魔の山は人を食う

 

序、封印を探して

 

朝のミーティングを開始。レントは来ていない。分かってはいたが、あたしは今日は来ないと判断して、話を始める。

レントが王都に来て、カフェにいた事を、最初に皆に告げる。

そうすると、ボオスが大きくため息をついた。

「やっぱり腐っていやがったか」

「いや、まだ立ち直れると思う。 酒を抜いたら合流するってさ」

「彼奴も分かっていた筈なのにな」

「……」

人間は身勝手だ。

そもそもザムエルさんだって、数限りない人を助けて魔物を斬ってきたのだ。それなのに、誰一人としてザムエルさんに感謝しなかった。

一度や二度で傷つき壊れる事はなかっただろう。

だがそれが、十年も続けば話は変わる。

レントは三年間、各地で同じような目にあって来たのだろう。

「自分が好きでやっているから、嫌われてもかまわない」。

そう言いきれるのなら、凄い。

戦士としては完成形になる。

後の時代に化け物扱いされて、悪者にされて伝承されたりするかも知れないけれども。それでも笑って聞き飛ばせるなら、それはそれで凄い事だと思う。

だけれども、まだレントはそれが出来る程、人間が完成していない。

三年で、あまり進歩出来なかったのだ。

クラウディアも、自分は悪い方向にばかり成長したと嘆いていたけれども。

それと余り変わらないかも知れない。

「それで、パティ」

「はい、なんでしょうか」

「南の鉱山について、詳しい情報とかある?」

「ええと……封鎖されたのは、私が生まれる前だと聞いています。 お父様だったら或いは何か知っているかも知れないです」

そうか。

実は遺跡があって。

そこから魔物が溢れた可能性がある。

そう告げると、えっと声をパティが上げて立ち上がっていた。

「下手をすると、あの凶悪なガーディアン並みのものがいるって事ですか!?」

「落ち着いて。 調査をしてから乗り込もう。 ひょっとすると、封印がある可能性も否定出来ない」

「実は、その事なんだけれども。 ライザが残留思念から拾った言葉を分析してみたんだよ」

タオが話に割り込んでくる。

残留思念からは、幾つかの単語が聞き取れたが。

深森、北の里はなんとなく見当がついている。

問題は工房だ。

何処かしらの、荒野に遺跡があったら困ると判断していたタオだったらしいのだけれども。

今の話を聞いて、ぴんと来たらしいのだ。

「もし工房があるとしたら、それは鉱石資源が豊富な場所の筈だ。 今稼働中の鉱山は恐らくはないとみていい。 むしろ魔物が大量に出て来たという場所が怪しいんじゃないのかな」

「確かに……」

「ただ、それでも情報を精査したい。 今日、僕は一日調査から外れて良いかな。 ヴォルカーさんにも話を聞きたいんだ」

「分かった。 タオ、頼むね」

ボオスが、支援のために一緒に動きたいと言ったので。

タオも、それを快く許可していた。

では、残りの面子で星の都遺跡か。

別に問題はない。

取りだしたのは、コーティング剤。

これを、あの八角錐の魔石に塗る。今日、やるのはそれと。遺跡にまだ残っている物資の搬出だ。

貴重な物資については、クリフォードさんが見分けられるし。

何よりも、動かすとまずいものに関しては、精霊王が警告をしてくれる。

本だの鉱石だのは持ち出してしまうつもりだ。

これで、星の都でやることは終わりだ。

その後、後処理のためにアンペルさんにエアドロップは貸し出すつもりである。

問題は鉱山の方だが。

これに潜るより先に。

幾つか、やっておく事がある。

まずはコアクリスタルだ。

道具を魔力を犠牲に複製できる古式秘具。非常に強力なものなのだが。問題はあたしが作る爆弾が、強力になりすぎたことだ。

つまり使うと、下手な人間だと一瞬で干涸らびる。

それくらい魔力を食うのである。

そのため、調整を続けていたが。

どうやら、うまく行ったようなのだ。少なくとも、実戦で使える段階まで、再調整は終わった。

皆にコアクリスタルを配って説明する。

「普段から大気中の魔力を吸収して、それを引き替えに道具を複製する仕様に変えたんだ」

「古式秘具をカスタマイズ!?」

「前もアンペルさんの義手を調整したじゃん」

「それはそうだけれど……」

タオが絶句している。

クリフォードさんも、顎が外れているのが分かった。

古式秘具がどういうものかは、既に説明してある。

古代クリント王国を境に、人類の文明は致命的に零落した。その結果、古式秘具のテクノロジーは手が届かぬものになりはてた。

それを理解しているから、クリフォードさんは驚く。勿論タオも。

ただ、錬金術と言うものの観点から見ると、それほど厳しいものでもないというのがあたしの結論だ。

別に構造は理解してしまえば、それほど難しいものではなかった。ただ、この方式にも欠点がある。

「一日に使えるのは一回だけだからね」

「りょ、了解です……」

パティはやっと思考が追いついたらしい。

説明の時点で、思考が凍結していたらしかった。

まあ、それもそうか。

ともかくこれで、もう少し気楽に爆弾や薬を使えるはずだ。薬にしても、切り札にとってあるような強力なのは、今まで安易に使えなかったのだ。

ともかく、今日はタオが休みで、その代わり調査をしてくれる。

星の都での作業が終わったら、次は鉱山に行く可能性がある。

今のうちに、必要な物資を考えておかなければならないだろう。

まずはランタンが必要になるだろう。

これは、別に考えなくても分かる。

他には圧縮空気だ。

鉱山の中は空気が最悪で、それで倒れる人間もいると聞いている。これはデニスさんなどの、鉱山と関係している仕事をしている人からも聞いて、確信できていた。

空気が薄い場所については、これで対策できるだろう。

問題は有毒ガスだ。

鉱山は特にそれが顕著なのだが、特に危険なのが金属などの粉塵だ。

これは体の内に入ると、そのままちいさな刃となって体を傷つける。鼻も肺も。

鉱山で体を壊した人が、鼻を丸ごと失ったり。

咳が止まらなくなって数年ももたずに死んだりするのは、これが要因だそうである。

このため、現在では露天掘りの方が主流になっている。

この鉱物粉塵を、狭い空間で吸わなくてもいいからだ。

ただし、露天掘りをするには大火力の魔術師がいる必要があるし。いたところで、簡単にはいかない。

いずれにしても、これから様子を見に行く鉱山は、坑道を掘っているタイプである。

まあ、露天掘りだったら遺跡が露出していただろうし。

それもまた、仕方が無い事なのだろうが。

今までの情報を総合するに、封印は五つ。

一つの封印は既に崩壊。もう一つは崩壊寸前で、どうにか応急処置はすませた段階である。

五重の封印について、もっと詳しく調べたいが。

もたついていると、封印が内側から喰い破られる可能性が高い。

その封印に閉じ込められている奴がフィルフサだったら文字通りの最悪の事態が引き起こされる。

今の人類に、あふれかえったフィルフサを押し返す力なんてない。

人類全てを救う力なんて、あたしにはない。

だけれども、人類を滅びから守る手段があるかも知れないなら。それはそれで、全力であがいてみるつもりだ。

圧縮空気と、それと空気の状態を調べるための道具を皆に見せて、説明をする。

パティが既に調べてきてくれていた。

「閉鎖された鉱山についてですが、お父様に魔物がでた時の事はともかく、それ以外で少しだけ話を聞いています」

「聞かせて」

「はい。 内部ではまだ金属粉塵などの被害はあまり表に出ていなかったそうです。 しかし、やはり倒れる人はいたそうですが……」

「……ただ、それももうだいぶ前の話と」

頷くパティ。

もしも、幻覚性のガスとかによる魔物の誤認とかだったら話は楽だったのだけれども。そうもいかないと。

レントが普通に戻って来ていることからしても、やはり魔物がわんさか湧いたということなのだろう。

当時働いていた鉱夫は、相当数が食い荒らされたんだろうな。

そう思うと、胸が痛んだ。

「だとすると、魔物の方が脅威度が高そうだね……」

「現時点で戦力は揃ってきていると思うけれど」

「うん、でも人数は多い方が良い。 クラウディアはいつ仕事で来られないか分からないし、タオやパティは学生だし」

「それもそうだな」

ボオスが相づちを打つ。

一応色々と調べてくれてはいるのだが、協力できそうな強い戦士はやはり話を聞かないそうである。

パティが、もう一つ問題があると言う。

「職人区に問題の鉱山への直通路がありますが、扉をあまりにも長い間使っていないので、さび付いてしまっています。 この扉、古代クリント王国からある時代のもので、簡単に錆をとれるかどうか……」

「流石に魔物対策もあるし、内側から吹っ飛ばすわけにもいかないか」

「ダメですダメです! い、一応お父様が担当の貴族と話をつけてくれています」

「お、助かる」

パティは褒められても嬉しそうじゃない。

それはそうだろう。

本気であたしが扉を吹き飛ばしかねないと思っているからだろう。

大丈夫。

そこまで考え無しじゃない。

「多分どうにかできると思う。 タオも建築関係からアドバイスよろしく」

「任せておいて」

「じゃあ、今日は一旦解散。 午前中……いや朝のちょっとした時間はあたしとパティ、タオだけで大丈夫。 ごめん、タオ。 扉のチェックだけは一緒に頼む。 午後からタオ以外の皆で集合。 星の都の後片付けに行こう」

「分かったわ。 ライザ、気を付けてね。 職人区は荒くれも多いから」

クラウディアの声は本当に心配そうだが。

あたしが荒くれごときに遅れを取るか。

最近は鈍っていた勘も少しずつ取り戻してきているし、まあ、問題は無いだろう。

解散して、職人区に向かう。

時々パティが挨拶してくる戦士に、挨拶を返している。

パティ自身が尊敬されているわけでは無く、ヴォルカーさんが尊敬されているのだけれども。

それは当然、パティも理解していて。

相手もパティが理解している上で接している。

あたし達は護衛みたいなもんだ。

そのまま歩いて、職人区を進む。デニスさんの店を通り過ぎた頃。視線を感じた。

非常に鋭い視線だ。

ちょっとその辺のチンピラじゃあないな。

そう思って、警戒段階を上げる。

タオも気付いているようだ。

「ライザ、パティ」

「分かってる」

「え、なんですか」

「すごい手練れがこっちを見てる。 パティも気を付けて」

まあ、まだパティの技量だと気付けないか。だが、それはまあ仕方が無い事だ。もっと実戦経験を積んで、修羅場を潜れば分かるようになる筈である。

流石に街中だ。

仕掛けて来るつもりはなさそうである。

やがて、大きな扉につく。

西の街道に面している城門に近い規模だ。

なるほど、これがさび付いてしまっているのなら、開けるのは大変だろう。

警備の戦士が一応いる。

このようなしまってしまっている扉でも、一応警備はしなければならないという訳だ。

パティが前に出ると、恐縮して戦士は敬礼する。

パティも丁寧に礼をすると、事情を告げていた。

「この扉を開ける、ですか。 アーベルハイム卿の許可は下りているというのは分かりましたが……」

「何か問題が起きているのですか」

「いえ、ただ……」

「この人達は、立て続けに大型の魔物を駆除している腕利き中の腕利きです」

それを聞いて、ぴんと来たのか。

戦士達の視線に、畏怖が混じった。

あたしはタオと前に出ると、扉を調べる。

最悪ブチ抜けばいいのだが。その必要は無さそうだ。見た感じ、構造体はそれほど壊れてはいない。

足に魔力を集中して跳躍。

扉の向こう側に岩とかが積もっていることもない。魔物も、扉のすぐ側にはいないようである。

一応扉の左右に大きめの見張り台があって、其処にバリスタが設置されている。

扉に近付いてくる魔物は、それで駆逐しているらしい。

ただそれも、出来るのは小物まで。

跳躍したときに確認したが、くだんの鉱山までの間は、かなり複雑な地形になっているし。

街道に出たのとはレベル違いの魔物が彷徨いている様子だ。

これは、駆除作業で一日二日は消し飛ぶな。

そう思って、あたしは着地しながらうんざりしていた。

「ライザ、どうだった?」

「丸一日か二日、雑魚退治に掛かるねこれは。 タオ、扉は」

「蝶番がさび付いてる。 錆取りがいるかな」

「おっけ。 すぐ作る」

パティを促して、戻ろうとする。

だが、その時。

また視線を感じる。五感が、此方を狙っている何かを察知しているというだけの話ではあるが。

何かが見ているということだ。それも相当な手練れが。

職人区を出ると、視線はなくなった。

まあそれはそれでいい。

ともかく、一度解散する。予定通り。扉の調査は、朝一に終わっていた。

アトリエに入ると、タオが議事録を書き始める。それもすぐ終わる。

パティは、それを見て、議事録の書き方について勉強しているようだ。

来年くらいから、ヴォルカーさんの秘書官の仕事を始めるらしい。

アーベルハイム家の跡取りをするには、その仕事を把握しておく必要がある。

故に、そもそも何をしているか把握するために、まずは秘書官から始めて。その後に家を継ぐそうだ。

ヴォルカーさんは良い娘を持ったものである。

問題は人間が結構簡単に腐る事。

パティはそうならないと思いたいが。

あたしは錆取りを調合し始める。

規模も様々な扉を、クーケン島では頼まれて直してきた。

中には古老とかが、いじわるをしてやろうとあたしに注文してきたものもあったのだが。

それを一発で解決してみせると、古老達は苦虫を噛み潰していた。

古老からしてみれば、あたしを困らせることが自己目的化していたが。

もうあたしを手に負えないと判断しているらしい。

それでいい。

あのボケ老人とその取り巻きに対して。

舐められるようなことがあってはならないのだ。

白髭老や、ウラノスさん、エドワードさんみたいな立派な年の取り方を出来る人ばかりじゃあない。

あたしはそれを常に理解して。

行動を続けなければならなかった。

「議事録出来たよ。 ライザ、調合できた?」

「うん、問題ない」

「れ、錬金術って、本当に神の御技か何かですか……」

「パティ、そう勘違いした連中が、世界を滅茶苦茶にしたんだよ。 錬金術は凄いけれど、それを使う人間が凄いわけじゃないんだ」

「フィー」

不意に、フィーが懐から顔を出す。

話が終わったことを理解したらしい。

今日は、午前中の残り時間はゆっくりするか。

フィーが飛び回り始めたので、あたしは二人にもう大丈夫と告げて。

自身も伸びをしていた。

「じゃあ、午後まで休憩で。 あたしは余った時間は休むよ。 フィーと遊んであげたいし」

「分かった。 僕は戻るね。 明日は戦闘も厳しくなりそうだね」

「アーベルハイムから手練れを派遣しましょうか」

「いや、いい」

パティの申し出は断っておく。

パティは現状、あたしの渡した装備込みだが。一応一緒に戦える最低ラインの実力を有している。

アーベルハイムにも使い手はいるだろうが、その人数分装備を増産するのは相応に大変である。

アーベルハイムから戦士を派遣して貰うとして。

その戦士を魔物から助けられるかは分からないのだ。

今は一人でも人材が必要だ。

人材は生えてくることなどないのだから。

二人が戻ると、あたしはフィーに手を伸ばす。

「ごめんね。 遊んであげる時間、中々作れなくて」

「フィー! フィーフィー!」

ぐずることもないし、遊んでくれとせがむこともない。

良く出来すぎている子だからこそ。

あたしは、フィーが心配になるのだった。

午後からの星の都の後片付けは、特に問題になる事もなく、スムーズに完了。

鉱石などの運び出しも終わり、戦闘もなかった。

これで、鉱山の方に集中できる。

一つずつ、確実に片付ける事が重要。それをあたしは、良く知っていた。

 

1、冷たい草の刃

 

翌朝。

早朝で皆に集まってもらい、扉に出向く。

戦士達がひそひそと話している中、扉を開ける。錆取りを入れれば、すぐにこれくらいは出来る。

錆取りを刺した後、あたしとクリフォードさんで扉を開ける。

嘘みたいに簡単に扉が開くので、戦士達があんぐりと口を開けていた。

「し、信じられん……」

「あたし達が外に出たら、扉の防衛だけを考えてください」

「わ、分かりました!」

「いくよ……と。 昨日もいたね。 誰?」

近付いてくる誰か。

既に誰かしらに見られていたという話は展開してある。全員が武器に手を掛ける中。フードを被ったその人は。

あたし達に近付いて来た。

何度かすれ違った人だ。

そしてその人は、あたしの目の前で、フードを取っていた。

ああ、やはり。

「オーレン族!」

銀の髪の毛。オッドアイ。

隠しているが、手首辺りに毛が生えている様子。指の爪の生え方も鳥に近く、人間とは違っている。

そして何より、年齢がまったく分からない容姿。グラマラスな女性だが、この辺はリラさんと同じなわけだ。

何度も見たオーレン族。グリムドルであった人も、みんながこんな感じの姿だった。

「オーレン族を知っているのね」

「はい。 あたしの師匠の一人がそうです」

「……私はセリ=グロース。 オーレン族、緑羽氏族のものよ。 貴方たちに同行願えないかしら。 此方も目的があってね。 貴方たちの戦闘を支援するから、その手伝いをしてほしいと思って」

ふむ、この言葉に嘘はないか。

それにオーレン族は、此方の世界の人間と違って非常に正直だ。

だからこそ分かる。

あたしに対する、鋭い殺意が。

多分だけれども、あたしが錬金術師だと言う事を、この人は知っている。

だけれども、それだったらいきなり殺しに来てもおかしくない。

いきなり殺そうとしてこない。

それならば、様子見をしている段階だと見て良さそうだった。

「分かりました。 後でセリさん用の装備を用意します」

「おいおい、いいのか」

「今は手練れが一人でも多く欲しいからね」

「ライザ……」

クリフォードさんとクラウディアがそれぞれ心配げにいうが。

まあ、あたしとしては別に良い。

パティはまた綺麗な人が増えたと顔に書いている。しかも今までパティが見た事がないタイプだったのだろう。

門から外に出る。

荒れ放題だ。

扉の外にも、一応戦士達は縄ばしごなどで降りていたらしい。バリスタで仕留めた魔物を引き上げていたのだろう。

だが、それにしても、辺りは荒れ果てていて。

もう既に、扉を見ている魔物が多数。

それも、街道に出るのよりも数段強いのが、ゴロゴロいるようだ。

「それではセリさん、得意なことは」

「対多数戦」

「それは心強いな……」

「総員、全方向を警戒! 来る!」

わらわらと、魔物が姿を見せる。

走鳥とラプトルを中心としているが、街道周辺に出るものよりもどれも二回りは大きい。

この辺りは、殆ど駆除が行われていないからだろう。

魔物は際限なく、どいつもこいつも大きくなると言う訳だ。

門を閉じるように、背後の戦士達に叫ぶ。

戦士達が、あわてて扉を閉じた。

それと同時に、わっと魔物が襲いかかってくる。

乱戦が始まる。詠唱をしている暇はないな、これは。

あたしはそう思って、軽く跳びさがりながら、まずは挨拶代わりに敵の出鼻に熱槍を叩き込んでいた。

直後、先頭集団の魔物の群れに、横一線が走る。

数体の魔物の首が飛んだり、胴が両断されていた。

「何……」

「私の前に出ないで。 死ぬわよ」

「そのようだ」

なるほど、これが対多数戦用の戦闘技術か。

今、何かが魔物を斬ったのは分かったが、それ以上はちょっと分からなかった。

ともかく、戦闘を続行する。

タオとあたし、パティが前衛になり、後衛になったクラウディアとクリフォードさんの支援を受けながら、扉を背後に戦闘を続ける。

殺されても殺されても次々に魔物が押し寄せてくる。

中には、殺された魔物に食いつくと、引きずってさがっていく者もいる。

かぶりついてきた、あたしの背丈の倍くらい高さがあるラプトルの顎を、文字通り下から蹴り砕く。

顎だけではなく頸椎も蹴り砕いたので、仰向けに横転するラプトル。

そのまま、熱槍を連射。

連射しながら、更に火力を上げる。

それでもこれは押し切れないか。

やむを得ないな。

爆弾を投擲。

ローゼフラムを投げて。

此方に迫ってきている、巨大なぷにぷにに直撃させる。

炸裂する殺意の薔薇。

灼熱の花弁が周囲を蹂躙すると同時に、魔物の攻勢が一時止む。

今の火力を見て、流石に腰が引けたか。

クラウディアの大火力射撃が、中空から狙って来ていた大型の猛禽を叩き落とす。

あたしは呼吸を整えると、まだまだと周囲に叫んだ。

そうして、一刻ほど連戦する。

パティがもろに走鳥に食いつかれそうになったが。

完璧なタイミングでバックステップを決めて、同時に嘴をカウンターで両断していた。

技さえ入れば、ゴルドテリオン製の刃だ。

このサイズの走鳥程度だったら、嘴を一刀両断できる。

悲鳴を上げる走鳥の首がすっ飛ぶ。

見えた。

其処に、鋭い刃の雑草が生えていた。

これは、セリさんの技か。

だとすると、植物操作。

オーレン族の練りに練った魔術の技量から繰り出される技という訳か。凄まじい破壊力である。

多分植物操作だったら、出来る奴は他にも幾らでもいるだろうが。

これは膨大な魔力と、凄まじい戦闘経験から繰り出される技だ。

本来の固有魔術が強い訳ではなく。

練り上げられた魔術が強いのである。

呼吸を整えているパティに、更に数体の魔物が飛びつく。

あたしはかなりでっかい正体がよく分からない魔物を、熱槍の飽和攻撃している最中である。

ワニのようだが、それにしては足が下向きに生えている。

正体が分からないから、とにかく良く知らない魔物というしかない。

パティは。連続して襲ってきた魔物を、全てカウンターで仕留める。

だが、それで限界だったようだ。

倒れかけた所を、タオが担いで、後方にさがる。

変わってクリフォードさんが前に出ると、迫ってくる魔物を、担ぐほどの巨大なサイズのブーメランで、次々に殴り倒した。

「どうする、一旦さがるか?」

「そうだねえ……」

「ライザ、私も賛成だよ」

「よし……じゃあ一度敵を散らすか」

二つ目の爆弾を投擲する。

シュトラプラジグである。

雷霆が炸裂し、辺りにいた魔物をまとめて薙ぎ払う。その間に、あたしは詠唱を全力で開始。

戻って来たタオが、それを見て、あたしの前に出ないようにセリさんに警告。

あたしはフルパワーで魔力を練り上げて。

そして、新しく改良したその魔術の詠唱を続ける。

「踊れ踊れ火神の群れ。 太陽と光と熱の権化となりて、この世界にいる不浄なるものを全て焼き払え……」

「! 凄まじい魔力ね」

「とにかく時間を稼いで!」

かなり大きなラプトルが、魔物の死体の山を踏み越えて迫ってくる。

その顔面に、クリフォードさんの投擲したブーメランが炸裂。

ブーメランを持っていない状態でもクリフォードさんは充分に強く、迫る魔物を右に左になぎ倒している。

徒手空拳でも出来るなこの人。

そう思いながら、詠唱を続ける。

「今日の天気は、晴れのち隕石。 そして火神の晩餐! 熱の裁きよ、今顕現せよ! グラン……」

空に無数の熱槍が出現する。

それを見上げて、魔物共が足を止める。

口をあんぐりと開けている間に、タオに斬り伏せられたり、クラウディアに撃ち抜かれる者もいるが。

気が利く奴は、逃げ始めている。

だが、逃がすか。

あたしは、詠唱の最後の一節を唱え、最大火力を解放していた。

「シャリオ!」

空から、二万に達する熱槍が降り注ぐ。

一発ずつの火力が、それぞれ石造りのそこそこ大きな家屋を粉砕するもの。

それが合計二万。

文字通りの絨毯爆撃となって、辺りを破壊しつくす。

これこそが、グランシャリオ。

あたしが練り直した、現状でぶっ放せる最大奥義だ。

視界が、光に包まれ。

続いて、凄まじい爆音が、辺りを蹂躙していた。

爆音が収まり、熱風が辺りを薙ぎ払い尽くした後。

周囲には、魔物の死骸が転々とし。

黒焦げになった魔物も、また多数が転がっているのだった。

 

一度扉の向こうに戻る。

半生の死体が転がっていると魔物がまた来るだろうが。この近くにいた魔物は、血の気配に寄って来て。

それで今の戦闘に過半が巻き込まれたはずだ。

手当てを済ませる。

乱戦になったし、はっきりいって周囲にかまっている暇がなかった。アンペルさんとリラさんにも声を掛けたかったくらいであるのだが。

二人はどうも今霊墓を調査に行っている様子で。

宿には姿がなかった。

パティが栄養剤を飲み干して、苦いと悲しそうに言う。

こんなものを口にしないと駄目な事。

更には真っ先に脱落したことが悲しいのだろう。

だけれども、パティはどんどんカウンター戦術をモノにしている。撤退寸前には、三体を相手に立て続けに決めていた。

短期間でこれだけ強くなれば充分すぎる位だ。

クリフォードさんが、パティにそれを説明している。

格上の戦士であるクリフォードさんが、そうやって褒めてくれたのを聞くと、嬉しいのだろう。

パティは、疲れきった表情ではあるが、へにゃりと笑っていた。

「クラウディア、みんなの状態は」

「怪我の手当ては完了。 体力は、少し食べた方が良いかな」

「トイレも済ませておいた方が良さそうだね」

「うん。 そうしておこう」

戦士達は、完全に此方を化け物を見る目で見ている。

まあグランシャリオは、多分王都の全員が見るくらいできた筈だ。

もしもあれを王都にぶち込んだら、一瞬で王都を半壊させることも可能だった。それを誰もが理解しただろう。

それに、王宮魔術師が如何に無力かも。

パティも言っていたが、王宮魔術師なんてたいした存在ではないらしく。

クリフォードさんも証言していたが、辺境の方が強い魔術師は多いらしい。

だから、恐怖を感じるのは不思議では無い。

なお今回使ったのは広域殲滅用のグランシャリオ。この他に、収束型の単体確殺用のもあるが。

どちらにしても、今の時点では使用の必要がないだろう。

何人かの戦士が来る。

先頭にいるのは、見覚えがある。

カーティアさんだ。

この辺りの戦士をまとめている人だったか。

「この騒ぎは。 アーベルハイム卿から申請は出ていましたが、想像以上に派手ですね」

「丁度良かった」

右手を挙げるあたしを見て、カーティアさんはなる程と呟く。

何度か顔はあわせている。

この人の力量は確かだ。

あたしの実力を、一目で見抜いていたのだろう。

「少し休んだら、また周囲の魔物を掃討します。 使えそうな肉や皮は、回収してしまってください」

「あの大魔術を放って、まだ動けると」

「少し休めば」

「……分かりました。 戦闘が一段落したら、此方で回収作業は行っておきます」

カーティアさんは、多分今の、装備込みのパティより強い。それも数段上。

例のメイドの一族の人だが、この人より強い戦士もいるかも知れない。

閉鎖的で腐っているこの王都だが、この人は抜擢せざるを得ないのだろう。

実際貴族の子弟なんて、魔物の前に出したら秒で腰砕けになって、次の瞬間にはエサである。

ヴォルカーさんに嫌がらせをしたりと、そんな現実も理解出来ていない阿呆貴族もおおいようだが。

それでも、魔物に対抗できる戦士については、必死になんとか抜擢をしようとはしているわけだ。

あたしはしばらく休んでから。トイレを済ませ。

クリフォードさんが担いで来た走鳥をばらして、その肉をいただいた。

全員で食べても有り余るほどの量がある。

血抜きをして、その後はがつがつと喰らう。

喰うか喰らわれるかの関係とは言え。

なんとも豪快な話である。

パティも、かなり食べるようになっている。

もっと早くからたくさん食べていたら、こんなに小さくはならなかっただろうけれども。

それは今更言っても仕方が無い事だった。

「よし、第二次掃討戦、行くよ」

「ライザ、爆弾は大丈夫?」

「乱戦を想定して、事前にジェムで増やしたのを持ってきてあるから平気だよ」

「相変わらず何でもありだな……だがそれが良いぜ。 ロマンがかき立てられる!」

クリフォードさんが楽しそうで何より。

セリさんは、じっとあたしの方を見ていたが。

その視線は、やはりとても冷たかった。

 

昼までに、第二次掃討戦を行う。

門の外に出ても、もう魔物は襲ってこなかったが。

グランシャリオが焼き払った辺りから、更に外に行くと、魔物はまだまだいる。

しかもこの辺りは、元々鉱山資源を回収して、それを山積みにしていたらしい。

小屋などの残骸や、トロッコなどの残骸も散らばっている。

それらが魔物の姿を隠し、住処にし。

結果として、魔物がこの辺りで大繁殖した、というわけだ。

この甘いような不愉快な臭いは、腐った肉のものだ。

魔物どうしで殺し合って、死体が腐っているのだろう。

腐った肉はすぐに蠅とかが分解してしまうのだが。それでもまだ、分解し切れていない肉があるというわけだ。

「パティ、前に出すぎないようにしてね」

「はいっ!」

クラウディアが、来ると告げる。

同時に、またわっと魔物が押し寄せてきた。

後方では、カーティアさんが戦士達を指揮して、魔物の死体の内、使えそうなものをどんどん運び込んでいる。

食用に出来る魔物の肉も多い。

王都は結局外部から食糧を運び込んでいて、それで十五万からなる人間の胃袋を満たしている。

これだけの数の魔物を一度に食肉に変えられたら。

その肉を燻製にしておくだけでも、相当な時間保つ事が出来るし。

毛皮なども、使い路は多いのだ。

戦士のうち、経験が浅い人間は、王都の人間が外に出ないように警戒線を張っているようである。

いずれにしても、会話を拾う限りそんな感じ。

あたしには、直接見る事は出来ないが。

戦闘を続行。

魔物を片っ端から片付け続ける。

地形が入り組んでいる事もある。だからこそ、徹底して魔物を駆除しなければならないだろう。

次々に魔物が来るが、とにかく大きく、街道にいるような雑魚とは質も違う。

だが、今のあたしの敵ではない。

一体一体なら。

少しずつさがって敵を誘引して、まとまった所に爆弾を投擲して、まとめて薙ぎ払い、粉砕する。

それでもまだまだたくさん魔物はいる。

鉱山までの距離は、三分の一踏破できたかどうか。

一度後退を開始。

魔物は、既に死んでいる同類を貪り食い始めていて。

あたし達を追う事にそれほど熱心じゃない。

カーティアさんが、扉からかなり出て来ていて。急いで戦士達に、死んだ魔物を運ばせていた。

特に走鳥の死骸は、優先的に運んでいるようだった。

食べる事が出来ない魔物は、その場で焼いている。

王都の魔術師がやっているが、力量はどうということもない。あたしはそれを横目に、さがることをカーティアさんに告げた。

城門の内側は、凄い量の血肉があふれかえっていた。

血抜きが彼方此方でされていて、捌いた肉がどんどん運ばれ。多数の女集が出て来て料理している。

貧民窟にも肉は運ばれているようだ。

指揮を執っているのはヴォルカーさんである。

パティを見て、心配そうに一瞬だけ目の光を鈍らせたが。すぐに咳払いして、威厳を戻す。

「ライザくん。 君の凄まじい魔術、見せてもらった」

「お恥ずかしい。 現時点では、あの火力が精一杯です」

「そうか。 あれだけの火力を出せれば、充分だと思うが。 ともかく、多数の魔物の処理をしてくれて助かっている。 今日はまだ続けるのかね」

「鉱山まで、どうにか道を切り開きたいと思っています。 午後にも二回ほど、総力戦を仕掛けるつもりです」

そうか、とヴォルカーさんは言うと。

部下を手配して、更に人を集めさせたようだ。

貴族が様子を見に来ているようだが。

中には大量の血を見て、それだけで失神するような線がほっそいのもいる。

手当てを終えると、あたしは食事をするようにみんなに指示。

こういう総力戦の時は、食事は適宜しないとまずい。

トイレも同時に行っておくべきである。

セリさんは。

無言のまま、フードを被っている。

これだけの人がいる中で、オーレン族としての姿を見せたいとは思わないのだろう。

リラさんも、あまりクーケン島の人が多い場所に姿を見せなかったっけ。

この世界の人間に、強い不信を抱いていも仕方がない。

それは、あたしも。

古代クリント王国の所業を知っているから、どうしても分かるのだった。

「セリさん、まだしばらく戦闘は続きます。 オーレン族のスペックは知っているので心配はしていませんが、目的と合致していますか」

「問題ないわ。 貴方たちが遺跡を調べているのは知っている。 私も、今はそういう場所を調べておきたい」

「そうですか」

「休憩ならさっさとしなさい。 私はいつでも出られるわ」

流石だ。

この人も歴戦のオーレン族。

リラさんと同格の戦士と見て良さそうだ。

ただ、やはりあたしにたいしてあまり良い感情を持っていないようだ。監視のために近付いて来た可能性も。

いざという時に背中を刺す可能性も捨てきれない。

今は、まだ。

二人きりになる状況を作らないようにしないとまずいな。

そう思った。

 

昼の後から、また戦線を押し上げる。

とにかく入り組んだ地形。

この辺りが、鉱山として栄えていた名残。

それらの全てが、魔物の巣になっている。

見た事がない奴も結構いる。

それだけじゃあない。

此方に来るのは、幽霊鎧だ。

やはり、遺跡から魔物が出て来たとかいうから、そうだとは思っていたが。

「気を付けて! かなり古い型式の幽霊鎧だ! 強いよ!」

「分かってる!」

古代クリント王国の時代よりも更に古い時代になると、神代の技術が生きていた時代がある。

その時代に作られた幽霊鎧の性能は、はっきりいって高い。

それが魔物を駆逐するのではなく、こっちに向かってくるのは悲しいが。

ともかく、処理するしかない。

あたしが前に出る。

剣が振るわれる。

剣技は、達人のものに近いが。

あたしはそれを、横殴りに蹴り払う。

あたしの靴は金属製の靴底だけではなく、そもそも魔術で足そのものも強化している事もある。

杖よりも、蹴り技の方が剣と渡り合い易い。

それでも、歴戦をくぐり抜けてきたらしい幽霊鎧は、何合もあたしと渡り合う。

これは、ちょっと他の人には任せられないな。

総力を挙げて、激しく火花を散らす。

振り下ろされた剣を、紙一重でかわしつつ、懐に入って拳を叩き込む。

本命は拳じゃない。

拳と一緒に叩き込んだ熱量だ。

それで鎧が拉げる。

錆びている様子もない鎧が、火を噴きながら下がり。それでも体勢を整えようとする。

あたしは杖を振るって殴りかかり。それを幽霊鎧は剣を盾にして防ごうとするが。

残像を作って真下に潜り込むと。

いわゆるサマーソルトで、両腕を肘ごと狩っていた。

幽霊鎧が両腕を剣ごと失い、それで動揺した瞬間に。

あたしが熱槍を叩き込み、吹き飛ばす。

相当な強者だったが、どうにか出来たか。

呼吸を整えながら、周囲を見回す。

魔物の数が減り始めている。恐らく、血の臭いにつられて来た魔物だが、さっきまでの大乱戦で相当数が刈り取られたと見て良い。

それでもまだまだ、鉱山への道は安全とはとても言えない。

一応道の跡は残っているのだが。

それも、魔物の足跡が踏み砕いている有様だ。

一度撤退。

指示を飛ばして、戻る。

一度休憩を挟んで、夕方にまた戦線を押し上げる。途中、邪魔になっている瓦礫を吹き飛ばし。

視界を開けさせる。

既に使われていない小屋も多い。

魔物に踏みしだかれた人間の生活跡も。

人間の生活圏は、王都とやらの至近ですらもこうも後退している。

それが分かる事例だった。

 

2、一度失われた道

 

翌日。

職人区に出向くと、人がかなりいた。肉や毛皮が安売りされている。あの状況で、外に出向いた馬鹿がいるのかと懸念したが。

どうやら。そうならないように、アーベルハイム卿が先に手を打って、安売りできるように物資を供出したようだった。

王にも話が届いているらしい。

此処だけでは無く、大通りのバザーにも相当に物資が流れているらしい。

魔物と言っても、家畜が大型化したような生物。例えば走鳥だが、その気になればあらゆる場所を有効活用出来る。

獣脂は料理にも使えるが。

場合によっては灯りに使う事もある。

それくらい有用な物資なのだ。

また毛皮の中でも使えるものは、そのまま身に纏ったり。加工して武具にしたりも出来る。

アーベルハイム卿が来ていた。

側にいるのは例のメイドさんか。

吃驚するほどフロディアさんに似ているが、もう少し雰囲気が大人びているか。

だが、それも化粧次第で幾らでも変わるので。

素顔については、あたしもなんとも判断できなかった。

「ライザくんか。 今日も出るのかね」

「まだ鉱山への安全路を確保できていません。 もう少し手数があると助かるんですが……」

「私は先走った者が門から出ないように見張らないといけないし、他の街道での守りもある。 協力は出来ないが、後方支援は任せて欲しい」

「助かります」

あたしを見て、ひそひそ話している声。

魔物の大軍勢を叩き潰したそうだ。

王宮魔術師が作り出した人間型の魔術の兵器らしいぞ。

そんな声が聞こえるが。

敢えてヴォルカーさんが大きく咳払いをして視線を向けると、ひっと声を上げて無責任な噂話をしていた連中は散った。

とりあえずあたしは興味がないのだが。

感謝だけはしておく。

今日もアンペルさんとリラさんは出かけていた。北の里について調べてくれているらしい。

この作戦任務については話したのだが、参戦はしてくれないということだ。

フィルフサの群れを叩き潰したあたしなら、いらないだろうと。

あの時は大雨という好条件を無理矢理作り出したから出来たことだったのだけれども。まあ、確かにフィルフサとの戦闘に比べれば格段に楽ではある。

それでも、今日中に終わるかは分からない。

他にまだ三箇所封印の状態が分からないのだ。

急ぐ必要がある。

そもそもレントが鉱山で見たと言う遺跡が、当たりとは限らないのだ。

今、タオが調べてくれてはいるが。

それでも、今まであの八角錐の封印の根本らしいものは、何処かで見つかった記録はないという。

だとすると密閉性が高い遺跡にあれがある可能性は高く。

少なくとも、遺跡の所在は「前人未踏」の場所である可能性が高かった。

「開門してください!」

「はっ!」

パティが声を掛けると、戦士達が門を開く。

外は結構綺麗に片付いている。あたしがイグナイトルミナスを全力でぶっ放した割りには、だが。

魔物の死体はほぼない。

黒焦げのものはそのまま砕いて肥料に。

そうでないものは、売るために持ち帰ったのだろう。

利用しようがない魔物は、そのまま死体を焼き払っておしまい。

それで、この辺りは思ったよりすっきりしている、というわけだ。

「パティ、大丈夫?」

「はい、なんとか」

「血の臭いが取れないって、昨日嘆いていたけれど……」

「脆弱ね」

心配するクラウディアに、セリさんがばっさり。

セリさんが、何処かの部族か何かと思っているパティは、考え方が違うのだろうと既に割切っているようだった。

パティにオーレン族の話をするのはいつになるだろう。

この子は信用できると思うのだが。

まだ、すぐにはできないか。

セリさんは、他の人間も容赦なく見ている様子だ。なお、クリフォードさんは元々知り合いだったようである。

「前もあった時もそうだったが、相変わらず舌剣人を刺す、て感じだな」

「面白い表現ね」

「知り合い?」

「賞金稼ぎをしているときにちょっとな。 一緒に賊を蹂躙した間柄だ」

セリさんは何も言わない。

いずれにしても、賞金稼ぎを副業に、トレジャーハンターをしているクリフォードさんである。

クラウディアに聞いてあたしも調べたのだが、確かに各地で賊に相当に怖れられているようである。

そうなると、衰え始めるとロクな老後を送れない可能性もある。

その時の為に、何かに備えておく方が良いのかも知れないが。

足を止める。

魔物だ。

道を少しずつ開けさせて、瓦礫も排除しているのだが。排除した分、魔物が来て縄張りにしている。

逆にそれは、前よりも小物の魔物が集まってきていることを意味する。それも頭が良くない奴が。

目端が利く奴は、危険を察知して近寄らない。

これだけの魔物が殺されたのだ。

安易に近付いて来ているのは、単純に頭が悪い奴。

だからこそ、見境なく仕掛けて来て危険な側面もあるが。

今の時点では、とにかく片付けて行けば良い。

戦闘開始。

もう少し戦線を押し上げたいが。昨日戦線を押し上げた地点のかなりが、また魔物に浸食されている。

昨日の奴らより弱いとは言え。

どれも魔術を使う危険な生物だ。

爆弾も惜しみなく使う。

突貫してくる巨大なラプトル。だが、でかいだけだな。そう判断して、あたしは充分に引きつけた所で、蹴り技で足を粉砕する。

普通だったら砕ける太さの足では無い。

あたしの練り上げた蹴り技に魔術による強化を乗せて、更に錬金術の装備で強化を上乗せして。

やっと出来る事だ。

足を砕かれたラプトルが、凄まじい絶叫を上げながら横倒しになり。

それを見たラプトルが、明らかに躊躇。

そこを、セリさんが、植物を操作して文字通り全部スライスしていた。

見た目と裏腹に、荒っぽい人だ。

リラさんは、戦士として豪快な戦いをしていたが。

戦術などでは、もの凄く緻密だった気がする。

教えられた戦闘技能などについての心得も、極めて論理的だった。非常に厳しかったが。理不尽な厳しさではなかった気がする。

思えばキロさんも戦い方はだいぶ違った。

それを思うと、オーレン族も氏族によって、更に個人によってだいぶ違ってきているのだ。

空から来る。

大型の鳥の魔物だ。

走鳥の凶悪さが知られるが、ああいう飛鳥も同じく厄介である。

クラウディアが飽和攻撃で片っ端から叩き落とすが、数羽は猛攻をかいくぐって迫る。

パティが前に出ると、腰を低くして。

紙一重の間合いで、カウンターを入れて斬り伏せる。

翼を丸ごと持って行かれた鳥が、そのまま地面に激突。

すれ違い様に、三羽までパティは仕留めたが。

四羽目に、もろに爪で抉られた。

胸当てで防げたから、致命傷は避けたが。本来のあの大きさの爪を喰らっていたら、体に深々穴が開いていただろう。

吹っ飛んだパティを内側に庇いつつ、上空に逃れようとする大鳥に、クリフォードさんがブーメランを直撃させる。

戦闘は続く。

今日も昼少し前に、一度引き上げる。

すぐに手当てをするが、パティは青ざめていた。増血剤も飲ませる。諸肌を脱いで手当てをする。

手当てが遅れていたら、ざっくり傷が残っていただろうと思う。

セリさんは、防御にも植物を使っていた。

それでもこれほどの魔物を同時に相手するのは流石に大変なのか。幾つか手傷を受けていた。

「セリさん、治療します」

「薬草の知識はあるから大丈夫よ」

「オーレン族にもあたしの薬が効くことはグリムドルで確認済みです。 心配せずに任せてください」

「……」

じっと冷たい目で見られる。

グリムドルの名前をどうして知っている。

そういう表情だが。

咳払いして、あたしは傷薬の効きを見せる。

確かに傷が溶けるように消えるのを見せておくが。

それでも、セリさんはやはり錬金術への警戒が強いのか、中々首を縦に振らなかった。

「フィー」

懐からフィーが顔を出す。

それを見て、セリさんはしばし無言だったが。

やがて嘆息した。

腕をまくって見せる。やはりかなり羽毛が生えている。それをみて、パティが目を見張ったが。

あたしは口元に指を当てて、しっとパティに言った。

あまりオーレン族であることは、知られない方が良い。

それに気付いたのか、パティも頷く。

訳ありだと判断したのだろう。

セリさんの手当てをする。痛みも傷も即座に消えたはずだ。

あたしの薬も、三年で色々と強化している。

傷を治すだけではなく、免疫力を強化し、更には全身の細胞を活性化もさせる。増血剤はそれはそれであるのだが、血液が体内で増産されるようにもし。それだけではなく、細胞の若返りや異物の排除も行えるように調整してある。

三年で、あたしも色々とやっていたのだ。

手応えがあまりなかったのも事実だが。

それでも、一応の成果は上げているのである。

不思議そうに。傷が消えた場所を見るセリさん。

ただ、それでもあたしをまだ信用してくれているようには見えなかったが。

「痛みは大丈夫ですか」

「ええ。 問題ないわ」

「セリさんのために、あたし達が使っている装備を作ります。 オーレン族のあたしの師匠のために作ったものがありますので、同じようにすれば問題なく使えるはずです」

「……」

それ以上は、セリさんも黙ってしまう。

まあすぐには受け入れてくれないよな。

そう判断して、今は諦める。

皆の手当をして、食事をする。

かなりの数の鳥を撃墜したこともある。それも、みんな人間を余裕で殺傷できる大きさのものだ。

肉が若干硬いのが難点だが。

どれもしっかり栄養を取れる。調理の技術次第だ。

カフェの店主の人も出て来て、戦士達と連携して運び込んだ魔物の調理や、保存食化をしているようだ。

ヴォルカーさんが陣頭指揮を執って、与太者の類が好き勝手をしないように見張りつつ。

更にいつも仕事がない人などを呼んで、どんどん簡単な仕事を任せているようである。

また、格安で食事を振る舞っているようで。

ヴォルカーさんは、感謝はあたし達にするようにと、皆に何度か言い聞かせていた。

ちょっと困るかも知れない。

ただでさえ変な噂がばらまかれているのだし。

いや、これで変な噂が畏敬に変わってくれれば儲けものか。

ともかく食事と排泄を済ませたあと、第二次作戦に行く。やはり戦地は血の臭いが凄まじく。

地面にも大量の血が注がれている。

フィルフサの百万に達する大軍勢とやり合った時は、これよりも更に戦線が錯綜していたけれども。

あの時は人為的に降らせた大雨もあるし。

何より内部が殆どがらんどうであるフィルフサという生物の特徴もあって。血の臭いは殆どしなかったっけ。

パティはかなりの手傷をさっき受けたが、治療もあってもう戦えると、すぐに前線に出ていた。

見ていると、どんどんカウンターの精度が上がっている。

アドバイスをみるみるモノにしていく。

やっぱりこの時期の子は一番伸びるな。

そう思って、あたしは熱槍の雨を、敵に降らせ続けた。

 

二日目の夕方で、鉱山の入口が見えた。

だが既に陽は傾き、稜線の向こうに消えようとしている。

レントが参戦してくれたらなあ。

そう思いながら、周囲に転がっている大岩をどける。

錬金術の装備による強化があってもパティには純粋な力仕事は厳しいので、あたしとクリフォードさんでやる。

セリさんは、植物の魔術を用いて、邪魔な岩をどけてくれるが。

それでも、流石に巨岩は無理だ。

セリさん自身も思ったよりずっと力があるようだけれども。それでも、岩のサイズ次第では首を横に振る。

そういうのはあたしが熱槍で粉砕して、クリフォードさんが腕まくりして、押して避ける。

ただやっぱり、レントがいて欲しいと思う。

「タオ、後方の人達、襲撃されたりしていない?」

「今の時点では、例のメイドの一族らしい人達が出張って見張ってくれているみたいだよ」

「じゃあ心配なさそうだね」

「改めて、あの一族の戦士達の凄まじさがよく分かります」

へばっているパティが呻く。

流石のゴルドテリオンの刃もかなり傷んでいるので、後であたしが錬金術で調整する。

クリフォードさんも、その手際を見てちょっとだけブーメランを任せても良いかなと思ったみたいだが。

この人の固有魔術は、多分自分でお気に入りにデコレーションした武具にしか発動しないと見て良い。

だとすればあたしがするべきは。

この人に頼まれたときに。

インゴットを指定の形に加工して、渡すことだろう。

ある程度周囲が片付いたところで、撤退。

荷車を急いで何往復もして、辺りの良さそうな鉱石は回収しておく。

これはかなり良い鉱石だと言えるものが、ゴロゴロ散らばっている。

鉱山から掘り出して、それっきりのものだったのだろう。

鉱山労働は過酷極まりなく、寿命を縮める酷いものだとあたしも知っているが。

確か掘り出した鉱石の中に貴重品があると、掘り出した人間にそのまま権利があるという。

しかも、鉱山労働者の中でもしも奪いあいが発覚した場合は、即座に首が飛ぶとかいう話で。

人間の精神をある程度見抜ける魔術師が確定で常駐するため、不正も出来ないらしい。

この辺りは、効率よい労働を促すために必須の事だ。

まあ最近は露天掘りを中心にやっているようで、それもあって労働者の環境もマシになって来ているようなので。

昔よりは良いのだろう。

昔は人間を使い捨てに出来るくらいいたらしいから。

さぞや鉱山は地獄だったんだろうな、という言葉しか無い。

ともかく、周囲のおおざっぱな確認を終えて、即座に撤退を開始。

物資の中でも、まだ再利用できそうなもの……トロッコやら金属製のレールやらは、可能な限り無事なままにしておく。

鉱山の中には流石にまだ入れる訳にはいかない。

もしも遺跡が存在して。

封印が存在していたら。

はっきりいって、見境なく人を入れたりしたら大変な事になる。

一旦アトリエに戻る。

職人区の扉付近で警備をしていたヴォルカーさんに、戦果については告げておく。頷いて、秘書官らしいメイドさんがメモを取っていた。

「かなり人が集まっていますね」

「かき入れ時だからな。 貧民達にも声を掛けている。 食事は出るし、金も出ると言う事でかなりの数が来ている。 後は与太者や賊が暗躍するのを防ぐべく、手の者を出している状態だ」

「抜かりがありませんね」

「そうだな。 ライザくん、感謝している。 この辺りは私だけではどうにもできなかった。 もしも鉱山が再開できたら、その時は国王陛下から感謝状と褒美の一つも用意していただこう」

それはそれで迷惑だなと思う。

この国の王がボンクラである事は分かっているし。

そんなのとコネなんて欲しくもない。

適当に礼を言って、アトリエに戻ると。すぐにパティの装備を調整する。乱戦の中にいたというよりも。

やっぱりまだ技量が根本的に足りていないのだ。

やはり彼方此方装備の痛みが激しいので、それを修復しておく。

技量がもっとついてくれば、装備の痛みも減るだろう。

それは、パティも分かっているようだった。

「ライザ、ちょっといい?」

「うん、どうしたのクラウディア」

「今、レントくんの様子を見てきたの」

「どうだった?」

一応、騒ぎを聞いて仕事はしているようだが。それはあくまで生活費の調達のためであるようだ。

力仕事はしてくれているようだが。

レント自身が歴戦の猛者であり。

あたし達と混じって戦っていた事を、忘れてしまっているかのようだった、ということだ。

酒をまだ抜いているんだな。

そう思うと、あたしはちょっとやりきれなくなる。

「そう。 ともかく、ここ三年で本当に色々と参ったんだね」

「心に傷がつくと、簡単にはなおらないの。 私も彼方此方で、心が死んでしまったような人を見て来たから……」

「そうだね。 ともかく、レントを今は信じよう。 もっと長い間、同じ目にあってきたザムエルさんよりも、傷は浅いはず。 きっとレントは、立ち直れるはずだよ」

頷くクラウディア。

そして、一度解散とする。

パティは戻って来た大太刀と胸当てを見て、目を丸くしていたが。

すぐに嬉しそうに身に付けて。それで頭を下げた。

ともかく、これで戦いの準備は問題ない。

セリさんはふらっと消えようとしたので、呼び止める。

「セリさん、これつけて見てくれますか?」

「何かしら、それは」

「魔力増幅に特化した腕輪です。 恐らくセリさんの戦力を、純粋に強化出来ると思います」

「そう……」

興味なさげに見ているセリさん。

だが、身にはつけてくれた。

それで、少しずつ信頼してくれているのだなと思って。

あたしは嬉しかった。

 

セリは、住居にしている貧民が集まる宿に急ぐ。

手につけた腕輪。

凄まじい魔力を放っている。

いや、魔力を放っているのはセリ自身か。

「確かにこれは凄い……」

忌々しいなとセリは感じる。

それはそうだ。ライザの事は、今でも信用していない。隙を見せたら背後から刺したいと考えている程だ。

だが、あいつがそれほど悪党には見えないのは、どうしてなのだろう。

見て来たが、やっているのは過剰繁殖した魔物の駆逐。

それ以上でも以下でもない。

何より、あいつが目的にしているのが、アンペルだとかいう錬金術師と同じだとすれば。

フィルフサ対策である可能性が高い。

宿に荷物を置いた後、リラと話に行く。

リラはセリにすぐに気付いて、宿から出て来たようだ。

人間と二人旅なんて気が知れないが。

リラは、なんとも思っていないようだった。

「ライザと連携して戦闘しているようだな。 職人区だかのほうが騒がしいが」

「ライザはグリムドルの事を知っていたわ」

「それはそうだ。 三年前、私達はグリムドルに通じる門をライザとともに制御可能な状態にした。 グリムドルに巣くっていたフィルフサの王種、「蝕みの女王」と麾下のフィルフサの軍勢を殲滅して、そして聖地を開放した」

「……にわかには信じがたい話ね」

フィルフサの撃退は、今までも何度か例があるとは聞いている。

例えばオーレン族のもっとも重要な聖地であるウィンドルでは、今でも湊波氏族が中心となって、フィルフサと苛烈な戦闘を繰り返している、と思う。

何百年も前に離れたから、今どうなっているか分からないが。

あの長老とその一族が、簡単に負けるとは思えない。

だが、あの長老と一族であっても、フィルフサの群れを真正面から蹴散らす事が可能だろうか。

セリには、なんとも信じられなかった。

「何か幻覚でもみたのではないでしょうね」

「聖地を開放した後、周辺にいた生き残りのオーレン族二十数名を集めて、今は復興が開始されている。 聖地には水も戻り、植物も少しずつ増え始めている状態だ」

「……」

「嘘などついて意味があると思うか」

確かに武名高い白牙。

それも結構最近までオーリムで戦い続けていたのなら、嘘をつく理由も無いか。

「ライザは細かい所がかなり雑ではあるが、全体的に見て英傑といって言い人物だ。 信用してもいいとおもうぞ」

「分かったわ。 其処まで言うなら、今殺すのは止めておきましょう」

「絶対に止めろ」

「錬金術師よ相手は。 見定めは……慎重にさせて貰うわ」

リラと別れる。

セリは分からなくなってきていた。

ともかく、もう少し様子を見よう。

それに、セリの目的。

フィルフサの汚染を除去し、緑を増やせる植物。

それの入手は、正直手詰まり状態だ。

今は、ライザの力を利用する。それを考えなければならないのかも知れない。

無力な自分に、セリはひたすら腹が立つ。

だが、腹が立つと言って。

周囲に殺戮と破壊をまき散らすようでは、古代クリント王国の連中と同じだと判断して。怒りを収めるのだった。

 

3、深淵に潜る

 

鉱山への入口周辺の安全を確保。

やっとだ。

鉱山に到達してから、更に一日。

周囲の魔物を掃討して周り。それで、やっと中に入れると判断した。

あたしは額の汗を拭うと、圧縮空気を確認。

タオが。入口付近を調べて、すぐに戻って来た。

「内部はさんさんたる有様だよ。 魔物が出て、本当に蹂躙されたんだね。 パティ、一緒に来るなら覚悟は決めておいて」

「分かりました」

パティは大丈夫か。

頷くと、鉱山の中に入る。

あたしはカンテラを用いる。少しでも、空気を燃やさない方が良いと判断したからである。

戦闘時は勿論熱魔術を使うのだが。

それが故に、普段は空気を節約したいのだ。

圧縮空気を、既に解放。

周囲に、常に新鮮な空気を届ける。

洞窟に入り、カンテラで辺りを確認すると。なるほど、これはむごい有様だ。

辺りには朽ちた人骨の残骸が転々と散らばっている。逃げようとして、此処で蹂躙された鉱夫達のものだ。

この鉱夫達がみんな罪もなかったかというと、そんなことはないだろう。

鉱山労働なんてハイリスクな仕事、臑に傷がない人間がするとは思えないからである。

勿論全員が臑に傷があったとは思わないが。

それでも、此処でこんな風に惨殺されて良かったのかと言われると、あたしは同意はしかねる。

周囲を丁寧に見ていく。

タオは早速マッピングを開始。マッピングは、タオに任せてしまって良いだろう。

「こ、声が響きますね」

「闇の中に住まう魔物は、そうでない魔物と生態が違うわ。 気を付けないと、気がつけないうちに死ぬわよ」

脅すようにセリさんが言うが。

パティは、むしろ驚いてセリさんを見ていた。

あたしともろくに口を利かない人だ。

まさかアドバイスをくれるとは思わなかったのだろう。

クラウディアが音魔術を展開。

周囲を調べてくれている。

「いるわ。 大きな芋虫みたいな魔物。 天井近くから、ゆっくり接近してきてる」

「小賢しい」

あたしは躊躇無く、天井に向けて熱魔術を叩き込む。

炸裂し、凄まじい悲鳴を上げて、それが落ちてくる。

大蛇どころじゃあない。

あたしの歩幅で、二十歩以上はあるだろう。体の太さだって、あたしの歩幅二歩ぶん以上はある。

頭部はまるごと口になっていて、内側に向いた牙がずらっと並んでいる。

叩き落とされてもがいているが、すぐに跳ね上がって、こっちに向かってくる。

ひっと、パティが悲鳴を上げる。

あまりにも巨大で、これに襲われたらそれこそ抵抗も出来ない間に丸呑みだっただろうと思うと。

恐怖が先に立つのは仕方が無い事だ。

だが、こいつは奇襲特化の生物。

体にたくさん足が生えているが、それはこの鉱山を洞窟に見立てて、立体的に動き回るためのものだろう。

集中攻撃を叩き込むと、やはり脆い。

魔術で防壁は展開するが、それもクラウディアの大弓が一発でブチ抜く。

更にタオが気合いを入れて一撃で頭を叩き落とすと、意外にあっけなく動かなくなっていた。

酷い臭いがする。

死体を切り分けていくと、ある段階でどろどろに溶けた死体が出てくる。

鉱山に迷い込んだ魔物の成れの果てだ。

パティが気絶しそうになったが。

すぐにあたしが熱魔術を使って、空気を遮断。汚物は、そのまま焼き尽くした。

切り分けた魔物の死骸を、一旦外に引っ張り出す。かなりの巨体で、肉もとても食べられそうにない。

だが、たくさん生えている足(吸盤つき)はいらないとしても。

皮は、白磁で非常に弾力性が高い。

皆で皮を剥ぐ。

体液が非常に酷い臭いがするが。この皮。それに牙も、かなり使えそうだ。

牙も非常に硬く、捕らえたエサを逃がさないという気迫が感じられる。

タオが特徴を見ながら、これの正体を特定していた。

「アースワームと言われる大型の魔物だね。 こんなに大きな奴は記録が殆ど無いようだけれど」

「アースワームなら見たことあるぜ。 遺跡で天井にびっしりいたりした」

「こんなのがびっしりですか!?」

「パティ、落ち着けよ。 此奴は桁外れにデカイ。 多分鉱山の中でも、顔役みたいな奴だったと思うぜ。 こんなんがたくさんいられるほど、鉱山の中は広くは作られていないからな」

そんな楽観を口にするクリフォードさん。

ともかく、皮を剥いで牙を石で叩いて外して取りだした後は。残りの死体は焼却処分しておく。

荷車は多少重くなったが、まだ平気だ。

更に奧へ。

入り組んだ坑道。

彼方此方に、人間だったらしい残骸がある。落ちているツルハシには、手の残骸らしいものがこびりついていた。

「悲惨だな。 皆、命がけでここに来ていただろうにな」

「この魔物の数は異常だね。 レントが奧で遺跡を見たようだけれども、もしかしなくてももしかするかもしれない」

「言い方が回りくどいですタオさん」

「……いるよ。 警戒して」

ずっと音魔術での早期警戒をしてくれているクラウディアが、注意を促す。

奧から出て来たのは、呻きながら此方に来る死体の群れ。いや、これは違うな。

死体を操作するネクロマンシーというものがあるという話があるが。実際のネクロマンシーは、殆どの場合は幽霊と会話するような一種の占いだ。

残留思念を見る羅針盤を手に入れてよく分かったが、幽霊なんているとしてもそうたくさんはいないし。

生きている人間の方が余程危険である。

この鉱夫の末路らしい死体の群れは、多分。

何かしらの魔物にでも寄生された存在だ。

「道が狭い! 空気がすぐ無くなるから、火力投射は避けて!」

「分かった。 パティ、やれる?」

「や、やってみます!」

前から、うめき声を上げつつ来る死体。

殆ど肉も腐り果て、骨だけになっているものも少なくない。

その一部が光っているのを、あたしは見た。

ともかく突貫。

手を伸ばしてくる死体を、蹴り砕く。

腐肉が飛び散る。

いや、腐肉なんて新鮮なものはない。

完全に死蝋化しているものに、やはり何かが寄生しているようだ。光が飛び散っているのが見える。

タオとパティが、次々死体を斬り伏せる。

死体は頭を失っても動いているが。

それでも両断されると、流石に動かなくなる。

更にセリさんが、地面に手を突くと。

植物がわっと繁茂して、一斉に死体に襲いかかる。そして、押し流すようにして、動かなくなった死体を壁に叩き付けて潰す。

それだけじゃあない。

植物が一斉に芽を出し、光っているナニカを取り込み始める。

そして、地面に再び潜って行った。

「なるほどね……」

「セリさん、今のは」

「この辺りにいる植物を、急速成長させたの。 あの死体を動かしていたのは、超小型の魔術を使う生物のようよ。 今の植物たちが、丸ごと取り込んで自身の栄養にしたわ」

「す、凄い……」

パティが青ざめながら、淡々と言うセリさんを見る。

確かに今の魔術。

植物操作としても、超ド級だ。

あたしが渡した、魔力増幅のための腕輪をフル活用しているにしても、凄まじい魔力である。

一応、周囲の空気を一度焼く。

吸い込むと、体に悪影響があるかも知れないからだ。

それで、圧縮空気から、空気を再度供給。

しばらく待ってから、奧に。

死体を弔ってやりたいな。

そう思うが、この鉱山がどれくらい奥まで続いているのか、ちょっと今の段階では分からない。

だから、それはやりたいこととしてはカウント出来ても。

今やるべき事では無いとも、あたしは思っていた。

 

一度引き上げる。

鉱山のかなり奥まで潜ったが、やはり鉱山である。

坑道は複雑で、蟻の穴のように彼方此方に伸びている。しかも魔物が勝手に拡げたりしているのだから、タチが悪い。

ただ、概ね何処が一番危ないのかは見当がついた。

途中で、何度かあのワームにも遭遇したが。

タオが言うように、あそこまで大きなものではなく。人間を丸呑みできる程の大きさでもなかった。

あれは入口付近の空洞に住み着いていて、それで入り込んでくる魔物をエサにして彼処まで大きくなったのだろう。

王都にまで戻ると、クラウディアが言う。

「ごめんねライザ。 すぐに商会に戻るわ」

「お疲れクラウディア。 明日は問題無さそう?」

「ええ。 何とか時間を作るね」

「頼むよ。 ああいう場所だと、あたしの探知魔術だけだと、どうしても奇襲を防ぎづらいからね」

小走りで行くクラウディア。

大量の魔物の死体の供給によるお祭り騒ぎも、既に沈静化に向かっているようだ。

職人区からはだいぶ人が減っているが。

代わりに戦士がかなり増えていて。城門の周辺で警備をしているようだった。

多分、鉱山への再進出か。

使えなくなっていた街道の再利用が検討され始めているのだろう。

記録的な数の魔物が討ち取られたのだ。

確かに、人間の生活圏を拡げ直す好機ではあるのだから。

とりあえず、さっさとアトリエまで戻る。

タオが最初に抜ける。

その後は、皆もおいおい戻っていった。

フィーが懐から出て来て、周囲を飛び始める。

安全になったと判断しているのだろう。

あたしは少し横になって休んでから、軽く調合。薬や爆弾を増やして、カフェに納品しておく。

それから戻って、調合をしておく。

鉱石を確認する為だ。

案の定、集めて来た鉱石は、かなり品質がいい。

この鉱石が出る鉱山を、あっさり手放すくらいだ。

王都の戦力がどれだけ低下しているのか、見本みたいな状態だと言えるだろう。

しばし鉱石を錬金釜に放り込んで、インゴットに調整する。

打ってみると、クリミネアやゴルトアイゼンが比較的簡単に作る事が出来るので、かなり良い鉱石だと分かる。

普通は不純物が多くて、こうはいかない。

王都の鉱石もそれは同じで、工業区や職人区で出回っている鉱石の質を見て、それは知っていた。

他にも爆弾の素材に出来そうな、強い魔力を含んだ鉱石が複数種類ある。

ただ、あくまで鉱山だ。

内部にあるのは、かなり状態が安定した鉱石で。

火をつけると即座に燃えるようなものは、あまりないようだった。

鉱物資源は、山によってかなり違う。

あたしも近くの鉱山だけではなくて、オーリムでも調べているからそれは分かっている。

この鉱山で出るのは、主に強度が高めの鉱石のようで。

それも、比較的加工が難しいものが多いようだ。

ひょっとするとだけれども。

ゴルトアイゼン以上の性能を持つ、強力な鉱石。

セプトリエンが見つかるかも知れない。

セプトリエンは鉱石の枠組みに収まらない代物だ。魔石の究極版と言っても良い。それもあたしが調合するような奴ではなくて。

何千年も年をかけて、魔石が堆積していった結果出来るようなものだ。

作るのは、ちょっと難しいだろう。

「フィー?」

「ああごめんねフィー。 ちょっと考えごとしてた」

「フィー……」

眠そうだな。

寝かしつけておく。

フィーも動物だ。ちゃんと眠る。

頭が良すぎるくらいなので、ちょっとあたしとしては心配だが。眠ればそれだけ育つのである。

もうかなり難しい会話も理解しているようだし。

はっきり言って普通の子供より頭が良いだろう。

鳥なんかになると、分野次第では下手な人間よりも高度な事が出来るらしいけれども。ドラゴンのレベルになると、人間に学問を教えたりすることもあるらしい。まあそこまで高度な知能を持つドラゴンには、あたしもまだ遭遇した事はないが。

ドラゴン。

そう思って。フィーを見る。

明らかにドラゴンの幼生体であるワイバーンとだいぶ姿は違っているけれども。

それでも、もしも体が似ているのなら。

いずれ、人間の理屈では相容れない存在になってもおかしくはない。

それは、あたしも分かっていた。

遅くなったので、休む。

疲れも溜まっているので、目が覚めるのはすぐだ。

起きだして、伸びをして。

そして、軽く体操をする。

パティが最初に来る。これもいつものことだ。

一緒に話をする。

「お父様が、ライザさんをしきりに褒めていました。 同じ戦果を上げるには、王都の戦士を総動員しても難しかっただろう、と」

「それは褒めているんじゃなくて牽制だね多分」

「えっ?」

「今はあまり目立ちすぎるな、と言うことだと思う。 目先の利益と自分の権力しか考えていない貴族の中には、あたしを排除したいと思う奴が出始めるかも知れないからね」

考え込むパティ。

あたしでも分かる程度の事だが。

この子には、ちょっと重い話だったか。

程なく、ボオスが来る。

タオは一緒では無くて。すぐにフィーが頭に乗って来たので、うんざりした様子でぼやきながらソファに座った。

「ボオス、早いね」

「色々あるんでな。 時にライザ。 前にカリナって学生の手伝いをしただろ」

「今も手伝いしてるよ」

「そうだったな。 そいつが口コミでお前の評判を広めてる。 意外にあれで交友関係は広いらしいぞ」

そうか。

そんな事を掴んでいるんだ。

ボオスも王都でコネの構築に余念がないんだな。

そう思うと、みんな自分でやるべき事をやっているんだと思う。

「タオは知らない?」

「昨日遅くまで調べ物をしていたからな。 寝坊じゃないか」

「酷いなあ。 朝になってもちょっと調べ物をしていただけだよ」

そのタオが、ひょいと顔を見せる。クリフォードさんと一緒だ。

途中で一緒になったらしい。

そして、セリさんとクラウディアが来て、それで全員が揃っていた。

ミーティングを行う。

鉱山の本格調査開始だ。

あたしは、圧縮空気の備え。全員分の、腰に付けるだけで使えるカンテラの支給を済ませる。

問題は、鉱山の中がかなり入り組んでいる事で。

それに関しては、万全の注意をして望まなければならない。

「それについてだけれども、僕の方で調べてきた。 鉱山で魔物があふれ出た日の記録について」

「詳しく聞かせて」

「うん。 一番奥にいた人達は、誰も助からなかったらしいよ。 なんでも掘り出していたら、奧からゴーレムが複数出現して、鉱夫達を殺傷し始めたらしいんだ」

「ゴーレム……」

この辺りでは、あまり多くは見ないが。

そもそも幽霊鎧なら、鉱山への道を切り開く際に遭遇し交戦もした。

いてもおかしくはない。

「うん。 幽霊鎧らしいのを見た記録もあった。 レントが見たらしい遺跡のガーディアンだと見て良いと思う。 鉱夫達は、多分敵認定されたんだ」

「そうなると、あの鉱山内部で遭遇した魔物達は……」

「後から鉱山に入り込んだんだよ。 生物って、どこから来たんだろうと思えるくらい、いきなりいて、適応していたりするんだ。 魔物も殆どは生物だからね。 つまりは、ここ最近で定着したのがあの魔物達なんだ」

「そうなんですね……」

タオはよどみなく答えて、パティは感心する。

本当に先生と教え子だな。

そう思って、凄いなと思う。

あたしもクーケン島では教師業も時々しているけれども。タオは教え方がとても上手である。

「そうなると、生物系統の魔物は入口だけかな」

「そうとも言えない。 内部が遺跡になっているとすると、どうなっているかすらも分からないんだ。 ライザが羅針盤で調べてくれた残留思念のキーワードを調査したけれども、最悪の場合……強力なゴーレムの群れが控えているかも知れない。 それに生物兵器を使っていた可能性もある」

「それは確かに最悪だ」

「いずれにしても、あらゆる備えをしていかないと。 毒ガスに対して、空気が不足する事に対して、対策がいるだろうね」

タオが説明を終えると、今度はクリフォードさんが提案してくる。

遺跡に潜るのは良いとして。

徹底的に下準備をするべきだと。

ロマンを追い求めまくる人だ。

もっと冒険的な行為を好むのかと思ったが、そんな事もないようである。

「とにかくあの鉱山、行くまでも大変だし帰路もな。 遺跡があったとして、そこでぼろぼろになった後、あの坑道を無事に抜けられると思うか?」

「一利ありますね」

「だろ? 何かしらの帰路に関する目印がいる。 錬金術でどうにかできないか」

「うーん、やってみますとしか言えないですね」

とりあえず、幾つか必要なものについては判断できた。

ランタンは全員分ある。

後は、ルートを確定したら、それを迷いなく進むための備えが必要になってくる。今もだいたいの当たりはつけているが。

逆に言えば、それ以上でも以下でもないのだから。

「それでライザ、どうするの? 今日は調合に専念する?」

「そうしたいけれど、一旦遺跡までの道は確保しよう。 その後にどうするかを決めておきたい」

「手としてはありだね。 実際問題、遺跡が具体的にどんな場所かも分からない状態だし」

なおレントは、この間会った時に聞いたが。適当に迷い込んで適当に出て来たそうだ。

本当に三年間でスランプになっていた事はあたしと同じ。

生存スキルが跳ね上がっているのもあたしの錬金術と同じか。

この三年、なんだかんだでみんな逞しく成長している、というわけだ。

だったらそれはそれでいいのだろう。

すぐに出かける。

ともかく、クラウディアとタオが揃っている状況は、確保できるかちょっとあまり自信がない。

タオは学術的な知識という観点で。

クラウディアは音魔術による支援で。

どっちもいてくれると大変助かるのである。

勿論他のみなもそれは同じだ。

王都の南門を出る。

途中で仕掛けて来る魔物はいるが、まあそこまで消耗するほどの相手ではない。また、ここ数日で周囲の見晴らしも良くなっている。

魔物を片付けて、良さそうな素材は回収して進む。

パティはどんどんカウンターが上手になっているが。逆にその分、手傷を受けることも増えている。

タオが時々心配そうに見ているが。

とにかく今は。実戦で経験を積むことだ。

坑道に到着。

タオが生物系のは後から来た魔物だと口にしていたように。今まで踏破した地点で、ほとんど魔物とは遭遇しなかった。

坑道の中のひんやりした空気が好ましいようで、魔物が入り込んでいる事はあるけれども。

それ以上でも以下でもない。

蹴散らしながら進む。消耗は出来るだけ抑えておきたいが。

まあ、贅沢も言えないか。

今の時点で、強力なゴーレムの類はいない。

あいつら、小さくても強いので、出来れば多数で出てこないでほしいのだが。

昨日、散々迷ったのだが。

その度にタオが適切なマッピングをしていた事もある。

坑道がそれほど広くは無いという理由もある。

一応、指示通りに進めば迷う事も無いし。

背後から攻撃を受けることはあっても、囲まれる事はない。

クラウディアの音魔術は相変わらず優秀で。

少なくとも、あっさり奇襲を許すこともなかった。

「まだ奧に続いているの? どれだけ掘ったんだか……」

「鉱山の中には、もっと深く掘られたものもあるよ。 人間の欲望は、地形というものを変えてしまうんだ」

「帰れるのか心配になって来ました」

「今の段階だと、それほどの距離は進んでいないぜ。 途中で何度か戦闘があったから、距離感がおかしくなっているんだ」

パティにクリフォードさんがそう告げる。

無言でいるセリさんが、顔を上げた。

何となく理由はわかる。

明るい場所に出たからである。

坑道は、ここで終わりだ。

そこは、開けた場所というか何というか。

とても異質な空間だった。

水晶だろうか。虹色に輝くそれが、縦横に走っている。いや、これは水晶では無いなと一瞥して理解。

これは高濃度の魔石だ。

火をつけて爆発するようなことはないが、触るだけでじんわりと暖かい。

これがもっと時を経れば、多分セプトリエンになるのだ。

そう思うと、此処は文字通り神秘の場所ということになるのだろう。

だが、どうしてこんな地下深くに。

前にちょっと耳にした龍脈が此処にあるというのだろうか。

洞窟の深部だというのに、辺りは明るい。

というか、これは。

明らかに人工的な灯りだ。

そして、人工的な灯りの中で、此方に近付いてくる人影。あたし達よりも、一回りは大きい。

間違いない。

鉱夫達は、これを掘り当てたから惨殺されたのだ。

そして近付いてくるのは。

明らかに、岩で出来た人間型。

ゴーレムだった。

「当たりを引いたね。 みな、総力戦準備!」

「あ、あの岩の塊と戦うんですか!?」

「ただの岩の塊じゃない。 気を付けて!」

腰が引けているパティ。

それはそうだ。

今まで交戦してきた魔物はあくまでナマモノだったのだ。霊墓のガーディアンですら、中身までみっちり金属だったわけではない。

此方に歩み寄ってくるあれは、文字通り殺戮と暴力の権化。

みっちり岩と金属が詰まった、生物とは根本的に立ち位置が違う怪物である。魔物という分類に属していても。生物ではない。

多分、相手の戦意を削ぐために搭載されている機能なのだろう。

凄まじい雄叫びをゴーレムが上げる。

これは一体や二体では済みそうにもないな。

そう思いながら。あたしは熱槍を叩き込む。

もっとずっと小さいゴーレムが、あたし達の事実上の初陣の相手だった。

これを乗り越えられれば。

パティもきっと。

戦士として、一皮剥けるはずだ。

熱槍の飽和攻撃を叩き込んでも、案の定ゴーレムは全然平気。彼方此方赤熱しているが、それでも行動に支障は無さそうである。

緩慢な動きから一転。

いきなり全身の岩が独立して空中に浮かび上がり、一斉に射出してくる。

クラウディアが大きいのを叩き落とし、あたしが気合とともに熱槍を放って過半数を叩き落とすが、それでも少数が飛んでくる。

クリフォードさんとタオが、それぞれ自身の得物を振るって叩き落とすが。

パティが、数発目を叩き落としたところで、腰が引けていたからだろう。

一つ、拳大の岩隗が、直撃コースに入る。

あたしは次の攻撃の準備で動けない。

避けて。

そう叫ぶが、パティは青ざめている。そこに飛び込んだのは、フィーだった。

「フィー!」

フィーがパティに飛びついて叫ぶ。

それで、パティは、はっと我に返ったようだった。

気合の篭もった一撃で、直撃コースに入っていた岩隗を弾き返す。

それでもずり下がったが、見事なパリィだ。

頷くと、あたしは更にゴーレムに飽和攻撃を叩き込む。充分に赤熱させたところで、クライトレヘルンを放り込み、瞬間凍結させていた。

全身が、一瞬で凍り付き。

更には体を構成していた岩隗の殆どが、急激過ぎる高熱からの超低温に耐えられずに、粉々になるゴーレム。

氷が砕ける。

無理に動いたゴーレムが、氷を内側からブチ砕いたのだ。

その時、セリさんが既に動いていた。

手を地面に突き、詠唱を完了。

巨大な植物が、それこそ坑道を縦位置文字に貫くように。ゴーレムを粉砕しながら直撃する。

良かった。完璧なタイミングだ。

勿論セリさんとしても、無意味な被害を出さないためだったのだろうが。それでも大した威力だ。

ゴーレムの残骸が落ちてくる。

その中にきらめいていたコアを、あたしは跳躍してキャッチ。

掴んで、魔力の周囲への放出をシャットアウト。

これでおしまいだ。

まだ動いて、浮き上がって第二次攻撃をしようとしていた岩隗が停止し、地面に落ちる。

へたり込むパティ。

「フィー、助かりました。 私、腰が引けてしまって……」

「良くやったよパティ」

「えっ……あ、ありがとうございます」

「僕達も、初陣ではゴーレムが相手だったんだ。 これよりずっと小さい奴だったけど、凄く強くて本当に苦労した。 今のパティは、これできっと、もっと強い相手とも戦える筈だよ」

タオの言葉が一番効くだろう。

あたしは何もこれ以上パティには言わなくて良い。

もう少し先に進んで、遺跡があるなら発見し、そこまでの通路を確保しておく。

そう皆に告げる。

パティも、フィーに感謝しながら地力で立ち上がり。

頷いていた。

 

4、童心二人

 

そこは、ロマンの塊みたいな場所だった。

おおと、声が上がるクリフォード。

同じく隣で、眼鏡を曇らせてタオがおおっとか声を上げている。

「遺跡だ! カンテラが必要ないくらい明るい場所も多い!」

「すげえぞ。 この建築様式……かなり古い!」

「古代クリント王国以前のものですね。 これはひょっとすると、星の都よりは新しいものの、例の封印に関連する、リアルタイムで動いていた遺跡かも知れないですよクリフォードさん!」

「だが、それでも多少様式が違うな!」

スイッチが完全に入ったクリフォード。

これでも色々な遺跡でトレジャーハントしているのだ。

タオほどの専門知識はないが、遺跡にロマンが溢れていることだけは分かる。

ただ、危険な臭いがプンプンした。

彼方此方に彷徨いている幽霊鎧。現役のようで、巡回をしている。

それがちゃんと動いているものだったら大丈夫だったのだろうが。

恐らく、あれは機能が壊れて。

ただ盲目的にこの遺跡を守るガーディアンとなっているのが実情だろう。

ライザが何かの道具を彼方此方に配置し始める。

それは灯りを発生させる装置なのだと分かった。

更に周辺が明るくなり、見えてくる。

流石に遺跡の中に飛び出すほど、クリフォードも命知らずじゃあない。トレジャーハントをする過程で、散々危険な目にもあったからだ。

此処までに三体の大型ゴーレムを倒した。

時間的にも、そろそろ夕方になる頃だ。撤退しないとかなり危ないと判断して良いだろう。

帰路にルートを示すための印を入れていく必要もある。

撤退の時分だ。

だが、それでも少しでも此処にいたい。

うずうずする。

「タオ、此処から見える範囲のマッピングをよろしく。 なんだろうあの植物……」

ライザが呟く。

巨大な地下空間にある遺跡。

それは石造建築ではあるのだが、彼方此方に変な色の川みたいなのがある。

地下水脈は普通もっと澄んでいるものなのだが。

あれは明らかに、変な色に濁っていた。

それだけじゃあない。

ライザが呟いたように、こんな地下なのに、奇怪な植物が蔓延り。木みたいなのまで生えている。

オブジェだとは思えない。

魔物の一種である事も、想定しなければならないだろう。

手をかざして、今まで見てきた魔物のデータと照合する。遺跡探索の過程で、レアな魔物と遭遇する事も多かった。

遭遇した後は調べた。

殆ど記録にない魔物と遭遇したと後で分かった事も多い。

あれが魔物だとしたら。

トレントか。

いや、違う。

植物の王ともいわれる魔物だが、あれは深い森に生息するものだ。

マンドラゴラか。

いや、それも違っている。それもどちらかというと、潤沢な光を必要とする。エサとして動物を襲う種類もいるが。あくまで補助であって、エサの基本は光と水だ。

他にも何種類かの植物の魔物を想定するが、どうにもぴんと来ない。

あるとしたら、魔食草。

魔力を喰らって際限なく大きくなり、その成長スピードから嫌われる植物だが。しかし、地下で育っていること。これだけの巨大遺跡を覆い尽くすほどいる事。これがよく分からない。

魔食草も、結局は光を必要としているのだ。

この繁殖ぶりは異常である。

「よし、道は確保できた。 一度撤退。 この遺跡、嫌な予感がビリビリする。 レントが撤退するわけだよ」

「こんな恐ろしい場所に一人で来て、生還出来ただけでも凄すぎてめまいがします……」

「パティ、ライザと一緒にいると、この程度では怖がらなくなれるよ」

「それはそれで、人間を捨てているみたいでちょっと……」

タオの慰めも、パティに必ず効くわけでもないのか。

微笑ましいな。

そう思いつつ、クリフォードは見解をライザに話しておく。

帰路で幾つかの見解を述べたが。

ルートを確定させるために、用意してきた光を放つ塗料を岸壁に塗りながら、ライザは小首を傾げる。

「確かにどれも条件と一致していないですね。 マンドラゴラはあたしも素材として錬金術で使うので、なんとなく分かるんですが……」

「俺は魔食草が一番近いと思うが、それにしてもあれはおかしい。 繁殖ぶりが、まるで遺跡を丸ごと喰らっているようだ」

「亜種の可能性はないですか?」

クラウディアが言う。

ライザとツーカーの動きをしている。

ライザにぞっこんだな。

これでどちらかの性別が違ったら、どっちも幸せだっただろうに。そう思って、クリフォードは世の中上手く行かないものだなと内心で呟いていた。

「とにかく調べて見ないとわからねえ。 一応サンプルは少しだけくすねてきた」

「流石ですね。 僕にも少しください」

「分かった、渡しておく」

「セリさんはどう思います?」

ライザの言葉に、セリは首を横に振っていた。

分からないと言う。

「私は一万五千種類ほどの植物を知っているけれども、どれとも該当しないわ。 光が届かないこの場所で、此処まで大きくなれる植物は限られるほどしかないし、そのどれともあれは該当しない」

「一万五千……」

「植物学者になると、千種類知っている程度では話にならないんだよ、パティ。 でも一万五千種類となると、並みの学者では歯が立たないだろうね」

「つ、ついていけない世界です」

想像以上に凄いな、セリは。

そう思いながら、クリフォードは確信する。

あの遺跡との融和ぶり。

恐らくだが、あの植物は人工的に作られた変種だ。

タオに、小声で警告しておく。

「危険なサンプルの可能性がある。 いざという時には即時で焼却処分した方がいいだろうと思う」

「はい、分かっています」

頷く。

そして、帰路を急ぐ。

収穫は多く、童心に帰れる素晴らしいロマンを満たしてくれる遺跡を見つけた。

だが、同時に。

其処は全身の危機意識を喚起する、極めて命が簡単に吹き飛ぶ場所でもあるのだった。

 

(続)