地底工房

 

序、地下の魔窟

 

坑道を抜ける。だいぶ道中の魔物は減ってきているが、それでもかなりいる。今日はゴーレムと遭遇しなかっただけでマシだろうか。

ともかく、遺跡に出るが。

やはり、此処はビリビリと危険な気配がある。

造りとしては要塞ではない。

此処は恐らくだが、何かと戦闘する事を想定したものではなかったのだろう。何が封印されているか分からないが、それがフィルフサだったとしても。フィルフサと此処で戦闘する事を想定していたとは思えない。

かといって、これが「工房」かどうかはちょっと何とも言えない。

調べて見ないと分からないだろう。

彼方此方の建物を、少しずつ調べて行く。

その過程で、此方に来る幽霊鎧。幽霊鎧は此方を見て、じっとしていたが。やがて無視するように去って行く。

何が目的なのかはよく分からないが。

ともかく、もうガーディアンとしては壊れてしまっている、と見て良いだろう。

さっきは襲ってこなかったが。

次はどうなるかは分からない。

「タオ、本とかはある?」

「うーん、この辺りは何も。 ただこれを見て」

「!」

「ライザさん、なんですかこれ……」

パティが心底不安そうに言う。

まあ、分からないだろう。

これは、ふいごだろうと思う。

今でもデニスさんの鍛冶屋などでは現役で動いている道具だ。鍛冶を行う際に、空気を送り込む事で、炉の火力を上げるためのもの。

それを説明すると、パティは不思議そうに言う。

「何百年も前の遺跡なのに、そういうものは変わっていないんですね」

「それはそうだよ。 前も説明したけれど、人間の文明は千年前をピークに後は縮小する一方なんだ」

「つまり、全く進歩出来ていないってことだ。 千年前の更に前は、何があったのか良くわからねえしな」

クリフォードさんも本職だ。

それは良く知っている、と言う事なのだろう。

幾つかの家屋を順に調べて行く。

普通の家、もあるが。

店のようなものもある。

並んでいる武器は、これは。

見た事がない材質だ。

クリフォードさんが興味を持つ。

大きな武器は殆ど無い。というか、売り切れたのか。持ち去られたのか。

或いは、何処かで大きな戦闘があって。

それで使われたのかも知れない。

「見せてくれ、そのナイフ」

「はい。 鋭いですから気を付けて」

「ああ。 ……いわゆるミスリルかと思ったが、そうではないようだな」

「あたしも見た事がないですね、これ」

かなりの強度だが。

性能的には、クリミネアとどっこい程度か。

ほぼ錆びず軽く、そして強度もある。

錬金術の産物では無さそうだが、こんなものを作れる技術があったのは、流石に数百年前である。

他にも調べて回ろうかとしたとき。

クラウディアが動く。

上から、忍び寄っていた何かを、即座に撃ち抜く。文字通り、飛燕の早業だった。

即座に家屋から飛び出す。

うねうねと動いていたそれは、植物の根だ。

皆が家屋から飛び出すのを、あたしは熱槍を放って時間を稼ぎ。最後尾で、家屋から離れる。

ぐしゃりと、家屋が潰れ。

燃えさかる植物の根が、軋むような音を立て続けていた。

燃えにくいのか、簡単には焼け崩れないが。

それでも、やがて動かなくなる。

ぞっとした。

「い、今の、魔物ですか!?」

「分からない。 ただ……どうやらこの遺跡、どこからいつ何が襲ってきてもおかしくないみたいだ」

パティに、タオが告げる。

頷くと、クラウディアが直接歌い始める。全力での音魔術展開と言う事だ。これは、それくらいはしないとはっきり言って危ない。

皆で等距離を保って、クラウディアを守りながら、奧に。

遺跡の入口付近でこれだと。

奥の方に見えているあの巨大な木。

相当危ないかも知れない。

地面にも、木の根が増え始める。

踏むと、不意に動いたりする。やはりこれは、相当に危険な遺跡と見て良いだろう。

「もう少し、時間を稼いで。 遺跡の全体まで、音を響かせてみるわ」

「頼むよクラウディア」

「頼まれた」

クラウディアが、更に魔力を上げる。

全身が輝き、魔力の放出で浮き上がるほどだ。

神秘的な美しさだ。

三年前もこんな風にフルパワーで魔術を展開すると、魔力の放出で色々とすごかったっけ。

魔力量だけなら、あたしとそうクラウディアは変わらないのだ。

あたしが錬金釜に毎日何度もエーテルを絞り出して、鍛錬することでその魔力量を劇的に増やしたのに対し、クラウディアは瞑想や実戦で魔力量を増やした。

多分才能では、魔力量に関してはクラウディアはあたしより優れているのだと判断していい。

身内では最強だろう。

魔術制御については、今後が課題になるだろうが。

今でも既に小型の人型を多数展開して、単騎で飽和攻撃を継続して可能にするなど、相当な実力である。

火力はあたしの方が上かも知れないが。

単純な魔術師としてみると、多分クラウディアが一番凄い。

セリさんはまたとんでもないが。

この人はオーレン族なので、数百年は最低でも生きている筈で。しかもフィルフサとやりあい続けて来たのだろうから、立っている土俵からして違うと見て良い。

「今、立体的に危険な存在を表示するね」

「分かった、メモを取るよクラウディア」

「頼むよタオくん」

「……ちょっと凄まじいな」

クリフォードさんが帽子を下げる。

この連携に、レントも加わったら文字通り無敵なんだが。周囲の魔物が、明らかに此方を見ている。

急いですませないといけない。

「メモ、終わり!」

「……」

クラウディアが、魔力の放出を停止。

通常時の、周囲警戒状態に戻る。

タオのメモを見て、あたしが空中に立体図を作る。

真っ赤っかな所だらけ。

敵性勢力の位置だ。

強い敵性勢力は、特に色を赤くしている。

「こ、これ全部魔物ですか!?」

「うん。 鉱山の外にいるのとは段違いに強いね」

「死んでしまいます!」

「分かってる。 とにかく慎重に立ち回らないと危ない」

パティの腰が引けている。

ちょっといきなり対戦相手の実力が上がりすぎたか。でも、それでもタオが、大丈夫と声を掛けると、落ち着くようだ。

現金な話である。

「とにかく一番やべえのは足下からの奇襲だ。 ……ちょっとまて。 セリ、良いか」

「何かしら」

クリフォードさんがセリさんに話を振る。

人間として、一番戦闘経験も探索経験も積んでいるのはこの人だ。

話は聞く価値がある。

「どうしても人間としては頭上足下は分が悪い。 あんたの魔術、植物操作だったよな」

「言いたいことは分かるけれども、この遺跡に住んでいる植物の魔物は、ちょっと操作できない」

「理由を聞かせてくれるか」

「あの植物は、魔力をエサにしているタイプよ」

セリさんの話によると。

魔食草というのは殆ど見た事がなく、ひょっとするとこの遺跡のものがオリジナルかも知れないと言う。

或いは、此処で無害に品種改良したものが、世間的に広まっているのかも知れないそうである。

いずれにしても、此処にいる者は獰猛で。

生物を襲って潰して殺し、生体魔力を吸い尽くしていくそうだ。

血肉を喰らうのと同じ。

たまたま植物と言うだけで。

生態は動物と変わらない、というわけだ。

植物も、苛烈な居場所の争いをしている。畑をやっているから、あたしもそれは知っている。

雑草を抜かなければならないのは、そもそも作物の生存能力が雑草に劣るからだ。

栄養を取られるとかそういう問題ではないのである。

「魔力を餌にする植物は、私が魔力を流してもそれをエサにして、操作を受けつけない。 それも状況次第だけれども、あれくらい魔力を大食いする植物だと、一瞬で従えるのは不可能よ」

「なる程な、分かった。 時間を掛ければ操作はできるのか」

「それも厳しいでしょうね。 私の植物操作は、どちらかというと戦闘利用がそもそも余技で、本来は植物を管理して、森を効率よく維持するためのものなの」

「そうか……ありがとう。 ともかく、降りかかる火の粉を払うしかないわけだ」

話が一段落した所で、あたしは手を叩いて皆の注目を集める。

皆に見られたところで、あたしは告げる。

「じゃ、作戦としては。 安全圏を少しずつ増やしつつ、遺跡の中を探索して行く方針で。 それとパティ」

「はい」

「遺跡を探索し終わるまでは、少なくともヴォルカーさんに此処が安全とか、そういう話はしないで。 もしも封印があった場合は、特に」

「そもそも殆どの戦士は、此処に入る事すら出来ないと思いますが……」

ただ、あたし達が封印を調べている存在が。どれほどヤバイ相手なのかは、パティもとっくに理解している。

それを考えると、拒否の選択肢は無いと思う。

しばし考えてから。

パティは頷いていた。

「分かりました。 ただ、封印があった場合、途中経過をお父様に話します。 それでお父様と一緒に、この鉱山に誰かが入らないように手配します」

「それは有り難いね。 ただ、詳細は子孫に告げないようにも手配はして。 とにかくアンタッチャブルにしてくれると助かる」

「子孫!? そ、そうですね。 確かに何百年も先の事を考えると、それはそうなのかも知れないです」

「頼むよ。 あたし達は、自分だけ良ければいい、なんて世界に生きてない。 あたし達が封印への対応を間違えたら、一瞬で踏み砕かれるのは王都だけじゃすまない。 この間見せたあたしの奥義だって、相手を殺しきれるかどころか、効くかも分からないんだよ」

ぞっとしたのだろう。

パティは青ざめて。

それで、何度も頷いていた。

この間見せたあたしの奥義グランシャリオ、その広域殲滅型は。それこそ王都なら一発で火の海に出来る火力があった。

あれを収束も出来る事を、パティにはもう告げてある。

それが効かないというのは、想像もできないのだろう。

実際問題、フィルフサの王種がいた場合。

そいつの戦力が、あの「蝕みの女王」を越えていた場合。

あたしのグランシャリオ程度では問題外で、錬金術の武装をフル活用して、やっと首に手が届くか届かないかくらいだろう。

それくらい、危険な相手なのだ。

遺跡の地図をもう一度確認。

タオが、此方からと指示してくれる。

この遺跡も足下が危ういが。幸い底は見えている。

その点では、霊墓よりマシ。

多少高低差はあるが。

そもそも空中都市がまとめて落ちて埋まった星の都に比べると、だいぶマシな高低差だ。

ただ彼方此方に例の植物の木の根が伸びていて。

それが我が物顔に蠢いているので。

近付く度に、焼き払わないといけなかったが。

それに、その植物に襲われず、幽霊鎧が徘徊している。それも一体一体がかなり強い個体だ。

加えてゴーレムもいる。

これは、ちょっとやそっとで攻略できる遺跡ではないな。

奧に封印があるとしても、このタチが悪い植物が多数蔓延っているとなると、どうなることやら。

そう、あたしは色々と覚悟を決めていた。

 

レントはぼんやりと、冷やを呷っていた。カフェでは喧噪が支配していて、自分だけが取り残されているかのようだ。

生活費はある。

怖れられながらも、一応魔物の退治報酬は出されたのだ。

バレンツ商会の仕事で戦う事も結構あって。

そういうときは、他よりもずっと報酬をはずんでくれた。

だから生活費はある。王都でもやっていけるくらいに。

だけれども、それだけ。

どうしてこうも周囲が灰色になってしまったのか。

ライザには、酒を抜けと言われた。

その通りだと思う。

今。レントはあれほどならないと誓った親父になろうとしている。酒に溺れて、気にくわなければ周囲に暴力を振るって。

そして本物の怪物に成り下がって。

周囲から、ただ怖れられて。

まだ、周囲に暴力を振るう所まで、レントは落ちていない。

だけれども、今まで何度か凶賊を斬ったときに。

街などに首を持っていくと、それこそ化け物を見るような目で見られたり。

逆恨みされて、襲われる事もあったっけ。

其奴がどれだけの鬼畜外道であっても関係無い。

鬼畜外道は一定の人間に好かれる傾向があるらしく。

レントもそれを身を以て知ったので、そういう連中が出る事は、もう覚悟しているのだった。

料理の味がしない。

かなり濃い味付けの筈なのに。

ふと、気配に気付いて顔を上げると。

リラさんだった。

「話を聞いて来てみれば、随分とへこたれているな」

「リラさん……」

「何とか踏みとどまっているが、落ちる寸前まで行ったようだな。 どれだけ若さに任せて誓いを立てても、それでも父親の轍を踏むか」

「返す言葉もねえ」

大きなため息をつかれる。

フードを被っているリラさんは、自身も料理を注文すると、旺盛な食欲で食べ始める。

リラさんの話によると、彼女はまだオーレン族では若い方であるそうだから。

しかもあれだけ戦闘で激しく動くとなると。

それは食事も多いのは、普通なのかも知れない。

その一方で、必要がなければ眠るように過ごして、食事を極限まで減らす事も出来るそうである。

この辺りは、自然とともに生きるオーレン族という存在が。

それだけ、生きるために特化しているということで。

人間よりも、明確に優れている点なのだろう。

「それでどうして欲しい。 抱きしめてでもやろうか。 頭でも撫でてやろうか」

「やめてくれ。 俺もガキじゃねえんだ」

「ガキじゃないだろうが、それでも人間が一人で出来る事には限りがある。 私はあの後、ザムエルという男の噂を彼方此方で聞いた。 若い頃は荒々しいものの強い正義感を持っていて、賊を討ち魔物を倒し、時に無償で人々の為に剣を振るう人物だったそうだ。 傭兵の間でも、変わり者と言われる程の正義漢だったそうだな」

「それは……初耳だ」

本当に初耳だ。

親父と若い頃に組んでいたライザの両親。ミオさんやカールさんも、そんな話はしてくれなかった。

そうか、あの酒に常に溺れて。

母にも逃げられて。

周囲に暴力を振るい。

レントも容赦なく殴っていたあの男が。

昔は、レント以上の正義漢だったのか。

そうか。

それを聞くと、更に悲しくなる。レント以上に高潔な理想と強さを持っていた人間でも、彼処まで落ちてしまうのか。

長い年月苦しみ続けると、其処まで人間は壊れてしまうのか。

溜息が漏れた。

「とにかく、何が不満だ。 口にして見ろ」

「俺は、自分の弱さが情けない」

「武技に関しては、三年前より磨かれているようだな。 そうなると精神面か」

「ああ……」

リラさんは、少し考え込んでから告げる。

その解決方法が、意外なものだった。

「人間には一皮剥ける何かがある。 若いうちほどそれは大事だ。 お前の年頃だと、異性と関係を持ったり、身内が危険にさらされたり、色々あるな」

「異性は試した。 どうにも俺はそっちにはあまり適正がないらしい。 彼方此方で言われているような、強い奴ほど欲が強いという理屈は、俺には当てはまらないらしいな」

「それはそれでただの風説だ。 異性でダメなら、今ライザやタオがかなり危険な遺跡で苦労していることを常に考えろ。 今の時点で、ライザ達は非常に強いが、頑強な壁役がいない」

そうだ。

タオは三年で別物のように強くなったようだが、それでもどちらかというと速度で相手を翻弄する回避盾。

クラウディアは音魔術で奇襲を防いで、弓矢で戦う長距離型。

クリフォードという戦士はかなりバランスが取れているらしいが、壁役じゃあない。

パティという戦士はかなり才能があるらしいが、こっちも壁役にはなり得ないし。もう一人のセリというオーレン族に関しては、此方も支援が主体らしい。

敵の攻撃を受け止める壁がいない。それも事実か。

自分は必要とされているのか。

そう思って、レントは苦悩する。

リラさんは、もう一言告げた。

「ライザ達がお前を待っているのは、お前が必要だからだ。 お前の実力は、この腑抜けた王都の戦士達とは比較にならない。 ライザの所で装備を刷新して、壁役として戦え。 そうすることで、きっとまた三年前の輝きを取り戻せる」

「……分かった。 考えを、今日中にまとめる」

「そうしろ」

リラさんは、まっていたアンペルさんとともにカフェを出て行った。

これからライザ達が調べた遺跡に、二次調査に行くらしい。

レントだけが、何もできていない。

だから。

今、心をまとめて。立ち上がる事を、頑張らなければならなかった。

 

1、火と木の跡地

 

いつ襲ってくるかも知れない植物の木の根を薙ぎ払いながら、少しずつ進む。本当に、少しずつしか進めない。

クラウディアの警告。

真横から、植物の根が串刺しにしようと飛んでくる。

あたしが蹴りをたたき込み、弾き返したところを、パティが気合を込めて根を斬り伏せる。

更に其処に、セリさんが植物操作。

地面から生えてきた鋭い植物が、根をみじん切りにした。

根を焼く。

びちびちと動いていた根は燃えづらく。

魔力を喰らっているからだろうか。熱魔術で起こした火では厳しい。フラムを使うか。そうあたしが思う程だ。

「これで何度目だ。 本当に好き放題に襲って来やがるな……」

「この辺りは、見て。 集落跡地になってる。 敵の排除はもう少しだ。 根を排除し切れれば、色々と分かる事があるかも知れない」

「奇襲ばかりでしんどいです……」

「そう。 今度は奇襲じゃないみたいだよ」

ええとパティが顔を上げる。

あたしが笑顔で指さした先には、数体の幽霊鎧。

明らかに敵認定されている。

それぞれ手にしているのは、見た事がない金属の武器だ。例のクリミネアと同等の金属だろうか。

襲いかかってくる。

乱戦になるなか、あたしは指揮官個体らしい大きいのを狙う。手にしているのは鎖つきの刃物で、それを巨体で振り回しているものだから、危険極まりない。

見ると、鎧も相当分厚い。

あれはタックルなどを浴びるだけでも危険だろう。

小型は周囲に任せる。

あたしは振り回される鎖武器をかいくぐりながら、連続して熱槍を叩き込む。パティが、長柄持ちと渡り合っているのを横目に。振るわれたえぐい刃を低い体勢でかわし、一気に接近。

その瞬間、相手はぐんと得物を手元に引き寄せてきた。

腕に鎖が接続されていて。

それを体内に収納したり、伸ばしたり出来るのか。

不自然な挙動で戻ってくる刃が、肌を掠める。

ぞっとする。

こんな所に長期間放置されていた危険極まりない代物だ。

触っただけで病気になりかねないし。

傷でもつけられたら、即時に処置しないとどうなることか。

がっと手元に刃を取ると。

そのまま振り下ろしに来る幽霊鎧。

見た感じ、その刃の形状は、パティが使っている大太刀に似ている。

再度ステップしてかわすが、踏み込みつつ逆袈裟に切り上げてくる幽霊鎧。凄い手練れだ。

中に人間が入っているかのような武術の冴え。

舌なめずりしながら、バク転。しつつ、切り上げられた刃を、蹴り跳ね上げる。

体勢を崩した幽霊鎧だが、不意に体勢を戻す。

人間離れした動きだが。

それは人間では無いのだから、それくらいやってきてもおかしくない。

突貫。

横殴りに刃を振るってくる幽霊鎧。

あたしはその刃に残像を抉らせ。

飛び膝を幽霊鎧の顔面に叩き込んでいた。

地面を踏み砕きながら跳躍しての一撃だ。

幽霊鎧の顔面が、文字通り微塵に砕けて。流石の巨体も体勢を崩す。

む。

顔面を砕かれることで、幽霊鎧の動きが鈍ったか。

それでも体勢を立て直し。着地狩りを狙って来る幽霊鎧だが。

あたしは熱槍を放って空中機動して、刃の間合いの外に着地。だが、あわてて跳躍する。

また鎖を使って、間合いを無理矢理伸ばしてきたのだ。

再び距離を取る。

じりじりと、間合いを計る。

クラウディアも、相当に手強いのと、後ろでやりあっている。

レントがいたら、こいつと戦うの喜んだだろうな。

そう思いながら、あたしは手元に熱を集める。

ただし、冷やす方。

幽霊鎧は腰を落とすと、渾身の一撃の体勢に入る。

なるほど、これは受けてやるべきか。

踏み込んでくる。

大上段からの、渾身の一撃だ。

如何にあたしでも、これは避けられないと判断したのか。幽霊鎧の動きは完璧に近く、太刀筋も完璧。

だが、あたしはそれを。

受け止めていた。

周囲が凍り付きかねない、超低温の分厚い氷。それが、刃に左右から超高速でぶつかり、とめていた。

動きを止める幽霊鎧。

全身に霜が降りている。

負けを悟ったから、だろうか。

むしろ、あがくこともなく。

満足げに、立ち尽くしていた。

あたしは、幽霊鎧の中枢。頭の部分に、巨大な熱槍を叩き込む。そのまま、倒れ臥す巨大な幽霊鎧。

一瞬で楽に出来ただろうか。

そう思いながら、あたしは冷気魔術を解除。

熱を操作できると言う事は、冷やせるという事でもある。ただ消耗が熱くするよりも多いので。

出来ればやりたくはないのだが。

後ろを見ると、皆勝っていた。

パティが大太刀を杖に、肩で息をついている。

なんとか勝てた、という感じだ。

すぐに手当てを始める。

「此処の幽霊鎧、どいつも強いよ。 短時間で凄く強くなってるね」

「ありがとう……ござ……います」

顔を上げる元気もないらしい。

あたしが渡したお冷やをぐっと飲み干したパティ。あたしが横になるように指示すると、素直にパティは従った。治療するのを知っているからだ。

男衆と女衆で別れて手当て開始。

やはりかなり深い手傷を受けているパティ。そもそもあれほどの重厚な鎧を着込んだ相手である。

しかも人間と違って、人体急所にあたるものが何処にあるか分からないのである。

苦戦は、仕方が無い事だった。

勝てるだけで、パティは立派だ。

傷の手当てを終える。

向こうに、今のと同格くらいの幽霊鎧が一団になって歩いているのが見える。例の植物を時々間引いているようだが。

植物が反撃する様子もない。

何か秘密があるのかも知れない。

とにかく、幽霊鎧の残骸をある程度持ち帰る事にする。持ち帰った先で暴れたら大変だから。それぞれの一部ずつだけ。

あたしと戦った巨大な奴からは、武器だけを貰う。

やはり大太刀に似ている。

じっと見て。あたしは決める。

「パティ、後でその大太刀預けてくれる?」

「かまいませんが、それ……そんな巨大なの、私使えませんよ」

「分かってる。 コレを持ってたあの大きな幽霊鎧、凄い戦士だったんだ。 勿論中身は空っぽで、多分魔術によって指定された命令に沿って動いていたんだと思う。 それでも、凄い武人だった。 パティのために、その強さを少しでも取り入れたくて、武器を調整したいんだ」

「ちょっとよく分からない世界ですが、腕を上げられるのなら……私もそれに異存はありません」

皆の手当て終わり。

クラウディアも少し貰っていた。

此処の遺跡の幽霊鎧。

もしも敵対しなければ、或いはフィルフサとの戦いで、味方になってくれたかもしれないなとあたしは思う。

ちょっとばかり、それが悲しかった。

懐からフィーが顔を出す。

周囲が安全だと判断したのだろう。

そして、その辺に散らばっている。切り刻まれた木の根や、幽霊鎧の残骸から、魔力を吸い上げ始める。

あたしの魔力だけでは足りないのかなと思っていたが。

やはりそうらしい。

魔力を吸い上げていく。底無しだ。

「随分と大食いだね、フィー」

「フィー!」

クラウディアの言葉に、フィーは嬉しそうに応える。

コレは多分、あたしの負担を減らせると喜んでいるのだろう。結構あたしの魔力を吸い上げている。

あたしだけだとちょっと足りないかなと思っていたし。クラウディアの魔力をあげてもまだ不足な様子だったので。

本人も、こういう所で少しでも補給したいのだろう。

小休止を挟んで、更に掃討戦を続行。

一度小型のゴーレムに襲われたが、それだけ。

後は、安全を一区画確保できた。

一区画、だけだったが。

それから、一度調査に入る。

タオが周囲の建物を順番に調べて行き。

クリフォードさんが、床を主に調べて行く。

何しろ鉱山の内部だ。

壁に当たる部分がこの遺跡にはない。

建物も小ぶりなものが多くて、それらの建物を調べて行くしかない。

中央部にはそれなりに大きなものがあるようだが。

例の植物の根が非常に大量に絡みついていて。

それと戦わないと、内部に入ることすらできそうになかった。

「ライザ、荷車いい?」

「お、何か見つけた?」

タオが手を振っている。

近付くと、どうやら本棚があるようだ。

雑多ながらくたの山の中に、本棚が埋もれている。多分、倉庫だったのを、根が崩してしまったのだろう。

がらくたの中には、刃がついているようなものもある。

危険なので、武器を使ってどかしていく。

あたしも杖を使って、それを手伝う。

程なくして、本棚を発掘できる。

本棚は何とか倒れていなかったので、そのまま本を引っ張り出すことが出来た。

本棚を丸ごと回収して、一度戻る事にする。

アトリエに到着すると、夕方だ。これは腰を入れて探索して行かないと危ないだろう。

解散後、あたしはあの巨大な幽霊鎧の刃を解析に入る。パティにも、大太刀を一旦渡して貰ってある。

解析をしていると、後ろでタオとクリフォードさんが、ああでもないこうでもないと話しているのが聞こえた。

「これは技術書だ。 見ろ、魔法の武器についてとかある。 ただ……今の技術とは比較にならない高度な魔術を使っているようだ。 現在の技術で再現出来るのは。ライザくらいじゃないのか」

「アンペルさんって凄い人がいますので、その人が出来る可能性は高いですね。 それと、見てください。 此方に宝がどうのとあります」

「マジか! ロマンだぜえ……」

「ただ、何を意味するかはちょっと分からないので、もう少し読み進めますね」

広い賃貸とはいえ、あたしのアトリエと違って、一から自分で作ったものではないので。

流石に、なんでもかんでもおくわけにはいかない。

フィーが、それを察したのか。

二人の上を飛び始める。

「フィー!」

「おっと。 そろそろだな」

「僕の方で、これらの本は引き取るよ。 古代の遺跡にあった日記の類だ。 もう内容は把握したし、王立図書館に寄付してくる」

「助かる。 此処にあるよりも、その方が良いだろうね」

場合によっては処分されてしまうそうだが。

流石に古代遺跡から出て来たただの日記だったら、そういう事をされる恐れはないだろう。

しかも日記でも、今の本よりずっとまともな装丁がされているのだ。

「とりあえず俺はこの本と、この本を持っていって後で解析しておく。 明日の朝には話が出来ると思うぜ」

「僕はこの辺りかな。 やはり、あの遺跡では多数の職人がいて、何かを作っていたようだね。 そしてそれは高確率で武器だ」

「あの幽霊鎧が持っていた武器か?」

「幽霊鎧そのものかも知れないです」

タオの言葉に、クリフォードさんが腕組みして考え込む。

そういえば、最近腕組みをするのは、相手に壁を作っている心の表れだとか言う言説を聞いたが。

馬鹿馬鹿しくて呆れる。

こういう風に、ただ癖でやっているだけの人もいる。

タトゥーが入っていて、太い腕だが。クリフォードさんは、それを弱者に無意味に振るったりはしない。

「よし、なんにしても解析だな。 遅くなって済まなかった。 俺たちは戻る」

「タオ、明日は問題ない?」

「単位は足りてるから平気だよ。 それにこれは、正直学業どころじゃないからね。 ただこれから、パティの家庭教師もするから、ちょっと夜は遅くなりそうだけど」

「そっか。 金が足りなくなったら言って頂戴。 あたしが貸すよ」

二人がアトリエから帰る。

タオも、昔は本を持ち歩くのも一苦労だったようなのに。

今では何の苦にもしていない。

さて、次だ。

伸びをしてから、調合に戻る。

巨大な刃は、時々構造を見ながら、パティの大太刀に改良を入れていく。

元々デニスさんが打った刃なので、ほぼ手を入れる場所がない。

入れる場所があるとしたら、材質だ。

あの遺跡にあった鉱石などを利用して、調整をしていく。しばらく無心に調整を入れて、更に刃に掛かっている魔術を強化。

最後に、デニスさんの所に持っていく。

もう閉店間近だったが、デニスさんは嫌な顔一つしなかった。

それどころか、あたしが持ち込んだ大太刀を見て、文字通り顔色を良い意味で変えた。

にこにこに微笑んで、刃を見る。

「すごい。 輝くような魔術強化だ。 刃の鋭さも、更に増している!」

「あたしもベストを尽くしましたが、パティのために再調整お願い出来ますか?」

「分かった、明日の朝までにやっておこう」

「これでお願いします」

ついでなので、あの遺跡にあった鉱石のインゴットも置いておく。

それを見て、デニスさんは喜ぶ。

近々なんだかのコンテストがあるらしく、こんな珍しい鉱石があるなら願ったりだというのである。

そんなコンテスト、どうでもいいと思うんだけれどなあ。

バレンツ商会で此処を紹介してくれた。

アーベルハイムでも。

ということは、デニスさんの腕が、王都随一である事を暗に示している。

確かに貴族受けするような細工をする店は他にあるのかも知れないが。

武具に関しては、少なくともデニスさんが、この腐敗した井戸の底では最高の職人と見て良いだろう。

猛烈な勢いでハンマーを振るい始めたので、後は任せて戻る。

家に戻ると、散らかっていたものをある程度片付けて。

それで、今日は切り上げる事とした。

 

夢を見る。

久々か。感応夢である。

ずっと見なかったが、随分と久しぶりに見るな。そうあたしは、夢だと分かっていながら、そう考えていた。

あたしは、人々が行き交う、不思議な空間を歩いていた。

王都じゃあないなこれは。

天井に光がある。

あれはなんだ。

太陽では無い。

光の上に、ドームがあるが。

そうか、これは。

あの鉱山地下の遺跡の昔の姿か。

歩いているのは、半裸の男女だ。特に男性は、腰周りくらいしか布をつけていない。これは此処が暑いからだろう。

時々、天井近くで音がして。

蒸気が凄い勢いで抜かれているのが分かった。

同時に、涼しい空気が入り込んでいる様子だ。

巨大なふいごのシステムのようなものがあるのか。

地下に都市があるとすると、空気を入れ換えないと危ないのだろう。数百年前は、それを簡単にやれていた、ということだ。

「魔法の武器はどうだ」

「魔女様の言葉通り、なんとかやれています。 決戦までにはどうにか間に合うと思うのですが……」

「各地から集めた戦士達が、どうにか持ち堪えているうちに、封印の秘術をどうにかせねばな……」

「あれは、ずっと地下に存在していたのでしょう。 それがあんな形で崩れるなんて……」

色々声が聞こえる。

魔法の武器、か。

確かに普通に精錬しただけでは、クリミネア級の金属は作れない。錬金術だとゴルトアイゼン級の更にその上のものが作れるのだが。

これにしても、既に通常の鋼鉄やらに比べると、超オーバースペックなのだ。

魔法の武器、という言葉も頷ける。

不意に光景が切り替わる。

人が殆どいない。

あの巨大な幽霊鎧が、誰かに話を聞いていた。

「いいか、戦いは終わった。 だが、封印が破られれば、また奴は蘇る。 お前達は、ここを守れ。 何があっても封印は守るんだ」

「分かりました。 私達の存在が朽ちるまで」

「すまないな。 擬似的な心を与えた以上、私達と一緒につれて行きたかったのだが」

「いえ、此処はもう人が住める場所ではありません。 あの植物が、人の存在をゆるさない以上……」

周囲には。

そう。あの蠢く魔食草の一種がもう繁殖している。

誰かが声を掛ける。

急げと。

誰かが、敬礼して、その場を去る。じっと、幽霊鎧は、その背中を見送っていた。

目が覚める。

あたしは無言のまま、毛布を掴んでいた。

きっとこれは。

あのあたしと激戦を繰り広げた幽霊鎧の記憶だ。持ち帰った巨大な刃を見る。刃は戦士の魂だとかいうが。

あの幽霊鎧にも、魂は宿っていたのだろうか。

無言のまま、あたしは巨大な刃を、錬金釜に放り込む。

そして要素を極限まで圧縮すると、ネックレスに形を変えていた。

凄まじい力がわき上がってくる。

「ごめんね。 わかり合う事は出来なかった。 だけれども、貴方の思いはあたしがついでいくよ。 貴方は作られた命だったかも知れない。 もう既に壊れて、ただ戦う事しか出来なくなっていたのかも知れない。 だけれども、あたしは側にいる。 今後は、あたしと一緒に行こう」

ネックレスに触れると、それが光ったような気がした。

気がしただけだ。

フィーが起きだしてきたので、早朝のうちに、デニスさんの所にパティの新しい大太刀を取りに行く。

デニスさんは満足げだが。

朝から疲れきっているように思えた。

礼を言って、畑も見に行く。

セリさんが、熱心に何かの植物を魔術で操作していた。この人も、朝がとても早いんだな。そう、あたしは思った。

声を掛けようかとも思ったが、もの凄く集中しているようなので、止めた方が良いだろう。

あたしは、無言でその場を離れる。

アトリエに戻ると、丁度パティが来ていた。

新しい刃を渡す。

剣を抜いてみて、パティは度肝を抜かれたようだった。

「これは……手に吸い付くようですね」

「改良版。 気に入った?」

「ちょ、ちょっと素振りしてみても良いですか?」

「どうぞどうぞ」

あたしの見ている前で、パティが色々な型から、素振りをしてみる。

多分大太刀に掛かっている魔術もあるが、今までに比べて動きが洗練されている。カウンター主体の戦術に切り替えたパティだが。まだそれに慣れきっていない印象があったが。これは。

少し見ただけで分かる。

刃が、パティにあわせているようだ。

文字通り流れるように、一連の剣舞をこなすパティ。

はっきりいって、美しい姿だ。

剣舞は儀式的なものも多いが、その動きが理にかなっている型で構成されているものもある。

パティのこれは、多分師匠に当たる例のメイドさん直伝のものだ。

終わった後、素直にあたしは感心していた。

「すごいよパティ。 一皮向けたねこれは」

「有難うございます。 でも、実戦ではまだまだ心を明鏡止水の域に中々保てなくて、この動きは再現出来ないですけれど」

「少しずつやれるようになっていけばいいよ」

「……本当に、迷惑掛けます」

迷惑なものか。

人材は湧いて等こないのだ。

だから、後続の支援をするのは当たり前。

それが分からん奴は、そもそも何かをする資格はないとあたしは思う。

アトリエに入って、皆を待つ。

今回の遺跡は凶悪で難敵だ。

すぐに攻略できる場所では無いと分かっているから。じっくり、攻略して行くしかないとあたしは判断していた。

 

2、闇の中の遺跡

 

皆が揃った所で、タオが説明を始める。

昨晩の内に、持ち帰った本はあらかた目を通したらしい。大半は技術書だったらしいのだが。

その中に、幾つも興味深いものがあったそうだ。

「あの遺跡の住民は、それぞれが職人だったんだ」

「王都の職人区みたいなものかな」

「そう考えていいと思う」

クラウディアの言葉に、そうタオは頷く。

実は、クラウディアに話は聞いているのだが。ロテスヴァッサの第二都市であるサルドニカが、丁度そういう感じの職人都市だという話だ。

このサルドニカは百年ほど前に街の形が為されて、それ以降急速に発展してきている、今では珍しい「伸び盛り」にある都市で。

貴族が井戸の中で好きかってしている王都よりも将来性があるかも知れないと、クラウディアは言っていたっけ。

ただそれでも規模は王都の五分の一もないとかで。

今王都を失う訳にはいかないのだとか。

「多くは恐らく現在に伝承されている技術なんだけれども、幾つかは既に失伝してしまっているね。 特に……幽霊鎧の作り方がそうだ」

「!」

「興味を持った? ライザ」

「いや、あれは多分数を揃えられるゴーレムだから。 多分下手に解析すると、絶対に悪用される。 技術としては、なくしてしまった方が良いと思う」

タオの言葉に、あたしは即答。

意外そうにセリさんが見ていた。

パティは話を聞いているだけで精一杯。

クリフォードさんは、じっと腕組みして話を聞いてくれている。

「他にも剣や槍や、それぞれが使う武器については技術的な説明があったよ。 後で、図書館に収めてもいい本か、そうでないかは分別すべきだろうね」

「分かった。 駄目な方はあたしが引き取って、この件が片付いたらあたしのアトリエに持ち帰るよ」

「それでよろしく。 ライザだったら悪用はしないだろうしね」

信頼してくれるのは助かる。

ともかく、それで話を進める。

次だ。

タオは咳払いすると、話を続けた。

「あの遺跡は、主に居住区と、工房に別れていたらしいんだ。 後は動力炉」

「実は昨晩感応夢みてね」

「それは、久しぶりなんじゃない」

「うん。 どうも頭の働きが鈍くなってからずっと見ていなかったんだけれども、久しぶりにみたかな。 どうもそれっぽいものが浮かんでいたよ」

つまり、炉と言っても据え付けでは無い。

魔力の塊か。

それとも錬金術によるオーバーテクノロジーの産物と見て良いだろう。

再現出来るかは、ちょっと分からない。

ともかく、タオの話を聞く。

「今調べている辺りは居住区で、動力炉を挟んで向こう側に工房が集中しているみたいだね。 これは日記を見て確認できた」

「そうなると、工房を探すのが一番なのかな」

「どうだろう……実は不可侵の場所もあるらしくて」

「封印があるなら、そこの可能性が高いな」

クリフォードさんがずばり。

確かにその通りだが。ともかくは、もっとまずは情報を集めないといけないだろう。

その後は、今日の目的を説明。

今日も遺跡の探索領域を広げる。

まずは安全の確保からだ。

最終的に、遺跡を閉じる事も考えに含めないとまずいだろう。ただでさえ鉱山という人間の欲望が収束する場所だ。

其処では命がとても軽い。

鉱石が採れるとなれば、直接封鎖されていなければ、足を運んで魔物に食われる人間は幾らでも出てくる。

そうして人間の味を覚えた魔物は、どんどん人間を襲うようになる。

そんな悪循環は、させてはならないのだ。

「まずは安全圏を拡げる。 戦闘は今日も覚悟して」

そう、あたしは締めて。

そして、すぐに皆ででる。

今日も幸い全員で出られる。

急いで鉱山に向かい。鉱山を経由して、遺跡に。

既に遺跡への道は確保できているが、やはり後から後から鉱山に魔物は入り込んでいるようである。

鉱山の外は、アーベルハイム卿の手の戦士達が、少しずつ片付けているようだが。

それでも東西の街道に比べて強い魔物が多く、苦戦は免れないようだ。

あのカーティアさんが目を光らせているから、簡単に命が吹っ飛ぶようなことはないだろうけれども。

それでも途中、何度か魔物退治に加勢した。

遺跡に辿りつくと、とりあえず昨日安全確保した地点へ。

魔物はそれなりに数がいるが、縄張りの空白地になった此処に入り込んで来たのは弱い連中ばかりで、すぐに片付けてしまう。

居住区はまだまだ広い。

それどころか、内部にはかなり温度が高い水も流れている。

温泉のようだな。

そう、用水路なのか、地底の川なのか分からないそれを見てあたしは思う。

幸いそれほど水深はないようで。

サメの類が住み着いている事はなかった。

「橋があるよ!」

「どれ、アーチ状の立派なものだね」

「確か作るのにかなりの技術が必要なんですよね。 しかもこんな長い間もっているなんて……」

「恐らく、石材だけではなくて、かなり頑強に補強しているんだよこれは」

建築については、既に学者並みかそれ以上のタオだ。

パティも教わって、真面目に話を聞いているのだろう。

あたしは聞き流しながら、とにかく周囲の安全圏を確保していく。

魔食草らしいものは、どんどん焼き払って行くが。

抵抗が激しく、根は太く奇襲も仕掛けて来る。

非常に危険な植物だ。

外に出さないように、此処で徹底的に駆除しないと危ないだろう。

幸いだが、この植物は根の欠片だけから繁殖するようなことはないらしく。タオも持ち帰った後、焼却処分したそうだ。

少しずつ、確実に安全地帯を拡げる。

その間、クラウディアは音魔術を使いっぱなしだ。

それによりどれだけの奇襲を察知できるか分からない。

無言で安全地帯を拡げていく。

途中で皆に声を掛けた。

「戦略を転換するよ」

「了解。 どうするの」

「前提としてクラウディアの時間が限られてる」

これはバレンツ商会の重役として、という意味だ。

実際の所、タオもそれは同じだろう。

セリさんは腕組みして、じっと様子を見ている。

どういう風に周囲を統率するのか、興味があるのだろう。

「そこで、まずは安全地帯を拡げる。 どうせ調査は数日はかかるでしょ」

「うん、その通りだね」

「だったらあの植物を可能な限り駆除する。 植物を駆除すれば、他の魔物は灯りもあるしどうにか出来る」

そうなれば、クラウディアが忙しくて来られない日も、此処での調査が出来ると言うことだ。

クリフォードさんが挙手。

「ライザよ。 魔食草もどきの性質を見る限り、かなり積極的に動くようだが、大丈夫なのか」

「音魔術での調査をしてもらったけれども、根は動くようだけれど、マンドラゴラほど積極的に移動はしないようだね」

「なるほどな……」

マンドラゴラは、強烈な毒素を持つ植物で、なんと根を足のように動かして移動して回る。

魔物認定されているのは、猛毒もあるのだが、普通に人間大くらいの大きさはあって、パワーも人間以上だからだ。

コレに加えて、種族として音魔術を習得していて。

指向性を持った強力な音波砲は、まともに食らうと良くても一発気絶、下手をすると死ぬ。

魔物としてはそれほど数が多くは無く。

人間に対して積極的に殺しに来るわけではないが。

もし見かけたら、他の魔物と同様に危険な相手だ。

「その辺りはトレントに近いな」

「クリフォードさんはトレントを見た事があるんですか?」

「もちろんだ」

パティの質問に、胸を張るクリフォードさん。

そうか。まあ見てもおかしくは無いだろう。

トレントは森の王とまで言われる植物の魔物で。森の深部で希に見かけられる存在であると言う。

マンドラゴラのように移動する訳ではないのだが。

とにかく攻防共に非常に優れた戦力を持っていて、火で燃やそうとか安易に対応できるわけでもない。

様々な魔術を使いこなす上に、人間を外敵と見なした場合、根や長大な枝を用いて、積極的に殺しに来る。

知能も相応にあるらしく。

森の賢者などと言われる事もあるようだが。

元々長寿種族の上に、人間の知識があるなら、友好的である筈がない。

人間にとっては文字通り時代が変わった古代クリント王国の滅亡、つまり五百年前は二十五世代も前の話だが。

こういう何千年も生きるような魔物にとってはつい先日だ。

仮に友好的な個体がいたとしても、振る舞い次第では即座に殺しに来るだろう。

それくらい、危険な力を持っている。

はて。

クリフォードさんの言う通り、この魔食草もどきがトレントに似ているとしたら。

それはあまり面白くない事になるのかも知れない。

人間が魔物に対して優勢だった時代の記録はタオにも聞いているし、古代クリント王国の所業で知っているが。

魔物を生物兵器として扱う事も多かったはずだ。

まさか、な。

そう思いながら、咳払い。

戦略の転換を告げて。

まずは、この地域の魔食草もどきを、一掃する作戦に切り替える。

クラウディアに音魔術を展開して貰い、片っ端から居場所を暴いて焼いていく。

勿論激しい抵抗を受ける。

魔術は効きにくいし、枝も根も太く、その一撃は強烈だ。まともに食らうと、骨折程度で済めば良い方だろう。

此処にいる面子でなければ、何人死んでいるか分からない。

激しい戦いを続けながら、少しずつ確実に安全圏を拡げていく。

フィーが、懐から顔を出す。

「フィー」

「ん、時間か」

「フィー! フィーフィー!」

「よし、撤収準備!」

切り払い、焼き払った魔食草っぽいものの残骸を集めておく。まだ動いているものもあるが、それは容赦なくあたしが踏み砕いていた。

それらから、フィーが魔力を吸い上げる。

かなり満腹したようだが。

それにしても、これだけの量の魔食草もどきから魔力を吸い上げるとは。

やっぱりフィーはドラゴンの近縁種なのかも知れない。

だとしても、今までと同じように接するだけだが。

「後一日くらいで、この居住区は片付きそうかな」

「この植物の駆逐と、彷徨いている幽霊鎧やゴーレムの排除に注力すれば、後一日でどうにかできると思う。 問題はあっちだけれど」

「うん……」

タオが視線を向けたのは、この遺跡の中央部分と、それにその向こう。

工房があるらしい場所だ。

中央部分は、かなりの数の幽霊鎧とゴーレムが行き交っている。仕組みがどうなっているかもよく分からないアーチの上に、複雑な機械的構造物が乗っかっているようだ。

幽霊鎧は当然襲ってくるだろうし。

ゴーレムも当たり前のように来るだろう。

他の雑多な魔物もいるが、これはわざわざカウントしなくてもいい。来るようなら蹴散らすだけだ。

まっすぐアトリエに引き上げ。

アトリエで、軽く話をする。

「クラウディア、明日も同じようにお願い。 明後日は、バレンツの仕事をこなして来るように調整って出来る?」

「そうだね、何とかしてみるね」

「お願いね。 じゃあ、明日で一気にまずは居住区と思われる場所を全部片付けるよ」

「奇襲が本当に怖いですね。 足下から集中的に襲われるのが、こんなに怖いだなんて思っていませんでした」

パティが愚痴る。

セリさんは、じっと黙りだ。

基本的に殆ど喋らない。

あたしを観察している。それが分かっているから、あたしも意見を求めるようなことはしないし。

今の時点では、一緒に戦ってくれるだけで充分だった。

 

更に一日掛けて、居住区と思われる遺跡の区画を掃除。大量の魔食草もどきを排除して、その残骸を焼き払った。

残骸に溜まっている膨大な魔力を、フィーが連日吸い込んでいく。

本当に魔力をエサにしているという観点では大食いなんだな。

そうあたしは驚かされる。

というか、フィーが自然に生きている環境って、どういうものなのだろうとも思う。

そもそもこれだけ魔力をどか食いすると言う事は、相当に空気中の魔力なり、親になる個体の魔力が多い生物であるはずだ。

そうなると、やはり親はドラゴンのように強大なのか。

環境に魔力が満ちているというのは、どうにも考えにくい。

この世界の大気中にも魔力は満ちているが、それを吸ってフィーが満足している様子がないのである。

かといって、オーリムだって魔力が圧倒的に多いわけでもない。

フィルフサが荒らしたグリムドルしか見ていないというのもあるけれども。大気中の魔力がそんなに多いなら、肌で感じるはずだ。

だとすると、フィーの生まれた環境とは何処だ。

それが分からない。

この世界でもオーリムでもないのだろうか。

可能性はある。

ただ、百年ちょっと前にブルネンのバルバトスとか言う当主がフィーの入っていた卵を持ち帰ったのだとしたら。

卵が、あの渓谷の先の塔にあった可能性は高く。

そうなってくると、古代クリント王国のカス錬金術師どもが、何らかの理由で入手していた可能性が高い。

連中の幽霊を拷問でも出来れば良いのだが。

それは流石に出来ないか。

ともかく、一日掛けての駆除が終わり。目をつけておいた鉱石と、書物だけを持ち帰る。

幽霊鎧やゴーレムは、持ち場以外がどうなるとまるで興味が無いらしく、近寄ってくる様子もない。

本当に壊れているんだなというのが一目で分かってしまって悲しい。

無事だった本や、解析が必要そうな道具を荷車に詰め込みながら、タオに確認しておく。

「それでタオ、居住区の解析にはどれくらい掛かりそう?」

「そうだね、二日あれば十分かな」

「それならクラウディアには、その間はバレンツの仕事に注力して貰おう。 逆に、その後はタオには学業に専念して貰おうか」

「はは、気を遣って貰わなくても大丈夫なのに」

パティも、と言おうとしたが。

パティは首を横に振る。

少しでも戦闘経験が積みたい、というのだろう。

なるほど、それならば意思を尊重するだけだ。

引き上げて、翌日。

クラウディアがいない状態で、遺跡に来る。やっぱりクラウディアも、バレンツの重役である。

仕事が溜まると、後の負担が大変なのだ。

あたしが気を利かせると、とても喜んでくれていた。

それであたしも嬉しい。

手分けして、遺跡を探る。

こうやって遺跡を探るのは、皆が揃っていたとき以来だな。そう思う。レントも、きっと合流してくれる筈だ。

そう信じて、あたしは淡々と調査を続ける。

タオが手を振って来る。

瓦礫に埋もれている倉庫を発見。瓦礫に埋もれているというか、建物そのものが魔食草もどきに潰された後だ。

皆で瓦礫をどかして、本を掘り出す。

本もかなりあるが、生活用具なども結構あった。

トイレの跡などもあるが。

流石に年月が経ちすぎていて、不愉快な臭いとか、汚物とかは残されていない。

丁寧に調査していくタオの側で、パティはせっせと運びものをしている。

持ち帰る本は、可能な限り全部だ。

一部の本は、クラウディアが確保してくれた、街道近くの家屋に運ぶ。

図書館に寄贈したら燃やされかねないようなものを中心とした書物だ。これに関しては、あたしが帰った後も、タオが管理してくれる予定である。

まあタオとパティが結婚したら、管理をアーベルハイムに移せば良いだけなので。それについては心配していない。

勿論、それをタオにもパティにも言うつもりはないが。

「荷車、いっぱいだぜ」

「一度撤退するよ!」

「せわしないわね」

「本来遺跡の調査ってのはこういうものだ。 俺も金を稼いでトレジャーハントする時は、最後の一瞬以外は全部地味な仕事なんだぜ」

呆れ気味のセリさんに、クリフォードさんが熱弁している。

あたしはその熱弁を生暖かく見守りながら、帰路を急ぐ。

アトリエに本を移す。とにかく、タオが先にどう動くべきか計画を練ってくれていたので、作業は極めてスムーズに進んでいる。もう一周いけるだろう。

遺跡にとんぼ返り。

凄まじい勢いで行き交っているあたし達を、王都南門の警備の戦士達は、困惑気味に見守っているが。

それにどうこうと言うつもりは無い。

仕事をしてくれていれば、それでいい。

遺跡に到着して、すぐに展開する。タオの立てた予定は的確で、あたし達は力仕事でどんどん必要な物資を荷車に積み込んでいくだけで良かった。

「腰が抜けそうです……」

「パティ、瓦礫の排除中心にやる?」

「いえ、力が足りないのは分かっているので、体幹を鍛えるためにもやらせていただきます!」

「そっか」

奮起するパティ。

ただ無理をすると、変な風に体を壊しかねない。

ちょっと考えた後に、パティに栄養剤を渡しておく。いわゆる超回復を促すものである。

寝ている間に超回復を引き起こすために、一気に体力を増強できる優れものなのだが。

二十歳前の人間にしか効果がない。

あたしももう自分で効果がない事は把握している。

これは、二十歳以降は成長しないからだ。

筋力などは伸びるが。

それはそれ。

まだ成長段階にある体の仕組みをこの栄養剤は利用している。なお、とんでもなくまずいので、パティは飲み下して、真っ青になっていた。

「ライザさん、これ、とんでもないです……」

「でも、あたしが自分で試して効果はお墨付きだよ」

「……はい」

「何だか大変だな。 だけれども、その強さへの執念、きっと実を結ぶはずだぜ」

クリフォードさんのフォローが暖かい。

後は、ひたすら荷物を積み込んで、アトリエに戻る。

その過程で、クリフォードさんは、居住区のチェックをして。色々メモに取っていた。

 

何往復かして。

必要と思われる物資や、本の回収は終わった。一部の本は既にタオが読み終えており、街道の近くにある小屋に移動済である。

夕方近くだが、クラウディアにも加わって貰って、ミーティングをする。

この段階で、遺跡の三分の一は踏破したと見て良いだろう。

「それじゃ、分かった事からまとめよう。 タオ、まずは最初にどうぞ」

「コホン。 ええとまず最初にだけれども、あの遺跡は「工房」で間違いないと思う」

タオの説明によると、読んだ日記は何種類かあるが、いずれもが共通して、何かを生産していたものだったそうだ。

武器だったり、幽霊鎧だったり、或いはゴーレムだったり。

特に幽霊鎧とゴーレムは、複数を製造しており。

大型のゴーレムに至っては、完成品を何処かしらに出荷するだの、納期がどうだのと、そういう話がされていたとか。

それだけじゃあない。

「燃料用の木の扱いについて、幾つもの苦労話が書かれていたよ」

「燃料用の木?」

「鉱山に木材でも運び込んでいたんでしょうか」

「いや、間違いなくあの魔食草もどきだよ。 あの植物は、錬金術がない中で、強力な金属を作り出すための薪にされていたんだ。 これに関しては、ほぼ確定だね」

なるほどな。

タオも流石にそういうのは、しっかり調べてくれるという訳か。

クラウディアが小首を傾げる。

「それで、タオくん。 それらの武器や兵器は、何に使っていたのか分からないのかしら」

「ううん、残念ながら。 殆どの職人は、「戦いに使っている」としか残していないんだよ。 これが古代クリント王国が相手なのか、それとも封印されている存在が相手なのかはちょっとなんとも言えないね。 或いは、知らされていなかったのかも知れない」

「職人の社会的地位が低かったのかも知れねえな」

「その可能性はありますね」

クリフォードさんの意見に、タオが同意する。

職人の社会的地位が低いことは、ままある。

金属製品とかは、とくに職人の技が大事になってくるし。

業物の剣や槍は、職人の繊細な技術から産み出される。

それだけじゃあない。

戦場で命を賭ける得物なのだ。

職人を軽視するのは、論理的に考えてもおかしいのだが。

しかしながら、そういう風潮は残念ながらある。

それが、現実なのである。

「現時点ではまだ分かっていない事が多いね。 問題は封印があるかだけれども、それについては可能性はどう?」

「職人達のリーダー格……いや、長老に近いだろうね。 マエストロという階級があったようなんだけれども。 そのマエストロ達が、何かしらのものを大げさな仕掛けで封じたとか、そういう話はちらっと見かけたよ」

「ふーむ、それだけだと何とも言えないか。 残留思念を見るしかないだろうね、今回も」

「そうだとすると、ライザがフラフラの状態でも護衛できるくらいに、安全は確保しないといけないね」

クラウディアの言う通りだ。

あたしは頷くと、一度解散を指示する。

セリさんはあたしを一瞥だけして、ふらりと消えた。

パティは最後まで残っていて。それで。あたしの首元。ネックレスを見る。

「ライザさん、そのネックレス……」

「ああ、これね。 あの強かった幽霊鎧の武器を改造したんだ」

「それは、なんとなくそんな気がしていました」

パティもあたしの周囲に男っ気がないことは、すでに分かっているらしい。

最初はタオの事もあってあたしにあからさまに警戒心を向けていたのに。だいぶ打ち解けてきたと言う事だ。

「私、基本的な筋力が足りないんです。 インナーマッスルを鍛えるのは良いんですが、さ、流石に容姿に露骨に影響が出るほど筋肉が出るのはちょっと嫌で……」

「ああ、なるほどね。 このネックレス、幾つかの支援魔術をつけるように設計したんだけれども……筋力強化を強めに設定して、パティの為に作ろうか?」

「あ、ありがとうございます! その、買い取ります」

「数日試してみて、様子が良さそうだったらみんなに配ろうと思っていたから、気にしなくていいよ。 背中と命を預ける戦士に支給する装備なんだから。 でもパティは今後も身に付けて使いたいんでしょ」

頷くパティ。

というか、これは恐らく。

強さとお洒落の両立か。

パティもタオによく見られたいのだろう。恋をする人間は、そういう風になるという風に聞いている。

あたしは色恋に興味が無いから分からないが。

分からないものを邪険にするほど、狭量ではないつもりだ。

「分かった。 今日中に増やしておくよ。 筋力、反応速度の強化、それに快復力強化辺りの支援魔術が掛かるようにしておくね」

「本当に、お礼の言葉もないです」

「いいんだよ。 だから、あたし達と並ぶくらいに強くなって」

「流石にすぐには無理です……」

どこか気弱だなあパティは。

ともかく帰らせる。

そして、調合前にバザーに出る。食材でも補給しておこうと思ったのだが、そこで意外な人とであった。

手を振っている小柄な女性。

夕暮れだが、すぐに誰かは分かった。

「あ、ロミィさん!」

「ライザ、久しぶり! 王都に来てるって聞いて、ロミィさんはいてもたってもいられなかったよ」

「はは。 そちらの方は」

「新人ちゃん。 うちも少しずつ、商人見習いの面倒を見られるくらいに商売規模を増やしているんだ」

そうか。

ロミィさんは、クーケン島にも出入りしていた行商人だ。

どうしても僻地だから、ろくでもない与太者まがいの行商人も来る。そんな中で、まともな行商人は非常に貴重で。ロミィさんは多少金には汚いけれども、それでも毎回稀少な品を持って来てくれるので、それで島の人達にはありがたがられていた。

そもそもバレンツ相手にブルネン家があれほど媚態を尽くしたのも、バレンツのルベルトさんが本当に良心的な商売をしてくれたからで。

逆に如何に大手の商会といえども、バレンツが阿漕な事をやろうとしたら。あのモリッツさんでも、商売を切り上げていただろう。

「珍しい本とかあります?」

「おお、本か。 裕福になったらしいとは聞いているけど、本当なんだねえ。 お姉さん嬉しいよ」

「ハハハ。 どれ……」

早速出してくる幾つかの書物。図鑑類を出してくるのは、分かっているとしか言えない。

服飾のデザインらしい本が目を引く。

機械類が駄目になっている事もあって、実際にはもう作れない服などもあるので、ほとんど意味がないカタログなんだが。

あたしにとっては、デザインの参考になる。

錬金術に関しては、アンペルさんが太鼓判をおしてくれるあたしの才覚で、気恥ずかしくはあるのだが。

そんなあたしも、なんでも出来る訳ではない。

特にデザインなんかはわからんことばかりなので、こういうカタログはありがたい。まんま参考にさせて貰う。

「これいただきます」

「まいどあり。 即金とは太っ腹だねえ」

「いえ。 また良いものがあったらお願いします」

「クーケン島はバレンツとの提携後、目に見えて豊かになったからね。 足を運ぶ機会も、増えると思う。 その時はヨロシクね、お得意さん」

愛想良く笑うロミィさんだが。

あくまで作り笑顔だ。

この人も、本質的にはシビアなお金の世界で生きている人。心の底から信用する訳にはいかない。

勿論それは、あたしもロミィさんも理解している事だ。

だから、続く関係でもあるのだった。

 

3、もう一つの大きな仕事

 

遺跡から戻る。

大きな橋を渡って、今度は工房だった辺りを掃討作戦開始した。この辺りも幽霊鎧やゴーレム、何よりも魔食草もどきがいる事もあって、どうしてもクラウディアの音魔術が必要で。

毎回が厳しい戦いになった。

今日も大きなゴーレムとの戦闘になり。

パティがもろに拳の直撃を受けかけたのだが。

紙一重で……いや髪を数本散らせながらもかわしきって、完璧なカウンターでゴーレムの腕を叩き斬った。

あたしが渡したばかりのネックレスの力もあるが。

それ以上に、剣腕がどんどん増してきている。

ギリギリの力量差の相手との連戦が効いているのだ。コレに加えて、パティは家でも鍛錬をしていると見て良い。

実戦での経験と、訓練での経験。

どっちも伸びる力が違う。

本当に、大まじめに訓練しているんだな。

そう思うと、本当に頼りになる後輩だと思うし。

今後、あたし達に並ぶ使い手にもなれると思う。

ゴーレムの中には、人型をしていないものも増えてきており。対処はそれぞれによって変わってくる。

戦闘は苛烈さを増して。

あたしも手傷を貰う事が、ちらほら出始めていた。

アトリエに戻ると、解散となる。

今日はクラウディアが残る。そういえば、朝のミーティングの時に、後で話があるといっていたっけ。

お茶を出して、菓子をぱくつきながら聞く。

蜂蜜が濃すぎて、ちょっと甘いけれども。まあこのくらいなら、許容範囲である。

「それでクラウディア、どうしたの?」

「前から話していた機械の修理、ライザの作った品を見せて、許可を貰ったの」

「!」

「いろいろ利害関係の調整とか大変だったの。 機械そのものはもう動かなくなっているから、それを修理してくれる?」

もちろんだ。

構造を覚えてしまえば、量産だって出来る。

人間の文明は後退する一方。

テクノロジーは特に悲惨で、古代クリント王国以降、人間は進歩というものを一切していないのが現実だ。

すぐに工業区に出向く。

パティが声を掛けて、傭兵らしいのが数人来ていた。多分、余計なトラブルを避けるための人員だろう。

強面のが何人かいるが。

実際の実力は、あたしにもクラウディアにも遙か遠く及ばない。

ただ、人間の価値は見かけだけとか考えているような猿の同類には、それで充分。そういうのはかなりの数が現実にいるので、これは効果がある。

それだけの話である。

工業区の奧に、寂れた大きな建物があった。

夕方で、周囲に魔術の灯りが灯されているが。それすらもちょっと怪しい感触である。

中に入ると、なんだかいじけた感じのおじさんがいて。

クラウディアを見ると、むっすりと礼をするのだった。

「クラウディアです。 それが例の機械ですね」

「ああ。 俺の家族を……いや一族をずっと支えてくれていたが、それも動かなくなっちまったがな」

「此方が話に挙げたライザです」

「そうか。 なんでもこの間、空を真っ赤に焦がした大魔術師さんだって? へへ、宮廷魔術師でも機械を直せないのに、あんたにどうにかできるのかね」

「……」

酒臭いな。

まあ、それも仕方が無いか。

この人が直面しているのは、間近な絶望だ。

そんなものに遭遇すれば、それは壊れるのもやむを得ない。

家族も離散してしまったのだろうか。

まずは、機械を見せてもらう。

それなりに大きな建物の中は酒臭く。広くても、家具も何もなかった。ほとんど売り払ってしまったのだろう。

今は、酒びたりで生きているのが精一杯と言う事だ。

なるほどね。

これは恐らくだが、製本のための機械だ。

今の時代、均等な文字をゼッテルに書き出す機械は、かろうじて少しだけ残っているらしい。

活版印刷とかいうそうだ。

その活版印刷の装置も劣化が激しいらしく、クラウディアに出来れば直したいと話は聞いているが。

完全に壊れている機械の修復の方が、先にやった方が良いだろう。

ネジなどが潰れかけている。

修理しようと、散々四苦八苦した痕跡がある。あたしが簡単にばらしていくのを見ると、男は酔眼で煽ってくる。

「なんだあ。 随分と手慣れているなあ」

「ペチクラさん」

「……分かってる。 あんたの大事な客なんだろ。 だが、俺にはもう失うものなんてないんでな……」

クラウディアの声、今本気で冷えていたな。

あたしに対してセクハラまがいの暴言でも吐こうものなら、多分即座に殴り倒していたのだろう。

今のクラウディアは、強力な弓を散々引いていることもあって、下手な男なんて歯牙にも掛けない程度の腕力がある。

こんな酒浸りのオッサン、本気で殴れば一発であの世行きだ。

「なるほど、この辺りが駄目になっているんですね……」

「分かるのかよ」

「分かりますが」

「……」

このおじさんと話しても意味がない。

クラウディアに、ばらした部品を持ち帰って良いか確認。いいと許可が出たので、すぐに持ち帰る。

まず最初にやるのは、同じものを念の為に生産すること。

ばらした部品を確認して、その本来の用途をチェックしていく事だ。

そして、釜にエーテルを満たし。破損部分を修復していく。

こう言う部品は精密機器だ。

実際に修復してから、組み合わせてみて。動くか確認する必要がある。

あたしは元々古式秘具を修理したときもそうだが。

こういうのの空間把握に才能があるらしく。

この手の作業は、殆ど苦にならない。

フィーが側で、じっと見ている中。修理を淡々と済ませていく。

しばしして。

ネジなどの部品は完成。

問題は動力だ。

この機械は、大気中の魔力を吸い上げて動く仕組みになっている。

もっと大きな機械になると、石炭をくべたりして動かすらしいのだけれども。この機械に関しては、そもそも大気中の魔力で出力が充分と言う事なのだろう。

いずれにしても、これらが修復できない要因。

細かいパーツを今の鍛冶では作れないという事もあるのだが。

そもそもパーツの材質が錬金術由来だったりするので。

文字通り、今の技術ではどうにもならないのだろう。

百年前に、ロテスヴァッサで馬鹿をやらかそうとしていた錬金術師どもも。或いは最初は、こういう機械を少しでも直して、生活を復興させたいと思っていたのかも知れない。ただ、それも最初だけ。

錬金術がもたらす凄まじい利益に目がくらんで、あっと言う間に腐り果てたようだが。

一つずつ修復していく。

本を閉じるための機構も、敢えて複雑に作られているし。一部には錬金術のパーツが使われている。

劣化も酷い。

これは修理のしようが無かった訳だ。

一つずつ、確実に修理していき。

やがて、全てが仕上がる。

くみ上げる。

動かして見る。

ゼッテルと装丁用の分厚い表紙を使って、本が作れるかどうかを確認。このゼッテルにしても、大量生産の機械があるらしいが。今はもう、殆ど現役で動いているものはないそうだ。

「よし……」

動く。

本がしっかり装丁されて出来ていた。

ぴかぴかだ。

機械の錆も、全て取っておいた。

後は再度分解して、現地で組み立て直すだけ。明日の朝、遺跡に行く前に、皆の立ち会いでそれはやろう。

そうあたしは決めると。

フィーを抱きしめる。

そろそろ夜も遅いよ。

そう、視線が告げているのを、あたしは気付いていた。フィーはこういう所で、あたしをしっかり支えてくれている。

「ありがとうねフィー。 じゃあ、もう寝ようか」

「フィー!」

さて、すっきり錬金術で作業もした。

あたしは、機械関係ではバレンツと連携して動いている。それを事前に示してあるので、貴族も介入できないし、オフレコで動いてくる奴もいない。

機械が動かなくなって、生活が出来なくなっている人間もいるかも知れないが。それらの全員をあたしが救えるわけでもない。

勿論可能な限りは救うが。

そういう善意につけ込もうとするカスがたくさんいるのも、あたしはクーケン島で散々見て来た。

伸びをすると、休むとする。

明日も忙しくなる。

だからこそに、やるべき事は、しっかりやっておくべきだった。

 

朝のミーティングを終えると、タオにも機械の修復にだけは立ち会って貰う。なお、今回はボオスにも足を運んで貰った。

タオは昨日から本格的に授業を進めて、更に持ち帰った資料の確認もしてくれているらしい。

こういう資料には、そもそも客観的な視点からの調査が必要で。

どうしても主観的な情報が書かれているのを、他の資料と示し合わせて、正しいか確認する必要があるという。

良くいる、史書とされるような書物の記述を丸呑みにして信じ込むような学者は、三流も三流。

その史書が二次資料以降だった場合は、やるだけ無駄だとタオは厳しい事も言う。

タオは学者としては、普段の温厚な性格が消え失せたように厳しい言動をする。

それがまた、既にタオが学者としては一人前以上だと言うことを示してもいるのだろう。

荷車に機械のパーツを積んで、現地に。

途中で、アーベルハイムのメイド長が来て合流。

パティが、申し訳なさそうに言う。

「実はバレンツ商会経由でうちにも話が来ていまして。 他の貴族の介入を避ける為にも、すくなくともアーベルハイムの執務を取り仕切る彼女が立ち会うようにとお父様が」

「別に良いよ。 クラウディアも、アーベルハイムとの面倒な政治的なアレコレ、やってくれたんでしょ?」

「そうだよ。 本当に大変だったんだから」

「そんなんだからこの王都、井戸の中なんだよ。 風通し悪……」

ぼそりとぼやく。

城壁の外は魔物だらけ。街道もまともに守れず、食糧生産の要である農業区を軽視しているような場所だ。

良い印象なんて微塵もない。

鉄面皮なメイドさんも、流石に苦笑いしたのだろうか。

ほんのちょっとだけ、表情が動いていた。

途中で、バレンツの護衛の傭兵も参加する。

こっちは本物の腕利きか。

見た感じ、昨日の強面なだけの連中とは違うようだ。

更に、数人の商人も来ている。

いずれもが、バレンツではない商会の人間らしい。

クラウディアが、よそ行きの様子で話をしている。

「此方のライザリン=シュタウトが……」

「流石だな。 つけいる隙が見えねえぜ」

「商売の話しているときのルベルトさんとそっくりになってきているね」

「ああ。 いずれクーケン島で商売をする事があるだろうが、一秒も気が抜けねえだろうな」

ボオスがぼやいた。

ともかく、現地に到着。

家の中の商人は、酒を無理に抜いたのだろう。青ざめて、隅で突っ立っていた。

多分この家も、資産も、既にバレンツに抑えられているのだ。

「ライザ、機械の組み立てと稼働をお願い出来る?」

「任せて。 タオ、ボオス、手伝ってくれる」

「任せて」

「俺は細かい作業は苦手なんだがな……」

それでも問題ない事を見せる必要がある。実は最初はパティに手伝って貰おうかと思ったのだが。

流石にこういう公式の場で、それはまずい。

商人達が見ている中、機械の組み立てを行う。

新品同様になっていること。

動力源が再稼働状態で、脈打つようにして周囲の大気中の魔力を取り込んでいる事を見て、商人達からどよめきの声が上がる。

「こ、これは本当の事なのか。 機械が修復された事例は、ずっと起きていないと聞いているが」

「共食い整備に成功した例は百年以上前にあるらしいが、それも部品の再生産なんて出来ない今は、それすら例がないと聞くぞ。 どうやって……」

「はい、組み立て終わり」

更にどよめきが上がる。

そして、装丁用のゼッテルと表紙を、青ざめている本来の機械の持ち主に渡す。頷くと、手慣れた様子で。

それこそ、ずっとこの一族を助けてきた機械に、持ち主は触る。

そして、機械が動いた。

スムーズに、本が装丁される。

おおと、声が上がっていた。

「き、奇蹟だ! ずっと機械が直ることはなかったというのに!」

「百年来の事だ!」

「お静かに」

クラウディアが手を叩くと、全員が黙る。この迫力、確かに敵に回したくはないものだな。

アーベルハイムのメイドさんは、じっと目を細めて様子を見ている。多分これは、あまり好意的な視線では無いなとあたしは思う。

みんな同じ姿をしていることも、異常な高スペックもあり。このメイドさんの一族、多分何かあるのだと思う。

その何かが具体的に何なのか、危険なのか安全なのかは分からないが。

あたしに対しての、警戒は伝わるのだった。

「ペチクラさん。 以降、仕事はバレンツから回します。 借金の返済については、指定の書類通りにお願いします」

「わ、分かった。 昨日はその……疑ってしまって、済まなかった! あんたは神の化身かなにかか」

「ただの人間です」

感動したのは分かる。

だが、面と向かって褒められて。それで調子に乗るようだと、人間はダメになる。

あたしはそれを良く知っている。

だから、明確にその褒め言葉に対しては否定で返していた。

クラウディアが咳払い。それで、また皆が背を伸ばす。

最大規模の商会の令嬢と言う事もある。

クラウディアは、既にその辺の商人では、及びもつかない立ち位置にいる。それが良く伝わる。

「他の機械も、修理の目処が立ち次第、このライザリン=シュタウトの手で修復をいたします。 それまで、軽挙妄動は控えるようにしてください」

「わ、分かった」

「それでは解散とします」

アーベルハイムのメイドさんも、他の商人もわらわらと散って行く。

泣いている機械の持ち主にも聞こえないように、外に。

そこで、やっとボオスが肩の力を抜いてぼやいた。

「どんどん人間離れしていくなお前。 機械の事は俺も聞いているが、本当にこれは歴史的な快挙だぞ」

「人間のテクノロジーがそれだけ衰えているんだよ。 古代クリント王国の滅亡以降は、加速度的にね」

タオが補足。

本当だったら、あたし以外でもこれくらいは出来る錬金術師は、今までいたはずだ。

だけれども、どうせ皆ろくなことをしなかったのだろう。

ロテスヴァッサに集まった連中のように。

むしろこういう機械が直ると、自分達のありがたみがなくなるとまで思っていたのかもしれない。

これだけ人類が追い詰められている世界なのに。

本当に度し難い話だ。

パティが嘆く。

「それまで、職人や鍛冶師は何をしていたんでしょうか……」

「パティ、それは違うよ。 あの機械はばらしてみて分かったけれど、中枢に錬金術が噛んでるんだ。 殆どの機械がそう。 この世界でのテクノロジーの進展は、古式秘具や今の機械を見ても確信できた出来たけれども、錬金術が噛んでいるんだよ。 それが古代クリント王国の破滅で壊滅的なダメージが入って、根本からぼっきり折れたんだ。 それ以降は人間の文明の持つパワーそのものが低下して、復興どころじゃなくなったんだよ」

そういう意味でも、古代クリント王国の錬金術師達の罪は重い。

比較的新しい都市であるサルドニカですら、持ち込まれている機械は錆だらけという話である。

この世界は、終焉が見えているのだ。

誰かが立て直さないと、本当に近いうちに魔物に圧殺されて人類は滅びる。

或いは門を封じている聖堂が壊れて、フィルフサがなだれ込んでくるかも知れない。

そうでなくても、全ての機械が壊れたときに。

文明は、相当な後退を余儀なくされるだろう。

いずれ、工業で今の機械を動かしたり、生産出来る時代が来るかも知れないが。少なくとも、それまでは誰かが機械を直して、文明を立て直す時間を作らなければならない。

あたしだって、滅びるつもりは無い。

「さて、僕は学園に戻るよ。 パティ、夜にはまた家庭教師をするからね。 宿題はしっかり終わってる?」

「はい。それは勿論です」

「タオ、じゃあ今のうちに調査もヨロシクね」

さて、此処からだ。

遺跡に向かう。

職人達が実際に使っていたらしい工房の跡地は、居住区ほど広くはないものの、入り組んでいる上に、壊すとまずそうなものが幾つもある。

その中で、魔食草や、幽霊鎧、ゴーレムをいなしながら戦闘をするのは難事だ。

少しずつ、戦いやすい場所に敵を可能な限り引きずり出して戦う必要がある。

大規模破壊を行う爆弾も使いづらい。

それでも、クラウディアの音魔術が奇襲を防ぎ。

あたしがピンポイントに敵を熱槍で貫き。

危険な敵を引きずり出して、囲んで叩き潰して。

確実に敵の頭数を減らしていく。

幸い、敵は殆ど壊れてしまっている。自分の担当範囲以外には、ほぼ興味を見せないくらいに。

少しずつ、確実に安全圏を増やしていく。

この遺跡調査は、長期戦だ。

もう街道の魔物駆逐から、一週間以上は経過している。これで半分行っただろうか。

そう思うと、あたしは。

今回も、やはり一季節まるまる事態を収束させるまで掛かるだろうな。

そう覚悟を決めるのだった。

 

どうにか今日の目的範囲の魔物を掃討。

大きく嘆息しながら、クリフォードは腰を下ろしていた。周囲の者達も、めいめい休んでいる。

明らかに、疲れやすくなってきている。

どれだけ鍛えていても、やはり体は二十歳をピークに衰えが始まる。クリフォードも、二十歳の坂を越えたのはだいぶ前だ。

それを考えると、周りに弱音は見せられないが。

同時に、体に無理もさせられなかった。

ただ、戦いに意味はある。

今やっている事は、安全圏を確実に拡げる。

堅実なやり方だ。

クリフォードは今まで、単騎で遺跡探索をしてきた。トレジャーハントも。

たまに、傭兵を雇う事もあったが。

これほどの英傑精鋭が揃うチームに加わったのは初めてで。むしろ胸を借りるつもりで、新鮮な気持ちでトレジャーハントが出来る。

それはとてもロマンを刺激される。

生きているとすら、感じる程だ。

自分のやり方だけが正義ではない。

そんな事は分かりきっている。

正義なんてものは相対的な価値観でしかない。

それも分かりきっている。

勿論、無為に弱者から搾取しないとか。弱者を虐げないとか。そういった普遍的な正義はある。

どんな道徳論も基本的には決まっていて。

殺すな、奪うな、犯すなの三則があるとか、何かの本で読んだっけ。

確かに全くその通りだとクリフォードも思う。特に強い立場の人間がこの三つの蹂躙を平気で行った時代のピークが古代クリント王国で。

それが故に、その負債で今も人類は破滅への坂を転げ落ちているのだろうとも。

だが、同時に。

此処に今、ライザという希望がある。

錬金術と言う学問を、最大限建設的に生かしている。

それだけじゃあない。

本人は鈍っていると口にしているが。それでも王都にいる学者なんかよりもずっと柔軟な頭と。

ずっと強い力を持っていて。

それで意図的に弱者を虐げるような真似はしていない。

それどころか、こんなロマンに触れさせてくれてもいる。

これは、とんでもない逸材に出会えたな。

そう、クリフォードは思うのだ。

後は、この輝く光が、落ちないように周りで支えていくしかあるまい。

人間は悪さをするときと、ズルをするときに一番頭が良く働く。その轍を。この輝ける希望の光に適応させてはいけないのだ。

「クリフォードさん、休憩は大丈夫ですか?」

「ああ、問題ないぜ。 それよりも……」

「私は、大丈夫です」

パティが立ち上がる。

さっきかなり大きいのが擦って、右の二の腕の辺りをごっそり抉られた。

カウンターの実戦投入をしてから、相手の攻撃を見極め損なって、貰う事が増えるようになってきている。

だけれども、こうしないと体で覚えない。

ライザの薬であっと言う間に傷は回復した。本来なら一月……下手すると一生ものの傷になっただろうに。

ただそれでも痛みは凄まじかったらしく、まだ少し顔が青い。

しかしながら確実に腕は上がっていて。

カウンターも傷つきながらも、しっかり入れていた。

「よし、安全圏を拡大するよ。 タオに徹底的に調査をしてもらう間に、あたし達で出来る事は増やしておかないと」

「それにライザさんが羅針盤を使ってあの状態になると危険ですし、それまでに出来るだけの事はしておかないと、ですね」

「そういうこと」

「ふふ、パティさんもぐっとしっかりしてきたね。 私も負けていられないな」

くすくすと笑うクラウディア。

あからさまにクリフォードを最初警戒していたが、少しずつ警戒を解いてくれている。

これは、負けてはいられないな。

そう、クリフォードも奮起するのだった。

セリは。

相変わらず寡黙に、淡々と戦っている。そういえば、倉庫で植物の種を見つけた時に、ライザから譲り受けていたっけ。

今一番危ないのは此奴かも知れないな。

そうクリフォードは思いながら。幽霊鎧を発見。

交戦体制に入っていた。

 

4、孤独な調査

 

皆が戦っている間。

タオは授業をこなしつつ、同時に調査も進めていた。授業以外の時間は、ずっと本とにらめっこ。

図書館にも足を運び。

そこで分厚い本を、凄まじいペースで読み進めていく。

タオは身体強化の基本的な魔術を使っているが、それを独自発展させて、脳に作用させている。

その結果、圧倒的な記憶速度と、文字の読解速度。複数種類の文字を解読出来る頭の回転を手に入れている。

天才とか言われているが。

実際には、タオは魔術で自分の頭脳を強化しているだけだ。

ただこの魔術による強化は、三年前の一夏の出来事で、鍛え抜いたから出来る事。

今ではあの時の伸び幅を戦闘にも知能活動にも使えるようになっている。

素でのタオの頭脳は、とてもではないけれども今とは及びもつかない程しかない。でも今の、魔術込みでの頭脳は。

王都という腐った井戸にいるどの学者などよりも上の自信がある。

ライザには言っていないが。

実は、この間王族を見た。

ろくでもない連中だと一目で分かった。

無駄に飾り立てた動きにくそうな服を着て、それで威厳が保たれると思い込んでいるだけのボンクラ。

周囲の貴族も無能だが。

その筆頭があの者達だ。

そもそも実効支配地域が王都しかないのに、何が王族貴族だか。

タオも身内以外にそれを言うつもりは無いが。

少なくとも、此処では得られる知識を得る以外で、価値を見いだしていない。

戦禍に踏みにじられなかった本がたくさんある。

それだけだ。

「……」

「タオさん?」

「あ、ごめん。 ええと……カリナさんだね」

「はい」

気が弱そうな女子生徒。植物学を専任している。

タオがいなければ、秀才の名を恣にしていたらしいと言われている人物だが。タオにはあまり興味が湧かない相手だ。

一応、普通に接するが。

こんな風に女子生徒がよってくるのは、実の所煩わしい。

パティのようにしっかり話を聞いて真面目に勉強する人間だったら、別に側にいても問題は無いと思うのだが。

この手の女子生徒は、どうも別の目的があるように思えてならないのだ。

タオはどちらかというと、虐げられる側だった人間だった。

ボオスと和解するまでは少なくともそうだった。

今では背も伸びて、学業でトップ。この街の戦士くらいだったら、余裕で畳めるくらいの剣腕もついて。

少なくとも虐げられる側ではなくなった。

貴族の子弟とかがタオに嫌がらせをしようと目論んでいた時期があったらしいが。

外でタオが武勲をあげた事。それも何度も。

アーベルハイムがタオに対してコネを持とうと積極的になった時期を境に、その手の奴らは周囲に姿を見せなくなった。

いずれにしても警戒はしてしまう。

「実は、これが分からなくて。 ライザさんに、頼んで欲しいんですけれど……」

「ボオスはいなかった? 僕はしばらく忙しいから、ライザ関連の窓口はボオスに頼んでいるんだけれど」

「ご、ごめんなさい。 ボオスさん、ぶっきらぼうで怖くって……」

「確かにボオスは口が悪いね。 でも、しっかり自分のミスを認めて努力出来る努力家なんだよ」

これは今の、嘘偽りない評価だ。

ボオスはライザの事故があってから歪んだけれども。

それでも、今はしっかり関係を修復できた。

それだけで凄い。

そうでなければ、今頃お山の大将として、クーケン島で誰からも嫌われていただろう。

「分かった。 僕からボオスには言っておくよ」

「ありがとうございます。 タオさんは、ずっと勉強していますね」

「今はとにかく、忙しいからね。 遅れは取り戻しておかないと」

「……」

一礼すると、カリナは行く。

糖分が足りない。

そう判断すると、菓子を口に入れ。そして本を読み進める。

気がつくと夕方だが。目的にしていた本は全て読み終えた。図書館に本を返して、ついでに寄贈の手続きをする。

大量の古書を持ってくるのに訝しんでいるが。

今、遺跡を友人と探索していて、そこで見つけていると説明は毎度する。

アーベルハイムと連携している事も告げてあるので。

司書はそれで、書物の受け取りをしてくれるのだった。

その後は、ライザの宿に移動。

既に皆揃って、ミーティングをしていた。

パティはタオを見ると、すっと表情が明るくなる。タオも、しっかり宿題をしてくれるパティは教えがいがある。

すぐにミーティングに加わる。

カリナさんからの依頼は、ライザに伝えておく。

ライザは頷くと、本題に入っていた。

「鍛冶地区の掃討作戦は、後二日くらいだね。 中央にある大げさな装置は大型のゴーレム数体が守りを固めているから、あれを駆除する時は総力戦になると思う」

「じゃあライザ、悪いけれどその間は僕は調査を続けるよ」

「何か分かった?」

「例の歌詞について調べているんだけれども。 この王都が古代クリント王国に落とされたのは、だいたい六百五十年ほど前だと分かってきたよ。 その時に、相当な規模の略奪と焼き討ちがあったらしくって、貴重な資料が多く失われたようなんだ。 その欠けた部分を今必死に調べているよ」

酷い話だと、ライザはぼやき。

クリフォードさんも頷く。

冷めているのはセリさんだ。

そんなものだと、人間を見ているのだろう。

それも仕方が無い。

この人がオーレン族だったら、人間をどれだけでも恨む資格がある。

勝手に侵略した挙げ句、オーレン族をだましにだまし。フィルフサを大繁殖させて、世界を破滅させたのは人間だ。

それは許せないと思うのも、当たり前なのだから。

今、こうして接してくれているだけでも奇蹟に近い。

「じゃあ、解散。 あたしはカリナさんの指定された植物について、在庫を漁っとくわ」

「持ってるんですか!?」

「まあ、一応。 薬草とかは基本的に回収しているでしょ。 念の為に、種とかも保存しているんだよ」

「そう……」

セリさんが、食いついた。

珍しいな。

ライザに、話しかけている。

「今、珍しい薬草の種があるのなら見せてくれるかしら」

少しずつでも、距離を詰めてくれるなら、それでありがたい。

タオは、セリさんにも丁寧に応じているライザを見ながら、そう思う。

リラさんより、更に対応が厳しい人だけれども。

一人でも多く、オーレン族と関係を修復できるのであれば。

それはとても素敵なことなのだと、タオは思うのだった。

 

(続)