガーテ姉さんに基礎は教わっているのである。

だったら、その基礎を生かして飛躍する日はきっと近い筈だ。

とりあえず、出来たか。

コップ状に加工したインゴットにルフトを埋め込み。更にそれを二つ、棒状に加工したインゴットでつなげる。

これを腰に付けられるように、ベルトもついでにつけた。

ベルトで腰に固定して、それから更に調整。コップが常に下を向くように、重しをつけておく。

そして、低高度を、ある程度空中機動できるあたしがまずは試験。

まあ低高度なら、部屋の中でいけるだろう。

黙々と試験を行って、それで専用のルフトも作っておく。

しばし試験をして、充分と判断。後は、高い所からの落下も試してみる。あたしはそもそも高高度からの魔術をぶっ放して、それから着地という一連の作業にも慣れている。試験にはもってこいだったりする。

農業区で、しばしそれを試す。試していて、途中で気付く。セリさんの畑が、凄い事になってる。

新しく借りた方も含めてだ。多分前に回収した植物を、全力で調整して試しているのだろう。

何度も跳躍して降りてくる過程で、「ルフトブースター」とでも名付けるべきこの道具は完成。

性能に満足して降りてくると、例の義賊三人組がいつの間にかいた。

「ライザか。 良かったよ。 魔物か何かが入り込んでいるのかと思ってね」

「直接会うのは久しぶりですね。 いや、すみません。 開けた場所が、此処くらいしかなくて」

「また不思議な道具かい?」

「はい。 ある程度落下速度をコントロール出来る道具です。 ちょっと高所での作業が必要になってきたので……」

そうか、というと。

義賊三人組は、安心したように引き揚げて行った。

あたしに対する警戒心は、もうないようだ。

王都の貴族とか王族はどうでもいいが。

此処で暮らしている普通の人達が、あたしを警戒しなくなっているのは、それはとても良いことだと思う。

よし、後は灯りだな。

それについても、既に理論は出来ている。今日中に仕上がるはずだ。

風呂は、灯りを作ってからにしよう。

それで、充分だとあたしは判断していた。

 

1、竜の腹を照らし出せ

 

「北の里」に入って、まずあたしがやったのは。灯りの確保。

必要だと判断して作り出した浮遊する灯り。

「照明気球」を、打ち上げたのだ。

照明弾などよりも、更に長時間滞空する仕組みのものだ。

照明弾は一発だけぽんと光って、それからゆっくり光を散らしながら落ちていくが。

これはこの遺跡の高さだと、多分一刻くらいは持つ。

気球は簡単に作れる。

気球を浮かせる仕組みは、熱気球では無く、ガスだけにする。ガスは作るのが簡単だ。何かを腐らせればいい。

何かを腐らせることで生じるガス(全部では無く、ある程度エーテル内で分別がいるが)はとても軽くて、今あたしの手元にある、一抱えもない程度の気球なら簡単に浮かせる事が出来る。

水に雷撃を通すことで生じるガスは更に軽いらしいと、以前アンペルさんに貰った本に書いてあったのだが。

そもそも雷撃を作り出すのが難しい。

更にこのガスは簡単に引火して爆発するという事もあって。

今回は、採用を見送った。

灯りの仕組みは、ヒカリゴケなどから抽出して、圧縮したものを採用する。

爆発的な光を出すにはちょっと物足りないのだけれども。それは本来の話。

あたしはエーテル内で成分を分析して、それを何倍にも増幅している。

魔術灯やガス灯ほど安定していないがそれより遙かにローコストである。

ゼッテルで作った四角い箱の中に、この光成分を入れ。そして、気球で吊して浮かばせる。

これで、灯りの完成である。

問題は脆い事だが。

むしろ脆い事で、何かしらの危険があった場合、すぐに知る事が出来るのが強みである。

これに加えて、昨日完成させておいたルフトブースターをあたしも身に付け、クリフォードさんにも渡しておく。

クリフォードさんは、外で練習してくると言って、一度外に。

あたし達は、まずは灯りを展開して。更にクラウディアが、音魔術を全力で展開もしていた。

これは蜃気楼がどうも意図的に砂漠中で作られていた事を鑑みての事だ。

この遺跡の中でも、視覚を狂わせるような仕組みがあるかも知れない。

気球を飛ばして、灯りを展開。

光る物質は、丁度建築用接着剤のように、別の物質を混ぜることで光り始める。これは調査してある。

任意でこの物資が混ざり合うように、調整はしてある。

このくらいは、エーテルの中での要素を混ぜ合わせたり調整をしたりを、散々繰り返して来た今のあたしには軽いものだ。

気球はむっつ用意してきた。

いずれも、任意のタイミングで光らせる必要がある。

「うわ……」

光り始めた気球が、地中の遺跡を照らし始める。

それを見て、パティが声を上げていた。

王都にもガス灯などはある。

照明弾も、作戦中に使った事はあるだろう。

だが、それらと根本的に違う。

どこまでも拡がる、柔らかい光。

夜に祭などのために使おうとあたしが考え出したものだ。下手な人工灯よりも、遙かに強力である。

「流石だな。 それにしても……」

「まるで魚をたくさん食べた跡みたいだね……」

レントがぼやき、タオが地図を急いで更新していく。

灯りが遺跡全体を照らす事で、今まで見えていなかった地点が見えてきているのだ。

更に、それで橋の全容も分かってきた。

今までの遺跡は、遺跡がある程度生きていて、灯りがあったり。

更には光が差し込んでいたから、殆どこういうものは必要なかったのだが。

今回はこれが必要になった。

動力は。

クラウディアが、あれだよと指さす。

鼓動しているそれは、岩の塊のように見えたが。なんだか不可解に周囲に線みたいなのが伸びていて。

そして、蠢いていた。

手をかざして観察する。

魔力量は、殆ど残っていない。

これはクーケン島の動力と殆ど同じ状態と見て良さそうだ。最低限の動力を確保するために、他の物全てを犠牲にした。

クーケン島の場合は、それで海水を淡水にする仕組みが動かなくなり。

挙げ句の果てに島の平衡を保つ仕組みもなくなり。島も流されるという憂き目にあったのだ。

此処も同じか。

ともかく、かなり高度としては下になる。タオが、順番にメモした結果、判断を下していた。

「まずはあの橋を目指そう。 あの橋から、多分あの中枢動力に届く」

クリフォードさんが戻ってくる。

どうやら、もうルフトブースターのコツを掴んだらしい。

流石と言う他ない。

タオがクリフォードさんに状況を説明。

また、灯りが照らしていることにより、昂奮したのか蝙蝠が飛び始めている。結構大きいのもいるようだ。

丁度良い。

近付いてくるようなら、排除してしまおう。

ワームもいるが、これは逆に光が嫌なのか、どんどん地下の方に逃げて行っている。

外にいたデスワームほど大きいのはいないが。

それでも、結構大きいのがいる。あれは多分、遺跡の底の辺りで遭遇するはずだ。今のうちに、戦闘の準備はしておくべきだろう。

「まずは動力を直すために必要な橋の修復だな。 順番にやっていこう」

「そうなると、あの橋をまずは修理しないといけないわけだな。 ライザ、資材をくれるか」

「早速試す感じですか」

「ああ。 こんなロマン溢れる装備を貰ったら、俺も心がうきうきするぜ。 それはそれとして、命綱もつけないといけないけどな」

まあ、それはロマンと現実で線引きが出来ていると言う事だ。

色々面白い人である。

パティは。クリフォードさんのその辺りの落差が、よく分からないようで、ずっと困惑し続けていた。

 

二つ目の気球を上げる。

その間に、橋の修復を行う。

やはり灯りがあると言うのは絶大な効果があって、修理の作業もどんどん進んでいく。ただ、このまま下に降りて行くとなると、石材が足りなくなるかも知れない。それについては、此方で追加で用意するしかないだろう。

最初の気球は、地底部に降りたようだ。

その結果、最初の気球が一番下を照らし。

だいたいの高さが、あたしが計測した通りだと分かった。落ちたら死ぬ。

それだけじゃない。

見た所、橋以外の空中に、所々変なものがある。

糸に見えるが、あまり触らない方が良いだろう。

というのも、蝙蝠がそれを的確に避けて飛んでいる。

蝙蝠は確か、何らかの仕組みで見えない場所でもぶつからずに飛べるらしいのだけれども。

それが避けていると言う事は、ろくでもない仕掛けか何かがあると言う事だ。

「よし、この橋は大丈夫だ! 一人ずつ渡って来てくれ!」

「蝙蝠に気を付けろ!」

「順番にね!」

声を掛けながら、橋を渡る。

足下は充分に固めたとは言え、左右が不安定な橋だ。足場としてはあまり良いとは言えず、蝙蝠に襲われた場合、遠距離の攻撃手段で支援する必要がある。

そういう意味では、レントやタオ、パティは出来るだけ固まらずに橋を渡り。

また、あたしやクラウディア、クリフォードさん、それにセリさんも。それぞれ別々に渡った方が良い。

時間が掛かるが、仕方がない。

地図をタオがどんどん丁寧に仕上げていく。

あたしが荷車を引きながら移動。蝙蝠は、こっちを伺っているようだが。近付く奴が何体かクラウディアに撃ちおとされると、警戒するようになった。

あの蝙蝠だって、地下でワームでも襲っているのだろうし。

決して油断出来る相手じゃない。

クラウディアが撃ちおとした奴は、逆に今までエサにしていたワームに地下で貪り喰われているのだろう。

いずれにしても、あたし達は、それに関与しない。

橋を渡りきって、次の橋を修理。

方向転換をして正解だったな。

そうあたしは判断すると、次の橋の修理を始めるクリフォードさんと連携。まだ少し残っている周囲のワームを片付け。石材を先に準備しておく。

クリフォードさんは建築用接着剤にすっかり慣れたようで、てきぱきと軽業で橋を渡りながら、橋の破損箇所を修理していく。

また、ルフトブースターを的確に使ってもくれている。

ただしルフトブースターは、専用のルフトを補充しなければいけないから、ずっと使えるものでもない。

コアクリスタルに入れて置く強力な切り札となるような道具は、それはそれとして採っておきたいし。

替えの弾は、毎回用意しなければならないだろう。

空中で、クリフォードさんが体勢を整える。

片側のルフトブースターをふかして、バランスを立て直したのだ。

流石だ。

あたしよりも、空中戦の経験値が高いのである。

あれくらいは、出来て当然なのだろう。

「レント、こっちを手伝ってくれる?」

「よし、任せておけ」

「パティ、周囲の警戒を続けて。 セリさん、あの辺りの欄干を支えてくれるかな」

「分かったわ。 任せて」

クラウディアは音魔術で集中して、周囲を調べ続けている。

時々警告の声。

それと同時に蝙蝠が突っ込んでくるので、接近戦組が仕留める。あたしが出ても良いんだけれども。

パティは対空戦をやっておきたいと言う事なので。

それは任せてしまう。

パティもしっかり蝙蝠を引きつけてから、抜き打ちで確定でたたき落とせるようになっている。

集中力が上がっていると言う事なのだろう。

戦闘時、集中力を高められるのは良いことだ。

あたしも、橋の修理の前線で仕事をしているクリフォードさんの様子に気を配りつつ、周囲全てに警戒。

司令塔を任されているのだ。

気なんて、一秒だってぬけない。

一度クリフォードさんが戻って来たので、ルフトの次弾をすぐに取りだす。

あたしが作ったのだ。

ルフトの弾が尽きたことくらいは、一目で分かる。

無言でルフトを渡して、それで次。すぐにクリフォードさんが修理に戻っていた。

そろそろ、次の気球を打ち上げるか。

気球を準備していると、少し大きめの蝙蝠がこっちに来るのが見えた。

あたしは切り替え。

そのまま、クラウディアと連携して、熱槍を叩き込む。あの大きさだと、パティが斬り伏せても体当たりはしてくるだろう。

途中で叩き落とすのが一番安全だ。

あたしの熱槍の爆発をかろうじて回避した大きな蝙蝠だが、クラウディアの矢が胸と腹を同時に貫き、体勢を崩したところで頭を吹き飛ばした。

くるくると回って落ちていく。

可哀想だが、こっちもやられるわけにはいかないのである。

下に落ちた蝙蝠が、大きな音を立てた。破裂するようなあの音。

高い所から落ちたものが立てる、死の音だ。

無言になる。

あたしも、注意が途切れるとああなるのだ。

気を付けないといけない。

「大丈夫か!」

「平気です!」

「よし。 作業、続行するぞ!」

クリフォードさんが、作業に戻る。タオが、遺跡の一部に何かみつけたようだ。レントが力仕事を担当して、その一部を持ち上げて、どかしている。何かの機械だろうか。タオがすぐに調べて、それで頷いていた。

あっちはタオに任せておく。

トラップを発動させるようなこともないだろう。

クリフォードさんが戻ってくる。

「石材ですね」

「それもだが……問題は次の橋だ」

クリフォードさんの位置から見えたそうだが。

今、直している橋も、かなり下に向けているのだが。次の橋も、それは同じ。

ただ、その橋に問題が生じているらしい。

「橋の欄干が壊れかけていてな。 あれは多分、踏むだけで落ちるぞ」

「……そうなると、やはり向こう側に無理矢理渡るしかないですよね」

「えっ。 危険じゃないですか」

「危険だよ。 だけれども、多分このままだと手詰まりだと思う」

こう言うとき、常識的な反応をしてくれるパティは有り難い。

だから、心の準備も出来る。

しっかり先に、どうすればいいのかの対応も考えられる。

「最大限跳んで、ルフトブースターを使って届きますか?」

「そうだな……。 かなり厳しいかも知れない。 ライザはどうだ」

「……そうですね」

空中戦の技量はクリフォードさんの方が上。

しかしながら、あたしの場合は落下速度を更に軽減できる。跳躍に関しては恐らく同じくらいか、クリフォードさんの方が上だろう。

これにルフトブースターの落下速度軽減を加えれば、何とかいけるか。

しかし、それでも不安は残る。

「クリフォードさん、ブーメランでの支援をお願いします」

「おう、面白い事を考えるな」

「?」

「パティさん、大丈夫。 ライザがこう言うときは、とても素敵なことを考えているんだから」

クラウディアが、混乱するパティにそう諭す。

まあ、それはそれでいいか。

セリさんが、植物を伸ばして、更に橋の欄干を補強。ともかく、今直している橋を直したら、昼ごはんだな。

そう考えながら、あたしは次の行動について、順番に策を練り続けていた。

 

昼食を終えて、二つ目の橋の修復を続ける。

四つ目の気球を上げた。

これは明日も、最低でも六つ。出来れば七つは必要になるだろうな。そう判断はしておく。

この遺跡に、灯りがあるかは分からない。

動力を復活させて、一気に明るくなってくれればいいのだが。

そうなってくれるとは限らないのである。

魔物の攻撃は、一段落しただろうか。

大きめのが叩き落とされて、それで仕掛ける気が失せたというのはあるのかも知れない。

ただ、まだ残っているワームが、時々此方に威嚇してきたりもしている。あのワームは、最初から此処にいたのか。それとも。

ともかく。仕掛けて来たら斬る。蹴り殺す。

それだけだ。

クリフォードさんが、橋の向こう側で苦戦しているようだが。やがて戻って来た。疲れたようである。

「ふー、終わったぜ」

「橋の向こう側、何かあったんですか?」

「ああ。 ちょっと基礎部分が怪しくなっていやがった。 だから建築用接着剤で、がっつり補強しておいたぜ」

「ありがとうございます。 いよいよですね」

皆を促して、順番に橋を渡る。

建築用接着剤は、建物の重量も支えるほどの強力なものだ。人間の体重程度なんて、びくともしない。

荷車がそれに加わっても同じである。

気にするべきは、荷車を渡す時のバランス感覚。

ともかく、橋の左右が歯っ欠けなので、ちょっと手元が狂ったら荷車ごと真っ逆さまに行きかねないし。

普通に渡る時も。

体のバランスがあまり上手にとれない人は、そのまま落下しても不思議ではないだろう。

しかもこの橋、かなり勾配がきつめである。

坂を下る時、荷車はとにかく危ない。

無言で坂を下っていく。いつでも最悪の事態に備えながら。

クラウディアが。あたしを狙っていた蝙蝠を矢で叩き落としてくれた。本当にありがたい。

橋を渡りきる。

全員が渡りきって、それで冷や汗。

だが。今日の大一番は、此処からだ。

この位置からだと、ゆっくり降りて来ている気球のこともあって、鼓動している何かの球体がよく見える。

球体は鉱物で出来ているように上からは見えていたが、近付いて見ると、なんだか赤黒いもので囲まれている。

しかも鼓動しているから、まるで心臓のようだ。

なんだか、ドラゴンの体内みたいだなと今更ながらに思う。

そもそもドラゴンの口から入ってここに来ているのだ。

当たり前だろうに。

まずは、皆にこれからやる事を説明する。

レントが、頭を掻いていた。

「正気か?」

「大丈夫、なんとか出来る筈だよ。 あたしの空中機動技術、跳躍技術、このルフトブースター、クリフォードさんのブーメラン操作、全部が合わさる必要があるけれどね」

「体が軽い僕がやろうか?」

「いや、タオ。 お前、昔と違ってもう軽くないぞ……」

レントが正確な指摘を入れる。

タオはもう背も伸びていて、はっきりいって標準的な体重だ。見た目はやせ形だが、しっかり筋肉も詰まっているからである。

そうかなと、何故か恥ずかしそうにするタオ。

その心理はよく分からない。

「私は……」

「空中戦、出来る?」

「い、いえ。 すみません」

「私も支援はするわ」

セリさんも挙手。

届かないようなら、この位置から魔力をフルパワーで使って、植物を展開してくれるらしい。

それはそれで助かる。

ともかく打ち合わせをした後、あたしは軽く背伸びをして。

そして、助走。

あまり広くない場所だが、それでも充分な距離は稼げている。そのまま、あたしは全力で跳躍していた。

足の筋力もあるが、それだけじゃない。

そのまま跳びつつ、ルフトブースターをフル活用する。そして、足下で熱操作して爆破。更に飛距離を稼ぐ。

ひょお。

凄い高さだ。

ルフトブースターがない場合、死亡確定だろうなこれは。そう思いながら、飛んでくるブーメランを見る。

流石クリフォードさん。

元々魔術で操作しているブーメランだ。狙いは完璧。更にこのブーメラン、人間大ほどもある。

錬金術で強化している手袋がなければ、掴んだときに指を持って行かれるか、そうでなくとも複雑骨折だっただろうか。

しかも、魔物を倒すときと同じくらいのパワーで投擲している。

理由は簡単。

そうしないと、橋の向こう側まで渡るためのパワーを追加できないからだ。

掴む。

がっと、凄い衝撃が来るが。

それでもあたしは無言で、掴み。あまり回転しないようにブーメランを投擲してくれていた事もあって。

一気に加速する。

見えてきた。橋の向こう側。

ぞっとするほど高い。何度も調整する。上手いこと着地できないと、待っているのは死だ。

いや、まて。

ワームがいる。それも数体。これは、着地と同時に戦わないといけないか。舌なめずり。まあ、いいだろう。

クラウディアが、音魔術で声を届けてくれる。

「ライザ、いけそう!?」

「いける。 だけど、ワームが待ち構えてる」

「座標を指定して! 撃ち抜く!」

「……そうだね。 頼むよ!」

二秒後。

一矢。

あたしを丸呑みに出来そうなワームに、バリスタみたいな矢が着弾。流石である。一撃で、体半分吹っ飛んだワームが、壁に染みを作りながら、それでもまだビタンビタンともがいている。

他のワームが、警戒音を立てているが。

更に二秒後、もう一匹が吹っ飛んでいた。

しかも、矢で貫いた上に、壁に串刺しにしている。

流石はクラウディア。

狙撃手としては、もはやこの世界でも上位に食い込んでくるだろう。それも、最上位にだ。

三、四。

矢がそれぞれ、確実にワームを仕留める。

着地。

どうにか集中して、着地に全力を注げた。ブーメランを地面に突き立てる。

腰に結んでいたロープ。これは、こっちにあたしだけ渡っても意味がない。こちら側の何かに、ロープを結び必要がある。

最悪、ブーメランでもいい。

残ったワームは。

二体同時。左右から来る。

右のは、けり跳ばして、奈落の底に叩き落としてやる。だがもう一体が、必殺の間合いから、牙をつきたてに来る。

両腕をクロスして人体急所をガードしようとした瞬間、最後の一体であったそのワームを、クラウディアが撃ち抜いていた。流石である。

すぐにクラウディアの声が届く。

「ライザ、大丈夫?」

「問題なし! こっち側の地歩を固めて、それでロープを固定するよ!」

「まだ蝙蝠が来る可能性があります! 警戒は続けてください!」

「ありがとうパティ。 そっちも気を付けて!」

そういえば、空中で蝙蝠が仕掛けてこなかった。

見ると、セリさんの周囲に、大きな植物がある。

多分あれが、あたしに仕掛けようとした蝙蝠を叩き落としてくれていたのだろう。空中機動に、今まで人生でない程に気を張った。だから、こういう支援は、本当に心強いと言える。

土台を確認。

確かに橋の状態が良くない。少量持って来ている建築用接着剤を用いて、橋の土台をがっちり固めてしまう。

そして、ブーメランをがっつり地面に固定すると。

それにロープを結びつけて、手を振った。

「こっちはおっけい! 誰か一人、支援にロープを渡って来て!」

「私が行きます!」

向こうでもロープを固定したようだ。

そして、パティがロープに逆さにつかまるようにして、こっちに来る。

意外にロープにぶら下がって移動するだけなら、それほど難しいものではないのだが。

それでも途中で蝙蝠が襲ってくる可能性があるので、そこまで楽でもないか。

此方に到着。パティが、冷や汗を掻いているのが分かった。

更に、向こう側での橋の土台も固定が完了したようだ。後は、このロープと命綱を使って、橋を修理していくことになる。

橋の背骨になる部分が、非常に危ない状態になっている。それをまず手入れすることになるだろう。

その一番難しい作業は、クリフォードさんに頼む事になる。

あたしは一度腰を下ろして、魔力の回復を待つ。パティは何度も冷や汗を拭っていた。この地下空間は、むしろ涼しいのに。

「生きた心地がしませんでした。 見るのも、渡るのも……」

「大丈夫、そのうち慣れるよ」

「そうですね……。 腐った王都を改革するには、それくらいの肝が必要ですね」

その通りだ。

しばし休んでから、橋の修理にあたしも加わる。パティにも、支援をそのまま続けて貰った。

 

2、竜の心臓は再び動く

 

ほぼ一日の残りを掛けて、問題となっていた橋の修復は完了。その間に、あたしは橋の向こう側をパティとともに調査。

橋が幾つかあり。その内一つは、更に降っている。

地底までは残り半分弱と言う所だが。まずは、この動力を直してしまいたい。

橋が直ったタイミングで、あたしはもっとも近い位置から、心臓めいた動きをしている動力を確認。

なるほど。

ある程度はわかった。

観察した後、皆と合流する。

レントが真っ先に聞いて来た。

「どうだ、分かったか」

「任せて。 この心臓、恐らくだけれども根本的なテクノロジーはクーケン島にあったものと同じだと思う。 違うのは生物学的な要素がある事で……」

「ええと、それで直りそうライザ」

「大丈夫。 昨日のうちに集めたセプトリエン、あらかた使う事になりそうだけれど、それで千年くらいは動力は動くはずだよ」

それだけあれば充分だ。

ともかく、引き上げる。クリフォードさんは、ブーメランを大事そうに触っていた。この後、手入れするのだろう。

一応謝っておく。

「地面に刺したりロープ括ったり、すみません。 傷んでないですか」

「いつも魔物相手にこいつは大立ち回りしてるんだ。 問題ないぜ」

「そうですか……良かった」

「むしろ、いつも殺すしかできないこいつが喜んでるよ。 殺すしか出来ない自分が、誰かを助けられたってな」

クリフォードさんの固有魔術は、ブーメランの操作そのものだ。

だったら、ブーメランの声が聞こえても不思議ではないのだろう。

ともかく、遺跡を出る。

あと少し動力が持ってくれれば良い。

あたしは、鼓動を続けている動力に、直してあげるからねと心の中で呟いて。そして、遺跡を出ていた。

 

アトリエに到着したのは夕方。

とにかく、アクロバティックな調査をして少し疲れた。ボオスが、黙り込んでいる皆を見て、ある程度察したのだろう。

呆れ果てた口調で言う。

「聞いているだけで心配になる無茶苦茶を本気でやったらしいな。 命が幾つあっても足りないだろ」

「それは同感だね。 ライザはちょっとパワフルすぎるよ」

「同意する。 俺から見ても、ちょっと力強すぎるな」

「まあ最近は、そう言われてもあんまり頭に来なくなってきた」

まあ、女扱いされないと不愉快になるのは事実だけれども。

ただ、あたしにはどうも性欲が致命的に欠けているらしいと最近自覚してきている。だから、それも良いのかも知れない。

そういえば、三年前も。

あたしと同年代の女性には、男を作ることに命を賭けているような子がたくさんいて。その気持ちをはっきり言って理解出来なかったっけ。

今は、それもまた多様性だと思っていた。

あたしは他人に押しつけないし。あたしに押しつけてこなければ、それでいい。それだけのことだ。

ただ、もしも人間がこのままではダメだと言う場合。

あたしは、改革を図るかも知れない。

その時は、押しつけも仕方がないかなと思う。

これほど悲惨な事になっている世界。更には隣の世界まで陵辱し尽くした人間だ。

もしも何かしらの変革の時が来たとしたら。

文句を言う資格はないだろう。少なくとも、この世界の人間に。

そこまで考えて、あたしはもう自分を人間とカウントしていないのかもしれないと思って。

そして、苦笑していた。

苦笑しか出なかった。

「それでだ。 遺跡の動力を復活させるんだな」

「うん。 それで、橋の修復もこれまでより簡単になると思う」

「動力の調合は大丈夫?」

「問題ない。 セプトリエンは量があるし、なによりこのセプトリエンはまだ出来損ないで、それだけ調査はしてる。 動力用に調整するくらいは、もう問題ないよ」

魔石の王とも言える虹色の鉱石。

恐らく、長い時間を掛けてじっくり作られていく究極の魔力結晶。

まだ出来損ないだろうそれは、文字通り無限の可能性を持つ。

これが此方の世界にたくさんあったら。

いや、それでも古代クリント王国の人間は、更に欲望をぎらつかせて好きかってやっただろう。

人間は残念ながらそういう生き物だ。

「問題はその先だね。 まだ遺跡の心臓部分には近づけてもいないんだよね……」

「そうなるね。 でも、少なくとも出入りでの問題はこれでなくなると思う」

クラウディアは本音は兎も角、きちんと不安を口にしてくれる。

それでいい。

イエスマンなんていらないのだ。

お気持ちで回すようになると、組織は終わる。

あたしが今みんなを引っ張っているけれども。それもお気持ちでイエスマンを並べるようになったら。

こんなに柔軟性に富んで、意見を出し合える場所では無くなり。

恐らく、此処まで来る事だって出来なかっただろう。

「ともかく、進捗についてはアンペルさんとリラさんには伝えておく。 後は、遺跡の奧に何があるか……だな」

「……」

皆が黙り込む。

入るだけでこれだけ大変な遺跡だったのだ。

どれだけ危険な仕掛けや、強力なガーディアンがいてもおかしくはない。人はもういないだろう。

だが、其処は未知の世界なのである。

解散する。

そしてあたしは、セプトリエンを惜しみなく釜に投じる。エーテルに溶かして行き、要素を分解する。

エーテル内で調整する事で、セプトリエンを解析する。

魔力が充填しすぎて、本来だったら爆発する所を、どうしてかそうせずにいられている不可思議な物質。

あたしは世界の真理に近付こうとしているのだろうか。

それとも、そのつもりになっているだけなのだろうか。

そういえば。

タオが持って来た本に書いてあったことがあった。

古代クリント王国が潰れるまで。神代から、まだ人間の時代だった頃。

今とは比べものにならない程宗教がたくさん存在していて。

たくさんの人が、自分の正義を担保してくれるそれらに傾倒していたそうだ。

まあ便利なものなのだから当然だろう。

多くの人間は思考停止してそのまま全てを他者にゆだねるのが楽だし。

何よりも、それが正義を担保して。他者への暴力を肯定してくれるというのであれば、なおさらだ。

ただ、宗教には思想哲学的な側面も存在していた。

それもまた、事実だった。

殆どの場合は、他人を煙に巻くだけの、ありもしない理屈をこね回すだけの代物だったようだが。

中には面白いものもあったらしい。

その一つ。

真理に近付いたと思った時。

人は、真理になど近付いて等いない。

その状態が、魔道に落ちる一番危ない時だとか。

なるほど、確かに一利あるのかも知れない。

ただ、それはあくまで思考をこねくり回した上で、現実と接してこなかった人間の場合なのだろう。

あたしは世界を回って、色々見て来た上で結論を出している。

それでも心しなければならないか。

其処にあるのは、魔道なのかもしれないと。

無言で調合を続ける。

フィーは恐らく、セプトリエンの放出する魔力がとても心地よいのだろう。

だけれども、恐らくフィーはエサの問題ではなく、何かしらの別の問題で苦労しているとみて良い。

それについても、分析を進めないと。

途中、軽く休憩を入れて。そして、セプトリエンを更に圧縮していく。

圧縮するだけなら簡単だ。

魔力を極限まで圧縮していながら、簡単に物理的には圧縮し、調整する事が出来る。文字通り、夢の物質である。

ただしそれも純度が低いし。

もっと純度が高いものを自然で見つけるつもりなら。

とんでもない魔力が満ちた土地。

例えば竜脈の上とか。

ドラゴンの、それもエンシェント級の体内とかで探しだし。

それでも、多くは採れないだろう。

あの生物部品で作られた動力炉が、どういう仕組みなのかは概ねは分かっている。

あれに更にエサを与える事で遺跡は戻る。

そのエサとして。

セプトリエンを主軸とした動力が、必要になってくるのだ。

勿論一度に全部の魔力が動力炉に流れないように、工夫もしておかなければならないだろうが。

調合を続けて行く。

三年前も似たようなものを作ったが。

今回の方が、やはり手慣れてきている。

だからといって、危険なものを扱っている事に代わりは無い。

無言で調合を続けて行く。

とにかく圧縮を続けて行き。

そして、インゴットを投入。

ゴルドテリオンを伸ばして、それで覆っておく。

ゴルドテリオンもかなり強力な金属で、魔力との親和性も抜群だ。これによって、一気に魔力が漏出するのを防ぐ。

形状は球が近いが、表面は複雑に絡み合うように仕上げる。

理論上あり得ない図形にメビウスの輪というものが存在しているらしいが。

それを摸した形にしていく。

そうすることで、魔力の漏出を避ける為だ。

調整がかなり難しい。

何度も額の汗を拭いながら、調整を続けて。

やがて、夜半前に仕上がっていた。

嘆息。

かなり遅くなったが、夜食を口にする。フィーはうつらうつらしていたので、そのまま寝かせる。

あたしは、風呂は明日の朝一に行ってこようと判断。

流石にこの時間に、眠りかけているフィーをつれて風呂に行くのはちょっとあまりやりたくはない。

伸びをして、体を拭くだけ拭いてから眠る事にする。

ようやく、攻略の糸口が見えてきた。

後は、遺跡の深部がどうなっているのか全く解らない事だが。

それについては、恐怖はあまり感じない。

今、あたしの周囲にいるのは、恐らくこの世界で用意できる最高のスペシャリストの集団だ。

数百万程度しか人間がいないこの世界で。

これ以上のスペシャリストはそうそう揃える事が出来ないだろう。

調合で精神を使い果たしたこともある。

ベッドに横になると、あとはすとんと落ちていた。

夢は見なかった。

夢を見る余裕もなかったのが、正しいのかも知れない。

 

ぐっすりと眠って、翌朝一番に風呂に行ってくる。畑を見に行くと、カサンドラさんがびっくりしているのが遠目にも分かった。

セリさんが、なんだか凄い事をしている。

植物はもの凄い速度で成長して、畑の栄養を足したり調整したりして。それで研究を進めているようだ。

オーリムの浄化に必要としているのだろう。

あの植物は、切り札になるのだろうか。

ただ、フィルフサを駆逐した後。

あの植物そのものが、新しい侵略性外来生物になってしまっては意味がない。

プロフェッショナルであるセリさんが、そんな事も分かっていないとは思えないから、大丈夫だとは思うが。

一度、それとなしに聞いておくべきかもしれない。

余っている薬や爆弾を、カフェにささっと納品しにいき。

街道近くで、魔物が出ていないかも確認。

出ているようなら、始末しようと思ったのだが、今の時点では問題がない様子だ。

カフェのマスターは、いつもの若い女性ではなくて、強面の男性がいた。ほとんど一日いつでも経営しているようだし、ずっと同じマスターがいるわけにもいかないのだろう。ただ、その人を見るのは初めてでは無いし。

あたしが別に困るような対応もしてこない。

淡々と物資を納入して、それで終わりだ。

後は、アトリエに戻る。

アトリエの前で、パティとクラウディアが話をしていた。あたしがおはようと言うと、二人とも挨拶を返してくる。

そのまま、アトリエに入って、それで軽く朝食にする。

既に、作りあげた新しい動力は、荷車に積み込んであるので。忘れる恐れもない。

「ええと、それが例の動力ですね」

「うん。 これで千年は遺跡が動くはず。 問題は経年劣化で壊れている部分も多い事だけれど」

「それは、私達が修理すればいいんだよね」

「そうなるね」

入口の仕掛けは、奥の方にもあってもおかしくない。

更に言うと、橋を降って降りた下の方。

其処の方は、昨日気球を使って灯りを飛ばして見たが。多分ワームの巣窟だ。

相当数のワームがいるから、それを駆逐する所から始めないといけないだろう。それも、決して弱い個体ばかりでは無い筈だ。

クリフォードさんが、珍しくかなり早く来る。

おいおい皆が揃っていくが。

セリさんが最後だ。

セリさんは、土の臭いがした。

多分浄化植物の研究が、佳境に入っているのだろう。

「それではミーティングを……」

「ライザ、先に良いかしら」

「おっと、セリさん。 珍しいな」

「ええ。 ちょっと重要な事でね」

セリさんは言う。

毒物を作って欲しいと。出来るだけ強烈で、土に残り続けるような奴が欲しいそうだ。

なるほど。

浄化能力を確認するなら、毒で試すのが一番と言う訳だ。

あたしは少し考えてから、幾つか提案する。

「生物毒ではない方がいいですか?」

「そうね。 フィルフサの毒は、生物の物とは少し傾向が違う」

フィルフサは、土壌を汚染するが。

それは、どうもフィルフサそのものを産み出す土地に、造り替えているようだった。

これはオーリムで直に見てきた事だ。

フィルフサが水に弱い理屈はよく分からないが。

フィルフサを産み出すために改良された土地は、何しろその時点でフィルフサの母胎そのものと化す。

結果植物は殆ど生えなくなり、水害には極めて弱くなる。

フィルフサそのものが水に弱いのも確認しているが、恐らくフィルフサの繁殖に水が邪魔なのも、それが理由なのだろう。

だとすると。

いっそ、病気の類がいいか。

植物をダメにする病気は、あたしも幾つか知っている。

多分。畑を探してくれば、そういうのにやられている作物を確認できるはず。それも、集めてくれば良いだろう。

「分かりました。 それについては、少し時間が掛かりますが、準備します」

「頼むわ」

「じゃあ、遺跡攻略の作戦会議開始だな」

「作戦といっても、動力を復活させた後は、野になれ山になれじゃないんですか?」

パティがずばりというが。

その通りである。

タオが地図を見せてくれる。幾つかの不自然な架かり方をしている橋が、動くかも知れないと言う。

「元々これらの橋に共通して、浮遊という未知の技術が使われているんだ。 動力が復活したら、全てが動く可能性もあるよ」

「俺たちが直した橋がその影響で壊れたりはしないか」

「可能性はある。 だから気を付けないとね」

動力炉を復活させたら、すぐに橋から離れて欲しい。

そうタオに言われたので、頷く。

そうなると、命綱必須か。

まあ、どうにかしてみせる。

フィーは少し元気がないか。

フィルフサがいつ来てもおかしくない、という事もあるが。

フィーにとって空気が何かしらの問題になっているのだとすれば。やはり出来るだけ急いで、オーリムの産物を手に入れるか、もしくはオーリムに行く必要がある。

クーケン島に戻れば、そのままグリムドルに行く事が出来るから、それでいいのだが。

今はそうもいかない。

今回も、光を放つ気球は準備しておく。

更に、幾つか橋についての注意事項をまとめたものを、タオが読み上げてくれた。

建築用接着剤も補充しておく。

何があるか分からないし。

本当にそれだけの事が起きてもおかしくない、未知のテクノロジーが使われている遺跡だからだ。

ミーティング終わり。

後は遺跡に向かう。

遺跡に向かう途中、傭兵に守られた商隊を見つける。手を振ると、向こうも返してきた。

知っている顔だったか。

恐らくは、クラウディアの知り合いだったのだろう。

そのまま街道を急ぐ。

ともかく、「北の里」の攻略は此処からだ。

今までも順調とはとても言えなかったが。

ここから先は。文字通り何が起きるか分からないし。気合を相応に入れなければならなかった。

 

3、目覚める竜

 

遺跡の心臓部に近付く。

命綱、よし。

念の為、橋の左右に皆は分散して貰った。足場が駄目になったときに、全滅するのを避ける為だ。

あの足場は流石にトラップではないと思いたいが。

それでも。最悪の事態に備えるのが、こう言うときの鉄則である。

クーケン島みたいに、地下空間が未完成で。

トラップ云々以前の状態だったら、楽だったのだろうが。

此処はそもそも、古代クリント王国とバリバリにやりあった場所だったのだ。

存在そのものが要塞であり。

現役の時代には、それこそアーミーが攻めこんでも、簡単に陥落させることは出来なかったのだろう。

動力を掲げる。

後は、炉が反応。

動力が、あたしの手を離れた。

吸い込まれるように、動力炉に飛んでいく。浮遊の技術については、ちょっとまだよく分からない。

特定の物質を使っているのか。

ドラゴンなどの一部の魔物が飛行に使う魔術を用いているのか。

残念ながら、それすら分からない。

世界の真理は遠いな。

そう思いながら、動力炉に吸い込まれていく動力を確認。興味を持ったらしい蝙蝠が飛んでくるが、悪さをする前にクラウディアが叩き落としていた。

文字通り、飲み込むようにして。

鼓動を続けている動力炉が、動力を飲み込む。ごくりという音がしたほどだった。あれはやっぱり生きている。

人間が下手に触れたりしたら、それこそ飲み込まれて栄養にされかねないな。

そう思いながら、さっと橋を降る。

しばしして。

鼓動の音が、一気に激しくなった。

同時に、遺跡全体に光が奔る。

文字通りの光景だ。

空間に血管でも巡っていたかのように。雲の中を雷が走り回るように。

真っ暗だった遺跡の中が、一気に光に満ちていく。

同時に、地鳴りが起き。橋が動き始めた。やはり、この遺跡も。クーケン島と同じように、最低限の必要機能だけを生かしていたのだ。

「こ、この灯り、どこから……」

「理屈は分からないけれども、今は身を守ることに専念して!」

「あぶねえ!」

レントが剣を振るって、落ちてきた瓦礫を粉砕する。遺跡が、目覚めようと全身を揺すっている。

飛び回る蝙蝠が悲鳴を上げている。

それらの幾つかは、落ちてきた瓦礫に潰されたり。

勢い余って動力炉に突っ込んで、そのまま吸収されてしまう。

恐ろしい光景だ。

幾つかの橋が、空中で合体して、思っていなかった形状になる。どれも骨に見えているが。

あたしは確認する。

どうも、地面も橋も、自分で光っている。

それだけじゃない。

天井部分は全部光っているとみていい。蝙蝠がパニックを起こして飛び回っているのも、それが理由だろう。

やがて、揺れが一段落する。

下の方も見えている。

まるで腐肉に集る蛆虫のように、大量のワームが蠢いている。

あれを始末するところからやらなければならないだろうが、かなり大きいのも散見される。

簡単ではないだろうな。

そう思うと、ちょっとげんなりした。

また、動力炉は以前とは比べものにならないほど、力強く鼓動している。

魔力が鼓動の度に周囲に波及しているほどだ。

セプトリエンで作った動力、本当に凄いな。

ただ、セプトリエンそのものが、今の時点では粗悪品しか獲得できない。それも、毎回苦労しながら、である。

少なくとも、王都くらいの規模の都市を食わせて行くには、とても足りないだろうし。

この遺跡だって、千年たったらまたはじめて来たときと同じくらいになる。

要するに、現状のセプトリエンでは。

これ以上の人類の飛躍には役立てられない。

そういうことだ。

まずは皆と合流。

タオが、大急ぎで地図を作り直している。

タオには声を掛けない方が良いだろう。一方。クリフォードさんは、地図をタオに任せて、自身は彼方此方を見回して、重要部分をチェックしているようだ。

タオとは連携もばっちりで、よく分からない専門用語をそれぞれに言い合っている。それで、タオがどんどん地図を更新させていく。

タオは目があまり良くなくて、今も眼鏡をしている。

それに対してクリフォードさんは、精密なブーメランの動作にも必須だからだろう。目はとてもいいようだ。

やがて、タオの地図作りも一段落する。

これで、やっと動ける。

「さて、まずはどうするかだね」

「ライザ、あの辺りなんだけれど、先に行きたいかな」

「ん? 彼処?」

「随分上の方ですね……」

パティが懸念の声を上げるが。それもそうだろう。

入口とは真逆の方の、天井に近い辺りだ。

今までは無視していたが、橋が復活した事もある。いけるようになった大地が存在している。

クリフォードさんによると、どうも何かの小屋みたいなのがあるらしい。

詰め所とかだとしたら、何か分かるかも知れない、ということだ。

確かに一利ある。

すぐに移動開始。橋はやはり一人ずつ渡るが。

橋を移動していて分かるが、足下が以前とは比べものにならないほど安定しているし、何よりも。

橋の左右に、魔力で作られた膜みたいなのが出来ていて、それが落下を防ぐための仕掛けになっている。

此処は想像以上に高度な技術で作られているんだな。

そう思ってあたしは感心した。

勿論欠損している場所もあるし。

あたし達が無理矢理修復した橋は、彼方此方でギシギシと軋んだ後、多少いびつに安定したようだが。

しかしまあ、これらは仕方が無い事だ。

まずは小屋に。

ちいさな小屋だが、当たりだ。

中には本棚があって、嬉々としてタオとクリフォードさんが飛びつく。

文字も読めているようである。

「此処は詰め所だったようだな。 戦士が当番制で、議事録を残していったようだ」

「それは助かるね。 何が起きたのか、ある程度分かる」

「少し時間が掛かる?」

「そうだね。 一刻くらいは欲しい」

クラウディアが頷くと、あたしに目配せ。

意外と好戦的だが、まあいいだろう。

ともかく、この高さ。敵は反撃しようがない。

そして今は、光がこの遺跡には満ちている。

だったら、やる事は一つ。決まっている。

あたしとクラウディアは、遠距離制圧を得意としている。勿論、危ない場面が来る可能性もある。

だからレントとパティ、セリさんには周囲を警戒して貰う。

そして、高所から。

下に蠢いているワームの群れに、一斉攻撃を開始。

あたしの熱槍とクラウディアの矢が、次々とワームの群れを射すくめていく。爆ぜ割れる多数のワーム。

下に何があるか分からない程の数が群れている。

今のうちに間引いておかないと、そもそも後で苦労する事になる。

クラウディアの矢は兎に角正確極まりなく、凄まじい制度で大型のワームから順番に撃ち抜いて行く。

あたしは逆に、広域をおおざっぱに制圧して行く。

その気になればもっと丁寧に射撃出来るのだが。今は遺跡の構造体と、とくに橋を破壊しなければいい。

ワームは突如空から襲ってきた攻撃に右往左往。

かなり巨大なワームもいたが、クラウディアが連射するバリスタみたいな巨大な矢には為す術がなく、容赦なく討ち取られていく。

凄い臭いが此処まで漂って来る。

一部のワームは身を隠そうとしているが、ともかく大混雑していて、逃げるに逃げられないようだ。

「下の地面が見えてきた。 色々あるようだけれど……ワームの死体と糞で、滅茶苦茶みたいだね」

「そ、そこに降りるんですか」

「蝙蝠がたくさんいる時点で覚悟はしないと」

パティに言いながら、あたしは更に火力投射。

ただ。このままやり続けると、空気が無くなるかも知れない。

熱槍を、熱から冷気に切り替える。

消耗はもう少し大きくなるが、これも仕方が無いと言えば仕方が無い。

後、空気の入れ換えが必要になるだろうな。

そう思って、射撃を続けていると。

不意に、遺跡全体が激しく振動した。

ごっと、風が吹き込んでくる。

レントが小屋を大きな体を使って守る。あたしも、上を見た。

一部の天井が裂けている。

其処から、空気が出し入れされているようだ。凄まじい出力で、下にあるワームの死骸が浮き上がるほどである。

「まずい、何かに掴まれ!」

「壁際に!」

「植物を出すわ。 それに捕まって!」

セリさんが、地面に手をつくと、わっと蔦が辺りに拡がる。

攻撃は一旦停止だ。

皆で壁際に駆け寄り、蔦に捕まる。小屋は風の影響を殆ど受けていないようである。これはどういう仕組みなのか。

何度か、遺跡そのものが呼吸する。

なるほど、これは文字通り、人工的に作った竜なんだな。

その体内に、今いるんだ。

そう思って、あたしは生唾を飲み込んでいた。

天井に裂け目が出来て、それで何回か遺跡が呼吸して。

文字通りからだが浮き上がりそうになる程の風が出たり入ったりして。やっと、静かになる。

とっさに荷車は小屋の中に入れたので無事。

どういう仕組みなのかは分からない。

遺跡の内部にある多数の橋も、彼方此方にある構造体も、全て無事なようだが。

これは、派手な戦闘は避けた方が良いかも知れない。

そうあたしは思う。

「タオ、クリフォードさん! 無事か!」

「こっちは無事だ。 タオは今、完全に入っていやがる」

「そうか。 相変わらずだな……」

「大丈夫、聞こえてはいるよ。 本当に危険そうなら、無理にでも連れ出して」

タオがそんな風に答える。

クラウディアは大きなため息をついた。

無言で、下を見る。

ワームは壊滅状態だ。元々危険になりそうな大きいのは、クラウディアとあたしで優先的に撃ち抜いていたが。

まさかこんな危険な場所に住んでいたなんて、思ってもいなかったのだろう。

今まで我が物顔に占拠していた地底の闇から、逃げだそうと右往左往としている。

だけれども、どうにもできないようで。

色々な意味で哀れだった。

それに、だ。

傷もないのに死んでいるワームが結構いる。

さっきの飽和攻撃で、空気が駄目になった瞬間に死んだ者達だろう。

空気が悪くなると、生物ってのは簡単に死ぬ。

例えばだけれども、あのゴキブリ。ゴキブリは。体の表面の脂を呼吸に使っているらしいのだ。

その脂を石鹸とかで分解してやると、ゴキブリは。あのあまりにもしぶとい、毒にもどんどん耐性をつけていく恐ろしい虫が。

あっさり、こてんと死んでしまうのである。

これは三年前に、アンペルさんの残していった本を見て、実際に試してみて。それで驚いた。

その後は、ゴキブリ退治用の、石鹸の濃度を上げ。更に噴射できるようにしたものを作って、それぞれの家に配った。

ゴキブリを退治できるというので大変好評だったが。

そもそも噴き出しているのは石鹸なので。

食器を洗うのとか、壁とか床とかを綺麗にするのとかで使う人も多くて。そういうものなのかと、あたしは驚かされたっけ。

ともかく、遺跡が呼吸したことで、下の階層の空気ももう大丈夫な筈。

というかこの遺跡。

空気が悪くなっていることを察して、今の呼吸をしたのか。

だとすると、ますます理解出来ないレベルのテクノロジーだ。とにかく、まだまだ勉強がいるな。

そう、あたしは自省する。

「よし、ある程度目星はついた。 一度、この本棚を持ち帰ろう」

「そうなると今日の探索は一度切り上げるのかライザ」

「そうだね。 今の時点で、遺跡に色々起こりすぎているし、未知の機能も今後起動する可能性が高い。 今後何か恐ろしい事が起きる可能性もあるから、一度遺跡からは出ておこう」

「賛成……」

セリさんがぼやく。

さっきの遺跡そのものが呼吸する光景は、セリさんから見ても驚きだったのだろう。

ともかく、遺跡を出て、そして「数多の目」を呼び出し。今日は早めに引き上げる事とする。

数多の目と、流砂を渡る時にタオが話をしていた。

そういえば、流砂も以前より動きが激しくなっている気がする。

この砂漠の仕組みも、或いはあの動力炉が関与していたのだとすれば。

本当に、砂の中にエンシェントドラゴンが埋まっていて。

それが古代クリント王国と戦っていた。

それくらい、恐ろしい状態だったのかも知れなかった。

 

昼少し過ぎにアトリエに到着。一度解散する。

タオとクリフォードさんは、持ち帰った本の解読をそのまま開始。パティは授業を受けてくると言って、少し名残惜しそうだったがアトリエを後にした。

クラウディアは、料理を持って来てくれる。

あたしの世話をしてくれていると言うよりも、この封印を巡る戦いが、文字通り世界の命運を賭けているものだと理解しているからだろう。

あたしも、ありがたく昼食をいただく。

サンドイッチやらだけれども、ちゃんとおいしい。

あたしは、爆弾や薬を淡々と調合。

更には、それが終わった時点で、畑に出向く。

カサンドラさんが、見せてくれる。

あたしと話し合って、肥料を散々工夫して。どうやらやっと出来たらしい。

アーベルハイムに貰っていた、育成を頼むと言われていた作物。

見ると、中々に豪快に育っている。

配色もなかなかに豪快な果物だ。

「どうだい。 育ち始めたら一週間も掛からずにこうだよ。 或いは隣でセリさんが、色々やっていたからかもね」

「味はどうでした?」

「食べて見て」

頷くと、早速いただく。

なんというか、刺激的な味だ。甘いだけではなく酸っぱくて、苦みもあるけれども。全体的には溶けるように甘い。

何よりもいいのが、変な臭いがないということだ。

果汁もとても刺激的で、ジュースにもパイにしても良さそうである。

ミラクルフルーツと名付けるそうだが。

確かにコレはミラクルだ。

ただ、まだやはり栽培が確立していない。現在出来たものに関してはアーベルハイムに納品するそうだが。

量産には当面掛かると言う。

「いずれにしても、最初に上手く行ったのはアンタのおかげだよ、ライザ」

「ありがとうございます。 ただ……」

「分かってる。 多分これは、ライザの肥料と、セリさんがその畑で色々やっていた結果だろうね。 だけれども、少しずつ分かってもきた。 後何年かしたら、このミラクルフルーツを、王都でたくさん作れるようにして見せるよ」

そうか、それは頼もしい。

しばし、目を細めて、周囲を見る。

農業区は、落ちこぼれが行く所。

そういう変なレッテルが王都ではあるが。

それも、このミラクルフルーツが流通したら、変わる。

この酷い荒れ放題の畑だらけの土地も。

きっと、皆が耕す美しい畑に変わる。

そう思えば、あたしが手伝ったことは、きっと意味がある。

「あたしが作る肥料を、バレンツに今後納品します。 カサンドラさんの所に行くように、手配もしておきます」

「ありがとうライザ。 こっちからもミラクルフルーツが量産出来るようになったら、送ろうと思う」

「……はい」

多分、何年も後になる。

その時には、あたしは。

或いは、もう人間ではなくなっているかも知れない。

今ですら、あたしは人間の考えからどんどん外れている事を自覚している。この頭に掛かってるもやみたいなのが外れて。スランプが終わったら。

きっとあたしは更に飛躍する。

その時には、あたしは。

ふうと息を吐くと、ここに来た目的を果たすことにする。

病気に罹った作物はないか。

そう確認すると、すぐにカサンドラさんは渡してくれた。良い感じだ。後は傷んでいる土もほしい。

様々な病気を採りだして、エーテルの中でミックスして、凶悪な毒に造り替える。

フィルフサは土を自分の領域に変えてしまう。

王種を倒して、将軍も全部潰せば、その辺りからは基本的に離散してしまうが。それも何百年かすれば、また土からあふれ出すだろう。

それを防ぐためには、土を全部一度洗い流すか。

もしくは、「フィルフサの母胎」となっている状態を、浄化できる植物と水で変えてしまうしかない。

しばし、採集を続けて。

傷んでいる野菜や土を充分に回収すると、アトリエに戻る。

途中、レントとボオスが剣の訓練をしているのが見えた。

空いた時間に、というところか。

手をかざして見ていると、ボオスは長めの長剣と、短めの長剣を使った二刀流で攻めているようだ。

二刀流は確かに格好良いのだが。

そもそもどうして一刀流より主流にならないか、という時点で実用性が知れている。

ただ、手数は増やせる。

魔物相手に、例えば武器に毒なり何かしらの魔術を掛けて戦うのであれば、手数が多い二刀流はありだろう。

また、軽装の人間相手だったら、二刀流はありだ。

ボオスなりに考えての事だろう。だったら、あたしは口を出すつもりはない。

そのままアトリエに戻る。

荷車の異臭に気付いたのか、タオが眉をひそめたが。あたしはそのまま調合を開始する。

そのまま夕方まで、調合を続けていると、パティが戻って来た。

授業を受けてきて、それで宿題が出たので、此処でやると言う事だ。

タオも、一通り解読が終わったらしい。

パティの勉強を見始める。

クリフォードさんは、ソファを貸してくれというと、横になる。

頭をフルに使ったのだ。

それは、疲れているだろう。

内容についての説明は、後でミーティングの時にする。そう言われた。まあ、あたしとしてもそれで異存はない。

黙々と「毒」を調合していく。こいつだったら、畑にまけば一瞬でその畑を終わらせることが出来るだろう。

それくらい凶悪な代物だが。

それに打ち勝てないくらいでは、フィルフサの母胎を書き換えること何て、とても無理なのだ。

やがて、皆が来始める。

ミーティングの時間だ。

「ライザさん、またなんだか嫌な臭いがするんですけれど、何を作っているんですか」

「毒」

「えっ……」

「ちょっと訳ありでね。 大丈夫。 良いことにしか使わないから」

もう少しで出来るか。

だが、今日はミーティングをして、それで仕上げてしまった方が良いだろう。

まずは、ボオスも交えて順番に話を始める。

最初に挙手したのはタオだった。

「遺跡の入口にあった建物の中にあった本を解読して、ある程度の事は分かったよ。 あれは案の定、番をしていた戦士達……小規模だけれどアーミーだったらしいけれど、その記録だった」

「こまめだな。 いちいち日記をつけていたのか」

「いや、どうも業務記録的なものであるらしいぜ」

「業務記録……」

パティが顔を上げる。

なんでも、今アーベルハイムでも、戦士達の組織化を考えているらしい。

今まで、戦士を大規模にまとめる事はなく。魔物を退治するときも、ある程度の戦士をその場でやとって戦場に出ていたそうだ。

そういう状況を打開するために、今考えているのが記録らしい。

戦士達が専業戦士となって、街を守るとき。

するべき事は、記録だそうである。

よくあたしには分からないが。

ただ、クラウディアと文通をしていた三年の手紙はとってあるし、それはあたしの中で歴史になっている。

たまにクラウディアは愚痴を言ったりもするが、どういう所で仕事をしたとか、そういう話も多かったな。

少し、分かった気がする。

「ともかく、業務記録が有用だったんだな。 それで内容はどうなってるんだ」

「うん。 まずあの「北の里」は、やはりエンシェントドラゴンとともにあった場所みたいだね。 エンシェントドラゴンが里の長を務めていて、古くから里の指導者として知恵を授け、方針も決めていたらしいよ」

「ドラゴンの里か……」

「名前はちょっと今の言葉だと発音しづらいけれどね。 それで、そのエンシェントドラゴンの指示で、一時期から里を地下に移しはじめて、百年くらいかけて地下要塞にしたんだって」

ふむ、そうか。

エンシェントドラゴンの判断は正しい。

あの砂漠の鉄壁の要塞と、そもそも攻める戦略的価値が低いから、古代クリント王国は攻めきれなかった。

それについてはよく分かる。

タオは続けた。

「封印の作業の件についても戦士達の記録があった。 不平が多かった、だってさ」

「まあ、ただでさえ元々一枚岩じゃない雰囲気はあったもんな」

「ライザの残留思念調査でそうなっていたよね。 僕も記録を確認して見たんだけれども、どうやら「北の里」の戦士達の間でも、封印を作る作業については良く思っていなかったらしくて。 その最大の理由が、エンシェントドラゴンの命を削るから、だったみたいなんだ」

「えっ……」

あたしは思わず声を出していた。

それだけ、ドラゴンが尊敬されていたのか。

今では、エンシェントドラゴンは完全に暴威の象徴。ドラゴンだって似たようなものである。

魔物が完全に人間の敵になる前は。

或いは精霊王と似たような形で。

人間と上手くやれている魔物は、ずっと多かったのかも知れない。

もしもそうだったとすると。

あたしは、それについては、考えてしまう。

「龍神様と北の里の人間はエンシェントドラゴンを呼んでいてね。 子供の名前とかも、全部つけて貰っていたらしいんだ。 子供の頃に、的確にものを教わるのも全てドラゴンからだったらしくてね」

「確かにそれだと、里の指導者を超えて、集落全員の親だな……」

「それだけ人間に友好的なドラゴンがいたなんて……」

「今だととても信じられねえな」

クリフォードさんもぼやく。

皆驚いている様子だが、セリさんだけは冷静だった。

「やはり、古代クリント王国の破綻と同時に、此方の世界ではドラゴンとの関係も一変したようね。 いや、古代クリント王国の覇権と同時かしらね」

「オーリムだとだいぶ違うの?」

「ドラゴンが力強い獣であるのは事実だけれども、彼等は基本的に高い知恵を育つとともに獲得していく、場合によっては氏族と連携して生きる事もある生物よ。 人間とそこまで親しい存在はオーリムでも珍しいけれども、死を間近にした老齢個体だったらあるのかも知れないわね」

「よくある、孫が出来た途端甘甘になる頑固お爺さんみたいな?」

セリさんは小首を傾げる。

ちょっと表現がわかりにくかったか。

咳払いすると、タオが続けた。

「ここからが大事なんだけれども。 「北の里」は、地下に潜ってからは三つのエリアに里を分けたらしい。 一つは今僕達が探索している場所。 ここは戦闘で、敵に侵入されたときに使うものだったらしいね」

「なるほど、やはり死地だったんだな」

「元々は、里の人間の操作で、橋を自由に上げ下げ出来たみたいだよ。 だから侵入してきた敵を、簡単に片付けられると」

「……なるほどね」

確かにあの橋、例えば誰か渡っているときにぐるんとかひっくり返されたら、それだけで全滅させられる。

あの高さから落ちたら。

古代クリント王国の技術で固めたアーミーだろうが、文字通りひとたまりもなかったことだろう。

要塞は基本的に相手を入れない作りにするか、相手に入られても平気な作りにするかの二択だったらしいが。

あの北の里は、砂漠という強大な外堀に加え。

内部にも、強力な仕掛けを作っていた、というわけだ。

ただ、生活はしづらかったのでは無いかとも思う。

「もう一つの区画は、多分一番下の層だね。 あの辺りは、本来は人が暮らしていた場所らしいんだ」

「でも今は、ワームだらけだったよね」

「最後の方の日記にあったぜ。 エンシェントドラゴンを失って、里は大混乱。 動力や知恵よりも、里の人間はエンシェントドラゴンに判断の殆どをゆだねていたらしい。 結果血を見るまで争ったらしくてな。 最終的には実験用に仕入れたワームを放って、里を放棄したらしい」

「そういうことか……」

エンシェントドラゴンが死んだ。

それが里を放棄する切っ掛けになった。

それは分かっていたが。いくら何でも無惨すぎる最後だ。

確かに人間は、判断をゆだねられるのならゆだねてしまうのだな。そう思って、慄然とする。

人間を遙かに超える力と知恵を持つエンシェントドラゴンは、里の人間にとっては親も同然だったのだが。

親以上に、神に近かった訳だ。

それで、全てが瓦解した。

瓦解しても、最後の力を振り絞って。封印を守るために、仕掛けを残した上で、ついでにワームも撒いておいたと。

思い入れのある家を魔物だらけにするのは心苦しかったのではないかなとあたしは思って。

それ以上に、エンシェントドラゴンに全てをゆだねていた愚かしさと意思の弱さ。

何よりも、人間を結局は甘やかしてしまったエンシェントドラゴンの判断ミス。

エンシェントドラゴンは。死ぬ際に恐らくはこの先どうなるかが理解出来ていて。とても悲しかっただろうと思って。

やりきれないと感じた。

仮に神がいて。

それが慈悲に満ちた存在だったとしても。

その神が終わる時には。

人間はこんな風になるのだろうと思うと、慄然とする。

何よりも、結局「北の里」も理想郷などではなく。

理想的な指導者が出た結果、その存在に甘えきってしまい。

理想的な指導者が出す指示がミスをしなかっただけで、結局根本的には古代クリント王国と大して変わらなかった。

それを理解してしまったから、あたしは大きな溜息が出る。

心の中に、深い深い穴が出来はじめている。

穴は周囲に罅を生じさせ始める。

あたしは、確実に変質し始めている。

「ライザさん……」

「ごめんパティ。 少し……静かにして」

「……」

やっぱり、このままでは人間はダメなんだ。

それは確信できた。

人間に一人一人説教するとか、そんなのは論外だ。何かしらの方法で、品種改良でもするしかないだろう。

仮に、今の時代を好転させて。

魔物に押され放題の悪夢と衰退の時代を終わらせることが出来たとしても。

どうせまた、人間はオーリムをはじめとする他の世界に迷惑を掛けるだろう。

そして迷惑を掛ける行為を、「淘汰圧が」だの、「生物としての本能が」だのというような屁理屈で誤魔化し。

大量虐殺を肯定する。

それが許されるのは動物まで。仮にも知的生命体を名乗る存在が、それをすることは許されない。

畑にある作物が、生物的に弱いと言う理由で、畑に害虫を大量に撒いて全滅させる行動は正しいだろうか。

そのくらいは、人間は考える知能が今後必要になってくる。

リアリストを口にする人間が、リアリストとは程遠い事を考えると。

やはり。人間世界には魔王が必要だ。

そういう結論にあたしは至る。

顔を上げる。

何かが。決定的に変わったかも知れない。勿論、今までと同様に、やるべき事はやっていく。

手が届く範囲は助ける。

悪を許さない。

それは変わらない。

だけれども、もしもこれからオーリムに侵攻して資源を略奪しようとか考えている輩がいたら。

それが人間と、それが率いる国家であろうと。

あたしは皆殺しにする。

それについては、もう考えが決まっていた。

「うん、もう大丈夫。 さ、ミーティングを続けよう」

あたしは。

不意に頭が冴えるのを感じた。

ずっと鈍い感触があったのだが、それが綺麗に消え失せたように思う。

ついに、あたしは。

スランプを脱したようだった。

 

4、蓋は砕けた

 

今日は体調がいい。

だから、アインは走り回って良いと言われた。

嬉しい。

アインは体を動かすのがすきだ。でも、体の方がアインの意思に反してとても弱い。少しずつ、思い出してきている。

どうして体が弱いのか。

どうして体を動かすのが好きだったのか。

姿が全く見えないお母さんが、どうしてアインのことをこんなに大事にしてくれているのかも。

恐ろしい記憶も。

髪を掴んで、引っ張られた。

首が折れると思う程、何度も殴られた。

歯が折れて。

血もたくさんでた。

凄まじい形相のそれは、「錬金術師」という存在だった。

やっぱり汚れた血はダメだな。

偉大なる錬金術師の血統を維持するために、どうしても近親婚は必要だ。

遺伝的な形質の劣化は我慢するしかない。

そうしないと、こういう出来損ないがどうしても出てくる。

そうわめき散らしながら、何かをミスすると、いつもいつも「錬金術師」はアインを殴りつけた。

謝ろうと関係無い。

そして、薬を乱暴にぶっかけて、死なないようにだけして。

何度でも気が済むまで何かの作業をさせて。

その作業の内容は思い出せないが。

その作業の回数をさせた分だけ、アインを殴って。髪を掴んで引っ張って。地面を引きずって。

意味もよく分からない罵倒をして。

周りにいる同じ「錬金術師」という存在は、ずっとにやにやとその様子を見ていた。

今でも怖い。

「錬金術」というものについては、あまり恐怖感はない。

自分の血統上の父親であるらしいあの「錬金術師」は今でも恐怖の対象でしかない。

だけれども、今はお母さんが優しいから。

それでいい。

形がなくても、大好きだ。

走り回っていると、それだけで息が切れてくる。

それだけじゃない。

体中が痛くなってくる。

「体の細胞」というのが、あまり外にはいられないらしい。すぐに痛んできてしまうらしかった。

転びかけた所を、誰かに受け止められる。

同胞と呼ばれる。

アインの事に良くしてくれる人達だった。みんな同じ顔をしているけれど、最近は見分けがつくようになって来た。

「アイン様、大丈夫ですか」

「うん、大丈夫。 それより、お母さんが今日はずっとだんまりだね」

「仕方がありません。 想定外のイレギュラーが発生しています」

「事故が起きたの?」

首を横に振る同胞の長。名前はエインティア。

一族の中でももっとも長生きしているらしく、現在人間社会に子孫が五十人もいるのだとか。

だけれども、その全てが同胞というわけでもなく。

色々と状況は複雑であるらしい。

培養槽につれて行って貰う。

培養槽の中では、アインはうつらうつらと眠りながら、少しずつ記憶を取り戻していく事しかできない。

体を動かすのが大好きだから。

それはとても悲しかった。

服をリネンに着替えて、培養槽に入ると。体を調整する液がすぐに培養槽に満たされていく。

その中に浮かんで、ぼんやりと話を聞く。

「例の錬金術師、ライザリン=シュタウトが……」

「なんだって。 そんなに早く。 それでコマンダーは」

「今の時点では様子見だと」

「今なら、同胞が総掛かりであれば勝てる。 これ以上成長するようだと、古代クリント王国どころか、神代以上の脅威になりかねない。 それでもどうして仕掛けないというのか」

議論しているみんな。

喧嘩しないで。

みんなが仲良しがいいな。

そう思っていると、お母さんの声がした。

「皆、盟友たるパミラの判断を伝えます」

「はっ」

「パミラによると、ライザはセーフティを地力で打ち破った今も、悪に落ちる気配はないようだと言う事です」

「そうなると、危険性を承知で緩やかな協力体制をこのまま維持しろというのですか」

フロディアという同胞が、危険だと言う。

だけれども、お母さんの声はあくまで穏やかだった。

「今もライザは、門の一つと、それから世界間を渡って侵攻を開始しようとしているフィルフサに対応しようとしています。 少なくとも、フィルフサの王種を仕留めるまでは、此方は静観という判断で私も同意です」

「あまりにも判断が甘すぎます。 錬金術師どもが何をしてきたか、お母様もご存じの筈です!」

「アイン様の記憶は見ました。 あのような蛮行を平気で行うのが、精神の箍が外れた人間です。 そして全能感を刺激される錬金術師は、幾らでもああなる! 私は、奴らを今からでも滅ぼすべきだと具申いたします!」

同胞としては珍しい男の声。

お母様は、それでもずっと穏やかな声だった。

「勿論、件の錬金術師……ライザリンが、邪悪に落ちると判断したら。 私の総力と、同胞の総力を挙げて仕留めます。 しかしながら、どうも盟友パミラの言葉によると、ライザリンは人間の現在までの歴史を軽蔑し、根本から変えることを目論んでいるようなのです」

「……」

「人間こそが至高であり、霊長であり、その行動の全てが肯定されると考えていた神代の存在とは違うと判断して良いでしょう。 少なくとも今は、です。 恐らく、例の力が一年程度で発動すると判断して良いでしょう。 その時に、もしもライザリンが此処まで来られるようなら……」

その時は、連携して。

この世界に神代が残した呪いの全てを排除することを考えたい。

そうお母さんは言う。

アインはそれを聞いて。

喧嘩にならないなら、それが一番良いなと、思うのだった。

 

(続)