守護者は座する

 

序、天然迷路

 

まずいな。

あたしは足を止める。右手を横に。それで、全員が止まる。

うだるような暑さ。

蜃気楼で周囲が歪んでいる中。

砂が、流れている。

流れている先には、穴のような地形。

流砂だ。

これが幾つもあって、道を阻んでいる。この砂漠は、想像以上に危険な場所なのかもしれない。

これだったら、古代クリント王国の人間が、「北の里」にたどり着けなかったのも納得出来る。

そもそもこれでは、ここに入ろうという発想さえなかったのかも知れないが。

「くそっ! 此処もダメか!」

「レントくん、おちついて。 少しずつ、地図を埋めて状況を整理していこう。 どうしても駄目な場合は、砂漠を時間を掛けて迂回するとか、色々考えるしかないよ」

「……」

クラウディアが、レントをなだめている。

論理的な言葉に、何より死線をともにくぐり続けた仲間の言葉だ。レントもため息をつくと、頷いていた。

あたしは、地図作りをタオに任せて、跳躍する。

この砂漠は砂が多い地点と少ない地点が極端であり。なんだか作為的だ。

ともかく跳躍して、周囲だけは確認しておく。そうしないと、見落としがあるかも知れないからである。

一度水たまりまで戻る。

その過程で、脇道も調べて行く。

蜃気楼で視界が完全に狂っているので、とにかく総当たりで調べて行くしかない。

そういう意味では、「深森」よりも厄介かも知れない。

それに、この砂漠を抜ける道を見つけたとしても。

道中の強力な魔物。

更にはこの先にいるワイバーン。

両者が、いつ襲ってくるか分からないのである。

森に魔物がほぼいなかった「深森」とも、その意味で違っているし。より厄介なのかも知れなかった。

水たまりに戻ると、すぐに水を汲んで、あたしが煮沸し、更に冷やす。順番に皆で水を使って手を洗って顔を洗って貰う。

あたし自身は最後だ。

最後に手を洗っていると、タオが厳しい表情をしていた。

「皆、地図を見て欲しいんだ」

「何か問題があるのか」

「うん。 流砂について、流れている方向なんかを調べて見た。 そうしたら……」

地図の中に、巨大な流砂が描かれている。

ぐるりぐるりと回って、やがて中心点に流れ込んでいるそれは。

さながら砂漠の中にある巨大な渦だ。

人食い渦である。

あたしも漁師の話は聞いているから。潮の流れで出来る渦の恐ろしさは、良く知っているつもりだ。

陸上で、そんなものの恐怖に曝されるとまでは思っていなかったが。

「ことごとく道をふさいでやがるな、この流砂」

「うん。 だから、大回りで行くのが正解かも知れない」

「確かにな。 この流砂の大きさは異常だぜ」

クリフォードさんも賛成か。

しかし、地図を見る限り。

この砂漠突破は。相当に厳しそうだ。

少なくとも、直進路はほぼ不可能。或いは、何処かに隠し通路みたいなのがあるのかも知れないと思っていたのだが。

ひょっとするとだが。

封印が出来た後、何かしらの方法で流砂を作り、道を塞いでしまったのかも知れない。

可能性としてはゼロではない。

事実、古代クリント王国に封印を知られたら。

どうせ碌な事にならなかったのだから。

北の里の存在そのものは、既に知られていたはず。

だったら、そこに辿りつかれていたら、終わりだっただろう。

「流砂を潰す方法はないかな」

「簡単に言わないでよライザ。 この巨大な地形と、それ以上に巨大な自然現象だよ」

「そもそもどうしてこんな風に砂が流れているんだろうね」

「考えられるのは、地下に鍾乳洞がある事だろう」

タオが言う。

そもそも、この辺りの水流からして、地下に大きな空洞があっても不思議ではないだろうと。

或いはだが、其処を昔は通っていたのかも知れない。

確かに砂漠を通っていくよりも、その方が遙かに楽だ。

腕組みして、考え込む。

もしもあたしが北の里や。古代クリント王国に滅ぼされた国の人間だったら。そんなもの、入口を爆破して塞いでしまうだろう。

今更、それが見つかるとは思えない。

逆に言うと。

今でも、北の里には人がいる可能性もある。

それはそれで厄介ごとの臭いがするが。

まあ、それはもういい。

ともかく、現実的な対処を考えなければならない。

「砂漠の大きさからして、この流砂はとんでもない規模だよ。 下手をすると、今後どの道もふさがれているかもしれない」

「……一度戻ろう。 あたしとしても、ちょっと考えたい事がある」

「ライザさん……また無茶苦茶を?」

「この状態が既に無茶苦茶なんだよパティ。 そして、今すぐに封印が解けることはないだろうけれども。 それでも、時間制限はあるんだ」

それに、だ。

封印が仮に健在だったとしても、フィルフサが内側で大人しくしてくれているとは限らない。

あの「深森」の五感を狂わせる仕組みだって。

何百年もフィルフサを閉じ込めておけるだろうか。

あのフィルフサである。

既に、幻惑の仕組みを克服している可能性だって、否定出来ないのだ。

「ともかくライザ、仮に何か手段があるとして、どうするの?」

「ええとね……」

「爆破とかしたら、もっととんでもないことになるかも知れないよ」

タオに釘を刺される。

まあ、そうだろうな。

あたしも、そんな風に釘を刺してくると思った。

大丈夫、やろうとしているのは爆破じゃない。

架橋だ。

 

アトリエに戻ると、地図を見て状況を検討する。

とにかく砂漠は入り組んだ地形だ。×をつけているのは流砂を確認した地点。一度パティが足を取られて、流されかけた。

クリフォードさんが即応したのもあるが、フィーが警告の声を上げたので、あたしがとっさに冷気の熱槍を投げつけて、下流の砂を凍らせた。

それでパティは一瞬だけ出来た氷の足場を使って脱出成功。

冷や汗が流れた。

流砂は想像以上に危険だ。

底無し沼より危ないかも知れない。

「地図が×だらけですね」

「ミスが許される場所で、ミスをしておくのは大事な経験だよ。 勘違いした「現実主義者」が、ミスをするような無能はいらないとか言うらしいけれど。 ミスをしない人間なんていない。 ミスをしないと人間は覚えないから、如何にリカバーするかが大事なんだよ」

「お父様も殆ど同じ事を言っていました」

「流石はヴォルカーさん。 まああの人もたたき上げだし、似たような経験はたくさんあるんだろうね」

ヴォルカーさんが爵位をもてたのは、この王都が破綻寸前だからだ。

人材なんて皆無に等しく、街道の安全すら確保できない「首都」。

警備の人間が優秀なんて言葉もあるが、それは揶揄以外のなにものでもない。

実際、今王都に絶対に必要な防衛戦力であるアーベルハイムを良く思わないアホが何度も排除を目論んだようだし。

この王都は、どうして今までもっていたのかが不思議すぎるほどだ。

いずれにしても、である。

ミスは誰でもする。

その辺りは、経験を積めば誰でも理解出来る。

それを理解出来ない人間は。

逆に余程のぬるま湯に浸かって生きてきた人間だ、ということだ。

「いずれにしても、これは多分隙間なんかないぞ。 魔物だって多いし、流砂がどれだけ広いかもわからねえ」

「とりあえず、流砂は避けて明日は午前中だけ探索しましょう」

「大丈夫ライザ。 時間、あまりないかも知れないんでしょう?」

「大丈夫だよクラウディア。 なんとかする」

この流砂。

明らかに意図的に作られた物だとあたしは感じている。

クリフォードさんの話によると、流砂というものは自然にも生じるという話である。同じように危険だそうだ。

だが、元々岩石砂漠が多く、砂だってそれほど多く無い砂漠である。

もっと規模が大きい砂漠は巨大な砂丘というものが出来るそうで、一日で木が砂に埋まってしまうこともあるらしい。

更には風も強く吹いていて、あんなに水たまりが多いのも不可解だそうだ。

やはりあの砂漠。

人の手か、もしくはエンシェントドラゴンかも知れないが。

何かしらの手が加わっているとみて良い。

地下については、今の時点では考えていない。

あれだけ水があるのだ。

多分地下には水脈がある。

恐らくだけれども。

「北の里」は、利害関係でフィルフサの封印に協力はしたのだろうけれども。それだけしかしなかった。

同盟関係ではあったが。

属国ではなかった。

だから、古代クリント王国との戦闘には参加しなかったし。

恐らくは、興味もなかったのだろう。

残酷なようだが。

この地にあった国が、古代クリント王国と同じ穴の狢だったことを知っている今としては。

やむを得ないから協力した、という北の里の事情も透けて見えてくる。

あたしとしては。それを責めるつもりにはなれなかった。

それにしても、だ。

毒竜との戦闘以降、フィーの勘が鋭くなってきている。

それと同時に、更に魔力を大食いするようになって来ているようにも感じる。

何かしら、安定して多くの魔力を食べさせてやれないものか。

それも質が高い魔力を、だ。

無言で考え込んでいると、タオが挙手した。

「ライザ、いい? 砂漠で、攻めてみたい地点があるんだ」

「明日? 別に良いけれど、どこ」

「この辺り」

タオが指したのは、恐らく流砂の最上流と思われる地点だ。発生地点を確認しておきたいというのだろう。

個人的にもそれは賛成だが。

あたしとしては、むしろ一旦荒野を突っ切って、砂漠の全体的な大きさを具体的に把握するのも手に思えている。

ただ荒野を通るルートの場合、恐らくはワイバーンが何度も仕掛けてくる筈だ。

相当大きいワイバーンがかなりの数見かけられた。

あれといちいち戦うのは、あまり得策とも思えない。

サメやらラプトルやらとはレベル違いの相手なのだ。

それも、縄張り関係無く、一気に多数が襲ってくる可能性も、考慮しなければ危ないだろう。

「分かった。 明日の調査で、其処は確認するけれど。 タオは、荒野を突っ切るルートはどう思う?」

「僕は反対だね」

「タオさんがそこまで明確に反対するのは珍しいですね……」

「実は僕もワイバーンの動きは観察していたんだ。 どうもワイバーンは、僕達を認識しているのに攻撃して来ていない。 あれはひょっとすると、番犬と同じなのかもしれないと思ってさ」

番犬。

ワイバーンが。

そこまで思って、あっと声が出た。

北の里は、エンシェントドラゴンがいたらしいと言う話を、タオもクリフォードさんも調べてきてくれている。

もしもそうだとすると。

番犬として、幼体のドラゴンであるワイバーンを使っていてもおかしくは無いのか。

ちょっとこれは盲点だったかも知れない。

もしも番犬としてワイバーンが動いているのだとすると。

北の里に害を為す存在を見抜いて、それを叩くつもりなのかも知れなかった。

だとすると、余計に乱暴な真似は無理か。

なるほど、確かに一利はある。

「よし、予定通り明日は午前中だけ調査しよう。 タオが探してみたい地点を重点にやってみよう」

「どうせ手詰まりだしな。 それでいいんじゃねえか」

レントの言葉に、皆が同意する。

咳払いしたのは、ボオスだった。

「俺の方からも良いか」

「どうしたの。 何かあたしの技術が必要?」

「いや。 こつこつお前色々やってきただろ。 最近はお前の名前を彼方此方で聞くようになってきたからな。 一応、念の為だ」

なるほど。

確かにそれは、重要かも知れない。

具体的な話を聞いてみると。職人、商人、庶民、戦士達。子供達や、学生。そういった人々からの噂が好意的らしい。

一方、貴族からは畏怖が籠もった呼ばれ方をしているそうだ。

概ね想定通り。

王都を実際に動かしている人達。王都の未来を担う人達に、好意的にとられていれば、それでいい。

逆に、王都に巣くう寄生虫である現在の貴族や王族なんぞに、好かれたいとも思わない。

もしもしつこいようだったら、王宮ごと吹き飛ばすだけだが。

今の時点では。その必要は無さそうだ。

「子供達の間での噂って……」

「前にクソガキ共を助けただろ。 それでな」

「へえ……」

「レントも人気になってるぞ。 巨人みたいな大きさで、ドラゴンを捻り殺すくらい強いらしいってな」

レントはそれを聞くと苦笑い。

レントも単騎でドラゴンを倒すのは無理だ。

ワイバーンだったら、小型のだったらいける可能性が高いが。

以前交戦したドラゴンや、この間戦った毒竜の強さを考えても。まだ流石にレント単騎では厳しい。

「他には?」

「主にバレンツと商売をしている商人が、ライザの話題を時々出しているらしい。 何人か街道で助けたのもあるんだろうな」

「そういえば前に救助したことがあったね」

「いずれにしても、このまま続けてくれ。 クーケン島のブランドってやつがお前そのものになってくれれば、島に戻った後俺もやりやすい」

まあ、その時はバレンツ商会を介して売り買いはするのだが。

それについてはいい。

一度解散する。

フィーが小首を傾げている横で、あたしは地図とにらめっこしていた。

「フィー?」

「橋に必要な石材がどれくらいだろうかな、と思っていてね」

「フィー!」

「まあ、こればっかりは計算しないと無理か。 それに、流砂の向こう側にいくのに、どれくらいの幅が必要かも、考えないとまずい」

今の時点では皮算用だ。

もう一つ、砂漠に拠点を作らなければならないかもしれない。

いずれにしても、大規模な工事をするマンパワーはないし。砂漠の強力な魔物とやりあいながら、工事をするのも非現実的だ。

タオがいう地点を調べて、それでどうするかを考えたい。

あたしは。

この世界が、フィルフサに蹂躙される事を。

よしとはしていない。

この世界の今の文明は、古代クリント王国の残骸だ。

その文明は、残虐非道という史実と。罪という言葉を一身に背負っている。

だから滅びた。

同じ過ちを繰り返してはならない。

どうせタオがどれだけ頑張って、過去の過ちを告発したところで。数世代もした頃には、人間はすっかりわすれさって同じ過ちをどれだけでも繰り返す。

あたしもクーケン島に伝わっていた童歌なんて、煩わしくて仕方がなかったし。

タオが具体的にどういう理由でこれをやったらダメだ、という説明をしても。結果は同じだろう。

今の世界を滅ぼされるのは困るが。

あたしは人間に期待もしていない。

だからアンチエイジングで人間を止めるのは、別に吝かでは無いと思っている。

後の世代で、錬金術を悪用する奴が出たら、それを仕留めるためだ。

あたしがずっと君臨して、権力や富を独占するつもりはこれっぽっちもない。

だけれども、この世界の錬金術師がやってきた事を知った身としては。

後の世代に託して、なんていう脳天気な事を口にも出来なかった。

そんな風に考えているから。

あたしは、北の里を調べるつもりだ。

そうして、封印をどうにかする。

まずは、差し迫った危険であるフィルフサをどうにかする。そのフィルフサにしても、古代クリント王国が爆発的に増やした奴らでは無く、恐らくはもともとオーリムにいた種族だ。その自然種の強さがどれだけかもよく分からない。

だから、最悪の最悪を常に想定しなければならない。

考え込んでいると、結構時間が経ってしまった。

あたしは公衆浴場に行くと、汗を流して。

後は。

さっさと眠る事にした。

 

1、流砂の源流

 

荒野と並ぶ砂漠の深奥。

タオが探してみたいと行った地点に到達。目的地点があると、それだけ到着は早かったりする。

足下では、凄まじい勢いで砂が流れていて。

とても通る事などは不可能だと言う事が、一目で分かるのだった。

「凄まじい光景だな……」

「……」

タオが、遠めがねを使って、じっと流砂の流れを見ている。

この辺りの流砂は流れが速く。

足を踏み外したら、濁流に呑まれるようにして、あっと言う間にあの世行きだと考えて良い。

あたしも水への恐怖は克服したが。

水を全く怖くないと思考するようになったわけじゃない。

むしろ水に対する適切な恐怖を獲得したから。

水に入れるようになった。

この流砂も、そんな意味では。

しっかり適切な恐怖を持って、見る事が出来る。

「どうだ、タオ。 分かったか」

「蜃気楼が邪魔だな。 なんとか出来ない、ライザ」

「あまり長くは消せないと思うけれど」

詠唱をして。

その後、冷気の熱槍を叩き込む。何カ所かに叩き込んだ熱槍は、それだけで砂を激しく冷やして、強烈な蒸気を噴き上げた。

砂漠の灼熱と蒸気がぶつかり合って、しばらくは濛々と煙幕を作り出したが。

そこに更にあたしが熱槍を叩き込んで、熱をコントロールしていくと。

しばしして、蜃気楼が消える。

ただし、消耗も小さくない。

「とりあえず、どう?」

「ありがとう。 なるほどね……」

自分なりにカスタマイズした遠めがねを、カチカチと動かして調整しているタオ。これで距離を測れるらしい。

なんでも此方に来てから大枚をはたいて購入した、距離を測れる遠めがねであるそうで。

当然古式秘具だそうだ。

ただ調子が決して良くないので、あたしにその内修理を頼みたいとか。

「分かってきた。 ごめん、もうちょっと調査いい?」

「まだ少し時間あるから、別にかまわないよ」

「ありがとう。 次はこの辺りを調べるよ」

地図を示して、そしてタオが先頭で行く。

砂を踏みながら、急いで移動。

砂がじゃりっと音を立てた。岩石砂漠になってきた。つまり、砂漠の辺縁に来ているという事だ。

無言で移動しながら、様子を確認。

手をかざして蜃気楼の様子を見るが。この辺りは温度がそれほど凄まじくはないからか、多少は蜃気楼もマシだ。

パティが小走りに移動しながら、疑問を呈してくる。

「どうして岩石が砂になるんですか?」

「それは温度差よ」

「温度差」

「そう。 昼と夜の温度差が激しいから、岩にどんどんダメージが蓄積していっているのね。 ここまで極端ではないけれども、オーリムにも気候が厳しい土地はあって、それで似たようなものは見た事があるわ」

もう隠すことでもない。

セリさんが、そんな説明をすると。

パティは考え込む。

「なるほど。 オーリムとは違う事も多いですが、同じ事も多いんですね」

「本来はそこまで此方の世界と変わらない……変わらなかったわ。 フィルフサが全てを無茶苦茶にする前まではね」

「重ね重ね、先祖が本当にすみません」

「いいのよ。 少なくとも、そう本気で考える貴方は、彼奴らとは違う」

周囲に敵がいないから、そんな話も出来る。

タオが手を振る。

此処だ、というのである。

そのまま、タオのいる地点まで移動。

確認をする。

この辺りから、砂になっているが。

此処がどうしたのだろう。

タオは砂に棒を立てたりと、調査を始める。砂は風に噴かれて、棒の側にすぐに溝みたいなものが出来た。

しばらく、タオはそんな風にして調査を続ける。

それが必要な調査だったら、別に予定を変えることは吝かじゃない。

しばしして、タオが顔を上げていた。

「よし、分かってきた」

「じゃあ、一度戻るけれど、かまわない?」

「うん。 アトリエで相談しよう」

「よしきた」

すぐに後は帰路につく。

帰路にて、以前見た大型ラプトルの群れが此方を伺っていたが、それは完全に無視させて貰う。

相手も、此方が戦闘するのを、何度か見ていたのだろう。

仕掛けては、こなかった。

今日は、大物に襲われることはなかったか。

ともかく、これでいい。

砂漠を抜けて、橋を通って。そしてしばらく走ると、街道に出る。

こんなに近い場所に、人跡未踏の地がある。

それが、どれだけ人間の生存圏が狭まっているかという良い証拠。

今の人間は、あたし達みたいな特異戦力がいなければ、魔物に対する防衛が精一杯なのである。

アトリエに戻って、砂を払ってから。

タオが説明を始めた。

「確認できたけれど、やはりあの流砂は自然に出来たものじゃない」

「それについてはその説が強かったけれど、今日確認できたって事だよね」

「そうなるね。 今日は、砂漠の風の動きや、それで生じる砂の流れについて調べて見たんだ」

なるほど、それで遠めがね。

それで、タオは結論を出していた。

「砂漠をこのまま突破するのは不可能だ。 あの流砂だけではなくて、他にも仕掛けがあるとみて良い」

「そうなると困るな。 ライザの話だと、フィルフサがいつ封印を喰い破っても不思議じゃないんだろ」

「ライザの先生達も調査をしてくれているらしいが、情報を合同してみるのはどうだ」

「アンペルさんとリラさんも調査はしてくれているけれど、情報を待つよりもまずは自分で出来る範囲は調べるつもりだよ」

クリフォードさんの提案に、あたしはそう応えておく。

そうかと、クリフォードさんは帽子を掴んで下げていた。

なんとなくだけれども。

ある程度好意的にとってくれたことだけは分かる。

「それでライザ、どうするつもりだったんだ」

「流砂の薄い部分に、架橋するつもりだった」

「それも対策されていると思う。 ただ……」

「ただ?」

流砂のだいたいの大きさは、既にタオは掴んでいるという。

地図を拡げると、タオがぐるっと指を回していた。

「恐らく、この範囲が流砂。 そして、何か隠されているなら、この辺りだと思うね」

「流砂の先……もし行くとしたら、荒野から迂回して行く方が早そうですね」

「だけれども、そうすると多分ワイバーンが嫌になる程襲ってくる」

「手詰まりか」

レントが腕組み。

ワイバーンの一体や二体だったらどうにでもなる。だけれども、それが二十三十となると話は別だ。

それだけじゃあない。

ワイバーンだけで済む保証は、どこにもないのだ。

「それでタオ、何か考えがあるんじゃないの?」

「流砂は人工的なものだと判断して良い。 それだったら、流砂をとめる方法があると思ってね」

「ふむふむ」

「クラウディアが音魔術で調べてくれていたけれど、時々へんなものが地下にあるって言っていたでしょ」

そういえば、言っていたな。

タオがメモを取っていたから、それについては考えていなかった。

タオが、その変な物の地点を示して行く。

あたしは、あっと声を上げていた。

「僕も多少は魔法陣については分かるけれど、ライザはもっと分かるでしょ」

「うん、これ超巨大な魔法陣だ。 多分だけれども、水の動きを操作しているとみて良いだろうね」

「水の動きを?」

「要するに地下に巨大空洞を作って、砂を流し込み続けているんだよ」

魔法陣については、この図だと。

中心点は、想定される場所がある。

今まで、完全に無視していた、流砂とも全く関係がない場所だ。其処に多分、何かしらあると見て良さそうだ。

ガーディアンがいる可能性も高い。

これは、一度戻って正解だった。

「ガーディアンがいる可能性が高いと思う。 明日、装備を調えて出かけよう」

「何百年も経てるガーディアンだと、あの毒竜並みの強さだと考えて良いのか」

「なんともいえない。 だけれど、砂漠を活用して襲いかかってきたら、ちょっと面倒だろうね」

「……」

一度、解散とする。

あたしは少し考えてから、爆弾を増やしておく。更に、調合で薬も作る。

淡々と調合していくと、雑念を払える。

根こそぎエーテルを体から絞り出すから、雑念を抱いている暇もない。更に錬金術を使って、要素をエーテル内部で組み合わせていると。

頭を全力で活用する事になるので。

雑念なんて抱く暇はないのだ。

「フィー!」

顔を上げる。

フィーが引っ張っているので、そっちを見ると。ドアが叩かれていた。

錬金術を一度停止。

様子を見に行くと、クラウディアだった。

時間的には、夕方前か。

「どうしたの?」

「機械の修理。 急いで頼めないかな」

「その様子だと、訳あり?」

「うん。 王都から追い出した貴族の一人の資産を調べていたら、うち捨てられていた機械が見つかってね」

なる程ね。

それも、結構大事なものの可能性があると。

調べて見た所、金属加工をする機械であるらしい。

職人が作るものほど精度は高くない……と言いたい所だが。実際にはまったく分からないそうである。

一度錬金術をきりが良い所までやって、クラウディアについていく。

機械の話について、クラウディアが途中で話してくれる。

護衛らしい戦士数名は、距離を取って周囲を常に警戒していた。随分と鍛えられていると思う。

「今の時代には、どうやって作ったのか分からないパーツがたくさんあるの。 特にネジや何かの細かい部品は顕著よ」

「あたしが錬金術で再現した奴、結構あるよね」

「そう。 そういったものをもしも機械で作れたら……」

「確かに、地力での機械修復がある程度可能になるかもね」

今まで直してきた機械は、どれも酷かった。

確かにネジなんかは、完全に潰れてしまっているものも多くて。場合によっては、崩れてしまうケースもあった。

形だけ真似ても強度が全然足りなかったり。

或いは経年劣化に耐えられなかったりしたのだ。

だから、機械でそれらを作れるとしたら、大いに意味がある。

ただ、機械の破損が酷くて、元がなんだったのか。今の時点では分からないと、クラウディアは悲しそうに言う。

そうか、それならばあたしが確かに見ないとダメだろうな。

そうとも思った。

貴族の屋敷の跡地は、がらんとしている。

資産は殆ど、バレンツ商会などが持ちだしたのだろう。

醜聞一つでこれである。

「優秀な血筋」だの「伝統ある家」だのが、どれだけ脆いのか、これをみるだけで明らかである。

家は空っぽになっていて。内部はかなり痛みが早いようだが。

いや、これは。

今まで誤魔化していただけで、実はとっくに痛み始めていたのだろう。

基幹技術が駄目になっているから、こんな建物一つ、まともに直す事が出来ない。

この井戸の中のカエルの住処である王都。

それそのものを、示しているかのような建物だ。

「そういえば、パティの家もこんななのかな」

「例のメイドの一族が色々と誤魔化しているみたいなの」

「ああ、なるほど……」

で、いなくなればこうなると。

ともかく、家財などがなくなって処分された後を通ると本当に建物が傷んでいるのが分かる。

倉庫に移動して、確認。

確かに機械ではあるが。

腰をかがめて確認するが、これだけだと何とも言えない。ともかく、部品全てを集めないと分からない。

「情報が足りないね。 他の部品は?」

「うん。 彼処に集めてあるわ。 分からないものはすぐに捨てようとする人が時々いて、そういう人がまとめて処分しようとしていたから、あわててとめたの。 全部残っていると良いのだけれど」

まあ、どこにでもそういうのはいるか。

タオの家でも、タオの両親がそうだったな。タオが死守しなければ、クーケン島の操作マニュアルは、全部燃やされていた可能性も高い。

そういう感じで、「分からないから」という理由で燃された知識や技術は多いのだろう。

そして燃した側は、自分に分からないのが悪いと開き直るわけだ。

これは、人類がずっと進歩しないのも納得である。

「なるほど、これとこれと……これと……」

「それなりに大きな機械よ。 痛みが激しくて、錆びて壊れてしまっている部分も多いみたいでね」

「何となく分かった。 これはね、あらかじめ加工しておいた薄い金属を加工して、家財道具を作るものだね。 何種類か作れると思う」

「さ、流石だね……」

あたしとして見れば。

まあ、空間を把握して、それを理解しただけだ。

似たようなものも見ているから、分かったと言う理由もある。

もうクラウディアに頼まれて十個以上機械を直したが。

その過程で理解した構造というのは、結構多く。

それで分かったと言うべきだろう。

ともかく、これを修理するのはかなり時間が掛かる。

部品類は、一通り把握。足りない物もあるが、それはあたしが造れば良い。

問題は、これは恐らく、特殊な合金を材料とする。

中核部分を調べて見る。

なるほどね。

どうやらこれは、家庭用の調理器具を作るものらしい。

フライパンなどの何種類かだ。

ただ、これは合金の強度などが問題になってくるし、何よりも今の時代。調理器具に必要な金属が作れるかどうか。

フライパンなどの調理器具は、例えば金属が漏れ出して食品と混ざったりしたら、洒落にならない健康被害を生み出す。

長い年月使っていると、それだけで体をむしばんだりする。

そのため、金属にしてもまざりっけがないものにしなければならない。

低品質の合金だったりすると、鉛とかが入っている場合もあるし。

そんなものを使ったら、寿命をもりもり縮めていくことになる。

少し考え込んでから、あたしは解答しておく。

「これは直せるけれど、機械だけではだめだね。 ……ゴルドテリオンとまではいわないにしても、あたしが作るくらいの高純度の金属を大量に安定して生産出来るようにならないとダメだと思う」

「それは厳しいね。 今の時代、金属だっていちいち炉で作ってるくらいだし」

「残念だけれど、これは使うのは諦めた方が良いと思う。 見た感じ、数百年は使っていないようだしね」

多分だけれども。

その数百年前にすら、まともに素材の金属を用意できず。

乱暴に使った結果、壊してしまったのだろう。

或いは用途が分からなくて、苛立って壊してしまった可能性もある。

そういう人間は幾らでもいる。

王都の貴族でも、それは当然例外では無い。

「分かったわ。 それで、どうしようかしらね、これ」

「直すなら、一日ちょっとで出来るよ」

「分かった。 じゃあ、合間を見て少しずつお願い出来る? 直した後は、バレンツで保管するわ」

「それならば、部品を運び出しておこう。 ここにおいておくと、価値を理解していない人が捨てたりするだろうし」

後は、バレンツの人を呼んで、部品を移動させる。

夕方を過ぎて、夜になりつつあった。

作業が終わった後は、バレンツの商会で夕食をいただく。

正直、貴族の食べているものよりこっちの方が美味しいかも知れない。王都の農業区を馬鹿にしていたりしないから、普通に新鮮な食材が使われていて。結果塩漬け、砂糖漬け、香辛料漬けになっていないのだ。

「ふー、ごちそうさま」

「相変わらず豪快に食べるね。 それだけ食べてくれると、作ったがわとしても気持ちがいいわ」

「まあ、その分消費しているからね」

食べた分は、全部魔力に変換して、エーテルにしてしまう。

残りも体を動かす分で全て消耗してしまう。

あたしはここ三年で、錬金術に集中していた時期もあったけれど。そういう時期でも、太る事は一切なかった。

エーテルを毎日絞るだけ絞っていたからである。

魔術師は大量にご飯を食べるケースが多いのだけれども。

あたしはその典型だ。

かといって、クラウディアが大食いなわけでもない。

これは、体質なのかも知れなかった。

「じゃあ、明日。 厳しい戦いかも知れないから、今日はしっかり休んでおいて」

「分かってる。 それじゃあね」

満面の笑みを浮かべるクラウディアの所を離れて、アトリエに戻る。

やはりフィーは水を少し飲むくらいで。

栄養は全く、口にする気配がない。

あたしの魔力で充分なのだろうか。

少しずつ元気がなくなっているように思えるけれども。

いずれにしても、このままだと。

あまり良い結果には、なりそうになかった。

 

2、魔法陣の守護者

 

タオの予想は当たった。

もっともどうでも良いだろうと思っていた地点に近付くほど、びりびりと嫌な予感がしてくる。

魔力量に裏付けられたあたしの勘は、生きるために必要なものだ。

それはなんとなく、ではなく。

近くに危険な存在がいることを示している。

あたし以上に勘が鋭いクリフォードさんは、完全に無言になっている。

これは、何かいるのは確定だろう。

砂漠の隅っこ。

岩石砂漠になっている地点の一角に、岩山がある。それほど大きな魔物が隠れられるようには思えないが。

それでも、非常に危険な気配が消えない。

あたしは、皆に注意を促しながら、進んでいた。

「いるよ」

「分かった。 それにしても、何が出てくるのやら……」

「友好的に済ませられればいいんだけれどね」

「……」

相手は、強い魔力でずっと此方を威嚇しているが。それでも引かないと判断すると、やがて姿を見せるつもりになったらしい。

岩山に突如罅が入る。

そして、内側から砕け散っていた。

即座に散開。

相手の出方を見る。

北の里の守護者だとすると、ある程度知能がある可能性は否定出来ない。

だが、もちろんのこと。

知能があったからと言って、戦いを避けられるかは分からない。

岩山が倒壊して、出て来たのは巨大な何かだ。

ちょっと形容できない。

蛸や烏賊の触手だろうか。一番近いのは。

だけれども、その吸盤がある地点に、多数の目がついている。

なるほど。

これは恐らくだが、ガーディアンなだけじゃない。

魔法陣を動かしている、生体装置だ。

「……、……」

何か、音が聞こえる。

相手がまだ仕掛けてきてこない。距離を取ったまま、様子を見守る。タオが、やがて反応していた。

タオの言葉を聞いて、相手も興味を示したらしい。

多数の目が、一斉にタオを見る。

パティは真っ青になって口を押さえたが、しっとあたしが声を掛ける。

タオはずっと何かの言葉を発し。

触手も、それに応じて何かの音声を返していた。

しばらく、それが続く。

コミュニケーションが取れている。

それを感じ取ることが出来て、一安心できたが。

まだ、それもどうなるかは分からない。

タオが冷や汗を流しながら、ずっと何かを話している。

それに対して、相手側も何かを応えている。

とにかく会話が早い。

だから、何が起きているのか、タオに確認も出来ない。最悪の事態に備えて、戦う準備をずっと整え続けるしかない。

一刻ほども続いただろうか。

やがて、タオが大きなため息をついた。相手が、ずるずると引っ込んでいく。

戦闘は避けられたのか。

いや、どうかはまだちょっと分からない。

一度、この地点を離れる。

どうやら縄張り意識が強い生体装置らしく、離れるとすぐにびりびり来ていた威圧感はなくなっていた。

水たまりまで移動する。クラウディアが、水たまりの内部に危険な魔物がいない事を確認。

それから、何があったのかを、タオに説明して貰う。

「タオ、じゃあ話してくれる」

「うん。 結論から言うと、あれが流砂の主で間違いない。 本人曰く、619年前から此処で仕事をしているみたい」

「本人!?」

「名前もあるようだったよ。 当時の言葉でいうと、数多の目という意味らしい」

数多の目、ね。

ともかく、話の続きを聞く。

あの魔物が話していたのは、この地方で昔使われていた言葉だそうだ。あたしは今まで遺跡調査の時、羅針盤で残留思念を直接覗いていたから、何を話していたかは理解出来たのだが。言葉については分かっていなかった。

タオはそれを聞き取り、発音できたと言う事だろう。

よくもまあ。

いてくれて、実に助かる。

「それで数多の目とやらとは何を話したんだ」

「僕達のことを、あの存在は知っていたよ。 どうも錬金術師を通すなという風に命令されていたらしくてね。 ずっと監視はしていたらしい」

「それはまた、厄介だな。 納得も出来るが」

「確かにね。 ただ、思ったより話は分かるかも知れない」

タオが言うには。

セリさんの事を、あの「数多の目」は認識していたそうだ。

オーリムのことを知っていた、と言う事になる。

ひょっとすると、だが。

「北の里」という独立勢力は、あたしが思っているよりも、ずっと強力な文明だったのかも知れない。

「「北の里」に作られた防衛装置である「数多の目」は、基本的に里を守る事だけを考えて、流砂で里を覆ったそうだ。 ただし、元々「北の里」の人間は、エンシェントドラゴンに知識を貰って作られた文明だとかで、色々他の人間の勢力よりも知識が多かったらしいんだ」

「エンシェントドラゴン……。 ひょっとすると、その個体がオーリムについて知っていたのかもしれないわね」

「そうだね。 ともかく、セリさんを見て、一度彼は攻撃を止めた。 ただ、「北の里」について通してくれるかという話については、また問題があってね」

まあ、それはそうだろう。

そもそも、そんなにあっさり通してくれたら苦労は無い。

最悪の場合、架橋して流砂を渡ろうと思っていたのだが。

随分面倒なのが出て来たな、と思う。

このままでは、恐らく通してはくれないだろう。

「「数多の目」は、二つ条件を出してきた。 両方クリア出来れば、北の里に通してくれるって」

「聞かせて」

「一つは古代クリント王国が滅亡した証」

「……それはまた、どうしたもんかな」

古代クリント王国は、五百年も前に消し飛んだ。

オーリムでフィルフサを無差別に増やした挙げ句、逆襲され。どうにか門の向こうに追い返すために、戦力の大半を喪失。

国力を一気に失って、そのまま滅亡に至った。

とされているが。

今まで見てきた情報を見る限り、やりたい放題に過ごしていた古代クリント王国が弱ったのを好機に。

迫害の限りを尽くされてきた人間達が、一斉に反旗を翻したのだろう。

結果として魔物に押され放題の時代が来たのは皮肉としか言えないが。

いずれにしても、古代クリント王国が善政を敷いていたのなら、こんな事にはならなかっただろう。

滅びたのは自業自得と言える。

「その証拠ってのは、どういうのがいいんだ。 五百年も前に吹っ飛んだ国なんて、滅亡をどう証明すればいい」

「それについては、僕に考えがある。 古代クリント王国が滅んだとき、生き残りの都市で一番大きかったのがアスラアムバート。 今の王都だって知っているだろ」

「ああ、それについては何回か聞いたな」

「クラウディア、こういうもの見た事ない?」

タオが図を書く。

クラウディアはじっと見ていたが。あっと、声を上げていた。

「これ……」

「古代クリント王国の王族の証である錫を象った紋章だよ。 国の紋章として彼方此方で使われていたんだ。 呪われた圧政国家の紋章で恨みを買っているから、彼方此方で散々壊されたし。 何より滅亡したときにロテスヴァッサ主導で前統一政権の権威を滅ぼすために徹底的に破壊されたって聞いてる。 でも、この錫の模様が刻まれたものって、彼方此方にあると思うんだ。 全てを破壊する余裕も、今の国家……ロテスヴァッサにはなかったからね」

「確か、ものすごく粗末に扱われているものが幾つかあったよ。 持ち込めば良いのかな」

「うん」

タオが頷く。

パティは、そんな印だったのかと、何度も頷きながらそれを見ていた。

次だ。

もう一つの条件が気になる。

「それで、もう一つの条件は」

「北の里を脅かす存在がいて、それを駆除して欲しいらしい」

「……北の里って、まだ人住んでるの?」

「いや、関係無いんだと思う。 北の里の住人は、多分もういないよ。 あの「数多の目」は、北の里にある封印を守る事だけが……目的なんだよ」

そうか。それは悲しい話だな。

いずれにしても、魔物だったら別にかまわないのだが。魔物では無いとタオは言うのだ。

その存在は、地下に住んでいるねずみの一種らしい。

ねずみか。

厄介だなと思う。

ねずみは非常に厄介な動物だ。病気を媒介するし、凄まじい勢いで増える。

実の所、このねずみをどうにか北の里に近づけないように、流砂を作り出しているくらいなのだとか。

更に言うと、強力な魔物を多数配置しているのも、古代クリント王国の人間を近寄らせないため。

ああ、なるほど。人為的な事だったのか。

ただ、タオが付け加える。

元々砂漠に呼び込まれた魔物は、これほどに凶悪ではなかったらしく。六百年の時を経て。極地に適応した結果が今らしい。

「ねずみは何処かに集まっていたりとかするの?」

「流砂の向こう側で、どうにか水場で食い止めているらしい。 元々は偶然流砂を渡った個体が増えていて、それで手に負えなくなっているそうでね」

「じゃあ、タオ。 明日クラウディアに例の紋章の入った粗末な品を用意して貰って、それを条件に流砂を渡して貰おう。 その後、ねずみ退治をどうにかするしかないだろうね」

「分かった。 それで交渉して見よう」

皆、異論はないらしい。

ねずみ退治か。

そうぼやいたのは、クリフォードさんである。だけれども、ねずみというのは考古学の大敵であるはず。

それに、ねずみに罪は無いとはいえ。

遺跡を荒らされ、封印を潰されでもしたら困る。

ねずみだってフィルフサが来たら、文字通りひとたまりもなく全て滅ぼされてしまうのだ。

「問題は、そんなガーディアンが困るほどのねずみだってことだよね。 もの凄く大きいとか、病気を持っているとか、そういうのなのかな」

「一応話には聞いているけれど、砂漠での生活に特化した普通のねずみみたいだよ。 問題は繁殖力が高いのと、遺跡の内部に天敵になる魔物がいない事なんだって」

「なるほどね……」

実の所。

家畜として飼うと、凄まじい勢いで増えて手に負えなくなる兎などは、野生ではそこまでの繁殖が不可能である。

それはねずみも同じ。

どうしてかというと、増えた分だけ死ぬからだ。

天敵が幾らでもいる。

人間など、ねずみの天敵としては下も下。実際問題、好き放題家の中を荒らされてしまうのだから。

実際のねずみの天敵は猫などよりも、むしろ中型の捕食動物で。こういう動物は、ねずみの上をあらゆる意味で行っていて、文字通りおやつに食べてしまう。ねずみと同じくらいのサイズになると、虫や蜘蛛なども、ねずみを補食するようだ。

人間が作り出すねずみ用の毒なんて、ねずみには大した脅威ではない。

幾つか案を考えるが。

まずは、クラウディアがブツを用意するのが先だ。

古代クリント王国なんて、既に破滅していて、誰も敬意なんて払っていない。それを示す事が出来ればいい。

幸い相手は意思疎通が出来る存在だ。

相手と利害の決着点を見つけられるのなら、戦闘を避けることは可能だし。

可能なら、そうするべきだとあたしは思う。

勿論、利害の一致があっても、許してはならない相手もいるだろうが。

今回はそうでは無い。

見た目は恐ろしいかも知れないが。

見た目で相手を判断しているようだから、人間はここまで勢力を落としたのだと言える。

あたしは、勢力を落とす原因となった古代クリント王国の人間や。

その後も反省している様子がない人間と、同じになるつもりはない。

砂漠からすぐに戻って、アトリエで解散。

あたしは幾つか考えながら、調合をする。

タオはパティと一緒にアトリエに残り、資料の整理。パティは資料の整理を、手際よくやれているようだ。

「ありがとうパティ。 その資料は、其方にお願い」

「分かりました。 タオさんの寮には入らなくなりつつあるんでしたよね」

「もう少し広い倉庫があればいいんだけれども、クラウディアの所はお金が掛かりそうなんだよね」

「分かります。 クラウディアさんは、商売人としてはものすごくしっかりされていますものね」

あたしもそう思う。

クラウディアは時々無邪気に喜んでいるが。

もう商人としてはいっぱしだ。

ただ、あたしに顔向け出来ないような商売はしないとも明言している。それだけで、あたしは安心できる。

あたしは調合を続ける。

タオが、タイミングを見て聞いてきた。

「それでライザ、どうするつもり?」

「ねずみの駆除だよね。 沼ヒドラのやり方を真似ようと思ってる」

「沼ヒドラ?」

「この辺りにはいないよね」

ヒドラは強力な魔物だが、此処で言う沼ヒドラというのは、それとは全く違う非常にちいさな生き物だ。

本来はもっとちいさな生き物だったらしいのだが。現在は犬くらいの大きさのものが存在している。

簡単に説明すると、沼の端に住んでいて、頭がたくさんある。この頭全てが触手になっていて、沼の側にいるちいさな生き物を補食するのだ。

これが、沼ヒドラと言われる存在だが。

今の時点では、人間に危険はない。

まあ手を出したら噛みつかれるかも知れないが、それは手を出す方が悪い。

あたしも遠征でちいさな集落を助けて回っているときとかに何度か目撃。面白い習性を持っていたので、研究したのだ。

「確かそれって……」

「そう。 生物には、異性とか、エサになる生物を誘引する奴がいるんだ。 音とかもそうだけど、臭いがよくその役割を果たすみたいだね」

危険な魔物になると。

人間の声を真似して、引き寄せて喰らうなんて奴がいるらしいけれども。

確かそれは、マンドレイクの一部の個体だけがやるらしく。しかも危険なので、生息域では徹底的な駆除が行われているらしい。

というわけで幸い、今の時点ではそれほど人類への脅威にはなっていない。

ただ、人間を何らかの方法で誘き寄せて喰らう魔物は存在していて。

その全てに対応できていないのもまた事実だ。

古代クリント王国以降、人間が此処まで衰退していなければ、こんな事にはならなかったのだろうが。

それもまあ、今言っても仕方がない。

沼ヒドラの内臓は、以前研究して内容を知っている。

後は、ねずみが好む臭いだ。

砂漠では、あらゆる肉がエサになる。

多分だけれども、砂漠に住んでいるねずみたちも、半分腐った肉をエサにしている筈である。

今回問題にしているのは流砂を超えてしまったねずみ。可哀想だが、駆除するしかない。少なくとも、封印が破壊されたら、どうなるか知れたものではないのである。

後は、砂漠で何度か倒した魔物の肉をエーテル内部で調整させる。

「ちょっと臭いが出るから気を付けて」

「うっ……」

「酷い臭いだけれども、砂漠で住んでる生物にはこれがごちそうに思える筈だよ。 すぐに食べないと、他の生物にとられてしまうし、大急ぎで来るだろうね」

後は、この臭いを増幅させる薬を作る。

腐敗した肉そのものは、凍らせて臭いを封じる。

臭いの増幅薬は、別に難しいものでもなんでもない。

香水は以前、クーケン島の妙齢の女性達に何度も頼まれているので、作るのは難しくもない。

調合を続けていると、臭いになれてきたらしいパティが、文句を言う。

「これは、戻った後洗濯をしないと……」

「魔物の血肉臓物なんて浴び慣れているのに、不思議な話だよねえ」

「それは確かにそうですけど……」

「まあ、清潔を保つのは悪い事じゃないよ。 ただ、数百年前の人間から見ると、僕達は不衛生極まりないみたいだけれどね」

タオが言うには、数百年前の衛生観念は今とは別物で、とにかくなんでもかんでも清潔第一だったらしい。

今でもある程度安定している集落だと、それなりに水を使って体を洗うし。

王都だと、公衆浴場を用いれば毎日風呂には入れるが。

そんなのは、あくまで人がいる場所。

場所によっては、一月に一度体を拭ければ良い方、なんて場所もある。

そういう場所で暮らしている人は、当然病気でばたばた死んでいく。そして人が減れば、それだけ魔物が攻勢に出る。

優秀な人間だけが世界を回している。所得が低い人間は社会のお荷物だったか。貴族の言い分は。

そんなものが大嘘だと言う事は。

彼方此方を回って衰退していく集落と、人が減ることで世界がどんどん破滅に近付いて行くことを見ているあたしが。

良く知っていた。

いずれにしても、そんな風な衛生は人間が多くて、社会がしっかり動いていて初めて実現できる事だ。

まあ、昔の人間があたし達を見たら。

不衛生だと馬鹿にするかも知れない。

どうでも良い話だ。

「それで、この腐った肉だとかを使って、ねずみを誘き寄せて、一網打尽にするんですね」

「正確にはこれを使って、更に罠を作るんだけれどね」

「罠」

「こういうの」

必要なのは複数の金属。それに「返し」だ。

ねずみは文字通り全滅させないと、あっと言う間に増えていく。それもあって、多分一日で処分するのは不可能だ。

だからこそに、幾つかの仕掛けを組み合わせ。

周囲のねずみを全部誘引して、片付けてしまう必要がある。

ただ問題として、他の魔物も近付く可能性があるから。

それはどうにかして追い払わないといけないが。

幾つか策を練っておく。

それらについても、タオと話して。

タオが現実的だと判断したものを採用。

パティはついていけないようで。

困惑し続けていた。

「ごめんなさい。 お二人の役に立てなくて」

「パティはこれからだよ。 戦闘でも今は充分役に立てているし、気にしないで」

「そう言って貰えると嬉しいですが」

「今後の人材を考えていない文明は衰退する。 それを僕は知ってる。 だから、パティが今後伸びてくれればそれだけで充分だよ。 とりあえず、此処から此処までは宿題にしておくから、家で片付けよう」

概ね終わったので、後は解散。

さて、本番は明日だ。

ねずみといっても、数が数。しかも砂漠に住んでいるような奴は、獰猛極まりないとみて良い。

油断すると、文字通り寄って集ってかみ殺されても不思議では無い。

気を付けなければならなかった。

 

翌朝。

クラウディアが持って来たのは、潰れた紋章がついた石畳だった。なるほど、古代クリント王国の紋章なんてもう誰も知らないから、これがついていた何か……多分門扉か何かだったものを、削りだして石畳にしていた訳だ。

しかも石畳が踏み続けられた結果、紋章も踏み砕かれたと。

誰も知らないうちに、古代クリント王国の「権威」とやらは此処まで落ち込んでいたという事なわけだ。

まあ、それもそうだろうなと思う。

「どう、タオくん」

「多分これで説得できると思う。 この紋章は、後から分かってきたんだけれども、最初から古代クリント王国が使っていたものじゃないんだ」

「どういうことだ?」

「ええとね、古代クリント王国の資料は余り残っていないんだけれども、残っている資料を確認する限り、ライザが感応夢で見たみたいに、錬金術師が後から実権を乗っ取ったらしいんだよ」

それまでは、古代クリント王国は乱立する政権の一つに過ぎなかったのを。

錬金術師達が乗っ取る事で、強力な兵器とテクノロジーを手に入れたと。

タオも、古代クリント王国の錬金術師が、どうやって技術を手に入れたのかは分からないらしいが。

まあ錬金術師は才能の学問だ。

当時はまだ錬金術師がそれなりにいたし、人口も今の何十倍もいた。

だから、恐らくはどこかしらに天才が出現して。

それが、錬金術で好き放題したということなのだろう。

「この紋章は、錬金術師達が自分の権威としてもとの紋章から切り替えたものらしい。 反対する人間を皆殺しにしてね……」

「血なまぐさい話だな」

「彼等は技術を独占するだけじゃなくて、富も権力も知識も何もかもを独占しないと気が済まないほど欲深かったんだ。 だからオーリムにも侵攻して、元々拗らせていた万能感もあって好きかって出来ると思ったんだろうね」

「……」

セリさんの表情がどんどん険しくなる。

あたしは咳払いして、タオに促す。

タオも気付いて、何度か大きく咳払いしていた。

「いずれにしても、これは一発で古代クリント王国なんて権威も何もなくなったと分かる良い事例だよ。 有難う、クラウディア」

「どういたしまして。 ライザの方はどうにかなった?」

「うん。 とりあえず、土木工事はちょっとやらないといけないけれどね」

「なら、俺たちにも出番はありそうだな」

レントが腕まくりして見せるので、ボオスが呆れる。

ともかく、これでミーティングは終わりだ。

砂漠へ移動開始。

街道に出た辺りで、クラウディアが話してくれる。

「実は他にも、あの紋章が刻まれていて、粗末に扱われていた品は用意してあるの。 もしも必要だったら言ってね」

「分かった。 それにしても、石畳にされるなんてね」

「古代クリント王国時代の都市は、多くが廃墟になっているからね。 それらの廃墟から、盗賊やならずものが換金目的で持ち出したものは多くて、それらは王都でもかなり再利用されているんだよ」

「まあ、自業自得か」

己の権勢は永遠に続くと信じて疑わなかっただろう古代クリント王国の錬金術師達は、地獄で歯がみしているだろう。

連中には何一つ褒める所がない。

テクノロジーにしても神代のものを越えているわけでもない。

人口だって、古代クリント王国が増やしたわけでは無い。

挙げ句の果てに、際限ない欲望の果てに世界を二つ滅ぼしかけたのだ。

今、こうやって。

紋章を誰も知らず。

踏みつけにされていても、誰に対しても恨み言を述べる資格すらもない。

永遠に地獄で焼かれていろ。

そういう言葉しか出てこない。

街道から外れる寸前に、数人の戦士と出会った。率いているのは、例のメイドの一族の人間らしい。

カーティアさんとは着ている鎧が違う。

顔はみんな同じなので、殆ど見分けられない。

パティが敬礼すると、相手もそれを受けた。

カーティアさんよりも、だいぶ立場は下の戦士のようである。

「巡回ご苦労様です」

「此方こそ。 パトリツィア様は、今日も錬金術師殿と探索ですか」

「はい。 そんなところです」

敬礼をかわすと別れる。

戦士達が引いていた荷車には、倒された小型のラプトルが数体詰め込まれていた。あれらは城門まで戻ったら吊して捌いて、肉を皆で分けるのだろう。

戦士の給金はアーベルハイム家で改善を図っているらしいが、それでもどうしてもまだ高くは無い。

人口が多かった時代の事を王都はまだ引きずっていて。

人間はとんでもなく減っていると言う事を理解出来ていないように、貴重な魔物と戦える戦士を使い捨てか何かと勘違いしてしまっている。

故に、戦士達は採れた肉や皮などを提供すると喜ぶ。

給金の足しに出来るからだ。

ある程度年が行っても戦士として現役の人はいる。そういう人は、家族を養っている事もある。

そんな人達のために、あたし達が少しでも手助けできるなら。

するだけの事だ。

橋を抜けて、砂漠に出て。

そして、昨日あの触手のガーディアンと出会った場所にまで行く。

岩山は何事もなかったかのように復旧していた。

そして、タオが近付くと。

砂の下から、触手が一本だけ姿を見せる。

相変わらずたくさん目がついている。人によっては、見た瞬間受けつけないかも知れない。

「……、………」

「…、……」

会話の内容はわからないが。

やがてタオが促して、クラウディアが例の石畳を持っていく。触手は砂漠に置かれたそれをじっと見ていたが。

やがて、旺盛に何か喋り始めた。

タオが、それにしばし応えて、会話していたが。

突然、相手がげらげらと高い声で何か発したので、流石にあたしもちょっと驚いた。パティは真っ青になって硬直していたくらいである。

タオが笑ってると言った。

笑う、か。

このガーディアン、潰された石畳を見て、恨み重なる相手が滅びた事を理解した。それが出来る程度の高い知能を持っているんだな。

あの毒竜ですら、知能はあったようだが、会話できるほどではなかったのだが。

その分、北の里の技術力が高かったのかも知れない。

「話はついたよ。 一度水たまりに移動しよう」

「なんか笑ってたのはどうしたんだ」

「それも話すよ」

セリさんは、砂の下に、あの石畳を引きずり込んでいった触手のいた辺りをじっと見ていた。

古代クリント王国に並みならぬ怒りを持つ者同士だ。

或いは、シンパシィを感じたのかも知れない。

水たまりに移動。

途中、魔物と遭遇はしなかった。

というか、砂漠にいる大型の魔物は、あたし達をもう警戒しているようである。

知能もなく仕掛けて来るようなタイプのものはともかく。それらを全部返り討ちにしたのを、それぞれ見ていたからかも知れない。

こう言う場所で生きて行くには。

それなりに狡猾でないと無理、と言う事か。

水たまりに到着。

クラウディアが音魔術で安全を確認してから、皆で一度休む。

タオの説明を、これでゆっくり聞ける。

「それでタオ、どういう事があったんだ」

「あのガーディアンは大喜びしていたよ。 古代クリント王国は、北の里の住民と何度も諍いがあって、子供を人質にとって技術を要求してきたこともあったんだって」

「おいおい、どうしようもねえな……」

「知ってはいたけれども、本当に救いようがないわね」

クリフォードさんとセリさんがそれぞれに言う。

北の里は大きな被害を出して奪回作戦を実施。エンシェントドラゴンの助けもあって、それでなんとか人質を取り返したそうだが。

それ以降、古代クリント王国は、完全に敵となったそうだ。

そもそも、この地にあった国と手を結んだのも、その事件が切っ掛けであったらしい。

古代クリント王国よりはまだマシだったというのも理由の一つだが。

エンシェントドラゴンの指導により、フィルフサを此方に来させてはまずいと判断したのもあったようである。

そういう事情を聞くと。

あのガーディアンが警戒しているのも、納得が行く。

「ガーディアン「数多の目」は、そういう歴史を北の里の人間と一緒に見て来たんだって。 昔は北の里の人間と一緒に過ごす事も多くて、だから許せなかったって憤っていたよ」

「それで古代クリント王国が滅んで、喜んでいたのか」

「そうだね。 とにかく暗い笑いだった。 本当に、僕に話した以外にも、色々あったんだろうね」

そうか。それは悲しい話だ。

今後は、二度と同じような事が起きないようにしていかなければならないだろう。

そして、次だ。

地図を出すと、タオが説明してくれる。

「この辺りの流砂をとめてくれるらしい。 中州に位置する場所があって、其処にねずみが大繁殖しているから、どうにかしてくれと言われたよ」

「あれだけ巨大な触手なのに、ねずみに苦戦するのもおかしな話だな」

「何度か駆除を目論んでみたらしいけれども、ちょっとでも残るとあっと言う間に増えてしまうんだってさ」

「……準備はしてきた。 可哀想だけれど、さっさと駆除しよう」

皆で頷くと、休憩終了。

問題は、用意してきたトラップだけで、ねずみを駆除しきれるかどうか、だが。

それに関しても、幾つか準備はしてきてある。

ともかく、移動開始。

恐らく、これが最後の難関だ。

北の里に行くのに、最大の問題だったワイバーンは、ひょっとしたらだけれども。

あの触手のガーディアン、「数多の目」と常に連携していたのかも知れなかった。

 

3、最後の障害

 

レントが砂を大剣でしばらく叩いて、既に流砂が止まっている事を確認。それで、先に進む。

一応念の為に、一人ずつ渡る。

全員一気に流砂に落ちたりしたら、それこそ目も当てられないからだ。

まずはクリフォードさんがいき。

ついでレント。

身軽なパティ。次はあたし。

セリさん、タオと渡って。

最後にクラウディアが流砂を渡った。念の為にロープを渡して、通しておく。勿論だけれども。

流砂が復活したら、こんなロープくらいで戻る事は出来ないだろう。

「まずはこの辺りの広さを確認するね」

「お願いねクラウディア」

あたしは荷車を引き寄せて、熱を塞ぐ。セリさんも、ずっと植物の維持をしていることもある。

かなりしんどいようだった。

気候よりも、熱が厳しいのだろう。

直射は植物にとっても、強すぎると害になる。

セリさんは植物のエキスパートだが。別にセリさんが植物というわけではないのだから。

クラウディアが音魔術を使って、辺りを探っている。今は直に歌っているが、笛を使う事も多い。

それにしても、美しい歌声だな。

綺麗な歌声で人々を惑わす人魚の伝説があったっけ。

クラウディアは人魚っぽくないけれども。

この歌声は、聞いた人間がくらっと行くかも知れない。

或いは、そういう用途に調整する事も、これだけ熟練した今のクラウディアだったら、可能かも知れなかった。

「分かったわ。 タオ君、地図を見せて」

「うん、それで……」

「流砂がない安全地帯の広さはこれくらいかな」

あたしも見ている中で、クラウディアが地図のなかで丸を書く。

連日砂漠にいるからか。

色白なクラウディアも、流石に日焼けが目立ってきているようだった。

あたしらは最初から日焼けが結構多いので気にならないが。

クラウディアは、こんなに日焼けするのは初めてかも知れない。

「思ったよりも広いね。 ライザ、ねずみは全部誘引できそう?」

「まずは中心地点に仕掛けを作る」

「よし。 力仕事は任せろ」

「頼むよー」

レントとクリフォードさんが、荷車からスコップを取りだす。

そして、地面を掘り返し始めた。

あたしは荷車から用意してきた、曲げて作った金属板。更には、複数の金属板を取りだして行く。

一旦は普通に穴を掘って貰う。

丁度人間の背丈二倍分くらい。

本来だったらそれなりの重労働だが。

錬金術の装備で身体能力を上げている上に、元々のパワーがレントには備わっている。クリフォードさんも、それは同じだ。

二人で淡々とあまり頑丈でもない地面を掘り進める。

流砂から、例の「数多の目」がこっちを見ているのが見えた。

非常に巨大なガーディアンである事は分かっていたが。

あの岩場から、此処まで体を伸ばしているのか。

それとも、一時的に持ち場を離れているのか。

もしも前者だった場合、この砂漠の地下全体に、あの巨大な触手が文字通り根を張っているのかも知れなかった。

「よし、穴掘ったぜ!」

「水くれ。 流石にしんどい」

「冷やしてあるよ。 後、少し休憩して」

穴から出てきたレントとクリフォードさん。

あたしは穴の底に降りると、一つずつ金属板を設置。更には、それらを事前に作ってあるパーツと組み合わせる事で、密閉していく。

これらの技術は、クーケン島の地下で色々作業をしたときに、調整しながら覚えていったものだ。

こんな程度の規模のねずみ取りくらいだったら、あっと言う間に出来る。

最終的には、若干壺に近い形のものが出来る。

後は、内部に用意してきたエサを配置。

これは臭いだけは出すが、ねずみ程度では簡単には囓り尽くせないような硬度に調整してある。

そして、内部に重い空気を満たす。

この空気は、息をするのにはちょっと難しいもので。

あたしも、空気を出す過程で、さっさと罠の外に出ていた。

まともに吸うと、かなり命が危ないからだ。

「よし、準備できた。 クラウディア」

「うん、分かってる」

クラウディアは相変わらず音魔術を展開。

まずは、様子見だ。

程なくして、ざわざわと、音がし始める。

罠から皆離れて様子を見ていると。

わっと、地面から湧き出すようにして、ねずみがあふれはじめていた。

どれだけの数が、この地点に潜んでいたのか。

確かにこれは、簡単に駆除できる数じゃない。

大きさは、子猫ほどもある。

かなり大型のねずみだ。

これだけ大きいねずみが、何を食べて生きていたのか。タオが、生唾を飲み込みながら言う。

「あのねずみたち、流砂に流されてくる魔物の死体を食べて、一気に増えるらしくてね」

「それ以外の時はどうやってエサを確保しているんですか?」

「普段は砂の奧で眠っているんだそうだよ」

「面倒な生態だな……」

クリフォードさんがぼやく。

わっとねずみが罠の中に突入していく。そして、中でバタバタと死んでいるだろう。凄い数だが、流石に罠を埋め尽くすほどじゃない。

そして、クラウディアが、音魔術をずっと展開しつづけ。やがて言う。

「よし。 場所、分かったよ」

「そういえば、バレンツのお嬢さんはなんのために音魔術を?」

「ねずみの中には、エサがあっても冬眠を続ける個体がいるんだってさ。 それを探すための行動」

「抜かりがねえな」

脱帽というやつなのか。本当にクリフォードさんが帽子を取る。

ねずみの群れが、やがて相争うようにして罠に落ちていって。やがて、それも一段落した。

あの中に入ったねずみは、みんな重い空気にやられて死んで行く。

後は。

可哀想だが、眠っているねずみたちも、みんなまとめて処分させて貰う。

あたしは跳躍。

クラウディアが、音魔術の応用で、ねずみがいる地点を表示してくれる。

後は其処を、熱槍で射貫くだけだ。

詠唱は既に終わっている。

思ったよりも多いけれども、それでもこれなら、二千ほどの熱槍で充分だろう。

一斉に熱槍を放つ。

流砂の中州になっていた地点に、一斉に熱槍が叩き込まれていた。

炸裂。

砂が巻き上がる。

激しい直射日光の中、舞い上がる砂が。世界を暗くする。

あたしは着地と同時に、口と鼻を押さえた、

フィーが、懐で身じろぎするのが分かった。

「フィー……」

「ごめんねフィー。 ちょっとつらいと思うけど、我慢して」

「フィー!」

煙が晴れてくる。

クラウディアが、まだ音魔術を展開している。

今ので、彼方此方に穴が開いた。

それを利用して、更に地下を探っていると言う事だ。

ただ。砂埃が凄まじい。レントが大剣を振るって、一気に砂埃を吹っ飛ばす。セリさんも、大量の覇王樹を周囲に展開。

どうしてかはわからないけれど。

それで急速に砂埃は収まっていった。

「クラウディア、どんな様子」

「……懸念していたとおり、更に深い所で眠っている個体がいる。 でも、場所は感知したよ」

「案の定、危機に対応できるようにしているんだね」

「……今、表示するよ」

後は、もう一度同じ事をするだけだ。

ねずみだって、滅びるわけにはいかないのだろう。だから、これほど周到な準備をして生きている。

だけれども、それはこちらだって同じ。

フィルフサを野放図に暴れさせたら、ねずみどころか、此方の世界の全ての生物が蹂躙される。

それは許してはおけないのだ。

ただねずみには悪意があるわけじゃない。

だから、あたしは。

心の中で呟いていた。

ごめんね、と。

そして、空中から、また熱槍を乱射する。第二射が終わった時、クラウディアはもう一度念入りに音魔術で調査。

やがて。頷いていた。

 

罠に入ったねずみが全滅しているのを確認。

これらのねずみは、流石に食べられない。

殺したものも含めて、回収する。回収した後は、一度寝かせて堆肥にする。王都では、少しずつ農業区の重要性をヴォルカーさんが周知している。やがて、王都である程度食糧を自給できるようになるだろう。

死体を片付けて、一度流砂を戻る。

そうすることで、誠意を見せておく。

一度水たまりに戻り、休憩。

あたしはまだまだいけるが、皆疲れが少しずつ溜まっている。砂漠で疲れを溜めるのは自殺行為だ。

ひょいと、いかにも普通なことのように。

あたし達の側に、「数多の目」が出現する。地面から出て来た触手は、信頼してくれたからか、前よりも近くに出て来た。

「……、……、………」

「……」

「……、………、…!」

タオが会話で対応するが、前よりも短い。

それも程なく終わる。

「数多の目」が地面の底に引っ込むと、タオが説明してくれた。

「これから、番をしているワイバーン達を引っ込めてくれるって」

「……あのワイバーン達、やはりあの目玉触手と連動していたのね」

「はい、セリさん。 北の里を守ったエンシェントドラゴンの、遠い子孫達のようですね。 実はこれだけでも、結構な驚くべき発見だったりします」

「そういえば貴方たちは、あれがドラゴンの幼体だと知らないのだったわね」

セリさんが、髪を掻き上げる。

そういえば、前に比べてあたし達の前で、こういう人間っぽい動作をしてくれるようになっている。

セリさんも、それだけ信頼をしてくれていると言う事か。

咳払いすると、クリフォードさんがタオに確認する。

「それで、問題の北の里というのはどうすればいけるのかも分かったのか」

「今回のねずみのようなこともありますので、行く時に声を掛けて欲しい、ということでした。 一度アンペルさんとリラさんも、呼んでおいた方が良いかも知れないですね」

「なるほど。 ひょっとしたら、あの触手に乗って移動するのかもしれないな」

「えっ……」

真っ青になるパティ。

まあ、気持ちはわからないでもない。

ただ、それは失礼だとも思うので。あたしは軽く釘は刺しておく。

パティはちゃんとそういうのは理解できる子だから、平気だとは思うが。

「いずれにしても、ねずみの死体の処理もある。 一度引き上げようぜ」

「そうだね。 そうなると、明日からついに「北の里」の調査か。 一度アンペルさんにも声を掛けて、皆で出向こう」

「リラさんとアンペルさんと一緒に行くのは久しぶりだね」

「三年ぶりだろうね」

クラウディアは嬉しそう。タオも。

あたしも嬉しい。

ともかく、ひと休憩してから、後は砂漠を出る。

言葉が通じるガーディアンがいてくれて良かった。

今までのガーディアンは、きっと技術力の不足もあるけれども。そもそも来る可能性があるのが、古代クリント王国の錬金術師と言う事を想定して、近付く物全てを排除するように設定されていたのだろう。

あのガーディアン「数多の目」は、もっと高い技術で作られた存在だとみて良さそうだし。

恐らくは、話からして、北の里の民とも一緒に生きていた存在なのだろう。

相手を見た目で測るのが、どれだけ愚かしい事なのか。

それが一発で分かる。

北の里の民は、エンシェントドラゴンから知恵を授かったと言う話だ。

そういう事もあって、恐らくは抵抗もなかったのだろう。

ともかく。これで恐らくは、北の里に出向ける。

あの「幾多の目」が嘘をついているようにはとても思えない。

問題は、「北の里」の現状だ。

内部は罠だらけの可能性もある。

ともかく、油断だけは出来ない。

もしも人が既に住んでいないのなら。古代クリント王国の襲来を予見して、色々な罠を展開していてもおかしくないのだから。

砂漠を出たころには、もうねずみの死体は痛み始めていた。

痛むのが早い。

帰路の途中にある集落に出向く。

以前全滅から救った集落である。そこの堆肥小屋に、ねずみの死体をまとめて放り込んでおく。

守りについている戦士は、前より増員されているようで。

元々貧民だったらしい人が、農作業をしている。

農作業の指導要員らしい人がいたが。

例のメイドの一族である。

こんな所にもいるんだなと、驚かされる。

軽く挨拶を交わす。なんというか、随分と他の同じ一族に比べて、ういういしい印象を受ける。

「まだ新米のアーメットであります! 戦士としてはまだ経験が浅いので、此処で農作業の指導をさせていただいております!」

「あ、はい。 なんだか凄く堅苦しいですね」

「申し訳ありません! まだ新米でありますので、人との意思疎通が余り得意ではないのであります!」

はあ、そうですか。

フロディアさんとかカーティアさんとかと同じ顔で、背丈も同じくらいの女性が。こんなしゃべり方をしているのを見ると、違和感が結構大きい。

ただ、この人達には共通して色々と違和感もある。

まあ、それはまだ形になっていない。

だから、今は普通に接していくだけである。

堆肥を追加しておいた事を説明すると、感謝された。

堆肥は基本的にしばらくねかせてから使う。人糞などを用いる事もあるらしいが、それも同じである。

いきなり肥料にはできないのだ。

ある程度寝かせることで、それで毒素を抜いて、やっと植物にとってもごちそうに仕上がるのである。

色々と面倒だが、そういうものなのだ。

堆肥小屋は内部に良くない空気が溜まりやすく、忍び込んだ子供とかが死ぬ事もたびたびある。

それもあって、追加しておいた事は話しておかなければならない。

基本的に、農業というのは、やっていない人間が思うほど牧歌的ではないのである。

「それでは、以降の対応をお願いします」

「了解したのであります! それではご武運を! いえ、今日はもう戦わないのでありましたな!」

「……」

セリさんが、珍しく口を押さえている。

ぶるぶるとふるえているのをみて、レントが話を振る。

「ひょっとしてセリさん、今の人面白かった?」

「ええ。 まあね。 まだ随分幼いように見えたのに、背伸びして」

「そっちか」

「……」

てかセリさん。

あの人達の顔、見分けがつくのか。

フロディアさんもカーティアさんも、あたしには違いがわからない。強いていうなら、パティの所にいるメイド長は少しだけ年を取っているのが分かるくらいである。それ以上でも以下でもない。

どんどん疑念が膨らんでいく。

でも、リラさんは、同じような事を言っていたことがあったか。

どうにも記憶がない。

次の探索で、どうせ誘うのだ。

一度確認はしておいた方が良いだろう。

寄り道をしたこともあって、アトリエに戻った時は夕方をかなり過ぎていた。後は片付けとミーティングをして解散。

あたしは、アンペルさんとリラさんの所に行く。

相変わらず安宿に泊まっている。

なんというか、クラウディアにでも相談して、もっと良い宿に泊まれば良いのに。

明らかに商売女と一緒に、部屋に入っていく男の人や。もう廊下で乳繰り合っている男女もいるが。

別にどうでもいい。

あたしはどうも、その辺り全く興味がないようで。

二十歳を過ぎてから、更にその傾向が加速しているのが分かる。

アンペルさんの部屋に入ると、調合を無言でやっていた。珍しく、同じ部屋にリラさんも来ているが。

勿論艶っぽい雰囲気は皆無である。

「わざわざ来たと言う事は、進展があったんだな」

「はい。 次の遺跡、「北の里」へ入る目処が立ちました」

「流石だな。 多少頭が鈍っていても、その行動力は凄まじいままだ」

「ありがとうございます」

リラさんがそう褒めてくれるが。

まだ不調であることを、そういう事を言われる度にどうしても思い出してしまう。

ともかくだ。

状況を説明しておく。

ガーディアン「数多の目」について話すと、アンペルさんは少し考え込む。

「一種の粘菌かもしれないな」

「粘菌?」

「基本的に菌類は殆ど動くことがないのだが、ゆっくりゆっくりと動けるものが存在しているんだ。 たまに地下から肉塊が発見されて、と言う話があるだろう。 あれの正体が、だいたいそれだ」

「そんなのがあるんですね」

あたしはちょっと聞いたことがない。

アンペルさんによると、エンシェントドラゴンからもたらされた技術によって、ガーディアンであり、背中を任せられる存在をそうやって作ったのでは無いか、という話であるらしい。

いずれにしても、元々は戦闘向けの生物ではないそうで。

ガーディアンとして力を得るためには、相当な改造をする必要があり。

技術力がそれだけでも分かると言うことだったが。

「古代クリント王国の、更に以前の言葉でなら意思疎通が出来るようです。 ただ一度、顔は見せておいた方が良いと思うので、明日は同行願います」

「了解した。 リラ、起きられるな」

「大丈夫だ。 ただ、今日は夜は動かないぞ」

「それでかまわん」

リラさんは、それだけ話すと自室に戻ってしまう。

なんでもリラさんは、ここしばらく王宮に潜入して。アンペルさんが荷担させられていた研究が、完全に終わったか確認をしていたらしい。

例のメイドの一族とも何度か鉢合わせたらしいが。

血を見るまでには至らず。

むしろ状況を説明して、情報交換までしたそうである。

どうも例の一族は、王族に対する忠義とかそういうものは一切ないようだなと、アンペルさんは苦笑いしていた。

それも聞いていると。

本当にあの人達が何者なのか、ますます分からなくなる。

「それじゃあ、あたしは失礼します」

「ああ。 それにしても……」

「うん?」

「いや、なんでもない。 少しずつ、三年前の鋭さが戻って来ているようだな」

そう言って貰えると嬉しい。

安宿を後にすると、アトリエに。

風呂に入って汗と砂を流すと。

後は本番になる明日に備えて。

ただひたすらに、眠りを貪る事とした。

 

4、白い夢

 

夢を見る。

でも、感応夢じゃないな。

飛んでいるフィー。フィーに似た同族じゃない。

あれは、フィーだ。

「おかあさん」

声が聞こえる。

フィーがあたしをそう認識していることは分かっている。一種の刷り込みだけれども。そもそもフィーは下手な人間の子供より賢い。

だったら、もう自分で納得しているのだろう。

この夢は、なんだ。

砂漠に関連する感応夢じゃない。

そもそもあたしはどこにいる。これは、水の底か。だとしたら、どうしてフィーが飛んでいる。

普通の夢じゃあない。

それはすぐに、あたしにも分かった。

水の中のような不思議な空間。

フィーはあたしのところまで降りてくる。

水の中なのか。

いや、違うな。

これは非常に濃い魔力の中だ。

確かエーテルをあまりにも大量に放出すると、しばらくの間水たまりのように溜まる事があるという話を聞いたことがある。

あたしは錬金釜にエーテルを溜めて。それを制御する事があるから、あり得るとは思う。エーテルを放出した存在が凄まじい、あたしなんか比べものにならない魔力を持っていて。魔力をある程度残そうと思っていたなら、それは起きうるだろう。例えばエンシェントドラゴンとか精霊王とかが、そうしようと思えば起きるかも知れない。

「おかあさん……」

「フィー……」

「ぼく、遺跡で色々見て来て知ったんだ。 ぼくの一族は、たくさん此方の世界に連れてこられて、たくさん使い潰されたんだって」

「そうだね。 あたしも残留思念をみたよ」

これは、感応夢ではないな。

普通の夢でもない。

普通の夢にしては、あまりにもおかしな事が多すぎるからだ。あたしはフィーに、続きを促す。

「おかあさんは、ぼくの故郷の世界の事を知っているんだね」

「オーリムって場所だとは仮説を立てているけれど、断言は出来ないよ」

「セリさんやリラさんのいた場所だというのなら、それで正しいと思う。 ぼく達は、神代と呼ばれた時代から、たくさん狩られたんだ」

「そうか……」

何とも言えない。

神代の人間も、古代クリント王国と同じ穴の狢である可能性が高い。それはあたしも分かっている。

だけれども、裏付ける資料がない。

フィーが、空を見上げる。

あたしも見上げて。気付く。

さっきは気付けなかったけれども。

そこには、明確な壁があった。

「なんだろあれ……」

「ここはおかあさんの精神世界。 おかあさんには、今二つの力が働きかけて来ているの。 一つはとても小さいけれど、これからとても大きくなる。 もう一つはとても大きいけれど、悪意はないみたい」

「フィー……」

「おかあさん、ぼくは少しずつ弱ってきているけれど、きっと平気。 おかあさんの魔力は、この世界のどの生物よりも強くて、僕の元気になる。 ただ、この世界の空気がぼくにはちょっとあわないのかもしれない。 オーリムに行きたい……」

ぎゅっと、あたしに抱きついてくるフィー。

そうか、そうかも知れないな。

いずれにしても、興味深い話を聞かせて貰った。

二つの力があたしに働きかけている。それはきっと、なんだか不意にスランプになったのと無関係ではないのだろう。

ぱっと目が覚める。

フィーが苦しそうに呻いている。あたしが起きたのに気付くと、フィーも目を開けたようだった。

「フィー……」

「今のは妄想とか記憶の整理じゃないな……」

「フィー」

フィーは、言葉を喋らない。ただ。少し疲れた様子で、笑ったように思えた。

オーリムの方が過ごしやすい、か。

あたしはフィーを抱きしめると、告げる。

「ごめん。 二つの世界のためにも、まずは門が封印されている場所を特定して、門の側にフィルフサがいるなら叩き潰さないといけない。 あたしには今それが出来る。 だからやらなければいけないんだよ」

「フィー……」

「それまで頑張って。 それが終わったら、クーケン島に戻って、それでオーリムに行こう。 丁度オーリムであたしが足を運んでいるグリムドルに行くタイミングだし。 後……」

もしも門があるのなら。

オーリムの素材を手に入れる事が出来るかも知れない。

そうなれば、トラベルボトルを調整して、オーリムに近い環境を作り出すことが可能になるだろう。

それで恐らくは、空気も。

オーリムの空気は、少なくともあたしが呼吸できる程度に、この世界と近い筈だ。だとしたら、きっとあたし達が忘れてしまった知識の中に、フィーが苦しくなる要素があるのだと思う。

事実、オーレン族の二人は、此方に来て体を害している様子がないのだから。

一つずつ、目標に向けて進んでいく。

それは、あたしの為じゃない。

この世界全てのため。

オーリムのためでもある。

悪いけれど、そのためには、斬り捨てなければならない事だってある。

あたしだって、フィーには相応の情は湧いている。

それでも、優先できない事はあるのだった。

 

リラさんとアンペルさんが、朝一番に来る。

殆ど顔を合わせたことがないパティは、丁寧に礼をしていた。あまり良い気分はしない様子のアンペルさん。

それはそうだろう。

ロテスヴァッサには、あまり良い思い出がないのだから。

アンペルさんは、これで結構子供っぽい所があったりする。感情が激すると、口調が荒ぶったりするし。

だけれども、それでも。

少なくとも、パティは今まであってきたロテスヴァッサの王族やら貴族やらとは違うと判断したのだろう。

やがて、丁寧に礼を返して名乗り返していた。

パティもほっとしたようだ。

「前にちょっとだけ顔はあわせましたが、緊張しますね。 ライザさんの錬金術と戦闘におけるそれぞれの師匠ということですし」

「正確にはリラさんの前にアガーテ姉さんって人に基礎は叩き込まれているから、戦闘面での師匠はリラさんだけじゃないんだけどね」

「羨ましい。 複数の別流派の達人に教えて貰うなんて、すごい贅沢ですよ」

「そうだね。 あたしはとにかく運がとても良かったのだと思う」

軽く体を動かしておく。

リラさんに、パティが頭を下げて、軽く動きを見てもらっていた。それにしても、強くなったと思うのだが。

リラさんの何百年も磨き抜いてきた肉は、今見ても凄まじい。錬金術の装備によるパンプアップがなければ、とてもではないけれど勝てる気なんてしない。オーレン族は人間と時間の感覚がだいぶ違うようだけれども。

それでもリラさんの肉は、全く鍛錬をさぼっていないことが分かる。

軽く動きを見た後、リラさんが幾つかアドバイスをしている。

パティは正直にそれを吸収して、見本を見せてもらった後、すぐに練習にとりかかっていた。

「なるほど、力を入れるタイミングと同時に、踏み込みをもう少し強くする方が良いんですね」

「お前の体格はどうしても小さい。 だが、逆にそれが故に、体の隅々まで力を丁寧に伝導することが出来る。 棒立ちで力を振るうのと、体全てを使って斬撃を繰り出すのでは雲泥の差があることは知っているだろう。 かなり鍛えているようだが、まだ体全てを使い切れていない。 そこを意識すれば、更に強くなれる筈だ」

「はいっ! 的確な指導、有難うございます!」

ばしっと頭を下げるパティ。

こんなに素直な弟子がいたら、それは気持ちが良いだろうなと思う。

あたし達の時は、どういう風に鍛えろというだけで、殆ど放し飼いみたいな感じだったリラさんだけれども。

パティの場合は、あたし達と会った時よりも、更に伸びしろがあると思ったのかも知れない。

丁寧に指導していて、それがあたしからも分かるのだった。

皆が集まってきた。

クラウディアがドーナツを持ち込んだので、アンペルさんが喜ぶのが分かる。

ただ、アンペルさんがこれで頭に栄養が行き渡るといいながらムシャムシャしているのを見て。

流石にパティも呆れていた。

皆が揃った所で、タオが咳払い。

アンペルさんは旺盛な食欲で、ドーナツをたくさん平らげた後だった。

「それでは、今日は遺跡のガーディアンである「数多の目」の案内を受けながら、恐らく最後の遺跡である「北の里」への到着を目指すよ」

「人間から見れば受けつけない姿の相手と、良く交渉を成功させたな」

「はい、ありがとうございます」

タオにとっては、あたしと同じでアンペルさんの方が師匠の割合が強い。

アンペルさんはもうタオの方が学者として上だというような事を言っているけれど。

アンペルさんは全体的に自己評価が低い。

まだまだ、経験や豊富な知識で言うと、アンペルさんはあたし達にとっての大事な師匠である。

「北の里は砂漠の中にあり、流砂と蜃気楼、何より多数のワイバーンで守られ、古代クリント王国の攻撃すら退けた事があるようです。 今はどうなっているか分かりませんが、もし人がいるのなら……話は早いと思います」

「その可能性は低いと思うぜ」

クリフォードさんが言う。

というのも、クリフォードさんが本を出してくる。何処かで見つけて来た古い本であるようだ。

タオが見せて、と飛びついた。

それは、どうやら古代クリント王国時代よりも、更に古い言葉で書かれているもののようだった。

「これは……何処で見つけたんですか」

「俺には独自の情報網があってな。 ……と言いたい所だが、偶然だよ。 俺の蔵書の一つに、これがあった。 まさかと思って調べて見たら、大当たりだった。 どうも北の里の人間が書いたものらしくてな」

書いた場所は、王都では無く更にずっと北の方。

それが流れ流れて、クリフォードさんの手に渡ったらしい。

重厚な装丁がされている本だが。中身は日記のようだ。

「中身は既に確認済みだが、皆で里を離れたってある。 使っている言葉からして、恐らくは北の里で間違いねえ。 ただ、北の里のことを知られたくなかったんだろうな。 どうして里を離れたとか、そういう事はほぼ書いていないが」

「そうですね……。 後は当たり障りがない話ばかりだ」

「だとすると、里の中は魔物とトラップだらけの可能性も高いんだね」

「覚悟はしないとまずいと思う」

そうか。

まあ、何もない所を荒らすよりは、ずっと気分も楽だ。

ボオスが一応、念押しに言う。

「リラさんとアンペルさんも行くとなると、もう救援を頼める相手もいないな。 とにかく、皆生きて戻って来てくれ」

「私達は今日だけは一緒に行くが、明日以降は別行動を取る。 他の遺跡に、まだ調べたい場所があるのでな」

「そうか。 じゃあ、遭難した場合のセーフティは健在と言う事だな」

「そうなる」

アンペルさんの解答は明快で。

ボオスも頷くだけだった。

さて、後は行くだけだ。

あたしは手を叩いて、今日の目標。遺跡への到達と、大まかな調査を告げる。

いくぞ。

恐らくは最後の遺跡。

此処でしっかり情報を集めないと。

封印の具体的な位置が分からない。

もしも分からない場合は、最悪総当たりで調べて行かなければならなくなる。

ただ、あたしにはある程度予想がついている。

古代クリント王国が発見できなかったと言う事は、少なくとも王都にはない。

多分だが。

今まで廻って来た遺跡のどれかにあるとみて良い。

しかし、今まで探索してきた遺跡の中で、最深部までいけていないものなんてあっただろうか。

いずれにしても、厳しい調査になるのは。

覚悟しなければならなかった。

 

(続)