竜の廃墟

 

序、砂漠渡り

 

全員で、砂漠の一角。岩山にしか見えない、擬態している「数多の目」の元を訪れる。

タオが呼びかけると、すぐに「数多の目」は姿を見せていた。

しばらく、タオが会話する。

そうすると、「数多の目」の触手は、リラさんとアンペルさんをじっと見た。どうやら記憶しているらしかった。

「二人のことも話しました。 今、記憶しているそうです。 ただこれ以上の人数は、渡さないという話もされました」

「厄介だが、仕方がないな」

「ともかく、これで遺跡には行けそうだが……」

砂から盛り上がるようにして。

たくさん目がついている、肉塊がせり出してくる。それが平らな板のように形状を変えるが。

その際も、いちいち肉が蠢いて形を変えるので。

パティは口を押さえて真っ青になっていた。

どうも苦手らしい。

だけれども、苦手だからと言っていきなり斬り付けたり、排除したりしないのはそれで立派。

自分の主観しか世界にないと思っているような輩と。

パティは違うと言う事だ。

それだけで充分である。

「乗って。 里まで送ってくれるって」

「目の上に乗ってしまっても大丈夫なのかしら?」

「大丈夫だそうだよ。 目は閉じるって」

「……」

セリさんが呆れ気味。

ともかく、荷車ごと、肉の台に乗る。

全員が乗ったのを確認すると、たくさん目がついている肉の台は、一気に砂漠を移動し始める。

魔物がそれを見送る。

基本的に、仕掛けて来るつもりはないらしい。

この砂漠の王だ。

しかけるのは、何を意味するか。

少なくとも此処で生きている魔物は、知っているのだろう。

凄い速度で流砂を超える。

あたしは、皆に注意を促しておいた。

「とにかく振り落とされないように気を付けて!」

「なんだかこの肉、感触が生々しいです……!」

「我慢しろ。 殆どの動物にとっても、人間がやってくる愛情表現は、実の所鬱陶しいだけなんだ」

「そ、そうなんですか!?」

砂がとにかく飛んでくる。

流砂を無理矢理乗り越えるのだから、当たり前だ。台は何度か途中で大きさや形を変えたが。

これはアンペルさんが言うように。

粘菌だのが構成要素だから、なのかも知れなかった。

いずれにしても、流砂をびゅんと飛び越える。

方角はある程度わかるが、それでも正直な話、今砂漠のどの辺りにいるのかは分からない。

辺りも蜃気楼だらけ。

荷車から冷気を発していないと、とても耐えられないかも知れない。

セリさんが出してくれた、直射を防ぐ葉っぱもいつまでもつか。

しばし不安が過ぎた時。

不意に肉の台が止まっていた。

「……、…………」

「……」

「………、…」

タオと、にゅっと伸びてきた触手が会話する。

タオが最敬礼をしたのが分かった。

「ついたって。 降りよう」

「帰り道はどうするの?」

「ここに来れば、また乗せてくれるって」

「はあ。 生きた心地がしなかったぜ……」

レントがぼやく。

まあ、気持ちはわからないでもなかった。

此処は。

砂漠から少し離れたようだ。少なくとも、少し草が生えている。水たまりはあるにはあるが。

それだけで、周囲の砂漠と違う環境が作れているというのは、どうにも妙だなとあたしは感じた。

無言で周囲を見回す。

蜃気楼に包まれていて。この辺りそのものが、幻の中にあるのでは無いかと思ってしまうが。

いや、違うな。

この蜃気楼も、此処を守るための仕組みの一つなのだろう。

多数のワイバーンを番犬同様に使い。

更には蜃気楼。流砂。熱砂の砂漠。強力な魔物。

これらを使って、やっと古代クリント王国から、この場所は身を守ったのだ。

タオが、看板を地面に突き立てる。

そして、あたしも頷くと、建築用接着剤で、それを固めてしまった。

「よし、これで退路は確保、と」

「それで、この辺りが……その。 「北の里」なんですか」

「のっぱらにしか見えないねえ」

「遺跡ってのはえてしてそういうもんだ。 ましてや欺瞞化工作をしているなら、なおさらだろうよ」

ロマンでも感じているのだろう。

クリフォードさんが嬉しそうに、さっそく周囲を調べ始める。

とりあえず、手を叩いて、皆でツーマンセルとスリーマンセルになるようにして貰う。それだけで、事故の可能性は大きく減るのだ。

あたしはパティと組む。

それで、彼方此方を調べて行く。

「ライザさん、やっぱり総当たり、で行くんですか?」

「よく見てご覧」

「ええと……」

クラウディアは、セリさんとクリフォードさんと組んでいるが。

早速音魔術を展開している。

セリさんは、手を地面について、周囲の確認。クリフォードさんは、二人の様子を見ながら、地面をチェックしているようだ。

つまり。皆それぞれのやり方で調査をしていると言う事である。

「総当たりは総当たりだけれど、全員得意分野を使う。 パティ、警戒に当たって。 魔物は、多分いるからね」

「分かりました!」

素直だパティは。

ずっとそうあって欲しい。

今後、パティも立場が変われば考え方も変わってくるのだろうか。だが、根本的なこの性格だけは変わって欲しく無い。

あたしも皆に交じって、調査を始める。

のっぱらなだけの筈がない。

流砂と蜃気楼でこれだけ守られた場所だ。確定で何かある。

まずは、安全地帯の見極めからだ。

パティは剣に手を掛けたまま、周囲を見張ってくれている。あたしは時々皆に声を掛けながら、流砂の位置を見極めながら、歩いて回る。

なるほどね。

やはり、この遺跡は地下遺跡なのだとみて良い。

そもそも神代には、空に都市を浮かべる技術があった。それについては、既に三年前に知っている。

そしてこの遺跡は、古代クリント王国に対する策は練っていただろうし。

古代クリント王国が都市を空中に浮かべる事は出来なくても。

なんらかの方法で、空から此処を見る事が出来た可能性はある。

その時に備えていた事は、可能性として充分にある。

ワイバーンだけでは対空戦力は足りないだろう。

だとすると、遺跡そのものを何らかの方法で隠してしまう。それが一番正しい筈である。

一応、流砂の位置を確認。危険地帯を確認後、タオを呼んで、地図に記してしまう。タオもレントと組んで彼方此方調べているが、まだ成果は上がっていない。

「遺跡そのものだけでなくて、遺物もない?」

「今の所は。 野原にしても、この辺りは少し草も少ないね。 多分だけれども、生態系もろくに成立していないと思う」

「野生化した家畜もいないか……」

「それもあるけれども、これしか草がないと、ある程度の大きさの草食獣は生きていけないのだと思う」

ヤギなどで顕著だが。

草食獣は、想像以上の草を食べる。

ヤギは数頭放っておくだけで、のっぱらからあっと言う間に雑草が消えてなくなってしまう程だ。

人間よりだいぶちいさなヤギでそれである。

草食の大型の魔物が、ここに住み着くとは思えない。

更に言うと、一応見て回ったが、エレメンタルなどの魔物も見当たらない。

強いていうなら、今後は流砂の中からの奇襲を警戒するべきか。

「幸い、この辺りは砂漠の中程暑くはないね」

「そういえば……」

「もっとへとへとになるくらい暑いのを覚悟していました。 或いは遺跡の中は涼しかったりするかもしれないですね」

「可能性はあるぜ。 高度テクノロジーは俺たちの想像を超えているからな」

頷きあうと、タオとレントと別れて。それぞれの方法で調査に戻る。

あたしも地面を調べながら、少しずつ進んでいく。

セリさんを一瞥。

どうやら植物の配布を調べて、不審なところがないか調べている様子だ。

あの辺りは、流石は専門家である。

そういえば、暑くない理由は直射がやわらいでいるからか。

どうしてだろう。

いや、むしろあの砂漠での直射がきつすぎたのか。

何かしらの仕掛けがあったのかも知れない。

しばらく調査をした後、一度休憩。荷車の所に戻って、皆で水を飲む。水はそこまで消耗しなかった。

砂漠の中を調査している時は、水をけちると死につながるから。本当に水の消耗が早かったのだが。

「露骨過ぎるくらい水の減りが少ないね」

「ただ。 この別に広大でもない野原に、遺跡が見つからないな……」

リラさんがぼやく。

確かにその通りだ。何か、根本的な勘違いをしている可能性もある。

「数多の目」は、流石に遺跡の入り方までは教えてくれなかった。

誠実に行動していたあのガーディアンが、嘘をついたとも思えない。

オーレン族を認識していたと言う事は、特に悪意があって此処に案内したとも考えにくい。

だとすると、物理的な調査ではダメなのかも知れない。

だけれども、乱暴に穴をブチ抜いて地下に行くようなのは最終手段。

空を今もワイバーンが多数舞っている。

あれらは、此方を監視しているとみて良い。

ワイバーンはついにはっきりしたが、ドラゴンの幼生体だ。

そうなってくると。ある程度の知能はあるし。

この「北の里」の親に等しいエンシェントドラゴンの血を引いているのだとすれば。

不埒な侵入者を防ぐために、今でも空を舞っているのだろうから。

「遺物の一つも見つからないと言う事は、綺麗に掃除までして引き払ったのかもしれねえな」

「そうだな。 ただ、どうにも引っ掛かる……」

「とにかく、調査を続行しよう。 古代クリント王国に対抗して、隠蔽を行ったとすれば。

 簡単に見つからないのは当たり前だよ」

皆にそう言って、あたしは率先して立ち上がる。

午後も同じ組み合わせで調査を続行。

クラウディアも音魔術を展開しているようだけれども。

やはり、おかしな地形的な異変は見つけられない様子だ。

つまり結構な深さまで、土が詰まっていると言う事で。もし遺跡が地下にあるなら、更にその下にあると言う事だ。

しかし、それだとすると。

遺跡には、どうやって出入りした。

偉ぶった人間が模範解答と称して、自分らだけで正解だと考えているようなものを用意しているのとは違う。

此処では人が生活していたはず。

だとすると、やはり暗号と鍵か。

考え込みながら、辺りを調べて回る。

フィーが、懐から顔を出す。

「フィー!」

「うん、どうしたの」

「フィーフィー!」

「……この辺りかな」

足を止める。

のっぱらの真ん中だ。この辺りに何かあるとすると。

考え込んでいても仕方がない。

周囲を見張ってとパティに告げると、あたしは足に魔力を集中。跳躍していた。

上空から見回す。

やっぱり、のっぱらだ。

だけれども、どうにも変な違和感がある。

着地して、周囲をもう一度見回す。

まて。

今、跳躍したとき。

最上部が、ちょっと暑かったような気がする。

「パティ、詠唱するから、ちょっと護衛よろしく」

「は、はい!」

あたしは全力で詠唱を開始する。

あたしのために作った杖を使って、魔力を全力で増幅する。基本的にあたしの杖は今では打撃用ではなくて魔術の増幅用だ。

昔は両方の用途で使っていたが。

今では、打撃はあくまでおまけ。

基本的な近接戦闘は、足技でいける。

アガーテ姉さんに、足技は大きく動く分隙も大きいから、余程自信がない限りとどめ以外では使うなと言われていたが。

それは経験が浅かったから。

今では、適宜足技を相手に叩き込む事が出来る。

あたしだって、三年間寝ていたわけじゃない。

フィルフサの大軍を退けてから、彼方此方の集落を救援する過程で、相応に戦闘経験は積んで。

腕そのものは磨いたのだ。

そして、魔術の腕も。

詠唱完了。

あたしの全身から迸る魔力。

やはり量そのものはもうこれ以上飛躍的に増えそうにもないか。

だとすると、今後は質を上げていくしかない。

魔力を周囲に展開。

触手のように伸びた魔力で、温度を計測。

あたしの得意なのは熱魔術。

それは、熱とそもそも相性が良いことを意味している。こうやって、時間を掛けての応用技で。

周囲の熱をある程度測ることも出来る。あまり実用的ではないから、そこまで磨いていない。

だからこそ、詠唱でじっくり調整しなければならないのだが。

「……なるほど。 そういうことか」

「何か分かったんですか、ライザさん」

「……タオ、呼んで」

「はい!」

パティが即座にダッシュ。

あたしはゆっくり詠唱を続行して、丁寧に周囲を探り。そして、タオが来たのを見計らって、魔術の展開を解いた。

攻撃魔術よりも魔力消耗が激しいが。

その分フィーには臨時のごはんになったか。

タオが来たので、軽く説明しておく。

「タオ、多分魔術で冷気のドームが作られてる。 こののっぱら全域を覆う規模」

「流石だねライザ。 今の大魔術で分かったの?」

「クーケン島で、過ごしやすい場所とか探すために開発した魔術でさ。 大魔術っていうよりも、使い慣れていないだけだよ」

ドームは、流砂にまで拡がっていて、中心部は恐らく此処からかなり下の方にあるとみて良いだろう。

冷気がいきなり強くなるのではなく。

内部に人が入ると、じわじわと温度を下げていくような仕組みになっている。

だから、気付けなかったのだ。

いきなり温度を冷やすと、砂漠の熱に苦しんでいた人間が、体調を崩すからなのかも知れない。

そこまで想定していたのだとすれば、相当な技術である。

しかも魔術だろうけれども、或いは何かしらのテクノロジーの可能性もある。

テクノロジーだとすると、正直あたしの今の頭では理解不可能だ。

「よし、此処が中心だね。 此処を中心に、色々と調べて見よう」

「そうなる。 ともかく、一日二日では地下には入れるとは思えない。 腰を据えてやっていくしかなさそうだね」

「戻れるかも確認しないとな」

「……」

レントはこのガタイで見かけだから、最初無鉄砲にパティには見えたのかも知れない。

だけれども、リラさんの教えを受けているのだ。

今ではすっかり、一人で旅が出来る知識と経験を備えた戦士だ。

それはミスをしても、地力でリカバーできることを意味している。

今も、しっかり退路を想定して動いている。

パティからして見れば、完全に格上で。

劣等感を刺激されるのかも知れなかった。

夕方近くまで、色々なアプローチを試してみるが、結局はダメ。或いはだけれども、何かしらの装置があるのではないのかも知れない。

だけれども、そもそも遺跡の住人が戻って来た場合の対策はしているはずだ。

何か、簡単に入れるための仕掛けがある筈。

空を見る。

そろそろ時間だ。

皆に声を掛けて、撤退を開始。

きっちり「数多の目」は。呼びかけると出て来てくれて。

そして、帰路を送ってくれた。

どうやら、本当に誠実な奴らしい。

仕事をしっかり果たしている以上。

「数多の目」に、これ以上は求められなかった。

 

1、隠蔽された遺跡の入口

 

夕方にアトリエに到着。ボオスも交えてミーティングをする。

今日は、これからクラウディアに頼まれた機械の修理をする。

まだ使い路がない例の機械だ。今日、明日の夕方以降を用いて、修理をしてしまう予定である。

それについても、皆に話しておく。

なお、貴族の権力云々には関わらないので、今日明日はパティには手伝って貰う予定はない。バレンツで雇っている戦士達に、手伝いは頼むつもりだ。

「すまないが、私達は別行動する」

「アンペルさんもいると心強いんだけどな」

「そう言ってくれると嬉しいが、「星の都」というお前達が見つけた遺跡がどうにも気になっていてな」

アンペルさんとリラさんはそっちの調査を優先したいという。

星の都には、記憶が曖昧になってしまっているとは言え精霊王「光」と思われる存在がいた。

確かに調査するのは良いことだろう。

そうなると、明日からはまたいつもの面子だけでの遺跡調査か。

ただ、アンペルさんとリラさんは、「北の里」への行き方を理解し。「数多の目」もその顔を覚えたはずだ。

これで、いつでも遺跡に行く事が出来る。

「それで、明日からはどうする。 俺の専門外になるのかこれは」

「いや、どうにもそうは思えないですね。 「北の里」が色々な資料からして放棄されたとしても、後から戻ってくる人がいた可能性はある。 そういう人のために、門戸まで完全に閉じたとは考えにくい」

「僕も同感だね。 他の遺跡は研究施設だったりそもそも地面に落ちてしまったり墓場だったりしたけれども。 純然たる集落だった「北の里」は。 それらとは状況が違うはずだよ」

「クーケン島も、地下に入れるようになっていたもんな」

ボオスが付け加える。

その通りだ。

仮に、「北の里」の生き残りがいたとして。

もしも封印のことを受け継いでいたりしたら。何かしらのトラブルの時に、封印に向かった可能性がある。

クーケン島でも、処分される寸前だったとは言え、タオの家に操作マニュアルが残されていたのだ。

同じようなものがあっても、不思議ではないのである。

「僕は明日、何か策がないか考えて見るよ」

「俺もだ。 今日は宿に戻って、今までの遺跡と照らし合わせて、いい案がないか考えてみる」

遺跡の専門家二人は、それぞれそんな事を言う。

セリさんは、現時点では植物学の観点からはお手上げ。

クラウディアも、音魔術探査の観点からはお手上げらしい。

だとすると、明日は二人は護衛に回って貰うか。

それにしても、何か見落としていないだろうか。

パティが、おずおずと手を上げる。

「あの、私みたいなド素人が意見を言うのもなんですけど」

「いいよ全然。 言ってみて」

「は、はい。 例えば、呼び鈴みたいなものがあったりして……」

「可能性は充分にあるよ。 ただ、今までは見つかっていない。 物理的な呼び鈴はなくて、何かしらの魔術的な呼び鈴の可能性はあるね」

ただ。そうなると。

「北の里」の人間が、みんな何かしらの特別な魔術か何かを使えたのか。

「北の里」のテクノロジーで、住んでいる人間の魔力を全てパターンとして記憶していたのか。

もし後者の場合は、正直手に負えない。

前者の場合は。

「北の里」に住んでいたのは、エンシェントドラゴンに教授を受けたとはいえ、とんでもないスペシャリスト集団になる。

あながち捨てきれない説だ。

何しろ、古代クリント王国に屈しなかったことが判明したのだから。

古代クリント王国が子供などを人質にとって脅したという話が「数多の目」から得られたが。

それも嘘とは思えない。

まて。

何かが引っ掛かる。

ボオスが咳払いした。

「ともかく、今日は一度解散して、それぞれ考えた方がいいんじゃないのか」

「そうだね。 僕も考えは一人でいる方が纏まる方だ」

「私も、今日は宿題の片付けに集中します。 後、これから一コマ授業受けて来ます」

「俺は疲れたな。 公衆浴場行って、さっさと寝る」

それぞれが、さっと解散。

あたしは、クラウディアとともにバレンツ商会に。

壊れてしまっている機械の部品を荷車に詰め込む。手伝ってくれる戦士には、手袋を渡して、注意をしながら荷車に部品を載せて貰った。

クラウディアが見ている事もある。

言う事を聞かない戦士はおらず。

しっかり動いてくれる。

そのままあたしはアトリエに機械の部品を運び込んで、エーテルに放り込んで修理を開始。

仕組みは理解しているから、簡単だ。時々インゴットを足して、調整していけばいい。

今日で七割程まで終わらせて。

明日の夕方以降で、残りと組み立てまでやってしまう。

まあ、組み立てても使い路はないのだけれども。

いっそ、あたしが作ったインゴットを伸ばして、それで試運転だけはして見るか。

そんな事を考えながら、部品の修理を終了。

バレンツ商会に持っていく。

壊れた部品と入れ替える。別物のように新しくなっているのを見て、戦士達がひそひそと畏怖を込めて何か話している。

クラウディアが、かなり威圧的に咳払いして。戦士達が背筋を伸ばす。

これは、あたしが怒る必要はないか。

「す、すみません副頭取!」

「ライザさんは今の時代を代表する豪傑で、私の親友です。 失礼をするという事が何を意味するか、理解しなさい」

「は、はいっ!」

クラウディアもよそ行きの顔がすっかり怖くなっているな。なお、戦士達に対してだから、あたしに「さん」をつけている。

クラウディアの無邪気で優しい顔は、あたし達だけが知っているものにいずれなるのかも知れない。

そう思うと、ちょっと面白い。

戦士達は一発で黙る。

そもそも此奴らでは戦士としてもクラウディアの足下にも及ばない。

それは、これだけ萎縮するのも当然かも知れなかった。

作業をサクサクをやっていき、適当な所で切り上げる。予定通り七割まで終わらせる。更には、なくなっていた細かい部品などもついでにつくっておいた。

空間把握能力があるから出来る事らしいが。

まあ、あたしとしてはやれるからやっていくだけの事である。

「よし、明日で全て終わるよ」

「ありがとうライザ。 またクッキーやドーナツ焼いていくね」

「へへ、楽しみにしてます」

「うふふ」

もう夜中だが、まだやる事がある。

一度、デニスさんの鍛冶屋に出向いておく。

コンテストがどうのと言っていたし。何よりも、幾つか打ち合わせがある。

まだ鍛冶屋はやっていた。

あたしが顔を出すと、デニスさんは疲れた様子で、汗を拭っていた。

「ライザさんか。 王都が騒がしいが、アーベルハイムが絡んでいる例の騒動にライザさんも噛んでいるのかい?」

「秘密です。 それよりも、コンテストはどうですか?」

「以前見せてもらったグランツオルゲンに強い感銘を受けてね。 だけれども、今まで手持ちの金属で、全てやっていこうと思っているんだ」

「なるほど……」

今まで扱い慣れた金属での作業か。

それもまた、ありなのだろう。

この人は、鍛冶師としては店を持っていて、充分過ぎる技量もある。

あくまで趣味でのコンテスト挑戦。

更には、自分の技術の再確認の意味もあるのだろう。

「コンテストは三日後だ。 結果が出たら知らせるよ」

「分かりました。 バレンツ商会に話していただければ、通じますので」

「了解。 それにしても、君の持ち込むインゴットには本当に刺激を受けた。 持って来てくれる仕事にもね」

「役に立てたのなら幸いです」

一礼すると、後はアトリエに戻る。

さて、問題は「北の里」だけれども。

どうしたものか。

「フィー」

「ん。 ご飯足りない?」

「フィー?」

どうもそうじゃないらしい。あたしが考え込んでいるのが、不思議に思えたのかもしれなかった。

まあいい。

ともかく。今詰まっているのは、些細な問題じゃない。

「北の里」の真上には、既に来る事が出来ているのだ。

後はどうやって、扉を開くか。

パティの言った通り、呼び鈴があるかも知れない。

それも、子供でも開くような。

合い言葉か。

いや、それだと多分、拷問とかすれば聞き出せてしまうはず。

何か、「北の里」独自のものがあったのではないか。

歩きながら考えて、そのまま公衆浴場に。

風呂で汗と砂を流した後、アトリエに戻る。

しばらく考えていたが、結論は結局出ない。

結論は出なかったが。

少しずつ、真実に近付いている気はした。

 

翌日。朝のミーティングにアンペルさんもリラさんもこない。これは分かっている事だ。

二人は別方向で連携して動いてくれている。

世界の危機である事に代わりは無い。

門がいつ開いてもおかしくない。

その門は文字通り地獄への門。

開かせるわけにはいかない。それは、例えこのロテスヴァッサに人生を滅茶苦茶にされたアンペルさんでも、共有している認識。

とりあえず、皆で話す。

「あたしの結論だけれども。 「北の里」の人間独自の方法で、中に入る手段があったのだと思う」

「なるほど、例えば」

「まだ具体的には分からない。 ただ、一番簡単なのは音じゃないかな」

世の中には、喋れない人もいる。

そういう病気だったり。心の病だったり。或いは年老いてしまったり。

だけれども、そういう人が、危険な砂漠に単独で出るとは思えない。

「北の里」の人が、出入りしていたとしたら、それはある程度健康な人間だったとみていい。

それくらい、あそこは危険な場所だからだ。

エンシェントドラゴンが、どういう風に里を構築したのかは分からないけれども。

それでも、人は人で。

ドラゴンに頼りっきりではなかった筈だ。

「タオ、使われていた言葉は喋れるんだよね」

「一応会話は出来るよ。 流石に専門用語までは無理だけれど」

「じゃあ、最初にクラウディアの音魔術で増幅して、タオに色々呼びかけて貰おう」

「なるほど、手の一つではある。 例えば、その呼び鈴のシステムが劣化している可能性もあるからね」

レントが話を聞いていたが。

不思議そうに言う。

「あの目の触手は、なんでその辺り教えてくれないんだろうな。 俺たちを信頼してくれたんじゃないのか」

「多分だけれども、その辺りは教えてはいけないってされているのでしょうね」

セリさんが、ぼそりと言う。

レントも、それを聞いてなるほどと納得。

確かに、あの存在だって古代クリント王国が狙い撃ちにしてきたら、捕らえられていた可能性はある。

そこから「北の里」への入り方がばれてしまったら、それでおしまいだ。

エンシェントドラゴンがいても、流石に全盛期の古代クリント王国のアーミー相手には勝てないだろう。

小競り合い程度で。

戦略的価値が明確に見いだせなかったから、「北の里」は己を守りきれたのだ。

もしも攻略の糸口が古代クリント王国に渡っていたら。

いくら何でも、守りきれなかった筈である。

他にも、幾つか案が出る。

地面を掘り進めるのは、最後の案。

乱暴に動いた場合、ワイバーン数十匹……それも生半可な奴では無く、ドラゴンに片足を突っ込んでいるような個体から、集中砲火を浴びる可能性がある。そうなれば、今の面子でも流石に勝てない。

まずは現地に。

そう思って移動していると。

城門近くに、乞食らしいのがいた。

驚く。

以前、あたし達に侮蔑的な言葉を掛けてきた例の令嬢ではないか。襤褸を纏っていて、完全に痩せこけている。

こんな短時間で、此処まで人は落ちぶれるものなのか。

あたしは逆に驚かされていた。

確かに此奴に生活能力は皆無だっただろうが。

それでも、いくら何でも。

パティに、縋り付こうとする。

「パ、パトリツィア……さ、さま! ど、どうかお助けを! わ、私とあなたの仲ではありませんか!」

「仲ですって? 貴方には侮辱と陰口しか受けた記憶しかありませんが。 私だけではなく、お父様や私の尊敬する人々に対しての陰口もね。 ……私に助けを求めるのでは無く、救貧院に行きなさい」

「あんな汚らしい所なんていやっ! 私は誇り高い、七百年の歴史を持つ……」

「貴方の家は、辺境から違法奴隷を買い入れて、使い潰して殺してきた。 その報いを受けただけです。 今、生きているだけでも幸運に思いなさい。 救貧院に行けば助かるかも知れません。 ですが、そもそも貴方の家がやってきた事の報いを受けている自覚がないのなら、そこで餓えて死ぬだけです。 貴方の家が殺してきた人達のように」

そっか。

こいつ、そういう輩だったのか。

あたし達の視線を受けて、ひっと悲鳴を上げるもと令嬢。どうでもいい。パティも冷たく振り払う。金切り声を上げるが、見かねて此方に来た戦士が乱暴に取り押さえていた。

パティが行きましょうと、あたし達に言う。

それでいい。

あれは、本来だったら首を刎ねられていて当然の人間だ。

どうやって王都に戻って来たかは分からないが、短時間であれだけ没落したのだ。他の人間……家長や、他の家族はみんな死んだとみて良い。

そして完全に無害になったから、誰もああして無視している。

あの様子では、体を売ろうにも客すらつかないだろう。

優秀な血統が聞いて呆れる。

貴族なんか優秀でもなんでもないと、あれがよく示していた。

「ボオスも一歩間違ったら、ああなっていたのかな」

「可能性はあるだろうね」

クーケン島で一番貴族に近いのはブルネン家だ。

だが、ブルネン家はそもそもクーケン島ではやっていけないことを理解していて、外との経済的交流に積極的だった。

現在の当主であるモリッツさんははっきりいってあまり好感を持てない人間だが。

それはあくまで人間的な性格が、であって。

今ではあたしのもたらす錬金術の有用性、クーケン島を支えているものの正体をしった事もあって協力的だし。

何よりも、今のあたしには、モリッツさんが島の為にどれだけ骨を折ってきたかもよく分かる。

まあ、先代があたしとボオスをくっつけようとしていたことに、今でも苦々しい反発があるようで。

それについては、あたしはしらねとしか言えないが。

ボオスは一時期完全に拗らせていたし。

もしもあの出来事がなかったら、確かにブルネン家没落の原因となっていた可能性もあるだろう。

そうなっていたら、今のバカ貴族の令嬢みたいになった可能性もある。

それどころか、クーケン島そのものが。

あまり考えたくないな。

あたしも、あれに手をさしのべる気にはなれない。

金があると言う事が理由で、多数の人命を。こんな世界であるにも関わらず、弄んですり潰してきたような輩だ。

今生きている事すら許しがたいが。

まあ、あれはどうせ長生きは出来ないだろう。

体内の魔力が乱れていた。寄生虫だろう。内臓が幾つか壊れかけている。救貧院での手当てにもよるが、多分苦しみ抜いて近いうちに死ぬ。外で食べたものに寄生虫が入っていたのだ。

そんなものを口にした理由は簡単だ。短時間で一気に没落したことで、元々生活能力がなかったのが、文字通り破綻したのだろう。

例のメイドの一族は、多分さっさと見捨てたのだ。あの令嬢のいた家そのものを。

本当に謎の一族だな。

そう、砂漠に移動しながら思う。

「覚えとけよ。 道を踏み外すと最終的にはああなる」

クリフォードさんがいう。

あたしも、肝に銘じる。

錬金術師として。

あたしが出来る事はたくさんたくさんある。

だからこそ、道を踏み外したときには。古代クリント王国の錬金術師どもがそうしたように。

世界丸ごと、劫火に包みかねないのだ。

あれは、悪い見本だ。

そう思って、走る。

砂漠は、もう少しだった。

 

「数多の目」にのって、不思議な流砂の中にある中州に到着。

パティは、尊敬する人達に不快な物を見せてしまったなと思った。

あの一族は、アーベルハイムに対してもっとも攻撃的な貴族のひとつだった。騎士から貴族になったお父様にも散々侮辱を働いていて。

パティが一度、学園で決闘を他の貴族の子弟に申し込んで、半殺しにするまでは。ずっと表だって侮辱もしてきていた。

パティがいざとなったら、正式な手順で殺しに来る。

それを知ったから、陰口と嫌みに留めるようになった。

ただ、それだけだった。

それ以降も、アーベルハイムを潰そうと色々と画策をしていたらしいが。

今の王都は、この間の騒動で分かったが。

例のメイドの一族が、裏からほぼ掌握している。

メイド長は何も言わなかったが。

そろそろ、追放された貴族達は、何らかの機会に処分するつもりだったのかも知れない。

お父様が動くと、メイドの一族は一糸乱れぬ連携で。

権力層の浄化を行っていた。

もともと王都の政治は、三十万の民を動かすだけのもの。

たくさんいる貴族は、殆どが名目上の領地と金を持っているだけで、王都の外に出てしまえばただの人間。

王都の中でさえ、ただ金を持っているだけで、権力なんて実際にはないにひとしい。

それなのに爵位がどうの派閥がどうの。

井戸の中のカエルだと、お父様が嘆いていた事があるが。

パティもあの無様な没落ぶりを見ると。

井戸の外に出た身の程知らずのカエルが、そのまま蛇に補食されてしまったのだとしか思えなかった。

同じになってはいけない。

そう、思い知らされた。

調査を始める。

パティは出来る事が護衛しか今はない。

大太刀に手を掛けたまま、周囲を警戒する。

クラウディアさんが音魔術で増幅して、タオさんが何か呼びかけている。呼びかけている内容はわからない。

タオさんは、会話だけでいいなら七つくらいの古代の言葉を理解しているらしく。それだけで、頭の出来が違いすぎる事がよく分かる。

中途半端に頭が良い人だと、「相手がどうして分からないのかが分からない」状態になるらしいが。

タオさんの場合は、どうして分からないのかを的確に把握して、即座に指導してくれる。

そういう人だ。

「タオ、どう?」

「挨拶は試してみたよ。 反応無し。 次は扉が開きそうな言葉を順番に試してみる」

「エンシェントドラゴンに呼びかけてみたら」

「……分かった。 それも一緒にやってみる」

周囲を警戒。

ねずみ退治を思い出す。

地面からわっと湧き出してきたねずみを見て、背筋が凍るかと思った。

虫が大の苦手であるのは前から同じだけれども。

ねずみが大量に土から湧いてくる様子は、生理的な嫌悪感を刺激するに充分だった。

だけれども、パティも分かっている。

そんなのは自分のお気持ちなのだと。

少し前に、クリフォードさんが蜂の子の食べ方とかを教えてくれて。それで頭がくらっとしそうになったけれども。

やり方は、覚えた。

いざという時は、虫だって食べないと生き残れない。

オーリムの有様は聞いている。

フィルフサという恐ろしい生物に汚染され切った世界。

この世界が、そうなるかは分からない。

だけれども、なにがいつどうなってもおかしくないのが、世界というものだと、パティもよく分かった。

あの令嬢は、七百年続く家が、と言っていたな。

それはあくまで伝承で、実際にたどれるのは三百年ほどらしいが。

それでも、三百年の惰眠が。

一瞬で終わり。地獄に叩き落とされたのである。

アーベルハイムだって。

いつ同じようになるか、わかったものではない。

ともかく、感情で世界を見るのはダメだ。自分の感覚で世界を判断するのは最悪だ。

それをパティは、タオさんから始まって。ライザさん達から学んできた。

「!」

ライザさんが、離れてと叫ぶ。

皆、わっと距離を取る。

のっぱらに、なにかがせり上がってくる。それは、巨大な骨のように見えた。

「こ、これは……」

「お手柄だねパティ」

「えっ、私ですか」

「呼び鈴だよ。 エンシェントドラゴンの名前を呼んで、来て欲しいって呼びかけてみたんだ。 そうしたら、こうやって地下への入口が開通した。 でも、かなり動きが鈍かった。 「北の里」の動力が、弱っているのかも知れない」

恐縮してしまう。

この人達からすれば、パティなんて小娘も小娘なのだ。

最初にクリフォードさんがいく。勘が一番鋭い人だ。それも当然だろう。

「よし、特に危険は無さそうだ。 続いてくれ」

「さて、鬼が出るか蛇が出るか、それともドラゴンが出るか」

ライザさんは舌なめずりさえしている。

その圧倒的な強さに裏打ちされた余裕が。パティには興味深くもあり。こうありたいと思う、目標に今はなりつつあった。

 

2、体内遺跡

 

喉の骨だろうか。

いや、これは石畳だ。

石畳に高度なテクノロジーが込められている。それを、淡々と、一段ずつ降りて行く。

カンテラを照らす。

今回は地底遺跡の可能性が高いから、最初から持って来ていた。それにしても、此処は。ドラゴンの体内を摸していると見て良さそうだ。

かなり深くまで潜ると。

いきなり、周囲に空洞が拡がった。

虚空に縦横無尽に伸びているのは、通路。でも、骨のように見える。骨のようになっている石畳。

全てがドラゴンの骨のような通路、いや虚空に架かった橋だ。

徹底しているな。

これは、エンシェントドラゴンがどんな気持ちで住んでいたのだろうか。ちょっとそれを聞きたい。

人間が、骨格模型だらけの中で暮らしたいだろうか。

いや、そういう人もいる。

或いは、エンシェントドラゴンには、独自の価値観が合って。

これがとても心地よい場所だったのかも知れないが。

「灯りはあるが、底の方は見えないな」

「……全体的に魔力が弱いかも知れないね」

「同感だ」

あたしが周囲を見回すと、クリフォードさんが呟く。この遺跡そのものが、既に死にかけているのかも知れない。

見た所、此処で暮らしている人はいないだろう。

タオが言っていたとおりだ。

既に、此処は放棄されたのだろう。

一番の懸念は。

エンシェントドラゴンがまだ生きていて。あたし達に敵意剥き出しで襲いかかってくる事だったのだが。

そんな強烈な存在の気配はない。

欺瞞工作もされていない。

この様子だと、本当にいないのだろう。既に死んでいる、と考えるのが妥当だ。

これは楽観ではなく、客観的な分析の結果である。

「崖になっているよ。 気を付けた方がいいと思う」

「しかも灯りが心許ない。 クラウディア、音魔術を常に展開してくれるか」

「うん、大丈夫。 そのつもり」

「足下がとにかく危ないね。 少しずつ、調査していこう」

まずはランタンを何カ所かに置く。

その間に、タオとレントが一度戻って、退路の確認。これについては、どの遺跡でもやるべき事だ。

最悪の場合、あたしが天井をブチ抜いて脱出、と行きたいが。

この規模の地下遺跡だと。

それも出来るかどうか。

黙々と調査していく。ランタンを置いて、少しずつ測量。手慣れた様子で、クリフォードさんが地図を埋めていく。

何カ所にも伸びている、骨の道。

どれも触ってみると、石畳で。

明らかに重力を無視して浮いている。

都市を浮かせる技術。

それをある程度、継承していたのか。それともエンシェントドラゴンが、教えた技術なのかも知れない。

「鼓動みたいなのが聞こえるよ」

「……あれかな」

クラウディアの指さす先を、あたしは確認。

でっかい球体みたいなのがある。

うっすら光ってはいるけれども、なんともか細い。

乾期が終わって涼しくなると出てくる虫の一種があんな光を放つ。なお、儚い光だけれども、夜にはそれなりに目だって。

寄って来た他の虫を食べてしまう。

このため、何も知らない内はキレイキレイと喜べるが。

その性質を知ってしまうと、何とも言えない気持ちになる光。

それに似ていた。

「多分だけれども、この遺跡は動力がかなり危ない状態まで減ってる。 クーケン島と同じようにね」

「それで、補給の当てはあるのかしら? このままだと遺跡のギミックが殆ど機能しないと思うけれど」

「三年前だったら、ちょっと当てがありませんでしたけれど。 今だったらどうにかできそうですね」

「そう……」

三年前だったら。

フィルフサのコアを素材にして、爆発的なエネルギーを産み出すことを考えなければならなかったが。

今だったら、現在研究中のセプトリエンがある。

セプトリエンはまだ純度が低い品しか手に入れられていないので、未知数ではあるのだが。

その未知数の品ですら、以前使ったフィルフサのコアに近い性能を持っている。

伝説の鉱物と言われるだけの事はある。

とにかく、動力があれだと確信できたら、多分動力の補給は出来る。

三年前に比べて、色々どうにも頭は鈍い気がするが。

それでも、出来る事が増えたのは事実だ。

タオとレントが戻って来た。

入口については、少なくとも機構は問題無さそうだという。いきなり閉じるようなことも無さそうだ、ということだ。

問題は操作を音声でやるしかない、ということで。

それだと、そもそも常に見張りがいないと、何がいつ侵入してきてもおかしくない。

だとすると、動力に加えて。

この地下遺跡から、直接地上を監視できるシステムが、昔はあったのかも知れない。

縦横に伸びている石畳。クリフォードさんが乗って見るが、案の場だ。一部が剥落しているらしい。

「これは厄介だ。 一度縄ばしごで、一番下まで降りた方が良いかも知れねえ。 この橋をいちいち渡ってたら、命が幾つあっても足りないぜ」

「ふむ……」

「どうした、ライザ」

「いや、この遺跡まだうっすらと生きています。 セキュリティで、そういう近道を封じている可能性があるかもって思って」

一応、先にクラウディアに音魔術を展開して貰う。

あたしは石を崖下に落としてみて、反響音を確認。高さを調べておく。

下の方で、ドボンと音がした。

下は水か。

だが、ドボンと音がするまでかなりタイムラグがあった。これは落ちたら、まず助からないだろう。

そもそも水が、有害な物質まみれの可能性もある。

とにかく、慎重な行動が必要だ。

灯りを確保しながら、タオとクリフォードさんが、クラウディアと組んで地図を作ってもらう。

その間、あたし達はいける範囲を見て回る。

魔物は幸い今の時点では遭遇しない。

幽霊鎧の残骸らしいものがあったが。

それも既に機能停止してしまっている。

というよりも、これは魔物にやられた傷には思えない。恐らく、古代クリント王国との戦いで壊されたのだ。

それに、今までの遺跡などで目撃してきた幽霊鎧とまた型式が違う。

やはりこの遺跡は、別文化圏にあって。

別の技術で、この幽霊鎧も作られていたのだろう。

「この幽霊鎧は、今まで見てきたものと違って、鈍器を武器として使っていたようですね」

「恐らくは対幽霊鎧のものなんだろうね」

「え?」

「剣や槍よりも、鈍器の方が鎧には有用だったらしいんだよ」

鎧というものをガチガチに着込む文化が失われてしまった今だから。こういう、鎧そのものを自走させて戦う時代の事は良く分からない。

だが、タオなどの研究によると。

本来鎧というものは、急所への攻撃から身を守るもので。

適切な防御力が担保できている時代には、首だとか腹だとか、ダメージを受けると致命的な部分は鎧で防ぐ事が出来ていて。

如何に鎧の隙間を縫って攻撃を通すかが、特に対人戦では必須だったらしいと言う文書が見つかっているそうだ。

ただし今は、鎧の防御を上から叩き潰してくる魔物との戦闘が主体になっている。

そう、丁度鈍器のように。

強烈な鈍器による一撃は、魔物の攻撃と同じように、鎧そのものを粉砕してしまうのである。

だから今はパティやクラウディアが身に付けているような、胸鎧のような軽装のものが主体になり。

魔術による防御をガチガチに固めて、それでも重装鎧は実用的では無いという時代になっている。

そしてその結果、剣や槍などが対人戦での主役に返り咲いている。

そもそも、鎧が衰退した結果。

これらの武器が、戻って来たとも言えるのかも知れない。

これも鎧の再研究が進み。

魔物とやり合えるくらい防御力が上がって。

更に鎧の素材となる鉱石を、安定して入手でき。

加工技術も進歩したら、展開が変わってくるのかも知れないが。

いずれにしても、これは今とは状況も魔物との力関係も違った時代の武装だ。あたし達は、過去の資料を見て。

それを元に判断するしかないのだ。

「ライザ、こっちに来てくれ!」

「分かった!」

レントが呼んでいる方に行くと、比較的無事な橋があった。

ドラゴンの頭骨を思わせる橋の入口。石で出来ているのが分かるから、本物ではない。橋の途中は、多少剥落しているが、それでも石がしっかり浮いている。これならば、補修すればどうにかなるか。

いずれにしても、ロープがたくさん必要だ。

錬金術で作るのもいいが、ロープくらいはそのまま買ってしまってもいいだろう。

ロープを命綱にしながら橋を渡り、途中を補修して、一つずつ通れるようにしていく。

視界が塞がれている今。

いきなり地下に降りるのは自殺行為だ。

ここには魔物がいないが、下にいないとは限らないのである。

とりあえず、此処は先に進むための有力候補とする。

その他にも、行ける場所は全て調べておく。

一度、外に出て、情報を整理。

その間、クラウディアとタオが連携して、入口の機能を確認。

他の面子で地図を囲んで、状況を整理しておく。

「現在、入口付近の大地に直結している橋は四つ。 更に下の方に通っている橋が、七つ確認されていると」

「文字通り縦横無尽だな」

「そうだね……」

今あたしが宿を借りている中央区の辺りはともかく。

建物の背が低い貧しい人達が暮らしている辺りは、洗濯を干すための縄が縦横に行き交っている。

それらの地区に炊き出しに出た事があるから、見ている。

クーケン島よりも、更に貧しいのが一目で分かった。

あれでは王都の狂った物価ではやっていけないだろうと言う事も。

アーベルハイム主導で炊き出しを行い、仕事の斡旋もしているようだが。

ともかく皆餓えて心が荒んで。

どうにもならない人も多いそうだ。

あの義賊の三人組は、その貧民区に顔が利くらしく。

三人はとても慕われているそうで。

三人とアーベルハイムが連携している事で、かなり犯罪が抑えられているらしい。

皆、農業区にでも移るべきではないのかと思うが。

そう簡単には行かない問題なのだろう。

「どうしてこんなに橋ばかり渡しているのかしら」

「セリさん、恐らくだがそれは、守りを固めるためだろうな。 遺跡に侵入されたとき、そうやって敵を分散させ、攪乱するんだ。 死地って奴でな」

「そう……。 此方の世界の人間は、本当に互いで殺し合いばかりしてきたのね」

「オーレン族は数が少ないから、そういう事にはならなかったんだな」

セリさんはしばらく黙った後、言う。

実は、オーレン族同士でも諍いはあるそうだ。

ただし人間がやるような、特に古代クリント王国が崩壊する前の、アーミーがいたような時代の規模とは比べものにならないほど小さく。

もしも諍いになった場合は、長老などが出て来て、仲裁をし。

戦いも、相手が死ぬまでやる事はまずないのだとか。

そういう意味では、自然とともにある種族ではあっても。

こっちの世界の人間とは、比較にならない程温厚な種族なのだとも言える。

一見すると自然と共にある荒々しい種族のようだが。

人間よりずっと温厚で、好戦的では無いと言うことか。

ただ、セリさんやリラさん、キロさんなんかの実例を見ていると、感情もあるし心だってある。

もしも、フィルフサがばらまかれず、オーレン族が増えに増えていた場合。

此方の世界と同じように、いずれは大規模な戦争が起きていたのかも知れない。

それは、あたしが考える最悪のIF。

ただそれは、現実には起きなかった。

それだけだ。

「確認は終わったよ。 それで、どうする。 今日は一旦引き上げる?」

「うん。 まずはロープと、それにカンテラ。 後は補修用の建築用接着剤、それに石材が必要だね。 それも、相応の量が必要になってくる」

「だとすると、砂漠に拠点を作って、ピストン輸送しないとできないのかな」

「そうするしかなさそうだね。 ただ「数多の目」には、何度も此処と往復して貰う事になるから、できるだけその回数は抑えたい。 何らかの方法で、一度で物資を運びきりたいけれど」

しばし考えてから。

パティが挙手。

「アーベルハイムで、大型の馬車を提供できます。 馬は流石に危なすぎて街道の外には連れ出せませんが、荷台だけなら」

「いいのかい、パティ」

「私はまだ戦力的にも未熟で、知識もそうです。 たまに思いつきが役に立つ事はあるみたいですけど、やっぱり役に立ちたいです。 これは世界の命運が掛かっているプロジェクトです。 これくらいは、手伝わせてください」

「よし……」

計算をする。

建築用接着剤、ロープ、カンテラ。これらについては、それほど量は必要ない。勿論、今確認できている橋を全て補修して、なおまだまだ橋がたくさんある可能性。更には、奥にある動力と思われる鼓動への道の確保。

これらを考えると、予想より多めに物資を運ぶ事が必要となる。

それはそれとして、問題は石材だが。

橋を安全に通すのなら、何も石材である必要はないか。

踏んでも壊れず、体重を充分に支えられる素材。

あるな。

ただ、ちょっとばかり調合がいる。それに、手に入れるのも、一手間だけではない。

「トラベルボトルに潜る必要があるかな。 それも一日がかりで」

「そういえばそれ、時々話題に上がっていましたね」

「明日は遺跡の探索は一度中止かな。 トラベルボトルに潜って、皆で素材集めになると思う」

「分かった。 いずれにしても、魔物も出るんだろ」

頷く。

トラベルボトルの中に擬似的に作る世界は、魔物が内部に普通に出現する。

これは、理由はよく分かっていない。

あたしもトラベルボトルは解析したつもりだが。

それによると、どうもそもそもとして、内部に欲しいものだけが出来るわけではなく。

世界を擬似的に作る関係上、どうしても不純物がたくさん湧いてしまうものであるらしいのだ。

結果として、あたし達が敵として認識している魔物も発生する。

そういう事であるらしい。

まだ時間は早めだが、この時点で遺跡の奥に進むことが難しいので、戻る事にする。勿論、遺跡の入口は閉じておく。

きちんと「数多の目」は迎えに出てくれた。

タオが、明日は来ない旨を説明すると。

幾つかの言葉を、返答していた。

「なんだって?」

「律儀に知らせてくれてありがとう、だって。 とても真面目で頼りになるガーディアンだね」

「見かけがちょっと怖いですけど、少しずつ信頼出来る事が分かってきました」

「相変わらず線が細いな」

レントがバンバンとパティを叩いたので、埋まるんじゃないかと心配になったが。

まあ、いいだろう。

ともかく、今日は帰路につく。

夕方よりだいぶ早めにアトリエについたので、先にトラベルボトルについて、皆に機能を説明しておく。

ついでだから、先に入ってもおく。

内部に擬似的な世界を作り出す、超ド級の古式秘具だ。これがあたしのアトリエには、まだ何個かある。

セットする素材によって、内部の世界も変わる。

これは古代クリント王国時代ではなくて、もっと古い時代のものである。

クーケン島を浮かすことも出来なかった古代クリント王国のテクノロジーでは、これは作れなかったのだ。

内部に入ると、皆驚く。

クリフォードさんは、特に子供みたいにはしゃいだ。

「おお、すげえな! これぞロマンの極みだぜ!」

「クリフォードさんにはお世話になっているので、クーケン島に来てくれたときには何回でも内部に入れるようにしますよ」

「マジか。 そうだな、俺のコレクションをセットして、どうなるか見てみてえ」

「……」

パティはもう言葉もないようで、呆然と内部を見回している。

セリさんが大丈夫かと声を掛けて。それで真っ青なまま、何度か頷いていた。

この初々しい反応、可愛い物である。

フィーが元気そうに、周囲を飛び回っている。

この中は、魔力の密度が高いのかも知れない。

ちなみに、周囲は薔薇畑だ。

此処で大量に採れる薔薇。デルフィローズ。

これが、次に使うものである。具体的には、補修用の繊維の素材にする。

実の所、もっと強力な繊維も作れるのだが。それには更に複雑な素材が必要になってくる。

何よりも、強力な魔物の毛皮も素材に用いるので。

コストが掛かりすぎる。

これで充分だ。

「この薔薇を摘んで、外に運び出すよ。 調合はあたしがやるから、ただ摘んで荷車に積み込むだけで大丈夫。 ただ棘が鋭い上に、もの凄く頑丈だから気を付けて」

「気を付けてパティ。 棘が本当に危ないからね」

「分かりました。 斬ってしまっていいですか」

「大木を相手にすると思えよ。 これ、本当に危険な薔薇なんだ」

レントが、大剣を振るってばっさばっさと斬り始める。

それほど広くない庭園だが。

それでも、簡単に採集できるほど、この薔薇は柔な代物ではない。

そのまま、無心で散って皆で集めていく。

パティも、数度刃が弾き返されて、それで認識を変えたらしい。本気で斬り、それで棘に気を付けながら集め始める。

「ライザ、これを確か布に出来るんだよね。 それで、布で補強するの?」

「まずはロープを渡して、それで大丈夫そうな石材は建築用接着剤で固定。 むしろデルフィローズで作る繊維は紐にして、橋の強度をそれで補強する」

「なるほどね。 着込む訳じゃないから、加工時の手間も減ると」

「そう。 それにこれで作る布は、もう散々作ってるから、頭に徹底的に叩き込んであるしね」

ある程度デルフィローズを刈って集めていると。

凄い臭いが周囲に漂う。

薔薇の素敵な香り、とはいかない。

香水が強すぎると、正直あまり良い気分はしないものだが。

それに近い印象だ。

「ライザさん、凄い香りですねこの薔薇……」

「ごく一部でしか採れない希少種だからね。 普通の薔薇とは、生命力も臭いの強さも違うよ。 色々調べて見たんだけれど、葉っぱが強すぎて虫も殆どつかないんだ」

「それは、庭師が色々な意味で驚きそうです」

「庭師の鋏なんて、多分手に負えないよこれ」

セリさんが顔を上げる。

つづいてクリフォードさんも。

来たな。

とんでもなく巨大な芋虫が、此方に来る。このトラベルボトル内に発生した魔物というわけだ。

明らかに此方に敵意がある。

排除しなければならないだろう。

「とにかく気を付けて! 薔薇のとげを貰ったら、腕くらい飛ぶよ!」

「足場が狭いな。 とにかくやりづれえ」

「来る!」

巨大な芋虫は、器用にデルフィローズで傷つかないように無数の足を動かして、此方に突進してくる。

此奴自身も凄い臭いをまき散らしているので、それこそ失神しそうな状況だ。

質量ももの凄いのが一目で分かったが。

レントが踏み込むと同時に、一撃をあわせる。

絶技レベルのパリィだ。

そのまま、互いに弾きあう。

あたしは横っ腹に、熱槍を叩き込み。更に。身をよじった芋虫が、こっちをむいた瞬間に。

その巨大な頭に、クリフォードさんのブーメランが直撃。

セリさんが地面に手を突くと、一気に成長したデルフィローズが、芋虫を真下から直撃。

いきなり成長したデルフィローズに対応できなかった芋虫が、ばきばきと凄い音を立てて成長して行くデルフィローズに飲み込まれ。

やがて、大量の体液をまき散らしながら、潰れていた。

「ライザ、ちょっと無理かも」

「分かった、一度撤退」

クラウディアがギブアップしたので、一度外に。外に出るのは、それほど難しくはない。

相応の量のデルフィローズは回収出来た。

これでも野外で回収するより質は落ちるが、それもまた仕方がないと言える。

外に出ると、クラウディアは真っ先にトイレに直行。まあ、とめる理由は無い。パティは青ざめたまま、座り込んでじっとしていた。

声を掛けない方が良いだろう。

「とにかく、明日の午前中くらいで、デルフィローズを集めておこう。 調合はあたしがやるよ」

「それならば、使い方だけ教えてくれないか。 俺たちだけでもこれは充分だろう」

「……それもそうかな」

クリフォードさんは、案外平気そうだ。

それに、見た感じ魔物がそんなに多いわけでもない。あたしがいなくても、採取だけなら大丈夫だろうし。

魔物との交戦を避けて、さっさと戻る選択肢もある。

クラウディアが戻って来て、ハンカチで口を何度も塞ぐ。

あたしが冷やしておいた水を渡すと、クラウディアには珍しく、ぐいぐいと豪快に飲み干していた。

まあこれは、余裕もなかったのだろう。

「しっかし便利な道具だな。 内部に世界を作るなんてな」

「あまり喜んでばかりもいられないんですよね」

「ん? どうしてだよ」

「恐らくですが、これ門を作る為の技術の元になった代物だと思います。 そうでなくても、同系統のテクノロジーでしょうね」

つまり、悪用の限りを尽くされた、ということだ。

元々トラベルボトルは、入手できる素材しか増やせないし。増やすにしてもジェムが大量にいる。

古代クリント王国の錬金術師達は、全員が全員あたしの技術を越えていたわけでもないだろうし。

以前見た資料では、普通にアーミーの人にフィルフサの群れの中に放り込まれていた。

つまり青びょうたんだった、ということだ。

危険地帯にそんな奴らが出かけていけるとは思えず。

あたしや皆が普通に出来る事が。

あのカスどもに出来るとは思えない。

それでいながら、万能感をどうして拗らせるのかもよく分からないが。

いずれにしても、トラベルボトルを利用して、エネルギー資源を回収しようとか、そういう事は出来なかったのだろう。

全員が落ち着いた頃にボオスが来たので、ミーティングを行って、解散とする。

後は、あたしは無心に調合をする。

フィーはトラベルボトルをじっと見ていた。

また入りたいのだろう。

だけれども、あたしは明日は調合で一日を回すつもりだ。

中には連れて行く事は、出来そうにない。

ちょっと可哀想だが。

それは我慢して貰うしかない。

そして、機械の修理を実施。これも残りは少なかったので、順当に終わり。稼働も確認。問題なく動いた。

クラウディアもかなり体調が悪そうだったが、とりあえず機械がまた一つ直った。それだけで、きっと後の時代に、財産になる筈だった。故に、喜んでくれた。だから、あたしも嬉しかった。

 

3、基礎を固めて

 

翌朝。

今日は珍しく、クラウディアが最初にきた。

昨日の解散時のミーティングで、ロープを頼んでいたのである。勿論お金はあたしが払った。

普段から大量に布やインゴットを納入しているからいいのにと言われたけれども。

それでも、一応こういうのはしっかりしておきたかったのだ。

それで、荷車一杯にロープがとぐろを巻いている。これだけあれば、ちょっとやそっとは大丈夫だろう。

パティは馬車を用意するのに、明日一日かかるという。

まあアーベルハイム……特にヴォルカーさんは、ますます今忙しく街道での魔物退治をやっているそうだ。

この間の大粛正で貴族が複数いなくなったのは、全く問題がない。実際王都で、何か困っている人を誰も見ていない。

ヴォルカーさんの行動は。今後のために、王都の民の信頼を集めるため、なのだろう。

とにかく街道で魔物を退治して、街道の安全を確保。そして、王都に物資が通りやすくする。

周囲の治安も確保する。

また、あたし達が見つけた治安が著しく不安定な集落の幾つかにも直に足を運んで、援助もしているそうだ。

その辺りはありがたい。

指導者として、やる事をしっかりやっているということだ。

まったくロテスヴァッサの玉座にだけ座っている王族とは偉い違いである。

ただ、そんなヴォルカーさんだって、年を取ってしまえばどうなるかは分からない。

それについては、パティも同じだ。

王族が最高の地位にいて、常に誰も脅かすことが出来ないという状況は、絶対に堕落を招く。

それを防ぐためにも。

常に、いつでもその気になれば王座なんてひっくり返せる状況は、必要なのかもしれない。

それは魔王とでも言うべき存在なのだろうか。

もしそうなのだとしたら。

あたしはいずれ、魔王になるべきなのかも知れなかった。

皆が集まったので、トラベルボトルを調整して。あたしは、引き続き調合にはいる。

基本的に主体になるのはデルフィローズだが。これだけで繊維を作る事が出来るわけではない。

幾つもの素材を混ぜ。調合で調整して。

少しずつ繊維を作る。

糸繰りや機織りの仕事をしている人に仕事も回したいところだが。

残念ながら、これの繊維は普通の糸繰り車だと、バラバラにしてしまうくらい危ないものだ。

だから、錬金釜の中で。

エーテルを使って、調整していくしかない。

肯定を経て、順番に繊維にして。

やがてロープに結っていく。

糸だと細いし危ない。

というか、戦闘用の糸に出来るくらい危険な切れ味があるのだこれは。

無言で調合をしていると、昨日集めて来たデルフィローズが見る間に減っていく。大量の繊維を作っているのだから、それも仕方がないのだが。

トラベルボトルから、荷車ごと皆が出て来た。

真っ青になっているクラウディアが、無言でトイレに。

パティも、外にでると、深呼吸を何度もしているようだった。

まあ、それも仕方がない。

アトリエの窓も開け放しにしてある。

調合の時に、どうしてもデルフィローズの臭いが篭もる。

薔薇の素敵な香りも。

煮詰めすぎると、もうそれは兵器と化すのだ。

「どう、集まった?」

「ああ。 またあのデカイ芋虫が出て来たから、丁度良いって一旦引き上げてきたぜ」

こう言うときは、年長者のクリフォードさんが主導してくれる。

ありがたい。

セリさんの方が年長なのだが。セリさんはそういうのにはあまり興味がないらしいので、クリフォードさんに頼む事にする。

皆も、自然にリーダーシップを受け入れてくれていた。

クラウディアが戻って来たので、水を渡す。

今日は大量に水がいる事がわかっていたので。

朝一番で水は井戸から大量に汲みおいて。それで湧かして、更に冷ましておいたのである。

それでも、みんなでがぶがぶ飲んでいたら、あっと言う間になくなるだろうが。

「ライザ、水を汲んでこようか」

「助かる。 タオ、休憩中に調査とか出来る事しておいて」

「それじゃ休憩にならないよ。 僕もちょっとあの臭いは無理……」

比較的平気らしいレントが水を汲みに行ってくれるので。任せるが。

他の皆はセリさんを除いてグロッキーだ。

セリさんは平気そうだが。

実際には、不愉快なのに。顔に出ないだけかも知れない。

「よし、また行くぞ」

「ライザ、後どれくらい必要?」

「今のペースだと、最低でもあと四セットかな」

「……」

絶句したパティが膝から崩れ落ちそうになるが。

それでも必死に立て直したようだった。

ばかみてえな社交界だので香水まみれのドレスは見慣れているだろうに、それでもきついということだ。

ともかく、皆には採集にいってもらって。

あたしは必死に調合に集中する。

糸を作り出した後は、コーティングだ。

そうしないと、危なくて仕方がないからである。素材は。デルフィローズが足りないが、それ以外は大丈夫。

今まで外に出たときに、集めて来た素材がわんさかある。

無心に調合しているうちに、皆が戻ってきた。荷車に、さっきより多めにデルフィローズを積んでいる。

手慣れてきたらしい。

これならば、予想よりも早く、素材を集めるのは終わるかも知れない。

「ライザ、臭いを防ぐもの、何か作れない?」

「ごめん。 そもそもトラベルボトルの中の世界は、空気からしてデルフィローズの成分に満ちていると思うし」

「薔薇が嫌いになりそうです……」

「パティ、水は用意してあるから、ぐっと飲んでおいて。 疲れたなら、横になっていいからね」

あたしも調合をずっと続けているのを見て、パティも何も言えなくなったのだろう。

少し休憩してから、またトラベルボトルに戻っていく。

フィーが袖を引いた。

昼か。

とりあえず、きりが良い所まで調合を進めてしまう。

皆が戻ってきたところで、昼を告げた。

カフェにでも行くかと思ったが。

今日は、クラウディアが、昼を用意してくれると言う事で、バレンツに向かう事にする。

ただし、その前に。

あたしが用意した消臭剤を使って、薔薇の臭いを消す。

此処まで臭いが強いと、薔薇の中で泳いだようである。防犯の問題もあるから、アトリエの窓も戸も閉じなければならないが。

案の定、近所の住民は、此方を見ていた。

「臭いが漏れるのはどうしようもないね。 これは、今後出張するような事態の時は、周囲に家がない場所にアトリエを作るかな……」

「それがいいと思う。 というか、この臭いどうにか出来ないの?」

「クラウディア、珍しくお冠?」

「うん。 仕方がないことだってのは分かっているけれど、良い気分はしないかな。 でも、ライザに怒っている訳じゃないからね」

そっか。それはなんというか。

逆に申し訳がない。

バレンツ商会に、臭いを落としてから出向くと。既に料理人が料理を終えていた。テーブルに、それなりに豪華な食事が並ぶ。

クラウディアの賓客だという話があるのだろうし。

何よりパティの事は知っているのだろう。

使用人は、丁寧に対応してくれて。

それでまあ、不愉快ではなかった。

大きめの肉の塊が出てくる。この街の農業区で育てた牛らしい。一部は使っているが、それでも農業区にいる人間は負け組というような風潮があるから。作っている人は、色々肩身が狭いだろう。

早速ナイフで切り分けていただく。

これは、多分もう潰すしかなくなった乳牛の肉だな。

それは分かったが、わりと悪くは無い。しっかり処理をした上で、丁寧に仕上げている。料理の腕が良いのである。

「んー、おいし」

「早く食べないと、ライザに全部食われちまうぞ」

「確かに、本当にあれだけよく食べるわね」

「ちょっと、そんなに食べないよ」

だけれども、レントが声を掛けると、セリさんもクリフォードさんもあわてて食べている。

呆れ気味のパティ。

「いや、ライザさんはとても健啖だと思います……」

「そうかな。 でもあたし、そんなに太ってないけど」

「それはあんなに大きな魔術を連発して、毎日エーテルを極限まで絞り出して、あれだけ激しく戦えば、太りようがないと思いますけど」

「うーん、そんなものかな」

ただ、クラウディアはあたしが食べる分を見越したのか。

かなり多めに用意してくれているようで。

それを見て、安心してあたしも食べる。確かに、今日はちょっとおなかが減っているので、それだけ体の中に肉が入っていく。

飲み物にジュースが出た。

これは。クーケンフルーツか。

鮮度が若干落ちるが、味のアクセントに入っている。

こっちだとリュコの実だかいう名前で呼ばれて売られているんだっけ。

確か魔術で冷凍して、こっちに運んでいる。

バザーでも見かけたが。

生産者が跳び上がるような値段だったな。

苦笑いして、ジュースを飲み干す。

この味はちょっと懐かしいが、ジュースにするのはまた不思議な食べ方だなとも思う。

ともかく、これが貴重な外貨になっていて。

クーケン島を潤しているのも事実。

有り難くいただく。

パティを見ると、随分と丁寧なテーブルマナーで、音なんて一切立てていない。

貴族との交友だろうが関係無いのだろう。

ただ、外でもパティはちゃんと食事をしているし、その時は野戦料理にも抵抗がないようだから。

場所によって、単に食べ方を変えているだけだ。

テーブルマナーなんて、所詮は貴族の間の身内での約束事にすぎず。現在ロテスヴァッサの貴族なんて、王都の中にしか影響力を持たない。

そんな身内での約束事なんて馬鹿馬鹿しい限りだろうが。

それを緩和することが出来るのなら。

いずれパティも、それをやるのだろう。

デザートにアイスクリームが出てくる。

魔術を誰でも使える人間がいる今の時代。アイスクリームくらいは、普通に何処でも出てくる。

相応に裕福であれば、だが。

あたしも熱魔術が固有という事もあって、たまに子供の頃から料理店でアイスを作ってくれと頼まれる事があって。

それがいい小遣いになっていたっけ。

ミルクが主体のアイスのようで、随分と上品な味だ。

うん、おいしい。

満足出来た。

食事を終えると、クラウディアに礼を言って、アトリエに戻る。みんな満足していたし、食事中何も殆ど言わなかった。

それは、美味しかったから、だろう。

本来食事中は、みんな静かになるのが一番正しいのかも知れない。

食後に、むしろ騒がしくなるくらいが、いいのだろう。

「いや、美味かった。 俺は俺で野戦料理の方が好きなんだが、今日のは普通に美味かった。 ありがとう、クラウディア」

「すっかり野営が板についたんだねレント君。 どういたしまして」

「それにしてもいい料理人を雇っているんですね」

「ううん、あの料理人には頑張って腕を上げて貰ったの。 人材なんて湧いてくるものじゃないからね。 うちでは救貧院や孤児院から人を雇って、技術を仕込んで働いて貰っているんだ。 技術が伸びてきたら、どんどん任せる事も増やしているの。 貧しい集落で、人も募っているんだ」

随分柔軟なやり方だ。

だけれども、魔物に押される一方で。人口がどんどん減っている今。

クラウディアのやっている方法が正しいのは、言うまでも無い事だ。

これくらいやれないと、多分人間は反撃に出られない。

パティも、少し考え込んでいた。

「そのノウハウ、此方でも共有出来ませんか?」

「育成プログラムはあるけれど、ただでは教えられないよパティさん」

「う、そうですよね……」

「ふふ。 でも、そうね。 今後もうちと取引をしっかりして、それで誠実に振る舞ってくれるなら、少しずつノウハウの共有を考えます」

頷くパティ。

こういう商談は、ありなのだろう。

アトリエに戻ると、すぐ調合を開始。窓を開けてから、だが。

皆も、トラベルボトルに戻る。

とにかく、あの巨大な芋虫が出現するまでに、どれだけデルフィローズを手際よく集めるかが肝だ。

薬も渡しておく。

デルフィローズの棘は指くらい簡単に吹っ飛ぶ危険なものだ。

渡しておく薬は、指くらいならすぐにつければなんとかなるくらいの強力なものである。

それも、出来れば使わなくても良いことを祈るしかない。

調合を続けて行く。

どんどんデルフィローズが減る。

あたしも、油断すると怪我をしかねない。それだけ危険な植物なのだ。

危険な方向に環境に適応して。

それで己の身を守ることに成功した植物。

だからこそ、強靭な繊維を作れる。

そうして、夕方まで、調合を続けた。一度、お菓子休憩を挟んだが。クッキーの素敵な香りは、今日は全く感じられなかった。

 

夕方のミーティング少し前に、素材の確保は終了。

後はあたしが調合しておしまいだ。

糸をコーティングしたものを、レントに渡しておく。

繊維を束ねて糸にして、更にその上からもコーティングしてある。そうでないと、触っただけで手がみじん切りになるような代物なのだ。

レントが手袋をして、繊維を掴んで引っ張り、強度を確認。

レントの筋肉が盛り上がり、それでもびくともしない様子を見て、皆驚嘆していた。

「すげえな。 流石にあのあぶねえ薔薇の繊維だけの事はある」

「野生の芋虫の糸と、それに強力な魔石を素材にもっと強い繊維も作れるんですけれど、コスト面で今回はこっちでいいと思いました。 ただ、今の技量なら、むかしのその強い繊維よりも、今のこの薔薇の繊維の方が性能が上ですね」

「ともかく、これなら橋の補修は出来るね。 後は空でも飛べれば万全なんだけど」

「流石にそれは厳しいかな……」

今、空を飛ぶための仕組みは研究している。

古代クリント王国の連中も、それを研究していた。だったらあたしでも出来そうなものなのだが。

問題は理屈が分からないのだ。

鳥などは、体をばらしてどうやって飛んでいるのかは理解している。

だが、古代の都市が浮いていた仕組みは、それとは根本的に違うはず。

レアな固有魔術の中に、飛行というものがあるらしいが。

飛行魔術を使える人間は、ほぼそれしか出来ないらしい。しかも極めたところで、鳥に飛行速度で遙かに及ばないそうだ。油断すれば普通に墜落もするし、人間の魔術ではその程度が限界らしい。

あたしも空中で熱操作による爆発を起こして、強引に空中機動することは出来るのだが。それも限定的な機動であって、ずっと浮いている事は不可能だ。

「フィー!」

「うん、フィーにいざという時は助けて貰うね」

「フィー!!」

自慢げなフィー。

まあ、確かにパティを助けた実績がある。

今はあの時より力も増しているかも知れない。

ただ、それでも。

フィーに頼るようではアウトだ。ともかく、順番にこなせる事を、一つずつやっていかないといけないだろう。

ボオスが来たので、ミーティングを開始。

既に消臭剤を撒いておいたので、薔薇の匂いはもうなくなっていた。

だが、ボオスはそれでも此処の悪評を聞いていたようだった。

「なんかすげえ悪臭が、って噂になってたぞ」

「ごめんボオス。 もう今日でこの作業は終わりだから」

「分かった。 ともかく俺の方で、どうにかしておく。 それよりもどうなんだ。 出来たのか」

「触ってみて」

どれと、ボオスもデルフィローズの繊維を掴んで見る。それで、その頑強さに驚嘆したようだった。

しばらく無言になった程である。

「すげえな。 これ、量産出来たら、クーケン島の産業にできないか」

「残念だけれど、素材が結構色々いるんだよ。 それにこの悪臭がね……」

「そうか。 ただ、少量を作るぶんには問題ないだろ。 俺の方で、これが使える場所を探してみる。 多分売り物になる筈だ」

確かに、各地の死んでいるインフラを復興する工事などで、頑強な素材はそれこそ幾らでもいる。

ただあたしは。

これは布にして、戦闘用の衣服に使いたい。

その方が。戦士の生存率が上がるし。何より着た戦士の能力をパンプアップして、魔物に対抗させることだって出来る。

今回は、あくまで限定的な使い方だ。

それは、ボオスにも説明しておいた。

「一通りは分かった。 それで、明日からが遺跡探索の本番、ということだな」

「そうなるね。 一つずつ橋を復旧しながら、深部を目指していくということになると思う」

「ともかく、かなり疲れそうだ。 軽業は俺が担当するが、それでも絶対は無いから、それは覚悟してくれ」

クリフォードさんがそんな風に言う。

分かっている。

厳重に注意しながら、少しずつ進めていく事になるだろう。

ともかく、明日からが本番。

非常に厳しい遺跡調査になるが。

此処が最後の可能性。

封印の場所を正確に把握するには、此処しかもう残っていないのだ。

ミーティングを終えると、あたしは残りの分の調合をすませる。残りは大した量でもない。

それが終わると。

なんだか酷い臭いをずっと嗅いでいて疲れたからか。

もう、何もする気になれず。

出来合いを適当に買ってきて食べると。

後は公衆浴場だけ入って、眠ってしまった。

 

セリは畑で、ずっと作業を続けている。この間見つけて来た、川岸の浄化能力を持つ植物。

調査を進めていくと、どうにもこれの潜在力が高いことが分かってきたのだ。

借りている畑を利用して、セリの固有魔術で成長を促進。様々な方法で畑を汚染して、それを浄化させる。

仮に、だ。

超強力な浄化能力を持っていたとしても、フィルフサそのものをたたき出さないと、意味がないのだが。

それでも、フィルフサをたたき出した後。

復興に使える植物には大きな価値がある。

だから植物を短時間で育て。

そして種を収穫し。

形質のうち強力なものを選抜して。

更に更に先を目指して、品種改良をしていた。畑が傷むのも、当然早い。何十倍。何百倍も成長速度を高めて酷使しているのだから。

無言で畑を弄っていると、真夜中になっていた。

光がなくても、無理矢理魔術で補うが。

それもそろそろこの時間だと限界か。

セリの魔力は、ライザをもしのぐ。

此方の世界に来てから、ライザが凄まじい魔力の持ち主だと言う事で感心したのだが。正直オーレン族にはあれくらいの魔力の持ち主なんて幾らでもいる。長老に至っては、今のライザの三倍程度の魔力はある。既に全盛期は過ぎているのに、だ。

ライザはまだ魔力が伸びると思うが、それでもまだまだだ。

ただセリはそれだけの魔力があっても、相応に酷使はしているし。

何よりも、そもそもとして、回復が遅い。

一晩寝て回復する人間と比べると、どうしても回復力が劣る。

こう言う作業は、自分の回復力と計算して行わなければならなかった。

月が出た。

無言で、此処までにする。

住処にしている安宿に引き上げると、眠る事にするが。

今後どうやって、品種改良をしていくかを考えている内に、いつの間にか眠ってしまっていた。

起きだして、それで。

アトリエに向かう。

ちょっと朝遅くなってしまった。朝の畑を見ている余裕がない。

不覚ではあるのだが。

実はそれほど、今は焦りは無い。

あの植物を見つけられたことは大きい。

ライザと一緒にいることで、更に何かの発見がある可能性もある。

少なくとも今は。

セリは、ライザを殺そうとは思っていない。

アトリエにつくと、すでにパティとクラウディア、それにタオが来ていた。

幾つかの相談事をしているようだったので。

セリは無言で挨拶だけして、隅っこの方でぼんやりする。

畑仕事をしているときはかなり頭を使うのだが。

今は専門外の話をされている。

会話に加わろうとも思わなかった。

やがてレント、クリフォードも来る。ボオスも揃った所で、いつもの朝のミーティングが始まる。

ボオスは議事録をアンペルとリラの所に持っていく。

それだけのためにいるのだが。

この集団の窓口も務めている。故に、時々ライザに口出しをして。それでライザもやりやすいようだった。

「では、これから行う架橋作業についてですが、セリさんも頼みますね」

「分かっているわ」

まずは安定している橋から順番に作業をしていくのだが。

橋の背骨になっている部分を、植物でも補強する。

全員の力を使って、一つずつの橋を復旧しながら、今度の遺跡では奥へ進んでいく事になる。

下がどうなっているか分からない以上。

最大限の注意を払わないといけないのである。

ライザ達は事前に打ち合わせをしていた事もあって、動きに本当に無駄がない。

遺跡に行くのに、パティの借りてきた大型の荷車を使って、大量の物資を一気に運び込む。

「幾多の目」に、一度の往復で物資の運び込みも終わると告げていたようだ。

遺跡についても、作業は怒濤の如し。

ライザ達はどの橋から攻めるか、既に決めていて。

順番に対応を開始する。

最初にクリフォードが命綱をつけて、それで橋を渡りきり。向こう側で、縄を結びつけていた。

「どうだった、クリフォードさん」

「案の定というか、途中の幾つかの石が駄目になってるな。 縄は通したから、まずはこれから安定するように直してくれ」

「分かりました。 タオ、クリフォードさんと向こう側に渡って、地図を作って。 レントはこっち側の見張り。 パティはタオとクリフォードさんの支援。 セリさんはあたしを手伝ってくれますか」

こくりと頷く。

そのまま一緒に橋を渡る。

クラウディアは、ずっと音魔術を展開していて、かなり魔力の消耗が激しいようだけれども。

それでも、時々耳元に情報を届けてくれる。

「タオくん達、橋を渡るのに成功。 その少し先の石が駄目になっているよ」

「了解、セリさん、手伝って貰えますか」

「分かったわ」

少しずつ、思う事がある。

最初どうにも考えが鈍くなっているように見えていたライザが。少しずつ勘もなにもかも鋭くなってきているように思う。

セリは問題になっている壊れた橋の部品の所まで辿りつくと。

手元から植物を召喚して、それで補強。ライザが、頑強な繊維を用いて、修復する間、ぶらんぶらんと浮いている石を支えておいた。

ライザの手際もいい。

やがて、最小限の繊維だけで、しっかり宙ぶらりんになっていた橋を修復し終える。

更に、建築用接着剤と言うのも手際よく使って、欠けたり壊れたりしている橋の部分を修復してしまう。

この辺りの手際は、熟練の人間がやるものだ。

真似は簡単にはできないだろう。

「よし、次に行って」

「分かった。 クラウディア、今の所魔物は……」

「出たけれど、問題がない程度の小物よ。 即座にパティさんが斬り伏せたわ」

「そう。 パティも頼もしくなって来た。 良いことだね」

そのまま、橋の修復を進めていく。

ドラゴンの長い首をそのまま骨にして。更にそれを石にしたような構造をしている橋は。

まるでドラゴンの喉を通っていくかのような不思議な錯覚を生じさせる。

この遺跡は、エンシェントドラゴンが知恵を授け。

それによって栄えた都市だと言う事だが。

それにしても、どうしてこんな構造にしてしまったのか。エンシェントドラゴンが、己の体をモデルにして、都市計画をさせたのだろうか。

可能性は、否定出来ないか。

無心で橋の修理を続ける。

虚空から植物を召喚するのは、土がある状態に比べて魔力の消耗が非常に激しく、更に言えば呼び出せる植物も力が弱い。

充分な詠唱をした後だと、切り札級のものも出せるが。

こう言う場所で作業用の魔術となると、セリもあまり得意ではない。

だけれども、役には立っておきたい。

ライザの働きぶり。

古代クリント王国の、エゴしかなかった錬金術師とは全く違う。だからこそ、その働きを支援したいのだ。

そうすれば。

いつかきっと、オーリムをフィルフサから取り返せるかも知れない。

何百年も、この世界を彷徨ってきた。

希望なんて、なかった。

今や、浄化のための植物も出来ようとしていて。

更には、此処に希望の権化が存在している。

だったら、セリは。

その希望に、賭けてみたいと、思うのだった。

 

4、星の都の星の形

 

ライザから借りたエアドロップを使って、アンペルは遺跡「星の都」に向かう。

百年前。

ロテスヴァッサの王宮で、アンペルは人間がどれだけ醜いかを嫌と言うほどみた。特に錬金術師は、エゴしか考えておらず。その力で人間世界を復興しようとか、苦しんでいる人々の生活を楽にしようとか。

そんなことは微塵も考えておらず。

一度それを口にしたら、ゲラゲラと笑い出す始末だった。

一人だけ友人はいた。

だが、明らかに才能が他の錬金術師と違っている彼は、浮いていて。

才能がある程度近いアンペルとともに孤立していた。

思えば、その友人が裏切って。

アンペルの腕を台無しにするような事故を誘発させたのも。

その孤独が原因だったのかも知れない。

彼は才能があったから。

だからこそ、周囲の貴族出身だったり、富豪の出だったりする、才能がない錬金術師からすれば不愉快な異物であり。

「貴族だから優秀」「金持ちだから優れている」などと無条件で信じているようなバカにとっては。

自分の立っている場所を、掘り崩す危険な存在だったのだろう。

彼もアンペル同様。

平民出身だったのだから。

アンペルは、自分を天才などと思っていない。

このエアドロップはどうだ。

ライザが即興で作ったものだが。ロテスヴァッサにいた錬金術師なんて、束になってもこれは作れない。

それも、ライザはかなり今スランプで、頭が鈍っているのに。

使う度に欠点を補強して。

今では、操縦もしやすく、安定性も抜群だ。それでいながら折りたたむことまで出来るのである。

リラですら、興味深々に最初これをみて。

操縦したいとまでいった。

何度か操縦をしたあとは。

アンペルに任せるようになったが。

ともかく、遺跡「星の都」に到達。多少魔物はいるが、リラと二人でなら、対応は難しくない。

此処での調査をしている理由は一つ。

此処がかなり高度な技術によるもので。

或いは都市を浮かせる技術を持ち帰れるかも知れないと思った事。

そして、もう一つは。

此処に、記憶がまだ曖昧な精霊王がいることだ。

精霊王とは既に接触済で。

何度か話をして、その度に少しずつ情報を得ている。

勿論得た情報はライザ達と連携する事で、この間ライザが存在を確定させた門。その位置を探るために使っている。

ただ、ライザ達より、アンペルが明確に優れている点が一つだけあり。

それが経験だ。

経験が、どうにも妙だと告げている。

何か見落としているのではないかと。

だから、敢えてライザ達とは別行動をして、ライザ達が調査を終えた遺跡を回っているのだ。

その結果、この「星の都」が一番怪しいと判断して。

此処にまた来たのだ。

内部が滅茶苦茶になっている「星の都」の奧にまで行く。途中の魔物は、どんどん倒して行った結果、既に小物しかいない。

此方の事も把握しているのだろう。

無言で此方を見ると逃げていく。

アンペルも無駄な戦闘を避けられて何よりだ。

見かけは若い。実年齢は既に百才をだいぶ越えているが、同じ年の人間どころか、三十路前で充分通用する。

それでも、やっぱり昔に比べると衰えが出始めている。

たまに、怒りが爆発したりするのも、それが原因だ。

若い頃もそうだったが。

感情を制御出来るようになって、数十年はずっと冷静でいられた。

だけれども、最近はたまに心が暴発することがある。リラはずっといつも冷静なので、羨ましいとさえ思う。

そんなだから、出来れば戦闘は避けたい。

やはり、体の衰えは、どうしてもあるのだから。

「此処だったな」

「それでアンペル、今日はどうするつもりだ」

「ライザから提供を受けたこれを渡す」

「いいのか。 貴重なものなのだろう」

採りだしたのはグランツオルゲンだ。

だが、ライザの言う通り、これは極めて貴重ではあるが。まだまだ研究不十分で、中途半端な品でしかない。

ライザが装備品の要所補強にしか使っていないのはそれが理由。

それも強度の補給ではなく、魔力増幅用のブースターに使っている。

本来だったら、これだけで武器を作れば、文字通り天を引き裂くような威力に出来る筈なのだが。

それとは程遠い、出来損ないに過ぎない。

勿論アンペルに再現は出来ない。

ライザはこの質で良いのならと、幾らでも作って見せるだろう。

もう錬金術師としては。

ライザは間違いなく、この世界最強。

それどころか、この世界の歴史でも、最高かも知れなかった。

精霊王のいる部屋に、空間を転移して入る。

精霊王は眠そうにしていたが。

アンペルを見ると、顔を上げていた。

「やあ。 また来たんだね」

「魔力を補給できると思って、持って来た。 渡しておく」

「ほう。 これは……凄いな。 ありがとう。 助かるよ。 少しはこれで、記憶も戻るかもしれない」

「それは良かった」

精霊王はここにいる「光」とは別個体に三年前にも遭遇したが、もともとそれほど好戦的な存在ではないのだと思う。

事実ライザはしっかり会話と交渉で戦闘を回避したし。

それどころか、オーリムでの戦闘で、精霊王達は加勢までしてくれた。最低限だけだったが。

精霊王は、アンペルの仮説では、決して人間に良い感情を持つような出ではない筈だが。

それでも人間を見るなり殺しに来ないのは。

つまり、人間よりずっと理性的だという証拠なのかも知れなかった。

「ふむ、凄い魔力だ。 僕の存在が、少しずつ戻っていくような気がする」

「何か思い出さないか、精霊王「光」」

「すぐには……残念だけれど。 ただ、一つなんだか思い出してきたものがある」

「!」

精霊王「光」はいう。

フィーとライザが呼んでいる生物に、見覚えがあると。

ライザも残留思念で、フィーに似た生物を何度も見たといっていた。

それは不思議ではないと思う。

「貴方は歴史に立ち会ったはずだ。 あの生物がなんなのか、具体的に分からないか」

「……今思い出している。 少しずつ記憶を接続している」

「アンペル、急かすな」

「分かっている。 だが、どうにも嫌な予感がする。 ライザはしっかり一線を引いてあれと接しているが、どうにもな」

しばし、待つ。

今は、精霊王「光」の記憶が頼りだ。

門を封じ、オーリムと此方の世界両方の不幸を避ける為には。

それが必須なのだから。

 

(続)