魔木の巨獣

 

序、工房の深奥

 

遺跡。

仮称、工房の中枢部。

今まで見た事も無いほどの巨大なゴーレムがあたしの目の前に立ちふさがっている。魔術による身体強化でも、素のままではどうにも出来そうにない圧倒的体積。

それでも、どうにか崩す。そのために、ちまちまと安全圏を拡げてきた。こういう大物と、全力でやり合えるようにだ。

何、こんな奴。

百万に達するフィルフサの群れに比べれば、なんのこともない。プレッシャーだって、比べものにならないほど小さい。

勝てる。

あたしが。号令を掛ける。

此奴を潰さないと、奧には行けないからだ。

幸い周囲は広い。正確には広くした。天井は遙か遠く。それだけこの遺跡の内部が大きく作られているのだ。

だからこそ、全力で暴れられる。

「攻撃開始!」

「おおっ!」

レントが前に出る。同時にゴーレムの肩の辺りが開いて。何かを射出。即座にあたしとクラウディアが連携して叩き落とす。中途で爆発していたし、ろくでもない兵器だったのだろう。

接近したレントに、巨大ゴーレムは足下から刃を伸ばして、しかもそれを回転させる。飛び退きつつ、刃を弾きながら斬るレント。

斬り飛ばされた刃が回転しながら飛んでいき、地面に突き刺さる。

ぎいんと、鋭い音が響いていた。

ゴーレムの腹が開いて、多分魔力砲と思われるものがせり出す。

これは、強いな。

他より強いゴーレムとは散々やりあって、安全圏を拡大してきたが。此処に余程人を入れたくなかったらしい。

これは恐らく、もう名前もわからない、古代クリント王国に滅ぼされた此処にあった国の最強兵器の一つ。

そして此処から出すつもりも無く。

ここの何かを守るために、配置されたのだろう。

倒すしか無い。

いずれにしても、これが悪用でもされたら。とんでもないことになる。

魔力砲に収束が開始される。

クラウディアがフルパワーでの矢を叩き込むが、弾き返される。発射される瞬間だけ、シールドが解除されるパターンか。

あんなものぶっ放されたら、終わりだ。

レントが跳躍。

なるほど、やりたいことは分かった。

「パティ、タオ、総力で攻めて!」

「分かりました!」

「分かった!」

二人が飛び出し、タオは乱舞技を叩き込む。パティは踏み込むと同時に、渾身の抜き打ちを入れる。

火花が散る。

そして、同時に。

レントが大上段から。渾身の一撃をゴーレムに叩き込んでいた。

シールドが赤熱する。やっぱりな。

セリさんが、大出力の魔術を展開。

ゴーレムの足下から、巨大な木が生えて。ひっくり返そうとする。ゴーレムが踏みとどまろうと体勢を整えようとした瞬間。

ゴーレムに攻撃中の全員が弾きかえされる。

シールドを解除して、攻撃を防いだのだ。

だが、それで分かる。

高出力の攻撃は、あのシールドでは防げない。

魔力砲を腹に収めると、立て直して、拳を振るって近付く人間を排除しに掛かるゴーレム。

流石に足は速くないが、それでも一歩が大きい。

背丈もあたしの十倍はある。

一歩ゆっくり踏み出すだけで、あたしの十歩分になるのだ。

あたしの熱槍が立て続けにゴーレムに炸裂。

視界を塞いで、その隙に皆が離れる。

投擲。

ローゼフラムが炸裂し、薔薇の花弁の形の炎がゴーレムを包む。流石に全身が赤熱し、凄まじい軋みをゴーレムが挙げた。

融解した金属が、垂れ落ちているのが見えた。

更に其処に、クライトレヘルンを叩き込む。

一気に全身が氷漬けになるゴーレムに、クラウディアが飽和攻撃を叩き込む。更に其処に、クリフォードさんがブーメランを投擲。

ひび割れた所に突き刺さったブーメランが、無理矢理引っこ抜かれたようにして、クリフォードさんへと戻る。

ゴーレムが、全身罅だらけになりながらも、まだ此方に来る。

雄叫び。

いや、違う。

恐らくは、近付く人間を怖れさせるための機構。

或いは、内部の構造が壊れていて。それで雄叫びのような音が出ているのかも知れない。

ゴーレムが拳を振るうと、その指が外れて。魔力砲がせり出す。

魔力砲から、小型の攻撃魔術が乱射され、辺りを掃射。爆発が連鎖する。

タフな上に小技が多いな。

多分アーミーが存在した時代。

多数の戦士を同時に相手にして、圧倒する構想で作られた兵器なのだろうと思う。そして錬金術師を敵にすることも想定していたのだろう。

だからこそ、眠らせなければならない。

こんなもの。

今の人間に渡すわけには行かないのだ。

レントが再び仕掛ける。

タオも陽動に走る。

タオが視界を塞ぐように跳躍し、其方に一瞬ゴーレムが視界を向けた瞬間。レントが、ゴーレムの足を深々と切り裂いた。

ゴルドテリオンの刃とは言え、流石だ。

体勢を崩すゴーレムの前に、パティが回り込むと。

大太刀を鞘に収め。突貫しつつ、高速で抜き打ちをした。あれは、刃を鞘の中で走らせて、速度を上げたのか。

ざくりと、ゴーレムの一部が大きく抉られる。

横転したゴーレムに、あたしは詠唱を完了。

4000の熱槍を収束させた一撃を、既に上空に出現させていた。一つ一つの熱槍が、大きめの石造家屋を粉砕できる火力を有する。それを4000。

それでも、絶対はない。

「セリさん、拘束を!」

「分かったわ」

地面から伸びた植物が、ゴーレムの全身に絡みつく。皆が逃げるのを確認してから、あたしはもう光の槍となっている熱槍を叩き込む。

これは熱いだけじゃない。

炸裂した後、超低温で冷やす魔術が同時に掛かっている。

要するに、まともに喰らったら。

生物だろうが非生物だろうが助からない。

それでももがきながら、シールドを展開するゴーレム。しつこいと言わんばかりに、クリフォードさんが渾身のブーメランを叩き込み、クラウディアもそれにあわせる。

シールドが砕け。

あたしは、だめ押しで、もう一発全力での一撃を叩き込んでいた。

コアが、砕ける手応え。

悲鳴を上げるような音を立てていた巨大ゴーレムが、やがて動かなくなる。

倒れたゴーレムの手足を、容赦なくレントが断ち割る。

それで動かなくなったことを確認してから。

解体に移った。

まずはコアを取りだす。

コアは機能停止しているが、これには貴重な素材が山ほど使われているのだ。

他にもあたしは魔力をクラウディアと一緒に探って、貴重な素材を掘り出す。死んだゴーレムは……正確には生き物ではないから違うが。ともかく動かなくなったゴーレムは、鉱物の塊。

掘り出していけば、貴重な鉱物素材が出てくる。

その間、レントとパティは見張りに立ってくれる。

まだ奧に、同等かそれ以上のゴーレムがいる。

恐らくだが、数百年前のアーミー同士がぶつかり合う戦争は、こういうゴーレムがわんさか動員される悪夢みたいな場所だったのだろう。

考えて見れば、万単位の人間が死んだ跡があったクーケン島近くの古戦場であった渓谷にも。

これと同等か、それ以上に巨大なゴーレムの残骸があった。

雨が降らず万全状態のフィルフサの群れ相手には、今の動く状態のゴーレムでも歯が立たないと言う訳で。

それはそれで、戦慄させられる話である。

「よし、回収終わり!」

「もう動く様子はないな!」

「大丈夫!」

時間もまだ平気の筈だ。

奧に数体、幽霊鎧の集団がいるので。クラウディアに矢を放って貰って、釣り出して貰う。

少しずつ削る。

敵の数が非常に多い上に、この遺跡の中枢部分は足場も良くない。足場が良い場所に引っ張り出して、各個撃破する。

これは別に戦略とか戦術とか呼べるようなものですらない。

あたしですら知っている基礎の基礎。

アガーテ姉さんには、どんな凄い奴でも地の利を得ていないと負ける事があると、護り手になったばかりの頃に口を酸っぱくして叩き込まれた。

今、それを生かしているだけだ。

釣られてこっちに来る幽霊鎧。小型のゴーレムも混じっている。

かなり強そうだが、レントもいる。きっちり足場が良い場所に釣り出してから、一気に取り囲んで攻め立てる。

パティは余裕があると判断したのだろう。

カウンター戦術を試しに行く。

大斧を持った幽霊鎧が、文字通りパティに両断する勢いで刃を振り下ろす。しかも大斧なのに。柄が伸びた。

ぐんと刃が伸びるような錯覚。

だが、パティは連日死線を潜っている。

本人は気付けていないようだが、充分すぎる位に腕は上がってきている。

髪の毛を数本散らされるのが見えたが。

それでも、パティは流れるように両断するような一撃をかわし。

更には、幽霊鎧の両腕を。文字通り星が飛ぶような一撃で断ち割っていた。

おおと、あたしは感心しつつ。熱槍を叩き込んで、タオと交戦していた四本腕の幽霊鎧の体の真ん中を撃ち抜く。

倒れた幽霊鎧は無視して、すぐにタオが他に行く。

元々数の利があった所を、こうして多対一に持ち込む。

魔物相手の戦闘は、三対一を基本にしろ。

これも、アガーテ姉さんに教わった事だったな。

あたし達悪ガキ軍団共通の師匠であるアガーテ姉さんは、今でもクーケン島で守り神同然の存在をしてくれている。

こういう人材を取りこぼしたから。

王都はゴミカスだらけなのだろう。

パティが対戦していた幽霊鎧の胸の中央を、大太刀で貫いたとき。レントがゴーレムを大剣で真正面から叩き潰し。戦闘が終わっていた。

豪快な戦い方で、見ているだけで気持ちが良い。

皆を集めて、負傷を確認。

セリさんが、飛び道具で負傷していた。幽霊鎧は人間じゃない。当たり前の話だが。人間型をしているから。

突如からだから攻撃を放ってきたりすると、対応が遅れたりする。

それを想定して、装備が組み込まれているのだろう。

あたしが即座に手当てをする。セリさんも、無言で手当てを任せる。あたしの作る傷薬を信頼してくれているのか。

少しずつあたしを信頼し初めてくれているのか。

どちらかは、分からない。

「ライザ、幽霊鎧およそ二十が纏まり始めてる」

「うーん、ちょっと多いかな」

「どうする。 ゴーレムとは距離があるから、釣れば一気に片付けられると思う」

「……そうだね。 でも、まともに相手にするのは避けるべきかな」

手当て終わり。

あたしは飛び出すと、仕掛けを行う。

コアクリスタルは皆に配ってある。殆どの皆には、一番良く出来た薬を保険として渡してあるのだが。

クリフォードさんだけには、爆弾を格納して貰っている。

使えるのは一日一度だけ。

そう設定し直したコアクリスタルだが。

逆に言えば、爆弾を一日一回は使い放題、ということだ。

それを悪用しないと判断したから、クリフォードさんにはコアクリスタルを配布している。

一緒に、爆弾を敷設する。

そして、皆の所に戻って、クラウディアに頼む。

頷くと、クラウディアは弓矢をほれぼれするほど完璧な立射の姿勢で引き絞り。音魔術の支援もつけて、放っていた。

華奢なクラウディアの体だけでは無理だが。

音魔術の支援で、ばつんともの凄い音と共に矢が放たれ。

まとまっていた幽霊鎧の一体が、完全に串刺しになった。

身動き取れなくなり、ばたばたもがいている幽霊鎧。一気に、此方に幽霊鎧が来る。だが、残念ながらどれも壊れてしまっている。

既に作戦は皆に伝達済。

狭い通路を、それでも一定の秩序を保って迫ってくる幽霊鎧は。

爆弾を埋め込んだ辺りを、通過した瞬間。

立て続けに炸裂した雷撃爆弾、シュトラプラジグ二つが、幽霊鎧の群れを足下から突き上げるように光の滝に叩き込み。

それが収まったときには、過半数が動かなくなっていた。

残りも傷ついている所に、クラウディアが飽和攻撃を。

あたしがそれにあわせて、熱槍を連射して叩き込む。

それすら抜けてくる幽霊鎧を、レントとタオ、パティが迎え撃ち。

まだ元気そうなのは、クリフォードさんのブーメランが叩き潰す。

そしてセリさんが詠唱を終えると。

地面から生えてきた、青々とした草が、どっと殺到して。幽霊鎧をまとめて拘束してしまう。

魔術の規模が凄いな。

そう思って、感心する。

普通の植物が、完全に殺戮兵器と化す。しかも、使い終わったら、即座に土に引っ込むのである。

だが、ここまでだ。

幽霊鎧の群れも、やられっぱなしではないし。

倒し終わった時には、相応に時間が経過していた。

クラウディアが音魔術を展開。

敵中枢部は、まだ戦力がある。

「どう、クラウディア」

「最低でもゴーレム3。 このゴーレムは、あの大きいのと同等か、それと比べてちょっと小さいくらい」

「まだあんなのが三体もいるんですか!?」

「最低でもだよパティ」

バラバラになって石材に擬態していたりするのがいる可能性がある。だからさっき、わざわざ罠まで仕掛けて、敵を削ったのである。

更に、幽霊鎧の部隊がまだ幾つもある。

これも元々はアーミーの用語だったらしい。戦士の数の規模によって、色々な呼び方があったのだとか。

いずれにしても、一度引くべきだろう。

そろそろ時間的にも、丁度良いはずだ。

あたしは撤退を指示。

タオが、一応念の為か、確認してくる。

「今回の遺跡では、敵性勢力を全部排除してから羅針盤を使うんだよね」

「そうなるね」

「羅針盤てのは、この間言っていた残留思念を見聞き出来る奴だよな」

「うん。 前にあたしが時々見ていた、魔力に反応した感応夢を意図的に、更に具体的に見られるような道具だね」

レントの質問にも答えながら。あたしは持ち場を頑なに守っている幽霊鎧とゴーレムを見やる。

魔食草もどきがまだ、その本性を見せていないという事もある。

この遺跡から人間を追い払ったのは、多分魔食草もどきだ。

ゴーレムや幽霊鎧を作り出せる技術を持った人間を、である。

だとすれば、戦力は今まで不意打ちを掛けてきた程度ではとてもすまないだろう。

油断なんて、出来るわけがない。

最低でも、魔食草もどきの本山……。或いは根の元を、叩かなければ、危なくて探索なんて出来ない。

タオもクリフォードさんも、安心して遺跡を調査なんて出来ないだろう。今だって、警戒しながら調査しているのだから。

鉱山を出ると、まだ夕方手前だが。

深追いは怪我の元。

憶病なくらいで丁度良いのである。

伸びをして、日光を浴びる。

「ちょっと早めの時間ですね」

「良かったねパティ。 宿題とか余裕持って出来るよ」

「あんまり嬉しくありません。 でも確かに、夜遅くならないのは助かります。 ライザさんは、今日も機械を直したりするんですか?」

「いや、今日はやらないかな」

クラウディアが、視線を向けると苦笑い。

あれから更に二つ機械を直したのだが。それでやはり貴族の間で火花が散っているようである。

王都にある壊れかけの機械。

或いは貴族が所有して手放そうとしない壊れた機械。

これらが、戦略的に大きな価値をいきなり持ち始めたからだ。

或いは百年前。

アンペルさんが所属した、王立の錬金術師集団が腐敗しなければ。あたしがこんなことをしなくても済んだのかも知れない。

だけれども、そうはならなかった。

だから今あたしが苦労している。

クラウディアも、だ。

「今、一つの公爵家と三つの伯爵家が表向きに出張ってきていて、利害の調整をしているところなの」

「ああ、どこかだいたいわかりました。 名前だけの爵位で、元々持っているだけの資産を盾に偉そうにしているだけの家です。 ただ例のメイドの一族がしっかり手綱をとっているとも聞きますけれど」

「それでも当主が騒いでいるそうで、時間が掛かっているの。 ライザ、目処が立ったらお願いね。 たとえ馬鹿馬鹿しくても、王都を出来るだけ混乱させたり、バレンツの敵を増やしたくないの」

「分かってる、クラウディア。 まあ馬鹿馬鹿しい事には変わりないけどね」

最悪の場合は、王都ごと吹っ飛ばして欲しい。

クラウディアが其処まで言う程だ。余程腹に据えかねているのだろう。

王都に戻り、アトリエでミーティングをする。実は南門を潜ってから、監視がついていたのだけれども。下手くそすぎて、あたしもレントも苦笑いしていた。

ミーティングを終えると、解散。その後は、あたしはフィーに魔力を上げながら、回収した物資を確認。

そして、明日の戦いの為の爆弾や薬を調合。あまりをカフェに納品しに行く。

三年前の夏が戻って来たかのように忙しい。

だけれども。みんながいる。

もう、疲労よりも。

充足感の方が、ずっと強かった。

 

1、魔食草の王

 

全身から煙を上げながら、ゴーレムが倒れ臥す。だけれども、あたしはびりびりと嫌な予感を感じていた。

此奴もかなり手強かった。

だが、どうにもこの嫌な予感は。

同じく大きな魔力を持つセリさんとクラウディアも感じ取っているようだ。

あたしは、声を張り上げる。

「油断しないで! 何かいる!」

「連戦か。 まあいい。 やってやる!」

今のゴーレムで、遺跡中枢部に巣くっていたガーディアンは終わりと思ったのだが。案の定、一番危険なのが残っていたようである。

それが、ゴーレムの残骸を吹き飛ばしながら、姿を見せる。

なんというべきなのだろう。

全身からおぞましいまでに強い魔力を放つ、巨大な何かが、今も全身を編み上げている、

そう。

魔食草もどきの根が、組み合わさっていくのだ。

彼方此方に生えていた魔食草の幹が、どんどん地面の底に消えて行っているのが分かる。クリフォードさんが、帽子を下げていた。

「トレントの話題を出したが、どうやら悪い形であたったようだねえ」

「い、遺跡全体の魔食草が、集まっているって事ですか!?」

「そうなりそうだ。 コレは……やばいぞ」

「……」

パティが生唾を飲み込んでいる。

それもそうだろう。

既にあたしとクラウディアは数発攻撃を叩き込んだが、これは。

熱槍による炎上も期待出来そうにない。

魔力が強すぎて、そのまま熱を抑え込んでいるのだ。多分ローゼフラムが直撃しても、燃やすことは厳しいだろう。

程なくして形を為したそれは。

木でできた、巨大なドラゴンとでも言うべき存在になっていた。

ただし三年前にあたしが戦った、翼を持つタイプではない。

地面に足を降ろした、巨大な奴だ。飛ぶ事は出来そうにないが、代わりに体はとんでもなく重厚である。

「来るよ! 総員、総力戦用意!」

「久々に手応えがありそうだな……」

うそぶいているレントの声にも、余裕が無い。

口を開ける魔食草の王。便宜的にそう呼ぶ。

次の瞬間、クラウディアがフルパワーで音のシールドを展開したが。それをまとめて、吹き飛ばすほどの音波が、遺跡中に轟いていた。

膝を突きそうになる。

これは、直撃していたら、多分鼓膜を破られる程度では済まなかったはずだ。

超ド級の音波砲。

多分だけれども。これくらいの火力になってくると。

一瞬で石材を砂にするだろう。

地響きとともに、魔食草の王が踏み出す。あたしがローゼフラムを投擲すると、頭はそっちをむいていないのに反応。

触手のように体から生えた根が、ローゼフラムを包み込む。

起爆。

爆発して、根の一部が吹っ飛ぶが。

恐らくだが、体の一部をいわゆるトカゲの尻尾斬りする事で、全体のダメージを抑え込んだのだ。

今までの戦闘を全て見ていた。

全員の技を知っている。

そう判断して良い。

壊れかけていた、この遺跡の人間が作ったガーディアン達。ゴーレムやら幽霊鎧やらと違う。

此奴は、頭が劣化してもいない。

最悪の魔物として、現役ということだ。

「音波砲には何度も耐えられない! インファイトを仕掛けながら、短期戦を挑むよ!」

「任せろっ!」

レントが突っ込んでいく。続けて、少し躊躇ったが。それでもパティも。タオも。

足を振り上げると、叩き潰しに掛かる魔食草の王。

いや、違う。

そう見せて、足下から多数の根が、三人を強襲する。それどころか、全身から無数の根が触手のようにしなり、三人どころか此方全員を強襲しに来る。

インファイトなんてさせるか。

そういわんばかりだ。

一応ハンドサインでやりとりをしたのだが、それすら読んでいたのかも知れない。

舌なめずりしながら、熱槍を惜しみなく連射。クラウディアも、矢を全力で飽和攻撃し続ける。

三人は、上下左右から飛んでくる根を相手に、レントを中心によく頑張ってくれている。レントは三人分以上働いて、凄まじい雄叫びを上げながら、他の二人が危ないときに良く助けている。

あたしも、負けてはいられないな。

セリさんが、地面に手を突き、何かの大魔術を発動。

同時に、地面から出ていた魔食草の王の根が、数本根元から引きちぎられていた。

手を地面に突きながら、セリさんが言う。

「長くは保たないわ」

「ありがとう! クラウディア、クリフォードさん! 支援っ!」

「分かった!」

「任せとけっ!」

跳躍すると同時に、全力でブーメランを投擲するクリフォードさん。ブーメランは強い魔力を纏い、うなりを上げながら不可解な機動で飛ぶ。そして、魔食草の王の根を、次々に叩き潰す。

魔食草の王は恐ろしい程俊敏に動くと、最前衛の三人にボディプレスを仕掛けようとするが。

三人とも散る。

だが、魔食草の王は根を地面に叩き込み。全身をぐんと持っていく。

レントが動く。

狙っているだろうパティの前に立ちふさがると、裂帛の気合とともに、巨大質量を一瞬支える。

その脇腹に。

あたしが、詠唱を終えて。

熱槍四千をまとめた圧縮熱槍を叩き込んでいた。

熱するだけでは無い。

即座に冷やす。

それでも、魔食草の王は、体勢を崩しさえしたが。倒れもせず、燃えもしない。

レントとパティは飛び退くが。

同時に、魔食草の王は、背中から多数の触手を展開。

その全てが振動する。

「まずい、伏せてっ!」

クラウディアの声。

同時に、神経を直接擦られるような音が、辺りに響き渡っていた。

足が止まる。

思考も。

ふらついた所に、見える。振るわれる、太い触手。

そうかそうか。

人間の弱点を知り尽くしているから、こういう音魔術も使えるという訳か。

クラウディアは音魔術でガード。立て続けの矢を放って、僅かに時間を作ってくれるが。地面に落ちたクリフォードさん始め、全員が出遅れる。

「フィー!」

懐で、フィーが暴れる。

分かっている。直撃を貰ったら、流石に危ない。

だから、あたしは踏みとどまると。

雄叫びを上げていた。

「この程度で、あたしがどうにかなるかあああああっ!」

手に熱量を集中。

飛んできた太い根を、それで薙ぎ払っていた。

真っ二つになった根が、空中で爆発四散。根元の方は、あわてて本体へと戻っていく。

レントがタオとパティをもろに庇って、直撃を受けたようだが、大丈夫。死んだようには見えない。

セリさんは、倒れている。

流石に今のは、厳しかったか。

今度は口から、あの強烈な音波砲を放とうとしている魔食草の王。

させるか。

あたしは手元からクライトレヘルンを取りだすと、全力で投擲する。魔食草の王は、多数の触手を放って防ぎに掛かる。

触手が、クライトレヘルンを掴み、封じ込める。起爆。触手が超低温に粉々になるけれども。

それで、逆に魔食草の王の口が、フリーになる。体の一部を切り離すくらい、奴にはなんでもないということだが。

その時あたしは、最初の位置にはいない。

一瞬だけ、魔食草の王が、動きを止める。

あたしが移動していたのは、その真正面。至近だ。

どうせ防御に掛かる事は分かりきっていた。

あたしの爆弾を警戒しているのが、分かっていたからだ。

だからあたしは、クライトレヘルンを投擲と同時に、詠唱開始。更に、魔食草の王の首に、刃が突き刺さる。

レントだった。

「調子に乗るな、雑草ドラゴンっ!」

凄まじい軋み。

無数の木が、無理矢理生長するような音。

それが、魔食草の王の悲鳴だったのかも知れない。

更に、タオが左足に乱舞での猛攻を。

パティが背中に上がって、数本の根をまとめて薙ぎ払った。だが、文字通り捨て身の一撃である。

あたしはハンドサインで離れてと告げながら、詠唱を続行。

見えている事を、祈るしかない。

三人を振り払う魔食草の王。

触手が全身から伸びて、辺りを滅多打ちにするけれども。

その隙間を縫うようにして、クリフォードさんのブーメランが炸裂。また、魔食草の王の動きが止まる。

「おっさんだからって、舐めてくれるなよ!」

更にセリさんが、地面に手をついたまま、魔術を再発動。

地面に突き刺していた根が、まとめて地面の下で押し潰されたのか切り刻まれたのか分からないが。

魔食草の王が、身をよじって軋みを挙げる。

そして、クラウディアが、フルパワーでの魔術を放ったのだろう。

音魔術の弓手との連携しての、総力での飽和攻撃。

無数の魔術矢が、あたしに向かう魔食草の王の攻撃を、全て弾き返す。

「今日の天気は……晴れのち隕石!」

詠唱完了。

あたしの全身が、魔力に覆われる。それも、超高密度の。

魔食草の王が、あたしを見る。

全力で動こうにも、今の総力での攻防で、あたしを叩くための手数が足りていない。あたしは、収束型の。

二万の熱槍を一点に収束した。

文字通り、熱の槍を。

いや最早、光の槍と呼ぶに相応しいものを手にしていた。

人間の、原初の武器は投げ槍だったそうだ。

これについては、アガーテ姉さんにも聞いたし。タオも学術的にはそうらしいという話をしてくれた事がある。

弓矢が発達する前に、人間の武器として活躍した投げ槍。

あたしは、元々熱槍を得意としてきたのだ。

だったら、原初にして究極。

それがこの形。

「グラン……」

それでも、総力で跳びさがる魔食草の王。残った全ての触手、更には口も。全てを使って、詠唱。

全部で詠唱を重ねて、防御魔術を展開。

目に見えて分かる程の光のシールドが、十二枚。あたしの前に、張り巡らされる。全てのシールドに魔法陣が浮かんでいる。

あたしは、恐れもせず。

あわてもせず。

得意魔術の、練り上げた最大魔術の。

最後の一説を唱えていた。

「シャリオ!」

踏み込む。

地面が粉砕される。

元々あたしの切り札は蹴り技だ。それに、最大火力の魔術を乗せる。それは、全身を使っての、投擲に他ならない。

投擲は、全身を使った技。

そして、それには強靭な足腰がいる。

あたし自慢の足腰が。

それをフルパワーに生かし。最大魔術に組み込んだのが、このグランシャリオ、一点収束型。

どんな敵でも確実にブチ殺すための。

最大奥義だ。

投擲された、もはや熱を通り越えて光の槍が。

魔食草の王が展開した、十二枚に達する強烈無比なシールドに突き刺さる。

三枚までは、文字通り紙のように引き裂いた。

五枚までは、秒ももたなかった。

七枚。それぞれ二秒ほど掛かる。

十枚。魔食草の王が踏ん張り、総力で防御に掛かる。それでも貫通し、撃ち抜く。

グランシャリオ収束型は、その熱をあまりにも凝縮していることもある。周囲に熱が零れる事はない。

倒れているパティとタオの至近で、シールドと激しくせめぎ合う。

だけれども、単純な魔術だけで防ごうとしている魔食草の王に対して。

あたしの一撃は、物理的な加速も伴ってのものだ。

「いっ、けええええええええっ!」

十一枚目のシールドが砕け、辺りに黄金の光が拡がる。後ろ足で立ち上がった魔食草の王が、全身を萎びさせながらも、そのシールドに全ての力を注ぎ込んでいるのが分かった。だが、見る間に消耗していく。

あたしの渾身の一撃。

こんな、地底遺跡で裸の王様を気取っていた輩に、負けるものか。

裂帛の気合とともに、ついに最後のシールドが撃ち抜かれ。

悲鳴を上げる魔食草の王が。

瞬時に生きた松明と化す。

燃え上がりながら、膨大な魔力をまき散らす魔食草の王。それを見て、フィーが声を上げていた。

「フィー! フィーフィー!」

「……」

この魔力量。

尋常じゃ、ないな。

多分ここの封印は。

そう気付いたけれども、あたしは大きく肩で息をつきながら。その場に座り込む。

目の前には。

完全に炭クズと化した魔食草の王。

そして、遺跡の彼方此方に蔓延っていた魔食草もどきは。

すでに、どこにも存在していなかった。

 

かなり時間は残っていたが。今日はもう無理だ。

アトリエに戻って、即座に解散。あたしも流石に限界なので、ベッドで横になって寝る。

フィーは心配そうにしていたが。遺跡「工房」で魔食草の王が放った魔力をたくさん食べたのだろう。

おなかは一杯なのか。

文句を言う様子もなく、すぐに寝に入ったのだった。

あたしは、ぼんやりとしている内に夢を見た。

感応夢だ。

誰かが、鉢植えを持ってくる。白衣を着た人間。半裸の人間。入り交じって仕事をしている其処に。

そして、会議が行われた。

「これはこの地で伝わる、絶対に魔力を与えてはいけないと言われている……」

「そう、神代に作られた植物だ。 だが、念入りに実験した結果、これを薪にすることで、神代のものほどではないが、それにちかい性能の金属を作り出す事が出来ると明らかになった」

「反対だ。 これは繁殖力が尋常ではなく、もしも勝手に増え始めたら手に負えない」

「だが、クリント王国の者どもは、禁忌とされていた技術をどんどん導入してきている有様だ。 何よりも、例のものとの戦いは押される一方。 既存の鋼鉄では、もはや……」

目が覚める。

これだけか。

いや、これだけで全てが分かる。

あたしは頭を振りながら、大きなため息をついた。

過去に犯された過ち。

その全ては、封印を守るためだったのだろう。

遺跡にいた人達も、分かっていたのだ。自分がどれほど危険な代物に手を出したか、ということは。

それでもなお、やらざるを得なかった。

全身が怠い。

収束型のグランシャリオは、実は昨日の分もあわせて、まだ三回しか使っていない。

アイデアをくれたのは、既に引退したウラノスさん。

あたしがどうにか最大火力技を強化出来ないかと思っていた時に。

教えてくれたのだ。

あたしの固有魔術は熱操作。

だけれども、得意技……というか切り札は蹴り技。

その二つを、別々にするのではなく。いっそのこと、一つにしてはどうだろうと。

なるほどとあたしは考え。

そして試行錯誤の末に、収束型グランシャリオを作り出した。

それを機に、術の名前もグランシャリオに変えた。

だけれども、昨日はなって見て分かったけれども。この技は、クエーサーの方があっていると思う。

全てを滅ぼす光の星。

語源は不明らしいが、その言葉だけが残った言葉。

ラプトルとかと同じ。いにしえには意味がわかっていただろう、今は分からない言葉の一つ。

だけれども、これがとにかくしっくり来るのだ。

いずれ、更に技を改良したときに。

名前の変更は、検討するべきだろう。

ただそれは今では無い。

この冒険が終わった時。

流石にあたしも、戦いながら成長するほど若くない。伸びをすると、あたしは。

まだ日が出て朝になったばかりの街に出て。

軽く体を動かすのだった。

 

流石にこの日は、皆起きてくるのが遅かった。

クラウディアはお菓子を焼いてきてくれて。それが随分と助かった程である。みんな疲れていたので。

お茶も淹れてくれた。

クラウディアだって、総力での魔術をぶっ放して。決して楽ではなかったはずなのに。

普段は滅多にお菓子とか口にしてくれないセリさんも、黙々と食べている。

感想は口にしなかったけれど。

皆で黙々とお菓子を食べてから、軽く話をする。

「今日はまず最初に安全を確認してから、羅針盤での調査と、タオとクリフォードさんの調査を並行して行います」

「そうなると俺は見張りに集中でいいんだな」

「私もそうなると言う事でしょうか」

「そうなるね」

実の所、大量のゴーレムと幽霊鎧。

何より魔食草の王に守られていた遺跡中枢部分は、それほど目だった建物があるわけでもない。

ただ、あの太陽みたいな……感応夢でみたものが捧げられていたのは、間違いなく中枢部分だ。

つまり、其処は徹底的に調べる必要がある。

ただ、戦闘中は、足を踏み入れたのだが。

そういった遺構の残骸が、力を持っているとは思えなかった。

封印も見当たらない。

それも、残留思念で調べるしかない。

外れだったら、それはその時だ。

今までの事から考えて、外れである可能性は少ないと思うが。それでも、調べる必要はある。

一通り話を終えると、遺跡に。

途中で、パティが話しかけてくる。

「ライザさん」

「うん?」

「昨日のとんでもない大魔術、あれが収束型のグランシャリオですか?」

「そうなるね。 あれを直撃させたら、生き物でも金属でも、基本的に構造体なら確実に壊せる自信はあるよ。  ただ、魔力で構築された存在とかには効きが悪いかもしれないね」

あたしだって、必殺無敵だなんて思ってないし。

そんな都合が良いものがあるとも考えていない。

精霊王くらいになると、倒せない可能性もあると判断している。今なら、色々と手札があるから、倒す自信はあるが。それだけだ。

ただ、神代の錬金術師の技術を見ると、今のグランシャリオでは倒せない相手がいてもおかしくないのも事実。

そういうのと相対した時の為に。

技は磨き抜かないといけない。

出来れば現状のクラウディアの音魔術くらいの周囲探知を、寝ている時にも出来るくらいに魔力は磨き上げたいけれども。

それはそれで、まだ先の話だ。

「それでどうしたの?」

「はい。 お父様に、遺跡での話はしました。 ちょっと現状では、あの魔食草の王だけでも、王都の警備では手に負えないですね。 今後あれと同等か、それ以上の魔物がいる可能性があると見て良いんです……よね」

「……何とも言えないけれども、少なくとも封印されている奴は、あれより弱いと言う事はないだろうね」

ぐっと恐怖を飲み込むパティ。

恐怖とつきあうのは、戦士の命題だ。

あたしだってそれは同じ。

恐怖を知らない奴はあっと言う間に死ぬ。

護り手に入った、同世代の悪ガキの中では無敵だった奴が。魔物相手に突出して。またたくまに右手を食い千切られて。

悲鳴を上げながら引きずられていって。以降は恐怖で武器を持つどころか、家の外にも出られなくなったのは。まだあたしが六つの時だったか。

とにかく根拠もなく偉そうだった奴が、別人のようにしおれてしまったので。よく覚えている。

あいつは確か、二十になる前に衰弱死したっけ。

悪い意味での成功体験を積んで恐怖を知らないでいると、そうなる。

ただ、それだけの話だ。

「分かりました。 お父様と相談して、今のうちに対策をするべく準備をしておきます」

「そうして。 まあ今の王都の戦士は、あんなのみたら逃げ散るだけだと思うけど」

「お父様が最前線に立って鼓舞して、一人でも多く非戦闘員が逃げられるように踏ん張るしかないと思います。 その時は私も……」

「……分かった。 そういう事態が来ないように、全力を尽くすよ」

流石にそれは寝覚めが悪い。

それに、だ。

状況は良くない。

星の都の封印は半壊状態。霊墓のは全壊。

そして、工房の封印はまだ見ていないが。恐らくは。

そう考えると、既に半分が駄目になっている、という事を意味する。

更には、何者かが封印されているのが何処なのかも分からない。これも今後調査しなければならないのだ。

とにかく、今日中に羅針盤を用いて、可能な限り情報を集める。

それで、できる限り調査を進める。

明日までに、工房の調査は片付けて、アンペルさんとリラさんに引き継ぎたい。二人はまた別で動いていて、調査に関してもあたし達よりも手慣れているはずだからだ。

鉱山近くの街道で、魔物を蹴散らす。流石にあの大軍を潰した後だと、かなり魔物の質も落ちている。

警備の戦士も、数を増やす予定だそうだ。

確かに南方面の街道の警備が足りないだろう。今のままでは。

ただどちらにしても熟練者は減ることになるだろうし。しばらくは警備の戦士も苦労するはず。

あたし達で、多少は苦労を減らさないといけない。

工房に到着。

魔物がいなくなって、静かだ。

あたしは頷くと。

羅針盤を取りだし、調査を開始していた。

 

2、其処にあった信仰と破滅

 

やはり羅針盤、これは強力な道具だな。あたしは、羅針盤を調整したのにもかかわらず、入ってくる残留思念の多さに驚かされる。

周囲を見回すと、そこに当たり前のように人影がいて。過去の存在であるのに、今いるかのように喋っている。

半裸の男性が目立つ。女性もかなり肌面積が多い。

此処は暑かったのだ。

それはそうだろう。

此処で多数の鍛冶工房が動いていたのだから。

話が聞こえてくる。

「また西の方の街が落ちたそうだ。 クリント王国の連中は、陥落した街の人間を全て奴隷にしているらしい。 それも、老人は皆殺しにしているそうだ」

「魔物と同じだ。 どうにかして防がないと」

「錬金術師が多数いて、どうにも分が悪いらしい。 我が国の軍も消耗が激しく、どうにか支えるので手一杯だ」

「複数の国で連合を組んでいてもとめられないか。 我が国にも、もう少し錬金術師が多くいればな……」

そういう会話が聞こえてくる。

だが、同時に。

この国も、一方的な被害者ではなかったようだ。

陥落した街から逃げてきた者達を優しく迎える事はせず。危険な労働などに従事させているようでもある。

鞭が振るわれる音。

時々上がる悲鳴。

使い捨てにされる労働者。

「また死にやがった。 根性がない奴だな」

「とにかく武器の量産を急がないといけない。 クリント王国だけではなく、封印を守らないと本当にこの土地は滅ぶぞ」

「仕方が無い。 孤児院やら救貧院やらの人間を全部寄越すように上申するしかないな」

そんな話をしているのは、白衣を着込んだ連中だ。

どうやら此奴らは、この工房が存在していた国で、社会的地位が高い所にいた者達らしい。

人間の命を、数で勘定している。

これは、滅んで当然だったんだな。

そう思って、あたしは呆れた。

他にも見て回る。

太陽のようなものが輝いているが。

その周囲には、武装した戦士や。幽霊鎧が配置されている。信仰対象というよりも、あれは動力だったのだろう。

白衣の者達が来る。

顔はよく見えない。

此処は残留思念の世界だ。この工房にいた人間にとっても。更には白衣を着た人間にとっても。

此処にいる人間そのものはどうでもよかったし。

白衣を着た連中は、此処にいる人間に皆嫌われていた、と言う事でもあるのだろう。

古代クリント王国だけが腐っていたわけではないようだ。

そう思うと。

人間に過剰な力を与えると、こうなるんだなとも思うし。

とても嘆かわしい話だな、とも感じる。

いずれにしても此奴らは、既に滅びた。

ともかく封印の話だけしてほしいものだとあたしは思う。それくらい、どんどん不快感がせり上がってきている。

此奴らの遺志を継ぐんじゃない。

いま生きている人間の、命を守るために封印をどうにかする。

王都で偉そうにしている貴族だの王族だののためではない。

今を生きるために必死にあがいている人達のためだ。

そう考えて、一度羅針盤を閉じる。

かなり精神的に消耗している。この羅針盤、人間のくだらない部分をダイレクトに見せられる。

そんな事は分かっているし。

今までだって、散々くだらない人間の本性は見て来た。

だけれども、あたしの周囲には、幸い、そうではない人が集まってくれた。

だから、頑張れる。

「ライザ、大丈夫? 顔色真っ青だよ」

「平気。 引き続き、周囲の警戒をお願い」

「分かったわ」

クラウディアは、頼もしいな。

そのまま羅針盤を開いて、調査を行う。これも散々調整した上で、なおもまだ消耗が激しい。

誰かしらに引き継ぐときが来たら。

その時には、更に細かく調整しないと危ないだろう。

あたし専用に今は調整している。

他の人間が使ったら、一瞬で干涸らびかねないのだから。

それに、精神的な負担もある。

とにかく続けて、調査していく。実際問題、封印の状態が恐らく相当にまずい事は分かりきっている。

出来るだけ急いで、可能な限り補填をしなければならないだろう。

また、残留思念を見ていく。

鍛冶区では、量産している。幽霊鎧もゴーレムも。どんどん余所に運び出しているようである。

「昔は人間が多すぎて、街には物乞いなんて者がいたらしいが、今では人間が全く足りない有様だ」

「戦争で文明が進歩するとか言う説を誰かが唱えたらしいな。 現実はコレだ」

「淘汰圧がどうのこうのだろ? 優秀な奴、真面目な奴から死んでいって、残るのはサイコ野郎ばかりだよ。 結果がこのがらんどうの兵隊で補うしかないってのは、笑えない話だよな」

「しっ。 誰が聞いていてもおかしくない」

鋭い不平不満。

古代クリント王国時代をピークに、人間の数は激減していき、魔物との力の差が逆転することになる。

それは誰もが知っている歴史だが。

その前にも、古代クリント王国は敵対する国家をこんな風に蹂躙して潰していたんだな。

古代クリント王国の錬金術師が、如何に奴隷にされた人々を残忍に扱っていたかはあたしも感応夢で見たが。

あれは、こういう負けた国から連れてこられた人間だったのだろう。

いや、それだけではないのかもしれない。

自分の国でも、権力層が気にくわなかったり。

或いは何らかの理由で資産を失ったり。

そんな事があった人間は、奴隷にされて。

頭を振る。

今ですら、世の中は良くないのだ。

それなのに。人類の文明が魔物に優位を取っていた時代ですらこれだったと思うと。あたしは、おかしくなりそうだ。

羅針盤を閉じて、休憩を入れる。

パティが心配そうに声を掛けて来る。

「ライザさん、休憩を入れてください。 ライザさんが無双の豪傑でも、それでも消耗はする筈です」

「ありがとパティ。 無双の豪傑って、大げさな」

「大げさなものですか……でも、少し安心しました。 ライザさんでも、消耗するって分かると」

「フィー!」

フィーがパティに同調するように懐で言うので、あたしは苦笑い。

とにかく少し休憩を入れる。

タオとクリフォードさんは、必死に遺跡を調査してくれている。時間はあまりないが、急いでも多分残留思念に精神をやられてしまうだろう。

熱魔術でホットミルクを作って、それを飲み干す。

随分楽になる。

そのまま、少し体を動かして。気分転換をしてから、また羅針盤を使っての残留思念を調査に戻る。

今までの遺跡と違って、此処では人々の不満がとにかく多く聞かれる。

多分戦争に直結した場所だったから、なのだろう。

古代クリント王国との戦争に不満が多いのは。

封印された何者か。

あたしはフィルフサでないかと思うのだが。ともかく、その何者かは人間ではなくて。そいつには怒りをぶつけようがないからなのだろう。

太陽のように輝く、中央区にある何か。

話をしているのは、豪奢な格好の奴だ。

貴族か王族か。

側にいるのは、その手下だろう。

「動力はどうだ」

「どうにも。 恐らく、例のものを封印するまでもてば良い方かと思われます」

「国力を消耗し尽くしてしまうな。 クリント王国に何度か降伏の使者を送ったが、聞き入れる様子もない。 最悪の場合は、離散して逃げるしかないだろうな」

「もはや組織的な抵抗能力は失われつつあります。 封印をとにかく完成させて。 後世に生きる者達のためだけに、出来ることをしなければなりませんな」

煌々と輝く地底の太陽。

これは、なんだ。

「封印するしか手がなかったのが口惜しい。 クリント王国の鬼畜共に、いっそ押しつけてしまえばよかったものを」

「なりません。 あの者達……正確にはクリント王国を動かしている錬金術師達は、モラルというものを微塵も持ち合わせておりません。 あのようなものを渡したら、一体何に利用しようとするか」

「口惜しや。 滅ぶ以外になにもないとはな」

「無念は分かります。 ともかく、今民を少しずつ辺境に逃がしております。 全てを逃がすのは恐らく無理ですが……」

また、別の者が映り込む。

残留思念と言っても、時代とかがバラバラだ。

太陽は明るかったりしぼんだりしていて。

これがなんなのかすら分からない。

なんなのか、分かる残留思念はないだろうか。

少し周囲を歩き回りながら、動き回っている残留思念を見て良く。

半裸の男女が、太陽みたいなのを拝んで、呪文みたいなのを唱えている。あたしも詠唱はするが、これは詠唱する呪文とは違うな。

何となく、理解する。

これは魔術というよりも、クーケン島の老人達が言っていたような「呪い」だ。

皆が唱えているのは、精神をぐらぐらに揺らす一種のトランス状態を作り出すためのリズムであって。

なんら魔術的な意味はない。

ゆらゆらと揺れる人々の残映。

それが崇めているのは、太陽のように燃えさかる何か。

「神代の残り火よ!」

誰かが声を張り上げる。

多分この国で一番偉い奴だ。

太陽の前に立って、手を掲げ。

自分がその代理かのように振る舞っている。

「我等に繁栄を! この土地に実りを!」

「我等に繁栄を!」

一斉に周囲が唱和する。

これは、信仰の対象だったのだ。それも、王族か、それに近い立場の奴がわざわざ出てくる程の。

無言になって、考え込んでしまう。

正直な話、これが健全な事とは思えない。

老人達がやっているような信仰とは違う。

組織化された、政治と一体化した信仰。タオが言っていたような、古代クリント王国以前にあったような、支配のための宗教だ。

そして、見る。

なるほど、そういうことか。

これはどうやら、余所から持って来たのだろう。

元は、魔術的な何かの装置。

太陽みたいなのは、その装置が作り出していたのであって。

ここに据え付けられたのは太陽ではない。

既に動かなくなっている装置だ。

羅針盤を閉じる。

あたしは、ぐっしょり掻いている冷や汗を拭うと。

地面を触り、確認していく。

この辺りの筈だ。

「ライザ、何か見つかった!?」

「……分かってきた事がある。 この辺りに動力炉がある」

「でも、地面は何も無かったよ」

「違う。 ひょっとすると……」

確かに一見すると何も無い。

タオが声を掛けて来たが、あたしは適当に応じて、距離を取る。羅針盤を使って、色々な角度から中央区を見やる。

それで、少しずつ分かってきた。

そういうことか。

あの中央区自体が。

全部まとめて、炉なんだ。

動力はどうなっているのか、分からない。

それほどのオーバーテクノロジーなのだ。

神代の、という言葉があった。或いは神代に開発された、とんでもない超ド級の古式秘具だったのかも知れない。

いずれにしても、はあとあたしは溜息が出る。

これは、この国が滅びるまで、何百年も動き続けて。

多くの動力の元になったのだろう。

無言で見やる。

そして、調査に戻る。

今は、これはどうでもいい。

ともかく、封印があるなら見つける。ないなら見切りをつける。いずれにしても、さっさとやらないとまずいのだ。

隅から隅まで、羅針盤で調査していく。残留思念が、彼方此方を行き交っているが。

見えた。

壁の一角があく。

とんでもなく厳重に警備されている。

だけれども、今はもう。

そんな警備など、過去の存在になり果ててしまっている。だから、そのまま近くまで行って、調べる事が出来た。

「みんな、此処だよ!」

間違いない。

多分、此処だ。羅針盤を使って、念入りに調べる。

一見するとただの岩壁。此処を古代クリント王国に発見されたときに備えて、念入りに偽装したのだろう。

かなり現実の光景と、羅針盤の光景が違っている。

今は岩壁だが。

昔は、もの凄くテクノロジーを感じる、堅牢そうな壁になっていたようだ。

「壁の封印はどうだ」

「神代の残り火が動力となっています。 クリント王国の者どもですら、簡単には開けられないかと」

「よし……。 最後の仕事は終わりだな。 例の植物を放て。 もう此処に用はない」

「無念にございます」

蠢いていた、魔食草もどき。

それが彼方此方に、無作為に放り投げられているのが見える。なるほど、あれが伸びに伸びて、この地下空間を占拠したのか。

周囲にはもう人はいない。

残留思念というのは不思議で、何かにフォーカスしてみると。他は見えなくなる。つまり、この残留思念に集中していると、こうなる。

何が言いたいかというと。

要するに、この壁を封じて、魔食草もどきを放った時。

この遺跡は、既に役割を終えていたのだ。

恐らく今の王都が古代クリント王国に陥落させられたのか、或いはそれに近い状態になったのか。

いずれにしても、この遺跡を有していた国が、負けが確定したのだろう。

そして封印だけはした。

後の時代の人間のために。

そう判断できたのは。封印したものが、人間の手に負えるものではないと分かったから。

追い詰められると人間は愚かな判断をする。

この遺跡を有していた人間は、決して正義でもなければ善良でもなかった。おぞましい事だってやっていたし。

社会にたくさんの矛盾を抱えてもいた。

一部の人間は、古代クリント王国以前はパラダイスのような代物だったと考えているようだが、そんなものは大嘘だ。

古代クリント王国だけがカスだったのではなくて、他の国だって似たようなもので。その中で古代クリント王国が錬金術師の手で勝ち残った。それだけの話であったのだろう。それはよく分かった。

あたしは、羅針盤を閉じる。

だいたい、やるべき事は分かった。

まず第一に、岩壁の偽装に使われている岩を崩す。皆で総出で、さっさとやってしまう。

あたしが熱槍を叩き込んで。更にそれを急激に冷やし。

クラウディアが矢を連発して叩き込み。

最後にレントとクリフォードさんが気合いを入れて大きい一撃を叩き込むと。巨岩が嘘のように崩れて、ぼろぼろと周囲に散る。

更に掘り進める。

三度もそれをやると、堅牢な壁が出てくる。

パティが、声を上げていた。

「い、岩の中にこんな凄い壁が。 羅針盤、とんでもないですね……」

「危ないよ。 ちょっと離れて」

一応念の為だ。

ぶっ壊せないか、試してみる。

壁に対して、あたしは熱槍を連続して叩き込む。

更に、立て続けに冷やしてみる。

だが、流石に対錬金術師を想定しただろう壁だ。びくともしない。傷ついている様子もない。

勿論、執拗に攻撃を続ければ、恐らくは壊せるだろうが。

問題はそれに掛かる時間だ。一月は掛かる。あたしはそう判断した。

「よし、この壁は簡単には壊せない。 だとすると……」

一時的にであっても、あの炉を動かすしかない。そういうことだ。

フィーが、懐でごそごそと動いて。フィーと鳴く。

時間か。

あたしは頷くと、一時撤退を指示。

タオやクリフォードさんも、しっかりあたしが羅針盤で残留思念を見ている時にも、調査をしてくれていた。

今日は帰ってからが忙しい。

帰路も油断しないように急いで、王都に入ってやっと一息をつく。

そして、アトリエに入ってから。残留思念で見た事を、順番に告げる。タオは凄い勢いでメモを取っていく。

「なるほど。 もう名前も残っていない、この土地にあった国。 そこでは、そんな事が行われていたんだね」

「王都はその国の首都だったのでしょうか」

「いや、違うと思う。 その時代の首都は、もっと大きかっただろうし。 古代クリント王国に焼き払われたんじゃないのかな」

「……」

ぞっとしたのだろう。パティは青ざめて俯く。

この王都は、古代クリント王国が滅ぶときに、奇跡的に残った都市の一つだ。それは、タオからも聞いているだろうし。

歴史の授業でも教わっている筈。

魔物との力の差が逆転し、人類が日々勢力圏を縮小している今。

だが、過去は今よりいいとは、限らないのである。

「まず順番に、やるべき事を整理しよう。 最初にあの中央の巨大炉を動かす。 ざっと見て来たけれども、恒久的に動かすのはもう無理だと思う。 一時的に動かす事だけだったら、なんとかなりそうだけど」

「マジか。 相変わらずすげえな」

レントが感心してくれる。

ありがたい。

こういう、まっとうな視点から褒めて貰えると、やる気が出るというものだ。

「それで次にあの岩に埋まっていた壁を開かせて、中にあるものを確認すると。 宝の可能性は」

「ないですね。 恐らく封印があるのが彼処です。 ガーディアンは流石にもういないと思います」

「まあ、それはそれでロマンだな。 今まで封じられていた歴史の産物だ。 それがどんなものであろうと、ロマンなら俺は愛するぜ」

「……」

クリフォードさんの独自理論を聞いて、セリさんが呆れているようだが。

あたしとしては、人には人の数だけ考えがあると思うし。

それが有害でなければどうでもいい。

クリフォードさんの理屈は確かに独特だけれども、別にあたしに害があるわけでもないし、誰かを苦しめているわけでもない。

だったら、それでかまわない。

自分と意見が違う人間をゴミか何かのように見る輩がいるが。

そういう連中こそ、古代クリント王国の連中と大差ないようなゴミカスであり。人間という存在そのもの……いや世界そのものの敵だろう。

あたしには、興味が無いし。

縁もない相手だ。

「ライザ、ごめんね。 ちょっと今日は早めに引き上げるわ」

「クラウディアこそごめん。 明日は大丈夫? 低いとは言えあの壁の向こうにガーディアンがいる可能性があるから、出来るだけ戦力は揃えたいんだ」

「うん、それはどうにかしてみる」

クラウディアが急いでアトリエを出ていく。

機械関係で、王都の政治勢力図が動乱の兆しを見せている。メイドの一族が動いてそれぞれ勝手に動かないように掣肘しているようだが。それでも、クラウディアは連日会議を行わないといけないくらい面倒な事態になっている。バレンツはそれだけの影響力を持つ商会で。

更には機械修理という点で、今は台風の目に位置している。

タオが咳払いすると、議事録を見せてくれた。

なるほど、良く纏まっている。

「ありがとうタオ。 みんな共有して」

「よし、見せてくれ」

回し見して、それで今日は解散とする。クラウディアには、明日見て貰えればいい。

意外にも、声を掛けて来たのはセリさんだった。

「それでどうやってあの戸を開けるつもり。 あの中央部分の巨大装置を動かすという話だったけれど」

「簡単ですよ。 動力を補給してやれば良い。 あれがどうやって動いていたかはちょっと分かりません。 地熱を使っていたのか、それとも大気中の魔力をあり得ないくらいの効率で吸収していたのか」

実は、個人的には龍脈が怪しいと思っている。

というのも、以前ドラゴンを仕留めたときに、古代クリント王国が作った装置を見たのだけれども。

龍脈を利用していて。それで動くようになっていた。

あれは古代クリント王国と言うよりも、もっと古代の技術だった可能性が高い。

そうなると、神代のものとなれば。

龍脈を使って動く装置は、当たり前だった可能性が高いのだ。

いずれにしても、動力の元は多分断たれてしまっている。動かなくなるまで使ったのだろうし、何よりももう使えないようにあの遺跡の人間達が手を打ったのだろう。

だから、動力そのものをあたしが補給すれば良い。

それだけだ。

「そう。 具体的にどうするの」

「扉さえ開けばいいので、ごく短期間だけ開けばいいんですよ。 何、今晩中に仕上げておきます」

「……分かった。 見せてもらうわ」

セリさんは、めいめい帰宅していく者達に混じって、アトリエを出ていく。

大きく嘆息する。

そして、あたしは。

ありったけの魔石を出してくる。フィーがその上を飛び回るが、食べ物では無いよと告げておく。

遺跡を探している間に、見つけた魔石は結構ある。

それらをまとめて圧縮して。更にあたしの魔力もつぎ込む。

そうすることで、臨界ギリギリまで魔力を詰め込んだ、一瞬だけでも動力の代わりになるものが出来る。

この手のものは、散々調合してきたので、別に難しくも無い。

淡々とやってしまうだけのことだ。

ただ時間は掛かるし、制御も難しい。

丁寧に釜の中で調整をしていると。

フィーはあたしが厳しい調合をしていると理解したのだろう。見張りをしてくれた。

賢い子で助かる。

あたしは夜半まで。調合に没頭する。何、これくらいの調合なら。幾らでもこなしてきたのだ。

失敗する要素もなければ。今更怖れる事もなかった。

 

3、夢の果てのがらくた

 

遺跡の中枢部に出向いて、あたしは作ってきた疑似太陽を掲げる。それは炉の中枢の真ん中に飛んでいき。

そこで、固定された。

炉が輝く。

往事とは比べものにならないほどか細いが、それでも陽が点ったのだ。

彼方此方が動いている音がする。

レントがぼやく。

「クーケン島でもみたが、本当にとんでもねえなライザの錬金術……」

「あたしが凄いんじゃなくて、錬金術が凄いの」

「分かってるよ。 それよりも、急ごうぜ。 あんまり長くはもたないんだろ」

レントに急かされて、例の壁に行く。壁の辺りは、がつんがつんと頼りない音を立てながら、少しずつ開いていて。

それを、セリさんが、植物を出して固定。更にレントとクリフォードさんが、大剣とブーメランをそれぞれてこのようにして、急に閉じないように固定してくれた。

「調査、急いでくれ!」

「合点!」

「パティ、クラウディアが音魔術を全力で使うから、支援して!」

「わ、分かりました!」

タオが走りながら、パティに指示。

パティだけが手が開いているから、それを理解しての事だろう。

あたしも、それを見て頷く。

そうやって連携が出来ていれば、それでいい。

壁の奥に入ると、暗闇の中、何かが浮き上がってくる。

それは、枯れ果てた根。

魔食草もどきは、あたし達で殺した。あの本体部分を殺した時に、殆どの根も枯れ果てた。

そんな枯れ果てた根が、彼方此方に散らばっている。

そうだ。

あれほどの旺盛な繁殖力を持つ植物だ。

時間を掛けて、根はこの強靭な壁床を浸食し。そして、此処に辿りついたのだ。

目の前にあるのは。

魔力を魔食草もどきに吸い尽くされた、無惨な封印の姿だった。

タオが、首を横に振る。

「ダメだ。 この封印は死んでる」

「フィー……」

「ちょっと調べて見る。 レント、クリフォードさん、セリさん! 頑張って!」

「おう! 任せておけ!」

とはいうが。どうもあの壁、そもそも経年劣化でどうにもならなくなっていたらしい。レント達が支えてはいるが、あれはもう動かないだろう。

急いで調べる。

魔力は、中枢部分にわずかに残っている。

だが、それだけだ。

漏出を避ける為に、「星の都」でやったように、コーティング処置をする。その間。タオは全身で封印に。八角錐の魔石の塊に絡みついていた根を引きはがして、処置してくれていた。

「炉の陽は!?」

「大丈夫、全然平気!」

「よし……」

コーティングを済ませる。結構大きな結晶だが、それでもてきぱきとやればすぐである。

足下の魔法陣をチェック。今までのものとこれで比べる事が出来る筈。根によって傷んでいるが。

それでも、かなり完全な状態で残っていた。

「タオ、写し取れる?」

「大丈夫、任せて!」

「……」

あたしは羅針盤を使う。

残留思念は、残っていた。

だれかがいる。

技術者らしい。白衣を着込んでいるところから、それは間違いないのだろう。

「多数の屍から作ったこの封印だが、いずれは破られるだろう。 その時、人間に抵抗する力があれば良いのだがな……」

「フィー!」

「……そうだな。 いこう」

今のは。フィーに似た生物。

前もちらっと見たような気がするが、やはり此処にもいたのか。

しかし、フィーはあくまで無力だ。

魔力をどか食いするが、それ以外に力らしいものもない。魔術媒体として使えるものでもないだろう。

無言で、封印の間を出る。

レントとクリフォードさんが扉から離れるが。もう扉は動かない。セリさんも、魔術を停止。

それでも、扉はもう動かなかった。

あたしは動力炉に供給していた、圧縮魔石を回収。

それでも動かない所を見ると、遺跡の最後の力を振り絞ったものだったのだろう。最悪、一月かけてぶち破らないといけなかった。

そう考えると、助かったと言えた。

「少し早いけれど、撤収!」

「それで、次はどうするんだ」

レントが禁句を言う。

一応、まだ候補らしい場所は二つある。

「深森」と「北の里」だ。

だが、王都近郊には樹海が拡がっていて、そこの具体的にどこに森があるのかが、よく分からない。

一応タオが調べてくれてはいるが、何カ所かにまだ候補を絞っている途中であるらしい。

北の里は出来るだけ最後にしたい。

というのも、ワイバーンが見せつけるようにして飛んでいる危険地帯である。出来れば、最後の最後に行って状態を確かめたい。

パティがかなり腕を上げて来ているのだが。もう一ランク上げれば、足も引っ張らなくなるだろう。

それには実戦を経験するのが一番だ。

もう少し、パティには実戦を経験して欲しいのである。

坑道を戻りながら、レントに応えておく。

「とりあえず、次の封印調査は、一度戻って考える。 後、此処の事をアンペルさんとリラさんに連絡して、調査はして貰うつもり」

「森の遺跡なんて、そんなにあるものなのか」

「俺が知っているだけでも、この近郊にそれらしいものは四つあるな。 だけれども、どれも調べ尽くされている。 多分やっこさんはそれらとは別のもので、段違いに危険と見て良いだろう」

「ひえっ」

クリフォードさんの話を、パティが素直に怖がる。

恐怖は感じて良い。

今は、順番にやるべき事をやる。

ただ、それだけだ。

 

アトリエに戻ったのは、昼少し過ぎ。

議事録を作って、解散とする。

封印は三つ確認したが、その内二つが既に崩壊。一つは破綻寸前。五つで封印を完成させているとすると。

残りの状態次第では、いつ封印が敗れてもおかしくない。

しかも、今まで残留思念を見る限り、具体的に封印が何処にあるかは分からないのである。

それが最大の問題だ。

最悪の場合、封印の場所さえ分かれば。

あたしから出向いて、封印をブチ抜いて。潜んでいる何かを叩き潰せば良い。

フィルフサの可能性もあるから、それについては今から準備をする必要があるが。

それも、今では対策のやり方が分かっている。

あたしも三年前の、フィルフサの大軍勢との戦いの後から、何もしていなかった訳ではない。

今回も、切り札になるような道具は。幾つか持って来ているのだ。

お薬や爆弾を作り置きして、少し時間が出来たので、昼寝でもする事にする。

細かく疲れを取るのが。こう言うときのコツだ。

フィーが、側に降りたって、頭をすりつけてくる。

この子は頭が良い。

だから、あたしが場合によっては処分も考えていることを、気付いていてもおかしくはないだろう。

それなのに、こうやって精一杯の愛嬌を向けてくる。

なんだか色々と、気持ちが重くなる。

子供には、親を嫌えない年代というのがある。特に人間はそれが顕著で。毒親と言われるようなどうしようもない親は、そういう時期に子供を痛めつけるのが楽しくて仕方が無くなり。

結果として子供を死に追いやったりする。

フィーはとても賢い上に、人間に思考回路も似ているとあたしは思う。

それもあって、とにかく家畜と接するようにはいかなかった。

しばし昼寝して。

起きだしてから、フィーを起こす。

あたしの懐に入ると魔力を補給できるので、それでフィーが餓死することはないはずだが。

それでも基本的に一日の最後に、あたしが魔力を根こそぎあげると喜んでいるから。あるだけ魔力を食べる性質なのだろう。

夕方少し前。

カフェに出かけて、納品を済ませておく。

少し前に頼まれた原石の加工も終えて、カフェのマスターに渡しておく。高価なものだが。

この店で狼藉して、生きて帰った者はいないそうである。

まあアーベルハイムが目を光らせているし。

この人自身も、相当な使い手なのだろうし。

「これは、凄いわ。 本当に何でも出来るのね」

「できない事の方が多いです。 たまたま、これは出来る。 それだけですよ」

「そう……」

寂しそうに微笑むマスターさん。

あたしは咳払いすると、他の納品も済ませる。

魔物退治が幾つかあるが、レントが片手間に終わらせているのもあるらしい。まあ、単騎でも片付けられる程度の魔物だったら。レントが鍛錬する相手には丁度良いだろう。

次に畑に。

カサンドラさんは今日も仕事をしていた。

例の珍しい植物は、なかなか上手く行かないらしい。あたしが時々圧縮肥料を渡しているのだが。

それでもなかなか。

多分気候とかの問題なのだろう。

カサンドラさんの技量に問題があるようには見えない。仮に育成が上手く行っても、量産は厳しいだろうな。

そうあたしは思う。

近所の子供が、最近は手伝いをしてくれているという。

なんでも義賊の三人組が、畑があるから食事が出来ると言う話をして回っているらしく。

基本的に偏見がない幼い子供が、小遣い稼ぎに農業区に出て来ているという。

幼い子供でも、小遣い稼ぎ程度の労働をするのはどこでも同じ。

クーケン島でも、あたしは幼い頃から湯沸かしをやっていたし。ましてや物価がおかしい王都では、なおさらなのだろう。

「この作物はたまに上手く行くんだが、基本的には厳しいね。 卸せるようなものはいつになったら作れるか……」

「普通の作物を作りながら、土を整えましょう。 それしかありません」

「ああ、分かってる」

「この肥料、少し改良してみました。 使って見てください」

肥料を引き渡しておく。

肥料といっても色々で、栄養を増やしてみたり、酸味を強くしたりと色々なパターンがある。

植物によって好みが違うためだ。

植物というのは、野に咲いているような何処にでも生えるのは生えるが。

作物になってくると、かなり好みが五月蠅くなってくる。

中には接ぎ木でしか増やせないものもある。

これらは品種改良を続けた結果、まともに子孫を残せなくなってしまった植物であって。完全に人間に運命をねじ曲げられた存在と言えるかも知れない。

他に幾つか話をした後、セリさんの畑を見る。

丁寧に植えられているが、見た事も無い植物ばかりだ。

「セリさんは今も早朝ですか」

「ああ。 私より早く来て、すぐに帰っていくね」

「ふうん……」

それにしても、どういう基準で植物を育てているのだろう。

ともかく、悪ガキが荒らさないように、カサンドラさんには一応念を押しておく。

セリさんがものすっごく強い事は、カサンドラさんも何となく分かっているらしく、それは子供にはしっかり仕込んでいるらしい。

ならば、大丈夫か。

畑を後にして、後はバレンツ商会にちょっとだけ顔を出す。

布とインゴット、ゼッテルが少し出来たので、納品しておく。あたしが来たことを知って、愛想笑いを作る受付のおじさん。

まったく、クラウディアの友人だと知った途端に態度を変えやがって此奴は。

そう思いながら、さっさと納品して、お金を受け取っておく。

王都の物価を考えると、お金はなんぼでもいるし。

何より、今後何に使うか知れたものではないのだ。

幾らでも必要になる可能性もある。今のうちに、蓄えられるものは蓄えておくべきだろう。

アトリエに戻って、後は茶菓子で茶をしばくか。

そう考えていると、来客だ。

アンペルさんだった。

リラさんはいない。

そうなると、遺跡の話か。

「ライザ、調査は順調のようだな」

「はい。 調査そのものは」

「封印とされるものが壊滅状態である事が分かっただけで収穫だ。 それが完全に壊れていると判断できたら、ともかく封印されていたものの正体を確かめなければならん」

「まったくです」

魔法陣をアンペルさんにも見せる。

アンペルさんは、空間をずらすという強力な固有魔術の使い手だが。それも流石に人間の魔力では際限なく使える訳ではないらしく、「切れ味が凄い刃物」程度にしか使えていない。

全盛期はもう少し戦えたとアンペルさんは言うのだが。

元々からだが強い方ではなかったそうなので、暗殺者を退けながら戦闘技術は身に付けたのだろう。

「なるほど、古代クリント王国より更に古い様式だな。 残念ながら、破損部分が分からないと、封印の方向はなんともいえない」

「ああ、やっぱりそうですよね」

「ただし、霊墓の封印を調べていて、分かった事がある。 地図はあるか」

頷いて、地図を出すと。

アンペルさんは、何本か。指を地図上で走らせて、書いて見せた。

「魔法陣の復元を行ってみた限り、霊墓から見てこれらの方角に封印があった可能性が高いと見て良い」

「なるほど……」

「星の都はこれから調べる。 星の都の封印はまだかろうじて生きていたということだな」

「渡しておいたエアドロップを使ってください。 リラさんもいるから、不覚は取らないとは思いますが」

「ああ、任せておけ」

まだこの人は、あたしの師匠だ。

それだけの力量と知識がある。

安心して、取りこぼしがないか調査を依頼できる。ついでなので、炉の動力も渡しておく。

頷いて、アンペルさんは受け取ってくれた。

それから幾つか話をして、それが終わるとアンペルさんはアトリエを出ていく。

時間も遅い。

夕食にして、それで終わりにする。

立て続けに大きな戦いや調査があったから、疲れが溜まっている。

フィーもそれを感じ取っているのか。

あたしの方を、心配そうに見つめる。

「フィー……」

「大丈夫だよフィー。 ちょっと疲れたけど、三年前の夏はこんなもんじゃなかったし」

あの時は。

本当に一瞬が惜しい状態が続いて。疲れもロクに採れないまま、フィルフサの百万を超える軍勢と戦う事になった。

大雨を降らせることに成功して、一気に形勢が逆転したが。

あれに失敗していたら、それこそ一瞬で圧殺されてしまっただろう。それくらい、綱渡りの状況だったのだ。

今でもあの戦いが行われたグリムドルには数ヶ月に一回足を運んでいるが。

雨が降るようになって空が少しずつ澄み。

水も綺麗になり。

緑と青が土地に増えている。

グリムドルに逃れてきたオーレン族が、あたしを見て襲いかかろうとするのを、キロさんがとめるのがいつもの事。

今ではグリムドルには、三十人以上のオーレン族がいるが。

手足を失っている人もいて。

新しい命を誰かが授かることもないようだ。夫婦も何組かいるのだが。

オーレン族は繁殖力が人間に比べて著しく弱いと言う話を聞いてはいるから、仕方が無いのだろうが。

それでも、グリムドルを足がかりに、とにかく少しずつ世界の復興をしていくしかない事を考えると厳しい。

今は。その厳しい状態を、ある程度あたしは受け入れられている。

それだけでも、大きな進歩だと言えた。

「さ、フィー。 明日も朝は早いよ。 寝よ」

「フィー!」

すぐにあたしに寄り添って、眠り始めるフィー。

あたしは苦笑いすると。

この子を手にかけない未来が来るといいなあと思う。

少しずつ、確実に情が強くなってきている。だけれども、畜産の経験があるあたしは。いつだって非情になれる。

だから、そうなりたくはない。

そうと、考えるしか無かった。

 

翌朝。

朝に、皆で集まる。タオが、先に王都周辺の地図を開く。そして、北東部の密林地帯を指さしていた。

「現時点で、密林地帯に発見されている遺跡は四つ。 いずれも探索され尽くしていて、調査結果を見る限り、大した魔物もいなければ封印らしいものも見つかっていない。 もしも封印があるのなら、強力なガーディアンや、迎撃戦力が配備されているとみるべきだろうと僕は思う。 つまりこれらは違うと見て良い」

「そうだな。 俺も調べて見たが、それらの遺跡は集落跡だ。 それも大した規模の集落ではない、な」

「そうなってくると、現地の人達に聞き込みをして、タブーになっている場所を探すしかないんでしょうか」

「その通り」

パティが言うと、タオがそれを肯定。

前にも聞いたが。

危険な遺跡は、現地民から危険地帯扱いされている事が多いのだとか。

クーケン島でもそういう傾向があった。

だから、あたしもそれには同意できる。

「森の中、周辺にある集落はいつつ。 順番に周りながら、話を聞いていくことにしようと思う。 僕はごめん。 図書館に篭もって、調査をするよ」

「私もちょっと申し訳ないのだけれど、今日はバレンツ商会で仕事をするわ。 ライザに頼もうと思っている機械の修復が、大詰めになっていて」

「そうなると、タオとクラウディア無しでだな。 深追いはできねえな」

「そうなる。 あの音魔術無しで、遺跡に入るのはぞっとしねえ」

レントとクリフォードさんは息ぴったりである。

この二人、どっちもソロ活動が主体だったから、こう言うときの立ち回り方は理解しているわけだ。

頷くと、出る事にする。

久しぶりに、王都東の門から出る。

なお西にも森はあるそうだが。樹海とは程遠い規模しかなく。荒野が拡がっている地帯の方が多いそうだ。

一瞬、森が切り開かれている可能性も考慮したが。

その辺りは、タオが調べてくれている。

この辺りに、「元密林」は存在していないそうだ。

封印があるとしても、其処まで遠くではないだろうし。街の北東部にある密林地帯の、何処かに残留思念で見た「深森」があると判断して良いだろう。

ただ。問題は此処からだ。

出来ればクラウディアに来て欲しかった理由は、実の所音魔術ではない。

密林の内部なら兎も角、街道の魔物だったら、この面子であればオーバーキルも良い所だ。

余程の事がない限り、手傷も受けないだろう。

「ライザ、いいか」

「どうしたの」

「丁度良いと思って、先にカフェで魔物退治の依頼を受けておいた。 片付けておこうぜ」

「うん、確かに丁度良いね。 始末しておこう」

レントがそんな話をしてくるので、受ける。

そのまま、魔物……小型のワイバーンがいる場所に出向く。

ワイバーンは我が物顔に街道の上空を飛んでいて、得物を見定めているようである。あたしが熱槍を叩き込むと、即座に降りてくるが。

はっきりいってこのサイズのワイバーンでは、もう相手ではない。

クリフォードさんのブーメランが直撃して、それで体勢を崩す。其処に、跳躍したレントが翼を叩き斬る。

地面に落ちたワイバーンはそれでも抵抗しようとするが、後は情け容赦なく攻撃を集中しておしまい。

パティにとどめを任せる。

尻尾の猛毒に注意という話はしておいたが。

勿論パティも、対応できた。

むしろ、あんまりにあっさりワイバーンを仕留められたので、驚いていた。

「わ、ワイバーンですよね! お父様だって、出来るだけ手を出さないようにと口を酸っぱくして言っているのに!」

「これはとても小さい個体だね。 気が大きくなって出て来て、人を襲ったんだと思う」

「雑魚も雑魚だ。 俺たちが最初に倒したワイバーンよりずっと小さい」

「とにかく、早く解体しよ。 肉も美味しいし、素材も使い路がいろいろあるんだ」

毒棘のある尻尾を叩き落とすと。後は吊して解体する。

肉は一部、その場で食べる。

ワイバーンの肉は、どんな家畜のものよりも美味しい。パティも一口食べて見て、呆然としていたほどだ。

まあ王都の警備の戦力では、ワイバーンを倒すのは困難だろうし。肉も貴族の口に入らないだろう。

今は人間がそれだけ魔物に追われている時代なのだ。

依頼も、出来れば追い払ってほしいと言う、ダメ元のものだったようである。

もう少し人間の戦力があれば、ワイバーン肉を食べたいとか言う貴族のために、大きな犠牲を出しながら戦士が戦うのかも知れないが。

今は、そんな戦力もない。

残りの肉を燻製にする。

しばし視線を泳がせていたパティが、おずおずと片手を挙げる。

「あ、あの。 す、少しだけ分けていただいてもいいですか」

「別にかまわないよ。 どうするの?」

「その、お父様に。 お父様、いつもアーベルハイム家の皆の為に、身だしなみはともかく、食事は質素極まりなくて。 平気で粗食ばかりして、珍味美味はテーブルマナー用にと思っている節があって」

まあ、パティは貴族二世だ。

騎士から武勲を重ねて爵位を得たヴォルカーさんは、そうでもおかしくはないだろう。元は庶民だったのだ。

背負うものを考えると、部下のために自身の浪費は抑えていてもおかしくない。

立派な人だが。

パティが心配するのも分かる。

激務も続いているだろうし。

「ライザ、ワイバーン肉の一番うまい場所ってどこだったか」

「あたしもそんなに専門的に狩ったわけじゃないんだけどね。 今までに何体か狩って食べたけど、どこも同じように美味しいよ。 燻製にして持ち帰るなら、なおさらだろうね」

これが鶏だったら胸とかももとか、筋肉を使っている場所なのだろうけれど。

ワイバーンは巨体を魔術で浮かせている。つまり別に翼を使う辺りの筋肉が発達している訳でもない。

いずれにしても、レントが言ってくれた意図は分かったので。

比較的柔らかくて食べやすい胸肉の燻製をパティに分ける。

パティは。目を擦ってまでいた。

タオがいないと、この子は本当に年齢以上に幼くなることがあるな。そう思って、あたしは腐らないで欲しいと思った。

腐りきった王都にも、こう言う子がいる。この子が貴族になったら、更に爵位を挙げてロテスヴァッサを変えたら。

ちっとは、この世界はマシになる筈だ。

勿論パティの子までまともとは限らない。

だけれども、人類がやりたい放題に押されている今の時代を少しでも変えられるのだったら。

パティに、アーベルハイムに。

投資する意味は、大いにあるのだった。

 

4、晩餐のひととき

 

アーベルハイム卿。ヴォルカーは、自宅に疲れた体を引きずって戻って来ていた。

無能な王室の、出来もしないことを並べ立てるだけの会議。

あーでもないこうでもないと、実体を伴わない「有識者」による空論の場。

ヴォルカーは、それにいつも現実的に最前線で民を守る身から意見を出し。

貴族の蓄財など、こんな時代には意味がないことを口を酸っぱくして告げ。

そして嫌われる。

貴族に嫌われる事は別に何とも思っていない。

実際問題、ヴォルカーを陥れようとした奴は何人もいたが。

街道が潰れたら、王都は終わると。王都中の名士にネットワークを持っている例のメイドの一族の執事とか或いは家族とかから諌言を受けたり。或いは不審死を遂げたりしていて。

誰も実現は出来ていない。

そんな連中よりも、如何に民を守るかだ。

可能な限り防衛のための予算を増やし、有能な戦士を育成しなければならない。

戦士なんて、流れ者を適当に雇えばいい。どうせ使い捨てだ。

そううそぶく貴族もいるが。

そういう流れ者すらも、もう王都には愛想を尽かして去り始めているほどなのだ。

第二都市サルドニカの勢いが増していること。

むしろ有能な人材は其方に移っていることを告げても、誰もそれを理解出来ていない。

本当に、井戸の底。

無能なカエルが合唱する、この世の悪夢だ。

そう思いながら、自宅でしばしくつろぐ。

少しだけ休んだら執務だ。

書類を処理していると、あっと言う間に夜。

夜になってからも油断出来ない。

いつ強力な魔物が出て、出動になるかしれない。

ライザくん達が来てから、随分とその心配は減った。あの超世の英傑が、王都近くにいた魔物の巨大な群れを、文字通り焼き払ってから。

随分と魔物の被害は減ったのだ。

それでも可能性はある。

だから執務の合間に風呂に入り。

食事もさっさと済ませる。

勿論それでは体が保たないことはわかっている。

パティの伴侶候補として、タオ君というとても有望な若者が出て来たのは、本当に幸運だった。

有能な人間同士を掛け合わせても、残念ながら有望な子供が出来るとは限らない。これは何人も実例を見て知っている。

だけれども、少なくともパティとタオ君の世代は、王都は安泰になる。

だから今、必死に根回しをして回っている。

後はタオ君が実績を積んで、数年以内に王都の学術院で地歩を確保してくれれば。

それで、パティの夫に相応しい格が備わる。

その頃には、引退も考えたい。

それくらい、ヴォルカーの体には無理が来始めているのだった。

風呂から上がって執務をしていると、メイド長が来る。

「お嬢様がお戻りなされました」

「うむ。 怪我などはしていないか」

「ここのところ、どんどん腕を上げているようです。 危険な戦闘を重ねている事もあるでしょうが。 怪我は目に見えて減っています」

「それは嬉しい事だ。 私以上に強くなる日は近いかも知れない。 そうなれば、武人としてこれ以上嬉しい事もない」

魔術が誰でも使えるものである今の時代。

優秀な女性戦士なんて珍しくもない。

パティは固有魔術がエンチャントと言う事もあって、戦士として大成するかちょっと心配だったのだが。

あのライザ君と一緒に実戦を重ねていて。

ぐんぐんと伸びているようだ。

「お嬢様がお土産をお持ちです」

「うむ……」

「ワイバーン肉のようですね」

「ほう」

ワイバーン。

ライザ君はあの強さだ。確かに倒せても不思議では無い。

王都の弛んだ警備の戦士では、ワイバーンなどとても倒せない。最後に撃破報告が上がったのは、王都近郊だと十二年前だったか。

それもヴォルカーが参戦した戦いで、手練れを何人も失った厳しいものだった。

パティは怪我をしていないと言う事で、本当に良かった。

とにかく、ワイバーン肉を持ち帰るのは、何か意図があっての事か。

そういえば。前にワイバーンを倒した時は、大火力で最後は消し炭にして。肉どころではなかった。

肉は食べられるのか、ヴォルカーも知らない。

メイド長が料理してくると言って、姿を消す。

そのまま執務を続けて、呼ばれたので出向く。

燻製肉を、そのまま調理したものが並んでいるが。かなり肉は贅沢な大きさで、空を飛ぶために体を絞っている鳥よりも、更に食べ応えがありそうだった。

鱗に覆われた体の中に、こんなに贅沢そうな肉があったのか。

既にパティは、席に着いて待っていた。

「お父様。 今日仕留めてきたワイバーンです。 血抜きなどは澄ませ、燻製にしてあります」

「ライザ君がいたとはいえ、良く無事だったな」

「実はライザさんいわくかなりの小型個体だったらしくて。 その、ライザさんたちは殆ど苦戦もしていなかったんです……」

「そうか。 あれだけの大魔術を放って動けるほどだ。 不思議な話ではあるまい」

パティは、少し考えた後に言う。

これほど美味しい肉は食べた事がないと。

そうか。

興味が出たので、食べて見る。

確かに、燻製肉でも信じられない程に柔らかく、芳醇な肉だ。

力がわき上がってくるようである。

思わず、驚きに目を見張っていた。

貴族がいいものを食べているわけではない。

美味として上がってくる肉もあるが、どうしても王都の農業区軽視の傾向もある。肉は新鮮なものは滅多に手に入らず、スパイス漬けだったり、燻製にされて持ち込まれるものが殆どだ。

勿論本当に美味しいものが食卓に上がることもあるのだが。

基本王都で味付けが濃い料理が出回るのは、砂糖や塩に漬け込む事で、保存をよくするため。

肉の素の味なんて、生かせる状態にないのだが。

これは、素の肉がうまいのだと一発で分かる。

久しぶりに、無言で肉を切り分けて食べる。

騎士の時代、野営しながら仕留めた走鳥のもも肉を炙って食べた時を思い出す。あの時よりも更に美味い。

スープは。

肉汁が溶け込んでいて、しかも肉が崩れるほど柔らかい。

これはすごいな。

どんな高位貴族でも、王族ですらも食べられないほどの味だ。

武勲を立てたときに、王族の晩餐に相伴したことがあるから分かる。

しばし無言で。

ついつい全て綺麗に食べ終えてしまった。

元気がわき上がってくるかのようである。

美味いだけではない。

この肉は、本当に素晴らしいなと、感心させられる。

「ワイバーンは危険な魔物だ。 この肉は、出回らない方が良いだろう。 愚かな貴族が、馬鹿な命令を下しかねない」

「はい。 ライザさんに意見して、それは配慮して貰いました」

「うむ……。 これはひとときの夢の味だと思おう。 次にワイバーン肉が手に入るとしても、それはまた奇跡が起きたときの話だ」

「分かっています」

パティも、言わなくても意図は汲んでくれた。

それにしても、久しぶりにこんなに美味しい肉を食べた。

メイド長の料理の腕は達人級で。いつも最大限味を引きだしてくれるのだが。

それにしても、これは本当に素晴らしい。

ため息をつくと、執務室に戻る。

体の中から活力がわき上がってくるかのようで。

いつもより集中して、書類を片付ける事が出来ていた。

「よし、今日の執務は終わりだ。 後は眠る事にする。 問題があったら、すぐに起こすように」

「分かりました」

頭を下げ、書類を持ち執務室を後にするメイド長。

それを見送ると、寝室に向かって、休む事にする。

疲れるとよく眠れるというのは大嘘で、実際は気絶するのが近い。

だが、今日は体に活力が戻ったようで。久々によく眠れた。

寿命を縮めるように働いていたヴォルカーだが。

久々に、寿命が延びるかと思った。

 

(続)