幻惑の森

 

序、地味で嫌な仕事

 

まずは信頼を得ることからだ。

タオが指定して来た、密林近くにある集落に到着。密林と言っても、森が深いだけであって、別に暑いわけでは無いのが救いか。

ロテスヴァッサが版図と自称していながら、ほぼ支配が及んでいない地帯でも、かなり暑くて人々が基本的に半裸で過ごしている地域はあるらしい。

そういった場所は森も此方とは比較にならないほど深く。

魔物の強さも段違いで。

何とか踏みとどまっている人達も、相応に強いそうだ。

まあ、そういう人達がなんとか踏みとどまっている地域は、まだ人がいる。それだけの話なのだろう。

この辺りは、王都から捨てられた人達が集まる場所だ。

負傷している人も多いし。

魔物に怯えきっているのも分かる。

だから、集落周辺の魔物を駆逐する。

しばらく無心に戦う。

クラウディアもタオもいない。二人とも、用事があるから外している。

だから、あたしがその分、出来る事は先にやっておく。

植物が豊富だからか、セリさんが生き生きしているように見える。

植物を使った魔術による攻撃も、キレを増している様子である。

「そっちにいったぞ! パティ!」

「はいっ!」

レントが叫び。

パティが腰を落として、大太刀を鞘に収める。

飛びかかったのは、大型の狼だ。

もっと大きな狼もいるらしいが、充分な脅威になるサイズである。事実此奴らに、この辺りの集落は脅かされ続けていたらしい。

パティは間合いに引きずり込むと、一刀両断で狼を仕留める。

普通の金属では出来ない。

ゴルドテリオンによる切れ味と軽さ。

更にパティがエンチャントを刃に掛けて強化している事。

短時間で、元々基礎をしっかりやっていたパティが実戦で腕を伸ばしていること。

これらが重なって、出来る事だ。

あたしは飛びかかってきた狼を、其方も見ずに熱槍で焼き払う。

この辺りの狼の群れは、明らかに人間を舐め腐っている。

今まで集落の人間を好き放題に脅かして、それで成功体験を積んでしまったのだろう。

辺境の集落のチンピラがそうであるように。

それで弱体化してしまったのだ。

流石に不利を悟って逃げ始めた狼を、クリフォードさんがブーメランでまとめて薙ぎ払い。

更にセリさんが、鋭い植物でまとめて串刺しにしていた。

これで終わりだ。

他にも大型の鳥や、ラプトルや。植物の魔物もいたが。

全部片付ける。

エレメンタルも少数。

ちょっと気が引けるけれども、下級のエレメンタルは人型をしているだけ。明確に人間を殺しに来る。

容赦も遠慮も必要ない。

精霊王も、此奴らを殺す事をどうにも思っていないようだし。

とにかく、始末するだけだ。

数刻戦闘を続けて、集落を脅かしていた魔物はあらかた片付ける。こんな調子で、やっていくしかない。

集落の人間に、殺した魔物の首や、魔物そのものを並べて見せる。エレメンタルは殺すと消えてしまうから、見せられないが。それは仕方が無い。

そして、目の前で魔物の屍を捌いて、肉などは景気よく分けた。

この集落は、戦える人が殆どいないな。

いるにはいるが、戦闘を見て青ざめているばかりだった。

この様子では、集落に閉じこもって、貧弱な守りの中で身を潜めているしかなかったのだろう。

これが、王都近縁の現実である。

長老らしい人物を、クリフォードさんが連れてくる。

明らかに怯えきっていて。

レントがこう言う人達のせいで曇ったことは、一目瞭然だった。あたしは、冷たい目を向けていたかも知れない。

「あんた達、騎士か何かかね。 魔物共を片付けてくれたのは礼を言うが、何もできないぞ」

「話だけ聞かせてください」

「話?」

「この近くの遺跡の話です」

あたしが咳払いして、びくりと長老は身を震わせた。

後はクリフォードさんを中心に、話を聞いて回る。

パティを物珍しそうに見ている子供が何人かいる。

年齢もそれほど変わらない様に見えるのだろうか。

それがあたし達に混じって、魔物をばったばったと倒していれば。異物として興味は引くだろう。

パティも手分けして、話を聞いて来てくれる。

そして、ある程度情報が集まった所で、皆で共有していた。なおセリさんは、ふらっと外に行ってしまって、情報収集には協力してくれなかった。まあ、魔物の残党に対策してくれるなら、それでいい。

「この辺りには、大した遺跡の話はないらしいな。 もう俺の同類が荒らしきったあとのようだ」

「外れか。 まあ、集落の人達が助かったんだし、よしとしよう」

「そうだな」

レントは不機嫌そうだ。

やっぱりこう言う対応をされると頭に来るのだろう。

あたしだって頭に来る。

あたしも、アガーテ姉さんと一緒に、クーケン島よりちいさな集落を助けに回ったりしたけれども。

恩知らずな対応は散々されているし。

レントの気持ちは、よーくわかる。

「それでどうします。 今日はもう昼を回ってしまっていますけれど」

「次の集落までの道は確保しておこう」

「はい」

パティに、それだけ応えると。

セリさんに声を掛けて、街道とは名ばかりの獣道を行く。

更に奧に、もっとちいさな集落があるが。

この様子では、何人生きているのやらという状況だ。

それでも行く。

もっと酷い集落は何度も見てきたし。

これくらいは、別にどうとも思わない。

案の定、街道など機能していない。

そもそも、王都に直通する太めの街道ですら守りきれず、魔物が出て隊商を襲うくらいなのである。

脇に逸れて、ちいさな集落に向かう街道で。

しかも整備なんてされていないのだ。

そんな場所がどうなっているか何て、足を運ぶまでもなく明らかだ。

途中、数度交戦する。出てくる魔物は、完全に此方を舐めきっていて。逆にそれが故に、対応が楽だった。

襲いかかってきた所を熱槍で焼き尽くす。

何かがおかしい。

そう思ってか、逃げようとしたラプトルの首を、レントが一息に刎ね飛ばす。

姿を見せた魔物は全部駆除する。

人間を侮り、成功体験を積んだ個体は、今後人間を際限なく襲って殺す。殺処分以外にはあり得ないのだ。

殺した死体は、もう流石に処理しきれないか。

吊しておく。

そうすることで、この辺りで危険な何かがいると示しておく。

余程頭が悪い魔物で無い限り、それで警戒する。

そうして、日が傾き始めた頃。

ちいさな集落に到着していた。

うっと呻いて、パティが口を押さえる。

この集落は、ちいさな井戸を生命線に、ろくに機能もしていない石壁で身を守っている状態だ。

風呂どころじゃない。

川に近付けばそれだけで死ぬ。

これは、まずいな。そう判断して、あたしはすぐに行動開始。

とにかく、動けそうな人間を探す。ダメだ。殆どが衰弱しきって、骨と皮だけになっている。

こういう人間を出さないようにするのが統治者の仕事だろうが。

あたしは、怒りがふつふつとこみ上げてくるのを感じた。

当然糞便も辺りに散らかっている状態。

とにかく、ここにこの人達はおいておけない。

パティが青ざめている。

辺りに散らばっているねずみや虫の死体。

この人達が何を食べて食いつないでいたかは、言う間でもなく明らかだ。

更に酷い状態になったら、人間同士で食い合い始めていただろう。

外には食べられるものがなんぼでもあるのに。

外の魔物に対抗する手段が無いから、こうしていた。

そして外の魔物達だって、人間の抵抗力がまったくなくなるのを待っていて。それから、襲撃するつもりだったのだろう。

これが現実だ。

此処は王都から歩いて行ける距離にある集落なのである。

「パティ、ここを名目上領地にしている貴族は誰」

「確か、ヒルデスラント伯爵だったはずです」

「その伯爵の顔面をグシャグシャにしてやりたいんだけれども」

「せ、戦争になります。 とにかく、落ち着いてください」

ため息をつく。

そして、すぐにこの集落から、人々を運び出す準備を開始する。

今日は徹夜になる可能性が高いが、やむを得ない。

タオがいてくれれば、快足を生かして王都にクラウディアを呼びに行って貰う所だったのだが。

残念ながら、今日は二人は外している。

まずは、粥を作り、人々に飲ませる。まずは粥からだ。みんな胃がカラになって久しい状態だ。

栄養失調の人に固形物を食わせると死ぬ。

これはあたしも、此処までではないにしても、酷い集落を見ているから知っている。対応も出来る。なお対応の仕方を教えてくれたのはアガーテ姉さんだ。こういう知識継承は有用である。

その間に、クリフォードさんに、王都にいって貰う。

クリフォードさんなら何とかできる筈だ。

問題は、ここがアーベルハイム領ではないということである。

しかも、パティの話では、ヒルデスラントだかいう伯爵は、ヴォルカーさんとはあまり仲も良くないらしい。

だとすると、クラウディアにでも動いてもらうしかない。

セリさんが植物を操作して、汚物を処理していく。汚物も完全に乾燥していて、此処の人達が如何に何も食べていないのか一目で分かる程だ。

レントは力仕事を担当。

パティは見張りをして貰った。

これはアーベルハイムの人間が主体的に手助けをすると、あとでどんな面倒な事になるか、しれた事では無いからだ。

栄養剤も飲ませる。

少しずつ痩せこけた人達が、口を利けるようになっていくが。

数日は動かしてはいけないだろう。

全力でクリフォードさんが王都に向かったはずで。夜には早ければクラウディアが傭兵を連れて来てくれる筈。

「魔物です!」

「……」

あたしが立ち上がるのを見て、魔物の襲来を告げたはずなのにパティはびくりとした。

それはそうだろう。

あたしは今、ぶっちゃけ頭に来ている。

殺す。

石壁を出ると、此処をエサ場にしようと目論んでいた魔物が、ギャアギャアと騒いでいるのが分かる。

狡猾なラプトルかと思ったら、見た事がない魔物だ。

カラフルな派手な羽根を頭につけていて、全身がすらっと長い。鳥のようでラプトルのようで、そのどれとも違っている。

大きさはそれほどでもないが、少なくとも群れを作る事。

これだけ派手と言う事は、毒でも持っているか。

或いは戦闘力があるか。

どちらかだろう。

「レント、見た事がある?」

「いや、ないな。 この辺りの固有種かもしれん」

「そう。 パティ。 気を付けて。 セリさん、石壁を植物で補強して。 あたし達三人だけで、此奴ら始末する」

「そう。 守りだけしかしないわよ」

それでいい。

威嚇して吠え猛っていた魔物共。

エサ場を荒らすな。

そう吠えているようで、頭に来るので。熱槍を出現して、容赦なく叩き込んでやる。数体が瞬く間に火だるまになるが、他は怖れず突っ込んでくる。

あたしは。裂帛の気合とともに、先頭の一匹を蹴り砕く。

頭が千切れ飛んで、吹っ飛ぶ魔物を見て。

他のは、始めて何を相手にしているか理解したようだが。既に遅い。

レントとパティが斬り込んで、縦横無尽に切り始める。大した相手ではないが、だがだとするとこの派手な姿はなんだ。

悲痛な声を上げはじめる蹂躙される魔物共。

そうすると、奧からワラワラと似たようなのが出てくる。

なるほど、とんでもなく数が多い種族なのか。

だが、一匹ずつはどうということもない。

あたしは、詠唱を開始。

前衛はレントとパティに任せる。

レントは安心して見ていられる。水車のように大剣を振り回して、次々魔物をなで切りにしていく。

パティは立ち回りを必死に工夫しているのが一目で分かる。

立ち位置を工夫しつつ、流れるように次々襲ってくる魔物にカウンターを入れている。ゴルドテリオンの刃は鋼鉄とは次元違いだ。この程度の相手に刃こぼれもしないし、切れ味だって段違い。

次々に敵がスライスされていく。

石壁に飛びついていく魔物もいるが。

セリさんが展開した植物の壁は容赦なくそれらを捕らえ、握りつぶしてしまう。

鮮血が彼方此方で飛び散り。それでも魔物の群れは次々に来る。

詠唱完了。

上空が、明るくなる。

この辺りの森は充分に湿気っている。

川が側にあると言う事もある。すぐに火事になるようなことはないし。

更に言えば、あたしの熱槍は。

熱くするだけでは無く、即座に冷やす。

冷やすの要素を入れる分、火力は落ちる事になるが、それでも上空に輝く熱槍はおよそ一万。

それを見て、足を止めた魔物達が、逃げようとし始めるが。

大軍がごった返しているのだ。奧から押し出そうとしてくる連中が、逃げ腰になった連中を押す。

それは、魔物の群れの密度を、却って厚くするばかりだった。

あたしは容赦なく、そこに奥義、グランシャリオの全火力を叩き込む。

文字通り、森が燃え上がったような有様になった。

 

奥の方に、二回り大きい魔物の死体が転がっていた。

群れのボスだったのだろう。

とにかく数を生かして獲物を追い詰める生態だったのだろうと思う。あたしは、死体を蹴り潰すと。

皆の所に戻った。

クラウディアが来ている。それだけではなく、それなりの数の戦士を連れていた。

「ライザ、流石だね。 この数をものともしていない」

「レントとパティが前衛になって、セリさんが守りを固めてくれたからね。 クリフォードさんは流石に早い」

「まあな。 途中で魔物に襲われたが、大した相手でなくて助かったぜ」

「王都南での戦闘については話に聞いていたが、これほどとは……」

連れてきた戦士の一人は騎士らしい。

今年の騎士試験に受かったばかりの新人らしかった。

一応、相応の腕はありそうだが。

集落の様子を見て、その場で吐いてしまう。

他の戦士も青ざめている。

これは、みんな王都出身者か。

辺境から来ている人間は、大なり小なりこういう光景は見ているはずだが。

「それでクラウディア、なんとか伯爵の方は大丈夫そう?」

「バレンツでこの集落を買い上げるといったら、即座に許可を出したわ。 パティがここに来ている話をしたら、絶対に許可は出さなかったでしょうけど」

「やっぱり蹴り殺したい」

「我慢してライザ。 撃ち殺してやりたいのは私も同じよ。 ヒルデスラント伯爵の所に直談判にいったけれども、ずっと何かを食べている脂ぎった太った人で、私のお胸だけずっと見ていたわ」

やっぱり殺すべきでは無いのか。

ただ、そいつに諌言して行動させたのは、例のメイドの一族らしく。しかも珍しい男性だったそうだ。

いずれにしても、そいつはともかく、伯爵家は許可を出したと言う事で、後は好きに動く事が出来る。

もう夜中だから、動くのは明日の朝。

久々の野宿だ。

セリさんと協力して清掃。

汚物を全部処理しておく。

死んでしまっている人もいる。しかも、死んでから相当日が経過しているだろうに、葬られている様子すらない。

そういう人は、荼毘に付して、そして埋めておく。

この集落は放棄だ。

以前、湖畔にあった集落が、かなり家も余っていたし。今バレンツで掌握している筈である。

だったら、其方に人を移すしかないだろう。幸い、それほど距離が離れている訳でもないのだ。

朝と同時に、やっと落ち着いたらしい戦士達を叱咤して、全員を護衛しながら集落を離れる。

此処は後でバレンツで見張り所か何かとして改装して使うらしい。

魔物が多数、此方を見ている。

掛かって来たら、全部ブチ殺す。

あたしは今、相当に頭に来ている。

その凄まじい殺気を感じてか。多数の死にかけている人を運んでいるにもかかわらず。魔物は仕掛けてはこなかった。

 

1、そもそも誰も何も知らず

 

アトリエに戻って、それでやっと一息つく。

途中からタオとボオスも来てくれて、手伝いをしてくれた。バレンツが派遣してくれた医師も協力して、栄養失調になっていた集落の人々を救助。それでも物資がたりなくなったので、あたしはアトリエを往復し。

お薬を補給して、すぐにまたとんぼ返り。

そうこうしているうちに次の日も夕方になり。やっと殆どの人が落ち着いた状態で、後を任せることが出来るようになった。

湖畔の村の人達は、連れてこられた衰弱しきった人達を見て、かなり嫌そうな顔をしたが。

クラウディアがひとにらみするだけで黙り込んだし。

顔役をしている戦士が、お前達もここに来たときはこうだっただろうがと声を張り上げて。それで以降は何も言わなくなった。

人間の生存圏は、後退するばかりなのだ。

これを見ていても、やはりそうだとしかいえない。

悲しい事実だ。

たくさんの人を救えなかった。

死んでいた中には子供も多かった。

もう体が治りそうにない程にダメージを受けている人も少なくない。

これが現実だ。

あたしは横になったまま、なんどもため息をつく。

爆発しそうな怒りが収まると。

後は、徒労だけが襲ってくるのだった。

クラウディアが来る。

ミーティングか。

フィーが懐から出ると、周囲を飛び回る。愛嬌でも撒いてくれているのかな。だとしたら、フィーなりに気を遣ってくれていると言う事だ。

有り難い話である。

「戻ったわ」

「よし、みんな。 ミーティングするよ」

「分かった。 それにしても、本当に腐りきっていやがるなこの王都はよ……」

ボオスがぼやく。

ボオスはどんな汚い作業でも、平気でやっていた。

汚物の処理とか、汚れきった人達を洗う介護とか。栄養剤を口からダラダラ零してしまう人に、根気よく飲ませるとか。

昔だったら、これは出来なかっただろう。

確実にボオスは、上に立つ人物に相応しくなろうと心がけて、それを実践していると言う事である。

クーケン島にいた頃の、お山の大将ではない。

もう殆どの貴族よりも、口が悪いだけで何もかも立派だ。

「調べてきたけれども、あの集落は数年前に支えになっていた戦士が死んで、それっきり放置されていたみたいなの。 特に特産品がある訳でもないし、名目上の領土さえあればヒルデスラント伯爵はどうでもよかったみたいでね」

「許せない……」

「ライザ、落ち着いて。 他にも「深森」のヒントがあるかも知れない集落が幾つもあるのよ」

「分かってる。 下手に動くと、それどころじゃなくなるもんね」

クラウディアは大人だ。

しっかりこういうのを対応出来るようになってきている。

だけれども、あたしは決めた。

なんとか伯爵の顔面は、何かしらの手段で蹴り砕いて、ブチ殺す。今ではない。ただそれだけの話だ。

いずれ、生きていた事を後悔させてやる。

「他の集落はどうなってる?」

「あの集落ほど酷い場所はないみたいで、どうにか魔物から身を守ることだけは出来ているみたい」

「それは素晴らしいニュースだな」

皮肉混じりのボオスの言葉。

パティは、疲れきっている様子で。何も口にできずにいる。

あまりにも過酷すぎる現実。

それが、決して心が強い方では無いパティを痛めつけているのは、明らかすぎるほどだった。

先に戻るかと、気を利かせるが。

首を横に振る。

此処で話を聞かないといけない。そう、自分を更に追い詰めているのは明らかだった。

「少し認識が甘かったね。 クラウディア、却って二度手間をかけた。 ごめん」

「いいんだよ。 ライザはむしろ、集落を一つ救って、助けられる人をみんな助けたんだから」

「……ちょっと僕も次からは行くよ。 他の集落は大丈夫だと聞くけれど、これは何があるか分からないからね」

「頼むタオ」

頷くタオ。

レントが、ぼそりと言った。

「それで、遺跡の手がかりとやらはどうする。 聴取なんか出来るのか」

「ライザの薬はとても良くきいていて、バレンツから派遣した医師が驚くほどの回復だと連絡をくれているわ。 体調が戻り次第、バレンツの人間の方で聴取はしておくね」

「そうか。 いずれにしても、想像以上に厄介かも知れないな。 魔物の数も、凄まじかった」

「……」

クリフォードさんが咳払い。

皆の視線を集めると、歴戦のトレジャーハンターらしくいう。

「こう言うときは、一度足を止めるもんだぜ。 俺もトレジャーハンターに命を賭けてはいるが、だからこそそれが道楽だって事も分かってる。 此処は、まずは人の命を優先する所だろう」

「……そうですね」

勿論、今の遺跡調査も、長期的に見れば人の命を考えての事だ。

だが、この行動で多数の命を取りこぼしたら、それこそ何の意味もないのである。

良く多数のために少数を斬り捨てるとかほざく輩がいるが。

その手の輩は。自分と身内のためにどうでもいい人間を斬り捨てているのが実情であって。

美辞麗句だの覚悟だのを口にしながら。

身内しか守っていないのが現実だ。

あたしは、そんなカスと一緒になるつもりはない。

「よし、タオ。 次に行くべき集落は」

「この集落がいいと思う。 明日は僕も行くから、案内をするよ」

「分かった。 では今日は解散。 とにかく、丸二日外にいたメンバーもいるし、みんなゆっくり休んで疲れを取って」

ミーティングを終える。

あたしはパティをアーベルハイムに送る。

此処でタオが送ると、色々面倒だからだ。

パティはすっかりしおれていた。

「ライザさん。 私、貴族であることに怒りすら感じます。 あの集落の惨状を見て、最初に体に来たのが吐き気だったのも許せません。 まずどうして怒ることが出来なかったのか。 自分の惰弱さに、怒りでふるえすら感じます」

「パティ。 その怒りを忘れないで。 絶対に、同じ事をする貴族にならないって今覚悟を決めて」

「……はいっ」

「それでいい。 それでこそ本来の意味での貴族だ。 王都に巣くってるカエルの群れを、いずれ掃除するときに、その怒りを叩き付けて」

顔を上げるパティ。

まだ本調子ではないようだが。

それでも、これでまた一皮剥けるはずだ。

パティを家に届ける。アーベルハイム卿は出かけているらしく、メイド長が出たので。パティを預ける。

後は、あのメイド長がどうにでもしてくれるだろう。

あたしは風呂に行くと、まずは汗を流す。

まあ、野営は慣れっこだ。

今更これくらい、どうとも思わない。

疲れを取ってから、カフェに出向いて。いつもの倍くらい注文して、がつがつと食べる。どうやら噂になっているらしく、声が聞こえる。

「東の街道の方で、昨日空が燃えたらしいぞ」

「南の方であった、あの極大魔術と同じ使い手によるものらしい。 魔物の群れをまとめて消し飛ばしたとか……」

「とんでもねえな……年単位で片付ける事を検討する魔物の群れだっただろうに」

「森が燃えなかったのは良かったな。 これで多少は街道も安心して通れるだろ」

勝手なものだな。

自分達が魔物をしっかり駆除できていなかったと、反省している声は聞こえない。

食事が来た。栄養を多めに指定したものばかりだ。

しばし無心で食べる。

体はまだ若いから、こう言うときは貪欲に栄養を求めてくる。向かいにクラウディアが座ったので、ちょっと手は止まったが。

「ライザ、疲れている所ごめんなさい」

「ん」

クラウディアが音魔術で結界を展開。これで外に会話は漏れない。

更に、側に二人、戦士の護衛がついている。

「機械の修理の目処がついたわ。 明日の夕方、頼めるかな」

「分かった。 今のうちに、やれることはやっておこう」

「ありがとう。 遺跡で封じているものが、オーリムへの門でないことを今は祈ることしかできないね」

「本当だよ。 でも、その可能性は上がるばかりだ」

今までの残留思念を見る限り。

それと戦闘をずっとしていたことが分かっている。

強大な魔物だとしても、アーミーがいた時代の人間を脅かすほどではないだろう。

事実五百年前の戦いでは、精霊王が古代クリント王国に従えられて、フィルフサと戦ったのだ。

精霊王ですら、アーミーを組織する人間には勝てなかった。

それ以上の魔物がいたとは考えにくい。

魔物が人間に優位を取ったのは、古代クリント王国滅亡後。

人間の力が衰退してからだ。

それはただの事実であって。

なんら疑う余地のない歴史的真実。

だとすると、やはり消去法で。

古代クリント王国が滅ぼした、この辺りにあった国が封じていたのは。魔物よりも遙かに危険な存在。

要するに、フィルフサ以外には考えられないのである。

タオも恐らくはそうだろうと、この間言っていた。

あたしもそう思う。

半年に一度くらいグリムドルに足を運んで、それでグリムドルに近付くフィルフサを撃退して回っているが。

雨による弱体化が入って、なおもまだ油断出来ない相手だ。

今のうちに、覚悟は決めなければならない。

「次の機械は何?」

「保存食を自動生成する機械で、少し規模が大きいの。 ライザでも、一日がかりになるかも知れない」

「なるほどね。 分かった。 じゃあ、明後日の探索は入れない方向で行こう」

「ごめん。 ただ、ライザが動きやすくなるように、次の機械を直せばなるはずだから」

クラウディアがそう申し訳なさそうにすると、あたしもちょっと苦しいか。

クラウディアも注文して、夕食を一緒に食べる。カフェのマスターも、クラウディアが見た目よりずっと食べるので、驚いていた。

夕食を終えると、後はアトリエに。

フィーが不安そうに、あたしを見上げてくる。

「フィー……」

「大丈夫。 あたしが怒るのは、理不尽と、弱者を踏みにじって平気な顔をしている奴だけだよ。 ごめんねフィー。 怖かったでしょ」

「フィー、フィーフィー!」

多分、平気だよと言う意味か。

だとすると嬉しい。

とにかく、あたしも今日は余裕が無い。

残りの魔力を絞り出しておいて。

それをフィーに食べさせると、後は寝ることにした。

疲れが溜まっていて、すとんと落ちてしまう。

それくらい、疲れが酷かった。

助けられなかった人だって多い。

もっと早くに、あの集落の事を知っていれば。

そう思うと。あたしは、やっぱりハラワタが煮えくりかえるかと思うのだった。

 

翌日。

皆、疲れが多少残っているが、それでもどうにかなると判断。

あたしは、明後日は探索をしないこと。

今日中に、出来る事は可能な限りやることを告げて。

すぐにアトリエを出た。

パティは大丈夫そうだ。まだ体も若い。昨日ぐっすり寝て、それで体力を取り戻したのだろう。

街道を走る。

パティが、途中で告げてくる。

「ライザさん、今日回る予定の集落の一つは、例のヒルデスラント伯爵の名目上の領地です。 昨日一昨日の件もあって、或いは誰かしら息が掛かった人間が来ているかも知れません」

「そう。 どうでもいいかな」

「邪魔をして来るかも知れません。 その時は、私に任せてください」

「……分かった」

まあ、あたしも邪魔をされたら首を蹴り折るくらいには頭に来ている。此処は、パティに任せるべきだ。

パティはアーベルハイムの令嬢であり、代理とも言える。

相手が貴族の威を借りる狐だとしたら。

そのままパティは若き虎だ。

街道を逸れる。

相変わらず酷い道だ。集落へとりあえず到着。とりあえず、なんとか生活は出来ているようで安心した。

手分けして、情報を集める。

クリフォードさんとタオが、連携して情報を集めていく。あたしはレントとセリさんをつれて、集落の外に。

そして、魔物をまとめて片付ける。

一昨日の巨大な魔力については、近場の魔物も感じ取ったのだろう。

あたしの姿を見て、明らかに逃げ腰になる奴がいる。

クーケン島近場の森でも、似たような行動を魔物が取るようになっている。

無駄な戦闘を避けられるならそれに越したことは無いが。

今は、魔物が増えすぎている。

可哀想かも知れないが。

見つけ次第、殺処分だ。

勿論抵抗はしてくるが、容赦なく仕留めていく。途中から、パティも戦闘に加わって、片っ端から敵を始末する。

クラウディアは、今日も王都で政治的なアレコレを頑張ってくれているはず。

いざ、遺跡の場所を特定出来たら。

その時には、来て貰ってしばらくは時間も採れないという事もある。

今のうちに、処理出来るものは、全て処理して貰わないと困る。

倒した魔物は、全て解体。

そして、肉や皮などの大半は、集落に寄付した。

凄まじい戦果に、どこか胡散臭そうに此方を見ていた集落の人間は戦慄したようで、それで一気に口が軽くなる。

「どう、タオ、クリフォードさん」

「ある程度分かった。 次の集落に行こう」

「此方もだ。 かなり興味深い話が分かったんでな。 他で裏付けを取りたい」

「よし……」

すぐに移動開始。

タオとクリフォードさんは、方向性は違うが二人ともスペシャリストだ。期待していいだろう。

そのまま移動して、次の集落に。

途中に出る魔物は、大した奴はいない。

人間を舐め腐っているようなのは、その場で殺す。

あたしの魔力を感じて、それで逃げ腰になるようなのも殺す。とにかく、魔物は徹底的に間引く。

今は魔物が増えすぎている。

生物学的な意味でも、バランスを崩すほどに。

だから駆除はやむを得ない事だ。

本来だったら、こんな殺戮はやるべき事ではないのだろうが。

今はそれどころではないのだから。

無言で魔物を蹴散らし、血を浴びながら次の集落に。相応の数の魔物の死体を荷車に積んできていたので。

即座に集落に引き渡し。

聞き込みは、タオとクリフォードさんに任せる。

此処は川が近くに流れているが、周囲の植生はどうにも豊かとは言えないようだ。セリさんが目を細めて、周囲を見ている。

「セリさん、これはちょっとおかしいですね。 どういうことでしょうか」

「これは恐らく毒物が原因よ」

「毒物」

「人間の生活排水、ではないわね。 多分上流に、何か毒を流すものが存在していると見て良いわ」

なるほどね。

それはちょっと、色々な意味で良くないかも知れない。

ともかく、魔物の駆除からやる。

川からサメが上がってくる。本当にどこにでもいるな。かなり大きなサメだが、これくらいならどうにでもなる。

次々に上がってくるが、全部始末するだけだ。パティも、もう大きな相手に臆さなくなっている。

というよりも。

昨日の一件で、更に一皮剥けた。

まだ技術は未熟だが、敵に突貫して、容赦なく刃を振るえるようになっている。それを見て、レントも何も言わない。

技術的な未熟さは、本人も分かっている。

改善するにはどうすればいいのかも、理解出来ている筈だ。

後は戦闘経験。

実際に試す。

この二つ。

パティはそれを、誰よりも真面目にやっている。だったらレントが何か言う事は、一つもないという訳だ。

あたしもそれには同意である。

最後のサメを、熱槍を叩き込んで仕留める。捌いて、肉を集落に持ち込む。一応腹の中身は確認するが、人間やその残骸が入っているようなことはなかった。

「ライザさん、此処が……」

「分かってる」

どうも役人らしいのがこっちを見ている。

だけれども、苦もなく多数のサメを仕留めて、集落に運び込んだのをみて縮み上がってしまったらしい。

後から散々嫌みでも言ってやろうと思っていたのだろう。だが、所詮は王都育ち。恐らくは王都からロクに出た事もなかったのだろう。

役人に、パティが歩み寄る。

そして、最敬礼をすると。青ざめながら、相手も応じていた。

貴族の間だけで伝わるような、回りくどい会話をしているのが聞こえる。視線が一瞬だけパティと交わる。こっちは任せて欲しい。そういう意図を感じた。

あたしは、住民に肉やら皮やらを分けてしまう。

途中で、タオとクリフォードさんと合流。

毒の話をすると、頷かれた。

「セリさんは流石だね。 実は、この辺りには古くから川に呪いが掛かっているという逸話があるらしくてね」

「毒というのなら確かにそれもありそうだな。 魔物は適応してしまっていて対応できているのだろうが、人間はそこまで対応できる程簡単に体がかわらねえからな」

「よし、次の集落へいこう」

「まったく、元気だねえ。 俺ももう少しその若さが欲しいぜ」

クリフォードさんが言うが。

この人だって、充分に若い。

ともかく、次だ。

懸念していた横やりは入らなかった。

貴族共はこっちを蛮人とか思うかも知れない。だが、勝手に思っていろというのがあたしの本音。

井戸の中で偉そうにするのが文明人の仕草か。

くだらない自尊心のために、餓えている人達を見殺しにするのが指導者のやることか。

その程度の事も出来ない人間が。

貴族を気取るなんて、はっきりいって殺意しか湧かないのである。

次の集落に到着。

すぐに聞き込みを始める。

あたしは手をかざして、森の方を見る。

密林だ。

だが、どうにもおかしい。

奧に強い魔力を感じるとか、そういうのが全く無いのである。不自然過ぎるほどの場所だ。

こんな巨大な森で。

全く魔力とか感じないとか、そんなのがあるか。

逆に怪しい。

ともかく、魔物を蹴散らす。

この辺りのは、街道に出るのと殆ど差が無いから、苦労する事はない。勿論油断すれば死ぬこともあるだろうが。

そんなことはしない。

手当たり次第に魔物を駆除していると、やがて日が傾き始めた。

だが、タオもクリフォードさんも聴取を進めてくれているはずだ。

大きめのラプトルを仕留める。

黒焦げになった部分を踏み砕いて、食べられる所を血抜きした後切り分ける。皮も結構良さそうだが。

もっといいのを既に所有しているから、今の時点ではいらない。

パティも必要ないといったので、集落の人達に供与する。金に換えれば、少しは生活も楽になるはずだ。

「タオ、クリフォードさん、どう?」

「うん、一日資料整理の時間が欲しい」

「こっちもだ。 多分それである程度目星はつくと思う」

よし。

それなら充分過ぎる。

この辺りの魔物も、相当に間引くことが出来た。

後は、体勢を立て直せば、この辺りの集落の安全は、飛躍的に向上するはずである。

少しでも、人間の衰退を遅らせる。

魔物の数を間引く。

その両方を、同時にできた筈だ。

勿論、あたし達のような活躍を、誰もが出来る訳でもないことは分かっている。

だからこそ、こうしてやっておく。

後は、現地にいる人達の努力次第。

そういう状況にしておくのだ。

アトリエに戻る。クラウディアが来ていたので、すぐにミーティングに。おおざっぱな話を、タオがしてくれた。

「通称迷いの森。 あの辺りの密林の、現地民の呼び方だよ」

「普通の密林に見えたが、確かになんだか妙だったな」

「ああ。 ある程度からは絶対に奥に行くなと言うのは、現地住民の鉄則だそうだ。 魔物がいるというのもあるんだが、それ以上に分からないうちにいなくなるらしい。 どれだけの人数でいってもな」

以前、二十人くらいの戦士が、行方不明者を捜して赴いたらしいのだが。

一人も生きて帰ってこなかったそうである。

それもあって、あの密林に現地住民は絶対に近付かない。

「上流から流れているらしい毒も影響しているのかな」

「それについてはまだ何ともいえないけれど、毒の成分については分析をしてみるよ」

「お、出来るんだ」

「一応図書館に資料があるからね」

なるほど、これは心強い。

後は任せてしまって大丈夫だろう。

あたしは、ミーティングを解散。

そして、クラウディアと、それとパティと一緒に工場に出向く。

パティにも声が掛かったのだ。

アーベルハイムが、王都での機械復旧作業に関わっている。それを足がかりに、クラウディアが話を進めているらしく。そのためには、パティが責任者として顔を出す方がいいらしい。

前の機械修理の時もパティが顔を出していたが。

今回も、顔を出した方が良いくらい、面倒な案件と言う事なのだろう。

ともかく、王都のくだらない政治的なパワーゲームなんてどうでもいい。

多くの人の生活が機械の復旧で向上すればあたしには成功だ。

そして、クラウディアはあたしの意図を汲んでくれている。

パティも。

だから、あたしは機械を直す。

ただ、それだけだ。

 

2、機械は何も語らず

 

確かに、かなり巨大な機械だ。

工業区の一角。

既に廃墟になって久しいらしい工場に入って。あたしはそこで、ずっと動き続けていたらしい機械を見た。

しばし観察して、構造を確認する。

ベルト状の部品があって、其処で中途の段階のものを運ぶ。

加工する場所。

分別する場所。

様々な機能がついている。

だが、どれも酷く痛んでいるのが明白だった。

偉そうな鯰髭の男が出て来ている。ふんぞり返っている其奴の事を、パティが耳打ちしてくる。

「リヒトラグス公爵です。 三人、メイドとして例の一族がついていて、そのおかげで家が回っている人物です」

「ふうん……」

「まったくこんな夕方にこんな場所に呼び出しおって! 今日のディナーは楽しみだったのだぞ!」

「この機械の修復に関しての書類に押印されたのは公爵閣下です。 上に立つ人間の責任を果たしてください」

無表情で。

ちょっとパティの所にいる人より背が高い、だけど顔が同じなメイドの人がそう淡々と告げる。

かなり年配のようだが、老いはそれほど顔に出ていない。

少なくとも、親同然の相手。それも絶対に逆らえないタイプの親同然の相手なのだろう。ぐっと公爵だかがだまる。

クラウディアが来ると、不満そうな視線を公爵が向けるが。

その間にあたしは公爵を観察し終えていた。

身体能力、ゴミ以下。

魔力もカス。

頭の回転も遅い。

貴族が優秀だのと言う都市伝説は、誰が作りあげたのか。本当に、これを見ていると失笑が湧いてくる。

クラウディアは、丁寧に胸に手を当てて礼。

相手も不満げに返していた。

「リヒトラグス公爵、よくおいでくださいましたね」

「ああ、責任者であるからな」

それを忘れていた癖に。

ともかく、クラウディアがこれから機械を分解して修理することを説明。何かメイドに耳打ちする公爵だが。

しっかり聞こえている。

多分クラウディアが、音魔術で届けてくれたな。

クラウディアもこの阿呆の相手に、相当腹が据えかねていたのがよく分かる。

「あれが例の蛮人だろう。 魔物の群れを鏖殺したとか言う。 幾つかの機械を直したとか聞くが、信用して良いのか」

「現場で確認しましたが、完全に破損していた機械が修復されています。 どうやっているのかはよく分かりませんが、事実として受け止めるしかないでしょうね」

「学術院が何百年かけてもどうにもできなかったのにか」

「学術院の教授達は、殆どは過去の資料をまとめることが仕事か、もしくは貴族の名誉職となっていました。 ただそれだけの話です」

メイドさんの言葉に苦虫を噛み潰す公爵。

なんだ。

自分らが無力であることを、しっかり自覚できているでは無いか。

ささやかなプライドを金で支えていると。

思うに、古代クリント王国が邪悪な錬金術師に乗っ取られたのも、こういうのが国政を回していたからなのだろう。

「ではライザ。 修復を開始してくれる?」

「んー、これはかなり掛かると思う。 二日丸々掛かると思うけれど、大丈夫クラウディア」

「二日……」

「部品数が多い、劣化が酷い、部品が大きい。 まあ一つずつ直すけど、やっぱり手間は掛かるよ」

あたしとしては、クラウディアと親しいことを隠す必要もない。

クラウディアの方でも、その方がむしろやりやすいだろう。

しばし考えてから、クラウディアは頷いていた。公爵にも見えるように。

「最悪で三日という話はしていたので、何とかしてくれるならかまわないよ」

「ふむ、分かった。 じゃ、早速取りかかるわ」

あたしが取りだすはレンチ。

こういうのは、既に幾つも準備して、釜で調合済だ。

ネジなどは構造を確認したし。

機械を直すときに、付帯部品の構造は覚えた。

大きめのネジをとめるときに使うレンチや、ネジを締め込むときに使うドライバーは、既に揃えてある。

すぐに分解を始める。

そして、荷車で、アトリエとピストン輸送を開始。

パティに手伝って貰うが。パティは装備品もある。力が見た目よりずっとある。

大きめの金属の塊を、あたしとパティがそれほど苦労せず持ち運んでいるのを見て、公爵は度肝を抜かれているようだった。

「あ、あれはアーベルハイムの令嬢だろう。 若くして武名名高いとは聞いていたが、あれほどの筋力があったのか」

「将来王都最強の武人になることでしょう」

「し、信じられん……」

パティが聞こえてきている会話にげんなりする。側で墨付きを出しているのが、リヒトラグス公爵を実質上コントロールしているメイドの一族の人間だというのも余計に色々と思うところがあるのだろう。

それにパティは自分の強さに自信がない。あたしには分かる。自分だけの力ではなくて、あたしが渡した錬金術の装備幾つかがこのパワーの根元だと知っているからだ。もう少し戦歴をつけないと、多分力を引き出すことは厳しいだろうとあたしは思う。

「大丈夫、手指とか傷つけてない?」

「大丈夫です。 どれくらい防御が向上しているかも分かってきたので……」

「よし。 念の為に口に出して言うけれど、とにかく切れ味が鋭いから気を付けてね。 自動回復にも限界があるから、とにかく「擦らない」ように。 機械そのものが不衛生だから、何が起きるか分からないよ」

金属の恐ろしさは、「滑った」時に発揮される。その時、金属は容赦なく柔らかい体をざっくり切る。

それが刃物でなくてもだ。

パティも手袋を確認しながら、慎重にパーツを扱っている。大きなパーツは、クラウディアが持ち込んだ大きめの荷車に乗せて運び、アトリエ前で解体する。人払いは、クラウディアが雇った戦士達がやってくれた。

途中で、パティがクラウディアに何か言いに行き。すぐに戻ってくる。

何度も往復しているうちに、完全に周囲は暗くなった。

機械の三分の一は分解できたか。

此処からは一旦修復を開始だ。

頭の中に設計図はある。

錬金釜に部品を放り込んで、どんどん修復する。酷く汚れているものも多い。そういう汚れも、全て溶かしてしまう。

ジェムがドカドカ出てくる。

あたしの魔力もどんどん吸われる。

フィーに、ジェムの一部をあげる。フィーは喜んで飛び回っていたが。だが、あたしの方を心配そうにも見ていた。

「よし、これは修復完了。 そこにおいて……」

「ライザさん」

「どうしたの、パティ」

「今日はここに泊まらせていただきます。 お父様には、クラウディアさん経由で既に連絡しておきました」

そっか。

パティも自分の未熟は理解している。

どんどん先に行こうと頑張っている。

野営だけじゃない。

あたしと直接一緒に生活する事で、もっと経験を積みたいのだろう。

「大衆浴場は流石にハードル高いだろうから、お風呂だけは自宅でこなしてきて」

「えっと、分かりました」

「うん。 じゃ、あたしは調合と修復を続けてるから。 急いで行ってきて」

「急ぎます」

パティがひゅんとアトリエを出ていく。

どんどんフットワークが軽くなってきているな。

そう思って、あたしは良いことだと思った。

パティはとにかく、規約を守ることに関しては非常に出来る。自分に対しても厳しい規約を課して、自分を律している。

まだ若いのに、それが出来るのはとても立派なことだと思う。大概の人間は、欲望に負けてしまうのだから。

パティはタオが好きで。

その欲望はずっとある筈だ。

それに対して、きちんと自己制御が出来ているのは凄い。一番自己制御が出来ない年齢なのに。

だから、パティは大成できるとあたしは思うし。

将来の歪みについても、心配だとも思っている。

パティが戻って来たので、後は無言でひたすら機械の調整を行う。かなり遅い時間まで作業して。

そして、切りが良い所でぴたりととめた。

「よし、此処まで。 パティ、そっちのベッド使って。 あたしは床で寝る」

「えっ、でもそんな」

「今日はそれでいいの。 その内、もし同じ機会があったら、パティも床で寝てちょうだい」

「……分かりました。 それでは、ベッド使わせて貰います」

頷いて、作業を切り上げる。

フィーがベッドにパティが寝たのを見て、困惑していたが。

結局あたしの側に来た。

どれだけパティと仲良しでも、こう言うときはあたしと一緒が良いんだな。

そう思って、ちょっとだけ嬉しかった。

 

翌朝。

ミーティングをするが、今日はあたしとパティは機械に集中。タオとクリフォードさんは回収してきた情報の解析に集中。

つまり、王都の外には出ない。

セリさんが挙手する。

「ちょっと見て来たいところがあって。 誰か手伝ってくれないかしら」

「王都の外か」

「ええ」

レントが、俺が手伝うと言う。

セリさんはしばしレントを見てから、頷いていた。

レントの護衛があれば充分な場所なのだろう。一応、あまり危険な所には行かないようにという話と。レントに、後でどこに行ったか説明をと言う話をしておく。

これがプライベートなら兎も角、皆のミーティングで話す事だ。

しっかりそういうのは、区別しておくべきである。

クラウディアは今日も機械の修復周りで調整を続けてくれるらしい。

更にはボオスも、一緒にその手伝いをするとのこと。

ボオスは将来を見越して、明らかに問題がある客のあしらい方を此処で学ぶつもりなのだろう。

皆、それぞれ経験を積むつもりなのである。

解散とあたしが声を掛けると。

さっと皆散る。

あたしは昨晩修復を終えたパーツを、パティと一緒に荷車に乗せると、工業区へ運んでいく。

そして機械を現地で更に分解し。

どんどんアトリエと往復しながら、修復していく。

ぴかぴかになっていくパーツを見て、昨日同様に来ている公爵どのは驚きをずっと隠せずにいて。

やがて、どうあってもインチキではできっこないと判断したのだろう。

むしろ青ざめ始めていた。

何となく、理由はわかる。

こいつら、あたしのことをまだ半信半疑でいて。機械の修理を出来る事にも、実感が無かったのだ。

それがこんな調子で、機械がポンポン直されていく。

ここ何百年も、壊れるだけ、どんどん性能が落ちていくだけだった機械が、だ。

それが恐怖になって来たのだろう。

まああたしにはどうでも良いことだが。

「パティ、次のはかなり危ないよ。 持つ場所は気を付けて」

「はいライザさん」

「よし、3、2、1」

0と同時に持ち上げる。パティも慣れてきているが、だからこそに敢えて声を掛けながら動く。

荷車で運ぶ最中も、劣化しているパーツがこれ以上壊れないように気を付ける。

いっそ錬金釜を工場に持ち込むのも手なのだが。

手の内は見せたくないし。

何よりも、錬金術をやっている最中は、流石のあたしも無防備だ。パティだけでは守りきれないだろう。

アトリエで、パーツを修復し。

どんどん工場に持ち帰る。

更にパーツをアトリエに持ち込み。どんどん時間が経過していく。

作業が進んだところで、昼食に。

パティはずっと働いているが、基礎体力はあるのだろう。吐くようなこともなく、結構平気な顔をしている。

あたしもクーケン島で色々教えているが。

基礎体力が無い子は、結構簡単にへばる。

こればっかりは、素質云々の問題ではないので。

努力の結果で、良いことだと思う。

「きょ、今日は凄く量が多いですね」

「これからも力仕事を一日やるからね」

「……そ、そのライザさん」

「うん?」

パティが言うには、今日はアーベルハイムの浴室を使って欲しいというのだ。

小首を傾げるあたしに、パティは続ける。

「何百年も、全く直る見込みがなかった機械を直す作業に立ち会わせていただいていますので。 せめて良いお風呂を使って欲しいなと」

「うーん、そうだね。 じゃあ、お言葉に甘えようかな」

「一応、早い内に連絡をしておきます」

「うん、分かった。 勿論、無理と言われるようだったら良いからね」

あたしとしても、アーベルハイム家の事はある程度まともな貴族として信頼しているけれども。

家人がみんなまともかどうかは話が別だ。

だから気を遣ったのだが。

パティの様子だと、あたしにかなり気を遣ってくれているようなので。

まあ、大丈夫だろう。

食事を終えたら、すぐに作業に戻る。

かなりのパーツを修復しているが、まだ残り四割くらいは修復できていない。大きなパーツは構造を把握した上で、熱魔術で裁断したりして持っていく。

その様子を見て、不安そうにしている者もいるが。

あたしが熱魔術のスペシャリストである事は、クラウディアが説明してくれる。

まあ、金属板の精密な溶接くらいは朝飯前だ。

錬金釜を使うまでも無い。

作業を続けていく。

夕方少し前には、機械類の分解は完了。後はアトリエに運び込み、パーツを修復して行けばいい。

空間把握には自信がある。

この規模の機械だったら、壊す恐れはなかった。

 

翌朝のミーティングも、同じように進める。

ただ、一つ違う内容を告げたが。

今日中に機械の修復は終わる。

それを聞いて、タオが頷いていた。

「流石だねライザ。 クーケン島の地下を修復したときから腕は落ちていないみたいだね」

「あの、確かタオさん達の故郷ですよね。 地下に機械があったとか」

「人工島だったんだよ。 色々調べて分かったんだけど。 古代クリント王国時代のね」

「……」

改めてタオがそう言うと。

クリフォードさんが興味深々の様子で身を乗り出し。

パティが黙り込む。

それを、あたしが修復した。

その事を理解したからだ。二人とも。

別にバカでもかまわない。此処では、それぞれのスペシャリストが必要なのだから。

ただ、機械なんて何百年も直る見込みもなかった代物なのだ。

それが、古代クリント王国の超ド級の機械を、システム丸ごとあたしが直した。

その事実を、今。

一緒に働いて、理解して。凄まじさに戦慄しているのだろう。

セリさんは、今日は一日畑仕事らしい。レントはどうしようか悩んでいたが、今日はもうこっちも力仕事は無い。

クラウディアが、声を掛ける。

「レントくん、ちょっと街道の方で魔物が出ているらしくて。 今日はアーベルハイム卿が出る筈だから、同行してくれる?」

「おう、任せておけ」

「じゃ、これで解散だね」

さて、昨日の話はあたしもまとめておかないと。

昨日のセリさんは、近場の森の中で数種類の植物を採取。植物の内容は、どれも生命力が強いもので。

あたしも知っている休作時に使うものだ。

畑はずっと使っていると駄目になってしまう。そこで、作物を植えずに休作と呼ばれる事を行う。

その時も土を剥き出しに放っておくのでは無く。

土地の栄養を戻すための草を植えておくのである。

これが休作用の植物だ。

セリさんは、良く知られているものを採取していたが。ただ、どこの土も強い魔力を帯びていたようである。

それを借りている畑で掛け合わせながら、強化しているようである。

ちょっと何をしているのか理解は出来ないが。

いずれにしても、悪い事を目論んでいるわけではないだろう。

タオとクリフォードさんだが、今はもう王都北東部の密林に遺跡があると判断。

危険な魔物と、何が起きるのかの分析をしているようだ。

多分、今日中に結果が出るだろう。

その間は、あたしはパティと機械を直すだけである。

なお、昨日の夜はパティの家でお風呂を使わせて貰ったが。

大衆浴場ほど広くは無かったものの、とにかく大きくて快適な風呂だった。

こんなものを使っていたら、贅沢で頭が麻痺しそうだなとあたしは思ったけれども。

まあ壊すまでもないだろう。

ただ、なんなら貧しい人にも公開してあげて欲しいなとは思うけれど。

ミーティングが終わったので、パティと連携して、昨日のうちに修復したパーツを全て工場に運び。

そして、残っている未修復パーツを全て修復してしまう。

終わった後は、組み立て開始だ。

工業区にある工場に急ぐ。

ピストン輸送している時には急いでいたので気付かなかったが。

例のなんたら公爵の他にも、何人か貴族が来ているようだ。パティに紹介されたが、聞いた横から忘れてしまった。

クラウディアが、山となっている修復済のパーツの周囲に戦士を配置して、不埒者が触らないように見張ってくれている。

さて、此処からだ。

まずは、パーツを一つずつ取りだし。

基礎部分から、機械を修復して行く。

この機械は保存食を量産するものなのだが。鶏卵や麦粉などの材料を複数投入して、それを途中で加工していくものだ。

その加工の過程が長大で、煮たり焼いたり色々ある。

その過程のパイプなどが汚物同然の状態の加工物で詰まっていたり。

或いは腐食していたりで。パティは気絶しそうな顔をしたりしていたが。

それでもなんとか耐えたのは偉い。

そのまま組み立てを実施していく。

ざわざわ話を貴族達がしているが、多分クラウディアは今度は音魔術で、こっちに届かないようにしてくれている。

恐らくは、集中を続行できるようにするため。

気を遣ってくれている。

流石クラウディアである。あたしの女房役というに相応しい。ルベルトさんが、あたしが男だったらクラウディアを嫁がせたとか言っていたのを思い出す。残念ながらあたしもクラウディアも女で、しかも性的傾向は異性愛なので、世の中は上手く行かないものである。

パティと手分けして修復を続ける。

この機械は大きいだけあって、動力は四つもあった。これも分解して理解したのだが。どの動力も、既に死んでいる。

これを大気中から魔力を吸収する仕組みを更に強化した上で修復。要所に埋め込んでいく。

後は、パティと一緒に組み立てをしていく。

パティはどのパーツがどこに行くかは分からないので、あたしがパーツを率先して持ち出し、順番に運んでいき。

支えて貰い。

どんどんあたしが直していく。

時には溶接もしていく。

ネジなどは出来るだけ作ったが。大きすぎるパーツは切り刻んで運び出したからだ。そういうものは、ここで溶接する。

要所は、所々クリミネアで補強する。

デニスさん辺りに手伝って貰えれば良かったのだが。

流石にそこまで迷惑は掛けられないだろう。

修復を黙々と続けて行く。

山と積まれていたパーツがどんどん機械に吸い込まれるようにして消えていく。

順番だって間違えない。

あたしの空間把握能力は、ある程度自信がある分野だ。

この程度の機械だったら、間違えようがない。

後は、操作用のパネルだ。

タオを呼ぶべきかなと思ったけれど、まあいいだろう。残されていたマニュアルはクラウディアが確保してくれていたので。

最後のパーツをくみ上げながら、片手間に見せてもらう。

後はネジをとめたりの作業だ。

一人でも出来る。

パティは流石に参っているようなので、先に休んで貰う。でも、ちゃんと動くまで残るというので、一応雑務はやってもらった。

既に夜中だ。

貴族の連中は帰らない。

もう雑談も殆ど止めていた。機械が新品同然で直っているのは、彼等程度でも理解出来るように作業をしていたのだから。

後は試運転を、部品ごとにやっていく。

操作パネルをあたしが動かす。

光学魔術を利用した、立体的な情報表示システム。クーケン島の地下にもあった奴である。

これも古代クリント王国時代に作られた機械だったのだろう。

ベルトなどは動く。

パティに気を付けてと促しながら、機械部分が正確に動いているかを丁寧にチェックしていく。

ちょっとかなり遅くなってしまったが、これでオーケーだろう。

最後に材料を投入。

保存食を作って見せると、おおと貴族達が困惑と畏怖の声を上げていた。

「湯を掛けて、脈で180ほど待てば食べられるものです。 栄養価は充分で、保存も十年は出来ます」

「ま、まさか本当に……」

「や、やってみても良いだろうか」

「リヒトラグス公爵、まずは此方で手を洗ってください。 それとこれで消毒をして」

パティが細かく指示をして、公爵がそれに従う。

本当だったら、パティにああだこうだ言われたら不愉快になりそうなものだが。ずっとあたしの修復作業を見ていて、それどころではないくらいに驚いているのだろう。素直に従って、それであたしの指示通りに材料を投入する。

操作パネルの動かし方も教える。

立体的に表示される情報を見て、びっくりしたり、おっかなびっくりで操作していたが。やがて同じように保存食が出てくるのを見て、冷や汗が顔中にどっと出ていた。

「し、しし、信じられん……」

「リヒトラグス公爵閣下。 それでは今日はもう遅いので、明日に細かい契約などについて再確認をいたしましょう」

「う、うむ、そそ、そうだな……」

メイドに連れられて公爵が行くと。

貴族達は、あたしを化け物でも見るようにして見て。そしてそそくさと去って行った。

クラウディアが来る。

「お疲れ様。 これで一段落すると思う。 機械の修理については、私が順番とかまとめておくから、ライザは気にしなくていいからね」

「ありがとクラウディア。 これで王都の人達も、かなり食生活が楽になるかな」

「この機械は保存食を十五種類くらい作れるみたいだから、食事に掛かるお金が随分と減ると思う。 後はしっかり管理すれば、量産体制を整えて、近隣の街にも輸出できると思う」

そうか、それは良かった。

パティが言う。

「今日はお二人とも、うちのお風呂を使って行ってください。 私は凄く勉強させてもらいましたので、それくらいはさせてください」

「じゃ、あたしは使わせて貰うかな」

「そうだね、私もお邪魔させて貰うね」

「そういえばボオスは?」

実は、工場の外で主に動いていて。

なんとか公爵の手下の貴族達に、どう直すのかの説明を、錬金術抜きでやっていたらしい。

元々機械なんて微塵も知識がない連中なので、説明はかなり苦労したそうだが。

それでも出来る事はやってくれたそうだ。

そうか。ボオスも頑張ってくれているな。

後は、この工場は、例の公爵と、バレンツ商会が連携して、人員を入れて復興させ。王都に保存食を届けられるようにするという。

クラウディアが阿漕な商売をするとも思えないので、其処は信頼して良さそうだ。

これで、大きな機械を直して。

実績も作って見せた。

風呂に入って、ゆっくりする。

風呂から上がって茶をしばいて、少し遅い夕食を取っていると、ヴォルカーさんが戻って来た。

パティが今日の作業の説明をと、すぐに立ち上がって、ヴォルカーさんと執務室に消えて。

その間に、メイド長がてきぱきと片付けをしていた。

パティが戻ってくる。

もうかなり良い時間だ。そろそろおいとまさせていただくことにする。

アーベルハイム邸を後にするあたしとクラウディアに、パティが頭を下げる。

「王都の民を代表して、感謝を。 お父様は立場上頭を下げられませんので、その分私が頭を下げさせて貰います」

「パティ、ありがとう。 まだまだ機械は直させて貰うからね」

パティは立派だな。

貴族の子弟で、此処まで出来る奴は本当に滅多にいないだろう。

アトリエに戻る。途中でクラウディアは商会まで送った。

かなり夜遅くて、もう懐でフィーは眠っているけれど。

心地よい疲労感と達成感で。

今日はよく眠れそうだった。

 

3、迷いの森へ

 

朝一番に、気持ちよく体を動かしていると。やっぱりパティが最初に来る。

本当に向上心の塊だな。

そう思って、感心して。一緒に体を動かす。

パティの事は、近所の人達は、どこかのお金持ちの子くらいに認識していたようだけれども。

最近は誰かがアーベルハイムの令嬢だと気付いたようで。

恐れ多そうに見ているので、なんというかもったいない。

もっとパティと積極的に接して、困っていることとかを話して欲しいのだけれども。

その方が両者のためになる。

アトリエをパティに任せて、さっと知り合いの所を見て回る。カフェでの依頼を受けて、薬や爆弾についての納品を即座に済ませてしまう。

ジェムは大量に余っているので、このくらいは簡単だ。

後は畑も見ておきたいが、まあ得に問題はないだろう。

帰路で義賊の三人組と出会った。三人組も、機械が直されたことは知っているようだった。

「いやはや、あんた凄いな。 凄い使い手なのは一目で分かっていたんだが、これほどとは……」

「いえ、あたしではなくて錬金術が凄いんですよ」

「そうかい。 でも、それは危険な技術でもあるんだね」

「……はい」

何となく分かるのだろう。

服などが安く出回るようになったので、そこから情報を知ったらしいが。ともかく、感謝はされた。

それは当然嬉しい。

アトリエに戻ると、クラウディアとセリさんが来ていた。

セリさんが摘んで来たハーブを茶にしていたのだが。ちょっと香りが強すぎるかもしれない。

セリさんは、なるほどといって、次はもっと香りが弱いものを摘んでくると言う。

それは有り難い話である。

オーレン族の味覚は、正直よく分からない。

そういえばセリさんに聞いたところに寄ると、セリさんの緑羽氏族は、昆虫食の文化はないらしい。

リラさんが昆虫食について教えてくれたことを、驚いていた。

オーレン族も、結構氏族によって考えが違うのだと思う。

だとすると、交流が難しいのは大変なのは当然だし。

セリさんが少しずつ歩み寄りの姿勢を見せてくれているのだ。

だったら、こっちもそうするのが筋というものだった。

やがて、みながおいおいと来たので。ミーティングに入る。

タオが、まずは説明をしてくれた。

地図を見せながら、大きく丸で囲んで見せる。

「この範囲が迷いの森だよ。 或いは、この範囲全てが遺跡かも知れない」

「なんだって……」

「しかも足を踏み入れた人間を生かして返さない危険な場所だ。 急に魔物が強くなる気配はねえから、多分だが何かしらの魔術的なトラップがあると見て良いだろうな」

「厄介な場所だぜ」

クリフォードさんに、レントが返す。

レントも、彼方此方を回っているらしく、色々な事を知ってそれを生かしているようである。

朝にパティに聞いたのだが。

昨日の討伐任務でも、レントは他の戦士十人分の活躍をして。ヴォルカーさんから騎士にならないかと誘いを受けたそうである。

レントもちょっと悩んだそうだが。

いずれにしても、すぐには無理と返事をしたとか。

まあ、それでいいと思う。

いずれにしても、騎士なんてのは名誉職だ。

アガーテ姉さんも騎士だが、今ではクーケン島の護り手の長をしているように。

レントも、騎士になっておけば、それだけ動きやすいかも知れない。

ただ、それだけの話なので。

騎士になっても、損は無いだろう。

「それで、迷いの森対策はどうするんだ」

ボオスが、ずばりと斬り込んでくれる。

タオが、それに対して、順番に説明をしてくれた。

「まずはクラウディアの音魔術。 迷いの森に霧が出ているとかそういう話はないらしくて、だとすると視覚以外の五感を狂わせている可能性が高い」

「なるほどね。 私の音魔術で、周辺の地形を調べながら進むと」

「そうなるね。 後は、これ」

ロープを出してくるタオ。

ただ、それを直に結ぶのではない。

クリフォードさんと一緒に作ったものらしい。

「これはクリフォードさんのブーメラン操作の魔術を応用したもので、常に一定の方向を向くようにしてあるんだ」

「ふむふむ」

「しかも浮くから、戦闘中に邪魔にもならない。 ロープを直に結んでいると、どうしても立ち回っているときに踏んだりして危ないからね」

「考えて、しかも準備してくれているな」

レントが感心。

あたしも感心した。

後は、順番に磁石などを配ってくれる。

そして、出立となった。

一応念の為、あたしも幾つか装飾品を出しておく。魔力に対する抵抗を増やすためのいわゆるタリスマンというものがあるのだが。

それを更に強化したものだ。

これで、弱めの魔術くらいだったらはじき返せる。

問題は迷いの森とやらで常時発生している魔術が、そんなに弱いとは思えないという事で。

常に気を張っていないと危ないだろう。

今回はフルメンバーででる。

夕方までに戻る事にして。戻らない場合は、ボオスがアンペルさんとリラさんに連絡するようにうちあわせも済ませた。

王都を出る。

やはり、外でフィールドワークするほうが、あたしの性にあうな。

そうあたしは思う。

街道警備の戦士が、好意的に声を掛けて来るので、挨拶を返す。何度も魔物を駆逐している内に、名前が知れ渡ったのだろう。

或いは命を救ったのかも知れないが。

流石に覚えていられなかった。

街道のある一点で、タオが足を止めて、此処からだと手を振る。

クラウディアが、音魔術を展開。凄まじい広さに、探査範囲が拡がる。ロープも起動する。

これで、簡単には迷わないはずだ。

獣道すらないブッシュに入る。

案外ブッシュは多く無いのだが、此処はちょっと多めだ。目立つ邪魔な下草は、その場で鎌で斬り払ってしまう。

どんな毒草か知れたものではないからだ。

霧は出ていないが。

案の定、比較的早くに、クラウディアが異常を検知していた。

「止まって!」

「!」

「見えている光景と、音魔術で探知している地形が乖離しているわ。 多分視覚が既におかしくなっていると思う!」

「厄介だな。 もうかよ……」

レントが剣を抜き、構える。

クラウディアが慎重に周囲を探索してくれる。どうやら魔物はいないようだが。

というか、魔物の死体すら点々としているそうである。

魔物すら、迷って訳が分からなくなるというのか。

これは、恐ろしい。

あたしはそのまま跳躍。

高い所から、周囲を調べてみる。

特にこれと言って変わったところのない森に見えているが。クラウディアは全く見えている光景と地形が一致しないと言う。

つまり見る角度を変えても駄目と言うことか。

「とにかく、これ以上は進まない方が良いね。 色々と試してみよう」

「まずは俺からだ」

前に出たのはクリフォードさん。

使い捨てらしいナイフを取りだすと、投擲する。

クラウディアが音魔術を使っている。

だから、どう動いたかは此処で分析出来る。更にどう飛ぶか見る事で、此処から先にどう進むべきも判断できるだろう。

案の場だ。

クリフォードさんが投擲したナイフは、ぐいんと真横に曲がった挙げ句、途中で見えなくなった。

クラウディアは、冷静に告げてくる。

「まっすぐ飛んで、木に突き刺さったよ」

「えっ……」

「ささった音もこっちには聞こえなかったね。 クラウディア、拾えた?」

「ううん、ダメ。 この様子だと、見えているものだけではなくて、聞こえている音までおかしくなってると思う。 私が魔術で制御しているから、なんとか周囲の地形は理解出来るけれど、これでは進めないわ」

次はこれだと、クリフォードさんがロープを出してくる。

ロープの先端に石を結んで、それで投擲。

やはりぐにゃんと曲がるロープ。

それをたぐり寄せるクリフォードさん。やがて、ロープはちゃんと戻って来た。

「どうだった、クラウディア」

「うん。 まっすぐ飛んで、戻って来てる」

「おいおいこれは想像以上にまずいな……」

「まずはクラウディア、危ない範囲を確認して、それで印をつけていこう。 その後、ここから先には入らないように、周辺の集落の人達にも連絡をしておかないと」

すぐに手分けして動く。

どうやら魔物はこの辺りは危険だと経験的に知っているらしく、森の中であるのに殆ど姿を見せない。

たまに小物が姿を見せたが、そんなのは一蹴するだけである。

森がおかしくなっている範囲は、かなり広い。

木の幹にペイントしながら、次に次にと行く。

タオが、周囲を鋭く観察していた。

「見て、どの木も不自然なくらい綺麗だ」

「ええと、大きな動物がマーキングで縄張りを主張していない、って事ですね」

「そうだよパティ。 此処は普通の動物にとっても、超危険な場所として認知されてるって事だね」

「人間より感覚が鋭い動物でも近寄れないのに、どうしたら……」

パティがぼやく。

セリさんが、ある程度印をつけてから、ぼそりと呟いていた。

「試してみたい事がある。 いいかしら」

「はい。 どういうものを試したいんですか」

「クラウディアの音魔術の支援を受けながら、私が植物操作で道を作ってみる」

ああ、なるほど。

そのコンビネーション技は有用かも知れない。

ただ、まず今日は。集落に面している場所の、入ってはいけない地帯を印をつけて回りたい。

それからだ。

後、アーベルハイム卿にも注意を促すべきだろう。

もしも遠征の部隊でも此処に入ろうものなら、確実にとはいかないにしても、高い確率で生きては出られない。

数なんて関係無しにだ。

数刻かけて、クラウディアと連携して印をつけていく。

この印に使った染料は、錬金術で造ったものだ。簡単には剥がれない。

後はこれの意味を注意喚起で知らせておくこと。

もっとも、戦力がない人間は、普通は此処まで入れないが。

「よし、一旦コレで注意喚起が終わりだね。 これから手分けして、周囲の集落に連絡して回って、南のこの集落で合流しよう」

「心得た」

さっと解散して、集落を回る。

四つある集落を回るだけだから、それほど時間も掛からない。あたしはパティとセリさんとで回る。

セリさんは、森の中を苦もなく移動しながらぼやく。

「色々と面倒な事ね」

「誰の命も大事ですから」

「そう皆で考えているのなら、こんな惨状にはなっていないでしょうに」

「……返す言葉もありません」

本当に申し訳なさそうなパティ。

最初の集落が見えてきた。バレンツから派遣されている戦士がいて、あたしを知っていたので助かった。

例の迷いの森について、具体的に危険な範囲が分かった事。

入ると視覚も聴覚も狂うこと。

それ以外にも狂う可能性が高い事。

魔物ですら近寄らない事。

危険地域には印をつけたので、それを見たら即座に引き返すこと。入った人間がいたら、諦める事。

これらを伝達すると、皆戦慄していた。

「年寄りが迷いの森について話していましたが、それほど危険だったとは……」

「私も確認しました。 まっすぐ投げたナイフが真横に曲がって飛んで見えたり。 木に刺さっても音すら聞こえなかったり。 とにかくとんでもなく危険な場所です。 絶対に近寄らないようにしてください」

「パトリツィア様が見聞きしたのですか。 分かりました、徹底的に周知します」

まあ、そもそもこの集落の戦力だと。

迷いの森に辿りつく前に魔物のエサだけれども。

そのまま、次の集落に。

セリさんは、ずっと集落では無言だったけれども。

移動中では、それなりにしゃべった。

「それで、本格的な調査は明日からかしら」

「はい。 そうなりますね」

「……貴方ほどの戦士が危惧する封印って、やはり……」

「そろそろ言ってもいいかなあ。 パティは信頼出来る人間だとあたしも思いますし。 恐らく、セリさんが思っている通りの存在です」

はあと、セリさんが嘆息する。

パティはそれほどのものなのかと、驚愕しているようだった。

集落に着いたので、すぐに危険を周知。

そして、次の集落で、合流。他の集落とは距離があったので、これで適正な手分けと言えた。

もうすぐ夕方だ。

とりあえず周知したことは皆で確認して、後は戻る。

この森の危険性は、街道の守備をしているヴォルカーさん。それにアンペルさんとリラさんにも展開するべきだ。

王都の戦士の質から言って、此処まで遠征する可能性は低いが。

少なくとも遠征する人間が出る可能性を考慮すると、ヴォルカーさんに周知は必須だろう。

夕方丁度にアトリエに到着。

ボオスが、あたし達を見てほっとしたようだった。

すぐに情報をボオスにも展開する。

ボオスも、唖然としていた。

「物理的に何かを隠さず、魔術的にそれほど危険な場所が作り出されているというのか」

「今の所魔術によるものかすら分からないよ。 古代クリント王国や、もっと前のテクノロジーかも知れない」

「いずれにしてもやべえな。 分かった。 俺がこれから、アンペル師とリラ師には伝えておく」

「よろしく」

その後は、明日の調査について、軽く方法を話して解散。

パティは残る。

パティは、そろそろ知る権利があるだろう。

タオも、それを考慮して残ってくれた。

正座して、パティが聞く姿勢に入る。あたしも、そろそろ話すべきだと判断したので、話をしておく。

「パティ、この件は、出来ればまだヴォルカーさんにも話さないで欲しいんだ。 それを守れるのであれば、話をするよ」

「分かりました。 お父様が相手でも、話しません」

「……ヴォルカーさんには、後で僕から話すよ」

タオが最初に確約を取る。

パティも、タオが相手だったら嘘は絶対につけない。

勿論パティも、それを理解した上で話を聞きに来ている。

だから、あたしも大まじめになる。

「もう十中八九確定だからそうだろうという前提で話すけれど、あたし達が封印されていると判断しているのは、異世界への門なんだ」

「い、異世界ですか」

「異世界の名前はオーリム。 セリさんや、あたしの武芸の師匠であるリラさんの故郷でね。 セリさんやリラさんは、オーレン族っていう、人間に近い存在なんだ」

「……ちょ、ちょっと理解に苦労しています。 時間をください」

混乱しながらも。

それでもパティは、大きく深呼吸して、精神的な体勢を整えていた。

それでいい。

どんな現実でも、前向きに見て。そして飲み込む。

それが出来るなら、パティは立派に将来多くの人達を率いる立場につく資格があると言える。

「わ、分かりました。 把握できたと思います。 その異世界は、危険な場所、なんですか」

「正確には、古代クリント王国が其処を地獄にしたんだ」

「えっ……」

「古代クリント王国の滅亡は謎だって歴史の授業で教えているよね。 ……僕は何が起きたかを知っている。 古代クリント王国は、オーリムへの侵攻を行い、そこで資源の略奪をしたんだよ。 その時、ある理由から、オーリムにいた危険な生物を大繁殖させてしまったんだ。 その危険な生物の名前はフィルフサ。 圧倒的な速度で増えて、何もかもを蹂躙し尽くす、破壊の権化みたいな生物なんだよ」

完全にフリーズするパティ。

タオほどの使い手が、それだけの危険性がある生物だというのだ。

どれほど危険なのか、理解したのだろう。

少しずつ、丁寧に話していく。

フィルフサは水が苦手だが、それ以外は生物急所も持たず、基本的には体内にある核を破壊しない限りしなない。

体内はがらんどう同然で、しかも凄まじい魔術耐性を誇り、今のあたしの魔力でも、単純な魔術勝負では分が悪い。

とにかく数が圧倒的で、三年前にあたし達が交戦した群れは数が100万を超えていた。

しかも乾期を的確に察知する習性を持ち、チャンスさえあれば怒濤の勢いで世界の壁を越えて侵略してくる。

人間の勢力圏全てを抑えていた古代クリント王国ですら、その進撃の前に蹂躙され尽くされ。国力を使い果たし、滅亡に追い込まれた。

それを聞いていて。ついにパティは意識を失った。

すぐに横に寝かせて、頭を冷やす。

しばしして目を覚ましたパティは、呆然として。

それから、あわてて身を起こしていた。

「す、すみません! 見苦しいところを見せて!」

「いいんだよ。 僕だって、フィルフサの斥候一匹がライザの総力攻撃をあっさり耐え抜くのをみていなければ、あんな現実受け入れられなかっただろうし」

「三年前の、更には錬金術初心者状態のあたしだけどね。 しかもあの斥候、訳ありだったし」

「ライザさんの総力攻撃を、一匹の斥候が耐え抜いた……」

また気を失いそうになるパティだが、どうにか踏みとどまる。

立派だ。

水を持って来て、飲ませる。

ちゃんと煮沸してあるお冷やだ。

水を口に含むと、パティも流石に少しは落ち着いて来たようだった。

「そ、その。 オーリムという世界は大丈夫なんですか?」

「地獄だよ。 古代クリント王国は、オーリムの資源を奪うために、水を奪う装置を使ったんだ。 水がなくなって、フィルフサは爆発的に増えた。 少数のフィルフサだったら対応できたオーレン族ですら追い立てられた。 古代クリント王国の人間はフィルフサすら資源にしようと目論んでいたようなんだけれども、あまりにも見通しが甘かったんだ。三年前の戦いで、僕達はそれらを知った。 それでフィルフサと戦った。 奪われていたオーリムの水を取り戻して、オーリムの一地域だけは何とか安全を確保したけれど、他はどうにもならない。 フィルフサは自分に都合がいいように、土地を改造するんだ。 今のオーリムは、一面の荒野と、フィルフサに都合がいい生物と植物が僅かにいるだけの場所なんだ。 そして、もしもオーリムへの門が解放でもされたら、恐らく王都なんて一日もかからずフィルフサに蹂躙され尽くすだろうね。 続いてこの世界全部がフィルフサに食い尽くされるまで、何年もかからないと思う」

「……な、なんとか、現状を飲み込むべく努力して見ます」

「うん。 すぐにヴォルカーさんに話したいだろうけれど落ち着いて。 ヴォルカーさんには、タオから話すから」

何度も深呼吸するパティ。

まあ無理もない。

封印が何処にあるか分からないのだ。

この王都そのものが、封印装置であっても不思議では無い。

封印は古代クリント王国より更に前の、神代のテクノロジーが使われている可能性がある。あの五つの封印があるとされているもの。

その封印装置そのものが、王都であったり。王都がその一部だったりしても、おかしくはないのだから。

完全に真っ青になっているパティを。あたしは自宅に送る。

タオは、自分で帰ってもらった。

これで、パティに。

未来にこの王都を背負う人間に、秘密を共有した。

パティはショックを受けただろう。

ただ、今の時点ではパティとしか情報を共有していない。

もしも情報が漏れるなら其処からだ。

そういう意味でも、しばらくは監視する必要がある。

色々と、気が重い。

あたしも大人になってからそれなりに年を経ている。

クーケン島にいた頃から、ろくでもない連中は目にしてきた。与太者の類も、散々見て来たし。

それ以上にタチが悪い連中も。

だから、何処か心の奥底では、人間を信用していない。

それはあたしも分かっている。

今回だって、情報を開示するまで、ずっとパティを見極めさせて貰った。もしもこれで裏切るようなら、あたしは王都周辺での調査を止めて、さっさと引き上げる。それくらいの気持ちでいる。

その場合は王都も世界も滅びるかも知れないが。

もうそれは、知った事じゃない。

最悪の場合、クーケン島だけ生き延びる事になるかも知れないが。

それをどうとも思わなかった。

いや、勿論冗談だ。しっかりやる事は、最悪の事態になってもやり遂げる。それが力を持つ者の責任だ。

だけれども、冗談でもそんな事を考えるなんて。

冷酷になったな、あたしも。

そう苦笑いする。

アトリエに戻ると、フィーが顔を覗き込んでくる。ずっと険しい表情をしていたのかも知れない。

「フィー……」

「大丈夫。 怒ったり悲しんだりしているわけではないよ」

あたしは三年前。古代クリント王国の所業を見て知った。

もしも現在の人間が、また連中と同じ事を繰り返すなら。

それは人間が滅びるべき時が来たのでは無いかとすら思うのだ。

ただ、それでも最後まで責任は取ろうと思う。

今は、パティを信用して良かったと考える。それだけだ。

 

4、絶望はすぐ其処に

 

フィルフサ。

それが、封印されているかも知れないもの。正確には、それがわんさか蠢いている異世界への門。

ライザさんの攻撃すら、雑魚が防ぎ切るとんでもない魔物。

それが星の数ほど攻めてくる可能性がある。

エンシェントドラゴンでも精霊王でも、単騎の魔物ならどうにかなるとまで言っていたライザさんが。

最悪の事態にはどうにもできない可能性があるとまで言っていた存在。

現在の、魔物に押されて生存圏を圧迫される一方の人類では、文字通りどうにも出来ない相手だ。

パティは、久々に。

心底からの恐怖に、眠れぬ夜を過ごした。

朝になって、顔を洗って。

それで無理矢理起きだす。

大丈夫。

今日も何とかやれる。

朝の内に出来る事をやって、それでアトリエに向かう。

お父様は野営に出ていて、昨晩は結局戻らなかった。本当に、全力で王都のために働いている人だ。

王都も、早朝の内はそれほど五月蠅くは無い。

この静かさが。

死の静かさに変わらないと良いのだけれども。

そうとさえ感じる。

無言でアトリエに向かう足を速める。

ライザさんは、信じてくれた。パティはその信頼を裏切れない。

あの人の信頼を裏切ったりしたら、文字通り王都が滅びる。王都どころか、今回は人類が滅びるかも知れない。

その事がよく分かったので。

どうしても口も足も重くなった。

無言でアトリエに到着。

ライザさんが出てくる。

あくびをしている健康的な人。礼をして、軽く一緒に体を動かす。昨日聞いた話についてはしない。

あれは、そうそうとして良い話では無い。

そうパティも思っていた。

皆が集まってから、ミーティングが行われる。

今日から、本格的な遺跡への侵入を模索開始だ。

遺跡がある位置は、概ね分かった。

既にアーベルハイムの方で、注意喚起も行われている。

街道から外れる人間はそう多くは無いが。

それでも急いで遺跡の仕組みを解明しないと、被害が増える可能性がある。とにかく急がなければならなかった。

全員で出る。

とにかく、あの森がどういう幻惑を使っているのかすらも、現状では分かっていないのである。

急いで現地にまで行き。

其処で、ライザさん達は。さっと展開して、順番に試し始める。パティはその間、大太刀に手を掛け。

見張りの続行だ。

「この地点で、既に魔術に掛かっている可能性は!?」

「皆無。 もしそうだったら、見えるものがおかしくなる地点が一定である説明がつかないよ」

「そうだね、確かにそうだ。 とにかく、一つずつ試そう」

「まったく、随分な仕掛けだな。 本当にここに入ろうとする人間を、皆殺しにするような仕掛けだ」

レントさんがぼやくが。

タオさんがそれは違うと告げる。

「これは等しく全てに作用してる。 魔物でも例外じゃない」

「確かに、それはそうなんだろうな。 だとすると、遺跡そのものが生きていて、近付く生き物全部エサにしようとしているとか?」

「ロマンがある話だが、違うだろうな。 だとしたら、見える範囲にも死体が散らばっていたりはしないはずだ。 むしろ奧に誘導したり、或いは死体も全部食っちまってるだろうぜ」

クリフォードさんは、言う事がいちいち論理的である。

パティもそうだろうな、と感じる。

しばしああでもないこうでもないと試行錯誤を続けて行く。

ライザさんが持ち出したのは、風を起こす爆弾だ。

ただ、火力を抑えた奴のようだが。

放り投げて、炸裂させるライザさん。

音魔術で、クラウディアさんがどんな風に空気が流れているかを確認するようである。本当に、あらゆる試験をしている。

学術院の教授でも、此処まで手際よくないだろう。

どんと、爆風が吹き荒れる。

木々には感覚が狂うことなど関係無いのだろうか。

いや、そうでもないようだ。

ぐらんぐらんと、見えている森の景色が歪みに歪む。クラウディアさんが、眉をひそめていた。

「何これ……」

「クラウディア?」

「う、うん。 どうやら奥の方は、音までもおかしな事になっているみたいで……」

「厄介だな……」

空気をタオさんが革袋で採取している。

更に煙を奧に流すが。その煙が、あらぬ方向に動いている。

しばしライザさんが腕組みして考えていたが。

不意に、気付いたように顔を上げていた。

「なるほど、多分そういうことだ……」

「ライザ、何か思いついたの?」

「うん。 幾つか試験してみる。 まずは……」

ライザさんが地面に手を突く。

熱する方が冷やす方より得意と言っているライザさんだけれども。それでも一瞬で、霜柱が地面から突き出す。

それが滅茶苦茶な方向につきだしているので怖いが。

それも、森を外から見ているからだ。

内部では、或いは一方向に霜柱が突きだしている可能性が高い。

それを更にライザさんが一瞬で蒸発させる。

其処に風を起こす爆弾を投げ込んで、何か確認しているようだった。

「やっぱり……」

「ライザ、説明できる?」

「今、超低温から高温に切り替えて、一気に蒸気を作り出してみたんだ。 その結果、一瞬だけ正しい森の形が見えた」

「おう。 それは凄いな……」

魔術によるものではないとしても。

一定範囲に何かが作用して、狂わせている。

ただ、それは空気に起因しているらしい。

試験の勢いが増す。

方向性が出来た、というのだろうか。

ライザさんがタオさんとクリフォードさんに説明。

二人が色々考えて、順番に試験をしていく。

夕方近く。

どうやら、結論は出たようだった。

「よし、これでどうにか出来ると思う。 エアドロップを陸上走行用に改造して、それでこの森に乗り込む」

「やったね!」

「ただ、入れない範囲はかなり広いぞ。 それと魔物と戦うのは、どうするつもりだ」

「魔物もこの中だとまともに動けないから、エアドロップの範囲を戦闘時に拡げる工夫をするよ。 それで何かしらが襲いかかってきても、対応は出来る筈」

ちょっと言っていることが分からないが、ともかくどうにかなるらしい。

戻るよ。

そうライザさんが言うと、全員がさっと帰還に移る。

パティは凄い人達だなと思う。

そして、この人達に追いつきたいとも思ったし。

信頼されて、本当に光栄だとも思った。

絶対に裏切りたくない。

それが、本音だ。

 

(続)