戦士の復帰

 

序、立ち上がれ若き戦士

 

何度も何度も勇気を振り絞った。

それで、やっと覚悟を決めた。

レントは街道に出ると、魔物の掃討作業に参加。腕は鈍っていない。鈍っているのは心である。

それを鍛え直す必要があった。

アーベルハイム卿の討伐作戦では、明らかに戦士が足りていない。

だから、志願して参戦。

多くの魔物を斬った。

王都の貴族はろくでもない連中ばかりだと聞いていたが。アーベルハイム卿は例外のようである。

レントの戦いを激賞し。

報酬もしっかりくれた。

他の貴族だったら、どれだけ働いてもゴミでも見るような目で「流れ者」のレントに接してきただろうし。

使い捨ての駒として使い倒す事を考えただろう。

だが、それもなかった。

本当にまともな人なんだな。

そう判断して。少しずつ、心についた錆を取っていった。

周囲の戦士は、やはり怖れてレントを見た。

もうガタイは人並み外れている。

親父程までは背は伸びなかったが、それでも他の戦士よりも頭一つ大きいのもまた事実で。

そんなレントを見て、周囲の戦士が怖れるのは分かったし。

だがそれでも、レントはこれも錆取りの一環だと我慢した。

無言で戦いを続ける。

そして、心を明鏡止水に戻せたと判断した所で。

ライザのアトリエに出向いた。

丁度良い。

夕方で、灯りがついている。

皆、いるということだ。

今、鉱山の遺跡の調査中と聞いている。

其処で戦っている所に押しかけても、装備や何やらの刷新を即座に出来る訳でもない。色々と迷惑を掛けただろう。

だから、これでいいのだ。

レントがアトリエに入ると、ぎょっとした顔をしたのが二人。

一人はオーレン族か。

リラさんではないな。オーレン族は、以前グリムドルで何人か見たが、見かけがかなり似通っている。だけれども、流石に気配とか色々違うので分かる。

もう一人は話に聞いている。

アーベルハイムの御令嬢だろう。

ライザとタオが、同時に声を上げていた。

「レント!」

「すまねえな。 出遅れた」

「レントくん、待っていたんだよ」

「ああ、そのようだな。 有り難い話だ」

席を勧められたので、座る。

クリフォードという歴戦の戦士は動じていない。こっちをじっと見ていたので、片手を挙げて挨拶する。

そして、まずは頭を下げていた。

「情けない姿を見せたな。 街道周辺で、戦闘を重ねて心の錆を取って来た。 今日から、復帰させて貰っても良いか。 いや、明日からかな」

「情けなく何てないよ。 見せて装備。 刷新するから」

「すまん」

「戻って来てくれただけで充分だよ。 お帰りレント」

タオも見かけが随分変わったが、本当に歓迎してくれて嬉しい。

ライザとタオは、レントにとって家族だ。

もう縁が実質上切れている親父とは違う。

だから、本当に嬉しかった。

咳払いすると、ライザは言う。

「今、遺跡の内部の魔物を掃討していてね」

「魔物の掃討とは気合いが入っているな」

「残留思念を聞く道具があるんだけれど、使う時に無防備になるんだ。 調査の時は、どうしても魔物の掃討が必須なんだよ」

「なるほどな……」

ともかく、事情はわかった。

アーベルハイムの令嬢は、レントをまだ警戒しているようだが、それは仕方が無い事である。

頭二つくらい背丈が違うし。

「それで、三つに分けた区画が明日終わりそうなんだ。 レントも参戦してくれる?」

「問題ない」

「僕は今、調査の方に全力を入れていて、戦力が不足していたんだ。 レントが加わってくれると助かるよ」

「そうか。 頼りにしてくれて俺も助かる」

素直に頼ってくれる。

それだけで、どれだけ救われるか。

どれだけ救っても。

どれだけ悪を斬っても。

向けられるのは恐怖の視線ばかり。

見かけが段々厳つく怖くなっている、というのは分かっている。

だけれども、子供がレントを見ただけで泣いたりしたことも結構あった。それで、レントは親父が子供が嫌いになった理由が、何となくわかったのだ。

一度、解散する。

今日は、顔合わせだけか。

それでも、かなり勇気が必要だった。

明日も、ちゃんと足を運べるだろうか。

酒は止めておこう。

安宿に泊まると、レントはぼんやりと天井を見る。激しい戦いをこなした後だが、まだ体力に余裕はある。

だが、体力は、ここぞと言うときに温存しなければならない。

リラさんに教わった様々な戦いに関する事を。

レントは、少しずつ取り戻しつつあった。

 

早朝。

あたしはアトリエの前で体を軽く動かす。

レントが戻って来た。これで、戦力は揃った。とても嬉しい。レントとタオは、あたしにとっては家族と同じなのだから。

幼なじみと言う以上に関係が濃いから、多分恋仲とかには発展しない。というか、そうはもう見れない。

それでいい。

あたしはいわゆる恋愛脳ではない。

そういうのが大好きな同世代の人間は、男女関係無くたくさん見て来た。

だけれども、あたしは違う。

それは三年前には分かっていたし。

ただ違うと言うだけで、別に侮蔑するものでもなければ、優劣があるものでもないとも考えていた。

両親が心配するくらいだったから、本格的に色々と周囲とは違っているのは分かる。

だけれども、無理にあわせる必要もない。

それにだ。

クーケン島よりも更に僻地の集落に行くと、酷い場合は兄妹、姉弟でつがいになったり。親子でつがいになったり。そうして無理に子供を作って、酷い障害がある子供が生まれてくる事も珍しくもない。

それだけ人間が少ないのだ。

牧畜をやっているから知っているけれども、家畜なんかでも似たような交配をすると、あっと言う間に体が弱い個体だらけになって破滅する。

無理に恋愛脳になって近しい人を好きになっても、そういう結末が待っているだけである。

それにだ。

パティに聞いたのだが。

もう王都の貴族連中の一部は、それに近いことをやっているそうだ。

「優秀な血」を保存するとかいって、近親婚を繰り返しているようである。

結果として、生まれてくる子供は遺伝病だらけで。

どんなに手を尽くしても、どうにもならなくなっているそうである。

あの優秀なメイドさんの一族が、配偶者として迎えられるようになって来たのには、それが理由の一つとしてあるそうで。

気位ばかり無意味に高い王都の貴族にとって、自分達以外に優秀な存在はいないとか思い込んでいる連中にとって、文字通り牛馬に等しいメイドの一族を配偶者に迎えたのには。

間近に近親交配の破滅が迫ったから、と言う訳もあるのだ。

あたしは、別に恋愛を否定しない。

だけれども、あたしがそれに巻き込まれるのはあまり嬉しくない。

それだけである。

体を動かし終えると。

パティが来る。

パティは、考えて見るとあたしと真逆だな。

それでも、パティの事をあたしは好ましく思っている。

パティもなんとなく、あたしの脳内から恋愛がすっぽ抜けている事に気付いているようだが。

それについて、どうこういう事はなかった。

人は人、自分は自分。

互いにそれを守れていると言う事だ。

それだけでパティは立派。

大人でも、これを守れない人間は幾らでもいるのだから。

「おはようございます、ライザさん」

「おはようパティ。 どう、新しい大太刀は」

「まだ大太刀に振り回されている状況です。 でも、少しずつ慣れてきました」

「それは良かった」

軽く一緒に体を動かしてから、アトリエに。

そろそろ王都のアトリエ、とでも正式に名付けるか。

今日からレントが来る事を、パティにも告げておく。

「ええと、前からタオさんには聞いていたんですが、ライザさん達と並ぶ力量の戦士という事ですね」

「純粋戦士という点ではあたし達でも随一かな。 錬金術こみだったら多分あたしの方が強いけど」

「え、それは……そうだと思います」

「なんか今の間引っ掛かるなあ。 ん−?」

笑顔を引きつらせるパティ。

まあそうだろうなと思ったので。許してあげる。

続いてボオスが来る。

もう起きだしていたフィーが。早速頭に飛び乗ったので、ボオスは不機嫌そうにぼやいたけれども。

もう良いようだった。

カリナさんが、あたしに直接来たことは話しておく。

ボオスにしても、実は問題は知っていたのだろう。

「少し愛想を良くしろ、か」

「うん、ボオスが怖くて近寄れないって子がいたからね」

「分かった。 それはちょっと問題だな。 こればっかりは親父のやり方を少し習うとする」

「頼むよ」

あたしとしても、普段は窓口が欲しいのだ。とにかく色々やっていかなければならないし、何より忙しいのだから。

クラウディアとボオスにそれはお願いしたい。後はカフェで色々頼みたい。

クラウディアとセリさんがほぼ同時に来る。

セリさんからは、土の臭いがしていた。

恐らく、早朝に作物の確認をしていたのだろう。

そろそろセリさんには、詳しい目的を教えて欲しいのだが。

まだ、あまり詳しくは話してくれない。

クリフォードさんが来て。タオが来る。

レントは、来るかな。

そう思っていると、来た。

大柄なレントがアトリエに入ってきて、昔なじみの皆が喜ぶ。

「レント!」

「ちゃんと来てくれたね!」

「良かった。 やっと朝から来てくれた」

「遅いぞ」

レントは、少し気恥ずかしそうに頭を下げる。

そして、言うのだった。

「今日から実戦に参加させて貰う。 皆、頼むぞ」

「とりあえず、これが刷新した装備。 すぐに試してみて」

「ああ、ありがとうな」

「皆で軽く今日のミーティングを進めて。 今日も遺跡の魔物の排除作戦を続行するだけだから、注意点留意点があったら皆で言い合うだけでいいから」

あたしはレントの装備を引き渡しておく。

調整中に、使い込んでくれているなあと嬉しくなった。これが使い込まれていなかったら、それだけで悲しかった。

靴なんかも少し傷んできていたので、修復済だ。

そういえば、錬金術を見るのは初めてなのか、昨日の夕方修復しているときに、セリさんの熱視線を感じた。

あまり好意的な視線ではなかった。

タオが簡単に状況の説明をレントにしている。

普段は、タオに頭脳労働は全て任せてもいいくらいである。

「そういうわけで、今日も職人達が働いていた工房区画の掃討作戦を続行する事になると思う。 出来れば今日中に片付けたいけれど、彼方此方に魔食草もどきが潜んでいる状態だから、無理は禁物だね」

「タオ自身は調査に没頭するんだよな」

「うん、ごめん。 その代わり、安全が確保できたら、僕がクラウディアの代わりに戦線に出るよ」

「いずれにしても任せておけ。 これでもドラゴン狩りを単騎でやったり、色々あったんだぜ」

そうだろうな。

改めて見ると、レントの傷が増えている。

渡しておいた薬も、既になくなっていた。

薬の補給もしておく。更に、コアクリスタルも、レントの分を渡した。これでばっちりである。

「じゃあ、俺はタオと戻る。 タオ、愛想が悪くなっているようだったら、いつでも言ってくれるか」

「笑顔を作って見せてよ」

「難しい事を言うな……すぐには無理だ」

「その時点で難しいの!?」

もうこの時点で色々と昔では考えられない。

昔はタオはボオスに虐められていたと言っても、誰も信じないだろう。

ボオスはしっかり反省できた。

それで虐めをきっぱりと止めた。

この時点で、はっきりいって普通の人間……虐めを肯定するような連中よりも、ずっと優れている。

タオとボオスが戻った時点で、レントの装備の調整完了。

すぐに試して貰う。

「お……更に体が軽くなった。 相変わらずすげえな」

「それとはいこれ」

「これは、腕輪か?」

「ネックレスとか指輪でも良かったんだけれど、好みじゃないでしょ? 少し前にすごい幽霊鎧の戦士と戦ってさ。 それで着想を得たんだよ」

既に、皆には配布済。

レントには、更に筋力増強と防御強化の魔術を組み込んである。それが最前線で暴れるレントには丁度良いと判断したからだ。

頷くと、受け取って更に太くなった腕につけるレント。

まあ確かに顔はザムエルさんに似てきている。

もう何年かすると、立派な強面の完成だ。

更に子供とかに泣かれる顔になるだろう。

だが、それが何か。

ザムエルさんだって、そうだったのだ。

レントも、熱い魂を持った正義感の強い人物。

それを見かけで判断するような人間の方がおかしいのである。

「良かった。 前に近所で一緒に仕事をしたときは、しおれてしまっているように覇気がなくて、話しても殆ど答えてくれなかったんだもの」

「その時は済まなかったな、クラウディア。 殆ど何も耳に入っていなくてよ」

「いずれにしても頼もしい前衛が加わってくれたな。 俺が無理をして前に出なくても良さそうだ」

「ああ、任せてくれなクリフォードさん」

流石に歴戦の猛者。

クリフォードさんも、すぐにレントの力量は理解したようだった。

後は軽く話してから、アトリエを出る。

荷車は、そろそろ増強してもいいかな。

そう、あたしは思った。

荷車はレントに引いて貰う。丁度良いリハビリだと言って、レントは大喜びで力仕事をかってくれた。

勿論戦闘時は、即座に飛びだして貰う。

あたしは荷車のストッパーの機能をレントに教えておく。

戦闘時は最前衛を任せるレントだ。

飛び出すときに、荷車が吹っ飛んでしまうようでは意味がない。掴む取っ手の部分に機能があるので、覚えて貰う。

すぐにレントは覚えていた。

「ええと、レントさん。 結構覚えが早いですね」

「そうだな。 パトリツィアさんでいいか」

「いえ、他の皆さん同様パティと呼び捨てにしてください。 私はまだ若輩で、皆さんには教わることばかりですので」

「分かった、じゃあパティ。 俺も色々と一人で旅をしてきたからな。 特に戦闘に関する事は、頭のリソースを出来るだけ振り分けるようにしているんだよ。 あんまり頭が良くないから、そうしないと色々厳しくてな」

さて、これでタオがいない分は完全にカバーできる。

それに、だ。

最悪、クラウディアが同時に抜けても、何とかなる場合も多いだろう。

レントとクリフォードさんは、常に呼べば来られる状態にしておけば、それだけで最低限の探索は出来るし、相手に出来る魔物も増える。

それでも、充分過ぎる程だった。

坑道に入ったので、注意事項を話しておく。

レントもこう言う場所で小遣い稼ぎをした事があるらしく、頷いてすぐに把握してくれた。

タオの目印通りに進んで、遺跡に。

遺跡を見ると、ここだ間違いないとレントは言う。

良く単騎でここに来て、生還出来たものだとパティは言っていたが。

あたしも、レントの技量が落ちていないことは、此処までで理解出来ていた。

「じゃ、今日も張り切って、駆除作業始めますか」

あたしが肩を掴んで何度か回すと。

おうと、セリさん以外の皆が答えていた。

これから、命のやりとりをする。

だが、それでも。

あたしは、それに対して。少しでも前向きに、考えたいと思っていた。

 

1、復帰戦

 

前衛で、大剣を振るう。

傭兵まがいの事ばかりしていたときは、これすらもがレントにとっては辛くなっていた。

命を直接救う仕事。

人間を脅かし、時には人食いになっている魔物の駆逐。

それらを最優先で行い。

他の傭兵を返り討ちにしているような悪名高い魔物を駆除してきたというのに。

それでもレントは。

感謝されなかった。

今は違う。

兄妹同様に育ったライザと、その仲間達。

セリというオーレン族の戦士は、あまりライザの事を信頼していないようだが。レントもオーレン族の事情は知っている。

三年前の戦いで、一緒に剣を振るったし。

何よりレントの師匠はオーレン族のリラさんだ。

だからこそに、その鬱屈も、錬金術への怒りもよく分かる。

ライザを背中から刺そうとしなければ。

レントは、別に何かするつもりもなかった。

今ではすっかり廃れた鎧だが、それでも魔物相手に最低限の装備をするのには、大きな意味がある。

幽霊鎧三体と同時に切り結びながら、レントは久々に臓腑が擦られるような緊張感を感じていた。

一瞬でも気を抜けばやられる。

その緊張感が、レントの剣をどんどん起こしていく。

眠ったのはいつだろう。

人食いの魔物に全滅させられかけていた村を救ったら、その瞬間村の人間全員に掌を返された時だっけか。

分かっていた筈だったのに。

どんどん感謝されなくなって。

やがて、心が傷ついていたのに自覚して。

それで。

今は、眠っていた剣を起こす。

そのために、戦う。

大事な者達を直接守る。

もうライザは守られなくても平気だが。

それでも背中を守ったり、或いは不意打ちを防いだりすることは出来る。

「大きいの行くよ!」

「おうっ!」

飛び退く。

パティがちょっと反応が遅い。カウンター戦術に必死に体を慣らしていると道中で聞いたが、その通りのようで。戦闘スタイルの切り替えや、判断にまだまだ思考が混じっている。

こういうのは反射で出来ないとダメだ。

ともかく、ライザの熱槍が。

嫌になる程見てきた、魔物を殺戮する強烈な熱破壊魔術が炸裂し。幽霊鎧を大量に巻き込む。

更に、其処に爆弾が投じられる。

炸裂した爆弾が、今の熱槍で動きを止めた幽霊鎧をまとめて薙ぎ払う。

爆風から、パティを大剣そのもので庇う。

「あ、ありがとうございます!」

「良いって事よ!」

恥ずかしいところばかり見せていたのだ。

先輩らしい所を、少しは見せないとな。

GO。

ライザのハンドサインが出たので、前衛に躍り出る。

だが、足を即座に止めて、バックステップ。不可解そうに同じように足を止めるパティ。

足下から、長大な根が飛び出して、虚空を抉っていた。

魔食草もどきか。

即座に輪切りにしてやるが。

それでも、びたんびたんと動いている。

蛇か何かのようだ。

「ごめん! かなり深くからきて、気付けなかった!」

「良いって事よ!」

音魔術で周囲を探ってくれているクラウディアが叫ぶ。

大丈夫大丈夫。

ミスはそれぞれでカバーし合えばいい。

まだ残っている幽霊鎧の残党を、右に左に薙ぎ払う。パティにも、何体か残しておく。

セリという戦士の荒っぽい魔術が炸裂して、殺到した植物が幽霊鎧を質量で押し潰していた。

クリフォードの投擲したブーメランが、文字通り突き刺さるようにして、幽霊鎧を仕留める。

負けてはいられないな。

レントは、次々に敵を倒す。

そして、一度戦闘は終わった。周囲の敵性勢力が沈黙したからである。

「よし、皆集まって! 休憩!」

「俺は手傷無し。 警戒に当たる」

「うん、頼むよ!」

ライザが手当てを始める。

クラウディアの魔力は、この間会った時には気付けなかったが、更に増えているようである。

本当に半分眠っていたんだな。

そう、レントは自嘲する。

少しずつ、目が覚めてきている。それだけで、今は可としなければならなかった。

 

レントの動きを見て、あたしも気付く。

まだ起ききっていない。

三年前よりも技量は上がっているが、それでもまだまだだ。

なんというか、鋭さが足りない。

それでも生半可な戦士よりも遙かに強いし、充分過ぎるくらいにやれていると言えるのだけれども。

パティの傷に、薬をねじ込む。

眉をひそめるパティ。

痛みにはだいぶ慣れてきたようだけれども。

それでも、まだ痛いものは痛いようだった。

「すぐに痛くなくなるからね。 それよりも、傷に金属片とか埋まると大変だから、しっかりチェックしないと」

「こ、怖い事言わないでください!」

「経験則なので」

「……」

真っ青になるパティ。

まあ、脅かすのはこれくらいでいいか。

他の皆の手当てもする。

セリさんの手当てをしていると。セリさんは痛いとも痒いともいわない。

さっき、不意打ちで少し傷を受けていた。

どうもセリさんは、あの雷みたいな強さを誇ったキロさんや、それには劣るが超強かったリラさんに比べると、戦士としては一枚劣るらしい。

魔術の冴えは凄いのだが。

戦士としては、正直其処までもないようで。不意打ちに対応できないことも多いようである。

「傷みませんか?」

「痛いに決まっているわ」

「ごめんなさい。 すぐに手当てを終えます」

「……」

セリさんは、本当に無駄な事は口にしないんだな。そう思う。

きちんと血が赤いのは、オーレン族も同じである。

手当てをしているとよく分かるのだが、本当にオーレン族は人間とよく似ている。異世界といっても、呼吸が出来なくなるとかそういう事もなかったし。気象現象だって似通っていた。

或いはだけれども。

ずっと昔は、同じ種族だったとか。

そういう事も、あるのかも知れなかった。

だとしたら、人間と全く違う道を辿った生命なのだろう。

オーレン族は人間と違って、繁殖力は弱いものの、一人ずつの戦力が高く。全員が自然とともに生きる戦士である。

個の能力を極限まで上げる事で、増えないで自然と一緒に生きる事を選択できた人類が、オーレン族なのかも知れない。

だとすれば、増える事で世界を制圧する戦略を選んだ人間とは、全くという程生き方が逆だし。

もしも本格的に交流すれば、古代クリント王国がそうであったように。

悲劇が生まれるのは、当然なのだろう。

手当てを終えると、セリさんはあたしをジッと見る。

「大丈夫ですか」

「ええ。 もう何処も痛くないわ。 本当にどんな手練れの回復魔術よりも優れているわね」

「ありがとうございます。 でも凄いのは、あたしではなくて錬金術です」

「そう……」

セリさんは立ち上がると、皆の中には混じらず。一人で静かにしている。

まだ、心は許してくれないか。

使えそうなものを回収しておく。調査は区画を綺麗に掃除して、魔物の不意打ちを避けられるようにしてからだ。

休憩を入れてから、また戦闘。

この区画は、見た所複雑な構造の建築が多い。

特に真ん中には、宗教施設か、或いはこの集落のシンボルだったのか。

ふいごを象ったような大きな建物があって、その周囲には重点的に幽霊鎧とゴーレムが配置されていて。

排除するのに、本当に骨が折れた。

戦闘をしていると、更に幽霊鎧が集まってくる。

レントが前衛にはいったことで、あたしは中衛からの火力投射に徹することが出来るけれども。

乱戦だし、パティがいつやられるか分からない。

だから、油断は出来なかった。

無言で飛び出す。

パティが反応し切れていない方向から、凄まじい勢いで槍を突き出してきた幽霊鎧がいた。

レントはあたしを一瞥だけして、任せると判断したのだろう。

あたしは割り込むと、槍を蹴り上げて、弾き返していた。

ガンと、鋭い金属音が響く。

あたしの靴に仕込んでいる金属と、槍の穂先が弾きあったのだ。

そのまま相手の懐には入れると、左ハイキックを叩き込み。

揺らいだ所に、旋回しながら中段を続けて打ち込む。

更に追撃。

槍を使って防ごうと動く幽霊鎧に、ガードの上から、渾身の蹴りを叩き込み。槍をへし折りつつ、吹っ飛ばしていた。

この手応え、いや足応え。

なかなかだな。

吹っ飛んで、岩に叩き付けられてグシャグシャになる幽霊鎧。あいつは終わりだ。跳びさがって、前衛はパティに任せる。

パティは一瞬呆けていたが、すぐに戦闘に戻る。

激しい戦いは意外とすぐに終わる。

レントの苛烈な戦いが、文字通り壁になって数体くらいなら魔物を単騎で相手にしてくれる。

それが、戦闘を格段に楽にしてくれていた。

大剣を使って、敵を斬るのではなく。

大剣の暴力的火力を敵に示しながら最前衛で暴れる事で、文字通りのタンクとして活躍する。

レントの三年分の修練が。良い形で生きてきている。

守れる男になりたい。

その願いは、残念ながらこの三年で踏みにじられ続けた。

多分今後だって、中々理解されないのだろうとも思う。

だけれども、だ。

あたし達の中にいる間は、少なくとも。

皆でレントを理解する存在でありたい。

それが、家族同然にそだったあたしの願いであるし、実施すべき事でもあるのだ。

「掃討完了!」

「いや、まだだ!」

「レントくん、足下!」

「!」

飛び退きながら、飛び出してきた魔食草もどきの根をカウンター気味に一刀両断してみせるレント。

流石。

あたしは即座にその根を焼き払うが。やっぱり燃えにくい。

ふうと嘆息するレント。パティが、目を見張っていた。

「今の切り替え、凄いですね……。 コツみたいなのはありますか?」

「練習だな」

「……分かりました」

レントは元々、クーケン島で護り手に混じって戦闘経験を積んでいたし、アガーテ姉さんに散々剣術を仕込まれた。

そういう下地があったし、戦闘経験もリラさんに教わった頃には、一通り備えてはいたのである。

そういう下積み、更にはクーケン島で彼方此方走り回って鍛えこんだ基礎体力という強みもある。

まあそれはあたしもタオも同じではあるのだが。

パティはどうしても、戦闘経験を積み始めたのが遅いし。

実戦に参加し始めたのも遅い。

更に見ていて分かったが、パティは天才型ではなくて、秀才型だ。

ひと跳びに覚えていくタイプではなくて、散々修練した上で少しずつコツを掴んでいくタイプである。

覚えは遅い。

これは、どうしても仕方が無い事ではあるのだが。

パティは気に病んでいる。

だが、良質な実戦をこうして毎日豊富に積んでいるのだ。

やがて花が咲くと、あたしは判断していたが。

「今度こそ大丈夫だね」

「ただ、ちょっと魔食草もどきの動きが陰湿になって来ているね。 植物はあれで情報を伝達するという話があるわ。 何処かに元締めみたいなのがいて、私達の動きをそこに集約しているのかも」

「あり得る話だ。 トレントなんかも、森の植物全ての感覚を知っていて、人間が森で使った魔術や武技全てに対応して来ることもあるらしいぜ」

「厄介だな……」

クリフォードさんの豆知識に、今の攻撃を凌いだレントが呻く。

ともかく、手当てだ。

少しずつ、安全圏を拡げるしかない。

懐から出て来たフィーが、あたしに鳴く。

「フィー!」

「ん、時間か……」

「話には聞いていたが、相当に賢いんだなそいつ」

「フィー!」

そいつ呼ばわりが気にくわなかったのか、レントに露骨にむくれてみせるフィー。

何となく分かったのか、レントはすまんすまんと謝っていた。

ともかく、今日は引き上げ時だ。

だが、これならば。明日にはこの区画の掃討作戦は終わる。

しかしながら、魔食草もどきの動きが巧妙極まりなくなっているのも事実である。

明日も、クラウディアにはいて欲しい。

そうなると、タオには来て貰って、明日はフルメンバーで。明後日は、クラウディアには抜けて貰うか。

それで多少は、効率を上げられるだろう。

手当てを終えると、あたしは使えそうなものを荷車に詰め込みながら、そう考える。

レントが来て、顎をしゃくった。

「あの辺り、気になるな」

「……」

この遺跡、主に居住区らしい場所と。工房らしい場所が集中している区画。

感応夢で、何か太陽みたいなのが輝いていた区画に別れていて。

居住区と工房区画は、橋でつながっているのだが。

中央の区画は、それらから更に橋が延びていて、其処を昇らないと到達出来ないようになっている。

幽霊鎧もゴーレムもいるのだが。

奥の方には、大きめの魔食草もどきが幾つも大樹になっている。

確かに、あそこは何かあってもおかしくないだろう。

「この区画の安全を確保して、それで調査を終えたら、あそこに総力戦を仕掛けるつもりだよ」

「そうか、堅実だな。 三年前とは別人みたいだ」

「なあに、これくらいはね。 あたしも三年で、色々周辺の集落であったからさ」

「……ライザも苦労していたんだな」

みんなだよ、苦労したのは。

そう告げると、戻る事にする。

ともかく、今日はこれで一旦は終わりである。

遺跡を出る。

明日から、また調査だ。

遺跡の探索は、本来これくらい地味なものなのである。それは分かっている。

ただこの遺跡には、とんでもない封印が眠っている可能性が高いし、その封印の正体もまだよく分かっていない。

とにかく、調査を急がなければならなかった。

 

翌日。

タオも加えて、総力で工房であろう区画の掃討を終える。

魔物の掃討と調査を分けて正解だった。

クリフォードさんが、既に調査に掛かる時間は目星をつけてくれている。二日、だそうである。

それならば。少しでも時間を短縮した方が良いだろう。

「タオ、必要な本とか、先にピックアップしてくれる? 一度クラウディアをつれて戻るよ」

「うん、分かった。 いっそ、此処に僕達だけ残ろうか」

「ダメ。 そういう油断が出来る程、此処は安全じゃない」

「普段は突撃嗜好なのに、こう言うときは非常に慎重だよな……」

クリフォードさんがぼやく。

この人はタトゥーとか入れてるから、一見怖そうなのに。実際には結構ひょうきんな事が、少しずつ分かってきている。

だが、それでも舐められないようにするのは、どうしても命のやりとりがある世界では必須なのだろう。

あたし達以外には、素の顔は見せないが。

「そうとなったら、早めに積み込みを済ませないとね」

「うん。 クラウディア、戻ったら明後日まではミーティングにだけ参加して」

「分かったよライザ。 商会でもこの遺跡に何かあった場合の、万が一に対する備えはしておくね」

「そうしてくれると助かる」

あたしも手伝って、本を荷車に積み込む。

荷車はもう一台やっぱり欲しいな。

そう思いながら、積み込み終えると、大急ぎで王都に帰還。まだ昼少し前だ。

アトリエで荷物の積み卸しを終えてから、クラウディアは商会に戻る。かなり忙しいとは思うが。

命のやりとりをするよりは全然楽と本人が言っていたので。

その言葉を信じることとする。

というか、ここ三年でクラウディアはこの手の事を徹底的に叩き込んだのだろう。政治的な駆け引きは得意分野になったのかも知れない。

だとすれば、本当に楽な可能性もある。

クラウディアは恐らく、あたしには余程の事がない限り嘘はつかない。

だからあたしも信じる。

それだけの話である。

すぐに特急便で遺跡にとって返す。レントがいるので、タオも安心しているようである。一緒に走りながら、レントが軽口を叩く。

「タオ、背が伸びて、足速くなったな!」

「足伸びたからね!」

「三年前は、パティと同じか、もっとタオは小さかったんだぜ!」

「ちょっと信じられません……」

パティはついていくのが大変そうだが、それでもぼやく。セリさんは流石に平気そう。

クリフォードさんも自身の年齢を気にしているようだけれども、着いてくる事を全く苦にしていない。

遺跡に戻る。

安全圏を調査して回るが、その間もレントは警戒に当たってくれていた。

「魔食草もどきにだけはとにかく気を付けてよ」

「ああ、勘が戻ってきてる。 任せとけ」

「念の為に、私も警戒に立ちます」

「お願い」

パティも、歩哨になってもらう。

気を常に張っている方が、腕を上げやすい。

そういうアドバイスを貰ったのかも知れない。だとすると、アドバイスを出したのはあのメイドさんか。

「ライザ、来てくれ」

「はーい」

クリフォードさんが呼ぶ。

どうも、落書きみたいなのを見つけたらしい。

こういうのは侮れない。

色々と興味深そうな遺物を漁っていたタオも、すぐに来た。

「見てくれ。 少しかすれているが、これは恐らく職人達の子供が書いた落書きだろうな」

「む、これは……」

太陽みたいなもの。

これは、あたしも感応夢でみた。

一致している。

更にだ。

格好が違う人達が書かれていて、武器を受け取っている絵。絵は子供が描いたもの相当の画力だが。これは貴重なものだ。

タオが即座に写し取り始める。

手際が非常に良くて、もういっぱしなのだと分かる。

「ライザが言っていた感応夢の光景と一致するね。 それに、確か白い服を着た人達が残留思念に出て来ていたそうだよね」

「うん。 あの人達、なんだったんだろうね」

「今は残されている機械でスーツを作っているよね。 昔は、魔術師の一部や、技術を研究する人間は、白衣っていう専門のスーツを着ていたらしいんだ。 作る機械が壊れて、もうロストテクノロジーになってしまっているらしいんだけど」

どうも清潔さを重視するだけではなく。

何かしらの危険な汚れがついた場合、即座に分かるようにしたものであるらしい。

いずれにしても現在はない風習であり衣装だ。そういうものなのかと、納得するしかない。

エドワード先生なども、そういえば出来るだけ白めの服を着ていたな。そう考えると、なんとなく習慣で残っている部分もあるのかも知れないが。

「とにかく、残留思念を見てみるしかないだろうな。 こういうのを正攻法で調査すると、どうしても年単位で時間が掛かるしな」

「年単位で調べた事があるんですか?」

「あたぼうよ」

「流石ですね」

タオは感心しているが、流石にそこまでしている時間はない。

本来は、地道に調べるのが正解な筈だが。

今回は、下手すると世界滅亡案件だ。

単に強い魔物だったらいい。

どうにか倒してみせる。

此方にはリラさんもアンペルさんもいる。総力戦を挑んで、倒す。エンシェントドラゴンであろうが、精霊王だろうが。今だったら全員生還出来るかは分からないが、なんとか仕留められると思う。

問題はフィルフサや、フィルフサが向こうで蠢いているオーリムへの門がある場合。

その場合は、本当に「命を賭けた」程度ではどうにもならない。

前は、此方に最大限有利な条件で戦闘を挑めた。今回は準備をしなければ厳しい。

三年前のような、水を奪った道具が何処かに現存していればいいのだが。

王都周辺の、水が余っている様子からして。

それが使われている可能性は低い。

だとすると王宮か何かにしまわれている可能性もあるし。

いずれにしても、封印は放置出来ないのだ。

調査を進める。

瓦礫一つも馬鹿に出来ない。タオは戦闘をもう少し穏やかにやれなかったのかなと何度もぼやくが。

その度に、レントが無理を言うなと言ってくれる。

パティもそれについては、同意なようだった。

「確かに調査という観点では無事な保全が必要かと思いますが、ライザさんがいてもなお手強い魔物ばかりでしたので……」

「そうだね、分かっているよ。 ただ、研究者の本能みたいなものなんだ。 それは分かって欲しい」

「はい。 それは尊敬しています」

セリさんは。

ズタズタになった魔食草もどきの根から、魔力をフィーが吸い上げた後。

根を調べているようだ。

自分で魔力を通したりと、色々やっている。

フィーも、セリさんに対しては、警戒はしていない。

やっぱりこんな生物見た事がない。

ひょっとすると、オーリムの生き物ではないのか。

だが、セリさんも不思議そうに見ている。

向こうでも、超レアな生物なのか。

「ねえタオ、フィーの事なんだけれど」

「うん、僕も調べてはいるんだけれども、なんともね。 そもそもとして、残っている伝承が少なすぎるし、何よりも古い時代の生物を調べる方法が殆ど今はないんだ」

「そうなんだ」

「土の中に骨とかを埋めると、それが長い時間を経て化石というものになったりすることがあるんだ。 だけれども、今の人類には、それがどういう生物だったのか、いつの時代の生き物だったのかを調べる技術も知識も失われている。 それどころか、それを掘り出して調べる社会的な力もだ」

タオの目指している学者は、今後どんどん厳しくなるだろうと言う。

なんでも、実利的な学問以外は、この世から失われるのではないのか。そうとまで、タオは言うのだ。

確かにこれだけ魔物に押されている世界だ。

その可能性は否定出来ない。

無言になって、調査を続ける。

手を振るクリフォードさん。レントが走り寄って、瓦礫をどける。

「おう若者。 すげえパワーだな」

「いやいや、俺なんかまだまだ。 残念ながら、親父の方がガタイが上なんで」

「今はガタイよりも魔力操作だ。 俺も頭一つ大きい賊を、何人も狩ったことがある」

「名前を聞いてまさかと思っていたら、ひょっとして……」

ろくでもない二つ名を思い出したのだろうか。

いずれにしても、あたしも手を貸して瓦礫をどかす。

タオが小走りで来て、壁画らしいのをチェック。

これは落書きじゃあない。

多分祭事に用いられた、宗教画に近いものだ。

すぐにメモを取る。

「これは、見た事がない崇拝対象だ。 数百年前には各地にもっと全国的な信仰があったらしいと聞いているけれど」

「老人達が崇めているような、ぼやっとした神様じゃないの?」

「ああいうのは別に良いんだよ、実害なんてないんだから。 古代クリント王国の前の時代には、信仰が政治に利用されていたんだ。 本来は道徳の基幹となるために作られたような信仰が、支配と社会のシステム構築に利用されて、搾取と直結したんだ。 だから、色々な神々が作られて、それで暴力的な信仰も多かったんだよ」

なるほどねえ。

確かに僻地だと、意味がわからない風習が残っている。

クーケン島もそうだった。

だけれども、クーケン島のは、フィルフサに備えたものが風習として残ったのであって。

あたしはもっと意味がわからない、誰が始めたかも分からない有害な風習が幾つもあるのを見て来た。

あれはひょっとするとだけれども。

古代クリント王国が滅亡して、人類が決定的に魔物に対して劣勢になった時期以降。

途絶えた、今タオが言ったような。

人類社会にとって害悪になるような信仰の産物だったのかも知れない。

「それでどうだタオ。 俺の見解は……」

「僕はそれは違うように思いますね。 これは恐らく独自の信仰で……」

「なるほど、面白そうだ。 ロマンだな!」

「クリフォードさんの見解も面白い。 僕もその線を少し攻めてみます」

専門的な話をしている二人が輝きまくっているので、パティが苦虫を側で何十匹も噛み潰している。

混じるにも専門知識が足りないのである。

「パティ、警戒続行」

「あ、すみません」

「気が散って仕方が無いだろ。 俺がしばらくは見ておくよ。 休憩して、頭を冷やしておきな」

「……本当にすみません」

レントも、どうやらパティの事情は気付いているようだった。

あたしもレントも。

こういう所ばかり、大人になって嫌な話だなと思った。

 

調査を続けて、資料を持ち帰る。レントは石版の写しなどをかなり持ち帰ってきていたし。書物も結構あった。

夕方にミーティングをするのだが。

クラウディアに、話を振られる。

「ライザ、少し時間を作れるかな」

「分かってると思うけれど、今の調査が最優先だよ。 もしも封印の先に彼奴らがいたりしたら……」

「うん。 でもね、その調査の支援も必要になってくるの。 多分ライザだったら、すぐに解決できると思うから」

「うーん、仕方が無い。 分かった、ちょっと休憩時間を削るわ」

フィーが心配そうに見ているので、大丈夫と応えておく。

まあ、鍛え方が元々違う。

多少は無理しても大丈夫である。最悪は栄養剤でも入れる。

咳払いすると、クラウディアは言う。

「機械の修理の依頼よ」

「そうだろうね。 一つ直せば、他もと来るよね」

「今、貴族達の間で大騒ぎになっていてね。 保有する機械をどうするかで、水面下でかなり危険な事態になっているようなの。 それぞれの家に執事として入っているメイドの一族が動いて、激突は避けているようだけれども。 そうでなければ、多分もう血を見る事態になっていたわ」

そうか、まあそうだろうなとあたしも思う。

クラウディアが優先して欲しいとまで言ってきたのだ。

今は文明が衰退し続けているのである。

そこに、いきなり復興が来れば。

本来なら、皆で喜ぶべき事なのだろう。

だが、こういう井戸の底にいる連中だったら。

考えるのは、自分の利権確保だ。

この手の連中は、古代クリント王国のあの錬金術師。感応夢で残虐性と身勝手さは目にしたが。

あれと大して変わらないのだろう。

自分さえ良ければ、他の存在はすべて食い物にしていい。

それは知的生命体のあり方ではない。

都合が良いときだけ畜生の理屈を持ち出し。

都合が良いときだけ社会のルールやら秩序やらを口にする。

魔物にこれだけ追い詰められた人類でも。

反省など、微塵もしていないと言う事だ。

大きな溜息が漏れる。

「それであたしはどうすればいい、クラウディア」

「今、貴族の息が掛かっていない機械類を少しずつ私が回収していて、それを修復して欲しいと思っているの。 貴族と利権を今は切り離していくしかないから」

「たかがこの程度の規模の街しか人類は最大都市として持っていない。 それなのに、随分と愚かしい話だね」

「……もしもライザが襲われるような事があったら、この街を焼いてしまって良いわ」

「そうするかもね」

クラウディアが打った手は幾つかあるらしいのだが。

あのグランシャリオの空焦がす炎を、あたしがやったという事の喧伝。機械を修理した「錬金術師」の凄まじい強さの話。

更には、その錬金術師とアーベルハイムが組んでいる事。

バレンツ商会とも。

これらが大きいそうだ。

これで、迂闊に貴族は手を出せなくなる、と言う事だ。

ただし、血迷った貴族達が連合を組んだ場合。どうなるかは分からない。

問題は、現状貴族達の中で最大戦力になっているメイドの一族が、連携してあたしに対する敵対を拒否したことで。

今、必死に腕利きを探しているようだが。

それでも、グランシャリオの話を聞くと、どの戦士もさっと逃げてしまうらしい。

「とりあえず、少しずつ指定された機械の修理をするよ」

「お願い。 此方はアーベルハイムと連携して、貴族の手に機械が落ちないように、少しずつ動くね。 問題は例のメイド達の動向がよく分からない事なの。 ライザに対して味方している訳でもないようだし、かといって貴族達を諌めているのにも、何か目的があるようにしか思えなくて」

パティの方に視線が向く。

パティは困惑して、視線を下げた。

「私は、貴族の権力闘争を間近で見てきました。 確かにこういう事態が起きうることは理解出来ますが。 問題はあのメイドの一族は、お父様でも動向が良く分からないと言う事です。 王族にすら入り込んでいる上に、とにかく一族の連帯が硬くて。 本来だったら、この国はもう何度も城壁の中で内乱が起きて、潰れていても不思議では無いという話は聞いています」

「そりゃあそうだ。 貴族共の無能は俺も聞いている。 それが五百年も国を続けられるのは不可思議だ」

クリフォードさんが言うと、タオも頷く。

まあ、これは純然たる客観的事実だ。

この国の裏には。

あのメイドの一族が、ずっと暗躍していた、と見て良いだろう。

考えて見れば、バレンツにいたあのフロディアさんも。有力商会に最初から入り込む目的だったのかも知れない。

たまにクラウディアが、フロディアは何を考えているか分からない事があると口にすることがあったが。

みんな揃って似たような顔をしていることもある。

きっと、何かあるのだろう。

「とにかく、クラウディア。 負担は大きくなると思うけれど、お願いね」

「うん。 でも戦闘にも出るよ。 正直な話、機械を直すときに立ち会うくらいで大丈夫だとは思う」

「貴族の動き、思ったより鈍い?」

「というよりも、メイドの一族の結束が固くて、実働部隊を用意できないみたいなの」

昔は、暗部と呼ばれるような暗殺者の集団もいたらしい。

ロテスヴァッサと袂を別ったアンペルさんが、一世代丸々追いかけられたと言っていたっけ。

それもメイドの一族が長い時間を掛けて権力層に浸透していく過程でいなくなり。

今ではすっかり過去の存在になったそうだ。

或いは、ひょっとするとだが。

あの一族が、消してしまったのかも知れない。

ありうる話だ。

「とりあえず、次の機械修理は明日の調査後で大丈夫だよ。 その時にまで、私の方で色々と準備をしておくね」

「有難うクラウディア。 じゃあ、今のうちに……あたし達も調査を進めておこうかな」

「よしきた」

「任せておきな」

タオとクリフォードさんが立ち上がる。

レントは、クラウディアに声を掛ける。

「そっちの護衛は大丈夫か。 なんなら俺がつくが」

「此方はさっき話題にしたメイドの一族が何人かいるから問題ないわ。 悪い意味でも良い意味でもね」

既にバレンツには、フロディアだけでは無い。何人もあの一族が入り込んでいるそうだ。

とんでもなく有能な事もあってクラウディアも重宝しているらしいが。

他の家人は皆不気味がっているそうである。

そうでありながら、ある程度地位がある人間とは不意に結婚したりもして。夫婦仲も悪く無さそうだと言うことで。

クラウディアも困惑していることがある。

ともかく、訳が分からない一族であるという事については、異論は無い様子だ。

解散して、明日に備える。

パティが、本当に申し訳なさそうに頭を下げる。

「ライザさん、本当に迷惑を掛けます。 すみません」

「いいんだよ。 でも、ちょっとあたしも時々困るかな」

「お父様も頑張っているんですが……」

「この国で、アーベルハイムは数少ない良心だと思う。 あたしも、ヴォルカーさんは頑張っていると思うよ」

フィーも、好意的な声を上げる。

多分会話の理由は理解出来ていたのだ。

解散後は、カフェに出向く。

あたしに対する情報が拡散されているからだろう。

魔物の大軍を蹴散らした。

その言葉が伝わっているだけで、あたしの胸やら尻やら見てデレデレしているような連中は綺麗に減った。

前はクーケン島で、与太者として彼方此方を彷徨いているいわゆる吟遊詩人の類が声を掛けて来る事もあったが。

魂胆が見え透いているので、苦笑させられたっけ。

ツラだけいい人間にころっといくような、空っぽの人間にあたしはなりたくないが。

あたしはツラは兎も角、体の方は相応に見えているらしいので。

そういう連中が寄ってくるのは、人間という生物の特性上仕方が無いのだろうとある程度諦めてもいた。

ただ、それがなくなったのは快適だ。

あたしは性的な事に殆ど興味が無いので。

それはむしろ有り難いのである。

カフェで仕事を幾つか受ける。在庫で即座に納入できるものもある。薬や発破は、アーベルハイムで即座に買い取ってくれるので、作るだけお金になる。余ったジェムは、全て切り替えても良いくらいだ。

最近はインゴットも納入している。

アーベルハイムだけが、街道の守備と魔物の排除のために戦士を動かして、最前線で戦っている。

それを考えると、良い武装は作りたいだろうし。

あたしが納入するインゴットは、喉から手が出る程だろう。

更に、トーマス卿からの連絡もあった。

宝石の原石の加工依頼だ。

原石を受け取ると、アトリエに戻る。

そして、すぐに調整して、宝石に変えて。カフェに納入。今回はそれほど大きな宝石ではなかったが。

それでも、目利きが出来るカフェのマスターは、目を見張っていた。

「世界は広いわ。 ライザさん、貴方の強さは聞いてる。 強いだけではなくて、機械を直したり、宝石を瞬く間に加工したり、色々作ったり……本当に何でも出来るのね」

「いいえ、出来る事を出来る範囲でやっているだけです。 あたしは別に万能でもなんでもありません」

「そう。 それでも、世間一般の人達から比べると、ずっと万能に近いわ」

「……そうかも知れないですね」

錬金術がなかったら。

アンペルさんとリラさんがクーケン島に来なかったら。

その時は、門が開いて。クーケン島だけ残って、世界は滅亡していた可能性が高い。

門云々の事がなくても、流石に今にはもう結婚させられていただろう。相手は誰かは分からないが。

そして多分子供も産むことになって。

今は子育てと農作業で、手が離せなくなっていたに違いない。

ある程度状況が落ち着いたら、護り手で活動して。

魔物の退治はしていただろうが。

とても今のような戦力を発揮できなかっただろう。

つまりあたしが凄いのでは無く。

錬金術が凄いのだ。

そして錬金術は諸刃の刃でもある。

これは使い方を間違えてはいけない禁断の秘術。

あたしは今の所。

これを誰かに教えるつもりはさらさら無かった。アンペルさんも、それは同じなのだろう。

「これで納入は終わりですね」

「ええ。 またよろしくお願いします」

「此方こそ。 私も、外の世界に出ていたら、貴方くらい自由に生きられていたのかな」

カフェのマスターはまだ若く見えるが。

実際にはそうでもないのかも知れない。

荒くれを捌ける事から考えても、多分荒事の経験者だ。

過去を詮索するような気はないが、戦士として街道で戦い続けて来た猛者だったのかもしれない。

そんな彼女も。

素敵な笑顔をいつも浮かべているけれども。

それでも幸せそうにはみえない。

あたしは、まだ幸せにやれているほうなのだ。

それは、常に自分に言い聞かせなければならなかった。

カフェで夕食を取って、アトリエに戻る。

フィーのために、魔力を放出。フィーは大喜びで魔力を食べる。あたしの魔力は、もう増加をほぼ止めている。

後は更に練り上げて、活用して行くだけだが。

ただ最近。

少しずつ、頭に掛かるもやみたいなのは、薄れ始めている気がする。

だが、もやみたいなのが反発しているのか。

寝ている時は、それこそすとんと落ちて。朝まで目が覚めなかったりするが。

感応夢を殆ど見ないのも、それが理由かも知れない。

「フィー!」

「ふーむ、魔力を濃いめにした方が美味しい?」

「フィー! フィーフィー!」

「分かった。 これから調整してみるよ」

あたしとしても、一日で余った魔力をこうして放出することは、まだ伸びるかも知れない力を調整する鍛錬になる。

フィーとしても、ご飯を食べられる事になる。

どっちにとっても良いことだ。

だから、躊躇う理由がない。

後は、寝るだけだ。

フィーは全く大きくなる気配がない。

これだけは有り難いが。

或いは昆虫のように。ある日突然、蛹になったり。脱皮したりして。大きくなるかも知れない。

それは常に計算に入れておかなければならない。

そもそもフィーは未知の生物。

何がどうなっても、不思議では無いのだから。

明かりを落として、眠る。

フィーも大人しく眠るので、此方としては助かる。

本当に、言う事を良く聞く。

人間の子供だったら、こうはいかない。

それが自分の例で分かりきっているから。

あたしは、フィーに対して情が湧くし。

もしも殺さなければいけなくなる場合を思うと。

その時は、とても悲しいなとも感じるのだった。

 

3、調査を終えて

 

予定より少し早く物資の回収と、調査を終えて。アトリエに戻る。

ミーティングは予定通り夕方からやる。皆に戻って良いと告げたのだが。セリさんとレントはさっさと戻ったが。パティは不安そうに見ていたので、タオの手伝いをしてほしいというと。

顔がぱっと明るくなる。

ただ、パティにタオが宿題をその場でバババと出したので。

パティはむくれて。

だけれども、アトリエの余ったスペースで宿題をしても良いとあたしがいって。

とりあえず、妥協点を選出することが出来た。

黙々と、パティは勉強をしている。

集中力は大したものだ。

元々幼い頃から武術で鍛えているのである。

金で成績や地位を買う他の貴族とは此処が違っている。元々騎士だったヴォルカーさんが。あのメイド長に指示して、幼い頃から徹底的に鍛錬させたのだろう。

或いは、他の貴族の子弟の醜態を見ていたからかも知れない。

ヴォルカーさんの険しい表情。

あれは苦労を重ねてきた人間のものだ。

似たような表情は、アガーテ姉さんで見ている。

アガーテ姉さんも、若くして王都に上がって。

そして腐敗と派閥の愚かしい有様を見て、早々に見切りをつけてクーケン島に戻ってきた。

ヴォルカーさんも、同じような選択をできた筈だ。

だけれども、恐らくヴォルカーさんは、王都にいる立場が弱い人間達に情が湧いたのだろう。

既にいない奥さんが、そうだったのかも知れない。

パティを一瞥して。あたしは黙々と調合をする。

フィーはあたしの側に浮いていて、邪魔は一切しない。

タオとクリフォードさんは向かい合って、本を凄い勢いで読み崩している。読んだ本は、何カ所かに分けているようだが。

それは重要度別だと、あたしも知っているので。介入はしない。

「これはダメだな。 貴重な技術書だが、世に出すわけにはいかない」

「ゴーレムの製造法ですか」

「いや、幽霊鎧の方だ。 まだギリギリ、自分らでアレを作れていたらしい」

「確かにそれはダメですね。 例の小屋に入れて、封印をしておきましょう」

聞こえてくるだけでも、物騒な内容である。

確かにあたしも、幽霊鎧の製法なんてものを世に出すわけには行かない事は分かっている。

あれは安価ゴーレムであり。

今の人間が手にしてはいけない技術だ。

街を守るのに使えれば、それは有益かも知れないが。

今の国王と貴族に、そんな使い方が出来るわけがない。

どうせ自分の権勢を示すだの、自分の個人的な護衛だの、そんな理由で使うに決まっている。

それに、感応夢で見た。

古代クリント王国の下衆どもが、幽霊鎧をどう使っていたか。

あれと同じになるのなら。

確かに封印案件だ。

「そっちはどうだ」

「少しずつ分かってきたんですが、あの魔食草もどきはやはりあの工房での薪として使われていたようですね。 それで錬金術の金属に匹敵する、「魔法の金属」を作り出せていたようです」

「なるほどな。 封印されている何か良く分からないものとも、それで対抗できていたと」

「実の所、最初はそうではなかったようです。 侵攻を繰り返す古代クリント王国に対する国立の工房として、最初は動いていたようです」

「……チッ」

露骨にクリフォードさんの機嫌が悪くなる。

まあ、それもそうだろう。

この人はロマン大好き人間だ。

そのロマンに水を差すような事実が明らかになれば、面白くないに決まっている。

ロマンのために命を賭ける事までやっている人にとって。

自分の美学を汚すような事実は、はっきりいって万死に値するものだろうから。

「ただ、封印するべきものが発見されてからは、それに対するものとして、工房の全力を挙げて金属と武器を生産していたようです。 そのせいで国は古代クリント王国に対して劣勢になったようで……」

「つまり、強突く張りの連中が、優先するほどの危険だったと言う事か」

「そうなりますね。 ……」

あたしは調合を終えて、インゴットを揃えておく。

やがて夕方が来て、皆戻ってくる。

ミーティング。

明日以降、また戦闘中心になるので、タオは残って貰う事。

代わりにクラウディアに出て貰うことを告げる。

最後の、あの遺跡の中央部分に居座っている魔物や、大型のゴーレムを片付ける。

敵は強敵だらけだが。

多分今のこの面子ならどうにかなる。

そうあたしは告げて、解散。

後は、クラウディアとともに行く。例の、機械修理だ。パティも行くと言ってくれたので、有り難く同行を頼む。

例のメイド長は今日は来ない。

あたしとアーベルハイムが懇意にしている。

それは示しておいた方が良い。

そのためには、パティが来ている事を見せるのが一番良いのだ。

途中で、クラウディアに説明を受ける。

今回は、服を作る機械だが。

既に壊れかけで、一応服は作れるが、何度かに一着失敗するらしい。

それでもうクラウディアが声を掛けて。

修理をすることに決めたそうだ。

勿論、糸繰りから機織りを経て、服を作る技術はあるにはある。

だけれども、こういう機械で作る服は、その緻密な作りも何もかもが、別次元に凄まじいそうである。

現地に到着。

他の工場ではまだ働いている人間がいるようだが。

此処は仕事がないようである。

実直そうな女性工場長が、あたし達を出迎えてくれる。

クラウディアも、敬意を払っているのが分かった。

「先代くらいから、もう機械は限界が見えていてね。 最近は休ませていたんだよ。 それで、あんたが機械を直したという例の……」

「ライザリン=シュタウトです。 ライザと読んでください」

「エカテリーナ=クラウンだよ。 よろしく頼む」

軽く挨拶を交わしてから、機械を見せてもらう。

だいぶ大きくて複雑だが。なるほど。

仕組みは理解した。

魔力が動力になっているのは、これも同じ。前に見た機会よりもだいぶ状況はいい。

ただし、回転するパーツや。

刃物がついているパーツもある。

裁断とか自動でやるものだが。これはちょっと危ないなとあたしは判断。

パティと連携して、少しずつ機械をばらして。アトリエに運ぶ。

荷車に積み込む際に、回転する刃物がついているパーツは、特に注意するようにパティに促し。

頷いて、パティも丁寧に扱っていた。

「手慣れてるね……」

「いえ、この機械は初めて見ました。 ただ、以前もっと大きな仕組みを作ったことが何回かあって」

「え……」

「オホン。 ライザはちょっと色々と経験を積んでいまして」

クラウディアが遮る。

それ以上喋るな、という笑顔の圧を感じたので、黙っておく事にする。

アトリエに運び込むと、パティに手伝って貰って、修理を開始。

エーテルを釜に満たして、順番にパーツを修理。

場合によっては同じものをインゴットから調整して加工する。

パティは例のネックレスもある。

筋力を補えていることもあって、以前とは比較にならない程力仕事が出来る。ただガタイがどうしても小さいので、力のかけ方とかを気を付けなければならない。

黙々と修理をしていく。

どうもタオは、これも見越して宿題を出していたらしい。

宿題の解答は明日やっておくとかいう話で。

パティの宿題は、既に回収されていたが。

「よし、一番危ないの扱うよ。 気を付けて!」

「はい!」

「ゆっくり、釜に入れて」

「うわ、本当に溶けるんですね……怖……」

パティが、釜の中でエーテルに分解される回転する刃物を見て、呻く。

この刃物も刃こぼれだらけ。更には、何か血の跡みたいなのもある。

長年動いた工場と機械だ。

人身事故が起きていても不思議では無い。

無理に動かし続けたのだ。

指くらいとんだ可哀想な人がいたのかも知れなかった。

要素を分析して、余計なものは取り払い。金属で調整していく。あたしの空間把握能力を最大限に生かして、機械の全体像を精密にイメージし、パーツごとに丁寧に修理をしていく。

良い感じだ。

エーテルから引き上げたときには、回転する刃は別物のように鋭くなっていた。パーツを全て丁寧に修復していく。

ネジとかには、明らかに欠損しているものもあったので。それらも全て作り直しておく。

動きが悪くなった時に、ばらしたりして。直せなくなったりしたのだろう。

それも仕方が無い。

これらは下手をすると神代。新しいものでも古代クリント王国時代のものだ。

25世代も経過していれば、マニュアルだってなくなる。

動かし方だって、分からなくなる。

部品だって、さび付いて動かなくなるだろう。

修理を終えたので、すぐに工場に持ち込む。

パティと二人だけで修理していくのを見て、度肝を抜かれるバレンツの戦士達。クラウディアは、周囲に目を光らせているが。

これは横やりが入らないようにしているのだろう。

工場の上には、クラウディアが音魔術で作りあげた人型の弓手が、多数展開している状態である。

本当に今、色々と政治的な意味で危ないのだろう。

あたしには修復作業に全力を注げるように、クラウディアが気を遣ってくれている。

だったら、それに全力で応える。

それだけだ。

「手伝おうか」

「ありがとうございます。 ただ、あたしではなく、クラウディアを」

「分かった。 この工場で危ないのは……」

エカテリーナさんが、工場の死角などをクラウディアに説明。頷くと、クラウディアは音魔術での弓手を増やしたようだった。

この辺り、前の工場主よりも、ずっとクラウディアもよく見ている相手なのだろう。

事実、とても実直な印象を受ける。

与太者も多い商売人をクーケン島で、あたしは散々見て来ている。

だから、この人が、信頼出来る商売人だと分かるのだった。

組み立てを続け、例の回転刃も取り付ける。

既にかなり夜遅い。

一段落した所で、パティに栄養剤を渡す。今日は、バレンツからアーベルハイムに連絡が行っていると、さっき聞かされた。

とはいっても、余り遅くなってはヴォルカーさんの頭にも角が生えるだろう。

可能な限り早く済ませる必要がある。

戦士達が、見張りをしながらも、此方にちらちら視線を送り。

その度に、クラウディアが叱責していた。

「見張りはまだ続けなさい。 これが王都だけではなく、人々の未来に関わる事だと、説明をしたはずです」

「はいっ!」

「すみません、副頭取!」

わあ、クラウディア、おっかな。

そう苦笑いしつつ、作業を続行。

最後のネジを締めてから、作業を行ってみる。大気中の魔力を吸収する動力源は、既に動く事を確認済み。

こういうのは散々修理したし。

なんなら仕組みはちょっと違うが、もっと大きいのを、クーケン島の中枢で作ったりもしたのだ。

簡単簡単。

機械が動き出す。

あわてて工場長が飛びつくと、素材を入れて、なにやら操作を開始する。

おおと、感激の声が上がる。

「私が生まれたときよりもずっとずっと機械の調子が良いよ! みな! もう服が出て来たよ!」

出て来たのは、庶民向けの安い服だ。

貴族が好みそうなスーツじゃない。

だからこそ、クラウディアが手を回せたのだろう。

そしてこう言う服を、安価に作れるようになったのだ。これは、また時代の後退を、少し遅れさせることが出来る。

何着か作る。

中には幼児向けのものや、子供向けのものもあって。問題なく作れると判断すると、涙をエカテリーナさんは拭い始めた。

「これで昔の値段で服を売れるよ! 馬鹿みたいな値段をつけなくてもいい! みんな、貧しくても服を買えるよ!」

「良かった。 もしも問題が起きたら、すぐにバレンツに連絡をお願いします」

「ああ、ああ! ありがとう。 王都のバカみたいな物価に、これで一石を投じられる! ライザ、あんたのことは救世主として、一族に語り継ぐ! ありがとう! 本当に……!」

あたしの手を握ると、エカテリーナさんはブンブン振り回した。

硬い、職人の手だった。

帰路につく。

クラウディアは、工場でまだ作業があるらしい。

あたしは、パティを屋敷に送っていく。クラウディア麾下の戦士が、途中までは送ってくれた。

まあ、遠くからこっちを伺っている下手くそは何人かいるが。

そんなんは、敵にはなり得ないが。

アーベルハイム邸につく。

ヴォルカーさんが険しい表情をして待っていたので、頭を下げる。

「すみません、遅くなりました」

「いや、予定通りの時間だ。 パティ、怪我などはなかったか」

「はい。お父様。 ライザさんの作業指示は的確で、危ない部品に対する接し方もとても分かりやすくて」

「そうか。 ライザくん。 君が直してくれた機械は、庶民の服を量産するものだ。 既に木綿などの質が低い服が出回り始めていて、服の値段そのものも高騰していた。 これで多くの民が助かる。 私からも、礼を言おう。 驚天の技、これからも世界のために使って欲しい」

流石に頭を下げることはなかったが。

胸に手を当ててヴォルカーさんが敬礼してくれたので。あたしもちょっと恐縮してしまった。

流石に夜遅いので、そのまま帰る。

途中から、あたしに対する見張りはいなくなった。

アトリエに戻ると、後は寝ることにする。

夕食はさっき、機械を調整しながら口にした。

何よりも、色々と疲れたので、これ以上は何か食べようという気にはなれなかった。

「フィー……」

「ごめんフィー。 疲れたかな」

「フィー!」

大丈夫、というのだろう。

あたしは苦笑いすると、もう寝るよと告げる。

風呂は、明日の朝でいいか。

流石にこれは、ちょっと先に休みたい。

多分クラウディアは、まだ工場付近で残務をこなしている筈だ。

それを思うと、眠れるだけで、此処は可とするべきなのだと、あたしは判断していた。

 

パティは自宅の風呂に浸かって、じっと手を見る。

恐ろしい機械の刃。

尖った部品。

それらにたいして、ライザさんの指示もあったが。何よりも防御魔術が掛かった装備。それが大きかった。

これはざっくりやったかな。

そう思った時もあったのだが、肌はどこも無事だ。

溜息が出る。

驚天の技。エカテリーナという工場長は、そう判断したのだろう。パティもそう思った。

ライザさんは凄い。

戦いが圧倒的に強いだけじゃない。

何百年も、直す事すらできなかった機械を。あんなに簡単に。

あれで鈍っているというのだ。

本当に、どこまで底が知れない人なのか。

劣等感がわき上がってくる。

戦闘でもいつも教えられることばかり。どんどん強くなっていると、いつも褒めてくれるけれど。

ライザさんの周囲にいる人は、皆凄すぎる。

最近加わったセリさんやレントさんも、超がつくほどの手練れで。レントさんにしても、最近までスランプだったとか言われても、嘘だとしかぼやけない。

あれで、タオさんがライザさんの事が好きだったら、パティは立ち直れなかったかも知れない。

だけれども、天才の歪みなのだろう。

ライザさんはあれで、殆ど異性に興味が無いらしい。

ましてや兄弟同然に育ったタオさんを、異性として見るつもりは全く無いようで。

それはなんとなく分かるので、それでどうにか踏みとどまれるのだった。

風呂から上がると、パティは着替えてお父様の前に出る。

敬礼して、今日あった事をまとめて話す。

遺跡での戦闘。

それに、機械の修理。

別の日にやっても良いだろうに、ライザさんはそれを一日でこなしてしまう。

それを聞いて、お父様は執務の手をとめて、考え込んでいた。

「凄まじいなライザくんは」

「いつも圧倒されっぱなしです」

「人間の数が減っているという事もあるのだが」

お父様は言う。

ロテスヴァッサ王都の人間は隠しているが、古代クリント王国の時代は、今の何十倍も人間がいたのだそうだ。

恐らく、ライザさんのような人間もだからこそいたのではないかと。お父様は言うのだった。

「パティ。 今後ライザ君とのコネは、この世界にとっての重要な生命線になる」

「はい、分かっています。 あれほどの英傑、何処を探しても今のこの世界では、見つからないと思います」

「うむ。 ライザ君はお前を気に入ってもいるようだ。 関係をそのまま維持し、いつでも話が出来るようにしておきなさい」

「分かりました」

少し悩んだようだが。

それでお父様は、話を切り上げていた。

パティは自室に戻る。

メイド長がベッドメイクしてくれていたので、お日様を吸ったベッドでゆっくり休む事が出来る。

勿論野営も経験があるが。

それでも、これは本当に有り難い。

無言でしばし、眠りを貪る。

そして、起きる。

これも訓練して、自制をしているから出来る事だ。幼い頃から、徹底的に訓練を受けた。

こらえ性がない子供は、これに耐えられないらしいが。パティは耐えられた。それだけの話。

ただ、パティの子供は耐えられるか分からない。

貴族制の限界だ。

古今東西の貴族が全員バカだとはパティも思わない。今の王都の王族も貴族も盆暗揃いだが、過去のもそうかは分からない。未来に凄い奴が出るかも知れない。

実際現在だって目端が利く人間はいて、それはお父様に賛同して王都を離れる動きを見せている。

だけれども、その目端が利く人間の子供も有能かどうかは、全く話が別だ。

たまたまパティはお父様の強さをある程度引き継げた。

その程度のことなのだ。

すぐにライザさんの所に行く。

いつものように起きだしているライザさんと一緒に鍛錬。タオさんがいつもよりずっと早く来たので、驚く。

「あたしはちょっとこれから畑を見て来るから、タオと宿題をしていて」

「はい。 分かりました」

「じゃね」

フットワークが軽いライザさんは、そのままひゅんと消える。フィーも懐に入れたまま。

身体制御が完璧だから、懐にフィーが入っていても、潰したりしないのである。

凄い話だ。

ともかく、タオさんから宿題について色々話を聞く。

ちゃんと出来ていると言うことで、胸をなで下ろす。

「数学がかなり向上しているね。 これならば、将来秘書官に好き勝手に資産を荒らされる事はないと思うよ」

「ありがとうございます。 ただ、此処が少し分からなくて……」

「そこはね……」

タオさんの説明は分かりやすくて、すっと頭に入ってくる。

勉強をしていると、ボオスさんとクリフォードさんが来る。

礼をして、ライザさんが来るまでは宿題をすると告げて。二人は頷くと、少し遅れてきたクラウディアさんと、何か話し始めていた。

「やはり貴族の密偵が……」

「だろうな。 ライザも気付いていたんじゃないのか」

「俺を呼んでくれれば、全部伸してきたんだが」

「ふふ、ありがとう。 その時は頼みます」

クラウディアさんは、クリフォードさんに露骨に警戒していたのに。今ではある程度話して笑顔も浮かべている。

セリさんが来て、アトリエの隅で座って黙々とリンゴを食べ始める。

丁度宿題も終わって。

ライザさんが戻って来ていた。

それと同時にレントさんも来る。

ちょっと遅れ気味だが、まあそれも間に合ったのだから良いのだろう。

「お待たせ、じゃあミーティングの時間だよ!」

「フィー!」

「頭に乗るな」

さっそくライザさんの懐を飛び出して、ボオスさんの頭に乗るフィー。

ボオスさんはフィーに対して嫌そうにはするが、追い払おうとしない。

暖かい関係だな。

そうパティは見ていていつも思う。

だけれども。此処からは、命がけの探索と。殺し合いも含めた今日の予定に対するミーティングだ。

頬を叩いて。

パティは気を入れ直していた。

パティはこの中では一番未熟。一番弱い。

それははっきり理解している。

だから、少しでも学ぶ。

少しでも背中を追う。

王都で、生きる事をお父様は決めた。貴族の腐敗は知った上で。この世界で、人間が追い詰められる一方である事を承知した上で。

その後を継ぐとパティは決めた。

色々と納得が行かないこともあるし。

タオさんへの恋心で、時々自分を上手に制御出来なくなることだってある。

そんな事は分かった上で、ここで学ぶと決めている。

だから、パティは。全力で、ライザさんについていくのだ。

「今日から、本番。 今までとは比較にならない程強力なゴーレムがいる可能性が高い」

「確かに遠目に見ても、デカイ奴がいたな。 ふっ、この面子なら負ける気はしないがな」

「そうだな……」

クリフォードさんよりも、レントさんの方が慎重に見える。

戦闘経験はクリフォードさんの方が上だろう。

だけれども、レントさんは。性格的な面で、慎重になっているのかも知れない。

「戦闘方法やフォーメーションはいつも通り。 いつもと違うのは、あたしは今回の戦闘では爆弾を惜しみなく投入する。 今までの戦闘で、工房らしい遺跡の天井や頑強さは理解出来た。 崩落を招かない程度に、空気が汚れない程度に、必要とあれば何もかも吹っ飛ばす」

「相変わらず豪快だね、ライザ」

「僕もちょっとこの辺りはついて行けないかな……」

楽しそうなクラウディアさん。

ちょっと引いているタオさん。

パティは。頷く。

「まだ未熟ですけど、引き続き前衛に立ちます!」

「おう。 隣は任せるぜ」

「はいっ!」

レントさんに応える。

セリさんはじっと黙ったままだが、この人は必要に応じて戦闘に参加してくれる。

だから何も言わないかと思ったが、ライザさんは一応確認していた。

「セリさんは、この遺跡で目的を果たせそうですか?」

「いえ。 今の時点ではいいものはなさそうよ」

「捜し物について、もう少しあたしを信頼したら教えてくれますか?」

「そうね。 その時が来たら」

そうか。セリさんも、そういう判断の仕方をしているんだな。

立ち上がると、出立とライザさんが声を張り上げる。

どんな特務の戦士達よりも、連携が取れている。

此処に混じって、経験を詰む事が出来る。それだけで、千金どころか、万金に値する経験だ。

だからパティは行く。

如何に、其処が危険な場所であってもだ。

ライザさんが、王都なんて簡単に吹き飛ぶというほどの相手がいるかも知れない封印だ。そんなものを、放置しておけないのも当然。

王都にいる者として。

責任を取らず、持て余した金で偉いと思い込んでいる貴族達とは袖を分かち。

本当に世界を守るための人間になる為。

パティは、戦うのだ。

 

4、覚醒の兆し

 

パミラは手をかざして、王都を出立していくライザ達を見送る。少し小高い場所から。

肉体を作ったとはいえ、元々はパミラは神格の一つ。

あくまで世界を見守る事を目的としているから、幽霊程度の影響力でかまわない、と判断していたが。

こう言う世界なら話は別。

壊れ行く世界であったのなら、パミラは力を持って介入する。

それが大事な事は。

一つ前にいた世界で理解した。

あの世界は、最強の錬金術師が、あらゆる試行錯誤を繰り返し。神とも連携しなければ、詰みを打開できなかった。

人間の可能性を信じるというのは、それは良い言葉だが。

この世界が、そんな言葉で無責任に放置したらどうなるかは目に見えている。

パミラも多くの世界を見て来た。

人類が未来に向けて走っている世界もあったけれど。

此処や、滅びに向かっている世界は、そうではなかった。

だからパミラは、体を得て介入を決めた。

この世界の錬金術師が、あまりにも邪悪で凡俗であったことも理由の一つではあるのだろう。

本来だったら、幽霊のまま見守るだけで良かったのだろうけれど。

こんなに良くない世界に転移するのも、まあ仕方が無い事ではあるのだろうと思う。

そして、世界を見守る事が神格であるが故にする事。

神格というのは。

意外に不便な存在なのである。

ミーティングを終えた同胞の者達に軽く話をして。

以前の世界にいた、一緒に戦った錬金術師から貰った道具を用いる。

それで世界を文字通り飛ぶ。

この世界では、桁外れの天才であるライザ。それに神代の錬金術師だが。

それはあくまでこの世界での基準。

時間停止を当たり前のようにやる錬金術師なんて、他の世界には幾らでもいた。

人がいる。パミラが渡って来た他の世界と近侍しているこの世界でも。

力の差というのはとても大きいのだ。

そして、世界を飛んで、到着する。

盟友のいる場所に。

白の世界。

そして、其処には。人影は無い。

なかった。

一つ生じる。

ぱたぱたと向こうから走ってくる人影。小柄で、発育が悪いのが一目で分かる。褐色肌の、まだ幼い娘。

健康的な笑顔を浮かべているが。

体の弱々しさが、どうしても違和感を生じさせる。

質素な衣服を身につけているが。その衣服の彼方此方には、生命維持装置がつけられている。

そうしないと、ぱたぱた走るのも出来ないのだ。

全力疾走なんてもってのほかである。

これでも、前に比べるとましになったのだが。

「パミラさま!」

「アイン。 外に出て大丈夫−?」

「うん。 お母様が大丈夫だって。 でも、やっぱりあまり長くは外に出られないの。 パミラ様に会いたいから、無理に出して貰ったんだ」

そうかそうか。

確かに細胞へのダメージが少しずつ蓄積しているようだ。案内して貰う。少しばかり、相談するべき事が出来た。

セーフティの事だ。

ライザの才能は、明らかに逸脱している。あくまでこの世界基準で、だが。

神代の錬金術師より明らかに上だ。

だから制限を掛けた。

それがセーフティ。

だが、ライザはずっと地道な努力を続けている。そして、セーフティを地力で砕こうとしている。

アインが言う所のお母様の所へ案内して貰う。

アインは本当に体が弱いので、同胞と言われる組織の面々はいつもそれを見て心を痛めている。

自分達は頑強すぎるほどだから、だろう。

それにアイン自身が彼女ら(男性は二世以降だけ)にとって希望だという事もあって。

この星は、消させるわけにはいかないのだ。

奥まった所に、その存在はいる。

正確には、あるというべきだろうか。

今の時点では、外へつながっているデバイスが余り多く無い。ヒトの形なんてしてもいない。

それでもアインは、お母様と慕っている。

悲しい話である。

棒状のものに、板状のものがついているだけのデバイス。

それから、声がする。

「久しぶりですね、パミラ」

「最近忙しかったものねー。 三年ぶりだったかなー」

「お母様、私戻っているね」

「はい、そうしてください」

アインは休眠用のベッドに戻る。

それで体の調整をする。

本人はいたいとも苦しいとも言わなかったが。細胞にダメージがもう出ていた。多分痛かった筈だ。

痛々しい話だ。

「本体の情報格納領域を少しずつ浸食してはいるのですが、それでもあれが精一杯です。 アインには苦しい思いをずっとさせてしまっています」

「ヒトの形を取る事が出来たときは、それでも随分喜んでいたわねー」

「それはそうです。 そもそもあの子は、まともに生きる事すら許されなかった。 神を気取る錬金術師達の傲慢極まりない思想のせいで」

「……」

これだけの強い怒りを。

人間ではない、生物ですらない存在から感じるのは。

ある意味、とても不思議だ。

神格ならまだ分かる。

パミラも、この世界の人間、特に大半の錬金術師には、今でも強い怒りしか感じない。

ロテスヴァッサに巣くっていた連中を、そのパトロンごと皆殺しにした時も、全く心が痛むことはなかった。

世界を二つ滅亡寸前に追い込んでおいて、反省のかけらも無い畜生以下。

生物として、最大級に有害な存在だ。

それでありながら、また同じ事を繰り返そうとした外道。

斬る以外に、路は無かった。

パミラは本来世界に介入はしないことを決めているが。

今回ばかりは、他に手が無かった。

「今日来たのは、錬金術師ライザリンの話ですね」

「ええ。 観察を続けたけれども、あの子は例外の中の例外ねー」

「あくまでこの世界では、でしょう」

「そう。 今まで見てきた世界でも、外道錬金術師は珍しくもなかった。 ただ、それでも、この世界ほど外道が多い場合は珍しかったのよねえ。 だからライザは例外の中の例外。 珍しい、少なくとも今は善なる錬金術師と言って良い存在ねー」

そのものは。

まだしばらく黙り込んでいる。

そして、思考を続けていたのか。

結論が出たのかは分からないが。

少し間をおいてから、話し始める。

「セーフティがどうも壊れ始めているようですね」

「そうねー。 ライザの才覚は文字通り破格。 百年前くらいに出た存在はセーフティが掛かるともう何もできなくなった。 だけれども、ライザは地力でセーフティを外そうとしているわねー」

「困りました。 ライザについては観察すると決めていましたが。 いつまでも善良である保証はありません。 戦歴も確実に積み重ね、出来る事も増えています。 今は一族の者が総出なら仕留められるでしょう。 しかし……」

「いずれ私が混じっても、勝てなくなるかも知れないわー」

ふふと、パミラはちょっと寂しく笑った。

錬金術師の中には、理を超越する者も多い。

時間や空間を自在にする錬金術師は珍しくもなかったし。

パミラが見て来た最強の錬金術師は、文字通り宇宙のルールを書き換えるレベルの力を持っていた。

生半可な神格だったら、一ひねりにするほどの実力で。

世界の詰みを打破するために手段を選ばず、残忍ではあってもエゴのために力を振るうことはなかった。

ライザも、悪党になるかもしれないが。

そういう存在になるのなら、許容は出来る。

問題はエゴのためにあらゆる暴虐を振るう存在に……この世界にいた神代や、古代クリント王国、ロテスヴァッサに集まっていた錬金術師のような連中になってしまった場合。

確かにセーフティが外れたら、手に負えなくなる。

世界が一つ滅ぶだけで済めば良いが。

「パミラ。 貴方の見解を聞かせていただけますか」

「私はね−。 最初この世界から、錬金術を全て消滅させるつもりだったの。 この世界の人間には、あまりにも危険な技術だったからねー」

「今は違うのですか」

「人間は追い詰められて、どんどん生活圏を縮小して。 それでもその性根はまったく変わっていない。 ロテスヴァッサの王都の貴族王族達の愚かしさは、貴方の作り出した「同胞」から常に聞いている。 この者達がパトロンになって錬金術を復興でもさせたら、なんどでも被害は再拡大するでしょうねー」

だが、とパミラは言葉を切る。

ライザは希望になるかも知れない。

そうとも思うのだ。

「ライザは近々セーフティを地力で解除すると思うわね−」

「そうですね。 それも懸念はしていましたが、想像以上に早い」

「もしも、セーフティが砕かれた時。 ライザがエゴで動くようならば。 差し違えてでも、私が斬るわー」

「……」

神格として消滅するとしても。

それは、同じ事だ。

元々神格とは現象が人格を持った存在。事象といってもいい。

少なくとも、パミラが渡って来た世界では、どれも共通してそうだった。

パミラは世界の観測という事象が、人格を持った存在で。

それが「パメラ」という不幸な若くしてなくなった女の子の幽霊と融合して、形を得たものである。

始まりは、そうだった。

世界というものは、観測する事で形を為す。

人間が観測することによっても形は変わる。

だが、それでは不安定すぎる。

だから世界そのものが観測者を作り出した。

観測者の力は、そこまで強大ではない方が良いというのも、どの世界でも共通した見解だった。

だからパミラは幽霊くらいで丁度良かったのだ。

この世界に来るまでは。

次の世界には、まだ渡れない。

この世界でいびつに発展した錬金術は、下手をすると他の世界を巻き込んだ挙げ句、滅びかねない危険なものだった。

今まで見てきた最大最強の錬金術師だって、エゴのために動く事は絶対にしなかった。

本人はどうしようも無いほどに狂っていたが。

それでもその一線はわきまえていた。

この世界の錬金術師は、それすらわきまえられていない。

人間だからエゴがあるというのは、最低最悪の言い訳だ。

そんな言い訳のために、二つも世界を滅ぼし掛けておいて、それでもなお反省すらしようとしない。

そういうものは、汚物としか言いようが無い。

だが、ライザがその考えを、変えようとしている。

ライザは、最後のこの世界にとってのチャンスだと、パミラは考えている。

その考えは間違っているかも知れない。

それ故にもしも間違っていたときには。

パミラは、己が倒れようと、ライザを倒す。事象としての観測者がこの世界から滅びようとも。

他の世界への被害を防ぐためにも。

そうする義務があるのだった。

身についてしまった、ゆっくりしたしゃべり方で、パミラがそう説明していくと。

そのものは。しばしして応えるのだった。

「分かりました。 其処までの覚悟を決めているのであれば。 私もそれに協力いたしましょう」

「あらー。 相変わらず普通の人間なんかより、ずっと物わかりがいいわねー」

「論理的にものを考えているだけです」

「ふふ。 さて……」

パミラは頷くと、奧へ。

其処には、恐ろしい武器の類がたくさんある。

今のライザは、セーフティのリミッターが掛かっていても生半可な魔物なんて束になってもかなわない程の戦力を有し。

有能な仲間にだって囲まれている。

勿論もし倒すべきだと判断した場合は、同胞を総動員して掛かる事になるが。

万が一だ。

それに備えて、装備を取りだしておく。

オーレン族は、光の剣と言っていたか。

錬金術師を倒すには、錬金術が一番良いだろう。

神代の者達が作り出した最強の剣を手にする。

これが放置されていたのは。

神代の者達は、末期には自分達の技術すら解析できなくなったから。これが何かすらも分からなくなったから。

それだけだ。

勿論、パミラは使い方も即座に分かる。

これでも、気が遠くなるほどの時間、世界を観測してきていないし。色々な錬金術を見て来てもいないのだ。

これを抜く日は来ないで欲しい。

パミラは。いかなるドラゴンの鱗だろうが、バターのように切り裂く刀身を見て。

そう思うのだった。

 

(続)