後一歩の真相

 

序、セプトリエン

 

やはり粗悪品か。

あたしは、抽出したセプトリエンを使ってトラベルボトルを書き換え。その中から、セプトリエンを回収してきた。

ともかく、これがどんな代物なのか、殆ど分かっていない。

アンペルさんも呼んできたが。

現物を見て、アンペルさんですら度肝を抜かれたようだった。

「強力な毒竜の体内から見つけたのか」

「はい。 圧縮された魔力が、年月を掛けて作るという話でしたが……」

「そうだな。 そういう意味では、これはまだ質が悪いのかも知れない」

「インゴットに加工してみます」

アンペルさんも見守る中。

エーテルに溶かして、インゴットに加工して見る。

虹色に輝いていたセプトリエンは、やがて美しい青色のインゴットに仕上がっていた。

これを、グランツオルゲンというらしい。

アンペルさんも、名前しか聞いたことがない幻の中の幻。

ゴルドテリオンですら、今は現物が殆ど存在していないのだ。

文字通り、究極のインゴットだと言えた。

「うーん、インゴットにして見ましたけど、どうですかこれ」

「金属としてと優秀というよりも、異次元の魔力媒体だな」

「あたしもそう思います」

とりあえず、アンペルさんにもサンプルは分ける。後から来たリラさんが、グランツオルゲンを見て、驚いていたが。

驚くだけだ。

もう、あたしが何をしても不思議では無いと思っているようだった。

いずれにしても、これは金属としては使い物にならない。

だが粗悪品だとしても、セプトリエンだ。

何か加工方法はないか。

そう思って、あたしは。

夜遅いギリギリの時間に、鍛冶屋であるデニスさんの所を訪れていた。

デニスさんは、こんな日もひたすら鍛冶をしていた。

王都が大荒れだろうに。

本当に、商売よりも鍛冶が大事なんだな。

そう思って、ちょっと苦笑してしまう。

あたしがグランツオルゲンを持ち込むと。

流石にデニスさんも、それを見て驚いたが。

「これは……」

「試作品の粗悪品です。 ちょっといい鉱物を手に入れたんですが、どうもうまく加工できなくて。 案はありませんか」

「見せてご覧」

引き渡す。

そういえば、デニスさんにこの間きいたが。

なんだかのコンテストに出るつもりらしい。

貴族が喜びそうな細工物のコンテストだが。

あくまで技術力でデニスさんは勝負したいらしい。それで腕を磨くことだけが目的だそうだ。

そういう人がもっと増えてくれれば。

王都の……いや人類のテクノロジー衰退にも、歯止めが掛かるだろうに。

とにかく、この人は人類の宝だ。

それに違いは無い。

「この鉱物は、恐らくだけれども……単体では力を発揮できないと思う」

「合金にするべき、ということですか」

「そうだね。 今まで持ち込んで貰ったゴルドテリオンを、何倍にも強化するような作り方をして見てはどうだろうか」

「分かりました。 試してみます」

合金、媒体。確かにそれも一利ある。

というか、それだったら。

今まで使い物にならなかった鉱石を、極限まで強化出来る可能性もあるかも知れなかった。

幾つかの案を考えながら、アトリエに戻る。

もう時間だ。

眠るべきだ。

公衆浴場で風呂に入って、それでさっさとアトリエに戻って。戸締まりをして、眠る事にする。

外がある程度騒がしいが。

毒竜と戦ったのだ。

そんなのは気にならず。

すぐに、すてんと落ちてしまっていた。

 

感応夢を見る。

あの遺跡だ。

それがすぐに分かった。若々しい女性。恐らくこれが、不死の魔女なのだろう。側についているのは、分かりやすいイケメンの騎士だ。これがくだんの恋人だろうか。見た感じ、それほど戦士として良い腕には見えない。

そうなると、なんというか趣味で選んだ男だったのかも知れない。

墳丘が作られている。

それを指揮している人間は、白衣を着込んでいた。

白衣は真っ白で、今のテクノロジーだと作れそうにない。そもそもこんな白い生地、作れないだろう。

これが当時ではスタンダードだった。それが、今ではロストテクノロジーになってしまった。

「封印の進捗は現在95パーセント。 どうにか完成までこぎ着けられそうです」

「そう、それは良かった。 どうやらクリント王国の攻勢に間に合いそうね」

「そうですね……」

「此処に配置する守護者を、前線に投入できないかと声が上がっています。 各地で押される一方で、悲鳴に近い懇願です」

戦士らしいのが言うが。

不死の魔女は、それを突っぱねていた。

「此処の守りに必要よ。 それに此処を離れたら、もとのスペックの三分の一も出せないように調整してあるのよ」

「それはそうですが……前線では戦士も兵器も足りておらず……」

「焼け石に水よ」

厳しいものいいだ。

そして、時間が不意に跳ぶ。

既に、周囲に人はいない。

どうやら此処は、封鎖されたようだった。

不死の魔女が、最後に確認のために訪れたらしい。完全に死の森となった様子を見て、満足。

そして、自身も咳をすると。

その場を去っていった。

恐らく、恋人は既に死んだのだろう。

死を受け入れているのが、見ていて何となく理解出来た。

この人は、業が深い人だ。

それはもう分かりきっている。

本人だって、それは理解しているだろう。

天国で恋人に、なんて事は考えていないはずだ。

この人も、古代クリント王国の錬金術師達ほどではないにしても、エゴを優先した。その結果、力を持つものの責任を放擲した。

多くの犠牲がそれで生じた。

その中には、多数の人の命だってあった。

だけれども、この人は。

最後に恐らく門……オーリムにつながるものだけは封じた。

最後の最後に、一つだけ世界のためになることをした。

ただ、それだけだったのだろう。

目が覚める。

大きな溜息が出た。

立場が変わると、人間は変わる。

それはあたしだって分かっている。

父さんと母さんだって、若い頃は今とは違って、新しいものをどんどん受け入れる性格だったはずだ。

それが今ではすっかり保守的になって。

あたしだって、いつ変わるか分からない。

というか、もう変わっているかも知れない。

クーケン島を走り回っていた頃の、幼い頃のあたしが今のあたしを見たら、単純に怖がる可能性だってある。

十年だか後に。

権力とかを握ったあたしは、今のあたしを鼻で笑うような邪悪な存在に変わり果てているかも知れない。

油断すると、すぐそうなるはずだ。

だからあたしは、先人の過ちを見て。そうならないように、自分で言い聞かせなければならない。

あたしが一介の農婦で。世界に与える影響が小さかったら、別に年とともに変わっても良かっただろう。

あたしは世界の命運を左右できるほどの力である錬金術を握っている。

そんなあたしが。

安易に立場で変わる事は、許されてはならないことだった。

伸びをして起きだすと、くみ置きをしてある水で顔を洗い。そして外で軽く体を動かして。

そして、朝の内にやれることをやっておく。

黙々と植物の世話をしているセリさんと、農業区であったので、軽く挨拶をしておく。

毒竜との戦闘で、セリさんも怪我はそれなりにしたが。

あたしの薬ですっかり回復しているようで。特にどこかを痛めている様子はないようだった。

それに、あたしを信頼してくれたのだろう。

少しだけ、表情も柔らかくなっているように思う。

「朝のミーティングには行くわ。 先に手入れだけしておく必要があるから」

「研究の成果、出ていますか?」

「やはり浄化の機能が弱すぎて話にならないわね。 もう少し色々と植物の種を集めてきたいわ」

「わかりました。 遺跡などで見つけたら、遠慮なく持って行ってください」

セリさんだって、オーリムのために必死だ。

その気持ちがわかるから。あたしも協力は惜しまない。

先祖が滅茶苦茶にした土地だ。

あたしも、無関係だと口にするつもりはないし。

先祖と自分は関係無いとか、抜かすほど恥知らずではない。

アトリエに戻ると、パティが最初に来る。

フィーもその頃には目が覚めていて。

パティを見て、嬉しそうに飛んでいく。

頭をすりつけるフィーに、パティも嬉しそうである。

「パティ、おはようございます」

「フィー!」

「すっかり仲良しだね」

「はい。 なんだか他人とは思えなくて」

仲が良くて思わず目を細めてしまう。

だけれども、フィーは状況次第では。

いや、それは今は考えない方向で行こう。

ともかく、これから数日で、やる事を今日決めてしまう必要がある。

勿論今日は、これから「深森」の遺跡に出向いて、羅針盤で残留思念を見て回るのだけれども。

それ以外にも、戦略を練っておきたいのだ。

今日はクラウディアに加えて、パティも参加しない。

ただ、ミーティングには出てくれる。

情報を共有して。

今後に備えるためだ。

皆が徐々に揃い始める。最後に来たのがクラウディアだった。ちょっと菓子を焼いていたらしい。

クラウディアはこれから数日来られない可能性があるということで、それもあって保ちが良い焼き菓子を多めに準備してくれた、ということだ。

あたしが結構食べるので。

それなりの量を作ってきてくれたというわけだろう。

フィーがボオスの頭に乗る。

いつもの光景だ。

ボオスも文句は言うが、フィーを追い払う事はない。

フィーはすっかり皆に愛されている。

だけれども、幼い頃に可愛いのは、猛獣も家畜も同じだ。フィーが今後どうなるか、分からない。

それもまた、皆理解している筈だった。

「それじゃ、朝のミーティングを始めるよ」

「それじゃあ、私からね」

クラウディアが挙手。

そして、これから三日ほど来られないと最初に告げた。

まあ、そうだろうな。

王都は閉じた経済圏とは言え、それでも相当なお金が動く。パティが呼び水になったとはいえ、幾つかの貴族の家が失墜するのは確定だ。

後から聞いたのだが。

その中の一つは、以前パティとあたし達に無礼な言葉を掛けてきた貴族の令嬢の家であるらしい。

まあ、ざまあみろとも思わないが。

一度酷い目にあっておくのは、それはそれでいいと思う。

それで反省できたのならよし。

反省できないのなら、そこまでの人間と言う事だ。

あたしはその後どうなろうとしらない。今までバカみたいな富で贅沢をしてきたのだ。それがどういう事だったのかを、理解すればいい。

「俺も連携して動いて良いか」

「ボオス君も。 助かるわ」

「ライザの影響力は想像以上に大きい。 クーケン島に戻った後も、それは同じだろうからな。 俺がクーケン島の窓口として、対応する必要がある。 今のうちに、もっと規模が大きい王都での立ち回りで、経験を積んでおきたい」

ボオスも真面目なことを口にしている。

もうボオスは、昔の猿山のボスではない。

それを理解しているから、誰も茶化す事はなかった。

次に挙手したのがパティである。

「私も今日は出られません。 今日一日で済むと思います」

「一応、何があるかは教えてくれる?」

「はい。 まずは王宮に出て、毒竜の首を王族に見せてきます」

既に防腐処置もしてあるので、百年以上ぶりのドラゴン退治の成果を見せる事になるだけだという。

王の前で色々と儀礼的なこともしなければならない。

それだけではない。

今回の件で、パティに……アーベルハイム家に敵対的な幾つかの貴族が、大ダメージを受けて。

政治闘争ばかりにかまけていた貴族も、大混乱に陥っているそうだ。

もとからアーベルハイムに友好的だった目端が利く貴族はそのままで良いとして。鞍替えを望む貴族に、対応しなければならないらしい。

ヴォルカーさんが、パティにその対応の一部を任せると言う。

「私もボオスさんと同じで、早めに経験を積むことになります。 今のうちに、こういうのには慣れておかないと」

「正装としてドレスとか着るの?」

「いえ、この胸当てと戦衣、それに腰に大太刀のままで出ます。 これが私の正装に今後なると思います」

なるほどね。

銭勘定しか出来ない貴族とは違う事を、姿格好で既に見せると言う事か。

まあそれはそれで、アーベルハイムのやり方なのだろう。

あたしが口を出すことでは無かった。

「僕は明日、ちょっと授業に出ておきたい」

「タオは明日か……」

「前倒しで単位はとってあるんだけれども、それでも幾つか前倒しで片付けておきたいことがあってね」

「俺は一日空けると、取り戻すだけで一杯一杯なのにな」

ボオスがぼやく。

この辺りは、田舎のガキ大将だったのと。

幼い頃から本当に学問が好きだった人間の違いだ。

特にタオの場合は、暗号解読を本気で幼い頃から取り組んでいた、と言う事ある。学問に対する考えが、根本的に違うのだろう。

あたしも新しい知識に対する敬意は、今では持つようにしている。

だから、昔からタオが知識に目を輝かせていたことについては、理解出来るようになっていた。

あたしは、感応夢を見たことを告げておく。

久しぶりだなと、レントが言う。

あたしもそうだと頷いていた。

「恐らく、遺跡の深奥に足を踏み入れたから、なんだろうね。 出来れば今日で、あの遺跡「深森」の調査は終えて、次の戦略を立てるよ。 明日は調査のまとめのために、一日空けるかも知れない」

「その間に俺は俺なりに情報を集めておく」

レントが言ってくれたので、頼もしい。

では、これでミーティングは終わりだ。

すぐにアトリエを出る。

クラウディアとパティは此処で一旦お別れだ。まあ、一日と三日、それぞれ探索に参加しないだけだが。

パティはすっきりした表情で、敬礼をしてくる。あたしも敬礼を返す。

パティはパティで、これから戦いに赴くのだ。

あれだけの覚悟をヴォルカーさんの前で見せたのである。

更には、ドラゴンスレイヤーとして王都で名前を一気に拡げた事もある。

好機だ。

これを逃すわけにはいかないだろう。

王都を出る。

クリフォードさんが、ぼそりとぼやいた。

「ろくでもない貴族や金持ちは幾らでも見て来たが、あの子は違うな。 将来は大物になるぜ」

「そうですね。 あたしも連携して、少しでもこの世界をよくするように動いていきたいところです」

「ライザも、もっと成長するとなると、世界全部に影響を与えるようになるんだろうな」

「そうかもね。 ただその場合は、護衛がいるかな」

皆には皆の人生がある。

あたしもそれは同じだ。

専属の護衛は、今一緒に、王都周辺の調査をしている面子からは見繕えないだろう。

そうなると、理論的には出来る人工生命の創造。そこから、考える必要があるかも知れない。

まずは、今日やるべき事からだ。

「深森」が、いまだに死の森であることは変わらない。更には、今日は朝から晴れている。

調査のための時間は、あまりないかも知れない。

とにかく、急がなければならなかった。

 

1、残留思念の混沌

 

遺跡に到達。もう危険ラインは危険ではない。腕輪による防御が、それだけ強力と言う事だ。

まずは展開して、周囲を調べる。

魔物は、ないと。

それはまあそうだろう。

危険ラインを越えると、五感が狂ってまっすぐ進む事すら出来なくなるのだ。

そこから随分内側にあるこの辺りは、死の世界である。

虫も鳥もいない森は。

どうしてか、静かなのに。

とてもグロテスクな場所に思えるのだった。

「魔物の姿無し」

「よし、羅針盤使うよ。 危険な場所に足を踏み入れそうになったら、とめてね」

「ライザ、僕は先に彼処を調べても良いかな」

タオが挙手。

奥にある墳丘を指したので、頷く。

先に調べるくらいはいいだろう。

ただ、此処は危険な場所だ。それについては、タオも前が見えなくなるほうである。しばし考えてから。レントに頼む。

「レント、タオの護衛をお願い」

「大丈夫なのか」

「あたしにはセリさんとクリフォードさんがついているから平気だよ」

「分かった。 とにかく、そいつは使ってる間無防備になるみたいだし、気を付けろよな」

頷く。

そして、羅針盤を開いて、調査を開始する。

さて、此処からだ。

周囲には残留思念がある程度あるが。以前の工房ほどの密度では無い。こんな程度なのかと、ちょっと拍子抜けだ。

そもそも広さで言うと、それほど広い訳でもない。

或いは、此処は。

彼方此方見て回る。

泣いている子供。遠巻きにして見ている白衣の連中。

子供の格好は裸同然で、奴隷として連れてこられた子供だというのが一目で分かった。恐らく、実験として使い潰されているのだ。

「実験対象A103、錯乱。 視覚、聴覚、ともに喪失」

「いいぞ。 そのまま観察を続行」

腹の底から怒りが湧いてくる。

倒れた子供が、口から泡を吹き始めても、研究者達はむしろきゃっきゃっと喜んでいる有様だ。

「素晴らしい。 封印を完成させた後、この技術を使って、クリント王国のアーミーも錬金術師も、地獄の檻に叩き込んでやる」

「そうだな……」

「時間が多分足りないだろうよ。 残念だが……」

「俺はこの技術を持っていくぞ。 そして連中にいつか地獄を見せてやるんだ」

反吐が出る発言をしているな。

それが上手く行かなかったのは、後の時代の歴史が証明している。

ということは、この研究員は。

自分がやった事の罪悪感も感じず。

ただ何処かで、朽ち果てたのだろう。

他の残留思念を見る。

比較的年かさの男性だが、罪悪感に苦しんでいるようだった。

「今日も五人も発狂して死んで行くのを見た。 こんな非人道的な実験、許されることではない。 相手が如何に化け物で、そうしないと食い止められないといってもだ。 だが、今もあの場所で、多くの戦士達が必死の防戦をしている。 クリント王国の鬼畜どもにたいする戦力すら削って、戦士を回しているのは。 あそこにいる化け物が、それだけ危険だからだ。 それが分かっていても、この非道な事には報いがあると思う。 誰もが嗤うかも知れないが。 私は地獄に落ちるだろう」

そうだな。

あんたは地獄に落ちるよ。落ちただろうよ。

そうぼやく。

罪悪感があろうと、やったことはやったことだ。

ここで行われた実験は、古代クリント王国のものと同レベルの非道さ。

こんな事をやった人間は、錬金術師だろうが研究者だろうが、全員地獄に落ちて当然だろう。

だが、そんな研究が、もしも封じたのがフィルフサと門だったら。

世界を救ったことになる。

皮肉極まりない事だった。

見える。

あれは、大きななにかの甲殻。

随分と破損が酷いが。

見覚えがある。

破壊され尽くした残骸を前に、戦士と研究者が話をしている。

「化け物どもの指揮官級の個体を討ち取った。 此奴を倒すだけで、百人の戦士が命を落としたが、その代わり多数の化け物が混乱し、足止めが出来た」

「もっと完全な形で持ち込めなかったのか」

「そういうなら自分でやってみろ。 一兵卒ですら此奴らは、魔術は通じないし生物急所もないんだぞ」

「ちっ……」

戦士と研究者は仲が悪いようだ。

戦士の側には、フィーに似た影がいる。

「フィー!」

「こいつには随分と助けられた」

「……の精だったか。 神代の遺跡からたまに見つかるらしいな」

「ああ。 だがあまり長くは生きられないらしい。 こいつの同族も、どこにもいないしな」

ふんと鼻を鳴らす研究者。

顔はよく見えない。

戦士もそれは同じだ。

仲が悪いし、互いの事もどうでもよかった。

この残留思念からだけでも、それが見て取れる。

「とにかく、これで少しでも研究を進めてくれ。 俺はすぐに前線に戻って、敵と戦う」

「そうしろ。 貴様らにはそれくらいしか出来ないのだからな」

「俺たちがサンプルを持ってこなければ、貴様らは研究を微塵も進められないだろうが」

ばちりと火花が散るが。

時間がもったいないと思ったのだろう。

戦士の方が、先に部屋を出て行った。

ぶちぶちと研究者が聞き苦しい悪口を言っていたが。それについてははっきりいってどうでもいい。

より知的なはずの研究者よりも。

最前線で命を賭けて戦っている戦士の方が、余程理性的で自分を殺せて行動できているのは。皮肉極まりない話だった。

残留思念を他にも見て回る。

研究の場面が出て来た。

既に崩れてしまったのか、それとも意図的に崩したのか分からないが。もう少しマシな建物があって。

そこに研究所があったようだ。

そこで土を色々と弄くっている。

キビスビスだ。

一目で分かった。

あの傘みたいな植物から抽出したのだろう。それをこの近辺に撒くための研究をしているようだ。

それ以外にも、複数の鉱物を砕いて混ぜて、土に混ぜ込んでいる。

そして、危険性を検証しているようだった。

「よし。 この配合なら充分だ。 捕獲した化け物にも、充分に通じる事が既に分かっている。 後は水に混ぜて、泥と一緒にあの戦場に流し込んでやればいい」

「更にそれを封印で増幅するんですね」

「ああ。 単純な魔術だったら、あの化け物には通じない。 だがこうやって配合した「死の土」を更に増幅するのが魔術だったら話は別だ。 化け物共が現れる例のものを封じ込むのは多分厳しいだろうが、それでも奴らの斥候が此方に来ても、生きて帰る事は不可能だろう」

「これを戦場に持ち込めないか」

かなり高齢の戦士が、話をしているが。

研究者が首を横に振る。

「残念だが、貴重な素材を使っている。 不死の魔女殿の生産してくれた物資もだ。 魔女殿の体調が思わしくない今、化け物共を封じることで精一杯だろう」

「くっ……」

「とにかく、其方では出来るだけクリント王国の軍勢を食い止め、民を逃がしてくれ。 クリント王国の連中は降伏も認めず、民は奴隷にされ、資産も全て奪い取られることになるだろう。 そうならないように、戦争の狂乱がなくなるまで、とにかく逃げられる場所に可能な限りの民を避難させてくれ」

「分かった。 それしかないようだな。 しかし無念だ。 もう少し早く、魔女殿を見つけていれば……」

次の残留思念。

見えた。

墳丘の中だ。

八角錐の封印がある。

青白く輝いていて。側には、フィーに似た影があった。

「近付かせるなよ。 それをまとめて台無しにしかねん」

「この生物は一体何なのだろうな。 優れた魔力の感応力を持ち、魔術耐性を持ち、化け物との戦いにも臆さない。 愛らしいが勇敢で、それでいて凄まじい大飯ぐらいに魔力を喰らう。 例の異界の生物なのか?」

「なんともいえないが、神代の研究施設から見つかったと言う事は、そういうことなのかもしれないな」

「なんでまたこんな生物がいて、それを神代では持ち帰ったんだろうな。 それが分からない」

ぶつぶつと話をしている研究者達。

あたしは、不意に我に返っていた。

残留思念が薄くなったからだ。

羅針盤を一度閉じる。

同時に、随分と視界がクリアになっていた。

森の中だ。

大きな溜息をつく。

「ライザ、大丈夫か」

「ずっと意識が曖昧だったようよ」

「……大丈夫です。 タオとレントと合流します。 大事な話があります」

残留思念の仲に見えた、あの巨大な甲殻。

間違いない。

今まで、ほぼそうだろうと思っていたが、今回で確定した。

あれは将軍。

フィルフサの統率個体だ。

それぞれが八千から二万程度のフィルフサを統率し従える、強力な個体。

グリムドルの戦いでは、如何に将軍を潰して行くかが、戦闘の要になった。雨が降って弱体化していても、手強い相手だった。

戦士百人が犠牲になったと言うのも当然だろう。

オーレン族ですら大苦戦する相手なのだ。

むしろ、五百年以上前の、神代の技術がまだ残っていた時代には。あれすらも、どうにか出来ていたのだろう。数の暴力で。

タオとレントと合流。

今の時点で、墳丘の内部に入れる方法は見つかっていないそうだ。

皆を見回してから、先に咳払い。

「今の残留思念の調査ではっきりした。 封印されているのは門。 そして、この古代クリント王国に滅ぼされた国が戦っていた相手は、フィルフサだよ」

「!」

「恐らく、古代クリント王国が増やす前にもいたっていう野生個体だと思う。 まだ謎は多いけれど……門を此処に存在していた国が開けたという雰囲気ではなかったね」

「いずれにしても最悪の予想が当たったことになるわね。 あんな城壁なんて、フィルフサに掛かれば一瞬で粉々よ」

既に秘密の共有については、レントにもタオにも話してある。

後でこれはアトリエででも話すが。

いずれにしても、まだ此処でやる事はある。

封印の、現在の状態の確認だ。

「セリさん、はい」

「フィー?」

「私に?」

フィーをセリさんに預ける。

封印にフィーを近づけるとまずい。先に、まずは封印に接触しないといけない。

あの墳丘を粉砕して内部に入る手もあるが。

その場合、封印が傷つく可能性がある。

まだ無事な可能性がある以上、封印を傷つけるような手段は、最後まで選ぶべきではない。

「これから、あの墳丘に入る手段を探します」

「ああ、それで。 フィーが魔力を大食いするのは、私も知っているわ」

「任せます」

「そうね。 任されたわ」

セリさんがフィーを抱きしめる。フィーもそれほど嫌そうにはしていない。

そのまま、今度は墳丘近くの残留思念を調べる。

こっちでは、研究関連の残留思念はあまり見当たらないが。どうやって入っているかを、調べればいい。

墳丘の周りを調べて行く。

そうすると、一度セリさんに手を引かれた。

大穴がある。

どうやら、あの毒竜の住処だったらしい。此処に潜んで、近付く相手を警戒していたのだろう。

どういう気持ちで、此処にいたのだろうか。

残留思念を調べて見る。

まだちいさな毒竜と、研究者が見えた。

「体を弄くっちまってすまねえな。 それに、こんな所に縛り付けて」

「……」

毒竜は、口を開いて、研究者に応えるようだが。

音は聞こえない。

だが、なんとなく、気にするなと言っているように思えた。

毒竜の腹の中からは、何も出てこなかった。

竜族は大気中の魔力を食糧にしているという話がある。これについては、何とも言えないとしか言えない。

ワイバーンの腹の中からは、エサが出て来た事だってある。

或いはだが。

ワイバーンのうちは、肉を食べる必要があって。

成体になると、肉を食べなくて良くなるのかも知れない。

「此処は魔力が豊富にあるはずだ。 ずっと孤独になると思うが、エサだけはある。 たのむ、此処を守ってくれ」

「……」

「すまん。 俺はもう行く。 俺も戦場に出る。 役には立てないかも知れないが、一秒でもクリント王国の侵攻を遅らせないといけないからな……」

残留思念が消えた。

そうか。

あの毒竜は、研究者を悪くは思っていなかったようだ。研究者も、顔をくしゃくしゃにしていた。

体を弄くられて、怪物に変えられてしまっただろう毒竜だが。

理解者もいたし。

理性もあったのかも知れない。

無言になる。

あの毒竜は、悪意は無かったのかも知れず。そして互いに譲れない戦いだった可能性も高かった。

だとしたら、あの毒竜の皮や内臓などは、無駄にしないように使おう。

そうあたしは考え直す。

気持ちを引き戻して、調査に戻る。

墳丘の近くを調べていると、白衣の人間が不意に出てくる残留思念を見つけた。

恐らくは、此処だ。

どうやって出入りしている。

「パスワードは変えておけよ」

「これって最終的にはどうするんだ?」

「最後はもう、パスワードは設定しないそうだ。 どうせクリント王国の連中が、此処まで辿りついてしまったら終わりだってな。 何にしても、数百年は此処には入れねえよ」

「だといいんだがな……」

もう少し、残留思念から情報が欲しい。

目を凝らしていると、やがて見えた。

壁の一部をスライドして、操作している。

なるほど、ここか。

羅針盤を閉じる。

「ここだよ。 此処に入口の操作盤があるっぽい」

「よし!」

クリフォードさんが飛び出すと、何かしらの道具を取り出す。色々とナイフとかついているものだ。

トレジャーハンターの秘密道具だとか言っているが。

そうですかとしか返せない。

かちゃかちゃと壁を操作していたクリフォードさんだが。

やがて、かちゃんと音がして。

そして、スライドして、墳丘の一部が、嘘のように動いていた。更には、光学式の立体映像が出る。

この時代は一般的だった奴だ。

幾らでも見て来たが、此処でも同じシステムを使っていたんだな。

現在では、再現もろくに出来ないテクノロジー。

たった数百年で、信じられないくらい。人口も領土も歴史もテクノロジーも、人類は失ったのだ。

タオが。さっと光学式のパネルを触って調査する。

「パスワードはわからない?」

「設定しないって言っていたよ」

「どれ」

タオが素早く、手慣れた様子で操作するのを見て、レントが頷く。セリさんは、考え込んでいるようだった。

テクノロジーの差が、どうしてもある。

だから、古代クリント王国なんかに遅れを取った。

それをよく分かるのだろう。

「よし。 逆にパスワードを設定しないことで、僕みたいな人間の逆手を取った、って感じだね」

「数百年はここには入れないだろうとも言っていたよ。 余程防御と隠蔽に自信があったんだろうね」

「そうだね。 他の遺跡も、どれも価値がありそうな場所には見えなかった。 古代クリント王国がこの辺りを蹂躙した頃には、特に何も発見できなかったんだと思う」

「血塗られた歴史だな。 これをつくった奴らも、結局負けたと言うだけで、同じ穴の狢だったんだろうしな」

クリフォードさんが、あまり機嫌が良く無さそうに言ったので。

あたしも違いないと、それに同意していた。

ともかく。ログなどを確認して貰う。

「残念だけれども、時計の機能が狂ってしまっていて、実際に最後にいつ此処が閉じられたのかは分からない。 機能についても、最小限のものしかないみたいだ」

「とりあえず、中に入ろうぜ」

「そうだね。 ……これだ。 開けるよ」

タオが操作すると、すぐに壁の一部が開きはじめる。何かしらの、通路みたいな空間が生じていた。頷くと、レントが最初に足を踏み入れていた。

その後に続く。

クリフォードさんが無言になる。

此処がこの遺跡の本丸。

何があるか、知れたものでは無いからだ。

最悪の場合は、あたしが最大火力で墳丘を吹っ飛ばして脱出する。

まあ、今だったらレントの切り札でも吹っ飛ばせそうだが。

「内部は階段だね」

「ああ。 埃もほとんどねえな」

「壁はこれ、どうなっているのかしら」

「凄いテクノロジーですね……」

壁に継ぎ目が見えず。

しかも泥などで塗り固めたとも思えない。

これもロストテクノロジーだろう。

地下に到達。

そこには、あった。

フィーが目を輝かせているが、セリさんががっちりホールド。あたしは、すぐに前に出る。

「形状は八角錐。 今までで一番しっかりした形で残っているね」

「……ライザ、どう」

「魔力量も、ほとんど減っていない。 良かった、これが封印の中心だとしたら、まだ時間は稼げると思う」

「よし、周囲を調査してくれ。 俺はあの扉が閉じないように、入口で見張る」

レントが戻る。

あたしは羅針盤を再度開くと、残留思念を確認。

此処は非常に重要な場所だ。

貴重な残留思念を聞けるはずである。

早速声が聞こえてくる。

「よし。 此処を中心にして、複数の補助封印を接続した。 二つも無事に残ってくれていれば、封印は破られないはずだ」

「逆に言うと、二つを切ると危ないでしょうね」

「そうだな。 その場合は、この封印が時間を稼ぐ。 他よりも遙かに強力に作ってあるからな」

「それでも、百年も稼げれば良い方でしょう」

研究者達が、光り輝く八角錐の封印を見上げて、そんな事を言っている。

なるほど。

そうなると、コレが一つ。

一つ半壊しているのが残っている。

後一つ、北の里とやらにあるから。それを考えると、かなり危ない状態だとみて良いだろう。

いずれにしても、これはあと百年はもたなかったのだろうな。

この封印ですら、減り始めているのだ。

それを考えると、残りの北の里の封印の状態も、とても良いとは思えなかった。

「戦地の状況は」

「あまりよくはありません。 洞窟の発見が良かったからどうにかなりましたが、下手をすると洞窟を突き破って地上に姿を見せる可能性も……」

「封印が完成しても、内部に手を入れる余裕はあるまい。 水と封印で、抑え込む事しか出来そうにないな……」

「この国はもう滅ぶ。 それを考えると、伝承を残すわけにもいかん。 せめて童歌くらいは残しておくしかないが……」

切実な話だ。

無言で聞きながら覚えておく。

あたしは、やがて羅針盤を閉じた。

此処には、二度と来ない方が良いだろう。

「戻るよ、みんな」

「何か分かったのか」

「今すぐ封印が壊れて、フィルフサがあふれ出すことはないと思う。 だけれども、此処で聞いた話を総合する限り……封印が壊れるのは、時間の問題だろうね」

もっとも楽観的に考えた場合、後百年くらいはもつ。

だが、相手はフィルフサだ。

しかも古代クリント王国侵攻の影響を受けていない地域がオーリムにあるとはとても思えない。

そんな楽観的思考は捨てるべき。

更に問題なのは、封印が封じている門の場所が分からない、ということだ。

今回の羅針盤でも、場所のヒントは掴めなかった。

或いはだが、別の方向からのアプローチが必要なのかも知れない。

ともかく、ここから先。

順番にやっていくしかない。

次は。北の里という場所に行く。

その前に、資料を整理する必要が生じてくるだろう。

遺跡を出る。

そして、後は無言でアトリエに戻った。

さて、此処からだ。

現地でのフィールドワークは終わったが。

それだけでは。この調査は終わりでは無い。むしろここからが本番なのだと言えた。

 

2、封印の場所と北の里と

 

昼少し後にアトリエに戻って。

それから、しばらくは無心に調合した。

この間の毒竜の素材も吟味する。剥いで持ち帰った皮、それに肉。

食べる事は出来ないが、何かに使えるかも知れない。

少なくとも無駄にはしたくない。

それがあたしの本音だ。

皮は想像以上に凄い素材だ。

鱗はあるにはあるが、鱗よりも皮が強く発達したらしい。これはなめしておくと、非常に強力な素材になる。

しばらく考えた後。

鱗を剥がして、皮だけにした後。

エーテルに放り込んで、調整。

そして、その後デニスさんの所に持ち込んだ。

デニスさんはコンテストがどうだので忙しいようだが、手をとめて皮を見てくれる。これは、と思わず呟いていた。

「もう噂になっていると思いますが、くだんの毒竜の皮です。 防具素材に使えないですか、これ」

「使える。 最強のものを作れるよ」

「よし……なら」

それなりに量もある。

まずはパティの胸当て。クラウディアの手袋。

この二つは必須だ。

パティの胸当ては当然として、クラウディアの手袋は何故か。これは、弓矢に必須だからである。

今の手袋でも充分な性能があるのだが。

しかしながら、これを本職に加工して貰い。更にあたしが錬金術で手を加えれば、更に強力な射撃用の手袋を作れる。

レントは肩当てか。

レントは片方だけ肩当てをつかうのだが、時々この肩当てを攻撃的に使用している。タックルとか、或いは突進時に肩当てを上手に使って攻撃を逸らすとか。

この肩当ては、軽くて硬い方が良いはずだ。

クリフォードさんは靴がいいか。

今渡している靴を、更に専門で強化する。

空中戦を得意とするクリフォードさんだ。やはり靴を更に強化すれば、もっと戦いやすくなるだろう。

あたしも靴だな。

クリフォードさんとは使い路が違う。

蹴り技に使うためのものだ。

これについては、あたしが自分で徹底的に使い込んで調整もしているから、今更ではあるのだが。

一部を、プロに渡して調整して欲しい。

後はタオか。

タオは軽装で、とにかく速度と手数を増やしたいはず。

そうなると手袋だろう。

セリさんはどうしよう。

セリさんは、攻防共に植物操作が強力で、防具は必要ないかも知れない。だったら、今渡している杖がいいか。

それらを軽く話し合って。

まずはパティの胸当てだけ頼んで、それで一度戻る。報酬として、少しだけ試験的に作ったグランツオルゲンをおいていく。

これもいずれもっと研究して、更に強化していきたいが。

そもそも存在が伝説の金属だ。

簡単にはいかないだろう。

アトリエに戻った後は、お薬や爆弾の補充、調整を行う。

実の所、フラムでいうなら、廉価なフラム、強化版のローゼフラムは概ねこれでいいと思っている。

更に強い敵に使うためのフラムも今考えているのだが。

使うにしても一点に爆縮するようなものが必要で。

広域破壊は必要ない。

広域破壊なんて、大量虐殺くらいにしか使えないし。仮にフィルフサとかを相手に擦るにしても。

周囲への影響が大きすぎる。

ただでさえ、大雨で辺りを押し流すくらいしないと、フィルフサの悪影響を受けた土壌を押し流せないという問題は確かにあるが。

それはそれとして、根こそぎ吹き飛ばしてしまうのは、それはそれで雑だし、被害も大きくなりやすい。

そうならないように、これからは考えて行かなければいけないだろう。

夕方に、一度切り上げて。

そして、ミーティングをする。

装備強化の話をすると、皆サイズを測らせてくれる。一応知ってはいるのだが、それでも少し変わっているかも知れない。

パティは毒竜の皮鎧というのはちょっと抵抗があると素直にいってくれたが。

文字通り竜を身に纏うという意味もあるとあたしが言うと、少し考えた後に頷いてくれた。

勿論白を基調とした彩色をするつもりだ。

パティには、多分白の皮鎧が似合うと思うので。

一通り装備刷新の話をした後で。

クリフォードさんが問題があると、話を振ってくれた。

「北の里について、資料を俺なりに調べてきた。 その過程で、問題がわかってな」

「聞かせてください」

「まあ道中もまずいんだが、そもそも街道の一部が崩落してる。 前は粗末な橋が架かっていたらしいが、それも今は落ちてしまったそうだ」

「確かに誰も行かない場所だもんな。 恐らく橋というのは古代クリント王国か、それより古いものだろうが、いずれにしても手入れしなければ落ちるのは仕方がねえ」

レントがそう言うと、タオが考え込んだ。

その地形は分かるかと。

勿論、クリフォードさんは手抜きがない。

地形についても、メモを取ってくれていたようだった。

「なるほど、崖を挟んで……向こう側が高くなっているのか」

「厄介な地形だなこれ」

「ちょっと考えておく。 これだったら、なんとか橋を渡せるかも知れないし」

「ライザさん、できないことが想像できません……」

パティがなかば呆れ気味に言うが。

あたしにできないことなんて、それこそなんぼでもある。

だから、あたしは大まじめにそう返して。

そして、咳払いしていた。

「後はアンペルさんとリラさんと連携しつつ、封印の場所の特定だね。 持ち帰ったデータの精査を頼むよ」

「分かった。 とりあえず二日は動かない方針かな」

「いや、明後日にはクリフォードさんが言っていた崖を見に行くつもり。 今すぐ封印が敗れることはなさそうだけれども、それでもやっぱり急いだ方がいいと思うし。 崖の様子を見に行くだけだったら、クラウディアの音魔術の早期警戒は必要ないと思うし」

「そっか。 じゃあ、僕も早い内に資料をまとめておくよ」

解散。

パティは残って貰って、鍛冶屋に出向く。

今後改良はするが。グランツオルゲンも含めて調整をした胸当てを、試着したり色々とあるのだ。

毒竜の皮を更に鎧用に改良。

それを彩色して、要所をグランツオルゲンで補強する。

パティの固有魔術はエンチャントで。

武器の切れ味をあげたりは出来るが、パティ自身は素の身体能力で勝負するしかない。そういう意味で、多くの人が使っている身体強化の固有魔術の更に下位互換と言えるかもしれない。

ただパティは、そんな能力であっても、しっかり使いこなして今では最前線に立てる力をつけている。

だからこそに、防具を渡しておく。

残念だが、まだパティは皆の中で一番経験が浅く、戦闘力も総合的に見て低い。

最優先で防具を回すのは、それが理由だ。

デニスさんは既に防具を完成させていて、鍛冶屋に出向くと胸当てを用意してくれていた。

パティはすぐに着替える。

流石に普段から鎧を着ているだけあって、一度説明を聞いて即座に着付けについては理解したようだった。

更衣室に出向いて、着替えるパティを見送ると。

つやつやして嬉しそうなデニスさんと軽く話しておく。

「どうですか、あたしの改良した毒竜の皮」

「素晴らしい素材だ。 あんなもの扱えるなんて、鍛冶屋としてはもう死んでもいいほどだよ」

「死なれると困ります」

「ははは、そうだったね。 モチベーションがどんどん湧いているし、コンテストには気合を持って望めそうだ」

そうか。

パティが戻ってくる。

大まかなデザインは前と変わっていないが、今度のは白を基調とした、非常に美しい胸鎧だ。胸当てだが、更に以前より要所の補強の要素が強く、胸鎧に近い。

それでいながら気品もある。

今回は要所に金では無く青を入れているが。

金というのは特別感がある色なのであって。

要所に使えば素晴らしいが。

全部金色にしてしまっても、下品なだけである。

「おお。 いいねパティ!」

「ありがとうございます。 竜を纏っていると思うと、恥ずかしい行動は出来ないですね」

「今後体の成長に合わせて調整するので、必要に応じて足を運んでください」

「分かりました。 その時はお願いします」

デニスさんに礼をするパティ。

大丈夫だ。

竜を纏ったということもある。前と変わっていないというよりも、良い方向で誇りを昇華させている。

これほどの仕事をした鍛冶師に敬礼をするのは当たり前だ。

偉い人間が頭を下げないなんてのは、それこそ変な理屈である。

なお、鎧にはアーベルハイムの家紋も刻んである。

つまりこれは、事実上パティの専用の鎧だ。

「これだったら公式行事に出ても、全く恥ずかしくありません。 惜しいのは、多分私一代のための家宝になってしまうことですね」

「しっかり使って。 素材だったらあたしが用意するから」

「分かりました。 本当に、有難うございます」

もう一度頭を下げられたので。

此方こそと返して。

それで、後は此処で別れる。

アトリエに戻る前に、カフェで軽く夕食を取る。

噂話が聞こえてきていた。

「アーベルハイムのお嬢様を助けて、例の錬金術師がドラゴンを倒したらしいぜ」

「ドラゴンだって……」

「ああ、噂になってる。 百年以上ぶりだそうだな」

「いや、とんでもねえな。 王都なんてその錬金術師の気分次第で灰にされちまうよ」

人間は、魔物に押され放題だ。

五百年前には、ドラゴンを強制的に使役していた人間は、既にドラゴンに対して絶対に勝てない存在としての恐怖さえ抱いている。

料理を食べながら、周囲の雑談を耳に挟んでおく。

「……侯爵が、王都をそそくさと去ったそうだ。 だがあの様子だと、途中で追いはぎにでもやられてのたれ死にだとか」

「あの野郎、辺境から持ち込まれた違法奴隷を周囲に何人も蔓延らせて、死んだのも外に捨てさせていたらしいな。 さっさとのたれ死にやがれよ」

「他にも何人か、近いうちに王都を出ていく貴族がいるそうだ」

「いい気味だな」

嘲笑。

どれだけこの国で。いや、王都だけがこの国だが。この三十万人しかいない人間の集団で。

貴族を気取っている連中が嫌われているのか、よく分かる。

他にも、貴族に対する鬱憤がよく分かる会話が幾つか聞こえたが。

あたしとしては、それで充分だった。

適当なタイミングで、薬や爆弾を納品しておく。

帰るかと思ったタイミングで。

レントとボオスが来た。

ボオスは疲れきっているようだった。

「ちょっとボオス。 大丈夫?」

「猛烈に腹が減ってる。 だけど疲れて、立ってても落ちそうだ」

「おい、やっぱり無理だっていったじゃねえか」

「かまわん。 これくらいはやらないとな」

やむを得ないか。

栄養剤を渡す。

以前よりかなり強めに作ってあるものだ。

口に入れた瞬間真っ青になったボオスだが。それでも飲み干すように強く言うと、ぐっと飲み干した。

それで、しばらく無言だった。

それはそうだろう。

コレは要所で使うために作ってあるもの。

味についてはほぼ配慮をしていない。

「飲むだけで魂が出ていきそうになるな」

「とりあえず、これで大丈夫。 で、二人して何やってたの」

「剣の稽古だよ」

「……」

言うなよ余計なことを。

そうボオスが顔に書いたが、レントは咳払いする。

今更隠すことでもないというのだろう。

立ち話もなんなので、しようがない。もう少し、此処で食事にしていく。

懐から顔を出したフィーだが。此処でボオスの頭に乗るのはあまり良くないと自分で判断したらしい。

ボオスも、フィーを見て疲れた苦笑を浮かべるばかりだった。

「どうレント。 ボオスの剣は」

「悪くないぞ。 元々アガーテ姉さんに基礎は教わっているんだしな。 俺が教えられるのは、鍛錬の方法くらいだ」

「ちょっと度を超しているがな。 その体力、どこから湧いてくるんだお前は」

「まあこればっかりは体質だろうな。 基礎体力は握力なんかと同じでほとんど遺伝だって話をアガーテ姉さんがしていただろ」

少し休みながら、話を聞く。

ボオスはやはり剣術をレントに見てもらっているようで。相応に体を鍛えているようである。

目的については聞かない。

文武両道というには、体に負荷が掛かりすぎている。

少なくとも、パティに聞いた成績を家名と金で買うような貴族とは違って。超大まじめに努力をしている事になる。

ただ学問ではこれだけ休んでも余裕なタオがいるし。

武力でも、歴戦を積んですっかり一人前になっているレントがいる。

どっちにも、今後勝てる見込みはないし。

精神的な負担は小さくないだろう。

今後ボオスがやるのは、クーケン島発展のための指導者としての責務を果たすこと。

これはクーケン島周辺のちいさな集落のためでもあるし。

何よりも、魔物に押されっぱなしの人間が、少しでも反撃するための足がかりを作る意味でもある。

それを考えると、ボオスの責任は大きいし。

焦るのも、無理は無いのかも知れない。

「それじゃあ、俺は行く」

「ああ。 ちょっと王都が騒がしいし、一応気を付けろよ」

「分かってる」

フラフラとボオスがカフェを出て行く。

心配になったが、レントが首を横に振った。

「ライザの栄養剤だって飲んでるんだ。 意地くらいは張らせてやれ。 多分、寮につくくらいまでは大丈夫だ」

「なんだか心配だよ。 無茶はさせていないよね」

「させていない」

レントもこの辺りは本職だ。

ボオスの体力をしっかり見極めた上で、それで無理をしない程度に鍛錬をしたという事なのだろう。

これはクーケン島に戻ってきたら、すぐに護り手の長になれる。

アガーテ姉さんもやっと引退できるだろう。

実は此処に出てくる前に、アガーテ姉さんがアンチエイジングについて興味を示したことがある。

アガーテ姉さんもそろそろ三十路になる。

これから結婚だの子供を作るだのとなると、体の負担が大きいかも知れない。

それでアンチエイジングが出来るなら、と思うのだろう。

確かにクーケン島の護り手を支えてくれた功労者だ。

引退して、その後は自由に余生を送るのもアリの筈。

あたしも、そのくらいの便宜は図りたかった。

「じゃあ、あたしも戻るよ」

「ああ。 それにしても、次はワイバーンがわんさかいる場所に行くんだな」

「フィルフサが溢れるよりマシでしょ」

「それもそうだ」

レントは少し飲んでいくと言う事だ。

二日酔いにならない程度にしなよと釘を刺すと。

あたしはアトリエに戻る。

途中で大衆浴場によって汗を流すと。

後はもう。残務を片付けて、さっさと寝てしまう事にした。

 

夢を見る。

感応夢じゃないな。

だけれども、記憶の整理という感じでもない。

羅針盤を使った結果だろうか。

ぼんやりと感じる。

多数の残留思念が、周囲に溢れている。それは世間的には幽霊とか言われるものが近いかも知れないが。

どうにも、怖いとは思えなかった。

人間の方が、幽霊なんかより余程怖い。

それはあたしが、クーケン島で散々思い知らされた事実だ。

幼い頃から与太者や。詐欺同然の商売をしようとする商人。商会は散々見て来たのである。

島で四則演算を教え込むのは、そういう連中に騙されないようにするため。

もう少し踏み込んだ算数も教える。

更に物価についても。

それくらいしっかりしていないと騙される。

勿論、そんなのは騙す方が悪いのだが。

自衛するのもまた、必須なのだった。

あたしはぼんやりと、残留思念の群れを見る。それらは歩いて行く。歩いて行く先は、殆どが闇だ。

なんとなく分かる。

この膨大な残留思念。きっとこれらは、五百年前の古代クリント王国の破綻時に、命を落とした人達。

自業自得の破滅を遂げた人間も多いだろう。

古代クリント王国が、錬金術師達によって牛耳られ。

そいつらが、文字通り人倫にもとる行動しかしていなかったのは、あたしも知っている。

だが、その破滅に巻き込まれた人達は。

少なくとも、同情の余地があるのでは無いかと、あたしは思う。

ぼんやりとみていると、闇の中に人々の群れが吸い込まれていく。

同情の余地があったとしても。

だいたいの人間は、地獄に落ちると思う。

地獄があるかどうかは分からない。

だけれども、残留思念が存在していて。希に幽霊についての話も聞く。だったら、あの世があっても不思議では無いし。

地獄や天国があるのは、おかしなことではないだろう。

フィーに似た生き物がいる。

それも、誰かの側にいながら。一緒に闇に飲み込まれていく。

あれは、フィーの仲間だろうか。

人間に荷担した。

それならば、人間の死ぬときに行く場所と、同じ所に行く。

そういうものなのかも知れない。

ぼんやりと見ていると、ふと我に返る。

フィーは、どうなるんだろう。

あたしは。自分が天国に行けるなんて思っていない。多分あたしは、地獄にすらいけないと思う。

今後、この世界のために。

錬金術師を増やすにも、慎重になる。

この世界の錬金術は、あまりにも強力だ。あくまで普通の人間の振るう力に対して、だが。

だから万能感を拗らせる輩が、大半を占めることになる。

あたしやアンペルさんみたいな例は、本当に例外なのだ。

そしてあたしは、人間のために今後は錬金術を使うが。

錬金術を使いたいという人間に対しては、厳しい見極めをするつもりだ。

多分だけれども、この錬金術と言う学問は。

欲があったら、まずいのだ。

欲がある人間が錬金術を覚えると、絶対に欲のために使いたくなる。その結果、神代も、古代クリント王国も、

ろくでもない錬金術師であふれかえったのではあるまいか。

そしてこの世界だけではなく。

オーリムにすら迷惑を掛けた挙げ句に、破滅に落ちた。

もう一度同じ事をやったら、この世界は滅びる。確実に。オーリムもだろう。

「人間の可能性を信じる」なんて寝言は、色々知った今は口にはできない。

かといって、誰かが未来に錬金術を一から発見した場合。

また好き放題に振る舞って、世界を破滅に追いやる可能性だってある。

あたしは。

この光景を再現させないためにも。

錬金術を伝承し。

二度と悪用されないように、監視しないといけないのだ。

それが責務というもの。

或いはだが。

あたしはもう。人間を既に、やめかけているのかもしれない。この精神は、既に普通の人間のものではない。

ふと、視界が切り替わる。

色町だ。

彼方此方で、男女がまぐわっている。淫靡なあえぎ声を上げて、絡み合う裸の肉体。

あたしは、夢の中とはいえ。

それに対して、まるで興味を持てなかった。

動物が交尾しているのを見る以上に。

どうでもいいとだけ、考えていた。

目が覚める。

夢の内容は、異常にクリアに覚えている。ぼんやりとした後、頬を叩く。

そろそろ、覚悟を決めた方が良いのかも知れない。

あたしは、人間を止めるべきだろう。

今までの遺跡を調査してきて、「不死の魔女」という存在について知った。

不完全なアンチエイジングで、苦しみながら若さを維持してきた人物だった。

あたしは、それよりも高度なアンチエイジングを既に出来るようになっている。この辺りは、錬金術が才能の学問だった故。

そして百年を経ているアンペルさんが、既に錬金術ではあたしの方が上だと言っているように。

あたし以上の才能を持った人間が今後出て来て。

錬金術で世界を好き勝手に蹂躙しようと思ったら。

おそらく、だれもそれをとめる事はできないのだ。

もしもそれをとめられるとしたら。

あたしが先に発見して。錬金術に習熟する前に、首を刎ねること。それ以外に、道は無いだろう。

顔を洗う。

「不死の魔女」も、自分の欲望に忠実な人だったことが分かっている。

ただ、古代クリント王国の錬金術師達よりは、まだマシだった。

それくらいの差しかない。

錬金術を、絶望の学問にしないためにも。

もうあたしに、選択肢はないのかも知れなかった。

 

3、人跡未踏

 

皆が忙しい。だから、一日だけ予備の日を取った。その後、行動する。予備の日を活用して、皆の装備を刷新。薬や爆弾も補強した。

荒野を行く。

今日もまだクラウディアなしとはいえ、それでも充分な戦力。

以前、「霊墓」があった方へと出向く。パティは既に、貴族関連のごたごたで、必要な事を済ませてきたらしい。

これがもっと規模が大きな国だったら、こうもいかなかったのだろうが。

実質上、ロテスヴァッサは王都だけしかない国家だ。

だから、それでなんとかなってしまった。

それだけの話である。

クラウディアはバレンツのためにも、混乱する経済を一刻も早く沈静化させるためにも、今日は探索には加わらない。

何、本当に危険場所には、今日は赴かない。

それだけだ。

王都を東に出て、街道をすぐに北に向かう。

獣道になるが。気にしない。

主に対空警戒をしながら進む。レントが最前衛。最後衛はパティだ。クリフォードさんが荷車を引く。

この間の「深森」で、すぐれた五感を発揮してくれたクリフォードさんである。

奇襲に対応するためにも、真ん中にいる方が良い。

そういうあたしの判断だ。

左右はセリさんとタオに任せ。

そのまま北上。

すぐに森は途切れ、渓谷に出た。

地図を見る限り、この渓谷から少しずれるように北に向かう。

途中、川があって。

石橋があるにはあるが、崩れかけていた。

「使わないとは言え、酷いな……」

「どうする、回り道するか?」

「いや、予行演習だし、直しておこう」

建築用の接着剤を取りだす。

これについては、あたしの初めての大仕事で使った、という事もある。

だから、思い入れがあるし。

何度も改良を重ねている。

先に石橋の状態を確認した後、レントに近くの石を持ってきて貰う。

石の加工はレントに任せて、あたしは要所に建築用の接着剤を詰め込み、そして硬化させる。

この硬化させる仕組みが、この接着剤の味噌。

バレンツ商会でも重宝していると聞くが。任意のタイミングで強力に硬くできるのは、非常に使いやすい。

これはあたしが、幾つかの新居の建築に立ち会って、実感した事だ。

保守的な思想の大工も、あたしが作った接着剤については、便利である事、使いやすい事、実用的である事を即座に認めてくれたくらいである。

今では、クーケン島の新居では、これが確実に使われているほどだ。

「よし、かけている場所を埋めてしまうよ」

「も、もう補強できたんですか!?」

「相変わらず新鮮に驚くね」

「俺たちが麻痺しているだけだろ……」

吃驚してくれるパティに、それぞれの感想を口にするタオとレント。

まあ、気持ちはわかる。

それに、吃驚してくれるのは、こっちとしても気分がいい。

淡々と調整をしていく。

レントが細かく砕いた石材を詰め込んで、石橋を修復して行く。しばらく調整を続けて。やがて、しっかり固めた。

後は細かく細かく柔らかい感触になるまで砕いた砂利を撒いて、満遍なく接着剤を撒き、そこに付着させて終わりだ。

石橋、修理完了。

一刻ちょっとで終わり。

此処は街道から外れているとは言え、下は川だ。どんな魔物がいるか分からないし、サメが遡上してきている可能性だって低くない。

だったら、こうやって直せるときに直しておく。

それだけの話である。

「よし、先に進むよ」

「今度、アーベルハイム邸の工事を頼もうかな……」

「おっとパティ、それはクラウディアを通してね」

「分かっています。 流石に個人的に頼むには、ちょっと工事規模が大きいので……」

まあ、そうだろうな。

あたしも何度か足を運んだが、アーベルハイム邸に問題のある箇所は見つからなかった。だとすると、大規模な修繕工事だろうというのは想像がつく。

だからクラウディアの名前を出した。

まあ、あたしもパティの事は理解してきたし。

そういう返しが出来るだけである。

そのまま先に進む。

荒野がしばらく続く。街道はとっくに消え果てていて、時々タオが磁石を使って方向を確認していた。

「なるほど、もう少しこちらだね」

「タオの事を疑うつもりはないが、地平の先まで荒野だな……」

「この辺りは古戦場なんだよ。 多分古代クリント王国と、名前すら抹消された、遺跡を作った国が戦った場所だ。 何年もこの辺りで食い止めたみたいで、古代クリント王国の錬金術師は、容赦なく辺りを破滅させるようなことをしたんだと思う」

「無茶苦茶だな……」

オーリムで連中がやったことを思えば、この程度はまだ軽いのかも知れない。

レントが不愉快そうにするが。

不愉快なのはあたしも同じだ。

神代で色々問題を起こしただろうに。その後も、反省すると言う事を一切しなかったからこうなった。

人間の大半には反省なんて概念は無い事は知っているが。

それでもこれは、その醜悪すぎる証拠だ。

「魔物の影もないな」

「そういえば……」

「……」

タオが黙り込む。

多分だけれども、緻密に計算して、現在地を割り出しながら歩いているとみて良い。セリさんが、周囲を見て嘆息。

これでは、植物を仮に急成長させた所で、すぐに枯れてしまうと思ったのだろう。

彼方此方に水たまりがある。

ずっと降っていた雨の結果だろう。

それにも関わらず、植物は生えていない。

戦闘があったのは、五百年……いやもっと前の筈だ。

それでこんな状態になっているというのは。

一体何をしでかしたのか。

古代クリント王国の錬金術師は。もしも目の前に姿を見せたら、問答無用で蹴り殺すつもりでいるが。

拷問してやった事を聞きだした後、生まれてきたことを後悔するくらい残虐に殺す事に切り替える。

まあ、奴らは滅んだ後だ。

今更、何もできないが。

「もう少しだよ。 大きめのクレバスがある」

「そこが例の……」

「うん。 北の里に向かうには、其処を通るのが一番安全だと思う。 というか、それ以外事実上道がないよ」

見えてきた。

衝立のような崖だ。

確かに、橋の跡のようなものがある。

昔はこの辺りに街道があって。

此処にあった橋を使って、細々とこの先にある北の集落と、交易なりなんなりをしていたと言う事か。

それも恐らくは、古代クリント王国に対しては独立を保ち。

そして、やがて滅びていったのだろう。

エンシェントドラゴンが守りについていたとはいえ。それでも戦略的に価値が無いと言うことが。存在の理由になっていたのだろうから。

そんな場所に住む人達が。

いつまでも生きていられたとも思えない。

橋については、あたしがしっかり覚えておく。なるほどね。これだったら、どうにか出来ると思う。

何度か見て、空間把握をしておく。

更に足に魔力を集中して跳躍。

高さなども確認。

崖の向こう側は、数体のワイバーンが飛んでいる。

それもかなり大きい奴だ。

確かにこの先に行くのは自殺行為である。武装無しでいったら、百%殺されるとみて良い。

こんな感じで、人が入れない土地が、この世界にはたくさんあるんだろうな。

そう思うと、魔物に好き放題人間が押されるのも、当然に思えてきた。これだけやって、世界に嫌われるのは、当たり前だ。

「よし、戻るよ」

「もう大丈夫なんですか。 それにしても、具体的にどうするんですか?」

「まずあの辺りに肥料を撒く。 土を建築用接着剤で固定する。 そうすることで、インスタントに肥沃な土地を部分的に作る。 水はあるから、それで大丈夫だと思う。 その次は、この種を植える」

「!」

セリさんがくいついた。

この植物は、畑などに生えてくる邪魔者の一つ。

凄い勢いで成長する雑草の一つだが、実際には「草」ではない。放置しておくと、見る間に木になる。

見る間と言っても、木になるには一年くらいはかかるが。

その後は、放っておくと二百年くらいは木として生きる。

それくらい、タフな植物だ。

「ライザ、それを見せて」

「えっと、珍しく無いと思いますけど。 あたしも王都で見つけて、回収してきたくらいですし」

「……そうね。 でもこれは。 ……」

黙り込んでしまうセリさん。

咳払いすると、続いてどうするかを説明する。

セリさんの魔術で、この木を急速成長させる。その後は、その木の背を使って、石橋を作る。

あくまで最初の土台として木を用いて。

以降は奧に行けるようにするための木を使う、ということだ。

実は、「霊墓」の奧でも似たような事が出来そうなのだが。あっちをこれ以上荒らすような真似をしたくない。

アンペルさん達がまだ調査しているし。

今後行き詰まったら、最初からまた調査をし直す必要がある。ただでさえ内部が可動式の遺跡だったのだ「霊墓」は。

下手に動かすと、遺跡そのものが崩落するかも知れなかった。

「というわけで、セリさん、頼みます」

「……一つ条件があるわ」

「はい、出来る範囲でお願い出来ますか」

「貴方にできない事なんて。 そうは思いつかないけれどね」

嘆息すると。

セリさんは、この荒野を見回していた。

「この荒野をちょっと調べたい。 オーリムより酷い状態になっていると判断したから。 もしもこの荒野で根付こうとしている植物があるというのなら、私が探しているものになりうる」

「確かオーリムの浄化をするための植物を探しているって話だったよな」

「そうよ」

もう皆に情報は共有している。

セリさんは若干ぶっきらぼうだが。此処にいる人間は、皆信頼してくれている。だから、ぶっきらぼうであっても、不愉快そうではなかった。

あたしは影の方向、長さを見て、判断。

タオも、現実的な話をしてくれた。

「もし植物があるとしたら、短期的に出来る水たまりではなくて、川辺だと思う。 此処から西に行って、それから南下すれば見つかるかも知れないよ」

「よし、それで行こう。 水辺だとサメがいる可能性がある。 みな気を付けてくれ」

「了解!」

すぐに川に沿って、西に。渓谷はおぞましい高さで、さっき目星をつけた地点が、一番高低差が小さいくらいだった。

これはどういう理由で出来た地形だったのだろう。

或いは、エンシェントドラゴンが。

いや、それは憶測だ。

ともかく、エンシェントドラゴンが守護していた里となると、相当な隠れ里、秘境となるだろう。

タオとクリフォードさんがよだれを垂れ流すような場所になる筈で。

あたしもある程度興味がある。

川に沿って南下。

川岸には、流石に時々雑草があるが。それをみて、セリさんは首を横に振る。

違う、というのだろう。

川岸には、それ相応に土砂が堆積して。それがある程度、この土地に満ちている邪悪な何かの残りを打ち消している。

それで雑草が生えているだけであって。

この土地を汚染している何か邪悪なものに打ち克って生えているものではない、ということだ。

ただ、それでも専門家が見れば、何か分かる事があるかも知れない。

途中、やはりサメに襲われる。

この辺りはエサが少ないらしく、獰猛に襲いかかってくるが。このメンバーにはとても勝てない。

仕留めて捌く。

あまり大きなサメでもないので、腹を割いて内臓を開いて。人間の残骸が入っていなければ、肉を燻製に。他は焼いて処分してしまう。

サメの肉はあまり美味しくない場合も多いが。こう言うときは贅沢も言えない。

淡々と調べながら南下。

思ったより時間は掛かるが、これもセリさんのためである。

セリさんの事情はそれなりに重いし。

仕方が無い事だった。

やがて、セリさんが興味を示す。一つ、内陸気味に生えている草がある。それを見て、セリさんがじっと考え込む。

全員で、周囲警戒。

本職の人間の邪魔をしない方が良いだろう。

「ライザさん」

パティが話しかけてくる。

あたしは、警戒を続けながら応じる。

「どうしたの」

「ええと、今回の件が終わったら。 いずれクーケン島にお邪魔させてください。 その、オーリムを見ておきたいんです。 どれだけ人間が愚かしい過ちを犯したのか」

「もう確定したから、今回の調査の過程で見られる可能性も高いよ。 門が不完全に開いている状態なら、殴り込んで王種を殺す必要があると思うし」

「はい。 でも、確定ではないですよね」

その通りだ。

セリさんの様子を見て、パティは申し訳なさそうに言う。

「私も王都の民を守るとは思ってはいました。 王都の貴族の腐敗に苛立ってもいましたし、苦々しく感じてもいました。 ですが、今回の一件で、本当に先祖達がどうしようもない事をしたことを実感していて……」

「ともかく、今は現実的にこの世界を救わなければならない。 そういう意味で、オーリムの現実を見るのはありだね」

ほどなくして、セリさんが、何株かの植物を、土ごと回収。

多分だけれども、農業区で面倒を見て、様子見をするのだろう。

セリさんに、レントが声を掛ける。

「どうだセリさん。 いけそうか」

「高い耐汚染能力を持っているのは確定よ。 だけれども、それが偶然生じたものなのか、今後も引き継がれる特性なのか、それが更に重要。 少し調べて見たい」

「……そうなると、何日か抜けるのかな」

「いや、そこまでしなくても平気よ。 いつものように朝晩に世話をして、少し様子を見るだけ」

そうか。それは助かる。

後は、急いで王都に戻る。

結局、王都に辿り着いたのは夕方だ。

門の警備をしている戦士達に、サメの肉をお裾分けする。燻製にしているから長持ちする。

そもそも警備の戦士達だって、給金が高いわけでもない。

こうやって臨時収入があれば彼等だって嬉しいし、生活も助かるのである。

後はアトリエでミーティングして解散する。

具体的にどうやって橋を架けるかが、これで決まった。

それが全員に示された。

後は実施するだけ。

あたしは淡々と、材料を集めていく。調合もしていく。建築用の接着剤は、今まで散々作ってきた。

今更増やすのも、改良するのも、お手のものだ。

黙々と作業をしていると、フィーがあたしの側を飛び始める。

別に食事をねだっているわけでもなく、遊んでいるだけらしい。

今の時点では。

体調は大丈夫だな。

そう思って、あたしは調合を続けた。

 

翌日。

外に出ると、セリさんの様子を見に行く。

セリさんが借りている畑は、植物が凄い事になっていた。セリさんが腕組みして、考え込んでいる。

一部は木になっているが。

それをあっさり引き抜いて処分したりもしている。

土に関しては、恐らく魔術で栄養を補給するか。

休作用の植物を急速育成させて、それで栄養を補填しているのだろう。

「どうですか、セリさん」

「朝早いのね」

「農民の娘ですので」

「そう……」

一応農民という概念は知っていそうだ。

手伝う事は多分ないな。

一応肥料などが必要かは聞くが、大丈夫と言われる。だったら、もう邪魔になるだけである。

去ろうと思ったら、セリさんに言われた。

「この畑では足りないわね。 少し他に実験所が欲しいわ」

「そうですね。 街道側の森の中に、幾つか開けた場所があります。 そういう場所を使っては」

「……魔物も出るけれど、仕方がないか」

「セリさんの場合、余程油断しなければ、もう街道側で遅れを取るような魔物とは遭遇しないと思いますけれど」

セリさんは首を横に振る。

かなり集中して作業をしたい、ということだ。

そうなると。

手をかざして、見る。

開いている畑を使うしかないだろう。

王都では、相変わらず農業をする人間を最下層と判断しているようで。今でも殆どの畑が草ぼうぼうである。

あれらの中に。

使える畑はないものか。

勿論勝手に使うことはまずい。

だが、或いはだが。

王都を出ていった貴族の所有物があるかも知れない。

それだったら、使える可能性がある。

「パティに相談してみますか」

「そう。 任せるわ。 此方の世界の人間の事は、はっきりいってまだよく分からない。 優秀でもないものが王族だの貴族だのを血縁で引き継ぐような社会の仕組みは、私達のものとは完全に別種だもの」

「そうでしょうね……」

オーレン族は氏族単位でくらす。

その氏族も、気に入らなければ出ていって新しく自分で造れば良いという話だし。

一人や二人が、勝手な事を出来るような体制でもない。

勿論オーレン族が数が少なく、繁殖力も弱く。

それぞれの能力も高いから成立するのだろうが。

あたしには、その辺の細かい検証はするつもりもないし。

出来るだけの資料もなかった。

後は、アトリエで話すことにして、一度戻る。

さて、今日もこれから大変だ。

橋を架けなければならない。

まあ、今の人類に、あの荒野を突っ切って、橋を抜ける事は非常に難しくはあるのだけれども。

それでも、注意はしなければならないだろう。

あたしは荷車を二台使う事を説明。

一台は、朝バレンツで借りてきた。

この二代目に、肥料とか、今回の作業で使う物資を積載する。このため、この荷車は小型の馬車ほどもある大きなものだ。

勿論途中がかなり危険になる。

クラウディアは今日いっぱいは手伝いにこれないが。

逆に、今日中に作業を終わらせて。危険地帯に踏み込む事を考えたい。

それを説明すると。

ボオスが挙手。

「それで、街道に橋を架けることは、王都では把握しているのか」

「そもそも其処に橋があったことすら把握していませんし、実質上たどり着けませんので……」

「そうか。 色々と杞憂だったか」

「いえ、此方から後で書類だけ出しておきます。 どうせ内容なんてろくに読みもせずに、ハンコだけおしておしまいですよ。 今の王宮はそういう場所です」

玉爾が泣いている。

そうパティがぼやく。

まあ王族が無能なのは知っている。

それが、現実という訳だ。

後は、セリさんの件についても話をしておく。パティは考え込んだ後に、分かりましたと応えてくれた。

「今、バレンツと連携して、王都から出ていった貴族の資産を確認しています。 その中の畑があれば、セリさんにしばらくお貸しします」

「助かるわ。 料金とかは平気?」

「しばらくは寝かせておくだけですので」

「そう。 ありがとう」

セリさんは、あまりお金を持っているとは思えない。

今使っている畑だって、今の王都の状況だから使えているようなものだ。

とりあえず、これで全てか。

では、これより。

橋を架けに行く。

アトリエを出て、荒野に向かう。途中、警備の兵士達が騒いでいる。

「お願いです! 昨日からまだ帰っていなくて!」

「街から出て一日だろ。 諦めろ……」

「そんな……」

「どうしたんだ」

レントが出向く。

中年の女性が、警備の戦士達に頼み込んでいる。

この様子だと、外に出て戻っていない人間がいるのか。

「子供が昨日、街の外に遊びに出たらしくって……」

「街の外に出て、街道の外に出たらまず助からない。 もう魔物の腹の中だ」

「まだ可能性はある」

レントが手を上げる。

仕方がない。

架橋工事は、少し開始が遅れるかも知れないが。人命には変えられない。ましてや未来を担う子供の命には。

どこに行ったか、可能性がある場所をレントが聞く。

どうやら、可能性があるなら近くの森らしい。あたしは、タオに声を掛ける。

「ごめんタオ、緊急事態だから、クラウディアを呼んできて」

「分かった。 すぐに行ってくる」

「よし、手分けして探すぞ。 うまく隠れていれば、ひょっとすれば助かるかもしれん」

「ありがとうございます! ありがとうございます……!」

見た目、かなり年老いている女性だが。

これは生活が厳しいから、老け込みが早いのだろう。

すぐに森に向かう。あたしは跳躍して、森の上から人影を探す。レントが、聞いた子供の声を呼ぶ。

流石に図体がでかいだけあって、声量が凄いな。

タオがクラウディアを呼んでくれば、更に助かる可能性が上がる。

だが。あたしは良くないものを見つけていた。

「エレメンタルだよ。 数は十以上」

「結構いるな」

「もし人間を見つけて、集まって来たのだとしたら。 急がないと手遅れになる可能性が高い。 更に言えばまだ集まっていると言う事は……」

子供が助かる可能性も高い、ということだ。

レントは少し考え込むと。

あたしに、頼んでくる。

「エレメンタルを引きつけてくれるか」

「一人支援が欲しい」

「俺が支援に回る」

クリフォードさんが挙手。

頷くと、あたしはもう一度跳躍。エレメンタル達の頭上から、熱槍を叩き込んでいた。

 

4、怖れられても

 

かなり距離がある事もあって、エレメンタルも即応。固まってシールドを張り、熱槍を弾き返す。

更に、わらわらと姿を見せる。

そして、こっちに来た。

結構。

あたしはさがりながら、熱槍を連射。当然、エレメンタルも黙っておらず、複数がシールドを展開。別の複数が、様々な魔術を放ってくる。雷撃が側を掠める。近くの地面に熱魔術が炸裂する。

あたしも熱魔術を固有として得意としているが。

それでも熱魔術を直撃させられたら、威力と辺りどころ次第では死ぬ。

冷や汗を流しながら、さがって相手を引きつける。その間に、レントはセリさんとパティとともに森の中に入ったようだった。

クラウディアをタオが呼んできてくれれば、更に見つかる可能性は上がるんだが。これは悪手だったか。

だが、ミスをリカバーできるのが本職だ。

適当に引きつけた所で、反撃開始。

あたしが熱槍を十発立て続けに放ち、敵がまとまってシールドを展開したそこを、横殴りにクリフォードさんのブーメランが襲う。

うなりを上げて飛んだブーメランが、一体の首をへし折り、もう一体の頭を砕いていた。

十体以上いるエレメンタルだが、側面からの思わぬ奇襲に混乱し。

其処に更にあたしが、今度は二十発以上の熱槍を叩き込む。相手が立ち直る暇を与えない。

見た所頭もいない。

要するに、敵である人間の気配を察して、わらわらと集まって来ただけの雑魚だ。

もう街道に来ていて、子供が隠れていても巻き込まれる恐れもない。

更に火力を上げる。

走りながら、敵が放ってくる魔術を回避しながら、熱槍を叩き込み続ける。エレメンタルも苛烈に反撃してくるが。

姿を隠して放ってくるクリフォードさんのブーメランが、混乱するエレメンタルを次々に狩っていく。

そして数が一定を割り込んだタイミングで、あたしの熱槍が相手のシールドをブチ抜いていた。

どんと、凄い音と共に炸裂した。

まだ数体が、ダメージを受けながらも生き延びているが。

接近戦に切り替えたあたしが蹴りを叩き込み、首をへし折り、更にはかかとを落として頭を砕く。

更に最後の一体をクリフォードさんが、跳躍して頭上からブーメランで打ち砕いて、エレメンタルは全滅。

よし、これで一息つける。

「ライザ! こっちに来て!」

クラウディアの声。遠くから音魔術で届けられた。。

タオはどうやら、戦闘を避けて森に直接クラウディアをつれて行ったらしい。

流石タオだ。しっかり状況判断して行動してくれている。

すぐに森に。

セリさんが、かなりの数のラプトルをかなり荒々しく植物の刃で薙ぎ払い、追い払っていた。

結構魔物がいるな。

セリさんと合流して、魔物を蹴散らす。

更にクラウディアの声が聞こえた。

「今、パティさんと一緒に森の中を探しているわ。 もう少し派手に陽動して」

「よしきた!」

舌なめずりすると、食いついてきたラプトルをすっと避けて、カウンターに肘撃ちで頭を上から叩き。更に蹴りを叩き込んで、骨を砕きながら内臓ごと蹴り潰した。

辺りに魔物の死体が積み上がっていく。

王都近郊の森でもこれだ。

結構掃除したんだけどなあ。そうぼやく。

魔物はもう、恐ろしい程の数がいる。死ねば余所から開いた縄張りに別のが来るだけ。駆除が追いつかないのだ。

もっと人間側が団結して、戦士を育成して。組織的に魔物を駆逐すれば、追い返すことも可能だと思うのだが。

いずれにしても、今此処にいるのは雑魚だ。

ただそれでも、駆け出しの戦士は物量に押し潰されるだろう。

「見つけた! 三人いるよ。 もう少し気を引いて!」

「三人!?」

「近所の「悪ガキ集団」だったみたい。 届けがなかった子も二人いたって事ね」

「他には?」

今聴取中だそうだ。

森の中で魔物に囲まれて、逃げるどころではなかったらしい。

あたしも人ごとじゃない。

散々悪さして、酷い目にもたくさんあった。魔物に襲われかけて、寿命が縮む思いをしたこともある。

あたし達。あたしとレントとタオは、ボオスも加えてクーケン島でも有名な悪ガキだったのである。

だから、悪ガキの気持ちはわかる。クラウディアも、その時の事を知っているから、わざとそんな表現をしたのだろう。

だが、今だからこそ言える。

当時の自分らには拳骨が必要だった。

それを周囲の大人はしっかりやってくれた。

錬金術に理解がない父さん母さんだが、それについては感謝している。こういう現実を見ると、なおさらだ。

とにかく時間を稼ぐ。

セリさんが、巨大な木を新たに生やし。それでラプトルが頭上に放り投げられていた。勿論飛ぶ術なんて持っていないから、落ちてきたらぐしゃりと潰れるだけだ。

かなり乱暴に殺しているが、それは三人で手数が少ないこと。

相手の数も多いこと。

それに、相手を怒らせて、こっちに集中させなければならないからだ。

「レントくん!」

「おおぉっ!」

クラウディアの音魔術での声と、レントの雄叫び。

そして、何かが大剣で断ち割られる音。

あっちもあっちで大変な状況のようだ。

だったらこっちから支援を回すべきか。

だが、クラウディアも戦闘に入っているらしい。声を掛けても、返事してこない。

しかたがない。

相手の場所も分からない。とにかく、可能な限り敵をたたいて、削るだけだ。

しめった森の中だから、簡単に火事になったりはしない。

それでもあたしは、森の中では熱魔術の使用は避ける。少なくとも高熱の熱槍は放たない。

代わりに冷気の熱槍と、更には風爆弾であるルフトを叩き込んで、敵を叩き潰していく。

まだまだ来る。

植物の魔物だ。

トレントほど年を取ってはいないようだが、マンドレイクの一種か。かなり面倒な相手だが、勝てない相手ではない。

人間に姿が似ているマンドレイクが、ずるずると体を引きずってくると、それを見てラプトルがギャアギャアと鳴き、一斉に逃亡開始。逃亡する背中からクリフォードさんがブーメランを放って更に数を削るが、あれは子供らの方に行くことはもうないだろう。

マンドレイクは、人間に近い姿だったのに。

突然口を巨大に開けて、そして音波砲をぶっ放してくる。人間に半端に似ているから、姿の恐ろしさが半端ではない。不気味の谷だとか言う現象だったか。

それに音魔術の恐ろしさは、クラウディアを見て知っている。

こいつは伝承に近い、音を使って攻撃してくるタイプか。

セリさんが植物で壁を作るが、一瞬で粉砕された。

音は振動などを工夫すると、それだけで武器になる。大きな音というのも、音の出力次第では、簡単に人間を殺傷できる。

更に腕に見える部分が伸びて、鞭のように振るって来る。

かなりのスピードだ。

面倒なのが出て来た。

遠くからこの森に最近来た。大物かも知れない。

いずれにしても、潰す。

あたしは鞭のように振るわれる腕を、木の枝を蹴って跳躍しながら回避。上を向いたマンドレイクの顔面を張り倒すように、クリフォードさんのブーメランが直撃。更にセリさんの植物が。マンドレイクの全身を貫いていた。

あたしは熱魔術を応用して、空中で小爆発を引き起こして、空中機動。

頭上から、加速しながら踵落としを叩き込み、マンドレイクを一撃で真っ二つに切り裂き。

更には至近距離から熱槍を叩き込んで。

トーチにしてやった。

流石にこれはどうしようもなく、燃えさかりながら消えていくマンドレイク。呼吸を整えると、辺りに散らばっている死体を見やる。

これで充分な筈だ。

しばしして、レント達が姿を見せる。

レント自身は、子供二人を抱えていて。タオが更に二人の手を引いていた。

悪ガキ四人か。

昔のあたし達みたいだな。そう思う。

そのまま、警備の戦士達につれて行く。

母親は大泣きして感謝していたが。他の親は。

後、これは怒る人間が必要だ。

そう思っていると、カーティアさんが来た。

カーティアさんを見て、子供らがげっと声を上げる。なるほど、此処ではこの人が、クーケン島で言うアガーテ姉さんみたいな仕事をしていると言う事か。

それでいい。

後ろで、カーティアさんが滅茶苦茶怒っているのに、後は任せる。

料金はいらない。

未来を担う子供達を助けられたのだから、それでいい。

さあ、架橋だ。

気持ちを切り替えて街道を行くと、レントがぼやく。

「やっぱり怖いって言われたよ。 最後の一人が別の所に隠れててな。 結構大きめのラプトルに襲われる寸前でよ」

「それで剣を振るったんだね」

「ああ」

「感謝された?」

「全然。 最後までブルブルふるえるばかりだったよ」

そうか。

だが、レントは、どこか吹っ切ったようだった。

「俺の代わりに、クラウディアが鬼みたいに怒ってくれてな」

「ちょ、レントくん」

「私もクラウディアさんがあんなに怖いなんて知りませんでした……」

「僕もだよ」

そっか。

クラウディアもろくでもない相手と接しているのだ。本気で怒ってみせる事も、たまには必要なのかも知れない。

いずれにしても、レントはそれで良かったのだろう。

仲間として信頼しているクラウディアが、代わりに怒ってくれたのだから。

「もう感謝されなくてもいい?」

「ああ。 助かったぜクラウディア。 少なくとも、此処にいる皆は俺の事を理解してくれている。 それだけで、後何年でも戦える」

「ふふーん。 良くやったって頭でも撫でてあげようか?」

「言ってろ。 ただ、ライザでも同じ事をしてくれただろうことは分かるから、それでいいさ。 クラウディアが怒らなくても、タオやパティが怒ってくれただろうしな」

良かった。

これでレントは、本人が言う通り当面は大丈夫だろう。

さて、次の遺跡は相当に厳しい場所だ。

気を入れていかないと。

辿り着く事さえ、出来ないかも知れなかった。

 

(続)